2016年02月29日

『種を蒔く』第3号刊行

『種を蒔く』第3号.jpg日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロックより『種を蒔く』第3号が刊行された。

戦後70年を記念して刊行しようと昨春から書き始めたものの、昨年末の発行は難しく1月中旬を目指したが検討課題が生じて2月末の発刊となった。それゆえに特に編集委員たちにとっては感慨深い3号になると思う。

今号より2段組みに改編されたのでとても読みやすくなった。
また、創刊号よりそれぞれの内容にふさわしい写真を挿入し、必要に応じて執筆者に連絡を取るなど、今回も大田先生が多大な御愛労を尽くしてくださったことを記しておきたい。

執筆者はもとより何度も校正したにも関わらず、すでにいくつか校正ミスを見つけて残念至極だが、今後に大いに生かしたいと思うのでお許しいただきたい。

では、JCP関西ブロックのご紹介をこめて「あとがき」を掲載させていただこうと思うが、原稿に脱文があり青字で加筆して刻ませていただいた。

           あとがき
                     藤本 優子

2015年は第2次世界大戦が終結して70年目の節目にあたり、私たちは戦争を振り返りながら「平和」について考えを深めてまいりました。ここに『種を蒔く』第3号をお届けいたします。

表紙の写真は日本キリスト教団・大津教会(〒520-0056 滋賀県大津市末広町6-6)です。大津教会の会堂は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズにより設計され、1928年に竣工、献堂されました。そして、1946年に大津組合教会と大津同胞教会が合同して設立され、今年創立70周年を迎えられます。

私たちは年3回大津教会の会議室で例会をもち、文書伝道の研鑽を重ねています。あとの2回は大阪府吹田市の日本キリスト教団・千里ニュータウン教会の会議室で開催し、開会説教は東道男先生に導いて頂いています。大津教会での奨励は故松本瑞江師のご奉仕でした。ありがとうございました。

今回の編集も大田正紀兄(日本近代文学研究者、梅花女子大学名誉教授)、事務局の原田潔兄、小川惠子姉、藤本優子の4人が行いました。また特別寄稿として長濱拓磨先生(京都外国語大学准教授・近代日本文学専攻)の玉稿を頂戴いたしました。今回の特集にふさわしい論考と感謝します。

そして、このたびも有限会社木下印刷様には多大なご無理を申しました。感謝します。
どうぞご愛読くださりご感想をお聞かせくだされば幸いです。文書伝道にご関心のある方は是非事務局にお尋ねください。

神さまがこの小さな書を豊かに用いてくださるようにお祈りします。

「あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている」。
               (コリント人への第2の手紙 3章3節)
                               2016年1月

posted by 優子 at 11:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

「わたしは誰?−謎としての人間」−木ノ脇悦郎牧師の説教−

先週に続き今朝も木ノ脇牧師の礼拝メッセージを拝した。2月は当番役員だったので礼拝前の奉仕者祈り会に参加するため、そこで2度ご一緒させていただいたことも喜びだった。木ノ脇牧師のお説教は残すところ3月13日が最後となる。

今朝はガラテヤ人への手紙5章16節〜26節から「わたしは誰?−謎としての人間」と題して、聖書の言葉を取り次いでくださった。
古典落語に「粗忽長屋(そこつながや)」がある。名人の柳家 小さんが良く話していた話で、最後に「俺を抱えている俺は誰や?」という落ちがあり、「私って誰?!」と、どれが本当の私なのかわからないという話だ。(あらすじはここを)

人間はいつも正直で純粋でありたいという願いを持っている。しかし、人間の行動や考え方は若い時と年を取ってくる時と立場の違いもあり違ってくる。

私も若い時は教育の理想を高く掲げてやっていたが、年長者からはそんな理想ばかり言っていたら経済が成り立たなくなると言われて、そんなことで壊れてしまうような学校ならば壊れたらいいと思った。

しかし、昨年3月まで大学の学長職に在った時は、教授会においても文科省から補助金を貰えなければ学校はつぶれると、学校の存続を守るためにと変わってくる。

池波正太郎の文学の魅力は勧善懲悪ではなく、悪も用いて善悪両方を備えている人間を優しく描いている。
私は優しいと言われているが冷たい一面があり、そういう自分に気がつく。
(偉大な思想家や宗教家は、どれだけ自分に純粋であり、どれだけ自分に正直であったかということであるように、こういうところに牧師の人柄を感じる。)

世界も同じで戦争が良いと思っている人はどこにもいない。平和への願いを持ちながら片方では自分の権力、力の論理で従わせていこうとする。一体どっちが本物なのか。

キリスト教の歴史も同じで、福音を語ると言いながら他の人の文化を奪ってきた。もう一方では、そこで必ず悔い改め、新しい生き方へと立ち戻っていく繰り返しであった。

パウロはこのような人間の生き方を鋭く指摘する。
今朝の聖書箇所では「肉と霊」と表現しているが、これは別に存在しているわけではなくギリシャ哲学の二元論で、肉体は魂の牢獄であるとした。

そこで、霊というものを生かしていくためには肉体を抑えねばならず禁欲主義が生まれ、その反対が快楽主義であるが、パウロは別のものとは言っていない。

それらは反するものゆえに人間の悲劇はそこから生まれてくる。一人の人間の中にどちらも存在し、同一の人間の中にある矛盾、分裂状態、人間が自己分裂を起こしているのである。

ローマ人への手紙7章で、「わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。・・・わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。」と言っている。

即ち、私という人間の中で自由になれない。善を行おうとしている自分になれない矛盾。
悪は私たちが行うことによって悪になる。実際に行われることによって悪になってしまう。善もまた同じことである。


5章24節:「キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである」。

私たちは矛盾し相反する姿に「私って誰?」と問うことがある。しかし間違いなくどちらも私であり、それも分裂している私である。それが統一されていくためにはキリストと共に十字架につけられてそこから生きて心のままにする。(まさに I was born again.である)

仏教の言葉に「生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき」という言葉があるが、私たちは十字架につけられてもう一度そこから生きて心のままにする。行いたい善を行うことができるようになる。それが私たちに与えられている自由だ。

愛と自由を指し示しているキリストに服従して自由になりたいなあと思う。

自己に満足している人にはわからないが、自分の葛藤の醜さ、願いながら実行できないというロマ書(「ローマ人への手紙」のこと)7章の言葉。善をしようとする意志はあるがその力がないというパウロの告白に優る自己省察はない。

世界最大の闘いは霊肉の葛藤の闘いゆえに、私も成長する信仰生涯でありたい。

母子で献金祈り.jpgサッカーで休む時以外は献金のご奉仕をさせていただいていたユキ。今日はママ(知子)と一緒に献金と感謝祈祷のご奉仕だった。
こういう時に毎回撮っていたわけではないが、久々に思い出のために撮らせてもらった。
ユキはこんなに大きくなっていた。
外見は少年だが、まだまだかわいい。

2012.4.8.jpg


→これは2012年4月8日。
ユキはまもなく5歳9ヶ月。

2011_10_4.jpgそして、これは2011年10月4日、私と一緒に。ユキはまもなく4才3ヵ月。


今朝の連祷では、K・Y姉に続いて教会のことを祈った。

附記:木ノ脇牧師に『種を蒔く』3号をお渡しできて感謝! 
教会の方々にもお届けした。

今朝のみことば・ガラテヤ人への手紙5章16節〜26節:
5:16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
5:17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互いに相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。
5:18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。
5:19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
5:20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
5:21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。
5:22しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、
5:23柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
5:24キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。
5:25もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。
5:26互いにいどみ合い、互いにねたみ合って、虚栄に生きてはならない。


posted by 優子 at 21:49| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

敬愛する信友H・Sさんのこと

「証し文集を届けて下さったなら、それと共に今書いた証しといっしょに伝道をはじめます」。
和歌山の敬愛するH・S兄(きょうだい:男性クリスチャンの呼称)からのメールだ。H・S兄は70歳からパソコンを始められたが、長い間中断されて今再び87歳にして文章をワードで打ち、メール交信していただいている。

先月読ませていただいたお証しの書き出し部分に感銘を受け、H・S兄のお許しを得て刻ませていただきたい。

「晩鐘」.png私は教会に入ったところに掲げられている名画ミレーの『晩鐘』に魅せられています。
同じ職業ということもあるのですが、一日の労務を終えた夫婦は、鍬をそばに神さまに感謝を捧げている祈りの姿にです。

今日も神さまに守られて、健康で働くことのできた充実感に、喜びと感謝が自然とわいてくるからでしょう。この姿から二人の敬虔な信仰生活を想像しました。

敬虔とは、「神さまを信じて慎み深く仕えることです」と教えられました。二人は仲睦ましく毎日、家庭礼拝を守り、聖書を読み聖日には教会生活を守って神さまの教え戒めにしたがう忠実な幸いな信徒であると思います。

ひるがえって私自身の信仰について、自分を吟味するに良き模範としました。

このあとも溢れ出る思いが刻まれている。
「・・・と教えられました」という言葉がとても印象的で、綴られた文章から純粋で深い信仰が溢れ出ている。

子どもが育たなかった悲しみにあい、妻には先立たれ・・・(略)・・・想えば無我夢中で走ってきた人生を振り返ってみれば、特急列車に乗ったような感じです。

87歳になった今、朝夕の礼拝とは別に、人生最後の祈りのために最近は、床の上での祈りを捧げることにしました。誰にも教えられていませんが、自分で決めたことで、是非についてはわかりません。

キリストさまが教えられましたのは、「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。」(マタイによる福音書6章6節)

それで起床就寝のときは、このようにお祈りします。

「天にいらっしゃるお父さま、尊き御名を崇めます。イエス・キリストさまにお救い頂き永遠のいのちを頂きました、この恵みの故にお父様が召してくださるその日まで信仰と愛と、希望と、知恵、健康を与えて生かして下さい。

お父さまの御ごころを行えますように助け守ってください。愛するイエス・キリストさまの尊き御名によってお父さまのあわれみにおすがりいたします。アーメン」。

この「御ごころ」という言葉もH・Sさんの言い方だ。あるいは和歌山の言葉なのかもしれないが心に届く。

私は「四百四病の病より貧より辛いものはない」という諺(ことわざ)も知らなかったが、かつて「貧の苦しさを嫌というほど味わって」こられたH・Sさんは、新しい町道に隣接する自らの土地を教会に捧げられ、そこに美浜グレイスキリスト教会が献堂された。2010年9月のことである。

今の私はどんな高名な牧師の説教よりもH・S兄の言葉が魂に沁みこんで来る。今週はずっと信仰の友H・Sさんに思いを馳せていたのでこの記事を書いていたら、予定より2日早く今日のお昼過ぎに『種を蒔く』第3号が届いた。先ほど東京ブロック事務局の方からも感謝メールが届いた。

「御誌が主のために豊かに用いられますように、主の御名があがめられますように祈ります」。

寒椿.jpg和歌山のH・Sさんにも届いていることだろう。
私も早速教会の方々に、数名の近隣の方々にお届けし、あの方この方に郵送しよう。
朝日に輝く寒椿
チャッピーを偲びつつ

posted by 優子 at 19:49| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

遠藤周作『沈黙』論〜<ペドロ岐部>との関わりを中心に〜 ―日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会−

2月20日の日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会の学びは、京都外国語大学准教授・長濱拓磨氏の講演、「遠藤周作『沈黙』論〜<ペドロ岐部>との関わりを中心に〜」を、配布された2部の参考資料をめくりながら拝聴した。

長濱氏は高校2年生の時に受洗されたクリスチャンのキリスト教文学者だ。若い頃は椎名麟三を研究され、現在は遠藤周作の歴史小説で博士論文をまとめておられる。

日本人の心を知りたい、特にキリスト教文学を知りたい。そして、キリスト教がどんなに影響を与えたかを知りたいとの思いから日本文学を学ばれたという。

以下は私が記憶しておきたいことを聞き書きしたものである。

先月、高山右近(江戸幕府のキリスト教禁教令で国外に追放され、殉教したキリシタン大名)が福者(ふくしゃ)に認定されたと報道された。

福者とは「カトリック教会において、死後その徳と聖性を認められた信者に与えられる称号」であるが、ペドロ岐部はそれより前に福者に認定されている。彼らが遠藤の中にどんなに影響を与えたかを考察したい。

遠藤文学は弱者の文学、弱者の救済である。キリシタン時代、心弱くして棄教した人を弱者と規定している。ロドリゴも弱者である。そして、弱者の反対の華々しい殉教を遂げた人、強者の代表としてペドロ岐部がいることがわかった

マカオに居たペドロはマカオからキャラバン隊(隊商)に交じってインドのゴアへ行き、そして歩いてエルサレム、ローマまで行った人であり、初めてエルサレムを巡礼した日本人である。

グレゴリアン大学で神父の資格を取り日本へ潜入する。その時は最も禁教令の激しい時であったので死を覚悟してのことであった。そして、東北の水沢で捕まった。

ペドロ岐部は「穴つるし」の拷問を受けても屈しなかった。
※ 穴吊りは、この時代最も過酷な拷問と言われた。その内容は、1メートルほどの穴の中に逆さに吊す、というものであったが、そのやり方は残酷極まりない。
吊す際、体をぐるぐる巻きにして内蔵が下がらないようにする、頭に血が集まるので、こめかみ(あるいは耳)に小さな穴を開け血を抜く、などそう簡単に死なないようにし、穴の中に汚物を入れ、地上で騒がしい音を立て、精神を苛んだ。
  
「キリシタン史 江戸初期の大迫害」より引用。ペドロ岐部は焼き殺されるという凄絶な最後を遂げたとも書かれている。)

遠藤文学の最高峰である『沈黙』が発表されたのは1966年3月で、今年でちょうど50周年に当たる。

ペドロ岐部を発見したチースリクが遠藤の歴史研究の師である。『沈黙』にはペドロ岐部のことは全く出てこないが、ペドロ岐部の資料を当てるとさまざまなところが当てはまっていて、ペドロ岐部の経歴が重要である。

強者にはペドロ・岐部がおり、伊達政宗の使節として行った支倉常長(はせくら・つねなが)は日本人として初めて大西洋と太平洋を往復した人であり、日本人で初めてキューバを訪れた人でもある。

ロドリゴの(モデルはジュゼッペ・キャラ)は日本へ来てすぐに捕まったが、どれだけ日本語が分かっていたのだろうか。

遠藤は弱者だけを説明するのではなく、弱者がクローズアップされるのは強者がいるからであり、強者と弱者のバランスの中で強調されるように思う。遠藤は強者であるペドロ岐部を設定して弱者のことに見えていき自分の信仰を探っていった。

作者の意図は、神さまは沈黙はしていない。神さまは人の中に、そして人と人の間に働いて生きておられる。人間を通して働いているんだということ


最初のタイトルは『日なたのにおい』だと言われていたが、インパクトのある『沈黙』に変更した。ロドリゴが追及を逃れて太陽を浴びて息抜きもしたというのが資料の説明だが、他にも意味があるのではないか。
それはロドリゴが幽閉されていたキリシタン屋敷が江戸小日向(こひなた)にあったことも意味しているのだと思う。

ロドリゴはそこでも信仰を保っていた。そこにキチジローまで居る。キチジローのモデルになったのは切支丹屋敷にいた長助、お春という夫婦ではなかったか。

遠藤は『キリシタン人物の研究』を参考にしたことは書いていないが、「まえがき」で多くの引用箇所がある。(資料との)年号のズレから岐部をモデルにした証拠だと言える。

フェレイラは拷問中に出した呻き声をお経を詠んだとされて棄教の烙印を押された。棄教した人物については教会側もできるだけ黙殺しようとしたためか、また幕府も闇から闇の葬り去ろうとしたせいか、その生涯が明らかでない。
以上
資料の最後にある長濱先生の論述を感慨深く読んだ。
「不幸にして千々石ミゲルや荒木トマスは16、7世紀の西欧基督教会の行動を基督教の教えそのものと混同した。この世紀の教会の過失を、基督教自体の性格と錯誤したのである。

彼等は基督教会もまた歴史的に数多くの過ちを犯しながら、より高きものに成長していくのだという『教会の成長』という考えを持ちえなかったのだ。
千々石ミゲルや荒木トマスは、この時代の教会の過失を基督教そのものと同一視して、信仰を放棄した。だがペドロ岐部は彼等二人よりも、よくイエスを知っていた」。


余談だが、モニュメントであれ「ペトロ・カスイ・岐部記念公園」 に、ペトロ・カスイ・岐部神父(右)の横に、残虐な穴吊りを考えた井上筑後守が並べてあることに言葉を失う。殉教者たちの生涯に思いを馳せると限りなく考え込んでしまう。

再び日本で信教の自由を脅かす時代が来るようなことがあっては大変なことだが、私があのような時代に置かれたならばどうなのか。拷問の恐怖で簡単に転んでしまうのだと思う。

そして思うのは、ペドロ岐部のような強者が立派で偉大な人物なのではなく、そのような立派な人物であるがゆえに神さま(聖霊)が働かれたのだと思う。『塩狩峠』の長野政雄のように、そして、後藤健二さんもまた。

東 道男牧師.jpg東牧師(写真は開会礼拝の説教中)のコメントは、
「幾多の人たちが辛い思いをしながら背教していったかを思う時、私自身もそのような立場になったら精神的に大きな挫折を感じますからね。

遠藤の信仰は私たちの信仰(プロテスタント)とは少し違い、人間の英知、知性で信仰を受けとめようとしているところがあるのではないか。復活信仰を信じていない。
殉教者の苦闘の中で信仰を貫き通したことは、旧約聖書続編のマカバイ記1章にいくらでも出てくる」。
 

「遠藤は資料から小説としてどのように深めていったか。通説を覆して遠藤の骨太のところにスポットライトを当てられた」との、大田先生のコメントが私の理解を助けた。研究者の探求は続く。

日本キリスト教文学会 2016年度第45回全国大会は、京都外国語大学で5月14・15日に開催される。

附記:ティーブレイクで各自自己紹介の時に、私は8年前に初めて出席した日本キリスト教文学会で、個人的にではないが長濱先生にお目にかかっていることを申し上げると覚えてくださっていたので感激した!
その時のことはここに記録してある。


posted by 優子 at 16:48| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

2月20日・JCP例会のプロローグとエピローグから 

2月20日(土)、夫と知子が仲良く駅近くの歯医者さんに予約しているので、少し早かったが駅まで乗せてもらおうと家を出た。この日、ユキは生まれて初めてお留守番、幸い30分後に帰宅したそうだ。

2月の千里風景.jpg2月に千里ニュータウン教会で例会を開くのは初めてのこと。真冬の千里界隈の風景を見たいこともあって、少々荷物が重かったが霧雨だったので今回も南千里駅から教会まで歩いた。

1時間も早く着いて.jpgところが1時間も早く着いてしまって困った。玄関のベルは鳴っているのだが東牧師のお耳には届いていないようで、冷たい雨の中立ちすくんでいた。
そのうちジャンバルジャンになったような気持ちになって教会の十字架を見上げていた。
20分後に兵庫県播磨から仲間の男性が来られ、難なく門を開けて玄関先まで入った。その10分後に大田先生が来られ、しばらくお喋りしていると東先生がお健やかな表情で玄関を開けてくださった。(^−^)

これがプロローグのエピソードだが、エピローグは帰りの近鉄大阪線で人身事故が起きて不通になり、携帯電話の功罪を考えさせられたことだ。

例会の帰宅時は「迎えはいいよ」といつも言っているが、知子が時間を見計らって駅まで迎えに来てくれ、長い時は30分も待たせることがあるので今回は夫の携帯電話を持って外出した。

私は携帯電話の操作法がわからないので自宅にかかるように画面設定してもらってのことである。いつだったか初めて借りて行った時は、教えてもらっていったがやり方がわからなくて近くにいた見ず知らずの人にやってもらったことがあった。

20日夜、鶴橋発の時刻を知子に連絡した矢先のことだった。駅員さんが運転席まで行ったり来たりして慌てている様子を見ていたら、まもなく「国分と大阪教育大前の間の踏切で人身事故のため全線ストップ」のアナウンスが流れた。

数か月前に知子も人身事故の影響を受けて2時間も遅く帰宅したことがあったが、こんなに大変だとは思わなかった。再び知子に電話した。携帯電話の画面が変わっていたので困ったが番号を入力すればよかった。

しばらくして「奈良線で迂回するように」とのアナウンスが流れたものの、奈良方面は馴染みがなく大阪線(名古屋、伊勢志摩方面)が開通するまで待つことにした。

しかしやっぱり躊躇し駅員さんに尋ねると、「これから警察の現場検証があるので2時間はかかるから、大和西大寺で橿原線に乗り換えて大和八木回りの方が早い」とアドバイスされた。それでもなお躊躇していたが、その思いを振り切って奈良行き急行に乗ることにして3度めの電話を入れた。

西大寺で橿原神宮行きの電車に乗り換えて一安心。ようやく落ち着いて車窓から外を見ていたが、橿原線沿いの景色は暗闇で、ある停車駅のプラットホームに薬師寺の石柱が立っていたから驚いた。そこは「西ノ京」で、薬師寺が西ノ京にあることも知らない自らの無知さに呆れた。

さて大和八木に着いたはいいが、私の行きたい駅までは行かず3駅手前までと言うではないか。帰りつきたい駅が事故があった一つ手前の駅ならば然(さ)もありなん。4度目の電話をしたら迎えに行くからと知子の明るい声。

ホット一息つくも「この列車の出発時刻は不明です」と言われて、「ええー?」と出した声に周囲の人々の視線が集中した。みんなは静かに驚いていた。

知子に申し訳ないと思いつつも携帯電話のありがたさも身に沁みた。災害時のためにも携帯電話を携帯する必要性を強く感じているので、いよいよ持つべきかと思うが・・・もうしばらく保留。

そして、最後の落ちはこうだ。
急行が先に出ると言われて乗り換えると「この電車の停車駅は・・鶴橋行きです」とアナウンス。「???」途中までではないの? ようやく開通したのだ(>_<)。今頃知子は自動車で向かっていることだろうから電話はしない。

結局のところ、こまめに連絡できたがゆえに知子を振り回す結果になって申し訳なくてならなかった。文明の利器を賢く使えば功が多いだろうが、やはり何事も功罪相半ばするように思う。


かくして7時半に帰っていたはずが9時過ぎの帰宅になった。
人身事故は事故なのか自死なのか・・・いずれにしても心が痛む。読書会で親しくしていただいていたBさんは、娘さんが電車に飛び込んで自死された。車中ではそのことに思いを馳せていた。以来、お孫さんの成長を見ることもままならなかったことも。

さて、今回の例会では会計と書記だけではなく例会係(お茶菓子の準備)も加わった。何よりも会計係だけはどうしようもないほど不向きである。
出版協力金と参加費だけではなく、早くも案内されてたので4月からの年会費を納めてくださる方もあり、帰宅後も大まかながら預かったお金を数え整理した。

神さまは年齢以上に老化現象が激しすぎる私にボケないようにと、このような御用をさせてくださっているのだと励んでいるが、落ち込むこともしきり。今朝も2時間以上かかってやっていたが、一般会計が万単位で不足しておりこのままだと穴埋めせねばならない。

『種を蒔く』第3号は先週で印刷を終え、今日から製本に入っている。今回は2校戻りの修正で責了とすることになっていたが、「扉」が抜けていたので最終確認として3校目も送ってくださって最終校了とした。

印刷屋さんから11日(祝日)に届いた2校目を点検し、夕方の便で送った原稿が再び訂正されて翌13日の午前中に届いたのは驚きだった。
印刷業というのは実に神経のいる仕事だと思う。いや、どの分野の仕事も苦労があり、みんな精一杯を尽くしているから素晴らしい。感動の連続であった役目を果たし送られてくるのが楽しみだ。

posted by 優子 at 21:46| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

「仕える自由−律法の本質」 −木ノ脇悦郎牧師の説教−

昨日のクリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会については後日にして、受難節第2主日の今朝の礼拝説教からお分かちしたい。

敬愛する木ノ脇悦郎牧師の「仕える自由−律法の本質」と題する説教で信仰を奮い立たされて大いに恵まれた。木ノ脇牧師は1942年のお生まれの神学博士で、現職時代は関西学院大学神学部教授・学部長、福岡女学院院長、福岡女学院大学学長を務めてこられた。

今朝の聖書の箇所はガラテヤ人への手紙5章2節〜15節、以下は私の聴き書きである。

大塚国際美術館は世界中の名画を原寸大の陶板に焼きつけて展示されている。触ってもよし、撮影してもよし、ベネチアもバチカンもヨーロッパ中を一日で歩いたが、その中の多くは(キリストの)「受難」の絵であった。

十字架降下の絵やピエタ(イタリア語:Pietà。「哀れみ・慈悲」の意味で、十字架から降ろされたキリストを抱く母マリアの彫刻や絵のこと)など、多くの画家が受難を描いているのは、キリスト教にとって受難がどんなに大切かを意味していると思う。

今日はパウロからメッセージをいただきたい。
パウロは2つの違う正反対の方向から批判を受けていた。ユダヤ人からは律法批判として、その反論が「ガラテヤ人への手紙」であるが、また、キリスト教に改宗した人たちからパウロは未だに律法(割礼)を伝えていると言われる。

使徒行伝16章3節に、「パウロはこのテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることは、みんな知っていたからである。」とあるように、パウロはギリシャ人を父にもつテモテを連れて伝道旅行に行くために割礼を受けさせたのである。

コリント人への第一の手紙9章19節〜21節には、
「わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。

律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。

律法のない人には――わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが――律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである」。


それに対して未だに律法を守っていると批判を加えた。
この両方の批判に対して自分の立場を明らかにして、キリスト者としてどう行うのが良いのかと倫理の問題について語っている。

ガラテヤ人への手紙5章2節には、「見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう」。

割礼は律法の初めである。ユダヤ人にとって生涯律法を守りながら生きて行くんだと割礼を受ける。割礼を受けるということはキリストから無縁の存在になってしまう。

ガラテヤ人への手紙2章21節には、「わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる」。

つまり律法とは私が守っていく。それが功績になる。即ち、自分の力、立派な強さで救われることであるから誰にも文句を言わせない。恵みなんていらないということである。

しかし、「恵みは自分で得るものではなく、与えられるものであるならば」とパウロは語る。
ガラテヤ人への手紙5章5節には、「わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。」とあるように、優れた宗教家たちの最も根本的な体験はそこにある。

アウグスチヌス、ルター、日本では親鸞聖人など、彼らは自力でそれを得ようとして我々が想像つかないほど修業した。

例えばルターはどれだけ懺悔したことか! 努力すれば自分はこれだけやっているという傲慢さが出てくる。そしてまたそのことを懺悔する。

また親鸞は万巻の経典を読んでも悟りに至らず、法然との出会いによって「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えればよいのだと教えられて、人間にとって不可能であったことを得た。

共に根本からひっくり返す恩寵を説く宗教である。「ただ信仰のみ」「絶対他力」であり、恵みや慈悲は向こうからいただくものであるという体験をした。人間の働きによる主観的な救いではなく、恵みとしての救いをパウロは多く体験した。

ガラテヤ人への手紙5章6節には、「キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。・・・」 

私だけに恵みを実感として与えてくださる。キリストの受難の出来事といつも結ばれている。そして同じく6節、「尊いのは、愛によって働く信仰だけである。」は愛の実践を伴う信仰であり、自ずからその信仰は愛が伴ってくるのではないだろうかと、パウロは自分の信仰の立ち位置を明確にした。

即ち、「本当のところ、そのことを確信していたい。本当のところ、その真理を優先させて生きてはいないではないか」と言っている。安易で誤った説得をする。それは全体に行き渡りやすい。

ガラテヤ人への手紙5章10節には、「あなたがたはいささかもわたしと違った思いをいだくことはないと、主にあって信頼している。しかし、あなたがたを動揺させている者は、それがだれであろうと、さばきを受けるであろう」。

イエス・キリストへの信頼があって、それゆえにあなた方を信頼している。その信頼を破ろうとするのは、あなた方が源である主を離れることだと語ろうとしている。

強さに対抗できるのは強さではない。強さに対峙できるのは弱さでもいい、負けてもいい。強さを盾にとる人にとっては、これらのことは躓き(スキャンダル)なのである
パウロはキリストの弱さや躓きに賭けた。そして、律法を乗り越えようとした。

5章12節には「いっそのこと自ら去勢してしまえばよい」と言っている。(口語訳聖書では「あなたがたの煽動者どもは、自ら不具になるがよかろう」。

割礼とは男性性器の表皮を切ることであり、ユダヤ人は動物性の蛋白をたくさん摂るので汚れが溜まってくるので最初から切った。

旧約聖書には、「去勢した者は神の民にふさわしくない」と書いてあり、神の民から排除されると痛烈な批判である。こうして自分の立ち位置に戻っていく。

「愛の実践をせよ」というのは掟ではなく自発的なものであり、自由によって出てくるものである。愛によって仕えるのは喜んで僕(しもべ)となる。

律法の根本的意味は何か。
共に生きて行くためであり、祝福を受け、恵みを受け、解放された人々と共に生きて行く。それが仕える姿ではないか。それが神さまから与えられた自由ではないか?!

根本的な教えを説き続けたパウロの根底にキリストの十字架の死、受難の出来事があった。私たちもこの時代にあってどのように考えていけばよいか思わされる。

「強さに対抗できるのは強さではない。強さに対峙できるのは弱さでもいい、負けてもいい。強さを盾にとる人にとっては、これらのことは躓き(スキャンダル)なのである」。

この言葉を聴いた瞬間に神の恩寵を感じて目頭が熱くなった。母と父の晩年、心なき人々の言動にのた打ち回るも黙して耐えさせてくださったことへの神の慰めと労いだった。

今朝の説教を文字に刻み終えた今、日本を代表する哲学者・西田幾多郎が「ガラテヤ書」2章19節〜20節がキリスト教の真髄であると語ったことを想起した。
「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。」

私たちは修行や修養してクリスチャンになるのではなく、「あなたこそ生きる神の子キリストです!」という告白を経てクリスチャンになり、主の愛の中に入れられて恵みの中で生かされるのである。

しかしまた、律法でいつも責められているというのが私たちの現実であり、クリスチャンとしていや増して自分を責めるものがある。しかし主は、その現実を越えて常に私と共にいてくださるということをもう一度実感させてくださった。

1happa-tori1c.gifこれからも信仰から信仰へと歩ませてくださり、信仰生涯を全うさせてくださるように祈ります。

礼拝後、私は女性会に、夫は壮年会に出席し、買い物をして2時半頃に帰宅した。ユキはサッカーのため知子と共に欠席した。

今朝のみことば・ガラテヤ人への手紙5章2節〜15節:
5:2見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。
5:3割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。
5:4律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。
5:5わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。
5:6キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
5:7あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。
5:8そのような勧誘は、あなたがたを召されたかたから出たものではない。
5:9少しのパン種でも、粉のかたまり全体をふくらませる。
5:10あなたがたはいささかもわたしと違った思いをいだくことはないと、主にあって信頼している。しかし、あなたがたを動揺させている者は、それがだれであろうと、さばきを受けるであろう。
5:11兄弟たちよ。わたしがもし今でも割礼を宣べ伝えていたら、どうして、いまなお迫害されるはずがあろうか。そうしていたら、十字架のつまずきは、なくなっているであろう。
5:12あなたがたの煽動者どもは、自ら不具になるがよかろう。
5:13兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
5:14律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
5:15気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。
posted by 優子 at 22:58| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月20日

神の導きと励ましに感謝して

友のブログに大いなる道しるべがあった。
友の教会では「毎月第三金曜日に牧師夫妻と10名前後の兄弟姉妹が参加して読書をし、その後読み取ったことを分かち合」い、「そこでの約束は、批判的な言動を慎み、兄弟姉妹の話をそのまま受け止めること。こうすればいい、というような指導的な意見も慎むこと。その場で話し合われたことは口外しないこと。」だという。

「教会役員の自覚と心得」についての学びの中には、「教師の助け手となること。教師が御言葉を語れるように祈ること。それは教師にとって何よりの支えとなる。もし、教師が間違えたなら、役員が指摘し正すこと。単に批判するのでなく根拠立てて語り、諭すこと」があった。

肝心なことを日々の糧として心に刻みつつ歩む。友の教会では毎週の祈祷テーマに必ず牧師の説教についても祈るという。

「聖書の言葉が神の言葉として語り始める説教となりますように」。

神の前に真に頭(こうべ)を垂れるとはこういうことだと思う。ちょうど今週初めに読んでいた御言葉を想った。

ガラテヤ人への手紙1章6節〜9節:
「あなたがたがこんなにも早く、あなたがたをキリストの恵みの内へお招きになったかたから離れて、違った福音に落ちていくことが、わたしには不思議でならない。

それは福音というべきものではなく、ただ、ある種の人々があなたがたをかき乱し、キリストの福音を曲げようとしているだけのことである。

しかし、たといわたしたちであろうと、天からの御使いであろうと、わたしたちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その人はのろわるべきである。

わたしたちが前に言っておいたように、今わたしは重ねて言う。もしある人が、あなたがたの受けいれた福音に反することを宣べ伝えているなら、その人はのろわるべきである」。


すでに雨が降り出し、お昼頃から大雨になるというが私の心は弾む。
今日は千里ニュータウン教会でクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会があるので楽しみだ。日本での最高齢の現役牧師、東 道男先生と8カ月ぶりの再会である。

posted by 優子 at 08:47| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

「スーホの白い馬」と重なるチャッピー

ユキの2年生の学びも終盤を迎え、国語は昨日から『スーホの白い馬』に入った。これが最後の単元だ。2年生の教科書は私にとっても懐かしいものばかり。

レオ・レオニ作の『スイミー』、アーノルド・ローベル作の『お手紙』(カエル君とガマガエル君)、そして、リー・リー・シアン作の『スーホの白い馬』。

どれもこれも娘たちが宿題で読んでいたので、今も私の耳には知子と真智子の声が鮮明に残っている。二人ともどんなに上手に読んでいたことか! 今も録音テープに残っている。

知子と真智子の声は似ているが微妙に違い、特に『お手紙』を読むユキの声は知子の声にそっくりで、あの頃の知子が読んでいると錯覚して何度「知ちゃん」と呼んでしまったことか! ユキもまたすごく上手に朗読する。

私は時々ユキに「ママって言うて?」と呼んでもらって「はーい」と返事して感慨にふけることがある。身体は見事に老いていくが心は全く老いていないのは驚きだ。

スーホの白い馬@.jpgしかし、『スーホの白い馬』では一つ新しい思いが加わっていた。チャッピーのことだ。
白い馬が死んだ後のスーホの悲しみがチャッピーを思い出させて心が痛み、あの時の悲しみが蘇って涙が溢れた。

スーホの白い馬A.jpg

死ぬ2分前.jpg

外に出たいのか昨日からここに.jpg今はもう門を出入りする時もチャッピーを探すことはなくなったが、ユキが学校へ行って誰もいない時にチャッピーがよく居たところに触れてみる。

ここもそう。
チャッピーが立っていたところに手を当てて、本当に生きていたのが信じられなくてチャッピーを確かめてるように。
これは死ぬ6日前だった。

私は小学校2年生の頃にクラスメイトの友だち(すみこさん:姓は忘れてしまった)から、生まれて間もないミックスの子犬(昔は「雑種」と言った。母犬はスピッツで父犬は雑種)を貰って「チビ」と名づけて飼っていことがある。チャッピーと同じ毛色で形も似ていた。

とは言っても私はチビと遊んでいただけで、世話はもっぱら母が餌をやってくれていた。チビが妹と従弟を噛んだので、父と祖父はチビを病院へ連れて行くと言って自動車に乗せた。窓越しにチビと見つめ合ったのが最後で、あの時父と祖父は遠くへ捨てに行ったことを後になって聞いた。

でも、チビは私には噛まなかった。しかし、祖父が「犬は畜生やから餌を食べている時に手を持っていったらあかんで」と教えてくれたとおり、餌を食べている時に撫でるのも怖いと思った。

でも、チャッピーは全然怖くなかった。チャッピーを飼い始めた時、祖父が言っていたことを何度も家族に伝えたが、チャッピーは全然怖くなかった。餌を触っても平気だった。

チャッピーが死んでまもなく3ヶ月。
今年に入ってからの厳しい寒さや雨の時もチャッピーのことを心配せずによくなった。家族で外出して帰ってきた夜は、すぐに散歩に連れて行かねばならなかったり、やはり犬を飼うのは大変だ。

生き物を飼うというのはわざわざ苦労するようで妙だなと思う。しかし、苦労があるからこそ愛しいのは家族や人生と同じだ。そんなことを想いながら庭にたたずんでいることが時々ある。


チャッピーは出ない.jpg「でもね、チャッピー。
チャッピーが外に出ないか気にしないで生ごみを運んだり、外の掃除ができるようになって嬉しい・・・ううん、やっぱりさみしい。
チャッピー・・・・」


そして今、知子がこんな写真を持ってきてくれた。
チャックン5歳@.jpg チャックン5歳A.jpg 
私はこんな写真があったことも全く覚えていなくて、思い出すのにも時間がかかるほど見ていなかったが、2004年9月19日の日付けだからチャッピーは5歳4カ月。
働く犬、例えば麻薬探知犬は7歳で引退というから、これはチャッピーの一番凛々しく元気な成犬時代だ。知子も若い。ちょうど10年前になる。

でも今は10歳後ぐらいからのチャッピーの方が懐かしい。そう、ユキと一緒になってからのことが思い出深いように思う。
チャックン元気.jpg チャックンと散歩の光景.jpg
これは2015年2月21日、ちょうど1年前の今頃のチャッピー。

もうすぐ春になる。
今年は春は待ち遠しくない。
このままずっと冬のままがいい。
チャッピーがいないから。

 
posted by 優子 at 23:00| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

「人格の回復」 −敬愛するS・K兄の信徒説教−

昨朝の礼拝で講壇に立たれた敬愛するs兄は敬虔なクリスチャンであるだけではなく、大学でドイツ文学・思想を教えておられるので拝聴するのを楽しみにしていた。

話者の祈りがほとばしるメッセージだった。以下がその要約であるが、聞き書きの文責は筆者にあることを改めてお断りしておきたい。

人格は個人に対して使われる言葉であり、他の人と関係を持つ時に自分の中に人格が成り立つものである。誰かと出会い、交わると人格は目覚めて動き出す。

しかし、現代の学生は親密に交わることをしない。文学作品を読んで深く感動することができず、人の話を聴いても共感したり反発したり発言できない。警戒感を持っているようだ。

このような時代ゆえに人間は孤独になり、魂や心を無くしてしまっている。20世紀の大きな思想が我々の魂や心を衰退させた。


今朝は20世紀に世界中に影響を与えたマルクス、ニーチェ、フロイトから、彼ら3人ともが人間の魂を打ち壊したという側面で話したい。

マルクスは「上部構造(政治、法律、宗教・・・)は下部構造(経済)によって決定される」と言ったが、現代はまさに経済優先の社会であり経済が政治を決定している。

フロイトは、人間を動かしているのは欲望で「性的欲望」と「攻撃的欲望」に支配されていると同じに「過去」に支配されていると説いた。となると、人間の自由な意思が軽んじられ意味を持たなくなり人形のようになってしまう。

ニーチェは「神は死んだ」と言い、人間の全ての根底にあるのが「力への意思」であり「権力への意思」だと考え、人間の霊魂、思想を破壊してニヒリズムに至った。

今やニヒリズム(虚無主義)が世界を覆っている。イスラム国を生んでいる奥底にはニヒリズムがあるのではないか。彼らを動かしているのは「自暴自棄の勇気」とも言える。

このような中で人格の回復は可能なのだろうか。何よりも出会う人々のために人格の回復を祈らねばならない。

聖書に立ち返り、神の愛と真実に立ち返って神さまに語りかけることで人格が生まれる。神と人間の正しい関係が生起すると横の関係が回復する。

神とイエス・キリストの間に愛と真実の一つなる交わりがあった。その中に私たちが加えられると人格と呼ぶべきものになりうる。


ではどうすればその交わりに入れて貰えるかは今日の聖書の箇所に書かれている。ローマ人への手紙 3章21節から31節:
しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。
それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。

すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである

すると、どこにわたしたちの誇りがあるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。

わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある。

まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。

すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法を確立するのである。

私は大学3年で受洗した。イエスの心と言葉、行動から浮かび上がってきたこと、例えばライ病の人の上に手を置くということは病気がうつるかも知れないと、自分も覚悟していないとできないことだ。そこに強く惹かれたが、自分はそうはなれないとわかった。

ルターは励めば励むほど自分の内にある邪悪さに苦しんだ。神に懺悔できる罪だけではなく、もっと根源的な罪があることに気づいていたので神さまが恐ろしくなった。ルターは「義なる神」の前に立っていた。

6時間も続けて懺悔するほどルターの不安は深刻なものだった。しかし、義なる神の前における恐れは間違ってはいない。


ボンヘッファーは「私たちが神の道を理解しようとしまいと神は義である」と言い、「恵み」もまたそうであると言っている。

これまでの神の正しさは人間を裁く義であったが、イエス・キリストによる罪の贖いを信じる者に恵みを与えられる義である。

神はこれまで何人もの預言者を送って警告し、自分のもとに立ち返れと導かれた。イザヤ書53章にあるように、神は地上で罪なき方を打たれた。そして、それを信じる者に義が与えられた。

イエスは黄泉(よみ)の国の奥、地獄にまで降り立たれた。そこは神のいない無の世界で、意味のない希望の無い世界だ。

私たちはどうあがいても私たちの中からは凡(およ)そ善なるものは出てこない。その罪の底から神を仰いで神の雄姿を身に受ける。

キリストの十字架の死によって古き自分も死に、新しい命に生きる。罪に慄(おのの)いていたルターは神は恐れるが、神以外のものは何も恐れない。神の義が確かであればあるほど罪意識が深くなり、そこから救われる喜びが大きい。

私たちはルターのような信仰の勇士ではないが、正しさが与えられる。自己アイデンティティ、「このままでいいんだ」という自己同一性、そして人を愛する可能性が与えられる。

私たちは正しい人であろうと努力するのではなく「義」と宣言されること。そこで他者との関係の中で人格が回復される可能性が持ち込まれると思う。

私たちは罪人だけれどキリストを着ている。私たちは今は昔の銅鏡のようにはっきり見えない曇った鏡でイエスを見ているが、(地上の生涯が終われば)全ての罪から解放されて全き者となる。これがキリスト者の希望であり意味である。


(主を信じる者は)主の霊の働きにより造り変えられていき、人格を回復された人間として生かされていく。そして、人と顔と顔を合わせて出会っていきたい。
主(イエス・キリスト)を頭(かしら)とした交わりが与えられるように祈り、一人ひとりの間に人格の回復を祈りたい。

主を仰ぐことで人生の意味や人生の深い洞察を与えられて希薄な若者たちと本気で関わっていきたい。彼らにおいて、そして、私との人格の回復を祈っていきたい。

このあと、「あなた(神さま)の前に到底立てない者ですが、贖いによって人であることをゆるされ、人との交わりをゆるされていることを学んだことでございます。・・・」と祈りを捧げられた。

これを書き終えて、かつて集っていた谷口諭さんの家庭集会を想起した。谷口兄(きょうだい)でしか語ることのできないメッセージ、そこでしか聴くことのできないメッセージ同様に、S兄でしか語ることのできないS兄の生きざまからほとばしる聖霊に満ちたメッセージであった。

それだけではなく私が長い年月忘れていた大切なものに触れた気がして、新しい季節の始まりを感じる。それは人生最後の意欲的な季節の始まりではないかと思う


今月は当番役員に当たっているため、信徒説教してくださったS兄と共に礼拝前の奉仕者の祈り会、礼拝後の「交わりの会」の司会、祈りなどを受け持たせていただいたが、今日のそれら一切のことが神の恵みであった。

いや、子どもの礼拝で語らせていただいたことも、説教後の連絡報告していた時もS兄と共に在ったカイロスの時だった。きっとS兄もまた同じ思い共有してくださると思う。

posted by 優子 at 11:48| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

受難節 −子どもの礼拝で語ったこと E―

私たちの教会では大人の礼拝の始めに子どもの礼拝を組み入れている。時間にして10分間ほどである。子ども讃美歌を讃美して(歌って)、当番に当たっている者が指定された聖書箇所をわかりやすく話す。

子どもは幸悠ひとりの時が多い。今朝の奏楽者は知子(月2回ご奉仕させていただいている)。今朝は今年度最後の「こどものお話」の当番で、次のようなことをお話させていただいた。
今年も受難節に入りました。「受難」とは苦しみや思いがけない悲しいことに遭うことですが、キリスト教ではイエスさまが捕らえられて十字架にかけられたことを言います。

そして、「受難節」とはイースターまでの46日間のことです。その間は、イエスさまが十字架の上で死んでくださったことを思いながら過ごします。

今日の聖書の箇所は、イエスさまが捕らえられる前に弟子たちと最後のお食事をして、そのあと、オリーブ山のふもとにあるゲッセマネの園でお祈りされた時のお話です。

聖書はマタイによる福音書26章36節から46節までですが、時間が限られていますのでお話の最後に最後の所だけお読みすることにして、そこに書いてあることをわかりやすくお話します。      

イエスさまはもうすぐ十字架にかけられて死んでしまいます。どんなに恐ろしくて怖かったことでしょう。イエスさまは神さまにお祈りするために静かな場所へ行かれました。その時に弟子の中からペテロとゼベダイの子ふたりにも一緒に来るように言われました。

イエスさまは弟子たちに、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」と仰って、もう少し離れたところへ行って一人で祈り始められました。

「神さま、できるならばこの苦しみと怖さを取り除いてください。しかし、神さまの思うようになさってください」と祈られました。この時のイエスさまのお気持ちはどんなだったでしょう。

十字架にはりつけにされる怖さ、考えただけで気を失ってしまいそうです。それだけではなくお母さんのことや弟子たちのことを思う悲しみもいっぱいだったことでしょう。しかし、イエスさまは「神さまの御心がなりますように」と祈られました。

こうしてイエスさまが祈り終えられて3人の弟子たちのところへ戻ってくると、3人とも眠っていたのです。

そこでイエスさまは、「眠っていたのか、起きなさい。眠らないで目を覚ましてお祈りしていなさい」と言われて、もう一度少し離れたところへ行って祈っておられましたが、弟子たちはまた眠ってしまいました。

イエスさまが涙を流して祈っておられるのに、弟子たちにはイエスさまがどんなに苦しんでおられることがわからなかったのですね。

そして、また一人でお祈りに行かれて戻ってこられた時、3度目も弟子たちは眠っていました。何度も「目を覚ましていなさい」と言われても弟子たちは眠ってしまったのです。

その最後のところだけ読みます。26章の45節と46節です。

それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、
「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子(イエスさまのこと)は罪人らの手に渡されるのだ。立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた。


イエスさまは何度も祈られたあと、弟子たちに「立ちなさい、さあ行こう!」と、この時はもう捕まることを決心し覚悟しておられたのです。

神さまがどんなに私たちを愛しておられて、私たちを救うために苦しまれているか。そのことが弟子たちにわからなかったのは私たちも同じで、最も大切な家族やお友達の苦しみや悲しみさえわからないんだなあと思いました

でもイエスさまはこんな弟子たちや私たちのことをダメな人たちだと思ってはおられないよ。ユキは約束を守れなくて昨日もママに叱られていたけれど、もっと大きくなったら「ああ、ぼくはどうしてダメなんだろう」と深く悩むことがあると思う。

でも、イエスさまはそんなユキのことを「ダメな子」だとは思ってはおられないことを忘れないでね。勿論、約束を守らなくてもいいということではなく、心から悔い改めて祈る時、必ず「また頑張ろう」と新しい気持ちを与えてくださるからね。

先ほど歌った讃美歌にもあるでしょ。
「良い子になれない私でも神さまは愛してくださるって、イエスさまのお言葉」ってね。このことを忘れないでね


ではお祈りします。

「神さま、私たちも悲しんでいる人や悩んでいるお友達がいたら心からわかってあげようとする心をお与えください。そして、どうしたらいいか教えてください。

今週もイエスさまと一緒に光の子どもらしく歩んでいくことができますようにお守りください。このお祈りを大好きなイエスさまのお名前によってお捧げします。アーメン」。

たった5分ほどの話であっても子どもに神のメッセージを伝えるのであるから、何度も聖書を読み、祈りつつ熟考する。その中で次の聖句を深く味わっていた。

「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

イエス・キリストの思いに思いを重ねていた時、キルケゴールの「祈りは神を変えず、祈る者を変える」という言葉を思い出した。

祈りを重ねていく時、自らの内にある不純なものは取り除かれて、自分の思いではなく神の御心を祈らされることを何度も経験しているからだ。その祈りが正しければ確信を与えられていく

「立て、さあ行こう」。

今抱えている大きな問題についてもそのことを霊的に感じている。


このあと2階へ上がって分級の活動に移るが、子どもの出席カードに御言葉カードを貼り、担当者のノートに記録し、あとは説教が終わるまで遊ぶだけ。
今日もユキひとりだけだったので持参した折り紙で遊んでくれ、私はしっかり信徒説教を拝聴することができた。

今朝講壇に立たれた敬愛するs兄は敬虔なクリスチャンであるだけではなく、大学でドイツ文学・思想を教えておられるので拝聴するのを楽しみにしていた。
お聴きしながらふと教会のことを思い巡らしたために一部聴き洩らしたところもあるが、正確に聞き収めたところだけでも心にとめながらページを改めて刻んでおきたい。

附記:今朝の「子どもの礼拝」で取り上げた聖書箇所、マタイによる福音書26章36節から46節:
26:36それから、イエスは彼らと一緒に、ゲツセマネという所へ行かれた。そして弟子たちに言われた、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」。

26:37そしてペテロとゼベダイの子ふたりとを連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩みはじめられた。

26:38そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」。

26:39そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

26:40それから、弟子たちの所にきてごらんになると、彼らが眠っていたので、ペテロに言われた、「あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目をさましていることが、できなかったのか。

26:41誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

26:42また二度目に行って、祈って言われた、「わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、どうか、みこころが行われますように」。

26:43またきてごらんになると、彼らはまた眠っていた。その目が重くなっていたのである。 26:44それで彼らをそのままにして、また行って、三度目に同じ言葉で祈られた。

26:45それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子は罪人らの手に渡されるのだ。
26:46立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた」。

posted by 優子 at 16:26| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

「信教の自由を覚える日」に自らの信仰を問う

ユキが撮ったヒンズイ.jpg昨日も今朝も−3度と冷え込んだ。祝日の今朝もユキはおじいちゃんと「お散歩」に行った。今でも「おじいちゃん、散歩に行こう!」というのがかわいい。

家を出てすぐ隣家の木に見慣れない鳥が止まっていたとカメラを見せてくれた。
これは去年初めて知った鳥、ヒンズイだ!

そして、メジロ。1月末には赤い実がいっぱいあったのに今朝は全部なくなっていたという。昨年(の記事・「2015年の立春に」)と同様に、メジロは毎年1月末から2月初めにかけて活発な活動をしているようだ。

ユキが撮ったメジロ@.jpg

飛ぶ瞬間のメジロ↓ユキが撮ったメジロA.jpg 飛ぶ直前のメジロ.jpg全てユキが撮った写真。

今日2月11日は「建国記念日」であるが、日本のキリスト教界では多くのキリスト教会が「信教の自由を覚える日」として特別の祈りを捧げる日になっている。

1873年のこと、日本は近代国家に仲間入りするために信教の自由が許された。それまでのキリシタン弾圧は残酷極まりなく、拷問の残虐さと20万から30万とも報告されている殉教者数は、世界でも2番目に数えられるものである読んだことがある。

1879年に浦上に小さな聖堂が建てられ、大正の時代になってから煉瓦造りの浦上天主堂が完成した。ところがこともあろうに1945年8月9日に原子爆弾が投下され、「日本を開国させ信仰の自由を与えるきっかけとなった国によって、教会の上に原爆が落とされた」。

私は「信教の自由を覚える日」を前にして殉教した人々に思いを馳せていた。プロテスタントであれ、現代のクリスチャンは彼ら殉教者の存在ゆえにイエスと出会ったことを思うと、自らの信仰の歩みを顧みないではいられない。

今日の午後、5年ぶりにもなるだろうか、スーパーでクリスチャンの知人に会った。クリスチャン同志でもこの方ゆえにか、少々信仰解釈が違っているかもしれない。
知人は「今は世の終わりで神さまの足音が近づいていると言われている」と、熱く教会のことや信徒への思いを語っていた。確かに日本だけではなく世界の混沌さは深まるばかりで、夜明け前の最も暗い闇のようだ。

そして、闇は教会さえも覆おうとしている。
信仰者の良心も鈍くなり聖霊の導きを得られず、牧会者までもが霊的盲目となり福音が歪曲されていく危うさを感じる。信徒もまた主体性もなく、唯々諾々と従うことが仕えることであり従順とする迷妄に陥ってはいないか?!

神は唯一絶対にして完全な方、それが我々の信ずる神である。神のことを知るのは聖書学や神学ではなく霊性だ。私たちは霊的無知から抜け出さねばならない。

そのようなことを昨年末から思い巡らせている時に、殉教してまで信仰を守った先人たちの足跡を思い出し、彼らは私にとっても無関係ではなかったことに気づかされたことは神の導きであった。

折しも来週のクリスチャン・ペンクラブの例会で、長濱拓磨氏の「遠藤周作『沈黙』論 ―<ペドロ岐部>との関わりを中心に―」を拝聴できるのは非常に興味深く楽しみである。そこでまた大いなる導きをいただくことになるであろう。


附記:『種を蒔く』第3号出版進捗状況。
2日前、印刷屋さんからの電話で訂正箇所の問い合わせを受け、ページを追いながら確かめた。そして、今朝『種を蒔く』第3号の2校目が届く。
訂正箇所が改められているかを見直し、全体にも目を通して再度今夕の便で発送。印刷屋さんには明日午前中に届く予定。

今回は2校戻りの修正で責了として、2/17 修正して印刷へ、2/22 印刷上がり製本へ、2/26 完成、2/27 梱包・発送作業、2/29 商品到着の予定である。

あとは近日中に発送先18軒の住所と冊数を印刷屋さんに連絡し、例会でそれぞれ異なる集金がスムーズにいくように準備はほぼ完了している。


posted by 優子 at 21:56| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

インフルエンザで次々と学級閉鎖

昨年はインフルエンザで欠席する人は全くいなかったのに、3学期早々にクラスで一人ユキだけ罹患した。今年は1月から1年生のクラスが学級閉鎖になっており、昨日教会の方から奈良県に警報がでていると聞いた。

今日の午後、学校の一斉連絡が入り、「インフルエンザ及び様症状による欠席者が多数のため、2月9日(火)〜12日(金)の4日間(11日祝日を含む)、学級閉鎖」で12日(金)の授業参観・懇談は2年1組のみ26日(金)に延期するそうだ。
ユキは2組、今朝も元気に帰ってきた。大急ぎで宿題を終えて公園で1時間半ほど遊んでくる。門限を徐々に伸ばされて今は5時15分になった。

真冬の登校姿.jpgこの冬、2年生になってからネック・ウォーマーで顔の半分を覆って登校する。そして、冬でも水筒を持って行く。半分ほどしか入れてないが。

↓これは今朝のユキ。昨年12月頃からあやとりに夢中。
あやとりに夢中A.jpg私よりも6歳年上の夫の方があやとりもよく記憶している。しかも男性があやとりとは珍しい(笑)。
ダイヤモンドできたよ!.jpg
「ダイアモンドできたよ!」
このあと、ダイアモンドから滑り台、亀、ゴムゴム、兜、それを反対に向けたらパンツになって、ネクタイ、馬のしっぽだって!。
そして、最後にマジックで毛糸が抜ける。
スーと糸が抜けるよ.jpg

数ヶ月前から知子がユキを見送るのは1週間に1度あればよい方で、早朝に父親と出社する。
そんな先週の木曜日、久しぶりに知子も一緒に見送った時、私が「行ってらっしゃい! 怪我をしないように遊ぶんよ!」とだけ言うので、知子が「普通は『しっかり勉強するのよ』だけど」と笑った。そういえばそれは言ったことがないかも・・(^−^)

チャッピーただいま@.jpgチャッピーが居た時、ユキは学校から帰ってくると「チャッピー、ただいま!」とビスケットをあげていた。
チャッピーの目はビスケットの入っている缶を見つめたまま。


これらは昨年の今頃だったね。

チャッピーただいまA.jpg 
チャッピーのいない生活にも慣れてきたね。


posted by 優子 at 21:28| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年02月04日

動物は死で終わるとも、チャッピーは私たちの心に生きている −老牧師からの返信−

メジロC.jpg1月中旬のこと、メジロを近くで見たくてベランダに休憩所を作ったが、小鳥は警戒してなかなか来てくれなくてミカンは腐ってしまった。
メジロA.jpg
もう諦(あきら)めていたが2月2日の朝、ついにメジロがやって来た!

ユキがミカンををついばんでいるメジロを見つけたので、私はユキを見送ったあと大急ぎで新しいミカンと交換した。ガラス越しで写したものだが何て美しいんだろう。目と目が合った。動くと逃げてしまうのでそっとそっとカメラを取りに行った。
メジロ@.jpg

メジロB.jpgこのあと少しだけ体の大きいメジロ(←)が飛んできて、先に食べていたメジロ(↑)を追いやってしまった。

小さな小鳥を見ながらいつしかチャッピーのことを思い出していた。可愛い目を見つめているとメジロの小さな背中を撫でているような気になり、チャッピーを撫でていた感覚が蘇って一瞬にして涙が溢れた。

チャッピーが死んで3ヶ月目に入った。
まだ悲嘆が生々しかった頃、動物は死ぬとどうなるのだろうかと思いを馳せたこともあった。
もとより私は聖書の人間観ともに動物についても正しく認識しているので悩むことはないが、日本では飼っていた動物が死ぬと人間並みに葬る人が多く、心情的にはわかるが異様にも感じていた。この機会に敬愛する老牧師に尋ねようと師への返信に書き添えた。

誠実で牧師の牧師ともいうべき老牧師は多忙な日々にあられても、私の問いかけも忘れず1月下旬にいただいた2通目のお便りにお答えくださった。

12月末のお手紙に可愛がって居られた犬の事を書いて居られました。私共主を信じる者にはコリント第一の手紙15章の様に、死は霊的生命に甦る栄光の希望があります。

イザヤ25章8節には神様が死の不安も悲しみも恐れも取り去って下さって涙をぬぐい去って下さる−とありますが、霊魂なき動物の場合は復活の主の命に与る事はむつかしい事です。

でもモーリス・メーテルリンクは言いました。「私達が死んだ犬や猫を懐かしみ彼らを思い出す時に彼らは私達の世界に甦ってくるのだ」と。

ヨブ記33章15節に「人が深い眠りに包まれ横たわって眠ると夢の中で夜の幻の中で」神様がいとしい犬の声を聞かせて下さり、死の世界から呼び戻し、命の光に輝かせて下さる(30節)でしょう。また霊界ではそばにいてくれるのだと想像する事もできます。

私達はマカバイ記の7章14節のように、「たとえ死に渡されようとも神が再び立ち上らせて下さる」という「希望に生きています」。「神の力の偉大さを(17節)決して忘れは致しません」。

明るい夢と希望をもって2016年を歩んで戴きたいと思います。
主にある平安を祈ります。

チャッピーは死んでしまったが私たちの心の中に生きている。「チャッピーは幸せでしたよ。」と年賀状に書いてくださった友の一言が私を慰めた。

メジロが来た2日のお昼頃、生協の荷物を運び終わって友と話していると、迷子の犬が私たちを見つめながら自宅前を通り過ぎて行った。飼い犬だろうが首輪がなかった。チャッピーより少しだけ大きい犬で柴犬ではない。

犬は私たちの前を通り過ぎて行くのだが、離れたところでいつまでも振り返って尻尾を振りながら親しげに吠えるばかりで、捕獲しようにもどうしようもなかった。

ユキが学校から帰ってきた時もいたらしく、家に入るなり大きな声で迷い犬のことを言った。ユキは気が散って宿題など手につかないで何度も何度も外にいるのではと見に行った。私もまた。

チャッピー、おいで!.jpgチャッピーもよく逃げた。この時も出てしまって「おいで、おいで」と呼ばれている。すぐに捕まえることができたけれどね。チャッピーは自分の家がどこにあるのかはよく知っていた。

若い頃は私が町内の道を覚えるよりも早く覚えた。違う道を歩いてもどこで曲がるかもよく分かっていて、私が目を閉じていてもちゃんと家の方向に曲がって行った。そして、長く歩きたくない時は四つ角で立ち止まり、近道の方向を向いてガンとして動かなかった。(^0^)

しかし、最後の1〜2ヶ月はわからなくなっていたように思う。弱った足なのに家の前に来ても通り過ぎて行ったから。
あの迷い犬は老犬ではなかったので家に戻ることができますように!

お水おいしい?.jpg「チャッピー、お水おいしい?」
これは昨年の今頃、2015年1月31日のチャッピー。
チャッピーはもうどこにもいないけれど、私たち家族の心の中に生きている。今もこれからも。
posted by 優子 at 07:19| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

経済学者が語る「日本の戦争と平和」 −浜矩子 講演会 最終章−

「TPP」の本質は「TYP」、「とってもやばいパートナーシップ」だ。「やばさ」がどこにあるかも安倍さんの言葉が既に教えてくれている。彼は「TPPは経済効果も然りながら、その戦略的価値は驚異的なものである」と言っている。

これは大問題不規則発言で、平気で口に出してしまうのは驚くべきことである。このいかがわしい思惑こそに目を向けておかないといけない。

今とんでもない風が吹いているが、我々はとんでもない風に吹かれてはいけない。アホノミクスの向こう側に行けるためのポイントはざっくりいえば3つある。
それは「一つの原点が生き」、「一つのバランス感覚」、そして「3つの道具」である。


「一つの原点」とは経済活動の原点であり、それは即ち経済活動は人間を幸せにするための位置づけである。

経済活動の本来の姿が日常生活に実現されていくためには、孔子の「七十にして心の欲する所に従えども矩を超えず」である。70歳にもなれば労せずして常にできていなければならないということだ。

即ち、とことん追求するにしても社会倫理や行動規範、人間としての節度、生き方、まっとうさを越えてはいけない。「欲」と「矩」の黄金バランスを持つことが悟りの境地である。しかもこれは経済活動の原点的あり方を示している。

経済活動は人間の欲に後押しされて発展していくものであり、願望に従って頑張り経済活動が後押しする。しかし、欲を追及するにも「欲」と「矩」の黄金バランスが肝要である。

「3つの道具」とは「耳」「目」「手」である。
それは「傾ける耳」であり、自分と違う意見を言っている人の話を傾聴する耳。弱者の小さな声を聴く耳。

「涙する目」。人のためにもらい泣きする目が必要だ。
18世紀のアダム・スミスの『国富論』により経済学が誕生したが、スミスは「人のために涙できる人である」と言っている。人のために泣ける人は自分のために追及していても決して矩を越えない、驚くべき一致である。

そして「さしのべる手」。これは救済を必要としている人々を悲しみの淵から引っ張りあげる手だ。
大日本帝国を目指すアホノミクスを唱える彼らは最もそれらを持っていない者である。聴く耳もたず、涙枯れし目、奪い取る手だ。

私たちはアホノミクスのとんでもない風に吹かれないで、アホノミクスの向こう側に行こう!

以上が講演されたメッセージだった。このあとの20分間の質疑応答の中で、日本の膨大な負債に関するコメントを附記しておきたい。

この膨大な負債はまっとうには解消できない。グローバル化経済においては、鎖国してハイパー(猛烈な)インフレを演出するのはとても不可能だ。今の状況下において、かつての預金封鎖、新円の切り替えなどを想定できる。

マイナンバー制度が始まったので、例えば、このぐらい資産のある人々には無理に国債を買わすとか、富国強兵路線からそんなやり方も飛び出してきかねない。

いつだったか、浜さんが反対論者とディベートしていた時、浜さんの発言に対して猛攻撃する人を前にしても冷静で謙虚に耳を傾ける姿に強く心を打たれた。
このたびの穏やかな内容の質疑応答のしぐさからも尚更にその人となりがよくわかった。誰に対しても常に謙虚なのだ。

講演内容についても、特に経済に関心を持っていない私のような者をも引きずり込んだ。それは話す人の人間性が伝わってきたからだ。文学作品の講演でも同じで、何事も発信する人物の人柄が見事に表れる。

私の次女も経済学者になり夫婦共にIMFのエコノミストとして働いているが、浜さんの論理的でわかりやすい講演を聴きながら、「ママのような素人の人にもわかるように話さないといけないからね」と言って、大学時代に私を聴衆にして研究発表の練習をしていた時の言葉を思い出していた。

その時も内容に引きずり込まれたのは、やはり学問に対する姿勢であり、その視点が人間に焦点をあてているところだ。
文学のみならず社会科学も自然科学でさえ全ての学問領域が「人間学」であるというのが私の持論だが、次女もまた、「時代を遡っても共通する人間の姿や経済に強い興味を抱いたのである。」と大学の卒業論文に記しているとおり、親ばかながらも実存的な視点に深い感銘を受けた。

浜矩子さんはたびたび旧約聖書の話を引用されているので注目していたが、数か月前にクリスチャンであることを知った。
私たちも常に目を覚ましていなければならない。そのためにも全てに先立って自らの内側に目を向けて、自らできることに励まねばならないと啓発された講演であった。
                     −完−

posted by 優子 at 07:00| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

経済学者が語る「日本の戦争と平和」 −浜矩子 講演会 B−

ここより「アホノミクス」悪口シリーズである。
彼らの目指しているのは富国強兵の何物でもないと思っていたが、今や推測ではなく本質的な問題性を、アホノミクスを赤裸々に見せてくれたのは、2015年4月30日、米国訪問した時のこと。

連邦議会で演説した日、午後の講演会(笹川平和財団米国主催シンポジウム)で発した言葉、「私の外交、安保政策は (経済政策の)アベノミクスと表裏一体だ」と言った。

「あなたの経済政策は外交安全策とどのような関係があるのか」の質問に対して、「デフレから脱却し経済を成長させれば、GDPをふやすことが出来る。そのことで防衛費をしっかり増やしていくことができる。強い経済は安保体制の立て直しに不可欠だ」と答えた。

国民の生活を安定させるためではなく、軍備増強を可能にさせることだとはっきり言った。これがアホノミクスの本質的狙い、富国強兵になっている。

このようなことのために経済政策を振り回すことは絶対に許されてはいけないことだ。経済政策にはそれに課せられた重要な使命があり、それは人間の営みであり、人間を平和に幸せにすることに直結することである。

経済の重大なる使命、2つの命題とは、均衡回復であり経済活動のバランスを復元すること。そして、弱者救済。この両者にこそ表裏一体の関係がある。

経済活動の均衡が崩れると凄(すさ)まじいインフレになるとか深刻なデフレ状態になる。
凄まじいインフレは生命の危機にさえ晒され生存権を脅かされる。また、深刻なデフレになると安いものを作る人たちの賃金がますます下げられていく。デフレ経済は経済活動が縮む現象である。

彼らの外交安全政策は何を目指しているのか。それは戦後レジューム(resume:取り戻す、回復する)からの脱却である。つまり戦前にもどるしかなく、大日本帝国時代に立ち戻ることである。
しかし、この憲法がある限り戻れないからそれを崩そうとしている。それが彼らのシナリオである。


しかし、今日の日米関係、日米同盟こそが戦後レジュームそのものである。日米同盟は彼らの方便であり、大日本帝国立ち返り。

こちらがアメリカ追随を言うと敵に塩を送ることになり、もっとおぞましいところに我々を引っ張っていくことになる。

このおぞましい表裏一体論を考えると、アホノミクスは「第2ステージに入った」と言い、内容空疎で具体性に欠ける「新3本の矢」の言葉の煙幕で我々を翻弄しようとしているが、それを一笑に付すのは危険だ。

GDPを600兆円にする目標を打ち出したことと笹川平和財団でのスピーチこそが真の狙いである。600兆円は今の日本経済の規模の2割大きい。GDPを増やすことができれば国防費を増やすことができるという表裏一体。
 

 「一億総活躍社会」とは「総員奮励努力せよ」との号令がかったと理解しないといけないと思う。
「生涯現役」とは「死ぬまで働け」で「産めよ増やせよ」と、「21世紀版大本営発表」の方向感を持っているアホノミクスなのだ。

                 −最終章Cにつづく−


posted by 優子 at 00:00| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

経営陣世代交代して新しい船出

取締役就任挨拶状.jpg

本日2月1日付けで知子は専務取締役として新しい船出をした。社長は留任。2人の取締役は40代前半で世代が大きく若返った。

2000年頃までと違い紙業経営は年々どうしようもないほど厳しくなるばかりである。私はその苦難と重責を娘に背負わせようとする夫に最後まで反対してきたが、祈りの中で議論に議論を重ねて決断した。

今後はこの3人が!.jpg知子は深く悩み続けた果てに筆頭社員4名に胸中を打ち明けた。彼らは真剣に受け止め、知子は彼らの意思を確認して決断した。昨年9月のことであった。


(写真は1月29日、退任する常務に花束贈呈している時のもの。
本日より夫と共にこの3人で会社を牽引していく。)


これまで支えてくださっていた2名も完全に引退され、私が監査役を引き受けることになった。それで1月29日夕刻の株主総会に出席したのである。

ここにに至るまでの知子の5年3ヶ月を思い起こす。
2010年1月に調停離婚が成立し同年9月に入社。その頃はまだまだ心身の癒しは十分ではなく、幸悠は3歳2ヶ月だった。

私の推察では当時の職場は有能な人材さえ全く生かされておらず、会社の空気は澱み切っていた。一部の人たちは相手によって陰湿な態度を示し、限度を超えた無礼さがまかり通り、しかも社内の規律を正す人は誰もいなかった。

そして、2012年2月、知子は執行役員という立場で改革に乗り出した。その境地はまさにモーセがエジプトを脱出する「出エジプト」であり、過去ログ・2012年5月31に記したとおりである。

経理の経験のない知子は猛烈な努力を積み重ねて、一つひとつ着手していった。神は熱心に求める者を捨て置かず、生涯忘れられぬ助け手を送ってくださった。

まるで父親のいない子に父親を送ってくださったような人物との出会いであり、父親代わりに知子に教え見守り続けてくださった。知子もまた、その方の教示に応えて猛勉強を重ねて理解していった。その努力たるやいかばかりか!

当時、21世紀の10年代に入っても昭和時代そのままの状況を色濃く残していた経理部も大きく変わり、2015年には電子債権まで手掛けるようになった。

知子はこれまでの4年間は「何をするか」という行動よりも、「生き方」「在り方」に視点を定めて経営改革を進めてきた。

その積み重ねによって土壌が耕され、社内の気風が変わっていく中で人材が育ってきた。それは美濃紙業ブログ・『being & doing』に記録されている。
そして今、社員皆が同じ方向、同じ目的に向かって邁進できるよう備えられた。


私は常に危機管理を忘れない知子が資金繰りをしているので安堵しているが、今後は今まで以上の重荷が知子の双肩にかかってくる。

役員になるには一旦退社することになり、会社経営がうまくいかなかった時は失業保険もない。会社の運命いかんでユキの人生を狂わせることは絶対にあってはならない。

しかし私は、主(イエス・キリスト)が必ず知子の努力を祝福してくださるとの信仰を握って送り出したのである。

神の使命から外れていれば努力は決して報われない。信仰に先立って素直な心(誠実さ)を失わないこと、そうすれば常に本心に立ち返ることができる。神と共に在るならば何があっても大丈夫なのだ。そのことを知子と毎日確認し合って生きている。

そして、後に続く社員1人ひとりもまた、自分自身が変わることで仕事の取り組み方が変わり、仕事を通して人格を磨き、互いに影響し合いながら高みへと向かう。
そのことはとりもなおさず豊かな人生を築き上げることになる。その精神を継承することが全てに先立つ経営理念なのだ。

日常生活のいろんな場面で出くわすことであるが、私たちは従順であることが重要なのではなく、人間的な利害にとらわれず、何が正しいかを見極めて従う姿勢こそが大事だ。何事もトップのすることは正しいなどと、そんな盲従者であってはならない。 

経営者の生き方や人格が社員や社風に大きく影響を与えていくゆえに、これからもグローバルスタンダードである聖書を座標軸に定めて、明確な理念を以って有能なリーダーとして育っていくように祈るばかりである。


ここまでお導きくださった神に感謝し、私はやはり今日も知子にこの御言葉を贈ろう。このみことばを握りしめて主と共に歩んで行くがいい。

「主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、
夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。
昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった」。

                (出エジプト記 13章21節)

そして、ユキの幼稚園時代によく読んでやっていた絵本の言葉、これは知子のモットーでもある。

「お祈りしながら力いっぱい できることをしたら、
神さまは きっと 手伝ってくださる」。

「(全知全能の神への)祈りは人間が生み出しうる最も強力なエネルギー」だ。
これからも「祈り」という厳粛な努力によって遂行していくべし!
知子の上に神の祝福を祈り、社員皆が物心両面に幸せであり社会に貢献できるように神のお導きとお守りを祈り、神さまが栄光を取ってくださるように祈ります。

そして今、神さまは夫のこれからの生涯をも祝福しようとされているように感じる。昨夏のことはそのための出来事だったのではないか。神さまの先回りの恩寵だったのではと思う。思い煩わずに一切を神に委ねます。

冒頭に掲げた挨拶文は、すでに関係各社に届いていることであろう。

附記:「Exodus 今の事業展開は『出エジプト』の如し」
   「神の奇跡の中を往く ― 長女の『出エジプト』―」

posted by 優子 at 09:56| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする