2011年06月30日

IMFでの部署決まる

28日夕刻、マチとフーは無事に帰郷した。
今年は2月に会い、4月末には私たちがミネソタへ行き、そして今回の帰国と2ヶ月ごとに会える幸せな年になった。タクシーから降りてきた2人を出迎えた時、マチ・クマの背景にミネソタの空気を感じた。

1週間の東京滞在中に神戸大学や東大大学院の友人たちとの再会や用事を済ませ、それ以外はずっとK先生から提供して頂いた研究室にこもって研究に集中していたという。就職するまでに今手がけている研究をまとめておきたいらしい。

昨日もユキは一日中マチにまとわりついており、フーも保育のかたわらビザ申請など重要な用事をやっていた。
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夏は「スナメリ」と呼ばれているフー。

さて、ワシントンでの新居は15分から20分で通勤できる場所にあり、毎月の賃貸料も予定していた20万円を超えずにすんだと喜んでいる。

ユキの昼寝中にワシントンの住まいをビデオで見せてもらったが、夫や長女はまだまだ先のことになるだろう。

国際通貨基金 IMF(International Monetary Fund)は現在184ヶ国が加盟し2500名が働いている。そのうち日本人は50人ほどで、去年入ったのは一人、今年はたぶんマチ・クマの2人らしい。
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ワシントンD.C.のIMF本部

今まで学生ビザで渡米していたので、今後は国際機関で働く人のための「G4(ジーフォー)ビザ」に切り替えないといけないそうだ。かつて妹が国連の経済専門職員だった時、白いパスポートを見せてもらったことがあるが、このビザの名前は知らなかった。

真智子が配属されたところは" Area Department " の一つで、国と関係する仕事であり" Western Hemisphere Department " 北米・南米諸国を管轄する部署である。

そして、太志君は" Functional Department " の一つであるIMFの財務を担当する部署だ。ここは各国の出資金管理やIMFが発行している " SDR " (通貨)の管理をする" Finance Department " である。

共に最初の3年間でこの両方を経験しないといけないという。
転勤はないが1年に2〜3回出張があり、不穏な国に派遣される時はSP(security police・要人警護官)をつけてくれる。しかし、身の安全を第一にされるので危険な時は出向かなくてよいと聞いて安心した。

アメリカ合衆国の首都・ワシントン,D.C.は特別区になっているので、世界最小の主権国家バチカン市国を思わせた。治安はいいと聞いているがアメリカ合衆国の中枢ゆえにテロの標的にならないように祈るばかりである。

マチ・クマにとって日本の夏は5年ぶりだ。特に今年は6月からこの猛暑だが、蒸し暑さも懐かしいのではないだろうか。

真智子はこの度の滞在中にもう一度荷物の整理をして書物や食器なども運ぶようだ。ソファーや家具はアメリカで買うにしても、そこそこ大きな物でも日本からワシントンまでの送料をIMFが出してくれるとのこと。

次女夫婦はアメリカに永住するわけではないが、日本で落ち着くのは20〜30年先になるだろう。
毎年2週間の休暇があってもこのような長期滞在は今回限りだ。私は幸せをかみしめながら過ごそう。

「ユキちゃんが大きくなったら真智の部屋を使うといいね。机も使ってくれたら嬉しいな」
と、こちらへ引っ越してから購入した机のことを言った。

我が家から真智子の匂いが薄くなっていくようで淋しい。
5年前の夏がよみがえってきた。
しかし、ウェットにならないで9月からは「ワシントン便り」の新設だ。過ぎ去った日々に感謝して新しい日々を紡いでいこう。これからも互いに励まし合って。


posted by 優子 at 11:03| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

夫の人事管理に物申す!

夫はギックリ腰のために今日は出社できなかった。
父の名代で商工中金主催の経営者たちの会合に出席した知子は帰宅が遅くなり、私は夕食を終えてからユキとチャッピーを連れて駅まで迎えに行った。

道の途中で出会った長女は疲れた表情ながら興奮気味に経営理念を語り始めた。
「講師の話を聞いていた時、声を出したいほど全てママの言っている通りやったわ!ママを尊敬するわ!
聴けば聴くほどママの着眼点はすごいわ!こんなに時代が変わっても松下幸之助が賛辞されていた!」


そして、講演のアウトラインを父親にも語っていた。夫は神妙な顔で聞いていた。
「何よりも職場環境が全てであり、良い環境が良い人材を作る。良い会社は人事が良い。つまり、トップがそのような雰囲気を作り出しているのであり、良いことも悪いこともみんなに伝染する。トップが悲観的ならば社員も悲観的になるように・・・
会社の窓口である店頭が失礼で感じの悪い電話応対をしていないか」
など・・・。

今から13年も前のことになるが、大阪府立高津高校で長女に続いて次女の時も6年間学年委員長(初年度は副委員長)の任にあった時、私は実に内容のある諸会議から多くのことを学んだ。さすがに保護者の意識も高く形式的な会議ではなく私を高揚させた。その頃、S校長が言われたことをよく夫に話すのだ。

「役員の方々の力を外圧として教職員に働きかけていきたい」と、校長として校区トップ校にふさわしい学力維持と向上のために私たちの働きを喜んで下さっていたが、学校長もまた会社経営者と同じようなご苦労があるのだなと思ったものだ。

このたびの大震災で会社の業績はますます落ち込み厳しさを増すばかりであるが、国の存亡に関わるような今こそ社内の悪習を一掃するチャンスである。

節電はもとより、社内の雰囲気一掃と人材育成のために大きくハンドルを切っていくべきだと夫に進言することしきり。

今や家庭教育力は地に落ち、学校教育もダメ。
ならば、社会に出てから教育するしかない。会社が挨拶の仕方から道徳や倫理に至るまで関わって行くしかないのである。

社員の私的な生き方はともかくも、職場で小中学生がやっているような稚拙なことがまかり通っているようでは2流3流の会社であり、あまりにも意識が低すぎる。やる気のある社員を潰してしまってはならない。

こういうことを大震災の現実や厳しい経済状況を外圧にしなければならないようでは危機感がなさすぎる。

会社の宝は人材であり、人事管理で最も大切なのは社内の人間関係だ。指導を入れずに放置していると周囲に精神的健康を損なわせる危険性も生じてくるだろう。

今や時代は、所属や肩書きではなく自分の存在感を出す " self-identity " 時代に変わっているのである。会社としても互いに感化し高め合える雰囲気でないと立ち行かなくなり、淘汰されるのはもはや時間の問題だ。


経営論について娘の話を聞きながら、私はすぐに一つの聖句がひらめいたのに疲れて思い出せない。見つけたらここに記しておきたい。
8月4日追記:「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない」。(マタイによる福音書12章25節)

私が松下幸之助の生き方や経営理念に共感していることや問題意識を持って生きていること、そして、本人が熱くなくてどうして他者に伝えることができるかなど常々口にしていることは、時代や分野を越えて普遍化できることだ。それが私の哲学であり、「つぶしが効く」と言う所以である。

夫も適切な人事異動、配置を考えているようである。しかし、そのあとこそが重要だ。管理職もまた指導力があるかどうか、全ての長である社長の手腕を見守りたい。神が良輔に直接介入して下さるように祈らずにはいられない。

今夕の良輔不在の会場では、紙文具センターの専務理事が父親に代わって知子を関係者に紹介して回って下さったことを感謝をもって刻んでおきたい。

さてさて、ギックリ腰は昨日より今日、朝よりも午後と回復してきたようであるが、まだまだ辛そうである。が、明日は出社するような気配だ。

posted by 優子 at 23:59| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

1週間ぶりの会話後、夫はギックリ腰に。

夫と1週間ぶりに(正しくは5日目にはトゲトゲしくも)会話を再開したが、4日間は顔を見ることさえしなかった。
こんなことは若い頃の私には考えられないことで、1日として仲直りしないままではおられなかったのに、若い頃ならばいざ知らず年を取ってからこれでは情けないと思う。

先週の土曜日は美濃紙業主催のゴルフで、その翌日も義弟と甥たちとの連日ゴルフだった。日曜日にゴルフに行くということを知ったのは、その数日前のこと、義妹と喋っていた時のことだった。

夫は相談どころか決めたことさえ話してもくれず、全く一言もなく堂々と実行した。いつものように。

せめて自動車は置いていってくれるようにあんなにお願いしたのに置いていってもくれず、ことごとく情けなくなってしまった。義弟の自動車のキーが置いてあったが、乗ったこともない自動車では困る。

「またパパは親戚第一主義的な動きをしているのやね。イエス様は全てご存知よ。」と客観的なひと言をもらって、娘たちも父親の欠点はわかってくれているんだからと慰められもしたが、私と夫の35年間はまさに親・兄弟第一主義への闘いが主たるものだった。

しかし、子供たちの結婚話が出てきた頃から夫も大きく変わって来たように思っていただけに、今もまたこのようなことをと思うと情けなくなくて情けなくて、トコトン情けなくなって心が腐ってしまいそうだった。

人はこんなことでと思うだろうが私の最も大切にしていることであるだけに、今までの35年は何だったんだろうと、長い年月の営みが瓦解していくようだった。

土曜日がゴルフの時は休息日なしではしんどいだろうと教会も休んでもらっているのに、20代や30代、せめて40代までならばいざ知らず、65歳にもなって連日ゴルフに行くなんてすごい自信だ!

私は怒っていたから、今週は夫が事故を起こしていないか心配することなく過ごした。政治家だって長期の激務に耐えているんだから大丈夫だと何度も自分に言いながら。

しかし毎日、夫が帰宅した瞬間、「神さま、ありがとうございます」と小さい声で言った。


昨夜も帰宅が遅く営業会議に出ていたことを知らず心配した。夫はユキに注意されるまでもなく食前の祈りを始めた。
「今日も無事に帰れたことを感謝します。11年間務めた○○会(聞き忘れた)の理事長を辞めました。・・・」と、私に聞かせるかのように祈っていたので笑ってしまった。

昨日の文香さんのブログを読んで慰められもした。
今朝からようやく夫婦関係が復旧し、買出しに行く車中でお互いに今週あったことを話し合い会話が弾んだ。私の心は羽のように軽くなった。わーい(嬉しい顔)

そして、今日はユキが外出疲れで午後の3時から夜の8時半まで寝てしまったので、知子が手配してくれた商工中金経済研究所のDVDを夕刻から3人で見ていた。

こんなに聡明で有能な娘がいて、夫は本当に恵まれた人だと思う。「素質×訓練」が能力ならば、人材を生かすも殺すも長たる社長次第ではないか!

知子は忍耐強く関わっているが、3階事務所の雰囲気改善に神さまが介入して下さり、一部社員に気づきを与えて下さるように。何よりもその人たちの人生のために!


そして、8日ぶりに会話が戻った矢先、夕食前に夫がギックリ腰になった。
お風呂で体を洗ってあげると言ったのに拒み、お風呂上がりも恥ずかしがっていたが、あまりに辛そうなのでバスタオルで拭いてあげた。

今日はスイカを4玉も買って重たかったからかな・・と思いつつ、「2日続けてゴルフに行ったからや」と言いたいところを言わないでおこうと思ったのに、その時にはもう言葉が出ていた。(>_<)

明日はゆっくり体を休めてほしい。
被災者の方々や原発事故の現状を思いながらも愚かな日々から脱出できなかったとは情けない。神さま、ごめんなさい。

22日から梅雨が明けたような真夏日が続いている。


posted by 優子 at 23:20| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

「いつも主にあって喜びなさい」―あなたの心を元気にするショートメッセージ 22―

いつも主にあって喜びなさい (村上 宣道牧師)

「スマイリスト」という仕事があるのをご存じでしょうか。これはいつも笑っている人ということではなく、会社やデパートなどの受付や営業の仕事をしている人たちに、スマイルの仕方をトレーニングする専門家のことです。

「作り笑い」という言葉がありますが、スマイルも作れるというわけです。しかし、スマイルは作れても「喜び」を作ることはできないはずです。
なぜなら、「喜び」というのは喜んでいるか、いないかは、本人だけが知っている、内面的な感情だからです。
 
聖書の中に、「いつも主にあって喜びなさい」(ピリピ人への手紙4章4節)という勧めがあります。本当は「喜びなさい」と言われても、喜べる心の状態でなければ、それは無理なことなのだろうと思います。この「喜びなさい」という言葉は、英語では「Rejoice」(リジョイス)といいます。

ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんは、受賞直前に書いた『燃え上がる緑の木』という小説の最後の締めくくりに、この「Rejoice」(リジョイス)という言葉を使っています。

大江さんの最初のお子さんは、脳に重い障害を持って生まれました。大江さんはそのお子さんとの共生を小説として書き続けてこられました。その小説の最後を「リジョイス」(喜ぼう)という言葉で結んだことについて、大江さんは次のように言っています。
 
「僕は未来を楽観しているわけじゃない。細々と勤勉に生きるよりほかない。そして最後にはリジョイスと!」これは、先ほどの聖書の言葉からの引用であったようです。
 
私たちを取り巻く状況は、いつも喜んでばかりなどいられないのが現実でしょう。「いつも……喜びなさい」とは、獄中に囚われの身となっていた伝道者パウロからの勧めです。

彼はクリスチャンになってから苦難の連続でしかなかったのですが、その口から出る言葉は、「患難さえも喜んでいます」(ローマ人への手紙5章3節)でした。
 
聖書の言う「喜び」というのは、置かれている状況とは無関係に、「主にあって」こそ可能であることがわかります。私たちも「主にあっていつも」リジョイスと叫ぶ者でありたいものです。
 

今年の元旦に宇野繁博さんから頂いた「新年の御挨拶」メールの返信に次のような心の内を書きました。
「夫の甥や姪の結婚式の写真つきの年賀状を見て気持ちが沈み、彼らが幸せであるようにと思うのですが、喜ぶものと共に喜ぶのは難しかったです」。

するとこのようなお返事を下さり、私は「主に在って喜ぶ」ということを強く実感させられたのでした。

21年前、私が25歳の時、失明し、婚約者と別れ、絶望の中にいた頃、友人が徐々に結婚していきました。友人達の結婚式に何度も出席し、友人代表としてスピーチをしたことも2度ほど記憶しています。藤本さんのお気持ちは痛いほどよく分かります。
 
ローマ人の手紙12章15節に喜ぶ者と共に喜び泣く者と共に泣きなさいとありますが、難しいことです。特に自分が喜べない状況にある時はなおさらです。
 
ピリピ人への手紙を書いたパウロはあの喜びの手紙を獄中で書きました。いつ処刑宣告がなされてもおかしくない状況の中で、彼は喜びを持ってあの手紙を書いています。

悲しみの中で喜ぶ秘訣はたった一つです。主にあって喜ぶことです。
私達人間は弱いです。無力です。しかし、天地を造られた神は、神を愛するものに対してすべてのことを働かせて益としてくださいます。
 
21年前に失明して、毎晩布団の中で泣いていた頃、桃山学院で生徒の皆さんの前で元気にメッセージするようなことは全く考えられませんでした。

しかし、神様は私の失明も用いてくださり、桃山学院の生徒に生きる勇気と希望を与えるために私の失明を用いてくださいました。私の失明も知子さんの離婚も決して望んだことではありません。

しかし、神はその悲しみの涙を必ず喜びの涙へと変えてくださいます。神に期待しましょう。神のみ業に期待しましょう。
これがクリスチャンライフの醍醐味なのですから。

「悲しみの中で喜ぶ秘訣はたった一つです。
主にあって喜ぶことです」。
以来、私自身との合い言葉になりました。

クリスチャン同志でも、このように自分の気持ちを表現し、傷を分かち合える人は少ないように思います。ですから本当の交わりができる友をまた一人与えられて感謝しています。

私たちも無防備になってパウロのように自分の弱さを語り合える者となりたいものです。宇野さんは人の心を導く良き牧師になられることでしょう。


posted by 優子 at 22:05| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

JCP研究例会B ―クリスチャンはこの震災で何を学び、どう生かすのか―

自由なテーマで3枚に書いてきた作品の相互講評では6名が発表した。殆どの人が東日本大震災の大惨事に関する内容だった。

例会前に事務局から添付していただいた久保田暁一先生の「東日本大震災とカミュの『ペスト』をめぐって」を拝読して深い感銘を受けた。

「自分に協力出来ることは何か」、「この大惨事を如何に考えるべきか」、「~は沈黙しているのか、~の救いとは何か」といった問題を考えざるをえないのである。

これらの問題に関連して、私は今、アルベエル・カミュの『ペスト』の世界を想起する。また三浦綾子の『泥流地帯』や遠藤周作の『沈黙』のテーマにも思いを馳せる。 

そしてここで、『ペスト』が提起する問題と関連させながら、大震災が抱える諸問題を考えてみることにした。

これはその一部を抜粋したもであるが、アマゾンで師の名前で検索すれば20冊以上にも及ぶ著書が上がってくる。いつか文集に掲載された時には公表させていただけると思う。

以下は当日の久保田先生のコメントである。

「復興ではなく新生しなくてはならない。
震災で学んだことを生かし、今までの生き方を越えたものを各自が主体的に作っていき、今、変換の時であることを学び取らねばならない。原爆の洗礼を受けている日本は突っ込んで考える時期に来ている。

クリスチャンはこの大震災で何を学び、どう対処していくのか。聖書を掘り下げて文学作品を書いていくことだ」。


宇野繁博さん:
「目が見えていた25歳までは若狭に住んでいた。若狭は関西ではないのに関西電力があり、福島に東京電力がある。共通するのは共に産業がないことで、過疎の所は原発を受け入れることで雇用もできる。

しかし、生命を失ってしまえば何にもならないから、コストがかかっても安全なものを作らねばならないし、生活スタイルも考え直さねばならない。

本当にあったか(暖か)便座は必要なのか。
本当に大きな冷蔵庫が必要なのか。
いつもお湯が湧いていることが本当に必要なのかなど、一つひとつ考え直さねばならない。

人間として神をどのように考えるのか、神と人間との関係を一人ひとりが真剣に考えていかないといけない」。


長浜で伝道所を支えつつ社会運動家のN兄:
先日も長浜市長と原発のことで1時間懇談されたN兄。
「今、この時、クリスチャンも市民運動しないといけないと思う。福音派や社会派と言っている時ではないのに、日本のキリスト教会は今も連帯化していない」。

以上が話し合われた中で心に残ったことである。

なお、私の提出した『未来の世代への責任』は、同じタイトルで書いた過去ログ5月27日の執筆から筆が進み、それに関連して大幅に加筆したものである。

朗読を終えたあと、久保田先生と大田先生が同時に「いいですねえ」と、久保田先生は「しんがある」と続けて仰ってくださり、
思いもかけないご好評を拝して嬉しかった。

無心になって速筆で書き上げたものゆえに自分なりに「良し」としていたが、かつてと違って「この大惨事を如何に考えるべきか」、「~は沈黙しているのか、~の救いとは何か」という思いが希薄な自分に不満だっただけに、先生方のお言葉は意外であり、しかしまた心が弾む励ましだった。

私は私なりに執筆を通して思いを深めていきたいと思う。

                            (完)

附記:11時15分、Nさんより電話あり。
「手術は無事に終わり、今、管を取って車椅子になったから」と早速電話してきて下さった。昨日の午後2時頃から始まった手術は成功したものの、麻酔がなかなか覚めず病棟に戻ってきたのは夜中の1時頃だったという。

「真智子ちゃんたちは無事に着いた?」と、こんな時も聞いて下さるNさん。
電話を切ってすぐに感謝の祈りを捧げた。
股関節に入れたチタンに肉が巻くまでの3ヶ月間はズレないように注意が必要だ。今回もどうか順調に回復されるように引き続き祈ろう。

術後の苦痛も和らぐ1週間後くらいにお見舞いに伺おうと思う。幸いにして真智子たちがいるのでユキを頼んで外出できるからありがたい。

posted by 優子 at 15:41| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

JCP研究例回A ―有島武郎『一房の葡萄』―

僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、家に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描いて見ようとしました。
けれどもあの透きとおるような海の藍色と、白い帆前船などの水際近くに塗ってある洋紅色(ようこうしょく)とは、僕の持っている絵具ではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。

そして、「ぼく」はジムの絵具を2本盗んでしまうのだが、この2つの色を合わせると葡萄色になるというのは、芸術的感性がないと書けないという。

『一房の葡萄』は自分の家が貧しくて絵の具を買えない家庭というのではなくて、「ほしい」と言い出せなくて盗んだのであり、盗む時のあのフラフラしたような誘惑の気持ちを実にうまく書いている。

これは妻が亡くなったあとに書いたというが、罪を犯す気持ちをうまく書いているのは、再婚する勇気がなくて自分の性をコントロールできず不倫関係を持ってしまったという気持ちが投影されていると、内田満が書いているが当たっているだろう。

しかし、絵具を盗まれたいじわるなジムが、なぜ「ぼく」を許す優しい子にしたのか書いていない。理由はわからないが、愛や許しが人間を立ち直らせた物語を書いた。

私たちは誰も盗みの誘惑にかられていることがあるが、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と聖書にあるように、神さまに繋がっているんだからゆるし合いなさいと言っている。
葡萄色。
盗んだ色は和解をもたらす色である。


赦しと和解をもたらせてくれた「大理石のような白い美しい手」と「やさしい眼」。その女性教師が宣教師であるという背景を慎重に排除している。

クリスチャンだったら気がつくが、キリスト教色を隠して見えなくして書いている。キリスト教色を抜いたのは晩年のキリスト教との距離を表しているのではないか。

農場を無償で提供し退路を断って小説を書くのだが、そうなれば創作意欲が減退して書けなくなり、かろうじて書けたのが児童文学だった。


戯曲もいくつか書き、旧約聖書に出てくる詩をアレンジして素晴らしいものを書いている。

また、『火事とポチ』、『溺れかけた兄妹』など、有島は子供のために書いたと言いながら全て罪の問題である。暗い罪の影がさしているのが問題であると思う。 

キリスト教とネガティブな関係を持ってしまったのは残念だ。しかし、教会を離れながらも若い頃に神さまを知った人間が同時代の人に訴えたかったのではないか。

富を持つこと自体は悪いことではなく、それをいかに使うかが大事だと言うが、いつのまにか富の追求になってしまったアメリカの資本主義社会を見て躓(つまず)いた。

有島は富を肯定しながら富の管理について真剣に考えた人であり、理想に燃えて留学を果たしたキリスト教国アメリカは、実は拝金主義の資本主義が支配する国で、それを支えているのがプロテスタント信仰であることがわかったと言う。

有島にとって宗教的な罪意識にとらわれる原因は富と性欲の問題だった。

近代プロテスタントのキリスト教が近代日本に誤って受容されたことのひとつに性の罪悪視がある。

キリスト教の提起する性は喜びである。しかし、清いものであり人格的に高めていくものだ。日本のキリスト教は未だそれを伝えきれていないのではないか。

有島はもう一方では惜しみなく愛を奪うものなんだとニーチェのようなことを言いながらも、このままでいいのだろうかと反省の悩みも出てきていると考えられる。

パウロの「肉の弱さ」の教えに頷き、それ故にこそ霊肉二元の葛藤を止揚するために本能的生活を目論みた。
超人的に大胆に罪を犯し、本能的に生きることに希望をもったところに有島の過ちがあると思う。

キリスト教から制度としての「教会」、摂理への信頼、贖罪と復活の教理のことごとくを排除し、「愛」のみを受容しようとしたのである。


作品についてはこの程度にとどめたい。
『一房の葡萄』は青空文庫で読むことができる。http://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/211_20472.html

                     (つづく)

                     
posted by 優子 at 10:31| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

JCP研究例会@ ―有島武郎『一房の葡萄』―

18日(土)はクリスチャンペンクラブの例会に出席するために日本基督教団・大津教会へ出かけた。今回は大田先生だけではなく久保田暁一先生もお元気なお顔を見せて下さったので嬉しくて学びに身が入った。

定刻午後1時半過ぎに始まり、キリスト教文学に続いて会員の作品相互批評に移ったので休憩に入ったのは4時20分頃だった。

私は例会報告の書記ということもあるが、私自身の復習を兼ねて文学作品についてはいつもブログに書いている。そのことによりキリスト教文学に興味のある方々にお分かちできる。

それと、私は書いて終わりではなく何度も見るのでノートだとボロボロになって困ることから、これらは私の思考への参考資料ともいうべきものだが惜しみなくお分かちしている。

なお、事務局への報告書はここに記録したものから私的なことを削除加筆して送付している。
では、大田正紀先生(梅花女子大学教授)のご講義の要諦を記録しておきたい。文責は記録者にある。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
有島は幼少期から晩年に到るまでキリスト教と深い関わりを持ち、聖なる神の前に立つ罪深さと、酷愛ともいうべき他者への愛は、近代文学者の中で比類ないものである。

キリスト教会からは背教者というレベルを貼られ、そののち中央公論社の婦人記者と心中し、内村鑑三は厳しい叱責の言葉を浴びせかけた。
その2ヶ月後に関東大震災が起こり、内村は軟弱な文学しか持っていなかった日本の悔い改めであると言った。

しかし、内村の側にも少々問題がある。
無教会主義では洗礼式について曖昧なところがあった。本人の意思さえあれば教会に背いて教会員になれるとした。つまり、洗礼なしの入信であり、そのことも関係して簡単に背教していった。

しかし、『ある女』では教会に背いている女性の死の間際に、内田(内村鑑三のこと)だけは自分が背き続けた気持ちを分かってもらえるのではないかと言わせており、「私はどこに立つのか」に揺れがあったので、あるいはまた戻ってくる作家ではなかったかと思われていた。

ところで有島の父は大蔵省に勤務していたが、4歳の時に横浜税関長に赴任し、関税自主権の確立に命をかけていた。

幕末に日本が諸外国と結んだ条約は実に不平等なもので、治外法権の撤廃と関税自主権の確立が近代日本の悲願であった。
父・武は外国と対等に交渉するためには外国語を自由に駆使できる人材の必要を痛感し、横浜税関でお飾りとして君臨しているだけだったが、本気で関税自主権を確立しようとした。


母は税関長夫人として社交界のトップレディで、最も懇意にしていたのが税関の実質的権限を握っていたラウダーの妻だった。その人はブラウン宣教師の長女であることから母と共に子供たちも教会へ通うようになった。

そして、教育宣教師の託児所、ブリテン英和学校に進学する。
この学校時代に生涯心をとらえて離れない盗みと和解の出来事を経験し、児童文学の傑作、晩年の『一房の葡萄』に著した。

そして、それまで皇族と華族に限定されていた学習院が、明治の成功した官僚や政治家、実業家の2代目にも門が開かれることになり、現在の小学4年生より学習院に転入し寮生活となる。

その後、札幌農学校に進み、23歳の時に信仰をもって渡米。しかし、帰国した頃には信仰に疑問を抱いていた。
理想に燃えて留学を果たしたキリスト教国アメリカは、実は拝金主義の資本主義が支配する国で、それを支えているのがプロテスタント信仰であることがわかったと言う。

以上が有島武郎の概観である。
北海道ニセコ町の「有島記念館」は、有島が100万坪の農場を共産農場として無償で小作人に提供したことへの感謝として建てられたものである。
                   (つづく)
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
附記:昨夜も雨は激しく降っていたが、鬱陶しいながらも今日は久々に朝から長時間雨が上がっている。昼過ぎまでは洗濯物を入れたり出したりで落ち着かない空模様だったが、これを書き始めた2時半頃から太陽が顔を出した。

讃美歌を聞きながら集中していたら気持ちも少し軽くなった。
昼食前の祈りで「心が美しくなりますよう」と祈ったら、「ユキちゃんもお祈りする」と言って孫も祈ってくれた。ありがたいことだ。

あと、2時間もしないうちにマチ・クマが日本に着陸する。2人が帰郷する28日までに心が立て直されるように祈っている。


posted by 優子 at 15:47| JCP関係 | 更新情報をチェックする

わが心も梅雨空のごとし

「もう真智たちは飛行機に乗っている」
あと何時間・・・と指折り数える今朝の目覚めだった。

" chicken or beef ? "
快活な英語。機内の様子を思い出して微笑んだ。

無事到着の電話を楽しみに、夫の傍若無人で自分勝手きわまりない相変わらずの生き方に引きずり込まれないようにしよう。

自分に打ち克っている知子に支えられつつも、・・・・情けなくて悲しくて4日目の今も吹っ切れないでいる。

こんなことでどうすると、被災された方々のことを思い出しては立ち直ろうとするのだが・・・・互いに年を重ねてきてこれでは情けな過ぎる。今までの苦楽は何だったんだろうと虚脱感が覆っている。

ユキが起きた。

記事をアップすると「最新記事」のタイトルが目に入った。
夫に導かれて教会か・・・そんなこともあった・・・覚えている。
夫を赦し、気持ちが変えられますように。

posted by 優子 at 07:30| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年06月20日

梅雨とイソトマとカタツムリ

梅雨に似合うイソトマ。
2011イソトマ.jpg今年は6月6日から咲き始めた。

17日の朝に見つけたカタツムリが今朝再び姿を見せた。カタツムリ.jpg

ユキのカタツムリ.jpgユキはさっそく絵に描いた。
「これ、おかあさんカタツムリ!」

昨夜は明け方まで雨が激しく降っていた。
今朝は再び降り出した雨の中を月1回開かれている幼児教室に参加した。今月は七夕の笹飾りを作ったが雨だったので笹には飾らないで帰ってきた。

幼児教室は共に元小学校教師のKさんご夫妻を中心に地域の方々がお世話下さっている。
今朝は最初に童謡を歌ったのであるが、驚いたことに「雨が降ります雨が降る、遊びにゆきたし傘はなし、紅緒(べにお)の木履(かっこ)の緒(お)が切れた」を歌っているのはKさんと私だけで、若い人たちは知らないと言うので驚いた。(>_<)

帰宅した知子に聞いてみると歌詞まで覚えていないと言われてガッカリしたが、日本の美しい童謡や唱歌が博物館行きになっているのは悲しかった。

今から15〜6年前のこと、私は外国人へのプレゼントに日本の抒情歌のCDを贈ったものだが、これでは日本人にプレゼントしなくてはならない。

ところで、最近は自己嫌悪になるほどユキを怒ってばかりいる。
ソファーや階段から飛び降りるのが楽しくて、玄関にいる「チャッピーが目を閉じて怖がっているからやめなさい!」と言っても聞かない。

注意すると「はい」と返事はするが、そう言った瞬間からやるのでついにこちらも本気になって手をあげてしまう。今朝は一緒にお祈りしてから出かけた。

「ママの言うことだけきく。おばあちゃんの言うことはきかない」、またその反対もたびたびで、4歳近くになってくると理屈を言ってくるので感心する。

知子ともゆっくりおしゃべりさせてくれない。
「おばあちゃんとおじいちゃんは またアメリカへ行っといで」と言ったのには笑ってしまった。

今年はこの時期になっても血圧が高くて不調で、今朝の1時間半の外出でも疲れてしまって、ユキの昼食の途中で私はソファーに横になると、すぐに眠ってしまった。

15分ほどして目が覚めてユキを見ると、ユキもまた食事の途中でハイチェアに座ったまま熟睡していた。12時半だった。
ユキを横にさせて、そのまま私も一緒に2時半まで眠ってしまったので、例会報告はまだ何も書けていない。今週末には送付したいと思っている。

附記:親しい友である近隣のNさんが明日から入院され、翌22日に股関節の手術をされる。
2008年5月の右足の時のように、手術の成功と予後も順調に回復されるようにお祈りしている。


posted by 優子 at 22:49| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

50日間の滞在予定で次女夫婦21日に帰国!

マチ・クマとサンフランシスコ空港で別れて早1ヶ月半が過ぎた。
その間、2人は博士論文の最終発表を終え、9月からのIMF勤務に向けて今月初めにはワシントンへ赴き住まいを探して契約してきた。
そして今日、ようやく博士論文を仕上げて提出し全ての予定を終えたとのメールが届いた。

そして、21日未明(ミネソタ時刻20日午後)の便で日本へ向かうことになっている。今頃は部屋の掃除と準備にかかっていることだろう。

今回は50日間ほど日本に滞在する予定で、まずは1週間東京に滞在し、関西に戻って来るのは28日夕刻の予定だ。

今年2月、就職活動で1週間ほど帰国していた時があったが、日本はあの時とは一変してしまった。時間を戻せることができるならば3月11日より前に戻したい。

しかも、今は大震災直後より悪い状況であり、もっと最悪なことにならぬとも限らない。
今、いったい何が起こっているのか。
もっと最悪な事態が起ころうとしているように思えてならないが・・・

先月のアメリカ旅行から戻ってくる時、私たちは飛行機の左側座席だったので日本に近づいた時も海面しか見えなかったが、右側窓際の座席ならば日本列島が眼下に見えてくれば壊滅した被災地が見えると思う。

成田空港に近づいて日本の地が見えてきた時、私は何とも言えない哀しみの情がこみ上げてきた。
真智子たちは母国の地を踏んだ時、どのような感慨を持つのだろうか。

現実を思うと悲しく重苦しい気持ちになるが、次女夫婦の5年間の労いと新しい門出を前にして、共に過ごせる日々を感謝しつついろんなことをゆっくり語り合いたいと思う。

附記として、今朝の毎日新聞の新刊書紹介欄「今週の本棚」に目が止まったので書いておきたい。娘が経済学をやっているということから『経済成長とモラル』のタイトルに惹かれて興味深く読んだ。

記者は冒頭でM・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』について触れており、昨日のクリスチャンペンクラブ例会で取り上げた有島武郎の世界にも関係するので益々面白かった。
(※ クリスチャンペンクラブ例会の記事は明日に書く予定だ。)

資本主義の形成とプロテスタンティズム(特にカルヴィニズム)の間に因果関係があると考えたM・ウェーバーであるが、大田先生の著書『祈りとしての文芸』から関連箇所を引用したい。

プロテスタンティズムの信仰においては、「職務遂行の精神は、近代的・合理的な資本主義の『精神』に適合していた。禁欲的労働によって蓄えられた金は、禁欲であるから浪費されることもなく、再び営利追求のために使われることになる。

このようにプロテスタンティズムの信仰が資本主義の発展に作用したが、近代化とともに信仰が薄れていくと、営利追求自体が自己目的化するようになり、拝金主義の資本主義に添加していくのであるが。

もともと「内からの動機」であった営利追求が、「外圧的動機」に変貌していくというのである」。


こうしたウェーバーの信仰理解は誤解を生み、カルヴァンの予定説もまた多くの誤解にとらわれた教理であると書いておられる。

『経済成長とモラル』は19世紀以降のアメリカを素材に経済循環とモラルの相関関係を、文芸作品から統計データまでを丹念に分析したというもので、経済学に疎い私も読んでみたいと思わせる本だ。

その記事の最後には、「地主敏樹ほか訳」と書いてあったからびっくりした。
地主先生は次女が神戸大学でお世話になり結婚式にも集って下さった恩師のお一人だからだ。

大学卒業後も真智子とは文学論から世界観まで、何回もエンドレスで話が弾んだものだった。これからの日本のことを語り合い、経済学者の助言を聞いてみたい。

滞在中はまたまた寝るのが遅くなりそうだが体力に自信がなくなったので無理はできない。無事帰国と再会を祈りつつ掃除に精を出さねばと思う。

posted by 優子 at 23:03| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

心新たに受洗25年目を歩む

昨夜、礼拝説教を再び味わいながらブログに書いている時、神さまが私の心に働いて下さっているのを感じた。このペンテコステの日に聖霊で満たして下さり、受洗24周年を豊かに祝福して下さった。

私は1987年6月7日のペンテコステ礼拝で、日本イエスキリスト教団 放出教会(東大阪市)の小山恒雄牧師より洗礼を授かった。
洗礼式.jpg
あれから24年が過ぎ、小山牧師は2008年5月に召天された。次の写真は2001年のクリスマス燭火礼拝後に写したものだ。
結婚25周年の年の燭火礼拝後.jpg
この時は1999年春に東大阪から当地へ転居して以来の再会だった。その前年に父も亡くしていた私にとって小山牧師は懐かしい父のようだった。今も懐かしくてたまらない。

この時も、その後脳梗塞になられてからも、「知ちゃんはいくつになった?・・・まっちゃんは・・」と小山先生はいつも子供たちのことを聞いて下さった。

私は神さまを失望させるばかりの者であるが、今もこうして神さまの愛の内におらせて頂いていることを何よりも幸せなことと感謝している。

洗礼式の写真を探すために過去ログを読んでいると、多くの方々に祈られ支えられてきたなあと、言葉では言い表せない思いでいっぱいになった。

そして、谷口幸子先生の言葉に目が止まった。3年前の記事だ。
「普通ならば癌でなくて良かった良かったで終わりますが、これは再出発ですよ。神さまが一度取られて、またお返し下さったのですから、これからは自分のために生きるのではなく、神さまのために生きるのですよ。
優子さんに使命があるということです。
イエスさまを伝える使命を与えておられるということですよ。
神さまは、正直に自分の気持ちを話す貴方のことを喜んでおられるのですよ!」。
http://yukochappy.seesaa.net/category/1007626-3.html

あの時の真剣さ、謙虚さはどこへ行ってしまったのだろう。神さまに申しわけない、情けない。もっともっと深く悔い改めさせて頂いて、今よりもう一度熱心に励みたい。

そして、思う。
私たちは洗礼を受けてクリスチャンになるのではなく、神さまと出会ってクリスチャンになった者が洗礼を受けるのであると、受洗の意義深さを思わされた。


posted by 優子 at 14:04| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

「聖霊の賜物」

今日はイエス・キリストが復活され昇天されてのちに信徒たちの上に聖霊が注がれて教会が誕生した日で、「ペンテコステ」と呼ばれる記念礼拝であった。

イエスの弟子ルカが書いた使徒行伝には、その時の様子を次のように書き記している。2章1節〜12節:
五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。

また、のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。

そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。

わたしたちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。

みんなの者は驚き惑って、互いに言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。

※『メメントドミニ』では私が慣れ親しんでいる口語訳聖書を用いているが、馬見労祷教会では新共同訳聖書を用いている。

<説教の要旨>
上掲の青字で示した「舌」と「言葉」は原書(ギリシャ語)では”γλώσσα ”(グローサ:「舌」)という言葉が使われていることから、英語の聖書でも”tongue”(舌)が使われている。

パウロが築き上げたコリントの教会では聖霊を受けて神秘的で熱狂的な言葉が話題になっていた。パウロの書簡では「異言」と訳されているが、「グローサ」は「方言や他国の言葉」であることから新共同訳聖書では「異言」ではなく「言葉」と訳されている。

宗教的恍惚状態をもって聖霊を受けた証拠であると主張する教派もあるが、これだけが証拠であるということは嘘であろう。

聖霊は神から受けるものであり、自分でつかむものではない。従って、自分の感覚や記憶など五感で感じるものではない。
私たちは洗礼により新しい命として生まれ変わり、その時に感じようと感じまいと聖霊をプレゼントされたのである。

神は私たちに自由意思を与えられたので、自分の心の中にいただいた聖霊に身を委ねることもできるし自分の思いで生きることもできる。聖霊の声に耳を傾けることが私たちのしなければならないことである。

しかし、それを見きわめるのは難しいことだ。
おにぎりが一つしかなければみんなで分けるというのはわかりやすいが、正義のために悪い人をやっつけて人を助けようとするのか、争いを選ばない方法をとるのかは、共に神の名によるものであっても全く正反対の行動である。

しかし、正反対の行動をする人に「あなたは間違っている」ということはできないと思う。それは自分の方が正しいと主張しているにすぎないからだ。

このように同じ聖霊を与えられていながら、どうしてこのような違いが出てくるのかと思うが、キリスト教の歴史は分裂の歴史でもあった。初代教会もまた決して一枚岩ではなく既に異なる意見があった。

私は間違って聖霊を捉えるかもしれないという謙遜さをいつも持つべきではないか。考え方に相違があって当たり前であり、それを尊重してこそ神の愛が現れていくのである。

私たちも与えられた聖霊によって異なるものをもって、それぞれの遣わされる場所に愛をもって遣わされていきたい。それが一つの聖霊を与えられた本当の理由ではないだろうか。

当地に移ってから「異言(いげん)」を強調する教派の教会に通っていたので、母教会で導かれてきた教えと違い悩んでいた。
しかし今日の説教をお聴きして、これまで保留にしていた問題に終止符が打てたように思う。

同じクリスチャンでもいろんな考えがあることは理解できても、制度化された教会のあり方に大きな問題を感じていたのであるが、「私は間違って聖霊を捉えるかもしれないという謙遜さをいつも持ち、その相違を互いに尊重してこそ神の愛が現れていくのだ。」というメッセージに納得させて頂いたのである。

※ 今年のペンテコステ礼拝は「こどもの日・花の日」礼拝と重なり、ユキも礼拝献金の御用をさせていただき献金袋を持って回ったことを記しておきたい。

posted by 優子 at 23:59| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

ユキの日常、今月の名言!

ユキは5月半ば頃より数字に興味を示し始め、カレンダーや時刻表を3〜4ヶ所に貼っている。ユキのカレンダー@.jpg

↓階段の手すりにもぶら下げている。
ユキのカレンダーA.jpg

6月に入ってからはアルファベットを書き始め次にひらがなと、字にも興味を示し始めた。
「ユキちゃん(ゆきひさ)の『ひ』みつけたよ!」
「ここにもあった!」「ここにもあったよ!」
と、絵本だけではなくポスターなどいろんなところから「ひ」を見つけては喜んでいる。

そして、数日前からは自分やママの名前を書き始めた。書いた紙を拾って記録しておいてやろう。

字の書き始め.jpg

幼児のこの純粋な知る喜びに感動し、ユキの中に知る喜びを豊かに育ててやりたいと思う。

これから「今月の名言コーナー」でも作ろうか・・・6月6日のお昼寝前にはこんな名言を発した。

「おばあちゃんが『ピーターパン』の本を読んだら、またピーターパンがユキちゃんのところへ帰ってきたみたい」。

何て素晴らしい心の表現だろう。
これを聞いた私は咄嗟に松岡亮子さんの言葉を思い出した。

「おとなに本を読んでもらうことは、子どもにとっては、またなんとふしぎでうれしい経験でしょう。
おかあさんの手にかかると、本の中で眠っているように見えた主人公が起き上がって動き出すのです。

ひもののように見えたかんぴょうや石のように見えた氷づけのエビが、おいしいちらしずしに変わるように、ことばを通して自分の中にあるイメージ、目には見えない世界をつくりあげるようになるのです」。
(『サンタクロースの部屋』より)

外ではお友達とかくれんぼをしたり、大おばあちゃん(87歳の曾祖母)と遊んだり、時には大おばあちゃんに「もう帰り」と言われるほどイタズラもするし激しく反抗するユキ。

笑ってしまうのは、私に叱られた時は「ママとおじいちゃんが好き」と言い、ママに叱られた時は「ママとおじいちゃんが好き」と言った直後でも「おばあちゃんが好き」と言い変えるユキ。

そして、「おばあちゃんが『食べなさい』って言うて?」と言い、ママには返事しないで私に言わせて「はあい」と返事するところなど、面白いやら知能の発達に感激するやらで幼児の成長には目を見張る。

一方、ユキと2人の時の食前の祈りは、たびたび祈祷会になるほど信仰の人でもある。ときには2回ずつ祈る時もある。

ユキの純粋なお祈りに導かれて私も続けてお祈りすることしきり。すると、2ヶ月ほど前から私の祈りのあとで「ユキちゃんもお祈りしたくなった」と言い始めた。
その神妙な顔つきといったらない。写真に撮れないのが残念だ。

例えば私の祈りのあとで、「かみさま、今おばあちゃんの感謝を見ました。イェッしゃま、ありがとうございました。イェッしゃまのお名前によってお祈りします。アーメン」と祈る。素晴らしい!


時節柄、池の近くを歩くと蛙の鳴き声が聞こえ、ユキは「カエルがなった(鳴いた)」「カエルがなってない(鳴いてない)」と言う。

そういえば物体の音がなる場合も、動物がなく場合も同じ「鳴る、鳴く」という漢字だから、満更間違いとは言えないなと面白く聞かせてもらった。illust456_thumb.gif

今も「かだら(体)」、「ひやく(早く)」、「とうちょっきゅう(超特急)」、「まんとけい(万歩計)」、そして、「ビオコン(リモコン)」、「パカション(パソコン)」を連発する日々。

人生のふるさととも言える幼い日々が、幸せな思い出で満たされますように。
ユキは来月4歳になる。

posted by 優子 at 17:10| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

自らに言う、神の賜物を燃え立たせよう

「お気に入りリンク」の「日本クリスチャンペンクラブ」のHPは、毎月10日頃に更新され、その間にも各ブロックの集会案内が随時更新される。

今月も心に響く詩文が公開されている。
また、日本クリスチャンペンクラブ理事長(霞ヶ関キリスト教会牧師)が文芸社から刊行された『唱歌・童謡における神の恵み 歌人たちの遺産』が紹介されている。その内容紹介をここにも記録させて頂きたい。

内容紹介

童謡の成り立ちや、唱歌の源流を探って、私たち日本人がいかに恵まれた時代に育ったのか、それらをまず確認しておくこと。その上で代表的な唱歌、童謡を取り上げて、味わっていただきたいと願っています。
(まえがきより)

**ふるさと、野菊、浜辺の歌、故郷、赤蜻蛉、しゃぼん玉……など日本人ならだれでも知っている唱歌、童謡ひとつひとつを取り上げ、作られた背景、歌詞の深い意味、メロディーとリズム、作詞、作曲者について詳しく書かれています。

**作詞、作曲者の中にクリスチャンが多いこと。洗礼は受けていなくてもキリスト教の影響を強く受けた人が多いことがわかります。

**作曲者では、『荒城の月』の滝廉太郎、『紅葉』『故郷』の岡野貞一。
**作詞者では、『野菊』の石森延男、『椰子の実』の島崎藤村、『赤蜻蛉』の三木露風、『たきび』の巽聖歌、『サッちゃん』の阪田寛夫などがクリスチャンです。

**また、童謡や唱歌の中に隠された宝物を発見できます。
**たとえば、『荒城の月』の歌詞の意味には聖書的な意味があり、日本人のためのすばらしい福音唱歌であることに気づかされます。

**『荒城の月』の4章は「天上影は替らねど」で始まっています。それは栄枯盛衰が人の世にはあるけれど、天の姿は変わらないという意味です。3章には「替らぬ光誰がためぞ」とあり、永遠に変わらない光が天にあると告白しているのです。土井晩翠の愛妻がクリスチャンだったそうで、(愛妻の信仰が自然とにじみ出ていると思われます。)と書かれています。

**そのほか、『かなりや』の歌詞がキリストの救いに繋がっていたり、『しゃぼん玉』のメロディーが『主われを愛す』とそっくりなことなど……。

**童謡や唱歌が新鮮に感じられ、孫と一緒に歌ってみたくなりました。

私もすぐにでも読みたい本だ。
今日、HP管理者文香さんからJCPのHP更新のご連絡を頂いて、早速HPを覗いた。

ここ3週間ほど体調が悪い。血圧が高くて目が覚め、薬を飲むために早朝4時過ぎに起きた時もある。生産的活動は何もできなくてブログを更新できていないのもそのためだ。

18日のJCP関西ブロックの例会では有島武郎を取り上げるので、武田清子の『背教者の系譜』や久保田先生と大田先生の評論を読んだぐらいだ。

「人間が犯す罪のその責任はいったい誰にあるのか、被造物である人間にか、それとも人間を罪を犯すことができるように創造した『神』の側にかという疑い」など、自己を偽らず徹底的に自己と対峙し追求した有島にかつての我が姿と重なった。

しかし完璧主義の有島は無力と虚無のうちに自殺して果てた。

「遺体が発見されたとき、二人の遺体は蛆虫の巣と化しており、天井から床まで滝のように蛆虫が湧き、別荘の屋外まで溢れかえっていた」とは。

私は長い間ぼんやりと虚空をみつめていた。

東日本大震災から3ヶ月。政局は相変わらずやっている。
原発事故の深刻さ、あまりにもひどい被災地の現状、ヘドロ内の細菌類が増殖して感染症を引き起こす危険、紙上では母を失った幼子の姿・・・あまりにも悲しい。

体の不調は心にも連動して霊的枯渇状態になり、有島武郎の真剣さ、追求する気力が羨ましいとさえ感じる。

今日、JCPのHPを読み乾いた心に水が浸透していくようだった。そして、我がブログ「JCP関係」のページを読んで気持ちが引き上げられていった。

「あなたのうちにある神の賜物(神への情熱)を燃え立たせなさい(新たにしなさい)」。

今日の記事に関連して「クリスチャンが育んだ日本の唱歌」(http://yukochappy.seesaa.net/archives/20071024-1.html)や「荒城の月」がベルギーのカトリック教会の讃美歌になっていること(http://yukochappy.seesaa.net/archives/200604-1.html)はカテゴリ『音楽』に収録している。
あじさい.gif闘病中の池田牧師のことを祈りつつ


      
posted by 優子 at 23:56| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

ネット拾い読み @ ―「問われる政治家の覚悟」と「スマートフォンで聖書を読む時代」―

今週は政界の動きを通して人間の実相を考えさせられる1週間だった。
毎日いくつかのサイトを開いて読んでいる中に、ここ数日の記事に関連してジャーナリスト・冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏のコラムを興味深く読んだ。その後半部分をご紹介したい。
政争というと、永田町だけが悪いように見えますが、多くの諮問委員会や会議も同じことです。復興対策に「両案併記」などということは有り得ないのです。

五百旗頭(いおきべ)氏にしても、御厨氏にしても、自分がA案でB案を説得できないのなら無能であり、自分がA案でB案にも一理あるとしながら妥協できないのなら性格破綻であり、A案もB案も一理あるとウロウロしているのなら単なるバカでしかありません。

原発の問題も同じことです。現状では依存率50%を目指した原発推進は不可能です。

ですが、即座に全炉を止めることもまた非現実的です。原発の発電能力がゼロになれば、日本経済も国民の生活もガタガタになる中で、止めた原発の使用済み(使用中)燃料の冷却すら安定してできなくなるからです。

一方で、現在の世論動向を前提とすれば点検明けの再稼働について、各県知事が自信を持って許可のできる状況にはありません。

ここでも「ゼロではないが50でもない」という決断、真ん中に割って入って双方からの批判を受け止めつつ、自身を犠牲にしても全体の落とし所へ持ってゆくという「決定」が必要になります。

決定すること、決定のために譲歩すること、あるいは説得すること、場合によっては戦うこと、場合によっては身を引くこと、そのどれもできないのなら政治家は即座に辞職すべきです。

今回の政争は、こうした「決定」を先送りしたことで、また決定を行うだけの世論の信任を更に減じたことで、菅政権も、小沢+鳩山グループも、自公も、全てが傷ついただけに終わりました。

イデオロギーとか対立軸などという「のんき」なことを言っている場合ではありません。とにかく決定すること、そのスピードが肝要です。「決定」を行う覚悟、その覚悟に伴うスピード感、現在求められているのはそうしたリーダーシップだけなのです。

私は専業主婦なので社会経験は乏しいが、乏しいなりにもPTAで広報活動していた時のことや東大阪市の行政委員会でのこと、高津高校の協議会、読書会でのこと・・・、近年では自治会役員会でのことなどが思い出された。

違った見解に対して説得したり、あるいは妥協してより良き道筋を開いていくなど、他者との関わりの中で学んだ貴重な経験や、「A案もB案も一理あるとウロウロしている単なるバカでしか」なかったことも少なくなかった。

当市の民生委員会では独特の雰囲気に恐怖して何も言えなくなってしまった情けない一面もあり、恐れて言えないという点は払拭したい部分だ。

冷泉氏の全文は『ニューズウィーク・ジャパン』(http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/06/post-303.php)に掲載されている。
続いて、『スマートフォン聖書アプリで御言葉より身近に』より:

ITの進化により、スマートフォンさえ持っていれば、いつでも電車の待ち時間などのちょっとした空き時間に読みたい御言葉を検索し、聖書を読むことができる時代が到来することになった。

      (略)

世界41カ国113言語訳で聖書訳をiPhone上で提供している「ユーバージョン(YouVersion)・バイブル」アプリは今月、ダウンロード数2,000万件を突破したことを発表した。

同バイブルアプリのダウンロード件数は2月以降500万件以上増加するという急激な増加傾向を示した。これは4月ひと月だけで考えても毎秒ごとに1人がダウンロードした計算となる。

私は新しいものを取り入れるのに時間がかかるし、意識的に抵抗している部分もあり、未だに携帯電話を持たないのもその表れであるように思うが、そのような私にもスマートフォンとやらに興味を惹かせる記事である。

しかしまあ、月に1〜2回しか電車にも乗らない在宅生活であるからその必要もないのだが、今朝は教会規則改訂委員会に出席するので希少な外出日である。(笑)

詳しくは、『キリスト教インターネット新聞クリスチャントゥディ』(http://www.christiantoday.co.jp/view-3177.html)を!

附記:
「国際NGO ワールドビジョン」の東日本大震災緊急支援募金のロゴマークを取り外させて頂きましたが、これからもワールドビジョンを初め日本赤十字など、確かな窓口を通して継続的なご支援をお願い申し上げます。


posted by 優子 at 07:57| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

「ピンチはチャンス」―あなたの心を元気にするショートメッセージ 21―

「ピンチはチャンス」(村上 宣道牧師)
 
「ピンチはチャンスの裏返し」ということが言われます。
そういえば、「危機」という言葉は、「生死・成敗の分かれる重要な時」(大修館書店『漢語林』より)という意味がありますが、もともと二つの文字、「危険」と「機会」から成り立っているのだそうです。

つまり、「危機」というのは、「ピンチ」であり、「チャンス」なのだという意味のようです。

聖書には、確かにそういうとらえ方がされているのがわかるところがあります。
例えば、偉大な伝道者パウロは、新約聖書のエペソ人への手紙の中で、「機会を十分に生かして用いなさい」と勧めています。

しかし、そのすぐ後には、「悪い時代だからです」と、意外な理由がつけられています(5章16節)。パウロに言わせるならば、「悪い時代」だからこそ、宣教にとっては十分に生かすべき「機会」だということになるわけです。

悪条件であってもむしろ、チャンスになりうるという、パウロの信仰をそこに見ることができます。
 
ある本に、「ゴルフボールがでこぼこしている理由」というのが書いてありました。

ご承知のように、ゴルフボールには、でこぼこのへこみがあります。そのへこみがあるからこそ、うまく打てればボールは三百メートル以上も飛ぶそうで、もしそのへこみがなかったとしたら、どんなに上手な人が打っても百三十メートル以上は飛ばないそうです。

その本には、「えぐられた部分が、実は遠くに飛ぶための羽なのです」とありました。私たちの人生にも、「へこみ」と思える経験や、まさにピンチという場面に立たされることがしばしばあるはずです。

前述のパウロも、たびたびそんな場面に直面したようです。しかし彼は、「わたしの身に起った事が、むしろ福音の前進に役立つようになった」(ピリピ人への手紙1章12節 口語訳)と言っています。

どんなにマイナスな要因と見えるピンチも、神様の恵みによって、万事はプラスとなりうると信じたいものです。

昨日の不信任案否決後の様子や今日の国会を見ていても、相変わらず他者を批判するだけでうんざりする。

質問者は対立的で喧嘩腰の姿勢で菅氏を批判しているだけで、これでは彼らもまた何もわかってはいない。「国民の皆さんが見ている」とか「国民が・・国民が」の連発は耳障りだ。

否決されたからには彼らにとっても最悪な状況であろうのに、心新たに協力しようという姿勢は全く見えてこないから憂えるのだ。

再び大災害が来ないとも限らない。今再び大災害が加わっても彼らは同じ愚行を続けるような気がする。いや、その時はそんなことできる状況でさえないだろう。

今こそ、この大きくえぐられた傷口から未来への新芽が育まれていくのである。
それは間違いないことであるから、政治家たちは菅氏や政権党と対峙するのではなく、一人ひとりが本心に立ち返って自らと対峙すべきである。それでこそ復興への旗振りができるのだ。


「政治家はコロコロ変わる」とは夫がよく口にする言葉であるが、私達にはどの政治家が誠実であるかを見透す眼力はない。

しかし、全て神の目には明らかである。
神が心正しく誠実に職務を果たしている人を支え、豊かに報いて下さることを信じ祈っている。

ただし忘れてはならないことは、悔い改めなき誠実さは傲慢であるということだ。
私達は相手に絶望するのではなく己に絶望してこそ悔い改めに導かれ、それでこそ真に誠実なる人格が養われていくのである。

今はみんながピンチなのだ。
しかし、聖書は語る。

「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる」。
             (ヘブル人への手紙 12章11節)

一人ひとりが新たなる一歩を踏み出したいものである。


posted by 優子 at 18:17| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

幼児の世界と不信任決議案否決

私は不信任決議案に憤りを覚えつつ、一縷の望みを抱いて動向を見守っていたところ、民主党代議士会での鳩山氏の180度転回に自分の理解力を疑った。

菅首相の自発的退陣を迫っていた鳩山氏の変身ぶりはカメレオンのようだ。
しかし、菅氏と共に悲願の政権交代を達成した鳩山氏だ。本心に立ち返って民主党分裂の危機回避だけは避けねばと自覚したのだろうか、そうであってほしい。

私は菅氏の信奉者でも何でもないが、この現況で首相交代だけは最悪のシナリオだ。菅氏が「政権延命のために」留まっているとは思わないし、よくぞあの罵倒に耐えて留まってくれたと思う。

まだまだ政治から目を離せない状況だ。菅氏の改善すべき点は必ず改善し、周囲の者はリーダーに協力して、とにかくこの難局を乗り越えてほしい。

今日の午前中は近くの市立幼稚園で開催された「未就園児交流」に参加した。

冒頭の内容とは全く異にするが、孫の幼児期の社会状況が記録された文字通りの「ウェッブ・ログ」になるから、敢えて同じページにユキのことを書いておこう。

この「はじめまして ひよこぐみさん こんにちは」は、来春幼稚園年齢になる子供を対象にした交わりで、毎年6月から月1回、10時から10時45分までの短い時間の企画で、参加者の殆どがこの幼稚園に入園させるようで、ユキもそのつもりだ。

今日は26名の子供が参加した。
知り合いの親子さんも何組かおられ、しばらくぶりに会った方は生後3ヶ月の赤ちゃんを抱いて2児のお母さんになっておられた。

集団の中でユキの様子を見るのは興味深い。
やはりおとなしいが、かつて「固まる君」の異名をつけられた1〜2歳のユキからは想像できないほどしっかりしていた。1番最初に回ってきた自己紹介も動ずることなくマイクを持って堂々と名乗った。

保護者が祖母であるのはユキだけなので、私の心がチクッと痛んだ。母親同士の交流も大切なので、できれば知子が行ってやるのがいいのだが毎月1回会社を休めないという。

神さまがユキの心を守って下さるだろうと、思い煩わないでおれるのがありがたい。

これは『はらぺこあおむし』を読んでもらっているところ。

幼稚園・ひよこ組@.jpg

騒がしかった子供たちがみんな静かに聞き入っていた。
情感や雰囲気や感動など全身で体験しているのだろう。
『はらぺこあおむし』.jpg
↓これがその本の表紙だ。
アメリカのおみやげ.jpg

この絵を見た瞬間、「この本、おうちにあるね」とユキ。

『はらぺこあおむし』はアメリカの絵本作家エリック・カールが書いたもので、我が子の子育て時代から日本でもよく知られている。
「これならば読んでやれる」とミネソタで買ってきたユキへのおみやげだ。

ユキは幼稚園で赤ちゃんの手を触って感激したのだろう。
「おばあちゃん、赤ちゃん産んで!
ユキちゃん、赤ちゃんほしい。男の子の赤ちゃんがほしい。
おばあちゃん、いっぱい食べて、おなか大きくなったら赤ちゃんができてくるでしょ?」
と言うユキに大笑い。

幼稚園では股関節をかばいながら体を動かしていたが、それでもやっぱり痛む。幼児の世界と不信任決議案否決、実に刺激に満ちた一日だった。

posted by 優子 at 23:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年06月01日

哀れ。これでいいのか日本の政治!

原発事故は未だ収束せず被災地の復旧も遅々とした中にあって、菅政権は退陣要求を迫られている。このような時に内閣不信任決議案とは怒り心頭に発する。

大災害に加えて原発事故という、こんな最悪なことが起こっても本心に立ち返れない政治家たち。
彼らの姿は政治同好会で戯れているとしか見えない。これでは日本が哀れだ。

被災県の行政者たちや産業復活のために民間の人々は必死でやっているというのに、今の政局はこのたびの大災害と同じく信じられない光景だ。


これも人間の実相か!日本人の精神性の一面なのか!実に特異な国である。

お昼のテレビでは初めてキャベツの花を見た。
原発事故で出荷停止となり、「福島県の農家は終わりだ」と自殺した人の畑は、5000個のキャベツから芽が出て黄色一色に変わっていた。

その原発では毎日2000名の人たちが危険な現場で作業をして下さっているが未だ危険な状態である。

こんな大惨事の渦中に首相を引きずり降ろすというのだ。
では誰ならできるというのだろうか?!
この人ならばというような人がいるだろうか。

ぶつかり合ってもいい。
しかし、政治家としての志は同じはずだ。
菅首相の足りないところは周囲で支え補って復旧に集中するのが目下の急務ではないか!

明日午後1時から衆院本会議で採決される。


posted by 優子 at 23:59| 社会的なこと | 更新情報をチェックする