2011年12月31日

全家族そろっての年の暮れ

霊的枯渇状態に陥り、まるで失語症になってしまったかのように言葉を紡ぐことができません。
傍にいる次女が「誰にでもあるスランプの時よね」と言ってくれて気持ちが楽になり、2011年最後の記事を書いて締めくくりたいと思います。

おかげさまで次女夫婦はワシントンD.Cから14時間5分、26日夜無事に帰国しました。IMFでは2週間に1日の有給休暇が取れるそうで、9月から勤務し始めたばかりなので今回は休暇を先取りさせて頂いての帰国です。

次女夫婦は私達家族だけではなく、神戸の大叔母、藤本の祖母、藤本の叔母(私の義妹)にまでプレゼントを買って来てくれました。どれもこれも二人の心が詰まった贈り物です。

その上にお正月に着物を着ようとお気に入りの帯や小物を持って帰ってきました。明日の元旦礼拝に着ていくつもりです。

マチ・クマからのビッグプレゼント!.jpg

昨夜の東日本大震災の特集を見て多くの方々の悲しみを新たに心に刻みました。苦難の方々の上に神さまのお守りを信じて祈ります。

そして28日に私達にも新たな試練が加えられましたが、今日一つのみことばが与えられました。

「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」。      
             (マタイによる福音書 6章34節)

国内外共に2012年はますます激動の年になるでしょうが、希望を忘れないで前進していきたいものです。
皆様、どうぞ良き新年をお迎え下さい。


posted by 優子 at 23:29| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

ユキの12月

12月7日(水):幼稚園でお餅つき。

お餅も丸めて一つずつきな粉をつけて頂いた。
これらの写真はY・T君のお母さんが撮って下さった。
Tさんは幼稚園教師をされていた方で、自治会の幼児教室でご奉仕して下さっている。
幼稚園のお餅つきA.jpg

幼稚園のお餅つき.jpg

ユキのお口にはお餅が入っている。

12月10日(土):知子ママと教会学校のクリスマス会。

12月12日(月):自治会幼児教室。

牛乳パックで作るクリスマスツリーを教えて頂いた。星の折り方は難しくて苦手な私は必死になって折った。

右手に持っているのが牛乳パックで作ったツリー!

天使たちがいっぱい!.jpg

後ろに見えるペーパーレースの天使と、その右側の紙で作った赤いリースは11日の教会学校で先生と作ったもの。
天使がいっぱい!.jpg

ユキが私を撮りたいと言うのでポーズをとるのだが、シャッターチャンスが長いので顔が引き攣りそうだった。30歳の時に流行っていた繋ぎのズボンが出てきたので、「断捨離」する前にもう一度60歳で着ている。

12月19日(月):幼稚園のクリスマス会。

幼稚園のクリスマス会風景.jpg

年中・年長組の園児たちが一曲ずつ歌を披露してくれた。
1年後にはこんなにしっかりするのかと、私は1年後のユキを想像して見ていた。

ユキは現在108.5センチ。ダントツに大きい。

幼稚園のクリスマス会.jpg

入園準備では、体操服は2年間使うので130を買うようにと業者さんに勧められて購入した。ちなみに110が5〜6歳児のサイズだ。

教会学校のクリスマスにサンタさんが登場し、幼児教室、幼稚園でも現れたものだから、ユキは「サンタさんが3つも来たね」と、3ヶ所とも同じサンタさんだと思っている。(^_^)

そして今週初め、神戸の叔母(ユキには大おばあちゃん)がオセロゲームやチェスなど17種類ものゲームができるゲームセットを贈ってくれた。

叔母は「ユキちゃんとこはサンタさんがたくさんいるから」と真智子たちのことを言いながらも、足が痛いのにトイザラスまで出かけてくれた。

しかし、何を買っていいのかわからなくて店員さんに聞いて選んでくれたのだった。叔母と同じように孫への贈り物がわからなくて探していた人も同じものを買われたそうだ。
ネット時代だけに一緒に楽しめるオーソドックスなゲームなのがありがたい。

孫のいない叔母は今年の2月1日に息子を亡くしている。

ありがとうカードを書く.jpg

ユキはさっそく「ありがとう」のカードを書いた。

23日の祝日(金):自治会のお餅つき大会。

私達家族に義母、そして、母屋に来ていた義弟も一緒にお餅を頂いた。地域の方々のご奉仕に感謝。
ユキは地域の中でも育てられている。皆さんにはユキや義母のことでお世話になるばかりで心苦しい。

後片付けの時も誰が何をすると決められているわけではないのに、それぞれ自主的にやっていく手際の良さ。それは教会での様子と同じ空気で気持ちの良いひとときだった。

さて、ユキの最近のエピソードを書いておきたい。
先月からやり出した「みことばカルタ」もすぐに早く取れるようになった。
おじいさん(良輔)に自分で作った十字架を見せて、「悔い改めよ、天の国が近づいた!」と言うので大笑いだった。

そして、昨日から自分でカルタを作り出した。
例えば、「か」は「かたそ」(かたそう:かたづけよう)、「さ」は「さたべよ」(さあ、食べよう)、「で」は「あそんでほしい」の「で」なので「解読不可能」と知子。爆笑!

時間ができれば我が家だけの「爆笑カルタ」を作るつもりだ。
例えば、「ぼ」は「傍若無人はだあれ?」で、絵には良輔の写真を貼る。おもしろ〜〜〜い!今から作るのが楽しみだ。

さて、世間ではクリスマスが何の日であるか見事なほど耳にすることはない。主役はサンタクロース、ただそれだけ。

そして、いよいよ今夜はクリスマス・イブ。
明日は全国の教会でクリスマス礼拝が捧げられ、そのあとクリスマス祝会(愛餐会)が開かれる。
私達は先週の月曜日夜に夫婦喧嘩が勃発した1週間だったが、ようやく心を整えられて集えそうだ。

マチ・クマはそれぞれの部署での都合もつき2週間の休暇が取れ、(ワシントン時間)クリスマスのお昼前にワシントンダラス空港を離陸して日本へ向かう予定だ。

「今回はANAで飛びます。・・・ものすごく楽しみにしています! 真智子」。

大震災で家族を失った多くの悲しみにある人々のことを覚えつつ、次女夫婦と再会しよう。
 

「きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主が
    お生まれになった。
この方こそ主なるキリストである」。



posted by 優子 at 18:05| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

「心の境界線」―あなたの心を元気にするショートメッセージ 28―

心の境界線(安海 靖郎牧師)

心の専門分野で、バウンダリー(境界線)ということがいわれます。
国と国との間、家と家との境界線がはっきりしないと問題が起こるように、人と人との間にも心の境界線が必要だということです。

多くの人間関係のこじれ、心の傷は、自分と相手の心の境界線のあいまいなところから起こるというのです。
 
たとえば、「ノー」と言えないで、自分も相手も傷つく結果を招いてしまったというようなことを、だれもが経験しているのではないでしょうか。どうしたら、その大切な心の境界をはっきりしていけるのでしょう。

そのために大切なことは、まず、自分の限界を知ることだというのです。
それは、人間は神に創造された存在だということ、創造されたものだから万能ではない。制限のあるものだと自覚すること。そこから、健全な心の自立、境界線が形成されるというのです。
 

この分野の日本の専門家、臨床心理学博士の丸屋真也さんは、その著書『他人は変えられないけど、自分は変われる!』で、自立についてこんなふうに説明しています。

「自立とは、他人に頼らないで何でも自分でやること、と誤解している人がいます。本当の自立とは、自分でできることは自分でやり、自分の限界を超えたところには、他人の助けを借りることができるということなのです」。

そこに、本当に必要な助けをし合う成熟した関係が生まれる。また、いわゆる過干渉やほったらかしの害を避けられるというわけです
 
ではどうしたら、創造主なる神と、創造された自分を正しく知ることができるでしょうか。実はこれもまた、神と人間との間のバウンダリー、境界がはっきりすることだと思います。
 
立派な人、偉い人が神として拝まれたり、賽銭で時々ご利益をくれる、気まぐれなおっちゃんのような神では頼るべき時に頼れません。神観や宗教の混乱をもたらします。
 
聖書では神はどういう方だと言っているでしょうか。

「あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。
主はとこしえの神、地の果の創造者であって、
弱ることなく、また疲れることなく、
その知恵ははかりがたい。

弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。

年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。

しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、
鷲のように翼をはって、のぼることができる。

走っても疲れることなく、
歩いても弱ることはない」。
    
             (イザヤ書40章28〜31節)

つまり、人間と神はまったく異なるものであることを知らなければなりません。


posted by 優子 at 23:59| 引用文 | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

希望と感謝のクリスマスを迎えたい

18日の礼拝説教でお聴きした「アフリカに靴を売りに行った商人の話」は示唆に富むエピソードだった。

「ある人はここでは誰も靴を履いていないから靴はいらないと考え、もう一人の人はここは靴を売れる絶好の場所だと考えて大量に靴を発注した」。

「脳は想像したことを現実として捉え、それが体の反応に出てくるそうだ。不安と恐れにだけ目を留めるならば全てその通りになり、果ては疑心暗鬼になってしまう」。


私は奏楽のご奉仕にあった知子と目を合わせて頷きあった。
まさにその前日も知子との会話でこのことで盛り上がり、体力的なことで気弱になりやすい私は「溌剌とした気持ちで生きるね」と話していたところだったからだ。

さて、イエスの誕生を喜んだ人がいる一方でヘロデ王は不安を覚えた。
そして、恐れの元を抹殺しようと、「ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺し」てしまった。

しかし、3人の博士は希望と喜びだけを見出した。
人はどちらを選ぶのか、何に目を向けるのかで人生の方向性が決まる。何を選択するのかはそれぞれに任されている。
j_je02.jpg
「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

私は希望と喜びと感謝に溢れるクリスマスを迎えるために、神の御前で深く頭を垂れる。祝されたクリスマスをお迎えになりますように祈ります。

附記:
★昨日の午後、キム・ジョンイルの死去を報じた。
罪を悔い改めずに逝ったであろうことを思って魂が震撼した。クリスチャンである横田早紀江さんも同じようなことをコメントされていた。

拉致されたご家族の方々もかなりの高齢になっておられる。
どうか今こそ神の奇跡的な展開をなさしめ、これまで積み上げられてきた祈りを成就して下さるように切に祈る。

posted by 優子 at 16:55| 随想 | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

結婚35年周年のミネソタ・サンフランシスコ旅行

今日は結婚35周年記念日である。

ああ結婚!.jpg

ユキは良輔の若い頃のどの写真を見ても「おじいちゃん!」と言い、若い頃の私を「ママ!」や「マチ!」と言う。わーい(嬉しい顔)

今春、次女夫婦の留学5年目の終わりに夫と共に初めてミネソタを訪ねた。夫と海外旅行するのはハネムーン以来2度目で、次女夫婦の経済学博士号授与式に出るのが第一の目的だった。

しかし、東日本大震災が起きて2ヶ月にもならない時だったので行く直前まで旅行を躊躇させたが、思い切って行ってよかったとしみじみと思う。

「せっかくアメリカへ来るのだから何処へ行きたい?ハネムーンで行った所はどう?」と娘が聞いてくれたので、ロスアンジェルスではなくサンフランシスコを選んだ。

若い頃はロスに憧れたものだが、日程の関係で両方行けないとなればサンフランシスコだ。私はファーマーズマーケットとフィッシャーマンズワーフにもう一度行きたかった。ファーマーズマーケットは定休日だったけれど、それでもシスコを選んだ。

ミネソタで3泊して次女夫婦と一緒にサンフランシスコに飛んだ。
夫はバブルの頃に美濃紙業の社員旅行で行っているので3回目だが、私は再びこの地を踏むとは思ってもいなかった。しかも次女夫婦と共に!

フィッシャーマンズワーフ.jpg

新婚旅行の時とは比べものにならないほど、今は夫のことを愛おしく思う。(今日は久々に大爆発してしまったけれど)

(12月19日7:51追記)
午後は知子に掃除をしてもらっている間に、私は夫とユキの3人でチャッピーの予防注射と日常の買い物に出かけた。
そして、ショートケーキでささやかながら結婚記念日のひとときを楽しもうとした時、コーヒーを待たず相変わらずマイペースで食べ始めようとしたので、活火山の大爆発となった。 

以下はハネムーンの写真だ。

新婚旅行@.jpg

今回もサンフランシスコで2連泊したがヨセミテ国立公園は遠くて疲れるだけなので、サンフランシスコの町をゆっくり楽しんだ。
そして、

新婚旅行A.jpg

ロスアンジェルスにも2連泊。ここはディズニーランド。

新婚旅行B.jpg

サンディエゴを見学後、国境を超えてメキシコ・ティファナへ。

メキシコ人の体格は日本人とよく似ている。
「ニホンジン トモダチ。コレ タカクナイ」と声をかけられて、お仲人さん、妹、義母、義妹、夫の姪などたくさんのお土産を買った。勿論、支払いは全て新郎!

そして今年は私の「断捨離」の年、クローゼットを狭くしていたメキシコで買ったコートやバッグも捨てた。 

(12月19日7:53追記)
ちなみにこの時、1ドルは280円くらいだったと思う。
長い間1ドル360円時代が続いていたが、1971年12月18日(40年前の今日19日)のスミソニアン協定でドルと各国通貨との交換レートが改定されて、日本円は1ドル308円に切り上げられ、為替変動の時代に入った。

最後にハワイで一泊したあと、真夏の服装の上にオーバーを着て真冬の日本へ帰った。

新婚旅行C.jpg
ハワイにて.jpg
新婚旅行E.jpg

次の写真は今年5月、
サンフランシスコのハイアットリージェンシーホテルの前で。
ハネムーンで泊まったヒルトンホテルはこの右隣にある。

結婚35年、再びハネムーンの地に.jpg

「神さま、ここまで年月を重ねて来られたことを感謝します。
そして、私を、しいては私達夫婦を支えてくれた父と母に感謝します。両親の溢れる愛とゆるしゆえに今があるからです。

これからは私達も体力が衰えていくけれど、だからこそ互いに助け合い、真の夫婦として磨きがかけられていくのだと思います。そのように歩ませて下さい」。


ミネソタ・サンフランシスコの旅は、2011年4月29日から5月11日に記録している。(http://yukochappy.seesaa.net/archives/20110510-1.html)にはサンフランシスコの思い出が記されている。
数日前から何度も開いては思い出に浸っている。


附記:
たまたま35周年の今日、大きなテレビがやってきた。長女が居る時でないと掃除が大変だと思って今日お願いしたのだが、よく昨日のうちにテレビの置き場所を作っておいたものだ。

60インチテレビ我が家へ!.jpg

映像を見ていると車酔いしそうな感じだ。人物が一人で映る時は実物大よりも大きく、せめて実物大で映る大きさがいい。

夫はあとづけの機械も買っていた。以前ならばひと揉めしただろう。

今は録画するにもレコード盤みたいなもの(?)まで不要で、録画したいと思えば直ぐにリモコンを押すだけで録画でき、233時間も撮れるとは!使いこなせるか自信はないが。

私達には分不相応な買い物だが商売上仕方のない出費もある。
しかし大きすぎる。
これはホテルや旅館のロビーに置くサイズだ。
目が疲れ、頭がフラフラし、部屋の端まで下がって見てちょうどいい距離だ。

早速ユキが『ダンボ』を見て楽しんでいるのを助けに呟かないようにしたい・・・・・


posted by 優子 at 22:08| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

昨年末に買ったのにまたテレビ?!

2011年7月の地デジ放送開始を前に、どうせ買うならエコポイントがつく昨年中にと2階のテレビも買い換えたところだが、今度は無理やり買うことになった。

某電機メーカーに関係する印刷会社が美濃紙業の得意先というわけで毎年売り上げ協力の声がかかる。この世は持ちつ持たれつというわけで商売していればしかたがないが、近年は量販店並みの値段で買えるのでありがたい。

しかし、今回は60インチの大型テレビで型番まで決められている。やっと許容できたものの、薄型が売りだからDVDの機能もないと言う。今どき何の機能もない大型テレビを買う人がいるだろうか。

私達は新しい機械に弱く、3〜4年前に買った「亀山モデル」(?)というテレビも未だに一度も録画したこともないが、孫がDVDを見るのでブルーレイの機能がないと困る。

真智子たちはミネソタ時代はテレビ無しの生活だったが、ワシントンへ移ってテレビを買った時、「早速Wiiで遊んだよ(笑)。最近のTVはYouTubeの動画も見れるの。すごい!」と言っていた。

大型テレビに何の機能もついていないなんて。今は後付けしないことにした。私の許容量の限界を超えている。

そのテレビが明日配達される。
狭い我が家に大きなテレビを置く場所などないから、今日は6時間以上かかって本箱を移動させて空間を作った。
今夜は美濃紙業の忘年会だったのでユキをお風呂にも入れ、予定していたことが終わった時にはクタクタだった。

明日は笑顔でN電機さんをお迎えしよう。(^―^)

posted by 優子 at 23:56| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

IMFのクリスマス・パーティ

次女関係の記事を更新するのは2ヶ月以上ぶりである。
留学中のことと違って今はIMF職員というわけで、詳しいことを聞けないし公開してもよい内容は限られるので「ワシントン便り」は途絶えがちだ。

しかし世界恐慌の危機を孕(はら)む今、IMFの存在がクローズアップされているので私の中でも関心が高まっている。

ワシントンでは真夜中なのに、10・11月は毎日のように真智子のパソコンはオンラインになっていた。分析や原稿書きなど、いくつもの締め切りに追われて心身共にハードな日々を送っていたようだ。

そのような時は私もチャットで声をかけることもしないしメールも遠慮するが、一段落した時にメールを送ってくれる。

ワシントンに家を構えて大きなテレビを買い、少しずつ家具を揃えながらステキな愛の巣を作っているようだ。

ストレスフルな日々の気分転換に「たこ焼き」をしている写真も送ってくれた。
しかし、ワシントンでもたこ焼き器が簡単に手に入るというから、ホームシックという言葉は遠くに追いやられてしまったようだ。

嬉しく読んだニュースでは、IMFで会ったクリスチャンの友達に誘われて「食事会&讚美歌&聖書朗読&お祈り」というクリスチャンの集いに参加たことだ。その後も"Christian Gathering" メンバーの人たちとの交わりがあるようだ。

11月末にはワシントンを離れて初めてのミッションに同行し、真智子の担当国へ10日間ほど行って8日(ワシントン時間)に帰って来たばかりだ。
そして10日はIMFのクリスマスパーティがあり和服で出席した。
着物を自分で着られるとは、お見事!
アシスタントの着付けクマも素晴らしい!

2011.IMFクリスマス・パーティA.jpg

大きなクリスマスツリーが飾られたメインホールで!

「みんなが素敵だ素敵だって言ってくれる度に、『これは、おばあちゃんが母に用意したものなのよ』って言えて、本当に幸せだった」。

このように語る真智子の思いに、私は言葉には言い表せない満たされた気持ちになった。母が生きていたらどんなに喜んでくれたことだろう。


次は、同じEconomist Program(EP)として採用された人たちとその配偶者達と一緒に撮ったスナップだ。

2011.IMFクリスマス・パーティ@.jpg 

「みんな着物がすごく素敵だ、ゴージャスだ、と言ってくれたよ」。

パーティには招待状を持ってる人しか入れないという。そのパンフレットには「午後8時から午前1時まで」とあり、午前1時までなんて日本ではありえない。
2011.IMFのクリスマス案内状.jpg
いろんな会場で音楽ライブがあり、知り合いともたくさん会えてとても楽しかったようだ。

しかし、そのあとがかわいそう。帰宅してびっくり!!!
着物の後ろ身ごろ下方に広範囲に渡ってワインで染まっているのを発見したのだ。お酒に酔っていた人もいたので避けていたそうだが汚されたのだろうか。

2人はパーティの余韻も吹っ飛び、早速ネットで悉皆屋(しっかいや)さんを検索して電話したそうだ。

私が3時過ぎにパソコンをつけた時、真智子からチャットで声をかけられてこのことを聞いた。インターネット時代とはかくも便利な時代なのかと驚きつつ、今夏お世話になった呉服屋さんに電話するように伝えた。

呉服屋さんは京都の悉皆屋さんを紹介して下さり、(ワシントンDCの)夜が明ければ早速宅急便で京都へ送ることになった。

私は真智子と電話で(セットアップしてくれているスカイプが通じないので)話しながら知子のことを思い出して、実は心の中で微笑ましく感じていた。

というのは、知子が中学1年生の夏に2週間ほどオーストラリアへ行ったことがあった。その時はまだまだ高価だったコンタクトレンズをオーストラリアで無くして、知子はそのことを詫びるために国際電話をかけてきたのだ。

暫く話を聞いていた私は、「コンタクトレンズは仕方ない。もう電話切るよ。高い電話代でますますレンズ代が高くつくから」と、国際電話を切ったのだった。(笑)

今や顔を見ながら話せるテレビ電話(スカイプ)を24時間繋ぎっぱなしにしていても無料という時代になっている。パソコンからかけてきてくれている電話も日本の国内電話代よりももっと安いようだ。

真智は大きな仕事をしたあとの楽しいパーティだっただけに尚更ガッカリしただろうが、長い時間が流れた時、「そんなこともあったね」と懐かしい思い出になることだろう。

今や日本本国でも着物は民族衣装のように非日常的なものになってしまったが、世界を舞台に活躍する女性は日本の美しい着物文化も世界に発信してほしい。

夫婦共に休暇が取れたマチ・クマは、クリスマス明けに帰国し2週間ほど滞在する予定だ。全家族揃って年末年始を過ごすのは3年ぶりだと思う。
今から楽しみだ。

お母さんを亡くされた浅田真央さんの慰めを祈りつつ。

附記:今日の礼拝に妹も共に集った。感謝。

posted by 優子 at 22:01| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

1週間ぶりの更新

この冬初めて真冬並み寒さの今日(最低気温−1.6度)、美濃紙業主催のゴルフコンペがあった。義父の代から続けてきた会社のゴルフは今日が最終回となった。

今まで夫と共に参加されていた方が来年早々に定年退職され、そのあとはゴルフをする社員がいないからというのが主な理由だ。

今朝、私が目覚めた時は夫は家を出たあとだった。三重県伊賀にあるゴルフ場でマイナス3度の中でプレーをしていたそうだ。最終回のゴルフコンペも事故無く終わり、皆さんも無事に帰宅されたことだろう。

私でさえ一抹の寂しさを感じるが夫はどうなんだろう。(追記:夫は何の感慨もなく「別に」と言った。良輔らしい。)しかし、このご時世にふさしいことであると思う。この1〜2年間に廃止した会社も多い。

そして、今日はCS(church school:教会学校)のクリスマス会でユキと知子は教会へ。昨年は美濃紙業の土曜出勤と重なったので私と行ったが、今日はゴルフと重なって大好きな電車に乗れると大喜びしたユキ。いつものように近鉄沿線の最寄りの駅まで教会の方に送迎して頂いて感謝!

この1週間ブログを更新していなかったのは体調が悪かったわけではない。さすがに今日はこの寒さで血圧は高くなったものの4〜5日前から安定し始め、水曜日にはユキと幼稚園へお餅つきにも行った。
「大人の人でお餅つきをやってみたい人はどうぞ!」と言われて、私は躊躇することなく「はい!」と手を挙げて出て行った。私一人だった。

そんなわけで元気にしているし多忙すぎたわけでもないし、家族ともめ事があったわけでもなかったが書けなかった。何も感じなくなっていた。

ブログが空白なので心配してメールを下さった友に返信を書き終えて思ったのは、どうやら残り少ない人生への焦りを感じて悶々としているのかもしれない。

そんな冴えない精神でも一川防衛大臣と山岡消費者担当大臣の言動には唖然とした。それだけではなく、彼らの問責が可決されたにも関わらず続投させる野田首相も理解できない。野田さんは何を考えているんだろう?!

それだけに「大阪維新の会」なる橋下新市長への見方が変わってきた。
「維新」とは「維(こ)れ新たなり」で百事一新を意味する。人間の成すこと功罪半ばするだろうが、彼の言動に期待して注視し始めている。

私にとってブログ更新は高揚度のバロメーターだ。実は2週間ほど前から精神活動はスローダウンしており、長い停滞期になってしまわないかとの思いもある。

自分独りになれる静かな時間がないので、腰を据えて関心のあるテーマに没頭することができず諦めを感じ始めている。

14枚目の喪中の葉書きが届いた。
活字になって読むと辛い。
従兄弟がもう一度死んだみたいだ。

ユキは「明日も教会へ行ける」と嬉しそうに笑った。救われる。


posted by 優子 at 21:42| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

神による長女の転機

美濃紙業では毎年11月の土曜出勤の日に、年に1度の社内あげての全体会議がある。今年は先週の土曜日26日だったので、教会の委員会と重なった私は孫を連れて教会へ赴いたのだった。

この日は、倉庫の人、断裁、営業、店頭、経理、管理職と、全ての者が集まっての会議である。その時には各自が1年間を振り返って反省と改善すべき点、そして、今後の目標を発表する場も組まれている。

そこで話した長女の「私の仕事と今期の目標」を聞かせてもらったので私なりに記録しておきたい。

知子は今、資金繰り、給与関係、総務全般を一人で任されている。
かつては銀行出身者の配属により経理部門は万全であったものの、総務全般の幅広い知識を持つ人がいないということが、役員間では長年「美濃紙業の弱点」として問題になっていた。

そこで経理の勉強の傍ら、総務の幅広い知識を得ようと努力してきたこと。人事関係、労務関係それぞれから事例を挙げて説明もした。

人事には給与に関わる社会保険、納税関係、労務関係全般など範囲は広く、それに関わる背景知識をつけるためにインターネットや本で膨大な量の文章から根本となる基礎知識を得たという。例えば1500ページの資料を3回読んで・・・と、その取り組み方は凄まじい。

必要な申請書類の提出、会社の就業規則や人事管理など、現状を改善するため企画・立案して社長に提出するのが総務としての知子の仕事になっている。


そして、スピーチの最後は次のように結んだそうだ。

「社内には他に識者がいないために、何をどう勉強していくか、それさえも自分にゆだねられているという意味では、本当に高度な熱意と理解力が求められますが、説明会や関係者などに積極的に食いついて、これからも日々努力していこうと思います」。

この1年余りの娘の働きぶりは猛烈で、今も参考資料をネットで、また、通勤電車でも常に読んでいるので、視力が0.02という弱視の目を酷使しているのが心配だ。

入社して以来、知子の周囲の者への忍耐度は私の目に余るものがあった。娘から話を聞いた私は、「その忍耐は間違っている」と怒りをぶつけたこともしばしばだった。
しかし、「仕事と人間の成熟両面にとって私には絶対に必要な忍耐であるとわかっていた」と知子は語った。

実際、1年経った今、周囲の人々が少しずつ変えられてきているという。そして、
「神さまはこのことも全てを働かせて益として下さるということがわかっていた。社長(父)から全く指示がないだけではなく誰からも教えてもらえなかったが、必ず毎日毎日神さまが指示して下さり、必ず必要な時に助け人が送られてきた。

私が望まない(気がつかない)のに、向こうから来て下さり必要な導きを与えられた。神さまは絶対に必要な時は人を動かされる」。


このことはこれまでにも何度も何度も知子が話していたことである。
売り上げが落ちるばかりの苦しい業績の今、ようやく夫(社長)は「美濃紙業且ミ員の基本姿勢」を厳しく自分の言葉で語ったそうだ。

そのあとに、早速知子が総務の立場で必要事項をレクチャーした。その概要は次のようなものだった。

今月中旬に大阪府労働保険事務組合の事業主説明会に代理出席し、主にそこで得た情報をもとに大阪府下の各労働基準監督署の監督実施状況報告。

そして、「36(さぶろく)協定」の説明と更新。
近年はこの全体会議にて協定を更新し、毎年12月上旬に労働基準監督署へ提出するが、新入社員のためもあって労働基準法第32条〜37条の説明をして協定の更新手続きに入った。

このほか、健康指導と注意喚起など必要な資料を配布して話したと言う。これまで健康管理について詳しく聞いたことがなかった人が殆どだったのだろう。健康面に関心を示された社員さんがいろいろ聞いて下さるという喜ばしい反響を頂いているようだ。

この日の知子の発言は多くの社員たちの心に響いたようである。早速感想を聞かせて下さった方もおられた。私はこれらのことを会議1週間後の今日になってようやく聞く時が与えられた。

今年も私は何度も夫の人事について激論した。人事は経営そのものであり、経営に密着している大切なことだからだ。

知子は今年2月に退職された敬愛する上司や社外関係者との出会いを通して、最もふさわしい時に最もふさわしい導きと励ましを与えられてここまで来ることができたのである。

この人たちは職場での娘の働きを最も理解し支えて下さった人々であり、私は今、一つの結実、神さまのみわざを見る思いである。

かくして、知子はまだまだ体調が良くない状態での精神的に苦しい1年間であったが、いつの頃からか知子の忍耐は愛に変わっていた。今、私の脳裏に響いているパウロの言葉を知子に贈りたい。


「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。 それだけではなく、患難をも喜んでいる。

なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。そして、希望は失望に終ることはない

なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである」。
        

            (ローマ人への手紙 5章1節〜5節)

アーメン。
どうかこの厳しい時代にあって美濃紙業の上に神の祝福がありますように。神は祝福を与えんがために知子を立たせて支え抜いて下さったのだと思えてならない。

しかも、このような中にあって10月半ばから夕食を作り始めてくれている。私達が積極的に野菜を摂れるような献立を考えて、美味しく目新しい料理を並べてくれる。

知子は今もたびたび体調不調になるが2〜3日で回復し10月以来寝汗もかかなくなった。気がつけばそれほどに体調も整えられて年齢相応の健康が戻っている。

神はいよいよ知子に備えて下さった賜物を豊かに用いられるのだと思う。自分が磨かれていく手応えを感じるような生きがいに溢れる日々を過ごさせて下さるのだろう。

2011年11月、知子は新たなる段階に入った。
ハレルヤ!


附記:
今夕刻、社員Oさんのお父様が亡くなられたとの知らせが入った。
朝に夕にユキも一緒にお祈りし、ユキはお見舞いのお手紙を書いて知子に託し月曜日にお届けすることになっていた。

posted by 優子 at 23:59| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする