2018年11月26日

国指定史跡・尼寺廃寺跡へ ー地域の秋のふれあいハイキングー

毎年春と秋に町内の社会福祉推進委員会主催でハイキングが開催されている。知子は常に激務続きの日々なので私たち3人だけ申し込んでいたが、体調も悪くなく気分転換にと知子も当日参加し、軽食(簡単なお弁当)も用意してくれた。

というのは、今朝も私は血圧が(150)もあったので再びベッドに戻ったのだが、130台に下がったので家族全員で参加した。ユキと良輔はこれまでに春のハイキングで明神山に参加したことがあるが、私と知子は初参加。尼寺廃寺跡は全員初めてだった。

11-25-2.jpgお菓子の袋までいただいて9時15分、大人14名、子ども3名、いざ出発!

「『ナルニヤの森』を抜けて行くんや」。

ユキが言った「ナルニヤの森」は私たちだけに通用する名称だ。
今朝の最低気温は3.1度と今期最も冷え込み、森の中は肌寒かったが、日中は17.5度まで上がり最高のハイキング日和になった。

11-25-3.jpg 
   たくさんの倒木で通り抜けるのも大変。
   
    11-25-4.jpg

11-25-5.jpg私とチャッピーもこの竹林までは1度来たことがある。そのあとマチ・クマも一緒に来たと思う。

ここを抜けるとすぐの「辰池」で小休憩。
そして、そのすぐあとに「たんだの椿」があった!

「たんだ」は「谷田」、谷間の田圃の意。
11-25-6.jpg

ここにも日本各地に多くみられる民話がある。
むかし、このあたりは「平野千軒」と言われ多くの家があった。そこに土塀で囲んだ屋敷があり、見事な花を咲かせる大きな椿があった。
この屋敷には、病の若い娘がいるとうわさされていたが、誰も見たことがない。やがて椿が枯れてきて根元から切り倒されてしまった。すると、椿屋敷の人たちも次々に亡くなり、平野千軒も寂れていき、村人が屋敷跡に一本の椿を植えて祠を祀った。
以来ここを通る人は、誰もが花や線香をあげるようになり、今でもその椿の枝を折った者は、きまって腹痛がおこるという。

11-25-7.jpg  11-25-8.jpg
                           椿の種が弾けていた。

11-25-9.jpg
平野塚築山古墳(国指定史跡)ただいま整備中。

11-25-10.jpg

下右側が石造線刻の如来像、これは石棺の蓋か?
11-25-11.jpg


11-25-11.5.jpg
杵築(きつき)神社

11-25-12.jpg
これも平野古墳の一つ

11-25-13.jpg


11-25-14.jpg
「たんだの椿」をデザインしたマンホールの蓋。

そして目的地・尼寺廃寺(にんじはいじ)跡
11-25-15.jpg
雲ひとつなかったのに午後になると薄雲が広がってきた。

11-25-20.jpg


11-25-19.jpg
ここで40分間休憩、昼食タイム。
「ママのお弁当おいしかった!」said Yuki.

11-25-16.jpg

11-25-17.jpg

11-25-18.jpg
四つ葉のクローバーを二つも見つけたユキ。

差し上げたら喜んでくださったね。
尼寺廃寺B 渡部さんと.jpg
Oさんと、中学校で理科を教えておられたWさん。
みんなみんな優しかったね。

午後は上着を脱いで歩いた。西名阪のサービスエリアでも20分間の休憩タイムをとり、出発から4時間余りで11キロ歩いて13時20分頃帰宅した。歩数は18600歩なり!

楽しかった。
本当に楽しかった。
家族揃ったのが楽しいのではなくて、穏やかな雰囲気が心地よく、この時空の中にずっとまぎれこんでいたく、今の私には何よりの安らぎだった。
夜、聖書を読み終えて祈っていたとき、ユキがきたので一緒にお祈りした。幼いころのように私の膝に座って。眠るまで幸いな一日だった。

附記:この日、ハイキングから帰宅したユキはA・K兄弟と裏庭で池を作り、ブラックバスの子を採ってきて入れていた。今朝の登校直前も、帰宅した早々から暗くなるまで再び池を作っていた。この話は次の記事に記録したい。


posted by 優子 at 17:58| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする