2017年04月06日

悲しむ人々を憶えつつ春を始める

今日はユキのことを書くつもりだったが、散歩中の黙想を記したので、この写真はユキのページに記録したい。

4年生始業式.jpg  行ってらっしゃい!.jpg
4年生始業式の朝。
幼稚園から使っていた上靴入れが新しくなった。 

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ユキちゃん、進級おめでとう!
今夜はお赤飯にしよう。
今日、大阪の桜が満開になったと報じた。

 
IMG_3525.jpgお昼頃からしばらく雨天が続くというので雨が降らないうちに散歩に出た。


池の桜はようやく3分咲き。曇っているので暗い。

B始業式の朝.jpg

ここ数年聴かなくなっていた”On Golden Pond(黄昏)”を昨夜久しぶりに聴いたので、散歩の間ずっと脳裏に聞こえていた。(これをお聞きになりながらお読みください。)

独りになれるのもありがたい。ユキと一緒に暮らすようになるまでは毎日この道をチャッピーと歩いた。今ではすっかり懐かしい日々になっている。

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これを書きながら目頭が熱くなるのはどうしてだろう。
チャッピーが死んでしまった悲しみだけではない。過ぎた日々への懐かしさだけでもなく何か不全感がある。これまで祈り求めつつ積み重ねてきたことが、殆どまだ実を結んでいないことに悲哀を感じているのだろう。

でも前へ進まなくては。


「主のいつくしみは絶えることがなく、
そのあわれみは尽きることがない。
これは朝ごとに新しく、
あなたの真実は大きい」。
                 (哀歌3章22・23節)

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60代になると黙想の時も自らの人生や死について省察することが多くなった。若い精神は何事も弾力を以って応じていくことができる。そんな30〜40代の活動的な季節を生きている人は、失敗を恐れずに思いっきり挑戦するべし!

年を取ると動脈硬化と同じように心の弾力も失っていくように思う。このことは私には意外だった。しかし、

「わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである」。

       (コリント人への第2の手紙 4章16節、28節)

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赤いモクレン

4月は新年の始まり以上に新しい1年の始まりを感じる。新しい春を生きることができなかった児童や学生たちを想うと、心が凍り付き、果てしなく重く沈んでいく。
ご遺族の上に神の慰めを祈りつつ絶望へと傾く心を意志をもって主イエスに向ける。

世界で起きている人間の蛮行は治まるどころか核戦争まで予感させる時代になっている。『チェルノブイリの祈り』の中にこんな述懐があった。
「私は神さまはこわくない。こわいのは人間です。
人間よりも恐ろしいものってほんとうにあるのでしょうか」。

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「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたし(イエス・キリスト)はすでに世に勝っている」。
             (ヨハネによる福音書 16章33節)

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始業式の朝H.jpg山はまだ冬の眠りから目覚めていないように見えるが、3月初め頃から植物が出す新陳代謝の匂いで満ちている。

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柴桜

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万物復興の命の春。自然界のよみがえりのごとく福音の種には驚異的な命を宿している。マイナス100にマイナス1をかけるとプラス100になる。神は私の賜物をも用いてくださるであろう。だから私は最期まで私の成熟していく実況中継を書き続けていこう。 

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。

               (ロマ書8章28節)

折れていたチューリップ.jpg
かわいそうに、花開く前に折れていた。ごめんなさい。
私が洗濯物を入れるときに折ってしまったのだと思う。
どうしようもないほど心が痛む。咲きたかったであろうに。

雨は19時前から降り出した。暖かい雨だ。
ブログを書き終えた今も知子はまだ帰宅せず。平日は夕食を共にすることはないが、今夜は特に遅い。疲れていることだろう。

posted by 優子 at 22:32| 随想 | 更新情報をチェックする