2015年05月06日

たんぽぽの一生

かわいい花、野生のポピーがたくさん咲いていた。
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この花は父の悲しみにつながり、私には人生の悲哀を感じさせる花だが、懐かしさと愛しさを感じる花だ。

この花を初めて知ったのは2000年だったと思う。
1999年4月に当地に引っ越してからも、1年7ヶ月病床の父のもとへ通っていた。週に2回しか訪ねてあげなかったのに、いつもたった2時間しか居てやらなかったのに、いつも疲れきって病院を出た。

ある日の帰り、駅のプラットホームの後ろの空き地に咲いていたこの花に眼が止まり、以来、いつも見ていた懐かしい花だ。あの日もそよ風に揺れていた。
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美しい野の花々・・・
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野に咲く花々も一つひとつ個性的で、何て繊細で完全に創られているのだろう。21世紀の知識の限りを尽くしても、人は花の一つさえ決して作り出すことはできない。

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先日、ユキが音読していた国語の教科書で「たんぽぽ」の不思議を知った。 
たんぽぽの花は2、3日たつとしぼんで、だんだん黒っぽい色に変わっていき、花の軸はぐったりと地面に倒れてしまう。そのあとが感動的だ。

野の花E.jpg「けれども、たんぽぽは、かれてしまったのではありません。
花とじくをしずかに休ませて、たねに、たくさんのえいようをおくっているのです。
こうして、たんぽぽは、たねをどんどん太らせるのです。

やがて、花はすっかりかれて、そのあとに、白いわた毛ができてきます。このわた毛の一つ一つは、ひろがると、ちょうどらっかさんのようになります。(略)

このころになると、それまでたおれていた花のじくが、またおき上がります。そうして、せのびをするように、ぐんぐんのびていきます」。
(後略)

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これを知った瞬間、晩年の両親のことを想い、そして、死を間近にした時の自分自身を想像し、その時私はわが子に何を教えてやれるだろうか、何を遺してやれるだろうかと思った。

初夏の陽射しに輝くたんぽぽは、まもなく綿毛の落下傘をいっぱいに開いて飛んで行くことだろう。

昨日は家族でささやかなランチに出かけた。冒頭のポピーの写真はその帰りに撮ったものだ。

そしてゴールデンウィーク最終日の今日は、引き出し式の衣装ケースを4つ買ってきて午後から2階の押入れの整理を始めた。無意識の死の予感がそうさせるのだろうか・・・

ここに居を移して16年も経って、よく今まで収納といえないような不便な生活をしていたものだと思う。
知子の冬の寝具の片付けも完了した。右肩関節損傷による腕の不自由を機に季節物の入れ替えを娘に引き継げた。腕の痛みで常に右肩が大変な肩こりで骨格が歪んでしまうのではないかと思う。

太志君のミッションも半分過ぎた。仲睦まじい次女夫婦は良き人生を築き上げている。知子もまた神の恵みの中で心を尽くして良き日々を重ねている。そのことが私を元気づける。


マタイによる福音書6章25節〜34節:
それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。

空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。


posted by 優子 at 18:20| 随想 | 更新情報をチェックする