2015年02月28日

上村遼太君を殺めた犯人たちに良心の痕跡は? 

2月20日、川崎市の多摩川河川敷で中学1年生の上村遼太君が殺害され、漸く容疑者27日に3名が逮捕された。容疑者の目星はついているのになかなか逮捕に至らなかった間、私は何度もシェイクスピアの『マクベス』を想起していた。

王座につくためにダンカン王を殺したマクベスは、良心の呵責で血に染まった両手を見て恐怖し、マクベス夫人もまた不安に苛まれて夜中に起き出して、「血が落ちない」と手を洗う仕草を繰り返し、「まだ手から血のにおいが消えない、血のしみが消えない」とつぶやき、ついに精神を病んで発狂して果てたという戯曲だ。

上村遼太君に残虐極まりないことをした犯人たちは、捕まるまでの1週間どのような心境でいたのだろうか。
マクベス夫婦は誰が彼らを告発しなくても彼ら自身が自らを告発し、完全犯罪をして笑っていた彼らは、良心の声に苛まれて廃人になっていった。

私は犯人たちがマクベス夫婦のように罪の意識に苛まれているだろうと思っていたが、長女は更に、連日の報道で犯人が自殺する心配を警察はしていないのか、自殺されては事件の真相がわからなくなってしまうと懸念していたほどだ。


今のところ両者の予想は外れ、彼らに罪の意識はなくモンスターのようだ。「千万の心を持つシェイクスピア」ならば、このありさまを如何に語るのだろうか。人間の実相をどこまで掘り下げてくれるのだろうか。

顔にまだ幼さが残る上村遼太君。
「遼太君、誰がこんなひどいことをしたの?」 
「眼は大丈夫なの?」 

私はテレビで見るたびに遼太君に聞いていた。 
聞いたところで、遼太君はもういないのに、眼球が心配でならなかった。時間を戻すことができればと地団駄踏んで慟哭する。

あの時、私が大声を出して止めに入ったところで2人共殺されて助けられなかったかもしれないが、多くの人々が献花する光景を見るたびに、この人たち全員で取り囲んで叫べば助かっただろうにと、いろんなことを想像しては悲しみ涙している。

最初の報道を聞いた時、(ああ、文字にしたくもないが!)瞬間的にISを想起した。その後わかったことは、遼太君に防御痕がなく、抵抗が出来ない状態でひざまずかされて、残虐極まりない暴行を加えられたのである。

『メメントドミニ』は犯罪事件を書くブログではないし、今月初めのような残虐なことは2度と書きたくなかった。
しかし、1月下旬から連日信じがたい蛮行ばかりが報じられ、人間の不可解さを考えずにはいられない。少なくとも私は自分なりに対峙していかないでは前に進んで行くことができない。 

「地獄におちる魂のそれだけが、せめてもの救いなのかもしれない。痛ましい姿である。」とは、『マクベス』の解説者・三神勲の弁(河出書房・世界文学全集)だが、文明が進めば進むほど人間は歪んでいくのだと思う。それは、人間の使命、生きる目的が失われていくからである。
 


上村遼太君のことは忘れられないであろう。いや、上村遼太君の生きた証しのために忘れてはならないのだ。心優しくかわいい少年がいたことを決して忘れない。

多くの犯罪被害者の方々と、そのご遺族の悲しみと苦悩をどうか神さまが慰めてくださるように。また、罪を犯した人を悔い改めに導いてくださるように祈ります。

そして、親や教師だけではなく大人たちは皆、地域の子どもたちが発する信号を見逃さないために、心を働かせながら見守らねばならないと強く思う。

posted by 優子 at 22:37| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

「老いてなお実を結ぶ生涯」 ―『種を蒔く』2号掲載文より F ―

これは2013年11月の例会で発表した文章を49字40行に加筆したものである。文末のみことば(聖句)は、その例会で東(あずま)道男牧師からご教示いただいた。内容についてのコメントは、この記事の最後に刻んでおきたい。
            老いてなお実を結ぶ生涯   

ゴールデンウィークに植えた1本のミディトマトの苗は、7月半ばから甘い実をつけた。完熟したものを孫が摘み、10月終わりまでに200個ほど取れた。

小さな苗がグングン成長し、青い実を鈴なりにつけている姿は実に力強く美しかった。しかし、8月の終わりになると木の勢力が弱くなり、9月下旬になるとプランターの土の表面が湿るようになった。最初は雨が降ったのかと思っていたが、天気がよいのに湿っていた。

それまでは土の表面がすぐにカラカラになっていたから、その頃から水を吸い上げる力がなくなっていたのだ。私は目には見えない命を見るようだった。

その後まもなく茎の下部に白い斑点がつき、斑点は上部に広がり茶色の斑点も加わって三分の一の高さまで広がった。トマトの木の病気だった。すでに枯れてしまった葉や茎もあるのに、それでもなお新たに花を咲かせる木に驚きつつも痛々しく感じた。そしてそれらの実も赤くなった。

10月の終わりにトマトの木を引き抜く時もまだ実をつけているので、その木を引き抜かねばならないのは生き物の命を殺めるようで躊躇した。

これでは花や野菜を育てることさえできないではないかと自らを諭さねばならなかった。そして、「ごめんね、ごめんね」と言いながら手に力を入れた。

私はいつしかトマトの木を人間の一生に重ね合わせていた。老木になってもなお実を結ぼうとするのは、いくつになっても子を思う親の愛を想わせた。そして、父の晩年に入院先で知り合った女性の言葉が思い出された。

その方は父よりもはるかに高齢のお母さんを介護されておられた。「親は最後まで子供に教えているのよね。人間はこうして死んでいくということを身をもって教えてくれているのよね」と言われた言葉がとても印象的だった。

トマトの木は老木の時も生きて輝いていたには違いないが、いのち盛んな頃はなんて美しかっただろうか。小さな苗が成長して次から次へと実を結んでいた頃が輝いて見える。

人間のライフサイクルでいえば30〜40代の頃だ。私もまた何と活動的だったことだろうか。そしてまた、その頃は人生苦に悪戦苦闘していた時でもあった。

その悲しみと苦しみの中で神と出会い、苦悩に慟哭しながら信仰が練られていった。そして、神の愛と神の恵みの中で生かされる喜びを知る者とされた。

私は今、晩夏の頃のトマトの木だ。体のあちこちが傷んできて若い頃のようにはいかなくなってきた。時にはこれから年を取っていく怖れが脳裡をよぎることもあるが、年を重ねてきたからこそわかる神の愛が私を奮い立たせる。

神の恵みは老いの不安や怖れよりもはるかに強く絶大だ。だから老いを憂うのではなく、これからこそが信仰を授かった者の人生の醍醐味だ。

トマトの苗が育っていくさまと、老いてもなお実を結び続けた神秘の美しさに感動したように、神さまは私に聖霊の力を豊かに注いでくださり、これからもチャレンジさせてくださるのだ。

私は生かされている限り心を高く上げて、神さまから勇気と力をいただいて気力にあふれて生きていきたい。そして、私もまたトマトの木のように実を結ばせていただきたいと願う。

    「 正しい者は、なつめやしの木のように栄え、
     レバノンの杉のように育ちます。
     彼らは、主の家に植えられ、
     私たちの神の大庭で栄えます。
     彼らは年老いてもなお、実を実らせ、
     みずみずしく、生い茂っていましょう」。
                   
                (詩篇92篇 12節〜15節)

2013年11月の例会で読み終えた時、東牧師はすぐに「詩篇92篇12節から15節の御言葉をお入れになったら素晴らしいと思います。神に従う人はレバノンの杉やなつめやしのように茂るというところです」と言われた。

「なるほど、それがピッタリだ」と聖書の箇所を書きとめながら、即刻にして「詩篇の何篇何節」と言われた牧師に驚嘆し、この聖句を想起しなかった自分自身にガッカリしたものだ。

そして、次のようなことを言われた。
「『これから年を取っていく怖れが脳裡をよぎることもあるが』というお言葉は信者としての信仰の証しにならないのではないかと思います。『年を重ねてきたからこそわかる神の愛が私を奮い立たせる。』というお言葉が大事だと思います。」と。

ありがたく受けとめた。
しかし、ここだけはどうしても消したくない所であり、このような感慨、弱さこそが私たる所以なのである。こんな者でも、いや、こんな者をこそ神さまは用いてくださるのではないかと思っている。

そういうわけで東先生には申し訳ないがこのまま活字にした。この時以来、たびたび長文のお手紙をいただき教え励ましをいただいている。すでに10通を数えるだろうか。

東牧師は言葉が内から溢れてくるのであろう。「一発書き」とは言葉が悪いが、一字も間違わないで8枚9枚の文章を書き綴られる明晰な頭脳に驚くばかりである。私など1行の文章すら書き直さねばならず、もはや書き直しが自由自在のパソコンでしか全く書けなくなってしまった。

「私は1920年の生まれですが、最近の医学知識とみことばによって教会と保育園の仕事で休むいとまもなく健闘しています」。

今年95歳の東牧師は貴重な歴史の証人でもあり、戦時中の1ページ見るようなエピソードを語られたことがあった。

昭和17年の頃、教会(宗教)を管理していたのは文部省ではなく警察でした。警察はあらゆる宗教が一つになって日本教を作れと言いました。
「それはできない」と私は当局に日参し、ついにキリスト教と神道と仏教をそれぞれ独立した形でやっていくことになり、こうして日本基督教団を強制的に作らされたのでした。・・・

最初80名だった神学生が徴用されて40名になり、昭和20年に全国で唯一の東京神学専門学校ができたが誰も居なくて私ひとりでした。
全国から集められていた膨大な神学・信仰図書を、戦中戦後ひとりで守ったのでした。

「戦争の世紀」と言われた20世紀を通られてきた牧師の目には、混迷を深める現代の世界をどのように感じておられるのだろうか。21日の例会で発表した後藤健二さんのことを書いた文章について、東牧師にもコメントをいただきたくて先日郵送した。

13時。今、M・M姉の告別式が始まった。
関西ブロックから大田先生が弔辞を送ってくださっている。

posted by 優子 at 13:00| 掲載文(神・文学) | 更新情報をチェックする

2015年02月25日

JCPのM・M姉を偲ぶ ―M姉が残された文章―

夫が2日前に聞いた鶯の声、私も今朝早くに聞いた。いよいよ春を感じて心が和らぐのを覚えたが、日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロックのM・M姉(しまい・クリスチャン女性の呼称)が昨日召されたとの連絡が入った。

M姉は1年半ほど前から欠席されていて、昨年8月には伴侶を天に送られていた。私たちがM姉と最後にお目にかかったのは2013年9月の例会だった。

お慕いしていた方が地上から姿を消さるのは実に寂しいことである。今日はずっと「JCP関係」の記事や書記の記録を辿っていた。

牧師の資格をお持ちのM姉は、例会の初めに「みことばと祈り」を担当してくださり、ずっとマルコによる福音書を読んでいた。ブログでは2009年11月22日の記事に刻まれている。
この日は6章14節から29節で、1人ひとり輪読した後、次のように語ってくださった。

「この集まりは聖書研究会でも祈り会でもなく、イエスから受けた恵みを証ししようというグループである。

聖書にはヨハネの首をはねるなど、あくどいことも忠実に書いてあることに注目したい。そして、『ヨハネは正しい聖なる人であった』とあり、ここでマルコは、ヨハネが神の人であったということを中心に伝えているのではないかと思った。

ペンクラブの私たちが読む時、克明に状況を書いていき、(20節で)はっきりと大切なことを伝えて事件を伝えていることに注目したい。

聖なる正しい人が中心にいて問題が言い表されているように、教会で養われてきた目と耳でもって証しの文章を書いていけたらいいと思う。

私たちも何を語り、何を伝えていくべきか、しっかりと証しを立てていくことができるように」。

また、「書くことは人生を変えていく。イエスさまに出会わなければ今の私はなかった。このイエスさまのことを書かずには死ねないなと思っている」
と、2008年8月の研修会での言葉も心に残っている。

満江巌牧師の理事長時代に毎年出版されていた日本クリスチャン・ペンクラブの『あかし新書』を調べると、1994年発行の第17篇からM姉のお名前が刻まれている。私は1987年に入会し第12篇から掲載していただいているので、それより以前に入られていたのかわからない。

文章は字数が少ないほど難しく、満江牧師は400字で書くことを私たちに訓練された。『あかし新書』は400字にまとめたあかし文集で、17篇の課題は『聖書と平和』だった。ここにM姉のお証しを刻ませていただいて多くの方々にお読みいただきたいと思う。

         戦争の放棄

「そこで彼らはつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかってつるぎをあげず、再び戦いのことを学ばない。」(ミカ4−3)

戦後の「職域5カ年計画」の頃、私は救われた。当時、全繊同盟から出版されていた「友愛」という雑誌の国連関係のメッセージの中で、この旧約聖書の言葉をはじめて知った。

編集者の中に、今も教団で活躍中の女性キリスト者がおられたと記憶している。私は直感的に、憲法九条を言っている言葉だと思った。戦火によって、家の焼失や、父の死など、環境のはげしい変化の中から、生きることを求めはじめた十代だった。

今、憲法九条のなしくずしに空洞化される中で、戦争放棄は私たちの立ち所だ。日本がアジア諸国にもたらした罪悪の前には、言葉もない。

憲法九条が、世界中の平和憲法としても価値あることを、日本はその体験から、もっと証言しなければならないと思う。

過去ログ・2015年1月27日の記事に掲載した「私は戦争放棄を選ぶ」で、「現憲法が公布された昭和21年は小学校6年生だったというクリスチャン・ペンクラブの同志が、憲法公布について次のように証言しておられる。」とはM姉のことである。

「この憲法は、戦争に勝利したアメリカの押しつけ憲法ではないかと言う人がありますが、私はそうは思いません。

マッカーサーは3原則を示して、それを織り込んだ新しい憲法の参考案を作るように命じました。@天皇の地位、A戦争の放棄、B封建制の廃止。それは古い体質の日本に新しい風を吹き込んだのです。

『こうしてこの草案は、国民みずから選んだ代表である国会の手で昭和21年夏の暑い間、熱心な審議が続けられ、若干の修正を加えて可決、11月3日国民の歓呼の声の中に公布された。』(鵜飼信成『憲法』より)

学校でも『あたらしい憲法のはなし』(文部省編)という教科書になって、先生も生徒も感動的に学びました。憲法は守るものです。この平和憲法を次世代へそのまま送りたいと、私は思います」。


あとに残された者は、先人の意志をしっかり引き継いでいかねばならないとの召しを強く感じる。
明日の告別式は、孫の下校時間までに帰宅できないので欠礼させていただかねばならない。M姉との出会いと親しきお交わりを神に感謝し、ご遺族の上に神のお慰めがありますように祈ります。

posted by 優子 at 19:38| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2015年02月23日

「前進する唯一の方法は赦すこと」 コプト教徒の虐殺に対しアンジェロス主教がコメント

アンジェロス主教.jpg英国のコプト正教会主教が、過激派組織「イスラム国」(IS)が、21人のエジプト人キリスト教徒を斬首した動画を公開したことを受け、ISの戦闘員のために祈り、赦さなければならないと語った。

「キリスト教徒として、私たちは赦さなければなりません。・・・もし私たちが赦さないなら、何を持っているのでしょうか。報復、憤り、怒り。そして、解決や終結を見ることはありません」。・・・

この犯罪は全世界で糾弾されている。・・・キャメロン首相は16日、アンジェロス主教に個人的に連絡を取り、哀悼の意と力強い態度を表した。しかし、主教はキリスト教徒は攻撃ではなく、祈りで応えることが必須だと述べた。

「非合理的で理解できないかもしれませんが、私たちはこのようなむごい犯罪を行った人のために祈ります。・・・被害者たちがあたかもトロフィーのように砂浜を歩かされた、人間としての尊厳を失わせる行為・・・

エジプトのイスラム教徒とキリスト教徒は、共にこの事件に対して恐怖を覚えており、どちらのコミュニティーも暴虐な行為に対して共に立ち上がっている。

過激派の標的になっているのは、キリスト教徒だけではない。私たちは、イスラム教徒の漁師たちが依然、ISに拘束されたままだということを覚えておく必要があります。・・・

解決はありませんが共存の道はあります。
どのようにそこに帰結させるか、すぐには私も答えが見つかりませんが、私たちはその答えを見つけるために動き続けるべきです。・・・

私たちはコプト教徒の兄弟たちと共に、同様の残虐行為により命を落とした他の方々、ジャーナリスト、人道支援活動家、医療スタッフ、宗教的指導者、若いパイロット、ISを受け入れない偏狭な者とされて虐殺されたコミュニティーの方々のことも覚えます。・・・

戦争と暴力は、特に人命に対して破壊的で、命をむだにすることです。私は、キリスト教徒の命が聖戦主義者の命より神聖だとは思っていません。生き方の違い、エネルギーを向ける方法の違いです。

しかし、神の創造物という点では等しく神聖なのです。だからこそ、私はさらなる死、さらなる痛みを引き起こさない方法での解決があるよう祈ります」。


これは本日14時過ぎに更新された『クリスチャン・トゥディ』より抜粋して転載したものである。
騒ぐ心が鎮められるのを感じる。

ついでながら、福音伝道者のフランクリン・グラハム氏は、「バラク・オバマ米大統領の対応が『イスラム教を保護し続けている』と批判している。オバマ米大統領は「私たちはイスラム教と戦争状態にあるのではない。イスラム教をゆがめている勢力と戦っているのだ」と繰り返しているからだ。私はオバマ大統領の考えを支持する。

実は21日夜に同誌電子版に更新された「『イスラム国』に殺害されたコプト教徒の兄弟、映像中に信仰の言葉残されていたことを感謝」には大きな衝撃を受けた。

読み始めてすぐより頭痛と共に血圧が上がっていくのがわかり、動悸がして一気に読むことができず、心臓を押さえ、涙をこらえながら読み終えたのだった。

何よりも遺族の方の受けとめ方に驚異したのは言うまでもないが、「犯人によって息子は天の御国に入ったのだから」というのは共感できず驚愕した。とにかく私にはあの残虐さ同様の衝撃をもって読んだ。勿論、その映像など見てはいないし見たくない。

まさに昨夕更新した昨日の説教、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」を生きている人たちだった。あの直後の時にもだ! 

アラブのキリスト教系テレビ局が、「この映像をフェイスブックに投稿すると、数時間のうちに9万6千回も視聴された。21日までの視聴回数は19万回以上に上り、7千回以上共有」されているという。

冒頭に掲げた記事の全容はここを開くと見ることができる。

posted by 優子 at 21:46| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

愛敵の大宣教

昨日はクリスチャン・ペンクラブ(JCP)の例会だったので、先週は主に例会で発表する文章の推敲に費やしていた。
その過程で一つの答えを得た充足感と、昨日の学びの収穫に加えて、今朝のメッセージで裏打ちされた三重の喜びを分かちたいために、まず今朝の礼拝説教・「平和を祈る人」からお分ちしたい。

「『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたし(イエス・キリスト)はあなたがたに言う。
敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである」。

          (マタイによる福音書5章43節〜45節)

以下は、私が高見敏雄牧師の説教をお聴きして理解したことや心に届いたことを書いたものである。

「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」。 
この個所は「愛敵の大宣教」と呼ばれており、この言葉に生きようとしたのが、M.L.キング牧師だ。牧師館が襲撃された時、暴力はいけない。迫害する者のために祈れと群衆を諭した。

後藤健二さんは、子どもたちの平和を祈りつつジャーナリストの務めを果たした人だと思う。国連をはじめ、アメリカやイギリスで後藤さんのことが話題になっている。英国のジャーナリスト支援団体「ローリー・ペック財団」(本部・ロンドン)のティナ・カー代表は、

「ケンジは経験豊富でよく訓練された記者だった。常に『世界を今より良くしたい』という思いで仕事をしていた」と評価。
政府の警告を振り切って危険地域に入ったとされる点については、「伝えたい事を自らの責任で報道するのがフリージャーナリスト。向こう見ずと批判するのではなく、彼の仕事に敬意を払うべきだ」
と語っている。

昨年亡くなられた俳優の米倉 斉加年(よねくら まさかね)さんが書いた童話・『おとなになれなかった弟たちに』は、戦争がどんなものであったかを伝えている。食糧難の戦時下で弟が栄養失調で死んだ。この本には平和への祈りが語られ、戦争の残酷さと平和の尊さが描かれている。(全文を読んでくださった)

「私の弟が死んだ太平洋戦争は日本が始めた戦争なのです。そして、朝鮮、韓国、中国、東南アジアの人たちをどんなに苦しめ、悲しませたことでしょう。その事を忘れては私たちの平和は守られないでしょう」。(あとがきより)

私たちも私たちの生活を思い起こすことだ。私は戦場へは行っていなくても空襲や食糧難など戦時下で経験したことを伝えて行かねばならない。聖書を読みつつ平和について語っていきたい。

私たちは今、新聞で使われている言葉の一つひとつを吟味せねばならない。自分の意見を述べることもまた平和を祈り作り出すことである。平和のための促しがある。

平和のために祈ることが私たちに与えられている使命だ。私たちの祈りは神が聞いてくださるのである。私たちは平和を語り、祈る人への歩みを強めて行かねばならない。


平和を祈る人.jpgこの記事を書くにあたり『自由への大いなる歩み』を手に取った。
近年は何度も手にする書物である。この本は1971年の第13版だが1959年に初版が出ている。

終章の「Y ぼくたちはここからどこへ進むのだろうか?」は、まさに今の日本に、そして、世界に対して待ったなしの問いかけでもあり、キング牧師は次のようにこの書を結んでいる。

ミサイルが飛び交う時代は、「何人も戦争に勝つことはできない。今日はもはや、暴力か非暴力かのいずれかを選ぶ時ではなく、非暴力か死滅かのいずれかを選ぶ時なのだ。
ニグロは現代―すなわち急速に運命にむかって流れてゆく時代への神の訴えであるかもしれない。そしてこうした永遠の訴えは、次のような警告の形をとるのだ。−『剣をとる者はことごとく剣によって滅ぶであろう』」。


いつの時代にも蛮行と戦ってきた多くの人々が存在した。私など無力で人一倍小心者で何もできないけれど、先人たちや仲間に励まされて自分のできることをしたいと自分なりに励んでいる。
今は日本の正念場、日本が間違った方向にいかないように願うばかりである。

受難節(レント)に入った。
レントは復活祭(イースター)の日曜日を除く40日前の水曜日(今年は2月18日)からイースター前日(土曜日)までの期間を言う。



posted by 優子 at 17:21| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年02月19日

神が将来に備えてくださっている祝福に目を留めよ! ―経営者のための聖書経営学セミナー「キリストの人材教育」より―

今日の記事は2014年9月から13回にわたって、『クリスチャン・トゥディ』に連載された黒田禎一郎氏の経営者のための聖書経営学セミナー「キリストの人材教育」(13)まとめより転載させていただいたものである。

シリーズ初回の「一保堂茶舗の企業姿勢」では、288年間続いている老舗「一保堂が求める人材」は、意欲、感受性、論理性の3つの視点を重視して新入社員を採用しているとのこと、毎回興味深く読んでいた。

本.jpg1989年11月にベルリンの壁が崩壊して間もない1991年に、黒田氏の著書・『激動する欧州と聖書預言』を読み、その後、『ヒズ・ブレッシング 山上の垂訓 (His Blessing)』でも感銘を受けた。

下記は前掲連載記事の最終回を、冒頭を省略して転載させていただいたものである。
私は以前、旧東ドイツ出身の牧師夫妻の通訳をしたことがあります。
彼らは旧東ドイツ時代、カール・マルクス市(現在ケムニッツ市)と呼ばれた町に住んでいました。その名前でお分かりのように、町はカール・マルクス主義が支配し、町全体が無神論主義、共産主義の影響を大きく受けていました。

かつてのソ連もそうでしたが、旧東独でもクリスチャンであれば義務教育後、上級学校に進むことができませんでした。彼女は中学を終えただけで、高等学校に進学を希望しても国が認めず、非常に悲しい思いをしました。彼女は勉強したかったのです。

しかし、彼女の両親はクリスチャンで、「教会でお手伝いをしなさい」と、彼女をルーテル派教会に送りました。教会の掃除をし、日曜学校や青年会で子どもたちを助け、オルガンやピアノを弾くことを覚えました。

ドロテア夫人の母は、彼女が教会の手伝いをし、さまざまな実地訓練を受けることが最適と考えました。しかし、まだ15歳であった彼女にはそのことがとても理解できませんでした。彼女は「他の子どもたちは学校に行けるのに、どうして自分は行けないのか。自分も勉強したい」と思いましたが、許されませんでした。

しかし彼女がルーテル派教会で訓練を終えた時、ルーテル派教会が終了証明書を発行しました。これは学校の証明書とは違いますが、「あなたは日曜学校の指導ができます。オルガンが演奏できます」という内容が書かれていました。彼女はそれを受け取りとても喜びました。

その後、彼女はデイーター・コイヒャー牧師に出会い結婚しました。
彼女はこのように言いました。「私は牧師夫人になるために必要な事柄を、上級学校に進めないことによって学びました。実際に教会に送られ、細かい働きを通して教えられました。あの時、苦しみの中で学んだ事柄が、後になって生かされ、それらは神の備えでありました

やがて二人は結婚し、ケムニッツ教会は会員数80人でスタートしました。今はその10倍の800人の教会となっています。コイヒャー牧師は、ドイツ国教会聖霊刷新協議会議長をしている人格者で立派な方です。
夫人が言いたかった点は、すべての苦しみや試練は神が許されて起こることであるということです。彼女はその一点を理解した時、心のうちに大きな励ましを得たと言いました。

彼女はもうひとつ話をしました。7人の子どもが与えられましたが、3人亡くなりました。親にとって(とくに母親にとって)、子どもが自分より先に世を去ることは大変なことです。

私たちも子どもを1人亡くしましたが、妻にとっては大変でした。ドロテア夫人は、3人も失いました。それは想像を絶することです。ある時、双子が同時に亡くなったというのです。その時、彼女はもう立ち上がれなくなりました。長い間、彼女は双子をお腹にかかえやっと出産したというのに亡くなってしまい、もう抱いてあげられない、ミルクもあげられないという大きな痛みの中に置かれました。

その時、神は彼女の夫を通し、「あなたは今、子どもを亡くしたという大きな悲しみにばかり目を留めている。なぜあなたは私がその先に用意している祝福に目を留めないのか」と言われたそうです。

彼女はそのことを聞いた時、祝福など全く見えませんでした。悲しみのどん底、試練のどん底、戦いのどん底に置かれどうすることもできませんでした。

しかし「そうだ。私の信じている神は私を愛し、私を祝福してくださると聖書が教えている。この神をもっと信頼すべきだ」と彼女は教えられ、励ましをいただきました。それからの彼女は、喜びをもって神にお仕えするようになり、素晴らしい働きをされています


人は例外なく試練を通りますが、その試練がモチベーションにもなります。あなたは人生の戦いをどのように受けとめていますか。

私たちは現実に存在する大きな壁を見ると、勇気を失い疲れてしまう者です。しかし、バイブルはもう一歩先を見ることを教えています。これは不思議な書物です。ですから、私たちはバイブルを読むことをお勧めしているのです

第二番目に、私たちは先人から学ぶ「成功方程式」があります。幸いなことに、私たちは多くの成功ノウハウを学ぶことができます。バイブルの中には、いろいろな秘密が秘められています。それはQuality Lifeの視点で第三番目に大切なことです。

バイブルは私たちに、質の高い、生きがいのある、喜びがある、幸いな生き方を教えています。皆さんがQuality Lifeを発見してくださることを願います。それには何が大切でしょうか。

結局のところ「個」です。
あなたが勉強し、あなたが自分を磨き研鑽を積み、そして「ペルソナ」を磨き上げることにより成長するのです


どうぞ「もう一つの生き方」が、人生にあることを覚えてください。

posted by 優子 at 11:26| 引用文 | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

戦争前夜から方向転換せよ

第2次世界大戦前夜.jpg22歳の時に読んだ『第二次世界大戦前夜 ―ヨーロッパ1939年―』(笹本駿二著)を40年ぶりに手に取った。

まさか「戦争前夜」を現実の脅威として感じながら読む時代が来ようとは思いもしなかった。私が死んで後の子々孫々に至るまで、日本は2度と戦争加担の危機に直面するなど思ってもみなかった。

この憂いを杞憂とするために、私たちは今、声を大にして憲法九条を守り抜かねばならない。

今朝の説教要旨:
「彼(神)はもろもろの国のあいだにさばきを行い、
 多くの民のために仲裁に立たれる。
 こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、
 そのやりを打ちかえて、かまとし、
 国は国にむかって、つるぎをあげず、
 彼らはもはや戦いのことを学ばない」。
  (イザヤ書2章4節)

この言葉は、神の祈りとして預言者イザヤの口を通して語られたのではないだろうか。国連本部の前庭に「イザヤの壁」が刻まれた。国連はイザヤの言葉を理想として平和の実現を願って掲げたのであろう。憲法九条はまさに表現こそ違えども聖書と同じである。

砲身曲げられた.jpg同じく国連本部ビル前にある平和のモニュメント・「曲げられた拳銃の砲身」は、もはや武器としては使えないことを意味している。

纐纈 厚(こうけつ あつし)の『集団的自衛権行使容認の深層』によれば、安倍首相の言う「積極的平和」は" positive peace "ではなく、" proactive contribution to peace "であると警鐘をならしている。

安倍首相の英語演説や外務省の英文Webページでは、「積極的」を軍隊(軍事)用語である" proactive "(先制攻撃)の言葉が充てられているのに、「率先して平和に貢献する」という訳をつけているのである。

即ち、日本は先制攻撃の準備が成されており、まさに今や戦争前夜の様相を呈していることを是非伝えて行かねばならない。教会で平和を語ると同じに教会の外の友人たちと平和について語り合っていきたい。

ボンヘッファーは「祈りの生活によって正義の生活が可能になる」と言った。祈ってもしようがないのではという思いが脳裏をかすめるが、祈りは父なる神さまに「平和をお与えください」とお願いしているわけだから、必ず答えをくださることを信じて祈り続けることだ。

このような状況でも諦めずに平和の訪れる日が来るのを信じて祈り続けたい。平和憲法九条を守り続けることができますように腹の底から祈り続けるのがキリスト者の使命である。

説教の最後に、作家・なかにし礼氏の詩を紹介された。

     平和の申し子たちへ! 
          泣きながら抵抗を始めよう

2014年7月1日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである

こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない

かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく

そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう

ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる

     (後略)

「馬見労祷教会が平和を祈り行動する教会として立つことができますように。熱心な思いをもって教会に来られた人々の上に神の祝福がありますように」。
牧師の祈りが主の平安をもたらせる。

子どもを養育する若い親たちよ、あまりにも安穏としてはいないか。
我が子を戦場へ送らねばならないことを想像せよ。
そんなために塾や稽古ごとにあくせくしているのではあるまい。
親はいかに生き、
我が子はどのような人間になってほしいのか。
それを踏まえてこそ真の学習向上につながるのではあるまいか。

私は日本がどんどん加速度を増して誤った道を進んで行く現状を見ていると、祈ってもしようがないと無力感に苛まれることもあるが、高見牧師の説教と祈りによって強くされた。神さまは「九条の会」の働きをもご存知だ。希望を失ってはならない。

附記:本日午後、西大和教会で会津放射能情報センター代表の片岡輝美さんをお招きしての集会があった。私は残念ながら礼拝後の「ミニ聖研(聖書研究会)」に参加してのち家族と帰宅した。

posted by 優子 at 16:59| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年02月13日

北條民雄、ハンセン病、病者に捧げた人々 A

このたび浅田高明先生の評論をテキストとして私なりの学びを始めたところだが、すでに評論のタイトルにある「生命(いのち)」と「生きること」の意味を感じ始めている。

北条民雄全集.jpgしかしながら、北條民雄の作品はあまりにも衝撃的な内容で息がつまり一向に読み進めない。川端康成が書いているように「癩者の真相」ばかりが心に飛び込んできて読むのが苦痛で、そのたびに神谷美恵子さんや井深八重さんを思い出しては勇気を奮い立たせて読むといった具合だ。あの方たちはこのような「異界」に身を置いて悲惨な病者に寄り添われたのかと、そのことばかりを思う。

▼  天刑病

▼ 毀(こわ)れかかった泥人形に等しい人々ばかりで・・・

▼ 敵(癩菌)は自分の体の内部に棲んでいて、どこへでもついて来るのです。それを殺すためには自分も死なねばならぬのです。自分も死なねばならないのです。

▼ 足袋の裏からぶっすり突きささった釘が、骨の間を縫って甲の上まで貫いているからである。・・・老人はかなり重症の結節癩で、不幸にも眼をおかされていて、もう薄明りの視力では自分の足に刺さっている釘の頭に気がつかなかったのである。もっとも掌でも満足であれば脱ごうとしているうちに判りもしたのであろうが、その掌も、火鉢の中に突込まれてじゅんじゅん焼かれていても、気がつかないでいられるという有様なのである。(上・P84)

▼ この頃(夏)になると、膿汁の溜まった疵口や、疵を覆ったガーゼや繃帯の間に、数知れぬ蛆が湧くことも決して珍しくはなかった。

▼ 癩者独得の体臭と口臭とが澱んでいて息もつまりそうに思われるのである。

▼ 「実際なんという惨(むご)たらしいことでしょう。敵は自分の体の内部に棲んでいて、どこへでもついて来るのです。それを殺すためには自分も死なねばならぬのです。自分も死なねばならぬのです」。 

▼ 「精神が腐らなかったって体は腐るんだ。体の腐らん奴が書いたものなんかこの病院(なか)で通用するもんか。俺だって体が腐らなけりゃもっと物凄い論理をひねり出して見せる。体の腐らん奴はどんな理論でもひっ放しが出来るんだ。都合が悪けりゃ転向すりゃいいんじゃないか。俺はもっと切迫しているんだ。思想か思想自体の内部でどんなに苦しんだって、たかが知れてらあ」。(『癩院受胎』/上・P109)


作品全体が心に突き刺さってくることばかりで書き切れない。文学として読み始めるには、まず一読して「癩者の真相」の衝撃を和らげないと、とても文学的視点は持てそうにない。

北條民雄の肖像(木炭画)
北條民雄・木炭画.jpg島木健作の「推薦の辞」・「光明の文学」より後半部分を引用:
「北條民雄の書き遺したすべてこそは、真に稀有な人生の書である。私は彼の文学を、癩文学の名で呼ぶことには賛成しない。癩はこの天才の発現のための啓示の如きのものであった。
彼の文学が、人間と人生の広く相渉り得なかったのはもとよりとするも、それは人間と人生の核心にまで深く深く徹したのであった。彼の文学は絶望の文学なるが故にこそ光明の文学なのである。そしてそれ故にこそ稀有なのである。
多くの光明の文学が人生を照らす光明は時に光うすれて見ゆるでもあろう。その時にこの絶望の文学からの光明はひとり愈(いよいよ)輝くのである」。


まだ137ページ、3作品読んだだけで返却期間になってしまったので、先ほどインターネットから2週間の貸出延長したが、自分の本でないと線を引いたり書きこみができないので時間のロスが多大だ。

今日は再び強い寒気に入れ替わった。
午後は雪空になり、ニュース映像の大阪城も吹雪で霞んでいた。

posted by 優子 at 22:21| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

大阪城へ ―歴史に見る人間の実相―

9日の最低気温は−2.7度で最高気温も4.7度しか上がらず、ひと冬に何度もない強力な寒気だったそうだが、昨日は穏やかな冬日だった。ユキは(3回連続欠席)2カ月ぶりにサッカー教室に参加し、午後から家族で大阪城梅林に出かけた。

大阪城内に入ったのは25年ぶりのこと。折しも、昨年末は「大坂冬の陣」が1614年12月22日に終結して400年目にあたり、今年は「夏の陣」終結400年ということで「大阪の陣天下一祭」が開催されていた。

「勝利者の成功物語とは違った角度から」天下取りの裏側に焦点が当てられた興味深いものだった。

「織田信長、豊臣秀吉、徳川家康たちは平和な世の創出を目指して戦ったとされるが、現実には敵味方共に多くの犠牲者を出し、新たな憎しみや悲しみを生み、次の戦いの火種を蒔くことになった。彼らの理想は単なる自分本位の理屈でしかなかったのかも知れない。

信長は室町幕府の権威を否定して天下取りを主導した。
だが、その過程では同盟者の裏切り、それへの報復、宗教勢力との深刻な衝突、おびただしい犠牲者の発生を常に引き起こし、部下に彼が求めた天下取りへの自発的な行動は皮肉にも彼の人生を断ちきる結果となった」。
 

というようなことが書いてあった。
これは時代や国の違いを超えて普遍的な人間の姿であり、現代にも通用する真相であろう。


このようなコメントこそ翻訳しておくべきなのに、日本語のみの表示しかなかったのは残念であった。展示の主旨が簡潔にまとめられたもだけに、ゆっくり時間をかけて見学できない旅行者には尚のこと必要ではないだろうか。

大阪城内をユキに見せてやりたくて入ったが、かつての面影は全く残されてはいなかった。

大阪城B.jpg25年ほど前は城内では靴を脱ぎ、黒光りする床を歩き、梯子のような階段を上って天守閣に出たので、当時を想像させる臨場感があった。
ユキも喜ぶに違いないと楽しみにして行ったのだが、城内は1995年から1997年にかけて大改修されたとのこと。大阪城の名残は外観だけで、城内にはエレベーターが設置され博物館とかわらぬ姿になっていた。


城内の変化もさることながら、見物客は外国の人ばかりで日本語を聞くと振り返りたくなり、私が外国へ来ているのかと錯覚するほどで、アジアの人々、特に中国からのお客さんが多かった。

エレベーター内のガイドさんも日本語の次に英語でアナウンスし、私は時代が大きく変わっていたことに驚きを隠せず、浦島太郎のごとき心境だった。出不精もほどほどにして電車に乗って出かけないと、既に私は生きた化石だ。

大阪城D.jpg

私は大阪城公園内を歩きながら何度も後藤健二さんや湯川さんのことを思い出していた。ここを後藤さんがカメラをもって歩く姿を思い浮かべて微笑み、また現実を思い出しては心が沈んだ。

夫が1週間前に大阪城の梅林が八分咲きだと言っていたので梅林へ向かった。

大阪城梅林@.jpg「これが八分咲き?」目
「0.5分咲きやね」と知子。
1週間後の昨日もようやくチラホラと咲き始めたばかりだった。わーい(嬉しい顔) 


大阪城梅林F.jpg

A大阪城梅林.jpg

ユキの作品。
撮影者ユキ.jpg

私の作品。ユキの真似をして撮った。
E大阪城梅林.jpg

G大阪城梅林.jpg「あっ、インコがいるよ!」

「コンニチハ!」

絵具を塗ったように鮮やかな色。
名前はピーターくん。

おじさんがユキの手に止まらせて餌を食べさせてくださり、頭にも止まらせてくださった。私にも。とても軽かった。子どもの頃に飼っていた手のりの桜文鳥を思い出した。
大阪城梅林C.jpg

大阪城梅林E.jpg


公園内を走る女性を見て、知子は中学校の耐寒マラソンを思い出した。そういえば、中学1・2年生(?)の時、1月は大阪城公園内でマラソンがあった。

NHKを見学.jpg帰り道に「NHK大阪放送局」を見学した。






波の音はこれで!.jpgユキは撮影セット風景に驚き、ざるの中に入れた小豆で波の音を出したり、馬の蹄の効果音の作り方に驚き、何度も楽しんでいた。



ちょっと遊んでみたよ.jpg最後に私も遊び心で『マッサン』カップルの写真の間に立った。わーい(嬉しい顔) 嬉しがりの私も写真で喜ぶのはいただけない。
シャーロット・ケイト・フォックスさんは167センチで、私は153.5センチ、こんなに差があるとはもうやだ〜(悲しい顔)

ところで『マッサン』の次の次の朝ドラの主人公もクリスチャンの女性で、明治を代表する女性実業家・広岡浅子だという。大河ドラマの新島八重に始まり、村岡花子、竹鶴リタ、そして、広岡浅子と、連続4人目の登場である。

詳しくは、「NHK2015年度後期朝ドラ『あさが来た』、主人公は広岡浅子 クリスチャンの女実業家を!
彼女たちを生かした信仰を感じさせる脚本であってほしいものである。
エリ(竹鶴リタ)が「だいじょうぶ」と言うのは、「神さまが共にいてくださっているからだいじょうぶ」と言っているのであり、信仰者でしかわからないところゆえに、一度だけでもその意味がわかるような脚本を書かないと人物像が全く伝わってこない。

posted by 優子 at 11:28| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

オバマ米大統領、国家朝餐祈祷会に出席 宗教を悪用する勢力に抵抗する3つの原則語る

この記事は昨夜遅くに公開された『クリスチャン・トゥディ』のオバマ米大統領、国家朝餐祈祷会に出席 宗教を悪用する勢力に抵抗する3つの原則語るより、全文転載したものである。
尚、『クリスチャン・トゥディ』記事の全文転載については、出典元を明記してリンクを埋め込めば良いとの許可を2014年8月末にいただいている。
米国朝餐祈祷会のオバマ氏.jpgバラク・オバマ米大統領は5日、米国家朝餐祈祷会に出席し、信仰ある人が、イスラム国(IS)のように信仰をねじ曲げ悪を行う者に立ち向かうのには3つの原則があると語った。

オバマ大統領はこの席で、全ての信仰から哀れみと愛が溢れ出すが、全ての信仰は悪の目的のためにねじ曲げられた歴史を持つと述べた。

信仰は毎日世界中で良いことをするよう、人々にヒントを与える。オバマ大統領は以前エボラ出血熱に罹患し、そして生還したキリスト教支援団体「サマリタンズパース」のケント・ブラントリー医師を指名する際、そのように語った。ブラントリー医師は開会の祈りをし、大統領の左隣に座っていた。

信仰は悪いことのためにも誤用される。「私たちは、信仰が正しいことをする動機となることを見てきています。しかし信仰がねじ曲げられ、曲解され、分裂をもたらすくさびのように、そしてさらに悪いことには武器のように使われることも見ています」とオバマ大統領は語った。

最近の中東やパリでの暴力事件に言及し、オバマ大統領はテロリストが「イスラム教のために闘っていると告白しているものの、事実としては裏切っている」と語った。

「信仰者として、私たちはどうこれらの現実を一致させればいいのでしょうか」と問い掛け、「私たちが持つ全ての信仰から溢れ出る完全な善、力、不屈の精神、哀れみと愛は、自身の残忍な結末のために宗教を乗っ取ろうとするものと並んで、その働きができるのでしょうか。人類の歴史の全体を通して、われわれ人類はこれらの問題を解決するために取り組んできています」。

宗教の名を借りて暴力を振るうことはイスラム教に限ったことではないとオバマ大統領は指摘し、十字軍、宗教裁判(カトリックの異端審判)、奴隷制、黒人への差別を引き合いに出した。そして、これらのものは全てキリスト教徒であると告白した人々によって擁護されてきたものだと述べた。

国家朝餐祈祷会での祈り.jpg
オバマ米大統領、国家朝餐祈祷会に出席 宗教を悪用する勢力に抵抗する3つの原則語る
米国家朝餐祈祷会の閉会祈祷を祈るアンドリュー・ヤング元アトランタ市長に合わせて祈るバラク・オバマ米大統領(左から3人目)とミシェル大統領夫人(同2人目)(写真:ホワイトハウス)

罪こそが、宗教が悪のために誤用される理由だとオバマ大統領は言い、「これは、一つのグループ、一つの宗教に特異的なことではありません。これは私たちの中にある傾向、すなわち罪の傾向によるもので、それが私たちの信仰を悪用し、ねじ曲げるのです」と語った。

そして、宗教を悪のために使う人々に対抗するために必要な3つの原則があると述べた。

1. 謙遜

「信仰の始まりは何かしらの疑いです」とオバマ大統領は語った。

「自分が完全だと思わないこと、自分は正しいと思い込み過ぎないこと、また神は私たちにのみ話しているだけで、他の人には話していないとは考えないこと。・・・そして、自分たちだけが真理に到達していると思い込まないようにすること。

私たちがするべきことは、私たちが真理だと思う見解に、神が応えてくださるよう願うことではありません。私たちがするべきことは、神に、神の言葉に、そして神の命令に真実であることです。

私たちは、自分たちが混乱していて、いつも自分が何をしているか分かっているとは限らないこと、そして神の前によろめいていて罪を犯しやすいことをへりくだって認めるべきです。そして認めるプロセスの中で、謙遜を身に付けるべきです」。

そして謙遜を身に付ければ、「神の名を、狂信、妄信を持って誤用する」人に立ち向かえるはずだと述べた。また、謙遜の重要性を理解していることの表れとして、米国の建立者たちが信教の自由を守ったと説明した。

「家庭でも、また世界中においても、基本的人権としての自由権、つまり信教の自由、自分の選んだ信仰を実践する自由、信仰を選択し変更する自由、あるいは何の信仰をも持たない自由があります。そして、迫害や恐怖にさらされることなくそれを行う自由があります」とオバマ大統領は語った。

2. 政教分離

米国がいまだ非常に宗教的な国家である理由の一つとして、政府がどの宗教に対しても特別視していないことを、オバマ大統領は合衆国憲法修正第1条の国教条項を引き合いに出して説明した。

「私たちの政府は宗教を後援しませんし、誰にも特定の信仰を実践するよう圧力をかけたりしません。そしてその結果は、さまざまな背景を持つ人々が、自由に誇りを持って、恐怖におびえたり強制されたりすることなく礼拝できる文化に表れています。信教の自由は、米国内で私たちが油断することなく守り切るものです」。

オバマ大統領はまた、昨年の朝餐祈祷会で、当時北朝鮮で拘束されていたケネス・ペさんとイランで拘束されていたサイード・アベディニさんのために祈ったことに触れた。2人とも信仰のために拘束されていたが、ペさんが現在は解放されて帰国していることにオバマ大統領が言及したとき、会場からは拍手が沸き起こった。

アベディニさんはいまだイランで拘束されている。オバマ大統領は、最近アイダホ州に住むアベディニさんの妻子と会ったと述べ、その中で大統領は、「アベディニさんを解放させるために、全てのことをしていると伝えた」と語った。

そしてその面会のあと、大統領はアベディニさんから、家族を訪問したことと「拘束中に連帯の意を持ってくれたこと」への感謝の手紙を受け取ったと語った。

3. 黄金律

オバマ大統領はまた、「信仰を持つ全ての人、また信仰について模索している人々を束ねていると見受けられる一つの法則があります」と指摘した。「それは黄金律です。私たちは、自分がそうしてほしいように他の人にも振る舞うべきです」。

黄金律は、ユダヤ・キリスト教系の信仰だけで見られるものではない。オバマ大統領はイスラム教の聖典コーランを引用して、「自分が自分のために望むことを、兄弟のためにも望むことができるようになるまでは、本当に信じているとは言えない」という箇所を紹介した。

また、ブラントリー医師、ローマ教皇フランシスコ、ゲストとして出席したチベット仏教の指導者ダライ・ラマ14世を指し、黄金律の生ける手本として紹介した。

「私たち自身の姿をお互いの中に見ること、兄弟姉妹の後見者となること、互いに信仰を保ち合うこと、恐らくこれは、私たちにとって最も大きい挑戦となるでしょう」とオバマ大統領は語った。

そしてオバマ大統領は、一つ目のポイントである謙遜についてもう一度くり返し、旧約聖書のミカ書6章8節を引用して話をまとめた。

【ブログ筆者附記】ミカ書6章8節:  
「人よ、彼はさきによい事のなんであるかを
 あなたに告げられた。
 主のあなたに求められることは、
 ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、
 へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」。


「もし私たちが十分謙遜であり、機会にあたってひざまずくなら、私たちは自分たちが決して神の目的の全てを知ることができないことを理解するでしょう。私たちは、神の驚くべき恵みの深さを見抜くことは決してできません。私たちは、暗く色づいたメガネを通して神の大きな愛の広がりの一端を知るのです。

それでも、私たちに限界があってさえも、必要なことに留意し、正義を行い、親切であることを愛し、神とともにへりくだって歩むことはできるのです」。

このリポートからオバマ大統領の信仰観は正統なキリスト教信仰であることがわかる。聖書を神の言葉と信じる私たちは、神の御前で共に謙虚になって、人間の行く末に大きな影響力のある米国大統領が、神の知恵をいただいて最善な道を選び取って行くように祈らねばならない。

後藤健二さんの母は、「息子の救出を求めて安倍首相や官房長官に面会を申し入れたが断られた」と報じていたが、オバマ大統領はイランで拘束されているアベディニさんの家族(アイダホ州)を訪問したとは心を打った。

posted by 優子 at 21:54| 引用文 | 更新情報をチェックする

2015年02月08日

後藤健二さん 「キリストの福音にふさわしく」生きた人

今朝の礼拝説教より:
「ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい」。(ピリピ人への手紙1章27節)とは、「どんなことが起こってもキリストの愛と恵みを信じ、イエスの十字架を思いながら、しっかりとキリスト者として市民生活を、教会生活を送りなさいということです」。

キリストの福音にふさわしく生活した人は誰か。
それは後藤健二さんだ。
「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」。(ヨハネによる福音書15章13節)
それを実践した人である。

説教の最後に、2月7日付け朝日新聞・声欄に掲載された「帰ってこいよ、ゴトケン」を紹介された。

若き後藤健二さん.jpg「1日の日曜日、我が家の食卓に1人分のお箸が追加された。後藤健二さんの分だ。20年前、20代だった後藤さんは私のアシスタントディレクターを務めてくれた。いつも笑顔で、スタッフから『ゴトケン』と可愛がられた。・・・」

高見牧師は読み始める時から声を詰まらせ、途中で何度も涙されて何とか読み終えられた。牧師の涙、キリストの福音を語られる一言ひとことに心があふれていた。
「私はイエス・キリストを信じています。神の約束を信じています」。

礼拝説教は神の慰め豊かな追悼に導かれ、奏楽を務めていた知子はリードオルガンの前で涙していたが、心の鎮まりを感じたことだろう。

私は後藤さんが拘束された時、三浦綾子が『塩狩峠』で表した長野政雄を想起させられた。

『塩狩峠』は、「1909年(明治42年)2月28日、塩狩峠に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れて客車が暴走しかけ」た時、「その車両に乗り合わせていた鉄道院(国鉄の前身)職員の長野政雄が、暴走する客車の前に身を挺して暴走を食い止め」て乗客の命を救った実話を小説にしたものである。

その生き方は名実ともにキリストの福音にふさわしく生かされた生涯であった。私はクリスチャンの生涯を歩み始めて間もない頃、このような生き方はとてもできないと圧迫感を感じたものだ。

その後10年以上も経ってから、このようなりっぱな人物、愛の人ゆえに聖霊(神)が働かれるのだろうと思った。このような人物ゆえにそのような崇高な思いが与えられるのであり、後藤健二さんが湯川さん救出のために行かれたことを知った時、長野政雄さんに共通するものを感じた。
 

「わたし(イエス・キリスト)のいましめは、これである。
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」。

       (ヨハネによる福音書15章12・13節)

後藤さんの死が報じられたのは2月1日早朝だった。この朝、胸騒ぎがして5時半頃に目が覚めた。あれから1週間経ったが、未だ現実を受け止めきれず私なりの追悼を重ねている。

あの極限の恐怖の最期の時も、神が後藤さんと共に居てくださったことを信じます。
拘束後は湯川遥菜さんとは会うこともできなかったと思うが、それまでの関わりの中で、後藤さんは湯川さんにキリストの福音(喜びの知らせ)を話しておられたに違いないと思う。そうであるならば、必ずや湯川さんも魂の救いに与っていたに違いないとの希望を抱いている。

「キリストの福音にふさわしく生活しなさい」。
これは私が洗礼を受けた時、小山恒雄牧師から受洗記念にいただいた御言葉でもある。今一度心を正して歩んでいきたい。

附記:日経新聞電子版の2月2日の記事・「戦地に行くのは怖い」 葛藤抱え続けた後藤さん は私の心に強く残っており、これからも憶えていたいのでここに刻みたい。

「危険な地へ踏み込む恐怖」を常に抱いていた後藤さん。
お目にかかったこともない方なのに、教会での後藤さんの様子を身近に感じ、私も教会で健二さんとの交わりがあったように思えるのは不思議だ。それは私たちは神の家族だからだろう。
 

後藤健二さんは危険な地域に踏み込む恐怖や家族を残す葛藤をいつも抱えていた。キリスト教会に通い、祈りをささげながら自らを奮い立たせ、戦争や貧困に苦しむ人々の姿を伝え続けた。

「戦地に行くのは怖いし、家族にも怖い思いをさせる。でも、神様がいると思えば、怖くなくなるかもしれない」。

代々木上原教会(東京・渋谷)の教会員、高橋加奈子さん(46)は2012年、教会に通っていた後藤さんと初めて会った際、そう語っていたのを鮮明に覚えている。

知人から戦場ジャーナリストと紹介された後藤さんは「他人を助けるのもいいけれど、自分を粗末にしちゃいけないと牧師に怒られた」と笑っていた。一方で「危ないことは絶対しないし、話が通じないところには行かない」と説明した。

代々木上原教会によると、後藤さんは1997年に都内の別の教会で洗礼を受けた。代々木上原教会に通い始めたのは約10年前。当時近くに住んでおり、毎週のように礼拝堂の後ろに座って祈りをささげていた

鈴木伶子さん(76)は当時よく顔を合わせたという。取材のことを講演してほしいと頼むと、小さな集まりにも来てくれた。暴力的な話は聞いた記憶がない。紛争地域に暮らす普通の家族の話を通し、戦争がどれだけ悲劇をつくり出すかを教えてくれた
「人の苦しみを見過ごすことができない人だった。知人を助けたい一心で行ったのだろう」とおもんぱかる。

拘束された映像が投稿されて以降、不安で苦しかった。殺害されたとみられる映像が公開された1日早朝は胸騒ぎで目が覚めたという。「こうなってしまい、本当に悔しい」。鈴木さんは顔を手で覆った。

後藤さんが教会に通っていたころ、副牧師をしていた立教大文学部教授の広石望さん(53)は後藤さんの印象を「優しくてタフでかっこいい人」と語る。後藤さんは取材先で会った子供たちのことをよく覚えていた。広石さんは「こんな形で終わるのは残酷。でも、大事なものをたくさん残してくれた」と声を詰まらせた。
〔共同〕

2012、お母様と.jpg
なんて素敵な写真だろう。
死は終わりではない。
お母様の上に神の慰めを祈り続けます。

23時追記: このブログを更新した後、21時よりワシントンの次女夫婦と私たち夫婦と長女の5人で22時45分頃までスカイプした。
後藤さんのことを語り合い、そのあとも神の臨在を感じながら、神の導きと恵みの中で1人ひとり祈り合った。忘れられないスカイプとなるだろう。感謝!
 

posted by 優子 at 20:46| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

2015年の立春に

メジロA.jpg1月31日(土)、ユキが見事な写真を撮った。これがその写真だ。
この日も最高気温が6.3度と寒い日だったが、ユキが朝の散歩でメジロを見たと言うので夕方に知子とユキと3人で出かけた。

メジロ@.jpgこれもユキが写したものだ。 








めじろ@.jpg
これは私が撮ったもの。
ウグイスと違ってこんなに近くまで行っても逃げなかった。そこには10羽ではきかないほどたくさんのメジロがつがいになって飛んでいた。 

立春の今日も寒い朝だったが、春の初めにふさわしく久しぶりの日射しで気持ちも明るくなり、血圧も少し高いぐらいにまで下がっていたので、チャッピーを連れて知子を駅の途中まで見送った。

太陽が高く上がり、日射しに誘われて11時過ぎにカメラを持って外へ出た。国会中継をやっていたので、イヤホンで聞きながら歩いた。

メジロB.jpgところがメジロは1匹もおらず、あの赤い実をいっぱいつけた木もなく、私はいよいよ呆けてきて場所を間違えたのかと思ったほどだった。
よく見ると木の実は全て食べ尽くされて一粒も残っていなかった。あの時は食べ物があったからメジロが群がっていたのだ。

日射しで室内は21度にまであがりポカポカだ。暖房の温かさとは違ってとても気持ちよい。緊張が解かれていくのがわかった。

私は外へ出たくなって学校から帰宅したユキを散歩に誘うと、服も着替えないで喜んで同行してくれた。メジロはやっぱりいなかったが、とても楽しいひと時だった。


ユキが撮ったスズメ.jpgユキが写したスズメ。メジロはいなかったけれど、やっとスズメを撮れたね。

桜の木.jpg
桜の木が小さなつぼみをつけていた。






立春の日に@.jpgこれは梅のつぼみ。
もうすぐ咲くよ!
大阪城の梅林は八分咲きだって! 
行きたいなあ。
(追記:夫の情報は全くの間違いだった)


立春の日にB撮影者ユキ.jpgユキが撮ったハクモクレンの芽。
すてきね!
こういう時は「ナイスシャッター」って言うのかなあ。
ユキ、春を見つけたね。


立春の日にA.jpgユキのセンスを真似て撮ったけれど、どうかな・・・。ユキが「すごい!」って感動してくれた!
ユキと私は名コンビ。
シャッターを押しては、お互いのカメラを覗き合って出来栄えを確かめ、パソコン画面で見るのも最高の楽しみよね。


1年生のユキ、かわいいユキA.jpg
帰り道の公園で。
ユキと一緒に楽しめるのもあと1年ぐらいかな?
帰り道で、「今日は楽しかった」と言ったユキ。
楽しかったね。おばあちゃんこそどんなに楽しかったか!
私はあの日のことを懐かしく思い出した。

メジロに来てほしいなA.jpg帰宅してから裏の木にミカンを置いてあげた。ヒヨドリではなくメジロが来てほしいね。



おいしい?.jpg





小さな自然界の息吹を感じながら孫と過ごしたひと時。
中東で起こっていることは同じ地球上のこととは信じがたい現実だ。後藤健二さんの死を無駄にはしない。子どもたちのために、真剣に世界の平和を祈ろう。
 

「ある国の平和も、他国がまた平和でなければ保証されない。この狭い相互に結合した世界では、戦争も自由も平和も全て連帯している」。

              (ネルー:インドの初代首相)

附記:今朝未明、「イスラム国」に拘束されていたヨルダン軍パイロットのムアーズ・ カサースベさんが殺害されたとみられる映像がインターネット上に投稿されたとの報道があった。ご遺族の上に神の慰めを祈るばかりだ。

posted by 優子 at 23:32| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

今こそ方向転換の時! ―「悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」― 

「人類は戦争に終止符を打たなければならない。
 さもなければ、戦争が人類に終止符を打つことになるだろう」。

                 (ジョン・F・ケネディ)

ケネディの言っていたことがますます現実感を増してきた。
かつて所属していた「東大阪読書友の会」の会報・『かわちの』第52号(2004年4月発行)に、戦争と平和について書いたことがある。このブログでも2006年8月18日に掲載させていただいたが、拙文ながら今一度読み返したい。

神の前における自己

読書会で宗教戦争について話題になることがある。読書を糧とする人々でさえ、「キリスト教やイスラム教の人たちは戦争するが、私たち日本人は宗教に寛容だから理解できない。」といった発言をされる。

しかしながらこれは、自分には関係無しとする無責任な傍観者の考えではないだろうか。なにも他国のことだからとか、宗教が違うからとかの意味で傍観者だと言っているのではない。同じ人間である自分自身はどうなのかという視点がなければ、物事の本質は見えてこない。

聖書は、戦争の原因は人間の心の中にある欲望であると言っている。(ヤコブの手紙4章1節:「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか」。)
少なくともキリスト教国と言われている米英国は、「汝の敵を愛せよ。」という最も大切なキリストの教えに反していることから、キリスト教国という栄誉を受ける資格はないであろう。

真理(神)の枠組みがあってこそ真の自由を得るのであり、それを外しては欲望の奴隷となり、自己破壊・社会崩壊に至ることは明白である。

個人であれ国家の問題であれ、愛することができなくても断じて武力を行使してはならないのだ。人々が宗教戦争と呼ぶものは、「神の名」を利用した欲望の衝突であることに気づかなければならない

国家間のことだけではなく我々自身にも同じことが言える。と言うより、自分自身を見つめれば気づかされる。
私は自分の心が不自由を感じる時、自己中心的な考えに捕らわれていることが多い。しかしまた、そのことに気づいても直ぐに素直な気持ちになるのが難しい時もある。

我々は人を許しても「あの時こうされた」と覚えているし、「あの時こうしてあげた」と、いつまでたってもどこまでも自己を立てようとする。これが人間の実相であり、我々の努力や修養ではどうすることもできない姿なのだ。

この頑なな心や自己の内面の醜さと闘っていく生き方こそが、「神の名」にふさわしい闘いであろう。 

私たちも自我との闘い、社会における人間としての闘い、それぞれに与えられた課題や通らねばならぬ「狭き門」があり、私もまた自分の走るべき行程、信仰生涯を全うさせていただきたいと願う。

2月1日の早朝以来血圧が下がらない。薬の量を増やしてもコントロールできず、心身の安静のために心ならずも怠惰な日々が続いている。

夕食の後片付けが終わってパソコンに向かうと、今夜もまた湧き出てくる思いを書かずにはおれず、そのことで一層具合が悪くなるのがわかっていてもそうするしかない。

友が日本キリスト教団・大阪教区社会委員会が日本政府に対して声明文を出したことを伝えてくださった。
「『イスラム国』による湯川遥奈さんと後藤健二さんの殺害に抗議し武力によらない事態の打開を求めます」。

声明文は次のように結ばれていた。
「私たちも、いよいよ『平和を実現する使命』を強く意識して発言し、行動していきましょう。キリストを死から命へと復活させられた神様の助けを祈り求めつつ・・・。」と。
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互いに知行一致の信仰者としてくださるように!
そして、日本はこのたびのことを通して憲法九条に堅く立つことを選び取ることができますように!
日本は日本の歩むべき道があり、日本にしかできない国際協力を選び取って行くことだ。

附記:ローマ人への手紙12章19〜21節:
「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。
むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」。


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主の祈り 

天にまします我らの父よ。
ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧(かて)を、今日(きょう)も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、
我らの罪をもゆるしたまえ。
我らをこころみにあわせず、
悪より救いいだしたまえ。
国とちからと栄えとは、
限りなくなんじのものなればなり。
アーメン。


posted by 優子 at 22:40| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年02月02日

メディアへの問題提起 ―人間の尊厳について―

後藤健二さんの死は不条理極まりない死であった。
あのような方が何故このような死を遂げなくてはならなかったのかと、神さまに問いただしたい思いにもなるが、あのような方だからこそ友を見捨てられずにシリアへ入って行ったのであろう。

今日も各局のテレビ映像に、オレンジ色の囚人服を着せられた後藤さんの写真が映し出されていたが、見るに忍びない。私でさえそうであるならば、ご遺族の方にとっては残酷すぎる。

昨夏に殺害されたアメリカやイギリスの方々は今も尚インターネット上の動画にあげられている。強制削除されないのは不適切な内容には当たらないとの判断だからか?! これは人間の尊厳を冒してはいないだろうか。

アメリカ同時多発テロが起こった時、テレビ報道で飛行機がWTCビルに突っ込んでビルが倒壊していく映像を繰り返し流したために、視聴者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が問題になった。東日本大震災の津波の繰り返される映像も問題視されたのは記憶に新しい。

このたびの残虐極まりない蛮行。
写真であっても私は後藤さんの姿を見るに忍びない。これは人間の尊厳に関わることであるからテレビ画像でも改めるべきである。

「人間性の喪失」と叫ばれ始めたのは半世紀も前のこと。21世紀になって時代の動きと共に、私たちの人間性もまた加速度を増して希薄になってはいないか。この問題提起は決して的外れではないであろう。


posted by 優子 at 23:07| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

「地の塩」として生き続ける後藤健二さん

今朝5時半頃、ラジオの声で目が覚めた。アナウンサーは、午前5時過ぎに後藤健二さんが殺害されたビデオがネット上に配信されたことを繰り返しており、急いで夫に声をかけた。

「ひどい」
「ひどい」
「神さまは助けてくださらなかった」


とぎれとぎれに言葉を発していた。

私は困難な中に在っても神さまは必ずたすけてくださることを信じ、「神さま、どうか後藤さんの命を一粒の麦にしないでください」と祈り続けていた。助けてくださることを信じてはいても、最悪のことも容易に想定されていたからこその祈りである。

信じがたいあまりにも異常な世界。
この同じ時にこんなことが起こっているとは!

あまりの衝撃で血圧が異常に高くなり吐き気も伴ったので、医師に処方されている睡眠導入剤を飲んで再びベッドに入った。いつしか眠りに入ったものの9時に目が覚めた。

フラフラしているのでいつもならば礼拝は欠席するところだったが、この時に牧師がどのようなことを話されるのかを聞きたくて出席した。しかし、一言もコメントはなかった。(この日、高見牧師は西大和教会にて説教で不在)

私は必ずや神さまが救い出してくださって、後藤さんに語らせてくださると思っていた。今後の日本、また、欧米諸国がどのように向かっていけばよいのかを語らせてくださると信じていた。

そして同じ信仰者ゆえに、かような極限状況に在った時の心境をお聴きして私たちの導きとさせてくださるのを信じていた。

しかし、それは成らなかった。

人間の底なしの罪深さ。 

怖かったであろう。

どんなに怖かったであろうか!

一撃で殺されるのでさえそうであるのに、あの恐怖に何日間も晒されての残虐極まりない最期であった!
神であり、神の子であるイエス・キリストでさえ十字架につけられる前、「今わたしは心が騒いでいる。わたしはなんと言おうか。父よ、この時からわたしをお救い下さい」と祈られたのである。


私たちでさえこの衝撃と悲しみに打ちのめされている今、ご遺族の方々のことは想像を絶し、分かろうはずがない。
ただただ年老いたご両親、また、こよなく愛された奥様とお子達をお守りくださいと、湯川遥菜さんのお父様のことと共に祈るばかりである。

後藤健二さんは取材に出かけるときにも必ず小さな聖書を持っていたという。
imageATJWET16.jpg『神は私を助けてくださる』 
(詩篇54:6)という言葉を、いつも心に刻み込んで、私は仕事をしています。多くの悲惨な現場、命の危険をも脅かす現場もありますが、必ず、どんな方法かはわかりませんが、神様は私を助けてくださるのだと思います」。

「もし、取材先で命を落とすようなことがあったとき、誰にも看取られないで死ぬのは寂しいかなとも思いました。天国で父なる主イエス様が迎えてくださるのであれば、寂しくないかな・・・なんて、少々後ろ向きな考えで受洗を決意したのは事実です」。

後藤健二さん.jpg「人々の心が乱れ、不安な今だからこそ、日本の人々に訴えたいことがある。・・・私が取材に訪れる場所・現場は、耐えがたい困難がある。けれどもその中で人々が暮らし、生活を営んでいる場所です。困難の中にある人たちの暮らしと心に寄り添いたいと思うのです。

彼らには伝えたいメッセージが必ずあります。それを世界に向けてその様子を発信することで、何か解決策が見つかるかもしれない。そうすれば、私の仕事は成功ということになるのではと思うのです」。

   (文章と写真はクリスチャン・トゥディより引用拝借した)

ジャーナリスト・常岡浩介さん(45)は後藤さんについて、「シリアで、政権側、反政府勢力双方から許可を得て、僕が取材できないところも取材していた」と高く評価、尊敬していたといい、「いろいろな角度から事実確認する人。惜しい。日本の損失だ」と嘆いた。

また、フェイスブック上のコミュニティー「I AM KENJI」に寄せられたコメント:「あなた(後藤さん)はクリスチャンでしたが、きっとあなたの行動には神の思し召しが働いているのだといつも感じていました。あなたが本当に最後まで、命を掛けてまで伝えたかったのは、人間の愛だと思います」。

この2週間近く考えつづけて自らに言った。
世界がどんなに混沌の暗闇を深めようとも虚無的になってはいけない。日常生活においても自分のことしか考えない人々になど束縛されないで、誠実に善良に生きる人々に目を向けて生きるのだと。

そして、「明日、世界が滅ぶとも、私は今日もリンゴの木を植えよう」と、これが最も幸いな生き方であると、もう一度心を新たにされて後藤さんの救出を希望をもって祈りつづけてきた。
 

後藤さんに私もお目にかかりたかった。
地上ではお出会いすることはなかったけれど、天の御国で会える。ご遺族のことを覚えて祈り続けます。

「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである」。

               
                 (マタイによる福音書5章13節)

「よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう」。
        
                 (ヨハネによる福音書12章24・25節)

後藤健二さんはまことに「地の塩」であった。後藤さんの成されたことはこれからも「地の塩」として、社会や国家の良心となって世界の腐敗を食い止めて行くことであろう。そして、神さまは後藤さんの死を「一粒の麦」として豊かに実を結ばせてくださることを信じる。

各国首脳が語る「テロには屈しない」という言葉は違和感をもって私の耳に響く。真に平和を求めるならば、まず彼らを生み出した原因に立ち返って理解し合う努力を始めねばならないのだ。

平和をつくりだすには無抵抗よりほかはなく、後藤さんはそのことを身を持って感じていたのだと思う。
 

「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
 彼らは神の子と呼ばれるであろう」。

           (マタイによる福音書5章9節)

これを書き終えようとした時、知子が次週の礼拝前奏曲に選曲した「サラバンド」(ヘンデル)を弾くのを耳にして、ようやく、ようやく、涙が流れた。私の内側で流れていた涙が、ようやく目に溢れ出て、号泣した。
知子は声を殺して泣き崩れ、幸悠は悲しむ私たちをジッと見つめていた。

posted by 優子 at 21:15| 社会的なこと | 更新情報をチェックする