2018年08月07日

「今の日を大切にしてほしいと願って」

IMG_1665.jpg8月4日(土)、信仰の友・長原さんが出展されているフジフィルム主催の「50000人の写真展」に出かけた。場所は大阪駅グランフロントの地階。
私たちは次女夫婦の帰国中と重ならなかった昨年に続いてグランフロントへ行くのは2回目だ。昨年も8月4日に出会い、その時の写真(左上)を応募作品として展示してくださった。

タイトルを「二人の世界」として、このようなメッセージを込めてくださり、胸が熱くなった。
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こんな写真も撮ってくださっていた。
冒頭の写真と共に今日落手したものである。常に手早く仕事を片付けていかれる誠実さと熱心さは真似できない。
感謝!

このほかに「懐かしいあの頃」部門に、天に帰られたご伴侶の写真を毎年出品しておられる。
IMG_0364.jpgユキはリュックを覗き込んでゲームをしていた。歩きながらやっていたこともあり「歩きスマホ」ならぬ「歩きゲームマン」だった。

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   長原さんは今秋84歳になられる。IMG_1670.jpg

長原さんのカメラでも
撮られているよ!

今年は土曜日なので1人で行くつもりだったが、知子は神戸で講習会があり私たちと同じ電車で外出。夫もお昼頃から外出(御所市へ)するので長時間独りにはできず一緒に来たが、私はやっぱり血圧が高く体調に自信がなかったのでユキが一緒で心強かった。

今年は昼食の後、早々に別れた。長原さんはこのあと長浜の夏祭りを取材された。長浜はもとより、彦根、大津など滋賀県の文化への視線は熱い。

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この日も異常な暑さ(37.1度)だったが、数日前に思いついてどうしても訪ねたくなって昔懐かしい鰻屋に向かった。

IMG_0367.jpg梅田から阪神電車で二駅目、野田で下車して新橋筋商店街へ入ってすぐのところ。ここは持ち帰り専門の有名な店だ。
私は特に鰻が好物というわけではないが、母が利用していた店でここから二駅先の我が町でもよく知られている店だ。私たちも東大阪に住んでいた時は実家へ行く前に何度か立ち寄り、また、夫が営業でこの辺りを通る時はしばし路上駐車して買ってきてもらったことがあった。

母の晩年から買うこともなく、当地へ引っ越してからは思い出すこともなかったので25年ぶりだった。店はまだあるのかどうかさえわからなかったが、とにかく行きたかった。少しでも両親に関わる地を訪ねたかった。

鰻屋はあった!
店主の顔を見た瞬間に「昔のままや」と驚き、私が記憶していたことにも驚いた。とはいえ、この場所以外で会っても思い出せなかったであろう。

鰻の大きさと数を言うのは覚えていたが、「タレは?」と聞かれてもなかなか思い出せなかった。タレは一尾に一つつくが、もっと欲しければ、その倍の容量のを買うことになっていることを忘れていた。殆どの人が追加購入するがかつて同様に買わなかった。ついている分だけで十分で、4人分のうな丼にも1本で十分だった。

「ユキ、これが本当の鰻やよ。おあがり!!!」
「そしたら今まで食べてたのは嘘の鰻やったん?」

私たちは常に生協で購入する冷凍の鰻なのでそのように言ってしまったが、勿論今まで食べていたのも本物の鰻だが、やっぱり最高においしかった! ユキも「いつものと全然違う!」と、あっという間に平らげた。

私は店名を「川繁(かわしげ)」ということさえ知らなかった「野田の鰻屋」。大2匹、5340円だった。店の写真を撮ったのにミスして削除してしまったが、ここに詳しい記事がある。

新橋商店街を出た所、右端に阪神電車の各停電車が見える。
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このすぐ近くの松下幸之助の起業の地も訪ねたかったのに
すっかり忘れて帰路に。
地下鉄・千日前線で上六(上本町6丁目)へ。

野田阪神は母の通院介助で住友病院へ通っていた時に何度も通った道。そして1995年のお盆前、すぐに入院と告げられて母の寝間着(前開き)を野田阪神で買い求めた。歯を食いしばって泣くのを我慢して走り回った所だ。

IMG_1664.jpg今朝、兄から両親の墓参の日取りについて電話があった。いつものように私の健康を心配してくれ、わが家の情況や両親を偲んで30〜40分話していた。今夏の墓参は兄と二人だけで行こうかとも思っている。
時は今、兄に読んでもらいたいものを準備したい。

IMG_0402.jpg明日は父が亡くなった日。
もう18年も前のこと、生きていたら93歳。
懐かしい父と母に早く会いたい。


posted by 優子 at 17:26| 父母を想う | 更新情報をチェックする