2018年06月22日

「こんなはずじゃなかった  〜在宅医療 ベッドからの問いかけ〜」

「在宅医療」という概念もなかった時代から地域密着医療に取り組み、「地域医療のパイオニア」と呼ばれていた愛称「わらじ医者」、西陣の早川一光医師が今月2日94歳で亡くなられた。

早川さんは2014年に腰を圧迫骨折して入院。そこで多発性骨髄腫がわかった。抗がん剤治療を拒否して退院。

とにかく家に帰りたかった。いつも妻にそばにいてほしい。そばにいてくれるだけでいい。「この気持ちが患者さんを在宅に引き込んでいくんだなと思いました」。

ところが自宅で養生介護の身になって、「こんなはずじゃなかった」という言葉が突いて出た。在宅医療こそが素晴らしいものであると西陣の人々に語ってきたが、 自分が医療を受ける側になると極楽ではなかった。いや地獄ではないのかと。

この言葉は「わがままであり、在宅医療への批判、あるいは現代の医療に対する不信、そういったものが折り重なって思わず口についた言葉」だという。

わらじ医者・早川医師のことは10年ほど前から知っていただけに、地域を支えてこられた医療者自らの晩年の経験から「こんなはずじゃなかった」とは衝撃だった。

と同時に、実に正直な人だと思った。それだけ真剣に実践してきた人だからこその思いであり、深く考えさせられている。「こんなはずじゃなかった」ということは、改善の余地ありという思いもあるとも語っておられた。

私は母の介護ができたことは幸せだった。父の時は脳梗塞に倒れてから亡くなるまで3年3ヶ月一度も自宅に戻ることがなかった。母の介護を通して思ったことは、私は身近な人に下の世話をされたくないというものだった。

下の世話をするのは一番辛かった。される側はどんなに嫌だろうかと、いつもその思いでいっぱいになったからだ。だから私は看護師さんやヘルパーさんがいいと思っているのだが、このことも実際にそうなった時にどのように感じるかは私自身にもわからない。

「一番嫌だったのは風呂です。訪問看護の看護師さんがお風呂に入れてくれるんですが、私のイメージにある家の風呂場と違うんです。どこかに連れて行かれたような気がした。自分の家なのに何か違う。こういう感覚は病気をしてみるまではわからなんだことでした」。

西陣にも在宅専門の診療所があります。そこの先生にお話を伺う機会がありました。朝8時くらいに診療所を出て、帰るのは夜の8時くらい。訪問診療していると、この患者さんはまもなく亡くなられるだろうなあとだいたいわかります。そういうときご家族にはこう言うそうです。

「もし夜中に亡くなられてもそのまま朝までそっとしておいてください。朝連絡をいただいたら、伺いますから」と。家族を教育したら大丈夫、これが今の在宅医療だとおっしゃっていました。

私たちは、「ずっと診てきた患者さんなんだから、せめて最期は手を握って送ってあげたい」と思っています。しかし政府の進める在宅診療所はまるで違っています。「2週間に1回来ますので、それ以外はあんまり連絡しないでください」と言っているそうです。

国は在宅介護を推奨している。
            (京都府保険医協会より)

他人のために役立って生きるのはむしろ易しいと思う。他人のために何かできなくなった時、逆に他人に助けられなければ生きられなくなった時、どう生きるか。
私の「病床六尺」の日もそう遠くはない。
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posted by 優子 at 17:59| 社会的なこと | 更新情報をチェックする