2008年12月31日

神がおられるのだから力強く生き抜いていこう!

昨日、長女の顔色(体調)を見ながら、遠慮しながらもインクカートリッジの入れ替えを頼みました。長女が使っていたプリンターではないので、PCに弱い婿も一緒に考えてくれたのですがわからずに、私は諦めたのでした。

しかし娘は諦めずにやってくれてついに交換成功、漸くお昼前から刷り始めたのでした。何とか昨夜の内に書いて今朝早く娘が投函してきてくれました。長女夫婦に感謝感謝!

今年は次女たちが帰って来ないことや、長女たちは年末に来て元日の午後に婚家先へ向かうこともあり、今日はおせち料理も作らずに、日常の掃除さえできないで年を越すことになりました。

しかし、母屋へ義母の手伝いに行っていた時のこと、今日は年の終わりに最高の出来事がありました。特に長女にとっては大きな大きなことなので、横になっていた娘を呼びに戻ったのでした。書ける範囲で近いうちに書きたいと思っています。

世界中に不況の嵐が吹きすさび、秋の初めには考えられなかった厳しい年の瀬です。
経済的な問題以外にも、私たちの現実は多くの問題を抱えていますが、それらに立ち向かわずに人生を費やしていく人々も居ます。しかし、私は倒れても立ち上がり、何度も立ち上がって前進して行きたいと思います。

この1年を振り返って久保田先生の言葉が最も私の心に残っています。今年初めて強く意識し始めたことでもあります。
「私たちは神に守られて生かされている。
大切なことは、力強く生き抜いていくということだと思います」
と。

日付けが変われば、『メメントドミニ』を書き始めて4年目に入ります。読者の皆様に心から感謝します。年齢を重ねるほど個性化を深めていきたく、書きながら自己を見つめていきたいと思っています。これからもご教示下さいますようにお願いします。

今年1年のさまざまな困難や試練がありましたが、主が乗り越えさせて下さったことを感謝します。来たる年も神を見上げて進んで参ります。
最後に、今年も多くの方々からお励ましと助けを頂きましたことを心から感謝します。
どうぞ皆様、良いお年をお迎えになりますようにお祈りします。

posted by 優子 at 23:30| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

小包ミネソタに無事届く!

次女夫婦は自宅に居るよりも大学の研究室にいることの方が多いので、24日に手配した航空小包は大学宛に送った。
小包は30日朝に無事に届いた。
郵便局の方からリレーのように関わって下さった人々に感動の感謝だった。その事前には、太志君が宛先や内容品の記載など、インボイス(INVOICE)についてわかりやすくまとめてくれていたのでありがたかった。

それなのにオッチョコチョイの私は、郵便局で手渡された書類には日本語も書いてあるものだから、「これは日本語で書くのですか?」とお聞きする始末だった。

その瞬間に郵便局員みんなの目が点になって固まってしまわれたのがわかり、「・・・ああ、これは英語ですね。日本語ではあちらの人にわからないですからね」と、後半は独り言のようにつぶやいていた。(>_<)

孫が固まる君ならば、私は逆に固まらせてしまった。
さて、その小包を手にしたマチ・クマからこんなに嬉しいメールが届いた。
プレゼント、ありがとう!
開けた瞬間、メッセージ、すっごい嬉しかった!ありがとう!
すごい、サンタさんが来たみたいで嬉しい!
こんなに沢山、ありがとう!!
ママのカレンダー、もらってよかった!すごい綺麗。
きれいな花と御言葉で部屋が明るくなりそう。ありがとう! 太志もすごく感謝してます。ありがとう。

さて、ゆきちゃんがプレゼントを開ける時、スカイプするというのだけど、いつがいいかな?まち達は明後日31日は出かけるけど、明日はOKです。

そちらは31日になるから、忙しいかな?
明日の夕方は大学に来てると思うので、都合の良い時間があったら、教えてね。
では、またね。
プレゼント、本当にありがとう!
みんなによろしくね。
                真智子

良輔お義父さん、優子お義母さん

送っていただいたプレゼントを12月29日に、大学で無事受け取ることができました!開けてみて、お義母さんからのメッセージがとても嬉しかったです!たくさんの愛と共に、無事にちゃんと届きました。

さっそくお義母さんが選んでくださった御言葉カレンダーを開けてみましたが、とてもきれいですごく気に入りました!
美濃紙業のカレンダーも、月ごとに開けていくのを楽しみにしています。

お願いしていたものだけでなく、おかきやお茶などいろいろ入っていて、こちらのことを想像してくださって、選んでくださったお気持ちを感じました。

お二人の優しさがとても嬉しいです。大切に使わせていただきます。ありがとうございました!
皆さんで良い年越しをお迎えください。
知子お義姉さん、剛臣お義兄さん、幸悠くんにも、どうぞよろしくお伝えください。
それではまた。
                太志

2人はクリスマス礼拝に続いて28日の聖日礼拝にも集ったと聞き、私は嬉しくて心の中で飛び上がって喜んだ。

そして、今朝9時から30分間次女夫婦とスカイプした。
こちらは長女夫婦とメインゲストの「固まる君」こと孫と私の4人。夫は弟達とゴルフに出かけて留守。

そのスカイプで、次女夫婦から贈られてきた孫へのプレゼントを開けた。このことは写真と共に後日記録したい。

今、この同じ時間に、13時間の時差があるミネソタで、真智子夫婦も「紅白歌合戦」を見ているはずだ。教会の方が声をかけて下さり御自宅に招いて下さったのだ。
13時間前ということだから、今は31日の早朝7時過ぎになる。
その方は64歳の女性だが46歳に見えるほど元気で溌剌とした方らしい。神さまと薫さんに感謝!!!

真智、これを書いているママの傍に紅白を楽しんでいるパパとお姉ちゃん夫婦がいます。真智たちも見ていると思うとマチ・クマと一緒にいる気持ちになります。

真智子、太志君、2人が今年も何事にも信仰を持って学問に励み、心を込めて尽くしてきた歩みに敬意を表します。
アメリカの越年光景を見るのも素晴しいよね。

郵便局で小包の封をする時、ママも箱の中に入って行きたかった。
手塚治虫のメルモちゃんのように小さくなって入って行きたかった。郵便局を出て歩いていると涙で目の前が見えなくなったよ。

2008年も共に歩んで下さった神に感謝し、どうぞ良き新年を迎えて下さい。ママとパパはいつもいつも2人のことを応援しているよ!

真智、愛しているよ!!!
体を大切にね!
posted by 優子 at 22:16| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

信仰篤きペンの友たち

孫を寝させて再度プリンターのインク入れ替えに挑戦しようとパソコンを開けると、ブログ「希望の風」姉(しまい)よりお母様が25日朝に召天されたとのメールが入っていた。
ブログにも記されていた。
長い厳粛な黙想のあと、今、お慰めのメールを送信した。

神さまはお母上だけではなく、ご家族のためにも最も良い時に召し上げられたことがよくわかった。神は愛なり!

いくつになっても、いや、年を取れば取るほど親の愛が心に沁みる。お姿が見えなくなって寂しいだろうが、天国が近くなったことが慰めになる。

「これからはお母様に会える日が近くなる一方です。そして今度は、お子達や、お孫さんたちとのしばしの別れになるのですから、私も悔いのないように今を大切に生きたいと思っています」と書いたのだった。

姉より先日頂戴した「クリスマスレター」を手にして、神の慰めが豊かにありますようにと祈るばかりである。

S兄からは、奥様の手術後の抗癌剤治療を乗り越えられて、今年最後の聖日礼拝にはご夫妻で出かけられたとの吉報が届いていた。
「一層の霊のお付き合いを心からお願いさせてください。」と書いて下さっているが、それは私が申し上げたいことである。
素晴しい回復の喜びを備えて下さっていることを信じて祈り続けている。

またN兄は早速にも復刻刊行会の『死線を越えて』を入手されてお送り下さった。キリスト新聞社社長・武藤富男氏の貴重な解説も同封して下さっている。
N兄は多くの人々の為に労を惜しまずに、一年中休みなくエネルギッシュに愛の業に励んでおられる伝道者である。私などその10分の一もできていない。
「藤本姉もブログの『叫び』を期待します」と短信を結ばれていた。例えば最近の記事では、先日のキャロリングのことを思って下さってのお言葉であろうか。いずれにしてもとても嬉しかった。


これらクリスチャンペンクラブの方々との交わりは、神さまからの絶え間ない恵みと霊的なチャレンジを感じて心から感謝している。

さて、プリンターのインクカートリッジ入れ替えは私たち夫婦では不可能、諦めることにした。孫が来るまでにと頑張っていたが、未だ年賀状が出来上がっていない(>_<)。

年賀状は結婚して25年以上もの間、印刷業を営んでいる実家で作ってもらっていた。父が亡くなってからも兄に何年間か頼んでいたが、やはり兄弟となれば遠慮がある。

その後は長女がパソコンで作ってくれるようになり、昨年末は次女夫婦がやってくれた。自分でできるようにならなければとメモしたものの、何もわかっていない者にはそれだけでは難しかった。

年賀状作りが無理ならば、葉書きに文章を書いて刷ればいいことに今朝気がついたが、それさえ今までやったことがなく四苦八苦だった。
ようやく刷りにかかろうとすればインクがない。
そしてまた夕刻に孫と3人でコジマまで出かけた。夫は「また、カシオペア座(貸し)や」と言った。年賀状はどんなに遅くとも28日には出していたが、何とか今年中に投函できることを祈るのみ。

明日の夕刻に帰宅する長女夫婦に希望を託して諦めて寝るのが得策だ。長女夫婦は今日から白浜へ気分転換の一泊旅行へ出かけた。元気になって帰って来てくれればいいが・・・。

昨日も今日も孫と3人で買い物に出かけ、私たちはすっかりおじいちゃん、おばあちゃんをやっている。孫の手をつないで三人で歩く自分が不思議な気持ちだった。父と母を偲んでばかりいる。





posted by 優子 at 23:59| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2008年12月27日

ユキちゃん、初スカイプで固まった!!

朝の用事が一段落した今朝9時過ぎにパソコンを起動させたら、幸運にも真智子がオンラインになっていたので声をかけた。今、ユキちゃんと一緒であることを知らせたら大喜びしてくれてスカイプに切り替えた。

ミネソタでは26日の午後6時過ぎ、24・25日は自宅で過ごして3日ぶりに大学に来たとのこと。
家ではインターネットは使わない(使えない)ようにしているので、早速太志君からも丁寧なお礼メールが届いていた。
24日の記事に送料まで書いたので気を悪くさせたかなと、実は気にかかっていたので安心した。私自身の後日の参考にするためと、ひょっとして読者の中で参考にして頂ける方が居られるかもと思ってのことだった(笑)。

さて、真智子が太志君を呼びに行きスカイプの設定をする間に、私は孫に今年のお正月の写真を見せて、「これが真智子叔母ちゃん、これが太志叔父ちゃん。ユキちゃんをダッコしてくれているよ」と言いながらレクチャーしていたのだが、1歳5ヶ月の子にわかるよしもないだろう。

そして、いざ、スカイプ開始!
案の定、ユキは固まってしまった。

30分ほどの間ずっと最後まで。泣くのをこらえていたり、やや軟らかくなったりして、そのうちに眠ってしまったが、スカイプが終わると起きてしまった(>_<)。

これがミネソタに居る真智子たちのパソコン画像に映っていた映像だ。やはりこれも本物の孫とはかなり違っている。同じとは思えないほどのようにも思う。

Video_call_snapshot_7.png


私は改めてインターネットに驚異してしまった。
海外電話が安くなったとは言え10年前でも30分間で1000円くらいだったように思うが、今は映像まで出て、何時間話そうと無料で、しかも、クリックすれば写真も撮れて、それをまた瞬時に送られてくるのだから!

かつての何に例えればいいのかわからないが、兄が小学校6年生の時の児童会会長挨拶で、「空には宇宙衛星が飛び・・月に行く時代がくる・・・」というようなことを壇上で演説していたが(母の作文で)、それがいつか現実となり、行き着いた先が現代なのだ。
神が人間に与えた給うた英知はすごいものである。

さて、真智子たちの2008年・クリスマスディナーも披露してくれた。ミックスされた粉を使用してのスポンジだが、ケーキも作ったなんてすごいものだ!
幸悠もディナーの写真はジッと見ていた!

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メニューは、
1.プライム・リブ・ロースト 手作りソース with ポテト・ブロッコリー
2.玉ねぎ・ベーコン・ポテト・ブロッコリー・トマトのポタージュ
3.サラダ
4.手作りデコレーションケーキ
5.シャンパンでした!
           最高においしかったよ。

楽しいスカイプのひとときをありがとう!
お姉ちゃんも元気になあれ!

真智子と知子。
真智子と太志君、知子と剛臣君、そして、幸悠。
私たち夫婦の大切な家族。

ユキが起きた!・・これでブログタイム終了!
アッ、今、夫も帰って来た。
今日が今年の御用納めだった。では、また!
posted by 優子 at 12:04| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

クリスマスの祝福

クリスマスイブの午後にお電話した浅田高明先生は、太宰治の『パンドラの匣(はこ)』の舞台が、東大阪にあった「孔舎衛(くさか)健康道場」であるということを発見された方である。

東大阪読書友の会にも3〜4回お出で頂いたことがあり、最後にお目にかかったのは読書会創立30周年の記念講演会だったので、1998年10月からちょうど10年になる。

このたび、2009年に「河内の郷土文化サークルセンター」が25周年事業として全国の書店に並ぶ本を刊行することになり、私にも2ページ分の小論執筆依頼を頂いた。

感謝と喜びでお受けしたものの自信がなくて、その後何度かご相談したのだったが、「発見の過程でも、どうして東大阪なのか、ということでも、ぜひともご執筆ください。(12月11日)」と励まし続けて下さり参考書を探し始めたのだった。

検索の仕方も悪かったのか本が手に入らないと思い、そのご相談も兼ねてようやく24日に浅田先生にお電話したのである。
最近は体調がすぐれないと仰っていたが、お話しぶりは以前と変わらずとても嬉しかった。先生の体調が整えられるように祈りに覚えよう。

本はお手許にあるからと快く贈呈して下さり、翌日には私の手許に届けて下さって胸が熱くなった。ありがたく拝受した。

浅田先生は医学博士であり、結核、呼吸器病学がご専門で、太宰治研究家としても多くの著書と関係論文を多数書いておられる。
新年になって落ち着いたら早速集中したいと思う。原稿締め切りは3月末なので何とかやれると思う。

そして、もう一つ大きな驚きだったのは、浅田先生が私のブログを読んで下さっているというのだ!
「エー?どうしてご存知なんですか?」と申し上げたら、
「太宰治で検索すれば直ぐに出てきますよ」と仰り、改めてインターネットがどういうものであるかわかったのだった。

思いもかけない知人が読んで下さっていたわけで、赤面したが、私には大きな励ましのクリスマスの3つ目のプレゼントだった。


検索して見つけて下さったと言えば、10月にもインターネットのおかげで再会し、個人的な出会いを深めている娘たちの中学校の恩師がおられる。

その和子さんから、今月22日にはこのような嬉しいメールを頂いている。
「この出会いに心から感謝しております!!
時々気持ちがふさぎがちになる私を沢山の愛に溢れるお言葉で励まして下さいました。
私も神様を信じます!」

どうか神さまが健康を損ねておられる方々の心を強め、癒して下さいますようにお祈りします。

知子も心身の体調が非常に悪く、今日のお昼前に子供をあずけるためにやって来て昼食のあと直ぐに帰った。
29日まで孫を預かることになった。
娘のこと、そして、妻に寄り添う婿のことも気にかかる。
私は涙が溢れるのをこらえて娘を抱しめ、明日からのこと一切を主に委ねて安心するように言った。私もそうしよう。
孫が寝ているうちに今日の記事を走り書きした。


何よりも苦境により謙虚にさせられたことが最高のプレゼントだった。
それゆえに、感謝と喜びと意欲を溢れんばかりに注がれたのであり、最悪が到来した時にこそ最善へと導かれてきた経験を思い出して、この時もまた主の促しに耳を傾けて越えさせて頂きたいと思う。


今こそ信仰を働かす時!

「求めよ、さらば与えられん。」

posted by 優子 at 16:30| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

救い主がお生まれになった!

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「きょうダビデの町で、
あなたがたのために救い主がお生まれになりました。
この方こそ主キリストです。」
  
                               (聖書)

神は私たちを愛し、私たちの罪を負って十字架で死ぬために、神の御子を地上に送って下さいました。
救い主がお生まれになったこの良き日を心から喜び感謝します。

今日ドイツから届いた宣教師のメールマガジンでは、クリスマスで街が華やかなのはアドベントの時期で、24日から26日はすべての店が閉まり、人々は家で静かに過ごすのだそうです。

今夜は次女夫婦から贈られたハンバーグをメイン料理にして、夫婦だけのクリスマスディナーを持ちたいと思います。

読者の方々がクリスマスの祝福をお受け取りになりますように、主の御名によってお祈りします。

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posted by 優子 at 17:54| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2008年12月24日

心きよくされたクリスマスイブの出来事

今朝の次女とのスカイプでは採点も終わり、ようやく一年の業を終えてひと息ついたところのようだ。
今日は雪が降っているのでマイナス9度くらいだが、10度を越えると肌が痛くなり相当過酷になるそうだ。私にはマイナス5度以上は想像できない感覚である。

私はいつものように明るくしゃべっているつもりでも、家族には自然な姿が出るのか、「今日は元気ないね」と言われて驚いた。
そこで、キャロリングの問題と、その延長線上にある問題のいくつかを話した。例えば、気楽にするということがぶっつけ本番にすることではない・・などである。

私は次女とのスカイプで元気づけられて、その勢いで航空小包を出しに郵便局へ出かけた。
結局、次女夫婦への小包はオシャレなプレゼントではなく生活必需品だけになってしまった。そして、この小包をどの方法で送るのが一番送料が安くなるか相談していた時のこと、ベテランの2人の女性は他の仕事についておられたので、それらのことに最も暗い局長さんが応対して下さった。

「『SAL便』は荷物が行方不明になることもあります」と言われて、「それでは困るので高くても他の方法でお願いします」と言って、「EMS(国際スピード郵便)」で送ることになった。

ちなみに3515グラムの送料は6800円だった。
小形に分ければ2000円余り安くなっていただろうけれど、「時は金なり」と、これでお願いした。

そして、宛先や内容などを10分近くかかって書いていた時のことだった。ベテラン女性が自然な感じで男性の局長さんに話しているのが耳に入ってきた。

「荷物が行方不明になるという言い方は不安に思われるので、届かない場合もありますよというふうに言った方がいいですよ」と小声で話しておられたのだ。
この内容から、先ほどの私への説明の仕方についてのアドバイスだとわかった。

時として言うべきことを言えない私の苦手とするところを、あの優しく穏やかな女性が、大切なことは即座に自然に指摘されていたことに驚き、何てしっかりした素敵な方だろうと思った。

しかも、立場的には相手は上司でもある。
そしてまた、その上司も自然な感じで聞いておられたから互いに麗しく、私の重苦しい気持ちに解決がもたらされたように思った。

私は聖歌の練習に参加していないので渉外係としてお役に立とうと、昨年もキャロリング当日の礼拝後に楽譜を頂きたいと申し出たのだった。

すると、「まだ何を歌うか考えていない」と言われて、私の目は点になり何も言葉が出なかった。
今回もまた同様だった。
このほかにもいくつかの重大な問題点を感じていたので、極めて少ない参加者に、ついに憤りが込み上げ心が乱れてしまった。

傍観者的に生きていくと何も問題も起こらないだろうが、主体的に関わって行く時にこのような問題が起きてくる。
それは素晴しいことだ。
ところが今回のことについては、あまりにも不誠実で杜撰(ずさん)だと思わざるをえなく、その後はブログを書く意欲も削がれてしまった。

ここで大切なことは、主に在って一致することである。
一致とは外形的なことではなく、考え方を同じにするということでもなく、霊的に一致しなければならないということだ。

心を乱しては讃美できぬ。
吉田さん宅に着くまでの2分間ほどの間、真剣に主の御名を呼んでいた。そして、6名揃った現地で、「とにかく短く一緒に祈りましょう」と言った。しかし、拒否されたことには唖然としてしまったが、尚も、「いえ、祈りましょう!」と私がリードして射祷すればよかったのだ!


少なくとも去年のキャロリングの時点で意見しなければならなかった。言うべきことを言えない愚かな私に、神さまが今日の郵便局でモデルを見せて下さったのだと思った。

特に日本人のクリスチャンは間違った聖書理解をしている場合が多いようにも思う。他者と違う考えを持つことをよくないことのように思い、意見を交わすことが反聖書的だと考えている人も多い。原因は個が確立していないからだ。私もまだまだだ。


意見が異なることは不一致ではない。
不一致とは霊的・内的に一致していないということだ

私はそのことを問題に感じているのである。


そして、問題が小さなうちに適切に処理していなかったから、いつしか私の中で良くない思いが増殖していたのである。
「あまり人を見ないことですね」と語って下さった友の助言から、いつしか彼を批判的に見る落とし穴に入っていたことに気づかされた。

私の主張は絶対でもないし、押し付ける気持ちもサラサラない。
「私たちはそれぞれキリストの御心のままに、違った賜物が与えられている」のであり、霊的に一致しているのであるならば、外的なことは異なる意見を出し合って共に教えあい学び合っていくことだ。
そして、年長者は若い者をサポートする存在にならないといけないのだなぁと思った。

※ようやく神の恵みへと導かれつつあります。
ご助言下さった方々に感謝しています。
背後で祈って下さっている方々を霊的に感じてもいました。
真智もありがとう!
主よ、本心に立ち返れたことを感謝します。


2008年クリスマスイブの出来事だった!!!

そして、心の暗雲が晴れてきた勢いで、午後に浅田高明先生に突然のお電話を差し上げたのだった。苦手な電話を、しかも、長年ご無沙汰していた方にである。太宰治研究家だ。

すると、そこでまた、驚くべきことがあった!!!


posted by 優子 at 23:19| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

孫に送られてきた愛の航空小包

今日のミネソタは雪です。
期末試験が一通り終わって、大学は静かになったような気がする。今日は土曜日、ということもあると思うけど。留学生はどんどん帰国してるしね。ちょっとさびしい。

ただ、メアリーやダニエル(英会話練習パートナーの子)の話によると、アメリカのお正月は特に何もなさそう。
12月31日にカウントダウンのパーティーをして、1月1日はパーティーの後片付けから始める、とか言ってたよ。なので、そんなに侘しく感じないような気がする(笑)。

1月に持ってきたおもちもあるし(賞味期限内)、煮物系を作って、お正月的な料理をちょっとしようと思っているよ。
そうそう、明日は教会に行くよ!
車で一緒に連れて行ってもらう手はずになってます(^^)。
メリークリスマス!

真智子

これはクリスマス礼拝の21日朝に着信したメールだ。
真智子たちもクリスマス礼拝に集うという知らせを受け、ルンルン気分で教会へ向かったのだった。

礼拝後は、私たちもポトラック(アメリカ式の持ち寄り)形式でクリスマスの愛餐会を持ち、祝会の最後には用意してきたプレゼント(500円程度)交換で終わった。

その日の夕刻、心配していた雨も降らずにキャロリングも終えた。
ところが、讃美する参加者がたった6名だった。いくら少なくとも10名は参集してもらえると思っていただけにひどく驚いた。

それ以上に大きな問題が浮き彫りにされ、その日も翌日の昨日も記事を更新できなかったほど、私には衝撃的なことだった。一昼夜を経て憤りの感情が治まったので、21日朝に届いていた「ミネソタ便り」を書いている。

同じ日、長女たちも放出教会でクリスマス礼拝の恵みを受けた。
放出の食事は御寿司だそうだ。以前ならばクリスマスにはケンタッキーの箱が一人ずつ配られ、御寿司はイースターの祝会だった。
ちなみに、通常の昼食は2人ずつの当番制で、炊き込みご飯とお味噌汁、そして、カレーを交互に作ったものだ。

孫もハンドベルを鳴らしたり、一緒に拍手したりと楽しんでいたという。話が横道にそれてしまったが、削除せずに続けよう。

さて、次女夫婦が送ってくれた贈り物が今朝届いたのだ!!!

2人が心を込めて見つけ、心を込めて梱包してくれたことが直に伝わってきた。長女には贈り物のことだけは伝えているが、品物の中身は言っていない。

次女夫婦へのお礼メールには、「幸悠とスカイプの時に渡して開けることにするね」と書いた。さ〜て、孫は固まるだろうか、楽しみだ。

今朝は小包を受け取って直ぐに梅田へ向かった。
クリスマスギフトは多い目に用意しているのに、またしても足りなくなって再びキリスト教書店が目当てだった。高速道路がすいていたので30分もかからずに到着した。前回の記事に書いた方へお贈りしたかったからだ。

「またしても梅田まで来てもらって『貸し』になる?」
「貸しや、カシオペア座や」とオヤジギャグ。

帰りは太閤園でささやかな日本料理で結婚記念日ランチを摂った。
祝日なのでクリスマスの集いや結婚式で賑わい、駐車場は1台分だけ空いているだけだったが、幸いに予約なしでも席があった。

以前ならば、いつも娘たちと4人で来ていたのに、娘たちはそれぞれに家庭を持って私たち2人きりになってしまった。化粧室で娘たちの姿を重ねて涙ぐんだ。

「32年目の記念日。どんな気持ち?何か話して?!」と夫に聞いても、「何にもない」と言うだけ。
私も何もなかった。
やはりキャロリングの衝撃で冴えない気持ちが残っていた。

しかし、本を届けたい熱意は消えておらず、帰宅してから入れたコーヒーも飲まずに、今日のクロネコメール便に間に合うようにと準備した。
夫はこのあと再び堺市まで社員のお母様のお通夜に行かねばならないのに、隣町のことだから「行ったろか?」と声をかけてくれたので、住所を頼りに家を探してお届けしたのだった。

表札も何も無くようやく探し当てたものの、残念ながらお会いできなかったが、家を探して下さった村の人たちの親切が心に沁みた。
善良に生きる方々の上に神の祝福を祈った。
そして主よ、あなたの御用のために労してくれる夫を豊かに祝福して下さいますように!!!


今夜、吉田さんへキャロリングをさせて頂いたお礼に上がった時、「いいのを聞かせてもらったって、みんな言ってましたよ」とお聞きして、主からの慰めを感じた。

帰宅した夫に話したら、「よかったやんか。ユーが思っていたほど悪くはなかったんやからな。だからと言っていいと言うわけではないけれど。
あんな場(キャロリングする舞台)を与えられて教会関係者は嬉しくないんかなあ」
と語った。

小さなことさえ心を込めてしなければいけないのに、このように人の集まる場所を快く提供して下さっているのにもったいないことだ。
彼自身の志が極めて希薄なのか、その姿勢にこそ問題があるのかわからないが、今はそのように思っている。

23日の夜半3時、トイレに行く為に目が覚めた瞬間にキャロリングのことを思い出して顔が歪んだ。
そのあとは朝まで一睡もできなかった。
憤りがある間は書けなかったし、書かずに消えるのを待っていた。
心が美しくないと何も感動することができなくなる。


クマとマチから届いた小包が心を和らげてくれた。
2人への必要品も揃ったので、明日発送したい。私からも「with love!」と書いて送ろう。
今朝のニュースでは、ミネソタがマイナス24度になったと伝えていた。






posted by 優子 at 23:25| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

祝福された私のアドベント!

スーパーで私の姿を見つけて走り寄り、「あの時は助けて頂いて本当にお世話になりました。ご恩は一生忘れません」と声をかけられた。
去年5月末のこと、次女夫婦がアメリカから帰国中に何度も足を運び、福祉課へ出向いて長時間相談した方だった。

先輩の委員さんから、この方の家賃が滞っているので家主さんから出て行ってほしいとの苦情があったとお聞きした。

どうやら事実のようだったが、私は民生委員としての関わり方に非常に問題を感じ、支援者の何たるかもわきまえない意識の低さに驚きと憤りを覚えた。
民生関係で知りえた話は、立ち話や歩きながら話してはいけないことだけは進言したのだが、改善されていることを信じたい。

福祉課の方々は熱心に方法論を提示して下さり、真剣に家探しをされた結果、隣町に見つけた家へ転居された。
今日久しぶりにお目にかかり、その人の目が少し明るくなっていたことに気がついた。少なくとも新しく出直されたことをうかがわせるものを感じた。

記憶が蘇ってきたので、話せる範囲内でお話したい。
福祉課での三者四人での話し合いの時に、私はその人の不正な行為については一切触れず、その人の良心に対して率直に厳しく切り込んだのだった。

家を出て最も困ることは何ですか?
病気がちの奥さんと別れての生活でも本当にいいのですか?!
奥さんを弟さんに預けたあと、あなたは遠くへ旅に出ると言われるが、御自身は死のうとしているのではないのですかと聞いたのだった。
当たっていた。


そのうちに自分の現実に向き合われたように思ったので、福祉課の方にも強く迫った。
熱心なようでも機械的に流れている面談に非情さを感じた私は、ようやく選択肢が浮かび上がった時に言った。
直ぐに家を出なくてはいけないにしても、低家賃の家に住んでいなければ補助がおりないというならば、新しい家が見つかるまで住まわせてくれるところはないのですかと詰め寄ったのだった。

それが不可能であるならば、住まいが見つかるまで家主さんに待ってもらえるように行政からも口添えしてもらえないのかなど、行政でできることとできないことを示してもらって何とか方策を探ったのだった。
あのままでは崖っぷちに立っている人を見放したのと同じで、これで終わりでは、相談どころか話を聞いて突き放しただけだった。


年金を担保にして借りていた借金も今春で終わっているはずだ。
折りしも年金騒動が始まっていた昨年のこと、自分の問題に取り組まれたことから、支払われていなかった年金があることがわかり、驚いたことに60〜70万円も戻ってくることがわかったのだった。
私はこのことがあの方の励ましとなり、心に深く響くことを願ったのだった。

2007年5月23日の記事の最後にはこのように書いてある。

昨日のクライアントのためにも祈ろう。
神さまに遣わされた者として心をこめて面談に加わったが、直面している問題に直視できる人は何と少ないことだろうかと思う。大変な出来事なのに、それ以上に大変なのはその人の心だ。
人の心、生き方こそが問われているのに!!
問題を直視すれば道が開かれていくのに!!
自分自身に向き合わなくて解決はないのだ。

連日のこともあり、もはや憤りではなく悲しかった。
しかも、民生委員という公的な立場では神さまを伝えられないもどかしさがあり、このことも委員を拝命した当初から感じていたことである。
しかし、「それでも道は開かれますから!!」と、祈りながらお伝えしたのだった。

神さまは本当に道を開いて下さり、その上に大きなお金も戻ってきたのだった。
今日お目にかかって、その瞳の明るさから新しく出直されていると察した。後ろめたさのない安らぎがあった。


私は何ほどのこともしていないのに、「あの時のことは一生忘れません」というお言葉を受けて、神さまに申し訳なくて深くお詫びしていた。
今年になって祈りにも覚えてもおらず、すっかりこの方のことを忘れていたからだ。
民生委員を離れたからこそ自由な立場での働きができる。神さまのメッセージを伝えられるのに、私は何をしていたのだろうか!

「つい最近まで家内は入院していたのですが」とも仰った。
若い者でも病気になればどんなに心細いことか。ましてや年老いて子供さんもおられないお二人なのだ。

かくて私は、神さまからの二つめのクリスマスギフトを頂いたのだった。
一つめは、今春と夏の終わりに私とも危機的な状況にあった次女の婿が、神に導かれて豊かに祝福されていることを知らせて下さったことだ。互いの間に愛の実を実らせて下さっていた。

そして、今日は私の愛の無さを示して下さり、あの方の心を守っておられることも見せて下さって、私自身の歩みを正せたことだ。嬉しい!非常に嬉しい!
「これからも慰めと励ましを届けてやりなさい」と、神さまから語られたように思う。私の祝福されたアドベントの出来事であった!

※昨夜のテレビ放映時間のご案内についてお詫びします。
6時12分からというのは、全国ネットが終わってからの「ニューススクランブル」開始時間であり、始まったのは6時48分頃からの1分間ほどでした。ふらふら

しかし、テレビというのはすごいものですね。今夜は一段と多くの人と自動車で賑わっています。ざっと100名以上が常におられました。
いよいよ明日はキャロリングをさせて頂くのですが雨模様です。イルミネーションは雨天中止ですから、可能な予備日を相談しておかねばなりません。

※シーサーブログに障害が起こり、19日の午後12時35分から20日の午前2時までメンテナンス工事中でした。
posted by 優子 at 22:24| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2008年12月18日

スーさんからのクリスマスカードをあなたにも!!!

できました!!!
カードのアドレスをコピーすればブログからも開くことができました。画像をコピーしても入れるわけがないのに、そんなことも何も理解できていない私ですから、この発見は最高に嬉しいです。
ここに記録できたので、いつだってその世界に入れるので嬉しいです。

ブログを絶対に見て下さっているであろうと思う16名の方々にだけ転送メールさせて頂きましたが、既に反響を届けて下さっています。

どうぞ、是非、あなたもここをクリックしてご覧下さい!!!
ただし、職場でご覧下さっている方は禁物!
クリックすると直ぐに音が出ますからね、注意注意!(笑)


尚、流れている讃美歌114番の歌詞は、ちょうど先ほどアップしたばかりの記事の最後にあります。私は子供の時からこの讃美歌が大好きなので涙が潤むほどです。

メッセージもまた是非深く受け止めてくださいね!!!
日本語訳は二つ前の記事にあります。

では、あなたの上にクリスマスの祝福を祈りつつ・・・


Christ the Savior is born!

http://www.frontiernet.net/~jimdandy/specials/xmas.htm
posted by 優子 at 22:29| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

テネシーから届いた"CHRISTMAS INVITATION!"

今月初め、故郷のテネシーに帰国されたスー・ベネディクトさんから、素晴しい誕生祝賀会への招待状が届いた。ざっと数えて100名の方々に送信されている。

「クリスマスの招待!」をクリックすると、私の最も大好きなクリスマス讃美歌114番が流れた。115番(「ああベツレヘムよ」)と共に、アメリカが生んだ最も美しい代表的なクリスマス讃美歌だ。

そして、次のようなことが書いてあった。
翻訳機(?)にかけると瞬時にして訳してくれるのはいいが、とにかく意味不明、奇想天外な訳が多発するので困る。英語のわからぬ私は下記のごとくテキトウに理解した。

アメリカ人らしい発想のクリスマスメールを皆様にもお届けしたい!

You are cordially invited to A BIRTHDAY CELEBRATION!!!

Guest of Honor: Jesus Christ

Date: Every day. Traditionally, December 25 but He's always around, so the date is flexible...

Time: Whenever you're ready.
(Please don't be late, though, or you'll miss out on all the fun!)

Place: In your heart.... He'll meet you there.
(You'll hear Him knock.)

誕生日の祝賀に是非出席してください!!!

主賓: イエス・キリスト

日付: 毎日。 伝統的には12月25日。
しかし彼はいつも私達と共にいるので、期日はフレキシブルです…

時間: あなたが準備ができているときはいつでも。
(でも遅れないでくださいね。でないと、あなたはすべての楽しみを失うでしょう!)

場所: あなたの心で… 彼はそこであなたに会うでしょう。
(あなたは、彼がノックするのを聞くでしょう。)

Attire: Come as you are... grubbies are okay.
He'll be washing our clothes anyway. He said something about new white robes and crowns for everyone who stays till the last.

服装:いつもの服装でOKです。彼は終わりまで滞在する方々のために新しい白いローブと王冠について何か言いました。
(でいいかな?ふらふらテキトウに理解するしかないです)
Tickets: Admission is free. He's already paid for everyone...
(It cost Him everything He had. But you do need to accept the ticket!!)

チケット: 入場は無料です。 彼は既に皆のために支払っていますから…
(彼は持っていたすべてをそれに費やしました。 しかしあなたは、チケットを受け入れる必要があるのです!)

Refreshments: New wine, bread, and a far-out drink He calls "Living Water,"
followed by a supper that promises to be out of this world!

軽い飲食物: 新しいワイン、パン、および、驚くほどであると約束する夕食についてくる「生ける水」と彼が呼ぶ飲み物!
Gift Suggestions: ; Your life.

贈り物の提案: ; あなたの人生。

Entertainment:Joy,Peace, Truth, Light, Life, Love, Real Happiness,
Communion with God,Forgiveness,Miracles, Healing, Power,Eternity in Paradise, Contentment, and much more!
(All "G" rated, so bring your family and friends.)

エンターテインメント: 喜び、平和、真実、光、人生、愛、本当の幸福、神との接触、赦し、奇跡、癒し、力、永遠の楽園、心の安らぎ、その他にも沢山あります!
(すべて「G」が評定されていますので、あなたの家族と友人を是非連れて来てくださいね。)

R.S.V.P. Very Important!
He must know ahead so He can reserve a spot for you at the table.
Also, He's keeping a list of His friends for future reference. He calls it the "Lamb's Book of Life."

R. S. V. P. 非常に重要!
彼は、あなたのためにテーブルでスポットを予約できるように先で知らなければなりません。
また、彼は後日のために彼の友人のリストを保っています。 彼は、それを「ラムの生命の書」と呼びます。

Party being given by His Kids (that's us!!)!
Hope to see you there! For those of you whom I will see at the party, share this with someone today!

彼のKids(それは私たちです!)によって与えられているパーティ!
そこであなたに会うことを願っています! パーティーでお目にかかるものに関しては、今日、だれかとこれを共有してください!


るんるん以上です。
ところで、このクリスマスメールの画面と讃美歌114番の調べが最高にステキなのでお届けしたく、ブログを読んで下さっている友に送らせて頂こうかな・・・届いても驚かないで下さいね。
るんるん

スーさんからの12月8日のメールでは、”God bless you and your family and your writing career.”と、私の文筆活動の祝福も祈って下さっていた。
いよいよ次の日曜日はクリスマス礼拝です。
どうぞ、お近くの教会へお出かけ下さい。
予約も何もいりません。心から歓迎してくださることでしょう!
これをお読み下さっているあなたの上に、
クリスマスの恵みが豊かにありますように!



posted by 優子 at 11:23| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

酵母菌で脱毛?

孫が帰ったあとは寂しいが、疲れのおかげでホッとする。
孫が来た時には孫を「チャッピー」と呼び、帰ったあとは必ずチャッピーを「ユキちゃん」と呼んでしまう。


そのチャッピーであるが、今、4種類の薬を飲んでいる。
今からだと2週間ほど前のこと、右頬の毛が直径5ミリくらい抜け、足でかくので血も少しつくようになった。

その週末は岐阜を往復して夫は不在、翌日は疲れているので病院へは行けず、月曜日に片道50分くらい歩いて連れて行くつもりだったが、膝が痛くて歩けなくなってしまった。

気になりながらも1週間伸びて、ようやく13日(土曜日)に動物病院へ連れて行ったのだった。
チャッピーは特に怖がりな犬だと獣医さんは仰る。
自動車に乗る時に察知したのか少々躊躇し、途中からブルブル震えていた。撫でながら言葉をかけ続けてやった。

診察では口輪をはめられ、競争後の馬のように鼻腔を開いて、今まで聞いたことのないような鳴き声を出していた。かわいそうなチャッピー、ありがたいお医者さん。

検査の結果、単なる湿疹ではなくて酵母菌とかで、抗生物質、抗ヒスタミン剤、ステロイドホルモン剤と痒み止め。そのうちの一つは3日間だけだが、あとは10日分の薬が処方された。長くかかるのか、また土曜日に行かねばならない。

ひどくなっていないようならば本人、いや、本犬は連れて行かずに話だけでいいらしい。今回で相当ストレスを与えてしまったので、1ヵ月後にひかえている10種(〜12種?)混合の予防注射もしてもらった。

犬を飼う前は、犬を人間のような飼い方をしている人を冷めた目で見ていたが、少なくとも私たちにとっても家族の一員のような存在になっている。

よく生きても15年ほどの命だそうだ。
あと5年・・・・愛を込めて飼ってやろう。
家庭崩壊の危機を救うために舞い降りてきた天使犬なのだから!


そういえば、今日は32回目の結婚記念日だった!
結婚記念日を大切にしない私たちは感謝と喜びがないのだろうか?
posted by 優子 at 21:45| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

何事も思い煩わないでいよう

長女たちは13日土曜日にやって来て、昨日の夕刻に帰った。
今回は婿からも知子の心身の様子を聞き、思っていたよりも心配な状況だとわかりガッカリした。10年以上に及ぶ不定愁訴を抱えているのでやっかいだ。

薬に詳しい婿によれば、知子に投薬された薬は中程度の強さで依存性があり、医療機関は鍵をかけて管理せねばならない薬だそうだ。

13日夜は香芝の教会で壮年会主催の鍋パーティがあり、意外にも夫と婿は乗り気で長女と3人で出かけたのだった。参加者9名。10時頃に帰宅した。
3人共が楽しい時間だったようで、娘はたった3時間だったが子供から解放されて息抜きになったと大いに喜んでいた。

私は薬のことだけではなく、娘があれもこれもと完璧にこなそうとする強迫的なところも心配だ。
娘を気晴らしできるように助け、薬に依存するのではなく神に拠り頼む者に変えられるように祈ろう。千里さんではないが、私もフリーになっていてよかったとしみじみ思う日々である。


婿はのんびり気晴らししてから帰りたいからと、日曜日の昼食のあと2時頃に電車で帰って行った。
月曜日は午後1時から、娘が紙商健保組合で有料の健診を予約していたので、娘はこの日も5時間ほど一人で外出したのだった。夫は健診が終わった頃を見計って娘と昼食を共にした。

昨日もまた孫の夕食を済ませて6時20分頃に娘を見送った。
明るいうちに帰宅するのが普通だろうに、あえて夜道を運転して帰るにも理由がある。
伴侶(婿)と駅近くで出会って一緒に帰ることにより、ストレスを軽減できるからなのだ。
何回か土曜日の朝に帰宅していたのも、伴侶の手助けを得られるからだった。

確かに、マンションのパーキングは不便な立体駐車場で幼児を連れての荷物運びは大変だ。帰る時には娘にいろいろ持たせてやりたくて毎回荷物がいっぱいなので、帰ってから荷物の整理などそれら一切が気になるらしい。

私にすれば、一回の夕食分だけでも楽になればと思って作って持たせるのだが、それさえもありがたいがストレスになるらしい。とにかく異常なキレイ好きも大いにわざわいしている。

前回の滞在中には伴侶との電話で、「実家へ帰っても気晴らしにはならない」と娘が話していたのを聞いて、私は力が抜けたものだった。理由を尋ねると、子供と離れて一人になれないからだと言った。

今回は昼の明るいうちに帰るのかと思ったら夕刻に出るというので、婿に娘の勝手を詫びたら、婿からもその方がありがたいと言われて複雑で喜べない気持ちになった。
婿が言うには、知子が一人でイライラしてやっているのではないかと思わなくてすむからと言うのだ。私は私でストレスの高まりを感じる。


母子共に風邪気味だったこともあり、昨日帰ったままで娘から電話もメールさえないので、夕方に電話してもいいかをメールで打診したらかけてきた。幸い、明るい元気な声で安心したが・・・、気持ちの余裕がないのだろう。

家田のお義父さんは年末ギリギリまでデイサービスで不在だからと、先にこちらに来て28日から1日まで滞在することになった。その間に夫婦で一泊二日の旅行に出て気分転換するようなことを話していた。

昨日も孫は別れ泣きをしてくれた。チャイルドシートに座らせた段階から異変(?)を察知した孫が「逆かたまり」になり、知子が運転席に座ったものの私は自動車に乗らないから泣き出した。
しかし、今回は30分間も泣いてはくれず、結構早く泣きやんだらしいが(笑)。

私を「ばあ」と呼び、台所仕事をしている私の足を抱き占めて「大好き」してくれる孫。月曜日の夜など、「おじいちゃんが帰ってきたよ」と言うと、大喜びで玄関に走って行った。
その時の夫の嬉しそうな顔!!!
「おじいちゃんって言ってごらん?」と言うと、「じい」と言うようになり、じいの足にも何度も大好きをしていた。

posted by 優子 at 21:42| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

神さまからのクリスマスプレゼント ―婿との祝福された往復書簡―

優子お義母さんへ

メメント・ドミニで、僕と真智宛てのメッセージを拝見しました。
読んでて、お義母さんの愛を感じて、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
ハンバーグ、気に入ってもらえて嬉しいです!
僕らの気持ちを受け取ってくださってありがとうございます。

ディスク量が45MBも減少したのであれば、面倒くさい作業もやった甲斐がありましたね。写真は、CDに焼いてあったりしますので、時間があるときに探してみます。
ちなみに、一つは見つかったので、お送りします。2006年7月29日(カテゴリ「家族」)の1枚目の写真だと思います。どのサイズにすべきか忘れてしまっているので、そのままの大きいサイズで送ります。(114-1405_IMG.JPG)

写真を探していたら、景色だけの写真があり、大きくしてみてみたら、関屋駅で、見送りに来て手を振ってくださっている、お義母さんが写っていました。

そして古い記事も読み返させていただいて、お義父さん、お義母さんと過ごした楽しい記憶を思い出し、幸せな気持ちになりました。改めて、お義父さんとお義母さんの愛に感謝いたしました。


真智はいま、計量経済学の1つの授業の期末試験の試験官をしております。「監督中に空いてる時間で、1本論文を読む!」と言って、張り切って向かって行きました。

授業終了後も、学生からの質問や宿題の提出など、雑務がたくさんあり、さらに真智は研究の相談で先生と会ったりしたこともあり、忙しくなっていました。今日の予定を終わらせたら、明日一日、寝たおす予定です(^^)

そんな中で、真智の教えている生徒が、"You did a wonderful job!" とか、"You should be very proud of your great job!" など、とても温かい賞賛の言葉をかけてくれて、真智はとても喜んでいます。

しんどい中であっても、それをぶつけずに、愛ある行動を続けていた真智に、ちゃんと恵みが与えられていると、思いました。
昨夜も、生徒が宿題を提出してくる事務的なメールに、一つ一つ丁寧に返信をしていました。

僕の経験からしても驚くことは、上述のような賞賛を、普通に出席していた生徒がすることです。
多く質問に答えてあげた生徒が感謝する、ということはありますが、いつもの授業でだけで接していた生徒達が、何人も真智に感謝しているのです。 これには真智自身もとても喜んでいました。

毎回、時間が無い中でも、愛を持って努力し続けてきたからこそだと思います。 それができるのは、真智の尊い才能だと思います。
僕も見習いたいですが、真智のレベルまで、と考えると、ずっと真智のやり遂げてきたことを見ているので、今はまだまだ、僕には無理だと思います。それぞれの個性で、僕に応じたやり方を模索しますが、真智の個性は、飛びぬけて、教職に向いていると思います。


分かりやすい理解と正確な知識だけでなく、気持ちの通じ合いまでも提供できている、こんなことは滅多に無いと思います。 僕自身、すごいな、と感動したので、ちょっと長くなっていまいましたが、メールでお伝えいたしました。

お義母さんとの愛のやり取りがとても嬉しいです。良輔お義父さんにもどうぞよろしくお伝えください。
それではまた。太志

言葉にならない喜びと感謝を神にささげます。
主よ、あなたなくしてはこの喜びはありませんでした。神のみことばに従う時、必ず祝福が伴うこと。そして、生きることは愛することであることを教えて下さいました。

もはや苦しみは過ぎ去り、これからの私の歩み方は変えられていくことでょう。力強く神に導かれていく者として下さい。

「考えるは美しく、祈るはひとしおすぐれ、愛するは全てである」。

               (エリザベット・ルスール)

「ちゃんと恵みが与えられていると、思いました。」
太志君、素晴しい信仰です!!!
深く教えられ、神さまはすごいなぁと思いました。
それぞれの賜物が周囲に及んでいきますように!
そして、
太志君の上に特別の祝福がありますようにお祈りしています。
ありがとう。


※ 2〜3日かけてカテゴリ「日記」記事を「随想」に移し終え、昨日、「日記」を削除して「私自身を語る」を新設した。
尚、今までの記事から該当する内容を今週中に移行し終えたいと思う。

posted by 優子 at 22:51| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

マチとクマへ日本より愛をこめて

ミネソタは雪の世界になった。
現代、経済学のメッカであるミネソタ大学大学院で、夢に向かって果敢なる挑戦を続けている次女よりから10日に届いたメールである。

授業はいよいよ明日(10日)の2クラスで終了。やっと一息。
でも、やりきれてよかった。色んな人と会えたし、挑戦したし、頭も打ったし、再挑戦を繰り返したし、充実感でいっぱいです。
今週末から期末試験だから、生徒からの質問も少し多い目で大変だけど、ラストスパートって感じで頑張ってます。・・・

今日は、久しぶりにナラヤナ(コッチャラコータ)(世界的に有名な経済学者で、東大大学院在籍中は書物の中だけの人物だった)とミーティングして、くまとの共著の進捗を話し、アドバイスなどもらいました。
すごくポジティブなフィードバックで、とても励まされた!

最近は主に単著の方に力を入れてたし、それについてビクター(この学者も同様)からもらうフィードバックはスパイシーだったから・・・涙。
このパワーをフルに活かして超頑張る!!!
単著の方も、来週ぐらいから色んな先生に話してもらってフィードバックをもらって頑張っていこうと思います! ・・・

豊富たっぷり、やる気に満ちて、冬休みを迎えようとしています。
研究に実りある時間に使おうと思うよ。日本に帰るのを諦めた分も、充実させたいです。
そんな感じで、今日はとってもやる気のあるマチでした。
                     真智子

日本時間から13時間マイナスのミネソタでも、学生達からの質問受けもこなして、ようやく今週のわざを終える頃だろう。
真智子と太志君へ

9日と10日の気が向いた時にね、真智たちの結婚式の時からの写真を軽くしています。ファイルマネージャーや記事一覧から当時のを探し出して面倒くさい作業ですが10枚ほど軽くしたらね、それだけでもディスク量が45MBも減少したよ!

ところが、ブログに記録したからいいやと思って、マイピクチャーから削除してしまっていた写真があって、それを忘れて消してしまったので記事はポッカリ空白になってしまいました(>_<)。2006年7月29日(カテゴリ「家族」)です。いつかまた埋めてね。

そんな作業をしていた10日夜、真智が動画で保存してくれていたのをクリックしたら、真智子と太志君の声が聞こえたので、ママの隣りで大好きな『相棒』(テレビ番組)を見ていたパパも振り返って見ていました。
「太志君」と心の中で呼び目頭が熱くなりました。

幸悠は1年前とは全然違う信じられない成長ぶりです。
幸悠をあやしてくれている2人の声を聞いて、年末年始不在の寂しさがこたえます。それでね、5日に届いたグリーティングカードをここに刻ませて頂こうと思う。


良輔お義父さんと優子お義母さんへ

いつも心から接していただき、本当に有難うございます。
この年末は帰国しないので、贈り物で感謝の気持ちを伝えたいと思い、真智と二人で選び、お贈りしました。

また今回は、真智のお化粧品をはじめ、リリーオイルなど色々と送ってくださるとのこと、感謝しております。お義父さんとお義母さんの優しさがとても嬉しいです。お義母さんが選んでくださったカレンダーを家に飾るのが楽しみです。いつも心に覚えていただけて、有難うございます。

お義母さんがハンバーグを好きだということを真智から聞きましたので、宮城県の常陸(ひたち)牛を使った、美味しそうなハンバーグをお贈りします。ご夫婦で楽しくお召し上がりいただければ嬉しいです。

12月6日ごろに届くとの事です。

年末年始には、またスカイプでお話できればと思っております。その時を楽しみにしています。

太志


ママとパパへ

今年の冬休みは帰国しないことにしたので、やはりさびしいです。
パパとママのおじいちゃんぶりとおばあちゃんぶりを見れないのが残念。お姉ちゃんやお義兄さん、目覚しい成長を続けるゆきちゃんに会えないのも残念です。是非スカイプで会わせてね。

プレゼントは、太志と色々考え、選んだ結果、おいしそうなハンバーグにしました。是非2人そろって食べてね。おいしいといいな。

いつも愛情たっぷり本当にありがとう。
                   真智子

太志君、真智子、ありがとう!!!
昨夜いただいたよ。2人の愛が詰まった世界一のハンバーグ、
おいしかったです。ありがとう!!!
あと1回分もマチ・クマのことを思いながらいただくね。

真智、風邪をこじらせないようにね。
真智のぎっくり腰は長時間座り過ぎだからだと思うよ。
日本人ならラジオ体操をお薦めします!わーい(嬉しい顔)
また大学のプールやジムで体と脳をリフレッシュするといいね。
和熊(わぐま・日本クマの意)も元気でね!
愛してるよ〜〜〜〜〜〜〜!!!
お二人にアドベントの祝福をお祈りしています。
ハートを持つクマ.gif

今日はまたお姉ちゃんが一家揃って来ます。(>_<)
ではなく(^0^)だった!
posted by 優子 at 08:28| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

どうなる経済の低迷

世界を揺るがしている不況、普通ならば2〜3年かかるのが2ヶ月で現実になり、インフレからデフレに急転した。大企業は大幅な減産と人員削減の手を打っている。

内定を取り消されることが社会問題になっているが、今まで内定が決まっていても平気で蹴っていたことは問題にされたことはなかった。このこともまた、この機会に気づかねばならない。

トヨタは来年3月までに3000人削減と大幅な減産を決定した。かつてない需要の激減であるから、「急な雇用調整をしないとアメリカのビッグ3のようになってしまう」という経営側の考えも当然だ。

しかし、そのために仕事を失い、社員寮から出されたら雨露をしのぐこともできないなど深刻な人々の叫びも報道されている。
このような時こそ政治家の出番、国の施策で危機を支えてもらいたいものだ。

10日の国会の麻生首相と舛添大臣の答弁を聞いていると、支持率最悪の自民党が今こそ名誉挽回とばかりに、企業側をスケープゴートにしているようにも聞こえた。昨日の二階(経産省)さんの発言姿勢は傲慢で一方的すぎる。

雇用削減の話題に上がっていない製紙メーカーは、そもそもそこまで人がいないからだという。
確かにそうだった。
9月に北越製紙工場を見学した時も、24時間稼動している巨大マシーンを7人だったか9人(×3交替)で動かしておられたから驚いたものだった。製紙業界では既にずっと以前に合理化が終わっていると夫が言った。


紙の需要も激減し、来年になれば不況の波は中小にも厳しい現実となって現れてくるだろう。連鎖倒産などは最も恐怖である。

寡黙な夫だから、ましてや仕事の話など殆どしない。
最近では私に心配をかけまいとする配慮からのようだが、結婚当初から20年間くらいは違っていた。
「女に仕事のことはわからないから話してもしかたがない」という藤本の父の感化が強く残っていたから、何度もバトルしたものだ。実際に義父から何度か暴論を聞かされて、我が心中では異論炸裂していた。 

私が育った家庭文化とは全く違っていた。
そもそも結婚自体がそういうものであるが、私の育った家庭では、夕食時に父がその日の出来事を母に話していた。その両親のやりとりを聞きながら、私たち子供は物事の考え方や対処の仕方を身につけていったように思う。


今では夫も父親の前近代的な考え方からではなく、妻を心配させまいとの配慮から話さないでいるようだ。
しかし、何も話してくれないから私もまた毎晩、「今日は何かあった?」と聞くのであるが、殆ど365日、「なんにもない」という返事が返ってくる。1年中、32年間何もないなんてありえないのに!

実際かなりあとになって「何千万倒された」と苦境を話すことも何度かあった。夫の表情から何かあったと予想する私の的中率は半分位だというから、考えてみれば高い確率だ。そういえば、最近また胃薬を頻繁に飲んでいる。

夫婦同伴の社交旅行中の歓談で、「オーナーさんの社長さんは私たちと違って本当に大変だと思います」と、製紙メーカーや代理店の社長夫人が仰っていた通り、それぞれ置かれた立場での苦労があり夫のストレスも相当なものだろう。

私たちが万が一の時には仕事を失うだけではなく、家をも差し押さえられるから文字通り路頭に迷うことになる。
何年か前に夫が胃粘膜切除術をするのを機に、最悪の時のことも夫に尋ねたことがあった。その時は、とにかく何年間か私が社長職に就いて、常務(現相談役)に相談してやるようにと言われたのだった。
夫には言っていないが、以来私は常に緊張感が意識の底辺にある。


今、これを書いていても涙で見えなくなってしまった。
当時の覚悟を思ってではなくて、夫の真意と、夫への愛と、そんな悲しいことは嫌だと思って涙ぐむのである。年老いてからの逆境は過酷だ。


第一、この記憶力ではどうなるのだろう。
先日も10パーセントオフの葉書きが届いたので、ドラッグストアで薬やサプリメントなどたくさんの買い物をした。
ところがだ、その葉書きを忘れずに持って行き、買い物中に薬剤師さんに尋ねた時にも葉書きの話題を出していながら、レジではすっかり忘れてしまっているのだ。

店を出て半分近くも帰りかけた時に思い出して、急きょ引き返してもらって2670円返金してもらったのである。このようなことが一度や二度ではない。今年だけでも4〜5回やっている。主婦がこれでは務まらない。ましてやそんなことできるわけがない。

夫は先週の岐阜往復から今週初めのお付き合いなどで疲れを感じ、今夜の忘年会は欠席することにした。
私の両親と違って藤本の両親は元気だったから、以前はよく「藤本は不死身」だと揶揄していたことが恥かしい。反省!
長生きの一族であっても、夫もまた年相応に衰えを感じる今日この頃である。愛深く、聡明な妻でありたい。

さあ、元気を出そう!
神さまがご一緒だ。
先のことを思い煩わないで、神の知恵を頂きながら、「よく生きた、いい人生だったね」と思える日々を重ねていきたい。互いに慰め励まし補い合いながら。



posted by 優子 at 13:04| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

石破茂(農水大臣)さんは4代目のクリスチャンだった!

毎年心ばかりの感謝の気持ちをお贈りしている谷口先生から、たった今お電話を頂戴した。心配して下さっている知子のことから始まり、15分間ほどお話していた。

その最後に、先日出席された東京でのVIPの集まりの話をして下さった。
”VIP ”とは、旧約聖書・イザヤ書43章4節の「私の目にはあなたは高価で尊い」、“ Very Important Person in God’s eyes” の理念から命名されたもので、
「世界の歴史に多大な影響を与え続けてきた不朽のベストセラー、聖書にその方向性を求め、ビジネスパーソン・専門職同士の交流の輪を広げ、相互の理解を深めることを目的とした会員制のクラブ」である。

谷口先生は2回目の出席で、お二人の娘さんと三人で上京されたそうだ。
「石破さんもお忙しい会議の間を抜けてご挨拶に来られましたよ」と仰るので、
「石破さんって、あの防衛大臣だった石破さんですか?」
「そうですよ、今の農水大臣の石破さんですよ!」
「あの方がクリスチャンだったのですか?」
「そうですよ、石破さんは4代目のクリスチャンですよ!」
とお聞きして、雷が頭上に直下したような驚きの喜びだった。

私は彼の大ファンだからだ。
あの話し方も味があり大好きだが、何よりも彼の誠実さ、真摯さに早々からひきつけられていたので、ずっと言動を注目している人だった。
その彼がクリスチャンの同志だったとは、私にとっては今年のクリスマスプレゼント第一号だ!!!

「谷垣さんもそうですよ。
政治家や各国領事館の方々、白人も黒人も主(しゅ・キリスト)に在る多くの方々の集まりです。

石破さんは、『私の体を神さまの栄光のために使って下さい。私は間違い多いですから、あなた(神さま)が正して教えて下さいと祈っています』とご挨拶されましたよ。

表になって働ける人はごく僅かですから、見えないところで、陰で祈りの手を挙げている人々の力だなぁとつくづく思いましたよ。

自分の教会や教団だけにとらわれるのではなく、全世界で主に在って働く人々が道を間違わぬように祈っていかねばなりませんねぇ。

この会へは殆どの方が御夫婦でこられますが、同じテーブルの男性は『パッション』の映画を見て救われた人でした。
見事に救われた会社の社長さんで、『今は家内が救われるようにと祈っています』と仰っていました。」


咄嗟に、「私の夫はいつ救われるのでしょうか、そのような方もいらっしゃるのに・・・」とつぶやいてしまった。
「いーえ、大丈夫ですよ。ご主人に希望を託すのではなくて神さまに希望を託すのよ。神さまの愛は間違いないからね。
執り成しの祈りがどんなに大切なことでしょうか。
あなたの熱心なお働きも神さまが見ておられますからね。これからも祈っていきましょうね。」


谷口先生が私や家族のことを祈り続けて下さり、愛のお交わりとお導きを通して、私もまた周囲の方々のことを祈る者とされたことを、今日もまた感謝申し上げたのだった。

国会議員による朝祷会や祈祷会があることは知っていたが、本当に神さまはあらゆる所にクリスチャンを置いて下さっているのだ。
これは私への励ましだった。
どうしようもないと諦めないで祈れという励ましだった。
もっと為政者たちのために祈っていこう。
そして、この危機的不況下で会社経営の重圧にある夫のためにも真剣に祈っていきたいと思う。
「わたし(イエス・キリスト)につながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができない。

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。

人がわたしにつながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。人々はそれをかき集め、火に投げいれて、焼いてしまうのである。

あなたがたはわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。

あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう」。

        (ヨハネによる福音書 15章4〜8節)

イエスさまに繋がっていれば、失敗多き人生であれ、私たちは実を結ぶように決められているのだ!
これを読んで下さっているお一人おひとりが、それぞれの現実に果敢に立ち向かっていけますように!



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2008年12月10日

人をゆるせないで苦悩している方々へ

昨日の記事に続いて今日はより焦点を絞って、人をゆるせずに苦しんでいる方々のためにと言葉を選び始めたが、余りに大きなテーマだけに全く進まなくなってしまった。

なにも古い傷が痛み出したわけではない。
それとは反対に、私は憎しみから解放されて自由人になった、本当に変えられてきたんだなぁと神を崇めずにはいられないのである。
勿論、今も時として傷がうずくことがあるし、それでいいのだということも理解できるようになった。

「ゆるし」は死の問題と共に、人生の最大級の問題であることに改めて気づかされている。ここを解決せずしては、生を完結させて最高の死を越えていくことはできない。


改めて、「ゆるし」のテーマこそが私に与えられた使命だと思わされている。
ただし最初におことわりしておかねばならないことは、私が言うところの「ゆるし」とは、平凡な人生をゆるされている大多数者の人生苦であり、例えば、わが子が殺され、また、テロに遭って家族が殺されたなどの筆舌に尽くしがたい苦しみとは比べものにならぬ者が語っているということである。

今改めて思わされていることは、私自身が神に徹底的に赦されている存在であることを徹底的に知らねばならぬことと、新たな人間関係で生じた大きな問題、その人々へのゆるしと愛を求め続けていかねばならぬことである。

しかしながら、かつてのように神に挑みかかったり、神に対する不信の再燃は全くなかった。それどころか神は最悪を通して最善へと至らせて下さることを知らされたから、苦悩の質が全く違っていた。

主に在って私がもっともっと愛の人へと変えられていくことを望む。
その歩みこそが神の御心に叶った生き方であることを再確認させられて、そのように生かされていることを感謝するのである。


以下に、今、七転八倒の苦しみをしておられる方々のために書こうとしている。
私の拙い経験からお伝えしたいことは、神に導きを祈りながら、聖書の教えを深く知るために人間学の学びが大いに助けになったことである。また、臨床心理士にはならなかったが、心理学の学びは自分自身や人間理解のために大いに役立った。

しかし、精神医学も心理学にも解決はない。
臨床心理士や精神科医は心の重荷になっている原因を突き止めてくれるかもしれない。また、その問題と向き合うようにアドバイスするかもしれない。しかし、その先がない。それで終わりなのだ。


個人的なゆるしと、神によらねば得られぬ悔い改めにまで至らなければ、過去の告白は何の意味ももたないのだ。

自らの心の呻きにも気づいておられない人さえ多い中、自らの問題と向き合っている方々を思いつつ、昨夜用意していた言葉をご紹介したい。
この言葉を憎しみに縛られていた頃の私が読んだとしたら、きっと助けられて気持ちが楽になったであろうと思う内容である。 

  ゆるすということは
  相手の行動を 是認することではないのです
  ゆるすということは
  そのできごとを 自分の背後に置き去りにして
  振り向かないで 前に進むことです
  忘れるということです
  
  ゆるす 忘れるといっても
  関係を回復しなければならない という意味ではありません
  友人同士である必要さえなくて
  ただ お互い 敵であることをやめればいいのです。

          
          (牧師・積極的思考家  R.H.シュラー)

主と共にあるならば、あとは、自分をもほじくりまわさないで!
私は鬱陶しい気持ちになったり怒りを感じた時には、「イエスさま、助けて下さい。主よ、感謝します。アーメン!」と、幼子が母親を捜すようにイエスさまに言うと、あとは忘れさせて下さる。

「イエスは言われた、『いや、恵まれているのは、むしろ、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである』」。
              (ルカ伝 11章28節)




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2008年12月09日

試練の中にある方々へ ―励ましの言葉―

12月、世の人々は忘年会と称して飲めや食えのドンチャン騒ぎで、今年の嫌なことを忘れようとする。しかし、私は静かに一年を振り返り、今年受けた恵みを数えるのである。

夫も今夜は1回目の忘年会である。昨夜は麻雀で帰宅したのは午前0時5分だった。今朝は僅か4時間余りの睡眠時間で出社したので帰宅するまで心配である。

夫を待ちながら、『み言葉の花たば・2』(一粒社)を読んだ。
今、苦難の中を通っておられる方々のために、心にとまった励ましの言葉をお贈りしたい。
    
    「自分の力では動けない
     生きられないと気づいた瞬間に
     私をしっかり支えて下さった
     キリストの御腕が
     はっきり見えてきた。」
       
             (瞬きの詩人 水野源三)
    
    「絶望的な状況というものは
     決して存在しない
     ただその人が
     その状況に
     絶望しているだけだ。」
   
             (牧師 キャサリン・クールマン)    

    「この世は苦難に満ちています
     しかし
     それに勝ちうる力を与えられる神も
     またおいでです。」
        
             (ヘレン・ケラー)
     
     「今まで起こった全ての問題は
      神のゆるしなくしては起こらない
      そうである以上
      神がきっと何かの考えをもっておられるのだ。」

             (チャプレン マーリン・キャロザース)
     
     「山をも動かす信仰は
     明け渡すこと
     神に引き継いでもらうこと
     神に
     『あなたにはできます』と祈りなさい。」 

             (牧師 ロバート・シュラー)

三人の幼児を抱え、生活苦と闘っていた貧しい未亡人がいた。
ある日仕事にあぶれて、がっかりして帰ってきた。
いつもなら我慢して、子供たちの前では笑顔を作っている彼女も、疲れ果てて、その時は泣きたい気持ちでいっぱいだった。

その時、子供が母の顔をのぞきこんだ。
「お母さん、どうしたのよ。神さまは死んだの?」
母は電気にでも打たれたかのように感じ、我に返った。
「そうね、神さまは生きておられるわね」
彼女は直ちに元気を取りもどした。


「私は伏して眠り、また目をさます。
主が私を支えられるからだ。」

             (詩篇3:5)

「わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。
何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。
神を待ち望め。
わたしはなおわが助け、
わが神なる主をほめたたえるであろう。」              
             
             (詩篇42篇5節)
 
21時20分、夫が無事帰宅したことを神に感謝しつつ
posted by 優子 at 21:55| 引用文 | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

鳩飼きい子さん、またも文学賞優秀賞受賞!

敬愛する鳩飼さんが、「第5回 銀華文学賞」応募総数445編の中から第三次選考にも残り、最終選考で二番手の「優秀賞」を受賞された。タイトルは『道連れ』だ。

2009年1月25日に三鷹で授賞式があり、同日発売される『文芸思潮』に順次発表掲載される予定だ。

夏には腰の圧迫骨折に苦しまれ、その後、体の異変に気づかれて癌の恐怖、そこでまた、主の手を握りしめて受容し前進して行かれたのだった。
春に応募されていたことさえ忘れておられたほど試練多き年の最後に、このような喜びが届いたのであった。

12月2日、評論家の俵萌子さんが11月27日に亡くなられていたと報じた。積極的生き方に魅力を感じていた人だったので、「亡くなられたのか・・・」と深く溜め息をついて訃報記事を切り取っていた。

俵さんは乳癌のために右乳房を切除されたあと、「癌で乳房を失っても、皆で一緒に温泉に入ろう!」と呼びかけて、「1・2の3で温泉に入る会」を設立されたことも鮮明な記憶として残っている。
どんなに多くの人が力づけられたことであろうか!
あれは、2001年のことだったのだ・・・。

その俵さんと鳩飼さんが活動を共にされていたとは驚いた。
「俵萌子さんがなくなりました。若いとき、一緒に同人誌をやってました。産経の社会部の記者できれいな人でした。私より二つも若いのに」。
私は改めて鳩飼さんの知的生産活動に興味を感じないではいられない。

少し前に亡くなられた筑紫さんとは、『不思議の薬 サリドマイドの話』授賞式の控え室で2人きりになられたそうだ。
柔和で少しもえらそうな感じではなかったというから、やはりその人の生き方や本質は、テレビで見ていただけの者にも大体においてはわかるのだ。


私は主に在ってそのように力強く生きていきたいと思う。
日野原重明さんは現在97歳、今も旺盛に活動されている。俵さんより20歳も年上だ。20年と言えば生まれた赤ちゃんが成人するほどの時間だ。寿命はこれほどに違うのである。

命を握っておられるのは神であるから、限りある命を覚えて今日を精一杯生きたい。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだり、シュンと元気がなかったり、意気揚々とやる気いっぱいだったり、いろんな日々を重ねながら神の摂理を深く味わえる者になっていきたいものである。

私は鳩飼さんをクリスチャンペンクラブに入って頂きたいと思っている。「時節や体調のいい時だけ参加」という会員があってもいいのではないか。実際にそれでしかできないお互いである。

私でさえ昨日から右膝が痛くて歩けなくなってしまったから、ペンクラブで精力的にご奉仕に励みたいと思っていても、どれほどのことができるかわからない。
数年前から右膝の痛みを感じていたが、この夏頃から下り坂を歩いていると急に強い痛みがきて、とにかく家まで帰らなくてはと引き返すのである。
不思議なことに向きを変えて上り坂を歩き始めると、痛みが急速に和らぐのだ。

そういうことをしばしば経験していたが、昨日は特にひどかった。
下り坂でもないのに強烈な痛みですぐに引き返した。膝はゴツゴツとした骨ではなくてブヨ〜ンと大きく膨らんでいる。

寝るにも足を真っすぐにすると痛いので曲げなければならない。
左股関節の痛みも心配だ。今夏から寝返りしたくても左下にすると股関節が痛くなっているのが怖い。

今朝になっても膝は治っていないし、この先どうなるのだろうと思う。こんなに急激に悪化するとは思わなかったが、民生委員を退いておいてよかったとしみじみ思ったことだった。

鳩飼さんへ!:
次回クリペンは2009年2月14日、賀川豊彦の『死線を越えて』を読んでくることになっています。(本は絶版になっていて書店では手に入りません。)
「時節のいい時だけ参加」大いに歓迎です。期待しています!

長原さんへ!:
先日はFAXをありがとうございました。
新しい電話機になって半年も経っているのに、未だFAXが使えない機械嫌い人間です。電話機のディスプレイからかろうじて『死線を越えて』を読み取れましたので、O姉にお訊ねしましたら長原さんからだとわかりました。

図書館より『死線を越えて』を入手しました。
社会思想社・現代教養文庫(1997年4月・第7版発行分)で、書庫から出してきて下さった新品のような本でした。
メール開通を切に希望しつつ、感謝の一筆でした。(^−^)


posted by 優子 at 14:02| 随想 | 更新情報をチェックする

2008年12月06日

夫と義母は岐阜へ

夫と義母は今朝6時前に一周忌法要のために岐阜へ出発した。「朝早いから起きんでええで」と夫が言ってくれたので、私は7時過ぎまで寝ていた。

藤本の両親は共に岐阜出身で、すぐ近くにお互いの実家がある。それぞれが7人〜8人の兄弟姉妹で、みんな高齢だからと義父の一周忌の法事にも遠方の親族には声をかけなかった。夫の父が亡くなって早4年経った。

遠いので法事は欠席するつもりでいた義母は、既にお供えを送っていたのだが、「それは行かなあかんで」と言った三男の言葉で行くことになったのだ。

一昨日は12月とは思えぬ暖かさで日陰でも寒くなかったので、孫と一緒に玄関の庭でチューリップを植えていたら、義母がスッキリして美容院から帰って来たのだった。

その少し前にも大おばあちゃんの所へ行こうとしたら、幸悠は固まってしまって歩かないので球根を植えていたのだったが、大祖母を見てまた急速冷凍されたように固まってしまった(笑)。

昨日別れてから、知子は運転しながらあやすものの30分間も泣き止まなかったと聞いてビックリした。
いいとこ5分もすれば泣き止むであろうに、「おじいちゃんは・・?」と言うとシーンとし、「パパは・・?」と言っても泣き止まず、「おばあちゃんは・・?」と言うと、またまたボリュームを上げて泣き続けたという。
何てかわいいユキちゃん!!!
賢い子やねえ(笑)。


夫は年老いた母との一日である。
「お母さんと良い時間を過ごしてね。このことも懐かしい思い出になるのだからね」と、いつの頃からかこんな言葉をかけられるようになっていた。


先日、真智子とスカイプした時の義母の顔を見て年を取ったなぁと悲しかったが、洗面所で自分の顔を見てギョッとしたものだが、一昨日は元気そうな義母で嬉しかった。

「ひとは忍耐しているとき、怒っているのではないが、しかしまた、愛しているのでもない。」と北森嘉蔵牧師が書いていたが、しかし、とにかくも忍耐することは素晴しいことだ。

忍耐を選びとることは神の導きを選びとることだからだ。
そして神と共に歩んでいたら、いつしか愛が芽生えていたのだから、神は本当に責任をもって変えていかれるのである。


こんなに嬉しいことはない。
だから私はこれからも神に委ねて歩いて行くのである。
「徹底的解決」に至らせて下さり、誰よりも恵まれるのは神の導きを選び取る者なのだから!

今日は掃除を終えてカットに行って来た。
夫たちの無事到着を待ちながらブログを書いていたら、今7時35分、無事到着!(神さま、ありがとうございました・中断して門へ!)

去年の帰りに間違って伊勢に向かって走ってしまったように、「あれでは間違うわ」と夫が言った。やはり伊勢方面と大阪方面の案内表示板がわかりにくく、以前と違って大阪方面が左に曲がらねばならないそうだ。(2007年12月21日記事)
行きは3時間少々、帰りは4時間かかって岐阜往復。400キロの旅だった。

車内は大きな音で讃美歌が流れていた。
三重県あたりからラジオの電波が入らくなるからと、ずっと讃美歌をかけていたそうだ。へぇ〜〜?感心感心!
義母も元気だった。
posted by 優子 at 19:55| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2008年12月05日

繊細な「かたまる君」

3日は教会の託児つきリース作りを楽しみに参加した長女だった。
幸悠はママと手をつないでルンルン気分で教会の入り口まで来たのに、入り口に入った瞬間に動かなくなってしまい、「はい、お靴脱ごうね」と立たせた瞬間から泣き始めた。以後、おやつで誘って頂いてもダメ、ママから離れられなかったそうだ。

知子は機会を見ては外へ連れ出して同じ年頃の子供と遊ばせたり、保育園の園庭開放にも参加しているのに、とにかく初めての所はダメなのだ。

幼児であれ一人ひとり違い、何と個性的なのだろう。
0ヶ月の時からとにかく寝ない子だった。
生後3ヶ月になった頃から、ジーッと周囲を見つめるのが特徴だった。最初はどこへ行っても慣れるまでは打ち解けずにジッとしているそうだ。
そして、慣れてしまえば思いっきり楽しそうに遊ぶので、神さまがこの子に備えられた個性を無理に矯正する必要もない。大切に見守ってやりたい。


しかし、あまりに大きな声で泣き続けているので説明も耳に入らず、ついにはママと一緒になって横に座り、メッセージの間もおとなしくしていたそうだ。
そして、終わる30分前頃からようやく慣れてきて、ママの姿を常に確かめながら少し離れて歩き出したそうだが、家にいる時のように電気コードを抜いたり、リース材料のドングリを投げたりの悪さはしなかった。

知子リース2008年.jpg 知子が作ったリース


前回まではおじいちゃんにも完全になついていたのに、教会でのストレス(?)が強かったせいか、幸悠はおじいちゃんもダメになってしまった。
「ユキちゃん、おいで」と言っても無視したり、緊張で石像のように固まってしまうのだ。今回はどの場面でも、「また固まっている」と言われてばかりで、夫は孫に「かたまる君」というニックネームをつけた。

クリスマスのイルミネーションが見えた時点で固まってしまい、刺激が強すぎたのか怖くて泣いてしまった。
夜空の三日月を何度も指差して「アッ!アッ!」(「エッ!エッ!」)と言うので気に入ったのかと思っていたら、どうやら月も怖いらしということがわかった。

しかし、孫は可愛い。
あんなにしんどかったのに、孫の顔を見た瞬間に忘れてしまった。母親がいない時に泣かれるとたまらなく不憫に思い、母性愛を引き出される。

今朝は天気予報通りに8時過ぎから急激に空が暗くなり、激しい雷雨になって怖くて泣き出した。幸悠は2階にいるママを恋しがりもしないで、パソコンを開いていた私の胸に抱きついて離れなかった。

そこで、出産後の滞在中によく聞いていたエルガーの「愛の挨拶」に切り替えて、幸悠に話していたのだった。
「イエスさま、いつもぼくといっしょにいてくださいね。今日もぼくのことを見ていてくださいね。」と話しているうちに眠ってしまった。

「ユキちゃん、ユキちゃんがママのおなかの中にいた時ね、おばあちゃんとママはとても関係が悪かったの。おなかの中にいた時、心配かけて悪かったね。ゆるしてね。でもね、今はとても仲良しになったから安心してね。」と、今日もまた眠っている孫に話していた。

昨日は娘が『私は貝になりたい』を検索しているので、私は子守りを申し出て、娘は急きょ八木の映画館に出かけて行った。たった4時間でもしばしの息抜きになったことだろう。

そして、昨年の8月21・29日のブログ記事に『私は貝になりたい』を書いているので読んでもらった。
ついでながら、それを書いていた昨夏7・8月は知子との最悪の時であった。特に8月初旬以降は書くことで神を見失わないようにと自分を支えていたので運筆の勢いに我ながら驚く。

今日の夕刻6時半、いよいよ別れる時、チャイルドシートに座っている幸悠がひどく泣いた。私と別れたくないと泣いたのだ。嬉しかったなぁー!!!

ユキちゃん、また遊ぼうね。一緒にタンタンに入ろうね。
今度会った時は、おじいちゃんの前でも固まらないでやってね。
デパートへ行った時もね、おじいちゃんはね、「これ、幸悠にどうや? 買(こ)うたり」って言ってたよ。
スーパーへ行った時もね、「今週はユキが来るからバナナにヨーグルトに・・・」って、たくさんかごに入れていたよ。だから固まらないでやってね。


知子が帰った20分後に夫が帰宅した。
幸悠が私との別れを惜しんで、思いっきり大泣きしたことを伝えたら、「僕の時は石像みたいに固まってしまいよる。」と言ったので、またまた大笑いしたのだった。








posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

神と共にある憂鬱

50歳を迎える頃、ようやく神との七転八倒の闘いも終わり、人生の大枠を理解できるようになって、それまでとは違ってはるかに生き易くなった。

そして50代半ばになった頃から、老いや死の問題が常に心の中を占めるようになったことに気づいている。私の中に常に「死」の意識があり、心の動揺がある。

夫自身も体力の低下を感じているが、「そのようなことは感じない。ユーは考え過ぎ」のひとことで一蹴されてしまう。母親が健在であることも大きいだろうが、63歳にもなって鈍感な人だなぁと思う。

私たちは信仰により苦悩がなくなるのではないことを重々知っていながら、鬱的感情が重く立ち込めると信仰が足りないからと思ってしまいがちである。しかし、それは的外れというべきである。

だからこそ私たちは神を求めるのであり、その弱さの自覚こそが神の恩寵であることを忘れないでいたい。

キリスト教信仰とは、強く見せようとしてその苦悩を押し殺すことではなく、むしろ反対に、自らの弱さを認めること・・・。

自らの内的真実を受け入れ、その苦悩を正直に話しながらも、それでもなお信じるのをやめないこと、すなわち、自分自身の力よりも神の恩寵に信頼をおくことが真の信仰なのです。
トゥルニエの言葉である。(『老いの意味』より)

主に在って苦悩する友よ、我々はキリストに接木されたのだから、「神と共にある老年」を感謝しようではないか。

うっとうしい気持ちになるのは信仰が足りないからなのではなくて、偉大なる信仰者ゆえの苦悩であることを覚え、その心情を分かち合いながら老年期を越えていこうではないか。それを書き表すことこそが偉大なる苦悩者の使命でもあろう。

孫との時間は「死」の意識を緩め、初老の重苦しい気持ちを忘れさせてくれる。しかし、私はそこに留まっていたいとは思わない。

posted by 優子 at 23:22| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

長女は教会でリースを作って我が家へ!

長女はクリスマスのリース作りの案内を頂いて、今朝は10時半から香芝の教会へ母子で参加している。
そのあと2泊の予定でやって来る。
娘の体調にもよるが、特に心配がなければ2泊にして小刻みにおいでねと伝えたのだった。

土曜日の夜、孫が38度余り発熱していたのに翌日は平熱になっており、少々元気がないようだったが食欲はあるしということで、日曜日には放出教会で礼拝を守ったそうだ。

娘の子供時代からのなじみの方々は、「この白髪のおばあちゃん覚えている?」と大勢の大おばあちゃんたちが孫に声をかけて下さっているのに、孫はうつむいて立ったまま。
娘が子供の顔を覗くと、涙をいっぱいためて耐えている内弁慶な幸悠である。ママの顔を見て抱きついたそうだ(笑)。

当日の朝にならないと外出できるかどうかわからないのは、幼児もまたご高齢の方と同じ。そして、知子もそうだ。
「クリスマスのイルミネーションを見せてやるのを楽しみに、今からアイロンかけをすませておくね」とメールを流しておいたところ、元気そうな返信が入っていた。

「私も動きっぱなし★掃除機をかけ、夜のうちに洗濯乾燥、幸の世話ウンチすごかった…今からアイロンかけて出発です」。

昨日に続いて今日も冬晴れ!
今頃はリース作りも終わって昼食が始まる頃だろう。
さて、二人が来るまでに少しでも用事をすませておくべきか、体を休めておくべきか、部屋の中は明るい陽射しがいっぱいでポカポカしている。

「ママとパパは、良いおじいちゃんとおばあちゃんになってる。」(「ミネソタ便り」11月8日の記事)と言った真智子の言葉は、今も胸に熱く響いている。
とてもとても嬉しかったよ、真智!
こうして、ママはおばあちゃんになっていくのね。子供の世話をしながらママになっていったように。

ともちゃん、ユキちゃん、ゆっくりおいでね〜〜〜〜〜!!!(笑)

posted by 優子 at 12:32| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

85歳の義母が真智子とスカイプ体験

昨日の午前中は、次女とチャットやスカイプで2時間近くインターネットを通しておしゃべりしていた。その間に何度かインターホンが鳴って中座し、そのつど次女には長いこと待たせてしまった。

要件が終われば、「今は電話中なので・・」と話が切れない優柔不断で無礼な私である。2度目は義母と庭で会い、またしても4〜5分間も話してしまってから、ようやく「今、真智子とテレビ電話(スカイプ)で話しているんです。お義母さんも来て下さい」と誘ったのだった。

表情のない義母が驚いたこと!
「夢のようや!ここにまっちゃんが居るみたいや」と、義母は嬉しそうに真智子と会話していた。初めの挨拶では会釈しながら話していた(笑)。

母屋の玄関まで送りに行った時も、「夢みたいや。えらい時代になったもんや。みんなに話しておくわ」と、生き生きと話していた。
私は帰宅した夫の顔を見るなり、義母のスカイプ体験を話すと、思ったとおり最高の笑顔だった。

義母と話す前にはクマ(婿)も加わって話していた。
感謝祭(27日)の祝日にはダウンタウンまで出かけたそうだ。マチ・クマは甥っ子の幸悠にも心をこめて買ってくれていた。
私たちにも何かプレゼントをと考えてくれて、何がいいかいろいろ聞いてくれるのだが、その気持ちが嬉しくてもったいなくて、それだけで私は十分なのだ。

私たちも異国の2人に何か送ってやりたいのだが、結局はお化粧品や薬など実用品だけのプレゼントになってしまった。しかも、食品を送ると税関で没収される可能性大なので海苔類を入れてやるしかない。海草は「シーフード」と書いておけば通用するそうだ。

そして、美濃紙業のファンシーカレンダーをリクエストされて夫は嬉しそうだった。それと、年末になると各製紙メーカーや銀行から頂く手帳を一冊と。結婚当初から次女夫婦共有の日記を記録し続けている。

実は、2日前から始まったクリスマスのイルミネーションを見て、今年は帰国しないので寂しさがつのり始めていた。
3月には一週間休みがあるというので、その時に私一人でミネソタへ行く話も出た。

共に愛を育て合っている微笑ましい姿を思い出して、胸がジーンと熱くなった。私はもっともっと神さまからの愛を頂いて、娘や婿たちに惜しみなく与える母になりたい。

12月に入って毎日届く喪中の葉書きに心が重くなる。今日はある出版社社長さんからだった。
「7月に妻が脳動脈瘤破裂のために永眠しました」。
結婚当初からお名前だけ存じている方だ。
夫は知っていたのだろうか。
奥様のこと、そして、残された伴侶のことを思って心が動かなくなってしまい、私が急死したあとの夫のことを想像した。さすがに夫も悲しんでくれるであろうと思う。
(夜追記:やはり夫は知らなくてビックリしていた。廃業されて取り引きもなくなっていたので連絡されなかったのだろう。)

この頃は疲れやすくて、腰と股関節に強い痛みがあり座っているのも苦痛なので、今日は朝から3時頃まで横になっていた。
持ち時間が少なくなっているから、こんなゆっくりしておられないのにと焦り、鬱々した気持ちに支配されそうになったので、イエスさまのふところに飛び込み、聖書を開いて落ち着きと慰めを得た。
   
 「何事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ
 あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない
 神の平安が、あなたがたの心と思いとを、
 キリスト・イエスにあって守るであろう」。
      

              (ピリピ人への手紙 4章6・7節)

そして、祈りへと導かれた。

全能にして憐れみ深い神さま、私が今、最も心を痛めていることは、悪魔に巣食われてしまって何もかもが信じられなくなり、混乱と不安と他者をゆるせぬ感情に支配されている者のことです。
どうか暗闇にある愛する者が、神に助けを求めるようにお導き下さい!このままでは一生を費やしかねません。

そして主よ、癌と闘っておられる奥様と共に賢島へ行かれたS兄ご夫妻のことも覚えます。明日明後日の旅を祝福して下さい!
主と共に幸いなる時を過ごされますように。そして再び気力を強くされて、後半の抗がん剤治療に耐え抜かしたまえ!!!

ああ、主よ、心優しい和子さんの健康を回復して下さいますように祈ります!このクリスマスに特別の慰めと恵みがありますように!

老親や病人の介護をされている方々を励まし慰めて下さいますように!

孤独な方々を想います。どうぞ慰めて下さい!

長女の健康をも回復して下さいますように。孫の養育を助けて下さい!

異国にいる次女夫婦を祝福し、これからもあなたが常に共にいて下さいますように!信仰の恵みを感謝します。

主よ、夫をも顧みて下さい。まさに明日のことがわからぬ経済状況です。不景気な上に地雷の中を歩くような心境です。
従業員家族の生活全てが肩に重くのしかかっています。どうか夫の健康を支え、神の知恵を頂く者となるようにお導き下さい!

最後に私たちのことをお祈りに憶えて下さっている方々に、私たち以上のお恵みがありますように、そして、この喜ばしい季節に、主が一人ひとりを霊的祝福で満たして下さいますように、尊い主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

みことばを読み、祈りへと導かれて、主はいつもこうして鬱々した思い煩いから解放して下さるのである。
主よ、感謝します。アーメン!
posted by 優子 at 18:06| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

執筆依頼されて感激したものの・・・

29日(土)のこと、今春まで20年間、東大阪で文化活動していた大阪商業大学へ出向いた。布施駅で奈良線に乗り換える時から、まるで懐かしい実家に帰るような気持ちになった。

小阪駅から商大までの道は、かつて自転車で行き来していた生活圏内でもあった。すぐ近くに千里さんの家もある。スーパー店頭の雰囲気は、なぜか幼かった頃の原風景を想わせ、胸がキューっと気持ちよく痛んだ。

受付けに懐かしいお顔が見え、「おはようございます!」と大きな声で会場内へ入ったものの、中はシーンと静まり返り、展示前で大阪陸軍飛行場だった盾津飛行場の話が語られていた。ふらふら

語りべさんのお話が終わり、すぐに役員方と挨拶を交わした。
そこで、来年に日本全国の書店で売り出される本の見開き分2ページに、何か書いてほしいとご依頼されてビックリ仰天!

来年、「河内の郷土文化サークルセンター」は創立25周年にあたり、大きな周年事業の一つとして本を発行することに決まったそうだ。東大阪の文化紹介を内容とするものである。

著名な方々だけではなく全理事さんたちも執筆される。
もとよりその方々は、東大阪、八尾、柏原では著名な郷土史家や文化関係者たちばかりであり、それぞれに資料(知識)は豊かに持っておられる。原稿用紙5枚と言えば、少なくとも30枚分くらいの知識が必要だ。

地域文化のことだから私の得意分野ではないのに、お2人のK氏の熱烈なプロポーズに心が動いて、太宰治の『パンドラの匣(はこ)』を取り上げることでお受けしたのだった。

東大阪に関係ある文学ということで、太宰の『パンドラの』を思いついたわけだ。
この作品は太宰らしくない小説で、内容的にもそれほど面白いものではないが、東大阪の日下(くさか)にあった「孔舎衛(くさか)健康道場」が舞台の昭和10年代の話である。結核患者で自殺した木村庄助に出した太宰の手紙が4通残っている。

ギリシャ神話に伝わる「パンドラの」は有名である。箱を開けると、恐怖、怒り、 悲しみ、憎しみといった全てのものが人間の世界へ飛び出し、最後に「希望」が残っていたという話だ。日本では『浦島太郎』の話が類似するだろう。


昨日が原稿締め切りの『死の棘』を最終推敲して、7時間45分遅れで今朝一番に添付送信完了した(>_<)。そして、再度考えてみたが、やはり私には書けそうにない。

そこで思いついたのが、この作品の舞台が東大阪であることを発見された浅田高明氏をご紹介することだ。読書会では1992年4月の例会で取り上げ、以後も太宰作品の時に何度か講師としてお迎えした。

この発見は、浅田氏が内科医で結核を専門とされていることから、結核を扱った小説に関心を持って読んでおられたことに始まり、お住まいの(京都)醍醐から日下には50回以上も通われたという。
今から数年前に閉じられた「あやめ池遊園地」以前に、「孔舎衛遊園地」があったことも教えて頂いた。

今回もまたお仲間から、読書会ではなくても何かサークルを立ち上げて一緒にやろうと、温かい声をかけて頂いて本当に嬉しかった。
部外者になっているのに、執筆のご依頼をも頂いて本当に感謝している。私なりに何か協力できることを考えたいと思う。


posted by 優子 at 13:03| 読書会関係 | 更新情報をチェックする