2019年09月17日

こんな所に絶滅危惧種ハヤブサの仲間がいた! (附記:「ユキがいるならば何でも耐えられます!」とユキを捜す。)

「おばあちゃん! おばあちゃん! 
 あれはハヤブサの仲間や!」

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15日の朝、ベランダにいたユキは声のボリュームを抑えながら、いつもとは違う驚きようで私を呼びに来た。カメラの映像を見ると、確かに隣家の軒下に猛禽類の鳥が写っている。私も胸躍らせてベランダへ出て本物を見た!
 
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すごい!!!
こんなところに猛禽類がいるなんて!

ユキは外へ出て道路側から撮った。↓

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これは「チョウゲンボウ」の幼鳥だとわかった。

IMG_4879.jpgユキの野鳥図鑑はいつのまにか付箋だらけ。
「あれはハヤブサではない、ハヤブサやったら胸の模様が横じまやから」。

そしてチョウゲンボウにたどりついた。
ユキは「チョウゲンボウ」で間違いがないかインターネットでも確かめた。
チョウゲンボウ(長元坊、学名:Falco tinnunculus)は、ハヤブサ目ハヤブサ科に分類され、大きさは鳩くらいの全長30〜40pで小型のハヤブサ類だ。まるで新種を発見したように私まで感激してしまった。

翌「敬老の日」の朝はメジロの巣を見つけた。

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私には卵が2つ見えるが、ユキは絶対に違うと言ってきかない。巣でもないと言う。

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この日は久々に小学校で練習。
サッカー教室もあと半年。
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今日は6番のビブスを着てボールを追いかけていた。
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附記:この日の午後、「ユキがいるならば何でも耐えられます!」と、ユキを捜す。

この日の昼食後、ユキが「ちょっと外に行ってくる」と言って出かけてから1時間以上経っても帰ってこなかった。ユキは常々カメラを持って自宅周辺にいるが、この時テーブルにカメラがあったから不安が湧いて出た。見守り携帯電話も置いたまま。すでに1時間以上経っていた。私は居ても立ってもいられず自宅近辺を15分ほど捜したがいない。

これまでカメラを持って出て行っても20分もすれば帰ってきていただけに、私の心配は一気に頂点に達してパニック状態になってしまった。

知子と自動車で町中を捜した。ナルニヤの森を歩こうと誘われたが断ったから森へ入ったのだろうか。いや慎重な子だからそれは100%ない。大丈夫だろうと思いながらも、池に落ちて溺れていないか、誰かに暴行されて倒れているのではないかと心配でならなかった。

「ユキが元気でいるならば何でも耐えられます。強くなりますからユキを守っていてください」祈りながら、そのうち声に出しながら車窓からユキを捜した。学校にもおらず、駅の方へ向かった。まもなく、

「あっ、赤い服、ユキや!」 

知子と同時に言った。
ユキは駅の近くで二人のお友達と遊んでいた。

ユキは私たちに気づかなかったので、「ゆきひさ、おばあちゃんが来たで」とお友達に言われて窓際まで来た。そして、静かに「ごめん」と言った。心配していたのがわかったようだ。

ユキは歩きに行ったのではなく「ちょっと走ってくる」と言って出たという。その途中でお友達と会って遊んでいたというわけだ。何て子供らしいと心が和んだ。「自転車だったら言いに帰ったけれど、ごめん」と、ユキは神妙な顔で言った。

私は安堵と喜びで涙が溢れ、何度も神に感謝し、フランクルのこと、フランクルの妻・エリーの言葉を思い出していた。そして、全く改めようとしない良心の呵責なき人々のことなんかでもう悩むな、これは選択、決断の問題だと自らに語りながら。

「人間は誰しも心の中にアウシュビッツを持っている。(アウシュビッツとは生死を分かつような苦悩のこと) しかし、あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに期待することをやめない。

あなたが経験したこと、心の宝物としていることは、誰も、この世のどんな力も奪えない。人間が生きることには、常に、どんな状況でも意味がある。

『それでも人生にイエスと言おう』と歌ったブーヘンバルトの強制収容所の人々よりも、はるかにましな状況にある私たちが行いに移せないわけがありましょうか」。


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それにしても、私は初めて見るお友達だったのに、私のことを知ってくれているとは、子どもの能力には驚かされる。


posted by 優子 at 23:32| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年09月14日

残暑でも夏から秋、マチ・クマは再び機上に

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空の色と白い雲。

あまりに美しいので空をカットさせてもらったが、
この空の下でユキのサッカー教室が始まった。
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時刻は午後2時頃。
この同じ頃、真智たちはワシントンD.C.から乗り継ぎ地ロンドンに向かって飛んでいた。そして、日本時間の午後8時過ぎ、ヒースロー空港を離陸して派遣国に向かっている。

日本から帰米して時差ボケのしんどさから解放されたと思ったら、今度は仕事でまた海外へ。若くても体力勝負だ。旅の無事を祈り、霊肉共に守られて仕事がスムーズに進みますように祈っています。

9-13-6.jpg真智たちが日本を去ってちょうど1か月になる。明日はまた35度の予報が出ているが、空気は夏から秋に変わった。
そういえば蝉の声は止み、朝はイソヒヨドリの美しい鳴き声で目が覚め、夕刻も飛びながら歌っている。(写真は昨夕、ユキが撮った)

この白い鳩も同日朝(朝食中)にユキが撮った。

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「みにくいアヒルの子?」
一羽だけのけ者にされているのかなぁ・・・
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 イソトマの返り咲き(Photo by Yuki)


9-13-21.jpg同じ花でも私が写すとこれ。何て平凡なんだろう。これでは見る者の心に何も迫ってこない。
この5〜6年たくさん撮り続けていても一向に進歩しなくて、こんな写真しか撮れないが楽しい。
「なんて美しいんだろう」と、私は飽きることなく楽しんでいる。気がつけば苦痛を忘れて無になっている。


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暑くて1カ月以上全く歩かなかったが、
昨夕思い立って散歩に出た。
この散歩コースは2カ月ぶりか・・・

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この花は「クレオメ」だって!

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今年もジンジャーの花が咲いていた。

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あと2時間弱で目的地に到着する予定だ。
無事に着陸しますように。

posted by 優子 at 23:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

工場的畜産が気候変動と密接な関係 ードイツ増税で肉の消費減を! 日本でも肉食について考える時ー

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私は毎朝家族を送り出して洗濯物を干し、8時からBS1の「世界のトップニュース」を見ながら朝食を摂るのが習慣になっている。
今朝の特集は「増税で消費減を。ドイツで変わる肉の意識」と題して、食肉の税率引き上げと、高まる動物福祉(Animal Welfare)や環境保護の議論が取り上げられていた。

動物福祉とは動物が誕生から死を迎えるまでの間、狭い檻に入れないで、本来の環境で行動要求を満たし、ストレスをできる限り少なくし、飢えや渇き、痛みや病気など肉体的苦痛、また恐怖や悲しみから自由で健康的な飼育方法をめざす畜産のあり方である。

9-11-1.jpgドイツ人は一人当たり年間60キロの肉を消費する。平均より20キロ上回っている。(アメリカ人は80キロ食するので平均の2倍も消費していることになる。)そこで肉の消費量を減らして動物福祉と気候温暖化を考えようと議論になっている。

ドイツでは2008年には8万人だったヴィーガン(完全菜食主義者で卵や乳製品も摂らない人)が、今では130万人になっているという。小麦蛋白で作られた代替肉や、牛乳を使わずカシューナッツで作られたアイスクリームなど人気がある。

マクドナルドではドイツ限定で肉を使用しないパテを作るなど、世界的な企業をも動かしており売れ行きも好調だ。これは驚きであり、各国に広まっていくのではないかと一条の光を感じる。

今夏、ドイツでは気温が42度にもなった。ヨーロッパは環境への意識が高く、気候変動への対策を最優先課題に位置付けている。ドイツでは軽減税率が適用されている中で、肉の付加価値税を7%から19%にまで引き上げる提案が議員から相次いでいる。国民も税を上げてまで動物の環境や気候変動を守ろうとする基本的な考えに賛同している。

みんなが購入できるようにとその方法に議論があるが、日本でもこのような声が上がることを願う。

ベルリンの家畜に配慮した精肉店ではストレスの少ない放牧で飼われた肉を売っているが、税率が上がると客はスーパーの安い肉を求め、動物にとっては現状よりももっと悪化すると懸念を示す。

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前日11日の朝は6時15分頃から始まる「ワールドリポート」を寝ぼけながら最後の所だけ耳にした。その2日前に『フード・インク』を知ったところだったので興味深く聴き耳を立てた。

私は2010年夏に初めて「工場的畜産」という異様な言葉と地獄の実態に驚愕し、2011年10月の記事で肉食廃止運動の背景を考えるを取り上げたことがある。

現在、世界の家畜数は、豚10億匹、牛14億頭、鶏190億羽、そのうち採卵用は50億羽。鶏1羽が一年間に産む量は320個(本来の10倍以上もの数)で、全体で1兆5000個だ。

家畜のために30%の土地を使用し、水の量も膨大で、排出される温室効果ガスの51%が家畜のゲップや廃棄物によるものとは驚くべきことだ。

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食は全て企業が握っており、我々が何を食べているかは消費者の目から隠されている。今や日本でも70%が遺伝子組み換え食品が入っている。遺伝子組み換えは除草剤をまくと草は枯れるが大豆だけ育つ。そのような食品が体に悪影響を及ぼさないわけがない。

アメリカの消費者は食品が作られる背景を知りたがるようになり、有機野菜(オーガニック)が急速に広がっている。地球温暖化を止めるためにもオーガニックは解決法の一つになる。

『フード・インク』(1時間33分)はすでに8年も前の映画である。是非観ていただきたいが、3分間足らずの予告編だけでもいい。牛は草食動物なのに穀物を与えている。草を食べさせていたら「0−157」は発生しないことさえ私は知らなかった。また、1時間で400頭もの牛を食肉処理するため、衛生的にもとんでもないことになっており、業務する人は怪我が絶えない。

鶏については”Fowl Play"(にわとり遊び)を。
鶏や卵についてはここにまとめられている。因みにドイツではバタリーケージ (Battery cages) は禁止になっている。

また『モンサントの不自然な食べ物』予告編(1分55秒)や、『世界が食べられなくなる日』予告編(1分43秒:遺伝子組み換え食品について)など、動物福祉や気候変動への意識を高めるために、子々孫々のためにもまず知ることから始め、日本でも議論が始まることが重要だ。

2023年から遺伝子組み換え(GM作物:genetically modified organism )GM食品の表示がなくなり、GM食品に代わる遺伝子操作の最新技術による「ゲノム編集食品」は届け出も任意ゆえに、今夏から表示されないまま流通し始めている。[ScienceNews2017](5分)で分かりやすく説明されている。

IMG_3165.jpg1962年、レイチェル・カーソンは『沈黙の春(Slient Spring)』で、化学物質による環境汚染の重大性を叫び、初めて警告を発した人物だ。

「春が来ても自然は黙りこくっている。
小鳥も歌わず、ミツバチの羽音も聞こえない」。

人間が毒をまき散らし、地球上を覆う合成化学物質、すべては人間が自ら招いた禍いであった。

IMG_2782.jpgレイチェルは言った。
子どもたちには生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けよ。
大人になって経験する倦怠や幻滅、つまらぬものに夢中になることなどに対する変わらぬ解毒剤になると。

レイチェルは「生命の言葉」で語り、死後8年経った1972年にDDTは製造禁止になった。しかしその後も環境汚染は際限なく悪化し、今や地球規模に及び、命の生存基盤まで危うくなってしまった。
人間の罪深さは計り知れず、食を扱う企業は「経済」のみで動く。それでも我々はより良きを求めて進まねばならない。

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posted by 優子 at 23:56| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年09月09日

聖書タイムB −主を讃美することはあなたの力になるのです!ー

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「あなたはわたしのほめたたえる者だからです」。(エレミヤ書17章14節)
ゆえに、「主を讃美することは私(あなた)の力になるのです!」

讃美歌を聴くのもよい。しかし、エレミヤの言葉を思い出しては讃美歌を口ずさむとき、一節を待たずとも一言口ずさんだ瞬間に神の愛が体内に流れ込み、弱り切った心が強くされる。それは私の中に神が住んでくださっている証しであると涙する。

そして、「音楽の究極的な目的は、神の栄光が顕され、人の魂を浄化再生されることでなければならない。」と書き残したバッハを思い起こさせる。

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昨日の讃美歌礼拝で8曲讃美した。讃美歌を歌い始めてまもなく耳に聞きなじんだ聖句が脳裏に響いた。
「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです」。(ヨハネの第一の手紙4章8節)
この聖句を今更ながら初めて深く受け止めることができ、福音の神髄に触れさせてくださり感謝があふれた。

ある人は「神がわからない、わからない」と言うが、イエス・キリストを求めている人には必ずわからせてくださる。出会ってくださる。かりに長年聖書を読み、信仰の良書を読もうとも知的にわかるものではない。神の助けなしで人生を生きていけると思っている限りわからないのだ。200年300年の人生を与えられようとも!

「この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった」。(第一コリント 1章21節)

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夏休み最後の9月1日の夜だったと思う。就寝前のお祈りをしようと思ってもなかなか祈ることができず、ついにそのまま横になってしまった。その後まもなくユキが私のそばへ来たので祈ってほしいと願った。自ら祈ることができなくても、ユキのお祈りに合わせようと思った。

二人並んでベッドに座り、ユキの祈りを聴かせてもらっているうちに私も祈りたい、祈らずにはおられなくなり、ユキのあとに祈ることができた。ユキに感謝し、ユキのことを神さまに感謝した。

「人は失望によって死に 希望によって生きる」。
フランクルの言葉の通りだ。
もうすぐ1年になるが、ついに私の唯一の長所である向上心もなくなってしまい、この状態で生きるのは苦痛でしかない。主の恵みの中で生かされているのに・・・

しかし、あの内村鑑三でさえ愛する人を失ったとき、ついに「祈らぬ人となるに至れり」と苦悩し、不敬事件から教会の攻撃で端を発した無教会運動を始めるまで9年の歳月がかかったこと。そんなことを思い起こしては「焦らなくてもいいんだ」と自らに言い聞かせている。

私はもう若くないのでこの先9年もの時間が残されているのかどうかわからないが、それでも焦ってはいけない。

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今回の聖書タイムは、7日(土)に知子と観た『クオバディス』(DVD)について話し合い、以前は共に気づかなかった人間の実相を鋭く感じ取った。そして神の恵みへと会話が導かれて豊かに祝福され、最後にマタイによる福音書13章24節から30節までを輪読して、知子のお祈りで終わった。

今思うままに心にあることを言語化してみたい。

心を開いて互いの人生で出くわす問題や葛藤、痛み、また恵みについて分かち合い、支え合いながら生きる。そのことにより共に主に在って互いに成熟し、経験が統合されていく。これこそが新約聖書で示された教えを全うすることだと思う。

かつての「オリーブの会」のような家庭集会を開きたい。何でも話せる安全な場所で分かち合うとき、主の教えが血となり肉となっていくであろう。ただし今のように私自身が分かち合おうとする気力がなくては、そのような働きもできないが。

延々と続く好転しない状況の中で、私の倫理観では理解できない生き方をする人や人々から大打撃を受けて、ついに立ち上がれなくなってしまったのだが、信仰とは神にゆるぎない信頼を置くことであると身をもって経験している。

「私たちはトラブルの真っただ中で神を信じます。神が私の敵に報いられると信じるのです。愛を受け続けても感謝の心なく、悪意に生き続ける意地の悪い者のためにも祈れと主は言われる。
そして敵から自由になって解放されて生きるのだと。神の力がその人を最終的に正しく裁かれるからです」。

ある時、信仰の友が言われた、「ヨブが試みにあったのは、ヨブの信仰が弱いからでなく、強いからです」と。
最後はヨブのように、たとえ理解しがたくても神は愛であり、正しいお方であるということを信じる、それが信仰だ。

社会生活における全ての人間関係においても信頼が失われ、ましてや改めようとしないならば修復することはできない。神さまはどのように破綻した関係を繕われるのだろう。私はこの年齢になって信頼関係がいかに重要であるか身をもって知った

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これからも主に在って守り支えられて、闇の中を怖れずに毅然として光の子として歩もう。「光は闇の中に輝いている」。失意においてこそ輝く歩みがあるのだ! 主がすべてのことを見ておられるのだから悪の誘惑に負けてはならない。善をもって悪に勝利させてくださるように!

次女夫婦の今夏の帰国で祈りに導かれ、孫に導かれて拙いながら祈る者へと回復されつつあることを感謝している。感謝は新たなる祈りを生み出していくに違いない。しかしそれも神さまのなさることだから焦らないように。

神がわからないと言いながら悩むこともない人よ。
神が人間に求められることは、自らの罪を認識して悔い改めることだけだ。命のあるうちに、そして、命があっても認知症になってからでは遅い。今こそ恵みの時、救いの時である。


附記:書き留めていたメモより。
牧師は、相談者に背を向けている。
危機の中にある人に手を伸ばさない。牧師は倫理的危機を迎えている。

問題を正しく裁く力がないために、「赦しなさい」。思いやりのある牧師でいたいために、「お祈りしています」。
問題に巻き込まれたくないから、「私は中立の立場です」。

このような言葉は、相談者にとって何の役にも立たない。相談者にとって、それは体の良いおことわりである。

相談者は助けを求めていくつもの教会を訪ねるが、同じ言葉を聞き、やがて訪ねることを諦める。教会に助けがないからである。

もし牧師が心を動かされて取り組むなら、天から助けが与えられる。これを経験すると、倫理的危機を克服できる。
どなたの言葉か書いておらず申し訳ないが、失わないうちに刻んでおきたい。
トルストイはキリスト教を書き、ドストエフスキーはイエスを書いたと言われるが、そのことを想起させ考えさせられもする記事である。

posted by 優子 at 22:19| 聖書タイム | 更新情報をチェックする

2019年09月04日

初めて見た稲の花

2週間ほど前にテレビで稲の花を初めて見て、稲も花が咲くんだと当たり前のことに驚いた。日が経ちすぎて花は見られないと思いながらユキと二人で近くの田んぼへ急いだ。かろうじて咲いていた。ひょっとしてこれから咲くのだろうか、いい年をしてそんなことも知らないが初めての出会いは感慨深い。

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ハグロトンボ

9-1-15.jpgこの日初めて出会ったハグロトンボ。ユキのおじいさんに写真を見せると、「このトンボをオハグロと呼んでいた」というので、簡単に名前を調べることができた。

ユキはハグロトンボが羽を広げる瞬間を待っている。

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これが赤とんぼ。目まで全身真っ赤だったとは!

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これは「虎の尾」という花だよと畑の主に教わった。
正しくは「花虎(はなとら)の尾」。

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これはユキが撮った月

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これはストロボをあげて撮ったんだって!
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今朝、「チイチイ」とかわいい声が聞こえたので目をやると
メジロが7〜8匹もいた。
私はようやく網戸越しに1羽だけ撮ることができた。
この小さな命があの猛暑によく耐えられたものよ。


9-2-1.jpg今日から給食が始まった。2学期は運動会があり、10月末には修学旅行だ。旅行の話や参観日・懇談会で知子も仕事のやりくりで大変だろうが無理しすぎないで、今しかできないことと心に刻み、味わいながら楽しんでほしい。

今しかできないこと、人生は全てそうだけれど。


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生協の共同購入では早くもお節料理の早期予約の案内があった。いくら何でも早すぎるのではと思うが、今年もあっという間に12月になることだろう。

今日は珍しく午後3時ころから雨が降り、日暮れまで雷がゴロゴロなっていた。

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神の光に照らされて、主の道を歩んでいこう。

posted by 優子 at 21:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年09月01日

小学校最後の夏休みを惜しむ −ユキが飛んだ! 私も飛んだ!−

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ユキが飛んだ!

IMG_3860.jpg私も飛んだ!

ユキは同じ場所で私にも飛ぶように言ったが、私は股関節が悪いので飛ぶなどとんでもない。すると玄関の一番下(15センチぐらい)の階段からでもいいからというので、ユキとの思い出になるのなら傷めてもいいやと軽く飛んでみた。

しかし、一枚目は全くだめ。
低すぎる上に飛び上がって飛べていない。
そこでユキはカメラを地面に置いて撮った! 
ユキの発想はすごい! 頭いい!!!

こんな写真になるとは思ってもいなかったので、私は楽しくて嬉しくて、心まで羽のように軽くなった。それでもやっぱり特に悪い方の左足は、着地が怖くて膝が伸びていない。

images.jpgユキは小豆島のギリシャ風車をバックに魔法の箒のような写真が撮りたいと言った。
何度も小豆島へ行っているんだから撮ればよかったのに。ユキに勧めてやればよかった。今度行った時には私も絶対にやりたいと、自分の年齢を忘れて本気で思った。でもユキに嫌がられるかな・・・

マチ・クマ二人で是非撮ればいいね!
そしてユキも一緒に3人でも撮ってやってほしい。是非是非お願い! ついでに私も一緒に!

10E699828E58886.jpg40日間などあっという間だった。
今夏の思い出といえば何といっても真智と太志君と奈良へ行ったこと! あの日も最高気温が38度近い猛暑だったのに、8〜9時間も飽きずに奈良公園にいた。鹿の大群、誰もいない浮見堂で風を感じながら過ごしたひととき、本当に楽しかったね。

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真智たちにもらったボールペンが入っていた
ポケモンの袋が
一番嬉しいと今もよく見ている。

夏の初めはお店でも売っていないような甘いプチトマトが70個ほどできたね。
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今年も8月1日から10日までラジオ体操を前でやったね。
休まずに行ったのは今年もユキ一人だけだったね。
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今年は去年より50名増えて延べ794名が参加した。
自治会長が高学年の子供に「前でやってね」と声をかけられるのは教育的配慮からだ。現会長さんは大阪府立高校の先生だったから。

体操が始まる前にお友達とひと遊び。
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これは自治会の広報誌に掲載された写真
両サイドの子は5年生のツイン坊や。
6年生のユキと背丈は変わらない。
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IMG_2578-3b762.jpgサマースクール最終回の3日目は書道を教えていただいた。その翌朝、書道家のTさんにお礼を申し上げると、「一生懸命やってはりましたよ」とのコメントをいただいて嬉しかった。

IMG_2754.jpg夏休みの宿題のお手本を書いていただき、こうして習字の宿題も8月初めに終わった!

真智たちが日本を発った時、ユキが言った。
「あっ、忘れてた! 勉強。あれが一番嫌いやねん」と。

小学校高学年になると朝から晩までお弁当持参で塾通いの子も多い。そんなことを思うと心が揺れる時もあるが、学校の勉強がマスターできているならばそれでいい。勉強嫌いの子に無理強いさせても効果はないのだから、鳥を追いかけて根気よく観察するユキはユキでいい。何か一つでも好きなことが見つかればいい。

ユキなりに中学校へ進学する不安も話してくれた。クラスで半数以上の子がスマホを持っていると聞き、このような時代をどのように対処していけばよいのか悩む。肝心のこのような懇談会も全くない。

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ユキはこんな絵を描きたくてこの写真を撮ったんだって。

8月29日、ユキが生まれた日のブログを読んでやると、「ユキが生まれた時、こんなにたくさんの人が喜んでくれたん」と静かにつぶやいた。意外がっていたようであり、ユキの深いところで満たされたように感じられた。
「ユキが大人になったらブログを読んでね」と言うと、深く頷きながら小さな声で「うん」と言った。

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報いられない努力も愛も神さまに捧げる宝物!
さあ、元気を出して行きましょう!


蝉の声はまばらになり、秋の虫の声が盛んになってきた。ツクツクボウシの声を聞きながら遠のく夏に別れを告げよう。



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「主が、あなたの霊と共にいますように。
恵みが、あなたがたと共にあるように」。
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2019年08月31日

四季と黙想 −夏の終わりにー

8-29-3.jpg「主よ。私があなたと論じても、あなたのほうが正しいのです。それでも、裁きについて、一つのことを私はあなたにお聞きしたいのです。なぜ、悪者の道は栄え、裏切りを働く者が、みな安らかなのですか」。(エレミヤ書 12章1節)

この問いに対する主の答えはありませんでした。ただ、「主は生きておられる」(16)「主のなさることは正しい」と信じ、人知を超えた主のわざを受け入れることが、人にとって幸いの道なのです。


8-29-6.jpg「わたしはキリストとその復活の力を知り、キリストの苦難にもあずかって、キリストの死と同じ状態になり、何とかして死者の中からの復活に達したいので」。(ピリピ人への手紙 3章10・11節)

復活がなければ、地上生涯は無意味です。労苦も忍耐も、何一つ報われません。復活だけが、地上の行いを永遠に価値あるものとします。家族や友人との永遠のつながりを保証します。主と共に死んだのであれば、主と共によみがえります。


IMG_2688.jpg「最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい」。(ピリピ人への手紙 3章1節)

辛いときに「喜びなさい」と言われも、ふつうは喜べません。しかし、私の内に生きておられる主は、私を喜んでおられます。喜んでおられる主に自分を委ね、主と一緒に喜ぶのです。パウロは獄中でも、主にあって喜び、声に出して賛美し、恐れを克服しました。多忙なときも、心沈むときも、主と共に喜ぶのです。主の平安と力が湧き上がります。


8-29-1.jpg「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます」。(ピリピへの手紙 3章20節)

天に国籍を持つと、天の御国の視点が授けられます。地上の視点だけで見るなら、心は地上のことだけに縛られます。しかし、天の視点で見るなら、束の間のことには心を奪われず、永遠に価値あること、絶対に必要なことだけに、目を留めるようになります。


バッタの赤ちゃん.jpg「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」。(ピリピ人への手紙 4章6節)

思い煩いや愚痴からは、何の良いものも生まれません。むしろ感謝し、賛美し、祈り、自分の願い事を主に告げることです。主が知っておられるという確信から、「人のすべての考えにまさる神の平安」が生まれます。この平安の中で、主のみわざはなされます。


IMG_2685.jpg「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」。(ピリピ人への手紙 4章13節)

主イエスは、「人にはできないことが神にはできる」(ルカ18:27)と約束されました。パウロはその通りに信じ、主の偉大さを繰り返し体験してきたのです。私たちは目の前の現実に圧倒されて、祈ることさえ、途中であきらめてしまうことがあります。私たちが信じている方は、全能の神であることを忘れてはなりません。


8-29-2.jpg「わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから」。(エレミヤ書29章7節)

敵国バビロンの町で捕囚の身になっても、自暴自棄ならず、憎まず、その町の祝福を祈れと、主はユダの民に言われます。敵を恨み呪っても、自分を惨めにするだけです。主の民は、人々を祝福することが務めです。敵をも祝福する大きな心を、主は喜ばれます。


8-29カット.jpg「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」。 (エレミヤ書29章11節)

主の計画は必ず成ります。それゆえ、落ち着いて主を信頼し、今日なすべきことを誠実、着実に果たしましょう。不安と焦りで行動すれば、主の計画を妨げます。主に信頼する者は、悠然と行動します。


093.jpg「神は、私たちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった」。(コロサイ人への手紙1章13節)

私たちは闇の力から解放されています。なのに、闇の誘惑に身を任せてしまうことがあります。私たちは光の支配下にいます。わざわざ闇に身を置いて誘惑と戦うのは愚かです。光の中で主のわざを行い、主を語るのです。頭の中で考えるのではなく、光の中で実際に体を動かすことが、光の勝利の味わい方です。
(キリストの栄光教会より)

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2019年08月28日

6年生夏休みの最後は野鳥に夢中!  ヤマガラ、カワラヒワ、メジロ、ホオジロとヒヨドリの子育てとキジバトの巣作り 

大阪市の小・中学校は1週間早く今週から2学期が始まった。「G20」で2日間休校になったことも関係しているのだろう。

8-25宿題完了.jpgいよいよ夏休みも残すところ4日。最後に残っていた「少年の主張」を3日前に書き終えて夏休みの宿題は完了。ひとたびゲームを始めると止められない日々だったが、野鳥にも夢中なユキはステキ。私もだいぶ鳥の名前を覚えた。

ヤマガラ
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ヤマガラ@.jpg


これは8月23日のヤマガラ
 ヤマガラ@.jpg

メジロは何を見ているの?
何てかわいい表情だろう。
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スズメもかわいいね
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カワラヒワ
カワラヒワ (2).jpg


カワラヒワ.jpg


 ホオジロ
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ここからはホオジロの雛
この日はまだおつむに産毛が残っている。
ホオジロの雛@.jpg


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その2日後は、もう産毛はなくなっていた。
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親のところへ飛ぼうとしている

大きな虫をもらい1分足らずで飲み込んだという
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 食べ終わったあとの雛
   ホオジロG.jpg  ホオジロF.jpg

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これも ホオジロ
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残酷なようだが、自然界のことを知るのは大切だ

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ヒヨドリはカタツムリをくわえている
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ヒヨドリの雛(8月26日正午頃)
  ヒヨドリの雛@.jpg  ヒヨドリの雛A.jpg

手が届く距離で写している

  ヒヨドリの雛B.jpg  ヒヨドリの雛C.jpg


ヒヨドリの雛D.jpg

それらを14秒の動画でも撮った


このあと80度の勾配がある1メートルの壁を必死で登った雛
 ヒヨドリの雛E.jpg  ヒヨドリの雛F.jpg

8月27・28日は鳩の巣作りを追っていた
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お向かいの敷地内に巣を作っているのを発見

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003.jpgユキは外とベランダを行ったり来たりし、今朝は真智の部屋の出窓から根気よく撮っていた。
私がユキに付き合ったのはこの時だけで、これらの写真や動画はユキ独りで外出して撮ったものだ。


小枝は裏(ベランダの下)で拾っていた

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そして巣へ運ぶ。
鳥たちは決して怠けることはない。

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まずはこれまで。写真が多くて編集するのが大変だったけれど、
すごい力作だと思った。将来は野鳥博士になるのかな?


posted by 優子 at 22:47| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年08月25日

聖書タイムA

001.JPG帰国中の次女夫婦がアメリカに発つ前日、「聖書タイム」に誘ってくれ豊かなカイロス(人間の内的な時間)の時を味わった。以来、私たちは歩みを強くされており、真智子と太志君が道を開いてくれた「聖書タイム」を続けていこうと、今日は3時間も幸いな時を過ごした。

8-21-16.jpg12日前の8月13日(火)の第一回目に続いて、今日は第2回目である。自らのために、そして創設者であるワシントンの次女夫婦との分かち合いのためにも記録を重ねていきたいと思う。


聖書に「あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう。」とあるが、まさに知子もまた私よりも先に私がまだ得ていない真理を体験していた。内村鑑三とトルストイの苦悩の深さを語り合い、聖書を読んだ。そのうち、私は何も語ることもなく只々知子の言葉に耳を傾けていた。

これまでを振り返ると、公私共に人間の思いや考えの及ばないところで、いつも具体的に見える形で助けられて進んで来た。絶対必要なことはいつも神様が成してくださってきた。これまでの道のりを振り返ればわかる。直近では妹夫婦の帰国と尊い時の実現。そのように助けられてきたことを思うと、これから先のことも思い煩うことなく精一杯の誠実を尽くすのみ。

私は2018年夏にトルストイの『懺悔』を読んだ。その直後に別の会社が倒産した。私は相談できる人もなく、最近は母もまた真智たちが帰国するまで「そんな話を聞かさないで」という状態になっていた。

会社のことも全てにおいて整っていない時ばかりだった。祈ることもできないほど弱りいつも逆境だったのに、私が満たされ整っていない状況下でも、絶対必要な時には人が送られてきたり知恵が上から与えられたのをいつも感じた。
「わたしは近くにいれば、神なのか。・・・遠くにいれば、神ではないのか。人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか。…天にも地にも、わたしは満ちているではないか」。(エレミヤ書23章23・24節)
私たちが主の臨在を感じられないときも、主は変わらず側におられます。私たちの気分次第で、遠くなったり近くなったりされません。私たちが祈れないときも、主は私たちを見守っておられます。

神は居られるということ。神を信じて生きている人を主は見守ってくださっている。祈ることができない時も神様は変わらぬ愛で見てくださっており、真智や太志君、また友も祈ってくださっている。元気な者が弱った者のために祈り、支えあえばよい。

エレミヤ書23章23・24節
「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか」。

ロマ書8章26節〜30節:
「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。

そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。

神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである」。

絶望している長い期間にも意味があると今は思えるようになった。(悪を改めることもなく)苦しむことができないほうが絶望だ。
ママはこれまでの42年間についてはもう十分考え抜いてきたので、今はもうそこに焦点を当てないで。でないと「何のために生きてきたのだろう。すべて無駄だった」と悲観的な思いから解放されない

弱っている時に自らを鞭打って、それでも立ち上がれない。しかし、もうそのことで自分を責めすぎなくてよい。それほど弱り傷ついているという自分の情態を肯定する。立ち上がれる時はただ恵みによるのであり、鞭打って立ち上がっても継続しにくく、また平安はなかった

真智たちと今回会ったことは大きなことだった。わかり合える人がいるということを自分の魂が理解したし、人間の知恵では「今はふさわしくない時」と思っていたのに真逆、「今がその時」だったこと。改めて神様に感謝した。

申命記 8章4節〜7節:
この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。あなたはまた人がその子を訓練するように、あなたの神、主もあなたを訓練されることを心にとめなければならない。あなたの神、主の命令を守り、その道に歩んで、彼を恐れなければならない。それはあなたの神、主があなたを良い地に導き入れられるからである」。

「イエスさま」と、穏やかな心で御名を呼べること自体が神の恵みである。それを今、一番痛感している。それゆえに「幼子のように」と言われるのだ。

8-21-18.jpg知子の証しに耳を傾け、最後に申命記の言葉を贈られて希望を繋ぎ、深く頭(こうべ)を垂れた。最後に黙祷して終わった。周囲に人がいたからである。


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posted by 優子 at 21:47| 聖書タイム | 更新情報をチェックする

2019年08月24日

エアコン洗浄で冷気再び

次女夫婦が帰国して日本滞在中からずっと猛暑だったが、昨日の雨で気温は27.5度に下がり、昨夜は窓を閉めないと寒かったはず、最低気温は23度だった。

まん悪く帰国中、我が家のエアコンは機能せず、帰国までに解決しておくべきだった。それでも8月2日はまだ冷気が出ていた。プールに入るユキを学校まで送り、掃除後クーラーを入れて迎えに行った。僅か20分間でも涼しくなっていた。

ところが真智たちが帰国(帰宅)した8月7日は殆ど機能せず、室温は35、3度のサウナ状態で、13日の「聖書タイム」は真智の部屋で行った。

次女夫婦が帰米後、ようやく私も家電店に電話して、ようやく今日、クーラーから冷たい風が出るようになった。しかし4回目の来宅人でようやく解決したのである。あと還流ファンの取り換えを残して。

まず16日に故障しているかどうか点検に来ていただき、故障ではなくクリーニングすればOKと言われた。18日にクリーニングに来ていただくと、送風ファンのプロペラの欠けによる振動ありということで、先に送風ファンの取り換えるように言われて、家電店からメーカーに連絡してもらい、23日に還流ファン(正式名)の取り換えに来てくださった。

ところがやはり私が申し出ていたように、先にクリーニングして取り換えたほうがいいということになって、即、今日クリーニングしていただくことになった。

午後のサッカーはグラウンドがぬかるんでいるので中止になり、ユキが写真を撮ってくれたが撮り始めるのが遅く、1枚目に挙げた写真も私が撮ったものである。

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この複雑な回路にびっくり!

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全てのコードを抜き、右部分は、
水がかからないようにタオルをかけられた。

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この埃! フィルターの目は完全に詰まっていた。

「動画を撮ってください、ブログに書いてくださいと言うんですよ。リアクションしてくださるのでやりがいがあります。」と仰ったので、ブログに掲載させていただくことにした。

1999年4月に引っ越して以来使っていたエアコンは十分機能していたが、消費税が5%から8%になる前月の2014年3月に買い替えたので、5年5カ月にして、そして我が家では初めてのエアコン洗浄だ。

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雨の日はお風呂場で洗う。

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ユキが動画を撮り始めた。









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我が家の汚れもこの通り!
それでも台所があるわりには、油の汚れは少ないほうだった。この汚水は溶液で中和させてから捨てねばならないので持って帰られた。

ついでに風呂場の暖房機も気になって洗浄していただいた。
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水をかけて洗っているところ。

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ついでに換気扇カバーもサービスで洗ってくださった。


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IMG_3345.jpgできた! これで冬が来ても安心。


誠実な人と接すると生きる喜びを感じるだけではなく、今の私には癒しのセラピーのように感じる。この度のクーラー洗浄は何度も何度も変転して今日に至ったが、それでもイライラすることもなかった。

しかも今週は年に一度の浄化槽の清掃(この地域は水洗便所ではないのでくみ取り)で、直前までわからないので重ならなければいいがと思いながらだった。昨日はお隣さんで終わったので週明けに来てくださるはず。あとは還流ファンの交換を残すのみだが、クーラーは既に利用可。

世の中には数えきれないほどの専門分野の方がいて、誰も皆いろんな人にお世話になって生きている。そのことに感謝して生きるのは何と幸せかと思う。神に感謝! K・Tさん、今日はありがとうございました!

posted by 優子 at 22:24| 随想 | 更新情報をチェックする

2019年08月22日

初めて市民プールへ −自転車で下る迫力動画ー

夏休みに入ってすぐ35度以上の猛暑になった。北極研究所はノルウェーでトナカイが200頭も餓死したのは気候変動と指摘し、国連は「前代未聞の事態」と、シベリヤで相次ぐ森林火災と温暖化加速の懸念を報じていた。

そして今日、地球上の20%の酸素を生み出しているアマゾン熱帯雨林で記録的なペースで火災が発生していると報じ、壊滅的な打撃になりかねないと警鐘を鳴らしている。

そんな2019年の夏休みも終盤に入った。小学生最後の夏休み、私にとっても懐かしい記憶として残るであろう市民プールに通ったことを記録したい。

最高学年とあって6〜7月の水泳の授業では、皆がクロールで25メートル泳げるようにと指導されてユキも合格していたが、7月初めの「市民だより」で「息継ぎとクロール25メートルを目指す練習クラス」に目が止まって申し込んだ。毎年開催されていたが知らなかった。

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早いものでもう1か月前のことになるが、7月23日から25日まで、私はユキの水泳教室に同行した。自転車で10分ほどの市民プールである。東大阪に住んでいた頃に1度来たことはあるが、もう30年も前のことだ。

ユキは兄弟もいないから楽しくないだろうと
プールに連れて来てやったことはなかった。
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50メートルプール
この左端でやっていたね。

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市民プールI.jpgこれは2日目。


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私は50分間待つのも退屈しなかった。
本を読むこともなく歩いて見回っていた。

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幼児用プール

ちょうどプール教室の前日に5年生の友人と4人で来た。
私は子どもだけで行くのを反対したが聞かず。

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このスライダーも体験していた。
恐いからと2度としなかった。

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流水プール

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50メートルプール
8月のクラスは今週実施されている。


7-26-3.jpg4日目の最後の日は欠席して学校のプールへ。前日、指導者に最終日の欠席を申し出て感謝して別れた。

この日は学校のプール開放ではなく希望者なので各保護者が送迎することになっていた。学校のプールにも歩いてくる人はなく、市民プール同様みんなお母さん運転の自動車だった。

この日、ユキは75メートル泳ぎ記録を更新した。
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帰り道で虹色トカゲの子どもを見つけてご満悦。
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では「迫力帰路動画」を!


ここは校区内、この地域の子たちの通学道だ。
1日目は豊島(てしま・瀬戸内)のサイクリングを思い出して楽しかったが、1日目を終えた自転車の充電残量は3つのうち2つランプが点いていたので、2日目の朝は充電器の「リフレッシュ」に気が付いて、それを押して充電したところ、いざ出発しようとした時に一つしか点いていなかった。

真夏だというのに今年も血圧が高く躊躇したが出発するしかなかった。ところが着くまでに残量は無くなり、この動画の道で自転車から降りたはいいが、重い電動自転車を支えきれず、倒れた自転車をユキに起こしてもらわねばならなかった。

そして、ユキが自転車を交換してくれて、私はユキの軽量の自転車を引っ張って行った。自転車が倒れかけた時に腰をひねったようで、10日間ほど左の股関節が痛くてたまらなかった。

これはそんな2日目の帰り道の動画だ。ユキは危険なのにカメラを持ちながら動画を撮っていた。前日同様に私は途中で左に曲がるのを忘れて声がかかる。こういうミスも考えられない記憶力低下だ。

IMG_1429.jpg8月31日追記:
それでも元気な表情をしていた。
これはその日二日目の帰り道、
行き過ぎた後の写真だ。😃

楽しかったね、ユキ。
とてもいい思い出になったよ。
ユキは優しい子、ありがとう。
ユキとのこと、忘れない。
posted by 優子 at 17:29| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

忘れ得ぬ2019年の帰国D −聖書タイムで各自が語ったこと 感謝の最終章ー

IMG_2603.jpg8月13日(火)午後2時半から1時間、真智の声かけで「聖書タイム」をもった。良輔も自ら参加した。まん悪く(タイミングが悪く)リビングルームのクーラーが効かず、4畳半にベッド2台入ったきゅうきゅう詰めの部屋で。

最近心に留まったみことば(聖句)を引用して思いを分かち合おうと促され、真智の祈りで始まり、最後は一人ずつ祈り合って終わった。
最初に15分間ほど思いめぐらす時間をとり、一番バッターを申し出た私は、信仰書から内村鑑三とブルンナーの言葉を紹介した。

優子/内村鑑三『一日一生』7月14日より
         ヨハネによる福音書3章18・19節:
彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。

「もし神の刑罰というものがあるとすれば、それは事業の失敗ではない、生活の困難ではない、肉体の疾病(やまい)ではない、家庭の不和ではない、実に、死そのものでもない。これらは皆艱難不幸天罰のうちに数えることのできるものではない。

もし神の刑罰というものがあるとすれば、それは神を知ることができないことである。未来と天国とが見えないことである。聖書を読んでもその意味がわからないことである。感謝の心のないことである。俗人のように万事万物を見ることである。これが真の災難である。最も重い刑罰である」

『ブルンナー著作集・フラウミュンスター説教集U』の「キリスト信仰」より:
「自分がイエスを必要としていると認識する人のみが、実際にイエスを信じているのです。救い主を必要としていない人は、イエスを信じることもできません。しかしわれわれが自分は救い主を必要とすると気づいた瞬間、その瞬間、イエスの神的本質、彼の神的性格、彼の神聖に対して開かれます。

信じない人間は、自分が救い主を必要とするとの認識をまだ得ていないという唯一の理由から信じません。その人は自分ひとりで自分の人生を処理できると思っているからです」。

この半月ほどゆっくり聖書を読んでおらず、信仰書(ブルンナーとナウエン)を読んでいた。今も全く状況が変わらぬ現実、闘いの日々にあって、これらの言葉が慰めと励ましになっている。

IMG_2504.jpg知子/エペソ人への手紙6章10節〜17節:
最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。

それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。

すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、平和の福音の備えを足にはき、その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。

また、救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。 絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。

今まではこのような力強い言葉は(避けて)読むこともできなかったが、真智とフーが帰ってきて強められ、このような箇所を選んだことは大きな変化だ。

良輔/詩篇34章18節〜22節:
主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。正しい者には災いが多い。しかし、主はすべてその中から彼を助け出される。主は彼の骨をことごとく守られる。その一つだに折られることはない。

悪は悪しき者を殺す。正しい者を憎む者は罪に定められる。主はそのしもべらの命をあがなわれる。主に寄り頼む者はひとりだに罪に定められることはない。

「主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる」とあるが、そういうことをしないし相談する相手もいない。そのようなことをしないからよくないのだと思う。

私(優子)は引用箇所に驚愕して、「あなたはどの立場で読んでいるの?」と言葉が飛び出してしまった。そしてコメントを聞いて、「下村さんがいるじゃない。何もかも知ってくださっている下村さんが! クリスチャンの交わりはとても大切やよ」と言葉が出ていた。

IMG_2688.jpg太志君/イザヤ書6章10節:
「あなたはこの民の心を鈍くし、その耳を聞えにくくし、その目を閉ざしなさい。これは彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟り、悔い改めていやされることのないためである。」を引用して、悔い改めは、罪を犯した本人が癒されるためのものでもあると思ったことを話した。

また、使徒行伝28章26・27節:
『この民に行って言え、あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。
この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』は、このイザヤ書の引用であると、真智が思い出させてくれて、以前に真智からこのことを聞いていたことだったと思い出す。

また関連して、エレミヤ書3章22節:
「背信の子どもたちよ、帰れ。わたしはあなたがたの背信をいやす」。「見よ、われわれはあなたのもとに帰ります。あなたはわれわれの神、主であらせられます。」を引用して、神様からの背任を癒すとあり、背信は人間の身勝手だと思っていたが、むしろそれは心が傷ついた状態で、癒される対象だったのだと思った。

最後に、自分自身が日頃よく覚えようとしている御言葉として、ヨハネによる福音書9章40・41節:
「そこにイエスと一緒にいたあるパリサイ人たちが、それを聞いてイエスに言った、「それでは、わたしたちも盲なのでしょうか」。イエスは彼らに言われた、もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある。」を 引用して、見えると言い張るところに罪がある、を挙げた。

何かに気付いたり、こうすれば良いのかもしれない、と感じる時には、高揚感があるが、むしろそういう時こそが罪の罠であり、余計に気をつけるべき時だと思っている。

IMG_2685.jpg真智/マルコ14章32節〜42節:(1節ずつ輪読)
さて、一同はゲツセマネという所にきた。そしてイエスは弟子たちに言われた、「わたしが祈っている間、ここにすわっていなさい」。 そしてペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれたが、恐れおののき、また悩みはじめて、彼らに言われた、

「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目をさましていなさい」。そして少し進んで行き、地にひれ伏し、もしできることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈りつづけ、そして言われた、

「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。

それから、きてごらんになると、弟子たちが眠っていたので、ペテロに言われた、「シモンよ、眠っているのか、ひと時も目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

また離れて行って同じ言葉で祈られた。またきてごらんになると、彼らはまだ眠っていた。その目が重くなっていたのである。そして、彼らはどうお答えしてよいか、わからなかった。

三度目にきて言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。もうそれでよかろう。時がきた。見よ、人の子は罪人らの手に渡されるのだ。 立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた」。

イエス様は「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目を覚ましていなさい。」と弟子たちに言ってお祈りに行かれたのに、帰ってくると弟子たちは眠ってしまっていた。 私だったら、とてもショックだったと思う。私はこんなに苦しんでいるのに、弟子たちは何も感じないで平気で眠ったと感じて、自分はそんな存在でしかないのか、と傷つくし、みじめで孤独に感じる。胸が痛かった。

一方で、私自身、苦しんでいる人がいても、同じところをどうやっても通ることができないこと、一緒に悲しむことさえ難しいことを思った。悲しかった。

また、心の痛みが激しい時、他者に励まされたいと願っても、むしろ傷ついて孤独を深めるばかりになったりすることも思った。イエス様は、そういうところも通ってくださった、知ってくださっている、と感じた。

イエス様は弟子たちに、「目を覚まして祈っていなさい」と引き続き伝えられたけど、2度目も、3度目も、弟子は眠ってしまっていた。最後にイエス様は「もうそれでよかろう。時が来た。見よ、人の子は罪人らの手に渡されるのだ。」とおっしゃった。人間のどうしようもなさは、最後の最後まで正されることなく、時間切れになってしまった、と感じた。

でも、イエス様は、そんな人間の姿を見ても、そんな人間のために死んでくださった。感情ではなく、本当に愛してくださっているのだと思った。絶望せずに、悔い改めて、主の愛を信じて生きていきたい。

8-7-5.jpg次女夫婦が帰国するまでは皆で祈ることも忘れていた。一瞬黙して主イエスのことを想うだけで、我が家ではもう1年も前から食膳の祈りを捧げることもなくなっていた。

8-7-4.jpg初めて会った時のケーキタイムの時に祈りに導かれて、私はその瞬間から主の安らぎに包まれた。きっとユキもその瞬間に傷ついた心が癒されたに違いない。

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悲しみを秘めつつも、私たちは豊かに祝福されたのだ。
神の不可解な沈黙に苦しむも、神は明らかに意図をもって黙して見つめておられることをもう一度信じよう。私には、知子、次女夫婦、ユキと祈り合える家族が与えられているのだから! 

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楽しかったね。
夕暮れの上六の町を一緒に歩いたなんて夢のよう。



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家族こそこの世の宝、生きる力。
神さまは私たちを豊かに祝福してくださったね。
真智、太志君、また会おうね。
posted by 優子 at 07:48| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年08月18日

忘れ得ぬ2019年の帰国C −鹿は鹿の一生を生きるー

鳥の平均寿命は1年1カ月から1年8カ月ほどの短い一生だが、鹿たちはどのぐらい生きるのだろう。
ニホンジカの寿命はオスで10〜12年、メスは15〜20年程度。それに対して奈良の鹿はオスで12〜15歳、メスで20〜25歳と、世界的にも際立って長いという。

鹿はいつも何を思って生きているのだろう。天敵もなく肉食動物に捕食される恐怖はないけれど、紙やビニールを食べてはいけないよ。

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今春生まれたバンビたち

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子どもどうし気が合うのかバンビたちが集まっていた
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この子は生後3年目くらいかな・・・
「角に毛が生えている」と触ったユキ


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この時期の角には血が通っていて、8月の終わりに成長が止まる。そのあと角の皮がむけてきて10月頃に角が完成して、角は爪のようになっているので切っても痛くないそうだ。
10月に角切りをしなくても、春になると自然に落ちて新しく生え変わり、角はそのたびに枝分かれして大きくなっていくと、地元の男性が興味深い話をしてくださった。

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↑ 牛みたい ↓

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↑ 山羊みたい ↓

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涼をとるために水の中に入っている。

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E38186E3818DE381BFE381A9E38186.jpg真智、太志君、ユキも見て! 右下写真に写ってる女性は浮見堂でガイドしてあげた人やね!

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鹿は鹿の一生を生きる。
今日も猛暑の中、人間を癒してくれてありがとう。
posted by 優子 at 17:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年08月16日

忘れ得ぬ2019年の帰国B −鹿、鹿、鹿。鹿に堪能した奈良公園−

8月9日(金)次女夫婦と奈良公園へ。途中、奈良線の電車で合流して10時前に奈良駅到着。この日の最高気温は37.3度。

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真夏に奈良公園とは勇気がいる。67歳の私は熱中症になって救急車で運ばれないようにと緊張したが、木陰がいっぱいで思っていたよりもはるかに過ごしやすかった。

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鹿は立派な角が生えていた!

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9月になると繁殖期に入るので注意しないといけないそうだ。

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↑ これらはもちろんユキが撮った ↓

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私のはこれ
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11時18分.jpg

昼食は春に続いて「レストラン菊水」へ。
今回は前日に予約済み。
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春のウェイターさんを見た瞬間「あ!」と、互いに思い出した。
若い彼は私のことをとても印象深かったからと
覚えてくださっていた。
物忘れ多発の私もまた覚えていたのが嬉しくて二重の喜びだった。

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デザートは無花果のミルフィーユ。おいしかったね!!!
ユキはアイスクリームを選んだね。

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13時54分.jpgレストランを出ると陽射しが一層強くなっていた。
地図を読めず、春に心を残して帰った浮見堂へは、菊水楼からすぐ。観光客もまばらで数十分間は私たちだけだった。

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14時3分.jpg


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この写真を撮ってくださった方は、この近くで生まれ育った男性。
20年前に名古屋へ移り、久しぶりに来たと自動車で立ち寄られた
気品ある60代の方。一期一会、寂しさが募る。

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ユキに言われるままに立つとバッチリね。

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14時29分.jpg
浮見堂は私たちの独り占め。
静かで風が気持ちよく、いつまでもいたかった。
家が近ければ読書や黙想に最適、散歩を兼ねて毎日行くだろう。


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うきみどう.jpg
一人旅の英語圏の観光客に「おもてなし」。
素敵なポーズで何枚か撮って大喜びしておられたね。

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16時45分.jpg








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真智、何を見て笑っているの?


まち!.jpg
「真智、こっち向いて!」

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夏の夕方は鹿が集まり、一斉に走り出して山に帰るという。そんなニュースを昨夏見て以来、どうしても見たくて4時20分頃から鹿さんに付き合った。
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これは16時45分。

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16時59分になると100頭はいた。

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17時26分、200頭以上になっていた。

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17時33分。

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17時35分、300頭近くいたと思う。

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17時58分。

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18時9分。
何かの音に驚いて70〜80頭暴走して、また戻ってきたり。

13秒の動画

18時45分、もう限界。諦めて退散。そのあとすぐに鹿が走り出したのではないかと何度も気になりながら、駅へ向かった。

途中、ならまちに入って夕食をと思っていたが疲れて駅ビルへ。
駅に向かう道は、奈良公園一帯に灯される燈花会に向かう人たちでいっぱい。お昼と違って外国の観光客ではなく日本人ばかり。ユキが同じ学校の子がいたと言った。

奈良県庁の前では屋上を公開しているので美しい日没をと案内されて屋上へ。

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あれは生駒山。

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IMG_2415.jpg次回は夕方に来て、鹿を山へ見送って燈花会というプランがいいね。それにしてもこの日は本当に楽しい一日だった。

今春ユキと来た時、まさかその夏に真智と太志君と一緒に奈良公園へ来るなんて思いもしなかった。それなのに、神さまはこんなに楽しい時を備えてくださっていた。
消えかけていた私の灯火を勢いよくしてくださったことを忘れないで最後まで歩こう。

「(神は)傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす」。
            (イザヤ書42章3節)


posted by 優子 at 23:30| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年08月15日

忘れ得ぬ2019年の帰国A −そしてまたDCに帰って行ったー

IMG_2386.jpg二人が日本を発つ前日、ひとり生えの百合が今夏初めて咲いた。日本を発つ朝、超大型台風10号の影響で風に揺さぶられているので折れないように支えをした。

太平洋に向かって飛び立つとはいえ心配していたが、12時間半後の昨夜遅く無事DCに着陸したと連絡が入った。

次女夫婦は「風の又三郎」のように突然現れて、再び神さまが置かれた地へ戻って行った。超多忙でストレスフルな日々にあって、よくぞ帰国してくれたと何度も感謝せずにはいられなかった。
しかも7月に続いて9月もまた海外出張を控えている。神さまが二人の霊肉をお守りくださるように。

8月14日(水) 成田空港より10時52分着信
ありがとう。実際、台風とかち合わなくって、本当に良かった。感謝です。
catマチ.jpgゆき、ネコヒゲ猫の写真やん! マチ・クマ・ユキ.jpg
3人ショットも最高。ふーがキリッとしてる(^o^)。ありがとう。
ママ、いっぱい想ってくれてありがとう。美味しいものもたくさんありがとう。書ききれないです。
お姉ちゃん、ありがとう。空港で休憩できたよ。(笑顔の絵文字)
今搭乗しました。もうすぐ出発です。寂しい。行ってきます。
パパも、またね。まちとくまより

8月15日(木) DCの家より02時19分着信
無事に家まで辿り着いて、シャワーに入ってホッとしたところです。荷ほどきも始めたけど、改めて、いっぱい持たせてくれてありがとう。ゆきの作品も無事に持ち帰れたよ。本当にありがとう。まずは休みます。真智子・太志

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ユキが折った百羽鶴と十六法手裏剣がワシントンの家に。

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7月31日に帰国、1週間東京に滞在して8月6日に帰阪。
私は7日に再会
その夜、父親(良輔)が帰宅後、3人で夕食を摂りながら話し合うために外出。7時頃、次女夫婦を見送る。

8月7日(水)23時10分着信
ママ、メールくれてたんやね。お昼も。ありがとう。神様、感謝します。
無事にホテルについたよ。
明後日の待ち合わせ、10時頃でOKです。くま検索によると、9時51分着があるみたい。
まずはゆっくり休むね。また会えるもんね。おやすみなさい。

8月8日(木) 真智たちは知子と上六で待ち合わせて夕食。
12時49分着信
ママ、調べてくれてありがとう。9時49分着のでいいと思う。
私達も、同じ電車(鶴橋で9時17分発の奈良線快速急行)に乗れるように行くわ。後ろから3両目の先端ドア辺りに乗るわ。電車で会えなくても、近鉄奈良駅の東口改札でね。
ゆきに、会うの超楽しみにしてるって言っといてね。

8月9日(金)4人で奈良公園へ。

8月10日(土)全員で日本料理店へ。
私と知子は料理店のタクシーで。良輔の不誠実さと(医師の処方箋ミスも重なり)、駅で迎えた真智子たちも薬局へ寄らせてしまう。

8月10日(土) 21時54分着信
今日もいっぱいいっぱいありがとう。また明日ね。よく寝てね。また明日会いに行くね。

1.jpg8月11日(日) 兄と1年ぶりの再会。知子、真智子、太志君、ユキたち6人で両親の眠る墓前で祈る。兄も「アーメン」と唱和する。


8月12日(月) 八尾のアリオへ、ユキが喜ぶ映画鑑賞に。私は丸善で待つ。昼食後マチ・クマも共に帰宅。
23時6分着信
早く寝て、また明日会いに行くね。


8月13日(火) 日本滞在最後の日、マチ・クマ11時過ぎ到着。昼食後、聖書タイムへと導いてくれた。全員参加。
この日はせめて私たちが宿泊先の地で見送りたくて、夕方6時過ぎに家を出て上六へ。父親とは家で別れる。夕食後10時前に上六でホテルに帰るマチ・クマを見送る。

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22時18分着信
会えてよかった。会いたかった。また明日会いたいのにね。
ユキ、楽しかった。いっぱいありがとう。また会いたい。寂しいわ。
ありがとうはありすぎるから、また書くね。イエス様が伝えてくださいますように。
くまも同じ気持ちです。
おやすみなさい。真智子

8月14日(水) 真智と太志君は5時半にホテルを出て、伊丹空港より7時26分着信: 
桃と豆乳美味しかった! くまと感謝していただきました。ありがとう。
無事に伊丹空港に着いて、保安検査などを済ませ、出発待ちです。伊丹にもラウンジが出来たからコーヒーいただいてます。
くまも私も本当に感謝しています。

7時43分着信:
搭乗しました。もうすぐ出発です。ありがとう。

そして、冒頭のメールを発信して日本を飛び発った。

8月14日(水) 23時30分着信:
今、無事にDCに着陸しました。感謝です。お祈りしてくれてありがとう。

IMG_2607.jpg全てのことを神に感謝します。
次女夫婦は霊肉共に大変な中、よくぞ帰国してくれました。私と知子は豊かに慰められ励まされました。今より再びしっかり信仰の杖をもって歩いて行きます。
この愛を、真智子と太志君の愛が、今こそ良輔の心に届きますように! 今回はまさに二人は神が遣わされた預言者だった。

「また、主はあなたがたに、主のしもべである預言者たちを早くからたびたび送ったのに、あなたがたは聞かず、聞こうと耳を傾けることもなかった」。(エレミヤ書25章4節)

主は、「人の心は何よりも陰険で、それは直らない」(17:9)と言われます。自分の心の頑なさは、自分で気づかなければ砕かれません。主はそれに気づかせようと、今日もいろんな「預言者」を送られます。あなたの「預言者」に耳を傾けましょう。

posted by 優子 at 19:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年08月08日

忘れ得ぬ2019年の帰国@ −あれは真智と太志君や!ー

8-8-2.jpg連日高温注意報連発の猛暑が続いている。もうずいぶん前から雨が全く降らないので地熱が下がらない。それでも3日前から風があるので夜は涼しく、時たま扇風機を使う程度で熟睡できる。今夜も10時頃にようやくクーラーを消した。

7月31日、次女夫婦は超多忙な中帰国、6日間の東京滞在中も予定が詰まっているのでメールも自粛した。帰阪したのは8月6日の夕方。「日本は湿度がすごいね。強烈やわ」。無事伊丹空港に着陸。感謝!

今回は動きやすいように大阪市内のホテル泊のため、翌7日の午後2時頃、我が家に。遠く二人らしき姿がかすかに見えるが、最近はとみに目がよく見えなくて40倍カメラでマチ・クマを確認した。

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1年8か月ぶりの再会。

ケーキタイムの時も祈りをささげる二人に姿勢を正された。

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お互いの積もる話はあっち飛び、こっち飛びで、
そんなに話した気がしない。
(ユキがDSとやらで撮った写真)

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これは再会の朝、8時過ぎにユキが見つけたメジロ。
夏にもメジロはいるんだ。


今朝のラジオ体操の時、
公園のサルスベリが咲いているのに気づいて、
再び花を撮りに行った。
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西洋ニンジンボクの花のあと。

今夏は蝉が多いように感じる。
西洋ニンジンボクにも蝉がいっぱい!
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目聡く蝉を見つけて撮るユキ。
命の輝き! 体を震わせて命を燃やす。



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シュウメイギクは10時前には暑さでぐったりし、
夕方になると再び元気になる。
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真智たちはもう13年もアメリカにいるんだから日本で仕事をしてほしいな・・・。
今日は父の命日。
もう19年も前のこと。
両親がどんどん遠くなっていくようでさみしいが、そうではなく距離は縮まっている。私も蝉に負けずに命を燃やそう!


posted by 優子 at 23:07| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2019年08月05日

張(ジャン) 文成氏 「中国残留婦人の母と私」 −第18回「平和のための香芝戦争展」A−

IMG_1811.jpg今では戦争のことをやっている非営利団体はあまりないという。「NPO法人 平和のための香芝戦争展」2日目の4日(日)は午後だけ参加した。
夫と礼拝を守り、教会をあとにして、この日も外で昼食を済ませ買い物もして会場に向かった。


IMG_1812.jpg張(ジャン)さんは1950(昭和25)年に東寧で誕生した残留孤児2世だ。奈良県には、天理、畝傍、春日の3つの夜間中学校があり、春日夜中では17歳から83歳までの人が学んでおられる。張さんは仕事をしながら奈良市の春日夜間中学で20年間学び卒業されたばかり。

以下は張さんのお話より:
母・上村品子は1945年6月に旧満州に渡った。3カ月で帰国するはずだったが情勢が不安定になり戦争の被害者で残留婦人になった。ソ連軍から身を守り、生き抜いて祖国に帰るために中国人と結婚した。中国で辛い生活が50年も続いた。

27歳で長男(文成)を出産。1953年時は残留孤児しか帰国できず、3歳の子ども(文成)と別れられず帰国を断念。日中の国交が回復していなかったので祖母(母の母)の死に目にも会えなかった。

戦後27年経った1972年9月、日本と中国の国交が回復し、母と私たち家族は日本に帰国した。今では家族17人、親戚を含めて36人が支援を受けながら生活している。お母さんは2年前に95歳で生涯を閉じる。

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司会は、「NPO 平和のための香芝戦争展」
事務局の西嶋拓郎氏。

「戦争がなければ人生は違っていた。日本が他国まで行って武力を使うことになれば、若い人たちが犠牲になる。自衛はしても、よその国に行く必要は絶対にありません」。(上村品子さんの言葉)

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奈良新聞2014年8月17日付け


IMG_1817.jpg「国や人民を苦しめる戦争は反対です。世界の平和が続くことを祈ります」。
私より1歳年上の張さん。ご苦労されてきたのだろう。それらの苦難にも心は歪むことなく優しさがあふれ出るお人柄だった。残された日々が幸多かれと祈るばかりだ。

最後に中国帰国者連絡会の方々が二胡演奏をバックに歌を披露してくださった。「なだそうそう」「みちづれ」「ソーラン節」、そして、みんなで「ふるさと」を合唱して終わった。

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二胡奏者の主志栄さんと、尺八は
「NPO法人 平和のための香芝戦争展」代表の名波敢士氏。

posted by 優子 at 16:03| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年08月03日

平山 恵氏「シリアは今」と、戦後2年目の不発弾事故の悲惨証言 −第18回「平和のための香芝戦争展」@ー

IMG_1741.jpg7月末から気温が36度近くになり、8月に入ってから37度の高温が続いている。次女夫婦が2年ぶり(?)に7月31日に帰国し、東京で多忙な予定を過ごして6日夕方に帰阪、1週間後にアメリカへ戻る。

そんな今日、「平和のための香芝戦争展」が「ふたかみ文化センター 市民ホール」で開催されている。今夏で18回。知子は仕事関係の集まりで朝から夜遅くまで不在のため、夫と孫の3人で会場へ。涼しくて快適だった。

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軍用ラッパ


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日清・日露戦争時代の近衛兵の軍服の正装


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徴兵保険10年払いの証券

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10時より第一弾の講演、平山 恵氏(明治学院大学・国際学部・国際学科教授)の「シリアは今」が始まった。今日の午前中、私は展示物の見守り役を仰せつかっていたので、この視界で耳を傾けていた。


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平山氏は香芝市出身、シリアに繰り返し長期滞在の経験豊富な研究者である。平山 恵氏のことは名前も知らなかったが、40倍のカメラでお顔を拝見して目を疑った。

というのは昨日、小野田寛郎さんのビデオを観ていたので(時間がなくて30分間しか見ることができなかったが)、小野田さんにそっくりの驚きが治まるまで内容は耳に入らなかった。

そして、その驚き以上に平山さんのお働きに圧倒された。メモをとっていなかったので講演内容は記せないが、驚いたいくつかのことだけでも伝えたい。大切なことゆえに!

★ 他の国から食料を持ってくるのはやめて、平和運動として地産地消すればよい。エコビレッジについて初めて知る)

★ 私たちは「ジハード」を英語訳で「聖戦」と聞かされているが、アラビア語では「自分と対峙すること」の意味である。(平山氏はアラビア語に詳しい)
『コーラン』はテロリズムを認めているというが、「イルハーブ」をテロと訳すのは間違いで、「凄すぎる、まいりました」という畏怖の念を起こさせる意味である
これから小学校で英語が必須になるが、英語ばかりやっていると問題がある。アメリカの情報が正しいものとされてしまう。

★ シリアには地雷は埋まっていないがイランの農村は危険。
  シリア人(特に女性)は写真を撮らせない。カメラは「邪視」とされ、不幸が起こると信じている。

★ 日本は武器の輸出している。
日本は新しい地雷を開発したと誇らしげに言っていた。それはプラスチックの地雷で、プラスチックだと金属探知機ではわからない!

★ 私は毎日アメリカの情報が入ってくるが、アメリカで死者が出ない日はない。武器を持てば武器で狙われる。
憲法9条を有する日本ゆえに、「おまえは日本人か。日本人は戦争をやらないな」と、日本人だから守られた。助けられてきたのはNGOもそう。
ところが、ある時タンザニア人に言われた。「イラク戦争の時、日本は背後でやってたじゃないか」と。このことがアフリカ全土に広がれば大変なことになる。

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シリアの難民が出たのは2011年3月から。


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このあと昼食、買い物を済ませて再び会場へ。
「香芝市関屋穴虫不発弾事故」で子ども死す。
語り部は死亡した子どもの同級生2名。

IMG_1831.jpg戦争が終わった2年後に不発弾の事故で市内の子ども3人(3姉妹)が亡くなっていたことがわかり、その同級生の2人の男性(昭和12〜13年生まれ。現在80〜81歳)が語ってくださった。
そのお一人は民生委員でご一緒だったTさんで、今も年賀状を交わす知人だったのでびっくり!

二人の語り部は3〜4歳の時に戦争が始まり、小学2年生で終戦を迎えた。終戦間際の大阪大空襲の火は香芝市からも見えたという。

IMG_1829.jpg昭和13年3月生まれのTさんは、当時「二上(にじょう)国民学校」の2年生だった。証言者たちは、その子たちの悲惨な現場を見ていないが、タイヤが4つの人力車に乗せた三姉妹の座棺を墓地までお見送りしている。

巷ではキャップを取ると爆発する万年筆型の「ペンシル爆弾」だと噂されていた。子供たちの悲惨な死を嘆くのではなく、周囲から「自業自得や」との声も出ていたという。

事故があった日は「岳(だけ)のぼり」だったから昭和22年4月23日で、岳のぼりの午後は休みになるので午後12時半頃だった。
※「岳のぼり」とは二上山麓周辺地域(葛城市、大和高田市、香芝市)の人々が、毎年4月23日に二上山へ登る伝統的な行事。

亡くなった子どもは4人姉妹で、母親と家にいた長女以外の子どもたちだった。Tさんたちは見ていないが、内臓も外に出た悲惨な状態だったという。

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「NPO法人・平和のための香芝戦争展」の西嶋氏が、大和タイムス(奈良新聞)にマイクロフィルムで残っているのを見つけられた。事故から3日後の1947年4月26日付けの小さな小さな記事である。

この爆弾はアメリカの謀略的なものではなく、ペンシル爆弾を誰かが置いて行ったのではないか。子供たちはどこで爆弾を拾ってきたかわからないが、岳のぼりの日だったことから時間的に言っても遠くであるとは考えられない。その場所は今は埋め立て地になり住宅が建っている。

参加者からの質問や情報交換など語り部との話し合いで、北今市(きたいまいち)でも戦後すぐの不発弾事故があったことを発言された。同級生の被害者は今も健在とのこと。

西嶋氏は語り部の話から、終戦から2年後に戦争による痛ましい死亡事故があったことを記憶したいと、語気を強めて締めくくられた。

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プールでまっ黒の孫、この高温でも明日はサッカーをするのだろうか。





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posted by 優子 at 22:51| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

新たな一歩を踏み出す −「安らかに歩きなさい」−

7-28-2.jpg今朝の礼拝で深い慰めと励ましを受けた『こどもさんびか』119番より
「やさしい目が」

1. やさしい目が きよらかな目が
  きょうもわたしを 見ていてくださる
  「まっすぐに歩きなさい」と見ていてくださる

2. おおきな手が あたたかい手が
  きょうもわたしを 支えてくださる
  「はなれずに歩きなさい」と 支えてくださる

3. かぎりのない ひろい心が
  きょうもわたしを 守ってくださる
  「やすらかに歩きなさい」と 守ってくださる

7-28-1.jpg結婚生活は、神の忠実な愛を生きた証しとすることができる。私たちも共に洗礼を受けている夫婦ゆえに、「イエスの弟子として夫婦でどう生きるか」が大切だ。私は夫の信仰生活に関心を払わねばならない。

二人で共に生きる時に、神が夫婦の間にも霊的交わりを創造される。
「弟子として夫婦でどう生きるか」であるとナウエンは言う。

私をも神から引き裂こうとする強力な闇の力。誘惑に屈服しそうになる時、イエスと、イエスに従う人々を何度も思い出しては踏みとどまる。
神が備えられた道を歩いていくことができますように。心からの祈りが出てきますように。

7-28-15.jpg教会をあとに蕎麦屋さんで昼食をとり、無農薬野菜を買い出し後、思い立ってすぐ近くの馬見丘陵公園へヒマワリを見に行った。



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まだまだ蕾ばかり。
一日中太陽を追いかけるヒマワリのように、
私たちも主イエスから目を離さないで生きよう!

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これは「サマーサンリッチ UP(アップライト)」という品種で、
上を向いて咲くという。

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花の名は「ブルーハワイ」、実物は青色。

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サンフィニティ

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馬見丘陵公園.jpg
白いサルスベリの花は初めて見たように思う。
近畿地方は24日に梅雨が明けた。

posted by 優子 at 21:10| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2019年07月26日

6年生の夏休みはオリーブの移植で始まった

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これは終業式の前日(7月18日)、登校前の蝉とり。クマゼミのオスだ。蝉のおなかに鳴くためのオレンジ色の発音器がついている。

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ようやくこの日の夕方から梅雨本番になった感あり。
そして夏休みの初日、「ブルンナー読書会」の朝、オリーブの木をトライアングルゾーンに移植した。狭い植木鉢では木がかわいそうと、春からユキが訴えていた。もう1年も前から葉がカールしているので、私も気になっていた。

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ユキの大事なオリーブの木。
オリーブの花言葉は「平和」「勝利」。
これは2018年の「母の日」、知子からの贈り物。この地が終の棲家になるかどうかわからないので地植えはしたくなかったが、ベランダも狭く困っているのでユキに促されて移植した。

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バッタの赤ちゃんがいっぱい!

これは21日の日暮れ前、18時40分頃。
暗くなる前に大急ぎでIさん宅の百合を撮りに行く。
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「危ないよ! 両手を放して乗ってはいけないって言ってるのに」
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    「ついでに撮らせて! もう絶対にやったらあかんよ!」 


7-21-6.jpg「ホオジロや!」
薄暗くて肉眼では黒いシルエットにしか見えないのに、ユキは目聡く見つけた。鳥はこんな夕刻でも獲物を捕っていた。
知子(真智も)の視力は、0.02か0.01ぐらいの強度の近視で、小学校1年生の頃から急激に落ちて行ったが、ユキは今も1.0以上ある。外で遊んでばかりいるからだと思うが、テレビやゲームを何時間もやめられないし、学年の半数近い人がスマホを持っているとねだるので、何度議論してきただろうか! 

ユキを愛しているからこそ与えないのだ!
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公園には誰もいないから撮らせてくれた。

友達がいると一緒だと嫌がる。
公園で遊んでいるときは歩かないようにと、
すでに4年生の頃から言われている。
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知子が登校時の交通当番の時も、あまりに素っ気ないので
お友達に「お母さんやろ!」と声をかけられる不自然さ。
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見る見る日が暮れてきてシャッターを押せなくなってきた。
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22日から24日の午前9時から個人懇談会。24日朝、知子はいつものように朝一番に。10分早く予定を組んでくださり、懇談を終えて駅に着くまで歩きながら様子を知らせてくれた。私の眼には実に頼りないが、毎年6年生を受け持っておられる先生の眼にはそうではなく、とても褒めてくださっていた。何事も意欲的に取り組んでいると。

その上、絵が上手らしい。2学期に持って帰るとのことだがポスターがすごくて、来年の6年生のためにコピーさせてほしいとのこと。小豆島を描いたらしい。今から見るのが楽しみだ。

ユキには家庭環境の負荷をかけ続けているが、神さまが毎日ユキを癒して守ってくださっているのを感じる。

posted by 優子 at 22:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする