2013年12月30日

2013年には感謝、新しい年には希望!

御用納めの27日夜、独りになって神の前で静まり、皆を守り導いてくださったこと、特に信仰を授かっている知子と私、真智子夫婦の霊肉を強め支えてくださったことを感謝しました。

今年のブログを書き納めるにあたり、先月読んだ新原 豊氏(UCLA医学部教授・がん専門医、クリスチャン)の『生命は「与える」と強くなる』から、神さまの偉大さと希望をお分かちしたいと思います。
この本を読んだだけで新原氏が以前からの親しい友のように感じます。主を介しての何か意味深い出会いのように感じています。

新原氏は1959年のお生まれで、これまで500万人を苦しめてきた難病・鎌型赤血球症の治療薬を1990年代に発見した人です。ここに動画がありますので、あとで是非ご覧ください。

初めに鎌型赤血球症について簡単にお話したいと思います。
赤血球だけはあらゆる細胞の中で唯一「核」を持たない細胞で、非常に柔軟性に富み形を自由に変えられるので、微細な毛細血管の中にも入っていき酸素を体の隅々まで運ぶことができます。

その柔軟な変形能力をなくしてしまう病気が鎌型赤血球症で、発症するとあらゆる痛みの中で最も痛いとされている骨折の痛みが、同時多発的に起きるような想像を絶する痛みに苦しみます。

アフリカを中心に400〜500万人の人を苦しめ、発症すると20歳まで生きられるのは1%程度で、90%以上は5歳までに亡くなる病気です。
この治療薬発見までのプロセスも何と感動的でしょうか!是非お読みいただきたい本です。

小宇宙と呼ばれている人体は何と精密に造られていることでしょう。
私たちの全身に網の目のように張り巡らされている毛細血管を全部つなぐと地球の2周以上にも及ぶことや、成人の人間の細胞数は約60兆個あって、1日に全体の0.1%(600億個)が入れ替っていると言われていること。

ただし、脳細胞まで入れ替わってしまったら記憶機能が混乱してしまうので、脳細胞だけは基本的に生涯不変であることなど、神秘に満ちた人体もクリスチャンでしか語れぬ感動をもって綴られています。

そして、「希望はピンチの顔をしてやってくる」では、" blessing in disguise (発音:disgáiz)"(直訳は「変装した祝福」)「隠された祝福」という英語の言葉を教えられました。

それは困難や試練など、「一見すると祝福とは思えないものの中にこそ、成功や成長、喜びや幸福の種が隠されており、禍いと見えるものに祝福の種が隠れ、成功と思える時に失敗への契機が潜んでいる」という意味です。 

「自分に起きたことを自分の心が希望的にとらえれば希望になり、絶望的に捉えれば絶望になる。大いなる力に頼っている限り、いつも希望が生まれてくる。・・・

希望で心を満たすためには一つ大きな条件があるように思います。それは自分という命が、何か大きな存在によって『守られている』、そのことを信じることです」
と。

私もまた、そのことを信じる者のひとりです。
「神は最悪を通して最善へ導かれる」とは私のモットーですが、日野原重明氏も書いておられます。

「信仰は私たちに耐える力を与え、それを実践する勇気を与えてくれます。愛は実践を伴うものでなければなりません。
『神さまは私たちに最善のみをなしてくださる』と信じる力が試されているということです」。


人生はあらゆる出来事をどのように受け止めるかで決定されると言っても過言ではないでしょう。全て受け止める人の心のあり方で人生が造り上げられていくのです。
だからこそこのように祈りたいと思います。
「神よ、
変えることのできるものについては、
それを変えるだけの勇気(courage)を我らに与えたまえ。

変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの冷静さ(serenity:平静、安らぎ)を与えたまえ。

そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵(wisdom:経験によって積み重ねられた知恵)を与えたまえ」。

「ママは今も絶望しないで生きているね。」と言った次女の言葉は、神さまから笑顔を向けられたように感じました。
直ぐに弱音を吐く私ですが弱くてもいい、主に頼って私は私らしく歩んでいきたいと思います。1回限りの人生です、良き人々と影響し合いながら最高に生きていきたいです。 

「最善は常に未来にあり!」

2013年には感謝をもって送り、来たる新年も神と共に常に希望を見出しながら前進していきたいと思います。家族や友と祈り合い励まし合いながら。

2014年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
では皆さん、ご一緒に希望の新年を迎えましょう!


posted by 優子 at 09:00| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2013年12月29日

親子孫3代、年末の大整理!

今日の午後は年末らしくリビングの大掃除に挑戦した。雑誌によれば60分でできるというがとんでもない。それは「before」の状態がもっとましな場合であり、私は机のそばの本箱だけで3時間余りかかった。ふらふら

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薄暗いのは4時半頃になっていたから。

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物がなだれ落ちそうなカウンターの上は、知子が夕飯直後から取り掛かってきれいにしてくれた。カレンダーも2014年に交換した。

私は夕食の後片付けのあと、予定していた換気扇やガスコンロ回りの掃除に取り掛かった。終わった時はギックリ腰になりそうな感じだし、ずっと血圧が高めだったので具合が悪い。

 そして、ユキも3段ラックから学校用ラックに!
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ユキも私同様になだれ落ちそうな状態だったから、整理前の写真を撮っておけばよかった。絵本は2階へ移動した。春になればこの整理棚には各教科ごとに教科書とノートが入る。嬉しい春だ。るんるん

明日は今年最後の燃えるゴミ収集日。
「処分するもの、必要なもの、判断のつかないものを5秒で仕分け、長く眺めると判断が鈍ってしまうので要注意!」と、知子が読んでくれるアドバイスに大笑い。
「えらい!(^-^)」と、何度も知子に褒められてゴミ袋2つ分を捨てた。ユキもすごく頑張ったそうだ。

この記事を読んだマチ・クマもワシントンで歓声をあげてくれることだろう。わーい(嬉しい顔)

良輔おじいさんは全く何もしないで仁王立ちして寒がっていたので、サツマイモを焼いてもらうことにした。一段落した5時頃、焼きたてのお芋は最高においしかった。

2013年の我が家の越年風景である。
さて、このスッキリ感はいつまで続くのだろうなあ・・・ユキと私はよく似ているからなぁ〜わーい(嬉しい顔) ただし、若い頃は几帳面で全く違っていたことも付け加えさせてもらおう。

posted by 優子 at 23:08| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

「みながひとつになるように」

美濃紙業も今日が御用納めで明日から9連休に入ります。
この10日間、知子は早朝から夜遅くまで(昨夜は25時を過ぎ、連日4〜5時間の睡眠で)息つく暇もなかったので、ただただのんびりさせてやりたいです。

同僚の方も実に責任感があり有能な女性で、互いの存在が互いを励まし合い、どんなに快く頑張れたことであろうかと推察し喜んでいます。知子は毎日のように彼女のことを話し敬意を表しています。

新年も初日より再び集中する日々が始まりますが、とにかくここで中断して張り詰めた心身を緩めてほしいです。今や社員はみな一生懸命の頑張りだったと思います。大いにリラックスして良い休暇をと祈ります。

お昼前に今年最後の " being & doing " を更新しました(お気に入りリンクにあります)。タイトルは「皆が一つになること」、2013年はこれで閉めたいと思います。

この記事は、「みなが一つになるように」と言われたイエス・キリストの言葉にインスパイアされて書きました。



posted by 優子 at 17:00| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

クリスマスイブの寝る前のお祈り

今朝7時20分、「あっ(数秒おいてから)、来てたー!!」とユキの歓声が響いた。出窓には日本地図と小さなクッキーの缶があり、ユキのお手紙はサンタさんが忘れずに持って帰ってくれた。

この時すでに知子は父親と6時半すぎに家を出て会社に向かっており、母親なのにユキの喜ぶ姿を見ることができないのだ。今朝とばかりは携帯電話に電話した。

母子のやり取りに胸が熱くなった。最後に変わった時、また、泣き出しそうになってしまった。
「知ちゃんはサンタクロースの贈り物を見つけた我が子の喜びに接することができなくて・・・」と。知子に神の祝福多かれ!

知子は昼休みに電話しようと思っていたと言った。直後に電話してよかった。その後、ユキは朝ごはんも食べないでさっそく遊び始めた。

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パズルをはめていき地図を完成させる。
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「できたー!」
※ 19日に上の前歯が1本抜け、生え変わりの5本目にあたる下の歯がまた1本動き始めている。

では昨夜のユキの寝る前のお祈りを:
イエスさま、あしたはイエスさまのお誕生日です。お誕生日をお祝いするためにサンタさんがプレゼントをくれます。(ユキの解釈です)
もしも ユキにいっこも(全然)来なくても泣きません。それはイエスさまとサンタさんが決めることだからです。

○○○○先生(英語のアシスタント・ティーチャー)は「クリスマスはサンタさん来る日やね」と言ってました。でも、サンタさん来る日ではなくイエスさまのお誕生日です。

ユキは早く寝ます。でもフクロウは夜に起きて朝に寝るから・・(と、ここで考え込んでしまって中断)わーい(嬉しい顔)・・

このお祈りをイエスさまのお名前によっておささげします。アーメン。

今頃サンタさんは、世界中のこどもたちにプレゼントを配り終えてホッとしていることだろう。

サンタさんのトナカイはジェット機よりも速いんだろうな。
クリスマス・イブの夜だけはサンタさんが最後のひとりに配り終わるまで、神さまは夜が明けないように待たせてくださっているのかな?

プラレールはおじいちゃんとおばあちゃんからのプレゼントにしたいけれど、お片づけができるようになった時にね。ユキが幸せな大人に育ってほしいから。

クリスマスの朝になり、世界中のあちこちで子供たちの歓声が響いていることだろう。
世界が平和になって、世界中のこどもたちが喜びの声を上げることができますように祈ります。 

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クリスマスとは、天地万物の創造者である天の父なる神が、私たち一人ひとりを愛し、罪を赦して永遠の命を与るために、神の御独り子、イエス・キリストを私たちにプレゼントしてくださった日だ。

これこそが世界最高のプレゼントであり、私たちは厚かましく「ありがとうございます」といただけばよいのだ。

来たる主(しゅ)の2014年も神の守りと支えをいただいて乗り越えていけますように。主が一人ひとりの心を美しく強くしてくださって、感謝と喜びに溢れて生かしてくださるように祈ります。


posted by 優子 at 15:15| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

『おおきいツリー ちいさいツリー』を思い起こさせた友からの贈り物

ミッション先の中国から週末だけ帰国した次女が帰米して早9日過ぎた。翌日から仕事が立て込み多忙を極めているようだが健康も守られているようで感謝。

今回は正味2日間の滞在だったので食事は6〜8回しかしなく、そのうち2回は和食を食べに行ったので家での食事は数える程だった。

遠く離れた国にいる我が子が帰って来た時はおいしいものを食べさせてやりたい。それは特別なものではなくても普段の家庭料理を、そして、娘の好きなものを食べさせてやりたいと思うのは親心だろう。

今回も真智子が発ったあと辛い気持ちに耐えていた。レンコンやごぼう食べさせてやれなかった。あれもこれもと使えなかった食材を冷蔵庫で見つけた時の辛さに慣れることはない。

帰国する時はいつも1ヶ月以上も前から好物や気がつく限りの食料品を購入しては袋に集めていく。東京時代からそうだった。アメリカに戻る時は尚更にいろいろと持たせてやりたい。

出発前日の先週15日夜、「百合根は腐らないから持っていく?」と聞いた。お正月に茶碗蒸しを作ると言っていたので買っておいたのだが、「植物は持っていけないから・・・」と恐縮しつつ言った真智子。
私はオガクズも用意してスタンバイしていたのだが、そういえばそんなことを言っていたなとボンヤリ思い出した。

そこで出発の朝に百合根の卵とじを作ってやろうと、前夜に下ごしらえをしておいた。
真智はおいしそうに食べてくれた。こんな何でもないことが私の心を満たし、愛する娘を外国に送らねばならぬ辛さを和らげてくれる。母親ならばきっとどなたも共感して読んでくださっているに違いない。

今回の帰国に合わせて私の敬愛する友が心いっぱいの贈り物を送ってくださっていた。手作りのプチモンブランを真智子に、そして、私たちにご馳走してくださるために!

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毎年作っておられる栗の渋皮煮(ブランデー入りとプレーンの2種)、手作りのマロンペースト、ペーストを絞る袋と口金、金箔、クッキータルトなど、一つひとつ丁寧に包んで梱包し、作り方を書いたお手紙も添えて至れり尽せりにしてくださっていた。

不器用で細かいことが苦手な私は、大きい栗さえ半分に切るのを忘れてしまい、教えられたとおりにできなくて申し訳なくてならないが思い出に写真に収めた。

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15日の午後、みんな2つずつたっぷりご馳走になった。

そして、お姉さまの手作りの新生姜の砂糖漬けと新生姜と昆布の佃煮、無花果の甘露煮も入れてくださっていた。どれもこれも美味しく美味しくいただいた。

いただいたお手紙は、ロバート・バリーの『おおきいツリー ちいさいツリー』を思い出させた。娘たちが小さい時に読んであげていた本で、ユキにも3歳の時から読んでやっている。

クリスマスが間近になったある日、ウィロビーさんの家にりっぱな大きなツリーが届いた。ところがツリーの先が天井につかえるので少し切った。それをお手伝いのアデレードが家に持って帰り、アデレードもまたツリーが大きすぎるからと先を切って捨てた。

その小さなツリーをクマのバーナビーが見つけて持って帰り、その後もツリーはどんどん小さくなりながら、きつね、うさぎ、ねずみへと、森のどうぶつたちに拾われていき、ツリーがみんなに幸せを運ぶというクリスマスにふさわしい話だ。


クリスマスは愛を分かち合う時。
友の贈り物は不要な部分のツリーではなく、必要なものを分けてくださったものであった。
真智子もまた日本を飛び立つ直前にも、「Mさんに感謝の気持ちをよろしく伝えてね」とのメールを届けてくれた。


2013年アドベントに、真智子の小さい時から知ってくださり今も真智子のことを祈ってくださっている友から届いた愛の贈り物であった。
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posted by 優子 at 16:10| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年12月23日

ユキ6歳の年の暮

サンタさんへのお手紙.jpg ani-ninf-midori1.gif
早々と12月初めから寝室の出窓に置いているサンタさんへの手紙。字の向きも外側に向けてある。そして、数日前からクツシタではなくサンタさんバッグもぶらさげた。
6歳のユキ・サンタへの手紙@.jpg 6歳のユキ・サンタへの手紙A.jpg

いよいよ明日はクリスマスイブ。ユキのところにも来てくれるかなあ〜。 ユキ担当のサンタさんは特に超多忙だからプレゼント忘れないでね!
年長・お餅つきA.jpg 年長・お餅つき@.jpg
幼稚園のおもちつき。
この写真はお友だちのお母さんが撮って送ってくださった。
感謝!
知子もおもちつき.jpg
ユキのママも幼稚園(5歳)でやったよ。

この時、知子が「2回しかさせてくれなかった」と言っていたことを話すと、すかさず「こっちもー!」とユキが言ったので、私はおなかを抱えて笑ってしまった。しかし、ユキの場合は5回ペッタンペッタンと杵をつくのを2回させてもらっていた。

幼かりし知子と真智子.jpg an_santa02.gif

袋をさげたサンタさんは6歳の知子が作ったもので、右上のサンタさんは真智子5歳の時のもの。何てかわいいのだろう。幼い娘たちが目の前に現れてくるようだ。紙コップで作ったオーナメントは6歳の真智が作ったもの。

今日の午後は生まれて初めての年賀状書き。
初めての年賀状書き.jpg

これは何度も注意されてようやく姿勢を正して書き始めたところ。最近は落ち着きがなく、人の話をしっかり聞いていないし、この連休も知子はダメ出しの連続で疲れるばかり。

さてさて、明日の夜、サンタさんは来てくれるのだろうか。クリスマス

posted by 優子 at 20:35| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

価値転換がクリスマスの出来事だ

するとマリヤは言った、

「わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救主なる神をたたえます。
この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。

今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、
力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。

そのみ名はきよく、
そのあわれみは、代々限りなく
主をかしこみ恐れる者に及びます。

主はみ腕をもって力をふるい、
心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、
権力ある者を王座から引きおろし、
卑しい者を引き上げ、
飢えている者を良いもので飽かせ、
富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。

主は、あわれみをお忘れにならず、
その僕イスラエルを助けてくださいました、
わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを
とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。
 
       
           (ルカによる福音書1章46節〜55節)

大沢星一牧師の説教より:
※ 2013年4月より2014年5月まで西大和教会にて礼拝を捧げていたが、カテゴリ「馬見労祷教会関係」に収録。
これは「マグニフィカート」と呼ばれているマリヤの有名な讃歌である。
年若きマリヤは神の御子(みこ)を宿らされて結婚前に妊娠した。このことは単なる驚きではすまされず、当時のユダヤでは罪であり石打の刑に処せられた。

そのような時代に在って、このことを受け入れるというのはとても強い女性であったのであろう。

弱くされている者への恵み、あるいは、自分は強いんだと自慢し高ぶっている者に強い言葉で述べている。これは過去のことではなく、これから起こることを讃美しているのである。

不信仰とは思い上がったり高ぶったりして自分を大きくすることだと言えるかもしれない。頼るべきものは自分もこの世にもないと思える者のみがクリスマスの体験ができるのではないか。

今の時代はさまざまなこの世の力が溢れ、弱い者はますます弱くされ、個人においても病や悩みで打ちひしがれる。
しかし、弱い者こそ強くされるという神の思い、まさに価値転換がクリスマスの出来事である。そのことを知って力強く歩んでいこう。

「わたし(神)の恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。

私たちはさまざまな出来事の中にあって弱いけれども、神さまが強さを与えてくださるように!

そして、この喜びを多くの人々に伝えていくことができますように。神の不思議な喜びと大いなるわざを讃えて歩んでいきたい。

クリスマス おめでとう!!!

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牧師の聖霊に満ちた力強い説教、聖餐式、献金、祝祷と続き、祝祷終了と同時に「ハレルヤコーラス」に移った。

礼拝堂を埋め尽くした会衆(140〜50名ぐらいか?)の大合唱が御堂に響き、最後の「ハレルヤ!」は泣き声になってしまった。

King of Kings,and Lord of Lords,and He shall reigen for ever and ever,King of Kings,and Lord of Lords,King of Kings,and Lord of Lords,Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah!

私もこの神に知られ人生を導かれていると思うと感極まってしまったのだ。

今これを書き始めると再び感情が高まり強い頭痛がしており、ここまで一気呵成に書いて一時中断。血圧が(150/97)にも上がっていた。

礼拝後のクリスマス祝会はポトラック形式(アメリカンスタイルの料理持ち寄り)で、隣接の「愛の園幼稚園」の教室で開かれた。
40〜50種類はあっただろうか。私はいつものように手作りではなく買ったドーナツだった。ふらふら

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CS(子供の教会学校)の出し物は「さあゆこうガリラヤへ」を歌い、演奏では 園児は鈴を、小学生はタンバリンを持って" The Little Drummer Boy " を歌った。

「お生まれになった ラパパンパン、王に会いに ラパパンパン、心からの贈り物を ラパパンパン、捧げに行こう ラパパンパン・・・」

今年創立50周年を迎えた教会附属の愛の園幼稚園。キリスト教主義の幼稚園の教室を興味深く眺めると、先週のクリスマス会のことが書いてある白板に目がとまった。

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すばらしい!

知子は過労で声が出ず讃美歌を歌えなかったが、夫は強い腰痛で欠席した。教会を出てから少し買い物をして帰宅したのは3時半を過ぎていた。

「愛餐会(祝会)のご馳走がわかっていたら、お父さんは無理をしてでも来たのでは?」と知子。その察しは的中して夫は笑ったが、「だいぶ楽になったから休憩していてよかった」と言った。心配のない腰痛のようで安心した。

朝から賑わい始めていたケーキ屋さんは、帰りに通った時も予約したクリスマスケーキを取りに来る人で賑わっていた。まるでこの時期にケーキを食べないといけないかのようだ。

みんな何のためにクリスマスケーキを食べるのだろう・・・今では幼稚園や小学校でもクリスマスがイエス・キリストの降誕ということさえ教えないようで、ユキがお友達に聞いても誰も知らないことに驚いていた。

せめて一般教養のためにも教えてやってほしい。キリストや聖書を知らなければ知識は拡がらないばかりか深めることはできない。
文学をするにも、歴史、美術、音楽は勿論のこと、社会科学や自然科学でさえ全く成り立たないのだから。
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※ 今朝のクリスマス礼拝は終了しましたが、24日(火)のイヴ礼拝は午後7:00前から礼拝終了までインターネットによるライブ配信されます。
西大和教会のHPに接続先が案内されていますので是非ご覧ください。本当のクリスマスをご一緒に!

posted by 優子 at 19:28| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

腎不全の老犬チャッピー元気に年の暮れ

今年5月末に腎臓の75%が不全になっていると診断されたチャッピーだが、おかげさまで元気にしている。

今日は年1回の8種混合ワクチン(犬ジステンパー、犬アデノウイルス2型感染症、犬伝染性肝炎、犬パラインフルエンザ、犬パルボウイルス感染症、犬コロナウイルス感染症及び犬レプトスピラ病の予防 )も接種した。

あの診断後1ヶ月間は医師に勧められる通りに2種類の薬を服用し続けたが、抗生物質を2ヶ月目も飲み続けることに不安を感じて悩んだ末に飲ませないことにした。

人間でも抗生剤を1ヶ月以上の長期にわたって投与するのだろうか疑問に感じたからだ。
私はお金を惜しんでいるのではないだろうか(医療費は1ヶ月間で5万もかかった)と、何よりもそのことを自ら吟味し、そうではないとわかったので再度冷静に考えてみた。

普通ならば抗生剤は3〜5日分の処方であるし、売薬の風邪薬でさえ数日で効果がなければ飲み続けたりはしない。

そこで検索してみると、人間の医師が獣医療について書いているブログがあり、そこには何もかも経験したことと全く同じ状況が記されていて、次のようなことが書かれていた。

人間の膀胱炎の治療も通常は5日程度の抗生剤投与で終わる。「尿中の抗生剤濃度は高く膀胱炎は短期で治る病気ゆえに、人間では再発抑制も含めて5日程度である」というのだ。

尿検査はするだろうが膀胱炎で超音波検査はまずしないという。
ところがチャッピーは2週間後にも超音波検査をして、膀胱壁が厚くなっているからと再度抗生剤の投与を追加した。

しかし、膀胱壁が厚くなっていると言うのは、膀胱炎で頻尿になったために膀胱が小さくなって壁が厚くなったというわけで、尿量の違いで厚くなったり薄くなったりするというのだ。

それに抗生剤を長期投与していると耐性菌を作るので、次回膀胱炎になった時に効かないし、腎盂炎、腎不全に至るというようなことが書かれており、診療内容はチャッピーが受けたものと全く同じことが書かれていたので薬を飲ませないことを決意した。

その大前提として今までと変わりなく元気にしていることと、柴犬の平均寿命まで達しているので、苦しみを取り除く以外は積極的な医療行為をしないことを据えての判断であり、飲ませないという結論に達して処方された薬を返却(7月下旬)した。


ということではあるが、しかしながら、チャッピーのかかりつけの獣医師はブログに書かれているような悪徳医師ではなく、今も善良な医師だと思っている。5月末の血液検査から出された腎不全という診断も正しいと思っている。

今月に入って1週間ほど再び水を多く飲んでいたのが気になるが、年老いてもなお発情期らしき生理のような症状があったので、素人ながら前回のようにそのことに関係しているのだろうと見守っている。

いずれにしても腎不全であるならば良くなるということはないだろうが、これまでと同様に元気に過ごしている。

それゆえに血液検査をして結果を知りたいところだが検査は申し出なかった。なぜならば、結果が悪かったところで元気にしているチャッピーに薬を飲ませるつもりはないからだ。

今日の体重は8.5キロで、体重が減って来ているのも腎不全がジワジワ進んできているからで、食べなくなったり、吐いたり、下痢をしたら積極的に点滴するように言われたが、食欲旺盛なのでもう少し多い目にあげようと思う。

これについても量を控えめにしていたからではないかと思うのだが、嫌な話は受容したくないからだろうかと自己洞察もする決してそうではないつもりだ。夫も同じ感想だった。

6月初めのこと。
買ったばかりの13歳以上用の餌8キロ入りの2袋を老犬を飼っている人に差し上げたが、あの時の悲しかったこと。帰り道で空になったキャリーを引いていると涙が溢れてきた。


その後、腎臓食の餌も2ヶ月間でやめて普通食に戻した。
「だから置いときって言うたやろ」と夫。もうやだ〜(悲しい顔) しかし、今は特価であっても2袋買うことはしないが、「買っても大丈夫や!」と言うのも夫らしい。

しかし、今日も医師は、、「柴犬の寿命は12〜3歳です。それは平均ですから17年ぐらい頑張っている子もいますが、チャッピーは14歳半ですから・・・」と、チャっピーとの別れはそう遠くないことを口ごもられた。

15日の午後、週末だけ帰国していた真智がチャックン(チャッピー愛称)を散歩に連れて行ってくれた。あまりに寒いので私は大事をとって15分ほどの短い散歩になってしまったが、チャッピーは久しぶりに真智に連れていってもらって嬉しそうだった。
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Photo by Yuki.
チャッピー、いつまでも元気でね。

附記:動物病院を出たあと、知子が一足先に行っている内科医院へ急ぐが呼ばれたのは正午前だった。親子一緒に受診。
健診結果判定が「D」だった知子だが、再検査結果から特に心配なしとのこと。もっとカロリーの高いものをとるようにとは、私と正反対。とにかく感謝!

その間、待ってもらったのは夫とユキだけではなく、チャッピーも助手席の足元で待たせていることをすっかり忘れていた。リラックスして寝ていたらしいが(^ー^)。


posted by 優子 at 23:37| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

「ハレルヤコーラス」の思い出

クリスマスが間近になり、あちこちからハレルヤコーラスが聞こえてくる。私も今、『メサイヤ』に充満されながら書いている。
いよいよ22日はアドヴェント(待降節)の4週目を迎え、日本でも全国の教会でクリスマス礼拝を捧げる。

「ハレルヤコーラス」と言えば、知子が東大阪福音教会創立30周年で「ハレルヤコーラス」の伴奏をさせていただいたことがあった。
小学校6年生になったばかりの時であったが、その1年前にはショパンの『子犬のワルツ』を弾くほどで、この時も小学生とは思えぬ見事な伴奏であり演奏だった。

時は1989年5月7日(日)、放出(はなてん)教会はお休みして当教会の30周年記念礼拝に集った。聖歌隊が歌う「ハレルヤコーラス」の伴奏を知子が務めることになっていたからだ。

娘たちのピアノの先生はノンクリスチャンだが、この教会で讃美歌の指導をされていた関係で伴奏を頼まれたのだった。
知子は11歳。
ピアノを弾くお姉ちゃんの横で楽譜のページめくりをしてくれた真智子は8歳だった。
過去ログ:2009年03月25日:
「ついに道場跡に立った!」より抜粋。
これがその時の写真だ。

石切福音教会にて@.jpg

とも・まち.jpg
知子11歳、あどけなさの残る真智子は8歳。

石切福音教会にてB.jpg 石切福音教会にてA.jpg
記念礼拝後の祝会。優子37歳、良輔43歳。

「全能であり、私たちの神である主(が王座につかれた)
 ハレルヤ!(ヨハネの黙示録 第19章6節)

 この世の国は、
 我らの主と、そのメシア(救世主)のものとなった。
 主は世々限りなく統治される。
 ハレルヤ!(ヨハネの黙示録 第11章15節)

  王の王、主の主
  主は世々限りなく統治される
 ハレルヤ!」

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Hallelujah,
For the Lord God Omnipotent reigneth,
Hallelujah!

The Kingdom of this world is become
the Kingdom of our Lord and of His Christ,
and He shall reign for ever and ever,
Hallelujah!

King of Kings, and Lord of Lords,
and He shall reign for ever and ever,
Hallelujah!


ジョージ・フリデリック・ヘンデル。
絶望と病気と貧しさの中、公演活動も失敗を重ね続けていたヘンデルに二つの出来事があった。
          (略)
ヘンデルは「例外を設けない楽観主義者」で、神への信仰が彼を力づけた。
どんなに最悪な時も、何年にもわたる挫折の日々も音楽活動を決して止めることはなかった。

またヘンデルは、信仰信条の違いゆえに50回、60回と攻撃されようとも屈せず、「私は聖書をよく読んでいます。ですから自分が導かれた解釈を選びます」として動じなかった。

過去ログ:「例外を設けない楽観主義者が『メサイア』を生んだ」 を是非お読みください。
きっと神さまの力が読む者に臨み、大いなる希望と励ましを与えてくださることでしょう!!!!

どうぞ幸いなクリスマスをお迎えください。


posted by 優子 at 07:39| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2013年12月18日

賢者の贈り物

16日(月)のこと、ユキが幼稚園から帰るなり「発表タイム」で発表したことを話してくれた。

おばあちゃん、今日の「発表タイム」で発表したよ!

「土曜日(14日)にマチおばちゃんに本物のカメラをもらいました。本当に写真が撮れてパソコンにも入れられるカメラです。マチおばちゃんがくれて本当に嬉しかったです。」って発表したよ!!!

そしたら、みんな「いいなあ!」、「すごいなあ〜」って言って、パチパチパチって拍手してくれたよ!」

と、それはそれは嬉しそうに話した。今では挙手して発表するのを楽しみにしているようだ。

「本物のカメラ」とは今年のマチ・クマからのクリスマス・プレゼントだ。おもちゃではなく本物だから動画も撮れる。しかし、高価なものではない。
小さい子に高価なものは良くないからと教育的配慮もなされ、ユキにふさわしい最高の贈り物を選んでくれている。


マチが難なくパソコンにインストール設定してくれた。アメリカで買ってきてくれたものだから説明書は英語だし、日本語であってもパソコン設定はできないところだった。単三のエネループ(充電できる電池)4本もつけてくれていた。

マチ・くまより2013Xマスプレゼント.jpg
本物のカメラをもらって大喜び!.jpg

ユキはカメラに表示されている"play "や、
削除の選択"yes","no"もすぐに使いこなし、翌朝おじいちゃんに連れて行ってもらって長い間電車を撮ってきた。この寒空の下で。

撮り鉄ユキ@.jpg  撮り鉄ユキA.jpg
幼稚園児の「撮り鉄」!
シャッターチャンスも抜群!

016.jpgミニ.jpg
これもユキの作品だ。15日昼食は天ぷら屋さんへ。 

スカイプでクマも一緒に!.jpg

15日朝、ワシントンのクマとスカイプで家族全員集合!
最初は恥ずかしくて固まっていたユキ。

「真智、さっきはスカイプできて嬉しかったよ。ありがとう!みんな元気そうで良かった。
お義母さん、お義父さん、お義姉さん、ゆきちゃんにも、どうぞよろしく伝えてね。顔見て、声が聴けたら、なんかほっとした。僕も帰ったみたいだったよ」。


「僕も帰ったみたいだったよ」というクマの言葉に涙ぐんでしまった。

次は16日、マチを関空まで見送ってきた日の夕方。
幼稚園から帰宅したユキは飽きもせずに長い時間プラレールを写していた。そのユキを私が撮った。わーい(嬉しい顔)
ユキはカメラマン@.jpg
anime_heart1.gif今年も心のこもったプレゼントをありがとう!
毎年思います。
マチ・クマの贈り物は「賢者の贈りもの」だということを!

poince2.gif
19時追記:今日は今年最後の参観日(クリスマス会)だった。
そのあと知子は友とダブル親子でランチに行った(そのために毎晩12時半前後まで仕事をし、昨夜は会社で残業して遅く帰宅)。
その後、お宅へ行って小学校の制服購入(それぞれで買い求める)のために上のお子さんの制服を試着させていただいた。サイズも決定し一緒に購入していただく。
「楽しかった!」と2時半頃帰宅。良き時を感謝!


posted by 優子 at 11:19| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年12月17日

IMFでのワーク・ライフ・バランスの取り組み

次女にIMF の「オンライン・ラーニング」のビデオ制作をやってみないかと声がかかり、指導要領も全て任されて自ら出演し、スタジオで3-5分のビデオを30本収録することになった。

そのモデルビデオを見せてもらって真智子の活躍ぶりに家族みんな驚いてしまった。パソコンの画面上に書けるタッチパネルを使いながら、さらに磨きのかかった英語で経済学(数学)を説明していた。
さみしい時に見ると慰めや励ましになると思ってパソコンに入れておいてもらった。(^ー^)

ビデオでは数学だけではなくIMFのポリシーの説明もするという。例えば国債を積み重ねていくと大変なことになっていくので、いかにして持続可能におさめるかなどだ。

受講者は数学に強い人ばかりではないので、それらの人々にもわかるように説明しなければならないそうだ。また、エクセルの使い方、時にはゲストを招き、テスト問題作り・・・と内容は多彩だ。

これを来年3月中に収録することになっているが、3月には再びミッションも予定されているので実にハードな日々である。残業も多いようだが、ちなみに残業しても手当はつかないそうだ。
1tenshi01.jpgところでIMFでは、1年間に50日以上トラベルしない(ミッションに行かない)とか、残業ばかりではなくライフ(生活・生き方)も重視しようという「ワーク・ライフ・バランス」に取り組んでいるそうだ。

※ ワーク・ライフ・バランス(英: work–life balance)とは、「仕事と生活の調和」と訳され、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる」ことを指す。(ウィキペディアより)

マチ・クマはそれぞれにミッションがあるため、より一層仕事の影響を受けることになるが、これはしかたのないことなのだろう。

今回マチに教えてもらって大笑いした言葉は「リア充」。現実生活が充実しているという意味だが、何でも簡略化する現代世相を良しとしない私なのに、これは面白いと笑ってしまった。これを定式に何か造語して家族内で流通させたら面白そう。

posted by 優子 at 17:05| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

忘れえぬ2013年12月の帰国

濃縮されたプレシャスな時は束の間だった。
出発の今朝、私は関空まで見送った。
午前7時10分、夫が駅まで送ってくれ、そのあと早朝の営業会議に間に合うように大急ぎで会社へ向かった。
さみしさに耐える良輔.jpg
「ママよりもパパの方がさみしそう」。

いつも無口でこんな時も何も言わない夫だが、真智の言うとおりさみしさに耐えているのだと思う。

空港では手続きを済ませて喫茶店で1時間ちかく話していた。
昨夜も12時すぎまでふたりで話していた。私はそれからお風呂に入ったのでベッドに入ったのは1時前だった。真智子との話はいつもあらゆる分野に及びいつまでも尽きない。共に人生を分かち合い共感することばかりで情熱と希望が喚起される。
真智、祈っているよ!!!.jpg
今朝10時20分頃
国内線出発ゲート前で

写真を撮ったあと、後ろに見える出発入口前で抱き合った。互いに強く抱きしめていた。今思うと結構長い時間だったかもしれない。そして、真智子が祈り始め、続いて私も祈り、祈り終えると10時半になっていた。

今こそ別れめと、愛する我が子の手を放し神に委ねた。

関空の展望デッキは空港内になく別の場所へ移動しなければならない。展望ホール行きのバスは出たところで、次のバスだと飛行機はすでに離陸したあとになる。しかたなく上本町行きのリムジンバス停に向かった。

13日夕刻、マチもここから乗って帰ってきたのだ!!!
そしてまた行ってしまった・・・・


出発時刻を待つバスの中から見えない飛行機を見送った。
意外にも涙はなかった。神さまの守りを確信していたからだろうが、飛び立っていく飛行機を見送っていたら涙が止まらなくて困ったことだろう。

今日は雲があるものの美しい冬晴れで、空港をあとにするとバスの中は気持ち良い暖かさに包まれた。
空も泉南の海も真っ青だった。
キラキラ光る海を見ながら堺コンビナートを過ぎたあたりから眠ってしまった。

上本町に戻ると4時間前の朝を思い出し、真智のいないさみしさをこらえて足早にデパートに入った。しかし、食欲もなく、真智がいないから何も買う気にもなれず、観劇用と表示された小さな寿司折りをひとつ買って電車に乗った。

車中ではずっと真智を抱きしめていた。
出発ゲート前で真智を抱きしめた時の感覚がそのまま残っていた。さみしいときはこの体感を思い出して真智子を抱きしめようと思った。
電車では一睡もしないのにアッという間に着いた。


改札口を出てから急に涙が溢れてきた。
「真智・・・真智・・・真智子・・・」と小さな声で名前を呼び祈りながら歩いた。

「チェックインしてからママとカフェでゆっくりして、お祈りして、いま別れてゲートにつきました。短い滞在だったけど、いたれりつくせりで、本当にいい時間を過ごせました。本当にありがとう。
ママ、お姉ちゃん、パパ、ゆき、くま(伴侶)の愛を感じて涙がでる。幸せだと思う。・・・・イエス様一緒。行ってきます!」

家族に同時送信してくれたメールより。
??¢§¬.gif
「真智、ついに離陸したね。
離陸の時間になるとママは号泣してしまったよ。そしたらユキがティッシュを持ってきてくれました。
真智、次に会う日を楽しみにママも真智に負けないように励むね。
いつもイエス様、一緒!
祈っています!」
飛行機を見るたびに真智を想う.jpg

私はあの時のさみしさに耐えている。
あれは2003年3月末だった。東大の大学院に移った時のように、すぐに泣き出してしまいそうだ。
WASHINGTON DULLES, DC
Arriving At 3:00pm

到着の無事を祈って眠ろう。
17日午前6時48分追記:
「機内でははじめて六時間以上眠れたよ。」と、17日午前4時57分、無事ワシントン着陸メールが届いていた(ワシントン時間16日午後3時前)。

そして6時54分、「ちょうど今、家にたどり着いたよ」とメール着信。「クマがきれいにお掃除してお手紙おいてくれてたよ。色々作っておいててくれてるみたい」。
ふたりが築いている麗しい家庭が見えるようだ。(^ー^)

翌日より勤務する真智の健康が守られますように。


posted by 優子 at 23:32| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

大連から日本へ、そして今またワシントンへ

正しくは12月16日16時10分更新:
まもなく成田空港から日本を離陸して帰米する真智より、たった今「すでに搭乗しました」とのメールが入った。
United のビジネスクラスは、体を水平にして眠れると言っていたのでゆっくり眠りながら帰米できますように。

この記事は14日夜10時前に書き上げていたので同日付けで更新した。

anime_tenshi3_ak.gif

2013年12月14日
次女は大連での2週間のミッションを終えて無事帰国した。
中国各地から集まった30名ほどの中央銀行の人たちに計量経済学の授業とワークショップを各4回ずつ行い、大学や大学院で学んだ理論を実務的にどうやって活かしていけばいいのかを指導したそうだ。

最終日は参加者によるプレゼンとCertificate(修了証書)の授与式を無事終え、12時過ぎに空港へ向かった。メンバーの他の2名はもう1泊してワシントンへ帰還した。今頃はアメリカ上空をフライト中であろう。

大連でもPM2.5汚染はひどく、休日も観光しないまま大連を去った。これはホテルの部屋から見た大連市街で、1枚目は大気汚染がさほど悪くない朝の風景で、

IMG-20131205-00292.jpg

汚染がひどい朝はこんなに暗い。IMG-20131208-00302.jpg

これも朝。恐怖の大気汚染だ。IMG-20131203-00290.jpg

IMG-20131211-00317.jpg

この建物は旧日本軍が建てたもの。

深刻なPM2.5の関係で休日はホテルに留まらざるをえず、観光しないで大連をあとにしたのは残念だったことだろう。

というのは次女は高校3年生の時、某有名予備校の全国模試で1番の成績を取ったほど日本史に明るく、大連が近代史に関係が深いこともよく知っているから尚の事だろう。

次女は単に丸暗記のみの無味乾燥な知識ではなく、私にも歴史上の人物をヒューマンに語りながらわかりやすく歴史の流れを解説してくれた。

検索によれば大連は反日感情はあまりないとのことだが、昨今日本と中国の関係が非常に悪いので私は娘の中国入りを心配していた。娘もまた緊張感を感じていたようだ。

ところが、常に心を開いて誰に対しても同じ態度で心をこめて接する真智子ゆえだろう、カタコトの中国語で挨拶や感謝の言葉をかけると、中国の人たちから「こんにちは」と日本語で交してくれたり「ありがとう」の言葉が返ってきたという。

閉会の数日前に交代になった女性の通訳者は、IMFスタッフの部屋にいる真智子を訪ねて挨拶に来られ、目に涙をためて別れを惜しんでくださり共に涙して抱きしめ合ったという。中国の人がハグするのはよほどのことではなかっただろうかと想像させる。

私はニュースで見る中国外務省報道官の攻撃的な話しぶりが印象的なだけに、次女の関わりをとおして国の違いを越えて心通わせあう人間の麗しさを見る思いだった。真智子のIMFのミッションは経済のミッションにとどまらず、まさに神の愛のミッションである!


今後は私も政治状況に影響されないように中国の人たちを見守り、熱い心で祈っていかねばならないと思わされた。この思いはとても大切なことであり、このようなことに気づかされたことが嬉しい。

大連のすぐ近くに北朝鮮との国境があり、13日には張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長処刑というおぞましいニュースが流れ、早く安全な日本に帰ってきてほしいと思った。

と同時に拉致されている被害者の親御さんたちの苦悩はいかばかりかと、初めて実感を伴って想像することができたように思う。絶望せずに祈り続けねばならない。


posted by 優子 at 21:30| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2013年12月13日

かけあし大会は今年も2位、そして、真智帰国!

今朝は氷点下1.3度まで下がり日に日に寒さが増している。今日は毎年恒例の「かけっこ大会」が小学校の校庭であり、私も知子と共に出かけた。

去年のこと、初めてのことで保護者も見学してもいいのかどうかわからないので年長児のお母さんに尋ねたところ、少しだけしか来ないとのことで知子は行かなかったのだが、たくさんの保護者が集まっていてユキはさみしい思いをした。

「こけたけどすぐに立って12人抜かして2位とったのに、ママもおばあちゃんもいなかった。○○君はおじいちゃんとおばあちゃんまでみんな来てたよ」と、何度も言っていた。カッコイイところをママに見てほしかったのだ。

「抜かしていく時、あいこちゃんのお母さんやりんたろう君のお母さんが『ユキちゃん、がんばれ!』って応援してくれたよ」。

というわけで、今年の駆け足大会は是非行きたいと思っていた。幸いなことに、こんなに寒くても血圧も正常値だった。

年少児はトラック2周、年長児は4周走る。
よーい どん!.jpg
よーい どん!
この格好がおもしろい。

かけっこ大会!.jpg
2周目も余裕で1番を走っていた。わーい(嬉しい顔)

ところが3周目になると、このバテよう。3位になっていた。頑張れ!ユキ!.jpgわーい(嬉しい顔)

そして、最後の半周で頑張り抜いて2位に入賞した。

どの子もみんな頑張った。
余裕で走っている時も、根を上げそうな時も、クタクタになってゴールインした時も、どんな時もどの子もみんな輝いていた。終わったら順位なんて関係ない。

園長先生から一人ずつ名前を呼ばれて「がんばり賞」をいただく光景は、心がポカポカして本当に心地よかった。

しかも、ジュースにサイコロキャラメルにノート、そして、鉛筆・定規・消しゴムセットの入ったお土産袋をいただいて帰宅した。いいなぁ〜、おばあちゃんも走りたかったな。

実はユキは1等をとりたくて、昨夜の食前のお祈りでもイエスさまに長々と自分の気持ちをお話していた。私もユキがベストコンディションで走れますようにと祈った。

私はユキに適度の競争意欲が芽生えていることを喜んでいる。
目標をもって頑張ることと最後まで頑張ることの大切さを教え、どんな結果でも素晴らしいことを話した。かけっこも勉強も勝ち負けではないということを。


ゴールした時は一瞬残念そうな表情を浮かべたように見えたが、チャレンジした充足感が溢れていた。小学生の駆け足大会は校庭を出て町中を走る。1年後が楽しみだ。

「夕方には日本やね!楽しみにしてます」。
さあ大急ぎで夕食の準備をしよう。まもなく関空に真智子の飛行機が到着する時間だ。
あっ、17時6分に無事着陸のメールが入っていた!

附記:心の友、千里さんから心づくしの贈り物が届いた。言葉には尽くせない感謝を感じている。
12月24日追記:贈り物については24日の記事に感謝録を記した。

23時44分追記:今回はたった3泊で行ってしまうので、夫と知子が会社帰りに上本町まで迎えにいってくれた。

夕食を作り終わった7時15分頃、ホッとしてPCを開けると、外交官専用の入国審査ゆえか着陸30分後にはリムジンバスからメールが届いていた。予想していた時間よりも1時間も早く帰ってきたので炊飯が間に合わず、最後の7分は強制終了した。(笑)

職務中も霊肉共に支えられて職務を果たして無事に再会できたことを感謝し、短い滞在中の祝福を祈り家族揃って夕食をいただいた。


posted by 優子 at 17:12| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

フェミニスト神学が解き明かす聖書の真理

今日更新された『クリスチャントゥデイ』の「イエス・キリスト、人類史上最大の重要人物−ウィキペディア調査」に興味深い一節があった。

トップテンのランキングリストの中に女性がひとりもいないことについて、「数世紀間における男女不平等の歴史が女性の重要人物が与える影響を少なくしている要因となっているのではないか」というところだ。

数日前から『ジェンダーの視点で読む聖書』(絹川久子著)を読んでおり、体力と時間があればいつまでも読んでいたいほど夢中いなっている。今朝も家事を終えて読み始めたが、気がつけば2時間近くも集中し昼前になっていた。

「ジェンダー(gender)」とは、「社会や文化が性の違いによって与える役割、あるいは期待のこと」を指す。性差というよりは、主に家父長制が基盤となっている女性差別の問題であり、抑圧された社会のもとで埋没し問題を見抜く力を失った女性たちや抑圧する側の生き方を考えるものだ。

ジェンダーについては次女をとおして僅かに意識づけられてはきたが、私はまだまだ自分の問題になるほど眼は開かれてはいなかった。
それゆえに今まで問題を感じないで苦悩するほどの抵抗もなく生きてきたわけで、眼が開かれている女性たちは闘いの日々でもあるのだろう。国際舞台においてでさえ。


この本は読まずに次女にあげるつもりで買った。しかし、少しでも読んでからと思って読み始めると、線を引き、書き込み、すっかり汚してしまったが、次女にとってこの本は神からの啓示のように感じるに違いない。まさに次女が投げかけていた疑問がそのまま取り上げられている。

それにしても男女不平等がかくも聖書解釈にまで影響を与えてきたことに私は驚愕している。目が開かれつつある今、伝統的解釈だけを良しとするのではなく姿勢に正して「鋭い眼と心をもって読みなお」したい。

私が初めて女性の視点で読む聖書(神学)を知ったのは1988年頃だったと思う。それからでさえ30年経ち、著者も書いておられるとおり、今は日本の教会や神学の世界においてもフェミニスト神学やジェンダーの問題を回避しては過ごせないだろう。

女性学を学べるようになった今、男性学こそが必要だというのも尤もだ。男女共に成長していくためには、女性だけではなく男性もまたこれまでの間違った考え方から解放されなければならないからだ。

この真理は白人たちのためにも尽くしたマンデラ大統領とも通じる。彼は黒人の解放だけではなく、黒人による白人支配にも反対したし、同じくキング牧師もまた、「まず抑圧する側にいる白人の解放」を叫んだ。真の解放は双方が解放されてこそ初めてもたらされるものであるからだ。

マルタとマリアのこと、ハガルとサラのこと、「士師記19章」のレビ人とその側女のこと、「サムエル記下13章」のアムノン・アブサロム・タマルのこと、最初の人アダムのこと・・・何もかもが耳新しく夢中で読んだ。学ぶことは何と楽しいことだろうか!!!!

まだ読み残しがあり再度続けて読みたいほどだが、次女が帰宅するまであと二日。早く寝て明日に備えよう。

と、まさにここまで書いた時に中国にいる真智から声がかかりスカイプした(23時から24時40分まで)。以心伝心とはこのことか。
ちなみに昨日、ワシントンは雪でIMFや他の国際機関(?)も閉鎖(休み)になったとのこと。クマも元気に忙しくしているようだ。
では、今日の日付で更新!

posted by 優子 at 23:59| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

ユキは「おやじちび」?

昨夜寝る前のお祈りで、「おばあちゃんの血圧が上がったり下がったり、上がったり下がったりです。どうしてですか?治してください」と、ユキが私のことを長いこと祈ってくれていたそうだ。嬉しくて胸がジーンとした。

このようなお祈りができる子どもに育ててくださっている神さまに感謝が溢れる。

また今朝は知子が目覚めるとユキが布団の中で、「イエスさま、雨がふっています。ママ、お当番です。雨やんでください」と小さな声で祈っていたという。

ユキは知子の周囲への気遣いを感じていたのだろう。雨の時は当番さんともう一人の人が自動車を出して子供たちを園の手前まで乗せていくのだが、知子は自動車がないので肩身の狭い思いをしていた頃があった。幸い登園時間は雨に降られなかった。

昨朝は血圧が150もあり非常に調子が悪かったが、おかげで今朝は体調が良かったので急きょ、カットに行くことにした。

と言うのは、今週はユキを見送ってから出社できるので(月・火・木と当番させてていただく)、知子と一緒の電車で美容院へ行く予定していたが、明朝はもっともっと寒くなるとのことで予定を変更した。

では、最近のユキのエピソードを:

ユキ 「マチはアメリカで生まれたん?」
優子 「2006年まで日本に住んでいたよ」。

 そういえば、ユキが生まれた時は既にアメリカへ渡っていたから、このような発想になるのだろう。
    
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

優子 「ユキちゃん、『ながい』の反対語は何でしょう」。
ユキ 「いがな!」
優子 「違う!」と大笑い。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

ユキはいつも言葉を逆さまから読んで遊んでいるので「いがな」と言ったが、私は反対の意味の言葉を聞いた。質問の意味を説明すれば「みじかい」と即答した。

ところで、ユキの天ぷら好きは相当なものである。

知子 「ユキちゃん、ケーキとアイスクリームとチョコレートとか好きなものは一杯あるけれど、一番好きな食べ物はなあに?」
ユキ 「天ぷら!!!」

今年6月、ワシントンへ行く時の成田空港でのこと。

知子 「ユキ、もう日本を出るけれど何が食べたい?」
ユキ 「天ぷら!!!」

先月初め、教会の帰りに知子がユキとふたりでランドセルを見に「あべのハルカス」に行った時のこと。

「うわぁ、こんなにいろいろあるよ。ユキ、どこにする?」とユキを抱いて案内板を見せてあげたのに、何も見ないで「天ぷら!天ぷらとお寿司!」と言ったという。

「子供なのに洋食ではなくマクドナルドさえ出てこず、天ぷらそばとお寿司のセットを食べて喜んでいた。ユキは『オヤジちび』やわ」と知子は笑った。

ユキに好物を言ってもらうと、「天ぷら、お寿司、おうどん、おそば、そうめん、お餅、お赤飯、たこやき・・」と言う。

特に好物ではない素麺を除けば全て私の好物と一致するのは嬉しい。しかし、年を取ってもなお天ぷらが好きで困る。

そういえば、今週末帰国し正味2日間の滞在で帰米する真智に何が食べたいか尋ねると、やっぱりお寿司と天ぷらをリクエストした。日本人の代表的な好みだろう。美味しいものを食べさせてやりたいのが親心だが、食事する回数も限られて辛い。

それにしても3〜4歳の時から和食大好きなユキは、「出し」の「うまみ」がわかる味覚児に育ったのかも知れない。(笑)

最後にユキのサンタさんへの手紙を記録しておいてやろう。
早々と11月からサンタさんへ手紙を書いて寝室の出窓に置いている。幸悠6歳。幼いユキのことを憶えていたい。


6歳のユキ・サンタへの手紙@.jpg 6歳のユキ・サンタへの手紙A.jpg

「さんたさん ぼくに はやてとつばさのれんけつの ぷられーるあどばんす ください
 あともひとつ にほんちず ください 
 さんたさん おねがいします」。
6歳のクリスマスの頃.jpg

裏には絵と共に「ゆきひさより 6さい」と書いてあった。
今も片付けが苦手なユキ。サンタさん、どうするのかなあ・・・

私たちからのプレゼントにさせてほしいが、神戸の叔母からもユキに「何がいいかわからないから何か買ってやって欲しい」と早々とお金を送ってきてくれている。

posted by 優子 at 18:09| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

「不戦の精神」を選び取った山本覚馬

昨夜放送の『八重の桜』で取り上げられていた山本覚馬の奨励は、現況の日本にも重なるものであった。
「今世界が力を競い合い、日本は戦いに向けて動き出した。どうか弱い者を守る盾となってください。どうか聖書の一節を心に深く刻んでください。

『その剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となし・・・二度と再び、戦うことを学ばない』。

いかなるときも、諸君は一国の、いや、世界の良心であって下さい。それが、身をもって戦いを知る、私の願いです」。
 
山本覚馬が新島襄に初めて会ったのは、明治8(1875)年春。新島襄より洗礼を受け、襄亡きあと同志社の臨時総長として学校経営にあたった。

明治24(1891)年、同志社英学校13回目の卒業式で覚馬が説いたこの「不戦の精神」は、人を生かす聖書の教育によって日本を変えていこうとの奨励であった。

覚馬が引用した聖句は、国連本部前の「イザヤの壁」にも刻まれている有名なイザヤ書2章4節だ。

「彼(神)はもろもろの国のあいだにさばきを行い、
多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、
そのやりを打ちかえて、かまとし、
国は国にむかって、つるぎをあげず、
彼らはもはや戦いのことを学ばない」。


国連本部前の「イザヤの壁」は過去ログで写真を掲載している。

東アジアにきな臭さがあり、特に戦前戦中を通ってきた人々は「いつか来た道」と老体に鞭打って警鐘をならしている今、イザヤ書の聖句が私の心にも現実問題として強く迫ってきた。

私たちは実に弱く、ともすれば自己を正当化し自分の姿も他者のことも見えなくなることを心に明記しなければならない。日々刻々神の前で祈り、本心に立ち返りながら進んでいきたいものである。

新島襄が第1回卒業式で学生たちに贈ったはなむけの言葉:

“Go, go, go in Peace. Be Strong.
A Mysterious Hand will guide you!” 

「進みなさい。
 平和(平安)のうちに、力強く進みなさい。
 見えざる神様の御手が皆さんを導くであろう」。


附記:ドラマに描かれる人々の生涯を見ていると、人の一生は何と重いものかと深い感慨を覚える。『八重の桜』も次回が最終回。その時は次女も一緒だ。

今週末中国での仕事を終えたあと日本に立ち寄り、週末だけ共に過ごして翌朝早くワシントンへ戻る。短い貴重な時間だが、やっぱりテレビを一緒に見るだろう。

posted by 優子 at 18:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

旅路途上にて「他の道を通って」導かれゆく

今春のイースターから時々日本キリスト教団・西大和教会に通っている。
 
待降節第2主日(アドベント2週目の聖日)の今日、知子は心の傷が癒されているのを感じたと言い、牧師のメッセージをとおしてまた一つ明確な答え(導き)がもたらされたと語った。私もまた然り。

今から2013年前の初めてのクリスマスの夜のこと、マタイによる福音書2章11・12節に3人の博士たちが星に導かれて幼子イエスを拝みに行った記事が載っている。
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「そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った」。
 

博士たちは贈り物を捧げてから「ヘロデのところに帰るな」と夢でお告げがあったので、「他の道を通って」故郷に帰って行ったとある。
「他の道」とは、主(イエス・キリスト)に立ち帰って祝福の道を歩むことであることから、博士たちは神に聞く従順な人たちだったことがわかる。

昨秋から知子と私はある大きな問題を抱えていた。相談した牧師は事の次第を知り、この聖書の箇所から「別の道を通って導かれていってはどうでしょう」と、煩悶している私たちに導きを示してくださった。。

この教会はCS(教会学校)の子どもたちもたくさん通っておりユキにはありがたい。私たちの礼拝中は隣接する教会付属の「愛の園幼稚園」の園舎や園庭でお友達と遊んで待っている。今日もユキの大きな声が聞こえていた。感謝!

今週の「平和の祈り」より:
神さま、どうか私達を平和をもたらす器として用いてください。
多くの反対や疑義のある中で、特定秘密保護法が作られようとしています。どうか、政治家がその声を真摯に受け止めることができますように。
また声をあげる者たちを支え、強めてください。
この国の自由をお守りください。
アーメン。

幸いなクリスマスを迎えることができるように心を備えていきたい。

『メメントドミニ』を読んでくださっている方々も幸いなクリスマスをお迎えになられますように。


posted by 優子 at 17:00| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2013年12月07日

日本よ、行く道を間違うな!

情報統制の強化や国民の「知る権利」を侵害する可能性をはらんだまま、国家機密の漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法案が6日深夜、参院本会議で可決・成立した。

彼らとて日本国のためにと決断したことであると信じるが、審議を尽くさないまま強行突破した政府に恐怖を感じる。私の理解した限りでさえ運び方と第三者機関ではないチェック機関に大きな問題を感じている。

これほどに急ぐのは東アジアの安保情勢が緊迫していることや、アメリカとの同盟国間で共有する機密保全を求める米政府の意向もわかる。

しかしながら、これは与野党や派閥を越えて共に審議すべき事であり、共に愛する母国のことであり対峙するような問題では決してない。米国の有識者からも「民主国家では今世紀最悪」との批判が出ている。

石破氏こそがどうして審議するようにリードしないのだろうか。それどころか自身のブログでデモとテロを同一視するような発言に憤りを感じ失望した。

多くの人々は石破氏の「本音が出た!」と批難したが、私はそれよりも何よりも傲慢さを感じた。確かにあの失言には石破氏の考え方も反映しているだろう。

しかし、あまりにも多忙な日々ゆえに神の前に静まる時もなく、真摯で誠実な石破氏(クリスチャンである)でさえ謙虚さと客観性を欠いていき、自分自身を錯覚しての発言だと思った。これが我々人間の実相であり、大きな立場に置かれた人ほどその危うさに満ちている。


特定秘密保護法案に対してキリスト教諸教団からも反対声明が相次いでいる。
「1942年治安維持法違反に問われて牧師が一斉検挙され、宗教団体法により教会が解散させられるなど、日本プロテスタント史上最大の弾圧を受けた」経験からだ。

「特定秘密保護法案は、防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止の4分野が対象とされるが、秘密の定義や範囲があいまいで政府が恣意的に『特定秘密』に指定でき、第三者が検証する仕組みが欠如している。

『これでは、時の権力が「国益に反する」と判断すれば、思いのままに拡大解釈することが可能であり、憲法の思想・良心・信教の自由という基本的人権の根幹を脅かす』と危惧を示し」、本法案が戦前の治安維持法に劣らない危険性をはらんでいると重大な危惧を表明した。


「歴史は繰り返す」と言うが、これは民主主義の基本中の基本であるから絶対に繰り返してはいけない。断じて官僚統制の国家になっていくことのないように、今こそ国民一人ひとりが声を挙げねばならない。

この法案が可決されたことで言論や表現の自由が抑圧されるようなことがあれば、私の発言もまた危険だ。しかし、クリスチャンとしても声を挙げるべきである。社会に対して何も発言もせず埋没してしまうような信仰生涯を私は送りたくはない。

牧師たちも抗議の声をあげ、「特定秘密保護法に反対する牧師の会」を立ち上げている。その抗議文を伝播して終わりたい。

2013年12月7日土曜日更新:

12月6日夕刻、参議院本会議において「特定秘密保護法案」が可決・成立しました。野党の反対はもとより、多くの国民の不安の声に謙虚に耳を傾けることのないままの一方的な法案審議と採決に抗議します。

私たちは地上の法と秩序を重んじ、立てられた為政者と尊び、神の御心にかなった政治が行われるように日々祈り続けているものですが、この法律は憲法の保障する基本的人権を踏みにじるばかりか、信教の自由、表現の自由、思想信条・良心の自由、結社の自由を著しく侵害する恐れを含んでおり、明らかな憲法違反です。

憲法第98条に「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」とあるように、私たちは同法が無効であり、ただちに廃止されるべきものと考えます。

私たちは聖書の教えに基づき、牧師として委ねられた大切なひとりひとりを守り、導き、養う責任が委ねられています。
それゆえに神から与えられた人々の自由が脅かされ、良心が傷つけられ、尊厳が損なわれることには、「たとい法令にそむいても」(旧約聖書エステル4:16)、非暴力を貫きつつ抵抗し、断乎として否の声を挙げるものです。
マンデラさんの言葉が心に強く迫る。
「どこであっても自由への歩みは容易ではない。我々の多くは、望むものの頂上にたどりつくために、死の陰の谷を何度も何度も通り抜けなければならない」。  
                 (ネルソン・マンデラ)

posted by 優子 at 21:33| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

マンデラ元大統領の死を悼む −常により良き明日のために準備するのだ!−

南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策の撤廃運動)を指導し、ノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラ元大統領が、5日(日本時間の本日未明)、神のみもとに帰られた。95歳だった。

今年6月下旬、マンデラさんが危篤状態に陥ったと発表され、その後まもなくAFP通信が、マンデラさんは持続的植物状態にあり、担当医らが家族に生命維持装置を停止するように助言しているとの報道があった。(過去ログ・7月19日の末尾に記録)
以来、私はマンデラさんを思い出すたびに射祷(短く祈る)していた。

マンデラさんの27年間に及ぶ投獄生活は、採石場での重労働、床で眠り、トイレはバケツ、面会は年に1度30分だけ、手紙のやりとりは半年に1通だけという精神的拷問の日々でもあった。

にもかかわらず、彼は決して白人に対して激しい敵意を持つこともなく、長い逆境の年月にあっても笑顔は消えなかった。彼は次のように述べている。

「私には3つの支えとなるものがありました。
それは人生の目標であり、友人がいたこと。
そして、キリスト教の信仰があったことです」。

神の栄光をたたえ、マンデラさんを偲び、かつてお分かちしたショートメッセージをとおして、今一度マンデラさんから生きる意味と希望を受けとりたい。

ある弁護士は44歳の時国の政策に反対し逮捕される。そして、国家反逆罪で終身刑となり島流しにされる。

27年間の投獄生活から釈放された時、71歳になったその男が語った言葉は、「私は生き残ったのではない、準備をしていたのだ。」だった。

その後男は議会のリーダーになり、74歳で人種差別のない選挙を実施。75歳でノーベル平和賞を受賞。そして、南アフリカ共和国の大統領に就任。77歳で国の憲法を作り上げた。

大統領になった男の名は、ネルソン・マンデラ。
彼は人生の冬の時代、やがてくる春に向けて準備していた。

生きて出所する。
国を変える。
大統領になる。
差別をなくす。

彼は素直な心で十分な準備をしていたのだ。
冬はいい季節である。必ず春が来るから。準備ができるから。

自然界に季節があるように人生にも季節がある。冬には冷たい逆風が吹き荒れる。しかし、必ず冬が終わり春が来るのだ。


あなたは今どの季節だろうか。どんな準備をしているのだろうか。今は冬でもやがて季節は変わる。
春には種をまき、夏の日差しをあびて成長し、秋には大きな実をつける。楽しみだ。わくわくする。

人生にも季節がある。
準備をしていれば、必ずチャンスと出会う季節がやってくる。

「どこであっても自由への歩みは容易ではない。我々の多くは、望むものの頂上にたどりつくために、死の陰の谷を何度も何度も通り抜けなければならない」。  
                 (ネルソン・マンデラ)

最後にマンデラさんの生涯から示された聖書の言葉を刻んでおきたい。

「人の心には多くの計画がある。
 しかし主のはかりごとだけが成る」。
          
             (箴言19章21節)

「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」。             
             (マタイによる福音書10章28節)

附記:クリスチャン政治家・石破茂氏のオフィシャルブログ(12月2日記事)に3日コメントする。
主に在って働く人々が道を間違わぬように背後で祈ろう。
   


posted by 優子 at 09:32| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

真智、18時間の日本滞在で再び離陸

真智は今、日本の空の下にいる。昨日の午後、無事に成田空港に着いて近くのホテルで一泊した。目的地への便が一日に一便しかないためだ。そしてまた、まもなく離陸する。今頃手続きも終わった頃だろう。

真智がワシントンを留守にするときはIMF公用のメールアドレスでやりとりする。携帯電話のメールは無料設定になっているとのことで気遣いはない。とは言え無事を確認するだけにしか使わないし、真智もまたそうだ。私もミッション中はプライベイトメールを送ることもない。

昨日の夜中に短いメールが入っていた。
「今から離陸です。行ってきます。イエス様一緒!真智子」
ワシントン・ダラス空港の機内から家族全員に一斉送信してくれたものだ。

アメリカは冬時間を適用している今、ワシントンとは14時間もの時差があるので、私がメールを読んだのは8時間あとだが、飛行中であってもその時点で短く返信する。するとその瞬間に自動返信(Automatic reply)が届く。

I am currently out of the office for a mission through Dec 16. For urgent matters, please contact Ms. ○○(電話番号).

Thank you very much,
Machiko

「私は12月16日までミッションのために現在はオフィスにはいません。緊急事項については、○○さんに連絡してください」。

初回の時だけこのメールを受け取り再度送信するとやりとりできるのだ。昨日の午後3時半過ぎに無事到着メールが着信した。

「無事日本に到着したよ!
次の飛行機は明日の朝10時ごろなので、今回は空港近くの○○ホテルに泊まります。なので、今夜はベッドで寝れるのですごく楽です。
とりあえず無事の報告でした。
またね
真智子」


アメリカからアジアの国々へは日本が経由地になっているようだ。
中国で無事に職務を果たして帰郷するの楽しみにしている。週末だけの短い滞在で帰米するが、神と共に良き働きを祈りつつ待っていよう。

10時3分追記:9時40分、搭乗する直前にメールが送られてきた。
昨夜はよく眠れて、今朝の朝食は最高だったとのこと。
「いろんな種類があるのも日本のいいところよね」。
短いメールは「みんなも良い日をね! 真智子」で結ばれていた。

9時59分、「もうしゅっぱつみたい。いってきます!」飛行機
私は大急ぎで「行ってらっしゃい!」とだけ打って送信ボタンを押した。

14時5分追記:13時38分、無事に中国の目的地に着き、出迎えの人と共にホテルへ向かっているとのこと。
神さまと操縦士はじめ多くのお世話になった人々に感謝!

附記:▼ 昨日からユキが熱を出し、今朝は下がっているようだが教会を休む。
▼ 午後から夫(良輔)は天王寺へ。高校時代のバスケットボール部の友と10年以上ぶりの再会だ。麻雀をやりながら互いに消息を語り合うのだろう。

posted by 優子 at 09:18| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする