2016年12月31日

渡辺和子さん召天

今朝目が覚めた時、渡辺和子さんの召天を報じていた。一度もお目にかかったことのない方であるが、書物を通して大きな影響を受けた方であるので、「とうとう逝かれたか・・・よく生た人だった」と、しばらく黙想していた。

渡辺和子さんの本は10冊以上買ったと思う。もう20年ほど前のことだと思うが、お手紙を差し上げた時に、あの多忙な方からお返事が届いたのには驚いた。

大切に私の終わりの日まで取っておけばよかったが、残念なことに数年前に落手した手紙を著名な人からのお手紙も廃棄してしまった。

例えば、大学時代に新選組に夢中になっていた時、医師であり沖田総司研究家・歴史作家の森 満喜子さんとの多数の手紙、大学卒業時に板坂 元氏(ハーバード大学で日本文学を講じておられた時)の『ウィトゲンシュタイン 天才哲学者の思い出』を読んで5〜6回交信した手紙や、永井隆さんの次女・筒井茅乃さんから知子にいただいた返信など・・・他にもあったかもしれない。

渡辺和子さんは渡辺 錠太郎(教育総監・陸軍大将)の次女で、父を2.26事件で亡くしている。目の前で。そのような過酷な経験をした渡辺さんは、人間は神のように赦すことができるだろうか。本当に赦すことができるのは神さまだけだと思うと、正直に自己の内面を吐露するキリスト者であったので惹かれた。

IMG_1640.jpgかつてキリスト教雑誌『百万人の福音』のコラムに、渡辺和子さんについて書いた拙文を掲載していただいたことがある。
それから30年経ったことを思うと万感の思いがする。私に影響を与えた忘れられない一人である。


渡辺和子さん召天@.jpg
渡辺和子さん召天A.jpg

2016年もあと5分、新年なもう一度若い頃のように情熱を奮い立たせて、「よく生きた」と思える日々を重ねていきたい。

過ぐる2016年に感謝して、意欲にあふれて2017年を迎えます。共に良き日々を重ねてまいりましょう!
お一人おひとりに神さまのお導きと祝福をお祈りし、どうぞよろしくお願い申し上げます。



posted by 優子 at 23:52| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

ユキのバード・ウオッチング

ユキは鳥の写真を撮っては図鑑を見て鳥の名前を捜す。それはそれは熱心だ。授業中も外界が気になるようで、「今日はこんな鳥がいたよ」と、よく鳥の話をしている。

ユキのおかげで身近にいろんな鳥がいることを教えてくれ私の視野も開かれる。今日はユキのバード・ウオッチング。撮影者は全て幸悠だ。

IMG_1568.jpg12月29日、メジロを見つけたユキは、さっそくみかんを自分で置いてあげたね。




もず.jpg
これはホオジロ。






只今読書中!.jpgこの日の午前中は真剣に読書もしたね。
この時読んでいた本は、ユキのママや真智も小学校3年生の時に読んだ『かぎりなくやさしい花々』です。

暖房している部屋でもフードを被るのがユキ風リラクセーション・スタイルです。

次は、昨日12月30日におじいちゃんと散歩中に出会った小鳥たち。

じょうびたき.jpgこれは、じょうびたき。
遠くなのでこんな風にしか撮れなくて残念。

じょうびたき@.jpg

IMG_1587.jpg
これはヒヨドリ。

シジュウカラ.jpgハクセキレイ。





ほしはじろ.jpgほしはじろ。




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真冬にムスクリが咲いているなんて驚き!


小鳥ウオッチング@.jpg今日も来たメジロ、ゆっくりおあがり。
可愛くて美しいね。





そのあとまもなくしてシロハラが来たよ!
ガラス越しに部屋の中から撮った。
ツグミ.jpg 

ツグミA.jpgユキによれば、シロハラが一番警戒心が強いそうだ。
少し前に新しいみかんを置いたところなのに、ヒヨドリがたくさん食べて、シロハラも大食いだから無くなってしまいそう。

また来たよ.jpg

そしてまた、メジロがやってきた。

IMG_1629.jpg

メジロはいつも仲良く2羽一緒。
このあとツグミがみかんを持ち去った。
2羽きたよ.jpg


ここもチャッピー歩いた道.jpg満開のサザンカ。
この道も一緒に歩いたね、チャッピー。

チャッピー.jpg
チャッピーが居なくなって1年1か月、今も急に悲しみが突きあげてくる時がある。

2016年最後の日の入り
2016没す.jpg

今、ユキも一緒に「紅白歌合戦」を観ている。
我が家はpeaceである。

posted by 優子 at 22:26| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

ハレルヤコーラスで2016年を閉じる

IMG_1518.jpg「 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します」。
   (ヨハネの第一の手紙 
            4章18節)

このみ言葉が今の知子の思いであろう。
ようやく昨日仕事納めを迎え、例年ならば父子ともに13時頃に帰宅していたところ、今年は夫だけの帰宅だった。知子は最後の日もまた一人だけ残って会社の鍵を閉めた。
年末も夜勤警備についてくださっている守衛の方に鍵を渡して、その方々に神の祝福を祈りつつ20時過ぎに帰宅した。

2016年もまた年ごとに試練が強くなっているような波乱の1年であったが、一つの収穫の時に入っている。神さまが知子の霊肉を強めてここまでお導きくださったこと、目に見えるところにおいても勝利させてくださった感謝な年であった。

しかしながら特に12月に入ってからは、退社する社員から引継ぎを受けている新入社員とのことでも目を放すことができない状況だったため、土・日も返上して執念をもって仕事をやり遂げた。特に12月は連日まともに夕食を摂っていないので週末はいつも体重が減っていた。

12月に入ってからの帰宅は夜遅く、「ユキちゃん、また今日もママと会えなかったね」と言うと、「夜中に会ってるよ!」とユキは明るい声で答えてくれていたが、寝ぼけ眼で母親を感じる程度の日々が続いた。

それゆえに今朝からのユキの嬉しそうなこと!
ユキもさみしさを我慢していたことがよくわかった。そして知子は今朝しみじみとユキに言った。
「ユキ、大きくなったね」。

先週の3連休も一緒にいたのだが、知子には時間の感覚さえない多忙さだった。それでもまた今この時も仕事をしているので過去のことにもなっていないが、私も一生懸命の日々だったため明日が大みそかの実感さえない。

2016年を閉じるにあたり、誠実を尽くして職務を果たされた方々を神さまが豊かに祝してくださるように祈ります。
そうでない方々は、どうか人生をむなしいものにしないでほしい。命には限りがあり、命が与えられているというのは実にすばらしく、しかも勤労できるのはこの上ない感謝な時でもあるのだから。

以上、ヘンデルの「ハレルヤコーラス」を聞きながら書いた。体力と時間があれば今の境地を書いておきたいが叶わず、いずれにしても「ハレルヤコーラス」に私の思いは尽きる。

神の働きかけが常にあり、それを見逃さなかった知子。その背後で祈りと導きで支えてくださった方々がいた。苦労は尽きなくても、それゆえに手ごたえのある人生を生きる。

来たる2017年も神の導きと祝福を祈り、そして、どの人にも神の導きがありますように!

posted by 優子 at 23:59| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

「真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―」 真珠湾攻撃の総指揮官・淵田美津雄の証し

ホノルル時間27日午前(日本時間28日未明)、開戦後の75年目にして初めて日米両首脳が真珠湾に立った。日本攻撃を受けて沈没した「戦艦アリゾナ」上の追悼施設「アリゾナ記念館」で献花、黙祷し、その対岸の埠頭で並んで演説した。

真珠湾総指揮官.jpg安倍首相の真珠湾訪問のニュースが報じられた時、真珠湾の空中攻撃隊の総指揮官だった淵田美津雄さんの顔が脳裏に浮かんだ。

後年、淵田氏は、「無知は無理解を生み、無理解はやがて憎悪を生む。そして憎悪こそは人類相剋の悲劇を生む。戦争がそれである」と述懐している。

淵田氏は18歳で江田島の海軍兵学校に入り、以後、航空戦士として祖国への忠誠に一切の戦争努力に傾倒した。
以下は、『真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―』よりの要約引用である。

海軍兵学校に入ったとたんに、お前の将来の敵はアメリカだと教えられた。以来17年、一剣をみがいたのは、この敵とまみえるため。

この一戦に、だまし討ちだの侵略戦争だなどとの後ろめたさは、みじんももっておらず、「奇襲開始!」(トラ・トラ・トラ)と報じた心はさっそうとしていた。

しかし、惨劇の4年後、日本の敗退に終わった。心は憎しみが残り仇討ちに備えようとした。郷里奈良県の寒村に帰農するが、まことに茨の道であった。住むべき小屋も井戸も全て自分の手で作るのみならず、職業軍人は軍閥の犬として日本人に白眼視された。

「この時ほど、わたしは人の頼み難き心を痛切に知ったことはありません。世の友はすべてわたしを去りました。頼むべきは自力だけだとわたしは思いました」。


しかし、土に親しむうちに自然界のものや天然の現象を通じて、生命や宇宙の神秘と共に、これらを創造された神の存在を深く思うようになった。

「頼むべきは自力だけだなどと考えた自分の不遜さに気がついたのであります。わたしは感謝と讃美をもって、天を仰いで祈ることがしばしばありました。神への思慕を知り始めたことは、光明でありました。

年すでに47歳でしたが、この47年間に、わたしはかつて一度もイエス・キリストの名を聞いたことがありませんでした。

したがって今や思慕する神様を父と呼ぶことのできる道が、イエス・キリストを信ずるにあることを知らなかったのです」。


しかし、理念では憎悪に終止符を打つことはわかっていても感情は別だった。

ある時、アメリカに捕らわれていた日本軍捕虜が送還されてきた。その捕虜たちにアメリカ軍の扱いぶりを聞きただした。

20歳前後の娘さんが親切の限りを尽くしてくれたエピソード。捕虜は娘さんに「どうしてそんなに親切にしてくれるのですか」と聞いたという。

すると、彼女の両親は宣教師でフィリピンに居た時に、スパイと間違えられて日本軍隊によって殺されたからだという。
日本人の培われてきた道徳とは正反対、親の仇は草の根分けても討つのが孝子節婦のありかたとされてきた。

娘さんの両親は「どうしても斬るならば仕方がない。せめて死ぬ支度をしたいから30分の猶予をください」と言い、その30分間に聖書を読み、神に祈って斬の座についたという。

娘さんにそのことが伝えられた時、両親が殺される前の祈りを想ったという。すると娘さんの気持ちは、憎悪から人類愛へと転向したというのだ。これを聞いた淵田氏はまだよくわかっていなかった。

その後、日本人の捕虜だったアメリカ人(ディ・シェーザー軍曹)が道行く人にリーフレットを配っていたのを手にした。それはキリストを信じるようになった手記、証しだった。

「獄中で虐待されている時に、なぜ人間同士がこうも憎み合わねばならぬのかと考え、人類相互のこうした憎悪を、真の兄弟愛に変えさせるキリストの教えというものについて、かって聞いたことに心が動き、聖書を調べてみようという不思議な欲求にとらわれたのでありました」。

淵田氏はこの言葉に心を捕らえられた。聖書の存在を知り、さっそく聖書を買い求めて、あちこち探り読みしていた時に、ルカによる福音書23章34節の言葉に出会った。

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。

その時に淵田氏は、あのアメリカの娘さんの話が頭にひらめいたのだった。
これは十字架につけられたイエス・キリストが、イエスを殺そうとしている者たちのために天の父(神さま)にささげた執り成しの祈りである。

そして、「にくむとも 憎み返すな憎まれて にくみ憎まれ 果てしなければ」という、新渡戸稲造の歌を思い出した。

シェーザー軍曹は、獄中で虐待する日本人にこそキリストを伝えねばならないと宣教師になって日本へやってきたのである。

淵田氏の頬に大粒の涙が伝った。そして即座にしてキリストに向き直り、イエス・キリストを我が救い主として受け入れたのである。

「神様は、わたしがイエス・キリストに背を向けていた時から、ずっと限りない恩寵を注いで、絶えず導いてくださったのです。そしてわたしは今こそ、神様がわたしに何をなせと命じていなさるのか、はっきりわかりました」。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った。見よ、すべてが新しくなったのである」。

「戦争と共に、日本は人類の悲劇である戦争放棄を世界にさきがけて宣言して、灰じんの中から再建へとスタートしました。

戦争放棄の理念を裏返してみれば、そこには日本が全人類への憎悪の終止符をうったことを意味するのでなければならないと、わたしは思います。

わたしは同胞の皆様に訴え叫びます。
祖国日本の救われんためにわれら何をなすべきか?
汝、イエス・キリストを信ぜよ!」
 
ワイツゼッカー大統領の敗戦40周年記念の演説「荒野の40年」こそは、まことに神の前における悔い改めであった。政治家であっても、その人物の価値観、生き方によりこのようなメッセージが可能なのである。

オバマ大統領の広島訪問は謝罪ではない、安倍首相が真珠湾に行くのは謝罪ではないと、未だ第一のことを第一とせずに外交的なことにばかりに捕らわれている。

ワイツゼッカーはその演説で旧約聖書を引用して語っている。

「イスラエルの民は約束の地に入るまで、40年間荒れ野に留まっていなくてはなりませんでした(申命記・民数記)。

しかし、ほかのところ(士師記)では、かつて身に受けた助け、救いは往々にして40年の間しか心に刻んでおけなかった、と記されております。

心に刻んでおくことがなくなったとき、太平は終わりを告げたのです」。


これまで70年間も平和を維持した国はなかったという。
戦争になれば人間は狂気になり、今もおぞましい殺戮が、この時も休みなく起こっているというのに、日本は踏み越えてはならない一線を越えてしまった。

2016年を閉じるにあたり我が国のことや世界情勢を考えると、今ほど新たなる年に入って行く恐れを感じたことはない。

このたびの真珠湾での記念式典が、単なる和解のセレモニーにならないように真剣に祈り続けねばならない。

posted by 優子 at 13:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

知子の「出エジプト」に神の栄光あれ! 

image.jpgクリスチャン経営者の集い「インターナショナルVIP関西オーナーズ」の会長を務める、株式会社ミクニキカイ代表取締役会長の坂本旭(あきら)氏。

鉄砲職人だった父の務める個人経営の町工場に入所。9年後の会社創設から60年がたとうとする今日まで、「聖書の御言葉」を第一に歩んできたクリスチャン経営者だ。

クリスチャンの実業家として、どのような時も「天のお父様」を信頼し、事業に取り組んできた。膜分離技術応用の製品開発の一部は国内水道シェア1位を占める同社の創業者だ。

「人間は、軸が不確かだと、会社の経営はできない。
それは恐ろしくて・・・年末になると来年の仕事なんて見えない。現在は弟が社長ですが、会社は毎月3千万円の純利益を出さないといけない。ところが、神様は60年以上与えてくださっています。社長である弟は偉いなと思う。

・・・それほど、会社の経営は厳しいものなのだ。中小企業が倒産するということは、大手とは話が違うのです。家も全部取られてしまう。一生縛られ、もがくわけです。だからこそ、神様を信じなければ生きられません」。


坂本旭(あきら)氏は1936(昭和11)年に生まれ。今年80歳を迎えた坂本氏は、年齢を感じさせない力強さと明るい性格の持ち主だ。生まれも育ちも大阪という、いわゆる生粋の関西人。そのユーモアで聞く人を魅了する。

VIP関西のメンバーの間で坂本氏は、「祝福の人」として親しまれている。祈りの力、信仰一筋の人生が多くの人に「天のお父様の愛」を証ししているのだ。

1986年、商号を株式会社新三国機械に改称。95年には社名を現在のミクニキカイに変更した。もちろん、「御国」(神の国)を意味する。鉄砲職人だった父親から学んだ経験は、坂本氏の人生に大きな力となっていった。

「どんなに性能が良い銃も、完全に真っ直ぐな物はありません。人間が造る銃はゆがんでいるので、微妙に螺旋(らせん)を入れるのです。弾は螺旋を描きながら目標に向かって飛んで行きます。こうすることで的に当たるのです。

だから「不完全な人間」もイエス様という螺旋が施されることで、的外れではない人生を歩めます。どのような人間でも、イエス様を信じれば天国へ行けるのです」。


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クリスチャン経営者のこだわりとは:

イエス様はどうなさるか。順調なときは誰だってできてしまう。岐路に立たされたときにどうしたらいいのか。最終的には祈るしかない。イエス様は神の子であるわれわれに「祈りなさい」と鞭(むち)を当てているのだ。難しいことは考えないでよい。

取って付けたような事は意味がない。あなたは、本当にイエス様と付き合っていますか? 神学ばかりで頭でっかちになってほしくない。

いろいろな出来事に遭遇しても、接して、なじんで、最後は手で触って解決するロケットの職人の技のように「あなたの感性」を大切にしてほしい。そういう信仰を持って歩んでほしい。

聖書でイエス様の弟子たちを見れば分かる。助け主である御霊(みたま:聖霊)が普遍的におられるではないか。何も怖いことはない。イエス様とのお付き合いは、格好付けても値打ちがないことです。

神様は神学ではなく、体験でお知らせくださるのです。だから、困ったなあという体験も大切なのです。人は追い詰められても、神の子どもという特権があるので放っておけないのですね。
神様は全部を知っておられる。正直に自分を見つめていくことです。


原子力は誤った動機から生まれたもの:

坂本氏は専門分野ではない原子力エネルギーの世界についても語ってくれた。これは信仰の証しと深い関わりがあり、ミクニキカイが先駆けて取り組みたい分野は水素エネルギーの世界である。

坂本氏はこのように話す。「原子爆弾は、第2次世界大戦中にナチス・ドイツが兵器として世界で最初に作り出そうとしたものです。ドイツは戦争に負けたので、核兵器を使うことはありませんでした。一方、米国では、マンハッタン計画が進められたのです。

アイシュタインらにより『ナチスが先に原爆を手にしたら、最新のロケットに搭載し、米本土が攻撃される』と大統領へ書簡を送ったことがきっかけだったのです。ナチスは高性能のV1ロケットを保有し、海を越えてイギリスを攻撃することに成功します。続けて、大気圏外へ飛ぶ『大陸弾道弾ミサイル』の初期型に当たるV2ロケットを生産しました」。

ナチスがV2ロケットに核弾頭を搭載すれば、米国はたちまち脅威にさらされる。この恐怖におびえ、慌てて造られたのが、米国製の原子爆弾だった。ドイツが負けて、不幸にも日本に使用される結果となった。坂本氏は「動機が良くない。罪だ」と説明した。人間が、原子力を戦争に使う兵器に利用したことが問題なのだと主張する。

クリスチャンには「絶望の中に解決できるという潜在意識がある。祈りしかない。」と神を讃美した。

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日本には、世界に誇る職人の技がある。H2ロケットは非常にコストが安く、実用的なロケットではあるが、成功までに時間を要した。失敗して海に落下し、回収された残骸から「なぜ故障をしたのか」を調べるとき、最後に必要なのは頭脳ではなく人間の手の感覚だ。

坂本氏はかねてより、新しいエネルギーに「水素」を強く提唱し続けてきた。最大のメリットは「どこにでもある」という点だ。簡単に言えば、太陽と水さえあればできてしまうからだ。水素エネルギーは水に戻るので、環境汚染も広がらない。

水素がエネルギー化すれば、他国へ取りに行く必要がなくなる。燃えても、また水に戻る。水しか残らない水素が普及すれば、地球の温暖化や環境破壊、異常気象もなくなる。

「日本ならできます! 日本ならできるのです。日本は文化の宝庫です。よそができないことができます。皆は、ここに注目し努力すればよいです」。

日本刀は世界に誇る技術の結晶だ。世界ブランドのドイツ「ゾーリンゲン」(大手・刃物メーカー)も、日本刀を造ることは不可能だ。
日本人の職人、匠の技が、将来の世界を変えることができるのです。「職人の手の感覚、感性」で作り込んでいく世界だ。

以上は、クリスマス・イブの日に公開された『クリスチャン・トゥディ』、「この人に聞く(21)『約束のしるし、会社にかかった大きな虹』ミクニキカイ代表取締役会長・坂本旭氏」より引用させていただいたものである。

この証しは、今、美濃紙業の上に、いや、もっと正確に言えば、信仰をもって神と共にミッションに取り組んでいる知子への大いなる励ましである。共感できること大なりで、私たちも日々神の見えざる手を感じている。

近い将来、時間が割けるようになれば、是非「VIPクラブ」を訪ねてほしいと思っている。

この " VIP " とは " very important person " の頭文字をとったもので、「とても大切な人」という意味であり、その言葉はイザヤ書43章4節、「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。」に由来する。

posted by 優子 at 16:26| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

クリスマスの朝の光景

先日ユキにラジコンを買った時、真智が赤いラジコンで遊んでいた姿を思い出していた。しかし、ラジコンを買ってあげた記憶がなく誰からもらったのか思い出せずにいたら、真智のメールでわかった。

「私も小さい時ラジコンが大好きでした。おじいちゃんとおばあちゃんが、赤いスポーツカーのラジコンをプレゼントしてくれたことを何度も思い出します」。

ユキが真智と太志君からもらった贈り物。

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IMG_1524.jpgユキへの愛が刻まれたクリスマスカードと、この「ジンジャーブレッドマン・クッキー」とチョコレートが入っていた。





そして、サンタクロースさんから届いたプレゼントは、いつも置いてくれている出窓には何もなくて、お手紙が置いてあった。
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ママに読んでもらってから、私にも見せに来た。
「外にあるって! 見に行こう!」と階段を駆け下りた。

「こんなに大きいよ! 」

ユキはドアを開けた瞬間、立ちすくんで何度も言った。

「ええ? それはないやろ」
「でかすぎる! それはないやろ」


大きな箱は、ユキの力ではビクともしないほど重かった。

サンタさんより@.jpg

私は寒いのですぐにベッドへ戻った。

サンタさんよりA.jpg

サンタさんよりB.jpg

Cサンタさんより.jpg

折りたたみの自転車だった!!!

サンタさん、ありがとう!

組み立てているうちにすっかり夜が明け、
これがユキ9歳のクリスマス朝の光景だった。


私はこの自転車で大阪の中心部を走ってみたい!

ところで、娘たちが小さかった1985年のこと、フィンランドのサンタクロース村のサンタさんから手紙が来た。ご覧の所から。(^−^)

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サンタさんのお話はとても楽しいので一部お分かちしたい。

IMG_1528.jpgわしのトナカイたちは まほうの トナカイでな ジェット機や ロケットよりも はやく はしれるんじゃ。

クリスマス・イブの 夜空で ながれ星に 見えるのは じつは わしたち なんじゃよ。

きみたちへの プレゼントを ひとつずつ たしかめて ふくろに つめるしごとが これまた たいへんなんじゃが、かぞえきれないほど たくさんある プレゼントも わしの ふくろにいれたら かんたんに おさまるんじゃ。

この クリスマス・イブの 夜だけは わしのしごとが おわるまで おひさまも 夜があけるのを まっていてくれてな。

そして さいごの ひとりに プレゼントを くばったら あさがくるんじゃ。

「この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、何から何まで、人の頭の中で作り出し、想像したものだなどと言うことは、決してないのです。

サンタクロースがいない、ですって?

とんでもない!

サンタクロースが信じられないということは、神さまが信じられないのと同じです」。


私はそう思います。
21世紀のIT時代に生まれてきた子どもたちには尚のこと、精神の重要性を子どもの中に育てていってやらねばならないのです。

そして、まことの神を求める人に、神と共に歩む生涯を築き上げてほしいと願わずにはいられません。

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posted by 優子 at 07:46| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

クリスマスにワシントンと日本に届いた愛の贈り物

IMG_1515.jpgクリスマスの11時過ぎ、次女夫婦からクリスマスカードとユキへのプレゼントが届いた。
真智に連絡すべくパソコンを開けると、何と私が贈った荷物も既についたという感謝メールが11時前に着信していた!!!

あちらのクリスマスイブの夜8時頃に届いたのだろう。

IMG_1522.jpg私が手配したのは12月21日のお昼前だったから、たった4日間しか経っていない。EMS(国際スピード郵便)とはいえ速すぎる。知子と私はクリスマスの祝福だと喜んだ。私はすぐに二人からのクリスマスカードを知子と夫に声を出して読んだ。

「最近私は、人生を通じて、真に個人として神様への信仰を選ぶか、問われているように感じます。

この世で起こることは本当に何でもありで、人の感じ方も様々で、何がなんだか分からなくなります。でも最近、こう思いました。

私たち一人ひとりが混沌の中に置かれるのは、それぞれが徹底的に個人に戻され、周囲や状況を見てではなく、仲間がいるからではなく、私個人の意思として神様を呼び求めるかを問われるためなのかと思いました」。
 (真智子)

「この一年は特に、世の中の価値観を捨てて、主の価値観を選んでいこうと、日々思い過ごしてきました。

試練は絶えず来るものですが、これからも真智と共に祈りつつ歩んでいこうと思っています」。
 (太志)

本当は全言をここに刻ませてほしいけれど、教えられ励まされたところだけでも書かせてもらった。次に感謝メールからも刻ませてもらおう。神の恵みの中で生かされている者の祝福が、私の中に飛び込んできて力づけてくれる。

IMG_1547.jpgママ、

今日の夕方、ママからの贈り物が届きました!
届くのが早くてビックリしたよ!!


そして、開けてみてまたビックリ!!
裏起毛ふわっとスパッツ!!!!!!!!!
ちょうどほしかったものを、
思いもかけずママが送ってくれるなんて。
本当に嬉しい。ありがとう!!

IMG_1551.jpg心からのメッセージ、
そして、大切な宝物のカードを、
本当にありがとう。
心も体もしんどい時に書いてくれたことを思い出して
また感謝しました。

優しい絵の中の、この黒い迷える子羊は私だ、そして
そんな私にもイエス様は来てくださったんだ、と
心が温まりました。

このカードを手に取っていた若い頃のママのことも、
愛おしく感じました。
主が共にいてくださる、インマヌエル、信じます。
いつもお祈りしていてくれてありがとう。

手帳、み言葉カレンダー、美濃紙業のカレンダー。
私達の生活にとって、とても温かい存在です。

2017年の真っ白の手帳を見て、
去年2016年の手帳を手にしてから
もう一年も経ったのかと思いました。

主が共にいてくださるから、
今年も一日一日
主の導きに信頼して歩んでいきたいです。

フキの佃煮! しいたけにゴマにワカメに昆布!!
帰国した時の風景が思い出されて懐かしく、
寂しいです。大好きなものばかり、本当にありがとう。
嬉しく、大切にいただきます。

私たちの郵送物はまだ関空にいるような感じです (>_<)。
無事についたらいいな、と思います。

今日はユキちゃんにサンタさんが来たかな?
良いクリスマスを過ごしてください。

本当に、主が4人を力強く守り、癒し、
祝福してくださいますように、心からお祈りしています。
本当にありがとう!

真智子

勿論、太志君からも感謝メールをいただいている。

いつもならばもっともっと早くからいろいろ贈るものを用意していたのに、今年はスパッツしかできなかった。しかも入れ忘れがあり、郵便局から帰宅して2つの品を見つけた時は情けなく残念でならなかった。

クリスマスカード.jpgこのクリスマスカードは、たぶん中学1年生の時に購入したものだ。

同志社女子中・高では、毎年12月になると宗教部員がクリスマスカードを販売する。

これはその中の1枚で、特にこの絵に魅かれるのは信仰者の祈りを感じるからだと思う。大切に2枚取っていた。もう50年以上も前から持っている古いカード。

IMG_1517.jpg「真智、もう一枚はね、これ! 
かわいいでしょ!

羊のカードよりも小さいサイズです。

このカードは書き損じているから使えないけれど、これも13歳の時からの宝物です」。




anima_boy1.gif2016年のクリスマスは、私たち家族にとって今までで一番意味深いクリスマスだったに違いない。

クリスマスのお昼前にワシントンから愛の包みが届き、私からのも届いていたこと。そして、家族で心からのクリスマス礼拝を捧げたこと。

その上に、夜には思いもかけないクリスマスの奇跡を神さまが見せてくださった。


posted by 優子 at 00:04| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

家の教会㉟ ―クリスマスは「すべての民にあたえられる喜び」−

church01.jpgクリスマス おめでとうございます!
主の御降誕を感謝し、クリスマスの御挨拶を申し上げます。


教会歴では「アドベント」から新しい年が始まります。クリスマス・カードに " Merry Cristmas and a Happy new year." と印字されているのはそのためです。
昨夜も信仰の友より、「祝御聖誕 謹賀新年 2016 クリスマス」と記されたハガキが届きました。

今日はユキがサッカー教室の帰りに自転車の鍵が無いと、コーチご夫妻と息子さんに長い時間捜していただいていたのに見つからず、連絡をいただいて知子と祖父が自転車を引き取りに行きました。その時もなお捜してくださっていたそうです。

それでクリスマス礼拝がますます遅くなりましたが、一同静まって主の御降誕を喜び感謝礼拝を捧げ、午前中に知子と用意したお料理を並べてクリスマス愛餐会を持ちました。

2016年12月25日(日) (第35回 家の教会)
12時45分〜13時30分
出席者 4名
@ 前奏
A 主の祈り
B 讃美歌  98番「天(あめ)には栄え」
C 聖書輪読  ルカによる福音書 2章1節〜20節
D お話    優子
E 分かち合い 一人ずつ
F お祈り   優子
G 讃美歌  111番「神の御子は今宵しも」 
H 後奏   バッハ「人の望みの喜びよ」

ルカによる福音書 2章1節〜20節:
2:1そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
2:2これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
2:3人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
2:4ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
2:6ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
2:7初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

2:8さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
2:9すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
2:10御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
2:11きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
2:13するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
2:14「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

2:15御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。
2:16そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。
2:17彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。
2:18人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。
2:19しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。
2:20羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。

お話:
クリスマスは「すべての民にあたえられる喜び」です。
今も涙を流し、心身の痛みを抱えて必死で生きている人、不安と苦しみのどん底で生きる意欲を失くしてしまっている人、悪から離れたいと悩んでいる人も、そのような人々こそ深い慰めと喜びを知ることができるのです。

私たちは誰も皆、人生でいつも躓きます。何度も躓きます。しかし、神さまは私たちの祈りを聞いてくださっており、神さまのシナリオは万全です。私たちにとって最も良い時に、最も良い方法で、最も良い結果になるようにしてくださることを固く信じることができます。

ですから例えば悪意に満ちた人に悩まされる日々であっても、ガラテヤ人への手紙6章9節の言葉を口ずさんで励むことができるのです。

「わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」。

「地には平和、御心にかなう人にあれ」
とは、地に住む人々に平安があるように、安きがあるようにと言っているのです。それは戦争や殺戮がないという平和だけを意味しません。キリストに出会うときに心が平安に満たされることを言っているのです。
 
「いと高きところに神に栄光があるように」。
これは、神さまを讃美し(ほめたたえ)、神さまに礼拝を捧げるときに与えられる深い平安です。

信仰者ならば常に思うことでしょう。私の選択や言動は神さまの御心に叶っているだろうかと。
箴言の16章9節にこのような言葉があります。
「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」。          

主イエスを信じる人の心に内住(ないじゅう)される聖霊は、その人の人格に無関係に語られるのではありません。
  

例えば『塩狩峠』に描かれた実在の人物・長野政雄が、暴走する旅客列車の下に身を挺して暴走を食い止めて乗客の命を救ったのは、長野が真の愛の人ゆえに聖霊がそのように働かれたのだと思います。

ですから先日来のパロの心を頑なにされたことについても同様で、傲慢で神を信じないパロゆえに頑なにされたのではないかと思います。

長野政雄のような愛の人はますます愛の人になり、悔い改めない人はますます恵みから遠ざかるのです。
ヘブル書(3章7・8節)の言葉を思い出します。

「だから、聖霊が言っているように、
『きょう、あなたがたがみ声を聞いたなら、
荒野における試錬の日に、
神にそむいた時のように、
あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない』。

「今は恵みの時、今は救いの日です」。

        (コリント人への第2の手紙 6章2節)

クリスマスこそ「今は恵みの時、今は救いの日です」。
クリスマスはすべての民にあたえられる喜びです。

人間が考え出した宗教は、人間が救われるためには必ず難行、苦行という条件がつきます。難行・苦行を成就したところでその人の罪は消え去りません。かえって自負心が加わることでしょう。

まことの神は神さまの方から私たちのところに降りてきてくださったのです。そもそも「救い」の意味が全く違っていますし、私たちは素直な心で「良い知らせ(good news)」を聞いたら、このブログを読んでくださったならば、ただそのままでイエス・キリストを心にお迎えすればいいのです。

ティントレット 羊飼いの礼拝.jpg今日全世界の教会が極東から時差を置いて、ベツレヘムの馬小屋にお生まれになった主イエス・キリストのご降誕を祝って礼拝を捧げます。

クリスマスは救いの業の始まりです。そして十字架につけられて死なれ、復活されて私たちの救いが全うされるのです。

クリスマスはすべての民にあたえられる喜びです。

j_je04.jpg「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである」。     
         
(ルカによる福音書 
       2章11節)



「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。
       (ヨハネによる福音書 3章16節)



附記:これは公立中学校で国語の講師をしていた時に、1年生のクラスに配布したものです。

中学校講師時代に.jpg

子どもたちの教養のためにもクリスマスの意味を知ってほしくて、10分間ほど時間を割いて授業の最初に話しました。大学を卒業した1974年の12月のことでした。

posted by 優子 at 17:36| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

目に見えないものを信じる心の働き −サンタクロースの使命―

@一人でサッカーに.jpg今朝サッカー教室に行くところ。このあと知子はユキが帰宅するまでの2時間半仕事に集中、私も年賀状を仕上げた。
とは言うが、2017年の年賀状は知子の年賀状を使わせてもらった。あまりにも多忙な知子ゆえに、さすがに私の分まで作成してほしいとは言えなかったからだ。

ラジコン.jpgさて昨夕は次女とのスカイプのあとまもなく、家族で家電量販店へユキのクリスマス・プレゼントを買いに行った。

本来ならば内々に用意してクリスマスの朝に手渡してあげたかったが、次々と起こった体調不調、用事、また、考えることが多く心の余裕がなかった。でも、本人が一番欲しいものを選ぶことができた。


クリスマスイブに.jpgそして、知子の息子へのクリスマス・プレゼントは2冊の絵本。絵本とはいえ読みごたえがある深い内容だ。
私は昼食の準備をしながら知子の読み聞かせに耳を傾けていた。子豚が羊からもらった涙の入ったランプを見たときの言葉。

「誰かのために流した涙って、こんなに明るくて美しいのね。暗い自分の涙しか見ていなかった」。

昨日の『クリスチャン・トゥディ』に「サンタクロースなどの世俗のクリスマス文化は危険 リック・ウォレン牧師が警告」という記事が出ていた。正しい警告であると思うだけに、子育ての初めに松岡享子さん(書物)と出会ったことを改めてありがたく思う。

その記事に、医学誌『ランセット精神医学』に掲載された論文の共著者であるキャシー・マッケイ氏の言葉が引用されているが、まさに私に示された道しるべはそのことについてであった。

「サンタ神話は、両親と子どもたちの間のとても込み入ったうそ、またとても長く続くうそであり、両者の関係がもろく傷つきやすいものである場合、これはとどめの一撃になるでしょう。

もし親たちがとてももっともらしく、とても長い間、(サンタクロースが存在するという)うそをつくことができるなら、彼らは他のどんなことについてうそをつけるでしょうか?(どんなことでもうそをつけるでしょう)・・・これらのうその中に、子どもたちが傷つけられる潜在的可能性があるのです」。


このことも然り、的を得たものだ。
しかし、その対極にある松岡享子(きょうこ)さんは次のように書いている。

「幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。(略)

心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中に、サンタクロースを収容する空間をつくりあげている。

サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出ていってしまうだろう。だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。

この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。

           (略)

むしろ、見えない者を信じることを恥じ、サンタクロースの話しをするのは、子どもたちをだますことだというふうに考えるおとなが、子どもの心のふしぎの住むべき空間をつぶし、信じる能力を奪っているのではないだろうか」。
 
 

   (松岡享子著 『サンタクロースの部屋』
           −子どもと本をめぐって― より)

現代は私が子育てしていた30年前よりもはるかに子どもを育てにくい状況だ。
子どもにはあまりにも刺激が強すぎ、テレビやラジオのニュースでさえ毎日のように、ではなく、毎日、殺人、切断、遺体遺棄、自殺・・など衝撃すぎるため、孫が居るときは途中で消さねばらぬこともたびたびだ。

ユキの日々を与っている私は、ユキを忙し過ぎさせないようにするのは娘たちのとき同様だが、ユキは1人っ子だけに意識してかまい過ぎないようにと心に留めている。

私は娘たちがサンタクロースが誰であるかを知った時、その時にできた心の空間にまことの神さまを迎え入れることができますようにと願った。

私が最も願っていたことを、知子と真智子の幼いうちに叶えてくださったことはこの上ない感謝と喜びであり、ユキの心にも救い主イエス・キリストが共にいてくださっている。

ani-ninf-aka1.gif斯くして、ユキもまた知子や真智子のように、サンタクロースはイエスさまの使者と受け止めている。


今夜、子どもたちにサンタクロースが来てくれますように。

ribbon1a.gif

「闇に閉ざされたかのような日々であっても、小さな光があなたのために用意されていています。それに従っていくなら、やがて大いなる光に出会います。
今宵、救い主を見つけた博士たちのように、あなたの顔が『この上ない喜び』で輝きますように」。


「すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼な子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ」。

          (マタイによる福音書 2章9・10節)

posted by 優子 at 22:56| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

シリア人医師:「それでも、私たちはまだ希望を失っていません」。

header_logo.gifこのロゴマークをクリックしてください!


img.jpg国境なき医師団は、シリアに関連する活動について完全なる中立性を確保するため、民間の皆さまからの寄付金のみを活動財源としています。

2016年、日本では12月19日までに5000件以上、約6000万円のシリア緊急援助へのご支援をお寄せいただきました。ご協力くださった皆さまに、心より御礼申し上げます。

より多く、一人でも多くの命を救うために、私たちにはもっと多くの資金が必要です。まだまだ足りないのが実情なのです。

シリア国内に取り残された人びと、また周辺諸国の難民キャンプで援助を待つ人びとのために、国境なき医師団だからこそできることがあります。どうぞご協力くださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

現地に残って被害者を治療しようと努めるシリア人医師から、2週間前に届いた報告を、一部引用してご紹介します。

「12月5日には、爆撃で救急車が破壊されました。負傷者を他の病院に移送する必要がある場合、いったいどうすればいいのか……。この診療所は何度も攻撃の被害に遭っています。壁や天井には穴があき、手術は地下階で行っています。

過去2年の間に、診療所長を含む医師2人、清掃員1人、研修責任者1人、看護師3人、合計7人の仲間が命を落としました。  

戦闘機と空爆は恐ろしいものです、亡くなった人を思い、次は自分の番かと考えてしまうのです。私は空爆が静まるまでトイレの通路に隠れていることもあります。

それでも、私たちはまだ希望を失っていません。希望は常にあるものです。残念ながら、この地に明るい兆しはまだ見られません。それでも、今は地域の人びとのために医療の維持が重要です。私たちは今後も最善を尽くしていきます」。


images.jpgこの写真は、亡くなった息子に口づけする父親です。

以下は、『クリスチャン・トゥディ』12月17日に公開された
シリア人ジャーナリストに聞く「国際社会のすべきこと」からの抜粋です。

「神様・・・私たちをこの悪夢から解放してください」

「これが、私の最後のメッセージになるでしょう。これをご覧の皆さん、シリアとともに立ち上がってください」

「私たちは、普通の生活がしたいだけなのです。どうか皆さん、私たちを助けてください」

「政府軍からの攻撃は日に日に激しくなってきています。政府軍の兵士たちは、もう数百メートル先まで来ています」


このような悲痛なメッセージに、日本人ユーザーの間でも同情と祈りの声が上がっている。

シリア地図.png一夜明け、アレッポの街はどうなっているのだろうか。カナダ在住のシリア人ジャーナリスト、モハメッド・マームッドさんに話を聞いた。

現地アレッポに多くの仲間が残されており、マームッドさんもカナダからアレッポの現状を伝え続け、支援を呼び掛けている。

―現在のアレッポの様子は?

29日間に及ぶ集中砲火や爆撃の後、ようやく昨日から、アレッポ東部の地域から一般市民の避難が始まっています。この間、多くの市民がロシア空軍、政府勢力による攻撃で亡くなりました。

アレッポの街には、もうほとんど建物という建物は残っていません。彼らは学校も、銀行も、ベーカリーも、道も、橋も全てを破壊してしまったのです。ロシア、インド、中国などの政府側を支援した国々の企業は、ここに新たなビルを建設する契約をすでに結んでいると聞いています。

―現地から頻繁に情報は入ってくるのですか?

はい。私は、現地の活動家やジャーナリストたち、評議員たちと継続的に連絡をとっています。この中には、私の友人でもあった日本人ジャーナリストの後藤健二氏がドキュメンタリーを作成してくれた「ホワイトヘルメット」のメンバーも含まれています。彼らは、国際社会の沈黙に対して、彼らの怒りや思いをユーチューブなどで公開もしています。

米国とロシアによって、この国はほぼ滅ぼされてしまいました。さらにさまざまな国が加担したことによって、この戦いはより激しくなっていきました。

イランは水面下で政府側を支援し、戦闘員や戦うための道具を送り、経済的な支援も行ってきました。それらのお金によって、国内外の戦闘員を雇うことができたのです。

トルコやサウジアラビアもまた同じような役割を、反政府組織に対して担い、この愚かな戦争に加担してきたのです。


―国際社会は、アレッポ市民に対して、何ができるでしょうか?

東アレッポから避難してきた市民たちは、家を追われ、毎日のように処刑されるのではないか・・・または爆撃や攻撃に再び遭うのではないかといった恐怖にさらされています。

この避難民たちは、10万人ほどいるのではないかと予想されています。彼らは何も持っていません。洋服をかろうじて着ている程度でしょう。シェルター、洋服、食べるもの、移動手段、医者、薬、学校、デイケアセンター、女性のための健康センター・・・数えたらきりがありません。想像してみてください・・・ちょうど日本に原爆が投下された直後の広島の街のようだと思います。

―この戦争を終わらせるために、私たちができることは?

国際社会は、再び彼らの脆弱(ぜいじゃく)さを露呈することになったと思います。この虐殺に対して、完全に無力だったのです。国連の主要機関ですら、このフィールドには踏み込むことさえできませんでした。

世界の皆さんに私は言いたいのです。もう一度、シリアのことをよく考えてみてください。シリア革命は、人々が変化を求め、自由を求め、一人一人が生まれ持った人としての権利を取り戻すために行われました。皆さんの理解を求めます。


bible.png附記:今日11時頃、私たちのために真智から電話あり。すぐにスカイプに切り替えて4時間半も話し合っていた。スカイプを終えた時、ワシントンは深夜1時半になっていた。
最後に一人ひとり祈り合い、そのあとにまた真智が祈ってくれて、最悪のクリスマスが最善のクリスマスへと導かれた。インマヌエル!


posted by 優子 at 21:45| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

「ゆきちゃん、あんなに約束したのにごめんね」

IMG_1461.jpg

これは19日朝、知子がテーブルに置いて行ったユキ宛の手紙だ。19・20日の2日間、知子はユキの寝顔しか見ていない。ユキはそれさえ叶わず母不在の2日間だった。このようなことも珍しくなく、昨夜と今朝もまたそうだった。

なにゆえにそれほど多忙なのかと言えば、来客や会議などの合間を縫いながら日常の業務に加えて年末調整がある。特に今年は書式が変わったという。

19日には年末調整と20日の給与振込を完了させ、昨日、社員に明細配布も終え、11の市町村と税務署への書類一式も準備完了。昨日は決算書類も提出して税理士さんとの面談も終えたという。

私は夜遅く帰宅する知子からその日の出来事の要約を5〜6分ほど聞くだけで、僅かな睡眠時間をこれ以上取らないように話もそこそこに退散する。

今夜も遅くなるようだ。夜になると雷雨の予報なので、自動車は知子に譲って夫には電車で帰宅してほしいと頼んだ。休み前でも駅まで迎えに行ってやろうとしないからだが、夫自身が決めればよい。
(20時38分追記:夫は電車で7時15分頃帰宅した。)

明日からの3連休、今週は休日ぐらいは仕事をしないでゆっくり過ごさせてやりたい。

ユキは終業式を終えて12時15分に帰宅。
嬉しそうに成績表を見せてくれ「よくできる」が増えていた!
「冬休みの宿題を今日中にやる」と珍しく意欲的に取り組んでいたが、雨が降りそうで降らず陽ざしまで出てきたので先ほど遊びに行った。

おめかしユキ.jpgこれは登校前の様子。
最近は身だしなみもかばうようになり、髪の毛がはねていると水で濡らしてセットする。

ユキは女の子にも人気があるようで顔を赤くしながら嬉しそうに話してくれたが、「そんなことブログに書かんといてや」と言われて少なからず衝撃を受けた。

私は今もユキのことを幼児のように思っていたのだろう、ユキの言葉を真摯に受け取めて配慮しなければならない。


ちなみに、登校前の身だしなみの写真掲載とコメントは了解を得ている。

外は季節外れの暖かさで、ぬるい温泉につかるような感じだ。外気温は19度近くもある。

IMG_1470.jpg

今朝、ユキを起こしに行った時に撮ったもの。
Photo by Yuki.

附記:今朝送られてきた御言葉より
「それでも、あなたは何年も彼らを忍び、あなたの預言者たちを通して、あなたの霊によって彼らを戒められましたが、彼らは耳を傾けませんでした。それであなたは、彼らを国々の民の手に渡されました」。            
           (ネヘミヤ書9章30節)

主は私たちの不信仰、高慢、怠惰を忍耐していてくださいます。しかし、何らかの方法で警告されているはずなのです。主は憐れみの神ですが、その憐れみがいつまで続くか、試してはなりません。

                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8FABD88FAAB35B3F3F8FABC18FABA48FAAC23F3F3F3FA1F13F3F3F3FA1AF-41355.jpg私たちも、人から正当に評価されずとも、自分の役割を誠実に果たす気概を持ちたいと思います。主がそれを心に留めて、報いてくださいます。

(20日の御言葉より)


posted by 優子 at 15:58| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

家の教会㉞ −クリスマスの賢者たち “The Gift of the Magi”− ―

anime_tomosibi01.gif今日からアドベントの4週目に入り、いよいよ来週はクリスマスです。
アドベント期間は主イエスをに会う備えの時であり、それは即ち悔い改めの心を持つことです。イエスさまを心の中にお迎えして、クリスマスをこころからお祝いしたいと思います。

2016年12月18日(日)(第34回 家の教会)
13時5分〜13時45分
出席者4名
@ 前奏  知子
       バッハ コラール・クリスマスオラトリオ
A 主の祈り  一同   
B 讃美歌112番  「もろびとこぞりて」
           ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲
C 聖書輪読  マタイによる福音書2章1節〜12節
D お話    優子
E お祈り   一人ずつ
F 讃美歌115番  「ああベツレヘムよ」
G 後奏 知子  バッハ 待降節コラール
         「来たりませ 異邦人の救い主よ」
 
マタイによる福音書 2章1節〜12節:
2:1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

2:7そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

お話:
今日は最初にオー・ヘンリーが書いた『賢者の贈り物』のお話をします。これまでにユキに読んだことがあるのだけれど覚えているかな? 貧しい夫妻が互いへのクリスマスプレゼントを贈る話です。ページをめくりながら簡単にお話するね。

妻のデラは、夫のジムが大切にしている金の懐中時計に吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を切って売り、一方、夫のジムは祖父と父から受け継いだ貴重な懐中時計を売って、デラが欲しがっていたベッコウのくしを買ったという物語です。

賢者の贈り物最終ページ.jpgそして、オー・ヘンリーは、お話の最後をこのように結んでいます。

「贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。
贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです」。


妻は自慢の長い髪を売り、夫はおじいさんから受け継がれてきた懐中時計を売って、それぞれ売ったお金で贈り物を用意しました。

このような行為を「犠牲」と言います。即ち、自分が損することを厭わずに相手に大切なものをささげることです。ですから犠牲の大きさは愛の大きさを示しています。

j_je02.jpgオー・ヘンリーが最後に書いている「東方の博士(賢者)」とは、今日読んだところに出てきた3人の博士のことです。

この博士たちは星占いをしていた天文学者です。と言っても聖書が罪とする「占い」、私たちが知っている「星占い」ではなく、彼らは当時の天文学研究者で、天体の運行と地上の出来事を綿密に調べる最先端の科学者でした。

しかも、知的に優れているというだけではなく、深い知識と知恵を有し、人を導く宗教者でもありました。

その博士たちが救い主の誕生を告げる星を見つけました。遠くはるばる長い旅をして救い主イエスさまを礼拝しに来たのです。その時にお捧げした「黄金、乳香、没薬」は非常に高価な品々でした。

博士たちは贈り物の品だけではなく、長い時間をかけてしんどい旅をしてやってきたのです。それら全てが尊いものでした。

私たちも日曜日に家庭礼拝するのは、時間ができたから、暇だから礼拝するのではありません。教会へ行くのと同じ、最初に神さまのために時間を聖別して捧げるのです。
実はそのように礼拝できること自体が神さまからの祝福であり、神の恵みの中で生かされているということなのです!

ヘロデ王は、その幼子を見つけたら「わたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」と言いましたが、博士たちは夢のお告げを聞いてヘロデ王のもとを避けて、「他の道をとおって自分の国へ」帰って行きました。
 
神さまと密に生きているとこのようなことを経験しますね。
特に知子は毎日1分たりとも気の抜けない状況にありますから、それゆえに神さまから絶妙なる時に絶妙なる知恵を示されています。私はたびたびそれらの証し(神さまの不思議な出来事)を聞かせてもらっています。


クリスマスは救い主イエス・キリストを伝え、「神さまはあなたを愛されていますよ」と伝える時、クリスマスは愛を分かち合う時です。

この『メメントドミニ』が読んでくださっている方のベツレヘムになって、キリストと出会われますように祈ります。

「人を愛し思いやる心があれば、毎日がクリスマス。その愛の心を一年中持ち続けよう。でもひとりでは続けようがない」。
      (画家 アンソニー・ヴァン・ダイク)

お祈り.jpgこれは礼拝でユキがお祈りしている姿です。この時、「おばあちゃんの目の腫れているのが治りますように」と祈ってくれていました。

というのは、昨夜から急に両方の上瞼が痒くなって1時間半ほどで目の下も腫れてしまい、今はかなりましになっていますが、今朝は瞼が眼球の半分まで垂れ下がるほど腫れていました。

検索結果から症状は「クインケ浮腫」に似ているのですが痒みがあるので違うようです。昨夜は小さな箇所(まるで虫に刺されたところだけ)が痛痒く、とにかく突発性の局所性浮腫です。身体の異変が続く日々です。

今朝は久々のサッカーだったので礼拝は午後になりました。
「ナイスシュートしたよ!」と嬉しそうに帰ってきたユキ。

体力もついてきたので礼拝中も眠らなくなりました。今では自転車に乗って一人で学校まで行くようになり、ユキの成長を喜びつつも手が離れていくことに寂しさも感じます。

次の土・日もサッカーがあるので25日のクリスマス礼拝も午後になります。

その朝、ユキはサンタさんからどんなクリスマスプレゼントをいただくのでしょうか。勤務している知子にとっては初めてその瞬間の我が子の喜ぶ顔を見ることができるのです。こんなに嬉しいクリスマスはありません。

この1週間も主が共にいてくださり勝利させてくださいますように!


附記:「これで4時間分できた」と、知子は昨日も今日も仕事をしています。毎晩最終電車に乗り遅れないようにと気にするほどの遅い帰宅です。


posted by 優子 at 16:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

「ねこは、はじめて なきました。ねこは 100万回も なきました」。 −結婚40周年の朝に―

毎晩NHKラジオ『深夜便』を聞きながら眠るようになったのは、入院していた母の病室に週2回泊まっていた時からだ。

簡易ベッドを拡げて横になった時、小さなラジオを耳元にぴったりつけて聞いていた。「ソフィーの世界」がベストセラーになっていた頃だ。耳元で聞こえる声が心地よく、以来21年経った今も手放せなくなっている。

いつも10分もしないうちに眠ってしまうので、就寝中の脳には悪いと思いながらもラジオは朝までつけたままだ。

IMG_1443.jpg今朝4時40分すぎ、トイレで目が覚めた時、4時台の「こころの時代」で『100万回生きたねこ』を朗読していた。
佐野洋子さんが書いた100万回死んで100万回生きたネコの話だ。


主人公のトラ猫は王様に飼われた時も王様なんか大嫌いだった。船乗りの猫になった時も、サーカスの手品使い、どろぼう、ひとりぼっちのおばあさん、小さな女の子など、いろんな人に飼われて何度も死んだ。

猫が死ぬたびに飼い主たちは猫の死を悲しんだが、猫は死ぬのなんか平気だった。
ある時、野良猫になって、猫は初めて誰の猫でもない自分の猫になった。猫は誰よりも自分が好きだった。


トラ猫は寄ってくる雌猫に、「おれは、100万回も死んだんだぜ!」と自慢するのだが、一匹だけ見向きもしない白い美しい猫がいて、その猫のそばにいるようになった。そして、かわいい子猫がいっぱい生まれた。

トラ猫はもう決して「俺は100万回も死んだんだぜ!」とは言わなかった。そして、白い猫と子猫たちが自分よりも好きになった。

子猫たちがりっぱな野良猫になって巣立っていった時、白い猫は少しおばあさんになっていた。

「ある日、白いねこは、ねこの となりで、しずかに うごかなく なって いました」。

その時、トラ猫は初めてないた。

「夜になって、朝になって、また 夜になって、朝になって、ねこは 100万回も なきました。
朝になって、夜になって、ある日の お昼に、ねこは なきやみました。
ねこは、白いねこの となりで、しずかに うごかなくなりました」。


ラジオから聞こえる朗読が聞こえた瞬間、今日は結婚40周年であることを思い出した。それがどのような関係があるのかと気になりながら最後まで耳を澄ませて聴き入った。

トラ猫は誰かに飼われていた時は何度も死んで何度も生き返ったが、悲しくも嬉しくもなかった。しかし、自分の人生を主体的に生きることで愛を知り、自分よりも大切な存在ができて愛おしみ、猫が自分らしく個性的に生きることで、ようやく充実した日々になった。そして、人生を全うして安らかな死を迎えた。


私は子育てをしながら、それまで全く関心のなかった子どもの本に眼が開かれていった。この本を1982年夏に購入しているので、長女が4歳8ヶ月、次女が2歳2ヶ月の頃だった。

この絵本は子どもの意識や無意識が揺さぶられる一冊であり、ユキ(孫)にも何度も読み聞かせた本である。先ほど家族が揃うリビングルームでユキに久々に読んだ。

やっぱり最後は涙が溢れて声が詰まり、読み終わった時はしばらく涙を拭かねばならなかった。私の感受性は衰退してはいなかった。

IMG_1442.jpg小さくならば掲載を許してもらえるだろうか。
主人公のトラ猫が小さくなった白い猫を抱いて泣く絵は圧巻だ。この絵を見て何も感じない人がいるのだろうか。

苦労が多く涙をふきながらの日々であろうとも、心を込めて精いっぱい生きる。実はそのような時こそが充実した本当に生きた時間なのだ。

子どもが幼い時に、そういう時間を経験させてやることが親のしてやれる最高の教育だと思う。

だからこそ、今のユキには遊びを通して充実した時を経験させてやりたい。人生のどの段階においても「今しなければならないこと」と「今しかできないこと」を心にとめながら長い時間をかけて育んでいくのだ。 

親や家族が、もちろん教師も子供の周囲にいる大人たちが子どもと向き合って、じっくり話を聴くならば、子どもは必ずや他者の話にも耳を傾け、自己に目を向けていくだろう。

こういう内容になるとエンドレスになるので強制終了しよう。
しかも、今日はこのようなことを書こうとしたのではない。

結婚40年を迎えた今、死んでしまった白い猫を抱いて泣き続けるトラ猫に万感胸に迫るものを書きたかった。相手がどうであれ、これからも自分らしく生きていくために。


posted by 優子 at 13:04| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

我が家のインフラも知子が担う

霜が降りた屋根.jpg今朝はパウダーシュガーを振ったように屋根が霜で白くなっていた。

最低気温は−1度で、日中も8度までしか上がらず真冬並みの寒さだが、ユキは今日も学校から帰ると宿題を終えて遊びに行った。今日は家の前でO君とO君のラジコンで遊んでいた。

さて、我が家も新築して17年経つと次から次と不具合が出ている。
今回は先週末にインターフォンが突如機能しなくなり、翌11日に知子が量販店へ出かけて発注・手配して、13日に取り付けてもらった。インターフォンが鳴らないのも困る。洗濯機の故障と同じく待ったなしに必要なものだ。

newインターフォン.jpgこれを機に、ようやく我が家のインターフォンも映像付きになった。これは取り付けた翌朝、ユキが学校へ行く前にチャイムにタッチした。
この家の引き渡しを受けた1999年2月には、既に映像付きのインターフォンがあったと思うのだがどうだったんだろう。

LEDに交換A.jpg今では知子が我が家のインフラまで担ってくれており、11月13日には食卓上の照明器具を自ら取り付けてくれた。

10月下旬より電気がつかないことが頻繁だった。蛍光灯を交換してもダメ、グロー球かと思えばグロー球は最初からついていなくて、照明器具がダメになったようだ。

スイッチを入れると一瞬ついては消えてしまう。何度か繰り返すと点く場合もあるので、夫がスイッチをパチパチ繰り返す。そのようなことをしていたら本体そのものが損なわれて工事になってしまうからと、注意しなければならないのも苦痛だった。

LEDE381ABE4BAA4E68F9BE291A0.jpg今の照明器具は蓋を開けると丸い蛍光灯ではなく、まるでイカが卵を産み付けたみたいで驚いた。すべてLED電球に変わっているので、丸い管を予備に置きすぎると無駄になりそうだ。

この照明器具を取り付けてくれたのは知子で、今週の日曜日にはテレビとインターネットをつないでくれた。共に全く苦手な分野である。説明書を真剣に3度読んでから始める。経理の仕事も全てそのように開拓してきたように。

ネットにつないで.jpgユキは翌日からさっそく「Let's天才てれびくん」を楽しんでいる。

テレビに取り付けた機械は「ポイントが貯まっているから」とNTTが送って来てくれたのだが、知子は休日もなかなか着手することができず、ユキが2ヶ月越しにお願いしていたことだ。

ユキはお友だちが持っているゲーム機を与えられずに我慢している。
というのは、知子と真智子は小学校1年生の2学期から階段を駆け下りるように視力が0.1以下にまで落ちていき、ユキも強度の近視になると眼科医から言われてもいるからだ。幸い今も視力は正常を保っている。

学校から帰ってきたら宿題だけして暗くなるまで遊ぶユキ。ボールが当たって門燈を壊したりもするけれど、私はそんなユキを微笑ましく思っている。

父と母にユキと会わせてあげたかった。


12月の台所.jpg「優ちゃんの孫になると縁が薄くなるからなぁ」と言っていた父。

「お父さん、お母さん、ユキはいい子に育っているよ。
本当に優しい子でね、遊びから帰って来た時にお風呂を洗っていなかったら黙って洗ってくれるような子です。
知子と真智子も優しい子、成熟したりっぱな社会人として頑張っています。娘たちは私の喜びです」。


シングルマザーとして生きる女性の強さか、知子の凛とした姿は輝いている。今では会社だけではなく家庭でも精神的要まで担いつつあり、そのような娘に感謝し喜びつつも哀感も入り混じる。

学校は今日から短縮授業に入り個人懇談会が始まった。知子は特別に便宜を図っていただいて8日に懇談を終えている。17時から1時間も教育観について話が盛り上がり、担任の先生(運動会後より3年になって3人目の担任)と価値観を共感し合えたと喜んでいた。

昨夜の冷え切った夜も帰宅は11時半だった。今夜はもっと早く帰ってこられますように。

ユキ撮影.jpg
Photo by Yuki!

追記:今夜は10時半過ぎに帰宅した。

posted by 優子 at 16:33| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

第2追記 「心を頑なにさせる神」

今朝、神さまからいただいたメッセージ(みことば)から。

「いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあって無駄でないことを知っているのですから」。      
          (コリント人への第一の手紙 15章58節)

「聖書はパロにこう言っている、『わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである』。
だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである」。
          
          (ロマ書 9章17・18節)

神がわたしども頑なな人間をも、力強い御腕をもって永遠の救いへと導いておられる意義について。

モーセが「神を礼拝するため、イスラエルの民を解放せよ」と王ファラオ(パロ)に迫れば迫るほど、王はますます心を頑なにして拒みます。

すると神は、10の災いをもってエジプト全国を撃ち、とうとう最後には、イスラエルを解放させます。これは、モーセとファラオの戦いではなく、神とファラオの戦いで、当然神が勝ちます。

わたしどもは、ファラオの頑なさよりも、むしろ、イスラエルの人々の頑なさの方を、考えて見るべきでありましょう。 

「頑なになる」とは、頑固になる。もう一つの意味は、神の恵みに対して鈍感になる、という意味です。神がどんなに大きな恵みの御業をなさっても、何も感じなくなることです。


イスラエルの人々には、神の救いの尊さがよく分からなかったのです。まことに心が鈍いのです。その後、紅海を渡り、更に40年の荒野の旅をしなければ、「乳と蜜の流れる里」であるカナーン(パレスチナ)には到着できません。救われておりながら、不平を並べております
 
そして実は、これは、イスラエルの人々だけでなく、わたしども人間の心のかたくなさ、罪の深さと、よく似ていないでしょうか。神はイスラエルの弱さ、不信仰、頑なさ、彼らの鈍感さをことごとくご存知でした。

そしてそれは、イスラエルが「神こそは主である」、と知るようになるためであった、と別の個所には何度も書いてあります。それでは、神はイスラエルは救われたのに、エジプトの王ファラオは滅ぼされるのでしょうか。

またそれは、止むを得ないことだったのでしょうか。そのために、神に背く罪を犯させたのでしょうか。この問いに対する答えが、5節の御言葉です。

「その時、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる」、という御言葉です。神が主であるというのは、裁き主であるという意味にも取れますが、救い主である、という意味にも取れます。

では、ファラオの場合、神は御自身を救い主として現わされるのでしょうか。それとも、裁き主として現わされるのでしょうか。

この問題は、わたしどもが自分の家族の救いを考える時に、大変悩まされる問題です。また、われわれ牧師にとっては、それこそ一人の人の魂の救いの問題ですから、やはり大変悩まされます。

実は、使徒パウロも非常に悩みました。パウロの場合は、せっかく救いに入れられたイスラエルの中の一部が、神の子を十字架につけるほどの恐ろしい頑なさに陥った、その彼らの救いはどうなるのか、という問いとなっています。

先ほどご一緒にお読みしましたローマの信徒への手紙9章以下(新約286頁)は、この問題と取り組んでいます。その時のかなめになる聖句がローマの信徒への手紙9章15節以下の御言葉です。
 
「神はモーセに、『わたしは憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ』と言っておられます。従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです」とあります。

ここには、神はイスラエルの人々をも、またそうでない者をも、御自分が憐れもうと思う者を憐れむ、と書いてあります。

神はわたしどもキリスト者に対しては、わたしどもの頑なな心を打ち砕き、わたしどもに御霊を注いで神の愛を悟らせ、一生涯、忍耐と祈りをもって、救いへと導かれます。

しかしそれは、わたしどもの宗教心の篤さや熱心さの故では全くなく、ただ神が憐れもうと思われるから憐れむのだ、と書いてあります。

それは、神のみが持っておられる、「神の」、絶対の憐れみの故です。だからそれは、わたしどもの「意志や努力ではない」、と書いてあるのです。 

わたしどもは、何か見所があったからとか、求道心が熱かったから、救われたわけではありません。ですからわたしどもは、自分自身を、イスラエルと同じように、その値打ちがない、頑なな者であるのに、神の特別な憐れみを受けた者、と理解したらよいでありましょう。
 


わたしどもはそれをすなおに感謝し、人生の様々な悩みや苦しみを経て、ますます一層神の憐れみの深さを知るように導かれます。

さて、もしそうであるとするならば、この場合、わたしどもは何よりも、自分の頑なさ、神の愛に対する鈍感さ、罪深さをよく知っている者のはずです。そして、この自分の罪からの赦しのために、主が十字架にお掛かりになったことをも知っています。

だとすれば、同じように頑なであるかも知れない、自分の隣人に対して、神の憐れみを願い、もっと、祈ってもよいのではないでしょうか。


モーセやイスラエルは神が憐れまれた人間であり、ファラオはその反対の人間である。両者に対して神は全く違うご意思を持っておられる、と思いがちです。
 
しかし聖書には、「わたしは憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ」とは書いてありますが、「憎もうと思う者を憎む」とは書いてありません。神のみが持っておられる、崇高な「神の」自由が、語られています。
 
もちろん、人々が神の愛に対して頑なで、不従順であってよい、とは書いてありません。もしそうするなら、その人の心に平安はありません。神は決して、わたしども人間に侮られるようなお方ではありません。

もし神の愛を拒むなら、神に背いて自分勝手に生きることがいかに虚しく、生き甲斐がなく、不安に満ちたものであるかを、その人は知らなければなりません。

憐れみを信じようとするか、それを拒んで生きようとするか、それはその人自身の責任です。

憐れみを尊いものとして感謝するなら、その人はますます豊かに憐れみを受けるでありましょうし、もし拒むなら、神はその人の心を一時見離し、為すがままにされるでありましょう。しかし、それでも神の憐れみには少しも変わりはありません。 

そして、神の絶対の愛とは、いつまでも相手が拒むことを許され、その人を滅ぼすためのものではありません。神はその人の心を頑なにさせ、何度も拒ませるかも知れません。
しかし、その人の死の間際には、従順な者にさせる力も、神はお持ちなのです。
 

神はわたしどものような頑なな者をも、慈しまれました。それならば、どうして、わたしの隣人には、更に豊かな憐れみの心を開かれないでおられるのでしょうか。 

エジプト人の救いにつきましては、イザヤ書19章25に、次のように書かれています。
「万軍の主は彼らを祝福して言われる。『祝福されよ/わが民エジプト/わが手の業なるアッシリア/わが嗣業なるイスラエル』と」。
 
ファラオは、自分が王であると思い上がっておりますが、実は、彼もまた神の御栄光のために立てられた神の僕でしかありません。その目的は、主の御名が全世界に告げ知らされ、全被造物が神の祝福に与るためです。このことは、まことに驚くべきことです。

神は、神にさかろう者をも、完全に御手の中に収め、御自身の栄光のためにお用いになります。だから、わたしどもにも、神のみ栄のために生き、福音を宣べ伝える責任があるのです。

 
ある説教者が言っています。神は、シュヴァイツァーやマザー・テレサのような優れた僕をお用いになるだけでなく、小さなキリスト者であるわたしども一人ひとりをも、御自身の大切な僕としてお用いになる。

そして、全世界を神の憐れみの中に置き、救いへと導かれる、と。まことにその通りであると思います。

以上、「心を頑なにさせる神」(美竹教会)より抜粋引用させていただいた。何度読み返しても神さまからの慰めと励ましを感じる。

しかし、やはり私の疑問はそのまま残ったままである。
ヨブが悟ったように、このことも神の領域の問題であるから、12日の記事でも述べたように「万事を益とするため」の訓練と受け止めて励むことが賢明なのだ。


「わたしは憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ」。それは神のみが持っておられる崇高な「神の」自由であること。アーメン!(その通りです)

私はこの晩夏頃からついに積年の精神的苦痛に虚しさを感じて、いつしか人生の不可解なことをも知りたいという思いが出てきたのだと思う。

信仰者は苦しくて時に叫ぶ。「なにゆえですか」、「いつまでですか」と。このような時ほどハバクク書の聖句が強く迫ってくることはない。

「この幻はなお定められたときを待ち、
 終りをさして急いでいる。それは偽りではない。
 もし遅ければ待っておれ。
 それは必ず臨む。滞りはしない」。
      
          (ハバクク書 2章3節)

この聖句を記して昼食で中断。再び夕方に再開すると、このハバククの聖句と共に知子と何度も握りしめてきたイザヤ書の聖句を、友がメールで贈ってくださっていた。

「あなたがたは立ち返って、
 落ち着いているならば救われ、
 穏やかにして信頼しているならば力を得る」。
     
          (イザヤ30章15節)

私もまた神の特別な憐れみを受けて救いに入れられ、その後もここまでお導きくださったことを今一度振り返って本心に立ち返らされた。

うめのさとチャペル.jpgそして、このような私たちの個人的な信仰の歩み、勝利は個人の祝福だけにとどまらず、必ずやそれぞれの教会や周囲に及んでいくであろう。

神の民と現状を分かち合い、励まし合いながらそれぞれの信仰生涯を全うさせてくださる神。私は今、神さまの気配を感じる。


祈りの友たちを与えてくださっていることを感謝し、その中に体調の悪い方がおられるならば、どうか友の健康を強め守ってくださるように祈ります。 

写真は友が牧会しておられる千葉県・うめさとチャペルです。

附記:この記事は当カテゴリにふさわしくないが、内容の関連から同カテゴリに収める。

posted by 優子 at 17:59| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

昨日の記事に追記

今一度、神のみこころを想い巡らせたくて「出エジプト記」(6章〜16章)を読んでいる。主がパロの「心をかたくなにされた」とはどう理解すればよいのだろうか。牧師の解き明かしを聴きたい。

王パロとてあまりに困ったときは言葉の上だけであっても反省(悔い改めではない)するが、私を悩まし続けるパロはしない。
私は求道中に旧約聖書を一心不乱に読み進めていた時、たびたび出てくる「神がかたくなにされた」という言葉が耳に引っかかった。

なぜ? そこにどのような意味があるのか。
だから○○は神に頑なにされたから、どんなに真心を込めて愛を尽くしても伝わらないのか? それでは頑なにされた者は気の毒であり、良心が働かなくなっては感謝の気持ちも感じられないではないか。

1987年2月頃だったか、ある夕刻、その意味を訊ねるべく夕食の準備もそこそこに教会の牧師に電話したことがあった。しかし、答えはなかった。それでも私はイエス・キリストの導かれ平安を得て受洗した。

その時より拙いながらも30年ちかい信仰生活を重ねてきたが、このことを今一度考えさせられる日々である。

即ち、それでは「かたくなにされた」パロは、自分の意思で神に逆らっているのではないということなのか。

しかしながら神は他方を訓練するために頑なにされるのではないだろう。なぜならば頑なにされた者もまた神の愛する子であり、一方のために頑なにされるわけはない。

この数年、改めてパロゆえの苦労とパロの気づきのない徒労感に打ちのめされそうになる時もあるが、この尽きない試練は、私たちが神に愛されているゆえに訓練されているということであろうか。とにかく頑なにされた人も自分の問題と対峙すべきとことだけは確かであろう。

それでもなお私の疑問は解決されず、このこともまた人間の知恵では得られない深淵な問題と受け止めるべきが肝要なのかもしれない。


出エジプト記:
7:3 しかし、わたしはパロの心をかたくなにするので、わたしのしるしと不思議をエジプトの国に多く行っても、
7:4 パロはあなたがたの言うことを聞かないであろう。それでわたしは手をエジプトの上に加え、大いなるさばきをくだして、わたしの軍団、わたしの民イスラエルの人々を、エジプトの国から導き出すであろう。
7:5 わたしが手をエジプトの上にさし伸べて、イスラエルの人々を彼らのうちから導き出す時、エジプトびとはわたしが主であることを知るようになるであろう。

10:7 パロの家来たちは王に言った、「いつまで、この人はわれわれのわなとなるのでしょう。この人々を去らせ、彼らの神なる主に仕えさせては、どうでしょう。エジプトが滅びてしまうことに、まだ気づかれないのですか」。

10:16 そこで、パロは、急いでモーセとアロンを召して言った、「わたしは、あなたがたの神、主に対し、また、あなたがたに対して罪を犯しました。
10:17 それで、どうか、もう一度だけ、わたしの罪をゆるしてください。そしてあなたがたの神、主に祈願して、ただ、この死をわたしから離れさせてください」。

12:42 これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。

posted by 優子 at 18:29| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

城壁を築く者、主に在って雄々しくあれ

「きょう、み声を聞いたなら、
 神にそむいた時のように、
 あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」。

           (ヘブル人への手紙 3章15節)

「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる。だから、そのしもべである私たちは、再建に取りかかっているのだ」。    
           (ネヘミヤ書 2章20節)

ネヘミヤらは、異民族の執拗な嫌がらせや妨害にもひるまず、エルサレム城壁再建に取り組みます。主が成功させてくださると信じれば、奮い立って、主の働きを貫徹することができます。その過程で挫折や失敗があっても、あきらめずに継続すれば、ついには成就の日が来ます。

「城壁を築く者たち、荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を堅く握っていた」。     
           (ネヘミヤ書 4章17節)

ネヘミヤらは工事を継続しつつ、敵の攻撃にも備えなければなりませんでした。本来の目的に集中できず、余計なことに時間と労力を費やすしかないときがあります。
でも、面倒がって楽な道を選んではなりません。「神が私たちのために戦ってくださる」(20節)という確信に立って、耐え抜きましょう。


<川端光生牧師の一言メッセージより>

自分に与えられた能力を真に知っている人は、それに対する責任や神さまから期待されていることも知っている。正しいことを判断する能力を失わず、誠実な社員たちのために尽くす、その義憤もまた神さまからのもの。

イスラム民族がエジプトから故国イスラエルにたどり着くまで40年を要した。知子に担わされた美濃紙業の「出エジプト」、未だ一部に残る悪意と澱み切った倫理観とのすさまじい闘い、第3の創業の道のりは遠しか。

何よりもパロのごとき存在の、その強情で頑なな心に今更ながら唖然とさせられる。
モーセはパロの心が変えられることを願ってあらゆる機会を与えるのだが、それでもパロは数知れず欺き、約束を反故にした。

どうか神の時が来てパロの心を挫(くじ)いてくださるように。何よりもパロが永遠の滅びにならぬために。いかなることもすべては自分の問題であるのだから。

かたくなで動じないパロのような人は神の恵みを味わえないばかりか、人との交わりの喜びも知らない哀れな人。傷つきやすい弱い心は神さまからの賜物だ。

そして、
「神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」。
        (ロマ書8章31節)

主が始められたことは必ず成就する。
み言葉を口ずさんで心を強くせよ。
今の出来事一切は万事を益とするための訓練であるから耐え抜かせてくださるように!


「主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、
夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった」。

                (出エジプト記 13章21節)

附記:22時25分、知子帰宅。
今朝は−0.9度、今も深々と冷えている。

posted by 優子 at 22:34| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

家の教会㉝ −地上に突入された神の御子―

IMG_1384.jpg

anime_tomosibi02.gif2016年12月11日(日)
(第33回 家の教会)
10時35分〜11時25分
出席者4名

@ 前奏
A 祈り   優子
B 讃美   讃美歌106番 「荒野の果てに」
C 聖書   ヨハネによる福音書 4か所
         8章58節、10章30節、
         11章25節、14章6節
D お話   「世界の歴史を分けたクリスマス」 
        優子
E 讃美   讃美歌114番 「天(あめ)なる神には」
F 主の祈り
G 後奏  「主の祈り」
      
今朝掲げた聖書の個所は、イエス・キリストがご自身のことを明確に語られた箇所です。
ヨハネによる福音書8章58節:
「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。

ヨハネによる福音書10章30節:
「わたしと父(神)とは一つである」。

ヨハネによる福音書11章25節:
「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。

ヨハネによる福音書14章6節:
「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」。

讃美歌106番を讃美している時、4節の「今日しも御子は 生まれたまいぬ」の言葉に嗚咽(おえつ)し涙が溢れました。私のために、私の贖罪のために、十字架にかかるために生まれてくださったからです。イエス・キリストが救い主であることを知るときに、わたしたちは深い慰めをいただくのです。

「主のご降誕を感謝し喜びお祝いします」と、昨年のクリスマスに初めて刻んだのではないかと思うのですが、「主のご降誕を感謝する」と自らの魂からあふれ出た言葉でした。
クリスマスは感謝でしかないのです! 
全ての人にとって感謝でしかないのです!

ところで、歴史を英語で "history" と言いますが、これは "his story" (彼の物語)が一つになった言葉である言われています。つまり「イエス・キリストの物語」を意味します。

世界史はキリストの誕生を基点に「紀元前」を「BC」と呼び、「紀元後(西暦)」を「AD」と呼んでいます。「BC」とは" Before Christ" (キリスト以前)、「AD」は "Anno Domini"(ラテン語で主、キリストの年)の頭文字をとったものです。

つまり、イエス・キリストが来られたことによって歴史が二つに分かれたのです。

クリスチャンが年賀状に「主の2017年 おめでとうございます」と記しますが、イエス・キリストはユダヤ人だけにではなく全世界の歴史に大きな影響を与えました。

そして、日曜日が休日になっているのもそうです。キリストが十字架に架けられて3日後に甦られた復活を記念する日だからです。

イエス・キリストは天地を創造された全知全能の神の御一人子です。私たち全人類の罪を負い、人々を救うために、十字架の死を遂げるために人間として地上に来られたのです。まさに地上に突入してくださったのです。

キリストの救いとは、病気が治るとか、商売繁盛などご利益ではありません。人間が考え出したカミは人格的な神ではありませんから、拝む人の人格は全く問われません。いくらかのお金を投げ入れてご利益を述べているだけです。

しかし、キリストの救いとは自己中心にしか生きられない私たちの心を愛に変え、感謝に変えられることです。赦しの救いを得るために修行や善行は必要ありません。

ただイエス・キリストを救い主であることを信じる者には即刻即座、そこに居ながらにして救われます。これまでの神なしの生き方から180度転換して神に眼を向けて共に生きていくのです。神は豊かに赦しを与え、溢れる恵みをくださる方です。

しかし、高慢な心ゆえに謙遜になれない人は神の存在も救いも信じることができません。自分の姿を見ないで他者のことを批判するばかりの人には神さまはわかりません。

また、宗教を自分の修養とするならばどの宗教でも大差ないでしょう。しかし、キリスト教は決して多くある宗教の中の一つではありません。徹頭徹尾「神」と「自分」との関係なのです。


聖書は紀元前4000年も前のことから書かれています。
イエス・キリスト誕生後のことが『新約聖書』に書かれていますが、そこにはキリストの数々の奇跡が出てきます。「奇跡があるから信じられない」という人もいるでしょう。私も神さまの話をした人から何度も聞いてきました。

しかしよく考えてみると、奇跡がなければキリストは単に「立派な人」でしかなかったのです。イエス・キリストは人ではないのです。神の独り子であり、神そのものであられるゆえに、奇跡こそが神の存在証明なのです。

人類史に残る偉大な指導者の大半がイエス・キリストを「わが神、わが救い主よ」と告白して生涯を送りました。一方ではこれまで宗教戦争と呼ばれても認めざるを得ない過ちも犯してきました。これは人間の弱さ、罪です。

神さまを信じたからと言って神と同じになるのではありません。神を知らずに生きていた古き自分、自我(聖書では「肉」と呼びます)との闘いは生きている限り続くのは当然のことです。罪赦され救われても「只今工事中」と死ぬ瞬間まで現在進行形で歩んでいくのです。

神は私たちを操り人形のようにされません。意志をもった人格として、常に「より良いほうを選ぶ」自由を与えておられます。

私は生涯の終わる瞬間まで神のまなざしを忘れないで生きていきたいと思います。これからも「敵をゆるし、更に愛せよ」と求めるイエス・キリストと共に歩いて行きます。

後奏で弾いてくれた「主の祈り」でますます豊かに祝されました。讃美の演奏は素晴らしい。その後も本田ルツ子さんの「主の祈り」を何度も聞いていました。

母が亡くなった1996年の12月、本田ルツ子さんのサイン入りのCDを千里さんからいただき、CDが擦り切れるほどこの曲を聴いていました。

今朝の内容を記し終えようとする今、クリスマスを前にして地球上に生きる人々のことを想います。

イエス・キリストが誕生され、新約聖書が書かれた1世紀時代には世界の人口は3億人前後であったと推定されています。
その後、1976年に40億を突破し、紀元2000年に60億に達すると言われていた世界人口は予想よりも早く1998年に60億人に達し、2015年に70億人に達しました。今後ビリオン(10億)単位で人口が書き換えられるのも目前でしょう。

21世紀になっても精神の暗黒大陸のままの日本、クリスマスの意味も知らないで12月の風物詩のように過ごしている日本の人々にお伝えしたいことがいっぱいあります。

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今日(14時53分)の二上山(雄岳)

posted by 優子 at 16:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

昨夜の目まいは急性期脳梗塞ではなく三半規管だった 

昨夜入浴中に激しい目まいに襲われた。
私はいつも体を洗って(体を洗ってから入るのが我が家の入浴ルール)、お湯につかりながら歯みがきして上がろうとした時、違和感を感じて慎重に椅子に座った。

まるで台風で木が大きくゆすぶられているように体が左右前後にグラグラ揺れて倒れそうになるので、手すりを握って治まるのを待とうとしたが耐えきれず湯船の蓋に顔を伏せた。大きな揺れが収まったので大急ぎで髪の毛を洗って浴室を出た。

その後も目まいは治まらず吐き気もあったので、脳内で大変なことが起こっているかも知れないと思い、ベッドに入ってから死を覚悟して罪の赦しを祈った。
寝付くまで独り言を言って呂律(ろれつ)が回っているかどうかを調べたり、手足がしびれてきていないかなど確かめていた。

今朝になってもまだ宙を歩いているような感覚で、今日は何もしないでゆっくり休養するつもりだったが、知子が会社へ向かう車内で私の症状を検索し(朝は夫が運転する)、病名を絞り込んだ。

目まいが何か大きな病気の前触れかもしれない。放っておいたために時を逃して悔いを残すようなことがあってはならないと、8時過ぎに知子から電話が入り専門医を受診するように言われた。

そして、夫は知子に説得されて9時半頃帰宅し、自動車で上本町のクリニックまで送ってくれた。

去年今年と2度MRI検査をしてもらったA脳神経外科を受診。診察では「たぶん耳だろうと思うが念のために」とMRI検査をした。新しい異常はなし。最初の診断通り三半規管が原因の目まいだった。

今回は「ディヒュージョン検査」(diffusion)もしたという。これは急性期脳梗塞の診断に使う撮影方法の一種・拡散強調画像で、急性期の脳梗塞があると白く写し出す。骨は白く写っていたが、新しい脳梗塞は全くなかった。

小脳や脳幹に何か異変があると目まいが起こるが、小脳から脳幹全て異常なしだった。小脳から起こる目まいの例として母が負った脊髄小脳変性症が記されていた。


ついでながら、以前から小脳の下にあるくも膜嚢胞はこのままで。血管の突起箇所については出血してもこの場所ならば心配しなくてもよく、ここは骨に囲まれているので破裂しないだろう。頸椎の中を通る血管も年齢的なことで蛇行はするがよく流れているとのことだった。

これからも目まいは起こるだろうとのことで目まい改善薬を処方された。そして、目まいを起こりにくくするためにはラジオ体操が良く、また、椅子に座って首を左右に揺らすなど、こういうことで三半規管が鍛えられる。

毎日パソコン作業を3〜4時間していることを話すと、パソコンをするときは椅子に深く座って正しい姿勢になり、その姿勢の目と同じ高さに画面がくるようにとアドバイスを受けた。
もう13年も前からノートパソコンばかり使っているので今更と思うが、今夜からパソコンの下に分厚い本を積んで改善している。

ゴールデン最後の輝き@.jpgとにかく昨日はクタクタに疲れていた。いつものように7時40分過ぎにユキを見送ると、すぐにシルバー人材センターの方々が庭木の剪定に来てくださり、早速案内しながら説明に入り、そのあとも何度も呼ばれ、この日は落ち着かないので整理や家事など動く用事をしている。


写真はゴールデンクレスト最後の輝き

ゴールデン短く.jpg去年とちがって今年は血圧も正常値だったのでよく動いていたのだが、お昼過ぎにはクタクタになって1時間横になった。2時におやつと飲み物を用意して、2時半過ぎに帰られたが、その後も後片付けと、毎年剪定の日は感謝と疲労でいっぱいになる。

剪定@.jpg 「ユキのスカイツリー」を切った。
台風で倒れるから半分切った方がよいと言われて少々躊躇しつつ3分の一切ってもらった。
あの美しいシルエットが消えてしまってかわいそうでならない。


ユキが持久走大会の前夜(11月30日)に嘔吐して持久走に出られず悔しがっていたが、その日はユキだけではなく5人も欠席していたという。他学年では学級閉鎖のクラスが出るほど感染性胃腸炎が流行している。

私も12月2日の夕方から症状が出て苦しんだが、ユキ同様に下痢はしなかった。嘔吐は8時間ほどで治まって順調に元気になったが、今週は目まい。とにかく大事なくてよかった。

今日は夕方に雹が降るほど寒くなっている。
私の安心を得た知子は仕事に集中し、疲れ切って23時20分過ぎに帰宅した。これで安心して眠れる。眠ろう。

posted by 優子 at 23:47| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

さざんかホールの壇上で話したことも遠い思い出

この記事は、娘たちに「ママはこんな経験もさせてもらったよ」と話したくて、11月20日(日)午後に大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いた「さざんかホール」にまつわることを書こうとしているので、お読みくださる方々には退屈なものだと思う。

それは当地に移ってきてまだ2年にも満たない2001年2月のこと、さざんかホールの舞台に立たせていただいたことがあった。

市の一般健診でコレステロール値が高く高脂血症教室への参加を呼びかけられた。終了後、『市政だより』に体験談の掲載だけではなく、奈良県医師会主催の会でも話してほしい依頼されたのだ。

そのとき私は48歳で、半年前に父を亡くして深い悲嘆の中に在った。これが体験談を掲載された2001年2月21日発行の市の広報紙である。

IMG_1268.jpg2.jpg

生活習慣病教室は2000年9月から始まったと記憶しているが、その8月に父を亡くしていた私はとても行く気になれず、外に出るのも苦痛でチャッピーの夕方の散歩は夜に夫婦で行っていた。

私は10月から2か月間の参加だったにも関わらず、高脂血症の数値が著しく改善された症例だったので指名されたのだと思う。

依頼原稿の校正も終わった頃、奈良県医師会主催の会で体験談を話してほしいと葛城地域所管の保健師が来宅された。スピーチは15分間というわけで、内容をもう少し詳しく話した。

でさざんかホール.jpg

このあと閉経の関係もあるだろうが再び元に戻り、長年そのまま放置していたのを知子に強く勧められて受診。2009年5月から薬を服用、12月から高血圧の薬も加わった。

掲載文には「『健康』という言葉だけにふりまわされず」とあるが、私は「健康の奴隷にならないで」と記していたのを変更されている。

保健センター主催の文章にはそぐわなかったのだろう。また、健康に「二重かぎ括弧」は正しくないので気になったが呑んだが、壇上では持論の人間学を織り込んで「健康の奴隷にならないで」と自らの主張を語った。


今や当時とは比べ物にならないほどサプリメントのCM花盛りの時代。ついに今年は誘惑にまけて次から次へと7〜8種類も手を出してしまった。しかも飲まないから溜る一方で次回配送を送らせたり断ったりと今日も連絡したのだが、これこそ「健康の奴隷」でなくて何だろう。

掲載文を読んでいるとチャッピーも居なくなり、このことも遠い日々のことになった。 

附記:
「今日は霜が降りてた」とユキが言っていた通り、今朝は0.9度まで下がり今夜も冷える。

私はユキをベッドに送り、枕もとでユキの手を握ってお祈りし、お風呂に入る。そのあと、こうして知子の帰りを待ちながらブログを書くことも珍しくなくなってしまった。疲れている知子の足を速めてくださるように。

posted by 優子 at 22:20| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

クリスマスの出来事は新たなる歴史の始まり

雨上がりの朝に.jpg
2016年11月11日朝、雨上がりの二上山(雄岳)

1tenshi01.jpg「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、
御心にかなう人々にあるように」。

(ルカによる福音書 2章14節)

このあまりにも有名な「グローリア イン エクセルシス デオ」という讃歌は、ラテン語 " Gloria in excélsis Deo " で、「いと高きところには栄光、神にあれ」という意味だ。

神の栄光を讃えるこの歌はイエス・キリストが誕生した夜の記述に出てくる。

ルカによる福音書2章8節〜14節:
2:8さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
2:9すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
2:10御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える
2:11きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
2:13するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使いと一緒になって神をさんびして言った、
2:14「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように
」。

この天使の歌を「頌栄(しょうえい)」と言い、このことは即ち、全世界に生きる人々への祝福の歴史が始まったことを告げている。
 
救い主である主なるキリストが飼い葉おけで眠っておられるとは、これこそ最も信じがたいことであった。しかし、「恐れることはありません」と神の声を聴くことのできる者は幸いである。


「地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように」とは、私にはこのように聞こえる。

「人の世は戦争が絶えず、不条理で悲しみが溢れている。しかし、生活の重荷や人生の悩みに打ちひしがれている人々よ。目を高く上げるのです!
神を見上げて、キリストによる神の恵みを受け取りなさい。」
と。

「グロリア」は「栄光」、「イン」は前置詞で英語と同じ「〜で」、「エクセルシス」は「高いところ」、「デオ」は「神に」。
ラテン語はほぼローマ字読みをし、イタリア式、ドイツ式、教会式などの読み方があるという。

jinbutu1h.pngでは讃美歌106番、
「荒野の果てに」(グローリア)をどうぞ!

このサイトでは「インネクチェルシス」とイタリア式発音で歌っています。

" in excélsis " は、「エクセルシス」ではなく「ネクセルシス」と、ラテン語でも英語同様に子音の "n" に母音の "e" がリエゾンして、舌の動きは自然に " in excélsis " となります。

ひいらぎ.gifところがそのように歌っている人に出会ったことがなかったように思います。
posted by 優子 at 23:16| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年12月04日

家の教会㉜ −クリスマス前の心の備え―

2016年12月4日(日)(第32回 家の教会) 
10時30分〜11時すぎ
出席者3名(Except R)

@ お話      『シリアの美しい伝説』 優子
A 聖書輪読   マタイによる福音書1章18節〜
                     2章23節
B 祈り      一人ずつ
C お話     チャールズ・ディッケンズ
              『クリスマス・キャロル』

anime_tomosibi03.gif5世紀から行われていたアドヴェント(待降節)、今日から2週目に入りました。
今朝の礼拝はシリアに伝わっている美しい伝説から始めました。今も戦闘が続くシリアの古い話です。

シリアに伝わる美しい伝説があります。
クリスマスツリーに飾る金や銀の糸は、この伝説から生まれたものだと言われています。

イエスさまが誕生された時のことです。
ベツレヘムに新しい王さまが誕生したという知らせに、ヘロデ王は大変不安を覚えました。

<ユダヤの王は、この私だ。ゆるせない。打つ手は早いほうがよかろう>

王は、全軍に命令を出しました。
「ベツレヘムとその付近にいる、2歳以下の男の子をすべて殺せ!」

この時、幼い男の子がみな殺しされた大惨劇は旧約聖書の預言の成就として記録されています。
(それはエレミヤ書31章15節の言葉で、今日の聖書個所マタイ伝2章18節にも記されています。)

その大惨劇の直前に、マリアの夫ヨセフに天の使いが夢に現れてエジプトに逃げるよう告げました。ヨセフとマリアはすぐに荷物をまとめて夜の間にベツレヘムを出ました。

この伝説はエジプトに向かって旅する3人の様子を伝えています。

荒野の真ん中ですっかり日が暮れてしまいました。やっとのことで小さなほら穴を見つけた3人は、その中で一夜を明かすことにしました。

このほら穴の入り口に1匹の蜘蛛がいました。蜘蛛はこう思ったのです。

<砂漠の夜は、とても冷え込む。このままでは、赤ちゃんのイエスさまが風邪をひいて死んでしまう。なんとかしなくちゃ>

蜘蛛は大急ぎでほら穴の入り口に巣をかけはじめました。入り口全体をふさごうと一生懸命に大きな巣をかけました。何時間もかけて頑張りました。

<これでよし! こうしておけば、冷たい風はほら穴の中に入れない。もう大丈夫だ>

蜘蛛の巣で冷たい風を防げるはずはありません。
でも、蜘蛛はイエスさまを守るために自分にできることを精一杯したのです。

真夜中近くのことでした。
静寂を破って、突然遠くから馬のひずめの音が聞こえてきます。ヨセフとマリアは目を覚ましました。

<ヘロデの軍隊に違いない>

馬のひづめの音が近づいてきます。

「おい、あそこに穴が見えるぞ。ほら穴を調べて来い!」

<ああ、もうダメだ。見つかれば私たち3人とも殺されてしまう。神さま、助けてください>

ヨセフとマリアは抱き合って必死の祈りをささげました。

兵隊の靴の音がほら穴の前で止まりました。
短い時間でもヨセフとマリアには長い長い時間でした。その時、遠くから声が聞こえました。

「おい、どうしたんだ。なぜほら穴に入らないんだ!」

「隊長、入り口に大きな蜘蛛の巣があります。もうずいぶん前から張っていたのでしょう。巣は破れていないから中には居ません」

「そうだな、別の所を捜せ!」

こうしてヘロデの軍隊は荒野の彼方に消えていきました。
ほら穴の入り口には夜露をいっぱいに浴びた蜘蛛の巣が、清く美しい月光に照らし出されて、ピカピカ、キラキラと輝いていました。

この美しい蜘蛛の巣が、クリスマスツリーの金や銀の糸をあらわしていると言われています。

このような話を読むと、字を見るだけでも恐怖を感じる蜘蛛にも少しは親近感が持てるような気持になりますね。

神さまは「私など何もできない」と思っている人の愛の働きを喜んで受け入れてくださいます。弱い人、小さな人、誰が見ていなくても、心を込めてしていることを神さまは決して無駄にはなさいません。

私たちの日常もまるで日替わり定食のように、よくもまあ毎日次から次へと形を変えて困難がやってくるものだと思います。それに疲れ切ってしまうと「どうせやっても無駄だ。どうせ同じこと。もういいわ」と気力まで消え失せてしまいそうになります。

しかし、「愛は計算を超えます。時として、愛は不可能に挑戦します。とうてい勝ち目のない戦いに挑みます。愛は、時として常識を超え、理性の上に立ちます。
そして、その結果、誰もが予想だにしなかったことを実現します。愛は最高の動機です。愛こそ、創造の力です」。


私たちが愛をもって尽くすことができるのは神さまがさせてくださっているのです。神さまが力をくださってさせておられる人を勝利させてくださらないことがありましょうか!


こう話してから聖書を輪読しました。初めてのクリスマスの様子を端的に書いているマタイの記録です。

マタイによる福音書1章18節〜2章23節:
1:18イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
1:19夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
1:20彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
1:21彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
1:22すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
1:23「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。
これは、「神われらと共にいます」という意味である。
1:24ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
1:25しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。

第2章
2:1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

2:7そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

2:13彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。
2:14そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
2:15ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。

2:16さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。
2:17こうして、預言者エレミヤによって言われたことが、成就したのである。
2:18「叫び泣く大いなる悲しみの声が
ラマで聞えた。
ラケルはその子らのためになげいた。
子らがもはやいないので、
慰められることさえ願わなかった」。

2:19さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、
2:20「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。
2:21そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。
2:22しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、
2:23ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。

そして祈り合ったあと、この時期になると毎年読む習慣になっているチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』を開き、スクルージの甥の言葉を紹介して励まし合いました。

「伯父さんは、おかしな老人だよ」スクルージの甥は言った。
「そいつは本当だ。それに、愉快になれるものを、そうはしないんだ。けれども、ああいうひどいことをしてると、自分で罰を受けることになるのだから、ぼくとしては、伯父さんを何も悪く言うことはない。

ぼくは、伯父さんを気の毒と思うね。腹を立てようとしたって、伯父さんには腹が立てられないんだよ。叔父さんの意地の悪い気まぐれのために苦しむのは、誰なのだろう? いつだって、自分自身さ
」。

私たちも悪に負けないように励ましあって神の正しさを見失わないようにしましょう。結局のところ、人を認めることは自分を認めることであり、人の好意がわからず感謝もできなくて批判ばかり言う人は自分を受け入れることのできていない人なのです。

私たちも常に自らを省みながら、神さまに忍耐と愛を求め続けて自らの心まで引きずり降ろされないようにしましょう。

このあと讃美歌を歌いたかったのですがチャイムが鳴って中断。家の教会ではこのようなことが時々あります。

来客はシルバー人材センター事務局長さん。例年の庭木剪定前の見積もりと交渉で時間がとられ讃美できないで終わりましたが、讃美歌を聞きながらこれを書いている時にユキがクリスマス・ツリーを飾りました。心やすらかで幸せな時間が流れています。

私たちも今一度スクルージの生き方に気づいて神の救いを感謝して、クリスマスの歓びを喜べる者に整えられ備えられていきたいと思います。生かされている間はチャンスがあります。人は死んでからでは遅いのです。

「まだ祝いそこねてはいないな!」と喜んだスクルージ。愛こそが生きる意味を与えるのだと改めて思わされました。クリスマスの意味は、喜び、与えること、分かち合うことです。

2016イルミネーションA.jpg

近隣宅のイルミネーション。
12月2日から25日の17時から22時まで、
雨の日を除いて点灯される。

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posted by 優子 at 17:17| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

3年生の持久走大会は無念の欠席

今朝は毎年恒例の持久走大会だった。1年生の時は学年1位、2年生は2位、今年は前年1位だったHa君が「一緒に走ろう」と互いに声を掛け合っていたのに、ユキは昨夜10時頃から嘔吐して今日は無念の欠席となった。

毛布を汚したので、知子と二人でユキの世話や拭き掃除をしていたら、再び大量に吐き、その後も10回以上明け方まで繰り返した。昨年も12月に吐いた。クリスマス・イブの夜に。

激務で疲れ切っている知子はたった5時間の睡眠時間さえ熟睡できず、かいもく眠ることができないまま出社した。しかし、心残りは無くなったようだった。

というのは、今年の持久走はどうしても応援に行けず断念せねばならなかったからだ。今日は月初の朝礼に加えて今日から入社する経理畑の新人をお迎えするので、どうしても外すことができない。

今日が雨で明日に順延したところでそれも叶わず、今年は私だけで応援と写真を撮りに行くことになっていた。
「9時46分スタートし、運動場を2周してから校外を走る」。3・4年生が走る距離は、1・2年生の距離よりも500メートル長い2.5キロ。

私は学校の案内を見て家を出る時間や立つ場所を考え、今年はビデオも要望されていたので緊張気味だった。

午後2時半頃、学校帰りにT君が宿題を届けてくれた。T君は5位で、Ha君が1位だった。「T君、よく頑張ったね!」と感激して賞賛すると、「ありがとうございます」と、はにかみながら答えた。子どもの姿に心を満たす。

2学期もあとわずか。学校では22日の終業式を前に、15日から個人懇談会が始まり短縮時間になる。
年がら年中多忙を極めている知子は懇談会も難しく月初ならばと担任に相談していたが、「7日か8日ならば」と昨日先生からお電話をいただいた。

こうして今月もあっという間に過ぎ、そして来月はもう2017年になる。ということは、ユキの小学校生活もまもなく半分終わることになる。信じられぬ日の速さ! 後半の3年間は持久走大会も欠席することのないようにと願う。

幸いお昼前にはむかつきは完全になくなり、明日は登校できそうなほど元気になっているが、宿題を終えると再び眠っている。

ユキの代休にG.jpgこれは先週11月21日の月曜日、オープンスクールの代休だった日。ユキと散歩中に招き入れられた知人の畑で、たくさんの野菜をいただいた。
我が家のシュウメイギクやミントもこの方からいただいた。今から13〜4年前、当地に引っ越して2〜3年の頃だったと思う。

2010_6_18.jpg私たちの住んでいるこの辺りは金剛生駒紀泉国定公園に指定されているので、50年前は家の周囲に柵や壁を作ることも許可されなかったそうだ。それで花木を植え、6月になると紫陽花が周囲を飾っていた。(写真は2010年6月)

私は「アジサイ御殿」と名づけたほど美しい風景だったが、近年は木も老いて当時の見るかげもなくなってしまった。
IMG_1215.jpg
Kさんは10月初めに庭で転倒して大腿骨を骨折され、
最近退院してこられたばかりで痩せておられた。
しかし、私より18歳も年上とは見えず、
美しく年を重ねておられた。

ユキの代休にF.jpg
大根、かぶら、ネギ、ユズなど
2人でも持てないほどたくさんいただいたね。

ユキの代休にC.jpg ユキの代休にD.jpg11月の下旬でも咲いていたホトケノザ。

ユキの代休にB.jpgマンリョウとホトケノザはユキが撮った。
上手やねぇ〜〜〜。



22時19分追記:夜になって熱を測ると37度6分あり、頭痛を訴えているので明日も欠席。
21時半、知子が帰宅、帰るなり知子は玄関で言った。
「今朝ママと別れてから1週間ぶりに会ったみたい」。

そういえば明日はもう金曜日?! 先週役所や年金事務所へ行ったことが昨日のことのように感じ、私にとっても気を緩められない1週間だった。
今日、ようやく11月19日のJCP関西ブロックの例会報告を送信した。

posted by 優子 at 18:04| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする