2012年03月27日

讃美歌「ああ主のひとみ」作詞者・井置牧師との出会い

来週の礼拝も奏楽を務める知子は少しでも時間のある時にと、日曜日の夜に次週歌う讃美歌をめくっていた。その1曲に「ああ主のひとみ」がある。
この讃美歌を作詞された井置利男牧師が我が家の家庭集会に来て下さったのである。今思い出しても信じられない大きなハプニングをお証ししたい。

この讃美歌もまたあまりにも有名でクリスチャンならば知らない人はいないだろう。イエスが十字架に架けられる前に起こった出来事を書かれたものである。

井置牧師が来宅下さったのは2007年12月18日で、その前年の7月に師との出会いとなるきっかけがあった。その後、井置牧師が「ああ主のひとみ」の作詞者であることを知ったのは、ユキが誕生した2007年夏のことであった。

その関連記事(過去ログ)を読み直した。当時の言葉に尽くせぬ悔しさと悲しみを思い出して一瞬涙ぐんだが、本当に神さまはいつも必要な助けを送り、私が倒れないように支え守り抜いて下さったと身震いする。

井置牧師との出会いはここに記している。あの時の私の苦しみ、大打撃とは知子とその関係者のことであった。今回ブログで初めて明かしたが、これ以上のことは今後も書く事はないであろう。

http://yukochappy.seesaa.net/archives/20070903-1.html

http://yukochappy.seesaa.net/archives/20070904-1.html

そして、家庭集会で語ってくださったメッセージで作詞の背景も語っておられ、読み返して記録することの大切さを再確認させられた。是非お読み下さい。

http://yukochappy.seesaa.net/archives/20071218-1.html

その後も牧会されている教会にお招きいただいたが、知子の心身の危機的状況を申し上げて御無礼し、2年ほど前(?)に関東へ戻られてから音信が途絶えてしまった。今は85歳になっておられるので、もう一度お目にかかって感謝申し上げたい。

知子は今、神の祝福の中を歩ませて下さっている。知子の苦悩の年月を振り返ると、そこにも主の足跡がはっきりと見える。
神の御名はほむべきかな!

私は知子をどんなに愛しているか!
朝から何度も知子への愛と神さまへの感謝の涙が滝のように流れている。来週の礼拝は涙なくしてこの讃美歌を歌えないだろうと思う。


讃美歌243番:

 1 ああ主のひとみ、まなざしよ。
   きよきみまえを 去りゆきし
   富める若人(わこうど) 見つめつつ、
   嘆くはたれぞ 主ならずや。

 2 ああ主のひとみ、まなざしよ、
   三たびわが主を いなみたる
   よわきペテロを かえりみて、
   ゆるすはたれぞ、主ならずや。

 3 ああ主のひとみ、まなざしよ、
   うたがいまどう トマスにも、
   み傷しめして  「信ぜよ」と、
   宣(の)らすはたれぞ、主ならずや。

 4 きのうもきょうも かわりなく、
   血しおしたたる み手をのべ、
   「友よ、かえれ」と まねきつつ
   待てるはたれぞ、主ならずや。
                 アーメン


知子は今日、眼科を受診するために午後から出社した。
今日もまた知子に絶妙なる神さまの力強いサポートがあった!感謝!

※昨日も2月上旬の寒さ(0.3度、10.2度)で今年はいつまでも寒いが、この街で一番咲きの桜が満開になっているのでテンプレートを期間限定の桜に変更した。今朝も-0.6度と真冬の寒さだが突如として春が開くことだろう。

posted by 優子 at 17:02| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

第41回 オリーブの会 ―立派な息子―

昨日は「立派な息子」と題して、ルカによる福音書の有名な「放蕩息子の話」から、後半部分の兄に焦点を当てて考える時をもった。
放蕩息子(弟)については「オリーブの会」でも既に取り上げたことがあるが、『メメントドミニ』を開設する何年か前のことなのでブログには刻まれていない。この関連として2007年3月12・13日の記事を興味深くお読み頂けるだろう。
今回の聖書箇所は、ルカ伝15章25節から32節まで:
25 ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、
26 ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
27 僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。
28 兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、
29 兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
30 それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
31 すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。
32 しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。

このところから設問が出され、今回もそれぞれの体験を振り返りつつ神に自らを探られてそれぞれの思いを語り合った。

@ 彼(兄)はどうして弟のように外国へ行かなかったのでしょうか。

A 兄の一番求めていたことは何だったと思いますか。

B 息子は父親の財産に対してどんな誤解を持っていましたか。
 15章12節の「ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。」や、29・31節から考えてみたい。

C その誤解はなぜ起きたのでしょうか。

D 兄と父親の関係を人と神との関係に置き換えてみましょう。私たちはどんな時、兄のように「神さまは山羊一匹も与えてくれない」という誤解を持ってしまうのでしょう。

E 兄が父親をあまり愛せないのは何故ですか。

F 兄が父親の愛を信じなかったのは何故ですか。

G 兄は父親の戒めを完全に守っていると言いましたが、しかし父親を悲しませてしまいました。どうしてですか。
  父親は兄にどうして欲しかったと思いますか。

H 立派な人が一生懸命神に仕えようとしながらも、どうして神を悲しませてしまう場合があるのでしょうか。

I 私たちも宗教的な戒めを守っているのに、心の中に愛がない場合がありますが、どうしてですか。

J お祝いはイエスさまの譬えの中で、いつも天国を意味しています。天国に入ったのは放蕩息子だけでした。兄が天国に入らなかったのは何故ですか。

K それでは天国に入ることのできる人はどんな人ですか。

L あなた自身が天国に入れるかどうか、この譬えから考え出して下さい。

M このたとえの前半は弟の回心について教えていましたが、兄のように立派な人は何を悔い改めなければならないのでしょうか。

N 翌朝のことを想像しましょう。そのふたりの兄弟はどのような気持ちで畑仕事に出かけて行ったでしょうか。

O イエスさまが、兄がお祝いの中に入ったかどうかを語らないまま、このたとえを終わられたのは何故だと思いますか。


私は孫の世話をしながらだったので集中できず聞き逃したところも多々あり残念でならないが、最後の設問に対して冨美子姉のコメントが耳に残っている。

「兄は自分の権利主張、不愉快な気持ち、怒りでいっぱいだった。怒りのままで生涯を終わる人もいるし、その後の人生をどう生きるかはその人に与えられ任されている。

兄が父の相続者だったようにイエスさまは神さまの相続者だった。
そのイエスさまが奴隷となって十字架の死にまでも従われ、今も罪の奴隷である私たちと立場を交換したいと願っておられる。」


2時間かけて遠方から来て下さった参加者のお一人のOさんは、「昨日は今までで一番考えさせられた」と今朝長いお電話を頂いたが、神さまは参加者一人ひとりに何かを語って下さったことだろう。
今改めて昨日の箇所を開いて読み直し自らを振り返ってみたい。

兄の身分は完全であり、常に父と共に居り、父の全てのものを自分のものとしているから、兄と父はキリスト者と神との関係に相当する。
にもかかわらず、兄は、この最上の身分を十分に味わっていなかったのである。


兄はパリサイ人を表わしており、律法的立場以上にはなっていないから神の恩恵がわからないのである。
即ち、自分は正しく生きており、従って、父(神)の愛をより多く受けるのは当然であると思っている。ここにイエスさまは挑戦されるのである。

兄は父のもとに留まりながら父との関係を失っていると!
26節では祝宴が開かれているのを知った兄が、「これはどうしたことか」と僕(しもべ)に尋ねている。兄は何故、父と直接話さないのだろうか。

また、30節では「弟」と言わずに「あなたの子」だなんて、私には父の悲しみが痛いほど伝わってくる。兄には弟が帰ってきて喜ぶ父の喜びがわからないのだ!


兄は父の教えを守っているとは言え形式的で高慢で、自己義認で、このようなパリサイの徒には失われた魂の救いに無関心なのである。

神が愛であるということは、神の本質が喜びであるということだ。
喜ぶことをひたすら喜ぶことができる父、それが私たちの信じている全人類の唯一絶対なる神なのだ!

弟(放蕩息子)は神を拒否して自分で何かを成すことができると思って外に出たが、結局、自由を追求することで自分を完全に喪失することになってしまった。

しかし、過ちを犯してもそのことに気づいた弟は幸いだ。
自らの愚行のために大変な事態になっても自らを振り返ることができず、傲慢なままどこまで転落していく者もいるからだ。

惨めな自分に気づくことは自分の罪の認識でもあり、それゆえに弟は父のもとに帰ることができたのである。罪の自覚なくして悔い改めは絶対にあり得ない。


そして、大切な事は「罪を赦された弟の方が、正しい兄よりもはるかに幸福な人間になった」ということだ。 

憐れみと慈しみに満ちた愛なる神は、何度も私たちに手を差し伸べて忍耐強く招いて下さるが、それを受け取るかどうか全ての責任は私たち自身に任されている。

神は私たちをご自分の操り人形として造られたのではないから、幸せな生涯を送るか否かは神の責任ではない。地上生涯を終えたあとのことも全ては生ある間に決定されるのである。


実のところ私は数週間前から霊的に危機的状況にあり、ついに内側から湧き出でるものが何もなく枯渇状態になっていたが、これを書きながら息を吹き返した感じである。

それでも危機的状況を脱していないだろうが、これは霊肉の疲れだけではなく、今尚、己の罪に気づかず悪態を重ね続ける者に捕らわれてしまったのかもしれない。

それまでは憤りを感じながらも主の愛をもって関わることができたのに、今ではその者のために祈ることは全くできなくなってしまっている。(5月30日の出来事より)

これでは私自身に兄の姿が重なるではないか!
神に救われ、罪赦されて永遠の命を保証され、神と共に生かされていることを忘れたのか!
" Awake up my glory. "
「我が魂よ、目覚めよ!」

救われた喜びを忘れずに感謝して生かされている兄弟姉妹、己の十字架を負いつつ励む兄弟姉妹の存在に励まされるではないか!

これを書き終える今、微かな声が聞こえたように思う。神の御声が。・・・
「主よ、私を支えて下さい。天の御国に着くまで私を伴って下さい。
今より再びあなたが与えて下さった最上の身分を喜び味わいます。
家庭集会のために労して下さっている冨美子姉と千里姉に神のご加護がありますように。
主よ、祈れる幸いを感謝します。アーメン!」


次回「オリーブの会」の日時は未定だが9月に予定している。



posted by 優子 at 23:59| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

18日の「オリーブの会」より ―苦しみは誰から?―

「ヨブ記」が書かれたのは諸説があるが紀元前5世紀頃であると見られている。この書は単にユダヤ教やキリスト教信仰、神学のみならず、ヨーロッパ文学や哲学にも深く関わる書物であり、世界最高峰の文学でもあると称賛されている。

「ヨブ記」の主題は人類に共通している「苦難」の問題だ。人生には人間の側で、その原因がどうしても分からない苦難がある。
昨日の記事にあるように、ヨブは富裕な家長であり篤い信仰をもって生きる善良な人だった。そのヨブが一日にして全ての財産と子供たちを失い、その上に自らも悪性腫瘍に苦しまねばならなかったのは何故か?!

善良な者が苦しみ、悪人が栄えるのは、時代や国を越えて世の常のようにも見える。これをいかに理解すればいいのか。まことに深遠で壮大な問いである。

私の半生においてもヨブ記が最大の関心事であり、30歳代半ば過ぎてより10年以上に及ぶ神との問答、対決があった。
私もまたヨブのように決定的な答えを頂くことはできなかったが、信仰が練られて明確なる神への信頼と、詩篇131篇1・2節のみことばを賜った。自分のものになったのである。
 

     「及びもつかない大きなことや、奇(くす)しいことに、
      私は深入りしません。
      まことに私は、
      自分のたましいを和らげ、静めました。」


畢竟、私もまた神の領域である深遠なことにも関係したいという人間の思いあがり、全てを理解できると思っている人間の心理、傲慢さを自覚したというものだった。
言葉を代えれば、自分が無知であることも知らなかったという感動の気づきであった。

ヨブもまた苦難の原因は最後まで分からなかったが、しかし、神と密接に出会うことにより、理由は分からないままに苦難の問題は解決したのであった。

ついでながら、「ヨブ」とは「憎まれた者」、「敵を持つ者」、「悔い改めた者」、「愛された者」など正反対な意味まであるが、今の神学でも判然としていない。

では、昨日の「オリーブの会」で語り合った設問の中からいくつかをお分かちしたい。これをお読み下さっている方々にも神の恵みとお導きがありますように祈りつつ。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

@ 潔白で正しいということは、具体的にどういうことですか。罪はなかったと思いますか?

 ヨブは全く罪がなかったということではなくて、人間であるから罪人であり、罪を犯さない人ではなかったということである。
 道徳的な完全主義を意味するものではなく、原語では神に対して素直、純粋であったという意味の「ターム」が用いられている。
  
A 悪から遠ざかるのは、どんな時に必要ですか?

 世の中では「袖の下」が行われており、「まあ、まあ、いいではないですか」という言葉で受け取らせようとする。そのような時は遠ざかる必要がある。
 これと同様に、私は罪の誘惑のあるところから遠ざかることを話した。人は強くはないから、いつしか自分では気づかないまま白色がグレーに染まっていくことも往々にしてあるからだ。
 
B 人が神さまを信じる理由を、サタン(悪魔)は何と思っているのでしょう。

 「人は満ち足りていたら神を信じるが、苦難に襲われた時は信仰を持ち続けることはできないと思っているのではないか。」とはNさんの発言だ。
 確かに、ヨブは財産も社会的地位もあり全て満たされており、「神の僕」、「神の器」だと言われている者を根底から覆そうと神に挑戦したのである。

C 神さまがヨブの信仰を試すことをサタンに許されたのはなぜでしょう。

D 神さまがみなさんにも同じくサタンの試みを許されたと知れば、どう思いますか?

E ヨブを不幸に落とし入れたのは誰の責任ですか。神さまですか、サタンですか?

F みなさんに不幸をもたらした責任は誰にあるのですか。神さまですか、サタンですか?

G 不幸はサタンのせいだという考え方は、人生にどんな影響を与えますか?


 人は「運が悪かった」、「たまたま偶然に・・・」と思うだろう。しかし、「『運が悪かった』と言うこと自体が自分から逃げている。何故なら理由をそのせいにして現実に蓋をすることになるから」と発言されたNさんの鋭い指摘に感銘を受けた。

H この箇所によると、正しい人が苦しみを受ける理由は何ですか?

「そのことだけを思うと反発を感じるが、大きな枠の中で考えると試練を受けているその人が関わる多くの人々に影響を与えようとされるのだろう。」とは 千里姉。神さまは全てのことを働かせて益とされる!

I クリスチャンが苦しみを受けないなら、どんな人になるでしょう?


この問いかけを聞いた私は目頭が熱くなり、神さまからの深い慰めを感じていた。

J 悲劇に出会った時、ヨブの反応のほかにどんな反応が考えられますか?

誰かのせいにするのではないだろうか。
例えば、先祖を祭っていないからと理由探しをするなど、これが「問題の外在化」と呼ばれるものであると冨美子姉から教えて頂いた。

K 「主は与え、主は取られる」と「主は与え、サタンは取る」とでは、どちらが簡単に言うことができますか?
 
 勿論、後者であろう。

L みなさんは自分が失ったもののことを「主が与え、主が取られた」と言えますか?(心の中で答えてもかまいません)

母の身に起こった理不尽で不条理きわまりないことで神に答えを求め続けていた長い年月を想起し、晩年に過酷すぎる神経難病まで負って、勧善懲悪や因果応報説では納得できない母の苦悩の生涯を思った。

しかし、最後には神に明確に申し上げることができた。
あのような素晴しい母を私に与えて下さったことを感謝するだけではなく、「主が与え、主が取られた」のだと思えるようになった。

その勝利が与えられた時、不幸に出会ったけれど幸福な時には見ることのできなかったものが見えた。
神は神と共に歩む者を必ず勝利させて下さるのである。この思いだけは意志の弱い私でも決して揺らぐことのないものになっている

私の聖書(ヨブ記)の余白にはこのように書いてある。
「主が与え、主が取られ、また、与えられるのだ!ハレルヤ!これは私の信仰告白である。」と!
母はイエス・キリストを信じて召されたから、再び会えるのである。しかも、もう2度と別れることなく永遠に共に居られるのだから今はしばしの別れ。再び母を私に戻して下さるのである。

私の勝利は神の勝利であり、サタンの負けであった!!!
この珠玉の経験が今の試練をも最善に乗り越えさせて下さるという強靭な信仰になっている。


M (1章21節)ヨブは不幸のことで主に感謝しているのではなく、御名そのものに感謝しています。具体的にはどういうことですか?

N 不幸のただ中で、主の御名をほめたたえた時のことを思い出して下さい。その経験を話して下さい。


冨美子姉は、 「ほめたたえたというものではないけれど、私たちの目には苦しみだけしかなく、この先どうなって行くのだろうと苦悩の日々を送っていた時、『主は働いているよ』と言った夫の一言に、『そうだなぁ・・・』と思った。」としみじみと語られた。
私は信仰者御夫妻の姿に深い感銘を受けた。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(以上)

「わたしは裸で母の胎から出た」
の「裸」は、文字通り人間の裸の自覚であるが、「原罪の自覚でもあり、運命の自覚と見ることができよう。それはまた、エゴイズムの自覚でもある。」と旧約聖書学者の浅野順一は述べている。

また、1章で語られているサタンの人間観については―
「サタンは、神や超越者、絶対者は結局人間のためのものであり、要するに、神とは人が自己のために考え出したものに過ぎない。
神は人間の妄想でしかなく、もし、神ありとすれば、人間あればこそ神があるのであり、神があって人間があるのではないとサタンは語る。」


日本人の信仰の対象はサタンの考えそのままではないだろうか!

これを書きながら神との深い交わりの時を与えられて霊的に深い満たしを覚える。優子は主に在って健在なり!
この記事が私の霊的状況をお伝えすることにもなろうと思う。祈りの友たちに心から感謝しつつ。

posted by 優子 at 08:30| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

第40回 オリーブの会 ―「ヨブ記」を読む―

第1章
1:1ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
1:2彼に男の子七人と女の子三人があり、
1:3その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
1:4そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
1:5そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。
1:6ある日、神の子(天使)たちが来て、主の前に立った。サタンも来てその中にいた。
1:7主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
1:8主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
1:9サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
1:10あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
1:11しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
1:12主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。
1:13ある日ヨブのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいたとき、
1:14使者がヨブのもとに来て言った、「牛が耕し、ろばがそのかたわらで草を食っていると、
1:15シバびとが襲ってきて、これを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:16彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「神の火が天から下って、羊およびしもべたちを焼き滅ぼしました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:17彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「カルデヤびとが三組に分れて来て、らくだを襲ってこれを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:18彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「あなたのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいると、
1:19荒野の方から大風が吹いてきて、家の四すみを撃ったので、あの若い人たちの上につぶれ落ちて、皆死にました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
1:20このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、
1:21そして言った、「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。
1:22すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。

第2章
2:1ある日、また神の子たちが来て、主の前に立った。サタンもまたその中に来て、主の前に立った。
2:2主はサタンに言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
2:3主はサタンに言われた、「あなたは、わたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか。あなたは、わたしを勧めて、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたが、彼はなお堅く保って、おのれを全うした」。
2:4サタンは主に答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。
2:5しかしいま、あなたの手を伸べて、彼の骨と肉とを撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
2:6主はサタンに言われた、「見よ、彼はあなたの手にある。ただ彼の命を助けよ」。
2:7サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。
2:8ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。
2:9時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。
2:10しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。

天地を創造し、私たちを造られ全てを支配されておられる全知全能なる神。あなたを天のお父さまとお呼びできる幸いを感謝し、あなたの御名をほめたたえます。

我が家で開いて下さっている家庭集会「オリーブの会」を、昨日もまた豊かに祝福して下さったことを感謝します。
「私たちは神さまの前にそれぞれの課題がありますが」と会の初めに冨美子姉が祈られた瞬間から、言い尽くせぬ感謝と希望が湧いて参りました。
ここ数日前から知子だけではなく私まで視野狭窄に陥りかけていましたが、こうしてこのたびの危機的状況からも救い出して下さったことを感謝いたします。

冨美子姉、千里姉、Nさんとの深い交わりの中で知子の進み行くべき道を示して下さったことを心から感謝いたします。このような友を与えて下さったことを感謝し、友たちを豊かに省みて下さいますようにお祈りします。
また、Nさんとも永遠に一緒にいたいですから、これら一切のことを通してあなたを信じて永遠のいのちを賜ることができますように心からお願いします。

昨日の学びを振り返るにあたり、最初に尊い主イエス・キリストのお名前を通して感謝の祈りを御前にお捧げいたします。アーメン。

昨日の学びでは「ヨブ記」の第1章1節から2章10節を読んで、それぞれの心の深いところを神さまの光に照らされ探って頂いた。
この冒頭にあるのがその箇所である。内容についてはページを改めて刻みたい。


posted by 優子 at 11:48| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

第39回 オリーブの会 ―妹との恵みの時―

今回は欠席者が重なり前日には私たち3人だけになってしまった。あとお一人だけどうしても連絡がとれない方がおられたが、私は冨美子さんと千里さんにご相談しないでその方に休会になったことをお伝えした。

というわけで、今回は最愛の心の友たちとの時間となり、私には蜜のように甘く嬉しいひと時が持てるというのに何故か消極的だった。

お互いに忙しいと言いながらも数年前までは電話で話すこともあったが、今ではよほどの時にしか電話のやりとりもない。
私は昨春から時間的にも自由な日々に在るが、千里さんはまもなくお二人目のお孫さんを迎えることになり、今後数年間はますます難しくなるであろうから最高の時間が与えられたわけである。

今までにもあえて3人だけの集まりをもった時もあった。なぜか私はお2人へのラブコールを送ることもなく消極的だった。

しかも、妹から「オリーブの会」に出たいとのメールがこの前日(19日)に入っていたのである。求める人のために開いている集会なのに妹への祈り心が希薄になっていた私は、妹のことをお伝えするのを一瞬ためらう気持ちがよぎったのを覚えている。

昨夜9時前にパソコンを開いた時、「妹さんもオリーブの会のメンバーだから快くお迎えしたいですね。・・・主の導きを祈ってお交わりしましょうね。」と千里さんからのメールが届いていた。私は深い悔い改めへと導かれてすぐに妹へ電話したのだった。

その直後、集会から帰宅されたばかりの冨美子姉からもお電話を頂き、今回は妹のために4人だけの集会へと導かれた。まさに神の導きであった!

今日の集会の恵みを刻む前に、イエスさま、そして、冨美子さんと千里さんに感謝を捧げたい。

自動車で来ていた妹がお2人を駅までお送りし、3人を乗せた車を見送って家に入ると4時半近くになっていた。
今回の5時間は実に濃密な時間であり、最後に一人ひとりが祈り合い豊かに祝福された。
主よ、感謝します!
冨美子さん、千里さん、ありがとう!!!


今日は「束縛された人生」と題して、ルカによる福音書13章10〜17節から神さまの御心に耳を傾けた。

10 安息日に、ある会堂で教えておられると、
11 そこに十八年間も病気の霊につかれ、かがんだままで、からだを伸ばすことの全くできない女がいた。
12 イエスはこの女を見て、呼びよせ、「女よ、あなたの病気はなおった」と言って、
13 手をその上に置かれた。すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神をたたえはじめた。
14 ところが会堂司は、イエスが安息日に病気をいやされたことを憤り、群衆にむかって言った、「働くべき日は六日ある。その間に、なおしてもらいにきなさい。安息日にはいけない」。
15 主はこれに答えて言われた、「偽善者たちよ、あなたがたはだれでも、安息日であっても、自分の牛やろばを家畜小屋から解いて、水を飲ませに引き出してやるではないか。
16 それなら、十八年間もサタンに縛られていた、アブラハムの娘であるこの女を、安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか」。
17 こう言われたので、イエスに反対していた人たちはみな恥じ入った。そして群衆はこぞって、イエスがなされたすべてのすばらしいみわざを見て喜んだ。

「この背景について―
会堂は安息日(土曜日)ごとに神のみことばを聞く所だった。
当時、女性たちは宗教的にあまり立場がなかったので、会堂では後ろに座らされていた」。


いつものように質問が投げかけられ、これらの問いかけを通してそれぞれが自らを神に探られた。

@ 背骨が曲がった女性の18年間を想像して下さい。
もしあなたが10代で障碍(しょうがい)を負ったとしたら、どんなことが苦しかったでしょうか?
 不便なこと、結婚問題やセルフイメージなど・・・・

A イエスさまはこの女性のことを「縛られている」と言っておられますが、何によって縛られていたのか、なるべくたくさん言って下さい。

B 意味ある人生を送れないほど私たちを縛り付けているものを他に考えて下さい。

C 安息日ごとに神の言葉(旧約聖書朗読)を聞くということは、この女性にとってどういう意味がありましたか。

D この女性は癒されるために会堂へ来たのではありません。何のために来たのでしょうか。

E なぜ彼女はイエスさまに癒しの助けを求めなかったのですか。自分の方から出てこなかったのはなぜですか。

F イエスさまがみんなの前へ出て来るように言われた時、その女性はどんな気持ちだったと思いますか。
 (イエスさまが前へ出る力を与えられたのではないか。また、前へ出ている自分自身にもハッとしているのではないか。)

G あなたは、あなたを束縛しているものを皆の前でさらけ出さなければならないとしたらどう感じますか。

H イエスさまがあなたに「あなたを束縛していることは癒されました」と言われます。あなたはそれをどういう意味に受け取りますか。

I 苦しんできた18年間は、この女性にとって何だったのでしょうか。

J 会堂司は神さまを信じているつもりでしたが、その信仰はどう間違っていましたか。

K 会堂司は自由であるつもりでしたが、何によって縛られていたと思いますか。

L イエスさまの彼女に対する態度と会堂司の態度とどう違いますか。
 (「治ってよかったね」と喜んでやっておらず、普通に感じられる「よかったね」ということを感じることができない)

M 自分自身を縛っているものは何ですか。
        
                 ―以上―


この女性は信仰ある善き娘であったようである。
イエスは安息日の形式化を憂いておられ、会堂司は旧い習慣を固く守るのみで、その意義を考えることはしない。ただその形式にのみこだわるゆえにイエスの行動を憤ったのである。

私は最後の問いについてもっと多く語り合いたかったが、たった4人にも関わらず時を忘れて午後1時前になるほど白熱していたので、一端学びを終えて続きは食事をしながら再開した。

私を縛るもの、それは時として陥る自己中心や人を赦せぬ心に支配されそうになることだ。要は自分自身に縛られるのだ。

そして、今日もまた私は神さまに完全に解放され、癒されて新しい力を注ぎこまれたのだった。

もとより、全知全能なるまことの神さまと出会って以来、旧い因習は勿論のこと、多くの日本人が恐れている日がら、家の向きや間取り・方角は勿論のこと、印相から手相、前世の因縁、名前の字画、占い・・・など、ありとあらゆる恐れに縛られることはない。ハレルヤ!


これを機に、今後は妹もまた「オリーブの会」のレギュラーになって、共に人生を分かち合っていってほしいと願っている。
妹の上に神の祝福が豊かにありますように!

冨美子さんと千里さんの御愛に心から感謝しつつ。
posted by 優子 at 22:23| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

第38回 オリーブの会  ―本編―

聖書はクリスマスに寄せて、ルカによる福音書2章8節〜20節を開いた。
8節 さて、この地方で羊飼いたちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
9 すると主の御使いが現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
10 御使いは言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
12 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
13 するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使いと一緒になって神をさんびして言った、
14 「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。
15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。
16 そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。
17 彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。
18 人々はみな、羊飼いたちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。
19 しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。
20 羊飼いたちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。
教会や学校で演じられるクリスマス降誕劇の箇所である。
当時、羊飼いは低い階層の人々であり、その仕事は「安息日も守ることができないので軽蔑された職業」だった。旧約聖書によれば、みつかいはアブラハムやエゼキエル、ダニエルといった「神の人」と呼ばれる者にしか現れなかったのに、羊飼いに現れたのである!

ではいつものように質問の中からいくつかをご提示し、読者の方々もご自身を探りながら読み進んで頂きたい。

@ 羊飼いたちの毎日に、どんな喜び、どんな悲しみがあったでしょう。想像して下さい。

A この人たちは、神さまや宗教についてどう思っていたでしょう。つまり神さまとの関係です。
全能の神が居られると聞きながら、自分達の生活は貧しく、人々に虐げられている・・。ローマに支配されていたゆえに、より惨めさもあったであろう。羊飼いのあなたならどのように思われるでしょうか?

B エルサレムはベツレヘムの近くです。そこには、たくさんの敬虔なユダヤ人が住んでいたのに、その人たちにではなく、羊飼いの前に御使いが現れたのはなぜですか。

C 10〜12節の言葉は、羊飼いにとってどういう意味だったのでしょうか?(羊飼いが自分の人生に適用できることは、何だったのでしょう)

D 御使いがあなたに現れて、このように言ったとしたら、それはあなたにとってどういう意味でしょう。

E 「すべての民」という言葉の中には、あなたが一番心にかけている人も含まれています。イエスさまがその人のためにも生まれてこられたということは、あなたにとってどういう意味を持ちますか。

F あなたが今恐れていることに対して、イエスさまの誕生はどのような解決になるでしょうか。

G 飼い葉おけの赤ちゃんが救い主であるとわかった根拠は何ですか。
馬小屋は日本のように家屋の近くにあるものではなく、岩をくり抜いた洞窟であり、そこは死体をくるむ布の貯蔵所でもあったことを教えて頂いた。イエスはその布に包まれて飼い葉おけに寝かされていたのである。

H どうして救い主が馬小屋という汚くて、冷たくて、ばい菌だらけのところに生まれなければならなかったのでしょうか。

I イエスさまの誕生は、あなたの人生にすばらしい喜びをもたらしますか。

J 羊飼いたちの心にクリスマスの夜、どんな信仰が生まれたでしょうか。

K 羊飼いは、幼子について告げられたことを大勢の人に知らせましたが、なぜ、他の人はイエスさまを拝みに行かなかったのでしょう。

L イエスさまが人に知られるようになったのは30年後です。この羊飼いたちは死んでしまっています。彼らの人生は変わったでしょうか。どう変わりましたか。変わらなかったのは何ですか。


M この出来事を通して羊飼いは神さまとの関係がどうであるとわかりましたか。 
 
以上、オレンジ色にした箇所が私の胸に迫ったものである。

クリスマス、即ち、イエスの誕生は10月末頃であったというのを読んだことがあるが、8節の「羊の群れ」ということからその説が正しいのかもしれない。冬になると羊は檻に入れられるからだ。

羊飼いたちは、救い主が飼い葉おけに臥しているなど信じがたいことだったろう。「羊飼いのように自分の足りなさを知っていることは、喜びのニュースに応答する力があるということである」。

「全て高き真理は皆、少数にのみ示される。天における歓喜の音楽を聴く耳ある者は幸福である」。
こうして全地に生きる人々への祝福の歴史が始まったと告げたのである!
 

イエスの誕生により世界史は一変され、キリスト誕生以前を" Before Christ "「BC」と言い、誕生以後をラテン語で " Anno Domini(アンノ・ドミニ) "「AD」と呼ぶようになったのである。従って来年を正しく言うならば「主の年2009年」である。

「いと高きところでは、神に栄光があるように、
 地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」!

今年のクリスマスには是非お近くの教会へお出かけください!
尚、次回「オリーブの会」は、2009年1月21日(水)の予定です。

posted by 優子 at 17:25| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

第38回オリーブの会 ―プロローグ―

2008年度最後の「オリーブの会」の昨日は3日ぶりの晴天で、レースのカーテンを引いて陽射しを遮っても室内は30度近くになり、あまりの暖かさに皆さんが驚かれた。今日の朝刊によれば昨日の最高気温は14.8度だった。

緑内障である友は、いつものように陽射しが背になる席に座られて、その方のところだけ分厚いカーテンも引いていたが、それでもきついので途中からサングラスをかけられたほどだった。

このOさんは次女の高津高校時代のPTAでお知り合いになった方で、2002年4月の「オリーブの会」初回に来て下さった方である。
Oさんは病気を負いながらもマンドリンを続けておられ、外出されることが多く重なるために今回で10回目の出席だ。遠く香里園(同志社香里中・高校がある所)から2時間かけて来て下さるのである。

我が家の家庭集会を「オリーブの会」と命名したのは、2回目の2002年6月20日のことだった。この時は冨美子姉と千里姉の同労者3人だけの集まりだった。
歓談の時に集会の名前をつけようということになって、何がいいか植物図鑑まで開いていろいろ考え、「オリーブの会はどう?」との私の案に賛同して下さった。

その時、冨美子姉が、「ノアの洪水のあと、鳩がオリーブの若芽をくわえて戻ってきた光景が浮かぶ」というようなことを仰ったように思う。
私のノートにはそれに続いて、「生命が芽生えていたのだ!私たちも、この会を通して一人ひとりが芽を出し、豊かな実が結ばれんことを祈ってスタートしよう!」と記されていた。
2002年4月と言えば、母の死に続いて父も亡くなって1年半が過ぎた頃だ。弱音を吐きながらも、私は人生の新しいページをめくっていたのだ!

そして昨日もまた、日常の手を休めて神さまが私たちに与えて下さった聖書を開いて、神さまが語って下さる人生の道しるべを聴こうとしたのだった。

今日は曇り空で室内の温度は12度しかない。何もしないでいると寒いが、デスクワークだと足温器を使うので室温は18〜9度あれば快適である。今は掃除を終えて、お昼過ぎに来る生協の配達を待ちながら書いているので使っていない。

今朝のエピソードを一つ。
チャッピーと歩きながら「主われを愛す」を歌っていた。今日はこの讃美歌を歌おうと思って歌い始めることはめったにない。いつも自然にその日その日の讃美歌が口に出るのである。

今朝も結構大きな声で歌っていたら、曲がり角でウォーキングしている70歳代の男性と出会った。
「朝から朗らかに歌を歌っていいですね!」と声をかけて下さった。
「はい、朝に讃美歌を歌うと気持ちいいですよ!」と言ったら、両方の手のひらを合わせて「アーメンですか」と仰った。
「はい、クリスチャンです。今日も良い一日を!」と言って別れたのだった。
このような場面に出くわした時、自らクリスチャンであることを表明するのかしないのかについて考えたこともある。
例えば椎名麟三は、「『私はクリスチャンです』というときには、私はあるやましさを感じずには自分をそのようにはいうことができないのである」と言っているが、私も私なりに考えたものだ。


私は椎名が言うところの「クリスチャン」の意味が違うように思う。このことについても早く書きたいと思っているのに未だ書けないでいる。書きながら考えてみたいテーマである。

今の思いを端的に言えば、今朝出会った方の心にごくごく僅かながらも神さまの刻印を残したい、何かの折りにまことの神へと導かれるきっかけになればと思うゆえに、「讃美歌を歌っています」とまで言うのである。
長くなるので昨日の学びの内容は次の記事に改めて、まずはそのプロローグとした。
posted by 優子 at 12:02| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

assertion (アサーション)!自己主張は優しく論理的に!

昨日の学びの時、私はスイスの信仰篤き精神科医・ポール・トゥルニエの言葉を思い出していた。

「他人の苦しみにキリスト教徒が出会うということは、その苦しみを和らげるために、神によってそこに呼ばれたことを意味するのです。

よきサマリヤ人の話や、よき羊飼いの話は医師の心に響くこと大きなものがありますが、それは『神は私を、人を助けるために召して下さった』と感じ、自分の職業の真のすばらしさを教えられるからにほかなりません。ですから医師は神の協力者となるわけです」。


私がキリストにより新しい生涯に入れられて半年後のことだった。この具体的な教えが、私のそれまでの考え方を決定的に転換させるものになった。
何よりもトゥルニエに魅かれるのは次の告白を読んだからだ。
ある時、ネリ夫人が夫のトゥルニエに次のように言った。

「おわかりかしら。あなたは私の先生。私の精神科医。私の牧師ですらあるかもしれません。でも私の夫ではありません」。

この言葉により、真の心の通い合いは対等な関係なくしてありえなく、問題は平等性にあるとトゥルニエは気づかされたのだった。

そして、「私の信仰すら、教義についての思想にすぎなかった。・・・私は自分の気持ちや悩みや落胆を人に言うことを知らなかったのである。と告白した。

その後、トゥルニエは長い黙想の日々の中で霊的成長を遂げ、冒頭の考えに至ったのである。私はここに人間の実相を見るのである。

即ち、人は皆同じだということ、どんなに立派に見える人間もまた同じような心情を経験していることを直観して、決定的なほどに大きな影響を受けたのである。書名の通りまさしく『人生を変えるもの』であった。

これからも昨日教えて頂いた原点を忘れないで、何度も何度も思い起こしながら進んでいきたいと思う。
主イエスを信じる者は、永遠へと続く道を歩ませて頂いているのであるから大らかに進んでいけばいいのだ。既に永遠の中に在るのだから!

また、昨日の午後の歓談では有意義な話題が溢れた。
まず、A姉の体験談は私には興味深い人間学だった。そして、冨美子姉が教えて下さった「アサーション」は、初めて耳にした言葉でとても面白いものだった。

" assertion " は心理学用語でもあり、「自己の主張をやさしく論理的に行うこと」である。
例えばレストランでのこと。
肉の焼き方をミディアムでお願いしたのに、しっかり焼いたものが運ばれてきた。さあ、あなたならどうする?というものである。


例えば、「これではウエルダンではないか!ミディアムに変えろ!」と怒って文句を言うのか、文句は言わないけれど「こんなもの頼んでいないのに・・」と不満を感じながら食べるのか、あるいは、「すみませんが、私はミディアムをお願いしたのですが、」と穏やかに言って変えてもらうのかである。
勿論、最も良いのは最後の対処の仕方である。

また、こんな例も話して下さった。
明日から試験が始まるのにノートを貸して欲しいと言ってこられたらどうするだろうか。

しぶしぶノートを貸して惨めな気持ちになるのか、ぞんざいに断わるのか。最も良い対処の仕方は、「ごめん。今度借りたい時はもっと早く言ってね」と断わるなど、こういう内容のものだった。

このことは境界線の問題と重なり、方法論としてではなく、考え方や生き方につながる意味深いものだと思った。
前者の例で言うならば、店の人や客の役になって疑似体験するので、気づきが与えられやすく身につきやすいと思った。

夫婦喧嘩のロールプレイでは、「夫側の言い分にすごく共感してしまったり、言葉で言ってみて初めて分かるということがあるんですね」と、その一端を話して下さった。
" I am OK.You are OK. "で生きていきたいものだ。わーい(嬉しい顔)

次回の「オリーブの会」は11月26日(水)に決定、これが今年度最終の集会になる。







posted by 優子 at 18:28| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

第37回 オリーブの会 ―善いサマリヤ人―

先月の家庭集会の日には花が一つ二つだったシュウメイギクは満開で、淡いピンク色の花びらがたくさん散り始めている。
昨日まで1週間ほど夏日が続いていた秋晴も、今日は打って変わって曇り空。いつしかシトシト小雨が降り出した。

先月に続いて今月もまた家庭集会を開いて下さった神さまに感謝しつつ、読者の皆様にも恵みをお分かちしたい。私は今回もまた信仰の原点に立ち返らせて頂く恵みに与った。
今回の聖書箇所は「ルカによる福音書」10章25節から37節、「善きサマリヤ人の譬え」と呼ばれているところである。
25節 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。
27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って(新改訳聖書では「しかし彼は、自分の正しさを示そうとして」と、わかりやすく鋭い)、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。

30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。

33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。

36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

まず時代背景のご説明から:
イエスさまの時代、サマリヤ人(びと)たちは混血だということから、ユダヤ人たちは彼らを異邦人に近いと見なして軽蔑し排斥していた。
譬え話の傷ついた人は、おそらくユダヤ人だったであろう。
祭司とレビ人は、たぶん宗教儀式のために神殿に向かうところだったと思われる。もし彼らが血に触れると、その日は一日中、汚れて神殿に入れなくなる。

「祭司」と「レビ人」は常に聖書を読み、神に仕える最も神に近い人々である。彼らは創世記から申命記だけを自分達の聖書としていた。

今回は次のようなことを話し合った。

@ 道端に何時間も横たわっている間、この傷ついた人の胸の中に、どんな思いが湧いたか想像して下さい。(父親が旅から帰って来ない時の、妻と子供たちの気持ちを想像して下さい。)

A この2人の宗教家、祭司とレビ人は、どうして死にかけている人を助けようとしなかったのですか。いろんな理由を考えて下さい。
  急いでいたから。誰かが助けるだろう。かかわりたくない・・・。

B 聖書から学んだ愛の戒めを、この祭司とレビ人はどう解釈していたのでしょう。(27節参照)

C 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして神を愛していながら、隣り人の苦しみを無視するのは可能だと思いますか。その理由も言って下さい。

D サマリヤ人にも傷ついた人を放っておいて当たり前という理由はたくさんありました。できるだけいろいろ考えて下さい。

E こういう場合、まともな人ならするべき最低限の助けは、どんなことですか。
  「どうしたのですか?」「大丈夫ですか?」と声をかける。
  傷の手当て。家族に知らせてやる・・・。


F サマリヤ人は、それ以上にどんな助けをしましたか。

G 銀貨2枚(1デナリは一日の日当、今なら1万円以上)は、2日分の給料に相当します。それだけで2ヶ月間、宿屋に泊まれました。
このサマリヤ人が、そんなにたくさんのお金を他人のために使ってもよかったのは何故でしょう。

H みなさんは、どんな人のためなら、このサマリヤ人が他人にしたようなこと全部をしてもいいと思いますか。

I サマリヤ人は、愛と戒めの最初の部分を守ったと思いますか(27節)。なぜそう思うかも言って下さい。

J 祭司とレビ人が怪我をした旅人を無視したように、あなたが今まで無視してきた隣人は誰ですか(37節)。心の中で答えてもかまいません

K イエスさまと善いサマリヤ人の共通点は何ですか。

L サマリヤ人がした以上に、イエスさまが敵のためになさったことは何ですか。

M 人に心を傷つけられた私たちのために、イエスさまは何をして下さっていますか。


これらの設問から自らを省み、神さまに探られ、最後に次のような問いかけがなされた。

N イエスさまは律法の専門家に何を教えようとされたと思いますか。

そして、学びの締めくくりとして冨美子姉が語って下さったことが、深く私の心に届いた。

私たちは「何をしたら」ということに関心が向くが、これは古今東西どの国の人も同じである。日本では、お百度を踏む、滝に打たれる、千日回峰などに象徴される。

律法の専門家は「私にはできません」と言うことができればよかったのである。神の基準を示されても自分はそこにはとても到達できない。

私たちは努力義務を持つが、それをやり通すことはできないということを正直に認めればいいのに、自分は精一杯やっていると自分の正しさを示そうとして質問した。

神の国とか永遠の命を得ようとするのは人の常なのだが、「ありがとうございます」と受け取ることが信仰であり永遠の道である。それを頂いて歩んでいくことが永遠に続いていく道である。

神さまのほうから寄って来て下さって傷の世話をして下さり、もう一度立ち上がれるようにして下さる。
私たちは横たわった病人のように、ただ受け取ることができたら幸いである。

この譬え話で、このところに力点を置かれたメッセージを見聞するのは初めてなように思う。
クリスチャンならば聞き飽きるほど耳にしていることであるにも関わらず、我々は依然として何かをすることで受け容れてもらえると思いがちである。
私など生き方に不自由さを感じる時には 、必ず" doing "の枠(罠とも言える)に入っていると言っても過言ではないからだ。" doing " ではなくて" being " なのである。

私は冨美子姉を通してこの点を何度も何度も導かれてきた。この家庭集会で最も多くの恵みを頂いているのは私であろう。
ついでながら私の愛用している手引書から要所を記しておきたい。

29節の「わたしの隣り人とはだれのことですか」の問いかけに対して、イエスさまは「だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」(36節)という問いで答えられた。

「如何にしたら隣人になれるか」と言うのである。

それは隣人を必要とする人の傍らに行ってあげること。
隣人とは相手ではなくて、相手にとっての自分である。これがイエスの愛の教えの急所であり、それは即ち「自分を必要としている人を助けよ」ということである。


時と場所に応じて、人間は誰かの隣り人にならなければならないことを示している。その時、その場所で彼を必要としている人が彼の隣人にほかならない。

尚、この「善きサマリヤ人の譬え(グッド サマリタン)」は、ルカだけが伝えている。
午後の交わりにおいて興味深かった話題は明日の記事に記したい。
posted by 優子 at 23:16| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

第36回 オリーブの会 ―敵を愛しなさい―

昨日の最低気温は12.3度で、最高気温も15.6度までしか上がらず、9月の終わりなのに昨日も今日も2時間ほど暖房した。今週後半には再び夏日が戻ってくるというので待ち遠しい。
 
さて、昨日の「オリーブの会」は讃美歌285番に続いて、いつものように司会者・冨美子姉のお祈りから始まった。
聖書の箇所は「ルカによる福音書」の6章27節から38節である。それぞれ1節ずつ輪読した。この集会では新改訳聖書を用いているが、ここでは聖書オンライン利用の関係から口語訳を引用した。
27節 しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ。
28 のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。
29 あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。
30 あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。

31 人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。
32 自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。
33 自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。
34 また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。
35 しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。
36 あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。
37 人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
38 与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」。

輪読のあと黙読し、そのところから「敵を愛しなさい」というテーマで自らを省み、神さまに探られて幸いなる時間を共にした。私にとっては特に恵みのリトリートの時になった。

初めの導入部分で、「この箇所を読むとき、先週のことを思い出して下さい。皆さんは毎日の生活で、どのくらいこの戒めに従いましたか。」と司会者が語られた。
この箇所からの設問は以下の通りである。
これらの問いかけに対して正解を述べるというのではなく、それぞれがこれまでの人生経験を通して感じたことを心を開いて分かち合うのが目的である。

(27節〜30節では)
@ おそらく殆どの人が、ここでイエスさまが教えられているように生きるべきだと思うでしょう。
それなのに、その通りに生きるのはなぜ難しいのですか。

A もし、イエスさまが「敵に親切にしなさい」とだけ言われたら、そのようにするのはもっと簡単になると思いますか。

B 皆さんが家庭や学校、職場でこの通りにし始めたとしたら、そこはどのように変わるでしょう。

C 皆さんが、嫌いな人のために祈ったら、その人との関係は良くなると思いますか。

D イエスさまはこの戒めを全部、完全に守られました。それでもたくさんの敵がいたのはなぜですか。

E 憎しみを抱くことには、どんな害がありますか。

(31節〜38節より)
F ここに描かれている「いと高き方の子ども」と「罪人」(聖書で言う罪人とは犯罪者のことではなく、神を認めないで生きている人を指す)の根本的な違いは何ですか。

G 皆さんは「いと高き方のこども」とどういう点が似ていますか。「罪人」と似ている点はどこですか。

H 自分を大切にしてくれないと文句言う人は、どういう間違いをしているのですか(36〜38節)。

I 無条件の愛を誰よりも必要としているのは、どういう人でしょうか。

J 35節は、敵(私たちも含めて)をも愛されるイエスさまの愛のことを言っています。人間はこのような無条件の愛を信じることが難しいですか、易しいですか。

K この戒めを守れば、大きな報いが得られます(35節)。イエスさまは守られましたが、報いを受ける代わりに十字架に付けられました。なぜですか。

L 私たちは、どうすれば敵を愛せるようになりますか。

M 敵を愛せなかった人は、どのようにして「いと高き方の子ども」になれますか。


以上の問いかけに対して、一人ひとりが心を開いて自己の醜さを正直に語り合い、無言のうちに励ましを得たのは私だけではなかったであろう。
最後に、司会者の冨美子姉が次のように語って下さった。

「神さまは私たちに敵を愛するようになったら救ってあげるよ。そうしたら神の子どもになれるよと、条件をつけておられるのではないのですね。

神を受け容れている人達に対しての奨めではあるけれど、条件で話されたのではありません。
自分の中に無いものに気づかされ、その愛は自分の中には無いと素直に認め、それをくださいと求めていく。赦す心を与えて下さいと、神さまと対話しながら生きていく人生を導こうとしておられるのですね。

私たちはこうあってほしいという願いや、自分の中に無いものばかりが出てきて、無条件で愛されているということを受け止めきれていないのですね。」


私は皆さんとの分かち合いを通して、「ああ、醜いのは私だけではないんだなぁ」と、今更ながら改めて知ることができたことが特筆すべきことだった。それゆえに、冨美子姉のお言葉に強く励まされて、心からそのように変えられていきたいとの思いを与えられたのである。

初めて参加して下さった方もまた次のような感想を返して下さった。ここにも「オリーブの会」が、神の御臨在豊かな集会であることをお伝えできるのではないだろうか。
昨日は、素敵な時間をありがとうございました。
大先輩のクリスチャンの方々との交わりは、あんなにも静かで、安心できて、でも心が燃えて・・・何よりも昨日一日がとても平安で、仕事場でも家庭においても、不思議なくらい悪しき感情が制御されていたような・・・よかったです。感謝します。

次回は10月22日(水)に決まった。
この次もまた、神さまが「オリーブの会」を開いて下さって豊かに祝福して下さいますように!

今日も冷たい雨の一日だった。
子育ての息抜きのために長女と孫が朝9時半頃に到着。たった2泊の予定だが、既に腰も膝も痛い。しかし、1ヶ月ぐらい一緒に住めば、私のコレステロール値も正常になるだろう。

孫への愛を強く感じる。
そして、しみじみと老いを感じ、子育てしていた頃が輝いて見える。
今、ようやく孫の一日が終わったので、日付けが変わらないうちに昨日の家庭集会の恵みを記録した。
posted by 優子 at 23:09| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2008年04月22日

第35回 オリーブの会 ―天にある名―

昨日の家庭集会では、始まる直前までそれぞれに出欠メンバーが変化し続けた。
前夜に妹から出席の知らせがあったことは既に書いたが、当日朝、仕事がキャンセルになったからと出席の連絡を下さった方、そして9時半に、初めてご参加予定だった方から病欠の連絡が入った。

風邪のためにお出でになれなくて残念だったが、全て神が良しとされた今日のグッドメンバーなのだと受けとめて、期待して準備を続けた。
押し寿司10本を7分間で作ることができたのは良かったが、そのあとがいけなかった。ご近所の方に声をかけられて、自治会の話で30分間以上も取られてしまい大わらわだった。

さて昨日はルカ伝10章17〜20節から、「天にある名」と題してみことばを深く読み味わった。
その箇所の背景を知るために同章の1節と9節も読んだ。
ここは、イエスが12人の弟子のほかに70人を加えて、「その町の病人を治し、彼らに『神の国があなたがたに近づいた』と言いなさい。」と、ご自分よりも先に2人ずつペアにしてお遣わしになったことが書かれている。

そして、彼らが伝道報告をしているところが17〜20節である。
今回の設問の一部をご紹介したい。括弧内は私の心に残った意見である。

★この70人と同じ力が私たちの教会の中にあれば、どういうことになると思いますか?
(病気を治して欲しいと、病人が教会に多く集まってくるのでは・・・)

★弟子たちが、伝道活動の一部しか報告しなかったのはなぜでしょう。

★人はなぜ、力や権威を持つことを喜ぶのですか?

★この世でのことを喜ぶほうが、天国でのことを喜ぶより易しいのは、なぜですか?

★自分がしたことを喜ぶのと、自分の名前が天にあるのを喜ぶのとは、どう違いますか?

(能動的な喜びと、ただ受けるだけの喜びの違いか・・・・)

★私たちが、天に名前が記されていることを喜ぶようになるためには、何が必要ですか?
(人生の軸足が自分の中にあると、できないことや不甲斐なさに立つと苦しく、神さまに軸足があるということがわかってくると、物の見え方が違ってくる。)

★いつ、どのようにして、人の名前は天に記されますか?

★あなたはどういう時なら、ヘビやサソリ(悪魔、悪の力)を踏みつける勇気がわいてくると思いますか?

★イエスさまの弟子に害を加えるものが何一つないのは、なぜですか?《19節》

★あなたや家族に、何が害を加えると恐れますか?

★イエスさまの弟子のほとんどは殉教したのに、「敵のあらゆる力に打ち勝った」と、どうして言えるのですか?


どの設問でだったか覚えていないが、「悪魔は人間を神から離れるようにいざない、自分の力で生きるようにいざなっていく」と冨美子姉が言われたことが印象的だった。

かつて私は、自分の誠意と知性と努力によって幸いな人生を送ろうとしたが、苦しんだ末に自分の限界と不可能であることを認め、神の前にギブアップした。
その後、心底からイエスの十字架のもとに重荷をおろすことができるようになったのは、救われてから12年後であったとも言える。

イエスとの出会いは人それぞれであるが、長い人生の途上において、その後再び悪魔に根底から乗っ取られてしまい、日本古来の因習や闇の世界など恐れに縛られてしまったクリスチャンもいる。

しかし、ひとたびイエスの十字架によって贖い出された者は、その人が苦境に落ち込んでもイエスご自身が最後まで責任をもって導かれるのだ。
神は悪魔に巣食われてしまった者も、必ずや神の御手に奪回して下さると信じているし、「救いの永遠顕示」のお約束を握って、その方たちのためにとりなしの祈りを積み上げていこう。

「名が天に書き記されている」
とは、永遠に滅びない生命の保証であり、これこそが私たちの喜びであり、喜びでなければならない。
23節には、「あなたがたの見ていることを見る目は幸いです」とある。これこそが人類史上、経験しうる最大の幸福なのだ!

「クリスチャンの生涯は、それが真実なものである限り、如何に不成功であっても勝利の生涯であり、生命の書に(名前を)記された不死の生涯である」。

次回は5月28日(水)に決定した。

このあと皆さんをお送りしてから、妹が後片付けを手伝ってくれた。
なんて懐かしい空気だったろうか。
妹は私が実家に帰った時、いつもいつもこのように母を助けてくれていた。私は見事なほどに若い頃は実家で何もしなかったから。

失われていた年月、それぞれに苦悩していた姉妹に和解の融合をさせようとして下さっている神さま。
焦らず、ゆっくりゆっくり祈りつつ進んでいこう。


posted by 優子 at 18:42| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

谷口先生のお葉書きから

ご丁寧な身に余るお礼状を頂戴いたしまして、びっくりしています。私の方こそ、早速お礼を申さねばなりませんのに、申しわけなく思っております。

さぞお疲れになりましたでしょう。
何から何まで真情のこもったおもてなしに与り、霊と肉も共々にみたされ、恵まれて、感謝いっぱいの集会でございました。

井置先生のメッセージから私は新しい光に出会わせて頂きました。
Tコリント13章の『愛は寛容にして慈悲あり、愛は妬まず、誇らず驕らず・・・』

自分の名を入れると最初から××ばかりの人間ですのに、その故に、クリスチャンでありながら、何とみじめな自分かと失望落胆の繰り返しですが、イエス・キリストを入れると、すべて完全なる○○の愛をもって、こんな罪だらけの私を愛し抜いて下さっていることに、ご聖霊の光をあてて下さいました。
よく読んで知っている聖言なのにね。

神様の光りに照らされなければ、人間、自分の罪もわかりませんし、罪がわかっても失望落胆のままでは、サタンの思うつぼです。

しかし幸いなるかな、どんな××人間でも、イエス・キリストの十字架の血は、完全にきよめて愛の人間と変貌させて下さるのですから、自分を見ないで十字架の上でイエス様が罪なき血を流して下さった神様の救いのわざを見上げていこうと新しくせられました。

すばらしい集会でした。
またTさん(長女婿)の証しも、神様が兄弟の心に働いて下さっていることを知らされて感謝にたえません。

知子ちゃんが「夫の証しが私にはいちばん嬉しかったです」。実感がこもっていて、私も嬉しかったです。


早速、Aにも集会のこと電話しました。Aも喜んでいました。

次女のAさんは転勤先の埼玉で井置先生の教会へ導かれて礼拝を守っておられた。神のお計らいに驚くばかりである。

一昨夜遅く疲れ切って帰宅した時、郵便受けから夫が渡してくれた。今も朝に夕に祈って下さっている谷口先生の関わりがなければ今の私はなかった。
来たる2008年もまた先生の健康を守って下さいますように!
1月19日の家庭集会にお招き頂いていることを、神様に深く感謝している。
posted by 優子 at 08:09| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月19日

F最終回

今朝はずっと過去ログを読み直していた。
ブログには出来事だけではなく心の軌跡をこそ書き綴りたいと思っているが、まさしく今回のことは神の祝福に与るまでの軌跡が記されてあった。

真智子を初め多くの友に祈られ、優しいお言葉で支えて頂いたゆえに今に至ることができたことを改めて感謝している。
S姉は、あの直後からご主人の癌再発という苛酷な日々が始まったことを思い、改めて厳粛な祈りと感謝を捧げている。

今回のことで大切なことを気づかされたことも書いておきたい。それは、「もてなす」ということだ。
10月にペンクラブ55周年記念集会で上京した時、疲労のために肝心のメッセージや学びが頭に入らなかった経験から、
15日の昼食はお寿司屋さんに注文しようと考えていた。

しかし、家庭集会だからふさわしくないと重々承知しているので、祈りつつも自分の体力と相談しながら注文するのは13日まで延ばしていた。
そのような日々に在った時、12日に届いた川上先生のメールにハッと気づかされることがあった。

川上先生は体調を壊しておられたので佐藤昌平さんの葬儀式ではお会いできなかったが、6日の夕刻にSさん宅を弔問された。ちょうど「クリスマス御殿」での讃美を関西テレビに生中継された時のことだ。

「佐藤君の写真がとっても穏やかで優しく写っていて、まさに佐藤君そのもの。うれしく思いましたが、正直なところ、もう一度元気になってほしかった!

Sさん、散らし寿司のご馳走をつくってもてなしてくれました当分、心身ともに大変でしょうが、まずは元気な様子で、安心しました。」


このメールを拝見した瞬間にハッとした。
「ご馳走を作ってもてなしてくれました
「もてなす」という言葉に触れて、大切なことを置き去りにしてしまったように感じた。

確かに疲れすぎては最も第一にすべきメッセージを聞き漏らす。しかし、私はそこに比重をかけすぎていたように思った。この気づきもイエスさまからだと直感した。瞬間に散らし寿司(母流には「バラ寿司」^^)を作ろうと決心した。


その翌13日のことだった、谷口先生からお礼のお電話を頂いた時に「昼食はどうなさるの?あなたひとりで作られるの大変ね」と仰ったので、そのことをお話したら「それはいいことですね。私のできるご奉仕はこれだけですからと作って下さいね、感謝ですね。」と仰った。
こうしていつも何でもない一言一言が私には恵みの導きになっている。

さて、井置牧師のお話でわかったことは、9月4日の記事に掲載させて頂いた「愛の眼差し」には、作詞されたのが神学生の時と書いてあったが、神学校に入られる以前のことであった。

新しく編纂された『讃美歌21』にも数曲、井置牧師作詞の讃美歌が入っているとのこと。「美しい讃美歌ですよ」と仰ったので是非教えて頂こうと思っている。

今回、「ICレコーダ」「デジタル・ボイス・レコーダ」とも呼ばれている、「記者などメディアの人たちがインタビューなどに利用している」ものを千里さんの伴侶からお借りして、千里さんが録音して下さった。

ご伴侶こそは、我が家にパソコンを導入して下さった恩人であり、メカに強いご主人様にいつも助けて頂いている。
「今回も本当にありがとうございました。」


録音するのを忘れてプログラムの途中、讃美歌312番からになるがきれいに入っていた。メールで添付して送信できるらしいが、容量が大きすぎてフロッピーを使っている私にはできなくて残念。
「すみません(>_<)。」
そして、ごめんね真智。日本へ帰ってから聴いてね。
posted by 優子 at 10:46| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月18日

E信仰の証し「ああ主のひとみ」

メッセージの前に、井置利男牧師のプロフィールをご紹介したい。

1926年  兵庫県姫路市に生まれる
1949年  入信(兵庫県西脇教会)
1955年  関西聖書神学校卒業(神戸市)
1959年  日本聖書神学校終了(東京都)
        結婚
1962年  西川口教会開拓伝道と牧会(埼玉県)
1998年  同上教会退任
        天城山荘常駐チャプレン就任(静岡県)
2005年  天城山荘退任
        東大阪教会牧師就任


「チャプレン」とは人の働きを示す言葉で、病院やホテルなど教会(チャーチ)ではない施設の祈りの場所(チャペル)で働く牧師のことを言う。
無牧(牧師不在)だった東大阪教会へは単身で赴任された。

井置牧師は第2次世界大戦では海軍のパイロットとして、国家存亡の為という目的で尽くされたが、敗戦の虚脱状態で生きる目的を失い、心も荒れ果てて教会へと導かれた。1949年(昭和24年)22歳のことであった。

敗戦後の日本は即座に価値観を180度転倒させた。
同じ頃、教師として呻吟していた三浦綾子さんの姿を重ねながら私はメッセージに引き込まれていった。長い記事になるが牧師の信仰のお証しをお届けしたい。

     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

その敗戦の虚脱状態に在って、自分は誰からも必要とされていないと思いました。人間にとってこれ以上の不幸はありません。
「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ」
石川啄木がこの短歌に詠っているのがあの頃の心境でした。

そんな22歳の春のこと、ポスターを見て教会へ行きました。
讃美歌312番を聞いた夜の感動を今も忘れずにいます。
その集会後に、「人生の目的はなにか。人は何のために生きているのか」を矢継ぎ早に牧師に聞きました。すると、「聖書を読みなさい。そして、教会に行くように。」と、このふたつのことを奨められました。

その日から聖書を読み教会へ行く生活が始まりました。
そして、最初に私の心を捉えたのがコリント人への第一の手紙13章の言葉でした。ここは「愛の賛歌」と呼ばれる有名な箇所です。
私が長い間求めていたのは「これだ!」と思いました。このように生きることこそ人間が本当に幸せになる道だと思いました。

は寛容であり、は情け深い。また、ねたむことをしない。
は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。」


さて皆さんにお伺いしますが、このような本当の愛を持っておられる方がどのくらい居られるでしょうか。
自分に本当の愛があるかないのかテストしてみる方法があります。13章4節から7節(上記)のところは、本当の愛の性質が書かれているところですが、この「愛」のところに自分の名前を入れ替えて読んでみると、自分に愛があるかないかわかります。

「恨みをいだかない」「いだかない」とはメモをしない、心のノートに記録しないということです。この本当の愛が無いということが聖書の言う「罪」ということです。

私は本当の愛に生きることこそが人間の本当の幸せになる生き方だと思って、それに向かって歩き始めました。
しかし、言うは易く行うは難しです。
頑張リズムの生活はいつまでも続けられません。やろうと思えば思うほどやれない自分、偽善的な自分に気づき(目覚め)始めていき、心の深い所で悩み始めていきました。


そして、聖書の期待を裏切るばかりの自分はクリスチャンになる資格はない、キリストの教会の恥さらしだと自分を責めるようになっていきました。

「罪を知っていながらキリストの赦しを信じられないのなら、それは絶望でしかない」と言ったキルケゴールの言葉そのままが当時の私の心境でした。
神が招いて下さっているのに、教会へ行くということは苦しみを増幅することでしかありませんでした。


自分を責め続けていた年の秋の夕暮れのこと、頑張リズムの心で教会の祈祷会に出席するために道を急いでいました。私の心は重く、あたかも屠所に引かれる羊のような気持ちでした。

教会の庭にあった柿の実が夕日に映えて真っ赤に光っていたことをはっきり覚えています。遠くで鉄を打つ音が聞こえていました。

その時、ルカ伝22章の61節の言葉、「主は振り向いてペテロを見つめられた」という言葉を、不意打ちのように思い出しました。
自分の弱さのために一度ならず二度三度もイエスを裏切ったペテロ、このペテロの全ての罪を赦しておられるイエスさま。
主の愛と赦しが告げられている言葉が私の心に蘇ってきたのであります。その時のイエスさまの眼差しは自分にも向けられていることを感じたのであります。

自己嫌悪の中でのた打ち回っている自分、もう自分を責めるのはやめろ!全部赦されている、解放されているんだ!赦されている者として、解放されている者として生きるんだというイエスの眼差しを感じました。

そのことに感動して作詞したのが讃美歌243番でした。その2節を見て下さい。
そして、私は勘違いしていました。
私たちが信仰していく前に、神が私たちを愛されているということを告げられているということであります。


こんな者を寛容の愛で、情け深い愛で、どこまでも耐えて希望を持ち続けて下さる愛で愛して下さっている。キリストから愛されているということが告げられているところなのです。
私たちはこの愛で誰ももれなくキリストから愛されているというお互いであります。

先ほどの「愛」のところに「イエス・キリスト」を入れて読んで下さい。
「イエス・キリストは寛容であり、イエス・キリストは情け深い。また、(イエス・キリストは)ねたむことをしない。・・・」


私たちはこの愛で愛されているお互いなのです。
キリスト教の信仰生活は、神の存在を云々することではありません。
神の愛と背比べをする生活でもありません。
その愛に気づいていく生活、その愛に喜んでいく生活です。


「いつも喜んでいなさい、全てのことに感謝しなさい」とありますように、神の愛に気づいていく時、喜ばざるをえない、感謝せざるをえないようになっていくのです。
その生活の中で、私たちの中にも奇跡を起こして下さるのです。そうです。自分を愛し、隣人を愛していく人に変えられていくのであります。
皆様の上に神さまの導きが豊かにありますように。祈らせて頂きます。            
                   (完)
      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

牧師の祈りに続いて、一同で讃美歌243番を讃美した。 
 
1 ああ主のひとみ、まなざしよ。
   きよきみまえを 去りゆきし
   富める若人(わこうど) 見つめつつ、
   嘆くはたれぞ 主ならずや。

 2 ああ主のひとみ、まなざしよ、
   三たびわが主を いなみたる
   よわきペテロを かえりみて、
   ゆるすはたれぞ、主ならずや。

 3 ああ主のひとみ、まなざしよ、
   うたがいまどう トマスにも、
   み傷しめして  「信ぜよ」と、
   宣(の)らすはたれぞ、主ならずや。

 4 きのうもきょうも かわりなく、
   血しおしたたる み手をのべ、
   「友よ、かえれ」と まねきつつ
   待てるはたれぞ、主ならずや。
                 アーメン

谷口姉と吉見姉のお祈りに続いて私も祈らせて頂いたのち、会衆一同で「主の祈り」を捧げて第一部を終了した。
     
主の祈り
   
    天にまします我らの父よ
    願わくはみ名をあがめさせたまえ
    み国を来たらせたまえ
    みこころの天になるごとく
    地にもなさせたまえ
    我らの日用の糧を今日も与えたまえ
    我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく
    我らの罪をもゆるしたまえ
    我らをこころみにあわせず
    悪より救い出したまえ
    国とちからと栄えとは
    限りなくなんじのものなればなり
            
                  アーメン
posted by 優子 at 17:19| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

D聖書(口語訳)拝読箇所 

ルカによる福音書22章54節〜62節

それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。
人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。

すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。

ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。
しばらくして、ほかの人がペテロを見て行った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。
約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。

ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。
すると、彼がまだ言い終わらぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。
主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。


コリント人への第一の手紙13章(全)


たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。

たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。


愛はいつまでも絶えることがない。
しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。

わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。
しかしその時には、わたしが完全に知られるように、完全に知るであろう。このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
posted by 優子 at 14:44| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

C井置牧師を囲んで記念写真

オリーブの会.jpg

ユキ坊で大変な知子ママが、9時半頃に写真を送ってきてくれているので、メッセージ内容よりも先にお目にかけたい。

井置先生が81歳だなんて、とっても見えない!
昼食後のケーキとコーヒータイムの前に済ませておけば、学会のために1時20分にお帰りになったHa先生も入って頂けたのに残念でならない。

「さて、忘れてたらサイアクと思ってメールしてますが、今日結婚記念日って覚えてる?
blogに書いてなかったし二人とも忘れてそうだから!
ではよい夜を。」
と優しい娘。
知子の予想通りスッカリスッカリ忘れていた。
知子が30歳になったから今年は31年目のanniversary!

昨夜、娘たちが帰って寂しくもホッとしてベッドに入って思ったことは、「明日は17日か。同志社のクリスマスページェントやなあ。今年も行けそうにないな」と、思ったと同時に眠りに落ちたのだった。

しかしまあ、自分の結婚記念日を忘れるなんて!
とは言うものの、覚えていた年のほうが少ない。
さて、我が夫は覚えているかな?帰ってきたら直ぐに聞いてみよう。

「今日は何の日?」


posted by 優子 at 15:48| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

Bインテルメッゾ(間奏曲)

毎朝出社する時に夫は自動車の外気温を表示し、私も飽きもせずにやりとりを交わす。私たち夫婦の真冬期間限定の光景である。

15日のゴルフは、「優勝したで!ハンディー4で41と42なんて初めてや!」と嬉しそうに帰って来た。
美濃紙業の接待ゴルフなのに、主催者が優勝して喜んでいていいのかな?!
賞金のデパートの商品券はご奉仕してくれた娘夫婦にプレゼントし、翌16日のデートの軍資金にしてもらった。

娘婿は谷口先生たちをお送りしたので、妻と子どもとは数時間再会しただけで自宅に戻った。
そして昨日、生駒市主催「クリスマスコンサート」のチケットを買っていた娘は生駒に向かった。8時間ほど私たちだけで孫の世話をすることになっていたのに夫は風邪でダウンして一日中寝ていた。その上にギックリ腰になってしまった。
そんなけで孫の世話を楽しみにしていた夫はガッカリしていた。

今日も私の女性用のコルセットを巻いて出社した。62歳という数字にギョッとするものの、確かに以前のようにタフではなくなってきた。

知子はお箸を持つのも痛いほどの腱鞘炎だったので、孫の世話と我が家の子・チャッピーの世話をしながらの集会準備だったので、ついに昨夕は再び腰がギクッとなりかけた。
しかし、祈られてきたおかげで体力が支えられただけではなく体重は2キロ減少し、体脂肪も32から27、5に下がって感激!

今朝は4度と冷え込んだが澄み切った我が心には心地よかった。昨日の友のメールを読み直して友の愛に涙した。

そして、Hu姉が仰っているように、私もまたライフサイクルが最終段階に切り替わろうとしていることを強く意識している。友たちに励まされて、私もまた自分の務めを果たして共に天国で憩いたいと願う。

最後のステージをいかに生きるのか。
これまでの人生を統合していく時である。
私にとってはやり残していることを成すというよりも、やりたいことが明確になったという感が強い。限りある時間を意識しながらより一層集中していきたいと思っている。

「星のように急がず、しかし、休まずに」!(ゲーテ)

今日の記事は、特別集会全記録の間奏曲である。
posted by 優子 at 08:44| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

A「オリーブの会」同労者からの感謝メール

優子さん 
 
 凝縮した時をありがとうございました。

井置先生の焦点のぶれない はっきりとした それでいて慰めに満ちたメッセージ 感謝でした。

そして豊かな昼食のひととき、
それに続く お一人お一人の 重みのあるお話し
心に染み入りました。

優子さんがおりおりにお出会いになった方々との 交わりを大切にしてこられ、今日私たちは そのおすそ分けに あずかりました。
ぴーんと姿勢が正された思いで、帰路は背中を伸ばして 歩きました。

優子さん、今ごろは ぐーっと 疲れを感じておられるころと お察ししております。
どうぞ ゆっくりお休みになって下さい。
そして 静かなクリスマスをお迎えください。

井置先生がお話になった 柿の実が 枝に残る 風景を見ながら 教会の道を上っていかれた様子が なにかしら心に残りました。
私たちも 新しい ステージに着実に向かっていますね。

新しい年も どうぞよろしくお願いします。

この日、Huさんは夕方からの予定も入っておられたからかなりのお疲れだったであろうに、深夜になってまでもメールを書いて下さった。
本当ならば出席された方々に早速感謝のメール送らせて頂く私だが、さすがにこの日は疲れてしまって12時前にはベッドに入ったと思う。
共に労して下さっているもうお一人の千里さんもまた、午前1時26分にメールを送って下さっている。
優子さん

主がこのオリーブの会を愛し今日の特別集会を豊かに祝福して下さいました。先生とのやりとり、出席して下さる方々へのきめ細かい配慮、多忙な準備と緊張は如何ばかりだったことでしょう。本当にお疲れさまでした。

知子ちゃんの指のことも、ユキ君のことも守られましたね。和やかなお交わりができ感謝でした。
剛臣さんが心の内を話され教会に行きたいと言われたことはとても大きな喜び、本当に何よりです!良かったね。

剛臣さんの送迎のお働きありがとうございました。
知子ちゃんとユキ君もう一泊されるんですね。嬉しい大切な時間、主の恵み溢れる時間となりますように。遅くなりましたが今日はゆっくり休んで下さいね。何もかもありがとう。


お2人とも毎日ハードな日々を過ごされており、しかも連日夜遅くまで起きておられるから私の日々などとは比べものにならないだろう。
それなのに私は15日夜にはどうしても井置牧師やHa先生、また、谷口先生とYo姉にお礼状が書けなかった。体力の限界だった。

Huさんは前夜も帰宅されてからプログラムの訂正がないかを電話で聞いて下さって、それから印刷にかかって下さったのだ。

千里さんもまた、

「優子さん いよいよですね。
駅で4名了解!掃除、おすし、お吸い物、食器類、目に見えない用事多数。全ての準備に主の助け、支えを祈ります。ユキ君にも特別な守りがありますように。出席者全員の健康も守られますように。

ケーキは一口大のオレンジケーキですが12時頃(多忙な千里さんは夜に作って下さった)に焼き上がりましたよ。お皿を使わなくてもいいように考えて持って行きます。一口なのでフォークもいらないかな。

録音機も忘れないようにしなくっちゃ。
主に感謝しつつ。知子ちゃんとユキ君に会えるのを楽しみにしています。」


と、14日午前2時過ぎの着信メールだった。

いつもいつもおふたりの温かいお心遣いと寛容な愛に支えられて33回を迎えることができた。言葉では表現できないほど感謝している。

短い睡眠時間まで削って書いて下さったメールを自然消滅させるにはもったいなくて、また、これらのメールにこそクリスチャンの生き方が濃密に現れており、まさにクリスチャンの息遣いが伝わってくる。
私はこのような優しさに触れて今まで支えられ導かれてきた。メールを掲載させて頂くのは、この神の愛を感じ取って頂きたいとの願いからである。


S姉とA姉からも全く同じ愛に満ちたメールを頂戴していることを、感謝を以って書き添えておきたい。
人は愛され、大切にされて育っていくのである。感謝。


posted by 優子 at 23:28| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

第33回 オリーブの会特別集会 @

       〜 第 1 部 〜          
                   司会:藤本優子
                   奏楽:知子

讃美歌 285番「主よみてもて」      会衆一同

祈 祷                 老松冨美子姉

聖 書 
ルカによる福音書22章54節〜62節    司会者
コリント人への第一の手紙13章(全)   宗原千里姉 

井置利男牧師ご紹介              司会者

讃美歌 312番「いつくしみふかき」    会衆一同

奨 励   主題 「ああ主のひとみ」  井置利男牧師

讃美歌  243番「ああ主のひとみ」     会衆一同

祈 祷            谷口幸子姉・吉見和恵姉

主の祈り                  会衆一同

昼食タイム

       〜 第2部 交わり会 〜

終 礼 讃美歌405番「神と共にいまして」  会衆一同

祈 祷                     司会者   


これが今日のプログラムである。
祈り祈られてきた「オリーブの会特別集会」は、主の御臨在豊かな集会となり、井置利男牧師のメッセージは一人ひとりの魂に届き、会衆一同が溢れる恵みを与った。

この集会のために、遠くからは8時前にご自宅を出て下さった橋本先生と徳山姉。

また、長女の婿はイエスさまの御用を快くしてくれ、奈良市学園前の谷口先生や吉見姉を送迎してくれた。

先月23日に半身(ご主人)を天に送られたばかりの節子姉もお出で下さった。徳山姉の半身もまた10月半ばに召されなさった。お2人の悲しみが和らぐまで背後で祈らせて頂きたい。

近くからは青葉台の明美姉も集って下さった。急な御用のためにお出でになれなかった方々もおられ、今日は12人の集会だった。

奨励された内容や記念写真は後日にアップさせて頂こうと思う。
知子が自宅に帰ってから写真を送信してくれることになっているが、橋本先生は一足先に同志社大学の学会に向かわれたのでご一緒でないのが残念だ。

今回の集会はクリスチャンたちのことなのに、1週間ほど前からの出欠確認のことで実は最高レベルの緊張になっていた。
20年来お導きを頂いている放出教会の谷口先生と吉見姉の存在が緊張を和らげてくれ、「クリスチャンの集まりは何も気を遣わなくてもいいのよ」とリラックスさせて下さった。まるで母のような存在に感じた。

徳山姉とも親しい交わりへと導かれて主に感謝している。香芝チャーチの方々は全ての食器を洗って下さって本当に助かった。
そして、冨美子姉、千里姉にも心から感謝している。

お・や・す・み・な・さ・い!(^−^)

         続きを読む
posted by 優子 at 22:51| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

先の記事追記・参加御希望の方はご連絡下さいね!!

集会参加を希望して下さる方は、今月末までにメールか電話にてご連絡下さいね。
準備の関係と、アクセスのご案内をさせて頂くためです。路上駐車も大丈夫です。あるいは、迷われたあげく当日近くになってからご連絡下さっても大歓迎です。

メル友の方にはメールでもお誘い発信させて頂きますね。

それに、我が家のすぐ近くに香芝市では有名なクリスマスのイリュミネーションのお宅があります。毎年、関西のテレビに何度か放映されています。

ご主人様は河内音頭の音頭とりで有名な方のようです。
今年も先週からご主人様が夜に飾りつけを始めておられ、昨夜はお仲間を集めて大勢で励んでおられました。今年も新しい電飾が増えていました。玄関入って直ぐの所に赤い大きな球状のがありました。

点灯は夕方5時ですので15日集会のあと、お時間の許す方は「クリスマス御殿」(優子命名)をご覧になっては如何ですか?

過去ログ・2006年12月17日をご覧下さい!!
右側のその箇所をクリックしてくだって、17日のところまでスクロール(下へ動かす)して下されば出てきますよ!!

今年も香芝ゴスペルチャーチのメンバーがキャロリングに行きます。日程はこれから調整します。
聖書のメッセージをもっと織り込んでもいいなぁ・・と、関わってみたいことが一杯ありますがアレモコレモはできません。
目下の急務は今月末締め切りの原稿を仕上げてしまうことです。

17・18日に大阪商業大学で催されます「サークルの集い」も迫まってきました。昨日は3人の役員さんたちだけで展示の準備をして下さっています。
昨日、T会長さんからの電話で私はホールでの映画会、講演会や各サークルの活動発表など、2日間共に総合司会役を仰せ付かりました(>_<)。(台本がまだなのですが・・・内心の声)

実に残念ですが17日の谷口家の家庭集会は、今回もサークル関係のために欠席です。夫は一人では行きませんから夫のためにも残念です。
知子夫婦たちにとってはチビ君のデビュー、皆さんが幸悠に会えるのを楽しみにして下さっていますから、なんと感謝なことでしょう!!

20日も同じホールをお借りしての読書会です。
講師の橋本先生に申し訳ないですが、テキスト『エマ』を読むのは諦めました。
以上、頭を整理しながらの追記でした。
posted by 優子 at 20:07| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

讃美歌「ああ主のひとみ」の作詞者・井置牧師が我が家へ!

第33回 「オリーブの会」特別集会のご案内

クリスチャンの方ならば讃美歌243番「ああ主のひとみ」をご存じない方はおられないと思います。
私も同志社女子中学校に入学した早々に覚え、信仰生涯を歩む今、何度も慰めと励ましを与えられております。

讃美歌はメロディだけではなく、歌詞が聖書のみことばからきていますので、力をもって魂に響いてまいります。     

讃美歌243番  神の招き  

 1 ああ主のひとみ、まなざしよ。
    きよきみまえを 去りゆきし
    富める若人(わこうど) 見つめつつ、
    嘆くはたれぞ 主ならずや。

  2 ああ主のひとみ、まなざしよ、
    三たびわが主を いなみたる
    よわきペテロを かえりみて、
    ゆるすはたれぞ、主ならずや。

  3 ああ主のひとみ、まなざしよ、
    うたがいまどう トマスにも、
    み傷しめして  「信ぜよ」と、
    宣(の)らすはたれぞ、主ならずや。

  4 きのうもきょうも かわりなく、
    血しおしたたる み手をのべ、
    「友よ、かえれ」と まねきつつ
    待てるはたれぞ、主ならずや。

次回の家庭集会は、これを作詞された井置牧師をお迎えしての特別集会を持たせて頂くことになりました。
歴史ある讃美歌の作詞者とお会いできること自体が不思議です。このような機会はめったにないと思いますので、この記事をお読み下さっている貴方も是非お出で下さい。


『神の痛みの神学』で有名な日本を代表する神学者の一人、日本の神学が世界のキリスト教界に大きな功績を残した北森嘉蔵牧師は、著書『日本人と聖書』で次のように書いています。

「裏切ったペテロを見つめられたイエスの眼差しを讃美歌にとり入れたのは、日本が初めてで、西洋の教会や西洋の神学では十分とりあげられていなかった。
日本の心の在り方ゆえにこのことが可能だった」


井置牧師から神さまのメッセージをお聴きしましょう!!!
勿論、クリスチャン、ノンクリスチャンを問いません。
信仰は押し付けるものではありませんし、特にイエスへの信仰は押し付けられるものでもありませんのでお気軽にお出かけ下さい。

私はよくこんなことを想像するのです。
時に応じて友人や知人から良き招きに与りながらも、耳を傾けないまま年月が過ぎてしまい、声をかけて下さった方々も私も歳をとってしまった。あるいは、年老いた自分だけが残ってしまったシーンです。

そして、「ああ、友と一緒に歩んでくればよかった。ねえ、どうすればいいの?」と嘆き悲しみ、既になすべきことをなして地上の生涯を終えて去って行った友たちを思う姿です。

あるいは皆さん、私が死んでしまってから、「藤本さん、熱心に言うてはったなあ」と、あとになって後悔しないためにも遠方でなければいらっしゃって下さい。
大歓迎いたします!!

この記事をご覧下さっていること自体が神さまのお計らいによるものです。
私は主(イエスさま)を知ってから積極的になりました。厚かましく感謝してお受けできるようになりました。

この集会を通して、神さまは私にも大きなギフトを用意して下さっていると信じます。それは大きな気づきや閃きかも知れませんし、参加されたどなたかと深い出会いを計画して下さっているのかも知れません。あるいは、ペン活動への情熱や何か具体的なビジョンを見せて下さるのかも知れません。


12月15日(土) 10時30分から始めます

昼食はこちらで用意させて頂きますので手ぶらでお出かけ下さい。
この日は私の敬愛する谷口幸子先生(81歳)も来られます。『メメントドミニ』にはチョクチョク「谷口先生」のお名前が登場しますでしょう?是非ご紹介させて頂きたいです。

当地は辺鄙な所ですが大阪駅からですと1時間、鶴橋からですと30分でお出でになれますので、関西在住の方は是非お出かけ下さい。
慌しい12月ですが、この日はリトリートをかねて3時頃まで幸いな時を計画しています。どうぞお祈り下さいね。

チャッピーも待っていますから、是非来て下さいね!!                        
 ワン! 犬
posted by 優子 at 14:07| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

ハレルヤ!節子さんのご主人様が病床洗礼を!!

昨日の「オリーブの会」の出欠をお聞きすることも遠慮していた節子さんが、朝の日射しを受けて我が玄関前に立っておられた。闘いの中にあるからこそ主に在る恵みを共にしたいとお出で下さったのだ。

集った7名は神のみ前で心を静め、心を合わせてご主人様の上に最善を成して下さるように、そして、ご主人に寄り添われる節子さんの心身を強めてご主人を支えることができるように篤い祈りを捧げた。

今朝パソコンを開けた時、節子さんから驚くべきメールが入っていた。今朝の3時過ぎに送信して下さったものだ。医師からの厳粛な告知に涙を流しておられたのであろう。

優子さん!
今日はほんとにありがとうございました。
あなたのやさしさをいっぱい受けた素晴らしい日でした!
なんと謙虚でお気遣いに溢れたお方なのでしょう!優子さん あなたは!!!
ほんとに神様の子と呼ばれるのに相応しいお人!
一緒にいるだけで
     暖かく心嬉しく そして幸せな思いに満たされてしまいます!
  ありがとう! ほんとにありがとう! 主よ感謝します!

同じ時間、主人昌平もまた、素晴らしい祝福された時を持っていました!
以前所属していた神の愛チャペルの牧師Eric・カーフマンの見舞いを受け、信仰告白をし
11月初旬に来られるイリノイのグレースチャーチのハル師(アメリカで出会った方)も立会いのうえ病床洗礼(?)を受けることにした というのです。夕6時過ぎデボラ夫人も見舞いに来てくださってエリックから聞いたと、とても喜んでくれました。 ハレルヤ!!

でも今日は病状が今までのうち一段と辛そうな日でもありました。
主治医の先生が「私も出来るだけの治療をしていきますがこの病状から見ると、今がより過酷な状況になっていく入り口とも言えるでしょう。
精神的にも家族の支えがより重要にもなってくるので共に頑張っていきましょう・・・。」

別室での話しでした。
先生の前でしたが途中から涙が溢れ困りました。
一人になると駄目です。主に祈りながら涙がとまりません。
けれど大丈夫ですよ!心の中には不思議と平安があります。
主が共にいて下さるから!!!
私も主を愛していますから!!!

優子さんの日々のご活躍主に祈りつつ心から応援しています!!!
何より健康も守られますように! 
God Bless You!
           Setsuko

何度読んでも、涙なくしては読めません。
抱きしめてあげたい。
しかし、神さまは節子さんやご家族の祈りに応えて下さった。祈りは聴き届けられたのだ。
昨日は、その前日に再入院されたご主人のもとから来られ、そして、集会のあとは再び病院へ戻られた節子さん。送って下さったNさんにも心から感謝します。

節子さんのお姿に救われた者の姿、神の栄光を拝しました。

ご本人はどんなにしんどくて苦しいことでしょうか。
そして、ご主人に寄り添われる節子さんのことを思うと、どのように申し上げてよいかわかりませんが、主イエスさまはご主人と共に居て下さり、「心配しなくてもいい。私についておいで!」とご主人の手を引いて下さっているのですね。

こんな驚くべき奇跡を見せて頂くとは、信仰の薄い私には畏れ多く初めてのことでした。声も出ず、心の中で「ハレルヤ!」と神の大いなるみわざを噛み締めていました。
まさに、昨日讃美した聖歌の通り、「驚くばかりの恵み」Amazing grace です!

節子さん、このブログを通しても多くの方々が祈って下さっていますからね!!「雄々しくあれ、強くあれ!」
病床洗礼の時に私も立ち合わせて頂いていいでしょうか。周りの方への配慮もありますね・・・教会でかおるさんにご相談しようと思いますから、返信はご無用になさって下さいね。

ハレルヤ!
主に感謝します。
どうぞ主よ、昌平さんの苦しみをあなたが和らげて下さり、ご夫妻に幸いな時間を下さいますように。
そして、3人のお子達との時も豊かに祝福して下さいますようにお祈りします。

知子と真智子と太志君へ:
節子さんはこのような時にあって、知子と真智子たちの日々をどんなに喜んで下さっていることでしょうか。真智子たちのことにユキのうつぶせのことも仰ったよ。
最近は「親バカブログ」になっていたのに、ブログを読むことだけを楽しみとし、いつも励まされていると仰って下さったのです。
いのちが受け継がれた若い世代の子供たちが、神に罪赦され自由にされて喜んで生きている、その姿が年老いていく私たちを励ますのです。
私の子供達よ、節子さんのご主人のために祈って下さいね!
共に慰め励ましあって進んで行こうではありませんか!






posted by 優子 at 17:34| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

後ろのものを忘れ、前のものにからだを伸ばしつつ

次回の「オリーブの会」は、10月24日(水)に決定!!

「オリーブの会」は、毎回皆さんの都合を出し合って次回の日程を決めている。
私はここずっと祈っている井置牧師をお招きしたいことと、その時は平日ではなく、より多くの方々に来て頂くために土曜日か祝日を考えていることをご相談した。
早速昨夜のうちに井置牧師に日程をお伺いし、再度今日の午後に日程調整したのだが、残念ながら実現するのは11月以降になった。

「オリーブの会」では、これまでに2回の特別集会をもっている。
第6回(2002年11月21日)に谷口幸子先生を、第15回
(2003年10月16日)には、冨美子姉のご紹介で奈良福音自由教会の中野博誉牧師をお招きした。中野先生はバッハ大好き牧師で、「バッハの奏でる神」というテーマでピアノ演奏を交えてお話して下さった。


ところで井置牧師は、私に洗礼を授けて下さった小山恒雄牧師と関西聖書神学校で同窓だった。またJCP(日本クリスチャンペンクラブ)では湯河原での夏期学校に参加されていたことがあり、「あかし新書」の第3編に投稿されているとのこと、30年ほど前のことになる。
また、谷口先生にもお話したところ、次女ご夫妻が埼玉に転勤されて導かれたのが井置牧師の教会だったとは、不思議な神の御手を感じる。

電話の最後にも優しいお言葉を頂いたが、先ほど届いたお手紙にも記して下さっている。

どうぞ、あまりにご自分をお責めになりませんように。
どんなクリスチャンもみんな完成に向かって、神から『工事中』の人間ですから。
神から愛され、赦され、受け入れて頂いているお互いであることを何よりも喜んでまいりましょう。
(テサロニケ人への第1の手紙5章16〜18節、ピリピ人への手紙3章13節)
                   在主

8月の危機的状況の時、友たちの祈りとメールや電話で関わって頂いて危機を乗り越え、神さまを見上げられるようになった。そこまで回復しつつあった時に井置牧師との出会いがあった。

師は、無牧の教会(牧師のいない教会)だった東大阪キリスト教会に、昨春から単身赴任で来られたということも知った。
「方向は未だにわからなくて、生駒山を見て東だなと確かめるんですよ」と仰っていたが、「ああ、その日はクリスチャンセンターへ行く予定です」とか、「クレオ大阪のセミナーへ・・・」とか、若者以上のエネルギッシュな声に驚いた。
 

井置先生から頂いたみことばを厳粛に読んだ。

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」
           

      (第1テサロニケ 5章16節〜18節)

「兄弟たちよ。わたし(パウロ)はすでに捕らえたとは思っていない。ただこの一事(いちじ)に努めている。
すなわち、後ろのものを忘れ、前のものに向ってからだを伸ばしつつ、目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。」

           
        (ピリピ人への手紙 3章13・14節)

尚、昨日から新しくカテゴリ「オリーブの会」を追加した。
posted by 優子 at 18:21| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年09月26日

あなたは死の問題の解決はされているか?!

31回目の家庭集会である今日は4ヶ月ぶりの再会であり、再開であった。妹も交わりの中に加えて頂いたことを感謝している。
私は最初のご挨拶で、讃美歌243番を作詞された井置牧師のことをお話し、妹の奏楽で243番を讃美した。初めに冨美子姉(しまい)のお祈りに始まり、続いて聖書を1節ずつ輪読した。
今日の箇所は「ヨハネによる福音書11章1節から46節」、「ラザロの復活」のところである。長くなるが聖書から引用したい。
さて、ひとりの病人がいた。ラザロといい、マリヤとその姉妹マルタの村ベタニヤの人であった。このマリヤは主に香油をぬり、自分の髪の毛で、主の足をふいた女であって、病気であったのは、彼女の兄弟ラザロであった。

姉妹たちは人をイエスのもとにつかわして、「主よ、ただ今、あなたが愛しておられる者が病気をしています」と言わせた。イエスはそれを聞いて言われた、「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。
 
イエスは、マルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。ラザロが病気であることを聞いてから、なおふつか、そのおられた所に滞在された。それから弟子たちに、「もう一度ユダヤに行こう」と言われた。

弟子たちは言った、「先生、ユダヤ人らが、さきほどもあなたを石で殺そうとしていましたのに、またそこに行かれるのですか」。
イエスは答えられた、「一日には十二時間あるではないか。昼間あるけば、人はつまずくことはない。この世の光を見ているからである。しかし、夜あるけば、つまずく。その人のうちに、光がないからである」。そう言われたが、それからまた、彼らに言われた、「わたしたちの友ラザロが眠っている。わたしは彼を起しに行く」。すると弟子たちは言った、「主よ、眠っているのでしたら、助かるでしょう」。

イエスはラザロが死んだことを言われたのであるが、弟子たちは、眠って休んでいることをさして言われたのだと思った。するとイエスは、あからさまに彼らに言われた、「ラザロは死んだのだ。そして、わたしがそこにいあわせなかったことを、あなたがたのために喜ぶ。それは、あなたがたが信じるようになるためである。では、彼のところに行こう」。
するとデドモと呼ばれているトマスが、仲間の弟子たちに言った、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」。

さて、イエスが行ってごらんになると、ラザロはすでに4日間も墓の中に置かれていた。ベタニヤはエルサレムに近く、25丁ばかり離れたところにあった。大ぜいのユダヤ人が、その兄弟のことで、マルタとマリヤとを慰めようとしてきていた。

マルタはイエスがこられたと聞いて、出迎えに行ったが、マリヤは家ですわっていた。マルタはイエスに言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえて下さることを、わたしは今でも存じています」。

イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえるであろう」。マルタは言った、「終りの日のよみがえりの時よみがえることは、存じています」。
イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。
マルタはイエスに言った、「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべきキリスト、神の御子であると信じております」。

マルタはこう言ってから、帰って姉妹のマリヤを呼び、「先生がおいでになって、あなたを呼んでおられます」と小声で言った。これを聞いたマリヤはすぐに立ち上がって、イエスのもとに行った。

イエスはまだ村に、はいってこられず、マルタがお迎えしたその場所におられた。マリヤと一緒に家にいて彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急いで立ち上がって出て行くのを見て、彼女は墓に泣きに行くのであろうと思い、そのあとからついて行った。
マリヤは、イエスのおられる所に行ってお目にかかり、その足もとにひれ伏して言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」。

イエスは、彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんになり、激しく感動し、また心を騒がせ、そして言われた、「彼をどこに置いたのか」。彼らはイエスに言った、「主よ、きて、ごらん下さい」。イエスは涙を流された。

するとユダヤ人たちは言った、「ああ、なんと彼を愛しておられたことか」。しかし、彼らのある人たちは言った、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようには、できなかったのか」。イエスはまた激しく感動して、墓にはいられた。それは洞穴であって、そこに石がはめてあった。

イエスは言われた、「石を取りのけなさい」。死んだラザロの姉妹マルタが言った、「主よ、もう臭くなっております。4日もたっていますから」。イエスは彼女に言われた、「もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」。人々は石を取りのけた。

すると、イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。あなたがいつでもわたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたがわたしをつかわされたことを、信じさせるためであります」。
こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。

マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。しかし、そのうちの数人がパリサイ人のところに行って、イエスのされたことを告げた。


           (以上、口語訳聖書より)

第1問、「ラザロたちはイエスさまが愛して下さっていることがどうしてわかったのですか?」
とっぱなから私は頭をもたげてしまった。
私自身がイエス(神)に愛されているということがなかなかわからない者なので、神さまから私の心の中を探られた感じがした。

それについて、冨美子姉(しまい)の言葉に深く頷いた。
「愛されるというのは交わりが無かったらわからない。イエスさまは、ラザロたちの家に滞在して話し合われている。神さまとのかかわりを持たなかったらわかり辛いであろう」と。

「皆さんの苦しみについても4節の言葉が当てはめることができますか?」
4節の言葉とは、「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」というものである。

今日の箇所は、「死」という重いテーマであり、死の解決に焦点が当てられている。
私たちは病気が治った時、「癒された」とか「生きながらえた」と言うが、治ってもいつかは死ぬのである。
あなたは死の解決がなされているだろうか?
あなたが死の床に就いた時、平安があるだろうか?


確かに老後の問題はあるが、こんな歩みの私でも確かな想いを頂いている。神に受け容れられた者の魂の平安と喜びである。
「私の中では既に神の栄光が現されているのかなという思いがある」と語られた節子姉のように、私もまた困難に立ち向かった時にもそうでありたい。
いや、自分の力でそうするのではなく、その時こそ神がそのようにさせて下さるのだ。一時は魂を揺さぶられようとも、神は力強く私を支えて突破させて下さるのだ!

冨美子姉が、「クリスチャンは死に向かって生きるのではなく、生から生に向かって生きていく」と言われた言葉も印象的だ。

あなたは、あなた自身の死の問題は解決されているであろうか?
老人になるまで生きられるとしても、10年や20年はアッと言うまである。サマセット・モームは言っている。

「絶対に間違いのない統計。それは、人間の死亡率が
100パーセントだということだ。」

posted by 優子 at 23:44| オリーブの会 | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

「オリーブの会」追記

前記事にある2番目の設問に対して、印象的だった真智子の発言を記しておきたい。

A もしイエスが、「財産の半分を差し出したらあなたの家に泊
  まります。」と言われたら、ザアカイはどうしたと思います
  か?


財産を差し出すことがザアカイにとって解決ではない。
ザアカイの問題は、人々から多額の税金をだまし取っていることや、何とかして止めたいと思っているのに止められない自分がいて、その葛藤に苦しんでいたはずだ。

そのようなザアカイにイエスさまがあのように言ったら、ザアカイは私の悩みを解ってくれないとガッカリしただろうし、財産を差し出したくないと思ったであろう。

心の問題が解決であるから、富の分配が答えではない。
イエスさまに対して、「こういう私が嫌だ。だから改めたい。」と自分で判断したことが尊いと思っただろうから、「あなたはそういうことを言う人なのですね?」、「そのような表面的なことしか見ないのですか?」と、ザアカイは絶望して去って行ったであろうと思う。


私はこの発言を受けて、同志社時代に学んだことを思い出して「富の分配問題が主題ではない。」と気づかされた。
そのテキストを開いてみると次のように書いてある。

富める青年には全財産を求められ、ザアカイには、その幾分を施す決心をしただけで救いが起こった。
即ち、人の霊魂の救いは、それが神に拠り頼むか如何にかかっているのであって、資産の処分の方法と程度の問題ではない。富の分配問題は経済問題としては重要なことであるが、信仰問題の中心課題ではない。


真智子たちが帰国してから2週間が過ぎた。
2人は今週になって、『ジョニィ』、『天地創造』を見ていた。
そして今、『十戒』を見終わってベッドに入った。明日は日本経済学会があるからだ。何度も夫婦で神さまのことを語り合いながら鑑賞していた姿に、アメリカ生活の2人の姿を見たように想う。

私のもう一人の愛娘、気になっている長女のことも神さまは関わって下さっていたことを知り、気持ちが軽く明るくなった。

今朝の電話で、「昨日はいいことがあったよ」と、傷心の長女が話してくれた。私たちが家庭集会の恵みに与って居た時、私の妹が長女を訪ねて共に幸いな時を過ごしていたのだ。
神さまが妹を長女のもとへ遣わして下さっていたのだ!
長女の様子を聞いた夫も安堵の表情をした。

午後には妹からも明るい声で電話が入った。
29日の夜、長女を駅まで見送りに行った時に妹の深い心の内を聞かされて、私の人生の謎が一つ解けた。そのことは別の機会に譲るが、長女を通して、私と妹の関係も修復していって下さっている神を崇め感謝します。
祈って下さっていた友たちに心から感謝します。
posted by 優子 at 23:57| オリーブの会 | 更新情報をチェックする