2019年05月20日

自然界に輝く神の恵み −四季とみことばの花束−

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「神に造られたものは、たたえよみ神を、
 輝く太陽、世を照らす月も、
 主をほめたたえよ。ハレルヤ、ハレルヤ」
  
これは17日の朝早く、孫が自宅近くで撮ったウグイスだ。囀る姿はまるで神を讃美しているようで、私の霊性を目覚めさせ、アッシジのフランチェスコの言葉が脳裏に浮かんだ。

ウグイスはこんな小さな体でマイクロフォン越しかと思うほど大きな声で囀る。野鳥聖歌隊のリーダーかな
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「花はほほえみ 鳥はうたう、
 花うるわしく 鳥あいらし。
 おおいなるもの、ちいさきもの 
 よろずはたえなるかみのみわざ。

『そのおりおりを 楽しめよ』と
父なるかみは 恵みたもう。
大いなるもの、小さきもの 
よろずはたえなる神のみわざ」 。
(讃美歌第2編・149番)

野鳥の小さな命も野の花も、神が造られたものすべてが神さまに祝福されている。

IMG_8896.jpgその前日の5月16日にイソトマが咲き、今日は花が5つになっていた。生命力の強いイソトマは株を増やして今年は鉢が二つになった。

イソヒヨドリ、ツバメ、シジュウカラ・・・と、ユキは鳥の声を聴き分けるが、私は鶯とイソヒヨドリしかわからない。

IMG_8548.jpg鳥の姿も私はめったに見つけられないが、ユキは見つけてはカメラを持って走る。

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6年生の教科書の表紙もこんなにかわいい絵

2019.5.16遊びに行く時に@.jpgこの鶯は16日(木)、学校から帰宅して国語の本読みの宿題だけ済ませて遊びに出たユキが、大急ぎでカメラを取りに戻って来て写した。
大きな青虫をくわえている。

ウグイスは青虫を捕食して、再び囀り始めた。

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翌17日朝のウグイス(左)もきっと同じ鳥だと思う。

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右の写真は青虫を捕食して別の木に飛び移った時。

5-17-5.jpg 17日朝、いつものように登校するユキの姿が見えなくなるまで見送って戻ろうとした時、イソヒヨドリが囀りながら飛んできて電信柱のてっぺんに止まった。
私は少しでも距離を縮めて鮮明に撮りたくて、大急ぎでカメラをもって2階へ駆け上がった。
   
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「わたしは、裸の丘に川を開き、平地に泉をわかせる。荒野を水のある沢とし、砂漠の地を水の源とする」。(イザヤ書41章18節)

イザヤ書に繰り返される主の約束です。恵みの時が来て、ありえないことが起こります。私たちの心や生活が荒れ果てていても、エデンの園のように回復します(51:3)。この恵みを確信できるなら、鍬をもって「荒野」に踏み出せます。小さな信仰の一歩から、案外、水が流れ始めるのです。

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「あなたがたは、あわてて出なくてもよい。逃げるようにして去らなくてもよい。主があなたがたの前に進み、イスラエルの神が、あなたがたのしんがりとなられるからだ」。(イザヤ書52章12節)

ならば、主と主の狭間に確固として立ち、周囲を冷静に見渡せばいいのです。主が安全を確保しておられます。動揺が収まり、落ち着いて対処できます。逃げるにしても、いつどこに逃ればいいのか、はっきりと見えてきます。

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「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない」。(イザヤ書53章7節)

血まみれになりながら、十字架を運ばれるキリストの姿が、まざまざと浮かび上がります。主は痛めつけられても、「口を開かない」まま、全人類の罪を負われました。歴史上、最も重大なことが、誤解と沈黙の中で成し遂げられたのです。

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クスノキの花
「・・・あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい」。(エペソ人への手紙4章25節)

生活の中から嘘や偽りを取り除かなければ、いつかは人格を破壊し、人をも自分をも不幸にします。正直に主の真実を語ることは、一時的に不快や痛みになったとしても、最終的には平安と幸せをもたらします。真実を語ることは、それ自体に価値があります。私たちの品格を高め、主から称賛を受けることになります。

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「恐れるな。あなたは恥を見ない。恥じるな。あなたは辱めを受けないから。あなたは自分の若かったころの恥を忘れ、やもめ時代のそしりを、もう思い出さない」。(イザヤ書54章4節)

過去に味わった屈辱のために、臆病になっていませんか。心の傷があなたの自由を奪い、成長を妨げてはいませんか。主はあなたの恥を忘れさせ、心の障害を取り除いてくださいます。あなたを神の国で役に立つ者に育てたいのです。

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桐の花

季節は新緑から初夏に移り、木々は緑を深めていく。この季節になると自然に口ずさむ讃美歌、「緑も深き」を聞きながらご覧ください。

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posted by 優子 at 17:24| 四季とみことばの花束 | 更新情報をチェックする

2019年05月18日

ブルンナー読書会㉜ ―「私は・・・である」―

IMG_8973.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』(教文館)の21回目、説教のタイトルは「私は・・・である」。
出席者:3名(知子・欠席)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」
     (スマホで讃美歌を流してくださって讃美した)
聖書拝読、祈り:良輔

ヨハネによる福音書14章6節:
イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」。

下村さんが語られたノートメモ:
自分をなくして神を受け容れることは難しい。祈って、そのような思いにされても再び「私は、私は」と言う。今日の説教では、「変わる」「変えられる」ということが中心である。

正統信仰の持っている落とし穴を方々に出している。ヨーロッパにも多いし、日本の教会でも「私たちこそ正統信仰を持っているんだ」と思っているかも知れない。正当性を主張すれば「自分たちの信仰は正しい。正しい信仰を持っている」と言う。そこにあるのは「私」だと思う。

人間の持っているエゴと罪をどう考えるのかは難しい。
「神の意志は律法に語られている」という考え方をすれば、人間の行いが冷たい義務的なものになりかねない。そうではなく、イエス・キリストは全き神聖がそこに宿っているという人となりであり、それは神の命、愛以外の何ものでもなく、イエス・キリストの人となりが問題なのである。

預言者は「私は神の使者、通路なんだ」と、人格は関係ない。「神は愛なり」という真理、即ちイエス・キリストの人となりなのであり、イエスを見れば愛が見え、これが真理である。

二つの真理がある。
一つは科学が追及していく真理であり、それらはある程度の能力があれば誰にでも知的にわかる。もう一つの真理は、人の生き方と関わる。いかに生くべきか、人間はどうあるべきか、という真理であり、人格的真理や人となりの真理と言える。

これがイエス・キリストの中に顕れている。イエスの言葉と生き方と十字架の贖いの中に顕れている。現代風に言えば、人間の理想、人間のこうあるべき姿である。

人となりは1人いればわかるわけではない。イエスは弟子と出会い、共同生活や旅する中でわかってくる。イエスと弟子たちとのかかわりの中で本当の愛の生命が見えてくる。

イエスの生涯を見続けていくと自己義認がボロ布のように消えて、イエスの愛の衣が着せられる。イエスに従っていきたいと願い続ければ、それができた時に「あっ、これが本当の自分だ」「あっ、これが神の共なる生命だ、愛のある生命だ」ということがわかり、神の愛に在る生命に変えられていく。

従って、イエスと共に十字架への道を歩む者は、力をそがれ、沈黙させられ、殺されることを経験する。この狭い門をくぐらないと、自分が真理であると思い、自分の真理が尺度になって人を裁いてしまう

底知れない人間の罪深さ。

「喜びの書簡」と呼ばれているピリピ人への手紙3章12節〜14節:
「わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕えようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕えられているからである。兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神のを得ようと努めているのである」。

「賞」とは、イエスと同じ姿に変えられることだ。

同じく1章20・21節:
「そこで、わたしが切実な思いで待ち望むことは、わたしが、どんなことがあっても恥じることなく、かえって、いつものように今も、大胆に語ることによって、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である」。

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重要箇所のおさらい:
聖書の中では多くの文章が「私」という言葉、特に「私は・・・である」と言う言葉で始まっていることに、もう気がついておられるでしょうか。旧約聖書ではこの「私」とは、生ける神、契約の神、ヤハウェであり、新約聖書、福音書では主イエス・キリストです。

われわれは、この小さな「私」という一語のうちに、人生問題の全体、人生を困難にしているあらゆる問題の鍵を持っています。夫と妻の間、父と子の間の日常的な小さないざこざから、社会問題、政治問題、戦争と平和の問題にいたるまで ー 全ての問題は、おのおのの「私」こそ各自の生活の主要事であり、あらゆるものがその問題を回転している中心点であると言うことの中に存在しています。

そして、こんなにも多くの中心点が存在しているがゆえに、自分が中心点であって、すべてがその周囲をまわるべきであるということが各自にとって全く自明のこととされているがゆえに、平和がなくて争いが存在するのです。

それゆえに、戦争、搾取、生存競争、またそこから生じるあらゆる困窮が存在するのです。すべてはこの「私」というもの、自己の世界の中心になることより他に何もなしえない「私」のせいなのです。
ブルンナーはここで人間性の問題をついており、これが人間の現実である。そこで主張間を調整しようと妥協が起こる。

「私はあなたの神、主である」。
新約聖書に見られる奇妙なことは、この「私は・・・である」と言う言葉が、神の口からではなく、一人の人間の口から出ていることです。

神の全権をもって、イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である」と言った。
「この問い、この決定疑問(然りか否かの答えを求める疑問)こそ、新約聖書において重要である」。

その人となりという点で、彼は、預言者の場合における神から託された言葉そのものでした。預言者は「主の言葉が臨んだ」と語ったのに対し、イエスは「は来た」と語られます。

しかしそれはすなわち、彼が、預言者によって約束されたメシア、キリストであり、したがって、神が地上に神の国を興すためにつかわされた方であり、人類を救うために神ご自身がそこに現在しておられる方であるということを意味しています。「神はキリストのうちにおられ、世をご自身に和解させられたのである」(Uコリント5章19節)。
預言者は「私は神の使者、通路」なのであり、人格は関係ない。しかし、イエスを見れば愛が見え、それがイエス・キリストの人となりなのである。イエスの中に神がある。神とイエスは全き神聖である。それが預言者とイエスの違いである。

「私はイエス・キリストの神聖を信じます。キリストの血による贖いを信じます。私は彼の復活と昇天を信じます。要するに、私は正統信仰の教理問答に書かれているすべてのことを信じます」と言います。(略)いったい、このいわゆる正統信仰をこつことによって「私」はたとえほんの少しでも変わったでしょうか。

イエス・キリストが私の救い主であると私が知ったからといって、この「私は、私は」は少しも変わらなかったのではないでしょうか。しかしこの点こそが重要なのです

「わたしは道であり、だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と書かれています。大事なのは、人間が道、父のもとに行く時に通らなければならない道です。神を信じるとか神について知るということは、イエスにあっては重要なことではありません。大事なのは、人間が道、すなわち父のもとに行く道を歩くことなのである。

イエスとともに十字架の道を歩む者においては、「私」は力をそがれ、沈黙させられ、殺されるのです。つまり、十字架の道は、狭い門、低い小さな戸口でもあって、身を屈めなければくぐり抜けることができません。
          (略)
十字架にかけられたイエス・キリストと道連れになれば、われわれの「私」のもつ荒い鼻息は静まり、ついに全く沈黙し、「私は、私は」ということが言えなくなります。

「私」中心主義と「私」主権はなくなります。十字架においては、この「私」は「神様、罪人である私を憐れんでください。神様、あなたが私のような者をも愛してくださることを感謝いたします」と言うことしかできなくなります。

人間は自分自身にも他の人々にも死をもたらします。われわれ自身、自分の「私」によって苦しんでいますし、他の人々をも苦しめています。しかしイエスとの交わりが与えられると、われわれの「私」は変えられ、その結果「私は、私は」と言う代わりに、「あなたは、あなたは」と言うことを学びます。

そして、これこそ新しい生命の始まりです、旧き「私は」の生命は死を包含するものであるのに対し、この新たな「あなたは」の生命は、本来の生命、神の愛のうちにある生命、死を知らない永遠の生命を包含するものです。

十字架の後に復活がつづくと言うことが、イエスの神秘です。それはわれわれには絶対に理解することのできない神秘です。

イエスについてさまざまなことを知っていても、あるいは信仰問答を全部暗唱していても、それは何の役にも立ちません。それは取るに足りません。われわれは道を歩かねばなりません。これが新約聖書において信仰と呼ばれているものです。

すなわち、十字架に至るまでイエスと共に道を歩くこと、われわれの「私」が焼き尽くされ、その焼失と変化の中からもはや「私は」とは言わない新しい人間が誕生するまでイエスと共に歩むことです。

そうすれば、神の愛があなたの生命となります。キリストがあなたの生命となり、「あなた」があなたの生命となります。「私」が神の「あなた」に変えられること、この変化こそが、信仰−新約聖書で「私を信じる者は永遠の命をうける」といわれている信仰です。
復活したイエスのリアリティ、復活したイエスが私のそばに共にいてくださる、そのイエスのリアリティが大事だ。

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紫蘭A.jpg今日は開会礼拝の前に、4月21日のイースター礼拝に行けなかった4月20日の出来事と、今後の読書会は知子に出席してもらったほうが良いのではないかとお話しした。

私は今日の司会役は良輔ではなく、下村さんだと全く思い違い(?)していた。良輔は認識していたので何枚ものレポート用紙に書いたものを準備していた。

良輔が祈り、要約に続いて感想を述べる時、私は今も全く変わらない現実の問題のことで頭がいっぱいゆえに、それとの関連で話す中で次から次へと話が移り、下村さんに「混乱しておられる」と指摘していただいて立ち止まることができた。

IMG_8813.jpg過去ログを調べてみると私の印象は2月の読書会のままで、この3ヶ月間の記憶が抜け落ちてしまったような感じがした。

教会も欠席していたので下村さんとは1か月ぶりの再会だったが、3ヶ月ぶりぐらいもご無沙汰していたような妙な感覚だ。

次回は、6月29日(土)、テキストは『フラウミュンスター説教集T』の最終回「奉仕」。

posted by 優子 at 22:30| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

栗林公園散策後、高松からフットバスで帰阪

3日間の滞在中は今にも雨が降りそうなお天気だった上に、毎晩1時間余り暖房を入れねばならなかったほど低温だった。ちなみに冬は小豆島も雪が降るという。
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4月30日(火)、平成最後の日に小豆島ともお別れ。
最後にやっぱり「太陽の贈り物」をカメラに収めたくなった。これはオリーブの葉で王冠を形作った彫刻で、昨年は早速ユキと撮ってもらった。
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ユキはこの高速船に野鳥の本を忘れて来たのだと思う。

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高松港にも現代アートがあった。
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玉藻公園(高松城)の前を通って琴電の駅へ。

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琴電に乗って栗林公園へ。
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私は小学生か中学生の頃に家族で来たのは覚えているが、
琴電に乗ったのかどうか記憶にない。
懐かしい父母の面影を偲ばせる。

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玉藻公園
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やっぱりユキは上手に撮るね。
私が撮ったはの全て削除した。「撮り鉄」の人が5〜6人いたね。
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栗林公園駅のロッカーにキャリーを預けて身軽になって出発。
まもなく栗林公園に着いた。
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栗林公園は子どものユキまで感激するほど息をのむ美しさだった。

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これはレプリカ? 
全く動かないので小さな石ころを近くに投げると動いたから
本物だった!

蓮池にもアオサギがいた。
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その近くに鵜(これはウミウ?)が池から出て
鷺に威嚇していたと思ったら、
羽を乾かしていたことがわかった。

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カワウの羽は水をあまり弾かないので、
頻繁にこのような姿を繰り返すとのこと。

IMG_8400.jpg高松を発つ前にJR高松駅構内の書店で買った野鳥の本を見て早速教えてくれたが、水鳥はあまり好きではない。ユキもまた。
「そんなこと言わないでよ」




アオサギが首を縮めてこんな姿になるとは驚き!
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ユキに遠くから撮られていた。
かわいいモミジの種を撮っていたんだけれど、そのあと中国人の男性も同じように真似して撮っていた。



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ユキにこの写真はよく撮れていると褒められたけれど、
ヨーロッパの女性がスマホで撮っておられたのを真似た。

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私はこの花に気づかなかった。

そしてユキはアカハラを見つけた!
これも初めてだったから感激していた。
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この時はハクセキレイを追っていた。

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公園内を全て回ったわけではないけれど、1時間余りで公園を後にして本場の讃岐うどんを食べに行った。私はお寿司よりも天ぷらよりもうどんが一番好きなので楽しみにしていたが、混んでいてせわしない雰囲気に気疲れした。おいしかったけれど、やっぱり麺類は「今井」や「美々卯」など大阪がいい。

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なんか懐かしくホッとする。

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高松駅周辺に赤い花の木がたくさん植わっていた。
ベニバナトチノキだとわかった。

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花が咲く大きな木も大好き。


ユキ、楽しかったね。ユキとの思い出がまた一つ増えたね。
1日目だけ晴れていたから写真も素敵。
ユキの写真を見ながら思い出に抱かれたい。

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勇壮なトビ。

これは真下から撮った姿だって。
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仲良く毛づくろいするカラス

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↑ 寒霞渓の花 ↓

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「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない」。
                   (聖書・伝道の書3章11節)

posted by 優子 at 23:52| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

寒霞渓の野鳥たち −ついにオオルリを撮った!―

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4月29日(月)、雨を覚悟していたがハイキングのあと、オリーブビーチでも貝殻拾いを終えた時まで降らなかった。そして出発しようとした時、ついに大粒の雨が降り出した。ユキが一番楽しみにしていたハイキングとオリーブビーチでのひと時を過ごせて幸運だった。

寒霞渓へ行きたいがレンタカーがないためにホテルの人に相談した。距離が長いのでタクシーだと数万円もかかるので、バスで草壁港まで行き、そこからタクシーで行けばよいとのこと。

早速知子がバス到着時刻にハイヤーを頼んでくれたので、バスを降りるとタクシーが待ってくれていた。運転手さんが言われたとおり2800円ほどだったが、4分間ほどで到着した。

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ページ最後にロープウェイから撮った動画を貼りました。

IMG_1891.jpgユキが重い方のキャリーを持ってくれている。旅行中何度もユキの優しさを感じた。
私に荷物を持たせまいと、
「いいよ、いいって!」と持たせてくれなかった。背が低いので持ち上げにくかっただろうに・・・
ありがとう、ユキ。ありがとう。

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頂上は真冬の防寒着がほしいほど寒かった。
さあ、楽しみにしていたハイキングに出発! 頂上を下り始めるとすぐにかわいい声がした。「キビタキや!」
ユキの一声で私たちも立ち止まって動かないでいる。ユキとのルールを知子にも伝授した。

では、ユキが撮った野鳥たちをここに!

キビタキ
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ピントが合わずに残念がったユキの30秒動画

次は、動画を撮っているユキを撮った動画。
36秒間だけでも森の中に入ってください。


そして、オオルリ!
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ピントが合わなくて残念。

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コルリもいた!
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以上がユキの憧れの野鳥たち。
寒霞渓で3種類もカメラに収めて喜びに溢れていた。
ゴールデンウィーク中の作文の宿題に、
この時のことを「叫びたいぐらいでした」と書いていた。

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そういえばウグイスも撮った。


旅行出発時に自宅の最寄り駅のプラットホームから、ユキが目聡く見つけて写真に収めた!
電車が来たので鳴いている鶯の動画を撮ることができなかった。

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このシジュウカラも寒霞渓の森にいた。
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森に入った瞬間に木々の息遣いに圧倒された。木々から出る森林の香りと小鳥たちの美しい声は、疲れ傷ついた心を優しく覆ってくれた。森林浴により心身が回復されることは科学的にも証明されていると、旅行前に観たイギリスの番組で知ったが、その通りだと実感した。神のなさることは完璧だ!

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頂上を下り始めたこの時もキビタキを追っていた。
このあと表登山道に入る。
ハイキングコースは頂上から2q、約1時間の短い距離だ。

IMG_1906.jpg森林のあまりにも美しい自然界に神を身近に感じながら下りていった。何度も鳥の写真を撮ろうと立ち止まり、ゆっくり時間をかけて。
誰ひとり出会わなかったが不安を感じることも忘れていた。


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「なんて美しいんだろう!」
新緑のモミジに何十回声をあげただろう。
その美しさは写真の比ではない。

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白く見えるのは花?

ユキのカメラで撮ってもらった。
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疲れを感じることなくロープウェイ乗り場・紅雲亭に着き、
バスが出るまで周辺を散策した。
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モミジがたくさんの花をつけていた。

IMG_8246.jpgユキは優しい子、私たち二人のシルエットを残そうと撮ってくれたのだろう。同じように次女夫婦のことを思い起こさせた。
このバスで草壁港終点まで乗った。乗客は私たち3人だけだった。

そのあとバスを乗り継いでオリーブ公園へ。

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イベント広場にある平和を象徴するモニュメント。
今にも雨が降り出しそう・・・


モニュメントの上から写したギリシャ風車
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オリーブの木には種類がたくさんあり、
「ミッション」(アメリカ産)が印象的だ。
この他、スペイン産の「ネバディロ・ブランコ」や「マンザニロ」など、
いくつか記憶に残っているが違いは全くわからない。

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この道は知子も初めて。

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オリーブの苗畑があった。

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この道はオリーブ園に続いているのかなぁ・・・

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丘を下ってオリーブビーチへ。

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貝殻を拾い終えた時、ついに雨が降り出した。
オリーブ園まで歩き、バスの時間までユキのお土産を買った。

土砂降りの雨の中バスを待つが、時間通りに来ないのがバスの常。ようやく来ても満員で「10分後に臨時バスが来ます」とのこと。
15分ほどして漸く来たが、その臨時バスも満員で、「臨時の臨時の臨時バス」でようやく土庄港にたどり着いた。

最終日の宿泊先は、私も昨年泊まった所。旅行の準備が遅かったので同じホテルに3連泊はできなかったが、それだけではなく知子は乗船名簿や資料一式を忘れたために、旅行期間も毎日添乗員さんのように大変だった。

img-colors3.jpgでは、寒霞渓のロープウェイをお楽しみください。

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春や秋の景色は圧巻ですが、私は新緑の季節も大好きです。
写真は「国立公園・寒霞渓」から拝借しました。
香川県・小豆島の寒霞渓は、大分県の耶馬渓(やばけい)、群馬県の妙義山ともに日本三大渓谷美の一つである。


ユキが動画を撮っていたので、遅ればせながら私も後景を撮った。


最終日は高松・栗林公園へ(つづく)

posted by 優子 at 22:10| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年05月08日

豊島(てしま)でサイクリングを漫喫!

4月27日は昨年同様に三宮(神戸)からジャンボフェリーで小豆島へ渡った。昨年は小豆島に着くまで83歳の男性とずっと話し込んでいたことを懐かしく思い出していた。とても印象的で話してくださった内容は今も覚えている。

坂手港で下船する時、似た人が降りてこられ、何度もジッと見つめていた。一度は目と目が合った。しかしお互いの顔を鮮明に覚えていなくて船から降りた。するとその男性がバス停のベンチに座っておられた。

酒井さんと再会!.jpgそれでも確信はなかったが、気がつけば声をかけていた。
「ひょっとしてSakaiさんですか?」
「そうです」
「藤本です!」
その時Sakaiさんも、「やっぱりそうでしたか、見たことのある方やなあと思っていました。去年もちょうど同じ日(ゴールデンウィークの一日目)でしたな」と、互いに再会を喜んだ。

堺さんではなく、酒井さんであることも教えていただいた。名刺を持っていたので躊躇したが、やはり住所交換はしないほうがいい。酒井さんは終点土庄港よりいくつか手前の八幡橋前で下車された。今年もご伴侶を10日間施設に託し、墓参して2日後に帰奈すると言われた。

私たちはすぐにホテルへ直行し4時頃にチェックインした。知子やユキは昨年利用しているホテルだが、私は初めてで、ここが最もすてきだった。

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4月28日、目覚めた瞬間に部屋から撮った小豆島の夜明け。
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朝食前にオリビアンの庭(森?)へ朝の散策。
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オオルリが目の前を飛んで行ったとユキが残念がったが、
アオジがいた!
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そしてホテルを出発し高速船に乗船。
30分で豊島に到着した。
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知子が着ている青い上着は民生委員時代に配布していただいたもので、冬期間重宝している私のウィンドブレーカーであるが、雨の時に重宝するだろうと、家を出る直前に急きょ持参した。寒くて知子が旅行中ずっと着ていた。

IMG_8005.jpg港のすぐ前の店に予約していた電動自転車でサイクリングに出る。
欧米の観光客もたくさんおられたが予約でしか借りられず、自転車もなく、豊島美術館まで歩いて行かれた。

豊島美術館の内部が空間になっている建物。
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ユキがいつの間にか撮ってくれていたけれど、見事に体系にも年齢が出ている。笑顔で爽快に乗っているのにね・・・ 
  


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IMG_1804.jpg豊島は全く開発されていない長閑(のどか)な島。




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このすぐ近くに島の景色に溶け込む小さなレストンがあった。観光客目当ての有名な店だが、こんなところに欧米やアジアの観光客が並んでいるので、今更ながらインターネット時代を実感させられた。というより初めてネット時代を理解したように思う。私ならば関西から独りで来るにも緊張するだけに驚くばかりだ。

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道路の両サイドに牛が放してあった。


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旅行中に陽ざしが明るく射したのはこの時ぐらいだけ。
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ユキが撮ったスイトピー。
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再び美術館近くまで戻って休憩後、港まで下って行った。
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ユキが撮ったシロサギ。
次は着地するところだって。

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島の「ストアー〇〇」は昭和40年代を彷彿とさせた。そんな店に必ず外国の人(欧米人)が立ち寄り、必ず種を買っていくという。神戸から帰省されていた50代の娘さんと話している時も何人か立ち寄り、どの人も種の所へ直行した。

旅4.jpgイギリス人の若者もまた種の前で立ち止まり、枝豆の種を探していた。一つひとつ「これは何?」と尋ねられるので、大豆の種ではダメなのかわからなかったが、
" It's a soybeans."などと片言英語で会話を楽しんでいると、店の人は有難いと喜んでくださった。

最後は日本らしい野菜を尋ねられて「小松菜」を紹介したが英語名がわからない。イギリスは日本よりも寒いから育つかなぁと尋ねられ、日本も寒いからOKと思うよと答えて、あとは英語堪能な知子にバトンタッチした。

旅3.jpgユキへの教育的配慮からも私よりも先に母親が自然体で会話しているところを見せてやってほしかった。
知子が彼のスマホに野菜名をローマ字で打ってあげたとき、私は彼が「ローマ字」を知っていたことに感激し、彼はローマ字で打てることに感激していた。

それにしても確か、他国の種を自国に持ち込んではいけないとマチ(次女)が言ってたと思うが、彼に尋ねたくても自然に英語が出てこなくて断念した。

豊島全島を回ったわけではないがサイクリングも十分楽しみ、電動自転車の充電エネルギーはまだ80%も残っていたが、肌寒く疲れも感じていたので14時過ぎの船で小豆島へ戻った。今夜の宿も私だけ初めてで知子とユキは昨夏も泊まっている。

ホテルの部屋から写す。
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このホテルからだとエンジェルロードは真前で、
ホテルから直通で行くことができる。

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今年はこの岩山(↓)にも登った。↑

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ユキは今年もエンジェルロードの砂を持って帰った。
ユキとの楽しかった貝殻拾いを忘れない。
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豊島の砂浜でも何度も平たい石を投げて
水切り(飛び石)をしていたね。最高6回だったね。
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この日も肌寒くて温泉に入るのが楽しみだった。

posted by 優子 at 23:08| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年05月07日

今年も長女と孫と3人で小豆島へ

IMG_7662.jpg私は長女と孫と3人で連休第一日目の4月27日から30日まで、3泊4日で小豆島へ行き、平成最後の日は高松に渡って栗林公園を見学して帰宅した。

ちょうど4月26日から第3回目の「瀬戸内国際芸術2019」が開催されており、2月19日の『帝国タイムズ』にも大きく掲載されていた。
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私たちは現代アートは関心がないので行かなかったが、その聖地として注目を集めている直島だけではなく、今回は小豆島や豊島(てしま)にも欧米やアジアの人が目立った。

今年は異常な暑さだった昨年とは正反対で、気温が低い上にゴールデンウィーク前半は雨や曇の日が多く、予想以上に寒くて持参している衣服の暖かそうなものを何枚も重ね着していたので同じ服ばかり着るはめになってしまった。

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今回はレンタカーの予約は2月の段階で満杯になっていたので雨に降られた時は困ったが、4月28日の豊島での電動自転車でサイクリングし、翌日は草壁港までバスで行き、そこで依頼していたハイヤーに乗り換えてロープウェーの乗り場まで行き寒霞渓頂上まで行った。

下りは野鳥を撮りながら深い森の中をハイキングし、幸運にもそれらの間は雨に降られることはなかった。

ただし曇天だと写真が暗くて残念だったが、それでも孫と私のカメラ合わせて1000枚余りの写真を撮り、何度も削除して300枚程度にした。写真は景色や植物や野鳥が多い。

その中でもユキが一番願っていたオオルリと出会って、少々ピントが合っていないのが残念ではあったが快挙だった。そのほか、コルリ、キビタキ、アカハラと、初めての鳥たちをカメラに収めた。是非、それらの写真だけでも記録してやりたい。

posted by 優子 at 21:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年05月01日

IMF・世銀の春の総会で次女がプレゼンテーション!

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「ワシントン便り」は4ヵ月ぶりの更新です。

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今年のIMF・世銀(世界銀行)の春の総会で次女・真智子がプレゼンテーションしたニュースが飛び込んできました。そのビデオと写真が IMF のホームページに公開されていますので是非ご覧ください!


IMG_2142.jpgなお、次女は ”Analytical Corner” というイベントで、他のセッションのビデオと写真はここに挙がっています。



次の写真中央は夫君です。

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プレゼンの前半は聞き取れたいくつかの単語から想像力豊かに内容理解に努めましたが、後半は娘の姿と声を懐かしく見聞きするばかり。夫は終始ただただ座ったままで見つめるのみ、見終わったあとも無言でした。

途中でユキ曰く、「まち、いつまでしゃべってるのかなぁ、よくこんなに喋れるなぁ」。しかし、かなり刺激を受けたようでユキも最後まで聞き、その後10分間ほどでしたが英語を勉強していました。 

posted by 優子 at 21:22| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

講演を聴いて思ったこと ―日本クリスチャン・ペンクラブ例会B−

4-21-4.jpg常に全身全霊で話される今関先生の熱烈さは衰えを知らない。それは信仰が与えられた者の神と人への誠実さであり、神からの賜物である感性を磨き続ける努力であり、飽くなき探究心ゆえと思う。

お便りを書かれるのも日常だ。朝9時になれば世の中が動き出し、電話が入ったり、講演や取材に出かけたりしなければならないからと、真冬でも毎朝早朝4時に起床して7時まで執筆に集中される。ご伴侶の多大な協力があってのこととはいえ、その努力はすごいものだ。

4-26-1.jpg私はこのたびのお話(4月25日の記事)をお聴きして、書くことは信仰の成長過程そのものだと思った。誰も皆、まず思いのたけ独白を書くことから始まるが、そこから熟考しながら複眼的視点をもち、そしてまた複眼的視点で熟考していくのは、人生途上の試練に対するのと同じだからだ。

例えばかなり手ごわい「困ったさん」がいて、その非道徳さを独白の如き感情で訴えたところで、「困ったさん」が自らの生き方を顧みることは期待できない。常に自制して主イエスに語りながら、主に委ね、主の導きを待つ。半年、1年、いやもっともっと長い年月待ち続けるのがほとんどだ。

4-26-8.jpg時には10年20年経って「困ったさん」の現況を知らされて、「 人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。」と、みことばを深く味わい知ることもあるだろう。

文章には学校で習う程度の文章道と、それに加えて書く技術も必要であろうが、それはごく僅かなことだと思う。それ以上に読ませるもの、人の心に届くものを書くには、どうしても人間とは何かと、人間への根源的な思い、自らと対峙できるかどうかだと思う。

人間ってなんだろう、人生ってなんだろう、それはまた神への問いかけであり、生きるとは、死ぬとはと、究極的なものへの問いであり、真理への探究心があるかどうかが必須であり、その上で、最後に書く能力が関係してくるのではないだろうか。

私にとって書くということは生きるということ。神の前で自己と向き合い、書きながら振り返り、進みゆく方向を見失わず、歩みを確かなものにしてくれるものである。従って人に伝えたい文章を書くことは信仰から信仰への高嶺へと歩んでいくことと同じなんだと、今関先生の講演を聴き終わってそんなことを思った。

私がこの数年間書けなくなってしまったのは、「なぜ、なぜ、なぜ、そんな人間がいるんだ」と、もはや悩みに圧倒されてしまって、熱心さを失ってしまったからだろう。

今の思いをを正直に言えば、人間の一生については大まかなところはつかんだ。50歳になるまでに生きる意味と真剣に取り組み、自分なりに納得できる答えも得た。それは2001年春に「受け継がれるもの」と題して記録した。

その時私は大いなる希望を持っていた。60代になるともっと成熟度を増して、若い頃から養われてきたもので尚一層豊かな心で生きやすくなるのだろうと。しかし、年齢を重ねると血管が老化して硬くなるように、精神も弾力を失ってしまっている

それにしても今このように心情を吐露できたのは自分でも意外だ。書きたいと思わせた、何か新たな出会いがあったのかも知れない。自己と向き合わないと文章など書けない。自分らしさを取り戻すためにも主イエスと前に進むことだ。書くということをとおして。

それにしても私は小説は書けない。書く能力がない。時代や場所、国を変えてフィクションにして書けばいいと言うが書けない。書けたらいいなあという憧れがある一方で、やはり創作はあまり関心がない。

このような落ち込んでいる状態の者が書いたものをも神さまは用いてくださることを信じて、このまま更新しよう。弱っている時があっていい。私もまた子育て時代のPTAで口癖のように、「たった一人の人でいい。必要としている人に届けてくださるように」との祈りを込めて私は私のペン活動をしていた。家族新聞を書いていた頃から、常に千里さんが有り難い読者だった。神さまが近くに与えてくださった信仰の友である。 

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赤い花はこの写真を撮った15分後に散っていた。

作品の相互講評では4名が発表された。今回の合評の中でも所謂書き方だけではなく、話し合う中で語られる人間の実相にも心に留まったことをメモした。

▼ 読者に一番読んでもらいたい所はどこなのか整理がついていないのかなあと思う。誰にでも共通する考えるヒントがある。

▼ 少しずつ〇〇をゆるせるようになったが、時々怒りを感じる時もあるから一生続くんだと思う。

▼ この書き方だと独白であり、(自分が)神さまを感じてキリストにつかまれていくところ、変わっていくところを擦り合わせていかないと、読者に伝わりにくい。わだかまりから喜びに転化し、重かったところから解かれている。ここらあたりが信仰体験の深い所ではないかと思うから、どういうところが深まっていったのか求道体験を書くように。

▼ (中学校教師だった方)荒れている子どもに悩まされたが、その子たちも根本は愛なのだとわかる。イエスさまのような愛をもって接すれば絶対に伝わる。

【2019年度JCP関西ブロック総会】
▼2018年度を振り返り、事務局長の原田兄(きょうだい)から行事報告、藤本より会計報告。共に承認されて、2019年度の行事計画を審議した。今年度の各担当者は変更なく、事務局は原田兄、書記・会計・例会係は藤本がお受けした。

▼2020年3月に『種を蒔く』5号出版予定。
 原稿の締め切りは2019年12月末。掲載したい作品名と字数、また、例会で発表していない作品は原稿を原田兄に送る。
 出版協力金については4号に準じ、詳しくは6月の例会で出版会計(藤本)より説明。

4-24-32.jpg次回の例会は、6月15日(土)13時〜17時会場は、日本キリスト改革派・千里摂理教会(北千里)。
学びは、遠藤優子姉による三浦綾子作品について(作品名は未定)。

閉会の祈りは、一同で「主の祈り」を捧げた。

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kさん宅のコデマリが一斉に咲き始めていた。
posted by 優子 at 18:16| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2019年04月25日

親に捨てられた施設の子どもたちが、野良犬を飼ってしまったために、犬たちはもう一度「いらない」と捨てられていく。この命をどのように生かすのか!  『小犬の裁判はじめます』が中国語に翻訳されたいきさつ ―日本クリスチャン・ペンクラブ例会A−

4-24-24.jpg4月20日(土)大津教会を会場にJCP例会で、「『小犬の裁判はじめます』が中国語に翻訳された経緯」を著者、児童文学作家・今関信子先生が語られたことをお分かちします。


2019.4.20@.jpg『小犬の裁判はじめます』の増刷りは7版までいき28万部動いたが、10年目は止まった。その後、劉穎(りゅうえい)さんの中国語版の動きが起こり再び動き出した。

劉穎さんは中国語の翻訳を学び、中国へ帰るたびに出版社を回るなど大変な努力を重ねて、ついに中国版の本にし、しかも日本の半額で作った。中国湖南省と滋賀県の友好関係は35年経っていた。

2人で中国へ行った。湖南省には貧困地区があり「本がないのでください」と言われた。とても喜んで持って帰ってくれた。省立図書館や県立図書館には日本語の本がたくさんあったが、全く用いられていない。

これを機会に本を読む運動を起こしていこうと考えた。それはまだ生まれていないが平和堂財団が最も協力してくれた。平和堂は滋賀県を中心に湖岸に店を作ろうという構想を持っている地元のスーパーマーケットだ。平和堂は湖南省の省都・長沙(ちょうさ)の目抜き通りにあり、中国では高級品を売るデパートだ。日中関係が悪くなった時、平和堂も壊された。

小犬の裁判はじめます.jpgこの本がどのような動きをしていくかわからないが、まだ生きている。劉穎さんがこの本を読まなかったら、このようなことは起こらなかった。この作品が心に残ったということが、何か動きを作ったんだと私は思った。

今は自由課題と言って学校からあまり薦めないが、かつては課題図書を薦め、これは5〜6年生の課題図書だった。子どもたちから段ボールいっぱいもの沢山の手紙が来た。

その中に、自分が生き辛くなって、不登校になって、いつ死のうかと考える中学生が書いてきた。「自分の命をいつ始末しようかと考えていました」と。誤字脱字が多く、「先生、ありがとうございました」と書くような整った文章ではなかった。私は心を込めて返事を書いた。

しかし返事がこない。熱い思いが強すぎると疲れることもあるから、あるいは相手を傷つけたのかなあと心配した。すると3週間後に「先生、ありがとうございました。私はもう死にません」と返事が来た。

IMG_7796.jpgこの作品はもう十分に仕事をしたと思った。読者からもらった言葉でものすごく励まされている、作家冥利だと思った。作品がこのように循環し始めたら確かなものになると思っている。たった一人の人に届いたら十分という思いで作品が書けたらいいなあと、その後もずっと思い続けている。

このあとも中国で動いていけば次の課題図書が必要になるので翻訳しなければいけないということになった。滋賀県の作家の本を翻訳することになった。一人は横山充男先生の中国の子どもとの交流を書いた『光っちょるぜよ! ぼくらは』に決まった。

その次はトキ(朱鷺)を書いているノンフィクション作家・国松俊英さんの作品(『トキよ 未来へはばたけ』)に決まった。今後は中国との交流を考えて作品を選んでいこうと、滋賀県に生協を作った細谷卓爾さんと劉穎さんと3人でやっていこうとしているが、細谷さんは戦争のことを咬(か)んでいかそうとしている。

中国は面白い国で字が多い方が読まれ、日本は絵本を選び活字は読まない。中国は文字の国であり絵本ははやっていないが、松居直さん(福音館書店相談役)は中国で絵本の種蒔きをしている。

松居さんは軍国主義の下で10代を過ごし、兄2人を戦争で亡くした。1989年の日中児童文学美術交流センターの機関紙に、松居さんのこんな言葉が残っている。
「日本の中国に対する侵略の歴史の事実を、日本におけるさまざまな戦争責任の問題を含めて、日本人ひとりひとりが、苦しくとも正しく認識しなければ、日中の真の友好は成り立たない」。(2019年2月19日付け 朝日新聞掲載)

松居さんは活動を通してこのことを具体的に示していっている。中国と日本がしっかり関わって行くということ、戦争のこともしっかり意識していけるように、子どもたちの中に何かを呼び覚ます活動に繋がって行けばいいなあとの思いがある。

『赤い桜』は、日本が負けて終戦になったが、主人公の実在の女医は八路軍(日中戦争時に華北方面で活動した中国共産党軍の通称)に入って、八路軍の人と仲良くしながらあちこちのキャンプを渡りながら日本へ帰って来た。

中国でも差別を受けるが帰国しても、敵国軍と一緒だったと袋叩きにあっている。しかし彼女は日中友好センターを作った。

これを読んでいくと敵味方を越えて人に繋がる。そこに命があって、その命に寄り添っていく。すごい人だなあと思う。私の心に残った本だ。今後この活動をどのようにしていくのかわからないが、国を越えて、人としてどのように出会い、どのように人間として繋がって、命を考えていくことができるのかというところで活動が豊かになっていけばいいなあという願いを持って活動している。

ということで、 この本は1人の子どもの心に届いたし、劉穎さんの心に届いて新しい動きを作り出している本なので 当初はこのようなことは全く考えないで書いた。

親に捨てられた湘南の小学校の子どもたちがいて、野良犬を飼ってしまったために、「犬をもとの所に捨ててこい!」と新米の先生に言われた。一回でも捨てられたら嫌なのに、また捨てられ、命を見捨てられていく。

みんなから「いらない」と言われた命をどのように生かすかという話であるが、私はこの学園の理事をしていて、学園にはあまりにも本がなくて、これでは子どもたちが文化的に育たないから本を買ってあげたいんだけれど、うちにはお金がない。そこで原稿を売って、このネタを本にしようと頑張った。

原稿は3校あげて(3回ダメ出しされて書き換えて)漸く出る。「こんなに言われるんだったらもう書かんわ!」と思ったが、私は我慢した。3回も我慢したのは子どもたちに「おばちゃんね、本を書いてそのお金で本を買ってやる!」と言ってしまったから頑張った。しかし情けは人のためならずで、そこから私は作家として作品が書けるチャンスが与えられてくる。

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小犬の話は熱があるよいエピソードだった。
では体験や資料をどのように作品化するか。エピソードをエピソードとして書けば、それはスケッチだ。作家が「このこと!」という根っこを引いて構成し直した作品になっていない。ここはみんなに言えることだと思う。体験を体験として書くだけでは結晶化が弱い。

写真を撮る人もただ撮るだけではなく、アングルや光や絞りなどいろんなことを計算してシャッターを切るのだと思う。私たちもここに同じ景色を見ているのだと思う。でも、ここであなたに特化したいものは何かというものを、作家はずっと自分のテーマとして引いておく必要がある。それをじっくり考えていることがあると思う。

私の場合、「人って何? 人って何者?」ということをずっと考えているのだと思う。わからない。
明日イースターですが、イエスさまが十字架にかかって死んでくださること、私にとっては大きな問いだ。そして、すごい気負いで、そこからの飛躍がある。その両方をずっと心に止めているということになるだろうか。

私が書く時は、片方では「人って何者?」とずっと思いつつ、それでこんなすごいことが起こっているという驚きと躍動。ここから起こっているエネルギーは並ではない。

私の中に内在するマグマのように時々火を噴く。
具体的に言えば「ささやかれる悪」がいる。
それが私の中で内実されていくのが私の問いだが、たぶん大きいものがあるのだと思う。

先ほどのところで言うならば「いらん」と言われて、棄てられた命がそこにあった。この命は私の活動にとってとても大きな出来事だった。作品を書くと言うことだけではなく、この子たちとどう生きていくかに大きく結びついていることになる。

次に棄てられた命を考えていきたいと考えた。小犬の裁判にはたくさんのエピソードがあったが、大事なんだけれどエピソードとしては簡単に語られている。初めがあって終わりがあるという出来事ではなく、その素材と距離を置いて、内包している課題(素材)との対話が始まっていくことになる。

その対話の中で書くものと書かないものの取捨選択があり、これは大胆にやらないとダメ。取材に行って拾ってきたものは勿体なくて捨てられないが、これではだめで、全部自分の中に入れて、何年間も自分の中でかき回しておく(寝かせておく)と筋(形)が見えてくる。すると醗酵してくるのでストーリーを立てていくことになる。

小犬の裁判事件は前半は本当にあった話だが後半は全部嘘です。後半で子どもたちが大津の駅や石山寺で「犬をもらって!」と書いているがそれも嘘です。そのあと湖岸を走ったことも嘘で、事実は裁定委員の中に京都新聞の記者さんがいて五段抜きの記事にした。

すると次の日にアッという間に問題は解決した。それで大人たちは「よかった、よかった」と言っていたが、そんな大人の神経が嫌だ、そんな馬鹿なことがあるかと私は思った。

子どもたちはあの時「焼き肉が食いたい」と言って、ようやく食べられるようになった焼き肉を、一郎ちゃんは焼き肉をこっそりくすねて、自分は食べないで自分の飼っている犬に食べさせに行く。そこから物語が始まってくることになっている。

だから犬を全部貰ってもらわないようにして、1ヶ月という猶予期間を置いて犬の命を助けるという子どもたちの活動が始まる。

最後に4匹の犬が残ってしまう。いい犬は早いうちにもらわれて行く、年寄りの犬や毛が抜けているとか病気っぽいなど、ダメな犬は先にもらわれて行く。

でも、世の中でボーっとして平凡な犬は残ってしまう。この犬たちは保健所に行く(殺される)ことになる。世の中で目立たないからだ。ぼおっとして、ただいるだけの犬はまた捨てられてしまう。

ここでまた追い込んで、私はまた悩んだ。この犬たちをどうするのか悩んだ。この犬たちを私はすごく助けたかった。最初に犬嫌いの子を初めから登場させているが、この男の子が最後にこの4匹の犬を助けるという役目をする。

評論家の中で批評は二手に分かれた。
このように万々歳にしないほうがよかった。殺された方が棄てられるということの意味が深まったという意見と、もう一つの意見は子ども側についている人たち(教師に多かった)は、最後に助かったら子どもたちが喜んだに違いない。

ここで作家は何を書くか、どう書くかというところで私たちの書き方の姿勢が問われる。読者に届けたいものは何かを常に再吟味していかないと、最後の最後まで考える課題が残っていく。

私たちは体験を出して人に問う時は、少し距離を置く。そしてこの出来事を通して読者に何を問いたいのかを自分で整理する。書かないですむものは書かない。書かないといけないものは根性を出して書くことになるが、自分の体験は生々しいので、感動(自分の思い)が先に動いている、心が躍動しているので思いの限り書いている。

しかし、作品は読者が読んで、読者に最終こっちの体験と共感するかたちで動いて行ったほうがより長い時間持つ。作品が長く生き続けるかもしれない。醗酵という時間、あっちから、こっちから考えるということであり、それがないと自分の視点しかない。

自分の中で抱いている状態で複眼的に見るようになり、この人だったらどのように見ているか、こっちから見た景色はどのように見えるのかなと考えるようになるのではないか。そうなったほうが作品は純化されると思う。

『小犬の裁判はじめます』は、私はこれを書くぞと思って書いて出版社へ持って行った。編集者というもう一つの目があり何度も手直しした。私たちの例会も作品を書いて合評している。ひとりで書いてひとりで出しているのではない。仲間がいて、もう一つの視点、もう一つの感じ方で見られる。

4-24-27.jpg自分の書いた作品が届いたか届いていないか、納得してもらえたかどうか仲間の呼吸で知る。クリスチャンの人が書いた作品が、何かの形で動いて行って何かが起こるかも知れない、これから先は祈りだよという気持ちで集まっていると思うが、そのような中で発表できるのは素晴らしいことだと思う。

その作品が世に出て動いて行って何かが起こるかも知れない。第3者が与えられているということを喜びにして作品を書き続けていけたらいいなと思う。

大田先生のコメント:
児童文学は子どもの配慮すると言いながらセンチメンタルにネガティブなことを書く児童文学者が多い。また夢物語を書く。イデオロギーではなく、私たちの魂の深いところに立ち戻って何が一番大事なのかを考えさせられた。
                             (つづく)

posted by 優子 at 11:37| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

『小犬の裁判はじめます』が中国語に翻訳されたいきさつ ―日本クリスチャン・ペンクラブ例会@−

IMG_7342.jpg4月20日(土)大津教会でJCP例会が開催された。この時の学びは私たちの師でありペン仲間である、滋賀県在住のクリスチャン児童文学作家・今関信子先生のご講演で、『小犬の裁判はじめます』が中国語に翻訳された経緯をお分かちくださった。

『小犬の裁判はじめます』の内容を一言でいうならば、親に捨てられた湘南の小学校の子どもたちがいて、野良犬を飼ってしまったために、犬たちはもう一度捨てられ、命を見捨てられていく事態なり、みんなにいらないと言われた命をどのように生かすかという話である。

まず、あらすじを「NPO法人 四つ葉のクローバー」転載させていただきたい。
約30年前滋賀県にある児童養護施設に新しい園長が就任された。犬を飼うことを許されない施設の子どもたちが内緒で川原や神社にいる捨て犬に自分のおやつを分け可愛がっていたことを知った新園長は犬を飼うことを許可した。1匹だと思ったらアッという間に数が増えて最終28匹になってしまった。そのため、施設は犬の餌代に悪戦し、近所から「うるさい、くさい。きたない。犬を飼える身か。税金で生きてる身で!」とどなる人もいる中で学園自体が困ることになる。

そこで職員の中でも「施設の存続のために犬を保健所に連れていったほうが良い」という意見と「犬がきてから自分たちで考え、自分の手足を動かすようになった。犬が子どもたちの心を支えているからどうしても飼わせてやりたい」と意見が分かれた。もちろん子どもたちは自分の命と引き換えの勢いで保健所行きを反対する。

そこで新園長は、犬を飼うかどうかについて、子どもたちと大人たちが対等に議論をし、それを複数の第三者の大人(裁定委員会)に聞いてもらい、採決を下してもらうことにしたのである。

この「子犬の裁判」によって、子どもたちは自分たちの意見を堂々と主張し、大人にちゃんと聞いてもらうという経験をした。子どもたちの必死の涙まじりの言い分を聞いた裁定委員は与えられた1時間の間、1分の休みもなく、知恵を出し合い結論を出した。

「犬を飼っている子ども11人は1匹ずつ犬を飼うことができる。あとの犬は1ヵ月の間に飼い主を探す。飼い手の見つからない犬は保健所に渡す。」

不承不承ながらも子どもたちは必死に考えてくれた大人の決断に同意をし、ビラを作ったり学校の友達に頼み込んだり17匹をあの手この手で飼い手を探したのである。捨て犬に自分を重ねていたのかもしれない。最後の1日まであきらめなかった。すべての犬に飼い手が見つかった。

このエピソードをもとに小説として書かれたのが守山市在住の絵本作家「今関信子」さん。一度だけお会いしたがとてもとてもお優しい。「あのね、心が感動しないと書けないのよ。いつか四つ葉のお話を聞かせてね」

感動していただける四つ葉のお話をお伝え出来るようになりたい。

電車のなかで最後を読み終え、感動の涙・涙で回りの乗客に恥ずかしい思いをしたのである。

そして、2018年5月23日付け京都新聞の「中国語教師が地元作家の児童書翻訳 滋賀、小犬めぐる物語 」もご紹介し、次のページで例会で語られた「中国語に翻訳されたいきさつ」をお分かちしたい。
劉穎(りゅうえい)さんと.jpg写真は、『小犬の裁判はじめます』の翻訳本を手にする劉さん(左)と作者の今関さん=守山市金森町
滋賀県守山市勝部1丁目の中国語講師で翻訳家劉穎(りゅうえい)さん(46)が、同市の児童文学作家今関信子さんの児童書「小犬の裁判はじめます」(童心社)の中国語訳を中国の出版社から発刊した。3年前に翻訳原稿を手に北京で出版社を探し、交渉を続けて念願をかなえた。「日本人の心のぬくもりが書かれている。中国でも伝えたい」と話す。

野洲市出身の日本人祖母を持つ劉さんは1986年、14歳のときに日本政府の残留孤児呼び寄せで、一家で来日。現在、日中の文化交流活動に取り組んでいる。佛教大大学院に在籍し翻訳力を磨くとともに魯迅の研究に力を入れている。

2人は10年前、守山市広報の市民リポーターを務めていた劉さんが、今関さんを取材したことで出会った。事前の下調べで「小犬の裁判はじめます」を読んで感動し、今関さんに翻訳を申し出た。

「小犬の裁判はじめます」は87年出版の今関さんの代表作。大津市の児童養護施設「湘南学園」で実際にあったエピソードが基になっている。子どもたちが施設で飼っている犬を大人らとどう取り扱うかについて話し合っていく物語。子どもや大人の思いやりの心などが描き出される。経済大国になった中国を思い、劉さんは「中国にも心が寂しい子どもがいっぱいいる。本当に大切なことは何かを伝えたい」と翻訳の動機を語った。

翻訳作業に協力した今関さんは初めて外国語に翻訳された自分の作品に「大人と子どもが熱くぶつかって問題解決する物語が再び日の目を見られてうれしい」と喜ぶ。

翻訳本は県内22の図書館に寄贈し、収益の一部は中国の恵まれない子どもたちに寄付する。

posted by 優子 at 20:33| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

「万物は神にあって成り立っている」

主イエスは「わたしは末(おわり)の日に甦らせよう」という。人の言(ことば)としては妄言の極みである。しかし生命の源である神の子の言としては当然の言である。(内村鑑三)

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「彼(主イエス・キリスト)は万物よりも先にあり、
万物は彼にあって成り立っている」。
                     (コロサイ人への手紙1章17節)

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これは何の葉っぱだろう。
チャッピーに会いたくて100均で買ったけれど・・・

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「打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった」                       
                     (イザヤ書50章6節)
私たちの人生のゴールはキリストです。そのゴールから目を離さないなら、人の侮辱や無視に耐え抜く力が生まれます。キリストご自身が苦しみの道を歩み、神の国の勝利をもたらされました。私たちもその苦しみの幾ばくかでも共にするなら、同じ勝利が味わえます。

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春の輝き!

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この花が咲いていた所に鶯の声が



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「人は、そのよわいは草のごとく、
その栄えは野の花にひとしい。
風がその上を過ぎると、うせて跡なく、
その場所にきいても、もはやそれを知らない」。
                          (詩篇103篇15・16節)

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2019年04月17日

森 有正が愛したノートル・ダム大聖堂の大火災 

ノートルダム火災@.jpg昨日、ノートル・ダム大聖堂の火災を報じた。ニュースの第一声を聞いて心が痛んだと同時に森有正(1911〜1976)を想起した。そのことに驚き、今も有正が私の中で生きて影響を与え続けているのだと思った。

有正は1950年、戦後初めてのフランス政府給費留学生として渡仏した仏文学者・哲学者である。ちなみに、有正の父親は森 明、祖父は森 有礼(伊藤博文内閣で初代文部大臣)で、有礼もキリスト者であったことを孫(有正の妹)関屋綾子が書いているというから、有正は3代目のクリスチャンにあたる。

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BBCやF2(フランス・ドゥ)の午後8時のニュース
(Journal de 20 heures)より。

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有正は、「ヨーロッパ文明は到底外側から真似のできるような、また単なる観賞によって学べるような、浅い簡単なものではない。僕は僕自身の道を行きつくすところまで行くほかはないのだ」と、自らと向き合い、全人格を投入して「人間が人間になる」ことを追及した生涯であった。

「人間の築いた二つの文明の結晶は、パンテノンとノートル・ダムであり、ノートル・ダムはパリと(歴史と周りの自然と)融合しており、これを解くことは、自分の問題を本当に解くことと非常に近い」と書いている。

日本には本当に結晶した過去があるだろうか。ことに現在の日本は、怒涛のようにやってきた西欧文明に触れて、成熟しないまま近代化をはかった結果、自国の文化がない。完全に終わった過去だけが未来に流れ出すのである。文明の仲間入りをしたがっている。

「しかし文明は第二次元的な建築であり、それを我々が支えるために我々は文化を持たねばならない」ということも言っているが、昨日のノートル・ダム大聖堂の消失に嘆くフランス人に、有正が何度も書き残していたことはこのことなんだと彼らの精神性を見た思いだった。

フランス文化とフランス文明。

4-16-6.jpg有正は心に何か問題がある時、それをまぎらわすのではなく、逆に噛みしめようとする時にノートル・ダム大聖堂の中に入って自らに向き合った。

ノートル・ダムに関連して、「目に見えない成長」で有正に思いを馳せ、私にとっても印象的な一文がある。

森有正は『バビロンの流れのほとりで』の中で、こんなことを書いている。
かつてノートルダム寺院の裏は鬱蒼としたマロニエの木立だったが、それらを全て伐採して菩提樹の苗木に植えかえた。

その時は僅か直径1センチにも満たない苗木が、成長すれば直径1メートル以上もの大木になることに気がつき、「実に何とも言えない深い感動を受けた」と言うのだ。

そして、その成長過程はどんなに見つめていても目に見えず、その過程こそが生命の成長であり、「経験」に至る過程だったと思いを深めるのであった。

私は万物復興の春を迎えるたびに在りし日の有正を偲び、「夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」と語られた、イエスさまのことばに想いを馳せる。(後略)

「僕たちはもう新しいことは何も求めることはできない。すべては千古の昔から判っている、ということである。ただそれを自ら定義することだけが求められている。

新しいものは何もなくて、しかもいつも本当に新しいものがそこに出てくる。これは自分の内面に一つの世界が成立すること以外の、いかなる手段によっても理解することのできないものである」。

このことは意志の問題に導いていき、「人は死に接してしか本当の意志をもちえないものなのかも知れない。自分が判りかけた時、またそれに従って生きようとする時、死はやって来る」。

1989年といえば今からちょうど30年前の春に書いた文章も思い出される。(過去ログより一部引用)
人間とは何か、生きるとは、死ぬとは・・・・・これらは娘時代からの関心事でした。そして、今後の私にとっても最重要事項であると思います。
2500年前に書かれた『伝道の書』に、「先にあったことは、また後にもある。先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。」とありますが、どんなに時代が進もうと新しいものは何もなくて、一人ひとりが日々の体験を通して、この世の真理を自分なりに確かめていくことが生きるということではないかと思っています。

4-17-1.jpg私の人生経験はどのように結晶するのであろうか。ここに至って混迷していてどうなるのだろうと焦りを感じるが、私もまた有正のように前進しなければならない。バルトークのように死ぬまで前進だ。

1999年秋、娘たちと3人で初めてヨーロッパへ、パリで3連泊し、ノートル・ダム大聖堂の前で。私はまもなく48歳を迎える頃だった。
posted by 優子 at 22:34| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2019年04月16日

深まりゆく春の日の黙想

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4-16-4.jpg闇がのしかかろうと、恐れに襲われようと、神はあなたとともにおられます。
「あなたがたは強く、かつ勇ましくなければならない。彼らを恐れ、おののいてはならない。あなたの神、主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず、またあなたを見捨てられないであろう。
主はみずからあなたに先立って行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てられないであろう。恐れてはならない、おののいてはならない」。 (申命記31章6・8節)

それを忘れず、神のあわれみによって、恐れに立ち向かうことができますように。恐れずに生きるとは、恐れを感じないことではなく、恐れに支配されないことです。

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「彼らは飢えず、渇かず、熱も太陽も彼らを打たない。彼らを憐れむ者が彼らを導き、水の湧く所に連れて行くからだ」。(イザヤ49章10節)

自然災害、病気、不慮の出来事、老後の事々・・・どんなに不安に駆られても動かず、主にとどまって離れないことです。その場の感情で行動して、いい結果が出たことがありましたか。最悪に思えるただ中でも、主が最善の道を用意してくださいます。主の憐みに信頼することです。

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悪魔にすでに勝利している神様があなたとともにいるのだから何も心配することなく、敵に立ち向かいなさい。

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小さな愛の行い・小さな正義の行いを、他者のためにしましょう。暗闇に対して「否」と言い、光に対して「然り」と言う勇気を与えられながら、暗闇の中を歩きましょう。そうすればわたしたちは与えられた命を輝かせて生きること、活き活きと生きることができるからです。

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熱意を失ってしまった人ほど年老いた人はいない。人の人生で最大の悲劇は、生きてはいても、彼の内部で何かが死んでいることだ。(ヘンリー・ソロー)

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後世に残るこの世界最大の悲劇は、悪しき人の暴言や暴力ではなく、善意の人の沈黙と無関心だ。キング牧師はそのような状況の中にあっても、決して声を上げようとせず、ただ傍観しているだけの教会に対して失望と悲しみを述べている。

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彼は、以前南部を旅した時、教会堂の美しい塔や素晴らしい神学校の建物を目の当たりにした。その時彼は「ここで礼拝をしている人たちはどんな人たちなんだろう?」、「彼らの神は誰なんだろう?」、「知事たちが傍若無人に振る舞う時、どこで彼らは声を上げるんだろう?」と自問したという。(キング牧師)

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人生に打ちのめされた時でさえ、私たちは上を向くことができます。なぜなら、神が御座におられるのですから。私たちの毎日は主の御手にあり、私たち自身は、御腕にしっかりと抱きしめられています。
主よ、私を希望で満たし、今日、目に見えるかたちで教えてください。あなたの方法で、あなたの時に、それらのことが正しくされることが分かりますように。
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ノートル・ダム大聖堂の大火災は少なからず私も衝撃を受け、森有正との関連で思いを綴り始めたが明日にしたい。
posted by 優子 at 23:39| 四季とみことばの花束 | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

ブルンナー読書会㉛ ―信仰の在庫調査―

4-13-1.jpgこれは昨日の午後に開催されたブルンナー読書会の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』(教文館)の20回目、説教のタイトルは「信仰の在庫調査」。
出席者:3名(知子・欠席)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」
聖書朗読・お祈り:優子

コリント人への第2の手紙13章5節:
あなたがたは、はたして信仰があるかどうか、自分を反省し、自分を吟味するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、悟らないのか。もし悟らなければ、あなたがたは、にせものとして見捨てられる。

下村氏の解説より:
4-10-1.jpgこの「在庫調査」と訳した言葉を直訳すると「信仰の在庫整理」であるが、自分の内面を調査してみる意味があるのでこのように意訳した。商売で言うならば「棚卸し」というような意味合いだ。

今日の聖句に「信仰があるかどうか」とあるが、ドイツ語でも「信仰のうちにあるかどうか」、「信仰のうちに生きているかどうか」と訳したほうがよく、信仰があるやなしやだけにこだわると聖書の原文とは少々違う。信仰は持つもの(所有)ではない。

聖書の言葉は信仰義認を受け容れて信じていくのであるが、パウロは神の恵みによってのみ救いがもたらされるという彼自身の言葉へとわれわれを連れ戻す。この観点は「伝道の神学」を唱えたブルンナーらしい。

キリスト教信仰は教義を信じることではなく、本当にキリストに出会ったか、出会いとしての神学を執った。正統派はともすればドグマ的で教義信仰に陥りやすい。

また、キリスト教は日本の宗教と違って、商売繁盛、無病息災、家内安全を祈るわけでもなくご利益宗教ではない。しかし、キリストに出会って罪赦されて生かされる人間はご利益がある。役に立つんだと書いている。

(以下は本文(常体文に変換)引用、青字が下村氏の言葉である)

4-13-3.jpgこれは奇妙で特殊な聖句で、逆さになっている。というのは、普通は聖句から神の声、神の言葉が我々の方へ向かってきて、われわれを呼び出して神の世界へと導き入れるのに、この聖句は、われわれの内部を覗いて、われわれのうちに何があるかを吟味することを要求しているからだ。

使徒パウロは他の誰よりも、ただ信仰のみによる義認の教えによって、われわれに自分自身から目を転じ、ただイエス・キリストのみを見るように命じている。この聖句においても大事な問題はキリストであり、唯一救いをもたらす神の恩恵への信仰が、この自己検証で問題となっている。それは即ち、信仰義認の説教を理解したか、そして、その言葉を実際に受け入れたかどうかという問いによって規定されている。

パウロ自身が説くキリストの福音が単に悟性によって理解されただけではなく、心の中まで浸透したかどうかをわれわれから知ろうとしている。神が問題にされるのはわれわれの悟性ではなく、むしろわれわれの心である。神はわれわれの悟性によって捉えられるだけではなく、キリストがわれわれの心を捉えること、われわれが彼によって心を捉えられることを望まれる。イエス・キリストがわれわれの内に住んでおられるかどうかとはそのことである。

キリスト教の知識のいっぱい詰まったランドセルは、ある意味で非常に望ましいものであるかも知れないが、しかしそれは、神にとって大切なことではない。

IMG_6269.jpgキリスト教の信仰に対してアウトサイダー的な立場の人は質問するだろう。「いったいあなたがたの信仰とは何なのか。信じることは何かの役に立つことなのか。信仰によってあなたがたの生活に何か変化が起こるのか。不信仰な場合とは違った何かが実際に起こったのか」と。

このような質問を発する人々は、われわれから一種の「在庫調査」を要求しているであり、パウロもまた仲間に向かって同じことを要求しており、われわれは「実証」しなければならない。

しかし、われわれはすでに讃美歌を歌うことをとおして「喜びの証明」を始めており、これこそが在庫調査で姿を現す最初のものである。キリストを啓示された神を知れば快活な心が生み出され、その快活さには感謝の気持が密接に結びついている。

感謝とは、まず神によって信仰を与えられていること、信仰によって神が私の父であることを知らされ、また私が神の手のうちにあることを知らされていること、私がこの神にいつでも、どんな時にも近づくことができ、彼と語り、私の悲しみと心配を彼のもとにたずさえてゆくことができること、またそうすることによってすでに悲しみと心配はずいぶん軽減されるということである。

4-6-3.jpgわれわれは神を讃美することをとおして、さらに別のことも実証することになる。われわれは神の全能と神聖について、その尊厳と理解を絶する偉大さについて知っている。さらに、一人の方がわれわれの上に、すべての人間の上に、万物の上に存在しておられることを知っている。この知識は、われわれの内面に、大きな広さと高さを与える。

神がいかに偉大であるかを思い起こす時、以前は大きなものだと思っていた実に多くのものが、取るに足りないものになり、この事実はわれわれに距離と自由を与えてくれ、その結果として、人生のさまざまな出来事がわれわれをひどく圧迫したり、激しくとりこにしたりすることはなくなる。

このように在庫調査をするとふだん全く忘れてしまっている多くのものが姿を現す。私は何のためにこの世に存在するかを知っている。われわれは神と隣人を愛するために地上に存在している。

これがわれわれの本職であり、普通一般に職業と呼ばれているものは副業にすぎない。われわれは虚無へ向かって突き進んでいるのではなく、行くべき目標を知っている。この事実は、一日一日に神的な意味を与え、特別な時間を必要とせず、日々の日常の中に入り込んでくる。このことを知っていることだけでも法外なことであり、神に感謝しなければならない。

もし信仰がなければ、この偶然の世界の中にあってわれわれは見捨てられたような存在である。しかし、信仰によって、われわれは、この世界の中にあっても庇護されていることを知る。われわれは世界を支配しておられる神の手の中にいるのである(使徒行伝17章28節:『彼らは神の中に生き、動き、存在す』

人は自分が神のものであることを知ることによって、われわれの生に方向と秩序が与えられるのであるが、今や人々は自分が主人であるかのように生きている。それを「自由」と呼び、現代は自由の哲学で満ちている。

しかし、私たちはこの近代の自由の教説が無比の大きな眩惑であることを知っている。なぜなら、自分自身の主人公である人間は、決して実際に自由ではなく、自己の欲望、自己の気分、自己の思い付き、自己の気持、自己の情熱の奴隷であるからだ。
(ドイツ語では「情熱」は受け身の感情で、自分で制御できない感情をいう。)

これは信仰において認識できることであるが、人間は決してそのような自由に向けて、すなわち神からの自由に向けて創造されているのではなく、神にある自由へと向けて創造されており、そのような自由によって人間は真に自由になるのである。
(神にある自由とは、罪からの自由、死からの自由、自己からの自由・・・である。ブルンナーの墓碑に「神の霊にあるところに自由がある」と刻んである。)

4-6-5.jpgわれわれがイエス・キリストにおいて罪の赦しを得ていること、このことは信仰の局外者には全く理解できない事柄であり、重要には思えない事柄でもある。

かし、われわれの生の意味が神と隣人を愛することであるということが明瞭にわかってくると、われわれは哀れな様をさらけ出し、目標に達成不可能であることに気づく。そこで「罪の赦し」という言葉が決定的な言葉になる

(「悔い改めは庭の雑草取りと同じである」とブルンナーは言っている。私たちは生の意味を達成しようと、それを願いながら、神に祈りながら生きている。しかし、達成できない。シュナイダーはキリスト教は必要不可欠な宗教であるが、不可能な宗教であると言う。)

局外者にとって罪は何の意味ももっておらず、罪の赦しも意味を持たないゆえに、十分には在庫調査を行えない事柄である。しかしパウロがわれわれに尋ねているのは実にこのことである。

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あなたは罪の赦しを本当に信じているか。そのことを日々神に感謝している人であるならば、あなたのうちにキリストはおられる。

このようにパウロの問いは、まさに、神の恵みによってのみ救いがもたらされるという彼自身の言葉へとわれわれを連れもどし、内部調査はここで奇妙な結果へと導く。

パウロが知ろうとしている福音の主要問題は、まさに、神の恵みによってのみ救いがもたらされるということであり、あなたが自分の内を覗く人なのか、あるいは、真にキリストを見上げる人なのかということだ。もし前者ならばあなたは罪以外の何物も見出さない。しかし後者ならばキリストがあなたの中におられる。(与えられるものは神から来ていることにも気づく。)

質問者にとっては最も重要であろうと思われる問い、「実際あなたがたキリスト者は、そうでない人々よりも良い人間なのですか」。
他の人がわれわれのために証言をして、「そうです、彼は聖人ではありません。しかし彼を見ていると他の人のもっていない何かをもっているのがわかります。それは、おそらく感謝の気持や謙虚さ、あるいは彼自身の能力によるものではなく、ただキリストのみから贈られる愛とも言えるでしょう」と言ってくれることを期待することは許されるでしょう。
(内村鑑三曰く、キリスト者で一番大事なのは謙虚さと感謝の気持である。)

そして、もしあなたが本当に心のうちにキリスト信仰をもっており、真剣に主の祈りを祈るなら、あなたに過ちを犯した人に対して和解の心をもたないでいることはできない。いつまでも頑なな態度を取りつづけることはやめようと願うなら、あなたは過ちを犯した人の罪を自ずと赦さざるをえなくなる。

われわれはキリスト教に対して局外者である方々に、信仰によって手に入れた多くのもの、そしてもし信仰がなければ手に入れることのできなかった多くのものを示さなければならない。

信仰には報いがある。それは、「信じることによって初めて、生はわれわれにとってその真の価値をもってくる」と率直に言うことができるほどの大きな報いである。

いや、そればかりか、ハイデルベルク信仰問答の言葉を借りて、「彼(キリスト)は生と死におけるわれわれの唯一の慰めである」とさえ言うことができる。
感想:
IMG_7167.jpgまさに私は人生の半ばに信仰生涯に導き入れられて以来33年あまり歩んできたが、その間どんな時も通奏低音のように感謝の気持があった。主に在るかどうかのキーワードは「感謝」があるかどうかであると自己吟味してもいた。

自分の意志薄弱さや愛の無さに嘆き、自分の内側に目が向けてしまう傾向があったが、日々刻々の悔い改めと同時に主を見上げる歩みへと変えられてきた。

しかし昨秋の出来事は、あまりにも罪深い人々の繰り返される非道さに打ちのめされてしまった。いつしか主への信頼まで揺るがされ、その結果として希望をも失ってしてしまう情況に陥った。感謝も失っていたように思う。祈ることさえできない日々があった。
それゆえに今を回復への時として、再度座標軸を正されて深い慰めを得た。

これからも問題多難、しかし、
「私の人生は水泡に帰するのではない、私もその一員である人類の生は無に終わらず、永遠へ、神の国に向かうのであり、私は取るに足りない人間であるにもかかわらず、私の救い主イエス・キリストから、この永遠の生命にあずかるであろうという確約を受け取っているのである」。

4-12-18.jpg「彼(キリスト)は生と死におけるわれわれの唯一の慰めである」。

読み終えた時、長いあいだ黙想し、祈りへと導かれた。

ブルンナーがバンコクで学生に、「なぜあなたはそんなに幸せそうに見えるのですか」と尋ねられたことこそ真の証しであり、私もそのように変えられていきたい。常に見えざる御手でお導きくださっている神に感謝し、ブルンナー読書会を開いてくださっている下村さんに感謝している。読書会は至福の時、私にとって地上のオアシスである。

2019.4.13.jpg次回のブルンナー読書会は、5月18日(土)、
テキストは、「私は・・・である」。
聖書朗読、お祈り、テキスト要約当番は良輔。


posted by 優子 at 16:24| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年04月12日

巣箱を取り付ける

ユキは鳥の巣箱を一から作ろうとしたが難しく、量販店へ行ったがセットされた材料は手に入らず、ママにネットで取り寄せてもらった。そして、昨日学校から帰宅するなり服も着替えずに取り掛かった。工作が大好きなユキ、丁寧に根気よく作り上げた。

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4-12-7.jpgそして今朝、巣箱を取り付けた。ユキはいつもよりも少し早く起きて朝食を済ませ、早速取り掛かった。幸いに今朝はおじいさんが役所関係の用事を済ませてから出社するので手伝ってもらった。
これはスズメとシジュウカラ用の巣箱。

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小鳥がきてくれたらいいね。

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今朝、ユキが燕の写真を撮った。昨日あたりから洗濯物を干している時も近くを何羽も白いお腹を見せて飛びまわっていた。散歩に出るとあちこちで忙しそうに飛び回っていた。

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羽音が聞えた時もあるほどに、ビューンとすごいスピードで飛んでいる。もう雛が孵(かえ)っているのだろうか。巣の近くを通ると2羽で飛び交って追い払われてしまう。
飛んでいるところを撮るのは至難の業、電線に止まっているところで我慢。しばらく鳴いていた。


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かつて右手にチャッピーのリードを持ち、左手でユキの手を引いて
たびたび来た所なのに、この景色は初めて見る。
雑草を抜いて整備したそうだ。

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これは姫リンゴの苗木だって!


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まさに万物復興の命の春。自然界の様子は一日一日変化し、5月になると全てが春の装いに変わる。

posted by 優子 at 17:52| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年04月11日

魂の春の祈りを求めて

昨日関東では雪が降るほど真冬の寒さ。雪の冷たさと重さに耐えている桜の花が印象的だった。困難な時ほどクリスチャンの本質が輝き出すことを思わされ、霊的ブレイクスルーを感じた。

こちら関西は雪こそ降らなかったが冷たい雨の一日で、暖房つけっぱなしの寒さだった。13日の「ブルンナー読書会」の発表当番になっているので3度目の再読。足温器を使って午前午後と3時間ずつ集中した。

4-11-1.jpgそして今日は散歩に出た。昨日ほどでの寒さではないが、曇りがちで冷たい風が残る一日だった。毛糸の分厚いカーデガンを着ていても途中で脱ぐことはなかった。時々陽が射す瞬間に写真を撮り、思いめぐらしながら歩いた。

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「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように」。
                (エペソ人への手紙 1章18・19節)
気を滅入らせたり気力を失くしたりするのは、神の力と力が見えていないからです。見えれば、人生一変します。

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小学校の校門が開いていたのでひと声かけて、
校庭から写させていただいた。

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大きな大きな木の新芽

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池にはまだ数羽のオオバンがいた。

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これはユキヤナギ

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見事な芝桜

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出番に備えるツツジの蕾

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八重桜の蕾

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あるじなき家の庭に・・・

その上にはこんな花が咲いていた。
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ベランダのチューリップ
鮮やかな色、自然界も何もかも不思議でいっぱい。

神は私の人生に神の御心を実現しようとされるのだから、主に信頼して従って行こう。来週はいよいよ受難週に入る。

「わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする」。(イザヤ書19章6節)
光は妨げるものがなければ、どこまでも届きます。主は私たちを光とされました。自分で光を閉じ込めてはなりません。主から受ける良きものは、自分だけで楽しむためでなく、人々に分かち合うためのものです。分かち合わなければ、次第に小さくなり消えていきます。分かち合えば、地の果てにまで広がります。
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2019年04月08日

万物を保っておられる神と春を歩く

雨上がりの朝、新年度が始まった。昨夕「池の桜は満開やった!」とユキから聞いた。そういえば今年はまだ近くの桜を愛でていない。ユキが帰宅するまでに帰らなくてはと、急いでウォーキングに出た。今日も晴天でお花見日和。
万物を保っておられる神を身近に感じながら歩く。神さまとの人格的な交わり、2人で春の奇跡の中を歩いた。

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これはハナモモ。

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個人宅の見事な桜。

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「こんにちは」 上を見上げて春の挨拶を交わす。

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この鳥は何だろう、目が大きくて口ばしが短い。
ユキと調べたが今も名前がわからない。
亜種オオカワラヒワ?

そういえば昨日、イソヒヨドリのメスを撮ったとユキが熱く語っていた。
これはオスで、
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これがイソヒヨドリのメスだと教えてくれた。
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イソヒヨドリが蜂を捕って食べているところも目撃。
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池の桜も満開だった。
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噴き出した新芽の美しさ、その不思議。


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名残りのモクレン

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公園の桜も満開

愛らしく強くもある桜。
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バッハは言った。
「風は見えなくても風車は回っている。音楽は見えなくても心に響いてくる、囁きかける」と。神さまのご本質と同じだ。
そしてベートーベンは言った。
「希望よ、お前は心を鉄に鍛える」と。

私は祈った。
祈られていることもわかる。
こうして私はまた少し強くされて、
差し出された主の手を握って立ち上がる。
レントを想いながら。

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2019年04月07日

神の被造物が輝く春、主に在る希望を忘れるな

4-7-4.jpg地方統一選挙を済ませて教会へ。
御所(ごせ)教会前を流れる葛城川沿いの桜は満開だった。御所は、先週香芝市で講演された前川喜平さんの生まれ故郷でもある。

4-7-6.jpg私は今冬2月に知子とユキと3人で初めてこの地を踏み、今朝は知子と2人で御所の春の中に立った。礼拝時間を気にしながら景色をカメラに収めた。

命がなくなったように見えた冬の自然界が輝き、春の訪れは新たなる始まりを思わされる。

「神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。 御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる」。
              (ヘブル人への手紙 1章2〜3節)

今朝は、哀歌3章22節〜26節とマルコによる福音書5章21節〜43節から「恐れることはない。ただ信じなさい」と題して説教された。

私の現在の精神的状況は、もはや悪意の人々を恐れず、彼らへの憤りも和らげられ、彼らに悩まされているほど時間はないとの思いにまで至らせてくださっているが、魂を引きずりおろされる日常が耐え難く、わが人生ここまでと、ついに主に在る希望を失いつつある。

しかしそれでもなお主を見上げて生き抜きたいとの思いが強くあることは、神さまはご存知でいてくださることを知っているので、希望を取り戻したいと願い、この願いを叶えてくださることをなお信じている。

主イエスを信じて来た人が、絶望して帰って行ったということはない。しかし私たちの信仰生活の中にも、信じるのをやめざるをえないというところまで来て、そこに立たさざるをえないことがある。いつまでたっても願いが聞かれない時は、どうなるのだろうかと疑うこともあると思う。

詩篇102篇にそのような箇所がある(1節〜4節)。
苦しむ者が思いくずおれてその嘆きを主のみ前に注ぎ出すときの祈り

主よ、わたしの祈りをお聞きください。
わたしの叫びをみ前に至らせてください。
わたしの悩みの日にみ顔を隠すことなく、
あなたの耳をわたしに傾け、
わが呼ばわる日に、すみやかにお答えください。
わたしの日は煙のように消え、
わたしの骨は炉のように燃えるからです。
わたしの心は草のように撃たれて、しおれました。
わたしはパンを食べることを忘れました。

食欲がなくなると言うのは生きる気力がなくなるということであり、もはや信じても仕方がないというところに立たされる。しかし主は「信じ続けなさい」と言われる。色が失われた灰色の世界に生きる者にも語りかける。死にたいと思っている時でも委ねていくと、救いへと導いてくださる。

主のいつくしみは絶えることがなく、
そのあわれみは尽きることがない。
これは朝ごとに新しく、
あなたの真実は大きい。
わが魂は言う、「主はわたしの受くべき分である、
それゆえ、わたしは彼を待ち望む」と。
主はおのれを待ち望む者と、
おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。
主の救いを静かに待ち望むことは、良いことである。

「いつも私たちを顧みてくださり憐れんでくださり、復活のいのちに生かされていることを覚えて、天国への歩みをさせてくださっていることを感謝します」。

聖餐とは「見える神の言葉」と言われている。聖餐は信仰によって守るべきものである。アーメン。

礼拝後、長老より御所教会は「連合長老会」という群れに属していることと、その信仰について聴き、しっかりしていると感じ入った。その後、牧師と個人的な話へと導かれた。春の訪れでありますように。

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昨日は20.9度、今日は22.9度まで上がったが、
また寒の戻りがあるらしい。

posted by 優子 at 23:15| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

鹿と桜と鳥を求めて ―ユキと二人で奈良公園へ 我が精神寿命の尽きぬ間に−

4-4-1.jpg昨朝も1.3度と冷えたが漸く季節外れの強い寒さも去り、午後には春らしくなるというので10時過ぎの電車でユキと奈良公園へ出かけた。気がつけばリュックに入れて来た漫画を読んでいた。

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近鉄奈良線の車窓から(大和)西大寺駅と新大宮駅間に見える平城宮跡(これは朱雀門)、反対側にある大極殿は帰路でと思いきや撮り損ねてしまった。

平城宮跡を過ぎるとすぐに終点奈良に到着。地上に出ると今回も行基さんの噴水前で撮る。

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ユキと二人で来るのは2回目で、今回は右写真の幼児だったユキが手を伸ばして自撮りした。

2010年5月8日、2歳8ヶ月。あれから9年、ユキは小学校6年生になる。今朝は入学式の準備で最高学年だけ登校した。


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最後のシカ煎餅。焦(じ)らさないで!

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シカとツーショットを撮りたくて何度も試みていた。

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氷室神社の枝垂れ桜

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観光客の半数以上は外国の人だった。

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金剛力士像も怖くないぞ! (この写真を良輔が見れば如何に・・・)

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「ないよ」
シカに手を広げて見せると煎餅はないことを理解してくれる。
シカが首を振るのは知らなかった。
あるいはすっかり記憶が抜け落ちてしまっているのだろうか。

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ユキがいるよ!

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奥に見えるのは若草山


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ここ「一の鳥居前」の四つ角にある菊水楼で
遅い昼食を摂った。

お腹を空かせたユキはレストランを気に入ってくれた。
6年生でもこんなに幼さが残っている。
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初めて来たのはもう50年近く前になる。
家族で正倉院展に来た時だったと思う。

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レストランから見える風景。
向こうの建物は奈良ホテル。

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猿沢の池に亀は全くいなかった。
外来種だったから取り除いたのだろうか。

猿沢の池をあとにお土産の店を覗きながら近鉄奈良駅に向かう。

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3歳2ヶ月のユキに買ったシカもこの辺りの店だった。

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近鉄奈良駅構内。4年生の秋の遠足で来た時、
ここでお友だちと写真を撮ってもらったとか・・

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車窓から見る郡山城跡
豊臣時代の中初期には秀吉の実弟羽柴秀長の居城だった。

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田原本を過ぎたあたりから二上山が見えた。
八木で大阪線に乗り換えて雄岳の右端に向かう。
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2009BDA9A1A2C6E0CEC9ADA1.jpg子どもは10年の歳月で大きく成長し、私はすっかり老いた。特にこの半年間で脳の中で異変が起きており、肉体よりも精神寿命が先に尽きていくのだろうと思う。
記憶と理解力の低下は年齢相応とは思われず、最も近い時の記憶が抜け落ちる。というよりも一瞬たりとも留まらず忘れてしまうことが常にある。

今日配布した広報紙に犬の狂犬病予防集合注射の案内があった。懐かしく見つめていたら、涙が溢れた。


珍しい野鳥がいなくて残念だったけれど、かわいい鹿たちをここに。
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posted by 優子 at 18:30| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年04月03日

2月並みの寒い花見

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今年は平地よりも先に二上山(雄岳)の山桜が咲いた。
これは真ん中より右側を拡大したところ。
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その右側、山の右端。
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そして、山の左側。
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今朝は私がまだ知らない所へ案内したいとNさんに誘っていただき、急きょ太子温泉前の桜を見に行った。周囲360度桜に囲まれていた。初夏には蛍祭りで賑わうそうだ。

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今朝の最低気温も1.4度と低く、日中は昨日の10度よりも少し暖かかったが、防寒着を来ての花見だった。

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これはユキがここで撮ったシジュウカラ
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このあともドライブしてランチのあと13時頃に帰宅予定だったが、Nさんに急用が入り1時間後に終了解散した。いつもいつも大変な日々のNさんのことを思って心が沈んでいたので、電話をいただいた時は安堵して泣いてしまった。
あの方、この方と心の友を与えてくださっている神さまに感謝し、友たちのお守りを願った。友は人生の宝、何にも代えがたい財産だ。

今日も曇りがちで暗く寒い一日だったが、その足で久々に池の桜を探索に行った。
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公園の桜はまだ2〜3分咲き

池の桜も3分咲き
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でも、山桜はすでに満開
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私は背筋を伸ばして立つチューリップが好きだ。
暖かくなれば一気に蕾を開くことだろう。
短い命の日を精いっぱい大らかに咲くだろう。
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posted by 優子 at 23:50| 随想 | 更新情報をチェックする