2017年01月23日

聖書の「TPPは問題を解決する千倍の力」 −クリスチャン弁護士・佐々木満男氏のコラムより―

先日ネット上の聖書メッセージを検索している時に、「本物の牧師の語る・・・」というタイトルに驚いて微笑んでしまったが、確かに今やそのように標榜せねばならない様相を呈している。

「本物」と言えば、本物の信仰をもったクリスチャン国際弁護士・佐々木満男さんのコラムを今朝久々に読んだ。

お目にかかりたいと思っているお一人で、かつて佐々木さんのブログ『ドントウォーリー』の「問題を突き抜けよ!」に、拙著の記事をリンクしてくださったことがあり励まされた。

今朝読んだ記事は我が子だけに伝えるには惜しく、是非お分かちしたいと思う。テーマは「TPP」。

TPPと言えば3日前にトランプ氏が第45代大統領に就任し、就任後初めての仕事がオバマケアの手直しとTPP(Tans-Pacific Partnership)離脱の署名だったが、佐々木氏の言う「聖書のTPP」は「Thanks、Praise、Prayer」、聖書に刻まれている「祝福のTPP」である。

「TPPは問題を解決する千倍の力」より抜粋転載させていただいた。
聖書のTPPは、 神の定めた方法であるから、 どんな問題も解決する。

聖書のTPPとは何か?

Thanks (感謝) とPraise (賛美) とPrayer (祈り) である。

このTPP (感謝、 賛美、 祈り) を日常生活の習慣にしていくと、問題が次々に解決していくから不思議である。
私はこれを毎日体験している

ただし、 このTPPは意識して実行していないと、
自分の肉の弱さからすぐにNPPになってしまう。

NPPとは、 Negatives (否定) とPessimism (悲観) とPride (高慢) である。このNPP (否定、 悲観、 高慢) は、 問題をどんどんこじらせていくから不思議である。
私はこれもまた毎日体験している

TPPとNPPの違いはどこにあるのか。
その人の思いが 「天に向いているか」 それとも 「地に向いているか」 の違いである。

思いが天 (神の国) に向いていれば、
「感謝と賛美と祈り」 しか出てこない。
「大丈夫だ、 どんな問題も天の父が解決してくださる!」
と全能の神の力に頼ることができるから、
問題の重圧から解放され問題を乗り越えていく。

思いが地 (罪の世) に向いていれば、
「否定と悲観と高慢 (自己中心)」 しか出てこない。
「大変だ、 どんな問題も自分でがんばって解決しなければならない!」
と弱い自分に鞭打ってがんばるから、
問題に縛られ問題の下敷きにされてしまう。

アメリカの有名ながんセンターの医師の調査によると、
教会でいつも賛美している聖歌隊員の免疫細胞数は、
一般人のそれに比べて、 なんと 「1000倍」 も多く測定されたという。
毎週教会で賛美と感謝の礼拝を捧げている人たちは、
そうでない人たちと比べて平均7年も長命である。

「1分間、 喜び、 笑い、 感謝の思いに満たされる」
と体内に24時間の免疫システムができ上がり、
「1分間、 怒り、 不平、 不安の思いにかられる」
と6時間分の免疫システムが破壊されるそうだ。

「ストレスは悪いものである」
と思っている人は, ストレスによって虚弱にされてより病弱 ・ 短命であるが、
「ストレスは良いものである」
と思っている人は, ストレスによって強化されてより健康 ・ 長寿であるという調査結果もある。

試練や問題も同じである。
「試練や問題は悪いものである」
と否定的に受け止める人は, それによって弱くされていくが、
「試練や問題は良いものである」
と感謝して受け止める人は, それによって強くされていく。
(ヤコブの手紙1:2)

聖書には、

「主を待ち望む者は新しく力を得、
鷲のように翼をかって上ることができる。
走ってもたゆまず、歩いても疲れない」

(イザヤ書 40:28〜31) と書かれている。

天の父を信じて 「感謝と賛美と祈り」 のうちに生きれば、
聖霊の力を得て、
自分の持てる力を十分以上に発揮することができる。

でも、 不安にかられて 「否定と悲観と高慢」 のうちに
この世のハウツー論だけを頼りに生きれば、
自分の持てる力をほんの少ししか発揮できない。

言い換えれば、 TPP (感謝、 賛美、 祈り) は、
NPP (否定、 悲観、 高慢) よりも
「1000倍」 もまさる力である。

「あなたの大庭にいる一日は、
よそにいる千日にもまさるのです」

(詩編 84:10)

まことに「アーメン!」です。
今日も良い1日を生きましょう!!!

十戒.jpg
21・22日連夜に知子とユキと3人で観た『十戒』。

ユキは漫画の聖書物語『十戒』を手に真剣に観ていた。驚くほど内容をよく知っていた。観終わったあとも本を見入り、黙して高揚した心を静めねばならないほど深い感銘を受けたようだった。

「これはイエスさまが生まれる何年前のこと?」と、ユキの鋭い質問に答えたり、「ここには人間の姿が凝縮されているね」と感想を語り合い、「『家の教会』でも『出エジプト』を読みたいね」と話していた。

posted by 優子 at 12:19| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

「真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―」 真珠湾攻撃の総指揮官・淵田美津雄の証し

ホノルル時間27日午前(日本時間28日未明)、開戦後の75年目にして初めて日米両首脳が真珠湾に立った。日本攻撃を受けて沈没した「戦艦アリゾナ」上の追悼施設「アリゾナ記念館」で献花、黙祷し、その対岸の埠頭で並んで演説した。

真珠湾総指揮官.jpg安倍首相の真珠湾訪問のニュースが報じられた時、真珠湾の空中攻撃隊の総指揮官だった淵田美津雄さんの顔が脳裏に浮かんだ。

後年、淵田氏は、「無知は無理解を生み、無理解はやがて憎悪を生む。そして憎悪こそは人類相剋の悲劇を生む。戦争がそれである」と述懐している。

淵田氏は18歳で江田島の海軍兵学校に入り、以後、航空戦士として祖国への忠誠に一切の戦争努力に傾倒した。
以下は、『真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―』よりの要約引用である。

海軍兵学校に入ったとたんに、お前の将来の敵はアメリカだと教えられた。以来17年、一剣をみがいたのは、この敵とまみえるため。

この一戦に、だまし討ちだの侵略戦争だなどとの後ろめたさは、みじんももっておらず、「奇襲開始!」(トラ・トラ・トラ)と報じた心はさっそうとしていた。

しかし、惨劇の4年後、日本の敗退に終わった。心は憎しみが残り仇討ちに備えようとした。郷里奈良県の寒村に帰農するが、まことに茨の道であった。住むべき小屋も井戸も全て自分の手で作るのみならず、職業軍人は軍閥の犬として日本人に白眼視された。

「この時ほど、わたしは人の頼み難き心を痛切に知ったことはありません。世の友はすべてわたしを去りました。頼むべきは自力だけだとわたしは思いました」。


しかし、土に親しむうちに自然界のものや天然の現象を通じて、生命や宇宙の神秘と共に、これらを創造された神の存在を深く思うようになった。

「頼むべきは自力だけだなどと考えた自分の不遜さに気がついたのであります。わたしは感謝と讃美をもって、天を仰いで祈ることがしばしばありました。神への思慕を知り始めたことは、光明でありました。

年すでに47歳でしたが、この47年間に、わたしはかつて一度もイエス・キリストの名を聞いたことがありませんでした。

したがって今や思慕する神様を父と呼ぶことのできる道が、イエス・キリストを信ずるにあることを知らなかったのです」。


しかし、理念では憎悪に終止符を打つことはわかっていても感情は別だった。

ある時、アメリカに捕らわれていた日本軍捕虜が送還されてきた。その捕虜たちにアメリカ軍の扱いぶりを聞きただした。

20歳前後の娘さんが親切の限りを尽くしてくれたエピソード。捕虜は娘さんに「どうしてそんなに親切にしてくれるのですか」と聞いたという。

すると、彼女の両親は宣教師でフィリピンに居た時に、スパイと間違えられて日本軍隊によって殺されたからだという。
日本人の培われてきた道徳とは正反対、親の仇は草の根分けても討つのが孝子節婦のありかたとされてきた。

娘さんの両親は「どうしても斬るならば仕方がない。せめて死ぬ支度をしたいから30分の猶予をください」と言い、その30分間に聖書を読み、神に祈って斬の座についたという。

娘さんにそのことが伝えられた時、両親が殺される前の祈りを想ったという。すると娘さんの気持ちは、憎悪から人類愛へと転向したというのだ。これを聞いた淵田氏はまだよくわかっていなかった。

その後、日本人の捕虜だったアメリカ人(ディ・シェーザー軍曹)が道行く人にリーフレットを配っていたのを手にした。それはキリストを信じるようになった手記、証しだった。

「獄中で虐待されている時に、なぜ人間同士がこうも憎み合わねばならぬのかと考え、人類相互のこうした憎悪を、真の兄弟愛に変えさせるキリストの教えというものについて、かって聞いたことに心が動き、聖書を調べてみようという不思議な欲求にとらわれたのでありました」。

淵田氏はこの言葉に心を捕らえられた。聖書の存在を知り、さっそく聖書を買い求めて、あちこち探り読みしていた時に、ルカによる福音書23章34節の言葉に出会った。

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。

その時に淵田氏は、あのアメリカの娘さんの話が頭にひらめいたのだった。
これは十字架につけられたイエス・キリストが、イエスを殺そうとしている者たちのために天の父(神さま)にささげた執り成しの祈りである。

そして、「にくむとも 憎み返すな憎まれて にくみ憎まれ 果てしなければ」という、新渡戸稲造の歌を思い出した。

シェーザー軍曹は、獄中で虐待する日本人にこそキリストを伝えねばならないと宣教師になって日本へやってきたのである。

淵田氏の頬に大粒の涙が伝った。そして即座にしてキリストに向き直り、イエス・キリストを我が救い主として受け入れたのである。

「神様は、わたしがイエス・キリストに背を向けていた時から、ずっと限りない恩寵を注いで、絶えず導いてくださったのです。そしてわたしは今こそ、神様がわたしに何をなせと命じていなさるのか、はっきりわかりました」。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った。見よ、すべてが新しくなったのである」。

「戦争と共に、日本は人類の悲劇である戦争放棄を世界にさきがけて宣言して、灰じんの中から再建へとスタートしました。

戦争放棄の理念を裏返してみれば、そこには日本が全人類への憎悪の終止符をうったことを意味するのでなければならないと、わたしは思います。

わたしは同胞の皆様に訴え叫びます。
祖国日本の救われんためにわれら何をなすべきか?
汝、イエス・キリストを信ぜよ!」
 
ワイツゼッカー大統領の敗戦40周年記念の演説「荒野の40年」こそは、まことに神の前における悔い改めであった。政治家であっても、その人物の価値観、生き方によりこのようなメッセージが可能なのである。

オバマ大統領の広島訪問は謝罪ではない、安倍首相が真珠湾に行くのは謝罪ではないと、未だ第一のことを第一とせずに外交的なことにばかりに捕らわれている。

ワイツゼッカーはその演説で旧約聖書を引用して語っている。

「イスラエルの民は約束の地に入るまで、40年間荒れ野に留まっていなくてはなりませんでした(申命記・民数記)。

しかし、ほかのところ(士師記)では、かつて身に受けた助け、救いは往々にして40年の間しか心に刻んでおけなかった、と記されております。

心に刻んでおくことがなくなったとき、太平は終わりを告げたのです」。


これまで70年間も平和を維持した国はなかったという。
戦争になれば人間は狂気になり、今もおぞましい殺戮が、この時も休みなく起こっているというのに、日本は踏み越えてはならない一線を越えてしまった。

2016年を閉じるにあたり我が国のことや世界情勢を考えると、今ほど新たなる年に入って行く恐れを感じたことはない。

このたびの真珠湾での記念式典が、単なる和解のセレモニーにならないように真剣に祈り続けねばならない。

posted by 優子 at 13:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

クリスマスの出来事は新たなる歴史の始まり

雨上がりの朝に.jpg
2016年11月11日朝、雨上がりの二上山(雄岳)

1tenshi01.jpg「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、
御心にかなう人々にあるように」。

(ルカによる福音書 2章14節)

このあまりにも有名な「グローリア イン エクセルシス デオ」という讃歌は、ラテン語 " Gloria in excélsis Deo " で、「いと高きところには栄光、神にあれ」という意味だ。

神の栄光を讃えるこの歌はイエス・キリストが誕生した夜の記述に出てくる。

ルカによる福音書2章8節〜14節:
2:8さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
2:9すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
2:10御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える
2:11きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
2:13するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使いと一緒になって神をさんびして言った、
2:14「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように
」。

この天使の歌を「頌栄(しょうえい)」と言い、このことは即ち、全世界に生きる人々への祝福の歴史が始まったことを告げている。
 
救い主である主なるキリストが飼い葉おけで眠っておられるとは、これこそ最も信じがたいことであった。しかし、「恐れることはありません」と神の声を聴くことのできる者は幸いである。


「地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように」とは、私にはこのように聞こえる。

「人の世は戦争が絶えず、不条理で悲しみが溢れている。しかし、生活の重荷や人生の悩みに打ちひしがれている人々よ。目を高く上げるのです!
神を見上げて、キリストによる神の恵みを受け取りなさい。」
と。

「グロリア」は「栄光」、「イン」は前置詞で英語と同じ「〜で」、「エクセルシス」は「高いところ」、「デオ」は「神に」。
ラテン語はほぼローマ字読みをし、イタリア式、ドイツ式、教会式などの読み方があるという。

jinbutu1h.pngでは讃美歌106番、
「荒野の果てに」(グローリア)をどうぞ!

このサイトでは「インネクチェルシス」とイタリア式発音で歌っています。

" in excélsis " は、「エクセルシス」ではなく「ネクセルシス」と、ラテン語でも英語同様に子音の "n" に母音の "e" がリエゾンして、舌の動きは自然に " in excélsis " となります。

ひいらぎ.gifところがそのように歌っている人に出会ったことがなかったように思います。
posted by 優子 at 23:16| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

宗教改革マルティン・ルター A −キリスト者の自由―

1517年10月31日、マルティン・ルターはヴィッテンベルグ城教会の扉に「95か条の提題」を提示し、罪の償いを軽減する免罪符(証明書)発行に代表される腐敗したローマ・カトリック教会に抗議した。

そのことでルターは破門されるが、これがきっかけになって激しい宗教改革運動に発展していくことになる。そして、「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」プロテスタント信仰が誕生する。「プロテスタント」とは、カトリック教会に抗議する人々の意味である。

カトリックの考え方では、「愛によって形作られた信仰」に重点を置く。わかりやすく言えば、信仰だけではだめで、愛の働きがあってこそ信仰が生きるという考え方である。これはギリシャ思想の流れを汲むもので表面的には美しく立派なものであるが、実はエロースの愛(性的な愛)である。

これに対してルターは信仰を強調し、「信仰と愛は、神から愛を受けることと、隣人にたいして愛を示すことである」と述べている。

つまり、神から愛を受けることが「信仰」であり、隣人に対して愛を示すことが「愛」であると説いている。従って信仰があれば愛することは結果として出てくるのであり、これに対してカトリックでは「愛」は手段となる。

ルターは「信仰によってのみ義とされる(救われる)」という原理を明確にした。著書の『キリスト者の自由』と、そこに書かれた命題はあまりにも有名である。

「キリスト者は全ての者の上に立つ自由な君主であって、なんぴとにも従属しない。キリスト者はすべてのものに奉仕する僕(しもべ)であって、なんぴとにも従属する(仕える)」。

この二つの矛盾する命題により、キリスト者とはいかなる者であるかを明らかにした。即ち、「キリスト者は信仰により自由であり、愛においてすべての者の僕である」と。

同様に教会や教界においても祭司(牧師)と平信徒の関係も同じであるとし、「95か条の提題」の17条が「万人司祭説(祭司説)」である。その箇所を抜粋引用したい。

私はこう答える。祭司とか僧侶とか聖職者とかこの種の用語が一般の人々から取りのけられて、今や聖職者階級と呼ばれる少数の人々にしか適用されなくなったという事実が、これらの用語法を不当ならしめたのであると。

聖書には、学者たちや聖職者たちを単に奉仕者、僕(しもべ)、執事と呼んで、つまり他の人々に向ってキリストと信仰とまたキリスト教的自由とを説教すべき任務を負う者となしているだけで、それ以外に何の差別をも認めていない

     (ルター著『キリスト者の自由』より)

IMG_0854.jpg次に書きたいことは、今から22年も前のことになるが、大阪商業大学で講演させていただいたときの結びに語らせていただいた内容でもあり、その時の原稿が今も残っているのでそのあたりを引用したい。

ご存知のように西洋の近代は「2つのR」によってもたらされたと言われている。それは「Renaissance(ルネサンス)」の「R」と「Reformation(宗教改革)」の「R」である。

イタリアのフィレンツェを中心に展開されたルネサンスは中世的な価値観を打ち破って、人間としての自覚を確立し自己実現への道を開いた。

このルネサンスに続く宗教改革により精神的大革命が起こった。宗教改革は教会の儀式や制度を改善するというような問題ではなく、歴史的には「神と私」、「我と汝」との関係を建て直した重大な出来事だった。

思想史的には自己を確立し、人間としての自由を実現していくことになったが、その結果として理性中心の世界が築かれ、心よりも物が中心となり物質文明の時代が到来して現代に至ったのである。

皮肉なことに、機械工業や科学技術の発展が自由を与えたと同時に主体的な生き方が失われていき、現代の苦悩に満ちた問題が現われてきたのである。

今2016年現在においては、この講演会があった20世紀末でさえ今ほどの暗黒にはなっていなかった。21世紀に入り時代が大きく変わったことが、その渦中にあってもよくわかるほどに顕著である。

ルターの生涯は真の信仰を求めての絶えざる戦いだった。しかしながら、ルターたる人物が反ユダヤ主義という時代の誤謬に眼が開かれず、大きな過ちに気づかなかったことはやはり衝撃である。

例えば、賀川豊彦がスラム街の人々への偏見や思い上がりがあったとして、賀川の全てを批判する人がいるが、差別用語に心を配らねばならぬ現代の精神で批判するのは愚かで正しい批評にはならない。賀川が生きた「時代が握っていた知識のレベル」を考慮するべきである。

しかしながら、ルターの過ちは時代を超えて人間の根源的なことだったゆえに今も理解に苦しむのであるが、それは私がルターを神格化し、あるいは聖人のごとく錯覚しているからであろうと気づいた。

人間は時代精神の影響を受けて迎合してしまう弱い存在であり、これが私たちの実相であると受け止めるのが賢明だ。だからこそ私たちは常により良き未来に向かっていくのである


「われここに立つ、他はなしあたわず
神よ我を救いたまえ。
アーメン」。
                   (マルティン・ルター)

"Here I stand, I can do not otherwise . God help me. Amen!"
「他のいっさいでもない。誰にどう言われても自分の良心において前言を撤回しない」。

2017年はルターの宗教改革から500年を迎える。
宗教改革は教会に分裂をもたらしたが、今、ルーテル教会とカトリック教会が500周年に向けて「対決から交わりへ」(From Conflict to Communion)と題された歴史的文書を今年6月に発表しており、来年の500年に向けて「宗教改革記念『共同の祈り』」を行う準備がなされているという。

エキュメニカル(教会の一致)についても多くの問題を抱えている。要は、教会の真の一致はイエス・キリストの福音の真理における一致としてしか存在し得ないということであり、ルターの主張したとおり、「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」ということである。

附記:前掲の原稿による講演会の写真と配布されたレジメ。

IMG_0852.jpg1994年2月、初めて女性として抜擢されて登壇させていただき、88名の方が聴講してくださった。
この時、真智と夫が来てくれて真智がビデオを撮ってくれていた。私は42歳、真智は13歳だった。

この写真は商業大学の事務局の方が撮ってくださり、「絵画のようで趣があっていいでしょ」と額縁に入れて頂戴したものである。

IMG_0853.jpgその時に配布したレジメは、参考文献も記載して全8ページの内容だった。



講演会の内容は「文学作品に見る人間の真相 ―選ぶということ、自由に生きるとは―@」に記録している。ABCDE
※ 尚、B・D・Eは、それぞれに2つの記事を出しており下部にあります。
 
秋の夕暮れ.jpg
秋の夕暮れ。
ブログを更新して大急ぎで散歩に出た。今日も20分歩いた。
昨日から始めたウォーキング、今度こそ継続すべし!

posted by 優子 at 16:39| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

宗教改革者マルティン・ルター @ −ルターは反ユダヤ主義者であった―

IMG_0835.jpgマルティン・ルターと言えば、中・高校で必ず一度は耳にしたことがある有名な人物であり、私たちプロテスタント信者はその流れを汲んでいる。

そのルターが反ユダヤ主義者であったことを今夏まで知らなかった。カトリック教会ではトマス・アクィナスが徹底した反ユダヤ主義者であったこと、そして、プロテスタント教会はカトリックよりももっと反ユダヤ主義的であったというのだ。

ルターはユダヤ人迫害者で7つの提案を教会に広めたことをご存知だろうか。
ユダヤ人のシナゴーグや学校を破壊してゲットーに押し込め、ユダヤ教の律法書や書籍を全て取り上げ、祭司やラビ(宗教指導者や学者)の活動を禁止し、全ての金銀財宝を取り上げ、高利貸しを禁じ、自由に歩くことを禁止するなど、ナチスを彷彿させる悪事を行っていた。

ナチス時代に反ユダヤ機関誌の責任者であったシュトライヒャーは、ニュールンベルグの国際軍事裁判で死刑を求刑された。その尋問で次ように答えている。

「もしマルティン・ルター博士が生きていたら、必ず今日私に変わってこの被告席に立っているでしょう。私はルターの教えに従ったに過ぎません」。

このようにルターの教えは後世にまで大きな影響を与えていたのである。

戦後、ドイツ人は戦争責任を深く受けとめてニーメラー牧師たちによって彼ら自らの罪責告白・「シュトゥットガルト罪責告白」を発表したが、そもそもヨーロッパ文明の反ユダヤ主義は、イエスを十字架に架けよと叫んだのがユダヤ人だったことに始まる。

しかし、宗教改革の偉業を成したルターまでもがそうであったとは非常な驚きであり理解に苦しむ。

IMG_0838.jpgこのことを日本基督教団の隠退教師、宗藤尚三(むねとう・しょうぞう)牧師が2014年に刊行された、『核時代における人間の責任―ヒロシマとアウシュビッツを心に刻むために』で知った。

この本は今夏帰国した次女夫婦とキリスト教書店へ出かけたときに購入したのであるが、広島で核廃絶や平和を訴え、広島宗教者九条の会代表世話人もされていた宗藤尚三牧師は、昨日89歳で召天された。

宗藤尚三牧師については、今年6月4日の「被爆者・宗藤尚三牧師はオバマ大統領のスピーチをどう聞いたか」でも記録している。

IMG_0840.jpg10月31日は宗教改革記念日である。今から499年前の今日、正午頃に宗教改革の序曲が始まった。
ルターの反ユダヤ主義について思ったこと、また西洋を近代に導いた「2つのR」、即ち「Renaissance(ルネサンス)」と「Reformation(宗教改革)」、その一方の偉業を成したルターの『キリスト者の自由』や万人司祭説について次のページでご紹介したい。

posted by 優子 at 21:22| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

自分が導かれ信じる道を進むべし

空に描いた水彩画.jpg
空のキャンパスに描いた水彩画のよう。
秋の空に変わっても日中は30度ライン突破の厳しい残暑。

ルターは自ら聖書を読み、「ソラ・スクリプトゥラ ”Sola scriptura”:聖書のみ」を掲げて当時の教会に抗議した。歴史を大きく変えていくことになる宗教改革である。

その後、プロテスタントの中においても、聖書の言葉を文字通り解釈する「原理主義」、文献批評を取り入れる「自由主義」など、正統なキリスト教会においても聖書解釈に違いがある。

例えば、私が惹かれる北森嘉蔵に限らず著名な神学者に対しても問題ありと批評する。そういうのが「アカデミズム」と言うものであろうが、私たちはそれらの文献を読むだけではなく、何よりも自分で聖書を読まねばならない。

しかしながら、聖書を読むときは独善的で独りよがりの聖書解釈に陥らないように、やはり従来の教理や解釈、信条を顧慮して読むことが大切である。読み手の視点、読む人が何を求めて読むかによって受け止めるメッセージは違ってくる。

聖書の解釈権は牧師や神学者にあるのではない。アカデミズムにあるのでもない。自らが聖書を開いて読むことが大切である。
「聖書は祈りつつ読め、読みつつ祈れ」と言われている通り、そのように読む者には上(神)より読む者にふさわしいメッセージが与えられる。


ああ、それにしても、「神は間違いを犯す」とか、「天国があるかないかは死んでみないとわからない」などと、堂々と語る牧師がいるのは信じがたいことだ。

そのようなことは聖書に一言も書いていない。これは信仰信条の違いなどではなく、まさにこういうのを「異端」と言うのである。
いや信徒もまた、そのことを百も承知していることを思うと、問題は彼ら牧師にあるだけではなく、信徒にも同等に問題があると言わねばならない。

いずれにしても、牧師は信徒の魂に大きな責任がある。
私は今も悶々としている。このことをこのままにしておいてよいのか、今も私の中で終止符は打たれていない。

真実の教会

「教会はある、確かにある。しかし天主教会ではない、聖公会ではない、ルーテル教会ではない、メソヂスト教会ではない、長老教会ではない、組合教会ではない、主イエス・キリスト彼である。

秋の裏庭に.jpgイエスは首(かしら)であって我らは手足である、彼は幹であって我らは枝である。彼は主であって我らは僕である。しかも我らは彼に在りて一体であり、また一本の葡萄樹なのである」。

photo by Yuki.  (内村鑑三「聖書の研究」1903年より)

何を見てるの?.jpg
スズメさん、首を伸ばして何を見ているの?

このスズメもたちもユキが撮ったもの(16時20分頃)である。心が和む。

’スズメ.jpg

スズメ.jpg

posted by 優子 at 22:57| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年06月10日

聖霊によって祈り、祈りによって聖霊をいただく

聖霊の助けがなければ「イエスは主(しゅ・救い主)です」とは言えないように、聖霊の働きがなければ祈ることができない。信仰とは生ける神との霊の交わり、この一言に尽きる。

クリスチャンの生涯に入れられた頃、札幌在住の定家都志男牧師発行の機関誌・『祈りの細胞』を読んでいた。

「よく、祈りを時効の挨拶から始めて、神さまにあれこれ説明したり、神を定義づけたり、たたきつけるように祈る方があります。かと思えば、形容詞を巧みに使って、人に聞かせるような長い祈りをする人もいます。

祈りとはもっとありのままの、素朴な下手な祈りであってよいと思います。公の祈りでは、みんなで”アーメン”と言い得る祈りをすることが必要です。

神に祈りが聞かれるとは、自分の思い通りの結果になることではありません。聖書には、祈って求める者に神はよいもの(聖霊)をくださらないことがあろうかとあります。

聖霊によって、”わが恵み汝に足れり”と言われる主に従える信仰をいただくことが祈りの答えではないでしょうか」。


「アーメン」である。
私の母教会には祈りの賜物に溢れる人々が居られたことは恵みだった。牧師の説教同様に、その方々の祈りが濃厚な栄養となっていった。

以後そのような祈りを耳にすることは滅多になく、まるで人に聞かせるものであるかのように「祈りを時候の挨拶から始めて、神さまにあれこれ説明したり」と、ほとんどがそのような内容だった。

祈りは神さまに捧げるものであるから上手下手ではなく、真実の思いを申し上げればよいのだ。

聖霊の助けがなければ「主に在る一致」という最後の線をも踏み越え、神の御心を行うのを多数決によって決めてしまう。これでは「聖書を読みの聖書知らず」で信仰の命取りになってしまう。

信仰とは神さまとの交わりであり、毒麦の譬えにあるように、神さまから見て誰が良い麦であるかということだ。主の導きと祝福を信じる人は、必ずや主の喜ばれる道を選んでいく。私もまたそうでありますように!

posted by 優子 at 17:57| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

神の完全性が歪められる時代に

2年生は皆勤で通した孫が3年生になった早々の15日(金)から3日間欠席した。土・日を挟んでも回復せず、15日の夜に続いて18日の夜も受診した。

血液検査をしても原因がわからず連日40度まで上がったが、ようやく昨夕になって平熱にもどった。今朝もしんどそうだったが登校した。

そして、私も一昨日からダウンした。幸い熱は37度8〜9分ほどだが、子どもと違って37度台でもしんどい。

その間もずっと熊本地震が続いている。元気な状態での避難でも苦痛なのに、高齢者や持病のある人や妊産婦さんはどんなに大変だろうと気持ちが沈む。

トイレ事情、入浴もできず、プライバシーが保てないなど・・・その苦痛は計り知れない。水や電気のありがたさ、普通に備えられていたことは特別なことなのだと、またしても希薄になっていた私の心に刻まねばならいのは情けない。

とにかく神さまの最善を祈り、義援金を送らせていただくことしかできないが、幸い原発事故が起こっていない。そのことで自らを励まして通り抜けていくことができますように。

今春は気持ちの重い春であり、それに関連して先日の「クリスチャン・トゥディ」の記事に衝撃を受けた。

「図書館の中に聖書を置くことは、聖書が他の宗教教材よりも勧められたり、支持されたりしない限り、政教分離に違反しない。
            (略)

米ケンタッキー州にある創造博物館のCEOで館長のケン・ハム氏は、西洋世界全体に見られる世俗主義の台頭により、聖書が公に禁止されるようになるまでそう長くはないかもしれないと語った。

これは、西洋諸国において、いかにクリスチャンが宗教の自由を迅速に失いつつあるかを警戒する良い例です。このチャプレンが、チャペルの時間に神の言葉を使うことすら許されていなかったのです。

しかも、神の言葉を聞きたい人たちが集まる完全に自主的な礼拝において、これが起こったのです。

こういうことが、米国を含め、いろいろな国で起こるようになるまで、そう長く時間はかからないでしょう。

聖書が違法になるまで、どのくらいの時間が残されているでしょうか」。


私も身近で、キリストの完全な人間性と神としての完全性が否定されることを目撃しているだけに、この記事は雲の上のことではないのを実感している。

日本では未だキリスト教を疎外する風土があるように思う。
先日終了したNHKの朝ドラ、広岡浅子のこともしかり。浅子は60歳の頃に乳がんの手術を受け、それを契機に神に導かれてクリスチャンになった。

受洗後のクリスチャンとして更に社会貢献の働きにこそ浅子の人物を物語るものであるのに、全く触れられてはいなかった。あれでは似て非なる者であり、成瀬仁蔵の人物像も全く異にしており非常に不満足なドラマで終わった。

そして思った。もしも浅子が晩年に仏教に帰依したならば取り上げたであろうに、21世紀になってもキリスト教への迫害に準ずるものだと。

posted by 優子 at 10:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

「著名人の聖書観」より

以下は「著名人の聖書観」より転載させていただいた。

学者(人文・社会系)

三笠宮 崇仁殿下 (大正天皇第四皇子、今上陛下の叔父上)

私は戦時中に敵を知ろうと、キリスト教を調べ聖書にぶつかった。
初めは文明を誇る白人がなぜこんなものを信じるのかと笑ったが、聖書が歴史的事実と知ったとき、聖書から離れられなくなった。

※ 三笠宮殿下は、古代オリエントを専門とする歴史学者として有名です。この言葉は殿下がなぜ歴史を学ぶようになったかについて述べたときのものです。

南原 繁(政治学者、東京大学総長)
どれほど神仏に祈っても、しょせんは自分の無事幸福か、せいぜい家内安全を願うことに止まった私の心が、いまや、(聖書の語る)自分の罪を知り、それからのあがないとゆるし、神の御旨へと向けられるようになった。……私は、家庭において日曜日ごとに家族らに聖書の研究や話をした……

※ これは、南原氏が自分の母親の思い出を語ったときのものです。原文は半ば文語で書かれていましたので、現代文に改めました。

矢内原 忠雄(経済学者、東京大学総長)
聖書は学者の書であり、無学者の書であり、万人によって万人に学ばれるべく、万人によって解されるところの人類の書なのである。

われわれが謙虚になって聖書をひもといて見れば、それ(知識)は最も基本的な形において聖書に示されておる。これを今日の社会情勢と、人間の知識の進歩と、世界の複雑性に照らし合わせて応用すればよいだけです。根本は聖書に示されている通りであります。

隅谷 三喜男(経済学者、東京大学名誉教授、東京女子大学学長)
旧約聖書も新約聖書も、神が歴史の中で働いてきたことを告白している書物です。

※ 隅谷氏は、成田空港問題について、地元住民と行政、有識者による円卓会議を開催し、問題の解決と和解に尽力されたことで知られています。

学者(自然科学系)

大喜多 敏一(元北海道大学工学部教授、国立公害研究所大気環境部長)

湯川秀樹博士が「私はどこから来てどこに行くのか知りたい。」と言われましたが、聖書にはその回答があるのです。        

菅野 猛(元東京大学工学部長)
聖書はすべて神のことばである。

アイザック・ニュートン
いかなる世界の歴史におけるよりも聖書の中には、よりたしかな真理がある。

アンブローズ・フレミング(日本の高校生を悩ませる「右手の法則」「左手の法則」で有名な英国の物理学者)
四つの福音書にあるこれらの出来事(復活とその他の奇跡)の記録を研究してみなさい。そうすれば、あなたは確証済みの科学的事実や科学の原理の中には、何一つ、奇跡を信じることを妨げるものはない、ということがわかるであろう。

アーサー・ホリー・コンプトン(ノーベル賞受賞者)
秩序正しく広がっている宇宙は、『初めに神が天と地とを創造した』(聖書の冒頭のことば)という、もっとも荘厳なことばの真実さを証明する。

ボリス.P.ドツェンコ(元ソ連科学アカデミーの戦略核ミサイル開発者、元キエフ物理学研究所原子力研究部長、カナダに亡命)
自己中心的で皮相な知識は無神論に至り、客観的で深みのある真の研究は神への信仰に至ると言えましょう。この世に与えて下さったことばの書である聖書に注意を向けて下さった神に感謝します。

トーマス・エジソン
光、暖かさ、健康、力はすでにもう存在しているのですから、スイッチを入れさえすればよいのです。電線そのものは別に何でもありません。絶縁された二、三本の銅線にすぎないのです。

しかし、その線の中をプラスとマイナス二つの電流が流れると、すべてが変わってきます。暗黒は失せ、冷気はなくなり、仕事もたやすくできるようになります。

聖書は単なる本にすぎませんが、神の御霊によって霊感されている聖書の各ページを、神の義と愛とが、プラス・マイナス二つの電流のように流れ、キリストの十字架で合流しています。

聖書だけが、私たちに救い主を示してくれます。そのことによって聖書は、私たちの全生涯を造り変えることができる力の泉となるのです。

あなたは誘惑にあい、疑惑と敗北と弱さに満ちたご自分の生活に倦み疲れてはいませんか。また、不安や心配にあきあきしてはいませんか。スイッチを入れなさい。聖書を読みなさい。

文学者・哲学者・教育者

ゲーテ

私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら 私は聖書を選ぶ。

テニスン
聖書を読むこと。そのことが教育である。

イマヌエル・カント
聖書の存在は、人類がかつて経験したうちで最も大きい恵みである。その価値を減らそうとのいかなる企ても、人類への罪悪となる。

ウイリアム・クラーク(「少年よ大志を抱け」の言葉で知られる)
今、自分は一生をふりかえってみると、何も誇るようなものはないが、ただ日本の札幌において数カ月の間、日本の青年たちに聖書を教えたことを思うと、すこし満足と喜びを感じる。

軍  人

淵田 美津雄(旧帝国海軍のパイロットで真珠湾攻撃の総指揮官として有名、戦後にクリスチャンとなる)

私は熱心に聖書を読みました。私の人生観はキリストによって完全に変えられました。

政 治 家

マハトマ・ガンジー

私の生涯に最も深い影響を与えた書物は聖書である。

ジョージ・ワシントン(米国大統領)
神と聖書なしに、この世を正しく統治することは不可能である。 

アブラハム・リンカーン(米国大統領)
聖書は、神が人間に賜った最もすばらしい賜物である。人間にとって望ましいものはすべて聖書にある。聖書はそれ自身の権威を裏づける無数の証拠を持っている。

セオドア・ルーズベルト(米国大統領)
聖書を教えない単なる教育は、無責任な人に鉄砲を渡すようなものである。

W.E.グラッドストン(英国首相)
私はこの時代に、偉人と呼ばれる95人の人を知っている。うち87人は、聖書を奉ずる人であった。聖書の特色はその特異性にあり、他のあらゆる書物を無限に引き離している。

ナポレオン
聖書はただの書物ではない。それに反対するすべてのものを征服する力を持つ生き物である。

そ の 他

ヘレン・ケラー

私が毎日、もっとも愛読する書物、それは聖書です。私の辞書に”悲惨”という文字はありません。聖書はダイナミックなカであり、変わることのない理想を示すものです。

このほかにもご紹介したい。

速水 優(日銀総裁)

仕事上での決断や辛苦の都度、私を支えてくれたのは聖書の言葉である。

芥川竜之介
私はやっとこの頃になって、4人の伝記(福音書)作者が私たちに伝えたキリストを愛しだした。キリストを今日の私には、行路の人のように見ることはできない。

トルストイ
信仰は、生の力である。

ドストエフスキー
キリスト−この広い宇宙に、その名によって魂を救うことのできる者は、この人をおいて他にない。

ゲーテ
人間の知的文化が進歩し、自然科学が進んでその広さ深さを加え、またいかに人の心が望むままに広くなろうと、福音書から導き出せるキリストの高潔さと道徳的修練を越えていくことはないであろう。    

アインシュタイン
私は、神の天地創造の足跡を探していく人間である。神様のパズルを解くのが好きだ。

フランシス・ベーコン
浅はかな哲学は人の心を無神論に傾け、深遠な哲学は人の心を神に導く。         
         
リンカーン
聖書は、これまでに神がくださった最上のギフトである。世界の救い主から発する一切の善きものは、この所を通して我々に伝道される。

ケネディ大統領
山上の垂訓(キリストがガリラヤ湖のほとりの山上で語られた説教)で解決できないものは一つとしてない。

日本聖書協会によれば、全世界の聖書翻訳言語の総数は2012年12月31日現在で2551言語に及ぶ。

是非、あなたも聖書を開いてください!


posted by 優子 at 23:59| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

The Passion

今年は今週の日曜日から受難週に入った。受難週とはイエス・キリストがロバに乗ってエルサレムに入城した日から復活祭前日までの一週間を言う。そして、明日はキリストが甦られた復活祭(イースター)である。

神のひとり子である罪なき主イエスが神からも見捨てられて苦しみ抜いて死んでくださったのは、主イエスが私たちすべての者の罪を担い、私の、そして、あなたの身代わりになって贖ってくださったからだ。このことを信じられる者は幸いなり。

ところで、"passion"(パッション)は「情熱」の意味しか知らなかったが、2004年に話題になった映画のおかげで"the Passion"は「キリスト受難(曲)」の意味であることは知っていた。

しかし、何故「情熱」が「受難」に結びつくのかという疑問さえ感じなかったので、今週の礼拝で耳にしたことは興味深かった。

"passion" の語源はラテン語の"patior"(パティオール)「苦しむ、苦しみ」の意味であると知り、とても興味深く感じた。

ドイツ語で「情熱」を「ライデンシャフト(Leidenschaft)」と言う。
「苦しみ」は" Leiden "(ライデン)で、" schaft "(シャフト)は「名詞・形容詞・動詞などにつけて、性質・状態といった抽象的意味を持つ女性名詞をつくる接尾辞」。つまり「ライデンシャフト(Leidenschaft)」は苦しみの集まりということになると。


私は2004年の映画、『パッション』(原題:The Passion of the Christ )を見ていない。この映画は、イエス・キリストが処刑されるまでの12時間を描いてあるというのも今知ったところで、その一部だけでもユウチューブで見ようとしたが、やっぱり直視することができなかった。映画であると分かっていてもダメだった。

イエスの体には外科医が扱うあらゆる傷があったという。キリストの磔刑についてはルーベンスやレンブラントなど多くの巨匠が描いているが、私は現実味を帯びて描かれた絵画にこそ内省を促される。

『イーゼンハイム祭壇画』.jpgこれは16世紀初めの画家、マティアス・グリューネヴァルト(Matthias Grünewald) が描いたリアリティ溢れる『イーゼンハイム祭壇画』の上半身だ。

また次のサルバドール・ダリの『十字架の聖ヨハネのキリスト』は、天の父(神)の視点から見たもの、あるいは、イエスを十字架につけた私たちをイエスがご覧になっているとも見ることができ、この構図もまた心を揺さぶられる。キリストの磔刑 ダリ.jpg

イエスはまことの神であり、まことの人でありたもうお方。神喪失の時代であっても私は己が確信したところに留まる。

「人間の神喪失はあっても神の人間喪失はない」(ユンゲル)。


聖書・コリント人への第2の手紙5章21節:
「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです」。

讃美歌21 306番「あなたもそこにいたのか」" Were you there "
聖歌400番「きみもそこにいたのか」、新聖歌113番も同じ。

1 あなたもそこにいたのか、
  主(しゅ)が十字架についたとき。
  ああ、いま思いだすと
  深い深い罪に
  わたしはふるえてくる。

2 あなたもそこにいたのか
  主がくぎで打たれたとき。
  ああ、いま思いだすと
  深い深い罪に
  わたしはふるえてくる。

3 あなたもそこにいたのか、
  主が槍でさされたとき。
  ああ、いま思いだすと
  深い深い罪に
  わたしはふるえてくる。

4 あなたもそこにいたのか、
  主を墓におさめたとき。
  ああ、いま思いだすと
  深い深い罪に
  わたしはふるえてくる。

5 あなたもそこにいたのか、
  主が甦られたとき。
  ああ、いま思いだすと
  深い深い愛に
  わたしはふるえてくる。


Were you there when they crucified my Lord?
Were you there when they crucified my Lord?
Oh! Sometimes it causes me to tremble, tremble, tremble.
Were you there when they crucified my Lord?

Were you there when they nailed Him to the tree?
Were you there when they nailed Him to the tree?
Oh! Sometimes it causes me to tremble, tremble, tremble.
Were you there when they nailed Him to the tree?

Were you there when they laid Him in the tomb?
Were you there when they laid Him in the tomb?
Oh! Sometimes it causes me to tremble, tremble, tremble.
Were you there when they laid Him in the tomb?


マタイによる福音書 27章27節〜66節:
それから総督の兵士たちは、イエスを官邸に連れて行って、全部隊をイエスのまわりに集めた。そしてその上着をぬがせて、赤い外套を着せ、また、いばらで冠を編んでその頭にかぶらせ、右の手には葦の棒を持たせ、それからその前にひざまずき、嘲弄して、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。

また、イエスにつばきをかけ、葦の棒を取りあげてその頭をたたいた。こうしてイエスを嘲弄したあげく、外套をはぎ取って元の上着を着せ、それから十字架につけるために引き出した。

彼らが出て行くと、シモンという名のクレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に負わせた。そして、ゴルゴタ、すなわち、されこうべの場、という所にきたとき、彼らはにがみをまぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはそれをなめただけで、飲もうとされなかった。

彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、そこにすわってイエスの番をしていた。そしてその頭の上の方に、「これはユダヤ人の王イエス」と書いた罪状書きをかかげた。同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。

祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。 彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから」。 一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった。

さて、昼の十二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「あれはエリヤを呼んでいるのだ」。するとすぐ、彼らのうちのひとりが走り寄って、海綿を取り、それに酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。

ほかの人々は言った、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」。イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。

すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。

そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。

そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たちの母がいた。

夕方になってから、アリマタヤの金持で、ヨセフという名の人がきた。彼もまたイエスの弟子であった。この人がピラトの所へ行って、イエスのからだの引取りかたを願った。そこで、ピラトはそれを渡すように命じた。

ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓にむかってそこにすわっていた。

あくる日は準備の日の翌日であったが、その日に、祭司長、パリサイ人たちは、ピラトのもとに集まって言った、「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。

ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」。

ピラトは彼らに言った、「番人がいるから、行ってできる限り、番をさせるがよい」。そこで、彼らは行って石に封印をし、番人を置いて墓の番をさせた。
posted by 優子 at 15:12| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年02月20日

神の導きと励ましに感謝して

友のブログに大いなる道しるべがあった。
友の教会では「毎月第三金曜日に牧師夫妻と10名前後の兄弟姉妹が参加して読書をし、その後読み取ったことを分かち合」い、「そこでの約束は、批判的な言動を慎み、兄弟姉妹の話をそのまま受け止めること。こうすればいい、というような指導的な意見も慎むこと。その場で話し合われたことは口外しないこと。」だという。

「教会役員の自覚と心得」についての学びの中には、「教師の助け手となること。教師が御言葉を語れるように祈ること。それは教師にとって何よりの支えとなる。もし、教師が間違えたなら、役員が指摘し正すこと。単に批判するのでなく根拠立てて語り、諭すこと」があった。

肝心なことを日々の糧として心に刻みつつ歩む。友の教会では毎週の祈祷テーマに必ず牧師の説教についても祈るという。

「聖書の言葉が神の言葉として語り始める説教となりますように」。

神の前に真に頭(こうべ)を垂れるとはこういうことだと思う。ちょうど今週初めに読んでいた御言葉を想った。

ガラテヤ人への手紙1章6節〜9節:
「あなたがたがこんなにも早く、あなたがたをキリストの恵みの内へお招きになったかたから離れて、違った福音に落ちていくことが、わたしには不思議でならない。

それは福音というべきものではなく、ただ、ある種の人々があなたがたをかき乱し、キリストの福音を曲げようとしているだけのことである。

しかし、たといわたしたちであろうと、天からの御使いであろうと、わたしたちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その人はのろわるべきである。

わたしたちが前に言っておいたように、今わたしは重ねて言う。もしある人が、あなたがたの受けいれた福音に反することを宣べ伝えているなら、その人はのろわるべきである」。


すでに雨が降り出し、お昼頃から大雨になるというが私の心は弾む。
今日は千里ニュータウン教会でクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会があるので楽しみだ。日本での最高齢の現役牧師、東 道男先生と8カ月ぶりの再会である。

posted by 優子 at 08:47| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

「生きることは愛すること」 

晩年の湯浅八郎を12チャンネル(教育テレビ)の番組で見た時に、彼が提唱した有名な「生活信条」を知った。

          湯浅八郎の「生活信条」

      生きることは、愛すること
      愛することは、理解すること
      理解することは、赦すこと
      赦すことは、赦されること
      赦されることは、救われること
 

いつの時代も多くの困難があり、いつの時代も世の為に尽くした人々が居た。私は現代の出来事や日常生活の問題で悶々とするとき、私の精神はいつも先人たちの生きざまから力を与えられてきた。

その中でもカール・ヒルティや森 有正に依拠することが多いが、湯浅八郎もその1人である。
残念ながら湯浅氏と会ったことはないが、大学1回生か2回生の時に湯浅氏の講演内容の文字起こしをさせていただいたことがあり、彼の弾むような声は今も耳の奥に焼きついている。

それは1回生の一般教養で国際理解教育を受講したことに始まる。
国際理解教育は当時生まれた新しい学問で、その宿題に国際理解に関する書物を読んで感じたことを書くという、私の得意とする領域内のことだったので大いにやる気を出してやった。

「国際理解」もまた人間の問題であるから、文学作品はもとより岩波新書や中公新書などが取り上げている広い領域のものが対象となる。

私は早速高校時代に読んだもので印象に残っているものを取り上げて5〜6冊分提出した。牧野博彦教授はそれに注目してくださったのだと思うのだが、「成績が優秀だから」と国際理解研究所の研究補助員に任命してくださった。

それは2回生の春だったと思うがよく覚えていない。同研究所の出版物には名前が掲載されていたこともあり大切に持っていたが、つい5〜6年前にそれらの冊子や資料も全て処分してしまって今はない。

その補助員としての最初の仕事が、湯浅八郎氏の講演内容の文字起こしだった。
余談になるが、その後はいくつかの会議に同行させてくださり、会場の受付では18・9歳の私でも知っている関西電力や山中大仏堂など・・・大企業の代表者を目の前にして興味津々だった。

その上に思いもしない報酬をくださり、「僅かだから1回ボーリングしたら無くなってしまうけれど」と、5000円を2度ほどいただいたことがある。

本論に戻そう。
湯浅八郎.jpg湯浅八郎は、実業家・政治家の父・湯浅治郎と、徳富蘇峰・徳富蘆花兄弟の姉である母・初子の間に生まれた同志社にゆかりのある人物だ。

湯浅氏は同志社中学校時代に落第していて、それをユーモアたっぷりで語っていた。その録音テープを傍で聞いていた母も笑っていた。

中・高時代の私は全く勉強嫌いの成績不良生で母を悩まし続けたので、湯浅氏の話は母の慰めとなり私の未来にも希望を感じてくれたのかもしれないと、勝手なことを思ったものだ。

その後もこうして不発に終わったが、母の報われなかった願いは学業優秀だった我が娘たちが叶えて両親を喜ばせてくれた。

湯浅八郎に影響を与えた新島襄が目指した教育とは、
「個人が全体に無批判に従うのではなく、個人が連帯して全体を変えうる力をもち、またそのような権利を神によって与えられていること(自然権)を自覚している主体的な」人物の養成。

「政府の政策を時には批判し、修正を求める勇気と見識を持ち、場合によっては体制の変革を求めて自ら実行するような人物であった」。

        (同志社のHP「新島襄と同志社」より)

湯浅は1935年〜1941年に同志社の第10代総長に就任したが、「新島襄以来の同志社独自の教学精神を貫こうとした」ために「軍国主義に傾倒する当時の政府・軍部と対立し」て辞職。
その後、米国へ渡り各地で講演して回り、日米開戦後も米国に留まる筋金入りの人物だった。

戦時中も日本に留まった同志社のデントン女史と、米国に留まった湯浅八郎。感慨深い。

その後再び1947年〜1950年に第12代総長に就任し、同志社大学や「戦後の同志社諸校の土台作りに尽力した」。

そして、国際基督教大学(ICU:International Christian University)設立準備に入るため1950年に同志社総長を退任し、国際基督教大学の礎を築いて初代学長に就任。1981年に91歳で召天。

こういう信念のある信仰者を思い起こすことで私の霊性が強くされる。
私は神の側につくのか、人間の側につくのか。
つまり、私は神を恐れるのか、人間を恐れるのか。

あるいは、神への揺るがぬ信仰に立たされて、そこに留まれと言われるのだろうか。私に「修正を求める勇気と見識」はあるやなしや?!
祈ろう。



posted by 優子 at 23:31| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

マグニフィカト ― ユキと「マリアの讃歌」を輪読 ―

知子は小学校4年生から、真智子は1年生の時から家庭集会で聖書の輪読に参加していたので、ユキもそろそろと思って先週末からユキと二人で聖書を読み始めている。

ちょうどアドヴェント(待降節)にふさわしく、イエス・キリストの誕生から始まるルカ伝を選んだ。「ルカによる福音書」はAD70年頃に、医師であり歴史家であるルカがに書いたものである。

ルカはユダヤ人ではなく異邦人であるがゆえに客観的な目で見聞きしたことを綿密に調べて書いているので、教会の人々だけではなく教会の外側にいる無関心の人々にも非常にわかりやすい。

ルカが書いた目的はテオピロという一個の魂のための愛労にとどまらず、全人類に対する愛の大きさを示すものである。

ユキは詰まりながらも大きな声で読み進める。読む箇所を教えることもなく、ちゃんとついてくる。しかし、ユキには外国語のように難しい言葉ばかりなので、時々大まかな説明を入れながら読み進めている。

今日は火曜日でユキの帰宅は4時過ぎだったため、おやつをゆっくりたっぷり食べて、ゆっくり宿題していたので、夕食を作る時間になってしまい輪読会ができなかった。そして、最近読んでいる『わたしの聖書』を読んでいた。

2回目の昨日は1章24節から56節まで、まさに「マグニフィカト」のところだった。

するとマリヤは言った、
「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主なる神をたたえます。
この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。 
今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。

そのみ名はきよく、そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。

主はみ腕をもって力をふるい、心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、権力ある者を王座から引きおろし、卑しい者を引き上げ、飢えている者を良いもので飽かせ、富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。

主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました、
わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。

この「マリアの讃歌」は有名な箇所で、「わたしは崇(あが)める」という最初の言葉をラテン語で" Magnificat " 「マグニフィカト」と言い、そのまま題名にして呼ばれている。「あがめる」とは「神を大きくする」の意味である。

いつか人間社会の価値観はことごとく転倒し、不義、不正、不公平はことごとく除かれて、神のもとで理想世界が実現するに至るというのである。
誰も皆が悔い改めて新たな価値観、視点で生き始めたいものである。


バッハを初め多くの作曲家が「マグニフィカト」と題する曲を作っている。そのさわりのところはここで聴くことができ、そのあとにフルバージョンもある。

クリスマスの意味とは、「喜び」「家族」「与えること」「愛を分かち合うこと」であり、クリスマスは「あなたは愛されていますよ」という神さまからのメッセージを受け取る時だ。

神の愛を知らされた人々は、恵みをいただく側ではなく恵みを分かつ側に立って共に喜び歌いたい。マリアが心から喜びを歌ったように!


今この時も我が子が人工呼吸器に繋がれている母親の苦悩の悲しみを想い、生後8ヶ月の坊やの上に神の奇跡を祈り続けている。

ユキは今夜もママに会えず眠った。
私はたび重なる心労で再び先週から血圧が高く体調が悪かったが、今朝は下がっていたので8時過ぎに家を出て予約していたリハビリに出かけた。午睡を楽しみにがんばったが5分ほどウトウトしただけなので再び限界。

知子の帰りを待ちながら書いたが、まだ帰ってこない。
と思いきや、帰ってきた!!!
無事帰宅したことを感謝しつつ閣筆する。

posted by 優子 at 22:16| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

科学が創造者の存在を明らかにする

昨夜、2015年のノーベル医学生理学賞に大村智(さとし)さん受賞の速報が流れた。土壌1グラムの中に約1億個の微生物がいて、それを一つひとつ調べて土壌細菌が作る抗生物質を発見された。

それをもとにして熱帯病の河川盲目症の特効薬が開発されて、年間4万人の失明を防ぎ、今も3億人に投与されているという。

「微生物の力を借りているだけで、私が偉いことをしたのではない」と語られた大村さんの貢献度は計り知れず、人のために役に立ちたいという強い志と驚異的な探究心に圧倒された。

そして、宝が土の中にあったという自然の神秘に、それらを創造された神を思わずにはいられず、聖書からストレプトマイシンを発見したワックスマンのことと重なった。


医学博士・菱川侃一(かんいち、東淀川教会初代牧師)は、著書『生かされてこそ人は生きる』に次のように書いている。

多くの人は、聖書は非科学的であると申します。しかしながら聖書の中には、近代文化の源をなした多くのヒントが隠されておるのであります。

結核治療薬の王者を発見した、ノーベル賞のワックスマン博士と文通したことがあるのですが、彼は自分がこのストレプトマイシンを発見したのは、聖書の中からヒントを得たのによると言っております。

「地の中には薬品が備えられている」という処を読み、ヒントを得、この言葉の通り、土壌菌からストレプトマイシンを発見したのだと教えてくれました。

聖書の一言一句も、これを真剣に受けとめることができれば、なお多くの偉大な科学的真理や、新事実も発見されるのではないでしょうか。

最近、世界で問題にされている身体精神医学も、福音書の記事に、その出所を求めることができます。

「キリストのうちには、知恵と知識との宝がいっさい隠されている」。
              (コロサイ書 2章3節)

posted by 優子 at 17:55| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

「シュナイダーが生きている限りドイツは良心をもっている」。 

シュナイダー.jpg昨夏刊行された『生きられた言葉 ラインホルト・シュナイダーの生涯と作品』は、シュナイダーを我が国に本格的に紹介された書物である。

著者は京都外国語大学でドイツ語の教授をされている下村喜八氏で、神の不思議な導きにより9月6日に氏と出会い−初めてお目にかかったのは8月23日−、上掲のご著書を拝受した。

「シュヴァイツァーと共に20世紀の良心と称えられたラインホルト・シュナイダーはわが国ではほとんど知られることがなかった」。

氏が本を差し出そうとされた時、「ラインホ」という字が目に入ったので「ラインホールド・ニーバー」だと思ったら「ラインホルト・シュナイダー」と書かれてあり、私もまた初めて耳にした人物だった。

非常に興味深く早速本を開くと直ぐに引きずり込まれて3〜4日間で読了した。ついに10日朝は洗濯物を干すと掃除もしないで読み始め、気がつくと正午になっていた。

3時間も没頭していたものだからひどく肩を凝らせてしまったが、集中力は健在だったので嬉しかった。ちなみにその翌日に脳のMRI検査を受けたのである。

生の意味、不条理な生、理不尽な苦悩、苦悩の存在論・・・など、深遠な問題に久々に没入し、時代、歴史、宇宙の関係性の中でも神と対峙した。

「隠された神」は「沈黙する神」と同義性を持ち、その苦悩の延長線上に見えてくるのが十字架だ。実存の私もまた、そこに至るまでが何と長く苦しい道程であったことか!


「人間の罪と絶望のなかに神が近づいてくる」。光が見えてくる。
それは一個の人生においてのみだけではなく、時代においてもそうであること。その意味でシュナイダーは歴史もアドベント(救い主を待ち臨む時)だという。非常に納得できた。

「病気やそれに伴う苦痛は、それ自体としては意味をもたない。しかし真理の呼びかけに応えて、真理を受け入れ、生涯をアドベントとして生きる時に意味をもってくる」。

シュナイダーにとっては、「イエス・キリストが神を啓示する言葉であり、かつ、キリストが真理を語り、教えただけでなくそれを生きたという意味において、究極の『生きられた真理』、『生きられた言葉』となった」。
そして、シュナイダーもまた。

シュナイダーにとっては「非暴力の力とは償いの力」のことであり、その償いとは「一方的な愛敵の行為」を意味し、「償いが唯一の平和の力」であると考えた。「報復ではなく償いが変革をもたらす」のだと!

今週末に迫ったJCP(日本クリスチャン・ペンクラブ)の9月の例会でも作品のテーマは「戦後70年」に絞り、平和について考察を深め、この節目にある今こそ訴え書き残すべき文章を2000字内で発表することになっている。

目下その推敲中でもあるが、シュナイダーからも大いに学ぶことができた。難解な内容ゆえに今後も2度3度読み直して理解を深めたい。今再び自分の根源にある関心事、真理への探究の導きを与えられ、感謝と生きる喜びを感じる。

それゆえに尚の事、今夜の安保関連法案・参院特別委員会での締めくくり総括質疑から目が離せない。


posted by 優子 at 09:14| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

今こそ方向転換の時! ―「悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」― 

「人類は戦争に終止符を打たなければならない。
 さもなければ、戦争が人類に終止符を打つことになるだろう」。

                 (ジョン・F・ケネディ)

ケネディの言っていたことがますます現実感を増してきた。
かつて所属していた「東大阪読書友の会」の会報・『かわちの』第52号(2004年4月発行)に、戦争と平和について書いたことがある。このブログでも2006年8月18日に掲載させていただいたが、拙文ながら今一度読み返したい。

神の前における自己

読書会で宗教戦争について話題になることがある。読書を糧とする人々でさえ、「キリスト教やイスラム教の人たちは戦争するが、私たち日本人は宗教に寛容だから理解できない。」といった発言をされる。

しかしながらこれは、自分には関係無しとする無責任な傍観者の考えではないだろうか。なにも他国のことだからとか、宗教が違うからとかの意味で傍観者だと言っているのではない。同じ人間である自分自身はどうなのかという視点がなければ、物事の本質は見えてこない。

聖書は、戦争の原因は人間の心の中にある欲望であると言っている。(ヤコブの手紙4章1節:「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか」。)
少なくともキリスト教国と言われている米英国は、「汝の敵を愛せよ。」という最も大切なキリストの教えに反していることから、キリスト教国という栄誉を受ける資格はないであろう。

真理(神)の枠組みがあってこそ真の自由を得るのであり、それを外しては欲望の奴隷となり、自己破壊・社会崩壊に至ることは明白である。

個人であれ国家の問題であれ、愛することができなくても断じて武力を行使してはならないのだ。人々が宗教戦争と呼ぶものは、「神の名」を利用した欲望の衝突であることに気づかなければならない

国家間のことだけではなく我々自身にも同じことが言える。と言うより、自分自身を見つめれば気づかされる。
私は自分の心が不自由を感じる時、自己中心的な考えに捕らわれていることが多い。しかしまた、そのことに気づいても直ぐに素直な気持ちになるのが難しい時もある。

我々は人を許しても「あの時こうされた」と覚えているし、「あの時こうしてあげた」と、いつまでたってもどこまでも自己を立てようとする。これが人間の実相であり、我々の努力や修養ではどうすることもできない姿なのだ。

この頑なな心や自己の内面の醜さと闘っていく生き方こそが、「神の名」にふさわしい闘いであろう。 

私たちも自我との闘い、社会における人間としての闘い、それぞれに与えられた課題や通らねばならぬ「狭き門」があり、私もまた自分の走るべき行程、信仰生涯を全うさせていただきたいと願う。

2月1日の早朝以来血圧が下がらない。薬の量を増やしてもコントロールできず、心身の安静のために心ならずも怠惰な日々が続いている。

夕食の後片付けが終わってパソコンに向かうと、今夜もまた湧き出てくる思いを書かずにはおれず、そのことで一層具合が悪くなるのがわかっていてもそうするしかない。

友が日本キリスト教団・大阪教区社会委員会が日本政府に対して声明文を出したことを伝えてくださった。
「『イスラム国』による湯川遥奈さんと後藤健二さんの殺害に抗議し武力によらない事態の打開を求めます」。

声明文は次のように結ばれていた。
「私たちも、いよいよ『平和を実現する使命』を強く意識して発言し、行動していきましょう。キリストを死から命へと復活させられた神様の助けを祈り求めつつ・・・。」と。
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互いに知行一致の信仰者としてくださるように!
そして、日本はこのたびのことを通して憲法九条に堅く立つことを選び取ることができますように!
日本は日本の歩むべき道があり、日本にしかできない国際協力を選び取って行くことだ。

附記:ローマ人への手紙12章19〜21節:
「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。
むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」。


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主の祈り 

天にまします我らの父よ。
ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧(かて)を、今日(きょう)も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、
我らの罪をもゆるしたまえ。
我らをこころみにあわせず、
悪より救いいだしたまえ。
国とちからと栄えとは、
限りなくなんじのものなればなり。
アーメン。


posted by 優子 at 22:40| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2015年01月26日

「知る力、深い知識、見抜く力、鋭い感覚を身につけて」生きる ―日本人人質の無事救出を祈って―

いつの時代も世界で悲惨な出来事があり、それが人間の歴史でもあった。「イスラム国」は、昨夏アメリカがイラク空爆を開始したことから欧米人を拘束殺害する映像をインターネット上に公開した。

その残虐さのみならずインターネットという利器のおぞましさ!

そして、1月20日、日本人もテロの標的になっていたことが公になり、私はいよいよ「平和」について真剣に考え、心底、平和を求める。
2名の無事救出を祈りつつも自己の内面から発する問いに悶々とし、神に祈ることさえ虚しく感じ、その誘惑に引きずり込まれそうになっていた時、先の記事に書いた中田考氏の発言から一歩前進した。

交渉するには相手の枠組みを知ることの大切さを再確認させられたのである。そのためには客観的に物事を観て考える能力が必須だと再確認し、抱えていた難問に対してそこまで漕ぎつけたという感じを得た。

すでに1人が殺害されたとの報道があった。ただただ無事救出されることを祈っている。尽力してくださっている国内外の政府関係者に託して神の導きを願って吉報を待つしかない。

世界になぜ平和が実現しないのか!
この問題は実は私たちが日常生活で経験することと同じ問題であり、これが私の、あなたの姿であることを受け止めねばならない。

「世界平和」や「国際問題」を論じるだけではなく、私たちの現実である日常に戻して考え、そしてまた国際問題を考える。物事をマクロ的に、またミクロ的に観て考えることが肝要だ。

そのためには何よりもまず「気づき」の大切さを思う。全ては気づきから始まると言える。

親子関係が断絶している人、夫婦関係の断絶、また、家庭崩壊などの相談を受けるたびに感じていた双方の、あるいは一方の「気づき」の欠落。
あまりにも自己洞察できない人は、まるで重い鎖に繋がれているようで微動だにせず、一生を費やしても進展することはないだろうと思うことしきり。

「気づき」の問題と共に「どうしたらいいんだろう」という困った感、主体性のなさも共通している。 

その程度はいろいろあれども、それは職場でも、クリスチャン同志の争いでさえ、人間の問題は皆ことごとく同じ問題だ。考え方の相違が問題なのではなく、相違をどのように乗り越えていくかが問題なのだ。

また、客観的に観ることができても自分の間違いを認めることができるかどうか。果たしてどちらの方が前進しているのかと考えるに、気づきがない人の方が困難度が高く、気がついているけれど認められないという頑なさのほうが救いがあるように思うのだが・・・


そのようなことを考えさせられ、混沌とした世界の状況に突破口を見出せず、何に希望を繋げばよいのかと考え始めていたのが先週末の精神的情況だった。

しかし、悶々とする中にも平和を祈り続けることが大切であると思い直すことができ、気持ちが軽くされて25日の礼拝に臨んだ。

そして、(昨日の)高見牧師の説教を通して、説教の聖句の中の「ピリピ人への手紙1章9節〜11節」の御言葉が心に届き、より具体的な導きを得て、もう一度希望をもって踏み出せるように力が与えられた。私に賜った神の恵みである。

「あなたがたの愛が、深い知識において、するどい感覚において、いよいよ増し加わり、それによって、あなたがたが、何が重要であるかを判別することができ、キリストの日に備えて、純真で責められるところのないものとなり・・・」  

「知る力、深い知識、鋭い感覚、見抜く力、を身につけて」。
私も備えられることを信じて生涯励み続けよということだ。
「キリストの日」とは神に召される時であり、地上の生涯を終えて天に帰る日のことである。

神が政府関係者に「知る力、深い知識、鋭い感覚、見抜く力」を与えてくださり、「イスラム国」に拘束された人質を無事脱出させてくださるように。そして、この最悪を通して世界が最善へと導かれることを祈ります。

昨日は説教のあとの連祷(れんとう)に当たっていたので、人間の悲惨な現況、失望、落胆、そして、具体的な導きを得て、見失いかけていた希望を見出しての無事救出の祈りをささげた。

神に祈り求めるだけではなく、自己洞察しながら、神の御声を聞き逃さんがために、一言ひとことゆっくりと祈った。

今、一人ひとりに期待されているのは、世界の平和を祈るだけではなく、それぞれの生活の場でしっかりと歩んで行くことだ。


村山盛忠牧師の本をもう一度読みたいと思っている。

posted by 優子 at 13:03| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

三浦光世氏(妻は三浦綾子)召天

「モニターに現はるる搏動の 刻々に弱まりて妻が死にゆく」
これは妻(三浦綾子)が息を引き取るさまを詠んだ三浦光世氏の歌である。
image.jpgその光世氏が召天されたとの報を知った。
「三浦綾子の夫であり、三浦綾子記念文学館館長の三浦光世氏が、30日午後9時46分、敗血症のため北海道旭川市の旭川リハビリテーション病院で召天した。90歳だった。共同通信などが伝えた」。

10月30日といえば私の誕生日であった。
『クリスチャン・トゥディ』トップ記事を見て衝撃が走り、今も動悸が治まらない。全てのわざを無し終えてとうとう逝かれたかと、知人だったわけでもないが万感胸を熱くする。

1999年10月12日に三浦綾子さんが召天され、その後光世さんは全国の教会を回られて講演なさった。

2000年秋だったと思うが、母教会の放出教会(東大阪市)で三浦光世氏の講演をお聴きしたことがある。何気ない顔で駄洒落を連発されるおもしろい方だった。その時に「赤とんぼ」を独唱されたのを記憶している。

「これからの私は、綾子の生き様を常に想って、綾子の喜ぶような歩みを続けたい。何よりももっともっと神の愛、神の力、神の恵みを信じ続けていきたい。キリストの言葉を、もっともっと深く学び直していきたい」。

妻の召天後、各地での講演に出向きながら書物も出版された。
『三浦綾子の文学』(久保田暁一著)によれば、『死ぬという大切な仕事』『綾子へ』『三浦綾子創作秘話』『希望は失望に終わらず』、そして、『三浦綾子作品選集』の解説など多くの仕事をこなされてきた。

光世氏の存在がなければ三浦綾子文学は生まれなかった。
日本クリスチャンペンクラブ関西ブロックでご指導いただいている久保田暁一先生は、三浦綾子の評論で著名な方で綾子氏と100通もの手紙を交信され、光世氏とも親しくされていた方だから深い淋しさを感じておられることであろう。

これでご夫妻共に地上から姿を消されたというのはまことに淋しいことである。私もまた持ち時間を本当に真剣に有意義に用いなくてはならないと思う。
以上、知子が明朝の召天者記念礼拝で務める奏楽の練習を聞きながら記した。

附記:以下は綾子氏召天10年後・2009年11月21日の「『主の山に備えあり』―三浦光世氏の証し―」より抜粋:
口述筆記で妻を支えた夫、三浦光世氏は次のように語られた。
「綾子は自伝を書きたいと思っていた。
『道ありき』は『塩狩峠』と並行して書いた作品で、大変よくできていた。TVの画像でも見ながら描写しているなと、(傍で)見ていて思ったことがある」。

光世氏が闘病中の綾子さんを見舞ったきっかけは、「光世(みつよ)」を女性の名前と間違われて、綾子さんを見舞うようにと派遣されたことに始まる。
綾子さんの第一印象は大きな目だったと語られ、テレビに映った若かりし頃のお二人の写真に私は目を細めた。

「綾子に、『聖書の好きなところを読んで頂けませんか』と言われて、ヨハネ伝14章1節を読みました。ここはまことに酷な内容でした。葬式の時に読むところでした。

次に讃美歌を歌って欲しいといわれて、葬式によく歌われる讃美歌(主よ、みもとに近づかん)を歌い、聖書を読んだので、どうぞお帰りくださいと言われても仕方がなかったのですが、綾子はそういう縁起をかつぎませんでしたが、後年、変わった人だなあと思ったと言いました。

私はとにかく治してほしいと思ったので、神さまの全能の力でもって堀田綾子さんを癒して下さいと何度も祈リました。

すると、聖書でキリストが弟子に語った言葉、『おまえはわたしを愛するか?』という言葉が妙に迫ってきました。
結婚しなければいけないのかなあ・・・しかし、そういう愛は私にはないし・・・と困ったような思いになりました。そのような祈りをクドクドと祈っていましたが、そのうち平安になりました。そして、『一生愛する愛を下さい』と祈りました。

綾子に、『来年も来て下さるでしょうか?』と聞かれました。
『いや、来年は二人で一緒にお父さんとお母さんに挨拶に参りましょう』と言いました。それがプロポーズでした。

そして、1959年5月24日に結婚しました。
家は九帖一間でしたが、私達は一言も苦情を言ったことがありませんでした。

40年の夫婦の歩みの中で、三浦綾子記念文学館が開設されました。77歳の生涯を終えて、召天から10年過ぎました。

『主の山に備えあり』のみことばのとおり、(神さまから)いろいろ備えを頂いたなと感謝して今日まで来ました」。
アーメン。


posted by 優子 at 12:09| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

ヴォーリズが愛した冬の木立

前ページ記載の『かわちの』に寄稿されたNさんが、「とりわけ冬の木々の美しさはたまらない。天に向け枝を縦横に伸ばしている様、広葉樹、落葉樹もしかりである。」と書いておられるのを読んで、冬の木立を詠ったヴォーリズの詩を思い起こした。

日本で隣人愛を尽くしたアメリカ人・ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、建築家、社会事業家、伝道者として知られているが、詩と文学の才能にも恵まれて京都帝国大学、同志社大学、東京帝国大学から文学部講師を委嘱されて講じていた。同志社カレッジソングや讃美歌236番もヴォーリズの作詞である。

ヴォーリズの「森の春」("Spring in The Forest")は、春を待つ心というよりも過ぎ去る冬を惜しむ気持ちを詠っている。

     森の春

冬の間ずっと見なれて来た力強い幹や枝よ、さらば
やがて春が来てあのみどりの葉が見られるというのに
私の心の奥には何か悲しみがある
それは春が来ると、幹や枝がつくる窓飾りを通して
あの大空が眺められなくなるからだ

冬の木立はそれぞれがたましいを持ち
それぞれが個性を持っている
だが春が来れば木の葉が生い茂り
それはちょうど織物のタテ糸のように
木の葉のヨコ糸にかくれてしまうのだ

私は頑丈な樹々の骨組みとの
こうした別れに
じっと耐えなければならない

やがて秋の日の黄金と深紅の炎が
あのじゃまな木の葉の掛け物を燃やし尽くし
まことの樹々の姿を取り戻してくれるまで
その別れに耐えなければならない

なぜなら春の樹々は暖かいいのちを
私の心に告げてはくれるが
身じろぎもせず立っている冬の幹や枝は
私の心に堅い意志をしみ込ませてくれるのだから
そして、春を待つ心も詠っている。
      冬の歌

いかに冬の日々が冷たくても
わたしの心は歌わずにはいられない
この冷たい冬の一日一日
やがて私たちの身近に
あの春の日をつれてきてくれるのだから

これらは1944年に軽井沢で作られた詩で、ヴォーリズ64歳の時である。ヴォーリズは1941年に日本の国籍を得て一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)と改名しているが、戦時中の敵国人として憲兵や特高警察の監視下にあった厳しい心境が窺える。

私もまた六十路に入って裸になった冬の木々に引きつけられることが多い。厳寒の中、人生に思いを馳せながらしばし立ち止まって見入る時がある。
そしてまた、まぶしいほどに輝く新緑に覆われた、まさにこの時期の木々にも目を奪われて聖書の一句を口ずさむ。

「木には望みがある。
たとい切られてもまた芽をだし、
その若枝は絶えることがない。

たといその根が地の中に老い、
その幹が土の中に枯れても、
なお水の潤いにあえば芽をふき、
若木のように枝を出す」。
                    (ヨブ記 14章7節〜9節)
植物のいのち溢れるさまは見る者を引きつけずにはおられない。ここに神の摂理がある。

附記:次女は2週間のミッションを終えて明朝KIXに着陸予定。
そして、40時間余りの短い時間を共に過ごして、5日早朝には再びワシントンへ帰る。

posted by 優子 at 17:02| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

フェミニスト神学が解き明かす聖書の真理

今日更新された『クリスチャントゥデイ』の「イエス・キリスト、人類史上最大の重要人物−ウィキペディア調査」に興味深い一節があった。

トップテンのランキングリストの中に女性がひとりもいないことについて、「数世紀間における男女不平等の歴史が女性の重要人物が与える影響を少なくしている要因となっているのではないか」というところだ。

数日前から『ジェンダーの視点で読む聖書』(絹川久子著)を読んでおり、体力と時間があればいつまでも読んでいたいほど夢中いなっている。今朝も家事を終えて読み始めたが、気がつけば2時間近くも集中し昼前になっていた。

「ジェンダー(gender)」とは、「社会や文化が性の違いによって与える役割、あるいは期待のこと」を指す。性差というよりは、主に家父長制が基盤となっている女性差別の問題であり、抑圧された社会のもとで埋没し問題を見抜く力を失った女性たちや抑圧する側の生き方を考えるものだ。

ジェンダーについては次女をとおして僅かに意識づけられてはきたが、私はまだまだ自分の問題になるほど眼は開かれてはいなかった。
それゆえに今まで問題を感じないで苦悩するほどの抵抗もなく生きてきたわけで、眼が開かれている女性たちは闘いの日々でもあるのだろう。国際舞台においてでさえ。


この本は読まずに次女にあげるつもりで買った。しかし、少しでも読んでからと思って読み始めると、線を引き、書き込み、すっかり汚してしまったが、次女にとってこの本は神からの啓示のように感じるに違いない。まさに次女が投げかけていた疑問がそのまま取り上げられている。

それにしても男女不平等がかくも聖書解釈にまで影響を与えてきたことに私は驚愕している。目が開かれつつある今、伝統的解釈だけを良しとするのではなく姿勢に正して「鋭い眼と心をもって読みなお」したい。

私が初めて女性の視点で読む聖書(神学)を知ったのは1988年頃だったと思う。それからでさえ30年経ち、著者も書いておられるとおり、今は日本の教会や神学の世界においてもフェミニスト神学やジェンダーの問題を回避しては過ごせないだろう。

女性学を学べるようになった今、男性学こそが必要だというのも尤もだ。男女共に成長していくためには、女性だけではなく男性もまたこれまでの間違った考え方から解放されなければならないからだ。

この真理は白人たちのためにも尽くしたマンデラ大統領とも通じる。彼は黒人の解放だけではなく、黒人による白人支配にも反対したし、同じくキング牧師もまた、「まず抑圧する側にいる白人の解放」を叫んだ。真の解放は双方が解放されてこそ初めてもたらされるものであるからだ。

マルタとマリアのこと、ハガルとサラのこと、「士師記19章」のレビ人とその側女のこと、「サムエル記下13章」のアムノン・アブサロム・タマルのこと、最初の人アダムのこと・・・何もかもが耳新しく夢中で読んだ。学ぶことは何と楽しいことだろうか!!!!

まだ読み残しがあり再度続けて読みたいほどだが、次女が帰宅するまであと二日。早く寝て明日に備えよう。

と、まさにここまで書いた時に中国にいる真智から声がかかりスカイプした(23時から24時40分まで)。以心伝心とはこのことか。
ちなみに昨日、ワシントンは雪でIMFや他の国際機関(?)も閉鎖(休み)になったとのこと。クマも元気に忙しくしているようだ。
では、今日の日付で更新!

posted by 優子 at 23:59| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

「不戦の精神」を選び取った山本覚馬

昨夜放送の『八重の桜』で取り上げられていた山本覚馬の奨励は、現況の日本にも重なるものであった。
「今世界が力を競い合い、日本は戦いに向けて動き出した。どうか弱い者を守る盾となってください。どうか聖書の一節を心に深く刻んでください。

『その剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となし・・・二度と再び、戦うことを学ばない』。

いかなるときも、諸君は一国の、いや、世界の良心であって下さい。それが、身をもって戦いを知る、私の願いです」。
 
山本覚馬が新島襄に初めて会ったのは、明治8(1875)年春。新島襄より洗礼を受け、襄亡きあと同志社の臨時総長として学校経営にあたった。

明治24(1891)年、同志社英学校13回目の卒業式で覚馬が説いたこの「不戦の精神」は、人を生かす聖書の教育によって日本を変えていこうとの奨励であった。

覚馬が引用した聖句は、国連本部前の「イザヤの壁」にも刻まれている有名なイザヤ書2章4節だ。

「彼(神)はもろもろの国のあいだにさばきを行い、
多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、
そのやりを打ちかえて、かまとし、
国は国にむかって、つるぎをあげず、
彼らはもはや戦いのことを学ばない」。


国連本部前の「イザヤの壁」は過去ログで写真を掲載している。

東アジアにきな臭さがあり、特に戦前戦中を通ってきた人々は「いつか来た道」と老体に鞭打って警鐘をならしている今、イザヤ書の聖句が私の心にも現実問題として強く迫ってきた。

私たちは実に弱く、ともすれば自己を正当化し自分の姿も他者のことも見えなくなることを心に明記しなければならない。日々刻々神の前で祈り、本心に立ち返りながら進んでいきたいものである。

新島襄が第1回卒業式で学生たちに贈ったはなむけの言葉:

“Go, go, go in Peace. Be Strong.
A Mysterious Hand will guide you!” 

「進みなさい。
 平和(平安)のうちに、力強く進みなさい。
 見えざる神様の御手が皆さんを導くであろう」。


附記:ドラマに描かれる人々の生涯を見ていると、人の一生は何と重いものかと深い感慨を覚える。『八重の桜』も次回が最終回。その時は次女も一緒だ。

今週末中国での仕事を終えたあと日本に立ち寄り、週末だけ共に過ごして翌朝早くワシントンへ戻る。短い貴重な時間だが、やっぱりテレビを一緒に見るだろう。

posted by 優子 at 18:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

新島襄 ―神の見えざる手(Unseen Hand of God)に導かれて―

幼稚園児の孫がいると夜8時頃はとてもテレビを観る状況ではなく、今期のNHK大河ドラマ・『八重の桜』も見ないまま過ごしていた。ところが、帰国中のマチ・クマとたまたま8月4日(日)に観たのがきっかけになって、以来家族で見るようになった。

その後、夕刻6時からBS3で放送されているのを見つけ、子供の教育上悪いながら夕食中に観ている。昨日の内容は新島襄が八重にプロポーズしたところだった。

熱烈な愛国の情熱に駆られて国禁を犯して脱国した新島襄。その生涯は、まさに神の見えざる御手に導かれてのプロビデンス(摂理)であった。

吉田松陰が下田から蜜出国を図って失敗したのは、新島襄が函館から脱国する10年前のことであった。

函館からベルリン号に乗り込んで脱国した新島は、船長・W.T.セイヴォリーの計らいで乗船できたが、そのことが明らかになってセイヴォリーは船長を解雇された。

ベルリン号は日本と上海との往復便だったため、上海でワイルド・ローヴァー号に乗り換えた。そのテイラー船長は、新島の名前が呼びにくいために「ジョウ」(Joe)と呼んで愛してくれた。
そして、1年余りかけてボストン港に到着したのが1865年8月で、その10年後に同志社創設を見ることになる。

セイヴォリー、テーラーなど良き人々との出会い。そして着米後、新島の運命を開花させていくためにワイルド・ローヴァー号の持ち主ハーディとの出会いへと導かれていくのである。

敬虔なクリスチャンであったハーディは新島の保護者となり、新島を「ジョウ」ではなく「ジョセフ」(Joseph)と呼び高等教育を受けさせた。
最初にフィリップス中学校で英語の基礎を学び、その後、デービスが理事をしているアーモスト大学(シーリー総長より薫陶を受ける)、アンドヴァー神学校で神学を修めた。帰国するとき新島は「ジョセフ・ハーディー・ニイシマ」と改称した。

日本国が新日本建設のために有力な大勢の官吏を欧米へ派遣した時、新島は岩倉具視一行の文部省当局者・田中不二麿の官吏グループの通訳として抜擢された。

この時すでに在米7年で英語に精通していたこともあるが、新島襄は政府の留学生ではなく国禁を犯して蜜出国した者である。
その時、森有礼(キリスト教に強い関心を持っていた初代文部大臣。息子は牧師、孫がプロテスタントの哲学者・森有正)の特別な依頼を受けて通訳者に抜擢された。

これら一切の出来事に神の摂理が働いていた。
通訳者に抜擢されたことで不二麿との深い交わりを得、そのことにより木戸孝允とも知遇を得て同志社創設につながっていくのである。

国禁を犯して脱国した者が、よりによって尊王攘夷の中心地に、こともあろうに日本国が厳禁していたキリスト教主義の学校を創設できたことは、まことにまことに神の摂理であった。

新島襄は述べている。
「私の一生はアンシーン・ハンド(Unseen Hand・神の見えざる御手)に導かれて今に至っている。今後も私はこのアンシーン・ハンドの導くがままに行くべきところに行くのである」。

明治23年に同志社普通学校を卒業し、後年、同校の教頭になった波多野培根は次のように書き残している。

「『彼は其往く所を知らずして出ていけど』(ヘブル書11章8節)、不思議なる「見えざる手(アンシーン・ハンド)」が彼を導きて目的の地カナンに至らしむる。
自己の意識せるよりも意義の深遠なる大事業を為し、不朽の感化を後世に垂れるのは此種の人である」。


また、新島襄から洗礼を受けた安部磯雄は襄の人物を次のように描写している。

「先生の平等主義は頗る極端であって、或時の如きは、『今後自分を先生と呼ばずに、単に新島さんと呼んで下さい』と懇願されたけれども、これだけは学生が承知しなかった」。
                     (『新島先生記念集』より)
八重との関連では、過去ログの 
「『ハンサム・ウーマン』として生きた新島襄の妻・八重」
に、新島襄夫妻と触れ合った生徒の貴重なエピソードを昨年の同窓会報より引用紹介させていただいている。

「八重さんと新島先生の性格が対照的で、会津出身の気丈な八重さんに対し、先生は非常にお優しく、周囲に対して大変な気配りの方であったこと、・・・『八重さん、八重さん』と言っておられ、周囲はその様子を見て仰天していたことなどです」。

次週の予告で襄と八重の結婚式の場面が映っていたが、2人の結婚式が京都で初めてのキリスト教式の結婚式だった。八重は結婚式の前日に洗礼を受け、京都で初めての受洗者となった。
どのように描かれるのか次週が楽しみである。

附記:
新島襄.jpg 

左の本は同志社女子中学校入学時の必読書。
岡本清一著、1952年7月、同志社大学出版部発行、全211ページ。

『新島先生記念集』は、永眠50年を記念して昭和15(1940)年に同志社校友会から刊行された。これは第3版・昭和40(1965)年発行、全294ページ。兄が手放したのでもらった。

右は同志社同窓会報の特集号・『同志社創立百周年記念誌』で、100周年にあたる1975年の翌年に発行されたものである。


posted by 優子 at 10:50| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

ワシントンで故キング牧師しのぶ展示会開催中

今年は米公民権運動指導者キング牧師が率いた「ワシントン大行進」から50周年にあたり、今ワシントンでマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師しのぶ展示会「一つの人生」が開催されている。(2014年1月1日まで)

来週、マチ・クマが派遣国やワシントンからそれぞれに帰国するが、再びワシントンへ帰ったら是非展示会へ行くといい。
知子とユキが渡米したときは開催されていなかったのが残念だが、その場に立ってきただけでもよかったと、行っていない私が感激して、IMG_0159.jpg今も過去ログ「知子のワシントン便りB」を見ていた。

ユキが大きくなったらキング牧師のことを熱く話してやってほしい。
周囲には愚劣な親や大人も多いが、りっぱな人もたくさん居ることを教えてやって欲しい。私たちの教育目標は自らの行動を理解し、歩む方向を自ら決定できる人間に育てることだ。

過去ログより「私には夢がある」" I have a dream. "の最後の部分を今一度我が魂に刻む。

私には夢がある。
いつか、私の子どもたち4人が肌の色でなく中身で判断される、そんな国に住む日が必ずくる。I have a dream today!

私には夢がある。
「谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る」。 (イザヤ書40章4・5節)
これが我々の希望。この信仰を抱いて私は南部に帰って行こう。

この信仰があれば、絶望の山から希望の石を切り出すことだって叶う。
この信仰があるなら、この国に溢れる騒々しい不協和音を友愛の美しいシンフォニーに変えていくことだってできる。

この信仰があるからこそ我々は共に働き、共に祈り、共に闘い、共に牢に入って共に自由のために立ち上がることができる。いつかきっと、いつかきっと自由になる日が来る、そう信じればこそ。

すべての村、すべての部落、すべての州、すべての町から自由の鐘が鳴り渡るその時、私の夢はもっと早く実現の日を迎え、ありとあらゆる神の子は黒人も白人もユダヤ教徒も非ユダヤ教徒もプロテスタントもカソリックも共に手を携えて、あのいにしえの黒人霊歌を歌うのです。

やっと自由になった!やっと自由になった!
おお、全能なる神よ、感謝します。
とうとう我々は、自由になったのだと!

            Dr.Martin Luther King Jr.

詳しくは、こちらを!
今「持続的植物状態」にあるネルソン・マンデラ元大統領(94)のことを思う。AFP通信によると、担当医らは家族に生命維持装置を停止するよう助言している。

posted by 優子 at 23:59| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

主イエスの復活、勝利の十字架

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ローマ人への手紙 6章3節〜11節:
「それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマ(洗礼)を受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。
もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。
キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである」。
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✵I(キリスト)am in my Father,and ye in me,and I in you.(King's James Version)

✵I am in my Father and that you are in me,Just as I am in you.(Today's English Version)

救われているということは、キリストの中に入れられ、キリストが我々の中に生きてくださり、それらが、父、キリストの父(神という表現は意味を不明瞭にします)の愛の中にあるということです。

動因はすべて、父であり、キリストであり、キリストの十字架であり復活であります。我々の側は一切、理由、条件はありません。

尚、それ以上に「我はキリストと共に十字架され」(ガラテヤ2・19)死んでしまい、破壊されているのですから、尚更、自己の生きざまの状態を問う必要はありません。キリストに一切委ねて休んじてください。
これはもう20年近くも前に谷口諭師をとおして教えていただいたことである。私が人生の理屈に合わぬ不条理に苦悩し七転八倒していた頃である。

谷口師は牧師ではないが豊かな知識に比例して実に謙遜な人だった。
私のぶつける質問にも真摯に関わってくださり、「ご一緒に真理を生涯かけて見出して参りましょう」とお導きくださった、私の師と仰ぐ忘れられないお一人である。

今朝の大澤星一牧師の説教を聴きながら師の教えを思い出し、師を偲んだ。母教会の放出教会では、今朝の講壇前に並べられた召天者の遺影の中に師を見出したことであろう。

主イエスの勝利は私たちの勝利となり、主イエスの復活は私たちの復活となる。なぜならば、私たちが「主イエスと一つにされている」という救いの事実ゆえに、主イエスの復活、勝利を喜び祝うのである。

主の復活という恵みの中で、私の一切をキリストに委ねて心安んじて歩んでいこう。 
  
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附記:今朝は高見敏雄牧師が44年間牧会された日本キリスト教団・西大和教会で礼拝を捧げた。出席者は100名以上を数えたと思う。

高見牧師は引退されて名誉牧師になられてから、無牧になるところだった馬見労祷教会を5年間牧会し、日々悩める人々の心に耳を傾けて支え導かれた牧師である。「しかも無報酬で」というのを何人かの信徒からお聞きしたことがあった。

マイナスと思える情況であった教会や信徒にとっては、まさに「恵みの時」であった。神は愛なり!

9時15分からの「こどもの教会」(CS)に参加したユキは、こどもの礼拝後、隣りに併設されている教会付属の学校法人・愛の園幼稚園でエンジョイしていた。

英語圏やドイツではイースター・バニーというウサギが卵を隠すという伝承から、復活祭の朝に子供たちは隠された卵を探す遊びがあるが、今回初体験のユキはとても楽しかったようだ。
まるでこの幼稚園の園児のように、「ウサギがいるよ!」と案内してくれ、エンジョイしているユキは輝いていた。感謝!
礼拝後、高見先生に園舎を案内していただいた。

神は人生の折々で主イエスのキリストの香りを放つ師や友と出会わせてくださり、その交わりの中で生かしてくださっている。神は愛なり!

私の愛唱歌の一曲、聖歌590番・「救い主イエスと」
" All the Way My Savior Leads Me " を讃美したい。


救い主イエスと ともに行く身は
乏しきことなく 恐れもあらじ
イエスは安きもて 心たらわせ
ものごとすべてを 良きになしたもう
ものごとすべてを 良きになしたもう

坂道に強き み手をさしのべ
試みの時は 恵みをたもう
弱きわがたま(魂)の 渇くおりしも
目の前の岩は 裂けて水湧く
目の前の岩は 裂けて水湧く

いかに満てる 恵みなるかや
約束しませる 家に帰らば
わがたまは歌わん 力の限り
きみに守られて 今日まで来ぬと
きみに守られて 今日まで来ぬと

アーメン!



posted by 優子 at 17:44| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

苦難の意味に安易な回答はなし ―大震災の苦難2年目に―

東日本大震災の日が近づくに連れて各メディアは連日特集を組んだ。それらの報道を通して、健気に生きておられる人々から生きる素晴らしさや人間の麗しさを教えられる一方で、このことが私の身に起こった時、私はこの人々のように耐えていけるのだろうかという思いに捕われた。

何という多くの人々が、何という苦難に耐えておられるのだろうか。
2013年3月11日時点で、震災による死者・行方不明者は18,549人を数え、震災関連死は2601人以上と報じた。震災関連死には自死も含まれている。

ワシントンにいる真智も震災の特集記事から現状を学び、まだまだ大変な状況にある人たちがたくさんおられることに心を痛めていた。

私も再び重い気持ちになってしまって、昨朝はチャッピーと歩きながら鶯の声を聞いても春の感情がわき出ることもなかった。そんな道すがら独居の高齢の婦人と会った。民生委員時代に知り合った方だ。

挨拶を交わした早々に「私は病気ですねん。もうあきませんねん。」と語られたので、お話になりたいのだろうと察知してゆっくり時間を取った。その方は末期の肺がんであることを話された。

「あなたは若いから元気でいいですね。」
確かに80歳を越えた方からすれば61歳の私は若いし体力もあるが、こういう時はどのような言葉がふさわしいのかわからなくていつも沈黙してしまう。

私は2〜3拍おいてからこう言った。
「私の母は70歳で亡くなりましたから、私の寿命は70歳だと思っているんです。だから大切に生きたいと思っているのですが」と、かすかに微笑んだ顔を向けた。70歳までさえ生きられないかもしれないのだが、70歳だとすればあと8年半である。

その夜PCを開くと「RBCミニストリーズ」から「探求の書シリーズ」の新刊(「ことばが見つからないとき」)が送られてきていた。
かつて私が苦悩のどん底にあった時に何度も読んだ『ヨブ記』から、タイムリーに聞きたかった内容が書かれていたので一気呵成に読んだ。

その要諦は、苦難の意味について安易な回答はないということと、苦悩する人に対しては聖句を引用するなどして、神の心を知っているかのように振る舞うのではなく、絶望している人のあふれ出る感情をしっかり聞いて受け止めよというものだった。

「私には答えがありません。でもあなたの心を聞かせてください。苦しむあなたのことを心にかけています。私はあなたの味方です」と、心からの思いを伝え、困難なところを通っている人の話に耳を傾けている時は、神が究極の慰め主であられることを信じようと結ばれていた。


読者の皆様にもお分かちするために詳しく触れてみたい。(その前提となる『ヨブ記』についてはウィキペディアをご参考ください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98

偉大な信仰者ヨブに苦難がきた時、最初は「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」と信仰によって応対できていたが、徐々に絶望の淵へと落ちていった。

自分の生まれた日を呪い、「死んだほうがましだ」と言い、絶望ゆえに死を強く願い、神への怒りを隠さなかった。
そして、苦しみに遭えば誰もが「なぜ」とつぶやきたくなるように、ヨブもまた7度も「なぜ」と問いかけた。これらは人間性を明らかにする正直な絶望の叫びであり非常に共感できる。

ところが、3人の友はヨブの心の苦しみを理解しようと耳を傾けるのではなく、その問題に対する神学的な答えを見つけようと、問題を解決するであろう聖句をあれこれと頭の中で考えていた。(多くのクリスチャンがやってしまうことだ)

21世紀の教会にもエリファズの追従者たちがいる。他人の苦しみの理由について、神の心を知っているかのように振る舞うことはやめるべきである。(自らにも言い聞かせるべきことだ)

私たちもまた苦しみ絶望している友を前にして説教したり、問題を解決してやろうと愚かなことをするものだ。

しかし、説明できないことは説明しようとしてはならない。神だけが与えることのできる答えを神に代わって出そうとする時、私たちは自分を神の立場に置いているのである

苦難の中にいる人たちは、正直で現実的に役立つ真の友からの言葉を必要としている。腫れ物に触るような言い方や、当座の痛みを紛らわす気休めのことばではなく、絶望している人のあふれ出る感情をしっかり聞いて受け止め、「私には答えがありません。でもあなたの心を聞かせてください。苦しむあなたのことを心にかけています。私はあなたの味方です」と、心からの思いを伝えるのがよい。

最後にヨブは自分自身が語る明るい希望のことばによって、暗闇を突破する。
「私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。この方を私は自分自身で見る。私の目がこれを見る。ほかの者の目ではない」。(ヨブ記 19章25〜27節)

ヨブの宣言は、究極の希望である。苦しんでいる人たちに愛をもって接するとき、私たちもこのような言葉を語ることができる。
気の滅入るような暗い会話の最中に、そのふさわしい時に親身になって語るなら、希望を失いかけた人の心に、一筋の光をもたらすかもしれない。

苦難の中で神への信頼が揺らいでいる時や、死や喪失という体験を通して、天の父の知恵や愛を疑いたくなる時、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と、イエスは招いてくださるのだ。

困難なところを通っている人の話に耳を傾けている時は、神が究極の慰め主であられることを信じよう。
困っている人がいたら、逃げずに向き合おう。理解しようという心を持って、耳を傾けよう


私は自分自身の他者への寄り添い方を吟味しながら読んだ。そして、今一度心に止めておきたいことは、苦難について説明できないことは説明しようとしてはならないこと。なぜならば、それは神だけが与えることのできる答えであるからだ。そして、神こそが究極の慰め主であり希望であることを握っておくことである。

生きている限り死別の悲しみが消えないのと同じように、苦悩する人に寄り添う時の、あの辛い感情はどうしようもないということも納得できたように思う。何度経験してもスッキリした気持ちや言葉で関われるものではないという、こんな当たり前のことがわかった。 

原発についてはフクシマがこの現状にありながら、なお再稼働するという政治家たちは狂気であり、彼らの蛮行を止めなくてはならない。


3.11の被災者の方々のことを生涯の祈りに位置づけたい。

附記:I牧師がホスピスに入られたとの知らせを受けた。

posted by 優子 at 13:17| 神(聖書) | 更新情報をチェックする