2017年04月08日

満開の桜 ― 神のなされることは皆その時にかなって美しい」。―

4日から気温は20〜22度と5月上旬の暖かさが続いている。昨日の曇天でも半袖のTシャツ1枚で掃除をしていても汗が流れ落ちた。雨の今日も暖かい。しかし、せっかく満開になった桜も雨天で色が映えない。

そんな今日、雨上がりの合間に先日のローカルニュースで知った専称寺を訪ねた。先週知子がユキの大きいサイズの制服を買い求めに行ったばかりの制服屋さんのすぐ近くだった。

一本の老木、樹齢約200年になる江戸彼岸系のしだれ桜だ。

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このあと買い物をして、自宅近くの池の周りをドライブした。

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3日前の蕾も満開になっていた。

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「天が下のすべての事には季節があり、
すべてのわざには時がある。

生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
      
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
      
神のなされることは皆その時にかなって美しい。

神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。
それでもなお、人は神のなされるわざを
初めから終りまで見きわめることはできない。

今あるものは、すでにあったものである。
後にあるものも、すでにあったものである。
神は追いやられたものを尋ね求められる。

わたしはまた、日の下を見たが、
さばきを行う所にも不正があり、
公義を行う所にも不正がある。

わたしは心に言った、
『神は正しい者と悪い者とをさばかれる。
神はすべての事と、すべてのわざに、
時を定められたからである』と」。

          (伝道の書3章)

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専称寺の桜も良かったけれど、ここの桜も絶景だ。どこかへ花見に行きたいと思うが人に酔う。ここは誰もいないので心が癒される。

独りになる時間が全くない知子は専称寺でも池でも帰ろうとしなかった。明日にでもゆっくり独りでリトリートの時をもつがいい。神さまと二人だけの密な時間に浸るがいい。

いつもチャッピーと一緒に来た日々を思い出す。
悩みの日はいつまででもつき合ってくれた。
チャッピーの姿を思い出して悲しみが胸を突き上げた。


posted by 優子 at 20:33| 随想 | 更新情報をチェックする