2011年11月30日

花盛勲一牧師と奥村直彦牧師を偲ぶ

JCPで親しくして下さっている長浜イエス団団長(N兄)からFAXが入った。今月号の「イエスの友会」機関紙『火の柱』の「急告 花盛勲一牧師召天」を送って下さったのだ。

11月4日に84歳で召天された花盛勲一牧師は、イエスの友会前委員長(現・会長)、『火の柱』編集長、事務局長を30年間務められた。
お若い頃は日本キリスト教団宣教師としてご夫婦でボリビアへ赴かれ、教会・幼稚園の牧師・園長を5年間務められた。最後まで常に精力的なお働きを重ねて来られた師に深い哀悼を捧げる。

紙面には私達が導かれた馬見労祷教会のことも刻まれていた。

「1991年に板橋満男牧師が牧会していた奈良の靴下産業の盛んな町にあった日本キリスト教団馬見労祷教会に赴任し、祖師谷(そしがや)伝道所には板橋満男師が赴任し交替した。・・・

馬見労祷教会は、やはり賀川豊彦の祈りで起こされた社会福祉法人イエス団馬見労祷保育園があった。この保育園は板橋牧師が力と祈りを注ぎ大きく成長していた。花盛牧師は、ここでも保育園運営理事長として10年働き、妻の音羽は園長として活躍した」。


そして11月7日の告別式は、「・・・雲仙、長野、奈良から別れを惜しんでやって来られた人で礼拝堂はあふれた」。
「福音宣教にまっしぐらに走り抜けた生涯で、下座奉仕に徹した謙遜な生涯だった」。

そして、昨夜また訃報の一報が入り、先ほど詳しいメールが届いた。同じく日本クリスチャン・ペンクラブでご一緒だった奥村直彦牧師だ。
奥村先生とは花盛先生よりも思い出がある。2009年8月5・6日に名古屋で開催された夏期学校が最後だった。

あの時、悩みの最中だった長女の離婚問題、また、それに関わる牧師のあり方について、名古屋の地下鉄の車中でご意見を窺ったことは忘れられない出来事になっている。その牧師が憤って下さったことは渦中にあった私にとって意味深いものであった。

名古屋を発つ前に「ノリタケの森」でご家族へのお土産をご一緒に見回ったことが懐かしく思い出され、大きな肩書きが並ぶ牧師だが気さくに話せる親しみ深い牧師だった。

ここに奥村牧師の奨励が記されている。http://yukochappy.seesaa.net/archives/20090815-1.html
また、2008年にも師との交わりが記録されている。http://yukochappy.seesaa.net/archives/20080810-1.html

奥村直彦師の葬儀は、前夜式:12月1日(木)午後7時より、告別式:12月2日(金)正午より近江八幡教会にて執り行われる。

私も孫の世話さえなければ告別式に駆けつけたいところだが叶わず、このところで奥村先生を偲び、ご遺族のお慰めをお祈りしたい。
そして、人生の最後の季節に入った私もまた信仰生涯を誠実に全うさせて頂きたいと切に願う。

相次いで2人の牧師が帰天され、日本クリスチャン・ペンクラブにとっての一時代の終焉を感じる。
私は今、精神の停滞期にあるだけに、ついに動きが止まってしまいそうな寂しい気持ちだ。

孫との生活は楽しいが、ゆっくり読書する時間がなく、たまに時間がある時は体力的に余裕がなくてできなかったりで、何もできずに年齢を重ねていくことに焦りと苛立ちを感じている。

しかし、2012年はJCP創立60周年の節目を迎える。
新しい始まりの年になるようにペンクラブ会員一同が心を低くして神のお導きに与りたい。私もまたその一人として励もうと思う。

posted by 優子 at 22:03| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

どこもかしこもクリスマス一色だが

27日からアドベントに入った。
「アドベント」は「到来、到着、接近、出現」などの意味であり、日本語では「待降節」と訳されている。12月25日の4週間前の日曜日から24日までの期間を言い、今年はちょうど25日の聖日がクリスマス礼拝になる。

26日は夫の会社が半日勤務だったため「子連れ狼」ならぬ「孫連れ」で、ユキと一緒に教会の委員会に出席した。
会議中、ユキはクリスマス飾りのお手伝い(?)させて頂いて楽しかったようだ。その夜、我が家のツリーも飾った。

昨日は朝から喉が痛かったがユキを連れて梅田まで出かけ、キリスト教書店とデパートでの用事を済ませ、ユキが希望していた地下鉄にも乗った。
しかし、時間の経過と共に喉の痛みは全面に広がり夜には熱も出てダウン。今日はずっと寝ていた。

ところで、今や街もレストランもデパートも幼稚園もどこもかしこもクリスマス一色だ。しかし、みんな何を喜び何をお祝いするのだろうか不思議でならない。

今年は「3.11」と原発事故の深刻な状況が今も続いている。自宅近くのお宅のクリスマスイルミネーションは節電のためになくなった。今年こそ全ての人が本当のクリスマスの意味を考える時ではないだろうか。


イチョウの木の下で.jpg
posted by 優子 at 21:35| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

Don't Worry 「心配するな」 ―あなたの心を元気にするショートメッセージ 27―

Don't Worry 「心配するな」 (安海 靖郎牧師)

誰にも、いろいろな問題や心配事があります。「問題のない人は墓場の中にいる」などとも言われます。つまり、生きている限り、問題や心配事はつきものだということでしょう。厄介なのは、時々大きな問題、どうにもならないと思えるようなことに直面することです。
 

問題解決について書かれたユニークな本があります。題名も『どんなことにもくよくよするな!』というもので、国際弁護士として活躍している佐々木満男さんという方が書いた本です。

佐々木さんはこの本の中で、「私たちは、難しい問題にぶつかると、すぐ〈how〉どうしたら解決できるかと考える。しかし、もっと大切なことは〈who〉誰が解決するか、ということだ」というのです。

普通、私たちは難しい問題が起きたら、「この問題は自分に大きすぎる」、「自分にはどうにもならない」と考え、「この問題は、自分に損失をもたらすに違いない」と心配します。

それを、逆に「どんな問題も大したことはない」、「どんな問題も何とかなる」、そして「どんな問題もプラスになる」と言っているのが聖書だというのです。

そして、聖書に示されている宇宙万物を創造し、これを支配している偉大な神を知り、信じると、次のように考えが変わると言います。

まず、第一に、「神より大きい問題はない」。第二に、「神に解決できない問題はない」。第三に、「神はどんな問題もプラスにしてくださる」と。

佐々木さんは、口下手で、英語が苦手、法律も好きではなかったそうです。それが、キリストを通して、神を信じる信仰によって、今、英語で、法律家・弁護士として働き、毎日の難しい相談事をこなしているということです。
 

先日、私たちの教会でも講演にお招きしました。〈Don't Worry〉(=心配するな)という赤い文字の書いてある帽子をかぶり、いろいろな小道具を使って話されました。佐々木さんは、若い時オーストラリアに留学し、こういう考え方、生き方をするようになったということです。
 
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」。                  
              (ピリピ人への手紙4章6・7節)

posted by 優子 at 23:34| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

JCP研究例会A ―小説風伝記を書く―

学びでは参加者の一人が「小説風伝記を書く」と題して語られた。当日の参考図書として高見澤潤子の『兄小林秀雄』(新潮社)が挙げられている。

それに先立って高見沢潤子について簡単にご紹介したい。
高見沢潤子はクリスチャン作家・随筆家で、夫は『のらくろ』作者の漫画家・田河水泡(クリスチャン)である。

田河水泡に師事した『サザエさん』の著者・長谷川町子(クリスチャン)の影響を受けて、潤子と水泡夫妻もクリスチャンとなる。小林秀雄の一人娘は白洲次郎・正子夫妻の次男の妻。

そして、潤子の兄は「知性の巨人」と呼ばれている日本の近代批評を確立した小林秀雄であり、潤子は個性豊かな人々に囲まれていた。

私はこの程度のことを知るのみで、高見沢潤子の作品は1974年に出版された『潤う園のように』を読んだのみで、小林秀雄についても『無情という事』1冊だけというお粗末さである。

要旨を簡単に記録しておきたい。
執筆までの準備として次のような手順で進めて行かれた。
ネットで資料集め。次に高見沢潤子の年譜を作成、テーマを考え、あらすじを考える。信仰については、ヘブル書12章が示された。使命のある人は苦しみを通して天賦の才が開花する。苦難に遭っても健全な心は損なわれないということ。

信仰はどこまで書けるか?
について。
自費出版はしない。

執筆に際して潤子の『兄小林秀雄』が大変参考になった。
周囲に大きな人がいると萎縮してしまいそうになるが、高見沢は若い頃から文章を書き続けられた。秋の実りのごとく、60代〜70代に最も活躍された。

苦しみに遭っても健全な魂を持っていると言うのか、負けてしまわない。ヤケにならないで苦しみが終わったあとに強められた魂を持っているところに感心した。 

高見沢は長谷川町子の影響で洗礼を受けた。その14〜5年後に夫、田河水泡も受ける。
兄秀雄も一時はゴッホを書いた頃にキリスト教に深入りしていた時があり、教会には属していないが深いところで神と出遭っていたと思う。

高見沢のように個性が強い有名人に囲まれている人も珍しいのではないか。この厳しい中で高見沢は自己を確立していった。
                      (完)

私は絶版になっている『兄小林秀雄』を読みたくなって初めて中古本を発注した。他にも『兄小林秀雄との対話』、『長く生きてみてわかったこと』など読みたい本が何冊もある。

                      
次回の研究例会は2012年2月18日(土)、大津教会にて1時半〜5時まで。

附記:
この例会が始まる前に東牧師が、今年8月に刊行されたフランシスコ会聖書研究所訳注の『原文校訂による口語訳聖書』を紹介して下さった。
師が新共同訳聖書よりも良いと高評された原文校訂口語訳聖書には、挿絵や地図も入っており、マカバイ記やシラ書も収録されていた。



                 
posted by 優子 at 23:13| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

JCP研究例会@ ―ヘブライズム溢れる東牧師のメッセージ―

今日は19日の日本クリスチャン・ペンクラブ・関西ブロック研究例会の学びを思い出しながら記録したい。

開会礼拝ではいつものように讃美歌225番を讚美して、今回の会場になっている日本キリスト教団・千里ニュータウン教会の東(あずま)道男牧師より「導き出す恵み」と題するメッセージを拝聴した。

牧会されて66年目になられる東牧師(91歳)は、いつものようにレジメを用意して下さっているので理解を助けられる。
以下は東先生がお話下さったことである。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

創世記11章31節:
「テラはその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ」。

アブラハムはカルデヤのウルの地より出発しハランまで行った。現在のトルコの東の端になる。余談だが、B.C.1700年のマリー王国の記録の中に「アブラハム」という名が出てくる。

創世記15章7節:
「また主は彼に言われた、『わたしはこの地をあなたに与えて、これを継がせようと、あなたをカルデヤのウルから導き出した主です』」。

6節には、「アブラムは主を信じた。主はこれを彼のと認められた。」とある。

「義」は原書聖書ではヘブル語で「ツェダカー(tsedaquah)」と書かれている。
ヨーロッパ神学が「義」を「正義」と理解してしまったが、本来の意味は「解放、救い、施し」である。旧約聖書の中では「施し」が最高の美徳となっている。


尚、これに関連する東牧師のメッセージを過去ログにも記載している。http://yukochappy.seesaa.net/archives/20081118-1.html

そして7節の「導き出す」と訳した言葉はヘブライ語で「ヤーツァー יָצָא(yatsa')」と言い、「救い出す、連れ出す、逃れ出る」の意味である。

約60年間のバビロン捕囚の終わりの頃において、天地創造的な信仰をユダヤ教に取り入れられてユダヤ民族のアイデンティティができてきた。従って、「導き出した」とは創造的創造であり宇宙的エネルギーでもって導き出された。

このことはイスラエルの救済史の中で神が歴史に介入された歴史の転換期である。このことと我らを罪から導き出されたことと繋がる。
私たちはこの無尽蔵の愛と力に満ちておられる神に祈るのであるから、祈る時の神さまへの呼びかけはもっと感動的な言葉になるはずだ。

エゼキエル書20章6節:
「その日にわたしは彼らに誓って、エジプトの地から彼らをヤーツァー(導き出)し、わたしが彼らのために探り求めた乳と蜜との流れる地、全地の中で最もすばらしい所へ行かせる・・」

詩篇107篇14節:
「暗黒と深いやみから彼らをヤーツァー(導き出)して、そのかせをこわされた」。

宇宙をお造りになり星座を動かしておられる神。太陽から地球に光が到達するのにちょうど8日間かかっている。
そういうことをなさる神さまが私達の祈りを聴きイエス・キリストを下さったのである。

詩篇107篇28節:
「彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みからヤーツァー(救い出)された」。
ここは大きな声で読んでしかるべきところであり、キリスト教における「救い」とは歴史的解放を意味する。

かつてユーフラテスに架かる橋を渡ったが、その橋は1キロあった。

「ヤーツァー(導き出してあげる、助け出す)という神の声を繰り返し唱え、カルデヤのウルを出て、ユーフラテスの滔々(とうとう)たる大河の流れに沿って北上していくアブラハム一族を想像しつつ、病苦と闘い、障がいを克服し、恐れなく力強く人生の歩みを続けましょう」。

そして、私達の働きのためにお祈り下さった。

「ヤーツァーという言葉を聞きました。そこに神さまのお力を見ます。照り返す日の光の中を旅する4万人の旅行く力を想像します。
罪の恐れ、死の恐れから解放して下さった神さま、クリスチャン・ペンクラブ一同の上に神の力強い導きがありますように祈ります」。

                         (つづく)

posted by 優子 at 23:37| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

幼稚園で「お店屋さんごっこ」を楽しむ

今年度の日本クリスチャン・ペンクラブ・関西ブロック例会は先週末19日が最後となったが、関西ブロックが設立されて10年の節目にようやく文集が発行されようとしている。年内に出版予定とあって大田先生を筆頭に役員たちは校正に忙しい。

今日明日には仕上げて送付しなければならないので、今朝は夫と長女を見送ってからユキが起きるまでの時間を無駄にはできない。幸いにして起きるまでの1時間余りで分担分の全てに目を通すことができた。

今日は20〜30分の外出でも惜しいところだが、ユキが来春入園する幼稚園で「未就園児ひよこぐみ」の集まりがある。6月から月1回1時間足らずを過ごしながら慣れるように図られている。

校正も何とかメドがつきそうなので出かけた。このあとデスクに座れたのは午後3時前になっていたが夕食までに仕上げることができた。
後年ユキが幼かった日々を振り返った時に、祖母のこのようなエピソードを読むのも味わい深いのではないかと思う。

幼い子供は成長が著しくて、一緒に住んでいても日々変化しているのがわかるほどだから記録しておいてやりたい。
今日は全園児と共に「お店屋さんごっこ」を楽しんだ。

これはお菓子屋さん

お菓子屋さん.jpg

これはお化け屋敷、中を這いながら通り抜けて出てきた瞬間だ!

お化け屋敷どうだった?.jpg

たこ焼き屋さん

たこ焼き屋さん.jpg

最初はオジオジしていたユキも少しずつ溶け込んでいった。
そして、初めての(?)輪投げ。エンジョイしている様子がわかる。
でも、輪投げをする時、こんなフォームになるかなあ?(^―^)

初めての輪投げ.jpg

次は先月の会でユキと一緒に
フワフワの粘土に色をつけて作ったペン立て。
園児たちの作品展に「ひよこぐみ」の作品も飾られていた。

ユキと一緒に作ったよ.jpg

昨日の体調は幾分良かったが、「交わり会」に残らずに帰宅。今朝も相変わらず血圧が高めでしんどかったので、お店屋さんごっこ」のあとの作品展の見学も一番先に行って早々に引き上げてきた。

玄関で主任の先生がいろいろと話しかけて下さり、ゆっくりお話できる絶好の機会だったがしんどいので社交辞令的な話し方で終わってしまった。

「(もうすぐ幼稚園だからと)プレッシャーをかけないで楽しみに来てほしいです」と言われた言葉に、主任さんのゆったりとした人柄が溢れている。
日本人の得意とする軍隊のごとき極端な一斉号令式の保育ではなさそうなので安堵している。
ママ、しんどい中、本当に有難う!

自分のいないところでママがこんなにしてくれていることを改めて感謝するとともに、私はユキの様子を知らないなあと、ちょっぴりハッとしました。

あんな表情してるんだね・・・ほんとうは私も毎回行きたいけど。
なんか、ものすごくお兄ちゃん顔になってきたような気がして、びっくりしてしまいました。
ぐずらないで早く成長してほしいと思うことの多い日常だけど、いつまでも小さいままでいてほしい・・・

有難う!!

知子

知子に写真4枚を添付しての速報メールに対して、お昼休みに送ってくれた返信は私の心を打った。
「ほんとうは私も毎回行きたいけど。」
ユキだってママと一緒だったらどんなに嬉しいだろうなと思わない時はない。神さまが知子を慰めて下さいますように。

posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

収穫感謝日・謝恩日礼拝と子供祝福式

今日は収穫感謝で来週(27日)はいよいよアドベント(待降節)に入る。教会暦ではアドベントが1年の初めであり、今朝は1年の終わりとなる収穫感謝日・謝恩礼拝だった。

まずは古森牧師の説教「初物を供えて」をお分かちしたい。聖書箇所、申命記26章1節から11節は「続きを読む」にあるので読み味わって頂きたい。

宇宙には衛生が飛び交っているようだが、台風の進路を変えることも津波を防ぐことなど自然現象は神の領域であり、それを変えることはできない。収穫もまた神の賜物である。

申命記にはその理由が書かれている。今朝の箇所に続いて26章12節には、
「第三年すなわち十分の一を納める年に、あなたがすべての産物の十分の一を納め終って、それをレビびとと寄留の他国人と孤児と寡婦とに与え、町のうちで彼らに飽きるほど食べさせた時、・・・・」とある。

「レビびと」とは下級祭司であり、「寄留者」とは外国から流れてきた人のことである。従って土地を持たないから収穫物ももたない人のことである。そして、孤児や寡婦が食べて満ち足りるようにしなければならないと書かれてある。

このように旧約聖書においても現代の福祉にもなるような愛なる神である。

神さまの収穫物の初物を神に備えるのは、このような弱い人々が十分に満ち足りることだと言われた。(私は60歳にして初めて収穫感謝の意味を深く納得させられた。)

現在の世界人口は9億2500万人で、その7人に1人が飢餓状態に置かれている。豊かに祝福されている国々は、その祝福を自分のためにだけ使ってはいけない。

ここで「もしも世界が100人の村ならば」を紹介された。(http://www.romi-nakano.jp/100people/index.html
ちなみに、アメリカでは太り過ぎが死因の第2位を占め、日本は2000万トン以上の食べ物を捨てている。

「私達は神さまにたくさん憐れんでいただいたのに、他の人に憐れみ深く接してきたでしょうか。特に世界の飢餓の人々に対して憐れみ深くあったでしょうか。今、神の前で悔い改めます」。

子ども祝福式 感謝!

ユキ4歳の祝福式.jpg
今年いただいた本は、
『親と子のための せいしょシリーズ イエスさまはともだち』。

そして、今日発行された馬見労祷教会報・第220号よりログしておきたい。ろうとう新報220号.jpg
こんなに大きいおいもだよ!.jpg

このお芋は、知子ママが「キーマカレー・スィートポテトグラタン」に調理して家族で頂いた。

「いもほり」 CS分級にて
          
                     M・T姉

当日の出席者は藤本幸悠くん一人でしたが、秋の実りのサツマイモ掘りをしました。(中略)

私たち人間は、植えて世話をしたのだからできるのは当たり前、芋苗を植えたのだから芋ができるのは当たり前、とつい思いますが、私たちの手では何もできないし作れないのです。
神様の豊かな恵みを改めて感じ、感謝のひと時でした。
この記事を読ませて頂いた私もまた恵まれた。

去年はM姉のお孫さんと並んでの祝福式だったから、K君のお顔が見えなかったので寂しかった。M姉初め教会の方々に感謝し、K君の上に神の溢れる祝福がありますようにお祈りします。

続きを読む
posted by 優子 at 17:20| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

母教会のMさんを偲ぶ

昨日、長女が会社から帰宅するなり血相変えて、「Mさんが亡くなられた!」と郵便受けで見つけた喪中の葉書を差し出した。

母教会でお世話になった懐かしい方だった。
私が洗礼を受けてからMさんの家庭集会へ家族で集わせて頂いた。教会で食事当番もいつも2人でカレーや炊き込みご飯を作った。台所で礼拝の中継を聞きながらおしゃべりしたこともたびたびだった。

じもとさん」と「ふ」にアクセントが入る呼び声が今も鮮明に耳に残っている。笑い声と明るい笑顔が見える。

Mさんの家庭集会では小学校3年生と幼稚園の娘たちも聖書を輪読し、「上手に読めるねえ」と牧師ご夫妻初め皆さんが褒めてくださった。
部屋には小さな白い犬がいて、「サニーちゃん、サニーちゃん」と可愛がっておられた。目を閉じればあの時の部屋の雰囲気まで見える。その中に入って行きそうになる。

(東大阪)長田からMさんのお宅(大阪市鶴見区)まで北へ一直線で20分間ほどで行けるので、昼間に何度か自転車でも行ったことがあった。

私は居ても経ってもいられず、昨夕直ぐにお慰めのお電話をかけてご主人としばらく話していた。

K姉は体調が悪かったそうだが寝込まれていたわけでもなく、入浴中に心臓麻痺で召されなさったという。
何の心の準備もできない状態で突然に奥様を取り去られたご主人は、「昼間はなんとか過ごせても、夜になれば一人っきりになるので・・・」と悲しみを耐えておられた。

まもなく師走に入り年末年始に奥様のお姿が見えないのは本当に寂しいことだろう。

独りで生活されているご主人のために祈ろう。どうか神さまがご主人を強く強く抱きしめて慰めて下さるように。そして、ご主人が悲しみの中から神さまを呼び求めて下さるように。

当地へ移ってからご無沙汰ばかりで年賀状を交わすだけになっていたが、こんなにも悲しいとは!
夫は昨日、ちょうどあの辺りを通った時にMさんご夫妻はどうしておられるのかと、家の前を通ろうと思ったそうだ。自動車だと会社から5〜6分の所である。

これを書き始めた今もたまらなく寂しくて大きな声で泣きたいのを抑えている。どうしようもなくて立ち上がり、檻の中の動物のように部屋の中を行ったり来たりして声が出ないように耐えている。
そして今知子が起きたのでMさんのことを話して泣いてしまった。

知子の小学校卒業式の朝に着物を着せてくださった時、早朝なのに昆布茶を入れて迎えて下さったK姉。溢れる御愛をお受けしてきたことを決して忘れない。
生涯を終えて最後に残るものは愛だ!!!

知子の小学校卒業式.jpg

74歳で召天されたということは、あの時Mさんは52〜3歳だったのだ。私が38歳で、知子は13歳。そして今日、知子は34歳の誕生日を迎えた。

ご主人に私が60歳になったことをお話すると、「50歳くらいになっておられるのかなあと思っていたから」と、びっくりされました。「60歳から1年1年体力が無くなっていくからね」とも。

私もこれからが人生の本番です。しっかりとイエスさまと共に進んでいきます。再会もあっという間のことでしょう。

その時は「ありがとうございました」と気が済むまで感謝の気持ちをお伝えしてから、また2人で大きな声で笑いたいです。



附記:今日はクリスチャン・ペンクラブの例会があるので、1990年3月の卒業式の写真は後日記録したい。
   

posted by 優子 at 08:21| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

シルバー人材センターの植木剪定チームに感激!

外壁工事中の不自由さに慣れるのも不思議ならば、足場が撤去されて窓から外を見ると、あのシートに覆われた日々も夢のようだった。
このような感覚は今までにも何度も経験したものであるが、大震災の被害もこのように感じる程度であるならばどんなにいいか。神さまがこの艱難を耐えさせて下さるように。

工事スタート.jpg 足場撤去.jpg 外壁工事完了!.jpg

昨日はシルバー人材センターから植木剪定に来て下さった。
今年から義母は植木の剪定を私に頼んでくれるようになった。昨夏のお盆での出来事に起因しているがブログには曖昧にしか書けなかった。

その後、11月になっていたと思うが、理不尽な言動のあげく急に投げ出されて困った私は、近隣の親友Nさん宅の植木屋さんを紹介して頂いて助けられた。

しかも11月中に、義母の予算額内で裏はソコソコ手を入れるだけで何とか格好をつけて頂いた。

そこで今年は3月頃に市のシルバー人材センターにお願いして予約した。
例年、年の瀬もいいところで25〜28日頃だったので、今年からは要望通り11月半ばにしてもらえるのでありがたい。

そんなわけで昨日は8時ジャストにチャイムが鳴り、門を開けると何と総勢9名の方々が立っておられた。そのチームプレイ良く、早々午後3時には完了して引き上げられるほどの手際の良さだった。

西側から裏庭部分は全員の方がびっくりされるような密林のごとき状態だった。
「ひとり生(ば)え」と言って、鳥が種を落として生えてきたような木が多いそうだ。「ひとり生え」とは何て風情のある言葉だろう。

義母にも立ち合ってもらい承諾を得て、「ひとり生え」の木を伐採してもらったので明るくなった。
私達の家を建てるために移植した2本の松は、「おじいちゃんが大事にしていた」と義母から何度も聞かされている。今月末で義父が亡くなって7年になる。義父への想いが深まる秋である。
義父が愛した松.jpg

手際の悪い私は9人分のコーヒーを入れるのに必死だった。ふらふら

午後はチャッピーを久々にリビングに入れてやった。毎年冬の午後はよく入れてやっていたものだが、知子がユキを連れて我が家にリターンして以来、チャピーの入室禁止令が発布されてチャックンは寒い冬を過ごしている。

久々のリビング.jpg

知子がこの写真を見たら悲鳴を上げるだろう。
足と口が布から出ている。

チャッピーを居間に入れてやった時のユキの喜びようといったらない。嬉しくて嬉しくて飛び跳ねていた。この写真はポーズを取ってもらったのでユキは起きている。わーい(嬉しい顔)
植木もスッキリ!.jpg
屋根の色を黒からオリーブ色に変えたことと、
軒裏を黒から白に塗り替えたので家が明るくなった。
そして、植木の剪定も終わってスッキリした。

「もうお正月やなあ」.jpg

「もうお正月やなあ」
「これでお正月がいつ来てもええなあ」

シルバーさんたちはでき栄えを見つめながら満足げに異口同音に言われた。その言葉に忘れていた懐かしい感情を思い出した。

シルバーさんたちは年間1500件の仕事をこなし、この中には大規模な仕事になる学校が8件も入っているという。7月に予約しようものならば年明けになるとのこと。

仕事の明細書を頂いており、伐採されて出たゴミ処分費はそれに加算される。ゴミは昼食後まもなく行かれたのだろうか、2時半頃には処理場(王寺町近辺)から戻って来られた。

今日早速請求書が届いた。ゴミ510キロ、6630円+消費税が加算されての請求額は、今までよりも20%の経費削減となった。

ただ一点思うのは、もう少し遅くまでやってもらえば人員を1人減らせるのではないだろうか。シルバーさんのやり方が決まっているのだと思うが、3時に完了というのは早過ぎると感じるのは私だけだろうか。

義母は1日でやってくれたことだけではなく仕上がりも大満足してくれた。
シルバーさんたちは輝いておられた。その働きは大きな力だ。シルバー人材センターはお薦めである。

posted by 優子 at 18:26| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

教会バザーに東日本大震災被災教会支援コーナー設置

私達の教会でも東日本大震災が起きた直後から救援募金箱が設置された。
救援方法をいかにすべきかと役員会で協議した結果、一つの教会を選んで個人的つながりの中で救援を続けていこうということになった。

まず、私達の教会と同じ規模の教会に注目して東北教区から6教会を選び、その中からクジで日本基督教団白石(しろいし)教会(所在地は東北本線白石駅、東北新幹線白石蔵王駅)に決まった。7月中旬のことだった。

今年のバザーでは白石教会支援コーナーも設置された。
白石教会の井上末司牧師より教わったレシピでN井姉が「芋煮」を作って下さり、私達もバザー終了後に昼食でいただいた。美味しかった。

「芋煮」のほかに、被災地から取り寄せた白石名産の温麺(うーめん)、EM石鹸などの物品と、井上牧師が描かれたみことば入りの絵葉書などを販売し、収益金の一部を被災教会に送ることになっている。

白石教会井上牧師の絵葉書.jpg

絵葉書の種類は何十種類もある。素晴らしい!

今年は労祷保育園とバザー開催日が異なったために昨年よりも外来者が少なかったが、それでも神さまは豊かに祝福して下さり、私たち家族も大いに楽しい時を過ごさせて下さった。

2011,教会バザー@.jpg

古森牧師と共に被災教会支援コーナーが持ち場の知子とユキは芋煮販売係り、夫は喫茶コーナー、私は高見牧師とN姉と台所で喫茶係りだった。とは言っても、今年も豆を挽き香り高いコーヒーを点てて下さったのは全て高見先生だった。

2011.教会バザーA.jpg

喫茶コーナーの良輔.jpg

第1号のお客さんにコーヒーとケーキをサーブ中の夫。
家でもお願いします!

喫茶販売コーナーでは、炊き込みご飯、黒豆入り黒米ご飯、おはぎ、おからケーキ、コーヒー、ハーブティーがあり、庭では花の苗、柿、ゆずなど、また、昨年同様に子供たちにはスーパーボールとお菓子つきの聖句スタンプラリーがあった。

2011.教会バザーB.jpg

ん? 芋煮の出前?

今ちょうど夫が居るので尋ねると、持ち場を離れて買いに来たそうだ。お客さんにも自ら率先して出前したそうだが、これは自分のオナカに入れるため。

「美味しかったなあ。この時はユキちゃんと半分こして、お昼ご飯の時はお代わりしたから3杯食べた」と笑っている。
いつも変わらずマイペースなところも夫の魅力だ!

この朝の礼拝で神の家族がまたひとり増えた。ご本人の突然の申し出からクリスマスを待たずに、S姉のお嬢さんが洗礼を受けられたのである。ハレルヤ!

まさに「神の家族」、教会の一人ひとりがかけがえのない家族である。
昨日の最高気温は21.3度。教会の庭でも明るい声が絶え間なく聞こえていた。私達をご覧になって喜んでくださっている神さまの眼差しを感じた。


そして今日は自治会福祉推進委員会主催の幼児教室に出席した。
トイレットペーパーの芯に折り紙を貼って作ったミノムシ。折り紙を手でビリビリちぎるのも新鮮な感じだった。

ユキと私のミノムシ.jpg

ユキと私のミノムシで〜〜〜す。

このあと、自転車に乗って再び公園へ出発。幼児教室のあとの幼児たちがたくさん遊んでいた。
そして、自転車をフル走行しているユキが急行電車で、同じ年齢のGちゃん(君)があとを走り、そのうちに、Aちゃん、Mちゃん、Yくんも一緒になって遊んだ。

私は小さい子は苦手だが好かれると嬉しいもので、血圧を気にしながらもキャーキャー言いながら遊んだ。股関節をかばいながら小走りしてしまうほど年を忘れて楽しんだ。

しかし、年を取るのもいいもので、若い頃よりもはるかに子供たちを愛おしく感じる。この子達が大きくなるのもアッという間のことだろう。

posted by 優子 at 21:53| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

国会論戦・TPP問題

7日に外壁工事が終わり翌日は外回りの掃除で忙しくしていたが、その後体調不調で弱い高齢者のような日々を過ごしている。明日受診して変薬してもらおうと思う。今度こそ説得されないで主張するつもりだ。

そこで昨日今日は国会中継を見ていた。「TPP」(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉参加について関心がある。

アメリカに圧力をかけられているのか、日本は常にアメリカ優位の構図で動かされアメリカに追随していくように見える。

ある評論家はアメリカとの2国間協定ならば言いなりになってしまうが、多くの国が関わっているのだからそのようにはならないと言っていたが、主食の米はもとより農業・食料問題は何よりも重要だ。
アメリカの牛や豚の飼育法や食肉過程における安全性にも大きな疑問がある。

野田氏は今日午前の衆院予算委員会の集中審議で、「アジア太平洋地域は世界の成長エンジンになり得る。この成長力を取り込む視点が極めて重要だ」と、交渉参加への意欲を重ねて表明した。

参加することでメリットもあるだろうが、いろんな分野でデメリットの方が多い。それでも参加したいと主張するのであっても、何にも先立って国民の健康、食の安全を最優先しなければならない。

午後の参院予算委員会で反対の主張をされた佐藤ゆかり氏は実に論理的でわかりやすかった。
「TPPは国家社会の枠組みを揺るがすような大きな問題だ。条約なので国内法が曲げられてしまう。それについてどう思うか?」
という氏の質問に対して、野田氏は的外れ極まりない答弁を繰り返し、野党の理事たちが委員長に異議申し立てるシーンが何度もあった。 

ここまで理解できていないのに、どうして交渉の参加表明できるのだろうか!

「TPPの承認手続きには90日かかるので条約の中身については日本は関われず、アメリカから二者択一で言われるしかない」という。

経済を押し上げるのは「TPP」ではなくて「ASEAN+6」だというのも分析から明らかで、「ASEAN+6」を拡げていけば経済を押し上げ、しかも、アメリカだけが「ASEAN+6」が低いのである。

即ち、アメリカの国益は「TPP」の方が高いのであり、アメリカにはTPPが魅力なのだ!デメリットを強要してまでTPPに参加してはいけない!


実に論理的で説得力があった。
佐藤氏が小泉チルドレンで登場した時に経済学博士号取得者であることを知ったが、佐藤氏はこのたびの情報があまりにも少ないので英文サイトを読みあさったという。野党議員ですら情報不足ならば我々がわからないのは当然だ。

これだけ反対する人々がいて、その人々に理路整然と説明できない状態で参加表明してはいけない。

野田氏は何年間も毎朝駅前で演説し続けたというから、政治家としての理念と信念のある人なのだろうと思っていたが、熱いものは何も感じられない。

誰でもトップになるとこうならざるを得ないのだろうか。
もしも野田首相に確固たる信念があってのことならばたいした人物だと思う。


野田首相は今夜8時に予想通り交渉参加表明した。ただし「参加に向けて関係国と協議に入る」とのことだったが、これはどういう意味なのだろうか。

野田氏のはっきりしない態度に業を煮やす一方で、過酷な日々にある野田氏の健康を心配しながら見ていたが、野田氏の健康と日本の最善を祈るばかりである。
13日の「APEC」(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に出席するため、明日ホノルルへ発たれる。

午前中、午後と国会論戦を横目に見ていたユキ(孫)は言った。
「この人たちはみんなご飯を食べてきて、ウンチもしてから、また来たの? どんなお昼ご飯を食べたんだろう」。

この幼い子供たちが幸せな大人に成長するために日本や世界の動きから目が離せない。為政者たちの上に神の平和と知恵が与えられるように!

posted by 優子 at 22:14| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

永遠のいのちを信じて生きる

ヘブル人への手紙 12章1節
「こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか」。

今朝は礼拝堂の講壇前に天に帰られた方々の遺影(27名)を並べて召天者記念礼拝を捧げた。ご遺族の方々もたくさん出席された。
その礼拝説教の最後で古森牧師は次のように奨励された。

「商売繁盛、家内安全、恋愛成就・・・など、人々は願かけに行くが、そういうことは何一つとして保証されないが、信じる者に約束して下さった神は絶対に無理という状況の中で敵に打ち勝たせて下さる。

私達はこの世の人生を精一杯生き切った時、永遠の家があることを信じている。神の愛と力によって周囲の人々に感化を残して天に帰って行かれた方々が、天上で永遠の愛に生きていることを信じて、私達も与えられた人生を忍耐強く最後まで走り抜こうではないか」。


礼拝のあと教会の墓地に移動して正午から墓前礼拝と教会の納骨堂で納骨式が執り行われ、そのあと、過日召された姉妹の召天50日記念会がもたれた。

かなり前のことになるが、キリスト教は先祖を大切にしないのではないかと言われたことがあった。私はキリスト教ほど先祖を大切にする宗教はないと答えた。

なぜなら聖書には「汝の父と母を敬え」とある。この世にある時から両親を大切にし、その後も記念会はもとより、少なくとも年2回教会こぞって天に召された方々を偲ぶからだ。

仏教と決定的に違うことは、私達は死んだ人を拝むのではなく、召された方々一人ひとりと歩んで下さった主(しゅ)なる神に祈りを捧げるのである。

今朝の説教にもあるようにキリストを信じる者には永遠の家があり、「私たちの国籍は天にあります」と聖書にもあるように、クリスチャンにとって「死は終わりではなく、神の御国に入る希望の時」である。

この肉体は「土と塵に返る」のであるが、キリスト教会においても墓地と個人の遺骨は大切に管理保管され、その意味においても先祖を大切にしないという説は全く当たらない。


先月亡くなったジョブズ氏もまた信仰と人生の意味を模索していたことを知り、「やはりそうだったのか」と私は深く納得したのだった。
「信仰と人生の意味を模索」することこそが人間の人間たるゆえんであり、これは精神的苦痛よりももっと深いもので霊的苦痛だ。人間は人生の意味を問い、罪意識に目覚めていくのだと思う。 

今週の週報の「消息欄」に、花盛勲一牧師が昨日召天されたことが書かれていた。
花盛牧師は私が所属している日本クリスチャン・ペンクラブの理事であられた方であり、過去ログ・2009年11月1日に花盛先生との交流を書いている。(http://yukochappy.seesaa.net/archives/20091101-1.html) 

あの頃は人生の百戦錬磨の時代だったから、先生が天に帰還されたことを知り寂しい。目頭に熱い涙がにじむ。再会の時まで私も私の馳せ場を走り抜きたいと思う。
今夜、前夜式(仏教のお通夜)で、明日11時半から告別式が東京信愛教会にて執り行われる。ご遺族の上に神のお慰めをお祈りしよう。

最後に今日の『生かされて』の記事で紹介されている詩を転載させて頂いて終わりたい。
今日の召天者記念礼拝で牧師先生が読んで下さった詩をインターネットでみつけましたので、全文を紹介させていただきます。
3.11で息子さんを突然失った母が書いた詩だそうです。

最後だとわかっていたなら

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

『Tomorrow Never Comes』
作 / ノーマ・コーネット・マレック
訳 / 佐川睦
出版社 / サンクチュアリ出版

posted by 優子 at 22:03| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

ついに足場解体、それぞれの専門分野の方々に感謝!

「カンカンカン!」
今日は朝から足場の取り外しで軽やかな音が響いていた。本当ならばこの日をどんなに待ちに待っていたことだろうか。しかし、今ではすっかり慣れて意外なほど感激は小さかった。

吹き付け塗装の前に窓の外側をビニールで覆われた時が一番苦痛だった。密閉状態になって文字通り息が詰まりそうだった。
その間も夜は風呂場とトイレの窓はビニールを外して下さったのでありがたかったが、そのあと少しずつビニールが外されていき完全に取り除かれた時は嬉しかった。

それでも家全体をシートが覆っているのだが、朝夕窓を開けられるだけでも気持ちは全然違う。その後はそれまでのストレスとは比べものにならないほど軽減されていた。

それでもなお苦痛ではあったが、ある時、まつげも眉毛も真っ白になったペンキ屋さんの顔を見て私の鬱陶しい気持ちは吹っ飛んでしまった。

高圧洗浄から殆ど全てを彼1人でやってくれた。吹き付けや屋根の作業の時には2人でされていたが、毎日毎日根気のいる仕事をコツコツとして下さっていた。

私は最初の1週間は自分自身のストレスを耐えるのが精一杯で、それに加えて血圧が高くてしんどい日もたびたびだったので彼に気配りできず、ただ安全と健康を祈っているだけだった。

昨日は25度(大阪は26.3度で全国76ヶ所で夏日になった)まで上がり、今週は例年にない暖かさなので11月でも庭にはヤブ蚊だらけで悩まされたことと思う。
気がつかなくて申し訳なくて、早速腰に吊る蚊取り線香を使ってもらうことにした。

今朝は先月足場を組み立てて下さった2人が取り外しに来て下さった。まるで大怪我が治って包帯を取るときのような心境だった。
それぞれの分野で専門家が居て下さっているというのは本当にありがたく、私達はいろんな人に助けられて生きていくのだと感謝が溢れた。


それにしてもペンキ屋さんの健康が心配でならない。
マスクをしていても鼻毛はバキバキになるというのに、まるで高度経済成長期の話でもあるまいにマスクの質に全く注意が払われていない。すぐにでも高性能のマスク使用を義務づけるべきだ。

目も心配だからゴーグルをかけてやればいいよと言えば、飛散したペンキがついて何も見えなくなるからできないと言うではないか。それが眼球にかかっているのである!

長年この仕事をされてきた年配の方の健康状態も特に問題はないらしく、「自分はそんなに気にならない」と言われたが、眼球と呼吸器保護のために改善せねばならない。

お昼前から雨が降り出したが、その後まもなく完了して足場屋さんたちをお見送りした。「足場屋」という言葉も今回初めて知った。

最後に昨日の昼食前のユキのお祈りをご紹介したい。私は笑うのを堪えながら、幼いユキの想いと純朴さに感極まった。

「いつもお兄ちゃんがお仕事して下さっていて助かります。
屋根から落ちないようにイエッしゃまがお守りください。
おばあちゃんも元気だったら屋根に登りたいと思います。その時は落ちないように見ていて下さい。
お兄ちゃんがおうちに帰ったら、ゆっくり休憩できますように。イエッしゃまのお名前によってお祈りします。アーメン」


このお兄ちゃんは20歳の若者で2歳の女の子のパパだった!
ここが私の終(つい)の棲み家である限り(事業経営が破綻して家を差し押さえられなければ)、丁寧な仕事をして下さったY君のことは忘れない。思い出に写真も撮らせてもらった。

人間の順応力もさることながら、今回のようなストレス期間を耐えやすくするのも愛だ。他者への愛が豊かな人ほどストレスは少ないのだと思う。

出遅れたと言おうか、これが私の現状なのだが、それでもなお愛深い人に変えられていく望みを持って生きている。

施工期間2週間よりほぼ1週間遅れて、いよいよ7日が仕事最終日である。
チャッピーのパーキング生活も終わる。犬


posted by 優子 at 17:11| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

神の存在と人生の意味を模索していたジョブズ氏のことと、カダフィ大佐死亡をキリスト者としてどう受け止めるのかについて ―『クリスチャン・トゥデイ』より―

ジョブズ氏については彼の死によって知り、以来彼の内面について関心がある。
2011年10月7日の記事は「カテゴリ:社会的なこと」に綴じたが、10月25日記事でも触れている「キリストの真理を通して情報を読む」は「随想」の関係から、再読したい時のために今日の転載記事も同カテゴリに収めておきたい。

これは2011年10月26日に配信された記事である。

ジョブズ氏、信仰と人生の意味を模索 
   ―ジョブズ氏の自伝著者がインタビューで明らかに―

▲スティーブ・ジョブズ氏自伝

(先月)24日講談社より発売されたスティーブ・ジョブズ氏の伝記「スティーブ・ジョブズ(著者:ウォルター・アイザックソン氏、日本語訳:井口耕二氏)」の著者ウォルター・アイザックソン氏が23日の米CBS「60ミニッツ」でのインタビューで、5日に死去したアップル共同創業者スティーブ・ジョブズ氏が自身の死が近づくにつれて神を信じることと宗教に関する葛藤に直面していたことを明らかにした。24日、米クリスチャンポスト(CP)が報じた。

アイザックソン氏によると、仏教徒であると自称していたジョブズ氏は、死に至る数か月間において、神の存在と人生の意味について深く模索し始めるようになっていたという。


アイザックソン氏は「ある日ジョブズ氏は裏庭に座り、神について話し始められたことがあったのを覚えています。

ジョブズ氏は『ときどき、神を信じるんだ。しかし信じないときもある。多分半分は信じて半分は信じていないのだと思う。自分が癌になってから、このことについてもっと深く考えるようになってきたんだ。

そしてもっと神を信じる時間が長くなっていることに気付いたんだ。多分その理由は、自分が死んだ後の世界があることを信じたいと思うからだと思う。

つまりもし死んだら、その後全てのこと、これまで自分が積み重ねてきた知識の全てがただ無になるというわけではないと思うんだ。そのようなものはどうにかして死んだ後も残っているだろう―そうさ。生と死というのは、オンとオフで切り替わるスイッチのようなものだと思うこともあるんだ。

クリックすると、死んでしまう―だからアップルの製品にはオン・オフで切り替わるスイッチをつけたいと思わないんだ』と話されていました」と番組内のインタビューで明らかにした。

ジョブズ氏はアイザックソン氏と自身の伝記を作成する話し合いをしている最中に、自分自身の存在意義についても疑問を感じていることを伝え、「ひとりで生まれてきたのだから、死ぬ時もひとりで死ぬだろう。そのときに問題となることは何だろうか?私が死んで周りが問題と思うのは、『スティーブ』という人間が失われたということだろうか?そのことに何の意味もないのではないだろうか」と述べていたという。

次の記事は2011年10月26日に、同じく『クリスチャン・トゥデイ』が配信したものである。

 カダフィ大佐死亡-キリスト者としてどう向き合うか?
指導者が腐敗する原因は自身の権力欲

10月20日、リビアで42年間の独裁を行ってきたカダフィ大佐が死亡した報道を受け、多くの人々が独裁政権の崩壊に喜びを見せている。一方で世界中で多くの信仰心あるキリスト者は今回の射殺による独裁者死亡をどのように受け止めるべきか自問している。

米クリスチャンポスト(CP)は25日、米オハイオ州コロンバスにあるアドベント・ユナイテッド・チャーチ・オブ・クライスト主任牧師のスーザン・スミス氏が、米ワシントン・ポストへの最近の寄稿の中でこの疑問に対する見解を記述したことを報じた。

寄稿の中で同氏は「キリスト者である」ということを検証し、どれだけのキリスト者、あるいは宗教者が神のしもべとしての道から逸れてしまっているか、どれだけのキリスト者がカダフィ大佐の死に対し、その人物の独裁政権による残虐行為にもかかわらずひとつの命が失われたことに対する同情を示すことができているだろうかと問いかけている。

私自身は、カダフィ大佐が銃撃を受け、殺されたという事実自体に対して『喜ぶ』ということはできません。このようなことで喜んでいる日々は神様にとっては喜ばれる日々ではないでしょう」
と述べている。

オンライン上でも多くのキリスト者らがカダフィ大佐の死について、リビアでの長年の圧制に終焉を遂げるものとなったとして喜びのメッセージを投稿している。

一方でカダフィ大佐がたとえどんな恐ろしい人物であるとしたとしても、他人の命を奪い取るという行為は許されるべきものではないといった意見も見られている。

カダフィ大佐の死についてフェイスブックではクリスチャンユーザーらから、「カダフィ大佐による圧制が消え去ったことを喜ぶとしても、永遠に失われてしまった魂については決して喜ぶことはできないだろう」。

「神様はいかなる人間の死をも喜ばれない。それならば私たちも同様に喜ぶべきではない。カダフィ大佐のご家族のために祈りましょう。彼らの命が保たれている限り、主に立ち返り悔い改める機会があるのですから」
などの意見が述べられている。

またカダフィ大佐の圧制で長年苦しんできたリビア国民の間からも同様の議論が聞かれている。
posted by 優子 at 07:37| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

全盲の宇野繁博さんの動画5分間メッセージ!

日本クリスチャン・ペンクラブの友、宇野繁博さんの動画を見つけたのでご紹介させて頂きたい。
是非ご覧ください!
http://ameblo.jp/bibleforyou/entry-10564556862.html

宇野さんのことは毎日ユキもお名前をあげてお祈りしている。
ユキには宇野さんの目はもう見えるようにはならないことを何度も説明しているのだが、今も「イエッしゃま、宇野さんの目が見えるようにしてください」と祈る。

ユキの幼さが消えてしまわないうちに、早く遊びに行かせて頂きたいと思う。まずは声をテープに入れてお送りしようとも考えているのだが、それも未だできていない。

実は宇野さんからも28日早朝にバースデーメールを頂いている。ここに掲載記録させて頂きたい。

藤本優子様
頌主
お元気ですか。
明日と明後日は長崎の教会の特伝で御奉仕の機会を与えられました。それで、10月30日のお誕生日には帰宅が遅くなりメールができませんので、少し早いですがお誕生日を謹んでお祝い申し上げます。
今日は福井県の高校に目が見えなくなってよかったと題してお話に行ってきます。
寒くなりました。藤本さんもお体を大切になさってください。
あふれる祝福を祈りつつ 宇野繁博

宇野さんはいろんなところに招かれて遠出される。盲導犬はいない。
全盲という地獄から救い出された宇野さんの上に神の栄光が現れている。牧師の召命を受けておられる宇野さんの上に、これからも神さまの豊かな祝福がありますように祈らずにはいられない。

posted by 優子 at 08:48| JCP関係 | 更新情報をチェックする