2017年06月06日

万緑の季節に真智子は生まれた

2017.6.6朝.jpg
すっかり濃い緑になった今朝の二上山(雄岳)
誕生日の真智子を想う
気がつけば讃美歌122番、「緑も深き」を口ずさんでいた。

1) 緑も深き 若葉の里 
   ナザレの村よ 汝(な)が巷(ちまた)を
   こころ清らに 行きかいつつ
   育ちたまいし 人を知るや

2) その頭(こうべ)には かむりもなく
   その衣(ころも)には かざりもなく
   まずしく低き 木工(たくみ)として
   主は若き日を 過ぎたまえり

3) 人の子イエスよ 君の御名(みな)を
   みつかいたちの 誉(ほ)むる時に
   めぐみににおい 愛にかおる
   み足のあとを 我はたどらん


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評:「作者は小学校3年生。まさに幼な児のように捉えている明快な信仰の世界を、大人たちも学ばねばならない」。

「真智、ママは今も、この詩に教えられ励まされているよ。お誕生日おめでとう!
飛行機のチケットは取れた? 
2人の帰国を楽しみに待っています」。


「キリストの栄光教会」の今朝のみことばより:
「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」。

羊は臆病です。羊飼いの姿がそばに見えていなければ、牧場に伏すことさえできません。おなかが満ち足り、ハエや寄生虫から守られなければ、落ち着きません。羊飼いはその条件をすべて整え、水のほとりで安らぎを与えてくださいます。そのとき、仲間同士の些細な争いも止みます。羊は羊飼いから離れたら、何もできないのです。
          (詩篇23篇2節)

IMG_5616.jpg詩篇23篇:

「主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは
必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう」。


6月2日にユキが感染性胃腸炎で欠席し、その後、私、知子と罹患し、重症だった知子は昨日欠勤した。私も今日からすっかり元気になったので久々に散歩に出た。

しばらく爽やかな晴天が続いていたが、午前中の薄雲が夕方にはすっかり厚い雲に変わった。今日九州と山口県が梅雨入りしたから明日の雨で関西も梅雨入りかな。

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↑ これは「かしわばあじさい」(6月14日に教わった)↓

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でんでんむし.jpgでんでんむしがいるよ。







花のような葉っぱ.jpg花かと思えば葉っぱだった。










梅雨入り前の二上山.jpg
「創造主なる神さま、あなたの造られた世界は
何と驚きに満ちていることでしょう。
大自然は創造主を指し示す印に満ちています」。

posted by 優子 at 23:18| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

ニューヨークで旧友とのカイロスの時

先週の14日(火)、アメリカ北東部が大雪に見舞われた日、IMFも休みになったが連絡が遅かったために、次女夫婦は行ってしまってお昼過ぎに帰宅したそうだ。ご苦労さま!

その2日前の11日(土)、マチ・クマはマチの大学時代の友人と5年ぶりにニューヨークで再会した。マチ・クマにとっては2度目のニューヨークだったと思う。

S君の計画力&行動力のおかげで、半日のニューヨーク観光もいろんなところに行けて、マチたちが行ったことがなかったところを一緒に回ってくれたという。

Top of the Rock.jpg「近代美術館(ゴッホ、セザンヌ、ピカソなどもあったよ)、自然史博物館(プラネタリウム、恐竜の化石など)、トップ・オブ・ザ・ロック展望台からの夜景。
後ろにライトアップして見えるのはエンパイアステートビルよ。」


12日は2人でセントラルパークに行き、映画「クレイマークレイマー」に出てきた場所をたまたま見つけることができたと嬉しそう。リスも鳥もいっぱいいたって!

CentralPark 1.jpg
この翌日ぐらいから大雪になったんやね。

CentralPark 2.jpgセントラルパークのリス。かわいいね。
ミネソタに行った時、家の前の庭にリスがいたのに驚いた。ミネソタ州の愛称が "Gopher State(ジリスの州)"だからリスがいるのだと思っていたが、ワシントンにも身近にいたからセントラルパークにいるのは容易に頷ける。

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2013年6月、ユキ、ワシントンの公園で。

都会にもリスがすぐそばにいるアメリカだから、 " United State of Gopher America "と名づけるといいかもね。 

「旧友と話して、人生のステージが変わるなかで色々感じたり、
 なんとなく同じと思っていたクラスメートも
 それぞれ違う人生を生きているんだと感じたり、
 年を重ねるのも幸せなことなのかも、って思いました。
 私も私の人生を生きようと思いました」。


真智は大学時代の友とカイロスの時を過ごした。毎日平凡に「事なかれ主義」で生きている人にはカイロス体験は起こらず、目覚めている人にのみ起こる瞬間だ。

ギリシャ語で書かれている新約聖書、「マルコ伝」1章15節の、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」で用いられている「時」は " καιρός " (カイロス)である。

イエスの到来によってカイロスの時となり、カイロスは永遠を輝かせるものである。神さまが祝してくださった友との楽しかった時も真智の人生を深めていくことだろう。

H.jpg今日は19度まで上がり、ようやく空気が和らいだ。
池の周りの桜の蕾はまだまだ小さいが、こんなに蕾を膨らませている木もあった。今年もまもなく春が開く。

G.jpg


2013_3_26.jpgついでにこれは2013年3月26日。
薄手の防寒着は4年も前から着ている。
よほど大きいサイズを着せていたんやね。

チャッピーがいるね。
このあと2年8ヶ月一緒だったんやね。

posted by 優子 at 19:16| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

見よ、冬は過ぎ、花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた

昨日、アメリカの北東部は季節外れの大雪のため非常事態で、ニューヨークでは公立校は休校になり国連は閉鎖と報じていた。ワシントンでのトランプ大統領とメルケル首相との会談も延期されたというから、IMFも閉鎖になって真智たちも自宅勤務になっているのではないかと思う。

そういえば、次女夫婦がニューヨークに居た11〜12日は大丈夫だったのだろうか。次女の大学時代の友人が旅行でニューヨークに来るというので1泊2日で出かけていた。旧友との再会はとても楽しくリフレッシュできたと嬉しい短信が届いた。

私は今日、鶯の初鳴きを聞いた。「ホー、ホヘ」と、初鳴きとも言えない声だったが、あれは確かに鶯の声だった。この週末は暖かくなるとのこと、散歩しながら聖書の一句が唇に出た。

       「見よ、冬は過ぎ、
        雨もやんで、すでに去り、
        もろもろの花は地にあらわれ、
        鳥のさえずる時がきた。
        山ばとの声がわれわれの地に聞える」。
            
                 (雅歌2章11・12節)

ミネソタよりもはるかに暖かいワシントンだが関西よりもかなり気温が低い。しかし、毎年ワシントンの方が春は早いように感じる。2月末の散歩でワシントンの春を見つけて送ってくれていた。

まちも春を見つけた@.jpg
これは梅の花?・・・ではないよね・・・

Cまちも春を見つけた.jpg
これはクロッカスかな・・・
このほかネモフィラやクローバー(?)を送ってくれていた。

       
2017.3.16 オカメ桜.jpgでは日本からも身近な春を贈りたい。おかめ桜のことを思い出して、今日は5日ぶりに散歩に出た。
やっぱり満開になっていたが、全体を撮りたくても夕方なので影絵のような暗い写真になってしまうので断念した。
おかめ桜はカンヒザクラなので花は下を向いて咲く。
おかめ桜の開花が春の始まりを教えてくれる。そして、昨年からチャッピーを思い出す季節でもある。


散歩道で@.jpg

↑ これはキョン(2006年2月に死んだ利口な犬)の家の梅の木。↓
「キョン、チャッピーも死んでしまったよ」
もうかなり前からキョンの残像を思い出すこともない。

散歩道でA.jpg

散歩道でB.jpg

秋の金木犀のようにあちこちで甘い沈丁花の香りがする。
散歩道でC.jpg

ユキの手法で撮ってみた。
アップで!.jpg
でも心に迫ってこない。
ただクローズアップすればよいというものではない。

これは白い沈丁花。
白の沈丁花.jpg

そして、お向かいさんちの花。
これぞ目覚めの花!
冬眠から目覚めさせてくれるような鮮やかさだ。

お向かいさんの.jpg

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「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」。

我が家の花はクロッカスだけ.jpg
我が家に咲いている花は、このクロッカスだけ。
しかも毎年咲くわけではない。本当の色は紫だ。 

これは昨日の18時前の夕日に映える二上山(雄岳)。
2017.3.15 17時57分.jpg

西の空を見ると日が沈むところだった。
こんなに強烈な夕日だったのに今日は数時間の晴れ間だった。
2017.3.15 17時58分.jpg

posted by 優子 at 22:10| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

クリスマスにワシントンと日本に届いた愛の贈り物

IMG_1515.jpgクリスマスの11時過ぎ、次女夫婦からクリスマスカードとユキへのプレゼントが届いた。
真智に連絡すべくパソコンを開けると、何と私が贈った荷物も既についたという感謝メールが11時前に着信していた!!!

あちらのクリスマスイブの夜8時頃に届いたのだろう。

IMG_1522.jpg私が手配したのは12月21日のお昼前だったから、たった4日間しか経っていない。EMS(国際スピード郵便)とはいえ速すぎる。知子と私はクリスマスの祝福だと喜んだ。私はすぐに二人からのクリスマスカードを知子と夫に声を出して読んだ。

「最近私は、人生を通じて、真に個人として神様への信仰を選ぶか、問われているように感じます。

この世で起こることは本当に何でもありで、人の感じ方も様々で、何がなんだか分からなくなります。でも最近、こう思いました。

私たち一人ひとりが混沌の中に置かれるのは、それぞれが徹底的に個人に戻され、周囲や状況を見てではなく、仲間がいるからではなく、私個人の意思として神様を呼び求めるかを問われるためなのかと思いました」。
 (真智子)

「この一年は特に、世の中の価値観を捨てて、主の価値観を選んでいこうと、日々思い過ごしてきました。

試練は絶えず来るものですが、これからも真智と共に祈りつつ歩んでいこうと思っています」。
 (太志)

本当は全言をここに刻ませてほしいけれど、教えられ励まされたところだけでも書かせてもらった。次に感謝メールからも刻ませてもらおう。神の恵みの中で生かされている者の祝福が、私の中に飛び込んできて力づけてくれる。

IMG_1547.jpgママ、

今日の夕方、ママからの贈り物が届きました!
届くのが早くてビックリしたよ!!


そして、開けてみてまたビックリ!!
裏起毛ふわっとスパッツ!!!!!!!!!
ちょうどほしかったものを、
思いもかけずママが送ってくれるなんて。
本当に嬉しい。ありがとう!!

IMG_1551.jpg心からのメッセージ、
そして、大切な宝物のカードを、
本当にありがとう。
心も体もしんどい時に書いてくれたことを思い出して
また感謝しました。

優しい絵の中の、この黒い迷える子羊は私だ、そして
そんな私にもイエス様は来てくださったんだ、と
心が温まりました。

このカードを手に取っていた若い頃のママのことも、
愛おしく感じました。
主が共にいてくださる、インマヌエル、信じます。
いつもお祈りしていてくれてありがとう。

手帳、み言葉カレンダー、美濃紙業のカレンダー。
私達の生活にとって、とても温かい存在です。

2017年の真っ白の手帳を見て、
去年2016年の手帳を手にしてから
もう一年も経ったのかと思いました。

主が共にいてくださるから、
今年も一日一日
主の導きに信頼して歩んでいきたいです。

フキの佃煮! しいたけにゴマにワカメに昆布!!
帰国した時の風景が思い出されて懐かしく、
寂しいです。大好きなものばかり、本当にありがとう。
嬉しく、大切にいただきます。

私たちの郵送物はまだ関空にいるような感じです (>_<)。
無事についたらいいな、と思います。

今日はユキちゃんにサンタさんが来たかな?
良いクリスマスを過ごしてください。

本当に、主が4人を力強く守り、癒し、
祝福してくださいますように、心からお祈りしています。
本当にありがとう!

真智子

勿論、太志君からも感謝メールをいただいている。

いつもならばもっともっと早くからいろいろ贈るものを用意していたのに、今年はスパッツしかできなかった。しかも入れ忘れがあり、郵便局から帰宅して2つの品を見つけた時は情けなく残念でならなかった。

クリスマスカード.jpgこのクリスマスカードは、たぶん中学1年生の時に購入したものだ。

同志社女子中・高では、毎年12月になると宗教部員がクリスマスカードを販売する。

これはその中の1枚で、特にこの絵に魅かれるのは信仰者の祈りを感じるからだと思う。大切に2枚取っていた。もう50年以上も前から持っている古いカード。

IMG_1517.jpg「真智、もう一枚はね、これ! 
かわいいでしょ!

羊のカードよりも小さいサイズです。

このカードは書き損じているから使えないけれど、これも13歳の時からの宝物です」。




anima_boy1.gif2016年のクリスマスは、私たち家族にとって今までで一番意味深いクリスマスだったに違いない。

クリスマスのお昼前にワシントンから愛の包みが届き、私からのも届いていたこと。そして、家族で心からのクリスマス礼拝を捧げたこと。

その上に、夜には思いもかけないクリスマスの奇跡を神さまが見せてくださった。


posted by 優子 at 00:04| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

ワシントンより届いた次女夫婦の愛

今朝の最低気温は6.7度、カーテンを開けると窓のサッシに結露ができていた。冬に向かう緊張感と覚悟で身が引き締まる。そして、クリスマスキャロルが気持ちを和らげてくれる。

昨日の朝マチ・クマから届いた「おめでとう」メールをここに。感謝!
ママ、
お誕生日おめでとう!
今年は、帰国時にも、その後のメールででも、ますます深く分かち合えているように感じて、とても嬉しいです。あるいは、私が、ママの生きる姿、主に信頼して勇気を持って光の中を歩む姿に、ますます力付けられることが多くなってきているように感じます。

実は8月にDCに戻ってすぐ、「種を蒔く」を読んで、感想をメールの下書きとして書いていたのだけど、他のことでメールをやり取りするうちに、送る機会を逃してしまっていました。でも、その時に書いていた感想は、今、主とママに感謝している気持ちでもあると思ったので、ここに書きます。

『「種を蒔く」を読んで、心に迫るものがありました。ママの、神様と自分への真摯な問いかけ。目を背け、耳を塞ぎたくなるような現実に向き合い、自分自身と神様に向き合う姿。絶望に呑まれそうな中での無気力・無力感。正直な姿勢が、素直な言葉が、胸に迫りました。

強い主への信仰と信頼があるからこそ、向き合えるのだと思います。そして、絶望に落ちた後に主に引き上げられ、主への信仰と希望を握って歩もうとする姿に力付けられます。』

家の教会も、本当に大変な時もあると思うけれど、主がこれからもリードするママを力付け、祝福の中に続いていきますように、心からお祈りしています。

「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る」という御言葉を思い出します。私と太志にも、愛と忍耐と信仰とをもって種をまいてくれたこと、心から感謝しています。本当に有難う。

私もますます、人生の歩みのどこにおいても、様々な尺度や誘惑に惑わされず、常に主を見つけて、主に平安をいただいて、光の中を歩んでいきたいと思っています。全てのことが主の御手の中だと信じています。

また、いつか2人でスカイプしたいです。色々話したいね。

お誕生日、おめでとう!

真智子

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優子お義母さん

お誕生日おめでとうございます。

メメントドミニ、いつもお読みしています。脳死や社会問題についてもお読みして、自分で考えさせられることが多いです。M君とご家族のこと、また愛を持って関わっておられる優子お義母さ んと知子お義姉さんのこと、お祈りしています。

また、夏にいただいていた「種を蒔く」も、お読みして胸に響くことがありました。複数の記事を通して、理不尽な悲劇が繰り返される中でいかに希望を見出すかという一貫したテーマを感じました。悲しみの多いこの世の中では本当に難しいことで、主への信仰無くしてはあり得ないことなんだと思いました。

これからもご執筆活動が祝福されますようお祈りしています。

DCも寒くなってきて、チャッピーのことを思い出しますが、寂しいと共にいとおしいです。チャッピーに出会えて本当に良かったです。

皆さんが心身共に守られること、会社のこと、いつも真智と共にお祈りしています。家の教会とブルンナーの読書会も支えられ、ますます祝福されますように。

優子お義母さんに主の豊かな恵みのある一年となりますように。

太志

su_kuma03_a.gifありがとう!!!
日本とワシントンで互いに祈り合う家族。何と麗しく感謝なことかと思う。
私たちは常に神さまの最善の配慮の中にあるのだから、これからもイエスさまから平安と希望をいただいて歩き続けよう。それぞれの経験を分かち合い、神さまからの慰めと励ましを分け合いながら。

昨日の日暮れ前の空はあの夕空になっていた。チャッピーを思い出させる空、今年は何を見てもチャッピーを想う2016年の晩秋である。

posted by 優子 at 07:22| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

今も更新されていたマチ・クマ登場のIMFのビデオ

最初に先ほど着信した今日のみ言葉より:
「神よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家について、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。あなたは私を、高い者として見ておられます」。
       (歴代誌上 17章17節)

「主は、あなたが思う以上に、あなたを優れた者と見ておられます。あなたが考えている以上に、大いなる計画を用意されています。主はそれを、あなたの信仰によって実現させたいのです」。
心を主イエスの基に置いて励みましょう! 微笑みつつ。

そして、昨日の分かち合いで知子の発言で思い出さねばならなかったことは、「御言葉は、摩擦がある時にはあなたが腹を立てている当人と直接話しをすることが非常に大切であると強調してい」ること。

日本人の常套手段である「波風を立てないよう、すぐに自分を曲げて妥協する」のは、境界線の身についていない大人であるということだ。


さて、ブログにユウチューブの動画の貼り方を忘れないために、過去ログ・2012年10月10日でご紹介したIMFのエコノミスト募集ビデオも貼ってみようとやってみたところ、またまた10分以上かかってしまった。とても簡単なのに覚えておらず記憶力の低下は甚だしい。

この表紙(サムネイル?)にもマチ・クマが写っている。後列左端が真智で、その右2人めがクマ。このビデオでは日本人代表でクマが話している。さみしくなった時に見ることができるので、これも消さずに挙げた。

"IMF Economist Program 2016"



知子とユキがIMF本部の前に立っている。
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DSC05728.jpg2人が座っている所はIMFの1階ロビー。ユキはまもなく6歳。

ユキはこのときとても愚図っていて、マチ・クマから職場の人を紹介されても挨拶できなかったんだってね。

以上、2013年6月の「知子とユキのワシントンへの旅」より。




これは2分48秒のビデオで、
真智子は4人目に登場して話します! 
 話している内容は、
「このパートでは低所得国における国家債務の持続可能なフレームワークについて解説します。一緒にモデル経済を分析し、実例も学びます。また、この分析をあなたの国に応用する上でのヒントもお話します」。

それに関連して、ここもクリックしてご覧ください。

posted by 優子 at 07:37| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

マチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった

マチたちは日本へ帰ってきたかと思うとすぐにまたアメリカへ帰って行った。まるで「風の又三郎」のように。その9日間の濃密な日々を『風の又三郎』流に記録しておこう。

7月26日(火):午後3時半ごろ東京着。東京で3連泊。
7月29日(金):午後9時過ぎ1年ぶりの帰宅。
7月30日(土):ブルンナー読書会。夕食はよく利用するレストランで祝会。
感謝の祝会.jpg

7月31日(日):昼食は回転ずしへ。全家族そろって礼拝。

8月1日(月):午後3時頃からマチ・クマとユキ、徒歩(30分)でドラックストアへお化粧品の購入に。午後5時前から激しい雷と雨風、どんなに心配したことか。

「おーい、大丈夫か〜〜〜い」とメールしようと思ってPCを開けると、マチから「雨宿り」の件名で安心メールが入っていた。ほっ。

IMG_1321.jpg8月2日:私の妹が来宅。そして「雨宿り第2弾」。
妹を駅まで見送ってくれた帰りに雨に降られた。


雨宿り第2弾A.jpg


ついに目撃!
「ユキ! そんなことするから傘が長持ちしないんやよ」。 


キリスト教書店でA.jpg8月3日(水):梅田へ着いたらまず大丸の上、16階へ。限られた回数の日本食、今回は天ぷらだ!
そして、梅田第2ビルのキリスト教書店へ。

キリスト教書店で@.jpg










嬉しそうなユキ.jpg 
書店を出るとスターバックスで休憩。
まず、ユキが嬉しそうにやってきた。

真智も来た!.jpg
次に真智が来た。











8月3日丸ビルのスタバで.jpg

この時、私が飲んだのはミネソタ(2011年4月末)で飲んだのと同じものなんだって!
その時の写真がこれ!
DSCN0316.jpg

丸ビルを見上げて.jpg
上を見上げるとこんな空。
今日も「雨宿り第3弾」になるのかなぁ・・・

丸ビル.jpg「大阪の丸ビルは本当に丸いんだ」と太志君。

でしょう?
だから東京駅で大学時代の友人と丸ビル前で待ち合わせした時は困ったよ。私は円柱型のビルだとばかり思っていたものだから。 

そう言えば今から40年前、この丸ビルのJALの店でハネムーンのパック旅行を申し込んだよ。そこに真智と真智の伴侶がいて、ユキがいるなんて不思議。あれから長い時間が経ったんやね。40年の時が・・・

丸ビル前のアガパンサス.jpg
丸ビル前のアガパンサス。
この時期のアガパンサスを見るのは初めて。

8月4日(木):4人で神戸の叔母宅へ。妹も合流。この日私は叔母宅に泊まり、翌日の午後帰宅する。

8月5日(金):私は13時半頃帰宅し、真智が用意してくれていた冷麺をいただく。その後、真智はヘアーカットに行く。クマ、ユキも。

8月6日(土):食料品の買い出しに。
SEでもあるクマにパソコンの不具合を改善してもらう。このパソコンはまだ「ウィンドウズ8」のままだったとは! 
7月下旬に知子が初期設定してくれたが、「8.1」に設定しなおしてウィルスセキュリティも入れ直してくれた。
その夜に国際規格の「TKI」の30項目にチェックしアドバイスをもらう。

8月7日(日):楽しかったユキのサッカー教室。 
マチ・クマリードで「家の教会」。マチにGメールのアドレスを作ってもらう。そして、今回最後の夜も終わる。

8月8日(月):午前4時起き。始発の電車で上本町へ、そこからリムジンバスで伊丹へ。そして、成田空港からアメリカへ行ってしまった。この日は父が召された日。

こうしてマチ・クマは「風の又三郎」のように去っていった。
11日(山の日)は実家の墓参、昨日13日(土)は2度目の乗馬に予約していたのでサッカーはお休みしてしまったけれど、ユキは先ほどサッカー教室に出発した。

先週は真智たちがいたのに2人の姿がないのはさみしいな。
楽しいことも、悩みも、仕事も勉強もすべて頑張らなくっちゃね。神さまにそれぞれの置かれたところで思いっきり生きなくてはね。

真智、太志君、

★8月1日か2日にチャッピーの最期の写真やビデオを見てもらった。


posted by 優子 at 08:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

国際規格の心理評価 −「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」?−

慌ただしく過ぎゆく9日間の滞在も終盤に入った8月6日、私たち3人は次女夫婦より国際規格の「TKI トーマス - キルマン コンフリクト・モード検査」の説明を受けて検査させてもらい、何とか時間を取って7日の夕刻に検査結果とアドバイスを聞いた。

これは、対人関係における「コンフリクト(conflict:衝突・対立・葛藤・緊張状態)を理解し、建設的に解消・解決するための国際規格の心理アセスメント(査定・評価)で、コンフリクト・マネジメントでよく活用されている検査だという。

「受験者は30の質問に回答し、5つのコンフリクトへの対応スタイルであるコンピーティング・モード(競う対応方法)、コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)、コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)、アボイディング・モード(回避する対応方法)、アコモデーティング・モード(順応する対応方法)のどれが自分の好むモードであるかを見出します」。

【5つのコンクリフトモード】
@ コンピーティング・モード(競う対応方法)

コンピーティング・モードは 自分の権利を主張し、協調的でない、権力志向の対応方法です。コンピーティング・モードのときには、自分の立場を勝ち得るのに適切と思われる、いかなる権力をも用いて、他者の犠牲の下に、自己の懸念を追求しようとします。

コンピーティング・モードは、自分が正しいと信じている立場を守り、自己の権利のために戦う、あるいは、単に勝ち取ろうとすることを意味することがあります。

A コラボレーティング・モード(共同共存する対応方法)
コラボレーティング・モード:共同共存する対応方法は、自己主張も、協調もする対応方法です。コラボレーティング・モードのときには、両者の懸念に完全に応えるような解決法を見出すために、他者と協調します。

この方法では、両者に潜在する懸念を明確にするため、問題を徹底的に調べたり、両者の懸念に見合うような代替策を見出したりします。

2者間の共同共存は、お互いの見解から学ぶために不一致点を探究したり、それがなかったとしたら、リソースのために競うことになるであろう状況を解決したり、対峙して、個人間の問題に対する創造的な解決策を見出そうとするといった形をとることもあります。

B コンプロマイジング・モード(妥協する対応方法)
コンプロマイジング・モード:妥協する対応方法は、自分の権利の主張と協調の中間の方法です。 コンプロマイジング・モードのときには、双方の主張を部分的に満たし、双方が満足する得策な解決策を見出すという目的を持っています。

コンプロマイジング・モードは、コンピーティング・モードとアコモデーティング・モードの中間に位置づけられ、コンピーティング・モードよりも譲歩し、アコモデーティング・モードほどは順応しない方法です。

さらに、コンプロマイジング・モードは、アボイディング・モードよりも問題に正面から取り組む方法ですが、コラボレーティング・モードほどには、深く追究する方法ではありません。

コンプロマイジング・モードは、妥協し、譲歩しあい、あるいは迅速に中立の見解を探すことを意味することがあります。

C アボイディング・モード(回避する対応方法)

アボイディング・モードは進んで自己主張することも、進んで協力しあうこともしない対応方法です。アボイディング・モードのときには、自分の懸念も、他者の懸念も、即座には求めることはしません。コンフリクトに進んで取り組むことはありません。

アボイディング・モードは、問題を外交的に回避したり、機が熟すまで先送りにしたり、あるいは単に自分を脅かす状況から撤退するといった形がとられることがあります。

D アコモデーティング・モード(順応する対応方法)

アコモデーティング・モードは、自己主張をすることなく、協調する方法で、コンピーティング・モードと正反対の方法です。アコモデーティング・モードのときには、自分の懸念は顧みず、他者の懸念を満たそうとします。

この対応方法には、自己犠牲の要素があります。アコモデーティング・モードは、 無償の寛大さや慈善、自分が望まないときでも、他者に従ったり、他者の観点に屈服するといった形をとることがあります。

検査結果は、8000人から集計されたものから査定しアドバイスしてくれた。

私は「競う対応方法」が「0」で、「回避する対応方法」と「順応する対応方法」が「9」、「共同共存する対応方法」が「5」、「妥協する対応方法」が「7」だった。

「0」と「9」という数字に驚いたが、と同時に自画像も表していると思った。
私は家族と激論を交わしても、例えばその親族とは一切戦わない。どんなに理不尽な言動にも耐え抜いた。信仰が働いていたからだと思うが、あれは無抵抗主義の忍耐ではなかったか、いや、やはり神さまが耐えさせてくださったのだと今も思いめぐらすことがある。

今後は主張せねばならない時がくるであろうことを重苦しく感じており、そのことを念頭に設問に答えていたように思う。答え方は環境や経験により、また、人生の諸段階においても変化すると思う。

60代半ばでこのようなことを言っていてはいけないかもしれないが、年齢を重ね高血圧という持病があると問題と対峙する気持ちが萎え、自らの人格を高めていくチャレンジまで億劫になる。

ストレスフルなことを思うだけでも精神的にしんどくて体調にも敏感に出てくるので、諦念しやすくなっている。

常に問題と向き合い(即ちそれは自己と向き合うということ)、問題から逃げないというのが私の特徴であり良いところだったと思うのだが、今はどうなんだろうとじっくり考えたいと思う。

私が最も私らしく生きることができていた時代に、この検査を受けていたらまた違った評価が出ていたと思う。

「順応する対応方法が高いのは規範(行動や判断の基準)が緩いかもしれない。妥協ではなく自己犠牲の要素がある。時と場合によって使い分けてより良く対応することができるといいね」と助言してくれた。

一方、知子は良きリーダーシップ像を示す結果だった。
assertiveness(自己主張)、自分の思いを確固として伝えることができるのは職場でも大事なことと共感されていた。

このほか、人間は「〜しない」というというよりも「〜したい」というポジティブな気持ちでやるほうが伸びるというのを、体を使って体験した。

まっすぐに横に伸ばした腕に他者が力をかけて曲げようとする時、「腕を曲げない」という思いで耐えるのと、「腕をまっすぐにしたい」と思って耐えるのとでは、後者のほうが効果大で腕は動かなかった。

また、「君は頭がいい」と褒めるのと、「君はよく頑張っている」と褒めるのとでは、「よく頑張っているね」と褒めるほうが人は伸びるということだ。


これからはユキにそのように忍耐強く関わっていきたい。
マチ・クマ、有意義な学びをありがとう!

posted by 優子 at 17:29| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

マチ・クマ神戸の叔母宅へ 帰りは一人減じたり

真夏の石屋川@.jpg8月4日(木)、私はマチ・クマとユキの4人で神戸の叔母を訪ねた。

阪神沿線・石屋川の駅を降り、2号線を越えたあたりからユキが足早で歩いて行った。このようなことは今回が初めてで、ユキの姿は60年近く前の光景と重なった。

私が幼かった頃は自宅に自動車がなかったので電車で叔母の家へ行っていた。その時、私たち兄妹3人はいつも両親をあとにして先に走って行った。この石屋川沿いの道を。


ユキは走って行った.jpg目の前に見える建物に向かってユキはスピードを出した。
叔母は神戸市営の高齢者用の共同住宅に住んでいる。
これは神戸の大震災後に建てられたもので、それまではその向かい側に在った市営住宅に住んでいたが、このあたりは活断層の真上だったため、道を挟んだ両サイドの建物は将棋倒しのように倒壊した。

この建物は2004年春に高齢者用に建築されたので、トイレや風呂場には緊急用のブザーもついている。自転車で行ける距離の所に従妹(叔母の娘)が住んでおり、週末ごとに行き届いた助けをしている。

私たちが着いて30分ほどしてから妹も到着した。妹とはこの2日前にも会っている。8月2日に真智を訪ねて突然我が家に来た。

真智の笑み美しきかな.jpg「真智子ちゃん、大切な時間やのに時間を割いて会いに来てくれて嬉しい」と、叔母が何度も言った。

叔母は何年も前から膝が痛くて歩行が困難なので見るのが辛い。しかし、頭脳はすこぶる健康。話し方も声もこれまでと全く変わらない。

このテーブルは友人と楽しむ麻雀用に作ったものだ。友人が月に2度(?)の頻度でお弁当持参で10時間ちかくおしゃべりしながらやっている。

この日、私たちが着いた時、電動自転車に乗って誠味屋の佃煮や煮豆がいっぱい詰まった重い箱詰めを買ってきてくれたところだった。真智子たちだけではなく、私や妹の分までも。

叔母は88歳、20年前に亡くなった母が生きていたら90歳になる。叔父が亡くなったのは1999年夏、その翌年父が亡くなった。

私は叔父が海軍だったことは知っていたが、叔父がシンガポールで戦っていたことを知らなかった。

船の後ろ3分の一を失い、残っていた3分の二で港まで帰ったという。軍刀はアメリカに没収されくないので土の中に埋めてきたそうだ。


神戸もまた第二次世界大戦末期に度重なる無差別空襲で焦土と化した。神戸が火の海になっているのが大阪から見えたという。空襲の下を走り回って逃げたことや、終戦当時は古タイヤで草履を作っていたことなど、戦争の悲惨と愚行に憤りを感じながら聞いていた。

叔母は言った、人(兵隊さん)が「一銭五厘で死んだ」と。
何の意味かと聞けば、当時のハガキの郵便料金が一銭五厘であったことから、一銭五厘の赤紙で召集されて戦場へ行き、死んで帰ってきたということだった。人の命は1銭五厘の価値しかなかったのか!


幸い叔父は生きて帰ってくることができ、戦地に行っていたことから3倍に計算されて高額の恩給が出たという。恩給を支給される人々もいよいよ少なくなってきたことであろう。

叔母を訪ねて@.jpg

ユキは前日からプラレールをリュックに入れて用意していたが、到着早々にレールを敷いてセットしたものの、あとは叔母のアイパッドでゲームを教えてもらって熱中していた。

IMG_9324.jpg 

IMG_9328.jpg
 
この日、私は1人だけ叔母の家に泊まった。
8月2日に血圧が(189/102)に上昇し、8月3日は夫の相変わらずの危機感の無さで激論し、この日4日も(184/105)まで上がってしまった。

しかも3日間連続だったので肉体が耐えられず大事を取って泊まった。
IMG_9332.jpg 真智が帰っているというのに!


叔母もいつもこのように見送ってくれているのか・・・

私は5日の13時半頃に帰宅した。
3日連続すぐに頓服を飲んだので結膜下出血は免れたようだ。

叔母とずっと一緒にいたい。
解決せぬ問題がいっぱいの現実生活に戻りたくない。
そんなことを電車の中でぼんやり考えていたので、ドアが閉まる寸前に乗り換える駅で飛び降りた。しかし、降りた時もそこが何という駅かもわからなかったほどだ。

このたびの帰国中、真智に「ママは天に宝を積む生き方やね」と言われ、太志君も大きく頷いてくれていた。とてもそのような生き方はできていないが涙した。また立ち上がらねばと思う、命ある限り。

真智は大学卒業後から遠く離れているが、真智は私の思考や感情のすべて機微までもよく理解してくれている。というより感じ方や思考回路がとても良く似ている。

真智を思い出して腰に力を入れて立ち上がろう。
真智の笑顔で。


マチ・クマは10日から仕事に戻った。

posted by 優子 at 08:03| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

マチ・クマ結婚10周年記念のジャマイカ旅行

今回は3週間の休暇をとって、帰国前に結婚10周年を記念して7月19日から22日までジャマイカ旅行に出た。

ワシントンD.C.からだと中南米は近そうだが、直行便が無いので8時間ほどかかるという。ちなみに、ユナイティッドで飛ぶはずの飛行機が遅延したので、マイアミ経由のアメリカンエアーラインで行ったそうだ。このようなことがあるから英語不案内の者はますます海外に出られない。

ジャマイカ旅行J.jpg
ほぼ赤道直下のジャマイカの美しい海。
ワシントンとの時差は1時間だけで、この周辺にはバハマやトリニダード・トバゴなど、真智がIMFの海外出張(ミッション)で訪ねた国々がある。

ジャマイカI.jpgホテルの部屋のベランダで。
私が心配していた蚊は全くいなかったそうだ。



ホテルのサプライズ!
IMG_0594.jpg

IMG_0598.jpg結婚記念とは言っていたが、このようなチョコレートのプレートを届けてくれた。それを見て真智が喜ぶと
「見てよ! 彼女の顔!」と笑顔が反響した。
真智、ステキ! その時の様子が目に見えるよう。

10周年おめでとう!.jpg

ジャマイカと日本の関係も深く、ジャマイカで生産されるブルーマウンテン・コーヒーの80%が日本へ輸出されており、高速道路も日本が造っているという。高速道路ができるまでは2時間かかっていたのが40分ほどで行けるようになったと喜ばれていた。

そして、ジャマイカでも日本の車がいっぱい走っている。

タクシーを借り切って移動した時のこと。ナビは日本語で画面があるだけだから「ディスク(地図)を入れてください」とアナウンスも日本語。運転手さんに「これ何て言ってるの?」と聞かれ、楽しい会話が続く。

行っていない私までそのタクシーに同乗しているような気分になって聞いていた。現地ではボブスレー・ライドをしたり、滝つぼに飛び込んだり、勇気を奮い立たせてての挑戦でジャマイカを満喫していた。

ジャマイカ旅行F.jpg「まさに" leap of faith."(信じて飛べ!)だった。
ここを飛ばないと助からない。だから信仰でジャンプする。

落ちると深く落ちるけれど、今度は浮いてくる。神さまに身を任せて飛ぶけれど、委ねていると浮いてくる。そんなことを思った」。


ジャマイカ旅行G.jpg







↓ 次の写真には2人写っている。
でも、真智はどこ?

ほら、滝の奥からピースしているよ! 
ジャマイカ旅行E.jpg
2人入れるほど広くなかったそうだが、まるでイグアスの滝のアマツバメみたい。

ここは「ブルーホール(青い穴)」
ブルーホール.jpg
 
ジャマイカ旅行D.jpg「ターザンごっこができると思って来たのに、こんなにすごいの?」









ジャマイカ旅行C.jpg






まずはクマが飛び込み、次はマチ。




ジャマイカ旅行B.jpg「もっと下へ降りさせてー」

「これ以上は降りられないよ」










ジャマイカ旅行A.jpg 
地元のレストランで、この魚を料理してもらった。

ジャマイカ旅行L.jpg丸揚げにした魚の上に酸味をつけた玉ねぎとパプリカ。

手前の左側は「ブレッド・フルーツ」で、原形は丸い実。その右はプランテインで、バナナよりも甘みは少なくて酸味がある。
ジャマイカ旅行K.jpg

ジャマイカ旅行H.jpg
夕食はホテルのバイキング。

IMG_0590.jpg


ジャマイカ旅行N.jpgジャマイカ旅行M.jpg
最後にもう一枚。これは「ジップライン」。
2枚の写真を合体させたよ。
2人一緒にリフトに乗っていたよ。

ジャマイカ旅行O.jpg
スリル満点の冒険ができるジャマイカ! 
これからも平和な国でありますように。
そして世界もまた。


posted by 優子 at 16:35| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

マチ・クマ、ユキのサッカー教室動画! 今朝またワシントンへ戻って行った

22時20分追記: 最後のビデオはこの記事を公開した半日後の今、別のものに差し替えてアップしました。

午前4時、空はまだ真っ暗だった。4時半頃、ヒグラシが鳴き始めた。
次女夫婦の9日間の滞在はあっという間に過ぎ、今朝5時26分の始発で出発し、再びワシントンD.C.へ帰って行った。しかし、「帰る」とは言わない。「行ってきます!」「行ってらっしゃい!」と言葉を交わす。別れは尽きない。

ユキは今朝もラジオ体操に出かけた。私もこんな時ぐらいと、ユキの成長を撮るために公園へ出かけた。2年ぶりの参加だ。体操を終えて帰宅した時には夫と知子も出発していなかった。

今日は全校登校日。今はセミの声だけが聞こえる静寂の中でマチ・クマの無事を祈りつつキーボードを打っている。

滞在中の最後の2日間は目には見えない時間が見えるようで、あれもこれもと真智たちもまた時間と競争するように、私たちにリーダーシップ論や社会心理学の話をしてくれた。
今回は一泊旅行さえ行くことができなかったけれど、皆の印象に残る「帰国2016」だった。

それらを思い出しながら記録していこうと思う。まずは昨朝、真智と太志君が参加させていただいたユキのサッカー教室の様子から始め、その最後にユウチューブに挙げた3分40秒のビデオを貼りたい。

サッカー教室のブログに、こんなに素敵な言葉を書いてくださっている。

2016年8月7日日曜日

「暑い!熱い!! でも楽しい
 夏本番。今日の暑さは半端ない!
今日はユキヒサのおじさんおばさんが緊急参戦!
小学生相手に本気モード全開です!(笑)」


サッカーA.jpg

サッカーB.jpg

そして、次女夫婦の感謝コメントには、「また、ぜひ来てくださいね。」と返信あり。感謝! 本当にまたそんな日があればいいな。

サッカーC.jpg

サッカーD.jpg

マチ・クマは1〜3年生とプレーした。

サッカーE.jpg

サッカーF.jpg→ 後ろに見える黄色い靴下の子がユキ。
ユキと太志君は同じ組で、その相手チームの真智は何度もユキのボールを取りに行って阻止したそうだ。

サッカーH.jpg

サッカーG.jpg

サッカー@.jpg
最後にドリブルしながら3分。
私はドリブルの意味も知らなかった。
この日の気温は36度。


ユウチューブの挙げ方やブログへの貼り方に手間取ってしまい、まもなく日本を離陸する時刻だ。ワシントンダレス空港には約12時間後に到着予定。旅の無事を祈っています。(このビデオは22時20分に差し替えて更新。ただし手ぶれの修正は未完了)

10時50分着信:
(サッカー教室のブログ)見たよ。嬉しい!
よろしくお伝えください。
今、搭乗しました。行ってくるね。
主に信頼して。主がいるから頑張るよ。
本当にありがとう。
太志も心から感謝しています。いつもお祈りしているよ。
真智子


渡米する伊丹空港で.jpgそして最後の最後11時ジャストに着信:

「伊丹空港のキャラクターがユキみたいだったから、今朝写真撮ったよ。通りがかりの方が撮ってくださったよ。
また着いたら連絡するね。でも早く寝てね。
ありがとう!」

無事到着を祈っています。


附記:ユキは学校から帰宅するなり「ふー(太志君)が・・・」とポケモンの話をし、この写真を見た瞬間、キャラクターをポケモンと間違えたほど。
ユキ、お友達同士の話題に入れてよかったね。
太志君、ありがとう!
次のページは「ポケモン・ゴー」を書こう。

posted by 優子 at 10:58| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

IMFのユウチューブをブログに貼れた!

あと4日、日本滞在もすでに後半に入った。
昨日は梅田のキリスト教書店へ出かけた。その直前にユウチューブやビデオの貼り方を教えてもらった。ビデオの圧縮の仕方も教わって楽しみたいと思うが、まずは真智が登場しているIMFのビデオを貼ってみた。

posted by 優子 at 09:01| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

私たちのワシントン行き成らず、マチ・クマ今月末に1年ぶりの帰国 

私たち夫婦はワシントンD.C.行きを決定するのが遅すぎた。次女夫婦は6月いっぱいキャンセル待ちが出るのを待ってくれていたが、ついに7月1日にANAの特典航空券の申請をキャンセルした。
幸い、真智たちの帰国便のチケットが取れたと昨日帰国予定が入った。

よく見ると、私たち夫婦のパスポートの有効期限は来年8月まであるので、夫は再度最後の海外旅行に挑戦するようだ。行きたがっています。

今回は8月にD.C.へ行くつもりだったので、私は7月下旬出発の関西北越会のフランス行きは頭から不参加を決めていたが、夫は体力的に自信があるようで参加する勢いだった。

しかし、1週間足らずの旅行で一人100万円近くも必要なことや、北越紀州製紙の工場見学のほか、行きたい観光先が殆ど入っていなかったこともあり、私は商売上差し障らないかと思いつつも迷うことなくお断りしていた。関西北越会は今回の旅行を最後に幕を閉じる。

次女夫婦が1年ぶりに帰国するが、2〜3年ぶりのように感じるのは何故だろう。
今回の帰国は、まず数日間東京に滞在し、こちらには7月29日夜に到着。8月8日にいつもの早朝の便で帰米する。滞在日数は8日間と短く、その間に神戸大学にも訪問するので一泊旅行も無理だ。

ユキが撮ったキキョウ.jpg今月は7月30日に「ブルンナー読書会」開催予定だ。
次女夫婦を下村さんにご紹介できるのは思いもしない喜びだ。

(ユキが撮ったキキョウ)

「家の教会や、みんなとゆっくり話せることを楽しみにしています。滞在中の予定については、また近いうちに相談したいです」。

ユキは早速「ウィー」を言っていたが、持ってきてくれなくてもいいよ。本人も諦めたので。帰国までにいつか日本時間の日曜日午前中にスカイプしようね。

ユキの背を抜いたひまわり.jpgユキの背丈を抜いたひまわり。
オカリナのような笛を吹いている。

黄色みを帯びてきた蕾.jpg






「蕾が黄色くなっている」と、
これもユキが撮ったひまわりの蕾。
咲くのが楽しみ!

posted by 優子 at 18:44| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

貴重な戦争体験の聞き取り −中学1年生の真智子のレポート―

私の大切な保存箱に入っている1枚のプリントに目がとまった。次女が中学1年生の時に祖父から聞き取った戦争体験だ。国語の先生(担任)が掲載して1993年9月14日に配布されたものであるが、聞き取った内容だけではなく13歳の少女が感じたことも読ませる内容だ。

あれからまた23年経った戦後71年の今、これはなおさら貴重な聞き取り内容なのでここに記録保存しておきたい。私にとっては久しぶりに父に会ったような感じで何とも懐かしくもあった。

祖父こと私の父は、「記憶に残る戦後大阪の残像から」に記したように戦場経験はない。そこに書いたエピソードで、病床の父が昔の空襲の記憶に怯えていたことも真智子のレポートを読んでよくわかった。

【戦争体験の聞き取りと、話を聞いて思ったこと、考えたこと】              
                     藤本 真智子

私は、祖父から聞いたことをもとに書きます。
当時、祖父は18才ぐらいでした。だから、赤紙が届いたのは、終戦の何日か前で、戦場に行く前に戦争が終わったそうです。

祖父が住んでいた姫島の町も半分が焼け野原になってしまったそうです。淀川の向こうが真っ赤に燃えていたそうです。今ではそんな気配はまったくないので、私はずっと、ここは焼けなかったんだ、と思っていました。でも、やっぱり、こわい体験をしていました。

戦争中、いたる所に死体があったそうです。もちろん、近所の知っている人も死んだと言っています。空襲で淀川の堤防によく逃げたそうです。

走っている時も、焼夷弾の不発弾が地面にあたって、カチカチとなっていたそうです。それがまわりにたくさんふってくるのですから・・・・。こわかったと思います。祖父は、
「あの不発弾が爆発していたら、おじいちゃんは今、いきてなかったやろうなぁ。」
と言います。私はその当時だと、生きるか死ぬかなんて、運の良い悪いで決まったんだな・・・と思うと、おそろしくなりました。

そして、「もう、死ぬのなんてこわくなかった。」と言っていたので、人間はすぐ、状況にあってしまうということも知りました

そして、祖父が何度もくり返して言っていたのは、淀川をわたる時、線路の真ん中の上を何百mも歩いてわたったということです。真智の作文の挿絵.jpg右図のようになっていたと聞きました。

それに、10円でいもあめ1つ買って、自転車で遠く目ざして1日すごしたこともあるそうです。

私は、色々話を聞いているうちに、戦争は悪まの様だ・・・と思いました。戦争は、人を殺すだけでなく、人間から死のきょうふをのぞき、かんたんに、なんの気なしに殺してしまう、死んでしまう、という風にします。私は、こういうことが一番こわいことだ、と改めて思いました

そして、血みどろで、何もかもなくなって、人もいっぱい、いっぱい死んで、プラスの部分なんて一つも無い、ただにくいだけの戦争を、もう二度とくり返さない様に、私達一人一人がんばろうと思います。悲さんな戦争をくり返さない様に。

ここに戦争がいかに恐ろしいものであるか、端的に書いてあった。

「戦争は、人を殺すだけでなく、人間から死のきょうふをのぞき、かんたんに、なんの気なしに殺してしまう、死んでしまう、という風にします。私は、こういうことが一番こわいことだ、と改めて思いました」と!

憲法改悪に躍起になって平和が破られようとしている今、それ以上に恐ろしいことは、反対の声がもっともっと大きなうねりとならない人々の動静、沈黙だ。


posted by 優子 at 21:14| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年06月06日

真智の誕生日に −『親ばと子ばと新聞』に残る10歳のマチ―

真智
お誕生日おめでとう!
こう書いた瞬間に思いついたよ。
今日のブログには『親ばと子ばと新聞』に載せているお誕生日の記事を載せようと!

はや結婚10周年を迎えたなんて本当に早く感じるし
真智たちにとっては充実した期間であり
実を結んだ10年やったね。
私にとっても感慨深くていろいろと思い巡らせています。

航空券のことだけれど
あと10日してもキャンセルが出なかったら行けなくなるけれど、そうなったらこちらも旅行先を予約しないとあかんね。

真智はこの1年も良い日々を積み重ねることでしょう。
私もそうでありますように。

お誕生日おめでとう!
真智子の幸せをいつも祈っています。

ママより

1989年7月19日に創刊した『親ばと子ばと新聞』。これは1990年6月6日、初めてマチの誕生日を記した109号である。
親バト子バト新聞.jpg

全てを良きになしたもう主イエスさま.jpg

真智子36歳に.jpg

お父さん、ありがとう。会う日を楽しみにしています。.jpg

ちなみに『親ばと子ばと新聞』は一時筆が重くなって中断し、
ついに1994年6月16日の184号で絶筆した。
その2年4ヶ月後に母が召される頃のことである。
そして2006年に『メメントドミニ』として甦った。

良輔とユキ.jpg 
真智、パパも元気です。
全員一人ひとり参加型の礼拝になって、
只今みことばを海綿のように吸収しています。

この記事を書き始める直前に真智から返信が入っているのを見つけ、またまた神の愛を感じて涙し、至らない自らを詫びて感謝のお祈りをしていた。

ママ、ありがとう!
神様が導いてくださって、多くを与えてくださったことを
しっかりと覚えて感謝したいです。

ANAからの良い知らせがくることをお祈りしてるよ。
神様が介入してくださっていて、最善のプランへと
導いてくださることを信じて待とうと思います。

ありがとう!
真智子


まもなく開くアガパンサス@.jpg
集会所のアガパンサスはまもなく花開く。

まもなく開くアガパンサスA.jpgアガパンサスは、ギリシャ語で「神の愛、無条件の愛」を示す「アガペー agape」と、「花」の意味を持つ「アンサス anthos」との結合語で、「愛の花」という意味である。

真智を思いつつ

posted by 優子 at 13:00| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

神の恵みの中で生きる −ワシントン桜祭り2016便り−

Machiko_Kendama.jpg「ママ、パパ、お姉ちゃん、
ちょっとずつメール書いては中断してたけど、ようやく桜祭りの時のこと送ります。4月16日はDCの桜祭りがあって、今年も着物を着て教会を手伝ってきたよ」。


久々にワシントンからメールが届いた。忙しいなか小さな時間を利用して書き上げてくれたことを想いながら読んだ。
幼稚園時代(小学生だったか?)けん玉チャンピョンになった真智だから今も上手そう。何事も一生懸命挑戦したね。

今年はヘア&メイクのプロの教会の友にヘアーセットをしていただいたとのこと。真智、よく似合ってるよ! 今年も着物を多くの方が喜んでくださったそうだ。

Sakura_Matsuri_Kuma.jpgクマも元気そう。
アフリカ出張から帰って10日ほど経った頃だから疲れも見えない。



Sakura_Matsuri_Machi.jpg

また、今年で10年目を迎える教会のアウトリーチ組織(" outreach "は「手を差しのべる奉仕活動」の意味)・「ジャパニーズクリスチャンコミュニティーセンター」も活気づけ応援しようとチラシを作った(JCCCW_Volunteers -v2.pdf)。

「センターの活動内容や状況などを、下調べしつつお話しを伺って原案を作り、西郷牧師と改訂して完成させて、英語版はバイリンガルのジョンさんという方が助けてくださった。実現するとは思えなかったのに、ビジョンや時間や助けてくださる方々が与えられて、ものすごく嬉しかったよ」。

これがそのチラシだ。
IMG_8050.jpg

日本語版は↓ 
IMG_8048.jpg

IMG_8049.jpg


Yard Sale - bokin.jpg昨日(4月30日)は、ヤードセール(大規模のバザーのようなもの)の片付けを手伝ってきたそうだが、とにかく大量の本や服、食器など、引越しのように大変だったという。

Yard Sale - books.jpgそして、メンバーの人たちが帰り始めて人数が減ってきた頃に、初対面のイラン人のクリスチャンのご家族がものすごく助けてくださって、ものすごく早く終わったそうだ。

「家具を安く譲ったことから、手伝うと言ってくださったのだけど、男性二人がパワフルなだけじゃなくて、どうしたらいいかとか良く分かっていて、本当にすごかった。
彼らがいなかったら3倍ぐらい時間かかったと思う。本当に本当にびっくりでした」。


神さまの恵みの中で生かされている様子を読んで、私の中にまで神さまの光が射しこんできたのを感じ、健全な教会の働きを神さまが豊かに祝してくださるようにと祈らずにはいられない。

そして、世界の人々のことを身近に感じて「主の祈り」を祈り、ユキのお祈りの本に書かれている言葉を贈りたい。

お祈り.jpg


附記:今日は読書会のDさんと再会。3時間余りなんてアッという間に過ぎ、ユキの帰宅に間に合うように大急ぎで帰ってきた。徒歩40分、昨日も知子とユキと3人で歩いた道だ。
楽しかった! 感謝!


posted by 優子 at 16:48| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

ワシントンより西郷牧師のイースターメッセージ! −死は終わりではない。永遠の命を!−

毎年日本ではワシントンDCの桜祭りのことは大々的に報道されるが、「石灯籠点灯式」があるのを知ったのは昨年だった。ワシントン・インターナショナル日本語教会の西郷純一牧師が、昨年の石灯籠点灯式で祈られたビデオで知った。

そして、西郷牧師が3月27日に語られたイースター日曜礼拝メッセージをお分かちしたく、まずは一部抜粋してご紹介方々転載させていただき、最後に「お気に入りリンク」で全文をお読みいただきたい。

ミッション中のクマも休日にアフリカの地で是非どうぞ!

聖  書:「ヨハネによる福音書 3章16節」
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
それは御子(みこ)を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。

タイトル:永遠の命 死は終わりではない


margaret1b.gif

私が、ニューヨークで牧師をしていたときのこと。奥さんがクリスチャンで、5人のお子さんのいる大家族が教会に来ておられた。

ご主人は日本で有名な経済新聞・経済誌を出す会社のNY支社の責任者であられた。そのせいもあってか、キリスト教に対しても様々な疑問、質問を持っている方であり、中々の論客でもあられた。

彼は、若いときから色々な教会に行って、キリスト教のこともかなり知っておられた。その彼が、やがて、イエス・キリストを救い主と信じ受け入れ、洗礼を受ける決心へと近づいた頃、私にこんな風に言われた。

『先生、私は、これまで、キリスト教のことを一杯聞いて来た。その教会によって、その教会の牧師によって少しづつ、言っていることが違うように思えることも沢山あった。

そんな中、確かに、一杯、キリスト教について聞いて来たが、今、一番知りたいのは、その一杯の知識の中で、一言、これだけ信じていれば、あなたはクリスチャンだと言える一言、そう言う聖書の言葉があるなら知りたい。それを教えて欲しい。』と。

私が、その時、即座に、迷わずに開いた言葉が、今日の聖書の箇所、ヨハネ3章16節であった。恐らく、この聖書の言葉ほど、人々に、特にクリスチャンたちに知られ、暗記されている聖書の言葉はないであろう。

            (略)

私たちが『永遠の命を持つ』ことの確信、それこそが、私たちが今一番必要としているものである。

2011年3月11日、東日本を襲った未曾有の大震災から満5年が経った。

何万と言う人たちの人命が、赤ん坊からお年寄りに至るまで、その人がどんな人であるかに関わらず、容赦なくあっと言う間に私たちの目の前から消え去って行った。

この出来事は私たちに沢山のことを教えてくれたが、『永遠』の大切さ、『永遠の命を持つ』ことの必要はその一つであった。

この大地震は、そして、その悲劇は、その人が善人であろうと無かろうと、神を信じていようといまいと、その宗教が何であろうとなかろうと、無差別に容赦なく人々を襲った。

もし、永遠がないなら、即ち、今生きているこの世が、私の人生のすべてなら、この人生とは、何と不公平で、不条理で、かつ、空しいことか、と多くの人が思った。

それゆえに、沢山の『なぜ?』と言う質問が私たちに残った。『なぜあんな良い人が・・・』、『なぜあんな可愛い罪の無い子が、こんな目に・・・』と言う、人生の不公正・不公平さへの疑問であり、苦悶であり、怒りであった。

『永遠』の存在について『実践理性批判』哲学で有名なイムマヌエル・カントは、このように言う。
公平・公正さの大切さを私たちの心に植え付けた神様は、私たちの人生を、不公平なこの世だけで終わらせることはない。次の人生、永遠の世で必ずその不公平を是正なさり、正しい裁きと正しい報いとが待っている。

このように『永遠』の存在は必然であり、私たちの人生になくてならないものである。

だから聖書は言う。『神は、人の心に永遠への思いを与えられた』(伝道3章11節)と。

このあと本論に入って行く「イースター日曜礼拝メッセージ」を是非お読みください! 今はまだアップされていませんが、音声でも聞けると思います。

メッセージの最後にあった山川千秋さん(フジテレビ・アナウンサー)のことは、私も非常に印象的に残っており、『死は「終わり」ではない』 と 「神と共にそれぞれの船を漕ぎ出す」に書いています。

山川さんは病床でイエス・キリストに導かれ、罪赦されて永遠のいのちを賜られた。

▼「『闘病』とひとくちで言うが、神にすがらなければ、やがて耐えることができなくなることが、今から見えてきた。祈りがなければとても耐えられない」。

▼「普通なら考えられないほどの平安である。改めて救いを信じる事の偉大さを思わずにはいられない。・・・

テレビに出る職業は「妬み」と「虚栄」の人間を作る。私もその典型だった。それに対する警告が神から示されたと今の私は理解した」。

▼「この病になってみると、相手が実によく見えてきます。気休めの慰めは一発で化けの皮がはがれます」。

山川千秋さんはクリスチャンの妻とベック宣教師を通して主イエスを信じる者とされて天に帰還されました。

そして、私も思います。(拙著・「扉が閉まる前に」:2004年のスマトラ沖地震による津波に触れて書いたものより抜粋)

「この前の津波を思い出してほしい。善良な人々もそうでない人々も一瞬にして取り去られたのだ。このこと一つ考えても、死ねば終わりであるわけでも、死ねば全てが赦されるわけでもない。

『人間に罪というものがある以上、人間は死ぬことができない。・・・・罪が処理されなかったら、人間は死のうにも死ぬことができないわけです。』と書き残した森有正の言葉が魂に響く」。


2016年のイースターに、あなたもイエス・キリストの十字架と復活をご自身のこととして思い巡らされてはいかがでしょうか。

2016新年礼拝B.jpgこれは2016年1月3日の新年礼拝後に、ワシントン・インターナショナル日本語教会の西郷純一牧師ご夫妻と。

牧師御夫妻は真智子と太志にとって第二の父と母だ。
神に感謝!


posted by 優子 at 18:16| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

ワシントン満開の桜を見てアフリカへ飛び立ったクマ

2016ワシントンの春.jpg「イースター おめでとう!
ゆきちゃんの2年生修了もおめでとう。
もう3年生か(びっくり!)」


ワシントンは関西よりも寒いのに昨日のニュースで、ワシントンDCの桜が早くも満開になったと報じていた。そして同日、次女からも桜の便りが届いていた。

「昨日はちょうどアパートの前の桜が満開で、桜の下のベンチでくま(次女の伴侶のニックネーム)とゆっくり鑑賞したよ。リラックスできて、綺麗で、感謝でした」。

私はしばらく二人の光景を想いながら目を細めていた。
クマからもミッションに出発メールが入っていた。

「こちらは今日がイースターですが、残念ながら教会には行けず、昨日、真智と二人でイースターを想って色々話し合いながら過ごしました。出発前にも関わらず、ゆっくりとそのような時間を取れたこと、感謝でした」。

読みながら涙が溢れ出た。今回は10日間と短いので私の気持ちも和らぐが、これを読んだ時はすでにアフリカ大陸の上空を飛んでいた頃だと思う。

今回の出張先の国へは4回目だっただろうか。日本との時差はマイナス6時間だから、今夜18時過ぎに着陸した頃だ。ホテルにチェックインしてから到着メールを送ってくれることだろう。

次女夫婦が今年は是非私たち夫婦にワシントンへ来てほしいと声をかけてくれている。知子とユキは既に3年前に行っているが、ワシントンの空港はミネソタの空港よりややこしそうなので自信がない。特に帰国する時が私のような者には難しいらしい。

次女の飛行機のマイルを使って私たちもビジネスクラスで往復できると、数年越しに誘ってくれているのだが、いよいよマイルの有効期限も迫っているので決断しなくてはならない。さて、どうしよう・・・

附記:最近『メメントドミニ』を読み始めてくださっている方々に次女夫婦をご紹介します。

真智子が登場している IMF のビデオが今もユウチューブに上がっています。そのビデオは3分間弱の短いものです。最後の方で4番目に話しています。ここをクリックしてください。

このビデオの解説を過去ログ・2014年3月23日に書いています。

また、過去ログ・「IMFのエコノミスト募集ビデオにマチ・クマ出演!」も是非ご覧ください。

”IMF Economist Program”(IMF エコノミストプログラム)は、画面の下の方のビデオ画面をクリックしてください。


▼ クマの到着メールが遅いのでメールを送っていたら、22時16分にクマから連絡あり。便が遅れて渋滞にはまっているとのことで、今もホテルに到着していないそうだが、とにかく無事着陸したとの知らせを受けた。神さまに感謝!

そういえばクマがワシントンへ戻った時、私たちがワシントンへ行った時のために、体力があれば飛行機を降りてから待ち合わせ場所(バッゲイジ・クライム?)までの要所要所を写してきてね! 

今回は間違いなく国外からの到着だからミネアポリス空港の時のように国内便の間違いはしないね。ただし国際公務員用の出口ではなく一般人用の出口の写真をお忘れなく!

では現地でのお働きと、DCへの無事帰還を祈っています。真智も独りになるけれど元気でね!

まもなく開花.jpg
これは当地の今日の桜状況、いよいよ明日にも開花か。

開花待つ.jpg







石投げA.jpg今日のユキ。
池に石投げをしています。






タンポポ.jpg
明後日から春本番の暖かさになるそうですが、チャッピーのいないさみしい春です。

posted by 優子 at 22:36| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年01月05日

神の祝福の中で新しい年を始める次女夫婦

次女夫婦も3日の礼拝で豊かに恵まれ、感謝と喜びあふれるメールを届けてくれた。まさに2016年のスタートにふさわしい「ワシントン便り」だ。

その日、真智は着物を着て行った。
母は私の嫁入りにたくさんの着物を用意してくれたが、そのほとんどが袖を通さないまま眠っている。次女はそれらの着物を喜んで着てくれている。

3日の礼拝に着て行った着物にはしつけ糸がかかっていたというから、40年を経て初めてしつけ糸が解かれて袖を通されたことになる。

今回は昨年の「ワシントン桜祭り」以来だから、着付けも忘れていたようだが、そりゃそうだろう。日常はIMFのエコノミストで頑張っているのだから何という非日常なことだろう。

そこで娘は重宝なインターネットなどで和服の着付けを調べて思い出し、「毎回くまにも感謝!」と、これまたIMFのエコノミストの伴侶である着付け師の協力を得て日本文化を体現したというわけだ。

同じアパートのアメリカ人も、「You look beautiful!」と感動してくれ、教会の人達もみんな寄ってきて、「本当に素敵!」と言ってくれたそうだ。

2016新年礼拝@.jpg「おばあちゃんのセンスは本当に良いね。
すごく嬉しい!

マミー.jpgお祈りのシェアの時に、おばあちゃんのことを話しました。

また天国で会えることを信じて感謝です」。 




2016新年礼拝A.jpg礼拝では「ただ主を」や「新しき地に」などを弾き、お祈り中は「神は愛なり」などを弾いたという。



2016新年礼拝B.jpg
ワシントン・インターナショナル日本語教会の西郷純一牧師ご夫妻と。
牧師御夫妻は真智子と太志にとって第二の父と母だ。
神に感謝!
上記教会の元旦礼拝で語られた西郷牧師のお説教を拝読した。詩篇126篇1〜6節、私たち家族にとってもタイムリーで絶妙なメッセージだった。

詩篇第126篇 1節〜6節:

「主がシオンの繁栄を回復されたとき、
われらは夢みる者のようであった。

その時われらの口は笑いで満たされ、
われらの舌は喜びの声で満たされた。

その時『主は彼らのために大いなる事をなされた』と
言った者が、もろもろの国民の中にあった。

主はわれらのために大いなる事をなされたので、
われらは喜んだ。

主よ、どうか、われらの繁栄を、
ネゲブの川のように回復してください。

涙をもって種まく者は、
喜びの声をもって刈り取る。

種を携え、涙を流して出て行く者は、
束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう」。


過去に対する感謝なくして前には進めない。

「解放の喜びは必ず実現する」と、そのことが起こる前にあらかじめ夢を持ち、人生にヴィジョンを持つ。その夢は「神様の言葉から生まれるもの」であり、罪と悪魔に囚われていた人々が、神様の下に帰ってくる夢を象徴している。

まず、夢を実現させてくださるのは神様だと信じること、主がしてくださると言う信仰である。

夢が実現するプロセスの中で、私たちは必ず困難にぶつかる。その中で、もし、自分の力で夢が実現できると思い、自分でやろうとしたら、必ず挫折する。

神様がしてくださると言う信仰こそが、そのような困難な中で、私たちに屈服しない力と希望を与える。

この信仰は、また私たちに、謙虚さを与える。夢が実現したとき、「これは私ではない。主がしてくださったのです」と謙虚に言って、栄光を主に捧げることができる。

新しい年も真智と太志君の上に主の祝福がありますように。
そして西郷牧師ご夫妻と、牧しておられる教会の上にも主の祝福を祈ります。

「ワシントン行き、実現したら嬉しい!
ミネソタ&サンフランシスコの時はママ達の結婚35周年、
マチ達の結婚5周年だったけど、ということは、今年はママ達の結婚40周年記念&マチ達の結婚10周年記念やね!
是非来て欲しいです!
最善な形で神様が実現してくださいますように!」


posted by 優子 at 15:12| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

真智からのメッセージ・メール

今日は毎年恒例となっているお正月の集い(ただし2015年は私たちが行けなくなって実現しなかった)、神戸の従妹の家へお呼ばれに行った。
妹も元気な姿を見せてくれ、共に主に在る交わりの時を持った。神さまは一人ひとりに関わってくださっている。

真智子(次女)から12月31日未明に届いたメールの一部を同日記事に引用したが、そのあとには次のようなことを書いてくれていた。

私はその全容に深い感銘を受け、何度も読み直しているが、ここにも記録してお分かちしたい。

まち自身、日々の中で、イエス様を信じて海の上を歩いたペテロを何度も何度も思い出します。

イエス様の言葉を除いたら、なんて馬鹿で意味のない危険なことをしているのかという状況。実は人生はそういうことばかりだと、まちは思う。

嵐の海で、暴風や水の上であることの恐怖が来る時、あたかも現実に戻った、目が覚めたような感覚になって、「なんでこんなことを自分ができると思ってしまったんだ?」「なんでこの人ができると思ってしまったんだ?」と泣き叫ぶ気持ちに襲われる。現実に戻って、泳ぐなど、現実的な方法で何とかしなければ、と思う。

でも、それは現実なんかじゃない。そもそも何でしようかと思ったかも分からなくなるぐらい恐ろしい状況で歩いてきたのは、そして歩いてこられたのは、そこに理屈はなく、神様が共に居て下さったから。

神様によってのみ、ここに生かされているんやわ。恐れないで、神様が共におられると信じて生き抜くのみやわ。

信仰と人生の先輩であるママが通ってきたところを、神様は私にも分からせてくださってきていると思う。祈りあって、励ましあって、神様を目指して生きていたい。

冬休みに入って、久しぶりに高校時代の哲学の資料集を読んでいます。高校の時も本当に分かりたかった。
「よく生きる」とは、生きるとは何なのか。いろんな人がどう思って感じて生きたのか。

今読んでみて、高校の頃の自分よりも、哲学者たちの考えたことが理解できたり味わえるような気がします。同時に、ママと語り合ったことも懐かしい。

真摯に人生に向き合った哲学者達が考えたことは本当に興味深いです。信仰を持った哲学者の哲学に共感することが多いです。

キルケゴールの実存の3段階論は、かつて理解していたか分からないけど、特に興味深い。

人間は「美的段階」を生きるが常に不安に脅かされ絶望し、「倫理的段階」に飛躍する。しかしやはりそれを追求しても不安に駆られ絶望し、「宗教的段階」に飛躍する。

そこでは、人は単独者として神の前に立ち、キリストの名において、そしてそれ故にのみ、人間は本来の自己を回復する。

ルターの「ただ信仰によってのみ」という言葉。
哲学しながら信仰するというヤスパース。

またママと、こんな話もしたいです。

私もキルケゴールの「神の真理はあくまでも絶対的主体性の真理である」だったか、苦悩の果てにこの言葉がストンと胸に落ちたのだ。

あの人がどうのこうのではなく、徹底的に神と我の関係においてでしか神の真理、愛はわからないという説に納得できた。いつかまた以前のように時間を気にせずにこのような談義をしたい。

また真智はスカイプでこんなことを言った。
「人間は何ができるから、何をしてくれるから素晴らしいのではなく、存在そのものが素晴らしいんだということをしみじみ感じたことがある」と、その深い経験に私は絶句し、と同時に真智の歩み方(生き方)の真実さに圧倒された。

これは努力で生み出されるものではなく、神のみこころに叶う人に働く神の聖霊によってでしか感じることができないからだ。

スカイプでは次女夫婦それぞれに仕事上の経験をも話してくれ、それぞれの真摯な生き方に感銘を受け、良き生涯を築き上げていっていることを神に感謝した。

今、改めて次女夫婦のクリスマス・カードを読み直す。
クリスマスの翌日にワシントンに発送した国際郵便物が届いたというメールが、12月30日未明に届いていたことも今夜になって気がつくなんて・・・

また、たった5〜6人の方にしか贈らないお歳暮なのに、叔母に2度も同じものを贈るなど11月からミスが目立つ。

近年は年がら年中心安らぐことのない日々で、3日前の12月30日はどうしようもなくなって次女に連絡を取った。
まだ一度もこちらから真智に電話したことがなかったことにもよるが、アメリカの国番号も押しているのにかからずに、仕事用のスマートフォンにメールを打って真智から電話をかけてもらわねばならなかった。

ちょうどその頃は、教会の皆さんに「ウィー」をお世話してカラオケ大会を楽しんでもらって、疲れて帰宅したばかりの夜遅い時刻だったのに、私達夫婦のために2時間半も時間を割いて訴えを傾聴しくれ、わかりやすい言葉で優しくアドバイスしてくれた。

クリスマスに届いた次女夫婦のクリスマス・カードには、クマ(次女の伴侶)が教会でのエピソードを書いてくれている。

「10月頃から真智と共に讃美チームに加わり、礼拝での讃美を大きな声でリードしています。真智は2週に一度ピアノの奏楽をさせていただいています。

奏楽と讃美のご奉仕を始めてから、讃美歌に触れる機会が増えて、それによって気持ちが支えられ、癒されることが多々あります。主に感謝です」。


昨日のスカイプでも真智が電子ピアノを弾いてくれた。教会からお借りしているそうだ。
1曲目に弾いてくれたのが「神はひとり子を」で、私もこの曲を前日にかけていたところだった。共に本心に立ち返ろうと思っての選曲だった。この曲は娘たちが幼い時に家族4人で歌った初めての聖歌だったから。

そういえば、真智にピアノを教えてくださったY・M先生が、「真智子ちゃん 海外でご活躍のご様子 素晴らしいですね」とお年賀状に書いてくださっている。
いつも『メメントドミニ』を読んでくださっているから、きっと教会でのことも喜んでくださっていると思う。感謝!

私もマチ・クマに励まされて、何よりも自分らしさを失わないでやっていこうと思う。マチ・クマの祝福を祈り、そして、どの方も皆、生かされている人々に有意義な一年でありますように祈ります。

posted by 優子 at 23:57| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

今年もワシントンから愛のクリスマス・カードが届く

真智と太志君からのクリスマスカード.jpgクリスマスの日、次女夫婦が18日に発送してくれたクリスマスカードが届いた。

今年は次女夫婦が帰国した時に集う馬見労祷教会のみなさんや、代務を執ってくださっている大澤牧師と高見牧師連名宛にもカードが入っていた。

教会の方々へクリスマスカード.jpgそれはそれは心を込めて、今年も心からの気持ちが刻まれていた。私はいつもオー・ヘンリーの『賢者の贈り物』を思い出す。




IMFでは真智子ら社員とラガルド専務理事とが、自由に意見を交換する場が定期的に開かれているとのこと、真智子は初めて参加したそうだ。

その時にラガルドさんと一緒に撮った写真を同封したつもりが、郵便局が閉まるからと急いだために入れ忘れたからとメールで添付してくれていた。

その写真をコピーしてクリスマス・カードと共に、同封されていたクリスマス感謝献金を届けよう。ありがとう。

ワシントンからEMS.jpg  EMS2015.jpg

ただしEMSでは現金を同封できないとの注意書きが添付されていたから、来年からはユキもお年玉は減収になるね(笑)。

クリスマスは全世界に行きわたっている。そのこと自体がとても不思議である。日本の民もいつか切実にクリスマスの意味を感じ取ることができるように祈るばかりである。

私は自分の生き方として、日々起こるいろんな出来事に対して自分はどう受け止め、いかなる反応をしめすか、また、どう処理するのか。

いわばその意思決定こそが自分はいかに生きるのかという選択であり、それが自分自身を創っていくのだと思っている。

その前提にとても大切なことは、常に心を開いて間違いを修正できる柔軟さを失ってはならないことだ。私は今再び意欲的に自分らしく生き始めている。


真智からの24日朝の着信メールには、「今日からお休みをとりました」と書いてあったので、23日が真智たちの今年の仕事納めだった。

こちら美濃紙業は7日間、それも知子のリードで今年は29日からお正月休暇に入り、しかも来年度から土曜日(月の最終週に祝日がある土曜日)の半日出勤も今日で終了、年に一度の全体会議がある11月以外は廃止した。

アメリカでは今や「メリー・クリスマス」とは言わないで「ハッピー・ホリディ」と言い、「メリー」と言ってはいけないと牧師が説教で話しておられた。

次女夫婦がホリディ・シーズンに入ったと聞いて、私は Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)の " It's the Most Wonderful Time of the Year "が脳裏に鳴り響いた。
高校3年生の12月に夢中になって歌っていた曲だが、50年経った今も覚えていることに我ながら驚く。

ワシントンのクリスマスも暖かいようだが、こちらは昨日の夕刻から急速に冷えてきて、暖房を強くしてもてきめんに身体は察知して頭が痛い。半日を経て左目の出血箇所が大きく広がっていた。

知子はユキの不調で今日の半日勤務は欠席した。
私も結膜下出血まで発症したのでゆっくりしていたかったが、クリスチャン・ペンクラブの『種を蒔く』第3号発行のため、昨年に続いて大田正紀先生とO姉(しまい)とご一緒に印刷屋さんに入稿した。
特に今年は校正の最終責任者として関わらせていただくのでますます責任重大だ。

雪だるま.gif良きクリスチャンの交わりと、誠実な印刷屋さんとの打ち合わせは非常に心地よかった。
感謝!  
真智子と太志君のことを想いつつ


12月27日夜追記:今朝の礼拝最後に当番役員がマチ・クマのクリスマスカードのメッセージを読んでくださり、写真も披露して、共に掲示板に貼ってくださった。

posted by 優子 at 20:06| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

次女夫婦のクリスマス 2015

今朝は久々に体調が良かったのでリハビリの予約をキャンセルしないで整形外科へ出かけた。そして、午後にようやく次女夫婦に小さな荷物を送った。

それはクリスマスプレゼントのような素敵な贈り物ではなく、聖書の言葉が入った「みことばカレンダー」や毎年次女夫婦が日記帳に使用している手帳だ。

次女夫婦からはすでに18日にクリスマスカードやユキにお年玉を発送してくれたそうだ。

19日は日本人女性の友人に誘われて初めてオペラを観に行き、ケネディーセンター内で撮った写真を添付してくれていた。3人とも素敵な笑顔だった。

また、IMF理事長のラガルドさんと職場の人たちとのコーヒータイム(?)の写真を添付してくれた。ラガルドさんはテレビで見るよりもはるかに美しく若い。

anime_tomosibi01.gif12月20日、世界中のキリスト教会でクリスマス礼拝を捧げた。
次女夫婦が通っているワシントン・インターナショナル日本語教会(Washington International Japanese Church)のクリスマス礼拝と祝会も豊かに祝されて楽しい時を過ごしたようだ。

私は13日に続いてクリスマス礼拝も休んでしまったので、真智のメールを通してクリスマスの恵みが伝わってきた。

2015.12.20.jpg 

聖歌隊@.jpg

anime_tenshi3_ak.gifマチ・クマ(次女夫婦)も聖歌隊!

Alto 2.jpg

教会での様子は、過去ログ12月17日の「真智の幼き頃のクリスマス祝会」の続編を見ているようで感慨深い。

これは2015年10月25日の礼拝。
奏楽する真智に新たな感動を受けている。
真智の奏楽で.jpg

今日のリハビリの帰り道で大木から葉がヒラヒラ落ちるのを見た。朝の光の中を枯れ葉が輝きながら落ちていた。あまりに美しく幻想的で、葉の1枚1枚がチャッピーの命のように思えた。

私はしばらく棒立ちになって上を見上げ、いくつもの命を抱きとめるかのように枯れ葉をつかんでいた。

すでに裸になっていた木もあったが、これらの木々は春になれば再び新芽を吹き出し豊かな葉を茂らせる。しかし、人生の四季は一回限りだ。チャッピーもまた1回限りの命の四季を生きた。


私も人生の秋に入り、最後の冬の気配を想像できるようになってきた。それでも50歳で亡くなった従弟のように、全ての人が老いに辿り着くとは限らないから、ここまで年を重ねて来られたことは感謝でしかない。

それゆえに、もう一度気力を奮い立たせて私らしい60代の花を咲かせたい。その努力こそが30代から重ねてきた冬への備えの仕上げになるに違いない。

真智子の写真を見ていると、アメリカで人生を展開させている真智子、いや、そのように真智子を導いておられる神さまに自らを探られて、再び私の中から何かが燃え上がってくるような感じがしてきた。

世界宣教の重荷を負い、また、世界の各地で生きる日本人に福音を宣べ伝える方々に、神の絶大なるお守りと祝福がありますように!
そして、そこに集う人々を豊かに祝福してくださるように!
どうぞ全ての人々に真の希望と喜びを感じ取らせてください。

anima_boy1.gif主イエス・キリストのご降誕を感謝し、お祝いします。
真智、太志君、クリスマス おめでとう!

posted by 優子 at 22:11| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

真智の幼き頃のクリスマス祝会

j_je03.jpg日本イエス・キリスト教団 放出(はなてん)教会は私の母教会(洗礼を受けた教会)で、娘たちにとっても懐かしい教会だ。
教会学校(Church Schoolの頭文字をとって通称「CS」)のクリスマス祝会での印象的な写真を集めてみた。

ただし真智子の写真が殆どゆえに真智子のカテゴリに記録し、知子のはユキと合同で後日記録したい。

ところがどの写真も日付けがわからず、顔の幼さや服装の記憶をたぐり寄せて記した。今後ますます私の記憶は薄れていくであろうから、頼りないながらも今のうちに記録しておいてやろう。

幼稚園時の教会のクリスマス会.jpg真智子は5歳6ヶ月(幼稚園年長組)、初めて降誕劇に参加した時のものだと思う。

真智はマリアさま役?






小1のクリスマス会.jpgこれは小学校1年生のクリスマス。
真智はアロン役?
この場面はきっと「出エジプト記」7章8節〜10節のところだろう。

主はモーセとアロンに言われた、「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。




小1のクリスマス祝会.jpgそれで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。
すなわちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。







次は2年生のクリスマス。
この劇は何だろう?
真智、覚えてる?


3年生のクリスマス祝会.jpg

次は3年か4年生のクリスマス。
この劇のことも忘れてしまった。
4年生(?)クリスマス祝会.jpg 

これは6年生のクリスマス。
真智はマリアさまを好演した。ヨセフ役はI君だ。
真智はマリアさま.jpg

6年生のクリスマス祝会@.jpgこの時はもうこんなに大きくなって、真智は美しい少女になっていたね。お友達もみんな一緒に大きくなっていたね。

思い起こせば、この年の夏休みからおばあちゃんの通院介助が始まっていた。知子は中学3年生で高校受験前。いよいよ厳しい苦難の荒野に足を踏み入れていた時だった。

そして、この4年後に母が亡くなり、その後ますます苛酷さが増していった。真智の表情が穏やかだったので救われる。
劇のあとの笛の演奏もすごく上手だったね。笛を吹いているから6年生だと思うけれど5年生かも・・・

演奏.jpg

明日のことがわからないのは幸いだ。先の苦難が分かっていたら前へなんか進めない気持ちになる。今は人生のどのような状況に立っているんだろう。

私は最も身近な人のことがわからない。そんな時こそ信仰を奮い立たさねばいけないね。現実はどうしようもない状況でも必ず神さまが何かをされる。

「神を信じきった人は何と幸いなことでしょう」。

「神にとって不可能なことは一つもありません」。
 

Blessed Assurance! Amen!

讃美.png天(あめ)なる神には みさかえあれ、
地に住む人には 安きあれと、
み使いこぞりて ほむる歌は、
静かにふけゆく 夜にひびけり。
 
重荷を負いつつ 世の旅路に
悩めるひとびと、かしらをあげ、
栄(はえ)あるこの日を たたえうたう
たのしきうた声 ききていこえ。  

       今なおみつかい つばさをのべ、
       疲れしこの世を おおい守り、
       かなしむ都に なやむ鄙(ひな)に、
       慰めあたうる 歌をうたう。

       み使いのうたう やすききたり、
       ひさしく聖徒の 待ちしくにに、
       主イエスを平和の 君とあがめ、
       あまねく世の民 たかく歌わん。

                (讃美歌114番)

su_kuma03_a.gif真智子と太志君の上に神の恵みが豊かにありますように!
日本とワシントンは11000キロメートルも離れているけれど、だから、すぐに会えないけれど、どうか幸いなクリスマスを迎えてください。
EMS(国際スピード郵便)は、「すりごま」が届くのを待って来週発送予定です。

追記・2015年12月24日朝届いた真智のメールより:
放出教会の頃の写真も懐かしい。ありがとう。
あの頃の居心地の良さというか、自分のホームのように思えていたことを、感謝しているよ。

帽子をかぶっている時の劇は確か、放蕩息子役だったように思うよ。次の年のは、覚えているけど何の劇だったかは思い出せない。。。

ゆきちゃんもあっという間やね。すでに懐かしいと思うような写真があって不思議やね。時間って不思議。


anime_tree1.gif同志社女子中高では、きっと今も12月17日が2学期の終業式で、まもなく午後6時から一般の人々を迎えて今朝と同じクリスマス・ページェントが始まるのだろう。

真智も6歳の時に一度行ったことがあるんだけれど覚えてる?
12月17日の記憶は、知子に言われるまでこのことしか思い出せなかった。
anim_megumi.gif


posted by 優子 at 17:50| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

テロの脅威 ワシントンの真智たちが心配

11月13日夜、日本時間14日早朝、フランスで同時多発テロが起こり132名(17日現在)の犠牲者が出た。テロに遭った人々の恐怖はいかばかりだったか。

私は1999年秋に知子と真智子と3人でヨーロッパ旅行した時、パリで3連泊したのでパリの町を少しなりとも知っていただけに、このたびのテロは尚のこと信じられず、悲しい。

過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出し、日本時間16日夜に米国を名指しして「必ずアメリカの中枢ワシントンを攻撃する」と予告した。

そのことを聞いた叔母が「真智子ちゃんが心配で」と電話をくれ、昨夜は2時まで眠れなかったと言った。

私が知っていることと言えば、IMFの建物に入る時は常々厳しいセキュリティ・チェックがあると聞いているので職場は心配していないが、通勤で利用する地下鉄や駅が心配と叔母に話した。

海外出張の多い二人だから、「今は二人ともワシントンに居るんやね?!」とも言った。
孫のいない叔母は自分の孫夫婦のように案じてくれている。真智からメールして叔母を安心させてやってほしい。

そういう叔母の娘(従妹)も先週末からアトランタへ出張している。帰国は21日夜だ。
従妹はアメリカに本社がある外資系の会社に勤務しており、日本から10名が行っているとのことだが、出発便は全員が同じ飛行機ではなく、3つぐらいのグループに分かれて行くようにと指示があったという。

私はふと身近にいる能天気な人を思って、「危機管理もなく呑気で軽薄な生き方は時代にさえそぐわない!」と憤りを感じた。


中東研究者は言う。
「ISに(アメリカを攻撃する)そんな力はないと思う。その力があるならば、とっくにやっているだろう。それにテロをやるぞとは言わないで突然にテロをやるわけだから。
ハッタリなのか本当なのかわからない。テロとは恐怖心を与えることだから」
と。

アメリカでも治安当局は警戒を強めているという。ニュース映像でも銃を手にした警察官が町で警備に当たっていた。真智子たちはこのような光景を直に見ているのだろうか。

世界は病んでいる。
人間はどうしようもないほど病んでいる。
どのように祈って良いのかわからないが、
どうか全てを神さまの最善にお導きください。

個人ではどうしようもない脅威、どうか真智子と太志があらゆる危険から守られますように。いや、次女夫婦だけではなく殺戮から全ての人をお守りください。


posted by 優子 at 23:18| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2015年08月20日

真智子と私の心の記録 

「まだ日本にいるみたいで寂しい気持ちがありますが、徐々にこちらの生活に戻っていくことと思います。たくさんいただいた日本のものから、皆さんの愛を思い出して、励まされていくと思います。感謝しています」。
          (娘婿より18日13時05分着信)

「今回は、感覚が日本に戻ってたのか、アメリカに到着して違和感があります。外国に感じるよ。
こっちに戻ってきて、寂しい。
ブログを何回も読んでます。
写真も何度も見てます。本当に嬉しかった。最高の夏だった。パパの喜び、じわじわきてます。本当に本当に嬉しい」。

          (真智子より19日06時48分着信)
私も寂しい。
すごく寂しい。
たまらなく寂しい。
もっともっと近くにいてほしい、何度も会いたい。

昨夕、夕食の用意をしているとき、6人分ではなく4人分になり寂しさを実感した。知子もそうだけれど、いつも「おいしい、おいしい」と喜んで食べてくれるマチとクマ。

今年初物の幸水(梨)は食べてもらったけれど、たっぷりストックしていた宍道湖のシジミが使わないまま残っていたり、鰻ももう一回分あったのに食べさせてあげられなかったこと、鰹の生姜煮を持たせてやるのも忘れていた。そんなことも私には辛い。

今度はいつ会える?
今度はいよいよパパと2人でワシントンへ行こうか。出不精に加えて飛行機が怖いから、決断する勇気が与えられますように。

かつては飛行機事故以外ではハイジャックが大きな危惧だったが、現代は危険に満ちており私のような人間には一層の勇気が要る。

このお盆休みから数日間ニュースを見ていなかった間にも、無残な事件が国内外で起こっている。実際、真智もこんなことを言っていた。
「日本は平和であり戦争は過去のものだけれど、IMFにいると戦争は過去の話ではない。紛争地域を通らずに安心して行けるところは少ない」と。
日本も平和が過去の話にならないように祈るのみ。

真智は年に4回、ミッション(出張)に行っていたが、この1年間出張がなかったのはとても珍しく、バックグラウンドの分析をする人が必要だったために、それをやらせてもらっていたという。

今は金融政策を担当しているので金融市場を調べるため、日銀からIMFに出向している人にも会いに行くという。IMFで働く日本人(50人だったか60人だったか?)の6割は官僚の人たちだそうだ。現在の部署が戦略局だからラガルドさんのスピーチなども考えるという。

クマもまた「G7」(?)で使うレポート(?)にも携わっている。まずクマのようなヒラの人が調べて、それを上司にチェックしてもらい、そしてまたその上の人がチェックしてと、とても多くの人が加わって仕上げるそうだ。

各副専務理事には一人ずつアシスタントがついており、コミュニケーション局(広報局のような働き)が内容をチェックして外に出すという。パーソナルインフォメーションのトレーニングも受けるそうだが、このような話を聞いただけでもトータルに高い訓練度であると想像に難くない。

「単一民族の日本では今も『察しの文化』が大切にされているが、個人はみんな違い、IMFはまさに世界各国の人の集まりだから、多様性という意識は高い。
多様性は問題もいっぱい起こるが、違いを認識して違いを組み込んでいく。最悪の組み合わせでも補い合っていけば最高の組み合わせになる」。


このような話をもっともっと聴きたかったが、今回は短時間しかできなくて残念だった。しかし、短い話の一端からも苦労が窺えた。また、どんな時も冷静に話すラガルドさんに敬意を表する真智子から、これまでの謙虚さだけではなく円熟の響きを感じた。

そしてIMFが求めるところの、「明快な自己表現力に優れ、外交的手腕に長けていること、また強いプレッシャー下でもチームの一員として業務を遂行できる能力」という一節を想起させた。

真智の鋭い感性と広い視野による見解は私の悟性を刺激し、私の内部で気力を発火させ、緩慢ではあっても変化していくのがわかる。

私の置かれた日常では、刃物のような言葉で自己主張を繰り返す人々がいて、感情はしばしば葛藤をもたらし、意欲を損なってしまう時さえあるが、真智と話していると本来の自分が生き生きと起き上ってくるのがわかる。

そして、しみじみと思う。
他人の体験や話に耳を傾けることができるかどうか。その延長線上にある「人間の多様性」と「世界の大きさ」を認識できるかどうか、そういうことが人間の精神的な成熟度を表すのだと改めて思った。

私にとっては、どのテーマで語るにも究極的には「人間について」であり、それで「自分はいかに生きるか」ということに集約される。その根幹にある心の在り方、心の持ち方こそが命なのだと主張したい。


マチ・クマは昨年末、溜まったマイルでロスアンジェルス旅行をしたのに、マチは今も17万キロのマイルが溜まっているという。17万キロと言えば地球4周分以上だ。そのマイルで私たち夫婦にビジネスクラスを提供してくれるというのだ。

そういえば、私たちがミネソタへ行ったのもミネソタ在住5年目だったけれど、来年がワシントン在住5年目になるから決断の年かもね。

ミネソタへ行くのも私には奇跡に近かったから、ワシントン行きも実現させてくださるかも知れない。今回の帰国の折に、ワシントンの空港のゲートを入って飛行機までの道と、飛行機を降りてゲートを出るまでの道を写真に撮ってきてもらえばよかった。

ミネアポリス空港では国内線のガイドになっていたから、予期せぬ冒険だったけれど楽しかった。でも今度は間違いなく国際線の道案内をね! わーい(嬉しい顔)

真智、行くよー!
真智と太志君のいるところへ行くからねー!

ワシントン近くの自宅近くにもミネソタのようにリスがいて、蛍までいるというから驚いた。行くならば蛍の出る暖かい季節がいい。

リスA.jpg  リス@.jpg

さて、この記事の " topic sentence " はいかに。 最適なものに訂正しようと思うけれど、まずは公開します。

サマースクール作品.jpg附記:ユキが教会のサマースクールで作ったデコ石鹸を帰国早々の二人にプレゼントしたことも書いておくね。

水にぬれると押し花はすぐに取れるので、反対側を使うといいよ。揺れるハート

8月24日追記:先日、洗面所の収納庫で見つけ、忘れて行ったことに気づいた。

posted by 優子 at 10:52| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする