2016年10月31日

宗教改革者マルティン・ルター @ −ルターは反ユダヤ主義者であった―

IMG_0835.jpgマルティン・ルターと言えば、中・高校で必ず一度は耳にしたことがある有名な人物であり、私たちプロテスタント信者はその流れを汲んでいる。

そのルターが反ユダヤ主義者であったことを今夏まで知らなかった。カトリック教会ではトマス・アクィナスが徹底した反ユダヤ主義者であったこと、そして、プロテスタント教会はカトリックよりももっと反ユダヤ主義的であったというのだ。

ルターはユダヤ人迫害者で7つの提案を教会に広めたことをご存知だろうか。
ユダヤ人のシナゴーグや学校を破壊してゲットーに押し込め、ユダヤ教の律法書や書籍を全て取り上げ、祭司やラビ(宗教指導者や学者)の活動を禁止し、全ての金銀財宝を取り上げ、高利貸しを禁じ、自由に歩くことを禁止するなど、ナチスを彷彿させる悪事を行っていた。

ナチス時代に反ユダヤ機関誌の責任者であったシュトライヒャーは、ニュールンベルグの国際軍事裁判で死刑を求刑された。その尋問で次ように答えている。

「もしマルティン・ルター博士が生きていたら、必ず今日私に変わってこの被告席に立っているでしょう。私はルターの教えに従ったに過ぎません」。

このようにルターの教えは後世にまで大きな影響を与えていたのである。

戦後、ドイツ人は戦争責任を深く受けとめてニーメラー牧師たちによって彼ら自らの罪責告白・「シュトゥットガルト罪責告白」を発表したが、そもそもヨーロッパ文明の反ユダヤ主義は、イエスを十字架に架けよと叫んだのがユダヤ人だったことに始まる。

しかし、宗教改革の偉業を成したルターまでもがそうであったとは非常な驚きであり理解に苦しむ。

IMG_0838.jpgこのことを日本基督教団の隠退教師、宗藤尚三(むねとう・しょうぞう)牧師が2014年に刊行された、『核時代における人間の責任―ヒロシマとアウシュビッツを心に刻むために』で知った。

この本は今夏帰国した次女夫婦とキリスト教書店へ出かけたときに購入したのであるが、広島で核廃絶や平和を訴え、広島宗教者九条の会代表世話人もされていた宗藤尚三牧師は、昨日89歳で召天された。

宗藤尚三牧師については、今年6月4日の「被爆者・宗藤尚三牧師はオバマ大統領のスピーチをどう聞いたか」でも記録している。

IMG_0840.jpg10月31日は宗教改革記念日である。今から499年前の今日、正午頃に宗教改革の序曲が始まった。
ルターの反ユダヤ主義について思ったこと、また西洋を近代に導いた「2つのR」、即ち「Renaissance(ルネサンス)」と「Reformation(宗教改革)」、その一方の偉業を成したルターの『キリスト者の自由』や万人司祭説について次のページでご紹介したい。

posted by 優子 at 21:22| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

ワシントンより届いた次女夫婦の愛

今朝の最低気温は6.7度、カーテンを開けると窓のサッシに結露ができていた。冬に向かう緊張感と覚悟で身が引き締まる。そして、クリスマスキャロルが気持ちを和らげてくれる。

昨日の朝マチ・クマから届いた「おめでとう」メールをここに。感謝!
ママ、
お誕生日おめでとう!
今年は、帰国時にも、その後のメールででも、ますます深く分かち合えているように感じて、とても嬉しいです。あるいは、私が、ママの生きる姿、主に信頼して勇気を持って光の中を歩む姿に、ますます力付けられることが多くなってきているように感じます。

実は8月にDCに戻ってすぐ、「種を蒔く」を読んで、感想をメールの下書きとして書いていたのだけど、他のことでメールをやり取りするうちに、送る機会を逃してしまっていました。でも、その時に書いていた感想は、今、主とママに感謝している気持ちでもあると思ったので、ここに書きます。

『「種を蒔く」を読んで、心に迫るものがありました。ママの、神様と自分への真摯な問いかけ。目を背け、耳を塞ぎたくなるような現実に向き合い、自分自身と神様に向き合う姿。絶望に呑まれそうな中での無気力・無力感。正直な姿勢が、素直な言葉が、胸に迫りました。

強い主への信仰と信頼があるからこそ、向き合えるのだと思います。そして、絶望に落ちた後に主に引き上げられ、主への信仰と希望を握って歩もうとする姿に力付けられます。』

家の教会も、本当に大変な時もあると思うけれど、主がこれからもリードするママを力付け、祝福の中に続いていきますように、心からお祈りしています。

「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る」という御言葉を思い出します。私と太志にも、愛と忍耐と信仰とをもって種をまいてくれたこと、心から感謝しています。本当に有難う。

私もますます、人生の歩みのどこにおいても、様々な尺度や誘惑に惑わされず、常に主を見つけて、主に平安をいただいて、光の中を歩んでいきたいと思っています。全てのことが主の御手の中だと信じています。

また、いつか2人でスカイプしたいです。色々話したいね。

お誕生日、おめでとう!

真智子

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優子お義母さん

お誕生日おめでとうございます。

メメントドミニ、いつもお読みしています。脳死や社会問題についてもお読みして、自分で考えさせられることが多いです。M君とご家族のこと、また愛を持って関わっておられる優子お義母さ んと知子お義姉さんのこと、お祈りしています。

また、夏にいただいていた「種を蒔く」も、お読みして胸に響くことがありました。複数の記事を通して、理不尽な悲劇が繰り返される中でいかに希望を見出すかという一貫したテーマを感じました。悲しみの多いこの世の中では本当に難しいことで、主への信仰無くしてはあり得ないことなんだと思いました。

これからもご執筆活動が祝福されますようお祈りしています。

DCも寒くなってきて、チャッピーのことを思い出しますが、寂しいと共にいとおしいです。チャッピーに出会えて本当に良かったです。

皆さんが心身共に守られること、会社のこと、いつも真智と共にお祈りしています。家の教会とブルンナーの読書会も支えられ、ますます祝福されますように。

優子お義母さんに主の豊かな恵みのある一年となりますように。

太志

su_kuma03_a.gifありがとう!!!
日本とワシントンで互いに祈り合う家族。何と麗しく感謝なことかと思う。
私たちは常に神さまの最善の配慮の中にあるのだから、これからもイエスさまから平安と希望をいただいて歩き続けよう。それぞれの経験を分かち合い、神さまからの慰めと励ましを分け合いながら。

昨日の日暮れ前の空はあの夕空になっていた。チャッピーを思い出させる空、今年は何を見てもチャッピーを想う2016年の晩秋である。

posted by 優子 at 07:22| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

家の教㉙ −主の祈り―

「母の日」1994.jpg今日、私は65歳になりました。
これは母が亡くなる1年5か月前の1994年の母の日の写真です。母を偲びつつ、65歳まで生かされたことを感謝し、今後はもっともっと大切に時間を使っていきたいと思います。


今朝、次女夫婦から「お誕生日おめでとう!!」メールが届いていました。日本との時差もあるのにタイムリーに送ってくれ、2人のメッセージに励まされて家族で礼拝をささげました。マチ・クマのメッセージは次のページに記録させていただきます。
2016年10月29日(日) (第29回 家の教会)
10:30〜11:15
@ 前奏
A 主の祈り  全員4人で
B 讃美歌21 425番 「こすずめも、くじらも」
C 聖書輪読  マタイによる福音書 6章1節〜13節
D お話   優子
E お祈り  一人ずつ
F 新聖歌330番  「幸い薄く見ゆる日に」

マタイによる福音書 6章1節〜18節:
6:1自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
6:2だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:3あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
6:4それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
6:5また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:6あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
6:7また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。
6:8だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。
6:9だから、あなたがたはこう祈りなさい、
天にいますわれらの父よ、
御名があがめられますように。
6:10御国がきますように。
みこころが天に行われるとおり、
地にも行われますように。
6:11わたしたちの日ごとの食物を、
きょうもお与えください。
6:12わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、
わたしたちの負債をもおゆるしください。
6:13わたしたちを試みに会わせないで、
悪しき者からお救いください。
 
お話:
この箇所でイエスさまが教えられたことは、私たちは何をするにも常に神にさま対してするべきであるということです。

2節の「彼らはその報いを受けてしまっている」とは、すでに人から褒められているから神の国で報いを得ることができないという意味であり、3節の「右の手のしていることを左の手に知らせるな」とは、周囲の人にわからないように、自分自身の心にも留めないほどにしなさいと仰いました。ましてや、「私はこんなに良いことをしましたよ」とばかりにするのは偽善者です。

偽善者とは自分の心や行いが正しいように見せかける人のことで、その語源は「俳優」から来ています。祈りについてもそうです。偽善者は人から良く思われたいので人の前で祈るのが好きですが、そのような祈りは神さまには届きません。

しかし、ここで大切なことは、イエスさまは祈る時の形式を仰ったのではなく、公衆の前で祈ることや、誰かと共に祈ることを禁止されたのではありません。

私たちは空気がないと生きていけません。それと同じようにクリスチャンにとって祈りがなくては生きていけません。なぜならば祈りとは神さまとの交わりであり、常に一人ひとりに呼びかけてくださっている神さまへの応答だからです。

教会で祈りを指名された時も、毎週この場でひとりずつお祈りする時も、祈りは人に聞いてもらうものではありませんから、上手下手などは全く関係ありません。

かえって自らを省みながらトツトツと出る言葉のほうが、神さまは同席する人にも用いてくださることでしょう。私は敬虔な方々の祈りによって物事の考え方をたくさん教えられました。

ですから私たちはお経のようにただ繰り返して反復するのではなく、心にある思いを正直に神さまにお話ししましょう。神さまは全てをご存知ですから一つひとつの出来事を説明する必要などないのです。

イエスさまはこのように祈りなさいと教えてくださいました。
11節の「日ごとの糧」は食物だけではなく「霊的な糧」である神さまの言葉の意味です。食物だけではなくみことばも共にいただきたくのです。

13節の「試みに合わせないで」は「誘惑が来ても落ち込むことなく打ち勝たせてください」であり、「悪しき者からお救いください」とは、悪人から守ってくださいという意味だけではなく、私自身の心の中に巣食らう悪しき心から救ってくださいという意味です。

私たちがささげる「主の祈り」は、神をたたえて栄光を神に帰する「頌栄」で終わりますが、口語訳聖書(上掲)には書いてありません。「国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり」という部分は後世追加されたもので、ダビデの祈り(歴代志上 29章10・11節)から取られていると言われています。

お祈りとは自らの切なる思いを申し上げることです。祈りにおいてまで自らの弱さや醜さを正直に吐露しないならば、そんな空しい行為はないでしょう。

そしてイエスさまはこうも仰っています。

「また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。
    (マタイによる福音書 18章19・20)

ひとりで祈る祝福と共に祈る祝福です。
「家の教会」を重ねていくことができるのも共に祈っているからです。私たちのために祈ってくださっている方々に感謝し、今週も主と共に雄々しく前進していきましょう。

新聖歌330番 「幸い薄く見ゆる日に」は、幼くして召された子どもたち、また、脳死状態のMくんのこと、そしてその親御さんたちの慰めを祈りたく讃美しました。

幸い薄く見ゆる日に 孤独に悩むときに
わが恵み汝れに足れりと 静かな声を聞きぬ
されば 我 わが目を上げて
十字架のイエスを 仰がん
主よ 汝が愛を想えば 我に乏しきことなしと

愛する者を失いて 望みの消ゆるときに
われ汝をひとりにせじと 優しき声を聞きぬ
されば 我 笑みをたたえて
友なるイエスに 応えん
主よ 汝が愛に生くれば 我に乏しきことなしと

posted by 優子 at 17:32| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

「男の子はこういうものらしいわ」では合点がいかない

おはよう!.jpg知子は先週の長崎に続いて今週は静岡・鎌倉・小田原(伊豆方面)に出たので昨夜もユキの横で眠った。
今朝、ユキが目覚めたときの様子がかわいくて、「そのまま動かないで!」と大急ぎでカメラを取りに降りて撮った。

雨は夜中に降り、目が覚めたときは明るい陽ざしが射していた。ユキは手遊びを始めたので、早朝からたっぷり陽ざしが届く真智の部屋へ移動して、2人でしばらく遊んだ。

ふくろう.jpg かに.jpg
左はフクロウで右はカニ。

からす.jpg
そして、これはカラス。
カニは横に歩き、フクロウとカラスは飛び、上手に影絵を操り、私にも熱心に教えてくれた。 



2016ハローウィン@.jpg午後は地域のハローウィンに参加。
私は一度もユキと同行したことはないが、もう一人でも大丈夫。
集合場所まで送って帰ろうとしたとき、近隣の方に「一緒に歩こう! 気持いいよー」と何度も誘われたが、10月から左側の股関節が強く痛むので辞退した。

2016ハローウィンA.jpg
ユキはベネチアンマスクをつけた。
これはマチ・クマが夏に帰国したときに真智からもらったものだ。マスクにはユキがマジックで何やら描いている。
「まち、ふー、どう?」

お友達と楽しく回って50分後には帰ってきてお菓子を置いて、夕暮れまでお友達と公園で遊んでいた。

話は変わるが、子どもたちの現況に合点のいかぬことがある。
先週のサッカー教室でのこと、ユキは4年生の男の子にみぞおちを思いっきり(?)殴られて、痛みと吐き気で泣いたと、帰宅するなり言った。

ユキが言うには、ボールが全然こなかったからその場にしゃがんで石ころを拾っていた。その時に2度、その男の子から「やめろ」と注意されたが改めなかったので、2度目に暴力を振るわれたという。

その日は教室の主催者のリーダーが欠席され、毎回参加して一緒に関わってくださっている保護者が練習を中断させて話を聞いてくださったのだが、指導はされなかったようである。

知子はユキからゆっくり話を聞いて次のように言った。

「ユキがいけなかったんや。注意されてもやめなかったから。手に石を持っていたから相手はユキが石を投げると思ったんやと思う。男の子はこういうものらしいわ」。

そうであったとしても、すぐに暴力を振るうことに恐れを感じ、また、世話人さんも暴力はいけないと指導しなかったことに懸念を感じる。

どんな理由があっても暴力はいけないことをしっかり押さえておかないと、暴力を受けた者もその風潮を肌で感じ取って同化していくことになると思うからだ。

私はこういうところに現代の風潮がよく表れていると思った。現代に限らず男の子は以前からこのような中で育っていくのであれば尚の事、このような一つひとつの積み重ねが良くない社会を形成する大きな要因になっていく。


その日の夕食前のお祈りで、ユキはその日にあったことをイエスさまに話していた。「○○○○○くんに殴られてユキは泣きました・・」と、相手への憤りもなく全く素直な心で話していたが、子どもの成長と共に考えさせられることが多い。

附記:昨日、28日の朝、横浜市港南区で集団登校中の児童に車が突っ込み、1人が死亡、児童4人がけがをした。死亡したのは田代優くんだった。

運転手の不注意は論外で言うまでもないことだが、あのような危険な道を何故学校は何とかしなかったのだろうか。PTAもそうだ。

通学時間に車両通行禁止にできなければ、遠くても安全な道を通学路にしないと危険すぎる。どうしようもない悲しみと怒りで心がつぶれてしまいそうだった。


「運動会で一番になるから、靴を買って」。
優くんにそうせがまれて、祖母京子さん(63歳)は靴を買ってあげたという。事故前日には、運動会を見られなかった祖父のために新しい靴を履いて祖父母宅を訪ね、「今年は一番になれなかったけど、来年は一等になるから」と言ったそうだ。

昨夜ベッドに横になったとき、「昨日の今は優くんは生きていた」。今朝の食事中にも思った、「昨日の今頃は生きていたのに!」と。 

いのちと未来を根こそぎ取り去られた優くんと、愛児をもぎ取られ、その凍り付くような状況を目の前にしたお母さんのことを思うと、言葉にならず声もなく心の中で絶叫するばかり。祈ろうとしても言葉にはならず長い沈黙・・・やはり神の慰めを祈るしかないのだ。


posted by 優子 at 23:59| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年10月27日

懇談会に出ないなんてもったいない

ものさし電車宇宙をとぶ.jpgユキの絵が渡り廊下の壁に貼り出されていた。この絵は、学校にある物で不思議な乗り物を描いた。私は絵も全く苦手だったので実に創造的な絵だと感心した。


きれいなたまごから電車がうまれたよ。.jpgこの絵は卵の中に入っているものを自由に描いたもので、「ぼくは電車がすきだから電車にしました」。と記している。
題して「きれいなたまごから電車がうまれたよ」。描くのはやっぱり電車、今も電車が大好き坊やである。

さて、昨日の記事で取り上げた東大阪市立藤戸小学校のPTA広報紙に記した保護者への呼びかけをご紹介したい。これは学年末に発行するものとは別に、手書きの新聞・『ふじとニュース』No.11(1991.10.8発行)であるが、時代が変わってしまった今は尚のこと大きな声で子育て中の方々にお伝えしたいことである。

現在中学2年生の長女が6年生の時でした。授業参観が終わって、次は懇談会に移ろうとした時、「どうせ、うちのおばはんは残ってくれへんわ」と、傍にいた一人の女の子がつぶやきました。

その子は、私には少々気になる子の一人でしたが、そのような子の言葉だからこそ強烈な心の叫びとして響きました。

「どうせ、うちのおばはんは残ってくれへん」。つまり、「お母さんも残ってほしい」と言っているのです。

私たちはこれでいいのでしょうか!
参観が終わると、ザーッと潮が引くように多くの保護者が帰っていきます。懇談会出席者は全体の3分の一ぐらいでしょうか。中学校(校区公立中学校)になると5〜6人です。授業参観や懇談会はいったい何のために設けられているのでしょうか。

中学校の懇談会の席で、冒頭に述べた女の子の話をした時、ひとりのお母さんが次のようなことを話してくださいました。

「私も一番上の子供の時は、懇談会に残ったことがありませんでした。子どもも『お母さん、来てくれなくてもいいよ』と言ってくれていたので、仕事のほうを優先させていたのです。

ところが中学校になった頃から、いろいろ問題が出てきました。学校を休むようになり、言動が乱れてきました。ある時、『お母さんは、いつも学校へ来てくれへんかったやないか!!』と言われてハッとしたのです。

それ以来、子どもたちの参観と懇談会には必ず出席するようにしています。必ずツケがまわってきますから、私のようなことにならないために、是非、出席してほしいです。」
と、ご自身の苦い体験を通してそのことの重大さを訴えておられました。

今の時も「あっー」と言う間に過ぎてしまいます。参観も懇談も今しか味わえないことなのです。出席しなければならないのではなくて、出席しないなんてもったいない。それらこそが子育て中の親に与えられた特権だと思うのです。

努力の跡が見えない努力、目に見えない小さなことを積み重ねていく時、子どもの笑顔が消えることはないと思います。今の時を活かして用いたいものですね。

一昨日の懇談会のとき、ユキ(孫息子)は運動場で遊んだり教室を覗きに来たりして一人だけ残って母親を待っていたそうです。こんな時間に母親が居て嬉しかったのでしょう。帰宅してからも宿題の前にママとゲームやはさみ将棋をして遊んでいました。

昨日は少しましになったかと思った知子の咳喘息(?)が夜からひどくなっています。これもストレスが原因のようです。
今日は健康診断で時間がとられ、明日はまた一泊二日の出張(静岡)ですから実務する時間がなくなるばかりで、今朝は6時前に家を出て会社へ向かいました。

ゴルフに出発する父親(良輔)と同時刻になったので駅で降ろしてもらおうと同乗し、私は二人を見送りました。そろそろユキを起こす時間です。今日も時間を大切によく生きたいものです。


posted by 優子 at 06:48| 教育 | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

授業参観中保護者は廊下でお喋り、懇談会出席者はたった5名?!

ふじとニュース11号.jpgこれは私の子育て時代、次女が小学校5年生の時に発行していたPTA広報誌(新年度の総会後5月半ばから翌年3月半ばまで40号発行)の第11号である。10月の参観日を前にして8日に出したものだ。
内容は現代にも通じるものであるので次のページで掲載させていただきたい。

当時でも懇談会に残る人は少なくてこのような呼びかけをしたのであるが、それでもクラス(40名弱)の12〜3名ほどの参加者があった。中学校になると入学早々からその半数になった。

昨日は孫(公立小学校3年生)の2学期初めての参観日だった。6月の参観日も私が代行したので、長女は何とか時間を割いて学校へ馳せ参じた。

特に今年は担任が度々入れ替わり運動会後から3人目という異常事態である。新年度に決まった担任は6月上旬に産休に入られ、その後男性の担任を迎えた。私は6月の懇談会でお目にかかっている。

ところがいつまでたっても夏休みの宿題が戻ってこず、日記(作文ノート)は9月末になっても返却されず気を揉んでいた。運動会をテーマにした作文が宿題になりノートが戻された時も、夏休みの宿題は全く手つかずのままで教師からのフィードバックがされていなかった。

9月末に学校長発信の手紙が配布され、運動会を最後に担任が再度変更されるとの知らせに驚きつつも、肝心のところが曖昧で全く判然としない内容だった。立場上すべてを語ることができなくても語ることができる範囲内で伝えないと保護者は懸念を抱く。

幸い、3度目の担任はこの子たちが1年生の時から算数の補佐などでお世話になっている顔なじみの先生であるが、そのこととは別にこのたびの顛末に問題を感じている。

そしてそれ以上に驚いたことは、このような状況にあっても昨日の懇談会参加者はたった5人だったことだ。2名の学級委員を除けば残った保護者はたった3名なのだ。

しかも授業中はいつものように多くの保護者は教室には入らずに廊下で私語ばかり。6月に娘の代理で出席した時も、廊下の人たちに注意をしようと思ったほどやかましかった。

「あなたたちは、いったい何しに来たの?」と問いたい。
ママ友同士で喋りたければ、わざわざ授業の邪魔をしないで、いつでもどこででも喋ることができるだろうに。そのような親の在り方、積み重ねが子どもに影響を与えていくということがわからないのだろうか。

少なくとも私の子育て時代はこういう光景はなかった。教室に入りきれない時は窓から覗いておられたものだ。昨日のブログにあった「今の若い世代は、この『伝統』すらない世代」、モラルやこうであるべきという意識さえないようだ。

しかし、今、親業をしている彼女たちの親世代は子どもたちの授業を邪魔しない常識を有し、大多数の者がわが子へのまじめな関心を持っていた。

子どもたちを熱心に塾や習い事をさせてこれでは、子どもに何を求めているのだろう。何を大切に生きているのだろう。このような親世代によって育てられる(?)子どもたちはどんな大人にできあがるのだろう。考えないではいられない。


感謝録:昨日の参観日にPTA委員されているA君ママよりいただいた運動会の写真。過去ログ・10月1日にも掲載した。

徒競走スタート!.jpg
出遅れた徒競走のスタート
それでも1番でゴールしたね!
徒競走ゴール!.jpg

posted by 優子 at 13:34| 教育 | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

「ハタから見たキリスト教」−「無宗教こそ知性の証し」、これこそがこの半世紀の日本人の意識―

今月15日、群馬県前橋市の日本基督教団前橋教会創立130周年記念(創設者・海老名弾正)で開催された対談式講演会、「ハタから見たキリスト教」を興味深く読んだ。

対談者は内田樹氏(思想家、武道家、神戸女学院で長年教職に就く)、釈徹宗氏(浄土真宗本願寺派如来寺の住職、宗教学者)、川上盾(じゅん)同教会牧師、松谷信司氏(キリスト新聞社季刊誌編集長)。
以下は引用抜粋したものである。

川上牧師:
「キリスト教は現在、日本において大変苦しい状況にある。信徒の数は人口の1パーセントにも満たない。しかし、現在までにキリスト教が日本に与えた影響は少なからずあった。クリスマスが習慣化し、ミッションスクールと呼ばれる学校は全国にある。キリスト教とは日本にとって何であったのか。この先、どうなっていくのかを『ハタ』からの視点で、お2人にお話していただきたい」。

内田氏、釈氏のキリスト教との出会いについて

内田氏(思想家、武道家):
「私は、大学院でユダヤ人哲学者について研究をしていた。この哲学者はユダヤ教に傾倒している思想を持っていたため、まずはユダヤ教についての書物を読んだり、有識者に話を聞いたりしていた。そうしているうち、キリスト教に代表される反ユダヤ教思想についても研究するようになった。

神戸女学院の教員として採用されると、入学式や卒業式には礼拝が必ずあった。書物を通して知っていたキリスト教を、いきなり礼拝という『行為』を通して知ることになり、自分がその礼拝の当事者になったことに非常に感動した。

チャプレンが祝祷をささげると、自分がこのキリスト教の学校で『歓待』されているのを感じた。また、教務長になったときには、学校行事の礼拝のたびに、聖書を読み上げなければならなかった。

何度も繰り返しているうちに、染みついてきたように思う。さまざまな事柄において、一定の距離を置きながら親しみを持っているが、とりわけキリスト教には親しみを持っているように思う」。

釈氏(僧侶):
「主に宗教研究、教育倫理、社会活動などを通してキリスト教を知る機会が多く、これらの分野は、どこに行ってもクリスチャンの方々に出会うことが多い。
ピエタ.png

バチカンに行ったときには、ミケランジェロの『ピエタ』の前で時空が歪むほどの衝撃を受けた。一瞬、改宗しそうになった」。

キリスト教徒はなぜ1パーセントにとどまるのか

内田氏:
「教会で結婚式を挙げたり、牧師に結婚式の司式をしてもらった・・・という割合は、6〜7割いるのではないだろうか。一方で、葬式は仏教式で行い、戒名をつけてもらったりすることが並立するのが、日本の宗教性。他の国や地域には類を見ない形だと思う」。

釈氏:
「日本人に『神様はいると思うか?』と質問すると、『いる』と答える人は2割程度で、調査した25カ国中最下位。しかし、『いない』と答えた数もそう多くはない。『分からない』と答えた数は、ダントツでトップ。この『分からない』が日本人の宗教観なのでは。

日本の宗教観は『テーブルの真ん中は空けておく』ということであり、これは、しっかりと太い軸を持たないことで、イメージとして、そのテーブルに仏教、儒教、神道などは着くことができる。しかし、キリスト教は真ん中にドンと軸を持ってくる宗教。


『正統』と『異端』、『信者』と『未信者』など、軸を中心に分けるという思想がある。これは、宗教にとって、とても大切なことではあるが、ここが日本人の宗教観と合わないところの1つ。

しかし、全く合わないわけではない。浄土真宗も、そういった性質を持った宗教の1つだが、国内では最も大きな宗派の1つになっている。

日本にある大学の1割がミッション系であるということは、教育に関して、キリスト教は多大なる影響力があるということ。また、この150年間で日本人の感覚は徐々にキリスト教的になってきているとも感じている。

私たち僧侶でさえ、キリスト教にはたくさんの影響を受けた。クリスチャンではないかもしれないが、世界をキリスト教のメガネをかけて見ることが日本人は可能になってきている。ここ数年では、急激に日本人ムスリムも増えてきていることから、イスラムメガネも必要になってきた。

内田氏: 
「この先、20〜30年間は『宗教の時代』が来る。団塊の世代、その下の世代は、『霊的成長』を置き去りにしてきたため、『無宗教こそ知性の証し』のような時代が長く続いた」。

釈氏:
「宗教は、反伝統でもある。これに違和感を覚える世代でもあったが、今の若い世代は、この『伝統』すらない世代。この10年でムスリムは倍増している。おそらく、この先10年でさらに倍増するだろう。

私たちは、喫緊の課題として、仏教界、キリスト教界も考えていかなければならない。長い歴史のあるものは、それだけ、時代とのすり合わせが必要だ。そのままだと若者にとって魅力のないものになりがち。これを『文化』と消化はするが、この辺りがキーなのでは。

しかし、マクロでものを見るのではなく、ミクロでものを見ると、一つ一つの教会、寺、活動は、とても魅力的。キリスト教を個人として、とても尊敬している。

日本でこれから爆発的に信徒が増えていくのは、今のところ考えられない。しかし、キリスト教が日本に与えている影響は間違いなく大きいと思う。クリスチャンの人口は少ないかもしれないが、裾野は広い。裾野は豊かであればあるほど、頂きが高いということだと思う」。

これを読んで河合隼雄の言葉(『子どもの本を読む』)を思い出した。

「両親が暴力をふるってくる子どもに向かって、自分たちがこれまで何でもお前の欲しいものを与えてきたのに、何が不足で暴れるのかと尋ねた。それに対して子どもは、『うちに宗教がない』と答えたのである」。

勿論、子どもは「家の宗教」がないと言っているのではない。

「絶対に不足しているものを指して、子どもは『宗教がない』と言ったのである。最も根源的なことを不問にし、・・・多くの親たちがあまりにもそのことを忘れているからである」。

この書物が出て31年、現代は私が子育てしていた頃よりも向上したのではなく劣化の一途を辿っている。親や教師も同様で、子どもが健全に成長していくのが非常に難しくなった。それについてはページを変えて考えたい。


posted by 優子 at 20:40| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

家の教会㉘ −姦淫の女。これぞ罪の赦しの福音なり―

IMG_0768.jpg昨日から急に秋らしい気温になった。
今朝の礼拝は良輔欠席。知子は席を共にするも咳が止まらずに聖書輪読とお祈りはユキと二人で務めた。
昨日受診して薬も数種飲んでいるが肋骨が痛むほど咳が止まらない。

2016年10月23日(日) (第28回 家の教会)
10:00〜10:35
祈り   優子
讃美歌  聖歌651(新聖歌474番)
聖書輪読 ヨハネによる福音書 8章1節〜11節
      ユキ、知子
お話   優子
祈り    ユキ、優子

ヨハネによる福音書 8章1節〜11節:
8:1イエスはオリブ山に行かれた。
8:2朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。
8:3すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
8:4「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。
8:5モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。
8:6彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
8:7彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
8:8そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
8:9これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
8:10そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
8:11女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕

お話:
ユダヤではどんな罪でも2人以上の証人がいなければ訴えることができなくて、姦通罪は死刑という重い罪でした。

旧約聖書によれば、石で打ち殺さるべき場合は婚約した女性が姦淫した場合(申命記の22章23・24節)で、夫がありながら姦淫した場合(レビ記20章10節)は、2人共必ず殺されなければならない(絞殺の刑)とされています。

この女性は「石打ちの刑」とあり、この女性だけが連れてこられたので許嫁(いいなずけ)であることがわかります。きっと哀れな恥ずかしい姿で恐怖に震えながら立っていたのでしょう。

「イエスをためして、訴える口実を得るためであった。」とあるのは、パリサイ人らはイエスがモーセの掟のとおりするとは思ってはいないことを知っており、イエスが「この女を赦してやれ」と仰ったならばモーセの律法に背いたと訴えて窮地に陥れようとしていたのです。

そして、モーセの律法に従って「この女を石で打ち殺せ」と仰ったならば、罪を犯した一人の女性も救うことができないではないかと、どちらに答えても彼らの罠が仕掛けられていたのです。

なんという悪だくみでしょうか。「イエスの眼にはこの女の罪にもまさりて彼らの罪が甚だ深きことを感じ給うた。」と石崎幸吉は述べています。

しかし、イエスさまは彼らの挑発に乗らないで相手にされなかったということに心打たれます。私たちも人の悪意の挑発を受けることがありますが、イエスさまのように相手の挑発に乗らないことが肝要です。

サタンは私たちの平常心を失わせて信仰を台無しにしようと、常にその機会をねらっているのですから神さまの守りの中にとどまりましょう。  

「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
この一言は、モーセの律法を認め、且つ、「罪のない者」という条件をつけられた見事な一撃である!


この一言は「深く彼らの肺腑を貫き彼らの良心を射通したことであろう」(石崎幸吉)。
そして、年老いた者から出て行った光景にも感動しました。というのは、年を取っていても自らを省みず、いつまでも他人のことばかり言い続ける人々も多くいるからです。

最後に罪人とイエスだけになった。そして、唯一、罪を裁く権能をお持ちのキリストが、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。
これこそが、「罪の赦しの福音の要約ともいうべき御言」です。


にもかかわらず私たちは神の前で罪を告白し、赦されて神と共に歩む生涯に入ってからも罪をおかすどうしようもない者です。しかし、そのたびに悔い改めるならば、キリストにある限り、罪に定められることはないのです。

この罪こそが私達が生きていく上でもっとも深刻な重荷であり、罪の解決がなければ死ぬに死ねないのに、なんと多くの人が己の罪について悩むことなく罪の解決もしないで死を迎えるのでしょうか。

最後に私の信仰に影響を与えた一人、クリスチャンのフランス文学者であり哲学者の森有正の言葉とドストエフスキーの臨終の言葉を御紹介します。

「人間にとって決定的に死に値するものは、人間の持っている罪なのです。(略)人間に罪というものがある以上、人間は死ぬことができない、これはいちばん重要な問題だと思うのです。(略)

人間の魂を、生きることができなくさせるものは罪です。自分が罪人だということです。(略)罪がある限り、人間は死んでも死にきれないということをつかむことです。自分の経験を深めていきますと、その問題だけが残ります。(略)

けっきょく最後に残るのは、人間の死の問題であるということ。しかも、死の棘、死の針は罪だということ、罪が死の針のようにあって、人間は死ぬこともできないでいる、人間があんなに死を避けるのは、ただ死が恐いからでなくて、やっぱりそこに罪があるからだと私は思うのです」。


そして、ドストエフスキーの遺言は、

「どんなに恐ろしい罪を犯すことがあったとしても、神の赦しを諦めてはならない。お前たちは神の子供だ。御前にへりくだり赦しを求めなさい。放蕩息子の悔い改めを父親が大喜びしたように、神もお前たちの悔い改めを喜んでくださる。失われた者よ、『父の家』 に帰ることができる」。

アーメン、ハレルヤです!!!

「主が私の手をとってくださいます」"He leadth me!"
聖歌651(新聖歌474番)
@ 主が私の手を とってくださいます
  どうして怖がったり逃げたりするでしょう
  やさしい主の手にすべてをまかせて
  旅ができるとはなんたる恵みでしょう

A ある時は雨で ある時は風で
  困難はするけれどなんとも思いません
  やさしい主の手にすべてをまかせて
  旅ができるとはなんたる恵みでしょう

B いつまで歩くか どこまで行くのか
  主がそのみむねをなしたもうままです
  やさしい主の手にすべてをまかせて
  旅ができるとはなんたる恵みでしょう

C 誰もたどりつく 大川も平気です
  主がついておれば わけなくこえましょう
  やさしい主の手にすべてをまかせて
  旅ができるとはなんたる恵みでしょう



附記:このあとユキは公園で開催されている自治会主催の祭り(模擬店、バザー・・)へ。私は夫と食料品の買物に。
生協の店でおせち料理の試食しようとしたときに懐かしい声が耳に入り、横を向くとクリスチャンJさんだった。Jさんのペースに合わせて全てのお皿を試食しながら積もり積もった話を交わす。Jさんが言われたように、夫はクリスマスケーキを3皿も食べていた。

posted by 優子 at 14:40| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年10月21日

脳死者が臓器摘出時に苦しむ?!

昨夜は知子が不在だったので私は知子のベッドで眠った。ユキは9歳になり大きくなって133センチになったけれど寝顔は幼児の時のままだ。
眠っているユキを抱きしめたら涙が溢れてきた。今も脳死状態で眠っているM君を想ったからだ。そして、その母の絶叫はどんなものであるかと。

昨夜半、私はわけのわからない夢を見てうなされて目が覚めた。
18日に本(『脳死・臓器移植の本当の話』)が届いてからずっとMくんのこと、お母さんのことを思いながら読んでいくうちに、あまりにもおぞましい現実を知った驚愕と、Mくんのお母さんとどのように関わればよいのか思いめぐらせているからだ。

新書版で424ページという分厚いものだが、著者・小松美彦の「より多くの人々が手にしうるように、あくまで新書で」という切望から手ごろな値段の新書版で刊行された。哲学的ロジックで難しく、何よりもあまりに内容が重くて今はまだ半分ほど読んだところだ。

私は今まで脳こそが命を統御するものだと思っていた。脳幹は命の中枢である呼吸や血圧を司るところで・・・と。

しかし、全脳死でも死ではないというのが私の直観であり、人工呼吸器を外すと生きていけないとは言っても、体温がある人を死とするのはどうしても容認できないことであった。死んだ人に人工呼吸器をつけても血流は再開しないことからも判断できる。

しかも、このたび脳死と呼ばれている人は、「脳という一器官の不全状態」であり、それでもって死そのものを意味しないということを知ることとなった。

ペースメーカーを埋め込んでいる人や透析している人たちも同様であり、それらの機械がなければ非常に深刻な状態になる。
ならば脳死の人もまた同様に人工呼吸器という機械の力を借りて生きているのであり、その点からも脳死は人の死ではない。体が暖かいのは血流があるからである。

最も驚いたのは「ラザロ徴候」である。その名前からすぐに内容は想像できた。
「ラザロ徴候」とは、「(Lazarus sign, Lazarus phenomenon)は脳死とされる患者が自発的に手や足を動かす動作のことで、名前は新約聖書でイエスによってよみがえったユダヤ人のラザロに由来する」。
ついでながら「ラザロ」は、ヘブライ語で「エレ・アザル:神はわが助け」を意味し、神に助けを求める者である。


脳死や臓器移植関係者はラザロ徴候を脊髄反射であるとして顧みないが、人工呼吸器を外した2〜3分後からラザロ徴候が1時間も続き、その間には血圧が230にも上昇し、1分間に150回もの頻脈を呈して顔面も紅潮した人もいた。彼らはこれをどのように説明するのだろうか。

これは間違いなく脳幹の働きであり延髄が機能している可能性が多分にある。単純に考えても本当の死者にこのようなことはあり得るのか!

医療者よ、驕るなかれ。
人間の尊厳を侵してはならない。


全ての臓器を提供したドナーが最後に眼球を摘出された時、「脳死者の額には汗が無数の玉となって浮き上がっている。眼には涙があふれていた」といい、「臓器摘出の執刀時、ドナーの大半が急速で激しい血圧上昇と頻脈を示す」という論文も報告されている。

英国の麻酔医は語る。
「(脳死患者に)メスを入れた途端、脈拍と血圧が急上昇するんですから。そしてそのまま何もしなければ、患者は動き出し、のたうち回りはじめます。摘出手術どころじゃないんです。ですから、移植医は私たち麻酔医に決まってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ、と」。

これでは激痛どころか生体解剖されてのたうち回っているのである。まさにトゥルオグの論文にあるように「正当化された殺人(justified Killing)」ではないか!

アメリカやイギリスではこうした可能性があるからこそ、モルヒネを投与して臓器を摘出している」という。何という残虐極まりないでおぞましい蛮行だろう。

「”脳死者”には、言葉で意思表示ができなかったとしても、臓器摘出時に意識や感覚が残っていた可能性があるのだ」。
まさに脳死から生還した人が、回復していく姿を段階別に収めた映像を本人の証言と共にユウチューブで見ることができた。

「脳死者はレシピエント候補者とは違って、苦しみも願いも語れない」。

著者は何度も「自分の目で見る、自分の心で感じる、自分の頭で考える」ことの大切さを訴え、読者の心を揺さぶり目覚めを促す。

あなたはこのことをどのように思われるのであろう。是非多くの方々に読んでいただきたい本である。いや、私たちは真実を知る義務がある。

以下は本の内容紹介より:
脳死者の臓器提供をめぐる問題に何があるのか? 「臓器移植法」改定を前に、長年の論争の焦点を整理する。生命倫理の本質をえぐった渾身の大作。

「脳死者は臓器摘出時に激痛を感じている可能性がある」「家族の呼びかけに反応することがある」「妊婦であれば出産できる」「19年間生き続けている者もいる」――

1997年に「臓器移植法」が成立して以来、日本でも脳死・臓器移植は既成事実となった感が強い。ところが近年、脳死を人の死とする医学的な根本が大きく揺らいでいるのだ!

本書は脳死・臓器移植の問題点を、歴史的、科学的に徹底検証。報道されない真実を白日の下にさらし、「死」とは何か、「人間の尊厳」とは何かをあらためて問い直す。

68年に行なわれた和田移植、99年の高知赤十字病院移植の綿密な比較検討から浮かび上がる衝撃の新事実に、読者の目は大きく見開かれることだろう。

読者の道案内役をつとめてくれるのはサン=テグジュペリ作「星の王子さま」。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ」という言葉が問題を解くカギとなる。

たくさんの書評の中から一例を:
「マスコミは移植を受けて、生命の危機を救われた患者のみを取り上げた番組を美談として執拗に報道し続ける。しかし、一方で提供する側は、密室でこのような光景が展開していると知ると、ドナーカードの所持をもう一度立ち止まって考えさせられる」。

posted by 優子 at 14:00| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

キンモクセイとシュウメイギクの思い出

金木犀の花.jpg今週からずっと夏日が続いており、窓を全開していても室温は29度にもなった。今日も窓を開けたままなので四六時中キンモクセイの香りがする。

今年はキンモクセイの開花が遅く、ようやく16日の夜から香りはじめた。

大きな金木犀.jpgこの花(↑)は近隣のお宅の大きな金木犀の花だが、今年は珍しく花が少ないように思う。まだ満開ではないからか。いつもなら木全体がオレンジ色になり、落花し始めると道路がオレンジ色に染まる。


金木犀A.jpgそれにくらべて我が家のキンモクセイは貧弱だ。私たちの家を建てるまでは母屋の玄関先の庭に植えてあったので、1997年の秋まで芳香を放っていたのだろう。
家を建てるためにキンモクセイはパーキングのきわの狭く日の当たらないところに移植した。そこしか場所がなかったからだが、以来すっかり花をつけなくなってしまった。

私は婚約時代の秋に当家を訪ねた時、初めてキンモクセイを知った。ちょうど40年前の秋である。帰る時、良輔がキンモクセイの枝を折ってくれたことや、夜は肌寒くなっていたので義母からカーデガンを借りたことも懐かしく思い出す。

ちなみに1976年9月の気温を調べてみると、今年よりも昼夜共に10度近くも低かった。もう10月下旬になるというのにとても暖かく、ユキは帰宅した時も遊んで帰ってきた時も汗だくだ。

ということは私が結婚して20年後に母が亡くなったのだ。そういえば、もうすぐ母が亡くなった日だ。
母が入院した年の秋(1995年)、知子は祖母のために不本意ながら大学帰りの道で金木犀の小さな枝を折って持って帰ってきた。それからまた母が亡くなって20年もの年月が過ぎ、あと5年で私は母が亡くなった年齢になる。


2016シュウメイギクB.jpgこれらキンモクセイの思い出と共にシュウメイギクの花が咲くと心中に去来する新たな思いが加わった。それはチャッピーのことだ。



E8A18CE381A3E3819FE3828AE69DA5E3819FE3828A.jpg去年の今頃は認知症になっていたので、この短い距離を休みなく行ったり来たりしていた。この写真でさえ顔を撮ろうとしても写すのは至難だった。
※ 花の数も昨秋から大幅減した。

2年生の運動会の日のチャッくん.jpg 
ここにこうして居たのに、もう居ないなんて・・・

チャッピーはいない.jpg
今朝の庭。

チャッピー16才5ヶ月、ユキ8才ヶ月C.jpg
チャッピーと別れてもうすぐ1年になる。

遠足の朝.jpgその間にユキはまた大きくなった。でも相変わらず幼くて中身は全然変わっていない。
今日は遠足で橿原市の昆虫博物館へ行った。知子はお弁当を作って父親と一緒に家を出た。いつもより6〜7分遅れで。遠足は本当に楽しかったようで、帰宅すると5分間ほどいろんな虫の話を興奮して話してくれた。

「その時、チョウチョが2匹飛んできてね、葉っぱに止まって結婚した!」

キンモクセイとシュウメイギクの秋。
秋はやっぱりさみしいけれど、ユキがいるから感謝! 
明日は創立記念日で学校が休みなので嬉しいようなような・・・しかも知子は明日明後日は長崎へ出張だ。

追記:この朝、知子が先週会社の帰りの受診時に受けた検査結果は異常なしの連絡あり。夕方、過度のストレスと疲労のため4時頃に退社し自動車で帰宅、夫が電車で7時半頃帰宅。知子(専務)の自動車は購入していないため。

posted by 優子 at 22:06| 父母を想う | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

命、人生、この重きもの

2日前の「ブルンナー読書会 F」の記事で触れたキューブラー・ロスの晩年、特にその最期について記憶が曖昧だったので、手軽だがBSドキュメンタリー「最後のレッスン キューブラー・ロス 〜かく死せり〜」で再確認した。失望感は拭い取られて厳粛な気持ちに満たされている。

キューブラー・ロスは、死を前にした人との関わりや "Grief work"(悲嘆のプロセス)について大きな働きをした。

『死ぬ瞬間』、『続死ぬ瞬間』、『新死ぬ瞬間』・・・など、最期に人が求めるもの、死にゆかねばならぬ子どもに自らの死をいかに話してやればいいのか、子どもの死やこどもが失踪した親の悲嘆・・・など、多くのものを読んだが、キューブラー・ロスの関心が臨死体験や死後の世界に移っていってから読まなくなった。

私は30代の終わり頃から2年間かけてカウンセリング(臨床心理学)の学科を修めた。その講義でもキューブラー・ロスが掲げた「死の受容のプロセス」の5段階が語られていた。

否認(それは間違いではと認められない)、怒り(なぜ私が死ななければいけないのか)、取引(神さま、○○をしますから助けてください)、抑鬱、受容 である。

カウンセリングの学科を終了した頃は、母の難病のことが私の心に重くのしかかっていたこともあり、関連する本をたくさん読んだ。

カトリックの司祭で哲学者であるアルフォンス・デーケンは、キューブラー・ロスよりも詳細に提示し、その最後に宗教者の視点で「希望」を付け加えたことも良く知られている。

悲嘆のプロセス(アルフォンス・デーケン)
@精神的打撃と麻痺状態  A否認  Bパニック C怒りと不当感  D敵意とうらみ  E罪責感  F幻想 G孤独感と抑うつ  H精神的混乱と無関心  I受容(あきらめ) J新しい希望 ユーモアと笑いの再発見  K新しいアイデンティティの誕生(立ち直り)

事故で即死でない限り、人はみなこれらの苦しい道程を通ることになる。これらは死をまじかにした場合だけではなく、重篤な病気を告知された時も同様に、誰にとっても何よりも自らのために知っておくことは大切なことだ。

キューブラー・ロスは人に愛を与えることができても、最後まで愛を受け取ることができなかった。人に世話してもらうこと、そのような自分を受容できなくて、人生最後のレッスンは人から愛を受けることだと言っていた。

そして今、私は再びいのちの問題と向き合っている。脳死の問題である。脳死状態になって11か月になる1歳半の赤ちゃんの病床へ導かれたからだ。

脳死。

ああ、何という残酷な言葉であろう。

3時間、赤ちゃんの枕もとでお母さんと話しながら、手を握り、オムツを変えるのを見せていただいた。オムツが濡れており、その時、きれいな尿が小さなおちんちんから出てきたので、「Mくん、おしっこ したのー」と嬉しくて語りかけてしまった。

日本社会に「脳死」が言われるようになり、これまでにも何度か考えたことがあった。幾冊かの本を読み、その時に私が導かれた結論は脳死は人の死ではないということであったが、その結論は間違ってはいなかった。


これまで脳死になるとまもなく心臓死を迎えると思っていたが、今では、いやもっと以前からその認識は全面的に覆されており「長期脳死」と呼ばれている。特に子どもに多く見られるそうだ。

脳死について先週注文した本が今日届いたので真剣に理解したいと思う。

IMG_0701.jpgこのような耐えがたい悲しみに耐えておられる方々のことを思うと、不誠実極まりない生き方で命を費やしている人はまことに愚かである。それほど命を無駄にしていることはないであろう。
私も短くなるばかりの命の時間を、もっともっと大切に使っていかねばと思う。


posted by 優子 at 17:34| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

家の教会㉗ −エリヤに示された次の使命―

昨日も今日もユキはサッカーのため、今日は午前中に1時間半、午後もユキには声をかけなかったので外で遊んでいたのだが、私たちにとっては昨日の「ブルンナーの読書会」に続いて、今日は全日礼拝の時を過ごしていた。

そして、今日はの礼拝は準備していた箇所ではなく、前夜より特別な促しを感じて預言者エリヤを取り上げ、優子、知子、良輔それぞれの気づきや恵みを長時間分かち合い、最後に祈り合った。
2016年10月16日(日) (第27回 家の教会)
15:30〜17:40
聖書  列王記 上 19章1節〜18節
お話   優子
分かち合い
祈り   一人ずつ

列王記 上 19章1節〜18節:
19:1アハブはエリヤのしたすべての事、また彼がすべての預言者を刀で殺したことをイゼベルに告げたので、
19:2イゼベルは使者をエリヤにつかわして言った、「もしわたしが、あすの今ごろ、あなたの命をあの人々のひとりの命のようにしていないならば、神々がどんなにでも、わたしを罰してくださるように」。
19:3そこでエリヤは恐れて、自分の命を救うために立って逃げ、ユダに属するベエルシバへ行って、しもべをそこに残し、
19:4自分は一日の道のりほど荒野にはいって行って、れだまの木の下に座し、自分の死を求めて言った、「主よ、もはや、じゅうぶんです。今わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません」。
19:5彼はれだまの木の下に伏して眠ったが、天の使いが彼にさわり、「起きて食べなさい」と言ったので、
19:6起きて見ると、頭のそばに、焼け石の上で焼いたパン一個と、一びんの水があった。彼は食べ、かつ飲んでまた寝た。
19:7主の使は再びきて、彼にさわって言った、「起きて食べなさい。道が遠くて耐えられないでしょうから」。
19:8彼は起きて食べ、かつ飲み、その食物で力づいて四十日四十夜行って、神の山ホレブに着いた。

19:9その所で彼はほら穴にはいって、そこに宿ったが、主の言葉が彼に臨んで、彼に言われた、「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか」。
19:10彼は言った、「わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀をもってあなたの預言者たちを殺したのです。ただわたしだけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています」。
19:11主は言われた、「出て、山の上で主の前に、立ちなさい」。その時主は通り過ぎられ、主の前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが、地震の中にも主はおられなかった。
19:12地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細い声が聞えた。
19:13エリヤはそれを聞いて顔を外套に包み、出てほら穴の口に立つと、彼に語る声が聞えた、「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか」。
19:14彼は言った、「わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀であなたの預言者たちを殺したからです。ただわたしだけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています」。
19:15主は彼に言われた、「あなたの道を帰って行って、ダマスコの荒野におもむき、ダマスコに着いて、ハザエルに油を注ぎ、スリヤの王としなさい。
19:16またニムシの子エヒウに油を注いでイスラエルの王としなさい。またアベルメホラのシャパテの子エリシャに油を注いで、あなたに代って預言者としなさい。
19:17ハザエルのつるぎをのがれる者をエヒウが殺し、エヒウのつるぎをのがれる者をエリシャが殺すであろう。
19:18また、わたしはイスラエルのうちに七千人を残すであろう。皆バアルにひざをかがめず、それに口づけしない者である」。

神の預言者エリヤはバアルの預言者と対決しエリヤが勝利したが、エリヤは悪人イゼベルに命を狙われて恐れた。

あの信仰による祈りと願いを捧げ、神の力によって多くの業を行ったエリヤが、イゼベルの脅しを恐れて逃げる姿は同一人物とは信じられない光景だ。信仰が萎えると人を恐れる。

「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる」。      (箴言29章25節)

しかし、あのモーセやエレミヤでさえも弱音を吐いたのであり、信仰者と言えども常に強くあり続けることはできない。そんな時こそもう一度神の御前に立って主の平安をいただいて、祈り、信仰をもって踏み出すことだ。

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。
           (ローマ人への手紙 8:28)

すると次の選び取るべき道を示され、霊性を強くされて使命と共に神の力が吹き込まれる。これこそ主に在る者の恵み、主の前に立たされた者に注がれる祝福だ。

自分だけが残ったのではない。バアルに膝をかがめず口づけしない者も残されていた。私たちの周囲にも意外なところでクリスチャンとの出会いを経験するが、クリスチャンではなくとも、悪意に満ちた者たちの中に誠実に生きる人物が置かれているのは何と幸いなことだろう。その者たちと共に現実を改善させていくのである。

神より託された使命を果たす。神の力によってさせていただくことは何たる光栄なことであろうか。

Yuki by photo コスモス.jpg「もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」。 
   (ロマ書 8章31節)
posted by 優子 at 22:07| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

ブルンナー読書会F −生ける主―

「天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり」。

IMG_0631.jpg開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」を一同で讃美し、司会役の下村喜八さんが聖書「コロサイ人への手紙3章1節〜11節」を拝読し、祈りを捧げられた。
3:1このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。
3:2あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。
3:3あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。
3:4わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、あなたがたも、キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。
3:5だから、地上の肢体、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪欲、また貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。
3:6これらのことのために、神の怒りが下るのである。
3:7あなたがたも、以前これらのうちに日を過ごしていた時には、これらのことをして歩いていた。
3:8しかし今は、これらいっさいのことを捨て、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。
3:9互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、
3:10造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。
3:11そこには、もはやギリシヤ人とユダヤ人、割礼と無割礼、未開の人、スクテヤ人、奴隷、自由人の差別はない。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにいますのである。

最初に私たちがテキスト箇所の感想を述べ、続いて下村さんがお話された。以下は私のノートテイクより:

ブルンナーがこの説教を語られた1939年当時、罪もない子ども、市民、ユダヤ人が虐殺されていくナチスの時代の人々は、「神はいましたもうか」、「正義はすでに失われたか」、「全能にして愛なる神をまだ信じていることができるか」という問いを持っていた。

ラインホルト・シュナイダー.pngこれは現代も抱えている問題でもあり、ラインホルト・シュナイダー(右写真)の問題でもある。
「生命の畏敬」を著したシュヴァイツァーと対比して、シュナイダーは「苦悩への畏敬」と言った。
第一はキリストの十字架への苦悩である。私たちは苦しみの中で神に出会う、病も神と出会う場所であり神に至るパイプである。痛みに苦しみながら神に会い、上にあるものに目を向ける契機である。


下村喜八さんの著書.png我が家で開いてくださっている「ブルンナー読書会」の主宰者である下村喜八さんは、シュナイダーを日本に紹介され研究の第一人者で、エーミル・ブルンナー著作集を翻訳されたお一人でもある。

(今日の世界情勢を解釈しようとするとき、)「人類は『上にあるものに目をあげる』ことを全く忘却してきたという事実であります。
この時代のいわゆるノーマルな人間は、のものどころか、反対に徹底的にのもの、此岸のものに心を向けております。 (略)

キリスト教は貧しい者たちに彼岸のことばかり説教し、不正や此岸の悲惨から目をそらせて、搾取に由来するすべての不正に対する怒りを宗教的敬虔へと昇華させているといって、繰り返し繰り返し避難してきました」。

マルクスは「宗教は阿片だ」と言い、マルクス主義者や共産主義者は特にキリスト教を意識して言ったが、ブルンナーは、そういうことを言っている彼らこそがこの世のことに囚われていると言っている。

トマス・ホッブズは、『市民論』や『リヴァイアサン』での思考実験において、「万人の万人に対する戦い(闘い)」と言った。

「私たちは、世俗化したこの世的キリスト者なのです。・・・いったい私たちの間の幾人が、信仰と永遠のいのちの希望とが現実生活の喜びと力になっている、と主張できるかということである」。

ロマ書8章4節〜11節:
8:4これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。
8:5なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。
8:6肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。
8:7なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。
8:8また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。
8:9しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。
8:10もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。
8:11もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。

「肉」とは、西洋の「心」と「体」の2分法のいうところの「体」ではなく、身も心も自分の方、この世を向いていたら「肉」であり、「この世に束縛されている事態」のことである。私たちは「肉」と「霊」の闘い。肉が滅んで霊に生かされ、上に目を上げて霊に生きるのか。

ガラテヤ人への手紙 5章16節〜23節:
5:16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
5:17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。
5:18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。
5:19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
5:20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
5:21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。
5:22しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 5:23柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
5:24キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。
5:25もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。

「私たち人間が転倒したいのちに生きるか、正しいいのちに生きるかということであります」。
ブルンナーが引用している「転倒したいのち」というのは、私の知り限りにおいてはパスカルの言葉で、シュナイダーやボンヘッファーも同じ言葉を使っている。

神は私たち人間を神の呼びかけに応える人格に創造されているのに、神が命の主になっているのではなく自分自身が命の主になっている。

知子が語った中で印象に残ったことは、「『もはや自己自身の意志によるのではなく、すべてを神から受け、神から見、神から意志し行為する』という生き方に変えられている」。

私は次のようなことを言葉足らずで語った。

現代の世界の状況は、「『まいたものは、刈りとらねばならぬ』。下にまいた人類は、下から生え出してきたものを刈りとらねばなりません。こうして私たちは、幾世紀・幾世代にわたってまいてきたものを刈りとっているのであります」ということに納得させられたこと。

私は本当にキリストと共に死んでいるのか。「私たちは、世俗化したこの世的キリスト者なの」だということを強く感じる。

これはその範疇にも入らない例であるが、「無神論者であることを公言しているカナダ合同教会(UCC)のグレタ・ボスパー牧師が」いて、牧師職にとどまることを欲している意味不明さ。

さらに驚くべきは彼女が牧会する教会の人たちが、彼女を支持する請願書の署名が1千以上に達しているという報告だ。まさにどこかの教会を彷彿させる奇怪な現象、何をか言わんやだ。

また、「死」について思いを馳せると、まともな牧師でさえ高齢になり世代交代の時にわが身の死を身近に感じて動揺するということ。否、それが人間の実相であり、その道程を経てこそ真実に至る人生の最大の仕事だと思う。

それに関連して、終末医療の先駆者で40数年にわたって終末期の何千人もの人々に寄り添い励まし、『死ぬ瞬間』を著したスイスの精神科医キューブラー・ロスは、脳梗塞に倒れて左半身麻痺になった晩年、豹変して神をののしったこと。
※ 2016.10.17追記:これについて、10/17の記事「人生、命、この重きもの」に補足。

あれだけ多くの経験があっても自らの時の助けにならなかったことを思い起こした。順境な時は神を忘れやすいお互いであるが、逆境の時にそれでは悲しすぎる。真剣に神を求め続けさせてくださるように、まずそのことを祈らねばならぬと思う。 

附記:操作ミスで書いていたものを消してしまったが、体力の限界。まとめられていないがこのまま記録しておきたい。

IMG_0632.jpg昨夜、夫は10時前に帰宅。知子は最終電車で午前12時15分頃に帰宅。

次回は、12月3日(土)。
讃美歌294番、
司会とお祈り:優子。




posted by 優子 at 22:02| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2016年10月13日

「わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく」。

知子は3連休明けの火曜日から連日帰宅が遅い。朝も早く出るのでユキと会っておらず、今朝ユキは「声だけ聞いた」と言った。
知子とユキはベッドをひっつけているので、眠る時、また、明け方にわが子をピッタリ寄せて眠っている。その姿を見ると辛い。

ユキは知子が居なくても何も世話することなく登校し、3年生になってからお風呂も常にひとりで入るようになったので、夫も私も全く負担はかからなくなっている。

そして今、今夜も知子の帰りを待っている。パソコンを開くと夕刻にメールが入っていた。
「私は毎日 毎朝の御言葉を現実体験しています!
本当に感謝なことです。今日も奇跡の連続でした」。


知子の帰りを待ちながらブログにわが想いを書きたい。

私は日々の歩みの中でたびたび「列王記 上」の19章18節を思い出しては励まされている。

「わたし(神)はイスラエルのうちに七千人を残すであろう。皆バアルにひざをかがめず、それに口づけしない者である」。

「バアル」とは、ユダヤ地方で崇められた人間がつくった偶像の神である。

7千人とは全体のどのくらいのパーセントに当たるのかと言えば、「ダビデ時代の国勢調査によると北イスラエルでの戦闘員が110万人で女性・子供も入れると200万人余り」と言われているので、その内の7千人は0.3%に当たる。

日本のクリスチャン人口が1%弱と言われて久しいが、1%も残されているのであり、これよりもはるかに少ない数の人々が原動力となってイスラエルの回復に至った。

美濃紙業(夫の会社、といっても今や全面的に知子が会社を護り先導している)においては、知子が関わりだした時点で、私の数えるところ、神さまは少なくとも誠実な社員を7名置いてくださっていた。

それは全体の3割だが、3割も置いてくださっているのであり、知子の誠心誠意の関わりから今では8〜9割に至っているのではないかと思う。

何よりも既に財務は健全に立て直しており、今夏も多額のボーナスを出せたことは『ビーイング&ドゥーイング』に記されている。

目下火急な出来事の頻発で気を緩める間もないが、主(神)に在って知子も私も心はまことに平安である。

知子に在っては全て訓練として励む日々。役員も知子の分身のように育ってきており、特に今春より絶え間ない試練に対処しているが、それらを通して社員たちも鍛えられて強くされている。

知子は緊迫した今日の各部署会議において各役員らの代読により発信した長文メッセージの中で、毎朝受信する今朝の御言葉(みことば)を用いたという。
「『力を落としてはなりません。国全体が平安を失っているときこそ立ち上がり、強くあれ!』という言葉があります。」 抜粋元は以下の通り。

「しかし、あなたがたこそ強くあってほしいのです。力を落としてはなりません。あなたがたの働きには報いが伴っているからです」。 
        (歴代誌 15章7節)

国全体が平安を失っているときこそ、主に立ち返り、強くあれと、預言者アザルヤはアサ王を励まします。主は強い者を立ち上がらせるのではなく、立ち上がる者を強くされるのです。自分は弱いといって逃げるなら、弱い者を強くされる主の力は体験できません。

       (キリストの栄光教会 川端光生牧師より)

先ほど帰宅は何時頃になるのかと打ったメールの返信が届いていた。

「私は、この民を、私達を助けて下さい!と毎朝怖いぐらいタイムリーなみことばを噛みしめながら、今朝は倉庫側の当社の看板を数秒凝視してから入りました。
そして、予想外の1日が展開され、私は平安で笑顔で八戸ノ里まで歩いてきました」。


ここまで困難が押し寄せてくるとクリスチャンの醍醐味だ。主に在って強くあれ、雄々しくあれ!
今夜は10時頃には帰宅できるだろう。

「しかしあなたがたは勇気を出しなさい。手を弱くしてはならない。あなたがたのわざには報いがあるからです」。
          (口語訳・歴代誌 15章7節)

今日もよく生きた。
「明日のことを思いわずらうな。
あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
一日の苦労は、その日一日だけで十分である」。
            (マタイ 6章34節)


posted by 優子 at 21:38| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年10月11日

秋の輝き ダリア

IMG_0571.jpg

今日はユキのサッカー教室(中学校のグラウンド)の迎えに行った足で、夫と私たち3人で馬見丘陵公園へ秋の花々を見に行った。

まず食料品の買い物を済ませ、お弁当も買ったものの駐車場はどこも満杯で場内をグルグル回っていた。私とユキはお弁当も車内で食べ終わり、結局駐車するまで40分少しかかった。

コルチカム.jpgこれは「コルチカム」、ダリアやコスモスのエリアに行くまでの道に植えてあった。
花びらが透き通ってみえる繊細な花。その慎ましさに皆の歩みを止めさせるオーラがあった。

IMG_0573.jpg陽ざしがまぶしかったね、ユキ。

「おばあちゃん、おじちゃんと二人で撮ったげよか?」
「いいわ」


ついでながら2日前の土曜日に二人とも予防接種を終えた。ユキは日本脳炎ワクチン2期で私は高齢者肺炎球菌予防接種、共に後遺症もなく無事通過。

この日、私はコスモスを楽しみにして行ったのに期待外れでがっかりした。しかし、ダリアが秋の青い空の下で、とても気持ちよさそうに花びらを広げて輝いていた。ダリアは祖父を思い出させる花の一つだが、特に好きというわけではないのにとても美しいと思った。


ダリアA.jpg  ダリア@.jpg

IMG_0591.jpg


photo by Yukiダリア.jpgこれはユキが撮ったもの。
ユキの視線はいつも優しく鋭いね。





IMG_0603.jpg

丘陵公園へ来たのは今回で5回目か。いつもメイン会場に近い駐車場に入れていたが、今日は特に混雑していたので別の駐車場に止めたのでメイン会場に行くまでにこんなのがあった。

IMG_0565.jpg

2年前のちょうど今頃にダリアを見に行った時の過去ログを覗くと、あの頃のユキが懐かしい。

独りになる時間のない知子も息抜きできたかな。たった4時間足らずだったが、独りになる時間はとても大切だ。

秋の朝顔.jpgこれは昨日の朝咲いていた小さな朝顔。今朝もまた一つ、昨日よりももっと小さい花が咲こうとしていたが、意を決して朝顔を取り除いた。

「よく咲いてくれたね、ありがとう」

種が落ちて、それがまた芽を出していくつか蕾もつけているが、朝晩はめっきり肌寒くなったので育たないだろう。昨夜から冬の掛布団にした。

附記:昨日のサッカー教室のブログより拝借。

DSC_1940.jpg都会と違って中学校のグラウンドはとにかく広い。
知子はユキを私立へ入学させるつもりはないので2020年から通う中学校である。

「今日はシュートはできなかったけれど、『ナイスパス!』って言われたよ」

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posted by 優子 at 16:28| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年10月10日

「ガラスの天井」に挑み続けたヒラリーが語った自らのキリスト教信仰

ヒラリー.jpg以下は、2016年1月25日のアイオワ州でのキャンペーンで、信仰についての質問を受けて語ったことである。


私は信仰を持っています。私はクリスチャンです。メソジストの信仰を持っています。私はメソジストとして育てられました。私は教会を通して家庭で受けた教育や支援にとても感謝しています。

そして、私たちクリスチャンはみな、何について召されているか、何をするように導かれているか、常に頭の中で考えていると私は思います。また、とても強い確信を持つこと、またそれをほかの信仰を持つ人とも話し合うことは、絶対に必要だと思います。

聖書の学びや信仰を持つ人との多くの対話を通して、最も重要な命令が、心を尽くして主を愛し、自分自身のように隣人を愛することだということを学びました。そしてそれが、キリストが私たちにするように命じていることだと思います。

貧しい人の世話をすること、囚人を訪問すること、異邦人を泊めること、ほかの人を高め、信仰を持ってもらう機会を作ることなど、信仰を実践する多くの方法が聖書にはとても多く書いてあります。

しかし、私は、多くの領域でさばきを神に委ねるべきだと固く信じています。よりオープンになり、寛容になり、より深く敬意を持つことで、信仰について私は謙遜になれます。

私は、頬をたたかれても常に反対側の頬を差し出せる人々、召された範囲よりさらに多く歩くことができる人々、他者を赦(ゆる)し前進する方法を見つけ出し続ける人々を深く尊敬します。

保守派のキリスト教徒に向けてか、クリントン氏は、キリスト教徒がしばしば自分自身を鏡で見ることなく、その信仰を他者を糾弾するために誤用すると暗に示した。

私は、偉大な愛がその核心であるキリスト教が、しばしば他者を迅速に糾弾し、苛烈にさばくために用いられていることに、深く失望し、申し訳なく感じています。

私が常に理解しようとし、共に生きようとしているこのメッセージは、まず自分自身を見て、ほかの人に接するときにも確実にそのように接しなければならないという意味だと私は思います。

私は完璧な人間ではあり得ませんと、全ての人に向けて告白します。しかし、たとえ冷酷な人々に対しても、より良いことをし、より親切であり、より愛す存在であろうという促しを常に感じています

ですから、もしあなたが信仰を持っているなら、あなた自身に、自分が何を期待されているか、自分があるべき通りに行動しているかを自問し続けるべきだと思います。

そしてそれはごく小さなことからですが、とても大きなことにつながっていきます。私はこのことをとても真剣に捉えています。

素晴らしい聖書からの学びはたくさんあります。「山上の垂訓」が本当に意味していることは何でしょうか。私たちに何をし、何を理解するよう呼び掛けていますか?

「山上の垂訓」は確かに、貧しい人、憐れみのある人、この世にあって多くを持たないけれども、神が愛と救いを心の底に持っていると認める人をたたえているからです。

ここまでは同意できるが、2015年4月に「中絶に反対する宗教的信念は変わらなければならない」と提示したことについては考えを異にする。いかに時代が変わろうとも変えてはならないものである。  

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(以下は前掲の「キリスト教から米大統領選を見る」より引用転載)

ヒラリー・ロダムは1947年に中西部の中流家庭の長女として生まれた。女性に生まれつきながらも、父親から「男性として」の教育を受け、そのプレッシャーをはねのけてリーダーシップを発揮する青春時代を送ってきた。

高校卒業後、マサチューセッツ州のウェルズリー大学に入学。当時はアイビーリーグ系の大学(全米で優秀な私立系大学群の総称)が女子学生の受け入れを嫌がっていたため、「女性のアイビーリーグ」の1つと言われたウェルズリーに進学したのであった。

彼女の存在は大学内でも輝きを増し、ついに開校以来の「卒業生によるスピーチ」を式典で行うことになった。今では卒業生がスピーチするのは当たり前であるが、これを女子大で行うことが「開校以来初」であるところに、当時の米国(1969年)の女性への扱いが透けて見えるであろう。(これだけは前近代の封建制を引きずる日本のほうが先を行っていたように思われる。)

ヒラリーが行ったスピーチは、全米規模で一大センセーションを巻き起こし、「ライフ」誌に取り上げられるほどであった。内容は、「一見不可能に見えることを可能にする技術」として政治を実践すること。まさに今のヒラリーを予見させるものだと言えるだろう。

その後、ヒラリーはイェール大学ロースクールへ進学する。母校ウェルズリー大学から奨学金を得たり、他の諸団体から助成金を手にしたり、その不足分をアルバイトで補うなかでの進学であった。

そこで彼女は、赤みを帯びた長髪・あごひげの1年下の男子学生と出会う。ビル・クリントンである。彼はロースクール内でもひときわ目立ったヒラリーに声を掛けられず、食堂や図書館で彼女の後を付け回していたらしい。ただ、「目立った」と言っても化粧をしてファッションセンス抜群であったという意味ではない。

その反対で、彼女はいつも分厚いビン底眼鏡をして、髪の毛は無造作に2つに束ね、服装は体形が露わにならないぶかぶかの洋服を着ていたのである。つまり彼女は女性としての魅力で目立っていたわけではなかった。


自分を背後から見つめる男子の姿を、彼女が知らないはずはなかった。1971年春、ついに業を煮やしたヒラリーは、男子学生(ビル)にこう言い放ったという。

「あなた、5分間も私を見つめてたわね。少なくとも自己紹介すべきじゃない?」。こうしてヒラリーは、将来の大統領と交際をスタートさせたという。

努力して自ら道を切り開くことで、ヒラリーは政治家としてのし上がってきたということである。その苦労は人一倍であった。特に「女性」という立場は、当時の米国ではどうしても男性にかしずくことを求められた。それを否定する生き方は、彼女の服装やコミュ二ケーションの取り方など、全てに醸し出されていたと言えよう。

ヒラリーを支えるのは「未知の領域に踏み出す」もう1つ重要なファクターがある。それは彼女の家庭がメソジスト信者であったということである。
米国が独立し、そこにさまざまなプロテスタント教派が入り込んできた。その時、最も教勢を伸ばしたのが、バプテスト派とメソジスト派であった。

その当時、牧師職は一部の特権階級であり、知性主義の象徴であったため、信徒に説教させる、しかも西部の開拓民たちについて回るというシステムは、いまだどの教派も実践したことがなかったのである。

そこには、未知の領域に一歩踏み出す「信仰」があった。いや、それしかなかったと言ってもいいだろう。もちろんその後、メソジストもエスタブリッシュとしてメーンライン化するので、そういった斬新性は失われていくが、その本質に、現状を改革していくアグレッシブさがあったとしてもおかしくはない。

ヒラリーは、マサチューセッツ州で児童保護基金に職を得ていた。やがて連邦下院司法委員会がニクソン大統領の弾劾を調査する委員会を立ち上げたとき、彼女はそのスタッフに抜擢され、それに伴って首都ワシントンへ居を移している。

このあたりからヒラリーは生粋の民主党員として頭角を現していくこととなるが、1980年の知事選挙では現職にもかかわらず落選の憂き目に遭ってしまう。

「レディー・ファースト」という文化を育んできたのも、米国である。日本やヨーロッパ的な封建制度がある国々では、男女の差異が生み出されることをある程度は納得できるが、米国にはそのような伝統はない。しかし、封建制に代わって特に南部で実践されてきたのは、聖書の天地創造に基づく男女の差異化である。

女が本気で「ガラスの天井」を壊そうと考えるなら、枝葉末節にこだわるのではなく、人々を味方につける戦略を優先したこともうなずけることである。


※ 「ガラスの天井」(glass ceiling)とは、「資質又は成果にかかわらずマイノリティ及び女性の組織内での昇進を妨げる見えないが打ち破れない障壁である 。 当初は、女性のキャリアを阻む障壁のメタファーであったが、現在は男女を問わずマイノリティの地位向上を阻む壁としても用いられるようになった」。

ヒラリーはさまざまな困難を乗り越え、失敗を通して学び、立ち上がる中で、いつしか熟練した政治家へと成長していくこととなった。これは一見サクセス・ストーリーのようであるが、実はそうではない。

詳しくは前掲サイトの「キリスト教から米大統領選を見る」をどうぞ! 

posted by 優子 at 20:29| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

家の教会㉖ −「実らないいちじくの木」と「枯れたいちじくの木」―

2016年10月9日(日) (第26回 家の教会)
10:15〜10:50
@前奏
A主の祈り
B子どもの讃美歌  88番 「神さまがわかるでしょ」
C聖書輪読    ルカによる福音書 13章6節〜9節
         マルコによる福音書11章12節〜14節、20・21節
Dお話      優子
E讃美歌     312番 「いつくしみ深き」
E後奏

ルカによる福音書13章6節〜9節:
13:6それから、この譬を語られた、「ある人が自分のぶどう園にいちじくの木を植えて置いたので、実を捜しにきたが見つからなかった。
13:7そこで園丁に言った、『わたしは三年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』。
13:8すると園丁は答えて言った、『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。
13:9それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください』」。

マルコによる福音書11章12節〜14節、20・21節:
11:12翌日、彼らがベタニヤから出かけてきたとき、イエスは空腹をおぼえられた。
11:13そして、葉の茂ったいちじくの木を遠くからごらんになって、その木に何かありはしないかと近寄られたが、葉のほかは何も見当らなかった。いちじくの季節でなかったからである。
11:14そこで、イエスはその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえの実を食べる者がないように」と言われた。弟子たちはこれを聞いていた。

11:20朝はやく道をとおっていると、彼らは先のいちじくが根元から枯れているのを見た。
11:21そこで、ペテロは思い出してイエスに言った、「先生、ごらんなさい。あなたがのろわれたいちじくが、枯れています」。

IMG_0525.jpgお話:
聖書で「ぶどう」や「いちじく」はイスラエルの比喩ですが私たち自身をも意味します。「わたし」は所有者(神)で、「園丁」はイスラエルや私たちのために祈る人、即ちイエスさまです。そして、この「実のならないいちじくの木」とは、イエスさまを受け入れなかったイスラエル(古代ユダヤ人)のことですが、世界の人間のことでもあります。

強情で傲慢な私たちを「切るのは待ってください。私が世話をしますから、もうしばらくこのままにしておいてください。」と、神さまに執り成してくださるイエスさまなのです。それだけではなく実のならない木である私たちの身代わりになって切られたのです。それが十字架の出来事です。 
           
また、マルコ伝11章は「枯れたいちじくの木」あるいは「呪われたいちじくの木」と呼ばれているお話です。これは十字架にかかられる1週間前の出来事ですから、「朝」とは4月11日月曜のことであり、20節の「弟子たちはこれを見」たというのは12日火曜日のことです。

いちじくの木は葉が先に出てくるのではなく、先に実をつけて次に葉がでてきます。実は2月頃から付き始めて、葉が出てくるのは4月の終わりから5月頃ですが、このいちじくは既に葉が茂っていたので実があると思われたのか、あるいは冬越しの実が残っているかもしれないと思われたのかもしれません。

この話は「審判の奇跡」と言われており、イエスさまの怒りと審判を人間にではなく木に間接的に行われた奇跡です。イエスさまは救い主であり審判主でもあります。

では、なぜ怒られたのか。それはいちじくの木(イスラエル)は外見は立派でも、神との契約関係にありながら神への信仰(実)がなかったからです。宗教的なものを豊かに所有しながら、その中に信仰を見出すことができなかったのです。それどころかイエスを十字架につけてしまいました。


しかし、このお話は信仰の無い人にだけではなく信仰者も厳粛に聴くべきです。神さまを必要としないで生きていた生き方を悔い改めて回心したクリスチャンであっても、信仰の実が育っているでしょうか。

パウロはガラテヤ書(5章22・23節)で、「御霊(みたま)の実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」と言っています。ですから信仰があっても信仰が欠如していれば実のないものになってしまいます。

私に洗礼を授けてくださった故小山恒雄牧師は、「信じて救われるのは、瞬間的な神の恵みの御業(みわざ)と決断によるが、信じぬくことは一生一代の大事業であり、そこには山あり谷ありの生活がある。しかし、聖書は試練と忍耐の祝福を確約している。」と仰いました。

イエス・キリストを信じることができるということ自体が神の奇跡、神の御業です。わが身に奇跡を起こしてくださった信仰者であるお互いは、いちじくの木の譬え話を忘れないで日々刻々に悔い改めて、それぞれに賜った人生を歩みながら使命を果たしていきたいものです。自分の頑張りでするのではなく切に祈り求めて。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。(ヨハネ3章16節)

photo by Yuki シュウメイギクA.jpgイエスさまは今も熱心に私たち一人ひとりのことを神さまにとりなしてくださっていますから、私たちは命のある限り悔い改めるチャンスは与えられているのです。死んでからでは遅いのです、感謝して喜んで生きていきましょう!

附記:12時より知子と二人でRちゃんの弟・Mくんの病床へ、17時前帰宅。先週の知子に続いて今週もRちゃんパパに送迎していただく。

posted by 優子 at 18:53| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

ユキの「ソーラン節」から娘たちの運動会にタイムスリップ

ユキは運動会が終わってからも「ソーラン節」を踊り、赤組や青組の応援合戦の言葉を叫んでいた。昨日「ソーラン節」を動画にとってほしいと言われて、実は3度ほどやったのだが本人の納得がいかず、今日撮ってブログにアップすることになった。

21時追載:
16時頃に学校より帰宅、宿題を済ませて公園へ。門限より15分遅れの17時45分過ぎに帰宅し、それから踊ったのであります。

ところで、「ソーラン節」は時代を超えて今も運動会の団体演技で取り上げられている。知子は4年生の運動会で踊っており、もう30年近くも前のことになるが、今もあの時の太鼓の音や子どもたちの掛け声、歓声までもすべてはっきり音まで記憶している。

知子ソーラン節A.jpg

@知子ソーラン節.jpg

1987,5年生@.jpg5年生の後期は放送委員だったので運動会でアナウンス役を務めた。

放送委員は5年生と定められており、真智子も姉のあとをついていくかのように放送委員になった。

真智、5年生@.jpg







真智の写真は改めて真智のカテゴリに収めようと思うが、こどもが2人ならば親は2人の愛娘のことを思い出すのである。

当時はマンションの8階に住んでいたので、娘たちの声がはっきり聞こえてきた。そんな時、私は洗濯物を干す手を休めて耳を傾けたものだ。授業の合間や給食の時など、娘の声はすぐに聞き分けることができた。

そういえば私もたぶん5年生の時に運動会で放送したことがあった。もう一人の女の子は、まさに知子や真智子のように声の表情も良く臨機応変にできる聡明な子だった。

予行演習だったか本番の時だったか忘れたが、私が言い終わったとき、そばにいた放送係担当の教師に「下手やなあ」と言われて、私は一言も返せなくて、ただ茫然と立ち尽くしていたことを今も覚えている。

周囲への恥ずかしささえ感じることもなく、あまりのことに身動きしないで立っていた。心に深い傷を負ったのだ。その時に抱いた感情は腹立たしいというよりも、そのような感情さえ起こさせない教師の威圧感と、そのせいですっかりやる気を失くしてしまったことを今も鮮明に、そのシーンと共に記憶している。半世紀以上も前のことをである。

子どもを伸ばすのもダメにするのも教師や親の関わりがいかに大切であるかを、私は子育て中に何度も思い出していた。今もまた孫の教育に関わらせていただいている私は新たな気持ちで関わらねばと思う。


ついでにこれも5年生の真智子。
まち5年生.jpg
この障害物競走も1等賞だったね!

この年はPTAの広報(委員長)を務めていたので、グラウンドの中で写真を撮りながらわが子の写真も撮ることができたので、安価なカメラでもバッチリ写せた。

このような写真を見ているとタイムスリップしたようで、今も真智や知子が小学生と錯覚してしまいそう。そして、しばしの間、その中に抱かれていたいと思う。

世界はますます人間の手に負えない問題を抱えるばかりで、未来は今よりますます生きにくくなっていく子どもたちを案じる。と同時に子どもたちが大きな希望であると強烈に感じる。

子どもたちは希望だ。子育て時代の若い頃にはこれほど強く感じることはできなかった。そして、娘たちの写真に写っている子供たちは今30代半ばになり、社会の中核を担いはじめて頑張っていることを思うと胸が熱くなる。

附記:
10月2日の記事に知子が語ったことを追記しておいた。
「イエスさまは、こんなに真剣に弟子に命じたのだ。思いの強さがなく、思いが弱ければイエスさまの言葉は受け取れないと思う。今まで聴いていた優しいだけのイエスさま像は見事に崩れた。真剣に向き合わなければだめだと思う」。

posted by 優子 at 17:25| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年10月02日

家の教会㉕ −蛇のように賢く、鳩のように素直であれ。−

Yuki by photo コスモス.jpg今日は31度の真夏日になった。蒸し暑く午前中から夜も10時までクーラーをつけるほどだった。
久々に全員集合で聖書を開いた。今日は準備不足のため一節ずつ輪読して聖書を読むことから初めた。

2016年10月2日(日) (第25回 家の教会)
11:10〜11:50
@お祈り  優子
A聖書輪読  マタイによる福音書 10章全章
Bお話    優子、知子
Cお祈り   優子、知子、ユキ、優子
D讃美歌   519番  「わが君イェスよ」
E後奏
F主の祈り  一同

聖書:
10:16わたし(イエス・キリスト)があなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直であれ。
 
10:28また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。
10:29二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない。
10:30またあなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。
10:31それだから、恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。
10:32だから人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう。
10:33しかし、人の前でわたしを拒む者を、わたしも天にいますわたしの父の前で拒むであろう。

10:40あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。

解説:
「蛇の如くに注意深く鋭敏迅速でなければならない。そうでないとサタンの陰謀を見破ることができない。しかしながら、陰謀を用いることは神の使いがするべきことではない。

その点において使徒たちは純粋で鳩の如くに純真素朴、無害でなければならない」。

未だ霊性が落ちている私に代わって、知子が鋭い感想を話してくれた。
「イエスさまは、こんなに真剣に弟子に命じたのだ。思いの強さがなく、思いが弱ければイエスさまの言葉は受け取れないと思う。今まで聴いていた優しいだけのイエスさま像は見事に崩れた。真剣に向き合わなければだめだと思う」。

讃美歌519番  「わが君イェスよ」
今もなお咲かんとす.jpg@わがきみイェスよ、うき世のふなじ、夜も日もやすく、導きたまえ。
※ 主よ、主よ、嵐に悩む この身をつねに 導きたまえ。

A波はほえたけり、雲きりたてど、行くてをさやに 示させたまえ。

Bみひかり満つる とこ世のくにへ、わが君イェスよ、伴いたまえ。
(写真は今日の朝顔)

附記:昨日のRちゃんパパとの不思議な会話への導きにより、今日の午後、知子がRちゃんママを訪ねた。1年前から幼きわが子の病床で共に寝起きしておられる。何という苦難の中を通っておられることであろうか。

「わたし(イエス・キリスト)は平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな」。
             (ヨハネによる福音書14章27節)

" You Raise me Up" を繰り返し聴いている。
                (和訳:那須清志)
心が疲れ 落ち込み 悩みが寄せるとき
ただここに 静かに待つ
あなた(主イエス・キリスト)が来られるまで
あなたは私を立たせ 嵐も山も越える
私は強められる 本当の自分よりも
あなたは私を立たせ 嵐の海も越える
私は強められる 今までの私より
あなたは私を立たせ 嵐も山も越える
私は強められる 本当の自分よりも


新しい季節、この新しい週も主と共に歩み、主が共にいてくださいますように。Rちゃんご家族のお一人ひとりを神さまが慰め、励まして最善へと導いて、この嵐の荒野を通り抜けさせてくださるように祈ります。

posted by 優子 at 22:50| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

雨上がりの曇天、30分遅れで運動会決行!

昨夜半から雨が降り出し、早朝に上がったところだった。
今日の運動会は明日に延期されるだろうと思っていたら、「グラウンドの状態は非常に悪いが開催予定」と6時半過ぎからたびたびPTAの一斉メールが配信された。7時過ぎのメールは、時間を遅らせプログラムを変更したりして決行するとのこと。

母親にとっては吉報だ。特に知子にとっては願ってもないことなのだ。天候不順で天気予報も当てにならないので、明日も延期になれば月曜日になる。3日は月初めの朝礼があり、どうしても欠勤できないので朝礼が終わればトンボ返りで帰ることになっていた。

3年生の運動会.jpgユキはお弁当を持って授業の用意もして登校した。校門をくぐって運動場を見たとき、「大きな水たまりになっていたから今日は運動会はないなと思った」と言った。

小学校から音楽も聞こえてこなかったので、私たちは開会時間の連絡メールを待っていたが無い。そこで夫に探索をかねて一足先に出てもらい、その後まもなく私たちも家を出た。

9時半着、ちょうど予定の時刻より30分遅れで始まるところだった。夫から教職員や保護者の方々と6年生が雨水をスポンジで吸い取ってグラウンドを整えてくださったと聞いた。感謝!

3年生運動会@.jpg
低い雲が立ちこめ二上山もかくれていた。

いつものように私たち夫婦はシニア優先席で、知子はテントの外から見学した。私はお隣りに座られた方と旧友のごときフレンドリーさでおしゃべり開始。こうして私のユキ3年生の運動会が始まった。

3年生運動会A.jpgまずは徒競走! ユキは外枠に立っている。
今年からはビデオも撮りたいので、この写真を撮ったらすぐにビデオに切り替えた。


(24秒)スタートで出遅れたが1位でゴールイン!

徒競走スタート!.jpgこの2枚の写真は、10月25日の参観日にA君ママからいただいた写真。感謝!



徒競走ゴール!.jpg

3年生運動会.jpg次は3・4年生で「ビューティフル・ネーム」と「ソーラン節」を続けて団演。
ビデオにも撮ったが周囲の子供たちの顔が出るので掲載不可。

3年生運動会B.jpg 
 
3年生運動会C.jpg
ユキは決して大きいほうではなくなった。
9月の測定では身長133.2センチ、体重26.6キロ。
4月から2.8センチ伸び、800グラム増えた。

これはリレー。ユキは右側の赤の鉢巻きだ。
3年生運動会D.jpg

その動画はこちら↓

 
(22秒)リードを大きく広げてバトンタッチした!

低く垂れこめていた雲も徐々に消えていき、午後になると二上山が姿を現し始めた。
昼食後は応援合戦からスタート。
3年生運動会E.jpg

↑ あの赤組の中にユキがいる。
大きくなったけれど、まだまだ小さい。↓

3年生運動会F.jpg
9月半ばころから毎日応援の練習をしていた、浴室でも。数日前から音読の宿題は国語の本ではなく応援の言葉だったので、それはそれは賑やかだった。何事も楽しく一生懸命なユキは素敵!

3年生最後の出し物「竜☆宮☆城」は、4人でミコシのようなものを担いで走るのだが、赤組はずっと向こう側なのでしばし躊躇して走って行こうと決心した。
走り出すとすぐにRちゃんパパ(パキスタンの方)と会ったので断念した。遠くから撮ってみたが別の子を撮っていた。

3年生運動会G.jpgこの時からRちゃんパパと話し始め、途中から知子も加わって最後の退場まで1時間余り話し込んでいたので、全学年の大玉送りも視野に入っていた程度だった。

ムスリム(イスラム教徒)とクリスチャンであっても、共に唯一絶対の神を信じる信仰ゆえに、八百万の神を信じ偶像を拝む日本人よりもはるかに深いところで分かり合える。

3年生運動会H.jpg

3年生運動会I.jpg市内の別の小学校は明日に順延されたそうだが、今日は終盤になって短時間霧雨がパラついただけだった。
PTAはあの状態でよくぞ決断されたと思う。皆の熱心さで雲を向こうへ追いやったように感じた。


附記:▼産休に入られた担任に代わって6月13日から着任された先生が今日で辞任される。先週突然のお知らせに驚き、校長とこれから担当される先生としばらく話した。

▼ちょうど1年ぶりにマック(犬の名前)のWさんと会い、チャッピーが死んだことを告げた。当地に引っ越して早い時期にチャッピーが引き合わせてくれた心通い合える友の一人だ。お孫さんはユキのクラスメイトである。

▼ユキは帰宅してまもなく近くの保育園のイベント(夜店、花火・・・)に行った。知子は明日のお見舞いの品を買ってきたあと、夕食抜きでユキに同伴し21時過ぎに帰宅した。

posted by 優子 at 22:39| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする