2009年05月29日

長女の日々を振り返るために全ての記事を読み直す

自分の気持ちを言語化できたことにより心療内科領域の心配からは解放されたが、3月末に始まった今回の出来事は、知子が療養するために孫と一緒に滞在することになった4月半ばよりも事態は深刻になっている。

幸いにして体重は42キロになり体力はほぼ戻ってきているが、体調はまだまだ安定していない。
しかも、心の傷は今も深くなるばかりで、傍にいる私も重苦しい日々を送っている。誠意が全く感じられないために苦悩するのはよくわかるが、今こそ本来の素直な美しい目を輝かせて欲しい。知子には主が居られる!

次女がこのブログを開設してくれたのは、偶然にも長女の婚約と同時だった。その2ヶ月後くらいに次女の結婚も決まり、私もまた最多忙の日々にあって書き綴っていた。

私はこれまでのことを振り返ろうとの思いが与えられて、昨日一昨日の2日間をかけて、カテゴリ「家族」の記事から長女のことを振りかえりながら、長女と次女の関連記事をそれぞれに振り分けることにした。

それだけではなく「随想」からも拾い上げることにした。
全部で1250もある記事より、一つひとつ選び出す根気の要る作業は6時間以上かかった。

カテゴリの名前をどのようにするのか二転三転したが、「知子への想い」、「真智子への想い」になり、いみじくも結婚披露宴の引出物に入れた記念誌のタイトルと同じになった。

私自身についての名称は最も困った。
「私について」、「私関係のこと」、「私の真情」、「私の中核」、「私の想い」・・などいろいろ考えたが、『メメントドミニ』に書き綴っているもの自体が私の内面から発しているので、全ての記事が私の想いでもある。そこで「我が心の旅路」にした。

カテゴリの分類分けを長時間やっているとそのうちにわからなくなってしまい、デタラメな分類になっているのもかなりあると思う。
娘たちについては、それぞれのことを想いながら書いたということに焦点を当て、「我が心の旅路」には私自身の背景を語っているものに焦点を定めたが、内容的にも最も難しいカテゴリだった。

さて、知子の婚約から結婚、そして、今に至る道程において、知子の姿勢は正しく、心を尽くして愛を積み上げてきたことがわかる。

そのことは記事からも明白で、記事には書けなかった出来事について、また、私たち親の目からは間違っていると思っていたところも娘なりに真摯に生きていた。

そして、結婚2年8ヶ月後に37、5キロになってしまったのである。

知子が悲しみと憤りを吐き出したことで問題が表面化して体調は著しく回復してきたが、問題の根はあまりにも深い。
しかも、その後の日々にこそ、その本質が明確に浮き彫りにされるに至り、私たちはより深い苦悩の中に在る


しかし、今の知子は本当に神に助けを求めているのだろうか?!
私たちも祈ることさえできない時があるが、その呻きさえ神に届いている。
「助けを求めるすべての人、心から祈る人のそばに神はおられる」(詩篇145篇18節)ことは確かであるから、どうか主に助けを求めて平安と聡明な知恵を頂いてほしい。

私が生きていく上で最も大切にしていることは素直さと誠実さだ
このたびのことでは悲しい牧者の姿も見た。
人間とは実に弱い。
しかし、どうか今こそ信仰から信仰へと導かれていくように、母の心を自分の心にして生きていってほしい。
人や状況がどうであれ自分は如何に生きるかだ!


必ず神が絶妙なる導きをして下さることであろう。
今こそ生きるということを学ぶ時、このチャンスをどうか逃してしまわないでほしい。
祈ることもできない時に友たちに祈られているという幸い。
これも神の恵みである。ありがたいことだ。
過酷な試練に打ち勝って、知子が燃え上がる信仰者として立ち上がることができるように祈ってやってほしい。

多忙を極めていた妹への配慮から、知子は真智子に伝えていなかったその後のことを26日夜10時半頃から3時間スカイプで話した。
この時、ワシントンでは同日朝9時半頃だった。この日、クマ(次女の伴侶)は初出勤で8時頃に家を出ていた。
最後に真智子から祈ってくれ、それぞれの祈り合いで終わった3時間は神の導きであった。その翌朝(真智子にとってはその夜)、太志君も交えて再び2時間ほど話し合い、祈り合い大いに力づけられた。

ここに和子さんへの感謝を込めて記録させて頂きたい。
27日夕刻に知子に花かごが届いた。中学校の恩師、大阪和子先生からだ。しかし、和子さんは事情を全くご存じない。

和子さんから.jpg

知子様
私にできることは何かないかな・・・と考えました。
きれいな花をながめて、どうぞお気もちをいやして下さい・・。
私も身体一番でコツコツやっていきますからね!!
ユキちゃんにもよろしくね!!
         大阪より

美しくやさしい花々から和子さんの愛を強く感じ、私の心も癒されていくように沁みこんでいった。微かな痛みを感じたので私の心も傷ついているのがわかった。

1月10日にも、「お花屋さんで一目ぼれして見つけた鉢植えをプレゼントさせて下さい!!」と、春を思わせるデンドロビューム、イエローソング・キャンディーという可憐な蘭が届き、思いもかけない病気静養中の和子さんからの贈り物だった。
心から感謝し、和子さんの御回復を祈りつつ刻ませて頂いた。


posted by 優子 at 17:34| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月25日

祈って神の時を待つ

藤本優子様
1日と6日の記事から改めて知子さんに対する
主の豊かな関わりを知ることが出来心より喜んでいます。

生駒署の婦警さんの記事には思わず涙が流れました。
恐らくご自身が辛いところを通られたからでしょうか
知子さんを見て事情を察し声を掛けられたのでしょう。
目に見えない主は決して私たちに分からない関わり方はなさらず
人や森羅万象を通してでも目に見える形で関わってくださるのですね。

(略)

優子さん、知子さんの上に主の豊かな交わりが日々ありますようにお祈りいたします。

優子様!!

お久しぶりです!
パソコンの調子が良くなかったのですね・・・。
とても気になっていました。
毎晩「メメントドメニ」は見ているんです!!

知子さんと警察の女性のお話。
なんと素敵な出会いでしょうか!!
このときのブログは泣きながら読んでいました。
神様はこんな素敵なプレゼントを用意して下さるんだなあ・・・と感激でした。

(略)

優子さんに頂いたきれいなお花の卓上カレンダーは職員室の机の上に置いています。毎朝、神様の御言葉を心に刻んで毎日をスタートさせています。

(略)

私も自分の体を一番に考えながら、幼い頃からの夢だった教師の仕事をもう少し、続けたいと思います。
声が完全に治ったら、是非、一緒にお食事に行きましょう!!
その日が来ることを目標に、一歩、一歩進んでいきます!!

1ヶ月間開くことができなかったホットメールのボックスに頂いていたメールの一部である。
霊的に弱さを感じる時、友の言葉が私を神に近づかせてくれる。

このブログには人生で学んでいることを書いている。
神について、自分自身について、人間について、人生について、・・・全て自分自身を振り返るためだ。せっかく学んだことを忘れないためだ。

そして、愛する娘たちへの遺書でもあり、同時代に生かされている者が励まし慰め合って共に神の恵みを深く味わうためだ。これらの記事が人々のためにもなるならばそんな幸いなことはない。

人生途上には何度も難しい問題が起きてくる。この難局をいかに越えていくか。あとは、神が常に働いて下さっておられることを覚えてさえいればいい。ただ、イエスにのみ目を向けることだ。

神はモーセの人格を整えるのに荒野での40年間を経て、80歳になるまでの歳月をかけて練られた。神の忍耐もさることながらモーセの忍耐力に頭が下がる。

「神が願っておられることは、神があなたの問題を用いてご自分の目的を達成しようとおられることについて、あなたが神に感謝をささげるようになることです。・・・

神に信頼して正しいことを行っていくことです。
『あなたがたは、神のご計画のうちに最後までとどまり続ける必要があります。・・』あきらめてはいけません。・・・」


「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」  (ロマ書8章28節)

この約束は、神の子供たちに対してのみ与えられているものであり、全ての人のために与えられているわけではない。まことの神を認めず、神に反対し、それゆえに己を省みることもなく、自分勝手な生き方をしている人のためではない。

「地上における全てのことにはそれぞれの時があり、
それぞれの季節がある。」

今こそ忍耐を働かせよう。
1年ぶりに復職された和子さんのことを祈りつつ・・・

posted by 優子 at 16:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

ワシントンよりYさんのご快癒を祈る2人

ミネソタから2時間の飛行を経て、次女夫婦は無事にワシントンに到着した。日本と真智子たちとの自差はマイナス13時間になった。

ワシントンの治安について尋ねたところ、住まいのマンションの入り口はロックされており、フロントデスクにはホテルのように人が居り、玄関のドアも2つ鍵がついているというので安心した。
マンションの敷地を出ると、すぐにビジネス街のようで街の雰囲気もわりといいらしい。

着いた翌日(22日)の二人

2009.5.21ワシントン.jpg

これはその夜のディナー。
ご飯とアメリカンチェリーもある!
このフライドチキンは、近くのスーパーで
8ピース500円の特価だったそうだ!
どこへ行ってもたくましい。

dinner.jpg

これは2006年秋にIMF本部を訪ねた時の写真だ。
あれから3年、
たゆみない努力が新しい挑戦を生み出した。
まもなく世界に向けての就職活動を開始するのだろう。

IMF.jpg

返信の冒頭には美濃紙業のYさんのことが書いてあった。
メールを読んだ時、Yさんの話を聞いて、ヒヤッとしました。太志にも伝えると、ショックをうけてました。
2人で声を出してお祈りしました。
今後も、お祈りしています。Yさんに励ましを伝えてください。

ありがとう!
Yさんが忘れられていないことを知らせてあげたい。
遠くアメリカの地で真智子たちも祈っていることを、
そして、そのことを通して
主の愛と希望をお伝えすることができますように!
主よ、どうかYさんを恵み、助けて下さい。
イエスさまの御名によって祈ります。
                  アーメン


posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

いよいよワシントン入り、IMF本部で働く次女夫婦

ママ、メールありがとう!元気に頑張ってるよ。

昨日、急激に暑くなって、なんと33度。
今日も33度です。

もう荷造りもほぼ完了して、2箱ほどは今日発送しました。
荷物運びぐま(伴侶)に感謝(笑)。

昨日はそうじもして、毛布やセーターも洗いました。
数日前まではまだ寒かったのに。ジャケット着てたし。。

ミネソタの家の家賃は、高熱費の分だけでも安くしてもらえませんか?とメアリーベスに頼んでみたら、OKしてもらえました。感謝です。

研究の方も、努力がとても報われていると感じてます。
月曜日、NとF(指導教官)にリスクシェアリングに関する共同研究の報告をしたのだけど、すごくほめてもらえました。発表自体はいつものごとく、かなり激しかったけどね。

「前回見たときよりも随分良くなってるよ。」
「これで今年2人のうちどちらかJob Market(就職活動)に出れるよ。一本の論文で2人は出れないけどね。」と言ってくれたほど。
今後やっていく課題は沢山あるけど、頑張ります!!

火曜日は、日本の生産性に関する共同研究についてAmilと話したら、トピックがとてもタイムリーだから、頑張れば、トップジャーナルを目指せる、って励ましてくれました。課題をこなして、トップジャーナルに挑戦できるよう、頑張ります。

神様に感謝です。こうして嬉しい時ばかりではなく、いつも、私達の努力を覚えて祝福してくださることを信じることが出来るように、と思います。
辛いときは全てを悪い方向に見て、いじけてしまうから。

忙しいスケジュールと、先生達からコメントをもらうストレスのなか、くまとの小競り合いもちょくちょくあるけど、仲直りして仲良くやってます。

明日は午前中に出発です。
いってきまーす!

真智子

今朝の6時前に届いていた真智子のメールだ。
私は急に聞きたくなって「マチとクマのテーマ」にしているディズニーの曲をPCから流した。すると傍にいたユキが「まー(の曲)」と言った。

私はずっと長女のことに集中していた日々だったので、この曲を聞くのは久しぶりだったから、何と懐かしく気持ちをくつろがせてくれたことか。今も聞きながらこれを書いている。

毎朝の楽しみになっているブログのアクセス解析を見ると、今日も「藤本真智子 東京大学」で検索して訪ねて下さっている方がいた。娘のことを注目して下さっている人もいるのだろう。
時には「東京大学 成田太志」からのアクセスもある。(ついでながら一昨日のアクセス数は253、昨日は297もあった。)

次女が自我に目覚めた頃からのことを思い起こすと、真智子は常に高いアンビション(大きな志)をもって魂を生き生き働かせて、イエスさまと共に日々の業に励み続けてきた。そんな真智子から私は何度も何度も励まされてきたものだ。

しかし、真智子に比べて私の努力は何と小さかったことか・・・、真智子との日々に感慨深いものがある。


マチとクマは今、21日午前3時頃だ。夜が明ければワシントンに発つ。神さまからの賜物を一生懸命磨き続ける2人に神の豊かな祝福があるようにと、今も祈りに導かれている。スカイプをする時間もないので、ここで2人のことを祈ろう。

父なる神さま、この多忙極まる月日も真智子と太志君の霊肉を守って下さったことを感謝いたします。そして何よりも、いつもあなたが共に居られることを彼らの心にとめさせて下さったことを感謝します。

神さま、あなたは真智子に対して特別のご計画をお持ちであるように思えてなりません。
太志君と出会い、結婚し、その当初には大きな問題を明るみにされて、真智子だけではなく私たちも深い深い苦悩の年月を過ごしてきました。

あの時、あなたは真智子の幼い頃に刻んで下さったイエスさまの十字架により、真智子に賜った信仰の恵みを確かなものにされました。

太志君自身も真智子の愛に応えて、その問題から逃げずに誠実に努力を重ねてきました。あなたはその最悪なことを通して太志君を救い出されました。きっとそのこともあなたのご計画だったのでしょう。

彼らの日常は成すべきことがあまりに多くて教会に行くことができませんが、常に恵みの中で主と共に生かされており、多くのクリスチャンたちへの励ましとさえして下さっています。それは彼らが毎日聖書を読み、祈る者として下さっているゆえです。

夜が明ければ2人はミネソタを発ちワシントンに向かいます。
旅行ではなく3ヶ月間留まらねばなりませんから、生活環境に慣れないまま仕事に就かねばなりません。治安もミネソタよりも悪いと思います。
どうかあらゆる危険から彼らを守って下さり、その経験を次へとつなぐことができますように良き日々を生かせて下さい。

これからも仕事に精励し、試みや困難に雄々しく立ち向かい、失望の時も気落ちせずに耐えさせて下さい。
そして、関わる人々には誠意を尽くして、自分のできることは喜んで助けることができますようにお導き下さい。

最後に、今入院中の美濃紙業のYさんのことを祈りします。
主よ、完治はできなくとも、どうか危険から脱してこれまでの生活ができるまで回復させて下さい。あなたの御手を触れて即刻にもYさんを癒して下さい!奇跡的回復を祈り続けます。

主イエス・キリストの御名によってお祈りします。
                         アーメン


posted by 優子 at 17:08| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

18日の「オリーブの会」より ―苦しみは誰から?―

「ヨブ記」が書かれたのは諸説があるが紀元前5世紀頃であると見られている。この書は単にユダヤ教やキリスト教信仰、神学のみならず、ヨーロッパ文学や哲学にも深く関わる書物であり、世界最高峰の文学でもあると称賛されている。

「ヨブ記」の主題は人類に共通している「苦難」の問題だ。人生には人間の側で、その原因がどうしても分からない苦難がある。
昨日の記事にあるように、ヨブは富裕な家長であり篤い信仰をもって生きる善良な人だった。そのヨブが一日にして全ての財産と子供たちを失い、その上に自らも悪性腫瘍に苦しまねばならなかったのは何故か?!

善良な者が苦しみ、悪人が栄えるのは、時代や国を越えて世の常のようにも見える。これをいかに理解すればいいのか。まことに深遠で壮大な問いである。

私の半生においてもヨブ記が最大の関心事であり、30歳代半ば過ぎてより10年以上に及ぶ神との問答、対決があった。
私もまたヨブのように決定的な答えを頂くことはできなかったが、信仰が練られて明確なる神への信頼と、詩篇131篇1・2節のみことばを賜った。自分のものになったのである。
 

     「及びもつかない大きなことや、奇(くす)しいことに、
      私は深入りしません。
      まことに私は、
      自分のたましいを和らげ、静めました。」


畢竟、私もまた神の領域である深遠なことにも関係したいという人間の思いあがり、全てを理解できると思っている人間の心理、傲慢さを自覚したというものだった。
言葉を代えれば、自分が無知であることも知らなかったという感動の気づきであった。

ヨブもまた苦難の原因は最後まで分からなかったが、しかし、神と密接に出会うことにより、理由は分からないままに苦難の問題は解決したのであった。

ついでながら、「ヨブ」とは「憎まれた者」、「敵を持つ者」、「悔い改めた者」、「愛された者」など正反対な意味まであるが、今の神学でも判然としていない。

では、昨日の「オリーブの会」で語り合った設問の中からいくつかをお分かちしたい。これをお読み下さっている方々にも神の恵みとお導きがありますように祈りつつ。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

@ 潔白で正しいということは、具体的にどういうことですか。罪はなかったと思いますか?

 ヨブは全く罪がなかったということではなくて、人間であるから罪人であり、罪を犯さない人ではなかったということである。
 道徳的な完全主義を意味するものではなく、原語では神に対して素直、純粋であったという意味の「ターム」が用いられている。
  
A 悪から遠ざかるのは、どんな時に必要ですか?

 世の中では「袖の下」が行われており、「まあ、まあ、いいではないですか」という言葉で受け取らせようとする。そのような時は遠ざかる必要がある。
 これと同様に、私は罪の誘惑のあるところから遠ざかることを話した。人は強くはないから、いつしか自分では気づかないまま白色がグレーに染まっていくことも往々にしてあるからだ。
 
B 人が神さまを信じる理由を、サタン(悪魔)は何と思っているのでしょう。

 「人は満ち足りていたら神を信じるが、苦難に襲われた時は信仰を持ち続けることはできないと思っているのではないか。」とはNさんの発言だ。
 確かに、ヨブは財産も社会的地位もあり全て満たされており、「神の僕」、「神の器」だと言われている者を根底から覆そうと神に挑戦したのである。

C 神さまがヨブの信仰を試すことをサタンに許されたのはなぜでしょう。

D 神さまがみなさんにも同じくサタンの試みを許されたと知れば、どう思いますか?

E ヨブを不幸に落とし入れたのは誰の責任ですか。神さまですか、サタンですか?

F みなさんに不幸をもたらした責任は誰にあるのですか。神さまですか、サタンですか?

G 不幸はサタンのせいだという考え方は、人生にどんな影響を与えますか?


 人は「運が悪かった」、「たまたま偶然に・・・」と思うだろう。しかし、「『運が悪かった』と言うこと自体が自分から逃げている。何故なら理由をそのせいにして現実に蓋をすることになるから」と発言されたNさんの鋭い指摘に感銘を受けた。

H この箇所によると、正しい人が苦しみを受ける理由は何ですか?

「そのことだけを思うと反発を感じるが、大きな枠の中で考えると試練を受けているその人が関わる多くの人々に影響を与えようとされるのだろう。」とは 千里姉。神さまは全てのことを働かせて益とされる!

I クリスチャンが苦しみを受けないなら、どんな人になるでしょう?


この問いかけを聞いた私は目頭が熱くなり、神さまからの深い慰めを感じていた。

J 悲劇に出会った時、ヨブの反応のほかにどんな反応が考えられますか?

誰かのせいにするのではないだろうか。
例えば、先祖を祭っていないからと理由探しをするなど、これが「問題の外在化」と呼ばれるものであると冨美子姉から教えて頂いた。

K 「主は与え、主は取られる」と「主は与え、サタンは取る」とでは、どちらが簡単に言うことができますか?
 
 勿論、後者であろう。

L みなさんは自分が失ったもののことを「主が与え、主が取られた」と言えますか?(心の中で答えてもかまいません)

母の身に起こった理不尽で不条理きわまりないことで神に答えを求め続けていた長い年月を想起し、晩年に過酷すぎる神経難病まで負って、勧善懲悪や因果応報説では納得できない母の苦悩の生涯を思った。

しかし、最後には神に明確に申し上げることができた。
あのような素晴しい母を私に与えて下さったことを感謝するだけではなく、「主が与え、主が取られた」のだと思えるようになった。

その勝利が与えられた時、不幸に出会ったけれど幸福な時には見ることのできなかったものが見えた。
神は神と共に歩む者を必ず勝利させて下さるのである。この思いだけは意志の弱い私でも決して揺らぐことのないものになっている

私の聖書(ヨブ記)の余白にはこのように書いてある。
「主が与え、主が取られ、また、与えられるのだ!ハレルヤ!これは私の信仰告白である。」と!
母はイエス・キリストを信じて召されたから、再び会えるのである。しかも、もう2度と別れることなく永遠に共に居られるのだから今はしばしの別れ。再び母を私に戻して下さるのである。

私の勝利は神の勝利であり、サタンの負けであった!!!
この珠玉の経験が今の試練をも最善に乗り越えさせて下さるという強靭な信仰になっている。


M (1章21節)ヨブは不幸のことで主に感謝しているのではなく、御名そのものに感謝しています。具体的にはどういうことですか?

N 不幸のただ中で、主の御名をほめたたえた時のことを思い出して下さい。その経験を話して下さい。


冨美子姉は、 「ほめたたえたというものではないけれど、私たちの目には苦しみだけしかなく、この先どうなって行くのだろうと苦悩の日々を送っていた時、『主は働いているよ』と言った夫の一言に、『そうだなぁ・・・』と思った。」としみじみと語られた。
私は信仰者御夫妻の姿に深い感銘を受けた。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(以上)

「わたしは裸で母の胎から出た」
の「裸」は、文字通り人間の裸の自覚であるが、「原罪の自覚でもあり、運命の自覚と見ることができよう。それはまた、エゴイズムの自覚でもある。」と旧約聖書学者の浅野順一は述べている。

また、1章で語られているサタンの人間観については―
「サタンは、神や超越者、絶対者は結局人間のためのものであり、要するに、神とは人が自己のために考え出したものに過ぎない。
神は人間の妄想でしかなく、もし、神ありとすれば、人間あればこそ神があるのであり、神があって人間があるのではないとサタンは語る。」


日本人の信仰の対象はサタンの考えそのままではないだろうか!

これを書きながら神との深い交わりの時を与えられて霊的に深い満たしを覚える。優子は主に在って健在なり!
この記事が私の霊的状況をお伝えすることにもなろうと思う。祈りの友たちに心から感謝しつつ。

posted by 優子 at 08:30| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

第40回 オリーブの会 ―「ヨブ記」を読む―

第1章
1:1ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
1:2彼に男の子七人と女の子三人があり、
1:3その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
1:4そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
1:5そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。
1:6ある日、神の子(天使)たちが来て、主の前に立った。サタンも来てその中にいた。
1:7主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
1:8主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
1:9サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
1:10あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
1:11しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
1:12主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。
1:13ある日ヨブのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいたとき、
1:14使者がヨブのもとに来て言った、「牛が耕し、ろばがそのかたわらで草を食っていると、
1:15シバびとが襲ってきて、これを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:16彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「神の火が天から下って、羊およびしもべたちを焼き滅ぼしました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:17彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「カルデヤびとが三組に分れて来て、らくだを襲ってこれを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:18彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「あなたのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいると、
1:19荒野の方から大風が吹いてきて、家の四すみを撃ったので、あの若い人たちの上につぶれ落ちて、皆死にました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:20このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、
1:21そして言った、「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。
1:22すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。

第2章
2:1ある日、また神の子たちが来て、主の前に立った。サタンもまたその中に来て、主の前に立った。
2:2主はサタンに言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
2:3主はサタンに言われた、「あなたは、わたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか。あなたは、わたしを勧めて、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたが、彼はなお堅く保って、おのれを全うした」。
2:4サタンは主に答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。
2:5しかしいま、あなたの手を伸べて、彼の骨と肉とを撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
2:6主はサタンに言われた、「見よ、彼はあなたの手にある。ただ彼の命を助けよ」。
2:7サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。
2:8ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。
2:9時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。
2:10しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。

天地を創造し、私たちを造られ全てを支配されておられる全知全能なる神。あなたを天のお父さまとお呼びできる幸いを感謝し、あなたの御名をほめたたえます。

我が家で開いて下さっている家庭集会「オリーブの会」を、昨日もまた豊かに祝福して下さったことを感謝します。
「私たちは神さまの前にそれぞれの課題がありますが」と会の初めに冨美子姉が祈られた瞬間から、言い尽くせぬ感謝と希望が湧いて参りました。
ここ数日前から知子だけではなく私まで視野狭窄に陥りかけていましたが、こうしてこのたびの危機的状況からも救い出して下さったことを感謝いたします。

冨美子姉、千里姉、Nさんとの深い交わりの中で知子の進み行くべき道を示して下さったことを心から感謝いたします。このような友を与えて下さったことを感謝し、友たちを豊かに省みて下さいますようにお祈りします。
また、Nさんとも永遠に一緒にいたいですから、これら一切のことを通してあなたを信じて永遠のいのちを賜ることができますように心からお願いします。

昨日の学びを振り返るにあたり、最初に尊い主イエス・キリストのお名前を通して感謝の祈りを御前にお捧げいたします。アーメン。

昨日の学びでは「ヨブ記」の第1章1節から2章10節を読んで、それぞれの心の深いところを神さまの光に照らされ探って頂いた。
この冒頭にあるのがその箇所である。内容についてはページを改めて刻みたい。


posted by 優子 at 11:48| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

ただただ神の導きを切に祈る日々

知子は受診のために今朝9時過ぎに家を出て病院へ向かった。
今回のことでは谷口先生から何度もお電話を頂戴している。毎回、1時間から2時間にも及ぶ長い電話になっている。亡くなった母と同い年だから82歳になっておられ、ご高齢のかたに心労をおかけして申し訳なくてならない。

2日前の電話では来訪したいと仰って下さり、土曜日が受診日なのでそのあとに知子夫婦でお伺いさせて頂くことになった。
「終わったら直ぐに来るのよ。何にもないけれどお昼ごはんを食べないでおいでね。」とまで仰って下さり、言葉では言い尽くせぬ愛を賜り続けている。

娘は今、全く心が伝わってこぬゆえの憤り、人をゆるせぬ気持ちに苦しんでいる。今の当然の感情であるだけに通って行くしかない。

母親の私がこのような傍観者のような感情でいいのだろうか。立場が違うからなのか。あるいは冷たいのではないかと悩むこともあるが、私にとってはずっと心を痛めてきたことである。

そして、ついに勝利させて頂いたから情動的に揺れ動かないのだろうと理解しているのだが、娘と立場が違うだけに一層に堪らぬこともあるのだ。


私は娘に今朝も話してやった。
聖書がなぜ多くの信仰者を慰め励ましてきたかを。
それは、人が理不尽な苦しみをなめた時に抱く怒りを聖書が語っているからだ。聖書はこのような気持ちを知っているのだと!


今は亡き世界の北森嘉蔵牧師は、「この直接性の状況を腹にこたえるほどに体験していないと、『敵を愛せよ』という聖書本命のメッセージが空疎なものになる」と語っている。

そこをきれいごとにしてはいけないのに、教条的ゆえからか、自己欺瞞からか判らぬが、きれいごとにして簡単に素通りしてしまう信仰者が何と多いことだろうか!

そうではなくて、相手や状況の現実を十分に直視しながら神への信仰を貫くのである。娘よ、今こそ賜った信仰を奮い立たせて勝利させて頂くのである。

怒りの膿をきれいに出し切って、きれいに拭い取って頂いて初めてそこに新しい希望、力が注ぎ込まれるのである。

赦しの感情が伴うまでには時間がかかるけれど、そのことに間違った罪意識を抱かぬことだ。時間がかかって当然のことである。そこをきれいごとにしてはいけない。ただ一つ大切なことはイエスさまだけを見つめて歩いていくことだ。

時に見かける形骸化した信仰は、悩む者を慰めるどころか神を悲しませることになる。私も自戒しつつ娘に寄り添う日々である。


朝から子守りをしてくれていた夫は、午後から業界の会合に来賓として招かれているからとリーガロイヤルホテルへ出かけた。帰りは9時を過ぎるだろう。
出かけることも乾杯の挨拶に立つということも今日の昼食が終わってから言うのだから、娘のことに心砕く私たちは孫の世話もあって夫婦の会話がなくなってしまっていた。

昨年度に夫が理事長の代わりになって務めていた大阪洋紙同業会の理事長を今年度より正式に務めることになった。いくつもの重職を果たしながらの夫に私はもたれかかり過ぎていたかもしれない。

今朝は知子の手をとって祈ってから送り出した。知子は美しい目をしていたのでとても嬉しかった。
最後に必要なものを取りに自宅に寄ると言っていたので帰宅は6時過ぎになるだろう。孫が眠ったので自分自身の気持ちを走り書きした。知子の上に神の導きを切に祈りつつ。

真智子のことも忘れてはいない。
ワシントン行きの荷物さえ用意できず、寝る時間を削って多忙な日々を送っている真智子。短い旅行の荷物ではないから用意できるか心配だ。どうか次女夫婦の霊肉が守られて今を突破することができますように、神の助けを祈っている。

だれが自分のあやまちを知ることができましようか。
どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように。


               (詩篇 19篇12〜14節)



posted by 優子 at 18:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

日々更新される孫の成長 

お祈り.jpg

今から1ヶ月前頃から食前のお祈りをするようになった。
「ンーメン!」と言う。
これは昨夜のユキ。
食前に何かをつまみ食いして、
お口の横に海苔のホクロがついている。(笑)

2009.5.1の3.jpg

大の仲良し「チャッピー」のことを「パッピー」と呼ぶユキ。
今月10日に10歳になったチャッピー。
今日は無事に狂犬病の予防注射を終えた。
長生きしてね、チャッピー。


娘たちとの生活になって1ヶ月経った。
この生活で不自由に感じることが二つある。静まって黙想したり読書や思索することができないこととウォーキングができないことだ。未だに自分の時間をうまくとれなくてストレスが溜まり始めている。

夫は毎晩夜間保育園を開園してくれる。名付けて「じい保育園」。私と娘は夫(父)の帰りを首を長くして待っている。お風呂のあとも寝かせてくれるので、8時半過ぎから解放される。お風呂から上がって10時頃からは完全に自分の時間になるがすっかり怠け者になってしまった。

私たち夫婦にとって歩くことは重要なので昨日から夫と1日交替で歩くことにし、夫が毎晩入れてくれていた孫のお風呂は私と交代制にして昨夜は久しぶりに私が入れた。

お祈りして下さっている方々にもっと早く感謝のご報告をすべきだったのに申し訳ない。おかげさまで孫をお風呂に入れられるくらい指の怪我は回復した。
通院3回で9日(土)を最後に自主終了した。
11日には注意しながらも掃除できるようになり、中厚のゴム手袋ではなく指サックをして台所仕事ができるようになった。

9日の医師は包帯を外すと、「(怪我している)指が臭くなるので手を洗って下さい」と仰ったのでビックリした。
「ええ?どのように洗うのですか?」
「石けんをつけて普通に洗って下さい。どうぞ!」と優しく微笑みながら仰ったので、緊張しながらこわごわ洗ったのだった。

しかも、その後は消毒なしだった。今は水道水で洗うだけで十分という考え方だそうだ。消毒すると皮膚が張らないからこのままでいいというのだ。
縫った傷は消毒が必要だが、子供が怪我した時も水道水で洗うだけでいいですよと話して下さった。
「ふぅ〜〜ん」と私は感心してしまった。

体のどこが病んでもどんなに不便なことか。
改めてありがたさが身に沁み、日々の生活が当たり前ではないことを思い出すことができてよかった。忘れていた大切なものを思い出させてくれたから怪我もまた幸いだった。


今週に入って知子の心身の体調が悪いが、12日は孫が何度も吐くのでお昼前に小児科へ走った。
検査の結果、悪いものではなかったが点滴注射になった。2時からの地域福祉推進委員会は欠席、帰宅してからも夕方まで休憩なしの忙しさだった。しかし、夕方には孫は嘘みたいに元気になった。

ところで、知子が飛行機に乗って高知へ行ったことから、連休明けから孫は飛行機を見つけると「ママ!」と言うようになった。「まー(真智子)」から「ママ」に上書きされ、これでようやく真智は地上に降りることができたのである。(笑)

また、NHKの子供番組「ピタゴラスイッチ」の中にある「アルゴリズム体操」が、とびきり大好きなユキ。
「You Tubu」で何度も見たいとせがまれるので、今やユキの前でPCを開けない。


毎日新しい言葉を口にするだけではなく、今までは名詞が多かったのに対して、「ママ何処?」とママや本を捜したり、「ボンボン、いたい」、「かい(痒い)」、「おいしい」、「こーい(怖い)」、「チッチ(熱い)」、「ばっちい(汚い)」などの形容詞も加わり、「臭い」と言う意味もわかり動物園が臭かったということも理解した。

マチ・クマも気分転換に「ユウ・チューブ」で「アルゴリズム」を見てねと言いたいけれど、ワシントンへの引越しでそれどころではないだろう。
来週の今頃はワシントン。
2人の体調が守られますように祈っている。


posted by 優子 at 16:41| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

倉田百三『出家とその弟子』 ―4月の研究例会報告より―

先月(18日)開催された日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック研究例会の報告を送って頂き、大変興味深く読ませて頂いた。
心ならずも欠席した例会だが、ここでしか聴くことのできない学びをこのブログに刻ませて頂きたいと思う。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 学び  倉田百三著『出家とその弟子』

久保田暁一先生のご講義概要:
   

倉田百三(1891〜1943)は『出家とその弟子』『愛と認識の出発』『布施太子の入山』その他の戯曲、エッセイ、小説を書き残している。
中でも『出家とその弟子』はデビュー作であり、今で言うベストセラーとなった。この作品に惹かれた作家も多い。誰もが青春時代に直面する恋愛や信仰や純粋な生き方が青年の心を捉えたと思われる。

親鸞とその弟子のことを書いた戯曲だが、倉田の考える親鸞であり、キリスト教の影響も多く見受けられる。
ロマン・ローランは「キリストの花と仏陀の華、即ち百合と蓮の華が調和した作品」と激賞した。悪人とは、罪とは、愛とは、恋愛、生き方、人間の真実、などを考えさせられる。『出家とその弟子』の親鸞のモデルは一燈園の西田天香と言われている。

倉田は芥川龍之介と同期であるが、武者の小路実篤、長与善郎、千家元麻、国木田独歩、有島武郎などの白樺派の作家と関係が深かった。
失恋、結核による一高中退で挫折を感じた。郷里の広島の庄原で療養するが、日本アライアンス庄原教会に通い聖書に親しむ。しかし、キリスト者とはならなかった。

その後、一燈園に入る。倉田の思想形成に深い影響を与えたのはキリスト教と一燈園の西田天香の思想であった。晩年は国粋主義的政治運動に関わった。生涯を求道的作家、宗教的人間として遍歴を重ねながら作品を書き残した。


大田正紀先生のご講義概要:

近代日本文学の歴史の中で大きな意味を持つ問題は、明治時代の大逆事件である。幸徳秋水など二十四人が捕らえられ、十二名が死刑、他は重罪となった。現代では、この事件は権力者が彼ら無政府主義者、社会主義者を恐れ、でっち上げた事件とされている。

文学者でこの事件を取り上げたのは森鴎外である。『大塩平八郎』の作品は、鴎外が大逆事件に同情的であったと見る人たちと、平八郎は革命の理念の中で悪魔的なものが入り込んだのを批判したと言う人たちと、両面の評価を得ている。

大逆事件に「ノー」を言ったのは徳富蘆花だけである。一高で講演をして、新しい時代を作る人は常に謀反者である。明治維新もそうであった。この講演を聞いたのが、芥川、倉田、矢内原忠雄などである。この講演の責任で当時の校長・新渡戸稲造は退任した。

倉田が一高に入った頃は立身出世主義であり、合理的、科学的精神の持ち主であった。矢内原は新渡戸、内村鑑三の感化を受け熱心なクリスチャンとなる。
矢内原と倉田と手紙のやり取りをしている。アンチキリスト者だった倉田はやがてアライアンスの教会に通い、聖書を深く読み、キリスト教のメッセージの正しさに心を打たれた。

『出家とその弟子』はキリスト教と仏教の違いが分かり難いほどキリストの恩寵と弥陀の本願が混ざっている。倉田は信仰を持っていないが、キリスト教の枠組みで書いている。祈り、最後の審判など、本来の浄土真宗にはない教えを展開している。

現代、若い人にキリスト教を伝えて行こうとするのに教会はきちんとした答えを出さなかった。
富はどう考えるのか。富の分配は今のアメリカの現状が本当の信仰に合うのか。性の問題、不道徳な考え方が蔓延しているが、キリスト教は結婚、恋愛、性の問題をどう考えているか。きちんとしたメッセージを出していく責任が福音を伝える者にある。

また「義」をどう考えるか。
倫理主義になるのでない。神が罪を贖ってくださったから、それに甘えて今までの生活と同じでよいのではない。『出家とその弟子』のテーマで善鸞はダメな信徒を表している。「義」とは何のためにあるのか。キリスト教はどんな風に考えているかを言わなければならない。
倉田は後に国粋主義に入って行く。日本的クリスチャンのある弱さを示している。


東 道男 先生のお話:


倉田百三は大正時代の人間として、純粋に愛の理想を追求している。そのことはキリスト教の立場から考えると、センチメンタリズムに走っている。

歎異抄と現代日本のプロテスタントと、恩寵、救いに共通点があることは一つの問題である。歎異抄は、すべて恩寵により赦されている。我々は罪が深いがそのままで救われている。
プロテスタントも仏教的他力本願に捉われている。聖霊の働きまで行かない。救われて、新しく生まれ変わり、聖霊の働きによって神の意思を行うところに喜びを見出すまで行かない。


倉田の罪理解は仏教的で因果応報、因縁である。贖罪による赦しが分かっていない。キリスト教的な罪理解に欠けている。罪とは神に対するそむきで宿命ではない。

現在のプロテスタントも罪意識がはっきり分からないまま、赦されているとされる。安易で通俗的な恩寵で、念仏、歎異抄と非常に共通している。


   
東 道男先生が「神の言(ことば)」は言語ではなく生きて働く御業として、ゲーテ『ファウスト』第一幕二番目の文をご紹介くださいました。転記いたします。

こう書いてある、「太初(はじめ)に言葉ありき」
もうここでおれは閊(つか)える。誰かおれを助けて先へ進ませてくれぬか。
言葉というものを、おれはそう高く尊重することはできぬ。
おれが正しく霊の光に照らされているなら、
これと違った風に訳さなくてはなるまい。
こう書いてみる、「太初(はじめ)に意味(こころ)ありき」
軽率に筆をすべらせぬよう、
第一句を慎重に考えなければならぬ。
一切のものを創り成すのは、はたして意味(こころ)であろうか。
こう書いてあるべきだ、「太初(はじめ)に力ありき」
ところが、おれがこう書き記しているうちに、
早くもこれでは物足りないと警告するものがある。
霊の助けだ。おれは咄嗟に思いついて、
確信をもってこう書く、「太初(はじめ)に業ありき」 
                    (相良守峯訳)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例会報告からの引用は以上である。
91歳(?)になられる東牧師については、2008年11月18・19日の記事に詳しい。その前日17日の記事には「『ナルニヤ国物語』の信仰的背景 ―児童文学を愛する方々へ―」と題して、東先生が語られた内容を詳しくお分かちしている。

今や東先生のような牧師にはめったにお目にかかれないだろう。
日本のキリスト教史の生き証人であるだけではなく、何よりも純正統派の教義に裏づけされた筋金入りの牧師、霊の人だからである。
ご高齢のために次回例会は会場が遠方のために欠席される。

※ 尚、クリスチャンでこのような学びに関心のある方は、画面右にある「お気に入りリンク」の「日本クリスチャンペンクラブ」をお訪ね下さい。

次回、関西ブロックの研究例会は、6月20日(土)、午後1時半から5時までで、場所は大津駅から徒歩数分の所にある日本基督教団大津教会・愛光センターにて。参加費は500円です。

例会はいつものように「みことばと祈り」から始まり、次回の学びは三浦綾子著『道ありき』を取り上げます。副読本として大田正紀著『祈りとしての文芸』。講師は久保田暁一先生と大田正紀先生です。
新しい方を歓迎いたします!

★『出家とその弟子』についての記事は、先月の13・14日(「読書会関係」)にも掲載している。



posted by 優子 at 22:18| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

ハンナの悲しみが知子の叫びと重なって見えた

今日も疲労困憊してしまったので昨朝の説教で賜った霊的な感動を文字にできないが、僅かな記録だけでも残しておきたい。

「主よ、わたしはあなたのことを聞きました。主よ、わたしはあなたのみわざを見て恐れます。この年のうちにこれを新たにし、この年のうちにこれを知らせてください。」(ハバクク書3章2節)
放出教会の講壇左側に掲げてあったこのみことばを読んで、神は私に何かを実現しようとされているのだろうか・・・と思い巡らせながら何度も読んだ。

昨朝はサムエル記上1章9〜11節から「御国を求める人」と出して説教された。
シロで彼らが飲み食いしたのち、ハンナは立ちあがった。その時、祭司エリは主の神殿の柱のかたわらの座にすわっていた。
ハンナは心に深く悲しみ、主に祈って、はげしく泣いた。
そして誓いを立てて言った、「万軍の主よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません」。

「主の祈り」にある「御国(みくに)」とは「神の国」であり、「神のご支配」ということである。
イエスさまにより御国が地上に来たのであるが、それを自分のものにするためには悔い改めて福音(ふくいん)を信じる時に神のご支配が及んでくる。そして、イエスさまが再臨される時に御国が完成するのである。

さて、士師記の最後(21章25節)に、「そのころ、イスラエルには王がなかったので、おのおの自分の目に正しいと見るところをおこなった。」と記されている通り、これが当時の人々の判断基準だった。

イスラエルにとって王様は神さま以外にはなく、王は神であったのに人々はそれを認めなかったのである。このようにハンナが生きていたのはイエスさまが来られる遥か昔の基準のない時代であった。

2節には「エルカナには、ふたりの妻があって、ひとりの名はハンナといい、ひとりの名はペニンナといった。ペニンナには子どもがあったが、ハンナには子どもがなかった。」と、一つの家庭に一人の夫と2人の妻がいたとスラスラと書いてあり、これが何らおかしくもないような状況だった。

しかし、今もまたこの時と何ら変わらない。
神を信じていると言いながら従わなかったら全く同じである。
C・S・ルイスは『悪魔の手紙』で、「人間は霊においては神さまと交わることができるが神さまに従わない」と悪魔に語らせている。(確かにこれが人間の実態である)

ところで、神のご計画には必ず人を用いられる。これは変わらない真理である。
御国を求める人は神に祈る人だ。
ハンナは見込みのない状況であっても信仰が与えられ、神を信じて祈ったのである。諦めないで求めたのである。私たちは人に対してしつこくすると嫌われるが、神に対してはしつこくしつこく求めていくことだ。

神との交わりに生きているならば、神を信じてこの局面を打開して下さいと祈っていくのである。
神の時が与えられ、ついに祈りが聞かれた時の喜びと感謝は計り知れない。そして、そのあとこそが大切である。
社会においても人に対しての約束は法的に拘束力があり、神さまへの誓い対しては拘束されることを覚えなければならない。

結婚式の誓い、「・・・常にあなたの(妻・夫)を愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、・・・」も神聖である。
それゆえに司式をした牧師もまた彼らを導く責任は重い。

「夫エルカナは彼女に言った、『あなたが良いと思うようにして、この子の乳離れするまで待ちなさい。ただどうか主がその言われたことを実現してくださるように』。」(23節)このエルカナの言葉は素晴しい。

言い換えれば、「ハンナ、あなたの願いではなく神さまの御心がなるようにしなさい」ということである。

神の御心というのは、いつも自分の願いと一致することではない。
神の御国はハンナのように祈って信じる人、祈って従う人に建て上げられていき、それは神への信仰と服従にかかっている。

この説教から思わされのは、「ハンナは心に深く悲しみ、主に祈って、はげしく泣いた。」が、このたびの知子と重なって見えたこと。
それゆえに、神が直接的に介入されて真実の姿が暴露されたこと。
これからこそいよいよ祈りつつ神に従っていくようにと示されたこと。
また、牧師の本務とそのあり方についても、神さまからの明確なレスポンスだった。

この説教を通して神の光にあてられて自らを探られ、同時に娘の姿をも吟味しながら聴いていたが、3月末に始まるこれまでの行程では明確な罪を示されたところはなかった。
しかし、気づかねばならないところがあれば気づかせて下さるように。




posted by 優子 at 23:57| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

ワシントン行きをひかえたマチとクマ

次女の真智子夫婦は2年間奨学金を頂いたお礼奉公(?)のために、IMFで3ヶ月間働くことになった。規約では13週間までしか働けないということになっているのに、もっと長く求められて困ったようだ。

調整した結果、ワシントン入りは5月21日に決まり、24日にIMFを訪ね、クマは26日から、マチは6月1日から、共に8月21日まで働いて23日にはミネソタへ戻る予定である。

これがワシントンで借りる部屋の写真だ。
http://www.rentriverplace.com/units/1048e/

ワシントンの家賃はミネソタと違って高く、ひと月17万もするそうだが、マンション共有のプールやジム、サウナなどもあるらしい。
この家賃も17万5千円だったのを17万に値切ったというから、さすが我が娘!頼もしい限りである。わーい(嬉しい顔)

ビザの書き換えや飛行機のチケット購入など準備に忙殺されながらも8日には研究発表をすませ、出発までにもう一つのプロジェクトの初稿を書いて一段落させておくなど直前まで厳しい日々が続く。

そんな中に在って、昨日は「お姉ちゃん、いい友達がいるね。イエス様一緒にいてくださってるね。お祈りしています。」とメールが届き、今朝はクマとマチから「母の日」のグリーティングカードが届いていた。

ママへ

今日は母の日やね。いつもいっぱい愛情ありがとう!
手の怪我も高脂血症のことも、ちゃんと処置されているようで、まちも安心しました。チャッピーと歩いて心も体も健康でいてね!
感謝の気持ちをこめて。真智子より。


優子お義母さんへ

お義母さんから受けたたくさんの愛に感謝しています! 真智からメールを読ませていただきましたが、指の方、早く完治しますように、また、高脂血症も良くなりますよう、お祈りしております。お義母さんが真智と僕を思ってくださっているお気持ちがとても嬉しかったです!

メメント・ドミニから、イエス様がお義姉さんを癒されていることを感じました。問題がすぐに解決するわけでなくても、イエス様は常にそばにおられて、私たちを支えてくださっていると思います。幸ちゃんのお母さんであるお義姉さんにも、母の日に大きな恵みがありますように。お祈りしております。

これからもますます元気でいてください。
心からの感謝を込めて。
太志

忙しくしている2人からこのような言葉をもらって、胸がジーンと熱くなった。ありがとう、太志君。ありがとう、真智!

怪我をした翌7日も自動車で病院へ連れて行ってもらって傷の消毒に行ったが、今迄ほったらかしにしている高脂血症の治療をするように娘に説得されて内科も受診した。

血液検査の結果、やはり数値は最悪でリピトールが処方された。
知子は「これはいい薬だから!」と、ファイザー製薬のリピトールについて詳しく説明してくれた(笑)。私は5ミリではなく10ミリの服用となった。

さて、このたびのことで知子は母教会の放出教会へ導かれることになり、今朝は放出教会で母の日礼拝の恵みに与った。私たちにはあらゆる視点から見事なほど幸いなメッセージだった。

昨日の谷口先生宅の家庭集会は欠席したが、私たちを見つけて先生はとても喜んで下さった。心から感謝の気持ちを伝えた。昨日は彼(長女の婿)が出席し、集会のあとも個人的にお導き下さったそうだ。

今日は午後2時から自治会の役員会があるので、残念ながら私たちは「母の日」の愛餐会には出ずに大急ぎで帰宅したが、夕食はささやかな会席料理を頂きながら感謝な時を過ごした。知子の食欲も旺盛だった。

「マチたちも一度連れて来てあげたことがあるよ」
と話しながら、私はマチとクマのことを懐かしく思い出していた。次に帰国した時も是非一緒に行きたい。

以上、マチとクマへの返信に代えて。

放出教会.jpg

東大阪に住んでいた時は車で5〜6分、
礼拝が始まるギリギリに駆け込んでいたのに、
今朝は25分も前に着いてしまった。

5.10母の日礼拝.jpg

今日のユキ。明日で1歳10ヶ月になる。
今では「ばあ」よりも「じい」が大好きなユキ。


posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

神さまからの二つ目の贈り物 ―高知への旅―  

昨秋からの不調の原因が何がなんだか解らなかった2月のこと。長女は3年ぶりに友に短く近況を伝えたところ、「子供が大きくなるまでなんて言わず療養兼ねて一人で遊びにおいでよ」と誘って下さって今回の高知行きとなった。

高知では4月30日(5月1日の記事)に続いて、神さまから二つ目の贈り物が備えられていた。知子は今回のことを、「既に2月に神様が先回りして下さっていたご計画に身震いしています。」と語っている。
このような万全なる神のセッティングにより、主(イエス・キリスト)を知らない友を通して深い悩みの淵から完全に救出されるに至ったのである。


知子が真情を吐露した福野牧師へのメールから知子の軌跡を刻んでおきたい。

彼女のバイタリティと前向きさは、今の私の状態には最善でした。これが3月の時点なら輝いている彼女を見て焦るか、自分の人生はダメだと落ち込んでいたと思います。

生駒警察の方との必然の接触(5月1日の記事)、そして翌日に高知旅行。人生の方向転換。
この1つ1つ段階を経た上での高知の友人からの助言だったからこそ、前向きに立ち上がれたのです。2月に神さまが既に先回りして下さっていてのご計画に身震いしています。

今、私は彼がどうであれ(悔い改めていなくとも)関係なく、自分の人生の建て直しを友人を通して主に示されました。本当に濃密な2日半でした。彼女を通して主が語って下さったのだと思います。

「ふじもっちゃんは病気じゃない!!
それに、もう治ってる!病気じゃないんよ。薬はどんどん強いものに変えられていくだけ。抜け出せなくなるよ。薬には副作用が必ずあるし用量だって個体差もすごいよ。

今妊娠したら奇形児になるというのやから体にいいはずがないでしょう!
しかも、ふじもっちゃんの場合は薬なんか必要ないよ。病気じゃないよ。疲れてただけよ。病気だったとしてももう既に治ってるよ。ふじもっちゃんは病気じゃない!!!

来た日は怖いぐらい黒い顔してたけど、今朝(2日)は信じられないくらい血色が良くなっているし、どんどん血色がよくなって目に力が入ってきて、私、正直びっくりしてる。別人みたい。
だから帰宅したらご両親はもっと驚かれると思うわ。心ってそこまで体と連動してるってことね。
私よりよく食べているし、もう大丈夫やよ。ちょっと疲れてただけで病気じゃない。薬もフェードアウトしていけばいいよ。

人生の早いうちに人間の表とウラ、白と黒い部分がわかったんよ。自分の生き方の転換もね。・・・それは牧師さんも同じだと思う。自分も含めて人間の汚い部分を知った上で舵取りをしていくのよ!ふじもっちゃんみたいにしっかりしたものを持ってる母なら大丈夫よ!・・・」

と何度も言われて心にしみました。

「作り笑いではなく、ママが心から楽しく笑って自分の人生を充実させていて、怒るときは怒りも出して喧嘩もする、子供はそういう姿を見るほうが病気になるほど我慢してる母を見るよりはるかにいいと思う。子供は本能で察しているはずよ。」
私は友の言葉を通して最終的な現状把握ができました。

先月から「気づき」→「病気からの脱出」→「怒りの吐露」を越えてきた私の次の段階としては最高の助言でした。自分の人生をあまりに犠牲にしすぎていた。美化するほどに間違って。

余りに禁欲主義的で完璧主義すぎた。忍耐しすぎた。犠牲愛が可能なのはイエス様だけです。私はそれに気づきました。まず自分の人生あっての配偶者と子供。これも主から彼女を通して示されたと思います。

いろんな人に言われました
「薬だと思って食べていても全く身につかない。美味しいと思って楽しく食べて初めて肉になる」と。ここまで人間の体は小宇宙であり、こんなにまで心が体と連動しているなんて!

そして、4局しかないらしい高知放送で、今朝(3日)3年ぶりに見た『ライフライン』の後半メッセージを偶然聞きました。ぶどう園の話です。
朝にぶどう園に雇われた人も夕方雇われた人にも同じ賃金だなんて、なんと不公平か!しかし賃金を決めるのは主人である、と。

主(イエス)の憐れみにより彼は夕方職を与えられる人なのかもしれません。しかし、不公平だと思うのは間違っていて、主の領域に深入りしてはいけないと今は「頭で」理解しました。私の中では方向転換できました。主のおかげです。

このまま心身が回復していくことを祈ります。
椅子にも痛くて座れぬほど痩せていたのに自分でも信じられません。
主は私を「ちょうどよいときに元気にしてくださった」と、今痛烈に思っています。

   誰かが見ていてくださる
                      (Someone who Cares)

神様は、私のことを理解してくださいます。
落ち込んでいても、見ていてくださるんです。
いつも一緒に歩いてくださいます。
いつも優しく、忍耐をして。
そして、ちょうどよい時に、元気にしてくださるのです。

知子の体脂肪は10、体重は42〜43キロにまで回復してきた。
しかも、高知へ行った夜から全ての薬を断ち切っている!ハレルヤ!
友のYさんに心から感謝している。

まだまだ体調は不安定だが一喜一憂せずにゆっくり治して行けばいい。主に在る方々のお祈りと全ての方々の御愛に心から感謝している。

生駒警察の方との不思議と友との不思議により、本来の知子に復活した。愛と祈りに支えられる時、不思議が起こるのである。
そして、昨日は天王寺動物園へ行った。

私は安堵と共に気の緩みがあったのだろう。
今日の昼食作りでほうれん草を切っていた時に左手親指の先を2ミリほど切り落としてしまった。
知子の手際の早いこと!!!
こんなに聡明でテキパキとリードしてくれる女性を妻にした男性は、何と幸せなことだろうか!

調べて救急指定されている病院へ連れて行ってくれた。そこは4月17日夜半(18日)に知子が救急車で運ばれたのと同じ病院だった。
数日間は知子に助けてもらう身になるのが申し訳ない。

2009.5.6.bmp
手のレプリカみたい・・・

posted by 優子 at 18:12| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月02日

忘れられないイチゴ狩り ―言葉を取りもどして飛鳥路を歩く―

夫が大阪紙商健康保険組合・健康管理事業推進委員会の理事をしている関係もあって、委員会主催の明日香村へイチゴ狩りに出かけた。4月18日(土)のことである。
この日は娘が実家に帰ってきて2日目で、知子自身も心の傷がいかに深刻なものであるか全くわからなかった時である。

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ついに憧れのポッポーに乗るユキ。
「ママ」、「じい」、「ばあ」、「ポッポー」と寝言の一つになっているほど
夢に見たポッポーである。

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歩きつかれたユキは途中から自家用車に乗って移動。
ここは、「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」前。
知子ママも疲れて見学せず。

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タンポポを見つけるたびに「じい」と言う孫に、「じいとタンポポを摘んだの?」と聞いてやると、ユキはいつも「うん」と嬉しそうに頷く。

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目的地、中島農園でユキはイチゴを10個も食べたそうだ。
大きいほど甘くておいしかったね。
知子は30個(?)、夫と私は1パックくらいかな(?)、
お腹がいっぱいになってゲップが出るほど食べた。
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石舞台古墳歴史公園内のレストランで昼食。
先着50名に80数名の参加者が集まり大盛況。
昼食後は自由解散なのでそれぞれが明日香村の名所、旧跡を楽しめるプランだった。

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幼児同伴の私たちは、ほぼ来た道を戻って集合場所だった飛鳥駅に向かった。大人の足で往復1時間ほどの適度なウォーキングコースだった。

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飛鳥川沿いを歩く。

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今は周囲を囲まれていた「亀石」の前で。

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電車を見に連れて行ってやる時に持っていく折りたたみイスは、どこででも座れて体力のない知子には重宝だった。
しかも、痩せてしまって座ればお尻から骨が突き出てきそうな知子は、駅のベンチは痛くて座れなかったのに、このイスならば全く痛くなかったそうだ。

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本日のポッポーはこれで終わり。帰宅したのは4時半頃だった。ユキが毎日20〜30回は口にする「ポッポー」が耳鳴りになっている。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今朝は久しぶりに讃美歌が心の深くまで沁みこんできた。
言葉にはならぬ平安と心地よさが魂に届いた。癒しが始まっている。

昨夜、知子は自力で眠れたそうだ。
友の愛に包まれて最高の時を過ごしていると嬉しいメールが届いた。

私は自分自身の祝福のためにその人を、その人たちを許そう(赦そう)。それでもなお心の傷が癒されるためには時間が必要だが、必ず知子の心身は回復することだろう。全ては神によって。


posted by 優子 at 13:33| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

昨日の不思議な出来事も神さまからのもの

「今日は本当に不思議な一日だった。今日で本当にスッキリした。イエス様はやはり生きておられる!と痛感した。31年間の人生で初めての経験だった。(両親の次に)誰よりも、どんな医師よりクリスチャンより励ましを受けた。

ママの友人達は、本当に羨ましいぐらい素晴しい方達ばかり。今回の件についてその方々の心からのメールにどんなに私は励まされたことか。涙して今でも何度も読み返す。でも、実際私は面識がない。

今日、不思議な体験をしたこと・・・これはイエス様だと思った。(私が思っていなかった時点で既に相手の方は「これは縁よ!」と3度おっしゃった)これで明日からスッキリした気持ちで高知県へ行ける。」


昨日のこと、大量の荷物になってしまった日常生活品を運んで帰って来た知子は、玄関に入るなり目を輝かせて矢継ぎ早にこのように語ったのだった。

お昼過ぎに美濃紙業のOさんから知子の携帯電話は会社に置き忘れていたとの電話が入ったので驚いた。知子は生駒の自宅へ行く前に高速道路を使って父親の会社に出向いていたのだ。

その前夜も眠られずに夜中の3時から起きていた知子は、翌朝社員のYさんに直接お目にかかって慰めと励ましの言葉をお伝えしたいと思い立ったと言った。お目にかかりたいということは数日前から話していたことでもある。

あの過酷な日常の中で夜中にお慰めのお手紙を4月上旬頃に書いていたそうだが、次から次へと苦難の中を通らされているYさんが入院される前に直接お会いしたいと思ったのだ。

会社には始業直前に到着したので、手土産はコンビニのものしか用意できなかったそうだが、懐かしい社員の方々との再会は大きな慰めになったという。
若手の営業マンの方々は、知子が異常に痩せていることに驚かれ、今朝の出勤電車の中から激励の優しいメールが届いた。それもまた、知子には大きな慰めと力になっている。

さて話を戻そう。
路上駐車していたので20分ほどで美濃紙業をあとにして自宅へ向かったそうだが、携帯電話を置き忘れたことも知らずに会社をあとにしたのだった。

そして、重い荷物を自動車に運び終えて出発した後、携帯電話を失くしたことに気づいた。自宅に2度戻り、商店街周辺も走って捜したが見つからず、生駒の派出所へ立ち寄った時のことである。

「今日は体力的には疲れていたが気持ちは楽だったし落ち込んでいなかった(携帯を失くしたのは両親に無断で初めての高速を3つも乗って奈良大阪一周を決行した罰だ、とは思っていたが)。
なのに、何も話していないのに不思議でならない。」
と、常駐している生駒警察の女性警官が語られたことをしゃべり始めた。

「いつもベビーバギーに乗せて、ブルーのポシェットをして歩いていた人やね。一生懸命ベビーカーを押しているのをいつもいつも私は見ていてんよ。
私はブルーが好きでね、あの水色のポシェット(例の1000円のポシェットだ)はこんな形で(と紙に書いて説明し)、肩掛けは茶色でこんな形でしょ?

その後、冬の間姿を見なかったから、引越しはったのかなぁと思ってた。でも最近見かけて、あの坊ちゃんがもう歩いているんや!と思っていたところなのよ。その時もやっぱりあのポシェットしてはったもんね」
と。

知子は外が大好きな息子の為に、痛々しいほど体力を削って頑張ってきた。生駒の急な坂道を、昨年末までは毎日ベビーカーを押して駅へ野菜を買いに行ったり公園へ連れて行ったり。
しかし、警察など関係ないので派出所に目をやった事は1度もなかったが、その警官は毎日娘を見ておられたのだ・・・

その警官が強く印象に残っていた知子と出会って感激して下さり、しかも激痩せした姿を見て人生の一大事を察知されたのだろう。そのあとも知子はごく僅かのことだけを話しただけだったというのに、

「お育ちも、あなたの優しさも一目見ただけでわかるわ。どんなに優しい子でどんな家庭で育ったかも、目をみたらすぐ分かるわ。
あなたは優し過ぎるんや、知ちゃん。どっちが間違っているのか知ちゃんの目を見てたらわかる。優しいご両親がおって、坊ちゃんがおるんやから元気出すんやで!

(胸を叩いて)ここにあるものを出さんとあかん。病院なんか行ってもあかん。いくら飲んでも薬なんか効けへん!!私も同じやってんで。一時42キロぐらいになって私は入院できた。血圧190やったからね。
・・・気持ちを吐き出すことが一番大事なんやで、知ちゃん!もう我慢したらあかん。全部ここ(胸)にあるもの、吐き出しや。

いつでも警察へ気持ちを吐き出しにきて。
これは私と知ちゃんとの縁よ。とにかく気持ちを吐き出して、お父さんとお母さんと坊ちゃんと一緒に今は楽しいことをいっぱいするんや!
高知から帰ってきたら、まず電話して。
近大病院に行く日には少し足を伸ばしてここに寄ってよ!
死んだらあかんで。生きるんやで!バナナ一本でも食べるんやで!」

と最後は手を握り、初対面なのに「知ちゃん」とまで呼んで話されたという。
年間に3万人以上の自殺者を出す日本であるから、そのことを心配して下さったのであろうか。真実の愛こそが人の心に伝わるのである!


そして、「ここに来てくれて私としゃべってくれはった。これも何かの縁なんや。元気出してや!」と何度も言い続けておられたそうだ。

私もまたこのような不思議なことを母の苦難中に何度か経験している。このこともいつか書きたいと思っていたことだ。
いつも精神的に限界に達していた時だ。
住友病院の神経内科外来で、顔なじみになっていた人と挨拶を交わして横に座った。すると一言も話してもいないのに「一目見たらわかりました。」と、当時悩みぬいていた人のことを話し出された。
私の気持ちは満たされ深く慰められて忍耐する力が注がれたのだった。

全てを治められている神さまが全てを知っていて下さり、倒れそうになっている御心に叶う者が倒れてしまうことをなさらない。
時にはクリスチャンだけではなくいろんな人を用いて神の存在を伝えて下さるのだ。「わたしだ。見ているよ」と。そして、今回の警官のこともまさしくそのことだった。

「今日で本当にスッキリした。これで明日からスッキリした気持ちで高知県へ行ける」と、顔を紅潮させて話す知子は小学校時代のようだった。
毎日毎日学校から帰宅するなり学校であったことを嬉しそうに話してくれた知子。私は飽きもしないで毎日毎日聴いていた懐かしい遠い日を思い出した。

2月頃、知子は春を告げる鶯の声が胸に痛かったと言っていた。
息子だけを実家に預けて一人生駒の家で呆然としている時に聞こえた鶯の鳴き声は、耳をふさぎたいほど辛かったという。
「もうすぐ春なのに・・・今頃実家で息子はどうしてるだろう。」と、ベランダから見える自然をボーっと見ていたそうだ。


知ちゃん、新緑の爽やかな風に乗って聞こえてくる鶯の声はどのように聞こえるの?
「今は痛みは感じないけれど、美しさも何も感じない」
でもね、いつか必ず生かされている喜びを歌っているように聞こえるよ。
神さまが2泊3日の旅を事故や一切の危険から守って下さり、友との楽しいひと時となりますように豊かな祝福を祈りつつ、ママは知ちゃんの帰りをユキと待っています。

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午後1時過ぎ、駅までママをお見送り。


17時53分追記:「ママー!」
5時40分、疲れのためにずっとかすれた声ながら、とても明るい声で知子から電話が入った。
プロペラ機だったから5キロ上を飛んでいたので全て見えたとのこと。今、到着して降りたところで海岸を歩きながらの電話で、まだお友達にも会っていないとのことだった。

「ユキにはもうお土産を買っているねん。電車と飛行機と??と。」
きっと伊丹空港で買ったのだろう。
「ではママ、ユキのことよろしくお願いします」と言って切った。
飛行機が飛ぶ時刻に幸悠と一緒に長いお祈りをしていたから、電話を切ってからまた2人で「イエスさま、ありがとうございました」とお祈りした。

私の情緒もどうかしている。麻痺しているかのようだ。
今ようやく知子の悲しみを少しだけ実感しつつあり、涙ぐんでいたところだった。このたびのこと、私は怒りを爆発させたように思えない。
あまりの衝撃が襲った時に働く自己防衛機制なのか!

背中に負われていたユキもママの声を聞いて、「ママ、ママ」と言いながら今眠ってしまった。

知ちゃん、思いっきり楽しんでくるのよ!


posted by 優子 at 16:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする