2009年12月31日

苦悩を突き抜けて歓喜に至れ!

29・30日は穏やかな冬日だったが、今日から打って変わって寒波到来である。私は相変わらず血圧が高いので、トイレの掃除をした程度でのんびり過ごしている。が、動きたいのに動けないのは辛い。
真智子からの明るいメールに気持ちが和む。

25日のクリスマスは、今年も2人でディナーとケーキを作りました!(プライム・リブ・ロースト with 手作りソース、オニオンスープ、サラダ、手作りデコレーションケーキ、シャンパンでした!)最高だった!!

今日は日本では大晦日だね。
今年はゆっくり過ごしてね。

パパが休み中にスカイプしたいです。
日本の1月2日の午前中とかどうかな?

クリスマスディナーの写真は画面右にある「お気に入りリンク」の「真智子のギャラリー」にアップされているのでご覧頂きたい。実家へ帰ってきた時によく見かけるマチ・クマのシルエットが懐かしい。

その" Christmas Dinner 2009 "から一枚だけここにも記録しておきたい。テーブルにはみことば入りの卓上カレンダーも置かれている。22日に送った航空便がまだ届かなくて気になるところだが。
真智子は31日も仕事があるらしいが、アメリカではお正月休みはなくて元旦だけ休みのようだ。こちらは5日が初出である。

夫は今年最後のゴルフから帰宅して、先ほどからBSテレビの「ちあきなおみ」を見ながら演歌を歌っている。今年の紅白歌合戦は60回を重ねる。今年の『ゆく年くる年』を見た時、私はどんな気持ちになるのだろう。

15時間遅れでミネソタもまもなく大晦日の夜が明けるだろう。
2009年は真智子と太志君の笑顔でブログを閉じよう。

Dinner_2shot_2009.jpg

この二人の軌跡は神の証しだ。
この事実に励まされて私も神に望みを置いて新年を迎えよう。

ご挨拶:
今年もここまで導いて下さった主と、支え励まして下さった友と家族に心から感謝します。お祈り下さり本当にありがとうございました。
どうぞ皆様、希望をもって良き新年をお迎え下さい。来たる2010年が神の祝福豊かな年でありますように!


「すべてのものは、ただ神から来ています。
すべてのものは神の力によって保たれ、神の栄光のために存在しているのです。」
                
                (ローマ人への手紙11章36節)

posted by 優子 at 18:00| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年12月28日

休養の処方せん ―阿部光子エッセイ集より―

デフレで消費者は安売りを喜んでいるだろうが、商法のルールを作らなければ全てに悪循環を来たす。そんな経済危機の中、とにかく1年を終えて今日の仕事納めに至れたことを神に感謝した。そして、夫にも。

私的にも苦渋の年末である。
しかし、経営の厳しさも体調の不調も全ては神のプロビデンス(摂理)である。ここに私が依拠するところの正統なるキリスト信仰を明解に示している文章があるので一部引用したい。書き手はクリスチャン作家・阿部光子さんである。
病気はただ放っておくのではない、専門家に相談しながら適切な処置をする、そのときの落ち着きのもとは、あらゆることが愛なる神のご配慮であって全てが益となるのだという点にあります。これを信仰というのです。

イエス・キリストが、あなたの信仰があなたを癒したのだとおっしゃったからと、病気になってもお祈りばかりしている方があります。
それで治るとお祈りのおかげだと、イエス・キリストに対してご利益信仰の神様並みの扱いをする
んですが、治らなかったら悲劇です。

どのようなことも全て神のご摂理のもとにあると受けとることから始まります。


私が風邪をひきかけたのは、冬じゅう無事だった心のおごりから無理をしたためです。ここで記録保持のためにがんばって強い薬で治そうとすると副作用が出ます。

病院の行き帰りに寒い風にもあたるでしょう。そこで万事心得た医者から休養の処方せんをもらったのでした。
何よりもよかったのは、病気になりそうな時の心配を味わったことでした。この次あなたをお見舞いに行くとき、たぶん私はとても優しくなっていると思います。待っていて下さい。

「祈り続けよ!
どんな状況においても、神さまが共におられることを感謝せよ」。

今日頂いたみことばである。
今年は苦しかったけれど恵みもたくさん与えて下さった!感謝!

posted by 優子 at 22:26| 引用文 | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

新たな証しへの道

昨年末から今に至るまで試練の中にある。しかし、私は神に申し上げたい。「ここまで主が私たちを助けてくださった。」と。

12月13日に体調に異常を感じて19日午後に高血圧と判明、その夜に受診。医師の指導通りに養生していたが良くならず、24日の夕刻には知子と共に再び受診し、降圧剤を処方されて帰宅。これが今年のクリスマスイブの光景だった。

友の祈りに心から感謝している。
祈られていることがよくわかるので心強い。

祈りの友、S兄(きょうだい)が書いて下さった13日のメールの一文、「クリスマスイブまでに、優子さんと知子さんに御霊(みたま)が下るように今晩から祈ります。」が心に残っていた。
11日と18日のこと、長女と話していた時に主の臨在を豊かに感じ、私よりも知子に神が力強く働いて下さっていることがわかった。

20日のクリスマス礼拝の恵みを24日に殆ど書き上げていたが更新できず、全てを削除するのも惜しいので一つだけ記録しておきたい。
それはルカによる福音書2章12節の「しるし」についてだ。

「あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。

「この『しるし』はギリシャ語で『セイメイオン』と言い、『何かを示す』という言葉からきていることから『証拠』と訳すことができる。
即ち、『しるし』とは神が生きて働いておられる証拠、神の愛の証拠である!

教会に行ったことのない人も皆、一人ひとり神に覚えられている存在である。私たちはクリスマスの出来事が喜びであると感謝して同意しなければいけない」。


養いになる説教だった。
「神の国に召されるまで真実な歩みができますように」と語られた実直な高見牧師の言葉が私の心を強く打った。

このメッセージが心にあったのでクリスマスの朝に届いた次女の喜びは、神が見守って下さっている「しるし」だと思ったのだった。
そして、これは今日届いた祈りの友からのメールである。

「真智子さん、スターダムに上がりましたね。
優子さんの涙は、真智子さんに伝わっています。 
でも、これからは血圧が上がらないようにね。

今年一年は、いろんなことがありましたね。
優子さんのメールと、ブログに慰められ、励まされて、随分感謝しています。
一番うれしかったのは、優子さんがご一家で教会に行かれたことです。
神様に、祝福されたのですね。」


私の方こそどれだけS兄に支えられたことか!
祈り寄り添って下さる友を与えられているというのは、何という大きな支えであろうか。友お一人おひとりと、真智子と太志君のお祈りを感謝している。

正直なところ、私の中では「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう。」(ダニエル書12章8節)という思いもある。
しかし、主の言葉に信頼する時、私の人生そのものが奇跡となるだろうとの小さなささやきが聞こえる。

人生の重み、生きるということの重さをしみじみ感じている。
私たちにはそれぞれに自由が与えられている。非道な生き方をしても直ぐに裁かれるわけではないだろう。しかし、自由には責任が伴い自らの刈り取りをしなければならないことを知らねばならない。

2009年に続いて来たる年も厳しい試練が続くが、私は神により強くされつつある。
今しか感じることのできないことを、今しか書けない文章を書いていきたいと思う。こうなれば人間の実相とトコトン対峙して文学にまで高めることができないものか。
何よりも証しへの道を歩ませて頂きたいと祈りつつ歩む日々である。


今より心新たに「詩篇23編」を口ずさみながら歩んでいきたいと思う。
主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

23時20分追記:
書きながら精神が高揚してズキンズキンと強い頭痛がしてきた。血圧を測ると(178/103)。やや高めぐらいになりつつあった血圧が元に戻ってしまった。

ブログを書くことは私にとってはリラックスした至福の時なのに、健康でないとこのようなことをしていても身体には悪い刺激になるのだ。
身体のことを考えずに生活できるということがどんなに素晴しいことであるか!呼吸することも食べることも話すことも何もかも当たり前ではないのだ。

医師が言われたように緊張やストレスを持続させないようにしよう。そして、いのちを支配しておられる神に祈ろう。

2010年12月20日追記:
この時初めて知子も馬見労祷教会へ行ったことがわかる。
この頃は私達にとって非常に過酷な日々にあり、これは貴重な記録となったのでこのカテゴリに入れた。

2010年のクリスマスは一変し、クリスマス礼拝で知子と共に転入会へと導かれ豊かな祝福の中にあった。ただただ主の御名を讚美し感謝している。


posted by 優子 at 23:03| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

クリスマスの朝に神さまからのビッグプレゼント!

ママ、体の調子はどうかな?
順調に回復して、楽になってたらいいんだけど。

ゆきの喜ぶ様子、本当に本当に嬉しい。
あんなに大ヒットだっただなんて。
子供の頃、夢中になるおもちゃをもらった時は起きるのも本当に嬉しかったけど、ゆきがそういう気持ちなのかな、と思うと本当に嬉しい。
伝えてくれてありがとう!

アーバンライナーの着想はクマ発でね、まちは、パズルとか音楽とかを考えていたけど、クマが、近くを通っている電車のおもちゃがある、アーバンライナーもある、ということを探してきて、一気に決まったの。

サンタさんもアーバンライナーを選んでいたと聞いて、「重なるかも、とは考えていなかった!!」と、思ったよ。でも、ゆきがサンタさんのも気に入ればいいね。

まちは、11月末から研究が相当大変な局面だったんだけど、・・・「諦めない!」と自分を励まして、祈って、頑張り続けてたけど、(12月)14日の夜にはついに、本当にもうだめか、こっちに道はないということかも、とクマに話してたぐらいだった。クマにも、いつも本当に支えられた。本当に感謝。
           
            (略)

それで、それでね、一大ニュース!!!
人生最大級のニュース!!!!


昨日、Third Year Paper Competitionの結果が出たの!!!
まちと太志との共著論文、一位入賞!!!!!!
一位だったよ!!!!!!!!!!!!!!!

勿論一位とりたかったけど、とれると思ってなかった!
信じられない!神様、本当に本当に感謝します。

まちと太志がミネソタでやり始めた研究第一号。
研究者として、沢山学び、成長してこれた研究。
2人が面白いと情熱をもってしてきた研究。
2人のそれぞれの力を活かしてこれた研究。ノツノツの英語だったけど、2人で会話を補いあいながら沢山の先生に話して、コメントをもらえて、多くの改善をしてこれた研究。

神様が与えてくださった最高の研究!
しかも、こんな最高な形で神様が祝福してくださった!


これからも頑張ろう!と心底思います。
本当に嬉しい。本当に本当に嬉しい。

研究が苦しいときも、いつも祈って支えてくれたママ、本当に有難う。
今まで、何度も何度も支えられた。
情熱と努力の真の理解者。
だからママ、早く元気になってね。


荷物、送ってくれたってね。有難う!
大学に送ってくれて、完璧です!
届くのが楽しみです。
本当にありがとう!

真智子

嬉しかった!!!
読みながら血圧が上昇していくのがわかった。(^−^)
長女にも聞かせてやるために声を出して、そのうちに泣きながら読む私を孫が心配そうに見つめていた。

読み終わってから私は孫に言った。
「おばあちゃんは悲しくて泣いているのではないよ。だから心配しないでね。人はね、悲しい時だけではなく嬉しい時も泣くのよ」と喜びの涙をふいていた。

神より与えられたタラント(能力、賜物)を神と共に磨き続ける真智子と太志君。二人の喜びは、私にとっても最大のクリスマスプレゼントになった。
いや、私だけではなく夫や長女にとっても、私たち全家族への神さまからの大いなる慰めと祝福である。

雪だるま.gif


posted by 優子 at 11:43| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

「賢者の贈り物」

「Merry Xmas!
 ゆきちゃんの大好きなアーバンライナーだよ!
 喜んでくれると嬉しいな!
           真智子おばちゃんより」


「ユキちゃん、メリークリスマス!
今年は大好きなぽっぽをプレゼント!
また一緒に遊ぼうね!
         ふー叔父さんより」


遠い国にいる真智子と太志君から今年も愛の贈り物が届いた。
ポッポーが大好きで大好きで、その中でも特に近鉄電車のアーバンライナーが大好きなユキ。

アーバンライナーは大阪と名古屋を走る特急電車だが、こんなものまでアマゾン(ネット販売)にあるとは驚きだ。
次女夫婦はクリスマス礼拝にも行けないほどハードな日々を過ごしている。小さな時間さえ大切であろうに、何度も割いて選んでくれた贈り物に二人の篤い気持ちが溢れていた。

実は知子もまたアーバンライナーを選んでいた。
このような豪華なものではなくて手動で動かして遊ぶものらしいが、マチ・クマのプレゼントを開けた瞬間、これは『賢者の贈り物』だと思った。


あまりにも有名なオー・ヘンリーの『賢者の贈り物』は、貧しい夫妻が互いへのクリスマスプレゼントを贈る話である。
妻のデラは、夫のジムが大切にしている金の懐中時計に吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を切って売った。一方、夫のジムは祖父と父から受け継いだ貴重な懐中時計を売って、デラが欲しがっていたベッコウのくしを買ったという物語である。

物語は次のように結ばれている。
東方の賢者は、ご存知のように、賢い人たちでした ―― すばらしく賢い人たちだったんです ―― 飼葉桶の中にいる御子に贈り物を運んできたのです。東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。

彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。

さて、わたくしはこれまで、つたないながらも、アパートに住む二人の愚かな子供たちに起こった、平凡な物語をお話してまいりました。
二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。

贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。

ユキも人の真心のわかる大人に育ちますように!

愛の贈り物@.jpg

ユキは先ほど新型インフルエンザの予防注射を終えて帰宅した。思いっきり泣いたらしい(^0^)。そして今また、アーバンライナーに夢中である。イスをトンネルにして創造力豊かに遊んでいる。

アーバンライナーに夢中!.jpg


太志君、真智子、ありがとう!
こちらからの航空便は昨日手配しました。全て知子にやってもらいました。和菓子を入れてやれずにごめんなさい。
着くのは週明けになると思うけれど、大学宛てにしないで自宅にすればよかったかな。

今も血圧は〈181/108〉や〈175/117〉と高いのですが、美しい話を読み書きするのが何よりの安静になるようです。でも疲れるといけないので短時間で書き終えることにします。

ハイネは囲炉裏のそばで春の詩を書きましたが、童話を書く人の気持ちも分かるような気がします。今一度、一切のことを神に委ねます。
若くても身体を大事にして下さいね。心からの感謝をこめて。



posted by 優子 at 12:48| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

血圧高くドクターストップかかる!

先週初めから日を増すごとに真冬の寒さになり、朝の室内の温度は12度から8度に下がっている。

実は1週間前から頭痛に悩まされている。
13日の役員会で次年度も役員に残ってもらえないか、それが駄目ならばもう一度民生委員になってもらえないかと求められ、役員会が終わってからも会長と二人で話していた時に頭の中で強い異変を感じた。

その時、当市の民生委員会の現状を話し、一期で降りた真の理由などを熱く語っていた時に血管が切れたような、あるいは詰ったような恐怖を感じた。それから頭痛が始まったように思う。

数日たっても一向に風邪の気配がないので、脳の中でとんでもないことが起こっているのだろうかと思いつつも祈りながら過ごしていた。

しかし、昨日は頭痛もかなり和らいでいたので忘れかけていた。
体調の悪い娘を休ませ孫を連れて夫と食料品の買出しにも行った。その日の午後、強い寒風に雪も舞っていたので大急ぎで洗濯物を取り入れて部屋に入った瞬間に、前日までのような強い頭痛に襲われた。そして、娘の再三の助言でようやく血圧を測ったのだった。

119番の指示で見知らぬ開業医からも親切な指示を受けて安静を守り、ようやく夜にかかりつけ医に受診した。長年放置していた高脂血症の治療を機に、今年の初夏から信頼できるホームドクターが与えられていた。

その医院へは、昨日の買い物の帰りに孫の予防接種の問診表を取りに行ったところだった。昨日は土曜日だが、午後は幼児たちの新型インフルエンザ接種のために夜まで休みなしで診療されていたのが幸いし、7時過ぎに医院から連絡を頂いて出かけたのだった。

血圧は168と95に下がっていたがまだ高い。
しかし、降圧剤は処方されず、いつも正常値なので血圧が下がりすぎてもいけないということで頭痛薬だけを処方された。原因ははっきり分からないが心労と寒さだろうとのこと。とにかく暖かくしてしばらくは安静にするように言われた。


明日(即ち今日)の礼拝も休むように言われた。
私は「はい、休むことにします」と言っておきながら、やはりどうしても行きたくて今朝9時過ぎにベッドから出た。血圧は同じだった。礼拝後の愛餐会は断念することにして教会へ向かった。

私は30歳になる2ヶ月前に一度血圧が上がったことがあった。
ひどい肩こりから始まり、24時間絶えない頭痛としんどさで、横になりたくても横になると枕が当たるところが痛くて一秒たりとも我慢できなかった。数日後には吐き気だけではなく顔色が土色になった。

ついに4〜5日経ってから、帰社した夫に助けを求めて医院へ連れて行ってもらった。
真智子が1歳3ヶ月の頃で、3歳9か月の知子に真智子を託して二人で行ったように思う。
その時の血圧は160と100くらいだったと思う。
その秋から翌春まで血圧降下剤を飲んでいたが、血圧が下がっても体調は悪く回復するまで1年間かかった。

その経験があっただけに今回は血圧のせいではないと思っていた。横になって落ち着くと頭痛は感じないし、特にしんどくはなかった。
しかし、16日(水)の朝はかなり不調だったので、夫に朝の挨拶をしただけでベッドに戻ったのだった。


クリスマス礼拝の恵みは別のページにしたい。

健康についても非常に傲慢であった。生かされているということ自体がいかに奇跡であるか!
例えば自律神経ひとつとっても自力でどうこうできるものではない。気力や努力で正常に機能させることなどできないのだ。気力があっても今は寒い外に出るのが怖い。


22日の夜は7時半より有名なイルミネーションのお宅で、恒例になった香芝ゴスペルチャーチの人達によるキャロリングが予定されている。
今年から私は裏方だけのご奉仕を申し出ているが、この様子ではとてもご一緒できそうにない。教会の方やイルミネーションハウスの方にお伝えしておかねばならない。

孫は今年はまだ一度も見たことがない。
去年と同じで怖がって泣くのだ。どうやら動くサンタクロースが怖いらしい。

礼拝が終わって外を見ればみぞれが降っていた。
クリスマス礼拝では2歳5ヶ月の孫も聖餐に与った!
それはそれは厳粛にパンとぶどうジュースを頂いていた。



posted by 優子 at 21:00| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2009年12月19日

ピコの死とチャッピーの今

親しくしている淳子姉(しまい)の愛犬ピコが14日に死んだ。
私ももう一度会いたかった。16日に頂いた淳子さんのメールに胸が熱くなってフォルダーに保存したが、ここにその一部を記録させて頂きたい。

「チャピーにも別れはおとずれます。犬の寿命は長くて20年までです。いい思い出をたくさん作ってあげて下さい。チャピーはマットから絶対はみださない。これには感心させられました。

私の都合で散歩も行きたいところへ思う存分行かしてやらなかったのが不満だったろうなと(散歩中もわかってて時間短縮したりしました。)車で出かける時も顔を上げ寂しそうに見送っていました。

いつもすぐ帰るからねと言って出かけていました。動物はしゃべらない、又一切の文句も言わず、どんな時も喜んで迎えてくれます。チャピーも同じだと思います。16年の歳月を共に過ごし楽しませてくれました。寂しさ悲しさも日にち薬です。」


淳子さんが元気になりますように。

ようやく今日チャッピーに予防接種を済ませた。毎年一回受けるもので何種類もの混合接種だが、いつも10月にやっていたのに数年前から年末や年始になってしまった。

初夏のフィラリアの薬も今年は受診せずに処方してもらったので、今日は1年ぶりの自動車なのに乗り込む時からひどく抵抗した。よく覚えているのである。

私が助手席に乗ってチャッピーを足元に座らせるのだが、乗った瞬間から心配なほどガタガタと震え始めた。チャッピーのために良いことをしていても恐怖で寿命を縮めるのではないかと思うほど怖がった。

私は両手でスキンシップし続けて一生懸命安心させてやった。冬毛でムクムクだった。演歌を歌っていた夫にチャッピーが視線を移した時、ほんの少しだけましになったようだが到着するまで震えは治まることはなかった。幸いにして直ぐに呼ばれて診察室に入った。

好物のエサを目の前に示されても反応しないほど緊張していた。
体重は9.4キロ、健康状態は良好なので接種となったが、獣医さんの白衣に水状の便(?)が飛び散った。便ではなく「臭い袋」から出たものだと説明して下さったが汚してしまって申し訳ない。

無事に接種を終えてホッとしたのでチャッピーの怖がりようをお話したら、「柴犬さんは特に警戒心が強いので」と仰ったが、その中でも特に怖がりなようだ。女医さんが手のひらでエサをやって下さるのだが食べなかった。

「お母さんがあげて下さい」と言われて私があげるとペロリと食べたので、咄嗟に「(世話をしている)値打ちがありますね」と言ってしまった。

う〜ん・・・。
と言うことは、私はチャッピーのお母さんなんだ(^−^)。

しかし、この怖がりチャッピーが、「この町の『三大吠え犬』に入っている」と近隣の人に言われた。そのくせ、散歩中は本当に静かなのことも有名で、他の犬に喧嘩を売られても相手にしない利口者だ。

獣医さんに「4〜5日はシャンプーを控えてください」と言われたが、チャッピーはそんなにマメにシャンプーはしない。この前は太志君が手伝ってくれた時だから3月だったはず(>_<)。

チャッピーの接種は終わったが、今度は孫の接種である。23日に新型インフルエンザの予防接種を受けることになっている。

今年も昨年届いたクリスマスカードを何度も開いてキャロルを聴いているので再度掲載したい。ここをクリックして下さればOK。(http://www.frontiernet.net/~jimdandy/specials/xmas.htm
讃美歌114番の美しい調べが神の祝福となりますように。(詳しくは、2008年12月18日の記事を!)
     
     「天(あめ)なる神には みさかえあれ、
     地に住む人には 安きあれ」と、
     み使いこぞりて ほむる歌は、
     静かにふけゆく 夜にひびけり。

     今なおみ使い つばさをのべ、
     疲れしこの世を おおい守り、
     悲しむ都に  なやむ鄙(ひな)に、
     慰めあたうる 歌をうたう。

     重荷を負いつつ 世の旅路に
     悩める人々、かしらをあげ、
     栄(はえ)あるこの日を たたえ歌う
     楽しき歌声 聞きて憩え。

     み使いうたう やすききたり、
     ひさしく聖徒の 待ちし国に、
     主イエスを平和の 君とあがめ、
     あまねく世の民 高く歌わん。

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今日届いた宣教師のメールマガジは次のように結ばれていた。
高慢になりがちな私は、いつもいつも砕かれる必要があるのですが、なかなか難しいですね。「キリストは神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」ピリピ書2章6,7節が今年のクリスマスの私のテーマです。インマヌエルの主が皆さんの心の奥深くに住んで下さいますように。

主に在って幸いなる闘いを闘い続けておられる方々に励まされて、私もまた良き日々を生きていきたい。皆さんの心にもイエスさまが宿って下さいますように。


posted by 優子 at 18:55| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

クリスマスは神からの贈り物

クリスマスが近づいて来ました。アドベントの第4週目に当たる20日(日)朝は、全世界の教会でクリスマス礼拝がもたれます。是非、お近くの教会へお出かけ下さい。

聖書を開いて初めてのクリスマスの出来事を紹介しましょう。
ルカによる福音書2章1〜14節

そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。

ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。 それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
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ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
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御使いは言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使いと一緒になって神を讃美して言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」

マタイによる福音書1章18節〜2章10節

イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。

彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。

彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。
すなわち、「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。

ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。
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イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
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ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。

彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。

彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。

ルカによる福音書2章15〜20節

御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。

そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。

しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、また讃美しながら帰って行った。

クリスマスは神からの贈り物です。神が人となって地上に降りてきて下さったのです。そして、私たちの罪のために身代わりになって十字架上で死んで下さったのです。

私は35歳の時にイエス・キリストを救い主として私の心にお迎えしました。結婚して9年後のことでした。そして、昨日は33回目の結婚記念日でした。
2009年は私たち夫婦にとって公私共に試練の連続で苦渋の日々、これからも厳しい中を進んでいかねばなりません。

しかし、目に見えるところは最悪であっても、今年はこれまでの58年間の人生で最も意味深い聖なるクリスマスを迎えようとしています。ハレルヤです!


神はこれからも助けて下さることでしょう。神はご自身に助けを求める者を決してお見捨てになりません。そして、あなたにも御手を差し伸べておられます。
最後に、ヨハネによる福音書3章16〜18節のみことばをお伝えして終わります。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。
彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである」。
             

「いと高きところでは、神に栄光があるように、
 地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」


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昨日は33回目の結婚記念日だった。


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2009年12月15日

マイナス20度のミネソタより

日本でもこの週末は厳しい寒気になるだろうと予報しているが、ミネソタでは2週間ほど前からかなり冷えて−20度に冷え込む日もあったとか。
しかも風のせいで体感温度は−30度にも感じる極寒の世界である。雪も降り、現在は雪景色で−13度だそうだ。

この寒さの中で精神的ストレスと闘いながらも研究は確実に進んでいるそうだが、「週休2日って大事ね。」という言葉から心身共に厳しい日々が想像された。

週末にはかなり疲れて14時間連続で眠り、日曜日の午後にようやく体力回復という状況だ。
どの学者も皆、若い頃はこのようなハードな研究生活を送っているが神さまから賜った天分を磨き続ける真智子の姿にいつも胸が熱くなり、生きることへの意欲と励ましを感じる。

今では主イエスと共に励む次女夫婦に、神の大いなる摂理を感じてならない。神のご計画の一端を垣間見る思いだ。


12月31日から連邦銀行(FED)に席がもらえるので、来学期はもっと便利で効率良くなるだろうと書いてあった。今期から娘が師事していた一人である教授が連邦銀行の頭取(?)に就任されたので苦労していたのだろう。

別の教授からも今期の仕事に対して高く評価され感謝されているとのこと、「こんな機会を下さった神様に感謝です。」と書いてあった。

神さまと共に感謝と豊かな恵みを感じながら生きている真智子。これこそが真の信仰者の姿である。
これからも見えざる神の御手に導かれて、思いがけない道が開かれ続けていくのであろう。
我が心も躍り立つ!


みことばのカレンダー、来年用もあるの!?
あのカレンダーをめくるたびに心が支えられる思いでした。
ワシントンにも持っていってたよ。
是非、1冊欲しいです。

オフィスにはアメリカ用のカレンダーがあるので、いらないの。
それに、みことばのカレンダーは、一番よく居る家のテーブルの上に置くの。予定を話し合うときにも、よく見てるよ。
ありがとう!
  
       (略)

海苔類も、お化粧類も、調味料類もたっぷり。
おもちも3Kg。無事にお正月を迎えられそうです(笑)。

真智、荷物はクリスマス直前の発送になると思います。今年も大学に送るね。日本より愛を込めて。
ママもいつも真智子と太志君のことをお祈りしています。


posted by 優子 at 22:00| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

増版予定の25周年記念本

『河内文化のおもちゃ箱』が発売されてまもなく1ヶ月になる。
アマゾンドットコムによれば、河内に関する本の売れ筋ランキングが先週は1位で今週は2位という好調な売れ行きで、出版社では既に増版を考えているそうだ。

大阪商業大学のある教授が来年度のテキストに使用されることも先月初めにお聞きしているし、関東の図書館にも置かれているとのこと。
遅ればせながら私も今日、当市の市民図書館にリクエストを出してきた。12月の一冊目として購入すると即答して下さった。ついでに図書館パスワードを交付してもらって、インターネットで予約や延長などの利用状況を照会できるようにした。

『メメントドミニ』を読んで下さっている読者の方も、最寄の図書館にリクエストしてお読み頂きたい。

ついでながら、今春からの『メメントドミニ』アクセス動向では、孔舎衙健康道場へのアクセス数が常に一定数あり、10日に更新した『パンドラの匣』座談会の記事に対しても「大変興味深く読んだ」と反響をお届け下さって嬉しい限りだ。感謝!

早、12月も半ばになる。
街や店は強烈な照明で飾り付けられ、一年中で最も明るい季節でさえある。しかし、人々は人工的な明るさに目がくらんでしまって心の満足を求めないかに見える。

事務的に送られてくるクリスマスの案内に、心の伴わない悲しみと情熱の無さに伝える側がこれではと心が削がれる。
しかし心を分かち、この時を生かして人の心に生きる希望を届けたい。
先週の礼拝中、孫はアドベントクランツ(ロウソク)に向かって息を吹きかけてばかりいた。明日は自治会役員会のために教会へ行けないが、新しい週もクリスマスに備える日々でありたい。

「人の子(イエス・キリスト)は、失われた人を捜して救うために来た」。           
                (ルカによる福音書19章10節)

posted by 優子 at 21:12| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

「イェシュしゃま、かんしゃします」

近くにある保育園では「親子クラブ」というのがある。
園児以外の幼児が招かれて各種のイベントに無料で参加できる。これも地域の子育て支援の一環だが、この保育園はとても人気があり他市から1時間かけてやってくる人もいるらしい。

10月の移動動物園は雨で中止となり、新型インフルエンザ騒ぎで工作教室やクリスマス会も中止になった。その後まもなく園でも罹患者が出たので餅つき大会も中止の連絡が入ったのだが、屋外だから問題ないだろうということで9日に開催された。

これは10月21日の芋堀り:

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私も同行し、初めて園内に入った。
都会と違って広いこと!3倍の広さは優にあるだろう。
遊具もたくさん設置されているので、○○パークと呼んでもいいような園内である。登録すればいつでも自由に園庭で遊んでいいので、わざわざ電車に乗って出かけなくてもいいくらいだ。

09.7未現像 037.jpg


12月9日のお餅つき大会:


お餅つき1.jpg

お餅つき2.jpg


この日の申込み者は80組あったが参加したのは20組ほどだったそうだ。
お餅は一組の親子に二つずつ。一つはおしるこに入れて頂き、もう一つは持って帰ってきた。
「おばあちゃーん、メロンパンナちゃん(?・アンパンマンの仲間)も来てたよ!」と、孫は玄関に入るなり様子を一生懸命話してくれた。

この保育園経営者は同じ自治会の人で、今春そのご夫人から自治会副会長の引継ぎを受けたのだった。

ところで、孫は私の好きな物が見事なほどに好きである。
まず、お赤飯の好きなこと!私以上かもしれない。
そして、お餅まで!
11月に入ってから私は殆どひとりで3キロのお餅を食べてしまったが、孫もまた大好きなのだ(笑)。喉につめないようにとコワゴワ試食させたら、その心配もなく上手に食べる。

とにかく好き嫌いなくしっかり食べるので、背がドンドン伸びているのがわかる。背丈からすれば体重は1キロ少ないくらいだからいいようなものだが、肥満児にならないようにと思うくらい食欲旺盛だ。

最近は昼寝も1時間ほどに短くなった。新生児の時から本当に寝なくてママを困らせていたが、今ではすっかり朝も遅くまで眠るようになり、朝のテレビ体操など9月からやったことはなく8時前まで寝ている。

言葉の成長も著しい。
先月半ば頃より突如長い文章で話すようになり言葉が爆発的に開花している。
おやつを味わいながら「幸せ」と言ったり、「これ久しぶり」、「シュークリーム買ってね」など、話す内容もすっかり一人前だ。

しかしまた、「お帰りなさい」と「ただいま」の使い方がわからない。「行ってきます」と「行ってらっしゃい」、「あげる」と「くれる」などは解っていない。
帰ってきた時に「おかえり」と言いいながら入ってくるし、自分が出かけるのに「いってらっしゃい」と言うところなどかわいさ炸裂だ。私は言語の習得過程をつぶさに見ながら楽しんでいる。


数少なくなった今も残るかわいい表現:


ででんぶ(自分で)、あっかたい(暖かい)、おんじろ(同じ色)、おしゅくり(お薬)、テンギン(ペンギン)、ギンゴ(リンゴ)、たがも(たまご)、クムライス(クリスマス)・・・

乳児の面影が日に日に消えていく今、クリスマスも「クリムマシュ」に変化しているので、まもなく正確に言えるようになるだろう。

絵本で覚えた「わたし」という言葉を実生活に使う孫に感動しつつも、英語と違って日本語には自称にも女言葉と男言葉があるので、「ぼく」に訂正して教えているところである。大人になれば男性もまた正式には「私」になるのだが(笑)。

感心するのは食前のお祈りを欠かさないことだ。
夕食は夫(孫にとっては祖父)の帰りを待たずに孫だけ先に食べ始めることが多い。
そんな時も、「イェシュしゃま(イエスさま)、このお食事感謝します。食べ物感謝します。ママとお散歩感謝します。おじいちゃんが無事に???」と、あとは意味不明の言葉とも言えない言葉で祈っているが、祖父が会社から無事に帰ってきますようにと祈るのだ。

そのあとは超早口で「このお祈りをイェシュしゃまのお名前によってお祈りします。アーメン。いっきまーす!(いただきまーす)」と祈り終える。
しかも、ままごとの時も必ず祈っている。

孫は私たちの祈りを聞いて真似る。身近にいる親や祖父母の生き方が見事に映し出されているのである。
その姿から、親はわが子がどのような人間に育ってほしいのかを確かめないではいられないだろうし、親や周囲にいる大人たちは常に自らを振り返りながら子育ての大任を担うことができるようにと祈らされる。神さまと共に。


寒くなった今も一日に2回、ママに外へ連れて行ってもらって電車を見に行く孫。「駅前に小屋を作って住めば?」と笑ってしまう。

とにかく電車が好きだ。
寝ても覚めても「ポッポー」で、私がパソコン前に座っているとユウチューブの「ポッポーかけて」と言ってくる。「今はダメよ。あとでね」と優しく言っただけなのに、沈んだ表情に変わって目に涙が溢れてくることもしばしば。

今ではパソコン画面の「お気に入り」には、孫のお気に入りが並んでいる。
「汽車ぽっぽ」、「線路は続くよどこまでも」(ユキは「レール」と言う)。「ヤッホー新幹線」、「走れ超特急」、「きた!きた!特急」、「ぼくは電車」など増える一方だ。

今日で2歳5ヶ月になった孫は今、朝食中である。
今日も主が共にいてくださいますように。
私は愛を込めて心のスナップ、おばちゃんの孫日記を刻んでいる。


posted by 優子 at 08:13| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

孔舎衙健康道場発掘者の喜び結実す! ―映画『パンドラの匣』座談会のDVDより―

11月28日の「河内の郷土文化サークルセンター25周年記念行事」会場でお目にかかったコミュニティ・エンパワーメント東大阪のS事務局長さんが、先週末に『パンドラの匣』試写会後にもたれた座談会のDVD(2枚)を送って下さった。

これは10月3日(土)に石切剣箭(つるぎや)神社で開催されたものだ。
近畿大学文芸学部教授・佐藤秀明氏をコーディネイターに、木村重信氏(小説の主人公モデルの実弟、大阪大学名誉教授)、浅田高明氏(孔舎衙健康道場発掘者、太宰文学研究者、医師)、映画監督の冨永昌敬氏、そして、道場長役のミッキー・カーチス氏らの1時間半余りの対談である。

原作は木村庄助氏の日記をもとに、関西を知らなかった太宰が架空の土地に健康道場を設定したものであるが、作品論的には構成力や情景描写の不足が指摘されている作品である。

映画では宮城県の廃校(小学校)を利用され、撮影現場の20メートル後ろには高速道路が走っていたそうだ。ベッドは実物の写真そっくりに特注されており浅田先生は感心されていた。

庄助日記によれば、マア坊には木村アサ子さんと飯島まさこさん(字は不正確)という二人のモデルがあった。冨永氏は映画製作前に布施出身の飯島さんに会って話を聞いておられた。

冨永氏も私の最も興味深い道場での挨拶について飯島さんに尋ねておられる。つまりどんな風にあの言葉を交わしていたのかということだが、私の想像していたとおりの雰囲気だった。

道場での挨拶とは、「やっとるか」、「やっとるぞ」、「がんばれよ」、「よーしきた」のかけ声である。

「(挨拶を交わす相手が)目の前にいるのに、かなり絶叫していたらしい(笑)。
飯島さんは『私はあんなに働き者ではなかった』と言われ、結構サボっていたらしい。その時代、その場にいた人だから、会っただけで感動する。当事者に映画を見てもらったのが嬉しい。」
と冨永氏。

木村重信氏も面白いエピソードを話された。
「結核が軽快して兄が一度家へ帰った時、朝から晩まで兄弟で挨拶をやっていた。
兄は中学生で私は兄より4歳年下で、そんな子供同士でやっていた(笑)」。


重信氏は大正14年3月9日生まれだと仰ったから、私の父と同い年だ。父が生きていれば84歳・・・。
そのようなお年には見えなかったが、庄助氏が健在ならば88歳だ。と言うことは私の親世代であり、庄助氏や太宰は決して遠い時代の人ではないことに気づかされ不思議な気がした。

浅田先生のお話:

WHO(世界保健機関)の健康の定義は、肉体だけではなく精神の健康も謳っており、戦時中にそのようなことを率先して基本に据えたところに道場長・吉田さんの見識の高さがあった。

結核菌は感染しても発病しなければいい。感染したからといって直ぐに病気になるわけではない。免疫をつくるためには体力がないと免疫がつかない。結核は絶対安静でなくても良い。吉田さんはそこに目をつけた。

太宰が戦時中に書いたものを戦後に書き直したところにズレがある。戦時中と戦後の価値観は180度転換し、戦時中の出来事を戦後のことに書き直したところに無理がある。

『パンドラの匣』のモデルの研究が進まなかったのは、場所の特定が進まなかったためで、研究者はそこを素通りしてしまったからではないか。

結核療養所は避病院であり近所から嫌がられていたこともあり、知れ渡っていなかったこともあるだろう。30年余り前は、いくら調べてもわからなかった。

昭和52年3月4日のことを今でもはっきり覚えている!
私は道場開場記念の写真が頭にあった。そして、(探索の)帰り間際、石切の坂を上がってくる途中で見つけたのだ!」。


浅田先生が見つけられたのは、2009年3月25日の「ついに道場跡に立った!」の記事にある3枚目の写真のことである。

最後に、司会者が4人のパネリストに求められたコメントで、浅田先生は孟子の言葉を引用して次のように語られた。

孟子の言葉に、「天(てん)の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず 」というのがあります。(※意味は、天の与える好機も土地の有利な条件には及ばず、土地の有利な条件も民心の和合には及ばない)

私にとって「天の時」とは、私が結核専攻の医者であったこと。太宰が好きで『パンドラの匣』を読んだということです。

「地の利」は、私は京都市伏見区に住んでおり、主人公が京都府城陽市出身であったということで近くだったこと。
そして、調べてみようと発奮して日下(くさか)へやって来て、30年かかって調べて、今映画に作ってもらって日の目をみたことです。

即ち、多くの人たちが皆応援して下さって協力を得て、やっと「人の和」を得て結実しました。

「天の時」も「地の利」も「人の和」も、いっしょくたん(何もかも一緒)に私にやって来たという感じを持っています。非常に感謝しています。ありがとうございました。

浅田先生の深い喜びがわかり感銘を覚えた。

先生が探索を始められたのは昭和52年正月からで、それは私達が結婚して2週間後のことである。私は25歳、まだ人生の夜明け前の時であった。

その後、子育てを通して知的好奇心に目覚め、神と出会って、読書会で浅田先生を知った。それからも3〜4回お目にかかったと思う。そして、今回の執筆を通して不思議な再会へと導かれたのである。

私はキリスト者としてその背後に神の摂理を信じ、神の時が来て(満ちて)今有るを得たと受け止めている。


これを書きながら脳裡に浮かんだ聖書の言葉は「伝道の書11章6節」だ。
「朝のうちに種をまけ、夕まで手を休めてはならない。
実るのは、これであるか、あれであるか、あるいは二つともに良いのであるか、あなたは知らないからである」。

                    
私の人生は既に夕方を迎えつつあるが、しかしそれでも尚、収穫の喜びを期待してあきらめない。全てを見極めておられる神の御手に委ねて励み、希望の種を蒔き続けようと思った。

小説の舞台を発見された研究者と主人公のモデルの実弟との対談は、太宰文学の貴重な研究資料の一つに加えられるであろう。
DVDをお贈り下さったMS.Sさんに心から感謝している。


posted by 優子 at 15:22| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

「きよしこの夜」の翻訳作詞者はJCPの方だった!

クリスチャンでなくてもみんなに愛唱されている讃美歌「きよしこの夜」。昨日の『生かされて』の記事に、「きよしこの夜」の歌詞について書いておられたのを読んでびっくりした!

この讃美歌109番の歌詞は3節までだが、ドイツ語の原作では6節まであり、しかも、「その翻訳をメロディーにあわせて日本語の歌詞として書かれたのが日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のメンバーでもある詩人、佐藤一枝さん」だった!

これが4節から6節の歌詞だ。

      4 きよしこの夜 神のみ子が 
        栄えの姿 惜しまず捨てて
        降(くだ)り給う 罪の世に

      5 きよしこの夜 小さきみ手を
        かかげて招く 救いのみ子は
        愛し給う 友の如(ごと)

      6 きよしこの夜 み傷しめし
        すべての民に ゆるしの恵み
        与え給う イエス・キリスト

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佐藤さんは80歳を過ぎておられる婦人で、このほかにもたくさんの讃美歌の作詞をなさっておられるそうだ。
お名前だけは書かれたもので存じ上げていたが、来夏、関西で予定されている夏期学校でお目にかかれたらこんなに嬉しいことはない。

今日は讃美歌109番を6節まで讃美して始めよう。

posted by 優子 at 07:34| 音楽・芸術 | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

「例外を設けない楽観主義者」が『メサイア』を生んだ

クリスマスを間近に世界中で「メサイア」が歌われている。
「メサイア」と言えばゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel 、英語名ジョージ・フレデリック・ヘンデル)。バッハと共に私を信仰から信仰へと導いてくれる二大音楽家である。

2006年12月7日の記事では、「神が与えて下さった最高の音楽『メサイア』」(カテゴリ「音楽」)として、ヘンデルが56歳にして人生最悪の時に「メサイア」を作曲したことを書いた。

今回はその続編として、その背後で神が働かれていたことを書きたい。

絶望と病気と貧しさの中、公演活動も失敗を重ね続けていたヘンデルに二つの出来事があった。
一つは富裕な友人が台本を渡してくれたことで、その台本には聖書の言葉のみで書かれたキリストの生涯が書かれていた。

もう一つは時を同じくして、ダブリンの慈善団体から寄付興行演奏会の作曲依頼が届いたことだ。
私はこの絶妙なる不思議な出来事に神の摂理を感じないではいられない。

ヘンデルに一片のみことばが浮かんだ。
「彼は侮られて人に捨てられ、
 悲しみの人で、病を知っていた」。

これは「苦難のしもべ」と呼ばれているイザヤ書53章の中に出てくる一節であり、キリストが生まれる遥か700年も前に、預言者イザヤによって救い主の出現と生涯を見事に預言したものである。少し長くなるが引用したい。

だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。
主の腕は、だれにあらわれたか。
彼は主の前に若木のように、
かわいた土から出る根のように育った。
彼にはわれわれの見るべき姿がなく、
威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。
彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。
われわれも彼を尊ばなかった。

まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。

しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。
主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた


彼はしいたげられ、
苦しめられたけれども、口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く小羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。
彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代(よ)の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。
彼は暴虐を行わず、
その口には偽りがなかったけれども、
その墓は悪しき者と共に設けられ、
その塚は悪をなす者と共にあった。

しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、
主は彼を悩まされた。
彼が自分を、とがの供え物となすとき、
その子孫を見ることができ、
その命をながくすることができる。
かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。
義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、
また彼らの不義を負う。
それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。
彼は強い者と共に獲物を分かち取る。
これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、
とがある者と共に数えられたからである。
しかも彼は多くの人の罪を負い、
とがある者のためにとりなしをした

ヘンデルは手を休めて食事を摂ることなく作曲に没頭した。
6日間で第一部を完成させ、続く9日間で第二部を、第三部は6日間で、そして、オーケストラ部分は2日間で仕上げ、260ページにも及ぶ手書きの譜面を僅か24日間で書き上げたのである。

彼はパウロの言葉を引用して、「作曲していた時、それが、からだのままであったか、からだから離れてであったか、わたしは知らない」と語ったという。聖書の箇所は第2コリント12章12節だ。

ヘンデルは「例外を設けない楽観主義者」で、神への信仰が彼を力づけた。
どんなに最悪な時も、何年にもわたる挫折の日々も音楽活動を決して止めることはなかった

ああ、私もヘンデルのような強い信仰を賜りたいものだ!


またヘンデルは、信仰信条の違いゆえに50回、60回と攻撃されようとも屈せず、「私は聖書をよく読んでいます。ですから自分が導かれた解釈を選びます」として動じなかった。
教派の違いによる問題には関わらなかったところにも教えられることが大きい。

そして、同胞が同胞を攻撃するところに人間の本質と人間の限界を見、ヘンデルの生き様に信仰者としての模範を見る思いだ。

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この神への信仰が『メサイア』を生み出し、250年後の今も我々を励まし続けているのである。
以上、『メサイア』を部屋に充満させて自らの信仰生活を振り返りながら書いた。これもまたアドベントにふさわしいことであろう。

尚、P.カヴァノー著『大作曲家の信仰と音楽』(教文館)によれば、ヘンデルが書き始めたのは先の記事に書いた「8月22日」ではなく、「4月22日」となっていることを付け加えておきたい。
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posted by 優子 at 17:04| 音楽・芸術 | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

暗闇の世に光あり!

今年も主(しゅ)のご降誕を待ち望むアドベントの季節に入った。
アドベントとはイエス・キリストの誕生を待ち望む時期を言い、語源はラテン語の" Adventus "(アドベントゥス)に由来する。その意味は「到来、接近、出現」であり、日本語では「待降節」と訳されている。

アドベントは11月30日に最も近い日曜日からクリスマスまでの約4週間で、今年は11月29日がその第1週目にあたる。

アドベントに入ると、教会では4本のロウソク(アドベントクランツ)が立てられて日曜日の午前中に灯される。 最初の日曜日は1本、次の日曜日は2本、そして、4週目になると4本すべてに灯されるので、1週目から灯したロウソクの順に長さが違っている。

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神が人となって生まれて下さったクリスマスは、全ての人に関わる最大の出来事である。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」             
              (ヨハネによる福音書第3章16節)

世界が救い主を待つアドベント。
クリスマスの飾りつけやプレゼントの用意よりも何よりも大切なことは、私たちのところへお出でになる神を静かに待つ心の準備だ。私も神に委ねて備えて頂いて良いクリスマスを迎えよう。

『メメントドミニ』をお読みくださっているお一人おひとりが、十字架の救いのメッセージ、クリスマスの喜びを受け取られますように!

「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」                     
                      (イザヤ書9章2節)

posted by 優子 at 09:39| 神(聖書) | 更新情報をチェックする