2018年05月11日

小豆島譚 ー5日間を要してようやく僅かを記録すー



IMG_0504.jpgもう2週間前のことになる。

4月28日朝、駅へ向かう道の桜の樹は真っ赤に熟したサクランボが鈴なりで、小鳥たちがついばんでいた。


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私が1年中で一番好きなサクランボの季節。

私も一粒だけいただいたけれど、人の手の届く高さまでの実は軸だけになり、種がいっぱい落ちていた。

小豆島は温暖で陽ざしがたっぷりなのに関西より季節は2週間遅く、寒霞渓に向かう新緑のここかしこにヤマフジがどっさり花をつけていた。


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これは小豆島を発つ4月30日の朝8時半。2泊目のホテルからだとエンジェルロードにもっと近づいた。早朝の景色と違って朝靄(もや)が水面まで降りていたが、それでも幻想的な風景だった。

前日、右側の島のぐるりを回った。柵よりもずっと外側を歩いていた所は海の中。


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3日目の30日は、「オリーブの森」を訪ねて樹齢千年のオリーブの木に感動し、そのあと再度「寒霞渓」に向かった。

昨年末の仕事納めの翌日、12月30日から元旦の夜まで知子は独り旅をした。せっかくの次女夫婦の帰国中だったが精神の限界に達し、しかたなく真智たちがいるからユキも寂しくないだろうと小豆島に渡った。

レンタカーを借りて元旦の朝も知子は独り寒霞渓に立っていた。広いパーキングには自動車一台止まってはいなかった。凍てつく寒さを感じながらも1時間以上も立っていたというから、体も正常な感覚ではなかったのだろう。


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その時、知子の目前にあった寒霞渓は岩山を顕わにしていた。
その4ヵ月後、岩山が新緑に覆われていたものだから驚異した。



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新緑に覆われた寒霞渓を信じられぬ思いで見つめていた知子。

もっとゆっくり留まっていたかっただろう。


オリーブビーチでも、ただただ海を見ていたという。


次の2枚は冬のオリーブビーチ。

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冬の海は水の色がより一層澄んでいる。


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雨降る海は暗澹とした景色に変わる。

IMG_0443.jpg4月29日は午前9時から12時間(150qまで走行可)、30日は午前9時から4時間(70qまで走行可)レンタカーを借りた。29日はゆっくり見学していたので60qしか走らなかったが、30日は71q走った。オリーブ園にも何度も行った。

昨年の7月14日、知子がユキを伴って行った時、「二十四の瞳」の岬の分教場や醤油造りで有名な「醤(ひしお)の郷(さと)」は詳しく見学したので今回は訪ねなかった。

4月30日、お昼過ぎにレンタカーを返してバスで坂手港まで行った。



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知子よ、ユキと幸せに生きよ!







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淡路島の風力発電

明石海峡大橋が見えて来た。


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世界一長い吊り橋・明石海峡大橋



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子は今回も行きも帰りもずっと甲板にいた。真冬の船上は寒くて内臓が震え上がったという。寒霞渓でも海でも、ただただ生きる意味を問うていたのだろうか・・・

1月1日、甲板から小豆島が見えなくなるまで見つめていたという。そして、前方に陸地が見えてきた時の暗澹たる気持ち・・・。真智たちがワシントンへ戻ってから1週間寝込んでしまった。

1月の「ブルンナー読書会」で下村さんが久しぶりに知子の顔をご覧になった瞬間、「魂の抜け殻のようだ」とひどく驚かれた。

そんな状態で悩みに悩んで、1月15日、私や祈ってくれていた友の予想に反する決断をした。


つまり、ユキと私、そして、社員の家族の生活を支えるという使命感から、引き続き留任して経営に携わることを選び取った。二期連続、会社の財務を建て直し、多くの関係者から高く評価されている。

全く学ぶことなく無責任きわまりない夫・・・

そんな人生で終わっていいのだろうか?!

私はもうわからなくなってしまった。疲れた。


『夜と霧』を書いたフランクルは、強制収容所の過酷な状況を生き抜くためには、「自己離脱性」と「自己超越性」が求められると書いています。私は昨日のお話を聞いていて、知子さまはその両方をお持ちだと思いました。おそらく苦しむ中で、それを身につけられて来られたのでしょう。


下村さんが言われたとおり、知子は「未来に向かって生きた人」、「いつの日かこの私自身によって満たされるべき意味に向かって生きることができた人」を生きているのだと思う。

私は旅行から帰ってきてから、股関節や腰の痛みのため横になる日々が続き、肉体の苦痛も加わって魂の危機を感じている。ついに信仰を喪失しつつあると。7日には次女も心配して電話してきてくれた。ようやく痛みも軽減して今日少し散歩に出た。

「出エジプト」に始まった知子の旅路、神さまが開かれた道は必ず全うされると信じる。主に在ってであれば。

「主よ、私は今、気分を落ち込ませる状況から目を上げ、栄光の君なるあなたを仰ぎ見て平安を得ることを選びます」。


posted by 優子 at 23:26| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする