2016年09月30日

視界ゼロメートルの世界

「春がきたが、沈黙の春だった。
いつもだったらコマドリ、スグロマネシツグミ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。そのほかいろんな鳥の鳴き声がひびきわたる。
だが、いまはもの音一つしない。
草原、森、沼地――みんな黙りこくっている」。


レイチェル・カーソン最後の著書『沈黙の春』(Silent Spring)を、この年齢になって若い時よりもはるかに鋭く感じることができるようになった。

農薬汚染が生態系を破壊することを訴えたカーソンが生きていたら、現代のどうしようもなくなってしまった病める世界をどんなふうに感じるであろう。いや、我々と違って予想していたのかもしれない。

チェルノブイリ原子力発電所事故が起きて30年になる。まさかその25年後に、日本がチェルノブイリと同じ道をたどるようになるとはと、今も何度もこの思いが繰り返しやってくる。

1986年4月、チェルノブイリ原発事故が報道された時、私は物理学で学んだことを思い出し、慌ててジャスコ(スーパー)へ脱脂粉乳をたくさん買いに行った。せめて保存できる牛乳の代替品を数か月分だけでもいい、商品がなくならないうちにと走ったが、商品は棚から無くなることはなかった。

偏西風に乗って放射能が日本上空に到達するまでに作られた商品を買わなくては! もちろん、買い込んだところで焼け石に水だ。そんなことは百も承知していたが、子供のことを思うと何かをせずにはいられなかった。長女が8歳で次女がまもなく6歳だった。

そして2011年3月、日本もまた原発事故を起こし、汚染された地域は死の町と化してしまった。自然豊かな福島の地にかつての春は巡っては来ない。

『チェルノブイリの祈り』(2015年、ジャーナリストとして初めてノーベル文学賞受賞した作品)の著者、ベラルーシのスベトラーナ・アレクシエービッチの言葉が重く響く。

「ここでは過去の体験はまったく役に立たない。チェルノブイリ後、私たちが住んでいるのは別の世界です。前の世界はなくなりました。でも人はこのことを考えたがらない。このことについて一度も深く考えていたことがないからです。不意打ちを食らったのです」。

『チェルノブイリの祈り』は「未来の物語」であり、原発事故に遭遇した人々の悲しみと衝撃を伝え、「私は未来のことを書き記している」のだと語る。

先週の「ブルンナーの読書会」で読んだエーミル・ブルンナーの言葉も忘れられない。

「今日の人間の思想と感情を支配しているものに2つあります。それは、死に対する恐怖と希望喪失であります」。
前者では「もはや安全な場所など、どこにもないのです。わたしたちは、隠れ場のない野原のなかを行くように、どんなことが起ころうとも、それに身をさらさねばならないのです」。


そして、第2の希望喪失のほうはもっと暗黒なものであると言う。

「深い希望喪失感が多くの人々を襲っております。世界史のなかには、もはや正義は失われ、悪が勝利し、人が生きる意味などは存在しないのではないでしょうか。

この2つの感情は、しかし、互いに矛盾する要素を持っております。もし生きることに何の価値もないなら、死に対して恐れを持つはずはありますまい」。


この矛盾した絶望こそが「人間の根本感情」であり、その問題に対する神の応答がイースターの使信である!

2016シュウメイギク.jpg「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ」てくださった」。  
(ペテロの第一の手紙1章3節)

この聖書の言葉を神の応答として聴ける者は幸いだ。


つゆ草.jpg視界ゼロメートルの時代に在って、私は絶望しそうになっても絶望しない。

美しい花々、小さな生き物、子どもたちの未来を奪ってはならない。

posted by 優子 at 23:58| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

高齢者肺炎球菌予防接種と介護保険被保険証 −円地文子『朱を奪うもの』、私の「朱」は「情熱」か―

IMG_0347.jpg3〜4か月前だったか市の保健センターから高齢者肺炎球菌予防接種の接種票が届いた。その時は非常にショックで、手に取ったまましばらくぼんやり眺めていた。ついに私も高齢者の枠組みに入るのだ。

肺炎は日本人の死因第3位で、その95%以上は65歳以上ということで、2014年10月から定期接種が始まった。夫は1年前に接種を済ませた。

そして、今日は介護福祉課から介護保険被保険証が届いてまたまたショック。介護が必要になる場合も視野に入ってきたというわけで、かつて読んだ『朱(あけ)を奪うもの』の言葉が脳裏をよぎった。

「さあ、これで全部抜けました。もう歯病で苦しむ思いは一生ありませんよ。・・・(略)・・・
磨滅した一本の歯に滋子(しげこ)はやるせない悔いと愛着を感じた。自分の肉体と離れてしまった歯は、もうどんなに足擦(あしず)りしても自分のものにはならない。自分の生命の一部の死んだのを正しくわが眼で見ているのである。歯はそのまま自分の骨に見えた」。


これは円地文子が50歳の時に書いた『朱を奪うもの』の一節である。読書会のテキストに推薦して、1991年1月の例会で取り上げてもらった。私が39歳の時である。

この作品は、結核菌に冒されて右乳を切り取られ(昭和13年)、2度目は女性だけの病む癌で手術を受け、3度目は一緒に生きてきた歯を抜き去ってしまい、「3つの死を思うと自分に与えられた生命(性)の不思議さについて何とも語りたくてたまらなくなる」と、真っ先に結論を持ってきて幼かった日の記憶から物語が始まる。

女性は老い(年齢)、病気、運命などにより「朱」を奪われていくが、「朱」は無くなるものであろうか。奪うものはあるけれど、私はやっていけるのだという作家の気持ちを書いている。

このときの読書会ノートにはこんなメモが書いてあった。

「3年ほど前から両親の老いを感じるようになり、以来、自分自身の老いをも含めて老いるとはどういうことか考えている。
母の老いていく悲しみ、不安を感じ取る優しさが私にはない」。

正しくは「実感できない」というものであり、そのことで自責の念を感じていた。

その頃の母はちょうど今の私と同じような年齢であったが、実際は「老い」というものではなく、進行性の神経難病に蝕まれていた。

主治医は慰めの気持ちで「老いが早く来たと思えばよい」と言われたことがあったが、とにかく私は母のことをわが身のことのように感じることのできないことにも苦しんでいた。それは人間の限界であり、どうしようもないことであるのに!


『女性の更年期』という本にそのテーマで書かれた山本耿子(こうこ)さんの文章に、「(『朱を奪うもの』には)老いの自覚というものが、どのようなかたちで味わわされるか、老女の気持ちが心にくいまでに表現されてある」と書いているので推薦したのだった。

ついでにこの読書会で心に届いた印象的な感想を2つ。

▼ 読者の年齢が若いと意味のわからないところもあるだろう。

▼ 中島敦の『李陵』には宦官について出ているが、司馬遷は性器を取られながらも『史記』を書いた。そのことを掲げているのは、円地も書くことへの執念はすごいものがある。


肺炎球菌予防接種は来年3月末が期限だが、ユキの日本脳炎ワクチンの2期の接種票が届いたのを機に、ようやく私も重い腰を上げて一緒に内科医院で受けることにした。

ユキは小学校に入学した1日目から雨の日も必ず、お願いもしていないのに帰宅した時に郵便受けの中のものを持って入ってくれるのだが、高齢者案内を孫の手を経て受け取ることに何とも言えない感慨を覚える。

母が召されてちょうど20年、健在ならば90歳になっている。今では90歳でも珍しくない長寿世代だが、さすがに「母が元気だったら・・・」と90代の母を想像するのは難しい。91歳の父の姿もまた・・・

子供の頃は病弱だった円地文子は81歳まで生きた。
私は「朱」を「性」ではなく「人間の情熱」と解釈し、情熱を奪われず円地の執念のごとくに命を燃やさねばと思う。

posted by 優子 at 17:59| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

チャッピーを思い出させた小雀 

「おばあちゃーん!!! スズメを捕まえてん。
スズメが自転車の籠におるから来てー」。

私はユキの声に慌ててカメラを持って外に出た。

IMG_0332.jpg「公園の溝に水が溜まってて、バタバタしていたから出してあげたけれど飛べなくて、よしよししたげたらだんだん馴れてきて、おとなしくなったから自転車に乗せたら、濡れていたからブルブル震えていたけれど、1分ほど経ったら落ち着いて籠の隙間にくちばしを置いてくつろいだ」。

IMG_0335.jpg
小さな小雀、死なないで・・・
小雀は私を見てくれ、目と目が合った。
ユキはチャッピーの小屋に入れてやった。温かい敷物を敷いて。

今日はまじめに食膳のお祈りをしていると思ったら、スズメのことを祈っていたそうだ。
チャッピーの時に歌っていた「讃美歌21」の425番「こすずめも くじらも」を聞くと、去年の秋のことが思い出されて涙が溢れて止まらなかった。去年は悲しかった、チャッピーが死んでしまって本当に悲しかった。

シュウメイギクの咲く頃.jpg今年は異例の9月初めにシュウメイギクが2つ咲いたが、いよいよ今週初めから咲き始めた。

ユキは言った。
「ユキはスズメのお母さんやね。スズメを助けて守るから」。

私は「明日の朝は死んでいると思う」と言ってしまったが、ユキは元気になるように祈って眠った。

スズメ.jpg


9月28日朝追記:スズメは死んでいた。
今朝6時前、ユキは目覚めてすぐにスズメを見に行くと、前夜に置いてやった水の近くで動かなくなっていた。15センチほど移動していたそうだ。チャッピーの小屋の中だったから雨に濡れなくてよかったね。
スズメには悪いけれど素手で触らないようにユキに言っているので、もしもまだ暖かいかもしれないからと、学校から帰ってから葬ってあげるそうだ。

posted by 優子 at 21:17| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

民主的な米大統領選討論会と異様な国会安倍自民党

今朝は大急ぎで朝の家事を済ませて「BS1」放送の、アメリカの大統領選・クリントンとトランプ氏との第1回討論会を聴いていた。

IMG_0326.jpgこの討論会はニクソンとケネディの時から始まったという。90分間のディベイトをノーカットで放映し、しかも常に2名を映し出していた。

一方がスピーチしている時に他方の表情も映すいう視点に「さすが!」と思った。相手候補の主張を聴いている時にその人の人間性が垣間見れるからだ。今日も安倍氏は野田氏の言論を聞きながら彼の得意の侮る表情をした。

ヒラリーさんは「嘘つきで言うことが変わる」からと絶大な人気があるというわけではないが、トランプ氏は資質や品格のレベルに関わることなので、私はヒラリーさんの発言に注目して聴いていた。

ヒラリーさんのディベイトは具体的で説得力があり、トランプ氏の感情的な皮肉にも乗らなかったのもよかった。2人のビジョンと価値観は如実に現われていた。

ヒラリーさんは討論会のために心理学者のアドヴァイスも受けて、トランプ氏はどんな言葉に激怒するかまで研究したそうだ。邪道のようであるが、政治家の対決においてはそれも可。人物像を探る手法になると思う。

先の都知事選の時にも思ったことが、大統領という最高度の責任とストレス職に就こうとする真意は何だろう。人間は金銭欲よりも地位、名誉を求めるのだろうか。しかし、そのようなことでは決して戦い得ない。

午後には第192回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説があり、用事をしながらたまたまつけたテレビの光景に目が釘づけにされた。

安倍さんが「(自衛隊員らに)心から敬意を表そうでありませんか」と呼び掛けて、自民党議員が総立ちで拍手を送ったのだ。

ここまで来たか。

私はその異様さにヒトラーを想起させ恐れた。まるでナチスの党員が右手をピンと張って「ハイル・ヒトラー!(ヒトラー、万歳!)」と叫ぶ光景と重なったのだ。


討論会後にCNNテレビが実施した世論調査によると、クリントン氏が勝ったと答えたのは62%と報じているが、ネット上ではトランプ氏が優位だという。

いずれにしても日本人はどうだろう。
まだまだ個の確立が不十分な私たちは、今日の所信表明の異様さに象徴されるように、周囲の影響を受けやすく集団心理の危うさを感じずにはいられない。

posted by 優子 at 18:54| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

家の教会㉔ −私の実験より、「憤ったままで、日が暮れるようであってはならない」。−

photo by Yuki@.jpg
今朝は1週間ぶりの陽光。(photo by Yuki)

今朝も先週に続いて夫は脱落、平然とそばのソファーで眠ったままなので、知子、ユキ、私の3人で礼拝を守り捧げた。
2016年9月25日(日) (第24回 家の教会)
14:10〜14:50
@お祈り  優子
A聖書輪読  マタイによる福音書 21章12・13節
       エペソ人への手紙  4章25節〜27節
Bお話し   優子、知子
Cお祈り   優子、知子、ユキ、優子
D子ども讃美歌   77番 神のお子のイエスさま

マタイによる福音書 21章12・13節:
21:12それから、イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、また両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえされた。
21:13そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈りの家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。

エペソ人への手紙 4章26・27節:
4:26怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。
4:27また、悪魔に機会を与えてはいけない。

お話:
「この福音(マタイ伝5章20節以下)を私は25年ほども説教してきました。しかし、どれほど良くなったかは見てのとおりです。年を取ればとるほど貧相になり、長ずれば長ずるほど怒りっぽくなっています」。

これは、かの偉大なルターが54歳の時に語った説教の冒頭の言葉です。私には意外であり、と同時に歴史上の人物でしかなかったルターが私たちと同じ人間であったという親近感を覚えます。

イエスさまの12人の弟子たちの中には短気な人がいて、イエスさまはヤコブとヨハネの兄弟に「雷の子」というニックネームをつけました。

私も短気な人間の一人ですが、悔い改めも速く、気持ちを引きずることはありませんでした。悔い改めると心は浄化され透明になるからです。

ところが8月半ばのこと、夫の相も変わらない姿に「この40年間は何だったのだろう」と力が抜けてしまう出来事がありました。夫が結婚した年齢は31歳でしたが、30代ならばまだまだ心は柔らかく周囲から良きものを吸収できる年代です。否、人生は常にそうなのです。

ところが、夫のどうしようもない欠けに未だ本人は気づきがないままで、私はついにゆるせなくなったのだと思います。そして、私も実験してやろうと思いました。私の心がどうなるのか、私の心を実験台にして夫の傾向を真似たのです。

強情で傍若無人、内省しない、気持ちを述べない、経験から学ばない、他者を批判し悪いのは全部他者・・・それらは全て私の生き方と対極するので難しかったのですが、夫への不快感、憤りを感じたときは内省しないようにしました。

するとどうでしょう。怒りは大きくなる一方で、少しのことにも腹が立つようになりました。非常に怒りっぽくなり、しかも夫に対してだけは、いつまでも怒りを自分の中に溜め込むようになってしまいました。

これでは自らを破壊してしまいます。まさに自爆です。心が硬くなっているのがわかりました。これではいけないと思い、今日はこの聖句を取り上げました。
家族にクリスチャンがいるのは大きな助け、恵みです。ワシントンの次女夫婦も祈ってくれています。


私は自らを探りながら「怒り」について考える時、まず「怒り」もまた神さまが私たちに与えた感情であることがわかります。あのイエスさまでさえ怒られた時がありました。それが今日読んだ箇所です。

それはイエスさまがロバの子に乗ってエルサレムに入られた時のことです。祈る場所である神殿を、律法学者やパリサイ人たちが売り買いの場所にしていたからです。

このことからわかるように、見過ごすことができないことを目撃した時は怒るべきで、あまりの暴言を受け続けたときも決して怒らないと言うのはよくないと思います。

私は短気ではあっても他者と口論することはまずありません。相手が話し合いのできる人ならば静かに話し合いもしますが、そうでない場合は暴言やいじめを受け続けるというのが私の生き方だと思っています。

時にはそれは「逃げ」ではないかと思うこともあります。60歳になる前後から精神的に「しんどい話」は避けたいと感じるようになったからです。それでも社会的にも責任がある会社のことなどには家族と激論になって激怒する時もあります。

しかし、特にこのたびの実験での怒りは最初から間違っています。こういう怒りは、まるで膨らませた風船を結ばないで手から放された風船のようで、コントロールを失ってグルグル回っている愚かな姿です。

そんなことを繰り返していたら自分自身を滅ぼしてしまうのも想像できます。ですからもうやめました。私は私らしく生きるべきです。

夫のことは神に委ねます。それは神さまの責任でもあります。「夢や希望は神のみ旨に適う限り必ず『実現する』という事」であり、神のみ旨に適う願いであると思っているからです。


「怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。また、悪魔に機会を与えてはいけない」。

このあとでパウロは次のように書いています。

「神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。すべての無慈悲、憤り、怒り、騒ぎ、そしり、また、いっさいの悪意を捨て去りなさい。
互いに情深く、あわれみ深い者となり、神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互にゆるし合いなさい」。
 

かつて、次女が小学校5年生の時にペン活動していたPTA新聞に書いた記事を思い出します。

IMG_0271.jpg1991.12.9発行『ふじとニュース』22号より

こどもの詩を紹介し、みことばを織り込んで次のように結びました。

「喧嘩をしても延長戦をしないでゆるしあうこと・・・
『日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません』、
その日のうちに仲直り!」


かくて40日間の実験は終了し、自己を取り戻したいと思います。
唯一と言える私の良さを失くしてまで夫に挑むなんて愚の骨頂です。私たちの年齢になるともうそんなことをしているほど時間も残ってはいません。私は正しい人間的なことに怒る人間になりたいと思います。

日々刻々に悔い改めて明るく楽しく生きていきましょう。
それにしてもイエスさまが「雷の子」ヨハネを一番愛されたというのは、大きな慰めです。

このあと悔い改めの祈りをささげた。祈り終えたとき一粒の涙が落ちた。神の慰めと再生の涙だと思った。

photo by Yuki.jpg
16時半頃、ユキが写真を撮って持ってきてくれた。
空も山も美しいねぇ、ありがとう、ユキちゃん!


posted by 優子 at 20:31| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年09月24日

ブルンナー読書会E −復活の確かさ―

今朝の二上山.jpg
今朝の二上山・雄岳
2階に上がる間に雲が広がって頂上が今にも隠れてしまいそう。

今日の読書会は夫不在(昨日は和倉温泉泊、今夜帰宅)のため3人で開催した。下村さんは「10月に2回してもいいですよ」と別の日も勧めてくださったが、良輔不在もまた「絶妙の時」と予定通り開催した。

夫は欠席だからと読まないままだったが、特にこの章は「イエスの奇跡や復活が信じられない」と言っている夫には、とても強く迫ってくる内容ゆえに、一昨日に読むように勧めて一言の感想を求めた。
しばらく2人で話し合う中で、夫は2〜3度に分けて次のように言った。

「神を信じたいのに信じられない。悔い改めたいのに悔い改められない。
今は『死んだら終わりや』とも思っていない。かつては少しは死の恐怖を持っていたが、今は元気にふつうの生活をしてるから死の恐怖ももっていない」。


「それは不思議やね、今は前よりも年を取っているのにね」と、すかさず私は言葉が突いて出た。

私は失望しないで夫の求道への目覚めを祈り、神に期待して夫の魂の道程を追っていきたいと思う。

今日は「7章 復活の確かさ」である。まず夫の感想を伝えてから私の感想を述べた。

このカテゴリでは、毎回テキストにある全ての文字を打ち込みたい衝動にかられ、理路整然と端的にまとめることができないのは私の能力によるところが大きいが、それだけではなくやはりそれほどに内容が深いのだ。

下村さんから教授されたことを簡略して文字に打ち始めたのだが、それでもブログの記事には長くなるので、私の新たなる発見や感銘を受けた箇所を打ち込むにとどめたいと思う。
ただし既に打ったものを削除するのは惜しいので、途中までだがそれだけでも文末に「附記」として添付しておくことにした。

ただ簡単に福音書の復活物語を信じるだけなら、信じるということはそれほど力にはならないでしょう。これらの人々の信仰は、ちょうど水上家屋の住民がこの国に住んでいたとか、地球とは丸いものだと信じるような信仰なのです。

このような復活信仰などはいくらあってもだめで、信仰者であっても不信仰者と同じように、生の不安に悩み、そしてまたあの出口なしの恐怖にかられ、生の場所を求めて、血なまぐさい貪欲なたたかいに巻き込まれるのです。

ここで下村さん曰く、「アウグスチヌスは『あなたはわたしたちを、 あなたに向かって創られたゆえに、 わたしたちの心はあなたのうちに憩うまで は安らぎを得ません。』と言い、パスカルも、『人の心には神によってしか満たされない空洞が空いていて、神以外の何ものをもってしてもそれを満たすことができない。神によってその空洞が満たされるとき、人は生きる』と言っている」と紹介された。

真の復活信仰とは、使徒の言葉を疑わずに信じるということから生まれるのではなく、人間がイエス・キリストをとおして神と和解するところから生まれるのです。この和解は単なる信仰ではなく、再び生まれることであり、新しいいのちなのです。

下村さんが読まれた聖句は、コリント人への第一の手紙 15章14節と17節。
「もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい」。

「もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう」。


「この言葉が、ブルンナーの説教の根底にあるのであろうと思われる」。

あなたが信じられないというのは、神との和解がその前提として真剣に考えられていないからです。あなたは神を失っているということを、本当に真剣に悔い改めようとしているでしょうか。

神に対する確信、神との結合、イエス・キリストにおける神との平和などを確かにもってはいるが、永遠のいのちの確かさはもたない。なぜなら、わたしは、死後何があるか全然分からないし、それについて誰も確実なものを知っていないから

私(ブログ筆者)は、まさにこれと全く同じく、「天国は死んでみないとあるかないかわからない」と、堂々と礼拝の説教で発した牧師を目撃しており、この驚愕にもブルンナーは納得させてくれた。私はその方にブルンナーの言葉を続けよう。

ごらんなさい。あなたがそういうことを言っているかぎり、あなたは神と本当の和解を得てはいないのです。生けるキリストを体験していないのです。

受難日なしにイースターをもつことはできないし、イースターなしに受難日をもつことはできない。イースターなしに罪を赦すことはできない。(「ここが今日の眼目である」said 下村さん。)

イースターの確かさへ至る道は、神との和解を通っていきます。神との和解は、わたしたちと神との生ける結びつきを与えたもう復活者をとおして実現するのであります。

(その時)あなたは生の不安やそれから由来するすべてのことから解き放されます。その時、この世的な移ろい行く人生は、あなたにとって唯一絶対なものではなくなります。

本当の神との和解を持たないから、本当の平和を持っていない。つまり、本当の悔い改めを経験しなかったからであり、それとも、悔い改めと和解から脱落してしまっているからであります。
※ 8月半ばより生ける屍のように心が重く、脳と霊性が冴えないのはこのせいか・・・

そこから抜け出すためには、和解への沈潜、イエス・キリストの十字架のみもとへの帰還のみ! まさにそこにイースターの喜びと確かさとは、わたしたちすべてに備えられているのであります。 

愛する兄弟姉妹、そういうわけで、永遠のいのちが不確かなものだということは正しくないのです。
永遠のいのちを概念化することはできません(抽象的な言葉で説明することはできない)。しかし、そのことが、希望の確かさと喜びとを何らそこなうものではありません。

最後に知子が感想と共に証しした。
それをお聴きになった下村さんは次のように言われた。

「森有正は、『人間は、どうしても人に知らせることのできない心の一隅を持っている。誰にも言えない苦しみや悩み、そこでしか神に会うことはできない』と言っています。まさに知子さんの恵みの時、カイロスの時だったのですね」。

※ 「カイロスの時」の意味はここをお読みください。

感謝!.jpgこれは下村さんの広大な庭(?)にある栗の木から落ちた栗の実。

昨日の散歩道で見た好物の栗。
今日2か所のスーパーで栗を探したが、どちらも少ししかなくて古そうだったので買わずにいたのだが、下村さんが今朝拾ったばかりの新鮮な栗を持ってきてくださったのだ! こんなにたくさん!!!

実りの秋・感謝!.jpg
photo by Yuki.
写真の撮り方、本当に上手やね。

私は根気がないので渋皮煮などやってみようとも思わないのをいいことに、いつものように栗を湯がいて半分に切ってスプーンでいただくのが我が家流。これも最高!
ありがとうございます! 明日の朝に湯がいて、朝、昼、晩と、感謝していただきます。

次回は、10月15日(土)、讃美歌は239番。
毎週でももちたい学びの時、今から楽しみです。何度も読んで新たなる気づきがあたえられますように。


附記:
この書に記されているブルンナーの説教は、1939年、第2次世界大戦が始まっており、ヨーロッパが殺戮の世界にあった。

今日の人間の精神的状況は「死に対する恐怖」と「希望喪失」であり、後者のほうがもっと暗黒だ。「もし生きることに何の意味もないなら、死にたいして恐れをもつはずは」ないのに、この矛盾する二つの感情を同居させている。

「死にたいする不安や、死によって何もかもなくなるということに対する深く秘められた絶望」は、どの時代にもあった「人間の根本感情」である。

不安とは「魂の狭隘(きょうあい:心が狭いこと)感」であり、「魂の場所喪失感」である。「ありかへの不安、出口を失うという恐怖と、そこからくる残虐さと愚かさとが人間をおそう」。

「私たちの不安は、神をもたずに生きているということから来ている。神に心を向けないこと、この神の喪失が―これこそ聖書の言う≪罪≫です―不安の根拠なのである」。

「この世界の不正だとか、科学的思惟から来る懐疑だとか、・・・いろいろの理由をあげて『わたしは信じられない』とあなたは言うのでしょう。そのとおりです。

しかしそれは、「自分自身の主であることをやめようとしないからです。・・・神に従わないという意志、つまり罪が、結局生の不安の究極の根底なのです」。

「バルトは、『信じやすさは生きた信仰ではない』と言っている。即ち、イエスを通して神と和解するという体験から出ていない。」said 下村さん。

「神と先ず和解した人間のみが、復活の使信を信じるのであり、そしてそれが生ける希望となるのです。希望喪失や死の不安は、神との関係の破れから出てきています」。

「ナチスの時代も経験しているラインホルト・シュナイダー(シュナイダーを日本に紹介したのが下村喜八さんである)も、『戦争を引き起こす根元から絶たないといけない。即ち、社会的困窮、倫理的苦悩、精神的苦痛を取り除けば平和への第一歩になる』と言っている」said 下村さん。


以上、113ページ途中まで。

posted by 優子 at 22:35| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

ユキと秋の「砂利道」を歩く −最後に動画3連発−

秋の山桜.jpg今週は休日が2日もあった上に20日は台風の接近で休校となり、ユキは週休5日の1週間だった。
今日はお友達が塾や用事でユキは一人ぼっちで😞退屈しているので、私は久々にユキと短い散歩に出た。我が家だけに通じる通称「じゃり道」へ。
集会所周辺の山桜の葉がチラホラ色づき始めていた。

ピンクの彼岸花.jpg淡いピンク色の彼岸花。

今は心が疲れているのでもっともっと自然がいっぱいの所へ行きたい。



クリーム色の彼岸花.jpg

クリーム色の彼岸花もあった!

ユキはコオロギを見つけたけれど逃げられた。



この栗の木でUターン。
栗の木@.jpg
今年は実が成るのが早く、はじけて落ちていた。

栗の実.jpg
こんな栗の木が家にあればいいなぁ。

ユウターンの前に、ユキが畑をバックに運動会の出し物・「ソーラン節」を踊っていた。今日の練習では、上手だからと指名されて登壇。舞台の中央で踊ったんだって! そういえばママ(知子)もいつも見本になって前で踊っていたよ。

畑の舞台でソーラン節.jpg

畑の舞台でソーラン節A.jpg

捕まえたよ!.jpg「大きなショウリョウバッタを見つけたよ!」
虫かごの中でトノサマバッタと喧嘩しない?

学校の授業(?)でも虫とりするからと、秋になったのに先週末に新たに虫とり網を買ってもらったユキ。

9月初めに「燃えないゴミ」のリクエストをして、ボロボロになった3本の虫捕り網を持って行ってもらったところなのに、また虫取り網? 
でも今朝は嬉しそうに網を持って学校へ行った。今日はできなかったからと網は置いてきたんだって。

大きなショウリョウバッタ.jpg

最後にオシロイバナの落下傘!
オシロイバナの落下傘.jpg

ビデオでも撮ってユウチューブにあげました。
 

これは2年前の夏、ここにチャッピーもいるよ。


ついでに3歳1か月のユキ!
これは過去ログ2010年9月10日の「ユキ、おばあちゃんに叱られてプーさんを歌う」に書いた歌である。

IMG_0037.jpg IMG_0041.jpg
左は蝶々のランデブー。

スズメバチか?.jpgこれはスズメバチ?
とても大きくて4〜5センチあると思う。
10日ほど前から毎日6〜7匹が裏の木の小さな花をついばんでいる、蝶々と共に。私は蜂を横目に緊張しながら洗濯物を取り入れる。

posted by 優子 at 23:15| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

太宰治『走れメロス』を読む −日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック例会− 

『走れメロス』は中学校の先生方の意見として、授業でやると先生ばかりのめり込んで中学生たちは白けてしまい反抗する。研究家の中では明るすぎるのではないかと意見が二つに分かれている。

太宰は『走れメロス』をギリシャの古伝説とシラー(シルレル)の『人質』をもとに書いたと言っているが、違うものを読んだのではないかというのが説得力を持って迫ってきた。

前者では主人公の名前はピチウスで親友はダモンであるが、後者では主人公がダーモンで親友の名前がピンチアースに名前が入れ替わっている。主人公を誰にするかで変わってくる。

『走れメロス』は口述筆記であり、少しアルコールも入っているとも言われている。太宰はこれを一気に語ってメモされて活字になった。従って太宰独特のくどい文章表現ではなく、しゃべり言葉で語られており、それがこの作品のいのちになっている。

太宰のことを神さまのようにいい人だったという人もいれば、悪魔のようだったという人もいる。酒を飲んだ途端に人が変わる。その時にいつも一緒にいたのが檀一雄だった。

『走れメロス』を発表したのは昭和15年で、戦後この作品のもとになった話を友人・檀一雄が『小説 太宰治』で紹介した。

その最後を引用する前に、そこに書かれている要諦は次のようである。(『太宰治―<愛>の表現の困難さ』より)

「1936(昭和11)年12月、熱海に仕事に出かけた太宰のもとに檀一雄が訪れ、2人で流連、持ち金を使い果たしただけでなく、借金を300円も抱えてしまった。取りあえず、檀を人質に井伏鱒二宅にやってきた。
ところが、いつまでたっても太宰は戻らない。しびれを切らした檀が井伏宅を訪ねると太宰が云った。『待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね』」。


檀一雄は『小説 太宰治』を次のように結んでいる。(表記は本文のママ)

「私は後日、『走れメロス』という太宰の傑れた作品を読んで、おそらく私達の熱海行が、少くもその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた。

あれを読むたびに、文学に携わるはしくれの身の幸福を思うわけである。憤怒も、悔恨も、汚辱も清められ、軟らかい香気がふわりと私の醜い心の周辺を被覆するならわしだ。

『待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね』
と、太宰の声が、低く私の耳にいつまでも響いてくる」。 
         

檀は「堕落の果てに金を使い果たした男(太宰)が自分をえらい目にあわした」と、何度もこのことを話し、太宰のことを「悪魔の伝道師」と言い続けた。

この出来事の10ヶ月前(1936年2月)に、太宰はバビナール中毒で精神病院の監禁病棟(個室)に入れられて大きな衝撃を受けた。
病院から出た時に、無教会の信者より『聖書の研究』を読み、そのことにより太宰の中で祈りが出てきたというのが現代の定説になっている。

人は何のために生きるのか。
このとき、太宰は「義」のために生きると考えていた。イエスが自分の命をなげうって人のために死なれた愛のわざ。3日目によみがえるといった預言を映しているのではないか。それがメロスの大きなテーマと考えてよいのではないかと思う。

太宰はメロスを英雄にはしないで、恥ずかしい羞恥心のある人物に描いた。
ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。

       (『走れメロス』の末尾)

太宰の文学は誤解されるが、『走れメロス』は全く違う作風でキリスト教の影響がある。太宰が最も良い作品を書いたのは中期と言われている作品で、そこにはキリスト教の影響を受けて「希望」が生きていた。

太宰が最も感動した聖書の個所は「サマリヤの女」(ヨハネ伝4章)の話で語られたイエスの言葉である。


「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。


神さまが恵みとして与えてくださった水によって立ち上がったサマリヤの女。そういう可能性が人間には開かれているんだと、太宰はそのことを書き上げておきたかったという願いがあったのではないか。

太宰は聖書によって大きな影響を受けて「変わりたい」という願いを持ち続けた人ではないかと思う。何を望みながら生きていた人なのかなぁと考えていくとおもしろいのではないか。


太宰が死んだ後に出てくるのが山本周五郎だが、2人は相通じているところがある。

クリスチャン文学者・大田正紀先生の感性、信仰による洞察に感銘を受けた。
なお、青空文庫で『走れメロス』を読むことができる。

ヨハネによる福音書 4章1節〜30節:
4:1 イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、  
4:2 (しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)
4:3 ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。
4:4 しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった。
4:5 そこで、イエスはサマリヤのスカルという町においでになった。この町は、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにあったが、
4:6 そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
4:7 ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。
4:8 弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。
4:9 すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。
4:10 イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
4:11 女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。
4:12 あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。
4:13 イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

4:15 女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。
4:16 イエスは女に言われた、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」。
4:17 女は答えて言った、「わたしには夫はありません」。イエスは女に言われた、「夫がないと言ったのは、もっともだ。
4:18 あなたには五人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉のとおりである」。
4:19 女はイエスに言った、「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。
4:20 わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています」。
4:21 イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
4:22 あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。
4:24 神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。
4:25 女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
4:26 イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。

4:27 そのとき、弟子たちが帰って来て、イエスがひとりの女と話しておられるのを見て不思議に思ったが、しかし、「何を求めておられますか」とも、「何を彼女と話しておられるのですか」とも、尋ねる者はひとりもなかった。
4:28 この女は水がめをそのままそこに置いて町に行き、人々に言った、
4:29 「わたしのしたことを何もかも、言いあてた人がいます。さあ、見にきてごらんなさい。もしかしたら、この人がキリストかも知れません」。
4:30 人々は町を出て、ぞくぞくとイエスのところへ行った。

IMG_0103.jpg附記:強い台風第16号の接近で、奈良県にも大雨・暴風・洪水警報が発令されて休校になったが、今は小雨も上がっている。嵐の前の静けさか。
お昼前から大雨になるというから、生協の共同購入の配達時間と重なるので気を揉む。しかも、4月から新しい配達員さんに変わったところなのに転職のため今回で最終となる。大雨だと慌ただしい「サヨナラ」になってしまう。

posted by 優子 at 10:18| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

いつもの席に見えぬ久保田暁一先生 −日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会−

9月17日、日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック例会を大津教会会議室で開催。初めに事務局長が久保田暁一先生が召天され哀悼の祈りを捧げられた。
そして、大田正紀先生はしみじみと語られた。

「あれだけ人が集まるお葬式は少なく、大人が200人以上、立ち席の人々もたくさんおられた。教職を辞めて、地域の方々に学びを進めてきたことがよくわかるお葬式だった。地域の中の教師として全うされた素晴らしい姿だった」。

長原武夫兄(きょうだい)は常々関わる人々に資料や本を郵送し、例会でも毎回興味深い記事を配布してくださり、今回も今関先生の記事などたくさん頂戴した。

そして、久保田先生が毎号郵送してくださっていた『だるま通信』の最終号より3号分をコピーして配布してくださった。
これは、2015年5月20日に発行された最終号である。

IMG_0086.jpg毎号6ページに綴られており、右側6ページの上段の囲みには「総括」として最後の心境を刻んでおられた。(後掲)
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師を天に送ったさみしさ極まり、「関西ブロック」を起ち上げてくださった久保田先生を思い、草創期に尽力してくださった長原兄と共にJCPのために心を尽くしたいとの思いを強く感じている。 
(続く)

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2016年09月18日

家の教会㉓ −7の70倍ゆるし、神から受けた恵みで返せ―

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今朝の二上山・雄岳

昨日は4か月ぶりのクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会で大津教会へ出かけた。豊かに恵まれて帰宅。今の私には唯一のクリスチャンの集まりである。
学びでは大田正紀先生の太宰治への深い洞察に感銘を受け、そのことは次のページでお分かちしたい。

さて、今朝の「家の教会」より、孫に信仰を継承していくことを第一にして、聖書の話はごく簡単に述べることにした。私はいつのまにか私自身や大人を中心にしていたため、15〜6回目からユキ(孫)の熱心さが急速に損なわれてしまったからである。

そこで今回からは翻訳するかのように、聖書の文言を小学校3年生の子供に理解できるように話してから、イエスさまの教えを端的に伝えることにした。

私自身は礼拝に臨むためにこれまで同様に備えをし、それをここに記録しておきたい。
今朝は知子、ユキ、私の3人で礼拝を守り捧げた。夫は脱落、平然とそばのソファーで横になっていた。

2016年9月18日(日) (第23回 家の教会)
10:15〜11:20
@ お祈り    優子 
A 聖書輪読  マタイによる福音書 18章21節〜35節
B お話    優子
C お祈り   優子、知子、ユキ。
        ユキは10分間(?)にも及ぶ悔い改めの祈りをし、
        再び優子
D 聖歌     498番 「歌いつつ歩まん」
E 主の祈り

マタイによる福音書 18章21節〜35節:
18:21 そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。
18:22 イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。
18:23 それだから、天国は王が僕たちと決算をするようなものだ。
18:24 決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
18:25 しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。
18:26 そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。
18:27 僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった。
18:28 その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金を返せ』と言った。
18:29 そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。
18:30 しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。
18:31 その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話した。
18:32 そこでこの主人は彼を呼びつけて言った、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。
18:33 わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。
18:34 そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたした。
18:35 あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。

お話:
この話の中に出てきた王とは神さまのことで、王さまに借金している第一の家来というのは私たちのことです。そして、借金とは私たちの「罪」のことです。

1デナリが一日の報酬(1万円)とすれば100デナリは100万円。100デナリが1タラントですから、1万タラントは今のお金で30億円になります。
これは一生かけてもとても払えない額であり、3ヶ月働いて得る100万円も多額ですが、特に僕の仲間にとってはとても大きな金額でした。

家来は王に30億円の借金を赦されたのに、100万円貸している仲間をゆるさないのです。私たちも神さまからゆるされたことを忘れて、ひどいことをされた他者をゆるしていないことはないでしょうか。

イエスさまは「7の70倍ゆるせ」と、つまり数えることなくゆるし続けよと言われました。誰でも人にひどいことをされたことがあると思います。私も長年にわたってある人々から不当なことで罵倒され、疎外され、陰険に、また堂々と攻撃され続けられたことがあります。

謝る人は非常に少なく、そのような人をゆるすのはとても難しいことです。クリスチャンになったからと言ってゆるすのは簡単ではない時があります。あの家来と同じです。

でも、そのような不当な苦痛を受け続けても、そのこともすべて見ておられる神さまに祈りながら生きていくと、魂は平安ですから堂々と挨拶できるのです。無視されるのがわかっていてもです。決して同じ土俵にのぼることはありませんでした。神は私を支え守ってくださいました。

でも、時々、今も、ごく稀にですがフラッシュバックすることがあり、心が疼きます。ゆるしているのに覚えているのです。そういう時は、覚えていることはゆるしていないからだろうかと苦悩します。

そしてまた、ゆるすという行為は相手の謝罪があった時にこそ成立するのではないかと苦悩しました。集団で強力に非道な悪をなされ続けた場合、しかもその間が両親の晩年と重なる最も辛く悲しみの年月であっただけに、謝罪されたらされたで受容するまで新たな苦悩が生じると思います。

このような考えに覆い尽くされそうになったら、それ以上は考えないでエポケー(判断停止)するのが賢明です。そして最後に行き着いた境地は、悪意を仕向ける彼らがどうであれ「私はいかに生きるか」です。

悪意の人々がいかに非道なことを繰り返そうとも、主イエスと共にあればその真っただ中にあっても、その人々に「良きサマリヤ人」のように愛の実践ができたことは神が居られることの証です。神は悪を悪で返さずに、赦された恵みの恵みで返す生き方をさせてくださるのです

ゆるさないと何よりも自分自身の心がその人に縛られてしまい、それでは人生を展開していくことができません。イエスさまはそのことをも語っておられるのだと思います。

ゆるせない時は、ゆるすことができるように祈り求めながら生きる。それをイエスさまが喜んでくださり、悪を悪で返さずに赦された恵みで返す生き方へと導いてくださると信じます。

今日のユキ:久々の登場です
IMG_0055.jpg「私の孫がお宅のユキちゃんに似ているので、 写真のアップを楽しみにしています。讃美歌も上手ですね。これからもすくすくと成長されるようにお祈りします」。

今月初め、祈りの友、千葉県の小さな教会で牧師をされているKさんからいただいたメールです。
「すごく良く似てる」と本人も言っています。光栄です。T君によろしく!

IMG_0075.jpg私はオシロイバナを落下傘にして飛ばす遊び方を知らなくて、ユキに教えてもらいました。

ユキは私が飛ばしている写真を撮ろうとしましたが、見てくださる人はオシロイバナではなく二の腕に焦点がいくのでユキにしました。
20枚以上撮ってようやく撮れた1枚です。大きくなりましたが、まだまだかわいいです。


posted by 優子 at 18:30| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

日本クリスチャン・ペンクラブのご紹介

IMG_0044.jpgシーズンを終えた老木に今も咲くトマトの花。
ベランダのプランターに植物を育てるのは楽しいが、最後が辛くて廃棄できなくて困る。トマトの横にはボロボロになった朝顔が今朝も6つの花を咲かせている。まだ咲こうとしている花を私は抜くことができない。

昨夜は「仲秋の名月」。
2階の出窓から薄雲にかくれんぼする月を見ていた孫が叫んだ。
「あっ、見えた! おじいちゃん、出てきた!」
透き通った声が心地よい。

明日は日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の例会だ。
6月の例会は久保田暁一先生の葬儀だった。明日はその後初めての集まりである。JCPのホームページを開くと、秋にいざなわれる一文が清涼剤のように心身に沁みとおっていった。

初秋のあいさつ

いつもJCPのHPにご好意をいただきありがとうございます。

「春・夏・秋・冬」の四つの季節のうち、人が待ち焦がれるのは「春」と「秋」ではないでしょうか。その前の季節、「春」に対する冬や「秋」の前の夏に苦闘するからでしょう。

今年もようやく待望の秋に進んできました。
秋を知り、愛でるには人それぞれの感性が活躍します。
清少納言は「秋は夕暮れ」といい、藤原敏行は「風の音にぞ驚かれぬる」と詠います。

サトウ ハチローは、モズの声や風やはぜの赤い葉に「小さい秋」をみつけます。

初秋、中秋、晩秋に分けてみても秋はつかの間ですが、創造主の絶妙な作品「秋」を楽しみたいと思います。

赤とんぼ  筑波に雲も  なかりけり  (正岡子規)


今回も諸集会の案内や会員の作品を新しく掲載しています。
ご高覧いただければ感謝です。

皆様の上に、秋の恵みが豊かに与えられますようにと、イエス・キリストの御名によって祈ります。


お知らせ
 
*新しく作品集「春夏秋冬」から『私と食べ物』2作品、「夏」6作品を掲載しました。(9/10)

*下記に集会案内をしています。お近くの方は参加ください。

関西ブロック例会

とき   2016年9月17日(土)13時から17時
ところ  日本キリスト教団 大津教会 愛光センター
     〒520-0056 大津市末広町6-6
     077-522-3634  

第1部   開会祈祷
     講演「太宰治『走れメロスを読む』」大田正紀

第2部  あかし文章発表と相互講評
テーマ:信仰の証しについてのもの。『今伝えたいこと』などまたは自由課題。本文2000字以内(文集にしたとき2ページ分に相当します)のものをご用意ください。後日文集にします。(当日ご用意いただく場合は、各自で10部コピーして来てください。)

第3部 今後の歩みについて 報告、連絡など

参加費 500円
持参品 讃美歌225番(すべての人に)讃美歌21 57番(ガリラヤの風かおる丘で)の楽譜

出欠は9月11日までに、下記原田までご連絡ください。
連絡先  原田 潔
 〒520-0822 大津市秋葉台17-23
 TEL 077-522-6171 Fax077-522-6178

関東ブロック例会
            
とき  2016年10月1日(土)13時半から15時半
ところ 御茶ノ水クリスチャンセンター4階416室
賛美・みことば・祈りの時 賛美:讃美歌301番『山べに向かいてわれ』
聖書:ペテロの手紙第一 1章1節〜4節
  『朽ちない財産』山本悦子牧師
学びと分かち合い オカリナ演奏 佐藤晶子
『あかし文章の原点』三浦喜代子
『山川草木・信望愛を書き終えて』有志
グループ合評(これまで書いた《山・川・草・木・信・望・愛》の作品の中から1篇を数枚コピーして持参)  
参加費 1000円
この続きはJCPのHPをご覧ください。

今先ほど、名古屋から例会出席の電話が入った。
「名古屋から京都まで45分だから行きます!」と元気な声。
聖霊は私たちの気づかぬところで働いておられる。明日の例会を祝してくださるように。

posted by 優子 at 09:13| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

9.11から15年 リック・ウォレン牧師の祈り −米国の現状況を危惧−

「神よ、暗くなっている世界において、私たちが光となることができるよう助けてください。崩壊しつつあるように見える世界において、私たちが塩となることができるよう助けてください。

この暴力的な世界において、私たちが平和をつくる者となることができますよう、あなたに乞い願います。いよいよ恐れが増し加わる世界において、私たちが勇敢であるように助けてください。

私たちは今、テロによって世界中に増大する苦悩や苦しみを毎日耳にしています。家や仕事を失って難民となっている数百万人の方々のために、私たちは祈ります。その方々の多くは、邪悪なテロによって健康や貯蓄を失ってしまいました」。


しかしウォレン氏は、「人種差別、偏見、政治、その他の多くのもので分裂している」世界の中で、希望を投げ捨てるのではなく世界の架け橋となるよう、クリスチャンを励ました。

イエス・キリストが罪を赦(ゆる)したので、クリスチャンは他人を赦す備えができているはずだと言い、

「私たちが全ての人に思いやりを示せるよう助けてください。特に思いやりを必要としている人に、そうすることができますように。

私たちが希望に満たされることにより、他の人に希望をもたらすことができますように。この世の全ての憎しみを克服するために、私たちが愛の中を歩むことができますように」。


9・11以降、テロに対する世界規模の戦争で数千人余りが殺害され、数万人が負傷している。

「9・11の悲劇の直後、数百万人の米国人が教会に集いました。中には数年ぶりに行った人もいました。皆さん、それを覚えていますか。全国的に神を呼び求め、御顔を慕い求めました。

神だけがもたらすことのできる力と慰めと守りを求めて、国全体が神に叫びました。私たちの記憶は、何と薄れやすいのでしょうか。

個人としてまた国家として、神を呼び求めるために次の災害が起きるのを待つ必要はありません。神は米国を見捨てはしませんが、米国は神と神の言葉に背を向けています。それは国家的団結にとって、非常に懸念すべき霊的状態です」。


リック・ウォレンは現在の米国の状況を危惧した。

※ この記事は、本日夕方に公開された『クリスチャン・トゥディ』より抜粋引用。その情報源は米国の『クリスチャン・ポスト』の ”Rick Warren on 'Painful' 9/11 Anniversary: World Is Getting Darker, Decaying Due to Terrorism.” である。

posted by 優子 at 22:10| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

自分が導かれ信じる道を進むべし

空に描いた水彩画.jpg
空のキャンパスに描いた水彩画のよう。
秋の空に変わっても日中は30度ライン突破の厳しい残暑。

ルターは自ら聖書を読み、「ソラ・スクリプトゥラ ”Sola scriptura”:聖書のみ」を掲げて当時の教会に抗議した。歴史を大きく変えていくことになる宗教改革である。

その後、プロテスタントの中においても、聖書の言葉を文字通り解釈する「原理主義」、文献批評を取り入れる「自由主義」など、正統なキリスト教会においても聖書解釈に違いがある。

例えば、私が惹かれる北森嘉蔵に限らず著名な神学者に対しても問題ありと批評する。そういうのが「アカデミズム」と言うものであろうが、私たちはそれらの文献を読むだけではなく、何よりも自分で聖書を読まねばならない。

しかしながら、聖書を読むときは独善的で独りよがりの聖書解釈に陥らないように、やはり従来の教理や解釈、信条を顧慮して読むことが大切である。読み手の視点、読む人が何を求めて読むかによって受け止めるメッセージは違ってくる。

聖書の解釈権は牧師や神学者にあるのではない。アカデミズムにあるのでもない。自らが聖書を開いて読むことが大切である。
「聖書は祈りつつ読め、読みつつ祈れ」と言われている通り、そのように読む者には上(神)より読む者にふさわしいメッセージが与えられる。


ああ、それにしても、「神は間違いを犯す」とか、「天国があるかないかは死んでみないとわからない」などと、堂々と語る牧師がいるのは信じがたいことだ。

そのようなことは聖書に一言も書いていない。これは信仰信条の違いなどではなく、まさにこういうのを「異端」と言うのである。
いや信徒もまた、そのことを百も承知していることを思うと、問題は彼ら牧師にあるだけではなく、信徒にも同等に問題があると言わねばならない。

いずれにしても、牧師は信徒の魂に大きな責任がある。
私は今も悶々としている。このことをこのままにしておいてよいのか、今も私の中で終止符は打たれていない。

真実の教会

「教会はある、確かにある。しかし天主教会ではない、聖公会ではない、ルーテル教会ではない、メソヂスト教会ではない、長老教会ではない、組合教会ではない、主イエス・キリスト彼である。

秋の裏庭に.jpgイエスは首(かしら)であって我らは手足である、彼は幹であって我らは枝である。彼は主であって我らは僕である。しかも我らは彼に在りて一体であり、また一本の葡萄樹なのである」。

photo by Yuki.  (内村鑑三「聖書の研究」1903年より)

何を見てるの?.jpg
スズメさん、首を伸ばして何を見ているの?

このスズメもたちもユキが撮ったもの(16時20分頃)である。心が和む。

’スズメ.jpg

スズメ.jpg

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2016年09月11日

家の教会㉒ −百卒長の信仰−

2016年9月11日(日) (第22回 家の教会) 
9:10〜10:10
@ 前奏
A 聖歌   399番(新聖歌112番)「カルバリ山の十字架」    
B 聖書輪読     マタイによる福音書 8章5節〜13節
C お話       (優子)
D 分かち合いと祈祷  大人のみ
E 主の祈り      ユキ
E 聖歌   480番「輝く日を仰ぐとき」

マタイによる福音書 8章5節〜13節:
8:5 さて、イエスがカペナウムに帰ってこられたとき、ある百卒長(ひゃくそっちょう)がみもとにきて訴えて言った、
8:6 「主よ、わたしの僕が中風でひどく苦しんで、家に寝ています」。
8:7 イエスは彼に、「わたしが行ってなおしてあげよう」と言われた。
8:8 そこで百卒長は答えて言った、「主よ、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。
8:9 わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
8:10 イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた人々に言われた、「よく聞きなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない。
8:11 なお、あなたがたに言うが、多くの人が東から西からきて、天国で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、
8:12 この国の子らは外のやみに追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」。
8:13 それからイエスは百卒長に「行け、あなたの信じたとおりになるように」と言われた。すると、ちょうどその時に、僕はいやされた。

お話:
「百卒長」とは軍隊長に続く大隊長、中隊長、その次の小隊長(下士官)にあたる位で、新改訳や新共同訳聖書では「百人隊長」と記されています。

この場合の軍と言えば、ガリラヤ地方を治めていたヘロデ・アンティパスの軍隊だったのでしょうか、あるいはローマ軍だったのか、とにかくユダヤ人から見れば異邦人でした。

百卒長は病気で苦しんでいる僕のために、医者へ連れて行ったり薬を飲ませたことでしょう。それでも良くならない。

そんな時にイエスさまが福音を説き、ありとあらゆる病気を癒されたという評判を聞いたのでしょう。そして、イエスさまに助けを求めたのです。

この隊長は「極めて善良で謙遜で信仰篤き人物でした。部下に命令すると、すぐに部下たちが実行することを経験していました。
神さまから特別な権威を授けられた最高の権威者である神の子イエスが命令すれば、病気はすぐによくなると確信していました」。

当時のユダヤ人は異邦人を汚れた者として、異邦人の家に入るだけでも汚れると考えていました。
ですから、「主よ、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。」と言ったのです。

百卒長は2度「主よ」と呼んでいますが、この謙遜さと強い信頼と信仰に驚きます。
「謙遜」とは「常に自分を神の下に置く生き方」のことです。それにしても「ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。」というのは、すごい信仰です。

信仰について黒崎幸吉は次のように言っています。

「信仰とは理論(神学)ではない。神秘主義でもない。また、信仰の団体(教会)に加入することでもなく、神に対する謙遜と、神の能力に対する絶対信頼である。この百卒長はこの二つを持っていた。そして、キリストに対して神の子である崇敬と信仰を献げた」。

このような単純で幼子のような信仰が大切なんですね。真理のみことばへの信頼、それは即ち、みことばの背後にあるお方を信頼することです。

黒崎は11・12節の言葉を、「イエスは今の教会についてもかく言われるであろう」と述べていますが、現代の教会やクリスチャンたちにも鋭く響きます。

「ノブレス・オブリージュ(仏語:noblesse oblige)」という言葉がありますが、高潔で愛がある百卒長は、まさにノブレス・オブリージュの第一人者だと思いました。

財産や権力などを有する社会的地位の高い者に求められる「下の者を守る」という社会的責任を果たしたからです。

分かち合い:(知子と良輔が語った要旨)
【知子】
先週から礼拝の後にこのような形になってよかったと思う。聖書の言葉を聴いたあとで、それを言語化して認識することはとても大切だと思う。
みことばからそれぞれにふさわしいメッセージを受け取り、時には自分の置かれている状況を話して祈り合うことで、主に在って前進していくことができる。先週の始めから信仰から信仰へと変えられたと思う。

【良輔】
イエスが病を癒すというのがわからない。徐々に良くなっていくのであるならばわかるが、一瞬にして治るというのがわからない。「マリアが聖霊によりて身ごもり」とか、復活することもわからない。つまづく。
それと、謙虚さのある人が信仰が深いように思う。

夫は神の前で正直だと思います。このような半信半疑の信仰でもイエスさまはいつくしんでくださいます。

マィリス・ヤナツィネンは言っています。
「神さま(イエスさま)のことでつまづいたことがないと言っている人は、偽善者です。何の罪もないのにひどい目にあって、それでも神さまにつまづかなかったのはイエスさまだけです。」と。

夫は半信半疑であっても信仰が与えらていることを感謝しました。信仰がなければ罪の解決がされていないので神さまの御前に出ることはできないし、主イエス・キリストを見上げることはできません。

信仰が弱ると幻を思い描けないし、まぼろしも消えてしまいますが、今朝も家族一人ひとりにふさわしい励しを与えてくださったように感じます。

「あなたの信じたとおりになるように」。
これが今朝いただいたみ言葉でした。


附記:礼拝のあとまもなく、夫とユキは大阪ドームへ出発。ユキは大喜びでいつものリュックを背負って出かけていきました。

posted by 優子 at 16:53| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

脳のMRI検査を起点に ―空気の抵抗を感じて飛ぶ鳩のごとく―

あれから1年。昨年9月に認知症の心配で受診した脳外科クリニックへ、1年後の予約票を持って今朝受診した。

MRI検査では異常なしで年齢相応の状態だった。記憶力テストも30点満点。理解力が落ちていることや、ストレスフルな時は今日のことか昨日のことだったかわからない時があることについても心配なしだった。

小脳の下にある白く写っている塊(クモ膜のう胞)は一部骨にまで食い込んでいるが、昨年と全く変わらず大きくなっていなかったので進行性ではないこと。もしも破れて出血しても心配なしだった。

昨年も指摘された脳血管の2か所、突き出ている所と膨らんでいる所も変化なしだった。血管の映像を回転させると、膨らんでいる所は血管の根元が膨らんでいるだけで動脈瘤というほどではないから気にしなくてもよいとのこと。

しかし、小さな脳梗塞のあとが3〜4か所あった。心当たりがある。それについても何も注意はなかったが、今後の予防法はいかに。

母の晩年に父が体調を壊したときに見た父の脳のMRI画像と似ていた。父の場合は白い点がいくつも数え切れないほどあり多発性脳梗塞だと記載されていた。

今振り返ると母や父に関わっていた頃は柔軟だった精神力が、60代になってから萎えてきているように思う。老年期を雄々しく生きるために若い頃からいっぱい蓄えてきたものが全く働かない。

積年の悩み事でストレスフルな状態が日常化してしまい、今では霊肉が夏枯れしてアップアップしている金魚のようだ。

しかし今、若い頃に読んだ『純粋理性批判』にあったカントの言葉を思い出した。

「軽快な鳩は、自由に空気中を飛び回って空気の抵抗を感じるので、真空の中ではもっとずっとうまく飛べると考えるかもしれない。しかし、もし空気がなければ、うまく飛べるどころかそもそも飛ぶこと自体が不可能になるであろう」。

そういえば、「ストレス」という言葉を発案したカナダの生理学者 ハンス・セリエは言っている。「ストレスは感謝によって解消される」と。

今一度、みことばの一字一句を脳に入れて聖霊の働きを信じて前進しなくてはならない。昨日クリスチャンのペンの同志からいただいた言葉にも心揺さぶられている。


「私たちは皆、神の像、またその似姿をもった神の被造物です、という一文に会いました。神の似姿とは何か。他の被造物と比べると”言葉”があることがわかります。

私は言葉を鍛えて、私たちの日常から神に知られた者として、何を感じ、何を考えているのか。(時を)与えられているこの今でも書かなければならないと考え始めています」。


IMG_9935.jpg今も毎朝10から12個も花を咲かせる朝顔。しかし、夏の盛りの花と違って花びらはしなしなで痛々しい。
この朝顔は昨朝の激しい雷雨に打たれてまもなくしぼんでしまったけれど、有終の輝きを放っていた姿を残せてよかった。

posted by 優子 at 22:00| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年09月07日

1970年代に会った梅田地下街の「サムじいさん」

先週から棚に突っ込んでいる印刷物を整理している。夏の終わりとはいえ暑い中、波に乗ってやり始めた整理だが、これまでとは違って「終活」の意識が働き始めた。

先週は文学関係の資料も3分の二ほど捨てた。
今日は、もう大学時代のノートも読まないだろうと数冊残して捨て、東大阪市の図書館協議会や国際文化協議会委員を務めていた時のものも殆ど捨てた。

捜していた久保田先生との写真や読書会の写真も出てきた。それぞれの関連するところに大切に直しているのに、それを忘れているからどうしようもない。

母の難病のファイルが出てきたときは胸が痛んだ。
私が生きている限り捨てたくないので、後始末してくれる娘たちに付箋を残した、「私が亡くなったら処分してね」と。


そして、是非ブログに記録しておきたい懐かしい掲載文と新聞記事がでてきた。それは大学を卒業した翌年の1975年に、たぶん初めて投稿した文章であり、幸運にも掲載されたものだ。

私はクリスチャンになるまでキリスト教書店がどこにあるのか知らなくて、阪急デパートの書籍売り場にある「ホーリーコーナー」(女子パウロ会が運営するカトリックの書店)に高校生の頃からよく訪ねていた。

カトリック生活.jpgその関係でカトリックのマガジン『カトリック生活』に投稿した時の記事である。中学校の講師をしていた時に書いたものだ。


初めての掲載文?.jpg



その頃、地下鉄御堂筋線の梅田の改札口を出て、左方向の阪急デパート(阪急電車)に向かう階段の手前に立っておられたおじいさんがいて、無言で穏やかな微笑みをたたえながらパラシュートを飛ばして立っておられた。

私はそのおじいさんから伝わってくる人柄に心打たれて書いたのであるが、そのおじいさんのことを知ったのは1986年の新聞記事だった。

IMG_9925.jpg

ああ、なんて懐かしいのだろう。それこそ30年ぶりに写真を見たが、おじいさんの顔を今もはっきり覚えている。

おじいさんは手作りの紙飛行機やパラシュートを売っていて、川上三郎さんと言い、カナダにも住んでいたことがあり「三郎」をもじって「サム」と名乗っていた。

梅田地下街へは1971年(私は大学2年)よりデビューし、「アクティ大阪」の完成を機に露天商の締め出しにより1984年1月に店じまいされた。

この記事が出た年の5月には90歳を迎えるとあったから、私が毎日見ていたのは、デビュー当時の77歳頃から82歳頃のことだった。梅田地下街を去る時、たくさんのファンが握手を求めに来たという。私もおじいさんに会うたびに声をかければよかった。

新聞記事には、「長生きしてくださいね」と言ってくださった人たちに恩返しがしたいと「服のしわ伸ばし器」を考案し特許を取られたことが書いてあった。

私が投稿した拙文には、「おじいさんに会うたびに自分自身をふりかえり、より美しい気持ちで生きたいという気持ちが強くこみ上げてきます。」と書いてあった。

それから40年。私も来月65歳になり、いよいよ高齢者の範疇に入る。
そして今、あの頃には想像だにしなかったパソコンでブログを書いている。まさに隔世の感を禁じ得ない。


posted by 優子 at 23:19| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

家の教会㉑ −善悪の判断はせよ。しかし、「人を裁くな」―

「家の教会」を始めて5ヶ月目に入った。今一度新たなる出発を願って、一同は心を正して神の御前に頭を垂れた。

そして、今月からユキを中心に聖書の話は短くわかりやすい話にとどめ、礼拝の最後にそれぞれが感じたことや経験を語り合うことにした。夫は今も妻のブログさえ関心を示さず殆ど読まないが、補足としてブログを読んでほしいと要望した。

ユキは相変わらずけじめがつけられず、庭で遊んでいたので自由にさせた。幸い最後にユキも一緒に子どもの讃美歌を歌って終えたが。

2016年9月4日(日) (第21回 家の教会)
11:00〜12:00
@ 前奏
A 子どもの讃美歌  88番 「神さまがわかるでしょ」
B 主の祈り
C 讃美歌      30番 「朝風静かに吹きて」
D 聖書輪読     マタイによる福音書 7章1節〜6節
E お話       (優子)
F 分かち合いと祈祷  一人ずつ
G 聖歌        701番(新聖歌376番)「いかに汚れたる」
H 後奏

マタイによる福音書 7章1節〜6節:
7:1 人をさばくな。自分がさばかれないためである。
7:2 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
7:3 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
7:4 自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
7:5 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。

あさがお 有終の美.jpg
お話:
新共同訳聖書では3節の「ちり」は「おが屑」、「梁」を「丸太」と訳しています。目は皮膚に覆われていない唯一の臓器です。だから小さな埃が入っただけでも痛くて涙が出ます。

昨日の朝、知子は目覚めた瞬間に左目の痛みで異変を察知しました。視界は薄いレースのカーテン越しで見ているように見え、瞼も腫れていました。

これはただ事ではない、網膜剥離ではと心配して大至急眼科を受診しました。黒目に傷がひどくついていましたが、1週間もすればよくなるそうで安堵しました。それでも大変なことでした。

知子や真智子のように強度の近視は網膜剥離になるリスクが一般人より2倍あるから、異常があれば早期に治療するように言われました。

このように人に罪を指摘されると心が痛むように、目はとても繊細で敏感です。ここでイエスさまが指摘されたのは、全ての人に共通する欠点です。特に自分は正しいと思っている人に起こりやすい欠点を諫められました。

しかし勘違いしてはいけないことは、道徳的な善悪の判断をしてはならないと言われたのではありません。ですから、もしも悪いことをしている人を見たら「やめなさい!」と声をあげねばなりません。

人間というのは自分の欠点は気がつかないのに、人の欠点は気がついてその人を変えようとします。その態度や言動こそが「丸太」であり、自分の欠点も気がつかないのに人を裁いてはいけない。まず「自分の目から丸太を取り除きなさい」と仰いました。

ここを読んで、私がいつも心にとめている「群盲模象」(ぐんもうもぞう:「盲人象を撫でる」)と言う喩え話を思い出しました。

これまでにも何度か取り上げていますが、これは10人の目の見えない人に象を触らせて、象はどのようなものかを聞いたところ、耳を触った人は「大きなウチワのようである」と言い、足を触った人は「大きな丸太のようなものだ」と言い、シッポを触った人は「ほうき(箒)のようだ」と、それぞれ自分の触ったところを話します。

一人ひとりが言っている事は象を正しく叙述しているのだけれど、みんな自分の答えが正しいと思い込んでおり、「私の触ったところは」という一言が足りないため喧嘩になってしまうという話です。  

この譬え話を心に留めると物事の見え方が大きく違ってきますし、人の話(意見)を聞かないで自分の意見だけを強く主張する人に対しても、「あなたの枠組みではそのように見えるのですね」とカウンセリングマインドで傾聴する助けになります。

このように「群盲摸象」の教訓はより良く生きる助けになりますが、これだけで全く事足りません。

なぜならば私たちもこの譬えに出てくる10人のように、人間は物事や相手の人格の全貌を知ることができないということと、実際に人を裁く言動をとらなくても、人の欠点が気になって悩む(捕らわれる)ときもありますね。

それは「自己反省の不足、不当の優越感、己自身を知らないことの結果」であり、このどうしようもない罪から解放されるためにはキリストの十字架の前に立って、天に目を向けると不思議なほどに主の平安にいざなわれます。

私を見つめておられる天の父、イエスのまなざしを感じて本心に立ち返らされて、即座に解放されることを私は何度も経験しています。今朝のみことばから再び意欲的にさせられました。

私たちが生きていく時、「心の姿を正しく善きものにする」「忍耐と努力」「賢い選択(決断)」がとても大切だと思っています。

私は両親から「忍耐と努力」を教えられましたが、自我に芽生えて高校生になってから、何よりもまず「心の姿を正しく善きものにする」ことをモットーとして生きてきました。「優子は何でも心やな」と、兄が私の言葉をオウム返しに言っていたことを思い出します。

時々頑なな心の努力家に出会うことがありますが、そういう人は努力すればするほど心が歪んでいくのだと思います。素直な心で忍耐強く努力しなければ、生きる喜びを味わえないだけではなく、最終的にはその成果も得ることはないでしょう。

今、私たち一人ひとりの人生は自らの手の中にあります。それをつぶしてしまうか、飛び立たせるかはそれぞれの選択に委ねられています。

失敗した時や心が不自由になった時は、心を頑なにしないでイエス・キリストを見上げて、イエスが差し伸べてくださっている手を握って立ち上がること。これが最も困難なことであり、真の勇気であり、その人の人生を決定します。先週はそのことを自ら「実験」し経験しました。

クリスチャンではない方には「何か大いなるもの」(”something great”)から良心の内なる促しを感じたら、その促しを選び取ることが最善です。

なお、これと同じ記事が「ルカによる福音書」(6章41・42節)にも載っています。

分かち合い:(知子と良輔が語った要旨)
今年はシュウメイギクの開花が早い。photo by Yuki.
開花近し.jpg【知子】
「この箇所は受け止め方により『何も言うな』ということになる。例えば、聖書が語るところの神の像と全く違うことを語る牧師にも、唯々諾々と追随していく群れもある。読み方を間違うととても怖いことだと思う。

職務を果たしていく場合も自分の感情でやってはいけないと心にとめているが、イエスが「7たびの70倍ゆるしてやりなさい」と言われたからと、適切な指導を入れないで放置しすぎたのではないかと思うこともある。

このやり方でよいのか、今が『時』なのか、常に神さまに訊きながらやっている。神と共に生きていると、こちらが求めていなかった時でさえ、最も必要なことを示し、与えてくださることを経験している。これからも神さまを認めつつ職務を果たしていく」。


【良輔】
「クリスチャンというのは何でも受け入れて憤りを出してはいけないと思っていたから、行動を起こすことはよいのかどうかわからない。
信仰歴の長い人から『祈っておればイエスさまが何とかしてくださる』ということをよく聞かされていたから、必要な時は行動を起こすべきなのかどうかわからない。

悔い改めることができてこそクリスチャンだと思うが、クリスチャンの中でもできない人もいるのかなあと思う」。

分かち合いから、特に夫の思いを聞いてルカ伝6章39節を思った。
「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか」。
ブリューゲル・「盲人の寓話」.jpgこの絵は盲人が盲人を導くという、イエスが話された譬えを描いたブリューゲルの『盲人の寓話』だ。
霊的に盲目の指導者(牧師)に道案内されたら皆が穴に落ちてしまう。

私たちもそうならないように「家の教会」のリーダーである私は、ひたすら主の導きを祈りつつ、仰ぐべきイエス・キリストを指し示す「指」に徹しなければならないと思った。

そして、人生を分かち合える信仰の友と祈り祈られながら、信仰生涯を全うさせていただきたいと願う。

「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう」。

         (ルカによる福音書6章41・42節)

posted by 優子 at 16:41| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

『泥流地帯』を想起させる台風10号

異例の進路を辿った台風10号は、8月30日に東北の太平洋側に上陸した。これは1951年の統計開始以来初めてのことで、甚大な豪雨被害をもたらした。

北海道・南富良野町では、空知川の堤防が決壊して濁流が溢れ出し、今も3名が行方不明になっている。昨年の8月末、初めて行った北海道であり富良野である。

岩手では11名が亡くなられ、そのおひとり79歳の女性は、2011年の大震災で家を流されて今度は命を落とされた。北海道の農家の方は「もう、死ねってことか」と、生きる気力を失くしてしまわれた。

「何で正しい者が苦難に遭うんだべ」
「なあ、兄ちゃん。まじめに生きている者が、どうしてひどい目にあって死ぬんだべ」


大正15年、十勝岳大爆発で富良野地区が山津波の濁流に呑み込まれた。その災害を題材に、誠実に生きた開拓農民の苦闘を描いた三浦綾子の『泥流地帯』が脳裏に浮かぶ。

「苦難にあった時に、それを災難と思って嘆くか、試練だと思って奮い立つか、その受け止め方が大事なのではないでしょうか」。
           (『続泥流地帯』)

三浦綾子は登場人物の佐枝にクリスチャンとして息子・耕作に語らせている。

私たちも苦難から逃げないで、苦難の意味を追求しながらも、神への信頼と希望を失わないで前向きに進んで生き抜かねばならない。

「それだけではなく、患難をも喜んでいる。
なぜなら、患難は忍耐を生み出し、
忍耐は錬達を生み出し、
錬達は希望を生み出すことを、
知っているからである」。
(ローマ人への手紙5章3・4節)

神が苦難の中におられる方々の生きる気力を支えてくださるようにお祈りします。

それにしても科学技術は著しい進歩を遂げ続ける21世紀であるが、大災害の頻発で復旧することもできない時代になってしまった。人間は謙虚にならざるを得ない。

IMG_9893.jpg




ユキが撮った
「おんぶバッタ」

最後までけなげに咲く朝顔。
IMG_9880.jpg

posted by 優子 at 22:21| 社会的なこと | 更新情報をチェックする