2016年03月13日

「新しい創造」 ―木ノ脇悦郎牧師 最後の代務説教−

先週の総会で牧師招聘が議決されて、2年間無牧(牧師不在)だった教会に4月から牧師が着任されることになり、木ノ脇悦郎牧師の説教は今朝の礼拝で最終となった。

木ノ脇師は昨年7月の第1主日礼拝から今日で10回。その間に『ガラテヤ書』を取り次いでくださり、今朝はガラテヤ人への手紙の最後6章11節〜18節を「新しい創造」と題して語られた。

「ガラテヤ書から礼拝メッセージを共にいただいて参りました」。と、以下はその聞き書きであるが、体調が不調のために聞きのがした不確かな一ヵ所は斜体で記した。

パウロがガラテヤ書の教会の信徒へ語ってきた事柄を端的に言うと、「あれか、これか」という決断を迫っていた。

人間を誇るのか、あるいは神を誇るのか。私たちの信仰の対象になるのは律法なのか福音なのかと「あれか、これか」を迫っていく。律法の業(わざ)が大切なのか、あるいは福音に対する信仰が大切なのか。霊的な生活をするのか、肉的な生きかたをするのかを迫っていた。

肉(生まれたまま)の生き方は「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、宴楽」であり、霊的な生き方は、「愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」である。

「あなた方はどちらの生き方を選びますか」と迫ってきた。自由か隷属かという迫り方もする。

パウロがこのように激しく迫ったというのは、ガラテヤの教会にそれだけの状況があった。それゆえに考え、決断しなければいけない状況があったと縷々(るる)述べてきた。

17節で、「だれも今後は、わたしに煩いをかけないでほしい。わたしは、イエスの焼き印を身に帯びているのだから。」と言っている。

パウロは私たちの決断、意思の働きを重要なものとして迫っているが、最も重視しなければならないのは「神の恵み」であって、神の恵みの中にあって決断していく。

それらはこれまでは対立するものとして捉えられてきた。
アウグスティヌスとペラギウスの対立。アウグスティヌスは神の恩寵だけが問題だとし、神の恩寵の必要性を認めなかったペラギウスの考えを異端の考えとしてきた。

ルターとエラスムスの対立では、ルターは良い業よりも信仰だけが大事であり決断する意思など持っていないとし、エラスムスは神の決断は受け入れなければらないとしてカトリックとプロテスタントが分かれて行った。

神の恵みは同じだが、同時に人間の良い業も大切であり、恵みか決断かと対立的にとらえるものではない。神の恵みなしに私たちの決断などありえない

マタイによる福音書23章27節:
「偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである」。

人間の主観において自己顕示をする傾向があり、私たち人間はたびたびそのように陥ってしまう。キリストの苦難を背負っていくのを逃れるためにユダヤ的律法を語っている。

ガラテヤ人への手紙6章13節:
「事実、割礼のあるもの自身が律法を守らず、ただ、あなたがたの肉について誇りたいために、割礼を受けさせようとしているのである」。

肉について誇るとは、自分の業績を誇る根拠として割礼を自由な人に迫っていく。

「誇り」という言葉は殆どがパウロが語っており35回使っている。そのほかに見出せるのは2か所だけ。即ち、そのことを如何に大きな問題として語っていたか。

そのことによって自分の存在を誇る。業績を誇りとして依存して生きていこうとする。それらは外的な附属物であり、本来依存すべきは自分ではない。

南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏の「南無」は命に帰る「帰命(きみょう)」ということで、全てを仏にお任せするということであり、私が自分に依存するのではない。

真言密教においては大日如来に依存し、キリスト教はキリストに頼っている。その他には何もない。

パウロもコリント人への第1の手紙1章(30・31節)で語っている。
「あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。それは、『誇る者は主を誇れ』と書いてあるとおりである」。

第2コリント10章7・8節: 
「あなたがたは、うわべの事だけを見ている。もしある人が、キリストに属する者だと自任しているなら、その人はもう一度よく反省すべきである。その人がキリストに属する者であるように、わたしたちもそうである。
たとい、あなたがたを倒すためではなく高めるために主からわたしたちに賜わった権威について、わたしがやや誇りすぎたとしても、恥にはなるまい」。


10章17・18節:
「誇る者は主を誇るべきである。自分で自分を推薦する人ではなく、主に推薦される人こそ、確かな人なのである」。

ガラテヤ人への手紙6章14節:
「しかし、わたし自身には、わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇りとするものは、断じてあってはならない。この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである」。

この世的な依存関係、自分の主観に依存することからキリストに依存するように。自己を中心とするこの世的な判断を断絶させてキリストに倣っていく。

ガラテヤ人への手紙6章15節:
「割礼のあるなしは問題ではなく、ただ、新しく造られることこそ、重要なのである」。

エペソ人への手紙2章14・15節:
「キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、」

パウロの真意はどこにあったのか。
福音書では受難の中でキリストが示されるが、パウロが自分の手で書かれたことからももう一度思い出してみることが大切だ。

大きな人間の争い。それは神さまについての争いのように見えるが、それは人間的な思いの違いによって出てきた争いであり、その中でパウロが熱く語ったことを聞きとり、新しく創造されて平和を作っていくことだ

こうしてガラテヤ書を締めくくられた。

「今私たち自身の事柄として喜びをもって新しく造られて参りますように。依存するのはただキリストのみ、神の恵みのみと決断して歩んで行きますように導いてください。和解を求める良き証人となりますように・・・」

毎月2週目の礼拝のあとに持たれている「交わりの会」には礼拝出席者全員が参加し、木ノ脇牧師に感謝の花束を贈呈した。

木ノ脇師は関西学院大学神学部学部長、福岡女学院院長、福岡女学院大学学長を務められてきた。代務者としても4回経験されたそうだが、「代務は月一回だったので、毎週説教は生まれて初めてなので鍛えられました」と仰った。

と言うのは大澤牧師が来てくださっている時は、大澤牧師が牧会される西大和教会が留守になるので木ノ脇牧師が説教されていたゆえに、2月3月は大変だった。感謝!

私は感謝の一言スピーチで次のようなことを言った。

「短い間でしたが、また一人敬愛できる牧師に出会わせてくださった神さまに感謝します。私の人生に影響を与えられた牧師です。
特に今朝のメッセージを深く受け止め、これから自らを探りながら、また神さまにも探られながら、短くなってきた残された時をより良く歩いて行きたいと思います」。


夫も信仰のことをしっかり話していた。
知子はユキのサッカーで欠席。先週は総会があったのでユキをギリギリまで説得してサッカーを休ませたため、サッカーの服装で教会へ来ていた。

1時間ほど和やかな交わりが続いた。皆さんが慕っておられ名残り惜しさを感じていたが、牧師就任式には来られるとのこと。

師は言われた。
「意見の食い違いや宗教観の違いがありますが、要は神さま、要はキリストであり、その基本のところを踏まえて教会形成していただきたいと思います」。

先週の役員会で、任期を1年残して申し出ていた私の役員辞任が承認された。


posted by 優子 at 23:04| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

チャールズ・スポルジョンの祈り

大木.jpg3月4日は最高気温20度のポカポカ陽気になり、翌日からは最低気温も高く4月中旬から下旬の暖かい日が続いた。
今朝も暖かい朝だったが、朝が最高気温で時間の経過と共に下がっていき、午後から暖房を入れる冷たい雨の1日になった。

この写真は近隣の家の庭に植えられた楠の木だ。私はよく立ち止まってこの大木を仰ぎ見る。4日朝、明るい陽射しに輝く木を見上げていると、スポルジョンの祈りが天から聞こえてくるようだった。

樫の木.jpg「キリストを、ことばに表せないほどの神の賜物として、たたえる神学を保ち続けなさい。
誰かが罪を軽いものにし、堕落を目減りさせ、来たるべき罰を軽んじ始めたなら、そのような人に、もはや説教させてはいけません。
      (略)
説教者が福音を徐々に矮小化し、イナゴのえさにもならないほど無価値なものに変えているなら、背を向けなさい。キリストこそ、すべてです。ことばに表せないほどの神の賜物です」。
         
               (チャールズ・スポルジョン『祈り』より)

「祈る言葉の一つひとつに、魂を凝縮させ、自らの激しい苦悶を心に覚えつつ祈る人」。

私たちの教会にもそのような祈りを捧げる人がおられるのは感謝なことだ。私たちが祈る方は全知全能なる神ゆえに御前に近づき、大きな心配事も小さなことも申し上げて平安を得る。

2月28日の「連祷」で私は次のような祈りを捧げた。思い出しながら文字に起こしておきたい。

「恵み深い主なる神さま、今朝の礼拝もまた木ノ脇牧師をお遣わしくださり養いになるお説教を賜ったことを感謝申し上げます。

私たちが与っている神さまへの信仰は、何と尊いことでしょうか。日本においても信教の自由になるまでに多くの先人たちの血が流されました。殉教してまでも信仰を守り抜かれた方々がたくさんおられました。

日本ではクリスチャンは1%にも満たない少数ですが、その中に私たちに白羽の矢を当ててキリストを信じる者に選び救い出してくださいましたことを感謝します。教会で神の家族と共に祈れる恵みを心から感謝します。

しかし主よ、私たちの教会は今、あなたのお導きを祈り求めています。
私たちは何事も唯々諾々として従うことが仕えることでも従順でもなく、神さまは私たちに主体性をもって選ぶことを願っておられます。

どうかあなたが私たち一人ひとりの内面を探ってくださり、私たちを信仰から信仰へとお導きください。

一粒の種として召してくださった私たちを、どうか福音の証人として多くの実を結ぶ者になれますように。そして、キリストを頭とする教会を主の御心に叶う教会へと導き成長させてくださいますように。

主の御名が崇められますように!
この渾身の祈りを私たちの救い主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げします。アーメン」。


冷たい雨に.jpg
恵みの雨

posted by 優子 at 18:00| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

「わたしは誰?−謎としての人間」−木ノ脇悦郎牧師の説教−

先週に続き今朝も木ノ脇牧師の礼拝メッセージを拝した。2月は当番役員だったので礼拝前の奉仕者祈り会に参加するため、そこで2度ご一緒させていただいたことも喜びだった。木ノ脇牧師のお説教は残すところ3月13日が最後となる。

今朝はガラテヤ人への手紙5章16節〜26節から「わたしは誰?−謎としての人間」と題して、聖書の言葉を取り次いでくださった。
古典落語に「粗忽長屋(そこつながや)」がある。名人の柳家 小さんが良く話していた話で、最後に「俺を抱えている俺は誰や?」という落ちがあり、「私って誰?!」と、どれが本当の私なのかわからないという話だ。(あらすじはここを)

人間はいつも正直で純粋でありたいという願いを持っている。しかし、人間の行動や考え方は若い時と年を取ってくる時と立場の違いもあり違ってくる。

私も若い時は教育の理想を高く掲げてやっていたが、年長者からはそんな理想ばかり言っていたら経済が成り立たなくなると言われて、そんなことで壊れてしまうような学校ならば壊れたらいいと思った。

しかし、昨年3月まで大学の学長職に在った時は、教授会においても文科省から補助金を貰えなければ学校はつぶれると、学校の存続を守るためにと変わってくる。

池波正太郎の文学の魅力は勧善懲悪ではなく、悪も用いて善悪両方を備えている人間を優しく描いている。
私は優しいと言われているが冷たい一面があり、そういう自分に気がつく。
(偉大な思想家や宗教家は、どれだけ自分に純粋であり、どれだけ自分に正直であったかということであるように、こういうところに牧師の人柄を感じる。)

世界も同じで戦争が良いと思っている人はどこにもいない。平和への願いを持ちながら片方では自分の権力、力の論理で従わせていこうとする。一体どっちが本物なのか。

キリスト教の歴史も同じで、福音を語ると言いながら他の人の文化を奪ってきた。もう一方では、そこで必ず悔い改め、新しい生き方へと立ち戻っていく繰り返しであった。

パウロはこのような人間の生き方を鋭く指摘する。
今朝の聖書箇所では「肉と霊」と表現しているが、これは別に存在しているわけではなくギリシャ哲学の二元論で、肉体は魂の牢獄であるとした。

そこで、霊というものを生かしていくためには肉体を抑えねばならず禁欲主義が生まれ、その反対が快楽主義であるが、パウロは別のものとは言っていない。

それらは反するものゆえに人間の悲劇はそこから生まれてくる。一人の人間の中にどちらも存在し、同一の人間の中にある矛盾、分裂状態、人間が自己分裂を起こしているのである。

ローマ人への手紙7章で、「わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。・・・わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。」と言っている。

即ち、私という人間の中で自由になれない。善を行おうとしている自分になれない矛盾。
悪は私たちが行うことによって悪になる。実際に行われることによって悪になってしまう。善もまた同じことである。


5章24節:「キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである」。

私たちは矛盾し相反する姿に「私って誰?」と問うことがある。しかし間違いなくどちらも私であり、それも分裂している私である。それが統一されていくためにはキリストと共に十字架につけられてそこから生きて心のままにする。(まさに I was born again.である)

仏教の言葉に「生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき」という言葉があるが、私たちは十字架につけられてもう一度そこから生きて心のままにする。行いたい善を行うことができるようになる。それが私たちに与えられている自由だ。

愛と自由を指し示しているキリストに服従して自由になりたいなあと思う。

自己に満足している人にはわからないが、自分の葛藤の醜さ、願いながら実行できないというロマ書(「ローマ人への手紙」のこと)7章の言葉。善をしようとする意志はあるがその力がないというパウロの告白に優る自己省察はない。

世界最大の闘いは霊肉の葛藤の闘いゆえに、私も成長する信仰生涯でありたい。

母子で献金祈り.jpgサッカーで休む時以外は献金のご奉仕をさせていただいていたユキ。今日はママ(知子)と一緒に献金と感謝祈祷のご奉仕だった。
こういう時に毎回撮っていたわけではないが、久々に思い出のために撮らせてもらった。
ユキはこんなに大きくなっていた。
外見は少年だが、まだまだかわいい。

2012.4.8.jpg


→これは2012年4月8日。
ユキはまもなく5歳9ヶ月。

2011_10_4.jpgそして、これは2011年10月4日、私と一緒に。ユキはまもなく4才3ヵ月。


今朝の連祷では、K・Y姉に続いて教会のことを祈った。

附記:木ノ脇牧師に『種を蒔く』3号をお渡しできて感謝! 
教会の方々にもお届けした。

今朝のみことば・ガラテヤ人への手紙5章16節〜26節:
5:16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
5:17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互いに相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。
5:18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。
5:19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
5:20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
5:21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。
5:22しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、
5:23柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
5:24キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。
5:25もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。
5:26互いにいどみ合い、互いにねたみ合って、虚栄に生きてはならない。


posted by 優子 at 21:49| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

「仕える自由−律法の本質」 −木ノ脇悦郎牧師の説教−

昨日のクリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会については後日にして、受難節第2主日の今朝の礼拝説教からお分かちしたい。

敬愛する木ノ脇悦郎牧師の「仕える自由−律法の本質」と題する説教で信仰を奮い立たされて大いに恵まれた。木ノ脇牧師は1942年のお生まれの神学博士で、現職時代は関西学院大学神学部教授・学部長、福岡女学院院長、福岡女学院大学学長を務めてこられた。

今朝の聖書の箇所はガラテヤ人への手紙5章2節〜15節、以下は私の聴き書きである。

大塚国際美術館は世界中の名画を原寸大の陶板に焼きつけて展示されている。触ってもよし、撮影してもよし、ベネチアもバチカンもヨーロッパ中を一日で歩いたが、その中の多くは(キリストの)「受難」の絵であった。

十字架降下の絵やピエタ(イタリア語:Pietà。「哀れみ・慈悲」の意味で、十字架から降ろされたキリストを抱く母マリアの彫刻や絵のこと)など、多くの画家が受難を描いているのは、キリスト教にとって受難がどんなに大切かを意味していると思う。

今日はパウロからメッセージをいただきたい。
パウロは2つの違う正反対の方向から批判を受けていた。ユダヤ人からは律法批判として、その反論が「ガラテヤ人への手紙」であるが、また、キリスト教に改宗した人たちからパウロは未だに律法(割礼)を伝えていると言われる。

使徒行伝16章3節に、「パウロはこのテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることは、みんな知っていたからである。」とあるように、パウロはギリシャ人を父にもつテモテを連れて伝道旅行に行くために割礼を受けさせたのである。

コリント人への第一の手紙9章19節〜21節には、
「わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。

律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。

律法のない人には――わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが――律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである」。


それに対して未だに律法を守っていると批判を加えた。
この両方の批判に対して自分の立場を明らかにして、キリスト者としてどう行うのが良いのかと倫理の問題について語っている。

ガラテヤ人への手紙5章2節には、「見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう」。

割礼は律法の初めである。ユダヤ人にとって生涯律法を守りながら生きて行くんだと割礼を受ける。割礼を受けるということはキリストから無縁の存在になってしまう。

ガラテヤ人への手紙2章21節には、「わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる」。

つまり律法とは私が守っていく。それが功績になる。即ち、自分の力、立派な強さで救われることであるから誰にも文句を言わせない。恵みなんていらないということである。

しかし、「恵みは自分で得るものではなく、与えられるものであるならば」とパウロは語る。
ガラテヤ人への手紙5章5節には、「わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。」とあるように、優れた宗教家たちの最も根本的な体験はそこにある。

アウグスチヌス、ルター、日本では親鸞聖人など、彼らは自力でそれを得ようとして我々が想像つかないほど修業した。

例えばルターはどれだけ懺悔したことか! 努力すれば自分はこれだけやっているという傲慢さが出てくる。そしてまたそのことを懺悔する。

また親鸞は万巻の経典を読んでも悟りに至らず、法然との出会いによって「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えればよいのだと教えられて、人間にとって不可能であったことを得た。

共に根本からひっくり返す恩寵を説く宗教である。「ただ信仰のみ」「絶対他力」であり、恵みや慈悲は向こうからいただくものであるという体験をした。人間の働きによる主観的な救いではなく、恵みとしての救いをパウロは多く体験した。

ガラテヤ人への手紙5章6節には、「キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。・・・」 

私だけに恵みを実感として与えてくださる。キリストの受難の出来事といつも結ばれている。そして同じく6節、「尊いのは、愛によって働く信仰だけである。」は愛の実践を伴う信仰であり、自ずからその信仰は愛が伴ってくるのではないだろうかと、パウロは自分の信仰の立ち位置を明確にした。

即ち、「本当のところ、そのことを確信していたい。本当のところ、その真理を優先させて生きてはいないではないか」と言っている。安易で誤った説得をする。それは全体に行き渡りやすい。

ガラテヤ人への手紙5章10節には、「あなたがたはいささかもわたしと違った思いをいだくことはないと、主にあって信頼している。しかし、あなたがたを動揺させている者は、それがだれであろうと、さばきを受けるであろう」。

イエス・キリストへの信頼があって、それゆえにあなた方を信頼している。その信頼を破ろうとするのは、あなた方が源である主を離れることだと語ろうとしている。

強さに対抗できるのは強さではない。強さに対峙できるのは弱さでもいい、負けてもいい。強さを盾にとる人にとっては、これらのことは躓き(スキャンダル)なのである
パウロはキリストの弱さや躓きに賭けた。そして、律法を乗り越えようとした。

5章12節には「いっそのこと自ら去勢してしまえばよい」と言っている。(口語訳聖書では「あなたがたの煽動者どもは、自ら不具になるがよかろう」。

割礼とは男性性器の表皮を切ることであり、ユダヤ人は動物性の蛋白をたくさん摂るので汚れが溜まってくるので最初から切った。

旧約聖書には、「去勢した者は神の民にふさわしくない」と書いてあり、神の民から排除されると痛烈な批判である。こうして自分の立ち位置に戻っていく。

「愛の実践をせよ」というのは掟ではなく自発的なものであり、自由によって出てくるものである。愛によって仕えるのは喜んで僕(しもべ)となる。

律法の根本的意味は何か。
共に生きて行くためであり、祝福を受け、恵みを受け、解放された人々と共に生きて行く。それが仕える姿ではないか。それが神さまから与えられた自由ではないか?!

根本的な教えを説き続けたパウロの根底にキリストの十字架の死、受難の出来事があった。私たちもこの時代にあってどのように考えていけばよいか思わされる。

「強さに対抗できるのは強さではない。強さに対峙できるのは弱さでもいい、負けてもいい。強さを盾にとる人にとっては、これらのことは躓き(スキャンダル)なのである」。

この言葉を聴いた瞬間に神の恩寵を感じて目頭が熱くなった。母と父の晩年、心なき人々の言動にのた打ち回るも黙して耐えさせてくださったことへの神の慰めと労いだった。

今朝の説教を文字に刻み終えた今、日本を代表する哲学者・西田幾多郎が「ガラテヤ書」2章19節〜20節がキリスト教の真髄であると語ったことを想起した。
「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。」

私たちは修行や修養してクリスチャンになるのではなく、「あなたこそ生きる神の子キリストです!」という告白を経てクリスチャンになり、主の愛の中に入れられて恵みの中で生かされるのである。

しかしまた、律法でいつも責められているというのが私たちの現実であり、クリスチャンとしていや増して自分を責めるものがある。しかし主は、その現実を越えて常に私と共にいてくださるということをもう一度実感させてくださった。

1happa-tori1c.gifこれからも信仰から信仰へと歩ませてくださり、信仰生涯を全うさせてくださるように祈ります。

礼拝後、私は女性会に、夫は壮年会に出席し、買い物をして2時半頃に帰宅した。ユキはサッカーのため知子と共に欠席した。

今朝のみことば・ガラテヤ人への手紙5章2節〜15節:
5:2見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。
5:3割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。
5:4律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。
5:5わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。
5:6キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
5:7あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。
5:8そのような勧誘は、あなたがたを召されたかたから出たものではない。
5:9少しのパン種でも、粉のかたまり全体をふくらませる。
5:10あなたがたはいささかもわたしと違った思いをいだくことはないと、主にあって信頼している。しかし、あなたがたを動揺させている者は、それがだれであろうと、さばきを受けるであろう。
5:11兄弟たちよ。わたしがもし今でも割礼を宣べ伝えていたら、どうして、いまなお迫害されるはずがあろうか。そうしていたら、十字架のつまずきは、なくなっているであろう。
5:12あなたがたの煽動者どもは、自ら不具になるがよかろう。
5:13兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
5:14律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
5:15気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。
posted by 優子 at 22:58| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

「人格の回復」 −敬愛するS・K兄の信徒説教−

昨朝の礼拝で講壇に立たれた敬愛するs兄は敬虔なクリスチャンであるだけではなく、大学でドイツ文学・思想を教えておられるので拝聴するのを楽しみにしていた。

話者の祈りがほとばしるメッセージだった。以下がその要約であるが、聞き書きの文責は筆者にあることを改めてお断りしておきたい。

人格は個人に対して使われる言葉であり、他の人と関係を持つ時に自分の中に人格が成り立つものである。誰かと出会い、交わると人格は目覚めて動き出す。

しかし、現代の学生は親密に交わることをしない。文学作品を読んで深く感動することができず、人の話を聴いても共感したり反発したり発言できない。警戒感を持っているようだ。

このような時代ゆえに人間は孤独になり、魂や心を無くしてしまっている。20世紀の大きな思想が我々の魂や心を衰退させた。


今朝は20世紀に世界中に影響を与えたマルクス、ニーチェ、フロイトから、彼ら3人ともが人間の魂を打ち壊したという側面で話したい。

マルクスは「上部構造(政治、法律、宗教・・・)は下部構造(経済)によって決定される」と言ったが、現代はまさに経済優先の社会であり経済が政治を決定している。

フロイトは、人間を動かしているのは欲望で「性的欲望」と「攻撃的欲望」に支配されていると同じに「過去」に支配されていると説いた。となると、人間の自由な意思が軽んじられ意味を持たなくなり人形のようになってしまう。

ニーチェは「神は死んだ」と言い、人間の全ての根底にあるのが「力への意思」であり「権力への意思」だと考え、人間の霊魂、思想を破壊してニヒリズムに至った。

今やニヒリズム(虚無主義)が世界を覆っている。イスラム国を生んでいる奥底にはニヒリズムがあるのではないか。彼らを動かしているのは「自暴自棄の勇気」とも言える。

このような中で人格の回復は可能なのだろうか。何よりも出会う人々のために人格の回復を祈らねばならない。

聖書に立ち返り、神の愛と真実に立ち返って神さまに語りかけることで人格が生まれる。神と人間の正しい関係が生起すると横の関係が回復する。

神とイエス・キリストの間に愛と真実の一つなる交わりがあった。その中に私たちが加えられると人格と呼ぶべきものになりうる。


ではどうすればその交わりに入れて貰えるかは今日の聖書の箇所に書かれている。ローマ人への手紙 3章21節から31節:
しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。
それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。

すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである

すると、どこにわたしたちの誇りがあるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。

わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある。

まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。

すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法を確立するのである。

私は大学3年で受洗した。イエスの心と言葉、行動から浮かび上がってきたこと、例えばライ病の人の上に手を置くということは病気がうつるかも知れないと、自分も覚悟していないとできないことだ。そこに強く惹かれたが、自分はそうはなれないとわかった。

ルターは励めば励むほど自分の内にある邪悪さに苦しんだ。神に懺悔できる罪だけではなく、もっと根源的な罪があることに気づいていたので神さまが恐ろしくなった。ルターは「義なる神」の前に立っていた。

6時間も続けて懺悔するほどルターの不安は深刻なものだった。しかし、義なる神の前における恐れは間違ってはいない。


ボンヘッファーは「私たちが神の道を理解しようとしまいと神は義である」と言い、「恵み」もまたそうであると言っている。

これまでの神の正しさは人間を裁く義であったが、イエス・キリストによる罪の贖いを信じる者に恵みを与えられる義である。

神はこれまで何人もの預言者を送って警告し、自分のもとに立ち返れと導かれた。イザヤ書53章にあるように、神は地上で罪なき方を打たれた。そして、それを信じる者に義が与えられた。

イエスは黄泉(よみ)の国の奥、地獄にまで降り立たれた。そこは神のいない無の世界で、意味のない希望の無い世界だ。

私たちはどうあがいても私たちの中からは凡(およ)そ善なるものは出てこない。その罪の底から神を仰いで神の雄姿を身に受ける。

キリストの十字架の死によって古き自分も死に、新しい命に生きる。罪に慄(おのの)いていたルターは神は恐れるが、神以外のものは何も恐れない。神の義が確かであればあるほど罪意識が深くなり、そこから救われる喜びが大きい。

私たちはルターのような信仰の勇士ではないが、正しさが与えられる。自己アイデンティティ、「このままでいいんだ」という自己同一性、そして人を愛する可能性が与えられる。

私たちは正しい人であろうと努力するのではなく「義」と宣言されること。そこで他者との関係の中で人格が回復される可能性が持ち込まれると思う。

私たちは罪人だけれどキリストを着ている。私たちは今は昔の銅鏡のようにはっきり見えない曇った鏡でイエスを見ているが、(地上の生涯が終われば)全ての罪から解放されて全き者となる。これがキリスト者の希望であり意味である。


(主を信じる者は)主の霊の働きにより造り変えられていき、人格を回復された人間として生かされていく。そして、人と顔と顔を合わせて出会っていきたい。
主(イエス・キリスト)を頭(かしら)とした交わりが与えられるように祈り、一人ひとりの間に人格の回復を祈りたい。

主を仰ぐことで人生の意味や人生の深い洞察を与えられて希薄な若者たちと本気で関わっていきたい。彼らにおいて、そして、私との人格の回復を祈っていきたい。

このあと、「あなた(神さま)の前に到底立てない者ですが、贖いによって人であることをゆるされ、人との交わりをゆるされていることを学んだことでございます。・・・」と祈りを捧げられた。

これを書き終えて、かつて集っていた谷口諭さんの家庭集会を想起した。谷口兄(きょうだい)でしか語ることのできないメッセージ、そこでしか聴くことのできないメッセージ同様に、S兄でしか語ることのできないS兄の生きざまからほとばしる聖霊に満ちたメッセージであった。

それだけではなく私が長い年月忘れていた大切なものに触れた気がして、新しい季節の始まりを感じる。それは人生最後の意欲的な季節の始まりではないかと思う


今月は当番役員に当たっているため、信徒説教してくださったS兄と共に礼拝前の奉仕者の祈り会、礼拝後の「交わりの会」の司会、祈りなどを受け持たせていただいたが、今日のそれら一切のことが神の恵みであった。

いや、子どもの礼拝で語らせていただいたことも、説教後の連絡報告していた時もS兄と共に在ったカイロスの時だった。きっとS兄もまた同じ思い共有してくださると思う。

posted by 優子 at 11:48| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

受難節 −子どもの礼拝で語ったこと E―

私たちの教会では大人の礼拝の始めに子どもの礼拝を組み入れている。時間にして10分間ほどである。子ども讃美歌を讃美して(歌って)、当番に当たっている者が指定された聖書箇所をわかりやすく話す。

子どもは幸悠ひとりの時が多い。今朝の奏楽者は知子(月2回ご奉仕させていただいている)。今朝は今年度最後の「こどものお話」の当番で、次のようなことをお話させていただいた。
今年も受難節に入りました。「受難」とは苦しみや思いがけない悲しいことに遭うことですが、キリスト教ではイエスさまが捕らえられて十字架にかけられたことを言います。

そして、「受難節」とはイースターまでの46日間のことです。その間は、イエスさまが十字架の上で死んでくださったことを思いながら過ごします。

今日の聖書の箇所は、イエスさまが捕らえられる前に弟子たちと最後のお食事をして、そのあと、オリーブ山のふもとにあるゲッセマネの園でお祈りされた時のお話です。

聖書はマタイによる福音書26章36節から46節までですが、時間が限られていますのでお話の最後に最後の所だけお読みすることにして、そこに書いてあることをわかりやすくお話します。      

イエスさまはもうすぐ十字架にかけられて死んでしまいます。どんなに恐ろしくて怖かったことでしょう。イエスさまは神さまにお祈りするために静かな場所へ行かれました。その時に弟子の中からペテロとゼベダイの子ふたりにも一緒に来るように言われました。

イエスさまは弟子たちに、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」と仰って、もう少し離れたところへ行って一人で祈り始められました。

「神さま、できるならばこの苦しみと怖さを取り除いてください。しかし、神さまの思うようになさってください」と祈られました。この時のイエスさまのお気持ちはどんなだったでしょう。

十字架にはりつけにされる怖さ、考えただけで気を失ってしまいそうです。それだけではなくお母さんのことや弟子たちのことを思う悲しみもいっぱいだったことでしょう。しかし、イエスさまは「神さまの御心がなりますように」と祈られました。

こうしてイエスさまが祈り終えられて3人の弟子たちのところへ戻ってくると、3人とも眠っていたのです。

そこでイエスさまは、「眠っていたのか、起きなさい。眠らないで目を覚ましてお祈りしていなさい」と言われて、もう一度少し離れたところへ行って祈っておられましたが、弟子たちはまた眠ってしまいました。

イエスさまが涙を流して祈っておられるのに、弟子たちにはイエスさまがどんなに苦しんでおられることがわからなかったのですね。

そして、また一人でお祈りに行かれて戻ってこられた時、3度目も弟子たちは眠っていました。何度も「目を覚ましていなさい」と言われても弟子たちは眠ってしまったのです。

その最後のところだけ読みます。26章の45節と46節です。

それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、
「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子(イエスさまのこと)は罪人らの手に渡されるのだ。立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた。


イエスさまは何度も祈られたあと、弟子たちに「立ちなさい、さあ行こう!」と、この時はもう捕まることを決心し覚悟しておられたのです。

神さまがどんなに私たちを愛しておられて、私たちを救うために苦しまれているか。そのことが弟子たちにわからなかったのは私たちも同じで、最も大切な家族やお友達の苦しみや悲しみさえわからないんだなあと思いました

でもイエスさまはこんな弟子たちや私たちのことをダメな人たちだと思ってはおられないよ。ユキは約束を守れなくて昨日もママに叱られていたけれど、もっと大きくなったら「ああ、ぼくはどうしてダメなんだろう」と深く悩むことがあると思う。

でも、イエスさまはそんなユキのことを「ダメな子」だとは思ってはおられないことを忘れないでね。勿論、約束を守らなくてもいいということではなく、心から悔い改めて祈る時、必ず「また頑張ろう」と新しい気持ちを与えてくださるからね。

先ほど歌った讃美歌にもあるでしょ。
「良い子になれない私でも神さまは愛してくださるって、イエスさまのお言葉」ってね。このことを忘れないでね


ではお祈りします。

「神さま、私たちも悲しんでいる人や悩んでいるお友達がいたら心からわかってあげようとする心をお与えください。そして、どうしたらいいか教えてください。

今週もイエスさまと一緒に光の子どもらしく歩んでいくことができますようにお守りください。このお祈りを大好きなイエスさまのお名前によってお捧げします。アーメン」。

たった5分ほどの話であっても子どもに神のメッセージを伝えるのであるから、何度も聖書を読み、祈りつつ熟考する。その中で次の聖句を深く味わっていた。

「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

イエス・キリストの思いに思いを重ねていた時、キルケゴールの「祈りは神を変えず、祈る者を変える」という言葉を思い出した。

祈りを重ねていく時、自らの内にある不純なものは取り除かれて、自分の思いではなく神の御心を祈らされることを何度も経験しているからだ。その祈りが正しければ確信を与えられていく

「立て、さあ行こう」。

今抱えている大きな問題についてもそのことを霊的に感じている。


このあと2階へ上がって分級の活動に移るが、子どもの出席カードに御言葉カードを貼り、担当者のノートに記録し、あとは説教が終わるまで遊ぶだけ。
今日もユキひとりだけだったので持参した折り紙で遊んでくれ、私はしっかり信徒説教を拝聴することができた。

今朝講壇に立たれた敬愛するs兄は敬虔なクリスチャンであるだけではなく、大学でドイツ文学・思想を教えておられるので拝聴するのを楽しみにしていた。
お聴きしながらふと教会のことを思い巡らしたために一部聴き洩らしたところもあるが、正確に聞き収めたところだけでも心にとめながらページを改めて刻んでおきたい。

附記:今朝の「子どもの礼拝」で取り上げた聖書箇所、マタイによる福音書26章36節から46節:
26:36それから、イエスは彼らと一緒に、ゲツセマネという所へ行かれた。そして弟子たちに言われた、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」。

26:37そしてペテロとゼベダイの子ふたりとを連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩みはじめられた。

26:38そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」。

26:39そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

26:40それから、弟子たちの所にきてごらんになると、彼らが眠っていたので、ペテロに言われた、「あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目をさましていることが、できなかったのか。

26:41誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

26:42また二度目に行って、祈って言われた、「わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、どうか、みこころが行われますように」。

26:43またきてごらんになると、彼らはまた眠っていた。その目が重くなっていたのである。 26:44それで彼らをそのままにして、また行って、三度目に同じ言葉で祈られた。

26:45それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子は罪人らの手に渡されるのだ。
26:46立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた」。

posted by 優子 at 16:26| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

大寒波襲来の朝、聖日礼拝で祈る 

2014.2.14.jpg今朝こそはこんな景色を想像していたが、これは2014年2月14日の雪。
この1か月前は寝たきりになっていたとは思えないチャッピーの姿だったが、今は本当にいなくなってしまった。
チャッピーが死んで2ヶ月経った。もう2ヶ月経ったのかという気持ちと、まだ2ヶ月しか経っていないのかという気持ちが入り混じっている。

さて数日前から歴史的な大寒波襲来で、「翌朝はきっと雪で真っ白だろう」と思って目覚めた昨朝も今朝も雪はなかった。

奄美大島では115年ぶりの雪が降り、石垣島では海水温が低くなりすぎて仮死状態の魚が浜辺に打ち上げられ、台湾で積雪という驚くべき寒波だ。

先週末から知子は私たちのために暖房を切らずに家を出、昨夜は早朝にリビングの暖房が起動するように予約設定をした。こんなこと我が家では初めてのことである。

大寒波に見舞われている北米では、先週末にアメリカ連邦政府が「22日の午後3時より、政府機関の閉鎖を発表し非常事態宣言を出した」と報じていた。予報通りの大雪でニューヨークで68センチ、ワシントンも60センチの積雪とのこと。

次女夫婦と今日のお昼前(ワシントン時間24日夜)の電話では雪は止んだと言っていたが、積雪のため明日(月曜日)も休日だそうだ。どんなに文明の利器に囲まれていても、雪で都市の機能が止まってしまうというのは考えさせられる。

歴史的大寒波でも雪降らず.jpgここ奈良も今朝は−5度まで下がったが、晴れていたので午後の室温は19度になり、昨日同様に午後の4時間ほどは暖房が不要になった。
これは昨夜のうちにチャッピーの食器に入れておいた水が凍ったものだが、ユキは学校から帰るなり「○○がこんな大きな氷を持ってきた!」と、12センチほどもある分厚い氷を持ってきたことを熱く語っていた。

昨朝は−2度で最高気温も2度止まり。教会の帰りでも−1度の寒さだった。その朝の礼拝で今年度最後の司会を務めさせていただいた。唇に出た祈りを思い出して刻んでおきたい。祈りこんで臨んだ聖日の朝だったから。

恵み深い天の神さま
今朝は雪の予報でしたが雪も降らず、教会に集うことができましたことを感謝します。こうして愛する兄弟姉妹と共に礼拝を捧げることができましたのは、私たちにとりまして特に意味があると思います。

ずっと冬枯れしてしまいそうな厳寒の日々ですが、そんな中にあってモクレンや桜は新しい蕾を膨らませています。自ら咲く季節を知り、その時まであなたが命を育んでおられます。

私たちの霊も冬枯れすることなく、あなたからの息吹をいただいて霊性をゆたかに養ってください。

おお父よ、あなたは全知全能の神ゆえに、私たちの思いや願いを越えて働かれる方です。神の恩寵をわかる者とされて生かされていることを心から感謝します。

しかし、私たちは恵みの中に生かされていながら、実に不肖なこどもです。あなたを失望させるばかりの者です。

あなたが払って下さった犠牲がいかに莫大なものであったかを思いますと、あなたの御前にただただひれ伏すばかりです。滅びでしかなかった私たちを救い出してくだったことを、今一度骨の髄までわからせてください。

私たちは祈りの中でさえ罪を犯すものでありますから、今祈らせていただいているこの者が罪を犯すことがありませんように。

病床にある方、苦しんでいる方、悩んでいる方、不安の中にいる方、痛んでいる方、すべてあなたがご存じでいてくださり、いつも傍にいてくださっています。どうぞそのことを知らせてあげてくださり、主の平安を賜りますように祈ります。

bible1.pngそして、私たち一人ひとりを強めてくださり、どんな時もイエスさまを信頼して進ませてください。

どうぞ馬見労祷教会に神の臨在がありますように祈ります。全国に立てられている全ての教会の上に神の臨在があり、御心にかなう教会でありますように祈ります。

これから語ってくださる○○さん(信徒説教)に豊かな聖霊を賜り、聴く私たちにも聖霊さまが豊かに行き交ってくださいますように。

このお祈りを主イエス・キリストの御名によって御前にお捧げします。アーメン。


posted by 優子 at 21:12| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

年の始めの祝福

今朝の礼拝で敬愛する木ノ脇悦郎牧師のお説教を拝聴できるとあって、昨夜は翌朝目が覚めるのを楽しみに床に就いた。

毎月2回奏楽のご奉仕を務めさせていただいている知子は、新年の礼拝にふさわしい楽曲を思い巡らせ、「アブラハムの祝福 −年の始めに−」の説教題を心に覚えて選曲していた。

" lITURGICAL ORGAN−BOOKS(b)"(教会オルガン前奏・間奏・後奏曲集)から選曲したそうだが、荘厳で華やかな曲想は私の心を希望へと導いてくれた。

以下は木ノ脇牧師が話されたことで記憶しておきたいことを書き取ったものであるが、文責は私にある。順番が前後するがその最後に聖書箇所を掲げた。

講壇に立たれた木ノ脇牧師は新年の挨拶のあと、「皆様にとって、教会にとって、祝福される年であるように祈っています。」とのお言葉をくださりメッセージに入っていかれた。

神がアブラハムに与えた祝福が同じように私たちにも与えられているという、恵まれた確信をもって新年のメッセージにしたいと思う。

聖書の読み方で歴史が動いてきました。聖書の読み方で争いや分裂が生じ、その最たるものがプロテスタントの起こり(?)である。

「これはわたしのからだである」というイエスの言葉、「である」という言葉で大きな論争が起こり聖餐式をめぐって一致できなかった。

カトリックは「化体説(けたいせつ)」(パンとぶどう酒が完全にキリストの肉と血に変化するという考え)で、ツヴィングリは「わたしの体を象徴しているんだ」という理解であり、ルターは象徴ではなく「キリストが我々と共におられるということだ」というふうに、「である」という言葉一つで分裂を起こして教派に分かれていった。

現代においてもずっと聖書の読み直しが行われている。

1980年代、中南米で「解放の神学」が生まれ、韓国では「民衆の神学」、そして今は最後まで解放されなかった女性に焦点が当てられた「フェミニズム神学」、また、アジアならアジアの文脈で聖書を読もうと「文脈化の神学」が生まれ、それぞれの時代の中で何が最も有効であるのかを意識しながら読まれている。

パウロの信仰理解は、ユダヤ教の伝統の中で読むのか、あるいはイエスの贖罪信仰の中で読むのか、そこに大きな違いがある。

パウロはキリストの福音の立場で民族を越えた神の恵みとして聖書を読んだ。信仰の賜物としての霊の働きを大切にした。

ユダヤ人は選民思想を感謝すればよいが、選民意識が他を排除する。自分は特別だと言う意識がヘイトスピーチになって出てくるのも排除の論理である


パウロは、「信仰があれば誰でもアブラハムの子孫になれるのだ! 私にも及び、すべての人に及んでいく。それが創世記の信仰ですよ!」と語っている。

律法の不可能性はパウロが一番よく知っている。その祝福が霊の働きとして実現されていく。

時間が経つと人間は信仰さえも律法化してしまう。神の恵みを独占物にしてしまい他を断罪する。しかし、私たちは感謝を持続させるように願っていきたい。すべての人が神の愛、神の祝福の中に置かれていることを忘れてはならない

私はキリストの教えに生きるようになって画期的な価値転換が成されたが、それでも変わらない狭い心が今も残っており日々闘っている。

人はややもすれば心理的視野狭窄に陥るので、常に主イエスから目を離さないことだ。

これまでにも福音を自分だけの専売特許のようにしたり、あるいはまた、とんでもない聖書解釈を公言している人にも出会ってきたが、そのようにならないためにも信仰の友との分かち合いはとても大事だと思う。

この新年のメッセージを心の糧にして、私も大いに前進していきたいと意欲的である。

今朝の聖書箇所は「ガラテヤ人への手紙」3章1節〜14節:
ああ、物わかりのわるいガラテヤ人よ。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に描き出されたのに、いったい、だれがあなたがたを惑わしたのか。

わたしは、ただこの一つの事を、あなたがたに聞いてみたい。
あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

あなたがたは、そんなに物わかりがわるいのか。
御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか。あれほどの大きな経験をしたことは、むだであったのか。まさか、むだではあるまい。

すると、あなたがたに御霊を賜い、力あるわざをあなたがたの間でなされたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

このように、アブラハムは「神を信じた。それによって、彼は義と認められた」のである。だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである。

聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。
このように、信仰による者は、信仰の人アブラハムと共に、祝福を受けるのである。

いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

それは、アブラハムの受けた祝福が、イエス・キリストにあって異邦人に及ぶためであり、約束された御霊を、わたしたちが信仰によって受けるためである。



posted by 優子 at 23:55| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

山崎知行医師の公開講演会 「今、福島原発事故から学ぶ −空と海と大地 すべての命を守る」(後篇)

講演のあとの質疑応答では開口一番に「未だにこんなにひどいとは思わなかった」との声、声、声だった。そして、あまりにもひどい日本の在り方への憤りだった。その席上で話された内容を以下にまとめた。

▼ 外国の人は冷静にチェルノブイリの反省から「100キロ以遠に逃げろ。あるいは帰国せよ」と母国より指示されたが、被爆国の日本だけが何も知らされずに「安全だ、安全だ」と言い続けられた。

大学で教鞭を執っている人の発言でも「ドイツ人は帰国した」と。ドイツと日本の考え方の相違はどこにあるのかと問われた。

それは責任の取り方、処理の取り方の違いに尽きる。ドイツはポーランドと共に教科書を作った。日本は本当に下卑(げび)た国になってしまった。政治家の良心教育、科学教育が必要だ。目に見えないことに関わることがこんなに大切なことかと思う。放射能被害は見えない。

▼ 「私は結婚しない」「子どもは生まない」という女性もおり、核に対する敏感さを持っている。医療界はパターナリズムで検査結果やデータは出さない。今、変形した白血球がポロポロ出始めている。

※ 「パターナリズム(英: paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉すること」。

また、「私たちは将来子どもを産んでもいいのでしょうか」と問う女子高校生。これに対して大人は答える責任がある。福島差別が深く静かに進行していっている事実がある。
 
▼ 親は子どもへの責任感から心配しているのだが、放射能に関しては思っていることを口に出せない。この現況の中で悶々と悩みながら、親は自らを痛めながら生きている。それがどんなに苛酷なことか! 今や学校そのものが役所と同じことをやるようになってしまった。

▼ 避難、保養の問題では、1回24日間でやるのが費用対効果があり現実的であることがわかった。保養先へ先生も一緒に行って教育もする。保養は子どもだけではなく親にとっても良い。その間、放射能のことは考えなくてすむからだ。ちなみに保養費用を貧しいベラルーシが出している。

会津の人がいつも言う言葉は「どうぞ忘れないでほしい」だ。愛の正反対は無関心である。人間の信頼関係で大切なことは目と目を合わせること。私たちも現場に行ってみることが大切だ。

私はこれらの話を聞いて、未だ日本の医療界は「知らしむべからず依らしむべしか!」と憤りを感じた。

常々私の思索の中核になっている「人間の実相」、特にこのたび何度も話題になった「日本人の体質」。日本人の精神構造のどういうところを刺激すれば全うな価値観に目覚めるのであろうかと考えさせられた。

山崎知行先生と.jpg山崎先生のお働きを感謝し、ご夫妻を神さまが豊かに祝してこれからも用いてくださるように祈ります。そして、私たちも自分のできる事を成さねばならないと強く思わされた。

posted by 優子 at 09:44| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

山崎知行医師の公開講演会 「今、福島原発事故から学ぶ −空と海と大地 すべての命を守る」(前篇)

22日の山崎知行師の礼拝奨励に続いて(11月23日の記事)、午後に開催された公開講演会の内容をお分かちしたい。以下は私の聞き書きである。

山崎師・公開講演会@.jpg山崎師は「今はガンマ―線を出す放射能が問題だから」と、ガンマー線のみをチェックできるガイガーカウンターを携帯しておられた。会堂(馬見労祷教会礼拝堂)の放射線レベルを計られ、ここから話が始まった。

会堂の放射線レベルは「0.05」だった。(山崎師在住の)和歌山では、2011年5月まではこの4倍、「2」まで上がった。従って私たちも皆被爆者である。日本国中放射能から逃れる所はない。

実は放射能は人体に対する影響はあまり分かっていない。医学界では自分のわかっていないことを無かったことに考えてしまうところがある。

政府や行政のデータは人工操作を加えた低い値ばかり出している事実がある。私は自ら計っているので、「役場が安心というからと安心してはいけない」といつも話している。

福島とチェルノブイリ比較.jpg

この地図の薄いピンク色のところは「放射線管理区域」で、ここは18歳以下の人は仕事してはいけないし、飲み食いをしてもいけないし、ここで使ったものは外に出してはいけない場所である。

このことの重大さをすぐにわかった人は逃げたが多くの人がここに住んでいる。法的には生活してはいけない所であるのに、日本ではこういう所が生活の場になっている。

山崎師の公開講演会@.jpg年間被爆量は5シーベルト。今は空間線量は減ってきたが、一度汚染された場所は土壌の汚染がずっと続いており、ホットスポットではなおさら多く被爆する。

空間線量が最低「0.6」を示す所では生活してはいけない。どんなに少ない放射線でも「0」以外は体に影響する。必ず細胞に影響を受けていく。

私たちは1回3泊4日のスケジュールで行くが、子どもは放射能が大人の3〜4倍と強く出る。鼻血や耳鼻科関連の粘膜の症状が非常に多い。また、皮膚のトラブルが多い。チェルノブイリ事故後早期に立ち入り禁止区域から避難した子どもたちの症状と重なっている。

10年後から慢性疾患のある子どもが急激に増加していき、健康な子どもは1割にも満たない。そのような報告書も国は注目しない。

山崎師の公開講演会C.jpg年間1ミリメートルシーベルトだと、チェルノブイリは移動義務があり、移動の費用も国家が保証している。ところが日本は帰還政策をとった。避難指示を解除して準備区域になった。

政府や県がいくら「帰れ、帰れ」と言っても帰れない。帰ってきた人は1割だ。

日本人はいつから4倍も放射能に強くなったのか?!
日本は本当に野蛮な国だ。
最近は作業員の急死が多い。たぶん心筋梗塞であろう。

空間線量はかなり減ってきているが、「セシウム7」の半減期は30年かかるので残ったままだ。郡山市役所に設置されている線量計は実際より3割がた低く設定している。市役所の指数が「0.784」の所で役所の業務をしている所へ市民が来る。


山崎師の公開講演会A.jpg

この結果記録からわかるように、除染してもその1週間後には元に戻っている。
親の都合でそこに住まないといけない人々。24日間の保養で2〜3割被爆量が減る。

原子力を考える時にもう一つ大切なことは「高レベル廃棄物」の問題だ。燃えカスの処理の仕方が未だ全くメドがつかないのに、再び川内原発で新たな廃棄物を作っている。しかもそれを輸出するのである。

  ―講演内容はここまで。質疑応答の中で出た話は次に続く―

附記:これは23日の午後、チャッピーが虫の息の時に書いていたものである。傍に居てやればよかったと悔いるが、チャッピーの死が迫っているので用事をためないようにと励んだ。
クリスチャン・ペンクラブの諸連絡8ヶ所、会計と書記の記録、『種を蒔く』3号の「あとがき」を執筆、そして、この記事を書いていた。体調が悪いので2回に分けて先にこれを更新する。

睡眠不足と疲労も重なって血圧が高いため、明日のリハビリもキャンセルさせていただいた。


posted by 優子 at 22:14| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

山崎知行医師による礼拝奨励 「天の理(ことわり)、地の理(ことわり)」 

今朝は山崎知行医師をお迎えして礼拝で奨励していただき、午後に「今、福島原発事故から学ぶ −空と海と大地 すべての命を守る―」と題して公開講演会を開催した。
まず、山崎師のプロフィールをご紹介して、奨励で話されたことをお分かちしたい。
【山崎氏のプロフィール】
1943年生まれ。和歌山県の愛隣教会信徒。
1986年のチェルノブイリ原発事故以来、放射線の人体への影響に関する情報収集し、事故後4回チェルノブイリを訪問。
2011年7月、10月に福島訪問。
2012年1月から日本キリスト教団大阪教区より派遣されて、ほぼ毎月3泊4日のスケジュールで福島県を中心に健康相談会を担当、派遣医師として労しておられる。

聖書 創世記1章28節:
「神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』。

ヨブ記38章31節〜33節:
「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。
 オリオンの綱を解くことができるか。
 あなたは十二宮をその時にしたがって
 引き出すことができるか。
 北斗とその子星を導くことができるか。
 あなたは天の法則を知っているか、
 そのおきてを地に施すことができるか」。


以下は私の聞き書きによるものである。

山崎知行医師による礼拝奨励.jpg1986年、チェルノブイリによる健康被害に大きなショックを受け、その事故をきっかけに人体に対する影響を調べ始めることになった。

紀伊半島にも日高原発という原発予定地があったが、比井崎漁協が猛烈に反対し第1回目の集まりで原発誘致は白紙撤回になった。

(山崎ご夫妻は)この核の問題をキリスト教会の中で話すことができないものだろうかと思っていた。そんなとき高木仁三郎と出会った。彼が創設した原子力資料情報室の情報は信頼できる。

高木氏はキリスト者ではないが聖書に精通しておられ、核をいじることが如何に根本的に間違っているかを丁寧に掘り起こして話してくださった。以来、我々夫婦が核の問題を考える基本になっている。

原爆の構造を造った西洋とアメリカというキリスト教社会で、何ゆえにあのようなものを造ったのかということについて、深刻に反省する考え方がある。

まず核開発が肯定されるんだろうか。
高木氏は聖書・創世記1章28節に着目して「支配」の意味を誤って考えたのではないかという事を問題提起し、『エコロジーとキリスト教』にまとめられており、「聖書は核を予見したかも」という文章を載せている。

ドイツの神学者ゲルハルト・リートケが『自然と和解の声明』を出している。高木氏はこの声明を高く評価している。

ヨブ記38章31節〜33節は、具体的に星座名を出して天の法則を伝えていることをしっかり注目して、「天の理(ことわり)、地の理(ことわり)」の言葉で表現している。

神が想像された宇宙と地球はしっかりと性質を分けて説明している箇所である。
光りを放つ惑星を恒星と言い、自ら光を放たないのを惑星と言う。恒星では常に連続して核融合から放出される放射線が飛び出してくる。放射線はDNAをズタズタに切り裂き、命が存在しえないのが宇宙である。

しかし地球は酸素と窒素が合わさって地球を分厚い毛布のようなもの(大気圏)で覆われた。それは1万メートルという分厚い大気圏によって、宇宙線という放射線が地球に届かないように守られている。従って、命が守られ続いてきた。

ヨーロッパへ行くのは大気圏を突き破って宇宙線に被爆して飛んでいく。片道で1時間1マイクロシーベルトだから10時間10マイクロシーベルト被爆して飛んでいくのである。だから乗務員もフライト時間が決められている。宇宙飛行士も防備していくが1ミリメートルシーベルトは被爆すると言う。

旧約聖書学者によれば、「支配せよ」はヘブル語で「רָדָה ラーダー」と言い、その意味は「相手をよく見て」「相手の心を捉えて」「相手の心をしっかり受け止めて」しっかり生かす、より良く生かす。これが本来の意味である。

従って「慮しながらえる」とも読める。このように全く正反対の意味になると教えられた。

人間がラーダーの意味を勝手に解釈してしまって優越になってしまい、人間は「天の理」を地球上に展開していることが気づかない。

そのことをキリスト者として、教会としてはっきり言ってこなかった。このことを深く気づかされた。

現在のキリスト者、教会が置かれている立場は、天の法則(理)と地球の法則(地)を峻別して考えていく大切さを教えられた。

聖書を与えられている立場からすれば、イエスの愛を伝える宣教と同時にそのことも伝えて行かなくてはならないのではないかと思わされている。
                           (以上)
「お祈り」より:

人間はいったい何者なのでしょうか。にもかかわらず、あなた(神さま)は私たちをいつも忘れずに心を止めてくださっている。
あなたが良しとされる姿に一歩でも戻れるように私たちを力づけてください。

山崎氏の奨励は会衆一同に強いインパクトを与えた。
私は東(あずま)道男牧師から教えていただいたこと(聖書の原語であるヘブル語からギリシャ語に翻訳する時点で間違って訳され、そのまま英語、日本語へと誤訳されたこと)や、ヨーロッパ神学の誤謬の重大さを思いながら拝聴していた。

礼拝直後、山崎師は奏楽していた知子のところへ行かれて何か話されていたので帰宅して尋ねてみると、知子は最高の祝福の中にあった。

知子は山崎医師が奏楽もされるとお聞きしていたので緊張していたという。しかも連日多忙で練習の時間が取れたのは前夜、まさに私がクリスチャン・ペンクラブの例会から帰宅した5秒前のことだった。

そんな大変な激務をこなしながら務めさせていただいた知子に師は言われた。

「奏楽、すばらしかった! 
あれだけ会衆に合わせて弾くから非常に歌いやすい。もし助言をするとすれば、前奏曲もあんなに綺麗に弾いているのに音が小さくてとてももったいない」。


「私は前奏は祈りの時だから静かな音で弾かないとダメだと思っていました」。

「いいえ違います! 
せっかくあんなにきれいに弾いているのにとてももったいない。もっと讃美歌と同じボリュームで弾くとよい。もっと思い切り音を出せばよい。よほど静かに弾かないといけない受難週や葬儀の時は抑えないといけないけれど、そのほかの時はもっとボリュームを上げて弾くと良い」。


奏楽者にとってこれ以上の喜びがあるだろうか。
知子を労い豊かな恵みを与えてくださった神に感謝した。

午後の公開講演会、「今、福島原発事故から学ぶ −空と海と大地 すべての命を守る―」は次に続けたい。

附記:
この記事は当日中に、午後に持たれた公開講演会については今日にアップしたかったが、20日の外出に続いて21日は孫の学校の終日参観日(オープンスクール)だったので、1時間ほど見学して大急ぎでクリスチャン・ペンクラブ関西ブロックの例会に出席すべく大津へ向かった。21日の朝の時点で疲れていたため心ならずも遅くなってしまった。

しかし、今日も眠れず疲れが取れない。
いろいろ役目の仕事を抱えているがしんどくてできない。

そして、チャッピーの命の灯が消えかけている。ついに今夕からついに立ち上がれなくなってしまった。
昨日教会の帰りに段ボールの箱を買ってきた。
今、大きな声で鳴いて呼んでいる。行ってやらねば。


posted by 優子 at 21:40| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

降誕前第8主日・聖徒の日 召天者記念礼拝 − 死は ” Nessesary end ” なり ―


召天者記念礼拝@.jpg今朝の礼拝は「降誕前第8主日・聖徒の日 召天者記念礼拝」で、遺族の方々もたくさん出席された。講壇前に置かれている写真は、既に召された教会の先人たちだ。

毎週礼拝の初めに読む交読詩篇、今朝の箇所49篇に心打った。

讃美歌21・385番「花彩る春を」(タイトルをクリックしてください)
1 花彩る春を この友は生きた、
  いのち満たす愛を 歌いつつ。
  悩みつまずくとき、この友の歌が
  私をつれもどす 主の道へ。

2 緑もえる夏を この友は生きた、
  いのち活かす道を 求めつつ。
  悩みつまずくとき、この友のすがた
  私をふりかえる 主の道で。

3 色づきゆく秋を この友は生きた、
  いのち 他人のために 燃やしつつ。
  悩みつまずくとき、この友は示す
  歩みつづけてきた 主の道を。

4 雪かがやく冬を この友は生きた、
  いのちあたためつつ やすらかに。
  この日、目を閉じれば 思いうかぶのは
  この友を包んだ 主の光。 

アーメン

以下は木ノ脇悦郎牧師の礼拝説教の要約である。
近年の日本における「ハローウィン」の盛り上がり方に驚く。
今朝は「聖徒の日」、英語で「ハロウマス(Hallowmas)」と言う。「ハロー(Hallow)」は「讃える」の意味で、即ち今日は「神さまをたたえる日」である。そして、ハロウマスの前日がハローウィンである。

本来、ハロウマスは聖霊降臨日の1週間後の日曜日に祝っていたが、8世紀になって11月1日に決定して、殉教者や聖人をお祭りする日になった。

一般の人はその2日後に「諸魂日」として、既に召天された人々を覚えて祈る日であったが、そこにケルト文化や風習が混ざって魔術が入り1年先の運勢を占う日になるなど、キリスト教と異質なものになってしまった。

「聖徒の日(ハロウマス)」は、すでに召天された人々を覚えて祈る日。「ハロウ」とは「神聖な」「尊い」「崇める」の意味である。

私たちは亡くなった人たちを礼拝するのではなく、亡くなった人を神が守り支えてくださったことを神さまに感謝するのである。


(浅田次郎の作品『憑神(つきがみ)』を紹介され)人間は死ぬことがなければ恐ろしいことであり、命は輝かない。死があるからこそ一瞬一瞬を努力するのである。

日本人は先祖崇拝がネックになってキリスト教が入らないという人もいっぱいいる。しかし、いつの時代も、どこの国でも死者に対して敬虔な思いを抱き尊重するものである。

人間は2度死ぬと言われている。「第一の死」は生命の死であり、人々から忘れ去られてしまうことを「第二の死」と呼ぶこともある。

今日の聖書個所(ガラテヤ人への手紙 1章13節〜24節)17節(下記下線部分)、ユダヤ教の熱心なエリートだったパウロが、「母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかた(神)」と言っているように、神の恵みはパウロ自身が努力する以前からであり徹底した受け身である。

ユダヤ教を信じていたころのわたしの行動については、あなたがたはすでによく聞いている。すなわち、わたしは激しく神の教会を迫害し、また荒しまわっていた。

そして、同国人の中でわたしと同年輩の多くの者にまさってユダヤ教に精進し、先祖たちの言伝えに対して、だれよりもはるかに熱心であった。

ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、異邦人の間に宣べ伝えさせるために、御子をわたしの内に啓示して下さった時、わたしは直ちに、血肉に相談もせず、また先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行った。それから再びダマスコに帰った。

その後三年たってから、わたしはケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間、滞在した。しかし、主の兄弟ヤコブ以外には、ほかのどの使徒にも会わなかった。 ここに書いていることは、神のみまえで言うが、決して偽りではない。

その後、わたしはシリヤとキリキヤとの地方に行った。しかし、キリストにあるユダヤの諸教会には、顔を知られていなかった。

ただ彼らは、「かつて自分たちを迫害した者が、以前には撲滅しようとしていたその信仰を、今は宣べ伝えている」と聞き、わたしのことで、神をほめたたえた。

恵みも神が一方的に働いたのであり、人間の徹底した受動性、受け身の立場である。このような転回はなぜ生じるかを考えるに、権威者や人の目を気にして生きていたが、私がどうであれ支えられ助けられて生かされているという体験をしたゆえだと分かって、価値観(生き方)を変えてしまったのである。

講壇前に置かれている人々は神の腕の中に抱かれている。この人々の魂に安らぎを与えられていると信じたいと思う。

木ノ脇牧師の祈る姿.jpg召天者記念日は生きていた人々を思い、今を輝かせようとしている私たちに、神さまが恩寵を注いでおられることを思う日ではないかと思う。
み前に感謝して祈ります。
(合掌して祈られる木ノ脇牧師)

墓前礼拝@.jpgこのあと教会墓地へ移動し、墓前礼拝を捧げる。参加者25名。
木ノ脇牧師は「へブル人への手紙11章1章〜7節」から、「天に移された人々を覚えて」と題してショートメッセージを語ってくださった。

へブル書11章1章〜7節:
墓前礼拝A.jpgさて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。

信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。

信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。

信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。

信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。

信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった。

神の恵みによってより良く生き、のびのびと生きることを確信したい。私たちには見えない神であるが、いつも神の働きに触れている。触れて生きている。それが信仰である。

アベル、エノク、ノア。
ノアのおかげで生物が絶命せずに望みが達成されていることも信仰ゆえのことであり、神に喜ばれて神に「良し」とされたことを覚えたい。
私たちも主の栄光に与る者とされたことを信じ感謝して、より良く快活に生きよう」。


讃美歌21・575番「球根の中には」

1 球根の中には 花が秘められ、
  さなぎの中から いのちはばたく。
  寒い冬の中 春はめざめる。
  その日、その時をただ神が知る。

2 沈黙はやがて 歌に変えられ、
  深い闇の中 夜明け近づく。
  過ぎ去った時が 未来を拓く。
  その日、その時をただ神が知る。

3 いのちの終わりは いのちの始め。
  おそれは信仰に、死は復活に
  ついに変えられる 永遠の朝
  その日、その時をただ神が知る

私は3番に入ってから涙が流れて歌えなくなってしまった。
亡き父母を想ってではなく、現実の苦境を思って「恐れは信仰に」の言葉が心に触れ、そして、わが生涯を全うして神のみもとに帰る時を想い、そしてまた、私の葬儀で我が最愛の知子と真智子は涙のうちにも微笑んで送ってくれるのではないかと想っての涙だった。

私が長く命を賜わり幸悠も高校生にもなるのであれば、自己を見つめて生きる意味を考え始める頃であろうから、ユキにも私の生き方が証しになれば望外の喜びである。勿論、夫にも太志君にも、父と母が愛した兄や妹にも。そして、親しい友にも、また、悪意の人々にまでも・・・


私は改定版の『讃美歌21』よりも、子供の時から歌いなれた従来の讃美歌が好きだが、復活祭にも歌われるこの575番は慰めに満ちた希望あふれる愛唱歌の一曲である。私のその時の一曲にあげたいと思う。

今朝の説教で、死は必要なのだということ、 ” Nessesary end ” であることを改めて感じ受容を深めることができた。
シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』第2幕 第2場にこんなセリフがある。
" Seeing that death, a necessary end, Will come when it will come. "
「最後は誰も避けられぬ、死ぬときは死ぬのだ」。


だからこそ私たちは一瞬一瞬を努力して命を輝かすのであり、特に最終ラウンドは有終の美を生きたいと願う。


posted by 優子 at 23:57| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年10月31日

馬見労祷教会は古墳群の中にあった!

教会では毎週土曜日の朝は翌日の礼拝準備のために6〜7名の方が、礼拝堂やトイレ、玄関、庭の掃除、また、牧師不在のために週報作成のために労してくださっている。私は不本意ながら役員であるのに特別の時にしか出席できていないので心苦しく思う。

今日は明日の召天者記念礼拝を前にして墓地の掃除に初めて参加した。午後から役員会があり、夫も壮年会代表で陪席することになっていたのでアッシー君になってもらって、午前10時から16時半近くまで教会で過ごした。

教会墓地.jpgこれは寺の墓地にある馬見労祷教会の墓だ。背後に見えるのは「三吉(みつよし)石塚古墳」だ。三吉石塚古墳.jpg




教会から自動車で5分もかからない場所にある。私は昨年の墓前礼拝以来2度目だ。

教会墓に刻まれている聖句.jpg
「彼は死ぬれども、信仰によりて今なを語る」。
(文語訳・へブル書 11章4節)

この辺りは「馬見(うまみ)古墳群」と呼ばれ、「奈良盆地西南部、奈良県北葛城郡河合町、広陵町から大和高田市にかけて広がる馬見丘陵とその周辺に築かれ、北群、中郡、南群の3群からなる県下でも有数の古墳群」であることを今日初めて知った。

写真には写っていないが、三吉石塚古墳の右側には馬見古墳群を構成する古墳の1つで、国の特別史跡に指定されている「巣山(すやま)古墳」という前方後円墳がある。4世紀末〜5世紀初に造られた竪穴式石室で墳丘長は204mもあるそうだ。

また「Y姉の家の近くには牧野古墳(ばくやこふん)があるよ」と、そこここに古墳があるなんて「さすが奈良だ!」と驚く。
牧野古墳は奈良県北葛城郡広陵町に所在する古墳時代後期の横穴式石室の円墳で、高さ13m、直径は約50mあり、明日香村の石舞台古墳に次ぐ規模だという。1957年に国の史跡に指定されている。

竪穴式や横穴式など50年も前に社会科で聞いて以来の懐かしさ。それらが実際に生活しているところにあり、私の通っている教会近くに点在していたとは何という感動! 生まれてこのかた埋没したままの知的好奇心もさすがに脈打つのを感じる。

この土地に生まれ育った教会の友・S姉(しまい)は、子供の頃は巣山古墳で肝試(きもだめ)しをして遊んだそうで、それを聞いた瞬間に子供時代のS姉が楽しそうに走り回っている姿が見えるようだった。いかに無知な私でも歴史を感じる楽しい話だった。

教会墓の納骨堂.jpg墓の裏側のドアを開けると、階段を下りたところが納骨堂になっている。
明日は礼拝のあと花を持参してここで墓前礼拝を捧げる。

このあと9名で昼食をいただいて、1時過ぎから牧師招聘委員会(私たちも陪席)、続いて2時から4時まで11月の役員会を持った。私たちの教会のために労してくださっている大澤星一牧師の関係で今日の開催となった。

めっきり空気が冷たくなった今朝、ユキは町内のハローウィンでお昼過ぎまで知子と出かけていた。私も教会の方々と恵みの時間を過ごした。
買い物をして帰宅すると6時前、すっかり日が暮れていた。今夜は放射冷却でかなり冷え込むそうだ。苦手な冬の到来である。

posted by 優子 at 22:25| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

福島や仙台で健康相談会を重ねる山崎知行医師の公開講演会ご案内

公開講演会.jpg来月私たちの教会に山崎知行医師をお招きして公開講演会を開催します。

→ IMG_5914.jpg
和歌山在住の山崎医師は、毎月福島や仙台を訪ねて健康相談会を開いておられます。メディアでは殆ど報道されない福島の現状を直にお聞きできる滅多にない機会です。東北や関東の情況も知りたいです。
とにかくどんな情況であれ真実を知りたい、そこから最善を見極めていきたいと思います。どうぞ是非お出かけ下さい。

我が町にも福島から実家へ避難されている方がおられますが、市内の関係者にも周知していただこうと、今朝お2人の世話人にご案内依頼してきました。「予定がなければ行きます!」との即答が返ってきました。

この日は礼拝で山崎医師がメッセージも語ってくださいますので、礼拝にもご出席ください。大いに歓迎します。礼拝では席上献金がありますが、ご自由ですのでお気軽にお越しください。

公開講演会@.jpg

公開講演会A.jpg

公開講演会ポスター.jpg最寄りの駅は、近鉄大阪線・五位堂(ごいどう)駅よりタクシーで1200円ぐらい(?)かかりますが、是非お出かけ下さい。

早速、我が家の掲示板にも貼りました。
※ 10月31日にいただいた拡大ラミネートフィルム版に更新。

posted by 優子 at 21:49| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

イエスさまが語られた「天の国」の譬え話  −子どもの礼拝で語ったこと D―

今朝の「子どもの礼拝」は小さな子供たちが3名加わって賑やかだった。
馬見労祷教会では大人の礼拝の初めに子どもの礼拝を組み入れて、共に子供讃美歌を讃美し(歌い)、担当者が7〜8分間ほどの短いメッセージを語る。

そのあと子どもたちは2階へ上がってメッセージ担当者と他1名で分級に移る。出席名簿に聖句のシールを貼ったりして過ごし、誕生月の子どもがいればお菓子と飲み物をサービスする。
そして、説教最後のお祈りが終わった段階で再び礼拝に合流して献金のご奉仕をして礼拝を終える。子どもが激減した教会の苦肉の策である。

余談になるが、クリスチャン・ペンクラブの友、『生かされて』(右側「お気に入りリンク」に掲載)の著者が通っておられる「土浦めぐみ教会」は大規模教会である。

牧師が3名だったか複数おられ、午前中に3回に分けて礼拝が持たれ、教会学校には幼児から高校生まで合わせて約150名が出席。駐車場は何と300台も収容できるというから驚きである。

日本にもそのような教会があるというのは喜ばしい限りである。同じく大阪府吹田(すいた)市の教会に通っておられる関西クリスチャン・ペンクラブの友の教会も300名ほど集う教会だそうだ。このような教会が日本にも存在するのは非常な励ましであり、私も主に在って私たちの教会の歩みを続けよう。

今朝は「子どもの礼拝」でお話する奉仕に当たっていた。今回で5回目だと思う。次のような内容をお話した。

10月は、イエスさまが「天の国」がどうようものであるかを話してくださったところを読んできましたが、今朝はズバリ「天の国」のたとえです。最初に聖書をお読みします。

【マタイによる福音書 13章44〜46節】
「天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである」。


これはこんなお話です。
ある人が畑を耕している時に宝物を見つけました。そこは自分の畑ではなかったので、宝物を見つけた人はそれを土の中に隠して大急ぎで家に帰り、財産を全部売って、そのお金でこの畑を買いました。

また、真珠を売り買いしている人が良い真珠を探していた時、ついに最高の真珠を見つけたので、持っていた物を全部売り払って、たった一粒の真珠を買ったというお話です。

(子どもが興味深く聴いてくれていたので御木本幸吉の真珠の養殖についても触れ、2000年前の自然界で創り出された真珠がどんなに高価なものであったかを話した。)

この2つのお話に共通しているのは、宝物を手に入れるために持っている物を全部売って買い取ったということですが、そして神さまの働きとは、畑の中にあった宝物や、やっと見つけた一粒の真珠を買い取って自分のものにしたことです。まさに、ご自分の命を投げ出して成し遂げてくださったイエスさまのことを思いますね。

神さまは誰でも宝物を見つけることができるようにしてくださっているのですが、土の中や海の中など、人々の目から隠されているので多くの人が見つけられないのです。「天の国」という宝物もそういうものですよとイエスさまは教えてくださいました。

では「天の国」「天国」ってどんなところでしょうか。
「国」と言っても、地球儀にある国境のある「国」という意味ではなく、死んでから行く所でもなく、神さまの恵みが満ち溢れているところです。だからその宝物を持っている人はイエスさまと共に生きている人のことで、その人は今すでに天の国にいるということです!

もっとわかりやすく話しましょう。
野球選手のマット・マートンを知っていますか? すごく優秀な選手なんだってね。
(ユキちゃんはおじいちゃんに何度も大阪ドームへ連れて行ってもらっているので野球選手のことも知っていると思うけれど、)阪神タイガースのマートンはいつもイエスさまと一緒です。クリスチャンです!

マートンはヒーローインタビューではいつも、「イエス様に平安がある」と日本語で締めくくるそうです。そして、こんなことを言っています。

「神さまは僕に野球の才能をくださった。だけど、どんなに頑張っても全てうまくいくとは限らない。でも、たとえ僕が失敗してもイエスさまが立ち直れる力であり、失敗のまま終わることはなくいつも前向きでいられる。

僕が試合中に意識しているのは、究極的には観客は1人、神様だということです。すべてのことを、神様に栄光をささげるためにさせてくださいと祈っています」。


このマートンのような生き方こそが、最高の宝物を見つけた人であり、その宝物を大切にして生きており、今すでに天の国にいるという意味です。

お祈りしましょう。
「神さま、今、イエスさまの譬え話について学びました。イエスさまが私たちのためにご自分の命を投げ出して救い出してくださったことを思い出しました。この宝物を無くさないように、いつもイエスさまと一緒に大きくなっていくことができますようにお守りください。
そして、学校のお友達や先生もみんな人生の最高の宝物を見つけることができますように、イエスさまのお名前によってお祈りします。アーメン」。

「マット・マートン『僕の人生の目的』」 は、1分56秒の短い動画です。是非ご覧ください! 

附記:
Power for living.jpg今朝の子どもの礼拝がユキひとりならば話そうと用意していった『パワー・フォー・リビング』(140ページ)は、当地に引っ越してからしばらく福音系の教会に在籍していた2007年頃に、友人や知人、民生委員の仲間など10名ほどにお配りしたことがあった。

ここに日本ハム監督のトレイ・ヒルマンのことが紹介されている。彼は宣教師で、熱心なプロテスタントのクリスチャンだ。こんなことを書いている。

トレイ・ヒルマン.jpg「私は完璧な人間では決してありません。数多くの間違いを犯してきました。けれども、神さまはその憐れみと恵みによって私を赦してくださり、私と家族を豊かに祝福してくださいました。

私を英雄と思わないでください。ただの人間にすぎない私を真似るのではなく、イエスさまに従い、イエスを真似しましょう。
あなたの魂を救い、天国と永遠の命への道を教えることができるのはイエスさまだけなのです」。

「イエスさまが死んでくださったこの犠牲により、私たちは永遠の命という贈り物をいただけるのです。この贈り物をいただくにはイエスさまを信じるだけです!」

 
posted by 優子 at 20:33| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

「分けへだてしない神」

再び無牧の教会になって1年半になるが、私たちは代務を担って下さっている大澤星一牧師を初め、多くの牧師を通して魂の養いを得ている。

今朝は木ノ脇悦郎牧師からメッセージを賜った。7月5日は私だけ欠席したので私にとっては今回初めてのお目文字だった。

謙遜で物静かな方、プロフィールを知りたくて検索した。
関西学院大学よりエラスムス研究により博士学位受領(神学博士)。アムステルダム・フライ大学、中世末期宗教改革研究所客員研究員。福岡女学院短期大学教授、関西学院大学神学部教授(神学部長)を経てのち、今春まで福岡女学院院長・福岡女学院大学学長・福岡女学院幼稚園園長をされていたようである。

木ノ脇牧師のお説教の一部をここに刻みたい。いつものように私の聞き書きであるので文責は『メメントドミニ』筆者にある。

パウロは徹底したユダヤ主義者、律法主義者であり、ユダヤ教のエリートだったのに突然回心した。全く別の人間、異質な人間に変身した。人間観が変わり、救いや宗教観が全く変わってしまった。

ダマスコ途上のイエスの呼びかけによってアナニヤの所へ行き、多くのキリスト者たちとの出会いを通して変わっていった。そして、異邦人、即ちユダヤ人以外にイエス・キリストの福音を伝えて行った。

ユダヤ教は民族宗教だったが、キリスト教は普遍宗教、世界主教である。パウロが異邦人伝道することによって世界宗教に変わっていった。パウロの活動がなかったらキリスト教はユダヤ教の一派になっていた。

ユダヤ主義だった人が枠を取り出していったのだから、ユダヤ人から言えば、こんなひどい裏切りはなく数多くの迫害に会った。

ガラテヤ書1章1節に、「人々からでもなく、人によってでもなく、イエス・キリストと彼を死人の中からよみがえらせた父なる神とによって立てられた使徒パウロ」とあるように、エルサレムの偉い人から認められたのではなく、神さまから選ばれたことを強調している。

使徒行伝1章1節には、「さて、ある人たちがユダヤから下ってきて、兄弟たちに『あなたがたも、モーセの慣例にしたがって割礼を受けなければ、救われない』と、説いていた。」とある。

即ち、キリスト者であってもユダヤ教の律法を守らなければ救われないんだよと言っており、これに対してバルナバたちと大論争になった。
パウロは、イエスの福音により自由になったその自由を最大限に大切にしようという立場であった。

バルナバはキプロス島出身のユダヤ民族、レビ人である。レビ人はユダヤ教の中枢を担う人であった。パウロの弟子、テトスもギリシャ人だった。

新約聖書はギリシャ語で書かれている。聖書が書かれた時代のギリシャ語では「ギリシャ人」の反対語は「ユダヤ人」だが、聖書が書かれた以前の反対語は「野蛮人(バルトロマイ)」だった。

唯一信仰のユダヤ人と多神教のギリシャ人。ユダヤ人は豚を汚れたものとして食べないが、ギリシャ人は豚を神に捧げるなど全く違う。

キリスト者は律法から自由にされたと言っても律法はどうでもいいとは言っていないが、律法主義者は律法で人をがんじがらめにするから、人は一度律法から解き放たれて自由にされるべきである。

しかしまた、人間は時間が経つと何かに縛られていく。

2章6節の「事実、かの『重だった人たち』は、わたしに何も加えることをしなかった。」の原文は「神は人の顔を見ません」である。
「人の顔」とは「メンツ、面目」のことであり、人の面目を受け入れないということ。神の判断にとっては面目は無関係であり、大阪弁の「それがなんぼのもんじゃ」(そんなの知ったことではない)という感じである。

人間は分け隔てすると反対の方へ行く。
つまり、相手がりっぱな人だと思うと自分が卑屈になり、そうでないと思うと傲慢になる。キリスト教も例外ではない。と言うのは、自分たちと違う考え方の人を異端だとして排除する。

人はそれぞれの役割を持つが、どれが優れているのではない。神は偏り見られない。異なる理解が許されないことにより、どちらの立場に立つべきかとなる。これが偏り見ることへの表れである。

私たちは最初の素朴なイエスとの出会いを思い起こし、自分が何者かであると思いそうになった時に原初に立ち返ることがとても大切であり、そして教会が一つになっていくことが大切だ。謙遜な思いを持ち、互いに助け合い、互いに生かしあっていこう。

これが全てにあてはまる答えであり、多くのことを考えさせられた。
今朝の聖書箇所、ガラテヤ人への手紙2章1節〜10節:
2:1その後14年たってから、わたしはバルナバと一緒に、テトスをも連れて、再びエルサレムに上った。

2:2そこに上ったのは、啓示によってである。そして、わたしが異邦人の間に宣べ伝えている福音を、人々に示し、「重だった人たち」には個人的に示した。それは、わたしが現に走っており、またすでに走ってきたことが、むだにならないためである。

2:3しかし、わたしが連れていたテトスでさえ、ギリシヤ人であったのに、割礼をしいられなかった。

2:4それは、忍び込んできたにせ兄弟らがいたので――彼らが忍び込んできたのは、キリスト・イエスにあって持っているわたしたちの自由をねらって、わたしたちを奴隷にするためであった。

2:5わたしたちは、福音の真理があなたがたのもとに常にとどまっているように、瞬時も彼らの強要に屈服しなかった。

2:6そして、かの「重だった人たち」からは――彼らがどんな人であったにしても、それは、わたしには全く問題ではない。神は人を分け隔てなさらないのだから――事実、かの「重だった人たち」は、わたしに何も加えることをしなかった。

2:7それどころか、彼らは、ペテロが割礼の者への福音をゆだねられているように、わたしには無割礼の者への福音がゆだねられていることを認め、

2:8(というのは、ペテロに働きかけて割礼の者への使徒の務めにつかせたかたは、わたしにも働きかけて、異邦人につかわして下さったからである)、

2:9かつ、わたしに賜わった恵みを知って、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネとは、わたしとバルナバとに、交わりの手を差し伸べた。そこで、わたしたちは異邦人に行き、彼らは割礼の者に行くことになったのである。

2:10ただ一つ、わたしたちが貧しい人々をかえりみるようにとのことであったが、わたしはもとより、この事のためにも大いに努めてきたのである。

礼拝後の「交わりの会」では今月の誕生者の祝福を祈ってくださり、9月1日生まれの夫は一言スピーチした。その後、昨日の「ちいろばまつり」の話題になり、ちいろば園に初めて参加した私も印象を述べた。

木ノ脇牧師は11月1日の召天者記念礼拝の司式も受諾してくださり、一同から感謝と喜びの歓声が上がった。

posted by 優子 at 21:59| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年09月12日

高見牧師が蒔かれた種、ちいろば園を訪ねる

今から26年前のこと、西大和教会を牧会されていた現名誉牧師高見敏雄牧師が中心になって創設された知的障害者授産施設(通所)、社会福祉法人「ちいろば園」が奈良県生駒郡三郷町にある。

ちいろば園E.jpg

晴天の今日、「ちいろばまつり」に初めて参加した。
ここは養護学校を卒業した18歳以上の人たちが通う作業所で、現在53〜4名が夕方4時まで活動している。「ちいろばまつり」は地域の人々に知ってもらうために行っているとお聞きしたが、今日も地域の小学校のPTAや自治会から応援に来られ、すっかり地域に溶け込んでいた。

ちいろば園@.jpg入口に入った瞬間、天窓から降り注ぐ光にとらわれ、心の底まで光が射しこんだような感じがした。

とにかく雰囲気が明るい。20年も前に建てられた建物とは思えないほど美しく清潔で、しかも頑丈な造りが印象的だった。




「ちいろば園」エントランス.jpg


ちいろば園B.jpg

2階では劇団「あおむし」による影絵「どこいったん」と人形劇「番ねずみのヤカちゃん」の公演。その後、6つの模擬店が店を開き、常設の喫茶軽食の「ドンキー」ではパンやクッキーなどのちいろば商品が販売され、どこもかしこも賑わっていた。

ちいろば園A.jpg私は人形劇の公演中に中座して館内を見て回った。







ちいろば園D.jpg

私が「ちいろば園」のことを知ったのは2014年2月9日の「ちいろば園開設25周年記念講演会」で、『ちいろば園と歩んだ25年 ──障がい者と「共に生きる」社会を目指して』では創設者・高見敏雄牧師の理念を知った。

その本の内容を含む292ページに及ぶ『ともにいきる社会をめざして』を昨年末に近隣のN氏にお渡しすると、非常に感銘を受けてくださったのでお誘いした。

N氏は大阪の聾学校の中・高校で長年教鞭を執っておられた方ゆえに障がい者への思いは深い。引退された今は当市の教育を見守り、原発事故後の子どもたちの安全のために労してくださっているおひとりだ。

今朝は教会で教会の方々と合流して教会の方の自動車に乗せていただくつもりが、私の連絡ミスで先に行かれたと思って出発したため、反対に私と孫がN氏に連れて行っていただくことになった。しかし、礼拝堂にも入っていただき教会を御紹介できたことはとても嬉しかった。

知子は家事を終えて11時15分頃に到着し、知子が自動車で来たので人形劇が終わったあとN氏は帰られた。
その後教会の方々と「ドンキー」で軽食を摂り、まもなく皆さんも退散。それぞれの抽選券を私たちに下さったが、私たちもまた抽選会の5分前に園を出た。

「家に居いるだけでは、何にも始まらない! とにかくなかまと出会い、明日の自分を考えよう。親といつまでも暮せるわけはない・・自分の将来、夢・・そんなことを考えよう」。

ちいろば園のHP「サービス紹介」を読んでいると、自動車の中で話してくださったN氏の言葉と重なった。
「人間は集団でしか成長しない。子供は先生と仲間の中で成長していく」。
ちいろば園C.jpg

今もヨーヨ釣りが大好き.jpg

私は高見牧師のことばかり想っていた。今日も高見牧師との再会は叶わなかったが、高見牧師ご夫妻が蒔かれた種がこんなに大きな実を結んでいた! そして、愛の園幼稚園もまた!

愛の園幼稚園A.jpg

愛の園幼稚園@.jpg







(イエスは)「また言われた、
『神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。
地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。実がいると、すぐにかまを入れる。刈入れ時がきたからである』。

また言われた、
『神の国を何に比べようか。また、どんな譬で言いあらわそうか。それは一粒のからし種のようなものである。地にまかれる時には、地上のどんな種よりも小さいが、まかれると、成長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が宿るほどになる』」。

         
                 (マルコによる福音書4章26節〜32節)

師が蒔かれた種は本物の福音の種、命が内蔵された種だった。そこに同労者が加わって積み重ねられた努力により、種が芽を出し成長して収穫の時を迎えたのである。
願わくは、今後も創設者の心を継承して多くの人々の安らぎと希望の場でありますように!


posted by 優子 at 22:05| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

「アブサロム、アブサロム!」

今朝の説教タイトルは、20世紀最後の米国作家ウィリアム・フォークナーの短編のタイトルである。この作品は南北戦争時代に黒人差別する白人主義を批判したもので、世界の不条理と、そこに生きる人間の掻きむしる苦しさを訴えようとしている。

このタイトルは聖書・サムエル記下18章28節〜19章1節より取られている。
18:28時にアヒマアズは呼ばわって王に言った、「平安でいらせられますように」。そして王の前に地にひれ伏して言った、「あなたの神、主はほむべきかな。主は王、わが君に敵して手をあげた人々を引き渡されました」。

18:29王は言った、「若者アブサロムは平安ですか」。アヒマアズは答えた、「ヨアブがしもべをつかわす時、わたしは大きな騒ぎを見ましたが、何事であったか知りません」。

18:30王は言った、「わきへ行って、そこに立っていなさい」。彼はわきへ行って立った。

18:31その時クシびとがきた。そしてそのクシびとは言った、「わが君、王が良いおとずれをお受けくださるよう。主はきょう、すべてあなたに敵して立った者どもの手から、あなたを救い出されたのです」。

18:32王はクシびとに言った、「若者アブサロムは平安ですか」。クシびとは答えた、「王、わが君の敵、およびすべてあなたに敵して立ち、害をしようとする者は、あの若者のようになりますように」。

18:33王はひじょうに悲しみ、門の上のへやに上って泣いた。彼は行きながらこのように言った、「わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、わたしが代って死ねばよかったのに。アブサロム、わが子よ、わが子よ」。

19:1時にヨアブに告げる者があって、「見よ、王はアブサロムのために泣き悲しんでいる」と言った。

以下は大澤星一牧師の説教要旨である。
「イスラエル建国の父」と言われているダビデは問題の多い人で、クリーンな人ではなかった。罪深く波乱にとんだ人生だった。この箇所は、ダビデがダビデの3男・アブサロムの死の知らせを使者から聞く場面である。

ダビデは自慢の美しい息子アブサロムを愛していた。アブサロムは愛するタマルを義兄(異母兄のアムノン)が犯したことに激怒し、2年かけて機会を待って義兄を殺す。そのために逃亡の生活となった。

その後、アブサロムは父・ダビデのもとに帰るが、父に反旗を翻し最後はダビデが勝利する。ダビデはアブサロムを殺してはいけないと言うが、ダビデの部下ヨアブはアヒマアズを送って殺してしまう。

王に対する反逆を許してはいけないのに、アブサロムの死を聞いたダビデは、息子への深い深い愛を隠し切れず泣いたという箇所である。

この「アブサロム、アブサロム」の叫びは私たちの叫びでもある。
私たちもいろんな人と出会って関わっていく以上、その苦しみを受け入れねばならない。その原因を追究するのではなく、もがきながらも受け入れて生きて行かねばならない。

ダビデのすがたが人々の心を捉えるのは、何度も繰り返してしまう罪と向き合っていくからだ。

疑いたくなる現実。人間は生まれながらにしてそのような歩みを行っていくのであるが、だからそのたびに神さまと向き合っていく。その苦しみを神さまに訴えていく。苦しくとも神が共に在ることを信じて生きて行きたい。

聖書に一言一句、全て困った時の答えが書いてあれば楽だろうが、神さまは私たちが悩んで取り組んで、もがいた決断を導いてくださると信じて歩んでいくしかない。

祈り、悩み、決断していく。それを神さまは守り支えてくださる。そのように歩めたらいいなあと思う。神さまに向き合い、いろんな出来事に向き合い歩んでいこう。

私たちがどのように歩んで行ったらよいか一人ひとりに示されているように思う。悩み、悲しみを全て神さまに訴える。そのような信頼を私たち一人ひとりにお与えくださるように!


附記:この記事は9月14日17時48分に公開したものであるが、9月16日10時55分に6日付けとして記録した。


posted by 優子 at 17:48| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年08月30日

旅行疲れで礼拝欠席、知子に託した子どもたちへのメッセージ −子どもの礼拝で語ったこと C−

私は旅の疲れで礼拝を欠席したために、子どもたちへのメッセージで話そうとしていた内容を知子に代読してもらった。以下がその原稿である。

今日のお話はエルサレムの近くにあるエリコという町で、イエスさまが目の見えない人の目を見えるようにしてくださったというお話です。

最初に聖書を読みます。今朝の聖書はマタイによる福音書20章29節から34節です。「盲人」というのは目の見えない人のことです。

「それから、彼らがエリコを出て行ったとき、大ぜいの群衆がイエスに従ってきた。 すると、ふたりの盲人が道ばたにすわっていたが、イエスが通って行かれると聞いて、叫んで言った、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」。

群衆は彼らをしかって黙らせようとしたが、彼らはますます叫びつづけて言った、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」。

イエスは立ちどまり、彼らを呼んで言われた、「わたしに何をしてほしいのか」。 彼らは言った、「主よ、目をあけていただくことです」。

イエスは深くあわれんで、彼らの目にさわられた。すると彼らは、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った」。


以上です。
ここでは目の見えない人が2人出てきましたが、目が見えないというのは、どんなに辛く大変なことでしょう。
私は目の見えない人の大変さを少しでもわかりたくて、家の中で目を閉じて歩いたことがありますが、フラフラして立つこともできなかったし、ぶつかってばかりで何もできませんでした。

ましてや、外へ出るなんて怖くてできません。お母さんの顔も見えないし、青い空も、美し花も、ご馳走も何も見えないのです。

こんなに悲しくて大変なのに、それだけではなく、昔は、「目が見えないのは罪を犯したからだ」「悪いことをした罰だ」と言われていました。そして、「役立たず!」とバカにされて、とても辛い思いをしていました。

ある時、この人たちはイエスさまがそばを通っておられることに気づきました。2人は大きな声で「ダビデの子よ、私たちを憐れんでください!」と叫びました。

「ダビデの子」というのは、神さまによって全ての人に与えられた「王様」という意味です。どこかの国の王様というような意味ではなく、全てを支配されている王様、つまり神さまの意味です。

2人の目の見えない人が「主よ、ダビデの子よ!」と叫んだ時、周りの人々に「黙れ!」と怒られました。でも、そんなことかまわずに力の限り叫び続けました。

この人たちの叫び続ける勇気と一生懸命な気持ちが伝わってきますね。怒鳴られて「黙れ!」と言われても、「主よ! ダビデの子よ!」と叫び続けたのです。

そして、イエスさまが「わたしに何をしてほしいのか?」と聞かれました。目の見えない人は、勿論、「主よ、目をみえるようにしていただきたいのです」と答えました。

イエスさまは目の見えない人に、そんなことお聞きにならなくても、よくわかっておられることでしょうに! 目が見えるようにしてほしいに決まっているよね。

でも、イエスさまはね、いつも私たちに、自分の言葉で自分の気持ちや願いをはっきり言うように願っておられます。恥ずかしがったりしないで、バカにされても、自分の思いを言う事がとても大切なのです。

この2人は、「主よ、目を見えるようにしてください」とはっきり言いました。すると、イエスさまがその目に触れて、目を見えるようにしてくださいました。

目が見えなかった2人は、イエスさまの不思議な力で目が見えるようになっただけではなく、心を神さまのほうに向けるようになって、イエスさまに従うようになりました。これこそが奇跡だと思いました。

子のお話を聴いて、ユキちゃん(今朝はユキだけだった)はどう思ったのか、続きはお家でお話してね。

では、お祈りしましょう。

イエスさま、今、イエスさまが奇跡を行われたお話を聴きました。イエスさまは、私たちにも大きな奇跡を行ってくださっています。イエスさまを信じるという奇跡です。ありがとうございます。

長かった夏休みも終わり、あさってから2学期が始まります。
一生懸命お勉強したり、お友達とも楽しく過ごすことができますように、いつもイエスさまが共にいてください。

このお祈りを、イエスさまのお名前によって御前にお捧げします。アーメン。


posted by 優子 at 20:20| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年08月09日

信徒説教で「罪の問題と救済について ―遠藤周作の作品より―」を語る

今朝の朝顔.jpg今朝の礼拝で信徒説教者として講壇に立たせていただいた。先週の礼拝に続いて今朝も奏楽を務めた知子は、前奏曲に「パッフェルベルのカノン」を選んだ。

この曲は母と死別後、何年も聴きつづけていた曲だったから、前奏曲を聞きながら母と父を想い出して何度か涙を拭いた。まもなく前奏が終わり礼拝が始まった。
          
今朝は遠藤周作の代表作である『海と毒薬』と、その続編の『悲しみの歌』から、神を求めることなく生きる「日本人の罪意識不在」を考え、罪の問題と救済についてお話させていただきたいと思います。

最初に一言お祈りさせていただきます。

在天の父なる神さま、今朝はこの小さき者を講壇に立たせていただくことを心から感謝いたします。どうか、お聴きくださる方々にわかるように話すことができますように助けてください。

今、全国の教会で持たれている礼拝に神さまが豊かに臨んでくださいますように、主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

信徒説教中.jpg戦後70年の今、平和の理念は大きく揺らぎ日本は再び大変危機的な状況に立たされています。
今日取り上げます『海と毒薬』は、まさに70年前に実際にあった戦争犯罪を題材にして書かれたものですから、終戦記念の8月にこれらの作品を思い起こすことは意義深いことだと思います。

『海と毒薬』はあまりにも有名ですので、ご存じの方もたくさんおられると思いますが、簡単に内容をご紹介いたします。

この作品は、第2次世界大戦末期に、九州大学付属病院でアメリカ人捕虜の飛行士8名が医学上の実験材料にされ、そのことを戦後直ちにアメリカ軍の法廷で取り上げられた、生体解剖事件を題材にして書かれたものです。
    
その実験とは、血液に生理的食塩水を注入して死亡までの極限可能量を調べたり、血管に空気を注入して死亡までの空気量を調べたり、また、肺を切除して死亡までの気管支断端の限界などを調査するという、何ともおぞましいものでした。

その生体実験の助手に2人の医局員、戸田剛と勝呂二郎に声がかかり、彼らは戦争に巻き込まれていくかのようにして実験に立ち会うことになります。

2人の人物像については、勝呂はごく普通の人間で、「平凡が一番幸福」と思っている人であり、空疎な内面を持って生きているように描かれています。
写真は六甲小学校発祥の地、六甲駅のすぐ近く、阪急沿線沿いにある。
8月7日に次女夫婦と孫の4人で神戸の叔母を訪ねた時に見つけた。
六甲小学校発祥の地.jpg戸田については手記の形式で多くの紙面が割かれています。
経済的に恵まれ、「昭和10年ごろ、神戸市灘区の東はずれにある六甲小学校で髪の毛を長く伸ばしている男の子はぼくだけだった。」と、子供の頃の経歴は遠藤氏のそれと多分に重なっています。

戸田は成績優秀、学芸会では必ず主役、絵や書き方もいつも金賞という人物に設定し、「大人の気に入られるように自分を作って生きてきた」人で、子供の時から他人の眼や社会の罰だけが恐怖だと思っています。「人間なんて一皮むけばみんな僕と同じだ」と考えており、「良心の呵責を感じない自分が不気味である」とすら言っています。
 
では、2人はどのようにして「あの事件」に関わっていったのでしょうか。この仕事は断ろうと思えば断れたのですが、勝呂は真剣に考えることもなく、「俺一人ではどうにもならぬ世の中」だからと、どうしようもないこととして生体解剖に立ち会うことを承諾します。

一方、戸田は運命だと考え、戸田なりに「自ら選び取った運命」として、冷酷なまでに積極的に参加します。そんな戸田ですが、「良心の呵責を感じない自分が不気味」だと言い、戸田のほしいものは呵責であり、胸の烈しい痛みでした。その箇所の一部を読んでみます。
戸田は、二時間前まで生きていた捕虜の赤黒くよどんだ水に漬けられたこの褐色の暗い塊り。俺が怖ろしいのはこれではない。自分の殺した人間の一部分を見ても、ほとんどなにも感ぜず、なにも苦しまないこの不気味な心なのだ。

今、戸田のほしいものは呵責だった。胸の烈しい痛みだった。心を引き裂くような後悔の念だった。だが、この手術室に戻ってきても、そうした感情はやっぱり起きてこなかった。

戸田は罪に苦しむことのできないことを苦しんでおり、そのあたりに人間らしさの痕跡を感じるのですが、「今日のこと、お前、苦しゅうはないのか。お前は強いなあ。・・・どう考えてよいんか、俺にはさっぱり今でも、分からん。」と、手術室では怖くて目を閉じて何もしなかった勝呂に戸田はこんなことを言います。

あの捕虜を殺したことか。だが、あの捕虜のおかげで何千人の結核患者の治療法がわかるとすれば、あれは殺したことやないぜ。生かしたんや。人間の良心なんて、考えよう一つで、どうにも変わるもんやわ。

俺もお前もこんな時代のこんな医学部にいたから捕虜を解剖しただけや。俺たちを罰する連中かて同じ立場におかれたら、どうなったかわからんぜ。世間の罰など、まずまず、そんなもんや。

戸田は身勝手な論理で自分を納得させて、常にこのように通り過ぎていくのですが、果たして、この2人はどちらの方が罪深いのだろうと考えたものです。

「考えても仕方がない」とする勝呂よりも、胸の痛みを感じたいと思っている戸田のほうが、救済の可能性があるようにも思います。

確かに戦争という時代においても、自分の出世のためには患者を人とも思わない柴田助教授や浅井助手もいましたから、そういった人々と比べるならば、勝呂と戸田は人間として苦しんでいると言えます。

戸田は、自分を押し流す運命から自由にしてくれるものが「神」だと言うのですが、「神があっても、なくてもどうでもいいんや。」と言っている勝呂の方が、闇が深いのではないかと。

そして、2人ともが「あのころは疲れていたから」と言うのです。この「ふかい疲れ」は、神不在、罪意識不在ゆえの虚無感、無気力からくる「ふかい疲れ」であり、まさに遠藤が日本人に問い続けた「日本的感性が孕む虚無」をこそ見極めようとしているのです。   

この『海と毒薬』を書いた20年後に発表したのが『悲しみの歌』です。これは『海と毒薬』の続編ともいうべきもので、ここに勝呂が登場します。私はこの作品を「東大阪読書友の会」が読書会で知りました。

この読書会は東大阪市の助成金で運営されていた読書会で、私は2009年3月まで20年間所属していました。2004年6月のテキストが『悲しみの歌』だったのです。私にはとても興味深い作品でした。

『悲しみの歌』では、勝呂は戦犯という過去を背負った開業医として登場します。戦後、影を潜めて良心的な開業医として生きてきた勝呂ですが、『悲しみの歌』の最後で首を吊って自殺します。

私はこの結末に衝撃的なほどびっくりしました。あまりに驚いたので、「遠藤はどうして勝呂を自殺させたんだろう」と次女に尋ねました。すると間髪入れずに、「作者がクリスチャンだからじゃないの?」と申しました。

その1年後、クリスチャン・ペンクラブでご指導いただいている文学者のお1人で、数多くの三浦綾子作品の解説でも著名な久保田暁一先生に、初めて日本キリスト教文学会に連れて行っていただきました。

その懇親会の席でスピーチを求められて、スピーチの最後にこのことを話題に出しましたら、遠藤周作学会会長の笠井秋生教授が、次女と全く同じことを言われたのです。

今思うと、それは当たり前すぎるほど当たり前のことですが、私は自殺させたことに非常に驚いたままでしたから、「クリスチャンだから」と言われた笠井氏に、「どうしてですか?」と返してしまったほどわからなかった。
そして、それから何年も経って気づきました。

私は無意識のうちに、クリスチャン作家の作品だから、勝呂は罪を悔い改めてハッピーエンドに持って行くのだろうと想定して読んでいたのです。

このことに気が付いたのもまた、かなり年月が経ってからでしたから、そのことにもびっくりするのですが、こういうのを心理的な落とし穴とでもいうのでしょうか。人間の無意識の思い込みの例話として語れる貴重な経験だったと思っています。

話を戻します。
ここからが今朝お話したいことです。

この時の読書会参加者の発言は、新聞記者の執拗な追跡や世間の風評が、勝呂を自殺に追い込んだというもので、私以外全ての方の一致した感想でした。ただ一人だけ鋭い感想を言われたのが、この本を推薦した方で、それは最後にお話します。

実はここで、遠藤は根源的なことを世に問うているのです。確かに世間の眼はたいへん辛かったでしょう。しかし、それで自殺したとは思えません。

「あの事件」については、勝呂は戦犯として裁かれて刑罰も受け、貧しい患者さんは無料で診療するなど善行を積んできたのです。しかし、それでも心に安らぎはなく常に何かにおびえていました。即ち、勝呂にとって罪の解決、罪からの解放が無かったために自殺に追い込まれたのではないでしょうか。

勝呂は最後まで罪の意識を自覚することはなかったと思うのですが、人は罪意識があろうとなかろうと、罪の解決を得ていないと魂の平安を得ることはできません。なぜならば神さまがそのように私たちをお造りになったからです。それゆえに無意識であっても罪から逃避せざるをえなかったのだと思います。

ここが「神なき日本人の悲惨」を描き続けた遠藤の訴えたいところなのです。夏目漱石は『こころ』で「罪と罰」を書きましたが、主人公の「先生」も自殺します。人間は何と破壊的な存在でしょうか。

読書会の講師としてお招きしたキリスト教に無縁の漱石学者はこう言われました。「八百万の神を信じる日本人が、徹底的に罪を追い詰めていった場合、罪を贖うのは自殺しかない」と。

戸田は「良心なんて考えよう次第で何とでもなる」といいます。戸田のように断言しなくても、多くの日本人はそのような考え方なのかもしれないなあと思う時があります。

『悲しみの歌』においても勝呂に罪意識はなく、「これからもおなじような境遇におかれたら僕はやはり、アレをやってしまうかもしれない・・・アレをねえ。」と、何十年経っても同じように受け止めています。彼の生き方に主体性はなく、そこに私は典型的な日本人の姿を見るのです。

しかし、遠藤が我々に問うているのは、勝呂のように生体実験に加わったとか、犯罪とまでいかなくても、誰一人として例外ではない万人に対して問われている根源的な罪の問題です。

日本人は人や動物、自然などを神格化して崇め、信仰の対象としますので、非常に都合のよい「カミ」なのです。

しかし、私たちの信じる聖書の神は、常に自分自身の在り方や主体性が問われます。「あなたはどうなのか?」「あなたは何をしたいのか?」と。

私たち人間は刑罰を受けたところで、それによって罪が赦されるのでしょうか。私たちを創造された神さまの前に立ち返らなければ魂に平安はなく満たされません。勝呂のように善行を積んでも罪から解放されないのです。

聖書が言う「赦し」とは、イエス・キリストが私のために死んで贖ってくださったと信じることであり、そのことを個人的に受け入れたならば、その瞬間に即刻即座に罪から解放されるのです。

ヨハネによる第1の手紙1章9節にはこのように記されています。
「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる」。
このことを信じる者は幸いです。

神さまは悔い改めた者には豊かに赦しを与え、溢れる恵みをくださる方です。イザヤ書1章18節には、「たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。」とあります。

私たちは人を許しても「あの時、こんなひどいことをされた」と覚えていますし、「私はこうしてあげた」と、いつまでたってもどこまでも自己を立てようとする。これが人間の実相であり、人間の努力ではどうすることもできない自分の醜さと頑なさに気づかされます。

ところが神さまは悔い改めた者の罪を完全になかったことのように忘れてくださるのです。何という感謝なことでしょうか。私たちはただ「ありがとうございます」といただけばよいのです。

しかしまた、そのこともどんなに難しいことでしょうか。
例えば、太宰はマタイ伝28章を読むのに3年かけて読み、原書のギリシャ語までたどって徹底的に読みました。しかし、読めば読むほど自虐的になり、自己嫌悪し、自己否定や罪意識ばかりが深まっていき、「悔い改めたら赦される? そんなうまい話はない」と、神の愛が信じられなくて死を選びました。

また、完璧主義の有島武郎は洗礼を受けながらも無力と虚無のうちに自殺して果てました。有島の苦悩は富と性の問題ですが、「人間が犯す罪のその責任はいったい誰にあるのか。被造物である人間にか、それとも人間を罪を犯すことができるように創造した神の側なのか」という疑い。実に深刻な神義論です。

私たちの信仰生涯においても、囲いから迷い出てしまわないために、意地を張らずに常に神さまの前で本心に立ち返りたいものです。そして、悔い改めて立ち直るたびに、より深い信仰を与えて下さるという確信を忘れないで歩んでいきたいものです。

さて、『悲しみの歌』を推薦された方は、次のように感想を言われました。

「良心の罰を受けない人もいるのに、勝呂は罪から解放されずに、いつも追われて生きてきた。赦されるということは、どういうことなのかなあと思った」。

この感想は、あの時の読書会で唯一私の心に残った鋭い感想でした。

良心の呵責に悩む人もいれば、非道なほどに他者を顧みず自分のことしか考えない人もいます。しかも、そういう人に限って健康や経済も与えられ順風な人生を歩き続けていることも多い。

そのこともまた実に不可解なことであり、まさにその不条理で理屈に合わない出来事が私の苦しみぬいた課題でありました。

彼らは自分の自己中心さに悩むこともしない。悩むにも能力がいるんだと憤りを感じていましたが、そうではない。悩む、悩めるということが神の恩寵であると気づかされ、受洗後10年余りの歳月を通して神さまに納得させていただきました。(下線箇所も是非話したかったことなのに言い忘れてしまった)

その時、私は如何に悩み、如何に導かれてきたか、いつか機会がありましたらお分かちしたいと思います。

以上、今朝は拙いながらも遠藤周作の『海と毒薬』『悲しみの歌』から、罪について、そして、罪の救済についてお話させていただきました。

最後に、私の信仰に影響を与えた一人、クリスチャンのフランス文学者であり哲学者の森有正の言葉で閉じたいと思います。有正は明治時代の政治家・初代文部大臣の森有礼の孫にあたります。

「人間にとって決定的に死に値するものは、人間の持っている罪なのです。・・・・人間に罪というものがある以上、人間は死ぬことができない、これはいちばん重要な問題だと思うのです。

・・・人間の魂を、生きることができなくさせるものは罪です。自分が罪人だということです。・・・罪がある限り、人間は死んでも死にきれないということをつかむことです。自分の経験を深めていきますと、その問題だけが残ります。

・・・けっきょく最後に残るのは、人間の死の問題であるということ。しかも、死の棘、死の針は罪だということ、罪が死の針のようにあって、人間は死ぬこともできないでいる、人間があんなに死を避けるのは、ただ死が恐いからでなくて、やっぱりそこに罪があるからだと私は思うのです」。


以上です。
お祈りいたします。

天にいらっしゃいます主なる神さま、罪赦されて永遠の命をいただき、神の国の民に登録されていることを感謝します。

しかし、罪赦されても生まれつきの罪性や性格を変えるのは至難で、信仰生活が長くなればなるほど罪の自覚が深くなり、ただただイエスさまのみ名によって祈れることを感謝するばかりです。

日本のキリスト者は1%にも満たない少数ですが、あえて私たちに白羽の矢を当ててくださり救い出してくださいました。私たちが救い出されたのは人を救わんがためでもあります。

私たちが向き合わねばならない問題や救われ方も全て一人ひとり違いますが、どうぞその痛みと経験を用いて周囲の人々にみことばを伝える者としてください。
主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

このほかにも心に思い浮かんだことを加えながら30〜35分間お話させていただいた。70年前の今日、長崎に原爆が落とされたことを覚えつつ。

posted by 優子 at 20:53| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

「痛みより生まれたもの」 ― 知子の信徒説教 A ―

初めての信徒説教@.jpgこの『人生を導く5つの目的』という本は、リック・ウォレンが「1200以上に及ぶ聖書からの引用を用いながら、礼拝、交わり、弟子訓練、奉仕、伝道という、ともすれば紋切り型に陥りがちなクリスチャン生活の五要素に鋭く切り込」み、歴史的著作と言われるとおり、本当に力強い日本語訳で書かれてあります。

私が極めて集中的に探り求めていたクリスチャンとしての心の姿勢、礼拝、教会の意味について多く書かれてありました。これにより、スー先生がおっしゃった通り「みんな欠点だらけ」「へりくだった者勝ち」「へりくだる者に神様は恵みを与えて下さる」という結論も論理的に頂いたのですが、これは今、私達が抱えている教会の問題にも関わる事だと思いますので、これから具体的にご紹介していきたいと思います。

勿論、これからご紹介する内容は、「私自身は完璧にできている」ということは絶対にありません。むしろ私自身が課題として自覚していることを皆様に分かち合いたいという思いなのです。
p.134-143には「神に喜ばれる礼拝」、そして、p.102-113には「礼拝の本質」について書かれてあります。それらも是非お話したかったのですが、時間が長くなってしまうため、p.204からの「壊れてしまった交わりを回復する」と題して書かれてあります、これだけを取り上げることにしました。 
 
これからお話しする内容は、先週の大澤牧師の「しんどい、嫌な作業」かもしれないけれども「自己批判」すること」、「低みに立って」、「主の力によって方向転換する」という説教の具体化とも言えるものではないかと、牧師ともお話していました。では、p.205のl3行目からを、まずはお読みさせて頂きます。

壊れてしまった交わりというのは神を知らない人達に対する恥ずべき証となってしまいます。パウロは、コリントの教会の会員たちが分裂して争い、訴訟にまで発展してしまったことに非常に困惑させられました。彼は言っています。

「恥を知りなさい。クリスチャン同士の争いを仲裁できる賢い人が、あなた方の中には一人もいないのですか。」パウロは、教会内にこの問題を平和に解決できるような成熟した人が一人もいなかったことに驚きました。(第Tコリント6章1-8)

主イエスは「平和を作り出す人は幸いです。彼らは神の子供と呼ばれるからです」と言われました。しかし、「平和を愛する人、または何があっても動揺しない、平和的でおとなしい人は幸いです」とは言われませんでした。ですから平和を作り出す人とは、争いを解決しようと積極的に動こうとしている人のことです。

平和を作り出す人というのは稀です、何故ならこれは非常に困難な仕事だからです。(p.206、P210)不幸なことに、私たちの多くは、どのように人間関係の摩擦を解決すればよいのか教えられたことがありません。

平和を作るとは、争いを避けることではない。問題から逃げたり、問題がないかのように振る舞ったり、恐れてそれに触れないというのは臆病です。

平和の君である主イエスは、争いを恐れることはありませんでした。折に触れて、主イエスは、皆の益のために、あえて争いを引き起こされたことがあります。争いは、時に避ける必要があり、時に作り出す必要があり、そして時に解決する必要もあるものです。

ですから、私たちは聖霊が絶えず導いてくださるように祈らなければなりません。平和を作るということは、争いを沈めたり、和平工作をすることでもありません。主イエスは、いつも譲ってばかりいて、ドアマットのように踏みつけられ、常に人のなすがままになることを意味しておられたのではありません。

むしろ、多くの問題が降りかかってきても、しりごみすることなく、邪悪な反対に対してご自分の主張を通されたのです。

p.189、最も困難なことは、自分に対して、そして人に対して正直になるということです。p.196のl9行目からはパウロの教えです。

共同体を育てるには、正直さが必要です。問題を取り繕ったり、無視したくなるようなときであっても、愛をもって真理を語るだけの思いやりが必要です。人が、その人自身や、ほかの人を傷つけているのを見ても黙っているほうが楽ですが、それは愛ではありません。

p.124、神はあなたに完璧であることを求めてはおられませんが、いつも正直であることを強く求められるのです。p.126、詩篇こそがその手引書であり、疑い、恐れ、憤り、さらに感謝と賛美と信仰告白、すべてを神に注ぎ出す。そして信仰によって神に従うことを選び取る!
とあります。

さて、この分厚い本からエッセンスばかりを抜粋しました。ここからは、これらを私達の教会の具体的事例にあてはめた問いかけを、勇気をもってさせて頂きたいと思います。

今、こうして無牧になってしまっていることについて、その直後から憤り、恐れを十分に皆で分かち合ったでしょうか? 人にではなく、詩篇のごとく、主に自分の怒りを注ぎ出したでしょうか? 同時に、このままずっと無牧であったらどうなっていくのだろう、という恐れの気持ちを正直に主の御前に注ぎ出したでしょうか?

これは、1960年代癌患者の心理の研究で知られる精神科医キューブラー・ロス博士の『死の受容5段階』、つまり、@否認 A怒り B取引 C抑うつ(絶望) D受容 に似ていると私は思います。

突然、道理に合わぬ形で無牧となった事実。これを、適切なプロセスを経て、本当の意味で受容できた時、次の段階に進んでいけるのだと思います。「希望が既に見えている」とN・Sさんはおっしゃいました。この問題提起も「平和を作り出し」、私達が共に信仰を養っていく希望だと私は受け止めています。

怒りから受容までの過程を適切に経て、無牧の現実を受け止められたなら、次は過去をふり返ってみる作業に移っていくのです。

さて、今迄の人生で私が感じてきた事は、何もかもを「試練」と表現するクリスチャンが多すぎるということでした。自分の姿を見る事なく「試練やね」と言う。悔い改め、砕かれなければならない部分が、自分側にある事は話題にもせず、自業自得の事まで自然災害のように神からの「試練」と表現するのです。私の離婚は試練ではありません。

この教会のために、そして私達自身のこれからのために、信仰をもって率直に申し上げます。
私たちのどこが問題だったのでしょうか? 
牧師の側だけに問題があったのでしょうか? 
そういう結論にしておいて「とりあえず礼拝が滞らないように」と四苦八苦することで、問題に蓋をし続けてきたのではないでしょうか? 
あるいは、蓋をしている事さえも認識してこなかったのでしょうか?
その問題に一度も触れぬままこれからも進むなら、今後10人牧師が来られたら10通りの問題が起きてしまうと私は思うのです。

去った牧師に問題があったからだけではないはずです。その事をここにいる皆が考え始め、気づきを与えられるようになるためにも、神様は今、こうした無牧の状態を赦されている。そう解釈すべきではないでしょうか? 神様は我々に何を学べと言っておられるのでしょうか・・・

勿論、去年は本当に役員中心に四苦八苦され、混乱と不安の中で、怒りのやり場もなかった状態だったと思います。しかし、一段落してきた今、謙虚に、また正直に一息ついてふりかえる という作業なくして前進すべきではありません。私達に気付きが与えられたとき、それは感謝と喜びに変わり、信仰により主に従うことを改めて「選び取る」事ができていくのだと思います。

共に成長していくためには、信者同志、また信者と牧師が自分の経験(特にマイナスのこと)を隠さずに分かちあっていくことが不可欠だと思います。そうでないと、個人的出会いも決して深まらず、折角苦しんだ自らの体験や先生から聴いたお説教も、自分のものとしてだけで終わるならもったいない。悲しむ者と共に悲しみ、悩みも共有して祈り合うという優しさこそ、聞いた説教を実践する事であると思います。

人は一人だけで聖書を読んだりしているだけではだめで、主は時に、クリスチャンでない人をも用い、生きた人間を通して働かれるのです。

P.186-189 でリック・ウォレン氏は、私達の多くが「交わり」という単語を間違って使っていることについて、直球で訴えかけています。お読みします。

聖書は経験を分かち合うことを交わりと呼んでいます。しかしながら今日、この言葉は、元々の聖書的意味を失ってしまいました。交わりの意味するところは、軽い日常会話、社交、食べ物、そして楽しみといったものです。

「あなたはどこで交わりを持っていますか」とは、「あなたはどこの教会に出席していますか」という意味で、「礼拝の後、交わりがありますので残ってください」というとき、それは茶菓の用意がありますので残ってください」という意味で使われているのです。

本当の交わりには、礼拝に参加するという以上の、もっと深い意味があります。それは、人生を共に経験することです。それは、純粋に愛することであり、正直に分かち合うことであり、・・・心から同情し慰めることであって、新約聖書の中に見出されるすべての「互いに」という戒めを含むものです。(鈴木祈牧師の問題提起の答えですね)

本当の交わりとは、(p.188)表面的、うわべだけのおしゃべりでもありません。それは純粋で心の通いあった、そして腹を割った分かち合いです。人が自分自身について、また自分の人生に起きていることについて正直になる時、本当の交わりが始まります。

それは、自分の傷を分かち合い、自分の気持ちを表現し、失敗を告白し、疑いを明らかにし、不安を認め、弱さを自覚し、人の助けと祈りの支援を求めることに他なりません。

教会によっては正反対のものが見受けられることもあります。教会の雰囲気に正直さや謙虚さといったものはほとんど感じられず、何か装っているような、演じているような、駆け引きをしているような表面的な礼儀正しさがあるだけで、会話に奥行がないのです。

人々は仮面をつけ、防具に身を包み、あたかも人生はすべてバラ色であるかのように振る舞います。このような態度でいるのは、本当の交わりが死んでいる証拠です。私たちは、自分の人生について心を開いて分かち合うことによってのみ本当の交わりを経験することができるのです。
引用は以上です。

皆さん、「馬見労祷教会の諸条件を充分了承した○○牧師が何月から来て下さる、と決定した」という安心を得る前に、不安だらけの今、私達が心を一つにして神様を信頼し、完全に明け渡そうではありませんか。

神の絶妙なタイミングがいつなのかを知らされることがない状態でも、主を信頼して、その時を皆が心を一つにして待ち続ける。それができるようになる為には、信徒の交わりをする中で過去を適切に受け止め、受容するプロセスは省略できません。2つ、ご紹介させて頂きます。

2009.4/8 母のブログ・「受難週のイエスに心を重ねる」より:
「罪意識のない者に悔い改めはなく、悔い改めのないところに救いはない。自己の姿に気がつけば必ずや絶望から希望へ導かれていくのであろうが、自分の姿を認められるようになるには狭き門を通らねばならないのだ!」

また、ネット上の『聖書名言集』というサイトにおいて、2009年7/10の「平和をつくる者は幸いである」と題した本文には「何よりもまず、『愛』を土台として信者同士の関係修復から積極的に行い、世界に平和をもたらす働きをしようではないか。そうしたときに、人々は、イエスの栄光を見るし、神の子どもと呼ぶであろう。」とありました。

今までは見たくなかったことにもメスを入れて進んで行くことこそ「平和を作り出す」ことであり、この教会に今必要な歩みの段階であると信じます。

とはいえ既に、今まさに「神様がこの教会を取り扱われている最中である」と皆様もお感じになっているのではないでしょうか? 鈴木牧師、2名の信徒説教者の説教における、それぞれの深い体験の分かち合いや問題提起は、皆に感動を与えています。本当の交わりが既に始まっていると私は感じています。  

信徒説教を受けることは膨大な時間を要しますが、謙虚になって自分を見つめ、人に伝えたいことをまとめていく作業ですから、牧師(主任担任教師)がおられたとしても、あえてチャレンジした方が良いと思うほどです。
各自がこれを行い、説教を通して各々の信仰を分かち合っていくことは、最高レベルの交わりであり、礼拝であると思います。普通の教会には こんなチャンスはありません!

私は「平和を作りだす人は幸い」と言った主イエスさまを想い、" To become like Jesus." スー先生も私に何度も言われた「主イエスに似た者となる」ために、問題を正しく共有し、皆さんと共に祈っていきたいと願っています。

先の著書 p.181 の 9行目から14行目には、教会内の人だけでなく、日常関わる人々に対しても大切なことが書いてあります。

「『人のことに構うな』という言葉は、クリスチャンの辞書にはありません。私達はお互いの人生に関わるように召され、またそのように命じられているのです。もしあなたが今、霊的に弱っている人を知っているなら、その人を追いかけ、交わりの中に連れ戻すのがあなたの責任です」。ヤコブは私達に教えています。

実践できずに見て見ぬふりをしてしまう自分がいるのも確かですが、そういう弱さをまず正直に認めよ、とイエス様はおっしゃるはずです。

最後に P.128、18行目をご紹介させて頂きます。
「私たちはしばしば、神のために何か『大きなこと』をするようにチャレンジを受けますが、実際のところ、たとえ小さなことでも心から従う気持ちをもってなされたこと方が、神に喜ばれます。そのようなことは人の目には留まらないかもしれませんが、神はそれをしっかりとご覧になっておられ、それを礼拝と見なしてくださるのです」。

痛みから何が生まれるのか?
苦難の最中には到底想像も出来ぬ事ですが、分かち合い、祈り合って最終的には神への感謝が生まれる! 交読文を選ぶ際、私はまさに詩篇116篇を見つけたのでした。


この教会を通して、まず私達が信仰的に養われ、その感謝と祝福を 私達の日常かかわる人々に、少しでも流していけるような人生にしていきたいと思います。

お祈りします。
「教会が真の教会である時、過去の失敗を悲しむことから始め、新しい行動に移るのを助けることができる。パウロもコリントの仲間達の悲しみが悔い改めと解放に導かれたことを喜んだ」とあります。私達もそのようにお導きください。
このお祈りを主イエス・キリストの御名によってお捧げします。アーメン。

そして、最後に選んだ讃美歌は532番「安かれわが心よ」であった。

今朝はユキがサッカー教室にでかけたので静かなひと時を知子と2人で長い時間祈り合った。

知子だけではなく私もまた、皆さんがどのように受けとめられるのか不安もあったが、献金感謝の祈りで「藤本さんの説教で打たれています」(その意味は先週の説教にあった「感激」や「痺(しび)れた」というプラスの意味ではなく、「衝撃で刺し貫かれた」の意味)と語られた。

みんな真剣に聴いてくださり、礼拝後に多くの人が深く受けとめてくださっての反響を返してくださった。共に主に在って一つにされて信仰から信仰へと歩んでいける喜びを感る。

雨上がりに.jpg次週、知子は奏楽のご奉仕で、私は初めて司会役を務めさせていただくことになっている。感謝! 
今朝の礼拝の音声ファイルをワシントンの次女夫婦、千里さんに、そして、O兄にお送りしたい。

posted by 優子 at 20:56| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

「痛みより生まれたもの」 ― 知子の信徒説教 @ ―

初めての信徒説教A.jpg聖霊降臨節第4主日 「子どもの日・花の日礼拝」の今朝、神に促されるままに知子は信徒説教者として立った。

▼ 知子が選んだ交読詩篇:
 詩篇116篇5節〜14節

▼ 讃美歌:461番(みめぐみ豊けき)

▼ 聖書:マタイによる福音書5章9章:
「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
 彼らは神の子と呼ばれるであろう」。

同じく14節〜16節:
「あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」。


▼ 讃美歌:457番(神はわが力)

では説教を2回に分けてお分かちしたい。
最初に一言お祈りさせていただきます。
イエス様、只今から私は、あの経験を初めて皆様にお話しようとしています。あの最中もずっと心配しながら見守ってくださっていた神様、どうか今日の時もお導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

2009年3/29夜19:45。あれから6年の時を経た今、私は皆様の前で語ることができるほど癒され、元気になりました。本日は、6年前に経験した大きな2つの痛みのうち1つに焦点を当てて語らせて頂きます。その目的とは、批判ではなく、学びの共有です。

すなわち、私がこの痛みを分かち合うことによって、私達一人ひとりが今後、クリスチャンとして決してここまでひどく人を傷つけることがないようにと願うためです。

そして更には、当時泣きながら読み漁った本の中で最も影響を受けた本(クリスチャン、教会、礼拝について)を本日具体的にご紹介させて頂くことによって、心の底から私達の今の思いを共に主に訴え、祈り、本気で主に従っていくことを改めて「選びとって」いきたいと願うためです。

本日の証を通して皆様に問題提起しようと決心できたのは、4月の鈴木祈(いのり)牧師の説教です。これは 教会の玄関に全ての荷物を置き、教会で過ごすその時間だけが幸せで、帰りにはまた玄関で何も手をつけていない重荷を背負って帰っていく。教会では痛み苦しみには決して触れず、清い事しか語らない。それでいいのだろうか? ある人が痛みを語った時、「ああ主は今ここにおられる!」とお感じになったという鈴木牧師からの問題提起でした。

その説教と、そして5月のN・Sさんの信徒説教のお陰です。私は力を頂き、そののち神様から押されるように1つずつ、痛みを振り返ってゆく作業に入りました。

ご存じの通り、私は2010年1月に調停離婚をしました。本日語らないもう一つの大きな痛みとは、取りも直さず離婚自体についてです。とはいえ、これはこの教会に転入した時に『ろうとう新報』に書かせて頂きましたので、どれほど私が信仰面もゆらぎ、限界状態になっていたかはご存じだと思います。今一度、ここで改め半分だけ読ませて頂きます。

(当教会に転入した月に掲載された『ろうとう新報』より)
主の前で心から誓った結婚。現実には全く的外れであるにも関わらず「これは導きだ」と確信してしまう危険性は誰しもありますが、私も、主と共に祈りつつ来たつもりが結局自分の思いに添って行動していたのです。

射った矢の突き刺さった所に、後から自分で的を描いて、的中している と確信していたのかもしれません。
何故心身を病み、こんなに多量の投薬治療を受けているのかも自分自身で認識できなくなったほど相手を信頼しきっていただけに、婚前から欺かれていたと知って、相手への憎しみも自分自身への怒りも尋常ではなく、自分の存在価値は粉々になりました。それでも信仰以前に人として離婚を拒み努力するも空しく、裁判所の介入により息子を愛してほしいと懇願しても無駄でした。

心療内科通院中にも関わらず体調が急激に悪化していった頃、体重はたった2ヶ月あまりで37kgにまで落ちてしまい、電車の駅構内にある椅子にも骨が痛くて座ることができなくなってしまいました。

まだ1歳半だった息子は、上手く話せないのに「ママ、エッエッ」と必死で自分の食べ物を指さすのでした。匙を口元に持っていっても口を開けようとしません。「ママもこれを食べて。ママが食べないと自分も食べない」という意味でした。一口貰って私が食べると、満足そうな顔をして自分も口を開ける。そんな日々が続きました。

・・・また調停も最悪の事態となった1月には、息子の前で話すのを避けてきたにも関わらず、遂にひどいチック症状と吃音症的症状を出してしまったのです。自分は心底悔い改めたとしても、何の罪もない息子はどうなるのか? 私にとってだけの一粒の麦なのか? 負わせる人生の重さに、私は立ち上がれなくなりそうでした。

この消えぬ過去・辛い現実を主はどう用いられるというのでしょう。その事も未来への恐れも主に委ねたいと思います。全ての道に主を認めるなら、主は必ず私と息子の人生を導き、いつかこの心の傷も完全に癒されると信じます。

この傷が6年経った今、こうして癒されているとは当時想像もできませんでしたが、この本件同等、いえ、それ以上に のたうち回って私が苦しんだのは、複数の教会の牧師、クリスチャン達の言動についてだったのです。
 
何故調停だったのか? それは、具体的に強く助けを求めた牧師があからさまに話し合いの依頼を断り、その他の人達も、私達が深刻な状況にあると聞くや、見事に去っていったからでした。

新約聖書ルカによる福音書10章25-37節にある『善きサマリア人のたとえ』に出てくる祭司・レビ人といった神殿に関わる人々、つまり倒れている瀕死の人を「かかわりあいになりたくない」とよけて通って行った人々と同じことを、御言葉によって養われている敬虔であろうはずの牧師やクリスチャン達10人余りから実際に露骨にされてしまったからです。

牧師とは、結婚式司式と仲人をした、私に洗礼を授けた牧師ほか2名で、2つの教会の合計3名です。また、熱心なクリスチャン達とは、信仰歴30年以上(正しくは50年前後)の人々で、私が教会学校に通い始めた小学3年生の頃には既にいらっしゃいました。

この東大阪の教会の人々が奈良市内のご家庭で月1回集まる家庭集会も30年以上継続され、私は、子供時代を懐かしみながら妊娠中は2名で、また産後は3名で通っていました。

あれほど笑顔で話し、礼拝し、共に飲食もしていたのに・・・。その家庭集会での交わりは現実のことだったのだろうか? と疑うほど、長年来ていた年賀状もピタッと途絶えて、関係を切られてしまったのです。しかし、のちに私も彼らの立場を察してみました。

「あまりに渦中にある時は躊躇するし、介入しにくかった」のかもしれない、と。ですが、たまたま先月、そのうちの1人と連絡を取るきっかけがあった時にも無視されてしまいました。この事により、彼らに直接聞けなかった憶測は現実となり、あの時、見て見ぬふりをされた事が証明されてしまいました。

結婚式司式と仲人をし、私に洗礼を授けた牧師についても、辛くともご説明しなければなりません。

私の元夫は当初2度、自発的にその牧師に電話をし、話し合いに加わって頂くことをお願いしたそうです。ところが、彼は応じなかったといいます。「自分達でもう少し話合ってみなさい」という方向へ話をそらし、進展があればまた電話して下さいと言われたそうです。1ヶ月以内に再度彼が電話した時も 同様だったそうです。私からメールでお願いしても無視されました。

最後は、衰弱して救急車を待ちながらだったでしょうか、「彼と彼の母親もあと1時間ほどで来るので、今すぐ来て欲しい」と私が泣きながら電話したように思います。あの日のことはあまり記憶にありません。・・・それでも駄目でした。

私と結婚する為に、私および牧師にも嘘をついたと後に暴露した元夫でしたが、教会や家庭集会に付き添って通っていたこともまた事実でした。しかし、無神論の彼が、仲裁=助けを求めて電話しているのに、あからさまに断った、この牧師の罪というのは重いと思います。「かかわりあいになりたくない。厄介だ」。まるで、何回もしがみついてくる子犬を振り払うかのようでした。

百歩譲って私はクリスチャンですから、どう扱われてもまた立ち直る日は必ず来ると思いました。しかし、元夫については神さまに触れる機会、悔い改めに至るかもしれなかった機会を人間が故意に奪ってしまいました。

結果的に、クリスチャンをも嘲笑する形で終わった彼がそのままいくと、人生でもう二度と神さまに出会うチャンスはないのでしょうか。まさに争っていた元夫ではあるものの、牧師として、人間として未信者を見捨てる行為はどうなのか・・・?! 当時、私は本当に、本件同等か、それ以上にこのクリスチャンの現実について苦しみ抜きました。そして心の底から傷つきました。

傷の続きはまだあります。その数ヶ月後、同じ教会の友達の結婚式に辛くても参加しなければならなかったのですが、当然私は牧師ご夫妻、副牧師ご夫妻達と再会したわけです。彼らは私を避けようとしていました。しかし、神の必然がそれを許さず、私と牧師ご夫妻は、挙式後のロビーでばったり対面してしまいました。

牧師夫人は苦笑い。その牧師は「さあ、終わったから着替えてこようかな。」と、至近距離の私と目も合わさず、足早に歩いて行ってしまいました。それが最後です。

これが、調停するしかなかった経緯です。
もう夏になっていました。本屋さんで探した1冊の本を読み、知識ゼロから調停という言葉を知り、そこから裁判所を検索して制度を知り・・・といった過程です。秋から始まった調停が、本来中立であるべき調停員の計らいにより強制終了して頂けたのが翌2010年1月でした。

本日は論点を絞るために省略していますが、先週の大澤先生のお話にあった自己批判、方向転換、つまり悔い改めも神様との関係において行い、平安をいただくことができました。

しかし、一段落してからこそ、あの『ろうとう新報』の心境となり、傷は生々しく、全く癒えませんでした。その頃からです。母に誘われ、仕方なくこの教会に来始めたものの、「もう二度と人は信用するものか、特にクリスチャンは絶対に!」 何度も内心叫び、それこそお経のように唱えながら、高見牧師を避け、皆様からも声をかけられないように礼拝が終わると玄関へ直行し、人との接触を避けていたのでした。

結局、2009年6月から2010年1月調停終了まで・・・他人では母の友人4名と私の大学時代のクリスチャンではない友人2名だけが、途中で去ることなく、メールのやりとりを通して渦中の怒りと悲しみを共有してくれました。

友人は育児中、遠方などの理由もあって、会うことも電話もなかったのですが、打ちのめされている最中というのはむしろメールという手段が私にとってはありがたく、活字であっても本当に寄り添って下さっているというのがよくわかりました。もしも彼女達の存在がなくて、家族の支えだけだったならば、こんなに早く回復した私は居なかったはずです。

スー先生と.jpgそして、絶対に忘れてはならない存在はスー・ベネディクト先生です。救急車から2ヶ月後の2009年6月、アメリカから数週間だけ滞在されていたスー・ベネディクト先生を通して、瀕死の状態にあった私の心を、主は慰めて下さいました。その時はまだ単語さえ知らず、発想さえしていなかった、のちの調停を進めていく力にもなったと振り返ります。

スー先生を送って下さったのは主であり、偶然ではなかったと確信しています。私が癒されたのは、悩みに寄り添ってくれた生きた人間の存在、そしてその前後の読書ゆえですが、読み物だけでは絶対に無理だったのです。生きた人間の関わりが人の回復には必要だということです。

さて、冒頭でも申し上げた通り、このスー先生に出会ったあとに読み始めた本の中から私は多くの事を学びました。
つまり、牧師や、半世紀近く毎週毎週教会に通っている人々、そういったクリスチャン達が、いざ人に関わって信仰を実践すべき時に、キリストの教えと全く逆の行動をとるのは何故なのだろうか。その長い長い教会生活とは、一体何なのだろう? 激しく神に憤っていた疑問に対する答えを得たのです。
おかめ桜のお宅に@.jpg

― Aに続く―

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2015年06月07日

「地の塩」「世の光」 ― 子どもの礼拝で語ったこと B-

今朝の礼拝で知子は奏楽のご奉仕を、私は「子どもの礼拝」でお話させていただいた。

矢車草A.jpg私たちの教会では、礼拝は前奏(今朝はバッハの『G線上のアリア』を演奏した)に始まり、招詞、讃詠(讃美歌27番)、「主の祈り」と進み、続いて最前席に座っている子どもを対象に「子どもの礼拝」に進む。

矢車草@.jpg大人も全員で「子どもの讃美歌」(6月は123番・「わたしはしゅ(主)のこどもです」)を歌い、担当の奉仕者により5分間ほどで聖書のメッセージを語る。
私は概ね次のようなことを話そうと草案を書いていたが、子どもに語りかけながら話すので思いつきの話を挿入して少々長くなったようだ。

オルガン席からユキを見ていた知子は、「ユキは今まで見たことのない熱心さでママを見つめて聞いてたわ」と伝えてくれた。確かに目を見開いて私の目を真剣に見つめながら聞いてくれていた。

6月はイエスさまの教えを学びます。
最初に今朝の聖書の箇所、「マタイによる福音書」5章13節〜16節を読みます。

「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。

あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照らさせるのである。

そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」。


これはイエスさまが山の上で、イエスさまについてきた大勢の人々とお弟子さんたちに語られた教えです。

まず「あなた方は地の塩である」という言葉の意味をお話する前に、塩について考えてみたいと思います。塩は生活の中でどんなふうに使われていますか? 

お料理の味付けをしたり、腐らない役目をします。冷蔵庫がなかった頃は、魚を塩漬けにして腐らないようにしていたので、昔の塩鮭はとてもとても塩辛かったです。

次に「あなた方は世の光です」というお言葉ですが、光はどんな時に必要ですか? 暗い部屋や暗い夜道を照らすために必要ですね。

そこで、先ほどの塩のことを思い出してください。塩も光も両方共とても役に立つものであることがわかります。神さまは塩や光のように大切なものを私たち一人ひとりに与えてくださっています。それは優しい心であったり、考える力や・・・いろんなものです。

イエスさまは「あなたがたは、地の塩である」と言われましたが、それはつまりこういうことです。
塩にはいろんな働きがあるように、人にはそれぞれ違った良さが必ずあるので、それぞれに与えられた力を、いろんなところでいろんなやり方で役立てなさいと仰っているのです。

また、ロウソクに灯をつけた時、せっかく光り輝いているのにテーブルの下に置いたりしないよね。テーブルや机の上に置くよね。だから自分の力を隠したり、自分のためにだけ使わないで、それを人のために役立たせなさいと願っておられるのです。

ここで大切なことはね、イエスさまは私たちに、「あなたがたは地の塩になりなさい」とか、「あなたがたは世の光になりなさい」とは仰ってはいないということです。ここはとても大切なところです。

私たちはすでに「地の塩」であり「世の光」だと言ってくださっているのです。何て嬉しいことでしょう!

それなのに私たちは、自分で頑張ろうと決めたことができなかったり、嫌なことがあるとがっかりしてやる気をなくして、「イエスさま、ごめんなさい」って謝ることも多いですよね。

私たちは何度も失敗するけれど、何度でもイエスさまにお祈りしながら進んで行くことが大切なのです。

私はよくこんなふうに思います。太陽は自分で光を出しているけれど、月は太陽のように自分で光を出して輝いているのではありません。月は太陽の光に照らされて輝いています。
祈っていると(黙想の中で)「あなたは地の塩である、世の光だ」と仰ってくださっていることを思い出し、私も月のように輝かせてくださっているんだと思うと嬉しくなって、イエスさまにニコッと笑顔を見せるのです。

どんなときも私たちの前を歩いてくださっているイエスさまのあとを見上げながら、輝いて生きていきたいですね。

ではお祈りします。
天の神さま、私たちを「地の塩、世の光」としてくださってありがとうございます。
今日のみ言葉をわすれないで、今週もイエスさまを思いながら楽しく輝いて生きていくことができますように。おやすみしているお友達もまた一緒に礼拝を捧げることができますように。
このお祈りをイエスさまのお名前により御前にお捧げします。アーメン。

そして、語り手ともう一名で子どもたちと一緒に2階へ移って共に過ごし、牧師の説教が終わると再び礼拝に参加する。毎週子どもは殆どがユキひとりだが、今朝は2歳から5才までの女の子が4人加わって賑やかな分級だった。

今朝は西大和教会の大澤星一牧師の説教に続いて、大澤牧師により、役員、CS(子どもの教会)スタッフ、オルガニストの就任式が執り行われた。
このスナップはオルガニストの就任式で、今日欠席されている方と3名で奏楽のご奉仕を務めている。

オルガニスト就任式A.jpg

「神さまからの召しの恵みを悟ることができますように。良い志を与えてくださった方が、これを成し遂げる力をも与えてくださるように」。
牧師の祈りを重く受けとめた。

山本祈未子姉.jpg礼拝後、次週の礼拝案内を掲示してくださるY・K姉(しまい)は、毎週金曜日の夜に書いてくださっているという。

山本祈未子姉!.jpg




次週は知子が信徒説教に立たせていただくことになっている。

知子は6月24日(日)夕方から夜と通勤時間と昼休みを費やして30時間を重ねて原稿を書いていた。翌朝は5時30分過ぎに起床せねばならぬ時も深夜1時半すぎまで連夜続いていた。その熱心さ、集中度はすごいものだ。

特に証しは人間側の努力に先立って聖霊の働きがなくては書くことはできないだけに圧倒されていた。
私はクリスチャン・ペンクラブに所属していながら誰よりも先に自ら申し出なくてはいけないのに、右肩のスジ断裂の痛みで不調とは言え情けない限りだが、今日の役員会で8月9日に指命されてお受けした。8月9日といえば次女夫婦の帰国中だ。

次週20日のクリスチャン・ペンクラブの文章を書き上げたら集中したいと思う。
今朝の原稿にも書き忘れていたが、この世は「地の塩」として生かされている人がいるから腐らずに保たれているということを言い忘れたのが残念だった。

今朝の大澤牧師のメッセージを殆ど聴けなかったので、「今朝の説教も心に鋭く飛び込んできた」と言った知子の感激の一言から、是非今朝の「悔い改めと一致」の音声ファイル(データ?)を添付していただこう。


posted by 優子 at 21:16| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年05月24日

聖霊を感じたペンテコステ

今朝はペンテコステ礼拝。「ペンテコステ」とはギリシャ語で「50番目」の意味であり、イースター(復活祭)から7週過ぎて50日目(五旬節)にあたる。

イエス・キリストが十字架上で死んで信徒たちは悲しんでいたが、3日の後に復活されて、しばらくのあいだ共に居てくださったが再び天に昇られて、人々は天を見上げて途方に暮れていたことであろう。

そんな信徒たちが集まって祈っていた時に、神からの聖霊が降(くだ)ったという出来事が「ペンテコステ(聖霊降臨)」であり、教会の誕生となった。

鈴木祈牧師による説教・「風に吹かれて」は、聖霊が降って皆がひとつにされたという箇所(使徒行伝2章1節〜11節)である。

ユダヤ教では「12」が完全数だが、12弟子のひとりユダを失って11人になっていた。そこで、「始終わたしたちと行動を共にした人たちのうち、だれかひとりが、わたしたちに加わって主の復活の証人にならねばならない」と、1章では新たにもう一人弟子を加えたいきさつが書いてある。

そこで「バルサバと呼ばれ、またの名をユストというヨセフと、マッテヤとのふたりを立て」、「ふたりのためにくじを引いたところ、マッテヤに当ったので、この人が十一人の使徒たちに加えられることになった」。

そのマッテヤ(新共同訳聖書ではマティア)について初めて知ったところをお分かちしたい。
まず、マッテヤはくじで偶然選ばれたのではなく、くじにより神の御旨が働いた結果であること。そして、このマッテヤは、マルコ伝10章17節以下に出てくる「金持ちの男」であるという伝説が残っているという! マタイ伝とルカ伝にも出てくる同じ男である。下記はマルコ伝より引用。

イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。

イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。

すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。

イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。

すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。

「この男は自分の弱さを認めることができず、自分はいつも正しいと思っていたが、そのあとでそれを認めることができた。このマッテヤが加わって12人になったところに聖霊が降ったのである」。

ペンテコステ絵画.jpg五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。

また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。

そして驚き怪しんで言った、
「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。わたしたちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。

ここで、いかに神さまがこの人たちに手を差し伸べたかということが語られている。

そして神の霊を受けて、あなた方は世界へ出て行きなさい。他の国々の言葉で話し、相手の立場になって相手のことを慮(おもんばか)って生きていきなさいとの思いを強く感じないではいられない。

分けられた主イエスの体が聖餐のたびに私たちの体にとどまり、私たちが一つになっていく。

神の恵みに気づくのがペンテコステの出来事であり、その導きを信じることこそペンテコステの思いである。私たちに約束されているイエス・キリストの恵みを心の中で感じ味わおう。

「イエス・キリストが救い主である」と信じることができないと、イエスを「主(しゅ)」と呼ぶことはできない。
しかし、そう決断する時に既に聖霊の導きが与えられている!

私は礼拝で霊的に元気回復されていった。
10日ほど前からしんどくて19日の生協商品の荷受の時は、友から「顔色が悪いから寝るように」と心配させたほどだった。その後血圧も高くなっていたので今日の礼拝は欠席も已むなしの状況だった。

しかし、研修委員長も仰せつかっているので休めない。そんなストレスも加わる日々だったが、礼拝中に心身魂が癒やされて、研修委員会も鈴木祈牧師を囲んでの昼食と交わりも恵みを感じていた。

今日はユキは再びサッカーのために知子も欠席。私は帰りが遅くなるので夫は礼拝後すぐに帰宅した。

帰る時、駅まで乗せてくださる友を教会の外で待っていたら、急に前から風が吹いてきた。聖書で聖霊は「風」や神の「息」とも表現されており、私は「神さまだ、聖霊を受けよ」と自らにつぶやきながら風に向かって深呼吸して微笑んでいた。するとまもなく風は止んだので「やっぱり」と、私は強く神の御臨在を感じた。

ペンテコステは私にとっては受洗記念日でもある。
1987年6月7日、今から28年前のペンテコステ礼拝で小山恒雄牧師より洗礼を授けていただき、新しいクリスチャンの生涯に入れられた。
年齢35才。まさにダンテの『神曲』にあるとおり、人生の半ばにしてイエス・キリストを信じる者のひとりとされた。結婚して9年5ヶ月後のことである。


今日再び聖霊を受け、来る朝ごとに新たなる力をいただいて、イエス・キリストを大胆に証させてくださるように志を新たにされた。


posted by 優子 at 23:08| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする

2015年05月11日

次女夫婦の「母の日」の慰めの言葉に涙し、「母の日」の讃美歌に涙し、牧師との祈りで涙した「母の日」

アメリカの教会で始まった「母の日」は、1914年にアメリカの記念日になり、その翌年に日本に伝えられて今年で100年目にあたる。

多くの教会では母に一輪のカーネーションを贈るのだが、5年前から導かれている日本キリスト教団の教会では「母の日礼拝」の記憶がなくないものと思っていた。

しかし、昨朝は高見敏雄牧師が「母を語る」と題して、その日にふさわしいメッセージを語られた。しかも、「母の日」に歌われる讃美歌510番を讃美したので感無量になった。歌詞は今も暗唱している。
カーネーション.jpg510番は母教会を離れて約20年ぶりの讃美であり、それは教会へ通い始めて初めて迎えた「母の日」礼拝の感慨と重なった。あの時私は34歳だった。
2節、4節の「幼くて罪を知らず、胸にまくらして、むずかりては手にゆられし むかし忘れしか」。「汝(な)がために祈る母の いつまで世にあらん、とわに悔ゆる日のこぬまに、とく神にかえれ」に涙し、その母も召されて今秋で19年にもなるとは!!!

昨日は何を思って涙があふれたのか。
勿論亡き母を慕っての涙であり、わが子もまた私を想って涙する日が来るのであろうと、そのわが子を想って涙した。


@ まぼろしの影を追いて うき世にさまよい、うつろう花にさそわれゆく 汝が身のはかなさ。
(以下折り返し)春は軒の雨、秋は庭の露、母はなみだ乾くまなく、祈ると知らずや」。

B 汝が母のたのむかみの みもとには来ずや、小鳥の巣にかえるごとく、こころ安らかに。


大阪市西区に住んでおられた高見牧師は、同志社の援助により同志社大学神学部を卒業。1962年に奈良の西大和教会に赴任、按手礼を受ける。以下に説教より一部を刻む。
普通の主婦が神のことばによって変えられたと、そのことをお話したい。(戦災で家を焼け出され・・・母上の苦難の半生を語られた。)

西大和へ移った時に母を迎え入れた。(高見牧師が)初めて洗礼を授けたのは父(63歳にて召天)だった。
母は求道生活10年後、65歳にて1977年イースターに受洗。
買い物先の市場の人々から「キリストのおばあちゃん」と呼ばれて親しまれていた。妻は「キリストのおかあちゃん」と。そして、20年の教会生活後、1994年86歳にて召天。

私が言いたいのは、いろんな人生の試練を受けた人が聖書の言葉によって苦難を通り抜け、感謝と喜びの生活に導かれたということ。
神の言葉によって導かれ、神の言葉によって造り変えられたのだということを申し上げたい。

そういう母を紹介できる私は幸せだと思う。
今日は「母の日」、久しぶりに「お母ちゃん」と呼んでみたい。あ母ちゃんに会いたいなあと思う。
(ここに私は強く胸を打った。)
「お母ちゃん」、「お母さん」は、本当にいい言葉だと思う。

神の言葉は生きていて私たちに働きかけてくださる。人生を導いてくださることは真実である。

母の愛唱句は「イザヤ書」46章3・4節だった。母は聖書の中から、このみことばを探り当てたのだろう。

教会での母の証しは「またあれか」と思われるほどイザヤ書を語っていた。自分が苦難を切り開いたのではないと!


「生れ出た時から、わたしに負われ、
 胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、
 わたし(神)に聞け。
 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、
 白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。
 わたしは造ったゆえ、必ず負い、
 持ち運び、かつ救う」。
        
      
「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。
       (マタイによる福音書28章20節)

牧師の説教を聴き、会社のことで苦労の年月を耐えている知子のことを思った。間違いなく神さまは知子をも持ち運んで、主が来てくださり助けてくださっていることを確信した。
私もまたこの聖句で明日からのこと一切を神に委ねようと、もう一度心を新たにされ強くされた。

高見牧師が大阪出身であることは知っていたが、今改めて親しみを感じて私も大阪であることを伝えた。

「母の日」の朝、真智子と太志君から届いた慰めに満ちたメッセージに涙をボロボロ流し、礼拝で讃美歌を涙ながらに歌い、「交わりの会」のあと、私たち夫婦と牧師で語り合い、牧師の祈りに続いて私も祈りを捧げて、またしても涙の祈りとなった。

「見よ、わたし(イエス・キリスト)は世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

この日、ユキはサッカーで知子と共に欠席した。


posted by 優子 at 22:10| 馬見労祷教会関係 | 更新情報をチェックする