2011年04月30日

Cmmencement! ミネソタより更新

ミネソタ時間29日21時48分更新:
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Photo by Mary Dy

今日4月29日、次女夫婦がめでたく経済学のPh.D(博士号)の学位を取得した。ガウンの上から身につけるフードの色は「Ph.Dブルー」と言い、博士号取得者が身につけるものだ。

真智子、太志君、おめでとう!
   
                    
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2011年04月28日

ミネソタへの旅

思いもかけず我が心のミネソタへ行くことになった。
ようやく先週の土曜日に準備し始めたものの、東日本のことを思うとやはり気持ちが重くて真智子たちに申し訳なく思っていた。

しかし、友に励まされ、古森牧師にも「楽しんできて下さい!」と背中を押され、今しかできないことを楽しんでこようと思った。

原発事故の関係で日本人は入国時に線量検査を受けねばならないと耳にしたので、旅行会社に問い合わせたところ、中国、韓国、台湾などアジア方面の国では線量検査されるがアメリカは大丈夫とのこと。デルタ航空にも尋ねて下さったので安心した。

今夕のニュースでは、日本文学研究で知られる米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさん(88歳)が日本に永住する意思を固め、日本に帰化する手続きを始めたそうだ。東日本大震災で大変心を痛め、被災者との連帯を示すためだ。

今も日本から外国人が去り続けているが日本は大丈夫なんだと、被災者の方々を励ますことになれば嬉しいと語っておられたが、私達もアメリカ在住の次女夫婦に日本の現状を話す務めがあると思った。


関空からは直行便がなく、さりとて途中で乗り継ぎするのは冒険すぎる。というわけで朝早い出発になるが言葉が通じる日本で頑張っておこうと、伊丹から羽田、そして、成田から出国することにした。

私には新婚旅行以来35年ぶりのアメリカである。
今も忘れられない夫のエピソードがある。夫が伴侶という実感もなかった新婚旅行で、ホテルのモーニングコールに夫が出た時のことだ。

あの当時は今と違って実際に電話で応答しなければならず、一度くらいは夫に出てもらおうと頼んだ。
「”th ”の発音はできなくてもいいけれど、せめて『サンキュー』と言ってね」と助言したにも関わらず、夫は「すんません」と言った。ちっ(怒った顔)

その時の私の幻滅度はどんなものだったか!
アメリカのホームドラマの世界に憧れて、その雰囲気を楽しみにしていたのに全く冴えないハネムーンだった。

しかし、50歳過ぎて思うのは、そのマイペースさはすごい!
少々言い過ぎだが、今は魅力とさえ思う時もある。


「楽しみにしてくれてるの嬉しい(^^)。昨日は再び大掃除&洗濯したよ。楽しみにしてるよ〜。

今回ママとパパが来てくれるのは、みんなにとってのチャレンジやね!
ゆきちゃんとお姉ちゃんの協力もあってのことやね。みんな有難う。(知子はユキを保育所へ預けて出社する)

ママ、パパ、明日は力を合わせてミネソタまで来てね!
(^o^)/イエス様も一緒!

当日は、ママ達が入国審査を終えて出てくる所で待ってるね。一箇所しかないから大丈夫。
空港で会えるのを楽しみにしてます。  真智子


以前教えてくれた「ミネアポリス・セントポール国際空港案内」http://yukochappy.seesaa.net/archives/20080114-1.html もプリントしてバッグに入れた。

「優子さん、いよいよ明日渡米されるのですね。
どうか旅の最初から最後まで守られますように。真智子さんご夫妻とよきときを過ごせますように。
たくさんの祝福がありますように。
留守の間、知子さんとゆきひさくんが守られますように。お祈りしています。
帰国してからのブログを楽しみにしています。

PS ご主人が受洗される日が近いですね。昨日(4月25日)のブログ読んで嬉しくなりました」。

ありがとうございます。涙が滲みました。夫にもその時が備えられていると信じます。
折しも今年は結婚35周年です。
主に感謝して真智子夫婦の5年間を覗いてきたいと思います。
祈って下さっている方々と日本のことを覚えつつ行ってきます。

posted by 優子 at 05:24| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

「開かれた人生」 ―あなたの心を元気にするショートメッセージより 20―

「開かれた人生」(村上 宣道牧師)

キリスト教が生まれて間もない頃のことです。キリスト教への迫害が激しく、リーダーであったヨハネという人は捕らえられて、パトモスという島に幽閉され、まさに四面楚歌という状況に置かれていました。

そこでヨハネは、「見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた」(黙示録3章8節)との、天からの語りかけを聞いたのです。

その「開いておいた」とおっしゃる方は、主イエス・キリストで、その門の開閉の「鍵を持っている方」です。

「あの人はキーマン、鍵を握っている人だ」という言い方をしますが、この世界を創造し、今も一切を支配しておられ、そして私たちの罪のために十字架にかかり、それだけでなく、よみがえってくださったこの方こそ、私たちの人生のすべてを決定づけるキーマン、鍵を握っていらっしゃる方だということができます。

その方が「だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた」とおっしゃるのです。その開かれた門とは、救いの門であり、そして天国に通じるいのちの門です。またその方は、私たちの前に無限の可能性の門を開いてくださる方でもあります。

ノミの実験というのをご存じでしょうか。
透明なガラスの容器に何匹かのノミを入れておきます。容器の高さは、ノミが飛び出すことのできる程度なので、ノミはピョンピョン外に飛び出します。それを捕まえては何度か戻し、そのうちにその容器に透明のふたをします。

ノミは飛び出そうとしますが、何回飛んでもぶつかるので、そのうちに飛び出すのをあきらめてしまいます。やがては、容器のふたを取っても、ふたがあると思い込んでしまっているノミは、二度と外へ飛び出すことはしないということです。

これは心理学上の実験なのだそうですが、障害はすでに取り除かれて門は開いているのに、まだ閉じられていると思い込み、可能性に挑戦しないでいることがあり得るということなのです。
 

「あなたの前に開いておいた」とおっしゃる神様が、開いてくださっているその可能性にかけて、挑戦していこうという気概はいつでも持っていたいものです。

絶望の象徴である墓を蹴破ってよみがえってくださった主イエス・キリストは、全く閉じられてしまって、望みがないと見える門であったとしても、それを打ち破って、新たな可能性の門を開いてくださったお方です。

四方八方塞がっているようでも、門は開いていることを忘れないでいたいものです。
私は天の高きを知る。
個人の人生においても大試練の日本においても常に希望への道が開かれていることを感謝し、導きを求めて雄々しく前進していきたい。

posted by 優子 at 19:13| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

イースター、震災で信仰より深く ―"Christian Today"4月24日更新より―

24日イースター礼拝が全国各地の教会で捧げられる中、東日本大震災で福島原発に最も近い教会となった福島第一聖書バプテスト教会は、避難先の奥多摩福音の家礼拝堂でイースター礼拝をささげた。

同教会牧師の佐藤彰氏は、イースター礼拝にルカの福音書24章を引用し、大震災という未曾有の大惨事を受け、絶望と悲しみの中故郷に帰宅することもできず漂っている状況を、主が十字架につけられ、死なれた後絶望と悲しみの中エルサレムからエマオに向かって歩いている弟子たちの姿と対比させた。

佐藤氏はメッセージの中で「先週は受難週であり、深い悲しみの川がとうとうと流れていました。しかし今日はよみがえりのイースターです。いつまでも暗い冬ではありません」と述べ、家族を亡くした教会員らに黙示録22章の天の御国について書かれている文章を引用し、「津波で亡くなられた方は、天の御国につながっていのちの水の川に運ばれました。

そこにはいのちの木の実が実をならせており、癒しの木の葉があります。今は涙をすっかりぬぐい取ってくださっておられるでしょう」と述べ心を励ました。

またイエスキリストの十字架刑の後エルサレムから離れる弟子たちの姿が、現在の自分たちの姿と似ていることについて、

「今は何が日常で何が日常ではないのかわからない状態になっています。当時の弟子たちも今の私たちと同様に深い悲しみがありました。復活の前にまずは悲しみと苦しみから入らなければなりません。

人間は、あまりにショックな出来事に遭遇すると、自分でもわからない感情の動きをすると言います。ある時はものすごく怒りっぽくなったり、誰とも話をしなくなったり、急に喜びを表してみたり、あるいは亡くなった伴侶を責めてみたり、無くした憂いの中に沈んでいったりと、あまりに受け入れがたい現実が来ると、感情が壊れてしまうことがあります。

そのような出来事を受け止めるためにその出来事が起こったことを誰かのせいにしてみたり、ひたすら自虐してみたりもするでしょう。そのようにして、やがて少しずつ地に足が着き始めて、大事な人がいなくても生きていくことを受け止めていくようになっていくのではないでしょうか。

エマオに向かう弟子たちも、心ここにあらずというような、様々な感情がごちゃごちゃになっている状況にあり、私たちの状況と似ています。

今私たちの中では3月11日のまま時計が止まっていて、何を見ても悲しいです。弟子たちも同様で、主が死なれ、もう終わりだという深い絶望に打ちひしがれていたでしょう。

神様が遣わせた預言者が殺されてしまった。何もかも終わってしまった。私たちの『地震さえなければ・・』という感情と同じような感情を抱いていたと言えるでしょう」
と述べた。
 
また佐藤氏は阪神大震災の被災者の間で、復興に向けてどんどんと動きだす人々と、取り残されて果てしなくどんどん落ち込んでいく人々の二つに分かれていたことを取り上げ、福島原発の最も近くにあった同教会で、いつ戻れるかもわからない自分たちは

「普通に行けば落ち込み組になります。故郷に帰ったら罰金、目の前のことに手をつけることもできず、これで落ち込まないほうがおかしいでしょう。

しかしだからこその復活でありよみがえりなのです。神のひとり子は墓をぶち破ってよみがえられました。死は終わりではありません。これが聖書の中心です。魂が赦されて天の御国にすーっと引き上げられていきます。今こそキリスト教です。放っておけば落ち込みますが、信仰の目で見れば私たちは今こそよみがえりのときにあります」


と述べ、地震で避難生活を余儀なくされたからこそ見ることのできた信仰の世界について

「すべてが無くなってゼロベースになったからこそ、食べ物が食べられる、風呂に入れるなど生活のさまざまな些細なことに感謝することができるようになりました。

この様になって初めて、これまで自分の生活を自分でなんとかしようとしていた日常が果たして(信仰者として)正常だったのかと問うことができるようになりました。

思い通りに自分で自分の人生を運ぶという生き方が、神様の目から見ればあまりにも異常だったのではないでしょうか。これまでどうして神様にもっと結びついて、神様に頼って人生を生きてこなかったのでしょうか。

実際必要な物というのは本当はそれほどたくさんは存在しないことに気づかせてくださいました。目に見えるものが全部流された後に、初めてキリストとの結びつき、お互いの結びつきが大切なのだということに気がつくことができました。ここから前に一歩二歩前進していけば私たちの景色は相当変わっていくでしょう」
と述べた。

普段安全な日常の時間に流されている日本人の私たちは、平然と自分の人生計画を自分で組み立て、今日一日のスケジュールも自分で組み立ててそれに沿って動きがちである。

しかし福島第一聖書バプテスト教会の会員たちは、地震ですべてを失ったからこそ、スケジュールがすべて白紙になり、必然的に神様に全てを頼らざるを得なくなった。佐藤氏は「神様におすがりする人生に突然入ることができたのは恵みではないでしょうか」と述べた。

佐藤氏は「世界中でイースターおめでとうと喜びの心機一転の今日、私たちは復活します。地上の旅路はまだまだ続きます。今私たちが不自然なのではなく、今が自然です。今が異常なのではなくて、神様の恵みの中で過ごしている、特別の恵みのときです。

この1ヵ月半でどんな恵みを受けましたか?もちろん悲しみは流れておりますが、けれどもイエス様はすべての栄光を捨ててこの地上に来られ、十字架で命を捨てた後見事によみがえりました。泣いてばかりいないで、目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる神様におゆだねして一歩一歩前進するのです。

前に向かって進むその時まで復活の希望をたたえながら、その日を仰ぎみたいと思います。天のお父様感謝します。希望を告白します。イエス様はよみがえりました。

私たちも十字架を信じ、罪が赦され、復活の希望が与えられました。ですから、あきらめないで立ちあがり、前進します。どうぞ私たちを御心のままにお導きください。感謝します。イエス様のお名前でお祈りします」
とイースター礼拝の祈りをささげた。
posted by 優子 at 21:35| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

「今はまだ平凡な鶯の声にしか聞こえない」

ところで、「今年の鶯の声はどのように聞こえる?」と娘に聞いてみたところ、「今はまだ平凡な鶯の声にしか聞こえない」と答えた。

「仕事をしながら常に奏楽のことが頭にあり、春の声をゆっくり味わえていないとは思うが、鶯の声の聞こえ方・春の感じ方は、自分の期待をはるかに下回っていた。

会社の昼休み中にキーボードで練習し、家では5分か10分ほどの短い時間をかき集めて練習するしかできないけれど、これだけ集中してできるようになったのも、この厳しさゆえのベースがあったからであって、もしも主婦のままだったらできなかったことは確かだ。

経理に加えて総務の仕事と、教会では長年奏楽のご奉仕をされていたOさんが5月初めに引越しされることも含めて、常に過度な負荷がかかっている状態だからこそ極めて集中した時間を使えるのだと思う。頭脳も動いているしピアノの感覚も蘇ってきている。

ユキの世話をママにお願いして悪いけれど、もし昨秋働き始めたという変化だけだったなら、社内のことを深く悩み込んでいたと思う。しかし現実はそのようなことに悩んでいる時間もなく奏楽の練習に打ち込む日々なので、気がつけば両者をこなせていることに気がついた。


これが神さまの方法(導き方)だと思う。専業主婦の生活時間の流れの中ではできなかったと思う。自分にとってはこれが最善だった」。

以下は私の思いだが、会社の引継ぎも全くなしの状況で、常務が退職されてからは周囲の助けは皆無の状況だったから、よく耐え忍んで仕事をこなしてきたと思う。

このたびの私達の渡米で万が一にも飛行機事故などで帰宅できぬことになれば、会社はどうすればいいのかと最悪の場合のことを夫に聞いたところ、知子が社長になって今後のことをどうするか決断するようにと意思表示した。

再入社してまだ1年も経たないながらも、かなりのことを理解し戦力になってくれていることを評価しているのだろう。娘に厳しいのはいいが、相変わらず労いの言葉が全くなくてはと思う。

そして、夫自身のことも尋ねた。
「私達も突然の大地震や飛行機事故で死ぬかも知れない。イエスさまを信じる?」と。
すると、間髪入れずにうなずいた。

2月半ばのこと、3歳7ヶ月だったユキが、「おじいちゃんはあかんなあ。どうやったらイェッしゃまを信じられるんだろう」と言ったのでびっくりっしたことがあった。

しかし、昨日は「家族で教会へ行くのが楽しみ」と言い、イエス・キリストの救いを信じるかと聞けば明確にうなずいたのである。ハレルヤ!!!

だから娘たちよ、私達と突然の別離があってもこれを読んで心安んじて生きて下さい。また会える!今度は永遠に一緒だ!


シングルマザーの知子は苦労するだろうけれど神さまは知子を見捨てない。ユキを幸せな大人に育ててやりなさい。必ず神さまが助け育てて下さる。

真智子と太志君と慰め励まし合って良い日々を生きなさい。ママは常にこの思いで生きているよ。

「今はまだ平凡な鶯の声にしか聞こえない」と言った知子。
それでこそ本物だ。
次の春はどのように思うのだろう。
ユキが入園する春の鶯を。(^ー^)

附記:
今日、古い方のPCが突然故障した。イオ光やPCメーカーに聞くとPCの故障だと言う。無線ランの「ウィンドウズ7」も4月初めに繋がらなくなっているので、これまで故障されては困る。

この時、まだ真智子がオンラインになっていたので、大急ぎで知子から次女にPC不能を伝えるメールを送ってもらった。

その後ミネソタから電話があり、「セブン」を直接つなぐように指示されたが相変わらず接続不能。古いのは5年過ぎたところだし寿命だから、最悪の場合はもう1台買うつもりで夕刻に購入店へ行った。連絡を取り合えなければ心配だからだ。

ところが、電気屋さんでは繋がるではないか!
そこで知子がイオ光に電話して一つひとつ教わりながら、「セブン」をルーターにつないで無事開通したのだった。

まさにライフライン復旧の感だ。これだけ便利な生活を知ってしまったら、パソコンがないと生きてはいけないことを思い知らされた。

せめて携帯電話でもあればとも思ったが、携帯電話を持てばそれもまた無くては生きていけなくなること間違いなしだから限界まで持たないでいようと思った。


posted by 優子 at 22:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

祝福された復活日(イースター)礼拝と愛餐会

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イエスの復活の記事は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書に記されているが、それぞれ異なることが書かれている。

その4つともに共通していることは、納められた墓の中にイエス・キリストはいなかったということであり、それをどのように受け止め、どのように出会っていくのか。それは異なっていいのだということだ。

素直な人の心にイエスさまが来て出会って下さり、復活を疑っていた男たちのところに現れ焼いた魚を食べられた。イエスは一人ひとり応じたように出会って下さるということを表している。

そして、素直な人も疑って信じた人もイエスの復活が自分のものとなっていく。それは自分が出会ったということは否定できないからだ。

旅をしていたイエスの弟子がエマオの町で復活したイエスと出会ったが、イエスと認識できなかったということは、ただ見てもわからないものであるということがわかる。

あとでイエスだとわかったのは、心が燃えたことを思い出したからだ。復活のイエスと出会うのは他の人にはわからないものであり、ひょっとすればその本人もいつ出会ったかわからないかもしれない。

人はそれぞれにイエスのイメージは異なっていいのだと聖書は言う。
一人ひとりの人生で出会うイエスは必ず異なっていると述べたかったのではないか。


しかし、出会った人は一様に同じ姿に変えられていく。
この生命が自分のものではなく神さまから与えられたものであり、生きていく限り神と共に生かされる。イエスが復活されたから私達もよみがえるという信仰を与えられた。

この揺るぎない信仰によって見ていない世界を仰ぎ見て生き、死んでいった人々。これを信じない人にとっては死は絶望であり終わりである。
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水野源三さんや星野富弘さんも体が動かなくなった時、死にたいと願った。
しかし、「神は役に立たない人を生かしておられるほど愚かではありません。必ず使命があり道があるのです。」と三浦綾子さんが書いておられるように、彼らもまた主イエスと出会って生きる意味を見出し、人々を励ます者に変えられた。
それはまさにキリストの復活そのものだ!


                (以上、古森牧師のメッセージより)

宇野繁博さんもキリストの復活そのものだ!
そして、知子もそうだ!
栄光、主にあれ!

礼拝には馬見労祷保育園の園長先生と21名の職員の方が出席された。礼拝後に集合写真を撮り、その後の愛餐会(あいさんかい)では参加者が一人ひとりスピーチした。

そこで夫はこのようなことを話した。
「私はまだ受洗していませんが、毎週家族と教会へ来るのが楽しみです」。そして、「幸悠(ゆきひさ)が毎日夕食前に素晴らしいお祈りするのでびっくりします。」と満面の笑みで語った。

愛餐会の最後のほうで司会者がユキを指名して下さったのでユキは前へ出た。
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恥ずかしそうにモジモジして歌も上手に歌えなかったが、最後に「ユキちゃん、お祈りしてくれる?」と司会者が言われた。短いお祈りだったが、ユキはいつものように目を閉じてごく自然体で祈った。マイクを持って。

「イェッしゃま、今日は教会へ来ることができましたことを感謝します。今日も(イェッしゃまと共に)過ごすことができますように。このお祈りをイェッしゃまのお名前によって御前におささげします。アーメン」。

皆さんも共にユキの祈りに合わせて「アーメン」と祈られた。
お祈りが終わった時、園長先生や保育園の先生方はしみじみ感心してユキを見ておられた。

私は帰りの自動車の中で「ユキちゃん、短いお祈りやったね」と言うと、「古森先生が短くてもいいよって言ったから」と、長さも加減できるのかと驚いた。

いつもはこのように祈っている。朝ならばこのような祈りだ。

「イエッしゃま、おじいちゃんもママも、もう会社へ行ったです。着いたと思います。今日も事故がおこりませんようにお守りください。目の見えない人(宇野さん)や歩けない人をお守りください。

昨日(時制はまだ理解できない)地震が起こりました。もう起きないようにしてください。火事になって家も倒れてみんな流れていきました。助けてください。

今日もイエッしゃまと過ごすことができますように。
遠くにいる真智とフーをお守り下さい。

このご飯を作ってくれたおばあちゃんに感謝します。
イエッしゃまのお名前によって、このお祈りを御前におささげします。アーメン。」


祈りの人・ユキに、「おじいちゃん、イエッしゃまは?!」と、食前の祈りをしないでたびたび注意されているのはだあれ?(笑)

2011イースターの知子とユキ.jpg

自宅から近ければ是非入園させてやりたい馬見労祷保育園の前で。
まるで入園したみたいネ。

道路を隔てた教会の真向かいに馬見労祷保育園がある。
建築工事も終わり4月1日から新しい園舎が与えられて、
今年は161名の園児と32名の職員でスタートした。

ユキが写真を撮りたいと言ってきかないので撮ってもらった。
いつのまにか私の表情から苦痛の色が完全に消えていた。

ユキが撮ってくれた写真.jpg

知子に新たなる人生の道を開いて下さり、生きがいを与えて恵みの中で生かして下さる神さま。知子だけではなく孫もまた「ユキちゃん」、「ユキちゃん」と呼ばれて愛の中で育てられている。

どうかこれからも知子と幸悠が神さまの平安の中で生きていくことができますように。背後で祈って下さっている方々に感謝し、その方々に私達以上の祝福がありますようにお祈りします。

東日本のことを覚えつつ刻ませて頂いた。

posted by 優子 at 23:57| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

復活祭を前にアメリカ国家朝餐祈祷会 

"Christian Today"(4月20日記事)より:アメリカ国家朝餐祈祷会.jpg米国家朝餐祈祷会で祈るオバマ大統領(左)、T.D.ジェイクス牧師(右)ら。2011年4月18日米ホワイトハウスイーストルームにて。(写真提供:米クリスチャンポスト)  
米国家朝餐祈祷会、イエスの死と復活を回想

米オバマ大統領は19日朝、ホワイトハウスのイーストルーム(東の間)にて、米政府で伝統的な行事となっているイースター国家朝餐祈祷会を開催した。米クリスチャンポストが報じた。イースターを迎える最後の一週間となった今週は、クリスチャンにとってイエスの死と復活の意味を深く黙想するもっとも聖なる週のひとつである。

オバマ大統領は「私がこの朝餐祈祷会を開催する理由はただひとつです。多忙で多くの課題に埋もれてしまいがちですが、特にこの時期こそ、私たちの贖い主であるイエスキリストがすべてを主観してくださることを覚えて祈りたいからです。」と述べた。

          (略)

それぞれの教会で多忙な一週間を迎える中にあって、各教派を超えて著名な牧師らが米ホワイトハウス内で一同に集い、互いに挨拶を交わした。

オバマ大統領は、朝餐の祈祷を行い、2000年前に十字架につけられたイエスキリストの死に焦点を当て、
「パーム・サンデー(しゅろの主日)の栄光。イエス様が弟子たちの足を洗われる謙遜さを示されました。そしてゴルゴダの丘への十字架を背負ったゆっくりとした行進の後、十字架の痛みと屈辱を受けられました。

その瞬間に、イエス様が世の罪を贖われました。私たち人類の過去・現在そして未来の罪をも贖われたのです。そしてイエス様はその死と復活によって私たちにはかり知れない恵みと救いの賜物をお与えになりました」
と述べた。

さらにオバマ大統領は旧約聖書のイザヤ書53章を引用し、
「彼(キリスト)は私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれました。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされました。

この恵みは崇高なる恵みであり、また拡張力のある驚くべき恵みです。この朝餐祈祷会を開催する意味がここにあります。

米国が国家的に重要な論議を行っている最中にあって、私たちの日常の多忙な生活の最中にあってこそ、私たちは常に事を秩序立って行っていくことを確かにしなければならないからです。どんな状況にあっても聖書の御言葉を打ち砕く物は無く、永遠に残る物です」
と述べた。

同祈祷会に招かれたアフリカンメソジスト監督教会初の女性司教となったヴァスティ・マッケンジー氏は、オバマ大統領に「iPad」を巧みに扱う高度な技術力を有する司教であると紹介された後、

「この朝、イエス様がすばらしき愛を十字架上で私たちにお示しになられたことを覚え、キリストが天に上げられる聖金曜日を前にして、あなたに感謝いたします。

このような混沌とし打ちのめされた世界にあって、あなたは死から命を、絶望から希望をもたらしました」
と力強い祈りをささげた。

国家朝餐祈祷会は、米国民の中でオバマ大統領がクリスチャンであると信じる人の割合が減少する最中にあって開催された。

2010年12月に米調査機関ライフウェイリサーチによって行われた調査では、米プロテスタント牧師らの間で、オバマ米大統領がクリスチャンであると信じる人の割合は41パーセントであると示されていた。

そして、明日の朝早くキリストは復活されたのである。
知子は明朝イースター礼拝の前奏曲は、ヘンデルの『メサイア』から「我が贖い主の生き給うことを知る」を選んだようだ。今からリードオルガンによる演奏を楽しみにしている。

「わたしは、よみがえりです。いのちです。
わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」。


昨日のフェイスブックで紹介された被災地支援の報告動画をご紹介します。ユウチューブにもアップされました。10分間ほどのビデオです。どうぞご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=nL3Cjpf2lh4


posted by 優子 at 13:55| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

知ちゃん、今年の鶯の声はどのように聞こえる?

知子の体調不調はまだ残っているが魂は癒されて、2年前には想像もできない日々に変えられた。

2009年春の知子は、体重が37.5キロ、体脂肪6.8 、内臓脂肪は1だった。痩せてお尻から骨が突き出てきそうで、駅のベンチは痛くて座れなかった。

「死んだらあかんで。生きるんやで!バナナ1本でも食べるんやで!」と、生駒署の婦警さんとの出会い。

「子供が大きくなるまでなんて言わず療養兼ねて一人で遊びにおいでよ」と、ファイザー時代の友の助けも頂いた。

2月頃、知子は春を告げる鶯の声が胸に痛かったと言っていた。
「息子だけを実家に預けて一人生駒の家で呆然としている時に聞こえた鶯の鳴き声は、耳をふさぎたいほど辛かった。もうすぐ春なのに・・・今頃実家で息子はどうしてるだろう。」と、ベランダから見える自然をボーっと見ていたそうだ。

私は娘に尋ねた。
「知ちゃん、新緑の爽やかな風に乗って聞こえてくる鶯の声はどのように聞こえるの?」
「今は痛みは感じないけれど、美しさも何も感じない」。
でもね、いつか必ず生かされている喜びを歌っているように聞こえるよと、私は心の中で知子に語っていた。

その1年後の昨春、イースターの日の集合写真を見てびっくりした。痛々しいほどの悲痛な顔だった。

その知子が明後日のイースター礼拝で奏楽者に用いられているのである!!!
あの時もどの時も、そのようなことは想像だにしなかった。

私の1年前もまた、知子の心の重大さに気づかされると共に、いつ癒されるのだろうかとさえ思わぬほど真剣な日々だった。


娘は今もまだ体調不調が残り通院しており、たった今も医院へ寄って帰るからと電話が入った。帰宅は7時過ぎになるだろう。しかし、心は全く解放されて主と共に在る!来春は健康を備えて下さっているかもしれないと未来に目を向ける。

今日はイエス・キリストが私達の罪の身代わりになって神の裁きを受けて十字架上で死んで下さった日である。
死によって永遠に滅ぼされるはずの私達が、悔い改めてイエスを信じる者に永遠の命を与えて下さるのである。クリスマスの出来事はこのためだった。

バッハの『マタイ受難曲』に流れる通奏低音は十字架の音だ。私にはそう聞こえる。
人々の嘲笑の中を、キリストが十字架を引きずりながら歩いて行かれた時の地面に響く音。それは私の罪の音だ。

私の身代わりになって全てを負って下さったイエス。
これは私達の罪の音、バッハはそのことを表しているのだ!

「自分の不幸や何かで神さまの方に向くことは自分でできる。
けれども、悔い改めということは、自分の努力ではできない。
悔い改めは神の光が入ってきて私達を照らす時に初めて可能であって、それが信仰である」。


全てが神さまからの賜物だ。
信じる者にして下さった不思議も、知子の上にも起こった不思議も。
知子はこの春の鶯の声をどのように聞いているのだろうか。

2011年春@.jpg
2011年のチューリップ
2011年春A.jpg 
 
 「喜びなさい。希望があるのだから!
    耐えなさい。困難にあっても。
    そして、いつの時も祈りなさい」。


24日の日曜日は主が復活された日。
祝されたイースターをお迎えになりますように。



posted by 優子 at 18:05| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年04月21日

主の御心ならばミネソタへ行きたい

東北地方の大災害だけではなく、今も福島第一原発が予断を許さない深刻な状況にあって日本をあとにするのは不本意な気持ちだ。

昨日の記事を書き終わった時に「行こう、行かせて頂こう」と思えるようになったが、それでもやはり気持ちは重い。
今ひとり神さまの前に静まり讚美歌に助けられて、次女の記録を刻み始めたいと思う。

次女が結婚と同時にアメリカへ渡って5年、努力の末に夫婦共に経済学のPh.Dを取得し、その授与式が29日にあると聞き、是非行きたいという全く突然の衝動が吹き出した。

しかも夫婦共にIMFへの就職が決まり、今夏にはミネソタの地をあとにしてワシントンD.C.へ移ることになった。私にも懐かしい心の中のミネソタを訪ねたくなった。

夫は経営者という立場上、有給休暇など考えられないことなので、「一度くらい有給休暇をとってよ!」と不満をぶつけたこともあったが、このたびは私が説得することなく賛同してくれた。思えば、一日も休むことなく出勤できたことは感謝だった。

3月8日の記事を読んで下さった友が、早々に送って下さったメールをここに刻ませて頂きたい。
共に災害前に書いて下さったものであり、後者の方は3月11日の朝に送って下さったものだ。このあと、その午後に大惨事が起ころうとは誰が予想しただろうか。
藤本優子様

真智子さん、太志さんの学業が終了し、博士号の学位記授与との事おめでとうございます。
日本での研究でさえ困難なことなのに、アメリカでの5年間本当によく頑張られました。

日本から若い方が外国へ赴き自分のやりたい勉強をする人が年々減ったと言われる昨今、素晴しい快挙だと私は思います。
(今の日本の教育制度の破綻で、他人が引いてくれたレールの上しか動けない若者が多すぎます)

しかも今後世界経済に関わる仕事に就くとは、見る目のある方々がちゃんと二人の実力を見抜き、学業が終了するのを待っていたということですね。

今後、お二人が主の知恵と力に満たされて、必要なところで用いられることを祈っています。
数年後にはIMFで無くてはならぬ存在になっている事でしょう。

どうぞご主人とお二人で素晴しい思い出の旅をおつくり下さい。
それこそこんな機会でもない限り外国へ行かれる事は無いでしょうから。

どうぞ体調を整えて楽しんできて下さい。

優子様

やりましたね!真智子さんご夫妻!!
世界の難関を突破して、もう、なんて言ったらいいのか。
ご夫妻で同じ年度に入れるなんて、優秀の一言なんでしょうね。

それにしてももう5年になるんですね。待つ身にとっては長かったでしょう。
お二人ももちろんですが、優子さんご夫妻も知子さんもよく支えましたね。主が豊かに報いてくださいますように。
この春は特別にうれしいでしょうね。大きな一区切り、本当におめでとう!

真智子さん御夫婦が無事に就職されたことをブログで知り、とてもとても嬉しく思います。心より謹んでお祝い申し上げます。あふれる祝福を祈りつつ

(共に喜んで下さり感謝します。)
私は常に「ヤコブの手紙4章13〜15節」を覚えつつ過ごしている。
よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。

あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。

むしろ、あなたがたは「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。

全てを主の御心と受けとめ、信仰を持って喜びの場へ赴くことを決心した。

この決心に導かれるまでは、日本不在中に原発事故がもっと最悪なことにならないか。その時には私も日本の運命と共にしたい。長女と孫とも運命を共にしたいと思っていた。だから決心がつかなかった。

しかし、祈りの中で思い巡らしながらようやく行く決断へと導かれたのだった。決断することは一切を神に委ねたことでもある。

今日、神戸の叔母からイカナゴの釘煮が届いた。
私が桜の季節に叔母を訪ねる機会があれば持たせてくれるように用意しておいてくれたのだが、いつものように真智子にもと渡米に間に合うようにと送ってきてくれた。

叔母は神戸の大震災以来毎年、神戸の春の風物詩であるイカナゴの釘煮を作ってお世話になった方々に送っている。私達にも同じように届けてくれる。この1月31日に息子を亡くした叔母が・・・

ようやく今日から旅の準備を始めているが、最後まで全ては主の御心のままにだ。

真智子さんのところへ行かれる決心をされたこと、前にブログで拝読したとき、思わずPCの前で
「優子さん、やったね!」と言って拍手してしまいました。

ご主人もご一緒に行かれるのですからだいじょうぶですね。

神さまの御手の中にあって守られていますから、地震のことも心配せずに行ってこられたらいいと思います。
旅の祝福、安全を祈っています。
茨城県に住んでおられる友からだ。

posted by 優子 at 23:40| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

JCP研究例会C ―敬愛する東 道男牧師のメッセージ―

プログラムが前後したが、研究例会の開会礼拝で語られた千里ニュータウン牧師・東(あずま)道男先生のメッセージをお分かちしたい。
今回も聖書に脈打つヘブライズムの力強いメッセージが語られ、出席者一人ひとりに神さまの息吹きが吹き込まれた。

謙遜で穏やかにしてパッションにみなぎるメッセージを語られる東牧師である。いつもの文体ではなく東先生の口調そのままにお伝えしたい。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

タイトルは「心の窓を開く」、聖書はイザヤ書43章18〜19節。
    
      「18:あなたがたは、さきの事を思い出してはならない、
       また、いにしえのことを考えてはならない。

       19:見よ、わたしは新しい事をなす。
       やがてそれは起る、
       あなたがたはそれを知らないのか。
       わたしは荒野に道を設け、
       さばくに川を流れさせる」。


3月の大震災以来、被災者の方々も私共も心が暗く閉ざされがちのようですが、このような時こそ信仰によって気力を養い、逆境を恐れず、勇気をふるって生きることを考えたいと思います。

(旧約聖書が書かれた)ヘブライ語の言葉は、生き生きしていて我々に感動を与えるものであり、観念化や形式化したりしない特徴があります。

ヘブライの思想は罪を赦されたからこそ、罪を2度と犯さないという懺悔の気持ちを持って日々を送らないといけません。

日本のプロテスタントの教えるところの「恩寵によって救われた」というのとは違います。罪は赦され贖(あがな)われたのだから気にせずに、むしろ、大きな夢をもって生きよということです。

出エジプト以来の大きな恵みを忘れることはできませんが、ユダ王朝滅亡とバビロン捕囚の不幸を恐れ、そのことをいつまでも思い出して心が滅入って希望を失ってはなりません。

萎縮したところから解放するところの魂の自由を得て、その恩寵によってどんどん前進していこうということです。「ゆっくり休め」ということではなく、新しい意欲に燃えて未来に向かって突進せよという意味です。

泰然として事に当たることができ、意欲がますます燃え上がってきて進んでいくことです。


私達は耐え難く辛いことが重なりますと心身共にちぢこまり、心の闇に閉じこもります。しかし、神さまはイスラエルの民をバビロン捕囚から開放し、必ず帰国を許して下さいます。

19節にある「新しい事(ハダシャー)」とは、ヘブライ語で「入れ替える」、「一新する」、「再興する」などの意味があります。先に栄光が待っているんだーということです。

宇宙を創造し、力の根源でいらっしゃる神さまから生命が与えられているのだから、宇宙的なエネルギーを注ぎ込んで新しいことをさせて下さるという意味です。

神さまは民の心を一新して生きる望みを与え、沈み込んだ気持ちを神さまの宇宙的エネルギーを注ぎ込んで立て直すと約束されるのです。

神さまは過去の恵みにまさる大きな将来の恵みをお与え下さるのですから、過去の恐れや悲しみから脱け出せと言われます。

5節には「恐れるな、わたしはあなたと共におる。」と未来形で語られ、この先もずっと神さまがそばにおられ手をかして下さるから安心してよいと言われるのです。ですから神さまと共に恐れることなく生きていくのです

「恐れるな」はイザヤ書で繰り返されています。従ってあらゆるコンディションに向かって挑戦していっていいんだということです。


ご自身の御子を世に送り、罪を贖い、今や聖霊の助けを送り、恐れの心を取り去って勇気づけて下さいます。

そして、新しいことをなさるみ業が今起こっている、「今、芽生えている」と未来形で書かれ、未来に夢を託して生きる明るい希望を教えています。
ですから芽をグングン伸ばしているという現実、生命力を実感しなければいけません。

詩篇55篇22節に「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。」とあります。「委ねる(シャラフ)」とは、「投げ出す」、「振り落とす」の意味であり、神さまに自分自身を放り出して命をかけるの意味で使われています。

今は悲しみや思い煩いに閉ざされていますが、喜びや安らぎの時は広く開かれています。

人生を川の流れにたとえれば、岸にしがみついて怖がっていないで、思い切って流れに身をまかせ、川が無事に自分を運んでくれることを信じて、前方を見て針路を決めることです。


そのように心の窓をできるだけ大きく開いて神さまに全てをお委ねし、信仰によって新しい生きがいを見出すことを御言葉は薦めてくれています。

信仰により一切のこだわりを捨て、自分の気持ちに負けないで闘志を燃やして生きることをイザヤは教えてくれているのです。 

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に東牧師はこのように祈られた。
「それを本当にダイナミックに感動をもって受け取っていき、そのお言葉の中に生きていけますようにお願いします。希望をもって進んでいきたいと思います」。

東牧師.jpg16日の例会の初めに東牧師の力強いメッセージを通して、私達の中に新たなる神の力が吹き込まれたことが改めてわかった。

昭和17年の頃、教会(宗教)を管理していた警察が、あらゆる宗教が一つになって日本教を作れと言った。
東先生は「それはできない」と当局に日参し、ついにキリスト教と神道と仏教をそれぞれ独立した形でやっていくことになり、こうして日本基督教団を強制的に作らされたのだった。

最初80名だった神学生が徴用されて40名になり、昭和20年に全国で唯一の東京神学専門学校ができた時には東先生だけだった。

全国から集められていた膨大な神学・信仰図書を、戦中戦後、先生おひとりで守って下さって今がある。これについては、過去ログ・2008年11月19日に詳しい。

私の敬愛する牧師のお一人、東先生は90歳代のご高齢だ。国難にある今回の集まりは、特に忘れられない時として私達の中に記憶されることであろう。

日本がこんな時に・・・と悶々としていたが、今月末に予定している渡米も感謝して行こうと決心することができた。そのことについては次に書きたい。


posted by 優子 at 09:43| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

JCP研究例会B ―遠藤周作著『おバカさん』―

以下は私達の導き手である大田正紀先生(日本文学者・梅花女子大学教授)がご講演下さった、遠藤周作著『おバカさん』の要諦である。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『おバカさん』は朝日新聞に書いた遠藤周作の初めての新聞小説である。
初期の作品で書いた『海と毒薬』は、日本人の罪意識の希薄さゆえの生体実験でありキリスト教の側から日本人を裁く内容だった。

しかし、この小説より私にとってキリストとは誰だったのだろうと見直したところであり、その視点で見直すことにより、逆に私にとってキリストはこんな方ですと問われてくる。

(このたびの災害の)あの惨状を見た時、立ち上がることができなくてずっと泣き続け、1週間メソメソしていた。恐ろしかった。本当にこれは裁きなんだろうかと思ったりした。

裁かれなければならないのは自分たちではなかったのか。
だからこそ今、神さまへの信頼の言葉をもっていないんだなあと思った。
(教会の)夕拝でメッセージしていた時も途中で泣いてしまいメッセージにならなかった。
自分は何ができるだろう・・・

遠藤は森有正に続く戦後2回目のフランス留学生であり、この留学で博士論文を書いてくるのが目的だったが途中で結核になって帰国。
モーリヤック(現代カトリック文学)を読んでいた。

病気で信仰が揺らいでいた時に心の中でサド(マルキ・ド・サド、Marquis de Sade)の考え(サディズム)に誘惑された。

これはキリスト教と全く対極にあるもので、神の主権で自分が捨てられるのであれば他者に対して他者の生命を自由に取ったりできるんだと宣言する。

戦後兄が、捕虜を虐待した上官たちの罪を着せられて無実の罪で戦犯として処刑された。遠藤はそれをゆるすことができなくて、サディズムを克服していく闘いがあったと言える。

ガストンは英雄ナポレオンの末裔なので期待したが馬面(うまづら)の大男だった。そのモデルになった人は、明らかに留学先のリヨンで知り合ったネラン神父である。ネラン神父は日本人や日本に興味をもって日本にやって来た。

東大でも教鞭を執っていた神父であるが、日本人に届くキリストの話ができないと悩んだ。日本人は本音をしゃべるところがないのではないかと新宿に酒場を開いて、シェーカーを振って人々の話を聴いた。

宣教師が聖書を持たないというのは無茶だと思うが、本音の中にこそキリストが入り込めると考えた。遠藤はこの人が『おバカさん』のモデルだと書いている。

昔で言えば遠藤自身が立派な体格をした176センチの大男であった。遠藤は優しい弱い人間をたくさん書くのに、この作品には醜悪コンプレックスが少々投影されている。

遠藤は留学先で、ヨーロッパのキリスト教をそのまま日本に移植すると誰も受け入れないと気がついた。

井上洋治神父(東大で哲学を教えた)は神学を学び、1日6時間の祈祷と労働生活に明け暮れる生活を8年間送った人で、この人が遠藤の気持ちを理解した。

日本は日本独特の文化や宗教をバックグラウンドに持っているので、自然と人間、個人と個人が対立するという西洋の考え方は馴染まないからと、日本の文学者にクリスチャン作家を増やしていった。

『沈黙』というタイトルは出版社につけられたものであり、遠藤はあのような形で評判になるような思いで書いたのではないと思う。外国では高い評価が与えられている。

遠藤は正統的なキリスト教からは異端と思われるかもしれないが、イエスさまを救い主として受け入れる模索をしつづけ、イエスさまの愛をもって生きるとはどういうことかを絶えず問い続けた作家である。

『おバカさん』はカトリックの物語であり、ガストンの物語である。ガストンが遠藤の伝えたかったイエス・キリストだとすれば、遠藤自身が描くキリスト像でもある。

ガストンはどんな時も人を信じ、人を捨てず、悲しみや苦しみを持っている人と共に居たいと願う。
兄の仇(かたき)を見つけて殺そうとする時にガストンに止められた。反対に仇に殺されそうになった遠藤(登場人物名)を、ガストンがかばいスコップで血だるまにされて死んでしまう。

人を愛するということ、そして、人の悲しみや苦しみを広げることをくい止め、共に苦しむというのを同伴者として根づかせていった。

それがこの作品や『深い河』(最後の作品)にも出てくる。ルオーの描く悲しみのキリストというイメージに固まっていった。

『ヘチマくん』、『わたしが・棄てた・女』、『悲しみの歌』、そして、『おバカさん』のような大衆向きに書かれた作品の中にやわらかい信仰を描いている。
ただ一つだけ気になるのは、神さまが小さくなってしまい過ぎたかなと思う。

天地と人間を創られた神さまを仰ぎ見るところがなくなってしまえば罪もわからなくなるし、自分自身のこともわからなくなってしまう。
こういうことはこの会だから言えるが、研究会で言うと信仰により裁いたと厳しく言われる。

今、この状況の中で神さまを信じて生きるとはどういうことかを皆さんから聞かせていただきたい。


      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
心に残った出席者の一言:
『おバカさん』を読んで『イワンのバばか』を思い出した。
ヨハネをロシア語でイワンと言う。つまり『ヨハネのばか』というわけで、人から見たらクリスチャンはバカなことをしているのかも知れない。

私もそのようなクリスチャンになれたら最高の喜びだ。
最後になったが、開会礼拝で語られた東道男牧師のメッセージを次に刻んで今回の記録を終えたい。


posted by 優子 at 17:35| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

JCP研究例会A ―使命を明確にされたペン仲間との語らいから―

昨日の記事に続けたい。ある友は次のようなことを話された。
このたびの大災害で多くの方が亡くなられたが、日本では毎年3万人以上の人が自殺している。自殺者の70%が男性だ。日本では「男なら泣くな」と育てられているが男ももっと泣くべきだ。

また、戦後からこれまでに堕胎された人数は第2次世界大戦で死んだ人よりも多いと、曽野綾子さんが何度も訴えておられる。

私は「小さないのちを守る会」の働きをしており、2人を養子に迎えて育てたが、望まれない子供を妊娠してしまったら里親を探すからどうか堕ろさないでほしい。
親が産むのを大反対しているならば、産まれるまでの間もお世話させて頂くから!

被災された方々以外にも助けを求めている人々がいっぱいいる。私達はできる限りの捧げ物と共に、今こそ福音をのべ伝えることだ。

私達クリスチャンは元々滅びなければならない者が罪ゆるされて生かされているのだから、福音をのべ伝える使命がある。

これまで日本が世界中のクリスチャンにこんなに祈られたことはないだろう。物資の援助は勿論だが、教会は福音(Good News.喜びの声)を伝えなかったらダメだ。

被災地のことを伝えるテレビから讃美が聞こえてこない。
聖歌397番は関東大震災の時に作られた。(過去ログ・4月15日に掲載!)
その2節には「水は溢れ火は燃えて」とある。関東大震災では津波はなかったのに「水は溢れ」と作詞されている不思議さを思う。
 
水は溢れ火は燃えて 死は手を広げまつまにも
慰めもて変わらざる主の十字架は輝けり
 ※慰めもて汝(な)がために 慰めもて我がために
  揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり

ある作家の方は、
この大災害について、(受胎告知を受けた)マリアのように何故ですかと思い巡らしていくしかなくて出口がない。思い続けることしかできない。

しかし、宇野さんが私達のそばで支援の形を見せて下さったので祈り続けることができる。長い時間、忘れないで、つながっていきたいと願っている。

ありがたい導きを頂いた。
毎回3時間半でも足りない内容豊富な研究例会である。特にこのたびほど自分自身の文筆活動の使命を確認させて頂いたことはなかった。

関東ブロックの方も私達のことを祈っていて下さり、「関西ブロックの例会も感謝のうちに覚えています」とお言葉を頂いていると事務局の方からお聞きした。

教団教派を越えての日本クリスチャンペンクラブの働きに神さまの祝福豊かなれ! 

附記:
『クリスチャン新聞2011年4月24日号』より転載。
『メメントドミニ』4月15日の記事と合わせてお読み下さい。
荒野に十字架立つ.jpg
震災の大津波で気仙沼市最知森合にある保守バプテスト・気仙沼第一聖書バプテスト教会(嶺岸浩牧師)は建物もろとも押し流された。見渡す限りがれきの山。教会のあった場所にもがれきが積まれて、どこに教会があるのか見分けがつかなくなっていた。
 
「このがれきを撤去してもらえないか」。被災地で支援活動を行う日本国際飢餓対策機構(JIFH)に依頼が舞い込んだ。早速、JIFHのスタッフとボランティアに来ていた東京基督教大学の学生、倉沢正則学長らが撤去作業を行った。

幸い教会堂の床と講壇は残されており、がれきを除け、きれいに掃除した。そして、近くにあった木の柱をくくり十字架を作った。見渡す限り「荒野」と化した町に、十字架が天高くそびえた。礼拝はまだ、この場所で守れないが、復興の歩みが教会から始まる。
ハレルヤ!
        
たった今届いたJCP理事・K先生よりクリペン仲間への励ましの言葉:
何十年もやり取りしていなかったアメリカの友人から、facebookを通していくつも見舞いを受けました。外国から見ると、日本全滅の感があるようですね。

「悩み苦しむ人は、『もう大丈夫よ』と、毛布をかけてくれる人を探している」
「悩み苦しむ時に、『もう大丈夫よ』と、毛布をかけてくれる人がいる」

アメリカ・インディアンの言葉です。今の日本の状態ですね。たいしたことができなくても、準備された「逃れる道」を信じて、お互いに頑張りましょう。感謝をもって・・・

「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。
あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」。
           
                 (コリント人への第1の手紙 10章13節)


posted by 優子 at 22:29| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

JCP研究例会@ ―「この状況で神を信じるとはどういうことか?!」、ペン仲間との語らいから―

ペンの仲間との再会は半年ぶりだったので故郷に帰ったような気持ちがした。特に大震災の最中ゆえに文書伝道に召された者たちの集まりは、教会でも語り合えない恵みの一時だった。

昨日は朝8時過ぎから12時間あまりの外出に加えて、今日は礼拝後に総会があり帰宅したのが夕方近くになった。ひどく疲れており配布された資料も読んでいないので、作品講評や語らいの中でお聴きしたことから刻んでおきたい。大災害関連のことからである。

まず、宇野繁博さんは次のように語られた。
津波からせっかく助かっても低体温症で多くの方が亡くなっておられるのを知り、被災された方を受け入れようと思った。私は4LDKの家に住んでいるので、私は1部屋あれば十分で8帖の部屋が3部屋あいている。

私は20代で失明し、それ以後は特に多くの人に助けられ支えられて今まで生きてきたので恩返しをしたいと思った。
逆に目が見えていたら、こんなに助けて頂かなくても生きていけたから今回の申し出をしていなかったかもしれない。これも推測の域であるが。

私が目が見えなくなった時、なぜ私なのですかと苦しんだように、被災した方はなぜ東北なのですかと問うておられる。

神さまの約束に立つなら、「ヨハネによる福音書9章3節」に「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。」とあるように、 広木さん(過去ログ・3月21日でご紹介した新聞記事に掲載されている被災者の方)の人生は実り多いものになると話す。


クリスチャンであってもなくても、あなたの隣り人を愛するようになされていったらいいなあと思った。

大田正紀先生(日本文学者、大学教授):

あの日(3月11日)病院から帰宅して(重い気持ちで)国会中継を見ていたら地震になり、津波の映像を目にした。それを見ている間中ずっと涙が止まらなかった。

今、この状況の中で神さまを信じるとはどういうことかを(皆さんから)聞かせて頂きたい。・・・僕はここを隠し持って生きれない気持ちだ。イエスの十字架と復活抜きでは何も関われないのではないか

〇〇(聞き逃した)に、「張りぼての神は死んだ。この神を見よ、神を信じていないでここから始めよう。」というキャプションで書かれていたが、しかしクリスチャンはこの中にも神の御手が働いているんだと思う。

私は大田先生の感受性の強さに深く感動した。この鋭い感性ゆえに他者の掘り下げられない点を言及する文学者なのだと思った。

勿論、泣くか泣かないが感性や愛の深さを表現するものではないし、かえって泣けない場合もある。人は極限状況になると泣けないだろうし、「他人から見ると薄笑いしているふうに見える」と西口孝四郎氏が言われたことを思い出す。

私は災害から1ヶ月間、時に涙し、祈りながらも落ち込んでいた。言葉なく、ただ「えらいことになってしまった」と何度つぶやいたことだろうか。原発事故も刻々と悪化するばかりでニュースを見るのが怖かった。

ひたすらに神の御心を思い巡らしていた。
それが何かはわからないが、クリスチャンには強く迫ってメッセージを語っておられることだけは間違いないとわかる。

ある友は別の視点から発言され、この状況だけではなく災害以外のことを挙げて現実社会の悲惨さに目を向けさせて下さったが、これは次のページに続けたい。

千里ニュータウン教会@.jpg

昨日の会場は2度目、日本キリスト教団・千里ニュータウン教会は閑静な住宅地にある。このたびも入口には「日本クリスチャンペンクラブ研究例会」と東牧師が案内板を立てて下さっていた。

入口を入って右側に礼拝堂があり、私達は左手前の部屋をお借りして研究例会を開いている。
千里ニュータウン教会A.jpg
posted by 優子 at 23:59| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

「神の支配と主権を認める人生」

1昨日ご紹介した「BBN聖書放送」は、「ホームページ上にあるすべての音声、文書、映像などは、国際著作権法で保護されています」が、『メメントドミニ』をお読み下さって快く掲載するのを許可して下さいました。

「お気に入りリンク」にも追加させて頂きましたので覗いて下されば感謝です。今日の記事も「BBN聖書放送」から転載させて頂いたものです。

まだイエス・キリストをご存知ない方々には具体的理解を助けるために、クリスチャンの方々には朝ごとに新しい力を得て下さり、全ての者に神の豊かな祝福と導きがありますように祈りつつお贈りします。

すべてにまさり、すべてを支配され、すべてをご自身の意の通りに導かれる神様。このお方の絶対的な主権をあなたは認めているでしょうか。このお方があなたの人生に働いておられるのを認めているでしょうか。

もし、このお方を認めず人間的なフィルターを通して、聖書に記録されている有名な人物の生涯を見るなら次のようになるに違いありません。

この人物は、生後3ヶ月で親に棄てられた。それなりの家柄のところに拾われたものの、成長して自己のアイデンティティーに悩み、それがもとで殺人を犯し国外逃亡した。

見ず知らずの遠い荒野で羊飼いとなったが、80歳にもなって不思議な現象に驚かされて、気の進まないまま出身国にもどった。
散々苦労して同胞たちを率いてその国から脱出したものの、同胞からは常に不平不満をぶつけられた。途中、ある山で律法が刻まれた石版を手にしたが、同胞の軽率な振る舞いに激怒し、これを投げ捨て砕いてしまった。

そして、彼自身は120歳まで生きながらついに最終目的地に到達することなく死んだ。彼の墓を知るものは誰もいない。じつに苦労だらけの報われることのない惨めな人生です。

もうお気づきでしょう。この人物とは、地上のだれにもまさって非常に謙遜であったと言われたモーセです。でも、ちょっとこの書き方は違うのではないの、と言いたいですね。この記述は、なんとも暗くネガティブです。

では、出エジプト記や申命記を思い出しながら、人間的な色眼鏡をとりのけて、神様の目で見たらどうなるでしょう。

モーセは、若い頃、同胞に対する正義感に駆られて殺人を犯し、外国に逃れて羊飼いとなったものの、神様のあわれみと選びにより、80歳にして神様に召され、同胞をエジプトから導き出す大使命を与えられました。

自分の弱さを認めつつも、神様に信頼して出身国に戻り、神様の様々な不思議なご介入によって、ついに奴隷として苦しめられていた同胞たちをエジプトから導き出しました。

途中、シナイの山で神様の御手による石の板に刻まれた律法(十戒)をいただきました。それは、イスラエルの民だけでなく、人類の法律と道徳の規範となったのです。

彼は120歳になるまで目はかすまず、気力も衰えることなく、神様の約束された地に向けて人々を導き続け、次期後継者に按手した後、神様の御手によって葬られました。

なんと力強く確かな人生でしょう。神様の主権を認めると認めないとでは、こんなにも人生が違って見えるのです。見えるだけではありません、実際に人生がちがってくるのです。

神様でありながら人となって地上に来てくださったイエス・キリストは、私たちを愛しあわれみ、罪の赦しと自由をご自身のいのちと引き換えに私たちに与えてくださいました。

それだけでなく、救われた者それぞれにこの地上における使命を与え、前向きに歩む意義ある人生を用意されているのです。それは私たちが、私たちにしてくださった神様のみわざを見て、神様をますますほめたたえる者となるためなのです。

あなたは、今、神様があなたにどれほど素晴らしことをなさろうとしているかお気づきでしょうか。

たとえ、暗闇と蟻地獄の底のようなところで座り込んでいるとしても、神様の御支配と主権を認めて従う決心をするなら、神様は、あなたを立ち上がらせてくださり、光へと導き出してくださり、あなたの人生記を神様の栄光をあらわす人生記に書き変えてくださるのです。

「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ」。(黙示録18:3)

今朝はこれを読んで新たな力を頂きました。
キリストと共に生きる時、見えるものが変わり、考え方が変わり、神の恵みにより自分が変えられ導かれていきます。

ところが人間は弱いですから時として自分の努力で変えようとしてしまうのです。人間的な努力でりっぱになるのではなく、自分の弱さを理解しながら変わっていきたいものです。

自我が働いてきた時には、そんな思いは放っておきイエス・キリストを見上げて信頼すること、これが勝利の秘訣です!

第2コリント人への手紙5章17節、
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。・・・

(21節)神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである」。


今日のクリスチャンペンクラブ関西ブロックの研究例会には宇野繁博さんも出席されるとのことです。
宇野さんは、「大震災の後、劣悪な環境の避難所でなくなっていく方のことを知り、ローマ人への手紙12章15節が示されて、受け入れを決意しました。」と仰っています。

そして、3月18日に福島県から5人、翌日19日に群馬県から4人の2家族の被災者を受け入れられました。
群馬県の御家族は3月25日に群馬へ戻られて、今は福島県の5人の方々と共に生活しておられますが、関西ブロックでも支援させていただこうと声が上がっています。

ローマ人への手紙 12章15節:
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」。

全盲の宇野さんが語られる言葉に全身を耳にして聴かせて頂こうと思います。
今日も主が共にいて下さいますように。


posted by 優子 at 06:53| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

被災地に立つ十字架

被災地に慰めの十字架立つ!.jpg

(2節)水は溢れ火は燃えて 死は手を広げまつまにも
慰めもて変わらざる主の十字架は輝けり
 ※慰めもて汝(な)がために 慰めもて我がために
  揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり

(3節)仰ぎ見ればなど恐れん 憂いあらず罪も消ゆ
慰めもて変わらざる主の十字架は輝けり

(聖歌397番)
            
今夕の”Christian Today (クリスチャン・トゥディ)”に、被災地・気仙沼に十字架を立て上げた記事がアップされた。(2011年04月15日17時30分更新)
国際飢餓対策機構は14日、宮城県気仙沼市で土台と床だけが残った教会堂の跡に、十字架を立て上げたことを報告した。

被災地の気仙沼湾からわずか数百メートルのところに存在していた気仙沼第一聖書バプテスト教会(嶺岸浩牧師)は、大震災で押し寄せた津波により、改築して間もない教会堂が周りの建物と一緒に土台と床だけを残してすべて流出してしまった。嶺岸牧師は津波警報後すぐに避難していたため安全を確保できた。

震災後の教会跡には、瓦礫の山が積り、「このままでは、ここに教会があったことが忘れられ、瓦礫の中に埋もれる、なんとかしたい」という嶺岸氏の思いが同機構にも届き、同機構現地チームと東京キリスト教学園(TCI)ボランティアらによって教会跡に十字架が立てられた。

十字架を立てる作業はチェーンソーを持ちこみ本格的に行われた。教会跡に積み重なった瓦礫の山は手作業で除かれ、残された床を清掃し、流木を使って十字架を立て上げた。

あたりは見渡す限り瓦礫の平野となったところに十字架がひときわ目立って立て上げられており、同機構は、聖歌397番から「ゆれ動く地に立ちて、なお十字架は輝けり」を引用し、「心のケアが叫ばれる中、地域の人々の心に慰めと希望を伝えるものとなることを願う。牧師は自らも傷つきながら、なお希望を失わず、青空が見えるこの教会で地域の人々の復興のために祈りをささげ続けている」と報告した。

嶺岸浩牧師は、3月28日の記事でご紹介したユウ・チューブ(http://www.youtube.com/watch?v=NzxVyOIYxIQ&feature=channel_video_title
に登場される牧師のお一人である。

「愛は大水も消すことができない、洪水もおぼれさせることができない」。(雅歌8章7節)
「大津波もキリスト・イエスさまにある神の愛を押し流すことはできない。」と証しされた白髪の牧師さんだと思う。

まさに瓦礫の中に輝く慰めと希望の十字架だ。
「しっかりしなさい。わたしだ。」(マタイによる福音書 14章27節)とイエス・キリストのみ声が聞こえるようだ。            


posted by 優子 at 19:27| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

神の保証つきの希望、イースターに希望をつなげ!

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。           (ローマ人への手紙 8章28節)

以下は、「BBN聖書放送」http://www.bbnradio.org/WCM4/Default.aspx?alias=www.bbnradio.org/wcm4/japanese(4月11日)より抜粋:
ところで、最悪の事態のようであって、実は神様は最善とされた例をご存知ですか。

イエス・キリストが十字架につけられて死なれ、そして3日目に復活されたときです。

御子イエス様が十字架の上で「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」と言われて、息を引き取られたとき、サタンは軽々しく勝利宣言をしたにちがいありません。

しかし、イエス様は、人類すべての罪を身代わりに負ってくださって、ご自身から死んでくださったのでした。それだけではありません。

イエス・キリストは死に勝利して、3日目に死より甦られました。人類を縛っていた罪の鎖を断ち切って、悪魔の敗北を決定的にしたのです。完全な大逆転の勝利です。サタンは、神様の完璧な救いのご計画を見抜くことはできませんでした。

神様は、最悪の状況と思われるなかにあってすべてのことを働かせて、全人類のために益となるようにしてくださったのです。

最後の一枚で黒が全部ひっくり返って白となり、逆転勝利するオセロのように、最悪と見える状況のなかにあっても、神様を愛するあなたのためにも、神様はすべてのことを働かせて益としてくださいます。

たとえどのように益としてくださるのか今は分からなくても、すべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っているのです。

約束のみ言葉をしっかり握って、私たちを愛し抜いて下さる神様に最後まで信頼し切りましょう。神様は真実なお方です。私たちが天の御国に入ったとき、すべでが主にあって益とされたことををはっきりと知らされるのです。

「希望は失望に終わることはない」。(ローマ書 5章5節)

フランクルは書き残している。
あのアウシュヴッツの地獄でさえ希望があれば耐えることができたと。
全ては神の御手の中でのことであり、私達は失望に終わることのない神の保証つきの希望が与えられている。この望みに支えられて一日一日を大切に生きていこう。

今年の受難節ほど主のみ苦しみを覚えることはない。
いよいよ17日から受難週に入り、24日はイースターだ。イエス・キリストの復活をお祝いする時、喜びと感謝が溢れて涙することだろう。

『メメントドミニ』をお読み下さっている方々も、是非お近くの教会を訪ねて下さることを祈ります。教会は大歓迎して下さることでしょう!
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posted by 優子 at 18:07| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

死別の悲しみに寄り添う本のご紹介

私の蔵書の1冊でもある『すばらしい悲しみ』(グレンジャー・ウェストバーグ著)を、朝日新聞の4月11日夕刊で日野原重明氏が紹介されたそうです。

著者は病院のチャプレン(嘱託牧師)で、本題の" Good Grief " の " Grief " とは「深い悲しみ」の意味であり、死別の悲しみに寄り添う本です。

「牧師ということで、キリスト教的なバックグラウンドがありますが、グリーフワークの大切なエッセンスが盛り込まれていますので、どなたもぜひお読みいただければと思います」。(訳者)

この本の出版社の方から、昨日の「クリスチャン地震被災状況」に支援の声を届けておられましたのでご紹介します。

弊社(地引網出版)から2007年に出版した『すばらしい悲しみ』(グレンジャー・ウェストバーグ著)が朝日新聞の4月11日夕刊で、日野原重明先生の推薦というかたちで紹介されました。グリーフケアの本で、記事のタイトルは「死別の悲しみ寄り添う本」です。

早速注文が相次いでおりますが、被災された方、また被災地に行って人々のケアをなさりたい方々のために300冊限定で無料贈呈致します。1人10冊まで、送料はこちら持ちです。必要を覚える方は、地引網出版までご連絡ください。
TEL:042-514-8590
FAX:042-514-8591
e-mail:ap@revival.co.jp

92ページの小さな本には、悲しみの諸段階に応じて心に触れる内容が書いてあります。目次と共にそれぞれにつけられたエッセンスをご紹介します。
      悲しみの段階

第1段階:ショック状態
  ショック状態とは、一時的な現実逃避です。
  一時的であるならば、それは良いものなのです。

第2段階:感情を表現する
  聖書は明らかに告げています。
  信仰の勇者が苦難に襲われた時
  彼は激しく泣くということを。

第3段階:憂鬱になり孤独を感じる
  イエスは、十字架上で孤独と直面しておられた。 
  彼は叫んだのだ。
  「わが神、わが神。
   どうしてわたしをお見捨てになったのですか」。

第4段階:悲しみが身体的な症状として表れる
  大きな喪失への対処と 
  身体的な病気との間には
  これまで私たちが考えていた以上に
  深い関係があるのです。

第5段階:パニックになる
  悲しみの時に何事にも集中できないのは、
  悲しむことと同じぐらい自然なことなのです。

第6段階:喪失に罪意識を抱く
  罪を深く悔いて告白することは、
  私たちが捧げる礼拝の一部なのです。

第7段階:怒りと恨みでいっぱいになる
  最も敬虔な人でさえ、
  怒りや恨みを持つことがよくあるのです。

第8段階:元の生活に戻ることを拒否する
  現代の生活様式は、
  人前で嘆き悲しむということを
  より困難にしています。

第9段階:徐々に希望が湧いてくる
  私たちは周囲からの
  温かな愛情と励ましを必要としています。

第10段階:現実を受け入れられるようになる
  大きな喪失の時
  人は成熟した信仰を持つようになり
  神との特別な関係を体験するのです。

イエス・キリストは言われました。
「わたしは、いつも、あなたがたとともにいます。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいます」。
だからパウロはこう言っています。
「悲しみなさい。しかし、望みを持たない人々のように悲しむことのないように」と。

「兄弟たちよ。眠っている(すでに召された)人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。

わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。

わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。

すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。
その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。

だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互いに慰め合いなさい」。


         (テサロニケ人への第1の手紙 4章13節〜18節)

ご家族を亡くされて悲しみに打ちひしがれている方々の上に、神さまからの豊かな慰めがありますようにお祈ります。

posted by 優子 at 09:15| ご案内 | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

かつて福島はキリスト教国だった!

3.11の春も桜満開.jpg

桜が満開である。枝を伸ばして見事に咲いている。

私は今年の春ほど桜がこんなに美しいものであると感じたことはなかったように思う。桜が語りかけてくる。

東日本大震災から1か月、死者行方不明者は2万7000人を超え、約15万人もの人が今も避難生活をされている。原発事故は深刻さを増すばかりで、強い地震も今も絶え間なく起こっている。

遠く離れた関西に住む私でも気が滅入りそうになるから、被災県の方々のことを思うと言葉が出ない。お励ましになればと思って、昨日「クリスチャン地震被災状況」に掲載された記事をご紹介したい。

もしかしたらご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、福島県クリスチャンへの励みになればと思って投稿しました。今日の説教の一部です。

福島県を福島と名づけたのは、一説によるとクリスチャン大名の蒲生氏郷(がもううじさと)といわれています。

蒲生氏は高山右近の影響で信仰を持ち、洗礼を受けました。幼少時代は織田信長の人質でした。

しかし、あとで信長に腕を買われて頭角を現してきた時に、本能寺の変がおき、豊臣秀吉に煙たがられ、東北に飛ばされてしまいました。
蒲生氏は秀吉ににらまれ、これで自分の人生は終わりか、都から遠く離れたみちのくで朽ち果てるのかと涙しました。

しかし、気を取り直し、神がこの地に私を選び、私を召して下さったのだと気持ちを切り替えました。神が私をこの地に呼んで下さったのには、何か訳があるに違いない、そう考えました。

毎朝、山に登って、「神よ、願わくばこの地の民を祝福して下さい、この地を呪われた地ではなく、見捨てられた地でもなく、神の恵みで覆って下さい」と祈りました。

そして出来るだけおめでたい名前にしたいという気持ちから、この地を「福島」と名前を変えました。

そこで一生懸命祈り、神の愛を届け、下級武士の生活の面倒を見ていました。福島には一時、藩の人口の3分の1が洗礼を受けてクリスチャンになり、教会も建てられた有数のキリスト教王国だったことはあまり知られていません。

蒲生氏がなぜ「福島」と名づけたのかは知る由もありませんが、私には「福音(ふくいん)の島」という響きに聞こえます。

地震、津波、原発、風評被害と大変な四重苦の中にある、福島の方々の苦しみを思うと言葉もありませんが、福島には先人のクリスチャンの祈りが積み重ねられていることに感動を覚えています。私も祈り続けます。

これを読みながら野崎キリスト教会の神田宏大(ひろお)牧師のことを思った。野崎観音がキリシタンの寺であったことを発見された方だ。

1600年頃、堺と京都の中継地である河内の高野街道から堺まで、1人の異教徒もいなくなったと言われるほど一気にキリシタンの聖地になった。福島県の話も同じ頃のことだ。

「河内キリシタンと呼ばれる信仰の先輩たちが私たちと同じ地域で、イエス様と出会い、イエス様を伝え、良きあかしをされた記録を調べながら、私自身が恵まれました。」

神田牧師もきっとクリスチャン大名の蒲生氏郷(がもううじさと)のこともご存知であろう。

クリスチャンはどんな時も神を信じ、希望を持ち続ける民だ。
私は何もできないけれど、神さまからの励ましのメッセージを見つけてはご紹介させて頂こう。私達一人ひとりの心に希望を与えて下さるように祈りつつ刻もう。

posted by 優子 at 22:30| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

十字架を担う

今朝の受難節(レント)第5主日礼拝説教は、イザヤ書53章1節から5節のみことばから「十字架を担う」と題して、『ナルニア国物語 ライオンと魔女』の話から始まった。
内容については過去ログ・2008年11月17日(「『ナルニヤ国物語』の信仰的背景 ―児童文学を愛する方々へ―」と「『ナルニヤ国物語』とC・Sルイスについて」)に詳しく書いている以下は説教の概要である。

『ナルニヤ国物語』は『アルマゲドン』とよく似た設定ではないかと思う。

人間が考え出した神は単に人間の願望であり、私達を創造して下さったまことの神ではない。まことの神は実に厳しい神であり、身代わりの人が死ぬことによって罪赦されるとされていた。

身代わりの考えは日本にもあるが少々違う。
歌舞伎の「一谷熊谷陣屋の場(いちのたにくまがやじんやのば)」、「菅原伝授手習鑑(てならいかがみ)」、「銘木先代萩」は身代わりをテーマにした演目であるが、これらは主君への忠心のために、主君のこどもの命を救うために家来の命を差し出すことだった。

ところが、イエス・キリストは私達一人ひとりが受けるべき罰をご自身が身代わりになって受けて下さったのであり、全く正反対のことが行われたのである。

今日の聖書の箇所は、「苦難の僕(しもべ)」と呼ばれているイザヤ書53章である。その1節から5章:
だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。
主の腕は、だれにあらわれたか。

彼は主の前に若木のように、
かわいた土から出る根のように育った。
彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。

彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲しめをうけて、
われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、
われわれはいやされたのだ。

これはイエス・キリストのことを指しているのであるが、当時は誰のことを謳っているのか謎だった。イスラエルの民のことか、誰か個人のことかわからなかった。
後になって十字架上で殺されたイエス・キリストのことだと悟った。(予言から700年後に成就したのである。)

正であり義であられる神さまが私達をそばに寄せて下さるために、清さと正しさを持つために義なる神の御子の生と義が与えられた。

マルティン・ルターは『十字架の神学』で、私達は十字架(苦しみ)の中で神と出会えると言っている。私達は十字架という苦難において初めて神と出会えるというのだ。

私達が出会いたいという神は私達が思い描く神でしかない。その人の先入観に従った神に出会うのであって、十字架で自分の期待している神を見るのである。
神ご自身をそのまま受け取る、出会うことができるのは十字架を通してだけだ。 

出エジプト記33章で神がモーセに告げられた言葉は、神の背中を通して神と出会う、神の不在ということを通して神と出会うのだということである。

十字架上のイエスの言葉は神に見捨てられた苦しみだった。
神は不在であり、神に見捨てられた真っ暗闇の中で死にゆかれた。これは私達の死だった。しかし、その苦しみの中で真の神と出会うことができる。


「3.11」の時、神はいないのではないかと思った。一瞬にして全てが消え去った。全てが現実のことだった。

安全や平安の中でしか神を見出せない人は、神に安全や平安のみを求めていると言い換えることができるのではないか。

このような災害に遭わなくても人は死に向かって生きているのであり、私達はこの根源的で虚無的な苦しみに早かれ遅かれ出合わされる。

その苦しみはそれぞれに与えられた十字架(苦しみ)である。
しかし、私達は復活を通して見ることが許されている。私達はその希望をもってこの苦しみを担うことができる。

クリスチャンになったおかげで今まで以上の苦しみに見舞われることがある。イエス・キリストの担われた十字架は我々の担うものとして求められている。

パウロがガラテヤ書で言っているように、その十字架を迂回しては行き着けない。だからキリストの力が自分の内に宿るように自分の弱さを誇ろう。

私達が苦しむ時にこそキリストに出会えることができると言える。
生きておられるキリストと出会えるのは苦しみの時、十字架の時である
とルターとパウロは言う。

イエス・キリストの復活。
苦しみの向こうに必ず復活が与えられていることを私達は知っている。その希望をもって今の苦しみを乗り越えていきたいと思う
東日本の方々の苦しみと最後まで寄り添う者でありたいと願う。世界の人々に平和がありますように祈ります。

                   (以上)

心の深くにメッセージが浸透していくように拝聴した。
そして、この苦しみを通して多くの方がまことの神に出会われますように、それが背後で祈っている者たちの最たる祈りである。

今春からは3年ぶりに少々活動的な1年になりそうだ。
教会機関誌の編集委員と教会規則改訂委員会の委員に任命して下さり、昨朝は久々に祖母でも母親でも妻でもなく、一個の自分自身に戻っての新鮮な一時を過ごした。

ただし、両委員会の書記役を仰せつかったので頭が動かなくて緊張する時間でもあった。

そして、次の土曜日は日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの研究例会がある。
今年度から書記に加えて会計も務めることになり、関西ブロックの転換期にあって一人ひとりが意識を高くして志を奮い立たせている。

折しも未曾有の大災害と未だ深刻な原発事故の終息つかぬ状況にあって、信仰者は神さまから強く迫られる日々である。

祈りの友であり敬愛する『希望の風』姉(「お気に入りリンク」)は、6日の記事で次のように書いておられる。

「日頃からよく物書くアマチュアの仲間たちが口々に言い合っていた。《3・11》前に書いていたものが陳腐に見えて仕方がない。こんなノーテンキな作品を出す気になれない。地震小説でも書かねばなどと。確かに一理あるとおもう。千年に一度といわれる破壊力の前で、自分の中にも大きな破壊が起こっている。あの大揺れは、それまでの考え方を、生き方を大きく揺さぶり、変えてしまった。また、変えざるを得ない巨大な迫りを感じている。」

私も書く内容が一変してしまった。これからは焦点がより絞られていくように思う。ペンの友や教会の友を通して信仰から信仰へと神の導きを願う。

16日は日本基督教団・千里ニュータウン教会なので、東牧師のショートメッセージも期待している。「お気に入りリンク」の「日本クリスチャンペンクラブ」に例会案内が掲載されているのでご覧頂きたい。

破壊から再生へ、死から復活へ。
主を身近に感じる。
今週も礼拝に招かれた恵みを感謝し、復活に希望を繋いで生きていきたい。


posted by 優子 at 22:32| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

祈りはクリスチャンに与えられている最大の武器

" BRIGES FOR PEACE JAPAN "より
私たちの世界には様々な災害、苦しみ、悲しみがあります。
 神は滅ぼす方ではなく、救ってくださるかたです。
 暗闇と絶望の中で、確かな将来と希望を与えてくださる方です。
 災いに耐えるだけでなく、乗り越える力を与えてくださる方です。
 ホープチャーチのケイラー先生が教えてくださいました。

今私たちは
1 分からないことに注目するのではなく、分かっていることに注目します。神は恵み深い方です。神は慰め、助けを与えてくださる方です。

2 現実を見て恐れるのではなく、イエスさまを見て平安を持ちます。神の主権は揺るぎません。神の前に出て静けさのなかでしばらく過ごします。

3 神はすべてのことを益にしてくださいます。

被災教会からきた祈りの要請の最後に「祈って欲しい。祈りを頼りとしています。」とありました。

私たちは祈ります。全能の主の前に出てとりなします。
私たちは祈ります。主イエスキリストの名によって、苦しんでいる人たちの回復を求めます。
私たちは祈ります。熱い心をもって、愛する日本が恐れに支配されないように主に願います。

「神はわれらの避け所、また力、そこにある助け。・・・万軍の主はわれらとともにおられる。」詩篇46篇

テレビでも報道されたイスラエル医療チームの活動が10日で終わります。
イスラエルがドクターと共に飛行機2台をチャーターして持ってきていた医療機器や検査機器が彼らの去った後も使えるように、野営病院ごと、南三陸町に寄贈されることになりました。

イスラエルチームは10日の日曜日をもって最終日を迎えます。
現在は、現地の日本人ドクターが機器の使用説明を受けにクリニックへ来ています。
イスラエルのドクターたちも必死で説明しており、何とか日本の役に立ちたいという気持ちが伝わってきます。また、メディアの取材が多くなっています。

詳しくはここを開いてお読み下さい。
http://www.bfpj.org/news/chai_pray/pray_top.html

この記事を書き始めた時、長女が10分間ほどの短い時間でしたが奏楽の練習をしていました。10日の礼拝で献金の時に弾く讃美歌532番を弾いてました。この曲も前奏や後奏と共に毎回奏楽者が選曲します。

私の中に讃美歌が入り体内に巡りゆき神の平安に満たされました。

      主の受けぬ試みも、
      主の知らぬ悲しみも、
      現(うつ)し世にあらじかし、
      いずこにもみあと見ゆ。

       昼となく、夜となく、
        主の愛に守られて、
        いつか主に結ばれつ、
        世には無き交わりよ。


「祈ることしかできない」ではなく、祈りはクリスチャンに与えられた最大の武器、力です。今も主を見上げて祈ります。祈りの輪を広げて祈り続けましょう。

原発事故がこれ以上拡大しないように、主が介入して助けて下さるように。
為政者が与野党越えて一致団結して復興に立ち上がることができますように!
被災された方々が絶望せず、希望を持つことができますように祈ります。

posted by 優子 at 22:56| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

人間の偉大と悲惨、そして、希望!

昨年の今頃は宮崎県で口蹄疫が確認され、その後感染拡大で大変なことになっていった。
あの時、私は初めて「殺処分」という耳慣れない言葉に驚き、今年は「除染」という言葉に動揺した。それぞれに共通しているのは「立入禁止」区域があることで、原発事故は最悪の危機だ。

人間はこれまで大きな進歩を遂げてきたが、それに付随して多くの問題も生み出してきた。
利点という円の円周が大きくなった分だけ困った問題(面積)も増大し、ついに放射能が人間に牙を向いた。

人間の偉大と悲惨、その一線を画するのは科学万能主義の傲慢さだ。

池上顕氏は『Newsweek』最新のコラムで「『正しく恐れる』ことのむずかしさ」を書いておられるが、その意味合いは違えども、何にも先立って真に畏れるべき方を畏れない人間の傲慢さはタイトルそのままだ。

災害が起こって明日で4週間、原発事故が発生してから多くの人々が不眠不休で頑張って下さっているのに未だ危機から脱していない。

広島と長崎を経験し世界で唯一の被爆国の日本にこのようなことが起こり、日本は何という数奇な国なのだろうか。私はその意味を考えずにはおられない。

ここ数日間、原発事故の経過が心配でならず少々落ち込んでいたが、国内外の献身的な人々の働きに励まされ、神のご臨在とご計画を感じさせられて神による希望に目を向けさせてくれた。

私は直接人々を助ける活動に関わることをさせて頂いていないが、私もまた自分の時間や能力、体力や支援金など、神さまから与えられているものを「惜しみなく」与える人になりたい。

posted by 優子 at 23:59| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

聖書と憲法を学ぶ会B ―「フクシマ」が世界の言葉になった現実―

先週の日曜日は自治会の総会に出席したために、礼拝後にもたれた「聖書と憲法を学ぶ会」に出ることができず残念だったが、友より資料を頂き昨日の記事に関連するので続けたい。

「東日本大震災、大津波、フクシマ、憲法9条」と題された高見敏雄牧師のレジメの全てを記録ご紹介したいが、已む無く一部割愛して以下に刻む。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・

チェルノブイリ、スリーマイルアイランドに続いてフクシマが世界の言葉になった現実。言葉がありません。・・・

自然の猛威、原発の放射能漏れを前に、・・・今こそ聖書に神の言葉を聴くべきです。
旧約聖書詩篇46篇を開きましょう。

「神はわたしたちの避難所。苦難の時も助けてくださる。
地震の時にも、津波が起こっても、山々が動くという自然の変化の中にあっても。
神は都(国)の中にいまし、都(国)を守って下さる。
神は戦争を止めさせ、武器を捨てることを導かれる。
傲慢を捨てよ。神を覚えよ。神に帰れ!
ここから出発しよう。神と人を大事にする温もりの心をもって出発しよう。」


憲法9条と矛盾すると言われている自衛隊。今10万人の隊員が被災地で、原発事故の現場で懸命な活動のさなかにあります。文字どおり災害救援隊です。

自衛隊は軍備を持っておりますが、憲法9条の故に戦争をしたことがありません。自衛隊は今こそ災害救援隊として名称変更して活動していただきたい

防衛省も災害救援省とするのはどうでしょうか。冗談ではなく真剣に提案していきたいものです。

原子力発電については、原子力発電がこれだけ危険なものであることを体験した今、原子力に頼る手段から撤退しましう。

電力は別の方法で確保できるという意見こそ聴くべきでしょう。
原子力発電所廃炉に向けて相当な予算が必要ですが仕方ないでしょう


原発反対に命を賭けて闘った高木仁三郎氏、田丸博文氏の意見を聴くべき時であると思います。
  高木仁三郎『市民科学者として生きる』(岩波新書)
  田丸博文 『だから原発は危ない!』 (成星出版)
          

          ・・・・・・・・・・・・・・

「(日本キリスト教団)大阪教区常置委員会では福島原発の事故を受け、他の原発の即時運転停止要請を決議し関係各所に要請文を送った」と報告された。

これを読んだ時、全てを止めるなんて現実的ではないと思ったが、全ての原発を止めたとしても、「たとえば日本中にある工場の自家発電機を全部動かせば、原発分の電気をまかなえる」と広瀬隆氏が述べている。(「週刊朝日」3月25日号に掲載)

とにかく、今後は原発以外のエネルギーに切り替えていく努力を即刻始めねばならない。
そして、これまでの電力水準を維持することがいいのかどうか。このこともまた全ての国民が自らに問い、日本が賢い選択をしなければならない。

本日07時57分配信の「産経新聞」によれば、

「東京電力福島第1原子力発電所事故で高濃度の放射性物質(放射能)を含む汚染水が海に直接流出し、付近の海水の放射能濃度が法令基準の約1千万倍に達していることが判明した。
これは、通常運転時の原子炉内の水の約1千倍に当たる。・・・元凶の汚染水の回収作業は難航し、完了のめどが立っていない。」


そして、今日は亀裂の入った箇所に洪水防止用の高分子ポリマーを流し込み、流出を止める作業に入ったが思わしい効果は現れていないようだ。

専門家の方々と最前線で作業に従事して下さっている方々の上に神の知恵と力が与えられて、一刻も早く終息できるように神の奇跡を祈らずにはいられない。

イザヤ書24章17節〜23節:
「地に住む者よ、
恐れと、落し穴と、わなとはあなたの上にある。

恐れの声をのがれる者は落し穴に陥り、
落し穴から出る者はわなに捕えられる。
天の窓は開け、地の基が震い動くからである。

地は全く砕け、
地は裂け、
地は激しく震い、
地は酔いどれのようによろめき、
仮小屋のようにゆり動く。

そのとがはその上に重く、
ついに倒れて再び起きあがることはない。

その日、主は天において、天の軍勢を罰し、
地の上で、地のもろもろの王を罰せられる。

彼らは囚人が土ろうの中に
集められるように集められて、
獄屋の中に閉ざされ、
多くの日を経て後、罰せられる。

こうして万軍の主がシオンの山
およびエルサレムで統べ治め、
かつその長老たちの前に
その栄光をあらわされるので、
月はあわて、日は恥じる。」



posted by 優子 at 16:58| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

「狭い日本で原発事故が拡がれば、日本人はどこへ逃げるのですか?!」

もう何年も前から聞いているNHKラジオ第1の番組がある。
平日の朝午前6時43分頃から10分間の「ビジネス展望」だ。夫は自動車のハンドルを握りながら、私は夫と娘を見送って(冬期間だけ)再びベッドに戻って聞いている。

レギュラー出演の日本総研理事長の寺島実郎氏、同志社大学大学院教授の浜 矩子氏、慶応義塾大学教授の金子 勝氏の話も興味深いが、その中で最もひきつけられるのが経済評論家の内橋克人氏だ。

今年の1月だったか、夫に何気なくそのことを話したところ、何と夫も内橋さんのファンだと言うので2人で盛り上がった!

私は内橋氏の人間性からくる感性に共感するのだが、夫と意見が合ったことも嬉しい新発見だった。

隔週の火曜日に登場される内橋克人氏が、先週3月29日に話された「原発安全神話はいかに作られたか」も非常にインパクトがあった。

1982年より原発反対を訴えてこられた内橋氏は次のように語られた。

福島第1原発事故は人災だ。今まで安全でクリーンなエネルギーだと唱えてきた安全神話は崩れた。
電力会社はもとより、科学の名において安全だと訴えてきたおびただしい数の科学者や行政の責任は免れない。


かつては原発立地をめぐって原子力安全委員会が住民の声を聞く公開ヒヤリングがあったが、今ではそれさえ無い。

島根原発の2号機を増設する時のこと、予定地のすぐそばに住む子供2人を持つ主婦は、「事故を起こした時、私達はどのようにして逃げたらいいのですか?宍道湖を泳いで逃げろと言うのですか?!」と訴えた。

この悲鳴とも言える質問に対して、当時の原子力安全委員会は全く答えずにつっぱねた。

また、原発を社会に受け入れさせる”PA ”(public acceptance:パブリック・アクセプタンス、国民の受容・賛同)の徹底さ、そのための戦略は驚くべきものだった。(略)

アメリカのトーマス・エフ・マンクーゾウ博士(1977年当時ピッツバーグ大学教授)の「マンクーゾウ報告」というのがある。(名前を正確に聞き取れていないようだ、内橋氏の著書を読みたい。)

1977年末のこと、マンクーゾウ博士は放射線による被害を ”slow death ”(ゆるやかなる死)という言葉でもって原発への警鐘をならした。
それが「マンクーゾウ報告」であり、日本の取材者に対してゆっくりと誠実な言葉で語ったものである。

「日本は米国に比べて国土が狭いし人口が密集している。

この広いアメリカでさえ原発の安全性については常に議論されているのに、あの狭い日本で原発事故が各地に拡がった場合、いったい日本人はどこへ避難するのですか?

日本は広島、長崎と、2度も悲惨な原爆の悲劇を経験されているではありませんか!」


と原発の危険性を訴えた。これを正当に評価した京都大学の原子力学者もいた。
内橋氏は最後に次のように結ばれた。

「今後のエネルギー選択は、おびただしい犠牲者への生きている者の責務だと思う。」
                        −以上−

原子力発電所の保有数はアメリカ、フランスに次いで、日本は世界第3位である。
こんなに狭い国土で3位とは驚くべきことだ!
これが経済大国になる原動力でもあった。

66年前の終戦で壊滅した日本。
あの焼け野原から復興させて下さった先人たちに心から敬意を表し感謝している。それは私達の親の世代であり、多くの方々が亡くなっていかれている。

しかし、世界から「エコノミック アニマル」と揶揄された1980年代頃から社会問題が多発し、それでも日本は方向を変えることはしなかった。

その一方で、このたびの震災でも、「日本の人々は、驚くべき礼儀正しさと、犠牲的精神でこの悲劇に耐えています。地域の人々を助けるために献身し迅速に行動している日本の人々のこの文化における関心と礼儀正しさ」と世界の人々を驚かせてもいる。

これもまた誇るべき日本の一面だ!

これから日本は何処へ行こうとしているのだろうか。

今度こそ私達は学ばねばならない。
全ての人が真剣に考えることに目覚め、メディアに対しても考える能力(literacy:リテラシー)を磨かねばならない。

何事も人任せにしないで自分の頭で考え、「おかしい」と思ったことは職場や地域に対しても発言しなければならない。今後の原発問題は私達一人ひとりの問題であり責任だ。
 

「神様は日本に霊的、物質的なニーズを支えるために、多くの人々を世界中から集めています。日本に神様は働いています。」


神の御心がなるように祈り続けよう。

附記:NHKラジオ第1の「ビジネス展望」をネットでも聞くことができる。
数日前に発見したのでご紹介したい。
http://www.nhk.or.jp/r-asa/business.html を開いて下にスクロールして頂くと、4週間分公開されている。


posted by 優子 at 21:28| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

被災した子供たちへの危機介入 ―CRASH Japanより―

昨日大阪の開花宣言され、今日は春のポカポカ陽気で新年度がスタートした。しかし、今までこんな大惨事の春があっただろうか。

私は未だ現実を受容できないのか、毎朝目が覚めればあれは悪夢だったのではと思い、テレビをつけて一瞬にして現実であることを思い知らされる日々である。

原発事故は未だ治まらず、テレビやラジオをつけるたびにもっとひどいことになっていないかと恐れる。

大災害から3週間経ち、被災者の方々は直後の混乱を脱したものの精神的苦悩はこれから深まっていく段階であり、今後の報道は心理面がクローズアップされていくと思う。

被災者でもある精神科医の活動も報道されている。その愛の働きに人間の偉大さを見て胸を打った。

臨床心理学に「危機理論」というのがあり、治療法の意味で「介入」という言葉を使った「危機介入」(crisis intervention)がある。

危機には予測できる危機―即ち発達上の危機や、どの世代にも起こりうる年齢相応の危機―だけではなく、事故や大災害のような予期できない危機がある。

危機理論では危機に直面した場合の段階として、最初の3時間、落ち着くまで3日間、そして、3週間、3ヶ月、という混乱期があるが、これらはみな正常な状態である。

ただし、3ヶ月経っても落ち込んでいる場合は病的な欝であるから専門家の助けがいる。このことを知っておくと自分自身のためにも参考になる。

本当に落ち込んでいる時は気持ちを聞かないで、心が揺れている間を寄り添ってあげることだ。危機状態になると感情的になって物事が見えなくなり、何をどうしてよいのかわからないので指示をしてあげることも大切だ。

援助者は何もできなくても、いつも同伴してあげるだけで相手の援助になる。
下記に混乱した子供への援助について参考になる記事があるのでご紹介したい。(”CRASH Japan ”のサイトより)

災害後の混乱のなか、子どもたちは非常に傷つきやすくなっています。子供たちには劇的に変わった現状に反応し、複雑な感情を抱えてしまうのですが、それらを表現する術を持ち合わせていません。

また、その世話をする大人たちは、災害後の自分たちの生活をたてあげるのに精いっぱいで、子どもたちを十分に気遣うことができなくなってしまいがちです。

その上、馴染みづらく、時には恐ろしい場所でもある避難所で生活をせざるを得ない子供たちは、後を引く心的外傷後ストレス障害(PTSD)につながる更なるトラウマを抱えてしまう恐れがあります。

「オペレーション・セイフ」
というのは、子供たちに魅力的な方法で行われる、危機介入プログラムです。このプログラムによって、子供たちは、直面している複雑な感情と向き合う方法を学ぶことができます。

「オペレーション・セイフ」は避難所やテント、仮設住宅にいる子供たちに、童心に帰って遊び、楽しめる優しい空間を与えます。

5日間に渡って子供たちは、図工、歌、お話、ゲームなどを通して、家族と離れ離れになった小さなペンギンについての物語を聞きます。

その過程は、あらゆる教会で子供ボランティアの経験を積んできたクリスチャン・ボランティアがリードしていきます。

「オペレーション・セイフ」は、世界的に使われている危機介入プログラム、SAFER(R)に基づいて作られており、SAFER(R)を子供に合わせたものです。

”SAFER ”は英語で「より安全に」を意味し、その頭文字は、安定(Stabilization)、肯定(Affirmation)、促進(Facilitation)、励まし(Encouragement)、回復(Recovery)・照会(Referral)をそれぞれ意味しています。

「オペレーション・セイフ」で子供たちが学ぶ物語はまた、小さなペンギンが新しい友達と出会うことによって、「より安全に」生きる方法を学んでいくというものです。

多彩なキャラクター、ゲーム、歌、活動を通して、子供たちは、自分たちが安全な(Safe)場所に受け入れられ(Accepted)、そして未来(Future)への希望があることを学びます。

また、勇気づけられ(Encouraged)、愛されているということを思い出し(Reminded)、必要に応じて更に助けを得られるリソース(Resources)が与えられます。

※ 危機介入 = crisis intervention:危機的な状況に陥った人への緊急の援助

もっとカウンセリングが必要な方々を専門医に紹介、そして順調に回復に向かっていることを伝え、理解してもらうこと意味しています。

「オペレーション・セイフ」や子供たちとの仕事についてのさらなる情報は公式サイト(http://opsafeintl.com/)をお訪ねください。 ご確認よろしくお願いします。

危機が加わると心が揺れるのは当然であり、大人も悲嘆反応をするのはとても大切だ。

心は目に見えないだけにわかりにくく見落とされがちだ。
危機介入ではカウンセリングの洞察に加えて相手の気持ちを出させてあげることに重点を置く。

危機を乗り越えていくには長い時間がかかるが、スキップしないでそのつど涙しながら乗り越えていくことが大切だ。

被災された方々、ご遺族の上に神さまからの豊かな慰めがありますように祈り、何かの助けにして頂ければ嬉しい。

附記:
・今日、政府は「東日本大震災」と正式に命名した。
・安全宣言されている茨木県産の野菜を敬遠するのは、被災者に義援金を送ることと矛盾するのではないだろうか。

posted by 優子 at 20:41| 社会的なこと | 更新情報をチェックする