2018年04月26日

家庭訪問の季節 ―新たな出会い―

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写真は4月4日に写したハナズオウ、今春覚えた花の名前だ。
「ハナズオウが咲くと家庭訪問の季節を思い出す」とは、南アルプスと中央アルプスが見える伊那盆地で育った親友のNさん。いつまでも残っている懐かしい光景は人生の宝だ。
関西ではずいぶん前に花は去り、すべてが新緑、サクランボの季節である。今年も新年度が始まり、孫の小学校では先週末に初めての授業参観と懇談会、PTA総会があり、今日は家庭訪問最終日。

例年通り一番遅い時間を希望して、知子は慌ただしく夕方に帰宅した。私も幼稚園の家庭訪問時より同席させていただいている。時には先生から電話を受けることもあり、互いに顔を知っておく必要があるからだ。

4-26-1.jpg昨年に続いて今年も新任の男性の先生である。担任を持つのは初めてという25歳のフレッシュマンとお聞きしていたので、期待と少々の不安が相半ばしていたが、今年もまた素晴らしい出会いが備えられていた。

最終番とあっていつも予定時間の10分をはるかに超え、今日は1時間も話し込んでしまった。最初は遠慮がちに先生と知子の会話を聴く側にまわっていたが、そのうちに会話に加わり教育について熱く語り合った。フレッシュマン先生は何事にも問題意識が高く、その要となる理念をしっかり持っておられ深く共感し合った。

4-26-10.jpg私はあまりに感動していつまでたっても高揚感が冷めやらず、心地よい疲れと腰が痛くて(24日朝にぎっくり腰になったので)ソファーに横になった。
気がつけば「今の世の中も捨てたもではない」としみじみ語っていた。あの時、近藤さんは今の私が味わっている気持ちを感じてくださっていたのだと思い出し、近藤さんを偲んだ。

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これは1990年3月に発行された「東大阪読書友の会」会報『かわちの』38号に書いてくださった故近藤一さんの文章だ。
私が読書会に入会して2年後であり、書かれた内容は1989年8月、私に代わって6年生の知子が出席した時のこと、私は37歳だった。
以来、近藤さんは「知子ちゃん」「知子ちゃん」と愛してくださり、お手紙と共に何冊も本を贈ってくださった。

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4-26-4.jpg「知子ちゃんへ  また好い本を見つけたら送ります。佳い本を沢山読んで下さい。心が広く美しくなりますから」。

振り返ると、これまで多くの人たちに愛され支えられてきたと深く気づかされて目頭が熱くなった。今日の家庭訪問を通してその思いを強く感じて近藤一さんを偲んだ。もう一度お礼を申し上げたいのにお会いできないのが耐え難く、地団太踏んで泣きたいほどだ。

当小学校はここ数年の、特に保護者側の異様な在りように違和感と問題を感じているので、私は機会を見て近いうちに校長を訪ねようと思っていただけに、健全な精神のフレッシュマン新任教師との出会いに計り知れぬ喜びを感じ、忘れていた感情が完全によみがえり、私の内側から情熱と意欲が湧き出るのを覚えた。

若い精神に触発されて神さまからの励ましと新たなるチャレンジをいただいたような気がする。長く保持して励みたい。

2018.4.23.jpg今年度、知子はPTA委員になり、学級委員と文化部。当校では学級委員もまた各種委員会のどこかに所属しなければならない。文化部といっても正しくは広報の仕事だ。
しかし、本来のPTA新聞のようにPとTが共に考える紙面づくりではなく、幼稚園と各学年の写真を貼った行事記録だけのようである。
幸いメンバー全員が違和感なく会話が成り立って心を通い合わせることができるのは神さまのご配慮と感謝している。良き出会いへと深まっていけばいいなと思う。

子どもを授かった人は、子育てを通して自ら育ち直していきながら自己を確立していかねばならないと思っている。高齢者になった今もえらそうなことは言えないが、私が子育て中に最も重要視したことを今日もお話ししたことだった。

「誰々が言ったから正しいのではなくて、誰々がどんなことを言ったから正しい」と、自分の頭で考える人になってほしいと。(それはここに記録している)

考えや思いを分かち合える喜びは人生の生きがいだ。
ユキ小学5年生の春、時は初夏、輝きの季節である。息絶え絶えだえだった私は再び気力横溢して歩み始める。

自分自身の喜びに浸ってユキのことを書き忘れていた。ユキは優秀だという。4年生の学習に躓いている子がたくさんいるのに先日も100点取ったと。何事も目立っている。良いことで目立っているから誉めてあげてくださいと言われて驚いた。

帽子ボロボロ.jpg2年前、上級生の真似をしてわざと帽子のツバを折ったユキ。すでにこんなに破れて卒業まで使えるのだろうか。思い出になる帽子は6年間使用したものがいい。ユキの小学生時代を抱きしめるために。
「カナヘビトカゲは目がクリクリしてかわいい。一匹○○にあげたから3匹入ってる」。
5年生になっても大きなケースに入れて登校した。
posted by 優子 at 23:07| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする