2013年04月28日

我が家のゴールデンウィーク

予定通りならば昨日知子と幸悠は日本を発ち、今頃はワシントンにいる妹夫婦の家で初めての朝を迎えた頃であろうか。知子は過度なストレスと過労がたたり、3月に入って胃腸炎だけではなく重症の中耳炎になり、飛行機にはとても乗れそうになかったので航空券をキャンセルした。

会社では常に悪戦苦闘の日々にあって、それゆえに神の支えと励ましを示されて驚くことも度々で、神による" Exodus "を感じる。しかしながら、毎晩仕事関係の話ばかりでユキへのしわ寄せを思うと心配だ。

しかも、今週からしばらくの間、知子は毎朝父親と一緒に6時半過ぎに家を出ることになり、ユキの見送り当番も知子に代わって私が務めることになった。ひょっとすれば来週の参観と懇談会も代理で出席せねばならぬかもしれない。知子の都合がつかず一人だけ残っている家庭訪問は如何に・・・といった状況だ。

IMFで新しい部署についた真智子もまた、「お姉ちゃん&ゆきちゃんが来るのがリスケジュールになってなかったらどうなってたんだろう、と思うよ。」と言うほどにハードな日々を過ごしている。
今週からIMF加盟国の財務省や中央銀行の人々への研修が始まるため、真智子自らが長時間に及ぶ講義をするために、その準備に集中する日々である。

そんなわけで今年のゴールデンウィークも日常と変わらない日々を過ごしている。
その初日の昨日は医療関係の用事にあて、ユキは幼児期最後の麻疹・風疹の予防注射を受けた。誕生して5年9ヶ月間で、何と18本目の予防注射だったそうだ。
私もまた肝臓・腎臓・脾臓の超音波検査し、昨年7月の検査で見つかった2センチの肝嚢胞も数ミリ大きくなっていただけで心配なしとのことだった。

この医師にお世話になって1年、今では私の概要をつかんでおられ心配症の私に、「この大きさはホクロのようなものだから全く心配ないですよ。顔にホクロがあっても全然支障ないでしょ?」と2度も繰り返して言われた。血圧も安定してきている。

花の季節はチューリップからツツジに変わりつつある。
チューリップの花盛りの頃に花を上からのぞいてみたら、まるで「こんにちは!」って笑っているようだった。(^ー^)
チューリップのお顔.jpg

これは玄関先に置いてある火鉢に植えたチューリップ。
萎えてしまったチューリップ.jpg 昨春はユキの不注意で一番先に咲いた花の首を折ってしまったが、今年は私の不注意で茎の根元で折ってしまった。10日ほど前に雑草を抜いた時だった。
翌朝、緑色の蕾は垂れて力なく横たわっていた。その時はまさか茎を折ってしまっていたとは思いもしなかった。

それでも水をやると翌日は蕾をかすかに色づかせ、次の日には体を少し起こしていた。私は嬉しくて蕾に触れると土のところで茎が折れていた。

かわいそうなことをしてしまった。

詫びながら茎の土をやさしく洗い流してビンに挿した。葉は既に黄色がかっていたが、ここまで生き返って昨日まで5日間ほど咲いてくれた。花びらを開く力はなかったけれど・・・こんなに咲いたよ!.jpg
2013.4.23.JPG
花がこんなに美しいものだったとは!
薄暗くなっても電気をつけたように明るい。
玄関のチューリップも今日赤い花びらを数枚落としていたが、
今もきれいに咲いている。 

椿とチューリップ.jpg 2013.4.26チューリップとチャッピーと.jpg
椿の横に植えたチューリップ。チャッピーもいるよ。

私が花の美しさに魅了されるのは単に年齢からくるのではないように思う。無意識のうちに会社運営の緊張を和らげようとして目が花に向き、自然の美しさに慰められて目が開かれてきたように思う。

花や自然の美しさに気づくのがあまりにも遅きに失したが、私は今とても満たされている。日々の何でもない出来事や当たり前と思えることがどんなに感謝なことであり、感動すべきことばかりであるか!今朝の礼拝で霊的にも満たされて、そのことを想起できたことが感謝である。


昨日の午後、寝室に置いていたオンボロ椅子をベランダに置いて日光浴。電車のお絵かきのあとはプラレール。
我が家のゴールデンウィーク@.jpg
ゴールデンウィークA.jpg

今日は教会学校(CS)の進級式だった。CSが終わったあとは私達の礼拝が終わるまで、お友達と一緒に走り回って遊んでいる。
今朝の讃美歌18番3節:
 霧のような憂いも 闇のような恐れも 
 みなうしろに投げ捨て 心を高くあげよう。


今週の週報・「平和の祈り」より:
神さま、どうか私たちを平和をもたらす器として用いてください。
今日はサンフランシスコ講和条約が結ばれた日で、沖縄では日本から切り捨てられた「屈辱の日」と呼んでいます。どうか私たちが小さき者と共に歩んでいること、また多くの犠牲の上に成り立ってきたこと、成り立っていることを忘れることがありませんように。アーメン。


人間が一つ心になれない悲しさを思う。
次週の説教は高見敏雄牧師が、イザヤ書2章4節とマタイによる福音書5章9節から「イエスのことばと憲法9条」と題して語られる。

posted by 優子 at 23:55| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

フランクル『夜と霧』を読む ―JCP関西ブロック例会より―

昨日、今年度初めての日本クリスチャン・ペンクラブ例会が大津教会で開催された。
最初に、先月22日に召天されたJCP理事長・池田勇人牧師を偲び、聖書(第2コリント・4章7節〜18節)を読み祈りを捧げた。
池田牧師が3月3日に発行された「一人新聞あのね」 改題『マイ コール コル 生活』創刊号を配布し、クリスチャン新聞(4月14日発行・2199号)より「クリスチャンペンクラブ理事長 池田勇人氏 逝去」の記事も配布された。

学びでは、大田正紀先生の導きのもとでヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んだ。ウィキペディアによれば、
強制収容所での体験をもとに著した『夜と霧』は、日本語を含め17カ国語に翻訳され、60年以上に渡って読み継がれている。
発行部数は、(20世紀内の)英語版だけでも累計900万部に及び、1991年のアメリカ国会図書館の調査で『私の人生に最も影響を与えた本』のベストテンに入ったという。
読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査で、翻訳ドキュメント部門第3位になったとされる。

フランクルの理論:
@ 意志の自由 ― 人間は様々な条件、状況の中で自らの意志で態度を決める自由を持っている。(決定論の否定)
A 意味への意志 ― 人間は生きる意味を強く求める。
B 人生の意味 ― それぞれの人間の人生には独自の意味が存在している。

フランクルのロゴセラピーは収容所体験に基づくものではなく、アウシュビッツ収容所に入る前から考え出されていたものである。

大田氏の講義より心にとまったこと:
「東日本大震災後、仙台の書店で『夜と霧』が静かなブームとなっている。
安易な気晴らしや慰めではなく、身の毛のよだつような悲惨な現実を前に、『主ともにいます』の信仰に支えられ、悲劇的な運命そのものを受容し、遺された自分の生命の意味を探ろうとする人びとに大きな希望を与えている。

読む人を直接イエスさまに結びつけるのは難しいが、真実の神に結びつけていく通過点として、偶像に満ちた信仰から解き放ってくれる。

あの極限状況で耐え得たのは、自分の力で頑張ってきた屈強な人々よりも繊細で感じやすい人々だった。

収容所の向こうに自分を待っている人がいる。自分の会いたい人がいる。そのように人生の豊かさを再現して生きていくことができる人が耐え忍ぶことができた。

人間は人格的な愛の中で生きており、愛する者の存在を確信する中で生きていくことができる。

そして、人間がこの状況の中で果たして意味があるのかを考え続けること、苦しみ続けることが最も意味のあることであり、私が今、これを背負う以外に道はないんだという時に神が傍らにいてくださり、私の十字架としてこの試練を前向きに引き受けるということである。

この発想は日本人にはなかなか無い発想ゆえに人々が惹かれるのではないか

あいつが悪い、こいつが悪いという発想ではなく、自分を見つめるフランクルの中に「告発」という発想は全くない。カポー(強制収容所内の囚人の取り締まりにあたった囚人で、ナチよりも残酷だった)に対しても憎しみだけに終始していない。

『人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである』。

私たちもただ嘆き続けるのではなく、その状況において何を引き受けねばならないのかを考えていきたい」。


このあと2013年度総会にうつり、事務局長が2012年度の事業報告、私は会計決算報告した。新年度の活動については研修会開催の声が上がり、また、文集『種を蒔く』第2号発行準備と皆が意欲的である。

私も2年経ってようやく苦手な会計役に慣れてきたので、今年度からはストレスが大幅に軽減されて大いに意欲的である。感謝して書記・会計を務めさせていただこう。早速長女が今年度の収支明細エクセルに設定してくれた。

次回例会は、6月15日(土)、日本キリスト教団・千里ニュータウン教会にて開催される。

附記:私もまたフランクルにより新しい出発へと踏み出せた一人である。2000年10月のことであった。そのことを2004年2月に発行された『あしたづ』に書いており、過去ログ・2006年8月16日から5回に分けて連載している。
http://yukochappy.seesaa.net/archives/20060830-1.html

聖書、第2コリント・4章7節〜18節:
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。

わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。

わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じている。それゆえに語るのである。

それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエスと共によみがえらせ、そして、あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからである。

すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。

だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。


posted by 優子 at 23:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

春の感慨

昨日の記事「ユキの春、私の春」を改め、「ユキの春」と「私の春」に分けて、今日はライフサイクルで言えば午後10時頃を生きる私の春を書きたい。

遠藤周作は人間の悪についても焦点をあてていると評論で書いたことがあるが、私は今、自浄作用の失ってしまったかに見える組織の中枢にある人物が不可解でならず、『夜と霧』再読で社会心理学的視点からその組織の人々のことについても興味深い。

『夜と霧』はあまりにも有名だ。私は1972年(大学2回生)の時に第3刷を購入している。今週末20日のクリスチャンペンクラブで取り上げることになったので再読している。

人間の尊厳をすべて剥奪し、残酷極まりない地獄と悲惨さは言葉を絶する。
若い頃は人間のとめどない罪悪についておののいていたが、今は有りうるということも理解できる。今回読み直したり講演を聴くことで、どのような気づきが与えられるのか楽しみである。


昨日は最初にユキや幼稚園の明るい春を書こうとしていたので、ベートーベンの『スプリングソナタ』を聴きながら書き始めたが、私が期待した春の喜びではなく、明るい幸せなメロディーが胸をしめつけ涙をにじませた。この曲もまた母の思い出につながるからだ。

この曲を最後に母と聴いたのは1990年頃だった。和歌山へ向かうカーステレオで、私の監修で収めたクラシック曲集のテープをかけていたときだ。そして、その同じテープを最期の病床でもかけたことがあった。

幼児や若い人の春と、人生を積み重ねてきた者の春は色合いが違う。前者は単純明快な喜びであり、後者は悲哀を知った味わい深い喜びである。

15日朝、90歳の義母が私に聞いた。
「お母さんが亡くなって10年ぐらい?」
「今年の秋で17年になります。」
「そんなになるの。」
「70歳でしたから健在ならば87歳です。父が亡くなって13年になります。」

70歳と90歳では、赤ん坊が誕生して成人になるほどの年月の開きがある。母は60代初めに進行性難病におかされて、60代半ばには動けなくなっていたから、私は何度も亡き母の年齢を指で数えながら年老いた母を想像するのだ。
そして、機会があるたびにユキに大じいちゃんと大ばあちゃんのことを話す。

今年初めて植えた玄関のチューリップ。義母も喜んでくれ、咲きはじめてから毎朝義母と花を愛でている。
玄関@.jpg「これから毎年植えますね」
こうしてまた新しい春が重ねられていく。

附記:今朝、目覚め前の浅い眠りの中で夢を見た。『スプリングソナタ』で母を思い出したからだ。

夢のシーンは建て直す前の実家だった。母がユキの相手をしながら台所仕事をしている2人の明るい声を、私は2階で聞いていた。母は55歳くらいでユキは3歳くらい。幼児の顔も声も間違いなくユキなのだが、ユキは知子か真智子だったのだろう。

母が元気だった頃であり、私は30代早々の人生の夜明け前だった。人生の悲哀を知らなかった頃のことだ。夢だとわかってからも、私はその懐かしさの中にいたくてしばらくまどろんでいた。

posted by 優子 at 07:44| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

ユキの春

15日のこと、ユキが帰宅するなり見せてくれた「お便り帳」に、担任の先生がこんなステキなことを書いてくださっていた。
先日から園庭で春みつけを楽しまれています。「わらび」など、みんなが知らないものもよく知っているので、お友達にもいろいろお知らせしてくれています。
今日は、昨日、教会で発見した!と「からすのえんどう」を見つけ園のうさぎにあげてくれていました。目をキラキラ輝かせて・・・年長としてのスタートも頑張ってくれています。
 
そしてその日の昼食後、早速これを書いて見せてくれた。
春のレポート.jpg
これぞ「春のレポート」だ!
親ばか、婆ばかの感動の花が咲いた。
カタカナにも興味が出てきて少しずつ覚え始めている。
そして、2ページ目には「わらび」、3ページ目には「たんぽぽ」を書いた。夜、ママが帰ってきた時も「お便り帳」を見せていた。

このコメントにユキ自身をも喜ばせる何かがあるのだろう。それは自分の喜びを他者に伝えることができ、それを共有してもらえた喜びを感じているのではないだろうか。
このような小さな小さな出来事でも、引っ込み思案のユキにとっては自信につながり、成長への歩みを確かにする助けになるだろう。いよいよ" show'n tell "教育の具体的手応えを感じながらの楽しい子育て期に入った。


これは昨日のお帰りの光景だ。19日まで11時半で終わるため、11時40分頃の生協配達の時間と重なり、集団で帰ってくるのを待っていては間に合わないので先週に続いて園まで迎えに行った。
年長組の春.jpg
幼稚園の春。
なんてほのぼのとした平和な光景だろう。心が安らぐ。
園の春@.jpgこれは今日の写真。
20日のJCPの関係で今週からフランクルの『夜と霧』を開いているので、気分転換も兼ねて今日も園へ出かけた。それだけではなく、ユキの出番があったからだ。
年長児はウサギ当番の2名(男女一人ずつ)が台に上がって「イカスシ」(http://www.police.pref.nara.jp/shonen/ika_no_osushi/pdf/ikanoosusi-gakufu.pdf#search='%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C+%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%99%E3%81%97')を踊って(?)から、マイクを持って「今日楽しかったこと」を述べることになっている。
初めてのお立ち台D.jpg
「ふじもとゆきひさです。今日『うさぎ当番』したことが楽しかったです」。わーい(嬉しい顔)
※ 昨春2匹いたウサギが交通事故死やいなくなってしまったが、今春から1匹だけウサギがいる。

園の様子に触れることができない知子のことを思って胸が痛む。その分、私が知子の代わりに見てレポートしてやればいいのだ。
ユキも私の存在を喜んでくれているのがわかる。

今春から人まえでも「おばあちゃーん!」と呼び、自分から手を振るようになった。今までは名前を呼んでも手を振っても無視。勿論、ママでも!だから恥ずかしがり屋ユキにとっては大きな進歩だ。


附記:ユキは只今挑戦中の「うんてい」(遊具の「雲梯」)のために、 ゴルフで疲れて帰宅したおじいちゃんに頼んで、早速5時半頃から公園へ行った。


posted by 優子 at 18:08| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月14日

我が家のマルセリーノ坊や

先週は「マルセリーノの歌」ばかり歌っていた。マルセリーノとは半世紀以上も前のスペイン映画、『汚れなき悪戯』の主人公の名前だ。

ユキを見ているとマルセリーノと重なり、先週初めにマルセリーノの歌を歌っていたら、「おばあちゃんはいろんな歌を知ってるからいいなあ」と言ったのでユウチューブを見せてやった。

私が知っているのは高(こう)英夫さんの歌詞だ。小学校2〜3年生の頃に、母か父が買った高英夫さんのドーナツ版レコードがあった。A面が『雪の降る町を』で、B面がこの歌だった。

私たちはカトリックではないから十字架上のキリスト像を見ることはめったにないし、5才の幼児には衝撃すぎて怖がらせるかもしれないと案じつつ見せたがその心配は全くなかった。

マルセリーノ:「ママに会いたい。あなた(イエスさま)のママにも。」
キ リ ス ト :「今 会いたいの?」
マルセリーノ:「今すぐ」
キ リ ス ト :「では お眠り」

そして、マルセリーノは天国に移されたのであるが、この場面は涙なしでは見られない。
http://www.youtube.com/watch?v=bqKFXlg1h6s

ユキはマルセリーノと同じような年齢だからだろう。しぐさもマルセリーノとそっくりでとてもかわいくて重なって見える。今ではユキも「マルセリーノの歌」を口ずさんでいる。

しかしまた、春休みに入ってからのユキは一段とワンパクになり、起きている間は寸暇なく動き回っている。神戸へ行った時もドンドン走り出し、母親現役でもあの速度で走り続けられないだろう。自分の背丈以上の高さからも平気で飛び降りるのでヒヤヒヤさせられどうしだ。

今までのように電車の絵も描き続けているが、触ってはいけないマッチやカメラや時計などに関心があるらしく目が離せない。一日に何回も大きな声を出さねばならないのでエネルギーがいる。

先週は本当にしんどくて私は怒りっぽくなっていた。
「さっき、おばあちゃんは『お祈りしたからきれいな気持ちになった』って言ってたのに」と言われて、「ごめん」と謝ったこともあった。
10日の午後は眠りたいのに何度も注意させるので、ついに激怒して手が出てしまった。その直後、二人並んで眠りかけたとき、外は真っ暗で激しい雨風になっていた。

そして昨日のこと、ユキが2階へ上がって行くので知子が足音を忍ばせて行くと、ガムを噛みながらママのカメラを触っていた。
ユキは何度も注意されていることをやっている現場を目撃されて、どうしようもなくなって泣き出したという。とても大切なことだけに知子は感情的にならずにユキと話し合った。

そして最後に、ユキと知子と私の3人でお祈りしたとき、ユキのお祈りからユキの行動が目に見えるようにわかった。


「イエスさま、これからはママとおばあちゃんがお買い物に行っている時や、おじいちゃんが寝ている時に、マチの部屋へ行ってカメラをさわったり、ガムを噛んだりしませんからゆるしてください」。

マルセリーノは屋根裏のキリストがおなかをすかしているだろうとの想いから、修道僧の目を盗んでパンとぶどう酒を運んでいたが、ユキはどうだろうか。今や知恵がついてきて罪なき幼な子から脱しつつある。
これからは汚れなきいたずらだけではすまなくなるから、芽生えてくる罪意識を歪めないように健全に導いてやらねばならない。


私たちを造られた神さまにお祈りできるのは何と幸せなことだろう。
ユキ、神さまはね、「まっすぐ歩きなさい。離れずに歩きなさい。安らかに歩きなさい」と、いつもユキを見ていてくださり、支え守ってくださっているよ。

今朝の礼拝で心に残った今週の「平和の祈り」:
「神さま、どうか私たちを平和をもたらす器として用いてください。・・・私たちがこの子どもたちや新しく生まれてくる子供たちの未来に何を託すことができるのか、あるいは何を負わそうとしているのか、そのことをしっかり考えていくことができますように。アーメン」。

昨日の早朝に起こった地震のことも神さまにお祈りできる。何と言う幸せだろう。新しい1週間も主が共にいてくださいますように。

附記:13日午前5時33分に起こったマグニチュード6.3の地震は、「今まで知られていなかった活断層によって引き起こされた」もので「広い意味で、阪神大震災の余震とみられるという」。
当地の震度は3だったが、かなり怖かった。この朝ゴルフに行く夫の自動車を、これが最後かも知れないと思って見送っていた。

   
posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月12日

チューリップ2013

6・7日の嵐に続き、その後も強い風の日が多い。昨日の午後は猛烈な雨風だった。今週は気温が低く体調が悪い。ユキの入園式も肌寒かったことを覚えているが、昨年は7.7度(朝は‐1.5度)しか上がらなかったとは今年どころではない真冬の寒さだった。

若い人たち(このような呼び方も今は抵抗を感じるが)も「今年は寒い」と言っている。私に限らず人間は忘れやすいのだ。だからこそ年々思いを深めながら新たな感動を重ねていくのが大切なのだろう。

8日、ユキは年長組(クラス名が「1組」とは、なんと無機的な名称だろう。しかも1クラスしかないのに!)に進級し、今日は昨日入園してきた子供たちと一緒に登園初日だった。メンバーは昨年度よりも1名多い12名。

幼く若い頭脳の記憶力はすごいものである。
3月は卒園児に「送ることば」を、そして今月は進級して入園式までの3日間で見事に「迎えることば」を暗誦した。
子供たちは可能性の卵だ。それは単に能力開発に焦点を当てるのではなく、それぞれに与えられた個性的な賜物を引き出してやることだ。ユキの可能性を実現できるように向上への意欲をこそ育ててやりたいと思う。

先週末にようやく満開になった桜は、春の嵐で無理やり花をむしり取られて赤いじくだけが残り、木は赤く染まって痛々しく見えた。我が家のチューリップも昨日からの嵐並みの強風にも耐えて咲いている。

私は花がこんなに美しいものだとは思わなかった。年を重ねるごとにその思いは強くなる。みんな咲き揃うのを待っていては最初に咲いた花が花びらを落としてしまうので、撮り損なわないうちに「チューリップ 2013」を記録しよう。(写真は咲きそろった2013.4.17に更新)

今年は例年になく花が小さいのは、土を入れ替えてやらなかったからだろう。球根を植える直前まで青ネギを植えていた土だったから。ふらふら

ようやく咲きそろった2013.4.17.jpg
チューリップは「春から夏への希望のしるし」。
初めて玄関先にも植える。
初めての品種.jpg

今年もユキの鯉のぼりが上がったよ!.jpg
鯉のぼりシーズン到来。
今年もユキの鯉のぼりが上がった!
保育園の鯉のぼり上がったよ!.jpg
同じ日に保育園の鯉のぼりが上がった。
鯉たちは強い風に乗って上手に泳いでいる。
写っているのは小学校の校舎。その向こうにユキの通っている幼稚園がある。

ユキの幼い日々が幸せでありますように。
1年後のユキも鯉のぼりで遊ぶのかな・・・るんるん

posted by 優子 at 16:56| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月10日

衝撃と人生の不可解さ

「リック・ウォレン氏の末息子が自殺」。
週に1度程度の頻度で開く『クリスチャン・トゥディ』から驚くべき記事が目に飛び込んできた。公開時刻は4月8日に日付けが変わろうとする時だった。ウォレン氏が次のように詳細を語っている。

「マシューはとても賢く、誰が一番痛みの中にあるか、あるいは部屋の中で一番不快感を感じているかを感じ取ることができました。さらにそのような人と関わりを持って励ましたりもしていました。

しかし、マシューと最も近い位置にいる人間だけが知っていることでしたが、彼は生まれた時から精神病と格闘していました。彼はうつ病の暗い穴の中に引きずり込まれ、自殺したいという思いにさえ駆られることがありました。

米国内最高の医師、薬、カウンセラーや癒やしの祈りがあったにもかかわらず、彼の精神病の苦しみは決して止むことがありませんでした。今日、ケイと私と楽しい夕方の時間を過ごした後、自宅で瞬間的な絶望感に襲われ、彼は自ら命を絶ちました」。


翌8日午前、同誌に「サドルバック教会、ウォレン氏息子の自殺受け追悼礼拝」が更新された。

米サドルバック教会は7日、同教会牧師のリック・ウォレン氏の末息子、マシューさん(27)の自殺を受け、追悼礼拝を行った。7日付の米クリスチャンポスト紙が報じた。

7日の礼拝では、同教会教役者のトム・ホラディ氏が説教した。ホラディ氏も前日ウォレン氏本人から、マシューさんの突然の死について知らされたばかり。会堂は、マシューさんへの哀悼の祈りに満ちた。

ホラディ氏は、すでに先週初めにはウォレン氏からこの日の説教を依頼されていたことを明かした。ウォレン氏は、「人生最悪の日に何をすべきかを説教してほしい」と頼んだという。その時点ではまだ、マシューさんの死を知る由もなかった。

ホラディ氏は、ダビデ王が戦いから帰還した時にツィクラグの街すべてが焼き払われていた場面(サムエル記上30章)を引用し、「ダビデ王と彼の民の取った対応は、希望が遠くに思える状況にあって、どのように対処すべきかのモデルだ」と説いた。その上で、ウォレン氏夫妻がダビデ王らが選んだ同様のステップを踏むことができるよう祈りを求めた。

ホラディ氏は、ダビデ王らがまず第一に「泣いた」と強調し、「人間としての感情の露出を否定しないことが重要だ」と説いた。また、「イエス様も泣かれた。神に対して叫ばれた。そのような感情を他者と共有された」と語った。

第二は「心を苦くせず、他者を赦すこと」、第三は「神にある自分を励まし、神の民を導くこと。御言葉を読み、イエス・キリストの中に希望を見出すこと」。第四は「希望をもって未来を見つめること」。ホラディ氏は、ただ過去に留まっていてはいけないと指摘した。

最後は「悪に打ち勝つこと」だ。ホラディ氏は、「ウォレン氏夫妻のために祈る他にも、それぞれが各自の生活の中で悪に打ち勝つ必要がある」と説いた。

リック・ウォレンと言えば、2009年1月20日にバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任した式典で祈りを捧げた牧師だ。
日本でも多くのクリスチャンたちが彼の著書を愛読し、私もたびたびデボーション(祈り)の時に用いているだけに大きな衝撃だった。

関連記事を読み終わったあとも、人生の不可解さに思いをいたし、その後、しばらく考え込んでいた。そして、キリストに在る未来に目を向けた。

ウォレン氏のこれまでの日々を想い、毎日が闘いの日々であり必死で生きている人々や、主(しゅ・キリスト)の教えに倣って励んでいる人々、一方で、畳の上でゆったりと、また、ぬるま湯につかっているような牧師、あるいは形骸化した教会はないだろうかとの思いも強く迫ってきた。

そんな思いもあって、今朝の国会で質問に立った公明党の浮島智子氏の情熱に胸を打たれた。今朝の答弁は教育関連ゆえに関心があり、ユキを迎えに行く11時半までに家事をこなさねばならないので時間を気にしながらも、質問に立った最初の2人の女性に引き込まれて40分ほど耳を傾けてしまった。地に足ついた浮島氏の働きは大きいだろう。私たちもあの熱さを共有して神の働きを進めていきたいものだ。

ウォレン氏はこの悲しみを背負って最後まで生きていかなくてはならない。一人ひとりの人生はなんと重く、それゆえに誰も皆、常に「今」を大切に生きていかねばならない。


posted by 優子 at 17:41| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年04月05日

歯が抜けたよーーー!

抜けたよー!.jpg

昼食後、前下の乳歯が抜けた。
「おばあちゃん、歯 抜けた」と半泣き状態で見せにきたが、「うわぁ、すごい!きれいに抜けたね。痛くなかった?」と聞くと、「痛くなかった。T君が『痛くない』って言ってたもん」と急に明るい表情になり、誰にでも言いたくてしようがないユキだった。
(5月1日追記:2週間後に隣りの歯も抜け、今では永久歯が2本揃って伸びている。)

今日は昨日(21.9度)よりももっと暖かくなり、午後は私まで下着のシャツの上にシャツブラウスだけで十分だった。それでも汗ばむほどで、子供たちは半袖のTシャツ姿だった。そんな昼下がり、ユキと歩いて3時間のお医者さんツアーに出た。
(この日は25.7度にもなり、最低気温が6.1度だったから20度近くもの温度差になった。)

まず、3時の予約を入れた皮膚科にユキを受診させた。1月半ばに発見したユキの鼻に小さな小さな赤い点は、言わないとわからない程度だがずっと気になっていた。それは全く心配ないとのこと!
次は私の内科。夕診が始まる4時まで25分待ったが一番乗りだった。

医師は降圧剤を2倍にする必要はないだろうと言われたが、常に血管に負荷をかけ続けていることもまた精神的な負荷になると話すと、私の神経質なところを見抜いてくださっている医師は次のような話をしてくださった。

(頸動脈あたり?の作用で)「脳内では常に血圧が120くらいに保たれているので、血圧が160以上にならないように注意していれば大丈夫。倒れたりしない」と、笑顔で包み込むように話してくださった。

そして、今月末に肝臓の超音波検査の予約を入れ、肝機能や定期的な血液検査のために血液を採取した。ユキは医師が使われた手動式の血圧計や血液採取を興味深くそばで見ていた。

その直後から待合室で質問攻めにされた。
「あんなに血をとっても無くならないの? 体中に血がいっぱいあるんだったら死んだら血はどうなるの?」
一昨日は、「神さまとイエスさまはどう違うの?」と問われた。ユキ自身の中から出てくる質問だけに驚かされる。わかりやすく三位一体について話したが難しかった。こどもにもわかるような説明を準備しておかねばならない。

桜の開花とともに務めてゆったり過ごそうと心がけている。2日は犬の散歩の途中でワラビ採りをした。左手にチャッピーのリードを持ちながら面白いほど採れた。ユキも上手に見つけてくれたおかげで、少しずつ夕食の一品に添えることができた。

今が盛りの桜も今日が見納めになりそうだ。明日から明後日にかけて天気は大荒れになると予報が出ているので、今朝はユキと名残を惜しみつつチャッピーと歩いた。
みずいろと桜の色は絶妙だ。
2013須波さんちの桜.jpg

「神のなされることは皆その時にかなって美しい」。(伝道の書3:11) 

春の光の中で@.jpg

ユキも輝いているね!
この日、久々に会った2人が「今年から2年生?」と言われた。(>_<)
そして、活発になったユキに驚いておられた。ワンパクになって動き回るので目が離せない。

posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月04日

桜満開の石屋川沿いをユキと妹と3人で歩く

今日は神戸の叔母を訪ねた。
知子が仕事に就いた2010年9月以降、ユキと一緒に叔母を訪ねるようになった。今回は4回目(前回は2012年3月28日)で、その間にユキは大きくなり、最初の頃が懐かしく感じられた。そして、今回は妹も誘い石屋川駅で合流した。

今日は昨日の寒さは嘘のような明るい春の日、石屋川両サイドの桜並木は満開で、このような季節に来るのは初めてだったからひどく感激した。
2013.4.4石屋川の春.jpg

石屋川(神戸市灘区)沿いの桜も満開!
昨日の風でも花はほとんど落ちていなかった。

妹は母校の神戸大学を懐かしく思い、桜だけがメインではなく六甲山を背景にしてユキと撮った。

今日は叔母も私も妹も、皆が神の祝福の中に在った。ユキは周囲の人々に神の祝福を届ける天使のようだ。これからもこのような時を重ねていきたい。

「みんな死んでいき私だけ残ってしもた」と力なく言った叔母も、「これからもっと足しげく来るね」と言うと、生きることに前向きになってくれた。

膝が痛いのに今年もイカナゴの釘煮を作ってくれていた。
母が70歳で亡くなって17年になる。母の闘病中からずっと関わってくれていた叔母も85歳だ。叔母の元気なうちに妹と一緒に何度も訪ねたい。勿論、ユキはなくてはならぬ人。みんなを元気づける光の子だから。

「これは、主が設けられた日である。
 この日を楽しみ喜ぼう」。

        (詩篇 118篇24節)

附記:帰りの鶴橋駅でプラットフォームの駅員さんに尋ねた。
伊勢志摩ライナーのどの色の列車が走るかは検索してもわからないとのことで、快く赤色の伊勢志摩ライナーの発車時刻を教えてくださった。そこで、8回目にして撮影成功した「しまかぜ」をご覧に入れると、「うまく撮れましたね」と感動してくださった!!!るんるん

私は続行する気である。
黄色と赤色の伊勢志摩ライナーの走る姿を撮ることを。
この嬉しそうな顔!.jpg

停車した黄色の伊勢志摩ライナーの前で、ユキの嬉しそうな顔!

★1週間ほど前から下の前歯2本が動き始め、早くも生え変わりの時期を迎えている。

posted by 優子 at 23:56| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月03日

ついに撮った !

ユキは私よりもう一段上の土手に登って双眼鏡で「しまかぜ」を観る。
双眼鏡で「しまかぜ」キャッチ!.jpg
「来たー!」
ついに撮った!.jpg

「成功! ユキちゃーん、撮ったよー!」

4月なのに寒い!.jpg

ようやく想っていたような写真が撮れた!
8回目にして初成功だけに一瞬の充足感を味わった。
今日は体調が悪いだけではなく天候が不安定で空も暗かったが、来週から幼稚園が始まり、さすがに私一人で「しまかぜ」の追っかけはむなしいので決行した。

今後は休日ごとに伊勢志摩ライナーを撮りたい気分でもある。黄色いのと、昨年からリニューアルされた赤い伊勢志摩ライナーを撮ってみたい。
もう大丈夫、コツは覚えたから1回で成功するだろう。コツを忘れないうちならば。(^ー^)

今日は風があるので一昨日よりも寒く、ユキも薄手のジャンパーに毛糸の帽子をかぶって出かけた。もう4月に入っているというのに、私はウールのカーデガンを脱いだものの真冬の防寒着を着た。血圧が高いと寒さは堪える。

ところで、過去ログ・3月30日の記事で訂正箇所が発生した。  
ユキが大和高田駅でおじいちゃんとはぐれてしまった時のこと、ユキは「そんなに大きくない声で泣いて、涙は出なかった」と言っていたが、これはユキの体裁を繕ったものだった。

実際は当然のことながら最大級の声で泣いたことが昨日わかった。
実は2階で昼寝した時は、今も目覚めた時に殆ど毎回大泣きするのだ。この家に赤ちゃんがいたかしらと錯覚するような泣き方で。わーい(嬉しい顔) 

昨日もそうだった。
そこで高田駅ではぐれた時のことを聞いてみたら、このように大泣きしたそうだ。やっぱり夫(おじいさん)の推測通りだった。「だから、たぶん泣いていると思いますのでと言うたんや」と微笑む夫。

このような幼な子にも羞恥心があることを忘れてはならないが、その一方で新しい遊びをするあどけなさが混在している。
「お呼び出しします。藤本良輔様、藤本良輔様、居られましたら改札口までおこしください」と、紙を丸めてメガフォンにして何度もアナウンスしている。わーい(嬉しい顔)

3月31日朝、ワシントンのマチより着信:

日本は桜満開やね。
ブログ(3月30日記事)の生活感満点のショット、ものすごくホッとした!くまもまちも!

こっちは、昨日からだんだん温かくなってきたけど、先週は寒かった。桜は種類によっては咲き始めてるけど、まだまだこれからです。

ゆきちゃんすごかったね。
アドベンチャーを体験したね!
親切な人が沢山いてくださって嬉しいね。
パパとのコンビ、面白そう!

ママとのしまかぜ撮影コンビも超面白い。
ベストショット待ってるね(^^)。

まち、ありがとう。
くま、ありがとう。

るんるんまち、パパがね、
「この写真最高やな」って何度も言ってくれたよ!揺れるハート


posted by 優子 at 17:52| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

ユキと春を愉しむ

当地は寒い。この日の最低気温は大阪や神戸よりも4.1度も低い2.5度だった。しかし、「しまかぜ」撮影の飽くなき挑戦は続く。私はウールを2枚も着て、毛糸の帽子をかぶって真冬の恰好で出かけた。

今日は何日も前からユキに言われていたとおりに一段上の土手に登って立ち位置を改め、「今日こそは!」と構えたがちっ(怒った顔) ちっ(怒った顔) ちっ(怒った顔) 惜しい!またしても失敗!
もう少しで成功だったのに!.jpg
「しまかぜ」のお顔が切れちゃった! 

次回は8回目の挑戦だ。次はもう少し左寄りに立ってシャッターを押すタイミングは・・・と、回を重ねるほどに熱くなる。私はすっかり「しまかぜ」の追っかけになっていた。
その帰り道、満開の神社前の桜。
神社前の桜は満開!.jpg

公園の桜も満開!
公園の桜も満開!.jpg

家にチャッピーを置いて、共に一枚服を脱いで再び桜ウォーキンに出発。
池の桜はまだ8分咲き。
まだ8分咲き.jpg

来週からユキは年長組。大きくなったね!
来週から年長さん!.jpg

桜の下にユキがいるよ!.jpg
ここでモンシロチョウと戯れ、
モンシロチョウを帽子で追いかけながら帰ってきた。
その姿に感動して再現してもらったヤラセ写真。
シャッターを押すタイミングが遅くて3度もトライさせてしまった。

蝶々を取ろうと飛んだ!.jpg
ユキは飛んだ!
すごいジャンプ、階段2段分を飛んでるよ! 
2時間の散歩で私もユキと一緒に春に溶け込んでいた。
楽しかった。

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」。

            (テサロニケ人へ第1の手紙 5章16節〜18節)
" Always be joyful.
Never stop praying.
Be thankful in all circumstances,
for this is God's will for you who belong to Christ Jesus. "
                  (1 Thessalonians 5: 16~18)

posted by 優子 at 18:20| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする