2018年09月24日

みことばの花束E

「人はただ息に似て、その日々は過ぎ去る影のようです」。(詩篇144篇4節)
未来は、思い煩うためにではなく、夢見るためにあります。しかし、今日という日は、夢見て過ごすためにではなく、夢を実現すべく行動するためにあります。「光陰、矢の如し」です。ゆえに、今日なすべきことは、今日のうちになし終えるべきです。永遠のいのちに生きる者こそ、今日の一日をいとおしみ、大事を先延ばしにはしません。

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「主は御霊(みたま)です。そして、主の御霊のあるところには自由があります」。(第2コリント2章17節)
御霊による自由を味わっておられますか。無意味な思い煩いに縛られていませんか。世の空気に支配されていませんか。損得勘定に動かされていませんか。妬みや怒りで感情的になっていませんか。心が狭くなっていませんか。御霊はこれらすべての縛りから解放してくださいます。不毛な議論や争いに時間を浪費しません。

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「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」。(第2コリント3章18節)
私たちは聖霊によって磨かれ、曇りなき鏡となります。苦難は研磨剤です。年ともに成長する人は、若い時ではなく、老齢期にこそ人生のピークを迎えます。「白髪は光栄の冠」(箴言16:31)です。

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「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます」。(詩篇139篇1・2節)
主に知られていることは、平安ですか、恐れですか。どちらであっても正常です。主を意識しているからです。どちらでもないのは異常です。主を無視し、無感覚になっているからです。それでは心が腐ります。快復の道はただ一つ、主に立ち返ることです。

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「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました」。(詩篇135篇5節)
私たちは恐れや不安にあおられて、行動しがちです。そんなときは、主に囲まれ、御手を頭の上に置かれている自分を想像してみてください。私たちは現在も将来も守られているのです。どんな境遇にも対処できるという確信が生まれます。「私を強くして下さる方によって、どんなことでもできる」という信仰が湧いてきます。

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「私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう」。(詩篇139篇7節)
主に背を向け、逃れようとしても、主はあなたを追いかけてきます。怒りや悲しみや失望に駆られて、闇に入り込んではなりません。自己破壊的です。どうせそこから出てくることになります。時間の浪費です。神の「右の手」を煩わせるだけです。私たちの隠れ家、砦は主以外にないのです。
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「あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに」。(詩篇139篇16節)
私たちは、自分の始まりと終わりを知っています。全能の主によって創造され、やがて新しい天と地で主と共に暮らします。それを知っていれば、その間のことは何があろうと平安です。主が愛をもって、私たちの全てを最善に定めておられるからです。

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「私は知っています。主は悩む者の訴えを支持し、貧しい者に、さばきを行われることを。まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう」。(詩篇140篇12節)
人の苦悩の多くは、我欲を捨てさえすれば消えてしまいます。しかし、正しく誠実に生きようとするがゆえの苦悩はあります。苦しくても、真っ直ぐな生き方を放棄してはなりません。苦悩が主への感謝に変わる日が来ます。

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「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです」。(第一コリント1章4節)
苦難が始まるところ、同時に喜びも芽生えています。苦しみが極まれば、主の慰めも極まります。その慰めは苦しむ人たちの共有財産なのです。苦しみに耐えた者たちだけが味わえる、神の国の喜びです。

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「私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心の証しするところであって、これこそ私たちの誇りです」。(第一コリント1章12節)
この世と一線を画して聖さを保っていますか。小事に誠実ですか。神の恵みに信頼して行動していますか。人間の知恵に頼ることは愚かです。神の愚かさは人間の賢さに勝ります。

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「あなたがたは、むしろ、その人を赦し、慰めてあげなさい。そうしないと、その人はあまりにも深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれません。そこで私は、その人に対する愛を確認することを、あなたがたに勧めます」。(第一コリント2章7・8節)
義のない愛は人を堕落させますが、愛のない義は人を潰します。赦すつもりがないなら、人の罪を指摘してはなりません。愛で忠告しても、反発されます。それを受け止めるのが愛です。

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「これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません」。(第一コリント2章11節)
人を裁くのは、サタンに欺かれているからです。人を責める理由を数え上げるのは、サタンの策略にはまっているのです。いつまでも憤りを抱いていれば、サタンに心を支配されます。恨みは早めに放棄しましょう。まといつくサタンの手管を一つ一つ、即座に断ち切って、祝福を取り戻すのです。

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「私の主、神よ。まことに、私の目はあなたに向いています。私はあなたに身を避けます。私を放り出さないでください」。(詩篇141篇8節)
あなたの目が主に向いていれば大丈夫です。主の眼差しはいつもあなたに注がれています。岩なる主に身を避ければ大丈夫です。あなたの腕は主の手に握られています。あわてず信頼することです。ホレブの洞穴で主の微かな細い声を聞いたエリヤのように、静まることです。

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ジンジャーの花

「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。正しい者たちが私の回りに集まることでしょう。あなたが私に良くしてくださるからです」。(詩篇142篇7節)
ダビデはサウル王に命狙われ、国中を逃げ回ります。まるで国全体が牢獄のようでした。それでも主の目に正しい道を歩みます。正しい者を集めるためです。主の時が来れば、すべてが変わると信じるからです。

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「朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから」。(詩篇143篇8節)
恵みは水源、信仰は水路、行いは肥沃な田んぼで、豊かに実ります。何事も恵みから始まります。恵みは枯渇しません。朝ごとに新しい恵みが流れ出て、たましいは潤います。恵みを求めないまま、無造作に一日を始めてはなりません。
(キリストの栄光教会より引用)
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posted by 優子 at 12:34| 随想 | 更新情報をチェックする