2016年07月24日

パソコン修理を終えて早ご帰還!

私は今、「ウィンドウズ8.1」でこれを書いている!
そう、18日の夜に修理に出したパソコンが、もう修理を終えて戻ってきたのだ。知子は特にお願いしていないのに「大至急扱い」で修理してくださって、午後に電話が入ったという。

その店で購入した商品を5年間無料保証してもらうために毎年1000円(?)ほど支払っているので、購入後3年半経過していても無料だった。

パソコンの購入金額64000円の範囲まで無料修理になっているという。今回はハードディスクを取り換えたが、まだ3万円ほど修理可能な金額が残っているので、その範囲内の修理で1年半以内ならば無料とのことだ。

知子は私の不自由さを思って今夕4時過ぎから家事をしながら初期設定に取り掛かったという。平日の知子は時間、体力ともに全く余裕がない。

この時期に修理に出すならば早く持っていかないとお盆休みを挟むので1ヶ月以上かかるとのこと。しかもちょうど太志君が帰ってくるので滞在中に初期設定してもらえるという思いもあって、思い切って持って行ったのだった。

頑張り屋の知子はさっそく設定を終えてウィルスソフトを購入、ダウンロードし、「お気に入り」の引っ越しも終えて、私を迎えにいくために家を出てくれたところを出会った。

今日は6時から7時頃には帰ると言って家を出たので、「遅くなるから迎えに来ないで」と連絡したいが、今や公衆電話が全然見当たらずヤキモキしていた。携帯電話を持たないのもいよいよ限界だ。

私は今関信子さんの新刊書『大久野島からのバトン』のサイン会に駆けつけるべく、朝10時前に家を出て大津へ行っての帰りだった。

講演会とサイン会の後、N兄(きょうだい)と今関先生と私の3人で大津駅前の石のベンチで2時間話し込んでいた。喫茶店どころか自動販売機すら全くなくて、県庁近くまで行ってようやく飲み物を手に入れたのである。 

大津を経ったのは午後6時30分過ぎ。大阪駅で15分ほど大丸に立ち寄って午後9時過ぎ、ようやく自宅にたどり着いた。もうクタクタ。

知子は私の顔を見るなり言った。
「良い知らせがあるよ! そして、悪い知らせも。
良い知らせは2分前にパソコンが使えるようになったことで、悪い知らせはユキがママのカメラを壊してしまった。ごめんね」。


知子とユキは楽しく過ごして、夕飯も「おいしい、おいしい」と喜んで食べたのに、その直後、急にボロボロ泣き出したという。今朝早くに壊していたのに、ずっと黙っていたんだって!
「おばあちゃんがいつも、こんな端っこに置いていたら落ちるよって言っていたのに置いていたから、こっちのを動かしたら落ちてしまった」と。

カメラは分解破壊した。初夏にはボールを当てて門燈を破壊したのに、またしても・・・
では、ユキの寝顔を見て、私も早く寝よう。
ありがとう、知子。


posted by 優子 at 23:31| 随想 | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

ひまわりが咲いた! −ブログで人生を分かち合う―

ひまわり@.jpg今朝、ヒマワリが蕾を黄色く染めていた。
そして15時過ぎ、左の写真上方の花が開花し始めているのを発見! 

開花!@.jpg








それを椅子に上って
正面から撮った。開花!A.jpg

美しい神秘の世界。
いつまで見てても飽きない。

不思議なことに一番成長の早かったヒマワリは、まだ閉じている。

夜遅くまで電気をつけているとヒマワリが眠れないので、早く消灯するように心がけている。6月26日の記事を書いていた時に気がついた。

今日は曇り空だったからか、朝顔が夕方になっても咲いている。雨が降り出した。

夕方になっても咲いている.jpg

2015朝顔の種.jpg昨秋、朝顔の種をたくさん学校に提供した。
今頃1年生の子供たちの植木鉢にも同じ朝顔が咲いていることだろう。

種を分ける。
思えばブログを公開するということは、文章を通して私の人生を分かち合うということでもあろうかと思う。


思索、喜び、怒り、葛藤、悲しみ、成功、失敗、希望・・・、それらを書きたいと思うのだが、「書ける範囲で」という条件つきゆえに退屈な内容になってはいないか。読んでくださる人の心の琴線に触れるものを書いているだろうか。

ブログは、書き手が最も取り上げたいことや、もっと突っ込んで書くには不適切な道具ゆえに、それらは是非早いうちに「念願の一書」に書こうと思っている。

我が家で咲いた花の種を分け、それを子供たちが咲かせてくれたように、この『メメントドミニ』を読んでくださっている方の中に、一人でも何かを感じてくださるならば大きな喜びだ。

と、こんなことを書いていたら、「おばあちゃん! カブトムシが脱皮し始めた!」と、ユキが叫んで入ってきた。
カブトムシの幼虫.jpg3月末にもらったカブトムシの幼虫が皮を脱いで成虫になったのだ!
カブトムシ脱皮.jpg

また叫んだ!
「おばあちゃん、もう一匹もめっちゃ動いてる! またオスやった!」
宿題の続きをしては、いつの間にか庭へ行ってたユキ。

しばらくして網戸越しに言った。
「おばあちゃん、今度はメスみたい」と、3匹目の脱皮を伝令し、その後まもなく、「おばあちゃん、メス生まれた!」と叫んだ。さすがにもう見に行かないが、私は感動の笑みを満面に浮かべながら書いている。

ところで脱皮は一斉にするのだろうか?
カブトムシは一度にいくつ卵を産むのだろう。同じ時の卵だから一斉に脱皮するのだろうか。何事も関心を持つと面白い。

まあこんな調子で、ユキは僅かの宿題さえ集中できないので、実は昨日二人で塾見学に行った。知子がお膳立てをしたのだが、子育て経験のある私も初めてのことだった。

ところが豈(あに)図らんや、国語と算数の二コマを経験したユキの感想は意外だった。

posted by 優子 at 17:45| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

私もあなたも素晴らしい人生を!

こんなに暖かい11月は初めてだと思います。今日も20度近くあったでしょうか、半袖のTシャツに、合い(春・秋用)のブレザーでも歩くと暑かったです。

そんな今日、敬愛する知人のお見舞いに「HAT(ハット)神戸」(三宮を中心に神戸市の東部新都心として開発された地区の名称。「HAT」とは「Happy Active Town」の略)の病院まで行ってきました。孫に鍵を持たせて登校させたのは今日が初めてです。何とか孫よりも15分遅れ程度で帰宅しました。

ちょうど1ヶ月前、知人は心筋梗塞で一時は危篤状態になりましたが幸い快方に向かっておられ、血色も良く、いつもと変わらないご様子でした。
まだ40メートルしか歩いてはいけないそうですが、最後の治療を終えたらきっと年内に退院できるでしょう。

友のブログ(『生かされて』11月19日の記事)に素晴らしい詩が紹介されていましたので紹介させていただきます。

           「素晴らしい人生」

     あなたが生まれたとき、
     みなが笑って、あなたは泣いたでしょう。
     だから、あなたが死んだとき、
     みなが泣き、あなたは笑っているような、
     そんな人生を送りなさい


本当に、そのような人生を送りたいですね。

知人のお話には何度も「感謝」という言葉が出てきました。素晴らしい人生を積み上げておられます。ご回復を祈ります。

ずっと動かない.jpgチャッピーは今日も長い一日を過ごしていた。
最近しばしばここでこのような格好をしてジッとしており、今朝もこんな後姿を見て外出するのは忍びなかった。

附記:多忙な知子は未だ帰宅していない。
明日は参観日、明後日の礼拝は奏楽のご奉仕だが練習に時間が取れない。早朝出社することが多く、この水曜日の交通当番も私が立った。そして帰宅も遅い。年がら年中この生活では過労で倒れてしまわないか心配だ。
ユキは明日の参観日を楽しみに眠った。
 

posted by 優子 at 22:25| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年11月19日

ひとりごと

チャッピーがよくない。2日間飲まず食わずで呼吸が荒い。何とか今日は何回にも分けて一食分を食べさせたが、食べると余計に呼吸が荒くなる。弱っている後ろ足に加えて前足も見る見る力が入らない。眼も見えていないようだ。

こんな状態で雨の中にいては体力が持たないので小屋に入れるのだが、鳴くと放っておけない。雨が上がっていたので昨夜も夜中に出してやった。今では人間同様に常に気にしてやらねばならない状態になっている。

親を介護するように、あるいはまた赤ちゃんの世話をするように、鳴き声が聞えたら「起っきしたのー」と見に行っている。

犬のことでもこんなに辛く苦痛なのに・・・多くの人々の死、家族の悲しみと苦悩を想うと耐えられない。テロの激化、報復の激化、各国首脳たちが声高に言う「テロには屈しない」とはどういう意味なのだろうと考え込んでしまう。

文筆活動しているクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックから、「戦後70年」の今年中に『種を蒔く』第3号を発行する予定だったが、間に合わず年が改まってからの発行となった。すでに大田正紀先生が編集に着手してくださり私たちも動き出した。今回発表する文章も掲載される。

21日のクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会は、講師の関係から千里ニュータウン教会ではなく大津教会に変更になった。

今日は知子の誕生日。娘たちの誕生日には、お誕生日プレゼントの代わりに心をこめて書き続けてきたが、今回はもう少しあとになるだろう。

「両親を失うことは過去を失うこと」と、詩にも読まれているように、自分の幼いころのことを知ってくれる人がいなくなり、過去が聞けないということはさびしいことだ。その日が来るまでに娘たちの幼い頃のことを話しておいてやりたい、そんな思いで毎年誕生日にも記事を書いている。

今日はもうクタクタだ。

posted by 優子 at 18:08| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年09月08日

夏の名残りも往かんとす

IMG_5261.jpg
9月4日の朝顔。
葉っぱはクタクタ。このあとの衰え方は勢いを増し、今では殆どが黄色くなっている。その間も2つ3つの花を咲かせ、昨日はついに1つになった。
これで最後かと思ったら今朝も小さな花を咲かせていた。最後の最期まで咲こうとする朝顔に植物の忠実さを観る。


朝顔よ!.jpg昨日の朝顔。
命の限りに咲く花。
見る私も力が入る。

花よ!
いのち盛んな時ではなく、いのち終わろうとする時に咲く花よ、咲かねばならぬ花よ。
その凛とした美しさに教えられ、
私も最期まで自分の花を咲かし続けたいと思う。

次女夫婦が帰国する朝はこんなに咲いていた。
マチ・クマが帰国する朝.jpg

台風を前に.jpg

8月9日.jpg

孫が登校する時間だ。
夏休み明けの朝、「家がいいな」と言っていた孫だが、「学校は楽しいよ、何もかも楽しいよ」と嬉々として家を出た。今日はアトラスオオカブトをみんなに見せるのだと言って。

ユキ、今日も良い一日をね!


posted by 優子 at 07:38| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

誰にも縛られない自由人として生きる

前回の記事を書き終わった時、星野富弘さんの「つばき」の詩を思った。中学校の体育の教師だった星野さんは、頚椎損傷によって首から下が動かず、寝たままの姿勢で口に絵筆を加えさせてもらって絵と詩を描いておられる。

        「つばき」

   木は 自分で
   動き回ることができない
   神様に与えられたその場所で
   精一杯枝を張り
   許された高さまで
   一生懸命伸びようとしている
   そんな木を
   私は 友達のように思っている 


今、私が置かれているその場所こそが、神さまが与えてくださった場所だ。星野さんは『愛、深き淵より』で、こんなことを書いておられる。
私は今まで死にたいと思ったことが何度もあった。けがをした当時はなんとか助かりたいと思ったのに、人工呼吸がとれ、助かる見込みがでてきたら、今度は死にたいと思うようになってしまった。

動くことができず、ただ上を向いているだけで、口から食べ物を入れてもらい、尻から出すだけの、それも自分の力で出すことすらできない、つまった土管みたいな人間が、果たして生きていてよいのか。

舌をかみ切ったら死ぬかもしれないと考えたりした。食事を食べないで餓死しようともした。が、はらがへって死にそうだった。死にそうになると生きたいと思った。母に首をしめてもらおうとも思ったが、母を殺人犯にさせるわけにはいかなかった。

そして、星野さんが絶望状態にあった時、大学時代の先輩が「ぼくにできることは、これしかありません」と言って一冊の聖書を置いて行った。そして、星野さんはイエス・キリストの言葉に出会い、導かれていくのである。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」。
            (マタイによる福音書11章28節)

神さまは決して私たちを見離したりせず、必ず必要な助けを遣わしてくださるということだ。ひょっとすれば今、苦しみの中にある人が、たまたまこの記事を開いて読んでくださったとすれば、そのこともまた神さまのお計らいだ。

イエスさまは、私たちの視点を180度転換される。
私たちは「なぜ、こんなことばかり!」と、精神的にも苦境に追い込まれる時がある。それは人間の自然な感情だ。しかし、その次が大切だ。「なぜ」ではなく「何のために」という視点だ。

その状況の中で自分はどのように生きるのか。

誰かのせいにして、その人やその人たちに縛られて精神的奴隷の生き方をするのか、縛られない自由人として生きるのか。ここで道が大きく分かれる。

私たちが自由人として生きることを選んだ時、新たなる道が大きく拓かれていくのである。

posted by 優子 at 07:39| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年05月06日

たんぽぽの一生

かわいい花、野生のポピーがたくさん咲いていた。
辻甚の帰りに.jpg

この花は父の悲しみにつながり、私には人生の悲哀を感じさせる花だが、懐かしさと愛しさを感じる花だ。

この花を初めて知ったのは2000年だったと思う。
1999年4月に当地に引っ越してからも、1年7ヶ月病床の父のもとへ通っていた。週に2回しか訪ねてあげなかったのに、いつもたった2時間しか居てやらなかったのに、いつも疲れきって病院を出た。

ある日の帰り、駅のプラットホームの後ろの空き地に咲いていたこの花に眼が止まり、以来、いつも見ていた懐かしい花だ。あの日もそよ風に揺れていた。
野の花@.jpg
美しい野の花々・・・
野の花C.jpg

野の花D.jpg

野に咲く花々も一つひとつ個性的で、何て繊細で完全に創られているのだろう。21世紀の知識の限りを尽くしても、人は花の一つさえ決して作り出すことはできない。

野の花F.jpg 

先日、ユキが音読していた国語の教科書で「たんぽぽ」の不思議を知った。 
たんぽぽの花は2、3日たつとしぼんで、だんだん黒っぽい色に変わっていき、花の軸はぐったりと地面に倒れてしまう。そのあとが感動的だ。

野の花E.jpg「けれども、たんぽぽは、かれてしまったのではありません。
花とじくをしずかに休ませて、たねに、たくさんのえいようをおくっているのです。
こうして、たんぽぽは、たねをどんどん太らせるのです。

やがて、花はすっかりかれて、そのあとに、白いわた毛ができてきます。このわた毛の一つ一つは、ひろがると、ちょうどらっかさんのようになります。(略)

このころになると、それまでたおれていた花のじくが、またおき上がります。そうして、せのびをするように、ぐんぐんのびていきます」。
(後略)

野の花A.jpg

これを知った瞬間、晩年の両親のことを想い、そして、死を間近にした時の自分自身を想像し、その時私はわが子に何を教えてやれるだろうか、何を遺してやれるだろうかと思った。

初夏の陽射しに輝くたんぽぽは、まもなく綿毛の落下傘をいっぱいに開いて飛んで行くことだろう。

昨日は家族でささやかなランチに出かけた。冒頭のポピーの写真はその帰りに撮ったものだ。

そしてゴールデンウィーク最終日の今日は、引き出し式の衣装ケースを4つ買ってきて午後から2階の押入れの整理を始めた。無意識の死の予感がそうさせるのだろうか・・・

ここに居を移して16年も経って、よく今まで収納といえないような不便な生活をしていたものだと思う。
知子の冬の寝具の片付けも完了した。右肩関節損傷による腕の不自由を機に季節物の入れ替えを娘に引き継げた。腕の痛みで常に右肩が大変な肩こりで骨格が歪んでしまうのではないかと思う。

太志君のミッションも半分過ぎた。仲睦まじい次女夫婦は良き人生を築き上げている。知子もまた神の恵みの中で心を尽くして良き日々を重ねている。そのことが私を元気づける。


マタイによる福音書6章25節〜34節:
それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。

空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。


posted by 優子 at 18:20| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年03月18日

毎日を特別の日として生きたターシャ・テューダー

ユキが撮ったオオイヌノフグリ.jpg「おばあちゃーん、こんな花も咲いていたよ!」
これは今日、ユキが学校から帰宅した早々に裏へ行って撮ってきた写真だ。

ユキが撮った野の花.jpg
オオイヌノフグリは私よりもとても上出来、センスがいい。
昨日の記事に掲載した写真はインパクトがなかったので夕方5時頃に撮り直そうとしたら、花はもう閉じていた。まだ明るかったのに花は時がわかるのだ。そして、今日の午後写したものと差し替えた。


こんな小さな自然でも心がとても豊かになり生きる歓びを与えてくれる。風に揺れる道端に咲く花でさえ心を満たしてくれる。ようやく私もそのことがわかるようになったのだろう。神さまが創造された美しい世界を。

ターシャの庭.jpg今朝も打撲の痛みを忘れるためにBSプレミアム・アーカイブスでターシャ・テューダーの世界を見ていた。初めて見たのは4〜5年前になるだろうか。とても印象に残っている。

ターシャはアメリカの絵本画家で、50代半ばよりバーモント州に30万坪という広大な土地を購入してスローライフの生活を送った。2008年6月に92歳で亡くなった。

「庭造りは最低でも12年かかってやっと庭らしくなる」と言っていたターシャ。ターシャの庭には900種以上もの植物があるそうだ。

以下はターシャの言葉より:

ターシャのティータイム.jpg「人生は短いのよ、楽しまなくちゃ!
誰でも自分の手で幸せづくりをするの。
どんなに忙しくても一杯のお茶をゆっくり楽しむの。それが人生を楽しむ秘訣。年を取るほど人生は楽しくなる」。


ターシャには毎日が特別の日だった。

今、この時を精一杯生きること。どんな瞬間にも生きていることの喜びを感じること。自分次第で毎日が特別な日に変わる」。 

「チューリップの球根を植えるとバーモントの庭は冬の眠りにつく。ここは2ヶ月の夏と10ヶ月の冬とマーク・トウェインが言ってるわ。

庭作りは待つことが大切よ。待つことが苦痛でなくなれば人生はうまくいくようになる。待つ間ずっとワクワクして待っていられる。シカに球根を食べられないかヒヤヒヤもするけれどね。

春を待つ長い時間を厳しいと思うか、辛いと我慢するのか、季節も人生も自分次第よ。長く厳しい冬が終わると春が押し寄せるように来る」。

春を待つクリスマス.jpgイースターは草木が芽吹き、命の誕生。そして、試練の先にある喜びを先に確かめるのが、ターシャ流のクリスマスだった。

「こういう人になりたい、こういう母でありたいと思い描いた生活をその手で創り出すのよ。
季節を、一日一日を丁寧に暮らし、手作りの喜びを大切にするの。相手のことを思って手を動かす時間も贈り物。優しい気持ちで過ごす時間は自分にとっても贈り物。

春の訪れを待つ時間が厳しいほど喜びは大きく育つ。これが人生の秘訣よ」。


私は詩篇118篇24節の言葉を思い出した。ターシャは聖書の言葉そのままを生きている。
「これは主が設けられた日であって、
われらはこの日に喜び楽しむであろう」。


ターシャのメッセージには神への讃美が溢れている。それゆえに人を引きつけるのだろう。テレビではターシャの信仰について全く触れていなかったが、それを確かめたくて調べてみるとやっぱり予想通りだった。

「聖書の言葉に添えた絵本原画」があり、それを20枚のポストカードにして発売されていた。早速発注した。
ああ、日本人はどうして人物の真髄を省くのだろう。私たちはターシャをターシャたらしめている精神の根源をこそ知りたいのに!
 

「私たちはみんな死に向かっているのよ。でも決して死を恐れることはない。それよりも今この時を精一杯生きること。
どんな瞬間にも生きていることの喜びを感じること。その喜びを忘れずに生きて行きなさい」。


人づきあいが苦手で独りでいるのが大好きだったターシャは、自分の夢を生きただけではなく、神がターシャの生き方を祝福して豊かに用いられた。私はそのことに最も深い感銘を覚えた。ターシャもそのことを最も伝えたいと思っていたのではないだろうか。 

神は一人ひとりに語っておられるのだと思う。
「部屋に引きこもっている人たちよ、あなたはあなたのままでいいのですよ。人を気にしないで、あなたらしく生きればいいのですよ。だから引きこもっていないで外へ出ていらっしゃい!」と。


「春は奇跡ね。見事な眺め!」


ターシャの声が聞こえてくるようだ。
今年もまもなく輝きの季節が始まる。

BSプレミアム・アーカイブス再放送のご案内:

▼「喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭」
(2005年8月31日放送 / 110分)。
再放送は2015年3月24日(火)午前0時45分〜

▼「ターシャからの贈りもの 魔法の時間のつくり方」
(2007年1月30日放送 / 90分)。
再放送は2015年3月25日(水)午前0時45分〜

▼「ターシャからの伝言〜花もいつか散るように〜」
(2008年12月20日放送 / 59分)。
再放送は2015年3月26日(木)午前0時45分〜


チャンネルは「BS3」です。


posted by 優子 at 17:11| 随想 | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

静けさの中で神と交わる

今朝は珍しく濃霧だった。ところが10分ほど走って大阪府に入れば霧はなかったという。気温は予報通り上がり22.3度にもなって春本番の陽気になった。しかし、PM2.5がひどくて喉が痛いほど空気が悪い。

オオイヌノフグリ.jpgふと裏庭に目を落とすと草が一斉に伸び、青い花が気持ちよさそうに咲いていた。名前は今知ったばかりの「オオイヌノフグリ」だ。
花や木は心を癒やす。打撲の怪我が治ったらゆっくり歩いてみたい。

先日、裏の木に見かけない鳥がとまっていた。もう1羽いたが逃げてしまったが、鳥の名前は「ヒンズイ」といい、スズメ目(もく)セキレイ科の鳥で、良い声でさえずるそうだ。「ヒンズイ」とは初めて聞く珍しい名前だ。

夏は西シベリアからロシア極東、サハリンなどにいる鳥で、冬は温暖な地域で越冬する渡り鳥で、西日本での繁殖は局地的とのこと。

鳥の名前は?.jpg

野の花や鳥を見ていると世界中で起こっている悲惨な出来事が嘘のようだ。静かな中でマザー・テレサの『日々のことば』を読み続けた。最後まで読み尽くした。

人類の苦しみの流れは、ますます大きくなってきています。
このことは、特に難民たちについて言えます。
そこには特別な苦しみがあります。(P299)

難民キャンプにおける苦しみは、ひどいものです。
キリストが十字架にかけられた大きなゴルゴタの丘の再現のように見えます。
援助は必要です。
けれど、ゆるしの心がなければ、平和はこないでしょう。(P229)

いったい、どうやって平和は打ち立てられるのでしょうか?
私たちが愛し合う以外にはないのです。
ただ愛だけが、家庭に、社会に、そして、この世界に
平和をもたらすことができるのです。(P279)

限りあるものを、無限なものによって克服してください。
主はあなたをお望みになったので、
あなたをお創りになりました。
あなたが、恐ろしい孤独と、深いみなしさを感じているのを、
私は知っています。
けれど、主はあなたと共にいて、
あなたを愛していらっしゃるのです。(P190)

" swimming in God "(P346)
 
わたしたちは神あってこそ、
生き、行動し、存在するのです。
すべて存在するものに、力と存在を与えるのは、神です。

けれども、神が現存し、支えていてくださらなければ、
すべてのものはなくなり、
完全に無に帰してしまうのです。

あなたは神に包まれ、神に守られ、
神の中で泳いでいる、ということを考えてください。

IMG_3044.jpg「ヒンズイ君も神さまの中で飛んでいるんだね。明日のことは何も心配しないで」。

「信仰は神の贈り物です。信仰なしには、人生の意味はないでしょう」。
        (マザー・テレサ)

posted by 優子 at 21:46| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年11月30日

天井から水漏れと思いきやマツヤニ(松脂)だった

今日は朝の掃除機までかけ終わり教会へ行くのを楽しみにしていたのに、10時前に台所の天上から水が漏れているのを発見した。

マツヤニ.jpg住宅メーカーが年中無休24時間体制で設置してくれているメンテナンス(東京)に電話すると、すぐに当地のセンター長からの電話を受け、その段階で教会は欠席せねばならないことがわかった。

知子は連日の激務で今日は体を休めることにしていたので、ユキと良輔の2人で出発した。ユキはおじいさんと2人で行くのも「やったー!」と大喜びして行った。

マツヤニA.jpg

同じ県内とは言え東生駒からメンテナンスの方が駆けつけて来てくださり、技術者を手配していただくことになった。
下屋(げや:母屋(おもや)から差し出して作られた屋根。また,その下の空間。さしかけ。さしかけ屋根。 )からの水漏れを疑ってのことだった。

そのあとついでにドアの取っ手を直して頂いている時に、水漏れの掃除をやり始めた知子がネチャネチャしていていることに気づき、正体は水漏れではなくマツヤニだとわかった。

そういえば写真からも見るからに粘着感がある。
しかしマツヤニが出るのは新築に多く、15年も経った家に、しかも、真夏でもないのにと首を傾げておられた。この個所は日あたりがよいけれどと初めての事例だった。半月ほど様子を見ることになった。

昨夜はガスコンロの前がネチャネチャしているので、「オリゴ糖をこぼしたんと違う?」と夫を疑い、今朝は天井に水滴状のものや食器棚を伝って流れていたので、「天井目がけて水をかけたんと違うの?」とユキを疑ってしまった。天井の上部にはトイレも洗面所もないからだ。反省。

この日、知子は体を横にすることもできなかったが、そのあとしばし礼拝の時へと導かれて経営改革の現況を聞き、共に神を讃美した。そのことは次のページに刻みたい。"being and doing"にも。

posted by 優子 at 15:58| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年09月05日

関西北越会の中国旅行から無事帰宅

夜9時過ぎに知子がフライト情報を検索してくれ、キャセイパシフィック航空(CX0502)は無事関空に着陸していたことを確認した。
神さま、感謝します。事故から守ってくださりありがとうございました!

夫不在の静かな5日間はアッという間に過ぎてしまった。
ようやく長い夏休みも終わり、3日から給食も始まったので6時間ほど自由な時間ができ、今週はずっとまだ仕上げていない原稿に追われていた。ただし今も未完なり。

今日は5時間も集中していたので昼食を摂ったのは2時半を過ぎていた。昨日は良く書けたと喜んだのも束の間、操作ミスで消えてしまい疲れがドッと出てしまった。

今日もう一度取り組むも書けなくて、6時間以上やっていたがダメだ。
「神の奇跡の中を歩く −長女の『出エジプト』−」と題して知子のことを書いてるのだが、明日明後日で再び知子からインスパイアされる(霊感を受ける)ことを期待している。


さて旅行前日は淋しかったが無事着陸とは、まるで台風が上陸したような感じだ。
「大人の男性なのになぜ?」と思われるかもしれないが、孫の教育上悪いのに食事中にもテレビをつけ、しかもサスペンスをかけるので毎回口やかましく注意しなければならなくて疲れる。それでも今では毎週土曜日の夜は『寅さん』を観るのが習慣になってしまっている。

不在中、知子は父親の秘書役も務め、8日はいつも通り7時半過ぎの出社で大丈夫なように預かり書類を全て整理してくれていた。

そして父親と入れ替わりに、今度は知子が8日朝6時前の電車で関空に向かい、日本製紙主催で台北研修ツアーに出発する。参加者27名の内、女性は知子1人だけだ。

3日目に工場(台湾の工場を日本製紙が買収した工場)を見学して帰国は10日、今夜と同じ5分遅い時刻の着陸予定で関空に到着する。
その時は良輔が迎えに行き、今夜は知子が駅まで迎えに行く。わーい(嬉しい顔)
知子もまた無事に帰還できますように!

先ほど夫から「携帯電話の電池がなくなったから」と、上本町駅の公衆電話から元気な声で電話が入った。11時頃の電車なので今知子が出発した。

6日0時00分追記:
チャッピーも起こされてしまったね.jpg23時10分帰宅。
チャッピーもお迎えしてくれている。
寝ていたのに起こされてしまったね。このあとすぐに小屋に入って寝てしまった。

おかえりなさーい!
このスーツケースは休みなしで月曜日から再びフライトだ。(笑)
中国から御帰還!.jpg
玄関に入るなり開口一番、「みんな、ユウ(優子)のことを聞いてくれてはったで!」
(ありがとうございます!私もお目にかかりたかったです。)
「中華中華で、ポルトガル料理も肉肉肉で、ユウやったら食べるもんないわ。みんなにも言うといたわ。香港の中華は食べられたけれど」だって!
私は好き嫌いがあるので食べるものがないということは減量できてよかったのに!

「ビジネスクラスは楽やわ〜〜〜。マチが言うてたラウンジあったけど、お腹一杯で食べられへんかったわ」。
と、早速楽しい話が飛び出している。

北越紀州製紙の工場見学だけは行きたかったので残念だった。明日、マシンのことや、工場内の中国人の様子を聞くのが楽しみだ。

8日からの日本製紙の旅行に参加される方々は香港に留まっておられるとのこと。社長がそんなに会社を空けられるなんてすごいね。

posted by 優子 at 22:55| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

2014・夏の光景 @

キュウリさん、干せないよう.jpg
1階下から伸びて来たキュウリはベランダに到達し、今も伸び続けて6メートルほどの背丈になっている。どこまで伸びるのだろうか。シーツやバスタオルが干せなくなってきた。
夫はこんなに大きくするものではないというが、私は伸びたいだけ伸ばしてあげたい。

ベランダで収穫!.jpg3日前には小さかったキュウリが今朝はこんなに大きくなっていた。夜の間に驚くほど成長する。明朝、知子に取らせてあげよう。
雨で取りに行けなかった翌日は500グラムもの巨大キュウリになっていたこともあった。
ベランダでキュウリの収穫だなんて最高! 

強い日差しに耐える.jpg数日前から季節は真夏に切切り替わり猛暑日寸前の日々。昼間は葉っぱもげんなりして酷暑に耐えている。
金属柵に細いツルを蒔きつけているのが痛々しい。手で触っても熱いのに焼けて枯れないのが不思議でならない。目には見えない命を見る思いだ。
日が暮れて一息つくキュウリ.jpg
そして18時半、夕暮れを迎えてキュウリがホッとしているみたい。生き返ったように葉っぱもピンと張っている。

イソトマも大きく育ち今も花を咲かせている。来週の土曜日に帰国するマチとクマにも見せてあげたい。

甘いプチトマト摘み@.jpgトマトは「わき芽」を摘み取らないといけないのだが、どれがどれだかよくわからなくて毎年こんな姿にしてしまう。

今年3月、リビングのエアコンを入れ替えた時に室外機をベランダに置いたのは失敗だった。

ベランダが狭くて枝を下へ折り曲げて実をぶら下げるトマトの木。曲がった枝のところは傷ついて痛々しい。
ベランダからぶら下がって成るミニトマト.jpg

甘いプチトマト摘みA.jpg
プチトマトはとっても甘くてイチゴやプラムよりもおいしい。こんなにおいしいプチトマトは未だ買ったことがない。2本の苗では毎日10粒ほどしか取れないので一度でいいから飽きるほど食べてみたい。


洗濯物を取り入れる時、キュウリのツルがユキの赤白ぼうしのゴムに巻いていた。
赤白ぼうしにツルが巻く.jpg

この前入学したかと思ったら今日は終業式。明日から長〜〜い夏休みが始まる。

posted by 優子 at 08:13| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

エネファーム工事完了、気疲れでダウン。

7月7日の設置工事から始まったエネファームの工事は、施工チェック、試運転など計14段階を経て、3日目の昨日の午後14時20分、引き渡しとなった。

昨日は朝から精神的にしんどかった。いつものように努力なく明るく笑顔で受け答えしていたが、終わった時は疲れ切っていた。

昨日は次女がミッションでワシントンを出発することも忘れていた。私が14日と勘違いしていたこともあるが、昨夜10時半頃に長女のスマホに空港へ向かっているとのメールを着信して、私も急いでPCをあけたのだった。

今回はクマも一緒の旅。クマは休暇で同行しているが、同じくIMF職員だから仕事場を覗きにいくのだろうか。

今日3時半頃、飛行機は無事に日本に到着。乗り継ぎ飛行機までの待ち時間はANAのラウンジで日本クオリティで日本食を楽しみ、先ほど(18時20分頃?)目的地に向かって離陸した。

目的地到着は7時間後。アメリカと違って日本から近い国に居ると思うだけで私の気持ちは和らぐ。そして、2週間後の土曜日に再会し、しばしの時を共に過ごす。


我が家のエコ.jpgさて、昨日完了したエネファーム設置工事のこと。
左側の背の高い機械は「排熱利用給湯暖房ユニット」で、低い方が「燃料電池発電ユニット」だ。
燃料電池の方は24時間作動している。これ以上は何も説明できないお粗末さ。悪しからず。

複雑な給湯器.jpg(→)これが背の高い「排熱利用給湯暖房ユニット」の中だ。何という複雑さだろうか。
どの程度の頻度か明確な回答はなかったが、複雑な機械ゆえに今後継続して点検があり、小さな部品一つでも高額だという。

何たる複雑さ.jpgこれは「燃料電池発電ユニット」の中。
10年間は修理代も部品代も無料とは言え、トラブルは無いにこしたことはない。
ちなみに15年3ヶ月使っていた給湯器は一度も故障しなかった。

試運転、0.6キロワットの電力.jpgこれは試運転中で湯船にお湯をためている時に浴室のリモコンを写したもの。この時0.6キロワットの電力が発電されている。
浴室や台所に取り付けられたリモコンはこれまでと同じ簡単な操作なのに、入浴を終えてガスを切った時のホッとしたこと!新しい機械は苦手で緊張する。

これでようやく3月1日から始まった我が家の工事は全て完了した。それらは予定していたものではなく全てが突然に決まったことであった。

まず消費税の8%増税前ということで、ようやくほったらかしていたエアコン2機のつけかえ(1台は10年以上壊れたまま)に着手した。この種のことは私にとって最大級の煩わしいことゆえに、よほどの不便さがない限り何十年でも故障したまま放ってある。

そして、4月下旬から「eo光」からNTTの「隼」に変更。
この時は長期にわたって最終の撤去まで何度も人の出入りがあって落ち着かず、パソコン設定は長女がしてくれたもののややこしい作業がついて回った。

エアコンと給湯器の設置や修理で家に多くの傷がついてしまった。
現在のエアコンははそれまで使っていたフロンガスとは異なるフロンガスになっているとのことで、ビルトインで設置していた管が使えないために、家(壁)に穴を開けて新たに管を外付けしなけばならず、外壁は管だらけになった。

そして、築15年のメンテナンスで発見した6月の排水管の水漏れ工事。続いてエネファーム設置。今回は主に外の工事だったとは言え精神的にしんどいものだった。これまでの疲れが一気に出たのかもしれない。

それにしても本当に多くの方々にお世話になったものだ。
世の中はそれぞれの専門の方々のおかげで動いていることを思うと、就業は単に日々の糧のためだけではなく奉仕であり社会貢献であることに気づかされる。

ならば、私はいったいどんな役に立てているのだろうかと考えてしまう。ましてや煩わしく思ったり「疲れてしまった」なんて申し訳ない。

昨日はユキの誕生日だった。ユキの7歳の誕生日からエネファーム使用開始日となった。


22時追記:今夜遅く、チャッピーはようやく小屋に入ってくれたので安堵した。
一昨日の早朝5時頃、夜中もずっと雨が降っているのに軒下にも入らないで寝ているのでびっくりして起きた。毛の深くまで雨が沁みていた。自分の臭いのついた小屋なのに昼間も寄り付かないかった。

地面はコンクリートになり大きな機械に囲まれて発電所のようになってしまい、チャッピーには自然破壊だったのかもしれない。土のままだと気持ちはもっと楽だったと思うが、チャッピーがストレスフルにならずに順応してくれますように。

posted by 優子 at 18:50| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

給湯器取り換え工事 

再びパーキングに繋がれた受難のチャッピー。

つまんないな.jpg「またかー。
つまんないな」。

犬にも感情があり、つまらない時は、いつもこのような格好をする。


エネファーム工事B.jpg電気担当者2名、計6名の人で始まった。
洗面所ではブレーカー横にエネファーム専用のブレーカー(?)を設置した。

エネファーム工事C.jpg外では土が被っていてわからなかったカイショがあり、急きょ給湯器の設置場所が変更されることになった。
浄化槽ブロアーを移動し、基礎工事場所を決め、既存の配管を変化させ、計測も手際よく職人さんたちの頭は冴えていた。

エネファーム工事F.jpg右手前の散水栓も1つ分手前に動かした。




エネファーム工事G.jpgコンクリート部分は2機を設置するための基礎工事部分。機械が大きいので基礎工事が必要なのだ。


昨日7日はここまで! 
パーキングからチャックンのご帰還。
チャックンの御帰還.jpg
これを機に土の部分にもコンクリート施工をお願いした。
腎不全(多飲多尿)のチャッピーが毎朝玄関のポーチで排尿しているので水を流すのだが、水はけが悪くて冬場は苔が覆うほど。
その費用は大阪ガスと代理店の援助金30万円から使用し、風呂暖房もここから使用して新しくした。残金分は値引きしてくれる。

翌8日朝、基礎工事部分のコンクリートは固まっていた!
コンクリートに.jpg
今日も曇天ながら薄日もさしていた。
しかし、昨日以上の蒸し暑さで汗を流して作業をしてくださった。

コンクリートを打つ前に格子状の金属を並べていた。

雨にも負けず.jpg雨にも対応できるようにビニールシートを張った。
家の中では風呂暖房を取り変え、外では古い給湯器を外して機械までの配管チューブ(?)を取り付けた。

コンクリート完了.jpgそして2日目も予定通り無事終了。
今夜雨が降ってもいいようにビニールシートはそのままにして、明朝外しに来てくださることになっている。
そして、11日に2つの器具を搬入設置して完了する。

3日間ここで辛抱してね.jpgそれまでチャッピーはこの場所で寝てもらおう。
ハウスを移動しても自分のハウスなのに昨夜も今も中に入らないで外で寝ている。
チャッピーも落ち着かないのだろう。ストレスで弱ってしまうことがありませんように。

posted by 優子 at 21:23| 随想 | 更新情報をチェックする

今年は我が家の「工事年」

21世紀は人間がもたらした災害の時代だ。異常な雨量が世界各地で甚大な被害を出している。
そして今、「過去最強クラス」台風8号で宮古・沖縄本島に「命守る行動を」と特別警報が発令されている。日本列島を縦断しそうな気配で、近畿でも大気が不安定で局地的な大雨の注意喚起されている。

そんな曇天の下で昨日から給湯器の取り換え工事が始まった。
16年目に入った今も不都合なく作動しているものの、一般的には給湯器の寿命は10年と言われており、昨年の晩秋頃より追いだきをしたあとの音が高くなっていて故障しないかと気が気ではならなかった。

そんな3月初め、小さなスーパーの入り口で宣伝していた大阪ガスの「エネファーム」を知り、早速代理店で詳しい説明を聞いた。
「自分の家で電気をつくる家庭用燃料電池」とか・・・高額である上に消費税が8%にアップされたばかりの今年4月1日に発売というので思案したが、国から38万円補助金が出ることや大阪ガスと代理店で30万の補助が出て、10年間の修理代は無料保証とのこと。

私が何よりも惹かれたのは1年間に1トンあまりのCO2量を削減でき、しかもガスを使う事で電気代が幾分安くなる(10年間で80万円くらい)ということに魅力を感じて決めたのだが、今日までエネファームについて検索もしなかった。

家(壁)にも何カ所も穴を開けての大工事をしたが、10年で使えなくなるとしたらどうなのだろうと検索後の思いは「・・・」である。10年後には100万ほどで発売されるそうだ。

営業マンの話からはとてもこの大工事は想像できなかった。私の想像力が不足していたこともあろうが、説明不足の感はぬぐえない。
原発事故以来、私の中でも自然環境のことが大きな関心事になっていたので、きれいごとではなく我が家でできることをしたいとの思いが強くあった。

今となればCO2削減には違いないのであるから、そのことをしっかり意識して不満に思わないようにしたい。


そして、ようやく設置工事の順番がきて、2日目の今日は使っていた給湯器を取り外し、風呂暖房の入れ替え工事、そして、外の工事も全て完了した。あとはコンクリートが乾くのをまって11日に機械を設置する。

posted by 優子 at 20:47| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年07月03日

ラ・ゴロンドリーナ 

これは6月30日の朝に見つけた交番の軒下のツバメの巣だ。雛はまだ巣立っていなかった。

ツバメの巣.jpg

そういえば6月26日の記事のツバメは雛にしては大きすぎたかもしれない。
6月30日の朝、知子を駅まで見送りに行った時に巣を発見したが、カメラを持っていなかったので知子にスマートフォンで撮ってもらったものの写りが悪かった。

その後、歯医者さんの帰りに撮ろうと思っていたら持って行くのを忘れ、ついに歯医者さんから帰宅して三たび駅へ向かった。明日では巣立ったあとだったということもあるからだ。

私はツバメが飛んでいるのを見ると"LA GOLONDRINA"( ラ・ゴロンドリーナ、スペイン語で「ツバメ」 )の曲が聞こえてくる。若い頃から大好きな曲だ。
ドミンゴの歌ではなく演奏で聞いていたのだが、オーケストラの名前を憶えていなくて捜せないでいる。でも、この曲名の上をクリックしてお聞きください!

この曲は大空をのびのびと自由に飛んでいるツバメを想像させる。気持ちよさそうに優雅に飛び回るツバメ。

ツバメを見ていると私の耳に「ラ・ゴロンドリーナ」が響き、私もツバメのように心の翼を大きく広げ、ピンと張って大空を飛ぶのだ。私はツバメになってスーイスイと空を飛ぶ。

ああ、なんて素敵な曲だろう。
耳が聞こえない人や目が見えない人たちのことを思うと胸が潰れそうになるが、その方たちにどうか私たち以上の神の恵みがありますように。


雛は巣立っていった.jpg7月4日追記:
今朝、巣は空っぽになっていた。雛たちは巣立って行った。
良い一生をね!


posted by 優子 at 21:00| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

梅雨のシャワーを楽しむツバメ

梅雨入りしてから日中にこんなに雨が降るのは初めてではないだろうか。今日は午後3時半頃から大粒の雨が降り出した。

雨が激しく降っているのにいつまでも空を旋回している黒い鳥の群れがいた。何羽かが燕尾(えんび)をピンと張って猛スピードで目の前を通り過ぎたのでツバメだとわかった。

まもなく軒下に入るものもいたが、電線に止まったままの鳥もいた。そこには親鳥はおらず、尾はまだ短い巣立った雛たちばかりだった。そのうち気持ちよさそうに羽をバタバタして毛づくろいをやり始めた。

7月3日追記:このツバメたちは雛ではないようだ。7月3日の「ラ・ゴロンドリーナ」をご覧ください。
大雨に打たれたままのツバメたち.jpg
ツバメは雨が好き?

そして、雨脚が弱くなるとどこかに行ってしまった。
その後も雨はシトシト降り、ようやく梅雨になったという感じがする。今日も洗濯物は気持ちよく乾いたのに、今はジメジメとしている。
カレンダーを見れば今年も早半分が過ぎようとしている。そして、梅雨が明ければいよいよ本格的な夏の到来だ。

6.26乾いていた.jpg附記:今朝、洗面所につけた点検口の蓋を作ってくださって全て完了した。
3つの蓋を作ってくださったのは、見るからに誠実で善良な方だったのが嬉しくて、これからも蓋を見るたびに感謝が溢れるのが嬉しくてならない。
仮蓋を外すと水漏れはなく、濡れていたところも乾いていた。水道屋さんたちが一生懸命修理してくださったことも決して忘れない。


さて、防蟻処置をするのかどうか。きっと長い間の排水漏れ情態だったのだからするに越したことはないだろうが、床下に散布する薬剤は液体で半日がかりの仕事になるという・・・目下思案中。


posted by 優子 at 18:17| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年06月20日

イソトマの咲く頃

蕾が弾けるよ.jpg
生まれて初めての傑作! 会心作だ! 
蕾が今にも弾けて花開く直前、まさにその瞬間だった!
デジカメを使い始めて5年2ヶ月目のことである。

洗濯物を干し終わってからでは間に合わないと、途中で手をとめてカメラを取った。この写真を撮ってまもなく右側の蕾の一ひらが弾けた。昼前に左側の蕾も開いた。

これまでは撮り方が下手という以前に、何を撮りたいのか不明瞭だった。ようやく撮るコツがわかった。
それは文章を書くのと同じだ。まず書きたい焦点を定めて書き始める。それでも会心作はめったになく、自分が感じていること、考えていることを表現したくて書き続けている。


昨日はブログを更新したあと2時間かけて一気呵成に1作書いた。時間を忘れて集中し、2000字に自分の書きたいことを書きこんだ。自分としては「良し」だ。
ところが徹夜した朝のように疲れてしまって、昼食も摂れず長いことソファーに横になっていた。これが年を取るということなのだ。

話をイソトマに戻そう。イソトマの生命力は強い。それを知っているのをいいことに、冬季中に何度水をやっただろうか。昨年も半分枯らせてしまった。

今冬はもっと水やりを怠ったために4月には壊滅状態になっていた。そんな植木鉢の端っこに1センチにも満たない葉っぱが数個あったので、それを抜いて真ん中に集めた。根っこはモヤシの髭よりも細く、絹糸よりももっともっと細いのが一本長く伸びていた。

予想通り枯れないで少しずつ大きくなっていった。
4月半ば頃からグングン伸び始め、今はこんなに大きくなった。
夕方のイソトマ.jpg

蕾がつくまで時間を要し、最初はひとつ、ふたつと数えるほどだったが、例年よりたった3日遅れただけで6月9日に一つ目(左端)が咲いた。今週から蕾がいっぱい顔を出した。もう2度と枯らせてはならない。

昨年6月8日、ワシントンへ発つ知子とユキを伊丹空港へ見送った時、送迎デッキの花壇にたくさんのイソトマが咲き乱れていた。
飛行機が空高く見えなくなったあと、しばらく6月の風に揺られるイソトマを見ていた。今年も咲いているのだろうか。 

posted by 優子 at 18:00| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

床下水漏れの大工事

先月29日のこと、築15年のメンテナンスでシロアリ駆除業者さんが床下を見てくださったところ、どこかで水漏れしているようだと言われた。

「どこかで」というのは土地半分(南側)の床下が極めて低くて入ることができなくて、しかも南側に点検口を作っていないので濡れている場所を特定できないのだ。5年10年のメンテナンスでは点検できないことさえ見落とされていたのである。

このたびの業者さんは実に誠実な仕事人だったからわかったのだ。畳をめくっての床下点検に留まらず、台所の収納庫の小さい穴からも覗いてくださり、漏れの箇所はどうやら水道管からではなく排水管からだろうとの察しまでつけてくださった。察しは的中していた。

そこで13日の朝9時に水道屋さん3名と大工さん2人、そして、住宅メーカーのメンテナンス担当者の計6名で作業が始まった。

孫は床に穴をあけるのを見られなくて残念がっていたので遠慮しながら写真を撮っていたが、漏れている場所が特定できないため次々と床に大きな穴を開けて行く状況になり、このままだとどうなるのだろうとの心配から血圧が上昇し、一時は気分が悪くなって夫と長女に写真を添付してメールを送った。

すぐに娘から電話があり、何とか仕事の段取りをつけて夕方に帰ると伝えてくれ、本当にありがたかった。「支えられた」というのはこういう事だと改めてわかった。
現状を聞いてくれ、言葉をかけてくれることで人はどんなに助けられることだろうか。支えられた者はその感謝を忘れないことだ。

しかしながら、ストレスにかくも弱くなってしまった自分が情けない。母や父の介護から看取りという過酷なことも持ちこたえる心身だったのに・・・持病があるとちょっとしたことで体調が悪くなる。


夫は私のメールを読んで、この家を建てた時の営業担当者にも現状を見ておいてほしいと連絡したらしく、訪ねてくださった。
過日14〜5年ぶりにお目にかかった時にも話したが、木造建築の住宅メーカーゆえに尚のこと、点検口が設けられていないのは完全な設計ミスであることを伝えた。これではシロアリのチェックができない。
幸いメーカー側も誠実な対処をしてくださるようだ。

それにしてもそれぞれのプロの方々に感謝があふれる。
医療現場で言うならば、各専門分野の外科医たちが知識を結集して診断・手術し、最後に形成外科医の処置と言ったところだろうか。熟練のプロたちが根気よく原因を突き止め修理してくださる姿に感動した。

以下は大工さんと水道屋さんへの感謝の気持ちを忘れないための記録であるが、全てを見ていたわけでも説明を聞いたわけではないので間違いもあろうと思う。


工事@.jpgまず台所の床収納庫の中の小さな穴から覗き、水漏れは台所あたりにあるL字管周辺ではないかということで、収納庫から80センチ(?)のところに点検口を作ることになった。

工事B.jpg
大工さんが見事な手つきで点検口を作ってくださっているところ。



工事F水がこんなに!.jpg開けると水が溜まっていた!
バケツ内はスポンジで吸い取った水。
しかし、漏れはここではなかった。水圧をかけて漏れの場所を探りもしたがここではなかった。
そこで、僅かな深さしかない側面にある穴から洗面所の方を覗きこみ、洗面所あたりがもっと濡れているということで洗面所にも穴を開けることになった。
圧力をかける.jpg
水圧をかける機械。

工事I.jpg 工事J.jpg
同じ頃、外では点検口の蓋を作ってくださっていた。

工事G.jpg台所と洗面所間の管に漏れがないか確かめるべく、再び水圧をかけたまま時間をおいたが漏れは確認できなかった。
次に洗面所の下を点検中。


ついに洗面台をはずしての作業となった。
管をつなぐA.jpg
体をよじらせ、呼吸もしんどい姿勢で長い時間洗面台側を覗いてくださっていた。

庭では2つに分解した洗面台が。
外では洗面台を.jpg

その頃チャッピーはパーキングでお昼寝。
チャックンも待ちくたびれて.jpg

湯の管を壁から床下へ通す@.jpg水道屋さんの豊かな経験から洗面台の後ろの壁に穴をあけることや、その場所の見立ても的中し、「想定していた通りだった」との一言に感銘を受けた。
ピンクの管はお湯の管。今のは柔らかくホースのように見えるが、これまでの管より頑丈になっているという。

管をつなぎ終えて.jpg洗面所の後ろの壁も穴を開けて管をつなぎ終える。
配管完了!完了!.jpg

このあと黒い管すべてにも白い断熱材(保温材?)を巻いて工事が終わった。

どうしても漏れている箇所がつきとめられなかった場合はどうなるのかと尋ねたところ、その時は新たに設置するそうだ。
その場合、庭の地面を掘って管の交換となると大工事になり費用も多大になるので、古いのはそのままにしておき、新たに家の壁に配管して後付けにするという。
不細工であっても直るならばありがたいことだ。最悪の場合にも方法があることを聞いて安心した。

尚、洗面所の点検口開口は予想外のことだったため、蓋の資材発注の関係から完成は後日になる。

大工さんは一足先に1時間ほど前に帰られ、最後の方々を見送る時チャッピーはこっちを見ていた。
工事まだ?.jpg
「やっと終わったワン」

そして5時10分頃、最後の人を見送ってパーキングを見ると、チャッピーは腹ばいになって呆れたような顔でこっちを見ているので大笑いした。
写真が撮れなかったのが残念でならない。常にカメラを携帯しておくべきだった。
このあと午後4時前に帰宅してくれていた知子と手分けして掃除と後片付けに取りかかった。そして7時15分、掃除が終わった瞬間に夫が帰宅。その直前に出前のお寿司も到着していた。

この翌日(14日)はユキの土曜参観日で知子と私たち夫婦も一緒に小学校へ。私は参観後、班長さんの代理で班長会出席のため集会所へ。夕刻、知子はユキを皮膚科へ。それぞれ多忙な週末であり1週間だった。

6月26日追記:
6.26乾いていた.jpg洗面所につけた点検口の蓋を作ってくださり全て完了した。
2週間前の工事で排水管からの水漏れはとまり、濡れていたところも乾いていた。さて、防蟻処置をするかどうか。するに越したことはないが、薬は液体で半日がかりの仕事になるという。


posted by 優子 at 22:09| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

続・独り静まりの中で

5月18日の説教で牧師が語られた「『出エジプト』の出来事は救いの記憶として大切だ」とは、知子とよく語り合う話題だ。

それはエジプトで奴隷になっていたイスラエルの民が、モーセに率いられて神の「約束の地」カナンに向かう物語で、十の災いと過越しや、追いかけて来たエジプトの軍勢から逃れるために、海が割れて陸に渡り危機一髪で救われる奇跡を経験した。

ところが、イスラエルの民はこのような明確な奇跡を経験したにもかかわらず、その後も水がない、パンがない、肉がないと、約束の地に着くまで事あるごとに不平不満をぶちまける。
これが我々の実相であり、私たちはどんなに神さまの助けを経験していても苦しくなると感謝を忘れてしまう。

しかし、神が私の人生を常に最善に導いてくださっていることを思い出し信じられるのは神の恩寵だ。

次女もまた闘いの日々にあって先のブログを読んで思いを分かち合ってくれ、魂が響き合った。そこで前述の記事・「独り静まりの中で」で紹介したナウエンの言葉を続けたい。

神は私たちと共におられるのでしょうか、それとも、おられないのでしょうか。
私たちが今言えることは、神の不在を悲しむその悲しみの真ん中にこそ、神の臨在の最初のしるしを見つけることができるということです。

そして、私たちの待ち焦がれるその渇望のただ中にこそ、その思いを起こされた方の足跡を発見するということです。・・・

私たちにとって最大の誘惑は、うんざりしてどうでもよいと思ってしまうことと、悲痛な思いで恨みがましくなることです。・・・・(数多くの思いがけない出来事でうまくいかない時、死の現実によって打ち砕かれる時)私たちは身動きならない投げやりな思いに負けたり、破壊的な恨みがましさをもって反発する誘惑に直面します。

しかし、忍耐によって私たちの待ち望む心が強くされると信じるなら、運命は召命に変えられ、傷はより深い理解への招きとなり、悲しみは喜びの生まれ出る所となります。・・・

神は善にして善をおこなってくださる方。
神が私たちの人生の計画者であることを信じ、試練の時も神が良くしてくださったことを忘れないで、神が目的とされた生涯、神さまにしっかり結ばれた生涯を全うさせていただきたいものである。

「イエスは彼女に言われた、『もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか』。    
                   (ヨハネによる福音書11章40節)
神の臨在を覚えつつ
When you believe in Jesus:あなたがイエスを信じる時。



posted by 優子 at 23:16| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

独り静まりの中で

堂々たる木々を創られた神よ、
あなたが木々に勇ましい頑健さを
与えられたように
私に不屈の精神を与えてください。

大きくなったね.jpg

おお、神よ、
私たちはあなたが植えられた木、
私たちはあなたの森の木々です。

さあ、いのちの樹液を
私たち全ての脈管に流してください。
太陽と雨をつかさどる神よ、
あなたの始められた事を
完成してください。

風の強さを計られる神よ、
私たちを圧迫や緊張に耐えるものと
なさせてください。
               
                           (エミー・カーマイケル)

新緑は深い緑になった。木々は豊かな葉を茂らせ、風に揺れる葉の音がとても心地よい。私は神に愛されている者として生き、深い静まりの中で祈りつつ生きよう。

祈りに導かれてナウエンの言葉を贈りたい。仕事が順調に進んでいる人とそうではない人に。
独りきりになれる場所(時)を持たなければ、自分の生活が危うくなることに、私たちはうすうす気づいています。・・・独りきりになる所のない生活、つまり、静かな中心を持たない生活は、簡単に破壊的なものになっていきます。・・・

結果を重んずる社会においては、・・・何かを成し遂げたというだけではなく、自分の成し遂げたことを自分自身だと思うようになってしまいます。・・・・

私たちの業績 ― したことの結果 ― を、自分の価値を決める物差しにすればするほど、私たちの心も魂も、いつもびくびくして暮らすようになります。・・・

キリスト者として生きるということは、この世に属さずに、この世に生きるということです。こうした内なる自由は、独り静まる中で育まれます。


「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」。

     (『静まりから生まれるもの』 ヘンリー・ナウエン著より)

3日前から真夏日が続いている。それでも朝晩は肌寒いので冬物を片づけないでいたが、もう6月になるからと、ようやく昨日畳の上の敷物を取り除き、毛布をシーツに交換した。11月には冬支度になっていることを思うと夏の時期は短い。

今日も暑い一日だった。明日はもっと暑くなると予報している。今朝早くからゴルフに出かけた夫は日焼けして帰って来ることだろう。

附記:今月ご夫妻でクロアチアとスロベニアへ旅行された友からおみやげが届いた。お礼の電話後、「パンフレット以上の美しさ」というユネスコ世界遺産・プリトヴィッチェ湖群国立公園をネットで調べ、長い間見ていた。

良い時間とお金の使い方をされているといつも思う。ご夫妻そろって私たち夫婦と同じ年齢である。私も行きたいと初めて思った。

お手紙は、「ヨーロッパはどこへ行っても教会がたくさんあり、いつもイエス様を感じることができました」と結ばれており、神の祝福が溢れていた。



posted by 優子 at 18:04| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

あの虹は「環水平アーク」だった!

朝目覚めてしばらくウトウトしながら6時のニュースと天気予報を聞いていた。すると、「4日に観測された帯状の虹が今日も見られます」と言ったので目が覚めた。
4日の帯状の虹とは、マチが見つけたあの虹だ!

マチが見つけた虹A.jpg

すぐにパソコンで検索すると、これは「環水平アーク」と呼ばれているものだとわかった。上空の氷の粒に太陽の光が屈折してできるそうだ。

「一般の虹が太陽とは反対の方向に見えるのに対し、環水平アークは太陽と同じ方向に、ほぼ水平に現れ」、「太陽高度が58度以上の場合に見られるもので、太陽が最も高い所にある正午過ぎに出る」。

「出る条件としては、薄雲があること、・・・上空の薄雲を作っている氷が六角形をしている必要があり・・・特に環水平アークは太陽の高度が高いことも条件なので、夏至を挟んだ数ヶ月間に」出現し、日本国内では年に数十回観測される」そうだ。

確かにシャッターを押した時間は12時49分とある。数日前に時刻設定したこともラッキーだった。

それにしても珍しい現象を見ることができたものだ。しかも、バッチリ写真まで撮ることができて、今後はカメラを常時携帯しておきたいものである。現代人必携のスマートフォンや携帯電話のように、それらを意思的に持たない私だがカメラは携帯したい。

2012年5月21日の見損ないつつも感激した世紀の金環日食、「チャッピーと見た世紀の天体ショー 、『もろもろの天は神の栄光をあらわし、 大空はみ手のわざをしめす』」を思い出させた。

ユキが帰ってきたら話してあげよう。これこそが知的探究心を高めていくにふさわしい環境だ。


posted by 優子 at 13:56| 随想 | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

チューリップ2014!

「仕事と生活の調和」は現代人の重要なテーマだが、知子はそのようなことを言ってはおられない日常だ。昨夜も夜遅くまで仕事をしていたがはかどらず、せめて4時間ほど静かな時間を作ってやりたくて3人で外出した。

私は桜見物もさほど行きたいと思わない出不精だが、珍しく馬見丘陵公園のチューリップフェアへ行きたくて夫とユキと3人で出かけた。自宅から自動車で30分ほどの所だ。
そのあと食料品の買い物や給湯器設置の仮契約など5カ所の用事を終えても3時間少しで帰宅した。

馬見丘陵公園はチューリップなど20万株の春の花々が鮮やかに開花して、それはそれは美しかった。
チューリップ満開A.jpg
↓唯一中に入って写真を撮ってもよい場所で。カメラマンはユキ。
ユキが撮ってくれたツーショット!.jpg

チューリップフェアG.jpg

とても美しかったが深い感動はなかった。
新聞折り込みに入っていたチラシと同じ光景を見て満足したからだろうか、新しい感動はなかった。森有正が言うところの「体験の対象として」見ていたのかもしれない。

自分の心の中を眺めながらゆったりした時間がなかったことが大いに関係すると思うが、ベランダで咲くチューリップは何回見ても、何十回春を重ねても感動は常に新しい。


2014.4.16.jpg

生きるとは自分自身の探究にほかならない。感動できるのは自分が深化し変貌をとげているからであり、それゆえに自分の心の中を眺めつづけなければならない。そんなことを思った春の一日だった。


posted by 優子 at 20:48| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年11月11日

冬を生きる

午後から下半身がシンシンと冷えてきたので真冬のズボンに履き替えた。夕方のニュースで冬将軍が南下していると聞き、大急ぎで家族全員の電気毛布を敷いた。
1ヶ月前の今日は31.3度の真夏日だったのも異常だが、その後しばらく秋を味わっただけで一足飛びに明日は12月中旬の寒さになるという。

私は年齢を重ねるほど冬が嫌いになった。何よりも夜明けが遅いのが嫌だ。高血圧になってからは寒さゆえに早朝に起きるのが怖くもある。虫に悩まされる夏も嫌だけれど、夏は明るくて元気だ。まるで若者のように。

毎年寒さに向かう頃は気持ちが重くなるのだが今年は違う。すでに冬を迎える覚悟ができており、後ろずさりするような気持ちもない。

高村光太郎の詩が冬を生きる覚悟へと誘ってくれる。
きっぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹の木も箒(ほうき)になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た

光太郎は冬を人生の試練や苦難に喩え、それに立ち向かう胸中をうたっているのだろうが、私の心には坂村真民(しんみん)の詩がぴったりする。

         冬がきたら

冬がきたら
冬のことだけ思おう
冬を遠ざけようとしたりしないで
むしろすすんで
冬のたましいにふれ
冬のいのちにふれよう

冬がきたら
冬だけが持つ
深さときびしさと
静けさを知ろう
冬はわたしに
いろいろのことを教えてくれる

先ず沈黙の大事なことを
すべての真理は
この沈黙のなかからのみ
生まれてくることを
それから自己試練の大切なことを
すべての事を成就するには
この不屈の魂によってのみ
成功することを

長く暗い冬の真ん中にクリスマスの喜びがあるというのは、何という慰めだろう。まるで心地よい暖炉にあたるようで、暖炉のそばで元気にさせられながら冬を過ごすのだ。そして、そうしているうちに冬にも慣れて、いつしか鶯の声を待つようになる。

老犬チャッピーも外では寒かろう。今夜から土間でおやすみ。チャッピーも元気で鶯の声を聞けますように。

附記:昨夜10時過ぎから次女とスカイプした。サマータイムが終わると時差が長くなって困る。それでも私たち夫婦と3人で遅くまで話し合った。
今改めて真剣に人生の終わりを考えなくてはならぬと思った。

真智
ワシントンも寒いのね。
ミネソタの比ではないけれどここよりはるかに寒いね。

いよいよ寒く暗い冬に突入するけれど、
クリスマスの喜びがいつも元気づけてくれます。
そして、気がついたら2月の終わりごろになっていて
春を心待ちにする頃になっている。

暖かくして温かいものを体に入れるのよ。
またスカイプしようね。

真智に負けずに知子も励んでいます。
ママは幸せです 。
今日の午後に真智に送ったメールより


posted by 優子 at 22:55| 随想 | 更新情報をチェックする

2013年11月01日

さようなら ジャック

さようならジャック.jpgさようなら、ジャック。
別れの朝が来た。
薄緑色だったジャックがオレンジ色になって、朝の斜光線を浴びて輝いていた。ユキは「もっと置いておく」と言ったが「さようなら」を告げて登園した。

私はカボチャに情が移ってしまったのか、別れが辛い。
チャッピーとの別れがきたらどうなるんだろう・・・

ゴミ収集車が来た。
胸がつぶれそうだった。
目を閉じて耐えた。

ありがとう、ジャック。
君のこと、忘れないよ。
君のこと本に書くよ、必ずね!

posted by 優子 at 10:00| 随想 | 更新情報をチェックする