2016年11月30日

「私の心はゆるぎません」。

IMG_1305.jpg人間は肉体だけではなく魂にも休息が必要である。神の前に静まって神の導きをもう一度思いめぐらし、そして再び新たなる力に満たされて神に遣わされてゆく。
私たちは魂を透明に保ち、心と意志を鋭くして主の導きを見落とさないように進んで行く。
写真は裏庭のヒイラギの花。1週間ほど前に玄関のヒイラギの木に花を見つけて驚き、クチナシのような甘い香りを何度も楽しんでいたが、裏庭の木にも咲いていた!

明日は早くも2016年の最終月に入る。私のデボーションを導く1冊であるF・B・マイヤー(Frederick Brotherton Meyer、牧師・大伝道者で多くの著作あり)の『きょうの祈り』を開いた瞬間、ある一節に目が留まった。

まるで楚々たるクリスマスの夜に輝いた星のように、絶妙の神が私たちの歩み方を「良し」として往く道を照らし、力強く背中を押されたようだった。

義にまします神さま。人の罪を見れば、社会環境のせいであるとして、これは罰すべきものでなく、むしろあわれむべきであるとし、人の悪を見れば、これは社会風習の無理から生じたことであって、追求すべきでなく、むしろ慰めるべきであるという旗が振られます。

そこには、人を責めると、自分も厳しく追及されるし、人気も落ちるというそろばん勘定が働いているものです。こうして、世は傷のなめ合いを演じて、いよいよ腐臭を放って行きます。

しかし主イエスは、その地上のご生涯で、2度も宮きよめを敢行されました。ペテロをサタンと叱責されました。虚名無実のいちじくの木を呪われました。

神聖な怒りを、あなたにある義憤を、私にもお与えください。くれぐれも、塩気のない無用の塩となって道に捨てられるような者となり果ててしまいませんように。


「塩はよいものである。しかし、もしその塩の味がぬけたら、何によってその味が取りもどされようか。あなたがた自身の内に塩を持ちなさい。そして、互いに和らぎなさい」。
       (マルコによる福音書9章50節)

これまでにも「怒り」について何度か考察してきた(過去ログ2007年7月31日・「正しさと怒り」)が、次に引用する北森嘉蔵(神学者、牧師)の説もこれまで取り上げた「怒り」について考えたことと重なる。

「怒るということは、『真実』のもつ裏側である。真実のないところには、怒りというものもない。お互いが不真実をもって、相手をだまそうとしていて、どちらかが先に相手をだました場合、だまされた者はおそらく怒るということはしないであろう。

『しまった!』と思うことはあるかもしれないが、『怒る』ということはないに違いない。だますという不真実の行為の場合は、怒るということはありえない。真実のあるところにだけ、怒りがある」。


ところがである。
私は今更ながら驚かされる「怒り」というものがある。今まで取り上げたことがなかったが、それは良いことをされて怒るという意味不明の怒りであり、しかも当然のことながらその怒りの矛先は完全に間違っているのである。

その一方で怒るべきことに怒ることができなくて、自分が庇護している側の人間を恐れるという理解に苦しむ奇妙な現象だ。

このような「怒り」をも同じ「怒り」の範疇で論ずるには無理がある。まず「怒り」の概念規定をしなければならない。

とにかく悩むべきことに悩める人は幸いである。
自己を直視して自らの醜さを認めて悩める人は幸いである。自分自身を見つめるということが最大の勇気であるのかもしれない。

己の悪に気づかない人、悪意に生きる人、嘘を次々に重ねる人たちは、他者との心の通い合いも知らずに生きる気の毒な人だ。

「彼らはわたしの足を捕えようと網を設けました。
わたしの魂はうなだれました。
彼らはわたしの前に穴を掘りました。
しかし彼らはみずからその中に陥ったのです」。

        (詩篇57篇6篇)

そして、7・8節の "Wake up my glory!” と続く。

「神よ。私の心はゆるぎません。
私の心はゆるぎません。
私は歌い、ほめ歌を歌いましょう。
私の魂よ。目をさませ」。


人は皆、それぞれに弱さ(欠点)を持ったお互いである。しかし、どの人も幸いな人生を築き上げるために、どうか自分の間違いを認め、悩み、悔い改めへと導かれますように。
「悔い改め」とは「ごめんなさい」とお詫びして神さまに向きを変えることである。

私たちは人生の途上において何が自分のために最善であるかわからないが、神さまはご存知である。しかも主(神)が私たちと共にこの世の旅路を歩いてくださっているとは何という幸せであろうか!

経営改革は今なお途上にあるが、神のご計画通り着実に進められており終盤に入っている。神さまと共に正しい方向に突進していく知子の意志と勇気、愛の働きの杭はしっかり打ち込まれ、周囲に良い影響を拡げ続けている。

神と共に歩む者には豊かな祝福が保証されている。私はこれからも背後で祈り続けよう。そして、いつまでも心を盲目にされている人の目が開かれるように、失望しないでもう一度熱心に祈らせてくださいますように。

「神よ。私の心はゆるぎません」。
これが知子の信条であり、現在の心情だ。


「神の奇跡の中を往く ― 長女の『出エジプト』―」

posted by 優子 at 15:09| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

キリスト教信仰の関わりで窪田空穂の短歌をよむ ―日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック例会−

昨日からアドヴェント(待降節)に入ったが、私は風邪で再びダウンし「家の教会」も持てず、心配してくれている次女とスカイプした。主を信じる家族との交わり、祈り合える神の恵みをありがたく思う。

さて、19日の例会から1週間余り経ってようやく例会報告に着手するのであるが、このようなことは10年来初めてのことである。
そもそも学びの内容を端的にまとめるのは今も苦手であり、今回は特に私の心に響いたことをとどめるのみでまとまりのないものになるであろうと思う。

現在キリスト教文藝になくなってしまった「長歌」の伝統について、「短歌」や「俳句」では息切れがしてしまう、かといって「現代詩」では散漫になってしまう。そんな当惑を覚える人は多いと思います。
 
文語訳聖書の格調をふたたび手に入れるために、万葉集の長歌の可能性を探りたいと思います。窪田空穂のうたをその視点で評価したいと考えています。

そこで、キリスト教信仰との関わりでクリスチャン歌人・窪田空穂(うつぼ)の家族の死を看取る歌を詠み味わった。思いもせず東牧師は10月初めに伴侶を天に送られて悲嘆の中に在られた。

私たちの導き手である大田正紀先生の『窪田空穂小論 −貴族のこころ、平民のみち―』(16ページ)を配布していただいての豊かな内容であった。

最初に「窪田空穂『まひる野』と植村正久」(大田正紀著)より引用して人物の輪郭をご紹介したい。

窪田空穂.jpg空穂は長寿を全うした分、多くの苦難をも賜った。その試みを静かに堪え受容している。次女と妻の死。妻の妹を後妻に迎え次男をもうけたものの離別。忘れ形見の茂二郎は中国戦線に出たまま不明となり、戦後二年経ってソビエトに抑留され強制労働所で既に死亡していたことがわかる。
      (略)
空穂は自己のうちに湧き上がる感動や生命の発露をそのままに叫ぶ、見たままを写実する、それを第一義として疑わなかったアララギ本流の近代短歌のあり方に、自己批評や内省の必要を訴えた。

また、私の歌は「無駄話」とも言う。傍らにいる友達、あるいは神に私の真実、心情を聴いてほしい、そこに歌の原点があるというのである。

空穂は父と母のことを生涯にわたって慕い、父と母はいつも私を励ましてくれる存在であると、命日には新しい歌を詠み、90歳の最期まで詠み続けた。

年を重ねた空穂は長歌「父を憶ふ」に次のように詠っている。

「父を憶ふ 悲しくもわれ、人間の相場を知りぬ。知らぬとし知るまじとせる人間の相場、明らかに胸に映り来ぬ。

偶像を求むる心と壊つ心との矛盾せる二つの心、共にわが身の内にありて、若きより今に至る久しき間を相剋しけるが、いつの日にか剋せるもの和し、和せるもの消え去りて、ここに求むべく壊つべき偶像のあらず、あるは唯高からぬ人間の相場のみ。

わが父よ、三十年前みまかりたまへる父よ。人見ば一老農に過ぎざりし父よ。若き日の眼もて親しく視、老いし日の心もて具に味はへば、高き相場をささげまつるべき存在と我が父は見ゆ。今の我が悲しき心は、ただ我が父によりて慰めらる」。


人間とはこんな程度だったのか。しかし、父の心の高さは今の自分にとって慰めであり励ましである。

「生活は一に信なり 信あらば道おのづから開けゆくべし」と、空穂は信念を持って私は私の道を生きていくことを「信」と呼んだのではないか。「一に信なり」は空穂の座右の銘であり、父がその実践者であった。父は人から譲られた大型の聖書を持っていた。

次の2首こそが、日本の短歌で最も優れた歌だと思う。

「鐘鳴らし信濃の国をゆきゆかば在りしながらの母も見ゆらむか」 

「われや母のまな子なりしと思ふにぞ倦(う)みし生命も甦り来る」

                (『まひる野』)
小さい頃に見た巡礼の人たち。あの道を歩いていたら、また「通(つう)や」(空穂の本名:通治)と言って母が出てくるような思いがする。また、私は母に愛された子だと思うと励まされて生命力が甦ると詠っている。

「子の我の胸に宿りて我が母の三十五年とならせたまへる」

「頼むぞとただ一言いはしける母が眼ざしわれを離れず」

「通につきて行くといはししわが母よここにありここにいましね」


空穂は中学時代に松山市内のキリスト教会に通い英人牧師に英語を習った。植村正久より洗礼を受け3年間通ったが、植村が別の教会へ移ったのを機に教会から遠ざかった。

しかし、自分というものを見つめる神の目を忘れず、こういうダメな私も含めて悲惨な自分を見つめてくださって、「そこから立ち上がってきなさい」という、神の思いを終生忘れなかった素晴らしい歌詠みだったと言える。

教会生活から離れている中で、復活の歓びを見失っているところに限界点があるのではないかと思う。今あるもの以上のものを希求しながら平民の心を失わずに詠った歌人である。


最後に、空穂が後年、植村正久牧師のことを記していることも興味深い。植村正久は当時、牧師の牧師と呼ばれた人である。(資料より一部引用)

植村正久.jpg「その物云い、挙動は実に安らかで・・説教は実に不器用で、同時に実に感銘的であった。内容は、朗読した聖書の説明であったが、聞かせるのは集まっていた信者ではなくて、説教している自身に対しての反省の言葉となっていた

言うことは、突っかかりつつ吐き出すようにいう短い句で、圧縮した鋭い句であった。・・・牧師自身のその週間に見聞し、体験したことを、赤裸々に披瀝して参考にしようとする説き方である。そうした話の付加的な談として、信仰というものについて語られた一節がある。それが私の胸に沁みた。

要は、信仰ということは、神に仰ぎ尊むことではない。それは憧れにすぎない。信仰は、仮に身を神の立場に立たせ、神の眼にうつる自分たちの人間の現状を反省するところから起こる。

愛を旨とする神の、その身を分けて創造された人間の現状を見て、何と思われるだろうか反省せよ。相済まぬことだ、勿体ないことだと思わずにいられるか。

それは神は限りなく忍耐して待っていられるのである。独り子基督を賜わるまでの愛をもって、待っていられるのである。実に有難いことである」。


空穂は生涯尊敬してやまなかった植村正久の逝去(大正14年)の報に接して、次の追悼の歌を詠んだ。

「教壇に立ちて祈れる先生のふと咽(むせ)び泣かす御子に及ぶに(先生幼き愛子を喪はせられき)先生を知りまえおししはこの我の生涯の上の大き事なりき」

※ 過去ログ・2014年2月20日の「母の死の悲しみの共鳴板となってくれた空穂の歌 ―私のJCP合同例会余禄―にも空穂のことを書いている。

posted by 優子 at 12:38| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

指導者として召された者

「立ち上がってください。このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください」。
          (エズラ記 10章4節)

主に選ばれた者が勇気ある行動に出るとき、協力する人々が必ず興されます。指導者として召された人は、立ち上がってください。協力する人は、指導者を励まし助けてください。両方の人が必要なのです。両者が一つになれたとき、主の不思議なわざが始まります。
アーメン!!!

絶妙なる今朝のみことば。
今日は年に一度、全部署が集まっての全体会議である。



posted by 優子 at 08:25| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

チャッピーの1年後の同日に市役所に

光さす.jpg
曇天に陽ざし輝く
昨日は風邪でダウン。1か月前から書き始めていたチャッピーの偲び草を公開して横になると、3時間も眠ってしまった。

今朝は熱っぽさが取れたので予定通り2つの大仕事に取り掛かった。年金手続きと特定健診だ。
最初に7日のやり直しで市役所へ。戸籍全部事項証明と住民票全部、そして、平成28年度の所得証明書を発行してもらい、ついでにそれを持って大和高田市の年金事務所へ行って年金請求の手続きを完了させた。

請求手続きは送付でも受け付けてくれるが、同市の病院で特定健診を受けるべく予約していた。私の住んでいる市に唯一指定されていた病院が2014年の6月に閉鎖になり、その年は大阪市中央区にある健保組合診療所で受けることにしたが、その診療所も赤字のために終了してしまい去年は受けなかった。

指定されている奈良県内の病院は遠方だったり辺鄙な所ばかりで、自動車を運転できない私は頭から諦めていた。

しかし、無料でできるので使わないともったいないし、健保組合も健診してもらわないと困るというわけで、誕生月も終わった11月に入ってから問い合わせたのだった。有効期限は今月末で最後の最後に滑り込んだ。

この病院では健康検査は金曜日の午後2時からというわけで、案内どおり朝食を8時までに済ませて受診した。朝10時半に家を出て、市役所、年金事務所、そして、病院へ。

病院は年金事務所からさほど遠くなかったが不注意千万の私は大きな案内板を見過ごした。高田警察署で場所を聞きいて引き返し、予定通り最終目的地に2時前に到着した。

まもなく血圧測定を促され「165」にもなっていたのでびっくり。順番を待ちながら深呼吸して再度測ったところ10分後には135になっていたので、それも提出した。その10分後には120にまで下がり体も非常に楽になり安堵した。

皇帝ダリア.jpgとにかく2つの用事を終えて病院を出たときは心地よい達成感を感じて、空高く咲く皇帝ダリアを撮りながら駅まで歩いていたが、こんなことで達成感を感じるのも情けない。
しかし、電車に乗った時はクタクタで必死で家にたどり着き、その12分後にユキが帰宅した。

今朝、市役所で呼ばれるのを待ちながら、「あそこにチャッピーを納めた箱を置いた」と去年のことを思い出して見ていたが、先ほど帰宅した知子に言われて気が付いた。それはちょうど去年の今日だったことを。

2015年11月25日、良輔と朝一番にチャッピーを荼毘に付してもらうために来た。まさか1年後に役所に来るとは思わなかった。

昨日から1年前の慟哭の日々が思い出されて心が痛む。


posted by 優子 at 23:18| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

チャッピーのいない1年が過ぎた

ユキの代休にA.jpg昨日から急に秋から冬に入れ替わった。去年は今年以上に暖かい日が続いて、チャッピーが死んだ翌25日から急に寒くなった。

そして新しい年になり、春が来て、初夏、梅雨、夏、そしてまた秋になり、チャッピーのことを思いながら1年が過ぎた。今年もあの菊が咲いていた(photo by Yuki.)。チャッピーに献花した花が。

2009_5_1A4CE3.jpgチャッピーが8歳の時にユキが生まれ、ユキの「ワンワン」になり、一緒に遊び、何度も散歩に行き、老犬になってからはユキがよく面倒をみてくれた。

ユキはチャッピーのことを思い出しながら懐かしそうに言った。

チャッピーただいまA.jpg「今も学校から帰ってきた時、いつもチャッピーの小屋を見て思い出すよ。遊ぶ友だちがいなかったら絶対にチャッピーと遊んでる。

(去年の10月頃からは)ユキが泥団子つくったり、裏へ(穴を掘りに)行く時、郵便受け(門)のところまでついてきて、そこでずっとユキを見ていて、裏から戻ってきたら、また玄関の近くで立っていた。
チャッピーはたぶん空の上からユキがやっていることを見てると思う」。

泥団子.jpg
チャッピー、
ユキは今も
泥団子を作っているよ。(^−^)

私はチャッピーがいなくなってからも、「チャッピー、おはよう」、「チャッピー、ただいま」、「チャッピー、おやすみ」と声をかけていたが、初夏を迎える頃にはかけなくなっていた。

春になった頃、猫にゴミ箱の中を荒らされるようになり、蓋の上に物を置いても効果がなく、蓋を開けられないように紐をかけてようやく荒らされなくなった。
「チャッピーがいたら猫に荒らされたりしないのに」と、チャッピーがいなくなったことがたまらなく悲しくて悲しくて、悲しかった。

チャッピーが来た日.jpgチャッピーが我が家へ来たのは1999年8月21日、生後3か月の子犬だった。知子は21歳。
2006年1月26日のブログに「チャッピーは讃美歌犬」と題してこんなことを書いている。その頃の光景が昨日のことのように思い出される。

父も亡くなった2000年夏、その秋から知子とユキと同居する2009年春までが、毎日朝夕チャッピーと歩いていた最も懐かしい頃である。

夫は毎朝6時半頃、自動車で会社に向かう。
私は車を見送りながら、「今日も一日お守りください」と短く祈る。
そして、娘は7時に家を出る。雨でない限り、私は毎朝チャッピーの散歩を兼ねて娘を駅まで送っていく。行きは娘と話しながら、帰りはいつも讃美歌を歌う。

「朝からご機嫌ですなあ」と知らない男性に声をかけられたこともある(^−^)。

今朝は小鳩が道の端にうずくまっていた。怪我でもしているのだろうか。私はチャッピーを遠ざけながら様子を窺ったがわからなかった。

小鳩の安否を祈りつつ立ち去る時、私の唇に「一羽の雀に」の讃美が溢れた。(ここをクリックしてください。)

「心くじけて思い悩み などて寂しく空を仰ぐ 
主イエスこそ わがまことの友
一羽の雀に目を注ぎたもう 主はわれさえも支えたもうなり 
声高らかに我は歌わん 一羽の雀さえ主は守りたもう

心静めて御声(みこえ)聞けば 恐れは去りて委ねるをえん
ただ知らまほし行く手の道
声高らかに我は歌わん 一羽の雀さえ主は守りたもう」


チャッピーは黙々と歩いている。
そして、ときどき振り向き私と目を合わせる。
チャッピーほど、いろんな讃美歌を聴いている犬はいないだろう。

この記事を読まれた池田勇人牧師(日本クリスチャンペンクラブ理事長)が「チャッピーは讃美犬ですね」とメールに書いてくださっていた。

それからも9年10ヶ月を共に過ごして、2015年11月24日にチャッピーは死んだ。16歳半だった。

2007.5.24C.JPG 死ぬ1か月前.jpg
犬だってこんなに年を取る。
左は8歳、右は16歳半(死ぬ1か月前)、
お腹の腫瘍も痛々しい。

奇跡的回復後.jpgここに数少ない2つの動画がある。これは2014年2月14日の豪雪の日。

「かっこいいね、
柴犬チャッピー」


この年の初め、ひどい関節痛(?)で全く歩けなくなり、好物を与えても食べなくなり、友人から「安楽死も考えた方がいい」と勧められたほど瀕死の状態だった。

しかし奇跡的に回復し、1か月後には雪を踏みしめてこんなに元気に歩いた。この時の嬉しさは今も忘れられない。これがその時の動画である。



チャッピーに首飾り.jpgもう一つは、最後の春となった2015年4月。
今年の年賀状に掲載した写真だ。
この時すでにチャッピーは居なかったが、友人や知人に一度も紹介したことがなかったので、2年生を終了したユキとのツーショット、晩年の一番元気だった頃の姿である。もう腫瘍はできていたが。



E38381E383A3E38383E38394E383BCE381AEE981BFE69A91E59CB0.jpg
ありがとう、チャッピー。
犬を飼うのは今までもこれからもチャッピーだけ。
みんなチャッピーのこと忘れないよ!

附記:知子は今朝、体調が悪い私のために早朝に出社しなかった。
「ユキは手がかからないしユキを見送ったらまた休めるのに」と、知子の優しさを思うよりも不甲斐ない自分が情けなかった。
寒くなったので夜こそ早く帰ってきてほしい。クタクタになって帰宅する知子を良輔は駅に迎えに行ってやる気持ちは全くなく、夜遅く帰宅する知子を心配する方がはるかに私の体に応える。早く出社しても毎晩遅いのに!

知子は1台でも早い電車に乗るためにユキより一足先にでた。母と子の声が響く。
「ユキ、行ってらっしゃーい!」
「ママ、行ってらっしゃーい!」


今日のみ言葉より:

「私の神よ。私は恥を受け、私の神であるあなたに向かって顔を上げるのも恥ずかしく思います。私たちの咎は私たちの頭より高く増し加わり、私たちの罪過は大きく天にまで達したからです」。(エズラ記9章6節)

エズラはイスラエルの罪を告白して祈ります。自分自身は罪を犯していなくても、「私たち」という主語で、民族の一員として、その罪を負う覚悟で、主の前にひれ伏すのです。そのような祈りが国を救います。

会社もまた同じである。
posted by 優子 at 08:32| 愛犬・チャッピー | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

義父の13回忌

昨日までと打って変わって今朝から急に寒くなった。今日の午後、義父の13回忌を執り行い亡き人を偲んだ。12年前、私は民生委員に任命されて初めての会合の日が葬儀と重なり、最初から休まねばならなかった。

私は昨日からしんどくて血圧が高く、薬を多く飲んでも治まるどころか、正午過ぎには(180/102)にも達していた。躊躇することなく頓服を飲み、お寺さんが来られる直前まで休んでおこうと思ったが、もっともっとどうしようもない状態にならない限りは、特に親族に対してはそういうことができない性分ゆえに5〜6分横になって起きた。

そして、しばらく聖書(エズラ記を少し、そしてネヘミア記を9章まで)を読み、気持ちを整え、体調と一切のことを祈ってから母屋へ行った。

ユキはサッカーを終えて、予定時間の13時ジャストタイムで服を着替えて入ってきた。
今日は中学校のグラウンドなので自動車で送迎しなければならない。行きはおじいさんに、帰りは知子が行き、その足でショッピングセンターへ走った。

男の子の靴の傷みようは女の子の比ではない。そこそこの品を買っているのに数か月ですり減って底や上部に穴があく。本人は大事に履くのでいつも私が見つける始末。今回はスペアも履きつぶしていたので2足買ってきた。

法要を終えて帰宅した時、ユキが「あの粉をまいて何してるの?」と回ってきた焼香の意味を聞いていたので、香りは心を清め、煙で体を清めて仏さんを拝むのだと簡単に話した。

クリスチャンは焼香をしないゆえにむつかしいところだが、今日は周囲に合わせた。ユキは困ったような顔をして隣の知子に眼を向けていたそうだが、ママと同じようにやっていた。

私もこの行為を「神さま、ごめんなさい」とお詫びして神に祈った。親族の祝福とこれからのこと一切を神に委ねた。

ここに義父の写真を掲載したいのに何度も見ていた写真が見つからない。体調が非常に悪くなってきたので、写真は後日貼ることにしたい。

posted by 優子 at 21:16| 随想 | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

「魂は是非とも歓喜を必要とする」 ベートーヴェン

☆ 今朝午前5時59分頃、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震があった。2011年の巨大地震の余震だそうだ。津波警報も出されたが大事にならなくて安堵するも、もはや平穏ボケや平和ボケの時代ではなくなった。

今週は家庭礼拝を捧げることができなかった。先週末も知子は夜遅くに帰宅してからも仕事、19日の学校訪問後も、その夜も午前2時頃まで、また、20日(日)の午前中も休みなく仕事をしていたからだ。

その日の午後は9月から予約していたオーケストラの演奏を聴きに出かけた。生演奏など14〜5年ぶりだ。プログラムに惹かれ、わざわざ大阪まで出かけて行かなくても20〜30分で行けるというので、生協のチラシを見て知子が誘ってくれたのだ。

演奏が終わるまで涙が止まらなくて困った。
知子は「ママの心が弱っていると思って探していた。私もやけれど」と言った。その言葉を聞いた瞬間、私の心が温かい緩衝材で包まれたように感じた。初めて経験する感覚だった。


さざんかホール開館20周年記念イベント
指揮:巨匠・秋山和慶
独奏:情熱のピアニスト・及川浩治
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

プログラム: ■モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
        ■ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」
        ■ドヴォルザーク/交響曲 第9番「新世界より」

2曲目、ピアニストが鍵盤に手を付けた瞬間から胸が熱くなり涙が溢れてきた。2楽章のように宗教的な祈りを思わせる穏やかな曲想に涙するのではなく、強く激しくなるほど涙が頬を伝った。
『皇帝』ではベートーヴェンは躍動感を表しているのだが、私には躍動感として聴いてはいなかった。

ロマン・ローランの『苦悩の英雄ベードーヴェンの生涯』の世界が開け、最初のうちは苦悩する孤独なベートーヴェンの傍にいて、彼の言葉を聞いていた。

「できるだけの善を行うこと、何にもまして自由を愛すること、そして、たとえ王座のためであろうと、決して真理を裏切らないこと」。

「私は善良さ以外には優越さの証拠を認めない」。

「魂が苦痛に慣れるためには相当の時間がかかる。魂は是非とも歓喜を必要とするので、歓喜を持っていない時には、それをつくりださなければならない」。

「苦悩を通って歓喜へ!」


ドヴォルザークの『新世界より』もまた、強く激しい曲想になればなるほど涙が溢れた。もはや私の意識ではなく無意識下の魂の反応だとわかった。

両親の庇護の下でクラシック音楽に浸り、ベートーヴェンやシューベルトの世界に生きていた時を単に懐かしく感じたというものではない。それでもやはり父と母が恋しくて、父と母が生きていた日々が恋しくてたまらなかった。

ドヴォルザークの新世界はアメリカのことであるが、私の「新世界」はこうだ。
人生は何度も暗雲に覆われて嵐の中を進まねばならないが、避けないで激しい戦いに耐えて突破した時に新たな世界が開かれる。それは環境や状況の変化ではなく新たなる境地である。

涙を流しながらも、人間について、人生について思いを馳せながら前を向いている自己を感じていた。それでも何が私の心の琴線に触れて涙を流していたのか未だにわからない。ただただ涙が流れ続けていた。


そして最後に思ったことは、人生の全てを突き抜けさせてほしい。苦悩から逃げるのではなく、最後まで思いっきり突き進んでゴールに入りたいと願う。ゴールとは言うまでもなく召天である。

演奏が終わる数分前に横目で知子を見ると、口元を引き締めて前方を凝視して聴いていた。その真剣な表情に荘厳さを感じた。そして、心の中で知子に言葉をかけた。
「今までのとおり一生懸命やればいい。○○がどうであれ!」
そして自らにも言った。
「私も知子や真智子の母親として恥ずかしくないように突き進んでいかねば!」と。

ついでながらユキはどのように鑑賞していたかと言えば、30分もしないうちに居眠りはじめ、まもなく熟睡、『皇帝』の演奏が終わって大きな拍手で目を覚ました。良輔に至ってはイビキをかき始めたので注意しなければならなかったそうだ。

大阪フィルハーモニー交響楽団は関西交響楽団が前身で朝比奈 隆を中心に創設された。家族でフェスティバルホールへ行ったことも懐かしい。もう50年以上も前のことになる。

「この人たちはみんな、楽士さんやで」と、耳元で言った母の声が聞こえるようだった。あの時「楽士」がどういう意味かもわからず、私はただ母の感動にしみじみ感動していたことを今も覚えている。

クラシックの生演奏は五臓六腑を浄化する。これからはたびたび聴きに行きたい。会場が遠いのは嫌だけれど今度は音響装置のいいホールで聴きたい。お金を払って寝に行かれるのはもったいないので、次回は知子と音楽の分かるもの同士で。

posted by 優子 at 21:27| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

写真とは心を写す「写心」

かなり前のことだが、『滋賀夕刊』2013年02月26日付けに掲載されていたペン友の記事を見つけた。
友への励ましを込めて、そして、長浜に在った日本開拓伝道団(Japan Inland Mission:1933年創立)の教会を記録しておきたい。

惜別、亡き妻の写心展

0226nengajyo_photo.jpg北船町のアマチュア写真家・長原武夫さん(78)の妻で昨年12月に急逝した萬壽子さん(享年78)の写真入り年賀状展が28日まで、平和堂長浜店5階で開かれている。「惜別 写心展」と題した同展はバレーボールや絵手紙など多方面で活躍した愛妻を偲ぶ作品が並んでいる。
 
長原さん夫妻はキリスト教会の縁で、1954年に結婚。萬壽子さんは10年余、伝導(伝道)に励み、その後、33年間、長浜赤十字病院に看護助手として勤務。ママさんバレーボールチーム「長浜サンクラブ」を発足し、選手、コーチ、監督として30年以上プレー。その傍ら、押し花教室「長浜ロイヤルサロン」や郵便局の絵手紙教室で指導していた。

昨年3月の受診ですい臓ガンが見つかり、摘出手術。余命半年と言われつつ、入退院を繰り返し、再起を図ったが、12月13日、惜しまれながら、この世を去った。

全日本写真連盟湖北支部の支部長を務め、ポートレートを得意としていた武夫さんは、萬壽子さんをモデルに88年以降、写真入りの年賀状を友人らに送るように。年賀状は多い時で300枚程度。毎年パターンを変え、好評だった。

作品展では四半世紀にわたる年賀状の歴史を通して、萬壽子さんの生き様を回顧しており、武夫さんは「妻は家庭人として、優しさを第一に生活していた。多くの友人、知人らに恵まれ、幸せだった」と話している。午前11時から午後5時まで。

日本開拓伝道教会.jpgこれは2012年9月29日、病床の萬壽子さんをお見舞いした帰りに訪ねた日本開拓伝道教会である。

会堂は1963(昭和38)年4月19日に献堂式が執り行われた。後年、教会の代表として長い年月長原さんご夫妻が愛して仕えてこられた教会であったが、長浜駅前再開発で2014年(?)に取り壊されて今はもうない。

それにまつわる出来事の苦渋はいかばかりか!

教会はなくなってもご夫妻にとっては「終生の教会」であり、今も長原さんが納骨堂を管理し、毎週2度、夏はもっと頻繁に献花を交換するために足を運んでおられる。

長原萬壽子さん遺作.jpg

頂戴した萬壽子さんの遺作・「ピエロの仲間たち」はブログにも記録させていただいている。


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2016年11月20日

東 道男牧師 72年間連れ添った伴侶との別れ−日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック例会− 

19日は千里ニュータウン教会で日本クリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会があった。

南千里駅.jpg

阪急・南千里駅に降りると美しい景色が目に飛び込んできた。
毎年6月と2月の例会会場になっている日本キリスト教団・千里ニュータウン教会は、阪急千里(せんり)線の南千里駅から徒歩でも行ける距離にある。万博記念公園は千里線では次が最寄りの駅だ。

IMG_1152.jpg千里ニュータウン教会の東(あずま)道男牧師は96歳、現役の牧師である。
例会の2日前に、東先生の御伴侶が10月5日に召天されたことを知った。共に歩んだ年月は72年間だったという。

今年初め、『種を蒔く』の編集のことで東牧師にお電話したことがあった。東先生は耳が遠いのでファックスで送信したが届かず、急を要するのでお電話した時に奥様が取り次いでくださった。

「道男さん! 道男さーん! クリスチャンペンクラブの藤本さんからお電話ですよ」。と、明るい声で呼んでくださった。
しばらく待っていると隣室あたりから来られた気配があり、「ありがとう」とお礼を述べて受話器を取られ、その様子からこれまでのお二人の歩みの全てを凝縮して見せていただいた思いがした。

IMG_1158.jpg「皆様のご来会を心からお待ち申し上げております。楽しい実りと良き証詞の会でありますように」。

昨日も玄関に看板を立てて迎えてくださっていた。
例会が終わって別れる時、いつものように外に出て見送ってくださる師の姿に心が痛んだ。

東牧師は私が籍を置いている教会のことで心を痛め、何度も励ましを送り続けてくださっている牧師である。私は8月から3ヶ月もお手紙をお送りしていなかったことが悔やまれてならない。

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2016年11月19日

オープンスクールを見学してクリスチャン・ペンクラブの例会へ

昨年もクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会の日と、ユキの小学校が1日自由に参観できる「オープンスクール」が重なった。
今日も1時間目から(15分ほど始まっていた)知子と学校へ。夫は不在。早朝4時半に家を出て兵庫県三木市の吉川(よかわ)でゴルフ。

E59BBDE8AA9EE381AEE68E88E6A5AD.jpg1時間目は国語、「修飾語」を学んでいた。もうこんな難しい言葉も出てきてるの?
文章の書き方、一から勉強したいと思った。

IMG_1136.jpg

「おーい、ユキちゃーん!
肘ついてちゃダメだよー」



そして、5分間の休み時間に。
IMG_1137.jpg
IMG_1134.jpg IMG_1135.jpg
左は、シクラメンの花を見て詩作?

E7AE97E695B0E381AEE68E88E6A5AD.jpg2時間目は算数。
単元は「小数点」。
ユキは予習しないでわかるの?
毎日暗くなるまで外で遊んで、今も家では宿題しかしない。『サザエさん』のカツオ君になってしまうよ。

IMG_1141.jpgやっぱりカツオ・ユキだ。真剣さが感じられない。




パソコン操作でテレビ画面にも!
1算数の授業.jpg

10時15分、私は答えがわかったところで教室を出て駅へ急いだ。渡り廊下に掲示されていたユキの作品も見ずに。知子は11時まで居たという。

私は授業中も腰が痛くて立ってられなくて何度もしゃがみ、体力的に心細かったが電車内で席を譲っていただいてありがたかった。

附記:『生かされて』の今日の記事に書かれたみことばと同じみ言葉が、昨日の『メメントドミニ』に書かれていたと、友から嬉しいメールが届いていた。

「イエス様による不思議な一致ですね。
なんだか嬉しくなりました。
お祈りの本を読むゆきひさくんに心打たれました」。


友がブログに書いておられる通り、このたびは、悪い思いと怒りが心の中に入ってしまった。すべてに先だって心を健全に保つことを大切にしているが、心の不調を早く察知しても自分の努力だけでは難しい。

そんな私が深みにはまらぬうちに、神さまがユキを通して平安へと助け出してくださったのである。

以下は友のブログ『生かされて』より:
昨日の家庭集会では「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。(箴言4:23)」という聖書の言葉からお話を聞きました。

心を見張るとはどういうことでしょう……。心の入口を守ることです。

『怒りや嫉妬など悪い思いを心の中に入れないように。』と言われましたが、悪い思いが心の中から次々湧いてくるようなときがあります。
悪い思いを作り出しているのではなく、入ってきているのですね。

   (略)

今のわたしはどうでしょう。悪い思い、誘惑、嫉妬や怒り……そのようなものが心の入口まで来ています。うっかりすると中に入って、あっと言う間に増大するでしょう。

祈るしかありません。
イエス様、どうか心の入口に来てください。そしてわたしの心のドアを守ってください。
「心を守ると、いのちの泉がこれからわく」のですね。いのちの泉をあふれさせてください。
 
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2016年11月18日

かみさま ユキをありがとう!

私は昨日一日中不機嫌だった。知子に怒っていた。夜になっても気持ちが変えられなかった。知子は謝らない。しかし、そのことで気持ちが変えられないのも情けない。全く私らしくない。

実はそれに先立って、あるクリスチャンの不快感に縛られていた。嘘が見え見えなのに本当のことを言わないで、そのことには触れずに流していく生き方。そのような土台に積み上げているならば虚構でしかないと、いつしか私はそんな風に思うほど囚われてしまっていた。

それにしても、人間というのは取るに足らないことにも生きざまが見事に現れるのだと思う。そういう私もまたその不快感で身動きできなくなっている。

「神さまの目から見れば人間は皆50歩100歩、ドングリの背比べ」と、私に洗礼を授けてくださった小山恒夫牧師がよく言われたことを思い出す。

そういえば、このことは祈ってはいなかった。
「神さま、ゆるします。私自身にも同じことがあればゆるし気づかせてください。その人のことを悪く思ってごめんなさい」。
何よりも心からの祈りを忘れていた。

そんな私にユキがお祈りの本を出して読んでくれていた。その時はユキのことを「すごいなあ」と思いつつも心なく聞き流していた。しかし、今朝になって私は解放された。


昨夕、ユキが読んでくれたところを今朝の食事中に教えてもらった。
一番最初に読んでくれた祈りだけは心に残っている。二番目に「主の祈り」を読んでくれたそうだが記憶さえない。

時間がなくてどの祈りを読んでくれたのか全て聞くことができなかったが、今一度全身で受け止めたく、ここに一字一字刻もうと思う。

このような孫を与えてくださった神さまに感謝します。
そして、心から悔い改めます。おゆるしください。もう2度と同じ愚行をしないように助けてください。

▼ かみさま
 きょう きげん わるくして
 ごめんなさい
 ぼくが わるいことしても いいことしても
 かわらず あいしてくれて
 ありがとうユキが読んでくれた「祈り」.jpg





▼ わるいことを したことや
 されたこと
 ずっと おぼえていることで
 ともだち かぞくを きずつけていたら
 かみさま ほんとうに ごめんなさい

▼ あいする かみさま
 わたしたちは わるいことを したとき
 ゆるしてください
 わるいことを されたとき
 ゆるせますように
 アーメン

▼ しゅ イエスさま
 おじいちゃんと おばあちゃんを
 ありがとう
 いつまでも げんきで いられるように
 まもっていてください
 アーメン

▼ あおい そらに つめたい おがわ
 かみさま ありがとう
 こかげに いると いいきもち
 かみさま ありがとう
 ときどき ふいてくるかぜ いいにおい
 きれいな おはなが さいている
 てんの かみさま かんしゃします

▼ たべもの きるもの あそぶもの
 すべてを あなたに かんしゃします
 アーメン

▼ かみさま
 いつでも こころから
 ありがとうって
 いえますように
 この ひとくちを
 この ひとさらを
 
▼ てんのかみさま
 きょうの ひを ありがとう
 きもちいい そよかぜや 
 あったかい ひの ひかりも ありがとう

 たのしいな
 おてつだいも あそぶのも
 てんのかみさま ありがとう
 あたらしい ひを ありがとう


『まいにちの おいのり バイリンガル』(いのちのことば社)より
 
2重跳び@.jpg「今日2重跳びが3回できた!」と、昨日学校から帰ってくるなり道路で飛んでいた。
そして今朝の登校前に披露してくれた。
じょうず、じょうず!


二重跳びA.jpg「道路はガタガタだからやりにくいけれど、パーキングはもっと上手にできるから!」

朝の影送り.jpg


最後に、
「おばあちゃん、影送りしよう。目をつむって!」

そして、7時42分。
「おばあちゃん、行ってきまーす!」
ユキは元気に出発した。

ユキ、本当にありがとう。
ユキは我が家に遣わされた天使やね!
心が正されたから心が天使の羽のように軽くなったよ。

「油断することなく、あなたの心を守れ、
命の泉は、これから流れ出るからである」。

    (箴言 4章23節)

神さま、ありがとう。
新しい今日を誠実に生きることができますように。
明日は知子の誕生日だ。

附記:IMG_1030.jpg国語で『ちいちゃんの影送り』を習っていたので、半月ほど前から何度も「影送り」をやっている。
これは11月13日、知子と3人で。


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2016年11月17日

社会に発言するキリスト者

IMG_1103.jpgキリスト者として社会に発言する人は僅かである。日本クリスチャン・ペンクラブの友、長原武夫さんは「イエス友の会中央委員」の肩書で長浜革新懇代表世話人をされている。

その機関紙『長浜かくしん』11月号(No.60)に、クリスチャンのペン友、児童文学者・今関信子さんの言葉を導入して「戦争の放棄」を訴えておられる。

「戦争なんかない」言う友に「戦争はいやです」と返せ

「戦争は少しずつ近づいています。私たちは自由にモノを言える、行動できる。今ならストップできます」。 (今関信子さん)

自民党の改憲草案は、憲法9条を「改正」し、日本を戦争する国に変えようとするものです。しかも、自衛隊を国防軍(軍隊)とする。とんでもない。草案ではないか。国防軍はアメリカが起こした戦争に参加し、殺し殺される戦闘行為を行うことが現実のものとなる。

「戦争と私」を本紙は連載し、戦争体験を語り続けている。戦争は人間をほろぼすこと、世の中のよいものを壊していくことです。

憲法に「戦争の放棄」を定めている。「放棄」とは「捨ててしまう」ということと、『あたらしい憲法のはなし』を当時の文部省は学校に配布しています。

「戦争なんかない」という友も学んでいます。「正義の戦争というのもあるよ」という友もいる。戦争が好きか嫌いかと馬鹿げた問答なんかしたくない。せめて戦争は嫌であり、ダメだと言い切れ。
             (略)

再び暗い時代を避けるため、暮らしの中の「平和」を先ず守ることに活動を進めようではないか。「戦争と私」を誰しも綴って参加してほしい。
             長浜革新懇代表世話人
                長原 武夫
                イエス友の会中央委員

IMG_1102.jpg写真家でもある長原さんは毎月巻頭に掲げられる写真も提供しておられる。今月号は「平和とはおもわずジャンプしちゃうこと」。長原さんの感性豊かな柔らかい心が伝わってくる。

今年も琵琶湖に白鳥が渡ってきているという。
是非一度見に行きたい。

IMG_1101.jpg
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2016年11月16日

ユキ 3年生の晩秋

昨日は朝の交通当番だった。かつて高度成長期の企業戦士のように平日はめったにユキに会えないので、何とか仕事のやりくりをして知子が立った。

登校風景.jpg
駅の方向からも子どもたちの姿が見える。

行ってらっしゃい!.jpg成長のあかしか、「ユキは目も合さないでそっけない」と知子。
ところがナイスショット! 
ユキの表情が写っていた!

小学校を卒業する頃には知子と肩を並べるぐらい大きくなるのだろう。

知子はユキたち4集団目を見送ってから駅へ向かい、そのあと別のルートから来る子どもたちは私とバトンタッチした。昨夜も今夜も帰宅は10時頃だった。

IMG_1087.jpg色づいた葉もまもなく落ち去り、シュウメイギクも終わりを告げる。


IMG_1092.jpg








チャッピーの箱に入れた花.jpg


そして、今年もチャッピーに手向けた菊が花を咲かせている。


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2016年11月14日

読書スタンプラリー −公共図書館と学校の取り組み―

昨朝、ユキはサッカー教室に。今月から自転車に乗って一人で行くようになった。というより一人で行きたがっていたのを許可した。親は子どもの自立を妨げないで、心をかけながら少しずつ手を放していくのである。

サッカー教室をボランテイアで運営、指導するリーダーの人格、全人的教育に感謝と敬意を感じるばかりである。知子は「このような人と一緒に仕事がしたい」と言った。

私も教えられるところ大なり。感謝!
このような人物との出会い、存在自体が生きる希望と喜びを与え、意欲が横溢してくる。

図書館に.jpgサッカーから帰宅後、すぐに知子と3人で外出。夫は前日のゴルフ疲れで在宅。いくつかの用事を終えて最後に図書館へ行った。

ひとりで先行くユキを追いかけられず、3階に移動中のエレベーターのユキを外から見ていた。頼もしくなってきた。

図書館では小学生を対象に10月1日から翌年3月末までスタンプラリーが開催されており、ユキも挑戦中! ちなみにユキが初めて図書館へ行ったのは2009年8月末。

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2歳1ヶ月のユキ!

☆★☆スタンプラリーのミッション☆★☆
【ミッション1】
子どもの本(えほん・よみもの・ちしきの本)を、それぞれ別の日に2回借りる。
【ミッション2】
「オススメの本」コーナーの本を5さつ読む。
【ミッション3】
自分の好きな本を5さつ読む。

スタンプラリー@.jpg今日は3回目、「ミッション2」を完了したのでスタンプをもらって本を返す。


スタンプラリー.jpg







Aスタンプラリー.jpg次は「ミッション3」に挑戦。
5冊借りるつもりだったが駐車場は満車で、路上に止めて待ってくれていた知子が呼びに来たので3冊だけ借りることにした。

スタンプラリーB.jpg BDE9A4E1A4C6A4CEBFDEBDF1B4DB.jpg


大きくなったね、ユキ。
(^−^)


ブックポスト.jpg

先日、久々に知子を見送りがてら歩いたとき、駅の前にブックポストが設置されていた!

図書館と学校が連携する「スタンプラリー」の取り組みは素晴らしいと思う。ユキはこれまでにも時々図書館へ行っていたが、今まで以上に本に親しんでいるようだ。

公共図書館は「その街の文化のバロメーターである」と言われて久しいが、ペーパーレス、インターネット時代になった今、図書館の位置づけはどのようになっているのかとても興味深い。   

かつて東大阪市の図書館行政に12年間ほど携わらせていただいたことがあった。その間に「市民と共に育つ図書館」をモットーに熱心な働きをされていた知人に感化され、別の評議員さんにも形骸化している図書館協議会の評議員を続けてほしいと推されて、長年図書館行政に携わらせていただいた。

あの時の状況は、このままだと図書館が民営化されてしまうのではないかという危機感があり、図書館が単なる貸し本屋にならないように市職員の人事異動の改善と、専門の司書がいることを訴えた。

また2005年7月には各団体で要望書を提出した。
永和図書館の建て替えについて、子どもに本を、子育て支援、そして、東大阪市全域に図書館を設置し、高齢化社会に向けての生涯学習の場とするなど、全市民に対して図書館サービスが行き届く方向性を具体的に示してほしいという内容だった。


当地に移って奈良県民になってからも6〜7年間は花園図書館(東大阪市の中央図書館)に通っていたと思う。

私もユキと一緒に図書館を利用して生涯学習を楽しまないと!
私は自らの理念まで忘れてしまっていたのか、この懐かしい感情は何だろう。これでは情けない。 

インターネット時代でも思索するには紙の本でないとだめだ。家業が紙問屋だからいうのではない。情報としてならばネットで事足りるが、デジタルでは絶対に読書の糧は得られない。
ユキも知子や真智子のように自分の頭と心で考える人間に育ってほしいと願う。


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2016年11月13日

家の教会㉛ −「この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。そして、私たちは本当に見えているのだろうか?−

今日は礼拝の時間が取れなくて夕食後に3人(Except R)で短いデヴォーション(devotion;神との交わりの時、静思の時)をもちました。

私が夕食中に「聖書だけでも読もうよ」と声をかけると快諾を得て、ユキまでテキパキと心弾ませて準備しました。ユキはそれぞれの聖書を出して「今日はどこ読むの?」と聞き、ママ(知子)の聖書も開いていました。孫がイエスさまの御愛の中で真実な心に満たされていることを感謝しました。

怒りや憎しみに支配されていては神を礼拝できません。いや、そのような時も、そのような時だからこそ神に助けを求めるのは素晴らしいことです。神はその人が倒れないように見守り、導きと共に大いに祝福してくださいます。

「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」。
               (ペテロの第一の手紙 5章7節)

私たちは神さまと共に、しかし形式だけの礼拝至上主義に陥らないように、へりくだった心、悔いた心、真実な心で創造者である神さまとの交わりを喜びます。今日も私たちは全能の神の前に感謝をもって喜んで集いました。

2016年11月13日(日) (第31回 家の教会)
19:05〜19:30
出席者 3名
@ 聖書輪読  ヨハネによる福音書 9章全節
A お話   優子
B お祈り  一人ずつ

ユキ、聖書を読む.jpg聖書は毎週1節ずつ輪読していますが、ユキは当初から自分の読む場所を見逃さないし、読み方はこの半年間で著しく進歩しました。
今日はサッカーをしたので疲れているであろうに、一段と体力も養われて集中できました!

子ども時代の書き込み.jpg知子の聖書には子ども時代の書き込みがありました。






ヨハネによる福音書 9章1節〜41節:
9:1イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
9:2弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
9:3イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである
9:4わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
9:5わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
9:6イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
9:7「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
9:8近所の人々や、彼がもと、こじきであったのを見知っていた人々が言った、「この人は、すわってこじきをしていた者ではないか」。
9:9ある人々は「その人だ」と言い、他の人々は「いや、ただあの人に似ているだけだ」と言った。しかし、本人は「わたしがそれだ」と言った。
9:10そこで人々は彼に言った、「では、おまえの目はどうしてあいたのか」。
9:11彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。
9:12人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。彼は「知りません」と答えた。

9:13人々は、もと盲人であったこの人を、パリサイ人たちのところにつれて行った。
9:14イエスがどろをつくって彼の目をあけたのは、安息日であった。
9:15パリサイ人たちもまた、「どうして見えるようになったのか」、と彼に尋ねた。彼は答えた、「あのかたがわたしの目にどろを塗り、わたしがそれを洗い、そして見えるようになりました」。
9:16そこで、あるパリサイ人たちが言った、「その人は神からきた人ではない。安息日を守っていないのだから」。しかし、ほかの人々は言った、「罪のある人が、どうしてそのようなしるしを行うことができようか」。そして彼らの間に分争が生じた。
9:17そこで彼らは、もう一度この盲人に聞いた、「おまえの目をあけてくれたその人を、どう思うか」。「預言者だと思います」と彼は言った。
9:18ユダヤ人たちは、彼がもと盲人であったが見えるようになったことを、まだ信じなかった。ついに彼らは、目が見えるようになったこの人の両親を呼んで、
9:19尋ねて言った、「これが、生れつき盲人であったと、おまえたちの言っているむすこか。それではどうして、いま目が見えるのか」。
9:20両親は答えて言った、「これがわたしどものむすこであること、また生れつき盲人であったことは存じています。
9:21しかし、どうしていま見えるようになったのか、それは知りません。また、だれがその目をあけて下さったのかも知りません。あれに聞いて下さい。あれはもうおとなですから、自分のことは自分で話せるでしょう」。
9:22両親はユダヤ人たちを恐れていたので、こう答えたのである。それは、もしイエスをキリストと告白する者があれば、会堂から追い出すことに、ユダヤ人たちが既に決めていたからである。
9:23彼の両親が「おとなですから、あれに聞いて下さい」と言ったのは、そのためであった。

9:24そこで彼らは、盲人であった人をもう一度呼んで言った、「神に栄光を帰するがよい。あの人が罪人であることは、わたしたちにはわかっている」。
9:25すると彼は言った、「あのかたが罪人であるかどうか、わたしは知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲であったが、今は見えるということです」。
9:26そこで彼らは言った、「その人はおまえに何をしたのか。どんなにしておまえの目をあけたのか」。 9:27彼は答えた、「そのことはもう話してあげたのに、聞いてくれませんでした。なぜまた聞こうとするのですか。あなたがたも、あの人の弟子になりたいのですか」。
9:28そこで彼らは彼をののしって言った、「おまえはあれの弟子だが、わたしたちはモーセの弟子だ。
9:29モーセに神が語られたということは知っている。だが、あの人がどこからきた者か、わたしたちは知らぬ」。
9:30そこで彼が答えて言った、「わたしの目をあけて下さったのに、そのかたがどこからきたか、ご存じないとは、不思議千万です。
9:31わたしたちはこのことを知っています。神は罪人の言うことはお聞きいれになりませんが、神を敬い、そのみこころを行う人の言うことは、聞きいれて下さいます。
9:32生れつき盲であった者の目をあけた人があるということは、世界が始まって以来、聞いたことがありません。
9:33もしあのかたが神からきた人でなかったら、何一つできなかったはずです」。
9:34これを聞いて彼らは言った、「おまえは全く罪の中に生れていながら、わたしたちを教えようとするのか」。そして彼を外へ追い出した。

9:35イエスは、その人が外へ追い出されたことを聞かれた。そして彼に会って言われた、「あなたは人の子を信じるか」。
9:36彼は答えて言った、「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」。
9:37イエスは彼に言われた、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」。
9:38すると彼は、「主よ、信じます」と言って、イエスを拝した。
9:39そこでイエスは言われた、「わたしがこの世にきたのは、さばくためである。すなわち、見えない人たちが見えるようになり、見える人たちが見えないようになるためである」。

9:40そこにイエスと一緒にいたあるパリサイ人たちが、それを聞いてイエスに言った、「それでは、わたしたちも盲なのでしょうか」。
9:41イエスは彼らに言われた、「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある

半世紀前頃までの日本人も障がいをもって生まれてきた人は先祖の祟りであるなど、因習に縛られて全く根拠のないことを信じていたようです。

しかし人間がつくったカミではなく、まことの神さまは全く正反対のことを言われました。その方々は神の呪いのもとにではなく、神の祝福のもとにあると宣言されているのです。

「弟子たちはイエスに尋ねて言った、『先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか』。
イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである』」。

この箇所を読むと、いつも宇野繁博さんのことを思います。

小学校の教師をされていた宇野さんは中途失明され、その後、聖書に導かれて、「この御言葉で視覚障がいの意味がわかった!」と、不条理な苦悩から解放され、神さまの御用のために働いておられます。
「お母ちゃんが生きている時にこの御言葉を伝えてやりたかった」と仰った宇野さんの言葉が、今も私の耳の底にこびりついています。

そして、そのあとに書かれていることも心に強く迫ってきました。
15節以降を読んでいきますと、盲人がパリサイ人に見えるようになったと言うと、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ」と、見えるようになったことを無視して意味のわからぬことを言いました。このこともまさに人間の実相です。

パリサイ人は聖書をよく読んでいる人々です。しかし、高慢と偏見で心が歪んで事実を「見る」ことができないのです。聖書を読むときも素直な心で聖書の光に照らされて自らも省みながら読むのです。


パリサイ人たちは肉体の目は見えていても何も見えず、「おまえは全く罪の中に生れていながら、わたしたちを教えようとするのか」と、目の見えない人を神ののろいのもとに置いて、「彼を外へ追い出し」てしまいました。

でも、そのことを聞かれたイエスさまは、すぐに「彼を見つけ出し」てくださいました。神(イエスさま)は常に休むことなく私たち一人ひとりに眼を配っておられるのです。

この盲人は肉体の目が開かれただけではなく霊の目までも開かれてイエスさまに出会ったのです。

私たちも高慢になりやすいお互いですから、自分が高慢であることに気付かないパリサイ人たちを人ごとのように見てはいないでしょうか。その危うさが常にあることを覚えていないと何も見えなくなってしまいます。

私たちは聖書を読んでいるから「真理を知っている!」と思ってはいないでしょうか。神さまはそのほんの少しだけを知らせてくださったにすぎないのです。肉の目が明いていても霊の目が盲目にならないように、常に自らを振り返りたいと思います。

ユキにはいつも以上に短く要点を話し、たった20分あまりの短いデヴォーションでしたが、それぞれが神さまから新しい力をいただいて新しい週に踏み出せる恵みを感謝しました。


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2016年11月12日

ヒラリー・クリントン氏、敗北宣言で新約聖書のガラテヤ書を引用

hirari-.png民主党のヒラリー・クリントン候補は9日、米大統領選で共和党のドナルド・トランプ候補に敗北した後の演説で、新約聖書から1節の聖句を引用した。

ガラテヤ人への手紙6章9節、「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」と述べた。
以下は、2016年11月11日20時25分に公開された『クリスチャン・トゥディ』より抜粋引用させていただいた。

ヒラリー@.jpg互いに信頼し合いましょう。弱り果ててはいけません。落胆してはいけません。道のりは長く、やべるべきことが山積しているからです。

私たちは広い心で、率先してトランプ氏に協力しなければなりません。私は昨夜、トランプ氏にお祝いの言葉をお伝えし、この国のために共に働いていく旨を述べました。トランプ氏が全ての国民の大統領となることを期待します。

私たちの価値観が認められず、今回の大統領選に勝利できなかったことは残念です。皆さんは、米国の良き一面を見せてくださいました。(選挙期間中)皆さんの候補者として過ごせたことは、私の生涯において最も大きな栄誉でした。

@ヒラリー.jpg私は、皆さんの落胆している気持ちが分かります。なぜなら私も落胆しているからです。この敗北は痛みに満ちており、その痛みは長く続くでしょう。

しかし、このことを忘れないでください。この選挙戦は、私1人のものではありませんでした。これは愛する祖国を建て上げるための選挙戦でした。

米国は、思う以上に深く分断されてしまいました・・・。私たちはこの結果を受け入れなければなりません。この国の大統領になるのは、ドナルド・トランプ氏です・・・。私たちは広い心で、率先してトランプ氏に協力しなければなりません。

私と私の陣営に信頼してくださった全ての女性の皆さん・・・。皆さんの代表者になれたことは、私にとって最高の誇りでした。

私たちは、気高い目標を達成することはかないませんでしたが、いつの日かどなたかが成し遂げてくださることを願っています。思う以上に早くその時が来ることを期待しております。

そして、この中継をご覧になっている若い女性の皆さん。皆さんが尊い存在であることを決して疑ってはいけません・・・。皆さんには多くの機会が残されています・・・。皆さんの夢を諦めないでください。

バラク・オバマ大統領、そしてミシェル夫人。この国はお2人に大きな感謝をささげなければなりません。私たちはお2人の優れたリーダーシップに、深く感謝しております。

(家族への感謝)ビル、チェルシー、マーク、シャーロット、そしてエイダン。あなたたちを愛する私の気持ちは、言葉では言い尽せません。私が励ましを必要としていたときに、あなたたちは全国を駆け巡って私を応援してくれました。

また、選挙陣営とスタッフの皆さんはこの選挙戦に心血を注ぎ込んでくださいました・・・。皆さんほど優秀な選挙スタッフは、期待することも望むこともできません。

そして大勢のボランティアの方々や、地域の指導者、活動家、組合主催者の皆さん。全員、前のほうに出て来ていただけますか・・・。皆さんの声が聞こえるように前のほうにお出でください。

ヒラリー敗北宣言.jpg若い方々もこれから、成功や失敗を経験すると思います。今回の敗北には心が痛みますが、正しいことのための闘いは尊いという信念を、これからもどうか持ち続けてください。
信仰者ヒラリー・クリントン氏の一面と伴侶ビル・クリントン氏との夫婦関係の麗しさに深い感銘を覚えた。伴侶の妻への視線がすべてを語っている。

69歳のヒラリーさんは、後に続く若い女性にバトンを託した。

ガラテヤ書より:
「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります」。

「気高い目標を達成することはかないませんでしたが、いつの日かどなたかが成し遂げてくださることを願っています。思う以上に早くその時が来ることを期待しております。
若い女性の皆さんには多くの機会が残されています。皆さんの夢を諦めないでください」。


素晴らしいスピーチであった。
多くの人々の魂に届いたことであろう。
常により良き未来の金的をめざして進もう。失望せずに進もう。

posted by 優子 at 23:10| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

信じられない米国大統領選結果

IMG_1004.jpg2016.11.10追載:
早速のゴシップ記事。

IMG_1006.jpg「恐怖のホワイト・ハウス」には国旗がさかさまになっている。
合衆国の国旗規定では、生命や財産に極度の危険が迫っている時以外は、決して上下を逆にしてはいけないとのこと。

今朝から各テレビ局は米国大統領選一色だった。そして今16時35分、アメリカのAP通信がトランプ氏の当選確実を伝えた。国民の結集と融和を訴えたヒラリー・クリントンが敗北した。

ヒラリーさんに人気がないとはいえ、まさかトランプ氏が勝つのは不可能だろうと思っていただけに、開票早々から信じられない展開で目が離せなかった。州によっては30%の差で敗北していた。

「まるで世界が崩壊していくのを見ているようだ」。
クリントン支持者が力なく言った。

トランプ氏は政治には全くの素人で、本は読まない、人の意見も聞かない、マイノリティへの敬意もなく、「大統領になったらメキシコとの間に国境の壁を建設し、メキシコにその費用を支払わせる」など、荒唐無稽なことを堂々と言う人物が大統領に選ばれたのである。

これはもうイギリスのEU離脱どころではない。「隠れトランプ」支持者でこれほどまでの票数を伸ばせないだろうし、原因は何だったのだろうか。事前調査もあてにならないものだ。

トランプ氏のメッセージ力の強さか?
トランプ支持者は、トランプ氏がヒラリーさんのようにワシントンを代表している人物ではないから、彼に自分自身を重ねたのかもしれない。
とにかくこれまでの既成政治に対する不満の強さ、怒りなど人々の疎外されている感情がこの結果となったと論評している。


アメリカのFOXテレビも今(16時44分)トランプ候補の当確を伝えた。と同時に副大統領となるマイク・ペンス氏が、「これは歴史的なことだ。アメリカの国民が声を上げた」とスピーチを始め、トランプ氏が姿を現した。

ヒスパニック系の人々、イスラム教徒、黒人の人々にとっては恐怖である。これから何が起きるのだろう。

既に円高株安のトランプリスクが出ており大きな値動きが続いている。今後トランプショックで世界が混乱しないことを祈るばかりである。

このたびのことで感じたのは、とにかく米国の選挙への関心と投票率の高さには感銘を覚えた。
そして、ヒラリーはやっぱり男性に負けたということ。
あのアメリカにして、今も「ガラスの天井」を破ることができなかったという思いが強く残った。

長い半日だった。

改めて大きな衝撃である。
この衝撃を吸収するには時間が要るだろう。

それでもなお神の導きを祈りつつ、最善へと導いてくださるように祈ります。


22時追記:平日に投票日というのが不思議だったが、キリスト教国だからという理由だろう。そして、選挙の日は会社も学校(公立)も休みなんだって。

知子、激務でいまだ帰宅せず。

posted by 優子 at 17:05| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

年金請求の手続き −我は高齢者なり―

先月半ば、農協の営業マンが「年金の受取りには農協で」と来られた。私は年金受給年齢になることなど全く意識になく、緑の封筒で届いていたことも思い出せないでいた。

幸いすぐに見つけたものの、読み始めたが理解できなくて情けなかった。夫に聞いても無関心、「年金事務所に行ったら教えてくれるわ」の一言で却下。

私自身もあまりの無知ゆえに批判できないにしても、夫は既に受給されているにもかかわらず全く理解できていない。それよりも相変わらずの冷酷さ、家族のことをどう思っているのだろうと呆れるばかり。

多忙な知子を煩わすことはできず、とにかく少しずつ少しずつ進めてきた。65歳の誕生日を迎えれば「受給権発生日」、それ以降に交付された書類が要るというわけで今朝市役所へ出かけた。

ところが空振りで帰宅。

股関節が痛いので少しでも軽いものをと小さな財布を持って行ったのがいけなかった。戸籍謄本や住民票を取るのに身分証明になるものを一切持っていなかったのだ。

私は運転免許証を持っていないので健康保険証のほかにも診察券かクレジットカードなど2つ要るとのこと。そのことは聞いたことがある。いずれにしてもいつもの財布を持っていれば全て入っていた。

2時間に1本の公共バスを利用してやってきたというのに出直すしかない。乗り掛かった舟だ、2時間で行ってこられるのだから帰宅してすぐに次の便で行こうと思ったが、とにかく精神的に非常に疲れたので断念した。

昼食後、いつものように横になると1時間も眠ってしまった。

夕方、近隣のNさんが吉野で柿を買って来たからと持ってきてくださったとき、「慣れないことをすると疲れるからね」と言われて、「そういうことか、頭の良い人でもそうなのか」と安堵した。

といろんな話を聞きながら二人で大笑いして、50分間も喋っていたので(自動車の)ライトをつけて帰って行かれた。友はありがたい。友との大笑いでリフレッシュした。

高齢者肺炎球菌予防接種に介護被保険証、そして、年金請求の手続きというわけで、私も高齢者組になってしまった。

今日は疲れた。

昨夜、知子と真智子がこんなことを話している夢を見た。
「とうとうママも死んでしもたな・・・過ぎてしまえばアッという間やなあ」。
この思いは、母のあと父も死んでしまった時に私がしみじみ思ったことだった。
夢の中で私は75歳だった。


IMG_0946.jpgクリスマスの飾りつけがまた進んだ。
昨日薄暗くなるまでご主人が木に登って飾りつけておられた。夫よりも少し年上だと思う。



知子が22時過ぎに帰ってきた。

IMG_0949.jpg

ユキの手紙で知子の疲れも癒されることだろう

posted by 優子 at 22:58| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

家の教会㉚ −神さまに喜ばれる生き方−

2016年11月6日(日) (第30回 家の教会)
10:45〜11:30
出席者 3名(Except R)
@ 前奏
A 主の祈り  
B 子ども讃美歌 88番 「神さまがわかるでしょ」
C 聖書輪読  マタイによる福音書 23章1節〜13節
D お話   優子
E お祈り  一人ずつ
F 讃美歌 298番 「安かれわが心よ」

マタイによる福音書23章1節〜13節:
23:1そのときイエスは、群衆と弟子たちとに語って言われた、
23:2「律法学者とパリサイ人とは、モーセの座にすわっている。
23:3だから、彼らがあなたがたに言うことは、みな守って実行しなさい。しかし、彼らのすることには、ならうな。彼らは言うだけで、実行しないから。
23:4また、重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない。
23:5そのすることは、すべて人に見せるためである。すなわち、彼らは経札を幅広くつくり、その衣のふさを大きくし、
23:6また、宴会の上座、会堂の上席を好み、
23:7広場であいさつされることや、人々から先生と呼ばれることを好んでいる。
23:8しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはならない。あなたがたの先生は、ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟なのだから。
23:9また、地上のだれをも、父と呼んではならない。あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である。
23:10また、あなたがたは教師と呼ばれてはならない。あなたがたの教師はただひとり、すなわち、キリストである。
23:11そこで、あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える人でなければならない。
23:12だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう。

お話:
この23章はパリサイ主義の内容を示しています。「パリサイ人」を新共同訳聖書では「ファリサイ人」と表記されています。ヘブライ語で“רושים”というのは、律法を守らぬ人間と自らを「分離する」という意味です。(英語で“Pharisee”fˈærəsì)。

ユダヤ人は律法をとても大切に守るため数え切れないほどの決まりを作りました。まず「人体の部分の数」として248の「積極的戒律」と、1年の日数365の「消極的戒律」、合わせて十戒の文字数である613の細目に区分しました。

私たちが信じるイエス・キリストは、神に対する愛と人に対する愛以外に大切な律法はないと教えてくださいました。

今日の個所で最初にイエスさまが言われたことは、律法学者たちは神の掟を教えながら「実行していなかった」ことです。このことはキリストを信じる者すべての人も心に留めなければなりません。

どのような問題も傍観的にではなく自分の問題として聴き、神さまを愛し信頼しているならば、信仰の結果としてまず自分自身が変わることを願いイエスに従っていくことでしょう。 

2番目に言われたことは、「人に注目されたい、みえをはったり褒められたいためにやってはいけない」ということです。先週読んだ箇所にあったように、「自分の義を、見られるために人の前で行わないように」という教えと同じです。

私たちは常に神さまの視線を感じていますが、このことをしっかり心にとめておかないと悪魔の罠(誘惑)に陥ります。常に注意して心を守っていなければ、いつのまにか神さまに喜んでいただくのではなく自分を喜ばせる生き方に変わってしまいます。

3番目に言われたことは「高ぶるな」ということです。8節、9節はルターが問題提起したことと多分に重なるところです。イエスさまは弟子たちと信徒たちの間に階級を禁じられました。宗教的特権階級の出現は堕落をきたします。

もちろん、このこともまた単に形式的に理解するのではなく、その精神を忘れないようにと弟子たちの虚栄心を強く戒められました。ヨハネは自分を他の信者と同じ立場で記していますし、パウロは自分を求道者と同じに置いています。

私たちもイエスさまのみことばを真剣に受け止めるならば、教会で「先生」と用いるべきではないですね。先生呼称を使っていない教会もありますが、特に日本人は「先生」と呼ばれたり呼ぶのが好きですから注意しなければなりません。

呼ばれる側は錯覚して高ぶらないように、呼ぶ側もまた自己確立した人格でなければなりません。イエスさまが「あなたがたはみな兄弟だからです。」と言われたとおり、私もまた「○○師」という書き方についても考えてみたいと思います。

余談になりますが、かつて東大阪市の読書会の代表をさせていただいていた時のこと。かの有名な讃美歌・「ああ主のひとみ」を作詞された井置利男牧師が参加してくださいました。

当時はそのような有名な牧師さんとは知りませんでしたが、私は参加者に牧師であることを述べて「井置利男さん」と紹介しました。

なぜならば、読書会においてまで「先生」と呼ばれては自分自身に戻れません。職位からも解放され、親でも妻や夫でもない一個の人間として参加したい、してほしいという私の考えからです。

そして、これらの戒めの最後にイエスさまが言われた、「あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える人でなければならない。」ということこそが、それらの背後にある根本的なメッセージなのです。

牧者(minister)は奉仕者です。人に仕えてもらうのではなく仕える側です。この言葉から「サーバント・リーダーシップ」(Servant Leadership)という経営用語が日本においても広く用いられていますが、これはハウ・ツーの類ではなく、この言葉の真の意味を理解している人は少ないのではないかと思います。

牧者が人々に仕えられている異様な教会(牧者)も見てきましたが、それは信徒たちの問題でもあります。盲従するのではなく、何事も自分の頭で考えることをしなくてはだめです。

神の存在を知って「主体的に生きよ」、そして、「愛をもって互いに仕え合いなさい」というのがイエスのメッセージです。

2_onpu_ak.gif「あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理人として、それをお互いのために役立てるべきである」。
           (ペテロの第一の手紙 4章10節)

讃美歌 298番 「安かれわが心よ」("Stille, mein Wille, dein Jesus hilft stiegen")

@ 安かれ わが心よ 主イエスは ともにいます
  痛みも苦しみをも おおしく 忍び耐えよ
  主イエスの ともにませば 耐ええぬ 悩みはなし

A 安かれ わが心よ なみかぜ 猛(ほえたけ)る時も
  父なる あまつ神の みむねに 委ねまつれ
  み手もて 導きたもう 望みの 岸は近し

B 安かれ わが心よ 月日の うつろいなき
  み国は やがて来たらん 憂いは 永久に消えて
  かがやく み顔仰ぐ いのちの 幸をぞ受けん
                  アーメン


  
posted by 優子 at 13:38| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

事業経営もすべては神の栄光のために!

2016秋@.jpg「彼らはわたしの植えた若枝、わが手のわざ、わが栄光をあらわすものとなる」。
(イザヤ書 60章21節)

神の御心に添った生き方は多大なる勇気と努力が必要であり戦いの連続であるが、神は神を信頼する者を常に見守り導いておられる。この奮闘努力は必ずや神の御心に叶う結果を得ることができると信じる。

神はそれぞれを遣わされた所で神の栄光を現すために、その人の能力では不可能なことをさせてくださり実現へと導いておられることを忘れてはいけない。

今朝届いたみことばは信仰の神髄である。
「あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです」。
    (ルカによる福音書 19章26節)

金も埋めて置くなら、石ころと同じです。主から受けた賜物も、用いてはじめて価値を生み出します。用いなければただの飾り物です。古びて、錆びて、朽ちていきます。主は賜物を活用する者に、賜物を増し加えられます。人を祝福する者を、さらに祝福されます。

つまり、信仰は賜物を働かせるか否かなのだ。そして、思った。

知子は名実ともに責任ある立場で手腕を奮っている。良心の手腕を運用し、事業継続を自己の使命として全力を尽くしている。

神さまから賜った明晰な頭脳と精神を最大限に働かせている。その忍耐もまた計り知れない。これからも鳩のように純真で蛇のように注意深く且つ鋭敏迅速な判断力を備えるために、常に神さまの知恵を求めつつ励むであろう。

一方、人生を無駄にし続ける人を私の周辺で何人も見かける。とても哀れである。彼らに共通しているのは、神をも恐れず、傍若無人に己の生き方を通すのみで、何を見ても、何度奇跡を見ても全く変わらない。

ほおずき.jpgまた、積極的に悪意を働かせて生きる人もいる。まるで悪意が生きがいのようにも見える。そんな人を思うとき聖書の「箴言」の言葉が浮かぶ。
「悪人は自分の罪のわなに陥る、しかし正しい人は喜び楽しむ」。

彼らは皆、私の生きがいである他者との心のふれあいを知らず、人生を無駄に浪費し続けている。そういった人と日々関わらねばならないのも大きな試みゆえに、こちらの魂が引きずり降ろされないように常に主イエスを見上げる。

不当なことをした他者を赦すことができるのは、神さまがくださった恵みの働きである。こんな感謝なことはない。だから気持ちが引き上げられるのである。
しかし、私は今一度心に刻まねばならないことがある。

▼ 真の悔い改めは、ただ『ごめんなさい』というだけではありません。向きを変えることです。

相手を赦しつつも、相手が信頼するに足ることを証明するまでは、あなたはまだ相手を信頼していないことを明確に告げる必要があります。相手が本当に向きを変えたかどうかを見るために十分な時間がまだ経っていないのです。

▼ 相手が「悔い改めの実」(ルカ3章8節)を結んでいるか確認することなく、「赦し」の名のもとに信頼回復を急ぎすぎてはいけません。

その人物の真の変化を見ないまま、あなた自身を感情的に(心を)開き続けるのは愚かなことです。赦すべきなのは確かです。しかし、持続した変化が見られるまでは、あなたの心を守ってください。

    (『聖書が語る人間関係の大原則 
           バウンダリーズ 境界線』より)

そして、「箴言」(新改訳聖書)を開く。
26:4 愚かな者には、その愚かさにしたがって答えるな。
あなたも彼と同じようにならないためだ。

26:5 愚かな者には、その愚かさにしたがって答えよ。
そうすれば彼は、
自分を知恵のある者と思わないだろう。

26:8 愚かな者に誉れを与えるのは、
石投げ器に石をゆわえるようだ。

26:9 愚かな者が口にする箴言は、
酔った人が手にして振り上げるいばらのようだ。

26:10 愚かな者や通りすがりの者を雇う者は、
すべての人を傷つける投げ槍のようだ。

26:11 犬が自分の吐いた物に帰ってくるように、
愚かな者は自分の愚かさをくり返す。

26:26 たとい偽りをもってその憎しみをかくしても、
彼の悪は会衆の中に現れる。(口語訳)

26:27 穴を掘る者は、自分がその中に陥り、
石をころがす者は、自分の上にそれをころがす。

26:28 偽りの舌は、真理を憎み、
へつらう口は滅びを招く。

イエス・キリストは言われた。
「あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える人でなければならない」と。

今では経営用語にもなっている「サーバント・リーダーシップ」(Servant Leadership)は、このイエスさまの言葉に由来する。これはハウ・ツーで使う方法論ではなく生き方の神髄である。

知子の認識、判断、苦渋を共感でき、信頼に足る部下が与えられていることは経営改革の大いなる収穫だと私は思っている。
神の恵みが知子を通して周囲に流れていきますように!

シュウメイギク.jpg

附記:シュウメイギクの花もまもなく終わる。
あと20日でチャッピーが死んだ日だ。
去年の悲しみが思い出されて心が痛い。

posted by 優子 at 17:40| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年11月02日

ユキとの日々楽し

「おばあちゃん、わからへん。3÷7 と 3÷5」
昨日、ユキが宿題の算数プリントを持ってきた。
私は筆算を示して「0.42・・」と説明しはじめたが、小数点はまだ習っていないという。プリントには「わり算 あまりあり」と書いてある。そこで私は言った。

「これはミスプリントやね。7÷3 と 5÷3 の書きまちがいやわ」。

問題を書き直させて、答えは「2あまり1、1あまり2」とした。
そして今日、ユキは答え合わせをしたプリントを持ってきた。

「おばあちゃん、これ 0あまり3 と 0あまり3 やったわ」。
「ええ? 何でそうなるんやろ」
しばらく考えたがわからない。
「先生に教えてもらってきてね」。
そして、「ママに聞くから出しといてね」。

と言った瞬間にわかった。単純に考えればいいのである。

「ユキ、3に7は無いから0で、あまり3ということやわ!」
「ああ、そういうことか」と二人で大喜び。そして私は大笑い。

EFBC93E8A792E5BDA2E381AFE38184E3818FE381A4EFBC9F.jpgしかし、このような頭で生きているから大変だ。
この図に3角形が3つあるというのがわからなかった「過去ログ・2016年3月25日」と同じ。

今見ると、さすがに「どうしてこんなのがわからなかったんだろう」と思うが、今日の症状も同じことだ。やはり脳に異常が発生しているのだと思う。以前ならばこのような発想はしなかったから笑ってはいられない。

ユキのおかげで脳も刺激されて知的能力の低下も緩慢になっていればいいが、長年の解決せぬ休みないストレスが原因で脳に異変が生じてしまったと思う。
私が壊れてしまわないうちに娘たちに、そして、幸悠に私の思いを書き残しておかねばならない。

飾りつけ@.jpg今日は見事な秋晴れだった。
近隣宅ではクリスマスのイルミネーションの準備が始まっている。

飾りつけA.jpg




午後の室内はポカポカで半袖のTシャツ一枚になって本を読んでいた。

IMG_0878.jpgユキは昨日、5時の門限を守らず30分も遅く帰宅したので今日は外出禁止。宿題の合間に夕日の壁に影絵を作っていた。
今では夕方5時頃に日が沈み、室内に射していた陽ざしが下から消えていく。午後の室内は28度と暖かくユキはランニング姿だ。

しかし朝は寒い。日曜日の朝から急激に最低気温が6度になり、てきめんに血圧が高くなってしまった。足温器を出し、今朝は暖房をつけた。

木に鳥がいるよ.jpg

ここに鳥がいるよ!.jpg
↑この木の中に鳥がいるよ。
→ほら、ここに2羽いるよ!

一昨日の散歩ではイノシシが2頭出てきたので心臓が止まりそうになった。当地へ引っ越してきた頃はタヌキがいてびっくりしたものだが、10年ぐらい前からすっかり姿を見なくなり、近年はイノシシが土を掘った跡をよく見る。

今日は以前に挨拶だけ交わしたことのある2頭の柴犬を連れた外国の女性と会い、自宅を教え合ってしばらく一緒に歩いた。
フィリピンの人だというので、自己紹介し合ったあとはドゥテルテ大統領の話からいろいろ、知っている英単語オンパレードで片言英語と片言日本語で会話した。

別れぎわ、私は ”See you again." と言っているのに、"See you tomorrow." と、2度も念押しされてOKしたが、明日は public holiday だったことを忘れていた。

22時16分追記:今夜もまた連日知子の帰りは遅い。すべてのしわ寄せが知子にかかっている。ユキとは殆ど会っていない。今朝、珍しく6時半過ぎに起きてきたので知子はユキを抱きしめて家を出た。遅いので心配・・・ (この夜は23時25分帰宅)

posted by 優子 at 18:28| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

宗教改革マルティン・ルター A −キリスト者の自由―

1517年10月31日、マルティン・ルターはヴィッテンベルグ城教会の扉に「95か条の提題」を提示し、罪の償いを軽減する免罪符(証明書)発行に代表される腐敗したローマ・カトリック教会に抗議した。

そのことでルターは破門されるが、これがきっかけになって激しい宗教改革運動に発展していくことになる。そして、「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」プロテスタント信仰が誕生する。「プロテスタント」とは、カトリック教会に抗議する人々の意味である。

カトリックの考え方では、「愛によって形作られた信仰」に重点を置く。わかりやすく言えば、信仰だけではだめで、愛の働きがあってこそ信仰が生きるという考え方である。これはギリシャ思想の流れを汲むもので表面的には美しく立派なものであるが、実はエロースの愛(性的な愛)である。

これに対してルターは信仰を強調し、「信仰と愛は、神から愛を受けることと、隣人にたいして愛を示すことである」と述べている。

つまり、神から愛を受けることが「信仰」であり、隣人に対して愛を示すことが「愛」であると説いている。従って信仰があれば愛することは結果として出てくるのであり、これに対してカトリックでは「愛」は手段となる。

ルターは「信仰によってのみ義とされる(救われる)」という原理を明確にした。著書の『キリスト者の自由』と、そこに書かれた命題はあまりにも有名である。

「キリスト者は全ての者の上に立つ自由な君主であって、なんぴとにも従属しない。キリスト者はすべてのものに奉仕する僕(しもべ)であって、なんぴとにも従属する(仕える)」。

この二つの矛盾する命題により、キリスト者とはいかなる者であるかを明らかにした。即ち、「キリスト者は信仰により自由であり、愛においてすべての者の僕である」と。

同様に教会や教界においても祭司(牧師)と平信徒の関係も同じであるとし、「95か条の提題」の17条が「万人司祭説(祭司説)」である。その箇所を抜粋引用したい。

私はこう答える。祭司とか僧侶とか聖職者とかこの種の用語が一般の人々から取りのけられて、今や聖職者階級と呼ばれる少数の人々にしか適用されなくなったという事実が、これらの用語法を不当ならしめたのであると。

聖書には、学者たちや聖職者たちを単に奉仕者、僕(しもべ)、執事と呼んで、つまり他の人々に向ってキリストと信仰とまたキリスト教的自由とを説教すべき任務を負う者となしているだけで、それ以外に何の差別をも認めていない

     (ルター著『キリスト者の自由』より)

IMG_0854.jpg次に書きたいことは、今から22年も前のことになるが、大阪商業大学で講演させていただいたときの結びに語らせていただいた内容でもあり、その時の原稿が今も残っているのでそのあたりを引用したい。

ご存知のように西洋の近代は「2つのR」によってもたらされたと言われている。それは「Renaissance(ルネサンス)」の「R」と「Reformation(宗教改革)」の「R」である。

イタリアのフィレンツェを中心に展開されたルネサンスは中世的な価値観を打ち破って、人間としての自覚を確立し自己実現への道を開いた。

このルネサンスに続く宗教改革により精神的大革命が起こった。宗教改革は教会の儀式や制度を改善するというような問題ではなく、歴史的には「神と私」、「我と汝」との関係を建て直した重大な出来事だった。

思想史的には自己を確立し、人間としての自由を実現していくことになったが、その結果として理性中心の世界が築かれ、心よりも物が中心となり物質文明の時代が到来して現代に至ったのである。

皮肉なことに、機械工業や科学技術の発展が自由を与えたと同時に主体的な生き方が失われていき、現代の苦悩に満ちた問題が現われてきたのである。

今2016年現在においては、この講演会があった20世紀末でさえ今ほどの暗黒にはなっていなかった。21世紀に入り時代が大きく変わったことが、その渦中にあってもよくわかるほどに顕著である。

ルターの生涯は真の信仰を求めての絶えざる戦いだった。しかしながら、ルターたる人物が反ユダヤ主義という時代の誤謬に眼が開かれず、大きな過ちに気づかなかったことはやはり衝撃である。

例えば、賀川豊彦がスラム街の人々への偏見や思い上がりがあったとして、賀川の全てを批判する人がいるが、差別用語に心を配らねばならぬ現代の精神で批判するのは愚かで正しい批評にはならない。賀川が生きた「時代が握っていた知識のレベル」を考慮するべきである。

しかしながら、ルターの過ちは時代を超えて人間の根源的なことだったゆえに今も理解に苦しむのであるが、それは私がルターを神格化し、あるいは聖人のごとく錯覚しているからであろうと気づいた。

人間は時代精神の影響を受けて迎合してしまう弱い存在であり、これが私たちの実相であると受け止めるのが賢明だ。だからこそ私たちは常により良き未来に向かっていくのである


「われここに立つ、他はなしあたわず
神よ我を救いたまえ。
アーメン」。
                   (マルティン・ルター)

"Here I stand, I can do not otherwise . God help me. Amen!"
「他のいっさいでもない。誰にどう言われても自分の良心において前言を撤回しない」。

2017年はルターの宗教改革から500年を迎える。
宗教改革は教会に分裂をもたらしたが、今、ルーテル教会とカトリック教会が500周年に向けて「対決から交わりへ」(From Conflict to Communion)と題された歴史的文書を今年6月に発表しており、来年の500年に向けて「宗教改革記念『共同の祈り』」を行う準備がなされているという。

エキュメニカル(教会の一致)についても多くの問題を抱えている。要は、教会の真の一致はイエス・キリストの福音の真理における一致としてしか存在し得ないということであり、ルターの主張したとおり、「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」ということである。

附記:前掲の原稿による講演会の写真と配布されたレジメ。

IMG_0852.jpg1994年2月、初めて女性として抜擢されて登壇させていただき、88名の方が聴講してくださった。
この時、真智と夫が来てくれて真智がビデオを撮ってくれていた。私は42歳、真智は13歳だった。

この写真は商業大学の事務局の方が撮ってくださり、「絵画のようで趣があっていいでしょ」と額縁に入れて頂戴したものである。

IMG_0853.jpgその時に配布したレジメは、参考文献も記載して全8ページの内容だった。



講演会の内容は「文学作品に見る人間の真相 ―選ぶということ、自由に生きるとは―@」に記録している。ABCDE
※ 尚、B・D・Eは、それぞれに2つの記事を出しており下部にあります。
 
秋の夕暮れ.jpg
秋の夕暮れ。
ブログを更新して大急ぎで散歩に出た。今日も20分歩いた。
昨日から始めたウォーキング、今度こそ継続すべし!

posted by 優子 at 16:39| 神(聖書) | 更新情報をチェックする