2014年01月31日

忘れえぬ2014年1月

今日で1月が終わる。早1年の12分の1が終わってしまったのである。
一方で、真智が手術を終えてようやく3週間経ったのかと、まるで何ヶ月も前のことのように感じるのは不思議だ。
私は9日の夜から何度もカレンダーを見ては、やっと1週間経った、ようやく2週間・・・と、ずっと日にちを数えていた。

このように時の経つのが遅く感じたのは両親が亡くなった直後もそうだった。人生の深刻な局面を通過するときは遅く感じるのだろうか。

おかげさまで真智子は27日から職場に復帰した。復帰前日には食事量もほとんど元のように戻ったと書いていたが、今日も体調を壊していないだろうかと、今は日常生活に慣れるまで見守る心境だ。仕事や研究が気になっても体力がもどるまでは「ゆっくりゆっくり」ね。

研究といえば、昨日は理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの小保方(おぼかた)晴子さんのSTAP細胞作製成功のニュースが世界を駆け巡った。

「やめてやると思った日も、泣き明かした夜も数知れないですが、今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていたら、5年が過ぎていました」。

このところに心を打たれた。悔しくて泣き明かしたことも数知れないと語るところに人間的魅力を感じ、この人の強さを見る。
一般的には泣くのは弱さだと見るがそうではない。真剣に努力を積み上げてきた人だからこその自然な感情の発露であり、泣くことで感情やストレスをうまく処理することにもなっている。

報道されるエピソードを興味深く聞いていたが、その中で「手相は統計学だから」と手相を観るのも得意だったというのだけは頷けなかった。手相を統計学だと定義づけたところで、占いは人生の座標軸や価値観が問われるところだけに意外だった。

世界はますます再生医療の進歩に拍車がかかるだろうが、知識の拡大に人間の成熟が伴っていくのか生命倫理の危うさもつきまとう。人間が高度に発展させたテクノロジーに人間が滅ぼされることのないように、警鐘を鳴らし続ける存在が今まで以上に重要だ。

真智のことを想いつつも「時のニュース」に話がそれてしまった(笑)。ワシントンも金曜日のわざが始まった。今日も元気に出社しただろうか。チャッピーは庭を自由に歩けるようになった。

今、人生の試練の中にある人は、「しっかりしなさい。わたし(神)だ、恐れることはない」と、確実に希望へと導いてくださる神さまと出会われることを祈りつつ、忘れえぬ2014年1月を送り2月を迎えたい。お祈りしてくださった方々に感謝をこめて。

posted by 優子 at 22:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

「目の前に立ちはだかる扉にこだわる心」と「握っているものを手放さない心」

ある日、キリンが水を求めて草原を歩いていました。日照りが続いて、青いはずの草はみな枯れています。いきなりキリンの前に大きな扉が立ちはだかりました。扉の上から見渡すと、青々とした草原に色とりどりの花が咲いています。小川も流れています。

あそこへ行きたいな。でも扉は開きません。そこへキツネがやって来ました。
「そんなのお安いご用だ。僕の知恵で開けてあげるよ」

ところが扉は開きません。次にライオンが現れました。
「俺に任せろ。百獣の王だぜ、俺様は・・・」

力まかせにライオンが押したけど、やっぱりダメです。
「しぶとい扉だ。こうなったらゾウに頼むしかあるまい」

だけど、ゾウの体当たりも無駄でした。そこにアヒルがやって来ました。
「あーら、そんなの簡単よ。こうすればいいんじゃない?」

アヒルは扉の横をぐるっと回って、緑の野原に入りました。

動物たちは目の前しか見ていなかったのです。開かない扉にとらわれすぎていたのです。

昨日今日と自己の視野狭窄状態に気がついて、昨秋、大学の恩師が出版された『心の生活習慣病を退治せよ』を再び読んでいたら、その中に出てくる寓話にハタと示されて自己洞察しながら思いめぐらしていた。

著者・川上与志夫先生はこの寓話から、私たちは自分で気づいていない癖があり、「目の前に立ちはだかる扉にこだわる心」を指摘されている。今の私の情況はまさにこれだと気づかされた。

この寓話の構成や主題は違うのだが、自己の気づきという点でこの寓話を反転させたような話がある。典拠を明示できなくて申し訳ないが、経営改革関連で興味深く読んだ話を引用させていただきたい。

アフリカでは、チンパンジーの生け捕りをするためには、木に穴を開けてバナナや木の実をいれておく。チンパンジーは、食べ物を見つけると穴の中に手を入れてとろうとする。

しかし、その穴は、食べ物を持ったままでは引っ張り出すことができない大きさになっているので、手を離せばいいのに、食べ物を手に握ったままでいるうちに生け捕りにされてしまう。

手を離せばすぐに逃げられるのに、1度つかんだものを手放そうとせずに捕まってしまうのだ。笑える話だが、これは人ごとではなくまさに自分のことであることを実感する話だ。

「1度つかんだものを放そうとしない」、つまり自分自身に執着しているからだ。
「幸せ人生」の第1の法則は、「握っているものを手放すことによって自由になる」だ。

悩みすぎては物事が見えなくなる。そんなときは、自分自身まで見失わないために、この二つの話を合わせ鏡のようにして自分の精神的状況を観察すると良いだろう。

恩師はエッセイの最後を次のように締めくくられている。

 一日を感謝の祈りではじめ、
 一日を感謝の祈りで終える。
 これが、よい一日です。
 よい一年です。
 よい一生です。

「アーメン」。
2月の日本クリスチャンペンクラブ関西ブロックの例会は、名古屋で中部ブロックと合同例会が予定されている。そこで恩師にお目にかかるのを楽しみにしている。7年ぶりの再会になるだろうか。開会礼拝での師の奨励を心待ちにしている。

posted by 優子 at 22:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2014年01月24日

チャッピーのQOLを考える事態に

20日に大寒を迎え1年中で最も寒い今、今日は3月並みの暖かさになりホッと一息ついた。しかし、今朝の最低気温も−3.3度で真っ白に霜が降り、草地を歩くとザクザクと霜柱を踏む音がした。

そんな今日、チャッピーも久々に食べて、ゆっくりながらもさほど苦痛なさそうに歩いていた!

実は次女の一大事の時に心配をかけたくなかったのでふせていたのだが、真智が術後順調に回復しつつ2週間経過したことと、今日はチャッピーの容態がかなりいいのでブログを通して真智に伝えたいと思う。お正月休みが終わったと同時にチャッピーが介護状態になっていることを。

でも安心して読んでほしい。
チャッピーは今日しっかり食べて、ゆっくりながらもさほど苦痛を感じないくらいに歩いたから!


チャッピーに異変が起こったのは1月6日だった。
急に歩けなくなり、前右足をかばってるのがわかった。
獣医のもとへ行ったのは11日(土)、関節炎という診断だった。歩けなくなったのは、その前日に夫が1時間以上もチャッピーを連れて散歩したのが原因だと言われた。高齢犬ゆえに長い散歩は禁物なのだ。

「チャッピーと長く歩かないで! チャッピーをおいてから独りで歩けばいいのだから」と、昨夏から毎回口を酸っぱくして注意していただけに悔やまれてならない。こういうところが夫の大きな欠点だ。
1.9A.jpgこれは1月9日、この夜、真智の手術だった。
自分で歩けないチャッピー。こうして立ち上がるまでに長い時間がかかり、外に出るだけで限界だった。何度も転ける。犬が転けるのを見るのはたまらなく辛い。「チャッピーは私よりも先に・・・」と、自分の老いとも重なった。

11日の動物病院へは一家総出、夫が運転して知子がチャッピーを抱いて乗り降りしてくれた。私は今にもぎっくり腰になりそうで腰がビリビリきていたのと、小心者で怖かったので嫌なことから逃げたという負い目を感じ続けている。

ところがチャッピーは、診察中にどちらの足が痛いのか分からないほど軽快に歩いたのでびっくりした。この1週間、動けなくて安静にしていたのが良かったと言われたが、歩けたのはこの瞬間だけだった。

体重も落ちてきており、やや脱水症状もあるとのこと。
かなりの痛みらしいが、チャッピーは腎臓が悪いので痛み止めは使わないで様子を見ることになった。動物は人間以上に我慢強いと聞かされ、チャッピーの苦痛を思うとたまらなかった。

夜間、寝返りすると時に「キャン、キャン」と鳴くので私の神経は擦り切れそうだった。手伝ってあげようにも、よけいに痛いことをするばかりで手を出せない。

今後は元気になっても散歩は5分から10分以内で終えるようにと忠告された。医師の表情から今後の経過も良くないのだろうと推察したが、この時はもう一度チャッピーと散歩に行けるだろうと思っていた。そうなればいいのだが・・・
12日:この頃から食欲がなくなった。2014.1.12@.jpg
ユキが一粒ずつ半なまの柔らかい餌を与えている。
マスクしているのはPM2.5の警報が出ていた日の外出後だったから。
1.13夕刻.jpg
1月13日(月・祝日)夕刻:ペット用の吸水シートも必需品になっている。

餌を缶詰に変え、好みの味はないかとメーカーを変えたり、半なま加工の餌など、いろいろと餌を変えては食べさせるのだが食べなくなるばかりで、先週半ばから1週間ほど殆ど食べなくなり、ユキや知子も必死になって食べさせていた。

1月14日:犬を看取った経験のある義妹が私の腰をかばって、抱いて玄関内に運んでくれるところ。
                    義妹に1.14.jpg重篤なとき.jpg1月15日:この頃はかなり悪く私も落ち込んでいた。
横になれなくて座って寝ている.jpg
横になりたくても痛いので横になれず座って眠っている。
ユキが作ったチャッピーのメダルをつけて。

今週半ば頃には体重がかなり軽くなっていた。こんな状態では見る見る衰弱していくので、22日からビスケット、ホットケーキ、魚とごはんなど、ペット用ではなく人間の食べものをあげることにした。チャッピーがチャッピーらしく生きていけるように、チャッピーのQOLを考えての決断だ。

これは23日の夕方、チャッピーがパーキングで待っていた!!!
もう2度とこんな光景を見ることはないだろう。神さまが特別にもう一度見せてくださったのだと思った。この時も気温6〜7度の寒い午後だった。


チャッピーが待っていた!(15:45頃).jpg

歩けなくなってからつないだことはない。逃げもしない。
この日、園の帰りに遊びに寄ってくれたユキのお友達を再び公園まで送って行く時、あわてて門を締め忘れて1時間ほどして帰宅した時のことだった。
チャッピーは玄関の3段の階段も自分で降りて待っていた!!!きっと長い間、待っていたに違いない。

先に走って帰ったユキはパーキングのチャッピーに気がつかず庭を駆け回り、「おばあちゃーん、チャッピーがどこにもいない!」と叫びながら出てきたが、私はチャッピーが座っているのがわかった。
幻のようだった。
私は嬉しくて、嬉しくて、持っていたカメラで写真を撮り、名前を呼びながら駆け寄った。


今朝は大好きだったトーストを与えた。しかも今回はマーガリンだけではなくオリゴ糖もかけてやった。チャッピーは美味しそうにたべたが、パンの耳は残した。少食になったということだけではなく、小さくちぎってやっても噛む力がなくてポロッと落とすのだ。

ところが、それも夕方に自ら食べにいき完食。俄然食べ始めた。ユキが缶詰の餌も食べさせてくれた。
今日のチャッピーの顔はチャッピーの表情に戻っていた。


義母も親身になって心配してくれ、当初は毎日何度も外へ出ては様子を聞いてくれ、チャッピーを運びやすいように、また、風よけにとダンボールを持ってきてくれたり、手編みのひざ掛けなどを持ってきてくれるなど、正直のところ想像もしなかったほど意外だった。

というのは、今まで一度として「チャッピー」と呼んでくれたことがないので、未だにチャッピーが吠え続けるひとりだったから。
それだけに神さまはこの出来事を天使犬チャッピーの最後の働きとされるのだろうか・・・叔母が似たような意味合いのことを言っていたが、そんなの嫌だ。

早く暖かくなってほしい。暖かいと過ごしやすくなる。
3月には真智も帰ってくる!!!
そして、小学生のユキを見てやってほしい。



posted by 優子 at 23:44| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2014年01月21日

キャロライン・ケネディ氏:「イルカ追い込み漁の非人道性」の発言に普遍妥当性はあるか

「米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています」。
1月18日、ツィッターで表明したキャロライン・ケネディ駐日米国大使の発言が大きな問題になっている。

この非難に対して、1月20日、菅官房長官が「イルカ漁業はわが国の伝統的な漁業の一つであり、法令に基づき適切に実施されている。国際捕鯨委員会の管理対象外だ」と反論し、そのうえで「米側に日本の立場を説明していきたい」と述べた。

この対応について、『ニュースの教科書 ―記事にできないホンネを集めた脱力系ニュースサイト―』は、
「捕鯨の問題は、西洋の価値観に基づく一方的な批判であり、科学的合理性はない。だが『米国に対して理解を求めていく』という外交スタンスは意味をなさない可能性が高い。それどころか、こうした考え方は、結果的に相手国との関係を最悪の状態にしてしまう危険性さえある」。

とし、「相手にただ理解を求めるだけで交渉しない日本人は多い。・・・一方的に『理解を求める』という幼い交渉から脱却しなければ、ふたたび途方もないレベルの国益を損ねてしまう可能性すらある」と、菅官房長官のスタンスに警鐘を鳴らしている。

「国際交渉では交渉であって理解を求めることではないのだ。妥協をするのか、突っぱねるのか、あるいはパッケージ・ディール(package deal:包括交渉、包括案) で別の条件を持ち出して交渉するのかのいずれかしかない」。

外交について、また別のサイトでケネディ大使の非難は日本人への差別意識との意見が目にとまった。
それらの視点はさておき、私はこれまでにも「食文化と食を考える ―映画『ザ・コーヴ』より―」や、「肉食廃止運動の背景を考える」で取り上げたように、このたびのケネディ大使の発言内容に異論があり考えたい懸案だ。

和歌山県のホームページに掲載されている「イルカ漁等に対する和歌山県の見解」は、非常に論理的に日本の立場を説明しており、かつ、その立場にのみとらわれず普遍的である。

私にはイルカや牛や豚などもみな同じ動物であり優劣はない。もしも肉食をしているならば、どの生き物に対しても同じ見解を持つべきであり、何よりも、

「人は皆、生きるために生き物の命を奪っています。・・・大切にかわいがって育てた家畜をと殺して、食料としています。・・・

イルカだけでなく、牛や豚などの家畜にも感情や知性があり、親しみも感じられます。・・・しかし、肉を食べるために、私たちはどうしても家畜を殺さなければなりません」。


この一点にすべてが集約されている。
少なくとも発言者がビーガンでない限り、キャロライン・ケネディ氏の発言に妥当性があるとは到底考えられない。他の家畜と同じ線上で考えるべきだというのが私の主張だ。

私がもっと深刻に問題提起したいのは家畜の飼い方だ。まさに「現代の蛮行」は止むことがない。
例えば、フォアグラが生産されるための鳥の地獄の苦しみを知ったならば、フォアグラを注文することはしないだろう。特に日本ではフォアグラの実態が知られていないが、今や知らないことは罪である。

いずれの課題を論ずるにも立場を変えればお互いの姿であり、これが人間の知情意の限界なのであろうか。そのことを互いに心にとめて賢い交渉を重ねていきたいものである。

posted by 優子 at 22:40| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2014年01月18日

私の中の「マチ・クマのテーマソング」♡ " It's not easy. And it's so easy."

いつだったか、次女が結婚して(ミネソタに渡って)1年半経った頃だったと思うが、次女から「これはきっとママが好きだと思った」とディズニー映画の主題歌集をコピーしたのをもらった。(記憶は正しかった。これをもらったのは2008年1月14日だった)

以来、その中にある一曲 " It's Not Easy." が、私の中で「マチ・クマのテーマソング」として個人的な歌になっている。

とは言っても歌詞を詳しく調べることもなく、聞き取れるところだけで次女夫婦の世界を勝手に描いているのだ。「1人でやるのは難しいけれど、2人ならばできるよ!」と。

今この記事を書くにあたり調べたところ、これは「1977年公開の実写とアニメの合成による、ディズニーのミュージカル映画『ピートとドラゴン・Pete's Dragon』(日本未公開)」の主題歌だとわかった。1977年といえば私が結婚した翌年で、今から37年も前の映画だ。

物語の内容がわからないし日本語訳がないので、自分なりに大まかに意味を取ってみた。

「彼の頭はラクダで首はワニ、それに耳は雌牛! 
魚と哺乳動物の両方で奇妙だけれど、そのままで変わらなくてもいいよ。
yjimage.jpg yjimage.jpg
そんな彼を見つけて、ぼくは嬉しい。
ぼくは彼を愛しているし、彼を逃げさせたくない。
それは容易ではないけれど。」

と、ピートとノーラが掛け合いで歌い始める。

その主題は私が勝手に描いていた世界と一致する。翻訳(意訳)が決定的に間違っていなければの話だが(笑)・・・

「いつも一緒にいて議論したり同意しあったりできる愛する人となら、人生はロリーポップで雨つぶのようだ。
最も高い木にだって一緒に登れる!
誰かの夢を分かち合うのは簡単ではないけれど、
チームとしてなら容易になる。
今、私にはそんなパートナーがいるよ」。


マチが結婚したのは2006年6月だから早7年半になる。
2年目を過ぎた頃には、2人はこの歌のようにマチとクマの世界を築き始めていた。 

昨日(ワシントン時間の今日17日)は術後1週間の受診日で、術後の回復も今のところ良好とのメールが今朝届いていた。

「(医師に)心からの感謝も伝えました。・・・
まだ車の揺れなどはしんどいけど、一週間でこの回復は実はすごいことだと感謝です。
お祈りしてくれてありがとう。
ごろごろして過ごします。 真智子」


私は嬉しくて、今日は一日中「マチ・クマのテーマソング」を聞いていた。いつしかユキも口ずさむようになっていた。
マチは歌うとまだ傷が痛むだろうけれど、元気になったらまたマチとクマのダンスをしてね。
ママからお見舞いの気持ちをこの曲に託します。花束に.jpg

読者の方も是非お聞きください!
http://www.youtube.com/watch?v=uNFfG3Hcv2w

He has the head of a camel,
the neck of a crocodile
It sounds rather strange

He's both a fish and a mammal
And I hope he'll never change
'Cause it's not easy
To find someone who cares

It's not easy to find magic in pairs
I'm glad I found him
I love him, I won't let him get away
'Cause it's not easy.

You say the head of a camel
The neck of a crocodile
And the ears of a cow!

It's clear that friends can be different
Yes, I understand you now

It's not easy to find someone who cares
It's not easy to find magic in pairs

Now that you have him, hold him
Treasure him from day to day.
It's so easy.

Life is lollipops and raindrops with the one you love
Someone you can always be with
Argue and agree with

Climb the highest tree with.

It's not easy to share somebody's dream
It gets easy
When you work as a team
You've got to tend it, fan it
That's what I plan to do.

Oh, I had one friend by my side....
Now I have two...
Him and you...
Him and me...
And it's so easy.
anime_heart1.gif


posted by 優子 at 22:38| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月16日

感謝録:1週間前の緊張が嘘のよう

「優しい気持ちに感謝です。」(真智子)
Arlington-20140115-00365.jpg Arlington-20140115-00368.jpg
左側のブーケは同じ課の同僚一同から、鉢植えのミニバラはオンライン・ ラーニング・プロジェクトの同僚一同から、それぞれカードと共に贈ってくださったお見舞いの花。感謝!

昨日に続いて今日も短く真智とスカイプした。真智は何も言わなかったが、私の体調(血圧)を心配してスカイプしてくれたようだ。
おかげさまで元気にしているが、朝が高いので外気にゆっくりなれながら外に出るようにしている。

その時、「今日(ワシントンは15日)の午後に、お花が二回も届いてビックリしたよ」と、スカイプの画面から職場の同僚が贈ってくださった花を見せてもらった。
何て美しいんだろう。
真智にお願いして写真を撮って送ってもらった。

職場ではよくボランティアでお見舞いやおめでたの時にプレゼントするそうだが、今回は誰にも言わず、上司など必要不可欠な人にしか話していなかったのに、花を贈ってくださったという。

この私でさえ、まるで乾ききった喉をうるおす水のように人の優しさが身にしみた。私の友もまた私たちのことを覚えて祈り、メールを送ってくださっていたので、ここに感謝をもって刻ませていただきたい。
ハレルヤ!真智子さんご夫妻&藤本ファミリー!
よかったですね。どんなに安心されたでしょう。
睡眠不足と思います。ひとまず体調を戻して、心身の緊張を主によって解いていただき、おいしいものを召し上がって、次に進んでください。主の御名をたたえつつ。
  
手術無事終わったこと感謝ですね。
母親としてそばにいてあげられないもどかしさ、よくわかります。
成功してほんとうによかったです。術後の快復をお祈りします。
真智子さんの信仰にこちらが励まされています。
ゆきひさくんの祈り、信仰にジーンときました。
真智子さんの手術が無事に終わって本当によかったです!
すごく重要で多忙なお仕事をされてるなかで、本当に大変ですね・・・。
身内、子供の心配は自分の体がおかしくなってしまいそうになってしまいます。まして、そばで見てあげれない状況ですから・・・。
どうか、お母様のお身体もお大事になさってください。手術後の回復をお祈りしています。☆
  (知子の友人より)
真智子ちゃん、痛みも軽減され順調に回復なさっているご様子で安心しました。
優子さんもそばに行けなくて辛い思いをされていると思いますが、太志さんのミッションのこと、神さまの奇しいみ技に感謝ですね。
ウィリアム・バークレーの詩、とてもいい詩ですね。慰められ希望が与えられます。*お与えください。感謝に満ちた心を* 心から感謝しつつ、引き続き回復と寒いワシントンでのお二人を守り導いてくださいますように祈ります。

いよいよ手術の時間が迫ってきた1週間前の今夜、友もずっと真智子のために祈ってくださっていた。
さぞさぞ心配でしょうね。絶対と言っていいほど大丈夫と信じますが、親心は痛いほどわかります。祈り続けましょう。朗報をお待ちします。
藤本家の上に主の全能の力がそそがれ、栄光があらわされますように。
母よ!雄々しくあれ、強くあれ。
たくましい信仰で子、孫を支えてください。

太志さんも手術終わるまでは、ひとりなんですね。主がともにいてくださいますように。手術無事終了の連絡を信じて待っています。

真智子さんの手術は今日だなあと思って、朝から祈っていました。
時差のことを忘れて、もう終った頃かと思っていましたが、これからなのですね。また祈ります。
真智子さんの信仰にこちらが励まされています。
ゆきひさくんの祈り、信仰にジーンときました。

感謝!
神を信じ、神への感謝が祈りを生み出し、祈りにより心の平安を与えられ、この平安こそがすべての力のもとでした。
しかし、先週の今夜は非常に緊張し、気持ちが張り詰めていました。そんな時、友が祈ってくださっていることを思い出して乗り越えることができました。


今朝のスカイプでも真智子は昨日よりも今日と元気になっていました。まだ意欲的になれないと言っていましたが、今夜でようやく1週間たったばかりだから当然です。
体力が戻されてくると気力もまた湧いてくるのだから、焦らず、今は仕事や研究のことは考えないでゆっくり元気になっていけばいいのです。思いっきりグータラしてくださいな。ママの大得意分野で〜す。これは伝授し忘れたかもね(笑)。

病いと闘っている人よ、我が子を心配する母よ、
雄々しくあれ、強くあれ!
私もまた、その時は主が越えさせてくださるように!
今後は今まで以上に病いと闘っている方々のことを憶えて祈ります。



posted by 優子 at 22:09| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月15日

主イエスと共に歩んだ手術までの日々

当初手術日は昨年末12月19日と決まっていた。
そこで中国でのミッションを終えたらワシントンへ直帰するはずだった。しかし、せっかくアジアまで来ているから日本はすぐそこだ。しかも日本は乗り継ぎ地でもあるから、週末だけ帰国して月曜日に発っても時差の関係で16日(月)に帰米でき、手術日まで2日あるからと飛行機のチケットを取っていた。

中国を発つ前夜も深夜遅くまでミッションのレポートをまとめ、荷造りして数時間の睡眠で最終日のプログラムを終えて空港へ向かった。
実家に滞在中も体を休める時間はなく、帰国翌日の朝には予約しておいた美容院へ。その後、薬品や食料品の買い足しなどを終えて、再びワシントンへ帰ったのだった。
今改めて神さまがこれらの行程を遂行させてくださり、真智子の体力を支え守ってくださったことを感謝せずにはいられない。

2013年12月16日の「忘れえぬ2013年12月の帰国」には、一緒にワシントンへ行ってやれぬ辛さを堪えていた。
「写真を撮ったあと、後ろに見える出発入口前で抱き合った。互いに強く抱きしめていた。今思うと結構長い時間だったかもしれない。そして、真智子が祈り始め、続いて私も祈り、祈り終えると10時半になっていた。
今こそ別れめと、愛する我が子の手を放し神に委ねた。

本当はこのように書きたかった。

我が子がアメリカで手術に臨まねばならないのに、そばにいてやれぬ悲しみ・・・私は我が子の手を放して神に委ねた。イエス・キリストの御手が真智子の手をしっかり握ってくださっていることを信じて。

あの時、私は真智子と一緒について行きたかった。
しかし、私がいないとユキが困る。知子も困る。知子は一日たりとも会社を休めないし、午前中だけで退社することなどできず、幼稚園を欠席させたところで会社で長時間過ごせるわけでもない。

ならば、私がユキを連れてワシントンへ行こうとも思った。
しかし万が一、飛行機事故に遭ってユキを亡くせば知子は生きてはいけない。それで断念した。それにユキがいては真智の助けにはなれないだろうからと自らを納得させたのだった。


この時すでに執刀医の都合で手術日が3週間延期になっていた。変更になったのは11月の半ば頃だったと思う。
今年2月のミッション(海外出張)は外してもらっているが、3月にもミッションを控えているので、手術が3週間後の年明けに延期となれば体力の回復期間も短くなる・・・など、一瞬気持ちが重くなった。

しかし、全て神が御心を成してくださることを信じて、医師と真智の予定をすりあわせた1月9日を平安のうちに受け入れたのだった。私以上に真智の平安は乱されることもなかった。

真智子は病欠に入る前にビデオ教材(IMF の「オンライン・ラーニング」のビデオ制作)を一通り作ってレビューにまわそうと、この年末年始は締め切りに向けて時間と戦いながら頑張っていた。集中力と精神力もさることながら、それについていける若い体力にも驚くばかりだった。

元旦のメールには、「時間はどうしようもないけど、前進はしているので最後まで神様を信頼して一歩ずつやってます。」とあったが、4日から疲れがどっと出てきて体調を壊しかけた。
風邪を引くと手術がキャンセルになってしまうので、悪化しないで9日を迎えることができたことは本当によかった。

その頃、北米は北極の寒波に見舞われており、ワシントンも8日の最低気温は−14度、手術当日は−9度で最高気温もマイナスだった。かつて居たミネソタは−40度まで下がり、20年ぶりの寒波を日本でも報じていた。

ところで、愛と祈りに支えられるとき神の不思議が起こるというが、1月6日のこと、次女夫婦にも不思議なことが起こった。 

クマ(伴侶)は1月末に1週間のミッションが予定されていたが、派遣先の財務大臣の予定が調整つけられなくてキャンセルになったと言うのだ!
こんなことがあるだろうか!!!
これはもう神さまでしかない。
神さまは周囲の状況も万全にして最善のうちに事を運ぼうとされているのがわかる。その頃には真智も職場に復帰しているであろうが、まだまだ疲れやすいだろうからクマがいると心強いだろうし、クマもまたマチとの共著研究の締め切りに追われているのでありがたいのだ。


今年に入ってその国からの問い合わせに応対しているというのも耳にしたが、夫婦共にすごいことをやっているものだとビックリしたものだ。
共に仕事に追われて多忙な年末年始の日々を過ごし、手術という大きな試練も通り抜けさせてくださって、こうして今、回復期を過ごしている。

今日のスカイプでは痛みも日に日に軽減され、体力も少しずつ回復しているようで安心したが、まだまだ無理はできないから療養専一にゆったりと過ごしてほしい。

このたびの手術のことを3名の友にお伝えして祈っていただいていた。祈ってくださった方々に改めて感謝します。
最後にウィリアム・バークレーの『慰めの祈り・病むときに』より、病床にある方々のご快癒を祈りつつ慰めをお伝えしたい。

神さま、もうすぐ自分のベッドで眠れるようになる、
そして、自分の部屋でまわりに家族がいて目覚めるようになる、
そう考えるのはすばらしいことです。

あなたがこれまでわたしを安全に導いてくださいました。
肉体はいやされ、心も安らかです。

もう一つお与えください―感謝に満ちた心を。
今夜、過ぎた時への感謝の思いをもって眠りにつきます。
そして、未来への希望をもって―。
すべてあなたのおかげです。

また私を癒し、看護してくださった方々のおかげです。
ですから今夜、心からあなたに感謝をささげます。
わが主イエス・キリストのみ名を通して。アーメン

今日手術を受けられたユキのお友達・Gちゃんのおばあちゃんのこと、友の妹さんのことを憶えつつ・・・

posted by 優子 at 21:57| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月13日

術後58時間後に退院!

予後も順調で、術後24時間経った頃には点滴などすべてのチューブを外して、痛み止めも錠剤の服用になり、まもなく普通食の許可も出て順調に回復してきた。

そして2泊の入院を経て、ワシントン時間11日(土)の夕刻6時過ぎに正式に退院許可がおりた。しかしこの朝はまだ微熱があり、術後まだ3日も経っていない退院だったから、帰りのタクシーでも気分が悪くなって苦しかったようだ。

帰宅して1日後、日本時間の今日お昼すぎ、次女と短くスカイプした。今日は「成人の日」で祝日だったので家族みんなが真智の顔を見て安心し、真智子を支えてくれているクマにも感謝を伝えることができた。

手術前夜も当日も、真智子は主(しゅ、イエス・キリスト)の平安のうちにいて、恐れを感じることなく守られていたと証言した。

手術前夜、日本では当日の朝を迎えていた。その時のメールからも全き平安の中にあることが読み取れた。
「時差を思うと、手術は日本の夜中の12時ごろに始まって、
予定では夜中の1時ごろに終わるので、みんなは眠れるなら無理せず寝てね。終わったらくまはメールするつもりだけど。
みんなが病気になったら困るからね。
みんな、お祈りしてくれてありがとう。 真智子」


私の緊張が高まるばかりだった術前4時間前(9日20時直前)に届いたメールには、
「意外にいつも通り眠れました。朝起きてシャワー浴びて、いまタクシーで病院に向かっています。お祈りに感謝します。イエス様一緒! 真智子」
とあり、その着信に気づかなくて遅くなった返信に対して、再び22時22分に、
「ありがとう。無事病院について待っています。 呼ばれました。それでは、頑張ってくるね。御祈りに感謝。」と、最後まで打ってくれた。

今日でさえ僅か3日半前に手術を終えたばかりであるから、スカイプ中にも医師の指示通り、肺血栓予防のために機器を口に当てて深呼吸していた。

この日の朝は、痛み止めが切れてしんどかったが薬を飲んで楽になったとのこと。
そして、驚くことなかれ。
お風呂に入ってスッキリしたというではないか!


しかも傷口をカバーするフィルム(?)を貼ることもなく、石鹸水が流れても大丈夫とのことだった。そして、傷口の消毒の必要もないというから驚いてしまう。

神さまが備えてくださっている自然治癒力はすごいものだ。開腹した傷口も縫えばひっつくというものではなく、自然治癒力のおかげでひっつくのである。
しかし、初めてのシャワーは勇気がいったことであろう。

部屋の中をウロウロ歩かねばならないのも、臓器の位置を落ち着かせたり癒着を防ぐためというよりも、おもに血栓予防のためだという。
歩いて、肺血栓予防のために何度も深呼吸し、そして、横になることが当分の間の大切な日課だそうだ。

お風呂に入ってスッキリして少し眠っている間に、
「くまは洗濯してお買い物に行ってお料理始めてくれてました。くまが頑張ってくれてるのでこっちは大丈夫です。
ママのいうとおり、気を楽にしておいてね。必要なものは神様が与えてくださるから。
こっちで頑張っていることを聞いてくれてる存在があることはとても感謝です」。
 

ところでアメリカの病院食はホテルのルームサービスのように、電話で好きな時に注文するのだという。
日本とは全く異なるシステムを興味深く聞いたが、流動食以外ではピザやバーガーもあるというのは在米7年半のマチ・クマもびっくりしたことであろう。
麻酔から覚めてまもなくの患者に「何か飲み物は?ジンジャエールは?」に続く驚きだったに違いない。
わーい(嬉しい顔)

スパゲッティなら多少食べやすいかもしれないと頼んでみたが、やはり術後2日目に固形物を食べるのは無理だったという。

そこでクマは、家で料理したものを持ち込んでも構わないことを聞き、術後3日目の11日はお弁当箱にやわらかめに炊いたご飯と、イカナゴや塩昆布、しそわかめなら口に合うだろうと持って行った。

「体が弱っている時は、日本の味をいただけることが本当に助かります。感謝です」と、クマの健気な伴侶ぶりに胸が熱くなる。

しかし、それでさえあまり食べられなかったそうだ。ただ、注文したサラダの、何もつけないレタスが美味しくて「今までで一番食べました」と書いてあったので、開腹手術がいかに体に大きな負担をかけるものであるかわかる。

12日、真智はクマシェフにリクエストしたジャガイモ等の煮物と簡単な茶碗蒸しを前にして微笑んでいた。食膳には叔母がことづけてくれたイカナゴのくぎ煮もあったので、この写真を叔母にも送ろう。

まだ目に力はないけれど、日に日に良くなっていくことだろう。その喜びは病者だけが味わえる恵みだ!

今、病床にある方々、これから手術に臨む方々すべての人が回復期の喜びを味わえますように! 病気の方々のことを憶えて祈ります。


posted by 優子 at 15:34| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月12日

憲法9条保持する日本国民にノーベル平和賞がノミネートされた!

「『戦争しない』平和憲法を70年近くも保持している『日本国民』が、ノーベル平和賞候補にノミネート」されたことを、先ほどクリスチャン新聞で知りました。東京新聞の2014年1月3日付け記事にも掲載されています。
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そして今、「 世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条、を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください。」"please award the Nobel Peace Prize to the Japanese citizens who have continued maintaining this pacifist constitution, Article 9 in particular, up until present." というキャンペーンに署名しました。

改憲の危機に直面している今、日本が「いつか来た道」を歩き始めていることに大きな危機感を覚えている私は、世界の平和のために平和憲法を守ることに賛同します。そして、ブログを通してシェアしたいと思います。

一緒にこのキャンペーンを応援していただけますか?
今現在12000名ほどの署名が集まっていますが、まだ99万人ほどの賛同者が必要です。
以下のキャンペーンのリンクからネット上で署名ができる仕組みになっています。

http://chn.ge/1bNX7Hb
キャンペーン/世界各国に平和憲法を広めるために-日本国憲法-特に第9条-を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください。
please-award-the-nobel-peace-prize-to-the-japanese-citizens-who-have-continued-maintaining-this-pacifist-constitution-article-9-in-particular-up-until-present?share_id=GdvxcjgigM&utm_campaign=signature_
receipt&utm_medium=email&utm_source=share_petition

ご支援を心から感謝します。
藤本 優子

posted by 優子 at 00:00| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2014年01月11日

手術から11時間後に歩行! 

「写真を開いたとき、思わず『よかったね。真智子ちゃん』と言ってしまいました」。
真智子の病床写真を添付させていただいた友の言葉に涙した。

「暖かい個室で気兼ねもなく、寝心地も良いようです。足に、空気圧のマッサージ装置をつけていただいていて、それも気持ち良いみたいです。血栓症防止のためのものです。ナースも良い感じの方々でしたので安心です。

本当に大きなことを無事に乗り越えさせていただいていると実感しています。真智と共に主に感謝しています。これからも順調に快復していけるよう、主に祈っています」。


なんと麗しい夫婦像だろう。

手術が終わって半日経ち、こちらの今日の活動が始まった頃、真智はぐっすり眠っていると思いきや、ワシントン時間9日夜9時頃のこと、真智は術後初めての歩行に挑戦していた!

痛み止めのおかげで痛みは鈍痛程度らしいが、歩き始めるとすぐに気分が悪くなり、吐きそうになって一旦部屋に戻った。しかし、水を飲み、何度も深呼吸し、しばらくして再チャレンジしてフロアを一周したという。

帰り道では再び吐きそうになって立ち止まって休憩したが、無事部屋に帰還。最終的にはリフレッシュした感じだったと真智子自身がメールで伝えてくれた。たくましい!!!

驚くべきは、痛み止めの薬は自分でボタンを押すと点滴される仕組みになっていて、8分たつとまた押せるようになるそうだ。
これも日本とは違うアメリカ式か?!Providence-20140110-00349.jpg

今のところ、平均して1時間半に1回ぐらいですんでいるようだが、「いつでも自分で簡単に痛み止めを使える安心感は本当に有り難いです。」とは、患者サイドの貴重なコメントだ。(笑)

まもなく24時間が経とうとしている今、ようやく私も緊張が解かれて疲れを感じている。昨日の今頃を思いながら只々神さまに感謝している。

もう20時間ぐらいになるだろうか、昨日から起きている間はずっと本田路津子さんの「主の祈り」を聞いていた。ユウチューブで上がっていないのでご紹介できないが、昨日はずっと私の心に寄り添い、今夜になって緊張感から解放されていくと同時に喜びの讃美に変わった。

主なる神さま
年末年始もずっと心に重くのしかかっていた娘の手術を
無事に通過させてくださったことを感謝します。

真智子のために、また、その伴侶のために、
そして、私のためにも祈りが積み上げられ、
友から心からなる言葉を送っていただき、
神さまが私たちを忘れないでいることを示して
励ましてくださったことを感謝します。

神さま
今日、真智子のために尽くされたすべてに感謝します。
そして、なにより、
あなたご自身が共にいてくださったことを感謝します。
「わたしの恵みはあなたに対して十分である。
 わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。

と、あなたが仰ったとおりでした。

今、私たちのことを覚え、
私たちのために祈ってくださっている人々がいることを
あなたに感謝します。
その方々を豊かに祝福してください。

真智子を順調に回復させ完全に癒してください。
言い尽くせぬ感謝と祈りを主イエス・キリストの御名によって
み前におささげします。
アーメン。


posted by 優子 at 00:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月10日

真智子、アメリカにて手術無事終わる!!!

昨夜23時52分、クマ(真智子の伴侶の愛称)より着信:
「いま真智は手術室に向かいました。主が共に居てくださると言い合いました。ここまでも備えられたことを感謝します。ロビーで祈りつつ待ちます。
皆さんのお祈りに感謝します。とても支えられています。
またご連絡します。 太志 」


日本時間の午前0時から真智子の開腹手術が始まった。

そして、予定通り1時間弱で手術は終わり、「無事終了」の連絡が午前1時に着信した。

「真智の状態はとても良かったそうです。輸血は無しで済みました。麻酔が覚めるまで2時間かかります。なので2時間後に再会予定です。
状態が良いので最大でも2日の入院で済みそうとのことです。
また引き続き状況をメールいたしますが、安心してお休みになっていただいて大丈夫です」。


太志君からの吉報を聞いて夫と知子はベッドに入った。
アメリカの病院から日本の我が家へリアルタイムでメールや写真が届くとは魔法のようだ!

私は祈ってくださっていた友のパソコン宛に無事の感謝報告を送り、携帯電話宛の叔母や友には今朝7時過ぎに送るべく準備していたところ、午前2時前に再びクマから着信した。  

「心からのご返信、本当にありがとうございました。
祈っていただいていた方々に、僕からの心からの感謝もお伝えいただければ嬉しいです。祈っていただくことの力をあらためて実感できました。
真智へのメッセージ、必ず伝えます。
お母さんの存在は、何にもまして支えになってると思います。僕も本当に支えられています。
これから敷地内のカフェテリアでランチにします。僕自身の管理にも気をつけます。皆さんもよく眠れますように。それではおやすみなさい。 太志 」


太志君も疲れたことだろう。
これを機に私もベッドに入ったが、緊張がほぐれずなかなか眠ることができなくて、数時間の睡眠で朝を迎えた。

今朝5時半にもクマメールが着信していた。

「手術のちょうど3時間後に連絡を受けて、病室に移りました。麻酔から覚めたのはもう少し早かったそうで、部屋の準備で待っていたそうです。写真を添付しました。
痛みがあったそうですが、痛み止めで楽になったとのことです。しっかりと会話できて安心しました。まずは安静にして、先ほど再び眠りました」。


ワシントンは今、9日夜9時頃だ。
真智は痛みに悩まされずに眠り始めただろうか・・・

ユキは毎晩お祈りしてくれていた。これは2日前の祈り。

「真智は手術します。おばあちゃんやユキたちも飛行機に乗って行くことができませんから、イエスさまが真智のそばにいてください。お医者さんや病院のひとたちみんな優しい人でありますように。
このお祈りをイエスさまのお名前によって御前におささげします。アーメン」。


今夜、神戸の叔母もメールを送ってくれていた。
「大丈夫やと思うけど ヤッパリ済むまで心配やなーと思って まちちゃん 可愛そうにナーと思っていました 。日本なら前日から入院して 夜 これ飲んで下さいって 睡眠薬を持って来て呉れるので眠れたけど アメリカは厳しいんやね。
何とか早く明日になって欲しいね  私も微力ながら 手術の成功を お祈りします」。


幸いにして真智子は前夜もいつも通りよく眠れて病院へ向かった。
アメリカ式入院は、「当日は8時半には入ってください」と、まるで着付けか何かの予約のようだった。勿論、これは誰にでも当てはまるものではないかもしれないが、入院も1日か2日、長くて3日しかさせてもらえないというから私は心配でならない。

しかし今、こうして無事手術を終え、アメリカでの医療関係者はじめ、多くの方々のわざと助けをいただいて、神さまが万全に成し遂げてくださったことを感謝している。

ホッとした今は、アメリカ式医療が私の緊張を緩めてくれる。
真智子が麻酔から覚めて三時間後ぐらいして病室に入った時、ナースが次のように言われたという。
「飲んでもいいということなので、何か飲み物いりますか? 
ジンジャエールとか?」

がく〜(落胆した顔) がく〜(落胆した顔) がく〜(落胆した顔)「 聞き返したよ(笑)」。

そして、「今はお水が一番おいしい」と自分で飲んでいる真智。
その様子をクマが写真で送ってくれた。優しい娘婿クマ、ありがとう。

今、病いの中にある方々のことを祈ります。
お祈りしてくださった方々に心から感謝します。祈られているということをビンビン感じていました。霊的に感じるだけではなく五感でもわかりました。強く抱きしめられているような感じがあり、体もポカポカしていました。主イエス・キリストに感謝します。


術後でウトウトする真智子もまた、今メールを送ってくれた。
「御祈りしてくれてありがとう。たくさんの愛をありがとう。くまのこともありがとう。
まちは感謝していることをイエス様に繰り返し御祈りしているの。そのこと自体も感謝です」。


真智、よく頑張ったね。そばに行ってやれなくてごめんね。
真智、ゆっくりおやすみ。安心しておやすみなさい。



posted by 優子 at 11:23| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月09日

幼子の力ある祈り

今夜のユキの祈り:
「イエスさま、ユキはイエスさまはすごいってしんじてるから いまからねます。
 
 あしたのあさ、おばあちゃんから『せいこうしたよ!』と ききたいです。しゅじゅつするひとも かんごふさんも みんないいひとでありますように。
 
 このおいのりをイエスさまのおなまえによって みまえにおささげします。アーメン」。


10日12時07分追記:この記事のカテゴリを「知子(ユキの成長)」から「真智子(ワシントン便り)」に変更する。


posted by 優子 at 23:16| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月08日

93歳牧師の気迫

9日14時追記:「右サイドバー」が最下部に落ちてしまった不具合は解消されました!
シーサー・ブログのシーサーサポートに助けを求めたところ、1月4日記事で「DIVタグが閉じられていない」ことを指摘していただき復旧しました。感謝!

ニーチェの言葉に、「脱皮できない蛇は滅びる。その意見をとりかえていくことを妨げられた精神も同様だ」というのがあるが、人間も人生の節目節目で成長の脱皮をしておかないと非常に生きにくくなるように思う。

ここ数日間2〜3の知人を思いながらそんなことを考えていたが、昨日、敬愛する牧師より便箋11枚にもわたるお手紙を拝受して、信仰者として今年はことのほか飛躍を求めて自分の殻を破っていきたいと思わされたことであった。

内村鑑三のごとく年齢のことに触れるのは本意ではないが、93歳にして11枚に及ぶ文面である。いつものことながら、非常に勢いのある運筆で一箇所として書き間違いがないのは驚きだ。私など若い頃でさえ到底及ばなかった。

各所で原語のヘブライ文字と真意を記し、私のために歴代志・下17章と20章から力に満ちたメッセージを届けてくださったのである。何度も読み返し、聖書を紐解きながら丁寧に読み直した。その中から歴代志・下20章14節〜17節を抜粋拝読したい。

その時、主の霊が会衆の中でアサフの子孫であるレビびとヤハジエルに臨んだ。ヤハジエルはゼカリヤの子、ゼカリヤはベナヤの子、ベナヤはエイエルの子、エイエルはマッタニヤの子である。

ヤハジエルは言った、「ユダの人々、エルサレムの住民、およびヨシャパテ王よ、聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられる、

『この大軍のために恐れてはならない。おののいてはならない。これはあなたがたの戦いではなく、主の戦いだからである。・・・この戦いには、あなたがたは戦うに及ばない。

ユダおよびエルサレムよ、あなたがたは進み出て立ち、あなたがたと共におられる主の勝利を見なさい。恐れてはならない。おののいてはならない。あす、彼らの所に攻めて行きなさい。主はあなたがたと共におられるからである』」。

11枚に及ぶメッセージの中で特に心に響いたのは、「出て行け(自分にこだわるな、殻を破って飛び出せの意味)」というところだ。師は次のように言われる。

神さまは「何もくよくよすることはない。わたしがついている」とおっしゃてくださいます。私たちがハタと困惑する時に神さまは必ず手をかしてくださいます。

どんな障害であれ、病い、痛み、躓きでハタと困っても神さまは「恐れるな」と言われます。
「出て行け(自分にこだわるな、殻を破って飛び出せの意味)、主が共にいる」。
20節には「主に信頼せよ。そうすればあなたがたは確かに生かされる。主の預言者を信頼せよ。そうすれば勝利を得る」とあります。

「信頼する」というのは「アーマン」といって、「希望をもつ」、「必ずやれる」、「堅く立つ」という意味があります。

この新しい年に私たちはこの信仰と信念でことに向かい、何にでも挑戦していき、神さまから気力をいただいて頑張りたいのです。

イザヤ書28章2節に、「見よ、主は激しい力を持っておられる。」とあります。(略)
宇宙の根源的創造者であり、万物の生きる力の無尽蔵の持ち主である神さまから霊的エネルギーを戴けるのですから自信をもって宜しいのです。

神さまは私たちにいつでも「恐れるな。おじけるな。障害に向かって、病いに向かって、腰痛に向かって、挑戦して行け、共にいるから心配するな」と言っておられます。
    (略)
何物をも恐れず、みなぎる気迫をもって2014年(平成26年)を生き抜いてください。

神さまから力を戴けることも神さまに守られて生きることも、全てイエス様あってのことです。イエス様を通じて今日ここに書いたことは全て私たちの現実となります。

かくして私もまた、牧師に励まされて何ものをも恐れず、みなぎる気迫をもって2014年を生き抜きたいと思う。
今この時に東牧師を送ってくだった神さまと東牧師に感謝!!!


posted by 優子 at 22:43| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2014年01月06日

神の慈しみに感謝して

我々には今日、どんな喜びが訪れるか知る由(よし)もない。
どんな悲しみや誘惑が
我々の行く道で待っているかも知れぬ。
しかし確かなのは、
良きにつけ悪しきにつけ
神の恩寵が常に我らを助け
聖なるみ旨を行うために助けを送られること。


「今まで、主は我々を助けてくださった」。
                (サムエル記上7章12節)

この喜びも試みも天上からくるもの
我らの日時計の上を愛の指針が巡るゆえ
我らはすべてのことが
我らのためになされると確信する。
主にまったき信頼を置く者は
主がまったき真実であると知る。

              (ウィリアム・バークレー)


posted by 優子 at 21:43| 引用文 | 更新情報をチェックする

2014年01月04日

スカイプでつなぐ我が家の新春談義

右サイドバーが一番下に移動してしまい、修復理解と技術不足で困っています。もうやだ〜(悲しい顔) もうやだ〜(悲しい顔) もうやだ〜(悲しい顔) もうやだ〜(悲しい顔) もうやだ〜(悲しい顔) もうやだ〜(悲しい顔)

margaret1b.gif

2日(木)は神戸の従姉妹の家に妹の家族も揃い全員で9名が集まった。そこに従兄弟の姿が見えないのは悲しみの極みだ。

「真智子ちゃんたちは居ないけれど、これで私の身内の近い人たち全部集まった」と喜んでくれた叔母。従姉妹がすき焼きとカニ鍋のダブルで山盛りの神戸牛とタラバガニをご馳走してくれた。まずは新春風景から。

食後、トランプに興じるユキ。
叔母も交えての「神経衰弱」は、3回ともユキが大差をつけて1番だった!
あっちゃんの家でA.jpg

あっちゃんの家で@.jpg 歯抜けのユキちゃん.jpg 
只今、上の乳歯が抜けて永久歯に生え変わり中、下の4本目の歯も今にも抜けそうだ(笑)。
3日(金)は大阪南港ATC(アジア太平洋トレードセンター)で開催されているプラレール博へ。ユキは4年前に続いて2回目。プラレール博は今回で卒業。理由はこの写真で一目瞭然だ。

プラレール@.jpg 6歳の再プラレール博@.jpg 

左はまもなく2歳半のユキ。 そして、まもなく6歳半のユキ。

現在のユキの身長は120センチ。見ているのはかつてのユキのようなオチビばかりで、今回は感激することも殆どなく1時間ほどで会場をあとにした。

そして、今日は早4日(土)、マチ・クマとスカイプを通して家族の団欒を楽しんだ。互いの消息を話したあと、和平が脅威にさらされている東アジアのこと、日本の政情不安や政治経済、近代史にも触れ「平和」について語り合った。

その最後で昨年末の『八重の桜』最終回のシーンが再度話題に上がった。

というのは、最終回の2013年12月15日は、真智が中国からのミッション帰りに日本に立ち寄り、3泊の里帰り中だったので一緒に見て、終わってからその話題で盛り上がったからだ。

それは、八重が「もしも今、私が最後の銃弾を撃つとしたら・・・」と言って空に向かって銃を撃ったシーンだ。

「私(が作者)なら銃を地に置いて立ち去らせるだろう」。
「クリスチャンならば絶対に天に向かって銃を打ったりはしないよね」。

と、私たちは異口同音にオブジェクションの声を上げた。

私たちは8月に帰国中だったマチ・クマと一緒に見たことがきっかけになって見始めたのであるが、そのあと見続けていても新島襄や山本覚馬、また、キリスト教について違和感もなく安心して見ていただけに、最後で深くがっかりしたものだ。

ついでながら、老いた八重のメイクも不自然きわまりなく、年齢を重ねた者の深みが全く感じられなかったのは残念だった。

「ママは今も絶望しないで生きているのが私の希望だ」と言った真智の言葉は、5日前の12月30日の記事に書いたような私的で浅薄な心情ではなく、戦いを繰り返す人間の弱さ、悲惨さに対して語った言葉だとわかった。

つまり、平和を希求しても平和を作り出せない人間の現実を、真智は常に私(たち)よりもはるかに心を痛め、深く考えての言葉であったことが今日のスカイプでわかった。

「一握りの思慮深く真剣な市民が集まれば世界を変えることができる。これまでも世界はそうやって変わってきたのだから」。

文化人類学者マーガレット・ミードがこのように言っているのは大きな慰めだ。私たちも平和を希求し続け、自分にできる努力を続けることだ。絶望してはならない。この結論へと導かれてスカイプを切った。

神さまに信頼し、委ねていく時、希望は尽きることなくあふれ出てくるに違いない。スカイプの画像に映る真智の明るい顔に大いに元気づけられた。勿論、クマにも。

自己洞察できる者は幸いなり。家族全員がそうでありたいものだが・・・前途多難。それでもなお、神に期待し求め続けることだ。祈り求めることに疲れてはならない。これが今年の年頭所感でもある。


posted by 優子 at 20:12| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2014年01月02日

ワシントンから2013・最終メール!

まず私から2013年の最終メールを:
「真智
こちらはスーパーのチラシにだけ年末の風情があるけれど、
いつもと変わらぬ時間を過ごしています。
いよいよ今日で2013年も終わり、
真智たちより半日早く2014年を迎えます。

真智は忙しくしていることでしょう。・・・・・」


「ママ、ありがとう。
もう日本は年が開けたね。
風邪引きながら紅白見てたのはもう一年前。
あっという間やね。

まちは、今年はこれまでに無いほど年末年始を感じない時間を過ごしているよ。・・・」


と、夫婦共にそれぞれの仕事の締め切りに追われて、かなりきつい日々を送っているようだ。そんな中、

「昨晩は、気分転換におせち用の煮しめを作ったよ。
ママがいつもやってるみたいに、まずはおだしを大量に作っておいて、
どんどん作っていったら あっという間に終わったよ。量も少ないしね。

おせち、詰めてみたら本格的に見えたよ!
自分で一式作るのは初めてだったけど、
初めてにしては結構良く出きているよね。
毎年ママのを見て手伝ってたからかな(^^)。

ごぼう、にんじん、しいたけ、小芋、ねじりこんにゃく、レンコン、菊花かぶら、こうや豆腐、黒豆、かまぼこ、(ごまめのかわりに)いかなご でした。
あと、もらった数の子も塩抜き中。
茶碗蒸しも作ろうと思うよ。IMG_0216.jpg
お雑煮用の漆器も、使うのが勿体無いけど、
せっかく白味噌 のお雑煮を作るので、説明書を読んで使うことにするよ。感謝。

年越しそばは、もらった生そばをてんぷらそばにして食べたよ!
おいしかった!
ありがとう!

真智子」


何て素晴らしいおせち料理だろう!
ワシントンでレンコンやコンニャクが手に入るとは驚いた。さすがに金時人参はなかったようだが(笑)、ちなみに左のお重はマチが詰め、右はクマが、向こうのはふたりで詰めたそうだ。(^ー^)

私の娘時代から洋風おせちや中華風おせちが出ていたし、娘たちの成長盛りの頃も今の時代と変わらなかったが、我が家では古来からの純日本風のおせちが好みだ。特に真智はお料理も好きだからいつも手伝ってくれていた。

それだけに棒ダラとゴマメを買い忘れて持たせてやれなかったことを悔やんだ。中国からのミッション帰りで荷物もいっぱいだから、それ以上荷物を多く持たせるのが心配だったことや、和菓子ももっと良いものをと思っていたら買い忘れてしまってしばらく悲しい思いに耐えていた。

神戸の叔母から預かっていた手作りの「イカナゴのくぎ煮」は忘れずに渡せてよかった。
イカナゴは神戸の大震災以後、叔母が震災でお世話になった方々に毎春作り続けており、私たちにも毎年作ってくれている。真智子が東京に居た時も持たせてくれた。アメリカへ渡ってからも。

「真智、ママね、昨日は素材別に煮ないでタケノコ以外は全部一緒に煮る手抜きをしてしまった。でも、さほど変わらなかったから次回から里の物は一緒に煮ることに決定です。
ゴマメは手付かずで、お正月休みが終わってから作ろうと思う。

それにしても年越しそばに手作りの天ぷらだなんてすごいね。
しかもアメリカで!
ママはまたスーパーで買ってしまった。ふらふら

マチ・クマがワシントンの地で、しばし日本のお正月タイムを過ごしていると思うと心が和みます。
今年も常に主イエスと共に良き日々をね!
嬉しいメールをありがとう!(無断で公開してごめんね)
近々、スカイプで会おうね!」


ワシントンも2014年が明けて、今、元旦の朝6時30分になろうとしている。

附記:この記事を1日20時25分に2日の日付けで更新した。
元旦の夜に読んでくださる人にとって大晦日は昨日のことだから、間延びしないで読んでいただけるので少しでも早くアップした。


posted by 優子 at 00:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

2014年開幕!

2014・年賀状.jpg 2014・知子年賀状.jpg

1014年元旦に.jpg
新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年の玄関のカレンダーはユキが幼稚園で描いたカレンダーを貼った。私たちには世界一素敵なカレンダーだ。

そして、この写真は昨年の11月2日に大和郡山へ出かけた時に、Nさんが撮って拡大コピーして送ってくださったものだ。実際のユキの顔よりも大きなサイズだ。
さすが長年写真を撮り続けておられるから、私たちが撮る記念撮影的なものではなく自然な表情が撮れているので感服した。

帰宅した時にユキの笑顔が目に飛び込んできたら、気持ちがほぐれるにちがいない。失望感や疲労感に苛まれていても癒されるにちがいない。

「ユキちゃんはおばあちゃんにそっくりですね」とよく言われるが、これを見て確かに似ていると初めて実感した。ついでながら、左横にあるクマさんのフックは知子が小学校6年生の時に作ったものだ。


今年のお節料理は数種類カットして手抜きだったこともあり、1人分ずつ「おしゃれな料亭風」に盛り付けた。 わーい(嬉しい顔)

夫の母(まもなく91歳)はいつものように感動してお雑煮ともに完食してくれた。義母は岐阜出身なのでおすまし仕立ての雑煮だが、今ではすっかり関西の白味噌仕立てをおいしそうに食べてくれる。

ところで、私は今年ほど年越しの感情が希薄だったことはなかった。
スーパーのチラシだけが大晦日を思い起こさせ、おせち料理に取り掛かるのも10時前だったし、料理を作りつつもずっと妙な感じがしていた。
夜になって紅白歌合戦が流れ、「ゆく年くる年」を見て、今朝は年賀状が届いていた。年賀状を手にして、やっぱりお正月だったんだ・・・と思うほどで、それさえも妙な感じだった。

しかし、間違いなく2014年が開幕した。
ここで気持ちの転調をしよう!
新たな日は常に新しい力で始まるように、新たな年も常に新しい力で始まる。
「今日もまたさっそく、目先の心配や苦労から始めるか、それとも新しい命の朝に対する感謝から始めるか。神との結びつきを新たにしようとするか、それとも、自分だけの力で『生存競争』を再開するつもりだろうか。どちらにするかで、その日の運命は決まるのである」。
                       (カール・ヒルティ)
そして、その年の運命も決まる。
今年も神さまから朝ごとに一人ひとりに新しい白い紙を与えられ、私たちはその紙にどのような絵を描くのだろうか。上手でなくてもいい、私は真摯に心を込めて自分らしい絵を描きたいと思う。

posted by 優子 at 15:12| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする