2013年01月25日

「聖書と経済」―日本最大規模の顧客数をもつ投資アドバイザーの講演より―

日本最大規模の顧客数をもつ投資顧問業者エフピー(FP)ネット株式会社代表取締役、資産コンサルタントである松島修氏の「聖書と経済」を興味深く読んだ。

経済はものすごく聖書とリンクしている。聖書の視点で見ると経済のことが見えてくる。

昨今の世界経済で話題になっている「金融危機」「経済危機」「想定外の災害」というようなキーワードについては、すごく黙示録的だ。黙示録のイメージに当てはめることで、「次はどうなるか」というのが見えてくる。
 
聖書と経済については、1990年にバブルが崩壊して以来、注目が集まるようになった。現在の経済情勢について、100年に一度、一回しか経験しないような大きなショックの中にある。ものすごくチャンスの時だと思う。

なぜ金融危機、大震災が生じたのかというと、(神様が)間違った方向に向かっていたものを戻そうとしている。的外れな思いから聖書的な思いに転換しなさいという警告を与えている。
100年前の危機は(今生きている人は)誰も経験していない。この金融危機はあと2、3回生じるだろう。

これからは「波に乗る」時代から、「時代を創る」時代になっていかなければならない。
聖書の考え方、行動様式に則って、何をするべきかを具現化できる時なのでクリスチャンが時代を創っていく役割がある。大きくクリスチャンが働いていける。神の国を目指す人を見て賛同していく人たちが多く現れてくる時代である。

今までは「一生懸命努力することは良いことだ」と思っていたが、それが間違いだったことに気づいてきた人が増えてきたことだ。人がいくら努力しても、それが使命から外れていれば、広い意味での貧困を招く。

自分の努力で成功するのではなく、「神と共に歩み、皆がチームを形成すること」が大切で、これが共存共栄の基である。お互いが王でありチームを形成するという意識が無い限りうまくはいかない。

人間がひたすら努力するなら神がなんとかしてくれるというのは「神風」的な発想であり、日本人は、努力はひたすら良いことであり、そのために神を召使いにしてしまっている。しかし実際は神が与えられた目的以外のことを努力しても全然だめである。

自分に与えられた目的ではないことは的外れであり試練がくる。「どれだけ良いことをするか」ではなく、「神に与えられた目的をどれだけ達成できたか」を意識して生きるべきである。
    
    (『クリスチャン・トゥディ』1月22日づけより抜粋)http://www.christiantoday.co.jp/article/5704.html

この記事はカテゴリ「引用文」に収録すべきところを「美濃紙業関係」に記録した。それは知子の働きと重なるからだ。

知子もまた、まさに「ビジネス自体が社会貢献であり伝道である」との信念で情熱的な働きをしている。それが神のご意思であり喜びであるという挑戦に対して、神は必ず実を結ばせて下さると確信している。

ガラテヤ人への手紙6章9節:
「失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります」。
知子が今年の年賀状に刻んだみことばである。

posted by 優子 at 21:47| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2013年01月22日

「あんないい子が殺されなきゃねえのかなあ」

アルジェリアの人質事件で死亡が確認された7人の1人、日揮の社員アルジェリア開発プロジェクト部長・伊藤文博さん(59)の母(82)は、宮城県南三陸町の仮設住宅で独りで暮らしている。津波で全てを失い、息子の思い出は鉛筆一本残っていない。

2月18日に息子と再会するはずだった。

「あんないい子が殺されなきゃねえのかなあ」。

「電話が来たときに『しっかり食べてるか?』と気遣ってくれる、心優しい子だった。一番頼りにしている本当にいい息子だった」。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130122/t10014981601000.html 

母・フクコさんの言葉は小林多喜二の母・セキを思い出させた。

「ほんとに神さまがいるもんなら、多喜二みたいな親思いの、きょうだい思いの、貧乏人思いの男が、あんなむごい死に方をするべか」。

実にこの世は不条理だ。不条理すぎて何も言葉を綴ることはできない。

「神さまは、正しい方だから、この世の最後の裁判の時には、白黒つけて下さる。お母さん、安心していていいんですよ」。

これは多喜二の妹が通っていた教会の近藤治義牧師がセキに語った言葉である。
母・セキはこの牧師の人柄を通してまことの神の存在を知り、悲しみから解放されて天国へ帰って行った。
http://yukochappy.seesaa.net/archives/20081112-1.html

今夜10時過ぎ、7人の遺体を日本に連れ帰るために政府専用機が首都アルジェに向けて出発した。これから向き合わねばならぬ遺族の現実を思うと胸がつぶれる。

テロの犠牲になられたご遺族の上に神の慰めと救いがあるように祈るばかりである。


posted by 優子 at 22:27| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2013年01月21日

経営者は意識改革に励むべし!

「私自身の意識改革に励んでいます」。
励むべし!
会社は利潤追求を第一とするものであり慈善事業ではない。
ついに「神の時」か!

「天が下のすべての事には季節があり、
 すべてのわざには時がある。

 生るるに時があり、死ぬるに時があり、
 植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、

 泣くに時があり、笑うに時があり、
 悲しむに時があり、踊るに時があり、

 黙るに時があり、語るに時があり、

 戦うに時があり、和らぐに時がある。

 神のなされることは皆その時にかなって美しい」。


思いつくままに「伝道の書」の聖句を口ずさむ。


「アルジェリア人質事件で日本人7人の死亡が確認された。」
たった今、政府対策本部の速報が流れた。


posted by 優子 at 23:05| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

神のみことばの上に立ち直して

昨秋に二人の牧師から御恵贈にあずかった本を読みはじめたはいいが、今年になってから積んだままになっている。早く拝読して感想をお送りせねばと思いつつも、ある出来事が一層深刻な事態になってトゥルニエを読む日々が続いている。

私は同じ組織に属する者として意見すべきかどうか迫られている。私も自分なりの考えを持っているが、今一度自らに感情的に関わろうとしていないかを確かめているところだ。

つまり、自分のことは棚に上げて他人の欠点に着目してはいないか。独善になってはいないか。自分の意見を反映する声だけを聞いてはいないか・・・など、自分自身を丁寧に探っている。

相手の意見を聴く場合は中立であること。特に自分の意見と異にする時には相手の意見を尊重せねばならない・・・と、自らに語りかけている。

しかしながら、畢竟、自己開示することなくしては他者との相互的な接触をもつことはできないし、相手を理解したいと思っても相手が心を開かぬ限り不可能だ。良き人間関係を築くには意見を尊重する場合もまた例外ではなく、どうしても相互性というのが必要だ。

では、自己開示できない人との解決策は何か?!そのことが問題の核心なのである。

私たちはみな自我が強く、自分では変えることのできない部分を持っている。そして、そこに神が介入してくださってみわざをなしてくださるのである。
ということは、神と神の真理に自分を完全に委ねるかどうかにかかっており、あとは神に委ねること。これが答だ。

私は今一度、真剣に神に助けを求め、優れた結論を導けるように論理的な理由に基づいて行動したいと思う。

そのために「耳を傾けるに値するアドバイスを与えてくれる人」に相談もした。「与えられたアドバイスを単純に受け入れたり拒絶したりせずに、注意深く吟味」もした。

そして今、神のみこころがはっきり示されるまで結論は出さずに祈って待っているところである。


「神への信仰がなければ、愛はあきらめて死んでしまいます。
神が語られた『すべて』を信じつづけないかぎり、私たちの愛は、人生における侮辱や拒絶、そして失望を生き抜くことができません。神のみことばの上に私たちの愛の基礎を据えないかぎり、愛は敗北してしまいます。神を信頼してこそ、愛は強くありつづけるのです」。

          (RBCミニストリーズ・探求の書シリーズより)

今一度、神の愛、神のみことばの上にしっかりと基礎を据え直そう。神の愛を基盤とした時に進むべき道が示されるように思う。

トゥルニエは言う。
「神はわれわれ人間をお導きになりますが、それは我々のお導きに委ねる程度によってさまざまなかたちをとることでしょう。それはわれわれに自由意志を認めておられるからです」。

神は今、私に何を求めておられるのだろうか。
それを見出して、主のみ心にかなった決断ができますように。

神への信仰により導きを祈ることができる特権と、アドバイスを寄せ、祈ってくださっている友に感謝している。

posted by 優子 at 23:19| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

教育現場では教師の暴行を体罰という

大阪市立桜宮高校のバスケットボール部キャプテンの2年生男子生徒が、顧問の教師から暴力を受け続けて先月23日に自殺した。

このニュースを耳にした時、帰国していた次女は「23日と言えば私たちが教会でクリスマスをお祝いしていた日・・・」と言葉を詰まらせた。そのあと誰も言葉を継ぐことなく長い沈黙が落ちた。

その後、日を追って詳細が明らかになってきた。
私はあまりの出来事ゆえにブログで取り上げることさえできなかった。しかし、1日として脳裏から消えたことはなく、ましてや能天気に関心事は我がことだけとばかりに書いていたわけではない。

このニュースを耳にした瞬間、教師や学校関係者に対してだけではなく周囲の生徒や保護者たち、また、体罰を容認している世間の風潮と自死を選んだ子供にも憤りを覚えた。

「なぜ死んでしまったのか!!! 死ぬ気になれば何でもできるではないか!!!」と、もはや取り返しのつかない命を前にして心の中で地団駄踏んで泣き叫んでいた。

体罰は教育の邪道であり絶対にあってはならないことだ。専門職というプロ意識など全く感じられない。しかも、このようなことが学校外で起きれば間違いなく暴行事件であるのに、それを体罰としていること自体に耐え難い憤りと悲しみが突き上げてくる。


暴力だけではなく依然として言葉の暴力もまかり通っている教育現場である。それに対してどのくらいの保護者が問題意識を持っているだろうか。私は微々たるもの、いや、皆無かもしれないと思っている。
是非、過去ログ・「小学校教師の暴言に唖然!」(2011年10月1日)を再読していただきたい。

ところがまたその対極では、心ある素晴らしい教師が心身を病むほどに悩み込んでいる。

中学校に入学した段階で一部の子供たちは、既にどうしようもないほどに人格の基礎が歪んでしまっていて、先生方のプライドも何もかもをズタズタにしてしまう現実がある。あまりの過酷さに入院や退職される教職者もあとを絶たない。

子育て中の親なのに学校環境や社会に対してあまりにも問題意識が稀薄すぎる。問題意識がないから当事者意識もなく、全く声が上がってこない。

しかしながらこれでいいのだろうか。
子育て中に人間として大切なことを学ばなくてどうする!
子供を授かった者は、子育てを通して自分自身が育ち直す時ではないのか!


親たちの話題になる関心事はただただ「勉強」と呼ばれる関連のもの一色だ。しかも幼稚園児の年齢から!!!
幸いなことに孫が通っている幼稚園は、親を導くという重要な使命をも強く持って働きかけて下さっている。

私は昨秋から人間の実相を直視しての問題に心を痛めている。あまりにも客観的かつ相対的に見ることができない人について考えさせられている。
いや、それ以前に自分が困っていることにも気がつかないのか、悩まねばならないことに悩めないのだ。現実逃避が身についているのか、あるいは自信や自己顕示欲が強すぎて自己洞察ができないのだろうか・・・思い煩う日々である。

理解し合えると思うのは幻想で、私はいい年をして未だ自分の限界も知らずに神さま抜きで自分の力でしようとしているのだろうかと、問題に巻き込まれて見えなくなって迷妄に陥る危うさを感じて、今週に入って敬愛する祈りの友に相談をかけることにした。

この年齢の私でさえ新手のむつかしさに悩まされているのであるから、自死した生徒は苦しみ抜いたのであろう。生きることがどんなに尊くてどんなに素晴らしいことであるかを知らないままに、可能性がいっぱい詰まった若い命がまた一つ失われた。惜しまれてならない。

どの組織や人間関係においても互いに育ち合い高め合う存在となって、生きる喜びを味わいたいものである。


附記:こういう重い記事を書くと、頭の中の血管がズキンズキンしてくる。血圧がかなり高く上がっているのだろう。こんな時はユキやマチの記事を開いてリラックスするのだが、大急ぎで夕飯をつくらないといけない。


posted by 優子 at 17:56| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

アメリカで食べるごまめはおつ(乙)な味?

この写真は2012年クリスマス礼拝のあとで写した集合写真よりトリミングしたものだ。
2012年クリスマス礼拝後に.jpg

「もうすぐマチとフーが帰ってくる!」
「今日、マチとフーが帰ってくるよ!」
「今日、マチとフーがアメリカへ帰ってしまう」

唐突に「マチとフー」と言っても誰のことだかわからないのに、ユキは幼稚園の先生だけではなく、子供たちの送迎当番のお母さんにも話していた。本当に二人の帰国を楽しみにしていただけに、別れは辛かったことだろう。それは私も同じ。夫と知子もまた。

(ウィー)ボーリングで負けて泣く.jpgマチに風邪の症状が出ていなかった時のスナップ。ユキはウィーのボーリングで負けて泣いている。楽しかったねー。
ボーリングで負けて泣くB.jpg

8日の幼稚園は午前中までで生協さんの共同購入の配達時間と重なるため、私は直接園へ迎えに行った。すると担任の先生と主任先生が駆けつけてくださり、ユキがマチ・クマのことをいっぱい話していることを教えてくださった。

そして、「昨日(別れの時)はユキちゃん、泣きませんでしたか?」
「5月にアメリカへ行くって言っていますが本当ですか?」と、矢継ぎ早に聞いてくださった。

真智子たちに赤ちゃんが授かれば、私は出産後のしばらくだけでも助けてやりたくてアメリカへ行こうと思っているが、まずはこのゴールデンウィークにユキと一緒に行こうという話になった。

しかし、ユキにとっては知子と行くほうがもっといいだろうし、3日間休むだけならば知子も無理できるのではないか。7日朝、知子が出社したあとに真智子たちと話していたのだった。

その夜、夫に相談すると賛成してくれたので知子は決断した。そのことをユキは早速先生にも話したのだった。どうか神さまが実現させて下さるように!

「日本での時間はパラレルワールドという感じだけど、本当に楽しかった。持ち帰ったものも、元気にしてくれます。
ちなみに、ごまめ、ものすごくおいしい!!!!
まちが作ってた時はこんなにおいしかっただろうか。
味わいながら食べてます。ありがとう。
くまもいっぱい感謝しています」。


毎年ごまめはマチの受け持ちで気長に炒ってくれていたが、今年は風邪でダウン。12月31日は重箱におせち料理を詰めてから「ごまめ」の作り忘れに気づき、省略と相成った。そして、出発前夜に作って持たせてやることにした。

1月6日夜、150グラムのごまめを「田作り」にして半分ずつ分けた。我が家では知子と私の二人で2回目の食卓で無くなってしまった。

30代のいつ頃だったか覚えていないが、私は母に、「今までごまめなんか一口も食べなかったけれど今は大好き。おいしいねぇ」と、母と一緒にごまめをつまみながら言ったことがあった。すると「年を取った証拠やなぁ」と微笑んだ母。

今も忘れない母の味。
私も娘たちに覚えていて欲しい。ユキにも。
母の味を引き継ぎ、「お義母さん特製の美味しい茶碗蒸しもいただけて、とても嬉しかったです」と、婿にも覚えてもらいつつあるのは嬉しい限りだ。

持たせてやった塩数の子を塩出しして小正月を楽しんで欲しい。アメリカで数の子もまたおつなものだろう。
いつものように関西風の丸餅と関東風の角餅、大納言あずき、焼き海苔に味付け海苔、とろろ昆布に塩昆布・・・と、母国の食べ物は疲れた心をリラックスさせてくれるに違いない。

行ってしまったあとで桜の塩づけを見つけたときの辛さは毎回経験する感情だ。餅米で桜ごはんを炊いてやりたかった。そんなつまらないものであっても、親はあれもこれも食べさせてやりたいと思う。いつも一緒に居れない娘と婿だから。

「ゆきちゃんといっぱいあそべてうれしかったよ!
おみおくりもきてくれて、ありがとう。
ゆきちゃんとママがアメリカにくるの、とてもたのしみにしているからね」。(クマことフー)

「ゆきちゃん、アメリカにくるのを楽しみにしてくれてるんやね。
寂しい気持ちも吹っ飛ぶぐらい嬉しいよ!
絶対来てね!って言っといてね」。
(マチ)

私も新たなるチャレンジを始めている。
マチ・クマも元気でね。
今年も心を込めて生きようね!
マチの声が聞こえるよ。
「いつもイエス様が一緒よ!」ってね。ハートを持つクマ.gif


附記:昨夜からの雨は今朝9時前から雪に変わった。ユキと雪.jpgこの冬2度目の雪景色だ。


posted by 優子 at 15:41| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

神の御臨在を感じた甥の結婚式

今日は夫の甥の結婚式があるのでお昼前に家を出て大阪南港に向かった。結婚式会場は陽射しを取り入れた明るいチャペルだった。

花嫁入場で花嫁の孫娘を見つめておられる母方の祖母に目がとまった。その姿が亡き母と重なり、娘たちを愛してくれた父母に思いをはせた。

式が始まった早々から知子のことを思って心が痛んだ。そして、ユキのことを思った。
「神が合わせられたものを、人は引き離してはならない」。
牧師の宣言(聖句)が奇妙に聞こえた。

知子の結婚は私たち夫婦が反対し続けたものであった。その場合も牧師の宣言はふさわしいのだろうか・・・と思ったのだ。2年に及ぶ時をかけて娘に心を尽くしたが聞き入れられず、ついに私たちは手を離した。娘の人生は娘自身のものだから。
しかし、私たちは祝福して結婚式に臨んだ。

結婚後すぐに娘自身も私たちの助言が正しかったことを知ることになったが、私たちには相談することもできず2年8ヶ月間痛々しい努力を続けた。心身を病むまでに。
そして、全てが明るみにされたのが2009年3月末で、終止符を打ったのは2010年1月だった。

私は心の痛みと悲哀で胸がいっぱいだったので一心に讃美歌を歌った。

「いつくしみ深き友なるイエスは 変わらぬ愛もて導きたもう」
深い慰めを感じた。
その通りだ。知子は今、神の恵みの中で力強く生かされている。知子でしか歩むことのできない人生を生きている。

そして、今朝読んでいた聖書の言葉も思い出していた。 
「神は、彼らを再び(キリストと)つぎ合わすことができるのです」。
「神の賜物と召命とは変わることがありません」。
(ロマ書11章)

賜物は力であり、召命は計画でもある。
つまり、神の力と計画は変わることがない。知子のことは神が心配して下さるのだから心安んじて励むことだ。ユキのことも。

式の間ずっと神の臨在を強く感じていた。
新郎新婦の幸せを祈った。


そして、式が終わった時、外国人の牧師が最前列の新郎の両親家族を祝福し、2列目の私にも挨拶してくださった。
牧師の司式は形式的ではない熱いものが感じられ、個人的な体験をも織り込まれた聴く者に届くメッセージだった。教会ではなくホテルでされる形式だけのキリスト教結婚式では珍しい外国人牧師だった。

牧師が私にも声をかけてくださった時、私は牧師を励ましたく" I am a christian." と言葉をかけ、" It was a wonderful message of your marriage ceremony. I am writing Jesus Christ's testimony. "と言い、気がつけば握手していたので、慌てて手を引っ込めた。あまりにもひどく荒れたカサカサの手だったからだ。

彼はご自身の教会について話されたので名刺を差し出すと、「『過去には感謝、現在は勝利、未来には希望』。いい言葉ですね。」と、私の名刺に印字している漢字も難なく読まれた!

心の痛みを感じ淋しい思いをしていた私に、神さまは牧師を通して豊かに祝福してくださったのである。

このあともまた話しかけてくださり少しの間しゃべっていた。牧師が日本語を自由に話すことができると分かったので日本語で話した。私は英語が不自由だから(笑)。

教会が抱える深刻な問題も神さまはそのままにはされないであろう。外国人牧師は私の心に大きな虹を架けた。


posted by 優子 at 23:26| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年01月09日

最悪こそ最善なり ―2013年年頭所感・業界紙掲載文―

最悪こそ最善なり
 

         日本洋紙板紙卸商業組合・副理事長
         日 紙 商 西部ブロック会・理事長   藤本良輔
         大 阪 洋 紙 同 業 会・理事長 
              

新年あけましておめでとうございます。
昨年は大手家電メーカーのパナソニックやシャープが、韓国や中国家電メーカーの攻勢により二期連続の大幅な赤字となり、関連の中小企業にとっては企業の存続が脅かされる厳しい年となりました。     

大阪洋紙同業会も景気減速による経費削減や家電業界の低迷による紙需要の落込みは大きく、全国ベースと比べても厳しい状況でした。

我々は2011年に大幅な価格修正を達成したものの、東日本大震災により紙不足となって輸入紙が緊急輸入され、国内メーカーだけではなく輸入紙も交えての競争になりました。

一部では値上前の価格に逆もどりするなど、過去に経験したことのない厳しい状況となり、卸商にとりましては一刻の猶予なく経営改革に取り組んでいかなければ生き残っていけない現実です。

紙需要においてもリーマンショック以降は紙の使用量が大幅に減っていますし、アイパッドやスマートホンの情報端末の爆発的な普及により、今後ますます電子化によるペーパーレスが進んでいくと思われます。

我々の客先である中小印刷業界もまた情報化の流れで小口印刷が減っており、倒産廃業する印刷会社が後を絶たちません。一方、通販印刷会社の存在も大きく、印刷業者が通販印刷会社に丸投げするケースが増え大きな影響を受けています。

このような状況下で卸商はどのように対応していけばいいのか、そのことが存続できるか否かを決定するといっても過言ではありません。
もはや今までのように数量を追いかけて安売りを続けていては立ち行かず、売り上げを落してでも利益率重視の経営に切り替えていかねばなりません。そのためには是が非でも業界の協調協力体制が大前提となってきます。

卸商も紙以外の商売を考えていかねばならないとはよく耳にすることですが、そんなにたやすいものではありません。今まで安定的な需要に守られ、また、異業種の参入もないからと安住してきた業界ゆえに、新しく何かをしようと考えても発想することすらできないのが現状ではないでしょうか。

我々は今一度原点に立って達観し、大切なことを見失わないことが肝要です。そして、本気で経営改革に取り組むために、全てに先立って私自身の意識改革に励んでいます。

そして、全社員が危機意識を持って職務にあたり、仕事を通して互いに人格を養っていく会社経営を実現したいと願っております。この厳しい状況だからこそ良きものが生まれることを信じて邁進したいと思います。

最後に、紙業界、関連業界、関係者お一人おひとりのご健勝と益々のご隆盛を祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。

          (美濃紙業株式会社 代表取締役社長)

今年もいくつかの業界紙に夫の年頭所感が掲載されている。
全知全能の唯一絶対なる神の公式は常に希望の公式であり、いかなる場合も最悪を通して最善へと導かれていくことを私たちは知っている。
ただし、神を見上げて進む者にのみであり、人間が作り出したカミ頼みではないことは言うに及ばずであるが!


夫は今年も仕事始めの7日から紙商組合での挨拶をスタートに、昨日はリーガロイヤルホテルで530名が集った業界5団体で、午後は紙文具流通センターと、もうしばらく新年互礼会での出番が続く。

私は次女夫婦との語らいから今迄見えていなかった夫のプラス面に気づかされた。知子もまた改革2年目にふさわしいスタンスで、父(社長)との信頼関係を強くしてスタートを切ったことであろう。

それゆえに私は今まで以上に夫の歩みにも期待をかけている。力強い娘と両輪となって、美濃紙業の社長として、また、業界の重鎮の一人として主導していく責任と自負を持って励むに違いない。今まで積み重ねてきた経験をフルに活用して人生の成熟期を謳歌してほしい。

私もまた夫を支え、改革2年目にふさわしい支援ができるように聡明で成熟した女性像を求めて励みたい。


附記:今年初の美濃紙業のホームページ" being & doing " は、この記事と同じ内容で7日に更新されています。

2月4日追記:この記事は2月2日に削除し、改革の先頭に立っている者がその境地に最もふさわしい詩を掲げております。当ブログでは削除せず記録として残しております。
4月7日追記:再び" being & doing "に復刻。

※『メメントドミニ』に掲載した年頭所感は、2010年の「統廃合は時代の必然 」(http://yukochappy.seesaa.net/article/138249844.html)からで、それに続く2011年の「変革の時代を越えうるもの」(http://yukochappy.seesaa.net/archives/20110106-1.html)の2つが過去ログとして記録されている。
2012年の年頭所感はノータッチだったので『メメントドミニ』には掲載していない。


posted by 優子 at 07:45| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2013年01月08日

4・5日は鳥取県・三朝(みささ)温泉へ

4日奈良の最低気温は‐2.5度と寒い朝だったが大阪もまた寒かった。4日朝、大阪駅から「スーパーはくと」に乗り三朝温泉へ向かった。
姫路から山陰地方に向かう眺めはいつしか雪景色に変わり、終点倉吉も雪が降っており15センチほど積もっていた。

雪景色.jpg

「スーパーはくと」命名の由来は知子のひらめきどおりだった。
古事記に出てくる『因幡の白兎』の「淤岐嶋(おきのしま)」については諸説あり、その一説に鳥取県隠岐島がある。その関連で「白兎(しろうさぎ)」を音読みにして名づけられたというわけだ。

スーパーはくとA.jpg

「はくと」の最後尾に乗ったので大喜びのユキ!

スーパーはくと倉吉到着!.jpg 

倉吉駅着!

ワシントンから「温泉に行きたい!」との声が届き、1年半ぶりに家族全員で旅行に出かけた。やっぱり家族そろうのが最高。本当に楽しかった!異国の地に住むマチ・クマにとっては最高のリクレーションになっただろう。風邪引きのセットだったけれど。ちっ(怒った顔)

三朝温泉A.jpg

マチが大好きなユキ.jpg

旅館で.jpg

クマの足!.jpg 靴のサイズが30センチのクマがスリッパを履くとダイエットスリッパになってしまう。わーい(嬉しい顔) 
私の血圧もまあまあ安定していたので露天風呂にも入った。露天風呂に行く途中で雪が体にかかって震え上がった。

この旅館は「皇室(皇族?)旅館」と呼ばれ、皇族が中国地方に来られた時はここに宿泊されるという。
翌朝は雪はやんでいた。旅館からすぐ近くにある有形文化財の三朝橋でパチリ!

三朝橋@.jpg 三朝橋A.jpg

「やっぱり一緒に撮ればよかったな」とつぶやくと、

三朝橋_全員の合成写真.jpg

クマが合成写真を作ってくれた!すご〜〜〜い!!!
 

「白壁土蔵のまち」

白壁@.jpg

本当に楽しい旅行だった。良い思い出をありがとう。
マチが居なかったら愚痴っていただろう帰りの電車の時刻もマチは笑いに変えた。「小さな喜び探し」が上手な真智子。私たちは見習うべし!
「駅なかカフエ『らく』」を行きも帰りも愛用したね。わーい(嬉しい顔) 
楽しい時間だったね。忘れないよ。


13時55分追記:今朝8時22分に無事サンフランシスコに着いたとのメールあり。
ワシントンダラス空港へは夜中の12時着で、家に着くのは8日の午前2時頃になるだろうとのこと。ということは、既にDCに着いているのだろうか?・・・時差を考えると頭がこんがらがってしまった。

16時12分追記:14時24分に「今無事にワシントン ダラス空港に着陸しました」とのメールが届いていた。
「神さま、ありがとうございます」と言った瞬間に熱い涙が流れ、しばらく言葉にならなくて黙祷していた。

16時50分追記:「今無事に自宅に着きました」とのメールが入った。ワシントン時間、真夜中の2時50分だ。
「神様に感謝。お祈りしてくれたみんなに感謝。今日はお風呂入って寝ます。
帰国中は本当にいろいろありがとう。くまもよろしく言ってます。取り急ぎご報告まで。おやすみなさい! 真智子」


posted by 優子 at 13:52| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2013年01月07日

次女夫婦、今夜再び出国

とうとう2人は行ってしまった。
何度経験しても別れは寂しくて回を重ねるほど寂しいように思う。

マチ・フー再びアメリカへCjpg.jpg

写真を撮ってからいつものようにプラットホームで手をつないで、楽しい時間を過ごさせてくださった神さまに一人ずつ感謝の祈りを捧げ、最後にユキも祈った。 

「イエスさま、飛行機が無事にアメリカまで到着することができますように。マチとフーが電車に乗っている時も事故なく無事に駅まで着けますように。このお祈りをイエスさまのお名前によってみまえにおささげします。アーメン」。
手を振りながら電車を追いかけて行ったユキ。
そして、追いつけなくなって遠ざかる電車をいつまでも見ていた。

マチ・フーを見送る.jpg

静まり返ったリビングのソファーに腰をおろし、「とうとう行ってしまったね」と言うとユキの目から堰を切ったように涙が溢れてきた。

マチ・フー再びアメリカへ@.jpg

マチ・フー再びアメリカへA.jpg

「ママ、ユキちゃん、送ってくれてありがとう!
電車が走り出した時に、ちょっと泣きそうな顔でユキちゃんが走って手を振ってくれたのが嬉しかったよ。ありがとう。DC(ワシントンD.C.)に来てね!

うさぎぐみのゆきちゃんを見ることができてよかったよ。
カモシカみたいにとび跳ねて帰ってくるところとか、ブランコをゲットしてるところとか、ひとりでお着替えしてるのを見て、ふぅもまちもビックリしたよ。もうひよこ組じゃないんやね!」


16時49分、関空から発信してくれたマチのメールをユキに読んでやると、今度は声を出さずに泣いていた。今日は始業式で3学期の初登園、マチ・クマ(フー)が公園まで一緒にお迎えに行ってくれたのだ。

そして、冬晴れの午後、真智子と太志君は我が家を出た。
予定の時間ならば飛行機は18時20分に離陸しているというのに、出発がかなり遅れるようである。
別れはもう十分覚悟しているのだから早く離陸して欲しい。
「今ならまだ日本に居る」と未練がましい気持ちになって辛いから。


ワシントンに着くのは日本時間の8日23時頃だろうか。3時間近くも遅れて出発すると経由地サンフランシスコ発の飛行機には間に合わないはずだ。どうするのだろうか・・・とにかく無事に戻れるように祈っている。

今回は「休暇ではなく病欠にしてもらおうか」と冗談を言って笑っていたが、まるで日本の風邪をうつりに帰って来たみたいで昨夜もまだ二人とも咳をしていた。

次女夫婦は空港の外交官専用ゲートを通りながら気持ちを切り替えて日常へと戻っていくのであろう。神さまの置かれた場所へ。そして、いつものように時差ボケ解消のために9日から仕事に出るという。

真智子、太志君、無事到着の連絡を待っています。



posted by 優子 at 18:49| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年01月04日

マチ・クマのユキへのおみやげとIMFでの働きについて

クマがジンバブエの店でライオンのぬいぐるみを見た時、「ユキちゃんがいると思った」そうだ。
このライオン君、すごく毛並みが良く柔らかくて可愛いのに、ユキにはライオンの目が少々リアル過ぎて怖いようだ。(笑)
名前を「レミ」と名づけた。『家なき子』の主人公の名前と同じだ。

マチ・クマのおみやげ.jpg

マチがバハマで買ってきてくれたのはイルカのぬいぐるみ、この子とは毎晩一緒に寝ている。「ユッキー」と名づけた。

そして、スース博士の" The cat in the hat "(帽子をかぶった猫)。
これはアメリカの子供たちによく読まれている本で、「現代のマザーグース」と言われており、6〜7歳になると自分で読めるようになるそうだ。

ユキは早速マチに読んでもらっていたが、時々「日本語で言うて!」と求めてくるユキ(>_<)。マチ・クマの滞在中に英語の雰囲気を刷り込みたいのだが、ユキはスッカリ日本の坊やになっている。

そしてユキの必需品、電池がなくなっても困らないようにと「エネループ」を買ってきてくれた。電池に充電できるものだ。

21日の夜に帰国したその夜から父親(my husband)の風邪がひどくなり、声は出にくく咳き込む日々が続いた。

それが24日から真智子にうつり、25・26日はクマひとりで外出したが、クマもまた26日夜から風邪の症状が出てお正月まで二人とも寝てばかり。二人の咳でマチの部屋は病室のよう。昨夜もクマの咳はひどかった。

そのマチも発症から10日経った頃から回復してきたので、クマも今日あたりから咳はおさまっていくだろうか。
今回の風邪は最初に微熱程度出ただけでさほどしんどくはなかったが、「風邪喘息」と名づけている医師もいるほど今流行っているらしい。私は咳は殆ど出なかったが3週間も喉が痛かった。

マチは笑いながら言った。
「何のために帰ってきたのかわからない。もう帰らないといけない」と。

このような状況なので何もおしゃべりもできていないし、カラオケも24日の午後に短時間楽しんだだけ。年末28日夜に2時間近く真智と話していたら翌朝からマチの声が4日間も出なくなってしまった。

そのとき話してくれたIMFでの仕事やミッションの様子は想像以上にハードなものだった。ある時には内閣の全閣僚が揃った中での仕事もあったという。

審議内容をdictation(口述筆記)し、しかもPCで打つのではなく手書きというから更に驚いた。「本当に相当の読解力が必要ですよ」とクマが言った。


ミッション前には2ヶ月かけて資料を作るそうだ。そのような専門的なことだけではなく、上司によっては気分と状況でやるのでイライラした感情を部下にぶつけられて大変。そのもとで働くチーム全体もまた良い雰囲気ではないようだ。

「私はどんな時も相手のヘルプになるように心がけている。それを忘れずに経験を分かち合うことが大切だ。でないと自慢話になってしまう」。

話を聴いて思ったことは、真智子が「社会心理学の学びが参考になっている」と語っていたように、人種を超えて人間関係の苦労があるということと、その対処の仕方や生き方に感心した。

そして、文化や言葉の違いがあっても人間の心はどこまでも同じだと思った。また、物事がうまく運ばない時こそ、その人物の本質が現れることや、その時こそ自分の成長に役立つ機会でもあると思った。私も向上実践したいと意欲的である。

世界の舞台で自らを有能に開花させていく娘がこんなことを言ってくれた。
「ママだったらこんな時どういうふうにやってきたのかなと思う」。
また、「こういうことを話せるのは(わかってもらえるのは)ママだけだから」、そしてチョット間を置いて、「クマもやけど(クマもだけれど)」と言ったマチ。

こんなに嬉しいことはない!!!

「マチ、ママも今年から再び意欲的にやっていくね。落ち込んだ時はこの言葉を思い出して健闘するよ! マチの母親らしくね」。


再び離れ離れになるまで残すところ3日間になってしまった。
ずっと一緒にいたい。
日本の空の下にいてほしい。


posted by 優子 at 07:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

2013年は" windows 8 "で事始め

新年明けましておめでとうございます。

2013年・年賀状.jpg
2013年の年賀状です。
今年の我が家のキーワードは「Enjoy!(エンジョイ!)」です。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

心に残る年賀状のお言葉!
★ブログのおかげで、近所でしょっちゅう会っている感じがしています。奈良と広島もスイッチ一つで近いですね。(大学時代の友)

★いつもブログ拝見しております。いろいろ考えさせられて指針になっています。(大学時代の友)

★今年、孫たちが高校へ、中学へと進みます。背丈も知恵も追い越されていくのが感謝です。(祈りの友)

★いつも優子さんの祈りを感じています。(祈りの友)

★素晴らしいご家族だなあといつも尊敬しています。神様がまた会わせてくださるといいのになあ。(ノンクリスチャンの女性・小学校校長)

★いつも年賀状を楽しみにしています。(近隣の独居の高齢の方)

ここまでは「Windows 8」で、ここからは「Windows XP」で綴ります。

2代目PC引退.jpg

2代目のパソコンさん、ありがとう!忘れないよ。

このパソコン(Windows XP)は2006年3月14日から今まで約6年10ヶ月間お世話になりました。6年目を過ぎた頃から動くのが遅いだけではなく、起動時の画面が夕焼けのように赤く、「ブーン」と大きな音を出すようになりました。
今もまだ動くのですが、マチ・クマが日本に居る間に全てのデータを消してもらって廃棄することにしました。寂しいです。

そして、「Windows 8」はマチ・クマが帰国した翌日(12月22日)に、私の要望に合う商品をクマが選んでくれました。私は使い慣れている「7」を求めていましたが全部「8」に切り替わっていました。

昨日ようやく箱から取り出し、クマがセットアップし、ウィルス対策だけではなく「お気に入り」の引越しもしてくれました。あとはメディアプレイヤー、写真・・・などの移動です。
長女は自分でセットアップできるようにと傍でメモを取りながら見ていましたが、今はとても簡単になっていたそうです。

「7」と「8」のパソコンにはワイアレスレシーバーが内蔵されており、2010年6月に「7」を購入した時にクマが我が家を無線LANの環境に整えてくれているので、この「XP」のパソコンを廃棄すると今後は長いコードや固定されたPCデスクさえ不要になります。

というわけで、今年から「7」と「8」で文字を刻んでいくことになります。
2012年は短い期間でしたが精神の低迷期がたびたびありました。そのことを受容しつつも、今後はもっと感じ考えたことを積極的に文章に紡いでいきたいと思います。かつてのように。


今年も何が起こるかは誰にもわかりません。しかし、どんな時も神と共に在るならば勇敢に乗り越えて行けます。そうありたいと願います。賜った信仰、そして、家族や友と励まし合い、多くの方々に助けられて良き日々を重ねていきたいと思います。

今年も『メメントドミニ』をお読みくださりご教示くださって、互いに経験を分かち合い人生を深めていきたいです。どうぞよろしくお願いします。

posted by 優子 at 23:50| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする