2019年07月22日

ブルンナー読書会㉞ ー旧約聖書と新約聖書ー

IMG_1328.jpgテキストはエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳 『フラウミュンスター説教集U』(教文館)の1回目、説教タイトルは「旧約聖書と新約聖書」。
出席者:3名(知子・欠席)
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(スマホより流れる讃美歌に合わせて讃美する)
聖書拝読、祈り:下村さん

ローマ人への手紙1章1節〜3節:
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから―― この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、・・・・

下村師が配布してくださった「メモ」より:(青字斜体部分は下村師のコメント)
7-20-16.jpg(9頁)ユダヤ民族は比類のない民族である。
○イエス・キリストもユダヤ人。
○神に選ばれた民族であるとの自覚を持っていた。
○それが民族に重い苦難をもたらしした。
ユダヤ人は優秀な民族である。研究業績。経済的成功(アメリカでは9割がユダヤ人で、アメリカ経済の中心になっている)。ディアスポラ(寄留の民)となったが滅びなかった。

(10頁)ユダヤ民族がイエスを排斥した理由は、宗教が原因だった。
○ユダヤ人にとって、律法を満たした者が義なる者であった。
○律法を満たしえぬ罪人を義とする福音をイエスが宣べ伝えた時、彼らは腹の底から侮蔑されたと感じた。

(10−11頁)ユダヤ民族の歴史は謎である。
○神の言葉(旧約聖書における神の啓示とイエス・キリストにおける啓示)は歴史的。神は歴史の中で語る。事実を通して語る。それをブルンナーは行為言語と言っている。
○神は今も歴史を造ってゆこうとされる。神の意志を告げ知らせるために、神はユダヤ民族を選んだ。神の意志を行う民族として。

(12頁)なぜイエスの生涯は恐ろしいものになったのか。
約束のメシアであるとの自覚をもたれた。
○同時に苦難の僕であるとの自覚をもたれた。旧約聖書(イザヤ書53章)に預言されていた。

メシア像には二つあり、栄光のメシア(ダビデの再来。国を導き、国を救う栄光のメシア)と、苦難のメシア、苦しむメシア(神)である。ユダヤ人が期待していたのは栄光のメシアだったゆえに排斥された理由にもなる。

(13頁)イエスの人格の中に旧約聖書と新約聖書が結合されている。両方大事。
聖書の神は歴史の主。聖書は神と民と共同の歴史を記したもの。
旧約は、神とユダヤ民族との共同。新約は神とエクレシアとの共同。宗教で歴史的なものであることは、ユダヤ教、キリスト教の特異性であり、他の宗教に類を見ない。
仏教や神道は個人の救いを説くが、世界を救う眼差しはない。あるとすれば繰り返しの歴史である。
○エクレシアとは「神に召された者の群れ」であるが、間違って「教会」と翻訳されてしまったが、聖日だけのものではなく、神の意志は日常生活全般に向けられている

(13頁)新約聖書の主要な言葉も「神の支配」「神の義」。
○イエス・キリストの中に「神の愛から溢れ出る生に他ならない神と人間との関係がうち立てられている」。

聖書における「義」:@権力者や宗教者によって抑圧され虐げられている弱者の保護と解放。社会的道徳的な義。A律法を遵守することによって与えられる、律法に基づく義。B神から恵みとして与えられる義。義認。

私見:神の義とは:神と人との正しい関係。神とキリストとの一つなる交わり(愛と信頼の交わり)の中に加えられること。神と人間の関係が回復されると、人間と人間との関係も正しいものとなる。それはまた、律法が満たされることでもある。

(14−15頁)歴史は、その目標であり同時に成就でもあるイエスにおいて頂点に達する。
○アドベントは「到来」を意味する。同時に、「待望」を意味する。われわれは「義の住む新しい天と新しい地」を待ち望んでいる。キリスト者は楽観主義であるよりもむしろ悲観主義であるが、新しい天と地を、神の新しい行為として、待望している。

○将来、われわれは神の国を嗣ぐことになる。すでに「住民証明書」を与えられている。そこにはイエス・キリストの名前だけが書かれている

私たちの目標。@個人として:キリストと同じ姿に変えられる。完全な意味で神の子とされる。A共同体として:神の国。それが歴史の目標である。歴史の目標をもっている宗教は他に類を見ないのではないであろうか。

旧約聖書はとても人道的である。例えば、申命記14章28節〜15章3節。しかし、外国人を区別しており、ここが旧約聖書の限界である。
三年の終りごとに、その年の産物の十分の一を、ことごとく持ち出して、町の内にたくわえ、あなたがたのうちに分け前がなく、嗣業を持たないレビびと、および町の内におる寄留の他国人と、孤児と、寡婦を呼んで、それを食べさせ、満足させなければならない。そうすれば、あなたの神、主はあなたが手で行うすべての事にあなたを祝福されるであろう。
あなたは七年の終りごとに、ゆるしを行わなければならない。そのゆるしのしかたは次のとおりである。すべてその隣人に貸した貸主はそれをゆるさなければならない。その隣人または兄弟にそれを督促してはならない。主のゆるしが、ふれ示されたからである。 外国人にはそれを督促することができるが、あなたの兄弟に貸した物はゆるさなければならない。

7-21-3.jpg

「われわれはキリストと同じ姿に変えられ、イエス・キリストと共に在ることができる。この希望、確かなる希望ゆえにこそ喜ぶことができる。この希望を与えてくださるのはイエスであり、神の全権においてその目標の実現をわれわれに保証してくれる」。

7-22-6.jpgのことを忘れてはならない。
この希望を与えてくださっているのに、悪に生きる人々に負けてはならない。

次回は、9月28日(土)、担当当番は良輔。

posted by 優子 at 22:40| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年07月20日

「ブルンナー読書会」は神の恵み

7-17-7.jpg今日開催された今月の「ブルンナー読書会」から、テキストは『フラウミュンスター説教集U』(教文館)に入った。学びについては次のページに記録することにし、改めて本の御紹介したい。



7-20-4.jpg


7-20-5.jpg


7-20-6.jpg


7-20-7.jpg
教文館はアマゾンを通して(?)いないので、
ご入用の方は教文館に発注すると手に入ります。

『フラウミュンスター説教集』が刊行された1996年は母が亡くなった年だ。そのころの私は霊の目覚めに至る産みの苦しみの日々であったゆえに感慨深い。特に今回から読み始めた『説教集U』が世に出たのは1996年10月10日で、その15日後に母が召された。

そしてもっと感慨深く思うのは、この書を邦訳された下村喜八さんと2015年8月(第2聖日の礼拝)にお出会いし、不思議な神の御手により2016年4月から我が家で『ブルンナー読書会』を開いてくださることになったことだ。以来、主にある交わりと、直接ご教授を受ける恵みに与っている。

kasa3.gif

7-20-8.jpg下村さんをお迎えする前にユキが撮ってくれたので、私もユキを撮った。ユキは今日から夏休み、小学校最後の夏休みだ。 

7-20-9.jpg


雨でも外へ遊びに行くユキだが、昨日は大いに頑張って夏休みの宿題の4分の一ほど(算数と漢字)をやり終えた!

katatu.gif

今日は無農薬で作られたプチトマトと万願寺とうがらし、そしてヤングコーンを持ってきてくださった。ユキが手にしているのはヤングコーンで、中からコーンを取り出せるようにと皮付きのも入れてくださっていた!

7-20-13.jpg

初めての体験は私も同じ!
あまりにも柔らかいので生のままかじってしまったね。
7-20-14.jpg

すごいね、こんなふうになっているんやね。
7-20-15.jpg
ありがとうございます。

posted by 優子 at 23:06| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年07月14日

万葉時代の衣装再現 山口千代子さんの情熱

IMG_0989.jpg孫が6年生になって工作で縄文土器を作ったり、学んでいる歴史を熱く語ってくれるので私の関心も高まっていただけに、古代服の話を楽しみにしていた。

7-13-7.jpg


どの地も人材の宝庫、私たちの自治会も例外ではない。昨日は著名な服飾家として活躍されている山口千代子さんが万葉の衣装について語ってくださった。
最初に当時の普通の人々の姿を紹介され、太古の人々は動物の骨に穴をあけて糸を通して縫っていたと、私はその瞬間に1400〜1500年前にタイムスリップしたのだと思う。私は時間を忘れて聴き入っていた。

       7-13-5.jpg  7-13-6.jpg

7-13-8.jpgこれが下々の者のエリート中のエリートの仕事着(制服)で、働く時にこの服に着替え、終われば脱いで帰る。家に持ち帰ることは許されず、洗濯する時は3日間の休暇願いを出さねばならなかった。

この服は今のチベット(騎馬民族)の衣装だった。その後、中国へ渡り、日本に伝わってもデザインは変わらずそのままである。
平安時代になってから衣装のデザインが変わり、首周りを広げ、袖も変わっていく。遣唐使も廃止になり、日本の独自さが生み出されて変わっていく。

では奈良時代の貴族たちはどんな贅沢をしていたのか。

7-13-2.jpg
右端は通常の衣装。
明治時代の前までは奈良時代の衣装を着ていた。

三位の人が紫色を着ることができて天皇と話ができたというから、紫はそれほど高貴な色だった。紫の服を着る人は皇室関係の人だけで、一般人はせいぜい赤色どまりで天皇とも会えない。

7-13-3.jpg
礼服(らいふく)は五位以上の人が着用する重要儀式服。
これは袋帯を二つ使って作られた。

多くの資料があるのに、形になったものが世の中に出回らないのがわからなかったが、資料は豊富にあっても研究者は形にすることを禁止されているので、全く形にされていない。
正倉院には実物や資料がたくさんあるが復元させないし、復元という言葉も使わせず、どんなに厳密に作られていても「模造品」としか言われない。従って作る人はいない。

7-13-4.jpg私は研究者ではないので、10年前から作り始めた。絹は動物性蛋白ゆえに腐るので残っていないが、麻の衣装はたくさん残っている。
mini.jpg
絹製品が残っていたのはこの袖だけである。
スカートはパッチワークで、ウエストは50センチほど。背丈は150センチほど(?)か、小柄だったことがわかる。

これは「翳(さしば)」といい、トンボの羽のようなもので顔を翳(かざ)す。天皇は全身を隠す。
    IMG_2288.jpg  IMG_2295.jpg

色には順位があり、身分は服装の色で表す。それを決めたのが聖徳太子である。時代によって色の順番は変わる。
五行説の基本になるのが黄(土)で、天皇の色は全て太陽の色である。日の出の太陽の色、中天にある時の色、そして夕日の色など、その元になるのが黄色である。

IMG_2291.jpg

五行説では黄は下の方だが、中国の天皇は全て黄色である。現代の天皇は茶色に黄色が入るが、本来は黄色に赤が入る。
IMG_2292.jpg黄色に赤が入ったのが小さいほうの布(左写真の箱型模様)で、高僧の色は下側の布。お坊さんの袈裟の色はお便所の色。
       
IMG_2292.jpg丸い模様は平安時代の嵯峨天皇から使われるようになった。
奈良時代の反物の幅は54センチで、下々の者が使う麻は74センチ。



IMG_2287.jpgこれは冕冠(べんかん)と呼ばれ、中国や韓国では前と後ろだけ簾をぶら下げているが、横にもぶら下げているのは日本だけ。
これについては、「帝は全てのことを知らなくてもいいんですよ」ということで周囲につけたという説がある。冕冠を被らないと冕服とは言わない。

このほか、正倉院宝物でたくさん見るストラップのアクセサリーのような小道具があるが、その中の小刀は、当時のメモ帳は木だったために用が終われば小刀で削ってまた使うので必需品だった。
魔除けの水晶玉や琥珀、勾玉、魚の形のガラスなど、身分の高い人ほどたくさんつけていた。

時代により色の順位が変わり、飛鳥時代の赤は茜色(青は藍)だったが、天武の時代に紅花が入ってきたので赤が一位になり、紅花がたくさん栽培されるようになったので紫が返り咲いた。即ち、色の順位は染料の高価な順である。

奈良時代の喪の時は白。白はスズの色で時間が経てばグレーになるので「薄墨(うすずみ)」と訳した。飛鳥時代以降、白、薄墨、黒になった。

国分寺や国分という地名が日本全国にある。奈良時代がすごいのは、全国で蚕が育つ場所(32か所)には税金を納めさせているなど、興味深い話がいっぱい耳に飛び込んできた。

初めて耳にする名称や難解な漢字がいっぱいで、全く知識がない私は理解できなかったところもあったが時間を忘れて聴き入った。私だけではなく多くの人が精神を高揚させて溢れる敬意と感謝と励ましを送っておられた。

私は何年振りかで山口さんのホームページを開いて目を見張った。その充実度もさることながら、これまでとは比べ物にならない熱い思いで深く見入っていた。もちろん孫にも写真を見せて伝えた。

山口さんに一度だけ東大阪読書友の会へお誘いしたことがある。洋裁を教えておられるだけではなく、奈良国立博物館で解説者のボランティアをされて当時もご多忙だったが、2006年10月に花園図書館で開催された交歓読書会だ。集合写真にも入ってくださっている。

あの頃は車椅子の方のおしゃれ着や寝たきりの方の着物など介護服や、留袖で作ったスーツなどを手掛けておられたが、すでに天平時代の衣装も作っておられた。

7-13-1.jpg最近では日本経済新聞6月4日付の紙面に山口さんの記事が大きく掲載されている。

万葉集の時代を彩った服 「唐風モダン」の尽きぬ魅力

新元号「令和」をきっかけに万葉集に興味を抱いた方は多いだろう。歌に心を重ね、歌人たちの姿を思い描くとき、どんな衣装を想像するだろうか。十二単(ひとえ)や束帯姿? それら平安時代の衣装は、奈良時代末期に成立したとされる万葉集の時代とは異なるものだ。五位以上の貴族が重要な儀式のときに着用した「礼服(らいふく)」、役人が朝廷に上がるときに着た「朝服(ちょうふく)」、そして無位の者や庶民が仕事着として・・・

『山口千代子の部屋』を開くと、これまでの活動が詳しく紹介されている。是非ご覧ください。

posted by 優子 at 15:29| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年07月13日

私の黙想課題

7-7-2.jpg

7月5・6日のブログ掲載のオオガハス。
7日朝に行くと蕾が開いていた!

7-7-3.jpg
7月5日の花は右側で、7日朝に開いたのは左側の花。

7-10-5.jpg

「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです」。(ピリピ人への手紙1章29節)

パウロは、迫害の中で、苦しみが忍耐、品性、希望を生み出すことを体験しました。それゆえ、苦しみを主からの賜り物として受け止めるのです。この境地に入れば、苦しみは苦しみのままで終わらず、主の栄光を現す機会となります。苦境の中でこそ、聖霊は最大限に働かれます。

7-10-6.jpg

「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です」。(ピリピ人への手紙1章21節)

私たちはキリストを代価として買い取られました。私たちはキリストに属します。時間も知識も富も、すべてキリストのものです。もはや自分のために生きることを止めたので、キリストが私を生きていてくださいます。私の死さえも最善となるように導いてくださいます。ですから、私たちの人生に起こるすべてが益だと確信できます。

7-10-7.5.jpg

「私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが真に優れたものを見分けることができるようになりますように」。(ピリピ人への手紙1章9・10節)
その時その場の感情だけで行動し、受け入れなければ、怒りや反感に変わってしまう愛は、愛ではありません。真の愛は決して絶えることがないからです。神の言葉と洞察力で養われた愛が、人の幸いと徳を建て上げます。

7-10-8.jpg

「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです」。(ピリピ人への手紙1章6節)
主は、私たちの内に神の国を始められました。私たちを通してその祝福を広げるためです。それは、私たちの小さな「タラント」の働きによって、着実に成就していきます。パウロはその完成の日の喜びを思い、日々の労苦をも楽しんでしました。

7-10-7.jpg

「わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ」。(イザヤ書66章2節)
主が嫌われるのは、高慢で頑固で、自分を正そうとしない人です。逆に、主が喜ばれるのは、謙遜で心砕かれ、教えられやすい人です。高慢な人は、自分の理屈の枠に神の言葉をはめ込みます。しかし、謙遜な人は、自分自身を神の言葉の枠にはめ込みます。なので、御言葉を学ぶことを第一の喜びとするのです。
(以上、キリストの栄光教会より)

7-10-9.jpg
たくさんの銀杏!

花を咲かせ、実をつける自然界の営みに見入る。

7-10-10.jpg


7-10-11.jpg

↑ これはトウネズミモチか? ↓

7-10-12.jpg


7-10-13.jpg

初めて見たナンキンハゼの花
7-10-14.jpg


7-10-15.jpg

ランタナも実を結んでいた。
7-10-16.jpg


7-10-17.jpg


7-10-18.jpg


7-9-1.jpg春から続く私の黙想:
「傷つけた人と傷つけられた人は、背中合わせに紐でくくられています。何をするにも、誰かが張り付いています。この紐をほどけるのは、傷つけられた人だけです。赦して紐をほどかなければ、自由になれません」。
    (『デイリーブレッド』より)

←ネジバナ



posted by 優子 at 21:26| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年07月11日

ユキは12歳!

7-7-6.jpgユキが12歳になった。小学校最後の年とあって、これまでの誕生日とは違う感慨を覚える。ブログから何枚か印象的な写真を並べてみたい。


A3B2A3B0A3B0A3B8A1A5A3B5A1A5A3B3.jpgこれは12年前だから、叔母は79歳、私は55歳。知子は今も人生の盛り、一日に譬えるならば太陽は中天にある。

ユキが1歳を過ぎたころから知子の体調が悪くて、これはユキを預かっていた時の写真だから2008年頃か。チャッピーは9歳だった。

B2E8C1FC20040.jpg









そして、2009年春からユキも我が家のメンバーになった。最初はチャッピーがユキの守りをしてくれていたね。

2009_5_1A4CE3-13633.jpg

2010年9月、知子、現会社に入社。
2012年、ユキ幼稚園入園。
この頃より知子と私に新たな苦難が始まる。

C3A3C281C28AC3A3C282C281C3A3C281C2A7C3A3C281C2A8C3A3C281C286C3AFC2BCC281C3A2C291C2A0.jpg


E9809AE59C92E5889DE697A5E38184E38196E587BAE799BAEFBC81.jpg

初めて自転車のコマを外して乗れた喜び!
E381A4E38184E381ABE4B997E3828CE3819FE38288EFBC81.jpg

その翌日、2013年6月、ママとワシントンD.C.へ。
知子も体調不良でゴールデンウィークの便をキャンセル。
1か月後、とにかく発った。

IMG_0151.jpg
ユキがホワイトハウス前にいる!
IMFの中も見学させてもらったね。

そして、幼稚園卒園
E58D92E59C92E5BC8FE291A0.jpg

小学校入学
E585A5E5ADA6E5BC8FE38292E7B582E38188E381A6E291A0.jpg


E799BBE6A0A1E4BA8CE697A5E79BAEE381AEE69C9DE291A1.jpg

ユキは学校から帰ってきたらいつもチャッピーに
おやつをあげていたね。
E38381E383A3E38383E38394E383BCE3819FE381A0E38184E381BEE291A0.jpg

チャッピーの晩年はユキがお世話してくれた。
この25日後にチャッピーは死んだ。ユキは2年生だった。
ユキ、大きくなったね.jpg


E4BB8AE5B9B4E38282E899ABE381AEE5ADA3E7AF80E382B9E382BFE383BCE38388EFBC81.jpg

「わたし(神)があなたがたに対していだいている計画は
わたしが知っている。
それは災いを与えようというのではなく、
平安を与えようとするものであり、
あなたがたに将来を与え、
希望を与えようとするものである」。  

    (エレミヤ書 29章11節)

E5A48FE4BC91E381BFEFBC92E697A5E79BAEE291A1.jpg


IMG_9741.jpg
思春期に入ったユキ。

私たちの主なる神さま、今一度私たち保護者が愛と忍耐を賜って子育ての大任を果たすことができますように助けてください。幸悠に賜った命をユキが喜んで生きていく成人になりますように。

そして地上の全ての家庭を祝福してくださり、困難な時代を力強く、希望をもって生きていくことができますように、主イエス・キリストのお名前にってお祈りします。アーメン。

posted by 優子 at 22:50| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年07月06日

サッカーのあとユキと短い散歩に

2019.7.6タクム君と.jpg
昨夜から肌寒いほどだったが、今日は梅雨の合間のサッカー日和。午後は中学校で汗を流したユキ。

P_20190706_151450.jpg

これは6月22日。
P_20190622_111204.jpg

最近はほとんど中学校でやっている。小学校のグラウンドは旧態依然としてスポ少(野球部)が独占しているからだ。

中学校は遠いので4年生までは自動車で送迎していたが、5年生から友達と自転車で行くようになり、5年生の終わり頃から一人で行くようになった。子離れ親離れ共に順調に経過中。

P_20190622_102405.jpg


これはミントの花だとユキに教えてもらった。
ユキは何年も前からミントに気がついていたというが、
私は全く知らなかった。
こんなにミントの葉で覆いつくされているのにね。
7-6-1.jpg


ユキが撮った雲。
7-6-2.jpg


私が撮った雲。
7-6-3.jpg


7-6-4.jpg

あちこちの木が伐採されるのが悲しい。
7-6-5.jpg


7-6-6.jpg


小さな小さな蛙を見つけたら、小さな男の子が寄ってきた。
「捕まえさせてあげるから先に写真を撮らせてね」
 7-6-7.jpg
男の子は両手で上手に捕まえた、その手の小さかったこと。
私は幼かった頃のユキの手に見え、
懐かしくて目頭が熱くなった。
「蛙は逃がしてやってね。
お家へもって帰ると死んでしまうからね」
「うん」 子どもは利発ないい子だった。

7-1-20.jpg

ユキはヤモリを捕まえたからカメラを持つのは禁止。
7-6-8.jpg
オタマジャクシと蛙がいるのに
私が上手に写せなくて拗ねている。

7-6-9.jpg

私はユキの機嫌をとらずに一人で帰宅した。

7-6-10.jpg

Tさん宅のオオガハスが蕾を膨らませていた。
咲くのは明朝だろうか・・・
7-6-11.jpg

私が帰宅してまもなくユキも帰ってきたが、手を洗ってすぐにカメラを持って自転車で田んぼへ行って撮ってきた。
7-6-12.jpg

さすがユキ、上手に撮ってるね。

7-6-13.jpg

蛙とオタマジャクシ、かわいいね。

7-6-14.jpg

ユキはもうすぐ12歳になる。
夕食はママ(知子)がご馳走を作ってくれていた。

posted by 優子 at 23:30| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年07月05日

愛の配慮(ケア)

7-5-1.jpg「本当の配慮(ケア)とは無関心でないこと。心を痛めること、悲しみを経験すること、共に叫ぶこと。
私たちの痛みを共にして、その傷に優しい手でそっと触れてくれた人。
私たちが絶望し、混乱しているとき、黙ってそばにいてくれる人であり、愛する人を失った悲しみと喪失のときに、私たちと一緒にいてくれる人。意味を教えてくれなくても、治せなくても、癒せなくても、私たちの無力さに一緒に向き合ってくれる人」。(ヘンリ・ナウエン)

7-5-2.jpg
大賀蓮(オオガハス)

朝一番に葉書をポストに投函して帰ろうとしたときに、大きな白い花が目に入り小走りで駆け寄った。先週から気になっていた大きな蕾。写真を撮らせていただいていた時、あるじのTさんが出てこられ、花の名を「オオガハス」と教えていただいた。
早朝はまだ蕾だったという。花が開き始める前がもっと綺麗だから知らせてくださると仰ったが、連絡ご無用!たびたび見に行くに決まっているから。

7-5-4.jpg
交通当番もあと何回だろう。このグループにユキはいない。学校から一番近いのにユキたちの班はいつも最終だ。

7-5-5.jpgユキは左端、最後を歩いている。
時の経つのは何と速いこと。もうすぐ学童時代が終わる。今日のプール授業は、クロールで25メートル泳ぐテストがあり「泳げたよ!」と入ってくるなり報告してくれた。
IMG_0612.jpg

「みことばの光で己の行く道を照らし、神のみそば近くを歩むなら大丈夫です。むしろ、神の視点で日々のことを見分け、行動できる目をいただきます」。(今日の『ディリーブレッド』より)

7-4-2.jpg
初めて見るアジサイ

7-4-3.jpg


IMG_0512.jpg昨夜の雨で水が音を立てて流れていた。









7-4-4.jpg
夏の花 カンナ!

7-4-4.5.jpg


7-4-5.jpg
アジサイももう終わり

7-4-6.jpg


7-4-7.jpg


7-4-8.jpg
このアジサイも初めて!

7-4-10.jpg


7-4-11.jpg


7-4-12.jpg


7-4-13.jpg


7-4-14.jpg


7-4-15.jpg


7-4-16.jpg
はやサルスベリの花が咲いていた。

7-4-17.jpg


7-4-18.jpg


7-4-19.jpg
赤いカンナがいっぱい咲いていた。

7-4-20.jpg
これはニイニイゼミ。
昨日までニイニイゼミの声しか聞こえなかったが、今日はクマゼミが鳴いていた! 

ある禅師の所に一人の教授がやって来て、禅について質問した。禅師はお茶をもてなし、客人の茶碗にお茶を注いだ。お茶が碗から溢れ出ても禅師が注ぎ続けるのをじっと見ていた教授は、もう我慢できなくなり、こう言った。
「もう溢れています。それ以上は入りません」
「これと同じだ」
と禅師が答えた。
「あなたの頭は、自分の考えや思い込みでいっぱいだ。あなたの頭を空っぽにしなければ、どうしてあなたに禅を教えることができようか」

posted by 優子 at 23:57| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年07月02日

雨の合間に

7-1-2.jpg


7-1-4.jpg


7-1-5.jpg


7-1-6.jpg


7-1-7.jpg


7-1-8.jpg


7-1-9.jpg


7-1-10.jpg


7-1-11.jpg


7-1-12.jpg


7-1-13.jpg


7-1-15.jpg


7-1-16.jpg


7-1-17.jpg


7-1-18.jpg


7-1-19.jpg


7-1-20.jpg


7-1-21.jpg


7-1-23.jpg


7-1-24.jpg


6-30-4.jpg


6-30-5.jpg


6-30-6.jpg


6-30-7.jpg


6-30-8.jpg


6-30-9.jpg


6-30-10.jpg


6-30-13.jpg


IMG_0309.jpg



posted by 優子 at 22:25| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年06月29日

ブルンナー読書会㉝ −奉仕ー

6-28-1.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』(教文館)の最終22回目、説教のタイトルは「奉仕」。

出席者:3名(知子・欠席)
讃美歌239番「さまよう人々」
聖書朗読、祈り、テキスト要約:優子

コリント人への第一の手紙4章1・2節:
このようなわけだから、人はわたしたちを、キリストに仕える者、神の奥義を管理している者と見るがよい。この場合、管理者に要求されているのは、忠実であることである。
ルカによる福音書17章10節:
同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。

要約:
6-28-2.jpg今日の説教は、ブルンナーが日本(極東)に向かう前にフラウミュンスター教会で語られた最後の説教である。

この41年前に、ブルンナーはフラウミュンスター教会で牧師職を任命され、チューリヒ教会から「神の言葉の僕」という素晴らしい称号を与えられた。以来説教壇の階段を上がろうとする時はいつも、多くの教会員にイエス・キリストの福音の伝道を許されていることが、いかに途方もない特権であるかを痛感してきたという。

それは自分にその資格があると感じたからではなく、それを受けるに値しない神の特別の恩寵であると感じたのである。

いったい、このような一人の人間が神の言葉を語るなどということは可能なのだろうか。われわれは、神学の試験に合格し、教区委員会によって聖職者に任ぜられることによって、キリストの奉仕者や神の奥義の管理者になるのではない。それらは人間の作った制度であるからだ。しかしこれがキリストの教会の奥義であり、制度としての教会ではなくイエスの教会の奥義である。

すなわち、キリストのからだに連なるすべての肢体にキリストの啓示の核心が知らされており、神の霊によって明らかにされているのである。従ってその人が牧師であるからでも、神学教授であるからでもなく、キリスト者であるがゆえに、その人に神の意志の奥義が委ねられているというのだ。

それゆえに、成年に達したキリスト者は誰でも、彼が本当にイエス・キリストが自分の救い主であることを知り経験しているかぎり、神の言葉の説教者であり、「キリストの奉仕者、神の奥義の管理者」という言葉が当てはまる。私たちはその奥義を受け取ってきたのであり、その奥義を更に次へ手渡すことが許されている。ここに大いなる特権がある。

キリスト教会の途方もない特権は、神が愛であり、神がわれわれにイエス・キリストにおいてご自身と永遠の生命とを与えてくださったということの認識である。そして教会における説教者の使命はただ一つ、彼らがすでに知っていることを絶えず彼らに想起させること、彼らがすでに所有しているものを強固にすることである。

自分が受け取ったものを人々に伝えるために教会によって派遣される人たちの奉仕を「宣教(Mission)」と呼んでいる。この言葉は、敬虔で特殊なキリスト信仰という含みを持っているが、それはあまりにも狭い見解である。

というのは、原始キリスト教会や古代キリスト教会においては、キリスト者はすべて宣教師だった。イエス・キリストの福音がヨーロッパに広まったのも、職業宣教師たちの働きによるのではなく、キリスト者の一人ひとりが自分の受け取ったもの、自分にとって最も大切なものを、まだそれを所有していない他の人たちに手渡すことを義務とも要請とも感じていたからだ。私たちもその義務を負っている。

神はイエス・キリストにおいてのみご自身を啓示された。罪ある人間を愛し、われわれの罪を赦し、永遠の国と永遠の生命を約束する方として啓示された。アジア人も多くの宗教を持っているが、知らない国の人々に知らせる義務がある。
ちょうど今、日本から来ている招聘は神の招きであると受け止めている。私は神の招きに不従順でありたくないがゆえに、国際基督教大学からの招聘を受け入れることを決心した。そこから生じる結果は、全く神のみ手に委ねた。しかし私自身のためにではなく、神の事業のために、私の企てを成功させてくださるように願うことを怠らない。

この奉仕は神の意志であるから、皆さんに執り成しの祈りによって私どもを背後から支えてくださるようにお願いしたい。なぜなら、執り成しの祈りもまたキリストへの奉仕であり、あなたがたに対しては上から要求されている奉仕であるからだ。

今日のノートより:
6-29-1.jpg
ブルンナーは文化とキリスト教、文明とキリスト教を絶えず考えてきた人で、いろんな文明の中でキリスト教の真理を答えられるようにしている。それに対してバルトは聖書から読み取ったことを只々語るのであるが、ブルンナーは精神史を知って、キリスト教の真実性を証明しようとしている。

国際基督教大学の理事たちは、ブルンナーなど日本に来てくれるはずはないけれども出しておこうかとの判断で出したのが、応じてくれたので理事会のかたがびっくりした。

私たちも神の言葉を伝える役目があるという意識が大切である。ブルンナーは平信徒伝道者を育てようとして、ICUで聖書研究するインナーサークルを作った。その第一期生の人は、ブルンナーに倣って京大で聖書研究会を始め、私はその会に参加して影響を受けた。そして私もまた大学で聖書研究会を起ち上げた。

「神の言葉の僕」の「僕」という言葉は「奉仕者」とも訳せるが、聖書(今日の箇所・ルカ17章10節)に倣って「僕」と訳したが、タイトルどおりに「奉仕者」としたほうがよかったかもしれない。

教会に行っても受け身ではなく能動的であること、受け身から能動に変わると姿勢が変わる。

「日本国民は普通教育の行き届いた国であり、豊かな工業を備えた文明国であるが、精神的基盤が揺れ動いており、空ろになっている。おそらく地上の他のいかなる国民にも見られないような精神的・宗教的真空が存在していて、それが高度な教養と、奇妙で危険な対照をなしている」。
「真空」をドイツ語で Vakuum:バクゥム(英語は vacuum:バキューム)という。

ブルンナーは、日本がアジアの宣教の中心になるということを願うとともに、今のヨーロッパのキリスト教は問題を抱えており、ヨーロッパ文明の危機的状況であるから、東洋に伝えて保存してもらい、そしてまたヨーロッパに帰ってくるという2つの意味で言っている。

「今、この国にはなるほど宣教師の数は不足していないけれども、しかしおそらく、近代の教養と学問の面から提出される諸問題に、ある程度答えることができるまでに成長した福音の告知者が不足しているでしょう。この点で私は、これまでの生活経験によって、ある程度準備をしてきました」。

ヨーロッパから送られる宣教師は福音は説くけれども、人々の生活や文化の中で出される問題は答えられない。

無教会と教会を繋ごうと奔走したが反発を食らった。

ブルンナーは妻の健康を考えて3年で帰国するが、帰路で過労のために脳内出血になり、帰国後も神学的著作が思うように進まなかった。日本に来たために命を縮めた。
写真はネットより拝借
images.jpg「神の愛のうちにある生命」、ブルンナーはこの言葉を何度も常套句のように使った。

説教者は古い自分に死んで新しくされて、呻きながら語ることを求められる。罪と闘いながら説教を考える時もある。

優子の感想(一部):
IMG_0224.jpgブルンナーは実に謙虚で誠実を尽くした人物だ。

信徒と牧師についても考えさせられた。牧師と違って信徒は社会生活しながら伝道し、教会へ繋ぐ役目があると思っている。かつては常にバッグにトラクトを入れていた。いつか自らの証しを書いたトラクトを作って手渡したいと励んでいた頃のことを思い出した。

日本は実に特殊な国だと思う。ブルンナーが見事に指摘している。
日本人の魂は飢え乾いているのに、そのことにさえ気づかず、老いや死についてさえ真剣に向き合わないで死んでいく。森有正は罪の解決がなくては死ぬに死ねないと言っているが、殆どの人が罪の問題に気がつくこともなく死んでいくのには驚くばかりだ。

例えば数日前にBS放送で「サグラダファミリア100年の夢」という番組を見た。日本人の専任彫刻家の外尾悦郎さんが「信仰の門」を完成させたことに深く感動した。

ところが、40年間もガウディならばどのようなものを作っただろうかと、ガウディを慕いつつ熱心に励んでこられ、大きな功績を重ねておられる方なのに、ガウディがガウディたる神髄、ガウディがガウディを生きることができた中核となる信仰については影響を受けておられなかった。

完成した「信仰の門」を教会入口にはめ込まれたのを見て、「信仰者というのはこういうことを感じるのではないのでしょうか」というようなことを言われたので驚き、ひどくがっかりした。私の聞き間違いでばなければではあるが・・・

IMG_0223.jpg次回は、7月20日(土)。
テキストは、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集U』(教文館)に入ります。聖書朗読・祈り、要約発表担当は下村さん。
メンバーはこれまで同様に良輔が続けるのか、知子と交代にするのか答えが出ていないので、祈って導きを待ちたい。
年齢を重ねた者はなおのこと、これ以上大切な命の時間を無駄にしてほしくない。
posted by 優子 at 23:00| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

暗闇のただ中にこそ光射し込む

6-24-24.jpgはや半年が過ぎようとしている。6月最終週に入っても晴天が続いていたが、予報通り今日は午後から曇り、近畿地方まで西日本が梅雨入りしたと報じた。平年よりも21日遅く、1951年以来観測史上最も遅い梅雨入りとなった。

6-24-18.jpg一昨日の散歩中にセミを見つけた! 下校したユキにカメラ越しに見せるとニイニイゼミだと教えてくれた。


昆虫は苦手で蝶もあまり心地よくはないが、このアゲハチョウは黒色が控えめだから怖くないので、虫嫌いな人も我慢していただけるだろうと記録した。

6-24-20.jpg

今日は午前中に明後日のブルンナー読書会の準備に精を出していたが、今日は血圧が高く頭痛がするので中断して散歩に出た。散歩さえしんどくて引き返そうとしたが、木々の緑や花を見ていると頭痛を忘れた。

6-26-2.jpg
セイヨウニンジンボク

6-26-3.jpg


6-26-4.jpg


6-26-7.jpg


6-26-8.jpg


6-26-9.jpg
近くで黄色い蝶が乱舞していた。
何度も目の前にやってきたのにうまく撮れなくて
空高く上がってしまった。

6-26-10.jpg


6-26-11.jpg


そのうちの一匹が花にとまった。
6-26-12.jpg


6-26-13.jpg


6-26-14.jpg
タチアオイは初夏の花かと思っていたら、
今朝のラジオで梅雨の花だと知った。
花は下から咲き始め、梅雨の頃になるとてっぺんに至ると。

6-26-18.jpg


6-26-15.jpg


6-26-16.jpg
シオカラトンボが目の前で止まった。

コスモスが勢いよく伸び、もう咲き始めているのもあった。
6-26-17.jpg

6-26-19.jpg


6-26-20.jpg
これは小さな小さな花。

6-26-21.jpg


6-26-22.jpg
ザクロの花。鮮やかな色の美しさは写真ではわからない。

もうたくさんの実がなっていた。
6-26-23.jpg


6-26-24.jpg
オレンジ色のノウゼンカズラ。
この花も実物はもっともっと美しい。


6-26-26.jpg
写真でさえなんて美しいのだろう。

6-26-27.jpg


6-26-28.jpg

公園のクチナシの花も満開。甘い香りが漂っていた。

6-26-30.jpg


6-24-1.jpg


これは昨日書いていたものだが、
ドイツの神学者、ヘルムート・ティーリケがハイデルベルグ大学で教えていた時、公然とナチスを批判したためにゲシュタポ(秘密警察)に審問された。その時ティーリケは、彼らの中に放蕩息子の姿を見ようと努めたという。静かに私の心深くに沁みこんできた。

6-24-11.jpg「私はやっとの思いでしたが、汝の敵を愛せよというイエスの言葉に従おうと努力してみました。
私はゲシュタポの機能を遂行している人々の中に、悪魔の勢力の手先を見るだけではなく、実は、彼らのことを悲しんでおられる天の父から迷い出て、おそらく帰るすべも知らない放蕩息子たちの姿を見るように努めました」。

6-24-12.jpgそのような愛のまなざしで対していると、ついに驚くべき変化が起きた。審問の終わりはいつも彼らは「ハイル・ヒトラー!(ヒトラー万歳!)」だったのに、「神の恵みがあるように」と挨拶するようになったというのだ。

「イエス・キリストは、この世の最も暗いところにいつもとどまってい給う。暗黒のただ中に」。
「私を知っておられ、私のことで悲しんでおられる方がおられる! その方が私の人生を導いておられ、愛の摂理のみ手をもって私を導いてくださっている」。

香港のデモには励まされた。彼らが歌っている 讃美(" Sing Hallelujah to the Lord ")から福音が醸し出されている。世界の闇はますます深くなるばかりだが、暗闇のただ中にこそ光が射し込むことを忘れてはならない。

 
6-24-13.jpg

いつだったか種を蒔いたことがあった。
種から芽を出し、背丈が伸び、蕾ができて、
どんな花が咲くのか待っていたら、
タチアオイだった!

6-24-14.jpg
     
6-26-31.jpg
白いのは小豆島で拾ってきた貝殻。
ユキが旅行から帰ってすぐに並べた。

梅雨入りというけれど、深夜になっても雨は降っていない。
G20の関係で、大阪では明日明後日は幼・小・中・高とすべて休校とは妙な感じがする。市内は警官でいっぱい、一昨日から道路も混んできたそうだ。

posted by 優子 at 23:36| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

香港デモ 讃美歌「Sing Hallelujah To The Lord」歌う!


6-24-2.jpg中国本土への容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案をめぐり、1997年の返還以後、最大規模となるデモが立て続けに起こった香港。

香港政府や、親中派が多数を占める立法会(議会)は、強行姿勢を崩してこなかったが、16日に200万人規模のデモが起こったことで、香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は18日、記者会見を開いて謝罪し、改正案を事実上、廃案とすることを表明した。

この歴史的デモでは、あるキリスト教の賛美歌がテーマソングのごとく歌われた。それは、1974年に米国の歌手リンダ・スタッセン・ベンジャミンが、イースター(復活祭)のために作詞・作曲した「Sing Hallelujah To The Lord」という曲だ。

「Sing Hallelujah To The Lord, Sing Hallelujah To The Lord」と繰り返すシンプルな歌詞で、心に響くメロディーのこの曲は、世界中で人気があり、多くの言語に翻訳されている。日本語では、日本バプテスト連盟の『新生讃美歌』で35番「主を讃美しよう」として収録されている。

香港ではこの数週間にわたって、多くの主要な抗議集会やデモ行進、さらにデモ隊が警官隊と対峙している場面でさえ、この賛美歌がほとんど途絶えることなく歌われたという。

学生たちが賛美歌を歌い始めたのには、一つの理由があった。それは、抗議活動に合法性を持たせたかったからだ。香港では、宗教的な集会であれば許可なく開催することが可能だという。

「(賛美歌を歌うことで)抗議者たちを守ることができました。またそれは、平和的な抗議であることも示します」とチューさんは話す。デモに参加した香港グレース教会のティモシー・ラム牧師(58)も、賛美歌を歌うことは「(抗議の過激化や対立を)落ち着かせる効果がある」と語った。

無題.png一方、林鄭氏がカトリック信徒であることから、デモの参加者の中には「Sing Hallelujah To The Lord」を歌ったことで、彼女の心を動かしたと考える人たちもいる。カトリックではないという学生でさえも同通信に対し、「彼女は何といってもカトリックなのです。それが、私たちがこの曲を歌った主な理由です」と明かした。

デモでは他にも、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌「民衆の歌」も歌われた。これは、フランスの「7月王政」打倒のため起こった「6月暴動」でパリ市民が政府軍と衝突する場面で歌われる曲で、2014年の香港反政府デモ「雨傘運動」でも歌われた。

一部引用。

この讃美は、受洗した翌年に出会った生涯の友からいただいた「リビングプレイズ」でよく知っている。テープが擦り切れるほど聴いていた。毎朝子どもたちが登校する時から帰宅した時まで6時間以上、毎日毎日何年間も聴いていた。




posted by 優子 at 22:27| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年06月20日

わが魂よ、目覚めよ! 

「無数の楽しげなる人々が神は愛なりと歌っている。しかし、これらソプラノの下にあたかも潜められたベースのように、十字架につけられたまいしお方の声が深き淵より響く。いわく、神は愛なりと」。(キルケゴール)

信仰の実感がないときソプラノでは歌えなず、そのような人々もたくさんいるのだと北森嘉蔵は言葉を続ける。

「ソプラノ式で歌える時は信仰はいらないのだ」と。そのようなときはかえって誘惑の時であって、「信仰がものを言い始めるのは、神は愛なりとどうしても歌えなくなる時」で、その時こそ「信仰の本番の幕が開くときなのだ」と。

「信じます。不信仰なわたしを、お助けください」。(マルコによる福音書9章24節)
この信仰告白こそが百点満点なのだ。べースで神の愛を告白し続けることが、本当の信仰告白であって、信仰が実感とならないけれど信仰は生きていると!

「夕べに、あしたに、真昼にわたしが嘆きうめけば、主はわたしの声を聞かれます」。(詩篇55篇17節)
私たちの嘆き、呻きは神に聞き届けられる。ルターも語る、祈ることもできず、呻くだけなら、呻きなさい、雄弁な祈りよりも神の耳に届くだろうと。

katatu.gif

先ほど久しぶりに真智子と電話で1時間話す。明後日からの渡欧を控え多忙なるも、今夏日本にも帰る予定。麻痺した我が心にも徐々に万感の思い去来する。

6-17-2.jpg

下記の一言メッセージは、キリスト栄光教会より:

「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい」。(エペソ人への手紙6章13節)

人は生きているかぎり、傷つき、苦しめられます。それを恨み、悲しみ、愚痴ることで、時間や言葉を浪費してはなりません。日々果たすべき役割があります。そのための武具も与えられています。私たちは傷つきつつも、武器をとって戦うことができます。

6-17-4.jpg

「では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい」。(エペソ人への手紙6章14・15節)

今日も主の側に立っていますか。完全武装していますか。世と妥協していませんか。嘘を闇に隠してはいませんか。すでに主が勝利をとられたのです。主を信じた者には、途中はどうであっても、最終の勝利が約束されています。恐れずに祈り、疑わずに福音を語りましょう。

6-17-8.jpg

「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです」。(エペソ人へ手紙6章12節)

「暗闇の支配者」であるサタンこそが、私たちの真の敵です。自分は今、何と戦っているのか、確認しましょう。私たちは、人を敵としては戦いません。破壊的な争い、無意味な戦い、虚栄心のための競争はしません。主の栄光を現すことだけを考えて戦います。

6-19-4.jpg

「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。見よ。闇が地を覆い、暗闇が諸国の民を覆っている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる」。(イザヤ書60章1・2節)

世の価値観は多様化し、道徳基準は混乱し、自己中心が日常化しています。しかし、そんな闇の世に、私たちは「燭台」として立てられています。その務めを確信し、主の光で輝きます。

IMG_9867.jpg

「賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです」。(エペソ人への手紙5章15・16節)

悪い時代だからこそ、光の中を歩むのです。光に歩めば、視野が広くなり、主の計画が見えてきます。主の計画が見えれば、人生の目標が定まります。目標が定まれば、小さなことで争わず、損得勘定もせず、チャンスをつかんで生かせるようになります。

6-19-11.jpg

「眠っている人よ。目を覚ませ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストがあなたを照らされる」。(エペソ人への手紙5章14節)

信仰が眠りこけてはいませんか。希望が絶え絶えになってはいませんか。愛が死にそうになってはいませんか。もしそうなら目を覚まし、心の底に残っている熱情を振り絞って、主に叫びましょう。枯れ枯れの声でも、主は答えてくださいます。主の光が差し込み、聖霊の力が回復してきます。

6-17-14.jpg

「救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい」。(エペソ人への手紙6章17節)

人間の肉体的力は機械やロボットに凌駕され、認知力もAIに圧倒されつつあります。しかし、人間には第三の力が残されています。それは神の言葉と聖霊の力です。学歴や能力ではなく、聖霊の賜物によって結ばれた実が、その人の真価となる日が近づいています。いや、聖書が教える人の真価は昔からそうなのです。

6-19-1.jpg


6-19-10.jpg


6-17-1.jpg

posted by 優子 at 13:22| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

『奈落の声』の世界 小さき者を取り囲む「悪」への視点 A −講演者ご自身の手になるメッセージを再度心に刻む−

6-17-16.jpg作品世界から観えてくるもの
@ 愛を注ぐ者から「ちいさき者」を引き離し、「悪」の世界へと引きずる者

権力あるものに従わざるをえない子どもを、こんなにも傷めつけ、踏みにじる大人と社会の状況が、これでもかこれでもかというほど、描かれている。

学校の教師が理由も聞かずに子どもに怒鳴りつけ、殴る横暴な姿、クラスの子どもたちは、最初仲良くしてくれそうだったのに、清志の首についているおしろいを見つけていじめる、芝居の一座という特殊な環境を通してこの世の不条理で残酷な様相が描かれるといったことである。

清志が大好きだった母との別れは、耐えがたい辛さを清志の母は限界まで、長年耐え続けてきたのであろうと読者に想像させる。清志にとって、母は唯一甘えることのできる守ってくれる存在だったはずだ。愛する一人息子清志がどんなに自分を必要としているかをわかりながらも、一座を出た母には、よほどのことがあったのだろうとしか言えない。

守ってくれる母がいなくなった清志は父親が母親をなじる言葉を聞かされ、殴られることにも耐える毎日を生きるしかなくなる。父親から母親のことをなじられ否定されることは、母親に捨てられた清志にとって二重の苦しみとなっていたことだろう。

小さいもの、弱いものが踏みにじられるこの世の縮図がこの家庭と一座とも言える。抵抗のしようのない清志を殴りながら働かせ、形だけ小学校に送り出して教育を受けさせ義務を果たしているつもりになっていた父親は、清志が母を想って泣いてしまうことを商売の道具として芝居を演出していた。

子どもの傷を利用して客を欺き儲ける……これはあまりにもあくどいやり方で、一座の大人たちの言葉の端々からは荒んだ大人たちの心が想像される。もしかすると、この父親清十郎も、子ども時代から虐待を受け、深い傷を負ったまま座長に上り詰めた人か。

この作品の最初から、怖ろしい大人たちの心と行動、表面的に形ばかりが整っている世界の現状が示されている。「奈落の声」の「奈落」とは、地獄とかどん底という意味で、舞台の床下の地下室も「奈落」という。華やかな舞台の下には絶望的なものが埋められているかのようだ。

黙って苦しみに耐えぬいていた清志がついに絶望のどん底から助けを求めて叫ぶとことでこの物語は幕をおろすが、さらにどんな恐ろしいことが起こってゆくか、という恐怖を残して作品が終わる。

強いものが弱いものを食い物にし、子ども、弱い者の尊厳が全くふみにじられている、そういう世界のありようは、時代を超えて、実は今のこの世界でもあるのではないかと読者は考えさせられる。

個人の尊厳を認めない世界では、人間を人間として観ることも禁じられたりする。皇族が偶像化されるといったことがそれで、人間が神によって造られた本来の目的にかなわないものに貶められていく世界が展開していたと言える。

A 「この世の悪」への抵抗と戦い

母を想うと涙が出てくる清志にとって、真樹子は母のあたたかさと包容力を持って清志を守ろうとしてくれた唯一の大人であり、本気で関わろうとする意思を見せた初めての先生だったようだ。父親は清志の目の前で、

「え、先生、人間なんて裏切る動物でしてね。とにかく友達なんかいない方がこいつのためですよ」

「この子は明日限りでさよならなんだ。清志ちゃんなぞと、べたべたした呼び方は、どんなもんですかね。」

とさげすむように言葉を発した。「呆れてとっさに何と返事をしてよいかわからなかった」とある。若い真樹子は真正面からこの父親とぶつかるが、この父親がどんな過去を経、傷を受けてきて、そのような言葉を吐くようになったかには想いいたらなかったのだろう。あとさき構わず、この父親と、つまりは清志を傷めつけるこの世の悪との対決姿勢を見せたが、父親には全く通じないようだった。

けれど、清志はたった数時間の関わりだけで、真樹子が大好きになり、母と共通するあたたかさと自分が汚してしまったブラウスのしみが心に残った。

真樹子が清志の父親の反発をあおるような言葉で真っ向から抵抗するのではなく、清志のうちに父親に対峙できる愛や平和な心といったものを植え付けることによって抵抗していれば、この物語の展開は変わっていたかもしれない。が、若く、一面的にしか人を見ることができなかった真樹子は、父親に象徴される悪に打ち勝つことは無理だった。

父親は、虚無的で、自分が痛めつけられた分、弱いものを虐待してしまう人間である。座長となって一座を率いる地位についてからも、正業に就いていないと憐れまれたりバカにされたりということが続き、ひがみっぽい人に絡む人間になっていたのかもしれない。

父親にも同情の余地はあるものの、ニヒルになってゆくことを自ら選んだ父親自身の責任は問われなければならない。人を馬鹿にし、すぐに体罰を行うことを続けていれば、清志も将来父親清十郎になってしまうことが暗示される。

だからこそ、真樹子は、その父親のニヒリズムと闘わなくてはならない。けれど、「泣き出しそうな」顔をして自分を見上げた清志を真樹子は保護することも許されない。結果的に真樹子は、正論で真っ向から父親に対抗し、父親に象徴されるこの世の悪に怒りをぶつけただけで、戦いの舞台から退場してしまったことになる

正義感にあふれ、豊かな感情を武器に父親に対抗した真樹子の姿は子どもや弱い立場の人たちを守ろうとする人たちの姿を象徴するものの一面を表している。すがすがしいとはいえ、この世の悪には勝ち目がない。作者は痛切な悲しみを持って、この教師の姿を描いていたのではないだろうか

清志をうちのめし、母を奪い、さらに清志を利用しつくそうとする父親、その父親の顔色をうかがいながら生きていくことに子どもながら限界に達した清志は、計画性なく一座を飛び出してしまう。「父のいない世界ならどこでもよかった」と書かれている。

衝動的ではあるが、とにかく奈落=地獄のような世界から出てゆきたい気持ちでいっぱいになってしまった清志は、地の底から響いてくるような気味のわるい音……「奈落からの音」……から逃れようもなく、走るしかない。通りすがりの飲み屋の前で群れていた朝鮮人に、「坊ヤ、ドコヘイク」と声をかけられる。

「早ク帰レ、オトウサンオカアサンマッテルヨ」と言ってくれる朝鮮の人たちも、おそらく貧しいところで生まれ、出稼ぎなりの目的で日本にやってくるなり、苦難を経ている人たちだったのだろう。清志が置かれている奈落に近いところにいた人たちの声だ。

清志自身それほど深く気に留めずに走り抜けていったようだが、「どこに行くのか」「どこに帰るのか」「待っている誰かがいる」というこの問いかけは、三浦作品で問いかけられている大きなテーマである。

巡査にも、「どこへ行く?」「うちはどこだ?」と、問われるが、行く場所も、帰ってゆける家族もいないという自覚をしている少年には、返事ができない。三浦作品で描かれる人間関係の喪失、家庭崩壊、その犠牲になっていく子どもたちの途方にくれた姿の象徴である。

汚されたくないもの……母がいなくなって以来おそらく初めて出会った暖かい愛を注いでくれた真樹子を象徴するかのような純白のブラウスのために、力あるものにむりやり引きずられて、派出所までつれられていくことになってしまったが、そこには、なんと父親がいた。連絡を受けて真樹子もやってくる。

父親にはブラウスを買おうとした清志の気持ちが全くわからない。わが子が先生に怒られて万引きをして返そうとしたのだと決めつけて、わが子の罪を真樹子に転嫁してほっとする父親なのだ。

真樹子とは激しい口論になり、ついに真樹子は、「生意気でけっこう。あなたみたいなやくざに育てられたら、どんな事件でも起こしたくなるわ。泥棒だって、人殺しだって」と、言い捨ててしまう。

そして、清志にではなく巡査に話をするためにさっと身をひるがえすように、派出所に駆け込んでしまった。真樹子までが、人を表面の行為によってしか見ない、表面の行為によって裁く側の人間になってしまったということになる。

B 「深い淵」からの叫び

(泥棒! ぼくが)

たちまち、「泥棒」ということで胸がいっぱいになった清志は目の前が真っ暗になってしまう。

家庭に、そして学校に、絶望させられ、逃げ場もなく、橋の欄干にしがみついて声を上げて泣くことしかできない。父親は、「泣くな、うるせえ」と、清志の身体を乱暴に欄干からもぎとり、ずるずると引きずってゆく。

「かあさーん」「かあさーん」

奈落で引きずりまわされているような清志が自分を捨てていった母を呼ぶ声を残して物語に幕が下りる。

聴いてくれる生身の母はその場所にいない。幻の母の姿の向こうに、清志の苦しみをわかり聴いてくださる方がおられる、清志はそのような存在に向かって叫ぶしかなかったのではないか。

『奈落の声』の世界が示すもの
❶ 特に「ちいさき者」「弱い立場の者」を痛めつける人間の醜さ、怖ろしさ

人間の醜さ、怖ろしさがこれでもかというほど、描かれていることを通し、人間の罪の姿が描かれている。『奈落の声』では子どもが痛めつけられ「深い淵」から叫んでいる、その声がこだましているような読後感があるだけに、この「罪」の恐ろしさが強く迫る。

❷ 罪が幅を利かせているこの世との戦い=暗闇の力との戦い

この世の罪をもたらす力には、人間の力では勝ち目がないことが真樹子と父親の対決を通して、私たちは受けとめさせられる。

❸ 人間の力では悪から逃れることも打ち勝つこともできない⇒ この世の「悪」の連鎖、「罪」と「死」から解放する道を開き得る絶対者に対する叫び

人間の力では罪に打ち勝てない、となったとき、私たちは、その悪に打ち勝つことのできる方に向かって叫ぶしかない。清志は最後に母を呼んだが、母がそこにいないこと、助けに来てくれないことはわかっている。清志は母の姿の背後にある、人間の能力を超えたお方に向かって叫ばずにいられなかったということではないか。

この世の悪しき者による連鎖から解き放ち、希望を与えることができるのは、人間を超えた絶対者でしかないということが暗示されていると言える

罪のうちに生まれ生かされている私たちはみな、状況は違ってもこの世の恐ろしい現実の中に置かれ、「死」に向かっていると言える。私たちを「罪」と「死」から解放する道を開いてくださった方にむかって助け叫ぶことができるということを示す世界を見せてくれる作品である。

6-17-6.jpg附記:JCPのペン友であり祈りの友のおひとりが、ブログ「生かされて」の昨日6月17日の記事に「三浦綾子の生き方」と題して、三浦綾子の初代秘書・宮嶋裕子さんが語られた三浦綾子のエピソードをシェアーしてくださっている。ちょうど私たちが関西ブロック例会で三浦綾子の作品を学んでいた日のことである。

posted by 優子 at 17:10| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

『奈落の声』の世界 小さき者を取り囲む「悪」への視点 @ −日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会−

IMG_2253.jpg昨日6月15日(土)、今回初めて吹田市にある日本キリスト教改革派・千里摂理教会で例会を持たせていただきました。2年前までお世話になった千里ニュータウン教会の次の駅、阪急千里線・山田駅下車、万博公園を背に大阪モノレール沿いに徒歩5分ほどのところです。

例会の初めに吉田謙牧師のご挨拶をいただき、原田兄の聖書朗読(詩篇51篇1節〜4節)と祈り、そしてJCP関西の愛唱讃美歌225番を遠藤優子先生(全国三浦綾子読書会・創作文芸「ふらここ」所属)より手話を教わり手話を交えて讃美しました。

遠藤優子姉B.jpg聖書の神さまは「k」の字を作る!
三浦綾子文学館のテーマは「光と愛と命」。子どもが大好きだった綾子さんは、教会で日本舞踊のような優雅な手話で讃美されたそうです。

今回の学びは昨秋11月の例会で語ってくださった遠藤優子姉に、三浦綾子の『奈落の声』について講演していただきました。以下は私の心にとどめた御講演メモです。

遠藤優子姉A.jpg作品とテーマ】
『奈落の声』は1969年『小説宝石』(光文社)4月号に発表。1969年10月25日、中短編小説集『石ころのうた』『それでも明日は来る』に収録された。

清志少年のモデルとされる人物は『石ころのうた』『それでも明日は来る』『なくてはならないもの』に、神威(かむい)小学校に転校して来て去って行った旅役者の少年のことが書かれている。少年は巡業先の学校に1日か2日転入しては転校していくため、勉強は遅れ、友達もできない。

綾子の小さい者に対する思いがとてもこもっている。教師時代に起こったことへの悔いであったり、もっとやってあげたかったことがあったのにとの思いをもって書いた。特にこの少年には思いを残している子どもだと思う。

綾子が真樹子先生と同じことをしたというわけではないが、子どもたちを引きずっていく悪しきものに目を向けている。不条理(悪)の現実と、それと戦う人間の限界、人間を超えた者に助けを求める叫びがテーマとして描かれていると考えることができる。

母がいなくなってから自分を愛してくれる人がいなくなった清志が真樹子先生と出会う。清志の父に対して真樹子先生も負けじと抵抗する。当時の綾子さんはこんな先生だったのかなあと思わせる。

【作品の背景とあらすじ】
昭和15(1940)年8月末、舞台は人口2万人に満たない炭礦(たんこう)街のK町。沢野清十郎一座が登場する。当時、旅役者への蔑視があったと読み取れる。

清志たちの「母恋鳥」の芝居で、清志が「おかあさーん」と悲痛に叫び泣き崩れるとき、母がいなくなった夜を思い出して泣く清志に嵐のような拍手。「全く涙の名子役だよ、清志ちゃん、よく毎晩泣けるわねえ」と母親役の女。

父は泣いている子役を商売に使っている。学校の教師への嫉みや劣等感でいっぱいの父は、二日目は学校に行くことを禁じた。この父もまた同じような環境で育ってきたのではないかという同情の念。

【作品世界から観えてくるもの】
父親の望みどおりの芝居をせず、殴りとばされさえした清志は小屋主からもらった大袋の1円を持って家を出る。清志は真樹子先生に抱かれて泣いた時、ブラウスを涙と洟(はな)で汚したので、ブラウスを買いたいが1円足りない。

洋服店の店番をしている15、6歳の少女は眠っている。1円の服はないかと尋ねると、「そこん所にあるかもしれない」とあごの先でしゃくるようしてまた眠ってしまった。一枚一枚調べて見つけたとき、清志を捜しに来た父親たちの姿が見えた。清志はブラウスを持ったまま外へ飛び出し、万引きと疑われてしまう。

清志をかばう真樹子に、父親は「いらぬ情けはかけねえでくれと」言ってたのに、優しくするからこんな事件が起きたんだと食ってかかる。父親と言い合いになった真樹子が憤然と、「まるでちんぴらややくざだわ」と真樹子。

「あなたみたいなやくざに育てられたら、どんな事件でも起こしたくなるわ。泥棒だって、人殺しだって」
真樹子は、さっと身をひるがえすように、派出所にかけこんだ。
(泥棒! ぼくが?)
清志は耳を疑った。意外だった。たちまち、「泥棒」という言葉が、清志の胸一ぱいに渦を巻いた。
(泥棒か、ぼくは・・・)
清志はふいに目の前がまっ黒になった。五十銭玉が二枚、音を立てて足もとに落ちた。

真樹子は清志に致命的傷を与えてしまった。
真樹子先生も自分とは反対側の人として去ってしまったと感じた。

父親は清志の体を、乱暴に欄干からもぎとった。清志はその場にしゃがみこんだ。父親はずるずると清志を引きずった。引きずられながら、清志は叫んだ。
「かあさーん」
「かあさーん」
誰に訴えようもない悲しみを、清志は自分を捨てて行った母に、叫びつづけた。

最後の清志の叫び声は何だったかなと考えてみたい。
清志だけではなく炭礦街の子どもたちはみんな苦しみを抱えていたのだと思う。洋服店のバイトの女の子も居眠りせずにはいられないほど疲れていて、大人たちもまた天皇皇后を人間ではないものとして礼をして崇めなければならなかった。

人間を人間として貶め扱われていた子供たち。人間を人間ではないものとしていくことに結びついていくのではないか。
三浦綾子は最後の長編小説『銃口』を『黒い流れ』というタイトルで書こうとしていたらしい。

子どもたちに綴り方を教えていた先生たちが検挙され監獄で死んだ人たちもいた北海道綴方事は、小林多喜二と同じく人間の尊厳が奪われ、人間が人間として生きるとは何と大変なことか!

人間は神より与えられた賜物で神の栄光を顕す生き方ができるはずなのに、愛を注ぐ者から「ちいさき者」を引き離し、「悪」の世界へと引きずる者。人間を人間としない悪が支配しており、人間の尊厳を奪う罪と、奪われた者の傷が受け継がれていく。

清志の父親もそうである。父自身も悪の者によって荒れた性格、荒れ心で生き、清志に伝える。しかし、それを受け継がせることはよくない。

清志は自分を助けてくれるものに向かって叫ぶしかなかった。母は自分を本気で愛してくれた人、母自身のいのちよりも自分を大切に思ってくれる人ではなかったのか。「この世の悪」への抵抗と戦い、そして、悪の世界からの脱出と挫折。

清志の母は父や一座の大人からも清志を守って生きてきたのだろうと思うが、清志を捨てて出て行った。悪の手先になっている夫にひいてしまった。父の悪を担っているところもあり、清志の辛さを更に増してしまった。

「奈落」を地獄というが、本来の意味は舞台や花道(はなみち)の地下のことである。舞台の上では綺麗にお化粧をした人が踊り演じるが、その下はとてもいられないような地獄になっていた。そこから清志は叫んだ。ヨナが深い淵から叫んだその叫びなのだ。

母の向こうにいるはずの清志の声を本当に聴いてくださるかた、清志の気持ちをよく知ってくださっているかた、清志のいのちを守ってくださるかた、すべてのことを支配できるかたに叫んでいた。

清志は行くべきところを求めていた。朝鮮人労働者の人たちが清志に「もう帰りな。お父さん、お母さん、待ってるよ」といった言葉に、帰る場所があるのかなあ・・・
しかし、帰るべきところがあるのをさりげなく書いているのが三浦文学の深いところだと思う。

『奈落の声』の世界が示すものは、「ちいさき者」「弱い立場の者」を痛めつける社会、人間の醜さ、怖ろしさである。罪が幅を利かせているこの世との戦いは暗闇の力との戦いだ。暗闇の世界も教会に及んでいるのではないか。荒廃した人々の心にいのちの言葉を語れるだろうか。

父の育った環境、父をこんな父にしてしまったものは暗闇力ではないか。戦争のために人間の尊厳を奪い暗闇の世界になってしまった。

真樹子先生は人間愛の塊のようなものだが、自分の力で必死に頑張っても清志を苦しみから救い出すことはできなかった。父を悔い改めさせることも清志の将来を拓いてやることもできなかった。

人間の力で頑張っても悪しきものから打ち勝てない。恐ろしいことは悪は連鎖していくことだ。それを開きうる唯一のおかたに叫ばねばならない。

「もうこれ以上駄目だ。これ以上進めない」というときに叫ばなければならない。私たちも最後には絶対者に向き合わねばならないということを書いておられるのではないか。呼び求めることのできるかたに呼び求めてほしい。そこから呼び求める方を示されているんだと!

千里摂理教会にて@.jpg参加者の声:
▼ 宿題を忘れたときは「天皇陛下に申し訳ないと思わないのか!」と、女性教師であっても竹で叩かれた。(80代女性)
▼ ヒューマニズムだけでは解決しない。
▼ 真樹子は派出所に逃げ込んだ。これは「逃げ」であり、警察に助けを求め、自分も裁く立場になった。(遠藤姉)
01yuri2b.jpg▼ この本の「あとがき」を久保田先生が書いておられる。ちょうど今日が命日だが、ご健在ならばもっと詳しくお聞きしたい。(3年前のことである)

私が述べたこと:
クリスチャンでなければ、この作品は解説がないと絶対者なるかたを見いだせないと思う。清志は自分を捨て去った母親であっても、その母を呼ぶしかなかった。真の助けを叫んでいたには違いないが、(著者の意図がどうであれ)その母を呼んでいたと読み取るだろう。それだけに清志の絶望はよく描かれている。
その絶望の淵より叫ぶこともできなくなった者(私)に助けはあるのだろうか。

まさに助けはあった。
魂に刻むべく記録したいとの思いと意欲と力が与えられて帰宅。遠藤優子姉のメッセージと神の家族との心地よい交わりを通して、瀕死情態の魂は和らげられた。
主は、「傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす」。
神の約束を信じて歩み続けたい。

mail1.gif次回の例会は、9月21日(土)、午後1時から5時。
会場は大津教会です。

附記:この記事は今年3月3日に初期設定してもらった「ウィンドウズ10」で書いた。写真は縮小やトリミング方法がわからないので「8.1」で作成して取り入れた。
posted by 優子 at 19:16| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2019年06月09日

サッカー教室のない今朝、ユキも一緒に教会へ!

6-9-2.jpgこれは今朝ユキが窓越しに撮ったカワラヒワ。遠くにいる鳥は顔も色も何もわからないのに、ユキはどうして見た瞬間に名前がわかるのだろう。
昨日今日と珍しくサッカー教室がなかったので、今朝はユキも一緒に知子と3人で教会へ。私はとても嬉しく幸せをかみしめた。

ユキは私たちと一緒に初めて門をくぐった御所教会は2月3日以来2回目だという。という私も7回目だ。3月末まで自治会の役員会や行事で行けなかったこともあるが、行く気力まで失っていた時もあったから、先週に続いて今日は知子と共に礼拝を守ることができただけではなく、ユキも一緒だったので本当に嬉しかった。

6-9-1.jpgしかも今日はペンテコステ礼拝で花の日礼拝と重なったのでCS(教会学校)の子どもたちとの合同礼拝だったから、ユキも和やかな気持ちになったように思う。
というのは御所教会では本来の信仰に立ち、洗礼を受けていない人は聖餐を受けることができないことがさみしかったようだから。

イエスさまが復活されて50日目に聖霊が降(くだ)された聖霊降臨日。今朝開いた聖書は、ヨエル書3章1節〜5節と、使徒行伝2章1節〜47節だった。

御所教会では礼拝の初めに「十戒」を覚える(心にとどめる。唱和する)。

IMG_9743.jpg

「あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。(使徒行伝2章36節)
神は「悔い改めて洗礼を受けて罪を赦していただいて聖霊を受けよ」と言われる。
悔い改めるとは、知的に理解することでもただそれを信じることでもない。全部理解できたかもしれないけれど、神さまの方へ顔を向けて、心の向きを変えることである。私たちは十戒を100%守ることは出来ないかもしれないが、悔い改めたらそのように生きようとする

ユダヤ人だけではなく、私たちもイエスさまを十字架につけ、復活させることによって罪を赦してくださっている。ペテロは、あなたがたは赦されているから悔い改めなさいと言っている。

私たちが十戒の言葉を守るようになったから赦されたのではなく、赦されたから十戒を守って生きようとする
ここに集う子どもたちや私たちにも聖霊をくださっていることを確かめたい。

このメッセージが良輔に、そして全ての人に届くように今一度祈ります。

今朝の礼拝で「使徒信条」を唱和していた時、いつしか自然に涙が頬を伝い、感情は高ぶっていなかっただけに驚きを覚えつつも、涙をふかずにはおられないほど溢れた。
我は、天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我は、そのひとり子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は、聖霊によりて宿り、処女(おとめ)マリアより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、
三日目に死人のうちよりよみがえり、
天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とをさばきたまわん。
我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、
罪の赦し、からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。 
                   アーメン。
神は私をも聖霊で満たしてくださったのだと思った。神による深い慰めを感じて聖餐に与った。

御所教会では毎月第一聖日に聖餐式があり、ペンテコステの今朝も聖餐に与った。御所教会では聖霊を受けてキリスト者になった人だけが聖餐を受ける。聖餐式は信仰によって守るべきものであるとの立場である。

礼拝の最後にCSの子どもたちが前に呼ばれた。
女の子たちは3・4・5年生。そしてユキは6年生。
6-9-4.jpg
ユキ、大きくなったね。
私はユキもCSの子どもたちと共に在るのが嬉しかった。

礼拝後、今回も「地の塩会」(食事会)にお誘いくださったが、その時すでにユキはニジイロトカゲを捜しに外に出て行ってしまい、Sさんが捜しに行ってくださっていた。私たち3人は失礼した。
花の日の今日、CSの子どもたちは昼食後に警察署と消防署、教会のご近所に花を持って訪問する。

6-9-5.jpg
葛城山

6-9-6.jpg
山麓線。ふたコブの二上山が見える。

6-9-7.jpg

すっかり緑が深くなった。

6-9-8.jpg
これは雄岳。

6-9-9.jpg
自宅⇔教会間は18キロぐらい?
会社まで23キロというから教会まで結構遠い。
「ブルンナー読書会」の日、
いつもこの道を下村さんが通(かよ)って下さっている。

6-9-10.jpg


帰宅後、草刈りをユキも手伝ってくれたね。
作文の宿題が残っていて、
草刈りについて書こうとしているので
まず体験から。 
6-9-11.jpg
今年2回目の草刈り。


6-9-12.jpg
鳥は水浴びをしてくれないから取り外してね。

「ユキ! こっち向いて!」
6-9-13.jpg
この新しい週もイエスさまがユキと共にいてくださいますように! 生涯、神さまの御手の中で生かしてくださいますように。ユキ、優しく強い人間にと祈ります。

posted by 優子 at 23:36| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年06月06日

共に善き生涯を

今年も同志社同窓会報(59号)が届いた。女子中高校長(女性)の「『花』のリレー」と題する一文に感じ入った。
「今年も栄光館の周りでは、桜、ハナミズキ、ツツジ、バラ・・紫陽花と、花のリレーが続いています」。
そして次のように続く。

「しかし、これらの季節の花を愛でることもなく通り過ぎていく中高生の若い少女(おとめ)たち・・・。『ああ、なんともったいないことよ。』とつい嘆いてしまうのですが、かく言う私も木々の花や足元の小さな草花に心を寄せるようになったのはずいぶん年を重ねてからであったように思います。いつかきっとこの少女たちも一つ一つの花の美しさとはかなさを愛おしむようになるでしょう」。

私など50代後半から少しずつ少しずつ目が開かれていったのだから、それまでの損失はいかばかりであろうか!

先週、娘たちの幼少時よりの絵や手紙の中から、次女が中学時代の作品を目にしたばかりだったので、真智子は10代の頃から花にも心を寄せていたんだと新たな喜びを感じた。

花@.jpg


花A.jpg


花B.jpg

花C.jpg花に寄せた言葉もいい。
美術の先生のコメントも嬉しい。
これを描いたのは95年の春だったのか・・・
それから24度目の春が過ぎた。

美しいものを美しいと感じる心。自然界だけではなく、誠実な人、思いやりのある人、そういう心の美しい人に魅かれ、自らもそのような人間でありたいと願う。そのように生かされることが幸せと感謝溢れる。

今日はご無沙汰している名倉屋さんを訪ねた。両親が亡くなってから私の手元に運んだ母の着物は、20年近くタンスに入れたままで、ずっと気になっていた。正直言えば苦になっていた。先週、着物を洋服に仕立て直してくださるという催しのご案内を受けて、さすがに心が動いた。

2時間かけて着物を2着ずつカメラに収めては直し、クタクタになってしまったが、お茶漬けをお腹に流し込んで3着選んで持参した。まだ2段分残っていたのを夕刻に気がついたが体力の限界。

名倉さんは2011年夏、次女が帰国中に着物の着付けを教えてくださった。その後も何度か着物を着ていることをお伝えしたくて写真を持参した。ご夫妻ともにとても喜んでくださり改めて感謝が溢れた。

 今日は真智子の誕生日。
この一年も良き日々をと願う。

冒頭の辻村 好同志社女子中高校長は、今年度の同女の主題聖句を紹介して挨拶文を結んでおられる。

「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。 互いに忍びあい、もし互いに責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。 これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。愛は、すべてを完全に結ぶ帯である」。
           (コロサイ人への手紙 3章12節〜14節)

IMG_9677.jpg
posted by 優子 at 23:10| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年06月05日

チャッピーのいない朝の見送り 

E38193E38193E381ABE5B185E3819FE381AEE38081E38381E383A3E38383E38394E383BC.jpg月曜日の朝、私は久しぶりに知子を駅まで見送った。以前はチャッピーの散歩を兼ねて駅まで見送ったものだが、もう6年以上も前のことになるだろうか。

知子は昨朝から原因不明の体調不調に襲われ、欠勤することもできずようやく8時半頃に家を出た。電車を見送り30分ほど歩いてから帰宅した。
 
6-3-1.jpg


6-3-2.jpg


6-3-5.jpg

「空しいことばに、騙されてはいけません」。(エペソ人への手紙5章6節)

人間の知恵は、結局は「空の空」です。体や心に一時的な力を与えてくれますが、たましいを生き返らす力はありません。不用意に信頼すると欺かれます。テレビやネットの宣伝に踊らされないようにしましょう。人の称賛も空しいものです。ほめられないと満足できない人間にはなってはなりません。すべての基準を創造主のことばにすえましょう。

6-3-6.jpg


6-3-8.jpg

「あなたがたは以前は暗闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもらしく歩みなさい」。(エペソ人への手紙5章8節)
光の子とされたのですから、過去の闇の生活を恋い慕ってはなりません。ただ、光の子は自分で光っているのではなく、主の光を照り返しているだけです。そのことを忘れ、主から離れるなら陰ります。主の光にとどまり続けるなら、栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられていきます(IIコリ3:18)。

6-3-9.jpg

この日、知子は定時に退社したが帰宅するにもしんどくて、途中下車してプラットホームのベンチで休みながら7時半頃帰宅した。良輔はその数分前に自動車で帰宅したばかりだった。

翌4日朝、少しばかり回復に向かっていたがしんどそうだったので、昨日も一緒に歩いた。

6-4-1.jpg

駅前のロータリーは草で真っ白。
ユキが箒にして遊んでいたのはこの草だ。

6-4-0.jpg


6-4-2.jpg


6-4-3.jpg
ランタナ

シモツケ
6-4-4.jpg


今朝はかなり回復していたので嬉しくて駅まで見送った。雨上がりの朝、1時間歩いて帰宅した。
6-5-1.jpg
この花も野原一面に咲いていた。


6-5-2.5.jpg
みずみずしいアジサイ

kさん宅のアジサイはすっかり色づいていた。
なんて美しいんだろう。
6-5-3.jpg


6-5-4.jpg
これはカシワバアジサイ。
横から撮らないと細長い形がわからないね。

6-5-5.jpg

「実を結ばない暗闇のわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい」。(エペソ人への手紙5章11節)
人に誘われて、ずるずると闇に引き込まれてはいませんか。断り切れぬまま、実を結ばないことに手を貸してはいませんか。もしそうなら、クリスチャンの良心を明確にし、危うい活動や陰口仲間から離れるべきです。情に縛られて、ぐずぐずしていると、同じ闇の穴にはまります。キリストの御旗を立てましょう。

6-5-6.jpg
白のタチアオイを見たのは初めてだ。

6-5-7.jpg
キーウィはこんなに実を膨らませていた。


6-5-8.jpg
この細長い実はグミだと思う。

子どものころ裏庭にユスラウメの木があった。私が中学生の頃に祖父母を迎えるために庭をつぶして離れを増築した。祖父が脳軟化症(認知症のことを当時はそう言っていた)になったからだ。

もう半世紀以上も前のことだが、今も私の記憶の中にユスラウメの甘酸っぱさと「おじいちゃん」がいる。生涯独身だった「おじいちゃん」は父の伯父で、両親が結婚と同時に末っ子の父が養父として迎えた。

その人が私の懐かしい祖父だ。私が大学4回生の時に亡くなった。
祖父母も迎え、3人の義父母の世話をした母はりっぱだと思う。私はそんな母を見て育った。

6-5-9.jpg
もう少しで踏みそうになった。
この道のアスファルトはこんなに粗かったかなぁ・・・


6-5-10.jpg


6-5-11.jpg
雨粒がこんなに残っていた。


6-5-12.jpg


6-5-13.jpg

次の雨で梅雨入りだろう。

posted by 優子 at 21:44| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年06月04日

罪を犯す人間の悲惨、不条理の悲しみと苦悩の意味は

川崎市登戸殺傷事件の翌日、『クリスチャン・トゥディ』に次のような記事が掲載されていた。

全国805のカトリック学校が加盟する日本カトリック学校連合会の品田典子事務局長は事件を受け、次のように語った。

6-3-10.jpg
「言葉にできないほどの悲しみと衝撃だった。
この世界には、人間の力では防ぎようのない不条理な出来事が確かに起こるのだということを、あらためて痛感させられた。

今も『神の沈黙』の前にぼうぜんと立ち尽くされている関係者の皆様に心を重ね、祈りをささげるとともに、当連合会としても今後何かできることがあれば対応したい」。

また、元毎日新聞記者でジャーナリストの佐々木宏人氏(カトリック荻窪教会会員)は、
image.jpg「カリタスというのは、『愛』を意味するラテン語の言葉。そのような名前を付けた学校の子どもたちに、それと真逆のことが起き、本当に大きなショックだ。このような常軌を逸した事件は、日本でも火山が噴火するごとく、時として突然起こる。

しかし、どのように防げばよいのか。防ぎようがないように感じる。ちょうどドナルド・トランプ大統領の来日中に発生したこともあり、米国であれば、包丁を振り回すのではなく銃の乱射となり、もっと多くの犠牲者が出たのではないかとも想像した」。

記者会見の内容を見る限り、佐々木氏は学校側に落ち度はなかったと考えている。

「学校の先生方も非常にショックだったと思う。カリタスという名前を付けているだけに、これから児童にどのように話していくのかが気になる。特に影響を受けやすい年代であるため、難しいだろうが、何とかケアをしてあげてほしい」。

事件に対しては「絶対に赦(ゆる)せない」という声を聞くが、カトリック信徒としては「犯人に対する赦しをどのように考えていけばよいのか、今後の報道を見ながら、落ち着いて考えていきたいと思う」。

IMG_9602.jpg事件後休校していた学校は明日(6月5日)から再開する。

神さまでしか慰められぬ悲しみと苦悩ゆえに、ああ神よ、ご遺族の上にあなたの慰めがあるように!
この苦悩の果てに神が見えないなら救いなき最大の苦しみだ。神の責任においてそれはあり得ないと信ずるが。

posted by 優子 at 22:30| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年05月30日

2019年初夏に

5月28日朝、川崎市登戸(のぼりと)の路上で19人が殺傷され、カリタス小学校6年生の女子(11歳)と外務省職員の男性(39歳)が亡くなられた。男性は同学園の児童の保護者で子どもは無事だった。


主よ、またしてもなぜ善良な人々にこのようなことを許されるのですか?! ただただご遺族のために祈らせていただくしかなく、しかし、祈るも祈りの言葉が出てこず、頭を垂れるのみ。ただただ神の慰めをお祈りするばかりです。


IMG_9403.jpg

「私の生涯に起こる日々の落胆悲哀に際しても、主に在る希望によって内なる力、および常に変わらない心の平和を保ち続けることができますように」。(エリザベット・ルスール)

5-22-6.jpg


5-22-7.jpg

「悪魔に機会を与えないようにしなさい」。(エペソ人への手紙4章27節)
「すきあらば付け込む」のが悪魔です。所有欲、名誉欲、情欲は、悪魔が罠を張る格好の餌場です。しかし、悪魔にとって最もやり甲斐があるのは、私たちの長所を狙って餌食にすることです。誇りや高慢に気をつけましょう。また、「試みに会わせず、悪より救い出したまえ」と祈りながら、自ら誘惑に近づいてはなりません。主の囲いの中にとどまるのです。

5-22-9.jpg


5-22-10.jpg


5-22-11.jpg

「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです」。(エペソ人への手紙4章30節)
私たちが信仰を始め、その信仰に聖霊が証印を押されたのではありません。聖霊が信仰を始めくださり、その信仰を受け取った私たちの心に救いの証印を押されたのです。聖霊は生涯、私たちのうちに住まわれます。今、あなたの心に思いは聖霊を喜ばせますか、悲しませますか。

5-22-12.jpg


5-22-13.jpg
夏みかんの花

5-22-14.jpg


5-22-15.jpg


5-22-17.jpg

ティッシュペーパーで作った花のよう

5-22-18.jpg


5-22-20.jpg


5-22-21.jpg


5-22-24.jpg


5-22-25.jpg


5-22-27.jpg


5-23-1.jpg

「自分の愛する人が、人生の最も重大な問題について全く無頓着でいられるのを見ることは、なんと辛いことであろう! 神はかかる試練をもって、私に絶え間ない努力、深い苦しみ、価値ある苦しみをお与えになる。
ああ主よ、私はもう一度お願い申し上げます。わが夫フェリックスの心にお出で下さいますように」。(エリザベット・ルスール)

IMG_9097.jpg


5-22-30.jpg

栗の木

5-22-22.jpg


その1週間後
5-29-25.jpg


5-29-26.jpg


5-23-7.jpg

キーウィの花

5-23-6.jpg


5-23-8.jpg
柿の実

今週はこんなに大きくなっていた。
5-30-5.jpg


5-23-9.jpg


5-23-11.jpg


5-23-13.jpg


5-23-14.jpg

「木には望みがある。たとい切られてもまた芽をだし、
その若枝は絶えることがない」。(ヨブ記14章7節)

5-23-4.jpg


5-23-15.jpg


5-23-16.jpg


5-23-20.jpg


5-23-21.jpg


5-23-22.jpg


5-23-23.jpg


5-23-25.jpg


5-23-27.jpg  4-12-9.jpg
(5月23日)姫リンゴ(4月12日)

5-29-1.jpg


5-29-3.jpg


5-29-5.jpg


5-29-6.jpg


5-29-7.jpg


5-29-10.jpg


5-29-13.jpg

「愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい」」(エペソ人への手紙5章1節)
この世は「自分らしさ」を追求しますが、私たちは「神の子どもらしさ」を追求します。「自分らしさ」を求めるといっても、いったい何を理想として、誰に倣えばいいのでしょう。しかし、私たちにはキリストという明確で完全なモデルがあります。人は見つめているものに似ていきます。私たちはキリストを見つめながら歩みます。

5-29-15.jpg

「わたしは高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである」。(イザヤ書57章15節)
心打ち砕かれた人は、主にとって扱いやすく、生かしやすい人です。自分の弱さを自覚しているので、主に祈ります。祈らないのは高慢です。「神なしでやっていける」と思っているからです。主にとっても、へりくだった人は居心地がいいのです。

5-29-16.jpg


5-29-17.jpg


5-29-18.jpg


5-29-19.jpg


5-29-21.jpg
地表に出ているサルスベリの根から噴き出るいのち。

5-29-23.jpg


5-29-24.jpg


5-30-1.jpg
今朝のイソトマ

5-30-3.jpg


5-30-6.jpg
タイサンボクの花

5-30-7.jpg


5-30-15.jpg

まもなく雨の季節

5-30-16.jpg


5-30-9.jpg
これは燕の子だろうか、人を警戒しないので
ゆっくりピントを合わせて撮ることができた。

8日前にはまだこのような光景を見ていたが・・・
5-22-2.jpg

親鳥から餌をもらっていた。
5-30-10.jpg


5-30-11.jpg


5-30-12.jpg


5-30-13.jpg
ベランダのオリーブの木も新芽を勢いよく伸ばし始めた。
オリーブの花言葉は「平和」。
「鳩は夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った」。
                            (創世記8章11節)

「カリタス(caritas)」とは、「アガペー」のラテン語だというから「神の愛」を意味する。文字通り「愛の学校」を想った。
posted by 優子 at 23:57| 四季と黙想 | 更新情報をチェックする

2019年05月25日

オリーブの花が咲いた!

5-25-1.jpg
今朝、オリーブの花が咲いていた!

5-25-3.jpg

昨日の朝はまだ咲いていなかったのに、もうすぐ満開状態だ。

5-25-4.jpg

母の日A.jpg
オリーブの苗は昨年の母の日に知子から贈られたものだ。

4-30-3.jpg










IMG_3875.jpg

その一ヶ月後には一回り大きな鉢に移植している。
IMG_4040.jpg

その秋にはもっと大きな鉢に植え替えた。
 
5-25-2.jpg

半年ほど前から気がついたのだが、この町にもオリーブを植えておられる家があり6〜7か所見つけている。私はいつも視野に入るところで育てたく、地植えするにも日当たりのよい場所もなく、かといって我が家の地には馴染まないetc・・・ベランダに置いているが、木はもっと広い所で根を張りたいのだろう。葉がカールするのはそのせいだからとユキが裏に植えようと繰り返す。

一才ユズ.jpg今週、生協のチラシで「一才ゆず」の苗木を購入した。半日以上日の当たるところと言えばベランダしかなくて、狭くて洗濯物を干すにも大変になってきた。
夏までに伸びた新梢に9月ごろ花芽を作って実をつけるそうだ。洗濯物を取り入れる時に洗濯物をはらって新芽を落としてしまわないようにしなければならない。

IMG_8275.jpg4月末、小豆島へ行く時に私のオリーブの木は花芽をつけていた。

しかし今春はいつまでも寒かったので、小豆島のオリーブは昨春よりも花の蕾は小さく、新芽状態の木もたくさんあった。

IMG_1965.jpgところが今は5月だというのに、今週半ばから記録的暑さになり高温注意報が出ている。昨日は当地でも真夏日になり、今日は33.6度、明日もまた高温状態が続く。



IMG_8639.JPG
これは5月7日の我が家のオリーブ。
蕾を見つけた時の驚いたこと!

私は小豆島に思いを馳せる。今ごろオリーブ園、いや、島中のオリーブの花が咲き誇っていることだろう。私まで小豆島が第2、第3の故郷のようになってしまった。

IMG_1969.jpg
posted by 優子 at 22:40| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする