小阪駅から商大までの道は、かつて自転車で行き来していた生活圏内でもあった。すぐ近くに千里さんの家もある。スーパー店頭の雰囲気は、なぜか幼かった頃の原風景を想わせ、胸がキューっと気持ちよく痛んだ。
受付けに懐かしいお顔が見え、「おはようございます!」と大きな声で会場内へ入ったものの、中はシーンと静まり返り、展示前で大阪陸軍飛行場だった盾津飛行場の話が語られていた。
語りべさんのお話が終わり、すぐに役員方と挨拶を交わした。
そこで、来年に日本全国の書店で売り出される本の見開き分2ページに、何か書いてほしいとご依頼されてビックリ仰天!
来年、「河内の郷土文化サークルセンター」は創立25周年にあたり、大きな周年事業の一つとして本を発行することに決まったそうだ。東大阪の文化紹介を内容とするものである。
著名な方々だけではなく全理事さんたちも執筆される。
もとよりその方々は、東大阪、八尾、柏原では著名な郷土史家や文化関係者たちばかりであり、それぞれに資料(知識)は豊かに持っておられる。原稿用紙5枚と言えば、少なくとも30枚分くらいの知識が必要だ。
地域文化のことだから私の得意分野ではないのに、お2人のK氏の熱烈なプロポーズに心が動いて、太宰治の『パンドラの匣(はこ)』を取り上げることでお受けしたのだった。
東大阪に関係ある文学ということで、太宰の『パンドラの匣』を思いついたわけだ。
この作品は太宰らしくない小説で、内容的にもそれほど面白いものではないが、東大阪の日下(くさか)にあった「孔舎衛(くさか)健康道場」が舞台の昭和10年代の話である。結核患者で自殺した木村庄助に出した太宰の手紙が4通残っている。
ギリシャ神話に伝わる「パンドラの箱」は有名である。箱を開けると、恐怖、怒り、 悲しみ、憎しみといった全てのものが人間の世界へ飛び出し、最後に「希望」が残っていたという話だ。日本では『浦島太郎』の話が類似するだろう。
昨日が原稿締め切りの『死の棘』を最終推敲して、7時間45分遅れで今朝一番に添付送信完了した(>_<)。そして、再度考えてみたが、やはり私には書けそうにない。
そこで思いついたのが、この作品の舞台が東大阪であることを発見された浅田高明氏をご紹介することだ。読書会では1992年4月の例会で取り上げ、以後も太宰作品の時に何度か講師としてお迎えした。
この発見は、浅田氏が内科医で結核を専門とされていることから、結核を扱った小説に関心を持って読んでおられたことに始まり、お住まいの(京都)醍醐から日下には50回以上も通われたという。
今から数年前に閉じられた「あやめ池遊園地」以前に、「孔舎衛遊園地」があったことも教えて頂いた。
今回もまたお仲間から、読書会ではなくても何かサークルを立ち上げて一緒にやろうと、温かい声をかけて頂いて本当に嬉しかった。
部外者になっているのに、執筆のご依頼をも頂いて本当に感謝している。私なりに何か協力できることを考えたいと思う。

