2019年01月18日

真冬の自然界で神と語らう 

今週はヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷 父の家に立ち返る物語』をゆっくり読み直していた。何度か散歩に出た時もいつもその続きを神さまと語り合っていた。真冬の自然に触れながら・・・

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桜の枝に小さな蕾

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もう梅の花が咲いていた

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「私たちは、一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることはありませんでした。それは、福音の真理があなたがたのもとで保たれるためでした」。(ガラテヤ人への手紙2章5節)
「真理に立つ」と言っても、人間の理屈や自分の心情に合わせて聖書を解釈していたのでは、真理の力は生み出されません。人間の教えは賢そうでも、永遠のいのちにはつながらないのです。御言葉の愚かさにこそ、恵みと力があることを忘れてはなりません。

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二上山・雄岳(雌岳は雄岳の背後)
万葉時代は「ふたかみやま」と呼んだ。

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万葉集巻第七 1098番
「紀州には妹山という名山があるというが、
大和の二上山にも男山と並んでいる女山はあるではないか」。


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オオバン

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マガモ♀

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カワウ

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「見よ。主は強い、強いものを持っておられる。それは、刺し通して荒れ狂う雹の嵐のようだ。激しい勢いで押し流す豪雨のようだ。主はこれを力いっぱい地に投げつける」。(イザヤ書28章2節)
近い将来、自然災害や国際政治・経済に大きな変化が予想されます。それらが起こっても、主を知らぬ者のようにうろたえてはなりません。背後には主の強い御手があります。主に信頼すれば、どんな事態にも対処できます。

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ヒヨドリ

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ヒヨドリ2羽

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1月16日朝

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知人Sさん宅のロウバイ

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ムクドリ


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16日、ヒヨドリがミカンを落として食べていた。
私に気がつき警戒して食べないので窓を閉める。

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このあと一つをくわえて飛んで行った。

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17日、学校から帰宅早々に新しいミカンに交換するユキ。
今冬から登下校時のみ長ズボン着用可となった。N先生のおかげで。

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「ユキ、メジロが来てるよ!」
今朝掃除をしようとした時にメジロを発見!

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↓ そっと窓を開けて撮る。
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「今年もメジロ来てる?」と声をかけてくださったN先生に、
今日、メジロとこのジョウビタキ♂の写真を届けた。
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ユキが窓ガラス越し撮った写真、素晴らしい!
ジョウビタキの眼は優しいね。
「その日、耳の聞こえない者が書物のことばを聞き、目の見えない者が暗黒と闇の中から物を見る」。(イザヤ書29章18節)
もう不可能だとあきらめていたことが、突如として実現する日が来ます。閉ざされていた門が開かれ、キリストの恵みが注がれる日です。ですから、苦しみもがいても、キリストに期待することを決して止めてはなりません。信仰の火を灯し続けている人のために、恵みの日が用意されています。
posted by 優子 at 17:52| 随想 | 更新情報をチェックする

2019年01月07日

甘ったれの典型である放蕩息子の弟と、自分の義しさを自負する兄。しかし神は! −説教:神の愛する者ー

これは1月6日(日)の礼拝で木ノ脇悦郎牧師が語られた説教の概要で、筆者が考えさせられたことを記録したものである。なお教会(日本キリスト教団)では新共同訳聖書を用いているが、ブログでは口語訳聖書を引用している。

聖書:ルカによる福音書15章全章
15:1 さて、取税人や罪人たちが皆、イエスの話を聞こうとして近寄ってきた。
15:2 するとパリサイ人や律法学者たちがつぶやいて、「この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている」と言った。
15:3 そこでイエスは彼らに、この譬をお話しになった、
15:4 「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
15:5 そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、
15:6 家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。
15:7 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。


15:8 また、ある女が銀貨十枚を持っていて、もしその一枚をなくしたとすれば、彼女はあかりをつけて家中を掃き、それを見つけるまでは注意深く捜さないであろうか。
15:9 そして、見つけたなら、女友だちや近所の女たちを呼び集めて、『わたしと一緒に喜んでください。なくした銀貨が見つかりましたから』と言うであろう。
15:10 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使たちの前でよろこびがあるであろう」。


15:11 また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。
15:12 ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。
15:13 それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。
15:14 何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。
15:15 そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた
15:16 彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。
15:17 そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
15:18 立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。
15:19 もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
15:20 そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。
15:21 むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。
15:22 しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。
15:23 また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。
15:24 このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。

15:25 ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、
15:26 ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
15:27 僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。
15:28 兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、
15:29 兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
15:30 それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
15:31 すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。
15:32 しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。

教会暦では、クリスマスから12日目の1月6日は「降誕節第2主日・公現日」にあたる。公現日(Epiphany)とは、東方の博士たちがベツレヘムの馬小屋に到着してキリストを礼拝した日のことで、それは即ち公にイエス・キリストを礼拝した日であり、神の意思をイエス・キリストによって公に示されたということである。

この「公現日」を覚えるための最も印象的な箇所が「放蕩息子」の話で、この記事はルカによる福音書にしかない。ルカ15章は最初に「見失った羊のたとえ」と「無くした金貨のたとえ」が記されてあり、それらは「放蕩息子のたとえ」の前提である。

その結論として、正確には「放蕩息子を迎える父親の話」であり「弟の帰りを喜ばない兄の話」である。

レンブラント.jpg有名なレンブラントの「放蕩息子の帰郷」。
この右側に立つ兄の表情が非常に気になる。
怒り、恨みがましさや妬ましさがあり、何とも言えない表情の兄。その背後にある心の動きを読み取りたい。

バカ息子(弟)と正しい自分。

ユダヤ社会では弟への遺産分割は3分の一となっており、生前贈与はそれよりももっと少ないようだが、大富豪の父ゆえにそれでさえ相当なものだった。

これは先の絵のレンブラントのエッチング。
(木ノ脇牧師は部屋に掛けておられるそうだ)
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右端の人物は最上の着物を持って、窓から顔を出しているのが兄。放蕩息子は裸同然の姿で裸足だ。裸足は奴隷であり、履物を履くのは自由人しかいない。

「遠い国」とは「手の届かない遠い世界」のことで、「マクロ」(ギリシャ語:μακρός)という言葉が使われている。従って遠く異邦人の世界のことである。

ユダヤ社会では豚は汚れた動物であり、豚飼いをするというのは徹底的に落ちぶれたということだ。

17節「そこで、彼は我に返って言った。」(新共同訳)とあるが、これは甘ったれの典型で悔い改めたとは思わない。19節「どうぞ、雇人のひとり同様にしてください。」と言うが、「雇い人にしてください」ではない。それぐらい甘ったれている。それが私たちの常識である。

指輪は一つの象徴であり、この家の息子であるという権威を与える。

24節の「このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから」が全体のテーマであり、この話はこれで終わるが、そのあとで兄のことが強調されていく。

26節「ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた」。 ギリシャ語では非難を込めた言葉である。30節「あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が」という言い方に兄の気持ちが見事に表れている。

32節「『しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」と、ここでもテーマが出てくる。

「放蕩息子」は15章全体の中で理解する必要がある。
即ち1節から10節でイエスが譬え話を通して、「罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう」。また、「罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使たちの前でよろこびがあるであろう。」と語られたように、イエスは無条件で私たちを愛しておられるのである。

ところがユダヤ正統派の立場では律法を守っているかどうかであり、そうでない人間はすべて切り捨てていく。従って放蕩息子は躓きにしかならない。しかしこれが聖書の立場であり、イエスのメッセージである。

私たちは神の一方的な無条件の愛によって生かされていると信じている。しかし、それを相手に向けられると人間的な常識に頼って判断しようとする。

「善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」(自分の能力で悟りを開こうとする自力作善の人が往生できるならば、自分は何と罪深いのだろうと嘆く悪人が往生できないはずがない)を説いた親鸞の死後、「悪人が救われるのであれば悪事をやろう」(本願ぼこり)との争いが生じた。

自分の義しさを自負して神の愛される人を排除してはいけない。そのことを自覚しながら寛容な思いをもって1年間の目標にして生きていきたい。

IMG_4285.jpg私は今、自由と責任をもって愛することを学び直しているので、人間関係についても考えさせられた。

例えば通りすがりの人ではなく、私があまりにも自己中心な人々と関わらねばならない所に置かれているとしよう。

その人たちに対して、主イエスの教えにしたがって何十年も愛と寛容を示して関わり続けても、全く改善されない人々もいる場合はどうだろう。実際私たちは他者を正しく変えることはできないし、決して彼らを変えようとしたのでなくても、その人たちと関わるのは困難だ。

IMG_4286.jpg私たちは人の優しさに触れると感謝の気持が溢れ、愛を受ける側の人格や社会性が養われていくのが一般的だと思うが、いつまでも愚かな人々もいるのである。

そのような事例では彼らを助けることは、その人を愛することにはならないということに気づき、自らの境界線を自覚して「ノー」と言わねばならない。「良くない行いをする人たちに自分自身をさらさないよう限度を設けること」は大切なことであり、聖書の語る人間関係の原則からも間違ってはいない。

しかしまた、自分の罪に気づいて悔い改める人には寄り添って支えたい。その場合に大切なことは、「悔い改め」と「ゆるし」ゆえにと、回復を急ぎ過ぎないように境界線を曖昧にしてはならず、本当に悔い改めて回復の道を歩んでいるか見守っていくことだ。

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私たちは誰も皆、弟を経験し、兄の心情を経験するお互いであるが、悔い改めて、喜びと感謝の人生を生きたいものである。このたびのお説教では、放蕩息子が甘ったれの典型だという視点と指摘に驚き、また一つ目が開かれた思いだ。

posted by 優子 at 20:32| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2019年01月02日

回復への光射す −最悪より最善への年でありますように−

新年あけましておめでとうございます。
ブログを開設して13年目に入りました。しかし近年、特に昨年の後期からついに書けなくなっていましたが、寄り添って助けてくださった友人たちに励まされて、新しいページに綴っていけたらいいなと思います。祈りお導きください。

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「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ」。(申命記1章6・7節)

思い悩む時、悲しむ時、過去を振り返る時、理屈をこねる時は終わりにし、向きを変えて一歩踏み出す時が来ていませんか。
主が私たちを選ばれたのは、ひとりひとりに期待しておられることがあるからです。主が先に立ってくださいます。主に遅れず、先にも出ず、主の歩みに合わせるなら、主の御心を実現することができます。
                 (キリストの栄光教会より)

今日もお昼前から次女夫婦と3時間スカイプし、主イエスと共に豊かな交わりの時を与えられ、最後に祈り合い、良輔も祈った。

回復の時.jpg夫の回復の時を大切にしたい。そして私もまた気づきを与えられて、夫と共に新たなる歩みを始めたい。
神さまは必ずや回復してくださり、気がつけば家族一人ひとりも癒されていたという時を備えてくださっていることを信じて、希望をもって始めたい。

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。
              (ローマ人への手紙8章28節)

悔しさも、涙も、惨めさも、怒りも悲しみも・・それら一切のことに意味があり、すべてのことを相働かせて益としてくださる神さま。神さまへのこの揺ぎない確信がなければ耐えていくことはできない。

このみことばを苦悩の果てにも握らせてくださっていた。気がつけば昨年同様に今年の年賀状にもこのみ言葉を選び、同じ思いを書いていた。

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このお正月は、3日から1泊2日で知子とユキと3人で長浜へコハクチョウを見にいく予定だったが、30日夜に急きょキャンセルした。 

12月30日に続いて元旦も次女夫婦とスカイプを始めようとした時、神戸の叔母から電話が入った。叔母(90歳)は私たち(知子とユキと)が元旦に行くと誤解していたために、お昼前になっても私たちが来ないので電話をくれたのだが、叔母は12月半ば頃に緊急入院して一昨日に退院したと聞いて動転した。

しかもあと2日放置していたら死んでいたとのこと。急きょ次女に連絡してスカイプを取りやめ、夫も共に4人で神戸へ向かった。私は叔母にも悔いを残してしまったと、お化粧するも涙が溢れ、用意していた手土産も忘れて出発し、夫の運転で無事一時間後に到着した。

最初主治医はインフルエンザと思っておられたようだが、原因は排泄されずにたまっていた古い尿から起こした感染症だった。高血圧なのに血圧は(90)しかなく、40度の熱と激しく震えながら症状の治まるのを待っていたという。

そんなある朝、たまたま娘(従妹)が立ち寄って、即刻かかりつけの病院へ。病因をつきとめてすぐに処置すると、こんなにも出るかと思うほど大量の尿が出たという。叔母は何度も開腹手術をしているので、垂れ下がった内臓が膀胱を圧迫して尿意をもよおしにくいのも要因だった。

これから月に一度は叔母を訪ねたい。諦めずに福音を伝えねばと思う。

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これは、従妹が昨夏、ロシアへ行った時に買って来たロシアの民芸品の人形、マトリョーシュカ(Матрёшка)。

エルミタージュ美術館でルーベンスの「放蕩息子の帰郷」を見たというので、是非ヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷 父の家に立ち返る物語』を贈りたいと思ったが手に入らなくて残念。

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以下は今日、ユキが室内から撮った野鳥。

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↑ ジョウビタキ ↓

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そして、鳩。

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posted by 優子 at 19:52| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

2018年のエンディングは「遅ればせながらのお誕生日会」で感謝!

今年はお節料理まで生協さんの最終便で届けていただいたので、今日は一日中動いていたとはいえゆったりした大晦日だった。昨年同様にカニも届いたものの、今年は次女夫婦が帰国しなかったからカニを手にして寂しさがこみ上げた。

しかし昨日のスカイプに続いて、今日も電話で話せてよかった。その最後に心が温かくなるエピソードを聞かせてもらったので、それを2018年を綴じる記事にしたい。

今年は仕事でもたいへんハードだったので、今日(ワシントン時間30日)伴侶(愛称・くま or ふー)のお誕生日祝いの食事に出かけた時のこと。というのは、9月に真智のミッション(海外出張)も控えていたこともあり、8月のくまのお誕生日のお祝いさえできなかったから。
すると、そこでもまた麗しい感謝に満たされた、
お店の方が「今日は何かのお祝いですか」と聞いてくださった時に、
「(くまの)お誕生日なんですけど、とても遅れてしまってるんで」と、お話していたら、
デザートの時、お皿に
「Happy belated birthday!」
と書いてくださって、ろうそくもつけてくださってた。

その優しいお心遣いに、とっても感動して、
「It's very hearty!  Thank you very much!」と、何度もお礼を言ったよ。
本当に感謝でした。

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ここに2017年の写真を貼ろう。これは、ロックフェラーセンターの最上階でのスナップだ。

マチ・クマの笑顔と声、話してくれたことをいつも覚えていたいから。

スカイプの終わりは共に祈り合う。祈りを通して、神を信じて心から願い求める者を、主イエス・キリストは決して見過しにはなされないことを強く感じた。ありがとう。
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「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」。

祝福の祈りです。アブラハム以来、継承されてきた祝福の完成形が、この祈りに表現されています。私たちも、この父子聖霊(ちち・こ・みたま)の愛と恵みと交わりを相続しています。それゆえ、人々が神とつながり、父子聖霊からすべての良きものがその人生に流れ出るようにと祈ります。それが祝福された者の務めです。


「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」。(ヨハネによる福音書8章32節)
真理を知った者らしく、世の縛りから自由になって新年を迎えましょう。古いものは過ぎ去り、内なる人は年ごとに新しくされていきます。主は、その「新しい人」にふさわしい計画を用意してくださいます。主に何も求めることなく、年を越してしまうのは寂しいことです。主と向かい合う静かな時間を確保しておきましょう。
(キリストの栄光教会・今日のみことばより)
どなたも皆、良い年を生きましょう。

posted by 優子 at 22:01| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年12月26日

クリスマスを感謝します −2016年4月より2年9か月−

j_je02.jpg「すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ」。
(マタイによる福音書2章
          9・10節)

闇に閉ざされた日々であっても、主が小さな光を用意されています。その光を追っていくなら、やがて大いなる光に出会います。星に先導されて救い主を見つけた博士らのように、今宵、あなたの顔が「この上ない喜び」で輝きますように。

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2年9か月ぶりに教会へ戻り、12月23日のクリスマス礼拝で木ノ脇悦郎牧師のメッセージが魂に滲み入った。

私は衷情の心をもたぬ倫理観なき者たちにもキリストに倣いて長い年月仕えつつも、今秋ついに耐え難く深手を負って立ち上がれなくなっている。帰りの玄関先で木ノ脇牧師からあふれ出る誠実で強烈な愛の眼差しとお言葉を受け、キリストの香りを放たれる牧師を通してイエスの愛を感じた。

IMG_3915.jpg私たちが苦渋の決断で教会を去った2016年3月末から就任された牧師は、今年2月に急きょ辞任されたので帰ってきてほしいと、教会の兄弟から伝えていただいていたが、それから10か月経た。

教会は再び無牧になって、木ノ脇牧師ともう一人の牧師の御愛労により小さな群れをお導きくださっている。牧師のご愛に応えて教会生活に戻ろうと思う。

神さまは、11月になって「もうだめだ」と思った時にクリスチャンの友を、また12月に入ってノンクリスチャンの友をも遣わしてくださり、その方々を通して私を支えてここまでお導きくださった。

いつか時が来て苦悩のどん底にある2018年のクリスマスの情況と、それら一切を歓喜に至らせてくださったとお証しできるまでお導きくださることを信じます。

私のために人間の姿をとって生まれてくださったイエス・キリスト。主の御降誕を神さまに感謝申し上げます。

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「神の御心に添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします」。(第2コリント7章9・10節)

クリスチャンにも悲しみがあります。しかし、主を知らないかのように、絶望的な悲しみ方はしません。感情的に「絶望だ」と泣き叫んでも、心のどこかに希望を潜ませています。クリスチャンは悲しみの中に、余裕を残しているのです。その余裕で、悲しみをありのまま主に告げます。

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「確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます」。(第2コリント5章7節)

困難な時こそ、私たちの信仰の真価が問われます。しかし、順調な時はもっと問われるのです。見える世界だけで生きるようになりやすいからです。見えない世界こそが永遠です。目の前で展開する出来事に翻弄されてはなりません。見えている現象は過ぎ去ります。神の約束が実現するのを待ち望むことが信仰です。

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「気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません」。(イザヤ書7章4節)

ユダの王アハズは、アラムとエフライムが攻めてくると聞き、風に揺らぐ木のように動揺しました。そのときイザヤは、静まって主の声を聞け、と勧告します。気が動転したままでは、判断を誤ります。闇の中で右往左往するだけです。世の声、人の声に耳を傾けたくもなります。しかし、落ち着いて主を信頼すれば、視界が開けてきます。

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ルカによる福音書 2章1節〜14節:
j_je01.jpgそのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。

ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

j_je04.jpgそれは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

j_je03.jpgさて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。

御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使(みつかい)と一緒になって神をさんびして言った、
anime_tenshi3_ak.gif「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

posted by 優子 at 22:50| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2018年12月14日

クリスチャンのパン屋さん

私のお気に入り小さなパン屋さんは、3〜4年前までやっておられたパン屋さんの店と味を引き継いで開店された。

2015年3月に右肩腱板を断裂して、1年間近く週一回整形外科へ通っていた時のこと。片道40分歩くご褒美にと、その日の昼食は決まって好物の卵サンドイッチだった。家に着くまでご褒美を待てなくて、帰り道でミルキィ(細長いフランスパンにクリームが挟んでいる)を食べながら歩いたこともたびたびだった。

その間に2〜3週間閉店されていたことがあって声をかけ、励ましのお便りを送ったことがあった。お返事をいただいて特別のパン屋さんになり、以来行くたびに厨房のドア越しに会釈し合う。

今年の9月頃だったと思う、いつもは店頭ボードに目を留めないのだが、そこに聖書の言葉「すべての事には時がある」(伝道の書)の聖句だった。

私は驚きと喜びで厨房のドアから「○○さんはクリスチャンなのですか?」とお聞きし、私もクリスチャンであることを伝え、パンをこねておられるので端的にお訊きした。3年ほど前に洗礼を受けて、近くの教会に通っておられた。

今月の8日朝、レジ前においてあるチラシを珍しく持ち帰って読むと、ここにも聖句が書かれていた。

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検索すると日本国際飢餓対策機構に寄付されていた。
su_kuma03_a.gif「今年も日本国際飢餓対策機構様より、感謝状を頂きました😃✨ 
世界中の食べられなく、困っている子供たちの為に当店は売り上げの一部を寄付し続けます」。

この6月から「コープ自然派」のパンをとっているので、以来月に1〜2回行くだけで、その時も食パン一本(3斤)買わなくなり申し訳ない。売り上げに協力しなければ! そして、私もユニセフにクリスマス献金を送らなければ!
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今年は次女夫婦は帰国しないので、昨日ワシントンへEMS(国際スピード郵便)で2.4キロの荷物を贈った。税関申告がこれまで以上に厳しくなっているので大変だったが、無事に届きますように。


附記:
昨夕6時半からの「ならナビ」で、吉田さん宅のクリスマス・イルミネーションが6分間中継された。香芝ゴスペルチャーチの友と所属教会にキャロリングを依頼したが、すでに予定が組まれていたり人数不足で実現できず、週明け早々にお断りしたことだった。

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穏やかで謙虚な吉田さん。
イルミネーションは19年前から始められたというから、
私たちが引っ越してきた年からだが、数年間知る由もなかった。

香芝ゴスペルチャーチの方々とキャロリングさせて頂いたのは
2006年から3年間だった。
東日本大震災から3年間は休止されていた。

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中継が終ってから、多くの子どもたちで「ならナビー」と叫ぶシーンを収録した。いつかわからないが必ず放映されるとのこと。19日には読売テレビが夜明け前の暗いうちに収録にくるというので、家人たちは早朝4時起きだそうだ。

私もクリスチャン・ベーカリーさんのように、まことのクリスマスを伝えたい。
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2018年12月05日

神が備えてくださった友

「ふたりはひとりにまさる。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す。しかしひとりであって、その倒れる時、これを助け起す者のない者はわざわいである」。(伝道の書4章9・10節)

この数か月、私はあまりにも生き方の違う人々より耐え難き状況に苦悩し、ついに神さまによる希望までも見失いそうになっていたが、神さまが私を励まし助けるために送ってくださった方々を感謝します! 千里さんを感謝します!

昨日の友との電話で泣いていたことに気がついたのは電話を切ってからだった。初めて思い切り泣くことができた。そして今日、友が訪ねてくださった。こんなに嬉しい気持ちで電車が着くのを待ったのは何年ぶりのことだろう。

32年来の心の友。これまでにもどんなに多くのご愛を受けてばかりしてきたことか。知子が小学校5年生の初めに出会いを深めた神さまが与えてくださった信仰の友だ。

その後20年間の「東大阪読書友の会」時代を共に歩み、その間の1999年4月に当地へ引っ越した数年後から2009年半ばまで、もう一人の友と共に家庭集会「オリーブの会」を41回重ねていただいた。

ずっと家庭集会に出てくださっていた近隣のNさんとは再会できなかったけれど、友から預かったお菓子をお届けした。

12-5-1.jpgこれは今朝登校する前に折った「16手裏剣(?)」。
これを学校に忘れて来たからと千里さんの前で折って差し上げたユキ。すると本当に心から感動してくださり、愛に触れて悪に麻痺して仮死状態になっていた私の心が驚いた。


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折り紙好きのユキに買ってきてくださった世界の国旗が印刷された折り紙。
遊びから帰って来たユキは迷うことなくブラジルの折り紙で鶴を折った。

Hi君、Ka君、Ai君、Aちゃん、M君、お孫さんの一人ひとりに心を込めてプレゼントされる千里さん。私はたった一人の孫なのだからもっともっと心をかけなくてはと思った。

千里さんとA.jpgユキは赤ちゃんの時に会ったことがあるけれど、ユキにとっては初めての出会いだ。私はユキの表情にもびっくりする。まるで何度も会っている叔母ちゃんのよう。この笑顔は神さまの光。子どもは相手の人柄、善意や愛を透視できるのだ。

子どもは皆、愛される環境の中で育ててやらないといけない。大人もそうだ、いろんな人がいるけれど、心の美しい人はこんなに生かされておられる。近隣にも善良な人々がたくさんおられるのだから。

クリスチャンの友との交わりで打ちのめされていた魂が息を吹き返したのがわかる。
「千里おばちゃんにあやとりも見てほしかったな」。

「もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」。
                        (ロマ書8章31節)

これからも神に依り頼んで導かれて行こう。

附記:
先月発見した知子の甲状腺肥大。2軒目の医師との出会いから、今朝紹介先の医師を訪ねて大きく肥大した甲状腺から液体を抜いて病理検査に出した。粘っていないから99%癌ではないだろうとのこと。言うに言えないストレスで体はボロボロだが、神さまが素晴らしい医師へと導いてくださった。

知子は今朝の結果を医師に伝えるべく、夕診が終る直前に走り込んだ。新家西町、娘たちが通った藤戸小学校の近くだ。22年間住んでいた地域なので場所は私もよく知っている。

「手術するにも今年中に検査しておくようにね。大丈夫!」と肩を叩いてくださった松山医師。あれから2週間後に漸く受診して、松山医師に結果をお伝えすると、両手で知子の手を握って「よかった! よかったね!」と喜んでくださったという。

「ホームページに書いておられる通りの方だった」。
初めまして、院長の松山浩吉です。子供からお年寄りまで、すべての人間は尊敬されるべき人格を持ったすばらしい人であると言う考えで診療をしております。

毎日、患者さんを前にして診察が出来、患者さんの苦痛が解放された時の喜びを忘れずに、真剣に病気に立ち向かいたいと思っています。

最近では病気という一面しか見ずに、人を見ないで治療をするという傾向があります。しかし、医師は患者さんから色々と学びながら、困っている病気と言うものを取り除くのが、一番の使命であると思います。

それには、やはり患者さんと医師が一緒になって、病気に立ち向かう必要があります。

•常に優しさを持って、親切な診察をする。

•常に相手の立場に立って診察をする。

•常に分かりやすい言葉で、簡単に正確に説明する。

特に、みみ・はな・のど、と言った部位は非常に繊細で、ちょっとした刺激でさえも、痛みや反射をもたらします。その為、丁寧に診察する必要性があります。特に痛みがあるときには、なお更です。

診療は、優しく丁寧に、分かりやすい言葉での説明が必要だと考えます。

以上が私の基本理念です。よろしくお願いいたします。

知子はホームページに書いておられる通りの人格者だと尊敬している。だからこそ帰宅が遅くなってもお訪ねしたのだ。

院長プロフィール
私は、関西医科大学付属病院耳鼻咽喉科教室入局しました。

それからは、本当に良い先輩先生方に指導されて、ほとんど毎日が充実した、耳鼻咽喉科の臨床の場でした。

開業するまでに、中耳炎から、蓄膿症(副鼻腔炎)、扁桃腺から頭頸部腫瘍(癌)にいたるまで数千例の手術をさせて頂きました

特に私の研究テーマの甲状腺では数百例の手術をさせて頂き患者さんと諸先生方と各病院のスタッフの皆様には、本当に心から感謝しております

医者になって初めて患者さんに接した時の気持ちを、忘れずに、真剣に診察をしたいと思います。
感謝!!!
posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年12月01日

ブルンナー読書会㉗ −光の子−

IMG_3836.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の16回目、説教のタイトルは「光の子」。
出席者:3名(知子・欠席)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」

聖書朗読とお祈り・要約発表当番(優子)。

エペソ人への手紙5章8節〜14節:
5:8 あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい――
5:9 光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである――
5:10 主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。
5:11 実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。
5:12 彼らが隠れて行っていることは、口にするだけでも恥ずかしい事である。
5:13 しかし、光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。
5:14 明らかにされたものは皆、光となるのである。だから、こう書いてある、
   「眠っている者よ、起きなさい。
    死人のなかから、立ち上がりなさい。
    そうすれば、キリストがあなたを照すであろう」。

良輔の質問:
「キリスト者の信仰は存在のうちにはなく、生成のうちにある」という意味がわからない。

(下村さん)「私はキリスト者である」ということが「存在」ということであるが、「生成のうちにある」とは、ルターが「日々新たに回心しないと」と言っているように、(P157、L13〜16)「信仰とはむしろ、絶えず汲み出していれば清冽であるのに、汲めずに放置するとよどみ腐敗してしまう井戸水に似ている。あなたは命(生命)を日々新たにキリストから汲まなければ、命はよどみ腐敗して無力なものになってしまう。」ということでしょうね。

要約と感想(優子):
私たちがイエス・キリストと出会うまでは、まさに人間が考え出した神々を崇める異教徒の生活を送っていた。しかしスイス(欧米)では、生後数週間以内に洗礼を授けられて教会の一員になり、その後も信仰が養われていった。

即ち、彼らは異教徒ではなかった。
では、パウロがエペソの人に語っている「かつてと今の違い」、過去と現在の違いはどのようにして生じるのか。

それは、信仰や教会との関係を全く持たずに成長した人々や、堅信礼(洗礼。聖霊を豊かに受ける儀式)を受けはしたものの教会や信仰との繋がりを失った人々、また聖書を開くことも祈ることもせず重要な祝祭日だけ教会へ行く人々など、そのような人々が教会に加わったり、あるいはまた教会生活は続けてはいたが自覚的なキリスト教徒になるなどの場合は、過去と現在の違いについて理解できる。

しかし、(日本でも3代目4代目のクリスチャンホームで育った人は例外としても、異教の地にある日本のクリスチャンのように)異教徒だった人が経験する一回的な(コペルニクス的)転回は経験できない。

その代り、ルターが「キリスト者は日々新たに回心しなければならない」と言っている意味での「回心」は何度も起こり、「キリスト者の信仰は存在のうちにはなく、生成のうちにある」とも言っているとおりである。

このことが、すべて全く新しくキリスト者になったエペソの人たちの場合にも当てはまると、パウロは言っているのではないだろうか。

キリスト教会はごく少数だったエペソのキリスト者たちは、命に留まり続けるために身を守らねばならなかった。それゆえに異教の大都市エペソにいるキリスト者に向かって、「眠っている者よ、起きなさい。死人の中から、立ち上がりなさい」と呼び掛けている。

われわれの信仰は賜った信仰の上にあぐらをかいているようなものではなく、命(生命)を日々新たにキリストから汲まなければ、命はよどみ腐敗して無力なものになってしまう。

ではこの命をわれわれは日々どこから汲むことができるのだろうか。それはイエス・キリストという泉である。(「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがない」。

地下の井戸から汲むという比喩を用いて表現すると、信仰という容器と、容器を下へ降ろす祈りというロープが必要で、即ち、聖書を読む時間、信仰の良書、そして「祈り」と呼んでいる神と語る時間を必要とする。

われわれは光や救いやキリストにある永遠の生命を作り出すことはできないが、光の中へ足を踏み入れることや、闇から外へ歩み出すことはできる。光の中を歩み、光の中に留まることはできる。

光は外的な光だけではなく内的な光も存在するように、闇もまた外的な闇だけではなく内的な闇も存在する。われわれの内部が闇であるならば、光の中へ足を踏み入れること、主イエス・キリストの光の中へ足を踏み入れることだ。そうすれば不思議なことが起こる。

以前には、他の人々や周囲の状況に責任があると考えていたが、キリストの光の中へ足を踏み入れた瞬間、闇の本流とは私であることが完全に明白になる。私自身がいつも光を遮っているのであり、この「私」こそ、闇に対して責任がある

しかし、キリストの光の中に足を踏み入れる時、新たな第二のことが開かれてくる。それは、この「私」は透明になり、キリストの光を透過するようになる。このことを使徒パウロは「光にさらされる」と表現しており、「光にさらされる時、すべてのものは光になる」

この光にさらされることは、告白によって生じる。……キリストの光の中に歩み入る時、キリストは罪がわれわれにあることを、あるいはこの場合のわれわれの罪が何であるかを認識させてくださいます。…「私」とは、神によれば、本来キリストを入れるべき容器にほかならない

このことを自らの経験に即して語ったパウロの言葉がガラテヤ書2章20節:

「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである」。

パウロが十字架に架けられたキリストを信じ、自分のために死なれたキリストに自己を捧げた時、その瞬間に、彼の「私」が透明になるということが起こったのである。

われわれが「私という質量(素材)」によって満たされて暗く不透明であるかぎり、他の人々にわれわれ自身の「私」による陰を投射しているかぎり、主イエスの証人になることはできない。

ここで大事なことは、われわれがイエスの弟子であろうとすれば、自分自身であることをやめなければならないということではなく、神がわれわれの個性としてわれわれに与えてくださったものを失うことなく、すべてが透明になりうるのである。(個性が生かされる生き方)

わが身大事と思う「私」、あらゆることにおいて自分自身のことを考え、自己の要求を押し通そうとする「私」、権勢欲の強い「私」、自己追及的な「私」、一切の中心であろうとする「私」のみが不透明なのである。

あなたにとって大事なのは、自分自身ではないでしょうか。この問いこそ、キリストの光とのっぴきならない関係を持ってくる問いである。この問いを自己に投げかけない限り、あるいは、この問いに対して真実に答えない限り、私は光の中へは入れません

われわれ自身からは陰、闇のみしか生じないということ、そして光は神の赦しの恵みからのみ生じるということを認める時にのみ、われわれは神の子になる。われわれ自身が光であろうとするところには闇が生じる。しかしながら、神のみが光であることをわれわれが認めるところでは、われわれも光になることができる。

イエス・キリストの光に自分をさらすために必要なあの静寂を得るには、必ずしも休暇を必要としない。祈りながら真剣に聖書と取り組むための時間が数分でもありさえすれば、毎朝、静寂を手に入れることができます。光の子どもとなるために光の中へ入りなさい。

以上が要約ですが、私が改めて理解を深めたところは、「光にさらされる時、すべてのものは光になる」という箇所です。キリストの光の中に足を踏み入れると、この「私」は透明になるからキリストの光を透過するようになるのだということ。このことをパウロは「光にさらされる」と言い、「光にさらされる時、すべてのものは光になる」ということ。
私は改めてみことばを解き明かされたという喜びを感じる。何という神の恵みだろう!

下村さんのお話しメモ:
(優子の言葉を受けて)ブルンナーは説教者もそうだと言っていますね。「ああ、福音の説教者であるわれわれが、しばしば、ほんのわずかなキリストの光しか透過しない何と暗いランタンであることでしょう」と。

▼「十字架の愚かさと躓き」で学んだことと通い合うところがある。
(P63.L13〜 P64.L4)「悪の根源、罪の実体は、われわれが高貴な事柄に携わっていても罪が姿を現してきて、慈善的な行為の中にも、倫理的な最高の努力の中にも、いやそればかりか信仰や祈りの中にまで侵入してくる。
おのが内へと屈折したこの心、自己自身を求め、自己自身のことを思い、ひそかに名誉と称賛と渇望しているこの『私』は絶えず存在し続けている」。

優子発言:私も時に意識することがあり、「そうではない!」と声を出して自らに言う時があるが、あまりにも自らに厳しすぎると精神衛生上、要注意だと思う。

そうですね。高倉徳太郎(神学者、牧師、思想家)は、自我を追及して最後は自殺しました。

▼「二種類の悲しみ」で学んだ P97の最後の6行を思い起こさせる。
「すなわち、誰もが自分自身を訴える代わりに他人を訴えるということ、他人に同情する代わりに自分自身に同情するということ、いとしい自我をもった人間ーむしろ、自分に惚れ込んだ、わが身かわいい自我をもった人間といったほうがいいでしょうーが神の愛を妨げている(今日の表現では「神の光を妨げている」)ということではないでしょうか。

神を妨げている自我、神と隣人を愛するよりも自分自身を愛する自我、是が非でも自己主張をする自我ーこれこそ人間の本来の病、聖書が罪と呼んでいるあの病です」。

▼ 翻訳していて印象的だったのは、P161の最後から4行目の「われわれは光の子、光の運搬人、キリスト=透明人間として歩まねばなりません。」というところです。

次回は、2019年1月19日(土)

附記:
学びのあと、下村さんは私たち夫婦の悩みを長い時間傾聴してくださり、見解を述べて夫に導きを示してくださった。私は最後まで神の御心が成るように信じて祈り続けます。

今日聴いたブルンナーの言葉を夫に言いたい。
「われわれは光や救いやキリストにある永遠の生命を作り出すことはできないが、光の中へ足を踏み入れることや、闇から外へ歩み出すことはできる。光の中を歩み、光の中に留まることはできる」と。


ひいらぎ.gif昨日落手した灘教会の案内状に記された大田先生の一筆、「よいクリスマスを!」が強烈な閃光となって私の内奥を射した。
今年もいよいよ明日からアドベント(待降節)に入る。

posted by 優子 at 23:27| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年11月29日

走った! 今年も2位を守った! −5年生の持久走大会−

11-27-2.jpg昨夜の雨でいよいよ寒くなると覚悟していたが、今年は初めての暖かい持久走大会である。
PTA委員の知子は決められた場所で立哨と広報誌掲載の写真を撮る役目があるので、決められた場所へ向かった。

最初に6年生が9時40分にスタートし、その2分後に5年生がスタートする。まず運動場を2周して校外へ出る。私は走り始めのユキを撮りたくていつもの場所へ向かった。それが9時25分頃だった。

11-28-3.jpgところが、その地点に行くまでに児童の集団が走り過ぎた。驚いて訊けば5年生の最後尾だった。私たちは時間を見間違っていたのか?!

とにかく彼らが戻ってくるまでに学校近くまで急がなくては一枚も写真を撮れなくなる。


目的地に着いてまもなく早くも6年生が戻って来た!
2分間の差があるので、5年生の先頭を走って来る子はもう少しあとになるだろうと思っていたら、2年生の時から1位を保持しているHa君と目があった。「Ha君、頑張れ!!!」 

ならば、ユキがいるはずだ。
走って来る児童に目をやるが、最近はよく見えなくてわからない… 6年生にしては小さいからあの子だろうか… 間違ってもいいから撮らないと!

あれはユキだ。靴の色を見て…遠くても走る姿でわかった。
あっという間に通り過ぎるので声をかけることさえできなかった。この時点では「ユキ、頑張れ!」と声をかけてもよいと許可をもらっていたのに残念。
今ブログを書きながら応援する。
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「がんばれ! ユキ!」
この時、9時35分。後ろに6年生が続く。
その右側の子は5年生の3番手だ。

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上りが得意と言ってたユキ。
距離を離した、「頑張れ、ユキ」
今年は去年よりも余裕がある表情をしている。

IMG_3947.jpgそして3.2キロ完走、15分35秒、ユキは5年生で2位。
2分先に出発した6年生も加えると10位だった。

ゴールするところは知子に撮ってもらうはずだったが失敗。
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幼稚園の園児たちも応援に来てくれた。
時差をつけて今、2年生がスタートした。

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6年、5年は下級生を迎える。

知子はこれらユキのマスコットを集合させようと考えていたそうだ。
ユキにメッセージを残して会社へ向かった。
今日も大きな仕事があると言って。

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フーがジンバブエで買ってきてくれたライオン君と、
マチがバハマで買ってきてくれたアトランティスもいる。

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帰宅したユキがママのメッセージを読んでいる。

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ちなみに、1年生の持久走はここ2年生はここ、3年生は腸炎で欠席し、4年生の持久走はここに記録している。

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今日は先生のミスで予定の時間よりも早くスタートしたというが、誰も気づかなかったのだろうか。6年生の保護者は子どもの姿を見ずじまいだった人もいた。最後の持久走だっただけに残念なことだったであろう。しかしそのこともまた、長い時間が経てば懐かしい思い出に変えられることだろう。

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IMG_3788.jpg附記:
神さまが動いておられるのを感じる。

今夜、近隣のクリスマス・イルミネーション宅の方が来宅され、12月13日夕刻6時半過ぎにNHKで6分間ほど中継されるとのこと。 (イソヒヨドリ)

ついては、その時にかつてのように教会の方々に讃美歌を歌っていただきたいとのご依頼を受けた。過去ログを調べてみると2006~8年の3年間キャロリングさせていただいていた。早速当時通っていた福音系の教会と、現在籍を置いている教会の方に連絡した。

その時はユキも歌ってねと言うと「恥ずかしいから嫌」と断られた。ユキが、クリスチャンのユキが一緒に歌ってくれたらどんなに嬉しいことか。神さまもどんなにお喜びになられるかと思うのに。

posted by 優子 at 23:13| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年11月28日

ユキの池作り 

11月25日(日)秋のふれあいハイキング(尼寺廃寺跡)から帰宅後、お友だちとブルーギルの幼魚を採って来て裏庭に掘った池(?)に入れた。お友だちが帰ってからユキは下着一枚で遊んでいる。
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1週間前に竹串騒動で痛い目に遭った左手薬指、
土がついても大丈夫?

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赤い所は竹串が入った箇所で、青で示したところまで(7ミリ)もの竹串の先が入ってしまった。

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水が流れて来てるでしょ!
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これはこんな仕掛けになっていた。
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ところが、翌朝、池は空っぽになっていた。

学校から帰宅後すぐに水を張るが…
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向こうから回って行きなさい!
飛び降りて足をぐねったら
持久走大会に出られなくなるよ。
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魚はどこに?

そこで、ユキはもっと深い池を作り始めた。
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「それならこのシートを敷けばいいよ」と私。
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何と、釘を打ってシートを設置している。
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ホースが短いので長年捨てたままの古い洗濯竿を持ってきた。
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水が入って大喜び!
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このあと魚を捕りに行ったが不漁。

そこで今朝から池を井戸にして水汲みに夢中。
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みんな塾や習い事に精を出しているのに
ユキは遊びっぱなし。
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このほか、折り紙やあやとりや工作など
5年生の後半になっても遊びに夢中。
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これは今朝、登校前にやっていた。
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ユキは私の瀕死状態の心を
リラックスさせてくれる。
posted by 優子 at 23:24| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

国指定史跡・尼寺廃寺跡へ ー地域の秋のふれあいハイキングー

毎年春と秋に町内の社会福祉推進委員会主催でハイキングが開催されている。知子は常に激務続きの日々なので私たち3人だけ申し込んでいたが、体調も悪くなく気分転換にと知子も当日参加し、軽食(簡単なお弁当)も用意してくれた。

というのは、今朝も私は血圧が(150)もあったので再びベッドに戻ったのだが、130台に下がったので家族全員で参加した。ユキと良輔はこれまでに春のハイキングで明神山に参加したことがあるが、私と知子は初参加。尼寺廃寺跡は全員初めてだった。

11-25-2.jpgお菓子の袋までいただいて9時15分、大人14名、子ども3名、いざ出発!

「『ナルニヤの森』を抜けて行くんや」。

ユキが言った「ナルニヤの森」は私たちだけに通用する名称だ。
今朝の最低気温は3.1度と今期最も冷え込み、森の中は肌寒かったが、日中は17.5度まで上がり最高のハイキング日和になった。

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   たくさんの倒木で通り抜けるのも大変。
   
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11-25-5.jpg私とチャッピーもこの竹林までは1度来たことがある。そのあとマチ・クマも一緒に来たと思う。

ここを抜けるとすぐの「辰池」で小休憩。
そして、そのすぐあとに「たんだの椿」があった!

「たんだ」は「谷田」、谷間の田圃の意。
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ここにも日本各地に多くみられる民話がある。
むかし、このあたりは「平野千軒」と言われ多くの家があった。そこに土塀で囲んだ屋敷があり、見事な花を咲かせる大きな椿があった。
この屋敷には、病の若い娘がいるとうわさされていたが、誰も見たことがない。やがて椿が枯れてきて根元から切り倒されてしまった。すると、椿屋敷の人たちも次々に亡くなり、平野千軒も寂れていき、村人が屋敷跡に一本の椿を植えて祠を祀った。
以来ここを通る人は、誰もが花や線香をあげるようになり、今でもその椿の枝を折った者は、きまって腹痛がおこるという。

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                           椿の種が弾けていた。

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平野塚築山古墳(国指定史跡)ただいま整備中。

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下右側が石造線刻の如来像、これは石棺の蓋か?
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杵築(きつき)神社

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これも平野古墳の一つ

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「たんだの椿」をデザインしたマンホールの蓋。

そして目的地・尼寺廃寺(にんじはいじ)跡
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雲ひとつなかったのに午後になると薄雲が広がってきた。

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ここで40分間休憩、昼食タイム。
「ママのお弁当おいしかった!」said Yuki.

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四つ葉のクローバーを二つも見つけたユキ。

差し上げたら喜んでくださったね。
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Oさんと、中学校で理科を教えておられたWさん。
みんなみんな優しかったね。

午後は上着を脱いで歩いた。西名阪のサービスエリアでも20分間の休憩タイムをとり、出発から4時間余りで11キロ歩いて13時20分頃帰宅した。歩数は18600歩なり!

楽しかった。
本当に楽しかった。
家族揃ったのが楽しいのではなくて、穏やかな雰囲気が心地よく、この時空の中にずっとまぎれこんでいたく、今の私には何よりの安らぎだった。
夜、聖書を読み終えて祈っていたとき、ユキがきたので一緒にお祈りした。幼いころのように私の膝に座って。眠るまで幸いな一日だった。

附記:この日、ハイキングから帰宅したユキはA・K兄弟と裏庭で池を作り、ブラックバスの子を採ってきて入れていた。今朝の登校直前も、帰宅した早々から暗くなるまで再び池を作っていた。この話は次の記事に記録したい。


posted by 優子 at 17:58| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年11月22日

あれから6年、楽しみにしていた園児との籾摺り

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ユキは5歳、2年保育だった当時の年少組で、5年生からボールを使って籾殻(もみがら)を取る。ユキの手に手を重ねて教わっている。この時は園児たちはペアになる5年生児童も決まっていて、最後に抱っこしてもらって園に帰って行った。

あれから6年、ユキは5年生になり、5年生だったI君は高校2年生、たくましい青年に成長していることだろう。そしてユキもまた、少年から青年になるのもあっという間のことだろう。


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代掻(しろか)きをして、6月19日に田植えをした所。
今年は最悪の凶作でほとんど米が入っていなかった。

IMG_3387.jpg稲刈りをした11月11日の帰宅早々、ユキが「おばあちゃんが喜ぶと思って」とプレゼントしてくれた。ユキは今もこんなに優しい子。嬉しかった。幼稚園の田んぼは豊作だったのに、この穂には一粒も実が入っていなかった。

ユキたち5年生は園児を迎えて籾摺りをするのだが、園児たちは小さな指で米を見つけては取り出していた。

前掲の2枚の写真を幼稚園でお世話になったN先生にもカメラ画面でご覧に入れた。ユキのスモックの模様を思い出されたかのようだった。私はまるで昨日のことのような錯覚を覚えた。EFBC95E5B9B4E7949FE381AEE3818AE58584E381A1E38283E38293E381A8E884B1E7A980E291A0-4e335.jpg




11月17日(土)、オープンスクールの日。
ここは図工室。
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みんな大きくなったね。

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担任の先生も実の入った籾を選別中。

11-17-3.jpg園児たちが帰ったあと、すり鉢に米を入れて軟球で籾摺りをした。

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吹いて籾殻を飛ばす。
ここ6〜7年(?)は、この2時間目を終えたところで学校を後にしてJCP例会に向かうのだが、今年は例会を欠席し自宅に戻った。(この日の例会会場は、神戸市灘区にある日本キリスト改革派・灘教会。)

IMG_3484.jpg5時間目は音楽会だった。
11月13日(火)、市内10校の5年生による「第7回・小学校音楽会」で披露した合唱と演奏、2クラス72名で「いのちの歌」を合唱し、「やってみよう」を演奏した。
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20日夜、竹串が指の中に入り込んで救急病院騒動!
数日前から危険な遊びをしているので何度も注意していた矢先だった。20日午後7時過ぎ、竹串の先が左手薬指(第一関節と指先の間)に入り込んでしまったため、夫の帰りを待って救急病院へ走った。ようやく昨春に当市にできた救急病院へ。

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ユキは竹串の先を赤く塗り、これをストローに入れて輪ゴムで飛ばしていた。この先(7ミリ)が指の中に入ってしまった。

IMG_1211.jpgそれにしてもどうすれば左手の指先に見えないほど入ってしまったのか、本人もわからないと言うのだが不思議でならない。


レントゲン写真にも異物は写っていないが、確かに入っている。
「あるかどうかわからないけれど、探してみます」と、何か所も麻酔注射を打ってメスでも切られたのだろうか、ユキは声を押さえて泣き続けていた。

「そばで声をかけてあげてください」と事務仕事をしていた看護師さんに言われたが、怖がりの私は気分が悪く、既に血圧が上がっているのがわかり廊下に出た。ごめんねユキ。

IMG_3574.jpg時間がかかったが7ミリの竹片を取り出してくださった。血で赤く染まっている。
「えらかったね。こんなに我慢した子は初めてや!」と、ユキが動かないように押さえてくださっていた看護師さんが褒めてくださった。

処置に入る前に別の看護師さんに「お母さんは」と尋ねられて、まだ仕事先から帰宅していないことを伝えた。知子はいつものように21時過ぎに帰宅して台所を片付けながら待っていた。私たちが病院から帰って来たのは10時前になっていた。ママにお風呂に入れてもらって、痛み止めも必要なく熟睡したユキ。

翌朝(昨日21日)朝一番に受診すると、昨夜お世話になった当直医だった。「指の麻酔は痛いからね」と言われてゾッとした。痛いのをよく我慢したね。

幸い傷口も良し。注意事項は、しばらくのあいだ土いじりをしないようにのみ。濡らしてもよくて、カットバンを張り替えればいいだけ。当日も包帯はしないでカットバンだけだった。

T看護師さんも9時過ぎまで1階ホールで職務を続けておられ、この時もユキの頭を撫でてくださっているのが見えた。心から感謝の気持を伝えた。

病院の送迎バスで自治会の集会所まで戻ったが、バスはすぐに出発して学校に近いところで降ろしてくださった。おかげで9時40分に校舎に入って行くユキを見送った。何度も何度も振り返って手を振るユキ。よかったね、ユキ。感謝!

昨夜は少々狼狽してユキとすぐ近くの友人宅に走った。ご伴侶が医師である友人に指示を仰ぎ、親切なアドバイスをいただき、「男の子を育てていると、こういうことはよくあるから」との言葉で落ち着きを取り戻したことだった。

そして昨朝、友は私の班の広報誌も配布してくださっていた。私は昨夜の疲れが出て来て1時間近くも午睡してしまった。

人はひとりでは生きていけない。誰も皆、多くの人々のおかげで生きている。感謝が溢れてならなかった。感謝できない人は最も哀れで不幸な人だ。

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昨日の夕暮れ、久々にユキと散歩した。

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オオバンや鴨、たくさんの渡り鳥が50羽はいただろう。

posted by 優子 at 21:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年10月28日

秋晴れに自治会のイベント賑わう

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10月21日、地域の公園で第8回の自治会主催のまつりが開催され、周囲の自治会も出店するなど、参加者は優に1000人を数える賑わいだった。
私たちの焼きそば、綿菓子、お茶、焼きおにぎりの模擬店に加えて、今年は新たな取り組みとして市内の良心的な店が4店参加し、ハンバーガー・ラスク・クッキーの店、団子とワラビ餅、ソフトクリーム・プリン・シュークリーム、そして、唐揚げとコロッケの店の出店で賑わい好評を博した。

三輪車バザーに.jpg毎年恒例の老人会のバザーは今年も寄贈品が盛りだくさん。値段は高級なものでも100円や200円とのこと。石鹸は5個入って50円など、宝の山だった。

今年は物置の断捨離をとユキの三輪車と自転車をと思ったが、自転車のタイヤがぺしゃんこだったのでパンクかどうか確かめることなく廃棄して、三輪車を持参。喜んで受けてくださり200円で売れた!

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9月末、自転車第1号はリクエストゴミで廃棄した。

このほか、小学生が列をなす人気の「当てもの」、「ヨーヨー釣り」、「スーパーボールすくい」のほか、近隣の自治会は「射的」と「プヨプヨ釣り」や飲み物の店を出してくださった。

10-21-4.jpg舞台では地域の交流の場として、10時から3時まで途切れることなくプログラムが組まれ、抽選会で閉会。

今年は尺八の名人の演奏で民謡を披露された。民謡が始まる直前に伴侶の方が私を訪ねてくださって知った。
その方はよく存じ上げている呉服屋のNさんで、次女に着付けを教えてくださったのがMs.Nさんで、早速その年のIMFのクリスマスパーティでの和装姿の写真をお届けして喜んでくださった。

尺八の名人とも親しくしていただいており、今もなお東大阪時代の読書会活動を覚えて、「あなたのような人は」と一目置いてくださるので驚いた。この翌日は群馬へ行かれるとのこと、今もなお意欲あふれる姿勢に大いに励まされた。

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校区中学校の吹奏楽部

まつりの2日前、社会福祉協議会より借りてきた焼きそばの道具(鉄板3枚分)や綿菓子の器械などが運び込まれた。綿菓子は簡単なようで少々コツがいるというので、綿菓子役は楽しく練習した。

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焼きそば作りは力がいるので男性が大活躍。
感激するほど美しい光景だった。

近住まつりで.jpg綿菓子は1本100円。ザラメ少々なので原価は6円ぐらい? 来年は50円にしてはどうかの声もあり。
甘いものはケーキ屋さんや団子屋さんに流れたためか、203本の売上は例年より少し少なかったようだ。

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綿菓子を手にした幼子の姿が目に滲みた。
この子がどんなに嬉しそうな顔をしていたことか!

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昨夜、実行委員たちによる反省会兼打ち上げも盛り上がった。一人ずつ感想を述べ合い、最後に、このイベント(まつり)を起ち上げてくださったお二人の言葉に心を揺さぶられた。

「このまつりは手づくりで作り上げてきたものだ。地域力を高めるには『まつり』だ」。

「この祭りは民間信仰など、習俗とはまったく関係ないので、地域の『手づくりまつり』と名前を変えてはどうか」。

「地域力」という言葉の意味を直に感じたのが初めてだった私は、これまで地域力を育んでくださってきた方々に敬意と感謝の気持でいっぱいになった。子どもたちだけではなく、人は人々の中で育てられていく。

このあと11月4日はブロック会議、11日は自治会内の草引き(清掃)のあとに避難訓練、12月は福祉推進委員会主催の御餅つきのお手伝いが予定されている。この時を楽しみながら心を込めて務めたい。

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2018年10月20日

ブルンナー読書会㉖ −死と復活−

IMG_3173.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の15回目、説教のタイトルは「死と復活」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り・要約発表当番(優子)。

ペテロの第一の手紙 1章3・4節:
1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、
1:4 あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。

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要約と感想:
この説教(戦後7年目の1952年5月)では最初にユダヤ教とキリスト教の安息日について語り、イエスが死人の中からよみがえられたというイースターの出来事が、初代キリスト者の信仰の主要点であることを解りやすく説明して本論へ入っていく。

モーセの十戒(その四戒)に「安息日を覚えて、これを聖とせよ」とある。ユダヤ人にとって安息日は6日間の働き日のあとの休息日であることから、週の最後の日(土曜日)であるが、キリスト者にとっては日曜日である。

しかし、初代キリスト教会は、週の7日目の安息日を守ったのではなく、週の最初の日である日曜日を祝った。

しかも、週の最初の日が主イエス・キリストの復活された日であるがゆえに、「元来はすべての日曜日が復活日である」ことを意味し、キリスト者がユダヤ教の習慣から離れたということは極めて重要なことであり、福音は何よりもまず、永遠の生命の音信である。

われわれ現代人は死の陰の中で生活しており、これまで死というテーマはいつも回避されてきたが、2度の世界戦争、さらには第3次世界大戦に対する恐怖や不安から、われわれの世代には死がひじょうに強く意識されるようになった。

死が中心に据えられる実存哲学が生み出され、人生を「死に至る存在」として死に至る生が主要思想となった。そして(実存哲学の中に含まれている第2の点、)「生には何の意味もなく、本来無である」という結論が生じる。「無」はラテン語でニヒルといい、ニヒリズム(虚無主義)は現代の流行哲学の特徴であり綱領である。

しかしキリスト者はそのことに留まらず、「そうだ、死に向かっていきている、そのことの中にこそ、われわれの生の意味がある」と言明しなければならない。世界戦争がなくても最後には必ず死で終わる。人間的な遺産、すなわち物質的、文化的、政治的、社会的な遺産一切は、総相続人である死の手に陥る。

聖書には相続財産のことが語られており、それは最後的に有効な、決して撤回されることのない相続財産のことである。その遺言の対象となった人を死は獲得できず、その人は絶対確実な相続人である死から逃れることができる。それは、朽ちず、汚れず、しぼむことのない遺産を与える遺言であり、遺言者は、実際に死の手から、この遺産の対象となるすべての人を奪い取る。

では、遺言者とは誰なのか。
それは父なる神であり、この神こそが現存する死の総支配に干渉する方である。神は単に生に対する主であるばかりではなく、死に対しても主であられる。そしてこの神とは、主イエス・キリストの父なる神であり、この神のみが真の神であるゆえに死に対しても力ある神である。

遺言書には「イエス・キリストの死人の中からの復活」と書かれてあり、弟子たちが復活された人イエスを見、イエスが弟子たちに、ご自身を現に生きている人間として証しされたということ。これこそがイースターの事実であり、イースターの奇跡である。

そしてそれは、聖金曜日の三日後、すなわち週の最初の日にこの世において初めて生じたゆえに、キリスト者たちは、共に礼拝をもつことによって週の最初の日曜日を毎回祝った。彼らにとっては復活の日を思い出すことであり、キリスト者もその意味において日曜日を祝う。これが「主の日」の意味であり、最初の日が重要なのは、それが新しい遺言の日であるからだ。

では遺産とは何か。
聖書には「神の国」と「永遠の生命」と表現されている。それは復活者であるイエスが啓示された復活の生命であり、それは神との交わりの中にある生命、完成されたまったき生命である。神は当時生きていたキリスト者のみではなく、それ以後あらゆる将来にわたって、イエス・キリストを信じる全ての人を相続人に定められた。

イエス・キリストを信じることは、イエス・キリストが遺言された遺産が私にも向けられているということを信じることである。

そして何よりも大切な点は、われわれが実際にこの声明を待ち望むこと、実際にこの希望をもち、それを確信していることである。「彼と共に生きるために、彼と共に死ぬ」、この二つの言葉の中にキリスト者の全生活が包含されている。われわれがイエスと共に死ぬことによってのみ、彼と共に復活する道が開かれうるのである。

感想:
10-18-1.jpg今回しみじみ感じたことは、聖霊さまが働いてくださらなければ、どんなに素晴らしい説教でさえ知的にしか理解できないということ。
そして聖霊さまが働いてくださるのは、嘆きや苦しみを経験している人が、神の前で真摯に自らと向き合い、神に助けを求める時に与えられるということを強く感じた。

そして、「イエスと共に死に、イエスと共に生きる」ということについて。
初代教会の人々が聖日は復活を思い出す日であったように、私は日々自分に死んで、復活された主イエスに繋がって生きていくことを忘れてはいけないと思った。そして、その体験こそが復活を信じられるということであると思った。すべてはその人の生き方に表れているのであり、主イエスの贖いを無駄にしてはいけない。

パウロが「わたしは日々死んでいるのである」(第一コリント15:31)と言っているように、神さまは今日もこうして命を与えてくださっているのは、「今日も生きよ!」と言ってくださっていることであると強く意識したい。
新しく生かされ、生きている人は、時折々に主の促しを感じ、「また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで『これは道だ、これに歩め』」(イザヤ書30章21節)のように内なる促しを私も体験しているのに、霊的に弱っている今、もう一度信仰を奮い立たせて進んでいきたいとの思いに導かれたことを感謝している。

下村さんのお話より:
最初に「永遠について」の資料(2016.9.24にいただいたダイジェスト版)を配布してくださった。
▼ 旧約時代に6日間働いて1日休むというのはユダヤ人だけだったので嫌われていたという説もある。

▼ シュナイダーの友人がシュナイダーのことを、「われ祈る、ゆえに我あり」と言った。シュナイダーはそのような人だと。また、好本 督(よしもと・ただす)は「自己義認のボロ(服)を投げ捨てる」と言ったが、キリスト者は祈りからこそ、死と復活がその時々に起こる。

ところで柿には甘柿と渋柿と、一本の木に甘柿と渋柿と両方生(な)る(たまには半渋もある)木があるが、良い実は良い木から生る。渋柿が悪い木だとすれば、私たちもキリストの前で甘柿にしてもらうのである。自ら甘柿になるのではなく、イエスの前で祈って成した業は甘柿とされる。

神の前に立って、神の御心を知るために祈ると同時に、愛の業に励めるようにエネルギーを与えられる。

ガラテヤ人への手紙2章19・20節:
「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである」。

▼ (P146.L8~)「十字架に架けられた神の子、われわれの主イエスは復活されました。そして彼に属するわれわれ(キリスト者)は、彼を信じる信仰によって復活とその永遠の生命にあずかるのです。われわれがもっているのはその永遠の生命です。

そしてそのことが、なぜわれわれがこんなに喜びに満たされているか、なぜ神の霊がわれわれのうちにあり、われわれの間でこんなにも力強い業をなしているかの理由です。

それはよみがえられた方の霊、生命、永遠の生命の霊です。福音は何よりも先ず、永遠の生命の音信です」。

ブルンナーが「なぜわれわれがこんなに喜びに満たされているか」と語るとおり、ブルンナーもこのような人だった。実際にブルンナーから直接学んだ人は、「ブルンナーの講義は心が高揚していくような講義だった」と語っている。

▼ 実存哲学の視点は常に現在である。意識において死の時点まで問題にし、そこから視点を現在に向ける。四国から小豆島を見るのと、小豆島から四国を見るのとでは景色がガラッと変わるように、実存主義が一般の人を意識的にしたという利点はある。キリスト者として生きている人は、すでに実存的に生きている。

信仰が揺らいで、人間が死を恐れて言葉にしたのがニーチェである。1900年にニーチェが死に、以後ニヒリズムが世界を覆うような状況になって行く。大きく捉えると、ヨーロッパ文明の中に蚕食(さんしょく:蚕が桑の葉を食うように、他の領域を片端からだんだんと侵していくこと)されて、ニヒリズムが広がっていった。

マルクスが1867年に『資本論』を出版、ダーウィンの『種の起源』が1859年に、1849年にキルケゴールが『死に至る病』を書き、1878年にトルストイが『懺悔』を書いた。

「われわれがイエスと共に死ぬことによってのみ、彼と共に復活する道が開かれうるのである。『彼と共に生きるために、彼と共に死ぬ』、この二つの言葉の中にキリスト者の全生活が包含されている。これが目標であり、この目標こそ、福音の本来の内容である。それゆえ、キリスト者としてわれわれは、復活の生命を生きる人間でなければならない」。

2018.10.13@.jpg次回11月は、下村さんは毎月の礼拝説教や教会でもたれている読書会だけではなく、来月は聖書研究者と聖書学者の6名(学生時代の友人)主宰で2日間の修養会が開催されるため、12月1日(土)になった。
テキストは「光の子」。
知子も多忙のため、次回も優子が発表当番を務めさせていただく。

先月、日本キリスト改革派・灘教会で「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」を講演された安積 力也氏は下村さんの後輩で再会を楽しみにされている。下村さんは聖書研究者として、安積氏は聖書学者として講演される。

posted by 優子 at 22:21| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

360度パノラマの明神山とダリア園

10月8日(月・体育の日)午後、ユキは前日に続いて午前のサッカー教室のあとお友だちと遊ぶ約束をしていたので、私たち夫婦だけで明神山(是非ここもご覧ください)へ出かけた。片道2キロ弱ならば大丈夫だろう。私は初めてだが夫は3〜4回目らしい。

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歩き始めた早々に「まむしに注意!」(絵が怖いので不掲載)の看板に始まり、イノシシや毒キノコの注意書きが目についた。

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道なりに登る山頂への道。
200メートルごとに道しるべが立っているのが嬉しい。

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あと200、もうすぐだ!

そして頂上に到着!
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眼下に見えるのは王寺町。
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あっ、JR大和路快速が行く!
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標高273.7mの明神山は、かつて十国を見渡せる「十国国見台」と呼ばれていたとおり、360度のパノラマだった。

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手前から、二上山(雄岳)、金剛山、葛城山。
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大和三山
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右から、畝傍山、香久山、耳成山。
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                      右上に明石海峡
この日は霞んでいたが明石海峡大橋が見えた。
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明神山は毎年5月に開催される自治会のハイキングコースになっており、ユキもおじいさんと行ったことがある。軽食を持って3時間余りで帰って来る。晴れていれば明石海峡やあべのハルカスも鮮明に見えると、何度か一人でも来ている夫が言った。

この日は全く別の地点から登ったので、コンクリート道ゆえに股関節が痛くなったが、細い山道をかき分けていく自治会主催のハイキングに来春は是非参加したいと思った。

それだけではなく、今からでも体を鍛えてやっぱり一度は二上山に登ってみたい。せっかくこの地に引っ越してきたのだから、私もチャッピーと一緒に登ろうと思っていたのに、チャッピーはとっくに老いを経て死んでしまった。もう3年も前に。ユキは12日の遠足で二上山に登る。

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馬見丘陵公園(広陵町)の周囲は古墳がいっぱい。

IMG_2791.jpg明神山の帰りに馬見丘陵公園のダリア園に寄った。2年前に続いて今回も夕方に行ったので、ゆっくり観ていると日が暮れてしまう。後半はあわただしく写真を撮るのに必死だった。

丘陵公園には120品種、1000株のダリアが植えられている。今年は連日の猛暑と台風の影響で花が少ないそうだが、それでもたくさんのダリアが咲き始めていた。
カメラには50品種ほど収めたが、その中から27種29枚を記録した。一番好きな花はどれだろうと何度見直しても順位はつけられない。

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ダリア園に続いて急いでコスモス畑へ!

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サルビア・レウカンサ


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まだ6分咲き。はや花びらを閉じ始めていた花もあった。

IMG_2723.jpgこれは10月2日(?)、夜8時40分頃。コスモスは夜に花びらを閉じるかどうか、ユキと確かめたところだった。



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夕方5時50分、1分1分暗くなっていく。

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6時10分、夕暮れの二上山(雄岳)。
帰りにパン屋さんへ寄って帰宅した。
その5分後にユキも帰って来た。「遅いよ、ユキ!」


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2018年10月04日

台風一過の運動会

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9月29日(土)に予定されていた運動会は、台風24号が近畿地方に上陸のため27日のうちに延期が決まり、10月2日(火)に開催された。

今年の運動会は児童の入退場はせず、各学年も1種目少ない3種目で、12時頃を閉会式終了予定として準備された。これは今夏の「命に危険な」暑い猛暑への配慮から、夏休み明けからの練習や当日のことも考えての変更だった。

従ってお弁当ではなく、プログラムの途中と下校前にエネルギー補給ということで、おにぎりやゼリードリンクなどを持参した。

ユキも早5年生。1年生から赤組だったが、ようやく違う色になり、今年は青色の鉢巻きを締めた。5年生になると運動会を支えるために多くの役割があり、ユキは希望通り応援団で活躍した。

IMG_2599.jpgそして、知子はついに回ってきたPTA委員で文化部を務めている。一般でいうところの広報部だ。
知子は延期と決まった段階で予定していた来客や会議など調整できたので幸いだったが、教職についておられる部員は10時に職場へ向かわれ、1年生児童のお母さんは「2日間上司にお願いしたが駄目だった」と欠席された。勤務の厳しさに心が痛む。

5年生の種目は、綱引き、5・6年で組体操("THIS IS ME")、リレー(We Can!)ではアンカーを走った。団体競技は少子化のため例年2つの学年で演じる。

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シルバー優待席から遠くのユキを見つけて撮った!
40倍はすごい! あっ、知子が後ろにいる!

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組体操は3段まで。
数年前まで組体操で事故が多発し、9名もの死者を出して漸く改められた。今も100名近くの人が後遺障害に苦しんでおられる。

組体操はそこそこにダンス(?)に移り、これはウェーブ!
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ユキがシルバー席の前に来た。
これはビデオで撮るように言われていたのに忘れていた。

そして、応援合戦!
応援団.jpg


応援団@.jpg
日付の入っている写真は知子が撮り、私はビデオ係。

これはビデオから写した。
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「海の色は何色だー!」
一人で叫び、みんなで「青色だー!」と叫ぶ。
右端の1年生の女の子が「憧れの君」のようにユキを見つめている。
ユキもずっと「かっこいいなあ」と高学年をあこがれのまなざしで見ていたね。

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応援合戦は青組が優勝した!
青い四角いものは段ボールで作ったアイスキャンデーで、「おいしいおいしい『ガリガリ君』は何色だー!」「青色だー!」と笑いを取った。  子どもっておもしろい!

IMG_0966.jpgそして、最後のリレー。
アンカーを走る子たち。
みんなかわいいね。3人とも幼稚園から一緒に大きくなってきた。



ユキにバトンを渡そうとしている子は、冬の持久走大会で2・3年1位のHa君だ。
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最初にバトンを受け取ったユキは、
1位を守ってゴールした!
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プログラム最後に組まれている5年、6年のリレーは迫力があり、観客の応援も熱が入る。
応援していると体中の血流がリフレッシュされるような感じだった。そして小学生だった娘たちを思い出したのではなく、私が小学生に戻って走っていた。不思議な感覚だった。体外離脱現象というのはあるが、これはどう表現したらよいのだろう。

それにしてもみんな速いのに驚く。これは学年の児童全員参加であり、選手に選ばれた子たちのリレーではない。この校区の子どもたちは通学に40分かけて坂道を歩いてくる子たちも多く、都会の子と違って足が鍛えられているからだ。
例年青組は1位だったのに、今年はそれまで最下位だった赤と入れ替わって青は最下位だった。 
楽しいひと時をありがとう。
今週末もまた「大型で強い」台風25号が接近中だ。

どの子も皆、幸せでありますようにと何度も祈っていた。
子どもたちの心が歪まないで幸せな大人に成長しますように。



posted by 優子 at 23:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

再び大型台風接近中

IMG_2493.jpgまたしても最強クラスの台風24号が襲来。
今日予定されていた孫の運動会は10月2日(火)に延期になり、1日(月)は代休で、今日は半日授業があった。
この写真は台風襲来当日の9月30日朝の状況です。
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過日の自治会役員会で聞いたところによれば、先の台風21号の最中に市の農政管理土木課の職員が見回りをしてくださっていたという。強風が通り過ぎ、自治会長も見回りに出てくださり、雨の中倒れた庭の木を起こそうとしておられるのを手伝われたそうだ。

IMG_0453.jpg当地は大した被害はなかったが、大阪では大きな被害が出た。これはお盆休み中の閑散とした御堂筋。
台風21号では1400本の電信柱が倒れ、大阪城公園を初め、御堂筋のイチョウの木は40本も倒れたという。サントリー社がイチョウの木を植樹してくれると近隣の人から聞いた。

わが家は義母宅の屋根瓦が飛んで、玄関屋根(庇:ひさし)の瓦が割れて庭にも散乱した。私宅は雨戸がないので窓ガラスに飛んでこないか心配でならない。親の経済管理者である義妹に写真ともに伝えたが対処してもらえず、今も放置したままになっている。近隣への安全にも関わることだけに放ってはおけないと思うのだが。

今や地球規模で大災害の時代になった。台風はもとより大雨で甚大な被害が多発し、心が沈む。どうか人命が失われないように、どうか最少の被害でありますように祈らずにはいられない。

9-28-4.jpg昨日は暑く嘘のような晴天だった。
鳥たちはのんびりさえずり、まもなく台風が来るとは知る由もない鳥たちに教えてやりたかった。
「台風が来るから早く巣へお帰り!
自動車がひっくり返るほどの強風よ!
地に打ち付けられて死んでしまうから
安全なところでジッとしてるのよ!」と。

まもなく嵐が来る。
人生の嵐は殆どが前もってわからないが、事前にわかるのもストレスフルだ。備えはできるけれど完全にはできないし、予測がつかない。

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近畿地方への最接近は
明日(30日)の夕方から夜遅くにかけてだそうだ。

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一昨日から金木犀の香りが漂い始め、
今年もシュウメイギクが咲き始めた。
全ての人の無事を祈りつつ嵐が過ぎ去るのを待とう。
posted by 優子 at 23:25| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年09月27日

ブルンナー読書会㉕ −聖餐の意義−

9-22-2.jpgこれは9月22日(土)の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の14回目、説教のタイトルは「聖餐の意義」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り(優子)。


第一コリント10章16〜17節)
10:16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。
10:17 パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。みんなの者が一つのパンを共にいただくからである。

第一コリント11章23節〜26節:(輪読)
11:23 わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、
11:24 感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。
11:25 食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。
11:26 だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。

IMG_0730.jpg聖餐式とはいわゆる「最後の晩餐」に由来し、イエスが十字架上につけられる前に弟子たちと最後の食事をし、ご自身の記念としてこの食事を行うよう命じられたことが「コリント人への第一の手紙」11章に記されている。

このパウロの記事にあるパンと葡萄酒はどういう意味を持っているかという聖餐論については、宗教改革者のルター、ツヴィングリ、カルヴァンでさえ全く一致を見ることなく、分派分裂し苦難の歴史を経て来た。

以下はブルンナーの説教要約:
ローマ・カトリック教会のミサが意味するところの、司祭が聖餐であると宣言する言葉によって、パンが肉となり、ぶどう酒がキリストの血となる考え方(魔術的ともいえるような変質が起こるとする実体変化説)は、新約聖書にはそのような考え方の痕跡すら見出せない。

聖餐はパウロの福音全体と関連づけて考える時に最もよく理解できる。即ち、イエスは神との関係を断絶している罪深き私たちの罰を免れるように、身代わりになって十字架上で死んでくださった。私たちに会うために神みずからが降りてこられたことを受け入れ、信じる者には、神がその人の主となってくださり、新しい人間に造り変えてくださる。

この関連の中で考えるとき、「キリストのからだ」というのはゴルゴタの十字架上でわれわれのために裂かれたからだを意味し、ぶどう酒はわれわれのために十字架上で流されたキリストの血を意味し、比喩的に表されている。

それだけではなく、「キリストのからだ」とは教会をも意味する。キリスト者は信仰と聖霊とによってキリストに結合されているゆえに、教会(キリストの群れ)をも意味する。一つの交わりとしての群れである。

聖餐式は真に奇跡的な出来事であるが、決して魔術的な出来事ではなく、イエスご自身が霊として支配者としてそのうちに内在される信仰の群れを創造する奇跡である。

すでに述べたように、イエス・キリストを信じないかぎり、われわれは、われわれ自身の主であり、したがっていつまでも一致することができない。おのおのは自分の思いどおりに自分の生を営み、互いに皆、他に対して競争者となる。

聖餐式は単なる象徴ではなく、一つの現実、一つの奇跡である。聖晩餐が信仰によって享受されるところ ー(略)ー 現実に何かが生じます。実際に変質が生じる。しかしそれはパンという物質の変質ではなく、人間の変質である。

信仰とは、神がイエス・キリストにおいてあなたと出会い、あなたと語り、あなたの古き傲慢な自我を殺し、ご自身があなたの主となられることを真に認めることです

そして教会とは、以前は赤の他人であったが、今やキリストに在って兄弟であり、姉妹であるということを意味しています。

「キリストは真理であり、キリストの中にこそ共同体がある」、このことを正しく理解され、その理解にしたがって経験となった聖餐、すなわち「コムニオ(交わり)」、これがわれわれの時代に対する真の解答です。

9-22-4.jpgこれまでの長い教会の歴史では、聖餐は他教派の人さえ認めない「クローズド」が伝統になっていた。即ち、その教会の教会員や同じ教派の受洗者だけに限られていた。

これに対して、「オープン」と呼ばれる、他教派の者であってもキリストを救い主と信じて洗礼を受けた者は聖餐に与ることができるという考え方や、礼拝に出席している人ならば未信者であってもその人の意思で与ることができるという、近年になって現われた「フリー」など、今なお争いがある。

私はブルンナーの説教を読んで、それらは全て的外れのように思えるが、フリー反対者が言う「安価な恵みの福音が聖餐に現れている」という意見には深く頷かされる。

それに、そもそも未だ信仰のない人に「わたしを記念として(キリストを思い起こして)」聖餐を受ける、また勧めるというのも奇妙なものである。

しかしながら礼拝に出席し、聖餐式に居合わせた人にキリストはどのように言われるだろうか。主イエスは罪人に対して共に食事をしようと誘ってくださるお方だけに、現代的解釈として聖餐は福音であると理解するのはゆるされるのではないかと思うがどうだろう。

いずれにしても、聖餐式によって私たちはキリストの共同体となるのに、主に在って一致できないのは人間の実相を見る思いである。カーライルやトルストイも異端者扱いされて聖餐を受けられなかったとは驚きだ。

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次回は、10月20日(土)、テキストは「死と復活」。
発表当番は再び優子。知子は相変わらず多忙ゆえ。しかし、これまでのように何事も頑張りすぎないようにと幸いな選択をした。

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posted by 優子 at 17:22| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年09月24日

みことばの花束E

「人はただ息に似て、その日々は過ぎ去る影のようです」。(詩篇144篇4節)
未来は、思い煩うためにではなく、夢見るためにあります。しかし、今日という日は、夢見て過ごすためにではなく、夢を実現すべく行動するためにあります。「光陰、矢の如し」です。ゆえに、今日なすべきことは、今日のうちになし終えるべきです。永遠のいのちに生きる者こそ、今日の一日をいとおしみ、大事を先延ばしにはしません。

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「主は御霊(みたま)です。そして、主の御霊のあるところには自由があります」。(第2コリント2章17節)
御霊による自由を味わっておられますか。無意味な思い煩いに縛られていませんか。世の空気に支配されていませんか。損得勘定に動かされていませんか。妬みや怒りで感情的になっていませんか。心が狭くなっていませんか。御霊はこれらすべての縛りから解放してくださいます。不毛な議論や争いに時間を浪費しません。

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「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」。(第2コリント3章18節)
私たちは聖霊によって磨かれ、曇りなき鏡となります。苦難は研磨剤です。年ともに成長する人は、若い時ではなく、老齢期にこそ人生のピークを迎えます。「白髪は光栄の冠」(箴言16:31)です。

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「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます」。(詩篇139篇1・2節)
主に知られていることは、平安ですか、恐れですか。どちらであっても正常です。主を意識しているからです。どちらでもないのは異常です。主を無視し、無感覚になっているからです。それでは心が腐ります。快復の道はただ一つ、主に立ち返ることです。

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「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました」。(詩篇135篇5節)
私たちは恐れや不安にあおられて、行動しがちです。そんなときは、主に囲まれ、御手を頭の上に置かれている自分を想像してみてください。私たちは現在も将来も守られているのです。どんな境遇にも対処できるという確信が生まれます。「私を強くして下さる方によって、どんなことでもできる」という信仰が湧いてきます。

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「私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう」。(詩篇139篇7節)
主に背を向け、逃れようとしても、主はあなたを追いかけてきます。怒りや悲しみや失望に駆られて、闇に入り込んではなりません。自己破壊的です。どうせそこから出てくることになります。時間の浪費です。神の「右の手」を煩わせるだけです。私たちの隠れ家、砦は主以外にないのです。
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「あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに」。(詩篇139篇16節)
私たちは、自分の始まりと終わりを知っています。全能の主によって創造され、やがて新しい天と地で主と共に暮らします。それを知っていれば、その間のことは何があろうと平安です。主が愛をもって、私たちの全てを最善に定めておられるからです。

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「私は知っています。主は悩む者の訴えを支持し、貧しい者に、さばきを行われることを。まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう」。(詩篇140篇12節)
人の苦悩の多くは、我欲を捨てさえすれば消えてしまいます。しかし、正しく誠実に生きようとするがゆえの苦悩はあります。苦しくても、真っ直ぐな生き方を放棄してはなりません。苦悩が主への感謝に変わる日が来ます。

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「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです」。(第一コリント1章4節)
苦難が始まるところ、同時に喜びも芽生えています。苦しみが極まれば、主の慰めも極まります。その慰めは苦しむ人たちの共有財産なのです。苦しみに耐えた者たちだけが味わえる、神の国の喜びです。

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「私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心の証しするところであって、これこそ私たちの誇りです」。(第一コリント1章12節)
この世と一線を画して聖さを保っていますか。小事に誠実ですか。神の恵みに信頼して行動していますか。人間の知恵に頼ることは愚かです。神の愚かさは人間の賢さに勝ります。

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「あなたがたは、むしろ、その人を赦し、慰めてあげなさい。そうしないと、その人はあまりにも深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれません。そこで私は、その人に対する愛を確認することを、あなたがたに勧めます」。(第一コリント2章7・8節)
義のない愛は人を堕落させますが、愛のない義は人を潰します。赦すつもりがないなら、人の罪を指摘してはなりません。愛で忠告しても、反発されます。それを受け止めるのが愛です。

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「これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません」。(第一コリント2章11節)
人を裁くのは、サタンに欺かれているからです。人を責める理由を数え上げるのは、サタンの策略にはまっているのです。いつまでも憤りを抱いていれば、サタンに心を支配されます。恨みは早めに放棄しましょう。まといつくサタンの手管を一つ一つ、即座に断ち切って、祝福を取り戻すのです。

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「私の主、神よ。まことに、私の目はあなたに向いています。私はあなたに身を避けます。私を放り出さないでください」。(詩篇141篇8節)
あなたの目が主に向いていれば大丈夫です。主の眼差しはいつもあなたに注がれています。岩なる主に身を避ければ大丈夫です。あなたの腕は主の手に握られています。あわてず信頼することです。ホレブの洞穴で主の微かな細い声を聞いたエリヤのように、静まることです。

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ジンジャーの花

「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。正しい者たちが私の回りに集まることでしょう。あなたが私に良くしてくださるからです」。(詩篇142篇7節)
ダビデはサウル王に命狙われ、国中を逃げ回ります。まるで国全体が牢獄のようでした。それでも主の目に正しい道を歩みます。正しい者を集めるためです。主の時が来れば、すべてが変わると信じるからです。

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「朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから」。(詩篇143篇8節)
恵みは水源、信仰は水路、行いは肥沃な田んぼで、豊かに実ります。何事も恵みから始まります。恵みは枯渇しません。朝ごとに新しい恵みが流れ出て、たましいは潤います。恵みを求めないまま、無造作に一日を始めてはなりません。
(キリストの栄光教会より引用)
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2018年09月23日

三浦綾子『泥流地帯』 義(ただ)しい者の苦難を誰が贖ってくれるのか ―日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会―

IMG_0784.jpgこれは9月15日(土)午後1時〜5時、大津教会で開催された日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会で、私たちの導き手である大田正紀先生が講演された概要である。

作品の舞台、北海道・富良野(アイヌ語でフラヌイ)は、倉本聰の『北の国』から一躍有名になった。

倉本の両親は熱心なクリスチャンで、聰に洗礼を授けている。聰は自覚的な信仰ではないが背信的な物語は書かず、作品には人間の愛や夢をモチーフにキリスト教の愛と生命観が脈打っている。

富良野地方の開拓の始まりは、明治30年の三重団体とされる。三重団体は禁止禁煙で純潔と勤労をモットーに開墾した。1926(大正15)年、十勝岳の大爆発によって発生した泥流は開拓農民たちの村をも飲みこんだ。死者・行方不明は137名。

北海道に入植し、30年かかって耕してきたものが一瞬のうちに流されてしまった。『泥流地帯』は散らされた神の民の物語である。登場人物は、石村市三郎・キワの老夫婦、その長男義平と妻佐枝の間には、富、拓一、耕作、良子がいた。

作品のモデルは三浦光世の艱難辛苦の少年期で、作品のテーマは「ヨブ記」(義人の苦しみ)であり、拓一と耕作の兄弟を中心に展開していく。市三郎は、孔子、釈迦、キリストなどに造詣深く、人間らしく生きることを真実に求め、入植前の福島にいた頃、教会に通い聖書を読んでいた。

人を身分や金のありなしで分け隔てせず、「目に見えるものが問題じゃねえ。目に見えないものが大切じゃ」や「寝ていて人を起こすなかれ」が口癖だったこと。また、「百姓」とはいわず「農民」と呼び、人権を重んじ矜持を持っていた。拓一に人間としての中心的なものを教えていた。

市三郎・キワ夫婦、良子(孫)は泥流に流された。拓一は止める耕作を振り切って「耕作、お前はかあちゃんに孝行せ!」と叫んで、救助のために泥流に身を投じたが、大木にぶつかり奇跡的に生きていた。
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耕作は拓一に問う。

「なあ、兄ちゃん。まじめに生きている者が、どうしてひどい目にあって死ぬんだべ」
「わからんな、おれにも」
「こんなむごたらしい死に方をするなんて……まじめに生きていても、馬鹿臭いようなもんだな」
「……そうか、馬鹿臭いか」
「おれはな耕作、あのまま泥流の中でおれが死んだとしても、馬鹿臭かったとは思わんぞ。もう一度生まれ変わったとしても、おれはやっぱりまじめに生きるつもりだぞ」

その後、石村家は敢えて最も被害の大きかった場所に留まり、林を倒して水田を復興させていく。(『続泥流地帯』)

ところが、被害を受けていないにも関わらず復興反対派が現われて金儲けをする。村の人を二分されて困難を極めるが、吉田貞次郎村長(元は近江商人)を中心に復興に尽力し、8年を要してかつてのように収穫できるようになった。
(吉田村長については、ネット上に公開されている「上富良野町郷土をさぐる会」発行の「郷土をさぐる会」に詳しい。)

三浦綾子は、人生とはこのような理不尽としか思えないこともあるんだと思って書いたのであろう。それは罰を受けての苦しみではなく、神さまはその人を善き者に変えようとして試練を与えられるのだから、負けないで生きてくださいと伝えたいのだろう。

神の御心が叶えられた世界で、摂理の中でいろいろなものが生み出されている。人生の中の試練には意味がある。

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posted by 優子 at 21:34| JCP関係 | 更新情報をチェックする