2016年12月04日

家の教会㉜ −クリスマス前の心の備え―

2016年12月4日(日)(第32回 家の教会) 
10時30分〜11時すぎ
出席者3名(Except R)

@ お話      『シリアの美しい伝説』 優子
A 聖書輪読   マタイによる福音書1章18節〜
                     2章23節
B 祈り      一人ずつ
C お話     チャールズ・ディッケンズ
              『クリスマス・キャロル』

anime_tomosibi03.gif5世紀から行われていたアドヴェント(待降節)、今日から2週目に入りました。
今朝の礼拝はシリアに伝わっている美しい伝説から始めました。今も戦闘が続くシリアの古い話です。

シリアに伝わる美しい伝説があります。
クリスマスツリーに飾る金や銀の糸は、この伝説から生まれたものだと言われています。

イエスさまが誕生された時のことです。
ベツレヘムに新しい王さまが誕生したという知らせに、ヘロデ王は大変不安を覚えました。

<ユダヤの王は、この私だ。ゆるせない。打つ手は早いほうがよかろう>

王は、全軍に命令を出しました。
「ベツレヘムとその付近にいる、2歳以下の男の子をすべて殺せ!」

この時、幼い男の子がみな殺しされた大惨劇は旧約聖書の預言の成就として記録されています。
(それはエレミヤ書31章15節の言葉で、今日の聖書個所マタイ伝2章18節にも記されています。)

その大惨劇の直前に、マリアの夫ヨセフに天の使いが夢に現れてエジプトに逃げるよう告げました。ヨセフとマリアはすぐに荷物をまとめて夜の間にベツレヘムを出ました。

この伝説はエジプトに向かって旅する3人の様子を伝えています。

荒野の真ん中ですっかり日が暮れてしまいました。やっとのことで小さなほら穴を見つけた3人は、その中で一夜を明かすことにしました。

このほら穴の入り口に1匹の蜘蛛がいました。蜘蛛はこう思ったのです。

<砂漠の夜は、とても冷え込む。このままでは、赤ちゃんのイエスさまが風邪をひいて死んでしまう。なんとかしなくちゃ>

蜘蛛は大急ぎでほら穴の入り口に巣をかけはじめました。入り口全体をふさごうと一生懸命に大きな巣をかけました。何時間もかけて頑張りました。

<これでよし! こうしておけば、冷たい風はほら穴の中に入れない。もう大丈夫だ>

蜘蛛の巣で冷たい風を防げるはずはありません。
でも、蜘蛛はイエスさまを守るために自分にできることを精一杯したのです。

真夜中近くのことでした。
静寂を破って、突然遠くから馬のひずめの音が聞こえてきます。ヨセフとマリアは目を覚ましました。

<ヘロデの軍隊に違いない>

馬のひづめの音が近づいてきます。

「おい、あそこに穴が見えるぞ。ほら穴を調べて来い!」

<ああ、もうダメだ。見つかれば私たち3人とも殺されてしまう。神さま、助けてください>

ヨセフとマリアは抱き合って必死の祈りをささげました。

兵隊の靴の音がほら穴の前で止まりました。
短い時間でもヨセフとマリアには長い長い時間でした。その時、遠くから声が聞こえました。

「おい、どうしたんだ。なぜほら穴に入らないんだ!」

「隊長、入り口に大きな蜘蛛の巣があります。もうずいぶん前から張っていたのでしょう。巣は破れていないから中には居ません」

「そうだな、別の所を捜せ!」

こうしてヘロデの軍隊は荒野の彼方に消えていきました。
ほら穴の入り口には夜露をいっぱいに浴びた蜘蛛の巣が、清く美しい月光に照らし出されて、ピカピカ、キラキラと輝いていました。

この美しい蜘蛛の巣が、クリスマスツリーの金や銀の糸をあらわしていると言われています。

このような話を読むと、字を見るだけでも恐怖を感じる蜘蛛にも少しは親近感が持てるような気持になりますね。

神さまは「私など何もできない」と思っている人の愛の働きを喜んで受け入れてくださいます。弱い人、小さな人、誰が見ていなくても、心を込めてしていることを神さまは決して無駄にはなさいません。

私たちの日常もまるで日替わり定食のように、よくもまあ毎日次から次へと形を変えて困難がやってくるものだと思います。それに疲れ切ってしまうと「どうせやっても無駄だ。どうせ同じこと。もういいわ」と気力まで消え失せてしまいそうになります。

しかし、「愛は計算を超えます。時として、愛は不可能に挑戦します。とうてい勝ち目のない戦いに挑みます。愛は、時として常識を超え、理性の上に立ちます。
そして、その結果、誰もが予想だにしなかったことを実現します。愛は最高の動機です。愛こそ、創造の力です」。


私たちが愛をもって尽くすことができるのは神さまがさせてくださっているのです。神さまが力をくださってさせておられる人を勝利させてくださらないことがありましょうか!


こう話してから聖書を輪読しました。初めてのクリスマスの様子を端的に書いているマタイの記録です。

マタイによる福音書1章18節〜2章23節:
1:18イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
1:19夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
1:20彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
1:21彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
1:22すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
1:23「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。
これは、「神われらと共にいます」という意味である。
1:24ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
1:25しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。

第2章
2:1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

2:7そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

2:13彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。
2:14そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
2:15ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。

2:16さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。
2:17こうして、預言者エレミヤによって言われたことが、成就したのである。
2:18「叫び泣く大いなる悲しみの声が
ラマで聞えた。
ラケルはその子らのためになげいた。
子らがもはやいないので、
慰められることさえ願わなかった」。

2:19さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、
2:20「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。
2:21そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。
2:22しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、
2:23ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。

そして祈り合ったあと、この時期になると毎年読む習慣になっているチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』を開き、スクルージの甥の言葉を紹介して励まし合いました。

「伯父さんは、おかしな老人だよ」スクルージの甥は言った。
「そいつは本当だ。それに、愉快になれるものを、そうはしないんだ。けれども、ああいうひどいことをしてると、自分で罰を受けることになるのだから、ぼくとしては、伯父さんを何も悪く言うことはない。

ぼくは、伯父さんを気の毒と思うね。腹を立てようとしたって、伯父さんには腹が立てられないんだよ。叔父さんの意地の悪い気まぐれのために苦しむのは、誰なのだろう? いつだって、自分自身さ
」。

私たちも悪に負けないように励ましあって神の正しさを見失わないようにしましょう。結局のところ、人を認めることは自分を認めることであり、人の好意がわからず感謝もできなくて批判ばかり言う人は自分を受け入れることのできていない人なのです。

私たちも常に自らを省みながら、神さまに忍耐と愛を求め続けて自らの心まで引きずり降ろされないようにしましょう。

このあと讃美歌を歌いたかったのですがチャイムが鳴って中断。家の教会ではこのようなことが時々あります。

来客はシルバー人材センター事務局長さん。例年の庭木剪定前の見積もりと交渉で時間がとられ讃美できないで終わりましたが、讃美歌を聞きながらこれを書いている時にユキがクリスマス・ツリーを飾りました。心やすらかで幸せな時間が流れています。

私たちも今一度スクルージの生き方に気づいて神の救いを感謝して、クリスマスの歓びを喜べる者に整えられ備えられていきたいと思います。生かされている間はチャンスがあります。人は死んでからでは遅いのです。

「まだ祝いそこねてはいないな!」と喜んだスクルージ。愛こそが生きる意味を与えるのだと改めて思わされました。クリスマスの意味は、喜び、与えること、分かち合うことです。

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近隣宅のイルミネーション。
12月2日から25日の17時から22時まで、
雨の日を除いて点灯される。

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posted by 優子 at 17:17| 家の教会 | 更新情報をチェックする