2016年08月28日

チャッピーの悲嘆再燃してユキ号泣

※ 昨夜21時台にシーサーブログの故障のために、この記事を8月29日朝に更新した。

5年前から乗っている自動車にチャッピーも10数回乗ったことがあった。年に2回動物病院へ行くときに助手席の足元に座らせた。不安でブルブル震えていたチャッピーも帰りはケロッとして座っていた。

そんなチャッピーの思い出のある自動車のリースが切れて明日新車に変わる。自動車との別れはチャッピーがもう一度死んでいくような気持ちというのは私も同じだが、ユキの心はもっともっと繊細だった。

そして、これまで胸におさめていた悲しみがマグマのように激しく噴き出した。その要因は私の失言からだった。


チャッピー!.jpg今日で乗り納めになる自動車に「もう一度乗りたい、もう一度チャッピーが乗った自動車にサヨナラしたい」からと、今日のサッカーは自動車で送迎してもらっていた。

そしてサッカーから帰宅した時、知子が伝えに来た。

チャッピーが乗った自動車も行く.jpg「ユキが暗く沈んでる。理由を聞くと、もう一度みんなで乗りたいからお昼は外食に行きたいと言っているんだけれど」。

私たちは快く同意して出かけた。

その夕方、いつものようにやらねばならないこともしないユキに、私は「一緒に行ったげたやろ?」と言ってしまった。それがいけなかった。ユキは堰を切ったように泣きじゃくりながら訴えた。

「『行ったげたやろ』って、なんでチャッピーのいた所にいようとせえへんのよ!
ユキは犬を見たらいつもチャッピーを思い出すし、どこにいても『チャッピー』と思うのに、おじいちゃんは思えへん。

チャッピーが死んですぐの時のお散歩で、おじいちゃんが柴犬を見て立ち止まっていたから『ああ、よかったなあ』と思ったのに。

ユキは毎日チャッピーのことを思い出しているし、チャッピーとお散歩していた時、ネコがいたからネコを見るとチャッピーみたいに生きてるからネコもかわいいなあと思って見ているけれど、ネコを見ても自然とチャッピーのことを思うのに。

おじいちゃんとママはその日(自動車を引き渡す明日29日)のその時間(夕方5時)まで車と一緒やからいいけれど、ユキは朝に『行ってらっしゃい』って言った時に終わりやし、チャッピーの思い出があるからさみしいのに、おじいちゃんはチャッピーの家が邪魔になるから捨てようと言うし、おばあちゃんもそうや。

チャッピーの居た所がまた一つ無くなるのに、なんで泣けへんのよ! 別れた日が遠ざかっていくのが嫌や」。


チャッピーの悲嘆に寄り添う知子.jpgこのあともしばらく泣いていた。そして、玄関に立ってチャッピーの小屋を見ているユキを見つけた。

IMG_9787.jpgユキの体が揺れるので泣いているのがわかったので、知子に寄り添ってあげるように伝えた。

そして、道路いっぱいにこんな絵を描いた。あの「どこにでも行ける電車」が現実になってチャッピーが会いに来てくれたらいいのに・・・と思って描いたのだろう。

年に一度、たった1時間でもいいから会いたい。その時は家族みんなでお散歩に行って・・・

9か月後の悲嘆@.jpg 

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そして、知子の夕食の食前の祈りから母子の語らいがわかった。
「みんなも口には出さないけれど、ユキのようにチャッピーのことを思っていることがわかりました」。

そして知子が言った。
「チャッピーは天使犬でユキは天使やね。チャッピーは逝ってしまうまでに、ちゃんとユキに事業承継していったね」と。

そう、チャッピーはいつも我が家の争いを治めてくれていた。家庭が壊れる寸前に神さまが送ってくださった柴犬のようだった。何度も何度も、何度も何度も助けてくれたチャッピー。

16年間一緒にいて、死んでしまって8ヶ月にもなるのに、未だに揉めていたらチャッピーとの時間は何だったのかと思う。無に帰してはいけないね。

今日の「家の礼拝」は準備もできておらず、せめて聖書を読むだけでもと思っていたが、それも真剣に祈り求めなかったために叶わず。でも、ユキの悲嘆で整えられていき、共に祈ることができた。私も完全に本心に立ち返ることができますように。

ユキは寝る前のお祈りで平安を得て眠ったそうだ。何度も泣いていたので瞼を腫らせて。悲嘆は一つひとつ超えていくしかない。

チャッピーが居なくなった初めての夏も終わろうとしている。そして、まもなくあの季節が来る。いよいよ弱っていき死に至った季節が始まる。


(8月29日午前9時5分に更新)

posted by 優子 at 21:00| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

3駅先でブドウ狩り

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ムクムク湧き出る積乱雲、夏の空は芸術的。
今週に入ってからに積乱雲に気づいて2階へ駆け上がることしきり。しかし、雲は数秒の間に形が変わってしまい、勢いのある表情が撮れずにがっかりしてばかり。それでも空色と白色が美しい。

大阪では昨日8月中の猛暑日が21日目となって観測史上過去最多になり、今日も更新し明日も続きそう。今日は夕方から久しぶりの雨で街路樹も一息ついたことであろう。

ユキが退屈しきっているので昨日ぶどう狩りに連れて行った。そこは大阪府の中河内(なかがわち)地区にある柏原市観光ぶどうセンターで、私も今回初めて行った。そこは自宅からたった3駅向こうの駅にあり、駅からも自動車で無料送迎付き。

駅前に案内所が設置されてはいても不在で、携帯電話を持たない主義の私は困った。そばにおられた女性が電話をかけてくださり、まもなく軽自動車の迎えが来て5〜6分で山の頂上近くに到着した。あたり一帯はぶどう畑だった。

柏原市へブドウ狩り@.jpg
9時開園早々に到着、全く人がいないのも精がない。
蚊取り線香とゴザの敷物、はさみ、水を入れたバケツをもらって、まずは景色を楽しんだ。残念ながら私の目当てにしていたデラウェアはすでに終わり、品種は「ベリーA」に変わっていた。

柏原市へブドウ狩りB.jpg私たちが到着して20分ほどすると母子3人連れが来られ、その後10分置きぐらいに入園者が増えていき、ようやくぶどう狩りの雰囲気になった。

「時間制限なし」でも、そんなにたくさん食べられるものではない。


柏原市へブドウ狩りA.jpgぶどう好きの私は二房は食べられると思っていたが、ぶどうもまた「食べ放題」は苦手だ。

家では楽々と一房食べるのに(デラウェアならば4房OK!)、このときは1時間かかって一房食べるのがやっとだった。

柏原市へブドウ狩りC.jpgユキはぶどうよりも虫を捕まえるのが面白くて、「手を洗えないよ!」と何度も注意しなければならなかった。

入園料は2人で1700円也。一房ずつしか食べることができなかったけれど、ぶどう園の景色も堪能したので満足だ。

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でも、ぶどう狩りはもういいね。

柏原市へブドウ狩りD.jpg

春のいちご狩りも、これから始まるナシ狩りも、「食べ放題」は「食べなきゃ損」という思いに邪魔されて味わえない。
シニアのご夫妻はたった30分で「もう堪能した」と去って行かれたが、私たちも1時間半が限界だった。当分の間、ぶどうはいらない気分。

お土産のぶどうを買ってお昼前の11時半ごろ帰宅し、たった3時間の外出だった。シャワーに入ってクーラーの部屋でゆっくりするのが最高なり! 
ユキは残す夏休みの宿題、あと一日分の日記を書いてめでたく宿題は完了した。

@たくましいひとり生えのユリ.jpgひとりばえのユリ。ここ数年前からあちこちでユリが数多く咲いている。


IMG_9705.jpg垣根から50センチほども頭を出して麒麟のよう。3日目には枯れてしまうので夏の思い出に記録した。

「ひとりばえ」とは、どこからか飛んできた種子が成長した植物のことで、数年前に知った言葉。何て情緒的で美しい言葉だろう。

猛暑の日々も秋の気配がする。今週に入ってから蝉の声が勢いを失くし、虫の声がにぎやかだ。ぶどう園にも子どものコオロギがたくさんいた。

夏の風景A.jpg
チャッピーのいない夏。
この景色にチャッピーの姿を重ねて偲ぶ夏である。

posted by 優子 at 22:00| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

家の教会S −サタンの誘惑―

5月下旬のぶどうの木.jpgこの写真は巨峰のぶどう畑。5月下旬には緑色だった房が、今はほら(↓)、黒くて甘い巨峰になっていた。


夏の収穫.jpg

剪定し、種無しにするために一房ずつ2度溶液につけねばならない苦労がある。100グラム100円、一房はだいたい1000円で、9月中旬頃まで販売される。

当地は奈良県とはいえ大阪との県境を越えてすぐの所なので、全国第3位の生産量を誇るデラウェア、甘さを誇る「河内(かわち)ぶどう」の産地で、直売所は夏の風物詩である。

今日も早朝からカンカン照り。今日は全校登校日で、ユキは仕上げた宿題をランドセルにいれ、草引きで使うスコップと軍手をもって登校した。その後30分ほどして知子も学校へ向かい、PTA主催の運動場の草引きに参加した。

それにしても今どきの子どもは登校日にもランドセルで行くのだろうか。3年目の今も馴染めない私は、「暑いのにご苦労さん」とユキを見送った。夏休みもあと10日。嬉しいけれどさみしくもある。

ユキは3週間ぶりにまじめに「家の教会」に参加した。

2016年8月21日(日) (第20回 家の教会)
13:25〜14:00

@ 子どもの讃美歌  82番 「おおしくあれ」
A 主の祈り
B 讃美歌      90番 「ここも神の」
C 聖書輪読     マタイによる福音書 4章1節
                      〜11節
D お話とお祈り   (優子)そのあと一人ずつ祈る
E 讃美歌     267番 「神はわがやぐら」

マタイによる福音書 4章1節〜11節:
4:1さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。
4:2そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。
4:3すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。
4:4イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
4:5それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて
4:6言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。
『神はあなたのために御使たちにお命じになると、
あなたの足が石に打ちつけられないように、
彼らはあなたを手でささえるであろう』
と書いてありますから」。
4:7イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。
4:8次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて
4:9言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。
4:10するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。
4:11そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。

お話:
イエスさまは人間の姿になって地上にやってきてくださったのがクリスマスの出来事ですが、「罪を犯す」以外のことはすべて私たちと同じように経験してくださいました。

そして、ヨハネからバプテスマを受けて公生涯に入られるやいなや悪魔が襲って来ました。今日のお話は、悪魔の試みを受けるために荒野に上って行かれた箇所で、「荒れ野の誘惑」と呼ばれている有名なお話です。

悪魔とは、ギリシャ語でサタンと言い、「試みる者」という意味です。
まず「40」という数字は、聖書では「試みの数」と言われており、モーセがシナイ山に40日40夜いた間、アロンと民は偶像礼拝をしていましたし、イスラエルの民は40年間荒野を旅しました。

イエスさまが水も食べ物もない荒野で断食して過ごされましたのも40日40夜でした。この「40日40夜」というのは聖書の中で最も意味深い数字です。

人間として生まれてくださったイエスさまは、40日間も食べておられなかったのですからとてもお腹がすいていました。そこに悪魔が近づいて来たのです。

ここで受ける誘惑は肉体(飢え)の試練であり、宗教的誘惑、そして、政治的誘惑であり、「人類の受けるすべての標本である」と黒崎幸吉は言っています。

悪魔は最初に「この石に、パンになれと命じなさい」と言いましたが、イエスさまは「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによって生きる』と、聖書に書いてある(申命記8章3節)」と答えて相手にされませんでした。

この言葉はイエスさまのことを知らない日本人も一度は耳にしたことのある言葉です。
パンは肉体の糧であり、神の言葉は心の内側「霊」の部分の糧です。この両方を食して初めて神の前に生きることになるのです。

次に悪魔はイエスさまを神殿の屋上に立たせて「飛び降りてごらんなさい。あなたが神の子なら、神さまが御使いに命じて守ってくださると聖書に書いてあるでしょう」と、イエスさまを真似て今度は聖書の言葉を引用して宗教的誘惑を試みてきました。悪魔でもみ言葉を用いることができるのは驚きです。

イエスさまは「神を試みてはならないとも書いてある(申命記6章16節)」と言って相手にされませんでした。

すると悪魔は高い山の上から世界中を見せて、「わたしを拝むなら、これらをすべてあなたにあげましょう」と、人間が喜ぶ権力欲や支配欲など政治的誘惑をしてきました。

イエスさまは「主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ(申命記6章13節)」と仰って退けられ、サタンはイエスを惑わすことはできませんでした。これはアダム以来、人類初の勝利でした!

ところで「誘惑」されるのはどういう人だと思いますか。意志が弱くてダメな人でしょうか。
自分の中にある悪い思いは、「勉強はあとですればいいや」とか「聖書なんか読んでいないで先に遊ぼうよ」などと「こっちのほうがいいよ」と誘ってきます。

このように心の中の思いに負けてしまうこともありますね。でもそれだけではありません。やればできると思える時に本当の誘惑は潜んでいるのです。

イエスは神さまですから石をパンにかえることも、屋上から飛び降りることも何でもできましたが誘惑に乗りませんでした。

私たちは時としてプライドや自分の強さ、また、能力を示したいと思う時があります。自分にできそうな時こそ危険です。だから誘惑とは弱さが試されるだけではなく、強さが試されることでもあるのです。

「私は大丈夫」「私は努力してこんなにやった」と思い上がる時に、神さまを見失ってしまうという最も危険な落とし穴におちてしまうのです。それが聖書の言う誘惑です。

悪魔の目的は 神さまを信じている人を神さまから引き離すことです。悪魔は神さまの教えを守り、それを行うことを最も嫌うので力を奮って誘惑してくることを覚えておきましょう。

悪魔はイエスさまの弱さに働きかけたのではなく、神の子だから何でもできるという強さに働きかけて誘惑したのです


ところで漫画に出てくる悪魔は真っ黒で、見るからに怖い顔をしていますが、本当は見ただけではわからない姿でやってきます。

今日読んだ1節に「御霊に導かれて」とありますから、神さまは悪魔の誘惑をゆるされてのことであり父なる神さまからの試練でした。

神さまは私たちの弱さをよくご存知ですから、「いつもイエスさまが共にいてください」と祈っていれば、イエスさまがサタンを退けてくださいます。イエスさまと共に生きる人は全て勝利を共にできるのです。

posted by 優子 at 15:16| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

ブルンナー読書会D −絶望のキリスト―

「十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり」

ひとり生えのユリA.jpg初めに知子の奏楽で讃美歌332番を讃美した。
私の心は上機嫌で「至福の時が始まった」と満面の笑みで歌った。そして、下村喜八さん(大学教授)が聖書を読み、祈りをささげられて読書会に入って行った。

ピリピ人への手紙2章6節〜8節:
「 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」。

この章では、私たちの人生は死で終わるということを思い出させることから始まる。日本では死は穢れと思われており葬儀から帰ると塩で清め、また今でも死者が出た家の人は1年間神社に行ってはいけないという風習を行っている地域もある。

ところが、キリスト教世界で常に目前にもっている像が、「ほかに比類なくひとりの死者の像である」のはなぜか?!

十字架刑は「死をできる限り厳しいものとするために発明された最も残酷、最も痛苦の激しい刑」であり、「極悪の犯罪人のみに、しかも人々を恐れさせるために公衆の前で行われた」。その処刑の姿を身につけたりもする。

シュウメイギク.jpgこの章に「ゲーテが十字架像を避けた」と書いてあったのでゲーテについて質問したところ、とても興味深い話をしてくださった。

ゲーテは死を忌み嫌っていた。
ヨーロッパでは「メメントモリ」(汝の死を覚えよ)が芸術のモチーフにも用いられてきたが、ゲーテはこの言葉が嫌いで「生を覚えよ」というのがゲーテの標語であった。

親友のシラーが死んだ時も葬儀に出ず、シラーの妻・シュタイン夫人が死んだ時も出なかった。その時、ゲーテは死のショックで寝込んでしまったからだという。

日本は「自死の文化」と呼ばれてもいるが、諸行無常を感じ、輪廻転生を信じる日本人は死を自然に受け入れているのであろうか。

キリスト教では神の創造に始まり、キリストの死、復活、再臨、そして、神の国到来という直線的な歴史観があり、現世は来世への準備であると考える。

キリスト教がヨーロッパで盛んに信じられていた時は、生きることも死ぬこともキリストによって意味づけられていた。生きる目標も歴史の目標も定められていた。

ところがキリスト教を信じられなくなったヨーロッパ人は「無」に帰する人間、「無」や「死」について考えているが呻吟している状態である。

下村さんはゲーテについても深く研究されている。
「私たちは十字架の苦しみを忘れて生きているが、十字架ほど苦難にあっているものはない。歴史の中で粉々に砕かれている」。

私の感想は、イエスの絶望と絶望の死について考えさせられたこと。私はもっともっと自分に絶望したい、しなければならないと思ったこと。そして、親鸞を想起したことを話し、イエスがすべてのことを経験されたという意味が(ひょっとしたら)今回初めてわかったように思ったこと。

それゆえに、主イエスは私たちがどんなに悲惨であったとしても「愛の力で私たちをそこから引き出してくださる」ということが、初めてわかったと告白した。頭でではなく霊的に分かったので、これからは間違った悩み方はしないと思う。


人間は行を積み上げれば積み上げたで「できた」という思いに悩み、それが潜在意識の中にまで巣食っている罪であるが、親鸞は9歳で出家し、20年間もの年月を比叡山にこもり天台宗の厳しい修行を徹底的に重ねた。

しかし、「いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」と、自分は微塵の善もできないから地獄のほかに行き場がないと述懐した。

親鸞の真剣さとは比べようもない私だが、それでも凡人は凡人なりに自分の不徹底さに泣く。そして、クリスチャンになればクリスチャン道徳からくる欠点など、いつも自分を責めるものがあり、律法でいつも責められているというのが私たちの現実である。

しかしながら、これは完成しないところの霊と肉との闘いの中で生きているゆえに死ぬまで解放されることはなく、すべての思い煩いから解放されることも生きている間は無いのである。

「インドの宗教やユダヤ教の歴史は、驚くべき宗教的頂点達成の記録に満ちて」おり、それは例えば天台宗の千日回峰行もそうだ。

それら人間の考えだした宗教は高いところへよじ登っていく「登攀(とはん)の宗教」であり、人間は刻苦勉励し修行を積んで下から上へあがって行こうとする。

しかし「人間の魂は絶対的な高さまで登る」ことはできず、行きつくところはせいぜい自己義認である。その人間に語りかけてくださるのがキリストだ。

人間は自分の善行をもって神の御前に立つことは誰もできない。親鸞はそのことを鋭く感じて『歎異抄 』を著した。「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」も有名な言葉である。

ブルンナーは語る。
「神は恵みによって全く別の道を示したもうた。
『人間はどうしてもわたし(神)のもとまで上がってくることができないので、わたしが彼らのところにくだって行こう』と、神さまのほうから下降してくださった。

これこそ聖書の内容であり、イエス・キリストの福音であり、わたしたちへの神の道である。良い羊飼いはもはや自分から羊飼いを探し出せない失われた羊のところまで来たりたまうのです」。


以下はブルンナーの言葉を中心に私が理解した要諦を記したものである。

十字架の死がキリストの最大の苦しみではなく、神は彼を現実的に捨てたもうた。これこそが、救い主の十字架の最も根本的な苦しみであり、神から見放された状態、地獄の中で死を味わってくださった。

イエス・キリストは地獄にまで行きたもうた。地獄とは、神からもはや呼び戻しのできない底にまで落とされた状態であり、人間であって地獄を避けられるような者はひとりもない。人間の本当の終着点は地獄、つまり神からの放逐(ほうちく:追放の意)である。

あなたが罪の中にある時、道連れとして神を、あなたの罪の呪いから引き離し、罪の負い目から解放する神を必要としているのです。

そのためにこそ、イエス・キリストは地獄にまで来たりたもうた。それはわたしたちをそこから引き出すためである。

なぜなら、神のみ業の全てにおいて、その究極目的とは、わたしたちを引き出し、神に導き、神に結びつけ、神と和解させ、神の霊によって満たすことであるからです。

彼は、わたしたちの代わりに、罪の重荷を負ってくださった。それによってわたしたちは、何の重荷もない者のように、神のみもとにいくことができるのです!

救いの絶対性と確実性。
神が我らの救いの源泉であり又その創始者であり給う以上、我らの救いは磐石の如くに確実である、この神との親しき結合がある以上、如何なる反対も恐るるに足らない。我らの救いはかくも確実である。

ひとり生えのユリ@.jpg夫はキリストが十字架上で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか)という言葉を発したのかわからないと疑問点を述べたが、今こうして思い出しながら書いていると、そこが最重要箇所でもあった。

下村喜八さん曰く、
「これは単に見捨てられたというのではなく、神への祈りがある。祈りながら死んでいかれたのである。これは人間が経験するところの最も深みまで経験してくださったということであり、神が人となることの極みであった。即ち、これが神に見捨てられるという神なき世界に入るということだ。

地獄は火が燃えているなど、そのような神話的な表象は排除して、本当の意味で地獄とは神のいない世界であり、人間の望みの全くないところである。『神曲』を書いたダンテも地獄は希望のないところ、絶望の場所として描いている」。


そして、夫が発した疑問にブルンナーは次のように答えている。(P102)

「もし私たちが不安に襲われ、私は地獄の中だ、絶望だ、神は全く私をお見捨てになられ、何の望みもない、すべて終わった、と思うようなとき、そのときこそ目をあげて、十字架の上から『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と叫ぶ声を聞くべきであり、そして彼がこの地獄の中で私の傍らにいましたもうことを、そして神が私のそばにいたもうゆえに、もはや地獄は存在しないのだということを知るべきであります。神は私と共にいたもう。それゆえもはや絶望ではないのです。

このように神は全てを成し遂げたまいました。それゆえ、この世界の中には彼の経験したまわなかった何ものも、どのような暗黒も、また彼が立ち寄りたまわなかったどのような場所も存在しないのです。すべてをただ一つのこと、すなわち罪をのぞいて」


(P104)「そのさまはあたかも心痛めた妻が土曜日の夜遅く酒場に、もうけた賃金全部を飲んでしまう夫を訪ねていくのに似ています」。

「イエスさまは、夫が飲まずにはいられない辛さ、暗さにまで苦しみを共にするところまで降りてきてくだり、人間の問題性の底まで来られた。

これまでイエスを人間化する試みが続けられてきた。しかし、イエスが間違いを犯すとまですると、もはやキリスト教ではなくなる!」

次回は、9月24日(土)、司会者は優子。
@ 讃美歌 354番 A 聖書拝読 B 開会の祈り

今日も至福の時間を与えてくださったことを神に感謝します。すぐに過ぎゆく時を魂に刻み付けて。

附記:親鸞について、過去ログ・「親鸞は聖書を読んでいた!?」で佐古純一郎の説を紹介している。

夏の風景B.jpg
夏の輝き!

posted by 優子 at 22:21| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

現代に問いかける伊丹万作の「戦争責任者の問題」

昨日のこと、私はユキと二人で10分間のデボーションの時を持った。「家の教会R」で読んだ聖書を読み、「平和」について、また、家族やお友達と理解し合うにはどのようにすればよいか話し合った。

そして、友のブログ・『生かされて』で紹介されていた「戦争のつくりかた」を見た。そこまでは良かったが、「はだしのゲン」をユウチューブで数分間だけ見ようとして開いたのがいけなかった。

「はだしのゲン」について知ってはいても読んだことがなかった私は、軽率にも原爆投下直後の絵を開き、ユキの心に強い恐怖を与えてしまった。昨夜は怖がって眠りにくかっただけではなく、午前1時頃から明け方まで泣くので知子が抱きながら眠ったそうだ。

子供の心はかくも純粋で繊細なのだ。というより、これが本来の人間の姿であって、大人になると麻痺してしまっているのかもしれない。

知子もちょうどユキと同じ年の頃、丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻の『原爆の図』が怖くて見ることができなかったし、エジプトのミイラの写真を見てしまって怖くて眠れない日々があった。

私は不注意すぎたことを詫びた。そして、気づいた。
「はだしのゲン」の作者もユキと同年齢だったということは、生き残った子どもたちはこの世の地獄に押し込められて、肉体だけではなく心を破壊し異常になってしまうほど傷ついたということを。


私はいま改めて戦争を別の視点から考えさせられて、「ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないような滑稽なことにしてしまつた」のは政府でもなく国民自身だったと、終戦1年後に書いた伊丹万作の『戦争責任者の問題』を想起した。

日本国が明暗の分かれ道に差し掛かった現今にとっても大きな警鐘だ。経験から学ばず、今こうして過去の教訓を引っ張り出してこなければいけないというのは愚か過ぎる。

以下は青空文庫で公開されている『戦争責任者の問題』からの抜粋である。

さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。(略)つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 
このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
 
たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。

私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。

少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、(略)我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である
。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 
我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう

まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

私たちは決して復古主義の台頭を許してはならず、ナショナリズムを煽(あお)られてはならない。今、真剣に考えないと子どもや孫の未来はない。

posted by 優子 at 20:42| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

2度の乗馬体験

8月13日(土)、2度目の乗馬に行った。前回は無料体験のため保険料のみで乗せていただき、今回はスクール代、レンタルのプロテクター代などを支払ったとはいえ、一鞍(30分間)2000円余りで乗せていただいた。

この動画は初回に撮ったもの。
知子には悪いが私はユキしか見ていない。私の感動する言葉にユキは大笑いして、ビデオを繰り返し見て顔を赤くして笑っている。私も大笑い。 是非ご覧ください。



これは2度目、「早足」がとても上手になった。


2人を乗せてくれたのは前回と同じ、セイクリッドとシャイニンワールド。マイペースのシャイニンワールドはなかなか早足してくれなかったけれど、前回よりもましだったね。

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ここに70頭もの馬がいるが、みんな北海道で生まれた馬ばかりだった。セイクリッドとシャイニンワールドはサラブレッドだった。セイクリッドの誕生日はチャッピーと8日違いで、チャッピーが生まれて8日後に誕生した。

馬の平均寿命は25年〜30年生。セイクリッドは今17歳だから競走馬を引退してここにいるのだろう。

IMG_9548.jpgユキが厩舎(きゅうしゃ)からセイクリッドを馬場まで曳いていく。馬にかけている布は虫よけだ。

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知子はマイペースのシャイニンワールドを。
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IMG_9563.jpgユキが立っている。
馬が走るときは乗り手もまた鐙(あぶみ)の上で、馬に合わせてリズムよく「立つ、座る、立つ、座る」を繰り返す。
只今そのレッスン!

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IMG_9546.jpg私も最後に触らせてもらったが、とても柔らかい毛並みだった。
セイクリッド、乗せてくれてありがとう。ユキの言うとおりに走ったり止まったりしてくれてありがとう。これからも元気で安穏な日々でありますように。
隣のシャイニンワールドにも無礼のないように目を合わせて「ありがとう」と言った。

こんな大きな動物の健康を保つのは大変だろうなと思うと、そのこともまた気持ちの負担になりそうだった。

馬よりも高いね.jpg最後にこれも今夏の思い出。
「フーは馬よりも高い!」
太志君、重いから無理しないで!

次のは1歳8ヶ月、ユキがヨダレかけをしている頃。ユキは微笑んでいるが怖かったんだって。

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小さい時からありがとう。

夏休みも残すところあと2週間。今日は絵を描いたので、やっていない宿題は1日分の日記を残すのみ。ちなみに2回分は、初めて馬に乗った日のことと、マチ・クマとサッカーしたことだ。楽しかったね。

昨日からいよいよ退屈しきっているので、それを書けばいい。「楽しかった」ばかりが夏休みのエピソードではないよとアドバイスしているが受け付けない。

この様子ではサザエさんちのカツオ君のように、新学期の前日になって必死になりそうな我が家のカツオ・ユキだ。


posted by 優子 at 14:28| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

今も更新されていたマチ・クマ登場のIMFのビデオ

最初に先ほど着信した今日のみ言葉より:
「神よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家について、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。あなたは私を、高い者として見ておられます」。
       (歴代誌上 17章17節)

「主は、あなたが思う以上に、あなたを優れた者と見ておられます。あなたが考えている以上に、大いなる計画を用意されています。主はそれを、あなたの信仰によって実現させたいのです」。
心を主イエスの基に置いて励みましょう! 微笑みつつ。

そして、昨日の分かち合いで知子の発言で思い出さねばならなかったことは、「御言葉は、摩擦がある時にはあなたが腹を立てている当人と直接話しをすることが非常に大切であると強調してい」ること。

日本人の常套手段である「波風を立てないよう、すぐに自分を曲げて妥協する」のは、境界線の身についていない大人であるということだ。


さて、ブログにユウチューブの動画の貼り方を忘れないために、過去ログ・2012年10月10日でご紹介したIMFのエコノミスト募集ビデオも貼ってみようとやってみたところ、またまた10分以上かかってしまった。とても簡単なのに覚えておらず記憶力の低下は甚だしい。

この表紙(サムネイル?)にもマチ・クマが写っている。後列左端が真智で、その右2人めがクマ。このビデオでは日本人代表でクマが話している。さみしくなった時に見ることができるので、これも消さずに挙げた。

"IMF Economist Program 2016"



知子とユキがIMF本部の前に立っている。
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DSC05728.jpg2人が座っている所はIMFの1階ロビー。ユキはまもなく6歳。

ユキはこのときとても愚図っていて、マチ・クマから職場の人を紹介されても挨拶できなかったんだってね。

以上、2013年6月の「知子とユキのワシントンへの旅」より。




これは2分48秒のビデオで、
真智子は4人目に登場して話します! 
 話している内容は、
「このパートでは低所得国における国家債務の持続可能なフレームワークについて解説します。一緒にモデル経済を分析し、実例も学びます。また、この分析をあなたの国に応用する上でのヒントもお話します」。

それに関連して、ここもクリックしてご覧ください。

posted by 優子 at 07:37| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

家の教会R −平和をつくり出す人に―

聖日の昨日はユキのサッカー教室のため、今日家族で礼拝をささげた。しかしユキは朝、おじいさんと2時間の散歩後もずっと母屋に行ったままで不在だったので3人で行った。

私は12日から夫と険悪だったこともあり、今日は聖書を輪読するだけでもよいとの思いから変則的なやり方でプログラムを進めた。まず、夫もまた礼拝の時を選び取ったことを神に感謝した。

私の話のあと、知子が口火を切って平和をつくり出す具体例の話をきっかけにそれぞれの思いを分かち合い、讃美したくなって選んでいた2曲も讃美し豊かな恵みを得た。


2016年8月15日(月) (第19回 家の教会)
10:50〜11:20
@ 聖書輪読    マタイによる福音書5章1節〜9節
A お話とお祈り   (優子)そのあと一人ずつ祈り、
            思いを分かち合う。
B 讃美歌      536番 「報いをのぞまで」
C 聖歌       590番(新聖歌340番) 
           「救い主イエスと」

讃美歌 536番歌詞:

むくいを望まで 人に与えよ、
こは主のとうとき みむねならずや、
水の上(え)に落ちて 流れしたねも、
いずこの岸にか 生いたつものを。


浅きこころもて ことをはからず、
みむねのまにまに ひたすら励め。
風に折られしと 見えし若木の
おもわぬ木陰に 人をも宿さん。


マタイによる福音書 第5章1節〜9節:
5:1イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。
5:2そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
5:3「こころの貧しい人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。
5:4悲しんでいる人たちは、さいわいである、
彼らは慰められるであろう。
5:5柔和な人たちは、さいわいである、
彼らは地を受けつぐであろう。
5:6義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
彼らは飽き足りるようになるであろう。
5:7あわれみ深い人たちは、さいわいである、
彼らはあわれみを受けるであろう。
5:8心の清い人たちは、さいわいである、
彼らは神を見るであろう。
5:9平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
彼らは神の子と呼ばれるであろう

5:10義のために迫害されてきた人たちは、
さいわいである、
天国は彼らのものである。

お話:
「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
 彼らは神の子と呼ばれるであろう」。

           (マタイによる福音書 第5章9節)
今日は終戦記念日。戦争に加担した国は、結局のところ全て加害者であり被害者です。第2次世界大戦で、当時の世界の人口の2.5%以上、5000万〜8500万人もの人が死亡しました。

それでもなお争いは止みません。なぜ人間は殺しあい続けるのでしょうか。なぜ私たちはより良く生きていけないのでしょうか。戦争という国の問題を考える前に、私たちは自分の問題として考えねばなりません。

今日のみ言葉は、イエス・キリストが山上で弟子たちや群集に語られた「山上の垂訓」と呼ばれている中にあります。

イエスさまはここで「平和を実現する人は幸いである」と仰っており、「平和を愛する人は幸いである」とは仰っていません。平和を心に思うだけではなく「平和をつくり出す人に」なるというのはどういうことでしょうか。

私たちは誰もが平和を求めるのですが、平和を実現することはとても難しいです。しかし、主イエスが私たちの全ての罪を引き受けて十字架上で死んでくださった。そのことによって、神は私たちの敵意を乗り越えて平和を宣言してくださったのです。

先日、マチ・クマ(次女夫婦)がやってくれた国際規格の心理評価を思い出します。「TKI」は対人関係をより良くするための助けとして世界的に用いられているものですが、「平和の実現」を考える場合も非常に参考になると思います。

平和を生み出すことを考えながらより良き回答を考えて選んでいく時、どのような結果がでるのか興味深いです。

私たちは争わなければよいというものではなく、考えの違う人と向き合わないで争いを避けているだけでは平和を実現していることにはなりません。

平和を実現しようとする時、私たちは相手に合わせて自分もまた激しく自己主張して争うのか、あるいは相手の主張と折り合いをつけて平和を実現しようとするのか。


イエスの教えに従って生きたマーティン・ルーサー・キング牧師は、「苦しむ能力、苦しみに耐える能力」によって平和を実現していくのだと言いました。
これが本当に「平和を実現する者」の言葉であると思います。

争いに満ちたこの世界に平和を実現する者として生きるならば、キング牧師のように敵意を引き受け、赦すことによって敵意を乗り越えていく。それは争いを避けるのでもなく、争いに勝利するのでもなく、妥協するのでもありません。

あるアメリカの黒人の少女は、「イエス・キリストを信じたことによってあなたは何を得たか」という問いに対して、「キリストは、私の父を殺した人をゆるすことができるようにしてくださいました」と答えました。

この少女の言葉を読んで、私はカルバリの愛を本当に知っているのかと自問せずにはいられませんでした。私にも私なりの苦しい闘いがあります。

その最も苦しかった頃のことを振り返ると、やはり無抵抗だけではなく愛をもっても関わっていたこと、そのようにさせてくださっていた主に感謝しました。

そのような生き方ができたのは常に主イエスの御名を呼び、今よりももっと真剣に主イエスを強く求めて生きていたからでした。

「敵意を引き受け、赦すことによって敵意を乗り越えていく」生き方。それは単に無抵抗主義でもなく、主イエスの御手の中で生きるのです。私たちは主イエス・キリストから目を離していけません。

「戦争反対!」と叫ぶことも大事ですが、それに先立って自らの在り方を顧みること。それも理性で顧みるのではなく、神の前で本心に立ち返り、素直な心になって顧みるのでなければ何も得られません。

理性や理屈で「ねばならない」と自らを諭すのではなく、神の前で素直な心と純粋な心、魂を蘇生させていただいて、敵に心を支配されないように求めていくのです。

終戦記念日の今日、あの地獄の中で死んでいかねばならなかった全世界の人々の死を思います。私たちもまたこの日常において平和を作り出す者になりたいと強く願います。

最後にエミー・カーマイケルの言葉を心に刻みます。
「カルバリ」とは、 イエス・キリストが十字架にかけられた丘の名前で、本来の呼び名はアラム語の「ゴルゴタ」です。

「はい、わたしは赦します。
けれども忘れることはできません」
ともし言うならば、
そして世界中のあらゆる海岸のあらゆる砂を
1日に2度すっかり洗い流す神が、
そのような記憶を私の心から洗い流してくださることがないかのようにもし思うならば、
その時わたしはカルバリの愛を全く知らない」。

イエスさま、ごめんなさい。
そして、ありがとう。

ひとり生えのユリ.jpg附記・今日のみ言葉より:

「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家がなんであるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか」。
(歴代誌上 17章16節)


「主の恵みに圧倒されたダビデの感嘆の声です。
私たちも主の恵みの波に乗りましょう。谷間に入っても落胆してはなりません。それは大きな祝福の波が押し寄せて来るしるしです。信仰の跳躍の体勢を整え、その波を待ち構えましょう。主の恵みにはいつも驚かされます」。


盆の集いを終えて.jpg18時22分追記:午後2時頃にお寺さんが来られ、母屋で盆の法要。夕方6時前に帰宅。神に感謝!
お盆の5連休は終わり、夫と知子は明日から出社。後半もまた神の導きと祝福を祈ります。
posted by 優子 at 13:12| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

マチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった

マチたちは日本へ帰ってきたかと思うとすぐにまたアメリカへ帰って行った。まるで「風の又三郎」のように。その9日間の濃密な日々を『風の又三郎』流に記録しておこう。

7月26日(火):午後3時半ごろ東京着。東京で3連泊。
7月29日(金):午後9時過ぎ1年ぶりの帰宅。
7月30日(土):ブルンナー読書会。夕食はよく利用するレストランで祝会。
感謝の祝会.jpg

7月31日(日):昼食は回転ずしへ。全家族そろって礼拝。

8月1日(月):午後3時頃からマチ・クマとユキ、徒歩(30分)でドラックストアへお化粧品の購入に。午後5時前から激しい雷と雨風、どんなに心配したことか。

「おーい、大丈夫か〜〜〜い」とメールしようと思ってPCを開けると、マチから「雨宿り」の件名で安心メールが入っていた。ほっ。

IMG_1321.jpg8月2日:私の妹が来宅。そして「雨宿り第2弾」。
妹を駅まで見送ってくれた帰りに雨に降られた。


雨宿り第2弾A.jpg


ついに目撃!
「ユキ! そんなことするから傘が長持ちしないんやよ」。 


キリスト教書店でA.jpg8月3日(水):梅田へ着いたらまず大丸の上、16階へ。限られた回数の日本食、今回は天ぷらだ!
そして、梅田第2ビルのキリスト教書店へ。

キリスト教書店で@.jpg










嬉しそうなユキ.jpg 
書店を出るとスターバックスで休憩。
まず、ユキが嬉しそうにやってきた。

真智も来た!.jpg
次に真智が来た。











8月3日丸ビルのスタバで.jpg

この時、私が飲んだのはミネソタ(2011年4月末)で飲んだのと同じものなんだって!
その時の写真がこれ!
DSCN0316.jpg

丸ビルを見上げて.jpg
上を見上げるとこんな空。
今日も「雨宿り第3弾」になるのかなぁ・・・

丸ビル.jpg「大阪の丸ビルは本当に丸いんだ」と太志君。

でしょう?
だから東京駅で大学時代の友人と丸ビル前で待ち合わせした時は困ったよ。私は円柱型のビルだとばかり思っていたものだから。 

そう言えば今から40年前、この丸ビルのJALの店でハネムーンのパック旅行を申し込んだよ。そこに真智と真智の伴侶がいて、ユキがいるなんて不思議。あれから長い時間が経ったんやね。40年の時が・・・

丸ビル前のアガパンサス.jpg
丸ビル前のアガパンサス。
この時期のアガパンサスを見るのは初めて。

8月4日(木):4人で神戸の叔母宅へ。妹も合流。この日私は叔母宅に泊まり、翌日の午後帰宅する。

8月5日(金):私は13時半頃帰宅し、真智が用意してくれていた冷麺をいただく。その後、真智はヘアーカットに行く。クマ、ユキも。

8月6日(土):食料品の買い出しに。
SEでもあるクマにパソコンの不具合を改善してもらう。このパソコンはまだ「ウィンドウズ8」のままだったとは! 
7月下旬に知子が初期設定してくれたが、「8.1」に設定しなおしてウィルスセキュリティも入れ直してくれた。
その夜に国際規格の「TKI」の30項目にチェックしアドバイスをもらう。

8月7日(日):楽しかったユキのサッカー教室。 
マチ・クマリードで「家の教会」。マチにGメールのアドレスを作ってもらう。そして、今回最後の夜も終わる。

8月8日(月):午前4時起き。始発の電車で上本町へ、そこからリムジンバスで伊丹へ。そして、成田空港からアメリカへ行ってしまった。この日は父が召された日。

こうしてマチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった。
11日(山の日)は実家の墓参、昨日13日(土)は2度目の乗馬に予約していたのでサッカーはお休みしてしまったけれど、ユキは先ほどサッカー教室に出発した。

先週は真智たちがいたのに2人の姿がないのはさみしいな。
楽しいことも、悩みも、仕事も勉強もすべて頑張らなくっちゃね。神さまにそれぞれの置かれたところで思いっきり生きなくてはね。

真智、太志君、

★8月1日か2日にチャッピーの最期の写真やビデオを見てもらった。


posted by 優子 at 08:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

国際規格の心理評価 −「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」?−

慌ただしく過ぎゆく9日間の滞在も終盤に入った8月6日、私たち3人は次女夫婦より国際規格の「TKI トーマス - キルマン コンフリクト・モード検査」の説明を受けて検査させてもらい、何とか時間を取って7日の夕刻に検査結果とアドバイスを聞いた。

これは、対人関係における「コンフリクト(conflict:衝突・対立・葛藤・緊張状態)を理解し、建設的に解消・解決するための国際規格の心理アセスメント(査定・評価)で、コンフリクト・マネジメントでよく活用されている検査だという。

「受験者は30の質問に回答し、5つのコンフリクトへの対応スタイルであるコンピーティング・モード(競う対応方法)、コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)、コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)、アボイディング・モード(回避する対応方法)、アコモデーティング・モード(順応する対応方法)のどれが自分の好むモードであるかを見出します」。

【5つのコンクリフトモード】
@ コンピーティング・モード(競う対応方法)

コンピーティング・モードは 自分の権利を主張し、協調的でない、権力志向の対応方法です。コンピーティング・モードのときには、自分の立場を勝ち得るのに適切と思われる、いかなる権力をも用いて、他者の犠牲の下に、自己の懸念を追求しようとします。

コンピーティング・モードは、自分が正しいと信じている立場を守り、自己の権利のために戦う、あるいは、単に勝ち取ろうとすることを意味することがあります。

A コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)
コラボレーティング・モード:共同共存する対応方法は、自己主張も、協調もする対応方法です。コラボレーティング・モードのときには、両者の懸念に完全に応えるような解決法を見出すために、他者と協調します。

この方法では、両者に潜在する懸念を明確にするため、問題を徹底的に調べたり、両者の懸念に見合うような代替策を見出したりします。

2者間の共同共存は、お互いの見解から学ぶために不一致点を探究したり、それがなかったとしたら、リソースのために競うことになるであろう状況を解決したり、対峙して、個人間の問題に対する創造的な解決策を見出そうとするといった形をとることもあります。

B コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)
コンプロマイジング・モード:妥協する対応方法は、自分の権利の主張と協調の中間の方法です。 コンプロマイジング・モードのときには、双方の主張を部分的に満たし、双方が満足する得策な解決策を見出すという目的を持っています。

コンプロマイジング・モードは、コンピーティング・モードとアコモデーティング・モードの中間に位置づけられ、コンピーティング・モードよりも譲歩し、アコモデーティング・モードほどは順応しない方法です。

さらに、コンプロマイジング・モードは、アボイディング・モードよりも問題に正面から取り組む方法ですが、コラボレーティング・モードほどには、深く追究する方法ではありません。

コンプロマイジング・モードは、妥協し、譲歩しあい、あるいは迅速に中立の見解を探すことを意味することがあります。

C アボイディング・モード(回避する対応方法)

アボイディング・モードは進んで自己主張することも、進んで協力しあうこともしない対応方法です。アボイディング・モードのときには、自分の懸念も、他者の懸念も、即座には求めることはしません。コンフリクトに進んで取り組むことはありません。

アボイディング・モードは、問題を外交的に回避したり、機が熟すまで先送りにしたり、あるいは単に自分を脅かす状況から撤退するといった形がとられることがあります。

D アコモデーティング・モード(順応する対応方法)

アコモデーティング・モードは、自己主張をすることなく、協調する方法で、コンピーティング・モードと正反対の方法です。アコモデーティング・モードのときには、自分の懸念は顧みず、他者の懸念を満たそうとします。

この対応方法には、自己犠牲の要素があります。アコモデーティング・モードは、 無償の寛大さや慈善、自分が望まないときでも、他者に従ったり、他者の観点に屈服するといった形をとることがあります。

検査結果は、8000人から集計されたものから査定しアドバイスしてくれた。

私は「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」、「共同共存する対応方法」が「5」、「妥協する対応方法」が「7」だった。

「0」と「9」という数字に驚いたが、と同時に自画像も表していると思った。
私は家族と激論を交わしても、例えばその親族とは一切戦わない。どんなに理不尽な言動にも耐え抜いた。信仰が働いていたからだと思うが、あれは無抵抗主義の忍耐ではなかったか、いや、やはり神さまが耐えさせてくださったのだと今も思いめぐらすことがある。

今後は主張せねばならない時がくるであろうことを重苦しく感じており、そのことを念頭に設問に答えていたように思う。答え方は環境や経験により、また、人生の諸段階においても変化すると思う。

60代半ばでこのようなことを言っていてはいけないかもしれないが、年齢を重ね高血圧という持病があると問題と対峙する気持ちが萎え、自らの人格を高めていくチャレンジまで億劫になる。

ストレスフルなことを思うだけでも精神的にしんどくて体調にも敏感に出てくるので、諦念しやすくなっている。

常に問題と向き合い(即ちそれは自己と向き合うということ)、問題から逃げないというのが私の特徴であり良いところだったと思うのだが、今はどうなんだろうとじっくり考えたいと思う。

私が最も私らしく生きることができていた時代に、この検査を受けていたらまた違った評価が出ていたと思う。

「順応する対応方法が高いのは規範(行動や判断の基準)が緩いかもしれない。妥協ではなく自己犠牲の要素がある。時と場合によって使い分けてより良く対応することができるといいね」と助言してくれた。

一方、知子は良きリーダーシップ像を示す結果だった。
assertiveness(自己主張)、自分の思いを確固として伝えることができるのは職場でも大事なことと共感されていた。

このほか、人間は「〜しない」というというよりも「〜したい」というポジティブな気持ちでやるほうが伸びるというのを、体を使って体験した。

まっすぐに横に伸ばした腕に他者が力をかけて曲げようとする時、「腕を曲げない」という思いで耐えるのと、「腕をまっすぐにしたい」と思って耐えるのとでは、後者のほうが効果大で腕は動かなかった。

また、「君は頭がいい」と褒めるのと、「君はよく頑張っている」と褒めるのとでは、「よく頑張っているね」と褒めるほうが人は伸びるということだ。


これからはユキにそのように忍耐強く関わっていきたい。
マチ・クマ、有意義な学びをありがとう!

posted by 優子 at 17:29| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月12日

家の教会Q −マチ・クマのリードで礼拝―

マチ・クマと家の教会@.jpg8月7日(日)ユキのサッカー教室に次女夫婦が参加した日の午後、マチ・クマ2人のリードで讃美と証し、分かち合いの恵み豊かな礼拝の時をもった。

マチ・クマと家の教会B.jpg真智子は奏楽、伴侶は司会とアイパッドで英語の歌詞を示して英語でも歌った。
私は夫が英語でもそこそこ歌っていたので驚きを覚えながら讃美をささげた。
ユキは礼拝の途中からソファーで爆睡。

2016年8月7日(日) (第18回 家の教会)
15:40〜16:45

@ 聖歌       402番 「丘に立てる荒削りの」
A 開会祈祷     太志君
B 子どもの讃美歌  82番 「おおしくあれ」  
C 聖歌       476番 「安けさはかわのごとく」
D 主の祈り
E 聖歌        500番 「みことばなる」
F 聖書の時間 
G 聖歌229番 「驚くばかりの恵み」(アメイジング・グレイス)
H 一人ずつ祈る

真智子夫婦は、この冬から「聖書ノート」を作って心に留まったことを書き、その日にあったことも書いているという。

聖書の時間では、真智子と太志君それぞれに心に残っているみことばを紹介して、その思いをシェアーしてくれた。
真智子/「神さまが聞くもの一人ひとりに語りかけてくださるように」と祈って、次のようなことを語った。

ロマ書8章33節〜39節:
8:33だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。
8:34だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。
8:35だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
8:36「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりである。
8:37しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
8:38わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
8:39高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。


若い頃は努力により報われると思っていたが、人生は努力して走っていくだけではないなと思っている。自分の人生や仕事などがスムーズにいかない時は、神さまに愛されていないのかと思う時があるがそうではない。

詩篇62遍7節〜712節:
62:7わが救とわが誉とは神にある。
神はわが力の岩、わが避け所である。
62:8民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。
そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ。
神はわれらの避け所である。〔セラ
62:9低い人はむなしく、高い人は偽りである。
彼らをはかりにおけば、彼らは共に息よりも軽い。
62:10あなたがたは、しえたげにたよってはならない。
かすめ奪うことに、むなしい望みをおいてはならない。
富の増し加わるとき、これに心をかけてはならない。
62:11神はひとたび言われた、
わたしはふたたびこれを聞いた、
力は神に属することを。
62:12主よ、いつくしみもまたあなたに属することを。
あなたは人おのおののわざにしたがって
報いられるからである。


与えられることも奪われることも試練であって、それは私たちが練り上げられるための試練である。刺繍の裏面のように何が起こっているかわからないけれど、神さまにおいては神のご計画が織られているのだと思う。

8節「神信頼する」というのではなく「神信頼する」というほうがふさわしい。私たちは神を選んで信頼するのではないか。すでにおられる神に信頼するのだ。

9節10節は、高いも低いも意味がない。私たちは低く生きましょうとも言っていないし、高く生きましょうとも言っていない。

低い高いという尺度は意味がない。しかし、そのような世界で生きているのがこの世であり、かすめられることもある。

私たちは奪われることを試練と考えるが、与えられることも試練である。なぜなら、いつの間にかそれに頼ってしまったり、「神さま」と言いながら自分の手柄にしたりする。

神さまはすべてを愛してくださっていることを確信すること。私が罪人だった時に死んでくださった。自分の人生のすべてをささげます。良いことも悪いこともささげて生きていく。

太志/ヨハネによる福音書15章16節:

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父が与えて下さるためである。

この箇所の特に「行って実をむすび」という言葉が心にある。教会でも出入りがあるが、それぞれの場所でそれぞれの働きがある。

私たちも今はワシントンD.C.にいるが、これもまた神さまがここにいてくださって、ここでこの人たちと働きなさいと言ってくださっていることだと思う。

成功や失敗も同じこと。現実に翻弄されそうになるが、それにとらわれないで目的をもって進んでいく。神さまが愛してくださっている。

マチ・クマと家の教会A.jpg聖歌476番の「安けさは川のごとく」は、メロディと詩が重なって励まされる。
しかも日本語よりも英語の歌詞のほうがわかりやすい。

”It is well."
「私はそれでいい。私の魂はそれでいい」と言えることは、開き直りでも安易なことでもなくて、必ず神さまの目的でしてくださっているんだということ。しかも愛をもってしてくださっているということを信じることができるから。

神さまに信頼するからこそ、私は行きます。イエスさまと共にいてハッピーだというためには信じることである。
 
最後に聖歌「驚くばかりの恵み」について真智子が一言コメントし、次のように語った。

「アメイジンググレイスの言葉も英語だと日本語と違って別の味わいがある。・・・
クリスチャン人生は船と同じで、船は水に接していないといけないが、自分(心)の中に水が入ってくると沈む。従って、山にこもっていてはいけなくて世の中と接していないといけない」。


静かに頷かされ、再び身を前に向けさせられる恵み豊かな礼拝とデボーションの時だった。感謝!

posted by 優子 at 16:26| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

マチ・クマ神戸の叔母宅へ 帰りは一人減じたり

真夏の石屋川@.jpg8月4日(木)、私はマチ・クマとユキの4人で神戸の叔母を訪ねた。

阪神沿線・石屋川の駅を降り、2号線を越えたあたりからユキが足早で歩いて行った。このようなことは今回が初めてで、ユキの姿は60年近く前の光景と重なった。

私が幼かった頃は自宅に自動車がなかったので電車で叔母の家へ行っていた。その時、私たち兄妹3人はいつも両親をあとにして先に走って行った。この石屋川沿いの道を。


ユキは走って行った.jpg目の前に見える建物に向かってユキはスピードを出した。
叔母は神戸市営の高齢者用の共同住宅に住んでいる。
これは神戸の大震災後に建てられたもので、それまではその向かい側に在った市営住宅に住んでいたが、このあたりは活断層の真上だったため、道を挟んだ両サイドの建物は将棋倒しのように倒壊した。

この建物は2004年春に高齢者用に建築されたので、トイレや風呂場には緊急用のブザーもついている。自転車で行ける距離の所に従妹(叔母の娘)が住んでおり、週末ごとに行き届いた助けをしている。

私たちが着いて30分ほどしてから妹も到着した。妹とはこの2日前にも会っている。8月2日に真智を訪ねて突然我が家に来た。

真智の笑み美しきかな.jpg「真智子ちゃん、大切な時間やのに時間を割いて会いに来てくれて嬉しい」と、叔母が何度も言った。

叔母は何年も前から膝が痛くて歩行が困難なので見るのが辛い。しかし、頭脳はすこぶる健康。話し方も声もこれまでと全く変わらない。

このテーブルは友人と楽しむ麻雀用に作ったものだ。友人が月に2度(?)の頻度でお弁当持参で10時間ちかくおしゃべりしながらやっている。

この日、私たちが着いた時、電動自転車に乗って誠味屋の佃煮や煮豆がいっぱい詰まった重い箱詰めを買ってきてくれたところだった。真智子たちだけではなく、私や妹の分までも。

叔母は88歳、20年前に亡くなった母が生きていたら90歳になる。叔父が亡くなったのは1999年夏、その翌年父が亡くなった。

私は叔父が海軍だったことは知っていたが、叔父がシンガポールで戦っていたことを知らなかった。

船の後ろ3分の一を失い、残っていた3分の二で港まで帰ったという。軍刀はアメリカに没収されくないので土の中に埋めてきたそうだ。


神戸もまた第二次世界大戦末期に度重なる無差別空襲で焦土と化した。神戸が火の海になっているのが大阪から見えたという。空襲の下を走り回って逃げたことや、終戦当時は古タイヤで草履を作っていたことなど、戦争の悲惨と愚行に憤りを感じながら聞いていた。

叔母は言った、人(兵隊さん)が「一銭五厘で死んだ」と。
何の意味かと聞けば、当時のハガキの郵便料金が一銭五厘であったことから、一銭五厘の赤紙で召集されて戦場へ行き、死んで帰ってきたということだった。人の命は1銭五厘の価値しかなかったのか!


幸い叔父は生きて帰ってくることができ、戦地に行っていたことから3倍に計算されて高額の恩給が出たという。恩給を支給される人々もいよいよ少なくなってきたことであろう。

叔母を訪ねて@.jpg

ユキは前日からプラレールをリュックに入れて用意していたが、到着早々にレールを敷いてセットしたものの、あとは叔母のアイパッドでゲームを教えてもらって熱中していた。

IMG_9324.jpg 

IMG_9328.jpg
 
この日、私は1人だけ叔母の家に泊まった。
8月2日に血圧が(189/102)に上昇し、8月3日は夫の相変わらずの危機感の無さで激論し、この日4日も(184/105)まで上がってしまった。

しかも3日間連続だったので肉体が耐えられず大事を取って泊まった。
IMG_9332.jpg 真智が帰っているというのに!


叔母もいつもこのように見送ってくれているのか・・・

私は5日の13時半頃に帰宅した。
3日連続すぐに頓服を飲んだので結膜下出血は免れたようだ。

叔母とずっと一緒にいたい。
解決せぬ問題がいっぱいの現実生活に戻りたくない。
そんなことを電車の中でぼんやり考えていたので、ドアが閉まる寸前に乗り換える駅で飛び降りた。しかし、降りた時もそこが何という駅かもわからなかったほどだ。

このたびの帰国中、真智に「ママは天に宝を積む生き方やね」と言われ、太志君も大きく頷いてくれていた。とてもそのような生き方はできていないが涙した。また立ち上がらねばと思う、命ある限り。

真智は大学卒業後から遠く離れているが、真智は私の思考や感情のすべて機微までもよく理解してくれている。というより感じ方や思考回路がとても良く似ている。

真智を思い出して腰に力を入れて立ち上がろう。
真智の笑顔で。


マチ・クマは10日から仕事に戻った。

posted by 優子 at 08:03| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

マチ・クマ結婚10周年記念のジャマイカ旅行

今回は3週間の休暇をとって、帰国前に結婚10周年を記念して7月19日から22日までジャマイカ旅行に出た。

ワシントンD.C.からだと中南米は近そうだが、直行便が無いので8時間ほどかかるという。ちなみに、ユナイティッドで飛ぶはずの飛行機が遅延したので、マイアミ経由のアメリカンエアーラインで行ったそうだ。このようなことがあるから英語不案内の者はますます海外に出られない。

ジャマイカ旅行J.jpg
ほぼ赤道直下のジャマイカの美しい海。
ワシントンとの時差は1時間だけで、この周辺にはバハマやトリニダード・トバゴなど、真智がIMFの海外出張(ミッション)で訪ねた国々がある。

ジャマイカI.jpgホテルの部屋のベランダで。
私が心配していた蚊は全くいなかったそうだ。



ホテルのサプライズ!
IMG_0594.jpg

IMG_0598.jpg結婚記念とは言っていたが、このようなチョコレートのプレートを届けてくれた。それを見て真智が喜ぶと
「見てよ! 彼女の顔!」と笑顔が反響した。
真智、ステキ! その時の様子が目に見えるよう。

10周年おめでとう!.jpg

ジャマイカと日本の関係も深く、ジャマイカで生産されるブルーマウンテン・コーヒーの80%が日本へ輸出されており、高速道路も日本が造っているという。高速道路ができるまでは2時間かかっていたのが40分ほどで行けるようになったと喜ばれていた。

そして、ジャマイカでも日本の車がいっぱい走っている。

タクシーを借り切って移動した時のこと。ナビは日本語で画面があるだけだから「ディスク(地図)を入れてください」とアナウンスも日本語。運転手さんに「これ何て言ってるの?」と聞かれ、楽しい会話が続く。

行っていない私までそのタクシーに同乗しているような気分になって聞いていた。現地ではボブスレー・ライドをしたり、滝つぼに飛び込んだり、勇気を奮い立たせてての挑戦でジャマイカを満喫していた。

ジャマイカ旅行F.jpg「まさに" leap of faith."(信じて飛べ!)だった。
ここを飛ばないと助からない。だから信仰でジャンプする。

落ちると深く落ちるけれど、今度は浮いてくる。神さまに身を任せて飛ぶけれど、委ねていると浮いてくる。そんなことを思った」。


ジャマイカ旅行G.jpg







↓ 次の写真には2人写っている。
でも、真智はどこ?

ほら、滝の奥からピースしているよ! 
ジャマイカ旅行E.jpg
2人入れるほど広くなかったそうだが、まるでイグアスの滝のアマツバメみたい。

ここは「ブルーホール(青い穴)」
ブルーホール.jpg
 
ジャマイカ旅行D.jpg「ターザンごっこができると思って来たのに、こんなにすごいの?」









ジャマイカ旅行C.jpg






まずはクマが飛び込み、次はマチ。




ジャマイカ旅行B.jpg「もっと下へ降りさせてー」

「これ以上は降りられないよ」










ジャマイカ旅行A.jpg 
地元のレストランで、この魚を料理してもらった。

ジャマイカ旅行L.jpg丸揚げにした魚の上に酸味をつけた玉ねぎとパプリカ。

手前の左側は「ブレッド・フルーツ」で、原形は丸い実。その右はプランテインで、バナナよりも甘みは少なくて酸味がある。
ジャマイカ旅行K.jpg

ジャマイカ旅行H.jpg
夕食はホテルのバイキング。

IMG_0590.jpg


ジャマイカ旅行N.jpgジャマイカ旅行M.jpg
最後にもう一枚。これは「ジップライン」。
2枚の写真を合体させたよ。
2人一緒にリフトに乗っていたよ。

ジャマイカ旅行O.jpg
スリル満点の冒険ができるジャマイカ! 
これからも平和な国でありますように。
そして世界もまた。


posted by 優子 at 16:35| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

ユキもやったよ「ポケモンGo」

昨夜午前0時前、真智子から無事ワシントンD.C.に着陸メールが入り、私は感謝の祈りをささげて安心して眠りについた。

真智の部屋は空っぽ。昨朝二人を見送ってからユキと私は一日中「さみしい、さみしい」と言い合っていた。

その夜、ユキはお風呂で少し照れながら「ママと真智がユキのお母さんで、お父さんはフーや!」と知子に言った。人は愛を受け、愛の中で育まれる。感謝!!!

では、滞在中のエピソードを続けよう。

家に中にポケモンが!.jpg8月5日、ユキがフー(太志おじちゃん)に「ポケモンGo」をダウンロードしてもらい、一気にポケモンブームに突入!
これが初めて見つけたモンスター。家の中にモンスターがいたなんて驚き!


フワフワ浮いているモンスターの真似をするポケモン・ユキ。
ポケモンC.jpg

ポケモンがいる!.pngあっ、私のデスクにもいた!
このモンスターがあとで進化したって?

ポケモン@.png

「ポケモンGo」よりも数日前に、スマートフォンに話して検索するのを楽しませてもらっていたユキは、人工知能のSiriさんに何度も何度も繰り返した。

IMG_9505.jpg「『ポケモン・ゴー』でポケモンを探している男の子が(正しくは「を」だよ!)、「あけぼの」という所に行くようにしてください。お願いします」。

その意味するところは、「あけぼの」周辺にアイテムがあり、カプセルを捕りに行きたくてユキはこのように言うのだが、「こんな長い文章を言うとスマホが混乱して居場所を一時的に間違えるよ」と太志君に言われても飽きずに繰り返していた。

ポケモンB.jpgそして、太志君はユキにつき合って「あけぼの」周辺を探しに行ってくれた。

Cポケモン.jpg




ポケモンA.jpg


そして昨夜までに捕まえたのは29種類、約90匹。

それにしても「ポケモン・ゴー」に大人が群がるのがわからない。小学生の子どもには面白いだろうが大人はすぐに飽きるはずだ。

ついでに大笑いしたユキとSiriさんの会話を収録:

ユキ:「早口言葉を言ってください」。
スィリ:「ではやってみます。
     赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマ」
ユキ:「すごいですね」
スィリ:「ありがとうございます。でも今特訓中なんです」。
ユキ:「頑張ってください」
スィリ:「ありがとうございます。
    その言葉で充電された気がします」。

ユキ:「元気ですか?」
スィリ:「絶好調です」

ユキ:「あなたは頭があるんですか?」
スィリ:「すみません、お答えできません」
ユキ:「何故ですか?」
スィリ:「僕も何故かなぁと思っていたんですよ」

このほかにも爆笑するような会話がさく裂していた。
その一方で私は「そんな失礼な言い方しないで!」と、人工知能がしゃべっているとわかっていても申し訳なくて何度も幸悠に注意していた。

インターネットが際限なく多機能になっていくのは驚異だけではなく脅威を感じる
時代や環境が人物に大きな影響を与えると言ったエミール・ゾラではないが、インターネットは徐々に人間の精神構造を変えていくのだと思う。


それでもネット時代のユキが世間で流行っているゲームを体験できてよかった。ユキの相手になってくれた太志君、ありがとう! 


posted by 優子 at 17:50| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

マチ・クマ、ユキのサッカー教室動画! 今朝またワシントンへ戻って行った

22時20分追記: 最後のビデオはこの記事を公開した半日後の今、別のものに差し替えてアップしました。

午前4時、空はまだ真っ暗だった。4時半頃、ヒグラシが鳴き始めた。
次女夫婦の9日間の滞在はあっという間に過ぎ、今朝5時26分の始発で出発し、再びワシントンD.C.へ帰って行った。しかし、「帰る」とは言わない。「行ってきます!」「行ってらっしゃい!」と言葉を交わす。別れは尽きない。

ユキは今朝もラジオ体操に出かけた。私もこんな時ぐらいと、ユキの成長を撮るために公園へ出かけた。2年ぶりの参加だ。体操を終えて帰宅した時には夫と知子も出発していなかった。

今日は全校登校日。今はセミの声だけが聞こえる静寂の中でマチ・クマの無事を祈りつつキーボードを打っている。

滞在中の最後の2日間は目には見えない時間が見えるようで、あれもこれもと真智たちもまた時間と競争するように、私たちにリーダーシップ論や社会心理学の話をしてくれた。
今回は一泊旅行さえ行くことができなかったけれど、皆の印象に残る「帰国2016」だった。

それらを思い出しながら記録していこうと思う。まずは昨朝、真智と太志君が参加させていただいたユキのサッカー教室の様子から始め、その最後にユウチューブに挙げた3分40秒のビデオを貼りたい。

サッカー教室のブログに、こんなに素敵な言葉を書いてくださっている。

2016年8月7日日曜日

「暑い!熱い!! でも楽しい
 夏本番。今日の暑さは半端ない!
今日はユキヒサのおじさんおばさんが緊急参戦!
小学生相手に本気モード全開です!(笑)」


サッカーA.jpg

サッカーB.jpg

そして、次女夫婦の感謝コメントには、「また、ぜひ来てくださいね。」と返信あり。感謝! 本当にまたそんな日があればいいな。

サッカーC.jpg

サッカーD.jpg

マチ・クマは1〜3年生とプレーした。

サッカーE.jpg

サッカーF.jpg→ 後ろに見える黄色い靴下の子がユキ。
ユキと太志君は同じ組で、その相手チームの真智は何度もユキのボールを取りに行って阻止したそうだ。

サッカーH.jpg

サッカーG.jpg

サッカー@.jpg
最後にドリブルしながら3分。
私はドリブルの意味も知らなかった。
この日の気温は36度。


ユウチューブの挙げ方やブログへの貼り方に手間取ってしまい、まもなく日本を離陸する時刻だ。ワシントンダレス空港には約12時間後に到着予定。旅の無事を祈っています。(このビデオは22時20分に差し替えて更新。ただし手ぶれの修正は未完了)

10時50分着信:
(サッカー教室のブログ)見たよ。嬉しい!
よろしくお伝えください。
今、搭乗しました。行ってくるね。
主に信頼して。主がいるから頑張るよ。
本当にありがとう。
太志も心から感謝しています。いつもお祈りしているよ。
真智子


渡米する伊丹空港で.jpgそして最後の最後11時ジャストに着信:

「伊丹空港のキャラクターがユキみたいだったから、今朝写真撮ったよ。通りがかりの方が撮ってくださったよ。
また着いたら連絡するね。でも早く寝てね。
ありがとう!」

無事到着を祈っています。


附記:ユキは学校から帰宅するなり「ふー(太志君)が・・・」とポケモンの話をし、この写真を見た瞬間、キャラクターをポケモンと間違えたほど。
ユキ、お友達同士の話題に入れてよかったね。
太志君、ありがとう!
次のページは「ポケモン・ゴー」を書こう。

posted by 優子 at 10:58| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

IMFのユウチューブをブログに貼れた!

あと4日、日本滞在もすでに後半に入った。
昨日は梅田のキリスト教書店へ出かけた。その直前にユウチューブやビデオの貼り方を教えてもらった。ビデオの圧縮の仕方も教わって楽しみたいと思うが、まずは真智が登場しているIMFのビデオを貼ってみた。

posted by 優子 at 09:01| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

ブルンナー読書会C ―次女夫婦も加わり6人で開催―

「使徒信条」はプロテスタント、カトリックともにキリスト教の基本信条であり、教会では毎週の礼拝で、あるいは月一度、または特別礼拝で皆で唱える。

「ブルンナー読書会」では、エーミル・ブルンナーの「使徒信条講解説教」を通して信仰の基本を学ぶ。少人数での非常に贅沢な学びの場である。

     使徒信条
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、
死にて葬られ、陰府にくだり、
三日目に死人の内よりよみがえり、
天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、
からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。
アーメン

ブルンナー読書会A.jpg

7月30日の第4回読書会は、その前夜に帰国した次女夫婦(右の二人)も参加した。

ブルンナー読書会@.jpg初めに真智子の奏楽で讃美歌512番を讃美し、知子のお祈りで始まった。

今回は「5.ポンテオ・ピラトのもとに」、使徒信条の中に一人だけ世俗の人物、歴史に属する名前が登場する箇所である。

ピラトはローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督であり、神の国となんの関係があるのか。イエスの敵対者であり、真理の問題を避けて傍観者として立っている。

ブルンナーはイエスとピラトの関わり、主イエスと国家との関係を考えることは重要な意味を持っていると言っている。

人々は「自分は王(神)である」と言うイエスを処刑しようとしているのだが、イエスは「世俗の王ではない」という意味を込めている。神の国はこの世のものではない。真実のものを証しするために来ているのだという立場である。

ピラトはイエスの良心をつかもうとして「真理とは何か」とイエスに尋ねるが、自分の立場やローマの法律から判断すると罪はないと判断する。

ところが、ユダヤ人の宗教的熱狂に合うと心が揺れて危うくなって保身し、イエスを鞭打たせて兵卒に渡した。王だと言っているイエスに茨の冠をかぶせ、服は王の服(ロイヤルパープル色。地中海の骨貝から作られる赤と紫の中間色は高貴な色とされている)を着せて茶化した。

★ロマ書13章1節〜7節参照

国家は自発的に正義を収めることができない。ブルンナーは不正な権力(国家)も神が摂理において用いる神の道具であると言っている。

歴史は神の支配するところの摂理であるという考え方と、ボンヘッファーのように歴史は人間がつくるものであるという考え方がある。 

★ヨハネの黙示録 13章1節〜10節参照

ルターは神の国とこの世の国の二つ(二王国論)を考え、この世のことは神の国に入るための準備であるからこの世に甘んじ、愛敵、非暴力で生きる。

ブルンナーはイエスの愛敵の教えとは別に世俗的固有の秩序を重んじ、防衛力を持つという考え方である。山上の教えは個人においてはあてはまるが、国家においては無防備のままではいけないと。

これに対してシュナイダーの平和論は「殉教の平和論」「殉教を覚悟した平和論」と呼ばれている。

ローマ帝国が神の御業の「道具」になるということ。
「キリストと共に、キリストのために生きる道は、決して喜びから喜びへ続く散歩道ではない」。


私が特に感じ入ったところはP83。
「神の愛が私たちを支配し、善意のみが私たちにあるなら、強制力をもった国家の法的秩序などは必要なかったでしょう。法的強制は、私たちの罪のゆえに必要なのです。

(この事実を傍観的に考えないでいただきたい。)

犠牲を引き受けることがどんなに困難であるかということ・・・もし国家が税金を強制的に徴収しなかったら、貧困者や失業者や小学校にたいする配慮は失われてしまうでありましょう。

私たちキリスト者さえ、国家に強制されなければ、果たすべき義務を果たさないというくせがついているのです。・・・

革命とは国家権力と同じ根拠、すなわち、人間が自発的に犠牲を払うことができないという事実から生まれてくるのです」。


今回は実に重いテーマだった。
「病気、死、失敗、不運など、あらゆる人にふりかかる苦難だけではなく、迫害や孤独などキリスト者ゆえの苦しみ。そして、他者の苦しみをおのが苦しみとして生きる」という、そのような苦しみを私は、私たちは生きているだろうか。自問自答が続く。

感謝の時.jpgコーヒータイムでは日本経済について尋ねられ、IMFのエコノミストの見解やEU離脱にも触れて会話が弾み、下村さんから戦後ドイツのことや移民の現状などを聞かせていただき、有意義で楽しい交わりを神に感謝した。

次回は8月27日。後日8月20日に変更された。
「6.絶望のキリスト」、次の学びも待ち遠しい。

posted by 優子 at 22:17| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする