2020年09月18日

夏から秋 

9-15-3.jpg中学一年生の孫が、「(通学道の)稲の穂が黄色く光っていてきれいだから見に行くといいよ」と言うのだが、13日から4日間、足が痛くて最低の家事をするだけでずっと横になっていた。

3〜4か月も前から起き抜けは左足の左横が痛くてノロノロとしか歩けなくなっていた。しかし、暫くすると歩けるようになり娘や孫を見送り、苦痛を感じることはなかった。

ところが先週末から急に左足が痛くて歩けないほどになっていた。足の裏が痛いのか、甲が痛いのかよくわからない。骨を押すと痛いものの骨なのか筋肉なのかもわからない。とにかくひどい痛みで歩くことができず一日中ビッコを引いていた。

そんな昨日、かなり痛みが和らいでいたのでこわごわ郵便局へ出かけた。次女夫婦に送ってやりたい日本の食品も揃ったものの送り方がわからない。これまで何度も送っていたが、今年からインターネットの手続きが必要だと、昨年末に言われていたからだ。

しかしそれどころか、今もアメリカに送ることができなかった!

確かに世界では急激に感染拡大しているから仕方ない現状だ。
それにしてもEMS(国際スピード郵便)のサイトに案内されていないことに驚き、郵便局ではいつもの同じ人に送り方は今まで通りだと言われて信じられない驚きだった。

私はがっかりして、気晴らしに秋の田んぼを見に行くことにした。足の下から股関節まで痛みを感じていたが、これでひどくなれば整形外科へ行こうと自らに言いながら。

9-17-7.jpg

市場ではすでに8月末から新米が出回っているが、この田んぼの刈り入れはまだ早い。それでもこのような稲の穂を見ると自然に讃美歌504番を口ずさむ。

9-17-8.jpg

実れる田の面(も)は 見わたす限り、
穂波たちつつ 日影ににおう。
垂穂(たりほ)は色づき 敏鎌(とがま)を待てり、
いざいざ刈らずや、 時すぎぬまに。

IMG_7254.jpg
晴天だったら美しいやろうね。


9-17-5.jpg
イナゴ(バッタ?)は小さな黒い点の目で見ている。
「怖がらないで、すぐに行くからね。何もしないからね。そんな小さな目でよく見えるのね。独りで寂しくないの? 強いね、元気でね!」

9-17-4.jpg
チョウチョは大きな目、近づくと逃げてしまった。
みんな精一杯生きている。不思議ね、いのちは。

9-15-2.jpg
あんなに咲いていた芙蓉は種をいっぱいつけ、
まもなく切り取られてしまう。

溝のコンクリートから咲く驚異の輝き。
8-9-18.jpg

オリーブの木もようやく大きくなってきた。
9-15-1.jpg


9-13-1.jpg
夕暮れにツクツクホウシが網戸で鳴き出した。


9-17-1.jpg


9-17-2.jpg


9-17-3.jpg


9-17-6.jpg


9-17-0.jpg


IMG_7303.jpg
ユキの学校が見える。教室は右端だ。
「ユキ、鳥の声に耳を澄ましていたらあかんで〜〜〜!」

ようやく明日のJCP関西ブロックの例会は休会決定の案内届く。
「7月again」は繰り返すまい。


posted by 優子 at 23:47| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2020年09月12日

ブルンナー読書㊶ ―信仰と倫理―

IMG_7012.jpg今やコロナ禍の非日常が日常になってしまった。そんな8月初めに下村さんが右足のアキレス腱を断裂され、今月初めに退院されたが今も装具をはめておられるので、今日はオンラインで読書会の開催となった。
コロナは短期で終息しそうにない状況から、知子が7月のうちに今後のためにとZoomをセットアップしておいてくれ、首尾よく繋がり感謝!


9-11-3.jpgテキストはエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳 『フラウミュンスター説教集U』(教文館)の8回目、説教のタイトルは「信仰と倫理」。
出席者:3名
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」
奏 楽:知子
聖書拝読、祈り、要約発表:優子

ローマ人への手紙14章7節〜10節、13節〜17節:
すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない。わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。

なぜなら、キリストは、死者と生者との主となるために、死んで生き返られたからである。それだのに、あなたは、なぜ兄弟をさばくのか。あなたは、なぜ兄弟を軽んじるのか。わたしたちはみな、神のさばきの座の前に立つのである。

それゆえ、今後わたしたちは、互にさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。

わたしは、主イエスにあって知りかつ確信している。それ自体、汚れているものは一つもない。ただ、それが汚れていると考える人にだけ、汚れているのである。

もし食物のゆえに兄弟を苦しめるなら、あなたは、もはや愛によって歩いているのではない。あなたの食物によって、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストは彼のためにも、死なれたのである。

それだから、あなたがたにとって良い事が、そしりの種にならぬようにしなさい。神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。

IMG_7160.jpg

要約:
要旨を一言で言うならば、「わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。」という言葉に信仰の全体と倫理の全体が総括されており、基督者の生死は自分の為ではなく全く主の為のみに存在するのであると、基督者とキリストとの関係を説いている。

「いかなるものも、あなたの不従順、あなたの罪でさえ、イエス・キリストに現わされた神の愛からわれわれを引き離すことはでき」ず、「何が起ころうとも、絶えず、いつも私のために開かれているのである」。と同時に私たちは常に責任を負っており自分の責任から逃れることはできない。

なぜならば、私たちは皆キリストの裁きの座の前に立たねばならず、誰もが自分ですべての責任を取らなければならないということにわれわれの注意を喚起しているからである。

では何に対して責任があるのかと言えば、それは倫理の問題である。しかし、「人間社会で善いとか悪いとか見なされているものは、(偶然的なものであり、歴史的、地理的諸事情によって条件づけられたものであるから)確かな基準とはなりえない。人間は道徳律によって多くの災いをひきおこし、人に重荷を負わせてきた」。

パウロは全ての道徳律に対して、「それ自体、汚れているものは一つもない。ただ、それが汚れていると考える人にだけ、汚れているのである。」(ロマ書14章14節)と語っている。即ち、私たちが「神の前で何らかの責任を取れるかどうかという唯一の尺度しか存在しない」。

「わたしたちひとりびとりは、神に対して自分の言いひらきをすべきである」。(ロマ書14章12節)それゆえに「わたしたちは、互いにさばき合うことをやめよう」。それは神のみがなされることである。

しかしまた、ある食べ物をたべてはならない、ある飲み物は飲んではならないと考える不安を抱いているキリスト者の菜食主義者や禁酒家に対して、「むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。」と、善悪の唯一の試金石として兄弟への思いやりをあげている。

ブルンナーはアルコール依存症という恐ろしいペストと戦うためには、飲酒の楽しみを断念する必要のない人間の側からの断念・犠牲しかなく、兄弟に対する愛と責任から自己の権利を断念することだけだと説く。

それだけではなく、「禁酒がその人にとって実際に宗教になっている多くの禁酒家がいる。彼らは禁酒しているか否かによって人間を評価する。彼らは自分が禁酒家であることを誇りに思い、そのために多くの人を寄せつけない。

つまり彼らは自分たちを模範だとする精神、自分たちの美徳の傲慢、自分たちの狂信によって他を寄せつけないのである。・・・彼らは、弱い兄弟たちのために払っている犠牲を、自らの精神的態度によって台無しにしている。・・・

生涯にわたる犠牲を払おうとする人こそ、特に自分自身に言いきかせなければならない。すなわち、われわれは自分自身の犠牲によっては神の前に立ちえず、ただイエス・キリストの犠牲によってのみ立ちうるということを。

キリストの犠牲によってのみ、われわれに神の愛が贈られる。またそれによってのみ、われわれに最も深い謙遜が贈られる。そして謙遜を欠けば、いかなる人間的犠牲もその価値を失ってしまう」。

生きることと死ぬことは、存在するもののうちの最大の対立であるが、イエス・キリストに注目する目にとっては、この対立は無であるとパウロは言う。神に所属し、あらゆる差違、人生のあらゆる浮沈を超えるこの地点、イエス・キリストに達した者は勝利したのである。「わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利であ」り(第1ヨハネ5章4節)、信仰は祈りによって実現される。

IMG_7161.jpg【感想】
今回の説教で、「アルコール依存症という恐ろしいペストと戦うために」という言葉から、当時のスイス社会の情況を想像させた。

この説教が語られた年月はわからないが、少なくともブルンナーが日本での奉仕を終えて帰国した1955年7月から「序言」に記されている1965年夏までのものである。その頃のスイスではアルコール依存症が大きな社会問題になっていたことがわかる。

「信仰と倫理」というタイトルはとても興味深く、国語辞書を調べると倫理と道徳は同じように記されており、日本語では曖昧である。

英語では「倫理」は“ethics”で、「道徳」は“moral”と区別される。ドイツ語は“ethik”(エィティック)。”ethics”の語源はギリシア語の“ethos” (エトス)で、互いに守るべき規範として形成されてきた社会的習慣を意味し、社会生活で人の守るべき道理のことで、人が社会で行動する際に善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるものであるという。

生物学と医学の発展から生命倫理や医療倫理が叫ばれるようになり、私も1980年代の終わり頃から脳死や臓器移植、また、延命について学び始めた。その出発点において、まず「倫理」とはどういう意味なのか。「道徳」と「倫理」の違いが曖昧なまま読み進めていた。

その中でユルゲン・モルトマンの考えに強く影響を受け、「倫理」については人間関係の範疇として理解すればいいのだと、より具体的に受け止めることができた。モルトマンが「希望の神学」を唱えた神学者であるということは、そのあとで知った。

「倫」は「人の輪・仲間」を意味することから「倫理」とは、人間として規範となる道徳的なことを人間関係をとおして自らの人間としての在り方という理解で「道徳」と使い分けている。

それに対して「道徳」は、善悪をわきまえるために守るべき規範であり、自分の良心によって善を行い悪を行わないこと。従って社会的に決められたことではなく倫理に先立つものであると理解できる。その認識の上で今日の箇所を読むと私なりに辿り得た「倫理」が具体的に示されており、その点でも感銘を受けた。

そして信仰者における倫理とは、「兄弟に対する愛と責任から自己の権利を断念するということ」であり、冒頭のパウロの言葉の中に「われわれの宗教と倫理の全体が含まれている」という意味がよくわかった。知識本意に陥りやすい私たちは、祈りと実践(人間関係・交わり)をとおして真の信仰者に変えられていくことを今一度心に刻みたい。

「私たちは皆キリストの裁きの座の前に立たねばならず、誰もが自分ですべての責任を取らなければならないということ」については、文章を書く時は勿論のこと、日常生活のすべてにおいて、全能の神さまの御前で自分のしていることを申し開きができるように、アカウンタブルを意識しながら誠実を心がけて生きたいと努めている。

9-11-9.jpg

下村さんのコメントより:
★ キリスト教の道徳は、神に対する愛、人に対する愛であり、神の前における謙遜だと思う。内村鑑三の『ロマ書の研究』に「道徳と倫理の核心は謙遜である」と書いている。

★ P65、最後から2行目の「われわれは全く彼の所有物です」の「所有物」という言葉にいささか抵抗があるという知子の発言に対してー
私はキリストのものであり、キリストは私のものであると絶えず人格的な関係の中で捉えている。私たちは神の愛の内にある人間であり、人間は神の子であると考えると抵抗なく読めるのではないかと思う。

★ P67、L13、「人間は道徳律によって多くの災いをひきおこし、人に重荷を負わせてきました」という「道徳律」とは、内面から湧いてきたものではなく、「〜ねばならない」と義務感や恐れから湧いてきたものである。

例えば、ユダヤ教では安息日の問題や異教徒は汚れているから交際してはいけないなどであり、キリスト教の中でも道徳と肉体に分けて、性欲を悪と見なされ、修道院では貞節を重んじ異性と交わらないなど。しかしルターはそうではないと結婚した。

9-11-19.jpg

コロナは人と人を分離させるが、インターネットという現代の利器は互いに顔を見ながら学びや会話ができる。直に顔をまみえてというほどではなくても、グーテンベルクが印刷技術を発明したことで、誰でも聖書を手にすることができるようになったことを思い起こさせる恵みを感じた。

最後に、ブルンナーの祈りを祈ろう。

「主イエスよ、われわれはあなたに感謝いたします。あなたは、われわれを滅ぼし奴隷にせんとするすべてのものに対して勝利を得させてくださいます。われわれはあなたにお願いいたします。
あなたの恵みのうちにわれわれをお守りください。そしてわれわれがいつも喜びと平安をもちうるようにしてください。アーメン」。

次回は10月10日(土)2時〜。パソコン画面で読書会!

9-11-13.jpg
ジンジャーの花

posted by 優子 at 18:05| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2020年09月09日

変わらぬ日本 良心不在の政治家たち

IMG_6950.jpg9/9(水) 8:00に配信された「AERA dot.」(アエラドット)の記事、「安倍首相の成蹊大学時代の“恩師”が苦言 『首相としてもう少し知的になってほしかった』」に全く頷かされ、転載記録させていただいた。


加藤節(たかし).png成蹊大学名誉教授の加藤節(たかし)氏は、同大法学部の教員として2013年に退職するまで40年以上教壇に立ち続けてきた。数多くの学生を指導してきたが、その中に若き日の安倍晋三首相もいた。

法学部政治学科の学生だった安倍首相は在学時に加藤氏の「政治学史」を必修科目として履修しているというが、加藤氏は「『優』や『不可』をつけた記憶がないから目立たない学生だったのだろう」と振り返る。

そんな加藤氏からみて、「教え子」でもある安倍首相の電撃辞任と7年8カ月の政権運営はどう映ったのか。

――まず安倍首相の突然の辞任について、どう思われましたか。

難病を抱えていたのだから、本当はもっと早く辞めるべきだったのかもしれません。持病である潰瘍性大腸炎は完治しない病気だと言われます。自分ならやれるという思いもあったのでしょうが、そこは自己認識が甘かったのではないか。本来の自民党総裁の任期だった2期6年(2018年9月まで)が限界だったと思います。

この時点で森友、加計問題も含めて長期政権の“ゆるみ”が表面化していたのに、自民党が党則を変更して、総裁任期を連続3期9年までとしたことは悪手でした。選挙に強いという理由で、安倍さんをずっと持ちあげて、辞めさせなかった周りにも責任があると思います。それによって、引き際を誤ることになった。そういう意味では、個人的には同情します。ご本人も不本意だったでしょう。

ただ、安倍さんが病気で辞めたことと、政権が行ってきた政策の総括とは別です。安倍政権の検証がなされたうえで、次の政権はスタートするべきであり、首相が病気だからという理由で議論をストップさせてはいけません。

――では、政治哲学が専門である加藤先生からみて、安倍政権の7年8カ月をどのように総括されますか。

率直に言って、僕は安倍政権には「負の遺産」しか見つかりません。なかでも3つの点で、非常に問題がある政権でした。

1つ目は立憲主義を否定して法的安定性を崩壊させたことです。2015年に閣議決定だけで解釈改憲を行い、集団的自衛権を合憲化してしまいました。これは歴代政権で誰もやったことのない暴挙です。憲法解釈を内閣だけでやれるとなれば、何でもできてしまう。

内閣法制局長官の首をすげ替えて、解釈改憲を可能にさせたことも前代未聞です。検察庁法改正案も含めて、司法や検察の人事に内閣が介入し、三権分立の破壊を招いた。政治が最も尊重すべき法的安定性をないがしろにしたことは重大な失政です。

2つ目は、政権全体に無責任体制が敷衍(ふえん)したこと。政治はあらゆることに結果責任が伴いますが、安倍さんは閣僚の任命責任を一度も取っていません。閣僚が不祥事を起こすたびに「責任を痛感している」と繰り返すだけで、責任を「取る」ことをしない。

財務省公文書改ざん事件で近畿財務局の職員が亡くなったことに対しても、麻生太郎財務相、安倍首相ともにまったく責任を取る様子はない。こうしたトップの姿勢が政権全体、ひいては官僚組織における無責任体質につながりました。

3つ目は長期政権の病理です。よく「安倍一強」といわれましたが、これは選挙に強く他に対抗馬がいないというだけです。政府・与党内での政策論争が全くないので、実は政治的には非常に脆弱(ぜいじゃく)な政権でした。

良しあしは別としても、本来は派閥間で活発な政策論争をしてきたことが、保守政権の強みでした。しかし、安倍一強と言われたこの8年弱は、まったく政策論争が行われなかった。そこまで自民党の力が落ちてしまったということです。

安倍さんはよく「悪夢のような民主党政権」と言いますが、野党時代の自民党が与党にどういう批判をしていたのか完全に忘れている。

東日本大震災、原発事故対応について自民党は民主党を痛烈に批判しましたが、では今のコロナ対応はどうなのか。そうした他者批判を自己批判に向けるという姿勢がまったくないのです。その謙虚さがないから、強くならない。相手をたたくだけで満足してしまう政治になってしまいました。もちろん、これは今の野党にもいえる課題です。

――安倍政権の7年8カ月を振り返ると、前半は特定秘密保護法や安保関連法案の強行採決など、強権的な政権運営が目立ちました。一方で、後半は森友・加計学園問題、桜を見る会など安倍首相個人の周辺から不祥事が噴出しました。その背景には、安倍首相個人の振る舞いや言動も関係していると思いますか。

それが関係しているかは、僕にはわかりません。ただ、安倍さんは65歳という年齢の割には、とてもチャイルディシュ(子どもっぽい)だという印象です。国会での品のないヤジをみると、人間的には未熟に感じます。気持ちを抑えられないのでしょう。すぐに「悪夢のような民主党政権」と言うのも、先ほど述べたように他者批判を自己批判に向けられない人の典型です。これも子どもの所作です。

そうした未熟さがあったから、側近たちに、間違った知恵をつけられて信じてしまった部分もあるのかもしれません。コロナ対応における、アベノマスクや自宅で犬とくつろぐ動画配信などは、どう考えても民意を見誤っています。政権末期は、自分がどう見られているか、国民がそれをどう感じるかという視点が決定的に欠けてしまっていました。

これは安倍さんだけではありませんが、2世、3世議員が多くなり、政治家が「家業」になってしまったことも大きな問題です。これでは政治家の資質そのものが落ちて当たり前です。政治家は国民の命を預かる仕事です。そのためには、歴史書を含めて多くの本を読み、人類の歩み、知恵を学ぶ必要があります。人類の歴史や人間の在り方について高い見識がない人は、本来はやってはいけない仕事だと思います。

そういう意味で、安倍さんにはもう少し謙虚に勉強してほしかった。僕が彼を指導したという自覚はまったくありませんが、僕の授業を聞いていたはずなのだから、もうちょっと知的に自分を鍛えてほしかったと思います。いまさら言っても、もう遅いですが(笑)。

――最後に、辞任を表明した安倍首相に向けて“元教員”としての立場からメッセージを送るとしたら、何を伝えたいですか。

これまでの首相としての政治生活を、反省的な目で振り返ってほしいです。自分なりに総括したうえで「こういうことはやってはいけない」という知恵を次の人たちに伝える義務があるのではないでしょうか。

トランプ大統領から古い戦闘機を押し付けられても買ってはいけない、消費税を上げないことを争点にして解散総選挙をやってはいけない、私利私欲で花見の会を開いてはいけない、品位に関わるので国会ではヤジを飛ばしてはいけない……そういう当たり前のことです。

でも今、報道などで伝わってくる安倍さんの思いは「石破(茂・元幹事長)さんを次期首相にはさせたくない」という執念だけ。やはりまだ権力への志向性が強く、敵をやっつけることが好きな性格が抜けないのだと思います。

ドイツの思想家・哲学者のカール・シュミットが、政治的な行動の基準となる二項対立を「友」と「敵」に置いたように、それも1つの政治哲学ではあります。しかし、利害配分や言葉による説得などを用いることで敵を中立者に変え、中立者を味方に変えていくのもまた政治です。

紛争の解決が政治の目的だと言われますが、紛争を起こさない解決を目指すことも政治の役割です。このあたりは、政治思想史学者の丸山真男の著書に詳しく書いてあります。安倍さんも首相を辞めたら、前よりは時間があるだろうから、ぜひ丸山真男を読んで勉強してもらいたいですね(笑)。(構成=AERAdot.編集部・作田裕史)

IMG_6960.jpg

posted by 優子 at 11:04| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年09月08日

新しい季節を生きる

9-6-5.jpg「われらの主は偉大であり、力に富み、その英知は測りがたい」。(詩篇147篇5節)

何と幸いなことでしょう。様々な感情が湧き上がるときでさえ、神はすべてを理解してくださいます。

詩篇147篇の作者も心が打ち砕かれる体験をしました。しかし、それを通して、全知の創造主、支え主、心と体のいやし主を賛美する恵みを知りました(1-6節)。彼は主が必要を満たされると賛美し、主を恐れる者、御恵みを待ち望む者を喜ばれるとたたえました(11節)。

9-6-4.jpg感情が揺れ動いて自分で自分が分からないと感じても、孤独や失望に苛まれる必要はありません。神は永遠に不変で、無条件の愛と無制限の理解力をお持ちです。このお方のもとで安らぎましょう。
(2020.9.5 ディリーブレッドより)

9-8-1.jpg
花びらが散ったシュウメイギク

「御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか」。(ガラテヤ人への手紙3章3節)

現役の牧師だった頃、自分が役立たずの虫けらのように思える主日がありました。先週は、良い夫、良い父、良い友ではなかった…次のご用までには自分を立て直さなければならない…。何とか礼拝メッセージを語り、今週はより良く生きようと誓いました。

これは間違ったアプローチです。ガラテヤ人への手紙3章は、神が御霊をいただいた私たちを通して力強く働かれるのは、無償の贈物だと語ります。私たちが何をしたとか、それに値するからではありません。
アブラハムの人生はそれを証明しています。彼は夫として失敗しました。難を逃れるためにうそをつき、2度も妻サラの人生を危険にさらしました(創12:10-20、20:1-18)。

にもかかわらず、彼の信仰は義とみなされたのです(ガラ3:6)。彼は失敗しても自らを神の御手にゆだね、神は、アブラハムと彼の子孫を用いて世を救おうとされたのです。

悪い言動の正当化はできません。イエスは私たちに従順を求められ、そうできるように助けられます。反省のない頑固な心は、自分に対する神のご計画を妨げますが、善行を続ければ、私たちを通して御力が働くとは限りません。

私たちは、恵みによって救われ、成長しますが、私たちを通して神が働かれるかどうかは、神の裁量です。神の恵みを得るために奉仕することはできません。恵みは無償の贈物です。

神よ、失敗してもなお、私を祝福して用いてくださり感謝します。あなたの恵みは驚くばかりです。
(2020.9.6 ディリーブレッドより)

IMG_6766.jpg

「神は光を見て良しとされた。神は光と闇とを区別された」。(創世記1章4節)

闇の中にいると、人は恐れを感じ、混乱を起こします。光に照らされると、平安が生まれ、心が整っていきます。光は闇に勝ちます。闇は光に打ち勝てません(ヨハネ1:5)。キリストは光として来られ、闇を駆逐して行かれます。光はいのちを育みます。その光に照らされれば、真と偽、聖と汚れ、価値と無価値がはっきり区別されます。

8-30-6.jpg

「私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです」。(へブル人への手紙13章14節)

私たちは、今がどんなに苦しくても、絶望はしません。逆に、地上でどんな「宝物」を得ても、有頂天にはなりません。地上の事はすべて過ぎ去ります。もちろん地上の事にも誠実を尽くしますが、執着はしません。私たちは地に属するものは地に残して、永遠の都に住まうのです。

8-30-1.jpg
posted by 優子 at 17:57| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2020年09月07日

コロナ禍の台風と首相選び

IMG_6864.jpg(←9月4日23時の状況)
台風10号はハリケーンの強さを5段階で表すアメリカ式に言えば「カテゴリ4」に相当し、最大瞬間風速は85m/s、新幹線級の最大時速300キロとの予報より若干弱まったものの、強い勢力を維持して記録的な暴風が各地に被害をもたらして通り過ぎて行った。

IMG_6932.jpg


IMG_6882.jpg今回は気象庁が最大限の警告を発し続けたことから危機感が伝わり、甚大な被害を回避できたという。それでも再び悲しみが溢れている。

ついに災害の時代を来たらせてしまったが、今からでも地球環境を正しく管理する方向に進まないと、自然界の動植物だけではなく人間の生存も立ち行かなくなるだろう。

8月28日、安倍首相は持病の潰瘍性大腸炎の再発により職務継続困難との理由で突然辞任を表明した。
そのことに驚いたが、その後の党内の動きにも驚き、首相選びの愚行さと日本人の意識構造に呆れてしまう。

もはや血圧が上がらないように、ニューヨークから発信されているウィンザー通信に代弁してもらうにとどめたい。

ちょっと愚痴を言います。
日本特有の現象っていうか、例えばテレビのワイドショーで「納豆」が〇〇に良いとかって言うと、全国一斉にお店から納豆が消えたりしますよね。

テレビの影響力はすごいってはじめは思ってたんですけど、そうじゃなくてノリやすい、影響されやすい、信じやすい人が、ちょっと信じ難いほどたくさんいるのかもしれないと、特に最近は思うようになりました。

今の首相選び騒動もそう。
テレビが一日中、どのチャンネルでも同じように馬鹿騒ぎしたら、あれほど低かった菅さんの支持率があっという間にトップになりましたね。

菅さんの件だけじゃなく、自民党の政党支持率が30%から40%に、そして安倍首相の7年8ヶ月を評価するって言う人が71%にも上がりました。

情緒的な話をバケツをひっくり返すほどの勢いでばらまくと、面白いように同情が集まり、それまでの不正や軽犯罪が無かった事になるのですから、操る方は愉快でたまらないでしょう。

IMG_6925.jpg

posted by 優子 at 22:44| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年08月24日

夏の盛りを越えて稲の花を見に

この2週間あまり一滴の雨も降っていなかったと思う。猛烈な暑さで地はカラカラに乾燥していたが、22日夕方にようやく雨が降り一挙に気温が下がって窓を閉めて寝た。

8-18-1.jpg

地域のラジオ体操はコロナの関係で5日間に短縮されて22日に終了した。ユキに倣って私も皆勤!
同日予定していたブルンナー読書会は、リーダーが怪我で入院されて休会になった。連絡を受けて、知子は空いた時間を惜しんで講習会を予約し全日外出した。

8-20-1.jpgその日、ユキが部活に出発する時に「稲の花が咲いているから絶対に見に行くといいよ」と言われて俄然行く気になり、私は知子を駅まで見送って中学校近辺の田んぼに向かった。


8-22-5.jpg

運動場から野球部と陸上部の生徒たちの掛け声が聞こえた。ユキは体育館。

8-22-6.jpg

ユキがいっぱい咲いていると言っていた辺りの稲を見るが、まだ咲き始めたところだった。

8-22-7.jpg


そして、ジュズダマ
8-22-8.jpg


IMG_5698.jpg(←)8月10日に初めて見た時、あまりの懐かしさに60年の時空を超えて小学生の頃に戻ってしまった。

神社の前の草むらで、実に糸を通して妹と首飾りを作っていた時に戻ったようで、疲れ傷みきった心が宙を浮いているような心地よい不思議な感じだった。

8-22-9.jpg

秋になったらいくつか実を摘んで腕輪を作りたい。
8-22-10.jpg


これはススキ?
8-22-11.jpg

17日間の夏休みも今日で終わり、明日は2学期の始業式。
学校に感染者が出ないように一人一人が予防意識を高めて2学期を修めることができますように。

「神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません」。(第一テモテ4章4節)

神が創造された物は、すべて意味と目的のあるものです。しかし、感謝の心がなければ、どんな良いものも無益なものとなり、むしろ人に害をなします。感謝する心が、すべてのものを価値あるものにします。感謝の祈りは、主とのつながりを強くし、人と人との関係を平和にし、心と体を健康にします。

8-17-1.jpg

「あなたのいつくしみはわたしの目の前にあり、わたしはあなたのまことによって歩みました」。(詩篇26篇3節)

恵みとは、神からの無償の贈り物です。イエスをキリストと信じるだけで受け取れます。それは罪の赦しであり、永遠のいのちであり、聖霊の力であり、人生の癒しであり、神の国のあらゆる祝福です。真理に歩み続けたから、恵みが注がれるのではありません。恵みに生きるから、真理に歩むことが喜びになるのです。


8-20-2.jpg

「しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」。(ロマ書5章20節)

サタンは私たちを、これができていない、あれがだめだと罪や弱点を指摘し、責めたてます。死の力が私たちを支配し、無力にし、落ちこませます。しかし、私たちはすでに十字架の恵みの支配にいるのです。サタンに騙されて、律法主義の罠にはまることを繰り返していてはなりません。罪赦されているという恵みに生きれば、自ずから、主に従うことが喜びとなっていきます。

8-22-1.jpg

「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ。あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つ」。(ダニエル書12章13節)

どんな困難にぶつかっても、人生に終止符を打ってはなりません。そんなことをしても、魂に安息は来ません。主が天に召される日まで、自分が受けている分を果たし続けるのです。それが安らぎの道です。この世の尺度で成功と失敗を量ってはなりません。主は私たちの涙と労苦に報いてくださいます。

8-22-2.jpg

「それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ」。(詩篇27篇5節)

ダビデは、主に窮地を救われるという経験を積み重ねてきました。今回も、主の隠れ場に隠され、やがて雄々しく立つ日が来ると確信しています。苦悩の日は、主にかくまわれて、自分の考えで動かず、主の声に耳を傾ける時です。御言葉と祈りで主の戦いに備える機会です。

8-22-14.jpg

「訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか」。(へブル人への手紙12章7節)

パウロは理不尽な苦難さえも喜びました。信仰の鍛錬として正面から受けとめ、品格と賜物を磨く機会としたのです。自業自得の苦難であっても、悔い改めて耐えれば、同じ益をもたらします。主の愛を信じましょう。主は私たちを大きな器に成長させたいのです。

8-22-16.jpg

「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われるものですが、後になると、これによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます」。(へブル人への手紙12章11節)

いずれにせよ通らされる訓練であるならば、逃げ腰にならず、進んで鍛えられればいいのです。その方が苦しみは軽く、短く感じられるでしょう。平安、柔和、自制などの実が結ばれると期待すれば、忍耐がさらに楽になります。

IMG_6361.jpg

「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません」。(へブル人への手紙12章14節)

罪を犯さないことで、聖められるのではありません。聖めるのは主イエスの血潮です。聖められることで、主に近づくことができ、罪の行いから離れ、主の教えを実践することが喜びとなるのです。何事も主の恵みから始まります。この順序を忘れないようにしましょう。


8-17-4.jpg

8-17-6.jpg

「兄弟愛をいつも持っていなさい」。(へブル人への手紙13章1節)
なぜ体も心も痛みを感じるのか。第一には、恵みの神、癒し主に近づくためです。第二に、苦しむ隣人の痛みを思いやるためです。自分が痛むときは、同じように痛んでいる人たちを思いやり、祈る時です。心が隣人に向かうことで、私たち自身も癒されていきます。私たちも多くの人に祈られています。主に愛されたように互いに愛すること、それが兄弟愛です。

8-10-7.jpg


8-10-8.jpg

「多くの国々の民、強い国々がエルサレムで万軍の主を尋ね求め、主の恵みを請うために来よう」。(ゼカリヤ書8章22節)
人々の心に漠然とした不安はあっても、危機感はありません。危機感があるなら、人は悔い改め、生活を根本から変えるはずなのです。しかし、今しか見ず、明日に目をつむります。終わりの日は刻々と近づいています。今こそ、主の恵みを請う時です。私たちに残されているのは、御言葉と祈りです。

8-12-3.jpg


8-12-4.jpg


ツクツクホウシ.jpg
ツクツクホウシ

DSCN0152.jpg

「神の愛に関しては、己の無力を十分認識して初めて、十分に成長したということができるのです」。

8-22-17.jpg

posted by 優子 at 17:01| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2020年08月21日

マチ・クマに思いを馳せて −「世界ふれあい街歩き アメリカ人気の街 政治の中枢 首都ワシントン」ー

時々BS3放送の「世界ふれあい街歩き」を朝に観ることがあるが、夜の放送で以前観たことがあるワシントンD.C.を再放送していたので家族で観た。

私は行ったことはないが次女夫婦に思いを馳せながら、知子とユキは2013年6月に行ったので懐かしそうに観ていた。あの時まもなく6歳になるユキは殆ど記憶していなかったが

DC1.jpg


DC2.jpg


DC3.jpg


IMG_0151.jpg


DC4.jpg


DC5.jpg


DC6.jpg
左に見えるメリーゴーランドは有名なんだって。

DC7.jpg
IMFは矢印の辺りにあるそうだ。

IMG_6269.jpg








別の写真から、そのあたりをアップにしてみた
DC8.jpg

これは知子がIMF屋上のテラスより撮った写真。
DSC05723.jpg
右奥に見えるのがキャピタル

ここはIMFの12階
IMG_0125_jpgE291A6.jpg


E69CACE5BD93E381ABIMFE381ABE8A18CE381A3E3819FE383A6E382AD.jpg

ニュースでもよく映るIMFの入口で。

IMG_0121_jpgE291A5.jpg


IMG-20130611-00023.jpg
2階のカフェテリアで


IMFのロビーで。
オチビだったユキはぐずっていた。
DSC05728.jpg


DC9.jpg


DC10.jpg


DC11.jpg


DC12.jpg

DSC05735.jpg


IMG_0161.jpg



DSC00977.jpg

これは結婚後まもなく留学のためにミネソタへ渡った10日後、2006年8月6日から3泊4日でワシントンへ行った時。

DC13.jpg


IMG_0158.jpg


DC14.jpg


DC15.jpg


DC16.jpg


DC17.jpg


DC18.jpg


DC19.jpg


DC20.jpg

ユキたちもスミソニアン航空宇宙博物館へ
連れて行ってもらったね。

DSC05701.jpg


IMG_0109_jpgE291A4.jpg
素敵な思い出をありがとう。

「ワシントンの街歩き」は平日だったので最後まで観ないで夕飯の後片付けやお風呂に移行しました。「ワシントンへ来たらこれを!」と3つの食べ物紹介だけは見ればよかった


IMG_6379.jpgそして今夜は、真智と太志君のことを想いながらワシントンの街を歩きました。
あんなに小さかったユキは157センチになって、春から5カ月で6センチも伸びて私より2センチ以上も背が高くなりました。
手の包帯は16日(日)の部活で右手薬指を強く捻挫して骨に少しヒビが入って大変だったけれど、固定しながら昨日から再び部活を再開しました。

昨日は神戸の叔母に電話をありがとう。叔母から感謝の電話が入りました。そして今日は夜遅くまで(午前2時半頃)までスカイプさせてしまってごめんね。お祈りありがとう。

こちらは今日も38度の猛暑が続いています。
これからも元気でね。

posted by 優子 at 22:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2020年08月15日

コロナ禍の夏はスカイプで次女夫婦と聖書タイム −宮沢賢治『銀河鉄道の夜』−

8月15日(土)日本時間10時半〜午後1時40分(D.C.は15日午前12時40分)まで、次女夫婦と知子と私の4人でスカイプしていた。

IMG_6126.jpg宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』には聖書を想起させる箇所がいくつもあるから、どんな感想か分かち合いたいと昨日次女夫婦が声をかけてくれたので、今日のスカイプを楽しみにスタンバイした。
(←左はカムパルネラ、右はジョバンニ)

賢治の作品は教科書に出てくる程度の小作品や詩しか知らない。『風の又三郎』 『よだかの星』 『注文の多い料理店』 『永訣の朝』 『セロ弾きゴーシュ』ぐらいだろうか。

今日はスカイプでアニメーション映画(1985年作品・107分:登場人物を擬人化した猫に置き換えたますむらひろしの漫画を原案にしたファンタジー)について、暫く語り合った。

あらすじ(MOVIE WALKER pressより):
ジョバンニは放課後、文選工(活版印刷で原稿に従って活字棚から活字を拾って文選箱に納める)の仕事をしている。彼の唯一の友達はカンパネルラだが、最近はあまり口を聞かなくなっている。

星祭りの夜、ジョバンニは病気の母親に飲ませる牛乳をとりに行くため、一人町はずれを歩いていた。彼はいつの間にか、天気輪の丘へ来ており、気がつくと巨大な機関車が停車していた。ジョバンニが魅せられたように乗り込むと、汽車は銀の砂をまいたような星の野原へと走り出した。汽車にはカムパネルラも乗っていた。

やがて、「白鳥ステーション」に着き、20分停車のため二人は汽車を降りる。らせん階段を下ると、そこは河原で学者達がボスという120万年前の動物の骨を発掘している所だった。

2人が再び、銀河鉄道に乗り込むといろいろな人が乗っていた。無線室で、盲目の無線技師が讃美歌の歌詞と、大型客船が氷山に衝突して沈んだという知らせをキャッチする。

検札が来て、自分の切符の行先とカムパネルラのものが違うと知ったジョバンニは、「どうして僕は一緒に行けないんだ?」と問うが、カムパネルラは答えない。

少女かおりと少年ただしが、青年に手を引かれ乗って来た。氷山に衝突して沈んだ船に乗っていたという。さきほどの讃美歌が聞こえ、青年とかおりとただしが一緒に歌いはじめた。

汽車はとうもろこし畑を通り抜け、ハレルヤの大合唱が聞こえた後、巨大な十字架の前に停った。乗客がみな降りて、十字架の方へと列になって行く。

車内はジョバンニとカムパネルラだけになった。「僕達、どこまでも一緒に行こうね」とジョバンニは言う。カムパネルラの目には涙があふれそうだった。

汽車は大きな石炭袋の中へ入って行く。真黒な闇の中、後部車両へと駆けて行くカムパネルラ。彼は最後尾のデッキへ出ると、追いかけるジョバンニの手前で境の扉を閉めてしまう。

ガラスの向こうでカムパネルラの唇が「さようなら、ジョバンニ」と動いた。カムパネルラの名を呼びながら、ジョバンニが目を覚ますと、そこはすすきの原。

あわてて牛乳を待って町へ降りたジョバンニを待っていたのは、カムパネルラが友達を助けようとして川に落ちて死んだという知らせだった。

賢治の臨終に立ち会った賢治の弟・清六によると、臨終直前に『国訳妙法蓮華経』を出版するようにという遺言を残している。賢治はクリスチャンではなかったが、『銀河鉄道の夜』は多分にキリスト教的だ。実際、牧師や神父だけではなく多くのキリスト者たちと関わっている。

IMG_6112.jpgしかし今回はそのようなことはさておき、作品自体をどのように感じ取ったかを話し合いたいとリードされて、自らと向き合いながら多方面から人間の実相を語り合った。

ワシントンはもう真夜中で二人は疲れているからと、私は次女夫婦を気遣いながらも時間を忘れて話していた。始まる前に良輔にも一声かけたが加わることはなかったが、とてもとても楽しいひとときだったから、月一回このような地上のオアシスともいえる時を持ちたいです。

IMG_6107.jpgマチ・クマの時間がゆるされて機会があればそれぞれの感想を表示したいと思う。
今日も37度近い猛暑で、洗濯物を取り入れる時も皮膚が焼けるのがわかる強烈な陽射しだった。

posted by 優子 at 23:28| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2020年08月13日

巨大戦争遺跡・屯鶴峯(どんずるぼう)地下壕

IMG_5925.jpg読売テレビ「ten」の「Let's Go! 若一調査隊」コーナーの若一光司さんは、1990年の交歓読書会でお目にかかったことがあるので(そのことは最後に記載)時々拝見しているが、昨夕の番組に親しくしていただいている「NPO法人・平和のための香芝戦争展」事務局長の西嶋拓郎さんが登場された。

題して「第一級戦争遺跡である屯鶴峯とは? 戦後75年のいま、実体に迫る!」屯鶴峯地下壕取材の案内人をされ、15分間余りの見ごたえのあるものだった。梅雨の最中に4回も取材に来て丁寧に撮影されたというから、一つの特集を作るにも真剣なんだと思った。

何度も地下壕見学にお誘いくださりユキにも誘うのだが、洞穴というだけで「怖いから行かない」と断られ私も未だ行ったことがない。

屯鶴峯には大学2回生の時に行ったきりだ。所属していた華道部と大阪府立大学のサイクリング部の合同サイクリングに行った時のことだ。府大(堺市/中百舌鳥)から日本最古の竹内(たけのうち)街道を通って當麻寺(奈良県葛城市)へ行く途中に、休憩をかねて屯鶴峯に立ち寄った。

戦争遺跡、西嶋さん、屯鶴峯と多方面に興味深いことばかりで、帰宅したばかりの夫も一緒にユキと3人で拝見した。

IMG_5922.jpg


IMG_5930.jpg


IMG_5937.jpg


IMG_5933.jpg


IMG_5934.jpg


IMG_5939.jpg

どんづる峯は奈良県香芝市にある奇岩群・奇勝で、標高約150mの岩だ。

IMG_5945.jpg

灰白色の断崖が続きそれが鶴の群れに見えることや、遠くからながめると、松林に多くの鶴が屯(たむろ)しているように見えることから「屯鶴峯」(どんづるぼう)と名付けられた。

IMG_5947.jpg


IMG_5948.jpg


IMG_5951.jpg


IMG_5952.jpg


IMG_5953.jpg
ここで、西嶋さんの登場!
西嶋さんは大阪で聾学校の教師を務めあげられた。
私は2011年の原発事故後にお出会いし、入園前のユキと共に何度かお宅での学び会に参加させていただき、以来多くのことを教えていただいている。若一さんと同じ1950年のお生まれ。

IMG_5954.jpg

近年の「平和の戦争展」では、

2018年は悩み極まって楽しみにしていた講演会さえ忘れてしまって参加できなかった。

さて、地下壕は碁盤の目のように互い違いになって総延長約1qが東西2つ存在する。

IMG_5966.jpg

沖縄戦は1945年3月26日〜6月23日。本土決戦に備えて突貫工事で掘られた。上空から見ても気づかれないような場所を選んだ。

IMG_5967.jpg


IMG_5973.jpg
メイン通路は約120メートル。

IMG_5977.jpg


IMG_5979.jpg

IMG_6010.jpg(↑)突き当りには大阪・太子町に通じる出入り口。入り口の高さと幅は約2m。
(→)内部の空間は煙を抜いたり脱出口になっている。

IMG_5983.jpg


IMG_5993.jpg

松代象山地下壕については、2015年9月のクリスチャン・ペンクラブの例会で今関信子先生(児童文学者)話されたことが印象深く残っている。

IMG_5994.jpg

屯鶴峯地下壕は、陸軍第19地下施設隊により造られた。

IMG_5999.jpg


IMG_6000.jpg


1945年4月、陸軍航空総軍が編成されて、八尾空港ができた。
IMG_6004.jpg


IMG_6005.jpg


IMG_6008.jpg


IMG_6013.jpg

皇族を迎えるために造られたもので、
ここで働いている人々を励まされたという。

IMG_6015.jpg

第19地下施設隊には約100名の朝鮮の人が正規兵として参加していたという。松代象山地下壕と同じく、ここでも強制労働のために朝鮮から連れて来られた人々が地下壕を掘ったのだ。

IMG_6019.jpg


IMG_6020.jpg


IMG_6021.jpg
「戦争を若い世代や子どもに語り伝えていきたい」。

西嶋さんが今夏作成された記録
IMG_6026.jpg


今思えば東大阪読書友の会を通して河内の郷土文化の著名な方々とお知り合いになったが、当地では唯一西嶋さんを通して多くのことを教えていただいていることに気づかされた。
「香芝の教育を考える会」には時間的にどうしても参加できない現状だが、これからも問題意識を失わずに生きていきたい。


8-12-1.jpgついでながら、昨日は水筒持参でユキと2時間歩いた。
ユキは私たちのウォーキングを「写真の旅」と名づけた。自然に口から出た言葉ゆえに素晴らしい命名と心躍った。

若一光司さんとは1990年1月20日(土)に豊中市立岡町図書館でお目にかかったことがある。1988年2月に東大阪読書友の会に入会して2年が経とうとしていた頃だ。
若一さんは私より一歳年上。私は38才、懐かしい遠い日々。老いた今も真理への探究心を失わないで生きよう。

IMG_6024.jpg

毎年、東大阪と豊中と会場を交互に交歓読書会を開いており、この年は豊中主催で豊中出身の作家を招いての読書会だった。テキストは若一さんの『漂う光に』。その2日前には東大阪の1月の読書会で夏目漱石の『倫敦塔』を開いているので、この月は2冊読みこんでいたわけだ。

posted by 優子 at 15:00| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年08月11日

「危険な暑さ」続く夏の日

昨日の奈良は36度、今日は38度と、8月に入って危険な暑さが続いている。そんな今日の11時過ぎ、パソコンを開いてまもなくマチ・クマが声をかけてくれスカイプで再会した。

今年は帰国できず、今後もいつ帰ってこられるのだろうかと寂しくなる。猛暑になってから私は毎日のように昨年の夏を想い出している。奈良公園でのことも何もかもが懐かしく、飽きずに過去ログを開いては次女夫婦と共にいた思い出にしばし抱かれる。

今日のスカイプでは、昨日の記事で取り上げた永井隆博士の生き方、信仰について感じたことを話してくれ、毎日次女夫婦が大切にしている聖書タイムでの話もシェアしてくれて恵まれた。

8-11-10.jpg
ヘソクソカズラ

今朝はユキが8時前から2時間半もトライアングルゾーンの雑草や柵に絡まるヘソクソカズラ(何というひどい命名だろう)を取り除いてくれ、汗だくになってシャワーから出てきたユキもスカイプに加わった。

8-11-11.jpg

この時もすでにカンカン照り!

8-11-12.jpg

いつものようにマチ・クマはポケモンの話に付き合ってくれていた。 そのあとバスケットボールの話もしていたね。マチ・クマもバスケをやっていたからね。

私はユキが話している間に生協さんの荷受けを終えて、いつものように早々と洗濯物を取り入れた。

まるで部屋に真智と太志君がいるみたいに3人の声を心地よく聞きながら用事をしていた。
いつだったか休日のスカイプでは知子と真智と太志君の声を耳にしながら果物の用意をしていたら、マチ・クマはワシントンだからいらないんだと気づいたほど、話し声を聞いているとここにいるみたいだった。

「ワシントンはもうすぐ午前0時になるから早く切らないと」とユキを促して、最後に私ももう一度スカイプに戻った。

真智と太志君、いつもありがとうB.jpgユキは汗が流れる皺くちゃの顔を撮っていた。あと1年もすれば母が亡くなった70歳になる。しばらく自分の老いた顔を見入っていた。
とにかくユキはマメな子だ。最近は余計な写真ばっかり撮って笑う種にするのだが、そんなユキのおかげで「ブルンナー読書会」の様子を撮ってくれていたこともあり感謝している。

ユキは私の思い出を残しておこうとしているのだと思う。
昨夕の散歩は熱中症かと思うほど帰り道でしんどくなった時、「ここで待ってて、ユキが冷たいお茶を取ってくるから。おばあちゃんはここに居ってや!」と駆け出そうとした優しいユキ。

3カ月の休校中はユキと毎日歩いたが最近は私が歩いていないからと、7日から夏休みに入ってから私を散歩に誘う。今朝は「おばあちゃん、長生きしてや」と言われて嬉しく、そして私もそんなことを言われる年になったんだと、過ぎた日々やこれからのことに思いを馳せた。

ユキは今またスマホをママに取り上げられているけれど、この子もママや真智のように塾に行かずに自学自習するのではと思う。
夏休みに入ってから期末考査前のユキと違って、自らやる気を出して夏休みの宿題やっている。 

8-10-5.jpg
ママは仕事、ユキは夏休みの宿題。
頼りないけれどユキはユキらしく伸びていけばいい。

8-9-28.jpg
トンボがいっぱい。


8-11-1.jpg
9日にユキに買った60倍ズームのカメラで
今夕の散歩で撮ったよ。

8-11-9.jpg
これは私が撮ったもの。
これでカメラの取り合いで揉めなくてよくなった。

真智、太志君、来夏には会えるのかなぁ・・・いつも一緒に居たいな・・・また会う日まで神さまのお守りがありますように。私もいつもお祈りしています。今夏の光景を真智と太志君にブログで送りました。

知子の知人はコロナ感染から生還されて明後日退院されるとのこと。
私は「2度目の誕生日やね」と”happy birthday”を歌っていた。


8月12日追記:
DSCN0193.jpg昨日はこんなに草ボーボーだったのに、こんなにすっきりしたよ。
今朝もまた小さな小さなユキの三角庭園に心を注いでるよ。

IMG_5824.jpg


posted by 優子 at 23:59| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

永井隆「この子を残して」 ーこの子(茅野さん)から知子にいただいたお手紙ー

長崎の原爆、永井隆博士のことはあまりにも有名だ。亡くなられたのは1951年(昭和26年)、私が生まれる半年前だった。
永井隆さんは1908年(明治41年)に誕生し、医師になるべく長崎医科大学へ。卒業後は放射線医学を研究し、当時不治の病と言われていた結核を研究。一日に何百人ものレントゲン写真を撮り被爆、37才の時に白血病に倒れるが、その後も熱心に治療と研究を続けた。

『この子を残して』は、彼の遺児、長男の誠一(まこと)と長女の茅野への愛の遺書でもある。大学時代に買った本をもう一度読みたくて蔵書をさがしたが見当たらず「青空文庫」で読む。
わが亡きあとの子供を頼んでおいた妻は、バケツに軽い骨となってわが家の焼け跡から拾われねばならなかった。台所で死んでいた。

私自身は慢性の原子病の上にさらに原子爆弾による急性原子病が加わり、右半身の負傷とともに、予定よりも早く動けない体となってしまった。ありがたいことには、たまたま三日前に、山のばあさんの家へ行かせた二人の子供が無傷で助かっていた。

私はこの二人の子にのこす遺産を何ひとつ持っていない。私には財産が無い、いま住んでいる家も土地もばあさんの所有を借りている。家具も着物も焼けてしまった。わずかばかりの貯金は使い果たした。私の死んだあと、二人の孤児がもつものは思い出である。思い出だけである。父の思い出と母の思い出と。

美しい思い出をのこしてやりたい。潔い思い出をのこしてやりたい。ゆかしい思い出をのこしてやりたい。ひとりの父と、ひとりの母。この純粋な親の思い出を……。

苦しみを体験したことのない人は無邪気である。辛い目に会おうたことのない人は無遠慮である。心に傷のない人は鈍感である。自分が鈍感だから、敏感な人がそばにいることに気がつかない。そうして無邪気に他の人の心の傷に触る。無遠慮に他人の胸の痛みを刺激する。

それも、傷に触ると知らず、痛みを起こすことも悟らず、天真らんまんとやっているのだから罪はない。罪はないけれども、やられたほうはひどい目にあう。

孤児が真実孤児の道を歩こうとすれば、いやでもおうでも、耳には痛い言葉が入り、目にはつれない仕打ちがうつる。耳をふさぐことはできない、目をとじては歩けない。痛い言葉を聞きながら、つれない仕打ちを見つめながら、ひたすらごまかしのない道を進むよりほかはない。

誠一とカヤノがこの道を行くうちに、いつしか、恨み・憎み・ねたみ・そねみ・のろいの念を抱くようになりはしないだろうか?
私が今、心の中にひそかに案じている点はこれである。そうなったら道は横に外れて地獄にいたる。

永井隆・誠一・茅野親子.jpgどうかこの子たちが自分の受けた苦い杯をそのまま正直に飲みほしてくれればいいが! 他人の手の中の甘い杯を欲しがらねばいいが! 甘い杯を飲む他人をねたまず、かえって天真らんまんにその幸福を祝ってくれればいいが! 

さらに進んで、甘い杯をにっこり笑って飲み干す他人とまったく同じ歓びを抱いて、この苦い杯を飲み干してくれたら、どんなにいいだろう! その境地にまで上ってくれたら私も満足する。

己が受けた運命の苦杯を飲み干すことは、「あきらめ」という心境に至ればだれにでもできる。しかし大いなる歓びをもって苦杯を飲み干すことは、あきらめだけではできない。これは神の摂理を信じて初めて至り得る心境である。甘い杯も苦い杯もそれぞれ神の愛の摂理によって与えられた最上の賜物である。

誠一よ。お前が飲むその苦い杯、それは神さまの愛の処方だよ。
カヤノよ。その杯は苦いでしょう。苦いけれども神さまのくださったお薬だよ。それを飲むと、きっと永遠の幸福があります。その苦い杯をいただいたことを神さまにありがとうしましょうね。

神を愛し、神に愛されるにはどうしたらいいのか? 
甘えなさい。幼児が母に甘えるように甘えなさい!

二人のわが子にこう教えておきたい。
甘える。これこそ神をまったく愛し、まったく信じ、まったく頼っておらねばできぬ態度ではなかろうか。神にぴったりくっついて初めて甘えることができる。

そんなに顔をくっつけて、ぐいぐい押したら、くすぐったいじゃないか? クックックック、まあ、お父さんの着物に鼻汁なんか付けて。むかしカヤノがよくそんなことをしたものだった。私の心の中に、この子いとしさの情がたぎり湧いた……。

どこからともなく、75年間は人の住めぬは言うまでもなく、草木も生えぬといううわさが伝わっていた。私は寝たまま考え続けていた。

爆弾から降った放射能粒子や、地面の原子が得た放射能がそんなに長い期間残っていようとは、どうしても考えられなかった。そんな放射能はすみやかに減ってゆくはずである。理論上一応はそう考えられても、何しろ最初の出来事だから、実際に験べてみなければ確かなことは言えない。

みみず・あり等の土の中に住む小動物に気をつけた。土に大量の放射能があれば、こんな小動物は死滅してあらわれないはずである。しかるに、爆心地で七週間後にたくさんのありの列が見つかった。三か月後には、みみずもたくさん見つかった。こんな小動物が生きているのだから、大きな人間の生命をおびやかすほどの放射能はまずあるまい、と推論した。

石川博士や篠原教授のおかげで正確な結果が得られた。二人の幼子もたびたびの採血試験などに痛みをこらえて、貴い材料を提供してくれた。

こうして原子野住居差し支えなしとの結論はいち早く得られ、私たちは郊外の村々に避難している市民に向かい、すみやかに焼け跡に帰り再建にとりかかりなさい、と呼びかけることができたのだった。
私の小屋は妻の骨を拾った焼け跡に建ててもらっていた。

多くの同僚は講壇で死に、多くの学生もまたノートをとりつつ果てた後、こうして私たちだけが、真理探究の道をさらに続けてゆく……。それを想うと、おろそかならぬ使命がお互いに感じられるのであった。

講義がすんで医局へ帰ると、全身に張りつめていた力がすうっと抜け、楽屋に放り出された浄瑠璃人形みたいに、腰掛けの上にのびてしまう私だった。

そうこうして講義や教授会に出ているうち、しだいに体の力がなくなり、とうとう七月の末、長崎駅で倒れてしまった。夕方ようやく小屋にたどり着いたが、それっきり床に就く身となり果ててしまった。

私の皮膚は白血病に特有の青さで、見ただけでも気味がわるい。脚も腕も細るだけ細り、これ以上は骨が邪魔になってやせられないところまで来ているから、もうやせる心配はない。

若くしてバスケット・ボールの選手をしていたころには、身長171センチ、体重71キロという好い体格だったので、久しぶりに会う友だちは一目見ただけで涙ぐむ。

全身やせ細っていて、腹だけがこれ以上は皮が伸びないところまで膨れている。なんのことはない。腸満にかかった青がえるだ。腹のまわりが、へその高さで91センチ、ちょうど妊娠10か月目のおなかの大きさにひとしい。これは脾臓が途方もなく大きくなっているからである。

脾臓はもともと手のひらより小さいくらいのものなのだが、私の腹の左半分全部を占領してまだ余り、へそを越して右のほうへかなりのさばり出ている。

この張り切れるだけ張り切った脾臓に、外から何かちょっと一打ち当てると、たちまち裂けて、内出血を起こして死なねばならぬ。まるでダイナマイトを腹の中に入れているようなもので、油断ができない。

カヤノが遊びから帰ってきて、私の眠っているのを見定め、こっそり近寄って、お父さんのにおいを求めたのは、こんなわけがあるからであった。

私も……わが子のにおいを久しぶりに味わった。白血病といえば、なんだか真っ白い血が冷たく流れているような気がするが、その私の血管の中に久しぶりに熱いものが流れ始めた。

私はぐっとこの子を抱きしめたくなった。親犬と子犬とが遊ぶように、どこでも構わず、かみついたり、なめたり、たたき合ったり、ゆさぶったり、思い切り体と体とぶっつけ合って、時のたつのを忘れてみたい。そうしたらこの子はうれしさに息もつまり、笑いが重なって身もだえするであろう。

脾臓が裂けるなら裂けてもいいじゃないか。この子がほんのひと時でも私から父の愛を受けて悦んでくれたら……。

だが、私にはそれが許されない。一月でも、一日でも、一時間でも長く生きていて、この子の孤児となる時をさきに延ばさねばならぬ。一分でも一秒でも死期を遅らしていただいて、この子のさみしがる時期を縮めてやらねばならぬ。

胸の中に桜島の煙のように時々ぐぐっと噴き上がる愛情をおさえ、私はことさら冷たく子供を遠ざけておらねばならぬ。ぐっとおさえると、かえって大きくたぎって噴き上げる、まくらもとの火鉢の湯沸しの湯気にも似た骨肉の情である。

もう一人の親、母がおりさえすれば、この子も父をあきらめて、その母にとりすがるのであろうに、その母は亡く、母のにおいの残った遺品もなく、面影をしのぶ写真さえ焼けてしまって一枚もない。

私がやっぱり眠ったふりをしていると、カヤノは落ち着いて、ほほをくっつけている。ほほは段々あたたかくなった。

何か人に知られたくない小さな宝物をこっそり楽しむように、カヤノは小声で、「お父さん」と言った。それは私を呼んでいるのではなく、この子の小さな胸におしこめられていた思いがかすかに漏れたのであった。

死病にかかっている父、二人の幼い孤児予定者。これが如己堂の住人である。この三人の人間が生きてゆく正しい道はどこにあるのか? 

それを探して苦しみ悩み考え、祈り、努めてきた。私が考えたこと、子供たちがしたこと、子供に話したこと、今わかりそうにないから書いておいて後で読んでもらうこと。それを、そのままこの書に書いた。
長崎市永井隆記念館長を務めた永井誠一(まこと:1935年生まれ)さんは、2001年04月04日に66歳で亡くなっておられる。
茅野さん(1941年生まれ)は、2008年2月3日に亡くなられ、お兄さんと同じ66歳だった。

長崎と広島の地獄を生きねばならなかった人々を思うと、わが身の苦悩など蚊に刺された程度でさえない。耐えがたい時はこの世の地獄で苦悩の極みを受けねばならなかった人々のことを想おう。
そんな中にあっても我々よりもはるかに豊かな人間性を失わずに生きた人々が居られたことを忘れないことだ。

8-9-18.jpg

ここに知子が小学生の時に茅野さんからいただいたお手紙を一部抜粋して残しておきたい。落手した年月日を記していなかったのが残念だが。

   IMG_5748.jpg茅野さん⓵.jpg


IMG_5749.jpg


IMG_5745.jpg


    IMG_5750.jpg  IMG_5751.jpg

8-5-4.jpg茅野さんも神さまのもとに帰られて12年半になる。
筒井茅野さんが通っておられた枚方カトリック教会ならば、東大阪から1時間ほどで行くことができたのにと悔やまれてならない。

posted by 優子 at 22:54| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

「焼き場に立つ少年」 −広島に続いて長崎も地獄と化したー

8-9-1.jpg

広島に続いて今日は長崎に原子爆弾が投下された日だ。昨夜遅くからETV特集「『焼き場に立つ少年』をさがして」を見た。

IMG_5525.jpg
これが「焼き場に立つ少年」の写真だ。
亡くなっている弟を背負う少年の写真をローマ教皇のフランシスコが、世界の教会に配布したことを機に世界が注目した。その時に添えられた「戦争がもたらすもの」という教皇の言葉に深い人間性を感じる。

      IMG_5525.jpg  8-9-7.jpg
世に出ている左側の写真は、少年の上着の左胸に縫い付けてある名札の位置が右側になっていることから、これは裏焼きされたものであり、反転させた右側の写真が正しいものである。

8-9-6.jpg
終戦後に長崎に進駐した米軍の従軍カメラマン
ジョー・オダネル氏(1922〜2007年)

この写真を撮ったオダネルの写真集『トランクの中の日本』(小学館)には、少年が亡くなった弟を背負って火葬場に来た時の様子が記されている。

「長崎ではまだ次から次へと死体を運ぶ荷車が焼き場に向かっていた」。
「焼き場に10歳くらいの少年がやってきた(中略)少年の背中には2歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた」。

8-9-8.jpg


8-9-9.jpg


8-9-10.jpg


8-9-11.jpg


8-9-12.jpg


8-9-13.jpg
少年の足元にある境界標石に刻まれている文字は「縣」。

オダネルは1946年に帰米後、「『焼き場に立つ少年』を含む写真フィルムをトランクの中にしまい込み、封印したが、1989年にアメリカ国内で反核運動が展開される中、核の恐怖を伝えていく決意を固めて43年ぶりにトランクを開け」た。

ETV特集では、長崎放送局が写真から撮影日時の真実に迫り、米軍が戦後九州で撮影した約4千枚の写真を手がかりに多角的に分析調査した。「原爆孤児らの証言をひもときながら『焼き場に立つ少年』が生きたはずの戦後の日々を見つめた」。

IMG_5493.jpg8-9-3.jpg白目のところに出血が見え、鼻孔に鼻血を止めるような詰め物が見える。
1グレイくらいの被ばく線量を浴びることで易(い)出血性(血液凝固の異常)が出てくる。1グレイは初期放射線だと長崎の場合は1.5キロ。

8-9-4.jpg

「しかし、後から歩き回ることによって
8-9-5.jpg

1.5キロにあの瞬間にいたとなると、もっとひどい状態になっている可能性がある」。

そして、この写真はいつ、どこで撮られたのか。
IMG_5503.jpg

場所や月日もほぼわかったが見入っていたためメモを取っていない。

IMG_5508.jpg



8-9-14.jpg
「(原爆は)何も救わなかった。罪のない人々を殺しただけ。私の考えに同意しない人がいるのは分かっている。でも、我々はおばあさんやおじいさん、子供を殺した」。

8-1-3.jpg
少年の足元には、ケーブルが3本敷かれている。

IMG_5506.jpg一発の原子爆弾で一瞬にして人間も建物も消滅した。戦争孤児だった人が重い口を開いて語ってくれた。

その地獄の中で歩ける者は夥(おびただ)しい黒焦げの死体を避け、避けることができない死体は踏まねばならず、踏むと骨が崩れる音がしたという。

親が死んでしまい、兄弟、あるいは自分一人だけ残されて、どうやって生きていけばよいかわからず、悲しいという感情もなく、涙さえ出なかった。この子も同じだったのだと思う。

生き残っても親戚をたらい回しにされて、辛辣な言葉の刃が心に突き刺さったと、今なお癒えぬ心の内を戦争話してくださった。

この少年が生きたはずの戦後の日々を見つめ、「戦争で最も翻弄されたのは誰だったのかということを問いかけている」と特集は結ばれていた。
「戦争反対!」を叫ぶだけが反戦運動ではない。まさに「戦争がもたらすもの」がいかに悲惨であるか。2度と同じことを繰り返してはならない。

世界中に報じられた広島の原爆の日。
米国の良心を見守りたい。
8-7-3.jpg

posted by 優子 at 21:15| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年08月06日

コロナ禍の夏 −明日は終業式ー

8-6-4.jpg

今日は広島に原爆が投下されて75年目を迎える。
為政者たちよ、特に日本の為政者よ、
生き証人たちが存命のうちに賢くなれ!

8-6-1.jpg

米中の対立は南シナ海か宇宙まで。アメリカが宇宙軍を創設しているとは耳を疑った。また、7月28日の報道ではイランの軍事演習に唖然と、「何という愚かなことを!」と言葉が飛び出した。
 海の中も破壊が止むことはない。人間の罪深さ。過去から全く学ぼうとしない。

7-28-4 何という愚かなこと!.jpg

E68A98E3828AE9B6B4_E8B5A4-thumbnail2.jpg

8-1-3.jpg
(Photo by Yuki.)

6月から通常登校が始まり、部活にも慣れ、期末テストも終わり、明日は終業式。コロナ禍の学校の様子もかねてユキの成長を記録しておきたい。

今週から三者懇談が始まり、ユキは8月3日に懇談を終え成績表も手渡された。2教科が「4」だったが、そのほかすべて「5」を並べたのはびっくりした。

テストの1週間前にも「英語はどうやって覚えたらええかわからん」と言ってくるので、どう説明してやればよいのかわからず、「文句なしに覚えるんよ。漢字を覚えるのと同じ」と言うしかなかった。

私はの記憶力は怖いほど低下しているのに、55年前に覚えた単語もかなり覚えているのには驚いた。脳が冴えている中・高校時代を私のように無駄にしないで!

とにかく小学校時代に勉強のやり方を身につけておかなければならないのに、遊んでばかりいたから大変だ。2学期はもっと難しくなるからとか、2年生の成績から内申書に関係するとか、先生の方から発破を掛けられた発言にも驚いたが、確かに次はこんな楽勝にはならない。

7-30-1.jpg部活が始まってからは夜8時半を過ぎると睡魔に襲われて9時半頃には寝てしまうので、時間と競争でメリハリつけて早く取り掛かるようにと声をかける日々。

右は7月30日のユキ。部活には2リットルの水筒を持参する。学校から帰るとシャワーに入り、部活後も即シャワーに入る。

IMG_5105.jpgこれは昨日のユキ。3日前に散髪してスッとしたのに、前髪が短くなったからとタオルを被っている。炎天下だから帽子代わりになっていい。
リュックにはバスケットシューズが入っている。


短縮授業になってからはこのような日々。コロナではなければ朝練も加わっていたなんて、体育系の部活に励む中高生はすごい。
IMG_4767.jpg

「OL」とはオンライン授業のことで、授業とは言え、授業をライブで配信されるのではなく録画でもない。〇✖式に答えて進むだけ。短いものは数分で終わるので補習にさえなりうるのか懸念する。

8-4-2.jpg

明日は終業式。2学期の始業式は25日で26・27日は実力テストだから、小学生時代とは違う。

IMG_4783.jpg

地域の行事もコロナで殆ど中止されている。ラジオ体操は期間を縮小して実施される。自治会長さんは、回覧板に「師範」だなんておもしろい(^0^)。

ユキは中学校の体育の厳しさに「軍隊みたい」とびっくりしていた。ラジオ体操も全く別のものかと思うほど、習ってきた日は違いを教えてくれた。

7-5-6.jpg
次の写真は学校生活が始まって1ヶ月あまり過ぎた7月初め、ユキはワシントンの真智と太志君に中学の制服を見てもらいたくて7月6日朝7時半にスカイプを繋いだ。D.C.は5日夕6時半である。



7-6-2.jpg


7-6-3.jpg


7-6-4.jpg







7-6-5.jpg







「Time  is up だよー」
7-6-7.jpg

「行ってらっしゃ〜い!」

さっきは、スカイプでまた会えて嬉しかったし、
ゆきの制服姿見ることができて超嬉しかったわ!!
あんなに制服似合ってたら、学校行くのも楽しくなりそう」」

スカイプの朝にA.jpg

2020.7.6朝.jpg「ゆき、最高の笑顔やね!
見たらこちらまで笑顔になる。
私たちも最高に嬉しかった。
ありがとう!
本当に嬉しいわ。ママ、ありがとう」。

マチ・クマはいつもこうして心あたたかく、何よりも自ら楽しみ、心をよせてユキの成長に関わってくれている。ユキは本当に幸せだと思う。神さまはユキのために大切な保護者を与えてくださっている。

最後にユキが撮った珍しいツバメ。
コシアカツバメの子供⓵.jpg

コシアカツバメの子
電線に5羽止まっていた。

コシアカツバメの子供B.jpg


これはいつも見るツバメの子。
餌をとって飛んできた親鳥を口を開けて迎える。
IMG_4207.jpg

最近の感染者数の多さは怖い。学校生活が続くかどうか。医療者現場では大変なことになっているのだろう。休むに休めない医療従事の方々の健康を守ってくださるように祈り続けよう。

知子の知人は人工呼吸器を外して生還、最初の病院へ転院、一般病棟で療養中とのこと。今日支社長がご挨拶に来てくださり、知子からその吉報を受けた時、私は見守り携帯電話越しに号泣してしまった。涙が止まらなかった。
電話を切ってからもしばらく泣きながら神さまに感謝し、気持ちが落ち着いて、医師や看護師の方々に心から感謝した。

IMG_5713-87e9d.jpg4月8日、入学式のユキを初めて記録する。
この時はまだ私の方が背が高かったのに今は3センチ抜かされ157センチ。3者懇談会で「大きくなったね」と、先生が何度か仰ったほど著しく伸びているようだ。
しかし細すぎる。もっともっと食べないとね!

IMG_5682-c147d.jpg

IMG_5686-85d7e.jpg

配布された教科書が重くて持ち上げられない。
IMG_5722.jpg
二上山(雄岳)が近くに見える。右端は良輔(ユキの祖父)。

下記は入学式当日の記事より:
今日は中学校の入学式。小学校の卒業式同様に時間短縮で、「保護者の皆様には、原則、同居しておられる親族に限る参加でお願いします」とのこと。
74歳の夫(ユキの祖父)は、ようやく今週から出社しないことを受け容れてくれたので在宅ゆえに式に参加した。幼稚園、小学校在籍中に式に参加したのは初めてのこと。私たちにとっては実に不思議な神の御手を感じる。

知子は式後出社。

昨日国の緊急事態宣言を受け、大阪府も緊急事態措置がとられ経営者として日に日に過酷な現実に向き合っている。そのことは近々別の機会にと思う。これからどうなっていくのだろう。コロナ禍が去った後、日本も経済活動の形態は大きく変容していることだろう。

posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2020年07月30日

感染に歯止めかからず COVID19ー㉕

感染に歯止めがかからない。非常に危惧する状況だ。これは昨日の全国の感染者数だが、今日もまた過去最多を更新した。

7-30-2.jpg

今や東京がダントツに多いわけではなく、PCR検査の陽性率は大阪も同じ。

7-29-5.jpg


7-30-3.jpg

今日は東京都で367人、大阪府190人、空港の検疫も合わせると全国の感染者数は1301人と発表された。
このような状況になっているのに未だPCR検査を受けさせない日本。

7-30-5.jpg


7-28-4.jpg

新型コロナウィルス感染が報じられた当初、毎朝テレビに張り付いていた。その後コロナのことについて大体の知識を得て、感染も落ち着いてきたので2か月ほど前からBSの世界のニュースに戻っていたが、数日前から地デジにチャンネルを変えながら見るようになった。

昨日の報道で、感染した内科医がエクモをつけるほど最悪の危機状態から生還されて、コロナの怖さをシェアしてくださっていた。分かち合うことの大切さを実感した。

最初の症状は高熱と全身の倦怠感で、数日後に強い乾咳(からせき)と呼吸困難になって入院。入院して安静にするが症状は悪化し、呼吸は苦しく酸素数値も悪化して人工呼吸器をつけた。

重症化した内科医@.jpg
娘の知人のことを想った。

重症化した内科医D.jpg

「持病もなくお酒もタバコもやらない健康な人が重症化するのはありえない、怖いことだと思った」。

先日娘の知人もまた、しっかり予防しておられるのに感染して7月16日に入院されたと勤務先の支社長から連絡が入った。
その後全く連絡がないので心配でたまらず、ご本人のこと、お子達や伴侶のことを祈っていた。

それから一週間ほどして意識不明で人工呼吸器をつけているとの連絡が入った。今週初めに支社長宛てにご本人から「呼吸器を外した」と短いメールが入ったとの連絡を受け、私も我が娘のことのように喜んだ。

幸いご家族は感染しておらず、ご本人が順調に回復されることと、特に二人の中学生のお子達のことを祈る日々である。

今もコロナ感染を軽く見て他人事の人もいるだろうが、今や誰でもどこでも感染するのだ。そして持病がなくても重症化するのだ。高齢者ならば猶のこと、持病があり、まもなく後期高齢者になる人よ!

附記:
当初このウイルスは、インフルエンザや風邪ウイルスのように鼻腔や咽頭で増殖し、咳や痰で周囲に拡散すると考えられていたが、その後の研究で唾液に大量に含まれることが判明した。

大声で話し、唾が飛ぶことで周囲に感染させる。密閉空間、密集場所も危険因子だが、大声での会話とは比べものにならない。

満員電車の集団感染は報告されていないが、屋形船、居酒屋、カラオケ、さらに合唱団、相撲、剣道などで集団感染が生じたことにもこれで説明がつく。密閉空間、密集場所と密接場面を区別して議論している人は、果たしてどれくらいいるだろうか。

最近の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』や『サイエンス』などの科学誌や医学誌には、飛沫やエアロゾルによる感染の論文が多数掲載されている。
世界の研究者の関心がここに集まっているのが分かる。ところが、日本は「3密」から進んでいない。

独占が腐敗を生むのは世の習いだが、厚労省、感染研、保健所などから成る「感染症ムラ」ともいえる構造。「感染症ムラ」をゼロベースで見直す時期である【「厚生福祉」7月7日号より】。
           (時事ドットコムより)

感染症ムラの専門家を外せば、日本には感染症のエキスパートはいなくなる。人材がいないので、尾身・岡部・脇田・田・押谷の面々がずっとやっている。

私はずっと言い続けているが、この連中はPCR検査の意義を認めていない。感染症対策の柱として、PCR検査と隔離を位置づけていない。

押谷仁は一貫してPCR検査は必要ないという立場であり、その押谷仁が分科会にいるかぎり、政府が世田谷区的な「社会的検査」をやるはずがないのだ。
          (『世を倦む日々』2020.7.29より)

異様なほどに検査を拒むのは政治家ではなく、感染症の専門家だったのか。いくつかの記事を読んだだけで軽々に判断はできないが、いずれの専門家であれ、学問を志した人ならば客観的かつ正当な立場で、良心に従って職務を果たさずにはいられないと思うのだが。


IMG_4853.jpg
まもなく梅雨明けか

posted by 優子 at 22:55| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

ブルンナー読書会㊵ ―信仰と愛―

7-5-1.jpg連日雨が続いている昨日、2月の読書会以来5カ月ぶりに「ブルンナー読書会」を開いた。
感染予防のために窓という窓を全開して、途中で土砂降りになっても閉めないで、マスク着用して小声で、学びの後のケーキタイムも自粛。お茶さえご無礼して、ご自身でお持ちいただいてのひとときだった。

7-25-1.jpg
テキストはエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳 『フラウミュンスター説教集U』(教文館)の7回目、説教のタイトルは「信仰と愛」。
出席者:3名
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(小さな小さな声で讃美した)
奏 楽:知子
聖書:輪読
開会の祈りと要約発表:知子

コリント人への第一の手紙13章1節〜13節:
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。

たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。 なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。 全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。

しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

知子が配布した要約
7-25-3.jpg
IMG_4704.jpg

●真実と誤りが奇妙に入り混じった考え(信仰の誤解)
*愛 > 信仰より重んじられているように思うから、聖句も愛用されている。
*実践的キリスト教の重視 ・・・ 実生活における愛の実行こそが最重要であり、どの宗教、信仰かはさほど重要ではないという考え。

確かに聖書自身、最後の審判では憐れみを施したかどうか、隣人に仕えたかを尋ねられる(知識量ではなく実践を問われる)が、それだけを強調するのは信仰の誤解。
∴愛、信仰についての正しい認識がいよいよ重要となってくる。

■パウロの示す正しい信仰とは
(我々の聖書に対する関係ではなく)キリストに対する関係のみである。
←まだ新約のなかった時代、パウロは真と証言だけによったから。
マルティン・ルターも「パウロやペテロが言っているから、その権威ゆえに信じる」という信仰は役立たないと言っている。(自ら実感を持って、知ってこその信仰である)

使徒たちの証言や聖書の教えは、神ご自身のことばが届けられるための道具、語られる場所、信仰成立の手段でなければならない。
* 使徒や予言者の言葉(自体)が信仰の基礎、対象ではない。
* 聖書は神の啓示そのものではなく、神の啓示の証言である。
よって聖書(という本自体)を信じるのではない。
信仰の基礎はキリストのみで、ご自身が神の言葉であられる方の人格の啓示を信じるのがキリスト信仰である。

■神様の愛とは  私達に条件設定をせず、動機も要しない愛 (私の言葉)
* 愛するに値しない状態「〜にもかかわらず」「いかんにかかわらず」の愛。(前代未聞の底知れぬ愛)=アガペーの愛
* 私達の状態が甚だ悪く、自らを嫌悪し、憎みたくなる状態の時でさえも私を愛しておられることを悟るべきです。
* 神の愛は私がどのような人間であるかということではなくて、ただ神がどのようなお方であるかのみにかかっている(信仰)。 (質問;とかみしめて感謝する人でなく、キリストを拒否する人にも?!)

信仰とは、神はここまで愛して下さる方であると悟ることに他ならない。受け取ること。信仰とは、ただ心のなかに感謝して受け取ること。

p.62 L4 もし我々の信仰が正しいものなら、神の愛が信仰を通して、聖霊によって(ローマ5-5)我々自身の中に入り込んでくるのである。そして、この流れこんだ神の愛は必ず生きて働き再び流れ出すゆえ、もし私達が生きて再び他者に流れ出すことができずに、愛が目に見えてこないところでは、信仰もまた存在しないのである。  ★★

■ 信仰は必ず愛において真偽を現す。
∴もし正統的な信仰や聖書を全て信じていても、自らイエスを信じるまでに至っていないならば、心は空虚なままである。

キリストを信じる信仰から生まれる愛もまた、アガペーと同類でなければならない。「その相手の状態によらず」=憎むのが当然の敵、卑劣漢(クズ人間)をも愛する。「あなたがたの敵を愛せよ」(マタイ5:44)
■ 信仰を測る尺度は愛である。(反自然的な愛)

「そもそも我々自身はこの言葉を実行することはできず、ただキリストのみが我々にこの愛を与えられる」

★★ それゆえに、信仰から生じる愛による交わり語り合い、吟味しあう小グループが必要、聖化をめざしての努力。
* キリスト教は実践的であろうとし、生活の中でその正しさを証明しようとするものでなければ何の役にも立たない、という意見は完全に正しくて聖書全体が語っていることである。

結論  愛は、キリストとの結合によってでしか成長しない。もしキリストを欠けば、何事も成しえない。神のゆるしの愛を信じる信仰によって生きること。自らもゆるし愛する人間となること。これがキリスト教の全体である。

学び) 実生活における愛の実行こそが最重要であって、それができるならどの宗教、信仰でも問題ではないという考え(真実と誤解の混在)は表向き同じであってもまったく違うということがわかった。
また、本当の信仰というのは、いかにこのどうしようもない私が神様に無条件に愛されているか悟って、その受け続けている愛を感謝をもって他に流していくことなのだということ。
それができなければ本当に神様の愛、信仰がまだまだわかっていないということがわかった。

解説していただいた要約:
「愛」という言葉は、ドイツ語は” Liebe”、 英語も"Love"という言葉しかなく、日本語には愛という言葉もなかった。

エロースとは価値あるものに対する愛、価値がある故に愛する愛であり、それに対してアガペーの愛は価値がないものを愛する神の愛。
罪人でしかないにもかかわらず卑劣漢や敵をも愛する愛で、ギリシャ語で「アガペー」、ラテン語で「アモール」と「カリタス」と言い、人間はイエスが出現するまでエロースしか知らなかった。

「このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」。

この聖句が一般に愛好される理由は、一見すると愛が信仰よりも重んじられているように見えるところから来ているが、ここにも信仰の誤解が現れている。

キリスト信仰と愛がどのように関係しているのか。
パウロが「信じる」という言葉で考えていることは、聖書に対するわれわれの関係ではなくて、ただ全くイエス・キリストに対するわれわれの関係のみであるということ。何よりもイエス・キリストへの信仰であるということ。

しかしそれは教えに対するものではなく、キリストにおいてわれわれに出会われる神に対する信仰であり、従順である。パウロやペテロが言っているからイエスは主であり救い主であると信じるというのでは、信仰は何の役にも立たない。

自分自身で私はキリストの死によって贖われ、キリストは私の救い主であると知って初めて、信仰という名に値する。われわれは使徒たちの証言をとおしてキリストを信じることができるが、神ご自身の言葉がなければ信じることができず、まさにそれゆえにキリストは神の言葉と呼ばれている。

イエス・キリストとの関わりにおいて信じる。イエス・キリストに信頼してすべてを委ねる。信じて従うという人格的関係である。

神は、私が愛するに値しないにもかかわらず私を愛される。これが恩恵である。罪人への愛、私いかんにかかわらずの愛であり、これが新約聖書で言われている愛、アガペーと呼ばれている愛である。

神は愛である。これが聖書の中に書かれている前代未聞、かつ最も偉大な言葉である。これが福音、罪人の救い主、イエス・キリストの福音である。

ですから信仰とは、神がそのようにわれわれを愛される方であると悟ることにほかならず、また、そのようにしてこの神の愛を受け取ることにほかならない。信仰は受け取ることである。神の愛を心の中に受け止めることである。

第一ヨハネ4章10節〜12節:
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。

先行する神の愛を私たちが受けて他に流していく。神の愛の先行からキリスト教は受け身の宗教であるとも言われる理由である。

信仰によってイエス・キリストに対して自己を開く者の内部には、まさにキリストの愛、あるいはキリストの内なる神の愛が流れ込んでくる。そしてこのように流れ込んだものは、必ず生きて働き、そして再び流れ出していく。信仰は必ず愛において真偽を現わす。

憎むのが当然の敵、あるいは避けるのが当然の卑劣漢を愛することによって、その愛がキリストから出た愛であることが証しされなければならない。
「あなた方の敵を愛せよ」。
われわれはこの言葉を実行することはできず、キリストのみがわれわれに与えることができる。

キリストにわれわれの自然的な憎悪を告白し、彼にその赦しを乞い願うことによって、この愛がわれわれに与えられる。われわれがキリストに心から赦しを乞い願う時、突然、敵を愛することがもはやそれほど困難ではなくなる。

「キリスト者になるということは、悔い改めの道を歩むことである」とカルヴァンは言っている。「信じます。不信仰なわたしを、お助けください。」というのが真の信仰者の姿だ。「信じます」と言いながら信じきれない自分の矛盾。神に委ねきることができない自分をそのまま神の愛に委ねる。

信仰を測る尺度は愛である。

われわれの愛はキリストとの結合によってしか成長しないということ。もしキリストを欠けば、われわれは愛という事柄において、全く何事をもなしえない。神の赦しの愛を信じる信仰によって生きること、また、そうすることによって自らも赦し愛する人間になること。これがキリスト教の全体である。

7-24-2.jpg次回は、8月22日(土)。8月5日にアキレス腱を断裂されて休会。
テキストは「信仰と倫理」、
要約発表は優子。
感染がますます拡大しているならばオンライン(Zoom)で読書会を開催予定。

祈り.jpg主なる神さま、昨日は5カ月ぶりに下村さまと相まみえて読書会を開いてくださったことを感謝します。
新年まもなくから始まった感染病と闘いながら早半年過ぎましたが、今や世界中が不安と怖れに覆いつくされ、混乱から混沌の深い闇の中にあります。
どうかこの苦難をも益としてくださるように一人ひとりをお導きくださり、ウィルスとの共存への道を開いてくださいますように、主イエス・キリストの御名をとおしてお祈りします。
アーメン。

7-15-10.jpg

posted by 優子 at 18:08| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

感謝! −友より贈られた詩篇91篇ー

いと高き者のもとにある
隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は
主に言うであろう、「わが避け所、わが城、
わが信頼しまつるわが神」と。

主はあなたをかりゅうどのわなと、
恐ろしい疫病から助け出されるからである。
主はその羽をもって、あなたをおおわれる。
あなたはその翼の下に避け所を得るであろう。
そのまことは大盾、また小盾である。

あなたは夜の恐ろしい物をも、
昼に飛んでくる矢をも恐れることはない。
また暗やみに歩きまわる疫病をも、
真昼に荒す滅びをも恐れることはない。

たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、
万人はあなたの右に倒れても、
その災はあなたに近づくことはない。
あなたはただ、その目をもって見、
悪しき者の報いを見るだけである。

あなたは主を避け所とし、
いと高き者をすまいとしたので、
災はあなたに臨まず、
悩みはあなたの天幕に近づくことはない。

これは主があなたのために天使たちに命じて、
あなたの歩むすべての道で
あなたを守らせられるからである。
彼らはその手で、あなたをささえ、
石に足を打ちつけることのないようにする。

あなたはししと、まむしとを踏み、
若いししと、へびとを足の下に踏みにじるであろう。
彼はわたしを愛して離れないゆえに、
わたしは彼を助けよう。

彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。
彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。
わたしは彼の悩みのときに、共にいて、
彼を救い、彼に光栄を与えよう。

わたしは長寿をもって彼を満ち足らせ、
わが救を彼に示すであろう。

7-14-1.jpg

posted by 優子 at 23:59| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2020年07月10日

同市内の学校間に感染予防対応の格差 COVID19ー㉔

昨夜のニュースで初めて奈良県の感染者数の累計と病床使用率を見た。

7-9-15.jpg

7-9-16.jpg

この数値をどう見るのか。
時々1人か2人感染する程度だからと高を括っているのではと思わせる教育現場はないだろうか。

学校が始まって6週間過ぎた。幸い、学校から感染者は出ていないが、同じ市立中学校でも学校によって新型コロナウィルスへの認識と意識の違いがあるようで、孫の通う中学校での感染予防の現状に不安を感じている。

これは昨日、同市のある公立中学校校長が保護者に配布された文面だ。

「7月に入ってからは、奈良県内でも毎日のように感染者が報告されており、予断を許さない状況となってきています。
つきましては、学校としましても、子どもたちがこの感染症を正しく理解し、適切な行動がとれるよう、繰り返し指導させていただきますので、ご家庭におかれましても引き続きご指導のほどよろしくお願いいたします」。

これでこそ信頼して子どもを通学させることができる。全面的に私も同じ認識だ。ところが教育現場の現状は学校により違っている。

教室の授業でもマスクしない子が珍しくなく、先生も注意しないという。
またまだ肌寒い時にクーラーを入れ、40人近くいる教室を喚起することなく締め切っていたので(しかもおなかが冷えるほど強力に寒いのでシャツブラウスの中に腕を入れていた)そっとドアを開けたこと。

また37.5度ではなくても、明らかに平熱ではない37度でしんどさを訴えている状態の子が登校していたり、体温表に適当に書く子も見受けられると、感染予防の注意喚起をお願いしたこともあった。

ある日、後ろの席の子が常に咳をしており鼻水出しているので授業中も気になって集中できない。マスクをするように促すがマスクはつけていない。ある時、思いっきりクシャミをされて後頭部にかかったと思って手で触ったら痰がついていた。

このようなことはコロナでなくてもマナーとしても教えなくてはならないことであるのに、コロナ禍においてはとても看過することはできず、私はすぐに知子に伝えて電話してもらった。

私は生徒が問題というよりも、学校としてどのような対応をしているのか知りたいのだ。教頭先生は「気が緩んでいました」と素直に受け止めてくださったというので安堵したが、翌朝は「みんなマスクし〜や〜」の一言だったという。

気が緩んでいるのは生徒たち以上に教職員ではないかと感じていたとおりだと思った。

ルールを厳密にしすぎると学校生活は難しくなることは十分想像できる。子どもたちのみならず大人でさえ完璧にはできない。
しかし、中学生にもなれば、マスクを着用することぐらい認識できるように指導するのが中等教育であり、このことこそが良い教材ではないか。

関西圏の学校でしっかり努力している現場もあった。
学習の遅れが深刻化している体育は隔週で1時間に。
中学は部活でも難しい問題がたくさんある。バスケットボールは対面で近づいてやるのが前提だが、先週からやっとパスや試合形式の練習ができるようになった。
それまでは一人ずつドリブルやシュートの練習だった。複数の生徒が同じボールに触れないよう、個人で1個ずつボールを管理させた。解禁になった練習試合で他校に行くときも、そのたびに保護者から参加同意書をもらっている。

そして、昨日の感染者についてこのような記事を見つけた。
県立高校に通う10代の女子生徒と20代の女性です。奈良県によりますと、2人はいずれも感染経路がわかっていないということです。奈良県は、女子生徒と接触したと考えられる生徒・教師97人を対象に7月10日にPCR検査を行う予定です。

IMG_4118.jpgオンライン化は進めていっているようだ。孫が通学する中学校では15日から期末テストを前にして一昨日から部活は休みになった。


7-8-9.jpg
ウィルスは4.5メートルにまで運ばれる。

東京の感染者数は、昨日224人、今日は243人。奈良は新たに5人感染している。


22時15分追記:今日、孫の通う中学校も校長から「ご協力のお願い」なる便りが配布された。
帰宅した娘に聞くと、これらは全て私が話したことだと言った。

「生徒に我慢を強いていることで、本当にかわいそうなのですが」注意喚起すると書いてあり、電話でも全く同じことを教頭が言われたという。

「私たちもかわいそうという気持ちがすごくあって、強いるのはかわいそうなのでなかなか厳しくできない現状があって・・」と言われたので「でもコロナに感染した方がかわいそうではないですか?」との指摘に「そうですね」と気づかれたようだ。

3年生は猶のこと、かわいそうではないのかと思うのだが、それ以前に子どもや若者も死に至るケースがあることを忘れてはならない。

学校の主人公は生徒であるが、文面から教職員の主体的な視点が全く見えない。単にクレーマーと思って穏便に対処されたのではないことを祈るばかりだ。

私は生徒が規律を守られていないことを問題にしているのではなく、教職者の的外れな規律を問題にしているのである。見守っていきたい。

附記:昨夕のニュースで奈良のシカについて報道されていた。

7-9-7.5.jpg
今年はコロナ禍で観光客が激減したことから
小鹿を多く見るという。

7-9-8.jpg
ご覧の通り鹿の数が激減している。


7-9-9.jpg


7-9-10.jpg
鹿にとっては栄養を摂取するのに大切な休息だ。

7-9-11.jpg
ウシ目(偶蹄目)である鹿は食べ物を呑み込み、

7-9-12.jpg
それをまた口に戻して反芻する。

7-9-13.jpg
牛と同じく反芻胃を持つ。

7-9-14.jpg


IMG_4335.jpg

IMG_4339.jpg「より野生の集団に近い特徴になってくるのではないかと思う」。
口を動かしている。


E9B9BF17E6998226E58886-cec9d.jpg昨夏はこんなにたくさん鹿も人がいたのにね。でも鹿にとってはこれからも静かに鹿の人生をと願う。

今夏は帰国できないね。
アメリカは今も悪化するばかりだから。会いたいな・・・
神さまのお守りを祈っています。

posted by 優子 at 15:28| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2020年07月05日

サッカー教室もコロナで突然終わった −サッカー教室の思い出ー

小学校の思い出は中学校入学式までにと思っていたが、3カ月遅れの記録となった。

コロナ禍で突然学校が休校になり、同時にサッカー教室も休止、再開されたのは6月28日だった。その間、4回のオンライン教室で部屋の中でできる体感トレーニングなど工夫して気持ちを繋いでおられた。

ユキの最後のサッカーは、休校直前の最後のサッカー教室となった2日間に連日参加できたのは幸いだった。その最終日の様子をサッカー教室のブログから転載させていただいて記録しておきたい。

運動場は野球部が優先になっているため、特に近年は小学校がとれず中学校がほとんどだったが、最後の2日間は野球部が対外試合で外へ出て不在だったことも不思議な配剤。

「運動場の真ん中にコートを作って試合開始! 
(23日は前日の雨で)練習開始前にグラウンドのたまり水の吸い出しから...」。
2020年2月24日(月曜日の祝日) インフル蔓延の中

インフルエンザが3年生に蔓延中。なぜか一人だけ元気いっぱい...(笑)
そんなこんなで人数が少ないので今日は大人vs子供ゲームが久しぶりに実現しました。
人数が少ない大人は子供チームには負けまいと必死のパッチで手加減なし!
最終あと1分半というところで”中東の笛”により追いつかれた大人チームはPKの末敗北。
普段よりちょっと走る量が多かったかも...

この日の朝は0.3度と冷え込み、最高気温は14.5度。途中から上着を脱いで薄い半袖になっていた。

DSC_0188.jpg
スローインしているところ。


DSC_0193.jpg


DSC_0194.jpg


DSC_0209.jpg
ユキのPKシュートで逆転、子どもチームが勝利!

DSC_0212.jpg

いつしかこんなに大きくなった。
サッカー教室が開始されたのは2014年4月、その後ママ友から教えていただいて3カ月後に入会。
これがデビューした日のユキ。小学校1年生の夏だった。

2014.7初めてのサッカーB.jpg  2014.7初めてのサッカーB-2.jpg
2014.7.21
2014.7初めてのサッカー@.jpg  2014.7初めてのサッカー@-2.jpg
最初の2年間は、サッカーの午後は長い昼寝が欠かせなかったのに、お友達は全く平気でお母さんと外出していた。


1年生の9月初め:右端の子がユキ。
サッカー9.7@.jpg


2016?.3 4年生と走る.jpg
ユキ(たぶん3年生か?)4年生と走る。


2017.7.9.jpg
2017.7.9(4年生)

E382B5E38383E382ABE383BCE291A3.jpg
これは久々に見学して撮ったナイスシャッター!


IMG_4319.jpg


IMG_4319.jpg
中学校のグランドは広い!

2018.10.27.jpg
2018.10.27(5年生)


2019.1.18.jpg
2019.1.18(5年生)


2019.5.3.jpg
2019.5.3(6年生)

2019_12_28.jpg


P_20190622_111204.jpg
2019.6.22(6年生)

サッカー9.7@.jpg2014.7初めてのサッカーB-2.jpg1年生の9月のユキは、
こんなに小さかったのに
5年間でこんなに成長して
コーチと走っているよ!
子どもたちの成長は
未来の希望だ。


IMG_4086.jpg

IMG_4082.jpg


1-5-1.jpg
これより3枚は2019年1月5日
5年生の3学期

サッカーD.jpg


サッカーE.jpg


2016年8月7日、マチ・クマもサッカーに参加してくれたね。
この翌朝早く再びアメリカへ帰って行った。
常友さんと.jpg

「暑い!熱い!! でも楽しい
夏本番。今日の暑さは半端ない!
今日はユキヒサのおじさんおばさんが緊急参戦!
小学生相手に本気モード全開です!(笑)」

IMG_9396.jpg
真智、太志君、思い出を残してやってくれてありがとう!

そして、ママも参加したことがあったね。
2018年9月17日月曜日 今日はみんなで運動会
今日は久しぶりにお父さんお母さんも参加の大スポーツイベントとなりました。フリスビードッジ、ドッジボール、大繩から最後はみんなでサッカー!! 大人数になりました。

P_20180917_113714_vHDR_Auto.jpg

苦手な球技も我が子のためならとハッスル知子!

P_20180917_113832_vHDR_Auto.jpg







キラキラ輝く6年間の日々。
ボランティアで運営してくださっている代表コーチはじめ、多くの方々に感謝します。
サッカー教室主宰の基本理念
子供は小さい大人ではないんです。ジュニアスポーツで大切なものは何でしょうか。私たちは、子供がスポーツを好きになってくれることを第一に願っています。

オーバーワークにならないように、大人の理想で子供を苦しめないように、そして、もっともっとスポーツを好きになれるように、下記の3つの基本理念を制定しました。

•最初に出会うスポーツをハードワークではなく遊びとし、楽しいものとする。

•子供と大人が協力して共に健全なる身体と精神を発達させることで、クラブ活動に参加するすべての人が、楽しい思い出を作れるようなスポーツ環境を提供する。

•スポーツは、誰かに強制されて行うものではなく、自らの意思で自由に行うものである。『プレーヤー自身』の創意工夫によってプレイを進化させることで、そのスポーツをより楽しめるようサポートする。

kasa3.gif

中学校にもサッカークラブをと、コーチが何度も中学校と掛け合ってくださったが実現せず、ユキはバスケットボールクラブに入部した。6月15日から本格的に部活が始まり、帰宅は19時前になる。

「中学校で一番楽しいのは部活」というユキを頼もしく思うが、学習と両立できるか?! ユキの新たなチャレンジが始まった。今後の成長を楽しみに、これからもお互いにかけがえのない日々を重ねていこう。

笑ったり、怒ったり、泣いたり、喜んだり・・・どんなことにも意味があり、すべてのことが素晴らしいね。

2020.7.4.jpg
ユキが部活に行って不在の時にクロアゲハを見つけたよ。

posted by 優子 at 14:40| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

受け継がれていく東大阪読書友の会 −変わりゆくメンバー、場所、時代ー

7-1-14.jpg読書会を2008年3月末で退会して早11年になる。
コロナ禍で読書会は9月まで休会になっているが、2カ月遅れで6月に発行された機関紙を送ってくださった。
(クチナシ)
JCP例会の翌日Dさんを訪ね、4〜5分間だけだったが再会した。嬉しかった。懐かしい方、家族のように感じる方なのに今回は2年ぶりだ。昨春はどうしてもお会いできなかった。ある出来事から半年経っていたが、あまりにも衝撃が大きくてまだ立ち直れていなかったから。

いつでも会えると思いながらもいつも1年に一度だけ。ご無沙汰を重ね、過ぎた時間を惜しんでは同じことを繰り返している。

旧永和図書館.png読書会会場が変わった。
いや、読書会草創期の会場だった永和図書館に戻ったわけだ。但し、新しく生まれ変わった永和図書館に。
(花園図書館ができるまで東大阪の中央図書館だった旧永和図書館)
真智は中学3年生の夏休みに永和図書館に通って勉強していたよね?

読書会A.jpg


読書会@.jpg懐かしい『かわちの』の第一面に東大阪読書友の会の近況が記されていた。
今はもう大阪商業大学ではなく、一駅隣りの近鉄河内永和駅の東大阪商工会議所の1階に永和図書館が開館し、そのフリースペースが例会会場になる。コロナが落ち着いているなら9月から。

そして、ある方の「読書会は多様性を学ぶ絶好の場」とのお説に深く頷かされた。

こうして受け継がれていくのだと思った。こうして残っていくのであり、時代も場所も人も変わっていくことへのさみしさもある。

少々話が逸れるがユキと同志社女子中・高のクリスマスページェントに行った時の感慨深さ、寂しさに通じると思った。


記した日の感慨と悲しく感じた思いを書かなくてはと思うが、今もまだ重い内容を書くのはしんどい。そのようなことを言っていたら、いよいよ時間切れになってしまうので、簡単に書くならば次のような思いだ。

内村鑑三は北大を首席で卒業しながら新渡戸稲造や宮部金吾のように母校に残らなかった。後年、息子の祐之が北大に奉職した。鑑三にとっては親の代わりに息子が成し遂げてくれたという思いもあったのではないか。

この思いが的外れでなければ、懐かしさだけではない同志社への複雑な思いと通じるものがある

7-1-11.jpg

2年前にDさんの推薦図書、『舟を編む』に誘われて参加させていただき、懐かしい商大の例会会場を写真(「9年ぶりに読書会へ@)に撮っておいてよかった。形を変えて受け継がれていく今、これらは自らの思い出だけに留まらず読書会の大切な記録にもなろう。

「またお会い出来るといいですね。是非また機会を」。
コロナが落ち着いている夏の間に、是非是非お会いしたい。

7-1-15.jpg

附記:
@ 今日から持ち手のついたプラスティックのレジ袋が有料になった。
@ 香港の「一国二制度」が終焉した。人類の歴史が続く限り愚行は飽くことなく繰り返されていく。
posted by 優子 at 23:57| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2020年06月29日

目には見えない植物の成長  −梅雨の合間にー

6-24-3.jpg
栗の赤ちゃん!

6-24-4.jpg


日に日に成長していく栗の実
6-28-9.jpg


6-29-2.jpg


6-24-9.jpg


6-24-13.jpg


6-24-16.jpg


6-24-17.jpg


6-24-18.jpg
ザクロ

6-4-10.jpg左は6月20日のザクロ。植物は日に日に成長している。


森有正は『バビロンの流れのほとりで』の中で、こんなことを書いている。

かつてノートルダム寺院の裏は鬱蒼としたマロニエの木立だったが、それらを全て伐採して菩提樹の苗木に植えかえた。
その時は僅か直径1センチにも満たない苗木が、成長すれば直径1メートル以上もの大木になることに気がつき、「実に何とも言えない深い感動を受けた」と言うのだ。

そして、その成長過程はどんなに見つめていても目に見えず、その過程こそが生命の成長であり、「経験」に至る過程だったと思いを深めるのであった。

IMG_2156.jpg

私は万物復興の春を迎えるたびに在りし日の有正を偲び、「夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」と語られた、イエスさまのことばに想いを馳せる。


6-24-19.jpg



6-24-20.jpg



6-28-4.jpg



6-24-21.jpg



6-24-23.jpg



6-27-1.5.jpg

西洋ニンジンボク
6-27-1.jpg


6-27-4.jpg


6-28-7.jpg


6-28-8.jpg


6-28-10.jpg



6-28-13.jpg
土手一面にミントが広がっている。


6-29-1.jpg


6-29-18.jpg



6-29-4.jpg



6-29-5.jpg

合歓の花

6-29-6.jpg



6-29-7.jpg



6-29-9.jpg



6-29-10.jpg



6-29-13.jpg



6-29-14.jpg



6-29-17.jpg



6-29-20.jpg

ギンナンがいっぱい!

6-29-21.jpg


実をつけているのはこのイチョウの木。
6-29-22.jpg


ヒマワリ同様にカンナもたくましい花。
6-29-24.jpg

有正が感動した菩提樹のように、神ご自身が私たちの人生の根を深く張り、枝を広げて下さっているのである。私は感謝に溢れて生きたい。

2日前から蝉が鳴き始めた。しかしコロナは未だ感染拡大を続けている。
どうか新型コロナウイルスの感染が早く収まりますように。
そして、皆さまの上に主のお守りと導きがありますようにお祈りいたします。

日本時間29日午前6時現在
6-29-28.jpg

6-29-29.jpg
posted by 優子 at 22:48| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする