2013年03月31日

主イエスの復活、勝利の十字架

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ローマ人への手紙 6章3節〜11節:
「それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマ(洗礼)を受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。
もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。
キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである」。
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✵I(キリスト)am in my Father,and ye in me,and I in you.(King's James Version)

✵I am in my Father and that you are in me,Just as I am in you.(Today's English Version)

救われているということは、キリストの中に入れられ、キリストが我々の中に生きてくださり、それらが、父、キリストの父(神という表現は意味を不明瞭にします)の愛の中にあるということです。

動因はすべて、父であり、キリストであり、キリストの十字架であり復活であります。我々の側は一切、理由、条件はありません。

尚、それ以上に「我はキリストと共に十字架され」(ガラテヤ2・19)死んでしまい、破壊されているのですから、尚更、自己の生きざまの状態を問う必要はありません。キリストに一切委ねて休んじてください。
これはもう20年近くも前に谷口諭師をとおして教えていただいたことである。私が人生の理屈に合わぬ不条理に苦悩し七転八倒していた頃である。

谷口師は牧師ではないが豊かな知識に比例して実に謙遜な人だった。
私のぶつける質問にも真摯に関わってくださり、「ご一緒に真理を生涯かけて見出して参りましょう」とお導きくださった、私の師と仰ぐ忘れられないお一人である。

今朝の大澤星一牧師の説教を聴きながら師の教えを思い出し、師を偲んだ。母教会の放出教会では、今朝の講壇前に並べられた召天者の遺影の中に師を見出したことであろう。

主イエスの勝利は私たちの勝利となり、主イエスの復活は私たちの復活となる。なぜならば、私たちが「主イエスと一つにされている」という救いの事実ゆえに、主イエスの復活、勝利を喜び祝うのである。

主の復活という恵みの中で、私の一切をキリストに委ねて心安んじて歩んでいこう。 
  
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附記:今朝は高見敏雄牧師が44年間牧会された日本キリスト教団・西大和教会で礼拝を捧げた。出席者は100名以上を数えたと思う。

高見牧師は引退されて名誉牧師になられてから、無牧になるところだった馬見労祷教会を5年間牧会し、日々悩める人々の心に耳を傾けて支え導かれた牧師である。「しかも無報酬で」というのを何人かの信徒からお聞きしたことがあった。

マイナスと思える情況であった教会や信徒にとっては、まさに「恵みの時」であった。神は愛なり!

9時15分からの「こどもの教会」(CS)に参加したユキは、こどもの礼拝後、隣りに併設されている教会付属の学校法人・愛の園幼稚園でエンジョイしていた。

英語圏やドイツではイースター・バニーというウサギが卵を隠すという伝承から、復活祭の朝に子供たちは隠された卵を探す遊びがあるが、今回初体験のユキはとても楽しかったようだ。
まるでこの幼稚園の園児のように、「ウサギがいるよ!」と案内してくれ、エンジョイしているユキは輝いていた。感謝!
礼拝後、高見先生に園舎を案内していただいた。

神は人生の折々で主イエスのキリストの香りを放つ師や友と出会わせてくださり、その交わりの中で生かしてくださっている。神は愛なり!

私の愛唱歌の一曲、聖歌590番・「救い主イエスと」
" All the Way My Savior Leads Me " を讃美したい。


救い主イエスと ともに行く身は
乏しきことなく 恐れもあらじ
イエスは安きもて 心たらわせ
ものごとすべてを 良きになしたもう
ものごとすべてを 良きになしたもう

坂道に強き み手をさしのべ
試みの時は 恵みをたもう
弱きわがたま(魂)の 渇くおりしも
目の前の岩は 裂けて水湧く
目の前の岩は 裂けて水湧く

いかに満てる 恵みなるかや
約束しませる 家に帰らば
わがたまは歌わん 力の限り
きみに守られて 今日まで来ぬと
きみに守られて 今日まで来ぬと

アーメン!



posted by 優子 at 17:44| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

桜と「しまかぜ」と高田駅で置いてきぼりになったユキのこと

昨日、大阪の桜が満開になった。自宅近くの散歩コースの桜は未だ5分咲きだったが、ここでも春が始まっていた。
2013.3.30@.jpgかわいい土筆の坊や。

一本の木に赤とピンクの花を咲かせるハナモモ。
何て不思議な木なんだろう。美しいね。
ハナモモ.jpg

この世から花と幼な子と音楽がなかったら、世界は暗澹たるものになるであろうと、どこかの牧師が書いておられたが本当にそのとおりだ。

冷たい空気が和らいだ午後、公園の桜が目に飛び込んできた。
春の感情が溢れ出して微笑んだ瞬間、池田牧師の悲しみが胸を突き上げてきて喉が詰まりそうになった。黙して耐え、春に慣れるまでしばらく時間を要した。


今朝は夫とユキの3人で「しまかぜ」の写真撮影に出かけた。夫は2度目だが、私とユキは今回で6回目ゆえに、今度こそ成功させたいと頑張った。が、またしても失敗に終わった。いつもこのような写真になってしまう。

しまかぜ@.jpg

次のような写真が撮りたいのだ!
これは電車が来たので大急ぎで電源を入れて撮ったアーバンライナー・プラスだ。
アーバンライナー good shot!.jpg

このような「しまかぜ」を撮るまで引くに引けなくなってしまった。

練習撮り.jpg

おじいちゃんの携帯電話で撮る練習をしているユキ。
 
いつも行く店の傍の桜は満開だった。 
桜満開!.jpg

ワシントンのマチ・クマのリラックスと癒しにと、桜をバックに生活感を出した!
生活感いっぱいの春.jpg

今日は12時頃から大和高田へランチに出かけ、1時半過ぎに夫とユキたちを途中で降ろした。2人は高田川沿いの桜見物だ。私と知子は何ヶ所かで買い物をして3時半頃に帰宅。その後まもなくユキたちも帰宅したが、2人は大変な冒険をしていた!

ユキが電車に乗りたくて別行動したのだが、帰りの電車でハプニングが起こった。おじいさんは大和高田の駅でユキを置いたまま乗って行ってしまったのだ!!!がく〜(落胆した顔) なんということ! ちっ(怒った顔)

「急行電車が来たとき、ユキが前方へ走って行ったので前から乗ったと思った」と夫。ユキは連結部分の写真を撮りに行っていて、気がつけばドアが閉まってしまった。
「ドアが閉まった瞬間に、ユキが右往左往して僕を探していた」と、夫は車内から目撃していた。

そしてユキは、「どうしよう、おじいちゃんがおれへん!アアーン!」
しかし、そんなに大きくない声で泣いたそうだ。でも涙は出なかったとのこと。(ホンマかいな)
そこへ4才の子供(どうして年齢がわかるのだろう?)を連れたお父さんと、別の女の人が声をかけてくれ、その人に改札口まで連れて行ってもらった。

自分の名前は名乗らないで、「おじいちゃんの名前は藤本良輔です」と言った。そこで、「藤本良輔様・・・」と構内にアナウンスしてくださったそうだ。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔) 
しかしユキは、「おじいちゃんは電車に乗って行ってしまったから、ここにはいないと思ってた」だって!

一方、良輔おじいさんは五位堂駅で降りて駅員さんに助けを求めた。
「5才の男の子が乗り遅れて(「乗せ忘れて」ではないの?)、たぶん泣いていると思いますので探していただけませんでしょうか」。
駅員さんはすぐに高田駅に電話してくださった。
すると、「『藤本良輔さんですか?』と言われたのでびっくりしたわ」。わーい(嬉しい顔)
「それで24分の準急に乗せてくださいとお願いした」とのこと。

高田の駅員さんがユキを車掌さんに託し、車掌さんの目の届くところにユキを乗せてくださった。そして、無事に五位堂駅で再会して一件落着、その電車に乗って帰ってきた。

ユキ曰く:
「次の準急に乗って帰ろうと思った」とは信じ難いが、「おじいちゃんが『これに乗るでー』って言うといてくれへんかったからわからへん」とは、実に妥当な指摘である。わーい(嬉しい顔)
とにかく無事でよかった。そして、やっぱり夫は注意が足りないと思った。私や知子ならばそんな大胆なことはしないだろう。

しかしまた、この桜見物も、「ユキちゃんをどこかへ連れて行ってやったほうがいいやろ」という夫の優しさからだった。

夫は朝から1時間半もユキとチャッピーを連れて散歩に行き、そのあとに「しまかぜ」(撮影場所まで片道15分)に付き合ってくれ、その帰りには私が毎年楽しみにしている池周辺の桜見物まで同行してくれた。このことを忘れてはいけない。

女性は言葉がほしいのだが男性は寡黙ゆえに、私は結婚37年目にして、夫の優しさに気づく愚鈍な妻である。
しかし、今日は嬉しさだけではなく、自分自身が謙虚にさせられて深い感謝を味わっている。良い日々を重ねていきたい。

2013年春。
師を天に送った悲しみの春。
そして、深い感謝と、より良く生きたいという希望に満たされた春である。

明日のイースター礼拝を心待ちにしている。



posted by 優子 at 23:23| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

知子の中耳炎ようやく完治!

先月下旬のこと、知子が聞こえない、水が溜まっているみたいと耳の異変を感じて耳鼻科を受診したところ、両耳共にひどい中耳炎になっていた。

内服薬で様子を見ていたが全く水が引かないので鼓膜に穴を開けて水を抜いた。2月28日のことだった。普通ならば一日で穴はふさがるというのに右耳は3週間経ってもふさがらず、先週22日にはヨレヨレになっている鼓膜を焼いての痛い処置を受けた。

そして、今夜受診したところ穴はふさがっており、もう来なくてもよいとのことだった!
会社の帰りに自宅から二駅向こうの耳鼻科へ直行するのも今回限りで終わった。お医者さんというのはありがたい。そして、それらの日々も父親が伴ってくれたことを忘れないで。

耳が聞こえないのもどんなに不便で危険なことか。運転するのは危険なので父親にしてもらっていたが、今週から再び会社帰りの運転は知子がしている。今はまだやや難聴ぎみのようだが、感謝せずにはいられない。このありがたみを十分にわかって生きていくことができますように。

今となっては1ヶ月後のアメリカ行きも可能だが、飛行機はすでにキャンセルした。海外旅行を気にしないでゆったりとした気持ちで耳を治そうとの思いになったからだ。それと時を同じくして、予定していた時期は真智子も多忙でどうしても休めないことがわかったから好都合と受けとめた。

次女はミネソタ大学でも1時間の授業をもっていたが、ここでは一コマが3時間で、しかも財務省や中央銀行の人々にティーチングするという。私には我が子とは思えないことばかりだ。その時期と重なったのだ。

しかも新しい部署でもミッションがあり、7月にはアジアの国への派遣が決まっている。クマもまたミッションに出かけるかもしれず、時期によっては2人ともワシントン不在ということもありうるという。

6月上旬ならばOKというので、知子は祝日がなくて休みにくいだろうが心の休養のためにも行くことを勧めた。

ワシントンと言えば、まず英語の教科書にも出てきたポトマック川の桜並木と、キング牧師が" I have a dream."を演説したワシントン記念塔は是非行ってみたい所だし、IMFから徒歩で3分ほどのところにはホワイトハウスがあるという。スミソニアン博物館をはじめ多くの記念建造物があり、国際的に政治的影響力のあるD.C.だけに訪ねてみたいところはたくさんある。

私は3月半ば頃から体調が悪くて気持ちが沈みがちだっただけに、知子の中耳炎が治って本当に嬉しい。
当地でもようやく桜が咲き始めたので、明日はみんなで見に行きたい。そして、「しまかぜ」の写真を撮りに行こう。

posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

池田勇人牧師の告別式の日に師の告別説教を拝す

ようやく今日は池田勇人牧師の告別式だった。召されなさってからの6日間は辛く非常に長い時間だった。
私は孫の世話があるので参列するのは断念せざるをえなかったが、ずっと血圧がコントロールできず昨日はついに一日中臥せっていた。

そんな今日、友が池田牧師の最後の説教を送ってくださった。緊張し背筋を正して拝読した。

「池田牧師最後の口述筆記説教です。
敬愛する主にある兄弟姉妹。私は今、大玉スイカのような腹水の溜まったお腹をさすりながら、黄疸の始まった意識が十分ではない中で語っています。不鮮明なところは主にあってお赦しくださいますように!」


この書き出しから始まる説教は、イザヤ書38章1節〜3節から「身辺整理の価値」と題された3月10日の礼拝説教で、まさに池田牧師の告別説教となった。

イザヤ書38章1節〜3節:
「そのころヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。アモツの子預言者イザヤは彼のところに来て言った、『主はこう仰せられます、あなたの家を整えておきなさい。あなたは死にます、生きながらえることはできません』。
そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて主に祈って言った、
『ああ主よ、願わくは、わたしが真実と真心とをもって、み前に歩み、あなたの目にかなう事を行ったのを覚えてください』。そしてヒゼキヤはひどく泣いた」。

     (略)
「あなたの家を整えておきなさい」は、新共同訳・文語訳では「遺言せよ」となっています。
いずれにせよ、今持てるものの身辺整理をせよとの神の命令は、ヒゼキヤが重い病にかかったこと(癌だと思われる)と同時に、アッシリヤ帝国が北イスラエルを滅ぼしてその勢いのまま南へ攻め入ろうとした時でもあることを考えると、国家存亡の時に自分が命取りの病におかされているという重なる苦しみの意味をよくよく考えたに違いありません。・・・

私の心が古いメッキのはげた宝で埋まっている間は、本物の宝を入れる余裕はありません。そのために神様は多くの悩みと試練を与え、忍耐をつけさせ、サタンの誘惑に勝たせ、身につけるべき価値あるものをくださろうとしています。・・・

もしも私達の人生が病や涙の滴るような試練、辛い十字架ばかりであったら、私達は力のないキリスト者となっていたかも知れません。しかし復活という勝利があるからこそ、私達の今の悩み苦しみには意味があるのだということを、しっかり覚えておきたいものです。

祈りより:
剪定・伐採される時の痛みは非常に辛いものではありますが、しかし復活前の苦しみであることを信じ、耐えさせてください。教会と私達一人一人の主である主イエスの平安・豊かな命の実りがあることを感謝しつつ、主イエス様のお名前で祈ります。アーメン

そして今日、地上から姿を消された。
当地はほとんど雨の暗い一日だったが、(川越市・霞ヶ関キリスト教会)告別式は、「春うらら、桜満開の中で、復活の希望にあふれて執り行われ」た。一同が深い喜びに満たされ、悲しみを癒してくださるイエスさまの慰めを信じる告別式であったとの一報が私をも慰めた。

この記事の最後に池田師が今月3日に発行された手書きの新聞、「一人新聞あのね 改題『MY コール(call)QOL(コル)生活」創刊号から一記事を刻んでおきたい。手書きゆえに師の息遣いや思いが直に伝わってくる。

「『マイ・コール・コル生活』とは、人間らしい生の充実を求めての本音、というような意味です。
生かされている間、造られた者として喜びや悲しみ、楽しみ悩みなどの問いかけをしつつ、創造者とタテの関係をしっかり築き、友との横の関係を考えていこうとするミニ新聞です。

数ヶ月、よくて半年といわれた寿命が、神様によって今日も一日贈りものとして与えられていることは何という感謝!!
気楽に書いています。間違った所は、寛容な心でクスッと笑ってゆるしてください。<発行者>池田 勇人」


朝の祈りの前に妻を探した
幼な子が目覚めて母を求めるように
リビングにもトイレにもいず
下の階にも 外にも いない
でも すぐにベランダで洗濯物を干しているのを見つけ、
アーよかったと思った

一緒に生きていく日々が
一日ずつ減ってゆき
いつか握ったこの手を離さねばならないが
温もりだけは そっと天国へ
持って行けそうな気がする
        かたつむり       
      <花達夢里>

この新聞は創刊号をもって完結となるのか、あるいは奥様が継続されていくのだろうか。

近年書けば書くほど書けなくなっていく私は、師の書く姿勢に本来の自分のスタンスと重なるものを感じている。もっともっと厚かましいほどに交わりを深めるべきだったと悔いるが、今より池田牧師との出会いを深めていくことになるであろう。師が書き残してくださったものを通して。

イースターを前にして、イエスさまの「告別説教」と呼ばれているヨハネによる福音書14章から16章をじっくり読んでいる。

posted by 優子 at 23:59| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

神により悲嘆が祝福に変わる

この地上の人生において、死は一つの条件です。それによって、被造物は創造者のもとへ帰されます。・・・私たちは死の影のもとに生きています。しかしその影が、私たちの明るい人生を暗くするようであってはなりません。

それは父なる神の手の影であり、後にくるより高いより明るい人生の前兆なのです。・・・ですから、いつも希望を持ち、神に信頼していましょう。

私たちの人生は、何が私たちにとって最善かを知っている、父なる神の手の中にあります。死は被造物にとって苦痛に満ちたものですが、しかし神の中には、何の死もなく、何の死にゆくものもありません。

死にゆくことは生に属しています。そしてそれは、より完全な世界への、通り道にすぎないのです。神が私たちを呼ぶとき、私たちは皆そこへ入っていくことになります。・・・・

別れの時が来たとき、愛は決して滅びないこと、この人生で私たちを固く結びつけた神は、もはや別れが来ない所においても、私たちを一緒にさせてくれるであろうことを、私たちは知っています。・・・

愛のみが、私たちを支え、人生を耐えられるものにし、現在を過去と未来につなげます。そして、それは滅びないものです。

私たちから取り去られた人々は、しばらくの間いなくなっただけで、決して失われていないと、私たちは感じます。それゆえにまた、よりいっそう、私たちは彼らを愛するのです。

1月1月とすぎてゆき、とうとうこの旅は終わります。そして私たちは後を振り返り、それが与えてくれた多くの喜びに感謝し、そこで出会った多くの親切な友人たちとの交わりに感謝します。

また、経験しなければならなかった闘争にも、感謝の思いでいっぱいです。すべてが終わり、終着駅と安息の地に無事に辿り着けば、それらはまことに些末で、泣いたり悩んだりするに値しなかったことが、はっきりわかるでしょう。

      マックス・ミュラー 『人生の夕べに』より抜粋

今日も聖書を読んだあと身近にある本を手当たりしだいに読んでいた。
今日の『生かされて』の記事で、池田先生の最後のメッセージの祈りをお分かち下さっている。

「『あなたの身辺整理をせよ』との声を聞く時が、誰にでもやってきます。その時が大いなる絶望の時となる時でなく、整理をする時間的余裕を神様が与えてくださったと、前向きにとらえ直させてください」。

祈り:
主よ、私もまたあなたに喜ばれる歩みをさせてくださいますように。そして、先人たちが残してくださった教えを我がものとさせてください。

敬愛する師を失い多くの方が悲嘆の中にあります。しかし、もっと時間が経てば私たちは実感することでしょう。この悲嘆は苦痛ではなく、過ぎ去った日々を思う喜びであり、慰め、主の祝福であることを。

神の時がいつなのかは誰にもわかりませんが、人生で最大の仕事は自分自身の死を死なねばならないことです。どうかその時は、苦痛や不安、恐怖、孤独に耐え抜かせて最後まで伴ってください。ただただ信じています。

そして、全てが完了した時、後に残る娘たちや孫の悲嘆を支えてください。神さまが娘たちに必要な友や知人を送ってくださり慰めてやってくださるように祈ります。

娘たちよ、どうかその時は悲しみの中から神さまを呼び求めるように。まことの神に祈らずしては、いくら時間が経とうとも、悲しみを慰めや喜びに変えることは決してできないからです。

主の十字架の御受難をしのび、イースターをお迎えする日々にあって、かくも厳粛な思いで備えさせてくださっていることを感謝します。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」。

聖書・第1コリント 15章55〜58節:                
「『死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか』。

死のとげは罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。

だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである」。


附記:ようやく当地でも桜がチラホラ咲きだした。
ワシントンでは4月3・4日が満開との予報が出ていたので、今年は私たちの方が先に春になった。しかし、寒い日が続いている。
明日からチャッピーの散歩は期間限定の桜コースを歩こう。春休み中のユキも一緒に。

posted by 優子 at 22:30| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

敬愛する牧師・池田勇人先生を悼む

池田勇人牧師より@.jpg 

池田勇人牧師よりB.jpg  池田牧師よりA.jpg

『あかし文章道への招待』の扉には次のように書いてくださっている。

書物はいくら記してもきりがない。
学びすぎれば体が疲れる。
      
      <コヘレトの言葉 十二・12>
2012年11月27日(火)昼すぎ、印刷所から届いた本を見て、嬉しさと同時に、だれを喜ばせるための書物か・・・と思わされ、右の聖句が思い出されました。

主イエス様に喜んでいただきたい! この原点に立ち帰りたいと祈らされた次第です。
   
    為 藤本優子様  はやとこと 花達夢里(かたつむり)

                  2012.11.27 2:35

本が届いてすぐに書いて下さったのであろうか。先生の肌が触れた紙面にそっと我が手を重ねてみた。今もまた。

『歌人たちの遺産 唱歌・童謡における神の恵み』の扉には、童謡「かなりや」の歌詞の4節を書いてくださっている。

唄を忘れた 金糸雀(かなりや)は
象牙の船に 銀の櫂(かい)
月夜の海に 浮べれば
忘れた唄を おもひだす


啼かなくなったかなりやは「山に棄てようか、小藪に埋めようか、柳の鞭でぶてば思い出すかも」と、3人の子供たちが残酷なことを言う。この歌詞は私も小さい時から印象的だった。
池田牧師はこの歌詞について、西條八十自身が語るところの話を紹介されてから、かくも深い主の愛を伝えておられる。

母親が3人を見つめて静かに言います。
「人間でも、鳥でも、獣でも、誰にでも仕事の出来ない時があります。こういう時、私たちは、それを大目に見てやらなければいけません。他の人たちには、怠けているように見えても、その当人は、何か他の人に分からないことに苦しんでいるのかも知れません。だから、みんなで、いじめずに、気を永く待ってやりましょう」

こう言って、お母さんはカナリヤを、月夜の美しい晩、きれいな船に乗せて海に浮かべてやりますと、静かな世界に置かれて昔の唄を思い出し、前よりずっと美しく唄い出しました。本当に悩んでいる者に同情してあげましょう、と八十は述べています。
        
                 (略)

この歌詞を味わいつつ考えてみれば、私たちも「唄を忘れたかなりや」ではないでしょうか。自分が「かなりや」だということも分からなくなって、生きる目的も見失っているのに、忙しさの中で自分の哀れさに気づこうともしていないのです。

けれどもそんな私たちにそっと近づいてくださり、救いという象牙の船に乗せ、各自にふさわしい奉仕の賜物という銀の楷を、握らせてくださるお方がいらっしゃるのです。気がつけば、神の国という月夜の海に浮かんでいるのです。


「彼(イエス・キリスト)はいたんだ葦(あし)を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない」
(マタイ一二・20)

この書物は、詩人の心をもった牧師の優しさと慰めと励ましに満ちたメッセージが織り成されている。是非、多くの方々にお読みいただきたいと思う。

スウェーデンや米国の宣教師たちとの伝道で、「生活習慣や考え方の違いを乗り越えさせたものは、互いの違いを個性として尊重し合うこと、創造主にあって同じ兄弟姉妹だという思いがあったことです」。

これを池田先生の遺言として心に刻んで、理解し合い、赦し合い、神さまに仕えたい。今よりもう一度新たな気持ちでチャレンジし、私の信仰生涯を全うさせていただきたいと願うばかりである。

私は私のやり方で池田先生を悼み、惜別を重ねながらこの悲しみを受容していきたいと思う。
池田勇人牧師と.jpg 

いつも「主にある友情に感謝しつつ」と書いてくださった池田先生。 
このような牧師と出会わせてくださった神さまに感謝します。
しばしの別れ、私たちは再び会える!

詩篇23篇:
「主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは
必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう」。


あとに遺された先生のご家族の上に神さまの豊かなるお慰めをお祈りし、先生が愛された御教会の上に神さまの特別な祝福をお祈りします。

今日から受難週に入った。

附記:先生の訃報を知ってからずっと血圧が高く頭痛もある。血管にダメッジを与え続けるのは良くないので、今夜は医師に処方されている頓服・睡眠導入剤を飲んで寝よう。

posted by 優子 at 22:55| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

池田勇人牧師 召天

昨日の朝、冷たい空気をものともせずに柔らかい草が勢いよく生えているのを見つけた。草に手を伸ばして土に目をやった時、「先生は今、どうしておられるのだろうか」と、ホスピスに入っておられる池田勇人牧師にしばらく思いを馳せてしゃがんでいた。

訃報を知ったのは夜8時半頃だった。
昨秋10月6日、JCP60周年の時が最後だった。その開会礼拝説教で、「70周年、再び元気でお会いいたしましょう」と結ばれた。先生はどのような思いで述べられたのであろう。師の胸中を察して心に激痛が走った。http://yukochappy.seesaa.net/article/296295812.html

その後、師は一切の闘うべき行程を走り抜かれて神のみもとに帰られたのである。2013年2月22日午後12時17分だった。
同刻、私は修了式を終えて帰ってきたユキを公園まで迎えに行き、ゆっくりお友達と遊ぶのに付き合って自宅に着いた時だった。

祈りを捧げるも、あまりの心痛で、在りし日の先生のお姿に想いを馳せ、先生の積み上げられたお働きを想い、・・・自らの時にも想いを馳せていた。

関東ブロックの方々と違って関西ブロックの私たちは、先生から直接お導きをいただいたりお交わりする機会は数えるほどだけだったが、それでもこんなに悲しくて部屋の中をゆっくり行ったり来たりしていた。現実を現実として受けとめるために。

神さまはまだ63歳の働き盛りの牧師を召し上げられたのである。あんなに謙遜で柔和な方、優しい配慮に富む牧師を、なぜこんなに早くお取りになったのかわからない。手当たりしだいに慰めの書を読み、祈り、読み、祈った。

「長命な樫と短命な百合と、いずれが幸福であろうかは、容易に決しがたい問題です。だれが軽々に樫は百合よりも幸福だと、断定することができましょうか。
いわんや人間の魂は、地上の生涯だけで滅亡してしまうようなものではありません。これが、われらキリスト者の信仰であります」。


池田先生は地上における生涯のすべてを終えて、今は主イエスのもとで憩うておられるのである。
しかし、地上に残されたご夫人やお子達の悲しみはいかばかりであろうか。否、この悲しみを知りたもう天の父がおられるという動かしがたい事実を忘れてはならない。ご家族のために、教会のために、教会の方々のために祈ろう。

この日、東京の桜が満開になったと報じた。
「神のプログラム」

花は喜び
つぼみは希望
花びらは慰め
散っては思い出
それだけでは終わらずに
30・60・100倍の実を結ぶ

         ―池田師の言葉―
アーメン!
「アーメン」とは「まことに」「そのとおりです」「まことにそのようでありますように」の意味である。

独りになって静まることで池田先生の死を受け容れられつつある。静まりを深めよう。そして、自分の時を思い、今までよりももっともっと本気の生活をしなければと思う。

しかしそれは忙しくすることではない。結局のところ、今まで獲得してきたものを手放していくことなのだ。知識、経験、持ち物、何よりも愛を惜しみなく与えるということであり、それは他者のために自分の賜物を生かすということにほかならない。真のキリスト者の歩みをさせてくださるように、これが私の切なる祈りである。

自分の心の内を正直に分かち、孤独な人や悲しみや苦しみの渦中にある人々の心に届く言葉を刻みたい。心と心が触れ合えるものを書き綴っていきたいと願う。

「勇気というのは、何事をも恐れないということでもなければ、どんなに苦しい目に遭っても弱音を吐かないということでもなくて、恐ろしいことに出会ったら恐れ、苦しい時には苦しみながらも人生に絶望しないで、一回限りの人生を大切にしよう、という気概なのです」。

聖書を開く。ヨハネによる福音書 16章22・23節:
「このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたし(イエス・キリスト)は再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない。その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう」。

前夜式は27日、葬儀は28日、池田先生が牧会されていた霞が関キリスト教会にて執り行われる。
私ももう一度お別れがしたい。しかし、知子は会社を休めない。ユキを連れて出社できぬか。いや、この子はぐずったりしないで自制できるから、ユキを連れて東京へ行けるのでは。いや、朝から夜までの長時間はユキには無理だ・・・いろんな思いが錯綜する。祈ろう。

附記:悲しみの中、ユキとの約束を果たすために「しまかぜ」の撮影に行ったが、駅を遠く前にして「しまかぜ」は徐行運転でゆっくり走り去って行った。駅員さんに教えられていた時刻よりも15分も早かったためだ。予定していた撮影場所でアングルを決めて帰宅。

知子は美濃紙業半日勤務のために7時前に家を出て4時前に帰宅。その後まもなく、役職の関係で結婚披露宴に出席した夫も帰宅。

今日は昨日と打って変わって沈んでいる私に、「おばあちゃん、ユキちゃんがおるから元気出してね」と言ってくれたユキ。
「ユキ、この時はこんなことがあったのよ」。
ユキが大きくなってこれを読んでくれている時、私はもうすべてを終えているのだろうか。

今日は寒い一日だった。


posted by 優子 at 23:16| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

今日はユキの終了式!

18日に6名が卒園し、19日から5名だけで登園している。そして、今日はユキも終了式。早いものでユキが幼稚園に入園して1年が過ぎた。

入園当時109.4センチだった身長が6センチ伸びて115.4センチになり、17キロだった体重が18.2キロになった。
6センチで驚くことなかれ、7.7センチも伸びた女の子もいたし、「希望の風」のお孫さんは中学校の3年間で20センチも伸びたという。子供たちの成長は驚くばかりである。
保育日数197日のうち、13日欠席した。手作りのお見舞いカード.jpg 
このカードは6月にいただいたものだと思う。新しい環境への疲れが出てきた頃でたびたび休んでいたので、先生の手作りカードを見て胸が熱くなり大切にとっておいた。何度見ても、見た瞬間に私も笑顔を返してしまう。幼稚園の先生ってステキ。すべて手作りで! 

先日、ユキと知子から先生との3ショットの写真を添えて「ありがとうカード」をお渡しした。そのお礼のお手紙にこんなことを書いてくださっている。
「ゆきひさくんと藤本さんにお会いすることができ、本当の親子の愛にふれ 私もたくさんのことを学ばせて頂いた1年でした」。
感謝!
大きい組では担任を持ってはいただけないが、まっすぐで愛にあふれ、信頼関係を築き合えるすばらしい教育者ゆえに、人事異動のないことを願うばかりである。

15日から11時半で帰宅するので、毎日のように昼食の食前の祈りを自ら名乗り出て、ニコニコしながら祈り始めるユキ。形骸化した言葉など一言もなく、幼いこどもの祈りに祈りの真髄を教えられている。

「イエスさま、今日はうさぎ組が終わって今度は1組さんになります。うれしいです。その1年後には1年生になります。うれしいです。ひよこ組さんがうさぎ組さんに入ってきます。・・・(長いお昼寝から目覚めたらユキに聞いて書こう)」

最近のスナップより:
えんどう豆の皮むき.jpg

おじいちゃんとえんどう豆をむいている。↑
↓今年に入ってからこんなことばかりしている。
カウンター登りは禁止令を出しているのに。
カウンター登りに夢中時代.jpg  カウンターに登ったらダメ!.jpg

列車のお顔.jpg
それぞれに電車の「お顔」がついている。左端が「しまかぜ」だ。 

さて、ユキが待ちに待っていた大阪と名古屋、伊勢志摩を結ぶ「しまかぜ」が、ついに昨日運転を開始した。ユキは近鉄マンのようにどんなに楽しみにしていたことか!「しまかぜ」がこの駅を通過する時間が何時頃であるかも、既におじいちゃんと駅員さんから聴取済みだ。

そこで春休みの第一日目から、その時刻を見計らって写真を撮りにいくことになった。今日の昼寝の前にユキといろいろと審議した。
「どの場所で撮る?」
「橋の上がいい!」
「あそこもいいよ。ユキが小さい時に田んぼから伊勢志摩ライナーを見てるところ」
と、話し合いは尽きない。

「ユキちゃんは耳がいいから来たらわかるから教えるね」
「チャッピーはどうする?」

「チャックンは連れていかない。邪魔やから」
「デジカメを持って4年。今までの経験を生かして頑張るね! しまかぜが来たらしゃべらんといてよ。」 
「うん、おばあちゃん、集中してや!」
「OK!」目 カメラ パンチ わーい(嬉しい顔)

うまく撮れたら撮れたでいろいろと撮りたくなるだろう。私まで本気で今からワクワクしている。ユキの生まれて初めての春休みは「しまかぜ」を追いかける日々になりそうだ。るんるん
うまく撮れたら速報しま〜〜〜〜す!乞うご期待!わーい(嬉しい顔)

昼寝を始めて3時間あまりになる。
先ほどユウチューブで見つけた「ブラームスの子守歌」だけを4時間連続で流しているものがあり、それを流していると今も熟睡中。ユキは「ブラームスがお好き」なようだ。
posted by 優子 at 18:01| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

この時をこそ恵みと受け取る

この1か月間ほどある方とメールのやりとりをしていた。やりとりしながら、私はあるクリスチャンカウンセラーがクライアントに鳥瞰図を作らせるという話を思い出していた。こんな話だったと思う。

「自分のルーツを一人ひとり見直す必要がある。どうして自分はこのようになったのかを考えるために、3代前まで考え調査する。
自分の歪んだ状態はその2〜3代前から原因があり、この人も犠牲になっていたのだということがわかるので、鳥瞰図を作ることによってゆるしの準備ができてくる。
この作業はとても大切なように思う。この作業をやった人は2〜3年経つと変わってくる」。


遺伝子の無傷な人はいないように、心の面もまた無傷の人はいない。心の問題や自己を直視できる人は幸いだ。そして、鳥の眼で見るように人間を客観的に見ることができれば幸いである。

日本でもカウンセリングが普及し、第3者の助けが必要な時はカウンセリングの知識と技法を持ったカウンセラーの存在はありがたいものだ。

しかしながら、カウンセリングの理論には何十種類もあり内容は大きく違ってくる。何よりも全てのカウンセリングの基礎はヒューマニズムから出てきているので、ヒューマニズムのもっている人間像を全て鵜呑みにすると危険であり、その弊害はカウンセリングの中にもたくさん出てきているので注意が必要だ。

私は今、久しぶりに玉谷直美氏や三木アヤ氏の本を開いている。
私もまた30代から40代前半までは、自分はいかに生きるかに全精力を傾けたものだ。実に情熱的で社会的活動も盛んだった。

東大阪市の読書会代表(通算8年間)、東大阪市のいくつかの行政委員(通算12年間)、PTAの学年委員長や広報活動(8年間)・・・。また、長女の中学校入学と同時に臨床心理学を学ぶなど、自分を磨くことに専念した。
一番楽しかった時代だ。その後半には神経難病になった母の介護が加わり、10年に及ぶ苦難の百戦錬磨の時代に入っていくのであるが。

しかし、30歳に時に『美しき午後へのスタート』を読んでおり、いわば人生の最盛期の時から,あるいは最盛期に向かう以前から「生命の変わり目」の時をも視野に入れての理想的な歩みでもあった。そして、50代初めに閉経という「生命の変わり目」を迎え、私は今、老年への過渡期に在る。

人間のライフサイクルでは、17歳から22歳が成人への過渡期で、17歳から40歳までを成人前期、40歳から45歳が人生半ばの過渡期で、40歳から60歳までが中年期、60歳から65歳までが老年への過渡期であり老年期と区分される。

今何年かぶりにこれらの本を手にして、ここ数年はじっくり思索する時間を確保できなかったために、精神性をないがしろにしていたのではないかと一瞬焦った。死に向かって魂の変容への歩みを忘れていたのではないかと心配になったのだ。

老人と孫が同居するのは互いにとても良いことであるが、日々の動きに目を奪われてウッカリしていると備えもなく死を迎えることになりかねない。私自身の人生の段階がないがしろにならないようにと心にとめた。

知子は子育てと仕事の両立という問題を抱えているので参考になるであろうし、憎悪の精神によって支え続けられているあの人には大きな気づきが与えられるのではないか。他にも何人かの友や知人の顔が浮かぶが、残念なことに既に廃版になっている。

要するに誰も皆、いろんな問題や試練は、生きる意味を問われ続けていることにほかならないのである。私たちは常に、この時をこそ神の恵みの時として受け止め、良い機会としたい。お互いに良き人生を送りたいものである。


附記:20・21日は「神戸連続児童殺傷事件から15年」http://yukochappy.seesaa.net/article/271137029.htmlへのアクセス数が、それぞれに200を超えている。何か動きがあったのであろうか。
また、2月早々から1ヶ月間毎日のアクセス数が1800から2000を数えた。

posted by 優子 at 23:59| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

霧散した春のものがなしさ

昨朝、駅近くでお目にかかった「ひと組の御夫婦」、昨日の記事で触れたママ友から昨夜メールをいただいた。
昨夜は春の哀愁を感じていただけに慰めを感じ、お許しを得てここに刻ませていただいたが、それ以上に嬉しいことは、昨日のことを綴った記事をご紹介してのやり取りを通して忘れ得ぬ出会いとなったことだ。
今朝、あんな所でお会いするとは思ってもみなかったのでビックリしました。
そして、『ご卒園おめでとうございます』と言って頂きありがとうございました。
本当に嬉しかったです。

娘さんにもメールさせて頂いたのですが、藤本さんには素晴らしい娘さんとお孫さんがいらして本当に羨ましいです。

娘さんは働いていることもあり、誰よりも気を使わせてしまいましたね。
ゆきひさ君は挨拶もお礼もしっかり出来る子で、本当にいつも感心させられました。

藤本さんは、娘さんと同様に、私が倒れた時に涙を浮かべ、私のことをとても心配してくれました。
その時の光景は今でも忘れることが出来ません。
本当にありがとうございました。m(_ _)m

これから近住公園に行くこともなくなりますが、ゆきひさ君は電車が好きなので、私の家の近くで会ったり、藤本さんとは犬の散歩の途中でお会いすることもあると思います。
その時は是非お声を掛けさせて下さいね。

本当に短い間でしたが、ありがとうございました。
m(_ _)m

今日の更新が遅くなったのは、風邪がスッキリせず今日もしんどくて休んでいたからだ。こういうことが年を取るということなのだろうか。肝嚢胞が見つかって3ヶ月後に再検査と言われておりながら、1年近くもほったらかしているからだろうか。
今日から少し元気になったものの、しんどいので横になって本を読んだり黙想したりして一日を過ごしていた。

そして、池田牧師のことを何度も思い出しては祈っていたら、神さまのまなざしが私たちにも注がれていることを感じ、ユキの将来を思い煩うことなかれと、昨日の春の哀愁は消え去った。

コリント人への第1の手紙3章6・7節:
「わたし(パウロ)は植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである」。

私たちを創造された神さまが、背後でユキを支え見守って下さっているのである。しかも、そのことを私だけではなくユキ自身も知っているというのは本当に心強いことだ。

物事にはプラス面とマイナス面があり、キリストの教えは常に現実肯定だ。再び私は神さまに導かれてプラス面に目を向け、積極的な生き方を選び取ろう。


自然界にいのちあふれる春、心躍る春を味わおう。
世界中の子供たちの幸せな成長を祈ろう。

posted by 優子 at 22:35| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

春のものがなしさ

今日は年長さんたちの卒園式。私の子育て時代は式に出席するのは母親が大半を占めていたが、夫婦揃って式に列席するのが21世紀流のようだ。良いことだと思う。

知子の中学校入学式には夫も同席してもらった。新入生代表で「誓いの言葉」を述べる役をいただいたからだ。そう言えば毎年3月に入ると、この記事へのアクセス数が増え、今年も連日20〜30を数え、ピーク時は250を超える。http://yukochappy.seesaa.net/article/16383315.html

あの頃は勿論のこと、4年前まで私にとって春は喜びでしかなかった。とは言え、昨年のユキの入園式ではそれほど辛い思いはなかったのに、今朝は少々哀愁を感じた。今朝の散歩中に幼稚園へ向かうひと組の御夫婦に目がとまり、私はいつまでも二人の後ろ姿を見つめていた。

最初はその女性に知子を重ねて幸せそうな娘夫婦を想像した。
では男性は誰? いや、それはありえない。彼はあまりにも父親として資質がなかった。いや、人間としての愛の欠如か。だから、「うまくいってればよかったのに」というものではなく、知子があまりにも愚かすぎたのだ。

では、ユキはどうなるのか。
ユキのことを思うと不憫でならない。
ものごころがついたときには父親がいないのだから、ユキにとってはどういう感じなのだろう。これもまた経験しないとわからない感情だ。ユキに聞いてみたいがそんな酷なことは聞けない。かと言って、いつまでもまだ子供だからとあしらっていてはいけないと思う。

私がユキとの生活で感じるのは、人間には3歳ぐらいになると聞いてはいけないことを直観する能力があるということだ。ユキはきっと小さな胸に悲しみを秘めているのだと思う。今はまだ少しだけだろうが。

その悲しみがユキの人生に暗い影を落とすことのないように、それを最優先に掲げての育児である。主(しゅ・神であるキリスト)に求めて、守り導かれて養育の大任を果たさせてくださるようにと願うばかりである。

母を亡くして初めて知った「どうしようもない悲しみ」が、それまでの私は「幸福な愚者」の一人であったことを気づかせてくれた。今朝感じた春のものがなしさも意味のあることに違いない。今まで以上に私が弱者の存在に目を向けることができるようになるのであれば、それこそが生かされる喜びだ。
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posted by 優子 at 13:37| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

あれから4度目の春に再び飛鳥路を歩く

「あれから」とは、知子がユキを連れて私たちのところへ緊急避難してきた2009年4月のことで、その少し前から知子に一大事が始まっていた。あの春から4度目の春がめぐってきた。

ユキはすっかり大きくなった。まもなく4歳児の年少組を終了し、4月から年長組に進級する。18日の卒園式で群読する在園児の「送る言葉」を大きな声で実演してくれ、成長ぶりに胸が熱くなった。
ユキの卒園式もきっとあっという間のことであろう。そして、その時はきっと知子も涙ぐむであろう。知子や真智子の時の私のように。

今週半ばから中国の大気汚染に煩わされることなく美しい空の下で、今日は大阪紙商健康保険組合・健康管理事業推進委員会主催で飛鳥村へいちご狩りに参加した。今回も4年前と同様に近鉄飛鳥駅に集合し、60名の参加者と共にいちご狩りを楽しんだ。

いちご狩り@.jpg 画像 006.jpg
http://yukochappy.seesaa.net/archives/20090502-1.html

4年前と同じ主催者によるいちご狩りゆえに感慨深く、あの時からユキのことを覚えてくださっている組合職員のお姉さんがユキの成長ぶりに驚かれた。2010年11月にはキノコ狩りでもお目にかかっているので今回3度目の再会だ。

いちご食べ放題の制限時間は30分だが、私は20個食べるのが限界で時間は余るほどあった。ユキは32個も食べたと言うが本当だろうか。しかも、その1時間半後には用意された幕の内弁当も完食した。わーい(嬉しい顔)
いちご狩りA.jpg
いちご狩りB.jpg
4年前と違って私の笑顔は心からのものだ。
ユキの幸せを祈るばかり。

そのあと高松塚壁画館を見学して、しばらく飛鳥村を歩いた。
人も少なく最高の散策だったのに私は数日前から微熱があり、昨日の真智との電話で72分間も話していたために声はほとんど出なくなっていた。

しかし、いつも密度の濃い話ができるので楽しい時間だった。ワシントンからの電話は間延びもなく声も大きくて、まるで大阪からかけているみたいで、すぐ近くに居そうな感じだったから、電話を切ったあとは淋しかった。たまらなく淋しかった。

この夜はしんどいだけではなく悪寒がして何度も目が覚め、2〜3時間しか眠れなかった。
心配なことは知子の中耳炎だ。回復が悪く普通ならば鼓膜にあけた穴は、神さまが備えてくださっている自然治癒力により1日でふさがるというのに、大きな穴をあけられた右耳は2週間経ってもふさがっていない。鼓膜がヨレヨレになってしまっているそうだ。

アメリカ行きは難しくなり、次の受診を待たずに日程を変更することにした。ちょうど真智もあの時期は仕事の関係から休暇をとれないことがわかったので、変更しても値打ちがある。

いちご狩りの帰り、知子は高島屋の子供服バーゲン会場に向かい買い物に頑張った。体力が心配だったが気に入ったのがいっぱい買えてよかったと、大喜びで6時半頃に帰宅した。親は我が子がいくつになっても喜ぶ顔を見ることほど嬉しいことはない。感謝!

私たちは3時頃に帰宅。その時には声は全く出なくなっていたが、Nさんに頼まれた猫たちの餌を補充しに行き、食料の買い物も頑張った。
今日は楽しい一日だった。お世話くださった皆さんに感謝している。このように行き先も組んでもらわないとどこにも行けない私たちだから。

posted by 優子 at 22:44| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

牧師の正直な告白

数日前から池田勇人牧師の著書を真剣に読み直している。私たちに残してくださった遺言のように読ませていただいている。

JCP(日本クリスチャンペンクラブ)60周年特集号の『文は信なり』(2012年11月20日発行)に刻まれた師の一文が改めて心に響く。

「友の祈りに執り成されているのに、体の痛みや気分の悪さで一喜一憂し、もっと悪くなったら…と恐れる。その生き苦しさの中で、『いのちより大切なもの』のコトバが、病む者の心に静かに降り注がれ、沁みていきます」。

何という正直な告白であろう。書けそうで書けないのではないか。
今朝、ワシントンの次女から入った電話で、次女にもその一文を紹介したところ、深く共感し同じ思いを共有してくれた。

クリスチャンは死後、自分がどこへいくのか、どうなるのかについては明確な答と安心をいただいているから絶大な希望がある。

しかし、生から死へ移行していく道程で恐れと孤独を通っていかねばならない。そのことを覚悟し、60才になってから常に自分の最期を思わぬ日はない。その最期には私も主の平安をいただけると信じる。

師が60周年の開会礼拝で話されたご自身の病状経過や折々の心情について、『あかし文章道への招待』の「あとがき」に詳しく書いておられる。

「苦しんでいる人は、自分の苦しみで精一杯です。朝の体調が少し思わしくないだけで、午前中が憂うつに過ぎていき、早くやってきた夜には、自分の情けなさで涙が出そうになります。

でもそれらの辛さは『いのちが一番大切だと思っている』ことにならないか、とこの詩は気付かせてくれます。・・・・・

病者の視線は、自分の苦しみを見つめる下方向から、『いのちの主』へとグーッと上向きになっていきます。この短い詩に、私はどれほど慰めと励ましをいただいたかしれません。・・・・いのちより大切なものに気付かせ、下向きの目を上にあげさせてくださるのも、ご聖霊の働きです」。


これは経験した者でないとわからない正直な告白であり、あとに続く者たちへの励ましとなる。最後に星野富弘さんの詩をご紹介したい。

   いのちより大切なもの
     
いのちが一番大切だと
思っていたころ
生きるのが
苦しかった
いのちより大切なものが
あると知った日
生きているのが嬉しかった
  
  
なお、「日本クリスチャンペンクラブ」HPの「ニュースレター」に池田牧師の全文が公開されている。

posted by 優子 at 23:40| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

苦難の意味に安易な回答はなし ―大震災の苦難2年目に―

東日本大震災の日が近づくに連れて各メディアは連日特集を組んだ。それらの報道を通して、健気に生きておられる人々から生きる素晴らしさや人間の麗しさを教えられる一方で、このことが私の身に起こった時、私はこの人々のように耐えていけるのだろうかという思いに捕われた。

何という多くの人々が、何という苦難に耐えておられるのだろうか。
2013年3月11日時点で、震災による死者・行方不明者は18,549人を数え、震災関連死は2601人以上と報じた。震災関連死には自死も含まれている。

ワシントンにいる真智も震災の特集記事から現状を学び、まだまだ大変な状況にある人たちがたくさんおられることに心を痛めていた。

私も再び重い気持ちになってしまって、昨朝はチャッピーと歩きながら鶯の声を聞いても春の感情がわき出ることもなかった。そんな道すがら独居の高齢の婦人と会った。民生委員時代に知り合った方だ。

挨拶を交わした早々に「私は病気ですねん。もうあきませんねん。」と語られたので、お話になりたいのだろうと察知してゆっくり時間を取った。その方は末期の肺がんであることを話された。

「あなたは若いから元気でいいですね。」
確かに80歳を越えた方からすれば61歳の私は若いし体力もあるが、こういう時はどのような言葉がふさわしいのかわからなくていつも沈黙してしまう。

私は2〜3拍おいてからこう言った。
「私の母は70歳で亡くなりましたから、私の寿命は70歳だと思っているんです。だから大切に生きたいと思っているのですが」と、かすかに微笑んだ顔を向けた。70歳までさえ生きられないかもしれないのだが、70歳だとすればあと8年半である。

その夜PCを開くと「RBCミニストリーズ」から「探求の書シリーズ」の新刊(「ことばが見つからないとき」)が送られてきていた。
かつて私が苦悩のどん底にあった時に何度も読んだ『ヨブ記』から、タイムリーに聞きたかった内容が書かれていたので一気呵成に読んだ。

その要諦は、苦難の意味について安易な回答はないということと、苦悩する人に対しては聖句を引用するなどして、神の心を知っているかのように振る舞うのではなく、絶望している人のあふれ出る感情をしっかり聞いて受け止めよというものだった。

「私には答えがありません。でもあなたの心を聞かせてください。苦しむあなたのことを心にかけています。私はあなたの味方です」と、心からの思いを伝え、困難なところを通っている人の話に耳を傾けている時は、神が究極の慰め主であられることを信じようと結ばれていた。


読者の皆様にもお分かちするために詳しく触れてみたい。(その前提となる『ヨブ記』についてはウィキペディアをご参考ください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98

偉大な信仰者ヨブに苦難がきた時、最初は「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」と信仰によって応対できていたが、徐々に絶望の淵へと落ちていった。

自分の生まれた日を呪い、「死んだほうがましだ」と言い、絶望ゆえに死を強く願い、神への怒りを隠さなかった。
そして、苦しみに遭えば誰もが「なぜ」とつぶやきたくなるように、ヨブもまた7度も「なぜ」と問いかけた。これらは人間性を明らかにする正直な絶望の叫びであり非常に共感できる。

ところが、3人の友はヨブの心の苦しみを理解しようと耳を傾けるのではなく、その問題に対する神学的な答えを見つけようと、問題を解決するであろう聖句をあれこれと頭の中で考えていた。(多くのクリスチャンがやってしまうことだ)

21世紀の教会にもエリファズの追従者たちがいる。他人の苦しみの理由について、神の心を知っているかのように振る舞うことはやめるべきである。(自らにも言い聞かせるべきことだ)

私たちもまた苦しみ絶望している友を前にして説教したり、問題を解決してやろうと愚かなことをするものだ。

しかし、説明できないことは説明しようとしてはならない。神だけが与えることのできる答えを神に代わって出そうとする時、私たちは自分を神の立場に置いているのである

苦難の中にいる人たちは、正直で現実的に役立つ真の友からの言葉を必要としている。腫れ物に触るような言い方や、当座の痛みを紛らわす気休めのことばではなく、絶望している人のあふれ出る感情をしっかり聞いて受け止め、「私には答えがありません。でもあなたの心を聞かせてください。苦しむあなたのことを心にかけています。私はあなたの味方です」と、心からの思いを伝えるのがよい。

最後にヨブは自分自身が語る明るい希望のことばによって、暗闇を突破する。
「私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。この方を私は自分自身で見る。私の目がこれを見る。ほかの者の目ではない」。(ヨブ記 19章25〜27節)

ヨブの宣言は、究極の希望である。苦しんでいる人たちに愛をもって接するとき、私たちもこのような言葉を語ることができる。
気の滅入るような暗い会話の最中に、そのふさわしい時に親身になって語るなら、希望を失いかけた人の心に、一筋の光をもたらすかもしれない。

苦難の中で神への信頼が揺らいでいる時や、死や喪失という体験を通して、天の父の知恵や愛を疑いたくなる時、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と、イエスは招いてくださるのだ。

困難なところを通っている人の話に耳を傾けている時は、神が究極の慰め主であられることを信じよう。
困っている人がいたら、逃げずに向き合おう。理解しようという心を持って、耳を傾けよう


私は自分自身の他者への寄り添い方を吟味しながら読んだ。そして、今一度心に止めておきたいことは、苦難について説明できないことは説明しようとしてはならないこと。なぜならば、それは神だけが与えることのできる答えであるからだ。そして、神こそが究極の慰め主であり希望であることを握っておくことである。

生きている限り死別の悲しみが消えないのと同じように、苦悩する人に寄り添う時の、あの辛い感情はどうしようもないということも納得できたように思う。何度経験してもスッキリした気持ちや言葉で関われるものではないという、こんな当たり前のことがわかった。 

原発についてはフクシマがこの現状にありながら、なお再稼働するという政治家たちは狂気であり、彼らの蛮行を止めなくてはならない。


3.11の被災者の方々のことを生涯の祈りに位置づけたい。

附記:I牧師がホスピスに入られたとの知らせを受けた。

posted by 優子 at 13:17| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

祈りの課題

昨日の気温は23.1度にも上がり4月下旬から5月上旬の暖かさになった。観測史上初めてのことらしいが、今日の寒冷前線の通過で気温はガラリと変わり、夜の外気温は昨夜より10度以上も低い5度になっている。

私が「この町で一番に咲く桜」と言っていたのはオカメザクラで、早咲きの桜で2月下旬から3月上旬ごろに花を開く。花木の名前を知ったのは去年の6月だった(過去ログ:2012年6月8日記載)。

おかめ桜.jpg

今朝も17〜8度はあっただろうか、季節はずれの暖かい空気は気持ちよかったが、チャッピーの散歩もそこそこに写真を撮ると最短コースで帰宅した。8日からの中国の大気汚染を案じてゆえだ。

季節柄今回は黄砂に混じって「PM2.5」(Particulate Matter)と花粉が合わさっての注意報が出ていた。「PM2.5」にも対応できるマスクは1枚につき300円もしたが、10時間吊るし干しすればガーゼを取り替えて繰り返し使えると書いてあった。この程度でもしないよりはマシだろうと買った。

ユキのうさぎ組もあと僅か、あっという間の1年だった。
春の感情にまたひとつ、ユキの入園という懐かしい思い出が加わった。

知子は月曜日に続いて木・金曜日も欠勤した。そのおかげで胃腸炎はようやく完治したが、中耳炎の予後ははかばかしくなく、右耳の鼓膜は大きく穴を開けたとは言え、1日でふさがるのに未だふさがってはいない。難聴になるかもしれないそうだ。

私たちのことを祈ってくださっている方々への感謝、日々闘っておられる友のこと、早く死にたいと言われるご老人のこと、・・・そして、知子の心身のことも祈ろう。机の前に貼っている「祈りの課題」は増えるばかりである。

「小さなことへの忠実さ・・・小さければ小さいほど、大きな愛をこめましょう」。
何度もマザー・テレサの言葉をかみしめる日々である。そして、明日は東日本大震災から2年目を迎える。

「震災はもはや過去の出来事のように忘れ去られようとしています。忘れやすい私たちの罪、無関心を装う私たちの罪をお赦しください。

あれほどの事故が起こった原子力発電所を、再び動かそうとするこの地震国の指導者たちを押し止め、より賢明な道を選ばせてください。

苦しむ人々のことを忘れて、自分たちのことばかりを考える私たちの自己中心の罪をどうぞお赦しください。

あなたが慰めを与え続けておられる人々のもとに、私たちもまたとどまり続けることができるように、あなたの愛を与えてください」。


附記:3月7日に美濃紙業のホームページ" being & doing " が更新されました。タイトルは「全人経営へのチャレンジ」です。「お気に入りリンク」に追加しましたのでお読み下さい。


posted by 優子 at 21:40| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年03月07日

チャッピーの老い

チャッピーとマチとクマと.jpg

チャッピーは昨秋11月頃から庭で排尿するようになった。写真の手前にも写っている。ここならばまだいいが、殆どがドアを開けたところでするので困る。

実は昨秋10月に1週間も全く尿がでなくなったことがあった。食欲もなくなり、動物病院へ連れていかなくてはと思いつつも行けなくて、尿が出るようになってから庭でするようになった。

今迄、一晩留守にした時も40時間もしないままでいたのに ― これは体に悪いので悩みの種だったが ― 12月に受診した時に尿が出なかったことを話すと膀胱炎だったのだろうとのこと。排尿もその関係なのか、獣医は老いではないと言われたが老化現象だと思う。

柴犬の寿命は12〜3年ほどらしい。この5月には14歳になるから人間の年齢に換算すると72歳だ。
「柴犬さんはお年を召すと(わーい(嬉しい顔))呆けることが多いです。段差も気をつけてあげてください。骨折しても高齢になると治らないので」と言われた。

しかし、散歩に連れ出すと子鹿のように、いや、子犬のように、四足とも地面から離して走ろうとするので、こちらがついていけないほど元気だ。

夜は寒いので玄関の土間に入れてやるのだが、朝はチャッピーが起きていたらすぐに外へ出さないと玄関内でされてしまう。ふらふら外に出されたら早速やっているようで、今では毎朝玄関のポーチに水を流して掃除するのが日課になってしまった。

もっと向こうの端っこでやってくれればいいのに、日当たりの悪いところなので土のところには苔が生え、こう毎日毎日汚水を流されては秋明菊も咲かないかもしれない。

しかし、犬も老いるとは数年前まで考えてもいなかった。いつか来るその日のことを思うと悲しいし、知子の中耳炎は重症で、胃腸炎で体重は43キロになってしまったので気持ちが重い。

健康のこと、仕事のこと、人間関係、経済、子どもの教育、老い、死・・・と、私たちには生きている限り困難は尽きないが、だからこそ主と共に歩む人生は幸いだとしみじみ思う。

「あすのことを思いわずらうな。
 あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
 一日の苦労は、その日一日だけで十分である 」。
 
                  (マタイによる福音書 6章34)

posted by 優子 at 18:26| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

マチ・クマ IMFの別の部署へ異動

ワシントン時間の4日に出発したフー(次女の伴侶)から無事アフリカに着いたとのメールが今朝入っていた。(神さまに感謝!)今回の派遣先はジンバブエではなく別の国だ。

というのは、次女夫婦が採用されたEconomist Program(経済学博士取得者)では、3年間で2つの部署を1年半ずつ経験することになっているので、ちょうど1年半が経過した先月末、部署異動が行われたわけだ。異動先は、ずいぶん前に決まっていたそうだ。

先週末に新しいオフィスに引越し、それぞれの建物が入れ替わりになった。先週はいつもの仕事に加えて引継ぎしながらの引越しだったので心身共に疲れ果てたようだ。

そんなわけで今週から真智も新しい部署に就いている。加盟国への研修を担当する部署になったので仕事の内容がガラッと変わり、新しいところに就職したような感じとのこと。慣れるまで仕事がハードでなければいいのだが。

ところで、このスナップは今回次女夫婦が帰国した時のもので、まだ咳風邪(?)になる前の2012年12月24日の写真だが、ここで話題にしたいチャッピーの老いについては次のページで書きたい。

チャッピーとマチとクマと.jpg

ちなみに5日のDCエリアはWinter Storm警報が出て、IMFも閉鎖(?)のため出社しなくてもよいとのこと。真智もゆっくり体を休めてほしい。

posted by 優子 at 18:25| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

3月とは思えぬ寒さ

チャッピーの水凍る.jpg

チャッピーの水が1.5センチほど凍り、水面からせり上がって角(つの)のような形で凍っていた。昨年の冬(2月19日)にも同じような氷を発見したが、この日は‐5.3度で水入れの底まで凍っていたと記録されていた。

今朝の気温は‐3度で、氷の厚さも1センチほどだったのに氷の角はもっと垂直に長く突き出ていた。この現象は諏訪湖の御神渡り(おみわたり)と同じ原理なのだろうか。私は子供のような驚きと感動を味わっている。

そんな今日、知子は会社を休んだ。昨朝から酷い嘔吐と胃痛で日曜日もやっている内科を受診(先日の耳鼻科と同じ医院)した。診断は胃腸炎だった。点滴注射の効果もあって吐き気はおさまったが疲労困憊でダウン。耳は両耳とも改善されなくて深刻だ。

2月25日朝にユキが吐いて2日間欠席し、27日・28日に私がダウンし4日間かかって全快。そして、次は知子が嘔吐した。症状は最も重い。もはやこれらの体調不調を軽視してはいけない。体が警告していることを真剣に受け止めねばならない。

今週は春を呼ぶ高気圧が張り出して昼は1日1日と暖かくなり、週末には20度くらいにもなるそうだ。

そして、あの日からまもなく2年目を迎える。

posted by 優子 at 22:47| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

ユキは春の使者

まずは最近見つけたユキの手紙から:
ユキの手紙.jpg

「おじいちゃん おかえり おじいちゃん 16にち ぷられーるあどばんす かってくれて ありがとう ゆきより」 
「おじいちゃん すきよ」
「まま あっした あそぼうね」
(「明日」)
「まま てっあれるのん なおった まますきよ」(手 荒れるの 治った?) 

みことばカルタ.jpg私と知子が良輔と激しく議論していた時のこと、ユキがカルタの箱からこのカードを探し出して、水戸黄門の格さんが印籠を出すようにおじいさんに見せた。
まさに話の要点をついていたので絶句。
しかし、絵札まで探してこなくてもいいのにね。わーい(嬉しい顔) 

昨日は日本各地で「春一番」が吹いた。近畿地方は吹かなかったそうだが、当地の気温も19.1度にも上がり、曇り空でも外へ出ると温泉につかっているような暖かい風が気持ちよかった。しかし、今日は再び冬型の気圧配置が強まり時折雪が舞う寒さに戻った。

そのような寒い今朝、ユキはチャッピーを連れてママと二人だけで散歩に出かけた。その散歩中、木がいっぱいある駅付近で鶯の声を聞いたそうだ。
知子は相変わらず左耳が全く聞こえず、右耳もよく聞こえないので微かにしか春を感じることはできなかったけれど。

ユキは目をキラキラさせて、ペンギンのような格好をして全身で鶯の声をまね、詩人のように春の訪れを伝えてくれた。

「おばあちゃん!今日ねえ、『ホーホケキョ』って鳴いてたよ。
冬が遠くへ行って春がだんだん近づいてきたから『ホーホケキョ』って鳴いてたよ!」 


何と素晴らしい表現だろう。子供は詩人だ。
鶯の声はまさに春の声だ。確かにこんなに寒い日々なのに草が芽生え、おかめ桜は赤いつぼみをふくらませている。

今年も春の開幕だ。これから徐々にクレッシェンドで進んでいき、一日一日春に向かう喜びは春を満喫するための心の備え。そして突入するのだ。春に!!!

ユキにいざなわれて後半はヨハン・シュトラウスの『春の声』を聴きながら書いた。私たちも暗い世界から飛び出して、明るい恵みの世界に目を向けよう。
ユキのおひなさま.jpg

posted by 優子 at 22:31| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする