2016年06月19日

家の教会J −「放蕩息子の譬え」T−

2016年6月19日 (第11回 家の教会)
9:05~9:55
@ 前奏
A 子どもの讃美歌  48番「こどもをまねく」
B 主の祈り
C 讃美歌     517番 「われにこよと主は今」
D 聖書輪読    ルカによる福音書15章
                  11節〜32節
E お話とお祈り   (優子)そのあと一人ずつ祈る
F 讃美歌     519番 「わがきみイエスよ」
G 献金と感謝のお祈り  (幸悠くん)
H 頌栄      讃美歌21 29番 「天のみ民も」
I 後奏・黙祷

ルカによる福音書15章11節〜32節:
15:11また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。
15:12ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。
15:13それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。
15:14何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。
15:15そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。
15:16彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。
15:17そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
15:18立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。
15:19もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
15:20そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。
15:21むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。
15:22しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。
15:23また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。
15:24このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。
15:25ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、
15:26ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
15:27僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。
15:28兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、
15:29兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
15:30それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
15:31すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。
15:32しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。

お話:
6月の第3日曜日は日本でも「父の日」として定着しています。ユキちゃんに「父の日」についてお話するのは心が痛みますが、ユキはこれまでにも何度かお友だちに「幸悠のおとうさんは何で居れへんの?」と言われたと話してくれました。

ユキは「ふ〜ん、お父さんか…別に何も思わない」と言ったけれど心を痛めていると思います。(やはりそうだった。この話をしたとき、ユキは頷いた。)

これからユキが大きくなっていくとき、そのことで悩み悲しんだり怒りを覚えたりすることがあると思います。そのとき私はユキに寄り添い、一緒に悩み話し合いたいと思います。来月9歳になる今「父の日」を避けないでお話ししようと思いました。

さて、「父の日」も「母の日」同様にアメリカで生まれました。その由来を調べると1909年、今から110年ほど前のこと、ワシントン州のソナラ・ドッドという女性が「母の日」の説教を聞いて「父の日」もあるといいなと思いました。

というのは、ソナラさんのお母さんはソナラさんが子どもの時に亡くなり、そのあとお父さんが男手一つでソナラさんと5人のお兄さんを一人で育ててくれました。

そこでソナラさんは教会の牧師に、お父さんの誕生月である6月に「父の日」を祝う礼拝をしてほしいと頼みました。その礼拝が1909年6月19日には第3日曜日だったことから、ワシントン州では6月の第3日曜日が「父の日」となり、1972年に全米で国民の祝日として定められたということです。

私の母が亡くなって20年、父が亡くなってこの8月で16年になりますが、両親の愛を思うと感謝が尽きません。しかし、私のように地上の父に恵まれた人ばかりではなく恵まれなかった人もたくさんおられます。ユキのように父親の顔も記憶に残らず幼い時に生き別れた子もいます。

でもユキには神である主イエスが共に居てくださいます。いえ、今はまだまことの神さまを知らない人も皆、全ての人に天の父が居られます。


さて「父の日」に因んでどんなお話をしようかなと思った時に、まず思い起こすのが「天の父」のことでした。

主イエスを救い主と信じて神の子にされた私たちは、神さまを「天の父」とお呼びしてお祈りします。イエスさまは神さまに「アバ父よ」とお祈りされましたが、「アバ」とはアラム語で幼児が呼ぶ「おとうちゃん」という意味です。

ですから私たちも遠慮なく「アバ、父よ」と、心からの親しみをもって「天のお父さん」とお呼びして何でもお話しすればいいのです。

「父」について考えた時、その次に思い浮かんだのは「放蕩息子」の話に出てくる父親のことでした。

最初にイエスさまが話された「放蕩息子の譬え話」について詳しく読んでいきたいのですが、それは来週にして順番が前後しますが、今日は「父の日」にちなんで「放蕩息子の譬え話」に出てくる「父」にスポットライトを当ててお話します。

(この内容はわかりやすいが、ユキに概要を説明)

この聖書の箇所を題材にして、有名なオランダの画家・レンブラント(1606年〜1609)が描いた『放蕩息子の帰還』という有名な絵があります。これです。

レンブラント・放蕩息子.jpg

これは今から400年前の絵です。レンブラントが亡くなる1年前に2年間をかけて描き上げました。父親の年老いた手がとても印象的です。それは大きな力強い手、しかし右手は若く優しい手に見えます。

もう目も見えなくなっているかのような年老いた父に悔い改める弟息子と、右側に立っているのは兄息子。兄の目は暗く、弟への恨みや嫉妬や怒りが描かれています。

この絵と出会ったヘンリー・ナウエン(1932年〜1996年。オランダ出身のカトリックの司祭、元ハーバード大学の教授。霊的な著作多数)は、ナウエン自身の深い自己洞察による霊的旅路を『放蕩息子の帰郷 父の家に立ち返る物語』に綴っています。

ナウエンは、この絵で強調されているのは息子よりも父の方であり、「父の愛のたとえ話」だと言っています。


「父」とは神さまのことです。神さまは決して押し付けようとせず常に待ち続けている父であり、その願いはただ一つ、祝福を与えることです。

だから神の尊厳をも無にして自ら駆け寄って放蕩息子を抱きしめるようなお方なのです。悔い改めた者が「ごめんなさい」と言うより先に赦しを与え、息子としての名誉回復の証しとして指輪をはめてくださり履物を履かせてくださるお方なのです。

このように私たちが「天のお父さま」とお呼びする方は、非常識なほど桁外れに情け深い愛の方なのです。

私たちはみな自分自身が放蕩息子であることに気づき、そして歩みを深めながら自分の内にある兄息子の醜さに気づかされていきます。


ナウエンは正直に自らの内面を告白して次のように言います。
「私たちの生活には、悲しみ、憂い、皮肉、暗い気分、陰気な考え、不健全な空想、憂鬱の感情の波に翻弄されない時は一度もない。神の喜びを知るにいたった人々は、そのような闇を否定しない。
しかし、その中に生きることを選ばない
」と!
 

そして、神さまは私たちに父となるように願い導いておられることに気づかねばならないと。

悲運で孤独な人生だったレンブラントの怒りは涙と葛藤を通して静まり、最後は尽きない感謝に変えられて、このような憐れみに溢れる父親を描きました。

私たちも私たちを祝福したいと願っておられる神さまの愛の中で生きましょう。


今日は「父の日」にちなんで「放蕩息子」の父に焦点を当てて考えてみましたが、来週はもう一度「放蕩息子」の話を取り上げて詳しくお話したいと思います。

是非、過去ログ・2007年3月12日の『父の家に立ち返る物語』と、次の「あなたも私も神に愛されている!」をお読みください!

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posted by 優子 at 13:50| 家の教会 | 更新情報をチェックする