2016年10月27日

懇談会に出ないなんてもったいない

ものさし電車宇宙をとぶ.jpgユキの絵が渡り廊下の壁に貼り出されていた。この絵は、学校にある物で不思議な乗り物を描いた。私は絵も全く苦手だったので実に創造的な絵だと感心した。


きれいなたまごから電車がうまれたよ。.jpgこの絵は卵の中に入っているものを自由に描いたもので、「ぼくは電車がすきだから電車にしました」。と記している。
題して「きれいなたまごから電車がうまれたよ」。描くのはやっぱり電車、今も電車が大好き坊やである。

さて、昨日の記事で取り上げた東大阪市立藤戸小学校のPTA広報紙に記した保護者への呼びかけをご紹介したい。これは学年末に発行するものとは別に、手書きの新聞・『ふじとニュース』No.11(1991.10.8発行)であるが、時代が変わってしまった今は尚のこと大きな声で子育て中の方々にお伝えしたいことである。

現在中学2年生の長女が6年生の時でした。授業参観が終わって、次は懇談会に移ろうとした時、「どうせ、うちのおばはんは残ってくれへんわ」と、傍にいた一人の女の子がつぶやきました。

その子は、私には少々気になる子の一人でしたが、そのような子の言葉だからこそ強烈な心の叫びとして響きました。

「どうせ、うちのおばはんは残ってくれへん」。つまり、「お母さんも残ってほしい」と言っているのです。

私たちはこれでいいのでしょうか!
参観が終わると、ザーッと潮が引くように多くの保護者が帰っていきます。懇談会出席者は全体の3分の一ぐらいでしょうか。中学校(校区公立中学校)になると5〜6人です。授業参観や懇談会はいったい何のために設けられているのでしょうか。

中学校の懇談会の席で、冒頭に述べた女の子の話をした時、ひとりのお母さんが次のようなことを話してくださいました。

「私も一番上の子供の時は、懇談会に残ったことがありませんでした。子どもも『お母さん、来てくれなくてもいいよ』と言ってくれていたので、仕事のほうを優先させていたのです。

ところが中学校になった頃から、いろいろ問題が出てきました。学校を休むようになり、言動が乱れてきました。ある時、『お母さんは、いつも学校へ来てくれへんかったやないか!!』と言われてハッとしたのです。

それ以来、子どもたちの参観と懇談会には必ず出席するようにしています。必ずツケがまわってきますから、私のようなことにならないために、是非、出席してほしいです。」
と、ご自身の苦い体験を通してそのことの重大さを訴えておられました。

今の時も「あっー」と言う間に過ぎてしまいます。参観も懇談も今しか味わえないことなのです。出席しなければならないのではなくて、出席しないなんてもったいない。それらこそが子育て中の親に与えられた特権だと思うのです。

努力の跡が見えない努力、目に見えない小さなことを積み重ねていく時、子どもの笑顔が消えることはないと思います。今の時を活かして用いたいものですね。

一昨日の懇談会のとき、ユキ(孫息子)は運動場で遊んだり教室を覗きに来たりして一人だけ残って母親を待っていたそうです。こんな時間に母親が居て嬉しかったのでしょう。帰宅してからも宿題の前にママとゲームやはさみ将棋をして遊んでいました。

昨日は少しましになったかと思った知子の咳喘息(?)が夜からひどくなっています。これもストレスが原因のようです。
今日は健康診断で時間がとられ、明日はまた一泊二日の出張(静岡)ですから実務する時間がなくなるばかりで、今朝は6時前に家を出て会社へ向かいました。

ゴルフに出発する父親(良輔)と同時刻になったので駅で降ろしてもらおうと同乗し、私は二人を見送りました。そろそろユキを起こす時間です。今日も時間を大切によく生きたいものです。


posted by 優子 at 06:48| 教育 | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

授業参観中保護者は廊下でお喋り、懇談会出席者はたった5名?!

ふじとニュース11号.jpgこれは私の子育て時代、次女が小学校5年生の時に発行していたPTA広報誌(新年度の総会後5月半ばから翌年3月半ばまで40号発行)の第11号である。10月の参観日を前にして8日に出したものだ。
内容は現代にも通じるものであるので次のページで掲載させていただきたい。

当時でも懇談会に残る人は少なくてこのような呼びかけをしたのであるが、それでもクラス(40名弱)の12〜3名ほどの参加者があった。中学校になると入学早々からその半数になった。

昨日は孫(公立小学校3年生)の2学期初めての参観日だった。6月の参観日も私が代行したので、長女は何とか時間を割いて学校へ馳せ参じた。

特に今年は担任が度々入れ替わり運動会後から3人目という異常事態である。新年度に決まった担任は6月上旬に産休に入られ、その後男性の担任を迎えた。私は6月の懇談会でお目にかかっている。

ところがいつまでたっても夏休みの宿題が戻ってこず、日記(作文ノート)は9月末になっても返却されず気を揉んでいた。運動会をテーマにした作文が宿題になりノートが戻された時も、夏休みの宿題は全く手つかずのままで教師からのフィードバックがされていなかった。

9月末に学校長発信の手紙が配布され、運動会を最後に担任が再度変更されるとの知らせに驚きつつも、肝心のところが曖昧で全く判然としない内容だった。立場上すべてを語ることができなくても語ることができる範囲内で伝えないと保護者は懸念を抱く。

幸い、3度目の担任はこの子たちが1年生の時から算数の補佐などでお世話になっている顔なじみの先生であるが、そのこととは別にこのたびの顛末に問題を感じている。

そしてそれ以上に驚いたことは、このような状況にあっても昨日の懇談会参加者はたった5人だったことだ。2名の学級委員を除けば残った保護者はたった3名なのだ。

しかも授業中はいつものように多くの保護者は教室には入らずに廊下で私語ばかり。6月に娘の代理で出席した時も、廊下の人たちに注意をしようと思ったほどやかましかった。

「あなたたちは、いったい何しに来たの?」と問いたい。
ママ友同士で喋りたければ、わざわざ授業の邪魔をしないで、いつでもどこででも喋ることができるだろうに。そのような親の在り方、積み重ねが子どもに影響を与えていくということがわからないのだろうか。

少なくとも私の子育て時代はこういう光景はなかった。教室に入りきれない時は窓から覗いておられたものだ。昨日のブログにあった「今の若い世代は、この『伝統』すらない世代」、モラルやこうであるべきという意識さえないようだ。

しかし、今、親業をしている彼女たちの親世代は子どもたちの授業を邪魔しない常識を有し、大多数の者がわが子へのまじめな関心を持っていた。

子どもたちを熱心に塾や習い事をさせてこれでは、子どもに何を求めているのだろう。何を大切に生きているのだろう。このような親世代によって育てられる(?)子どもたちはどんな大人にできあがるのだろう。考えないではいられない。


感謝録:昨日の参観日にPTA委員されているA君ママよりいただいた運動会の写真。過去ログ・10月1日にも掲載した。

徒競走スタート!.jpg
出遅れた徒競走のスタート
それでも1番でゴールしたね!
徒競走ゴール!.jpg

posted by 優子 at 13:34| 教育 | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

遼太君を助けられなかった私たちは姿勢を正せるのか

このたびの上村遼太君の事件はあまりにも痛ましく、私は絶望に傾いてしまう心を書くことで支えようとしている。

ヨブ(『ヨブ記』)のように遼太君の不条理な人生の責任は神なのかと、私の慟哭の究極はその問いに尽きる。決して信仰がグラついているわけではなく、いかに受けとめればよいのか煩悶しながら衝撃から徐々に平静を取り戻しつつある。

この事件の検証を関係機関が手を尽くすべきことは言うまでもないが、私たちは「理由探し」をして「誰かのせい」にするという誤謬を犯してはならない。それは問題を外在化することでしかなく最初から事の本質を見失ってしまう。


孫を育てる長女もひとり親である。幸い、私たちと共に生活しているので孫が学校から帰宅した時も独りではなく、宿題のプリントや本読みの点検が私の楽しい日課になっている。

2日夜、娘は遼太君のことから息子との時間を今まで以上に大切にしようと、毎月初めの朝礼と朝の会議以外は子どもを見送ってから家を出たいと父親に申し出た。それでさえ息子とは1日2時間ほどしか関われない。

昨年までの激務の時は、毎日のように父親と共に6時半過ぎに家を出て就業40分前に出社し、帰宅は11時前という日もたびたびで、時には連日2日間も子どもに会えないこともあった。

あの時はどうしようもない状況だったが、今またその状況になっても同じようにするしかないのが現状だ。娘は仕事のやりくりしながらも相変わらず毎晩息子が寝た後、深夜まで仕事をしている。

5日朝、通勤電車からメールが送られていた。
「ヤフーの母子家庭の記事を読んだ。今があるのは全部ママのおかげです。本当にありがとう」。
私が孫と娘の役に立っていることを神さまに感謝している。

ところで、まもなく小学校1年生を終えようとしている孫は毎日が冒険の1年であったことであろう。しかし、良い意味ばかりで言うのではない。

1学年2クラスで、孫のクラスは騒がしい子が集中しているからだろうか。4月早々から現在に至るまで授業が成立していないような状況を推察しているので、電話で話す機会があるたびに担任の先生を支援する気持ちを伝えていた。

教室では子ども同士の喧嘩で「殺すぞ!」という言葉を4〜5名が口にしているという。当初は驚きを隠せない様子で話していた孫も、そのうち聞き慣れてきたのか話さなくなった。

ところが昨日、「○○君に『妖怪ウォッチ』の絵を見せてねって言うたら、『いいけど、そこに何か書いたら殺す』って言った」と、おやつを食べながら話していた。これが7歳の子どもたちの現状なのだ。

まさかその子たちの親が発している言葉を真似ているとは思わないが、このような環境の中で子どもを健全に育てるには、今まで以上に親の確固たる価値観なくしては養育できない時代になっていることだけは確かである。 

私は我が子の子育て同様に学力にのみ重点を置くのではなく、目には見えない心を養うことを第一に関わっている。人格形成の最も大切な小学校の6年間で、12歳なりの自己形成を育んでやらねばと思っている。

私はこの事件を真剣かつ深刻に対峙し続けねばならないとの思いから、遼太君の生きることができなかった姿を想いながら教育や子どものことを私なりに考えていきたいと思う。


その最初に私の教育観の中核とも言える思いを端的に書いたものがあるので御紹介したい。それは1992年春、次女が小学校5年生の時にPTAの広報委員長としてペン活動をしていた時、1年間に40号発行した手書きの新聞の最終号だ。

ふじとニュース最終号.jpgその紙面の中ほどに、親だけではなく卒業生へのメッセージとして子どもに読んでもらいたくて書いた。

あなたもロバをかつぎますか?

今から2500年も前に書かれたイソップ物語に『ロバをかついだ親子』の話があります。

親子がロバを売りに行く道で、「ロバに乗らずに歩いているとはもったいない」と言われて子どもが乗ることにしました。すると、別の人に「親を歩かせるなんて!」と言われて2人とも乗ることにしました。

すると「小さなロバに2人も乗るなんて!」と言う人がいて、2人でロバをかついで歩くことにしたのです。しかし、ついにはロバを川に落としてしまったという話です。

これは人の意見ばかり聞き入れて主体性がなく、また、自分の生き方に確かな基準を持っていないとこのようになりますよということを教えています。

どうか、常に考える心を持って学び、確かな基準、真理を見出してください。
 
    
        (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 
          1992年3月14日発行
           ふじとニュースNO41号より転載)

孫もまた、娘たちのように自分の頭で考えることのできる大人になるように、神に祈りながら祖母の立場で養育の任に関わらせていただきたいと願っている。

救えた命、上村遼太君を偲ぶ。
遼太君を助けられなかった大人たちは姿勢を正せるのか。
今私たち一人ひとりにそのことが問われている。


posted by 優子 at 16:00| 教育 | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

子育てを通して構築すべきは親の価値観

前記事を書くことで、ヒヨドリとの出会いを導入として自然と人間の関わりや、ユキの得意分野で表現技法を引き出してやりたいとの思いが浮上している。

ところで、「生活科」は1992年度から小学1・2年生を対象に始まった教科で、主に体験的な活動を重視したものである。
「生活科」導入前の1992年の今頃、次女が小学校5年生の3学期の時に、私はPTA広報誌で「生活科」について書いたことがある。この年は学校週5日制が段階的に実施された年でもあり、いつの時代もより良きを求めてチャレンジしていたのだと感慨深い。

当ブログにも2006年に一度紹介させていただいているが、果たして23年前に書いたものを読んで、その内容は博物館行きと感じるのか、あるいは現代にも通用すると思うのか改めて読み直してみたい。

氷が溶けると何になる?

東北地方の小学校での話だったと思います。
「氷が溶けると何になりますか?」と先生が尋ねたところ、殆どの子供達が「水になります」と答えました。ところが一人だけ、
「氷が溶けると春になる」
と答えた子供がいて、先生達を考え込ませた話は有名です。

なんと心豊かで、夢いっぱいの答えでしょうか。
私達はこの感動こそ育ててあげなければならないのですが、何事も速ければよいというインスタント時代に生きる私達が、子供の感動を抑えてしまってはいないでしょうか。

そこで私が関心と期待を寄せているのが、今春(1992年)から正式教科になる小学校低学年(1・2年)の「生活科」です。
理科と社会をなくす戦後初めての教科改廃で、先生方のとまどいも大きく研修会が開かれています。

日本の学校は、明治の学制施行以来、一貫して「教科書学校」でした。
ものを知っている先生が、知らない子供に教える授業の形態をとってきましたが、この「生活科」により、自分の考えを自由に発表できる子が育つのではないかと胸ふくらませています。

先生方にとっては、先生自身の感性も更に関係していくであろうし、展開の仕方、評価の問題と、新しいチャレンジになることでしょう。

とにかく、子供達一人ひとりの発想を認めていただき、自分の考えを臆することなく発言できるように導いて頂きたいと思います。

平成4年度から、この「生活科」に加えて、2学期から学校週5日制が段階的に実施され、今年は「教育年」とも言える教育のあり方そのものが問われようとしています。

子供の成長にかかわる私達は、個性を引き出すという教育の原点に少しなりとも近づく努力をしたいと思います。

「氷が溶けると何になる?」      

 
(東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 
         1992年1月16日発行
           ふじとニュースNO26号より転載)
 

これを読んで今思う事を述べよと言われれば、これだけ時代が激変しても原点は微動だにせず、私は23年前と全く同じ教育観で子育てすると言いたい。

言葉をかえれば、人生の座標軸となる価値観(親の教育観とは親の価値観である)はどんなに時代が変わっても不変であり、現代においては尚のことその理念を明確にして子どもの教育に関わらねばならないとの考えである。

一方親もまたと言おうか、時代が変わって親の世代も入れ替わっているにも関わらず変わっていない。親が子どもに求めるのは知識の先取りであり、その種の塾通いが一段と低年齢化しており、親は子どもに何を求めてその送迎のエネルギーと時間をかけるのだろうかと不思議でならない。

そういえば昨秋、教育全体を変えていくために大学入試改革をすると文科省が発表していた。5〜6年後と言えば、現6年生の子どもの大学入試から大きく変更され、これまでのマークシートの取りやめも検討されている。

確かに知識は必要であり、批判力を持つためにも知識がなくてはできないが、知識を豊かに機能させるには考える力が必要だ。
大多数の人々のやっていることは、問題意識を持って考える力を養わずして知識を詰め込んで行く。考える力の原動力となるのは感動する能力であり、感動の蓄積こそが能力を開花させると私は確信している。


わが子の教育、公教育のあり方、また公立学校での学力の保証の問題、私立校の使命・・・など、いつの時代も考えさせられる重要課題である。

年長者も「子育てが終わったから関係ない」ではなく、全ての大人が子どもたちを見守り考えつづけねばならない問題であり、子どもにはその年齢でしか経験できない発見と感動を蓄積して行ってほしいものである。

※1月9日23時10分に書いたものだが10日の日付けで更新。

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2014年10月31日

小学生の実態を知りたくて孫の通う学校長を訪ねる

思いあぐねて今週28日(火)朝、小学校の校長にコンタクトを取り9時過ぎから20分間ほど面談させていただいた。朝の集団登校が全く機能していないだけではなく、高学年の無関心無気力さがずっと気になっていたからだ。

ユキの属するB班はとにかく4月から問題多い集団だ。他の班は並んで決められた時間に通過して行くのだが、B班は集団登校とは名ばかりで出発時刻もまちまちで、班長はもとより高学年の誰かが声を出すでもなく全く機能していない。

これまでに何度か数名の保護者からも担任に連絡し、そのたびに班全員が呼んで指導を入れてくださってはいたが改善されることはなかった。

1学期末の1週間は毎朝教員が集合場所まで来てくださっていた。それでも効果なし。2学期になってからはいよいよひどく、交通安全の視点からも個人登校よりも危険でさえある。

しかし、2学期に入ってまもなく集団登校の集合場所まで行かずに家の前で見送っている。とは言え、今も1年上の保護者が来ておられるが、私はユキの心理を察して手を放した。

人間は過去を美化する傾向があるので割り引いて想いを馳せるのだが、今の子どもたちは娘たちが小学生だった頃の子どもたちと確かに違っている。このことはどの時代にも言われてきたことであろうが、現代に生きる者として考察するのは賢明なことだ。

概して他の班の子どもたちも皆、無関心と無気力の子が大半を占めている。まるで魂を抜かれたような表情で蝋人形が歩いているようだ。
挨拶をする子はほとんどいない。自ら挨拶する子も何人かはいるが1人の男子以外は表情がなく、物体がボソボソと喋っているみたいだ。


この子たちが生まれた時には既にパソコンがあった世代である。あまりにも多くの刺激にさらされすぎたゆえなのか、魂を抜かれたように無表情で歩いている。子どもなのに目が死んでいるのだ。

これは親の在りようも含めて家庭や学校の問題だけではなく、何十年かの時間の経過により変わってきたのだろう。

私は学校での子どもたちの情況を知りたくて学校へ赴いた。校長も現代の子どもたちはガラリと変わったと仰り、私なりに導きだした答えと同じだった。これで今回の目的を果たしたと思えるほど納得することができた。

そして、私なりに考えていることを次のように要望した。
班のメンバーを集めての注意では全く改善されなかったので、5〜6年生に時間をかけて考える機会を持たせてほしい。低学年の幼児性に起因するのではなく高学年の規律のない無関心さに大きな問題を感じている。

6年生をこのまま何の気づきもないままに中学へ送るのではなく、あとに続く下級生たちもまた問題意識を持つことなく悪い気風を継承するだけだ。

私は子どもたちの心を揺さぶる良い例話がないか考えているのだがと言い終わった時、校長も怒るだけではだめだからと共感してくださり高学年と話し合うようにしたいと仰った。


教育は長い時間がかかる。種を蒔いた教師たちはその成長を見ることなく送り出すのである。種が芽を出し実るには長い時間が必要ゆえに、親や教師は寛容に気長に子どもたちを導いて行かねばならないことを改めて思わされた。

毎日の生活が子どもの考え方や性格を作っていくゆえに、日々の小さな働きかけが大切だ。
畢竟、教育とは自分が周囲の人々や社会から必要とされていることを認識できるように導くことであり、それでこそ学習にも意欲的になって知識を獲得していくのだと確信する。
 

「子どもたちよ、皆があなたを必要としていますよ。
 あなたの手を、あなたの目を、その腕を。
 あなたの知識を、創造力を、思いやる心を、愛を、エネルギーを。
 お父さんもお母さんも、先生も社会も、必要としているのですよ」。


愛の教育においても集団登校の事例もまた大いなる教材なのだ。

校長室を訪ねた時、「いつも柴犬を連れて歩いている者です」と申し上げると、「ああー」と思い出してくださった。わーい(嬉しい顔)

校長は毎朝一つの班を率いて来られ、いつもその中の女の子の手をひいて登校する姿を私は広い道路を隔てて何度も目撃している。まるで親子のような光景を微笑ましく眺めながら、その子はうまくけじめをつけていけるのだろうかとの懸念も感じている。

聞くところによれば最も遅い班だそうだ。毎朝校長先生が子どもたちの心に蒔かれている愛の種が、子どもの成長と共に親しさとけじめの分かる子になりますように。

最後に『ふじとニュース』と同年2学期のPTA新聞を自己紹介代わりにお渡しした。23年前の記事とは言え普遍的な内容のものをふんだんに書いているので、きっと共感してくださるだろうと思ってのことである。

この朝、洗濯物を干して学校へ電話すると午前中ならOKとのことで、あわてん坊の私は「すぐに参上します」と言ったものだから、大急ぎで飛び出し、帰宅後10時頃から遅い朝食を摂っていた。


posted by 優子 at 22:21| 教育 | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

「忙し過ぎる夏休みが子供の可能性をつぶす」?

早8月を迎え、例年のように今日から10日まで自治会主催で朝のラジオ体操が始まった。かつてはユキのために家族全員で参加したものだが、みんな昨年ぐらいから休みがちになり今朝はユキだけの参加だった。

そして、今年から3日間のサマースクールにもデビューした。
これは地域福祉推進委員会主催で5年前から始まったもので、小学校教師の自治会員の方々が夏休みの宿題の「お助け隊」になって、また教科書の復習プリントを与えて9時から12時まで学習させてくださるのだ。
今日は15名ほどの子どもたちが集っていた。3校時にわけて途中でおやつタイムもある。

このような地域の取り組みは日本のアチコチで見られるのだが、外国の人の目にはどのように映っているのだろうか。昨秋のニューズウィーク(2013年10月7日付け)でスティーブン・ウォルシュ氏のコラムを興味深く読んだので一部ご紹介したい。

まず私が日本の夏休みで驚いたのは宿題の多さ。ほかにもポスター製作や作文コンクールへの応募が奨励され、部活の練習にも駆り出される。さらには林間学校や臨海学校、博物館見学にラジオ体操......。

課題や行事が盛りだくさんのおかげで、子供を楽しませなければいけないという親たちの負担感は減り、子供も長い自由時間を有効に活用できる──。

イングランド北部で育った私の子供時代とは大違いだ。夏休みには宿題はなく、大した予定もなかった。共働き家庭が多かったから大人の目もなかった。

(略)現代人は子供に最高の体験を与えようと必死だが、子供は本当に最高の体験をしているのか。私たちは、多くの活動をさせることが子供のためになると考える。大人が目を光らせることで子供を危険から守れるとも考える。

だが夏休みとは本来、子供の独立心と責任感を育む絶好のチャンスではないだろうか。分刻みのスケジュールを与えるよりも、想像力と創造力を駆使して退屈さを紛らわせる経験を積ませるべきではないか。 

かつて「休暇」とは仕事をせず、自身の内面や神と向き合う「神聖な日」だった。
現代社会では宗教色は薄れたが、日常と違う過ごし方をして経験と理解を広げる大切な時間という考え方は残っている。

つまり普段と同じことをするなら、それは休暇とはいえない。宿題や部活で子供を忙しくさせるのは、彼らが別の何かをする機会を奪っているのと同じだ。

・・・その中身の大半は学期中の試験対策の延長のように思える。・・・休日とは、子供が創造力や独立心、自信といった生きる上で大切なものを学ぶ機会であるべきではないのか。
 

スティーブン・ウォルシュ
1961年、イギリス生まれ。翻訳家。87年初来日。イギリスで大学講師を務めた後、04年に再来日。『恥ずかしい和製英語』(草思社)などの著書がある。4児の父。

確かに日本の子どもは忙しすぎる。幼稚園時代から習い事や塾通いに慣れているので、子供たちはそれが当たり前になっている。友だちも同じ生活パターンなので毎日のように忙しくても反発も感じないのだろう。親の努力もすごいものだ。

私はウォルシュ氏の主張に賛成だ。特に共感するのは休暇の意味と、学習塾一辺倒な風潮に批判的なところだ。学力向上、知識を詰め込むばかりが能ではない。私が考える学力の意味が違うし、その目的も違うのだろう。
つまり、子どもはどんな大人に育ってほしいかという目的と教育観が違うのだ。

しかしながらコラムニストの意見と違って、学校や地域の在り方は日本らしくて良いと思っている。これが日本の文化なのだ。


中・高生は夏休み中も部活で毎日多忙だ。また、ポスター製作や作文コンクールへの挑戦など、夏休みだからこそ取り組めるとも考えられる。要は学校からの強制的なものになっていないか、自発的に考える力を養えるようにプログラムされているのかであり、保護者が適切にサポートしてやらねばならない。

小学校で言えば読書以外の宿題は一部のものを除いて十分に7月中に終える程度だから、自由に遊ぶ時間は確保できているので現状のままでよいと思う。

ただし、読書については冊数のみを問題にしてはいないか提起したい。かつて当市の図書教育研究会主催の研修会の講師として招かれた時も、小学校の先生方を前に申し上げたことがある。

娘たちが小学生の時、夏休みの宿題で「読書10冊」というのがあった。私はこのような無意味なことを掲げることが信じられなかったし、その目的とするところは何かを問いたいと思った。

10冊も読まねばらならないとなれば当然のこととして、子どもたちは字が大きくて絵の多い本を選び、これでは本との出会いを妨げて本嫌いにさせるデメリットのほうがはるかに多い。


私はウォルシュ氏の問題提起を心に留めながら孫の夏休みを観察している。
ユキはすでに夏休みの宿題を終えたが、少々頼りないところを補習してやろうと知子が適切に関わっている。願わくば男の子でもピアノに親しんでほしいと思うが、知子が専業主婦でない限り伝授してやることは難しい。

今は寝ても覚めても蝉のことばかり。
たった今も「子どものアブラゼミと大人のアブラゼミをつかまえた!」と興奮して虫かごを見せに入って来た。私は毎日何度玄関に呼び出されることか!そんなユキに私は感動している。1年生から3年生くらいまでは遊びに夢中になれるようにしてやるべきだ。


ユキはまだまだかわいい年頃なので、今しかできないことを楽しむためにもユキと一緒にラジオ体操に参加しようと思っている。情けないことに今の私にはこんなことすら比叡山の千日回峰行のように感じるのだが。

今日は昨夜の夜更かしで血圧がかなり高くてしんどかったので行けなかったが、骨量も年齢よりも「少なめで要注意」と判定されており、地域のラジオ体操を機に習慣づけようと思っている。
明日から9日間、実践できなかったら情けない。

8月2日追記:今朝は雨でラジオ体操は中止だった。手(パー)


posted by 優子 at 17:51| 教育 | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

1・2年生の道徳の教科書に二宮金次郎?!

先週は何か忙しく落ち着かない1週間だった。ようやく今週からユキの給食が始まり3時過ぎの帰宅になったが、それも束の間で家庭訪問が始まり1時過ぎに学校をあとにする。

23日には入学後初めての参観日があり、知子は消費税変更の関係で仕事が増えて夜遅い帰宅が続いており、参観日で半日とられる時間を捻出すべくどうしようもないほど激務を極めている。

私も給湯器の付け替えの打ち合わせやインターネット工事の打ち合わせで落ち着かない中、オバマ大統領来日の日米交渉や共同声明を見守っていた。アメリカ在住の冷泉彰彦氏のニューズウィーク・コラムによれば、
「そもそもアメリカでは今回の大統領のアジア訪問に関しては、それほど大きく取り上げられていな」くて「今回の首脳会談を一言で言い表すのであれば『同床異夢』であり、そのことは、アメリカの報道の『寿司抜き』『安倍抜き』『尖閣抜き』にあらわれている。」と論評している。

その同じコラム欄で冷泉氏の「道徳教材に『二宮金次郎』、何が問題なのか?」 を興味深く読んだ。小学校に入学した孫の道徳の教科書を開くと、確かに「小さなど力のつみかさね」の表題で二宮金次郎(尊徳)が取り上げられている。

私も「あの二宮金次郎?!」と少々驚いた。娘たちの小学校は新設校だったということもあるが金次郎の像もなく、我が子の世代は教えられないまま育った。そもそも道徳の教科書は一度も使ったことがなかったようだが、私は小学校卒業以来ずっと忘れていたことから金次郎が遠い存在になっていたので驚いたのだと思う。

親孝行をして寸暇を惜しんで勉強して偉い人になったと教えられてきた。「兄弟仲良く孝行を尽くし、手本は二宮金次郎」という歌を私は今も憶えている。学校ではなく母か祖母に教わったのだと思う。

私の小学校時代には殆どの学校に二宮金次郎(幼名)の像があった。像の尊徳が読んでいるのは『大学』であり、それはブログ前ページにある4月22日記述の中江藤樹が影響を受けた書物でもある。

しかし、今なぜ道徳教育に金次郎を用いたのだろうと国の思惑を考えたりもするが、金次郎は「虐待被害の話であり児童労働の話で・・・要するに21世紀の現代社会では、この『二宮金次郎』のストーリーというのは批判的な討論の材料にしか使えないのです。それを小学校1・2年生用の教材に使用するのは誤りだと思います。」という冷泉氏の論評は、空洞化した頭ごなしの批判であり知識の羅列に過ぎないと思った。

そうではなくて子供たちは二宮金次郎の生き方を知って、どのように判断を下し、自分の考えをどのように発表するか。そのことにこそ教育の重点を置くべきであり、自分の頭で考えて発表するという能力を養うにふさわしい教材だと思う。

日本古来の文化を否定して遠ざけるのではなく、今を生きる子供たちに考えさせてほしいものである。
さて、孫もまた教科書を使用することなく終わってしまうのか、私にはそのことのほうが関心がある。


附記:昨日、「NTT光フレッツ・はやぶさ」に乗り換え工事を終え、本日、無線ランの環境にも整えて無事完了した。これで今までの100メガから1ギガの速さになった。

posted by 優子 at 22:40| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年11月13日

『盲導犬クイールの一生』読後メモ

昨日、ユキが今年の幼・小回覧図書を預かってきた。当PTAの教育推進活動の一貫として毎年継続しているもので、今年度は盲導犬が社会的に周知されるために『盲導犬クイールの一生』が選出された。

クイールについてはドラマ化もされており、私も名前だけは知っていた。本を数日間で次の人に回さねばならないので、平日に読む時間はとてもない知子(連夜12時過ぎまで仕事をしている)のために、私が読んで内容と感想だけでも伝えてやろうと今朝家事を終えて本を手にとった。

メモを取りながらでさえ30分で読み終えたので、ゆっくり味わいながらでも1時間あれば読めるだろう。知子に本を手にとるように勧めたい。

私の心にとまった言葉やエピソードは、
★子犬は「節度ある愛情の中で」育てられねばならないこと。

「この子は何があっても叱らないでください。」ということが、クイールの盲導犬としての適性を伸ばすのに最良だと感じていたということ。

素直さの光る犬

★訓練士はそれぞれの犬の性格や能力を頭に入れて接するということ。

★盲導犬使用者の言葉:
 「ハーネス(盲導犬が装着する盲導具)をとおして青空を見ることができる」。
 「盲導犬を失ったとき、再び失明したと思った」。


★「わしゃ、犬はいらん」と言っていた犬嫌いの盲導犬使用者・渡辺さんがクイールを友としたこと。
― 夜、訓練センターの宿泊所に入り、自分の部屋に布団を敷く渡辺さんと、その様子を見つめるクイール。静かに見守っているようで、よく見るとクイールはそわそわしていて、もし渡辺さんが「手伝ってくれよ」とでも言おうものなら、本当に手を出しかねない。そんな様子なのである。 ―(本文P92より)

★クイールが10年ぶりの里帰りで、たった8ヶ月間過ごしただけのパピーウォーカーの家へ戻ってきたとき、全てを覚えていた(ようであった)こと。


これら感動したこととは反対に「盲導犬使用者」という言葉は、読むたびに違和感があった。「使用」は「物」に対して使う言葉であり、「利用」は「使用」よりもはるかに「役立つ」という意味合いを感じるが、「利用」もまた尊い働きをしてる生命に対して使う言葉ではないと思う。

心に強く感じたことは、犬でさえ愛の中で育てられながら訓練されていくのであるならば人間はなおさらのことであり、全てはそのことに集約され帰結する。
子どもを授かった者はあふれる愛の中で育て、正しい価値観に立って教育し訓練するのが賢明だ。お互いに子供の良さを引き出してやれる親でありたいものだ。

そして、クイールの一生のように自分自身の使命を明らかにされて全うする生涯でありたい。


★「犬は、自分の立場、地位を決めてもらうと気持ちが安定するんです。」という言葉から、一つの聖句が私の心を照らした。

「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」。(イザヤ書43章4節)

人は皆、私たちを造られた神さまに自分が愛されているとわかった時に平安が与えられ、意味のある生き方ができるのである。これは神さまが私たち一人ひとりに言われている言葉である。

後半から目頭が熱くなりティッシュ片手に読み終えたが、同時に感動と共に脳に異変を感じていた。読み終えた時、案の定血圧が上がっていた。
先週末に受診した時も、医師から「のんびり、のんびりと」生活するように言われたが、こんなことでは血圧に縛られてしまう。

なお、『盲導犬クイールの一生』についてはここに、盲導犬の関連記事として過去ログに「盲導犬の育て方に学ぶ」がある。

我が家のチャッピーも14歳6ヶ月。柴犬の寿命は12〜3歳だそうだ。1日に10分間でもいいからそばにいて遊んでやりたいと思いつつ14年経ってしまった。悔いるのがわかっているのにできないでいる・・・

posted by 優子 at 11:55| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

市民講座リポート・「親子であるゆえの難しさ」より

昨日に続いて今日も2つ目の記事を続けたい。昨日開催された当市の市民講座、川合春路氏による「親であるゆえの難しさ 〜我々は子どもとどう向き合えばよいのか〜」のリポートだ。

今、教育界の批判の槍玉に挙げられている「ゆとり教育」は、本来の意味合いと全く異にしている。
「ゆとり」を打ち出したのは永井道雄(教育社会学者)、今から約40年前の三木内閣で文部大臣を務めた人である。

しかし、彼が掲げた「ゆとり」とは、忙しさの中で自分を見失っていることの反省から出たものであるのに、その本意が見失われて広まってしまったと、このような導入から本論に入っていかれた。

私は現在子育て中の母親たちの表情を興味深く観察しながら耳を傾けていた。以下は私が理解し心にとまった事柄である。

「ゆとり」とは子供自身が生きていてよかった、楽しいと感じて自分自身を展開できる状況を作っていくものである。それに必要不可欠なものが「ゆとり」であり、自分を取り返すということである。楽をして自堕落になることではない。

このことを頭の中でわかっているだけでも全然違う。なぜなら何かの時に「これでいいのかなあ」と迷いが出てきて、その迷いが助けとなるからだ。迷うことのできるゆとりを持つというわけだ。

だから時々でいいから自分を振り返り、「私のやり方でいいのかなあ・・・この子をダメにしてしまわないだろうか」と考える。それが子供を大切にしているということであり、突き放すのではなく見守り支えるのである。

依存から自立に向かって苦しむ思春期の時は、手助けしたくても手や口を出さないことが大切だ。そして、相談にきた時はくどくど言わないでちょっとだけ言う。

子供が注意したとおりにならなくても当たり前と思えばいい。ちょっと言うことが非常に良い働きかけになっている。それもまた「ゆとり」である。そのしんどさに耐えていくのが子どもを大切にしていることだ

親は自分ができなかったことをやらせたいと子供の自由な選択を許さなかったりする。
保護者の中には我が子かわいさゆえの情愛があまりに強くて、「悪いのは誰々でうちの子は悪くない」と主張し身びいきする人がいる。
あるいはまた、親は「こんなにやっているのに!」と子供に情愛を押し付ける。そのような情愛ではなく、字を逆転させた愛情が子供を大切にするということである。

ランドセルを背負ったまま塾へ行く子供たちをよく見かけるが、彼らはコンビニにたむろしてカップ麺をすすり、プラットホームで夕食のつなぎのお弁当を食べている。夜遅く帰宅すれば気晴らしにゲームをする。この子供たちはいつ寝るのだろうか?!

幼稚園年長になればお稽古や塾に追い立てる親も多い。しかし、あの時期はうんと遊んでいないといけない。そこからつかんでくることがないと弱い子になる。

このように子供たちは追い立てられて毎日を過ごしており、このような毎日に適合していき、それがないと不安になっていくのである。
それは親も同じでとても危険なことだ。親は子供たちの明日を見ていないと思えてならない


今取り巻いている状況はあまりにも厳しく、例えば環境問題にしても今世紀末には地球の気温が4〜5度上がると言われている。これはもう大変な事態である。

今世紀末と言えば今の子供たちには現在であり(生きており)、ということはまさに私たちの問題でもある。そのような時代を生きなければならない現実問題があるのだから、今やれることを必死になってやらなければならない。

子供たちは厳しい明日を生きることだけは間違いないだけに、より良い明日を迎えるために今準備しなければならない。それは子供たちがゆとりを持てるように親が必死の気配り、努力をしようということだ!


「良い子」とは学術優秀で品行方正な子ではなく、困難にくじけないたくましさ、粘り強さ、我慢強さを有する子である。
とまどいつつも、迷いつつも、焦らず、諦めず、自分を見失ってしまうことなく途を開ける人間に育てねばならない。


例えば、教えてもらってないところがテストに出たからできなかったと言うような、教えられなかったことに対してお手上げではいけない。教えてもらわなかったことの連続が我々の人生ではないだろうか。

親は苦しんでいる子をハラハラしながら見守るのであり、子供にとっては親がいつもそばにいてくれるのが大切なのである。そうすることで子供は安心し、親から信頼されていることがわかる。
親子関係は難しいがこんな素晴らしい関係もない。

他人の評価が気になるのは誰しもあるが振り回されてはならない。謙虚さを持ちつつ自己変革していく しなやかさが必要だ。

子どもを型に押し込めない。はみ出すところがあるというのがその子の個性が生きているということである。自己主張できないのは集団に組み込まれていないと不安になるからだ。

以上、書くことで学びがより一層確かなものとされたように思う。

講演終了の定刻7分前に退室したので最後まで聴けなかったのは残念だが、困難な時代を生きる子供たちの子育て、次代を担う子供たちの育成がいかに重要であるか、講師の謂わんとするところは十分受け止めることができた。

時間の流れと共に常に世代は入れ替わり、今の幼児が中心になって人々のために働く時代が来る。
その時、この子供たちの中から自然科学者や社会科学者ほか、あらゆる分野の研究者が育っていなければならないことを思うと、真の教育について考えさせられることしきり。

なぜならば仮に高学歴を獲得したところで、生きることの意味を知り「良心を手腕とする人物」でなければ知識を生かすことができないからだ。


講師が自己紹介の中で、「私は義務教育、特に小学校をいかに充実させていくかに主眼を置いて活動している。そんな私が今強く思っていることを話したい」と言われたとおり、実に示唆に富む話だった。

私は改めて子育ての大任を思うと同時に人生の羅針盤である聖書を与えられている恵みを感謝した。
ユキのことも本質を見失わずにユキはユキらしく育ててやればいい。そのためには私や知子がぶれないためにも神と共に歩むことだ。私は精神の高揚を感じながら帰途についた。


posted by 優子 at 18:18| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年10月30日

現代の教育講演会に参加して思ったこと

今日は知子の代理で市民講座に参加するために総合福祉センターへ出かけた。講演内容は現役子育て中の保護者に焦点を当てたもので、10月から5回シリーズで「親子関係を考えるU」が開かれていた。

先週の水曜日は臨床心理学の立場で「グリム童話から思春期の子どもと母親の関係を考える」というので、私が参加するつもりだったが台風関係の大雨で欠席した。

最終回の今日は「親子であるゆえの難しさ 〜我々は子どもとどう向き合えばよいのか〜」で、これは知子が希望していたのだが昨日は参観日で連日の欠勤になるので断念した。ならば私が聴いてきて要点を伝えてやろうと思った。

ユキが幼稚園に入園して思うのは、専業主婦だった私はPTA活動にもかなりの時間を割いて協力できたし、それらを通して私自身が育てられてきたのだが、あの頃は知子のように仕事をしながら子育てしている母親のことを今ほども関心を持っていなかった。

専業主婦も忙しくはあるが手抜きするのも自分次第であるのとは違って、勤務する母親は幼稚園や学校からの便りを読むのも必死である。

私は働く母親が、あるいはシングルの父親が短時間で読めるように、これだけはと思う要諦だけを広報してあげたいと思うことがよくある。仕事があると学校教育や子どものことに関心があっても時間を割くのが難しいからだ。

ということで、私は常々知子の秘書のごとくに必要なことを伝えたいと心に留めている。
今日は公共バスで行くので講演会が始まる1時間も前に着いてしまうが、保健医療課でユキの医療証交付の手続きもできるとあって一石二鳥と勇んで出発した。多忙な娘の役に立てるのが嬉しいのだ。

講師の大阪樟蔭女子大学の川合春路氏は私より2歳年上で、今も現役で教育界で活躍しておられる方である。講演は氏の使命感をも感じさせる素晴らしい内容だった。

講演から私たちの教育観で間違いないということと、常に心をこめて生きよということだったよと知子に伝えてやりたいと心が躍った。

子育て現役の人たちへの教育講演は全く違和感を感じなかっただけに、最初のうちは何も耳新しいことがなくて少々退屈に感じ、そしてまた既に過ぎ去った人生の淋しさを感じたりしていたが、氏の例話から新たに気づかされ深く考えさせられて、いつしか淋しさなど忘れて共感し感動をもって聴き入っていた。

時代が変われども子育ての要諦は変わらず、加えて現代は私が子育てしていた頃よりもはるかに混沌とした状況であるから、以前にもまして確固たる理念と信念がなくてはならないというのが私の感想だった。


2時間に1本というバスの関係で終了7分前に退室しなければならないのは残念でならなかったが、今ではめったに講演会に出向くこともないだけに貴重な時間を過ごさせていただいた。

知識としては何も新しいものはなかったが、ビデオやネット中継で聴くのではなく生の講演は心に響き、子育てを終えた私の心をも感動させた。
勿論反省することもしきり。そこがまた生きている証であり、新鮮な感動を伴って聴けるのである。知子だけではなく子育てママのためにもページを改めてお分かちしたい。

それに先立って講演の初めに紹介された詩、ノーマ・コーネット・マレックさんの「最後だとわかっていたなら」をご紹介しておきたい。(※ 詩の題名をクリックしてください)

講師はこの詩から、「私たちは一番大事なものをあとまわしにするが、あとまわしにしてしまわないようにという強い自覚が必要だ。そのために時々、『死』に目を向けることが大切である。私は年をとったから強く感じるようになったのだろう。」と語られたが、私も全く同感だ。

人生とは何か、人間にとって何が大切なのか、それがわかれば正しい教育観を持って子どもを育てられる。ユキの教育もまた娘たちの育て方と同じスタンスと方向で間違いないことを今一度確認することができた。そもそも教育とはそういうものであるのだから!
講演内容も乞うご期待!


附記:今日62歳の誕生日を迎えた。感謝!

posted by 優子 at 18:34| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

『人生の朝の中(うち)に』

「どんなに小さい小鳥でも 神さまは育ててくださる」って、
 イエスさまのおことば。

「名前も知らない野の花も 神さまは咲かせてくださる」って、
 イエスさまのおことば。

「よい子になれない私でも 神さまは愛してくださる」って、
 イエスさまのおことば。  アーメン
 
                      (讃美歌21・60番)
 

私はこの讃美歌を歌うたびに幼子のようになっている自分に気づき、平安と意欲が充満するのを覚える。

そして今、数日前にユキのことで話してこられた方々のことを思い、養育する者の大任について黙想させられている。
あの時、会話の中で機会を見つけて私はこのようなことを話した。

「そういえば昨日(7月11日)のお昼ご飯の時だった。ユキに卵を割らせたら大失敗して見事に床に落ちて、私の目は点になった。私はユキを怒らないように数秒間葛藤した。しかし、ダメだった。

『ユキ、どうしてそんなに強く力を入れるの!
卵はボールではないよ。あっちへ行って!』
と言ってしまった。
弱い自分と必死で葛藤したあとだっただけに挫折感に苛まれた。

しかし、床の掃除を終えてテーブルについた時にユキに謝った。
『ユキちゃん、ひどいことを言ってごめんね。ユキは何も悪くない。悪いのはおばあちゃんや。ユキはわざとしたのではないのにひどいことを言ってゆるしてね』。

そして、寝る前のお祈りでも、―私たちは寝る前に神さまにお祈りしているが、この日も知子の帰宅が遅かったので、私はユキの手を握って祈った。
『神さま、ユキにひどいことをしたことをおゆるしください。ユキちゃん、ごめんなさい。』と」。


すると話しておられた方々は口をつぐんで、「おばあちゃん(私のこと)は偉いわ」と、つぶやくように小さな声で何度か言われてひどく感じ入っておられた。
この時、私の思うところのコメントは控えたが、私が言おうとしたことを羽仁もと子は見事に書いている。

「子どもをどう育ててゆこうかというよりも、自分自らどうなるべきかが問題である」。(『人生の朝の中に』)

育児は「育自」であり、子育ては自分自身が育ち直すことでもある。まず自分自身を見つめ、本気で自己を改造しようとする苦闘を避けては子どもの養育はできない。

私はこの年齢にしてこのような情けない現状だが、何度失敗しても何度も悔い改め、神のみ声を聞き入れる者でありたい。現実は情けなくてもこれこそが神に喜ばれる生き方であるのだから。


羽仁もと子は子供側にも力強い励ましを書いている。
花は花であり、実は実である。親は親であり、子は子自身である。
それゆえに肉親の親が親甲斐のない時も、それに附属したさまざまの環境のよくない時も、決して自分はよい人間、幸福な人間になれないのだと思うのは間違いである。

父なる神によって生きることを自覚して、そこに自分の生命の立場を置くものは、その兄弟たちの手でエジプトに売られて行っても(創世記37章〜50章:エジプトに売られた「ヨセフ物語」)、輝くその使命を果たすことができ、どんなに良い環境に置かれていても、父なる神を信じそれによって生きる自覚がなかったら、多くの不満をその親しき人々をはじめすべての周囲に持つことになり、それが他の生命を弱くすることになるのである。

私はその両者の極端な例を思い浮かべることができる。全ては自分自身がいかに生きるかなのだ。お互いに悔いのない人生を送りたいものである。

上記の数日前の出来事については内容よりも、話してこられた動機に大きな問題を感じている。
私は忘れないでいたい。
全てのことは愛の中でのみその働きをすることができるということを。


posted by 優子 at 22:59| 教育 | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

教育現場では教師の暴行を体罰という

大阪市立桜宮高校のバスケットボール部キャプテンの2年生男子生徒が、顧問の教師から暴力を受け続けて先月23日に自殺した。

このニュースを耳にした時、帰国していた次女は「23日と言えば私たちが教会でクリスマスをお祝いしていた日・・・」と言葉を詰まらせた。そのあと誰も言葉を継ぐことなく長い沈黙が落ちた。

その後、日を追って詳細が明らかになってきた。
私はあまりの出来事ゆえにブログで取り上げることさえできなかった。しかし、1日として脳裏から消えたことはなく、ましてや能天気に関心事は我がことだけとばかりに書いていたわけではない。

このニュースを耳にした瞬間、教師や学校関係者に対してだけではなく周囲の生徒や保護者たち、また、体罰を容認している世間の風潮と自死を選んだ子供にも憤りを覚えた。

「なぜ死んでしまったのか!!! 死ぬ気になれば何でもできるではないか!!!」と、もはや取り返しのつかない命を前にして心の中で地団駄踏んで泣き叫んでいた。

体罰は教育の邪道であり絶対にあってはならないことだ。専門職というプロ意識など全く感じられない。しかも、このようなことが学校外で起きれば間違いなく暴行事件であるのに、それを体罰としていること自体に耐え難い憤りと悲しみが突き上げてくる。


暴力だけではなく依然として言葉の暴力もまかり通っている教育現場である。それに対してどのくらいの保護者が問題意識を持っているだろうか。私は微々たるもの、いや、皆無かもしれないと思っている。
是非、過去ログ・「小学校教師の暴言に唖然!」(2011年10月1日)を再読していただきたい。

ところがまたその対極では、心ある素晴らしい教師が心身を病むほどに悩み込んでいる。

中学校に入学した段階で一部の子供たちは、既にどうしようもないほどに人格の基礎が歪んでしまっていて、先生方のプライドも何もかもをズタズタにしてしまう現実がある。あまりの過酷さに入院や退職される教職者もあとを絶たない。

子育て中の親なのに学校環境や社会に対してあまりにも問題意識が稀薄すぎる。問題意識がないから当事者意識もなく、全く声が上がってこない。

しかしながらこれでいいのだろうか。
子育て中に人間として大切なことを学ばなくてどうする!
子供を授かった者は、子育てを通して自分自身が育ち直す時ではないのか!


親たちの話題になる関心事はただただ「勉強」と呼ばれる関連のもの一色だ。しかも幼稚園児の年齢から!!!
幸いなことに孫が通っている幼稚園は、親を導くという重要な使命をも強く持って働きかけて下さっている。

私は昨秋から人間の実相を直視しての問題に心を痛めている。あまりにも客観的かつ相対的に見ることができない人について考えさせられている。
いや、それ以前に自分が困っていることにも気がつかないのか、悩まねばならないことに悩めないのだ。現実逃避が身についているのか、あるいは自信や自己顕示欲が強すぎて自己洞察ができないのだろうか・・・思い煩う日々である。

理解し合えると思うのは幻想で、私はいい年をして未だ自分の限界も知らずに神さま抜きで自分の力でしようとしているのだろうかと、問題に巻き込まれて見えなくなって迷妄に陥る危うさを感じて、今週に入って敬愛する祈りの友に相談をかけることにした。

この年齢の私でさえ新手のむつかしさに悩まされているのであるから、自死した生徒は苦しみ抜いたのであろう。生きることがどんなに尊くてどんなに素晴らしいことであるかを知らないままに、可能性がいっぱい詰まった若い命がまた一つ失われた。惜しまれてならない。

どの組織や人間関係においても互いに育ち合い高め合う存在となって、生きる喜びを味わいたいものである。


附記:こういう重い記事を書くと、頭の中の血管がズキンズキンしてくる。血圧がかなり高く上がっているのだろう。こんな時はユキやマチの記事を開いてリラックスするのだが、大急ぎで夕飯をつくらないといけない。


posted by 優子 at 17:56| 教育 | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

日本語と日本人の意識構造 ―回想私の子育て―

先日、長女が次女夫婦との会話でこんなことを話しているのを耳にした。
「日本人の礼儀正しさは断定を避けて、『〜と思います』や『〜ではないでしょうか』という話し方だから、はっきり物を言うと喧嘩だと思ってしまうことが多いよね。
だからあちらでは”would ”を多用したくなるのが日本人だと思うけれどどんな感じ?」


これは私にも興味深い話題なのであとで聞いてみると、長女の想像は次女夫婦とも一致した見解だったという。

アメリカで日本(語)的発想でやっても議論を深められないようだ。
それは文化や言葉の違いだけではなく、人は全て個性が違うというのが根本にあるので、議論のあとも気持ちを引きずっている人もいるのであり、それは人間の普遍的な姿だというのがマチ・クマの印象だった。

これを聞いて私は学生時代に読んだ笠信太郎の『ものの見方について』に書かれていたことを想起した。これは笠氏が朝日新聞の特派員として8年間欧州に滞在した時の仕事や生活体験から書いたものである。

近年私は文化論や日本人の意識構造だけではなく日本語そのものにも関心がある。
日本語の美しさ、豊かさはそれを母語とする私達の誇りであるが、他方で日本語の成り立ちゆえに意識構造の弱点も見逃せない。

ここまでは導入部分でここからが話したいことである。
日本人は「ノー」と言えなくてぼやかしてしまう。その本意は関係を壊したくないという懸念と、はっきり物を言うことは失礼だと考える文化だからである。

ゆえに、「何となく〜と思います」や「〜ではないかと思います」、あるいは「そのようなことはないとは限らない」など、遠まわしで婉曲な言い方をするのだが、ここに日本人の特徴とする主体性に欠ける弱点が形成されていくバックボーンがある。

井上ひさしは、「日本語が曖昧なのか、日本人が曖昧なのかわからないが、自己表現、主張しない日本人だからではないか」と言っているが、森有正は真髄を突いている。

つまり、「人間が自分を主体として、第一人称として、自分の世界を述べ、それを背負っていくことが、いかに困難であるかということ」、そして、「常に一人称が成立するためには同時に他に向かっては三人称でなければならない」と言う。

これに関連する内容を何十年も前に新聞紙上に掲載してもらったことがある。その投稿文にも書いたことであるが、日本では常に二人称でしか生きていけない。

例えば、私は誰々の娘、誰々の妻、嫁の誰々と意識させられる社会だからだ。加えて日本語は相手によって言葉を変えなくてはならない敬語の問題がある。

英語ならば相手が大統領であろうと我が子であろうと"you"でいいが、日本語はそういうわけにはいかない。相手によって自分の位置がアップダウンし言葉遣いや語尾を変化させなくてはならない。

その点英語は相手によらず同じ言葉であり、しかも英語は論理的であるからロジカルシンキングをも訓練しやすいと思う。

しかし、日本文化の中で一個の人間としての意識を築き上げるのは容易ではない。その意味において、私の子育てで重要視したのは日本文化の弱点を補おうとした点であると言える。

即ち、娘たちには自分の頭で考えて判断できる人に、そして、自分の意見を言える大人に育って欲しいと願って育てた。

私が子供たちの小・中学校時代によく言ったことは、大人も間違えるし、親や先生の言ったことが常に正しいとは限らないということだ。
先生が言ったことだから正しいのではなくて、その人がどのようなことを言ったから正しいと考えるように機会あるたびに教示した。

それは周囲に迎合する安易な生き方ではないだけに、時には周囲との摩擦や抵抗にも合っただろうが、自分は自分だという自己の自覚をもてるようになることを教育の目標に据えた。

娘たちは私の期待に応えてしっかり自己を見つめながら歩むことを身につけた。それでこそ知育も大いに発展していくのであり、学ぶことは面白いと思えるようになる。そうなれば学習面でも大成功である。

その後、私は森有正と出会い、「自分は一個の人間として立つという自覚を養うにはキリスト教の『神』の存在が出てこないと不可能である」と述べているのを知り実感をもって共感したのだった

両親が同志社で学ばせてくれたことが生かされ、その後神との出会いにより、私だけではなく娘たちの教育にも多大なる影響を与えた。


日本人が英語圏で仕事をするのは母国に居る以上に努力を要すると想われるが、次女に賜った能力はますます養われてその手応えを感じることだろう。

posted by 優子 at 17:59| 教育 | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

小学校教師の暴言に唖然!

昨日の朝から一斉にキンモクセイの香りが漂い始めた。いよいよ秋本番である。
運動会シーズンたけなわの今日この頃、9月に入ってから近くの小学校から音楽や指導する声が聞こえていた。時折、行進曲だけではなく教師の暴言も聞こえて気にはなっていた。

昨朝はそのこともスッカリ忘れて、音楽に誘われるままにチャッピーの散歩を兼ねてユキと一緒に出かけた。そこで耳を疑う教師の暴言の現場を目撃して唖然とした。

1時間以上も動悸は治まらず、血圧もみるみる上がっていくのがわかった。3時間程経ってようやく落ち着いたが、今これを書き始めると再び体調に影響していくのがわかる。

朝礼台に立って指導(?)していた教師の暴言たるや暴力団と全く同じであった。特に乱暴な言葉を吐く時にはマイクを外して言っていたが、マイクを通しているような声で怒鳴っていた。

全体練習が終わる直前に4人の女の子(たぶん6年生)に「おまえらこっちを見てないやないか。立っとれ!」と立たせたままで、休み時間中の5分が過ぎ、6年生だけで組み立て体操の練習のために一斉に集合してきた。

こちらから見る限り、子供たちはチャイムが鳴って集合した瞬間から、いや整列する前から私語も無く整列していたのであるが、その中心的教師が「おまえら何してるんじゃ!」と、それはそれは舌を巻いて大声でまくし立てた。

子供たちは暴力的な力で押さえつけられていた。
他の教師もまた「やる気出してやれ!」と、子供たちは真面目にやっているにも関わらず、学年の3名の教師はそれぞれに乱暴な言葉を吐いていた。このような暴言が蔓延しているのである。

いつからそうなってしまったのだろうか。
民生委員として出入りしていた頃はこのような雰囲気ではなかったから、ここ2〜3年で変わってしまったのだろうか。私は暴力的恐怖を感じた。

憤りを通り越して悲しくなり見てはおられず、体調も心配になって早々に立ち去った。近くで校庭の木々の世話をしておられた男性に印象を聞いてみたが、「どこでもこんなもんですよ、運動会やからね」と淡々とした返事が返ってきただけで、私の拒否反応を快く思わなかったようだ。

これでは社会がよくならないはずだ!
これが学校と言えるだろうか!
子供たちの純粋な心をどんどん歪めてるだけではないか!
ユキがいなければ即刻校長を訪ねたであろう。


私はあまりのショックで知人の意見を聞いた。その方は長年小学校の教職に就いておられた近隣の方だが、私の期待した教育論にはならなくてガッカリした。その電話を切ったその手で学校へ電話し、校長に次のようなことを話して職員への注意喚起をお願いした。

「このような力で押さえつけていれば、子供達は来春中学校へ入学した瞬間から『先生』を『おまえ』と呼びますよ。
問題は子供ではなく教職員です。管理職の校長としてのご苦労はわかります。職員室の雰囲気も想像できます。しかし、これではプロ意識に欠けるどころか教育ではない。・・・目に見えない努力をし続けて下さい」。


今はモンスター保護者も出現している時代だが、教師もまたこれでは話にならない。
私は今再び子育てを半分担う日々にあって、時には自己嫌悪に落ち込むほどイライラを孫にぶつけてしまったこともあった。「口先だけではなく深く悔い改めさせて下さい」と祈り続け、心から孫に詫びたことも何度かあった。

昨朝目撃した現場はここの小学校に限ってのことではないだろう。だからと言っていいということではない。大人は子供に敬意をはらわなくてはならない。

私の子育て中にも同じようなことがあった。やはり小学校でのことだ。その先生には半年かけて理解してもらえたが、長女の心に深い傷をつけたままだった。その時のことを思って書いたのが下記の文章だ。

しかし、私はこの時はまだ、傷ついた心へのフォローがどんなに大切なことであるかに気づいてはいなかった。長女の気持ちを十分フォローしないで置き去りにした悔いがある。

聞こえていますか子どもの叫び

「まず自分の言葉が相手を傷つけるかどうかを感じる能力を育てること。それが育てば、バッハやモーツァルトの美しい音楽を感じとることができる。」

これはヴァイオリンの早期才能教育で活躍された鈴木慎一郎氏の言葉です。
つまり、自分の言おうとする言葉が相手の心にどう響くか分からないようでは、バッハやモーツァルトを感じとることも演奏することもできないとということでしょう。

言葉は脳で言語化されますが、精神的発達と関係し魂に関係するものです。
子供達の多くの事例を見ても明らかなように、知能を展開させていくのも心であり、心を豊かにすることが最重要事項であることがわかります。

そして、その心は経験により形成されていくのですから、主に親や教師との関り合いの中で作り上げられていくわけです。
私達はそのことを今一度記憶すべきではないでしょうか。   

 (藤戸小学校PTA広報委員会 1992年2月4日発行
      ふじとニュースNO.30より転載)  

詳しくは過去ログ:2006年10月4日で取りあげている。(http://yukochappy.seesaa.net/archives/20061004-1.html
この広報紙は年間に40号を重ね、その最終号には次のように書いた。

親が子供を映す鏡なら、学校もまた子供の心を映す鏡です。そして、PTAの存在が我が子の教育を見守る唯一の場です。
2年間の広報活動を通して、親と教師、親同士の相互理解を深めることがいかに大切かを痛感しています。

「親同士のコミュニケーションが深まると、学級の子供たちは中学校でも生き生きするから不思議ね」と言った、かつての同僚の言葉を思い出すのですが小学校ならなおのごとしでしょう。

親と教師の関係も同様ですが、教科担当制の中学校と違い、クラス担任制の小学校では子供と担任の先生との関係は何よりも大切です。
学校の主役である子供にとって、学校が楽しいところでありますように。

この新聞を通して親同士の話し合いが深まるきっかけになったように思います。しかし、先生方からの声が全く無かったのは残念でした。今後はPとTの意見交換へと発展していくことを願っています。

1年間、お読みくださりありがとうござました。最後に、アメリカの市民運動の先駆者、ラルフ・ネーダー氏の言葉を贈ります。

「理想的な市民は、自分の仕事や家庭だけではなく、政府を改善するとか、公害をなくすとか、学校をよくするとか、これらのことにも時間を割く人達だ。
そうした努力なしでは、民主主義は堕落し、少数が多数をコントロールしてしまう」。

もう20年も前に書いたものを読んで、一生懸命子育てに集中していた時を懐かしく思うでけではなく、孫育てに関わっている今、幼稚園や学校環境が再び視野に入ってきている。
年齢を重ねた今、若い頃に口ずさんでいたことや書いてきたことがいかに大切なことであるかを実感するだけに真剣だ。

教育界もますます問題は複雑になるばかりであるが、清水安三の如く「われら四方より患難(なやみ)を受くれども窮せず、為(せ)ん方つくれども希望(のぞみ)を失はず」、一切を神に委ねて「祈りつつ前進」しよう。

昨日の午後からの雨も夜には上がり、今、小学校から運動会の音楽が聞こえてきた。子供達の良き思い出になりますようにと祈ろう。

私は教会規則改訂委員会のためにまもなく教会に向かう。
会議中は明日の奏楽の練習をしながら待っているからと、知子が送迎してくれることになっている。ユキは爺(じい)保育園。神と共にある幸せをしみじみ思う。

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2007年05月15日

母の使命と幼児教育

昨朝は民生委員会から幼稚園児の登園時にティッシュ配りをした。去年は保育所を担当した。園児の小さな手にはティッシュさえ大きかった。

園の先生と立ち話ししながら、娘達がお世話になった幼稚園の先生を思い出していた。
私にとって長女の入園は、特に強烈な印象として残っている。

短大で幼児教育を学んだ人たちが、専門職員として活動しておられる姿は私の目に眩しく映った。何の問題意識もなく大学時代を過ごし、まもなく見合い結婚し、すぐに子供達を授かり、ボヤ〜〜と生きていた私には、彼女達の姿は衝撃的だった。

私とはさほど変わらない年齢の人たちが輝いていたのだ。その衝撃に始まる長女の入園は、子供の成長だけに留まらず、私の社会性が育まれていく始まりであり、母親としてだけでもなく人生の始まりでもあった。

それから27年、昨日は懐かしさというよりも、初めて幼児教育について関心を持って保育者や園児達を眺めていた。先生とも少し話した。
そういえば、去年の幼稚園創立50周年の記念誌に私のメッセージも刻まれている。冊子が見当たらなくて正確なことはわからないが、限られた字数で伝えたことは、

「ゆりかごを動かす手は世界を動かす」のだから、高い理想と情熱をもって幼児教育に携わっていただきたいという要旨だった。

幼稚園生活の2年間は、幼児だけではなく親にとっても大切な時である。現代のような時代であるから尚のこと、幼児教育はもとより親を導くという重要な使命がある。
三浦綾子さんは書き残している。

「母親は子供の魂の導き手。子供が母の言葉を聴き、することを見て育つ、子供は親を真似て育ちます。

『親は針、子供は糸だ』とよく聞きますね。
針が真っすぐに進めば、その縫い目も真っすぐになります。
曲がって進めば、正直に縫い目も曲がります。
この社会を造っている私たち大人は無責任に生きられません。」


どんなに時代が変わろうとも、子供の問題は親の問題であることに変わりはない。

「神よ、私の母を祝福して下さい。・・私の全ては彼女のおかげです。」とは、リンカーンの言葉である。
神への篤い信仰に生きた偉大な母が、わが子を神に用いられる器に導いたのである。


神さまは昨朝の小さな任務さえ用いて、私を主の牧場(まきば)に連れ帰って下さった。こうして、「母の日」の一日遅れの昨日、神により心の棘(とげ)と悲しみを取り除いて頂き、神の平安と感謝に満たされたことを感謝した。

そして、昨夕も時間が与えられて義母と散歩をした。人のうわさ話で終わりませんように・・・主は会話を導いて下さった。

私たちが引っ越してくる以前は、テニスコート横の急な坂道は義父と義母の散歩コースだったそうだ。
「おじいちゃん(義父)は、いつもここに座って休憩していた」と義母に教えてもらった。

その姿を想像しただけで私は涙が出た。
「思い出しても、お義母さんはもう悲しくないの?」
「思っても仕方がないことだから・・」と、少し寂しそうな顔をした義母。

この石にお父さんが座っていたことを夫に話してやろう。
何度も何度も通っている道だ。
そして、いつかまた昨日のことも思い出になるのだろう。
posted by 優子 at 10:40| 教育 | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

見守りから見える子供たちの姿

季節の変わり目のこの時期は、衣類や布団など冬物から夏物への交換で主婦は大忙しである。
8日の気温は27度、昨日は30度ラインを突破する異常気温であったが、絶好の家事日和で私も大いに用事をこなした。洗濯機を4回も回し、その合間も大忙しの2日間だった。

そんなわけで8日の小学校低学年の下校時見守りも、ついうっかり忘れるところだった。連休明けの学校は遠足の時期で、この日は大阪の自然博物館に行って来たという遠足帰りの子供たちが下校してきた。

子供たちは疲れていたということもあろうが、「しんどい!車にのりたい!歩きたくない!」とブツブツ言うばかり。そのくせ、そんなに歩いたのかと問えば、「バスやったから全然歩いていない」と言っている。

私は子供たちの想像力に働きかけて「ごっこ遊び」で歩かせようと思ったが、子供たちは同じ言葉を繰り返すのみで、一人の子供は通りがかった車に向かって、「乗せてー ! 」と怒鳴ったのには驚愕した。
「今時の子供はこんなものでしょうか・・・。」と、もう一人の安全パトロールの婦人とあきれていた。


すると、ひとりの女の子はむやみに花をちぎりだしたので、
「花をそこで咲かせておいてあげて?」
「ちぎったらかわいそうよ。きっと、そこで咲きたいと思っているよ。」
と言っても、表情ひとつ変えずに3つ目もとった。しかも、よその家の花である。残ったのはたったひとつだけだった。

もっと驚いたのは、その子は別れぎわに私の手のひらに花を押し込んできたのだ。この時も全く言葉も無く表情も変えないままだから、私は「ン?」とあっけにとられた。

その夜、そのことを夫に話すと、「子供は反発したんや。」と夫は間髪入れずに言ったが、私には意味がわからなかった。「ユー(私のこと)に反発してるんや。」と夫の説明を聴いて、ようやく理解できたが、すぐにわからなかったのもあまりに子供らしさを感じない子供だったからだ。

きっと4日のY君やRちゃんだって、時には「しんど〜〜い! 歩きたくない。車に乗りたい。」と言うこともあるだろう。しかし、彼らのそれとは全く異質なのだ。
7〜8歳にして、既に育ち方が現れているのだ。この年齢の子供自身に責任はなく、親の価値観や生き方が反映しているのだ。ひとりの男の子は覚悟してイヤイヤながらも歩き始めたが、みんな揃って挨拶できないどころか傍若無人さには愕然とした。

かたや、昨年6月13日のバックナンバーにある見守りでは、「おとなと子どものバッタをつかまえた」と言って、バッタの入っている右手の握りこぶしを見せてくれた1年生がいた。物忘れのひどい私でも、その子の意気揚々とした姿に感動したことを今も覚えている。当然ながら挨拶もできる子供だった!

今や給食費や保育費も払わない親が続出しているご時勢だ。しかも、殆どの人が支払える状況なのだ。このような親に育てられた子供の行く末や次代を憂えずにはいられない。人の子の親なのに、人間としての義務や道徳を無視しても平気な人たち、全く理解に苦しむ親がいるのだ。
彼らに我が子への愛があるのだろうか?!

幼い子がいくらねだっても与えられないものがたくさんあるように、子供が成長するまでには親に愛があるからこそ与えないことも多々あるが、そんなことは彼らには全く解せぬであろう。

今回の見守りの出来事も然り。
彼らは大きな家に住み、豊かに与えられている子供たちであり親たちだ。しかし、経済がどんなに豊かに満たされていようとも、これでは不幸に向かって大きくなっているようなものだ。

小山牧師が何度も口にされていたエマーソンの言葉を想起せずにはいられない。

   思想の種を蒔いて 行為の実を刈り取り、
   行為の種を蒔いて 習慣の実を刈り取り、
   習慣の種を蒔いて 品性の実を刈り取り、
   品性の種を蒔いて 永遠の運命の実を刈り取る。


生き方がいかに大切なことであるか!
その生き方を支える祈りは最も大切なものだ。
人生を無駄にするまい!


posted by 優子 at 11:02| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月17日

子供の魂に刻むみことば

    私の子供達へ (ドロシー・ロー・ノルト)

批判ばかり受けて育った子は、非難ばかりします。

敵意に満ちた中で育った子は、誰とでも戦います。

ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。

ねたみを受けて育った子は、いつも悪いことをしているような気を持ちます。

心が寛大な人の中で育った子は、がまん強くなります。

励ましを受けて育った子は、自信を持ちます。

褒められる中で育った子は、いつも感謝することを知ります。

公明正大な中で育った子は、正義心を持ちます。

思いやりの中で育った子は、信仰心を持ちます。

人に認めてもらえる中で育った子は、自分を大切にします。

仲間の愛の中で育った子は、世界に愛を見つけます。



1990年のベストセラーになった『アメリカインディアンの教え』(ニッポン放送出版)より引用したものである。
2014年春追記:これは「アメリカインディアンの教え」ではなく、「子は親の鏡」というドロシー・ロー・ノルトの詩だ。
2003年9月に出版された『子どもが育つ魔法の言葉』の冒頭に「誤解された」と記されており、特に最後の言葉は次のように正されている。
「和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる」。


ある本にある次のような記事も目にとまった。

先日、小学校1年生の子供が幼児を殺す事件がありました。
それを聞いた時、教会学校へ来ている一人の子供が、とっさに「だれの命だと思っているんだ。神様の命だって知らないから殺すんだ」と言ったのを聞きました。
創造主であるまことの神様を信じる世界観、人生観を学んでいる者は、そのような反応をします。


聖書には次のような箇所がある。

あなたがたは、わたしのことばを心とたましいに刻みつけ、・・・・・それをあなたがたの子どもたちに教えなさい。
あなたが家に座っているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、それを唱えるように。


             (申命記 11章18・19節)

私達は子供に「いじめをしてはいけない」と言う。
知的に教えることは簡単である。しかし、子供は我々がしていることを真似るのである。
良識ある者はいじめこそしないかもしれないが、人と摩擦が起こらないように、あるいは好かれたいために状況によってコロコロと変身する。
神を畏れず人を恐れて生きる生き方だ。
自分を育てることもせずに年齢を重ねている人のなんと多いことか。
一人ひとりが自分の心に問うべきであり、お互いを批判し合っている時ではない。
人を批判できる者は誰もいないのだから。


posted by 優子 at 17:32| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

盲導犬の育て方に学ぶ

盲導犬は生後1年あまりの間、犬好きの温かい家庭で大切にされて育てられる。その間に人との信頼関係が育まれ、この時期の育てられ方が盲導犬になれるか否かを決定すると言われている。

「おすわり」、「進みなさい」などの訓練は生後1年2ヶ月頃から始まり、日本語ではなく英語を使うのは、英語には男性と女性言葉がないからである。

まず、「服従訓練」から始まり、次に「誘導訓練」、そして最も大切な「利口な不服従の訓練」へと移っていく。
これは危険な時は従わないというものである。

犬には信号がわからないため、盲人が周囲の状況から判断する。
しかし、盲人が「Go(ゴー・行きなさい)」と言っても、車が来たりして危険な時は従わないという高等な訓練である。

このあたりは、人間の教育にも言えることではないだろうか。何事も盲従するのではなく、主体性をもって生きていく。
唯々諾々と従っていくべきことと、そうではないものとを見分けることのできる人間に育て上げなければならないことと同じである。


そして、最終段階の盲人と共に行われる4週間の訓練で完了する。
盲導犬に対するこれらの訓練の厳しさの根底には、犬への深い愛情がある。
サーカスの動物は飴と鞭で調教されるが、盲導犬は「Good!(よくやったね、それでいいんだよ)」という褒め言葉で訓練する。


愛情と忍耐によってである。
「よくやったね。それでいいんだよ。」と、常にその子どもの良さを伸ばしてやれる親、また、どんな人からもその人の良さを見ることのできる人間になりたいものである。

 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。
 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、
 怒らず、人のした悪を思わず、
 不正を喜ばずに真理を喜びます。
 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、
 すべてを耐え忍びます。
 愛は決して絶えることがありません。

            
        (コリント人への手紙第1 13章4〜8節)

このように有能な盲導犬になるには、愛情一杯の環境で育てられることが必須である。
動物でさえそうならば人間ならば尚更である。
人は愛に満たされた中でこそ健全に育っていく。人格が作り上げられる基礎となる幼児期がことさら大切であることもわかる。

いじめによる自殺があとを絶たず、連日報道されている。
昨日、地域の小学校を訪問した時に、子どもたちの荒れ方やいじめ問題を保護者からの生の声を聞いた。問題はここでも深刻である。

私に言わせれば、社会の影響もあろうが、どんなに時代が変わろうとも、子どもの問題は親の問題である。
いじめの問題もまた、大人たちがやっている姿そのままである。
いじめる子をただ批難し排除するのではなく、いじめ問題にはありとあらゆる、人生のすべての問題が結集していることに気づかなければならない。

とにかく、いじめられている子を緊急避難させて守ることが最優先である。
そして、これらの問題には即効性のある解決法はないことを思い知って、関わっていくことが肝要である。


いじめる側の子どもについて言うならば―

人は誰しも嫌われたいと思っている人はいない。
他者にひどいことをする人は自分を防衛している人なのだ。そのような環境に育てられた気の毒な人であり、問題の本質はその親や環境である。
このことを知っていれば、いじめる子やその親についてもっと理解することができるであろうし、寛容になって関わっていけるのではないだろうか。


我々は多くのまちがいをするお互いであるが、そのたびに自分自身の姿が見える者でありたい。
posted by 優子 at 12:56| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

見えないものを信じる心を養う

私に大きな影響を与えた『サンタクロースの部屋』の冒頭に次のようなことが書かれている。

「子どもたちは、遅かれ早かれ、サンタクロースが本当はだれかを知る。
知ってしまえば、そのこと自体は他愛のないこととして片付けられてしまうだろう。
しかし、幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。
わたしたちは、サンタクロースその人の重要さのためでなく、サンタクロースが子どもの心に働きかけて生みだすこの能力のゆえに、サンタクロースをもっと大事にしなければいけない」。


アメリカの児童文学評論誌に掲載されていた一文の大要を紹介したものである。そして、著者は語る。

「サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出ていってしまうだろう。
だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。・・・・

のちに、いちばん崇高なものを宿すかもしれぬ心の場所が、実は幼い日にサンタクロースを住まわせることによってつくられるのだ。
と。

「ここ数年の世の中の動きや、子どもの状態を見て来ますと、わたし自身は、それよりも、子どもが本と出会う以前の問題の方が、もっと緊急を要することに思えてなりません。
本を読んだら読んだだけのことがあるような、そんな子どもにするにはどうしたらよいかということです。」


既に1978年にこのように警鐘を鳴らしておられたのである。

サンタクロースが両親であったことを知った時、そこにポッカリ穴が空く。その穴に神を招く。私は娘たちに神の存在を信じて生きていってほしいと思った。
娘たちが教会へ導かれて神の存在が明確にされたのちも、子どもたちは矛盾を感じることはなかった。サンタクロースは、神であるイエスさまの御用をする天使であり、その後、10年以上もの年月サンタクロースを信じていた。

「むしろ、見えないものを信じることを恥じ、サンタクロースの話をするのは、子どもをだますことだと考えるおとなが、子どもの心のふしぎの住むべき空間をつぶし、信じる能力を奪っているのではないだろうか。」

どんどん劣悪化していく環境で子育てしなければならない現代だからこそ、この示唆は以前にも増して真実に輝く道しるべである。
幼い心を養い、知性を育んでいく。
そこに知識を獲得していってこそ人生が開花していくのである。


posted by 優子 at 08:50| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

サンタクロースを信じる心

ここに一冊の本がある。
『サンタクロースって いるんでしょうか?』(偕成社)は、8歳の少女がニューヨーク・サン新聞社に書いた質問に対して、記者が愛情いっぱいの返事を社説に書いたものである。
今から100年前に実際にあった話で、ご存知の方も多いことだろう。

きしゃさま

わたしは、8さいです。
わたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ」っていっている子がいます。
パパにきいてみたら、
「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」
と、いいました。
ですから、おねがいです。おしえてください。
サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?

         バージニア・オハンロン
         ニューヨーク市西95番街115番地



「そうです、バージニア」という返事の書き出しで有名な社説も少しご紹介しよう。

そうです、バージニア。
サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。
この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロースもたしかにいるのです。・・・・

サンタクロースをみた人は、いません。けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。
この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから。・・・

サンタクロースがいない、ですって?
とんでもない!
うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでもしなないでしょう。
1千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、いまとかわらず、よろこばせてくれることでしょう。


数分間で読み終える小さな本である。
この社説を書いたフランシス・P・チャーチは、「人間生活のあらゆる面について、ふかい洞察力とするどい感受性をもった人物だった」。
この話を日本に紹介した中村妙子は、「この社説が、当時の物質文明・合理主義の風潮が強まる中で、精神面の重要性を強く感じていた人びとのあいだに、大きな反響をよんだことはいうまでもありません。」と述べている。

まもなく29歳になる娘の子育て時代からも、幼稚園児でさえサンタクロースはいないと思っている子どもたちばかりであった。
サンタクロースを信じていた娘達は、それらの声に惑わされないで、よくぞ高校生になってまで信じてくれていたものだと思う。それなのにその夢を無残にも、無残なやりかたで私がつぶしてしまったとは!

20年前にいじめ問題が社会問題になり、今では自殺していく子どもたちがあとをたたない。
もう怒りさえ表せないほどに悲しく、無念で、無力感にさいなまれてしまう。
いじめ問題を追跡した全ての事例に共通しているのは、いじめた側の子どもたち殆ど全てに問題を抱えていたという報告がある。
今からでも、今こそ、大人たちが気づこうではないか!
私にできることは何か?!
私は真剣に考え始めている。

子供たちが小学生の時、感情的になってこどもを怒っていた私に、「子どもは愛されれば愛されるほど美しく育っていくのだと思う」と言った妹の言葉は、今も私の心に深く刻まれている。
サンタクロースを信じることのできる子どもに育ててやってほしいと思う。
posted by 優子 at 11:43| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

読書の秋C ―読み聞かせは愛のささやき―

画面右側にあるリンク先、「生かされて」の今日の記事冒頭に私のブログを紹介して下さっている。(嬉しいでするんるん感謝るんるん

タップリと読み聞かせをしながら育てられた文香さん。お子達の光景が微笑ましくて笑ってしまった。
かつて、『読み聞かせは愛のささやき』という小見出しで書いたことがある。

おとなに本を読んでもらうことは、子どもにとっては、またなんとふしぎでうれしい経験でしょう。
おかあさんの手にかかると、本の中で眠っているように見えた主人公が起き上がって動き出すのです。

ひもののように見えたかんぴょうや石のように見えた氷づけのエビが、おいしいちらしずしに変わるように、ことばを通して自分の中にあるイメージ、目には見えない世界をつくりあげるようになるのです。


  『サンタクロースの部屋』―子どもと本をめぐって―
         (こぐま社発行)より引用

読み聞かせは母のささやきだと思います。
そして、子どもはそれを感じとっているのだと思います。
「あなたが大切なのよ。あなたの成長を楽しみにしているのよ」と。


  (小学校PTA新聞 1991年11月15日発行より)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は子どもの本について書かれた本から多くのことを学んだ。
『サンタクロースの部屋』も貴重な一冊である。

「手塩にかけて子供を育てる」という言葉は、私が子供の頃にはよく耳にしていたが今や死語に等しい。私自身、実際に日常会話で言ったことも聞いたこともない。
しかし、文香さんはまさに「手塩にかけて」育て上げられたのだ。
タップリと「愛の生ワクチン」を飲んで育ったお子達は、人生の試練の時も雄々しく乗り越えていかれることだろう。


posted by 優子 at 20:20| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

子供たちに良書のワクチンを!

優子さん

>かつて存在し、もはや過ぎ去ったものの思い出に、静かに沈滞すること、そのような悲嘆は喜びであり、慰めであり、祝福です。

ブログで紹介されたマックス・ミュラーの言葉に嬉しくなりました。悲嘆は苦痛ではないとわたしも思います。
悲しみに暮れて泣いていても、心の底に喜びがあることが不思議です。

真智子さんの「モモ」の感想文も読ませていただきました。中1でこれだけ的確に主題をとらえていることにびっくりです。
このように素直な心で物語の世界に入っていく子供がいると思うと、わたしも児童小説を書きたいなあ……と創作意欲が出てきます。


今日のブログで子供達に読み聞かせをしていたことを書きましたが、「モモ」や「ナルニア」、「はてしない物語」を何か月もかかって読み聞かせたのです。
「モモ」を読み聞かせたことを今でも子供達は覚えています。なつかしいです。
ほんとに
『子育ては本当に楽しかった。
子供を育てていた頃が一番楽しかった。』
ですね。

わたしはそれにこうけ加えました
『子供が巣立った今も楽しい。これからも楽しい。主にあって。人生これからが本番。』


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10日に届いた文香さんからのメールを再度お許しを得て掲載させていただいた。
1週間前からの悲観病という持病も快方に向い出したようだ。
次女の声もずっと聞こえている。
「またママは過去ばかり見ている。過去を振り返ることも大切だけれど、もっと未来に目を向けなければ!」と。

了解!

長女の優しい声かけも身に沁みている。
今日は美濃紙業の人たち7人が新居に来て下さると、心を弾ませて準備をしていた娘。冷たい雨の日になってしまったが、よい時間をもったことだろうと思う。話を聞くのが楽しみだ。

私も今日は自治会の自主防災訓練のために半日外出していた。幸いにして途中で雨が上がったので、消防車から放水するのを見たり体験することができた。私は消火器の使い方を体験させてもらった。委員になっているので昨夜の準備と共に忙しかったが、リードしてくださる自治会長さんたちのおかげで私も地震災害に対して初めて危機感を持つことができた。

ところで、昨日の文香さんのブログを拝読して驚嘆したものだ。
テレビゲームばかりやっていると前頭葉が変化してしまうというのだ。驚きと共に、わからなかった問いの答えを見つけた時のように「やっぱりなあ」と思った。
そして、
「『いま、子どもたちがあぶない!』には、子供たちにメディアワクチンを打つことが必要だと書かれています。メディアワクチンとは、質のいい本を読み聞かせることだそうです。」と書いておられる。

大人になってからでさえ良くも悪くも影響されるのだから、子供時代なら深刻だ。大人が気づかなければ未来はない。
posted by 優子 at 22:23| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

読書の秋B ―新聞に掲載された真智子の感想文『モモ』より―

「真智子さんの感想文も感動しました。
物語の中にすっかり入って、ここまで感じ入ることができるとは……。
豊かな感性に驚いています。

小学生の時の知子さんと真智子さんの感想文を読ませていただいて、なぜか創作意欲がわいてきました。」


再び嬉しいコメントを下さった文香さん。
今日はお母様の御用で再び実家へ帰られるとか、お父様のお姿がなく悲しい思いをされることだろう。

まだ20日経ったばかりの痛々しい中におられ、これから秋が深まり年の暮れに向かう辛い日々だが、愛する者を天に送った悲しみを創作活動でますます昇華されるに違いない。
神様の愛と慰めの中で。
文香さん、元気出してね!


文香さんの創作意欲再燃協力のためにも(笑)、もう一つ真智子の感想文を引っ張り出してきた。
朝日新聞に月2回折り込まれるローカル版『あさひピープル』の102号、1993年8月15日付け誌面に掲載されたものである。
読書会の取材に来られてお知り合いになった女性記者Nさん(現在読書会メンバー)に依頼されたのだ。

あれは真智子が中学一年生の夏休みのこと。
ある夜突然にNさんから電話が入り、娘に感想文を書いてもらえないかということで、真智子が最近読んでいた『モモ』について書いたのだった。

この時、新聞に掲載される顔写真を撮るために、谷町9丁目にある「木馬館」で落ち合った。そこは大阪で唯一の子供の本の専門店である。
母の通院介護の日に合わせてもらい、真智子と一緒に病院の帰りに行ったことを覚えている。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・

   『モモ』の不思議が私をとりこにする

7月1日号の特集「ステキな本との出合い」を読んだ長田の藤本真智子さん(新喜多中1年)=写真=からつぎのようなお便りをいただきました。


ミヒャエル・エンデ著の『モモ』は私の一番大好きな友達です。
その魅力といえば、やはり「不思議」をたくさん持っている女の子で私をひきつけるのです。
 
それにモモが出会ったマイスターホラが言っている「致死退屈症」という灰色の病気にかかっている人は、現在もいると思います。
この灰色の病気は人間を無気力、無関心、まるで生きながら死んでいるようにしてしまう病気です。

物語に出てくる灰色の男はハゲ頭で、持ち物から体のすみずみまで灰色で、この男たちは人の時間の「ゆとり」を奪っていきます。
今の大人の人たちのほとんどは、まるでこの灰色の男たちに時間を盗まれているようです。せかせか歩き、顔はこわばって・・・。

でも、私はこのファンタジー物語の灰色男がモモと同じくらい好きなんです。
悪者の味方になるのはおかしいけど、最後の一人が消える時、なんだか「消えちゃだめ、消えないで」と応援してしまいました。

灰色の男は時間を大切にしていないとわいて出てくる人物です。気をつけたいです。
私の名前が灰色の手帳のリストに載らないように。



『星の王子様』から3年後に書いた『モモ』は、成長と共に知的には格段の高まりがある。
しかし、成長と共に失われていく感動の表現法はベールに包まれていくように、真智子独特の子供らしいユニークさを楽しめたのはこの頃までだったように思う。
勿論26歳になった今も、この個性を基盤にして知的冒険を続けている。予想もしなかった理論経済学のスペシャリストとして。

私が母と同じことを言うのは後ろめたさを感じるが、やはりそうなのだ。
子育ては本当に楽しかった。
子供を育てていた頃が一番楽しかった。
知子と真智子は私の宝物、感謝。
posted by 優子 at 13:58| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

読書の秋A ―次女の小学校4年生の感想文より―

「知子さんの6年生の時の読書感想文を読んで感動しました。
『さすらいの孤児ラスムス』はわたしも小学生の時読んだ記憶があります。

『何回も迷い、考えて、自分の行く道を選び、一つの山をのりこえていくということが大切なんだね。その時、道ができるのだと思う。』

6年生でこのように考えた知子さんはすごいなあと思いました。
家族新聞を続けて書いておられ、ちゃんととっておられる優子さんもすごい!」


感謝。
文香さんからこんなに嬉しいコメントをメールで頂き、お許しを得て記録させていただいた。

さて次なる登場は次女、真智子もまた小学校の時に4年生代表で発表した感想文が『親ばと子ばと新聞』
139号(1990年10月16日発行)に記されている。
真智子らしいユニークさが出ている感想文である。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      『星の王子さま』を読んで

                  藤本 真智子


王子様のふるさとの星、B−612の星は、すてきな所だな、と思いました。なぜなら、とても小さいというのが一番の所です。
小さいのに、なぜすきなの、とみんなはきっと聞くでしょう。


それは、星が小さいと、いすを少し動かすだけで、入り日を何度でも見られるからです。王子様は、
「だって、かなしい時って、入り日がすきになるものだろ。」って言った時は、王子様の本当の気持ちと、私の本当の気持ちがいっしょだったから、うれしかったです。
王子様は、43度も入り日を見た時が、あったっけ。
その時は、よほどかなしかったんだね。

それからその次は、その星にいる王子様がとっても正じきで、やさしい、いい人だからです。私は、王子様のことが大すきです。花がさいたよろこびも、よくわかります。うれしかった。

王子様がやさしい人だと私がはんだんしたところは、花への思いです。だから、花も王子様のことがすきになったと思います。

王子様が旅に行く時、花の気持ちになって行っちゃいやだな、と少し思ったけど、やっぱり行ったらいいなと思いました。
いろんな人と会って話をしたら、その方が、かなしいことも少ないと思うからです。


地球に来た時、サハラサバクじゃなくて、日本やアメリカなどにいてたら、ヘビにはかまれなかったと思います。
王子様がかまれて弱々しくなってきた時、私は、とてもかなしかったです。
私は、王子様がたおれた時、とっても、とってもかなしかったです。
でも、そのたおれた体が星にもどったから、よかったね、と思いました。
     

       ・・・・・・・・・・・・・・・・

なんて豊かな感性で読んでいるのだろうと改めて感動する。

原稿用紙の余白に描かれてある絵も家族新聞に掲載した。
余白に絵を描くなんて私の発想にはない。しかも提出する原稿用紙にである。そのような真智子らしいところを大事にした。
文末に倒れた王子様、そして、月や星と共に元気な王子様を窓から見ている女の子(真智子自身)の後姿が描かれている。

記事を読んでいると16年前のことがつい昨日のことのように思い出される。その一部をご紹介しよう。

一学期の頃、真智子は学校へ行く準備を終えると、本棚から本を取り出して読んでいました。毎朝10分間ほどの短い時間、椅子にも座らないで本棚を背に床に座って読む真智子。・・・

真智ちゃん、あの時あなたが読んでいた本は、『釈迦物語・天と地のかけ橋』でしたね。その次は『かぎりなくやさしい花々』。
お姉ちゃんと真智は、パパとママには似つかない読書好きな子供です。
去年の春に始めた「親ばと子ばと読書会」が2回で中断したのも、パパとママの熱意のなさからでしたね。1年に3回、春・夏・冬休みだけでも続けることができたら最高ですね。


本を読まない者が戦争を起こす。
本当の読書人は、荒々しいふるまいを嫌うものだ。

          
              (三浦綾子)
posted by 優子 at 10:08| 教育 | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

○○市図書教育研究会の講師に招かれて

この地に移って6年経った時に民生委員の御用を賜り、そのことを通して○○小学校の校長先生とお出会いした。

このたびは校長先生が当市図書教育研究会の会長をされている関係から、同研究会夏期研修会の講師の一人として私を引き出して話す機会を与えて下さったのだ。

7月下旬に長女の結婚式があるので開催日を8月に入ってからということでお願いした。先生方にとっては明日から新学期を迎える夏休み最終日である。

市民図書館の会議室での研修会、出席者は16名。
お一人目の演者は東大阪の図書館長も兼任されている当市の市民図書館長で私にとっても興味深いお話をされた。

そして5分間の休憩をとったあとはいよいよ私の出番。最近は人前で話すことも遠ざかっていたので少々緊張もしたが、気がつけば1時間近くも経っていたので驚いたことだった。

二人の講演が終わり会を閉じるにあたり、副委員長を努められている中学校の教頭先生からも心からの嬉しいコメントを頂き、校長先生に至っては、
感動して涙が出ました。私は映画を見て涙を流すことはありますが、人の話を聴いて涙が出たのは初めてです。
今日は自分自身を振り返りながらお話を聞かせて頂きました。

と、とても励ましになるご感想を頂戴した。

このような機会を与えて下さったことを感謝し、今日のレジメもまたここに記録しておきたい。

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感動できる心を育てたい  
     
           2006年8月31日 ○○市民図書館にて
                        藤本 優子

T 母親としての目覚め

@ 子どもの本について書かれた書物との出会い
A 学級通信との関わり
B PTAで育てられた懇談会や講演会。また、母親主体の学年通信や広報でのペン活動。

  ※ PTA主催の行事は自分が考えることにより参加するイベントを!

U 読書会で感性を磨く

@ 「東大阪読書友の会」御紹介
A 読書会に入って眼が開かれたこと
    
V 子育てで大切にしたこと

@ “show’n tell” 「ショウン テル」

A 「誰々が言ったから正しいのではなくて、誰々がどんなことを言ったから正しい」と考えられる子に。

W 自分自身と子育てを振り返って伝えたいこと

@ 子どもに良い自己像をつけてやる
A 人生の諸段階での本分を大切に生きる
  「勉強はできなくてもいいんですが、心の優しい人に育ってほしい」?
B 心を開くことの大切さ
  自分に正直であること
  心が自由であれば感動することはいっぱいある

X 読書は確実に人生の糧になっている

@ 子どもを本嫌いにさせないで!(夏休みの宿題で読書10冊?) 
A 読み、語り合い、書くという3本柱(家族新聞)

Y 結び

 ワーズワースの詩       「虹」

空に虹を見る時 私の胸は飛び上がる
私の生が始まった時もそうだったし
私が大人になった今もそうだ
私が老年になった時もそうあれかし
さもなければ、私を死なしめたまえ
子どもは大人の父だ

そして、私は私の生涯の一日一日が
おのずからなる敬虔によって
結び付けられるようにしたいものだ


心は目に見えないが、長い時間をかけて心を耕すことが「生きる力」になる。
感動できる心を育ててやりたい。
感動の蓄積こそが知識を生かし、人生を開花させていくと確信している。


posted by 優子 at 16:23| 教育 | 更新情報をチェックする