2006年02月28日

「静かなる読者」様からのお便り

読者のお一人から嬉しいメールを頂いた。
クリスチャン精神科医である工藤信夫先生の『トゥルニエを読む会』を主宰されていた方からだ。
この方もまたクリスチャンドクターである。

毎日欠かさず読んで下さっているとのことで、嬉しくも恐縮している。
バッハの記事を書いた時もメールでコメントを伝えて下さった(あの時、大学時代の友人からもメールコメントを頂いた)。
そして、この度も娘のことで「お祝いメール」を頂き、メールでお話が弾む中、私は文章が簡単に書けなくてブログ上に公表したあとも10回は推敲して手を入れているとお話したところ、こんなに嬉しいメールを頂いたのだ。
御本人のお許しを得て掲載させて頂いた。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

優子さんの文章は非常に読み易く、内容と気持ちが真直ぐに心に伝わります。
かなり推敲を重ねておられるとは思っていましたが想像していた以上に文章を練っておられたのですね。

其の事を知ってふとアイルランドの西、北大西洋に浮かぶアラン諸島のケルト文化圏の品物である「アランセーター」や、東北地方の「刺し子」の事が頭に浮かびました。

アランセーターは今では観光地での土産物になっていますが、もとはと云えばアラン諸島の女性達が家族一人一人の為に異なった模様を一目づつ編み上げたものでした。
(其の模様は誰かが海難事故に遭った時の身元確認の為という悲しい歴史があるのですが)
日本の刺し子は寒さを防ぐため古着に一針一針縫い進めて、暖かい丈夫な着物に仕上げたものです。
どちらも女性が家族の為に只管愛を込めて、一目(一針)づつ時間をかけて作り上げたものでした。

優子さんの文章は正にこれに匹敵するものだと思います。
文章に登場する一人一人を思い浮かべ、その人に一番相応しい言葉を紡いで行く作業は時には最初から編直しをするにも等しい推敲もある事でしょう。
でもそれだからこそ言葉が命の輝きを持っているのだと感じます。
          
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は自分が感じていることをうまく表現できない時も筆が止まってしまう。
そのような時は人と比べ、ますます自信をなくしてしまうのだ。
今日もそうだった。
しかし今回は、精神が堕落しているのではないから書きたいことはいっぱいあるのだ。
だから掃除をしながらも考えていた。
そんな時に届いたメールは、私を原点に立たせてくれた。まさに神様からの励ましメールだ。
嬉しかった。
タイムリーなメール、不思議だな・・・・。

語彙も乏しく表現力も拙くとも、それも含めて「文は人なり」だと思っている。
自分らしさが溢れる文章がいい。
それがイエス様の教えではないか。
このように言ってくださることを私は素直に喜ぼう。
「いえいえ、私は・・・・」では何も始まらないし前へ進めない。

「私は学級通信は書かないんです。あとで読んだ時、若い頃はなんと未熟なことを考えていたんだろうと恥ずかしいし、書いたものは残るから」と、小学校の先生が仰ったことが忘れられない。
私の考えは違うからだ。
だからこそ素晴しいのではないか!
それこそ成長したことの証しではないか!
そうそうその調子!エンストした優子のエンジンがかかった。

というわけで私のブログは少なくとも2日間、何度も書き直しては「確認」と「保存」を繰り返して再構築する熟成期間が必要なため、時差をもって読んで頂ければありがたいと思う。

「静かなる読者」さまに助けられて感謝(^−^)。


posted by 優子 at 17:44| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

それぞれの夢に向かって

次女もまた多忙を極めている。
娘にとって徹夜も珍しくはなく昨夜も明日のレジメ作りで、ベッドに入ったのは今朝の6時半頃だった。
明日、大阪大学主催の「第1回 若年経済学者のためのマクロ経済学カンファレンス」に東大大学院にも2名の推薦依頼があり、そのうちの一人に選んで頂いたのだ。交通費や宿泊費や講演謝礼金も頂けるという。
阪大のホームページに案内されてあった。明日は会場である千里阪急ホテル泊まりとのことだ。

私は娘の日常を知り、学問を志す人は頭脳だけではなく体力も頑丈でないとできないということを知った。研究生活半年目の頃、「起きてから36時間になる」ということを聞いてびっくりしたものだ。
娘と私のパソコンはオンラインで結んであり、娘は家でインターネットは使わないから大体の様子は窺えるのだ。
私もたまに夜遅くパソコンを使う時があるが、11時過ぎでも深夜に研究室にいることも日常茶飯事である。

実家に帰って来る時も、書物など重い荷物が宅急便で届く。
帰って来てもいつもパソコンに向かってばかり。
まるで編み物をしているかのように手を動かしているので、画面を覗いてみると私には模様にさえ見える数式ばかりだ。

そして、娘は今また次の段階を迎えている。
留学問題だ。
私としては、娘は留学せずに日本だけで頑張ってほしいのだけれど、娘の足を引っ張ってはならぬと思っている。
アメリカでは学費は大変高く、海外留学となれば生活費も含むと1年間に400〜500万円も必要になるとのことで、私達の経済ではとても無理である。院生の海外留学生は奨学金を取得するために複数校の試験を受けているという。
幸いにして娘にもすでに何校かの合格通知がきているとのことだ。
特にある大学からは特待生として受け入れたいとのことで、学費無償は勿論こと、年間20000ドルの給付金と飛行機代も(何回分か?)出るらしい。
私はますます野口シカさんの心境である。

親ばかになろうが、次女の生き様が見事に表現されていると感じる文章があり、私は読むたびに元気にさせられるので御紹介させて頂きたい。
神戸大学卒業時に最優秀論文章を頂いた論文の「あとがき」である。

いろんな分野で情熱をもって励んでいる人々がおり、自分の夢に向かって努力できる人は素晴しいと思う。と同時に、それをやりたくてもできない人々もたくさん居られることを忘れてはならない。
それにしても、私は中年に達してから夢を持ち始めたのだから、何と出遅れたことか!

☆1年ぶりぐらいに覗いてみると、今も神戸大学のホームページに公開されていますのでお読みくだされば嬉しいです。(ここに貼り付けようとしましたができませんでした。)
「藤本真智子」で検索してくださり「六甲だより優秀論文一覧」をご覧下さいませ。
posted by 優子 at 11:00| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

『リア王は悲劇か ―リアの生涯を考える―』発行される

楽しみにしていた『リア王は悲劇か』が今日の理事会で配布された。
サワリの部分だけでもお読み頂きたい。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、この作品はシェイクスピアの有名な4大悲劇の中でも彼の最高の姿と言われているが、自分の愚かさが招いたことであるから私には悲劇だとは思えなかった。
昨夏、夏休みで帰省していた次女と久しぶりに文学や人生について語り合った時、私は参考のために娘の意見を聴いてみたところ、間髪いれずに
「いやあ、これほどの悲劇はないと思う。」と言い放ったから驚いた。そして、次のようなことを言った。

「リア王は、耳障りのいいことを言う人を優遇するという愚かなことをしてしまったけれど、ある日、自分がそのような愚かなことをしたと気がついた。しかも、それによって生じた辛く情けない状況の中でね。
この逆境が自分に全く責任のないことから生じているなら、どれだけ気が楽だろう。
でも、自分の愚かさから生じたことであるから悔やんでも悔やみきれない」。

だから悲劇だと言うのだ。
「なるほど」と、私は考え込んでしまった。私の視点とは全く反対であり、にわかに探究心は旺盛になって取り掛かった次第である。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(☆拙いものですが読んで下さって御高評頂ければとても嬉しいです(^−^)。
 押し付けないようにと心に留めています。読んで頂けそうな方には、来週中に御送付
 させて頂こうと思っていますが、希望して下さる方は大歓迎ですので、お声をかけて下
 さいね。)

ああ、それにしても誤字脱字が目立つ。
上記の中にも3箇所もあり、残念無念。

理事会のあと2時半から、『江戸時代の町を歩けば』と題して
大阪商業大学商業史博物館学芸員 小田忠氏による文化講演会があった。
江戸時代の大阪、中ノ島・江戸堀・土佐堀界隈の蔵屋敷や両替屋の仕事など大変興味深く拝聴させて頂いた。

12年前のこと、女性第1号という白羽の矢を当てて下さり第15回の文化講演会の講師として講壇に立たせて頂いた経験がある。
演題は『文学作品に見る人間の真相 ―選ぶということ、自由に生きるとは―』だった。
拙いものであったが、私にとっては意義深い体験であった。
posted by 優子 at 23:17| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

心を亡ぼさないように

ここ数日、多忙を重ねている。
今日の午後、サークルの理事会があり2名の方から原稿を預かってきた。
今では3名の理事さんが読書会に入ってくださっているのだ。

4月の例会で発行配布する読書会会報の編集作業だが、今回は特に困っている。
字数を守ってくれない人が多いのだ。
18字×40行までなのに60行と大幅にオーバーしており、しかも、「今回は削らないで」と言われる。80代半ばのご高齢の方だけに意を叶えてあげたいのだが・・・・。

ところが幸いと言うべきか、今年は投稿者が多い上に行数超過者が多く、割り付けをしてみると予想通りとても4ページには収められない。
そんなわけで副会長や書記の方に相談し6ページものにすることになったが、今後は尚も厳しく字数厳守を願わねばならない。
割り付け(レイアウト)と言っても行数を数えての古典的方法でやっている。
会員の殆どの人がパソコン世代ではなく、私もまたパソコンで編集できないお粗末さである。

もう一つ頭が痛いのは、今まで図書館にお願いしていた議案書作りだ。
東大阪市も財政難で全てを我々がしないといけなくなった。まあ、それで当たり前かなとも思う。
ところがまた困った。
私はエクセルが使えない。
こうなれば、これを機に娘に教えて貰ってやってみようと意を決している。
娘が結婚するまでにいろいろ教わっておこうと思う。

次女は明日の姉の婚約式に列席するために多忙な中、今日中に帰宅しようと
午後8時前の「のぞみ」に乗り込んだとのメールが入り、今はまだ新幹線の中だ。
近鉄鶴橋駅最終電車11時32分に乗れるかどうか今回も危機一発な様相である。

私も忙しいからこそ静かな時間を持たなくてはいけない。
現代は「忙しいですか?」が挨拶言葉ではないが、忙しい事が良いことのように錯覚する時代である。
しかし、忙しすぎるのは良くない。
「忙」という字は、心(りっしんべん)を亡ぼすと書くのだ。

  (追記)11時45分、次女が帰ってきた!!!
      嬉しい!嬉しい!嬉しい!
      家族が揃った!
      今もパバロッティは「誰も寝てはならぬ」を歌い続けている。
      次女は笑ってお風呂に入った。
      さあ、そろそろ寝てもいいよね。
posted by 優子 at 22:21| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

荒川選手、金メダル!

荒川選手が金メダルを獲得した。
この時のためにどんなに努力を積み重ねてきたことであろう!
いや、だからこそ嬉しいのだ!
何度も挫折を乗り越えてきたからこその喜びである。

あの集中力のすごさ!
卓越した技術は言うまでもないが、
私は何よりもあれだけ表現できる豊かな感受性に深く心打たれた。
本人の喜びは計り知れないが、親御さんの喜びもまた言葉に尽くせないであろう。
惜しくも十分に力を発揮できなかった選手達にもまた深い感情が溢れる。

トップに登りつめる人々に与えられた神様からの賜物、
その賜物が大きければ大きいほど、それを磨く努力も大変なものだ。
意志の強さと頑張れる能力もまた共に与えられているのであろう。
そして、それを生きることを許されている人たちは、神への感謝を忘れずに自分の夢を追い続けてほしい。
私達もまた人生の冒険を味わおうではないか。

次女からの「フィギュアスケート録画のお願い」メールに応えられず、2日間取り損なってばかりだったが今回は録画成功!
土曜日の夜遅くになるが次女が帰って来るので嬉しい。

夫は今朝5時に目覚めた瞬間から「さあ、見てこうっと」と言ってベッドから出た。
私は勿論6時までグッスリ眠った。
いつものように二人分のお弁当作りを始めた時、夫に「荒川やで」と言われて中断。
今日もテキトウなお弁当になってしまった(笑)。
そして、7時に父娘は出発、今日は高速に乗るのだろう。

見送ってからというもの今もルチアーノ・パバロッティの「誰も寝てはならぬ」(歌劇「トーランドット」より)が流れている。
私は3大テノールが好きで、その中でもお気に入りはホセ・カレーラスだ。
「私には夢がある」、「朝の歌」・・・・と、たくさんある。
プラシド・ドミンゴならば「カタリ・カタリ」と「君こそわが心」、
パバロッティならば、やはり「椿姫」の「乾杯の歌」が最も有名だろうが、私はこの「誰も寝てはならぬ」と「忘れな草」が好きだ。

まさに昨夜は多くの人が「寝てはならぬ」の心境でテレビを見ていたのだろう。
生きるって本当に素晴しい。

posted by 優子 at 09:17| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

キョンを偲びつつチャッピーと歩く

キョンが死んだ。
御近所の14歳くらいの雌犬だ。
野良だったキョンは、いつしかエサを与えて貰って半野良状態で飼われていたとのこと。
その人が引っ越されたあと、近くに越して来られた方が飼い主となられた。
エサを与えて下さっていた人が小泉今日子のファンだったので「キョン」と名づけられた。
とにかく賢くて穏やかな犬だった。
遠藤周作の作品に出てくる犬のようだ。
雌犬同士のチャッピーにも吠えたりしない。
1000坪以上もある大きな敷地内での放し飼い、柵から外へ出ても何処にも行かないし車にも注意した。畑仕事や花の手入れをする飼い主さんといつも一緒だった。

キョンの鼻と目の間にできた癌は、場所が悪く手術はできなかった。
私が知ったのは昨年の暮れも押し詰まった頃だった。
1月半ば、キョンに会いたくて家の前まで行ったがチャイムを押せなかった。
放射線をあて、終末期には点滴のために毎日通院されたという。
7年近くを共に暮らした飼い主さんの悲嘆は大きい。
私も犬を飼わなければこの悲しみはわからなかっただろうし、私達もまた覚悟しておかなければならないのだ。

当地に引っ越してきた時には次女も高校を卒業していたので友達はできないかもと思っていたが、チャッピーのお陰でたくさんの人と出会えた。2年も経った時には、東大阪の時よりも多くなっていたほどだ。
確かに、犬を飼ってから私達も癒され心を豊かにされている。
家庭の険悪な危機を何度も回避させてくれた。
チャッピーのことを思う時、星の王子さまに言ったキツネの言葉がいつも心に浮かぶ。

「あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思っているのはね、そのバラの花のために、時間を無駄にしたからだよ。・・・・めんどうみた相手には、いつまでも責任があるんだ。守らなけりゃならないんだよ。・・・」

当地に越して来た頃、そして、その後の3〜4年間は悲しみに満ち苦闘していた時だけに、キョンが逝ってしまったことは私にとっても大きな痛みだ。
キョンは人々を癒し、慰め、励まし、喜びを与え、使命を果たして命を終えたのだ。

昨日の夕方、チャッピーと一緒にKさんに慰めの言葉をお届けした時、
あの竹やぶの辺りを歩いているキョンの残像が景色に映った。
「キョン!」
私は何度も名前を呼んだ。

春まだ浅き2月11日、キョンは去った。
キョン、おまえの愛した庭に鶯が鳴いているよ!


posted by 優子 at 09:40| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

「扉が閉まる前に」、ペン活動起動する

昨朝は、市の公共バスに乗って市役所へ確定申告書を届け、私の所得証明書を交付してもらって10時半頃に帰宅。そして、1時間後に再び家を出て読書会に出かけた。
家を出る少し前に、日本クリスチャンペンクラブの関西ブロック会報『関西ペンの声』が届き、直ぐに受話器をとりM姉にお礼を申し上げた。

実は今回も書けないということでパスしていたのだが、1月末の締め切りも終っていたのに紙面をあけて下さっているということを知り、読書会の機関誌向けに書いたものに急きょ加筆して2月2日に送付させて頂いたのだ。
それが既にできあがって手元に届けられた。
編集者の方たちの御愛・を思い、感謝と共に我が不真面目な姿勢を正された。

私は今回の第9号がデビューとなる。
これもブログのおかげである。
確かに以前よりもかなり早く書けるようになり、15年間も冬眠していた細胞が復活した感じである。
ただし、相変わらずのチグハグ文章で、自分で気づく範囲でさえ改良点の多いこと。
しかし、好きなことはできるのだ。書きたいということへの情熱は、増し加わるばかりである。

私には小説や童話などの創作は書けない。
文学作品の評論が私の領域になっていくだろうと思っている。
私もこの秋には55歳になる。
どこまでできるかはわからないが、生涯をかけて本腰を入れてやっていきたい。

早速であるが、『関西ペンの声』に掲載して頂いた拙文を転載させて頂きたい。
早々に一部訂正加筆させて頂いた。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      
       「扉が閉まる前に」
 
この五十年間に知識は急速に拡大し、今やとどまる所を知らぬ勢いである。人間の欲望には際限がなく、人類は大きな力を得たが大きな問題も作り続けている。
円の面積が大きいと円周も長くなるように、時代が進むと共に良い面も大きくなったかわりに悪い面も大きくなっていった。善悪の戦いも、いつまでもなくならないのであろう。

生命科学にしても生命は驚異としか言えない。知識の進歩に人間の成熟度が追いつけず、今や最先端の研究者達さえ何のために研究しているのか、その方向まで見失っているように見える。仮にいつか全てが解明されたとしても、人は何のために生きているのか、人はなぜ創られたのかという問いは、科学からは出てこないのである。

しかるに多くの人々が、この根源的な問いや不安を解決しないで死を迎えていることに私はおののくのだ。
特に日本人は極端に走りやすく、誰かが右と言えば一斉に右に向かって暴走する。確たる理念も持たず周りに合わせて生きている人々を見ていると、悪霊に入り込まれたおびただしい豚の群れが、崖から海へなだれ落ちて溺れ死ぬ、あの聖書にある光景と重なって見える。

この前の津波を思い出してほしい。善良な人々もそうでない人々も一瞬にして取り去られたのだ。
このこと一つ考えても、死ねば終わりであるわけでも、死ねば全てが赦されるわけでもない。
「人間に罪というものがある以上、人間は死ぬことができない。・・・・罪が処理されなかったら、人間は死のうにも死ぬことができないわけです。」と書き残した森有正の言葉が魂に響く。

インターネット時代に入り、加速度を増して歴史がゴールに向かっていることを予感させる。ノアの扉が閉まる前に、私達は大胆に福音を述べ伝える使命を与っているのだ。
          
posted by 優子 at 09:36| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

『ライオンと魔女』続編  C・S・ルイスのファンタジー

今朝のテレビ番組『ライフライン』からの速報。
C・S・ルイス(1898〜1963)は、オックスフォード大学で30年間も英文学の教授を務めた。専門領域は中世である。
学生時代にトルキン(『指輪物語』ロードオブザリングの作者)との出会いで刺激を受け、ルイスの創作の才能も発揮されることになる。2人は共に、キリスト教の背景を強く持った作品を書いた作家である。
ルイスは、全7巻からなる『ナルニア国物語』の1冊目を1950年に発表、1957年に完結篇を出し、『ナルニア国』は世界で1億冊も発行されたとは驚きである。
しかも完結篇『最後の戦い』は、児童文学の権威である「カーネギー賞」を受賞した。

まもなく封切られる映画『ライオンと魔女』のテーマは、善と悪の戦いがバックボーンとなっている。クリスチャンとしてのルイスの物の見方や考え方をベースにしたキリスト教が産んだ偉大なファンタジーであるが、誰もが見ても切実なテーマを含んでいる。

そもそもファンタジーとは、何かを伝えるとか知識を与えるとか言うものではなく、疑似体験させるものであるから、主人公と同じように生々しく感じるものである。

この映画では、「悪」が美しい白で描かれているという。
美しく飾られている「悪」が持っている危険性。少年は、その世界に入ってしまい取り返しのつかないことになってしまう。
しかし、そのためにアスラン(ライオン)が身代わりになってつぐないをする。
そこには強い姿はなく、絡みとられ、たてがみをとられた惨めな姿だ。

裏切り、不信感、後悔・・・、「しかし、回復があるんだ!」というのがこの作品のテーマである。
まさに今、少年が裏切りの罪のために処刑されようとしている。
そこに絶対者なる王が、自ら進んで処刑され、惨殺されるのだ。

聖書・コリント人への第2の手紙 5章21節に

  神はわたしたちの罪のために、罪をしらないかた(イエス)を罪とされた。
  それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。


とある。
これこそが、聖書のメッセージである。
本来罪ある者が、私が、あなたが、赦されて神様に祝福されるのである。
私は一人でも多くの人にまことの神様をお伝えしたいと願う。




posted by 優子 at 08:25| 文学 | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

慰めと感謝と喜びと

久しぶりの晴天である。
民生委員の関係で関屋市立幼稚園の30周年記念式典に列席した。
かわいい園児達を見ていると、幼かった娘達の姿が重なった。
式典の最後に飛ばした紙で作ったエコ風船は、青い空に飛んでいった。
高く高く上がっていった。
私が飛ばした風船の行方を追っていると長女のことを想わされた。
私の手から離れていく長女。
娘は結婚するのだ。
そのことを初めて実感した。

帰り道、私の少し前を歩かれているTさんの後姿に胸が痛んだ。
1年前に娘さんを亡くされた父親だ。
私達の前で笑顔を絶やされないお姿が、かえって痛々しい。
心の痛みや悲しみはどんなであろうか。
悲しみを耐えておられるTさんに、神様の慰めが届きますように祈リ続ける日々。
帰宅して娘に話している時、私は涙が止まらなかった。

午後は私達家族と御近所の方もお誘いして、奈良市学園前の谷口先生の家庭集会に集わせて頂いた。お連れの方は先月初めて教会へお連れし、今日の家庭集会にも来て下さったのだ。

谷口先生宅の家庭集会は7年前に諭先生が召されるまで、約35年間、月に1回、ご家庭を解放されて神の愛を語り続けられた。
私達家族も東大阪時代に9年間、集会に集わせて頂いて信仰から信仰へと導かれた。

そして、昨年から隔月であるが放出教会(東大阪)の藪野潤一牧師先生をお迎えして家庭集会を再開され、私達もまた神様の祝福に与っている。
今日は25名くらい居られただろうか、神様はそこに妹夫婦も招いて下さっていた。
その背後で幸子先生の心血を注ぐ祈りと多くの御愛労が積まれている。

母の時も、父の時も、家族のことも、何よりも私のために神様が出会わせて下さった方である。今夏、クリスチャンペンクラブから出版される証しに書かせて頂いた「神に生かされてこそ人は生きる」に記した師こそ谷口先生ご夫妻である。
神様は幸子先生を妹にも遣わしてくださったのだ。
また、吉見姉、大槻姉、宗原姉・・・・など、多くの方々が祈ってくださっている。
私も祈れる者に変えられて、祈られていることを知る者とされた。

      知る
           河野 進

  祈る人は  祈ってくれる人を知る
  ゆるす人は ゆるしてくれる人を知る
  愛する人は 愛する人を知る
  動物や草木でさえ 知っているから


いつも心に浮かぶ詩である。
神様、私もそのようでありますように。
この恵みの座に妹が導かれた驚き、神様は私の祈りをお聴き下さっていたのだ。
posted by 優子 at 20:35| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

あるカウンセラーの話

非行やツッパリの子供達のカウンセラーで有名な伊藤重平氏は、著書『愛は裁かず』の中で、
「人はしばしば、反省したら許すと言うが、人は許すと反省するのである。」と書いておられる。

そう言えば、暴走族の子供の親が自分自身を反省して子供に謝ると、しばらくして子供が変わってきたという話を聞いたことがあります。
子供を叱るのではなく、子供のしたことを許してあげる時、子供は変わってくるのですね。

それは、子供のやっていることを見て見ぬふりをする放任ではなく、叱るのでもなく、教えていくのです。
「裁かないということと、放任とは違う」と書いておられる著者の人柄がこちらに伝わってくるようです。

それにしても、なぜ子供は崩れていくのでしょうか。
特に問題のないと思われる家庭の子供も信号を出しています。
子供の心は柔らかく、社会の影響を強く受けるのですから、本当に親と教師が手と手を取り合って子供達の成長に係わっていかなければ、子供達の笑顔はどんどん消えていくのではないでしょうか。

     (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1992年2月22日発行
                         ふじとニュースNO.33より転載)

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事を書いた14年前の社会状況とは違っても、やはり現代も同じ問題なのである。
ロボットの力まで借りなくてはならない時代である。
ハイテクを駆使して子供を守らなければならないだろう。
しかし、肝心の心をなおざりにすれば子供達はどんな大人になっていくのだろう。
ロボットに代替させて作り出した時間を真の教育に注ぐべし!
ますます難しい状況になっているからこそ、大人は聡明でありたいものだ。
伊藤重平氏は既に天に帰られた。
posted by 優子 at 18:29| 掲載文 | 更新情報をチェックする

人間とロボットの共存時代に対する懸念

私の驚きはメンタルロボットの出現である。
アザラシ型のかわいい「メンタルコミットロボット」は、体温があり、体をなでると声を出し、おなかがすくと(バッテリー残量が少ないため)声を発する。ヒゲを触ると嫌がって首を振り、強い光を当てると瞬きをして嫌がるなど・・アザラシの赤ちゃんの如く真っ白で真っ黒い目のかわいいぬいぐるみだ。
大きさは、幅35cm、高さ16cm、奥行き57cmである。

動物セラピーと同じ効果があるということであるから、例えば滅菌状態で治療しなければならない病棟では小児に限らず大人にも大変に良いものだと思う。
しかし、それ以外でロボットに全ての任を負わせないでと懸念する。
それは、ロボットには不可能なことであるからだ。
それだけではない。日本人は暴走する傾向があるから危惧するのだ。
私達日本人は、「これがよい」と言われればそれ一辺倒にならないだろうか。

もう12〜3年も前のことになるが、母の介護で週2回、実家へ通っていた時にしみじみ感じたことは、母のことを第一にするならば娘の私にしかできないことに時間を使わなくてはならないということだ。
何かをするのではなく、母に寄り添ってあげることのほうがどんなに尊いことだろう。
お金や人で代わりができるのなら、優先順位を正して可能な限り実践することが望ましい。

母の場合も週2回のヘルパーさんの援助と、何よりも父と兄の支えがあったからこそ母はできる限り長く自宅におられたのだ。
保健士さんが、「もうとっくに自宅介護の限界を超えている。これでは介助者が倒れるから入院を」と何度も勧められたほどだ。

たった週2回行くだけの私は用事をしてばかりで、母に寄り添ってやる時間がとれなかった。
家から作って持って行ったりしても、台所仕事や洗濯など家事に全ての時間を費やしていた。病院から帰ればすぐに入浴、夕飯作り(2〜3食分)で、実家を出るのは6時頃であった。

良くできたロボットだからといって全てをそれに託してはいけない。
この前もテレビで小学校に設置されたロボットを見て驚いたものだ。
子供達が学校を出る時にカードをロボットの手に触れさせる。
するとロボットが声を発するのだ。「お家の人に下校したことを伝えます。気をつけて、さようなら」というようなことを。

子供達は面白くやっているだろうが、そこに教職員がいないことに私は驚くのだ。
確かに機械はカードで情報を取り入れるから安心だろうが、なぜそこに先生がいないの?
彼らは教育の専門家ではないの?
なぜ、そんなことがわからないのだろう!
教育の現場でこのようなことが何の違和感もなくなされていることに私は衝撃を隠せない。
報道する側も全く察知していないし、それを見る側は尚のこと「なるほど」と受け止めているのであろう。
親も教師がしっかりしなくてどうする!
医療だけではない、教育も人任せにしていてはいけないのだ!と持論がこみ上げてくる。

我々にとってロボットの出現は初めての経験であっても、40〜50年の人生を経験してきた者にとっては根本は同じことだと気がつくであろう。
何度も何度も同じ過ちを繰り返してはならない。
人間は今また間違った方向にハンドルを切ろうとしていると思えてならない。
より深い混沌に向かって。
posted by 優子 at 11:00| 随想 | 更新情報をチェックする

民生委員研修会で得た収穫と一つの懸念

昨日も今朝のように今にも雨が降り出しそうに重く暗い雲が覆っていた。
昨朝9時に香芝の社会福祉センターを出発したバスは、大阪南港にあるアジア太平洋トレードセンター(通称ATC)に向かった。民生・児童委員会の研修である。

会場面積は5000平方メートル、大阪ドームが2つ分入る大きさである。
建物のすぐ前は大阪港で、神戸のハーバーランドにあるモザイクのような雰囲気であり、巨大な建物の中は輸入雑貨やアウトレットの店が数え切れないほど入っていた。

その11階にある「健康と環境のフロア」にある「エイジレスセンター」が、私達の目的地である。そこは身障者や老人福祉などに開発された製品やサービスが公開され、日本最大規模の体験型常設展示場である。
 
私も自分で車椅子を動かして乗り、電動車椅子にも乗ってみた。
車椅子を押されて乗っていた母はどんな感じだったのか追体験したくて、車椅子を押してもらって乗ってもみたが短い距離だったので特に感慨はなかった。
その車椅子にしても電動機がついていることに驚いた。今や高齢者が高齢者を介護する時代だから、介護者にとっては緩やかな坂道でもかなりの労働介護になるからだ。

入浴時のバスリフト、垂直昇降タイプの便座、骨伝導で聞ける電話の子機などアイデアと開発力に目を見張るものがあった。
費用面でも心配はいらない。例えば、電動車椅子を買うには30〜39万円と高額であるが、介護保険で月2500円位でリースして頂けるとのことだ。

この10年間にも機種の開発や福祉体制が整えられており、今や介護される側もする側も格段に改善されていたことは驚きだった。
また、人類の英知を結集させて作った産業用ロボットは知っていたが、メンタルロボットが開発されていたことには驚いた。
驚きというより衝撃に近いものを感じた。
次のページでこのことを考えてみたいと思う。

昨日の夕刻に記述しようとB(ブログ)を開いてみると、先週8日に続いてまた「メンテナンス作業中」となっていた。しかも、今朝になってもまだ昨日のままだったので、また更新されないままなんだとガッカリしつつ触っていたら解除されたのでホッとした。
posted by 優子 at 08:37| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

第25回 「オリーブの会」(家庭集会)

今日は「サマリヤの女」の前半部分、ヨハネによる福音書4章5節〜19節を読んだ。

サマリヤはユダヤとガリラヤの間にあり、サマリヤとユダヤは関係が悪いため人々はユダヤからガリラヤに行く時も、海沿いやヨルダン川沿いを迂回し遠回りして行った。
ところが、イエスはサマリヤを通って行かれた。

イエスは、正午頃にスカルの町にある「ヤコブの井戸」で一休みされた。
そこに人目を避けながら誰もいない時間帯に水を汲みに来ている女がいた。
イエスは女に「水を飲ませてください。」と言われた。
「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか?」

と、女が問う有名な箇所である。

女は5人もの男と離婚、再婚を繰り返しており、イエスは彼女の悲しみや問題の全てを知っておられた。そして、
「この水を飲む者は誰でも、また渇きます。
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」

イエスは言われた。

誰にも相手にされず、喉の渇きよりも何よりも心が空っぽで、みじめで満たされない生活をしていた彼女はイエスに心を開いた。
「先生、私が渇くことなく、もうここまで汲みにこなくてもよいように、その水を私に下さい。」と求めたのだ。

参加者それぞれが自分自身の心の深いところを探り、神様に探られながら読み進めていく中で、

◎ 人を愛し続けられないのと愛して貰えないのとどちらが辛いか?
◎ 今のあなたにとって「渇き」とは何か?
◎ 「水」とは何か?


などを話し合った。

人は皆、悩みを持っているのであるが、悩むにも能力(心)がいるのであろう。
悩むべきことに悩むこともなく人生を終える人も少なくないように私には見える。
悩むことは幸いである。
人は皆、人間の、人生の根源的な問いかけを持っている。

私は何のために生きているのだろう。
生きる目的や意味は何だろう。
私はいったい何を求めているのだろう。
何がいちばん私を満足させるのだろうか。

「オリーブの会」は、そんなことを語り合い、喜びや悲しみ苦しみも怒りも、心を開いて語り合う集まりだ。今日も遠くから来てくださった方に、神さまが届いてくださいますように祈りつつお見送りした。
次回は3月15日(水)に開く予定である。
尚、「オリーブの会」については1月11日の記事(カテゴリーの「聖書」)を参照されたし。

posted by 優子 at 18:47| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

父と子の至福の時間

次女が東大大学院に入って3年が経とうとしている。
当初はどんなに寂しかっただろうか。
私はいつも野口英世の母、シカさんを想って耐えていた。
かといって私がマメに東京へ行くわけでもなく、
この3年間に上京したのは、ちょうど1年前の2月末に修士修了式に行っただけだ。
子離れできないどころか薄情な母親なのかもしれない。

しかし、帰省してまた見送る時は非常に辛い。
涙がボロボロ流れる。
2年前の1月は特にひどかった。
電車が見えなくなってもしばらくは涙がとまらなくて泣きながら歩いていた。
駅近くでお目にかかった御近所の方にも隠しようがなかった。

ところが、そのあとがお笑いである。
家に着いて鍵を開けようと思ったら、
「アッ!」
鍵がない!
鍵を閉めてくれた次女から鍵を受け取るのを忘れてしまったのだ。
娘は5時頃には東京に着き友人と夕食を食べているというのに、
私が我が家に入ったのは夕刻の7時前だった。

夫は今日、日帰りの東京出張である。
仕事を終えると父と子が再会し、夕食を共にするので帰りは遅くなる。
毎回、気の利いた店を探してくれているという。
「何がいい?」
「今日のお昼は祝賀パーティーでフランス料理だから今夜は和食がいいよ」と
メールでやり取りもしているらしい。

今日の待ち合わせ場所は赤門前だ。
長い時間が流れた時、今日のことも娘には懐かしい思い出になるだろう。
父と子、そして、娘の人生の伴侶となるであろう彼も加わって3人で過ごすしばしの時。

今日もそれぞれの務めをしっかり果たす事ができますように。
あらゆる危険からお守りくださり、いつも神様が共にいてください。
posted by 優子 at 09:14| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2006年02月13日

永遠を思う心

先日の民生委員会でのこと、
この仕事を通してお出会いしたお一人が、『優子の部屋』を熱心に読んで下さっていることを知り、改めて読者の方々お一人おひとりのことを祈りつつ書かされている。

昨日の礼拝で語られたメッセージも、神様が私に語ってくださっていることと深く受けとめた。
神と共に生きる者にとって、神様が私達に与えて下さった使命は神様が成し遂げてくださり、私達の人生は神様によって確実に建て上げられていくのだ。
そのように主(神)に信頼して生きていく人は幸いである。
そして今、神様は貴方も招いておられる。

聖書には「神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。」と書かれている。
「永遠を思う心」とは即ち、神を思う心である。
太古の時代から何処の国の人であろうと皆、何かに拝むではないか。
そのように人は造られたのだ。

日本人は何を信じるかという対象よりも、信じる心(信仰心)が大切にされている。
しかし、果たしてそうだろうか。
人や動物や自然を神にして祈ったり信じることで人は満たされるのであろうか。
人間が作ったカミではなく、私達を造られたまことの神様がおられるのだ。
そして、人はまことの神様に出会った時に初めて深い満足を得るのだ。

        
posted by 優子 at 10:22| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

『日々の祈りと人生』

   悪(あ)しき者のはかりごとに歩まず、
   罪びとの道に立たず、
   あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
   このような人は主のおきて(言葉)をよろこび、 
   昼も夜もそのおきてを思う。

   このような人は流れのほとりに植えられた木の
   時が来ると実を結び、
   その葉もしぼなないように、
   そのなすところは皆栄える。

         (聖書・詩篇第1篇1〜3節)

「悪しき者」とは、安定を失った人、自分が基準の人、確かな人生の目標のない人のことであり、「あざける者」とは、神をあざける者のことである。

私は毎週土曜日の朝7時からの30分間、神戸放送(サンテレビ)にチャンネルを合わ
せて『ハーベストタイム』というキリスト教番組を見る。
今朝は元相模鉄道副社長であった岡幸男氏をゲストに迎え、35年前に横浜駅西口の再開発事業の責任者として、いかに試練を乗越えてこられたかの話だった。

岡氏は最高責任者であったが故に、賄賂の誘惑はすごいものだった。
お金や権力などの誘惑、菓子折りの中に札束が入れられていたこともあり、
「このお金があればピアノが買える、自動車が買える」と、賄賂の誘惑との闘いがあったという。

そして、委員会を作ろうと思いつき、しかも委員長のいない委員会を設置した。
というのは、委員長を作ると委員長に賄賂が集中するからだ。
それでも尚、新たな苦難は次から次からやってきた。
最も大変だったのは上司の圧力であった。
役員たちは人事権を持っているから首が飛ぶこともありえた。また、事業が大成功したあとも屈辱を感じた社長は、あらゆる事で岡氏に当たってきたという。

これら一切の闘いのなかで最後に残ったのは祈りであり、
祈りにより「自分の欲望や自己愛が晴れてスーッと気持ちが解放された」と語っておられたのが印象的だった。

耐震強度偽装に代表される企業倫理崩壊が明らかにされた日本社会で、岡氏の言葉は大変に重いものだ。
時として、我々は自分勝手な祈りをすることもあるが、祈っていく中で気づかされ、神様はいつしかその思いを手放させてくださり幸いへと導いて下さる。

最後に中川牧師は冒頭の聖句を引用され、
罪びとたちと同じ道を歩まず、立たず、座につかない人は必ず祝福を受ける。
水がとうとうと流れる川ではない、水無し川の傍に立っても枯れない
のだと奨励された。

私は今朝も神様の祝福と励ましを受けて新しい一日を始める。
感謝せずにはいられない。
posted by 優子 at 08:56| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

神にのみ栄光あれ!

私が『優子の部屋』(旧ブログ名)に書き込む時は神様との交わりの時である。
今朝のように心静かな時も、昨日のように悲しみに沈む時も、喜び歌いたい時も、神様を独り占めにして思いっきり語り合う祈りの時である。

バッハは、「音楽の唯一の目的は、神の栄光が顕され、人の魂が再生されることでなければならない。」と手紙の中で書いている。

彼の人柄は全くうぬぼれとは無縁で、生徒達に物惜しみせずに教え励ました。
「少し念を入れて練習するんだ。そうすればできるようになる。私と同じように両手に5本、健康な指がついているだろう。」と。

また、その天分を問われても、「私は働くようにできているんです。私と同じようにコツコツやれば、同じようにうまくいきますよ。」と語り、まさに神の器であった。

神への献身、神から与えられた賜物を音楽で顕す努力を果たし、65歳の生涯を通して人類への贈り物を残してくれたのだ。
楽譜の余白に”JJ"や”INJ"と記してあるのは、音楽に無縁の私でも目にしたことがある。
”JJ"とは、”Jesu Juva"「イエスよ、我を救いたまえ」を意味し、
”INJ”とは、”In Nomine Jesu"「イエスの御名において」という意味である。

また、楽譜の最後には決まって”SDG"("Soli Deo Gloria")と書き込んでいるという。
これは「神にのみ栄光あれ」という意味だ。

バッハは常に祈りつつ神の栄光が顕されんために創作したのだ。
250年もの時間を経ても尚、我々を神に導く偉大な音楽。

   「礼拝音楽が鳴り響くところ、神はいつも私達のそばにおられる。
    あふれる恵みを携えて。」
     (ヨハン・セバスチャン・バッハ)

どうか一人でも多くの方が神様と出会われますようにと祈りつつ、私も文字を刻んでいこう。神様と交われる喜び、慰め、励まし、感謝、平安、希望・・を是非ともお伝えしたいから。
posted by 優子 at 09:48| 音楽・芸術 | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

バッハの音楽に導かれて

今朝、昨日の記事を読み返し、父のことやかつての闘いの日々を思い出した。
いつもと違って、ここ数年来なかった沈痛な想いに捕らわれてしまい、父が懐かしくて懐かしくて、会いたくて会いたくて泣いてしまった。
母の病床日記に書き残している父のものを転載して今の想いを書き始めたのだが、読んでくださる方に暗い気持ちを伝えてはいけないし、自分のためにもよくないからと書き直している。

私は神の前に心を静める時、バッハの音楽を聴く。
バロック音楽の頂点に立つドイツのヨハン・セバスチャン・バッハ。
バッハは私と同じ信仰者である。
いや、バッハは私の大先輩であるから、私はバッハと同じ信仰を授かって生かされている後輩と言うべきだ。

「主イエスよ、まことの信仰を私にお与えください。
 私があなたのために生き、隣人の益となり、みことばを正しく守るように」。

バッハは、敬虔な祈りと瞑想により一曲一曲紡ぎだしていった。
それゆえにイエス・キリストの教えをよく知らない日本人もまたバッハの芸術に慰められ、励ましを受けるのであろう。

バッハの音楽は、キリスト教への深い理解と聖書の読みが裏づけになっている。
250曲にも及ぶオルガン作品の殆どが、プロテスタント(ルター派)の礼拝のために作曲されており、音楽だけではなく81冊の神学書も遺産として残している。

 「わたし(神)があなたを立てたのは、この事のためである。
  すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、
  また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」。
  
            (聖書・ローマ人への手紙9章17節)

バッハの生涯や人類に残してくれた遺産を思う時、このみことばが照らし出された。

今朝はバッハの音楽により祈りに導かれて礼拝を捧げた。、
私が賜ったみことばは、ピリピ人への手紙3章13・14節である。

「後ろのものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目指して走り・・」。☆もう泣かないで!
 お父さん、お母さんとまた会えるのだから、天の御国を目指して歩いて行こう!

 主よ、私の気持ちを高く引き上げてくださり感謝します。☆
  
posted by 優子 at 10:05| 音楽・芸術 | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

人生の午後

ある年の晩夏、母の通院介助の帰り道でのこと。
命の限りに鳴いているミンミン蝉と、元気よく飛び回るアキアカネに引き寄せられた。
この哀歓の図に、衰えゆく母の命と人生の盛りにある自分自身を重ね、命に限りがあることに気づかされた。
それから3年後、母は召された。
長い苦難の末に半身を失った父は、精根尽き果てたのだろう。その半年後に重い脳梗塞に倒れ、命は取りとめたもののすっかり変貌してしまった。

私は母の悲しみが癒される間もなく、続いて病室の父のところへ通うことになったが、これらのことを受容しつつある今、自分の世代が一つ繰り上がったように感じている。
つまり、自らの老いと、自らの死の問題が視野に入ってきたのだ。

大心理学者ユングは、「人生の午後3時」という意味合いのことを言っているが、40代後半の私はちょうどその頃である。
太陽の光も正午を堺に向きを変えて翳(かげ)りを帯びてくる。これからは今まで見えなかった部分が照らし出され、気づかされていくのだろう。

ここに至るまでの10年間は、神と私の凄まじい格闘の年月だった。
私は35歳にしてキリストを信じる一人とされた。
その後まもなく、思いもよらなかった苦難の中を通され、旧約聖書の『ヨブ記』のテーマが
私の課題となった。
即ち、罪とは関係のない悲しみというものがあり、なぜ善良な人々が邪悪な人々により苦しまなければならないのかということである。

母が召される時も私に平安はなく、その上に父までもという思いに捕らわれたこともあったが、「神は常に最善を成して下さっている」と、いつしか信じられる者として下さった。
苦難を通して、神は私の信仰を確実なものへと導いていて下さっていたのだ。
今はまだ自己の問題に徹底的解決を得たわけではなく、かといって諦めたわけではないが、平安を取り戻し奮起に満たされつつある。

病床の父を看ていると気持ちが落ち込むこともあるが、父に孝養を尽くす時を与えて下さっていることを感謝し、今の時を精一杯生きたいと思う。
神はこの限られた時間を通して、あとに残される私達に何かをわからせようとなさっているのだと思えてならない。

私も許されて老いを与えられるとすれば、あと人生の3分の1が残っていることになる。
これからは、来るべき自らの死に焦点が合わされていき、
それは即ち、限られた命をいかに真摯に生きるかということである。
神を信じる者にとっては人生の最後こそ最善であるのだから、私は生涯の終わりまで神を信じて生きていきたい。

         (東大阪読書友の会会報 1999年4月発行
                     『かわちの』47号より転載)

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これが発行された1999年4月と言えば、東大阪から関屋に移った時であり、
引越しの翌日は次女の神戸大学入学式、私は47歳であった。

母を看取った半年後、1997年5月に父が倒れた。
この春、長女が大阪府立高津高校を卒業し、次女が同校へ入学した。
私は長女の時からPTAの学年委員長を務めていたので、次女の合格発表の夜にPTA会長や校長から2年後に会長職を受けてほしいと御依頼の電話が入った。
1週間ほど説得のお電話を頂いたが、私の心は動かなかった。

長い年月、母の介護や私自身の苦悩ゆえにどうしようもなく、神と共に精一杯果たしてきたのだけれど、家庭には安らぎがなくなっていた。
私は、最愛の我が子を苦しみのどん底に落としていたのだ。

高津初の女性の会長にと期待し熱く推して下さっていたが、私にはそれよりももっと大切なチャレンジがあった。私は、母親として一からやり直そうと決心していた。
そして、学年委員長の役ならばと3年間お引き受けしたのであった。

春の総会のあと、校長室でもたれた1回目の連絡協議会の席でのこと。
「この席に着くのは4年目です。まだ完全に母の悲嘆から立ち直れていませんが、今年は初めて母の心配もなく安らかな気持ちでこの席についております。」と挨拶した。

しかし、まさしく、その夜のことだった。
父が倒れたのだ。
それから3年3ヶ月、父は家に帰ることなく召された。

上記の『人生の午後』は、父が病床について2年経った頃に書いたものである。
今読んでも、まだ僅かながら母や父の悲しみが胸中に去来する。
posted by 優子 at 17:58| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

『死は「終わり」ではない』

「人は病気によって死ぬのではなく、神がわたしの所に来なさい、と言われた時が死ぬ時です。
それは最善の時であり、死は終わりなどでは決してなく、キリストと一緒にいられる最高の幸せの始まりなのです。」
と、べック宣教師は山川氏に話された。

以下は山川氏の日記より・・・・・・・・・

人間がいくら「気力」で頑張ってもダメです。人間はそんなに強い存在ではありません。
神を信じ、すべてを神の手に委ねることだけが、死に勝つ唯一の道です。

べック兄(イエスを信じる者同志、男性には兄(きょうだい)、女性には姉(しまい)と呼び合う)のテープ、「聖書とは何かE」を聞く。
空があり、ひとりの耳に神のメッセージがしみじみ響く。

「闘病」とひとくちで言うが、神にすがらなければ、やがて耐えることができなくなることが、今から見えてきた。

祈りがなければとても耐えられない。

祈っていただいた。心が高みに導かれる。ありがたいことだ。
祈りは人の精神に大いなる力を与える。妻よ、祈ろうではないか。

今は「神の恩寵」に近づいている。ならば、自分の苛酷な運命を知り、信仰に入りつつある私のほうが幸せであると私は断言できる。
              ・・・・・・・・・・・・・・・・
最後に夫人が書いておられる。

「ヨブのように口に手をあてましょう。
私が弱い時にこそ最もイエス様の力が私を覆って下さることに感謝しましょう。あなたを私達から奪い去ったのは、主の意志によってなされたことです。このことを通して、主は私達に何を益として下さるおつもりなのか、今はわかりません。
でも主のなさることはいつも完全であり、ずっと後になって初めて主の御計画の意味がわかるのです。主を信じてどんな益を下さるのか待ちましょう。
あなたの愛したみことばが、今では私の支えです」。

「ジャーナリストは只の状況伝達者ではいけないね。
その人たちの歴史と心情を伝えられるようなジャーナリストになりたいね」。
                                 (said 山川)
   
  「わたし(イエス)は道であり、真理であり、命である。
   だれでもわたしによらないでは、父(神)のみもとに行くことはできない」。
           
                   (聖書・ヨハネによる福音書14章6節)


posted by 優子 at 16:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

show'n tell 「見せて語る」教育

かつて、8チャンネル・フジテレビのニュースキャスターであった山川千秋氏を御存知の方も多いだろう。
その山川氏が語るアメリカの教育にインパクトを受け、私の子育てにも活かしたことをご紹介したい。

それは、”show'n tell"「ショウン テル」である。
人前で何かを提示(show)し、自分の立場や考えを話し(tell)、相手に分からせるのだ。
自分のメッセージを正確に伝えることを、全米ではとても重視され小学校低学年から訓練される。
アメリカの大統領選挙を思い出せば想像つくだろう。勝ち抜くためには燃えるような「ショウン・テル精神」が備わっていなければならないのだ。
そして、ショウン・テルの天才がレーガンなのだ。

アメリカ人は自己主張が激しすぎるきらいはあるが、日本の教育はどうだろうか。
「チイチイパッパ チイパッパ 雀の学校の先生は ムチを振り振り チイパッパ」だと
山川氏は書いている。
「さあ、一緒に頑張ろう」と促し、一斉号令式の教育をしていると批判する。

私がこれを読んだのは1989年であり、あれから20年近くも時を経て、いささか陳腐に聞こえるかもしれない。
しかし、私にはやはり今も「塾チイパッパ」、「海外旅行チイパッパ」、「グルメチイパッパ」であり、企業は類似商品の「生産チイパッパ」に見える。
経済発展後は「雀の学校症候群」から次の段階へ進まねばならなかったのだ。

ますます混迷を深める社会にあり、かなり前から健全な家庭の子供まで危険信号を出している。
それも承知の上で、やはりどんな時代にあっても子供が幸せな大人に成長するか否かは、親であり育てる人にかかっていると思う。

長女の6年生の担任の先生との会話で、
「私は学校での教育が全てであると思っていません。義務教育は、親が我が子に与えてやれる教育の一部だと考えています。」と、熱く語ったことを思い出す。この先生は、教師の信念を持っておられた熱心な教育者であった。転勤されたあともPTA広報誌を楽しみに読んでくださり、交わりを深めた忘れえぬ先生である。

山川氏は、この本が出版された時、すでに神のみもとに帰られていた。
「ショウン・テル」については、夫人が山川氏の闘病記をまとめられた『死は「終わり」ではない』に書かれている。
彼はべック宣教師の導きにより天国に凱旋されたのであった。
そのことを次の記事に書きたいと思う。
posted by 優子 at 15:34| 教育 | 更新情報をチェックする

氷が溶けると何になる?

東北地方の小学校での話だったと思います。
「氷が溶けると何になりますか?」と先生が尋ねたところ、殆どの子供達が「水になります」と答えました。ところが一人だけ、

「氷が溶けると春になる」

と答えた子供がいて、先生達を考え込ませた話は有名です。

なんと心豊かで、夢いっぱいの答えでしょうか。
私達はこの感動こそ育ててあげなければならないのですが、何事も速ければよいというインスタント時代に生きる私達が、子供の感動を抑えてしまってはいないでしょうか。

そこで私が関心と期待を寄せているのが、今春(1992年)から正式教科になる小学校低学年(1・2年)の「生活科」です。
理科と社会をなくす戦後初めての教科改廃で、先生方のとまどいも大きく研修会が開かれています。

日本の学校は、明治の学制施行以来、一貫して「教科書学校」でした。
ものを知っている先生が、知らない子供に教える授業の形態をとってきましたが、この「生活科」により、自分の考えを自由に発表できる子が育つのではないかと胸ふくらませています。

先生方にとっては、先生自身の感性も更に関係していくであろうし、展開の仕方、評価の問題と、新しいチャレンジになることでしょう。

とにかく、子供達一人ひとりの発想を認めていただき、自分の考えを臆することなく発言できるように導いて頂きたいと思います。

平成4年度から、この「生活科」に加えて、2学期から学校週5日制が段階的に実施され、今年は『教育年』とも言える教育のあり方そのものが問われようとしています。子供の成長にかかわる私達は、個性を引き出すという教育の原点に少しなりとも近づく努力をしたいと思います。
「氷が溶けると何になる?」      
       
       (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1992年1月16日発行
                      ふじとニュースNO26号より転載)
          
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事は次女が5年生の時に書いたものであるから、我が子は「生活科」を経験していないし、どのように授業展開されていったのか私も知らない。
あれから14年後の今、子供達の現状や社会状況は一層問題を深めている。

我が子が成人した頃から教育に対する私の関心も希薄になっていたこを、昨年の民生・児童委員の係わりを通して気づかされている。
傍観的な態度を改めて、再び考えていきたいと思っているところである。
posted by 優子 at 08:24| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

春を待つ心

    春は名のみの 風の寒さや
    谷の鶯 歌は思えど
    時にあらずと 声も立てず
    時にあらずと 声も立てず

なんと美しい叙情的な歌であろう。
作詞者のみずみずしい感性に感動する。詩人は自然や花から感性豊かに感じ取り、彼ら特有の深い精神の働きで感動を歌うのだ。何という賜物だろう。

この辺りは付近一帯が金剛生駒紀泉国定公園に指定されている閑静な住宅地で、春になると鶯が鳴き始めるのだ。煩雑な大阪市内から30分も電車に乗ればこのような場所が開かれ、大阪生まれの大阪育ちである私は、この環境を御披露したくてたまらない。

次の駅は「二上(にじょう)」の通り、すぐ近くにラクダの二つのコブのように雄岳と雌岳が並んだ二上山があり、我が家からは雄岳がまじかに見える。
かつて飛鳥時代の人々は、西方浄土があると信じ日暮れになると二上山に向かって拝んでいたという。

桜は11月頃から蕾をつけ始め、白もくれんの蕾も少し大きくなってきた。
枯れ木のようになっているアジサイも、はや準備に入っている。
それぞれが咲く準備をしているのだ。
今朝の散歩は、この「早春賦」を歌いながら歩いた。
私の歌に聞きほれながら歩いていたのか、チャッピーは電信柱に軽くぶつかった。

    春と聞かねば 知らでありしを
    聞けば急(せ)かるる 胸の思いを
    いかにせよとの この頃か
    いかにせよとの この頃か


私は春が好きだ。
春を心待ちに、私も私の花を咲かせていきたい。

☆(いつしか雪が降り始め、真っ白な雪空になって二上山は見えなくなってしまいました。)
posted by 優子 at 08:40| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

宣教師の働き

今朝の礼拝では、5月にハンブルグに発たれる井野葉由美(いの はゆみ)宣教師がメッセージされ、ピアノを弾きながら美しい声で讃美して下さった。

先生はドイツの大学へ音楽留学していた時に、クリスチャンの主婦によって一日で神様と出会われ、その時に救われなさった。それまで聖書を読んだこともなかったとのことだが、食事に招かれた先で今までに感じなかった、知らなかった神様の愛を感じ取られたのであろう。
これまで自分の心の内を話すことなど全くなかったのに、自分の内面をどうしてよいかわからない苦しみを話されたという。
そして、この苦しい思いから解放されるならと思って、「イエスさま、信じます」というお祈りをされた。この時は自分の罪も、イエスの十字架の意味も全く知らないままに。

そして、ハンブルクで5年間の教会生活のあと、結婚されるが結婚後1年半でご主人が召され、その後、神学校での学びをされた。
今度はドイツにいる多くの日本人のために、またドイツ人のために献身されて宣教師として出向かれるのだ。

そこにはクリスチャンの日本人がたくさんいるが牧師がいない。通訳をしている人でさえ、みことばは母国語で聴きたいと言われる。魂に届くからだ。
外国で暮らすには人の力を借りなければ生きていけないため、自分の無力さを感じ、自分の力を越えたお方を求める。
彼らは日本から離れているので家の宗教にとらわれず本質に目を向けることができ、心が開かれ救われやすい魂になっているとのことだ。

また、日本人に対してだけではなくドイツ人のためにも重荷を持っておられる。
ドイツはキリスト教国と言われているが、実際はイエスが神であることは知っていても信仰は形骸化しているのが現状だ。
ところが、仏教国と言われている日本人が神様の話をするので、「エッ?なぜ日本人がイエスの話をするの?」と聞いてくるというのだ。

「祈ってくださるから私が行動できるのです。祈りは具体的な行動であり活動です。」と話され、祈りの要請をされた。
宣教師や牧師たちの尊いお働きの上に、神の守りと祝福が豊かにあるように背後で祈ろう。
私自身も大きな励ましを受けた。

  ひとりひとり神から与えられたそれぞれの賜物を持
っているので、人それぞれに行き方があります。
              
       (聖書・コリント人への第1の手紙7章7節)




posted by 優子 at 21:38| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

驚くばかりの恵み

今日は第1聖日(せいじつ)礼拝であり、聖餐(せいさん)の恵みに与った。
私達の教会では洗礼を受けていない者であっても、イエス・キリストを信じている人や受け入れたいと思っている人は、パンと葡萄酒を頂くことができる。
夫はまだ信仰告白をしていないが、信仰によってパンと葡萄酒を頂いている。
感謝である。
時が来た時には必ず、夫も救いの恵みに与れることを信じて祈り続けている。

今朝の聖餐式で牧師が話されたことをお分かちしたい。

私達は正しいことをしたいと思っても悪い方へ走ってしまう。
自分はまっすぐにしようとしても歪んでしまい、まるでピサの斜塔のようであるが、それは自分中心だからである。

人間は神を主として生きる祝福を約束されていたが、自治という間違った自立をしたため
に、良いことをしようとしても間違ったことをしてしまい、日々、その葛藤の中で生きている。
一番辛いことは、そういう自分が許せないことであり、
私の人生を誰がどのように赦して下さるのかに行きつくのである。
過去の自分が赦されて変えられたら、どんなに幸いなことか!

多くの人が、自分を責め、責められながら生きている。
それは赦される経験がないからだ。
人は、自分の人生を自分では解決できない問題を持っている。
しかし、それでいいのだ。
なぜならば、私達の創造者であるまことの神によって解決されるようになっているからだ。

そのためにキリストが来て下さったのである。
神様のほうから赦して下さるのだ。
その保証がイエスの十字架である。
私の罪を覆い、代価を払って私を買い取って下さった。
それがキリストが流して下さった血の意味である。

  「驚くばかりの恵みなりき この身の汚れを知れるわれに。」

私達の教会の聖餐式では聖歌229番を讃美する。
『アメイジング グレイス』と言えばどなたも御存知であろう。
2番から4番までの歌詞も御紹介しよう。

  「恵みはわが身の恐れを消し 任する心を起こさせたり。
   危険をも罠をも避けえたるは 恵みのわざと言うほかなし。
   御国(みくに)に着く朝いよよ高く 恵みの御神(みかみ)を讃えまつらん」。


私もイエス・キリストの愛と赦しを経験して本当の平安を知った。
これを人々に流していけるように祈りつつ、今日も文字を刻んでいる。

〔追記〕 聖餐式については、『希望の風』の今日のブログに説明されているのでお読み
     くだされば幸いである。私達もぶどうのジュースである。
     右側の「お気に入り」をクリックされたし。
  
posted by 優子 at 18:50| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

関西のクリスチャンペン仲間集合

再び寒い冬日となった今日、吹田市民会館で日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック
の集まりがもたれた。
今日の出席者は9名であったが、遠くは新幹線に乗って名古屋や和歌山から集って下さった。

文書伝道の重荷をもった者たちが集められ、讃美歌225番の讃美で始まった。
「ふるさと」という課題文も殆どの方が発表され、
機関紙への原稿はいつもパスしている自らの不熱心さを悔い改めた。
次回の定例会まで受け付けて下さるとのことだから、私も書いてみようと思う。
『我がふるさとは我が胸中にありて天に続く』という題はどうか。
これなら書けそうだ・・・と、帰途につく車中で考えていた。

ところで、唱歌「ふるさと」の作者である岡野貞一がクリスチャンであったとは驚いた。
娘時代の短い期間だが、私は公立中学校の教壇に立ったことがある。
その時、同僚の教師達が「志を果たして いつの日にか帰らん」という歌詞を大きな声で批判していたことに驚いたものだ。
彼らは「志を果たして」に対して異議を申し立てていたのだ。

ところがである。
「彼は誠実なクリスチャンであって、生まれ故郷の鳥取県古市を忍びつつ、と言うよりはむしろ、天にある真のふるさとへ帰る日を臨みつつ、この曲を作った」とのことだ。
世の人々にとって「志」とは「この世的な成功」を指すものであろうから、これでは意味が全く違ってくる。

この日本の国で、ごく少数であってもいろんなところに神を信じる民が起こされているとは、何という励ましだろう。
ついでながら、前日本銀行総裁の速水優氏がクリスチャンであることは御存知であろうか。
別の機会に彼のこともお話しようと思うが、
2月10日の午後7時〜8時半、神戸の西山記念会館で
「明日の日本を考える」と題して速水優氏の講演会があることもお知らせしよう。

次回の関西ブロック例会は4月1日(土)、大津教会で予定されている。
御主人の病床から駆けつけて来られた方とお別れする時、私は心の中で讃美歌405番を贈った。
 
  神と共にいまして 行く道を守り、
  あめの御糧(みかて)もて 力を与えませ。
  また会う日まで、 また会う日まで、
  神の守り 汝が身を離れざれ。

  荒野を行く時も、 あらし吹く時も、
  行くてを示して、絶えず導きませ。・・・・・
  

posted by 優子 at 20:57| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

新時代に入った美濃紙業

夫は父のあとを継ぎ洋紙卸業を営んでいる。
岐阜出身というわけで、社名は「美濃紙業(株)」である。
創業は敗戦後まもない昭和22年のこと。
関西では「学参もの」と言って学習参考書を扱う出版社が多く、主要なお取引先は新興出版啓林館、教学研究社、受験研究社などである。私も中学受験の時に『自由自在』や『力の5000題』にはお世話になった。

ところで、最近は雑誌も売れない時代で出版業界も大きく変わってしまったというのだ。
例えば就職雑誌を扱う大手出版社でも、本とも言えない読み捨ての物を作っているという。
出版社は本に掲載される広告料で作り、それを無料で配布し、手にした人は自分に必要な情報を得たあと捨てるというもの。
ああ、駅などに設置されているアレかと思った。

それを「フリーペーパー」と言うらしい。
出版社も売上げの落ち込みをカバーするために、この「フリーペーパー」で生き残ろうと悪戦苦闘の時代に在る。

私は紙屋の女房なので、文学者や学究者と話す機会があるたびにお聞きするのだ。
ネット時代になって紙の消費はどうなっていくか、書物は衰退していくのだろうかと。
しかし、答えは声を揃えて「ノー」であった。

私の人生にもパソコンを導入したために、もはやパソコンが無くては困るのも事実だが、
確かにパソコン画面で事が足りるのは情報だけであろうと思う。
やはり大切なものは印刷し、紙に書かれたものでなければならない。

そのようなわけで、紙業界で生き残るために当社も熾烈な戦いの日々である。
長女が美濃紙業に転職して2年半、今や夫も娘の働きを大きく評価し
強い援軍を得た感じである。
会社にとっては人材こそが財産であり戦力であるから、いかに社員の心に触れ、個々の良さを生かしていくかである。今後は今まで許されていた社内での甘えも、かえって厳しく淘汰されていくことにもなろう。
これまでの夫の経験に娘の知識と感性が加わって、より良きを目指して欲しいと願っている。

まずは、娘を通してキリストに接ぎ木されて
主に在る者に賜る限りない可能性のビジョンを抱いて、
美濃紙業は今、第2の創業時代に入ったところである。
放出教会だけではなく、神様の御用のために大いに用いられる会社にと願っている。

      見よ、わたし(神)は新しいことをなす。
      やがてそれは起こる、
      あなたがたはそれを知らないのか。
      わたしは荒野に道を設け、
      さばくに川を流れさせる。

             (聖書・イザヤ書43章19節)

原語の「やがて」とは、「すでに起こっている、芽生え始まっている」という意味である。

posted by 優子 at 09:52| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

内なる促し

昨日、読書会退会願いの電話が入った。
今年になってお二人目である。
共に70代半ばの方で健康の理由だが、15年以上も前からとても親しくさせて頂いていた方達だけに淋しさもひとしおだ。
確かに足の痛みや体調が大きな理由であるが、それだけではなかった。
2時間近くもの長い電話になってしまうほど、いろんなことを話してくださった。

私は電話の最後にお伝えした。
10月に予定されている豊中との読書交歓会ではクリスチャンの文学者をお招きし、山本周五郎を取り上げることを。
すると是非とも行きたいと即答された。
それだけではなく、家庭集会にも行きたいと仰った。

主の導きを祈らずにはおれない。

「神はすべての事と、すべてのわざに、時を定められた。」                   
                       (聖書・伝道の書3章17節)

主に示されたことを祈りつつ努めたいと思う。
posted by 優子 at 14:59| 随想 | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

繰り返すことのできない今日

「私はこの人生を一度しか渡らない。だから、もし何か善いことができるなら、
もし私のまわりの人に何か親切ができるなら、今させてください。
なぜなら、私は二度とこの人生を渡ることはないのだから」。

もう25年も前に出会った言葉であるが、50歳を過ぎてからというもの、日々、この言葉が心に迫ってくる。
残りの人生が短くなってきたからだけではなく、神さまに愛されているということがわ
かり、生きる意味と目的が明確にされたからだ。
この喜びと希望を伝えるために、残りの生涯を神様に用いて頂きたいと願っている。

「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。
 悪しき日がきたり、年が寄って、
『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に、・・・」
                 

(聖書・伝道の書12章1節)

年を取ってしまっていても、今日は誰にとっても最も若い日なのだ。




posted by 優子 at 08:21| 随想 | 更新情報をチェックする