2019年11月18日

中学校の制服の採寸に

今月末に学校で中学校制服の申し込みすることになっているが、知子はとても会社を早退できず私で代役を務めようと思っていたのに、ユキはママでないと嫌だという。保護者同伴でないと採寸してもらえない。
そこで昨日制服屋さんを訪ねた。殆どの人が来店して申し込むというので意外だった。私たちが第一号の申し込みだった。

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上着は身長165センチのを薦められた。
やっぱり腰回りが細い。もっと食べて大きくならないと!
足は平均より5センチ長いので70センチだって。
よほど背丈が伸びない限り3年間使えるそうだ。

先週の水曜日は午後の授業はなく幼稚園児の小学校標準服の申し込み日だった。6年前もこの店へ来て、この方に採寸してもらったね。 あれからもう6年も経ったとは光陰矢の如し。

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神戸の叔母にこの写真を貼付したら、91歳の叔母からこんなに長いメールが入った。
今日はえれべーたーの点検の日なので早く出ないと降りられないので つどいの家に お喋りに行く日だったので慌てて降りて携帯忘れて行ってお昼に帰ってメール入っているの 気がつかず さっき 光っているの見て開けてみたら ゆきちやんの可愛い写真送って呉れていて 有り難う やっぱり男の子の 学生服姿て 良いですね まだ顔は 可愛いけど立派な 中学生ヤナーと 嬉しくて 何度も見直しました 中学生になったら 中々会える機会も 少なくなると思うけど でも 素直に スクスク成長してくれて良かったね有り難う 嬉しかったよ メールで貰って良かった 時々開けて見る事が出来るから 間違って消さない様にします 😃😃😃

IMG_7273.jpg11月3日に知子とユキと3人で電車で叔母を訪ねた。叔母は何年も前から手術できないところに動脈瘤があり、膝膝関節の痛みで歩行困難だが前向きで明るい。

2011年の2月に50歳になったばかりの長男を病気で亡くしている。中学生になった長男の制服姿を見て涙が流れたと言っていた叔母。叔母はこの写真を見て、きっと中学生になった剛君の姿が重なることだろう。

神さまのお慰めを祈りつつ、私たちと共にユキを育ててくれた叔母に感謝が溢れる。私の両親も叔母に感謝してくれているに違いない。

この日、クリスチャンの友より叔母に贈ってくださった「コル・シャローム」のCDを預かってきたが、叔母も従妹もCDプレーヤーがなくて、とにかくこの日は持ち帰ったがプレーヤーを買って贈りたいと思う。

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2010年10月末、ユキにプラレールを買ってくれているところ。
叔母はこの時すでに82歳だった。
posted by 優子 at 23:40| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年11月15日

この美しい自然界 −秋に魅せられてー

今朝、ユキは門を出た瞬間に電線に止まっている鳥を見て「ツグミや!」と小さく叫んだ。「ユキ、もう遅いよ、班長さん!」と声をかけたが、「鳥だけは特別!」と言いながら家に戻ってカメラを取ってきた。

鳥は早起きでえらいね、そしてこの真剣な眼!
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昨日私も見つけたツグミ。


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2学期は登下校の班長さん、ツグミを6枚撮って大急ぎでダッシュした。今朝は昨日より10度も下がって4.3度、息まで白く写っている。

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これは11月5日、親子共に当番の朝。



家事を終えて地域のことで外出した。「秋は本当に美しい季節ね」と言われた昨日のYさんに子どものような輝きを見て、私も秋の美しさに目覚めた。

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陽射しを受けてキラキラ光っているのは葉の裏側。
風に揺られて美しさに見入ってしまった。
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子どもたちが学校から帰ってくるまで公園の木々もひと休み。
今はもう5時すぎると暗いのに5時半過ぎても帰ってこないで
エプロンのままユキを呼びに行くこともしばしば。
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(↑)西洋ニンジンボクの木には種がいっぱい!(↓)

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(↑)サルスベリの木もたくさんの実を結んでいた。(↓)

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これはクスノキの種。
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「小鳥たち、まだ甘い柿が残っているよ。」
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そして「チャッピーの菊」は、こんなに咲いたよ。
何て美しいんだろう。
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ユキは「むかごご飯」は「思い出す」と言って食べなかった。
「わかった、Deer やろ? でもそれ以上言わないで!!!」
ユキは蜂蜜も食べない。蜂の巣の中を知っているので、その蜂が集めてきた蜜を気持ち悪がるのだ。
むかごご飯は何の味もないけれど、むかごは美味しかったよ。

posted by 優子 at 22:40| 随想 | 更新情報をチェックする

2019年11月14日

冬鳥の到来とむかご取りと赤とんぼの産卵動画

今日も散歩に出た。火曜日は全く時間が取れなかったが、3日間かけて書き終えた。久しぶりの充足感を感じて散歩に出た。暖かい日々でも自然界は秋になっている。

こんなに上手に撮れたのは初めてのこと、これはホオジロ? あるいはツグミかなぁ、ユキの帰りを待って「冬鳥のツグミ」と教えてもらった。こんな小さな体でシベリヤから越冬のためにやってきたとは驚異だ。

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少し時期遅れだが、ユキが10月28日にトンボが産卵している珍しい動画を撮った。こんな浅い水たまりではすぐに乾いてしまうのにとユキが心配していたが、生き物の本能の成すこと、きっと大丈夫なんだろうと思うことにした。



コノシメトンボ♂.jpg赤とんぼにはいろんな種類がいる。
これは運動会の時に、運動場に引かれた白線の上に止まったコノシメトンボ(♀)。



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散歩中に1年半ぶりにYさんと再会したので一緒に歩いた。まだ2回目だが最初の時から楽しかった。
昨春大きな手術を受けられる数日前に散歩中に知り合った。お祈りにも覚えていたので、記憶力低下の私もすぐにお名前を思い出した。お元気に回復しておられてよかった。

11-14-7.jpg山本さん.jpg「秋はむかごを取る楽しみもあるのよ」と、時期遅れなのに「むかご」が残っていたので二人で声を上げて笑いながら取った。Yさんは2回もむかごご飯を炊いたとのこと。明日の朝、むかごご飯を炊くことにした。

鳥のこともよくご存じだった。二上山にオオルリがいて近くに寄ってくるそうだ。万博公園の日本庭園の池近くにカワセミが巣を作っているという。明後日は万博公園近くの教会でJCPの例会がある。

公園近くで走り回って遊んでいるユキと遭遇したので、ユキの欲するように他人のように知らんぷりして通り過ぎた。そのことを話すと「もう始まっているんですか」と言われて二人で笑った。「中学生になると親と一緒に行かなくなるので早く連れて行ってあげてください」とも仰った。

今日の散歩で5000歩も歩いて大満足。
夜に知子を駅まで迎えに行くときは防寒着が必要になっていた。明日からもっと寒くなる。もう11月半ばになっていた。


posted by 優子 at 23:55| 随想 | 更新情報をチェックする

2019年11月13日

チャッピーの菊

11-13-1.jpg9月初めから咲き始めたシュウメイギク。
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あんなに咲いていたのに、あと数輪の花を残すのみでまもなく完全に姿を消す。2カ月間も見ていたから花の終わりは寂しい。

今朝陽ざしに照らされて最後の輝きを放っていた花も、夕方には花びらは散っていた。「今年もたくさん咲いてくれてありがとう」と声をかけながら茎を10センチほど残して切り取った。

しかし、これからはさみしくない。今秋からシュウメイギクの次は小菊が楽しませてくれるようだ。11月の初めに蕾を発見して以来、私は毎日楽しみに蕾がほころぶのを待っていた。そして1週間ほど前から咲きだした。

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11E69C8822E697A5E69C9D[1].jpg初めての花、いや、チャッピーとの別れの朝、咲いていた数輪を箱に入れた花だ。
今にも枯れそうになっていた数本を、今春パーキング横の小さなスペース(名付けてトライアングル・ゾーン)に移植したら、3〜4カ月で10倍以上に増えてたくさんの蕾を付けた。

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何度見ても、いつまで見ていても飽きない。

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日陰しか知らなかった小菊が、陽射しを受けてこんなにたくさん、
想像もしなかったほど花を咲かせた。

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この菊も新たな命を得て安らいで咲いているみたい。

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今日から「チャッピーの菊」と名づけよう。

今日は10時半頃からパソコンに向かい、気がつけば午後3時前、まもなくユキの下校時間になっていた。

11-13-5.jpg今朝のワールドニュースで、アメリカは北極圏の寒気が下りてきて猛烈な寒波でホワイトアウトしていた。ワシントンも冷え込んでいる。
こちらは11月に入っても20度前後の暖かい秋、小春日和が続いているが明日の夜から急激に寒くなるようだ。

暖かい晴れの日は少しでも歩こうと今日も外に出た、私もユキのように半袖で。

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先週から皇帝ダリアが咲き始めた。
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同じ色の花なのに夕日が当たらなくるとさみしそう。(↑)
陽射しを受けている花の色はこんなに違って見える。(↓)

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9月の終わりころから半月ほどで木は2倍の高さになっていた。

これは4メートルほどもあるだろう。
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小さな自然界でもその中に入ると心と体が和らぐのがわかる。

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夕方4時前はこんなに明るくても、1時間後には日が沈んでいる。

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この花はまもなく花を閉じて夜を過ごす。

神さま、私にあなたのことを考えさせてくださったことを感謝します。あなたといるこの時を感謝します。安らかな眠りを与えられ、明日もよりよく生きる力をお与えください。主イエスの御名(みな)によって祈ります。アーメン。


posted by 優子 at 23:59| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2019年11月09日

ブルンナー読書㊲ −信仰は理論ではないー

IMG_7556.jpg秋晴れが続き明るく暖かい。今日はブルンナー読書会37回目を重ねる。
テキストはエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳 『フラウミュンスター説教集U』(教文館)の4回目、説教のタイトルは「信仰は理論ではない」。

出席者:3名(知子)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」
聖書朗読・祈り・奏楽:知子

詩篇86篇11節:
主よ、あなたの道をわたしに教えてください。
わたしはあなたの真理に歩みます。
心をひとつにしてみ名を恐れさせてください。

知子の要約:
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真智子たちが帰国する今夏8月までは苦しみながら祈っていたが、神を絶対的に認めていたんだなということが確認できた。とても分かりやすかった。不信仰な人間を神さまはどれほど忍耐してくださっているか分かった。

テキストより:(青字は下村さんのコメント)
IMG_7544.jpgギリシャ語で「見る」ことを「テオーレイン」、「観察」を「テオーリアー」という。つまり「理論」の語源であり、全ての探究は理論である。従って、どこまでも観客のままであり続ける。
そうではなくて、私が問題であり、私が始めなければならないのであり、観客席から舞台へ場所が転換すると同時に信仰生活が始まる。

「本当の信仰とは、言葉で論理だてて説明する部分もあるが、ファナティック(狂信的)や幻想にならないために理性の力は働く。その問題性も考えなければならない」。

われわれは観察、思考、理論の道においては神を見出すことはできない。われわれがイエスの言われることを行おうとするそのことこそが、神に出会う場所である。そして多くの人は生涯、桟敷席に留まる。私たちはこの誘惑に打ち勝たなければならない。そうでなければ人生を棒にふってしまう。

それゆえに、「私は何をなすべきか。私から何が期待されているのか」と尋ねる姿勢をとった時、すでに決定的なことが始まっている。(求道を始めた瞬間に決定的なことが始まったのだ。)

「私は何をすべきか」を真剣に自問するやいなや、すでにもう神が視野の中に入ってきている。「私はこうあるべきである」ということは、私を超えた意志が存在するということ、人間的な意志ではなく権威ある普遍の意志が存在するということ、私自身の意志ではなく私に命令を下す意志、私がそれに従うべきである意志が存在するということ以外の何を意味しているでしょうか。「私がこうすべきである」という言葉が意味しているのは、まさにこのことなのです。

英語の助動詞で"shall" "will"は、ドイツ語では「〜すべき」と「意思」はペアで使われ、誰か(人格)が意思する、望むという意味が助動詞自身にある。日本語には出せないがドイツ語の構造としてある。

「私は何をなすべきか。私から何が期待されているのか」とわれわれが尋ねる姿勢をとった時、すでに決定的なことが始まっている、と私は申したのです。私から何が期待されているかという問いは、主なるあなた(神)は私から何を期待しておられるのですか、という問いと全く同じです。

人生から期待されている。誰かから期待されているというコペルニクス的転換。自己から人生を問うのではない。

われわれを超える意志があるということ、そのことは本来誰もが知っているが、知っていることから呼びかけるに至るまでにはまだ長い道のりがある。なぜなら呼びかけるということは、われわれが神を知っており、神に信頼をおいていることを前提としているからだ

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「天にいます父よ」と呼ぶことができる時、不安は消え去ってしまう。この中にすでに福音全体が込められている。われわれがいかなるものによっても、われわれの行う悪によっても、他の人々の行う悪によっても、どんな苦難によっても、この世のどんな不義によっても、神を父と呼ぶことから妨げられてはならないということ。このことを神はイエス・キリストによってわれわれに可能にしてくださったのだ

「わたしの心をひとつにしてみ名を畏れ(恐れ)させてください」。この一事に他のすべてのことが包含されている。心こそ人格の中心であり、心が神の名を畏れ、神の名を聖とする時、心そのものも清らかで聖なるものになる。そしてこの心から生命が流れ出していき、すべての思いも正しい方向に向けられ、さらに言葉や行為も正しい方向に向けられるであろう

心に神への畏敬をもつ人間は、彼は共なる人間(ミットメッシュ)(隣人と訳してもよい)に対して尊敬と愛をもって出会う以外の出会いはできません。

神への畏敬は生命に対する真の畏敬であり、「私」を出しゃばらせない真の謙遜をも生み出す。神に「あなた」と呼びかけることを許されていることこそ大いなる恵みである。これは決して自明なことではないということを感じ取ること、これが信仰である。

この畏敬は、真の公正、偏見のなさ、また、たとえいかなる犠牲を払ってでも正しいことを行うという勇気を生み出す。神を畏れる者は、人間を恐れることからは自由である。父に対する信頼と一体となった神への畏敬は、唯一信頼できる羅針盤でありエンジンでもある。われわれの認識した正しいことを行おうとする意志であり、羅針盤が示す道を実際に行こうとする意志でもある。

ところが詩篇の作者もまた、自分の心がほんの少しの恐れや我欲によっても動揺することを知っているので、それゆえにこそ彼は「わたしの心を一つにして、み名を畏れさせてください」と願うのである。その際、「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない」(出エジプト記20章7節)という第三の戒めも念頭におくべきである。

神についての軽薄な会話、何の内容もない信心ぶった格言、キリスト教的な言葉のインフレーション。このインフレーションのせいで非常に多くの人がもう神やキリストのことについては全く耳を貸そうとしなくなった。

キリスト教国のヨーロッパほど軽薄な会話も出てくる。

われわれの心の中に神への真の畏敬と信頼とが生まれるために、われわれがなしうる最小限のこと、そして、神のなしえないことは、神の前に静かになるための時間を作り出すことだ。われわれが神の前に静まっている時にのみ、神はわれわれに語りかけることがおできになる

この一事は実行しよう。もはや神の前に静かになることなしには一日を始めず、また一日を終わらせないということだ。それは、われわれが、「あなたの名が聖とされますように」との主の言葉に従って、神のみ名を畏れるという決定的なことを学ぶためである。

一日一回、一回一回、私にしか聞き取れない神の声がある。


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資料として、V・E・フランクル『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)より山田邦男の解説をいただき、心理学的に無意識について考察した。ついでながらブルンナーはブーバーの『我と汝』と出会い、出会いとの真理としてキリスト教を読み込んだと仰った。

私もこの本から大きな影響を受け忘れられない書物の1冊になっているが、下村さんの理解度と吸収度を比べるとあまりにも稚拙。しかし、かつてこの書物が新たなる人生のページを開いてくれたように、今一度同じ光を感じている。

自己を中心にして人生の意味を考えるならば絶望的な状況では耐えることができない。強制収容所で、「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていない」と語らざるを得なかった人々は、次々と仆(たお)れていったように、「人生は何をわれわれから期待しているか」と、人生から自己を問う生き方でなくなっていたことに気づかされ、絶望後の長い迷妄から覚醒させられたと思う

感謝や良心の呵責もなく、あまりにも自分本位な生き方をする人々に打ちのめされ、その現状に生きる意味などどうでもいいとまで思うこともあり、絶望してしまった。

しかしついに時が満ちて、今日の読書会で下村さんの解説をお聴きし、語り合い、その最後に力強い内なる促しを感じた。私の内面に強い光が射し込んだ。そして今これを書きながら確信した。神の導きを。

来週16日のJCP例会までにここに至る心の軌跡を記したい。私は私の苦悩を、そして再び光を得たことを書こう。1週間しかないが部屋に缶詰めになって集中したいと思う。もう3年近く文章を書いていない。全く一言も書けなくなっていた。今こそ聖霊に導かれて書けそうな気がする。

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ブルンナーを通して信仰を強め導いてくださっている下村さん(本来ならば下村先生だが、キリストを介してのお出会いゆえに、今では親しく兄のようにお慕いしている)、先日ロングフェローの詩を通して慰め励ましを語ってくださった大学の恩師、また、33年来のクリスチャンの友を初め、あの方この方と、神さまは多くの助け人を遣わして、ノックダウンした私をノックアウトしないように守ってくださっていたことがわかる。

2_onpu_ak.gif知子は、下村さんから「まとめ方が上手、わかりやすい」と、お褒めのコメントをいただいた。誤字が2か所あったのも、最多忙の日々ゆえのこと。

次回は、12月14日(土)。発表当番は優子。

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附記:ユキは今日、5・6年生の希望者による県陸上競技記録会に参加した。朝7時半に駅に集合し、先生の引率により県立橿原公苑陸上競技場へ。ユキは100メートルとリレー(アンカー)に挑戦したが、他校の子どもたちの速さに驚愕絶句していた。  

posted by 優子 at 22:35| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年11月08日

恩師より贈られ給いし詩  

Be still, sad heart.      悲しむ者よ、心をしずめ
And cease repining.     嘆くをやめよ。
Behind the cloud       雲のかなたに
Is the sun still shining.  陽(ひ)なおも輝ければ。


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The desire of the moth for the star, 
       星を求むる 蛾の願い
Of the night for the morrow,     
       あけぼのを待つ 夜の思い
The devotion to something afar   
       この悲しみの 世界より
From the sphere of this sorrow.   
       はるけきものへ 捧ぐる心

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光りは幸せです。この世的な欲望を満たす幸せではなく、澄み切ったすがすがしい幸せです。それを掴むことはできないけれど、それに心を向け、手を伸ばすことはできます。

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With a heart for any fate   いかなる運命にもめげず
Learn to labor and to wait. 労することと待つことを学ぼう。

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他者に煩わされることなく、自分の責務を誠実にこなし、後はじっと「時の来るのを待つことだ」というわけです。

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とにかく前を向いて歩きつづけましょう。それが人生ですから。
祈っています。心から祈っています。神さまは「わたし」のために、痛んでおられます。
おやすみなさい。好きな讃美歌をうたいながら眠りましょう。

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「今日一日だけ、この人に、この一事に、心をこめて生きてみよう。

暗い気分の朝でも、歌をうたうとその声で元気が出てきます。感謝の祈りを口にすると、気分が明るくなります。歌や感謝の声は一日を美しい色に染め上げてくれるのです。

ここに、いい一日が始まります。いい一日が終わります。
一日を感謝の祈りではじめ、一日を感謝の祈りで終える。
これが、よい一日です。
よい一年です。
よい一生です」。

11-4-5.jpg恩師のご愛を心から感謝し、このような師を与えてくださった神さまに心から感謝します。
私は多くの方々の祈りに支えられ、助けられ、なんという幸せ者だろう。明日からますますよき日々を重ねていこう。

posted by 優子 at 22:08| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年11月05日

四季の黙想 −主に喜ばれる日々を生きようー

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「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです」。(第一テサロニケ人への手紙4章3節)
聖とは、主とつながっていることです。主とつながるなら、聖霊が内住され、自ずから罪の行いから切り離されていきます。確かに、罪の誘惑との戦いは生涯続きますが、勝利は約束されているのです。ただ、戦わなければ勝ち取れません。敗北することがあっても、主とつながっているなら、勝利の約束は変わりません。聖さも奪われません。アーメン!

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「愛は結びの帯として完全なものです」。(コロサイ3章14節)
愛はすべてを結び付け、憎しみと不義はすべてを切り離します。切り離す力が強く働く世にあって、キリストの愛は神と人を、人と人をつなぐ結びの帯です。私たちはその愛を知りました。悪口雑言、偽りが飛び交う時代です。だからこそ、主に愛されたように人を愛することが、私たちの役割です。愛するたびに、つながりが生まれ、太くなっていきます。

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11月に入っても半袖一枚の暖かさ。
Nさんが見た公園でカワセミを待つが姿を現さず。
しかしこの日の午後、サッカーを終えて会場の中学校を出た所で、ユキはカワセミを見た。「太陽の光があたってエメラルドブルーというよりもエメラルドグリーンやった!!!」と、驚喜して帰宅した。

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蒲(ガマ)の穂
タンポポの種のように飛んでいた。




「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい」。(コロサイ3章15節)
妬みや憎しみに心を支配させてはなりません。キリストを見上げましょう。主の平和が、あなたの心の隅々にまで浸透していきます。苦々しい思いは解けて消えます。あなたの顔に、喜びと柔和があふれるようになります。あなたを通して、主の平和は周囲の人にも広がります。今日も、キリストの恵みと平安が豊かにありますように。

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「目を覚まして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい」。(コロサイ4章2節)
世の営みに埋没すれば、祈りを忘れます。世の風潮に流されないよう、目を覚まして心を見張っていましょう。愚痴や不平の言葉が口から出るとすれば、主の恵みへの感謝を忘れているからです。祈りは、恵みを思い起させます。朝の祈り、事あるごとの祈り、友との祈り、賛美の祈り、聖書の学びによる祈り。生活全体が祈りに満ちます。

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「その日、その時──主のことば──イスラエルの咎を探しても、それはない。ユダの罪も見つからない。わたしが残す者を、わたしが赦すから」。(エレミヤ50章20節)
主が残されたユダの民は、祖国に帰還して、新しい共同体を建て上げます。日本のクリスチャンは少数ですが、主がこの国のために残されたです。「主が残す者」は罪赦されて心を一新し、新しい生き方をして、神の国の希望を次世代につなぎます。

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「そうでないと、あなたがたの心は弱まり、この国に聞こえる噂を恐れよう。噂は今年も来、その後の年にも、噂は来る」。(エレミヤ51章46節)
様々な情報が飛び交います。どういう立場の人が、何を根拠に、何を目的にして流しているのか、見極めることが大切です。無根拠に楽観的になるのも、恐れから悲観的になるのも禁物です。御言葉を土台にして不変の軸を立て、何事にも動じない信仰を養っておくべき時です。

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「私たちは神に認められて福音をゆだねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです」。(第1テサロニケ 2章4節)
政治家は支持率を気にします。テレビやメディアも人気を重視します。誰もが人に気に入られようと一生懸命です。しかし、私たちは人よりも神に喜ばれることを求めます。神に喜ばれなければ、人から喝采されても無価値です。

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「人の子よ。立ち上がれ。わたしがあなたに語るから」。(エゼキエル書2章1節)
預言者エゼキエルは、鉄面皮な民に主の言葉を告げなければなりません。主は「彼らの顔にひるむな。恐れるな」「彼らが聞いても聞かなくても語れ」と命じられます。主の霊が立ち上がらせてくださるからです(2節)。エゼキエルとは「神が強くされる」という意味です。私たちも立ち上がろうとするなら立てます。主が強くしてくださいます。

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(今年6月22日のサッカー教室)

「わたし(主)が悪者に、『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もしあなたが彼に警告を与えず、悪者に悪の道から離れて生きのびるように語って、警告しないなら、その悪者は自分の不義のために死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う」。(エゼキエル書3章18節)
私たちは神の恵みと希望を語るだけでなく、裁きの警告もしなければなりません。悔い改めの機会を用意していくことも、私たちの重要な務めです。

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ジョウビタキ

「苦悩がやって来る。彼らは平和を求めるが、それはない。災難の上に災難が来、うわさがうわさを生み、彼らは預言者に幻を求めるようになる。祭司は律法を失い、長老はさとしを失う」。(エゼキエル書7章25・26節)
しばらく、主に逆らうイスラエルへの裁きの予告が続きます。もう遅いのです。滅亡は不可避になりました。これは私たちへの警告です。そうなるとわかっているなら、今、主に立ち返って生き方を変えるのです。
ーキリストの栄光教会よりー
                                       
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4日、知子と3人で中学校まで行った。カワセミは姿を見せてくれなかったが、ユキは初めてキセキレイを写したよ!
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「神の目は、神を愛し、神に望みを託す人たちに注がれます」。(詩篇33篇18節)。
自分の人生には意味があると信じることができます。肉体はやがて衰えますが、信仰者として「内なる人は日々新たにされて」、いつの日か、神とともに楽しみ過ごす永遠のいのちに入ることを確信しています(Uコリ4:16-5:1)。私たちはこのことを知っています。なぜなら、神はその保証として御霊をくださったからです(5:5)。

主よ、この世の人生がすべてでないことを感謝します。信じる人たちに永遠の住まいを備えてくださり感謝します。主に喜ばれる人生を歩めるように助けてください。(ディリーブレッドより)

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「誰もが励まされたいのです。リンカーンのような偉大な指導者も例外ではありません。皆、自信がありそうに見えて、そうでもありません。ちょっとしたことで、自信はすぐに揺らぎます。だから、誰もが励まされたいのです」。
互いに励まし合って主の喜ばれる日々を生きよう!

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posted by 優子 at 17:20| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

広島を訪れたゴルバチョフ大統領とマザー・テレサに心打つ

ユキが私のために自らも集めて持ち帰ってくれたパンフレット。
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以下は「広島ピースツーリズム(平和観光旅行)」より
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以下は、2011年7月の過去ログより:
原爆が投下された当時、広島には35万人の人々が暮らしていたが、その年の終わりまでに14万人が死亡した。

キノコ雲は高度12000メートルにまで達し、直径280メートルの火玉は「小型の太陽」のようだった。中心温度は100万度を越え地表温度は4000度、屋外にいた人々は一瞬にして炭になった。

「内臓組織に至るまで全身の水分が蒸発・炭化した遺体が道路などに大量に残された(ウィキペディア)」。爆心地から600メートル離れた場所でも2500度で、屋根瓦は溶けてブツブツの泡状になり、3.5キロメートル圏内の人々が火傷を負った。

気圧は10万気圧にも達し、爆心地から500メートル離れた地点の爆風圧は1平方メートルあたり19トンの力で、秒速440メートル。これは音よりも100メートル早い速度であり、爆風は半径2キロメートルまでの木造を一瞬にして全て壊滅させた。

体中に火傷を負い皮膚が垂れた人々を絵で見ていたが、それは4000度もの熱線で被爆し高圧力の爆風で叩かれたためであったとは! 
何という地獄!
何という苦しみ!

川を覆い尽くした遺体が川の干満により再び戻ってきた時には、内蔵が発酵して腹部はパンパンに腫れていた。遺体を地上に上げるのに2週間、火葬するのに1ヶ月かかったという。

瓦礫や焼けた遺骨は拾いきれず盛り土を入れただけであるから、私たちが立っていた一帯は墓なのだ!

以上は、原爆ドーム周辺でボランティアガイドをしておられる三登 浩成氏(65歳)からお聞きしたものである。氏はお母さんが妊娠4ヶ月の時に広島市に入られた体内被曝2世で、お母さんは93歳で今もご健在であり、お父さんは爆心地から3キロメートルの所で被爆されたが93歳まで生きられた。

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2002年に開館した原爆死没者追悼平和祈念館
8時15分を表すモニュメント。
その背後には希望と平和の象徴であるオリーブの木が
植えられている。


附記: 
近隣のオリーブの実。
オリーブは常緑樹なのに葉が落ちている。
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今日も20分間だけでも歩いた。先日骨密度を検査すると、ついに治療の一歩手前の骨粗しょう症と警告された。少しでも歩くように言われて、2〜3000歩でも歩かないよりましと歩くことにした。歩くととても気持ちがいい。昨日と打って変わって今日は気持ちのよい秋日和だった。

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早春に咲く馬酔木の蕾が膨らんでいた。


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秋は竹の春!



10-30-12.jpg「ユキちゃん、帰ってる?」
Nさんが胸躍らせて3時20分頃やって来られた。
先ほどご夫妻でアイスコーヒーとソフトクリームを手にK公園でくつろいでいたら、珍しい鳥を見つけたとスマホを開いて、「これはカワセミじゃないの?」と写真を見せてくださった。ぼやけているが確かに鮮やかな水色だ!

でも、カワセミはあんな淀んだ池近くにはいないはずと、鳥好きなユキに尋ねようと来てくださったのだ。Nさんもユキに一目置いてくださっていたとは驚いた。帰宅したばかりのユキは、すぐに野鳥図鑑を持って出た。やはりカワセミと判明。

そこでまたしばらく私たちは話の花を咲かせていた。昨日の生協共同購入の時も、生協さんを待ちながら10分間、終わってからは40分間もおしゃべりしていた。昨日は共に涙ぐみながら。
この時サヨナラしたのは15分後ぐらいだったのに、ユキは「宿題も家の勉強もやった」と遊びに行くところだった。

今朝も朝一番にもみじ饅頭のお礼の電話をくださった。御主人は「小学生からこんなのをもらったらいかんやろう」と言われたと聞き、その優しさにまた涙がにじんだ。電話を切ったとき、父の優しさと重なり懐かしい思いがした。

posted by 優子 at 17:32| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

広島と大久野島 ー平和学習は被害と加害の両面からー

私が生まれ育った大阪の小学校は、昭和26年生まれの世代では修学旅行は伊勢だった。東大阪で育った娘たちもやはり伊勢志摩だったから、関西の小学生の修学旅行は伊勢だと思っていた。そこで、生協さん(30歳前後の女性)に今日お尋ねしたところ、奈良では以前から広島だったという。

今思えば私が6年生の時は昭和38年頃であり、戦後18年経ってはいたがまだまだ整備されていなかったのだろうと思うが、私の世代の人も広島だったのだろうか。どうでもいいことなのに関心がある。奈良の友人に尋ねてみよう。

それはさておき、修学旅行先が広島の場合は宮島・厳島神社ではなく大久野島がセットだったと聞いたので、そのことも生協さんにお尋ねしたところ、大久野島へは行かず、宮島へも行かず、広島だけだったという。

今はウサギの島で有名になっている大久野島は、毒ガスの島にさせられた暗い歴史がある。大久野島は広島県竹原市忠海町の沖合い3キロメートルにあり、太平洋戦争が始まる14年前の昭和2(1927)年に島全体が陸軍の毒ガス製造を目的とした管理下となり、毒ガス兵器をつくっていた。国際的に禁止されていたために、戦争中は地図から島の存在は消されていた。

広島の悲惨と共に、日本の加害の立場からも大久野島のことも知って、戦争は互いを殺し合う地獄であり、いかに罪深いことであるかを知って平和学習を進展させることが賢明だ。

大久野島毒ガス資料館.jpg私自身もまた大久野島のことを知ったのは3年前であり、過去ログの「地図から消された島 ー『大久野島からのバトン』講演」に記している。
写真は毒ガス資料館

今日の近畿地方は午後1時前まで雨が降り、11月中旬の気温で肌寒い一日だったが、「広島は曇りです」と、朝一番に同行している先生から保護者達にメールが届いていた。

そして、予定通り夕方5時10分頃に学校に到着し、知子もちょうど間に合って校庭に自動車をつけた。5時半過ぎに帰宅し、荷物を置いてすぐに近隣のNさんにお土産の紅葉饅頭を届けた。

食膳に感謝の祈りをささげ、話も一段落すると1時間半もゲームをしたものの、さすがに今夜は9時前から爆睡した。
posted by 優子 at 21:51| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

広島・安芸の宮島へ修学旅行

10-28-1.jpg12時50分、知子が連絡メールをパソコンと見守り携帯に転送してくれていた。

ユキは今朝、待ちに待った修学旅行に出発した。学校から新大阪までバスで行き、新幹線で広島へ。昼食は車内で10時40分頃に摂る。

予定表によると、今17時半頃は宿泊先の安芸グランドホテルの部屋で、今日の学習のまとめをしていることだろう。私は宿泊先の豪華さにびっくりした。これなら食事も楽しみやね。

夕食は6時で、入浴が7時15分から。今朝家を出る前になって、今日の予定表を書いてくれたのを朝から何度も見てはユキや子どもたちを想っては微笑んだ。

今朝は、ユキのように学校から近い家の子たちは殆どの子が歩いて登校したが、ユキは今回初めて「ママが自動車で送ってほしい」と言った。幼稚園の時から個別で送り迎えが必要な時は、いつも私と「お歩き」だった。この校区の人たちは近くの人でも自動車で送迎するだけに、ユキは二重にさみしい思いをしていたのだと思う。

「今回だけは甘えさせてやって」と、私は咄嗟に言葉が出たが、その口添えも必要なく知子もそのようにしてやるつもりだった。しかし、明日のお迎えは祖父(良輔)に頼んでいたが、多忙な月末でも何とか5時半には自動車で着くように会社を出て、知子が迎えに行くことになった。

10-28-2.jpg今朝の嬉しそうな顔といったらない。
自ら写真を撮らせてくれた。

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行ってきま〜〜〜す!

慰霊の千羽鶴だけではなく、鶴で平和を描くための鶴がまだ足りないと、24日の帰宅後も黄色い鶴を何十羽も一生懸命折っていた。心を込めて真剣だった。

今日は、12時半から学習班別にフィールドワーク、平和記念公園でボランティアガイドさんの話を聴き、「原爆の子の像」前で平和のセレモニーを行い、14時半から1時間15分間、学習班で資料館を見学。そのまとめを終えて18時から夕食。今はもう夕食が始まっている。子供たちの楽しそうな声が聞こえてくるようだ。

明日は厳島神社や鳥居付近を散策し、商店街でお土産を買う。試食はしないようにとお達しがでている(笑)。そして、もみじ饅頭の手焼き体験を楽しんで、フェリーで広島へ戻り、昼食は「ひろしま焼き」だって! いいなあ〜

明日の今頃はすでに帰宅している。お土産話に花が咲いている頃だろう。ユキがいなくても寂しくないのは、楽しんでいるからだ。

posted by 優子 at 18:09| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

突然の駅員無人化に 

「始発から9時30分、17時30分から終電まで無人化を実施」。

突如今月4日、自宅最寄り駅が一部時間帯の駅員無人化を11月1日から実施するとのことを、市から自治会長に通知された。近鉄からの住民への事前連絡もなく住民への説明会もなくの通達だったゆえに、近隣8つの自治会長が即日動いてくださった。

10月12日付で、8自治会会長名の要望書を提出。
10月17日に反対署名を回覧で募り、10日間で4961筆を数えた。これは住民の86%に当たる。これ以外にも当駅で乗降する私立校の小学校部門や病院関係者の署名も合わせて渡された。

自治会長たちは近鉄に住民の意識を示したいと提案し、こちら側から申し入れをしたことで本日の会合が実現した。近鉄から当駅管轄駅の駅長と助役が出席。このほか、市職員2名、市議1名他、住民は70〜80名ほど参集したと思う。最初に反対署名を近鉄に渡した。 

近鉄(駅長)の説明および質疑応答で分かったこと:
★ 少子化ゆえに社員の採用がとても厳しく人員の確保はますます厳しくなる。採用しても半数が辞めていく。日々減収になっており経営状況が厳しい。そこで運営体制の見直しの一環として当駅は日勤化されることになった。現在二つの駅が日勤化になっている。

★ その基準は、乗降10000人以下の駅。当駅は平成24年は5800人の乗降数だったのが、30年には3300人に減少し、今後も減少傾向が予測されること。

★ 警察、消防にも話した。警察は警備を強化するとのこと。防犯カメラを増やし、呼び出しボタンも各ホームに3か所ある。巡回係が2名(あと1名?)おり、G駅を基準に置いている。通報を受けたとしても当駅に到着まで20分かかる。

★ エレベーターは遠隔操作できるがエスカレーターはできないため、そこで倒れたり、スカートの裾が引っかかってしまった時は非常に危険。

★ 体の不自由な方には周囲の人にサポートしてもらうようにアナウンスやポスターで声かけしている。

★ 当駅にはAEDは設置されていない。救急車が来るまでの初動対応が遅れて助かる命も助からない。

★ 御所駅は市が管理している。

住民は突如の駅員無人化に驚いた。
近鉄が決めたことを覆せるとは思わないが、しかし、そのまま唯々諾々と受け入れていくのは、あまりにも主体性も社会性もなく無責任な生き方だと思った。私も近鉄の事情や背景を知りたくて体調不調で参加した。

今まで知らなかったことを聴き勉強になった。会合が始まって1時間半近くなり、質問や意見が出尽くしたようなので私も意見を述べた。激しい口調で発言する人が多かったからだが、私の発言は明日このページに加筆したい。

昨日から体調が悪い上に、昨夜は蚊で起こされて睡眠不足が重なり、血圧が高い。今日は朝から今もずっと強い頭痛が治まらない。血圧は140以下になっているが、今はもう頭痛が限界。
明日はユキの修学旅行。明るい顔で見送ってやりたい。

10月28日11時追記 私の発言内容:
「私は駅長さんのご苦労はよくわかります。この問題は近鉄だけの問題ではなく多くの企業が抱える問題であり、現代が抱える問題です。ですから敵対するのではなく、今を生きる私たちが共に考えて、より良い道を導き出していかねばなりません。

互いに against になるのではなく、一緒に考えていく問題です。駅長さんは私たちの意見を外圧を力にして会社に訴えてほしいです。最も大切なことを最優先することが最善なのです。「あれもこれも」はできない、「あれかこれか」を選択しなければなりません。最も大切なものは命です。

原発事故の後始末についても政府のやり方のように目先のことばかりではいけないのです。そのことを理路整然と言えませんが、駅にいろいろと機械(文明の利器)を設置しても、エスカレーターで事故が起きたら裁判や補償で多額のお金がいります。命を経済の視点でいうのはよくないですが、企業の経営面からも大変です。ですから駅長さんは私たちの外圧を使って上層部に訴えてください。

近鉄はこの地域(つまり大阪と名古屋間、賢島を言いたかった)と長い年月、良い関係を培ってこられました。阪神間ですと、阪神、JR、阪急と、3つの鉄道が走っています。どの電鉄に乗っても、大阪から三宮(神戸)まで行きます。ですから問題を複雑にしないで、一人ひとりが主体性をもってやっていくべきと思います。今後ともよろしくお願いします(そのような対応をお願いします)」。


こういうことを、穏やかに話した。会衆の中の数名の方が、周りに遠慮しながら音を立てずに拍手してくださった姿があった。そして続いて発言した人が「今は『共助』の時代なんだ」と、同調の意見を言われた。

この時に、御所駅は市が管理していると紹介され、今後はシルバー人材センターの人や、あるいは高齢者で見守りをしてくださっている人たちの協力も得てはどうなのかと建設的な意見を出してくださった。

私は最初、駅員のいない駅になると聞いた時、近鉄がリストラするからだと思ったが、それはあまりにも社会の現況に無知だったと恥じた。また、経営者陣の誰かが資金を流用したわけでもなく、現代が抱える少子化ゆえの方策だった。そのことがまず大前提であることと、どのような悩みにも共通する選択は、最も重要なことを座標軸に据えて目先のことだけに目を奪われないことが大切だ。

意見を伝えるということは全てに先立ってすべきことである。しかしその場合、発言する者のスタンスが大切で駅長さんを責めるばかりではどうしようもなく問題を見誤ってしまう。私は駅長さんが住民に対してもっと主体的に関わり、それはとりもなおさず会社に対してもそのようであれと思った。

posted by 優子 at 21:29| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

四季の黙想 −魂を引きずり降ろされる誘惑にはのらないー

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「これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである」。 (詩篇118:23)

ある有名な神学大学院の説教の授業で、こんなことがあったそうです。ひとりの男子学生が、熱く、堂々と雄弁に説教し、満足気に席に戻ると、教授は、ひと呼吸して言いました。「力強い説教でした。構成も良く感動的でした。唯一の問題は、神が主語だった文がひとつも無かったことです。

教授は、私たちが苦手な問題を指摘しました。私たちは、自分があたかも主人公であるかのように、これをしたとか、言ったとか話していますが、実際のところ、主人公は神です。私たちは、一般的なこととして、神が私の「監督」だと言いながら、実際は、事を成すのは自分の力だと思っているかのように振る舞います。

聖書は、人生の本当の主語は神であり、真の力だと語ります。私たちが信仰によって行わなければならない行為さえ「主の御名によって」、すなわち、主の御力によってなされます(詩118:10-11)。神が私たちの救いを実現されます。神が私たちを危険から救われます。私たちの必要は、神が面倒を見てくださいます。「これは主のなさったこと」(23節)だからです

ですから、気負わず、悩まず、人と比較せず。追い立てられるように働いたり、心配の種を次々に拾ったりする必要もありません。神が「監督」です。私たちは神を信頼し、神の導きに従っていけばよいのです

人生の主役は自分だ、と思いそうになるのはいつですか。神を人生の中心にするために、どのように導かれてきましたか。

祈り:私は神が自分の人生の監督と口先で言っていただけ。そんな生き方にはもう疲れました。どうか変われるように、主よ、あなたを信頼できるように助けてください。

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イエスは「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい」(ルカ6:27-28)と言われました。

これは悪を見逃したり、義を追い求めないことではありません。神のようにあわれみ深くなるために(36節)、深い問いかけをしなさいと教えているのです。それは、相手が神の望む姿になるために、自分に何ができるだろうという問いかけです。

詩篇141篇によると、私たちはいとも簡単に罪の坂を転げ落ちてしまいます。それを防ぐ方法のひとつは祈りです私の心を悪いことに向けさせないでくださいという詩篇141篇4節の祈りは「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください」(マタ6:13)という主の祈りによく似ています。神は善いお方ですから、この祈りを必ず聞き届けてくださいます。

もうひとつの助けは真実な友ですこの詩篇の作者は「正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。それは頭にそそがれる油(愛の導き、聖霊)です。私の頭がそれを拒まないようにしてください」(詩141:5)と語ります。

誘惑は巧妙なので、悪にいざなわれても、自分ひとりなら常に気づくとは限りません。真の友は客観的に見てくれます。ですから「愛する者が傷つけるほうが真実」(箴27:6)なのです。人に指摘されて間違いを認めるには痛みが伴いますが、その傷を感謝するなら、神の道に引き戻してくれる油注ぎとなります(力を受ける)。

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(photo by Yuki)

「 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい」。(第Tペテロ5章8・9節)

「愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。

おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう」。(第2テモテ2章22節〜26節)
※「悔い改めの心」も神が与えられるもの。
使徒パウロは彼の霊の子であるテモテ(と私たち)に、悪を避けなさいと言いました。使徒ペテロもまた、「あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい」と警告しています。

どんな誘惑にもビクともしないという人はいません。最善の対処法は、誘惑にさらされる状況に身を置かないことです。それが常に可能でなくとも、聖書に基づいた強い信仰と、日々の祈りによって、私たちは誘惑に負けないように自らを準備することができます。私たちが「堅く信仰に立つ」ならば、方向転換して、神のみもとに逃げるべき時が分かります

祈り:親愛なる神よ、世には実に多くの誘惑があります。よく警戒し、祈り、負けないように助けてください。

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「今の時を生かして用い、そとの人に対して賢く行動しなさい。いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう」。(コロサイ人への手紙4章5・6節)

建設的な会話をすることに関心がないという人は、珍しくないかもしれません。また、箴言26章4節(「愚かな者にその愚かさにしたがって答をするな、自分も彼と同じようにならないためだ」。)は、高慢で人を傷つけることを何とも思わない人と議論すると、その人のレベルにまで自分の品位を落としかねない、と警告しています(これも大きな誘惑である)

しかし、そのような人でさえ、神がご自分の姿を映して創造されたことも事実です。人を簡単に切り捨てる姿勢は、やはり高慢で、神の恵みを受けにくい状態です(参照マタイ5:22)。

箴言26章が4節と5節で「愚かな者にその愚かさにしたがって答をせよ、彼が自分の目に自らを知恵ある者と見ないためだ」と、「愚かな者」に対する正反対の対応を示唆しているのも、そういう理由からかもしれません。私たちには、状況を踏まえた愛ある対応が求められています。神に頼り、声を上げるべき時も、沈黙すべき時もあります。

神は、かつて抵抗していた私たちを、みそばに引き寄せてくださいました。その同じ神が誰の心にも力強く働かれると信じ、いつも心安らかでいられますように。神の知恵から平安をいただき、キリストの愛を示しましょう。

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「わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。『恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者』」 (黙示録1:17 新共同訳)

神は、私たちを安全地帯から連れ出し、新しいものを見せてくださいます。私たちを成長させるためです。同時に、与えられた状況を乗り越えられる励ましと平安も与えてくださいます。神は、私たちを苦難の中にひとりぼっちで放り出されることはありません。神はすべてを治めるお方。私たちは、神の御手の中にいます。アーメン!
『ディリーブレッド』より

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2019年10月23日

ブルンナー読書会㊱ −アルファにしてオメガー

10-19-13.jpg10月19日(土)のブルンナー読書会の記録。テキストはエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳 『フラウミュンスター説教集U』(教文館)の3回目、説教タイトルは「アルファにしてオメガ」。

出席者:3名(知子)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」
聖書朗読・祈り:下村氏 奏楽:知子

IMG_6472.jpgこの日は読書会に入る前に、ドイツのメルケル首相の『わたしの信仰 キリスト者として行動する』について20分間も熱く語り合った。(10月19日の記事)

では今日のテキスト「アルファにしてオメガ」の聖書個所から。
黙示録21章1節〜7節:
わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

10-23-4.jpg最初に、「存在と当為(とうい)の間の対立」の「当為」という言葉を知らなかったので意味を質問した。
「当為」は哲学用語で、「当然なすべきこと」「当然あるべきこと」をいう。ドイツ語で " Sollen " (ゾレン)といい、人格的な意思を表す助動詞で、十戒によく使われている。「〜してはならない」「〜すべきである」を当為といい、「存在」は現にあること。即ち、霊と肉の対立を指す。

この章は大きな問題を取り上げているので難しく、3枚の資料を頂戴した。
1 自然神学と自然法
1)ロマ書1:20「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」。(新共同訳聖書)
神が創造された被造物によって神はわかるということである。「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す」。(詩編19章2節)

たとえば、満天の星空を見上げて、あるいは野に咲く可憐な花を見ても神を知ることができるという考えである。これは自然神学と呼ばれ、これをめぐってさまざまな議論がなされてきた。

自然の別の側面
@自然には破壊的側面がある。自然災害。
A自然には残酷な側面がある。生命は、他の生命を犠牲にして保たれている。

これらからは神の永遠の命と神聖は読み取れないではないかということになる。

神の啓示の場
@自然
A歴史(歴史の中に神が働いている)
現代の神学では@A共に否定される傾向がある。
Bイエス・キリスト
 バルトはイエス・キリストのみに限られているとの立場でブルンナーも同様。

2)ロマ書2章14・15節:
「すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、その判断が互にあるいは訴え、あるいは弁明し合うのである」。

これもまた自然神学に含まれる。人間は生まれながらにして、その良心によって善悪を知ることができるという考え方である。時代や人種・民族の違いを超え、普遍的に守らなければならない法と考えられており、「心に記されている律法」、これは「自然法」と呼ばれてきた。

自然法の中心とみなされているものの一つは十戒であり、これは誰にでも納得ゆく倫理であるとみなされる。および、「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」(マタイ7:12)というイエスの言葉は、さらに黄金律と呼ばれることもある。

日本の格言にある「わが身をつねって人の痛さを知れ」というのは、イエスの言葉と通じるところがあるが、消極的な表現(発想)と言える。
このほか、陽明学の思想をくむ人物の言葉を『無私の日本人』(磯田道史著)より記してくださっている。

「人は万物の霊長であるから、牛馬を苦しめ、その背中に乗るような可哀そうなことは滅多にしてはならぬ。ましてや、駕籠のように、人間が人間を苦しめ、肩にかつがれるようなことは、あってはならない。重病でやむを得ず、あんだ(担架)でかつがれるのなら、天命もお赦しになるかもしれない。
しかし、歩けるうち、馬に乗れるうちは、同じ人倫(人間)の肩を苦しめ駕籠にのるようなことは、ぜったいにしてはならぬ。このことは一生、忘れてはならぬぞ」。
「天命」は天が与える命令であり、自然法の意味(ゾレン:当為)に近い。

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2 生の目標
人類の歴史に関しては一切の予測は全く不可能で、将来のことは誰にも正確なことはわからない。マルクスが言うように資本主義から社会主義へ流れていくと信じていたが、そうはならずマルクスの予言も全く異なったものになった。

シュペングラーのヨーロッパ没落に関する暗い展望も証明されなかった。18世紀初めに生まれ19世紀にかけて支配的な思想になった進歩主義は、科学的進歩が負の遺産を残していく。我々が確実に知っているのは、われわれが必ず死ぬということである。

しかし聖書では死ではなく永遠の源をもつ出来事へと目を向けさせる。イエス・キリストの出来事の中に別の将来展望が開かれ、われわれに神の本質と意志を明らかにすることよって、はじめと終わりに関することも明らかにされた。
それは、神こそ一切の生が向けられている目標であるということ。

すべての原始星雲の現れる前、宇宙のあらゆる秩序の生ずる前には、神の意志以外には何も存在せず、存在するすべてのものは、神の意志から生じた。それがアルファ(Α)である。

オメガ(Z)とは、宇宙の一切の展開のあとに、われわれがわれわれの最後であると知っている出来事のあとに、死のあとに、神がなされる新たな創造がある。神の意志によって創られ、神の意志によって終わりを迎える。

神の啓示には、全世界の、万物の、一切の生の初めと終わりは愛であることが明らかにされている。愛において創造されたにもかかわらず、神への反逆の歴史があり、神はイエス・キリストにおいて人間と成られた。

しかし今はまだ罪と恩寵の間にあり、人類は今なお、恐るべき不義のうちに、非人間性のうちに、憎しみや破壊的意志のうちに、それゆえにまた、多くの苦悩や苦痛のうちに生きている。

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神は人間の生を、神と共にあることによって神と全く似たものになるまで形造ろうとされる。神は人間を対話の相手として、神の呼びかけに応答する人間として創造された。

神の愛の語りかけに対して、人間も愛と信頼をもって神に応え、そのように神と人間の間に正しい関係が作り出されたときに、神が義となり、人間も義となる(これがロマ書の主題)。その時「義」は「愛」でもある。(聖書には愛と義が一体となって使われていることが多い。)

「わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう」。(Tコリント13章12節)

この鏡は罪という曇りによって、「キリスト愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどなのかが理解でき」ない。(エペソ3章18節)

しかし終わりの日には、キリストのもとに行くことができる。罪という隔ての壁を取り去られて顔と顔とを合わせて見ることができる。キリストに知られているように、おぼろにではなく、部分的でもなく、完全に知ることができるようになる。

それは愛と信頼の交わりの中に入れられることである。これが人間の目標であり、生が完全になる。

「わたし(イエス・キリスト)は彼ら(弟子)のためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている人々のためにも、お願いいたします。
父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります」。(ヨハネ17章20・21節)

これは、いわゆる「大祭司の祈り」と名づけられ、父なる神への執りなしの祈りである。イエスは人間と神の間に立って、執り成しの祈りをしてくださっているのである。

神の語りかけとは愛の語りかけである。その語りかけに愛と信頼をもって応えることができるとき、私たちの人間性(人間的なるもの)は回復される。人間性の本質は、理性でも、感情でも、「資質の全体的調和的感性」(ゲーテの言葉)でもない。人間性の本質は愛である(ブルンナー)。

ルネサンスは万能の人間を理想にし、それが人間の本質だと言った。死ですべてが終わるのではない。死んで終わりだから生きている間に楽しもうと刹那的に生きるのであり、イエス・キリストと出会い、愛の中に入れられた時に変わる。

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神の国の完全な実現は世の最後に初めて明らかになるであろうが、神の国はもう今すでに生成拡大を続けている。・・・イエス・キリストが人間の生の中に光と愛を射し込まれるところではどこにでも、神の国が存在する。

神の国は死をも乗り越えて進んでいく。キリストを信じる者にとっては、すでに「死は勝利に呑み込まれて」います。キリストを信じる者は、「死から命へと移っている」(ヨハネ5・24)のです。神はあなたの死を受け取ろうとされません。それゆえ、死もまたあなたにとって終わりではなく、永遠の生への通路なのです

この確信を持つことによって、われわれの身に迫ってくる困難のすべてを克服し、たとえ眼は涙でぬれていても、心は喜びに満たされている者となりましょう。なぜなら「神は人の目から涙をぬぐいとって下さる」(黙示録21・4)からです。アーメン!

3枚の資料の最後に、「拙文『我祈る、ゆえに我在り』より」として、わかりやすいメッセージが記されていました。「これで生きる目的、人生の目的をわかってもらえたらいいなあと思う」と仰いました。お分かちします。

聖書に、「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともない」(マタイ7章17・18節)という言葉があります。

これを今、柿の木にたとえてみたいと思います。柿の木には大きく分けて三種類あります。一つは渋柿の木です。渋い実しかなりません。かりにこれを悪い木とします。悪い木にたとえるのは渋柿さんには気の毒ですが、我慢してもらうことにします。次に甘柿の木です。甘い実しかなりません。これを良い木とします。

さらに、甘い実と渋い実の両方がなる木もあります。昔、私の家の庭に両方の実がなる大きな木がありました。祖父が登ってとってくれました。

とても甘くておいしい柿です。実は円錐形で、甘い実はふっくらと丸みがあり赤身がかって艶がありますが、渋い実はそれに比べて細長く、黄色っぽくて艶がありません。ほぼ確実に外見で見分けることができます。中には半渋もありますけれども。(みやど柿というそうです)

キリスト者を柿の木にたとえると、渋柿ではないと思います。渋い実しかならないというわけではないからです。かといって、甘柿の木でもありません。両方の実がなる木だと思います。私の場合、なるのはほとんとが渋い実ですけれども、ときどき甘い実もなります。

ではどういうときに甘い実がなるかと考えますと、祈って、古き己に死んで、砕けた魂を与えられ、私のうちにキリストが生きて働いてくださったときです。私のような木にも、ふっくらとして艶のある甘い実がなることがあります。そのとき、心に平安と喜びと真の生命があることに気づかされます。そのとき、ああ、これが本当のあるべき自分なのだなと知らされます。

そして、これが生きるうえでの真理であり、命であることを知らされます。キリスト教というのは、私たち一人ひとりが、父なる神と子なるキリストとの一つなる交わりの中に入れられることです。

IMG_2626.jpg下村さんが先月はたくさんの栗とキュウリのピクルスを、今月は柿を持ってきてくださいました。
栗同様に柿も大好物なので、もう残り少なくなりましたが、これは「御所(ごしょ)柿」だと教えてくださいました。

日本古来の甘柿は、奈良県御所(ごせ)がのルーツ(発祥地)で、読み方が違いますが「御所(ごしょ)柿」という地名がついています。
この柿の木は樹齢150年になる大きな木で、下村さんが子どもの時も太く大きな木だったそうです。私はその頃の光景を想像して胸が熱くなりました。

次回は、11月9日(土)、テキストは「信仰は理論ではない」。
祈り・要約当番は知子。

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昨夕の空を覆っていた真っ黒な雲は青く写った。


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2019年10月19日

『わたしの信仰 キリスト者として行動する』 ーメルケル首相の政治的決断の根底にあるものー

IMG_2617.jpg今日のブルンナー読書会のテキスト「アルファにしてオメガ」は難しく、復習するにも時間をたっぷり要するので、読書会の前に取り上げた『わたしの信仰 キリスト者として行動する』についてお分かちしたい。

ドイツ史上初の女性首相 アンゲラ・メルケルは東ドイツの出身の理論物理学者で、牧師の娘である。この本を読むとメルケル首相の政治的決断の根底にあるものがよくわかる。

ドイツは福島原発事故から4か月後に脱原発を決定し政策転換した。その時から私はメルケル首相に注目するようになった。過去ログにも2015年3月に来日した時の発言を記録している。

「私ももはや嘆きや失望で時間を浪費しません。立ち直り始めたちょうどよい時に読ませていただき、このこともまた背後に神さまのお計らいを感じ、(先月の読書会で)この本について話してくださった下村さまに心から感謝しています」。

『ブルンナー読書会』でお導きいただいている下村氏に、斯様なメールをお送りしたのは10月8日。5日に本が届いた瞬間から引き込まれるようにして読み始めた時だった。

その後、ゆっくり時間がとれなくて漸く半分まで読み進んだところだが、「キリスト者としての良心に基づいて施策にあたろうと」する言動と、その土台となる信仰の豊かさに驚き、聖書講解では経験談を交えて政治家メルケルさんにしか語ることのできない具体的で力強いメッセージは、混沌とした時代を「より善く」生きる者の道しるべになる。

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まず感じたことは、聖書の神は歴史の主であり、聖書は神と民と共同の歴史を記したものという認識に立って、自らの最善を尽くして神と共に歴史を造っていくスタンスだ。


「ドイツ連邦議会には非常に多くのキリスト者の議員がいるが、しばしば意見が一致しない。これはまさに、キリスト教信仰が私たちに責任を引き受け力を与えていることを意味し、信仰が私たちに良い意味で論争し、最善の道を求める能力を与えてくれる。・・・キリスト教信仰の安心できるところは、全員が同じ結果を期待されていないところであり、神は私たちを違う人間に創られたのであるだから」と。

このあたりはまだまだ日本のキリスト者は成熟度が低く、とても稚拙だ。それはやはり、日本の精神風土に培われたことによるのも大いに関係しているので、長い年月をかけて意識を高めていく努力が必要だ。

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聖書講解で教えられ、私の耳に新鮮だったのは、「奇跡を求めない」の章で、ヤイロの娘(マルコ5・21〜43 末尾に附記)について語っているところだ。

死の床にあるヤイロの娘は何もできないが、12年間出血が止まらずに死にかけている女性は行動することができ、また行動しなければならないという。「この物語では、人間は努力しないで、何か不思議なことが起こるのを待っていればいい、などと主張しない」。娘を助けようとしている両親、全ての人が努力しているというのは初めての視点だった。

人間の無力と失望、そして希望。ヤイロは希望のない状況の中でもイエスを信頼していたということ。
諦めや恐れがある時、どうすれば前へ進めるかわからない時、聖書はいつも現状と反対のことを告げる。「恐れるな」だけではなく、「あなたがたに大きな喜びを伝えます!」と。「聖書は、(即ち、神さまは)いつもこうなんだ」と!

信仰があれば恐れないのではなく、恐れるのは生きている限り人間の避けることのできない現実だが、翻訳された日本語の文字からも、語気を強めて語るメルケルさんの篤いメッセージが伝わってくる。

そして、このような緊張状態に耐えられるのは、信仰を少しでも持っている人だけだとメルケルは言う。

これらの発言にキリスト者として行動するメルケル首相の姿が現れている。

IMG_6439.jpg即ち、政治家として「決断を下すのが難しいときも、ためらっていてはいけない、決断を下さなければいけないこともわかっています。その際、いくつかのイメージや考え、信仰についての問いは責任をもって決断し、その決断を守るための重要な方向づけになり得ます。

決断の中には、数年経って初めてそれが正しかったとわかるようなものもあるからです。その時が来るまでは耐え抜いて、批判や議論にもしっかりと応じていかなければいけません。それは、支えがある人間しかできないことです」。

先に示した2015年3月に来日した時の質疑応答の背後に、キリスト者として行動するメルケル首相の信仰による理念が合致する。

また、内村鑑三でさえ、「人生の謎」と称して「此世に在りては善人必ずしも長寿ならず、悪人必ずしも短命ならず、義人必ずしも幸福ならず、罪人必ずしも不幸ならず。神は無いのである乎(か)。善を為すの結果は悪を為すの結果と等しくある乎」と、苦悩を述懐もしているが、そういう感情に対してメルケルはこう指摘する。

「まさしくこうした考え方の背後に、正しく信じるならば自分にも良いことが起こるはずだという、神への要求が隠されている」と指摘するのは鋭い。彼らは「神への信頼で輝いているが、決して要求を突き付けてはいないのだ」と!

しかし、そんなメルケルさんでも(1990年)以前のインタビューでは、「信仰に疑いを持っていると発言したこともあり、自分は神にたてつくこともある人間だと述べている」し、「祈っているところを人に見られたくない」からと私人として教会を避けていたが、繰り返し自分のキリスト教信仰を公言するようになっていったという。「自分は神の前では連邦首相ではなく一人の人間だ」と。

偉大な内村鑑三も、アンゲラ・メルケルも、私たちと同じ人間の感情を抱き、親近感を持たせるではないか。それに関連してこんなことも言っている。

「イエスは不可能だったことを可能にする。どうしてそんなことが可能なのか知りたいと思う。物理学を学んだ時、全ては何らかの方法で説明可能だと信じたからかもしれない。しかし聖書のこの物語は正反対のことを教える。
私もこれまでの歳月の間に『ありがたいことに、人はすべてを説明することはできない!』と言えるようになったと語る。

この言葉は、まだ信仰に至っていない人の心をも揺さぶるだろう。語っているのが言葉と行動で証ししているメルケルさんの言葉ゆえに!

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そのほかにもメモしておきたいことはいっぱいある。

@キリスト者として、この社会の中で正しい問いを出していかねばならないこと。

@自由と責任について。
神は操り人形やロボットや、言われたことだけを行う人間を望まれない。「あなた方は自由のために召されたのです。」(ガラテヤ5・13) 自由と責任とは、キリスト教的な意味において密接に結ばれていること。

@戦争と平和が問題になった時、何のための自由なのかと自らに問い、各自が持ち場に着く。私はどこに配置され、どこで責任を引く受けるのかということ。

コソボ空爆にはNATOの空爆に賛成し、ウクライナ紛争の時は軍事的手段に反対したことを読み、甘い認識しか持っていない私には衝撃だった。状況がどうであれ空爆に賛成したことが。

@寛容について

@EUのこともよくわかった。また、ドイツ福音主義教会(アメリカの福音派とは異なる)の多くの教会が、CO2排出量の削減目標を掲げて取り組んでいることなど、教会が果たす一般社会への意識向上。


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そのようなメルケル首相だが、メルケルは妥協に妥協を重ねていくと下村氏からお聞きしたが、その形は失望であっても人間のなすこと限界やむなしなのではないのだろうか。私は政治や世界の動きを知らないから、自分なりの考えも引き出せないのが残念であり情けない。これでは同時代に生きる人間として失格だ。そんなことを気づかされながら残り半分を読むのが楽しみだ。

附記:マルコによる福音書5章21節〜43節

イエスがまた舟で向こう岸へ渡られると、大ぜいの群衆がみもとに集まってきた。イエスは海べにおられた。そこへ、会堂司のひとりであるヤイロという者がきて、イエスを見かけるとその足もとにひれ伏し、しきりに願って言った、

「わたしの幼い娘が死にかかっています。どうぞ、その子がなおって助かりますように、おいでになって、手をおいてやってください」。 そこで、イエスは彼と一緒に出かけられた。大ぜいの群衆もイエスに押し迫りながら、ついて行った。

さてここに、十二年間も長血をわずらっている女がいた。多くの医者にかかって、さんざん苦しめられ、その持ち物をみな費してしまったが、なんのかいもないばかりか、かえってますます悪くなる一方であった。この女がイエスのことを聞いて、群衆の中にまぎれ込み、うしろから、み衣にさわった。それは、せめて、み衣にでもさわれば、なおしていただけるだろうと、思っていたからである。

すると、血の元がすぐにかわき、女は病気がなおったことを、その身に感じた。イエスはすぐ、自分の内から力が出て行ったことに気づかれて、群衆の中で振り向き、「わたしの着物にさわったのはだれか」と言われた。そこで弟子たちが言った、「ごらんのとおり、群衆があなたに押し迫っていますのに、だれがさわったかと、おっしゃるのですか」。

しかし、イエスはさわった者を見つけようとして、見まわしておられた。その女は自分の身に起ったことを知って、恐れおののきながら進み出て、みまえにひれ伏して、すべてありのままを申し上げた。イエスはその女に言われた、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。すっかりなおって、達者でいなさい」。

イエスが、まだ話しておられるうちに、会堂司の家から人々がきて言った、「あなたの娘はなくなりました。このうえ、先生を煩わすには及びますまい」。イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、「恐れることはない。ただ信じなさい」。 そしてペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネのほかは、ついて来ることを、だれにもお許しにならなかった。

彼らが会堂司の家に着くと、イエスは人々が大声で泣いたり、叫んだりして、騒いでいるのをごらんになり、内にはいって、彼らに言われた、「なぜ泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである」。人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなの者を外に出し、子供の父母と供の者たちだけを連れて、子供のいる所にはいって行かれた。

そして子供の手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。それは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。すると、少女はすぐに起き上がって、歩き出した。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに打たれた。イエスは、だれにもこの事を知らすなと、きびしく彼らに命じ、また、少女に食物を与えるようにと言われた。
posted by 優子 at 23:56| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年10月17日

台風19号、今も全容をつかめぬ被害悲惨極まる

10-15-14.jpg今年もようやく15日頃からキンモクセイが一斉に香り始め、町中に甘い香りが漂い静かな秋に包まれている。しかし、関東以北は台風19号の被害が今も広がっている。
現時点で、死者77人、行方不明10人。7県の59河川90カ所で堤防が決壊し、浸水被害は少なくとも3万棟超えと報じている。

その映像はあまりにも悲惨で、言葉を失う。こんなに多くの方々が理不尽で不条理な苦難に耐えておられる。

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「しっかりするのだ、わたし(イエス・キリスト)である。恐れることはない」。
安心した私たちは、困難と向き合う自信を取り戻す。
人生の嵐の真っただ中にいても、神の御子イエスがそばにおられる。

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る」。 (イザヤ書41章10節)

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イザヤは、希望の土台は神の品性だと語ります。神は良いお方だと知るなら恐れから解放されます。そして、天の御父にしがみつき、神が日々与えてくださる力、助け、慰め、支えを握りしめることができます。

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ジムは、仲間の不和、批判的な態度、誤解など、職場で抱える問題を語りました。私は1時間ほど辛抱強く聞いてから「こんな時はどうすべきか、イエスに尋ねよう」と言い、静かにともに5分ほど座っていました。すると驚いたことに、神の平安にすっぽりと包まれたように感じたのです。

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聖書のみことばは、私たちの益のためにあります。人を赦し、噂話を控え、正当に扱われなくても忍耐できる強さと知恵を与えてくれます。

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くじけずに進むという決意は、漠然とした希望ではなく、彼の人生に働かれたキリストを土台としています。聖書が語る忍耐、くじけないことは、人間の意志の力だけでは不可能です。そうできるのは神のおかげ。神がともにいて私たちを強め、私たちの人生に関する神の目的を達成させると何度も約束してくださったからです。

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イエスを信じるなら、私たちは「いやされ」ます。癒やされた人の生き方、すなわち、己の罪を認識し、新生のいのちにふさわしく罪を拒絶して生きることは、一生をかけて学び、習得していくことかもしれません。しかし、イエスがおられるので、それは不可能ではありません。

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愛する神よ、私の恐れと心配を讃美によって礼拝に変えます。 どうぞ、これによって、私の心を強めてください。神の麗しい臨在が私たちの讃美に応え、私たちの心を力づけてくれます。

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「一日の成敗は朝の心持ちいかんによって定まる。朝起きてまず第一に神の言を読みて神に祈る。かくしてなし始めし日の戦いは勝利ならざるをえない」。(内村鑑三)

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「被災された方々のために、 一人ひとりのクリスチャン、また教会が、悲しむ者と共に悲しむ人となり、言葉と行動によって主の愛を表していけますように祈りましょう」。(『ディリーブレッド』より)

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Nさん宅の「ゆずり葉」


10-16-4.jpg附記:
昨日東大阪へ。私を支えてくださっているクリスチャンの友と10カ月ぶりに再会し、ご伴侶も加わって語り合い、心安らぐひとときを過ごした。
友は「コル・シャローム」のCDを、良輔、知子、私だけではなく、神戸の叔母にまでくださった。感謝の気持ちをどのように表現すればよいかわからない。

posted by 優子 at 22:43| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年10月07日

ホッと一息 −モズがいた!−

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「おばあちゃん、これが今日の一番の写真や!」
運動会の代休のユキは朝から近くを散策し、声を弾ませて帰ってきた。

私も胸躍らせながら、いつものように二人でカメラの映像を覗く。




「この草も露が光ってきれいやろう」
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朝の光を浴びて朝露が光る。今朝の奈良の最低気温は14.2度。昨夜は冬布団が恋しくなったが、14度でこんな露を結ぶならば、冬の寒さが思いやられる。

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ムクドリが美味しそうに柿を食べている。
こんなシーンを見つけるなんてすごいね。
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「おばあちゃん、カメラ! モズがいる」と、玄関先で小声で呼ぶ。
私は無言でカメラを持って玄関へ急ぐ。
今やユキと私は息の合った名コンビ。
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「百舌鳥」の命名の由来は、いろんな鳥の鳴き声を真似て囀ることから百の舌を持つモズ(百舌鳥)という和名がついた。「それでやな、最初ヒヨドリが鳴いているのかと思ったらモズやった。いろんな鳴き声が聞こえたから」とユキ。私もまた一つ野鳥の知識を得た。


10-7-12.jpgサッカーボールに止まっていた黄色いチョウチョ。
今日は一日中、夕方5時過ぎまで家の前でリフティング(サッカー)の練習をしていた。そして、鳥の声が聞こえると練習を中断しては、また練習を繰り返していた。

お昼前に二人で散歩に出たが、陽射しが強くて早々に帰宅。以下は私が写したもの。

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今も西洋ニンジンボクが咲いていた。

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これは運動会前日(4日)に大和高田で撮った萩。
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4年前から特定検診は大和高田の病院へ行っているが、毎年期限ぎりぎりの11月半ば頃になって重い腰を上げるので、勢いある皇帝ダリアを見るのが楽しみだった。しかし今はまだ蕾もつけていなかった。その代わり盛りを過ぎてはいたが、豊かに咲きこぼれる萩の花を愛でた。

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昨日の夕暮れ。
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すっかり日暮れが早くなった。

今またユキが写真を撮ってきた。今度こそこれを最後に終了しよう。

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イソヒヨドリが歌いながらダンスしながら歩いてた!」

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「ほんとや、歌いながら歩いてる!」

そして、「こうして今日も暮れゆく。」で閉じようとしたら、「おばあちゃん、このごろ雲専門やから、この雲どう?」と声をかけられ、「ありがとう、でももういいわ、もう台所に立たないと」と言った瞬間にやっぱり気になって窓際へ。
「いいね、撮ってくる」と、やっぱり私は2階へ駆け上がった。

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これにて強制終了。

明日は、アンゲラ・メルケルの『わたしの信仰』を読むのが楽しみだ。
ああ、しかし、明日は給食も食べないで下校になっている。

posted by 優子 at 17:30| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年10月06日

ママと走った小学校最後の運動会!

昨日、ユキの小学校最後の運動会が終わった。私は孫の成長の喜びと、とうとう最終学年になってしまったという寂しい思いが交差した。

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今年は先頭に立った。
私はシルバー優待席の最前列かぶりつきの右端寄りに座った。

私にとって一番楽しみにしていたのは、何といっても親子で走る6年生恒例の「借り人競争」だった。保護者でなくても兄弟や先生でもよい。「お父さんと走る子は速いから負ける」とユキは気を揉(も)み、知子は誰もがそうであるように走れるか緊張していた。

そして私は写真をうまく撮れるか緊張していた。
私がしてやれることは写真を撮ってあげること。ユキと知子のために撮っておいてやりたくて、それがこの子たちに残してやれる贈り物だと思って私はいつもカメラを覗く。

「借り人競争」は全く見えないのでビデオ撮りに挑戦した。途中で拡大したためにぼやけてしまったが「良し」として、ビデオから二人の姿を取り出した。

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スタートしてまもなく置かれた紙を取る。
ユキが取った紙に「赤組の女の子」と書いてあった。
指示どおり赤組の女の子に声をかけ、1年生の子の手を取った。


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この時、ユキはとても優しく促していたと、その先でスタンバイして見ていた知子が何度も話してくれた。


そして、女の子に「ありがとう」と手を放し、ママの手を握った!


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ママはユキに引っ張られて走った!

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10-5-7.jpgユキはいつしかこんなに頼もしくなっていた!
9月時点で149センチ。 
ユキ、大きくなったね。
    
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1等賞! やったね
ユキの満足そうな顔!
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6年生のハイライトシーンは組み立て体操と決まっているが、今では危険な組み立て体操ではなく2段目までの「組み立て表現」に変更され、しかも少子化のため5・6年生で取り組む。
タイトルは「Life」、4か所に動き回ってくれたが、いずれも遠く、人の影で写すことができなかった。

それでも私はユキの姿を追った。
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ユキは演じながらこちらを見てくれていた!

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これは2列になって保護者の前を歩いて回っているところで、何度も撮るチャンスがあったのに失敗して、かろうじてこの写真だけ撮っていた。
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最後に全員で「ありがとうございました!」と言って退場した。

この時10時半頃、ここで水分補給と軽食タイムの休憩が入る。

昨年度から地球温暖化の影響で、熱中症対策の配慮から入退場行進は短縮され、PTAの競技もなくなった。12時過ぎに終了するのでお弁当も不要というわけでママは大喜び。

ユキはおにぎり2つと栄養ゼリーを持参し、この休憩でおにぎり1つをいただき、終了後に教室でもう1つのおにぎりをいただいた。

休憩後は応援合戦で始まる。

ユキは昨年に続いて応援団になった。しかし、6年生があこがれる応援団長ではなく、5〜6年生が務める旗振り役を希望した。少し小心者ゆえのことだと思うが、児童代表で挨拶する役などにチャレンジしない。

応援合戦は最初から最後まで撮ってほしいと頼まれていた。しかもユキをアップしないで常に全体を撮るようにと、細かいレクチャーを何度も受けて臨んだ。この写真もビデオから取り出したもので、これは旗をもって青組の前を往復している場面だ。

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万悪く写真屋さんに立たれてしまって

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10-5-23.jpg応援合戦に続いて6年生の徒競走。
このビデオを撮っている時、全くユキらしくない走り方だと思っていたが、この直前から強い腹痛になってどうしようかと思うまま順番になって走ったという。どうやら緊張が原因のようで、結果は6人中4位だった。

そして、プログラム最終の6年生全員リレー「真剣勝負!」

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アンカーを務めたユキはバトンを受け取って、4分の1周先を行く子のあとを追いかけたが一歩差で追いつけず、青組は2位となった。

ゴールした時にシャッターを押したら足しか写っていなかった!
飛び跳ねた瞬間だった。
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そして、閉会式の入場。

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運動会は、12時過ぎに終わった。


最後に1年生の運動会から振り返ってみたい。

1年生(2014年)
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2年生(2015年)
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3年生(2016年)
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ユキは応援するのが好きだったみたいね。
3年生の時はまだまだかわいいゴマメだったね。
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4年生(2017年)
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5年生(2018年)
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そして、6年生(2019年)
5年生(↑)の時とどちらがどちらか見分けがつかないが、
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ついでに、これは6年前の幼稚園年長組(2013年10月)
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こんな姿を見ると、やっぱり6年生の風格がある。
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あと5カ月で卒業していくんやね。
これからも楽しい学校生活を送ってね。

1年生から見てくると、ユキ(子どもたち)は少しずつ大きくなっていったけれど、高学年の5年生になった頃から内面にも変化が現れてきたように思う。6年間の差は大きい。

20年前に当地に来て初めて親しくなったWさんと会うのは、今では運動会の時だけだが、あの頃まさかWさんのお孫さんと私の孫が同学年になるとは、思いもしなかった。

「小学校時代を楽しみにしていたのに、6年間はあっという間やったね」。
「早いなあ、今から6年後は大学やよ」。
Wさんの言葉に私の目は未来に向けられた。

附記:ユキのおじいさんは前日ゴルフをして有馬温泉に泊まり、今朝9時過ぎに帰宅して運動会に。「借り人競争」が終わった時に、優待席の後ろに座っていたのに気がついた。昨年は来なかったと思う。

posted by 優子 at 20:07| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年10月03日

真夏日に近い10月でも飛鳥(明日香)の里山は秋になっていた  

例年今頃の平均気温は25〜6度だというのに今日も29.8度と高い。今日こそ予報通り雨かと思っていたら晴れていたので、Nさんのお誘いを受けて急きょ飛鳥をドライブした。

半袖一枚で、弱くクーラーもつけて走った。
おしゃべりは1秒も休みなしで
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昨秋は9月半ばに彼岸花が見頃だったが、今年は2週間遅れと報じていたとおり、6日前にご夫妻で来られた時は満開だったという。でも、今日はもう見頃は過ぎていた。
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里山の秋

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鮮やかさが残っているところで下車してパチリ!

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二上山が見える

12時前頃から雨が降り出したのでランチのあとは
コンビニでソフトクリームとアイスコーヒーを買って車内で飲食。

10月から消費税が10%になって初めての外食はNさんと。
食事は10%、コンビニでは8%支払った。
「ややこしいこと せんで(しなくて)ええのになあ」

自宅に着いたら未だ12時45分だったので、そのまま自動車の中でおしゃべりし、また雨が降ってきたので洗濯物が気になってサヨナラした。

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東大阪は土砂降りだったそうだが、こちらは大した雨も降らず
雲が切れて青い空が見えてきた。
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内村鑑三『代表的日本人』の世界 天を仰ぎ見つつ生きた人びと 🈡 −私が思ったことー

3日7時過ぎの追記:
実はこの記事は昨夜10時過ぎに書き終え、今日の日付で更新したのだが、今朝ベッドで眠気眼(まなこ)で聞いていたラジオから、興味深いニュースが耳に飛び込んできた。

天上天下唯我独尊?!.png今日3日から大英博物館で法隆寺の観音菩薩立像など国宝の企画展が開催され、その中に東大寺に伝わる国宝「誕生釈迦仏立像」も展示されるとのこと。
これは右手で天を、左手で地を指し「この世で私より尊いものはない」などと話したとされる場面を表した仏像だという。

これこそが13歳の中江藤樹が僧侶に問うたことだったと、私は眠りから覚醒して飛び起きた。そのことをここに追記して、昨日の藤樹の記事にも加えておきたい。
孔子の『大学』に「このような本があるとは天に感謝する」と感涙した藤樹が、学識ある僧侶(天梁)に問うたこととはー

「仏陀は生まれると、一方の手は天を、他方の手は地を指し、天上天下唯我独尊といったとお聞きしました。こんな高慢な人間が天下にいるでしょうか。先生は、そんな人間を、なぜ理想的な人物として仰いでおられるのでしょうか。お教えください」。

その少年は、後年もけっして仏教を好きになれず、藤樹の理想は謙譲に徹することであり、仏陀は、それに叶う人ではなかった。

要点まとめは相変わらず苦手である。しかし興味深く夢中になって取り組んだ。内村鑑三が選んだ5名の代表的日本人の生き方に触れ、私の心も熱くなり、時には沸騰するほど大いに励まされた。

内村が掲げたとおり、そして、大田先生が言われたように、「我々は、このような素晴らしい主君を仰いでいた」のだ。外国の人々に日本人の精神性がよく伝わったと思う。5人が生きた時代順に挙げると次のようになる。
日蓮   (1222年〜1282年)
中江藤樹 (1608年〜1648年)
上杉鷹山 (1751年〜1822年)
二宮尊徳 (1787年〜1856年)
西郷隆盛 (1828年〜1877年)

いかなる試練も好機と受け止めて誠意を尽くした鷹山と尊徳。そして、彼ら5人に共通しているのは「天の声を聞く」ことであり、「天」とは、普遍的で超越的なもの、且つ人格的なもの、「何か大いなる者」" something grate"であった。

内村は、彼らの高い道徳心・倫理観をもつ人々に心励まされ、その最後に時代は遡って日蓮をもってきた。それは聖書の神を信じる同じ信仰者との不幸な経験が闘いの中の闘いであり、日蓮の闘いと重なるところがあったからだと思う。読む者にも内村の魂と響き合う熱いパッションが伝わってくる。

悩み苦悩する日蓮が仏陀が残した経文こそ頼るべきと気づき、依るべきものが見出されて解放感を得たこと。ここで、内村のみならず中世の大改革ルターを想起しない人はいないだろう。

ルターは苦心探究のあげく古いラテン語の聖書に目をやり平安を得た。内村もまたルターのごとく聖書を自分の信仰と生涯の砦とした。

ところが日本の経文は矛盾し合う何十もの経典がある中で、日蓮は法華経に仏教信仰の基準があるとわかって安堵し、慰めを得た。人々に迫害されようとも、自ら出会った真理、「依法不依人(えほうふえにん:真理の教えを信じ人に頼るな)」を貫き、流刑生活にも耐えた。

内村はそんな日蓮の生きざまを自らと重ねてキリスト教会に向かって叫んでいたのは明確だ。

「雷電(いかづち)は劇場をも撃ち、教会堂をも撃ち、盗賊は悪人をも襲ひ善人をも襲ひ、而して死は最後に諸人(すべてのひと)を拉(らっ)し去る、此世に在りては善人必ずしも長寿ならず、悪人必しも短命ならず、義人必ずしも幸福ならず、罪人必ずしも不幸ならず。

神は無いのである乎(か)。

善を為すの結果は悪を為すの結果と等しくある乎、諦了(あきらめ)は智者の最後の了悟(さとり)である乎、天道是耶非耶(てんどうぜかひか)は賢者の発せざるを得ざる悲嘆(なげき)の声である乎」。

これが内村の「人生の謎」であった。軽薄ながら私もまた同じ思いだ。それは地上の生涯では明らかにはされず、その生涯を終えてから知らされ、神さまは必ず納得させてくださるというのが20年前に私に示してくださった境地である。

内村は、日に三度自らを鑑みるという意味で「鑑三」と命名した。
私は5人の誰一人の真似もできず、足元にも及ばぬ人間であるが、人生の座標軸を神なる主イエス・キリストに定めて生かされ、最高の人生を賜っていることを感謝している。これからも日々のちょっとしたズレもその日のうちに正して、最期まで信仰生涯を生かされたいと願う。

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2019年10月02日

内村鑑三『代表的日本人』の世界 天を仰ぎ見つつ生きた人びと C −日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会−

【中江藤樹】
th.jpg久保田暁一先生も生涯の師の一人として中江藤樹を考えておられたであろう。

藤樹は農民の出であるが祖父のあとを継いで武士になった。支配する朱子学ではなく、自分の私利私欲のためではなく人々のために使う陽明学の学者であり、「近江聖人」と呼ばれた。

11歳の時に孔子の『大学』によって、将来の全生涯をきわめる志を立てた。『大学』にはこう書かれている。「天子から庶民にいたるまで、人の第一の目的とすべきは生活を正すことにある」。

13歳の時、学識ある僧侶(天梁)に問うた。

E784A1E9A18C-71002.png「仏陀は生まれると、一方の手は天を、他方の手は地を指し、天上天下唯我独尊といったとお聞きしました。こんな高慢な人間が天下にいるでしょうか。先生は、そんな人間を、なぜ理想的な人物として仰いでおられるのでしょうか。お教えください」。

これは藤樹の人格をよく物語っており、後年もけっして仏教を好きになれず、藤樹の理想は謙譲に徹することであり、仏陀は、それに叶う人ではなかった。

藤樹は、弟子の徳と人格とを非常に重んじ、学問と知識を著しく軽んじた。藤樹のいう真の学者とは、徳によって与えられる名であって、学識によるのではない。

藤樹は母に孝養を尽くすことが一番大切だと思っていたが、藩の侍者ではなく、この村人たちの先生になって生きていく。

中江藤樹の代表的門人である熊沢蕃山(ばんざん)は、藤樹に弟子にしてほしいと訪ねて行ったが、「私はただの村の教師にしかすぎない」と丁寧に断った。青年サムライ蕃山は姿勢を崩さず3日3晩嘆願したが叶わず、藤樹の母の勧めでついに受け入れた。

自分が社会の中でいかに地位名誉があろうとも、一人の人間として他者にいかに尽くすか。自分を良く見せ、自分の功績を宣伝するのではなく、静かに生きて自分の思いを深く求めていった藤樹は、実に純粋な人であった。

生涯を田舎の地にて自分の生き方を深め、隣人を感化していった藤樹は、この世の栄えや名誉を求めることなく、人の真似のできない、損得を言わずに命をかけた桁外れの馬鹿者の生涯だった。

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【日蓮】
240px-Nichiren.jpg今も不思議なのは、内村はなぜ日蓮を取り上げたのか。

日蓮は、分派している仏教のどれが一番正しいのか、悩み考え抜いて法華経を打ち立てた。しかし、既成の宗教家にはとても危険なものとされ、何度も島流しにあった。

彼は実際に鎌倉で話をするときに、既成の仏教がいかに堕落しているか。仏僧たちの目にあまる不品行の横行を目撃し、自分の生活を立て上げようとしない仏僧たちの現実に末法の到来を確信した。

内村は彼に対して同情的なのは、人物的にも振る舞い的にも欠点はあるかもしれないが、至った真理のために命を懸けて戦う人はいない。内村は日蓮を語りながら自分を語っていたのではないか。

最後は自分の聖書研究会の読者に宛てて、お金を取って通信教育のように伝えていった。人々に読書の習慣を与えた初めての人だった。

日蓮の最後は細やかな庵を結んで信仰を全うした。その意味で日蓮は見事な生涯だった。このような素晴らしい日本人がいたんだと、日本人に敬意を持ってもらう思いがあったのであろう。

附記:私たちの師であった久保田暁一(ぎょういち)先生は、2007年6月13日に第1回目の中江藤樹賞を受賞された。 
藤樹の「五事を正す」とは、
「貌」― 顔かたち。愛敬の心をこめてやさしく和やかな顔つきで人と接しましょう。
「言」― 言葉づかい。相手に気持ちよく受け入れられるような話し方をしましょう。
「視」― まなざし。愛敬の心をこめて暖かく人を見、物を見るようにしましょう。
「聴」― よく聴く。話す人の気持ちに立って相手の話を聞くようにしましょう。
「思」― 思いやり。愛敬の心をもって相手を理解し思いやり心をかけましょう。
(2007年11月4日朝のNHKラジオで語られた
(つづく)

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