2017年01月08日

家の教会2017A −「沖に漕ぎ出そう」−

2017年1月8日(日) (2017第2回 家の教会)
10時〜10時45分
出席者 4名
@ 前奏
A 主の祈り
B 子どもの讃美歌 「天にいます私たちの父」
 
C 聖書輪読  ルカによる福音書 5章1節〜11節
D お話    優子
E お祈り   一人ずつ
F 讃美歌   445番 「み神と共に進め」
G 後奏    黙祷をもって終わる

ルカによる福音書 5章1節〜11節:
5:1さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、
5:2そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。
5:3その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。
5:4話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。
5:5シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。
5:6そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。
5:7そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。
5:8これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。
5:9彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。
5:10シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。
5:11そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。

お話:
先ほど読んだ箇所に出てきたシモンとは、後にペテロと呼ばれる人です。ペテロはイエスさまがシモンにつけられたニックネームで「岩」という意味です。

漁師であるシモンたちは魚がよくとれるのは夜だということをよく知っていて、それはプロの漁師にとっては誰もが知っている常識でした。でも、夜通し働いたのに魚は一匹も捕れなかったのです。

そこへイエスさまが、「沖に漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と仰いました。イエスさまは漁師ではありませんが彼らは言われたとおりにしました。

このとき彼らは夜の間ずっと働いていたのでクタクタです。その上に、もう網も洗っていたのです。そんな時に言われたとおりにするというのはすごいなあと思います。

イエスさまはチャレンジを与えられました。そのチャレンジを素直に受け止めたのもすごいなあと思います。この時、漁師の常識に縛られたままだったら大漁を経験することはできませんでした。


ここで私は経済学の大家・ケインズのこんな言葉を思い出しました。

「難しいのは、新しいアイディアを開発することより、古いアイディアから逃れることである」と言う言葉です。

自分を空っぽにしないと新しいものは入ってこないと思います。
「沖に漕ぎ出す」とは、「ガリラヤ湖沖の深い所へ行きなさい」と言う意味です。シモンたちは漁師ではないイエスさまが仰ったことだけれど、イエスさまへの信頼があるから従ったのです。私たちはどのくらいイエスさまを信頼しているでしょうか。

ここでシモンに大きな変化が起こっていますが気がつきましたか?
イエスさまの言われたとおりに網を下したら網が破れそうになるほど、2艘の船が沈みそうになるほどの大漁だったのです。

シモンは(5節で)イエスさまのことを「先生」とお呼びしていたのに、8節では「主よ」と呼び、「わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」と奇妙なことを言いました。

ペテロはきっと、このお方は私の心の中までご存知で、自分の心が罪でいっぱいであることがわかったので恐れおののいて告白したのです。

私ならば、「主よ、私の罪深さをゆるしてください」と言うと思うのですが、そうではなくシモンは、「わたしから離れてください」と言いました。「赦してください」というよりももっと謙虚であるのようにに思います。

するとイエスさまは、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」と言われました。ユキは「人間をとる漁師」ってどういう意味かわかる?
「イエスさまの話を聞く人を集める人」。そうやね、その通り! 人々にイエスさまのことを伝え導く人のことですね。

私は今日のお話のタイトルにあるように、神さまから示されたと感じたときは臆せずに「沖に漕ぎ出そう」と思いました。

最後に、みんな一言ずつ2017年の抱負を語り合いましょう。
ユキはこの新しい年はこんなことをやってみたいと思うことがありますか?(それぞれが主に在る志や希望を語りました。)
 
私たちそれぞれの目指すべき「沖」(深み)は、それぞれに違います。そして、今は何となく漠然としたものであるかもしれませんが、具体的な思いが与えられたら、その時は「私には無理だから」とか「私はできません」ではなく、主の御業を信じて主と漕ぎ出していきましょう。

このあと昨日(540円で)買ったばかりのDVD・『クォ・ヴァディス』を観ました。私が生まれた1951年にゴールデン・グローヴを受賞した歴史スペクタクルの超大作(2時間45分)です。

IMG_1855.jpg「クォ・ヴァディス」については昨年のペンテコステ礼拝でお話し記録していますので、是非お読みください。
映画では、まさに今朝読んだ聖書個所をペテロが群衆に語っていました。見ごたえがありお薦めです!!!

ボロボロになった讃美歌.jpg高校生の時に使っていた讃美歌はボロボロ。ついに今日、表紙が取れてしまいました。



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posted by 優子 at 16:10| 家の教会 | 更新情報をチェックする