2008年09月15日

「しかし、キリストがいる!」

「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。・・・
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」。


13日の家庭集会で、この聖書拝読箇所を読んだ時、私の脳裡にインドでの迫害がよぎった。

イエスさまはこのところで「迫害は一時的であるが天国は永遠である」と言われたのである。
そして別のところでは、「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。」と仰っている。

しかし、暴力は怖い。
私は迫害に耐えられるのか!

第2次世界大戦中のドイツで、ミュンヘンの大学生であったハンス・ショルと妹のゾフィー・ショルを中心に、非暴力主義でナチスに抵抗した彼らは、ゲシュタポにより逮捕されてギロチンで処刑された。

医学生のハンス・ショル、その妹ゾフィーは生物学・哲学学生、そして、医学生2人と心理学・哲学教授の5名は、悲劇の歴史に記録されている「白バラ運動」の人たちである。
私は若い頃(1975年3月末・24歳)に読んで以来、今も鮮明に記憶している悲しみだ。

「おおゾフィー、あなたはまだ知らないのだ、人間がどれほど臆病な家畜であるかを。」

「神があなたについていらっしゃるように、ゾフィー」
「神よ、あなたに力を与え、今もなお耐えぬかしたまえ。」

「1分1分が永遠の長さである。私は時計を回転させたい、早くいっそう早く。あなたがたが苦しみのきわみをのりこえてしまうように。しかしテンポ正しく1分ずつ流れてゆく。
やっと5時・・・5時4分・・・5時8分・・・」


「あなたがぼくを生んでくださったことを感謝します。
ぼくがふり返ってみると、この生こそは神への唯一の道だったのです。ぼくはあなたがたより一足先に去り、あなたがたをりっぱにお迎えする準備をしましょう・・・」

「沈思すれば考えはいつも断末魔の苦しみに終わる。
もしもキリストが此の地上に生まれてそして死ぬことがなかったとすれば、僕の逃れる道は全くあるまい。
そのように泣いてみても、悲惨と無意味には変わりないであろう。ただ頭を到るところ壁にぶち当て、脳味噌を叩きつぶす外はないだろう。しかし、キリストがいる!

「ぼくはもう憎しみを持っていない。ぼくはいっさいをのり越えたのです。」


ゾフィーもまた女看守に連れ出された時も、・・・それは終わりまで、最後の瞬間までつづく、言いようもない人生の肯定だったのです。・・・
この数日、彼女の大きな憂いは、母親が同時に2人の子どもの死を耐えるだろうか、ということでした。けれども今、母がこんなに気丈に立っているので、ゾフィーは救われた気持ちになったのです。・・

「どの子もみんな神さまが導いて下さる」
「ねえ、ゾフィー、イエスさまのことを(忘れないで)ね。」

「ええ、しかしお母さんもね。」

もはや涙でキーボードが見えなくなってしまったので、このくらいにしよう。彼らもまた、キリストを憎みぬいたヒトラーにより殉教の死を遂げたのである。
では、聖書は艱難と迫害をどのように教えているのであろうか。私の座右の書の一冊にしている黒崎幸吉著(昭和8年初版発行)によれば、

艱難は世の不信に対する神の審判として地上に臨むにも関わらず、これはキリスト者にも臨み、苦しみを与える。
迫害は、キリスト者に対するこの世の審判であるにも関わらず、これによって異邦に福音(イエスの教え)が宣(の)べ伝えられて彼らの救いとなる。
要するに、キリスト者はこの世の悪のためにも、また、その益のためにも苦しまなければならない。この世の人々を愛し、これがために苦しむことは主イエスの道であった。これがキリスト者の踏む道程である。

これを受けて私はこう考えている。
キリスト者の迫害を知り、キリストの教え、あるいは、クリスチャンに関心をもつ人がいるだろう。そして、何故このような残虐なことをするのかと真剣に心を痛める人々、その中のたった一人の人であったとしても、滅びゆく魂が救い出されるならば大いなる喜びなのだ。
私は今回のようなニュースが報道されるたびに、そんなことを思いながら耐えている。


21世紀に入ってテロが世界の現実となった。
1999年の秋に娘たちとヨーロッパへ行った時も、2004年に長女とイタリアへ行った時も、私は機内持ち込み用のショルダーバッグは、内側を外側にして持つことにした。

そのショルダーバッグには、「I 黒ハート Jesus」と書かれた布のワッペンを縫い付けてあるので、キリストを憎む者を恐れたからだ。
このような弱い腰抜けの私だからこそ、ゾフィーやハンスたちの勇敢さに圧倒されたのだ。

特に今、一刻も早くインドでの迫害が終わるように。
神の御心が成り、迫害に苦しむ者たちに御心を耐え抜かせたまえと祈るばかりである。
posted by 優子 at 21:29| 神(聖書) | 更新情報をチェックする