2018年08月22日

ワシントンで久々の和装

IMG_0166.jpgママ
電話できてよかった。神様は生きておられる、と思った。ママと一緒に泣いて、そしてまた立ち上がらせてくださる。いつもお祈りしているよ。

先週の水曜日(8月15日)、涼しい日だったので、思い立って着物を着たよ。おばあちゃんの字で「単衣一ッ紋 着物」とありました。夏用の帯と合わせました(博多帯だと思うけど、おばあちゃんに聞きたい)。色々忘れてしまっていて恐かったけど、くまも一緒に思い出して着せてくれて、本当に嬉しかった。2.一つ紋.jpg

この着物も、本当に綺麗だった。他の着物もそうだけど、本当に感動する。おばあちゃんは「単衣」と書いているから、絽ではないのだと思うのだけど、透け感があって、涼やかで、本当に美しい着物でした。

IMG_0495.jpgこの日、遅ればせながら、私のお誕生日のディナーに行きました。6月に着物を着てお誕生日ディナーに行きたいと思っていたんだけど、6月は雨続きだったし、仕事も忙しく感じていたから、先延ばしにしていました。今回実現できて嬉しかった。
着物でのお食事のマナーも勉強して行きました。二人で写したのはレストランの前です。

心が癒えるのを感じた日でした。
ひよどりの写真、楽しみにしているね。
おやすみなさい。
真智子
「真智、ヒヨドリの写真は昨日の日付で先ほど記録したよ」。

IMG_0537.jpgこれは昨日電話をかけてくれたあとに送ってくれたメールで、「心が癒えるのを感じた日でした」とは、8月の初めに次女夫婦とIMFの同期の女性が、突然の病気で召されて悲しみにしずんでいたからだ。

昨日も2時間余りも話を聴いてくれていたのに、次女夫婦は22日(ワシントン時間の明日)まで休暇をとっているのをいいことに、今日も電話してほしいとお願いした。

私たちは1年ほど前からスカイプではなく電話で話すことが多い。電話の掛け方も教えてもらっているのに、よくわからないのでかけてもらわねばならない。そして今日も2時間話していた。9日にも電話してくれている。私の人生の重大な決断を前にして。

真智は9月にミッションを控えているので、より一層体力をつけておかないといけない。

附記:今日は36.6度(大阪は37.6度)の猛暑で、クーラーをかなり低い温度にしていても効きめがないほど暑かった。
今日は夫が半日休みをとり、真智との電話のあと医者に連れて行ってくれた。2時間近くも待たされたので帰宅したのは12時半になっていた。夫は高速を飛ばして1時に会社に到着した。

IMG_1888.jpgこれはヒヨドリだが、エリヤを養った烏のよう。
真智、ありがとう。
あの方、この方、ありがとう。

17:2 主の言葉がエリヤに臨んだ、
17:3 「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。
17:4 そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
17:5 エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
17:6 すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。
                 (列王記上17章2節〜6節)
posted by 優子 at 22:12| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

アメリカにもホタル

アメリカでもホタル!.jpg「葛城山麓公園のホタル、きれいやったね。手にとまってるの、すごかったね。ちょっと前からここら辺でもホタルが時々出てきてたから、写真撮って送りたいね、とクマとカメラチャンスを狙ったよ。」と、嬉しいメールが入っていた。

次女は残念ながら撮ることができなかったが、この一葉はカメラで待ち構えていた時に横を飛んできたホタルを伴侶(愛称クマ)が捉えたものだ。

それにしてもこんな住宅街にホタルがいるとは驚きだ。日本でも人里にいるのだけれど、本当に自然環境の良い山野にしかいないので、ホタル文化を有する私たちには2重の驚きだった

日本人にとってホタルは夏の風物詩であり、ホタルへの特別の情緒があるけれど外国の人はどうなんだろう。日本人でも都会でホタルを見ていたらホタルへの情緒は育まれなかっただろうし、そしてまた、外国の人でも日本の原風景に舞うホタルを見ていたら私たちと同じような情感が育まれたと思う。

「職場の人たちに聞いてみるのもおもしろいね。
 珍しい写真をありがとう!
アリス@.jpgところで、この前「おいしい革命」のアリスが番傘を愛用していたので、真智もアメリカで番傘使わない?  アリスは日傘に使っていたよ」。

日本国内でさえ和装の時も洋傘だから番傘を見なくなって久しいけれど、逆転の発想で今や日本文化を継承できるのは外国の地で可能なのかもしれないと思った。

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番傘@.jpg母が結婚の荷物に持たせてくれた番傘は42年経った今も新品のまま。
アリスは日本の「すり鉢」や「すりこぎ」を愛用しているが、番傘も洋傘のように気楽に使っていたのが素敵だった。


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6-9-1.jpgでは最後にもう一度ユキが捕まえたホタルの光と、アジサイを楽しんでね。


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posted by 優子 at 23:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

誕生日を迎えた真智へ

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「今日は真智子のバースデー、いつもやさしいかわいい子」
おじいちゃんの声が聞えるようです。真智、お誕生日おめでとう!

私はずっと深いスランプ状態で言葉が出なくて、昨秋の知子の誕生日も書けずにパスしています。今年は手元にある思い出のスナップで綴ります。それも夜になってから急にその思いと力が与えられて、夕飯の後片付けもそのままに真智に思いを馳せています。しばらくの時を共に・・・

最初におじいちゃんの声が聞えてきたのです。

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これは誕生して10日頃の真智。

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ここは六甲山の旧オリエンタルホテル前。
食事を終えて出て来たところです。
おばあちゃんは55歳の頃かな・・・

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真智は1歳2か月。

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この服はお姉ちゃんが1年生の時に着ていたから
真智は3歳やね。
ここは、今住んでいる場所です。
2人が立っている所に小さな家を建てました。

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小豆島の「お猿の国」
真智はお猿が怖くて動けなかったね。

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懐かしい真智の絵。
こんな絵を描いていたのは昨日のことのよう。

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小学校入学、嬉しかった。
今も就学通知書は大切にしまってあるよ。

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これも懐かしい懐かしい光景。

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これは5年生の頃にもらったね。
その後、
(ベイクド)チーズケーキ券も2枚もらったけれど
大事にとっていないで
今度帰国した時には是非リクエストしないと
私の人生が終わってしまうね。

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これは中学3年生の関西英語暗唱大会だったね。
"Miss Evans on the Titanic"で賞をもらったね。
2年生の時は"I have a Dream."でもらったね。

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高津高校合格発表の日。
お姉ちゃんと入れ替わりにマチが入学した。
住友病院に入院中のおばあちゃんに合格を伝えに行った。
この7か月後におばあちゃんは逝ってしまったね。

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これは神戸大学1回生の時だったっけ。
英語弁論大会で入賞して東京まで行ったね。

その後神戸大学を首席で卒業して、東大大学院へ。そこで伴侶と出会い、結婚と同時にミネソタ大大学院へ。そして夫婦ともにPh.Dを取得して、2011年9月から夫婦でIMFのエコノミストとして活躍中。
work–life balance についてはアメリカは日本よりも最先端なのに国際公務員はハードやね。お互いにご無沙汰ばかりだけれど便りのないのは良い知らせ。気力体力が充実している時はやっぱり大いなる時。体に気をつけて人生の最盛期を思いっきり生きるのが幸い。

まち、38歳のお誕生日おめでとう!

「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、
あなたに平安を与えられますように」。(聖書)
                             
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今日梅雨入りしました。
またね!
posted by 優子 at 21:49| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

「近くに住んでいたらすぐに会いに行けるのにね」

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ママ
母の日のメッセージはいいよ、とママは言ってたけど、やっぱり送りたくなって、メールしています。

ママ、ママでいてくれてありがとう。
私のこと、いつも想ってくれてありがとう。

いつも心のどこかで、
「私も母になって・・・」と照れる日がくることや、
母になったからこそ見える景色や感謝をママと話すのを夢みてて、
母の日がくる度に、
いつもどこかで
そうなれてないことが悲しかったり、
ママも残念だろうな、って思ったり。

IMG_3847.jpgでも今日は、
その悲しみもあるけど、
そう思えるママが与えられてること、
感謝したいと思いました。

ママ、ありがとう。
神様、ありがとう。

どんなところを通ろうとも、主はママと一緒。
近くに住んでたら、ちょっと会いに行ったり
ちょっと外に食べに行ったりできるのにね。

真智子

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真智、小学2年生だった?
優子お義母さん
先日はお電話でお話しできて嬉しかったです。
近くに住んでいたらすぐに会いに行けるのにね、と真智とよく話しています。
IMG_6820.jpg優子お義母さんからいただいた多くのものに触れるたびに、
優子お義母さんの優しさを感じています。
いつも真智と共に優子お義母さんのことを想ってお祈りしています。
優子お義母さんが心から接してくださること、いつもとても感謝しています。

太志

ありがとう。
ワシントンD.C.と日本ではあまりにも遠いね。
IMFは4月が年度終わりだからと、ずっと多忙だった2人。もう何年も前から1年中忙しくしている。私は邪魔しないように1〜2ヶ月メールを交信しない時もある。

5-11-5.jpg今日は土砂降りの雨だったけれど、二日前の晴天の日にアジサイの葉っぱにいくつもデンデンムシがいた。こんなに小さな生き物も梅雨が近いのがわかるんやね。みんな頑張って生きているね。

「わたしは彼らに一つの心を与える。すなわちわたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。(エゼキエル11:19)

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(へブル12:2)
祈りの友から贈られたみ言葉です。
私たちの心にも頑なな石の心があるならば取り除いて肉の心をくださるように。そして、私はイエスさまから目を離さないように。

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オオバンは1年中日本にいるみたい。
posted by 優子 at 21:59| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

キプロスからD.C.に向かって

デイリーブレッドより.jpg


次女の伴侶は今、派遣国から帰路にある。途中ロンドンで一泊してD.C.には31日(土)の午後4時ぐらいに帰宅する予定だというから、日本時間の明朝6時頃だ。
ロンドンの空港離陸前にラウンジからメールを送信してくれていた。

「春の日本の様子も心和みます。元気そうなユキちゃんの姿も見れて嬉しいです。ユキちゃんにもよろしくお伝えください。

キプロスでは正教会が主流なので、イースターは一週間後ですが、クリスチャンの同僚ともに、ホテルや空港の方々との去り際の挨拶で、Happy Easterと言い合っていました」。

日本の風景や私たちの様子に心を和ませてくれて嬉しい。
D.C.に帰ったところでそこも異国であり、多国籍の人々の中で職務を果たすのは母国以上の苦労があると思うだけに、ホッとできるオアシスを感じてもらえるのは非常に嬉しく、これからもそのようなページも重ねていきたい。

日本ではいよいよ明日イースターを迎えます。
『デイリーブレッド』から送っていただいた「イエスの復活 2018イースターデボーション」を皆様にもお分かちさせて頂きたく、掲載についてはお許しをいただいておりますので是非お読みください。

太志君、無事に真智の待つスイートホームへ帰還されますように祈っています。
ハッピー・イースター!
共に主イエスの御復活を感謝して幸いな時を過ごしてね!

posted by 優子 at 21:33| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

クマ、神と共にミッション出発

お昼過ぎにパソコンを開くと、正午に次女から明るい声が聞えてくるようなメールが入っていた。
ママ、パパ、お姉ちゃん、ありがとう。
さっき空港にいるくま(太志君の愛称)とスカイプで話したけど、みんなにとても感謝していました。よろしく言っていました。本当にありがとう。今頃、搭乗してると思います。出発は約30分後です。

今日は出発準備などをする前に聖書タイムをとりました。ブルンナーの「光の子」を読みました。今日はとりわけ、引用されているエペソ人への手紙の箇所を読むだけでも、心にしみるようでした。

どんな時も光の中にいることを選んで、選び続けて、私は私らしく、生きていこうと思いました。イエス様一緒。
「神ともにいまして」をピアノで弾いたよ。
ママたちのこともお祈りしています。ありがとう。真智子

「3月17日(土)の夜11: 30PMの便でまずLondonに行き、すぐの乗り換えで、(略) ホテルまでは車で1時間ほどです。3月31日(土) の午後にDCに戻る予定です」。

18-4.jpgミッション出発前の多忙な時にクマ(次女の伴侶)からメールが届いた。昨秋にも派遣された治安のよい国なので緊張度は低いが無事を祈っている。

今は離陸して6時間半で大西洋上を飛行中。あるいはもうイギリスに着いたかもしれない。イギリスからの方が長時間かかりそうだ。
私は次女夫婦がIMFに勤務してから、地球儀をグルグル回して派遣国を探すので少しは地理にも明るくなった。

太志君、こちら日本では昨年当初から社会問題になっていたことが、今になってようやく明るみに出されようとしているのか大変なことになっています。神さまが今こそ明るみに出して正義がなるようにと祈ります。

人間はみな国籍を越えて同じだけれど、特に日本人は個の確立が曖昧なので対等に物が言えない、第一のことを第一にできないのだと思いながら見守っていますが、迫害を受けるほどの勇気がないとだめなのかと唖然とします。怖いです。

体調に気をつけて 元気に出発してください。
太志君は太志君らしく。私たちもみなそうでありますように。

気をつけてね。主の平安と無事を祈り、仕事の上にも神さまのみ心が成りますようにお祈りしています。
18-5.jpg時差もあり、ホテルに着くとすぐにミーティングと忙しいのだから、私たちへの連絡は気にしないでね。真智から無事であることを一言メールしてくれたらそれで十分だからね。
ありがとう。行ってらっしゃい!
今年は真智もミッションがあるので夏に帰国できないのでさみしいが、マチ・クマのことを祈りつつ、私も「神ともにいまして」を歌いながら神の守りを祈ろう。
この讃美歌は卒業式やしばしの別れの時に歌われる讃美歌で、今朝の礼拝で良輔が口ずさんでリクエストした曲だった(ユキの関係で歌わず頌栄で終わったが)。

神ともにいまして ゆく道を守り  天(あめ)の御糧(みかて)もて 力を与えませ
また会う日まで また会う日まで 神の守り 汝が身を離れざれ

荒野をゆくときも あらし吹くときも ゆくてを示して 絶えず導きませ
また会う日まで また会う日まで 神の守り 汝が身を離れざれ

御門(みかど)に入る日まで いつくしみひろき み翼のかげに 絶えず育みませ
また会う日まで また会う日まで 神の守り 汝が身を離れざれ

「天にいらっしゃいます私たちの主なる神さま、
どうか太志と真智子から離れないでお守りください。
あなたにお委ねします。
主に在ってよき働きができますように。
主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン」。

posted by 優子 at 16:37| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

「ワシントンでニシンそば」と「Nさんの名言」と

Subject: にしんそば、めちゃくちゃ美味しかった!
ママ
今日は、マーティン・ルーサー・キング・デイでお休みやったから、
お昼に、にしんそばを作って食べました。
くまと説明を真剣に読んで、忠実に作ってみたら、
見た目も味も、すごく感動的だった。

IMG_0680.jpg思えば、にしんそばをちゃんと食べたのは初めてだった。
今までは、食べず嫌いだったと分かりました。
食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!

太志もすごく感動して、心から感謝しています。
嬉しくて、写真を添付しました。
本当に有難う!

おばあちゃんも好きやったんやね。
ママも食べたら好きかもよ。

他のものも、大切に、おいしくいただいています。
本当に有難う!

真智子

今日は昨日よりも4度も高く16度と3月下旬の暖かさだったので、生協さんの配達のあともNさんとペチャクチャペチャクチャ話していた。そして、Nさんが自動車のハンドルを握られた時、「そうそう」と思い出して感慨深く言われた。

「さっき長い信号待ちの交差点で待っている時、空を見上げたら綿のような雲がいくつか浮かんでてね、美しかったよ。よく見ると雲が動いていてね。
目を1ミリか2ミリ上に動かしただけで見えるものが違うんやね。見方をちょっと変えるだけで見え方が違ってくるんやね」。

と、人生の機微に触れる深いことを口にされた。
このような話をされるNさんは、いつも前向きで明るく、御本人の言葉を借りれば「バカ言って笑ってばっかり」しているが、Nさんの感慨に私の思いを返すと、自らの日常と、そして、私をも励ますかのように、目にうっすら涙をにじませられた。(Nさん、昨年末からスマホに挑戦中!)
1happa-tori1c.gifそして今、これを書きながら今朝届いた真智の言葉が思い起こされて、人生の味わいをさらに深めたことだった。
「同じに見えても、主が一緒だから、きっと同じじゃない」。

マチへ:
私も今週中に「にしんそば」に挑戦するね。
今度こそ食べようと思って年越しそばにと買っていたのに、未だ食べていない。アジサイ宅のkさんはおいしく召し上がってくださったかな。私も食べず嫌いを改めて4人でいただきます。


2018年1月21日20時50分追記:
IMG_0242.jpg「食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!」

説得力がある真智の言葉に誘われて、ついに今夜食べたよ「にしんそば」!

あっという間の完食でした。おいしかったけれど、口の中でニシンの味が広がって、 嫌いではないけれど・・・って感じでした。真智たちの感動に合わせられなくてごめんね。

でも、サムサムさんはすぐにこんなコメントをくださったよ。
「わニシン関西新幹線の新大阪構内にあソバ屋ニシンていた。(笑)」

「阪神淡路大震災から23年」では、
神戸大学についてのことも懐かしく読ませていただきました。真智子さんは神戸大学経済学部の出身だったのですね。わたしは第二過程ですが、経営学部(37年卒業)でしたので…。授業が終わって校門を出ると、眼下に神戸の夜景が見えて、それは素晴らしかったですよ。」
とのコメントを届けてくださいました。  

それにしてもアメリカで京都の老舗のニシンそばを食べるのは乙なもの。おいしく食べてくれてありがとう!
posted by 優子 at 16:45| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

次女夫婦との8日間は夢のよう

かつて次女夫婦が5年間滞在していたミネソタでは大晦日に氷点下43度を記録した。マイナス40度まで耐えられる防寒着を着用していたが、それでさえ危うい寒さである。

そして2011年に転居したワシントンD.C.も関西よりもはるかに寒く、今冬はマイナス20度に耐えられる防寒着を着ていた。私たちが着用しているのと同じ軽量だった。

お正月にはD.C.でも観測史上最低気温を更新。「日本に来てよかった」と言っていたが、15日間の滞在を終えて昨夕再びD.C.に向かって飛び立った。今もマイナス12度の世界だ。

今朝5時半頃に無事D.C.に着いたとのメールには、「眠れたけど疲れた。頑張って帰ります。みんなゆっくり休んでね。」と書いてあった。この時すでに真智はかなり体調が悪かったようで、着陸時に酔って、飛行機を降りた後に乗らないといけないバスの中で戻してしまって「謝って帰ってきた」とのこと。

そのあとも入国審査がすごく混んでいて、「遠いお客さんがいていつもの2倍以上かかった」そうだ。次女夫婦は国際公務員専用のパスポート「laissez-passer:レセパッサ」だから特別ゲートゆえに時間はかからないのではと思っていたが、米国に入るときは一般のゲートを通るほうが早いとも言っていたからそちらに行ったのだろうか。

往路ビジネスクラスなので体を水平にして眠られるので安心していたが、今朝目覚めたときに知子から「真智が空港で吐いた」と聞いて心配でならなかった。

とにかく長時間しんどかったであろう。我が家を出てD.C.の家に着いたのが今朝の8時半だったから、ちょうど24時間かかったことになる。考えただけで疲れてしまう。

今回の帰国滞在中も多忙な日々だった上に睡眠不足が続き、毎晩午前1時前後まで家族全員で話し込んでいた。電話もスカイプもありがたいが、やはり実際に会って話せることの素晴らしさをしみじみ味わった。

3日の昼下がりだったと思うが、私は一瞬、目の前が真っ白になって後ろへ倒れてしまった。あのとき夫が受け止めてくれなかったら後頭部をテーブルの角で打って大変なことになっていたかもしれない。血圧も高くなっていたであろうから、脳内で小さな脳梗塞を起こしたのかもしれないが、今も後遺症もないのが実は不思議でならないと思っている。

その夜、私は10時間近く眠ったので今朝はすっかり元気になって目覚めた。11時から「家の教会」で礼拝を守った。4人揃っての礼拝は何か月ぶりのことであろうか。

元旦礼拝は真智の奏楽で、今日は知子の奏楽で讃美した。神さまはどんなに喜んでくださったことであろうか。神さまの視線を感じ、感謝が溢れた。そして礼拝のあと、私は夫とユキと3人で高島屋へ行ったほど元気回復している。ユキの服を買いに行くのも3年ぶりか?

次女たちはいつもならば時差ボケを短期間で直すために、アメリカへ帰った翌日から出社していたが、今回は3日間休暇を取っているとのことで安心している。出発前も60時間も残業していたという。

3月には太志君のミッション(海外出張)があり、研究職関係の部署にいる真智子も久々のミッションが入っている。健康が守られますように祈るばかりだ。

【滞在中の記録】

テレビ設定中.jpg
12月28日:次女夫婦夕刻6時頃帰宅。その夜からマチ発熱。
12月30日
太志君は頼もしい便利屋さん。42インチ(?)のテレビを取り付けてくれ、スマホで設定してくれた(テレビは夫が紙メーカーの会合でいただいた一等の賞品)。こんな時もユキはゲーム。今や「ゲーム障害」か?!

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1月1日の夜

IMG_2077.jpg1月2日:神戸の叔母宅へお年始に。12月30日朝から元旦夜まで独り旅に出ていた知子は休養のため残る。

1月3日Machi was sad and cried in a parking.)
真智、美容院へ行くが年始は4日から。

1月4日、再び美容院へ。行く前に私とユキも一緒に良輔の運転でドラッグストアとケーキ屋さんへ。

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1月4日18時:何してるの?

IMG_9950.jpg1月5日:帰る準備。種々の海藻食品やお正月食品の昆布巻など税関を通る時のメモを取っている太志君。
事務的なことは何でも優しいハズバンドがやってくれる。


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ユキの相手もありがとう。

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真智のコンタクト用品が置いてあった洗面所も
2人が居た時の光景も嘘のよう。

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1月3日〜5日まで毎晩夜遅くまで語り合った。

私は夫に、「太志君、すごいなぁ。私は2人に大きな遅れを取ってしまったわ」と言うと、「本当にすごいなぁ。その太志君の信仰を支えるマチはすごいなあ」と良輔が言った。
良輔に大きな変化を感じている。ありがとう、真智、太志君。

以下は今朝10時15分に着信した太志君からのメール。
良輔お義父さん、優子お義母さん、知子お義姉さん

こちら6日の夜6時半頃に無事に帰宅して、落ち着いたところです。空港が混んでいたり、共有タクシーで別のお客さんを先に降ろすことで遠回りしたので、着陸から3時間くらいかかってしまいました。真智の乗り物酔いも、もう大丈夫です。
        (略)
これからのこと、どのようになっていくにしても、主が一緒です。僕たちもその信仰を持って頑張ります。

今回の滞在も本当に良くしていただいて、心から感謝しています。滞在中、色々なことへの感謝を伝えきれていないように思っています。

日本の美味しいものを、といつも心を砕いて考えてくださって、優しいお気持ちがとても嬉しかったです。おせちとお雑煮、大きなタラバガニ、美味しい茶碗蒸しなどたくさんいただき、すべて言い尽くせませんが、本当にありがとうございました。準備だけでなく洗い物も多くなっていて恐縮でしたが、とても感謝しています。

       (略)

荷ほどきも済ませましたが、いつもたくさん持たせてくださって有難うございます。真智と大切にいただきたいと思います。

ユキちゃんとの楽しい時間もとても嬉しかったです。「ポケモンのウルトラホール、楽しかったよ!ありがとう!またいろんなことをして遊ぼうね!宿題も一緒にできて嬉しかったよ。」とお伝えいただければ嬉しいです。

皆さん、お疲れになったと思いますので、連休で良い休みが取れますように。皆さんのこといつも覚えて、心身共に支えられますよう、お祈りしています。

僕たちも、初出社は1月10日(水)なので、しっかり休んで、ゆっくり過ごそうと思います。

太志
どうやっても「blockquote」がうまくいかない。

ユキの初蹴り2018.jpg真智たちを見送ったあと、ユキをサッカー教室へ送った。
2018年、ユキの初蹴りだ!

「フー、楽しかった、ありがとう。
ユキは昨日土曜日に遊んで、友だちのゲーム機で、ユキのサンムーンでのグラードンをウルトラムーンに送ったので、レックーザをゲットできるかも知れないから、またフーが今度来た時にゲットしよう。けどユキが先にゲットしてしまうかもしれない。
フーとまち、元気でね、ユキも頑張るね」。

posted by 優子 at 22:19| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

次女夫婦 今は日本の空の下にいる!


コハクチョウ.jpgこの写真は湖北・長浜のコハクチョウ。今年もシベリヤから飛来。こんな小さな体で4000キロも飛んでくるとは、自然界の営みに驚異するばかり。

やっぱり見たい、行きたい。独りで行こうか・・・
1月〜2月下旬のピーク時は500〜600羽もいるという。

そして、次女夫婦たちも今日の午後日本の地に飛来した。今年2度目の帰国である。 
今夏のようにまず1週間ほど東京に滞在して友人や知人に会い、自宅には28日に帰宅。共に年末年始を過ごして再びワシントンへ戻る。

今回の帰国は今まで以上に心配だった。トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と宣言後、早速ISやアルカイダなどが強く非難する声明を出しているからだ。

イスラム国は弱体化したとはいえ、ワシントンの空港で自爆テロが起きないか心配だった。無事到着を感謝します。

今この時も世界中に数え切れないほど多くの悲惨な人々を思うと胸が痛む。私たちは祈ることをやめてはならない。そして、神さまに促されていることを僅かなりともさせていただこう。

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「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った」。
                 (イザヤ書9章2節)
人生には闇の日々があり、死の陰に脅かされることがあります。しかし、そんなときこそ、私たちは主の光をいっそう強く感じます。今日、主のご降誕を祝い、その喜びを何らかの形にして、病気や悲しみにいる人に届けませんか。主はひとりひとりに、大いなる光を見させる計画をしておられます。

イザヤ書
9:6  ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、
ひとりの男の子がわれわれに与えられた。
まつりごとはその肩にあり、
その名は、「霊妙なる議士、大能の神、
とこしえの父、平和の君」ととなえられる。
9:7  そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、
ダビデの位に座して、その国を治め、
今より後、とこしえに公平と正義とをもって
これを立て、これを保たれる。
万軍の主の熱心がこれをなされるのである

61:1  主なる神の霊がわたしに臨んだ。
これは主がわたしに油を注いで、
貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、
わたしをつかわして心のいためる者をいやし、
捕われ人に放免を告げ、
縛られている者に解放を告げ、
61:2  主の恵みの年と
われわれの神の報復の日とを告げさせ、
また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3  シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、
灰にかえて冠を与え、
悲しみにかえて喜びの油を与え、
憂いの心にかえて、
さんびの衣を与えさせるためである。
こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、
主がその栄光をあらわすために
植えられた者ととなえられる。

IMG_9781.jpg
オオバンが20数羽もいた。

今日終業式を終えたユキに私は愛をこめて忠告した。真智たちが帰宅するまでに冬休みの宿題を終えておかないと遊べないよと。明日から実践するような気配だが。

posted by 優子 at 22:20| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

「日本は戦争をしないって決めた国だからいいね」

10月5日20時23分 キプロスを発つ娘婿より着信:
良輔お義父さん、優子お義母さん、知子お義姉さん

仕事はすべて順調に終わり、 いまから再びロンドン経由でDCに帰ります。 帰りは乗り継ぎの関係で、 ロンドンの空港に隣接したホテルで一泊します。 なのでDCの自宅に着くのは10月6日(金)の午後3- 4時くらい(日本時間だと7日の早朝4-5時)だと思いますが、 着いたらご連絡します。

いまはキプロスの空港で、もうすぐ搭乗です。

キプロスのタクシー運転手に、 もう一人の日本人の同僚が日本人であることを伝えたところ、 北朝鮮の話題になり「 日本は戦争をしないって決めた国だからいいね」 と言っていました。 遠くキプロスでもそう知られていることに感銘を受けました。

メメントドミニの記事もお読みして、戦争のこと平和のことなど、 色々と考えています。 DCに戻ってから一週間で衆議院選挙の在外公館投票になりますが 、できるだけしっかり調べて投票したいと思っています。

ユキちゃんは運動会だったんですね。 メメントドミニで元気な様子が伺えて嬉しいです。 ユキちゃんによろしくお伝えください。 覚えてくださっていた幼稚園の先生にも、 またの機会があればよろしくお伝えいただければ幸いです。

皆さんのこと、いつもお祈りしています。中村さんも順調に快復し ていますように。
太志

フウセンカズラ.jpg9月21日午前2時前に無事キプロスのホテルに着いたとの太志君からのメールには、「今から同僚との夕食で、明日から政府関係者とのミーティングが始まります。」と書いてあった。
それから早2週間余り経ち、再びワシントンへ戻る。

今回はアフリカではないから私の気持ちもかなり楽だった。そして、何年か前に真智が話してくれたことを思い出して派遣先での様子を思い浮かべていた。

ミッションでは、最初に派遣先の中央銀行総裁と財務大臣と会うことから始まり、場合によっては総理大臣や大統領とも会見し、その時は「大統領が来られます」との言葉で立ち上がり大統領を迎えるそうだ。

「IMFが何をしているのかを知ってもらうためにアウトリーチし、IMFが中立で偏りのない意見を持ち、IMFのアドバイスがピントはずれにならないように、中央銀行や政府の意見だけではなく、国民の人たちの声も聴くためにいろんな人に会うようにしている」。

E68E88E4B88EE5BC8FE38080E291A0.jpg次女夫婦がアメリカへ渡って12年目になる。その間に私たち夫婦がアメリカへ行ったのは一度だけ。2011年春、次女夫婦がミネソタ大学大学院で経済学のPh.Dを取得した卒業式の時だけだ。

10年間有効のパスポートを取って海外へ出たのは1度きりで今夏期限が切れた。私はもう海外へ行くつもりはないのでパスポートを更新するつもりはないが、真智たちが海外にいるから取っておくようにと友がアドバイスしてくれた。

アドバイスしてくれたNさんも順調に回復して術後3週間目の一昨日退院された。キプロスでもお祈りしてくれていたことをNさんにも伝えます。ありがとう。

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日本の秋

あと6〜7時間でワシントンに到着だ。真智も楽しみにしているだろう。今日(D.C.の6日)は早く帰宅して迎えるのかな。
私は翌朝一番にメールを見つけてこの記事に無事到着の追記するのを楽しみに、神さまに無事を祈って眠ります。

10月7日7時35分追記:太志君は予定通り午後3時頃(アメリカ時間)無事帰宅した。主に感謝します。
「真智はまだ会社で、電話で話していますが、帰ってくるのを楽しみに待っています。
来週月曜の9日がコロンブス・デーで休日なので、いまからゆっくり休みたいと思います。日本も体育の日ですね。皆さんも良い連休をお過ごしください」。
posted by 優子 at 21:57| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

兄の一言 −マチ・クマみんなで墓参の時に―

IMG_7099.jpg毎年盆休みが近づくと兄の方から両親の墓参をいつにしようかと電話が入り、今年も例年通り休みの初日に決まった。
その電話で「『種を蒔く』(4号)読んでくれた?」と尋ねると読んでいないというではないか!

兄は讃美歌をよく知っているので井置牧師との記事ならば読んでくれると思って、今回初めて贈ったのであるが全く読んでおらず、「ええ本やな。よくできている」と、印刷業を営む者として見ていただけだったのでガッカリし呆れた。

「お兄さん、会うまでに是非読んでね」と言っても「仕事が溜まって忙しいからなぁ」と言われたので期待しないで再会したのだった。

ところがである、8月11日のこと。
墓参のあと兄の車に乗った私は、ランチを共にするレストランへ向かう車内で思いもよらない喜びの激震に打たれた。自動車を走らせてまもなく兄の方から話題に出し、しかも驚くべきことを延々と話した。

「すごい出会いやなあ、びっくりした。
こんな出来事は(神を)求めている人に起こるんやなぁ、優子のように生きている人に起きる」と何度も繰り返したのである。

私は雷に打たれたように驚き、神さまが働いてくださったことを知らされて厳粛な気持ちになった。
これこそ神の奇跡であり、このような出来事が起こっていたとは思いもしなかったから、何事も失望してはいけないと思った。

私はここ何年間は心の余裕もなく、兄と再会する喜びだけで行っていた。それまでは1年に一度の再会を大切に用いようと、祈りながら讃美歌のテープやCDを準備して臨んでいた。

兄もまた中学から同志社で学び、私以上に新島襄を敬愛する「同志社人」である。中学入学当初から覚えたばかりの讃美歌をよく歌ってくれていた。

まもなく聖歌隊に籍を置き、よく家の中にバリトンの声が聞こえていた。中高時代(高校時代?)は教会にも通い、クリスマスには毎年「同志社イブ」に参加し、四条河原町や烏丸でキャロリングに参加していた。

ところがその兄が讃美歌「ああ主のひとみ」を知らないというのだから、これまた激震するほどの驚きであったが、神さまは証しを用いて兄に触れてくださったり、これこそ決定的な驚きであった。

今年も話が盛り上がり2時間以上のランチタイムだった。兄はこんな懐かしいことを話した。

IMG_7101.jpg「知ちゃんか真智ちゃんが生まれた時、『プランタン』でパンを買うて北野病院へ行った。あの頃ホワイティ梅田の地下街に『プランタン』があった」。

「私もよく覚えている。あれは真智が生まれた時で、プランタンのパンを買ってきてくれたこともよく覚えているよ」。

その時、兄が身近な人のことをひとこと呟いたので悩んでいることがわかった。心を静めて「何かあったん?」と聞いたが何も答えなかったことなど、30年以上の時を経て思い出した。兄がこのような苦悩を語ったのは後にも先にもこの時だけだった。

自動車の中で「優子は文才があるから書いたらええ。書き続けていくとええな」と、そんなことまで言ってくれた。兄はそのように思ってくれていても、私は語彙が少ないし文才もない。

それでもいかに自分の思いを表せばよいかにこだわる。特に感動した時、また、悲しみ、怒りなどの感情だけは自分が納得できるように書きたい。描写以前に自然に溢れ出る思いを言葉にしたくて一心にこだわるのだが何と難しいことか。
今日のタイトルも気に入らなくて保留。

兄の身に起こった奇跡から玉木功牧師の言葉を思い出した。

IMG_7116.jpg「神さまの働きが思わぬところで実っている。その事実を本人は知らないが、隠れたところで大いなる働きをしていかねばならない。それが文書伝道として最も的確な場であることを忘れてはならない。

私達の書いていることがいつどこで実るかわからない。売れない本であっても、それがどれだけ大きな励ましを与えているかわからない。
心に描いていることを書き上げることができますように!」
          2009年の夏期研修会にて

たった一人の人でいい。この拙いブログもまた神さまが用いてくださいますようにと、これからも祈りつつ書き続けていきたいと思う。

兄もまた主イエスと個人的に出会うことができますように。兄自身が感じた驚きの感動が無駄になりませんように祈ります。
神の祝福あふれる2017年夏を感謝します。
     
附記:マチ・クマの2017年帰国時の思い出のために、そして私も記憶しやすいので「真智子(ワシントン便り)」のカテゴリに収録した。
posted by 優子 at 12:32| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

2017夏 マチ・クマとの時 −25枚の写真をここに−

 8月13日(日) 小さな晩餐会

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IMG_7024.jpgこれは少々「やらせ」でポーズをとってもらったが、今年もやっぱりユキは眠りかけていた。今年はまだ7時半にもなっていないのにネ。


2014夏.jpgちなみにこれは3年前(2014年)。

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そして2年前(2015年)。
共にマチ・クマにご馳走になった。

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8月14日(月)滞在最終日の夕方に。

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良輔は点数をカウントしている。

負けて拗ねるユキ@.jpg  宥める真智.jpg
負けて拗ねるユキ、なだめる真智(^−^)。

次はキャッチボールだよ!
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ユキが大人並みのすごく速いボールを投げるのでびっくり。

      IMG_7075.jpg IMG_7083.jpg  

      あっ、おへそが! フー、かっこいい!
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IMG_7061.jpg帰宅早々に初めて乗ったジェイボー(ド)。
今回で2回目?

IMG_7098.jpg「3分間ぐらい乗れるようになったよ。
一輪車の感覚に似ているね」。


そしてこのあとはトランプで遊んだね。まぐれ当たりが連発して「神経衰弱」は私が一番だった。
         

2017出発C.jpg時間は速く過ぎ去り、昨日の朝早く再びマチ・クマはD.C.に帰って行った。神さまが置いてくださった所に。

そして、
「 無事に、お昼の12時半ごろに自宅に到着しました。シャワーを浴びて、スッキリしました。こちらは雨です。

荷ほどきを始めたけれど、あらためて、沢山もたせてくれて、本当にありがとう。温かいです。太志も心から感謝しています。

こちら、パラレルワールドのようで、再び変な感じです。日本に居たのが噓みたい。ゆっくり荷ほどきしながら、写真を見ながら、頭を整理しようと思います。
本当にありがとう。
真智子」

今日未明(午前2時過ぎ)真智から、そして太志君からも心のこもったメールが届いていた。

「今回の滞在も本当に温かく迎えてくださって、心から感謝しています。美味しいご馳走をたくさんいただき、洗濯も掃除も運転も、すべて言いつくせませんが、大人二人を迎えることの大変さを思い、少しでも家の事をお手伝いできればと思っていましたが、結局今回も、していただくばかりになってしまったと思い、申し訳なく思っています。また、たくさん持たせてくださって、とても感謝しています。
 (略)
ユキちゃんと過ごせた時間もとても楽しく、また、しっかりと成長している姿を見ることができて、感動しました。ユキちゃんに『また一緒にゲームしたり、キャッチボールしたり、お出かけしたりしようね!』とお伝えいただければ嬉しいです。

再会の時を楽しみに、真智と共に頑張ります。どんな道でも、主が共に歩んでくださっていることを信じて、希望を持って行きたいです。

早朝にお見送りしていただき、ありがとうございました。皆さんが心身ともに元気に癒されますよう、心から主に祈っています。

本当にありがとうございました。太志」

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狭い玄関は履物でいっぱいだったのに、また4人に戻ってしまった。

次の3枚の写真は4月に見せてもらっていたけれど、真智たちの日常を想いたくて貼らせてもらった。この程度ならばいいかと思って・・・

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IMFの屋上で真智が所属する局の人々と。
右側の道路を5分ほど歩くとホワイトハウスがある。

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左の彼は日本人の後輩。
IMFに勤務して6年目になるマチ・クマにも
日本人の後輩ができた。

真智はIMF「ナンバー2」の人の前で発表する機会を与えられて、古めかしい円卓の会議室で15分間ほど話したそうだ。そこに真智の上司はもとより局長など30名ほどを前にして、実に真智らしく話したようだ。

発表を終えると「ナンバー2」の人から”Excellent work”(優秀な仕事だ)と言われ、真智が部屋を出ようとする時も、彼は立ち話しておられたのにもう一度”Excellent  work”と声をかけてくださったという。大きな励ましとなったことだろう。

この話を聞きながら中学生時代の英語暗唱大会でスピーチしている真智と重なり、国際機関で活躍する娘の姿を想像して目頭が熱くなった。両親にも聞かせてあげたかった。

かつて真智が教育局(正しい名称を忘れた)にいた時に制作したオンラインコースは今も用いられており、今オンラインコースで勉強している受講者がビデオの真智を見つけて「あっ! あなたは」と声をかけられるそうだ。添削指導や質問に答えたりするのは別の人が担っている。

「真智、インストールしてくれた戸部豊さんのトランペット、"Spirit Hymns"を聞きながら書きました。その中でも特に『今日の祈り』が胸を熱くし霊性を高めてくれます。勿論すべての曲がワンダフルです。ありがとう」。

IMG_1760.jpg附記:8月10日にも花火をしてもらい、これは12日の花火。この夜、私は心身ともにダウンして9時頃から眠ってしまった。
ごめんね。もう大丈夫。
写真をパソコンに入れておいてくれてありがとう!

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真智の憂いも喜びに変えてくださることを信じます。
私もマチ・クマに励まされて歩いていきます。

posted by 優子 at 10:50| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

再会の喜びと別れのさみしさと

8月4日午前1時すぎ、ワシントンD.C.を発つ次女からメールが入った。
「今、飛行機に乗りました。もうすぐ出発です。あっという間に日本に行っちゃうなんて、なんかワープするみたいで、気分転換に感じてます。またね〜。真智子」

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マチ・クマが帰宅した朝の朝顔。
2階のベランダから写す。
同日15時、無事日本に到着し、横浜で2泊して6日の夕方に帰宅した。滞在期間が少ないので目まぐるしいほど盛りだくさんの8日間を過ごし、再び今朝5時過ぎに家を出ていつもの便で帰って行った。雨の日に。

今朝5時21分のツーショット。
2017出発D.jpg次女夫婦は帰国する数か月前から直前まで仕事に追われる日々で、帰国してからも毎日のように外出し予定をこなすのに追われていた。

その間にも私たち家族の苦悩に何度も介入して話し合ってくれた。いつもこのことに終始せざるを得ないのが悲しい。

ようやく12日夜に真智と二人で話す時間が与えられ、「おやすみなさい」を言ったのは午前2時半になろうとしていた。その時さえ真智たちの話題があっただろうか。真智のD.C.での生活、仕事のことで感じ考えたことなどを。

出発の日はいつも早朝4時起き。あと1時間もすれば日本を離陸して、あぁ、またアメリカへ行ってしまう。

6日(日):夕方4時半頃帰宅、マチ・クマと1年ぶりの再会。荷物を運び入れたすぐあとにユキにせがまれて真智はジェイボーに挑戦。

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乗れた! 初めてなのにすごい!

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私はすぐに洗濯機を回し、夕食は「長次郎」へ。この日、知子は勉強会で不在。

7日(月):台風5号の警戒警報のため全校登校日(ユキの塾も)は休校。その雨の中、近隣のNさんがこの前いただいた話題の食パンと共に高価な卵を買ってきてくださった。二人は翌朝から毎朝生卵かけご飯を食べていた。

8日(火):生協配達時に真智はNさんに用意していた品とメッセージカードを手渡す。IMG_1693.jpg午後、マチ・クマともにアジサイkさんを訪問。真智はメッセージカードとともに感謝の品を届けて、私は帰宅し真智はヘアーカット(ユキと太志君も一緒に)へ。

写真は良輔の母と。93歳にして足腰の痛むところもない。せっかくユキが撮ってくれた写真だが、右端の太っちょ優子を外してトリミングした。あまりにもあまりな姿だったから。

9日(水):私は真智と高島屋へ。ユキは太志君に「あべのハルカス」へ。15時20分頃に塾の駅(自宅の最寄り駅の一つ向こう)までユキを送り届けて布施へ戻って真智と合流。ありがとう!

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このジオラマがユキのお気に入り。これで3回目?

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マチ・クマは良輔との時をとってくれ、18時に布施のロータリーで待ち合わせて3人で夕食を共にした。予定していた店は姿を消していたので当市の店で。

この日、ユキは昼食やジオラマで遊ぶ費用を太志君に支払ってもらうのを遠慮し、とても気遣ったそうだ。コンビニへ入ったとき、お菓子だけは自分で買ったという。

そんなユキに驚いた太志君。私もまた私たちの知らないユキの姿だった。確かに遠慮気味のところがあるユキだが、小学4年生ともなればそのような気遣いができるようになるのだろう。私もまた深い感動を覚えた。

10日(木):自治会のラジオ体操最終日、太志君が行ってくれたね。神戸の叔母を訪ねる。「ユキの変」で出発が遅れ、帰宅も21時になった。真智は叔母にも心のこもったメッセージと品を贈る。今回の交わりはこれまでにない祝福を感じた。

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叔母は89歳。10年ほど前から膝が痛くて歩行困難。

11日(金):両親の墓参に。兄と年に一度の再会。人数オーバーのため私は真智と電車で行き、良輔は寺で知子とユキを降ろして後、同乗した太志君と真智との「WhatsApp」(日本で流行っている「ライン」のようなもの。「ライン」はアメリカでは人気なしとのこと)でやり取りしてくれて服部緑地駅まで迎えに来てくれた。

両親が眠る昭徳寺からレストランまで私は兄の自動車に乗った。その時、兄の方から『種を蒔く』掲載の証しについて感想を言ってくれ、その言葉に驚愕した。後日書きたい。
兄を交えてのランチタイムも今年は最も盛り上がり神さまの祝福を感じた。

外出中にRちゃんの御両親来訪、夕刻Rママのみ再訪。RパパとRちゃんは明日よりパキスタンに帰郷とのこと。

12日(土):ブルンナー読書会も盛り上がった。(後日掲載予定)

13日(日):ユキはサッカーのため午後の礼拝。マチ・クマによる礼拝。時間を忘れた2時間半ものロング礼拝だったのにユキは静かにしていた。
そのあといつも行くレストランで小さな晩餐会。帰りに生協の店へ寄る。

14日(月):太志君と真智は帰り支度。夕方にバドミントンやキャッチボール、トランプで遊ぶ。夜、知子から報告あり。3時間半に及ぶ長い話し合いになり23時散会。

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来夏(7月)は真智にイタリア語圏内へのミッション(出張)予定が入っているので8月の帰国は無理であろうとのこと。

2日前、バージニア州で白人至上主義を掲げるグループに抗議する人々との衝突が起きた。バージニアと言えばD.C.のすぐ近くに隣接する州ゆえに心配。
デモや暴動などが起きた時は必ずIMFから連絡が入り、避けて行き来するから大丈夫と安心させてくれたが。この暴動が起こった時も連絡が入ったという。

まもなく二人は日本を発つ。
D.C.着は日本時間今夜11時40分頃。偏西風に乗って帰国時よりも短時間で着く予定。
また逢う日まで神の守りがありますように!

23時40分追記:
「無事に着陸しました。感謝です。
頑張って家まで帰ります。真智子
23時38分(ワシントン時間15日朝10時38分)、
無事D.C.に着陸とのメール着信。感謝!
 まずは安心して家路につく2人の無事を祈りつつパソコンを閉じます。
「ありがとう。おやすみなさい(^-^)。真智子」


posted by 優子 at 10:44| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

万緑の季節に真智子は生まれた

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すっかり濃い緑になった今朝の二上山(雄岳)
誕生日の真智子を想う
気がつけば讃美歌122番、「緑も深き」を口ずさんでいた。

1) 緑も深き 若葉の里 
   ナザレの村よ 汝(な)が巷(ちまた)を
   こころ清らに 行きかいつつ
   育ちたまいし 人を知るや

2) その頭(こうべ)には かむりもなく
   その衣(ころも)には かざりもなく
   まずしく低き 木工(たくみ)として
   主は若き日を 過ぎたまえり

3) 人の子イエスよ 君の御名(みな)を
   みつかいたちの 誉(ほ)むる時に
   めぐみににおい 愛にかおる
   み足のあとを 我はたどらん


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評:「作者は小学校3年生。まさに幼な児のように捉えている明快な信仰の世界を、大人たちも学ばねばならない」。

「真智、ママは今も、この詩に教えられ励まされているよ。お誕生日おめでとう!
飛行機のチケットは取れた? 
2人の帰国を楽しみに待っています」。


「キリストの栄光教会」の今朝のみことばより:
「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」。

羊は臆病です。羊飼いの姿がそばに見えていなければ、牧場に伏すことさえできません。おなかが満ち足り、ハエや寄生虫から守られなければ、落ち着きません。羊飼いはその条件をすべて整え、水のほとりで安らぎを与えてくださいます。そのとき、仲間同士の些細な争いも止みます。羊は羊飼いから離れたら、何もできないのです。
          (詩篇23篇2節)

IMG_5616.jpg詩篇23篇:

「主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは
必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう」。


6月2日にユキが感染性胃腸炎で欠席し、その後、私、知子と罹患し、重症だった知子は昨日欠勤した。私も今日からすっかり元気になったので久々に散歩に出た。

しばらく爽やかな晴天が続いていたが、午前中の薄雲が夕方にはすっかり厚い雲に変わった。今日九州と山口県が梅雨入りしたから明日の雨で関西も梅雨入りかな。

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↑ これは「かしわばあじさい」(6月14日に教わった)↓

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でんでんむし.jpgでんでんむしがいるよ。







花のような葉っぱ.jpg花かと思えば葉っぱだった。










梅雨入り前の二上山.jpg
「創造主なる神さま、あなたの造られた世界は
何と驚きに満ちていることでしょう。
大自然は創造主を指し示す印に満ちています」。

posted by 優子 at 23:18| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

ニューヨークで旧友とのカイロスの時

先週の14日(火)、アメリカ北東部が大雪に見舞われた日、IMFも休みになったが連絡が遅かったために、次女夫婦は行ってしまってお昼過ぎに帰宅したそうだ。ご苦労さま!

その2日前の11日(土)、マチ・クマはマチの大学時代の友人と5年ぶりにニューヨークで再会した。マチ・クマにとっては2度目のニューヨークだったと思う。

S君の計画力&行動力のおかげで、半日のニューヨーク観光もいろんなところに行けて、マチたちが行ったことがなかったところを一緒に回ってくれたという。

Top of the Rock.jpg「近代美術館(ゴッホ、セザンヌ、ピカソなどもあったよ)、自然史博物館(プラネタリウム、恐竜の化石など)、トップ・オブ・ザ・ロック展望台からの夜景。
後ろにライトアップして見えるのはエンパイアステートビルよ。」


12日は2人でセントラルパークに行き、映画「クレイマークレイマー」に出てきた場所をたまたま見つけることができたと嬉しそう。リスも鳥もいっぱいいたって!

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この翌日ぐらいから大雪になったんやね。

CentralPark 2.jpgセントラルパークのリス。かわいいね。
ミネソタに行った時、家の前の庭にリスがいたのに驚いた。ミネソタ州の愛称が "Gopher State(ジリスの州)"だからリスがいるのだと思っていたが、ワシントンにも身近にいたからセントラルパークにいるのは容易に頷ける。

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2013年6月、ユキ、ワシントンの公園で。

都会にもリスがすぐそばにいるアメリカだから、 " United State of Gopher America "と名づけるといいかもね。 

「旧友と話して、人生のステージが変わるなかで色々感じたり、
 なんとなく同じと思っていたクラスメートも
 それぞれ違う人生を生きているんだと感じたり、
 年を重ねるのも幸せなことなのかも、って思いました。
 私も私の人生を生きようと思いました」。


真智は大学時代の友とカイロスの時を過ごした。毎日平凡に「事なかれ主義」で生きている人にはカイロス体験は起こらず、目覚めている人にのみ起こる瞬間だ。

ギリシャ語で書かれている新約聖書、「マルコ伝」1章15節の、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」で用いられている「時」は " καιρός " (カイロス)である。

イエスの到来によってカイロスの時となり、カイロスは永遠を輝かせるものである。神さまが祝してくださった友との楽しかった時も真智の人生を深めていくことだろう。

H.jpg今日は19度まで上がり、ようやく空気が和らいだ。
池の周りの桜の蕾はまだまだ小さいが、こんなに蕾を膨らませている木もあった。今年もまもなく春が開く。

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2013_3_26.jpgついでにこれは2013年3月26日。
薄手の防寒着は4年も前から着ている。
よほど大きいサイズを着せていたんやね。

チャッピーがいるね。
このあと2年8ヶ月一緒だったんやね。

posted by 優子 at 19:16| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

見よ、冬は過ぎ、花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた

昨日、アメリカの北東部は季節外れの大雪のため非常事態で、ニューヨークでは公立校は休校になり国連は閉鎖と報じていた。ワシントンでのトランプ大統領とメルケル首相との会談も延期されたというから、IMFも閉鎖になって真智たちも自宅勤務になっているのではないかと思う。

そういえば、次女夫婦がニューヨークに居た11〜12日は大丈夫だったのだろうか。次女の大学時代の友人が旅行でニューヨークに来るというので1泊2日で出かけていた。旧友との再会はとても楽しくリフレッシュできたと嬉しい短信が届いた。

私は今日、鶯の初鳴きを聞いた。「ホー、ホヘ」と、初鳴きとも言えない声だったが、あれは確かに鶯の声だった。この週末は暖かくなるとのこと、散歩しながら聖書の一句が唇に出た。

       「見よ、冬は過ぎ、
        雨もやんで、すでに去り、
        もろもろの花は地にあらわれ、
        鳥のさえずる時がきた。
        山ばとの声がわれわれの地に聞える」。
            
                 (雅歌2章11・12節)

ミネソタよりもはるかに暖かいワシントンだが関西よりもかなり気温が低い。しかし、毎年ワシントンの方が春は早いように感じる。2月末の散歩でワシントンの春を見つけて送ってくれていた。

まちも春を見つけた@.jpg
これは梅の花?・・・ではないよね・・・

Cまちも春を見つけた.jpg
これはクロッカスかな・・・
このほかネモフィラやクローバー(?)を送ってくれていた。

       
2017.3.16 オカメ桜.jpgでは日本からも身近な春を贈りたい。おかめ桜のことを思い出して、今日は5日ぶりに散歩に出た。
やっぱり満開になっていたが、全体を撮りたくても夕方なので影絵のような暗い写真になってしまうので断念した。
おかめ桜はカンヒザクラなので花は下を向いて咲く。
おかめ桜の開花が春の始まりを教えてくれる。そして、昨年からチャッピーを思い出す季節でもある。


散歩道で@.jpg

↑ これはキョン(2006年2月に死んだ利口な犬)の家の梅の木。↓
「キョン、チャッピーも死んでしまったよ」
もうかなり前からキョンの残像を思い出すこともない。

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散歩道でB.jpg

秋の金木犀のようにあちこちで甘い沈丁花の香りがする。
散歩道でC.jpg

ユキの手法で撮ってみた。
アップで!.jpg
でも心に迫ってこない。
ただクローズアップすればよいというものではない。

これは白い沈丁花。
白の沈丁花.jpg

そして、お向かいさんちの花。
これぞ目覚めの花!
冬眠から目覚めさせてくれるような鮮やかさだ。

お向かいさんの.jpg

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「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」。

我が家の花はクロッカスだけ.jpg
我が家に咲いている花は、このクロッカスだけ。
しかも毎年咲くわけではない。本当の色は紫だ。 

これは昨日の18時前の夕日に映える二上山(雄岳)。
2017.3.15 17時57分.jpg

西の空を見ると日が沈むところだった。
こんなに強烈な夕日だったのに今日は数時間の晴れ間だった。
2017.3.15 17時58分.jpg

posted by 優子 at 22:10| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

クリスマスにワシントンと日本に届いた愛の贈り物

IMG_1515.jpgクリスマスの11時過ぎ、次女夫婦からクリスマスカードとユキへのプレゼントが届いた。
真智に連絡すべくパソコンを開けると、何と私が贈った荷物も既についたという感謝メールが11時前に着信していた!!!

あちらのクリスマスイブの夜8時頃に届いたのだろう。

IMG_1522.jpg私が手配したのは12月21日のお昼前だったから、たった4日間しか経っていない。EMS(国際スピード郵便)とはいえ速すぎる。知子と私はクリスマスの祝福だと喜んだ。私はすぐに二人からのクリスマスカードを知子と夫に声を出して読んだ。

「最近私は、人生を通じて、真に個人として神様への信仰を選ぶか、問われているように感じます。

この世で起こることは本当に何でもありで、人の感じ方も様々で、何がなんだか分からなくなります。でも最近、こう思いました。

私たち一人ひとりが混沌の中に置かれるのは、それぞれが徹底的に個人に戻され、周囲や状況を見てではなく、仲間がいるからではなく、私個人の意思として神様を呼び求めるかを問われるためなのかと思いました」。
 (真智子)

「この一年は特に、世の中の価値観を捨てて、主の価値観を選んでいこうと、日々思い過ごしてきました。

試練は絶えず来るものですが、これからも真智と共に祈りつつ歩んでいこうと思っています」。
 (太志)

本当は全言をここに刻ませてほしいけれど、教えられ励まされたところだけでも書かせてもらった。次に感謝メールからも刻ませてもらおう。神の恵みの中で生かされている者の祝福が、私の中に飛び込んできて力づけてくれる。

IMG_1547.jpgママ、

今日の夕方、ママからの贈り物が届きました!
届くのが早くてビックリしたよ!!


そして、開けてみてまたビックリ!!
裏起毛ふわっとスパッツ!!!!!!!!!
ちょうどほしかったものを、
思いもかけずママが送ってくれるなんて。
本当に嬉しい。ありがとう!!

IMG_1551.jpg心からのメッセージ、
そして、大切な宝物のカードを、
本当にありがとう。
心も体もしんどい時に書いてくれたことを思い出して
また感謝しました。

優しい絵の中の、この黒い迷える子羊は私だ、そして
そんな私にもイエス様は来てくださったんだ、と
心が温まりました。

このカードを手に取っていた若い頃のママのことも、
愛おしく感じました。
主が共にいてくださる、インマヌエル、信じます。
いつもお祈りしていてくれてありがとう。

手帳、み言葉カレンダー、美濃紙業のカレンダー。
私達の生活にとって、とても温かい存在です。

2017年の真っ白の手帳を見て、
去年2016年の手帳を手にしてから
もう一年も経ったのかと思いました。

主が共にいてくださるから、
今年も一日一日
主の導きに信頼して歩んでいきたいです。

フキの佃煮! しいたけにゴマにワカメに昆布!!
帰国した時の風景が思い出されて懐かしく、
寂しいです。大好きなものばかり、本当にありがとう。
嬉しく、大切にいただきます。

私たちの郵送物はまだ関空にいるような感じです (>_<)。
無事についたらいいな、と思います。

今日はユキちゃんにサンタさんが来たかな?
良いクリスマスを過ごしてください。

本当に、主が4人を力強く守り、癒し、
祝福してくださいますように、心からお祈りしています。
本当にありがとう!

真智子

勿論、太志君からも感謝メールをいただいている。

いつもならばもっともっと早くからいろいろ贈るものを用意していたのに、今年はスパッツしかできなかった。しかも入れ忘れがあり、郵便局から帰宅して2つの品を見つけた時は情けなく残念でならなかった。

クリスマスカード.jpgこのクリスマスカードは、たぶん中学1年生の時に購入したものだ。

同志社女子中・高では、毎年12月になると宗教部員がクリスマスカードを販売する。

これはその中の1枚で、特にこの絵に魅かれるのは信仰者の祈りを感じるからだと思う。大切に2枚取っていた。もう50年以上も前から持っている古いカード。

IMG_1517.jpg「真智、もう一枚はね、これ! 
かわいいでしょ!

羊のカードよりも小さいサイズです。

このカードは書き損じているから使えないけれど、これも13歳の時からの宝物です」。




anima_boy1.gif2016年のクリスマスは、私たち家族にとって今までで一番意味深いクリスマスだったに違いない。

クリスマスのお昼前にワシントンから愛の包みが届き、私からのも届いていたこと。そして、家族で心からのクリスマス礼拝を捧げたこと。

その上に、夜には思いもかけないクリスマスの奇跡を神さまが見せてくださった。


posted by 優子 at 00:04| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

ワシントンより届いた次女夫婦の愛

今朝の最低気温は6.7度、カーテンを開けると窓のサッシに結露ができていた。冬に向かう緊張感と覚悟で身が引き締まる。そして、クリスマスキャロルが気持ちを和らげてくれる。

昨日の朝マチ・クマから届いた「おめでとう」メールをここに。感謝!
ママ、
お誕生日おめでとう!
今年は、帰国時にも、その後のメールででも、ますます深く分かち合えているように感じて、とても嬉しいです。あるいは、私が、ママの生きる姿、主に信頼して勇気を持って光の中を歩む姿に、ますます力付けられることが多くなってきているように感じます。

実は8月にDCに戻ってすぐ、「種を蒔く」を読んで、感想をメールの下書きとして書いていたのだけど、他のことでメールをやり取りするうちに、送る機会を逃してしまっていました。でも、その時に書いていた感想は、今、主とママに感謝している気持ちでもあると思ったので、ここに書きます。

『「種を蒔く」を読んで、心に迫るものがありました。ママの、神様と自分への真摯な問いかけ。目を背け、耳を塞ぎたくなるような現実に向き合い、自分自身と神様に向き合う姿。絶望に呑まれそうな中での無気力・無力感。正直な姿勢が、素直な言葉が、胸に迫りました。

強い主への信仰と信頼があるからこそ、向き合えるのだと思います。そして、絶望に落ちた後に主に引き上げられ、主への信仰と希望を握って歩もうとする姿に力付けられます。』

家の教会も、本当に大変な時もあると思うけれど、主がこれからもリードするママを力付け、祝福の中に続いていきますように、心からお祈りしています。

「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る」という御言葉を思い出します。私と太志にも、愛と忍耐と信仰とをもって種をまいてくれたこと、心から感謝しています。本当に有難う。

私もますます、人生の歩みのどこにおいても、様々な尺度や誘惑に惑わされず、常に主を見つけて、主に平安をいただいて、光の中を歩んでいきたいと思っています。全てのことが主の御手の中だと信じています。

また、いつか2人でスカイプしたいです。色々話したいね。

お誕生日、おめでとう!

真智子

margaret1b.gif

優子お義母さん

お誕生日おめでとうございます。

メメントドミニ、いつもお読みしています。脳死や社会問題についてもお読みして、自分で考えさせられることが多いです。M君とご家族のこと、また愛を持って関わっておられる優子お義母さ んと知子お義姉さんのこと、お祈りしています。

また、夏にいただいていた「種を蒔く」も、お読みして胸に響くことがありました。複数の記事を通して、理不尽な悲劇が繰り返される中でいかに希望を見出すかという一貫したテーマを感じました。悲しみの多いこの世の中では本当に難しいことで、主への信仰無くしてはあり得ないことなんだと思いました。

これからもご執筆活動が祝福されますようお祈りしています。

DCも寒くなってきて、チャッピーのことを思い出しますが、寂しいと共にいとおしいです。チャッピーに出会えて本当に良かったです。

皆さんが心身共に守られること、会社のこと、いつも真智と共にお祈りしています。家の教会とブルンナーの読書会も支えられ、ますます祝福されますように。

優子お義母さんに主の豊かな恵みのある一年となりますように。

太志

su_kuma03_a.gifありがとう!!!
日本とワシントンで互いに祈り合う家族。何と麗しく感謝なことかと思う。
私たちは常に神さまの最善の配慮の中にあるのだから、これからもイエスさまから平安と希望をいただいて歩き続けよう。それぞれの経験を分かち合い、神さまからの慰めと励ましを分け合いながら。

昨日の日暮れ前の空はあの夕空になっていた。チャッピーを思い出させる空、今年は何を見てもチャッピーを想う2016年の晩秋である。

posted by 優子 at 07:22| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

今も更新されていたマチ・クマ登場のIMFのビデオ

最初に先ほど着信した今日のみ言葉より:

「神よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家について、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。あなたは私を、高い者として見ておられます」。
       (歴代誌上 17章17節)

「主は、あなたが思う以上に、あなたを優れた者と見ておられます。あなたが考えている以上に、大いなる計画を用意されています。主はそれを、あなたの信仰によって実現させたいのです」。
心を主イエスの基に置いて励みましょう! 微笑みつつ。


そして、昨日の分かち合いで知子の発言で思い出さねばならなかったことは、「御言葉は、摩擦がある時にはあなたが腹を立てている当人と直接話しをすることが非常に大切であると強調してい」ること。


日本人の常套手段である「波風を立てないよう、すぐに自分を曲げて妥協する」のは、境界線の身についていない大人であるということだ。


さて、ブログにユウチューブの動画の貼り方を忘れないために、過去ログ・2012年10月10日でご紹介したIMFのエコノミスト募集ビデオも貼ってみようとやってみたところ、またまた10分以上かかってしまった。とても簡単なのに覚えておらず記憶力の低下は甚だしい。


この表紙(サムネイル?)にもマチ・クマが写っている。後列左端が真智で、その右2人めがクマ。このビデオでは日本人代表でクマが話している。さみしくなった時に見ることができるので、これも消さずに挙げた。


"IMF Economist Program 2016"




知子とユキがIMF本部の前に立っている。
E69CACE5BD93E381ABIMFE381ABE8A18CE381A3E3819FE383A6E382AD.jpg


DSC05728.jpg2人が座っている所はIMFの1階ロビー。ユキはまもなく6歳。


ユキはこのときとても愚図っていて、マチ・クマから職場の人を紹介されても挨拶できなかったんだってね。


以上、2013年6月の「知子とユキのワシントンへの旅」より。





これは2分48秒のビデオで、
真智子は4人目に登場して話します! 
 話している内容は、

「このパートでは低所得国における国家債務の持続可能なフレームワークについて解説します。一緒にモデル経済を分析し、実例も学びます。また、この分析をあなたの国に応用する上でのヒントもお話します」。


それに関連して、ここもクリックしてご覧ください。


posted by 優子 at 07:37| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

マチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった

マチたちは日本へ帰ってきたかと思うとすぐにまたアメリカへ帰って行った。まるで「風の又三郎」のように。その9日間の濃密な日々を『風の又三郎』流に記録しておこう。

7月26日(火):午後3時半ごろ東京着。東京で3連泊。
7月29日(金):午後9時過ぎ1年ぶりの帰宅。
7月30日(土):ブルンナー読書会。夕食はよく利用するレストランで祝会。
感謝の祝会.jpg

7月31日(日):昼食は回転ずしへ。全家族そろって礼拝。

8月1日(月):午後3時頃からマチ・クマとユキ、徒歩(30分)でドラックストアへお化粧品の購入に。午後5時前から激しい雷と雨風、どんなに心配したことか。

「おーい、大丈夫か〜〜〜い」とメールしようと思ってPCを開けると、マチから「雨宿り」の件名で安心メールが入っていた。ほっ。

IMG_1321.jpg8月2日:私の妹が来宅。そして「雨宿り第2弾」。
妹を駅まで見送ってくれた帰りに雨に降られた。


雨宿り第2弾A.jpg


ついに目撃!
「ユキ! そんなことするから傘が長持ちしないんやよ」。 


キリスト教書店でA.jpg8月3日(水):梅田へ着いたらまず大丸の上、16階へ。限られた回数の日本食、今回は天ぷらだ!
そして、梅田第2ビルのキリスト教書店へ。

キリスト教書店で@.jpg










嬉しそうなユキ.jpg 
書店を出るとスターバックスで休憩。
まず、ユキが嬉しそうにやってきた。

真智も来た!.jpg
次に真智が来た。











8月3日丸ビルのスタバで.jpg

この時、私が飲んだのはミネソタ(2011年4月末)で飲んだのと同じものなんだって!
その時の写真がこれ!
DSCN0316.jpg

丸ビルを見上げて.jpg
上を見上げるとこんな空。
今日も「雨宿り第3弾」になるのかなぁ・・・

丸ビル.jpg「大阪の丸ビルは本当に丸いんだ」と太志君。

でしょう?
だから東京駅で大学時代の友人と丸ビル前で待ち合わせした時は困ったよ。私は円柱型のビルだとばかり思っていたものだから。 

そう言えば今から40年前、この丸ビルのJALの店でハネムーンのパック旅行を申し込んだよ。そこに真智と真智の伴侶がいて、ユキがいるなんて不思議。あれから長い時間が経ったんやね。40年の時が・・・

丸ビル前のアガパンサス.jpg
丸ビル前のアガパンサス。
この時期のアガパンサスを見るのは初めて。

8月4日(木):4人で神戸の叔母宅へ。妹も合流。この日私は叔母宅に泊まり、翌日の午後帰宅する。

8月5日(金):私は13時半頃帰宅し、真智が用意してくれていた冷麺をいただく。その後、真智はヘアーカットに行く。クマ、ユキも。

8月6日(土):食料品の買い出しに。
SEでもあるクマにパソコンの不具合を改善してもらう。このパソコンはまだ「ウィンドウズ8」のままだったとは! 
7月下旬に知子が初期設定してくれたが、「8.1」に設定しなおしてウィルスセキュリティも入れ直してくれた。
その夜に国際規格の「TKI」の30項目にチェックしアドバイスをもらう。

8月7日(日):楽しかったユキのサッカー教室。 
マチ・クマリードで「家の教会」。マチにGメールのアドレスを作ってもらう。そして、今回最後の夜も終わる。

8月8日(月):午前4時起き。始発の電車で上本町へ、そこからリムジンバスで伊丹へ。そして、成田空港からアメリカへ行ってしまった。この日は父が召された日。

こうしてマチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった。
11日(山の日)は実家の墓参、昨日13日(土)は2度目の乗馬に予約していたのでサッカーはお休みしてしまったけれど、ユキは先ほどサッカー教室に出発した。

先週は真智たちがいたのに2人の姿がないのはさみしいな。
楽しいことも、悩みも、仕事も勉強もすべて頑張らなくっちゃね。神さまにそれぞれの置かれたところで思いっきり生きなくてはね。

真智、太志君、

★8月1日か2日にチャッピーの最期の写真やビデオを見てもらった。


posted by 優子 at 08:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

国際規格の心理評価 −「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」?−

慌ただしく過ぎゆく9日間の滞在も終盤に入った8月6日、私たち3人は次女夫婦より国際規格の「TKI トーマス - キルマン コンフリクト・モード検査」の説明を受けて検査させてもらい、何とか時間を取って7日の夕刻に検査結果とアドバイスを聞いた。

これは、対人関係における「コンフリクト(conflict:衝突・対立・葛藤・緊張状態)を理解し、建設的に解消・解決するための国際規格の心理アセスメント(査定・評価)で、コンフリクト・マネジメントでよく活用されている検査だという。

「受験者は30の質問に回答し、5つのコンフリクトへの対応スタイルであるコンピーティング・モード(競う対応方法)、コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)、コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)、アボイディング・モード(回避する対応方法)、アコモデーティング・モード(順応する対応方法)のどれが自分の好むモードであるかを見出します」。

【5つのコンクリフトモード】
@ コンピーティング・モード(競う対応方法)

コンピーティング・モードは 自分の権利を主張し、協調的でない、権力志向の対応方法です。コンピーティング・モードのときには、自分の立場を勝ち得るのに適切と思われる、いかなる権力をも用いて、他者の犠牲の下に、自己の懸念を追求しようとします。

コンピーティング・モードは、自分が正しいと信じている立場を守り、自己の権利のために戦う、あるいは、単に勝ち取ろうとすることを意味することがあります。

A コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)
コラボレーティング・モード:共同共存する対応方法は、自己主張も、協調もする対応方法です。コラボレーティング・モードのときには、両者の懸念に完全に応えるような解決法を見出すために、他者と協調します。

この方法では、両者に潜在する懸念を明確にするため、問題を徹底的に調べたり、両者の懸念に見合うような代替策を見出したりします。

2者間の共同共存は、お互いの見解から学ぶために不一致点を探究したり、それがなかったとしたら、リソースのために競うことになるであろう状況を解決したり、対峙して、個人間の問題に対する創造的な解決策を見出そうとするといった形をとることもあります。

B コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)
コンプロマイジング・モード:妥協する対応方法は、自分の権利の主張と協調の中間の方法です。 コンプロマイジング・モードのときには、双方の主張を部分的に満たし、双方が満足する得策な解決策を見出すという目的を持っています。

コンプロマイジング・モードは、コンピーティング・モードとアコモデーティング・モードの中間に位置づけられ、コンピーティング・モードよりも譲歩し、アコモデーティング・モードほどは順応しない方法です。

さらに、コンプロマイジング・モードは、アボイディング・モードよりも問題に正面から取り組む方法ですが、コラボレーティング・モードほどには、深く追究する方法ではありません。

コンプロマイジング・モードは、妥協し、譲歩しあい、あるいは迅速に中立の見解を探すことを意味することがあります。

C アボイディング・モード(回避する対応方法)

アボイディング・モードは進んで自己主張することも、進んで協力しあうこともしない対応方法です。アボイディング・モードのときには、自分の懸念も、他者の懸念も、即座には求めることはしません。コンフリクトに進んで取り組むことはありません。

アボイディング・モードは、問題を外交的に回避したり、機が熟すまで先送りにしたり、あるいは単に自分を脅かす状況から撤退するといった形がとられることがあります。

D アコモデーティング・モード(順応する対応方法)

アコモデーティング・モードは、自己主張をすることなく、協調する方法で、コンピーティング・モードと正反対の方法です。アコモデーティング・モードのときには、自分の懸念は顧みず、他者の懸念を満たそうとします。

この対応方法には、自己犠牲の要素があります。アコモデーティング・モードは、 無償の寛大さや慈善、自分が望まないときでも、他者に従ったり、他者の観点に屈服するといった形をとることがあります。

検査結果は、8000人から集計されたものから査定しアドバイスしてくれた。

私は「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」、「共同共存する対応方法」が「5」、「妥協する対応方法」が「7」だった。

「0」と「9」という数字に驚いたが、と同時に自画像も表していると思った。
私は家族と激論を交わしても、例えばその親族とは一切戦わない。どんなに理不尽な言動にも耐え抜いた。信仰が働いていたからだと思うが、あれは無抵抗主義の忍耐ではなかったか、いや、やはり神さまが耐えさせてくださったのだと今も思いめぐらすことがある。

今後は主張せねばならない時がくるであろうことを重苦しく感じており、そのことを念頭に設問に答えていたように思う。答え方は環境や経験により、また、人生の諸段階においても変化すると思う。

60代半ばでこのようなことを言っていてはいけないかもしれないが、年齢を重ね高血圧という持病があると問題と対峙する気持ちが萎え、自らの人格を高めていくチャレンジまで億劫になる。

ストレスフルなことを思うだけでも精神的にしんどくて体調にも敏感に出てくるので、諦念しやすくなっている。

常に問題と向き合い(即ちそれは自己と向き合うということ)、問題から逃げないというのが私の特徴であり良いところだったと思うのだが、今はどうなんだろうとじっくり考えたいと思う。

私が最も私らしく生きることができていた時代に、この検査を受けていたらまた違った評価が出ていたと思う。

「順応する対応方法が高いのは規範(行動や判断の基準)が緩いかもしれない。妥協ではなく自己犠牲の要素がある。時と場合によって使い分けてより良く対応することができるといいね」と助言してくれた。

一方、知子は良きリーダーシップ像を示す結果だった。
assertiveness(自己主張)、自分の思いを確固として伝えることができるのは職場でも大事なことと共感されていた。

このほか、人間は「〜しない」というというよりも「〜したい」というポジティブな気持ちでやるほうが伸びるというのを、体を使って体験した。

まっすぐに横に伸ばした腕に他者が力をかけて曲げようとする時、「腕を曲げない」という思いで耐えるのと、「腕をまっすぐにしたい」と思って耐えるのとでは、後者のほうが効果大で腕は動かなかった。

また、「君は頭がいい」と褒めるのと、「君はよく頑張っている」と褒めるのとでは、「よく頑張っているね」と褒めるほうが人は伸びるということだ。


これからはユキにそのように忍耐強く関わっていきたい。
マチ・クマ、有意義な学びをありがとう!

posted by 優子 at 17:29| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

マチ・クマ神戸の叔母宅へ 帰りは一人減じたり

真夏の石屋川@.jpg8月4日(木)、私はマチ・クマとユキの4人で神戸の叔母を訪ねた。

阪神沿線・石屋川の駅を降り、2号線を越えたあたりからユキが足早で歩いて行った。このようなことは今回が初めてで、ユキの姿は60年近く前の光景と重なった。

私が幼かった頃は自宅に自動車がなかったので電車で叔母の家へ行っていた。その時、私たち兄妹3人はいつも両親をあとにして先に走って行った。この石屋川沿いの道を。


ユキは走って行った.jpg目の前に見える建物に向かってユキはスピードを出した。
叔母は神戸市営の高齢者用の共同住宅に住んでいる。
これは神戸の大震災後に建てられたもので、それまではその向かい側に在った市営住宅に住んでいたが、このあたりは活断層の真上だったため、道を挟んだ両サイドの建物は将棋倒しのように倒壊した。

この建物は2004年春に高齢者用に建築されたので、トイレや風呂場には緊急用のブザーもついている。自転車で行ける距離の所に従妹(叔母の娘)が住んでおり、週末ごとに行き届いた助けをしている。

私たちが着いて30分ほどしてから妹も到着した。妹とはこの2日前にも会っている。8月2日に真智を訪ねて突然我が家に来た。

真智の笑み美しきかな.jpg「真智子ちゃん、大切な時間やのに時間を割いて会いに来てくれて嬉しい」と、叔母が何度も言った。

叔母は何年も前から膝が痛くて歩行が困難なので見るのが辛い。しかし、頭脳はすこぶる健康。話し方も声もこれまでと全く変わらない。

このテーブルは友人と楽しむ麻雀用に作ったものだ。友人が月に2度(?)の頻度でお弁当持参で10時間ちかくおしゃべりしながらやっている。

この日、私たちが着いた時、電動自転車に乗って誠味屋の佃煮や煮豆がいっぱい詰まった重い箱詰めを買ってきてくれたところだった。真智子たちだけではなく、私や妹の分までも。

叔母は88歳、20年前に亡くなった母が生きていたら90歳になる。叔父が亡くなったのは1999年夏、その翌年父が亡くなった。

私は叔父が海軍だったことは知っていたが、叔父がシンガポールで戦っていたことを知らなかった。

船の後ろ3分の一を失い、残っていた3分の二で港まで帰ったという。軍刀はアメリカに没収されくないので土の中に埋めてきたそうだ。


神戸もまた第二次世界大戦末期に度重なる無差別空襲で焦土と化した。神戸が火の海になっているのが大阪から見えたという。空襲の下を走り回って逃げたことや、終戦当時は古タイヤで草履を作っていたことなど、戦争の悲惨と愚行に憤りを感じながら聞いていた。

叔母は言った、人(兵隊さん)が「一銭五厘で死んだ」と。
何の意味かと聞けば、当時のハガキの郵便料金が一銭五厘であったことから、一銭五厘の赤紙で召集されて戦場へ行き、死んで帰ってきたということだった。人の命は1銭五厘の価値しかなかったのか!


幸い叔父は生きて帰ってくることができ、戦地に行っていたことから3倍に計算されて高額の恩給が出たという。恩給を支給される人々もいよいよ少なくなってきたことであろう。

叔母を訪ねて@.jpg

ユキは前日からプラレールをリュックに入れて用意していたが、到着早々にレールを敷いてセットしたものの、あとは叔母のアイパッドでゲームを教えてもらって熱中していた。

IMG_9324.jpg 

IMG_9328.jpg
 
この日、私は1人だけ叔母の家に泊まった。
8月2日に血圧が(189/102)に上昇し、8月3日は夫の相変わらずの危機感の無さで激論し、この日4日も(184/105)まで上がってしまった。

しかも3日間連続だったので肉体が耐えられず大事を取って泊まった。
IMG_9332.jpg 真智が帰っているというのに!


叔母もいつもこのように見送ってくれているのか・・・

私は5日の13時半頃に帰宅した。
3日連続すぐに頓服を飲んだので結膜下出血は免れたようだ。

叔母とずっと一緒にいたい。
解決せぬ問題がいっぱいの現実生活に戻りたくない。
そんなことを電車の中でぼんやり考えていたので、ドアが閉まる寸前に乗り換える駅で飛び降りた。しかし、降りた時もそこが何という駅かもわからなかったほどだ。

このたびの帰国中、真智に「ママは天に宝を積む生き方やね」と言われ、太志君も大きく頷いてくれていた。とてもそのような生き方はできていないが涙した。また立ち上がらねばと思う、命ある限り。

真智は大学卒業後から遠く離れているが、真智は私の思考や感情のすべて機微までもよく理解してくれている。というより感じ方や思考回路がとても良く似ている。

真智を思い出して腰に力を入れて立ち上がろう。
真智の笑顔で。


マチ・クマは10日から仕事に戻った。

posted by 優子 at 08:03| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

マチ・クマ結婚10周年記念のジャマイカ旅行

今回は3週間の休暇をとって、帰国前に結婚10周年を記念して7月19日から22日までジャマイカ旅行に出た。

ワシントンD.C.からだと中南米は近そうだが、直行便が無いので8時間ほどかかるという。ちなみに、ユナイティッドで飛ぶはずの飛行機が遅延したので、マイアミ経由のアメリカンエアーラインで行ったそうだ。このようなことがあるから英語不案内の者はますます海外に出られない。

ジャマイカ旅行J.jpg
ほぼ赤道直下のジャマイカの美しい海。
ワシントンとの時差は1時間だけで、この周辺にはバハマやトリニダード・トバゴなど、真智がIMFの海外出張(ミッション)で訪ねた国々がある。

ジャマイカI.jpgホテルの部屋のベランダで。
私が心配していた蚊は全くいなかったそうだ。



ホテルのサプライズ!
IMG_0594.jpg

IMG_0598.jpg結婚記念とは言っていたが、このようなチョコレートのプレートを届けてくれた。それを見て真智が喜ぶと
「見てよ! 彼女の顔!」と笑顔が反響した。
真智、ステキ! その時の様子が目に見えるよう。

10周年おめでとう!.jpg

ジャマイカと日本の関係も深く、ジャマイカで生産されるブルーマウンテン・コーヒーの80%が日本へ輸出されており、高速道路も日本が造っているという。高速道路ができるまでは2時間かかっていたのが40分ほどで行けるようになったと喜ばれていた。

そして、ジャマイカでも日本の車がいっぱい走っている。

タクシーを借り切って移動した時のこと。ナビは日本語で画面があるだけだから「ディスク(地図)を入れてください」とアナウンスも日本語。運転手さんに「これ何て言ってるの?」と聞かれ、楽しい会話が続く。

行っていない私までそのタクシーに同乗しているような気分になって聞いていた。現地ではボブスレー・ライドをしたり、滝つぼに飛び込んだり、勇気を奮い立たせてての挑戦でジャマイカを満喫していた。

ジャマイカ旅行F.jpg「まさに" leap of faith."(信じて飛べ!)だった。
ここを飛ばないと助からない。だから信仰でジャンプする。

落ちると深く落ちるけれど、今度は浮いてくる。神さまに身を任せて飛ぶけれど、委ねていると浮いてくる。そんなことを思った」。


ジャマイカ旅行G.jpg







↓ 次の写真には2人写っている。
でも、真智はどこ?

ほら、滝の奥からピースしているよ! 
ジャマイカ旅行E.jpg
2人入れるほど広くなかったそうだが、まるでイグアスの滝のアマツバメみたい。

ここは「ブルーホール(青い穴)」
ブルーホール.jpg
 
ジャマイカ旅行D.jpg「ターザンごっこができると思って来たのに、こんなにすごいの?」









ジャマイカ旅行C.jpg






まずはクマが飛び込み、次はマチ。




ジャマイカ旅行B.jpg「もっと下へ降りさせてー」

「これ以上は降りられないよ」










ジャマイカ旅行A.jpg 
地元のレストランで、この魚を料理してもらった。

ジャマイカ旅行L.jpg丸揚げにした魚の上に酸味をつけた玉ねぎとパプリカ。

手前の左側は「ブレッド・フルーツ」で、原形は丸い実。その右はプランテインで、バナナよりも甘みは少なくて酸味がある。
ジャマイカ旅行K.jpg

ジャマイカ旅行H.jpg
夕食はホテルのバイキング。

IMG_0590.jpg


ジャマイカ旅行N.jpgジャマイカ旅行M.jpg
最後にもう一枚。これは「ジップライン」。
2枚の写真を合体させたよ。
2人一緒にリフトに乗っていたよ。

ジャマイカ旅行O.jpg
スリル満点の冒険ができるジャマイカ! 
これからも平和な国でありますように。
そして世界もまた。


posted by 優子 at 16:35| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

マチ・クマ、ユキのサッカー教室動画! 今朝またワシントンへ戻って行った

22時20分追記: 最後のビデオはこの記事を公開した半日後の今、別のものに差し替えてアップしました。

午前4時、空はまだ真っ暗だった。4時半頃、ヒグラシが鳴き始めた。
次女夫婦の9日間の滞在はあっという間に過ぎ、今朝5時26分の始発で出発し、再びワシントンD.C.へ帰って行った。しかし、「帰る」とは言わない。「行ってきます!」「行ってらっしゃい!」と言葉を交わす。別れは尽きない。

ユキは今朝もラジオ体操に出かけた。私もこんな時ぐらいと、ユキの成長を撮るために公園へ出かけた。2年ぶりの参加だ。体操を終えて帰宅した時には夫と知子も出発していなかった。

今日は全校登校日。今はセミの声だけが聞こえる静寂の中でマチ・クマの無事を祈りつつキーボードを打っている。

滞在中の最後の2日間は目には見えない時間が見えるようで、あれもこれもと真智たちもまた時間と競争するように、私たちにリーダーシップ論や社会心理学の話をしてくれた。
今回は一泊旅行さえ行くことができなかったけれど、皆の印象に残る「帰国2016」だった。

それらを思い出しながら記録していこうと思う。まずは昨朝、真智と太志君が参加させていただいたユキのサッカー教室の様子から始め、その最後にユウチューブに挙げた3分40秒のビデオを貼りたい。

サッカー教室のブログに、こんなに素敵な言葉を書いてくださっている。

2016年8月7日日曜日

「暑い!熱い!! でも楽しい
 夏本番。今日の暑さは半端ない!
今日はユキヒサのおじさんおばさんが緊急参戦!
小学生相手に本気モード全開です!(笑)」


サッカーA.jpg

サッカーB.jpg

そして、次女夫婦の感謝コメントには、「また、ぜひ来てくださいね。」と返信あり。感謝! 本当にまたそんな日があればいいな。

サッカーC.jpg

サッカーD.jpg

マチ・クマは1〜3年生とプレーした。

サッカーE.jpg

サッカーF.jpg→ 後ろに見える黄色い靴下の子がユキ。
ユキと太志君は同じ組で、その相手チームの真智は何度もユキのボールを取りに行って阻止したそうだ。

サッカーH.jpg

サッカーG.jpg

サッカー@.jpg
最後にドリブルしながら3分。
私はドリブルの意味も知らなかった。
この日の気温は36度。


ユウチューブの挙げ方やブログへの貼り方に手間取ってしまい、まもなく日本を離陸する時刻だ。ワシントンダレス空港には約12時間後に到着予定。旅の無事を祈っています。(このビデオは22時20分に差し替えて更新。ただし手ぶれの修正は未完了)

10時50分着信:
(サッカー教室のブログ)見たよ。嬉しい!
よろしくお伝えください。
今、搭乗しました。行ってくるね。
主に信頼して。主がいるから頑張るよ。
本当にありがとう。
太志も心から感謝しています。いつもお祈りしているよ。
真智子


渡米する伊丹空港で.jpgそして最後の最後11時ジャストに着信:

「伊丹空港のキャラクターがユキみたいだったから、今朝写真撮ったよ。通りがかりの方が撮ってくださったよ。
また着いたら連絡するね。でも早く寝てね。
ありがとう!」

無事到着を祈っています。


附記:ユキは学校から帰宅するなり「ふー(太志君)が・・・」とポケモンの話をし、この写真を見た瞬間、キャラクターをポケモンと間違えたほど。
ユキ、お友達同士の話題に入れてよかったね。
太志君、ありがとう!
次のページは「ポケモン・ゴー」を書こう。

posted by 優子 at 10:58| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

IMFのユウチューブをブログに貼れた!

あと4日、日本滞在もすでに後半に入った。
昨日は梅田のキリスト教書店へ出かけた。その直前にユウチューブやビデオの貼り方を教えてもらった。ビデオの圧縮の仕方も教わって楽しみたいと思うが、まずは真智が登場しているIMFのビデオを貼ってみた。

posted by 優子 at 09:01| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする