2017年03月04日

知子とユキは神戸港クルーズに、私たち夫婦は道明寺へ

一方、私たち夫婦は自動車で20分ほどの所にある大阪府藤井寺の道明寺へ出かけた。桜餅の道明寺粉で有名な名前の発祥の地である。一度は行きたいと思っていたので、梅の花が満開と出ていたのでそれを目当てに出かけた。

正しくは道明寺天満宮といい、神仏習合の名称だったので驚いた。

今調べてみると明治5年の神仏分離により、天満宮境内から約50メートル西の現在地に移転したというが、出入り自由のためかパンフレットも説明文も掲示されていなかったので、何も分からなかった。

天満宮おきまりの「撫で牛」があったので、どうやら私たちは天満宮だけで道明寺には行かないで帰って来たようだ。 

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道明寺粉は、昔の保存食だった糒(ほしいい)を砕いたものだった。道明寺の糒は有名で豊臣秀吉からも礼状が届くほどだったという。

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境内では「猿回し」をやっていた。これは2歳のニホンザル。「猿回し」を直に見たのは初めてかもしれない。私はしばらくして独りで境内を散策した。

地域の人々による大正琴の演奏で懐かしいメロディーが聞こえ、50年も前の世界に舞い降りたような錯覚を覚えた。大正琴の音色はとても心地よく、夫もリラックスしていたようだ。

梅園は300円払って入った。こじんまりしていたが、約80種800本の梅があり「大阪みどりの百選」に選ばれているそうだ。

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一つひとつの花に目をやると
一生懸命咲いている花の気持ちと気力が
伝わって来るようだった


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30分足らずで梅園をあとに奈良県に戻って遅い昼食を摂り、夫としばらく話し合った。今日はそのための外出でもあった。寡黙な夫が話し続けた。夫の思いも理解でき、客観的に見ていたことに安堵した。

しかし、夫の最たる弱さの岩盤はまだまだ固い。人は皆そうなのだけれど、自分の弱さを言語化できるかどうかは大きな関門であり、人間は本当に自我が強く関門を通過した人は少ないのだろうが。

それでも私は主に在って希望をもって夫婦の総仕上げに励みたい。それをしないでは死ぬに死ねない。2月半ばからその思いで励んでいる。

IMG_2674.jpgこれは昨日撮った植木鉢の花。
自らの咲く季節に備えて厳冬のうちに、いつしか芽を出し、蕾を膨らませて、開花した。


これも昨日写した近隣宅の梅の花。
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道明寺の有名な梅を見てきた夜に、身近に咲いているこの写真を見て、森 有正が口を酸っぱくして言っている「経験と体験」について想起し、少し理解が深まったように感じた。日本人は何事も全部体験の対象にしているということを!

「日本人は出かける前に、観光案内書や写真などでもって知っているのと同じ姿を現地で見つけ出せば、それで満足して帰ってくる。

日本の自然というのは、全部が名所の集まりだ。だからみんな名所を見に行くのであって、自然なんか見に行きはしない。

つまり全部体験の対象になっていて、経験の対象になっていないということだ。経験の対象はいつも無記名だ。これは重要なことで、固有名詞を持ったものでも、経験の中では無記名の要素に分解されてしまう」。


期待していた今日の梅園は体験的にでしかなかったが、この無名の近隣の梅の花を見て、私の中で僅かながらではあっても深みを感じられたことに大きな喜びを感じた。

そして名所の梅の花にも、一つひとつの花から一生懸命咲いている花の気持ちと気力を感じることができたことも大きな喜びだ。

それは森 有正が言うところの、人間の知覚で覆い尽くされた梅園に裸の自然を見る力が養われていたということであり、物の深みや注意力の深まりや、これまで認識し経験したものが自らの中に蓄積されていたということだから。


posted by 優子 at 23:59| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする