2018年09月19日

秋の飛鳥(明日香)へ

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昨日の最高気温は30度、今日も強い陽ざしで29.4度まで上がったが蒸し暑さはなかった。昨日急きょNさんに誘われて今年2度目の明日香(飛鳥)へドライブに出かけた。

今朝は義母がディサービスの日だったので大忙しだったが、Nさんも大変。互いに介助疲れを癒すべく、時間が許される日にヒガンバナを目当てに出発した。

春に続いて秋の飛鳥に誘い出してくださったNさん。
明日香村に入ると元気にサイクリングしている中学生、棚田には遠足に来た小学生が列をなして歩いていた。中高年の人たちもたくさんいたが、子どもたちの姿は自然界の美しさをいっそう輝かせていた。

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今年は四季の訪れが早い。
半分はまだ蕾、それでもこんなに鮮やかな秋の色!

昨秋は18日に夫と孫の3人で明日香へ来たが、
あの時よりも見事に咲いていた!
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Nさんに興味深い話をしてもらった。
「昔は米をたくさん収穫できなかったから、ヒガンバナの根をドングリの実のように何度もアクを抜いて食べていたので、畦道にヒガンバナを植えたのよね。古代から人のいる所にはヒガンバナが咲いていた」。

そういえば古代米の田んぼにも案内してもらった。
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稲穂は少し黒っぽく黄金色ではない。
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後ろに見える建物が橘(たちばな)寺だ。

5時間外出して帰宅。
自宅近くの公園にはまだ夏が残っていた。
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夏が往くのはさみしい。
あんなに暑い夏だったけれど・・・

美しいサルスベリの花。
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そして、その近くにはヒガンバナも咲いていた。
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私が知らなさすぎるのだろうけれど、
Nさんは何でもよく知っている。
これは初めて見たお茶の花!!!
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明日香へ行く前に立ち寄ったまほろばキッチンの売り場にあった。
ここで新鮮な野菜や果物を買ってから明日香へ向かった。
Nさん、楽しい一日をありがとう!

posted by 優子 at 22:27| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年09月16日

「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」 安積 力也氏の講演より

IMG_0681.jpg9月9日(日)午後、大田正紀先生が通っておられるで教会で開催されたキリスト教文化講演会(第18回)に出席するために、阪急・王子公園駅近くにある日本キリスト改革派・灘教会を夫婦で訪ねた。灘教会を訪ねるのは今回が初めてである。

講師は安積 力也(あづみ りきや)氏。
演題は「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」。

安積氏は現在73歳。基督教独立学園高等学校 前校長で、恵泉女学園中学高等学校 元校長、日本聾話学校 元校長、敬和学園高等学校 元教頭を歴任され、70歳を機に教育現場から引退された。

案内のチラシにはこのような一言が書いてあった。
「待てない」時代になった。「出来るだけ早く、目に見える成果を!」。この巨大なうねりの中で、私たちは、親も教師も官僚も為政者も、「待つ力」を失ってしまった。

今、この国の子ども達が異様なほど「素直」だ。なぜ「異様」か。それは「”私”のない従順さ」だから。”私”になろうともがく若者の自死率は高止まりのままです。

子どもを『信じて待つ』ことによってしか育たない”大切なもの”がある。東北の小さな全寮制高校から見える「人間教育の事実と真実」をお話しすることで、子育てや教育で苦闘中の方々に、ささやかなエールを送れればと思います。

以下は、2時間20分の講演概要である。
IMG_0683.jpg今、一つの時代の終わり、破局がひたひたと近づいている。そのことは誰もがわかっているのに心の奥にグッと隠して日常を続けている。これが私の、私たちの現実です。

終わりの時代は本物、普遍的なもの、変わらないものしか残らない。人からの借り物や偽物は残らない。それが一つの時代の終わりの特色です。

中学3年の子が言った、「先生、なぜ生きてるの?」 生存の不安、実存の不安。人間は頭の知的理解で現実を生きられるか? 
科学は言葉で知的に教えられるが、生きることに関する真理はどうか。どうしたら人を愛せるのか。どうしたら人を思いやれるのか。勇気を持てるのか。どうしたらこんな大嫌いな自分を愛せるのか! 

私は知識を教えることはできず触媒役しかできないから、私の話は触媒だと思ってほしい。

2006年に改訂された「教育基本法」に残された文言に、「この理想を実現するために、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、」(前文)、「教育は、人格の完成を目指し、」(第1条・教育の目的)とある。

尊厳とは外からは絶対に侵されない何かが宿っているものであり、「私」という固有の人格になる教育を目指す。ところが、教育が政治問題化して固有の尊厳よりも、場合によっては国家の尊厳となる。

岩波国語辞典によれば、「人格」とは人柄(キャラクター)、個人として独立しうる資格とある。即ち、人間である限り人格をもち、固有の「私」となる存在である。

人格概念には、西欧起源のヘレニズムとヘブライズムの2つの流れがある。
@ 「生まれながらの自己の資質を、全的に調和をもって開花させることで、人格は完成する」。(古代ギリシャ・近代ルネサンスの人間観)
A 「人間は、神によって創造され、神の語りかけに応える者として創られた。人間は、神との対話のうちで、人格となる」。(聖書の人間観)

人間は神によって創造された存在というのが日本人にはわからないのだが、創られた者は創ったかたの意図があり、その人にしか果たせない役割がある。創られた者は創ったかた、即ち、神に応答する。

この2つの概念の共通項は:
@ 「人格」それ自体が「目的」。如何なる意味においても「手段」におとしめられてはならない。人間はロボットになってはいけない。

A 「人格」は、他者と出会い、交わることで、初めて目覚め、動き出す。
(参考資料;下村喜八「人格の衰退とその回復」 キリスト教雑誌『共助』2018年第2月号)

対話の相手は「他者」だけではない。内なる私、超越者。

今は自己確立が難しい時代ですが、あなたは今、ご自身の人格を生きていますか?!
私たちは今しか生きられない。今しか私たちは存在していない。この今は誰も経験していない。未来は不確実で予測できない。私はこの私を生きているのか?!

あなたの子ども時代はいつ終わったか。私は何歳のあの時に心理的に変わったのか、自分の心理を時代区分する。

私は誰にも出したことのない自分はいないだろうか。この国の子どもがこれに気づけないと自殺のみ。今、この国の子ども達が異様なほど「素直」だ。なぜ「異様」か。それは「”私”のない従順さ」だから。”私”になろうともがく若者の自死率は高止まりしている。

自己を表出できず、外側の自己を演じ続け、内側の自己を封印してきた時、墓の前にいる。私しか入れない内面の奥、その穴からもっと深い奥を見る。私がもう一人の「私」が生まれた時はいつだったか。親とは違う内面を持っている。

罪意識の奥にあるのは虚無感であり、若者が最も感じているものだ。私は教育現場に立とうと覚悟した時から、校長になった時も人格教育に徹した。生徒が訪ねてきたら(保護者も)、よほどの予定が入っていない限り時間を取って向き合った。

聖書の真理は教えることはできず、生きることによってしかわからない。(苦悩の)余裕のある人に、なぜ神がわかりますか!  
答えは自分で探す。探し方は教えます。

あなたは本当のところ、私自身何を願っている人間ですか?

思春期に入った人間が問いたかったことは、「私は親の操り人形じゃない。それは、お父さん、お母さんの問題でしょ!」 私は自分の「心の闇」(未解決問題)を我が子(生徒)に肩代わりさせていないかという「世代間伝達」の問題。

また、思秋期は、「こんな生き方をしていて、私は満足して死ねるか?」という問題。

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主はあなたの心の願いをかなえられる」。(詩篇37篇4・5節)
「主に委ねる」とは全体重を預けるということ。「願い」とは、心の底の、底の、どん底で願う願いであり、その願いこそ神さまは必ず実現してくださるという約束です。

自分の中に起こってくることを言葉にする。「思想は飛ぶ鳥の如し」で、フッと何かを感じたら言葉にする。
心の中に葛藤があり、存在の欠けがある。それを本当に言えないと他者と出会えない。親の未解決の問題を言語化した時に、我が子と言うスクリーンに投影される。

1995年に乳幼児精神科の看板が挙がった。最近の5万人を対象にした調査では、本気で死のうとした人が4人に1人いる。

独立学園高校では「あなたは、本当のところ何を願っている人間なの?」と問いを課し、約束と自由を課す。監視する目を捨てて生徒を信じ抜く。信じなければ、人は待てない。

ラムネ瓶の中のビー玉のような私。多くの人が、自分で作った分厚いラムネ瓶をいつか割りたいと思っているが、人格が触れ合うような交わりがない。自分の人格の核に触れてくれる交わりを求めていく。

「とりま(とりあえずまあ)」ではなく、本当にまともに向き合ってくれる大人を求めている。「この問題を持っていいんだよ」と言ってくれる大人を求めている。私たちは何となく孤独で、何となく不安なのに、不安や孤独を明確にする他者が居ない。自分を確かにするものの感覚がない。

今の人々は自分の闇と向き合うすべを教えられていない。「闇」とは未解決の問題。この国の子どもたちは、心の闇を見る意味と勇気が教えられておらず、真向ってくれる大人がいないのが最大の悲劇だ。

放蕩息子レンブラント.jpgここで有名なレンブラントの『放蕩息子の帰還』を手にされて語られた。
放蕩を尽くした息子が父の家へ帰って来た。ひとりの他者に身を投げ出して泣く経験。
自力が尽き果たした時になお、誰ひとり例外なくできることが一つ残っている。

「私」の立ち返りどころはどこか。
何によって「私」を確かにするのか。
何が人を「私」にさせるのか。

人は自分が扱われたように人を扱います。これが教育の原理です。親や教師は子どもを信じ、存在をかけて腰を据えて待つ。そのような形で待たれている子は、自分が信じられていることを知っている。

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全身全霊で教育に尽くされた安積先生の話は心を強く打った。生徒の「意思をもった応答の拒否」、その心的情景が印象的だ。

資料に書かれた高1の不登校生の言葉、「結局、人間って”自分を知る量”までしか、人を理解できないんですね」は見事な洞察だ。これは「特に教師に求められる力量」の「自己吟味力」に記されている。他、「自己開示力」と「聴く力・待つ力」が挙げられている。

余談だが、講演で語られた「『人格』は、他者と出会い、交わることで、初めて目覚め、動き出す」の箇所だけ太文字、かつ、下線が引いてあり、今日はここが最も伝えたいところだ」と言われた。

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IMG_2376.jpg(参考資料;下村喜八「人格の衰退とその回復」 キリスト教雑誌『共助』2018年第2月号)紹介されている下村喜八さんは、私たち家族が毎月「ブルンナー読書会」でご指導いただいているかたなので驚いた。


IMG_0691.jpg教会を出ると雨が勢いを増していた。
阪急沿線からJRまで下り、六甲道駅を通り過ぎる時、引っ越したばかりの奈良県から神戸大学まで通っていた次女を想った。懐かしくも雨粒越しに見える景色は寂しさを助長した。

posted by 優子 at 19:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

2学期は台風21号到来で始まる

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夏休みが開け、今日は2学期始業式。この40日間で背丈がまた伸びた。
「ユキ、写真撮らせて! いいやろ? すぐに取って来るから!」
「あした撮ればいいやん」
「明日は台風やから撮られへんから」
この時すでに7時46分。
私は大急ぎでカメラを取りに行き、ユキも家の前まで戻って来てくれた。最高の笑顔ではなかったが記録できてよかった。シャッターを押した瞬間に、ユキはリレーのバトンを受け取ったかのように向きを変えて公園(集団登校集合場所)へ走って行った。

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接近中の台風21号は今年最強クラスで、市の教育委員会は早くも明日9月4日(火)は、警報発令の有無に関係なく終日臨時休業とPTAメールが届いた。大きな被害がでなければいいが。

しかし、企業はそういうわけにはいかず、明日10時からJRが運休するというので早速、社員の帰宅時の足を検討しているようだ。生協配達はどうなるのだろう。無理しないで休んでほしい。休むにもそのあとが大変だろうが、安全第一にと願う。

追記:生協の担当者から今夜8時前に電話あり。明日はいつもより1時間早く、11時過ぎに来宅とのこと。1日に70軒配達されるので午後の50カ所余りははどうするのだろう。聞きたいけれど1分でも余計な時間を取らないように見送ろう。)

今日も真智と電話で話していた。間延びすることなく、まるで梅田(大阪)から電話してきてくれているかのように会話していると、会いたくて会いたくてたまらなくなって、身近に置いてある写真を手に取った。

「今日もありがとう。ママはもう大丈夫。ありがとう、真智」。
今、この手で真智を抱きしめたい。 

15分で切るから電話してと言ったのに、また長時間話してしまったね。アメリカは明日は勤労感謝で休日だと聞いて安心した。早くおやすみ。

          IMG_2212.jpg  IMG_2213.jpg   
            幼い頃の知子と真智子。
左は小学校卒業間近かの知子と3年生のマチ。右は中学3年生の知子と小6のマチ。私にはどちらも昨日のことのよう。真智はアメリカに渡って12年目になる。この時はまさかマチが経済学者になってIMFで働くなんて思いもしなかった。

IMG_2205.jpg私は今の園児や児童のこどもたちが遊ぶ姿を見るたびに、子どもたちの上に黒雲のように覆いかぶさって来る日本の将来を思う。特に原発事故の後始末を思うからだ。

後始末は30年や40年ではすまない。仮にそうであっても、今無邪気に虫や魚を追って遊んでいる子どもたちの中から携わってくれる人が生み出されていくのであり、子々孫々に託すことになる現実に心が痛む。

IMG_2071.jpgそんなことを思いながら小学5年生の2学期が始まった。

今年は季節も速くめぐる。8月29日に義母の花壇のシュウメイギクが咲いた。



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小学校の前にあるのを7月末に気がついた。
posted by 優子 at 18:09| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

一期一会 船本弘毅氏は召天された

8-29.jpg昨年9月16日、東京・御茶ノ水クリスチャン・センターで開催されたJCP創立65周年でお目にかかった船本弘毅(ふなもと・ひろき)さんが、20日に神の御許に帰られたことを先週末に落手した長原武夫さんの資料で知った。


船本弘毅さん.jpgクリスチャン新聞によれば、亡くなられる1か月前の7月18日、JR国分寺駅近くにあるクリスチャン経営者主催による伝道集会「聖書と人生」(第260回)のゲストに招かれて、マタイによる福音書18章9節〜24節より「祈り、祈られる人生」と題して語られた。それが最後のご奉仕だったと思われる。
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以下は『クリスチャン・トゥディ』8月23日の記事より。

IMG_7918.jpg聖書学者として著名な船本弘毅・元東京女子大学学長が20日、召天した。83歳だった。

同大が22日、発表した。前夜式は24日午後7時から、葬儀は25日正午から、日本基督教団阿佐ケ谷教会(東京都杉並区阿佐谷北5ー18ー10)で行われる。胆管がんのため東京都狛江市の自宅で亡くなった。喪主は妻の恵(けい)さん。

1934年静岡県生まれ。関西学院大学大学院神学研究科修了。ユニオン神学大学大学院(米ニューヨーク)、セントアンドリュース大学大学院(英スコットランド)に留学し、博士号(Ph.D.)取得。サムエルラザフォード賞受賞。64年、日本基督教団正教師。関西学院大学教授・宗教総主事、東京女子大学学長、東洋英和女学院院長・大学長を歴任し、関西学院大学名誉教授。この他、日本基督教団高槻教会(大阪府高槻市)の開拓に携わり、同教会を長年にわたって牧会した。

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JCP創立65周年記念講演で語られた「書くこと、話すこと、伝えること」のメッセージは私たちへの遺言となった。
証し文とは聖書の言葉を現代の人に自分の言葉で書くことだと思う。牧師の説教も信仰の証しであり、話す時も書く時も自分は今こう理解しているということを常に心にとめて、聖書の言葉を私の言葉で書き、話すことが証しである。

証し文章を書き、人に伝える。厳しさがある。私たちも重大な時代に生きている。自分の言葉で、自分が本当に信じていることをいかに書き、いかに伝えるか。これが証し文学に求められていることである。

8-28.jpg私にとって船本師とはまさに一期一会の出会いであった。
私も残り少なくなった限りある時間を有益に用いなくてはならないと今一度真剣に思わされた。
posted by 優子 at 18:52| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

5年生の夏休みに −小豆島は心のふるさと−

DSC_0186.jpg8月11日(土)〜13日(月)、知子とユキは小豆島へ渡った。多忙な日々に在って今回も行く直前に探したので同じホテルに連泊できなかった。知子は今年3度目、ユキも2度目の再訪である。

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4月末、花の蕾がつき始めたばかりのオリーブの木は青い実をつけていた。今度は秋の寒霞渓を観たいと今から予約を入れたようだ。

2018.8.11~.jpgここは春に泊まった「天空ホテル 海蘆(かいろ)」。今回は洋室。




夕食は部屋食ではなくバーベキューを所望した。小豆島A.jpg

この日の香川県の気温は34度。新鮮な海鮮がおいしかったそうだが、夜になっても気温が下がらないのでバーベキューは暑くて拷問のようだったと、それもまた良い思い出になったね。

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父なく兄弟もいないユキ。

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この釣り場を初めて10年になるという経営者のおじさんが親切に丁寧に教えてくださった。これは「サビキ釣り」という。

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夏のオリーブビーチ。


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2日目も魚釣りをさせてもらって大喜び!
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底に沈んでいるのはサヨリの幼魚。
この日は7匹も釣ったと嬉しそう。

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ユキはこの時のことを書いたのだ!
夏休みの宿題「少年の主張」に書きかけている。
(今もまだ仕上げていない)

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「小さなメバルを釣った時、針が魚の目あたりに引っかかっていました。そこから赤い血が流れ、針をぬこうとしてもすぐにぬけなくて、ぬけた時にはもう死んでいました。釣ってからにがしてやろうとしたのに殺してしまったのです。海にはなすと魚はういていました」。

小豆島I.jpg字数は原稿用紙3枚以上のところ2枚半しか書けていない。ユキは昆虫と魚のエピソードを取り上げて「儚い生命」について書いているので、人間に視点を広げた。

主張の落としどころは見えているので、25日に図書館へしばし立ち寄って環境問題全般についての本を紹介した。どのように書くのか楽しみだ。

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2泊目は海蘆の2軒隣り・国際ホテル。
ホテルのロビーからエンジェル・ロードは直通だって!
posted by 優子 at 10:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

ブルンナー読書会㉔ −主はわれらの避け所−

IMG_1843.jpgこれは8月18日(土)の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の13回目、説教のタイトルは「主はわれらの避け所」。

出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り(下村さん)。
★この日、ユキは3時からサッカー教室のため、2時20分に中座する。

詩篇90篇1節〜4節:(モーセの祈り)
90:1 主よ、あなたは世々われらのすみかで
いらせられる。
90:2 山がまだ生れず、
あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、
とこしえからとこしえまで、
あなたは神でいらせられる。
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、
「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も
過ぎ去ればきのうのごとく、
夜の間のひと時のようです。

良輔の感想:
「避け所」とはどういう所かわからない。神に語りかけることができないのはなぜか。そうなるためには信仰を養わないとダメなのか。

「神に語りかける助けになるのは特に詩篇がよいでしょう。信仰があっても神に語りかけるのが難しい時もある」said Mr.shimomura.

優子の感想:
ギリシャ語では「時」を「クロノス( 時間)」と「カイロス( 時刻 )」の二つの概念があり、クロノスを直線で表すならば、そこに垂直線を引いて交差するところが「一瞬の時」で、一瞬ひらめいてたちまち消える。それがカイロスという考え方だが、カイロスは人生の意味と目的を考えながら生きている者だけが経験することのできるハプニングの瞬間である。

「神は永遠の現在である」ということを頭で理解するだけではなく実感できたように思う。イエスと出会った者は、生きる意味と目的を与えられてカイロスの日々を生かされて、神と共に永遠の現在を生きているのであり、そのことを忘れてはならないと思った。

下村師のお話しよりメモ:
丸山眞男は「日本の精神風土は超越を知らない」と言い、加藤周一も肯定しているので正しいのだと思う。日本人にとっては何でも神になり、心と心の繋がりがあると考える(アニミズム)。日本人にとって歴史は「なりゆく」ものであり、ヨーロッパ人にとっては「神と共に作っていく」ものである。

日本人は神の前に立つことがないから個人を確立することができない。キリスト教を得たから超越を獲得できるのかと言えばそうはいかないが、神を仰ぐ手立てが与えられている。

米大統領選で勝利したトランプ氏にアンゲラ・メルケル首相は、「民主主義、自由、法の尊重。出自や肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的信条を問わないあらゆる人間の尊厳を否定しない限り、緊密な協力を申し出ます」というメッセージを述べた。安倍首相とは対照的だ。

ルターは二つの絶望を語っている。
@ 神に対する絶望。
  これは神との関わりを断つことだから人間に破滅をもたらす。
A 自分の能力に対する絶望。
  これは救いをもたらす。なぜならば信仰によってのみ赦され義とされる。

ブルンナーはこれらを明解に分けて語っているが、シュナイダーは神に対する絶望を自分も共に苦しむのである。

長い物には巻かれるという事大主義。神の前に立つ個(人格)が確立していないと、権威やドグマに身を委ねて全体主義になる。

★ 避け所とは安息の場所です。神を見出したがゆえに避け所を見出した人間は・・・足下に確固たる土台を持っている・・・。彼はその足を永遠の基盤の上に置いています。

★ 神に呼びかけることのできる人は、・・・いかなる壊滅によっても損なわれない不滅のものを所有しています。真に神に在るかぎり、真にこの永遠の基盤の上に立つかぎり、人間は神に在って安全です

★ 地球もかつて何十億年前、おそらく40億年前にできたものです。しかし神のみは初めをもちません。神は初めをもつあらゆるものに先立って存在しています。

「創世記」第1章の創造物語は、このわれわれの世界に属するすべてのものは神によって創造されたというただ一事を告げてようとしているにすぎません。(ブルンナーは、アダムとイブの話は神話と考える)

★ 神との関係をもつようになること、これが信仰です。そして信仰の最初にして最後の呼吸は祈りです

★あなたが悩みの中にあって祈る時、信仰においてあなた自身を永遠の神のもとにまで引き上げる時には、あなたの悩みに何らかの変化が現われます。また、あの幸福の日の中にも何らかの変化が生じます。

あなたの苦痛の夜に、永遠の安息と浄福の光が射し込みます。あなたの幸福の日の中に永遠の厳粛さの光が射し込みます。あなたはもはや、単にあなたの時間に引き渡されているにすぎない存在ではなくなります。

あなたはひそかに神の永遠にあずかります。神の賜物として、我知らず神の永遠にあずかります。その時あなたは、あなたの悩みがいつの日か神の浄福の中で解消されるであろうことを知ります。またその時あなたは、この世の幸福があなたの人生の窮極の目的と意味ではないことを悟ります

★ われわれは、神を知らない人たちが考えているように救いもなくただ死に向かって歩いているのではありません。われわれは「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ11・25)というイエスの言葉を知っています。

われわれにとっては、この時間の世界で生起する出来事の中には、真に恐れるに値するものは存在しないのです。われわれは、この新しい年が何をもたらすかを知りません。しかしそれが何をもたらそうとも、われわれはただ一つのことを知っています。それは、「われわれは死に向かって歩いているのではなく、生命に向かって歩いている」ということです。アーメン!
このあと、知子はトルストイ晩年の著『懺悔』を引用して、3時過ぎから30分間に及ぶ感想を述べた。鋭い感性に驚かされた。

この日はいつもよりも30分遅く4時半に閉会した。
次回は、9月22日(土)、聖書朗読とお祈り(優子)。テキスト箇所は「聖餐の意義」。

附記:これは今朝のサッカー教室より。
   「今日は2点入れた!」と喜びの報告あり。
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posted by 優子 at 15:21| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

みことばの花束D

8-24-1.jpg「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」。(詩篇126篇5・6節)

私たちは、幸せであろうがなかろうが、いのちの種を蒔き続けます。悲しくても辛くても、種を蒔きます。それを怠っているなら、将来に喜びは期待できません。しかし、蒔けば収穫の喜びが待っています。主は私たちの労苦を虚しく終わらせられません。

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「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。彼らは私に勝てなかった」。(詩篇129篇2節)

私たちはキリストによって、圧倒的勝利者です。苦難の中で打ちのめされることがあっても、敗北を認める必要はありません。私たちは病や貧困や悪意に苦しめられていても、主に仕えることはできるし、主の栄光を現すこともできます。それゆえ、主を見上げて、「どんな苦しみも、私に勝てない」と宣言するのです。

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「神の恵みによって、私は今の私になりました. そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました」。(第一コリント15章10節)

以前は教会を迫害していたパウロが、神の恵みで福音伝道者に変えられ、「今の私」になりました。恵みを無駄にしなければ、私たちも「今の私になりました」と言える日が来ます。愚痴らず、恵みへの喜びと感謝で働くなら、その日が早まります。

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「すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです」。(第一コリント15章22節)

アダム以来、人はいのちの源である神から切り離された状態、つまり死の状態で生まれます。それが霊的死です。しかし、キリストを信じた者は神とのつながりを回復します。それが永遠のいのちです。そのつながりを切り離せるものは、何一つありません。それがキリストにある平安です。

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「友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい」。(第一コリント15章33・34節)

世と調子を合わせ、信仰を譲歩させてはなりません。ひとたび譲れば、御言葉を学ぶ、祈る、礼拝するという良き習慣が崩れていきます。自分は大丈夫と思う高慢が落とし穴になります。少なくともひとりは聖霊に満たされた人を友にしましょう。聖霊は私たちの心に働いて、悪い習慣を断ち切ります。

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「最後の敵である死も滅ぼされます」。(第一コリント15章26節)

死ねば全て終わりなら、「明日は死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか」(32)となります。しかし、死が滅ぼされるのなら、主を信じる私たちは永遠に生きます。ならば当然、永遠という視点で物事の価値や意味を判断し、行動するでしょう。刹那的な生き方はしないし、一時的なことに人生を懸けることもしません。この視点で、自分の人生を見直しませんか。

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「主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません」。(詩篇131篇1節)

高慢な人は大言壮語したり、無謀なプロジェクトに関わったり、思いつきで事を始めたりします。しかし、謙虚な人は、主の計画かどうか見極め、慎重に参加し、自分の分に応じた活動をします。その結果、主の力によって、自分の能力を越えた働きを成し遂げてしまうのです。

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「愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます」。(第一コリント13章8節)

愛に終わりはありません。報いられずとも愛するのが愛です。途中で終わった愛は、最初から愛ではなかったのです。多くの賜物を受けても年とともに衰え、どんなに知識を蓄えても死とともに消えます。ただ、賜物や知識を用いて愛を表すなら、その価値は愛とともに残ります。

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「聖所に向かってあなたがたの手を上げ、主をほめたたえよ」。(詩篇134篇2節)

主の御前で自分の理屈を説明するだけでは、祈りも賛美にもなりません。主に向かって両手を上げれば、自ずから賛美が始まります。主をほめたたえることから、主の恵みがあふれ出します。心の濁りが消え、喜びが湧き出します。心の中の繰り言は何も生みだしません。心を一新したいなら、まず主に向かって手を上げましょう。

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「まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた」。(詩篇135篇4節)

私たちも生まれる前からキリストにあって選ばれ、主の宝とされています。ひとたび選ばれれば、永遠に主の宝です。自分は主の宝であると自覚していますか。しているなら、どんなに惨めな体験をしても、けっして自分を石ころのように扱いません。主の宝である身分に踏みとどまり続けます。

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「主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで」。(詩篇136篇23節)

過去の悲しみや怒りをわざわざ思い出してはなりません。今の苦しみもやがて過ぎ去ります。将来の不安を先取りして、思い煩うのも止めましょう。むしろ主から受けた憐れみを思い出し、今の恵みを数え、将来の祝福を楽しみにしましょう。未来に受ける恵みをこそ先取りして、今を喜び楽しむのです。

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「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか」。(第一コリント15章55節)

「最後の敵」(26)である死への勝利宣言です。死そのものが滅んだのです。私たちはもはや死の力に支配されていません。ですから、死んだら終わりであるかのような生き方をしません。たとえどんな死に方をしても、永遠に生きるという約束は変わりません。日々の労苦や忍耐、成功にも失敗にも、永遠の意味を見出します。
(キリストの栄光教会より引用)

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posted by 優子 at 16:36| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年08月22日

ワシントンで久々の和装

IMG_0166.jpgママ
電話できてよかった。神様は生きておられる、と思った。ママと一緒に泣いて、そしてまた立ち上がらせてくださる。いつもお祈りしているよ。

先週の水曜日(8月15日)、涼しい日だったので、思い立って着物を着たよ。おばあちゃんの字で「単衣一ッ紋 着物」とありました。夏用の帯と合わせました(博多帯だと思うけど、おばあちゃんに聞きたい)。色々忘れてしまっていて恐かったけど、くまも一緒に思い出して着せてくれて、本当に嬉しかった。2.一つ紋.jpg

この着物も、本当に綺麗だった。他の着物もそうだけど、本当に感動する。おばあちゃんは「単衣」と書いているから、絽ではないのだと思うのだけど、透け感があって、涼やかで、本当に美しい着物でした。

IMG_0495.jpgこの日、遅ればせながら、私のお誕生日のディナーに行きました。6月に着物を着てお誕生日ディナーに行きたいと思っていたんだけど、6月は雨続きだったし、仕事も忙しく感じていたから、先延ばしにしていました。今回実現できて嬉しかった。
着物でのお食事のマナーも勉強して行きました。二人で写したのはレストランの前です。

心が癒えるのを感じた日でした。
ひよどりの写真、楽しみにしているね。
おやすみなさい。
真智子
「真智、ヒヨドリの写真は昨日の日付で先ほど記録したよ」。

IMG_0537.jpgこれは昨日電話をかけてくれたあとに送ってくれたメールで、「心が癒えるのを感じた日でした」とは、8月の初めに次女夫婦とIMFの同期の女性が、突然の病気で召されて悲しみにしずんでいたからだ。

昨日も2時間余りも話を聴いてくれていたのに、次女夫婦は22日(ワシントン時間の明日)まで休暇をとっているのをいいことに、今日も電話してほしいとお願いした。

私たちは1年ほど前からスカイプではなく電話で話すことが多い。電話の掛け方も教えてもらっているのに、よくわからないのでかけてもらわねばならない。そして今日も2時間話していた。9日にも電話してくれている。私の人生の重大な決断を前にして。

真智は9月にミッションを控えているので、より一層体力をつけておかないといけない。

附記:今日は36.6度(大阪は37.6度)の猛暑で、クーラーをかなり低い温度にしていても効きめがないほど暑かった。
今日は夫が半日休みをとり、真智との電話のあと医者に連れて行ってくれた。2時間近くも待たされたので帰宅したのは12時半になっていた。夫は高速を飛ばして1時に会社に到着した。

IMG_1888.jpgこれはヒヨドリだが、エリヤを養った烏のよう。
真智、ありがとう。
あの方、この方、ありがとう。

17:2 主の言葉がエリヤに臨んだ、
17:3 「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。
17:4 そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
17:5 エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
17:6 すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。
                 (列王記上17章2節〜6節)
posted by 優子 at 22:12| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

3度もやってきたヒヨドリの雛 

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お盆明けから猛烈な暑さは和らぎ、夜は窓を閉めてもタオルケットでは肌寒いほどになったのに、昨日から暑さがぶり返し、今日は35度の猛暑だった。
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自然に生えたユリも今が見頃。ここにチャッピーがいないのにも慣れた。

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美しい夏の朝、ユキがヒヨドリの雛を見つけた。

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ベランダの真正面(裏のお宅)の木に止まっていた。
最初は窓越しに撮っていたがベランダから直接写すことができた。

ユキが動画(20秒)も撮ったのでユウチューブにUPした。

雛は夕方にもやってきた。
声がする方を見ると、ベランダのトマトの近くにいた。

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ひな鳥は警戒心が少ないので窓を開けて撮ることができた。

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親鳥.jpg近くから親鳥が鋭い視線を向け、大きな鳴き声で子どもを呼んでいる。まもなく雛鳥は親鳥の方へ飛んで行った。

この時、夕方の5時半過ぎ。と、その時、広報誌を配布するのを忘れていたのを思い出して、大急ぎで集会所へ取りに行った。


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このあとも続編がある。広報紙を配布した時は既に5時45分を過ぎていたが、青い空に浮かぶ白い月があまりにも美しかったので写真を撮りに2階へ上がると、ベランダの右の方で「ピー、ピー」と鳥の声がした。またあの雛だった!

     IMG_1941.jpg  IMG_1942.jpg

雛は高い塀を前にして跳び上がれないのだろう。ユキが助けようとソッと捕まえようとするのだが、雛鳥といえども足の爪は釣り針のように鋭くて、鋭いくちばしで噛みついてきた。雛の声を聞いた2羽の親鳥がすぐそばを飛び交うので怖かった。

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そこでユキは虫捕り網で捕獲することにした。
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まもなく隣(義母宅)の屋根にいた親鳥に向かって飛び立ち、
親子一緒に飛んで行った。
朝から夕刻まで今日はヒヨドリの雛との一日だった。

附記:夏休み中のユキは今回の自治会班長の広報配りを1人でやろうとしてくれたのだが、今月12日に富田林署から逃亡した犯人が、この辺りで見かけたという情報があったからと、19日(日)に警察官が一軒ずつ回って来られた。

大阪府松原市は県境を越えればすぐ近く、奈良県に入っているかもしれないと、警官は家族の調書まで詳しく取ってワシントンにいる次女の勤務先まで聞かれ、万が一事故や事件に巻き込まれた時のためにと肉親の連絡先まで聞かれた。

というわけで明るいうちでもユキ一人では心配で、夜に回るのも怖いのでユキを先頭に広報誌を班のお宅に配布した。
posted by 優子 at 23:45| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

神を知る者の安心感 −星野富弘さんのメッセージ− 

今日は一つ
悲しいことがあった
今日もまた一つ
うれしいことがあった

笑ったり泣いたり
望んだり あきらめたり
にくんだり 愛したり

そしてこれらの一つ一つを
柔らかく包んでくれた
数え切れないほど沢山の
平凡なことがあった

笑ったり、泣いたり、望んだり、あきらめたりということは、ずっとそういうことがなくなるということではない。そういうことは私は信仰を持つ前も、持った後も、それほど変わらないと思います。

ただ幸いなことに体が動かないということで、人を殴ったり、そういうことは出来なくなりましたが、気持の面では、時には殴りたいような時もあります。おそらく動いていたら、手を振り上げていただろうなあという時もあります。

でもそういった色々揺れ動く、時には神様を疑って見るような、そんな気持になる時もあります。でもそれも何か神様がニコッと笑いながら見ていて下さるような、そんな安心感があるんですね。

それで今の詩で最後に「平凡なことがあった」と書いていますが、やはり私は神様を受け入れたというところで、何というか平凡なことを発見したということと、何かとても繋がるんですね。

私は平凡になる、なったもの、それは長い間、人間の生活、人間が工夫したり、したものが、時間をかけて角が取れて、誰でも受け入れられる。何とも思わなく、受け入れられるようになったもの、そういうものの極致の姿ではないかなあと思っています

IMG_1811.jpgそれは人間だけではなくて、この自然の風景、それから私がごく普通のそこらにある花をたくさん描いているんですが、そういうものに目を向けられるようになったというのも、つい見過ごし勝ちな平凡な普通の花を、花もよく見て見ると、凄く精気に出来ていて細かいところまで綺麗に神様の手が行き届いているなあというふうに感じるんですね。

あおむけに寝たままで
次から次へと人の悪くちをいった
右眼の隅で桃の花が
笑いながら咲いていた

美しい花をいつも描いていますけど、何と言いますかね、美しいものだけに目がいかないんですね。やはり神様に生かされているという、その生活というか、いつも神様が見ていて下さるという、そういうことを知っていますから、自分がどんなに罪深いというか、醜い心を持った人間であるかというのは、みんな見られているわけです

もちろんやることは人に見られる、人が感じているところは、何かいい生活というか、とても清い生活をしているんじゃないかというような、それは人にはそういうところを見せますが、でもやはり見えない部分というか、心の中まで覗かれた時には、決してそれは人に見せられるというか、誇れるような生活はしていません。

ですから美しい花を見た時にも、その花の根っ子のほうですね。それもどうしても見つめないわけにはいきません。

IMG_1664.jpg美しい花を持っている、その同じ茎にいつも土に隠れた、そしてそこから生えている枝や葉っぱは必ずいつも花のようには美しくないんです。
虫が食ったり、枯れていたり、萎れていたり、どうしてもそういう虫の食った部分まで目がいってしまうというのは、やはり花を描きながら、自分自身を描いているような、描きたいと思う、そういう部分に自分自身を、何というか、描きたい。

そんな思いで虫の食ったところとか、枯れた葉っぱとか、描かざるを得ないんですね。描きたいというよりも、描かざるを得ません。ですからこれは一枚の小さな紙に描かれた絵ですが、花を描いた花と詩に、いつも自分自身を描いているような気持ちです


IMG_1813.jpgキリストが私の苦しみと絶望を負ってくださっているとの信仰の深まりを認識するようになります。これは人間関係でも、「あなたの苦しみを知っているよ」という、シェア(share:分かち合う)するだけで人間は楽になるものです。それにも共通するわけですけど。

posted by 優子 at 19:27| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

知子とユキ再び小豆島へ −瀬戸内海は国定公園第1号−

ゴールデンウィークに3人で行った小豆島へ、再び知子とユキが2泊3日の旅に出た。私は体調が回復した今でも、この暑さではとても耐えられなかったと思うので行かなくてよかった。

瀬戸内海は昭和9年に国立公園指定第1号に指定されたという。先月7月10日のBSプレミアムで2002年に初回放送された「生命(いのち)の海 瀬戸内海」を観て感激した。

4-29-25.jpg干潮になった時に姿を現すこのような地形も、瀬戸内海の激しい干満の差で生み出されるという。
心臓の働きのように、6時間ごとに反転して時速20キロメートルで流れ続ける激しい潮流だ。そして大きな満潮になって一瞬の「潮どまり」が起こり、引き潮で広大な砂の浅瀬を作り続ける。

この大きな潮の満ち引きで岩盤を削って砂を作り続ける「海ずな」は、1年間で数ミリしかできない。その海砂をセメントに混ぜるために膨大な量を取り続けたために20世紀末に自然界は破壊された。
2000年になってから採砂しなくなったので、2018年現在は傷ついた海の中も少し回復し再生していると思う。

最も感銘を受けたのは、海の中にも季節があることだ。春には藻の花が咲いて子孫を残す。切れた「流れ藻」もイシダイを育む場として活用され、自然界は何一つ無駄なものはなく、自然界はいかに緻密で厳格に秩序だっていることか!

立松和平氏の語り口が懐かしく、生と死を考え続けた立松氏の感性の鋭さにしみじみと感銘を受けた。2010年に63歳で亡くなられた和平氏を偲ばせた。

「魚たちは卵から孵化すると同時に生きるための努力が始まる。生まれていくことの恍惚と不安」。そして群れる小魚たちを「生きてあることが楽しくて楽しくてしょうがないように踊る」など、これらの表現も生きる厳しさと喜びを知る立松氏ならではの表現と心を打った。

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昨夜9時ごろ、ユキと知子は元気に帰宅した。
posted by 優子 at 10:23| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月11日

楽しかった2018年のラジオ体操

8-5-4.jpg「藤本君は最初から最後まで前でやってくれた!」とN会長さん。役員の方々も声をそろえて「ひとりだけやね」と絶賛してくださり、ご褒美に今朝は2倍のお菓子をいただいた。

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8-5-2.jpg初日、私は緊張して前夜眠りにくくて4時間の睡眠で出陣。2日目は血圧が高めだったこともあり休もうかと思うほどしんどくて、太ももの後ろも筋肉痛。3日目もしんどくて、4日目頃までは「今で3分の一、あと何日」と毎朝数えていた。


しかし、5日目になると体力がついてきたのがわかるほどになって俄然やる気になった。89歳の女性も、3日目頃から日に日に足に力が入っていくのがわかった。83歳の女性は杖をついておられるのに、ご自身でできる形で体操を完遂され深い感動を覚えた。

毎朝、地域の方々と笑顔で挨拶を交わす気持ちよさ。私の満創痍の心が生き返っていくようで、後半はあっという間に過ぎてしまった。

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これは8月5日(日)、この日だけ夫も参加した。この日の参加者はやや少なめだったが、平均80名ほど数えたと思う(8月21日追記:延べ人数は755名)
毎朝役員さんたちのご苦労を思って感謝が溢れた。毎回参加者に配るポテトチップやグミ、クッキー、エビセン、ジュースなど品を変えて用意しなければならないからだ。最終日はお菓子とジュースを配ってくださった。

8-8-3.jpgラジオ体操に先立って7月31日から3日間、子育て支援としてサマースクール(小学生の学習会)を9時から12時まで開いてくださっている。

当自治会には教職を引退された方がたくさんおられ、例えば私がお仕えしたK会長さんも、現会長さんもそうだ。ユキは1年生の時から喜んで参加しているが、5年生になると2名だけだった。途中でスイカやジュースなどのおやつタイムもある。

今夏は8月31日からと思っていた私のミスで、30日朝に世話役さんからお電話をいただいて30分遅れで参加した。この時ユキは珍しく運筆の音さわやかに読書感想文に集中していた時だった。

2日目は書道の達人による指導だったが残念ながら断念した。というのは、この日は水泳教室に行っていない5・6年生を対象に、25メートル水泳をマスターしたい人への呼びかけだったからだ。

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今年のサマースクールでは「実験したよ!」と帰宅するなり話してくれた。参加者全員が一人ずつ実験したそうだ。
私も何か得意の分野があればユキに賜っている良きものを引き出してやれるのにと、しみじみ保護者の在り方を考えさせられた。

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今夏のラジオ体操は、ユキと私にとって2018年夏の思い出になった。
このあとも続けようと決心したのに今朝はテレビ体操をしなかった。
しかし、絶対継続するぞー!

そして今朝、ユキはママと二人で2泊3日で再び小豆島へ向かった。私も誘われていたが、今回はもう一度夫と向き合おうと自宅にとどまった。
ユキが「おばあちゃんと離れるのさみしい」と言って離れなかった。あんなに毎日怒られているのに、ユキは「おばあちゃん大好き」と言ってくれる。「おじいちゃんにもさみしいって言うたげて」と耳打ちしたのに、「なんて言うんやった?」と本人の前で聞いてくるので、私が「おじいちゃんもおばあちゃんとの時間を大切にしいや」と言うと、「そのとおりでーす!」とユキ。

ユキを抱きしめて短く祈った。
何度も何度も振り返って手を振るユキ。ようやく曲がり角で見えなくなってよかったと思ったら、空き地の階段を上ってきて、パーキングのところまでやってきた。私は柵越しにユキの手を握った。「楽しんでくるね」「思いっきりエンジョイしてくるのよ! ユキ、早く行って。おばあちゃんもさみしいから」

今はもう小豆島についているだろう。ママと楽しい時を過ごしておいで。お土産話を楽しみに待っています。

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IMG_0420.jpg廊下の机で勉強していたとき、親族の人が門を開けたまま出て行ったので9日に早速書いて貼ったのだろう。門の表面と裏面に貼ってあった。10日朝のラジオ体操に行くときに見つけた。
開けたままだと物騒だし、チャッピーがいたときは出ていかないかと気が気ではなかったから、ユキの問題解決能力に感動し教えられて、言葉にはならない気持ちになって涙が滲んできた。

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posted by 優子 at 15:30| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月07日

「今の日を大切にしてほしいと願って」

IMG_1665.jpg8月4日(土)、信仰の友・長原さんが出展されているフジフィルム主催の「50000人の写真展」に出かけた。場所は大阪駅グランフロントの地階。
私たちは次女夫婦の帰国中と重ならなかった昨年に続いてグランフロントへ行くのは2回目だ。昨年も8月4日に出会い、その時の写真(左上)を応募作品として展示してくださった。

タイトルを「二人の世界」として、このようなメッセージを込めてくださり、胸が熱くなった。
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こんな写真も撮ってくださっていた。
冒頭の写真と共に今日落手したものである。常に手早く仕事を片付けていかれる誠実さと熱心さは真似できない。
感謝!

このほかに「懐かしいあの頃」部門に、天に帰られたご伴侶の写真を毎年出品しておられる。
IMG_0364.jpgユキはリュックを覗き込んでゲームをしていた。歩きながらやっていたこともあり「歩きスマホ」ならぬ「歩きゲームマン」だった。

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   長原さんは今秋84歳になられる。IMG_1670.jpg

長原さんのカメラでも
撮られているよ!

今年は土曜日なので1人で行くつもりだったが、知子は神戸で講習会があり私たちと同じ電車で外出。夫もお昼頃から外出(御所市へ)するので長時間独りにはできず一緒に来たが、私はやっぱり血圧が高く体調に自信がなかったのでユキが一緒で心強かった。

今年は昼食の後、早々に別れた。長原さんはこのあと長浜の夏祭りを取材された。長浜はもとより、彦根、大津など滋賀県の文化への視線は熱い。

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この日も異常な暑さ(37.1度)だったが、数日前に思いついてどうしても訪ねたくなって昔懐かしい鰻屋に向かった。

IMG_0367.jpg梅田から阪神電車で二駅目、野田で下車して新橋筋商店街へ入ってすぐのところ。ここは持ち帰り専門の有名な店だ。
私は特に鰻が好物というわけではないが、母が利用していた店でここから二駅先の我が町でもよく知られている店だ。私たちも東大阪に住んでいた時は実家へ行く前に何度か立ち寄り、また、夫が営業でこの辺りを通る時はしばし路上駐車して買ってきてもらったことがあった。

母の晩年から買うこともなく、当地へ引っ越してからは思い出すこともなかったので25年ぶりだった。店はまだあるのかどうかさえわからなかったが、とにかく行きたかった。少しでも両親に関わる地を訪ねたかった。

鰻屋はあった!
店主の顔を見た瞬間に「昔のままや」と驚き、私が記憶していたことにも驚いた。とはいえ、この場所以外で会っても思い出せなかったであろう。

鰻の大きさと数を言うのは覚えていたが、「タレは?」と聞かれてもなかなか思い出せなかった。タレは一尾に一つつくが、もっと欲しければ、その倍の容量のを買うことになっていることを忘れていた。殆どの人が追加購入するがかつて同様に買わなかった。ついている分だけで十分で、4人分のうな丼にも1本で十分だった。

「ユキ、これが本当の鰻やよ。おあがり!!!」
「そしたら今まで食べてたのは嘘の鰻やったん?」

私たちは常に生協で購入する冷凍の鰻なのでそのように言ってしまったが、勿論今まで食べていたのも本物の鰻だが、やっぱり最高においしかった! ユキも「いつものと全然違う!」と、あっという間に平らげた。

私は店名を「川繁(かわしげ)」ということさえ知らなかった「野田の鰻屋」。大2匹、5340円だった。店の写真を撮ったのにミスして削除してしまったが、ここに詳しい記事がある。

新橋商店街を出た所、右端に阪神電車の各停電車が見える。
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このすぐ近くの松下幸之助の起業の地も訪ねたかったのに
すっかり忘れて帰路に。
地下鉄・千日前線で上六(上本町6丁目)へ。

野田阪神は母の通院介助で住友病院へ通っていた時に何度も通った道。そして1995年のお盆前、すぐに入院と告げられて母の寝間着(前開き)を野田阪神で買い求めた。歯を食いしばって泣くのを我慢して走り回った所だ。

IMG_1664.jpg今朝、兄から両親の墓参の日取りについて電話があった。いつものように私の健康を心配してくれ、わが家の情況や両親を偲んで30〜40分話していた。今夏の墓参は兄と二人だけで行こうかとも思っている。
時は今、兄に読んでもらいたいものを準備したい。

IMG_0402.jpg明日は父が亡くなった日。
もう18年も前のこと、生きていたら93歳。
懐かしい父と母に早く会いたい。


posted by 優子 at 17:26| 父母を想う | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

みことばの花束C

「苦しみに会ったことは、私にとって幸せでした。私はそれであなたの掟を学びました」。(詩篇119篇71節)

いま恵まれた環境にいるなら、その良い条件を最大限に生かすべきです。怠惰に過ごせば、最良の時はすぐに過ぎ去ります。いま逆境にいるなら、新たな信仰の世界を開くべき時です。苦境から安易に逃げず、主に信頼するなら、苦しみが祝福を残します。いずれの場合も、主は幸いを用意されています。

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「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」。(詩篇119篇105節)

恐れは心を闇で閉ざします。闇で将来が見えなくなっても、不安に動かされてはなりません。不安で動けば道を踏み外します。主が「今日の一歩」を照らし出してくださいます。その一歩を確実に踏み出せばいいのです。そうすれば、「明日の三歩」「明後日の五歩」が照らされます。主の教えにとどまれば、迷い出ることはありません。

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「私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません」。(詩篇119篇176節)

迷い出た羊が助かる方法は、野獣の餌食となる前に、羊飼いに見つけてもらうことです。そのためには、鳴いて居場所を知らせなければなりません。羊は近眼で遠くが見えず、自力で助かろうとすれば、かえって迷い込むだけです。主に向かって叫び続けるほかないのです。

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「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」。(第一コリント13章13節)

あなたから、能力や健康や地位や家族や財産が取り去られたら、何が残りますか。もし怒り、絶望、憎しみしか残らないとしたら、悲しいことです。でも、クリスチャンには、信仰と希望と愛が残ります。すべてを失くしても、愛はあなたを建て直します。それゆえ主は言われます。「この愛にとどまりなさい」。

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「私たちは仕掛けられた罠から鳥のように助け出された。罠は破られ、私たちは助け出された。私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある」。(詩篇124篇7・8節)

「主が私たちの味方でなかったなら」(1節)、罠にはまり、悪の餌食になっていたでしょう。世の罠に捕らまったときジタバタすれば、かえって雁字がらめになります。主が味方であると確信し、落ち着きを取り戻しましょう。主の助けの手が見えてきます。

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「主よ。善良な人々や心の直ぐな人々に、慈しみを施してください」。(詩篇125篇4節)

罪の力が支配する世にあっては、善行や正直が報われない理不尽なことが起こります。だからこそ、主の慈しみが施されるように祈るのです。不正や自己中心が、社会を崩壊の危機に陥れています。私たちは、善良と正直な生き方が祝福と平和をもたらすことを証明し、危機にある社会を修復します。それが私たちの務めです。

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「兄弟たち。物の考え方において子どもであってはなりません。悪事においては幼子でありなさい。しかし考え方においてはおとなになりなさい」。(第一コリント14章20節)

自己中心や自己顕示は子供の特徴です。ただ、幼児は「赤信号」(悪事)を渡りません。大人のクリスチャンなら、いつも堂々と「青信号」(正しい道)を渡ります。また、何が人を生かし、どうすれば社会の祝福になるかを、主の愛を基準にして考えます。

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「ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行いなさい」。(第一コリント1章40節)

自我さえ出なければ、自ずから秩序は整っていきます。しかし、私たちには人を自分と同じようにさせたい、人を支配したいという思いがあります。この支配欲を封じ、へりくだることさえできれば、たいていの人とは平和に暮らせるのです。支配欲の強い人に対しても、「自分に関する限り」(ローマ12:18)、へりくだりを戦略にしましょう。

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「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。・・あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。主はその愛する者には、眠っている間に、このように備えてくださる」。(詩篇127篇1・2節)

主が喜ばれないことに時間と労力を注いでも、無意味です。主が良しとされることに、心と力を集中するなら、主があなたの力量以上のことを成し遂げてくださいます。

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「幸いなことよ。すべて主を恐れ、主の道を歩む者は。あなたは、自分の手の勤労の実を食べるとき、幸福で、幸せであろう」。(詩篇128篇1・2節)

主の道を歩む人は、苦難の中にも喜びを予感しています。たとえ道を踏み外しても、そのつど悔い改め、主の道に復帰して歩み続けます。そうして歩み通した達成感は格別です。その時いただく「勤労の実」を味わったら、主を畏れることが、この上ない喜びとなります。
(以上、キリストの栄光教会より)

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2018年08月03日

みんなの前でラジオ体操! −5年生の夏休み−

IMG_0337.jpg夏期は降圧剤を服用せずに正常値を維持できることが間々あるのだが、今季は長年の心労から血圧が(160)に跳ね上がって下がらず、医師はその原因を探るべく多方面の検査を施されたが、幸い臓器に異常はなく変薬して1ヶ月間様子を見ることになった。

今週は薬のおかげで高めの数値で安定してきているが、時に(100)を下回ってふらつき、しんどさを感じてふらつくと(150)に跳ね上がっているので調子が良いときは少ない。

そんな日々にあってユキの夏休みも早2週間過ぎ、8月1日から毎年恒例となっている自治会主催の朝のラジオ体操が始まった。ラジオ体操を実施するようになったのは2009年からだ。

IMG_0343.jpgその年私は副会長としてK会長に仕えていた年度で、役所への提出物にラジオ体操の参加延べ人数と共に世代間交流の場にもなっているなど一文を書いてアピールしたことを思い出す。

その文章を喜んでくださったKさんは昨年ご伴侶を亡くされ、ご本人も介護を受けておられるようだとお聞きしたが、私は自分のことにかまけてお訪ねできていないのが心苦しい。

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ラジオ体操が始まって10年目の今年は班長当番とあって参加することを自らに課し、これを機に年齢相応の健康を取り戻したいとの思いがある。
「今ならまだ肉体も精神も信仰も健康に戻す事は出来ます」。(クリスチャン・ドクターOさんより)

そんな今夏、サマースクール(小学生対象に3日間)に出席していたユキとG君の5年生2名に、自治会長さんが「前に出て体操してほしい」と声をかけられた。親に似あわず恥ずかしがり屋のユキだけに、このような機会を喜んでいる。

というので私は第一日目の一昨日朝に写真を撮りたいと思っていたのだが、幼い頃のように私の思いのままにはならない。ユキの意思を尊重しなければならず2日目も撮れていないのだが、昨夜「明日はいいよ」と許可が出た! 

IMG_0341.jpgただし、目立つから広いツバの帽子はかぶらない、小さな帽子もダメで帽子をかぶらないようにとの条件つきだ。 
ユキの手を引いて歩いていたのはつい昨日のことのようなのに、気がつけば小学校高学年。私は幼かった頃のラジオ体操でのユキを見たくて過去ログから写真を集めてみた。

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これは、2009年8月、ユキは2歳になったばかりの頃。この年の4月に37キロに痩せ衰えた知子が療養のためにユキを連れて帰って来た。

2010.8.30.jpg以来毎年参加していたはずだが、2010年の写真はなかった。右写真は同年8月30日、まもなく3歳2か月のユキだ。

こんな時があったのかと感慨深く、茫然と見入ってしまう。夫を。


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次は2011年8月、
4歳になったばかりのユキ。






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そして、2012年8月、5歳になったばかりのユキ。
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2013年の写真もないので、その頃の写真を。
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↑ ユキは6歳、幼稚園年長組。 ↓
この頃初めてチャッピーのリードを持たせた。
チャッピーが本気を出せばチャッピーの方が強い力なので
人が通らないごく短い距離だけだけれど。

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2014年の写真も撮っていなかったようで、
1年生の6月、サッカー教室に入ってすぐの頃、
もうすぐ7歳のユキ!
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次もラジオ体操の写真代わりに。
真智たちもみんなで淡路島へ行くフェリーで。
2015年、ユキは2年生、8歳!
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この頃はまだこんなに可愛かったよ。
これはお手伝いしてくれているところ。
食器を拭いて、背伸びして食器棚へ。
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これは2015年6月、もうすぐ8歳になる頃。
チャッピーはこの年の11月に死んだ。


そして2016年、9歳3年生の夏。
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↑ この年も写真を撮るために参加したのみ。↓
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そして、これは去年2017年、10歳4年生。
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どうしてこんなに写真がないのだろうと思ったら、2015年3月にお風呂場で右肩腱板断裂の大怪我をして、この年の夏はまだ一人でTシャツを脱ぐこともできなかったから体操どころではなかったが、その前年あたりから怠けてユキ独りで行かせていたように思う。

「目の前で撮るのは絶対やめて! 一番後ろの東屋(あずまや)から」と言われていたが、端っこの前方から写した。

これが2018年夏、5年生11歳のユキだ。
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右端の男の子も5年生、真ん中の男の子は4年生。

IMG_0349.jpgIMG_0348.jpgユキの背丈は今、
141センチ。
ユキはこの子たちと
大きくなっていく。
まっすぐ大きくなあれ!
posted by 優子 at 14:17| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

ブルンナー読書会㉓ −この人による以外に救いはない−

7-28-1.jpgこれは7月28日(土)の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の12回目、説教のタイトルは「この人による以外に救いはない」。
出席者:all member.
開会礼拝:内村鑑三の愛唱歌
讃美歌260番「千歳の岩よ」(知子奏楽)、聖書朗読とお祈り(知子)。

使徒行伝4章8節〜12節:
4:8 その時、ペテロが聖霊に満たされて言った、「民の役人たち、ならびに長老たちよ、
4:9 わたしたちが、きょう、取調べを受けているのは、病人に対してした良いわざについてであり、この人がどうしていやされたかについてであるなら、
4:10 あなたがたご一同も、またイスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。
4:11 このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
4:12 この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。

知子の発表:
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下村師のお話しよりノートメモ:
近代国家は政治と宗教を分けるようになり、政治では信仰の自由を認めるようになっている。しかし、憲法改正案には信仰の自由に制限が加えられる条項が記載されているので、これから生きていかねばならない若い人たちは要注意だ。日本の民主主義は自分たちで獲得したものではないから弱いところがある。

▼ 「あらゆる宗教をある意味において真理と認め、したがってラマやクリシュナや釈迦と並んでキリストをも救い主、救済者として崇めることのできるあのインドの精神的態度は」、忍耐とは何の関係もない寛容であり、「寛容とは本来、忍耐を意味し」、「むしろそれは、極端に異なった宗教的ないし救いの教義を同時に容認することを要求」する。

▼ しかしながら、あることが単に部分的にではなく、ある程度までではなく、完全に真である場合には、他のものを真として認めることは不可能です。この場合には、まさにあれかこれかの二者択一しか存在しません。

▼ 釈迦やクリシュナやラマは、人間の罪のために死ぬということはなかった。

仏教の中心的なものは、苦悩からの自由だ。イエス・キリストは罪の贖いのためにいのちを捨てた。

▼ 「われわれ人間は、病気、貧困、無常、争い、憎悪、戦争、死といったさまざまな苦悩を経験」し、これらから解放されたいと全ての人が願っているが、これらは中心的、決定的な苦悩ではない。中心的な苦悩は、あなたが神の前に罪があるということこそ苦悩である。

▼ 人間は可能なありとあらゆるものから解放されることを欲するが、この自己の最も内部に関係すること、すなわち罪からだけは救われようとしない。
ここに人間が人を真に人格として理解していないということが表れている。罪とは、他のあらゆる苦悩とは異なり、人格の苦悩、すなわちわれわれに付随した何物かに属する苦悩ではなくわれわれ自身に関する苦悩である。神との関係が正しくない。

現代人は自分の最も中核的なところが蝕まれている。(キリスト教会においても)贖罪抜きのキリスト教になっている。

ブルンナーの「人格」とはキリスト教の根本を言っている。神の語りかけに対して応える。その時はじめて人格となる。神の似姿に創られた人間を、神に応えうる人間にする。

私たちは自分が最も大事だと価値を置いているものの姿をとると言われている。何を信じ、何を大事だと思っているかでその人物の在り方が決まる。

▼ 聖書は「この不幸は、神があなたの罪を赦、ご自身をあなたと結合されることによってのみ除去されうる」と語ります。神が、罪によって離されているあなたをご自身と結合し、あなたと和らがれるということ、これが真の幸福、真の救いです。

和解者であるイエス・キリストを信じる者は、もはや神から離れてはおらず、神と和解した者であり、われわれの魂の最奥にある不幸は取り除かれました。

われわれは再び神に向かって「愛する父よ」と語りかけることが許されます。そして神はわれわれに対し、「わたしの愛する子、永遠にわたしの心にかなう者よ」と語りかけてくださいます。

このことを外してはならず、信仰とは信頼であり人格である。

私の感想:7-28-3.jpg
私は外的状況、生活状況に悩みこんでしまって、いつしか神にある喜びと感謝も失われつつあり、まさにそのことが「自分らしさがなくなっている」という意味だが、そのことは即ち罪の赦しまで手放してしまっているほど混乱していることに気づくことができてよかったと思う。

一休さんの歌に、「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」というがある。これは、仏教では「仏」と呼び、キリスト教は「イエス・キリスト」と、それぞれ呼ぶ名前が違うだけで、人間が求めている "Something Great" は同じという考え方だが、この宗教多元主義はキリスト教を内部から崩壊する危険なものである。

行く道が違うだけではなく求めているものも違っていれば歩き方も違う。彼らの歩き方は修行や修養であり、そもそも人は悔い改めることによってのみ神と出会うことができるのであり、罪が何であるかわからなければ、悔い改めることはできない。

森有正は、経験で最後に残るのは罪であり、罪の解決をしないでは死ぬことはできないと言っているが、日本人は罪の解決もしないでよく死んでいけるものだと思う。

悔い改めへの道は一つだけで主イエスの道以外に山頂に辿りつくことはできない真理には排他性があるのは当然のことであり、『使徒信条講解説教』の「いかにして聖霊を受けるか」で学んだことをもう一度深く感じることができた。

即ち、「悔い改める人のみが扉を見出して扉を開け、道はそこを通って行き、この一本の道以外に山頂をきわめることはできない」ということ。
「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」。(ヨハネ14章6節)
夫もまたびっしり2枚に心にとまったブルンナーの言葉を書き写して感想を述べていた。

次回は、8月18日(土)、司会役・発表当番は下村さん。説教箇所は「主はわれらの避け所」。

附記:下村さんをお見送りする時、お誘いをお受けして知子も同乗し、しばらくカフェで知子の思いに耳を傾けてくださり、再び送り届けてくださった。
posted by 優子 at 16:35| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年07月26日

Nさんの優しさに癒され、ユキと至福の時を楽しむ

7-26-0.jpg昨日の朝、「しんどかったらお医者さんへ連れて行ってあげるよ」と、Nさんが私の体調を心配して電話をくださった。血圧は相変わらずだったが気分は悪くなかった。
「じゃあ、何か買ってきてほしいものはない? 今から買い物に行くから買ってくるよ」。

友の優しさで心身ともに癒されていくようだった。そして懐かしい母を思い出させた。

友は買い物帰りに、「これは『飲む点滴』と言われているから」と冷たい甘酒を買って届けてくださった。ユキの好きなゼリーや栗かのこと共に。

7-26-1.jpg私を支えてくださっているクリスチャンの友や、Nさんの優しさに触れて今朝はかなり楽になっていた。
庭の草木に水をやっていると、ユキもジョウロに水を入れて水をやっていた。

すると「おばあちゃんもジョウロ持って?!」と言うので、「おばあちゃんは写してくれなくていいから」と言うと「水がきれいから水を撮りたい」と言われて恥ずかしかった。

そして、ユキはこう撮った!
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すごい! 
ユキの美のセンスはすごいと思う。

これは私が撮ったユリの蕾。
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「アリが密を運んでいくよ」


「真ん中が光のよう!」
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「バッタはどこにいるでしょう」
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「けっこう大きなバッタや」
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こちらは今夏のベランダ。アサガオは2粒分だけ。
ミニトマトは生協で買った種から植えた。

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いつ植えたのか覚えていないが、これは4月24日。

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これは5月4日。
ベランダで5本の苗を育て、あと3本は小さな植木鉢に。

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↑ 6月10日にはこんなに成長し、
今では2メートルにもなっている。

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そして、完熟!
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今朝がベランダの初収穫で、15粒摘んだ。
この前のと合わせて30個、総収穫数を数えたい。
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ユキは掃除機をかけてくれ、その後リビングルームは図書館になった。ユキは夏休みの宿題に集中し、すっかりエジソンの世界も楽しんでいる。読書って楽しいよね、ページを開くと再び登場人物が動き出す。

そしてしばらく休憩して、歩いてランチに。一か所だけ私たちの穴場がある。西名阪自動車道路の小さなサービスエリアだ。もう何年も前の散歩中に、ユキとおじいさんが発見した所だ。そこで働く人たちが行き来できる所があり、地元の多くの人が知っている。

異常な熱波が続く中、今日も警戒警報が出ていたが曇りがちだったので決行した。私はまだ病み上がりにもなっていないが、冒険できるほど今日は気分がよかった。

しかしついてなかった。ラーメンか冷麺を食べようと中華料理店の「百楽」を目当てに行ったのに、その建物は耐震工事中で閉鎖されていてガッカリ。食券を買って麺類を食べて、柿の葉寿司とバームクーヘンを買って帰宅した。

以下の写真は主にユキが道中で撮ったものだ。

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シオカラトンボ。
「くつろいでるからしばらく止まってる。
止まりたては羽をピンと張っているけれど、
落ち着いてくると羽をおろして、
休憩してるときはこうやって羽を下におろすねん」

こんなところに珍しい蓮の花。
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ユキはこう撮った。
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ここからは帰り道、砂利道を行く。

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栗の赤ちゃん・「緑の太陽みたい」

私が撮るとこうなる。
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この写真を撮った頃から急に体力がなくなり必死で家に向かった。

この写真もすごいね〜。
3メートルはあったよね。
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ヒマワリは大らかに顔を太陽に向けている!

今日は楽しかったね、ユキ。しかも、1〜2年以上ぶりに「おばあちゃんブーム」(おばあちゃん大好きブーム)が来て驚いている。

不思議なことにサービスエリアで私の行動が周囲の人に目立って、ユキはとても恥ずかしい思いをしたにも関わらずである。
自動販売機で食券を買うと自動的に厨房に注文が届くので、席について呼び出しのアナウンスがあるまで待っていればいいのに、そのことを知らない私は食券を買うとカウンターへ直行した。

それが目立ってお客さんたちの目に留まって、食事中も何度か見られたというのだ。そのような周囲の気配に私も鈍感ではないと思っているが、今日は全くわからなかった。体調不良だと感性も鈍麻するのだろう。しかしそんなことぐらいでと思うが、思春期に入った多感なユキには嫌だったのだ。

そう言われてみれば、ユキはひたすら食べていた。無言で必死で食べていた。途中で私は何も聞いてもいないのに「もうお腹いっぱいになった」と言った。しかもラーメンは写真よりもかなり少なくて、写真が丼ばちならば実際はお椀に入っていた感じなのに。

そもそもこんなものでは足りないから、ユキはあとでエビフライサンドイッチを買うと言っていたのに「いらない」と言い、おやつを買ってレジが終るとユキはドアから出ようとしていたし、柿の葉寿司を買った時も「早く帰ろ」と促された。

レジを済ませるとユキが傍にいないので、私は「ユキー!」と大きな声で呼んでもいた。ユキにとっては

にも関わらずユキは不機嫌にならず紳士だった。そのことがすごい!
しかも「おばあちゃんブーム」だなんて、嬉しいな・・・。久しぶりに楽しい一日だった。夏休みは始まったばかり。一日一日大切に過ごしたい。熱波のおかげで遊びに行かないので一緒におられて嬉しい。
posted by 優子 at 22:57| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年07月24日

危険な暑さと人間あれこれ −5年生の夏休み−

7-23-1.jpgユキは5年生の夏休みに入った。今日から3日間午前中に個人懇談会がもたれている。知子は今朝一番(9時〜15分間)に済ませて出社した。
梅雨明けした7月9日から38度前後の命に危険な暑さが続いている。

私の世代だと「涼しいうちに勉強してしまいなさい」と言われたものだが、特に今夏は午前8時頃から就寝するまでリビングのクーラーはつけたままだから、「遊ぶんだったら朝に遊んでから勉強しなさい」と言うのであるが、午前7時台に30度になってしまうので公園には猫の子一匹いない。

7-24-2.jpg私は熱中症ではないが心身がすぐれず、ついに先週半ばから体調を崩してずっと寝込んでいた。

例年ならば暑い2ヶ月ほどは降圧剤を飲まずに過ごすことが多いのに、この暑さにも関わらず朝から血圧が(160)もあり、降圧剤の服用を2倍にしても下がらず土曜日に受診した。

医師は原因を探るべく胸部x線や心電図、また、見慣れない多項目の検査のため4本採血した。「血圧を下げたり、狭心症を改善する」薬を2週間分処方され、翌朝は頭痛は治まったものの、血圧は大きく変動する。血液検査結果を待って28日に再診する。

原因は家庭の心労に加えて、9ヶ月前から義母の世話が日に日に加わる負担感の重圧だと思う。

特に2年前の夏から窓も開けず、日がな一日クーラーもつけないので7回8回と見守りにいかねばならない。クーラーをつけてもすぐに止め、特に昨夏は頻繁にソファーの肘に上ってコンセントを抜くので転落しないかと気が気でない。

30歳ちかくも若い私が、3年前の3月に風呂場の掃除中に落ちて右肩腱板を断裂してしまったから、私は離れる時にクーラーをつけることはしない。どうせすぐに消してしまうのであるから。

「健診でもどこも悪い所はなく本当に元気だから、しんどい時はほっといてくれていいから」と、義妹は何度も明朗に言うが、傍にいる者はそういう気にはなれないし、「それが普通の人」と言ったNさんの言葉に深く感動し「そう、それが普通やね」と何度も反芻したことだった。

まるで長い間わからなかった数学が解けたような感じで、この気持ちは一体何だろう。
つまり私が娘の立場ならば、母の世話をしてくれている兄嫁の具合が悪くなれば兄嫁のことを案じるし、そしてそんな母を放っておくことはできないというのも「普通の娘」の気持であるということを確認できたという納得感だった。こんなことに感銘を受けるのは、かなりのストレスで混乱を呈しているのがわかる。

先週のように一日中ウトウト眠ってしまう最悪のしんどさになれば、さすがの私も義母どころではなくなりどうしようもないが、それでさえ一度は訪ねたのであるが。

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こんな状態でユキの5年生の夏休みが始まった。今年は自治会の班長当番のため、昨朝の広報誌配布も私の体を案じてユキが伴ってくれ、夏休み中は1人で配ると言ってくれる。

7月上旬、ユキはこんなことを言っていた。
「今はもうあんまり蝉を捕りたいと思わんようになったわ」と。
しかし昨朝も虫捕り網と虫かご持参でついて来て、早速蝉を捕り始め、配布のやり方を見るどころか蝉に夢中になっていた。 
「毎年クマゼミはこの木に一番いる」とユキが言ったとおり、この時も6匹も止まっていた。

1分間動画

その後、算数と国語の計32ページからなる薄い冊子に取り掛かり、驚くべき名言を吐いた。

「この楽しさを覚えなあかん。
 そしたらなんぼでも(いくらでも)できる」と。

そして今日仕上げた。サッカーのお友だち・Ha君が金曜(終業式の日)と土曜でやり終えたことを聞いたことも刺激になったのだろう。

そして、20分間だけだったが嫌々ながら読書も始め、私が薦めた『エジソン』の伝記を読み始め、2日目の今日は昨日よりも面白みを感じていた。

私は勉強嫌いだった高校時代に愛読していたヒルティの言葉をユキにも伝えた。

金輪際あと回しにしないこと、身体のかげんが悪いとか気が向かぬなどということを、すぐに自分の口実にしないで、毎日一定の、きちんと決めた時間を勉強にささげることである。

君にとっていちばんやさしいところから始めたまえ、ともかく始めたまえ。・・・始めることだけは、気が向かなくとも始めなければならない。

遊び半分の仕事でないかぎり、すべて本当の仕事には、真面目に打ち込めば嫌でもすぐおもしろくなってくるという性質があるものだ。
                       (『幸福論』より)

小学5年生にして「この楽しさを覚えなあかん。そしたらなんぼでもできる」とは、蓋(けだ)し名言である。

子どもだけは伸び伸びと大きくならせてやりたい。心こそ伸び伸びと形成してほしいと祈らずにはいられない。

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7月21日(土) 気温37度

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今年は年頭から異常気象が日常のことになっている。冬は氷点下4〜5度にまで下がる32年ぶりの超厳寒だった。しかし、あんなに寒かったのに春は速く、大阪では3月26日に桜が満開になり昭和32年観測以来最速の早さだった。

関東の梅雨明けもまた観測史上初めての6月29日で、近畿地方も平年より12日も早い7月9日だった。その梅雨末期の西日本の記録的豪雨は今まで経験しない甚大な被害を出し、22日時点で224名もの人が亡くなられている。

この半年の間に、「観測史上初」や「記録的」、また「今まで経験したことのない」という現象が多発している。ホーキング博士は晩年、「人類に残された時間はあと100年」と警告を繰り返していたが、「進化生物学者のJ.ダイヤモンドでさえも、NHKで人類の終焉が近い(2050年頃)と警告」したという。

posted by 優子 at 23:52| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

タイ・タムルアン洞窟から救出された少年の1人は教会育ちだった!

IMG_1484.jpg祈りの友が書いておられる「うめさとチャペルブログ K.Tの日記」7月5日の記事を読んだときは半信半疑だった。

今朝テレビを見ていましたら、少年たちのお友達が励ますためにやって来たところを報道していました。ギターを弾きながら歌っていた歌詞の内容が、「ジーザスがいるから大丈夫、ジーザスとがんばっていこう、ジーザスが助けてくれる」(一字一句は確実に覚えらませんでしたが) のような内容でした。

驚きました。あの中の誰かが教会学校に通っているのでしょうか。賛美をして励ましていました。真っ暗闇のなか、助けがくることを信じてがんばっていたと思います。イエス様が何とかしてくれる。イエス様を信じて耐えていた子もいたのかと思うと、今までも「どんなにつらかっだろう」と涙が出ていたのによけいに涙が出てしまいました。

どんなに困難で辛いときにもイエス様が側にいてくれる、と思えることほど幸いなことはありません。イエス様を知っててよかったね。

この先も救出されるまで、大変なことがいっぱいあると思うけど、イエス様は私たちの足元を照らす灯火、苦しい時にある助け、わたしはあなたを決して捨てない、とおっしゃっています。

イエス様の完璧な救出計画により多くの方の助けを受けて必ず無事にお家に帰れるように祈ってます。

しかし、K.Tさんの予想どおりだった。『クリスチャン・トウディ』7月14日記事の「タイ洞窟の少年ら救出、1人は教会育ちの14歳」に詳しく報道されている。

洞窟脱出!.jpgこの救出でなくてはならない役割を果たしたのが、教会で育てられたアダル・サムオン君(14)だった。息子の無事を祈ってきた両親は、救出の知らせを受け心から神に感謝をささげた。

ミャンマー北東部ワ州で生まれたアダル君は、6歳で教育を受けるためタイに送られた。ワ州は分離独立主義者による暴力が横行しており、地元の武装勢力に少年兵として取られてしまう危険性があるからだ。

米ニューヨーク・タイムズ紙(英語)によると、アダル君の両親は、タイ北部の町メーサイにあったバプテスト教会の牧師夫妻に息子を預け、アダル君はその教会で育てられた。米ワシントン・ポスト紙(英語)によると、アダル君が預けられた教会には、他にも同じような境遇の子どもたちを中心に約20人が住んでいるという。

アダル君が通う学校のパンナウィット・ザプスリ校長は、こうした子どもたちは向上心が強く「闘志」があると話す。
「その中でも最高」だったというアダル君は、語学的な才能に恵まれ、生まれ故郷のワ州の言葉だけでなく、タイ語、ミャンマー語、中国語、英語と5つの言語を話す。洞窟に閉じ込められた少年たちのうち、英語を話せるのはアダル君だけで、彼らを最初に発見した英国人ダイバーとコミュニケーションが取れたのは、アダル君がいたからだった。

また、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(英語)が友人や教師の話として伝えたところによると、アダル君は3種類の楽器を演奏でき、バレーボールからフットサルまでさまざまなスポーツで受賞経験があり、成績もオールAと学校トップだった。

一方、そんなアダル君にも問題がある。それは、ミャンマーから正規の手段でタイに渡ってきたのではないため、タイの国籍がないのだ。これは、今回救出された11〜16歳の少年のうち他の2人も、またコーチのエーカポン・ジャンタウォンさん(25)も同じだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、タイにはこうした無国籍者が約48万人もいるという。

このような子どもたちを含め、世界中のさまざまな境遇の子どもたちを支援しているのが、キリスト教慈善団「コンパッション」だ。アダル君も支援を受けている1人で、同団体はブログ(英語)に、アダル君の両親のコメントを次のように紹介している。

「こんなにも早く、わが息子を見られるよう助けてくださった神様に感謝します。息子が洞窟から救出され、また家に迎えられることを本当にうれしく思います。これは、神様が私たち家族に与えてくださった愛です。神様は大いなる愛の方で、できないことはありません」。

また、コンパッションによると、救出活動に参加したチェンライ県レスキュー学校のスラユト・ペンパダンさん(18)も、同団体から支援を受けてきた1人だ。彼は、少年たちの行方が分からないことを最初に報告した1人であり、救出のために最初に洞窟に入ったチームの1人でもあるという。

コンパッションと協力するチェンライ県内の諸教会では、連日救出活動のために祈祷会を開いた。そのうちの1つであるバーグジョン教会は、タイ国軍に敷地を開放し、食事を提供するなどして、支援活動の拠点としても用いられたという。

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「マルコによる福音書」10章27節:
「イエスは彼らを見つめて言われた、『人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである』」。
どんなことが起こっても「大丈夫、これは神様がなさることです」と、はっきり信じきって行こうではありませんか!

どんなことでもできる、とおっしゃる神様が、今ここに私を、そして、あなたを置いておられる。与えられたこの事の中で、神様は何をしてくださるのか、私たちが期待するべきは神様に望みを持つこと、これ以外にありません。

私たちは「何でもできる」とおっしゃる神様によって、今日もここに生かされている。私たちが明日どうなるか、それも神様の手の中にあることです。このことを信じて感謝しようではありませんか。
posted by 優子 at 23:08| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

みことばの花束B −梅雨明け近し−

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昨夕6時過ぎの二上山・雄岳

natu_mug.gif今週は梅雨明けしたような陽ざしで34度の猛暑の日々だった。そして、例年よりも早く6月25日に蝉の声を聞いた。しかもアブラゼミではなく間違いなくクマゼミだった。それも一匹ではなく何匹も力強く鳴いていたので驚いた。翌日、孫もクマゼミの声を聞いた。

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6-28-9.jpg「これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう」。
  (詩篇118篇24節)

今日は、主があなたに用意された喜びの日です。主は、私たちの心を不安や恐れに支配させず、喜びの予感で満たしてくださいます。たとえ何が待ち受けていても、今日の祝福を楽しもうと心に定めておくなら、すべてのことが益となります。予期せぬことにも、新しい恵みが見つかります。そして一日の終わりを感謝で締めくくれます。

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「幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々」。(詩篇119篇1節)

人は本音で生きなければ疲れます。「古い人」の本音は肉の欲であり、「新しい人」の本音は主の教えです。私たちがまだ「古い人」だった時は、主の教えに従おうとすれば疲れました。しかし、「新しい人」になった今は逆です。主の教えに従うことが喜び、従わなければ心身共に疲れます。そのように変えられたのです。

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「私のたましいは、ちりに打ち伏しています。あなたのみことばのとおりに私を生かしてください」。(詩篇119篇25節)

くずおれた心で主の前にひれ伏すことが、希望の始まりです。打ち伏した瞬間から、喜びが芽生えています。主の憐れみが臨み、主の霊が堅く支え始めます。私たちがそのときどう感じようが、それが主の創り出される現実です。私たちのなすべきことは、その現実を信じ、主を喜ぶことです。

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ねむの木

6-28-5.jpg「これこそ悩みのときの私の慰め。まことに、みことばは私を生かします」。
(詩篇119篇50節)

悩みや悲しみで心が揺れ動いても、感情に人生の主導権を握らせてはなりません。主の言葉以外に解決を求めてはならず、キリストに立たない人に忠告を求めてもなりません。気晴らしで一時的に心が休まったとしても、解決にはなっていません。結局、真の慰めはキリスト、私たちを生かすのは聖書の教えだけなのです。

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「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです」。(第一コリント12章26節)

人間は自己完結するものではなく、互いを「助け手」として必要とします。独りで苦しみ、喜ぶのではなく、共に苦しみ、喜ぶのです。孤立を選べば、多くの知恵と機会を失います。人間は本来、信仰共同体の中で年長者から知恵を学び、支えられ、老人を敬い、成長するのです。

6-28-8.jpg「たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません」。(第一コリント13章2節)

愛は神と人をつなぐ「結びの帯」、「すべてを完成させるきずなです」(コロ3:14新共同)。神とつながっていないなら、人生も知識も努力も業績もすべて無価値です。神への愛を動機とする行いのみが、永遠の価値を持ちます。

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セイヨウニンジンボク(西洋人参木)

「主は私の味方。私は恐れない。人は、私に何ができよう。主は、私を助けてくださる私の味方。私は、私を憎む者をものともしない」。(詩篇118篇6・7節)

主は、打ち砕かれた心で主に近づく者の味方です。主が味方なら、誰をも恐れずにすみます。それゆえ、悪意を持つ人に「刃」を向けてはなりません。かえって心に恐れが生じます。大切なのは、自分が主の側に立っているか問うことです。それが悔い改めです。

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「家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。 これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである」。(詩篇118篇22・23節)

キリストは「捨てられた石」です。その石が、神の国の「礎の石」となりました。私たちは世の只中にあって、主を「礎の石」として人生を築いています。世は移ろい、人の心は変わります。しかし、「捨てられた石」は不動です。私たちの心は動揺しても、そこに立ち続けます。

御言葉のメッセージはキリストの栄光教会より。

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今年も半年が過ぎようとしている。小学校では、はや1学期の個人懇談会の日程調整の案内が届く季節になった。そして今日、関東甲信地方に本州初の梅雨明けが告げられた。
posted by 優子 at 17:33| 随想 | 更新情報をチェックする