2017年10月17日

未来への責任 −日本のリベラルに期待!―

シュウメイギク連日の雨に打たれて.jpg3日間降り続いた雨がようやく午後2時頃に止んだが、これもしばしの合間だけで明日の夜からまた雨天が続くそうだ。

気温も先週の29度台から一転、今週から急激に下がり今日の最高気温は15度止まり。昨日から厚手の上着を着て、足温器を使っている。
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衆院選を前に「リベラル」という言葉をよく耳にする。「リベラル」の震源地はドイツで、ルターの宗教改革に始まるのだが、「日本のリベラル」の意味について10月8日の『サンデーモーニング』で分かりやすく説明していた。

「リベラル」とは寛容の精神から生まれた。日本には穏健なハト派を指す言葉だったが、55年体制が崩壊して革新勢力が衰退し、その代わりに「リベラル」と言われるようになった。

左派というイメージで使われているがそれは正しくない。憲法や自衛隊派遣に対して慎重な人々であり、戦後の保守本流がリベラリストの典型であった。

リベラルとは暴力を排して共存していく知恵であり、日本だと日本国憲法の3原則がリベラルの根幹で、それを排除しないで尊重し合えるのが肝要だ。

また機会平等と不幸の最小化を目指す。次世代のことを考え、理想のストッパーにして踏み出していく。それがリベラルである。

今、政治がリベラルを排除していっているが、かつては自民党の主流ほどリベラルだったことを忘れてはならない。

戦後の反省から始まったからリベラルは慎重だ。権力の行使については臆病なほど慎重です」とは宮沢喜一さんの言葉だ。

ジャーナリストの岸井成格(しげただ)さんは、安倍さんが2012年に戻ってきた時に安倍さんに言ったときのエピソードを次のように話した。

「右翼の思想だけは封印したほうがいい。宮澤さんの権力の行使は慎重であるべきだと、これが保守の奔流だと伝えたら、総理は言下に『宮澤さんは間違いです。今までの保守が間違っている。権力は積極的に行使してこそ国民の負託にこたえるものだ。権力はガンガンガンガン使うものなんですよと言った」。

ヨーロッパでは排外的な極右政党が躍進し、アメリカでは自国中心で強硬なナショナリズムに傾き、リベラル勢力が弱くなってしまった感がある。このような時、人間の心理は不安ゆえに強く断言する人に惹かれていくから慎重にならねばならない。

現自民党にもリベラル派(野中広務氏、古賀誠氏、山崎拓氏たち)がいて、彼らは安倍政権の危うさを事あるごとに訴えてきたと言うが、殆どニュースに取り上げられていない。

私たちは安倍政権の5年間を振り返り、投票する前に今一度自分自身と向き合ってしっかり考えねばならない。この路線のまま行けばますます政府の力が大きくなり、個人の権利が小さくされていく。そのような乱暴きわまりない政権運営は非常に危険だ。

安保法や特定秘密保護法の強行採決されたとき非情な危機を感じた。自衛隊を明記すれば軍拡予算が組まれて防衛費が極端に増大していくであろうと専門家は警告している。

本当に戦争をできる国にしてもいいのか?! 
特に今、子育てしている人たちよ、
あなたがたこそが目覚めた母親たちと共に声を出さなくてどうする?!

消費税や教育費負担などの政策については最善策を導き出せばよい。しかし、原発問題は全く異次元の問題であり、「森・加計問題」や南スーダン日報隠しについてもまた現政権の本質にかかわる権力の乱用だ。

あの時、国民の半数以上が安倍内閣に不支持を示し、その後も曖昧のままで安倍政権に不安を感じている人が多いのに、選挙予測では現政権が過半数を占めるというのはなぜ?! あるいはこれもメディア戦術なのか?!

山口県の安倍さんの地元では、浄土真宗の住職さんが主催した反安保講演に聴衆が殺到し、地元での安倍さんの評判は悪いと『リテラ』が報じている。

与党に問題を感じるならば野党を支えて歪みを是正しなければならない。権力者が暴走しないように縛る憲法を無視し、独裁的に動かしていく政権は恐怖だ。国の形が変わってしまえば、賛同している人も自由を保障されなくなるのである。

IMG_8385.jpg自由を保障される民主主義国家に戻そう!
今回こそは投票率が高くなることを期待したい。投票権を放棄するのはあまりにも無責任だ。未来への責任がある。
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posted by 優子 at 17:15| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

家の教会2017㊲ −「あなたのパンを水に投げよ」−

2017年10月15日(日) (2017第37回 家の教会)
9時55分〜10時35分
出席者 2名(With R)

@ 初めのお祈り  優子
A 主の祈り
B 讃美歌     368番「つとめいそしめ」
C 聖書輪読    伝道の書11章1節〜6節
D お話      優子
E お祈り     1人ずつ

伝道の書 11章1節〜6節:

11:1 あなたのパンを水の上に投げよ、

多くの日の後、あなたはそれを得るからである。

11:2 あなたは一つの分を七つまた八つに分けよ、

あなたは、どんな災が地に起るかを知らないからだ。

11:3 雲がもし雨で満ちるならば、地にそれを注ぐ、

また木がもし南か北に倒れるならば、

その木は倒れた所に横たわる。

11:4 風を警戒する者は種をまかない、

雲を観測する者は刈ることをしない。

11:5 あなたは、身ごもった女の胎の中で、どうして霊が骨にはいるかを知らない。そのようにあなたは、すべての事をなされる神のわざを知らない。

11:6 朝のうちに種をまけ、夕まで手を休めてはならない。実るのは、これであるか、あれであるか、あるいは二つともに良いのであるか、あなたは知らないからである。


お話:

「伝道の書」は冒頭から「空の空、空の空、いっさいは空である。日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。」と、人間は何をやっても益がなく、その意味で人生の一切は空しいと書き始めています。


神の創造も認めていませんから、時間は循環的で永遠の繰り返しだから新しいものは何もなく、偶然や運命という言葉が何度も出てきます。


このような書がどうして聖書に編纂されたのだろうかと思うのですが、しかし、大切なことはちゃんと言っているのです。

人生は空の空であるから「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」と。


ところで、私は「あなたのパンを水の上に投げよ」という言葉を初めて聞いた時は意味が解りませんでした。そして大人になってからは、この箇所を読むたびにアンデルセンの童話「パンを踏んだ娘」を思い出すのです。


インゲルという娘が大きなぬかるみを前にして、きれいな靴を汚さないように持っていたパンを泥の中に投げて渡ろうとした話です。


内容は全く違うのですが「パンを水に投げる」という言葉から、私はやっぱり今も連想してしまうほど強烈な印象を与えた童話でした。


さて、「あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである。」というのはどういうことであるかを考えるに、まず「パン」とは何か、また「水」は何を意味するのかを考えたいと思うのです。


その時に注目すべきは「あなたはそれを得るからである」という言葉です。空しくは終わらず、神さまの約束だというわけですから、「パン」も「水」も共に幸いな意味を指していることがわかります。


「あなたのパン」とは「あなたの生きる上で必要な糧」、それは食べ物だけではなく、無くてはならぬ絶対に必要なものです。イエスさまが言われた、「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言(ことば)で生きるものである。」(マタイ4章4節)というみことばを想起します。


ということは、それは自分の能力や努力によって得るのではなく、また得られるものではないということでしょうか。


「水を意味するヘブル語の『マイム』(מַיִם)は、神の真理の象徴」ということですから、「あなたの大切な糧を得られるように神さまに投げよ」ということになります。


そうするならば「多くの日の後、あなたはそれを得るからである」と言うのです。それはいつなのかはわかりませんが「神の時」であり、神さまがご計画を成就される絶妙な時に与えられるというのです。


この地上に在る時とは限らず、御国(天の国)が成就される時であるかもわかりません。しかし、必ず与えてくださるという約束なのですから、その約束を信じて歩み続けていきたいと思います。


今朝のみことばからこのように神さまのメッセージを受け取りましたので、歩み方においてはこれまでと変わらずに、ただし今朝もう一度姿勢を正して、自分なりの精一杯を務めつつ水の上に投げて(向けて)神の御手に委ねます。


神さまの約束は絶対です。確約です。今、私が深い悩みの中にあっても喜びに変えられるという約束を握りしめて進んで行こうと力をいただきました。

私にも与えて下さっている大切な賜物や時を活かして神さまのために使っていきたいと思います。今も神さまが私の思いもしないところで用いてくださっているかもしれません。


「実るのは、これであるか、あれであるか、あるいは二つともに良いのであるか、あなたは知らないからである」。


お読みくださった方々の上に、神さまのお導きとお守りがありますようにお祈りします。


posted by 優子 at 15:54| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

ブルンナー読書会M ―教会の礎石―

西洋の近代は「2つのR」によってもたらされたと言われており、「2つのR」とは「Renaissance(ルネサンス)」の「R」と「Reformation(宗教改革)」の「R」である。

IMG_8357.jpgルターの宗教改革から今年でちょうど500年になる。それを機に世界の政治や文化に大きな影響を与えたプロテスタンティズムについて読んでいるのだが、今回の「教会の礎石」でブルンナーが語っている宗教改革の意味や信仰の神髄はまことにタイムリーな学びであった。

今日は下村喜八さんが翻訳されたエーミル・ブルンナー著『フラウミュンスター説教集T』の3回目、説教のタイトルは「教会の基礎」である。

いつものように最初に讃美歌239番「さまよう人々」を讃美し、聖書輪読、下村さんの敬虔なお祈りにより騒がしい心が静められ、「ブルンナーの言葉に導かれて神の御前に立」って読書会に入った。

マタイによる福音書16章13節〜19節:
16:13 イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
16:14 彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
16:15 そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
16:17 すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
16:18 そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
16:19 わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。

初めに下村さんは、「宗教改革500年の年、しかも10月にこのところを学べるのはいいですね」と言われた。(本当に感謝な時と学びです。)以下は私なりの復習で、カギ括弧はブルンナーの言葉である。

1517年10月31日に、マルティーン・ルターはヴィッテンベルクの城教会の扉に95箇条の論題を貼り付けた。

それはローマ・カトリックの核心を突くものであった。ローマ教会はお金を集めるために各罪の値段を定め、そのお金を箱に入れると罪が赦されるというのはおかしいという、論題の中心は真の悔い改めについてであった。

ルターはそれらについて論じたいと言っていただけなのに論争になり、対立となって宗教改革にまで発展した。

「ローマ教会は、ペテロを教会のよって建つ礎石、岩と呼ぶあの言葉を証拠とすることによって、聖書と、主イエス・キリストご自身の言葉とを自分の味方に引き込んでいるのではないでしょうか」。

ペテロを受け継ぐのがローマ司教であり、その上に教会が建っているというのがカトリックの理解である。

イエスが「自分は何々である」と言わずに「あなたがたはわたしをだれと言うのか」と質問されるということが、われわれに完全に福音の中心を覗かせてくれる。ここがとても大切だ。

これは教育の基本でもある。教育の基本は考えさせることであるのに先に指示して教えてしまう。私もずっと教育に携わってきたが(大学教授、今春退官された)、指示待ち人間をつくるのではなく自分で決めさせることが大切である。

「多くの人は、聖書がイエスを神の子と告知しているからイエスを神の子だと信じなければならない」と考えているが、そうではない。「われわれはそれを、神がわれわれに啓示される真理として、自分自身で認識しなければならないのです」。

「われわれの信仰は、まず聖書を信じ、それからイエス・キリストを信じるという類のものであってはなりません。まさにこういう類の信仰、つまり権威的信仰はカトリック的であり、福音的ではありません」。

かつて、聖書の一字一句が神の霊感によって書かれているという「逐語霊感説(ちくごれいかんせつ)」が語られていた。従って聖書を翻訳してもいけなかった。一番最初に翻訳されたイギリスの「ブルガーター聖書」は、聖書の言葉をそのまま一字ずつ訳して並べていたので意味が成り立たなかった。

聖書の権威がドグマ(教理や教条)を信じないといけないことになり、次に教会に変わった。当時ギリシャ語やヘブライ語の聖書を読めるのは司教や司祭だったため、ルターが一般の人が読んでもわかるドイツ語で翻訳した。そして、グーテンベルグの印刷術でが宗教改革の力になったと言われている。

「真の信仰は自分で認識することであり、自分で気づくことです。イエス・キリストに対する信仰は、ちょうど弟子たちの信仰が生まれたのと全く同じ仕方で生まれます。彼らには、イエスはキリストであると告げる聖書はありませんでした」。

「われわれは、イエスにおいて神がわれわれに出会われると言うこと」。ゆえに、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」と、イエスは「自分でわかったかどうかさぐろうとされたのです」。

知性も働かせ疑いも含めながら自ら認識しなければならない。最初は知識で考え言葉で納得するが、言葉だけが独り歩きして信じるというならば、知的なドグマ信仰に変わってしまう。

信仰は愛と信頼であるのに、権威信仰、ドグマ信仰、律法的信仰、知的な認識だけで終わってしまう信仰、また道徳的な信仰など、歴史上多くの間違いを犯してきた。

人格関係で生まれた時に信じる者が変えられ、信仰を授かったのは神の賜物であるという認識そのものが信仰であるペテロこそが「イエスはキリストであると認識し、告白した最初の人間です」。

たびたび出される二つの質問について:
@「どのようにして信仰をもつようになるのか」という問い。

それは「教会の説教と聖書の証しを通して」であり、その時「自分が弱く罪深い人間であることを心から認めることができた時です。またわれわれが信仰をもつようになるのは、罪の赦しを喜んで受け取り、神がわれわれの主であることを心から認める時です」。

生まれながらの人間が否定されないといけない。

「これが信仰をもつに至る正しい道」であり、「幾百年の間、ローマ・カトリック教会によってふさがれていた」道が宗教改革者によって再び示されたのである。

A「いったいなぜイエス・キリストを信じなければならないのか。神を信じるだけでは不十分なのか」という問い。

まず「神」という概念がはっきりしない。
「神ご自身がわれわれにご自分の姿を現されます。まさにイエス・キリストをとおしてそうされます。イエスは、『わたしを見たものは父を見たのである』と言われました。神は、イエス・キリストにおいてご自身を現されたのです」。

「われわれが信じなければならないのは、神とイエスの二人ではなく、ただ一人の神、すなわちイエス・キリストをとおして神を信じるのです。

しかし、この信仰はこの二面性を持っています。それはイエス・キリストを介する神の賜物であるとともに、われわれの認識でもあります。この認識は、罪の告白であると同時に、喜びと感謝をもって神の恵みを受け取ることでもあるような認識です」。

「イエスがメシヤ、救い主であり、神の子であると認識すること。これは神の賜物です」。

「その認識を与えることができるのはただ神のみです。(牧師も教皇も聖書も、パウロもペテロ・・・も与えることはできない)天の父があなたにそれを開示されました」。

「われわれにそれを受け取る心備え、罪人として神の赦しを受け取る心備えさえできておれば、神の聖霊がそれをなしてくれます」。

「あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。」と言われたイエスは、教会について何を語ろうとしているのか。

ペテロの告白を基礎としてペテロの岩の上に建っている。教会はペテロの人としての位の上に建っているのではなく、信仰告白の上に建っている。これについては今年6月の会で学んだ『使徒信条講解説教』の「教会の基礎と存在」と重複している。

即ち、ペテロその人がいしずえではなくて、ペテロがイエスを何と考えるかということであり、ペテロその人がいしずえになると人間が権力を持つようになる

それまで神と人間の間にローマ教皇が立っていたが、ルターは教会を『キルへ(Kirche)』という組織ではなく『ゲマインデ(Gemeinde)』信仰の交わり・共同体であるとした。

「神の言葉と信仰と教会の本源的な理解の回復が宗教改革だったのです。このようにして彼らは、真の信仰を妨げる人間の奴隷状態からわれわれを解放してくれました」。

しかしまた、「多くの改革派の信者よりもはるかに立派なイエス・キリストの弟子であるカトリック信者が存在してきたし、現に存在する」。

カトリックの立派な人たちは、やはり組織からずれていた。例えば、私(下村さん)が研究してきたシュナイダーもそうだ。シュナイダーはカトリックの罪責、過ちを認めるべきだと批判していたから、一概にカトリックは全てが権威信仰ではない。

「しかし、われわれはカトリックの信者にまさったものを一つ持っています。そしてこれが最も重要なことです。

すなわちそれは、このわれわれの教会がいかに誤りを犯しやすいものであるか、いかに脆弱なもので、いかに不完全なものであるかを絶えず認識しているということ、また、われわれが改革派の信者として、改革派教会が常に新たに改革される時にのみ改革的でありうるということを知って」いるということです。

「常に新たに改革される時にのみ改革的でありうる」、これが宗教改革の定義である。教会のみならず信者一人ひとりも常に改革されないといけない

「主がペテロに委ねられた『天国の鍵』とは、教皇の権能のことではなく、端的に、天国の門を開く和解の福音そのものでした。そして他方、『つなぐ』あるいは『解く』ということは、神の言葉が人間に対してもっている働きにほかなりません。

それは悔い改めない者を裁き、悔い改めた者を和解の言葉によって解放します。悔い改めない者に対しては天国を閉ざし、悔い改めた者に対しては天国を開きます」。

こうして悔い改めた人々の魂を権威の奴隷や知識を丸のみにする奴隷から救い出してくださった。

昨夜京都の湯の花温泉で宿泊した夫は、今朝10時過ぎにケーキ屋さんにも寄って無事帰宅。お昼前にもう一度テキストを読み直してメモまで取っていた。

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「ドイツにもシュウメイギクがたくさん咲いていた」。
✈先月下旬にドイツへ行かれた下村さんが話してくださった。ドイツの空港でのセキュリティチェックがとても厳しくなっていたことや、現在の教育費事情や食べ物のことなどお聞きしたが、もっともっとお聞きしたかった。何よりもドイツ語を話してほしい。意味がわからなくても生でお聞きしたい。

今月も幸いな深い安らぎのひと時を感謝します。
次回は、11月25日(土)。テキスト箇所は「大いなる招き」、発表は優子。

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posted by 優子 at 22:17| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

ユキで盛り上がった「G20」ニュース

今朝のBSニュースを見ていた時のこと。
「ユキ! 『G20』のニュースでラガルドさんが映るよ!」と呼びかけると、「えっ?! マチも居る?!」とお決まりのことを言いながら駆け寄ってきた。

DSC05728.jpg私が昨夜見たニュースにはなかったIMF内の映像が出てきた。

「あっ、ここ知ってる!」
「ユキがぐずっていた所や」と知子。
「あっ、ここもマチに連れて行ってもらった会議室や!」

そして「フーもいないのか・・・」の言葉で、「G20」ニュースは一発の打ち上げ花火のように花を咲かせて終わった。

真智と太志君はラガルドさんのスピーチ原稿のたたき台を書き、一部手直しされて用いられている。仕事は常にハードなようだ。

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2013年6月のワシントンの旅はここをクリックしてください。
posted by 優子 at 09:47| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

毎年気をもむ植木の剪定

毎年10月末か11月初めに植木の剪定を予約するのだが、この2年間シルバー人材センターさんの不手際で晩秋や年末になっていた。

今年は順調に予約できていたが今週休み明けに「12日にしてもらえないか」と頼まれて困った。というのは今、シュウメイギクが真っ盛りなので、花の上にシートを敷かれるのは忍びない。天気予報では連日続いた夏の晴天は11日で終わり、これからしばらく雨天が続き、12日は夜から雨という予報ゆえに譲歩した。

花雨で助かった.jpg剪定当日はいつも7時40分頃には来られるので、今年こそはと前日に物を移動させ、お化粧もしてスタンバイしていたものの、7時半頃から雨が降り出した。
まもなくシルバーチーム到着。しばらく様子を見ていたが雨はやみそうになく8時前に引き上げて行かれた。

ところがまもなく雨は上がり一日中降らなかった。天気図では秋雨前線が南下するので天気は悪くなる一方のはずが、今日は昨日よりも明るい曇天で予報は外れた。
「これならできたのに」と、シルバーさんたちのことを何度も思い出しては落ち着かない一日だった。

でも、よかった!!!
シュウメイギクが最後まで咲ける!!!

写真は昨日と今日の散歩から:

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センニチコウ

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夏の名残のカンナ

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今日はようやくお昼前に掃除が終わり休憩の前に散歩に出た。途中、Nさんを訪ねたがすこぶる元気、玄関先で40分も立ち話してしまった。そして最後にようやく伝えた、マチはワシントンで、太志君はキプロスで回復をお祈りしてくれていたことを。

「キプロスは美しい所やね。ついに行けなかったけれど、今は(中東は)怖いね」と、数え切れないほど海外旅行されたNさん。その後、小学校まで行って帰ってきた。

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今夜夫は不在、ゴルフのあと宿泊して明朝帰宅、午後に「ブルンナー読書会」がある。そこで帰りにケーキ屋さんに寄ってきてもらうことになっている。私は今日もう一度読み直したが夫は頭に入っているのかな?(笑)。今から読書会が楽しみだ。
posted by 優子 at 22:00| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

「憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。

014932s_mini.jpg4日連続28度〜29.2度という季節外れの暑さで、再びTシャツ1枚にハーフパンツで過ごしている。そんな昨日、小学4年生の孫は遠足で東大寺へ。若草山でお弁当を食べ、午後は奈良県庁を見学。来年の秋の遠足は二上山に登るそうだ。

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キリストの栄光教会より「今日のみことば」:
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」。(ローマ人への手紙10章13節)
一日を祈りから始めても、忙しさの中で主を忘れ、思わぬ出来事が起こって狼狽し、自分の感情や判断で動いてしまうことがありませんか。心が激したまま、あるいは不安なまま、主をそっちのけにして行動してはなりません。一旦立ち止まり、主の御名を呼び求め、祈ってから、行動を再開しましょう。主は、求める者を必ず助けてくださいます。

「私は言った。『主よ、憐れんでください。私のたましいを癒してください。私はあなたに罪を犯したからです』」。(詩篇41篇4節)
この謙虚な悔い改めがなければ、何も始まりません。魂が癒されていないからです。立派なことを言っても、失敗に終わります。自虐的なことを言っても、沈んだ心はいつまでも沈んだままです。卑屈は高慢の裏返しです。今日のダビデの告白から始めませんか。主の憐れみが臨みます。

「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを」。(詩篇42篇5節)
いつまでも心うなだれ、思い乱れていてはいけません。無益であり、時間の無駄です。繰り返せば悪しき習慣になります。90秒以内に心を切り換え、自分の魂に呼びかけて、神をほめたたえ、待ち望むのです。絶望の循環から、祝福の循環への転換です。

「見よ。わたしはシオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は失望させられることがない」。(ローマ人への手紙9章33節)
自分が見えていない人ほど、自分に頼ろうとします。失敗を繰り返しても、まだ自分を信じようとします。絶対に自分の弱さを認めません。そうした頑固な自信が、人生を、いや世界を破滅に導きます。自分の無力を認めることこそが、道を開きます。認めた者は、主への祈りから始めます。

「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」。(ローマ人への手紙8章31節)
ダビデは神を味方とする生き方をしました。そのゆえ、ダビデの敵は神の敵になりました。サウルは神に王として選ばれたのに、わざわざ神を敵とする生き方をしました。それゆえ、ダビデを敵視し、殺そうとしました。しかし、神を味方にする者にはかないません。へりくだり、神を味方にすることが、勝利への道なのです。


「主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう」。(詩篇40篇3節)
「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスに竜巻を起こす」といわれます(バタフライ効果)。同様に、小さな賛美でも、驚くばかりの恵みの世界を開きます。心が震えて、喜びの歌が湧きあがります。その喜びと感謝の歌が、さらなる恵みを人々に広げます。主に喜びの声を上げましょう。2_onpu_ak.gif
posted by 優子 at 22:13| 引用文 | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

家の教会2017㊱ −みことばを宣べ伝える者―

2017年10月8日(日) (2017第36回 家の教会)
10時20分〜11時5分
出席者 2名(With R)
IMG_8269.jpg@ 初めのお祈り 優子
A 主の祈り
B 讃美歌    294番「みめぐみ豊けき」
C 聖書輪読   ローマ人への手紙 
             10章9節〜21節
D お話     優子
E お祈り    1人ずつ
F 讃美歌    405番「神とともにいまして」         

ローマ人への手紙 10章9節〜21節:
10:9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
10:10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。 10:11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
10:13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。
10:14 しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。
10:15 つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。
10:16 しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っている。
10:17 したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。
10:18 しかしわたしは言う、彼らには聞えなかったのであろうか。否、むしろ
「その声は全地にひびきわたり、
その言葉は世界のはてにまで及んだ」。
10:19 なお、わたしは言う、イスラエルは知らなかったのであろうか。まずモーセは言っている、
「わたしはあなたがたに、
国民でない者に対してねたみを起させ、
無知な国民に対して、
怒りをいだかせるであろう」。
10:20 イザヤも大胆に言っている、
「わたしは、わたしを求めない者たちに見いだされ、
わたしを尋ねない者に、自分を現した」。
10:21 そして、イスラエルについては、
「わたしは服従せずに反抗する民に、
終日わたしの手をさし伸べていた」
と言っている。
お話:
今月22日の衆議院選挙に向けて政界はめまぐるしく変動していますが、有権者である私たちは真剣に各党各候補者が語る真偽を見分けながら耳を傾けねばなりません。

特に憲法問題は喫緊の課題になっていますので、それに関連して戦争や平和について多くの時間を割いて考えさせられています。

10月4日の記事にも少し触れましたように、選挙に関連して政党や政治について話題になる機会が多いので、私はあくまでも政治改革ではなく聖書の言葉を伝えることに時間を労していきたいという思いを強くしています。

IMG_8249.jpg何よりも私たちクリスチャンは、人間の努力では全き平和を実現することはできないことと、真の平和はキリストが再び来られた時に世界を新しくされてもたらされることを知っています。

だからといって私たちは何もしなくてよいのではありません。パウロが「すべての人との平和を追い求めよ」と教えているように、憎しみや武力ではなく、祈りによって神さまが働かれることを待ちつつ「地の塩、世の光」として歩んでいくことが肝要です

その中で最も大切なことは、私たちがキリストを通して神さまとの平和を与えられたように、周囲の人々に機会を見つけてはイエス・キリストを伝えていくことであり、これが世界平和を推進していくことだと信じるのです。

そこでもう一度深く味わいたいと思ったみことばが今日の箇所です。
13節の「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」というのは、ユダヤ人ばかりではなく、すべての異邦人にも伝えられて、信じる者には誰でも救いが約束されているという意味ですが、そのための大前提として「呼び求めるべき主」であるお方を知っていなければなりません。

そのことを受けてパウロは(14節で)、キリストを信じないユダヤ人の思い(反論)を代弁しているのです。

信じたことのない人をどうして呼び求めるのだろう、聞いたことのない人をどうして信じることができるだろうか、そんなことはあり得ないし、イスラエルがイエスをキリスト(救い主)として受け入れないとしてもイスラエルの責任ではなく、聞かされなかったことに原因があるんだと言うのですが、この気持ちはイスラエルの立場ならば誰でも頷けますよね。きっとパウロ自身の思いでもあったのでしょう。

使徒たちは遣わされて確かに福音を宣べ伝えたのであり、ユダヤ人たちは福音を聞いたのです。でも、聞いた者が皆信じたのかというとそうではなく、皆が受け入れたわけではありませんでした。

しかし、「イスラエルは聞いたのだ!」と、パウロはなおも(18節で)強調しています。しかも更に(19節以下で)「聞いただけで意味を理解できなかったのではない」とダメ押しし、福音に耳を傾けずキリストを拒絶した責任は、不従順なイスラエル自身にあり弁解の余地はないと訴えているのです。

しかしまた、そんなイスラエルに対しても(21節で)、神さまの憐れみと寛容を示しておられるのだとイザヤの言葉を用いてパウロは語るのです。

神さまはイエス・キリスト(福音)を拒んだからとすぐに滅ぼしてしまわれるわけではありません。その人の一生をかけて忍耐強く関わってくださいます。

私に洗礼を授けてくださった小山恒雄牧師は、「私たちは人を救わんがために救われた」と何度も説教で語られました。勿論救い出されるのは神さまの御業ですが、神さまは先に救い出された私たちを通して周囲の人々に福音を宣べ伝えていかれるのです。

そこでテモテへの第2の手紙 4章2節〜5節を読んで自らを励ますのです。

4:2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。
4:3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、
4:4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。
4:5 しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。

私たちがキリストのメッセージをお伝えした時に共感されなくても、それどころか無関心であったとしても、悩みの時に思い出して求めていかれるかも知れません。

IMG_8248.jpgあとのことは神さまに委ねて(お任せして)、私たちも謙遜に忍耐と寛容をもって機会があるたびに福音を宣べ伝えていきたいと思います。

クリスチャンの使命は政治改革によって国家を変えていくことではなく、神のみことばによって人の心を変えていくことだからです。

ついでながら来る投票日には、自分自身の見解に最も近い人に投票し、有権者の権利と義務を果たしましょう。
IMG_8274.jpg附記:ユキはサッカー教室、午後はお友達からバーベキューのお誘いを受けて、2部礼拝はならず。
今日の最高気温は28.4度、薄くなった着古しのTシャツ1枚でも汗ばんだ。ワシントンも今日(7日)は夏みたいに暑かったそうだ。

posted by 優子 at 12:44| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

「日本は戦争をしないって決めた国だからいいね」

10月5日20時23分 キプロスを発つ娘婿より着信:
良輔お義父さん、優子お義母さん、知子お義姉さん

仕事はすべて順調に終わり、 いまから再びロンドン経由でDCに帰ります。 帰りは乗り継ぎの関係で、 ロンドンの空港に隣接したホテルで一泊します。 なのでDCの自宅に着くのは10月6日(金)の午後3- 4時くらい(日本時間だと7日の早朝4-5時)だと思いますが、 着いたらご連絡します。

いまはキプロスの空港で、もうすぐ搭乗です。

キプロスのタクシー運転手に、 もう一人の日本人の同僚が日本人であることを伝えたところ、 北朝鮮の話題になり「 日本は戦争をしないって決めた国だからいいね」 と言っていました。 遠くキプロスでもそう知られていることに感銘を受けました。

メメントドミニの記事もお読みして、戦争のこと平和のことなど、 色々と考えています。 DCに戻ってから一週間で衆議院選挙の在外公館投票になりますが 、できるだけしっかり調べて投票したいと思っています。

ユキちゃんは運動会だったんですね。 メメントドミニで元気な様子が伺えて嬉しいです。 ユキちゃんによろしくお伝えください。 覚えてくださっていた幼稚園の先生にも、 またの機会があればよろしくお伝えいただければ幸いです。

皆さんのこと、いつもお祈りしています。中村さんも順調に快復し ていますように。
太志

フウセンカズラ.jpg9月21日午前2時前に無事キプロスのホテルに着いたとの太志君からのメールには、「今から同僚との夕食で、明日から政府関係者とのミーティングが始まります。」と書いてあった。
それから早2週間余り経ち、再びワシントンへ戻る。

今回はアフリカではないから私の気持ちもかなり楽だった。そして、何年か前に真智が話してくれたことを思い出して派遣先での様子を思い浮かべていた。

ミッションでは、最初に派遣先の中央銀行総裁と財務大臣と会うことから始まり、場合によっては総理大臣や大統領とも会見し、その時は「大統領が来られます」との言葉で立ち上がり大統領を迎えるそうだ。

「IMFが何をしているのかを知ってもらうためにアウトリーチし、IMFが中立で偏りのない意見を持ち、IMFのアドバイスがピントはずれにならないように、中央銀行や政府の意見だけではなく、国民の人たちの声も聴くためにいろんな人に会うようにしている」。

E68E88E4B88EE5BC8FE38080E291A0.jpg次女夫婦がアメリカへ渡って12年目になる。その間に私たち夫婦がアメリカへ行ったのは一度だけ。2011年春、次女夫婦がミネソタ大学大学院で経済学のPh.Dを取得した卒業式の時だけだ。

10年間有効のパスポートを取って海外へ出たのは1度きりで今夏期限が切れた。私はもう海外へ行くつもりはないのでパスポートを更新するつもりはないが、真智たちが海外にいるから取っておくようにと友がアドバイスしてくれた。

アドバイスしてくれたNさんも順調に回復して術後3週間目の一昨日退院された。キプロスでもお祈りしてくれていたことをNさんにも伝えます。ありがとう。

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日本の秋

あと6〜7時間でワシントンに到着だ。真智も楽しみにしているだろう。今日(D.C.の6日)は早く帰宅して迎えるのかな。
私は翌朝一番にメールを見つけてこの記事に無事到着の追記するのを楽しみに、神さまに無事を祈って眠ります。

10月7日7時35分追記:太志君は予定通り午後3時頃(アメリカ時間)無事帰宅した。主に感謝します。
「真智はまだ会社で、電話で話していますが、帰ってくるのを楽しみに待っています。
来週月曜の9日がコロンブス・デーで休日なので、いまからゆっくり休みたいと思います。日本も体育の日ですね。皆さんも良い連休をお過ごしください」。
posted by 優子 at 21:57| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

私のクリスマス・キャロルの季節に

IMG_8209.jpg今年もシュウメイギクが咲き始め、朝に夕に花を見るたびにチャッピーの姿を思い出す。

毎年10月に入るとクリスマス・キャロルを聞き始めるのは娘時代からの習慣である。
ということは、もう50年も前からになる。
「今年も始まった」と微笑む父の顔がまぶたに浮かぶ。50年と言えば半世紀であるが、私にはつい数年前のように。

そんな昨夜、夕飯の後片付けをしていた時にかけていたCDの何曲目かのイントロの音符を聞いた瞬間、心臓が委縮するような痛みを感じ全身に激震が走った。

私はそのCDに" Magnificat" があるのを忘れていただけではなく、チャッピーの死後の痛々しい悲しみは過去のことになっていたから、突然の衝撃で棒立ちになってしまった。

初めの音符を聞いた瞬間、まるで腰痛麻酔の一滴が脊髄に入ったと同時に下半身が冷凍されたような、あの硬直した感じだった。そして、チャッピーの死と死別直後の狂おしい悲しみの記憶と映像が目の前に現れた。

それはこの夕焼けと、ユキが書いた「どこでも行ける電車」(ユキの深遠な世界とユキの中で生き続けるチャッピーだった。

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チャッピーの悲しみが癒された今も、このような夕焼けを見るたびにあの頃の悲しみに戻されそうになる。特に秋の夕暮れはきつい。

母が亡くなってから何年間ぐらい感じていただろうか、まるで体に引っ付いたガムが取れなくて何度も何度も取り除こうとしていた。どうしたら以前のように気持ちがすっきりするのだろうと、こんなこともわからなくて悲嘆を取り除こうとしていた。

「私は母を亡くすまでは幸せな愚者だった」と、母の死後3〜4ヵ月頃に読書会の会報に書いたことを覚えているが、愚者でもいいからこんな悲しみを知らなかった時に戻りたかった。今思えば母の死を受容できない悲嘆のプロセスだったことに気づく。

キンモクセイ香る朝A.jpgチャッピーは晩年、ジッとしていないでウロウロウロウロ1日中動いていた。そして2015年、シュウメイギクの季節が終わるとチャッピーは死んでしまった。

「チャッピー、ユキは4年生。今では学校から帰ってくると、すぐに遊びに行って夕方遅くまで帰ってこなくてね。大きくなったけれど、まだまだチャッピーが知っているユキのままよ」。

チャッピー16才5ヶ月、ユキ8才ヶ月C.jpg
チャッピー。
これからもチャッピーのこと忘れないよ。

2015.秋.jpg

今年もシュウメイギクが咲き始めた、
チャッピーのいない庭に。

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posted by 優子 at 17:55| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

ジャーナリスト・西谷文和さんの講演「世界平和を果たした憲法九条の役割」後編 ―ドイツ国際平和村―

講演の最後はドイツ国際平和村の話で締めくくられた。
平和村は1967年に創設されて今年でちょうど50年になる。戦争で大怪我した子供達をヨーロッパで高度な治療を提供し、治療が終わると再び母国へ送る働きをしている。

医療従事者はドイツ人に次いで日本人の姿が目立ち、スタッフの半分が日本人だ。ドイツも日本も敗戦国であり、2度と戦争をしてはいけないという教育を受けたからだ。

アミナちゃん.jpg2013年、タリバンの拠点だったアフガン南部のカンダハルでアミナちゃんが母親と歩いていた時、米軍を狙った路肩爆弾が爆発し母親は即死、アミナちゃん(9歳)も瀕死の重傷を負った。シーツをめくると腐りかけた両足にハエがたかっていた。

(アミナちゃんの絶望しきった目。命も危ない情況だったが、ドイツで治療を受け、両足は切断されてしまったが車いすを上手に操り、絶望しきっていた少女が明るい笑顔になっていた。)


この子たちが母国に帰ったら言うでしょう。
「ドイツ人と日本人に治してもらった」と。それを聞いた人たちは日本を攻撃しますか?!

自衛隊は災害救助隊と国境警備隊にすればよい。政府は肝心なことを隠すので真実を報道しないからわからないが騙されてはならない。

選挙の争点は消費税2%アップではない。消費税を増やすとき必ず法人税を低くする。だから上げた分がチャラになる。

憲法九条の1・2項は残して3項を加えると言うが、そうなれば前項(1・2項)の規定にかかわらず後項(3項)が優先されて前項が消えてしまう。騙されない冷静さを忘れてはいけない。

私たち平和運動の力は着実に拡がっている。私たちが横に団結すれば大きな力になる。ここで諦めたらいけない。
忘れない、あきらめない、だまされない。

IMG_8224.jpg1週間前のこと、私がクリスチャンであることをよくご存知の近隣の女性(70代)と話していた時、「共産党やキリスト教は平和、平和と言うけれど何の提案もしないではないか」と言われた。


文字化すると厳しく感じるが和やかに意見を交わしたのであるが、私はクリスチャンの立場で平和について、また、武力では平和は作れないことを話した。


そして、一般社会で平和のために活動している人々がおられることにも触れ、平和を訴え求め続けることが大切であると語ったことだった。それにしても戦争の爪痕を経験された世代なのにと悲しかった。


アミナちゃんのような子供たちは大きな障がいを負いつつも、みんな明るく笑っていた! 私は子供たちの様子を食い入るように見ていたので、頬に涙が伝っていたことも気づかなかった。

(2015年にアミナちゃんと再会の記事がある。)


IMG_8213.jpgこの講演を聴いてつくづく思ったことは、知ることの大切さと、知ろうとしないのは大きな罪だということだ。知ったところで皆が同じ考えになるものではないだろうが、「知らないことは罪であり、知ろうとしないことはもっと大きな罪である」。


この記事の最後にドイツ平国際和村のサイトから転載させていただき心に刻みたい。このような働きこそが積極的平和活動だと思う。


私たちの活動は、焼け石に水だとよく言われます。そうかもしれません。でも、この一滴が集まれば、川ができ、川が集まれば、海になるのです。


この50年間で、貧困、悲しみ、それに無力を変えていくことが、可能だと知りました。共に助け、人間らしく生きましょう。そうすれば、無力が信頼に変わっていきます。


最後に、ドイツ国際平和村の設立者たちについて、ふれたいと思います。彼らは、50年前に新境地を開拓しました。何が良くて、正しかったのかは、後になって分かるものです。


ドイツ国際平和村の設立者、プロテスタントのフリッツ・ベルクハウス牧師と当時オーバーハウゼン市長だったルイーゼ・アルベルト市長には、平和村がこの先どうなるかは分かりませんでした。


ただ彼らは、ベトナム戦争の被害者たちを救いたいという市民たちをまきこみ、今のドイツ国際平和村に導いたのです。厳しい意見もあるかと思いますが、彼らがいたからこそ、ドイツ国際平和村があるのです。


ドイツ国際平和村・平和教育部門のプログラムにおいて重要な構成要素は、平和教育、暴力廃止、衝突の建設的な解決です。
posted by 優子 at 12:24| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

ジャーナリスト・西谷文和さんの講演「世界平和を果たした憲法九条の役割」前編

9月30日(土)午後、香芝9条の会発足11年を記念して「ふたかみ文化センター市民ホール」で記念講演会が開かれた。私たち夫婦は孫の運動会をお昼前に引き上げて参加した。

当日は香芝市の小学校の運動会と重なったこともあるだろうが、会場を埋めた聴衆の殆どが60歳以上で若い世代の姿はほぼ皆無だった。それは想像通りだったとはいえ失望で気持ちが重くなった。しかし、だからこそ日本の進むべき方向を正しておかなくてはと自らを鼓舞して耳を傾けた。

以下はジャーナリスト西谷文和さんの講演:「世界平和を果たした憲法九条の役割」を聞き書きしたものである。
かつてアフリカで一番大きな国だったスーダン共和国が南北に分かれて6年前に独立した。その後内戦が勃発し、あれだけ危険な国へ自衛隊が行っていた。先進国で行っていたのは日本と韓国だけで、アメリカはイラクやアフガンの経験から派兵していなかった。

去年の7月で帰ってこなければならなかったが、駆け付け警護を付与したかったために派兵していた。現地で戦闘が生起しても情報を隠蔽するのは「モリ・カケ(森友・加計)問題」同様で、共に今後も南スーダンの隠ぺい問題は引き続き追求しなければならない。

シリアでは人が集まると危険だ。空から見えるので空爆されるからだ。現代の戦争はハイテクで宇宙に拡大している。

ただ祈っていてもだめで戦争を分析しないと止めることができない。キリスト教とイスラム教の仲が悪いからと宗教のせいにしているがそうではない。領土問題もそうだ。戦争の本質を考えないといけない。

戦争の本質は金儲け、戦争をやれば儲かるからだ。トマホークミサイルは1発1億円、59発のミサイル発射で59億円の売上となり、戦争や原発はめちゃめちゃ儲かるのだ。

戦争は政治広告をするPR会社の広告によって鼓舞されて正当化されていく。湾岸戦争は、15歳の高校生に嘘の証言(ナイラ証言)をさせてメディア全面に流したことから始まった。現代の戦争はメディアが作る。

(米国政府は少女に)フセインがクウェートの病院の中にいる312人もの赤ちゃんを殺したと証言させた。戦争が終わった1年後にこの少女の嘘がばれた。少女は生まれてから一度もアメリカから出国したことはなかった。

戦争の場合は殆ど嘘の言葉で始まる。メディアの情報に騙(だま)されてはならない。私たちの眼をそらさせ忘れさせるためにスキャンダルを報道しつづけて福島や原発や沖縄のことを報道しない。政府は今「テロとの戦い」と「北朝鮮」のことを持ってくる。

2015年1月のフランスの風刺週刊誌シャルリー・エブド襲撃事件。各国首脳が先頭に立った「私はシャルリ」の大行進。

「私はシャルリ」の大行進.jpg

実は捏造だった!
捏造に参加した首脳たち.png

(私はこの頃もBS放送で各国のニュースを見ていたが、世界の報道を見ても彼らのあとに長蛇の行進が続いているものと疑わなかった。)

2017年度の「報道の自由度ランキング」1位はノルウェー。日本は72位で先進国では最下位クラスだ。

ヒトラーは「イエス」か「ノー」で迫った。愛か憎しみか。正か不正かと。それを何千回も繰り返すと「イエス」と言うから言い続けろと。

「独裁」と言えば反対されるから「決断できる政治」と言い換え、「戦争準備」を「平和と安全の確保」とし、反対する人を徹底的に弾圧し、全権委任法でヒトラーの暴走が始まった。

安倍政権では武器輸出を「防衛装備移転」、戦争法を「平和安全法制」、カジノ解禁法を「IR推進法案」(IRとは「Integrated(統合された)Resort」の頭文字で、カジノ、ホテル、国際会議場などが一体となった施設の整備を推進する法案)、共謀罪は「テロ等準備罪」、戦闘行為を「衝突行為」と言う。

ムードやイメージで投票してはならない!

北朝鮮の分析:アメリカはシリアやアフガンは反撃能力がないから爆撃した。アフガンにアメリカ人は住んでいない。北朝鮮にアメリカ人は住んでいないから空母を朝鮮半島へ移送した。北朝鮮を先行攻撃するとなれば28000人の在韓米人を帰国させる。しかし今も留まっているから攻撃しない。

北朝鮮の脅威を煽って森友・加計問題から目をそらさせる。本当に恐怖を感じているならば原発の再稼働もしない。原発は安全だと言い北朝鮮の危機を煽る。(だから選挙なのだ)

日本の世界平和度指数は去年は8位で今年は9位。安倍政権になるまでは常にベスト3に入っていた。それは憲法九条があるからだ。しかも平和運動と九条のおかげで10番以内に入っているのである。米国は103位。日本はこの数年間で1位から9位に下がった。

ナチスのヘルマン・ゲーリングは、戦争を嫌う国民を意のままに操るのは簡単だと言っていた。

「政策を決定するのは国の指導者であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。

国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。とても単純だ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。
この方法はどの国でも同じように通用するものだ」。

今、安倍官邸がゲーリングになっている。私たちは歴史に学ばねばならない。祈っているだけではなく、今こそ平和憲法の輸出をしなければならない。安倍政権では平和は来ない!


南スーダンのPKO(国連平和維持活動)に派遣されていた陸上自衛隊部隊の日報問題が取りざたされ、国会で「戦闘行為」を「武力衝突」として安全であると主張し続けていた頃、全く正反対の状況を伝える「国境なき医師団」のレポートが何度も届くので不思議でならなかった。

西谷さんの講演を聴きながら読売新聞東大阪支社長もされた新聞記者の西口孝四郎さんの言葉を思い出していた。
「新聞は正面からだけ読んでたらあかん。斜めからも読まなあかん」。

そしてこの記事を打ちながら思ったのは、インターネットの功罪は強烈だがネット時代だからこそメディア情報を鵜呑みにしないで、問題意識をもって自分の心を働かせれば調べることができるのだ。

ムードや雰囲気で投票してはいけないことと、報道を鵜呑みにしていてはあまりにもリテラシーがないことを思い知らされた。勿論、今回のように生で話を聞く時も同様だ。常に情報を偏り視ないで情報の真偽を考えながら自分の頭で考える姿勢を養わなければいけないとつくづく思った。
                        (つづく)

附記:この日は不調だったため運動会だけではなく、ここでも写真を撮る機会を失ってしまった。

posted by 優子 at 16:54| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

家の教会2017㉟ −ステパノの殉教―

2017年10月1日(日) (2017第35回 家の教会)
9時15分〜9時55分
出席者 3名(With R&ユキ)
@ お祈り  優子
A 子どもの讃美歌  「神さまがわかるでしょ」
B 主の祈り   
IMG_8176.jpgC 聖書輪読   使徒行伝 
    7章44節〜60節
D お話     優子
E お祈り    一人ずつ
F 讃美歌   354番

使徒行伝7章44節〜60節:
7:44 わたしたちの先祖には、荒野にあかしの幕屋があった。それは、見たままの型にしたがって造るようにと、モーセに語ったかたのご命令どおりに造ったものである。
7:45 この幕屋は、わたしたちの先祖が、ヨシュアに率いられ、神によって諸民族を彼らの前から追い払い、その所領をのり取ったときに、そこに持ち込まれ、次々に受け継がれて、ダビデの時代に及んだものである。
7:46 ダビデは、神の恵みをこうむり、そして、ヤコブの神のために宮を造営したいと願った。
7:47 けれども、じっさいにその宮を建てたのは、ソロモンであった。
7:48 しかし、いと高き者は、手で造った家の内にはお住みにならない。預言者が言っているとおりである、
7:49 『主が仰せられる、
どんな家をわたしのために建てるのか。
わたしのいこいの場所は、どれか。
天はわたしの王座、
地はわたしの足台である。
7:50 これは皆わたしの手が造ったものではないか』。
7:51 ああ、強情で、心にも耳にも割礼のない人たちよ。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっている。それは、あなたがたの先祖たちと同じである。
7:52 いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、ひとりでもいたか。彼らは正しいかたの来ることを予告した人たちを殺し、今やあなたがたは、その正しいかたを裏切る者、また殺す者となった。
7:53 あなたがたは、御使たちによって伝えられた律法を受けたのに、それを守ることをしなかった」。
7:54 人々はこれを聞いて、心の底から激しく怒り、ステパノにむかって、歯ぎしりをした。
7:55 しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。
7:56 そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。
7:57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、
7:58 彼を市外に引き出して、石で打った。これに立ち合った人たちは、自分の上着を脱いで、サウロという若者の足もとに置いた。
7:59 こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは祈りつづけて言った、「主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい」。
7:60 そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」。こう言って、彼は眠りについた。
お話:
今朝はステパノのお話です。聖書にステパノが登場するのは初代エルサレム教会時代のこの時だけですが、キリスト教会最初の殉教者であり教会史においてとても大きな存在です。

なぜならばステパノこそが、キリスト教を迫害する側にいたパウロの信仰上と思想上の先駆者であり、ステパノによって明確なキリスト教会の第一歩が踏み出されたからです。

ステパノはモーセの律法と神殿を汚したという嫌疑で捕らえられてユダヤ議会の最高法院で裁かれ、その裁判で語った主張(説教)が7章に記録されています。今朝輪読した個所は裁判の最後の部分でエルサレム神殿について語っているところです。

ステパノを裁いているイスラエルの人々の言い分はこうです。
神さまはエルサレム神殿におられて、そこに行けば神さまにお会いでき、エルサレム神殿がここにあるのも自分たちは神に選ばれた民(選民)の印であるというのです。その神の住まいである神殿を冒涜したと激怒しているのです。

ステパノが語った「いと高き者は、手で造った家の宮にはお住みにならない」は象徴的な言葉です。私はこの言葉からエレミヤの言葉(エレミヤ書10章3節〜5節)を思い出します。

10:3 異邦の民のならわしはむなしいからだ。
彼らの崇拝するものは、林から切りだした木で、
木工の手で、おのをもって造ったものだ。
10:4 人々は銀や金をもって、それを飾り、
くぎと鎚をもって動かないようにそれをとめる。
10:5 その偶像は、きゅうり畑のかかしのようで、
ものを言うことができない。
歩くこともできないから、
人に運んでもらわなければならない。
それを恐れるに及ばない。
それは災いをくだすことができず、
また幸いをくだす力もないからだ」。

目に見える偶像や建物に手を合わす虚しさを見事に表していますね。私たちの信仰は、神さまはどこか決められた建物に居られて、そこに行かないとお会いできないというものではありません。プロテスタントの教会で見るのは十字架だけで、勿論十字架を拝んだりはしません。

先ほど輪読した46・47節にありますように、エルサレム神殿はダビデとソロモンの時代に建てられましたが、これは荒野における幕屋の真髄を象徴したものであり、神は人の手で造られた所におられるのではないと主張しているのであり、ダビデやソロモンの思想を否定したわけではありません。

かつてイスラエルの民が荒野で礼拝していた幕屋の精神を失って迷妄していることを非難し、「イエスは宮より大なる者であり真の神の宮」であり、イエスを信ずべきと主張したのです。

55・56節のステパノの心は聖霊に満たされて恐怖もなく主イエスのみを見ていたのでしょう。まさに命をかけた信仰です。命をかけるとは自分の力で頑張るのではなく、神さまに全てをゆだねる信仰です。いかに精神力の強い人でもこのような恐怖を平安の内に耐えられる人は一人もいません。

後藤健二さんの衝撃的な死以来、私はこのような個所を読むときもあの生々しい記憶がよみがえって心痛に耐えねばならないのですが、と同時に後藤さんもまた聖霊に満たされておられたと信じることができるのです。そしてまた、私は命がけで信仰しているだろうかと自らに問いかけないではいられません。

「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないでください」。
ステパノの臨終の言葉は、敵を愛せと教えられたイエスさまへの真実の信仰を証ししていますね。この衝撃的なステパノの死が人々に多大なる影響を与え、サウロ(パウロ)の回心にも及んだのです。

「多くの殉教の死の中に於て、ステパノの死が殊に偉大なる影響を与えし所以は、彼が徹頭徹尾愛の心を失わなかった事であった。如何なる場合に於ても人を真に感動せしむるものはその雄弁でもなく、豪勇でもなく、又その泰然たる死でもなく、その愛である」とは黒崎幸吉の言葉です。

「ああ、天が開けて、人の子が立っておいでになるのが見える」。
この言葉から、主イエス・キリストはステパノの臨終の折にご自身を鮮明に現されたことがよくわかります。神の右に座っておられる主イエスが立ち上がっておられたとは、ステパノに御手をさし伸べて霊を抱き上げようとしておられたのでしょう。

エルサレムの旧市街地を囲む城壁に「ステパノ門」があるそうです。ステパノはこの門の前で怒り狂った人々に石打ちの刑で生涯を閉じましたが、ステパノが神殿と律法に関する見解を明確に宣言したことにより、それまでユダヤ教の一派と見なされていたものがキリスト教として明確に位置づけられました。

IMG_8175.jpgキリスト教会の礼拝は主イエス・キリストがそこにいてくださり(臨在)、聖霊のお働きによって神さまを実感できる恵みです。聖霊のお働きがなければ、例えば牧師の説教も単なる良いお話で終わるでしょう。

私たちの礼拝も聖霊のお働きにより、それぞれが神さまと出会う恵みの時でありますようにと祈るばかりです。

そして私たちもまた罪や過ちを犯した人を赦すことができますように。主イエスを救い主と信じて贖われた私たちも天の御国に迎え入れてくださるのですから、日々聖霊なる神さまに守り導かれながら明るく生きていきましょう。

紫蘇の花.jpg感謝録:
敬虔な祈りを捧げた夫を主イエスが祝福してお導きくださるように祈ります。

青じその花。
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posted by 優子 at 14:35| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

4年生の運動会 −優子不調で感動希薄とミス多し― 

今日はユキの運動会。今年は昨年と違ってお天気を心配することもなく爽やかな秋の一日だった。しかし数日前からしんどくて、どんなに気合を入れてもテンションが上がらず、すぐに写真を貼りたいところだが良い写真がない。

リレーでは子どもたちの走りに目を取られて、気がつけばユキが目の前を走り抜けていくという大失敗もあった。時々知子がスマホで撮っていた写真が貴重な記録になった。パソコンにインストールするコードを会社に置いているために後日貼っておこうと思う。

午後は私たち夫婦は講演会を聞きにいくのでお昼前に帰宅。知子が用意しておいてくれたワンプレートに盛ったお弁当をいただき(知子も持参したお弁当を持ち帰る)再び外出した。

@.jpgお風呂上り、少々元気が出たので私が撮った写真だけでも貼っておこう。

これは入場行進。DSC_0039.jpg

右の写真は、Photo by Tokomo.
(10月3日追載)
  



ラジオ体操の次、早々に4年生の徒競走、ユキは12組目、最後に走った。
A.jpg題して「空前絶後のもうダッシュ!」
強敵のライバルに目を向けるユキは、意気込みよりも不安感がにじみ出ている。




今年は強敵がいるからと、「絶対に負けるわ。2番や」と最初から決めてかかっていた。


そして、「ヨーイ、ドン!」
B.jpg

「途中で押されて走られへんかったから」とアクシデントもあったらしいが、2等でもなく3等だった。

これは3・4年の民舞「よさこい やってみよう!」
両手に鳴子をもって踊る。

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Photo by Tomoko.

C.jpg

D.jpg

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Photo by Tomoko.
          
                       ここからは「よっちょれ」
E.jpg


F.jpg

今年の運動会も髪の毛を短く切りすぎてユキは不満だった。こんな時のためにも2週間も前から母親から言われているのに切りに行かず、実は25日(月)に自転車で連れて行ったのだ。

私は自動車の運転ができないので電動自転車で、そのあとをユキがついてきた。都会と違って山を切り開いた住宅地ゆえに山坂越えて一駅向こうまで行くのは大変だが、電動自転車があれば10分で行くことができる。

ユキに電動自転車の快適さを体験させてあげたくて上り坂の手前で自転車を交換した。ユキは想像以上の軽快さにびっくりしていた。こういうエピソードこそ宿題の作文に書けばいいのに、感動のない文章を書いている。私には楽しい思い出になった。
  
IMG_8152.jpg今年もシルバーシートの最前列に夫と座っていたのだが、席を外しているうちに取られてしまい、私は後ろの空席でユキの出番を待っていた。
祖父母たちもビデオ撮りに夢中、こういう光景は私の子育て時代にはなかったなと時代の趨勢を観察していた。

今日はコンタクトレンズを両眼に入れたのだが、やはり老眼のためカメラの画像が見えず、もったいなくもすぐに片方を取り外して捨てねばならなかった。レンズを入れた目でユキを見つけ、裸眼で画像を見るのである。

リレーの「空前絶後のバトンパス!」については冒頭で書いたように、写真も動画も皆無。ユキは23走目で最後から2番目。トラック半周ずつなので最終列であるにもかかわらずボンヤリして見逃すなんて大失敗。
先の子たちがバトンを渡す最後まで見ていたものだから、こちらに視線を移した時には既にスタートが切られて、ユキの顔が太陽のように大きく目の前に迫ったかと思うと通過して行った。

午後の団体競技「空前絶後の大回転」やいくつかの写真を、明後日の夜に知子のスマホからインストールして貼っておきたい。

これが大回転、左端がユキ。(Photo by Tomoko.)
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それにしても小学校もあと2年とはあまりにも速すぎる。
感慨に耽りたくとも体調が冴えないと何も感じられない。東京へ行った16日の元気さは何だったんだろう。帰宅してからも疲れを感じなかったのが信じられない。
今日の感謝録:
★ ユキがお世話になった幼稚園のN先生とご挨拶したとき、「今年もマチとフーは帰って来られましたか」と、今も次女夫婦のことを覚えてくださっている。1学期にもユキに尋ねてくださっていた。

★ 2年の担任だった育休中のHu先生が「おばあちゃんはどこ?」とユキに声をかけてくださったとのこと。赤ちゃんはもうすぐ1歳2か月になられるはず、私もお目にかかりたかった。
  
IMG_8143.jpg附記:
講演会は香芝九条の会主催による、ジャーナリスト・西谷文和さんの「世界平和に果たした憲法九条の役割 −映像で語る南スーダン・シリヤ・イラク・アフガン」だった。


あまりにも知らないことが多く、眼が開かれて力を与えられた。
私が疑問に感じていた南スーダンのこと、昨日の記事に書いた思いが正当だったことを確認することができた。
また、宗教や領土が争いの口実になっていること、湾岸戦争のきっかけがとんでもない虚によることetc、「今こそ、平和学習。忘れない、あきらめない、ダマされない」を、是非一人でも多くの方々にお分かちしたいと思う。

知ろうとしないことは罪だと思います。
数日後には更新できるようにしますので、是非お読みください。
posted by 優子 at 22:14| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

政治家の魂

IMG_8140.jpg政界に激震が走っている。安倍首相が9月28日召集の臨時国会冒頭で衆議院を解散表明するとわかってから、政治状況が大きく動き続けている。
半日外出している間に政治が動き、いや数時間で大転換するほどの速度である。政界の大変動になるのか?

恥ずかしいことながら私が政治に関心を持ち始めたのは福島原発事故からだ。その根源には、人生の持ち時間が残り少なくなってきた今、これから生きていく子どもたちや、そのまた次の世代の人たちへの責任を感じるからだ。

「私達は地球を私達の祖先から受け継いだのではなく、私達の子供達から借りているのである」。                   

大人たちは地球環境はもとより、憲法九条を維持した戦争のできない日本のまま次世代に譲らねばならない。どんなに時代が変わろうとも変えてはならないことがあるのだ。

北朝鮮から目を離せない時に選挙することに腹立たしく思ったが、私の関心はやはり政治家たる人物に焦点が絞られている。

「希望の党」結党記者会見での小池百合子さんは私の目には異様に映った。ひとことで言えばすでに独裁者になっている。すごい自信だ。誰もみな乗りに乗っている時は得意顔になるのだろうが、それとは違う異質なものを感じた。

彼女を取り巻く人たちも借りて来た猫のような雰囲気も異様。小池さんを取り巻く人々は皆、それぞれに頑張って来た人たちなのにと私は非情なる異様さに驚愕した。

私の嗅覚が間違っていればいいが、この時点から小池さんを「もっと知らねば」と思い、最近見ていなかったサイトを開いた。


連綿と続く内容は衝撃だった。
私が知らな過ぎたことと、複眼で観る眼を未だ養えていなかったのかと愕然とした。


今度という今度は一人ひとりが本当に真剣によく見て、もっともっと自分の頭で考えて投票しなければならない。

小池さんは何をしようとしているのか。
日本初の女性首相? 
首相になって何がしたいのか、そこを知ろうとしないで雰囲気に流されてはだめだ。

人間とは不可思議なもので自分が権力者になると、ごく僅かの例外もあるだろうが、これまで批判してきた権力者と同じ言動を繰り返す。歴史が物語っているとおり。

「安倍か小池か、どちらのヒットラーを選ぶのかという地獄の選択を、国民は強いられようとしている」のかどうなのか、しっかり眼を開けて凝視しなければならない。

IMG_8137.jpgそれにしてもだ、私が民進党議員であったとしても小池さんの審判を仰がねばならないというのは大きな抵抗がある。
小池さんが強要する改憲と安保政策。それを審議されるとは屈辱どころか同化できるわけがない。それでは魂を売ることになる。

小池さんと対極にある辻本清美さんや阿部知子さんたちリベラル派の人々はどのような選択をするのだろうか。理念を貫いてほしい。

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posted by 優子 at 22:52| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

「憲法九条は世界の宝」

IMG_8065.jpg「子どもにとって町の小さい本屋は知らない世界の入り口でもあるのに、今や本屋のない町が2割もある。本を読まない、売れない、買わないのは不幸な時代であり、この現実の中で私たちは立っている」。

これは過日のJCP65周年の講演で船本弘毅氏が語られたエピソードであるが、先週知人からお借りした『平和と命こそ 憲法9条は世界の宝だ』(日野原重明・宝田明・澤地久枝著)を読みながら、そのことをつくづく思わされている。

1968年に話題になった『滄海(うみ)よ眠れ』は報道で知り、澤地久枝さんから深い感銘を受けた。以来澤地さんの言論に常に注目していたものの本を読むことをしなかったために、澤地さんの箇所は耳新しいことばかりで衝撃的だった。そして、今更ながら本を読まない者はダメだと思い知らされた気持ちである。

以下に記録した読書メモをお分かちしたいと思う。この緊迫した重大な時に、子供、孫、そのあとに続いて行くいのちのために私たちができることを考え行動するために。

澤地久枝 「明日の世代のために 今私が願っていること」
★ 日本の科学者、原子力学者たちも堕落したと思う。なぜか電力会社と原子力研究関係のところにはすごくお金があり、何百万という現金をもらった人は「原発がなければ日本人はやっていけない」と言うようなことを平気で言っている。日本人の有識者は、僅かな人しか志高く残っていない。

★ 常識的な発言をするのに勇気を試される時代がついに来ました。

★ アメリカの核兵器を使った訓練を日本の自衛隊は現在すでに米国で受けている。

★ アメリカはこの前の戦争の戦利品として沖縄の基地を維持したいと考えている。核が置かれる基地の一つとして辺野古が上がっている。

★ 私はバカな戦争中の軍国少女であったことを自覚して以来、戦争はやってはならないと思ってきました。核の問題についても原発はやめたい。核兵器をすべてなくしたいと思って生きてきました。

そういう自分を振り返ってみて、骨惜しみをしたり、あるいは周りから圧迫されて怖がったり、自分の収入とか地位とかが脅かされるということで逃げたか―と自分に聞くと、私は一度も逃げたことはないのです。逃げたいどころか、そういうことがあると、私は逆に元気になるのです」。

★ 「沖縄返還密約」は密約中の密約で、交渉中に核兵器が嘉手納基地にあったことをアメリカは認めている。沖縄返還時、アメリカは日本から7000万ドルのお金を取って核兵器を動かしたが、核兵器の再持ち込みを認めるというアメリカ側の要求に日本は同意し、佐藤栄作首相はニクソン大統領とイニシャルで署名している。

★ ペンタゴン・ペーパー事件。国務省の官僚エルズバーグの勇気。

★ 世直しするには、同じような思いの人が1千万人の署名どころではなくて5千万人の人たちがそう思ったら可能だ。私たちは、この国という船の舳先(へさき)をせめて真ん中まで引っ張り直さなけれればならない責任を負っている。

★ いったん戦闘状態が始まってしまったら、味方を見殺しにできないという理由でどんどん増派する。そのための自衛隊の武力は戦後最大。

★ 憲法九条を尊重する政治へと私たちの国を戻していかなければならない。原発も一日も早くなくしてしまいたい。
私は希望を捨てたくないのです。自分が妥協した時に、私か希望は消えると思うのです。

宝田 明「憲法九条は世界の宝」
★ 1934年に朝鮮の清津(ちょんじん)で生まれ、2歳の時に満州(中国東北部)へ。以来、父が鉄道技師として満鉄(南満州鉄道)の社員として務め、北安、海倫、ハルビンへ転勤し、終戦後ハルビンから引き揚げて来た。

★ 11歳の時、ソ連兵に右腹を打たれ、翌日、元軍医だという人に来てもらったが、手術器具も麻酔もなく焼いて消毒した裁ちバサミで傷口を切り開いて銃弾を取り出した。

人間の肉を切る時の音が今も忘れられない。レバーを切るような、あるいは羅紗を切るような、ジョリジョリという音、傷口は縫わずにそのままだった。取り出されたのは国際法で禁止されていた鉛のダムダム弾だった。

★ 世界で初めて火薬を使用したのは蒙古の軍隊です。それが日本に押し寄せてきた元寇のたたかい。従って、火薬の洗礼を最初に受けたのは日本国民です。

数世紀たった後、広島・長崎で原爆の洗礼を受けたのも日本国です。さらに恐ろしいことに、原爆より強力な水爆の死の灰の洗礼を受けたのも日本ですし、同時にあの南方の島々の平和な楽園の人々であります。

そういう国に住む私たちが、今、何をしなければいけないのか。(略)今では音速の10倍、マッハ10以上の速さのミサイルが爆弾を運んでくる時代なのです。

★ われわれ戦争を体験し歳を重ねてきた人間が、戦争の愚かしさ、恐さ、罪深さを語り継ぎ、「間違ってもあのような戦争を2度と起こすまい。日本は世界に冠たる憲法九条を持っている国だ」ということを、声を大にして強く発していく時ではないかと、私には思えてなりません。

私は憲法九条は世界の宝だと言っています。日本は軍事力はいらない。軍隊もいらないと宣言したわけですから、(略)九条を守り抜く、凛とした日本人でなければいけないなと思っております。

日野原重明 「勇気をもって『ノー』と言おう 真の愛とゆるしのために」 
★ 私は、京大医学部4年生の時に、生理学の教授から731部隊(創設者は石井四郎中将)で行った人体実験の16ミリフィルムを講堂で見させられました。脳貧血を起こして卒倒した学生もおり、とても正視できるものではありませんでした。

戦争になると、平和な時代には考えられないほど、人間は狂ってしまうのです。(略)日本の歴史には、きちんと書かれていないから、多くの日本人は、かつて日本が中国の人々に何をしたかを知りません。でも、私はこの目で実写の映像を見ています。

ドイツのナチスも、ベトナム戦争でのアメリカも日本が外国の捕虜に実験したのと同じようなことをしていたそうです。戦争になると良心が麻痺してしまうのです。どこの国も狂気の沙汰になるのです。

★ 旧約聖書には、「目には目を、歯には歯を(耳を打たれたら見身だけは仕返ししてもいいし、目を殴られたら目だけは殴り返してもいい)」と言う教えがあります。これはユダヤ教徒イスラム教の教えと共通のものです。

イエスが生まれて、そして十字架に貼り付けになって死にました。新約聖書には「敵を愛せよ、敵をゆるせよ」「仕返しするなんてとんでもない」「人、友のために命を捧げる、これよりも大いなる愛はない」と記されています。これが真のイエスの教えです。愛というのは、その裏に、犠牲があるということを言っておられるのです。仕返しは仕返しを生むのです。

★ 日本は憲法で軍隊を持たないと世界に宣言したのです。あれだけ反対が合ったのに、安保条約でまたアメリカの基地を開いた。私は今から10年先には基地をなくすという運動を起こしたい。そのためにはあと10年生きなくてはならない。基地というのは、敵があるから持つのです。

★ 不戦ではまだ戦争が起こる可能性を持っているから十分ではなく、戦争を否定する非戦こそが必要である。不戦論者ではなく非戦論者になる。カント『永遠平和のために』

★ プラトンは徳の一番元になるものに、叡智、正義、節制、勇気があると言っている。

★憲法が変わってしまったら、軍隊ができるのはまちがいないでしょう、核兵器が使われるのはまちがいないでしょう。憲法九条を守ることは平和を守ることです。

国民投票となっても、国民の過半数が「ノー」と言えば、議会で可決しても通りません。みなさんがみなさんの周辺の人に声をかければ可能なことなのです。

★ 今のままでは、自衛隊が国防軍になり、空軍や陸軍、海軍が必ずできるでしょう。たいへんなことです。せっかく憲法九条で戦争を放棄したのですから、放棄した時点にもう一度戻り、世界平和のために、大きな志のもとに、団結しようではありませんか。

★ 勇気ある行動を起こすためには、まず自分を変えなければなりません。昨日までの自分じゃない。今日から、まず自分が率先して自分を変える。これをイニシアティブと申します。変換のイニシアティブです。

あなたはこうしてくださいではなくて、自分を先に変えてしまうこと。これが成功の秘訣。そして勇気を持って行動に移すこと。


IMG_7986.jpg以上2014年に刊行された本からの抜粋です。

「私は今から10年先には基地をなくすという運動を起こしたい。そのためにはあと10年生きなくてはならない」。

私は日野原重明さんの言葉が聞えてきます。
今夏7月に105歳で天に帰られた日野原さんの志を継ぐのは私たちです。

posted by 優子 at 06:56| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

家の教会2017㉞ ―パウロとバルナバ―

2017年9月24日(日) (2017第34回 家の教会)
9時55分〜10時30分
出席者 2名(With R)

@ 主の祈り
IMG_7992.jpgA 聖歌   462番「わが生涯は」
B 聖書輪読  使徒行伝
      15章36節〜16章5節
C お話    優子
D お祈り   一人ずつ
E 讃美歌  312番「いつくしみ深き」
※ 昨朝に続いて今朝もサッカー教室のためユキ不在。

使徒行伝 15章36節〜16章5節:
15:36 幾日かの後、パウロはバルナバに言った、「さあ、前に主の言葉を伝えたすべての町々にいる兄弟たちを、また訪問して、みんながどうしているかを見てこようではないか」。
15:37 そこで、バルナバはマルコというヨハネも一緒に連れて行くつもりでいた。
15:38 しかし、パウロは、前にパンフリヤで一行から離れて、働きを共にしなかったような者は、連れて行かないがよいと考えた。
15:39 こうして激論が起り、その結果ふたりは互いに別れ別れになり、バルナバはマルコを連れてクプロに渡って行き、
15:40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。
15:41 そしてパウロは、シリヤ、キリキヤの地方をとおって、諸教会を力づけた。

16:1 それから、彼はデルベに行き、次にルステラに行った。そこにテモテという名の弟子がいた。信者のユダヤ婦人を母とし、ギリシヤ人を父としており、
16:2 ルステラとイコニオムの兄弟たちの間で、評判のよい人物であった。
16:3 パウロはこのテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることは、みんな知っていたからである。
16:4 それから彼らは通る町々で、エルサレムの使徒たちや長老たちの取り決めた事項を守るようにと、人々にそれを渡した。
16:5 こうして、諸教会はその信仰を強められ、日ごとに数を増していった。

お話:
IMG_7984.jpg今朝はパウロとバルナバのことを考えたくてこの箇所をえらびました。

ペンテコステの出来事に続いてキリスト教会が名実ともに誕生した出来事がエルサレム会議であったと言ってよいと思うのですが、エルサレム会議は紀元48〜9年頃に開催された初代教会の大きな会議です。

ここで問題になったのは、異邦人が救われるためには割礼が必要か否かでした。激論の末に最後に出された見解は、自らの罪を悔い改め主イエス・キリストを我が救い主と信じる者はすべて神の恵みによって救われるのであり、ユダヤ人が守っている割礼は必要なしというものでした。

「私たちがあなたがたに伝えていたとおりだから」と、パウロは第一回伝道旅行で語っていた異邦人たちに伝えようとバルナバに言いました。ところがここでマルコを同行させるさせないで二人の間で激論になりました。

37節の「マルコというヨハネ」とは「マルコ」はギリシャ名で、ヘブル名では「ヨハネ」といいで同一人物です。マルコは第1回目の伝道旅行の途中でエルサレムへ帰ってしまったので、そんな者は連れて行かないとパウロが反対したのです。

かつてイエスの迫害者だったパウロ(その時はサウロと呼ばれていた)が回心し、パウロをクリスチャンの仲間にとりなしたのがバルナバです。当初は誰もパウロの回心を信用しなかったところを、エルサレム教会から信頼されているバルナバの紹介があったから皆は信用したのでした。

バルナバは「慰めの子」を意味する名前のとおり、弱い人たちや苦境にある人を放っておけない人でした。かつてのパウロの苦境を助けたようにマルコにも同じように愛の執り成し、配慮に満ちた関わりをしました。このあたりは私たちにも現実感のある出来事ですね。

パウロとバルナバは激論し、ついに袂をわかってバルナバはクプロ(キプロスのこと)へ、パウロはシリヤ、キリキヤ地方へ赴いたと15章の最後に記されています。

互いに偉大な使途たちです。彼らの激論から感じましたことは、信じるものがある人にとって引けぬ時は激論になることもあるということです。いや、そのような時にさえ議論を避けるのを良しとするならば「日本的キリスト教」なのかもしれません。

その激論の結果、一致を見ずに互いに別れ別れになってしまったことについては残念に思いましたが、特にこの場合はどちらが正しいというものではないと思います。

これについて黒崎幸吉は次のように容義しています。

「この一事実に対してパウロの峻厳なる性格とバルナバの寛大なる性格との間に判断の差異を生じたのであった。自己の利害に関する限り寛容は美徳である、併し乍ら公の問題に関する場合善悪邪正は明確になされなければならない。この点に於てパウロのバルナバに優れる所以が明かになった。

然のみならずこの争論は従来世話になったバルナバに対する争であり、また一度は彼らを離れたけれども再び帰り来れるマルコに関する事であり、またマルコの母は使徒たちの庇護者であった点(12:12)等より考えてパウロがあまりに厳に過ぐとの批難を為す者があるけれども、私情と公職との区別を正しく保持した事はパウロの方が正しかった。この時以後パウロの伝道が栄え、バルナバの働きが鈍った事がこの事を証拠立てる」。

私は聖書の読みが浅いのですが、バルナバは私情で言っていたとは思わないのです。

パウロのような厳しさを持ったリーダーと、バルナバのように忍耐強いリーダーという賜物の違いと受け止めるのであるならば、それらはどちらのほうが優れているというものでもなく両者が必要なのです。

何よりもこのマイナスと見える対立を通しても、神さまのご計画は進められていったことに注目するからです。

後年、獄中のパウロはテモテにこう言っています。
「マルコを連れて、一緒にきなさい。彼はわたしの務のために役に立つから」(テモテへの第2の手紙4章11節)と、マルコの成長を認め、パウロにとっても大切な協力者になっていたことがわかります。それはバルナバの存在、関りがあったゆえのことだと思うからです。

私たちは皆それぞれに欠けがあり、かくも弱いお互いです。「どうしてこんなことで?!」と意見の違いに落ち込むこともあります。

しかし大切なことは、その時にも対立する双方が神に委ね、主イエスから目を離さずに歩んでいくならば、私たちの弱さや失敗をも用いてくださり、私たちの思いや力を超えて神のご計画が成就されていくことを忘れてはなりません。今朝はもう一度そのことを深く心に刻みたいと思います。

キプロス.png

イエス・キリストが昇天されて後、パウロとバルナバが伝道旅行で行ったキプロス島には、バルナバの墓の上に建てられたと言われる小さな美しい教会堂があるそうです。現在は人口の8割近くがキリスト教徒(ギリシャ正教)だということです。

折しも先週から次女の伴侶がミッション(出張)でキプロスに行っており、政府関係者とミーティングを重ねています。今回の派遣先を知った時、シリアやトルコがすぐ近くにある中東なので心配しましたが治安は比較的良好と聞き安心しました。

ウィキペディアによれば「キプロスは、中東やイスラム諸国とも友好関係にありテロの可能性が極めて低い稀有な国である。現在、ロンドンでテロが多発する中、多くの企業がキプロスに拠点を移している」とのことです。

IMG_8048.jpg婿からの無事到着の知らせには「建物や道路が美しい」とありました。キプロスは2000年前にパウロとバルナバが踏んだ地です。娘婿の無事と良き働きを祈ります。

附記:今日のユキ。

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昨日のユキ。

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9月3日のユキ。
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posted by 優子 at 13:28| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

秋のスケッチ

IMG_7962.jpgここに白い虫が2匹いる。まさかウジ虫ではないだろうと思ったが、気持ち悪いので落とそうとしたらピョンとすばやく飛んだ。

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バッタの幼虫のようだ。
今ごろ生まれてきたけれど冬はどうするのだろう。



次はオシロイバナいろいろ。
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ヒガンバナのつぼみ
10月には棚田のヒガンバナも燃えるように咲くことだろう。

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posted by 優子 at 20:20| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

JCP創立65周年記念感謝の集い B ―「書くこと、話すこと、伝えること」−

花.jpg講師としてお迎えした船本弘毅師(83歳)のご尊父・船本坂男牧師は日本キリスト教団・大阪城北教会で40年間牧会された方で、JCPにおいては「東の満江、西の船本」と言われた方である。

私も1989年秋に大阪城北教会(吹田市)でJCPの集まりがあった時にお目にかかったことがある。その時は既に引退されて名誉牧師になっておられた。

満江牧師時代に毎年発行された400字の『証し新書』は「あいうえお」順に掲載されるので、いつも私の次に船本牧師のお名前があった。

以下は65周年の記念講演「書くこと、話すこと、伝えること」の聞き書きによる記録である。

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啄木にとってふるさとは懐かしい所だけではなかったが、「ふるさと」を詠ったうたを多く残している。

「汽車の窓 はるかに北に ふるさとの 山見え来れば 襟を正すも」

ふるさとは生まれ育った地、帰って行く地という外面的なものだけではなく、「心のふるさと」や「魂のふるさと」などと思える地でもある。

今年は病床についていたので行くことができなかったが、13年前から私の生まれ故郷・伊豆の下田教会へ毎年一回手弁当で牧会に行っている。「来年また来ます」と言うと、「来年もお会いできればいいのですがね」と何人か仰る。

そういう年なんです、我々は。
それは一期一会の会であり、まさにJCPの感謝会も一期一会の会である。

ブーバー.png20世紀の最大の思想家の一人であるマルティン・ブーバー(1878〜1965。87歳でエルサレムで没)は、著書『出会い −自伝的短編−』の「問いと答え」で次のようなことを書いている。

第一次大戦前夜(1914年5月)、友人の老牧師ヘヒラーを駅へ見送る道中で問いかけられた。
「愛する友よ、我々は重大な時期に生きています。どうか言ってください。あなたは神を信じますか」。

ブーバーは答えるまでにしばらく時間がかかったが老牧師を安心させるために、「その件については私のことを心配なさる必要は何もない」と言って見送った。

しかし、その同じ道を帰って行くとき立ち止まらざるをえなかった。「私は本当に神を信じているのだろうか」と、正しい言葉を見出すために一歩も踏み出せず長い間立っていた。

証し文章を書き、人に伝える。厳しさがある。私たちも重大な時代に生きている。自分の言葉で、自分が本当に信じていることをいかに書き、いかに伝えるか。これが証し文学に求められていることである。

私たちが神を3人称で言うのではなく、「我と汝」という関係で言われなければ本当に信じていることにならない。「そもそも神なんて」と論議している時は信仰などない。

ブーバーの有名な『我と汝』は、2人称の神は老牧師に問われた時に考え出されたものである。

私は国民学校(6年間)の一期生として入り、その最終学年として卒業し、まさに戦争を経験した人間であり、そのような時代に生きた。

その後新制中学制度になり第一期生として関学(関西〈かんせい〉学院・キリスト教主義教育)に入学した。入学式で矢内正一(まさいち)校長は「この学校には何もない。しかし、君たちがいる。君たちは希望である」と言われた。

国民学校では人間は兵隊になって国のために死ぬためにあると教えられていたから、「あなた方は希望であり、一人ひとりがこの学校を作って行くのだ」と言われたので12歳の子供は驚いた。

この一言が人の歩みを変えた。以来51年間、関学で学び関学で教えてきた。言葉は話すことによって、聞くことによって人を変える。

矢内正一師の告別式で日野原重明さんが弔辞を述べた。日野原さんの恩師だった。
「私の人生の節目とも思える時はいつも幼い時に覚えた聖書の言葉が浮かんだ」と、聖書をもって生きたのが日野原氏の人生だった。

証し文とは聖書の言葉を現代の人に自分の言葉で書くことだと思う。牧師の説教も信仰の証しであり、話す時も書く時も自分は今こう理解しているということを常に心にとめて、聖書の言葉を私の言葉で書き、話すことが証しである。

IMG_7982.jpgまさに今も重大な時代、時期に生きている。わが命も国状も明日どうなるかわからないからこそ、身を削って書いていかねばと思った。
神さまが一人ひとりのペンの力を強めてくださるように
祈ります。(完)

IMG_7990.jpg附記:私は高校2年生の聖書の時間にブーバーの「我と汝」を初めて知った。これがマルティン・ブーバーの『我と汝』の全訳本である。

この本は大学を卒業する1974年の2月に購入したもので、以来常に身近に置いている。1923年に公刊、日本語訳での出版はこれが初めてなのであろうか、創文社から昭和33年に初版発行、これは昭和48年発行の35版の本である。
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posted by 優子 at 10:26| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

JCP創立65周年記念感謝の集い A ―Intermission−

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日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)65周年を迎えるにあたり、かつての会報の中から貴重な記事を見つけたのでここに記録方々ご紹介したい。

これは満江 巌理事長の手になる会報・『香栢』100号(1989年2月発行)を記念して、JCPの前身である「キリスト教文筆家協会 会報 創刊号」から初代会長・村岡花子の一文を転載されたものである。


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そして時を経て、現在のJCP会報である。
これまでの移り変わりを端的に記されている貴重な記事である。

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次のページで9月16日の創立65周年記念感謝の集いで語られた、聖書学者・船本弘毅氏の講演の概要を書き記しておきたい。
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posted by 優子 at 17:32| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

台風が去った飛鳥路へ ―棚田の彼岸花と案山子―

DSC06630.jpg台風明けの今日、夫に誘われてユキと3人で飛鳥(明日香)へドライブに出た。目当ては飛鳥にある棚田の彼岸花と案山子だ。

私は10年以上も前にNさんに連れてきてもらって知っていたが運転できないので道が分からず、40分ほどで石舞台古墳に到着したものの、そこからすぐ近くなのに30分もウロウロして到着した。
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稲が金色に染まるまでもう少し

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案山子は昨夜の暴風雨に耐えたのだろうか

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ユキは「へのへのもへじ」を知らなかった

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稲田を見守るジャンボ案山子「忍者」

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ミニヨンの案山子
「ユキ、ミニヨンってなあに?」

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(Photo by Yuki.)

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初めて見た黄色いヒガンバナ

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(Photo by Yuki.)

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ツクツクホウシの声と蛙やコオロギが飛ぶ初秋の里山

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岡寺の春
飛鳥路に5〜6回は来ているが、
元気なうちにもう一度サイクリングで回りたい。
藤本優子さま
「棚田の案山子と彼岸花」拝見させていただきました。
いいですねえ、棚田の風景。次々と面白い案山子が現れ実に楽しく、
昔の実用的な案山子しか見たことがなかった私には驚きでした。
それに、蛙の写真、あれも面白かった。
子供のころ、ネコじゃらしの穂で蛙つりをしたときのことを思い出し、思わず笑ってしまいました。
それから、最後にあった「岡寺の春」の写真もいいですね。
ほんとに素晴らしく、十分に楽しませていただきました。
ブログ楽しみにしています。 
   
         感謝!(関東のY・Hさま)
22日追記:
IMG_8053.jpg22日の毎日新聞朝刊に明日香の稲渕棚田のヒガンバナが見ごろを迎えたとあった。
私たちが行った3日後にこんなに咲いたなんて驚き!


DSC06657.jpg23・24日には「かかしコンテスト」がある。
「岡寺の春」は、この掲示板の最後に紹介されていた。
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