2008年01月31日

安全と水は無料ではない

学生時代に読んだイザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』の第一章で「安全と自由と水のコスト」について書いてあり、駐日イスラエル大使館の書記官が、「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思い込んでいる」というのは印象的だった。

その後おいしさを求めて我々も水を買うようになり、世紀末の
1990年に入った頃からは安全もまた無料ではないことを何度も思い出させるような出来事が起こってきた。

そして、今世紀早々にアメリカの同時テロという想像を絶する出来事が起こり、一切の安全は自ら高いコストをかけて守らなければならない国際社会になってしまった。

昨夜報道された中国産の農薬入りギョーザもそうだ。
いよいよ日本人の安寧感覚も根底から揺さぶられて覚醒させられたことであろう。

このニュースから私が最初に何を思ったかと言えば―

私は以前から生協に対して失望していたものの、生協が「管理体制が甘かった」と反省するのはいいが、そう簡単に言われては不愉快であり、もはや生協というフィルターは当てにならないということだった。

多くの食品が中国で加工されていることは承知していたものの、もっとしっかりした体制がとられていると思っていた。
勿論、完全など求めてはいない。
しかしながら、全ての商品の検査が不可能であるからこそ、価格との兼ね合いを考えながらも、製造段階でチェック体制がとられていたと思っていた。

私が生協の共同購入を始めたのは遅く、長女が中学3年生の秋頃からだったと思う。
東大阪にいた時には「いずみ生協」で1年間、こちらへ移って3年目頃に「なら生協」でも2年間を委員活動に携わったことがある。熱心に頼まれたので少しでも若いうちに役目を果たしておこうとの義務感からであった。

しかし、「どうせやるからには情熱を持って!」という我がモットーで、2年目は地域委員長としてアタックした経験がある。私が最後までこだわったことは、生協の創設理念を忘れるなということであった。

当地の生協の店舗へ行くと、ソルビン酸や亜硝酸ナトリウムなどの保存料や発色剤など添加物の入った商品が堂々と置かれており、最近はそれらの商品が確実に増えている。

亜硝酸ナトリウムはそれほど悪いものではないという見解もあるが、ソルビン酸と一緒に摂ればたいへん悪いと読んだことがある。
とにかく当地での生協活動では、それら添加物入りの商品を店で販売するのはいかがなものかと、10回近くも各関係者に意見したのだが取り合おうとしなかった。

ようやく応えた当時の店長は、「運動会のお弁当には防腐剤が入ったものの方がいいですから・・」と言うのだから呆気にとられてしまった。
いくらなんでも、無添加の生協商品でもその日に腐ってしまうことはあるまいに!

そんなわけで奈良へ移ってからは、生協M店では添加物を確かめなければならない始末である。

組織というのは可能な条件という制限の中で最善策をとっていくものであろうから、ことによってはそれも致し方なしということも理解できる。

しかしながら、今の生協運営は安全とされる商品を求める客だけではなく、一般店と同じように「何でもあり」の方向に加速して進んでいる。

多売することを最優先にしていると生協の特色が失われていき、結局は生協離れを招くことになるから長いスパンで考えて理想を追い求めるべきだ
と訴えたのだった。

しかし、「今は多数者生協になっていますので」という言葉を聞いて、ついに私の生協活動への情熱も失せ、4年目の総代もお断りした。


私達は賢い消費者にならなくてはいけない。
安全を買う時代をいかに生きるのか。間違いなく一人ひとりにプライオリティーが問われている時代である。


posted by 優子 at 11:21| 随想 | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

重なる3つの姿

今、私の傍らのソファーで孫が眠っている。
昨日の10時半頃、長女が初めて自分で運転してやって来たのだ。息抜きのためにと言っても母子共に元気だ。

そして、朝一番にと娘はカットに出かけた。
お乳をおなかいっぱい飲ませてから自動車ではなく電車に乗って行った。この町にもあるが、お気に入りの店は二駅向こうにあり、「いつもはベビーバギーを押しながらだから」と子守りに解放されて喜んで出かけた。

私も育児の初め頃は、美容院へ行くにもいつも実家へ帰って行っていたものだ。地元の美容室へ行くようになったのは、次女が1〜2歳になった頃からだっただろうか、夫に子守りを任せても安心できる状態になってからだった。

娘時代は美容院で待たされたりパーマをかける時間が長くて嫌だったものだが、育児が始まってからはそれもまた気分転換になり苦にならなくなった。

私も今、母がやってくれたように娘の助けをしてやっているのだなあと思う。
私の姿が見えるところに孫を寝かせて相手しながら洗濯物を干した。テキパキと動いていると若かりし頃の育児の日々が蘇ってきた。歳を取ったとは言え、今も家事労働くらいは殆ど変わりなくできる。


掃除機をかけている間に孫は寝てしまった。
続いてお風呂の浴槽を洗い、朝の食器を洗って昼食の下ごしらえまで終えた。この充足感!
キーボードを打ちながら懐かしい日々に想いを馳せると、子育てしていた頃の私と母、そこに娘の姿が重なった。

長女との関係を完全に修復して下さった主に感謝している。今朝はチャッピーと歩きながら讃美歌が唇に出てきた。

以前から気がついていたことであるが、1年ぐらい前から今朝のように自然に讃美歌を歌うのは少なくなっていた。このブログを開設した頃は、チャッピーと歩く時はいつでも讃美歌を歌っていると書いた記憶がある。

クリスチャンペンクラブと相互リンクを張らせて頂きたいとお願いした時、その頃の記事を読まれた理事長の池田牧師から「讃美犬ですか?素晴しいですね」とメールを頂戴したことを覚えている。

昨年を振り返ると意思的に歌うことは度々あっても、2年前のように気がつけば歌っていたということが少なくなっているのだった。私たちは霊的にも完全に満たされている時は、神を讃美せずにはいられないように造られているのだと思う。

今では知子も知子になって自分らしく生きている。
私たちがここまで守り支えられてきた今、祈りに覚えて下さった方々に心から感謝している。私たち以上の祝福がありますようにと祈っている。

カットした帰りにシュークリームと美味しいパンを買ってくるようにお願いしたので娘の帰りが楽しみだ。
posted by 優子 at 10:49| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

(その2) 懇親会で求められたスピーチで語ったこと

さて食事も一段落した時、論者たちや主要な方々のスピーチがあり、続いて思いもかけず日本クリスチャンペンクラブからの新来者というご紹介でO姉と共にスピーチを求められ、私は次のようなことを語った。

中学高校を同志社で学び、キリスト教に触れていたこと。
大学は帝塚山学院大学に移り、独歩の研究で有名な山田博光先生のゼミに入り、卒論では「国木田独歩と基督教」を論じた。その中で笠井先生(この学会の支部長)の御著書から引用させて頂いたことを話した。

この間に2度、傍線箇所で「おおー」と聴衆がざわめいた。

35歳で受洗、専業主婦であること。
20年間読書会に入っていたが、突込みが足りない物足りなさを感じて、この3月で退会すること。
そして、5年前から(原稿用紙)25〜6枚であるが1年に1本ずつ書いており、一作目は信仰者の目でもう一度独歩を読み直したく「国木田独歩と基督教再論」と題して書いたこと。

あとの4作の論述テーマもご紹介し、遠藤周作の『海と毒薬』と『悲しみの歌』については、少し内容にも触れた。遠藤が主人公・勝呂を自殺させたことについてだ。
そのことについて最近次女との話題に上った時、「作者がクリスチャンだからじゃないの?」と語った次女の発言に、私には気づかなかった視点を示されたことを話した。


その時、笠井氏が、「いや、違う。あれは勝呂を救いきれなかったと遠藤自身が言っている」と発言され、「なんでですか?」と瞬間的に言葉が出ていた。
「どうしてですか?」と私の中で言葉を変換させることもなく口をついていた。私にはそれほど興味深いことなのだ。


笠井氏の言葉に「何故?」という問いかけは的を得ていないが、それを詳しく説明するには時間が要る。
その時、「そこで議論しなければ!」と文学会事務局長の細川教授が仰り、(そうなんだ!)と思いつつも、この懇親会の雰囲気を知らない私は議論を展開してもいいのかどうか躊躇し、これ以上時間を頂戴しては空気を読めない人間になるのも嫌なので「なぜ」の意味を話さなかった。

笠井氏からも言葉が無かったのでガッカリもしたが、遠藤自身が語ったことと私の結論は矛盾しないし一致しているので―いや不一致でもいいのであるが―、是非続きを書いてやろうと思った。

突然に求められたスピーチだったが、終始全く上がらずに話したいことを話せたのは初めてかもと思うほど、専門家たちを前にして皆さんの顔も見つめながら話していた。
改めて西口先生の感化の大きさを思った。このことについては2月末に発行される『あしたづ』に記した。

スピーチのあと、久保田先生が立ち上がられて、O姉は360枚の作品を書いておられる書き手であることもご紹介されて、私たち二人のことをお口添え下さり深々と頭を下げて下さった。
私は胸が熱くなり感謝の気持ちでいっぱいになった。久保田先生、79歳である。
西口孝四郎先生のことも思い出させた。
そして、こうして人は育てられていくのだと!


O姉と共にお昼に入会手続きをした時、23号を重ねている学会誌『キリスト教文藝』を頂戴した。これは権威ある研究誌であるとのこと。
私は早々から、ここに論文を発表したいという大きな望みを抱いた。続きを書いてやろうとは、ここに発表してやろうとの意気込みであり、それほどに私のボルテージを上がらせる会合だった。

久保田先生と共に閉会より一足先に大学を出る用意をしていた時に、韓国の仁川大学校の教授と金城学院大学の教授がO姉と私にご挨拶下さり名刺を交わした。
また、今、修士論文で『悲しみの歌』を書いているので連絡させてほしいと院生の方からも名刺を求められた。

それは単なる驚きや嬉しさではなくて、私のやっていることは彼らにも通用するのだと確認させられた驚きと嬉しさだった。

勉強していないのでひらめきも具体的な収穫は少なかったが、遠藤と椎名の無意識観は興味をそそった。
即ち、「文学は無意識を掘る作業であるという遠藤周作と、書くことは意識であるという実存哲学で書いている椎名とは相当違う。
たった2歳違いという遠藤と椎名ではあるが、2人はかくも違う文学であり、イエスの解釈、信仰の相違がはっきりと表われている」
という。
私は遠藤と同じ立場で書き進めているだけに、異にする椎名に新たな関心が湧いている。

来年のシンポジューム(この1月の会)は太宰に決定し、「太宰治とキリスト教」のテーマで、7月の会では大学の講読形式で遠藤作品を読むそうだ。
そして、東京で開かれる5月の全国大会では「作家と死」がテーマになっているとのこと。たいそう興味深い。
これを機に熱心に研鑽を積んでいきたいと思っている。
posted by 優子 at 08:36| 文学 | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

日本キリスト教文学会デビュー (その1)

「ここが関学か・・・」と感慨深い想いで初めて関西(かんせい)学院大学の門をくぐった。
林立する現代の大学と違って歴史を感じさせる校舎とキャンパスは、喧騒で混沌とした現代から別世界に移されたような錯覚を覚えた。
まるで故郷へ帰って来たような懐かしさ、これは何だろう。そうだ、同志社女子中高の庭であり、時空を越えて40年以上も前と同じ空気を感じていた。

文学会の会場は文学部教授会が開かれる会議室が充てられていた。
私は専門家が集う学会という場に初めて出席し、心地よい緊張感を味わいながら発表に耳を傾けていた。プログラムは24日記事にある。

私は斉藤末弘氏が椎名麟三研究の第一人者であることも、長濱拓磨氏が若手40歳の有名な研究者であることも全く知らないし、それどころか椎名の作品を読むのも初めてに近い者が集っていることも妙な気持ちだった。
しかし、誘いを受けても断るばかりの出不精の私が迷わずに行こうと決心した。

毎回、関西支部の集まりは50人を越える盛会とのこと。
出席されている方々は大学教授、非常勤講師、院生、牧師、また、仏教大学の講師や学生、そして、韓国からの留学生や大学校教授も居られ、このような中に自分が居ることに不思議を感じながら最後まで拝聴した。

発表者に対する意見のやりとりを聞きながら次女のことが脳裏をかすめた。経済学会においても同じような、いや、今日のよりももっと厳しいやりとりがなされているだろう光景を想像していた。

大学教授職から退かれている久保田先生は、日本文芸家協会や日本ペンクラブ会員でもあられるように、文学者だけではなく作家でもある。
信仰者として敬愛できる文学者、久保田先生との出会いは、私が感じている以上に大きな意味があるように思い始めている。

膝の痛みに耐えながら滋賀県高島の遠方から来られた久保田先生のお気持ちも察して、O姉と共に懇親会にも同席させて頂いた。そこに30数名が残っておられたと思う。
閉会より一足先に8時半頃に会場を出たが、帰宅したのは外出して14時間後の10時10分だった。                     
                       (続く)

記録:

昨日この記事を掲載しようとした時、何度やっても公開表示されなくてシーサーブログにヘルプを求めたところ、ブログサイト(ドメイン名:seesaa.net)に投稿した記事が正常にブログに反映されない状態になっているとのことで、正常に戻ったのは29日午前2時だった。

そんなわけであるが、右下の時刻表示にあるように昨日公開した時間のままで掲載した。

尚、次の記事はこの続きに書いていたものであるが、あまりに長くなるので2部に分けて29日付けの記事として公開することにした。
posted by 優子 at 13:45| 文学 | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

主の御手による修復される日々

先日20日のこと、育児で大変な知子のために一品だけでもと大急ぎで作って持たせてやった時の食器が昨日戻ってきた。
そこに懐かしい長女の字で一筆したためてあった。それが嬉しくて、ここに刻んでおきたい。
ママ、ありがとう。黒ハート黒ハートとてもおいしかったよ!!
毎日が大変な中、ママの存在が私の大きな支えになっています。そうなれていなかった半年間のことを思うと、本当に感謝です。

いろいろな思いがあっても包み込んでくれて・・・どんなに嬉しいことでしょう。一つひとつ良い方向に必ず向けていくから(できることをしっかりしていくという意味)、これからもずっと私の支えでいてね。

言葉以上に育児が本当に辛い時もあるから、とても嬉しいのです。
昔のようになれてよかった。
これからもよろしくネ。
            知子

そして、メールにも、
★育児してて、昔以上にママは私のあったかい懐。「追い詰められる前にママのとこへ」と思える幸せ。でも育児順調でも今年からは月一度は帰るつもり(^O^)ユキの健診と注射は9日に決まりました!

このようにイエスさまが娘との関係を修復して下さっていることを感謝している。これからも急がないで祈りながら主の御手に委ねていこうと思う。

人間は本当に弱い者だと思う。
敬愛する谷口諭師は語られたことがある。
「罪を赦したぐらいで人間は変わらないということも神は知っておられる。神は人間が神に反抗する『我』をもったままの人間であることをよくご存知である」と。
確かに申命記9章6節に書いてある。
人間の真相が強情なのであり、神はそのことをよく知っておられて私たちを救って下さったのである。

何度も何度も失敗する私たちお互いであるが、大切なことはそのたびに起き上がることだ。神が差し出して下さっている御手にすがって立ち上がることだ。このことがどんなに尊いことだろうかと思う。
そして、神の導きを求めて進んでいく者には、失敗をも益と変えて下さって大いなる喜びへと至らせて下さるのである。


時を経なければわからない、見えてこないものも多くあり、渦中に居る時はわからないものだ。しかし、キリストと共に歩んでいく時、必ず、間違いなく、最善へと導かれていくのだから絶望するには及ばない。

今日明日は伴侶の実家行きとのこと、どうか主が共に居て下さいますように。そして、9日は3回目の3種混合を接種するとのこと、ユキ坊の体調が守られて無事に通過することができますようにと祈る。

追記:
お気に入りリンクに「グレイスプランニング」を追加しました。
放出教会の親しい友で、大阪クリスチャンセンターにオフィスを置いて教会のニーズに応えるための働きをされています。私たちも娘の結婚の折りに、お祝いを下さった方々に感謝の気持ちをお贈りした時にお世話になりました。

当ブログ開設早々に日本クリスチャンペンクラブにもリンクして頂いています。
「私たちはすべてのことを、福音のためにしています。
それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。(聖書)」
の奉仕の精神でお仕事されています。
どうぞ皆様も用いて下さいますようにお願いします。

   (真智、ママ一人でリンクを張れたよ!!!)
posted by 優子 at 06:40| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

さっそくミネソタより嬉しい反響着信!!!

先の記事、「第2弾・製紙メーカー偽装問題を問う」に対してアメリカから感動の反響が届いた。真智、ありがとう!
ブログ読んでて、問題の取り組み方のフェアさに感動したよ。励まされました。
昨夜読んでた使徒行伝27章の、パウロの話を読んで、同じ姿勢を感じたよ。 失敗はつらいけど、情けないけど、しっかりとやり直せば、失敗する前よりも良い状況になるんだと思う。

とにかく、記事を読んで励まされました。

                   真智子

ps.製紙メーカーの偽装のことを聞いた時、私もショックだった。
2年ほど前パパが、環境に優しくて品質の良い紙が開発されたから、どんどん提案していきたい、って語っていたことを思い出したよ。
その紙は大丈夫なんかなーって。

って聞いているよ、良輔パパ!!


「市民ワーキング会議」でも感動して5時帰宅。
早速そのことを記事にして読者の方々にもお分かちしたくてパソコンを開いたところ、5通のメールが入っていた。

こんなことは珍しく、しかもその中に「製紙メーカー偽装のこと」の件名で真智子からメールが入っていた。一瞬、手痛い批評かもとヒヤッとして、緊張しながら娘のメールから開いた。

ところが、なんと言う嬉しい反響を返してくれたのだろうか!!


私の発言の根底には、「人は互いに育ち合い、育て合っていくお互いである」という理念があり、常にそこに立って書いているので反論を恐れることはないのだが、例えば書く上で個人バッシングに相当するようなミスがあったのではと心配したのだった。

私は早速聖書を開いて使徒行伝27章を読んだ。
真智のおかげで熱心に読み、私も一層の励ましを頂き、製紙メーカーへのメッセージを再度伝えたいと思う。

この失敗は新しいスタートである。
そのためには問題から目を背けないことだ。
『ゲド戦記』を通して語ってくれた真智のメッセージとも見事に重なる。問題を直視しないと何をどう選択し決断するのかさえわからないであろう。

製紙業界の未来、各メーカーの未来は、まさに今それぞれの手の中にある。それをつぶしてしまうか、これを機に飛躍させるのかは各社の選択しだいなのだ。

より最悪への道を選ばないようにと願う。
posted by 優子 at 18:24| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

第2弾・製紙メーカー偽装問題を問う

昨夜、夫は帰宅早々に各製紙メーカーが発信している古紙再生紙に関する社内調査結果報告書を見せてくれた。

「大王製紙と王子製紙においては、一部の葉書きにではあっても古紙0パーセントのもあったことがわかり、これでは完全なインチキやな。メーカーの倫理と姿勢を疑う」
と、普段穏やかな夫も義憤を表わし、
「バーコードを読み取るには再生紙では難しいということがわかっているのなら、それをアピールしなければいけないのに方向も手段も間違っている」と語った。

良ちゃん、それでこそ我が愛する夫!!!惚れ直したよ!!

業界内でも100パーセントの古紙配合は無理だからと、官公庁とも合議して70パーセント配合でやり始めようとしていた矢先に、日本製紙の内部告発で今回のことが明るみに出たらしい。
日本製紙社長辞任は、各メーカーにも迷惑をかけたという気持ちからなのだろうか、いずれにしても全メーカーの意識の低さ、主体性の無さ、何のために古紙を使うのかという目的が全然わかってはいなかった。

夫から見せてもらった王子、北越、大王、三菱、日本製紙に紀州製紙各社の報告書(言い訳書?)にザッと目を通した。

「紙の品質を確保しようとするあまり、弊社の製造技術上の問題を克服できないまま販売してしまった・・・」

「再生紙品質保持の確認をおろそかにしたまま受注し、売上重視が基準と乖離した原因」

というのが各社とも共通した内容だ。そして、今後の防止策はと言えば、

「経緯、原因に関し詳細な調査を行うと共に、・・・・コンプライアンス体制の強化及び再発防止策の査定・実施など・・・・社員教育を徹底し監査体制の強化を推進する」
とある。

そうではないの!!!!!!
それよりも先立つものがあるんだって!!!!!


挙句の果てに、
「消費者の皆様、関係官庁の皆様・・・のご指導を賜りたく・・」と儀礼上の言葉が続く。
こんな主体的のなさでどうするのだろうか!
私はメーカーの問題意識の無さに呆れてしまう。一社として問題に気がついてはいない。

「今後は、循環型社会の構築と省資源に寄与するためにも、古紙の利用促進について一層の努力を傾注してまいりますので・・・。以上」とはどういうことなのだろうか!

古紙ひとつにしても今や高く買い取られる中国へ流れて不足するばかりで、これでは現状さえも全く頭に入っていないではないか。
「10年ひとむかし」どころか、現代は「1年ひとむかし」の如き時代に生きているのである。古紙利用、再生紙だけが唯一の環境対策と謳っている現状ではないだろう。


古紙不足ならば尚更に「FSC森林認定紙」の利用促進に力を注ぐべきではないのか?!
昨年、夫の秘書として『JPニュース』のまとめを手伝った時に得た知識だが、今では再生紙以外に植林した木で紙を製造しているというではないか。(カテゴリ「美濃紙業関連」の2007年5月26日記事、<JPニュース"TOP INTERVIEW" より 「経営は人生そのものである」>ご参照

製紙メーカーだからこその苦労があり、製紙業界でしかわからない苦労を国や社会に提示することこそが使命を果たしていくことにもなる。
それなのに何の理念も持たないから主体性がなく、いや、主体性がないから理念がないのか、とにかく一言のメッセージもない文書ばかりを読んでいると今後を憂えざるをえない。

私に言わしめれば、自分の生き方を、自社の在り方を大切にしていない証拠なのだ。一人ひとりが自分の持ち場で真摯に生きていく時、信念やプロ意識が育まれていくのだ。それは専業主婦であれ、子育てであれ同じであり、だからこそ他者を重んじることができるようになってもいくのだ。

問題が起こった時こそ新しい眼が開かれる時。
どうか、成長に役立つ機会を失わないでほしいと願う。企業の果たす役割は重大なのだから!


こんなに熱くなってしまって文学の世界に戻るのもたいへん。幸いにして今日の午後は久々に「市民ワーキング会議」に行かねばならないので助けになるかも。




posted by 優子 at 10:33| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

新しい冒険に一歩を踏み出す

26日(土)は関西学院大学で日本キリスト教文学会関西支部冬季大会があり、久保田暁一先生のご紹介を頂いて出席させて頂くことになっている。
ご一緒するO姉は、クリスチャンペンクラブ関西ブロックの代表をされており、今回が2回目の出席であるとのことだ。

送られてきた案内には10時半から夕刻6時前までビッシリ予定が組まれている。まず初めに1つ目の研究発表、〈『スキャンダル』における<光>の意味―「老いの祈り」を中心に―〉があり、昼食後に2つ目の〈「シャイロックからオセローへ・・・・異質なるものの戦い」〉がある。

続いて14時から17時30分まで「椎名麟三とキリスト教―『自由の彼方で』をめぐって―」と題する公開討論会があり、久保田先生も発題者の一人になっておられる。

開会の辞を述べられる笠井秋生氏は大学の卒論に引用した笠井氏だろうか、お名前を見た時から確かめたく、また遠くからでもいいから拝見したいと思っている。

遠藤周作の『スキャンダル』は、ユングの「影」と深い関わりがあるので私にも興味深い作品だが、今回は椎名麟三の『自由の彼方で』だけを読んで出席する。

椎名麟三については高校3年生の聖書の授業で読んだことがある。
「太宰治の次に自殺するのは椎名麟三だろう」と噂され、「絶望の作家」と呼ばれていた麟三は、共産党の一斉検挙で捕まり獄中でドストエフスキーと出会ってキリスト者になった。

麟三の代表作品であり、キリスト者になって書いた注目すべき『邂逅』は、中・高6年間の聖書の授業最後のテーマに取り上げられたものであり、「真の自由に生きるとは」について考えさせられた作品である。

麟三自身は次のように述べている。
「人間の生き方は、その人間が何に出会い、何に対して戦ってきたかによって決定されると思う。
この『邂逅』は僕のニヒリズムに対する戦いの記録であり、その分裂から自己を回復し得た自由と喜びの告白でもある」
と。

同志社で学んで以来38年の人生を経て、いよいよ熱心に読もうとしている。新しい冒険であり、ライフサイクルから言えば最終段階の始まりでもある。
今までの経験や思索を振り返りながら、より良き人生を求めてキリスト教文学を深めていきたいと思う。
posted by 優子 at 18:17| 文学 | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

製紙メーカーは理念が無さすぎる!

2001年に「グリーン購入法」なるものを政府が施行し、紙製品の各品目に古紙配合率の基準が示された。正直のところ、「グリーン購入法」のことも今まで知らなかったが、今回の製紙業界の偽装問題に憤りを感じた。

「グリーン購入法」を定めるにあたり、環境省は業界の意見を聞いて古紙配合率を定めたと言っているが、「100パーセント再生紙は元々、不可能に近かった」、最近の古紙状況が劣化しており配合率を上げると品質が保てない・・・などメーカー側の声を耳にして、「何故、それを政府に言わなかったのか?!」と憤りを覚えて眠気が吹っ飛んでしまった。18日夜のことであった。

そのことは製造メーカーでしか分からないことであり、今は地球規模で環境問題を考えねばならぬ時代でもあるのに、これではスペシャリストの意識が無さ過ぎるではないか。

私は20世紀末頃から企業の社会に果たす使命は相当に重大だと考えているが、ことは環境問題である。昨年にはゴア氏により地球の危機が全世界に伝えられた。

ならば何故、自分たちの置かれた立場を重んじて意見しないのだろうか。現代に生きる我々は新しい枠組みを造り上げていかねばならないのに、製紙業界はその重大さを全く分かっていなかった。

偽装するのではなくて政府に意見し、優先順位を間違えないで、現状の中から最良のものを作り出すことにこそ生きがいを感じるのではないか。その過程におけるやりとりこそに私は意義を認めるのだ。

毎日新聞19日付けの『クローズアップ』の終わりを、「『性善説』検証なし」と結ぶ記(記事というよりも人への思いのほうが強い)にもガッカリした。

ヘーゲルの弁証法のごとく、正(テーゼ)に反(アンチテーゼ)がぶつかり、それを合(統合の意味であり、これがまた新しいテーゼになる)へと高めていく。
そのためには、その立場でしか分からない他者の意見を重んじる姿勢と、それぞれの理念が問われるのだ


日本の各企業も環境負荷を考えて多方面で再生紙を使い、私たち国民全体も地球環境を周知するようになった。それだからこそ尚一層、それぞれの業界が使命感に立ってリーダーシップを発揮してほしいものである。
今からでもできる。
いや、今こそ転機、新しい出発である。

製紙会社から調達していたコピー用紙などが顧客から大量に返品されているとのこと。それらはどうなるのかと夫に尋ねると、古紙として再度再生紙にかけられるそうだ。
何と無駄なこと!
せめてそれだけでも使うことのほうが環境のためにもいいのではないかと苦渋を飲んだ。




posted by 優子 at 10:16| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

山が動くのを私も見た!

今朝、5分間ほど真智子とチャットした。ミネソタでは−25度だというから聞いただけで凍えてしまう。
特に寒かった昨日でさえ奈良の最高気温が5、6度で最低気温は−0、1度だから、ミネソタでは春の初めの頃だろうか。栄養と睡眠を十分に摂って北極並みの寒さを乗り切ってほしい。

さて私は今、著者の筆力に引き込まれて読まされている本がある。クリスチャンペンクラブの会員が出版された『後になれば分かるようになる』だ。2月の例会で相互講評するので読んでおくようにと昨日事務局から送られてきた。

本を出版されたのだから著者名はイニシャルや匿名ではなく、東畑忍さんと書いて何ら不都合はないだろう。
東畑兄(きょうだい)はこの3月で79歳になられる。和歌山の奥から関西ブロック会に出席されている兄と、ゆっくりお話を交わしたことはなかったがずっと親しみを感じていた。

東畑兄は39歳で受洗、70歳になってクリスチャンペンクラブに入り文章の書き方を学ばれたという。目的は、ある姉妹の難病との闘いを証し文章に残すためであった。例会後に久保田先生に指導を乞うておられたのはこの本の原稿だったのだ。

私は証しの文章が書けなくて困る。
評論はともかくも随筆であれなかなか書けない。構えてしまうのだろうか、格好をつけようなどとは思ってもいないのに全く書けなくなってしまう。
しかし、東畑兄の文章を読んでいると私も書きたい、書けるかも・・という思いがしている。

主イエスへの「信仰と、忍耐と希望と、事に対処出来る知恵と力を与えて下さい」と、純粋且つ具体的な祈り。
人をひきつける文章は上手下手や表現力ではなく、最も大切なのは真摯なる信仰生涯の歩み如何であると改めて思った。

そして、マチ・クマの具体的な祈りと共に、「与えられた信仰に望みをかける時、目の前にある大きな困難の山を動かして下さる」というお証しが真智子のと重なった。

今回の滞在中に次女夫婦と3人でチャッピーと歩いていた時のことだ。
「『この山に向かって、動き出して海の中にはいれと言っても、そのとおりになるであろう』とイエスさまが言われたとおり、神さまは山をも動かされる。あの大きな出来事を動かされたのだから!」と寒い夜道で熱く語った真智子だった。

「祈りのとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」のとおりであり、私もまたそのことを共に経験させて頂けたことは大きな証しであり励ましだ。

東畑兄が活字にして出版して下さったおかげで恵まれたのだから、私も本気になって書き始めねばという気にさせられている。
26日に文学会がある。準備のために別の本を読まなければならないので一時中断せねばならないが、それが残念なほど読んでみたいと思わせる本だ。

製紙業界のことも別の機会に譲りたい。今日は以上のことで想いがいっぱいになってしまったから。



posted by 優子 at 17:49| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

寒い大寒の一日

18日の発表は、準備の甲斐あって、いいセッションになったよ。開始早々から質問や指摘が多くて大変だったけど、しっかり対応できたと思う。

しかも、やりとりが多かったにもかかわらず、ちゃんと予定通り40分で発表をまとめることができたよ。発表後も、30分程話してくれました。

ミネソタからの便りには、このほかにも感動秘話が満載されていた。どんな時もイエスさまに祈って業を進めていくところに感涙しきり。ママも頑張るぞ〜〜〜〜!

今日は大寒。今年は文字通り寒い寒い一日だった。
夜が明けた時には雪はやんでいたが4.5センチの積雪、窓から見える二上山(にじょうざん)の雄岳はほぼ真っ白になっていた。
チャッピーは素足なのに平気で歩いていた。夕刻の散歩でもアチコチに雪が残っていた。

ところで、休み明けの今日も大手製紙メーカーの謝罪が続いている。再生紙の古紙配合率の偽装問題だ。18日の夜のニュースを聞いた時、怒りのために眠気が吹っ飛んでしまった。
ついに今日の記事で書こうと思ったが掃除と読書で夜になってしまい、今夜はもうお風呂に入って今日の営業を終わって明日にしたい。

PS:今朝のアクセスを見てびっくり!訪問者数は7〜8人なのにアクセス数(ページビュー)が561。
検索して調べてみると「検索エンジン」が何とかかんとか書いてあった。


posted by 優子 at 21:09| 随想 | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

これが私たちの年賀状!

昨日の家庭集会のあとは知子と幸悠と一緒に帰宅したのに、家に入ると寂しくてなってしまった。真智子がいなかったからだ。いや、今や真智子だけではなくマチとクマの姿を追っていた。知子がお風呂に入っている時、孫を抱きながら涙ぐんでいた。

ちょうど1週間前に真智子たちと行ったお寿司屋さんへ昨日も立ち寄った。予約したものを受け取るだけでも辛くて、私は孫を抱いていたので長女に取りに行ってもらいながら、こんなことしなければよかったとも思った。

お正月に全家族の時を過ごして、一つのステップを越えたという思いがある。何よりも娘たち二人の健気さを見たからだろう。知子たちと楽しい時間を過ごして、昨夜、ベッドに入った時に私は夫に言った。
「もう全てのことを祈って待てるよ」と。夫も頷いた。


昨日のこと、「年賀状、スキャンしたよ。写真と同じ形式のファイルにしたから、きっとブログにも載せられると思うよ。」と、送信してくれた。私はあつかましくも住所・電話番号とメールアドレスを消せない?と注文をつけてしまって、今日再送信してくれていた。
マチ・クマ、ごめんね。そして、ありがとう!

これが今年の年賀状だ。
真智子夫婦が帰国した翌日に作ってくれたものである。

2008・年賀状.jpg


ところで18日の論文発表を前にして、真智子は「努力しつつも時差ボケ悪化」で本番を迎えたようだった。

「こういう時、クマが優しくサポートしてくれるのが本当に嬉しいです。きっと、一人で留学していたら、精神的にまいっているだろうなって思う。クマのいいところ、マチのいいところ、合わせて2人生きているんだなって、改めて思います。」

「なんて素晴しいんだろう!」と感動した。

「ところで、クマは奈良漬とおもちにかなり感動しています。
クマが奈良漬が好きなことを覚えていてくれたことを幸せに感じているようです。あと、おもちをお味噌汁に入れるのが大好きで、まちと大喜びして食べています。

アメリカに到着してから、時差ボケと戦いながらも、すごい集中して頑張ってて、宿題&研究、はかどってます。帰国中にこなしたことをチェックしたら、結構進んでいたことを確認できました。(^^)V

発表の練習も頑張ったよ。英語のYouTubeとか聞いて、英語の感覚もリハビリしました。」


そちらは日本より15時間前だから、今は日曜日の朝。
こちらはマチたちが発った夜から寒波で、今日は午後から降り出した雨が雪に変わり既に積もり始めている。私の寂しさも終止符が打たれたようだ。

図書館から本も借りてきた。今週からはエンジン全開だ。
知子と真智子の家族の上に神の祝福が豊かにありますように。私たち全家族をここまでお導き下さったことを心から感謝します。
posted by 優子 at 22:25| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

ぐずりチビ、ママを困らせないで!

あのグズリのきみは、また盛んにママを困らせているようだ。そして、ついに歩行器登場?まだ足が地についていなくてブラブラしてるよ!

歩行器.jpg


「またぐずりが週末からひどくて精神的に追い詰められて・・・一昨夕は風邪と間違うほど、頭痛と37度の微熱が出ちゃいました(-.-;)

それで、何とか打開したいと考えたとき歩行器を思いつき、今はあまり推奨されてないのかもしれないけど、早速営業の合間にベビーザらスで買ってきて、四キロ強のを担いで帰ってきてくれました。

少し解消されたらいいけど…と思ったのにまだ足が届かない(>_<)残念!

まちからメールきたよ。三日ぶりにパソコン開いたら、blog、空港の様子まで画像つきだったね」。


ほぼ一日かけての長旅の疲れと時差ボケもとれないうちに、姉にまでメールを送っていたなんて真智子らしい。きっと夫婦連名にして出したのだろう。

離乳食.jpg


「やっぱり腰に負担よね…足がつかないと使用ダメで七ヶ月以降らしい。あと五センチは足りないけどそんなに急に背ものびないし(>_<)。
結局またおんぶで今半時間くらいかけて野菜をすりつぶしてます。週末に話すけど結構食品網羅してるよ!」


あまり無理しすぎないで適当にね。それに、ミキサーではなくても簡便なフードプロセッサーを使えばいいのに!
「適当、テキトウ!」の合言葉を忘れないで!
ママも19日を楽しみにしているね。ママ以上に楽しみにしているのはパパの方かな?(^−^)
明日19日は谷口先生宅の家庭集会だ。私は商大の役員会と重なったので2回欠席半年ぶりである。翌日は婿殿がゴルフなので集会のあと、知子母子は私たちと一緒に実家泊。そして翌日、ゴルフ帰りに迎えに来てくれることになっている。

楽しみにしてるね。かわいい

posted by 優子 at 08:23| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

勉強もまた人生の取り組み方と同じ ―真智子との対話から―

過去ログ2007年8月7日に「人間の脳と脳が作った人工脳との対戦」と題して書いた将棋ソフト「ボナンザ」について、12日の夜に夫と太志君が将棋をしたあとに話題になって盛り上がった。

その時もまた真智子からほとばしる言葉に感動した私は、途中からメモをとりながら「こんな感想を記事に書きたかったなあ」とペンを走らしていた。

いつもいつもこれだから真智子との話は尽きなくて睡眠不足の日々だった。その時の内容を時が過ぎないうちに記録しておきたい。

-------

人間のすごさは知識ではない。いくら知識があっても、それをどう使うのかが人間のすごさだ。
コンピューターがどんなに進んでもコンピューターが勝つことはない。人間が要らなくなることもない。

知識がすごいすごいと言っていても、その知識をどう使っているかだ。人を評価する時の参考になる。どのように使いこなせているのかが大切だ。

大切なことはどれだけの知識を持っているかではなくて、感動や「あっ、それだ!!」というひらめきであり、それがコンピューターにはない。

例えば三角関数の公式だけを覚えている人と、その理屈を面白がっている人とは全然違う。理屈がわかっていると、それをここで使えるというのがドンドン見えてくる。
ところが、コンピューターはどの公式を使うかは判断してくれない。

またママが言っているように、国立大学を出た人でも社会に出た時、人に言われたことは何でもやるがそれしかできない人が殆どで、自分からテーマを見つけてやれないステレオタイプの人達は、自分で判断していない人達だと思う。

「自分はこうだと思う」と判断していくところが人間の価値であり、判断していくという点についても私は小さい時からこだわりを持っていた。間違ってもいいから知識を使おうとしていた。(このようなスペシャルなことさえ母親の私が気がつかなかったとは!)

例えば、「送りがなが間違っているけれど使おうとしているのは素晴しい」と小寺先生(小学校1・2年生の担任)に褒められたことを覚えている。

自分で判断しようと思っている人は他者の話もよく聴くし、知識も使おうとする。従って勉強の仕方は人生の取り組み方と同じものだから、自分の生き方を訓練することにもなる。

だから我が子に、「どうして勉強するの?」と聞かれたとき答えられると思う。それに答えられないから子供を勉強嫌いにさせるのだと思う。


-------

いやあ、我が娘ながら6日後の今思い出してもあの時と同じ感動が込み上げてくる。一気呵成にこれらのメッセージを語った真智子。私は何一つ推敲などしていないのだからビックリ仰天だ。

再度熱くされた私も書いておこう。
信仰生活についても同じことが言える。メッセージを聴くのも主体性が希薄ではダメだ。
信仰体験談もまた同じく、私が感じたこと、考えたこと、私でしか語りえないことを語っていくことだと。


神さまほど私たち一人ひとりに主体性を求めておられる方はいないのだから!
ね!手(チョキ) 晴れ るんるん 揺れるハート 犬「ワン!」(^−^)




posted by 優子 at 11:26| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

祈り

10時40分頃から10分間ほど真智子とチャットした。
家族がそれぞれ置かれた所で、それぞれに与えられた人生を感謝し、希望に溢れて新しい出発の帆を掲げた。
何という喜び、感謝だろう!

神さま、私たち家族は新しい年を歩み始めました。


以下は1年前の『信徒の友』(日本キリスト教団出版局発行)冒頭に書かれている祈りを我が祈りとして引用させて頂きたい。

神さま、
過ぐる1年、御言葉によって
生かしてくださった恵みを感謝いたします。
あなたの御言葉は弱った時の励まし、
悲しみの時の慰め、迷いの時の道しるべでした。

何回弱音を吐いたことでしょう。
先に進むこともできず、ただその場に
たたずんでいたようなこともありました。
何と、たどたどしい歩みだったことでしょう。
まことにあなたの御言葉なくして
今日まで歩んでくることはできませんでした。

神さま、新しい年の導きを祈ります。
私に進み行くべき道を示してください。
あなたの道を、信仰の導き手なる主イエスを
ひたすら仰ぎつつ、ひとすじに、
曲がることなく歩ませてください。
たとい遅くとも、一歩また一歩とたゆむことなく、
あなたに向かって進み行く者とならせてください。



現実から目を逸らさないで、雄々しく進んでいこうではありませんか!
主に在って必ず道は開かれるのですから!
posted by 優子 at 12:11| 引用文 | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

「無事着いたよ」 9時59分A.M着信

ようやくネットがつながった!

自宅の駅を出てから約21時間後に、ミネソタの我が家に到着しました。疲れて眠いけど、時差ぼけに打ち勝つ為に荷解きなどをして起きている努力をしてます。

改めて一つ一つに感謝しながら片付けました。本当にありがとう。
くまは特に、藤戸ニュースを手にとって、「嬉しいのー」「お義母さんも字がうまいなぁ」って言ってたよ。ふらふらそれはない!有難う。

帰りしな、動画をとったよ。
ミネソタに来る参考になると思って(笑)。またいつか見せるね。
では、またね。いっぱいの愛を有難う。

               真智子&太志


真智と太志君へ

良かった!!
無事に着いてよかった!

飛行機事故はなかったけれど、
もしや、あのブーツで滑って今頃病院なのか、
マチの傍らで心配しているクマの顔を思ったり・・・・。

ネットのこともあったので「心配しないで!」と
自分に言い聞かせていたけれど
やっぱり心配で掃除の前にもう一度開いてみたの。

メールを読んで涙が溢れて
「神さま、ありがとうございました」と感謝して泣きました。

マチとクマがPCを開いた時に
ママからのメールを見つけたら喜んでくれるだろうと思いつつも実現できなくて残念!

心の美しいふたり、
マチとクマはママの喜び、希望、神に導いてくれる子たち。

ではゆっくりおやすみなさい!
愛しているよ。
愛する真智子と太志君へ。

↓(^−^)
       
----------------------------------
藤本 優子
ブログ開設3年目に入り、
次女夫婦と美濃紙業のHPとリンクしました。

メメントドミニhttp://yukochappy.seesaa.net
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疲れているのにメールをありがとう。
直ぐに真智子のメールをパパに転送し、真智たちに返信しました。そして以下は追伸です。

真智のディズニーのCDはパソコンに入れて今も聞きながら書いています。これで安心して掃除にかかります。

今年はね、真智たちの布団も直ぐに片付けているよ。去年は1ヶ月近くもそのままにしていたけれどね。
布団カバーを洗濯して、布団を干しています。

今朝はチャッピーの水が1センチ近くも氷るほど冷え込みましたが、夜が明ければ見事な冬晴れです。寒いけれどとっても爽やかです。
では今からディズニーを聞きながら掃除するね。

真智と太志君の活躍をお祈りしています。
太志君によろしくね。
イエスさまは常にふたりと共に居て下さる!!!!(^0^)


posted by 優子 at 11:16| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

ミネアポリス・セントポール国際空港案内(^0^)

セントポール空港スタッフは無愛想が特徴らしく、いつか私たち夫婦が訪れる時のために、今回の帰国時に空港内の各所を写してきてくれた。
★2013年2月21日追記:これはデトロイト経由でミネソタに戻った時のもので、つまり国際便ではなく国内便から出て来た時のものです!

写真を見ながら説明してくれたので忘れないうちにまとめておきたい。このページを印刷して道案内にするなんて、そんな夢が実現するのだろうか。

@ ここは飛行機を降りて道なりに来た所で、そこから右側を
  見るとこのような広場がある。

1.SC内1.jpg

A 次に左側を見た所。

2.SC内2.jpg

B 正面はこのようになっていて、このモニターで情報を得る。
  一睡もしないで出てきた真智が写っている。
  モニターの右側にあるエスカレーターで1階下に降りる。

3.SC内3:モニター.jpg

C 降りたところの景色。

4.1階下におりたところ.jpg

D 降りた所から見た景色。 

5.1階下におりたところからの景色.jpg

E 左前方にインフォメーションカウンターがある。
  アレッ? 
  よく見ると、真智が指で示してくれている。マメやなあ。


6.InfoCounter.jpg

F 荷物を取る所(Baggage Claim)。

7.Baggage Claim1.jpg
写真を削除してしまった!(>_<)

G Baggage Claim(バッゲイジ・クライム)のドアを出た所。
  ここが真智子たちとの待ち合わせ場所になる。

8.Baggage Claim2.jpg
写真を削除してしまった!(>_<)

H 出会えなくて最悪の時もうやだ〜(悲しい顔)は、このあたりの椅子に座っていれば、真智子たちが見つけてくれるとのこと。(ホッ)わーい(嬉しい顔)

9.Baggage Claim3.jpg

ついでに、ここは出発ゲイト。
アッ、今度は左手前に和熊(日本クマ)を見つけた!

12.出発ゲート.jpg

ここでは靴まで脱がされて裸足で歩かねばならないとのこと。(>_<)
帰国の際は超オンボロ靴下のご用意を!
そこで靴下を履き棄てるようクマ・マチもご協力を!!
そんなことしていたら変かなあ?ふらふら

今回の再渡米の折に、乗り継ぎ地デトロイトの写真も撮ってきてくれるらしい。
ミネソタへは日本時間明朝の4時半頃に到着予定のはず。
最後まで守られますように!


posted by 優子 at 16:48| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

明日に向かって再出国、神の守りと祝福あれ!

再出国便 (1月14日 昼 1時20分 関空発−14日 昼 2時30分 ミネソタ着)Flight:70Depart: Osaka Kansai International, January 14, 1:20 PMArrive: Detroit Wayne County Metropolitan Airport,

January 14, 11:30 AM(乗り換え)Flight:749Depart: Detroit Wayne County Metropolitan Airport, January 14, 1:35 PMArrive: Minneapolis/St. Paul International Airport, January 14, 2:30 PM


娘たちを8時に起こした。
今朝は旅館なみに副菜7品の朝食を一緒にいただき、「本当に飛行機に乗り遅れてしまうよ!」の声で朝の団欒を終えた。
そして9時25分、用意も完了したので、4人で手をつないで祈った。私のあとに太志君も祈った。太志君と抱き合い、太志君は夫(義父)とも抱き合った。

この時もまた、いつもいつもどんな時も真智子の促しによって彼は導かれてきた。義父(夫)への将棋も、姉の婿への心配りからのトランプも全てそう。
そして、心から快く応える太志君は、そんな2週間を過ごしながら日々奇跡を体験し、私もまた大きく変えられてきた。


アメリカまで帰るのに自宅の最寄りの駅までの見送りとは可愛そうな気もするが、上六から関空行きのバスが出ていて、そこまでの距離も短く平坦なのだ。
今回は夫も一緒にプラットホームまで見送った。

電車が入って来た。
私は太志君に愛と励ましを贈りたくて太志君ばかりに目を向けていたから、「真智を見ないと!」ともう一人の自分が私に言った。
真智子を抱きしめた時、目頭が熱くなった。

9時40分の電車を見送って夫婦二人に戻った時、私に涙はなかった。私はこんな顔(^−^)をしているのがわかった。
ただ黙って微笑んでいた


家に戻った時、雑然としたリビングルームにしばらく立っていた。
真智子が着ていたカーデガンを抱きしめ、真智のカーデガンに着替えた。テーブルに目をやると真智たちの食器を見て泣きそうになり、急いで洗い桶に運んだ。
夫は「部屋が広くなったな。空虚な感じ・・・」とシュンとしている。


そして、これはきっとママが好きだと思ったと真智子がコピーしてくれたディズニーのCDをかけて食器洗いにとりかかった。

真智、苦難から逃げないで雄々しくイエスさまと共に進んでいく真智の姿、聡明で深い愛に生きる真智はママを主の望みに溢れさせてくれます。ママの希望です。

" It's so easy. Share somebody・・・"

問題から逃げずにイエスさまと共に、そして、私たちみんなで分かち合って進んでいけば難しいことではないよね!
英語が聞き取れないけれど、9月渡米目標で英語もがんばるよ(^−^)。

神が二人を出会わせ結ばれたことを心から感謝します。
これからもとこしえに神の祝福がありますように、ママは命ある限り祈っているからね!
真智と太志君、素晴しい思い出をありがとう!
今も泣いているけれど、涙のあとには楽しかった思い出に笑うことでしょう。今回は特に太志君の笑い顔が印象的、今も思い出しているよ。
Have grate days!!!

飛行機が離陸する時間だ。
主よ、どうかあらゆる危険から守り無事に目的地まで送り届けて下さい。お願いします。
マチ、クマ、またね!
愛してるよ〜〜〜〜〜!!!
posted by 優子 at 13:19| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

真智子&太志君、楽しい思い出をありがとう!

実家へ帰るたびに、「楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうなあ」と語っていた父のように、アッという間の2週間だった。

今日は家主のメアリー・ベスさんに小さなギフトを用意して手紙を書いた。真智子たちは全てをやり終えた夜遅くから小さな鶴を折っていた。ご主人や娘さんのことで苦難にあるメアリー・ベスを励ますためだ。

二人は私の発音がきれいだと言い、今日の手紙も褒めてくれ、実にやる気を起こさせるのが上手である。学びたいと意欲的な人にとって傍に教えてくれる人がいるのは最高の環境だ。

ブログにたびたび出てくる『ふじとニュース』を太志君に渡した。
そこに私の教育観を書いているからだ。子育ての根底にあった私の価値観を知ってもらえるのは最高に私を喜ばせる。


さて、2週間の滞在中に予定していたメニューや外食もほぼこなしたが、「ママのプリンが食べたい」と数日前に言ってくれたのに作ってやれず心が残る。
それとゴボウが残っている。
真智子はもう一度エビフライを食べたいというで今日のお昼に再度作った。日が迫ってくると予定していた献立てを作りきれなくて、一方、真智子は今日の夕飯前には消化不良ぎみになっていた。

明日からまた魚料理から遠ざかるアメリカ生活になるのに、今夜最後の夕食はすき焼きだった。残念ながら夫は社員(さん)の結婚式のために2時過ぎから出かけて不在だった。

昨夕は真智子が「白身魚の生クリームソース仕立て」を作ってくれるというので、私は大喜びで娘のアシスタントを申し出た。そんな母娘の幸せな時を太志君が写真に留めてくれた。

マチとクッキング.jpg


マチのお料理.jpg


とっても美味しかった!!!
ソースにはホタテ貝、ほうれん草、舞茸が入っている。


ところで、11日にリンクした真智子たちのホームページを覗くと、当ブログ読者の方々が訪ねて下さったのでアクセスが増えていた。アクセス先だけではなく世界各国の地名まで出るのには驚いた。
最も多いのはミネソタ近辺、アメリカ各地、イギリス、ヨーロッパ、アルゼンチン、・・・など各国から訪問客があり、日本で最も多いのは奈良からだった(笑)。

クリスチャン学者たちのホームページとは違って、まだ明確な信仰をもたない夫が経営する美濃紙業だが今夜リンク先に追加してもらった。
夫はそのことを喜びながらも真智子との別れが辛くて沈んでいる。

ママのトモ・マチ.jpg


これは私の愛する(右から)知子と真智子。

6日、放出教会の帰りに以前住んでいた東大阪・長田の「木曽路」で昼食を摂り、その駐車場で姉と別れる前に写したものである。
今夜、知子が真智子に電話をくれ、続いて太志君も代わって感謝を伝えた。

いよいよ明日の午後、日本を飛び立つふたり。
ミネソタに帰って3日後の18日に、真智子はミネソタ連邦銀行で論文を発表することになっている。
ミネソタの連銀は州の紙幣やコインなどを作る造幣局のような銀行で、日本で言えば日銀のような大きな銀行とのことである。


今度再会する日まで、全家族が神の恵みの中で楽しく励もうね。
知子は育児をしながら育自に励み、夫は神の導きに与って神に用いられる企業となりますように!
真智子と太志君は2008年も大いに賜物を磨いて、思う存分に人生の冒険に励み楽しまれんことを!
日本で祈っている私もまた心弾ませて新しいチャレンジを始めよう!
posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

エンドレスの証し

これは私が初めて携帯電話で撮った写真であり、傍で真智子に見てもらいながらパソコンに転送した記念すべき一枚である。
二人ともとてもかわいい!!!!


マチとチビ.jpg


さて、とうとう土曜日(12日)も終わり、あと一日になってしまった。時間が足りないくらいなのに、先ほど夫と将棋をしてくれた太志君。
学者にしておくのはもったいない。有能な営業マンになれるよ!!!(笑)

今も二人は私の傍にいる。(11:40PM頃)
ジーナやエレン(有名なマクグラッタン教授)とかいろんな人にメールを送り、グループプロジェクトのことを話している。

9日には真智子&太志君は早朝から夫と共に美濃紙業へ行った。ボランティアで父親の会社をサポートしてくれている。
お正月休みの間に夫のパソコンには1000通以上の迷惑メールが入っていたので、早速太志君が迷惑メールをシャッタウトして受信できないようにしてくれた。毎日困っていたから解決できて本当にありがたく思ったことだろう。

午後には大手出版社を訪問し、そのあとは今回も上六でカラオケを楽しんで7時に帰宅した。
「ただいま!」の声に「おかえりなさ〜い!」と迎える私。
もう遠い外国へ行かないでほしいが、親が子供の足を引っぱってはならないと自らを戒めた。

今夜は、今回帰国する時に写してきてくれたミネアポリス空港の写真にコメントをつけて説明してくれた。川上先生の「励まし命令」(笑)が実現する方向に向かっているが、心の中では不安一杯である。そのくせ真剣に聞く自分に驚ろきもしている。

メールの署名の書き方も教わった。
すごくすごく嬉しくて、早速ブログのアドレスを書き加えて字に色をつけて楽しんでいる。今後の私からのメールをお楽しみに!(^0^)

また、夫のPCに私からのメールまでシャッタウトされては困るので、マチ・クマに教えてもらって私のアドレスを迷惑メールから解除した。一つひとつ新しいことを教わって嬉しくてならない。

彼らは教えるのが上手だし、何よりも快く教え励ましを惜しまない。そしてまた知ることの喜びを共感してくれるので教育的効果は著しい。

日付けが変わる前に「おやすみなさい」を言った二人だが、12時20分頃にまた下りてきてイエスさまの話をしてくれた(「幼子のように」の箇所)。
今、13日の午前2時20分、あっという間の2時間だったが眠たさも限界、今夜もまた23時59分の更新となった。


posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

真智子と太志君へのリンク先追加!

今日から真智子と太志君のホームページへのリンクを追加した。

彼らのホームページ最近のトップニュースは、真智子と太志君がリーダーとなって学生管理の交流活性化のために" Student Workshop "を立ち上げたことだ。
ホームページのトップ画面左側にある" Research "をクリックして頂き" Student Workshop "のところをご覧頂くと会を重ねているのがわかる。

先生不在のフレンドリーな雰囲気の中で、お互いに研究のアイデアを話し合う研究会であり、そのことが発表の練習にもなるという。

ここでもリーダーシップを発揮している真智子は、メンバーへの細やかな配慮など全人格的関わりから、愛は文化の違いを越えて伝わるという感動のエピソードを話してくれた。

いよいよ出発日が近づいてきたので、今日は食料品をスーツケースに詰めた。
そして、お願いしていた2人のホームページとリンクを張ってもらい、音楽のCD3枚と英語ティーチングのDVDをコピーしてもらった。
本当にありがとう!
ふたりのことを思い出して次の再会の日まで快活に過ごすね。(^−^)

もう一つは残念ながら滞在中は無理だったが、時間がとれた時には是非2人から私への、あるいは、読者へのメッセージを書いてもらうように頼んだ。
ブログへの感想なり、それぞれの信条なり、証しなど何でもいいから書いて欲しいとお願いした。2人のおかげでブログを書き続けることを決心できたから!

さて、これで今日の記事を更新しようと思ったら、クマ・マチが聖書を持って2階から下りてきてイエスさまを証しした。

毎晩寝る前に聖書を読んでいる2人である。
今夜は使徒行伝18章5節から読み始め、6節のパウロがコリントのユダヤ人たちにみことばを教えた箇所を読んでいた。

「イエスがキリスト(救い主)であることを力強くあかしした」が、ユダヤ人たちは激しく「反抗してののしり続けた」時のパウロの言葉だ。

「あなたがたの血は、あなたがた自身にかえれ。わたしには責任がない。今からわたしは異邦人の方に行く」。

このみことばを聞いて私も身震いした。

昨日今日と真夜中以外は私も一緒に3人で話し合い、勝利させて頂いたあとだっただけに2人は恐れおののいたのだった。

しかも、このようなことはこれまでにも何回もあったという。
最初に聖書を読んだのでこのような話になったのではなくて、祈りつつ問題と向き合ったあとに導かれた想いと、全く一致したみことばが就寝前に与えられるというのだ!

あまりの出来事に私は唖然とするほど驚愕している。

「牧師や書物からではなく、いつも直接イエスさまからみことばをいただいている」と証しした。

私は太志君と真智子に聖書は毎晩読むのかと聞いてみた。
すると、2人はどんな時も毎晩寝る前には聖書を読んでいると言った。
睡眠時間が3時間しかない時も聖書を読めば落ち着くからと読んでから眠り、この1年間に読めなかった日は10日間ぐらいだった。
「ワシントンに行く時も、どんな時も聖書だけは持って行きます」と。


なんという見上げた信仰だろうか。
まさに、「多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう」(マタイ伝19章30節)となってしまった。

主よ、この愛する子たちはまもなくアメリカへ戻りますが、どうかこれからも常に2人と共に居て下さい。

posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

お正月のスナップ大特集

ミネソタ大学院ではクリスマス休暇が終わった12月27日から授業が再開しているので、次女夫婦は日本滞在中も研究課題を進めながらの日々を過ごしている。多忙なマチ・クマが、今回もパソコン利用領域を拡げてくれて感謝している。

まずは帰国した2日後に、夫の携帯電話にメールを送れるように設定してくれた。年が明けてから携帯で写真を撮る方法と、パソコンに送信する方法を教えてもらった。
これからは夫の携帯電話で日常の風景を次女夫婦に伝えられるので超嬉しい!ただし、真智がいる間にもう一度実習しないと難しくて自信がない。

そしてもう一つ、デジカメの写真を軽くして掲載する方法だ。
携帯で撮った写真と違ってデジカメの写真は重いので、1枚掲載するたびに2メガぐらい増えていたように思う。

ちなみに、「バイト(byte)」とは情報を表わす単位とのこと。
私のパソコンの容量は100ギガバイトである。
   1ギガバイト=1000メガバイト(MB)
   1メガ    =1000キロバイト
   1キロバイト=1000バイト 
          
                まるで小学校の算数みたい。

私のブログのディスク容量が200メガバイトで、現在95メガ使用しているが、これで安心してお正月の写真も一挙大公開できる(^−^)。暇をみては今まで掲載した写真を軽くしていきたいと思う。

さて、2008年のお正月は何と言っても幸悠に人気集中。         
   まずはお昼寝から目覚めた幸悠のスナップから。
手前に見えるペンギンは真智子たちからのプレゼントの一つ。
そういえばアメリカの子守唄のCDをコピーさせてもらうのを忘れていた。

2008,お正月のユキ.jpg

真智子おばちゃんは一目会った時から大好きだったね。
本当に赤ちゃんが大好きな真智。


2008年お正月.jpg

          お風呂上がりにリンゴ果汁を飲ませている夫。

果汁をあげるピー.jpg

支えてやると力強く立つまもなく生後6ヶ月の幸悠。

2008、お正月3人.jpg


これだけ掲載しても95メガのままでした。


posted by 優子 at 23:40| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

『ゲド戦記』再び ―真智子自身が書いた感想― ☆

1月5日の記事に真智子自身が訂正加筆したものをここに掲げたいと思う。色づけしたところもまた筆者自身による。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・    

竜は永遠の命と死を司る神を表わしているのかもしれない。
みんな自分の罪と立ち向かう人間として描いているが、イエスさまみたいな導く存在がいっぱい登場している。

我々は「誰々が(私を)責めている」と言うが、結局は自分自身が自分を責めているということ。まずは勇気を持って、自分自身が責めている問題を直視することが大切だと思う。

自分が気にしている問題、自分自身が責めていることを直視することから逃げるとき、不安と恐怖は大きく膨れ上がる。問題を無かったことにしているため、膨れ上がる恐怖の正体も分からない。

問題自体や、問題から膨れ上がる恐怖を忘れるために、魔法で外見(見た目)をごまかして生きている。しかし、外見をどれだけ美しく立派にしても、問題はそのまま存在し続けるため、不安と恐怖はいつまでも大きくなり続ける。

自分の外見がどんなに美しくて立派でも、心の中の解決がなかったら言い逃れのできないことを自分がしているはず。それは不安と恐れが証明している。

例えば「やればできる」と言っても勉強していないと試験は怖い。そこで「勉強しなさい」と言う親に不機嫌をぶつける。不機嫌は不安の表われであり、その不安を認めて立ち向かわないといけない。

「死んでもいい、死んでしまいたい」と言うのは、自分の人生に責任をもって歩いていくのが怖いからだと思う。一度しかないチャンスで失敗してしまったことを認めるのは勇気がいることだからだと思う。
そして、「人生はこんなものだ。あなたも寂しいんですね」と言って解決しない自分を正当化してしまう。

自分から逃げて逃げて逃げたおしている人が何と多いことか。アレンも何かから逃げていることは知っていた。
しかし、何から逃げていると認めたのとでは全く違っていた。
何から逃げているかを認めて、今、やり直すことが大事だと思う。


「どうせ俺なんかろくなことしかしないんだ」と、闇ばっかり見ていてはいけない。その闇に気づいたら踏みとどまっていてはいけない。踏みとどまるということは、拗(す)ねて悔い改めたくないと逃げているだけだ。

アレンは父を殺してしまった。アレンのように反省し悔い改めたとしても、多くの人々はテルーの家でやり直していくだろう。
しかし、アレンのようにそこに戻ってやり直さないといけない。過ちを認めることができた者は、そこから自分で立ち向かわねばならない。

アレンは自分を受け容れたから国へ帰ることを選んだ。アレンの本当の旅はあそこから始まる。

自分のやってしまったことばかりを見ていてはいけない。
即ち、闇を見ていてはいけない。光を見なくてはいけない。
みんな辛いことから逃げている可愛そうな存在なのだけれど、滅んでいく人はみんな一人ぼっちで孤独である。

全然分かち合っていない夫婦もそうだ。
外見は幸せそうな夫婦でも、最も大切な気になっていることをそのままにしていると2人とも孤独だ。しかし、解決するために歩んでいる人は決して孤独ではない。

「私は寂しい、あなたも寂しいのよね」と言うのは光を見ない人々だ。これでは何も解決しない。そこに立ち止まっていてはいけない。

死を誰よりも怖がっていたクモは、死ぬのが嫌だと怖がっていた。死ねば自分が無くなってしまうのをすごく怖がっていた。悪いことは悪いと認めてやり直していない人は、皆怖がっていると思う。

クモは逃げるのが上手になってしまっている。
良心が痛んだ時に自分をごまかして生きているから、自分をごまかすことが上手で逃げ方のいろんな方法に卓越している。

しかし自分自身に戻らないかぎり、どんなに魔法術をかき集めて習得しても決して満足しない。どうしてこのようなことになっているのだろうか、なってしまったのだろうかと反問しないとだめだ。

大賢人と争うことによって人生を忙しくして自分は尊いんだと信じ込む。そのように問題から逃げていると何も積み上がらない。従って死んでしまったら終わりだと考え、「終わり(END)」が怖い、死が怖いのだ。死は人生の完全なる終わりだとしている。

人生がうまくいっていないのがわかっているのに、それを認めずに解決しないでいるから不安でいっぱいになって怒りをぶつけるのである。

クモは死ぬことを怖がっているが、実は生きることを怖がっている。言葉を自分をごまかす道具として使ってはいけない。
命は自分のためだけのものではない。
生きる喜びを伝えていくことこそ命の継承である。

アレンが剣を抜くことができたのは、逃げるのを止めた時ではなくて生きる目的をつかんだ時だった。目的があれば戦う力が与えられると言っているのだと思った。

逃げるのを止めるのが大事なのではなくて、生きる目的をしっかりと定めることが大事であり、目的に向かった時に人生に向き合う力が与えられる。従って、人生の目的こそが最も大事なのである


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを読んで改めて気づかされたことは、ここに心理学的視点と聖書的視点の違いが明確に現れているということだ。

臨床心理学の最終講義では、「自分の影と折り合いをつけつつ一歩ずつ克服し成長して下さい。」という言葉でY師は締めくくられた。

しかし、神と出会い、イエス・キリストに全幅の信頼を置いて生きる真智子は、人生の目的こそが大事であると強調する。

その根拠は、現実の問題から目を逸らさず逃げないで直視し、神に助けを求めて果敢に挑戦する者には必ず人生の歩みを正されて、明確なる人生の目的が示されるという奇跡を見続けているからである。

逃げないこと以上に神への信頼こそが第一であり、信仰をもって神の導きに従って努力していく者にとっては、「影と折り合いをつけつつ」というのとは全く異にする。

私もまた真智子夫婦を通して神の奇跡を経験し続けている。そして、今や私の内側にも奇跡が成されていた!!
この愛を育てていきたいと願う。ハレルヤ!
溢れる歓喜と(11日追記:深い苦悩)の道を雄々しく前進していきたい。


11日追記:
次女がここに至るまでにどれほどの祈りと実践が積み上げられてきたかを10日の夜に改めて思い知らされた。
常に神が共に在り、娘が絶望せずに何度も何度も立ち上がらせて下さった。婿の新しい人生のために!
posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

ユング心理学と聖書

30歳代後半に2年を要して250時間、臨床心理学や精神医学を学んだ。それらに問題の解決はないが人間理解の上では大変重宝である。そのアドバンスコースの最終講義がユングの「影の克服」だった。

先の『ゲド戦記』は作者自身が『影との戦い』と書いていることから、きっとユングが編み出した概念を基調にして書かれたものだと思う。

ユング理論の核である「影」とは”shadow "のことである。

即ち、日の当たる場所が陽で、日の当たらない所が陰であり、陰が投げかけてできるものを影と言い、両方合わせて陰影と言う。
日の当てられ方によって陰の部分は陽になることもあるし、影の部分も実物よりも大きくなることもある。

このことからもわかるように、「影」とは「自己の生きられていない部分」(unlived part of self)を意味し、それは日が当たっていないだけである。
と言うことは、影に光を当てることにより影でなくなるわけだ。

ただし、どのような生き方をしても絶対に日の当たらない部分があることを知ることが極めて重要である。人間が人間である限り影を引きずっていくということである。(これは聖書的にはどうなのか、原罪を指すものではない・・・頭脳が冴えている時に考えてみたい)

このように影の姿をとって意識化の道が始まっていくのであり、そのためには自分自身を知らねばならない。『ゲド戦記』のゲドやアレンのように自分の影を知ることが大切であり、全てに先立って「汝自身を知れ」である。

例えば、不得意なもの、苦手なもの、また、馬が合わない、虫が好かない・・・など、こういうのが影なのだ。即ち、自分の気になるところが影なのである。

従って「あの人はケチなのよ」と言う人は、その人自身のケチな部分が影であり、要するにケチなのである。それが出ているというわけだ。自分も含めてしみじみと人間の実相を知る助けになる。

影はそれぞれ人によって違うので一般化できないが、全ての人間に共通している普遍的影は「死」と「病い」である。『ゲド戦記』に出てくるクモは普遍的影を象徴的に表していることがわかる。

ユングをかじっただけの私にその深遠な理論の何一つも語ることはできないが、要するに「影の克服」は「全て終わりは初めである」ということであり、言葉を代えれば「新しい世界は終わりの出口」であるという意味だと理解している。
そして、「影」と共に重要な心理学用語である「投影」というのは、文字通り「影を投げかける」という意味である。

講義で聴いた印象的な事例があった。
クリスチャンのおばあさんと孫とのことである。おばあさんは素晴しい人格者であり、孫もまた健全で明朗な子供(高校生か大学生くらいの印象として記憶している)なのだが、不思議なことに、孫はおばあさんの前では常に反抗的であったという。これが投影の一つの明確な例になろうかと思う。

私もこれと全く同じようなことを今も経験している。即ち、その方自身が生きることのできていない部分を私が生きているのだろうと理解している。
その方と知り合ったのは9年前になるが、3年ほど前からネガティブなものを強く出してこられるのだ。会のお世話もよくされる快活な方であり、私に対しても実際に会っている時には全く出なさないようにしておられるので、他者からは想像もつかない闇の部分である。

ところが、メールを通してかなり強烈に出してこられるので、私はバウンダリーズ(境界線)を引いて我が魂を守り、祈りながら関わってきた。

しかし、この2年間はあまりにも過度にすぎるので、私はもっとやりたいことが明確にされたのを機に、その会を去ることにした。

このことが最終的な決定要因になって去る決心ができた。

心理学や精神医学に解決はないが、僅かな知識のおかげで関わる人々の問題の謎解きをしてくれている。

さて、いかに自分の影を克服していくか。
これが全ての人の人生のテーマでもある。
「コンプレックス(劣等感)」を考えた場合、何故、それがコンプレックスになったのかを考えるといい。すると、人と心の発達の中で光の当てられなかった歴史が見えてくる。それを意識化していく中で克服していくのである。

しかし、神と共に歩む者には神の導きにより気づかされ癒されていく場合が多々ある。そこに心理学や精神医学、教育学・・などの人間学によって人間の実相を理解しやすくなる。

人と人とのつきあいの中で自分を知り、神と共に影を克服していきたいものである。
posted by 優子 at 15:09| 随想 | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

5日夜の光景

先の記事を書いていた昨夜、同じ部屋で夫と娘たち夫婦の5人がトランプで盛り上がっていた。
孫も寝てホッとした10時前頃から太志君が夫に将棋をしようと声をかけてくれた。このこともきっと真智子から仕向けてくれたのだろうと思う。

将棋.jpg

かつて実家に帰るたびに夫もまた父と将棋の相手をしてくれていた。しかし、母が病んでからは将棋を楽しんでいる父の姿を思い出せない。
懐かしい遠い日々だ。
そして今、夫が舅になって婿と将棋をさしている。

将棋2.jpg

太志君に勝って夫の満悦な顔!!!
真智子がこのような写真まで撮ってくれていて、寝る前には早速私のPCに入れてくれていた。
私は真智子のこのような優しい心にいつも胸が熱くなる。父と夫の写真を撮った時の私と同じ気持ちで撮ってくれたに違いない。
ありがとう、真智子!


甥っ子との写真も何十枚撮ってくれたことか!!
余談になるが、真智子は赤ん坊のあやし方まで卓越しているのには驚いた。


トランプ.jpg


将棋のあとは真智子と剛臣君も加わってトランプをやっていた。その後、お風呂から上がった知子も加わって全員で興じていた。
トランプなんて何年ぶりだろうか。
母の病いが進んでからはすることはなかったから13年くらいにもなるだろうか。次は「神経衰弱」をするはずだったが孫が泣いたのでお開きになった(笑)。

今朝は家族全員で東大阪の放出教会へ行くため推敲しないまま更新する。
その後、昼食を共にして知子たちは生駒の自宅へ帰る。
真智子たちも渡米まであと1週間になってしまった。
2人は再び14日のお昼前に日本を飛び立つ。
posted by 優子 at 07:14| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2008年01月05日

『ゲド戦記』 真智子の話から

2日に真智子が話したこと、『ゲド戦記』に関することを中心に書いておきたい。ただし、本人の目を通してもらっていないので、後日訂正加筆する可能性が大きいことを付け加えておきたい。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

竜は永遠の命と死を司る神を表しているのかもしれない。
みんな自分の罪と立ち向かう人間として描いているが、イエスさまみたいな導く存在がいっぱい登場している。

我々は「誰々が(私を)責めている」と言うが、結局は自分自身が自分を責めているということ。
アレンは父を殺してしまった。アレンのように反省し悔い改めたとしても、多くの人々はテルーの家でやり直していくだろう。
しかし、アレンのようにそこに戻ってやり直さないといけない。過ちを認めることができた者は、そこから自分で立ち向かわねばならない。

アレンは自分を受け容れたから国へ帰ることを選んだ。アレンの本当の旅はあそこから始まる。

自分のやってしまったことばかりを見ていてはいけない。
即ち、闇を見ていてはいけない。光を見なくてはいけない。
みんな辛いことから逃げている可愛そうな存在なのだけれど、滅んでいく人はみんな一人ぼっちで孤独である。

「私は寂しい、あなたも寂しいのよね」と言うのは光を見ない人々だ。これでは何も解決しない。そこに立ち止まっていてはいけない。

全然分かち合っていない夫婦もそうだ。
外見は幸せそうな夫婦でも、最も大切な気になっていることをそのままにしていると2人とも孤独だ。しかし、解決するために歩んでいる人は決して孤独ではない。

アレンも何かから逃げているのは知っている。
しかし、何々から逃げていると認めたのとでは全く違ってくる。
自分から逃げて逃げて逃げたおしている人が何と多いことか。


死を誰よりも怖がっていたクモは、死ぬのが嫌だと怖がっていた。死ねば自分が無くなってしまうのをすごく怖がっていた。悪いことをしている人は皆怖がっていると思う。

クモは逃げるのが上手になってしまっている。
良心が痛んだ時に自分をごまかして生きているから、自分をごまかすことが上手で逃げ方のいろんな方法に卓越している。

しかし自分自身に戻らないかぎり、どんなに魔法術をかき集めて習得しても決して満足しない。どうしてこのようなことになっているのだろうか、なってしまったのだろうかと反問しないとだめだ。

大賢人と争うことによって人生を忙しくして自分は尊いんだと信じ込む。そのように問題から逃げていると何も積み上がらない。従って死んでしまったら終わりだと考え、「終わり(END)」が怖い、死が怖いのだ。死は人生の完全なる終わりだとしている。

その恐怖を忘れるために魔法で外見(見た目)をごまかして生きている。
「死んでもいい、死んでしまいたい」と言うのは、自分の人生に責任をもって歩いていくのが怖いからだと思う。「人生はこんなものだ。あなたも寂しいんですね」と言って解決しない自分を正当化する。

自分の外見がどんなに美しくて立派でも、心の中の解決がなかったら言い逃れのできないことを自分がしているはず。それは不安と恐れが証明している。

「どうせ俺なんかろくなことしかしないんだ」と、闇ばっかり見ていてはいけない。その闇に気づいたら踏みとどまっていてはいけない。踏みとどまるということは、拗(す)ねて悔い改めたくないと逃げているだけだ。

例えば「やればできる」と言っても勉強していないと試験は怖い。そこで「勉強しなさい」と言う親に不機嫌をぶつける。不機嫌は不安の表れであり、その不安を認めて立ち向かわないといけない。

人生がうまくいっていないのがわかっているのに、それを認めずに解決しないでいるから不安でいっぱいになって怒りをぶつけるのである。

クモは死ぬことを怖がっているが、実は生きることを怖がっている。言葉を自分をごまかす道具として使ってはいけない。
命は自分のためだけのものではない。
生きる喜びを伝えていくことこそ命の継承である。


今回は日本、奈良からの「ミネソタ便り」でした。
posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

神の驚異的な祝福 ―ひとつにされた家族―

昨日の正午、真智子たちを送り出して部屋に入った時に玄関で声が聞こえ、「忘れ物?」と走って行ったほど直ぐのことだった。そこには幸悠を抱いた婿と知子が立っていた。

新年の挨拶を交わした直後、婿が真摯な眼差しで「今までのことをお話させて頂きたい」と言った。

昼食を終えて藤本の祖母(孫にとっては大おばあさん)のところでひと時を過ごし、孫が寝た夕方になってから長女夫婦と共に4人で祈りをもって始めた。

一挙に知子の呪縛が覚めたごとき不思議が起こった。
既にこちらに向かう車の中で、知子の中でも気づきが始まっていたという。神の促し、神の時だった。


この1年半の、あるいはまた、娘が彼と出会った時からの私達夫婦の真意が漸く届き始めた。
婿は真面目で積極的に人生を歩む人であるが、彼は初めて主体的な態度を見せた初めての出来事だった。今後に期待して祈っていきたいと思う。

このことは婿だけではなく、大多数の人々にもあてはまることである。自分の問題から目を背けて日常の仕事や忙しさでごまかしたまま人生を終えていく人の多いこと!
クリスチャンの中にさえ見受ける時がある。


これは今日書こうとしていた『ゲド戦記』の内容でもある。
あまりにもタイムリーに真智子が見、私たちにも見せてくれた。今日の夕食後に長女夫婦も見終えた。今後の示唆になるであろう。

私が『ゲド戦記』を知ったのは、読書会でお知り合いになった今は亡き近藤一さん(2002年3月、84歳で永眠)が、知子に贈って下さったからである。
近藤さんは本物の読書家であった。私にとって忘れ得ぬ人であるから、後日ここにも刻んでおきたいと思う。

『ゲド戦記』をご存知の方は多いであろうが、私はまだ途中までしか読んでいない。
ジブリの映画は原作とは異なる部分もあるらしいが、ご参考までに映画案内をご紹介したい。http://www.ghibli.jp/ged/
(この横文字のアドレスのところをクリックして下さい。そこを閉じたい時は、その画面右上にある×印をクリックすればこの画面に戻ります)

映画を見て感じたこと、考えたことについてはページを改めたいが、恐れも不安も喜びも全ては内側から来る。それらは環境や状況からではなく、常に自分の内側から来るということだ。
このことは安倍公房の『他人の顔』でも触れた通りである(カテゴリ「掲載文」(神・文学)参照)。

昨日に続いて今日は真智子夫婦も交えて6人で話し合った。お昼前のことであった。
こうして私達家族はお互いがお互いを理解し合い、私の大きな苦悩の岩盤が砕かれて大きな喜びに変えられた。親としてこんなに嬉しいことはない。

神が一人ひとりの心に働きかけ、お互いの心に橋を架けて一つにして下さったことを夫も認めている。
私達人間の努力では成し得なかったことだと!

求め続ければ与えられるのだ。正しい祈りが聴かれないはずがない。このことはブログ開設以来の2年間とも重なる一つの実の結晶である。どうか長女の婿もまた神に導かれていく者でありますように!

私自身にとってはまさに驚異的な祝福であり、これで召されてもいいと思うほどの喜びである。



posted by 優子 at 23:56| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

真智子夫婦との新春対談

『メメントドミニ』が3年目に入り、昨日までの2年間に802の記事を重ねた。
昨年の春頃から「アクセス解析」がわかるようになり、以来毎朝アクセス数を見るのが楽しみになっている。そして、7月から記録し始めた。
12月末までの半年間について言えば、一日平均の訪問者は57名、アクセス数は135だった。最多の訪問者は12月25日の82名、アクセス数は8月28日の250。ちなみに昨日は69名で211のアクセスがあった。

真智子夫婦は「それはすごいよ!!」と驚いた。
ほぼ毎日マメに更新しているから覗いてもらえるというのが最大理由らしいが、やはり「興味深く感じる内容」だからでもあるとのこと。
感謝でありとても嬉しい。

しかしながら、私は未だにブログ継続をどうしようかと考える時があるのも事実。しかし、今年も神である主イエス・キリストとの交わりを書いていこうと思う。私のブログは自己への旅日記である。

昨日の午後はパソコンで『ゲド戦記』を見た。真智子が大好きなスタジオジブリ制作のもので、今回は宮崎吾朗(宮崎駿の長男)監督・脚本のものである。
『ゲド戦記』と言えば、そう、有名な「影との戦い」をテーマにした物語だが、この映画は「オリジナルとは異なるストーリー」であるらしい。

このファンタジーについてお昼から夜半まで次女夫婦との話しは尽きなかった。
「影」はユング心理学が扱う領域であるだけに深遠であり話は尽きない。かつて私も興味深く読み出したものの、実は一冊目の途中で中断したままになっている。

夕食後に3人で行ったチャッピーの散歩の時もずっと話し合っていた。お風呂から上がったら、真智子の感想を書いておこうと楽しみにしていたのに、いつものごとく話しは尽きずパソコンを開くことはできなかった。
私がお風呂から出たのが10時頃だっただろうか、そのあと夜半の1時半過ぎまで盛り上がっっていた様子を想像して頂きたい(^−^)。

話題は『ゲド戦記』の登場人物それぞれのことから始まり、人間の心の深い問題について、「いかに生きるのか」、レンブラントの『放蕩息子』の絵、放蕩した弟の悔い改めと、父(神)の恵みがわからず弟を妬む兄のこと、父についてと許すことについて、親と子の関係と影響など・・・3時間も話し込んでいたのだ。
どのテーマも全てが自分自身と神に集約される。真理に関する強烈な刺激に希望と喜びが溢れた。


最後にブログを書く上で注意していることも話した。

特にコメントメールを掲載する時だ。自分の歩き方を常に注意していないと気がつかないうちにとんでもない方向に迷い出てしまうのが人間の実相であるから、常に細心に我が心を見守ることに気を抜いてはいけないことを互いに確かめ合った。

とにかく、東大時代も真智子が帰郷した時にはいつもこのように話題が尽きず、この調子で夜中の2時過ぎまで話しこんでいた。そして、昨日もまた明日がしんどくなるからと強制終了したのだった(笑)。

今日は今秋結婚される神戸大学時代の友人と奈良駅で再会することになっている。真智子たちの結婚式にも来て下さったMちゃんである。
その後奈良県庁に転職して、そこで生涯を共にしようと決心できる人と出会ったのだ。彼らもまた良き生涯を築き上げていってほしいと願わずにはいられない。


posted by 優子 at 10:18| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年01月02日

主の2008年スタートです!

新年明けましておめでとうございます。

   「主の祝福そのものが人を富ませ、
    人の苦労は何もそれに加えない。
    愚かな者は悪事が楽しみ、
    英知のある者には知恵が楽しみ。
    悪者の恐れていることはその身にふりかかり、
    正しい者の望みはかなえられる。」

           
             (箴言 10章22節〜24節)

英語のリビングバイブル訳には「わたしたちのわざは何もそれに加えない」とあります。主の祝福こそが人が唯一満足する最高の冨なのです。

上記の3節を真智子、太志君、夫が1節ずつ輪読し、私は全体を通して読み、一人ずつ祈りました。

結婚して洗礼を受けるまでの10年間は、夫の仕事納めの夜から婚家先で過ごして元旦の夕刻に実家へ向かいました。

その後、元旦礼拝に出るようになってからは、年末30日に日帰りの手伝いに行き、新年は元旦礼拝からスタートでした。おなかの虫押さえに軽食をおなかに入れて教会へ行き、帰りには自宅の郵便受けから年賀状を取り出して関屋に向かったのでした。

藤本の家には11時に全員集合しなければならなかったので先に始めてもらっていましたが、今振り返ると、あの義父がよく寛容に受け容れてくれていたものだと思います。お小言はなかったでした。

昨朝は母屋の準備を済ませ、4人で元旦礼拝をもってから母屋へ出向きました。
義妹の家族も全員集合したので15人。その後、孫夫婦が曾孫(夫の姪が8月末に男の子を出産)を連れて来ました。知子たちは年末29日から家田の実家で過ごしています。

さて、ブログを書き始めて明日から3年目に入ります。
ブログは読んで下さる方の存在があってこそのものであり、読者の方々によって支えられ続いているのです。
どうかこの年もご教示下さいますようによろしくお願い申し上げます。

この1年はどのように展開していくのでしょうか。
お一人おひとりの上に、神の豊かな祝福がありますように心より祈ります。この年も求めて、求めて、求めて参りましょう!


「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように」。
 
              
            (ローマ人への手紙 15章13節)

posted by 優子 at 09:14| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする