2016年12月18日

家の教会㉞ −クリスマスの賢者たち “The Gift of the Magi”− ―

anime_tomosibi01.gif今日からアドベントの4週目に入り、いよいよ来週はクリスマスです。
アドベント期間は主イエスをに会う備えの時であり、それは即ち悔い改めの心を持つことです。イエスさまを心の中にお迎えして、クリスマスをこころからお祝いしたいと思います。

2016年12月18日(日)(第34回 家の教会)
13時5分〜13時45分
出席者4名
@ 前奏  知子
       バッハ コラール・クリスマスオラトリオ
A 主の祈り  一同   
B 讃美歌112番  「もろびとこぞりて」
           ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲
C 聖書輪読  マタイによる福音書2章1節〜12節
D お話    優子
E お祈り   一人ずつ
F 讃美歌115番  「ああベツレヘムよ」
G 後奏 知子  バッハ 待降節コラール
         「来たりませ 異邦人の救い主よ」
 
マタイによる福音書 2章1節〜12節:
2:1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

2:7そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

お話:
今日は最初にオー・ヘンリーが書いた『賢者の贈り物』のお話をします。これまでにユキに読んだことがあるのだけれど覚えているかな? 貧しい夫妻が互いへのクリスマスプレゼントを贈る話です。ページをめくりながら簡単にお話するね。

妻のデラは、夫のジムが大切にしている金の懐中時計に吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を切って売り、一方、夫のジムは祖父と父から受け継いだ貴重な懐中時計を売って、デラが欲しがっていたベッコウのくしを買ったという物語です。

賢者の贈り物最終ページ.jpgそして、オー・ヘンリーは、お話の最後をこのように結んでいます。

「贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。
贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです」。


妻は自慢の長い髪を売り、夫はおじいさんから受け継がれてきた懐中時計を売って、それぞれ売ったお金で贈り物を用意しました。

このような行為を「犠牲」と言います。即ち、自分が損することを厭わずに相手に大切なものをささげることです。ですから犠牲の大きさは愛の大きさを示しています。

j_je02.jpgオー・ヘンリーが最後に書いている「東方の博士(賢者)」とは、今日読んだところに出てきた3人の博士のことです。

この博士たちは星占いをしていた天文学者です。と言っても聖書が罪とする「占い」、私たちが知っている「星占い」ではなく、彼らは当時の天文学研究者で、天体の運行と地上の出来事を綿密に調べる最先端の科学者でした。

しかも、知的に優れているというだけではなく、深い知識と知恵を有し、人を導く宗教者でもありました。

その博士たちが救い主の誕生を告げる星を見つけました。遠くはるばる長い旅をして救い主イエスさまを礼拝しに来たのです。その時にお捧げした「黄金、乳香、没薬」は非常に高価な品々でした。

博士たちは贈り物の品だけではなく、長い時間をかけてしんどい旅をしてやってきたのです。それら全てが尊いものでした。

私たちも日曜日に家庭礼拝するのは、時間ができたから、暇だから礼拝するのではありません。教会へ行くのと同じ、最初に神さまのために時間を聖別して捧げるのです。
実はそのように礼拝できること自体が神さまからの祝福であり、神の恵みの中で生かされているということなのです!

ヘロデ王は、その幼子を見つけたら「わたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」と言いましたが、博士たちは夢のお告げを聞いてヘロデ王のもとを避けて、「他の道をとおって自分の国へ」帰って行きました。
 
神さまと密に生きているとこのようなことを経験しますね。
特に知子は毎日1分たりとも気の抜けない状況にありますから、それゆえに神さまから絶妙なる時に絶妙なる知恵を示されています。私はたびたびそれらの証し(神さまの不思議な出来事)を聞かせてもらっています。


クリスマスは救い主イエス・キリストを伝え、「神さまはあなたを愛されていますよ」と伝える時、クリスマスは愛を分かち合う時です。

この『メメントドミニ』が読んでくださっている方のベツレヘムになって、キリストと出会われますように祈ります。

「人を愛し思いやる心があれば、毎日がクリスマス。その愛の心を一年中持ち続けよう。でもひとりでは続けようがない」。
      (画家 アンソニー・ヴァン・ダイク)

お祈り.jpgこれは礼拝でユキがお祈りしている姿です。この時、「おばあちゃんの目の腫れているのが治りますように」と祈ってくれていました。

というのは、昨夜から急に両方の上瞼が痒くなって1時間半ほどで目の下も腫れてしまい、今はかなりましになっていますが、今朝は瞼が眼球の半分まで垂れ下がるほど腫れていました。

検索結果から症状は「クインケ浮腫」に似ているのですが痒みがあるので違うようです。昨夜は小さな箇所(まるで虫に刺されたところだけ)が痛痒く、とにかく突発性の局所性浮腫です。身体の異変が続く日々です。

今朝は久々のサッカーだったので礼拝は午後になりました。
「ナイスシュートしたよ!」と嬉しそうに帰ってきたユキ。

体力もついてきたので礼拝中も眠らなくなりました。今では自転車に乗って一人で学校まで行くようになり、ユキの成長を喜びつつも手が離れていくことに寂しさも感じます。

次の土・日もサッカーがあるので25日のクリスマス礼拝も午後になります。

その朝、ユキはサンタさんからどんなクリスマスプレゼントをいただくのでしょうか。勤務している知子にとっては初めてその瞬間の我が子の喜ぶ顔を見ることができるのです。こんなに嬉しいクリスマスはありません。

この1週間も主が共にいてくださり勝利させてくださいますように!


附記:「これで4時間分できた」と、知子は昨日も今日も仕事をしています。毎晩最終電車に乗り遅れないようにと気にするほどの遅い帰宅です。


posted by 優子 at 16:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする