2008年07月24日

こんなゲームをしていませんか?

今日ご紹介するのは、かつて小学校PTAの広報誌でペンを奮っていた時の記事です。
1991年12月7日発行とは言え、賞味期限の切れていない内容なので転載させて下さい。と言うよりも、時代を越えて通じる内容のものを書きたいがために、PTA活動報告をセットして40号を重ねたのです。

そういえば、クマ君から『ふじとニュース』の感想を返してもらっていなかったね
(>_<)。実は春までは、今か今かと待っていたのですが・・・(笑)。

では久々の『ふじとニュース』(東大阪市立藤戸小学校・PTA広報委員会発行の手書き新聞)の第21号をどうぞ!

     こんなゲームをしていませんか?
      
       心理ゲーム  ばかもの(Stupid)


子 「ぼくバカなんだよ。」


母 「そんな事ありませんよ。お父さんも頭がいいんだし、この家の長男とし
  て立派なあとつぎになれるわよ。」

子 「お父さんとは違うんだよ。ぼく頭が悪いんだよ。」


母 「そんなに自信をなくしちゃだめよ。よく勉強すればちゃんとできるわ。さ
  あ、宿題してしまいなさい。」

子 「だめだよ。頭が悪くてバカだから、やれないよ。」

母 「先生は学校の授業中、あんたはよく答えるってほめてたわよ。」

子 「おだてたってだめだよ。ぼく、お母さんと似ているから勉強できないん
  だよ。」


母 「まぁ、何てこと言うのよ。やってもみないで、努力が足りないのよ。能
  力はあるのよ。・・・やればできます。」

子 「フフフ・・・。できやしない。バカなんだから。」

母 「バカじゃありません。」(怒った声で)

子 「バカなんだよ。」

母 「バカじゃありません。このバカむすこ!」

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このようなやりとりを心理学では「ゲーム」と言い、私たちの職場や家庭でもいろんな心理ゲームが無意識的に行われています。

この「僕はバカだ!」というゲームでは、子どもが母親にこういう形でしか触れ合いを求められないことを示しています。

最後には母親に「このバカむすこ!」と言わせたことにより、子どもは「僕はダメなんだ」という歪んだ満足感を味わいます。
一方、母親の方は、「また言ってしまった」という自己嫌悪と罪悪感が残り、お互いに嫌な感情が残ります。

いろんなゲームがありますが、自分や相手の欠点がオーバーに見えてきた時や、自分や相手の長所が軽視されていると気がついた時、ゲームになっている場合が多いのです。
      
          
みんなこのようなゲームを経験しているのではないでしょうか。
今これを書きながら、我々が日常経験する人間関係について考えさせられ、それと共に聖書が教える境界線を知ることにより、かなり生きやすく改善されていることにも気づかされています。「境界線」は聖書における心理学的考察と呼べるものです。

この心理ゲームの言わんとしていることからは少々ずれるかもしれませんが、自分の愚かさだけを拡大視して「私はダメなんだ。ダメだ、ダメだ」と自分を責め続ける人を思い浮かべます。時に私も同じ袋小路に入り込んでしまいますが。

またその反対に、いつまでも自分の姿を見ようとしないで、問題は相手や環境、状況にあると言い続ける人がいます。
自己中心的にマイペースにやっているならまだしも(でもないですが)、ついには最も身近な人をも信頼できなくなり、混乱し、恐怖心に縛られてしまっては悲惨です。

心理学もカウンセリングにも解決はありませんが、人間理解の参考になります。自分自身の心的状況を知る助けになります。
勿論それだけでは意味がありません。心ある人は修養に務めるでしょうが、それでさえ解決にはなりません。

最後に、結論に代えて童謡「ぞうさん」の詩を贈ります。
       
         「ぞうさん」

        ぞうさん
        ぞうさん
        おはなが ながいのね
        そうよ
        かあさんも ながいのよ

        ぞうさん
        ぞうさん
        だあれが すきなの
        あのね
        かあさんが すきなのよ



鼻が長いからといじめられていた象さんは、鼻を長く創られたのは神さまなんだから、これでいいんだね、ありのままでいいんだよねと気づくのです。

どんな格好でも、どんな状況でも、今は誰も信頼できなくなっていても、神さまはありのままのあなたや私を愛して下さっている。あなたは愛されているんですよと、ここには神さまの大切なメッセージが込められているのです。

大切なことは一つだけ。ただ主を見上げること。
私たちがまことの神に目を向ける時、神は決してそのままにはしておかれない。主を呼び求める人に解決を与え、生きる意味、目的を与えて下さるのです。

作詞は、まど・みちおさん。
そうです!
作者が信仰篤いクリスチャンであることをご存知でしたか?
まどさんは、今年白寿を迎えられました。

posted by 優子 at 10:25| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

『花さき山』の如く 天に宝を積む

私の好きな絵本の一冊に『花さき山』がある。斎藤隆介の文と滝平二郎の絵ともに素晴しい。
山菜を採りに行った10歳のあやは山ンばに出会い、やさしいことをすると美しい花がひとつ咲くと教えられた。花さき山の物語は、心に残る感動の名作絵本だ。

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かつて、PTAの広報でペン活動していた時の記事を転載したい。15年半前のものであるが、決して賞味期限切れの文章ではなく、それどころか時を経て、より一層に声を大にして伝えたい内容である。

     子供の感想文に感動する

『花さき山』を読んだ小学校2年生の女子(高知県)の感想文をご紹介します。

本のまん中のページは、真っ黒で、その中に、白い字で、
「そのなみだが、そのつゆだ」と、書いてあるだけです。
白い、大きななみだのつゆと、うす青い花が、ひとつだけさきかけているさしえです。
でも、ここを、よむのに、いちばん、時間が、かかります。


この感想文を読んだ時、あまりの驚きに言葉が出ませんでした。小学校2年生の小さな子が、読書の楽しさを知っているのです。
書いていないことを想像する楽しさを知っているのですね。
自分の経験を思い浮かべて、自分も辛抱して、あるいは、頑張って咲かせた自分の花を想像していたのでしょう。

    (1991年11月22日発行 ふじとニュース17号より)


美しいものや気高いものに感動できることの素晴しさ、私はそこに人間の尊厳を見る。

山ンばは言った。

「あや、おまえの あしもとに さいている 赤い花は、
それは おまえが きのう さかせた 花だ。」


きのう、妹のそよが祭りの赤いベベを買ってほしいとせがんで母親を困らせた時に、

「おっかあ、おらは いらねえから、そよサ かってやれ」

と、あやが母親に言った時に咲いた花だった。

優しさと辛いことを辛抱したけなげさが花になる。
「自分の宝を天に蓄えよ」と言われたイエスの教えと重なり、あやのように天国に花を咲かせていきたいと思う。


「あっ! いま 花さき山で、おらの 花が さいてるな。」
posted by 優子 at 14:54| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2007年03月30日

自己への旅

東大阪読書友の会会報 1992年3月発行
              『かわちの』第40号より転載

「自己への旅」


「運命は選択である」と言ったのは、ハンガリーの精神科医ソンディであるが、この言葉を受けて「選択は運命をつくる」とも言える。

私が読書会で多くの友と出会えたのも選択したからである。
以来4年間に人生の深みへと方向が定められていった。そのことを思うと、まさに、
「私選ぶことは、私選ぶこと」であると気づかされる。

一人ひとりに与えられた賜物は違い、いかに自己実現していくか。私達は常にその過程にいるわけであり、この自己を知ることが人生後半の課題である。

人生の前半はたいしたことはなくても、後半に見事に伸びていく人があるが、私も小さきは小さきなりに、精一杯自分の花を咲かせたいと思う。
自己は魂の問題であるから、自己への旅路を行くほどに深い喜びを得ていくのだろう。

いよいよ本番とも言える人生の折り返し点に立ち、40歳を生きる今の心情を書きとめておきたい。

      
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから15年の年月が過ぎた。
この時、神経難病に侵された母に寄り添っていかねばならない悲しい重荷があった。それを「本番」と書いたのだ。

どのような人生であれ、後半の人生は自己の内面に向かわざるをえないのではないだろうか。
自己の内面にあるものと向き合い、嘘隠しのない自分の感情や考えに気づくことだ。このことほど勇気を必要とするものはない。自分自身と向き合う者は神の言葉に耳を傾け、神と出会うことであろう。

同時代に生きるお互いが共により良い人生を生き、共に精一杯生きたと思える人生を終えたいと願う。

このブログは私の「自己への旅」の記録であり、私が成熟していく実況中継でもある。

posted by 優子 at 23:16| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

聞こえていますか子どもの叫び

「まず自分の言葉が相手を傷つけるかどうかを感じる能力を育てること。
それが育てば、バッハやモーツァルトの美しい音楽を感じとることができる。」


ヴァイオリンの早期才能教育で活躍された鈴木慎一郎氏の言葉です。
つまり、自分の言おうとする言葉が相手の心にどう響くか分からないようでは、バッハやモーツァルトを感じとることも演奏することもできないとということでしょう。

言葉は脳で言語化されますが、精神的発達と関係し魂に関係するものです。
子供達の多くの事例を見ても明らかなように、知能を展開させていくのも心であり、心を豊かにすることが最重要事項であることがわかります。

そして、その心は経験により形成されていくのですから、主に親や教師との関り合いの中で作り上げられていくわけです。
私達はそのことを今一度記憶すべきではないでしょうか。
   

 (藤戸小学校PTA広報委員会 1992年2月4日発行
      ふじとニュースNO.30より転載)     

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いじめによる悲惨な事件があとを断たない。
人間は何度同じことを繰り返せばわかるのだろうか。
連日のように悲しい事件を知る我々もまた、「またか」と、その深刻さに慣れていく人間性喪失も甚だしい。
もし我が子だったらどうなのか!
もっともっと想像力を働かせて、鋭敏に受け止めなくてはならない。
保身に走るのも人間の本能だろう。しかし、教育機関の対応はあまりにもひどく、「筆舌に尽くしがたし」とはこのことである。

このブログを書き始めてからも度重なる悲劇があった。
そのことを殆ど取り上げなかったのは娘達の結婚に浮かれていたからではない。あまりの出来事に悲しみと憤りで石のように黙してしまうのだ。軽々しく言葉にできなかった。

上記の掲載文は、同校の音楽教師に切なる祈りを込めて語りかけたものである。この教師から長女が6年生の時に受けた暴言の数々、教師の問題が一個の人生を左右することもありうるのだ。
娘は神に守られて今に到ったが、教育問題こそ私の最も訴えたいテーマの一つである。

問題教師の実態、教師や親のあり方の大切さ、子供の心を傷つけるとは如何なることなのか、自分に自信のあると思われるところで失敗したペテロのように私も同じ経験をしたこと、悩むべきことにも悩むことができない人々のことなど書きたいことがたくさんある。

鈴木氏の教えに子育ての早い時期に出会い、私の糧となった。
斯く言う私自身も成長期の娘達に心の傷をつけたことも数え切れず、弱い自分に嘆いた。しかし、そのつど悔い改め、神さまが子供達の心を守り育てて下さったから幸せな大人に成長できたことを感謝している。
(評論ならばここで「幸せな大人」というところに解釈を加えたいところであるが(笑)、別の機会に譲ろう)

音楽であれ、文学であれ、知的探求するにも心こそが命である。
私の意味する「心」とは、神を認めて生きる心である。
人間は神さま抜きで地位や名誉、財産を得ることはできる。しかし、それらは人間の心を決して満足させることはなく際限もなく、人間の尊厳が失われてしまう。
命は墓場までではない。
神を信じる者には永遠の命が与えられるのである。


失われた少女の命が決して無駄にされることなく、一粒の麦として用いて下さるように全権を握っておられる神に委ね祈ろう。
今再び我が姿勢を正し、使命に生かされていきたいと思う。
posted by 優子 at 09:38| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

敬老の日に思う ―良き生を生きる―

外国では現役を退いた老人を「シニア シティズン」とも呼ばれていますが、これは年長者という意味の尊敬をこめた言葉として使われています。

人間の肉体は20歳頃から血管から老化が始まるということですから、20歳を越えているなら「老い」は自分自身の問題です。
私も人生の折り返し点に立とうとしていますが(当時39歳)、四季で言うならばまさに今の時期です。まだ暑さが残っていますが、季節は秋に変わろうとしている時期、60歳からが成熟期間であるならば、これからの20年は老いへの準備期間でもあります。

かの天才、レオナルド・ダ・ビンチは書き残しています。
「十分に人生の終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考えよ」と。

人生は限られた時間です。
その最後には必ず死があります。誰もが老いを迎えられるとは限らないのですが、自分はどのような老いを生きるのかということも、老人問題に目覚める必要があるのではないでしょうか。

「敬老の日」は祝日として制定されていますが、本当の敬老がなされているかを考えます時、「静かに余生をお送り下さい」ではなくて、「あなたは今も無限の価値を持っているのですよ」とお伝えすべきでしょう。
そしてこれからも、シニア シティズンとしての働きをして頂きたいと思います。

     失ったものを数えるな。
     今あるものを感謝せよ!


と、自らを励まして生きるのは私たちも同じです。
大好きなブラウニングの詩の一節を贈ります。

     われと共に老い行けよ!
     最善はなお未来にあり。



(東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1991年9月14日発行                 
                  ふじとニュースNo.10より転載)
 
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事を書いてからの15年間に社会や人々の意識は大きく変わり、「静かに余生を送る」という言葉は陳腐に響く。
素晴しいことだと思う。
グルメや海外旅行にと楽しみだけを追い求めている人も多いが、大学で学んでいる人や社会のために活動している人も多く、人々の意識は高くなっている。

私が中学生の時に「敬老の日」が制定されたと記憶しているが、当時、大阪市では1キロ入りの砂糖を高齢者の方達に贈っていた。私は民生委員をしていた母のお伴をして一軒ずつお届けしたことを覚えている。
訪問先の玄関に入っていく時の母の表情や言葉、雰囲気も全てはっきり覚えている。懐かしく素晴しい思い出だ。

学校の帰りにデパートで甘納豆を買って祖父にプレゼントしたこともあった。
私が21歳の時に85歳で亡くなったから、その時は76〜78歳だったのだろう。

現在65歳以上の人口が20パーセントを越えて2640万人。日本は世界一の高齢者国になった。
我が夫も61歳、6歳年下の私もまた来月末には四捨五入すれば・・・である。
共に時間を大切に良き日々を生きたいと思う。るんるん
posted by 優子 at 07:34| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

名付けて「ダイヤモンドカット式」子育て法

ダイヤモンドは面の角を切っていくと美しい色が出て、カットの具合によって光り方が違い、カットが多いほど美しいということはよく知られています。
このことからヒントを得たのですが、私たちは自分の能力を開発しようとする時、「あれも、これも」と多くのものを獲得しようとします。

しかし、私の子育て法はダイヤモンドカットに似ています。
その子にとって一番大切なものを生かすために捨てる、カットしていくことがあります。
宝石デザイナーは、それぞれの宝石の持つ美しさを生かしてデザインするそうです。
宝石でさえそうであるなら人間ならば尚更のこと。
一人ひとりの良さを見つけ出して、それを伸ばしてやらなければと思います。

梅の木に桜の花は咲かないし、桜の木に梅の木は咲かないように、その子にしかない良さを引き出してやりたいものです。
   

      (PTA広報委員会 1992年2月29日発行
                 ふじとニュース37号より転載)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子育てを振り返ると反省することの方が多い。
これまでの経験をふまえてもう一度子育てができるならば、学習面においては書道とそろばんを習わせたいと思う。

ところで50歳を過ぎてから、この私流子育て法を我が身にも適用したいと思っている。
残り少なくなってきた人生を視野に入れた時、自分の最もやりたい事に焦点を合わせて、「あれも、これも」ではなくて大事のために小事を捨てていく段階に入ったと考えるからだ。

とは言うものの、私など「あれもこれも」やっているわけではない。
時たま自分の研究課題に集中できている時に、読書会で決められたテキストを読むのが負担になる程度だ。
そのような時は読まずに行くのだが、近年は読まずに出席することが多く今後の方向性を決めねばならないと思っている。

文学にしてもキリスト教文学を中心に読んでいきたいと思うし、小さなことで言えば、教養を高めたいという気持ちも大切だけれど読みたいものを読もう、英語で日常会話くらいは話せるようになりたいが英語よりも漢字を覚えたいと思うようになった。

読書会をやめることも考えているのだが、私はかなりの怠け者であるから読書会をやめてしまえば退廃していくのかもしれないし、神さまの導きを祈りながら賢い選択をしていきたいと願っている。


posted by 優子 at 08:35| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

子供は可能性の卵

モーツァルト君、これでは雑音だ。音符の数が多すぎる!
・・・『フィガロの結婚』の初演を耳にした皇帝フェルディナンドの感想。

君は決して大物にはなれないだろう。
・・・学校長が10歳のアインシュタインに語った言葉。

これらは何という見当違いの言葉でしょう。
このような的外れの言葉や評価は数限りなくあります。

発明王エジソンは子供の頃、薄ボンヤリに見え、小学校の先生から「こんなバカな子はいない。」と言われました。
また、今世紀最大の科学者アインシュタインは、成績にムラがあり外国語と歴史は大嫌い。大学の入学試験でも数学は非の打ちどころがなかったのですが、他の科目は全く駄目で不合格でした。
フランスの天才数学者ポアンカレも大学入試には失敗しています。

日本では「教育」という時、詰め込み、強制、辛いというイメージを受けますが、「教育」という言葉の語源はラテン語で「引き出す」という意味であり、それは単に能力開発ではなく、一人ひとりが個性的に自己の可能性を実現する事を意味します。

また、「学校」という言葉の語源がギリシャ語で「暇」という意味があることもよく知られていますが、それは人間が人間らしく成長するためには長い時間が必要であるということなのでしょう。

人は皆、一粒の種です。
ましてや子供は可能性がいっぱい詰まった卵です。
自分の可能性の限界も分からない私たちが、我が子といえども一個の独立した人格に可能性の限界をつけられるはずがありません。

私たちは子供たちの良き励まし手になって、子供の中に向上への意欲をこそ育ててあげたいものです。
    

 (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1991年3月17日発行
                 ふじと27号より転載)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の教育観の一端を書き記したものである。
時代は21世紀に移り、アインシュタインは「今世紀」ではなく「前世紀」、20世紀の天才であった。
posted by 優子 at 17:34| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

大切なことは目に見えないよ!!

あなたは、養殖の鴨が自分の力で生きていけないのをご存知ですか。
目に見えるところは鴨の形をしていても、人間の管理のもとにしか生きていくことができません。
野性の鴨は、一年に三回しか卵を産みませんが、養殖鴨は毎日産み、自分では卵をかえすことができません。
本来、寒さに強い鴨なのに、冬に外に出すと凍死してしまいます。そして、最も悲しいことは、親子の関係がなく、子どもが餌を食べにくると、突っついて食べさせないのです。

この話は私にとって直下型激震のごとく目が開かれる思いでした。
私たちも子ども達に同じことをしているのではないか。
合理的で管理的な教育。
人にしてもらうことは上手でも、人には何もしない。
このままだと将来、人間関係を大切にするというような非合理的なことは理解できなくなるのではないかと、自らを探られた思いでした。

そして、私の大好きな童話の一つ、『星の王子さま』が強く心に迫ってきました。
今(1991年)から50年ほど前に書かれたサン・テグジュペリの『星の王子さま』は、子どもから大人まで世界中の人々に愛読されています。

ある星から地球にやってきた王子さまが、地球の人間、特に大人たちは大切なことを見失っていると訴えます。
権力や財産、学識や仕事よりももっと大切なものがある。
それは愛なんだよ。愛に気づくことが大切なんだよと教えます。

大切なことは心で見なくちゃ見えない。かんじんなことは、目に見えないんだよ。

この美しい言葉こそが、この物語のテーマでしょう。
そしてそれは自分で育てていかなくてはならないものであるのに、反対に私たちは成長するたびに失ってきたように思います。

大人は目に見えるものに心を奪われすぎています。
人間を人間たらしめているのは精神性であり、目に見えないものにこそ目を注がなくてはなりません。

私たちが生きていく時、本当に大切なものは何でしょうか。
この作者は何を最も大切にしなければならないのか、そして、それを見極めることの大切さを伝えたいのだと思います。

私は今、臨床心理学を学んでいますが、子どもにとって親の生き方が如何に大切であるかを知らされています。
親の生き方が子どもの人生の方向性を決定すると言っても決して過言ではないでしょう。

大切なことは親の教育観です。
教育観とは価値観であり、問われるべきは親の価値観です。
人生は競争ではありません。ゆっくりと人生の意味を見つけることです。


ユダヤのことわざに、「他人に優れようと思うな。他人と違った人間になれ。」というのがありますが、競争社会に生きる私達には金言に値し、大きな道しるべになります。

私が全ての子ども達に願うのは、自分の良さに気づき、それを伸ばしてほしいのです。
「ナンバーワンになるよりも オンリーワンになりなさい。」
その生き方こそが、自分らしく生きることですよと伝えたいのです。

そして親である私たちは、子どもを理解することができますようにと祈りつつ、その子にとって最も必要な援助をしてやりたいと思います。
子どもが私達の元に居るのは限られた時間です。その時はやはり人生で最高の時だと思います。

アメリカの大学では、卒業式を”commencement”と言いますが、この言葉には「新しい出発、スタート」の意味があります。
今再び、新しい季節を迎えた私達も心新たにスタートしたいと思います。
      

          (東大阪市立藤戸小学校 PTA広報委員会
              1991年3月15日発行 『ふじと』26号掲載文より)
  
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事を書いてから早15年。
社会はますます混沌とし闇は深まるばかりであるが、出来ることをやり続けなければならない。 
posted by 優子 at 17:07| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

悲劇を生んだ背景 A

前の記事に関連して、かつて小学校PTA新聞でぺン活動していた時の拙文を転載させて頂きたい。

   解決することではなくて理解することが大切
 
     (スイスの精神科医ポール・トルニエの言葉)

最近はマニュアルばやりで出版物も「○○はどうすればよいか」というハウツーものばかりですが、それらは実態の紹介と警鐘を鳴らしているだけで解決の処方箋はありません。

人は皆、理解されたい、愛されたい。

全ての問題の解決はこの一語に尽きると思っています。
しかし、他者を理解する、愛するとは何と難しいことでしょうか。
そしてまた、他者に対して人はどこまで心を開くことができるか、そのことが最も大切なことではないでしょうか。

「門」の中に「耳」がある「聞」き方ではなく、「耳」が外にあって14の心を持つ「聴」き方、これは訓練されなければできないのですが、私達も子どもの話を聞き流すのではなく傾聴するように努めたいものです。


      (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1992年3月6日発行
                   ふじとニュース NO38より)

冒頭のトルニエは有名なクリスチャン精神科医である。
ヨルダン社から著作集が出されていたが、出版社が倒産したため手に入れるのが難しくなっている。どこかの出版社が版権を買い取り名著の復刻版が世に出されることを願っている。
トルニエもまた私に大きな影響を与えた人物の一人である。

「傾聴する」ことの大切さは聖書から教えられ、臨床心理学、カウンセリングの学びを通して具体的な技法として教えられた。
お互いにいびつな親であっても目に見えない努力を積み重ねていく時、子どもは幸せな大人に成長していくのではないだろうか。
posted by 優子 at 14:53| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

ガラスの靴は幸せか?

昨日の記事に関連して、『子供の指やかかとを切らないで!』と題する掲載文を更新して転載させて頂きたいと思う。

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衝撃的な見出しで驚かせてしまいましたが、昼も夜もいつも汚れた姿をしていたので「シンデレラ(灰かぶり)」と呼ばれていた昔話は、日本でもよく知られています。
しかし、継母が実の娘達の親指やかかとを切ってまで、どちらか一人を王子さまのおきさきにしようとした話はあまり知られていないようです。
この翻訳本は心理学的にたいへん興味深いものですが、母親として我が子の教育についても深く考えさせられました。

日本では、テストの点数や偏差値でしか生徒を評価しないような教育が現状です(1990年頃のこと)。親や教師はこれではいけないと悩みつつも、社会全体の流れに添っていかざるを得ないのでしょうか。
子供達の心は病み、大人になってからも精神的葛藤に苦しみ、あらゆるところで病理現象が生じています。

私は今、自分自身に問いかけながらこの原稿を書いています。
私も我が子の親指やかかとを切り、あるいは継ぎ足したりしていないだろうか。
子供のためとは言いながら、実は親のエゴや虚栄心ではないだろうかと自分自身を探っています。

私達は子供達に良い学校、高学歴という靴を履かせようとしますが、子供にとってガラスの靴を履くことが幸せなことでしょうか。
大切なことは、ガラスの靴を履かせることではなく、子供の足にピッタリ合った履きやすい靴を見つけてあげることこそが私達の使命だと思うのです。

どの子供にも必ずキラリと光るものがあります。
その埋もれた長所を見つけてやり、それを伸ばしてやることが親や教師の務めです。
とりわけ、子供に劣等感をつけないこと。
これが取り返しのないつかない自信喪失やノイローゼになってしまったケースは数多くあります。
子供達はストレスを発散する方法を知らずに心の苦しみに耐えています。

そして、「ある日突然」という形をとって問題行動を起こしますが、実はそれに至るまでの長い時間をかけての下地があったということを思いますと、私達の日々の接し方がいかに大切なことかを気づかされます。

「子供は親の言ったことはしないが、親のしている通りする」と言います。
私も我が子の言動からハッとさせられることがあります。
親は良くも悪くも子供にとって最も影響を与える人生のモデルであり、子供は敏感に私達の生き方を見抜いています。

私達は親なればこそ子供を育てながら自分自身の生き方を問わざるを得ないし、問い続けていきたいと思います。本当に「育児」とは「育自」にほかならず、「教育」は「共育」であるという実感を強くする日々です。

人生の大事業とも言える子育ての時を楽しみつつ、一日一日を大切に過ごしていきたいものです。
過去よりも現在、そして、現在から未来に向かって。
     
        (東大阪藤戸小学校PTA広報委員会 1990年1学期末発行
                       『ふじと』第25号?より)
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「シンデレラ」の原本を読んだ時、私は大きな衝撃を受けた。
この物語から多くの事を学び、私の子育てにも少なからず影響を与えた忘れられない物語である。
それにしても、この『シンデレラ姫』を初めアンデルセンやグリム童話など、日本では翻訳物の児童図書が原本に忠実でなさ過ぎることに不満を感じている。
人間の弱さ、悲しみ、醜さなどマイナスと思われるところを削ってしまっていては、作者からのメッセージは全く伝わってこない。
私はこんなところにも日本人の精神構造を見る思いである。

子育ても終わり反省することしきりであるが、しかしまた、真摯に生きていたことも思い出されて大変に懐かしい。
子育て中に遣り残している宿題もあるが、祈りつつ見守っていきたいと思う。
実のお母さんがシンデレラに言い残したことを私も我が子に伝えたい。
神さまを信じ、心がけを良くして生きていくのよ」と。
posted by 優子 at 17:35| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

『かわちの』発行配布

昨日、読書会の総会も円満のうちに終わり、機関紙『かわちの』を配布し新年度がスタートした。
18回目(このうち2回は娘達による)の寄稿文をここに刻んでおきたい。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・

     突然の巣立ち
            
このお正月に長女の縁談が整い、2月末に婚約式を終えて一息ついた矢先に次女の結婚話が浮上した。
そもそも長女の挙式を秋まで待たずに7月にしてもらったのも、次女の留学が脳裏にあったからだが、思いもよらぬ展開になった。

次女の東京での生活も3年が過ぎ、その間に人生を分かち合いたいと思える人と出会った。彼もまた同じ研究室の学者の卵である。

この二人に留学先の希望校から、学費免除だけではなく生活費も支給されるという幸運な合格通知が届いた。
となれば、経済的にも親から自立できるため、5年間の留学を前に結婚の決意を固めたのである。

2月に長女の花嫁衣裳を選んでいた時、よもや1ヵ月後に次女の衣装選びをするとは夢にも思わなかった。
しかも、長女よりも早く6月に挙式し、姉の結婚を祝ってすぐ日本を発つことになった。
いつかは来ると思っていたが、こんなに突然に、しかも2人とも同時に巣立っていくなんて、夫と私はオロオロするばかりだ。
いろんな想いが交錯する。

「主(神)は与え、主は取られる。
  主の御名はほむべきかな。」

                (聖書)

神様から養育するように私達に預けられた娘達を、とうとう神様にお返しする時が来た。
それぞれの伴侶となる人に返すのだ。

神様が娘たちを今日まで守り育てて下さったこと。
何よりも、この子達の生涯のごく早いうちに神様と出会わせて下さったことに感謝が溢れる。
どうか神様と共に在る生涯を築き上げ、それぞれの使命を果たすことができるように守り導かれんことを祈っている。

娘たちよ、すばらしい生涯を!
お父さん、お母さん。
もうすぐ娘たちが結婚します。

     (東大阪読書友の会会報 2006年4月発行
                 『かわちの』第54号)

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『かわちの』には、毎年その頃感じている想いの一端を書いているので、私にとっては自分史のようでもある。2日前の記事に転載させて頂いたが、あれから10年を経て娘達が飛び立って行くのだ。

東大阪市の中央図書館である花園図書館に100部、4箇所の分室には各50部ずつ今日から配置して頂くようお願いした。
この香芝市民図書館にも毎年30部置かせて頂いているので、近いうちに届けたいと思う。

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2006年04月04日

医師よ 驕るなかれ ―より良き医療を求めて―

昨日の記事と関連して、私の考え方の根幹が書かれている拙文をここに転載しておきたい。
特に青字で示したところが強調したいことであり、共感して頂ければ嬉しく思う。

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「知らされた上での同意」とでも訳せばよいのだろうか。
今(1993年のこと)、「インフォームド・コンセント」が叫ばれているが、日本ではまだまだ「医療は知らしむべからず、依らしむべし」というのが現実のようである。

しかし、医療の主体は患者である。
患者と医師・医療従事者との間に良い関係がなくて、どうして治療効果を期待できよう。

偉大な内科医、ウィリアム・オスラーが医学生に語った言葉を想起する。
  「患者さんの話に耳を傾けなさい。
   彼はあなたに診断の仕方を教えてくれているのだから」。

医師は、医学知識や技術により患者に仕える者であり、患者との関わりを通して真の医師になっていく。
子ども産むことで親になるのではなくて、子どもとの関わりを通して親になっていくのと同様である。
このことからもわかるように、有能な医師を育てるのは患者でもある。

人間は共に育て合い、共に育っていく関係であり、真にそのことを理解しているならば、誰に対しても謙遜になれるはずだ。
そして謙遜であるならば、上下関係の構図であっても相手に対して語ることができる。
高圧的な人に対して口を開くことは、確かに勇気がいる。
しかし、特に医療や教育現場では勇気を出さなくてはならない。


患者やその家族の人も、医療に対して盲従するのではなく姿勢を変える必要がある。
医師に対して受身であってはならない。
自分の病気を医者という他人任せにしないで、主体的に病気に向かってほしい。
それは即ち生きる姿勢の転換であり、そのことが有能な医師を育て、より高い医療を実現していくことにもなるからだ。

患者が第一に望むのは、医師を信頼し、安心して受けられる医療なのだ。
医師に願うことは、心をこめて患者に接すること。
例えば、病床にある人と話す時は、椅子に座り目線を患者に合わせる。
患者を大切にするとは、このような小さなことから始まるのだと思う。

患者と医師が対等の立場に立つ医療でなければ、どんなに医療が進歩しようとも、私達は医学に対して安心できない。
一人ひとりを大切にする生き方。
このことが、日本社会の問題多き縦割り意識を崩すためにも、最も重要であると考える。

人は自分が病まなければ病む人の悲しみや苦悩を感じとることができないのだろう。
しかし、医療職にある者は患者の気持ちをわかろうとする感性が必要だ。
真心をもって患者に接し、感性高く患者の気持ちを感知できるように励んでいただきたい。
専門分野が細かく分科発達した現代医学では、そのことがとりわけ大切である。
しかも、今の医学でさえ完成されていないのに、医師は傲慢になりすぎている。
どうか臓器だけを診ないで患者全体を診てほしい。

人間は不可思議なもので、同じ病気でもそれを受け止める人によって症状の現れ方が違い、それが個体の持つ生命力であるというではないか。
医学は決して科学の一分科ではなく、人間学そのものである。
そして、人間学で最も大切なことは自分自身を知ることである。

医学の情報だけではなく、自分の心を働かせて患者の心を導けるような有能な医師を目指してほしいと願う。
人は皆、大切にされたい。
病んだ時はなおさらである。

医師よ、医療従事者よ、驕るなかれ。
あなた達も病み、老いて、いつかは朽ちる肉体を持った人間なのだから。

     (東大阪読書友の会会報 1993年4月発行
         『かわちの』第41号より転載)

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これを書いたのは長女が高校に入学した年であり、母の通院介助で住友病院へ通っていた頃である。
2度目の入院時だったと思うが、神経内科を専門とされる院長の回診や部長回診に出くわし、そこに繰り広げられている光景は「白い巨塔」と同じで驚愕した。
患者は完全に物体(マテリアル)として扱われ、病棟の婦長さんは院長や部長に対してビリビリし、その一生懸命さは滑稽なほどだった。

回診の時、家族は一斉に廊下へ出されてしまうので、その理由説明を求めたが意味不明で理解できず、私は不安がっている母の傍らに居た。
どの科でもそうであろうが神経内科の病気はミゼラブルなのに、これでは原因不明で治療法も確立していない難病患者は医学研究のモルモットでしかないではないか。
その後、院長室を訪ねたが不在だったため、数日後、手紙を秘書の方に託した。

アメリカでは既に1972年に「患者の権利章典」が医療側から発布されている。
この章典は、医療の主体は患者であるということを宣言したもので、全て患者が主語で書かれている。

「医師よ驕るなかれ」を発表してから今までの13年間に、日本の医療現場もかなり改善されてきた。
しかし医療現場だけではなく、それ以上に前時代的でさえあると感じる社会を私はいま体験している。
これまで僅かな経験ながら小学校のPTAから始まり、東大阪市の教育や文化行政にも携わらせて頂いて多くの学びの場を与えられてきた。
ところが、今まで経験したことのない雰囲気を体験している。
都会とは違って奈良という地方性によるものなのか、その組織、あるいは構成メンバーによるものなのか分からないが、少なくともずっと継承されているようであり、この違和感は当初から大変に気になっていた。
このこともまた良き経験となるように祈りつつ務めているところである。

いずれにしろ、根本は同じところに起因していると私は考えている。
即ち、何事も受身ではなく、主体的に生きることの大切さを訴えずにはおられない。



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2006年03月21日

再び「新しい季節のはじまり」

2003年4月、今から3年前に綴った想いである。

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     再び「新しい季節のはじまり」

『かわちの』に初めて寄稿した第37号の「新しい季節のはじまり」を読むと、いささか懐旧の感がある。あれから15年を経て娘達の自立への旅立ちである。

去年の春、長女は新しい仕事に就き、大阪府下ではあるが会社近くで独り住まいを始めた。
引越しの日、何もかも運び出されて娘の部屋は空っぽになり、喜ばしいことだとわかっていても慣れるまで本当に寂しかった。

そして、今春から次女も東京へ行く。
将来のことを悩みに悩んだ末に、やはり学問がしたいと大学院への道を選んだ。
夫も私も娘の向学心に対して喜んで支援してやろうと思う。
これから家族の構成も大きく変化し、狭い我が家でも2人抜けると空間が目立つだろう。

正直なところ、子供達の巣立ちと言うよりも、子供達からの自立という方がふさわしい。
母を亡くして3年が過ぎようとした頃、「ルー君(その頃の私の愛称で『ルー』とは『サル』の『ル』である)は、過去ばかり見ている。過去を振り返るのも大切だけれど、もっと未来に目を向けなければ!」と次女に諭された。

その1年後に父が亡くなった時も、娘達は退行的な感情に支配されそうになる私に、時を見ては声をかけ意欲を引き出そうとしてくれた。
今思うと、あのころ巣立ちの準備が完了したのであろう。

幸いにして子供達の巣立ちに間に合うように、私にも少しずつ母親の覚悟が備えられていた。
しかし、このような平凡な出来事にも熱い想いでいっぱいになり、私の中で優しくいつまでも生きてくれている父と母に語りかける。

再び「新しい季節のはじまり」である。
娘達から譲り受けたパソコンには、私への期待がいっぱい込められている。

     (東大阪読書友の会会報 2003年4月発行
               『かわちの』第51号より転載)

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この頃、長女はファイザー製薬のMRをしていた。
MR時代後半の週末には帰宅することが多くなったものの、帰宅しても仕事をしていた娘はゆっくり私にパソコンを教える余裕はなく、私もまた積極的に教わりたいという気持ちはなかったように思う。だから、パソコンは放置したまま5ヶ月間ほど埃をかぶっていた。

次女が東京へ発って夫婦2人の生活にも慣れた頃、長女はファイザー製薬を退社したので夫婦だけの生活は4ヶ月間で終止符が打たれた。
それを機会に新しいパソコンを買って長女に教わり、ついに私の人生にもパソコンが導入されたのだ。
2003年9月のことだった。

そして、この12日にもう1台買い足した。
というのは、使っていたパソコンに2〜3の不具合があり、もはや1日でもパソコン無しでは困る生活になってしまっている私である。となれば、次女の婚約者がシステムエンジニアでもあるから滞在中にセットアップして頂ければ好都合!。
以来、古いのは故障した時のスペアにして、14日から早速新しいのを使っている。
感謝(^−^)。

今また、新しい季節が始まろうとしている。
人生はいつもそうだ。
誰にとっても生きている限り、常に新しい未来にチャレンジしていくのだから!
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2006年02月17日

あるカウンセラーの話

非行やツッパリの子供達のカウンセラーで有名な伊藤重平氏は、著書『愛は裁かず』の中で、
「人はしばしば、反省したら許すと言うが、人は許すと反省するのである。」と書いておられる。

そう言えば、暴走族の子供の親が自分自身を反省して子供に謝ると、しばらくして子供が変わってきたという話を聞いたことがあります。
子供を叱るのではなく、子供のしたことを許してあげる時、子供は変わってくるのですね。

それは、子供のやっていることを見て見ぬふりをする放任ではなく、叱るのでもなく、教えていくのです。
「裁かないということと、放任とは違う」と書いておられる著者の人柄がこちらに伝わってくるようです。

それにしても、なぜ子供は崩れていくのでしょうか。
特に問題のないと思われる家庭の子供も信号を出しています。
子供の心は柔らかく、社会の影響を強く受けるのですから、本当に親と教師が手と手を取り合って子供達の成長に係わっていかなければ、子供達の笑顔はどんどん消えていくのではないでしょうか。

     (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1992年2月22日発行
                         ふじとニュースNO.33より転載)

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この記事を書いた14年前の社会状況とは違っても、やはり現代も同じ問題なのである。
ロボットの力まで借りなくてはならない時代である。
ハイテクを駆使して子供を守らなければならないだろう。
しかし、肝心の心をなおざりにすれば子供達はどんな大人になっていくのだろう。
ロボットに代替させて作り出した時間を真の教育に注ぐべし!
ますます難しい状況になっているからこそ、大人は聡明でありたいものだ。
伊藤重平氏は既に天に帰られた。
posted by 優子 at 18:29| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

氷が溶けると何になる?

東北地方の小学校での話だったと思います。
「氷が溶けると何になりますか?」と先生が尋ねたところ、殆どの子供達が「水になります」と答えました。ところが一人だけ、

「氷が溶けると春になる」

と答えた子供がいて、先生達を考え込ませた話は有名です。

なんと心豊かで、夢いっぱいの答えでしょうか。
私達はこの感動こそ育ててあげなければならないのですが、何事も速ければよいというインスタント時代に生きる私達が、子供の感動を抑えてしまってはいないでしょうか。

そこで私が関心と期待を寄せているのが、今春(1992年)から正式教科になる小学校低学年(1・2年)の「生活科」です。
理科と社会をなくす戦後初めての教科改廃で、先生方のとまどいも大きく研修会が開かれています。

日本の学校は、明治の学制施行以来、一貫して「教科書学校」でした。
ものを知っている先生が、知らない子供に教える授業の形態をとってきましたが、この「生活科」により、自分の考えを自由に発表できる子が育つのではないかと胸ふくらませています。

先生方にとっては、先生自身の感性も更に関係していくであろうし、展開の仕方、評価の問題と、新しいチャレンジになることでしょう。

とにかく、子供達一人ひとりの発想を認めていただき、自分の考えを臆することなく発言できるように導いて頂きたいと思います。

平成4年度から、この「生活科」に加えて、2学期から学校週5日制が段階的に実施され、今年は『教育年』とも言える教育のあり方そのものが問われようとしています。子供の成長にかかわる私達は、個性を引き出すという教育の原点に少しなりとも近づく努力をしたいと思います。
「氷が溶けると何になる?」      
       
       (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1992年1月16日発行
                      ふじとニュースNO26号より転載)
          
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この記事は次女が5年生の時に書いたものであるから、我が子は「生活科」を経験していないし、どのように授業展開されていったのか私も知らない。
あれから14年後の今、子供達の現状や社会状況は一層問題を深めている。

我が子が成人した頃から教育に対する私の関心も希薄になっていたこを、昨年の民生・児童委員の係わりを通して気づかされている。
傍観的な態度を改めて、再び考えていきたいと思っているところである。
posted by 優子 at 08:24| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年01月31日

子供の鋭い目

      家じゅうはシーンとなった
  
  ぼくは夕ごはんの時、おかずをこぼした。
  父から、「よそ見をしているからだ」としかられた。
  弟も、「そうだ、よそ見をしているからだ」と言った。
  数分後、父もおかずをこぼした。
  家じゅうは、シーンとなった。

この詩は、小学校4年生の男の子が作りました。とてもユーモラスで、何度読んでも笑ってしまいます。しかし、身に覚えのある私は笑ってばかりもいられません。子供の非や失敗には厳しく、自分自身には寛容なのですから。
また、こんな詩もあります。

       よい家族
 
  お父さんとお母さんがけんかした。
  最初にお母さんがあやまった。
  次にお父さんがあやまった。
  よい家族だと思った。
  それを言ったらお母さんが泣きだした。

これは1年生の子供の詩です。鋭い子供の目を感じます。子供の素直な気持ちにお母さんが泣きだしたのでしょう。

私は、夫婦円満であることが子供にしてやれる最高のことであり、最高の子育てであると思っています。けんかをしても延長戦をしないで、許し合うことの大切さを教えてくれる詩ですね。
「日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません」。
その日のうちに仲直り!

      (東大阪藤戸小学校PTA広報委員会発行 1991年12月9日発行
                    ふじとニュースNO22より転載) 

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「日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」とは、聖書の言葉である。

「怒ることがあっても罪を犯してはならない。
 憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。・・・・・・・・・・
 互いに情け深く、あわれみ深い者となり、
 神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、
 あなたがたも互いにゆるし合いなさい」。

             (エペソ人への手紙4章26節)
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2006年01月29日

いつもイエス様といっしょ

       わたしは くずばこ

    わたしは くずばこ
    いやなことや かなしいことが
    とびこんでくる

    わたしは くずばこ
    いっぱいになると イエス様が
    とってくださる

    わたしは くずばこ
    イエス様わすれないくずばこ
    いつもわたしは イエス様のもの

これは、3年生の夏に書きました。
この詩を、教会の人達だけではなく、イエス様を知らない学校の先生や、パパのお仕事のおじちゃんや、いろんな人が、ほめてくださいました。
そんな時、本当にこの詩は、そんなにすごいのかなーと思います。
でも、ほめられたのだから、とってもうれしいです。
わたしの黄色いかさに、緑のマジックで、『わたしはくずばこ』の詩を書いています。
だから、雨の日はいつも、この詩といっしょに歩いています。
もちろん、イエス様とも歩いていますよ!

       (1990年10月発行、放出教会創立40周年記念誌より)

      
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記念誌寄稿文は次女が小学校4年生の時に書いたものである。
「わたしはくずばこ」は、これに先立つ1989年10月号の『百万人の福音』に掲載され
たもので、「作者は小学校3年生。まさに幼な児のように捉えている明快な信仰の世界を、大人たちも学ばねばならない。」と評して下さった。
あの頃、母の難病や私の股関節の心配ごとなどが前面に立ちはだかり、まさに苦難の始まりだった。
次女はそれらのことを「いやなことやかなしいこと」と表現したのだ。
昨日のことのように思い出される。

しかし、全知全能のまことの神は責任をもって導いてくださり、勝利させて下さったことを
私は大声でお証しする者である。
 
posted by 優子 at 08:40| 掲載文 | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

健康で成熟した人格とは  

 A rose is a rose is a rose.
         バラはバラであるところのバラである
 
 即ち、「バラの花は、バラらしさがいっぱいある時にバラの花として価値があり
美しい」という意味です。

 例えば、赤いバラならば赤いバラの花らしく、満開の時だけではなく蕾の時も、
花が枯れて枝と棘だけのバラであっても、造花ではない本物ならば存在価値があり
美しいという意味なのです。

 この「バラの花」のところに、あなたの名前を入れて言ってみて下さい。
 現在のあなたは、あなたらしく生きておられますか?
 
 「・・・であるべきだ」とか「・・・せねばならない」という建前と、「・・・したい」
とか「本当のところはこうなんだ」という本音がバラバラになっていませんか?

 本心を見せず、自分を押し殺すことが美徳であるような日本文化。
 また、人にはそれぞれ特色があるのに、それがハンディキャップになりやすい日本社会にあって、自分らしく生きるのは難しく大きなテーマです。

 しかし、造花のような人間ではなく、それぞれの成長段階において自分らしさを持つ。
 自分は何を求め、そのためにどう生きるのかを常に考えながら生きていきたいと思います。

 私は他の誰でもないユニークな私らしさをいっぱい身に付けた時、成熟した人格の
持ち主と言えるのです。

     (東大阪市立藤戸小学校PTA広報委員会 1991年10月24日発行
                          ふじとニュースNO.13より転載)

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 私は長女の中学校入学と同時に、臨床心理学を2年間学んだ。
 受講者は私のような専業主婦よりも、教師、保健士、医師、また、会社から義務付けられてなど、社会で活躍している人たちが多かった。
 上記の記事は、その学びで感動したことをお分かちしたものである。

 正直のところ、私は臨床心理士になるつもりはなかったが、基礎講座とアドバンスコースを終えて学科試験を受けようと勉強をやり始めた時に、難病に侵されていた母の限界を感じ断念した。
 しかし2年間の学びは、母に活かすことができたし、後半の子育てにも役立てる事ができた。そして何よりも私にとっては、人間を理解する視野が広げられたことに意味があった。
 
 この記事は、次女が小学校5年生の時にPTAの広報委員長をさせて頂いた時のペン活動である。
 前年に副委員長を経験させて頂いたのだが、カウンセリングの学びに時間が取られるので委員長をお受けするのは難しく、この時、夫が委員長をお受けして実行委員会や広報委員会に出てもらい、私は執筆担当ということでお受けした。

 この『ふじとニュース』は、学期末に配布されるりっぱな正規の新聞とは別に、前年に立ち上げた手書きのものである。春の総会のあと5月半ばから、夏・冬休み期間を除く翌春3月の卒業式までの8ヶ月間に40号(枚)発行した。
 
 あの頃は燃えていたなあ・・・と遠い日々が懐かしい。
 しかし、私は主(イエス・キリスト)を見上げて、再び励もう。

      「手をすき(鋤)にかけてから、うしろを見る者は、
                 神の国にふさわしくないものである。」
      
           (聖書・ルカによる福音書9章62節)
 




 
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