2018年10月28日

秋晴れに自治会のイベント賑わう

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10月21日、地域の公園で第8回の自治会主催のまつりが開催され、周囲の自治会も出店するなど、参加者は優に1000人を数える賑わいだった。
私たちの焼きそば、綿菓子、お茶、焼きおにぎりの模擬店に加えて、今年は新たな取り組みとして市内の良心的な店が4店参加し、ハンバーガー・ラスク・クッキーの店、団子とワラビ餅、ソフトクリーム・プリン・シュークリーム、そして、唐揚げとコロッケの店の出店で賑わい好評を博した。

三輪車バザーに.jpg毎年恒例の老人会のバザーは今年も寄贈品が盛りだくさん。値段は高級なものでも100円や200円とのこと。石鹸は5個入って50円など、宝の山だった。

今年は物置の断捨離をとユキの三輪車と自転車をと思ったが、自転車のタイヤがぺしゃんこだったのでパンクかどうか確かめることなく廃棄して、三輪車を持参。喜んで受けてくださり200円で売れた!

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9月末、自転車第1号はリクエストゴミで廃棄した。

このほか、小学生が列をなす人気の「当てもの」、「ヨーヨー釣り」、「スーパーボールすくい」のほか、近隣の自治会は「射的」と「プヨプヨ釣り」や飲み物の店を出してくださった。

10-21-4.jpg舞台では地域の交流の場として、10時から3時まで途切れることなくプログラムが組まれ、抽選会で閉会。

今年は尺八の名人の演奏で民謡を披露された。民謡が始まる直前に伴侶の方が私を訪ねてくださって知った。
その方はよく存じ上げている呉服屋のNさんで、次女に着付けを教えてくださったのがMs.Nさんで、早速その年のIMFのクリスマスパーティでの和装姿の写真をお届けして喜んでくださった。

尺八の名人とも親しくしていただいており、今もなお東大阪時代の読書会活動を覚えて、「あなたのような人は」と一目置いてくださるので驚いた。この翌日は群馬へ行かれるとのこと、今もなお意欲あふれる姿勢に大いに励まされた。

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校区中学校の吹奏楽部

まつりの2日前、社会福祉協議会より借りてきた焼きそばの道具(鉄板3枚分)や綿菓子の器械などが運び込まれた。綿菓子は簡単なようで少々コツがいるというので、綿菓子役は楽しく練習した。

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焼きそば作りは力がいるので男性が大活躍。
感激するほど美しい光景だった。

近住まつりで.jpg綿菓子は1本100円。ザラメ少々なので原価は6円ぐらい? 来年は50円にしてはどうかの声もあり。
甘いものはケーキ屋さんや団子屋さんに流れたためか、203本の売上は例年より少し少なかったようだ。

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綿菓子を手にした幼子の姿が目に滲みた。
この子がどんなに嬉しそうな顔をしていたことか!

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昨夜、実行委員たちによる反省会兼打ち上げも盛り上がった。一人ずつ感想を述べ合い、最後に、このイベント(まつり)を起ち上げてくださったお二人の言葉に心を揺さぶられた。

「このまつりは手づくりで作り上げてきたものだ。地域力を高めるには『まつり』だ」。

「この祭りは民間信仰など、習俗とはまったく関係ないので、地域の『手づくりまつり』と名前を変えてはどうか」。

「地域力」という言葉の意味を直に感じたのが初めてだった私は、これまで地域力を育んでくださってきた方々に敬意と感謝の気持でいっぱいになった。子どもたちだけではなく、人は人々の中で育てられていく。

このあと11月4日はブロック会議、11日は自治会内の草引き(清掃)のあとに避難訓練、12月は福祉推進委員会主催の御餅つきのお手伝いが予定されている。この時を楽しみながら心を込めて務めたい。

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2018年10月20日

ブルンナー読書会㉖ −死と復活−

IMG_3173.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の15回目、説教のタイトルは「死と復活」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り・要約発表当番(優子)。

ペテロの第一の手紙 1章3・4節:
1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、
1:4 あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。

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要約と感想:
この説教(戦後7年目の1952年5月)では最初にユダヤ教とキリスト教の安息日について語り、イエスが死人の中からよみがえられたというイースターの出来事が、初代キリスト者の信仰の主要点であることを解りやすく説明して本論へ入っていく。

モーセの十戒(その四戒)に「安息日を覚えて、これを聖とせよ」とある。ユダヤ人にとって安息日は6日間の働き日のあとの休息日であることから、週の最後の日(土曜日)であるが、キリスト者にとっては日曜日である。

しかし、初代キリスト教会は、週の7日目の安息日を守ったのではなく、週の最初の日である日曜日を祝った。

しかも、週の最初の日が主イエス・キリストの復活された日であるがゆえに、「元来はすべての日曜日が復活日である」ことを意味し、キリスト者がユダヤ教の習慣から離れたということは極めて重要なことであり、福音は何よりもまず、永遠の生命の音信である。

われわれ現代人は死の陰の中で生活しており、これまで死というテーマはいつも回避されてきたが、2度の世界戦争、さらには第3次世界大戦に対する恐怖や不安から、われわれの世代には死がひじょうに強く意識されるようになった。

死が中心に据えられる実存哲学が生み出され、人生を「死に至る存在」として死に至る生が主要思想となった。そして(実存哲学の中に含まれている第2の点、)「生には何の意味もなく、本来無である」という結論が生じる。「無」はラテン語でニヒルといい、ニヒリズム(虚無主義)は現代の流行哲学の特徴であり綱領である。

しかしキリスト者はそのことに留まらず、「そうだ、死に向かっていきている、そのことの中にこそ、われわれの生の意味がある」と言明しなければならない。世界戦争がなくても最後には必ず死で終わる。人間的な遺産、すなわち物質的、文化的、政治的、社会的な遺産一切は、総相続人である死の手に陥る。

聖書には相続財産のことが語られており、それは最後的に有効な、決して撤回されることのない相続財産のことである。その遺言の対象となった人を死は獲得できず、その人は絶対確実な相続人である死から逃れることができる。それは、朽ちず、汚れず、しぼむことのない遺産を与える遺言であり、遺言者は、実際に死の手から、この遺産の対象となるすべての人を奪い取る。

では、遺言者とは誰なのか。
それは父なる神であり、この神こそが現存する死の総支配に干渉する方である。神は単に生に対する主であるばかりではなく、死に対しても主であられる。そしてこの神とは、主イエス・キリストの父なる神であり、この神のみが真の神であるゆえに死に対しても力ある神である。

遺言書には「イエス・キリストの死人の中からの復活」と書かれてあり、弟子たちが復活された人イエスを見、イエスが弟子たちに、ご自身を現に生きている人間として証しされたということ。これこそがイースターの事実であり、イースターの奇跡である。

そしてそれは、聖金曜日の三日後、すなわち週の最初の日にこの世において初めて生じたゆえに、キリスト者たちは、共に礼拝をもつことによって週の最初の日曜日を毎回祝った。彼らにとっては復活の日を思い出すことであり、キリスト者もその意味において日曜日を祝う。これが「主の日」の意味であり、最初の日が重要なのは、それが新しい遺言の日であるからだ。

では遺産とは何か。
聖書には「神の国」と「永遠の生命」と表現されている。それは復活者であるイエスが啓示された復活の生命であり、それは神との交わりの中にある生命、完成されたまったき生命である。神は当時生きていたキリスト者のみではなく、それ以後あらゆる将来にわたって、イエス・キリストを信じる全ての人を相続人に定められた。

イエス・キリストを信じることは、イエス・キリストが遺言された遺産が私にも向けられているということを信じることである。

そして何よりも大切な点は、われわれが実際にこの声明を待ち望むこと、実際にこの希望をもち、それを確信していることである。「彼と共に生きるために、彼と共に死ぬ」、この二つの言葉の中にキリスト者の全生活が包含されている。われわれがイエスと共に死ぬことによってのみ、彼と共に復活する道が開かれうるのである。

感想:
10-18-1.jpg今回しみじみ感じたことは、聖霊さまが働いてくださらなければ、どんなに素晴らしい説教でさえ知的にしか理解できないということ。
そして聖霊さまが働いてくださるのは、嘆きや苦しみを経験している人が、神の前で真摯に自らと向き合い、神に助けを求める時に与えられるということを強く感じた。

そして、「イエスと共に死に、イエスと共に生きる」ということについて。
初代教会の人々が聖日は復活を思い出す日であったように、私は日々自分に死んで、復活された主イエスに繋がって生きていくことを忘れてはいけないと思った。そして、その体験こそが復活を信じられるということであると思った。すべてはその人の生き方に表れているのであり、主イエスの贖いを無駄にしてはいけない。

パウロが「わたしは日々死んでいるのである」(第一コリント15:31)と言っているように、神さまは今日もこうして命を与えてくださっているのは、「今日も生きよ!」と言ってくださっていることであると強く意識したい。
新しく生かされ、生きている人は、時折々に主の促しを感じ、「また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで『これは道だ、これに歩め』」(イザヤ書30章21節)のように内なる促しを私も体験しているのに、霊的に弱っている今、もう一度信仰を奮い立たせて進んでいきたいとの思いに導かれたことを感謝している。

下村さんのお話より:
最初に「永遠について」の資料(2016.9.24にいただいたダイジェスト版)を配布してくださった。
▼ 旧約時代に6日間働いて1日休むというのはユダヤ人だけだったので嫌われていたという説もある。

▼ シュナイダーの友人がシュナイダーのことを、「われ祈る、ゆえに我あり」と言った。シュナイダーはそのような人だと。また、好本 督(よしもと・ただす)は「自己義認のボロ(服)を投げ捨てる」と言ったが、キリスト者は祈りからこそ、死と復活がその時々に起こる。

ところで柿には甘柿と渋柿と、一本の木に甘柿と渋柿と両方生(な)る(たまには半渋もある)木があるが、良い実は良い木から生る。渋柿が悪い木だとすれば、私たちもキリストの前で甘柿にしてもらうのである。自ら甘柿になるのではなく、イエスの前で祈って成した業は甘柿とされる。

神の前に立って、神の御心を知るために祈ると同時に、愛の業に励めるようにエネルギーを与えられる。

ガラテヤ人への手紙2章19・20節:
「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである」。

▼ (P146.L8~)「十字架に架けられた神の子、われわれの主イエスは復活されました。そして彼に属するわれわれ(キリスト者)は、彼を信じる信仰によって復活とその永遠の生命にあずかるのです。われわれがもっているのはその永遠の生命です。

そしてそのことが、なぜわれわれがこんなに喜びに満たされているか、なぜ神の霊がわれわれのうちにあり、われわれの間でこんなにも力強い業をなしているかの理由です。

それはよみがえられた方の霊、生命、永遠の生命の霊です。福音は何よりも先ず、永遠の生命の音信です」。

ブルンナーが「なぜわれわれがこんなに喜びに満たされているか」と語るとおり、ブルンナーもこのような人だった。実際にブルンナーから直接学んだ人は、「ブルンナーの講義は心が高揚していくような講義だった」と語っている。

▼ 実存哲学の視点は常に現在である。意識において死の時点まで問題にし、そこから視点を現在に向ける。四国から小豆島を見るのと、小豆島から四国を見るのとでは景色がガラッと変わるように、実存主義が一般の人を意識的にしたという利点はある。キリスト者として生きている人は、すでに実存的に生きている。

信仰が揺らいで、人間が死を恐れて言葉にしたのがニーチェである。1900年にニーチェが死に、以後ニヒリズムが世界を覆うような状況になって行く。大きく捉えると、ヨーロッパ文明の中に蚕食(さんしょく:蚕が桑の葉を食うように、他の領域を片端からだんだんと侵していくこと)されて、ニヒリズムが広がっていった。

マルクスが1867年に『資本論』を出版、ダーウィンの『種の起源』が1859年に、1849年にキルケゴールが『死に至る病』を書き、1878年にトルストイが『懺悔』を書いた。

「われわれがイエスと共に死ぬことによってのみ、彼と共に復活する道が開かれうるのである。『彼と共に生きるために、彼と共に死ぬ』、この二つの言葉の中にキリスト者の全生活が包含されている。これが目標であり、この目標こそ、福音の本来の内容である。それゆえ、キリスト者としてわれわれは、復活の生命を生きる人間でなければならない」。

2018.10.13@.jpg次回11月は、下村さんは毎月の礼拝説教や教会でもたれている読書会だけではなく、来月は聖書研究者と聖書学者の6名(学生時代の友人)主宰で2日間の修養会が開催されるため、12月1日(土)になった。
テキストは「光の子」。
知子も多忙のため、次回も優子が発表当番を務めさせていただく。

先月、日本キリスト改革派・灘教会で「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」を講演された安積 力也氏は下村さんの後輩で再会を楽しみにされている。下村さんは聖書研究者として、安積氏は聖書学者として講演される。

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2018年10月10日

360度パノラマの明神山とダリア園

10月8日(月・体育の日)午後、ユキは前日に続いて午前のサッカー教室のあとお友だちと遊ぶ約束をしていたので、私たち夫婦だけで明神山(是非ここもご覧ください)へ出かけた。片道2キロ弱ならば大丈夫だろう。私は初めてだが夫は3〜4回目らしい。

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歩き始めた早々に「まむしに注意!」(絵が怖いので不掲載)の看板に始まり、イノシシや毒キノコの注意書きが目についた。

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道なりに登る山頂への道。
200メートルごとに道しるべが立っているのが嬉しい。

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あと200、もうすぐだ!

そして頂上に到着!
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眼下に見えるのは王寺町。
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あっ、JR大和路快速が行く!
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標高273.7mの明神山は、かつて十国を見渡せる「十国国見台」と呼ばれていたとおり、360度のパノラマだった。

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手前から、二上山(雄岳)、金剛山、葛城山。
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大和三山
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右から、畝傍山、香久山、耳成山。
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                      右上に明石海峡
この日は霞んでいたが明石海峡大橋が見えた。
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明神山は毎年5月に開催される自治会のハイキングコースになっており、ユキもおじいさんと行ったことがある。軽食を持って3時間余りで帰って来る。晴れていれば明石海峡やあべのハルカスも鮮明に見えると、何度か一人でも来ている夫が言った。

この日は全く別の地点から登ったので、コンクリート道ゆえに股関節が痛くなったが、細い山道をかき分けていく自治会主催のハイキングに来春は是非参加したいと思った。

それだけではなく、今からでも体を鍛えてやっぱり一度は二上山に登ってみたい。せっかくこの地に引っ越してきたのだから、私もチャッピーと一緒に登ろうと思っていたのに、チャッピーはとっくに老いを経て死んでしまった。もう3年も前に。ユキは12日の遠足で二上山に登る。

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馬見丘陵公園(広陵町)の周囲は古墳がいっぱい。

IMG_2791.jpg明神山の帰りに馬見丘陵公園のダリア園に寄った。2年前に続いて今回も夕方に行ったので、ゆっくり観ていると日が暮れてしまう。後半はあわただしく写真を撮るのに必死だった。

丘陵公園には120品種、1000株のダリアが植えられている。今年は連日の猛暑と台風の影響で花が少ないそうだが、それでもたくさんのダリアが咲き始めていた。
カメラには50品種ほど収めたが、その中から27種29枚を記録した。一番好きな花はどれだろうと何度見直しても順位はつけられない。

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ダリア園に続いて急いでコスモス畑へ!

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サルビア・レウカンサ


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まだ6分咲き。はや花びらを閉じ始めていた花もあった。

IMG_2723.jpgこれは10月2日(?)、夜8時40分頃。コスモスは夜に花びらを閉じるかどうか、ユキと確かめたところだった。



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夕方5時50分、1分1分暗くなっていく。

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6時10分、夕暮れの二上山(雄岳)。
帰りにパン屋さんへ寄って帰宅した。
その5分後にユキも帰って来た。「遅いよ、ユキ!」


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2018年10月04日

台風一過の運動会

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9月29日(土)に予定されていた運動会は、台風24号が近畿地方に上陸のため27日のうちに延期が決まり、10月2日(火)に開催された。

今年の運動会は児童の入退場はせず、各学年も1種目少ない3種目で、12時頃を閉会式終了予定として準備された。これは今夏の「命に危険な」暑い猛暑への配慮から、夏休み明けからの練習や当日のことも考えての変更だった。

従ってお弁当ではなく、プログラムの途中と下校前にエネルギー補給ということで、おにぎりやゼリードリンクなどを持参した。

ユキも早5年生。1年生から赤組だったが、ようやく違う色になり、今年は青色の鉢巻きを締めた。5年生になると運動会を支えるために多くの役割があり、ユキは希望通り応援団で活躍した。

IMG_2599.jpgそして、知子はついに回ってきたPTA委員で文化部を務めている。一般でいうところの広報部だ。
知子は延期と決まった段階で予定していた来客や会議など調整できたので幸いだったが、教職についておられる部員は10時に職場へ向かわれ、1年生児童のお母さんは「2日間上司にお願いしたが駄目だった」と欠席された。勤務の厳しさに心が痛む。

5年生の種目は、綱引き、5・6年で組体操("THIS IS ME")、リレー(We Can!)ではアンカーを走った。団体競技は少子化のため例年2つの学年で演じる。

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シルバー優待席から遠くのユキを見つけて撮った!
40倍はすごい! あっ、知子が後ろにいる!

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組体操は3段まで。
数年前まで組体操で事故が多発し、9名もの死者を出して漸く改められた。今も100名近くの人が後遺障害に苦しんでおられる。

組体操はそこそこにダンス(?)に移り、これはウェーブ!
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ユキがシルバー席の前に来た。
これはビデオで撮るように言われていたのに忘れていた。

そして、応援合戦!
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日付の入っている写真は知子が撮り、私はビデオ係。

これはビデオから写した。
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「海の色は何色だー!」
一人で叫び、みんなで「青色だー!」と叫ぶ。
右端の1年生の女の子が「憧れの君」のようにユキを見つめている。
ユキもずっと「かっこいいなあ」と高学年をあこがれのまなざしで見ていたね。

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応援合戦は青組が優勝した!
青い四角いものは段ボールで作ったアイスキャンデーで、「おいしいおいしい『ガリガリ君』は何色だー!」「青色だー!」と笑いを取った。  子どもっておもしろい!

IMG_0966.jpgそして、最後のリレー。
アンカーを走る子たち。
みんなかわいいね。3人とも幼稚園から一緒に大きくなってきた。

最初にバトンを受け取ったユキは、
1位を守ってゴールした!
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プログラム最後に組まれている5年、6年のリレーは迫力があり、観客の応援も熱が入る。
応援していると体中の血流がリフレッシュされるような感じだった。そして小学生だった娘たちを思い出したのではなく、私が小学生に戻って走っていた。不思議な感覚だった。体外離脱現象というのはあるが、これはどう表現したらよいのだろう。

それにしてもみんな速いのに驚く。これは学年の児童全員参加であり、選手に選ばれた子たちのリレーではない。この校区の子どもたちは通学に40分かけて坂道を歩いてくる子たちも多く、都会の子と違って足が鍛えられているからだ。
例年青組は1位だったのに、今年はそれまで最下位だった赤と入れ替わって青は最下位だった。 
楽しいひと時をありがとう。
今週末もまた「大型で強い」台風25号が接近中だ。

どの子も皆、幸せでありますようにと何度も祈っていた。
子どもたちの心が歪まないで幸せな大人に成長しますように。



posted by 優子 at 23:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

再び大型台風接近中

IMG_2493.jpgまたしても最強クラスの台風24号が襲来。
今日予定されていた孫の運動会は10月2日(火)に延期になり、1日(月)は代休で、今日は半日授業があった。
この写真は台風襲来当日の9月30日朝の状況です。
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過日の自治会役員会で聞いたところによれば、先の台風21号の最中に市の農政管理土木課の職員が見回りをしてくださっていたという。強風が通り過ぎ、自治会長も見回りに出てくださり、雨の中倒れた庭の木を起こそうとしておられるのを手伝われたそうだ。

IMG_0453.jpg当地は大した被害はなかったが、大阪では大きな被害が出た。これはお盆休み中の閑散とした御堂筋。
台風21号では1400本の電信柱が倒れ、大阪城公園を初め、御堂筋のイチョウの木は40本も倒れたという。サントリー社がイチョウの木を植樹してくれると近隣の人から聞いた。

わが家は義母宅の屋根瓦が飛んで、玄関屋根(庇:ひさし)の瓦が割れて庭にも散乱した。私宅は雨戸がないので窓ガラスに飛んでこないか心配でならない。親の経済管理者である義妹に写真ともに伝えたが対処してもらえず、今も放置したままになっている。近隣への安全にも関わることだけに放ってはおけないと思うのだが。

今や地球規模で大災害の時代になった。台風はもとより大雨で甚大な被害が多発し、心が沈む。どうか人命が失われないように、どうか最少の被害でありますように祈らずにはいられない。

9-28-4.jpg昨日は暑く嘘のような晴天だった。
鳥たちはのんびりさえずり、まもなく台風が来るとは知る由もない鳥たちに教えてやりたかった。
「台風が来るから早く巣へお帰り!
自動車がひっくり返るほどの強風よ!
地に打ち付けられて死んでしまうから
安全なところでジッとしてるのよ!」と。

まもなく嵐が来る。
人生の嵐は殆どが前もってわからないが、事前にわかるのもストレスフルだ。備えはできるけれど完全にはできないし、予測がつかない。

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近畿地方への最接近は
明日(30日)の夕方から夜遅くにかけてだそうだ。

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一昨日から金木犀の香りが漂い始め、
今年もシュウメイギクが咲き始めた。
全ての人の無事を祈りつつ嵐が過ぎ去るのを待とう。
posted by 優子 at 23:25| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年09月27日

ブルンナー読書会㉕ −聖餐の意義−

9-22-2.jpgこれは9月22日(土)の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の14回目、説教のタイトルは「聖餐の意義」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り(優子)。


第一コリント10章16〜17節)
10:16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。
10:17 パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。みんなの者が一つのパンを共にいただくからである。

第一コリント11章23節〜26節:(輪読)
11:23 わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、
11:24 感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。
11:25 食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。
11:26 だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。

IMG_0730.jpg聖餐式とはいわゆる「最後の晩餐」に由来し、イエスが十字架上につけられる前に弟子たちと最後の食事をし、ご自身の記念としてこの食事を行うよう命じられたことが「コリント人への第一の手紙」11章に記されている。

このパウロの記事にあるパンと葡萄酒はどういう意味を持っているかという聖餐論については、宗教改革者のルター、ツヴィングリ、カルヴァンでさえ全く一致を見ることなく、分派分裂し苦難の歴史を経て来た。

以下はブルンナーの説教要約:
ローマ・カトリック教会のミサが意味するところの、司祭が聖餐であると宣言する言葉によって、パンが肉となり、ぶどう酒がキリストの血となる考え方(魔術的ともいえるような変質が起こるとする実体変化説)は、新約聖書にはそのような考え方の痕跡すら見出せない。

聖餐はパウロの福音全体と関連づけて考える時に最もよく理解できる。即ち、イエスは神との関係を断絶している罪深き私たちの罰を免れるように、身代わりになって十字架上で死んでくださった。私たちに会うために神みずからが降りてこられたことを受け入れ、信じる者には、神がその人の主となってくださり、新しい人間に造り変えてくださる。

この関連の中で考えるとき、「キリストのからだ」というのはゴルゴタの十字架上でわれわれのために裂かれたからだを意味し、ぶどう酒はわれわれのために十字架上で流されたキリストの血を意味し、比喩的に表されている。

それだけではなく、「キリストのからだ」とは教会をも意味する。キリスト者は信仰と聖霊とによってキリストに結合されているゆえに、教会(キリストの群れ)をも意味する。一つの交わりとしての群れである。

聖餐式は真に奇跡的な出来事であるが、決して魔術的な出来事ではなく、イエスご自身が霊として支配者としてそのうちに内在される信仰の群れを創造する奇跡である。

すでに述べたように、イエス・キリストを信じないかぎり、われわれは、われわれ自身の主であり、したがっていつまでも一致することができない。おのおのは自分の思いどおりに自分の生を営み、互いに皆、他に対して競争者となる。

聖餐式は単なる象徴ではなく、一つの現実、一つの奇跡である。聖晩餐が信仰によって享受されるところ ー(略)ー 現実に何かが生じます。実際に変質が生じる。しかしそれはパンという物質の変質ではなく、人間の変質である。

信仰とは、神がイエス・キリストにおいてあなたと出会い、あなたと語り、あなたの古き傲慢な自我を殺し、ご自身があなたの主となられることを真に認めることです

そして教会とは、以前は赤の他人であったが、今やキリストに在って兄弟であり、姉妹であるということを意味しています。

「キリストは真理であり、キリストの中にこそ共同体がある」、このことを正しく理解され、その理解にしたがって経験となった聖餐、すなわち「コムニオ(交わり)」、これがわれわれの時代に対する真の解答です。

9-22-4.jpgこれまでの長い教会の歴史では、聖餐は他教派の人さえ認めない「クローズド」が伝統になっていた。即ち、その教会の教会員や同じ教派の受洗者だけに限られていた。

これに対して、「オープン」と呼ばれる、他教派の者であってもキリストを救い主と信じて洗礼を受けた者は聖餐に与ることができるという考え方や、礼拝に出席している人ならば未信者であってもその人の意思で与ることができるという、近年になって現われた「フリー」など、今なお争いがある。

私はブルンナーの説教を読んで、それらは全て的外れのように思えるが、フリー反対者が言う「安価な恵みの福音が聖餐に現れている」という意見には深く頷かされる。

それに、そもそも未だ信仰のない人に「わたしを記念として(キリストを思い起こして)」聖餐を受ける、また勧めるというのも奇妙なものである。

しかしながら礼拝に出席し、聖餐式に居合わせた人にキリストはどのように言われるだろうか。主イエスは罪人に対して共に食事をしようと誘ってくださるお方だけに、現代的解釈として聖餐は福音であると理解するのはゆるされるのではないかと思うがどうだろう。

いずれにしても、聖餐式によって私たちはキリストの共同体となるのに、主に在って一致できないのは人間の実相を見る思いである。カーライルやトルストイも異端者扱いされて聖餐を受けられなかったとは驚きだ。

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次回は、10月20日(土)、テキストは「死と復活」。
発表当番は再び優子。知子は相変わらず多忙ゆえ。しかし、これまでのように何事も頑張りすぎないようにと幸いな選択をした。

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posted by 優子 at 17:22| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年09月24日

みことばの花束E

「人はただ息に似て、その日々は過ぎ去る影のようです」。(詩篇144篇4節)
未来は、思い煩うためにではなく、夢見るためにあります。しかし、今日という日は、夢見て過ごすためにではなく、夢を実現すべく行動するためにあります。「光陰、矢の如し」です。ゆえに、今日なすべきことは、今日のうちになし終えるべきです。永遠のいのちに生きる者こそ、今日の一日をいとおしみ、大事を先延ばしにはしません。

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「主は御霊(みたま)です。そして、主の御霊のあるところには自由があります」。(第2コリント2章17節)
御霊による自由を味わっておられますか。無意味な思い煩いに縛られていませんか。世の空気に支配されていませんか。損得勘定に動かされていませんか。妬みや怒りで感情的になっていませんか。心が狭くなっていませんか。御霊はこれらすべての縛りから解放してくださいます。不毛な議論や争いに時間を浪費しません。

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「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」。(第2コリント3章18節)
私たちは聖霊によって磨かれ、曇りなき鏡となります。苦難は研磨剤です。年ともに成長する人は、若い時ではなく、老齢期にこそ人生のピークを迎えます。「白髪は光栄の冠」(箴言16:31)です。

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「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます」。(詩篇139篇1・2節)
主に知られていることは、平安ですか、恐れですか。どちらであっても正常です。主を意識しているからです。どちらでもないのは異常です。主を無視し、無感覚になっているからです。それでは心が腐ります。快復の道はただ一つ、主に立ち返ることです。

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「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました」。(詩篇135篇5節)
私たちは恐れや不安にあおられて、行動しがちです。そんなときは、主に囲まれ、御手を頭の上に置かれている自分を想像してみてください。私たちは現在も将来も守られているのです。どんな境遇にも対処できるという確信が生まれます。「私を強くして下さる方によって、どんなことでもできる」という信仰が湧いてきます。

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「私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう」。(詩篇139篇7節)
主に背を向け、逃れようとしても、主はあなたを追いかけてきます。怒りや悲しみや失望に駆られて、闇に入り込んではなりません。自己破壊的です。どうせそこから出てくることになります。時間の浪費です。神の「右の手」を煩わせるだけです。私たちの隠れ家、砦は主以外にないのです。
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「あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに」。(詩篇139篇16節)
私たちは、自分の始まりと終わりを知っています。全能の主によって創造され、やがて新しい天と地で主と共に暮らします。それを知っていれば、その間のことは何があろうと平安です。主が愛をもって、私たちの全てを最善に定めておられるからです。

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「私は知っています。主は悩む者の訴えを支持し、貧しい者に、さばきを行われることを。まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう」。(詩篇140篇12節)
人の苦悩の多くは、我欲を捨てさえすれば消えてしまいます。しかし、正しく誠実に生きようとするがゆえの苦悩はあります。苦しくても、真っ直ぐな生き方を放棄してはなりません。苦悩が主への感謝に変わる日が来ます。

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「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです」。(第一コリント1章4節)
苦難が始まるところ、同時に喜びも芽生えています。苦しみが極まれば、主の慰めも極まります。その慰めは苦しむ人たちの共有財産なのです。苦しみに耐えた者たちだけが味わえる、神の国の喜びです。

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「私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心の証しするところであって、これこそ私たちの誇りです」。(第一コリント1章12節)
この世と一線を画して聖さを保っていますか。小事に誠実ですか。神の恵みに信頼して行動していますか。人間の知恵に頼ることは愚かです。神の愚かさは人間の賢さに勝ります。

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「あなたがたは、むしろ、その人を赦し、慰めてあげなさい。そうしないと、その人はあまりにも深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれません。そこで私は、その人に対する愛を確認することを、あなたがたに勧めます」。(第一コリント2章7・8節)
義のない愛は人を堕落させますが、愛のない義は人を潰します。赦すつもりがないなら、人の罪を指摘してはなりません。愛で忠告しても、反発されます。それを受け止めるのが愛です。

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「これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません」。(第一コリント2章11節)
人を裁くのは、サタンに欺かれているからです。人を責める理由を数え上げるのは、サタンの策略にはまっているのです。いつまでも憤りを抱いていれば、サタンに心を支配されます。恨みは早めに放棄しましょう。まといつくサタンの手管を一つ一つ、即座に断ち切って、祝福を取り戻すのです。

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「私の主、神よ。まことに、私の目はあなたに向いています。私はあなたに身を避けます。私を放り出さないでください」。(詩篇141篇8節)
あなたの目が主に向いていれば大丈夫です。主の眼差しはいつもあなたに注がれています。岩なる主に身を避ければ大丈夫です。あなたの腕は主の手に握られています。あわてず信頼することです。ホレブの洞穴で主の微かな細い声を聞いたエリヤのように、静まることです。

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ジンジャーの花

「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。正しい者たちが私の回りに集まることでしょう。あなたが私に良くしてくださるからです」。(詩篇142篇7節)
ダビデはサウル王に命狙われ、国中を逃げ回ります。まるで国全体が牢獄のようでした。それでも主の目に正しい道を歩みます。正しい者を集めるためです。主の時が来れば、すべてが変わると信じるからです。

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「朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから」。(詩篇143篇8節)
恵みは水源、信仰は水路、行いは肥沃な田んぼで、豊かに実ります。何事も恵みから始まります。恵みは枯渇しません。朝ごとに新しい恵みが流れ出て、たましいは潤います。恵みを求めないまま、無造作に一日を始めてはなりません。
(キリストの栄光教会より引用)
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2018年09月23日

三浦綾子『泥流地帯』 義(ただ)しい者の苦難を誰が贖ってくれるのか ―日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会―

IMG_0784.jpgこれは9月15日(土)午後1時〜5時、大津教会で開催された日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会で、私たちの導き手である大田正紀先生が講演された概要である。

作品の舞台、北海道・富良野(アイヌ語でフラヌイ)は、倉本聰の『北の国』から一躍有名になった。

倉本の両親は熱心なクリスチャンで、聰に洗礼を授けている。聰は自覚的な信仰ではないが背信的な物語は書かず、作品には人間の愛や夢をモチーフにキリスト教の愛と生命観が脈打っている。

富良野地方の開拓の始まりは、明治30年の三重団体とされる。三重団体は禁止禁煙で純潔と勤労をモットーに開墾した。1926(大正15)年、十勝岳の大爆発によって発生した泥流は開拓農民たちの村をも飲みこんだ。死者・行方不明は137名。

北海道に入植し、30年かかって耕してきたものが一瞬のうちに流されてしまった。『泥流地帯』は散らされた神の民の物語である。登場人物は、石村市三郎・キワの老夫婦、その長男義平と妻佐枝の間には、富、拓一、耕作、良子がいた。

作品のモデルは三浦光世の艱難辛苦の少年期で、作品のテーマは「ヨブ記」(義人の苦しみ)であり、拓一と耕作の兄弟を中心に展開していく。市三郎は、孔子、釈迦、キリストなどに造詣深く、人間らしく生きることを真実に求め、入植前の福島にいた頃、教会に通い聖書を読んでいた。

人を身分や金のありなしで分け隔てせず、「目に見えるものが問題じゃねえ。目に見えないものが大切じゃ」や「寝ていて人を起こすなかれ」が口癖だったこと。また、「百姓」とはいわず「農民」と呼び、人権を重んじ矜持を持っていた。拓一に人間としての中心的なものを教えていた。

市三郎・キワ夫婦、良子(孫)は泥流に流された。拓一は止める耕作を振り切って「耕作、お前はかあちゃんに孝行せ!」と叫んで、救助のために泥流に身を投じたが、大木にぶつかり奇跡的に生きていた。
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耕作は拓一に問う。

「なあ、兄ちゃん。まじめに生きている者が、どうしてひどい目にあって死ぬんだべ」
「わからんな、おれにも」
「こんなむごたらしい死に方をするなんて……まじめに生きていても、馬鹿臭いようなもんだな」
「……そうか、馬鹿臭いか」
「おれはな耕作、あのまま泥流の中でおれが死んだとしても、馬鹿臭かったとは思わんぞ。もう一度生まれ変わったとしても、おれはやっぱりまじめに生きるつもりだぞ」

その後、石村家は敢えて最も被害の大きかった場所に留まり、林を倒して水田を復興させていく。(『続泥流地帯』)

ところが、被害を受けていないにも関わらず復興反対派が現われて金儲けをする。村の人を二分されて困難を極めるが、吉田貞次郎村長(元は近江商人)を中心に復興に尽力し、8年を要してかつてのように収穫できるようになった。
(吉田村長については、ネット上に公開されている「上富良野町郷土をさぐる会」発行の「郷土をさぐる会」に詳しい。)

三浦綾子は、人生とはこのような理不尽としか思えないこともあるんだと思って書いたのであろう。それは罰を受けての苦しみではなく、神さまはその人を善き者に変えようとして試練を与えられるのだから、負けないで生きてくださいと伝えたいのだろう。

神の御心が叶えられた世界で、摂理の中でいろいろなものが生み出されている。人生の中の試練には意味がある。

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2018年09月19日

秋の飛鳥(明日香)へ

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昨日の最高気温は30度、今日も強い陽ざしで29.4度まで上がったが蒸し暑さはなかった。昨日急きょNさんに誘われて今年2度目の明日香(飛鳥)へドライブに出かけた。

今朝は義母がディサービスの日だったので大忙しだったが、Nさんも大変。互いに介助疲れを癒すべく、時間が許される日にヒガンバナを目当てに出発した。

春に続いて秋の飛鳥に誘い出してくださったNさん。
明日香村に入ると元気にサイクリングしている中学生、棚田には遠足に来た小学生が列をなして歩いていた。中高年の人たちもたくさんいたが、子どもたちの姿は自然界の美しさをいっそう輝かせていた。

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今年は四季の訪れが早い。
半分はまだ蕾、それでもこんなに鮮やかな秋の色!

昨秋は18日に夫と孫の3人で明日香へ来たが、
あの時よりも見事に咲いていた!
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Nさんに興味深い話をしてもらった。
「昔は米をたくさん収穫できなかったから、ヒガンバナの根をドングリの実のように何度もアクを抜いて食べていたので、畦道にヒガンバナを植えたのよね。古代から人のいる所にはヒガンバナが咲いていた」。

そういえば古代米の田んぼにも案内してもらった。
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稲穂は少し黒っぽく黄金色ではない。
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後ろに見える建物が橘(たちばな)寺だ。

5時間外出して帰宅。
自宅近くの公園にはまだ夏が残っていた。
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夏が往くのはさみしい。
あんなに暑い夏だったけれど・・・

美しいサルスベリの花。
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そして、その近くにはヒガンバナも咲いていた。
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私が知らなさすぎるのだろうけれど、
Nさんは何でもよく知っている。
これは初めて見たお茶の花!!!
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明日香へ行く前に立ち寄ったまほろばキッチンの売り場にあった。
ここで新鮮な野菜や果物を買ってから明日香へ向かった。
Nさん、楽しい一日をありがとう!

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2018年09月16日

「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」 安積 力也氏の講演より

IMG_0681.jpg9月9日(日)午後、大田正紀先生が通っておられる教会で開催されたキリスト教文化講演会(第18回)に出席するために、阪急・王子公園駅近くにある日本キリスト改革派・灘教会を夫婦で訪ねた。灘教会を訪ねるのは今回が初めてである。

講師は安積 力也(あづみ りきや)氏。
演題は「何が人を『私』にさせるのか −独立学園から見えてくることー」。

安積氏は現在73歳。基督教独立学園高等学校 前校長で、恵泉女学園中学高等学校 元校長、日本聾話学校 元校長、敬和学園高等学校 元教頭を歴任され、70歳を機に教育現場から引退された。

案内のチラシにはこのような一言が書いてあった。
「待てない」時代になった。「出来るだけ早く、目に見える成果を!」。この巨大なうねりの中で、私たちは、親も教師も官僚も為政者も、「待つ力」を失ってしまった。

今、この国の子ども達が異様なほど「素直」だ。なぜ「異様」か。それは「”私”のない従順さ」だから。”私”になろうともがく若者の自死率は高止まりのままです。

子どもを『信じて待つ』ことによってしか育たない”大切なもの”がある。東北の小さな全寮制高校から見える「人間教育の事実と真実」をお話しすることで、子育てや教育で苦闘中の方々に、ささやかなエールを送れればと思います。

以下は、2時間20分の講演概要である。
IMG_0683.jpg今、一つの時代の終わり、破局がひたひたと近づいている。そのことは誰もがわかっているのに心の奥にグッと隠して日常を続けている。これが私の、私たちの現実です。

終わりの時代は本物、普遍的なもの、変わらないものしか残らない。人からの借り物や偽物は残らない。それが一つの時代の終わりの特色です。

中学3年の子が言った、「先生、なぜ生きてるの?」 生存の不安、実存の不安。人間は頭の知的理解で現実を生きられるか? 
科学は言葉で知的に教えられるが、生きることに関する真理はどうか。どうしたら人を愛せるのか。どうしたら人を思いやれるのか。勇気を持てるのか。どうしたらこんな大嫌いな自分を愛せるのか! 

私は知識を教えることはできず触媒役しかできないから、私の話は触媒だと思ってほしい。

2006年に改訂された「教育基本法」に残された文言に、「この理想を実現するために、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、」(前文)、「教育は、人格の完成を目指し、」(第1条・教育の目的)とある。

尊厳とは外からは絶対に侵されない何かが宿っているものであり、「私」という固有の人格になる教育を目指す。ところが、教育が政治問題化して固有の尊厳よりも、場合によっては国家の尊厳となる。

岩波国語辞典によれば、「人格」とは人柄(キャラクター)、個人として独立しうる資格とある。即ち、人間である限り人格をもち、固有の「私」となる存在である。

人格概念には、西欧起源のヘレニズムとヘブライズムの2つの流れがある。
@ 「生まれながらの自己の資質を、全的に調和をもって開花させることで、人格は完成する」。(古代ギリシャ・近代ルネサンスの人間観)
A 「人間は、神によって創造され、神の語りかけに応える者として創られた。人間は、神との対話のうちで、人格となる」。(聖書の人間観)

人間は神によって創造された存在というのが日本人にはわからないのだが、創られた者は創ったかたの意図があり、その人にしか果たせない役割がある。創られた者は創ったかた、即ち、神に応答する。

この2つの概念の共通項は:
@ 「人格」それ自体が「目的」。如何なる意味においても「手段」におとしめられてはならない。人間はロボットになってはいけない。

A 「人格」は、他者と出会い、交わることで、初めて目覚め、動き出す。
(参考資料;下村喜八「人格の衰退とその回復」 キリスト教雑誌『共助』2018年第2月号)

対話の相手は「他者」だけではない。内なる私、超越者。

今は自己確立が難しい時代ですが、あなたは今、ご自身の人格を生きていますか?!
私たちは今しか生きられない。今しか私たちは存在していない。この今は誰も経験していない。未来は不確実で予測できない。私はこの私を生きているのか?!

あなたの子ども時代はいつ終わったか。私は何歳のあの時に心理的に変わったのか、自分の心理を時代区分する。

私は誰にも出したことのない自分はいないだろうか。この国の子どもがこれに気づけないと自殺のみ。今、この国の子ども達が異様なほど「素直」だ。なぜ「異様」か。それは「”私”のない従順さ」だから。”私”になろうともがく若者の自死率は高止まりしている。

自己を表出できず、外側の自己を演じ続け、内側の自己を封印してきた時、墓の前にいる。私しか入れない内面の奥、その穴からもっと深い奥を見る。私がもう一人の「私」が生まれた時はいつだったか。親とは違う内面を持っている。

罪意識の奥にあるのは虚無感であり、若者が最も感じているものだ。私は教育現場に立とうと覚悟した時から、校長になった時も人格教育に徹した。生徒が訪ねてきたら(保護者も)、よほどの予定が入っていない限り時間を取って向き合った。

聖書の真理は教えることはできず、生きることによってしかわからない。(苦悩の)余裕のある人に、なぜ神がわかりますか!  
答えは自分で探す。探し方は教えます。

あなたは本当のところ、私自身何を願っている人間ですか?

思春期に入った人間が問いたかったことは、「私は親の操り人形じゃない。それは、お父さん、お母さんの問題でしょ!」 私は自分の「心の闇」(未解決問題)を我が子(生徒)に肩代わりさせていないかという「世代間伝達」の問題。

また、思秋期は、「こんな生き方をしていて、私は満足して死ねるか?」という問題。

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主はあなたの心の願いをかなえられる」。(詩篇37篇4・5節)
「主に委ねる」とは全体重を預けるということ。「願い」とは、心の底の、底の、どん底で願う願いであり、その願いこそ神さまは必ず実現してくださるという約束です。

自分の中に起こってくることを言葉にする。「思想は飛ぶ鳥の如し」で、フッと何かを感じたら言葉にする。
心の中に葛藤があり、存在の欠けがある。それを本当に言えないと他者と出会えない。親の未解決の問題を言語化した時に、我が子と言うスクリーンに投影される。

1995年に乳幼児精神科の看板が挙がった。最近の5万人を対象にした調査では、本気で死のうとした人が4人に1人いる。

独立学園高校では「あなたは、本当のところ何を願っている人間なの?」と問いを課し、約束と自由を課す。監視する目を捨てて生徒を信じ抜く。信じなければ、人は待てない。

ラムネ瓶の中のビー玉のような私。多くの人が、自分で作った分厚いラムネ瓶をいつか割りたいと思っているが、人格が触れ合うような交わりがない。自分の人格の核に触れてくれる交わりを求めていく。

「とりま(とりあえずまあ)」ではなく、本当にまともに向き合ってくれる大人を求めている。「この問題を持っていいんだよ」と言ってくれる大人を求めている。私たちは何となく孤独で、何となく不安なのに、不安や孤独を明確にする他者が居ない。自分を確かにするものの感覚がない。

今の人々は自分の闇と向き合うすべを教えられていない。「闇」とは未解決の問題。この国の子どもたちは、心の闇を見る意味と勇気が教えられておらず、真向ってくれる大人がいないのが最大の悲劇だ。

放蕩息子レンブラント.jpgここで有名なレンブラントの『放蕩息子の帰還』を手にされて語られた。
放蕩を尽くした息子が父の家へ帰って来た。ひとりの他者に身を投げ出して泣く経験。
自力が尽き果たした時になお、誰ひとり例外なくできることが一つ残っている。

「私」の立ち返りどころはどこか。
何によって「私」を確かにするのか。
何が人を「私」にさせるのか。

人は自分が扱われたように人を扱います。これが教育の原理です。親や教師は子どもを信じ、存在をかけて腰を据えて待つ。そのような形で待たれている子は、自分が信じられていることを知っている。

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全身全霊で教育に尽くされた安積先生の話は心を強く打った。生徒の「意思をもった応答の拒否」、その心的情景が印象的だ。

資料に書かれた高1の不登校生の言葉、「結局、人間って”自分を知る量”までしか、人を理解できないんですね」は見事な洞察だ。これは「特に教師に求められる力量」の「自己吟味力」に記されている。他、「自己開示力」と「聴く力・待つ力」が挙げられている。

余談だが、講演で語られた「『人格』は、他者と出会い、交わることで、初めて目覚め、動き出す」の箇所だけ太文字、かつ、下線が引いてあり、今日はここが最も伝えたいところだ」と言われた。

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IMG_2376.jpg(参考資料;下村喜八「人格の衰退とその回復」 キリスト教雑誌『共助』2018年第2月号)紹介されている下村喜八さんは、私たち家族が毎月「ブルンナー読書会」でご指導いただいているかたなので驚いた。


IMG_0691.jpg教会を出ると雨が勢いを増していた。
阪急沿線からJRまで下り、六甲道駅を通り過ぎる時、引っ越したばかりの奈良県から神戸大学まで通っていた次女を想った。懐かしくも雨粒越しに見える景色は寂しさを助長した。

posted by 優子 at 19:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

2学期は台風21号到来で始まる

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夏休みが開け、今日は2学期始業式。この40日間で背丈がまた伸びた。
「ユキ、写真撮らせて! いいやろ? すぐに取って来るから!」
「あした撮ればいいやん」
「明日は台風やから撮られへんから」
この時すでに7時46分。
私は大急ぎでカメラを取りに行き、ユキも家の前まで戻って来てくれた。最高の笑顔ではなかったが記録できてよかった。シャッターを押した瞬間に、ユキはリレーのバトンを受け取ったかのように向きを変えて公園(集団登校集合場所)へ走って行った。

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接近中の台風21号は今年最強クラスで、市の教育委員会は早くも明日9月4日(火)は、警報発令の有無に関係なく終日臨時休業とPTAメールが届いた。大きな被害がでなければいいが。

しかし、企業はそういうわけにはいかず、明日10時からJRが運休するというので早速、社員の帰宅時の足を検討しているようだ。生協配達はどうなるのだろう。無理しないで休んでほしい。休むにもそのあとが大変だろうが、安全第一にと願う。

追記:生協の担当者から今夜8時前に電話あり。明日はいつもより1時間早く、11時過ぎに来宅とのこと。1日に70軒配達されるので午後の50カ所余りははどうするのだろう。聞きたいけれど1分でも余計な時間を取らないように見送ろう。)

今日も真智と電話で話していた。間延びすることなく、まるで梅田(大阪)から電話してきてくれているかのように会話していると、会いたくて会いたくてたまらなくなって、身近に置いてある写真を手に取った。

「今日もありがとう。ママはもう大丈夫。ありがとう、真智」。
今、この手で真智を抱きしめたい。 

15分で切るから電話してと言ったのに、また長時間話してしまったね。アメリカは明日は勤労感謝で休日だと聞いて安心した。早くおやすみ。

          IMG_2212.jpg  IMG_2213.jpg   
            幼い頃の知子と真智子。
左は小学校卒業間近かの知子と3年生のマチ。右は中学3年生の知子と小6のマチ。私にはどちらも昨日のことのよう。真智はアメリカに渡って12年目になる。この時はまさかマチが経済学者になってIMFで働くなんて思いもしなかった。

IMG_2205.jpg私は今の園児や児童のこどもたちが遊ぶ姿を見るたびに、子どもたちの上に黒雲のように覆いかぶさって来る日本の将来を思う。特に原発事故の後始末を思うからだ。

後始末は30年や40年ではすまない。仮にそうであっても、今無邪気に虫や魚を追って遊んでいる子どもたちの中から携わってくれる人が生み出されていくのであり、子々孫々に託すことになる現実に心が痛む。

IMG_2071.jpgそんなことを思いながら小学5年生の2学期が始まった。

今年は季節も速くめぐる。8月29日に義母の花壇のシュウメイギクが咲いた。



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小学校の前にあるのを7月末に気がついた。
posted by 優子 at 18:09| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

一期一会 船本弘毅氏は召天された

8-29.jpg昨年9月16日、東京・御茶ノ水クリスチャン・センターで開催されたJCP創立65周年でお目にかかった船本弘毅(ふなもと・ひろき)さんが、20日に神の御許に帰られたことを先週末に落手した長原武夫さんの資料で知った。


船本弘毅さん.jpgクリスチャン新聞によれば、亡くなられる1か月前の7月18日、JR国分寺駅近くにあるクリスチャン経営者主催による伝道集会「聖書と人生」(第260回)のゲストに招かれて、マタイによる福音書18章9節〜24節より「祈り、祈られる人生」と題して語られた。それが最後のご奉仕だったと思われる。
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以下は『クリスチャン・トゥディ』8月23日の記事より。

IMG_7918.jpg聖書学者として著名な船本弘毅・元東京女子大学学長が20日、召天した。83歳だった。

同大が22日、発表した。前夜式は24日午後7時から、葬儀は25日正午から、日本基督教団阿佐ケ谷教会(東京都杉並区阿佐谷北5ー18ー10)で行われる。胆管がんのため東京都狛江市の自宅で亡くなった。喪主は妻の恵(けい)さん。

1934年静岡県生まれ。関西学院大学大学院神学研究科修了。ユニオン神学大学大学院(米ニューヨーク)、セントアンドリュース大学大学院(英スコットランド)に留学し、博士号(Ph.D.)取得。サムエルラザフォード賞受賞。64年、日本基督教団正教師。関西学院大学教授・宗教総主事、東京女子大学学長、東洋英和女学院院長・大学長を歴任し、関西学院大学名誉教授。この他、日本基督教団高槻教会(大阪府高槻市)の開拓に携わり、同教会を長年にわたって牧会した。

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JCP創立65周年記念講演で語られた「書くこと、話すこと、伝えること」のメッセージは私たちへの遺言となった。
証し文とは聖書の言葉を現代の人に自分の言葉で書くことだと思う。牧師の説教も信仰の証しであり、話す時も書く時も自分は今こう理解しているということを常に心にとめて、聖書の言葉を私の言葉で書き、話すことが証しである。

証し文章を書き、人に伝える。厳しさがある。私たちも重大な時代に生きている。自分の言葉で、自分が本当に信じていることをいかに書き、いかに伝えるか。これが証し文学に求められていることである。

8-28.jpg私にとって船本師とはまさに一期一会の出会いであった。
私も残り少なくなった限りある時間を有益に用いなくてはならないと今一度真剣に思わされた。
posted by 優子 at 18:52| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

5年生の夏休みに −小豆島は心のふるさと−

DSC_0186.jpg8月11日(土)〜13日(月)、知子とユキは小豆島へ渡った。多忙な日々に在って今回も行く直前に探したので同じホテルに連泊できなかった。知子は今年3度目、ユキも2度目の再訪である。

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4月末、花の蕾がつき始めたばかりのオリーブの木は青い実をつけていた。今度は秋の寒霞渓を観たいと今から予約を入れたようだ。

2018.8.11~.jpgここは春に泊まった「天空ホテル 海蘆(かいろ)」。今回は洋室。




夕食は部屋食ではなくバーベキューを所望した。小豆島A.jpg

この日の香川県の気温は34度。新鮮な海鮮がおいしかったそうだが、夜になっても気温が下がらないのでバーベキューは暑くて拷問のようだったと、それもまた良い思い出になったね。

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父なく兄弟もいないユキ。

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この釣り場を初めて10年になるという経営者のおじさんが親切に丁寧に教えてくださった。これは「サビキ釣り」という。

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夏のオリーブビーチ。


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2日目も魚釣りをさせてもらって大喜び!
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底に沈んでいるのはサヨリの幼魚。
この日は7匹も釣ったと嬉しそう。

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ユキはこの時のことを書いたのだ!
夏休みの宿題「少年の主張」に書きかけている。
(今もまだ仕上げていない)

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「小さなメバルを釣った時、針が魚の目あたりに引っかかっていました。そこから赤い血が流れ、針をぬこうとしてもすぐにぬけなくて、ぬけた時にはもう死んでいました。釣ってからにがしてやろうとしたのに殺してしまったのです。海にはなすと魚はういていました」。

小豆島I.jpg字数は原稿用紙3枚以上のところ2枚半しか書けていない。ユキは昆虫と魚のエピソードを取り上げて「儚い生命」について書いているので、人間に視点を広げた。

主張の落としどころは見えているので、25日に図書館へしばし立ち寄って環境問題全般についての本を紹介した。どのように書くのか楽しみだ。

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2泊目は海蘆の2軒隣り・国際ホテル。
ホテルのロビーからエンジェル・ロードは直通だって!
posted by 優子 at 10:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

ブルンナー読書会㉔ −主はわれらの避け所−

IMG_1843.jpgこれは8月18日(土)の記録である。
テキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の13回目、説教のタイトルは「主はわれらの避け所」。

出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(奏楽:知子)、聖書朗読とお祈り(下村さん)。
★この日、ユキは3時からサッカー教室のため、2時20分に中座する。

詩篇90篇1節〜4節:(モーセの祈り)
90:1 主よ、あなたは世々われらのすみかで
いらせられる。
90:2 山がまだ生れず、
あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、
とこしえからとこしえまで、
あなたは神でいらせられる。
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、
「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も
過ぎ去ればきのうのごとく、
夜の間のひと時のようです。

良輔の感想:
「避け所」とはどういう所かわからない。神に語りかけることができないのはなぜか。そうなるためには信仰を養わないとダメなのか。

「神に語りかける助けになるのは特に詩篇がよいでしょう。信仰があっても神に語りかけるのが難しい時もある」said Mr.shimomura.

優子の感想:
ギリシャ語では「時」を「クロノス( 時間)」と「カイロス( 時刻 )」の二つの概念があり、クロノスを直線で表すならば、そこに垂直線を引いて交差するところが「一瞬の時」で、一瞬ひらめいてたちまち消える。それがカイロスという考え方だが、カイロスは人生の意味と目的を考えながら生きている者だけが経験することのできるハプニングの瞬間である。

「神は永遠の現在である」ということを頭で理解するだけではなく実感できたように思う。イエスと出会った者は、生きる意味と目的を与えられてカイロスの日々を生かされて、神と共に永遠の現在を生きているのであり、そのことを忘れてはならないと思った。

下村師のお話しよりメモ:
丸山眞男は「日本の精神風土は超越を知らない」と言い、加藤周一も肯定しているので正しいのだと思う。日本人にとっては何でも神になり、心と心の繋がりがあると考える(アニミズム)。日本人にとって歴史は「なりゆく」ものであり、ヨーロッパ人にとっては「神と共に作っていく」ものである。

日本人は神の前に立つことがないから個人を確立することができない。キリスト教を得たから超越を獲得できるのかと言えばそうはいかないが、神を仰ぐ手立てが与えられている。

米大統領選で勝利したトランプ氏にアンゲラ・メルケル首相は、「民主主義、自由、法の尊重。出自や肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的信条を問わないあらゆる人間の尊厳を否定しない限り、緊密な協力を申し出ます」というメッセージを述べた。安倍首相とは対照的だ。

ルターは二つの絶望を語っている。
@ 神に対する絶望。
  これは神との関わりを断つことだから人間に破滅をもたらす。
A 自分の能力に対する絶望。
  これは救いをもたらす。なぜならば信仰によってのみ赦され義とされる。

ブルンナーはこれらを明解に分けて語っているが、シュナイダーは神に対する絶望を自分も共に苦しむのである。

長い物には巻かれるという事大主義。神の前に立つ個(人格)が確立していないと、権威やドグマに身を委ねて全体主義になる。

★ 避け所とは安息の場所です。神を見出したがゆえに避け所を見出した人間は・・・足下に確固たる土台を持っている・・・。彼はその足を永遠の基盤の上に置いています。

★ 神に呼びかけることのできる人は、・・・いかなる壊滅によっても損なわれない不滅のものを所有しています。真に神に在るかぎり、真にこの永遠の基盤の上に立つかぎり、人間は神に在って安全です

★ 地球もかつて何十億年前、おそらく40億年前にできたものです。しかし神のみは初めをもちません。神は初めをもつあらゆるものに先立って存在しています。

「創世記」第1章の創造物語は、このわれわれの世界に属するすべてのものは神によって創造されたというただ一事を告げてようとしているにすぎません。(ブルンナーは、アダムとイブの話は神話と考える)

★ 神との関係をもつようになること、これが信仰です。そして信仰の最初にして最後の呼吸は祈りです

★あなたが悩みの中にあって祈る時、信仰においてあなた自身を永遠の神のもとにまで引き上げる時には、あなたの悩みに何らかの変化が現われます。また、あの幸福の日の中にも何らかの変化が生じます。

あなたの苦痛の夜に、永遠の安息と浄福の光が射し込みます。あなたの幸福の日の中に永遠の厳粛さの光が射し込みます。あなたはもはや、単にあなたの時間に引き渡されているにすぎない存在ではなくなります。

あなたはひそかに神の永遠にあずかります。神の賜物として、我知らず神の永遠にあずかります。その時あなたは、あなたの悩みがいつの日か神の浄福の中で解消されるであろうことを知ります。またその時あなたは、この世の幸福があなたの人生の窮極の目的と意味ではないことを悟ります

★ われわれは、神を知らない人たちが考えているように救いもなくただ死に向かって歩いているのではありません。われわれは「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ11・25)というイエスの言葉を知っています。

われわれにとっては、この時間の世界で生起する出来事の中には、真に恐れるに値するものは存在しないのです。われわれは、この新しい年が何をもたらすかを知りません。しかしそれが何をもたらそうとも、われわれはただ一つのことを知っています。それは、「われわれは死に向かって歩いているのではなく、生命に向かって歩いている」ということです。アーメン!
このあと、知子はトルストイ晩年の著『懺悔』を引用して、3時過ぎから30分間に及ぶ感想を述べた。鋭い感性に驚かされた。

この日はいつもよりも30分遅く4時半に閉会した。
次回は、9月22日(土)、聖書朗読とお祈り(優子)。テキスト箇所は「聖餐の意義」。

附記:これは今朝のサッカー教室より。
   「今日は2点入れた!」と喜びの報告あり。
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posted by 優子 at 15:21| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

みことばの花束D

8-24-1.jpg「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」。(詩篇126篇5・6節)

私たちは、幸せであろうがなかろうが、いのちの種を蒔き続けます。悲しくても辛くても、種を蒔きます。それを怠っているなら、将来に喜びは期待できません。しかし、蒔けば収穫の喜びが待っています。主は私たちの労苦を虚しく終わらせられません。

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「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。彼らは私に勝てなかった」。(詩篇129篇2節)

私たちはキリストによって、圧倒的勝利者です。苦難の中で打ちのめされることがあっても、敗北を認める必要はありません。私たちは病や貧困や悪意に苦しめられていても、主に仕えることはできるし、主の栄光を現すこともできます。それゆえ、主を見上げて、「どんな苦しみも、私に勝てない」と宣言するのです。

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「神の恵みによって、私は今の私になりました. そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました」。(第一コリント15章10節)

以前は教会を迫害していたパウロが、神の恵みで福音伝道者に変えられ、「今の私」になりました。恵みを無駄にしなければ、私たちも「今の私になりました」と言える日が来ます。愚痴らず、恵みへの喜びと感謝で働くなら、その日が早まります。

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「すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです」。(第一コリント15章22節)

アダム以来、人はいのちの源である神から切り離された状態、つまり死の状態で生まれます。それが霊的死です。しかし、キリストを信じた者は神とのつながりを回復します。それが永遠のいのちです。そのつながりを切り離せるものは、何一つありません。それがキリストにある平安です。

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「友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい」。(第一コリント15章33・34節)

世と調子を合わせ、信仰を譲歩させてはなりません。ひとたび譲れば、御言葉を学ぶ、祈る、礼拝するという良き習慣が崩れていきます。自分は大丈夫と思う高慢が落とし穴になります。少なくともひとりは聖霊に満たされた人を友にしましょう。聖霊は私たちの心に働いて、悪い習慣を断ち切ります。

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「最後の敵である死も滅ぼされます」。(第一コリント15章26節)

死ねば全て終わりなら、「明日は死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか」(32)となります。しかし、死が滅ぼされるのなら、主を信じる私たちは永遠に生きます。ならば当然、永遠という視点で物事の価値や意味を判断し、行動するでしょう。刹那的な生き方はしないし、一時的なことに人生を懸けることもしません。この視点で、自分の人生を見直しませんか。

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「主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません」。(詩篇131篇1節)

高慢な人は大言壮語したり、無謀なプロジェクトに関わったり、思いつきで事を始めたりします。しかし、謙虚な人は、主の計画かどうか見極め、慎重に参加し、自分の分に応じた活動をします。その結果、主の力によって、自分の能力を越えた働きを成し遂げてしまうのです。

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「愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます」。(第一コリント13章8節)

愛に終わりはありません。報いられずとも愛するのが愛です。途中で終わった愛は、最初から愛ではなかったのです。多くの賜物を受けても年とともに衰え、どんなに知識を蓄えても死とともに消えます。ただ、賜物や知識を用いて愛を表すなら、その価値は愛とともに残ります。

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「聖所に向かってあなたがたの手を上げ、主をほめたたえよ」。(詩篇134篇2節)

主の御前で自分の理屈を説明するだけでは、祈りも賛美にもなりません。主に向かって両手を上げれば、自ずから賛美が始まります。主をほめたたえることから、主の恵みがあふれ出します。心の濁りが消え、喜びが湧き出します。心の中の繰り言は何も生みだしません。心を一新したいなら、まず主に向かって手を上げましょう。

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「まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた」。(詩篇135篇4節)

私たちも生まれる前からキリストにあって選ばれ、主の宝とされています。ひとたび選ばれれば、永遠に主の宝です。自分は主の宝であると自覚していますか。しているなら、どんなに惨めな体験をしても、けっして自分を石ころのように扱いません。主の宝である身分に踏みとどまり続けます。

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「主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで」。(詩篇136篇23節)

過去の悲しみや怒りをわざわざ思い出してはなりません。今の苦しみもやがて過ぎ去ります。将来の不安を先取りして、思い煩うのも止めましょう。むしろ主から受けた憐れみを思い出し、今の恵みを数え、将来の祝福を楽しみにしましょう。未来に受ける恵みをこそ先取りして、今を喜び楽しむのです。

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「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか」。(第一コリント15章55節)

「最後の敵」(26)である死への勝利宣言です。死そのものが滅んだのです。私たちはもはや死の力に支配されていません。ですから、死んだら終わりであるかのような生き方をしません。たとえどんな死に方をしても、永遠に生きるという約束は変わりません。日々の労苦や忍耐、成功にも失敗にも、永遠の意味を見出します。
(キリストの栄光教会より引用)

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posted by 優子 at 16:36| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年08月22日

ワシントンで久々の和装

IMG_0166.jpgママ
電話できてよかった。神様は生きておられる、と思った。ママと一緒に泣いて、そしてまた立ち上がらせてくださる。いつもお祈りしているよ。

先週の水曜日(8月15日)、涼しい日だったので、思い立って着物を着たよ。おばあちゃんの字で「単衣一ッ紋 着物」とありました。夏用の帯と合わせました(博多帯だと思うけど、おばあちゃんに聞きたい)。色々忘れてしまっていて恐かったけど、くまも一緒に思い出して着せてくれて、本当に嬉しかった。2.一つ紋.jpg

この着物も、本当に綺麗だった。他の着物もそうだけど、本当に感動する。おばあちゃんは「単衣」と書いているから、絽ではないのだと思うのだけど、透け感があって、涼やかで、本当に美しい着物でした。

IMG_0495.jpgこの日、遅ればせながら、私のお誕生日のディナーに行きました。6月に着物を着てお誕生日ディナーに行きたいと思っていたんだけど、6月は雨続きだったし、仕事も忙しく感じていたから、先延ばしにしていました。今回実現できて嬉しかった。
着物でのお食事のマナーも勉強して行きました。二人で写したのはレストランの前です。

心が癒えるのを感じた日でした。
ひよどりの写真、楽しみにしているね。
おやすみなさい。
真智子
「真智、ヒヨドリの写真は昨日の日付で先ほど記録したよ」。

IMG_0537.jpgこれは昨日電話をかけてくれたあとに送ってくれたメールで、「心が癒えるのを感じた日でした」とは、8月の初めに次女夫婦とIMFの同期の女性が、突然の病気で召されて悲しみにしずんでいたからだ。

昨日も2時間余りも話を聴いてくれていたのに、次女夫婦は22日(ワシントン時間の明日)まで休暇をとっているのをいいことに、今日も電話してほしいとお願いした。

私たちは1年ほど前からスカイプではなく電話で話すことが多い。電話の掛け方も教えてもらっているのに、よくわからないのでかけてもらわねばならない。そして今日も2時間話していた。9日にも電話してくれている。私の人生の重大な決断を前にして。

真智は9月にミッションを控えているので、より一層体力をつけておかないといけない。

附記:今日は36.6度(大阪は37.6度)の猛暑で、クーラーをかなり低い温度にしていても効きめがないほど暑かった。
今日は夫が半日休みをとり、真智との電話のあと医者に連れて行ってくれた。2時間近くも待たされたので帰宅したのは12時半になっていた。夫は高速を飛ばして1時に会社に到着した。

IMG_1888.jpgこれはヒヨドリだが、エリヤを養った烏のよう。
真智、ありがとう。
あの方、この方、ありがとう。

17:2 主の言葉がエリヤに臨んだ、
17:3 「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。
17:4 そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
17:5 エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
17:6 すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。
                 (列王記上17章2節〜6節)
posted by 優子 at 22:12| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

3度もやってきたヒヨドリの雛 

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お盆明けから猛烈な暑さは和らぎ、夜は窓を閉めてもタオルケットでは肌寒いほどになったのに、昨日から暑さがぶり返し、今日は35度の猛暑だった。
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自然に生えたユリも今が見頃。ここにチャッピーがいないのにも慣れた。

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美しい夏の朝、ユキがヒヨドリの雛を見つけた。

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ベランダの真正面(裏のお宅)の木に止まっていた。
最初は窓越しに撮っていたがベランダから直接写すことができた。

ユキが動画(20秒)も撮ったのでユウチューブにUPした。

雛は夕方にもやってきた。
声がする方を見ると、ベランダのトマトの近くにいた。

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ひな鳥は警戒心が少ないので窓を開けて撮ることができた。

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親鳥.jpg近くから親鳥が鋭い視線を向け、大きな鳴き声で子どもを呼んでいる。まもなく雛鳥は親鳥の方へ飛んで行った。

この時、夕方の5時半過ぎ。と、その時、広報誌を配布するのを忘れていたのを思い出して、大急ぎで集会所へ取りに行った。


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このあとも続編がある。広報紙を配布した時は既に5時45分を過ぎていたが、青い空に浮かぶ白い月があまりにも美しかったので写真を撮りに2階へ上がると、ベランダの右の方で「ピー、ピー」と鳥の声がした。またあの雛だった!

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雛は高い塀を前にして跳び上がれないのだろう。ユキが助けようとソッと捕まえようとするのだが、雛鳥といえども足の爪は釣り針のように鋭くて、鋭いくちばしで噛みついてきた。雛の声を聞いた2羽の親鳥がすぐそばを飛び交うので怖かった。

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そこでユキは虫捕り網で捕獲することにした。
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まもなく隣(義母宅)の屋根にいた親鳥に向かって飛び立ち、
親子一緒に飛んで行った。
朝から夕刻まで今日はヒヨドリの雛との一日だった。

附記:夏休み中のユキは今回の自治会班長の広報配りを1人でやろうとしてくれたのだが、今月12日に富田林署から逃亡した犯人が、この辺りで見かけたという情報があったからと、19日(日)に警察官が一軒ずつ回って来られた。

大阪府松原市は県境を越えればすぐ近く、奈良県に入っているかもしれないと、警官は家族の調書まで詳しく取ってワシントンにいる次女の勤務先まで聞かれ、万が一事故や事件に巻き込まれた時のためにと肉親の連絡先まで聞かれた。

というわけで明るいうちでもユキ一人では心配で、夜に回るのも怖いのでユキを先頭に広報誌を班のお宅に配布した。
posted by 優子 at 23:45| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

神を知る者の安心感 −星野富弘さんのメッセージ− 

今日は一つ
悲しいことがあった
今日もまた一つ
うれしいことがあった

笑ったり泣いたり
望んだり あきらめたり
にくんだり 愛したり

そしてこれらの一つ一つを
柔らかく包んでくれた
数え切れないほど沢山の
平凡なことがあった

笑ったり、泣いたり、望んだり、あきらめたりということは、ずっとそういうことがなくなるということではない。そういうことは私は信仰を持つ前も、持った後も、それほど変わらないと思います。

ただ幸いなことに体が動かないということで、人を殴ったり、そういうことは出来なくなりましたが、気持の面では、時には殴りたいような時もあります。おそらく動いていたら、手を振り上げていただろうなあという時もあります。

でもそういった色々揺れ動く、時には神様を疑って見るような、そんな気持になる時もあります。でもそれも何か神様がニコッと笑いながら見ていて下さるような、そんな安心感があるんですね。

それで今の詩で最後に「平凡なことがあった」と書いていますが、やはり私は神様を受け入れたというところで、何というか平凡なことを発見したということと、何かとても繋がるんですね。

私は平凡になる、なったもの、それは長い間、人間の生活、人間が工夫したり、したものが、時間をかけて角が取れて、誰でも受け入れられる。何とも思わなく、受け入れられるようになったもの、そういうものの極致の姿ではないかなあと思っています

IMG_1811.jpgそれは人間だけではなくて、この自然の風景、それから私がごく普通のそこらにある花をたくさん描いているんですが、そういうものに目を向けられるようになったというのも、つい見過ごし勝ちな平凡な普通の花を、花もよく見て見ると、凄く精気に出来ていて細かいところまで綺麗に神様の手が行き届いているなあというふうに感じるんですね。

あおむけに寝たままで
次から次へと人の悪くちをいった
右眼の隅で桃の花が
笑いながら咲いていた

美しい花をいつも描いていますけど、何と言いますかね、美しいものだけに目がいかないんですね。やはり神様に生かされているという、その生活というか、いつも神様が見ていて下さるという、そういうことを知っていますから、自分がどんなに罪深いというか、醜い心を持った人間であるかというのは、みんな見られているわけです

もちろんやることは人に見られる、人が感じているところは、何かいい生活というか、とても清い生活をしているんじゃないかというような、それは人にはそういうところを見せますが、でもやはり見えない部分というか、心の中まで覗かれた時には、決してそれは人に見せられるというか、誇れるような生活はしていません。

ですから美しい花を見た時にも、その花の根っ子のほうですね。それもどうしても見つめないわけにはいきません。

IMG_1664.jpg美しい花を持っている、その同じ茎にいつも土に隠れた、そしてそこから生えている枝や葉っぱは必ずいつも花のようには美しくないんです。
虫が食ったり、枯れていたり、萎れていたり、どうしてもそういう虫の食った部分まで目がいってしまうというのは、やはり花を描きながら、自分自身を描いているような、描きたいと思う、そういう部分に自分自身を、何というか、描きたい。

そんな思いで虫の食ったところとか、枯れた葉っぱとか、描かざるを得ないんですね。描きたいというよりも、描かざるを得ません。ですからこれは一枚の小さな紙に描かれた絵ですが、花を描いた花と詩に、いつも自分自身を描いているような気持ちです


IMG_1813.jpgキリストが私の苦しみと絶望を負ってくださっているとの信仰の深まりを認識するようになります。これは人間関係でも、「あなたの苦しみを知っているよ」という、シェア(share:分かち合う)するだけで人間は楽になるものです。それにも共通するわけですけど。

posted by 優子 at 19:27| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

知子とユキ再び小豆島へ −瀬戸内海は国定公園第1号−

ゴールデンウィークに3人で行った小豆島へ、再び知子とユキが2泊3日の旅に出た。私は体調が回復した今でも、この暑さではとても耐えられなかったと思うので行かなくてよかった。

瀬戸内海は昭和9年に国立公園指定第1号に指定されたという。先月7月10日のBSプレミアムで2002年に初回放送された「生命(いのち)の海 瀬戸内海」を観て感激した。

4-29-25.jpg干潮になった時に姿を現すこのような地形も、瀬戸内海の激しい干満の差で生み出されるという。
心臓の働きのように、6時間ごとに反転して時速20キロメートルで流れ続ける激しい潮流だ。そして大きな満潮になって一瞬の「潮どまり」が起こり、引き潮で広大な砂の浅瀬を作り続ける。

この大きな潮の満ち引きで岩盤を削って砂を作り続ける「海ずな」は、1年間で数ミリしかできない。その海砂をセメントに混ぜるために膨大な量を取り続けたために20世紀末に自然界は破壊された。
2000年になってから採砂しなくなったので、2018年現在は傷ついた海の中も少し回復し再生していると思う。

最も感銘を受けたのは、海の中にも季節があることだ。春には藻の花が咲いて子孫を残す。切れた「流れ藻」もイシダイを育む場として活用され、自然界は何一つ無駄なものはなく、自然界はいかに緻密で厳格に秩序だっていることか!

立松和平氏の語り口が懐かしく、生と死を考え続けた立松氏の感性の鋭さにしみじみと感銘を受けた。2010年に63歳で亡くなられた和平氏を偲ばせた。

「魚たちは卵から孵化すると同時に生きるための努力が始まる。生まれていくことの恍惚と不安」。そして群れる小魚たちを「生きてあることが楽しくて楽しくてしょうがないように踊る」など、これらの表現も生きる厳しさと喜びを知る立松氏ならではの表現と心を打った。

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昨夜9時ごろ、ユキと知子は元気に帰宅した。
posted by 優子 at 10:23| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年08月11日

楽しかった2018年のラジオ体操

8-5-4.jpg「藤本君は最初から最後まで前でやってくれた!」とN会長さん。役員の方々も声をそろえて「ひとりだけやね」と絶賛してくださり、ご褒美に今朝は2倍のお菓子をいただいた。

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8-5-2.jpg初日、私は緊張して前夜眠りにくくて4時間の睡眠で出陣。2日目は血圧が高めだったこともあり休もうかと思うほどしんどくて、太ももの後ろも筋肉痛。3日目もしんどくて、4日目頃までは「今で3分の一、あと何日」と毎朝数えていた。


しかし、5日目になると体力がついてきたのがわかるほどになって俄然やる気になった。89歳の女性も、3日目頃から日に日に足に力が入っていくのがわかった。83歳の女性は杖をついておられるのに、ご自身でできる形で体操を完遂され深い感動を覚えた。

毎朝、地域の方々と笑顔で挨拶を交わす気持ちよさ。私の満創痍の心が生き返っていくようで、後半はあっという間に過ぎてしまった。

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これは8月5日(日)、この日だけ夫も参加した。この日の参加者はやや少なめだったが、平均80名ほど数えたと思う(8月21日追記:延べ人数は755名)
毎朝役員さんたちのご苦労を思って感謝が溢れた。毎回参加者に配るポテトチップやグミ、クッキー、エビセン、ジュースなど品を変えて用意しなければならないからだ。最終日はお菓子とジュースを配ってくださった。

8-8-3.jpgラジオ体操に先立って7月31日から3日間、子育て支援としてサマースクール(小学生の学習会)を9時から12時まで開いてくださっている。

当自治会には教職を引退された方がたくさんおられ、例えば私がお仕えしたK会長さんも、現会長さんもそうだ。ユキは1年生の時から喜んで参加しているが、5年生になると2名だけだった。途中でスイカやジュースなどのおやつタイムもある。

今夏は8月31日からと思っていた私のミスで、30日朝に世話役さんからお電話をいただいて30分遅れで参加した。この時ユキは珍しく運筆の音さわやかに読書感想文に集中していた時だった。

2日目は書道の達人による指導だったが残念ながら断念した。というのは、この日は水泳教室に行っていない5・6年生を対象に、25メートル水泳をマスターしたい人への呼びかけだったからだ。

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今年のサマースクールでは「実験したよ!」と帰宅するなり話してくれた。参加者全員が一人ずつ実験したそうだ。
私も何か得意の分野があればユキに賜っている良きものを引き出してやれるのにと、しみじみ保護者の在り方を考えさせられた。

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今夏のラジオ体操は、ユキと私にとって2018年夏の思い出になった。
このあとも続けようと決心したのに今朝はテレビ体操をしなかった。
しかし、絶対継続するぞー!

そして今朝、ユキはママと二人で2泊3日で再び小豆島へ向かった。私も誘われていたが、今回はもう一度夫と向き合おうと自宅にとどまった。
ユキが「おばあちゃんと離れるのさみしい」と言って離れなかった。あんなに毎日怒られているのに、ユキは「おばあちゃん大好き」と言ってくれる。「おじいちゃんにもさみしいって言うたげて」と耳打ちしたのに、「なんて言うんやった?」と本人の前で聞いてくるので、私が「おじいちゃんもおばあちゃんとの時間を大切にしいや」と言うと、「そのとおりでーす!」とユキ。

ユキを抱きしめて短く祈った。
何度も何度も振り返って手を振るユキ。ようやく曲がり角で見えなくなってよかったと思ったら、空き地の階段を上ってきて、パーキングのところまでやってきた。私は柵越しにユキの手を握った。「楽しんでくるね」「思いっきりエンジョイしてくるのよ! ユキ、早く行って。おばあちゃんもさみしいから」

今はもう小豆島についているだろう。ママと楽しい時を過ごしておいで。お土産話を楽しみに待っています。

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IMG_0420.jpg廊下の机で勉強していたとき、親族の人が門を開けたまま出て行ったので9日に早速書いて貼ったのだろう。門の表面と裏面に貼ってあった。10日朝のラジオ体操に行くときに見つけた。
開けたままだと物騒だし、チャッピーがいたときは出ていかないかと気が気ではなかったから、ユキの問題解決能力に感動し教えられて、言葉にはならない気持ちになって涙が滲んできた。

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posted by 優子 at 15:30| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする