2010年12月31日

スカイプで過ごした大晦日3時間スペシャルタイム

案の定ゴルフ場はクローズとの連絡があり、朝食を済ませていた夫は再びパジャマに着替えてベッドインしたのが5時50分頃だった。

仮に自宅の隣にゴルフ場があったとしても、この強風でゴルフなどできるわけがないのにと、私は安堵と共に呟きながら再び目を閉じた。

そして10時過ぎから3時間、次女夫婦と一緒に家族全員でスカイプタイムとなった。
互いの消息を語り合い、その後、少々くすぶりかけていた私たち夫婦と父と子の日常瑣事を聞いてもらった。

最初は感情が爆発してバトルもあったが、マチ・クマの介入によりマグマは鎮火した。(笑)

私はオセチが気になって中座し、会話を聞きながらオセチを作ることにした。離れていてもよく聞こえるので、まるでマチ・クマがここにいるみたいだった。いつもスカイプを繋いだままにしていれば寂しくない。

聡明なる介入のおかげで私の心もきれいにされ、新年を迎えるにふさわしくなった。私も傲慢になっていたことが恥ずかしい。
夫はスカイプのあとで、「真智は僕のことをよく見てるなあ」と感心して言った。
それはそうだけれど言葉がなさすぎるのでは?

今年は最後の週だけだったが少しずつ掃除し、今夜も早くかたづいた。
雑煮椀を出し、祝い箸の箸紙に名前を書き、ユキのお年玉も用意完了。お風呂も入って9時前からゆっくり紅白歌合戦を見ているが、こんなに早くゆっくりするのは結婚初だと思う。

お昼寝しなかったユキは珍しく早く眠った。不真面目だがブログを茶の間で紅白を見ながら書いている。これも太志君が2台目を無線ランにしてくれたおかげだ。

さて、今年は『ゆく年、くる年』を見てどのような気持ちになるだろうか。
では、真智と太志君より一足先に2011年を迎えよう。2011年もお互いに良き日々を重ねていこう。


posted by 優子 at 21:30| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2010年12月30日

古い年を送り新しい年を迎えよう

夫と娘は今日から6日間のお正月休みに入った。
今年も大晦はプライベートゴルフを楽しむ夫だが、明日は雪模様でクローズになるかもしれない。

健康診断では肝臓にいくつかポリープがあると要検査になった夫は、今月肝臓のCT検査を受けたところ、幸いにして全く心配なしと無罪放免になった。

この寒さでは血圧が高いので怖くてチャッピーの散歩も行けず、母や父の介護に通っていた40代の頃は真冬でも薄手のコートで行っていたのが信じられない。

健やかであることの素晴らしさを思う。そして、これからはますます制限が増し加わっていくのだろうと予感させる。

2010年も明日で終わるが、年の瀬とはいえ昔のような風情はなく、懐かしい紅白歌合戦のハイライトシーンなど、テレビ番組だけが年末を思わせる。

そして、今や演歌を歌う夫が私の年の瀬の心象風景となり、ニコニコしていた年末年始の父の顔や、台所に立つ母の姿が少し霞んで見える。

1年を振り返り昨年の今頃は苦悩のどん底だったことを思い、今年は知子を労ってやりたく、知子のためにとの思いでおせち料理を作ってやろうと思っている。

歳末の感謝祈祷を捧げたい。
全知全能なる天の神さま
この1年も事故なく家族そろって年の瀬を迎えることができたことを感謝します。

まもなく2010年が過ぎようとしています。
古い年を送り、私は心新たに希望をもって新しい年を迎えたいと思います。

あの苦悩の時を守り導いて下さっただけではなく、最も良い時に新しい教会へ導いて下さいましたことを感謝します。
どうかこれからの歩みも一歩一歩守り導いて下さい。

そして、友の誠実な愛の支えを感謝します。
カードやプレゼントやメールを送ってくださり、私や私の家族を忘れずにいることを伝えて支えて下さいました。

今、病床にある方々のことを思います。
この年が始まった時、そのようなことは思いもしなかった方もたくさんおられることでしょう。

年末年始も入院される方、退院しても深刻な状況の方、年末に高齢者施設に入所された方など、ご本人もご家族も辛い年越しを過ごしておられることでしょう。

また、家族を亡くされて寂しいお正月を迎える方もおられます。


苦しみや悲しみの中にある方々が神さまと出会うことができますように、これが私の祈りの全てです。
どうぞそのために、私をあなたにふさわしい者として整えて聖霊で満たして下さい。

あなたに祈ることができる方々には、あなたのお慰めとお励ましが豊かに届きますよう祈ります。

2010年を感謝をもって送り、来たる2011年を希望をもって迎えます。

厳しい状況であっても全てはあなたの御手の内です。
ただ主の愛にすがって進んで参りますのでお導き下さい。導かれる者として下さい。

愛する方々の上にあなたの祝福が豊かにありますように祈ります。
この言い尽くせぬ祈りを、主イエス・キリストの御名によって神のみまえにお捧げいたします。アーメン。

もし、どの道を行く時にも神に導きを委ね
神に希望を託すなら
神は何事が起ころうと、力を与え
災いの日にも、担って下さる。
神の変わらぬ愛に信頼を置く者は
何ものも揺るがすことのできぬ岩の土台とする。


      (ウィリアム・バークレー)


posted by 優子 at 22:03| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

聖書と憲法を学ぶ会A ―人に従うよりも神に従う―

ずっと気にかかっていた11月の「聖書と憲法を学ぶ会」の要旨を記録しておきたい。
この会はすでに多くの回を重ねておられるが、私にとっては11月が2回目の参加だったのでその番号を打つことにした。

この時の学びでは、私が常々問題意識をもっているキリスト者の主体の問題と大いに関係することでもあった。

「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである」。
ローマ人への手紙13章1節をどう解釈するのか!

戦時中のドイツの教会は聖書解釈を文字通り受け止める教会・「ドイツ(的)キリスト者」(Deutschen Christen)と、批判的な解釈をもって受け止める「告白教会」があった。

前者はヒトラーに協力し、後者は鉄十字に敬礼することを抵抗したキリスト者たちであった。

カール・バルトは人に従うよりも神に従うという考え方を打ち出した。ボンヘッファーの抵抗運動も告白教会に繋がっていく。

「奴隷的奴隷ではない。自覚的に大胆に忍耐強く神に定められた場所にとどまっていなさい。
権力者に対して生き生きとした責任を自覚すること。
このことは単に『諾(はい)』を言うだけではなく、いつもくりかえし大胆に苦しみを覚悟で『否(いいえ)』を語り抵抗すること、服従を拒否すること」。


というのが、神学者ゴルビツアー(バルトの後継者)の解釈である。

一方、日本の教会はどうであったか。
日本の教会はドイツの抵抗運動を知っていたにも関わらず、聖書の言葉を文字通り受け止め、国家に対して抵抗の姿勢なく協力したのだった。

唯一、無教会(内村鑑三を祖とする)の矢内原忠雄(東大総長)たちだけが反戦、非戦を唱えた。
(ホーリネス教団の牧師も抵抗して獄に入れられた。)

内村鑑三の考え方とは、

@愛国心は自国の独立、文化の伝統、礼節を尊重する。
A他国を蔑視する利己的な狭い愛国心は真の愛国心ではない。
B真の愛国心は他国の権利と発展を希望し、国際主義や恒久平和といった普遍性をもった諸価値を擁護する。
C真の愛国心は国が誤った方向に向かう時は「ノー」と言う。


    ― 国際基督教大教授 千葉 眞(しん)―

おりしもこの学びの数日前の11月23日に北朝鮮が韓国に砲撃し、その後米韓両軍が米原子力空母「ジョージ・ワシントン」も参加して、黄海で合同軍事演習を開始した。

高見牧師は、「この空母は日本の基地から出ていることと、問答無用の武力で解決しようとしている。日本国憲法に死守する立場に立ちたい。」と言われた。

どのように抵抗するかを決めるのは私たち自身であること、「最低限の自衛力の主張が軍拡競争に結びつくなどの参考資料を頂戴した。

非武装のままで侵略された時も無抵抗のまま果てるのがいいのかなど、稚拙なりに考えさせられる緊迫した時代になっている。

この時、K兄が「日本国憲法と国防関連の戦後史」と題する詳しい資料を配布説明された。私はK兄の研鑽を積まれた内容にびっくりしてしまった。

また、高見牧師は戦争非協力の作家として山本周五郎をあげておられ、『水の下の石』(旧名・『あご』)を紹介して下さったこともメモしておきたい。

ドイツの告白教会と日本の教会の違いを書きながら昔の歌を想起させた。
我が子の世代も知らない歌になっているが、かつて日本の代表的な歌であり文化的象徴だった「雀の学校」だ。
      

      チイチイパッパ チイパッパ
      すずめの 学校の 先生は
      ムチを 振り振り チイパッパ
      生徒の すずめは 輪になって
      お口を そろえて チイパッパ
      まだまだ いけない チイパッパ
      もいちど 一緒に チイパッパ
      チイチイパッパ チイパッパ


日本は「チイパッパ主義」で高度成長を成功させたが、今の時代は主体性こそが問われるのであり、過去の遺物でやっていては個人の不幸だけではなく歴史をも左右しかねない。

教会もまた主体性に欠けるようであってはならず、教会として、また、一クリスチャンとして自分はどう考えるのかと、自己対峙する生き方でなくてはならない。この学びの場を活かして視野を広げていきたいと思う。


posted by 優子 at 14:21| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

全盲の宇野繁博さんの上に神の栄光を見る

法事のために欠席した日本クリスチャン・ペンクラブの11月例会で、宇野繁博さんがご講演された「あかしと讚美」をCDにして送って下さった。

宇野さんは盲学校の教師をされているが、それ以外に年間に20件くらいの講演依頼をこなしておられ、その上に「1日3時間の練習時間を目標に、年間1千時間、10年で1万時間を目指して、練習量が1万時間を超えたらCDを出したいです。」と、サックスの練習にも励んでおられる。

早速長女と共に「私の絶望を希望に変えたもの」をお聴きした。圧倒的な神の御臨在を感じて言葉が出ない。

お証しのあとに演奏されたアルトサックスの「アメイジング・グレイス」になると、涙がボロボロ流れてきた。


ヨハネによる福音書9章1節〜3節:

「イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、

『先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか』。

イエスは答えられた、
『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである』」。


神は宇野さんをかくの如く生かしめておられるのである。

目が見えない人生など耐えられないのに、イエス・キリストと出会われて絶望から希望に変えられたのである。
(お証しの内容は、2010年9月19日の「JCP研究例会 @ −視覚障がいの方とメール交信?―」でも簡単に知ることができる。)

目は見えなくなられたが霊の目が開かれて希望に萌えて生きておられる。神の御名はほむべきかな!

心が弱くなった時は、宇野さんのお証しを聴かせて頂いて立ち上がりたいと思う。

孫の健やかな成長を祈って下さる宇野さん。
今も度々「目の見えない人をお守り下さい」と祈る孫に、「これが宇野さんよ!」とCDから聞こえる声を教えてやったが、3歳5ヶ月ではイマヒトツ理解できなかったようだ。

溢れる祝福を拝して私の2010年が終わろうとしている。

posted by 優子 at 20:36| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月26日

2010年の終わりは溢れる祝福の中に

降誕節第1主日礼拝は今年最後の礼拝である。
「テレビなどマスメディアでは今年の総括がなされるが、私や我が家の3大ニュースは何でだっただろうか。あるいは、一字で表すならばどんな漢字で表すだろうか」と、1年を振り返る言葉から説教は始まった。

コロサイ人への手紙3章12節〜17節:
だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。

互いに忍びあい、もし互いに責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい


これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。愛は、すべてを完全に結ぶ帯である。キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。あなたがたが召されて一体となったのは、このためでもある。

いつも感謝していなさい。キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい。

そして、あなたのすることはすべて、言葉によるとわざによるとを問わず、いっさい主イエスの名によってなし、彼によって父なる神に感謝しなさい。

今日のみことばは今年度の主題聖句として選ばれた言葉である。
特に12・13節(下線)は、これら具体的なことが身につくことがキリストの言葉が我が身に宿るということであり、これらは人間関係において使われている言葉である。

つまり、どのような関係でもって生きていくのかを教えている言葉になっている。

教会の立場で考えるならば、教会に来て頂くだけではなく教会からで向いていくことも必要だ。

例えば、まだ正規の会員ではないが、その方の家で新たに家庭集会が開かれるようになったことや、施設に入っておられる100歳の姉(しまい)に週報が届けられているということも、愛の交流があったからではないだろうか。

私達もいずれは高齢ゆえに教会に来られなくなる日は必ず来るのであり、その時に教会のかたが訪ねて下されば嬉しい。だから私達も愛の思いを届け続けたい。

慈愛、謙遜、柔和、寛容は、キリストの言葉を自分の中に宿らせているかの試金石になる。

今や地球規模で生きていかねばならない時であり、このままいけば地球が破滅するのは時間の問題である。

にもかかわらず、自国の利益は求めても他国には規制を求めるなど人間の悲しい実相であるが、自己の利益ではなく、自分よりも他を大切にすることが求められる。

ルカ伝10章26〜37節の「善きサマリヤ人」の教えは、聖書に書かれた全てのことを要約している。(「サマリヤ人」の内容については、過去ログ・2008年10月22日に書いている。)

マザー・テレサがノーベル平和賞を受賞した時、「あなたの家族を大切にしてあげて下さい」と語った。

私達はニュースに取り上げられるような大きなことはできなくても、愛の行為に優劣はない。人の目に止まらないような小さなことでもいいから愛の行為をしよう。

「皆さんはこの1年を顧みて、来るべき年はどのようになってほしいと願われますか?
新しい1年に神の祝福がありますように祈ります」。
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以上が「言(ことば)は我々の間に宿られた」と題して語られた古森牧師のメッセージ要約である。
お説教のあとの讃美歌、「み恵み豊けき主の手に引かれて この世の旅路を歩むぞ嬉し・・・」と、私は2010年を振り返り心からの感謝を全身で歌い、神の御名を讚美した。

しかも、知子の奏楽で歌っているなんて神の奇跡だ!
ハレルヤ!


私たち家族にとって2009年早々から2010年春まで、実に苦しい道のりであったが、年の終わりには驚くべき神の祝福下にあり、苦悩に余りある喜びで満たして下さった。これはもう想像もしなかったことである。

私がこのたびの(人生の)荒野で最も苦しんだことは、信仰者たちの真偽を見せつけられたことである。

クリスチャンであるお互いは聖書を読み、みことばを頂いて祈る行為は同じなれど、「反サマリタン」を地でいく「イミテーションの信仰」なる信仰者の実態に驚き、滑稽でもあったが、信仰とはいったい何だろうかとノイローゼ気味になるほど悩んだ。


その最中の今年1月末にあったキリスト教文学会の日、久保田先生に「イローゼになりそうだ」とお話し導きを乞うた。敬愛できる信仰の師、その存在ゆえに迷路から引き出された思いだった。

その日のことが昨日のことのように思い出される。
過去ログ・2010年1月31日の「『せん方尽くれども望みを失わず』 ―久保田暁一先生との10時間半―」を開くと、話してくださった状況もお声もそのまま思い出せる。

「藤本さんに元気で楽しく生きてほしいんや。
聖書を読んでクヨクヨするのは読み方が間違っている。聖書は私達が幸せに生きるようにと(神さまが)下さったものだ。苦しむために下さったのではない。」
と、柔らかい口調で、しかし、単純明快に言われた。

これは関学キャンパスで話して下さった時だ。この日も寒い冬の日で、学会が始まる直前に急いで昼食をとっていた時のことだ。

「力になれることがあれば何でも言うておいで、相談にのるから。・・・藤本さん(何度も「優子さん」とも呼んで下さった)は突込んで書くからいい。今まで書いた論文や新しく書いて是非一冊出そう。慌てなくてもいいから。私でよければ出来る限りのことをする」

「優子さんは明るいからいい。優子さんが家族の要(かなめ)やからな、お嬢さんを励ましてやりなさい。」

「2歳半の孫が、『おじいちゃんが無事に帰ってきたことを感謝します』とお祈りするんですよ」と話すとビックリされて、「強制せんでも(しなくても)か?」、「はい」、「お孫さんも(神に)守られているんや。(これからのことは)心配ない。」と喜んで下さった。

七転八起

ころんだら 起き上がれ
ころんでも
ころんでも
   起き上がれ
起き上がる力が
   人にはある

                        久保田暁一


「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」。
             
        (第1コリント人への手紙10章13節)

まさに久保田先生を通して危機から救い出されたのである。
神さまは私達が悪の攻撃に屈せず、誘惑に乗らないようにと祈りの陣幕を張り、久保田先生はじめ多くの援軍を送って下さった。

書きづらくなっておられるのに今年もまた先生からクリスマスカードを頂戴し、先週初め久保田先生にも『ろうとう新報』をお送りした。

神は熱心に求め続ける者を必ず喜びへと導かれる方であることを忘れてはならない。キリストの言葉を自分の中に宿らせて頂けるようにいよいよ熱心に励もう。

posted by 優子 at 21:59| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月25日

ユキが子どものクリスマス会で独唱!

雪舞うクリスマスの朝、「あっ、来てたー!」とユキが叫んだ。サンタさんからのプレゼントを見つけた時の歓声だ。

開けてビックリ、お願いしていた通り木製の電車とレールが入っていた。(またまた電車。将来は鉄道マン?)

今月最後の土曜日も午前中勤務で夫と長女は出社して不在。ユキの喜びを知子に見せてやれなくて私の胸がキュンと痛んだ。

プレゼントはそのままにして、今朝は教会学校の子どもクリスマスに参加するために8時半に家を出た。大和高田駅へN先生が迎えに来て下さったのでありがたい。
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教会に着くと小学校2年生のK君が親切に面倒をみてくれた。
K君はとにかく優しいお兄ちゃんなのだ。

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よく見ると、ユキは字も読めないのにプログラムを手にして讃美歌を歌っている。

古森先生は『靴屋のマルチン』のお話をして下さり、私は耳を傾けながら何度かユキや子どもたちを観察していた。9名の子供たちの中でユキは最年少だ。

初めて見たパネルシアターの聖劇は私も初めてで、ユキも食い入るように見ていた。準備も大変だっただろう。

歌の最後で指名されたユキは一人で前に出た。得意の歌もなく困っていたら、「この前の歌を!」と皆さんにリクエストされて、19日のクリスマス祝会で歌った讃美歌を見事に独唱して拍手喝采を浴びた!

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主イェスと共に歩きましょう どこまでも
主イェスと共に歩きましょう いつも

嬉しい時も悲しい時も 歩きましょう どこまでも
嬉しい時も悲しい時も 歩きましょう いつも

この「こどもの讃美歌」は、毎朝ユキと一緒に歌っている歌だ。
毎朝、私は右手にチャッピーのリードを持ち、左手にユキの手をつないでチャッピーの散歩に出る。その時に幼かった知子と真智子が歌っていたのを聞いて覚えた歌を歌っている。

さて、クリスマス会の最後にビンゴゲームを楽しみ、それぞれに素敵なプレゼントを頂いて終了した。

昨夕のキャロリングに燭火礼拝、そして、今朝のこどものクリスマス会で教会のクリスマス行事は全て終了し、クランツやクリスマスの飾り付けを外した。

暖かい柚子茶(?)をご馳走になって、帰りはT兄に自宅まで送って頂いた。雪が強風に舞っていたので本当にありがたかった。

ユキがサンタさんのプレゼントを見つけた時の喜ぶ様子や、人前でも動じずに独唱したユキの姿を知子に見せてやりたかったな。
ユキだって歌っているところをママに一番見てほしかっただろうに・・・知子とユキに私以上の祝福がありますように。


posted by 優子 at 22:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

「7人のサンタクロース」より

wreath_f5.gif日本クリスチャン・ペンクラブの宇野兄(きょうだい)のメッセージレターをお分かちしたいと思います。宇野兄は全盲のかたです。
寒い毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。
今日はクリスマスですので、「7人のサンタクロース」という記事をお届けします。
「7人のサンタクロース」の情熱は窓の外の雪をきっと溶かしてくれます。また、私達の不安な気持ちもきっと溶かしてくれることと思います。

クリスマスの夜、ある人が人生に限界を感じ、もう死にたいと泣きながら眠りについた。
すると、様々な人と話をする夢を見た。

「聞いてください。私は倒産しました。恋人も失いました。選挙に8回も落選しました。」
「私もだよ。それが何か?」(16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーン)

「聞いてください。私は言語障害です。入試に3度も落ちました。選挙に2回も落選しました。」
「私もだよ。それが何か。」(イギリス首相ウインストン・チャーチル)

「聞いてください。私は知能が低いといわれました。仕事を2度もクビになりました。ある研究で1万回も失敗しました。」
「私もだよ。それが何か。」(発明王トーマス・エジソン)

「聞いてください。私はなかなか言葉が話せず、読み書きを覚えるのにも時間がかかり、妄想癖があり、どこの学校にも入れてもらえませんでした。」
「私もだよ。それが何か。」(20世紀最大の天才アルバート・アインシュタイン)

「聞いてください。私はお店も資産も失いました。息子もなくしました。新しい仕事の売り込みは、千人以上に断られました。」
「私もだよ。それが何か。」(伝説の起業家カーネル・サンダース)

「聞いてください。私は7回も事業に失敗しました。5回も破産しています。」
「私もだよ。それが何か。」(自動車王ヘンリー・フォード)

「聞いてください。私は想像力が乏しく、アイデアにセンスがないと会社を解雇されました。何度も破産を繰り返しています。」
「私もだよ。それが何か。」(アニメの神様、ウォルト・ディズニー)
 
その人は夢の中で7人の偉大なる凡人に出会った。
彼らからどんなことにも傷つかない心とあきらめない勇気をもらった。成功するまで、何度失敗しても尽きることのない情熱をもらった。その人のハートは窓の外の雪をすべて溶かしてしまうほど熱くなっていた。
 
人生に限界はない。
失敗を恐れてはいけない。
成功は偉大なる失敗の連続から生まれる結果だから。
情熱を持って偉大なる失敗を繰り返せる凡人が世界を変える。
 
メリークリスマス!
             「7人のサンタクロース」より


よきクリスマスと新年をお迎えください。
2011年もよろしくお願いいたします。
あふれる祝福を祈りつつ 

こういう話を読むと私の胸は高鳴り、心の灯がかきたてられる。

エジソンは失敗した分だけ成功に近づいたと信じた。
彼らの情熱と気魄!

ブラウニングが謳ったごとく、人生の最後こそ最善であるのだから、我々は恐れず最善に向かって前進突入すべし!

希望は勇敢な人間に実現し、主イエスに希望を置く者に宿る。
  
主のご降誕を心から感謝します。

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posted by 優子 at 15:00| 引用文 | 更新情報をチェックする

2010年12月24日

マチ、フー、クリスマスおめでとう!

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「マチ、フーおじちゃん、プレゼントありがとう!」

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真智子おばちゃんと太志おじちゃんからの愛の贈り物

ママの帰りを待たずに開封し、さっそく2時間も夢中になって没頭していた。
この集中力にユキの宝発見!

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ブロックに夢中!.jpg

クリスマス礼拝の日、大叔母ちゃんに頂いたサンタブーツは
リサイクルして来年も使わせて頂こう。(^ー^)

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毎年クリスマスケーキは、美濃紙業が紙を納めさせて頂いている印刷屋さんに売上協力し、印刷屋さんはケーキの箱を納めている某有名ホテルに協力というわけで、この世は持ちつ持たれつである。感謝!

とは言え、22日の持ち帰りは早すぎてイブの日にケーキがないのはさみしい。

次の写真上部に写っているのは私の指(>_<)。
アドベントの日から飾っているクリスマスツリーは知子ママがユキに買ったもの。子育て中の楽しみはこの世のオアシスだ。

ひと足早いクリスマスケーキ.jpg

ケーキを頂く前のお祈りでは、
「イェッシャまのお誕生日のケーキを頂けることを感謝します。」とユキの祈りに絶句した。

夫婦2人の時は、直径21センチのケーキを半分こ。
さすがに2度に分けて4分の一ずつ胃袋に入れたが、昨年より分け前が減り(笑)、その上に2度に分けて食べるようにと娘の指導が入って1回分は8分の一の量に減ってしまった。

この日は冬至だったのでカボチャのポタージュスープを作った。こんなことは10年ぶりに1度めぐってくるかこないかの意欲だ。

ピアノも上手.jpg

ユキは上手にピアノを弾く。めちゃくちゃ弾きだが、まるでドビッシーの世界だった。
また、「これは悲しい歌」、「これは楽しい歌」と言って、短調と長調をすぐに当てる音楽センスまで知子譲り。

強力な寒波になったクリスマスイブ。
ユキのところにもサンタさんはプレゼントを持ってきてくれるかな?
物忘れが激しい今の私では務まらない。anime_kid1.gif

posted by 優子 at 22:51| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

主の御名を呼び求めさせて下さい

「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
 わざわいを恐れません。
 あなたがわたしと共におられるからです」。


「われわれには今日、どんな喜びが
 訪れるか知る由(よし)もない。
 どんな悲しみや誘惑が
 われわれの行く道で待っているかも知れぬ。

 しかし確かなのは、
 良きにつけ悪しきにつけ
 神の恩寵が、常にわれらを助け
 聖なるみ旨を行うために助けをおくられること」。


今こそあの方がイエスさまを呼び求めることができますように。そのために私を祈りをもって寄り添わせて下さい。

主よ、どうかあの方を救い出して下さい。
死の孤独と苦しみの中、
どうか主の御名を呼び求めさせて下さいますように。
ひいらぎ.gif今年のクリスマスの祈りです。
posted by 優子 at 15:50| 随想 | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

知子の新たなる出発 ―『ろうとう新報』掲載文―

長女は2008年秋から心身の健康を崩し、私は年末から度々孫を預かっていたが体重は下がる一方だった。
そして、ついに37キロにまで落ちて本人も体力の限界を感じ、翌2009年4月半ばから療養するために我が家で生活するようになった。

その直前に一切の問題が明らかになり私達夫婦の生活も一変したのだった。

私は神の手を握りしめて知子の手をとった。
そして、多くの友の篤い祈りと寄り添って頂いたおかげで危機的状況を通り抜けることができた。

全てを終えた時は翌2010年の春になっていた。

娘の魂は再生不能かと思うほどに傷ついていたが、主はここまで癒して下さり、今再び新たなる希望の人生に導こうとされている。

このたび娘に書く機会を与えられたことは大きな幸いである。
過去に終止符が打たれ、キリストに手をひかれて新たなる出発になるからだ。知子と幸悠の生涯に神のご計画がなるように背後で祈り続けよう。

寄り添って下さった友に感謝しつつ知子の証しを公開させて頂きたい。神さまが用いて下さるように。

主の前で心から誓った結婚。現実には全く的外れであるにも関わらず「これは導きだ」と確信してしまう危険性は誰しもありますが、私も、主と共に祈りつつ来たつもりが結局自分の思いに添って行動していたのです。

射った矢の突き刺さった所に後から自分で的を描いて、的中していると確信していたのかもしれません。

何故心身を病み、多量の投薬治療を受けているのか認識できぬほど相手を信頼しきっていただけに、婚前から欺かれていたと知って、相手への憎しみも自分自身への怒りも尋常ではなく、自分の存在価値は粉々になりました。

それでも信仰以前に人として離婚を拒み努力するも空しく、裁判所の介入により息子を愛してほしいと懇願しても無駄でした。

心療内科通院中にも関わらず体調が急激に悪化していった頃、まだ1歳半だった息子は、上手く話せないのに「ママ、エッエッ」と必死で自分の食べ物を指さすのでした。

匙を口元に持っていっても口を開けようとしません。
「ママもこれを食べて。ママが食べないと自分も食べない」という意味でした。一口貰って私が食べると、満足そうな顔をして自分も口を開ける。そんな日々が続きました。

生まれつき感受性の非常に強い息子は、夫婦喧嘩や涙を一切見せずに笑顔で生活していた私の無意識の悲鳴を見事に読み取り、1歳8ヶ月にして「ママ、エーンエーン(私の泣き声の意味)、パパ、めんめ(ダメの意味)」と言い、また調停も最悪の事態となった今年1月には、息子の前で話すのを避けてきたにも関わらず、遂にひどいチック症状と吃音症的症状を出してしまったのです。

自分は心底悔い改めたとしても、何の罪もない最愛の息子はどうなるのか?私にとってだけの一粒の麦なのか?負わせる人生の重さに、私は立ち上がれなくなりそうでした。
 
しかし主は、どんなに脇道にそれてしまっても、帰ってきて悔い改める者を憐み深く受け止め、癒し、人生を立て直して下さる方なのだと実感し始めたのが今夏以降の体験です。

それは痛手を負う度に受けた衝撃を上回る驚きの連続でした。
主は絶え間ない配慮により私を馬見労祷教会へと導き、両親、O姉妹、牧師その他多くの方々の愛によって私は回復してきました。

そのうえ、15歳以降触れもしなかったピアノに向かうだけでなく、未知の楽器・リードオルガンの奏楽奉仕へと主は私を導かれたのです。

妊娠できないだろうと十代に医師から宣告されていたにも関わらず、すぐに与えられたこの命は、まさに恵みだと今強く確信しています。

私の心が少しずつ癒されてゆくにつれて不思議と息子も癒され、元気になりました。そして今、「イエッしゃま」と全幅の信頼をもって祈り、覚えた頌栄を笑顔で歌う3歳の息子を見ていると、護ろうとして逆に「幼子の口によって、力を打ち建てられ(詩篇8:2)」ています。
 
しかし、この消えぬ過去・辛い現実を主はどう用いられるというのでしょう。
その事も未来への恐れも主に委ねたいと思います。全ての道に主を認めるなら、主は必ず私と息子の人生を導き、いつかこの心の傷も完全に癒されると信じます。
この教会に転入できる事を心から嬉しく思います。

優子さん
馬見労祷教会の会報ありがとうございました。
優子さん、知子さんがすばらしい教会に導かれて転入会されたこと、心からお喜び申し上げます。
わたしにとって、何よりもうれしいクリスマスプレゼントです。

優子さんのお証を読んで、力と希望をいただきました。
知子さんのお証を読んで、これまで通ってこられた辛い出来事を思い、涙があふれました。
全ての道に主を認める知子さんのひたむきな信仰に心打たれました。

優子さん、知子さんのこれからの馬見労祷教会での歩みが祝福されますように。
優子さんの御主人が信仰に導かれますように。
ゆきひさくんが神さまと人とに愛される者として成長されますようにお祈りします。

このメールは、ペン友『生かされて』の文香さんから頂いたものである。ずっと祈り支えて下さったおひとりだ。
このメールの掲載お許しをお尋ねした時、

「知子さんが証しを公開されることを決心されたのですね。
 真実の証は読む人の心に感動を与えます。
 同じような苦しみにあっている方の慰め、励ましになることでしょう。主が豊かに用いて下さいますように。」


と書いて下さり、私自身の信仰を強くされ文書伝道への志を新たにされた。

また、もう一人のペン友(『希望の風』)は、

「女性の牧師先生なのですね。すばらしい家族が加わって、教会は大喜びでしょうね。これからの教会生活が祝されますように祈ります。」

と、お言葉を送って下さった。
苦難の時には、

「優子さん、おろおろしないで太くたくましく悠然と知子さんとゆきひさくんを受け入れ愛しいたわってあげてください。
堅い信仰と信念に立って娘を助けるのです。・・・

優子さんは、立ち上がり、大股で闊歩し、目標を目指して走り出せる人です」。

と、弱音を吐いた私に叱咤激励して下さった友である。

こうして主(しゅ・イエスさまのこと)は死んでいた知子を蘇らせ、2010年最後の礼拝と2011年最初の礼拝でも奏楽のご奉仕をさせて頂く光栄と不思議。
私は今、知子の奏楽の練習を聞きながらこの記事を書いた。クリスマスの奇跡である。



posted by 優子 at 12:04| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

過去には感謝、現在は勝利、未来には希望! ―『ろうとう新報』掲載文―

祝クリスマス!

『ろうとう新報』(第210号)がクリスマス礼拝の19日に発行された。その紙面に転入した私と知子の文章を掲載して頂いている。

私は教会の方々に自己紹介をこめて現在に至る魂の遍歴を書き、知子は神により開かれた新たなる人生の夜明けを書き込んだ。神の聖霊によらなくては書けない証しである。

私は古森牧師から20部頂戴していたので、早速翌朝に友や知人に郵送した。知子のことを祈り、寄り添って支えて下さった方々に感謝のご報告のためである。

そして、インターネットを使っておられない方やご無沙汰してしまった方など、全てがクリスチャンの方々への郵送だったが、クリスチャン以外に兄と叔母にも送付した。遅くとも今日には届くだろう。手渡した方もおられ、手元に残ったのは2部だけになった。

では、祈りをこめて私の証しから掲載させて頂きたい。

過去には感謝、現在は勝利、未来には希望!

私は兄妹ともに中学から同志社で学びましたが、初めて教会の門をくぐったのは1986年のイースターでした。長女は8歳で次女は5歳でした。

その頃、私は身近にいる人のことで悩んでいました。しかし、何かを求めて教会へ行ったわけではありませんでした。そのうち心はその人に縛られるようになり、それが私の心の眼を開くきっかけになって求道へと導かれていきました。

翌年2月、まさにダンテの『神曲』にあるように、私は人生の半ばにして神と出会い、同年6月に日本イエス・キリスト教団・放出(はなてん)教会の小山恒雄牧師より洗礼を授かりました。35歳の時でした。

その後まもなく、母に脊髄小脳変性症という残酷きわまりない神経難病を告知され、それが私の苦難の始まりでもありました。
あとになってわかったことは、苦難の前に神さまが私を救い出し、受け皿を備えて下さったということです。

母は明るくとても忍耐強い人でした。
父の事業を助けながら病気で辞めるまでの30年近くもの間、保護司や民生委員を務め、私は弱者のために労する母の姿を見ながら大きくなりました。その母の晩年が難病の苦しみでした。

一方、他者を省みることなく、言いたい放題言って生きている人に安穏な日々が許されており、この道理に合わないことで苦しみ悶えました。

そのうち母の悲しみだけではなく、夫婦関係や親子関係に亀裂が入り、いつしか和やかな家庭はなくなっていました。

人生の不条理に苦しみ、神さまに問い質す苦悩の10年を経て、ついに納得させて下さいました。

即ち、誰々がどうのこうのではなく、神さまの真理は徹底的に神さまと自分のことでしかわからないことを受容するに至りました。

それは非情な大打撃によっての目覚めであり、私はここまで経験しないと神さまにギブアップしなかったのです。

今もまた多くの問題を抱えていますが、「過去には感謝、現在は勝利、未来には希望!」と、私は神さまの恵みの中で生かされています。

そしてこのたび、馬見労祷教会に導かれたことを感謝します。今より御教会で信仰を養われ、主と教会に仕え、私に与えられた賜物を生かしていきたいと思います。

最後に、自己紹介をこめてブログをご紹介させて下さい。
書くことが好きな私に次女が開設してくれたブログ・『メメントドミニ』(http://yukochappy.seesaa.net/)は、まもなく6年目に入ります。

日本クリスチャン・ペンクラブのホームページやペン友たちのブログと相互リンクを張って頂いており、これからもインターネットを利用してキリストの救いと恵みを証ししていきたいと思います。主に感謝しつつ。

私に残された時間を無駄にしないで、これからも魂の世界を一般社会へ発信していきます。神さまが用いて下さることを祈りつつ。

posted by 優子 at 09:58| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2010年12月21日

家族そろって初めての馬見労祷教会のクリスマス祝会

喜びと感謝の転入会.jpg

転入会式で誓約と祈りのあと記念に『讃美歌21』を拝受した。
鮮明ではないが、灯がともされた4本の赤いクランツが見える。

この日、妹夫婦も礼拝の恵みへと導かれ、妹は祝会の交わりにも参加した。私達も昨年はクリスマス礼拝だけで帰ったので、この教会のクリスマス祝会は初めてだった。

50名ほどは居られたと思う。テーブルに並びきれないご馳走を前にして笑いの絶えない祝会の中に私達もいた。
お赤飯、ローストビーフ、ザワークラウト、ポテトサラダ、チキンの空揚げ、煮物、煮豆、酢レンコン、豚じる、ユズ大根のお漬物と特製の奈良漬け、N先生とユキで作ったプチシュークリームのケーキ、特大のイチゴつきロールケーキ、お団子とお菓子類、みかんなど、まだあったかも・・・

このスナップは婦人会による讃美歌106番と「赤鼻のトナカイ」を大合唱しているところ。写真に写っていないが、指揮者は正面に立っておられる。

2010クリスマス祝会A.jpg


家族以外の写真を許可なくブログに掲載しないように注意しているが、これならばわからないと思うので、その雰囲気だけでもお伝えしたく載せさせて頂いた。

この朝いつもより早く教会へ行き、短い時間だったが本格的な音楽指導を受けて感激した。
指導者は現職時代に音楽を教えておられた方で、新年1月23日に開催される葛城市の『ぞう列車がやってくる』も指導されている。

私は〇〇さんの音楽への姿勢に感動してしまった。
私が執筆する時、あの情熱をもって書いているだろうかと自らに問うた。

〇〇さんの指導は取り組みへの姿勢が正され、感性も磨かれていくのがわかった。厳しい先生だっただろうなと〇〇さんの現職時代の姿を想像しながら至福の時を味わった。

いつしか私は妻でもなく、母でも祖母でもなく、私自身に戻って歌っていた。


もうひとつ嬉しかったのは、讃美歌106番(グローリヤ)は「イン エクセルシス」ではなく、「N」と「E」をリエゾンさせて「インクセルシス」と指導されたことだ。

同志社の女子中高では時々音楽礼拝というのがあって、その時は説教ではなく音楽の先生から讃美歌指導やパイプオルガン演奏を鑑賞するのであるが、このとき同志社で学んだのと同じように「インネクセルシス」と指導されたので、まるで古巣に帰ってきたようだった。

また、CS(教会学校)のこども代表のユキは、CSの先生方と一緒に「お星がひかる」の歌に合わせてマラカスを振った。エレクトーン伴奏は知子ママ。

そして、毎朝チャッピーの散歩の時にユキと一緒に歌っている「こどもさんびか」を一緒に歌った。

主イェスと共に歩きましょう どこまでも
主イェスと共に歩きましょう いつも

嬉しい時も悲しい時も 歩きましょう どこまでも
嬉しい時も悲しい時も 歩きましょう いつも


その最後に「イェッしゃま、お誕生日 おめでとう!」と言って、皆さんから大拍手をもらった!
その上に素敵なクリスマスプレゼントを頂いた。
包みを開くとカップが入っていた。
カップにはかわいい絵と共に「ありがとうかみさま」と書いてあった。

嬉しいね、ユキ。忘れられない喜びいっぱいのクリスマス。
ユキにまで神さまの祝福が及んだ。
「神さまありがとう。
そして、教会のみなさま、本当にありがとうございます。」

この他、壮年会の方々による讚美と、商社マンのS・S氏がオルガンを弾きながら”Let it be”を独唱された。あの雰囲気にいつまでも浸っていたかった。

神の家族と共に盛り上がったクリスマスの祝会。
神さまがこんな日を備えて下さろうとは昨年のクリスマスには想像できず、今も言葉にならない喜びを噛みしめている。

posted by 優子 at 22:21| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

転入会の喜びと重なったクリスマス礼拝

昨日のクリスマス礼拝の説教を通して、深く自らを探られながら大いなる希望と喜びに満たされてあふれる恵みを頂いた。

イエス・キリストの誕生の様子は、「マタイによる福音書」と「ルカによる福音書」に書かれているが、それは全く異なる内容である。
昨朝はルカ伝から説教され、まずはその誕生物語が記されている2章1節〜16節を掲げたい。

そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。

ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。

ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。j_je04.jpg
さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
すると主の御使いが現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。御使いは言った、

「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。

あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使いと一緒になって神をさんびして言った、
「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。

この中に「布にくるんで」という言葉が2回、「飼い葉桶に寝かせてある」が3回出てくるが、何かの意図をもとに書いたのであろう。
天使が告げた救い主のしるしが、布にくるんで飼い葉桶に隠されていることと深い関係がある。

この「くるむ」という言葉は、新約聖書が書かれたギリシャ語や英語の聖書にも「ぐるぐる巻きにされている」という言葉が使われている。
それをイメージすると、まるで死体になったミイラが眠っているようだ。
j_je02.jpg
3人の博士たちが捧げた没薬(もつやく)はミイラを作る時に用いる防腐剤であり香料であることからも、何か不吉な死をにおわせる書き方である。

生まれたばかりの救い主の運命は我々のために死ぬことであった。

また、飼い葉桶というのは実に不潔で汚いが、この世の最悪なできごとの場所を暗示している。
それはどこかと言えば、我々の心であり、私の心なのだ。
そこにイエスさまが生まれて下さったのである!


イエス・キリストの生涯は人間が考え出したものではなく歴史的事実であり、イエスが生まれて十字架にかかって死んだということは事実であったと、キリストを信じていない人も書き残している。

どんな人生も死で終わり、人生最後の死出の旅路に向かう時に、私達はキリストだけを頼りに生きていこうと洗礼を受けた。
そのことにより真っ暗闇の心にイエス・キリストの光が射し込んだ。

それなのに私達は自分の心の客間にキリストをお迎えせずに、一番汚い暗いところにキリストを入れてしまってはいないだろうか。
心の家畜小屋に押し込めずにキリストの召しに従いたいものである。

イエス・キリストに出会った日、イエス・キリストを受け入れた日、イエス・キリストに従おうとした日が、あなたのクリスマスである!

「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。
このかたこそ主なるキリストである」。


以上が古森牧師の説教の要諦である。


附記:先週、扇町教会で行われた按手礼式では、当教会から6名出席され総計230名もの式だった。

こうしてようやく古森先生は正式に牧師という名称を受けられたのであるが、教団教派によって牧師への道はこうも違うのかと感じるところ大なり。

posted by 優子 at 15:44| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

香芝ゴスペル・キャロリングの引継ぎ終える

クリスマス礼拝の今日、教会のアドベントクランツ(ろうそく)は赤色に替わっていた。
初めに4本のクランツに灯がともされ、前奏曲と共に厳粛なクリスマス礼拝へと導かれていった。

一同で讃美歌を歌い、牧師の説教、私と娘の転入会、洗礼式、聖餐式と、何もかも厳かに進められ感極まった。礼拝後の入会者歓迎会兼クリスマス祝会においても豊かに豊かに祝された。

神さまは妹夫婦も招いて下さり、義弟は礼拝だけで帰宅したが妹は祝会も共に過ごし笑顔で帰って行った。厳粛なる転入会や洗礼式に妹夫婦をお導き下さったことは神さまの御心だと思った。

今日はあまりに喜び疲れたので後日記したい。
昨日受診したところ、降圧剤が2倍量になったが未だ血圧はうまくコントロールされないが、今夜は近隣のイルミネーション宅でキャロリングがあるので出かけた。

というのは、昨春まで通っていた教会の方々によるキャロリングで、その教会を転出したのを機に、来年度からは直接コンタクトをとって頂けるように担当者への引継ぎを終えたかったからだ。

教会は違っても神さまのため、責任感のある方が引き継いで下さったので安堵した。

今年は珍しく富田林の教会とジョーイントで30名ほど来られていただろうか、その中に初めてキャロリングに参加されたM兄(きょうだい)が居られた。

私のことを祈りに覚えて下さっていて、「お会いできたのは聖霊さまのお導きだ」と喜んで下さった。M兄とは2年ぶりの再会で、今も知子の結婚記念誌を持っていて下さり知子によろしくと仰ったので、そばにいた知子を呼び寄せた。知子は面識がなかったようだった。

私たちの消息をお伝えし、今日発行された教会報に知子の新しい出発が記してあるのでお渡ししたのだった。

M兄が実家へ帰られた時に集われる東大阪教会の井置牧師は、完全に引退されて故郷へ帰られたことをお聞きした。

井置牧師は、有名な讃美歌「ああ主のひとみ」を作詞された方で、我が家の家庭集会(オリーブの会)においで頂いたこともあったが、昨年から人生の一大事に余裕がなくなりご無沙汰したままだった。そのことを書き始めると長くなるのでこれでとどめたい。

posted by 優子 at 23:59| 随想 | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

感謝!航空便は無事にマチ・クマの手に!

16時48分、ということはミネソタ時間の午前3時48分、真智と太志君から荷物が無事に届いたとのメールが入っていた!
ママ、今日、無事にプレゼント届いたよ!
朝に用事で大学に行って、午後からFEDにいたんだけど、プレゼントが届いたとの連絡を受けて、少しでも早く受け取りたくてもう一回大学に行ってGETしてきたよ!
結構重たいのに、ありがとう。

おうちに帰って、すぐに開けたよ!
嬉しかった。本当に嬉しかった。
一つずつ2人で歓声をあげながらみたよ。

和菓子最高です。二人ですごく盛り上がった!
ナイスセンス!本当にありがとう!!

ママ、パパ、お姉ちゃん、一つ一つまち達のことを思って買ってくれて、有難う。その優しさで
どれだけ幸せになってるか。本当にありがとう。

ママ、お姉ちゃん、ゆきちゃん、
心からのメッセージありがとう。
心が本当に温かくなる。
幸せってこういうことね。
胸が熱くなった。

ふーとまちはゆきちゃんのお手紙に感動しまくったよ。
ゆきちゃんの絵大好き!
ほんとうにかわいい絵を描くね!
前回帰国した時に描いてくれた絵も時々見て癒されてるよ。
英語も書いてくれて。ありがとう!

御言葉カレンダーも最高です!特に、1月の御言葉には神様からのご配慮を感じた。

色々伝えたいこともまだまだあるけど、
まずは、到着したことと、喜びの第一報を。

くまちゃんも、すでにメール書きかけてたんだけど、
色々やることや相談することとかもあって、こんな
時間になってしまったから、まずは一報を、と
いうことになってしまった。

まちとくまの伝えきれないほどの感謝と喜びを、
神様が伝えてくださいますように。
ありがとう!

真智子



優子お義母さん 良輔お義父さん 
知子お義姉さん ゆきちゃん へ

今日、無事に送っていただいていたクリスマスプレゼントが届きました!!色々とたくさんいただいて、本当にありがとうございました!

持ちやすさも考慮していただいて、ありがとうございました。
バッグに入れていただいたおかげで、とても持ち運びやすかったです。優しいお気遣いがとても嬉しかったです。

お義母さんとお義姉さんのメッセージありがとうございました。
心をこめて送っていただいたことが伝わってきて、とても嬉しかったです。
お義父さんにも、どうぞ感謝をお伝え下さい。
ゆきちゃんにも、絵を描いてくれてありがとう、また一緒に公園で遊ぼうね、とお伝えください。

心からの感謝をこめて。
太志

真智、太志くん、夜遅くにメールありがとう!
毎晩明け方近くまでオンラインになっているので大変なんだろうなと思っています。

真智子のHPを開いて大学の住所を確かめた時、”Job Market Paper ”がアップされていたね。太志君のもね。

共に最後までスクロールして拝見したもののチンプンカンプンだったけれど、努力の結晶だと思うと目頭が熱くなり鼻の奥がツンと痛くなって涙ぐんでいました。


今日の喜びメールも何度も読みたくて、また無断で公開してごめんなさい。
いつか長い長い時間が流れて、真智と太志君が今の私くらいの年齢になって読み返した時、猛烈に努力していた若かりし頃を懐かしく思い出してもらえるかなと思います。「ママはすぐに何でも掲載するから困ったよねえ」ということもね。(笑)

ミネソタの大雪は毎日のように報じられているけれど、2度も大学まで行ってくれたのね。
ありがとう。

「心が本当に温かくなる。幸せってこういうことね」。
マチ・クマのメールを読んでいると、『賢者の贈り物』を思い出し、ママも胸が痛いほど熱くなりました。また涙がうるんできます。

真智、太志君、2人の喜んでくれている気持ちは私の胸に痛いほど伝わっています。
本当にありがとう。

異国にいて何もしてやれないのに、マメに送ってあげなくてごめんね。
航空小包の手続きを面倒がらずに、ボケ予防のためにも手軽にやりたいと思います。人生の喜びを楽しまないなんてつまらないよね。

パパは今日も風邪がすっきりしないけれど、明日のクリスマス礼拝は全員で行けると思います。

おふたりの健闘を祈っています。
遠く離れていてもマチ・クマといつもママの心の中で話しています。2人の笑顔だけではなく声も直に聞こえているよ。例えば私がトンチンカンなことを言ってマチ・クマが思いっきり笑っているのをを思い出しては微笑むのです。

敬愛する2人の研究者の上に、神さまのご計画がなりますように。
神さまの豊かな祝福を祈っています。ユキも常々、「フーとマチのからだを強くしてください」と祈っています。


附記ログ:今日、2階も地デジ対応のテレビになった。
     10月に地デジ工事をしてから2階でBS放送が見られなくなったことと、12月から家電エコポイントが半減し来年からは廃止されるというので、どうせ買い換えるならばと急きょ11月初め(?)に注文したのだった。

posted by 優子 at 20:51| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

「もうひとつのいのち」 ―あなたの心を元気にするショートメッセージより 15― 

もうひとつのいのち (村上宣道牧師)
 
だいぶ前の話ですが、私が神学校、つまり牧師になるための学校にいた頃、新宿駅の東口で、街頭演説のように仲間たちとキリストについて話していたときのことです。

「イエス・キリストは何ものにも代えられません。キリストは私たちのいのちです」と話していました。すると、聞いていたひとりの男性が「質問!」と言って手を挙げました。

「キリストはいのちだと言ったけれど、キリストのためなら死ねるか」と尋ねたのです。「もちろん、死ねます」と即座に答えました。

すると、「よし、それなら殺してやるから来い」と言うのです。それで私が行こうとすると、軍人上がりの先輩が、「私が行く」と言って前に進み出ました。

「よし、誰だっていい。お前、死ねるんだな」と言いながら、手にハンカチを巻いて、思い切って殴りつけてきました。

その男性も軍人上がりで、屈強な体をしていましたから、その一発は相当にきいたようで、先輩はそこに倒れてしまいました。

その男性は倒れた先輩の上にまたがって首を絞めながら、「どうだ、やっぱりいのちが惜しいだろう」と言います。

先輩は鼻血を出し、苦しそうにしながらも、「いや、私も軍人上がりだから、あんたの気持ちはわかるつもりだ。あんたが救われるのだったら、私のいのちを取られても惜しくはない」と言ったのです。

「負け惜しみを言うんじゃないよ。何でそんなことを言うんだ」。
「私にはあんたからいのちを取られても、取られないもうひとつのいのちがあるから」と先輩は言いました。

すると、馬乗りになっていたその男性は、ポロポロと涙を流しながら、「オレは貴様みたいなやつに会ったことがない。キリストってすごいやつなんだな。オレにもそのもうひとつのいのちというのを話してくれ」と言って先輩を起こしたのです。
それから私たちは、暗くなるまで彼にイエス様の話をし、共に祈ったことでした。

新約聖書が書かれたギリシャ語には、「いのち」と訳される言葉が二つあります。
ひとつは「プシュケー」、もうひとつは「ゾーエー」です。「プシュケー」は肉体的な、一時的ないのちを意味し、「ゾーエー」はまさに、もうひとつのいのち、内面的な本質的な、いつまでも続く永遠のいのちを意味します。
 
聖書の中心的な聖句、ヨハネの福音書3章16節には、神様がひとり子をお与えになるほどに私たちを愛された目的は、信じる者がひとりとして滅びないで永遠のいのち、つまり、もうひとつのいのちを持つことができるようになるためだと記されています。

これは毎週末に送られてくるメールマガジンから転載させて頂いたものですが、奇しくも今週のショートメッセージは15日の記事から3連作になるような「いのちのシリーズ」の締めくくりになりました。

街はクリスマスで賑わっています。
サンタクロースがイエス・キリストに取って代わり、クリスマスの意味を考える人は少ないですが、貴方はこれらをお読みになってどのように思われるでしょうか。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。

それがクリスマスの出来事なのです。

posted by 優子 at 20:55| 引用文 | 更新情報をチェックする

2010年12月16日

私の葬式の備え

今日の文香さんのブログ(『生かされて』)に、自分自身の「葬儀に対する要望」について書いておられ、私も今度こそ書かねばと思わされた。

「『自分の葬儀に備えることは遺された者に対する最後の「愛の配慮」です』。

病気で余命を知らされる場合はまだいいのですが、予想もしなかった突然の召天の場合、遺された者は困惑し、心に深い傷を負います。
でも、遺言や葬儀に対する要望書がのこされていれば、故人の意向に沿った葬儀をすることができ、慰めになります」。


私の手元にも「私の葬式の備え ―周囲の人々に良い証しとなることを願って―」という用紙がある。
もう10年近くも前に放出教会のU兄から頂いたものだが、気になりつつもまだ空白のままだ。葬儀に対する要望には次のような項目がある。

好きな聖句、愛唱歌(讃美歌・聖歌)、好きな生花、葬儀場の希望場所。埋葬先・墓地名、経歴、信仰暦、私の証し、とある。

「思い出を語っていただく方の名、遺族に慰めを語っていただく方の名、仲間に残したい言葉、家族に伝えたい言葉」も別紙に書いておきたい。


用紙の最後には、「葬式は、その人の生涯のエピローグです。自分の生涯の締めくくりにふさわしい意義深い葬式にしてもらい、それを通して周囲の人々に主(イエス・キリス)を証しするようでありたいものです。」と記されている。

私はそのときに、私の書いたものを小さな本にして配布したいと思っている。
例年は数枚の喪中の葉書なのに、今年は14枚も届いている。夕食後のテレビでは亡き両親の遺品を処理する人を見て、私も身辺整理をしなければと真剣に思った。

「われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください」。
                         (詩篇90篇12節)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夫に「12月17日は何の日?」と聞いても全くわからなくて、ようやく言ったのは「結婚のあれか?」だった。

「結婚のあれか?」ってね、結婚記念日という言葉さえ忘れてしまったのだろうか。若い頃ならこれでひともめしたが、もうそんな情熱もエネルギーも全くない。

私もまた12月17日と言えば、同志社女子中高の終業式でクリスマス・ページェントというのが先に出てくるが、あんなに考えても思い出せないとは悲しい。

夫の風邪も今夜から楽になったようだが、健診でひっかかって今日は検査を受けてきた。
なんでもなければいいが・・・私も血圧が下がらないので土曜日に受診しようと思う。結婚34周年にもなれば私達ももう若くはないのは当然だ。

日本も昨日から真冬の寒さだ。明朝は氷点下になるとか。
明日は美濃紙業の忘年会、今年もあと2週間か・・と時間の速さに驚く。59歳になって、早2ヶ月過ぎたのである。

今年もよく生きたと思えるのは感謝!
主よ、感謝します。アーメン!



posted by 優子 at 22:07| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

ホスピス医が語る末期患者の4つの必要

現在日本には180以上のホスピスがあるが、1984年に淀川キリスト教病院にホスピスが誕生した時はまだ2つしかなかった。

第1号は1981年に長谷川保氏が浜松市に開設した聖隷三方原病院である。
かつて民生委員の「奈良ニッセイエデンの園」の見学発表で長谷川氏のことにも触れた。(過去ログ2007年11月9日)

柏木氏はホスピス長として2500名の患者さんを看取られ、その経験から末期患者の必要を4つ挙げておられる。(『安らかな死を支える』より)

@ 体の必要 
肉体的苦痛、そして、呼吸困難や不眠などの不快感をできる限り除去する。

A心の必要
死を前にして不安と恐れと孤独感を持たない人は誰もいない。それはクリスチャンといえども例外ではない。
どんなに家族関係がうまくいっていても、死ぬ時はただひとりという孤独感がある。

これらを癒すことができるのは、縦の関係である神との関係と、周囲の人々との横の関係であり、医療者や家族は患者さんの訴えをよく聴くことである。

ただ聞くのではなく、心を込めて積極的に耳を傾けて聴く”active listening”(アクティブ・リスニング)であり、相手の奥にある感情を汲み取る努力がいる。

B社会的必要
仕事や経済的なこと、家族との人間関係や残される家族のこと、あるいは、同じ病室の人との関係など非常に広い意味を持つ。

C霊的必要(スピリチュアル・ニード)
全ての人に「スピリチュアルペイン」と呼ばれる霊的な痛みがある。
このようになったのは自分が悪かったからではないかと罪責感を抱くが、病気は決して罪の結果ではないことを理解していただく努力をする。

このほかに、死に至るまでの肉体的苦痛の恐れ、そして、死んだあとどうなるかという人間としての最も深い魂からの叫びがある。これに対しては牧師と宗教的交わりをもってもらう。

以上が、ホスピスの働きの中心となる症状のコントロールである。

私達は皆、安らかな死へと導かれていきたいと望むが、柏木氏は死にゆく時にキリスト教信仰が大きな意味をもつと語っておられる。
患者さんとそのご家族と向き合う時は、「あなた死ぬ人、私はやがて死ぬ人」として接しておられる。

感謝して生きている人は感謝して死んでいき、感謝のない人は感謝なく死んでいくと、「人は生きてきたようにしか死ねない」とはよく耳にする言葉だ。
ということは、「良い死を迎えるためには、良き生を生きなければならない」。

「すべての人間の寿命は、神によって定められている。
神がよしとされた時が来なければ、どんなに危険なことがあっても、決して死ぬことはない。
神がその人に与えられた使命を果たすまで、神はその人を決して取り去ることはないのだ。そして、神が定めておられる時に死ぬことこそ、最も幸いなのである」。  
             
                  尾山令仁著・『死への備え』より

病者の方々のために祈ります。
どうかイエスさまをお伝えする時を与えて下さい。
祈らせて下さる者に豊かなる聖霊を注いで下さり、イエス・キリストの福音を伝えることができますように。どうか、その方々に静かなる天への道を開いて下さい!
信じて祈ります。


posted by 優子 at 20:54| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

『に・ん・げ・ん』に掲載された「水平社の使命と今日的意味」

9月23日(祝)に開催された日本基督教団大阪教区部落解放委員会主催の「部落解放フィールドワーク」は意味深い学びだった。

私は文学の関連で水平社のことは知っていたが、今まで部落問題について真剣に考えたこともなく、奈良に多くの被差別部落があったことも知らなければ、全国水平社の発祥地が奈良県御所(ごせ)市にあることも知らなかった。

フィールドワークのあと感想文を募集され、馬見労祷教会からS姉ご夫妻と私の3名が寄稿した。
それらが今月発行された委員会機関誌『に・ん・げ・ん』(第26号)に掲載されたのでここにも記録しておきたい。

水平社の使命と今日的意味
          

私は他者の苦しみや悲しみを、どれくらい自分のことと感じて祈っているだろうかと自問することがある。愛の無さに嘆き、時には人間の限界に地団駄を踏む。

これから書こうとしていることも強者の思考でしかないかも知れないが、自己を見つめながら水平社博物館の見学で感じたことを書いておきたい。

驚いたことの一つは、神武天皇社のすぐ近くに岩崎村の発祥地があり、しかも日本人が鬼門とする北東に位置していたことだ。
古来、神社のそばには必ず被差別部落があり、祭事には天皇をケガレから守るために彼らが行列の先頭に立ったという。

もう一つは、動物の解体という人の嫌がる仕事を担い、「鳴き声以外は捨てるところはない」と言われるぐらい動物の命を大切にしたことだ。

そして、その膠を利用して国産フィルムの製造方法を考えたのが旧岩崎村の人であり、その技法が富士フィルムに受け継がれていったとはすごいことだ。不条理な運命にあっても、たくましく生きぬいた彼らの姿を想像させた。

私たちが人権や人間の尊厳を考える時、水平社宣言が日本初の人権宣言であったことを忘れてはならない。水平社の結成から80年後の2002年には、行政上の差別部落は全てなくなった。

しかし、目には見えない差別と偏見や逆差別の問題など課題は多い。再び水平社創設の理念に立ち返り、創設者たちのバトンを受け継いで人権意識を高める真のリーダーとなってほしい。それが水平社の誇るべき使命であり今日的意味だと思う。

理不尽で不条理な人生を強いられた被差別部落の人々は、彼らの責任ではないにも関わらず苦しまねばならなかった。そこにヨブの苦悩と重なる神学的問題も見える。

私は水平社運動を支えた誓願寺住職の三浦大我や同志社大学総長の住谷悦治など、部落外の人々の存在とその生き方に激しく心を揺さぶられた。
私も常に共におられるイエスの生き方を胸に、彼らを支援した人々に倣いたい。

この原稿を書き始めた時、アメリカ映画『招かれざる客』を思い出して、そのことにも触れて書いていたが字数の関係から削除した。

私は40年も前にこの映画をテレビで見て今も強烈な印象として残っている。ご存知の方も多いだろうが、あらすじを簡単にご紹介したい。

恋に落ちたジョーイ(女性)が、結婚の報告をするために自宅にフィアンセを連れてやって来た。

ジョン(シドニー・ポワチエ)は優秀な医師だが黒人だった。

ジョーイの父、マット・ドレイトン(スペンサー・トレーシー)は新聞社を経営し、常々人種差別と戦う論調を展開してきた人で人格者として通っている。しかし、我が子が黒人と結婚するとなると別の話だった。

白人と黒人の結婚はタブーであり思いもしないことだった。双方の母親達は情緒的ゆえにか共に理解を示したが、父親達は反対だった。

彼と結婚すれば世間の反感や苦労が十分想像つくからマットは反対したのだった。しかし「肝心なのは当人達の愛情の深さだ」と、悩みに悩んだあげく結婚を許した。

「これから多くの人たちの反感と嫌悪が君たちを待ち受ける。永久にそれを乗り越えていかねばならん。だが、互いの絆を強くし、決して負けるな!と力づけて終わる感動的な映画だった。『招かれざる客』は、自分自身を洞察する助けになるだろう。

生れながらにして運命が決まっている部落差別の不条理はインドのカースト制度を思わせる。

S姉は差別と偏見について、、「学習では超えられないものが自分の中にあるのではないかという怖れをぬぐいきれない」と、自らを正直に見つめつつ書いておられる。

その怖れとは、自己欺瞞や偽善が潜んでいるのではないかという怖れであり、それを乗り越えるには信仰の力こそが自らを強める。祈ることは行動することであり、主の愛に動機づけられて行動しなければならないと、読む者の信仰を奮い立たせるものだった。

読書会同様に、それぞれが感じ考えたことを発言する場があれば、もっと深め合うことができたと思うが、この機関誌はなかなか読ませる内容だ。

posted by 優子 at 16:51| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

マチ・クマに愛を込めてEMS送る

今朝、まだ夜が明けていない時に門を閉める音がしたので外を見ると、夫が出かけるところだった。

今日は今年最後の東京出張だが、帰りが遅くなると聞いていたので遅く始まるはず。びっくりして声をかけたが、無愛想に振り返りも返事もしないで行ったので気になり、携帯電話にメッセージを入れた。

そして、今朝も7時頃から必死で昨夜の続きに取り掛かった。
完了するまで2時間近くもかかり、雨はすでに降り始めていたが霧雨だったので郵便局へ急いだ。5キロ近い荷物をカートで引っ張り、左側にはユキがかわいい傘をさしてついて来た。

いつも使っているEMS(国際スピード便)は、先月アメリカへの小包で爆発事故があって引き受けてもらえなかったそうだが、今月から引受が再開した。ただし、いつもより3日間ほど遅れるそうだ。

「INVOICE(送り状)」への書き忘れもあり、何十年も前に仕込んだ英単語を思い出して書き足した。
味付け海苔、わかめ、塩昆布、おやつ昆布、乾燥芽かぶ、松前漬けの素と・・海草類が多い。(^ー^)
詳しく調べても出てこないので翻訳不能と解釈して、「sea weed”Wakame”」、”mekabu”、”matsumaezuke”と書いたものの、これからはそこまで詳細に書かなくてもいいだろう。

というわけで、今日の午前中の便でミネソタ大学のオフィス宛に発送したので、着くのは22〜23日頃だろうか。

必死で頑張ったあとの充足感は最高。あとはマチとクマの喜ぶ声が楽しみだ。熱心に書き上げた原稿が活字になって発行されるのを待つのと同じ気分だ。

オシャレなクリスマスプレゼントは送れないけれど、今年も愛を込めて封をした。知子とユキの愛、そして、スポンサーのパパの愛も一緒にね。
ハートを持つクマ.gif
11日の午後(ミネソタの午前1時頃)、「真智とスカイプしたよ」と夫に言ったら「スカイプしたんか・・・」とガッカリして言っていた。

あの時、夫は小雨降る中、裏でボーボーと煙を出して木の枝を燃やしていて、苦情が出るからと注意しても聞かないで義母とやっていた。

郵便局から帰宅すると、「今、東京に着いた」と元気な声で電話があった。真智子のいない東京も慣れたようだ。

「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

真智、太志くん、19日に教会へ行けるといいね。
良きクリスマスを過ごしてね。

22時15分追記:
ミネソタは大雪で10日いちにちで43センチも積もり、ミネソタツインズのホームグランドのメトロドームの屋根が落ちたとは、東京から帰宅した夫の第一声だった。帰りの新幹線内のテロップで出ていたそうだ。

アメリカ中西部・ミネアポリスの大雪の原因は北極振動で、その大寒波が来週日本に来るらしい。がく〜(落胆した顔)雪

現在13日朝7時過ぎのミネソタはマイナス22.2度。
マイナス10度以下になると骨まで震えると言っていた。こちらも寒くなったとは言え今の外気温は12度だから34度もの温度差だ。

今日もFEDへ出向くだろうに、雪まで深くて外出できるのだろうか。無事を祈ろう。


posted by 優子 at 13:09| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

神われらと共にいます

今朝の礼拝では、父になったヨセフが描かれている「マタイによる福音書」(1章18節〜23節)から説教された。

イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。
母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。

彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使いが夢に現れて言った、
「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。

すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。

新約聖書開巻第1巻目の「マタイによる福音書」冒頭には長い系図が書かれている。

アブラハムから14代目にダビデが現れ、バビロン捕囚になり、その後また14代の苦難を通してイエス・キリストが生まれる。

17節に、
「アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。」
とあるように、ダビデからまた14代目を経てイエスが生まれたことを案に強調している。この「14」という数字には重要な意味がある。

ヘブライ文字やギリシャ文字は、文字の順番を数字に読み替えることがある。
「X」は5で、「X」は10というように、ダビデのヘブライ文字は14と数え、英文字で書くと”DVD”(4と6と4)で14になり、ダビデは14を表す。

ヨセフは王家の血筋で、この系図に我々の命もつながっている。
ヨセフは神の前で自分の正しさを通しつつ、マリヤへの優しさを示して密かに離縁しようと考えた。

さて、イエスをヘブル語では「イエーシュア」(ישוע, Yeshua)、ヘブライ語でヨシュア(יְהוֹשֻׁעַ, Yehoshua)と言い、「神はすぐ」の意味である。

「インマヌエル」という言葉はイザヤ書に2回出てくるだけで他には出てこない。それほどに畏れ多い言葉であり、そのようなユダヤ世界の中でマタイが言ったことの大きさを思ってほしい。

その神が我々と共にいて下さるというのであり、コリント書でパウロが言っているように、我々1人ひとりが生ける神の神殿となって宿って下さるのである。

「我々」とは私と他者の人間関係であり、そこにイエス・キリストが来て下さって神が支配される。

人と人との状況の中に神さまが来て下さり、関係を支配して下さるので人間関係に神の愛が現される。その神の支配に我々は従わなければならない。

「神は我々と共におられる」というところに「私と共におられる」、「私とあの人の間に共におられる」と、自分の名前を入れて読んでみたい。

人との関係では難しさもあるが、その言葉が現実となって日々を歩ませて頂きたいと思う。


「インマヌエル」、「神われらとともにいます」
”God is with us.”


礼拝のあと大掃除をした。
今日は午後3時から扇町教会において古森牧師の按手礼式があり、役員方は昼食もされず1時前に出発された。

実は扇町教会と聞いて私も行きたいと思っていた。
と言うのは、扇町教会は知子と真智子を出産した北野病院近くにあり私にも懐かしく、何よりも兄が高校時代に通っていた教会だ。

よく兄が話していた中路嶋雄牧師。
その養女になられたのが、日本クリスチャンペンクラブでご一緒の中路治代姉(牧師)であり、2008年8月8日の過去ログにあるように、その夏期学校で中路嶋雄牧師が書かれた『かくされた宝』を頂戴した。ここ2年ほどお目にかかっていないがご苦労されているのだと思う。

皆さんが按手礼式に出発される直前、S姉から「一緒に行かないか」とお誘いを受けてすごく心が動いた。

前もって電話しようと思って下さっていたらしいが、血圧が高くて不調であるというので遠慮されたという。嬉しかった。そして、S姉もこのブログを読んで下さっていることを知りとても嬉しかった。

行くことを断念させた大きな要因は、夫が昨日から風邪気味で今日は欠席しており、しかもチャイルドシート無しで乗ってきたので大人のシートベルトだけで孫を乗せるのは心配だったからだ。

では直ぐに自宅へ帰って途中で合流すればいいし、現地集合でもいいよと仰って下さったが、それをする体力に自信がなかった。以前ならば平気だったのに・・・

今日は大掃除があるからと、今朝は降圧剤を2倍量とビタミン剤も飲んで行ったのに、帰宅する頃には頭痛がして相変わらず高いままだった。
そのままS姉に連絡できないで失礼したが、皆さんとすっかり親しいお交わりの中に入れられていることが嬉しかった。

私達は教会をあとにして、教会近くのスーパーで真智子たちに送る和菓子を買った。
明日ようやく航空便で送ろうと思うのだが、昨日のスカイプ中に和菓子に気がつき、スーパーで買ったものを送ることになって申し訳ない限りである。

何事も手っ取り早くできない私を見かねた長女が、お風呂から上がってから1つひとつの商品を英語で書き、下書きしていたグラム数を記入してくれたので助かった。あとは値段だ。

しかし、明日あさっては雨模様なので4キロの荷物を持って郵便局まで行けない。とにかくあとは明日にして今夜はここまでにしよう。

教会で作ったユキのツリー.jpg

今日、教会で作ったユキのクリスマスツリー。

アドベントに入ってから毎週、1週間分のアドベントカレンダーをユキにめくらせて下さるN先生。ユキは神の愛の中で育てられている。
神さまと教会の方々に心から感謝しつつ。

posted by 優子 at 21:50| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

聖書と生命倫理F ―延命医療についてA―

「聖書と生命倫理」については2009年7月ぶりであり、このシリーズの1回目(過去ログ・2009年2月5日)で「延命医療について」取り上げている。
昨夜の『クローズアップ現代』(NHK番組)で「延命・ある少女の選択 生と死」を見て考えさせられた。

華さんは背骨が曲がる病気のために心臓に負担がかかり、幼くしてドイツで心臓移植を受け、15歳の時には人工呼吸器を着けて声を失った。
以来、痰の吸引や消毒などの不便な苦痛にも耐えて明るく生きていた。

しかしもっと悪化した時には、もうこれ以上医療を受けるのを拒否するとの強い意思を固め、御両親も娘の意思を尊重していた。

今年6月に腎不全になり人工透析が必要になった。この時も華さんの決心は微動だにしなかった。
そのうち体中むくんできて変貌してくる娘を目にしたご両親の気持ちは揺れ動き、華さんに医療を受けて生きるように説得したが応じなかった。

「人生は長さではないよ。どう生きたかだよ」。
「今まで頑張ってきたから もうゆっくりしたいよ」。


と、ボードに書き、キーボードで打ち、10月に18歳の生涯を閉じた。

キリスト者は、生を「賜物」(gift)、「奉仕するもの」と考え、この根拠から安楽死に嫌悪し、一方で、どんなことがあっても延命することにも反対し、「正常な延命」と「異常な延命」を区別すると、P.ラムジーが言っている。

私は華さんが人工透析を受けて長らえたとしても「異常な延命」だとは思わないし、人工透析して少しでも長く生きて欲しいという親の気持ちもよくわかる。

しかし、それを決めるのは当事者でしかなく、死に直面しつつある本人の意思が尊重されてよかったと思う。

ただ強く感じたのは、このような時に身体的・精神的苦痛を取り除くだけではなく、人間は霊的存在であるから、魂への配慮がなされて、霊的平安に導いてもらえるような死への援助がほしい。

誰か華さんの魂に寄り添ってやれる人はいなかったのかと悲しく残念に思った。


ついでながら、私がパソコンを使う気になったのは、大学卒業後に東大大学院へ移った次女とメール交信するためだったが、実はもうひとつの想いがあった。

それは母の悲惨な闘病と介護経験から、パソコンを使えるようになっておけば話せなくなった時、また、手も使えなくなっても意思伝達を助けてくれる機器の使い方を理解する助けになると思ったからだ。

母のように大脳と感情が機能しているのに、意思伝達する方法が全くないという生かされ方はこの世の地獄だ。
     
日本人の多くは、死を突破する力となる宗教を持たないで最期を迎え、当然のことながら誰ひとりとして「怖くて行けなかった」と言って戻ってきた人はいない。

彼らが死を見た時、どんな気持ちだったか追跡調査できないのが残念でならない。             

posted by 優子 at 06:37| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2010年12月08日

マイナス13度、厳寒のミネソタより愛のメール届く

ここ3週間前くらい(?)から真智子はいつ寝ているんだろうと思うほど、(ミネソタの)真夜中も早朝もオンラインになっている。

そんな日々にあって、太志君と共にユキへのクリスマスプレゼントを考えてくれている。
そして、今日は続けて2通も長いメールを送ってくれた。

きっとこれだけなら真智子も許してくれるだろう。ごくごく一部分だけここに記録させてもらった。嬉しかったから私らしく素直に喜びを喜びたくて。
さっきのメールを読んだ後、ママのブログの7日の記事を読みました。本当に本当に励まされた。言葉では言い尽くせない。神様が伝えてくださいますように。
          (略)
そんなとき、ママのブログを読んだの。
まちにとって、これ以上の励ましはなかった。
ママの生き方、思いの一つ一つ、神様への信仰、全てがまちにとっての勇気になった。

ブログを通じて、ママの魂を通じて、神様はまちに励ましをくださったとも思ったよ。この完璧なタイミングで。

          (略)

きっと、色んな人が励まされていると思う。

今は色々大変な時期だけど、イエス様も一緒だから。心配しないでね。
早くこの時期を乗り越えて、ママといっぱい話して共有したいよ。色々いっぱい考えてるよ。

ブログ読んでても、今から徹夜で話し続けてしまうぐらい沢山共感することいっぱいあるよ。しっかり休んで、元気になってね。神様、助けて下さい。お祈りしているからね。

ママ、体調すぐれない日々を過ごしていたのね。
なんとなく思って祈っていたけれど、ブログを読んで新たに思ったよ。本当にお祈りしています。くまもお祈りしています。

あまりに感動したから、走り書きだけど、このメールを送ります。

またね。

真智子

真智、ありがとう!
古森牧師は実に養いになるメッセージをして下さるでしょ。
そして、メッセージを受ける側の心が開かれていてこそ神のメッセージ(恵み)が届くのよね。

あのね、今夜からユキが突然にジグソーパズルをやり始めてね。
それはそれはすごい集中力でね。あんなに苦手で見向きもしなかったのに短時間で完成させたよ。何度もね。
ユキがね、「まちがやってたから」と言うの。これがインセンティブになっていた。わーい(嬉しい顔)

というのは、昨日ひどいことを言ってしまってね。
「ママも真智も上手にやっていたよ。まちはこんなに小さい時からしていた。賢かったよ。」と、写真を見せてやったの。反省しています。そんなわけでプレゼントはブロックがいいと思う。

真智、太志君、ありがとう。
そちらはいよいよ極寒の季節に入ったね。数日後にはマイナス20度の予報が出てるよ。少しでも多く睡眠時間をとって、しっかり食べて健康管理して挑戦してね。

体力のある若い時にしかチャレンジできないことだからね。神さまの豊かなお導きを祈っています。
私たちのことでも尊いお祈りをありがとう。深く感謝し、幸せをかみしめています。

posted by 優子 at 23:59| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

" Let it be "「あるがままに」

何事も体力の限界を考えながらやっているが、先週初めから午後になると疲れがひどい。血圧の加減だろうか、5日・日曜日の午後は寝込んでしまった。今週は孫も公園へは連れてやっていない。

普段何気なくキーボードを打っているが、これをするにも大変なエネルギーが必要で元気でないとできない。生命が保たれているというのはすごいことだと思う。

まるでロケット打ち上げ時の噴射のような猛烈なエネルギーであり、私達は生きているのではなく生かされているということがよくわかる。


「ブログいつも楽しみにしています。励まされています。」とのS姉のお言葉に、私もまた励まされて書く力を与えられた。
来年60歳ともなれば地上での持ち時間が見えてきた。時を活かして励まねば!

今週は待降節(アドベント)第2週目に入った。
これが馬見労祷教会のアドベンツクランツだ。4週目になると1週目に灯したロウソクはとても短くなってしまう。

アドベントクランツ.jpg

今週開いた聖書の箇所は、ルカによる福音書1章26節から38節だ。
六か月目に、御使いガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。

この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。 御使いがマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。

この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、この挨拶はなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。

すると御使いが言った、
「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。

彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。
そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。

そこでマリヤは御使いに言った、
「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。

御使いが答えて言った、
「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。

あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。神には、なんでもできないことはありません」。

そこでマリヤが言った、
「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使いは彼女から離れて行った。

「受胎告知」の絵画はグレコやダ・ビンチなど多くの画家が描いている。
結婚もしていないのに子供がいるというのは、今風に言えば「未婚の母」や「シングルマザー」と呼ばれ、さほどスキャンダラスなことではないだろうが、それでも勇気のいることだ。

法的にはどうこう言うものではなくても、道徳的なことと言おうか世間の評価というものがある。

あの時代は「十戒」の7番目、「あなたは姦淫してはならない。」に抵触し、レビ記20章10節に「人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者があれば、その姦夫、姦婦は共に必ず殺されなければならない。」とあるように、死刑に処せられることであった。

マリヤはヨセフと婚約していたがまだ結婚前の処女であるから、天使のお告げは喜びだけではなかった。それゆえに戸惑いを感じながら、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と言った。

この「お言葉どおりこの身に成りますように」は、英訳では「Let it be」になっている。

1970年にビートルズがリリースした「レット・イット・ビー」はポール・マッカートニーが作詞しており、ビートルズの活動の最後となった曲である。

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,
"Let it be." 

「僕が悩んでいると
 僕の母(亡きメアリー・マッカートニー)が降りてきて、
 知恵の言葉を話した 
『あるがままにね』と」


ポールはここに、ビートルズ解散の現実を受け入れていこうという心境を書いたようだが、この中に知恵の言葉が散りばめられており、つぶやくようなゴスペル風のメロディなど宗教性豊かな歌である。

”Mother Mary ”や”Let it be ”は、受胎告知を受けたマリヤを表しているとキリスト教圏の人々にはすぐにわかる言葉である。

現実を受け入れることの難しさは誰もが経験することである。
入試に落ちたということであれば、また可能性はあるだろうが、相手がある場合はどうしようもない現実だ。また、老いていく現実や病気の末期なども受け入れるのは難しい。

人間の悩みや不平不満は、他の人と比較して生じるのではないかと思う。
今の私は神さまが与えて下さったんだと、神と自分にだけ目を止めるならば不平不満は生まれないのではないだろうか。

今の状況も環境も、明日、自分の身の上に起こることも神さまから与えられたこととして、あるがままを受け入れていく。
"Let it be."とは、神さまの方から見た側面であると思う

神さまは、「あなたは神さまの恵みのゆえに神の子の母に選ばれたのですよ」と言われたのだ。


中世のカトリックは、聖母マリヤは原罪がないと決めたが、プロテスタントの教会は、罪がないのは神の子イエス・キリストだけであると考えるので、神の子を生んだマリヤにも罪があるとする。

(同じキリスト教でも大きな解釈の違いに注目したい。)

神さまは、あるがままを受け入れた私たちの心に来て下さる。
マリヤは運命を拒否せず、あるがままに受け入れ自分を神に委ねた。
私たちも現実にジタバタしないで、マリヤのようにお答えしたい。

自分の人生を、運命を、神さまからのプレゼントとして受け入れようではないか!

牧師は説教のあと、「受け入れることができますように、私たちの心を整えて下さい。」と祈られた。

ちょうど今、PCから「Rejoice(リジョイス)」が流れている。
魂が躍る。連続再生にしてこれを書き上げよう。

イエス・キリストの誕生を喜び、祝おう!
私たち家族にとっては、特に今年のクリスマスの喜びは大きい。

「主よ、感謝します!
苦しみの2009年、2010年もあなたに聞き従い、あなたが私たち家族を支えて共に歩いて下さったゆえの再生の喜びです。多くの方々のお祈りとお励ましを感謝します。

毎週、家族そろって教会へ招かれる特権を感謝します。
1人でも多くの人が、この喜びを拝受されますように。
そのためにこのブログを用いて下さい!」

ユキのリース.jpg

これは5日・教会で作ったユキのリース(おじいちゃん作)

転入会を前にして、礼拝のあと牧師と役員たちによる7名の諮問会なる席上で私たちの信仰を問われた。私達は今の信仰に至る神との出会いをお話した。

この日をもって、私と知子は正式に当教会の会員として迎え入れられた。

諮問会の間にユキはリース作りをさせて頂いた。
この写真は昨日の夕方に写したもの。
デジタル時計に日差しが当たっているので気温は29、2度を示しているが、実際は26〜7度くらいだ。
陽射しさえあれば真冬でも午後はポカポカで、人工的な暖房の暖かさと違って気持ちいい。いよいよ朝晩は冷え込んでくるようだ。

posted by 優子 at 21:55| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

ヤフーの知恵袋に紹介された年始の挨拶文

一昨夜と昨日の午後の嵐が通り過ぎて冬が戻ってきた。
今日は美濃紙業主催のゴルフコンペも終わり、私に師走を思い出させたがまだ実感はない。

11月20日頃だったか、今年もまた業界各紙に掲載される年頭の挨拶文依頼があり、以来夫の秘書役も兼業中である。

いつも夫が大体のことを書いたものと、今回は夫が共感したスクラップ記事も添えて手渡された。
さすがに夫も経済や経営の領域にはアンテナを張って勉強しているのがわかる。今ではすっかり夫婦の呼吸も合い、私自身の理解を深めてからまとめていくのである。

ところで、このところ急に20〜30ほどアクセス数が増えたので、検索先を覗いてみたところびっくりしたことがあった。

その検索元は、「ヤフー知恵袋」の「業界新聞に寄せる年頭挨拶について 」というもので、どう書いたらいいのかを尋ねている人に回答するサイトだった。

回答は、それを書かれた方の人柄が想像できるような素晴らしい書き方だった。
そして、次のようなことが書いてあった。
「一般的に、業界紙の年頭挨拶なら、下記のような構成でしょうか。」として詳しく説明されて、その最後に「下記に参考になりそうなリンクを張っておきますので、参考にしてください。」として、夫の挨拶文が3番目に挙げられていたのだ!

こんなものまであるの?!
それよりも何よりも多々ある中から、よく目に止めて頂いたものだと驚き、大いに励まされもした。わーい(嬉しい顔)
この回答は、アクセス数が増えた前日の11月30日にアップされたところだった。

『メメントドミニ』には聖書や信仰的なことだけに絞って書いているわけではないので、今回のようにキリスト教とは全く関係ない事柄から訪ねて下さる方も多い。
その方々がそのあとも『メメントドミニ』を愛読して下さり、聖書と出会う機会になれば最高の喜びである。


「年頭の挨拶」を仕上げたら、労祷教会の『ろうとう新報』に知子と共に掲載して頂く自己紹介を兼ねた証しを書かねばならない。19日に発行配布される予定だ。

知子は私よりもハードな日々にありながらも既に書き終えて、牧師に送信提出済みだ。読ませてもらったが、過不足なく書けており素晴らしい証しだった。

明日は転入を前にして、礼拝後の役員会で知子と共に諮問されることになっている。

労祷教会に導かれた不思議を思う。
今後は生涯この教会で信仰を養われ、奉仕の場を見出して教会に仕えつつ、これまでのように文筆を通してキリストの救いと恵みを証ししていきたいと思う。


今も先週の学び、「聖書と憲法」について記載できていないのが残念だ。
戦時中のドイツにおけるカール・バルトの解釈(ボンヘッファーの抵抗)と、内村鑑三の反戦・非戦論に立つ無教会の信仰姿勢についてだけでも書いておきたいと思っている。

このカテゴリを「美濃紙業関係」にしたので、最後にそれに関連した話で結びたい。

夫が共感したスクラップ記事に、シカゴ大のレヴィットが書いたベストセラー『ヤバい経済学』というのがあった。
娘夫婦が経済学者だけに「何だこの題名は?」と少々不快に感じて、(11月22日に)早速検索して代表的な書評をザッと読んだ。


原題は『フリーコノミクス』という造語で、内容は「応用経済学」だ。
「『応用ミクロ経済学』というのが、この人が本来考えていた本のタイトル」で、「経済学というより社会心理統計応用学のような内容」だから私にも興味を持てる。この続編も今年出版された。

経済学で最も重要な概念のひとつが「インセンティブ」で、「人はインセンティブに応じて行動する」ということを説明しているようだ。

経済学に大理論やモデルは過去のことらしいが、経営者もまた今や、やる気を起こさせる刺激策を考えてもどうにもならない時代だろう。いつか真智やクマに聞いてみたいものだ。

何事も集中すると燃えてきて、また血圧が異常に上がってしまったのでこれにて強制終了したい。


posted by 優子 at 22:40| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2010年12月03日

「"0"ゼロを掛けていませんか?」 ―あなたの心を元気にするショートメッセージより  14― 

   
"0"ゼロを掛けていませんか? (関根 弘興牧師)

私たちは、人を見て、うらやましくなったり、ねたましく思ったりすることがよくあります。そんなとき自分を見ると、自分にないものばかりが目についてきます。
 
時間がない、余裕がない、才能がない、能力がない、将来性がない、素質がない、ない、ない・・・・・・・・。延々と続いていくのです。

あなたはいかがですか。「ない」「ない」「ない」と言い続けていませんか。
00=0ですね。しかし、1000×0も”0 ”ゼロなんですよ。どんな有効数字でも、”0”ゼロを掛けた途端、”0”ゼロになってしまうのです。

あなたは、あなたの人生にいつも”0”ゼロを掛けてはいませんか。
「どうせだめさ」「私には、・・・ない」と、すべてに”0”を掛けるのです。そして、自分だけでなく、子どもにも、友人にも”0”を掛け始める。
 
昔、モーセという人が、エジプトで奴隷生活を強いられていたイスラエルの人たちを脱出させた大きな出来事が旧約聖書に記されています。

その脱出に際して、神様はたくさんの奇蹟をもって、彼らを導いてくださいました。有名な話では、脱出した民の目の前に葦の海が広がり、後ろからはエジプトの軍勢が迫ってきた時、絶体絶命の時でした。

どうでしょう。激しい東風が吹き始め、その海の水は2つに分かれたのです。そして彼らの通り道ができ、海を渡ることができました。

しかし、素晴らしい奇蹟を体験し脱出した民でしたが、その旅が始まった途端、口から出てきたのは、「つぶやき」でした。

要するに、すべてに”0”ゼロを掛け始めたのです。
「ああ、こんな場所に来るなら、いっそのことエジプトで死んだ方がましだ」。
「ここには、肉がない、魚がない、きゅうりがない、にらがない、ねぎがない・・・」。

とにかく、ぶつぶつ文句を言い始めたのです。
 ”0”を掛ける人生は、すべてを帳消しにしてしまう人生ですね。

さて、あなたはいかがでしょう。
もちろん大きな奇蹟は経験してこなかったかもしれません。
しかし、今こうして生かされていることに、感謝の有効数字を掛けてみませんか。
それともたくさんの”0”を掛けて生きていきますか。

「むしろ、感謝しなさい」。(エペソ人への手紙5章4節)


posted by 優子 at 19:47| 引用文 | 更新情報をチェックする

2010年12月02日

クリスマスへのご招待

はや、今年も一年の最終月に入った。
今夜神戸ルミナリエが点灯し、冬を彩るイルミネーションはすっかり冬の風物詩になった。

我が家近くの吉田さん宅のイルミネーションも今年は28日(日)から始まった。毎年バージョンアップされており、今年も既にどこかのテレビ局で放送されたらしく、朝日放送も取材に来たという。

今日は日が暮れても非常に暖かかったので、私も孫と娘と一緒に点灯の瞬間を見に行った。
夕方5時半近くになると子供たちが集まってくる。
上から見たいので吉田さん宅の前を急いでいたら、「上に着くまで待っていますから!」とお嫁さんが声をかけて下さった。

カウントダウンではユキも大きな声で数を数えた!
「5・4・3・2・1」 点灯!
2010.吉田邸イルミネーション@.jpg

実際はこのような淋しい色合いではなく真昼のように明るい。

2010.吉田邸イルミネーションA.jpg


2010.吉田邸イルミネーションB.jpg


2010.吉田邸イルミネーションC.jpg


「今年もキャロリングに来て下さい」と、ご主人の方から声をかけて下さった。昨春まで通っていた教会の有志が集まって、このテラスに立って15分間ほどキャロリングをさせて頂いている。

初回は2003年で、その後中断して2006年から再開して5回を重ねている。2008年には読売テレビの夕方の「アンカー」で私達もチラッと映して頂いた。

このたびその教会を転出するにあたりリーダーの人に念入りにお願いしておいたが、覚えて下さっているか心もとない。

「主よ地境を広げて下さい!地元に神様の祝福が流れていきますように!」と、これからも背後で祈り続けよう。

では今年もこの時期にふさわしい私の大好きなクリスマス・カードを開きたい。2年前にスーさんが送って下さった、実にアメリカらしいカードである。

この記事の最後にアドレスをご紹介し、何度も開いて頂けるように、この時期限定で画面右側にある「お気に入りリンク」に提示することにした。

アドレスをクリックすると讃美歌114番が流れる。アメリカが生んだ最も美しい代表的なクリスマス讃美歌、私の最も大好きなクリスマスの讃美歌である。

カードに書かれたメッセージの要約は次のような内容だ。過去ログ・2008年12月18日より転載した。

 You are cordially invited to A BIRTHDAY CELEBRATION!!!

Guest of Honor: Jesus Christ

Date: Every day. Traditionally, December 25 but He's always around, so the date is flexible...

Time: Whenever you're ready.
(Please don't be late, though, or you'll miss out on all the fun!)

Place: In your heart.... He'll meet you there.
(You'll hear Him knock.)

誕生日の祝賀に是非出席してください!!!

主賓: イエス・キリスト

日付: 毎日。 伝統的には12月25日。
しかし、彼はいつも私達と共にいるので、期日はフレキシブルです…

時間: あなたが準備ができているときはいつでも。
(でも遅れないでくださいね。でないと、あなたはすべての楽しみを失うでしょう!)

場所: あなたの心で… 彼はそこであなたに会うでしょう。
(あなたは、彼がノックするのを聞くでしょう。)


Attire: Come as you are... grubbies are okay.
He'll be washing our clothes anyway. He said something about new white robes and crowns for everyone who stays till the last.

服装:いつもの服装でOKです。彼は終わりまで滞在する方々のために、新しい白いローブと王冠について何か言いました。
(でいいかな?私の英語力ではテキトウに理解するしかないです)


Tickets: Admission is free. He's already paid for everyone...
(It cost Him everything He had. But you do need to accept the ticket!!)

チケット: 入場は無料です。 彼は既に皆のために支払っていますから…
(彼は持っていたすべてをそれに費やしました。 そしてあなたは、チケットを受け入れる必要があるのです!)


Refreshments: New wine, bread, and a far-out drink He calls "Living Water,"
followed by a supper that promises to be out of this world!

軽い飲食物: 新しいワイン、パン、および、驚くほどであると約束する夕食についてくる「生ける水」と彼が呼ぶ飲み物!

Gift Suggestions: ; Your life.

贈り物の提案: ; あなたの人生。

Entertainment:Joy,Peace, Truth, Light, Life, Love, Real Happiness,
Communion with God,Forgiveness,Miracles, Healing, Power,Eternity in Paradise, Contentment, and much more!
(All "G" rated, so bring your family and friends.)

エンターテインメント: 喜び、平和、真実、光、人生、愛、本当の幸福、神との接触、赦し、奇跡、癒し、力、永遠の楽園、心の安らぎ、その他にも沢山あります!
(すべて「G」が評定されていますので、あなたの家族と友人を是非連れて来てくださいね。)


R.S.V.P. Very Important!
He must know ahead so He can reserve a spot for you at the table.
Also, He's keeping a list of His friends for future reference. He calls it the "Lamb's Book of Life."

R. S. V. P. 非常に重要!
彼は、あなたのためにテーブルでスポットを予約できるように先で知らなければなりません。
また、彼は後日のために彼の友人のリストを保っています。 彼は、それを「仔羊の生命の書」と呼びます。


Party being given by His Kids (that's us!!)!
Hope to see you there! For those of you whom I will see at the party, share this with someone today!

彼のKids(それは私たちです!)によって与えられているパーティ!
そこであなたに会うことを願っています! パーティーでお目にかかるものに関しては、今日、だれかとこれを共有してください!


スーさんからの12月8日のメールでは、”God bless you and your family and your writing career.”と、私の文筆活動の祝福も祈って下さっていた。

今年こそ是非、あなたもお近くの教会へお出かけ下さい。
予約も何もいりません。
心から歓迎してくださることでしょう!

これをお読み下さっているあなたの上に、クリスマスの恵みが豊かにありますようにお祈りします。


では、カードをお楽しみ下さい。リンク先にも入れておきますので、讃美歌をBGMにパソコンの作業をどうぞ。


附記:こちらは連日のポカポカ陽気で、朝は暖房をつけるが午後のリビングルームは25度以上にもなる。今日は20.7度(大阪は21.5度)まで上がり、深夜の今も外気温は17度もある。

ミネソタの最高気温はマイナス5度から10度で、最低気温は既にマイナス15〜6度にもなっている。さすがに魔法のPCでも、このページから暖かい空気を送れない。

激務の日々、真智と太志君の体力が支えられるように祈っている。


posted by 優子 at 22:51| 随想 | 更新情報をチェックする