2017年02月22日

9年ぶりに読書会へ A ―『舟を編む』−

この日は寒気が強かったせいか出席者は私を入れて9名だった。以下は参加者の発表を聞き書きしたものである。全員のを書いたわけではなく、聞きのがしや聞きまちがいもあるだろうが記録しておきたい。

Aさん:辞書って素晴らしい、目からウロコだった。辞書への愛おしさを感じる。作者が無くて編集者、関わる人があまりに多くて「賞」も無い。

地味な話題がどうしてこんなに面白く書けるのかと思うと、作者のユーモアであり、主人公の名前を馬締(まじめ)とつけるところから笑ってしまう。15枚のラブレターの面白さ、これを書いたのも作者である。

辞書作りの工程が読む者の頭に入っていくという構成にも驚いた。タケばあさんのみっちゃん(馬締 光也)への言葉かけが楽しい。

Bさん:編集するのを「舟」に喩えるが、今は利益ばかり考えて泥舟ばかり作られている。しっかり校正されておらず短時間で仕上げてしまう。

「本を編む」とは著者と編集者と一緒になって作ること。岩波文庫の創始者は校正を大切にしない出版社はつぶれると言っていた。

出版の裏側の話として、これは本人も言っているが金田一京助は名前だけで一度も目を通していない。
活版印刷の時代、辞書の字は小さいのでロシア語の辞書を5回校正して目が潰れた人がいた。今は拡大して校正する。

広辞苑は機械製本なのであれ以上厚くできないし、手製本のように糸かがりができないのでバラバラになってしまう。上製本は本を開いてももどらない。

福紙.jpg紙には縦目と横目があって、紙をすく時に流れる方向が縦目で、横目に使うと本が波打つ。
また、製本ミスで(写真のような)「福紙(ふくがみ)」というのがあるが、これは「福がつく」(ふりこみ、めでたい)ということで返品しなくても良い。

電子辞書は次の版が作れない。辞書ができ上がったらすぐに改定に入るのはすごいなあと思う。

優子:辞書作りについては全く関心がなかったけれど、すごく興味深く読まされた。「究極の紙」を作りあげていくところは圧巻で、自分もそのメンバーの一人になったような気持で読んでいた。

夫が紙の卸業を営んでいる関係から北越製紙の抄紙機を見学したことがある。
北越製紙が誇る世界最大級(2008年当時)の最新鋭機、「9号抄紙機(通称N9)」は、総全長が264メートル、幅10.7メートルで、夫の言葉を借りればまさしく軍艦のようだった。

1分間に1600メートル、時速にして100キロ程度のスピードで動いている。1日に1000トン、年間35万トンの紙を生産している。できたてホヤホヤの紙を機械からちぎってくださった時、私はうっかり口に入れそうになったほど感激した。

馬締の尋常じゃない熱心さ、編纂に取り組む馬締たちの様子から、1993年8月のテキストだった出久根達郎の『佃島ふたり書房』を思い起こさせた。内容は殆ど忘れてしまっているが、古本屋である主人公の本への思い入れの深さが強く印象に残っている。

『舟を編む』.jpgこの本ではP213。
「なにかを生みだすためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。混沌とし、ただ蠢(うごめ)くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉と言う落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象(かたど)られ、昏(くら)い海から浮かびあがってくる」。

ここを読んだとき、ヨハネによる福音書(1章1節〜5節)の冒頭を思った。
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった」。

斜体部分は発表しなかったが、心に届いた文章なので記しておきたい。
p145:「有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。怖いけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでもこの舟に乗りつづけていたい」。

全く同感。

「言葉は、言葉を生みだす心は、権威や権力とはまったく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟」。


(P258)「言葉はときとして無力だ。荒木や先生の奥さんがどんなに呼びかけても、先生の命をこの世につなぎとめることはできなかった。けれど、と馬締は思う。先生のすべてが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心のなかに残った。生命活動が終わっても、肉体が灰となっても。物理的な死を超えてなお。魂はいきつづけることがあるのだと証すもの―、先生の思い出が」。

言葉、そして、書くということを思う。
書いた人が死んだ後も、その人がどのように頭を動かし、感じ考えたかが残る。

(P257)「きみ(荒木)とまじめさんのような編集者に出会えて、本当によかった。あなたたちのおかげで、わたしの生はこのうえなく充実したものとなりました。・・・『大渡海』編纂の日々は、なんと楽しいものだったでしょう。みなさんの、『大渡海』の、末永く幸せな航海を祈ります」。

荒木先生の「このうえなく充実したものとなった」という言葉が、深く打ち込まれた杭のように胸に響いた。私もこのような思いをもって生涯を終えることができたらいいなと思う。

Cさん:文庫本の殆どを請け負っていた日本製紙は津波で大きな被害を受けたが、半年で再開させた「日本製紙釜石の奇跡」に感動した。(日本製紙からいただいたDVDを見ていたので「釜石ではなく石巻では?」とお聞きしたが釜石とのこと。)

子どもの本の紙が分厚いのは手を切らないためで、上等の薄い紙にすると安っぽく感じさせるからだという。

現代は言葉が変化し使い方も変わっていく。

地味でお堅い題材をとった小説なのに退屈しなかった。三浦しをんは若者の仕事を通して成長していくというお仕事小説が多い。紙選びのところに感動し、面白く楽しい本だった。

Eさん:主人公は現代では珍しい人物。今は便利に電子辞書を使ってしまうが、読み物として辞書を読みたいと思った。この本は文庫になるのが遅かった。

Fさん:馬締(まじめ)という名づけ方、全体をユーモアのセンスで包んでいる。
辞書の編纂自体、考えたことが無かったので言葉の選択、言葉の並びや変遷がどうやとか考えたことがなかったので、こんなに多くの人の思い、執念がこもらないとできないのだというのがわかった。

こだわって時間をかける松本先生、荒木、馬締に対して、動的なことを与えている西岡の存在が面白かった。

前半に描かれている香具矢さんと後半の香具矢さんと違っているのが気になった。「梅の実」(自らの小料理屋)に入ると変わるのか・・・。

私は用例が多い岩波国語辞典を愛用しているが、辞書は自分がわからない言葉を引くものだから、「女」や「声」などわかり切った言葉が載っているとは思わなかったので引いてみた。

言葉自体が抽象で記号だから、それを説明することはとても難しい。

(今話題になっている)石原さん(都知事)が小池さんのことを「頭の黒い鼠」と言ったので調べてみた。「鼠」にはなく、「頭」の用例にあった。(2つの辞書の説明文を紹介された)

※ 物がなくなった時に、身近にいる人間が盗んだのだろうということを暗にいう言葉。「 〜のしわざ」(大辞林より)

企みのある都議会議員。餌を引っ張っていく頭の黒い人間。人間を食べ物を取って食べるネズミに喩えて、ネズミのように物を取ってきて懐に入れるという意味だ。

またスパイのことを「犬」と言うのは、牧羊犬は犬のくせに人間側に立って動物の羊を追いかける。それで犬をスパイと言うんだなと思った。

(開業医の家に嫁いだ)50年前、カルテは「いろは」で並べてあったので、「あの人は」と、患者さんが来たら毎回「いろはにほへと・・・」と指を折って数えたが、以前からいた人(事務員)が辞めてからすぐに「あいうえお」順に並べなおした。

お風呂屋さんの下駄箱も「いろは」だった。今は下駄がないから下駄箱とは言わない。「くつばこ」では出ていない。

この本を読むまでならば「出てるわ」で終わっていただろうが、今は「さすが! やっぱり出てる!」と感激して見るようになった。

読後感発表がひとまわりしたあとの話し合いでは、現代の言葉の変化や方言について盛り上がり、私はこんなことを言った。

私は間違った日本語が定着してしまっていることや、方言が失われていくことが気に入らない。例えば「1000円からいただきます」だ。
当初は非常なる違和感を感じていたのに、こちらも慣れてしまって今や市民権を得て大多数の店で使われている。

方言については例えば生協のチラシでも、関西では「関東煮き」と言っていたのが「おでん」に、「鯖の生鮨(きずし)」は「しめ鯖」に、「ぶた汁」を「とん汁」というように関東の言葉が定着している。

これは時代の在りようで止められないけれど残念だ。
以上

言葉だけではなく紙についても話題になったので興味深く聴いた。紙の縦や横についても夫から聞いていたので懐かしく、今夜もそれらの話を夫と交わした。「福紙」のことは知らなかった。

やっぱり読書会は楽しく有益だ。読んで終わりではなく読後感を話し合うことで視野が広げられ考えが深まるからだ。
そして、若い時よりもいっそう強く思ったことは、それぞれの感性で読むということがいかに大切であるかということだ。

この日、会長さんは圧迫骨折で欠席のため、副会長(前会長)のNさんがお世話してくださっていた。4月に発行される『かわちの』の編集作業も始まっていた。

「藤本さんが来てくださったからとても雰囲気が明るかった」、「藤本さんのおかげで明るくなった、これからまた来てください!」と、思いもしないお言葉を何度もかけていただいて感謝が溢れた。

最後に次のページで佐野一雄さんの訃報と、読書会や東大阪市の図書館行政の近況を書いておきたい。

posted by 優子 at 22:03| 読書会関係 | 更新情報をチェックする