2018年11月22日

あれから6年、楽しみにしていた園児との籾摺り

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ユキは5歳、2年保育だった当時の年少組で、5年生からボールを使って籾殻(もみがら)を取る。ユキの手に手を重ねて教わっている。この時は園児たちはペアになる5年生児童も決まっていて、最後に抱っこしてもらって園に帰って行った。

あれから6年、ユキは5年生になり、5年生だったI君は高校2年生、たくましい青年に成長していることだろう。そしてユキもまた、少年から青年になるのもあっという間のことだろう。


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代掻(しろか)きをして、6月19日に田植えをした所。
今年は最悪の凶作でほとんど米が入っていなかった。

IMG_3387.jpg稲刈りをした11月11日の帰宅早々、ユキが「おばあちゃんが喜ぶと思って」とプレゼントしてくれた。ユキは今もこんなに優しい子。嬉しかった。幼稚園の田んぼは豊作だったのに、この穂には一粒も実が入っていなかった。

ユキたち5年生は園児を迎えて籾摺りをするのだが、園児たちは小さな指で米を見つけては取り出していた。

前掲の2枚の写真を幼稚園でお世話になったN先生にもカメラ画面でご覧に入れた。ユキのスモックの模様を思い出されたかのようだった。私はまるで昨日のことのような錯覚を覚えた。EFBC95E5B9B4E7949FE381AEE3818AE58584E381A1E38283E38293E381A8E884B1E7A980E291A0-4e335.jpg




11月17日(土)、オープンスクールの日。
ここは図工室。
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みんな大きくなったね。

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担任の先生も実の入った籾を選別中。

11-17-3.jpg園児たちが帰ったあと、すり鉢に米を入れて軟球で籾摺りをした。

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吹いて籾殻を飛ばす。
ここ6〜7年(?)は、この2時間目を終えたところで学校を後にしてJCP例会に向かうのだが、今年は例会を欠席し自宅に戻った。(この日の例会会場は、神戸市灘区にある日本キリスト改革派・灘教会。)

IMG_3484.jpg5時間目は音楽会だった。
11月13日(火)、市内10校の5年生による「第7回・小学校音楽会」で披露した合唱と演奏、2クラス72名で「いのちの歌」を合唱し、「やってみよう」を演奏した。
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20日夜、竹串が指の中に入り込んで救急病院騒動!
数日前から危険な遊びをしているので何度も注意していた矢先だった。20日午後7時過ぎ、竹串の先が左手薬指(第一関節と指先の間)に入り込んでしまったため、夫の帰りを待って救急病院へ走った。ようやく昨春に当市にできた救急病院へ。

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ユキは竹串の先を赤く塗り、これをストローに入れて輪ゴムで飛ばしていた。この先(7ミリ)が指の中に入ってしまった。

IMG_1211.jpgそれにしてもどうすれば左手の指先に見えないほど入ってしまったのか、本人もわからないと言うのだが不思議でならない。


レントゲン写真にも異物は写っていないが、確かに入っている。
「あるかどうかわからないけれど、探してみます」と、何か所も麻酔注射を打ってメスでも切られたのだろうか、ユキは声を押さえて泣き続けていた。

「そばで声をかけてあげてください」と事務仕事をしていた看護師さんに言われたが、怖がりの私は気分が悪く、既に血圧が上がっているのがわかり廊下に出た。ごめんねユキ。

IMG_3574.jpg時間がかかったが7ミリの竹片を取り出してくださった。血で赤く染まっている。
「えらかったね。こんなに我慢した子は初めてや!」と、ユキが動かないように押さえてくださっていた看護師さんが褒めてくださった。

処置に入る前に別の看護師さんに「お母さんは」と尋ねられて、まだ仕事先から帰宅していないことを伝えた。知子はいつものように21時過ぎに帰宅して台所を片付けながら待っていた。私たちが病院から帰って来たのは10時前になっていた。ママにお風呂に入れてもらって、痛み止めも必要なく熟睡したユキ。

翌朝(昨日21日)朝一番に受診すると、昨夜お世話になった当直医だった。「指の麻酔は痛いからね」と言われてゾッとした。痛いのをよく我慢したね。

幸い傷口も良し。注意事項は、しばらくのあいだ土いじりをしないようにのみ。濡らしてもよくて、カットバンを張り替えればいいだけ。当日も包帯はしないでカットバンだけだった。

T看護師さんも9時過ぎまで1階ホールで職務を続けておられ、この時もユキの頭を撫でてくださっているのが見えた。心から感謝の気持を伝えた。

病院の送迎バスで自治会の集会所まで戻ったが、バスはすぐに出発して学校に近いところで降ろしてくださった。おかげで9時40分に校舎に入って行くユキを見送った。何度も何度も振り返って手を振るユキ。よかったね、ユキ。感謝!

昨夜は少々狼狽してユキとすぐ近くの友人宅に走った。ご伴侶が医師である友人に指示を仰ぎ、親切なアドバイスをいただき、「男の子を育てていると、こういうことはよくあるから」との言葉で落ち着きを取り戻したことだった。

そして昨朝、友は私の班の広報誌も配布してくださっていた。私は昨夜の疲れが出て来て1時間近くも午睡してしまった。

人はひとりでは生きていけない。誰も皆、多くの人々のおかげで生きている。感謝が溢れてならなかった。感謝できない人は最も哀れで不幸な人だ。

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昨日の夕暮れ、久々にユキと散歩した。

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オオバンや鴨、たくさんの渡り鳥が50羽はいただろう。

posted by 優子 at 21:55| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする