2017年11月23日

楽しかった秋の一日 ―私の隠し絵「祝福することは勝利なり!」―

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ここはどこでしょう?

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そう、大阪城です!

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昨春乗ったアクアライナーが出て行きました。

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ホテル・ニューオータニの18階から撮りました。

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ガラス越しなので鮮明に映し出せなかったけれど
大阪城公園も美しく色づいています。

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この一番上の階から見ていました。

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生協のネット案内で4000円ほどで購入。
家族全員の空いている日がようやく取れたけれど、
ユキにはサッカー教室を休ませてしまいました。

IMG_9139.jpg「ユキ、おじいちゃん、私、ママの『お誕生日おめでとうランチ』にしよう!」と言うと、「真智とフーも!」とユキ。
「そうやね、ついでにクリスマスランチもかねて楽しもう」と、予約していた中華料理店へ向かいました。


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蟹とアヒルの卵だけで味付けしたとか。
おいしかったけれど塩辛かったね。
ユキはフィンガーボールも初めてだったので
心を打つ話を贈りました。

2人で食事をしていた時のこと。相手の人がフィンガーボールは指を飲んでしまいました。それは指を洗うための水だと知らなかったからです。そこで、その人に恥ずかしい思いをさせないためにもう一人の人もボールの水を飲んだというお話です。

教会へ通い始めた早々に小山恒雄牧師が説教の中で話されたことでした。感動したことは31年経っても覚えているのですね。

IMG_9140.jpg麻婆豆腐はユキの大好きな献立です。「ぜったい給食の方がおいしいに決まってる」と言って食べ始めると、辛くて「ヒーヒー」とジャスミンティを何度も飲みながら、汗をかいて食べていました。

でも、さすがに味はよかったようで、お豆腐をお箸でつまんで完食しました!

IMG_9171.jpg次は18階に移動してスイーツタイムです。ユキはジンジャーエールがお気に入り。

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私の細やかな楽しみでしたが、昨夜は嬉しくて深夜2時過ぎまで眠られませんでした。ここに心の隠し絵のような悲しみと、それゆえの神の慰めを感じます。今日の日を主に感謝します。

「私の心が衰え果てるとき、私は地の果てから、あなたに呼ばわります。どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、私を導いてください」。(詩篇61篇2節)
体も心も疲れ果て、主が遠くに感じられる時があります。でも、それは私たちの思いなしであり、実は、そんな時こそ主は最も近いのです。暗い思いに引きずり込まれないよう、心を切り替えて主に叫びましょう。主が用意されている将来の希望を見せてくださいます。

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、揺るがされない」。(詩篇62篇1・2節)
心が騒ぐときは、口だけではなく心も黙らせて、静かに主を仰ぐのです。主の平安が心に浸透し、主の憐れみと救いが見え始めます。感情任せに動けば、事態は悪化し、闇が覆うだけです。主の岩の上に立ち、あせらず、じっと待ちましょう。主が動き始められます。

「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません」。(ローマ人への手紙12章14節)
自分を傷つけた人の名を挙げて祈り始めると、いつしか憎しみが消え、赦す心が生まれ、ついには祝福できるまでになった、という人の話を聞きました。キリスト者にとって呪うことは敗北、祝福することは勝利です。この勝利こそ信仰の醍醐味です。たとえば今、私たちは北朝鮮を呪わず、憐れみを祈るのです。
               ―キリストの栄光教会より―
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2017年11月22日

福沢諭吉『学問のすすめ』を読む ―日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会―

IMG_9086.jpg今年6月に千里ニュータウン教会の東 道男牧師が召天され、在りし日の師のお姿を想い寂しさに胸詰まる。

「東先生、どこへ行ってしまいはったんやろね。不思議やね」と、Oku姉妹が教会の台所でしみじみ言われたことは、誰もが感じる残された者の実感であり本当に不思議だ。

昨年の11月は、10月に御伴侶を天に送られてまなしの例会だった。その時のことや感じたことも別の機会に書きたいと思っている。

当教会はいま無牧で大阪教区の牧師が輪番制で礼拝説教に来られているとのこと。役員会から今後も私たちの例会会場にとお許しをいただいたが、秋のイチョウ並木道を歩くのはこれが最後になるかもしれない。

では18日(土)の例会での学びを記録しお分かちしたい。講演は私たちの導き手である文芸評論家・梅花女子大学名誉教授の大田正紀先生である。

最初に言い訳を一言。いつも拙い書きとめだが、この日は特に血圧が高く睡眠導入剤を服用していたので、時に朦朧状態になって十分な聞き書きができなかった。
それでも感銘することしきりで、私にとって歴史上の人物でしかなかった福沢諭吉が目の前に現れてきたように感じ、是非励ましをお分かちしたい。

福沢諭吉と中村正直は近代日本をつくった啓蒙学者として挙げられる。2人の共通点は、最初は儒教であったがキリスト教にとても傾倒したことである。

諭吉は信仰をもっていなかったが、子どもたちには熱心にキリスト教の教えを伝えた。道徳としてではなく、より高い品性を持っていかなくてはならないということで特に「十戒」を教えた。

(どう)(もう)おしえ草 ひびのおしえ』に記している「おさだめ(7つの大切なこと)」として、うそをつかない」、「ものを拾わない」、「父母に聞かないで物をもらわない」、「強情をはらない」、「兄弟げんかをしない」、「人のうわさをしない」、「人のものをうらやまない」の7つを丁寧に教えていた。 

  

「神」といえば、日本では八百万の神を想像し、中国では人間の嘆きを決して聞いてくれない天を想像するが、諭吉は聖書の神をしっかり意識していた。

「ひびのおしえ」の10月27日の「ゴッド(神、造物(ぞうぶつ)(しゅ))の心」では、「おさだめ(六つの大切なこと)」の第一は、「天道(てんとう)さまを恐れ、これを敬い、その心にしたがいなさい。ただしここでいう天道さまとは、太陽のことではありません。西洋のことばでは『ゴッドといい、日本のことばにほんやくすれば、創造(そうぞう)(しゅ)(神)というものです。」と十戒を網羅している。


当時の男たちは皆家庭以外に妾を囲うのが当たり前だった時代であり、年端もいかない子どもにも「汝姦淫するなかれ」の教えは必要だった。諭吉は妻以外とは一切そのような関係を持たなかったし、茶屋遊びも殆どしなかった。

しかしここで大切なことは、「これを守らなければならない」とがんじがらめにするのではなく、「あなたが本当に高い品性の人間になりたいならば、神さまがあなたを幸福にならせたいために送ってくださった教えに学びなさい」と導いた。(ここはアヤフヤ)

当時、米国では保守的な人々が大学を創っていたが、キリスト教をもっと自由に信じたらよいということで、神だけを仰ぎ、救い主をもたない「ユニテリアン」がハーバードだった。

諭吉はハーバード大学の分校のようなものを創りたく、慶応大学に神学部を新設したいと思ったが許可されず失敗した。


諭吉は大阪大学の基になった適塾で学び、塾長になり緒方洪庵に大切にされて学を修めた。諭吉はよく実用の学を説くので金儲けと間違われるが、その最も深い真理に対する欲求であり無心に寸暇を惜しんで勉強した。

横浜では専ら英語が用いられており習得したオランダ語が全く役に立たず、英語を教わる所もなく独学で英語をマスターした。諭吉はチャンスを大切に活かし幕府から3度洋行する。最初は咸臨丸による渡米、次にヨーロッパの視察旅行があればそれにも潜り込み、そしてまた再渡米し、近代の外国に深い感銘を受けて帰国した。

中村正直は儒学のトップの権威を持っていた人物である。西洋の科学を支えている精神性を見分けるのが自分の仕事だといって渡欧。

イギリスの人々のモラルの高さとキリスト教の精神。子どもたちが労働だけで潰されてしまうことがないように配慮して社会を作っているなど、キリスト教がいたるところで生きていた。
帰国した時、幕府が潰れていた。尊王か攘夷かというのは過ちだ。優れた文化は取り入れるべきだ。

諭吉もまた洋学者は命を狙われる状態で教育者として立っていた。諭吉は西洋のように努力すれば国や自分自身を建て挙げていくことができる、血統は関係ないんだと子どもたちに説いた。

今の日本人を変えていくのに大切なことがキリスト教だとして、禁教令下で我が子をキリスト教徒にすべるべく、十戒の教えが響いている「おさだめ」を教え、アメリカの学校にも入れた。このことは諭吉の没後に息子が公にした。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」はアメリカの独立宣言の引用である。『学問のすすめ』は全ての人のために書いたものではなく、「あなたがたは一人ひとりに与えられた天賦の才能がある」と、田舎にいる不安な若者たちに書いた。役に立たない儒教ではなく、多角的、合理的に物事を考え企業を起こしていく。その励ましのために書いた。

今は貧しい人々に厳しいのではないかと言う批判があるが、福沢と中村は教育こそが子どもを真に自立させていけると考えていた。支配するための道徳ではなく、自分を向上させていく修身的な道徳があったほうがよい。

諭吉は明治維新まで32年生き、その後32年生きた。専修大学も福沢が創っている。「福沢は日本の近代の準備に半生を生き、それを完成させるために半生を生きた」と小泉信三が言っている。

附記【11月20日記事より例会の朝のこと】:
11月初旬から医師の指示通り降圧剤を2倍服用しているが効果がない。18日の冷たい雨の例会の朝は160台だったので頓服を飲み、欠席することになるかもしれない同日午後からのJCP例会関係者に連絡して諸務をお願いした。

毎年11月のクリスチャン・ペンクラブ例会は、当市の公立幼稚園や学校の公開授業(オープンスクール)と重なる。血圧は高かったが珍しくそんなにしんどくなかったので知子と学校へ向かった。

例年通り10時過ぎまで参観して学校を後にした。知子に例会を休むように勧められてしばらく立ち止まって躊躇していたものの、今の私にはかけがえのないクリスチャンの交わりゆえに行きたくて、生きることはいのちを削ることでもあると思って駅へ向かった。

知子は私の姿が見えなくなるまで雨の中見守ってくれていたという。睡眠導入剤の影響でフラフラするのでプラットホームから落ちないように真ん中を歩くように注意した。

大津から来られるHa兄(きょうだい)は朝の電話で、「(南千里)駅まで迎えに行くから電話してや!」と何度も言ってくださり、そのやさしさに目頭が熱くなった。

万が一のために私は夫の携帯電話にHaさんの電話番号をメモした紙を貼って持参したが、その優しさだけで十分だった。その時はタクシーに乗ればいい。IMG_9090.jpg

12時50分無事到着。
玄関に入るなり、私から「電話がないので欠席かと思ってた。大丈夫か?」とHaさん。教会の役員さんも心配してくださっていた。感謝!

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posted by 優子 at 23:16| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

皆川達夫さんのキリスト教音楽への情熱

IMG_9097.jpg最低気温が2度まで下がった今朝も寒さに耐えて健気に咲く最後のシュウメイギク。

「美しいね。私は最期まで見てるよ」。

私は通るたびにしゃがんで声をかける。

私のお気に入りの一つに、日曜日の朝、シューベルトの『楽興の時』第3番で始まる ラジオ第1放送の『音楽の泉』がある。テーマソングをバックに道案内人・皆川達夫さんの声に深い安らぎを感じ、終わる時のさみしいこと。

日曜日は礼拝を捧げるのでゆっくりできないが、ベッドの中で途中まで聞き、続きは食卓で聴くことが多い。先週の『クリスチャン・トゥディ』に掲載されていた皆川さんの記事に深い感動を覚えたので転載させていただいた。

皆川辰夫さん.jpg中世・ルネサンス音楽研究の第一人者で立教大学名誉教授の皆川達夫さん(90)が11日、「かくれキリシタンの祈りの歌」と題した公開講演会(主催:立教大学キリスト教学会、文学部キリスト教学科、キリスト教学研究科)に登壇。キリスト教と音楽、そして隠れキリシタンに歌い継がれてきた「オラショ」について、集まった140人余りの聴講者を前に講演した。

「キリスト教と音楽のつながりは深い。教会には常に音楽があり、また音楽の歴史を語るとき、キリスト教は切っても切れない存在だ。

例えば、バッハやシューベルト、モーツァルトも優れた宗教音楽を残している。それはなぜか」。

そう問い掛け、キリスト教会において音楽が重視されてきた背景をひもといた。

多くの宗教は、見えない神を何とか視覚的に捉えようと、仏像や仏画などを作る。また、海や山、木などに神が宿っているとして、それを拝むことによって神の存在を確かめる。しかし、キリスト教では偶像崇拝は禁止だ。

「キリスト教は目で見る宗教ではなく、神の声を耳で聞く宗教。音楽もまた、形がなく捉えることができない。しかし、私たちの心の中に不思議と大きな感動を与えてくれる。不思議な数の調和の上に成り立つ芸術が音楽。

したがって、音楽は人間の創造物というより、神が作った『音』を人間が利用させていただいているものと言える。人間が作ったものでありながら、神が作られたものであり、神の存在が音の中に潜んでいる。

だから、人間は音楽を聴いて感動する。そして、神を礼拝するため、賛美するために音楽を用いる。キリスト教が優れた音楽を生み出してきたのは、このような背景があるからだ」。

立ちっぱなしで休むことなく2時間に及ぶ講演をこなす皆川さん。さまざまな史実を語る際には、年号や時の将軍、音楽の話では作曲家や作詞家の名前など、詰まることなく口から出てくる。

外国人教員とはドイツ語で会話を交わし、また朗々と歌う姿は、間もなく1世紀を生きようとしているとは思えないほど、聡明で快活だ。

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講演の後半では、いよいよオラショの祈りに話が及んだ。

オラショとは、隠れキリシタンによって口伝えによって伝承されてきた祈りの歌。ラテン語の「oratio(オラツィオ)」に由来し、もともとは宣教師によって教えられた、ラテン語の祈祷文にメロディーを付けて歌われたもの。

しかし、歴史を経る中で次第に意味内容が理解されないまま唱えられるようになった。そのため、日本語のような言葉と、ラテン語のようだが意味のよく分からない言葉が混在している。

例えば、ポルトガル系のラテン語と日本語が混ざった次のようなオラショがある。「デウスパイテロ ヒーリヨー スペリトサントノ 3つのビリソウナ 1つのススタンショウノ 御力をもって 始め奉る」。

皆川さんによると、これは「父と子と聖霊の三つの形の神様が一つになる」という三位一体を示し、祈りの冒頭に唱えるのだという。

隠れキリシタンたちはこう唱えつつ両手を組み、親指で十字を作るのが作法。そして、この不思議な祈りが1時間ほどあり、その後、節をつけた御詠歌のような祈りへと続く。これが「歌オラショ」だ。

「初めは何を言っているのかさっぱり分からなかった。しかし、何度か聴いているうちに、ある一節がラテン語のグレゴリオ聖歌なのではないかと気付いた」。

その後、今もなお隠れキリシタンの末裔が住む長崎県生月(いきつき)島を何度も訪れ、オラショを聴き、録音させてもらった。それをもとに楽譜に起こし、ラテン語に復元する作業を続けるうちに、「グルリヨザ ドミノ」と歌われているのが「O gloriosa Domina」(栄えある聖母よ)というマリア賛歌であることを突き止めたのだ。

「グレゴリオ聖歌であるらしい」という仮説を立てたものの、現在、日本で手に入る「グレゴリオ聖歌集」には、この文言が入った曲が見当たらない。

そこで皆川さんは、バチカン図書館に何度も通い、さまざまな楽譜をしらみつぶしに当たった。楽譜を整理するカードを保管する部屋だけでも、体育館のように広い。

そこから1枚1枚調べ、1日にたった3冊しか借りることのできない本を調べてはまた返し、カードを調べてまた借りるといった作業を約7年続けた。それはまるで「太平洋の海底からたった1つの小石を拾うようだった」という。

しかし、バチカン図書館ではお目当ての楽譜を見つけることができなかった。そこで、当時、日本に来ていた宣教師の出身地であるスペイン、ポルトガルをもう一度、調べることにした。すると、スペインの図書館にたった1曲、同じ文言の入った曲があったのだ。

「これを見つけた時は本当にうれしゅうございました。ようやく見つけた夢の楽譜でした」と皆川さんは感慨深げに話す。

これはスタンダードな聖歌ではなく、スペインのある地方、そして特定の年代にだけ歌われていたものだった。そのため、日本はもちろん、バチカン図書館でも見つけることができなかったのだ。

宣教師が自国のなじみの聖歌を携え、生月島の人々に伝えた。そして、260年にも及ぶ禁教の中、隠れながら人々はこの歌を歌い、「生きる力」をもらって信仰を保ってきたのだ。

「音楽は、ともすれば1週間で聴かれなくなってしまう儚(はかな)い芸術。しかし、この音楽は400年もの間、人が生きることを支えてきた。音楽の力強さを感じた」。

また、講演の最後には、琴の名曲「六段」(八橋検校作曲)がグレゴリオ聖歌の「クレド」(信仰宣言)であったという仮説を提示し、その根拠を説明した。「クレド」と「六段」の構造はまったく同じ。

講演中、このグレゴリオ聖歌と「六段」を同時に演奏しているCD「箏曲《六段》とグレゴリオ聖歌《クレド》〜日本伝統音楽とキリシタン音楽との出会い」(皆川氏の解説と指揮)を皆で鑑賞した。

聴き比べてみると、確かに聖歌の音階が上がると「六段」も上がり、下がるのも同時。クレッシェンド、デクレシェンドなどの一致も、素人の耳にも明らかだ。

皆川氏はますますの研究意欲を語り、講演を結んだ。

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2017年11月20日

全日公開授業のオープンスクールを参観してクリスチャン・ペンクラブの例会へ

11月初旬から医師の指示通り降圧剤を2倍服用しているが効果がない。冷たい雨の土曜日(18日)の朝は160台だったので頓服を飲み、欠席することになるかもしれない同日午後からのJCP例会関係者に連絡して諸務をお願いした。

毎年11月のクリスチャン・ペンクラブ例会は、当市の公立幼稚園や学校の公開授業(オープンスクール)と重なる。血圧は高かったが珍しくそんなにしんどくなかったので知子と学校へ向かった。

例年通り10時過ぎまで参観して学校を後にした。知子に例会を休むように勧められてしばらく立ち止まって躊躇していたものの、今の私にはかけがえのないクリスチャンの交わりゆえに行きたくて、生きることはいのちを削ることでもあると思って駅へ向かった。

知子は私の姿が見えなくなるまで雨の中見守ってくれていたという。睡眠導入剤の影響でフラフラするのでプラットホームから落ちないように真ん中を歩くように注意した。

大津から来られるHa兄(きょうだい)は朝の電話で、「(南千里)駅まで迎えに行くから電話してや!」と何度も言ってくださり、そのやさしさに目頭が熱くなった。

万が一のために私は夫の携帯電話にHaさんの電話番号をメモした紙を貼って持参したが、その優しさだけで十分だった。その時はタクシーに乗ればいい。
例会で学んだ福沢諭吉のこともできるだけ早くまとめてお分かちしたいと思うが、今日は今も回復せぬままで頭痛も消えない。

Anyway これはユキの学級。教室に入るなり明るい絵が迎えてくれて感激した。
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私は知子と2時間目の理科を参観させていただいた。タイトルは「ヒトの体のつくりと運動」。
本論に先立って、どうして「人」ではなくてカタカナで「ヒト」と表記しているのだろうという問いかけから導入され、子どもたちの活発な発表で時間を忘れて楽しく観ていた。

そして、子どもたちの発言からも今も変わらず日本では進化論が固定概念となっていたので、創造論の知識を有するユキはどのような気持ちで聞いているんだろうなと思った。勿論、帰宅して尋ねてみたが別の機会に譲りたい。

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「ユキ! 姿勢が悪いよ〜〜〜」
割りばしと輪ゴムで作った鉄砲がいっぱい!
こんなに作っていたなんて驚いた。

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秋の俳句はちょっと駄作かな? ごめん。

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口の周りが髭に見えるけれど、
黒ではなく赤色の唇だった。

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大きくなったね、ユキ。
もうすぐ4年生の2学期も終わってしまう。
この窓を覗くと黄色く染まったイチョウの木が美しく立っていた。
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知子は5時間目の算数も参観した。

posted by 優子 at 17:16| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年11月19日

家の教会2017㊶ ―金持ちの青年―

IMG_9083.jpg2017年11月19日(日) 

  (2017第41回 家の教会)

                10時〜45分

 出席者 3名(with ユキ&良輔)


@ 初めのお祈り   優子

A 主の祈り

B 子どもの讃美歌  82番「雄々しくあれ」

           90番「主イェスと共に」

C 聖書       ルカによる福音書 

            18章18節〜30節

D お話       優子

E お祈り      1人ずつ

F 讃美歌      355番「主を仰ぎ見れば」

           344番「かいぬしわが主よ」


ルカによる福音書 18章18節〜30節:
18:18 また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師よ、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
18:20 いましめはあなたの知っているとおりである、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな、父と母とを敬え』」。
18:21 すると彼は言った、「それらのことはみな、小さい時から守っております」。
18:22 イエスはこれを聞いて言われた、「あなたのする事がまだ一つ残っている。持っているものをみな売り払って、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
18:23 彼はこの言葉を聞いて非常に悲しんだ。大金持であったからである。
18:24 イエスは彼の様子を見て言われた、「財産のある者が神の国にはいるのはなんとむずかしいことであろう。
18:25 富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
18:26 これを聞いた人々が、「それでは、だれが救われることができるのですか」と尋ねると、
18:27 イエスは言われた、「人にはできない事も、神にはできる」。
18:28 ペテロが言った、「ごらんなさい、わたしたちは自分のものを捨てて、あなたに従いました」。
8:29 イエスは言われた、「よく聞いておくがよい。だれでも神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子を捨てた者は、
18:30 必ずこの時代ではその幾倍もを受け、また、きたるべき世では永遠の生命を受けるのである」。
お話:

救いを求めてイエスさまのところに来て救われなかったのはこの人だけだったのではないかと思うのですが、彼は品行方正でユダヤ教の戒律を守っている青年であり、若くしてサンヘドリンという最高法院の議員に選ばれていました。


それだけではなく人生についても考える人だったのだと思います。それゆえにイエスさまに純粋な気持ちで問うたのです。


しかし、青年は唯一絶対なる神さまのことがわかっていなかったゆえに「よき師よ」と、人間に対する形式的な敬称を用いて呼びかけました。イエスさまはそんな青年の心を直截に神に向けるために十戒を示されました。


その問答の次にまだ一つ欠けている(やり残している)ことがあり、それは大金持ちの青年に全ての資産を売却して貧しい人に分けるということでした。


ここで誤解してはいけないのは、施しをすれば永遠のいのちが与えられるという意味ではありません。持ち物を売り払って施すという善い行いによって救いを獲得するのではありません。


彼は自分中心の生き方でした。言葉を変えて言えば、自分のために生きていたゆえに財産を手放すことができなかったのです。しかし、これは大金持ちだった彼だけの問題ではありません。金持ちではない私たちにもできません。


それに財産だけが問題ではありません。富だけではなく、地位、名誉、習慣、伝統、あるいは、頑なな自我もそうです。いずれにしてもそれらを棄てられないがゆえに、それらを自分の神とし神を求めることもないのです


永遠の生命を確保したいと思わない人はいないでしょう。この大金持ちの青年は「永遠のいのち」を求めることのできる心を持っていたのに財産が大きな妨げになってしまったのです。


全財産を投げ出すなど誰もできないと思います。それどころか時には僅かな額でも出し惜しみしてしまうのが人間の本性ではないでしょうか。イエスさまは「人にはできない事も、神にはできる」と言われました。ここが大切で、ここに心を傾けるのです。


私たちはイエスさまの仰る通りに従えなくて、迷い、惜しんだり、間違いを侵してしまうお互いですが、そんな自分を嫌悪しながらもやっぱりイエス・キリストと共に生きていきたいと願います。


感謝なことに、そのように命の道に踏みとどまらせてくださっているのも神の力、神の恵みです


主イエスはいつか言われました。「あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ」と。即ち、富をどこに積むかは心をどこに置くかということであり、何を一番大切なこととして生きるかということです。


地上の富や善行や奉仕に生きることが一番大切なことではなくて、神さまとの関係を一番大切なこととして生きる。それが富を天に積むことであり、「天に宝を積む」生き方なのです。そして、神さまとの関係の中で神さまに喜ばれる生き方に励みたいと思います。


主イエスに従って行くとき、私たちは徐々に握りしめているものから手を放して、隣人や貧しい人々のために用いていく者と変えられていくことでしょう。神の力が働いて必ず変えてくださることを信じます。


IMG_9060.jpg自分の努力によって神さまの救いを手に入れようとするのではなく、ただ神さまの恵みに依り頼んで信頼して生きる。そのためには持っているものを貧しい人々に分けてやりなさい。イエスさまは今日も私たち一人ひとりに語っておられます。

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2017年11月16日

ウォーキングは黙想の時

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空に向かって勢いよく咲く「皇帝ダリア」
冬に負けるなと激励してくれているみたい。

御言葉は「キリストの栄光教会」より
「神よ。私の心は揺るぎません。私の心は揺るぎません。私は歌い、ほめ歌を歌いましょう」。(詩篇57篇7節)
刻々と変化し、次々と何かが起こるのが、日常生活です。そうしたことに心が揺るがされないよう、しっかりと主の御言葉に立ちましょう。悩んで時間を空費するより、唇も耳も心も賛美で響かせるのです。賛美が揺るがない心をつくります。私たちの喜びが主の喜びと共鳴し、笑顔と力が回復してきます。

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「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい」。(ローマ人への手紙12章11・12節)
主があなたのために戦われます。サタンとの戦いを、あなた個人の戦いにせず、主の戦いにするのです。独りで戦えば敗北します。ダビデのように、「これは主の戦いだ」と宣言して主に委ねれば、聖霊が先導してあなたを勝利に導かれます。勝利の予感が喜びを湧きあがらせ、祈りを熱くします。

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咲き始めたツワブキの花

「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい」。(ローマ人への手紙12章9節)
真実の愛には恐れがありません。損得勘定がありません。拒絶されることを恐れません。キリストに愛されたように愛します。しかし、愛するとは、悪を許容することではありません。かえって義を成し遂げます。愛が真実であるほど、理解されず、嫌われることがあります。愛するとはそういうことです。主の愛こそがそうでした。

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↑ これのピンク版 ↓

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まさに自然のアート! 
神秘の美しさに目が釘付けになった。
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そして今日のアート。
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以下は11日にユキと歩いた時の写真。
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これはユキが撮った。

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1つだけ咲いていた季節外れのクローバー。

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「宝石みたい!」とユキが写した感動。

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たくさんのキーウィにびっくり!
この10倍くらいあった。

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そして、今朝の光景。
いよいよ最後の1輪もまもなく姿を消す。
長い間楽しませてくれてありがとう。
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2E697A5E99693E9A39FE381B9E3819AE9A3B2E381BEE3819AE291A2.jpgシュウメイギクが終ってまもなくチャッピーが死んだ。
2年前の11月24日に・・・・

附記:横田めぐみさん(行方不明時13歳)が北朝鮮に拉致されてから40年となった昨日、記者会見で母早紀江さんは語った。

「元気なうちに、めぐみちゃんだと分かる間に、1時間でもいいから会いたい。
病気しないで、元気でいてください。お父さん、お母さんは弱ってきても、気持ちのうえでは頑張るから。最後まで頑張って助けるという気持ち、忘れていないから」。

「(政府は)一生懸命に知恵を練ってくださっているとずっと思っていたが、40年たっても何も分からない状況で、本当に信じていてよかったんだろうかという思いがある」とも語った早紀江さん。

私たちで世論を盛り上げて為政者たちを動かさねば、いよいよ時間は限られている。何事も有限な人間ゆえに限界があろうとも、ああ神よ、私たちに我がことのように祈らせてください。
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2017年11月14日

「祈りが叶えられない意味」―渡辺和子さん最後の著書より―

「願ったことが叶えられなかった時の落胆や失望には計り知れないものがあります。でも、そういう切なさ、つらさこそが、実は人間が成長してゆく上で『本当にたいせつなもの』『必要なもの』だったのだと、いつか必ず気づく日があるものです。

時間の使い方は、いのちの使い方。たった一度の人生をどう生きるか?」

(以下は『クリスチャン・トゥディ』より)

image.jpg89歳で帰天した著者が、最後に遺した書・『どんな時でも人は笑顔になれる』は、ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが2016年12月30日、89歳で帰天する10日前に校閲を終え、今年3月に出版された最後の著書。本書のテーマは、祈りがかなえられない意味。

「はじめに」でも、子どもの幸せを祈ったのに、進学や就職の失敗、病気などで落胆し、失望することが多い人生の現実に触れる。しかし、その時の「切なさ、つらさこそが、実は人間が成長してゆく上で『本当にたいせつなもの』『必要なもの』だったのだと、いつか必ず気づく日がある」とシスターは言う。

1927年、北海道旭川市で生まれたシスターは、冬の「すべてを浄化するような寒さ」が好きだという。父親で当時の陸軍教育総監だった渡辺錠太郎(じょうたろう)が2・26事件で銃弾に倒れたのも、大地を純白の雪が覆った寒い冬の日だった。

人生の冬、それは必ずしも秋の次に来るとは決まっていませんし、三カ月くらい続くものとも限りません。・・・(履歴書で)もっとたいせつなのは、書くに書けない「苦歴」とでもいったものではないでしょうか。・・・文字に表わすことのできない苦しみの一つ一つは、乗り越えられることによって、その人のかけがえのない業績となるのです。

シスターは幼い頃に目の前で父親が殺害されるのを目撃し、その後、18歳で受洗。29歳でノートルダム修道女会に入会し、36歳という異例の若さでノートルダム清心女子大学の学長に就任した。

それまでシスターは、丈夫で健康なのが当たり前と思って、人を厳しく見ることもあったという。ところが、多くの苦労を重ねる中で、50代の約2年間、うつ病で苦しむことに。その間も、学校での授業や仕事は何とかこなしていたものの、常に「私にはその資格がない」という自信のなさがつきまとう。

しかし、つまずいたおかげで見えてきたものもあった。責めることなく、弱い人にも心を注ぐことができるようになったのだ。

「費用対効果」などの言葉に代表されるように、経済的にいかに効率よく生きるかが求められる時代の中で、「待つことの大切さ」についてもシスターは語る。

お金にならない時間、得にならない時間、その意味では無駄と思える時間の中にしか愛情は育たない・・・。待たないですむ人生などありはしないのです。そうだとしたら、待つことの意味も知らなければならないでしょう。

「待つこと」は急ぐことよりも案外難しいのかもしれない。実は待つことへの恐れから、私たちは自らを急がせているだけなのではないだろうか。そんな私たちにシスターは「愛をこめた時間は、無駄にならない」と優しく語り掛ける。

また、「なぜ祈るのか、祈りは叶(かな)うのか」の項でシスターは、私たちが時に祈りに対して感じる疑問を次のように挙げている。

「もし私が祈ったことが全部叶えられたら、どうなるのだろう」「神様のお役目というものは、人間の願いを全部叶えることなのだろうか」・・・「いくら祈っても、所詮(しょせん)、神はご自分の好きなようになさるのだとしたら、祈っても、祈らなくても同じではないか」

その上でシスターはキリストの言葉を紹介する。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」(ルカ11:9−10)

ところが、さすがにシスターの見方は深い。「この言葉には、求めたそのものが与えられると約束されていませんし、捜したそのものが見つかるとも約束されていません」と指摘した上で、その後に続く「魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか」(11節)という言葉に注目する。

そして、「求めたものの『代わりに』何かをくださる可能性があることが示唆されています」として、神が人間の願いをそのままかなえることを自分の愛の証しとなさらないのは、「私たちはいつも“欲しいもの”を願っているからであり、神様が私たちに叶えてくださるものは、“必要なもの”だから」とシスターは言うのだ。

シスターが最後に書き記した言葉は、「自分にしか咲かせられない花を、どこに置かれても、精いっぱい咲かせよう」。

シスターにとって「花の人生」とは、幼い頃は、きれいなお嫁さんになること、10代後半は戦時中なので、平和でおなかいっぱい食べられること、20代は、華やかに若さを奔放に生きることだった。

しかし、いつしか健気(けなげ)に咲く「一輪の花」として生きることに変わってきたという。そこには、有名な「置かれた場所で咲きなさい」という詩との出会いがあった。

花の使命は咲くことにあります。他の花と比べて優劣を競うことにもなければ、どこに置かれるかにもなく、自分しか咲かせられない花を一番美しく咲かせることにあります。(140ページ)

最後は人生を花にたとえたシスター。その死を惜しむ声は今も絶えないが、シスターは天でも精いっぱい、それゆえに美しく花を咲かせていることだろう。

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2017年11月13日

横田早紀江さん 夫の滋さんの受洗とトランプ米大統領との面会報告

以下は『クリスチャン・トゥディ』より抜粋転載させていただいたものである。

SAKIE.jpg「今日はうれしいニュースがございます。新潟でめぐみがいなくなった時、私の主人はめぐみを捜し回って、泣きながら『神も仏もあるものか』と叫んでいました。

その時から『本当の宗教なんていうものはない。自分が強くなければ駄目なんだ』と言って、ちょっとでもキリスト教のことに触れると怒っていたようなお父さんでしたが、私が教会に通うことには反対しませんでした。

そのように長い間、神様を拒んでいた主人が、今月の4日に中野島キリスト教会の國分広士先生によって洗礼を受けさせていただくことができました。

クリスチャン新聞より.jpg國分先生が『神様を受け入れますか』と聞くと、主人は『はい』と言って素直に、にこやかに返事をしていました。体が弱っていますので、今回は特別に自宅に先生に来ていただいて、滴礼で受洗をさせていただきました。(この写真は『クリスチャン新聞』より拝借)

本当にものすごい短い時間に、突然何が起こったか分からないような、爆発が起きたような感じで、私は『本当にこんなことがやっぱりあるんだ。不思議なことが起きるなあ』ということを改めて感じさせていただき、感謝の思いでいっぱいでございました。

新潟の五十嵐キリスト教会で私を導いてくださったマクダニエル先生、いつも主人の救いのために『祈っていますよ』と声を掛けてくださった先生は今は天に召されましたけれども、本当に天でどんなに喜んでくださっているだろうかと思います」。

これは先週9日に、東京・千代田区のお茶の水クリスチャン・センター8階チャペルで行われた、横田早紀江さんを囲む拡大祈祷会(主催:横田早紀江さんを囲む祈り会、全国ブルーリボンの祈りの会)で、ご本人が「夫の滋さんが洗礼を受けたことを喜びに満ちた表情で報告」されたものである。

当日は一般メディアも入り200人以上がそれぞれ祈祷課題をもとに祈り合ったという。

 早紀江さんは1936年、京都市生まれ。63年に滋さんと結婚し、翌年、名古屋のカトリック系の聖霊病院で長女のめぐみさんを出産した。日本銀行に勤める滋さんの転勤により新潟に引っ越してきたのは、事件の起こる1年前のことだった。

 1977年11月15日、めぐみさんは当時、新潟市立寄居中学校1年生で、13歳になったばかり。所属していたバドミントン部の練習を終え、すでに日の沈んだ海岸に向かう暗い道を歩き、一緒にいた友だち2人と別れて、自宅まで数分というところで忽然(こつぜん)と姿を消した。

 いつまで経っても娘が帰ってこないのを心配して、家族は必死にその行方を捜し、警察も捜査を進めたが、目撃者や遺留品さえ見つからなかった。その頃、めぐみさんは北朝鮮の工作員によって連れ去られていたのだ。それから今年で40年になる。

早紀江さんは、めぐみさんが失踪した翌年、友人に勧められて聖書を読むようになり、めぐみさんが成人となる1984年、日本同盟基督教団五十嵐教会(新潟市)で受洗した。

93年に滋さんが日本銀行を定年退職後は一家で神奈川県川崎市に移り住み、日本福音キリスト教会連合中野島キリスト教会(神奈川県川崎市、國分広士牧師)に所属している。

 1997年、めぐみさんが北朝鮮に拉致されていることが分かり、「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)や、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」が結成された。2000年、「横田早紀江さんを囲む祈り会」が始まり、今も毎月行われている。

恵み.jpg巡回伝道者の福澤満雄氏が聖書からメッセージを語った。「思い煩いを十字架のもとに置くと恵みになる」と話す福澤氏。

福澤氏は、出エジプトをしたイスラエルの民がアマレク人と戦った時、モーセが山に登って神に祈り、後継者ヨシュアらが戦って勝利したエピソード(出エジプト17章)は、めぐみさんが帰ってくるために祈り続けている今の霊的な戦いと同じだと語った。

その時、モーセは80歳(7:7)を超えていて、ちょうど滋さんや早紀江さんもその年齢にあるとして聴衆の笑いを誘った。

「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。その手は、日の沈むまで、しっかりと上げられていた。ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った」。(出エジプト17:11〜13)

 北朝鮮がミサイルを撃つと、米国や日本が圧力を掛けるというシーソーゲームのような現在の状態と、出エジプト記の出来事はそっくりだという。やがて、めぐみさんが日本に戻ってきた時、「政府がよくやった」という話になり、その背後に祈りがあったことを伝える新聞やニュースはないだろうが、だからこそ神様はモーセに次のように言われたのだと福澤氏は強調した。

 「このことを文書に書き記して記念とし、また、ヨシュアに読み聞かせよ」。(出17:14)

そしてドナルド・トランプ米大統領と6日午後に迎賓館で約30分間面会した時のことを伝えた。

「お部屋に入りましたら、今回はいつもと違って、ひざをつき合わせて、目の前に大統領と、その横に美しい奥さま(メラニア夫人)がいらして、びっくりしました。

その時、私が持っていためぐみの写真を『ちょっとそれを貸してください』と言われて手を出されたので、お渡ししました。それを何とも言えない表情、真剣な強いまなざしで見られて、奥さまにも見せられて、そして私を見て『頑張りなさい』とあたたかい微笑(ほほえ)みを浮かべて言ってくださった、とても印象深い会見でした。

また、国連の演説でトランプ大統領が『(北朝鮮は)13歳の日本人の少女(めぐみさん)を拉致した』と取り上げられたことは私もびっくりしたんですけれども、そのことを『心から感謝します』と言いまして、『難しい問題ですけれども、ご尽力いただきますようによろしくお願いします』とお伝えしました。

めぐみちゃんも何らかの使命を持って、こうして一生懸命耐え忍んで、帰る日を待ち望んでいると思います。私も涙が涸(か)れ果てて、年がら年中、目薬を差しているような状態ですけれども、本当に早く喜びの大泣きをしたいと思いますので、どうぞこれからもお祈りくださいますようによろしくお願いします」。

祈る早紀江さん.jpgこれまでも早紀江さんが祈っておられる姿を何度も拝見してきたが、今ほど胸をえぐられるような痛みを感じたことはない。それは、愛する人を拉致された方々のことを思い出した時に祈るという自らの愛のない不真面目さが示されたからだ。

滋さんが主の者とされたこと、その言葉にならぬ喜びとともに、どうか地上で恵さんと再会させてあげてください、わが胸に抱きしめさせてあげてくださいと号泣した。教会にも行けないほど体が弱っておられるとは思いもよらなかった。

一切のことを治めておられる神さまに委ね、信頼します。年老いた被害者家族の方々の上に神さまのお支えを祈るばかりです。

附記:過去ログ(2006年1月30日の記事)にも早紀江さんが神さまと出会われた時のお証しを記しています。また過去ログと少々重なりますが『クリスチャン・トゥディ』11月9日公開記事に、早紀江さんが友人に勧められてヨブ記を読んだ時のことが書かれており、下記に抜粋転載させていただきました。

この時が、神ご自身が私の心にまっすぐに光を差し込んでくださった最初の時でありました。

『私(ヨブ)は裸で母の胎からでた。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる』(1:21)・・・この言葉は何と深いのでしょう。

(私の人生には)見えない真実の神の存在が関わっていることを知ったのでした。初めて深呼吸ができ、久しぶりに空気がおいしく思えました。・・・『苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。私はそれであなたのおきてを学びました』(詩篇119:71)」(同)

早紀江さんの受洗から33年目に夫の滋さんも洗礼を受け、こうしてようやく夫婦2人で心を合わせて神に祈ることができるようになったのだ。


posted by 優子 at 12:22| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

家の教会2017㊵ ―イエスを仰ぎ見る―

12-1.jpg昨日良輔はゴルフで不在、知子は勉強会で全日外出、私はユキと二人で本当に楽しい一日を過ごしました。家庭でこんなに心安らいだのは少なくとも今年初めてだったと思います。

そして今朝、ユキはサッカー教室に。昨夜のうちに「お昼ご飯のあと礼拝が終わってから遊ぶ約束するね」と、驚くべき喜ばしいことを言いました。私たちは9時から自治会の草引き清掃に。

12-4.jpgサッカーから帰宅したユキは、お友達から誘われて他自治会のイベントには勝てず「夕拝しよね!」と言って遊びに行きました。勿論快く見送りました。😖

2017年11月12日(日) (2017第40回 

                     家の教会)

3時30分〜4時15分
出席者2名(with 良輔)
@ 初めのお祈り    優子
A 主の祈り
B 讃美歌        285番「主よ御手もて」
C 聖書輪読       ローマ人への手紙 7章14節〜25節
D お話          優子
E お祈り         1人ずつ
ローマ人への手紙 7章14節〜25節:
7:14 わたしたちは、律法は霊的なものであると知っている。しかし、わたしは肉につける者であって、罪の下に売られているのである。

7:15 わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。

7:16 もし、自分の欲しない事をしているとすれば、わたしは律法が良いものであることを承認していることになる。

7:17 そこで、この事をしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

7:18 わたしの内に、すなわち、わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている。なぜなら、善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないからである。

7:19 すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。

7:20 もし、欲しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

7:21 そこで、善をしようと欲しているわたしに、悪がはいり込んでいるという法則があるのを見る。

7:22 すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、

7:23 わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。

7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。

お話:

「いずれの行も及びがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)のすみかぞかし。」(わたしのような罪深い者は地獄以外に行き場がない存在だ)とは、親鸞の有名な言葉です。9歳で出家し、20年間もの年月を比叡山にこもって天台宗の厳しい修行を徹底的にした親鸞が最後に行き着いた境地でした。


親鸞の胸中はパウロの苦悩、「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。」(24節)と重なります。


今日輪読した箇所にあります「内なる人」とは、「心」と呼んでいる人間の良心が備わっているところの意味であり、人間は生まれながらに良心が備えられていることをパウロは知っています。ところが善い行いができない、実践できないという自己矛盾、これが人間の本質なのです。


24節の言葉は、心が窒息するほどの絶望であり苦悩の究極の叫びです。ところが次に一転して「感謝」するのです。主イエスによる救いによって解放されるからです。


主イエスを仰ぎ見ることにより即刻即座に解放されます。これは知識によってわかるというものではなく聖霊体験です。私は信仰生活の初めのころはわかりませんでしたが、今はよくわかります。


主イエスに繋がっていることがいかに大事であるか、主イエスを離れては再び深い苦闘に入ってしまいます。信仰者といえども生きている限りこの人間の本質は変わりません。主イエスをそっちのけで生きているならば、罪の存在にも気がつきませんし罪の力に悩まされることもないでしょうが。


ルターでさえ状況に動揺し落胆することがありました。(そのエピソードはここをご覧ください)。エリヤもそうでした(列王記第一の18章)。耐えられないほどの圧迫を受けていたと告白しています。


私たちも生きている限り葛藤から解放されることはなく、揺れ動き、悩み苦しむのですが、自分の弱さ、醜さに絶望するのは素晴らしいことであり、それは信仰を授かった者ゆえに感知できることです。神さまの光に照らされて自分の罪深さがわかるのですから、絶望は神の祝福なのです!


ここで大切なことは、そうした情態に長くとどまっていてはいけないということです。その絶望の苦闘からイエス・キリストを仰ぎ見るのです。主に在って自らの欠けを知った人だけが、そのことを告白することができるのです。


パウロは「わたしは罪人のかしらです」と言っています。私など時にはそのように言えない、言いたくない時があります。そんな時は、自分を悩ます人、悪意を向ける人に縛られているのであり、神さまに対しても素直になれず、悔い改めていないというのもよくわかっています。砕かれていないのです。


パウロは主に在って歩むほどに砕かれて低くされていきました。最初の頃は自らのことを「使徒の中では最も小さい者」、次に「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私」と呼び、最後には「私はその罪人のかしらです」(Tテモテ1:15)と。


律法でいつも責められているというのが私たちの現実であり、クリスチャンになるとより一層に自分を責めるものがあるのですが、キリスト者とされた人には聖霊が授けられています。主イエスはその現実を越えて常に私と共にいてくださいますから、主の御名を呼んで即刻解放していただきましょう!


祈ったり聖書を開く気持ちにもなれない時は、「主よ」、「イエスさま」と御名(みな)をお呼びするだけでもいい。讃美できない時は讃美歌を聞くだけでいい。きっとまもなく自らも口ずさんでいることでしょう。本当に「主を喜ぶことはあなたの力になるのです」は真実です。


「もし、祈ることをやめさせ、私たちを気落ちさせるなら、すでに悪魔の餌食になっている。自己吟味せよ」。


「自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない」。

         (ガラテヤ人への手紙 5章1節)


最後に「奴隷」という言葉からミケランジェロの未完成の彫刻を思い出しました。アカデミア美術館の「プリジョーニの回廊」にある4つの奴隷の彫刻は、敢えて未完成に造られたと言われています。

    atlante.jpg 若い奴隷.jpg      

      「奴隷アトランテ」    「若い奴隷」

  

     髭の奴隷.jpg 目覚めた奴隷.jpg

     「髭の奴隷」     「目覚めた奴隷」


これらの彫刻に共感した人が、「奴隷の像は鎖につながれていないけれど大理石の中に閉じ込められていて、それが石の穴から解放されることは決してない」と感想を述べ、「彼らの姿は、罪と苦闘する私にどこか似ています」に始まる鋭い聖書のメッセージがあります。

それが掲載されている『デイリーブレッド』の電子版では文字だけではなく音声でも聴くことができ、ワンメッセージが数分間の短いものですので是非ここを開いてお聴きください。

附記:

大学卒業した頃に読んだロマン・ロランの『ミケランジェロの生涯』で、ありあまる天才を発揮するも意志の欠如や性格の弱さ、病的なほどの小心者ゆえに惨めすぎるほどに繊細な神経の持ちであると知りました。ミケランジェロほど純粋な心を持った人はいなかったと。


「もう時の移り変わらぬ魂は幸いである」。(ミケランジェロ)

「気を狂わせるような奴隷状態から」解放されたいと死を渇望したミケランジェロ。90年の生涯は「聖なる苦悩に満ちた」ものでしたが、「キリストにおいて生き、キリストにおいて死んだことも真実である」。(ロラン)

ミケランジェロの晩年は何も完成させることができなかったとありますから、これらの彫刻は敢えて完成させなかったのではないと思うのですが、調べて自分なりの結論を得たいと思います。

『ミケランジェロの生涯』の裏表紙の内側に、「2000年10月8日、真智読了」と私の字で書いてありました。マチも読んでいたとは嬉しいです。


20時10分追記:ユキは宿題(今日のことを作文に書く)をしなければならなかったので夕拝もできず、お風呂から上がった今5分間ほど聖書のお話をしました。


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2017年11月11日

「われは草なり」 ―自分を愛するということ―

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「われは草なり」
   高見 順

われは草なり 伸びんとす
伸びられるとき 伸びんとす
伸びられぬ日は 伸びぬなり
伸びられる日は 伸びるなり

われは草なり 緑なり
全身すべて 緑なり
毎年かはらず 緑なり
緑のおのれに あきぬなり
われは草なり 緑なり
緑の深きを 願ふなり

ああ 生きる日の 美しき
ああ 生きる日の 楽しさよ
われは草なり 生きんとす
草のいのちを 生きんとす

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2017年11月10日

「一粒の麦≠ニしての劉暁波 ノーベル平和賞受賞者を奮い立たせたもの」はキリスト教信仰だった! 

今、トランプ大統領の中国訪問でニュースを賑わしている。習近平国家主席の穏やかな表情を見ると中国の恐るべき人権状況が信じられず、ニュース映像を見ながら今夏亡くなった劉暁波(りゅう・ぎょうは)さんのことを想っていた。

IMG_8834.jpg2017年8月1日の『キリスト新聞』に公開された記事から、劉さんは洗礼を受けていないがキリスト教信仰により生かされていたことをご紹介したい。

劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏.jpg2010年のノーベル平和賞受賞者で作家・民主活動家の劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏が、7月13日に中国・瀋陽市の病院で亡くなった。1989年の民主化運動・天安門事件の中心人物の一人だった劉氏は、数回の逮捕・投獄にも拘わらず執筆活動を通して民主化を訴え続けていた。

2008年には「08憲章」(一党独裁の終結、三権の分立、民主化の推進、人権状況の改善などを求めた文書)の取りまとめの役を果たしたが、その後「国家政権転覆扇動罪」の罪名で投獄され、ノーベル平和賞授賞式に出席することができなかった。

しかし、本人不在の授賞式がかえって注目を集め、彼の名は一躍世界に知られることとなり、また式典で代読された「私には敵はいない。憎しみもない」という言葉は多くの人に深い印象を与えた。今年5月に末期ガンであることが報じられ、一時的に出獄が許可され入院していたが、治療の甲斐なく61歳で世を去った。

イエス・キリストは人格の模範=@「08憲章」で宗教の自由を主張

 日本の一般メディアでは触れられていないが、実は劉氏はキリスト教信仰・思想に極めて近い考えを持っていた。天安門事件以前よりアウグスティヌスの『告白』を好んで読み、人間の神に対する罪性や悔い改めといった課題に関心を持ち、「中国人の悲劇は神を持たないという悲劇だ」と述べるほどだった。

1996年から99年にかけて大連の労働教養所(一種の強制収容所)に収監されていた時期には、アウグスティヌスのほか、トマス・アクィナス、マルティン・ルター、ジャン・カルヴァン、ディートリヒ・ボンヘッファー、カール・バルト、ハンス・キュング、ドストエフスキーなどの作品を読み、キリスト教思想の影響を大きく受けた。

特にボンヘッファーが牢獄においても信仰ゆえに希望を持ち続けていたことに励まされ、妻への手紙に「たとえ何かを変えることができなくとも、しかし少なくともわたしたちの行為は、イエスの精神が今でもこの人間の世界に息づいていることの証しになり、神なき現代社会においてイエスの精神のみが人間の堕落に対抗できる信仰的力となることの証しとなる。

……もし希望がないならば、苦しみの中から意義を見出せない。希望を理解できなければ人間の存在を理解できない。生きる勇気は希望のみが与えることができ、希望は神と愛とイエスの十字架から来るのだと書いている。

劉氏は2008年の投獄以前には家庭教会(家の教会)の礼拝に出席していたこともあり、「おそらく、わたしは永遠に信徒にはならないかもしれないし、組織としての教会に入会することもないかもしれない」と述べながらも、「しかしイエス・キリストはわたしの人格における模範だ」と語るほどだった。その後も洗礼を受けることはなかったが、劉氏の思想の中にキリスト教信仰・思想の刻印が押されていたことは間違いない。

『劉暁波伝』を書いた劉氏の友人でクリスチャン作家の余杰(よ・けつ)氏は、「『わたしには敵はいない』という宣言は、彼の内面の深みにある大きな宗教的情感に由来しており、特に長きにわたって受けてきたキリスト教の影響による」とまで語っている。

また、劉氏はキリスト教の思想面だけでなく、中国における教会や宗教組織の法的位置づけにも関心を払っていた。「08憲章」には「結社・集会・言論の自由」と並んで「宗教の自由」が謳われており、その内容は特に中国においては非合法とされている家庭教会にも合法性を付与することを意図するものとなっている。

つまり、「三自愛国教会」に登記しなければ合法的地位が得られないという「事前許可制度」を廃止し、従来は非公認・非合法とされていた家庭教会・地下教会に合法性を付与する「届出制」にすべきというのだ。

香港の神学者・邢福増(けい・ふくぞう)氏は劉暁波についてこう語る。

「彼は別れを告げて逝ってしまったが、思想と精神を残していってくれた。彼は目を閉じるまで、自分の魂を売り渡さなかった。彼の魂はこの世の暗闇の勢力から解き放たれ、彼が探し求めていた御国へ駆け上がっていった」。

たとえ彼が地上からいなくなってしまっても、彼の思想と精神、そして「信仰」を受け継ぐ人たちがいる。特に中国大陸や香港において、劉氏と同じように巨大な力と向き合いながら信仰的・霊的な戦いをしている人々が今もいることを覚え、そのために祈りたい。

そしてわたしたちは日本においても同じ戦いがあることを忘れてはならないだろう。劉暁波はそんなわたしたちにも多くのものを残してくれている。

IMG_8839.jpg「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」。(ヨハネ12:24)

(日本基督教団筑紫教会牧師 松谷曄介)

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2017年11月08日

安らぎのひと時 −金沢聖句書道展と聖句―

IMG_8824.jpgかつて我が家で持たせていただいていた家庭集会(オリーブの会)で、導き手になってくださっていた姉妹から「トラクトペン」を頂戴しました。

「トラクト」とは「小冊子」、特に聖書の言葉が書かれた伝道用のパンフレットのことですが、これは「トラクトペン」と呼ばれ、ボールペンの中に聖句の言葉が記されています。インクがなくなるまで読むことができていいですね。

このペンは聖句書道をされている方が作られたものです。金沢聖句書道展(名鉄エムザ:エムザギャラリーで開催)のことも知りました。
ユウチューブに挙がっており、ホッとする安らぎタイムに編集されていますので是非ご覧ください


「今この瞬間、月は時速約3700キロメートルで地球の周りを回り、地球は時速約10万7千キロメートルで太陽の周りを回っています。その太陽は、銀河系の2千億の恒星と1兆を超える惑星の一つにすぎず、銀河系は宇宙にある2兆個の銀河のひとつと言われています」。

IMG_8818.jpgこの壮大な宇宙を支配されている神さまが、私たち一人ひとりに深く心を寄せておられます。(詩篇 139篇1節〜18節)
主よ、あなたはわたしを探り、
わたしを知りつくされました。
あなたはわがすわるをも、立つをも知り、
遠くからわが思いをわきまえられます。

あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、
わがもろもろの道をことごとく知っておられます。
わたしの舌に一言もないのに、
主よ、あなたはことごとくそれを知られます。

あなたは後から、前からわたしを囲み、
わたしの上にみ手をおかれます。
このような知識はあまりに不思議で、
わたしには思いも及びません。
これは高くて達することはできません。

わたしはどこへ行って、
あなたのみたまを離れましょうか。
わたしはどこへ行って、
あなたのみ前をのがれましょうか。

わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。
わたしが陰府に床を設けても、
あなたはそこにおられます。
わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、
あなたのみ手はその所でわたしを導き、
あなたの右のみ手はわたしをささえられます。

「やみはわたしをおおい、
わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
あなたには、やみも暗くはなく、
夜も昼のように輝きます。
あなたには、やみも光も異なることはありません。

あなたはわが内臓をつくり、
わが母の胎内でわたしを組み立てられました。
わたしはあなたをほめたたえます。
あなたは恐るべく、くすしき方だからです。

あなたのみわざはくすしく、
あなたは最もよくわたしを知っておられます。
わたしが隠れた所で造られ、
地の深い所でつづり合されたとき、
わたしの骨はあなたに隠れることがなかった。

あなたの目は、
まだできあがらないわたしのからだを見られた。
わたしのためにつくられたわがよわいの日の
まだ一日もなかったとき、
その日はことごとくあなたの書にしるされた。

神よ、あなたのもろもろのみ思いは、
なんとわたしに尊いことでしょう。
その全体はなんと広大なことでしょう。
わたしがこれを数えようとすれば、
その数は砂よりも多い。
わたしが目ざめるとき、
わたしはなおあなたと共にいます。

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キリストの栄光教会の「今日のみことば」より:

「私が神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる」。 (詩篇15篇16・17節)
自分の無力さを思い知り、絶望するのはよいことです。その絶望が祈りの原動力となるからです。自分の限界を越えているのに、何とかなるだろうと思って祈らないのは、人生の放棄にも等しいことです。絶望から主の憐れみを祈り求める人を、主は放っては置かれません。

「あなたの重荷を主に委ねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者が揺るがされるようにはなさらない」。 (詩篇55篇22節)
背負いきれない重荷を、わざわざ拾い集めて思い煩っていませんか。その重荷の圧迫が、あなたの考え方を悲観的にします。主に預けて、一旦忘れましょう。忘れている間に、主が解決の道を整えてくださいます。心も体も軽くなり、今、なすべきことが見えてきます。

「私は、神に信頼しています。それゆえ、恐れません。人が、私に何をなしえましょう」。 (詩篇56篇11節)
神への全き信頼は、心から恐れを消し去ります。恐れが消えれば、どんな出来事にも冷静に対処できます。人の悪意や嫌がらせにも、過剰反応せずに済みます。人があなたの心を傷つけようとしても、傷つかない選択ができます。ただ、うろたえず、動ぜず、堂々としていましょう。全能の神が守って下さいます。

「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です」。 (ローマ人への手紙 12章1節)
神に受け入れられる霊的な礼拝とは、自分を捧げることです。自分を捧げるとは、アベルのように自分の持つ最良のものを捧げることです。カインのように自分の理屈で考え、この程度でもいいという捧げ方では、神に喜ばれません。まず、最良の時間を捧げましょう。
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2017年11月05日

家の教会2017㊴ ―サウロの回心―

2017年11月5日(日) (2017第39回 家の教会) 

9時〜9時45分
出席者 3名(with ユキ&良輔)
@ 最初のお祈り  優子
A 主の祈り
B 子ども讃美歌   74番「神のお子のイエスさま」
C 聖書輪読 
D お話      優子
E お祈り     1人ずつ
F 讃美歌199番 「わがきみイエスよ罪の身は」
使徒行伝 9章1節〜19節:

9:1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、

9:2 ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。

9:3 ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。

9:4 彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。

9:5 そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

9:6 さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。

9:7 サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声だけは聞えたが、だれも見えなかった。

9:8 サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。そこで人々は、彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。

9:9 彼は三日間、目が見えず、また食べることも飲むこともしなかった。


9:10 さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現れて、「アナニヤよ」とお呼びになった。彼は「主よ、わたしでございます」と答えた。

9:11 そこで主が彼に言われた、「立って、『真すぐ』という名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。

9:12 彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである」。

9:13 アナニヤは答えた、「主よ、あの人がエルサレムで、どんなにひどい事をあなたの聖徒たちにしたかについては、多くの人たちから聞いています。

9:14 そして彼はここでも、御名をとなえる者たちをみな捕縛する権を、祭司長たちから得てきているのです」。

9:15 しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。

9:16 わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」。

9:17 そこでアナニヤは、出かけて行ってその家にはいり、手をサウロの上において言った、「兄弟サウロよ、あなたが来る途中で現れた主イエスは、あなたが再び見えるようになるため、そして聖霊に満たされるために、わたしをここにおつかわしになったのです」。

9:18 するとたちどころに、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。そこで彼は立ってバプテスマを受け、

9:19 また食事をとって元気を取りもどした。

お話:

サウロとは後にパウロと呼ばれる人のことです。サウロはヘブライ名で、パウロはローマ名で、生まれた時からローマの市民権を持っているユダヤ人です。使徒になってから伝道のためにローマ名を用いたようです。


サウロはステパノが石で撃ち殺された場所に居ました。石を投げませんでしたが、律法を守ることが神さまの教えであると信じていましたから、ステパノを殺すことに負い目は感じていませんでした。


イエス・キリストを信じる人々への迫害はエルサレムだけではなく、遠くへ逃げて行った人々も捕まえようとシリアに向かいました。今日のお話しはその途上のダマスコでの出来事で、イエスさまが地上を去られた2〜3年後のことです。


ダマスコ.jpgこれはイスラエルの地図です。左側の青い部分は地中海で、右側にある青い所は上がガリラヤ湖で、そこからヨルダン川が流れて死海(下方の青い所)に行きつきます。


ダマスコはパレスチナからメソポタミヤに通じる世界最古の都市の一つでした。迫害するためにダマスコに向かっていたサウロの上に、突然天から光が射して倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」という声を聞きました。


サウロは「主よ、あなたは、どなたですか」と「主よ」と呼んでいますが、この時は主と認めたからではなく、ただただ恐れおののいて呼んだのだと思います。


主はサウロに「なぜ教会を迫害するのか」ではなく「なぜキリスト信者を迫害するのか」でもなく、「なぜわたしを迫害するのか」と言われました。「わたし」という言葉に強い意味を感じます。


ダマスコでのサウロ.pngそして、「町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」と言われ、この時サウロは目が見えなくなっていました。


これまでのサウロはユダヤ教徒(パリサイ派)として他の追随を許さないほど熱心に神の律法を守っていました。しかしそれは自分の目で見、自分で考えて生きてきたのであり、その結果神に敵対し致命的な罪に陥っていました。


そこにいた人々は主イエスが言われたとおりサウロの手を引いてダマスコへ連れて行きました。私はここにも注目します。


ヨハネ伝9章に出てくる生まれつきの盲人の目を開けられた時、イエスさまがつばきで作られた泥を盲人の目に塗って、「シロアム(「遣わされた者」の意味)の池で洗いなさい」と言われたとおりにしたことを思い出し、主の導きに従うことの大切さに気づかされます。


今まで人を導いてきたサウロが手を引かれて連れて行ってもらった姿も印象的です。サウロの目は見えていたけれど大切なことは見えていなかったのです。


アナニヤ.png主イエスによって一時目が見えなくなり、言われたとおりダマスコへ行き、アナニヤがサウロに洗礼を授けると「目から、うろこのようなものが落ちて」、主イエスによって霊的な目も開かれて大切なことが見えるようになったのです。


ウロコ.jpg

ところでこれが魚のウロコです。昨日、生協のお店の魚コーナーで見つけました。「鱗(うろこ)のない魚もあるよ」と、魚をさばいている人が声をかけてくださいました。

こんなものが目についていたらよく見えません。こんな感じです。

IMG_8756.jpg


IMG_8758.jpgサウロは「目から、うろこのようなもの」が落ちたと言っています。取り除くとこんなにハッキリ見えますね。

「目からウロコが落ちる」という言い回しは聖書のこの箇所から来ています。その意味は、単に目が見えるようになったということだけではなく、今までわからなかったことが突然わかるようになったという意味です。


サウロはこれまで迫害していたことに疑問を感じたり悩んでいたとは書いていませんが、どうだったんでしょうか。この時からサウロの人生が180度転換したのです。神に背を向けていた生き方から正反対の生き方に変わったのです。


「わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」という主イエスのお言葉は強烈です。これに関して黒崎幸吉は次のように書いています。


「『選びの器』、即ち神が特に選び用い給う目的に叶える素質を持って居る事を神は認め給うたのであろう。サウロは是までその誤れる熱心のために基督者を苦しめて居った。今より後は正しき信仰のために自ら苦しまなければならない


主がサウロを選びて、その証人たらしめんとて彼に現れたまえる事を示されし事、彼に視力と聖霊とを与え給う事とであった。要するにサウロの回心を来らしめし主要の事実は栄光の中における主イエスの顕現であった。


いわゆるパウロの神学と称せられる如きものはその片鱗だもここに示されなかった。これを見てもパウロの回心の事実は理論によったのではなく、直接に主イエスに接した事による事が判明る」。


不思議ですね。サウロは教会を迫害するために来たダマスコで伝道を始め、初代教会の最大の伝道者になりました。そして、キリスト教が世界的宗教になる基礎となり、そのおかげで極東の地、日本にも伝えられたのです。


この箇所を読んで思ったのは、クリスチャンになっても見えなくなることもあるのではないかということです。クリスチャンとは「キリストに生かされている者」という意味であり、キリストの十字架によって赦され愛されていると信じている人々です。


ところが立派なクリスチャンになろうとしたり、あるいはまた、静まって神さまとの密な時間を取らなかったり、悔い改めだけではなく悔しさや悲しみを神さまに委ねずに放置したままにしていると、いつしか感謝する心も失われて大切なことが見えなくなってしまいます。


ですから私たちの目にもいつのまにか分厚いウロコに覆われてしまわないように、イエスさまによって神さまに赦され愛されていることを信じて生きる。それが確かな歩き方であり最高の人生であると再確認させられました。


祈ることさえできない時は「イエスさま」と主の御名(みな)をお呼びするだけでいいのです。どんな時も御名を唱えながらこの世の旅路を歩んで行きたいと思います。


主の平安と尽きない希望と喜びは、み言葉(聖書)と祈りをとおして満たされ、主にある交わり(分かち合い)の中で癒され豊かにされていくのだと思います。お互いに教え励まし合って、心の目に鱗がこびりつかない日々を重ねていきたいと思います。


病床にあるかた、病者に寄り添っておられるかた、悲しんでおられる多くの方々に神の慰めと励ましが豊かにあらんことを切に祈ります。

附記:礼拝のあとまもなく、昨夕のニュースで見た堺中央綜合卸売市場で開催されている「第一回あなごサミット」に4人で行ってきました。わずか20分で着いたのに会場近くになると渋滞していて入るまでに同じぐらいかかりました。


ユキはアナゴをつかみ、お目当てのアナゴの天ぷらを食べて大満足。私は買い物をするにも人が多すぎて疲れました。結局アナゴやマグロは会場内にある回転ずし屋さんで食べて13時半頃に帰宅しました。

IMG_8773.jpgユキは今、宿題の作文を書き終わり、おじいちゃんとアケビを採りに「ナルニアの森」へ出かけていきました。食べたこともないのに。

追記:この実を木に登って採って来ましたが、時期遅れの実はブヨブヨになって腐り始めていました。


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2017年11月04日

主イエス・キリストの希望と愛の力を

ルカによる福音書 6章31節〜35節:
6:31 人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。
6:32 自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。
6:33 自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。
6:34 また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。
6:35 しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。

エペソ人への手紙 4章30節〜32節:
4:30 神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。
4:31 すべての無慈悲、憤り、怒り、騒ぎ、そしり、また、いっさいの悪意を捨て去りなさい。
4:32 互いに情深く、あわれみ深い者となり、神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互いにゆるし合いなさい。
クリスチャンとはキリストに生かされている者、キリストの十字架によって罪赦され愛されていることを忘れないようにと思う。悲しみや試練の中を通っておられる方々が、神さまによる希望と愛の力で強くされますように祈ります。
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2017年11月02日

66歳を始む 「神さまが植えてくださったところで咲く」

今改めて「神さまが植えてくださった場所で咲く」(プロテスタントの神学者 ラインホールド・ニーバーの詩)の思いを新たにして66歳の旅路を歩き始めた。


IMG_8656.jpg 神さまがあなたを植えてくださったところで咲きなさい。

諦めるよりむしろベストを尽くして

花のように咲くのです。


花のように咲くということは

 幸せに生きると言うことです。

あなたの喜びが他の人々を幸せにします。

あなたの笑顔は拡がっていきます。


あなたが幸せであり笑顔を示せば、

 他の人々も幸せを知り幸せになるでしょう。


神さまはあなたを特別な場所にお植えになりました。

あなたがそのことを知って人々に分かち合えば

あなたの人柄は輝くでしょう。

私たちが「咲く」と言っているのは、その「輝き」のことなのです。


神さまが私を植えてくださった場所で咲く時、

私の命は人生の庭の美しい花になるのです。

神さまが植えてくださった場所で咲きなさい。


  "Bloom where God has planted you."
             Reinhold Niebuhr

Please bloom where God has placed you.
Rather than give up, make the best of your life and bloom like a flower.
To bloom is to live happily.
Let your joy make others happy.
Your smile is contagious.
When you are happy and show it by your smile
Others will know it and are happy too.
God has planted you in a special place.
If you know it share it with others, your personality will shine.
It is that "shine" which we call "Bloom"
When I bloom in the place
Where God has placed me
My life becomes a beautiful flower in the garden of life.
Bloom where God has planted you


渡辺和子さんはこんなことも加筆されている。


「咲く」ということは

他人の求めに喜んで応じ

自分にとって ありがたくない人にも

決して嫌な顔 退屈気な態度を

見せないで生きるということなのです。


この言葉は具体的でわかりやすく励ましになっていたが、ここにアクセントをつけて読むと形骸化し虚構の生き方に迷い出てしまう危うさを感じる。現況が厳しすぎる人にはそうだと思う。

Q.jpg附記:午後12時半、真智より電話あり。
ワシントンは深夜なので早く切るつもりが1時間にもなっていた。澱(おり)のように溜まっていた気持ちが洗い流されたようで心が柔らかくなった。ありがとう!(上掲の詩、訳が間違っていたら訂正しておいてね)

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posted by 優子 at 18:17| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

『ごんぎつね』続編譚 ―コメント感謝録―

昨日の記事に早速コメントくださった敬愛するペン友・Mr.Yさんは、6月掲載の「生き物新聞」にコメントを寄せてくださった方だ。今朝一番にユキに伝えると、深く心に感じたのか、黙って嬉しそうにしていた。

今回からYさんではなくハンドルネーム「サムサムさん」で刻ませていただきます。

『ごんぎつね』続編  素晴らしい作品ですね。発想が特にい。子どもたちの想像力を豊かに育ませてあげようとのお考えで先生が、「ごんは銃で撃たれたけれど生きていたかもしれないし」との、助け舟を出されたそうですが、ユキ君はそれには乗らず、独自ので話を展開、本当に驚き、そして感動しました。

以前にも「ユキ君をほめてあげてください。そして、『書くということ』を続けていくように言ってあげてください。」と書きましたが、重ねて言います。「ユキ君をほめてあげてください。書くということ」を続けていくように言ってあげてください。

それから、ユキ君のあの作品、「ごんぎつねの続編」ということではなく、別の、「特別な人」あるいは「ペット」との死別のあとの話ということにして書き直せば、たいへんいい童話になると思いますので、「将来、本格的に童話を書きたいと思うようになる時が来るまで」大事に温めておかれたらと思いますが、如何でしょう。あの発想はほんとうにおもしろく、いいと思いましたので。 

IMG_8638.jpg本当に実現するような気がする。是非書いてほしい。そんな日がくればいいな。

昨日は「木枯らし一号」が吹いて一気に冬に近づき、今朝の最低気温は6.3度まで下がったがお昼前から暖かくなった。

集団下校の時間になると子どもたちの賑やかな声が聞えて来る。言葉は聞き取れないがザワザワと声がする様子がかわいくてならない。そして、「もうすぐ帰って来る」と微笑む。

ユキは今日もまた、日暮れと競争するがごとく寸暇を惜しんで遊びに出かけて行った。グローブの下にはゲーム機も入っている。家庭学習もしないで困ったものだが、私はもう口やかましく言わないことにした。

posted by 優子 at 16:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

「お話し作りナイス賞」―ユキが書いた『ごんぎつね』続編 ―

IMG_8602.jpg先週の木曜日(26日)のこと、小学4年生の国語の教科書に取り上げられている新見南吉著の『ごんぎつね』の学習の集大成に、『ごんぎつね』の続きのお話を考えるという興味深い宿題が出された。

「ゴンは銃で撃たれたけれど生きていたかもしれないし」と、先生は子どもたちの想像力を豊かに育もうと、子どもたちの心をやわらかく耕して課題を出された。

ユキは目をキラキラさせて話してくれるのでしばらく話に花が咲いた。その時ユキは、どのように書こうとしているのか話さなかったが、既に頭の中で話の骨子はできていたようだった。

私はユキの想像力の邪魔にならないように一言だけ言った。
「ゴンの死を悲しむ兵十の気持ちは、チャッピーが死んでしまった時のユキの悲しみを兵十の気持ちに重ねて考えるといいね」。

そして、短時間で書き上げて読ませてくれた。良くかけていた。私の心を強く打った。アンデルセンやウィーダの影響を受けているのもよくわかった。

私はユキの文章の良さが死んでしまわないように、文末を敬体か常体かどちらかに揃えるようにとだけアドバイスした。

その翌日、クラスみんなで代表作が一つ選ばれ、ユキはもう一人の子と共に次点だったのだが、先生が選出された2名に入って「お話作りナイス賞」をいただいてきた。

あの日私はとても疲れていたが、頑張ってブログに書こうと思うほど嬉しいことだったのに、ノートを学校に置いてきたというのでどんなにガッカリしたことか!

今日は忘れないで持って帰って来てくれるはず。帰ってきたら是非この続きに書き写そう。

16時30分追記:ユキが書いた「続きのお話」
それから町の人たちは、「いたずらぎつねがいなくなったぞ」とうれしそうでした。だが兵十は、おちこんでしまって弥助や加助が声をかけてもこたえません。いつもいつも、くりや松たけを見てないていました。

兵十は、ごんのおはかをつくりました。そこには、兵十がとってきた、とれたてのくりと松たけがおいてありました。

20年後のことでした。兵十もだいぶ年をとりました。今では生活もしんどくなってきました。

ある日の事でした。ごんと
IMG_8626.jpgおっかあが遊んでいるのが兵十に見えました。それもどんどん近くなってきています。見ると自分が天にあがっていっているのに気がつきました。

そうです。兵十は、なくなってしまったのです。弥助などそうしきのじゅんびをしていました。みんなかなしんでいましたが、兵十は、ぎゃくにうれしいのです。だって、ごんとおっかあとあえたからです。


先生のコメントを読んで、男性の先生なのに(と言うと男性への偏見かもしれないが)何て繊細で豊かな感性なんだろうと、実はその驚きと喜びが今も横溢している。

この作品は「どこでもいける電車」と共にこれからもずっと私の脳裏に残ることだろう。

附記:『ごんぎつね』
   ユキとの懐かしい時をここに。

posted by 優子 at 14:51| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

家の教会2017㊳ ―宗教改革から500年 「主に在って一つ」―

2017年10月29日(日) (2017第38回 家の教会) 
10時30分〜11時
出席者 2名(With ユキ)
@ 最初のお祈り   優子
IMG_8618.jpgA 主の祈り
B 子どもの讃美歌  48番「こどもをまねく」
C 聖書拝読(ユキ) ガラテヤ人への手紙2章16節    
D お話       優子
E 聖書輪読     エペソ人への手紙4章1節〜6節
F お祈り      1人ずつ
ガラテヤ人への手紙 2章16節:
2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。
エペソ人への手紙 4章1節〜6節:
4:1 さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、
4:2 できる限り謙虚で、かつ柔和であり、寛容を示し、愛をもって互いに忍びあい、
4:3 平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めなさい。
4:4 からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召されたのと同様である。
4:5 主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。
4:6 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。
お話:
「キリスト者は、すべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。キリスト者は、すべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する」。

これはルターの有名な言葉です。(「キリスト者の自由」)
今からちょうど500年前の1517年10月31日、ドイツの神学者であり聖職者だったマルティン・ルターが95ヶ条の論題をヴィッテンベルク城教会の門に貼って討論を呼びかけました。

ルターは聖書こそが拠りどころであり、救済は神と人との直接的に成されるものであり教会を介してではなく、信仰によってのみ救われると訴えたのです。

当時ルネサンス文化最盛期、教会は不正にまみれローマ法王(教皇レオ10世)がサン・ピエトロ大聖堂建設中で、その資金不足から贖宥状(免罪符)を販売したのです。

" So bald der Gülden im Becken klingt, Im huy die Seel im Himel springt."「グルデン金貨がチリンと鳴れば、魂はポンと天国へ飛び上がる」。
この謳い文句で贖宥状を売りさばいていたのです。諸侯は金貨25枚 、貴族は金貨10枚、市民は金貨1枚などと価格が設定されていたのです。

といっても贖宥状はこの時に始まったものではなく、第1回十字軍の時には大々的に出回っており、15世紀に贖宥状を批判したボヘミアのヤン・フスが火あぶりに処せられています。

ルターは神学的議論をしようとしたのですが、最高の権威である教会(カトリック)批判は宗教改革に発展しました。
これを機に新派に分裂してカトリック(「普遍的」の意味)は新派を異端とし、新派はカトリック教会に抗議したことから自らを「プロテスタント」(ラテン語で "prōtestārī"・ プローテスターリー)と呼びました。

ヨーロッパは分裂し、その最終戦争が17世紀半ばの30年戦争と言われています。同じ神を信じている者同志であるのに、あまりにも残虐な戦争に恐れをなしてウェストファリア条約やピューリタン革命によって終結させたのです。

宗教改革とは教会改革のことであり、これがごく大まかなアウトラインです。人間の実相に唖然としてしまいます。

私たちプロテスタント信仰は、魂の救いは「信仰義認」であり、善い行いにより救われるのではなく、教会を介してでもなく自ら十字架の死と復活によるイエス・キリストを信じる信仰です。

また、信仰者はすべて神の御前に祭司であるという「万人司祭」の考え方です。そして、カトリックのようにマリア崇拝や偉業を成した人を聖人として崇めることもしません。

しかし今それらの違いを超えて、ようやく50年前からルーテル教会とカトリック教会の対話が始まり、分裂から和解、一致へと歩み寄り、カトリックとプロテスタントの歴史的な和解が進んでいます。

その一例がカトリックとプロテスタントの両教派で使えるようにと、共同で翻訳した新共同訳聖書が1987年に刊行され多くの教会で用いられています。(『メメントドミニ』では、1955年に刊行された口語訳聖書を用いています。)

最も平和を希求していたプロテスタンティズムの歴史に悲惨な戦いがあったこと、それが私たちの現実であり人間の姿です。しかし、プロテスタンティズムが中世の暗黒時代から近代をもたらし、現代社会にも大きな示唆を与え貢献しています。

大切なことは、これからもあらゆる領域で個人の多様性を重んじ、異なる信仰や価値観といかに共存していけばよいか改革し続けて行かねばならないのです。より良きをめざして!

信仰者は自分たちの教会だけが正統なものであり、自分たちだけが聖書的であると自負するとすれば道を踏み外すことになるでしょう。

ただし「神が間違いを犯す」と公言する牧師など論外であり、牧師だけではなく唯々諾々と追従する信徒たちに忠告しなければなりません。関係する教職者たちの在り方にも大きな問題を感じていますが、今はただただ教会の上に主の導きを祈るばかりです。

IMG_8624.jpgエルンスト・トレルチは次のように言っています。
「神的な生は私たちの現世での経験においては一ではなく多なのです。そしてこの多の中に存在する一を思うことこそが愛の本質なのです」。

私はこれからも超教派のスタンスで「主に在って一つ」を信条に歩んでいきたいと思います。
折り紙の「くじゃく」はユキがユウチューブを見て折りました。

附記:選挙結果に愕然としブログに取り上げることもしませんでしたが、多くのことを考えさせられています。

先週26日(木)は2週間ぶりの晴天、翌27日と連日の晴天で気温も23、3度になり、2日間はTシャツ一枚で大忙しだった。ユキと知子の寝具も冬用に交換、電気毛布も敷いた。

タオルケットや夏蒲団カバーなど洗濯機を何度も回して気持ちよく乾いた。これで寒くなっても大丈夫! 
しかし、しんどかった。本当にしんどかった。持ち上げる力も落ち、命の勢いが弱くなっているのがわかる。26日の夕方から頭痛が続いている。

冬支度は終わったが昨日から再び雨。そしてまたしても季節外れの台風で只今22号が接近中、今日もまた、雨、雨、雨。
夫は一昨日のゴルフ後、別の集まりの宿泊先に向かい、昨日は雨の中での連日のゴルフ。しかも2日間で400キロも走行したという。無事に帰宅したことを感謝し胸をなでおろす。

IMG_8596.jpg先月72歳になった夫、私は明日66歳になる。体力の差が大きすぎる。早く本の編集を始めないと時間が尽きてしまう。

今年もシュウメイギクの季節が終わった。
Farewell,
until the next year.


posted by 優子 at 12:08| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

児童文学作家・今関信子さんのお証し 「75歳節目の時にふりかえる −書くこと生きること―」 ―日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会―

大津駅前.jpg JCP(日本クリスチャン・ペンクラブ)関西ブロック9月の例会日が創立65周年行事と重なったので、10月21日に開催した。

秋に大津を訪れるのは何年ぶりだろうか。この翌日は衆院選挙投票日で、台風21号が近畿地方に最接近した。(写真正面はJR大津駅)

台風前ということもありいつもより1時間早く散会した。大津駅の背後の山に厚い雲が立ち込めて山水画を見るようだった。

例会では私たちの導き手であり著名な児童文学作家・今関信子さんがお証ししてくださった。
10月16日で後期高齢者になり、いろんな意味で節目だと思っている。久保田先生が亡くなられたので関西ブロックも今ここで考え直して新たなる出発をしたいと思っていた。

IMG_8568.jpg久保田先生がクリスチャン・ペンクラブに誘ってくださった時に薦められた満江巌氏の『あかしの文章入門』を読み返した。内村鑑三のことが何度も出て来る。例話の文章は古いが、クリスチャンがやらなければならないことを明確に発言されている。

文章はみんなに届けていくためにとてもよいものであるから文章を磨き、「若者にはそれを受け入れ易い文章に、老人にはそれにふさわしいいのちのことばを届けよう」と書いておられ、「届く」というのがとてもインパクトのある言葉として残った。私自身もこのことを心にとめて書いてきた。

教団の『こころの友』に子どものそばで感じたことを1年間書いたが不発に終わった。書いた文章に反応がこなかった。『こころの友』はたくさんの人が読んでいる媒体である。

IMG_8571.jpg公に言葉を出した時、面白ければ必ず反応が出るということを私は体験上知っている。京都新聞の小さなコラムに載っていた私の文章を学研の人が見つけて、それが1ページになり、次に38ページになり、本(『大久野島からのバトン』)になった。

心に届けば必ず反応が返って来る。「若者には若者に届くように、老人には老人に届くように」と、満江氏の言葉は一つの要素だと思っている。

文章には必ずその人が投影されていて文章に滲み出て来る。内村鑑三は「文は文字ではない思想である。思想は血である、命である」と、文は読む人の考え方を動かして思想にまで届く。

スケッチするように捉えても祈りによって確かめられて、内実を整えていくと現われてくる言葉、それが滲む文章を書かせるのだと思っている。

礼拝する人間は必ず自分の持ち場に押し出されて行って闘う。そして「必ず神より与えられる」という内村の言葉。私は「内村さん」と呼び、親しく交わりたい。牧師であれ尊敬はしているけれど神さまのように崇めたてまつらない。昔からの友達のように呼びかける、それが私の生き方だ。

この時代に生かされている自分が押し出された場所で闘い、この器で語るものは持っているだろうと自分では思う。祈りをもって言葉を紡ぎ出す。勧善懲悪のように何かを語り出さないようにというのが私の姿勢だ。

最初に結論ありきではなく、(私の)名前を憶えてくださっている神さまに感謝して、揺れながら迷いながらのものを持ちながら書いている。満江氏もそう書いておられるからすごい! 

読んでいるうちに「ああ、またか」と思われてしまう文章は書かない。満江氏は、「達観させるような匂いのする文章はうんざりさせるよ」と忠告してくださっているように思う。

内村鑑三の弟子・藤井武は、「我らはただ神の賜の何であるかを胸に思い浮かべて見るだけではついにこれを発見することができない。我らは出でて捜さなければならない。・・・十字架を仰ぎ見なければわからない」と、愛に満ちた神の業がなければ私たちは立ち上がってこないと書いている。

満江氏は藤井の文章はリズム感があり心に響いてくる、香りが違う。詩には匂いたつ言葉とリズムがあり、リズムは人の心を和らげ素直にさせると書いている。

羽仁もと子は「神さま すごい!」という書き方ではなく、「神さまは私たちをこんなに個性を持って生まれさせてくださっているんですよね」と心に迫る文章だ。

『大久野島からのバトン』はしっかりした取材があり、それを書きとればノンフィクションになるがそうはしなかった。第2次世界大戦中のことを「昔こんなことがあった」と書くと今の人に届かないので小説化した。

ミッションスクール(YMCA)の子どもを登場させ、多くの人を登場させて意見を言わせた。YMCAの顧問のクリスチャンの先生が大事な役目をしてくれるのではないかと思った。

今、滋賀県の小学校に招かれて講演に回っている。修学旅行で広島へ行く前に通過していく島のことをしっかり事前学習して毒ガス資料館につなぐ。私はこれを言うためにという気持ちで書いてきたことは一度もない。読んでくれた人が何かにひっかかってくれたらいいなあと祈りながら書いている。   

満江氏の本を読んでからやっていることがある。それは毎日一番最初に葉書を書く。その人は課題を持っているので説教臭くならないように寄り添うように書く。私の言葉を拾ってくれる人に届く言葉を書けるようにやっているのが葉書である。自己表現として書いているのではなく、そのことも久保田先生に触発された課題かもしれないと思う。

小さい版.jpg今関さんは予定通り見事に30分間で話し終えられた! そのあとの分かち合いで心に残った言葉:

★キリスト教で何かを言おうとするとき裁いてしまう。聖書を読みながら自分も問われている。正義を振り回さないで、キリスト教の光でその人の人物と真実が浮かび上がるように書きたい。

2小さい版.jpg★キャラクターを立てていくとき一面的に捉えるのではなく、豊かに考えられる人になりたいと思っている。

次回の例会は、11月18日(土)
千里ニュータウン教会にて午後1時より。

東牧師が召天されたので千里の会場は次回が最後になるかも知れない。
先ほどからようやく陽ざしが部屋に入り、自然の暖かさで心和らぐ。
posted by 優子 at 14:49| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

紙版のレインボースプリング?

台風21号接近中の昨日は一日眠っていた。夕方4時過ぎ、市の自動車が「大至急避難してください」とアナウンスしながら回っていた。お昼過ぎから外出していた知子とユキもまもなく帰宅した。

そして今朝、ようやく雨が上がった。陽ざしは何日ぶりだろうか。雨も降っていないのに大雨警報が解除されず、今日もまた18号同様にユキは全日休校になった。

そんな午後、先週末に学校で教わってきたおもちゃ(?)を画用紙で作って遊んだ。
1分間のビデオです。


作り方は簡単!
元気な時にご紹介しようと思います。
posted by 優子 at 16:24| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする