2007年07月31日

世間はそこまで馬鹿ではなかった

今回の選挙ほど熱い関心をもったことはなかった。
自民党は大敗し、安倍首相の顔は重く疲れきっていた。しかし、続投することを表明し、これについても非難を浴びている。

安倍さんにとっては今や最悪の時。
それは、我々が経験するところのレベルではない。たぶん、日本一強いストレスの窮地に立たされている。親族や地域、また、会社内外の反発や圧力に対してでさえかなりのストレスであるから、よほど強靭な精神力で踏んばっておられるのだろう。

その是非論についてはともかくも、私の関心は安倍さんの精神性に関心が向く。
とにかく閣僚の失態が続きすぎた。
任命責任は問われてしかるべきだが、果たして我々人間に人を見抜く眼力がどれほどあるだろうかとも周囲に投げかけたい。せいぜい6〜7割も見通せたらいいくらいだろう。我々には神のような眼力はない。
組織の人間関係も複雑に絡んでいることだろう。

しかしながら問題が生じた時には、リーダーたる者は何よりも客観的に見ることができなければならない。そして、正当に処理する能力こそが問われるのだ。一家の長しかり、会の長しかり、国の長しかりである。

私は赤城農相の一件で安倍さんへのイメージが変わってしまった。
「政治とカネ」にまつわる事務所費問題で、首相が「問題ない」発言をし、そのあとの「たった800円ですよ」を繰り返す姿は頑なで、その表情に誠実さは感じられなかった。

身内の不祥事となるとそこまで客観的に見ることができないのだろうか。いや、事実関係は理解できているはずだ。そのことを正当に処理できなかったのだと私は受け止めているが、それが彼の真意だったのか周囲の圧力に屈したのかはわからない。

少なくとも説明の義務を果たすようにと指示すべきだった。そのことも含めて取り巻きの思惑も関係しているだろうが、それでも尚、そのことが不本意であるならば、己の意思を明確にするのが長たる者の責任である。
このようなことを言うと単純すぎる、名も無き一小市民の人生とは違うのだと笑う人もおられるだろうか。

しかし、私の持論は為政者であってもそれが最善であると確信して疑わない。その問題を正当に扱うことで当座は不利になろうとも、長い目で見れば結果的には国民の支持も得られるのではないだろうか。仮に時間切れで良い結果に至らなかったとしても悔いはない。これが私の生き方だ。

今回の結果は、世間はそこまで馬鹿ではなかったという証しである。世間でさえ妥当な判断を下したのであるならば、全知全能なる神の目が注がれていないはずがない。
有限な人間のなすことには間違いもある。

しかし、間違い(問題)が問題であるというよりは、その問題に対していかに処していくかのほうが遥かに大切である。いかなる職業人、専業主婦であろうとも例外なく、人間として最も大切なことは共通しているのである。
そして、私たちは窮地に立った時こそ人を恐れずに神を畏れて、いかなる時も本心に立ち返る導きと勇気を求めなくてはならない。

私は己を客観的に見ることができるように心がけ、間違っていれば謙虚に認めて謝れる人間でありたい。
「その人たちの本当の顔が現れるのは、褒められた時ではなく、たったひとこと注意された時ではないか。」
三浦綾子さんのこの言葉に私は深く頷くのだ。そして、間違いを修正できる柔らかい心をいくつになっても保持したいと願っている。

私は大切な問題をウヤムヤにしては進んでは行けぬ。
そのようなことでは、必ず何度も弊害が生じるであろう。スタートラインを正さずしてその努力はむなしく、浜辺の砂遊びのごとくに積んでも積んでも壊れゆく砂上の楼閣なのだ。

為政者であれ、大企業の社長であれ大きな仕事をしている人であっても、仕事上最も大切なことは知識や経験、手腕・・・などではなく、全てに先立ってその人物の人間性である。

そんなことを思いながら選挙戦の顛末を見ていた。
大打撃を受けた時、大きく変えられていく人間もある。最大の苦境に立ち、四面楚歌、孤立とも言える心境ゆえに目覚めもまた期待できるのではないか。
このとてつもない逆境にある人間・安倍首相の目の色、瞳の澄みぐあいを今後も見続けていきたいと思う。

「すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。」

パウロも言っているように、クリスチャンは為政者達のために、もっと真剣に祈らなくてはならない。彼らの決定は我々に大きな影響を与えるからだ。
         
     



posted by 優子 at 18:01| 随想 | 更新情報をチェックする

2007年07月28日

紙おむつ時代の育児

知子を出産した30年前も物は溢れていた。
哺乳瓶も消毒用器具も乳首を拭く消毒綿も何もかも今と同じで、無かったのは赤ちゃんのおしり拭きが商品化されていなかったくらいである。

しかし、唯一つ大きく変わったのがある。
それはおむつだ。布のおから使い捨ての紙おむつに変わっている。
私は妊娠期間中に2度、東大阪市の保健所で開かれた母親教室に出かけた。そこで教わったとおりにサラシでおむつを母に縫ってもらった。嫁入り道具の電動ミシンはまだ触れたこともなかったし、さりとて、従来の足踏みミシンは妊婦にはよくないというわけで母にお願いした。

その後まもなくドビー織りのおむつがいいよと聞いたのでサラシのおむつは実家用にして、でき上がったドビー織りのおむつも2組分、計40枚買ってもらった。そういえば、最近はタコの足(洗濯物干し)に干しているおむつを見たことがない。

今は殆どの人たちが紙おむつで育てるのだそうだ。
私たちの時代の紙おむつとは、長方形の吸水パッドだったからおむつカバーが必要だった。だから、健診日などの外出時に紙おむつを使用したものだが、今は新生児から月数や体重に合わせて各段階ごとに売られている。
おむつが濡れていれば黄色い線が青く変わるという説明を聞いて「ヘェ〜〜」とあきれる。これでは母親要らずではないかと皮肉を言いたくなる。

「おむつが濡れても気持ち悪くない」というのがキャッチフレーズらしいが、それが困るのではないか。
赤ちゃんはお尻が濡れて気持ち悪いから泣く、すると、気持ちよくしてくれる。不快感と快感が脳を刺激する。おむつが不快でないならばおむつが取れるのも遅くなるのではないだろうか。

そのうち4〜5ヶ月もすれば、いつもお尻を気持ちよくしてくれたり、お腹を満たしてくれるのがママなんだとわかるようになり、母になった女性も母親になっていき母と子の信頼関係もできていく。

次女は、「ここ(実家)にいる間は布のおむつにして、お姉ちゃんが自宅に帰って育児に慣れてきた頃に布のおむつに切り替えるといいのでは」と提案してくれていた。私は本気でそうしようと思っていたが、それを実行するには至難だ。
そして、私がずっと不思議に思っていたことはこのことだったんだと納得した。

それは、物の無い戦中戦後を通ってきた人たちが衣服のバーゲン会場に溢れている姿だった。しかも、もう高齢になっているのに買い続けている。私は何も禁欲的にとは言わないが、「生きるのに意欲的なんだなあ」と思いながらも、心満たされない気持ちで見ていた。

ところが、このたびのことで私も同じだと思った。
人間は一度快楽を経験してしまったら、自ら手間のかかることや、質素な生活に戻るのは至難であるということだ。


私の世代は結婚当初から全自動の洗濯機世代であり、母の世代の人たちのようにおむつを手洗いしていたような苦労は微塵もしていない。しかし、使い捨て紙おむつの便利さを知ってしまったら洗濯機使用でさえ布のおむつは使えない。環境問題的にはどちらの方がいいのだろうか。そこにのみ説得の余地が残されているが、今の私は次女に頭が上がらない。

「使わなくなったおむつは棄てないで取っておくといいよ。将来、藤本のご両親が寝込まれた時に使えるからね。」と、舅や姑の介護の経験から言っていた母が一番早くそれが必要になった。そして、その時には介護される人にも紙おむつの時代になっていた。

そういえば、「婚家先のご両親のご不幸の時には、嫁の母親はお手伝いしないといけないから・・・」というようなことも母は言っていた。それなのに、双方の親の中で一番若かった母が一番先に逝き、次に1歳年上の父が逝った。寿命は年の順番ではないのだ。

赤ちゃんの紙おむつ。
とにかく、若夫婦には結構大きな出費になるだろうが、やり繰りする生活もまた楽しである。





posted by 優子 at 16:05| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

手直しカウチ、スィートホームのリビングルームに!

「優子さんの日記に”カウチ”の項、興味深く拝見しました。アメリカ人は総じて古いものを大事にうまく使うからえらいですよね。」
とは、MIKIOさんのホームページ「小阪庵だより」 (http://www.d3.dion.ne.jp/~mikio566)上でMIKIOさんとおしゃべりした時の会話だ。

その22日記事の続編がミネソタから届いた。
「昨日2人で IKEA に行って」とは24日のことだ。そのIKEAでクッションや布、食器などを買ってきた。そして、これが

「完成したリビングルームです!

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かなりいい感じでしょ?
すごくくつろげます。
このリビングルームができたので、人も招きやすくなりました。

早速、今年入学してくる東大の後輩T君が来たら、(多分試験後だけど)歓迎夕食会をしようと計画中。
幸悠君との対面、楽しみにしています。」


アメリカンライフを楽しみながら2人のスィートホームが造り上げられていく。
このカウチもリビングも、それらを作る一時いっときも全てが”priceless ”(値をつけられないほどの貴重な)ものだ。

私は出不精で旅行が苦手、その上に飛行機大嫌いときているが、一度はミネソタの家を訪ねてみたいと思う。

Ph.Dを取るための留学だから真智子がママになるのはもっとあとのことになるだろうけれど、赤ちゃんが授かって海外で出産となれば私は飛行機にだって飛び乗ってアメリカへ行こう。

いつかこのリビングで、母となった真智子が授乳する日がくるのかもしれない。傍らでお乳をやっている知子を見ていると、そのような光景が目に浮かんだ。

真智、楽しい便りをありがとう!


真智子のホームページ http://www.econ.umn.edu/~fuji0065/  
太志君のホームページ http://www.econ.umn.edu/~narit002/  
posted by 優子 at 11:06| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2007年07月24日

出産後2週間になるのに母体の回復遅し

知子は元気にしているが、産後の経過が心配だ。
傷のほうは漸く回復に向っているが、今日になってレバー状の悪露(おろ)が初めて出たというのだ。しかも固い塊になっていた。明日で出産して2週間になるというのに鮮血色の出血もあり、今朝は病院へ電話で聞いたほどだ。

腹痛があったり、悪露に嫌な臭いがなければよいとのことだが、今日は眠くてしかたがないと午後も3時間くらい寝ていただろうか。それなのに目の下にはクマができている。

一般の産婦さんと違って赤ん坊に3時間ごとに起されようとも、産前までよりもはるかに眠れるようになっている。食欲もあるので大丈夫だろうと思いながら見守っている。

ふつうならば出産後しばらくすると胎盤が出るが、産んだ後すぐに産婦のお腹に助産師さんが体重をかけて押し出したと聞いて驚いた。今時の出産はそのようなことをするのだろうか。あるいは、知子の場合はそのようにした方がよかったからだろうか。

30年近く前の長女の出産時はあと産が出たという感覚はなかったが、少なくとも出産後にお腹に力をかけられてはいない。
次女の時は出産して数分後だったか、「もう一度お腹が痛く(張って)なりますからね」と言われ、その時に声をかけられた通りにいきむとズルっと胎盤が出たことを覚えている。

だから知子の場合は、自然な痛みの波に任せずに無理やり押し出したからだろうかといろんなことが気になってくる。
とにかく塊が出てよかったが、まだ1日ふつか様子をみていて大丈夫なのだろうか、まずは神さまの平安を頂いて癒しと導きを祈ろう。どうか、知子の回復のために祈ってやってください。

今年初めてのキュウリができたので、昨日同様に今日の記事も軽い話題になるはずだったが、せっかく知子が写して添付してくれたので記録しておきたい。

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posted by 優子 at 23:14| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

キュウリとシュウメイギクとチャッピーと

今夏のキュウリの初収穫は真智子がアメリカへ発った日だっと思う。あれから1ヶ月以上過ぎて漸くでき始めた。花がしぼんだあとにキュウリらしい形にまではなるのだが、そのまま腐ってしまい大きくならなかった。
昨日、夫が見つけたので今、長女の携帯電話を借りて写真を撮ってきた。保存と削除も娘を煩わさないでできるようになった。写真では見えないが3本のキュウリができている。

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そして、玄関のシュウメイギクが一部タケノコのように急に伸びてきた。まもなくその先に蕾がついて、秋になれば淡いピンクの花を咲かせる。
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「チャッピー、お座り!」と声をかければバッチリとポーズをとってくれた。
最近はすっかり赤ちゃんに人気を奪われて少々すねぎみのチャッピーだ。赤ちゃんが帰ったら、また「おうち」(玄関の土足のところ)に入れてあげるからね。

「おうちに入る?」と言えば大喜びで入ってくるチャッピー。子犬の頃に1度、座敷に上がったことがあり、その時にひどく怒られて以来、2度と再び上がっては来ない。奥で私が暴漢に襲われていても上がっては来ないと思う。

これは19日の昼下がり、赤ん坊が来てから1度だけ1時間ほど「おうち」に入れてやった時のチャッピー。

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犬がこんな格好をするなんてと、犬を飼ったことのない人はびっくりされることだろう。私も初めて見た時は悲鳴をあげた。暑い時はこのような格好になってくつろぐチャッピーである。

また、チビちゃんが眼を覚ました!
かけてあるバスタオルを見事に蹴飛ばしてピンコシャンコと手足を動かしている。私の休憩もこれにて終了。
posted by 優子 at 14:15| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

真智子とメアリーとの手直しカウチ

昨日から滞在している長女の婿が、自宅に帰るのが遅くならないようにと早く夕食を済ませて6時20分に見送った。
一日のわざを終えて心地よい疲れを感じながらパソコンを開くと、2人の友からの嬉しいメールと共にミネソタから楽しいメールが届いていた。

次女たちが入居する時に、家主のメアリーさんから新婚当初に使っていたアンティークのカウチを頂いていたらしい。それを使わせて頂こうとした真智子は、
昨日(12日)訪ねて来たメアリーに話したところ「土曜日にまた来るからやりましょうよ。道具も持ってくるわ。」とノリノリで、一気に話が進みました。
ところが、14日土曜日は朝から太志(君)が風邪っぽくて寝ていたので、メアリーに「今日は無理かも」って言ってみたところ、「太志を驚かせましょうよ」と、真智子とメアリーの2人ですることになったというのだ。

カウチはメアリーさんの新婚当初のものというから、少なくとも30年間放置されたままのシロモノだろう。

「ペンキが剥がれたり、網目が割れてたり、釘が抜けてたり、という痛々しい有様でした。近年は庭に置かれていたということで、ホコリも相当なものでした。がく〜(落胆した顔)

ブラシをかける。ボンドをつけてワイヤーで固定する。釘を打ち直す。固定していたワイヤーをはずす。ホコリを吹き飛ばす。スプレーペンキを吹きかける。
『マジでするんすか?』と何度も心の中で呟いてたんだけど、ノリノリのメアリーと仕事する内にマチもだんだん楽しくなってきて、見事完成させることができました!

すっかりキュートな姿になったカウチちゃん。
メアリーも、感慨深げでした。大切に使わせていただきます!

というわけで、我が家にチョットした応接間ができました♪
なんだか、お家っぽさが増して、かなり感動です!」
欧米と違って使い捨てが当たり前の日本に育った娘だが、特に次女は物を大切にする子だけに喜びが文面から伝わってくる。
これがそのカウチだ。

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娘にとって、きっと忘れられないキラキラ光る思い出になることだろう。そして、楽しい話題は続く。

その後、夕飯にお蕎麦を作ったんだけど、感動の美味しさだったよ。最近、マチはお料理に燃えてます。
        (略)
さらに、今日はラッキーなことがもう一つありました。
夕飯を食べていたら、ドンドン音が鳴っているので外に出てみたら、独立記念日の時のよりも大規模なド派手な花火が炸裂していました。この家の庭からとってもよく見れて、最高でした。

後で調べてみたら、100年程続いている歴史的に有名なものでした。アメリカで4番目に大きい花火大会だったらしい。
めっちゃきれいでした。

そちらも毎日にぎやかそうやね。ブログ楽しみにしてます。

                 真智子        
2人は夏休み中とあって、音楽を聞きながら本を読むなどしてゆったりとした時間を過ごしているようだ。
真智子に続いて太志(君)がダウンしているらしいが、夕食も「喜びまくり」で美味しくいただくことができたらしいから安心した。
長女も次女もそれぞれに仲むつまじい結婚生活を過ごしているのは、親としてこの上ない喜びである。

真智子へ:
こちら、今日はお姉ちゃんたちの結婚一周年で、お姉ちゃんの食前の祈りで始まった夕食はささやかながらも感謝な愛餐のひと時でした。
近いうちにスカイプで真智の甥っ子を紹介したいな。
太志君が元気になったら、また声かけてね。お大事にね。
posted by 優子 at 22:36| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

良輔パパのあやし方の懐かしいこと!

長女が我が家へ来てから5日目である。
19日に臍の緒もとれ、お臍も順調に乾いてきているのでホッとしている。私は臍の緒の付いた赤ちゃんを見るのは初めてだったから怖くて直視できなかった。沐浴も昨日辺りから少し慣れてきた。

藤本の母は、赤ちゃんがいるとは思えないほど静かだと毎日のように話す。「ともちゃんはどう?」と、娘の様子も聞いてくれて本当に嬉しい。義母は3週間ほど前に引いた風邪で咳がまだ出るからと、曾孫に会うのを遠慮してくれているのだ。曾孫とは83歳の年の差なのだ。これから良き時間を過ごすことができるようにと願う。

母体の傷の痛みもかなり楽になっているが、未だ腫れが残っていて処方された頓服を飲んでいる。
しかし、長年不調だった体調は見事に改善された。
不眠症だった娘がよく眠られるようになり、12年間くらいも食欲不振だったのが完全に癒されている。
知子は「神さまからの母乳」だと喜び、母乳を飲ませることで子宮の収縮を促すなど、見事に設計された母体に驚いている。

昨日から泣いて困らせるようになってきた赤ん坊。夫が一生懸命にあやす姿に胸が熱くなった。
そうそう! この揺すり方だ、よく覚えている。
このテンポの速い揺らし方で気長に知子と真智子の子守りをしてくれていた。
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午後3時、知子が待ちに待っていたハズバンドが到着した。

彼は一人で今朝の谷口先生宅の家庭集会へ誘われた。
今日は珍しく少ない出席者で6人だけだったから聖書輪読が何度も回ってきたことや、お祈りもしたことを熱く語ってくれた。交わりの時には、我が子の写真を見ていただいたそうだ。

婿は、「谷口先生が『お祈りのしかたは何でもいいですよ。むちゃくちゃでいいからお祈りして下さいませんか』と勧められたのでお祈りさせていただいた。お祈りしているとみなさんが泣いておられ、僕も涙が出そうになった」と話してくれた。

神さま、ありがとうございます。
谷口先生、ありがとうございます。
薮野牧師先生、Y姉、O姉、M姉、A姉、ありがとうございます。

明日は知子たちの結婚一周年だと言うと、夫は間髪いれずに「最高の贈り物やな」と言った。
素晴しい言葉だと思った。
傍らでは娘たち夫婦が子供の世話をやいている。

「良輔さん、私たちも赤ちゃんほしいね」と言った時、夫のまなざしから私と同じ気持ちであることが見てとれた。
posted by 優子 at 16:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月20日

私がキリストを遠ざけてはいないか

先週半ばのこと、このブログを書き続けるか否かについて私の深い心の内をおふたりのクリスチャンにご相談した。
「メメントドミニ」がクリスチャンを対象にしたものならば思案しないが、神さまへの導き手として用いられたいという願いだけに、ふさわしい読み物になっているのかどうか心配になってきたのだ。

私としては日々の出来事や喜怒哀楽を語りながら、実際の生きざまを通してイエス・キリストをお伝えすることができればと願っている。
昨年の我が子の結婚ということは、本人だけではなく親にとっても大きな人生の節目であった。それに関して、これだけはしっかり押さえておいてもらわねばという思いが焦りとなって苦しい精神的状況に陥ったのであるが、最近の私の姿は瀕死の状態であり、キリストをご紹介するどころかキリストを遠ざけるものになっていないかという思いを強く感じていた。

この私の問いかけに対して直ぐにご返信下さったことを感謝し、当分の間はブログを継続しながら思い巡らしたいと思う。
以下は、キリストを遠ざけるようなブログになっていないかという、私の苦しい胸の内を問うたものへのご返信である。
ブログを拝見していて感じるのは
優子さんは御自身の事(良い事悪い事、感情の起伏も含めて)を、ありのままに書かれている事です。

そして後になって自分の文章を吟味されるが故にと疑問を持たれるのでしょう。

多くのブログは良い事は書いても悪い事は絶対に表に出さないものです。
クリスチャンだからといって、何時も「アーメン、ハレルヤ」と喜んでいる事ばかりある訳がありません。
     (中略)
世の中、何処にでも他人のあら探しばかりしている人もいれば、他人の尻拭いばかりして(させられて)いる人、他人の長所短所を見据えて自分の成長の糧とする人など、いろいろとおられます。

躓く人は何事にも躓きます。
そこ迄他人の配慮はしかねるのではないでしょうか。

只、あからさまに他人をけなす事でなければ(そんな文章は書かれないですが)、他人の目を気にする必要はないと私は思います。
これも私自身の勝手な考えなので、別の人はまた別の考え方をされるでしょうね。

良くも悪くも自分で全て主の前に選びとる事の連続が、わたしたちが生きて行く事ではないでしょうか。

いろいろ思いつくままに書きました。
まとまりなく、分り辛いかも知れませんがお許し下さい。
(ブログは毎日欠かさず拝見しています)

                 (Oさんより)

「良くも悪くも自分で全て主の前に選びとる事の連続が、わたしたちが生きて行く事ではないでしょうか」。
今日再び読ませて頂き、平安を取り戻した心に響きました。

今日はこれから実家に向かうので時間がなくて詳しくはかけませんが、そんなことは決してありませんよ。
やめないでください。わたしもやめようと思うことがあります。
優子さんのブログに今までどれだけ励まされ、教えられてきたか……やめてしまったら寂しすぎます。
わたしと同じように思っている人はたくさんいることでしょう。

(16日のメールより)
優子さんの書くブログもいろいろな人が読まれているので、大きな励ましや慰めを戴いている人がたくさんいると思います。
わたしもその一人ですが……。

優子さん、自分のことを醜いとおっしゃっているけれど、わたしの心をすべて開いて見せたら、優子さんがびっくりするほど醜いのです。
でも、その醜さに気づいて悔い改め悲しんだとき、イエス様が、きよくしてくださるのですよね。
だから、思い悩んでも、“のうてんき”といわれるほどアッケラカーンとしています。

                 (Yさんより)

「思い悩んでも、“のうてんき”といわれるほどアッケラカーンとしています。」
そこなんですよね。イエスさまと共にある時は全くそうですよね。ところが、最近の私はそうではないので悩んだのです。

「優子さんの心は私の心ですよ」と、導きを乞うた谷口先生も仰いました。
「3歩進んで2歩後退、その2歩分は2度繰り返すから確かなものになる」とは、いつかの福野牧師の説教にありました。

みんなそうなのですが、いつまでも自由な心に解放されないことに悩むのです。
さすがに隠そうかという思いまで脳裏をよぎりました。
勿論、ブログを書くことは苦痛ではありませんし、自分の思いだけで書いているつもりはありません。私ならばそういうところこそ聴きたいし、読みたいと思うところだし、きっと必要としている方がおられるに違いないと感じ、私の苦痛を書かずに素通りするわけにはいかないのです。

ようやく裕子さんやOさんのおかげで、また、友たちが祈って下さっていたおかげで本心に立ち返ることができて感謝しています。たいへんに厳しい闘いでした。私を神さまから引き摺り下ろそうとするサタンの攻撃もあったのでしょうか。私にはわかりません。

先月アメリカへ戻る次女たちに『人生を導く5つの目的』を贈りました。荷物が多いので信仰生涯の手引きとなる書物としてこの1冊を選びました。
この書物は、私の手放せない本の1冊で毎日のように開きますが、今、次の箇所が目に留まりました。

「神は最悪の事態から最良のものを引き出すことができるお方です。・・・神の目的は、私たちの問題や痛みや罪にまさって偉大なのです。」

これからも生きている限り続く闘いも、全て勝利させてくださることを信じます。


posted by 優子 at 22:37| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

哀愁を感じる蝉の声

新生児というのは、チャッピーの上をゆく「大眠王」である。
私は「幸悠」と直ぐに名前が出てこず、と言うよりも今では愛犬の名前を呼ぶ生活なので「チャックン」と呼んでしまうことも何度かあった。犬の名前を呼ばれては、実の娘でも気を悪くしているかも知れないが、悪気は無いのだからしかたがない。

チャッピーのことを「まちちゃん」と呼んでしまうことは今もしばしばだし、ある時は真智子に「チャッピー」と呼んでしまったことさえある。
真智子の東京時代には、夫は次女のことを「東京チャッピー」と呼んでいたし、今は「ミネソタチャッピーはどうしてる?」と言うのだから笑ってしまう。

その「ミネソタチャピー」から今日届いたメールを読んで涙がこぼれた。

最近は、マタイ伝を読んでいます。
イエス様の例え話は難しいけれど、とても奥が深いことを改めて知る毎日です。眠る前に読んでいるのに、太志と話している内に逆に目が覚めてしまうこともたまにあります。

イエス様が私に求めておられる信仰や生きる姿勢についてとても伝わってきます。
昨日は、イエス様の方へ海の上を歩いていくペテロのところを読みましたが、ふと波と風を見て恐れ、溺れてしまったペテロは、私のようだな、としみじみ思うことがありました。

イエス様は意外とズバッとした表現を遣うので、驚くこともよくあるんだけど、しっかりとした愛の土台があるからかなぁと思って、嬉しくなったりもしてます。

次女夫婦は教会にも行けず、我々のように信仰書を手にすることもないのに、このように主の愛に導かれ生かされている。神の見えざる手によって。
これではすっかり「先の者があとになり、あとの者が先に」なってしまった。
実の家族が神の家族にもなった。婿もまたそうだ。この喜びは計り知れない。不思議としか言いようがない。
明日は、ダウンタウンの方に出ているFarmar's Market(朝市のようなもの)に野菜を買いに出かける予定です。

ところで、先日揚げナスにチャレンジしてみました!
生姜を利かせた御出汁でさっぱりいただきました。めーーーーーーーーーっちゃ美味しかったです(笑)。
くまきちも、感動しきりです。写真でも、美味しそうでしょ。また今度作ってあげるね。

              真智子

優しい真智子、ありがとう。ママもやってみるね。
この前の真智子のお料理ブログを読んで下さった時、裕子さんがすぐに作られたんだって!!
ナスもトースターで焼いてみるって仰ってたよ。その時のコメントやメールを見つけられなくて残念です。


あぶらぜみが元気に鳴いているが、はや、死んでしまった蝉もいくつか見た。私は蝉の死骸を見ながら、「もう逝ったの・・・」と悲しくつぶやく。そして、使命を終えて果てた蝉が羨ましくもあり、「よかったね」と微笑む。

母と父が亡くなってから蝉が愛しくなった。
父が亡くなって、もう7年目の夏である。・・・・いや、たった7年前のこととは思えないほど長くも感じる。


隣りの部屋で知子とその子供が眠っている。
娘は中学生の時と同じ寝顔だし、私もまだ孫という実感はない。ただ、小さないのちが可愛くて直ぐに抱きたくなる。夫の帰宅も30分早くなった。
何もかも妙な感覚だ。
昨日から時々、赤ん坊が知子や真智子と重なって錯覚しそうになることがあり、忘れていた遠い日々を思い出している。
posted by 優子 at 17:00| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

『愛する子供たち』より

メアリー・ハサウェイの詩は、今の知子の気持ちであろうと思う。私もまた半生を振り返りつつ改めて感謝を深めたい。

     Joy and laughter 喜びと笑い
    
    主は私の心を幸いで満たし、
    喜びと笑いをお与えになりました。

    私は今、満ち足りています。
    私は、自分の分身を見つけたのです。
    私がいつも捜していたものを、
    新しく生まれた
    小さな子供の中に見つけたのです。

      miracle 奇跡
    
    すべてのものの造り主よ。
    この幼いいのちのうちに、
    愛の種が蒔かれるよう、見守っていて下さい。

    優しさと注意深さが必要なこの子のために
    どうか私を導いて下さい。
    この、途方もない、わが子という奇跡に会って
    時にはためらい  
    時には足りなさを感じる私です。

    年を重ね、愛の種が根づいたら、
    どうか、私たちを助けて下さい。
    愛と知恵に成長していきますように。

    生きているうちに
    愛の収穫ができますように。
    このすばらしい誕生の時を思い出して、
    喜びに満たして下さいますように。


     Shared joy 喜びを分かち合う
    
    わが子よ。あなたはあなたであって
    私の写しではありません。
    美しさについても、
    あなたはあなたの考えがあるでしょう。

    だから、喜びを分かち合う瞬間、
    それは私たちの生涯の同じ時に、
    栄光の片鱗が二人に触れて
    喜びに輝いた時です。
    
    それは不思議な貴重なもの、
    手を伸ばしても得られないもの、
    期待しても与えられないもの。
    神からの途方もないプレゼント、
    大切な大切な宝です。


     Evening prayer 夕べの祈り
    
    わが子よ。
    私は夕べの薄明かりの中であなたを見、
    きたるべき夜に備えて、神に委ねます。

    神があなたを抱いて  
    優しく揺すって下さるように。
    ぐっすりおやすみ、
    神の御腕の中に眠るように。
posted by 優子 at 12:35| 引用文 | 更新情報をチェックする

2007年07月17日

孫の誕生で淋しい思いをしているチャッピー

昨日はお天気にも恵まれて知子は幸悠とともに無事退院した。
義母は私たちの帰りを今か今かと待ってくれていたのだろう。直ぐに出てきた義母は曾孫を抱いて、「ええ赤ちゃんや、整った顔してる」と、とても嬉しそうだった。親バカ、祖母バカ、曾祖母バカである(笑)。

出産後実家で静養していた時のこと、生後2週間の頃に、両親が「お七夜」の宴席を設けてくれた。その時に藤本の両親が大きな生の鯛を持って来てくれた。

真智子の時も同様に、その翌日に出入りの魚屋さんで頂いた鯛をお刺身や切り身に料理してもらったことなど、藤本の父と母の姿も懐かしく思い出される。


ところで、いつも雨の日や夜は玄関内に入れてやっているチャッピーは、昨日から玄関内禁止となって本来の犬らしく外で生活することになったから、チャッピーも辛さをこらえている。
しかも第一日目の昨日の夜は再び雨、しかも長時間の土砂降りの雨で、ドアのない犬小屋は奥まで浸水し体もぬれていた。

そうでなくてもみんなの関心は赤ちゃんに移ってしまったかわいそうなチャッピー。毛の深くまでぬれていた体を拭いてやり小屋の中も気持ちよくしてやった。
人間と違って文句も言わず、ぐずらないだけに余計に不憫である。チャッピーの大好きなパン(トースト)とミルクをあげて慰めてやった。

ベビーは今のところ母乳だけで十分に足りていて、あまり泣かずによく眠るので親助けな子だ。私も生まれて初めての沐浴体験も無事終了、明日はもっと上手にしてやれるだろう。

幸悠ベビーは、エドガーの「愛の挨拶」が大好きだ。

むずがっている幸悠を抱いても泣き止まない時は「愛の挨拶」を流す。そのメロディーが聞こえると耳を澄まして聞き入り、そのうちに寝てしまうこともよくある。
私はこの曲をパソコンに取り込んで、CDを知子にあげることにした。既に熟睡中の今もパソコンから連続再生で流れている。
posted by 優子 at 16:06| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2007年07月16日

「幸悠」命名に込められた親の想い

男の子だったら「幸悠」、女の子だったら「結子(ゆいこ)」にしようと、もう2〜3ヶ月前から決めていた2人である。誕生するまで教えてくれなかったので我慢していた。
この名前に決定するまでには40も50も候補をだしていたそうだ。名前をつけるにあたり、画数や占いなどには一切気にしなかったと聞いて神に感謝した。

さて「幸悠」であるが、子の父が「自分の字をとってつけたかったが、自分みたいに猪突猛進になってほしくないから、穏やかでやわらかい字を使いたい。まっしぐらではなく、ゆとりがあり、ゆったりと幸せな人生を歩んでほしいのでこの字を選んだ。生まれてきてよかったと思ってほしい」というのが命名への想いである。

知子は、「『幸』には尊敬する谷口幸子さんへの想いもある。幸せな人として思い浮かぶのは幸子先生だ。女の子ならば「幸子(ゆきこ)」にしようとも思った」と語った。

妊娠期間中に「たぶん女の子でしょう」と医師に言われていたので、私たちはすっかり女の子だと思っていたし母親ならば女の子を願うものだ。しかし面白いことに、子の父親だけではなく我が家のおじいさん(夫のこと)も男の子だとわかって喜びは一層大きかったようだ。

ついでながら、女の子の名前は「結子(ゆいこ)」に決めていたという。
「神さまによって何よりもまず人生の実を結んでほしいから。そして、人と人を結ぶような生き方を望んでいる。国と国をも結ぶような人になってほしいから。」と知子が語ってくれた。

どのような名前であれ、親がつけてやる子の名前に悪いものはない。そこには親の深い愛と願いが込められている。
今春、近くの幼稚園や小学校の入園・入学式に参列した時、女の子は誰一人として「子」のつく名前はなかった。

「幸悠」への婿の想いを知って私は嬉しかった。
何事も強引に進めていくのではなく、自分自身を見つめ、人生の意味を考えながら、ゆったりと大きな希望を持って生きていける大人に育ててやってほしいと願う。

今日から愛と理解と忍耐を求め続ける親としての日々が始まるのだ。胸が膨らむ。
神さまはこの子にどのようなご計画をもっておられるのだろうか。神さまから預かった子どもをしっかり育てていくことができますように、知子と剛臣(君)を助けお導き下さい。


今朝は穏やかに晴れている。
蝉が昨日から鳴きだした。
さあ、娘と孫を迎えに行こう。
posted by 優子 at 08:46| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月15日

聖書が語る人間関係の大原則 「バウンダリーズ」を覚えつつ

今日は妹夫婦が知子を訪ねてくれたとのこと、そして予定通り、明日母子共に退院許可が下りたとメールが入った。

私は今日の午後になってから迎え入れの準備をするのだから、我ながらあきれてしまう。社会問題になっているゴミ屋敷ではないが、物置と化した和室はひどいものだった。夫の助けがなかったら夜になっていただろう。
しかし、腰がひどく痛む。
今から疲れていてどうする! 今からが私の本番だというのに!

明日、婿のお母さんも病院へ来て下さるのだが、我が家まで送りたいと仰って困った。
私は心身の疲れを感じており、家に到着すれば昼食時だし、娘達のことだけでも大変だから限界を感じている。何とか気遣ってもらえないものかと、いろいろと言葉を変えて私の境界線(バウンダリーズ)を引こうと努力したがダメだった。

『境界線』のページをパラパラめくった。

「御言葉は、摩擦がある時にはあなたが腹を立てている当人と直接話しをすることが非常に大切であると強調しています。」

日本人の常套手段である「波風を立てないよう、すぐに自分を曲げて妥協する」
のは、境界線の身についていない大人である。

最近の私は以前のように直ぐに妥協することはしなくなったと思うが、自分が「ノー」と言うことを理解してもらうのは難しい。いや、理解してもらうことに努力しすぎるからいけないのか・・・わからなくなってしまった。

勿論、「ノー(拒否)」を言うということは、相手の「ノー」も受け入れるということだ。私には後者の方をマスターするよりも前者の方が難しいように思う。

神さまは、このことから私に何かを気づかそうとされているのだろうか。あるいは神さまのお計らいで、大切な交わりとなるように導こうとしておられるのだろうかわからないが、受け入れざるをえなかった。このことも益にして下さいますように、神の御心がなりますようにと委ねることにした。

今ようやく祈って手放せることができたように思う。
主に在って自分の気持ちと向き合うことの幸い、祈る術を与えられている幸いを思う。書くことを通して神の前で静められて信仰が練られていく。

イエスさま、祈らせて下さったことを感謝します。
あなたに委ねますから、私の心身を守り支えて下さい!
知子を霊肉共に今までお守り下さって、このような喜びに至らせて下さったことを心から感謝します。私がそうであったように、明日からの日々が知子と私たち親子の最高の時になりますように、あなたが共にいて下さりお導き下さい。
尊い主イエス・キリストの御名によってお祈りします。
                    アーメン
posted by 優子 at 22:21| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

ヒルティのメッセージ (前述の続き)

さて、ヒルティはダニエル書を引用したあと次のように語っている。

願いは直ちに聴かれないことがしばしばある。
言いかえれば、願いが聞き届けられたということは、われわれには即座にはわからない。そうしてこれが不信にさえ悪化することもある。我々の弱さの根拠である。

聴許が遅れる理由は、必ずしも明白に我々に提示されないが、しかし我々は、神はそのしもべの中へ数え入れることのできる辛抱強い願いを、ことごとく聴き届けられるという完全な信頼を常に持つべきであろう。―遅かれ早かれ、また願いにとって最も良い仕方で。―

我々はその信頼の上に立つように、立たなければならない。そうすれば、神が我々を一時安心させるために、使者を送ることがしばしば起こる。

多くの場合それは普通の人間であるが、しかし彼は適当な時に、それどころか時には彼自身忠告と援助と聴許の確信を求めるために、来るに違いない。私自身何度もそういう目に会っている。

もし諸君がもはや自分の力を信じないで、常に神の力を信ずることができるならば、諸君はあらゆることに勝利を収める。それどころか諸君は困難を喜ぶようになることもできる。しかし、これは非常に高い段階である。

(以上、下線のところはヒルティ自身が強調している所である。)

『メメントドミニ』をずっと愛読して下さっている方には、私がどんなに弱く欠点だらけの人間であるかはご存知であろう。
挫折した時は実に情けなく惨めである。書くことはできないが、昨朝のように悔しい想いに苛(さいな)まれる時も苦しい。もう投げ出してしまいたいと思う。

しかしそのような時に、神は見事に助け人を遣わされたのだ。明美姉と淳子姉である。
ひょっとしたら、私自身が思っている以上に私は危機的な状態だったのかも知れないし、「よく従ってくれたね」というイエスさまからの慰めだったのかも知れないが。


ヒルティの言葉から、私の中にも諦めない「辛抱強い願い」があることを改めて気づかされている。
この「辛抱強い願い」、即ちそれは神に信頼する信仰であり、そのこと自体が神から与えられた最大の賜物であることを改めて気づかされたのである。
ハレルヤ!

私は今までに何度も何度もヒルティに励まされてきた。そして私もまた、ヒルティと同様に信仰の高嶺へと導かれていきたいと願う者である。

10時40分追記:
台風4号のおかげで今日のゴルフは中止になり、夫は和歌山から交通事故からも守られて無事に帰宅した。感謝。
posted by 優子 at 10:23| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

ヒルティが語る神と共に歩む生涯 (ダニエル書より)

高校時代からの愛読書、カール・ヒルティの書を先週から読んでいる。
昨日読んでいた箇所(『眠られぬ夜のために』下巻・9月20日)は、特に今の私の心に添った慰めと励ましであり、神さまからのメッセージであった。

冒頭にはダニエル書2章13節から21節まで引用しているが、ここに転載するには長くなる。しかし、それを外してはヒルティのメッセージが伝わらないので、聖書をお持ちでない方のため『ダニエル書』をご紹介し、次の記事でヒルティの言葉を続けたい。

ここでは聖書ではなく、ブログ『希望の風』の著者、三浦喜代子姉の御著書『聖書を愛して』の「ダニエル書」に道案内を願おう。

ダニエル書(12章)神に愛されている人
内容と私感

この書は預言書とは思えないほどおもしろいのです。ドラマチックな事件がいくつもあって、はらはらドキドキさせられます。教会学校の子どもたちもよく知っている書です。

ダニエルはバビロン捕囚民の一人です。ある時、王の見た夢を言い当て、解き明かしたことから好意を得て取り立てられ、中央官庁とも言える政治の中心で活躍するようになりました。そのために非常なねたみを買い、陰謀が企てられ、いのちの危険に遭うことになります。

そのひとつは、ライオンの檻に投げ込まれたことです。結果は想像するまでもないことなのに、神の力が発揮して助け出すのです。

また、ダニエルと一緒に連行された3人の友人も迫害に遭い、燃えさかる炉に投げ込まれます。火災に包まれ瞬く間に跡形もなくなくなるはずなのに、3人は悠然と炎の中を歩み、無事に出てくるのです。神が炉の中を同行していたと、聖書は語っています。

そんなバカなことと、あざけって否定するもよし、目を輝かせて神の不思議に見入るのもよし、神はいつも個人の選択にご自身を任せておられます。

神に興味をいだき、近づいていく者には、神はさらに手のうちを見せ、愛に満ちた視線を向けて微笑んでくださるのです。神の瞳の中に、無限の赦しと愛を見て自ら手を差し出したとき、あらゆるしがらみから解放され、まことの平安に包まれていくのです。

ダニエルたちは不自由で危険な捕囚民として敵国に住みながらも、王の好意まで得て生涯を全うしました。決して神の御名を汚すような妥協や背信に走りませんでした。神に注ぐ信頼と、神から注がれる愛がひとつになって、全巻を圧倒する希望の風を吹きだしています。

この書には世界的に有名な1文があります。
『しかし、もしそうでなくても(神が私たちを燃える炉の中から救出しないようなことがあったとしても)、主よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像をおがむこともしません』3章18節

『神に愛されている人よ。恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ』10章19節

このことばは、激しい迫害の中で、どれほど多くの信者に勇気を与えてきたことでしょう。
posted by 優子 at 09:38| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

神の御愛に涙する

昨夜は3時間しか眠られず、知子の所に行く前に1時間眠ろうと目覚まし時計をセットした時のこと、明美さんからお電話が入った。
実は今朝、「今どこにおられますか?今日の予定をよろしければおしえてください。」と、先のブログを書いている時に明美姉からメールが届いたので返信しておいたところ、知子のベビーを早く見たいからと、淳子姉の車で病院まで連れて行って下さるとのお電話だった。

しかし、実際はそれだけではなくもっと深いご配慮があった。
私が睡眠不足で疲れているからということで、明美さんは淳子さんに声をかけて下さったことがわかった。スーパーに買い物中だった淳子さんは今日の予定を変更して、11時に自宅まで迎えに来て下さることになった。

神さまは全てを見ておられるのだ。
私はあまりの出来事に驚いた。

体力的なことではない。
実は電話を頂く10分ほど前に、昨日のある出来事について、苦悶の末に神さまに委ねて受け容れたところだったからだ。

このような不思議な出来事は今までにも何度も経験している。1度や2度ではないから決して偶然ではないことを、神さまをご存知でない方にもわかっていただけるのではないだろうか。
神さまは私のことをいつも見ていて下さっているんだ。こんなに愛して下さっているんだと涙した。

車の中では、お2人の「クリスチャン版、弥次さん、喜多さん」と言った面白さで、「ゴスペル漫才したら絶対に受けるよ!」と、私は心の中で嬉し泣きしながら言った。そして、イエスさまとお2人に感謝していた。

産科病棟の階に着くと走って行きたい気持ちを抑えつつも、知子のところに急いだ。
部屋に入ると知子は今朝、シャワーに入ってさっぱりした顔になっていた。
よかった!!
イエスさま、ありがとううございます!!
お祈りして下さった皆様、本当にありがとうございます!!

今日の知子は、ほぼ直立歩行していた。
まだまだヨチヨチ歩きで痛みに耐えながらであるが、一日一日良くなっていくだろう。
淳子さんは臨床検査士だから淳子さんのアドバイスで安心しただろうし、明美さんの母性愛にも元気づけられたであろう。
知子とママは幸せ者。
共にベビーを抱いて下さり、神の愛の中で育っていく幸悠も幸せ者。


しっかり者の知子が心細がっているので、2人の友には先に帰って頂いた。その後、聴覚検査や授乳、オシメ交換を手伝い、娘との幸せな時を過ごした。6時15分に病院を出て、帰宅したのは8時15分だった。今夜、夫は和歌山泊で不在である。

産後は新聞やテレビを見るのもよくないと注意しておいたのに、長いメールをしてきた知子。引用省略した文面から知子の気遣いを感じる。
(21時20分着信メールより抜粋)

ママ、今日もありがとう!
明日は沐浴指導が加わるかも(^^ゞ胸が張って痛いです。
剛臣にママが土・日は来ないことを伝えたら、「お母さんもよう気遣うて下さってるなあ、有り難いなあ」と言ってました。

ママが来る直前にこっそり撮った写真。
じゃあまたね(^O^)、次に電源入れるのはいつか解らないけど、また何かあれば留守電入れてね。おやすみ(^O^)


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「はじめまして、ゆきひさです。生まれて2日半のぼくです。」

今後はカテゴリ「知子の育児日記」を設けたほうがよさそうだが、孫の記事ばかりだと読者を失う(>_<)。
posted by 優子 at 23:36| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

おめでとうメール感謝録

お孫さんお誕生、おめでとうございます。
昨日まで優子さんのブログを読みながら、私まで胸がドキドキしたり、思わずおなかに力が入ったり・・・。

そして、今日はブログを開くと、すぐに赤ちゃんと知子ママの写真!なんてすてきな写真でしょう!
知子ちゃんのやさしい目がすっかりママの目ですね。
しばらく、お世話するのに大変だと思いますが、優子さんご自身も、時間をみつけてお体を休めてくださいね。

あふれる愛情に包まれて、ゆきひさくんは、幸せいっぱい。それに、なかなかハンサムですね。
知子ママにも、よろしくお伝えください。

                 (吉田綾子様より)
      
優子様
おめでとう!今お目にかかりましたよ。
早速ブログにアップとは時代の子ですね。母子ともにお元気そうで何よりの感謝です。

優子さん、うれしいでしょう。感激でしょう。感動でしょう。涙が溢れるでしょう。なんと感謝でしょう。
これが神さまのなさることなのですね。私も興奮しています。

くれぐれもお大事に。主のお守りを祈ります。
                  
                 (三浦喜代子様より)

優子さん

お孫さんの誕生、おめでとうございます。
昨日のブログをみて、陣痛が始まったことを知り、祈っていました。
今日は朝から何度もメメントドミニを開いていました。

ついに誕生したのですね。すべてのことが守られて、知子さんが無事男児を出産されたこと、心からお喜び申し上げます。
写真を見て感動して、孫がもうひとり生まれたような気持ちになっています。
お父様、お母様も天国で喜んでおられるでしょうね。

母体の回復と赤ちゃんの成長をお祈りします。
優子さんもお疲れでしょう。今晩はゆっくり休んで下さいね。
退院されたら、また大忙しですね。健康が支えられますように。
                
                 (島田裕子様より)

優子様

無事の御出産おめでとうございます!
玉の子のような男の子、お孫さんのご誕生をお慶び申し上げます。
ご長女の方、よく頑張りましたね。
ご主人もさぞかしお慶びのことでしょう。
                
                 (M様より)

剛臣お兄さん、知子お姉さん、良輔お父さん、優子お母さんへ

ご出産おめでとうございます!!

優子お母さんのブログで幸悠くんの写真を見ました。可愛いですね。元気に育ちますよう、お祈りしております。
お姉さんも産後お気をつけてご静養ください。
お兄さん、優子お母さん、良輔お父さん、これから嬉しく忙しくなりますね!
おめでとうございます。

幸悠君だけじゃなく、新しいお父さん、お母さん、そして新しいおじいちゃん、おばあちゃんの誕生だね!
竹内のおじいちゃん、おばあちゃん、藤本のおじいちゃんも喜んでると思います。おめでとう!

                 (太志・真智子より)

優子さん

知子ちゃん、無事出産されおめでとうございます。
今ブログを見ました。 改めて 男児ご誕生おめでとうございます。
早速に写真まで見せていただき、昨夜からの経過、妹さんの助け、ご両親のこと、読みながらほんとうに感動し、わたしも主に感謝の祈りを捧げました。

幸悠ちゃん、いいお名前ですね。
神さまの御手のなかですこやかに成長されますよう、そして、知子ちゃんの回復もお祈りしています。

退院される16日は祝日で皆さんお揃いになられるし 順調にいきますよう、お祈りしています。

おばあちゃんになられたんですね。
仲間ができ、うれしいです。
おじいちゃんにも おめでとうございます。
 
                (千里様より)

知子さんに幸悠君の御誕生お目出度うございます。
結婚されてから出産迄、知子さんご夫妻は勿論の事、優子さんもどれ程待ち望んでおられた事でしょうか。母子共に健やかだそうで何よりです。

10日は実は私の誕生日です。
10日に入院されたとブログにあったのでひょっとしたら同じ誕生日になるのかなと密かに期待していたのですが残念ながらはずれました。でも私事のようにとても嬉しいです。

これから一月程は、知子さん、優子さんお二人共嬉しく、楽しく、戸惑いながら疲れの溜る時だと思います。暑い時期ですのでお身体にはくれぐれもご自愛下さい。

                 (O様より)
待ちに待った初孫のお誕生おめでとうございます。
優子さん、ご主人、新米のパパ、ママのお喜びもひとしおのことでしょう。優子さんの強じんな神様の恵みと祝福に心より感謝します。母子ともに無事でなによりでした。
赤ちゃんがとても可愛らしく、おもわず声を上げてしまいました。
近いうちに、赤ん坊を見せていただき、抱っこさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?

              (奥村明美様より)

勿論、大歓迎です。抱いてやって下さい。ありがとう!


幸悠くーん!!!  おめでとう〜!!!!!!!
元気に生まれて ほんとによかった!!
優子さん!!
ほんとによかったね!!  おめでとうございます!!
主の祝福とみんなの愛を一身に受けて生まれてきた幸悠くん!!
素敵な名前ですね! 可愛く健やかに成長されますように!!!

知子さんも今は痛くて大変だけど早く回復されますよう心から祈っています。

ひかりも元気に体重も増え(4500g超えたかな?)・・・日曜日(15日)、自分の家に帰っていきます。
優子さんも 知子さん母子が退院されてからが本番、ハチマキ?してガンバッテね!!!
妹さんとのことも、ほんとによかった!感謝ですね!嬉しいですね!
私達には、いつも主の守りがあることを喜び感謝します。

主に在って    Setsuko (節子様より)

ひかりちゃんは5月29日に誕生されたから、今は生後46日ですね。早く会いたいです!!

この他にも寄せて頂いています。
皆様、お祈りと共に本当にありがとうございました。ここに感謝をもって記録させて頂きます。
posted by 優子 at 09:45| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月12日

新おじいちゃん登場、孫とご対面!!

今日は3時着くらいで病院へ行くつもりだったが、娘から早く来て欲しいとSOSの電話を受けて大急ぎで1時半頃に駆けつけた。
娘は昨日と同じで歩くことができず、何とか助けられてベッドに座るのが精いっぱいだった。娘より1時間後に出産した方は平気で歩いておられるし、今日は早速シャワー風呂でさっぱりされていた。

長女は決して大げさに痛がっているのでないことは、10日夜半の出来事からもわかる。
あの日、私が娘の家を後にした1時間も経たない頃から、急に陣痛が強くなり感覚も10分ごとになった。
知子は夫(婿)に寝るように指示して洗濯機を回した。強い痛みであったが痛みの合間に室内に干して留守の準備を完了させた。痛みはいよいよ限界に達し、「1時間半だけでも眠ったから大丈夫だろう」と夫を起こして病院へ急いだ。


このように我慢強い知子である。その子がこんなに痛がっているから、痛みの感じ方には個人差がある云々のことではない。
傷口が今も腫れ上がり、37,5度の発熱もそのせいである。
しかし、起き上がれないのはその痛みだけではなく、「医師や助産師さんにいくら話してもその痛みが伝わらない」と言った。
ようやく立ち上がらせても、ほぼ45度に上半身を曲げて私に全体重をかけて少しずつ歩く状態である。咳をしたくても痛くてできない。

分娩室に入ってから通常の2倍もの長時間を要し、極度に酷使したための痛みだと思うので、きっと一日一日和らいで行くことだろうと安心させてやった。
円座型の椅子をお借りしたことで座位の苦痛は軽減された。

近大奈良病院では、母子共に出産後の処置が終われば「カンガルーケアー」と言って、オシメをしているだけの裸の赤ちゃんを母の胸にうつぶせにして母子一体にさせていた。

出産後24時間は産婦の休養のために母子別々だが、その後は母子同室である。
ということで本来ならば、今朝から3時間ごとにベッドサイドにいるベビーに母乳をあげてオシメを換え、そのほかの殆どの時間は産婦と共に過ごすことになる。
ところが、知子だけ授乳も子どもの世話もできないので、一人で痛みと寂しさに耐えていたが耐えられずに、午後からは我が子を傍に置いてもらっていた。

私たちは2人で共に祈った。
私たちに自然治癒力を与えて下さっている神さま、知子に賜っている治癒力をどうか最大限に働かせて回復させて下さいますように!

今日は千客万来であった。
まず、私と同時に来てくれたのが妹親子で、高校3年生になる一人娘が期末考査最後の日だからと馳せ参じてくれた。


そして、福野牧師ご夫妻と香芝ゴスペルチャーチを牧会されている徳山兄(伝道師)が訪ねて下さった。
牧師は孫の頭の上に手を置いて神の祝福を祈って下さり、牧師ご夫妻それぞれが知子のことを祈って下さった。
感謝!!!
この幼子が神の御手の中で育まれていきますように!
重宝で可愛いベビー食器セットのプレゼントまで頂戴した。


そして、6時半頃、ついに、おじいちゃん登場である。
「かわいい顔してるな」、「知ちゃんの顔に似てるな」と言葉数は少ないが、抱いている孫の顔をしみじみと見つめていた。

子煩悩を自称する夫よ、
父が知子と真智子を愛したように、あなたの孫煩悩ぶりを見るのが楽しみ!!(^0^)
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神さま、この喜びを感謝し、家田・藤本両家族が共に喜びを深めていくことができますようにお導き下さい。
「天使幸悠くんが光りに変えてくれると信じますよ。」

知子のパパより30分遅れて、7時前に幸悠のパパが到着した。たぶん赤ちゃんが最も待っていた人だろう。
我が子とじっくり対面するのは今が始めてである。その感動の瞬間を見たかったが、知子のトイレの介助を済ませて私たちは早々に退場した。
posted by 優子 at 23:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

JCPのホームページに公開された証し

Japan Christian Penclub (日本クリスチャンペンクラブ)のホームページに、証し、「神に生かされてこそ人は生きる」が公開されました。字数内でうまく書けず、読みにくく拙い文章ですが、神さまが用いて下さいますように祈ります。

このブログの右側にありますリンク先から訪ねて頂きたいのですが、ご覧の通り、昨日の記事を更新してから右側のが全て消えてしまったのです。
これをアップした時に出るかもしれないと期待しましたが、やっぱり出ませんでしたので http://jcp.daa.jp/top.html を開いて下さい。

(この画面を一番下までスクロールして頂くと、左側に出てきました!2006年12月1日から4日にも狂った時があったのを思い出しました。また数日間で元に戻ればいいのですがご不不便をおかけして申し訳ありません)

JCPのトップページ左側に「NEW」の動く青い字にある「生かされている喜び」のところです。
母の苦難の悲しみと苦悩、そして、兄嫁に対する苦悩に絶叫していた私に、神さまが谷口幸子先生を通して母を救い出して下さった瞬間を見せて頂いた時のことを書いたものです。
このブログのカテゴリ「掲載文(神・聖書)」にも掲載しています。

ちょうど昨日のブログに母をご紹介しましたが、あれは1985年12月、母が60歳の時のものです。新婚旅行に行く妹夫婦を伊丹空港まで見送った時のもので、この1年後くらいから難病という新たな苦難が加わっていったのです。

ペンクラブのHPには1ヶ月間、掲載されて次の方たちに変わります。是非、これからもずっとHPを訪ねてくだされば嬉しいです。

久しぶりにペンクラブ内の(言い方がわからないので教えてね)をいろいろ覗いていましたら、「ペンクラブの歌2」に励まされました。

何はなくとも(1992.12作)

  作詩 満江 巌 * 作曲 池田勇人

1 何はなくとも 主の霊あれば
  我に動かぬ力あり
  恐れず たゆまず 使命果たさん

2 何はなくとも 主の愛あれば
  我に輝く 希望あり
  賜物生かして いよよ磨かん

3 何はなくとも 主の友あれば
  我に慰め 満ちあふる
  祈りを合わせて
  みわざ励まん

HP管理者、裕子さんに感謝しつつ


感謝録: 昨日のブログへのアクセス数208は、たぶん今ま
      での最高だと思います。
      訪問者は79名(延べ人数は121名)でした。
      10日に刻々と追記を書いたものですから、何度も私
      たちと同じ気持ちになって覗いて下さったのでしょう。
      感謝します。
    
    
posted by 優子 at 10:11| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

男の子が生まれました!

知子、母になる

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ようこそ 赤ちゃん!

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お父さん、お母さん、知子が母になりましたよ。

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7月11日、午前6時3分、2824グラム、47センチの
元気な男の子が誕生しました。
事故なく母子共に無事に誕生し、こんなに大きな喜びを
心から感謝しています。
男の子ならば名前は「幸悠」(ゆきひさ)に決めていたそうで、直ぐに命名されました。

昨夜は真夜中だったので30分足らずで病院に到着し、
夫は30分ほど居て午前1時過ぎに帰りました。
事故もなく無事に行き来できたことを感謝しました。
そして、分娩室に入ったのが今朝の5時前でした。
分娩室の外で、私はずっとドアに耳をそばだてて
立っていました。
それからの1時間は両親のことばかりを思い出していました。

知子が生まれる時は早朝6時に入院して、母も夕刻からずっといてくれていましたが夜になっても生まれず、家族は夜7時以降は帰るように強く言われていましたが、深夜2時過ぎまで母はずっと8時間も一人廊下で待ってくれていました。私は母が居てくれているという支えを得て頑張れました。あの時の母の姿や気持ちを想像していました。

母は知子の産声が「男の子のように元気で大きな声だった」と、何度も言っていました。そして、母から吉報を受けた父は、真夜中でしたが藤本の家に喜びの電話を入れたのでした。
「まるで、世界中の鐘が鳴り出したように感じた」と、興奮気味に喜びを表現していた父の顔も見えるようです。


お父さん、お母さん、その知子が母になりましたよ。
「知子が母になった。母に・・・」と、そのことで胸が一杯になり、知子が母親として子育ての大役をしっかり担っていけますように、この子が神さまの御手の中で幸せに育っていきますように祈っていました。

「お父さんとお母さんが生きてはったら、どんなに喜ばれたことやろうにね」と、藤本の母と神戸の叔母が両親のことを何度も言ってくれ、私は感極まりました。

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私の父と母です。
いつもこの写真を見ながら台所仕事をしています。


両親から私に、私から知子へ、そして今、知子から幸悠へ希望がつながれていくのです。
ただただ、驚きと感動と感謝です。
主の御名をほめたたえます。

母子共に順調ならば16日に退院して我が家へ帰って来ます。
お祈り下さっていた皆様、本当にありがとうございました。
今は会陰切開の部分の痛みが特に強い産婦のようです。
産後2時間のトイレにも老親を介護するような状態で連れて行ってやりました。どうか引き続いて母体が順調に回復するように祈ってやって下さいますようにお願いします。

尊いお祈りを心から感謝し、お一人おひとりの上に
神さまの希望と喜びが豊かにありますように、
私もいつも皆様のお名前を呼んでお祈りしています。
posted by 優子 at 18:18| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月10日

今も自宅待機中

今朝9時半、知子より電話あり。
お化粧もしていない状態だったが大急ぎで済ませて、9時50分の電車に飛び乗った。歩いていても、電車の中でも落着かず、涙で視界が揺れた。
この緊張が、母や父の危篤状態の時を思い出させた。
「泣かなくてもいい。今度は喜びなんだから」と、自分に言って聞かせた。誕生と死、いずれもなんと厳粛なことだろうか。


妹もまた知子の家に向う時、「運転しながら涙が溢れてきた」と言いながら、また涙を拭いていた。
陣痛は20分間隔になっているが、10分間隔にならないと病院は受け入れてくれず今も自宅待機中である。

23時27分、自宅で追記:
今夜と明日の夫の夕食は作っておいたが、いろいろ用事があるので今夜も10時15分に帰って来た。そして、明日の朝早く再び行くことにしている。

23時55分追記:
たった今、電話あり。
いよいよ陣痛が強くなり、時間も短くなってきたので病院へ行くとのこと。
最終電車も終わり、今から夫と共に向う。
主が共にいて下さいますように!
posted by 優子 at 18:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

美濃紙業にも神の祝福が流れていきますように!

昨日、ブログを更新してから母屋の義母のところへ行った。
あの時、まだ昼食も摂っていなかったので30分ほどで戻ってくるつもりだったが、4時半まで和やかな時間を過ごすことができてイエスさまに感謝した。
いつも「これでいいのだ」と思う。
「これでいいのだ」という想いについてもいつか書きたい。

そして昨日、美濃紙業にも『よろこびの泉』を配置させて頂いた。神さまの御用をしてくれた夫の上にも神の豊かな祝福があることだろう。

昨年真智子の結婚式直後に、会社近くの紙文具流通センター事務局の方に結婚記念誌を(夫から)お届けしたところ、皆さんで回し読みして下さり、知子の記念誌も楽しみにして下さった。
そして、両記念誌でご案内している当ブログ(旧『優子の部屋』)も覗いて下さっていた。きっと、今も読んで下さっている方もおられるだろうと思うので、『よろこびの泉』をお届けしたいなと思う。

今は重度の介護を受けて生活されている長女婿のお父さんが、会社のパソコンにブログ名を変えて「お気に入り」に入れて下さっていた。
知子たちの婚約式の1ヶ月後のこと、突如、脳梗塞に倒れられて、死線をさまよっておられた時の2006年3月24日記事に残っている。

家田さんは私のブログを毎日毎日読んで下さっていた。
時には通勤電車の中で携帯電話からも読んで下さっていた。
会社のパソコンの「お気に入り」に入れて下さっている『優子の部屋』は、女性名なので周囲の人への配慮から名前を変えて入れて下さっているとおっしゃった。
なんと、『キリストの部屋』という光栄な名前をつけて下さっていたのだ!
婚約式のあとの食事会でそれをお聞きした時、私はどんなに嬉しかったことか!


私にとってブログに向かう時は祈りの時である。
心が醜く乱れている時でも、神さまには心を開いて向き合えるから感謝している。そして、今朝もイエスさまに話すつもりでブログを書き始めた。そうしているうちに、神さまは私の心の中の深くすみずみまで探って下さって汚れを拭い取って下さった。
今、本当に深く悔い改めることができた。


6日の愚かさは、全て感謝を忘れてしまったからだと思う。
感謝せずにはいられないことがたくさんあるのに、いや、それゆえにいつしか高ぶっていったのだろう。そして、人の欠点にだけ目が行ってしまい、許せない気持ちばかりが肥大していったのだ。


今回のこと(長女をひどく傷つけた内容)は、決して試練でも何でもなく、今はもうその段階ではなくて、当初から神さまが介入して下さっているのだから、これまでしてきたように神さまに委ねていればいいことなのだ。
このような愚かさを何度経験すれば気がすむのだろうか。実に情けない。
しかし、私もパウロのように神に感謝する。

悔い改めたたった今、妹から「知ちゃんから電話あった?」との電話があり、知子に電話するとどうやら陣痛が始まっている。
早朝、病院に電話したところによれば陣痛の前駆的症状とのことで、まだ病院に来る必要はないとの指示を受け私には電話しなかったとのことだ。
昨夜から娘のところへ行くつもりだったが、今朝用事を済ませて正午前に家を出るつもりでいた。婿が家を出てから4〜5時間一人になるが大丈夫だろうと思っていたのだが、今から急いで行くことになった。なんという薄情な母親だろうか。

妹が娘のところへ走ってくれるので心丈夫だ。
妹は決して何かの反動でやっているのでもなく無理をしているようではない。不思議な神のみこころに驚くばかりだ。主に導かれるままに感謝していよう。

本心に立ち返って娘の所へ行けることを心から感謝し、このタイムリーさにも驚く。


posted by 優子 at 09:30| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2007年07月09日

リスに誘われてイエスのもとに

DSC01502.JPG

ミネソタの家の窓から撮ったリスである。
昨日の記事に掲載した娘の写真は、次女夫婦の家の玄関前で、その辺りにはリスやウサギがいて、ある時はおにぎり(ご飯)をおいしそうに食べたというから、日本食を食べたリスは初めてだったことだろう。

実は、6日の愚行で今も気持ちが沈んでいる。
今朝、聖書を開いた箇所が第2コリントだったので、全章をむさぼるように読んだ。そのあと、長い間イエスさまに話していた(祈っていた)。祈り終えた時、あまりの罪深さに目も開けられず半眼だったような重いまぶたが全開したような感じがした。

パウロは、「私は何と惨めな者か」と叫び(ロマ書7章24節)、そう言っているのに25節では突如、「神に感謝します」と叫んでいる。
そのことを思い出して、以前のように自分を見つめて自己嫌悪に落ち込んではいない。


神さまが私を赦して下さっていることもわかるし、知子を守って下さっていることもわかるから安心もしているし心は平安である。しかし、今もまだ気持ちが重い。
その理由もわかっている。
知子への愚行もさることながら、そのことを通して、私の中で赦せていない人が沢山いることがわかったことが衝撃だった。心が静まってきた今は、自己憐憫になりかけて混乱したのだとも思うが・・・。

主を見上げて、深い悔い改めに導かれるように祈ろう。

知子たちのことも既に神さまが介入して下さっているのだから、信頼してお任せしていればいいのだ。

今朝、知子から今日(夫に同行してもらって受診する)のことで電話があった。
そのあと、妹が知子を病院まで送迎してやろうと電話してくれたらしいが、既に家を出たあとだったとのこと。
今も知子から電話がないところをみると、まだ変化はないのだろう。
藤本の母も気にかけてくれている。
鶯が庭の木に飛んできて大きな声で鳴き出した。
鶯の声に励まされてイエスさまに目を向けよう。

たった今(2時10分過ぎ)、この記事を書き終えて更新しようとした時に知子から電話が入った。

30分間モニターを撮っての超音波も異常なし。
内診では、「陣痛きてないの?」というような状態になっているが、本人が陣痛を意識するに至っていない。
遅くとも42週までには産まなければいけないので、外来は今回を最後に、次は17日の午後に入院して陣痛を起こしていくらしい。
診察後、病院内にある「シェラトン都ホテル大阪」のレストランで、出産本番に向けて体力増強のために、バイキングを思いっきり食べてきたと元気な声で話していた。よかった!
(イエスさま、感謝します)

知子におばあさんが気にかけてくれていることを伝えた。
義母にも急いでこのことを報告しに行こう。
祈って下さっている方々に感謝しつつ。
posted by 優子 at 14:34| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月08日

真智子夫婦のホームページ

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真智子 ( http://www.econ.umn.edu/~fuji0065/ ) と
太志(君)( http://www.econ.umn.edu/~narit002/ ) のホームページトップの写真は、学生と言うよりもミネソタ大学教授のホームページを思わせる風格があると言えば親バカだろうか。
(かなりの親バカぶりだ)

ホームページに出てくる”Ph.D. "とは、" Doctor of Philosophy "の略語で博士号のことだ。
「大学院の修士課程を修了した者が、専門分野をさらに研究、その成果をまとめた博士論文が認められると大学などから取得できる」ものである。(検索情報より)

彼らは東大の院で2年間の修士課程を終了し、博士課程1年目を終了しているから、あと2年でいいようなものなのに最初からやり直して5年間を必要とする。

しかしながら、東大のコースワークは厳しかったので十分鍛えられており余裕も見せていた。とにかく膨大な宿題に追いまくられ、時には80ページにも及んだというから頑丈な心身でなければ落伍するだろう。
9月から始まる2年目は試験も減り、いよいよ研究に集中していくとのことだ。

また、" CV "とは、" Curricurum Vitae "の略で履歴書のことだが、私に" CV " や " Teaching "の内容は理解できても、
" Research "になると英語自体がわからず数式は図柄に等しい。
この数式を見ていると真智子が東大に移り、帰省した時に話してくれていたことを思い出す。

「数学は建築に例えれば足場のようなもので、理論ができてしまえば数学に頼らず、誰でもわかるように話せるようになりなさいと恩師が話しておられた。

いろんな道具を使って今の経済現象を説明するのだけれど、アカデミック(学問的で権威あるようなもの)にだけ価値があるのではなく、エコノミストにも関心を持たれるようなトピックを出していきたい」。


現在、世界の経済学のメッカになっているミネソタ大学に留学して、語学のハンディキャップをも越えて夫婦共に優秀な成績で1年目を終了した。

この9月からは、真智子が興味を持っていた先生がペンシルバニア大学から移って来られるというので大いに喜んでいる。しかも、1年目のコースワークを終えた時だから尚ラッキーだと、恵まれた環境をより有効に活かせると意気盛んだ。
しかも、大きな問題も打開されたから思いっきり天分を磨いてほしいものである。

     「あなたが歩く一歩一歩、
      わたし(神)はあなたの前に道を開く。」


                 (箴言 3章6節)


真智子と太志君、健康に留意して2年目も大いに充実されんことを祈っています。
posted by 優子 at 17:36| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2007年07月07日

我が愚行に消沈、真智子とTさんのメール心に沁みる

ママとおねえちゃんへ (6日午後1時半着信)

今日はアメリカでは7月5日。さっき学校から家への帰り道で、時差のことを思い出し、今日が予定日だったのに気付きました。
ブログを読んで、まだとのこと。なぜかホッとしました。
最近、太志とも「もうすぐやね」と話していました。
ミネソタでも祈っています。・・・・

昨日、パパとスカイプしました。
「1人でご飯食べなあかんねん」とか言って、チャッピーが頼りといった感じでした。インディアナでの様子とかも話したのでまた聞いてみて(^^)。

ところで、ついにホームページが完成しました。
約1週間ほど前から、完成はしていたんだけど、表示がうまくいっていないところがあったり、写真がそろってなかったりとかで、まだ紹介してませんでした。アンディの結婚式に行ったときの写真も載せてあるので、是非見てね。

ホームページのデザインは、友達もとっても気に入ってくれて、アリエルなんて、「僕もそういうデザインにするよ」って言って、そろえてくれたりしました。
まちのデザイン性と太志の技術力は大したものです。

まちのホームページ、http://www.econ.umn.edu/~fuji0065/
太志のホームページ、http://www.econ.umn.edu/~narit002/

それでは、母子共に健康でありますよう、心から祈っています。
  
                  
長女に動きがなければ7日の朝に一旦帰宅するつもりだったが、昨夜8時半過ぎ、帰宅する長女の婿と駅で挨拶を交わして帰宅した。家に着いたのは10時15分だった。
家に入れば、夫にあんなにお願いしておいたのに、テーブルの上は食べこぼしで汚れているし情けなかった。こんなことさえ死ぬまで心にとめてくれることはないのだろう。

実は昨夕、ある出来事をきっかけに娘夫婦とのわだかまりを解消したいと思って、祈り心のない状態なのに話してしまった。出産予定日の娘に自分の感情をぶつけてしまう愚かなことをしてしまった。

かつて、「祈ろう」と言った真智子の勇気、あれは人生最大の勇気と言えるほど、最強の闘いに勝利したと常々思っている私だ。細々とした言葉ながらも、勇気を奮い立たせて知子の傍で涙ながらに祈ることができてよかったと思う。
しかし、あまりに大きな過ちを犯した時には直ぐには苦い思いは消えない。当然のことだ。

消沈の私は真智子のメールに救われ、真智子たちも祈ってくれているから知子の心身も守って下さるだろうと、すがる想いだった。
ホームページは待ちに待っていただけに、別のページにしようと思ったが其の部分もそのまま転載した。

今ブログを書きながら、メールを5往復やりとりしていた友の言葉も心にしみ、教えられた。書道家である友が書道展の案内状を届けて下さったのだが、行けないのでお詫びを書いた返信である。

「子供さんのご誕生は何にも優先する事でなければならないと思います。・・・私は子も孫も持てない人生ですので、一層生命の誕生にただただ敬意を抱くのみなんです。

大切な大切なかけがえのないお嬢さんとお孫さんです。いろいろな思いも当然おありだと思いますが、今一番大切な事はお子さんのご誕生だと思います。・・・心から心からお祈りしています。T子」


知子の心身を何よりも優先しないといけないのに、自分の気持ちを優先した哀れな女(母だなんて書く資格もない)。
子を産み、子育ても終わったのに、これでは全く成長していない。
今朝、長女の婿とも2時間半話して、お互いに理解し合えて私の不安もほぼ解消したと思っているが、イエスさまが知子の心を完璧に癒してくださり、この失敗も益に変えて下さいますように。

妊婦の運転は7ヶ月頃にはやめないといけないのに、2日の受診日も運転していた知子だが、9日の月曜日は婿が休みをとって知子に同伴することになっている。そして、そのまま動きがなければ、その夜から再び私が行く段取りになっている。

知子へ:神戸の(大)叔母ちゃんからも電話があったよ。みんな待ってくれているよ。
昨日は歩いて生駒駅の近鉄百貨店に行って楽しかったのに・・・赦して下さい。

真智子へ:明日には新しい気持ちになって、待ちに待っていたホームページについて書きたいです。返信も短いものでごめんね。
posted by 優子 at 22:03| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

硬い岩盤爆破される

お祈りありがとうございます。まだ産まれていません。

昨日の午後、チャイムがなった。
妹だった。運動をかねて学園前から30分かけて自転車に乗って来たと言う。
2時間近くも歓談して夕刻になっていたが、長女の案内でお気に入りのケーキ屋さんへ出かけた。そして、ケーキも食べ終えて、ひとしきり歓談してからのことだった。

私は主の導きを感じて両親や兄のことを話し始めた。
と言うより、妹の気持ちを損ねないかと僅かながら不安を感じていたのに、「今話しなさい」と、主に促されたような感じだった。

私は祈りながら精神を集中して、妹の目から目を離さないで話した。シビアーな内容に触れて時には妹の眼差しが厳しくなったが、既に妹とラポールがとれている長女が助け手となり、主に在って的確な介入により妹の理解を助けた。(「ラポール」とは心理学用語で、円滑にコミュニケーションできる親しい関係を意味するフランス語である)

そして、3人で神の御前に頭(こうべ)を垂れた。神が妹と私の心を一つにして下さったのである。
小さな店で客は私達だけだったが店員さんは居た。
しかし、そんなことはどうでもよかった。私は祈り終えて顔を上げた時、私の頬に涙が流れていることに気がつき、見ると長女も妹も泣いていた。
妹の涙が父の涙にも見えた。

こうして妹と私の間に横たわっていた硬い岩盤が爆破された。2007年7月5日、記憶される日となった。3人共が奈良県に住み、全く知らなかった土地の喫茶店に居る不思議を思った。

出産すれば長女に関わってはもらえない。
妹と2人だけでは難しかったであろう話し合いに、神さまは妹の心に姪の家を訪ねようとの思いを与えられ、と言うよりも姉の私に会いに行こうとの思いを与えられたのだ。

妹は共に「聖書を読む会」を開こうと発案したので、9月に予定している我が家の家庭集会を話したところ是非行きたいと言い、キリスト教文学の読書会を立ち上げようという話まで出たから身震いするほどだ。ひょっとして、神さまは妹と2人ですることを考えて下さっているのだろうか。

神に真剣に願い続ける者には、その生涯のうちに祈りが叶えられると信じられる。
これからも自分の思いでするのではなく一切を主に委ねよう。

    「人の心には多くの計画がある。
     しかし、主のはかりごとだけが成る。」 


今日は出産予定日である。



posted by 優子 at 11:55| 父母を想う | 更新情報をチェックする

2007年07月04日

長女との時

朝9時半、1時間半かかって長女宅に無事到着。
このブログを娘宅のパソコンで書いている。
今や私の必需品、何をおいてもパソコンを持っていかなくてはと思っていたが、「パソコンは持ってこなくていいよ」と言われた。

私のメールアドレスはフリーメールだから、どのパソコンからでも開けられると知っていたが、ブログまで書けるとは思わなかった。私はまだまだパソコンのことが解っていない(>_<)。
「そしたら、このパソコンからマイピクチャーに入れてある写真は取り出せないんやね?」と正解して、今また少し理解できたというわけだ。

娘の冷蔵庫は出産を控えて空っぽにしたと言うので、パソコンの替わりに野菜や果物まで持って来た。
ペチャクチャひとしきり話したあと、歩かないといけない妊婦のために小雨降る中、歩いて外食に出かけスーパーにも寄った。

午後、娘と一緒に横になったのはいいが、2時間も寝てしまった。
「さすが、眠王(みんおう)!」と、娘も眠れたと喜んだ。
「眠王」とは字の通り、眠りを得意とするチャッピーと私の愛称だ。犬犬は暇さえあれば寝ているからだ。
とは言うものの、寝ていても人や動物などの気配を察知して
24時間忠実に警戒してくれる有難い存在である。
その人間版眠王の私に釣られて不眠症の娘も元気になった。

まもなく迎える結婚1周年には、長女は母となり家族は3人になっている。揺れるハート
娘は私が来たので安心したのか、昨日までのお腹の張りもなくリラックスしている。
もう、知子ひとりにはさせないからね。
まだ見ぬ孫ベビーよ、もういつでも出ておいで。ママのことも心配ないからね。


さて、夕食に腕を奮うとしよう。
posted by 優子 at 18:10| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

知子と真智子、それぞれの時を生きる

次女たちも守られて無事にミネソタの家に帰宅した。
昨日の昼下がりに待っていたメールが着信して、神さまに感謝した。長旅で疲れたが本当に素晴しい旅であったらしい。

「とってもいい結婚式で、結婚した時の気持ちを思い出し、2人手をつないで参列してました。・・・
いろんなところでイエス様が一緒にいてくださることを感じました。本当に幸せ。」


同じく昨日は、長女の受診日だった。
赤ちゃんは3000グラムを越えて、下に下りているが今すぐというのではなかった。昨日も自分で運転して通院したらしいが、私は運転できないから役に立たないけれど、こんなにギリギリまで一人でよく頑張った。不安だったことだろう。

今朝も妹から電話があり、知子の様子を尋ねてくれた。
「生まれたら電話してね。孫が生まれるような気持ちで待っているから」と言ってくれた。

義母は「親を頼らず偉いがね(岐阜弁か?)」と言ったが、私は私で実の親子なのに娘の本意に気遣ったこともあった。
義母も元気なのでありがたい。お隣さんとチャッピーにもお願いして、明日から娘のところへ行くことにした。
母にしてもらったことをしてやろう。
感謝の日々を心を込めて味わおうと思う。

追記:
昨日の「生かされて」のブログに私たちのことを触れて下さっている。そのことをここに記録しておきたい。
posted by 優子 at 17:32| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

真理の御霊

「神の選びと召しを受け取れたのは、知識や体験からではない。クリスチャンとノンクリスチャンの違いは、神の御霊がその人の内におられるかであり、それは永遠の救いを得ているということである」。

昨日の礼拝メッセージの要諦である。

「生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。
なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。」

            (コリント人への第1の手紙 2章14節)

『それでもクリスチャン?!』と言われたら、
『はい、そうです。このままでクリスチャンです。
イエスさまを信じて、聖霊さまが私の内におられるからです』
と答えればいいのです。」
ということだ。

「これでもクリスチャンなのか?!」という叱責は、クリスチャンならば誰に言われなくても、自らの声として何度も聞こえる言葉ではないだろうか。

私も信仰を与えられた初めの頃はよく悩んだものだ。
新しい生涯に入れられても全く変わらない自分の姿、その悩みを横山麗子先生に話した時のことだ。
横山麗子さんは誰よりもアンデルセンを愛した童話作家であり、クリスチャンペンクラブの理事をされていた方である。

「イエスさまを見ないで自分ばかり見ている人のことを『へそみクリスチャン』って言うんですって。お臍ばかり見ている姿と似ているからでしょうね。」

受話器から聞こえる先生の柔和な語りかけに癒され、心に深く刻まれた。

アマスト大学の総長を務めたシーリー(Julius.H.Seelye')が、内村鑑三に語った「植木鉢の教え」も想起する。

「内村、君は君の衷(うち)をのみ見るから可(いけ)ない。君は君の外を見なければいけない。
何故己に省みる事を止めて十字架の上に君の罪を贖ひ給ひしイエスを仰ぎみないのか。
君の為す所は、小児が植木を鉢に植えて其成長を確定(たしか)めんと欲して毎日其根を抜いて見ると同然である。
何故に之を神と日光に委ね奉り、安心して君の成長を待たぬのか。」


札幌農学校時代の鑑三は、唯一絶対なる神を知っただけで、アマスト大学のシーリーとの出会いにより、神が人格的な存在であることを教えられて福音信仰に回心したのである。

鑑三は述懐している。
”slow gradual process "、
「私は一度に回心したのではない。私の歩みは少しずつ遅々たる歩みであった」。

鑑三が『クリスマス夜話・私の信仰の先生』を書き残してくれたことを感謝した。100年を経てシーリーは私にも語り、鑑三から励ましを受けた。

時系列的にはそれより5年前の1997年6月29日、谷口家庭集会での谷口諭師のメッセージも鮮明に記憶している。(この翌年7月に師は天に帰られた)

「我々は良いクリスチャンになろうとするようなバカなことをする。自分の実を成らそうとするが、その愚かさを徹底的に知ったのがパウロだった。
即ち、できたらできたという誇りが出る苦しみがあり、それでは平安がない。我々にクリスチャン倫理を示されても、誰一人としてそれを成就することはできない。」


これまでに多くの導きを受け、いつしか、御霊のわかる者に変えられてきた。今、そのことで悩んでいる兄弟姉妹のために言いたい。
「これでもクリスチャンなのか」と自らを嘆けること自体が、神の霊を受けている証拠なのだ。
自分から目を離して、主イエスから目を離さないで進んでいけばよい。しかも、すでに勝利させて下さっているのだから!

「その方は真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。
しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。」

            
            (ヨハネによる福音書 14章17節)
posted by 優子 at 15:26| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

『よろこびの泉』に裕子さんの笑顔 

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             真っ先に
                           河野 進

        思いがけない
        苦しみや
        悲しみに会えば
        ありがとうございます            
        真っ先に感謝の祈りを捧げます
        過去にも現在にも執着せず
        前方ばかり見つめます
        かならず新しい希望の道が開けます


2007年7月号の『よろこびの泉』である。
私は未だに携帯電話も持たず、デジカメの写真もパソコンに取り込めないので、この写真は裕子さんのブログより拝借してきた。この見開きに裕子さんのお証しが顔写真と共に掲載されている。

『よろこびの泉』は、奈良県生駒市に本部を置く「日本ミッション」が毎月1回(8月は休刊)発行しているもので、「この『よろこびの泉』は、統一協会、エホバの証人、モルモン教のものではありません。」と記されている通り、安心して読んでいただける読み物である。
今月で564号を重ねているというから、もう半世紀にもなるわけだ。

ところで、このようなパンフレットを「トラクト」と呼ぶが、ノンクリスチャンの方たちには聞きなれない言葉であろう。
「トラクト」には、" drawing out " 「引っ張っていく」という意味があり、トラクター(牽引車)と同じ意味を持つ。
すなわち、刈り入れた収穫物を納屋に収めるトラクターと同じく、神さまに愛されている私たち一人ひとりの魂を、神である主イエス・キリストのもとへ引っ張っていくものである。従って、単なるパンフレットではない。

私も神さまに示された時には直ぐにお渡しできるように、常にバッグの中に入れている。そして、それを神さまが尊く用いて下さるように、祈って配布するのである。

一昨日のブログでご案内した裕子さんのお証しを読ませて頂いた。多くの人々に読んで頂きたく、少なくとも30部は欲しかったが残部僅かとのことで5部しか手に入らなかった。
執筆者には500部も送られてきているというから、早速にも裕子さんに50部ご送付願おうと思う。
美濃紙業にも配置してもらいたく、夫に頼んでみようと思う。教会から3時過ぎに帰宅して、夫は今も傍のソファーで午睡中である。

夫(美濃紙業)の関係からこのブログを知って下さり、今も『メメント ドミニ』を読んで下さっている方に是非お届けしたいので、藤本までお声をかけて頂ければ最高に嬉しいです。
posted by 優子 at 17:36| JCP関係 | 更新情報をチェックする