2017年06月26日

東 道男牧師の告別式に 

千里ニュータウン教会近くで.jpg私たちの敬愛する東(あずま)道男牧師が24日午前4時28分に召天された。享年96歳、9月には97歳になられるところだった。
千里ニュータウン教会近くに咲いていたアベリア。

24日のうちにクリスチャン・ペンクラブ関西ブロック事務局長に訃報が届いていたが、旅行中の出先だったからと、こちらに一報が届いたのは昨日の15時。私は指示通りすぐに動いた。

その後まもなく教会へ問い合わせて奥野先生から詳細をお聞きし、関係者への連絡が終わったのは2時間後に前夜式が始まる16時になっていた。その直後事務局からも一斉メールが発信された。

IMG_6125.jpgそして今日6月26日(月)12時30分より、千里ニュータウン教会で告別式が執り行われた。
関西ブロックからは3名が参列した。遠くからは鎌倉市の雪ノ下教会からも来ておられたようだ。

司式は奥野彦蔵牧師(日本基督教団・関西農村教化研究所所長)、東牧師の代わりの説教者として講壇に立ってくださっていた方で、私たちの例会にも2度参加してくださっており、17日の例会では「東先生からのおもてなしですからどうぞ」とケーキを買って用意してくださっていた。

東牧師は、我が国の現役牧師の最長老だった。

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東先生は5月に入って体調を壊して6日に入院された。その翌日の説教も準備されて、教会で療養をと思っておられたが説得されて、「はい、わかりました」と入院に同意された。

5月末には一時危篤状態になられて、その後もち直されたものの、6月に入ってから声が全く出なっておられた。不思議なことに17日に私たち(4名)でお見舞いに伺った時は、微かにではあるが「ありがとう」と仰ってくださった。
いつものように「ございます」までは仰ることはできなかった。私は待っていたが息を継がれたあとも無理だった。

その後一週間小康を保たれ、息をひきとられる前夜も看護師さんに「ありがとうござます」とお答えになって、主の平安の内に天に召されなさったと御報告された。

告別式での朗読聖書個所は次の2か所。

イエスは言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。
     (ヨハネによる福音書11章25〜26節)

またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。
     (ヨハネの黙示録 14章13節)

讃美歌 496番 「うるわしの白百合」

説教箇所は、マタイによる福音書11章25節〜30節:
そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。
父よ、これはまことにみこころにかなった事でした。すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子を知る者は父のほかにはなく、父を知る者は、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほかに、だれもありません。

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

【説教要旨】神のみこころに従うためには、この「重荷」をどのように受け止めるかである。

讃美歌第2編 167番 「われをも救いし」

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IMG_6129.jpg遺影は「70代のお若い頃の写真」だった。師のお元気盛んな時のお写真を拝見して、しみじみ師のご生涯の歩みを思わせられた。

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この写真(→)が私たちが存じ上げている東先生だ。これは2016年2月20日、これ以後の写真は撮っていない。東先生を囲んでの例会は2016年11月19日が最後で、このときは奥様を天に送られて1か月後だった。

参列者は会堂から溢れ玄関ホールも埋め尽くしていた。東先生の妹さんが心打つご挨拶をされた。

教会役員のK姉に声をかけられてユキ(孫)のことが気になったが、私たちも火葬場まで同行した。そこで読まれた聖書個所は:

「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。

わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。

わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。

すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。

その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。

だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互いに慰め合いなさい」。

  (テサロニケ人への第一の手紙4章13節〜17節)

ユキのことがなければ先生のお骨を拾わせていただきたかった。

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IMG_6132.jpg式次第の最後のページに記された奥野牧師の哀悼の辞である。

今は疲れ切っていて私は涙すら出ない。
2日前から左胸に強い肋間神経痛が出ており、昨夜は痛みで目が覚めて、その後痛くて眠られず3時間余りの睡眠時間で赴いた。帰りの環状線(JR)に乗った時から再び痛みに喘ぎながら、感情が伴わないまま記録した。

しかし、今夜からは心痛めずに眠られる。先生はもう一切を解放されて天の御国へ凱旋されたのだから。だからもう辛くない。 

昨年の6月に久保田先生を天に送り、今年は東先生が帰還され、これまで以上に自らの死に焦点が当てられている。真剣に生きねばと思う。


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2017年06月25日

ブルンナー読書会I ―教会の基礎と存在―

これは6月24日の『ブルンナー読書会』の記録である。
これを書き終えようとした15時、東牧師召天の連絡が入った。その後まもなく千里ニュータウン教会に電話し、代務牧師より詳細をお聞きし関係者に電話する。


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『聖なる公同の教会、聖徒の交わりを信ず」。
今月の司会役は下村さん。讃美歌354番、聖書はマタイによる福音書16章13節〜19節、18章18節〜20節を拝読され、お祈りされた。(知子は欠席)

マタイによる福音書16章13節〜19節:
16:13 イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
16:14 彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
16:15 そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
16:17 すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
16:18 そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉(よみ)の力もそれに打ち勝つことはない。
16:19 わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。

マタイによる福音書18章18節〜20節:
18:18 よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。
18:19 また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

IMG_6036.jpg「黄泉(よみ)の力」とは死が支配しているところであるが、この力にも滅びないのがキリスト教会であり、その根拠は「ただ動かされることのない根底に立っているから」で、教会の存在を信じることとは、「イエス・キリストの存在の力であり根拠でありたもうお方を信じることを意味する」。

漁夫であるカペナウムのペテロに、神ご自身がイエスの秘密を開示し、彼をして最初のキリスト信者、最初のキリスト告白者とされた。そして、ペテロを教会のいしずえとして、この告白の上に教会は建てられた。

「あなたはペテロである。そして、わたし(イエス・キリスト)はこの岩の上にわたしの教会を建てよう」。

イエスがペテロを「ケファ」と呼んでいたが、それは「岩」の意味であり、ローマ教会はペテロという岩の上に立っていると直接読んだ。

ペテロが初代ローマ法王(教皇)になった。
ローマ・カトリックにおいて法王は無謬性の権威になり、ローマ教会がこの主のみことばを教皇制度と結びつけたことは、悲劇的な誤解だった。

「この誤解の上に、ローマ・カトリック教会は建てられているのであり、それはローマのカイザル的帝国主義とキリスト教会の混合体であります」。

その後の後継者にも絶対に間違うわけがないという考えを付与していったのであるが、カトリックの宗教的権力と世俗的権力と、その中にまた不遜な権力組織があり、ヨーロッパではこの3重構造で戦って来た。

しかし、聖書にはおよそそのような教えはなく、聖書の教えは正反対の「仕える」というものである。

使徒信条の「聖なる公同の教会(Kirche:キルシェ)」という言葉は、「教会を建てる」「教会に行く」というように礼拝を意味することであり、信仰の集団の意味もあり、主が用い、また主にならって使徒たちが用いたところの単純な言葉である「エクレシア」の意味から外れている。

ルターは『エクレシア』に帰るところとし、新約聖書をギリシャ語からドイツ語に翻訳した時に教会を『ゲマインデ(Gemeinde)』(交わり・共同体)とした。


その言葉を最もよく訳して定義すならば次のようになる。

@ 主イエス・キリストにある群れ(ゲマインデ)。
A 信仰によって主と結ばれている人々。
B 主と、ちょうど肢体が頭と結びつき、ぶどうの枝がその幹に連なっているような、いのちの交わり(レーベンスゲマインシャフト:Lebensgemeinschaft)における人々。
C 彼らの天的な主でいましたもうお方と結合されているゆえに、お互いに、一つ体の肢々のように、またぶどうの木の幹に連なる生ける枝々のように、結ばれ相互に依存しあうところの人々。

教会とは、建物とか法的機構、組織とか制度などのような第3人称的なもの(Etwas:エトバス?)ではなく、天的な主の人格を通して一つに結び合わされた人間の人格的結合以外の何ものでもない。

教会自身は、この信条が言うように、交わり(Gemeinschaft)であり、聖徒の交わりの群れ(Gemeinde)であり、つまり、神によってとらえられ神への奉仕へ召された人々の群れである。

信仰は決して外から与えられるものではなく彼ら自身のもの、信仰告白を心の中に得なければならない。

そして告白とは公的な責任の自覚であり、イエス・キリストについての証しが他者の中に信仰を呼び起こすところの務めを持つ存在なのであります。

誤解してはいけないのは、ペテロその人がいしずえではなくて、ペテロがイエスを何と考えるかということであり、ペテロその人がいしずえになると人間が権力を持つようになる

「あなたこそ、生けるキリストです」。
ここに初めて人間が認識し、確認し、告白したのであり、ここから教会が始まる。使徒としてのペテロの働きが教会の基礎である。

18章18節の「繋ぐ」、「解く」とは、天に入れられるか地に入れられるかの天と地の境であり、福音が宣べ伝えられた時が「鍵」である。

ゆえに和解の言葉によってイエス・キリストを救い主と信じるならば神殿に入り、キリストのゲマインデ(教会)の一枝になり、和解の言葉(福音)を押し退ける人は誰でも外に留まらねばならない。まさにここで宗教、世界観が変わる。

「あなたは自分のもつ力と知恵とを全て用いても、結局自分を破滅から救うことはできないものだということに気づくか、それともあなたはなおもあなた自身の幸福を自分で開拓していけると信じるのか」。

これは一人ひとりが神の前に立たせられているところの二者択一の決断である。

しかしまたそこから信仰は主観的なもの、内面的なものであるという傾向が出てきたが、ブルンナーは交わりの群れの中でキリスト者はあり得るのだと言っている。

「全てのものは、遅かれ早かれ過ぎ去りゆくものであります。
どのような国家も、どのような民族も、どのような文化も、文化的・芸術的作品も、それらおのおのの時を持っております。あるものは長く、あるものは短い時をもっております。私たちが、みな、もはや存在しなくなるような時があるように、それらも存在しなくなる時があるでしょう。

ところが、ただ一つのものは決して存在しなくなることはありません。それがイエス・キリストの交わりの群れ(ゲマインデ)であり、ペテロなる岩の上に建てられた教会であります。いわゆるカトリック教会とか改革派教会とかがそこで言われているのではありません

私たちはイエス・キリストに愛されており、そこから出発して交わりが始まり、イエス・キリストの愛に生かされる時、生の本来の意味が充足されるのです。

そしてこの交わりの群れ(ゲマインデ)は既に永遠のいのちの開始が与えられているのであり、永遠のいのちは、死滅することは不可能であり、完成の約束、永遠の約束を持っております」。

「神は全てを揺り動かされ、それによって私たちに何が真に存在するものであるかをお見せになる。神は、私たちの手から多くのものを奪い取り、それによって私たちを永遠に価値あるものを最後にとらえるべく、駆り立てられるのです」。

次回は7月15日(土)、ブルンナーの『使徒信条講解説教』11章の「裁きと赦し」。司会、聖書拝読、お祈りは良輔。

最終章の12章「われは復活なり」は4月に取り上げたので、このテキストは次回で終了する。今後は聖書研究会(当番制で担当者を決めて発表)がいいか、以前から希望していた『ブルンナー著作集』(教文館)の『第7巻・フラウミュンスター説教集T』を読みたいかお尋ねくださり、両方ともやりたくて決めかねたが後者をお願いした。

『ブルンナー著作集』の第7巻と8巻の『フラウミュンスター説教集T』と『U』は下村喜八さんが翻訳されたゆえに、下村さんから直接ご講義を拝聴できるのは望外の恵みである。

雨上がりの散歩で.jpgそしてその1回目は次女夫婦の帰国滞在中の8月12日にしていただくことになり、早速昨日のうちにワシントンに伝令したところマチ・クマ共に感謝メールが届いていた。

「ブルンナーの会、次回は帰国にあわせてくださるとのこと、嬉しいです。私も、ブルンナーの言葉に励まされることも多いので、学べるのが嬉しいです」。(真智子)

「ブルンナー読書会をまたご一緒できること、僕も嬉しいです」。(太志)
私も今から楽しみだ。

「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

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家の教会2017㉓ −「ザアカイよ、急いで下りてきなさい」−

今日は雨でサッカー教室はお休み。最初に独りで神さまとの密な時(10時〜10時45分)を過ごしてからユキと2人の礼拝を捧げた。
IMG_6044.jpg2017年6月25日(日)
   (2017第23回 家の教会)


10時45分〜11時10分
出席者 2名(With Yuki)

@ 初めのお祈り  優子
A 主の祈り
B 子ども讃美歌  38番(讃美歌21・60番) 
           「どんなにちいさい小鳥でも」 
C 聖書輪読  ルカによる福音書19章1節〜10節
D お話     優子
E お祈り    一人ずつ
F 讃美歌122番  「みどりも深き」

ルカによる福音書19章1節〜10節:
19:1 さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。
19:2 ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持ちであった。
19:3 彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。
19:4 それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。
19:5 イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。
19:6 そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。
19:7 人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。
19:8 ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを4倍にして返します」。
19:9 イエスは彼に言われた、「きょう、救いがこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。
19:10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

お話:
ザアカイのお話はエリコの西側での出来事です。「エリコは香料の産地でその税額も多いので大きい収税署があり、取税長も置かれて」いました。ですから取税人のザアカイもお金持ちだったのだろうと思います。

「ザアカイ」とは ヘブル語で「罪無き」「正しき」などの意味です。 ザアカイはイエスさまのことを聞いて知っていたのでしょうね。

イエスさまが来られるというので多くの人がイエスさまの周りを取り囲んでいました。ところがザアカイは背が低いので見えないのです。

ザアカイが登ったと言われるいちじく桑の木.jpgこれがエリコにあるザアカイが登ったと言われているいちじく桑の木だそうです。
ザアカイはイエスがどんな人か見たいと思って、「前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。」とあります。ここに私は強く惹かれます。

ザアカイは単にイエスさまがどんな顔をして、どんなお姿か見たいと思ったのではなく、深い心の思いがあって見たかったに違いありません。本人は気づいていなかったかも知れないけれど、お金持ちでも満たされない思いがあったのでしょう。


ザアカイもユダヤ人であるのにユダヤ人たちから嫌われていたことや、当時の取税人は皆から嫌がられていたので孤独だったでしょうし、人々から決められていた以上の税金を取っていたという罪意識もあったでしょうし、背が低いことも悩んでいたかも知れないし、とにかくザアカイの心は満たされてはいなかったのです。

だからイエスさまを見たい。それだけではなくこの飢え渇きを解決してくださるかもしれないと思っての行動だったと思います。

そんな時に、イエスさまの方から声をかけてくださったのです。上を見上げて「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」と! 
これ以上の喜びがあるでしょうか! 
このお言葉は何度読んでも涙ぐんでしまいます。私はイエスさまのお声が本当に聞こえるようです。


イエスさまがザアカイを知っておられたかは不明だそうですが、そのようなことは問題ではありません。イエスさまは神の子であり、神ご自身であられるのですから、ザアカイ本人すら気づいていないかもしれない心の深い思いを知ってくださっているのです。

ザアカイの喜びはそこにいた群衆の同じユダヤ人であってもわかりません。それどころか彼らは罪人の家に行くイエスさまを非難しました。彼らはパリサイ人と同じなのです。古い慣習に支配されているのです。

イエスさまを招き入れたザアカイは自ら、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを4倍にして返します」と申し出ました。

イエスさまは何も要求されていないのに自らの罪を感じたのでしょう。いや、それより先にイエスさまは悔い改める者は赦してくださるという確信、愛を直観したのだと思います。
そのように感じること自体に神さまが働いておられるのであり、神に導かれて行く人は全てこの通りなのです。これを「神の恩寵」と言うのです。


「4倍にして返す」というのは、窃盗の場合の規定になっている(出エジプト記22章1節)からですが、ここで大切なことは悔い改めた心です。多くのお金を差し出せばよいということではないのです。

「きょう、救いがこの家にきた。」というのは、救いはあくまで個人の問題ですが、その家の主人の信仰は一家に及ぶことを仰ったのでしょう。「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます。」というパウロとシラスの言葉を思い浮かべます。

そして、「アブラハムの子」というのは「ユダヤ人」を指すのであり、ザアカイも救わるべき人であるという意味です。

かの有名なパスカルは著書『パンセ』で、「人間には神によってしか埋められない空洞がある」と表現しているとおり、ザアカイの心にも大きな穴があったのです。

その穴はどんなものを持ってきても埋まらなくて、ジグソーパズルのピースのようにピタッと埋めることができるのは神さまだと言うのです。神を知り受け入れた時に空洞が埋められて平安を得るというのです。

それはザアカイだけではなく全ての人間がそうなのです。その空しさの穴に気がつく人は幸いです。

あの瞬間、ザアカイはその穴があることを直観したのでしょう。そこでなりふり構わずに桑の木に登った行動に感動します。求める者は厚かましく恵み御座の最前列に進み出るのです!


そしてイエス・キリストと出会って、今まで神に背を向けてきた生き方から180度向きを変えて神と共に生きるのです。その時、価値観や生き方が正されて「コペルニクス的転換」を経験するのです。

「人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。このお言葉からイエスさまはザアカイのことを本当にお喜びになったことがわかります。

これまでザアカイは「失われた者」だったのです。神さまを離れては神の祝福を受けることができません。イエスさまが地上に来てくださったのは、ザアカイのように望みなく生きている人を捜し出して救うためなのです。

イエスさまに救い出された者は迷い出ないようにキリストから目を離さないように、そして、今もイエスさまを知らない人たちにイエスさまの福音、グッド・ニュースを届けたいと思います。

25F.jpg先日の川端牧師の「今日のみことば」にあるとおりです。ザアカイのお話からもよくご理解いただけると思います。
「あなたの恵みが私の目の前にあり、私はあなたの真理のうちを歩み続けました」。
            (詩篇26篇3節)

恵みとは、神からの無償の贈り物です。イエスをキリストと信じるだけで受け取れます。それは罪の赦しであり、永遠のいのちであり、聖霊の力であり、人生の癒しであり、神の国のあらゆる祝福です。真理に歩み続けたから、恵みが注がれるのではありません。恵みに生きるから、真理に歩むことが喜びになるのです

最後に黒崎幸吉の「要義」をご紹介して終わります。
[富める青年とザアカイ]18:18以下の富める青年の場合は、イエスはその全財産を売って貧者に施すことがその救いに必要であることを教えられ、ザアカイの場合はその幾分を施す決心をしただけで、救いがその家に起ったことを喜ばれた。

この二つの事実を見ても知り得る通り、人の霊魂の救いは、それが神のみに依り頼むか如何かに懸かっているのであって、資産の処分の方法または程度の問題ではない。

もしイエスが富める青年にその資産の半分を売って貧者に施せと命じ給い、もし青年がこれに従ったとしても、もし彼の心が他の半分に依り頼んでいたならば、彼は永遠の生命を得ることができなかったであろう

富の分配問題は社会問題、経済問題としては重要な問題であるけれども信仰問題の中心課題ではない。


附記:富める青年(ルカ18章18節〜25節)
18:18 また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師よ、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
18:20 いましめはあなたの知っているとおりである、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな、父と母とを敬え』」。
18:21 すると彼は言った、「それらのことはみな、小さい時から守っております」。
18:22 イエスはこれを聞いて言われた、「あなたのする事がまだ一つ残っている。持っているものをみな売り払って、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
18:23 彼はこの言葉を聞いて非常に悲しんだ。大金持であったからである。
18:24 イエスは彼の様子を見て言われた、「財産のある者が神の国にはいるのはなんとむずかしいことであろう。
18:25 富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。

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2017年06月24日

昨日の記事に追記と今日のこと

Dさんへ
次女の真智子は「FRB」ではなく「IMF」です(笑)。共にワシントンンD.C.にあります。

「FRB」は「連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board, FRB)」で、これは「全国の主要都市に散在する連邦準備銀行(Federal Reserve Bank, FRB)を統括する」もので、「IMF」は国際通貨基金(International Monetary Fund, IMF)のことで、「国際金融、並びに、為替相場の安定化を目的として設立された国際連合の専門機関」です。

現在189か国の加盟国があって、「各国の中央銀行の取りまとめ役のような役割を負い、世界銀行と共に、国際金融秩序の根幹を成す」と書いてありました。

関心を持ってくださってありがとうございます。この短いビデオに真智子が登場しますからクリックしてくださいね。



「今日のこと」 22時更新:

今日は「ブルンナー読書会」でしたが眠いので記録するのは明日に譲ります。疲れている時はせっかく書き始めても不注意で消してしまったりしますので、今夜はもう休みます。

今朝10時(ワシントンでは23日金曜日の夜9時)から2時間半、夫は次女夫婦と3人でスカイプしていました。父親に寄り添ってくれるためです。私たち3人は外出し、ユキの散髪や買い物に出ました。

帰宅した時にスカイプの画像で2人の元気な顔を見て一言二言会話しました。そのあとブログを見てくれたのでしょう。私は前掲の記事にウィキペディアを見てIMFの加盟国を188ヶ国と書いていたのですが、メールが届いていました。

「最近189ヶ国に増えたので、訂正しておきました。(^^)
ちなみに、最近加盟したのはナウル共和国という小さな国です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%83%AB

真智たちは今年に入って特に多忙なようで私はメールも控えていたし、私もまた多忙でめったにメールを交信していなかったので、こんなメールもとても嬉しかったです。心が和みました。

ありがとう。帰ってきたらいっぱい喋ろうね。体力を鍛えておかないとね。(^^)

今年も8月の『ブルンナー読書会』は、マチ・クマの帰国滞在中の開催に決まりました。学びと語り合いの中で刺激されることを期待しています。この際、参加したい人はウェルカムしたいほど意欲が溢れてきました。

こんなに意欲が横溢してくるのは何年ぶりでしょうか。この感情は忘れていたものです。背後での執り成しの祈りの恵みを感じています。
そして、昨日の友との再会と、マチ・クマとの短いお喋りと、そして今日のブルンナー読書会で豊かに祝されたのが判ります。心の緊張が取れてきました。


次回で今のテキストは終わるので、8月から下村さんが訳された『ブルンナー全集』を読むことになりました。今から楽しみです。
ではおやすみなさい。真智たちは「おはよう」やね。

posted by 優子 at 07:18| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

Dさんを囲んでカイロスの時 −「読書会は絶滅危惧種」で大爆笑−

ようやく今日2ヶ月越しにDさんとのランチが実現。東大阪から駆けつけてくださった千里さんと3人で至福の時となった。

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楽しかった3時間のランチタイム

4月に東大阪読書友の会の会報・『かわちの』が発行されたら、一駅隣にお住まいになっている読書会の友とお目にかかるのを楽しみにしていた。

ところが3月半ばから『種を蒔く』のことで必死になるばかりでゴールデンウィーク後に延期していただき、5月もますます必死状態だったので全て終わるまで延期に、今月2日に本が届いたのはいいが大きな誤植発見、その翌日はユキの感染性胃腸炎がうつってダウン。

そういうわけでようやく今日2ヶ月越しに再会が実現したのだが、Dさんは左手を布で吊っておられ、1か月前に電車が急停車したので肩から転んで骨折されたというのだ。

病院のは真っ白くて仰々しいのでと目立たない布で補助されていたが大丈夫だったのだろうか。1週間ごとに少しずつ良くなっておられるとのことで安堵したが、2月の読書会に参加した時は圧迫骨折中で痛々しかっただけに、まさかまたこのような痛みに耐えておられたとは想像だにしなかった。

だから神さまはこの時を祝福してくださったのだと思う。先週初めに『種を蒔く』をお届けした千里さんからお礼のお電話をいただいた時にお誘いすると、東大阪から駆けつけてくださり3人で至福の時を過ごした。

勿論Dさんにも『種を蒔く』をお届した。ちなみに私がお届けする方は半分がノンクリスチャンで、文字通り「種を蒔く」のである。
帰宅後、当市の「9条の会」のお世話をしておられる方が、今号に掲載した一文を会報に掲載してよいかと聞きに来てくださった。紙面の関係上全文とはいかないがと。瞬間祈って快諾し、引用箇所の抜粋も相手方に委ねた。

さて某ファミリーレストランで3時間居座っていたが、一秒として中断することなくお喋りは続く。エコノミー症候群にならないようにドリンクバーに2度通いながら、話題はいろんな分野にわたった。

Dさんが言われた「読書会が絶滅危惧種になっている」には大笑いした。   他にも大笑いした言葉が2つほどあったが思い出せない。「活性化」だったっけ・・・

豊中との交歓読書会も2〜3年前から絶えているという。来年の創立50周年を最後に絶滅するのか、サークルの形態をとって気楽に続けるのか、私たちも読書会が絶滅しないように考えた。

そして思った。何よりも私たち一人ひとりの意欲が絶滅しないように互いに影響し合ってがんばらなくては!

2014年の『かわちの』に掲載された「拝啓 二宮金次郎様」はDさんの文章です!
3年前に「歩きスマホ」とは鋭い観点であり、現代の社会現象の先駆けともいえる文章だ。

ハートを持つクマ.gif「Dさん、お大事にね。順調に回復されるようにお祈りしています」。

posted by 優子 at 21:57| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

『種を蒔く』4号よりA −久保田先生の御愛―

私の久保田先生の追悼文です。
     久保田先生の御愛
                
久保田先生との忘れられない思い出がある。それは2010年1月30日、大阪駅で待ち合わせて関西(かんせい)学院大学で開催された日本キリスト教文学会に同行した時のことだ。

先生はパーキンソン病の歩行困難に加えて、両膝関節の痛みのために5センチほどの歩幅でしか歩行できなかった。そんなお体で近江高島から出てこられた。

私は先生と腕を組み、組んだ手の指と指をしっかり絡めて歩いた。帰りは行きの時より一段と歩行力が落ちておられるのがわかった。

IMG_5903.jpg阪急側からJR大阪駅側に渡る混雑する横断歩道では、信号が青になった時にすぐにスタートできるように右端の一番前に立った。息遣いもしんどそうで呼吸を整えねばならなかった。
そして、二度目の青になって渡り始めた。先生は何度も手を強く握られ、私も強く握り返して手でも会話していた。

「大丈夫! ゆっくり 慌てないで。
 1、2、1、2、もう少しです」。

もはや渡り終えていないのは私たちだけで、今にも自動車が飛び出してきそうだった。そして、「渡れました!」と叫び、顔を見合わせて笑った。

実はこの5日前、長女が調停離婚したところだった。日も暮れて冷たい風が吹く関学のキャンパスで、先生は優しく、しかし、力強く仰った。

「藤本さんに元気で楽しく生きてほしいんや。聖書を読んでクヨクヨするのは読み方が間違っている。聖書は私達が幸せに生きるようにとくださったものだ。苦しむためにくださったのではない。力になれることがあれば何でも言うておいで、相談にのるから。

失礼だろうけれど藤本さんのことを娘のように思っている。優子さんは明るいからいい。優子さんが家族の要やからな、お嬢さんを励ましてやりなさい」。


私は迂闊にも帰りの大阪駅構内の店でコーヒーをいただいていた時に気がついた。

「ひょっとして、先生は私のことを心配して出て来てくださったのですか」。

やっぱりそうだった。

あの不自由なお体で私のために出て来てくださったのだ。それなのに、「ありがとう」、「悪いなあ」、「嬉しいなあ」と何回言ってくださったことか! 

久保田先生はいつも周囲の人々に優しい励ましの言葉をかけておられた。あの日の日本キリスト教文学会でも、研究発表していた若い研究者の「後方支援のために」質問しようとされていた。

初めて連れて行ってくださった2年前、遠藤周作や椎名麟三学会の代表者たちが集う懇親会で、小川惠子さんと私のことを紹介して深々と頭を下げてくださった。そのお姿に感極まり、我が魂に焼き付いた。

私の文筆活動においてもお会いするたびに励ましてくださった。

「藤本さんは突込んで書くからいい。今まで書いた論文や新しく書いて是非一冊出そう。慌てなくてもいいから。私でよければ序文を書かせてもらう。できることがあれば何でもするから」と、10年もの時間があったのに努力しないまま終わってしまったとは怠惰極まりない大馬鹿者だ。

もはや久保田先生の御序言はいただけずとも、やらないままでは再会できない。これは先生からの宿題となった。

いつか先生は仰った。
「本当の出会いとは、その人に出会うことにより自分の生き方や思想に影響を与え、自分が変えられていくことである」と。

先生は地上を去られたが、真剣に本当の出会いへと深めていき、久保田先生の御愛を無駄にはすまい。
久保田先生と出会わせてくださった神さまに心から感謝します。

最後に、生涯励まされ続ける久保田先生のお言葉をここに刻んでおきたい。

「文学作品を自由に読んで自分の納得のいくやり方で追求していきなさい。私の文学活動も一切党派を持たない。なぜならば客観的に見られなくなるからだ。自由に読んで自分の納得のいくやり方で追求していくために、党派性をもたないでやってきた。

イエスを追求するにも自己を持たないかん。人の物まね、受け売りはいかん。遠藤周作にしろ椎名麟三にしろ独自の文学論をもってやっている」。

「同じ事実であってもいろんな見方や解釈があり、その真実の汲み取り方の深さによって違ってくる。人まねをする必要はない。人にどう思われるだろうかなど、よく見せようと思わないで、自分をごまかさずに書いていくこと。
ドロドロしたものを書けるのは信仰しているからであり、闇を書けなかったら光を書けない。『闇は光に勝たなかった』のである。苦しみの道中を見ているがこそ書けるのであり、全身全霊をかけて書く。人の書けないものを書くのはたいしたものだ」。 

以上、2ページにまとめた。
あの時のことを振り返り、危なっかしいご不自由なお体で近江高島から大阪まで来られた勇気を今更ながら驚く。怖がりの私は師を見習わなくてはと何度も思うばかりである。

奥様もどんなにか心配されたことであろう。奥様が高島駅へ送迎され、帰りも駅へお迎えに来てくださっているとお聞きして安心したが、せめて京都まで乗って行こうかと躊躇していたらドアが閉まってしまった。「どうぞお守りください」と祈った。

電車のドアが閉まってからも目と目を交わしていた師のお姿が今も鮮明によみがえってくる。
その後まもなくお礼状が届いて私こそ手を合わせた。

E4B985E4BF9DE794B0E58588E7949FE38288E3828A.jpg

パーキンソン病のために自由にお書きになれないのに時間をかけて書いてくださった愛の遺産だ。

2014.3 書斎にて.jpgこの写真は大田正紀先生が師のアルバムより編集掲載してくださったものである。ウィキペディアには師の多くの著作が掲載されている。

このたび校正している時に、皆さんから寄せられた追悼文や大田先生が編集してくださった師の著作を読みながら何度も目頭が熱くなり、神のみもとに帰られたことを改めて知った。

2008.8久保田先生と.jpgこれは2008年8月、京都にある日本クリスチャンアカデミー・関西セミナーハウスで開催された関西・中部合同夏期研修会の時のものだから、追悼文に記したエピソードはこの2年半後のことになる。

この時の研修会を締めくくられた久保田先生の言葉が、師の声で今も重く耳に響く。

「私たちは神に守られて生かされている。
大切なことは、力強く生き抜いていくということだと思います」。


IMG_6021.jpg私たちも最後まで精いっぱい生きようではありませんか!
悔いのない人生を、
神の恵みの中で。
今日も良い一日を重ねて生きましょう!

posted by 優子 at 07:44| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

『種を蒔く』4号より@ −拙文「あとがき」−

IMG_5708.jpgこれが今月初めに日本クリスチャンペンクラブ関西ブロックから刊行された『種を蒔く』4号で、表紙の写真は日本キリスト教団・大津東教会だ。
創刊号より「ISBN」(アイエスビーエヌ、International Standard Book Number 、国際標準図書番号)を表示している。今号は500冊作製(A4版161ページ)、残り10数冊になっている。

4号は久保田暁一先生の追悼号で関西ブロック会員はもとより、関東ブロックの方々、JCP旧会員の方、久保田先生と同じ教会の方など18名から追悼文が寄せられ、後半に「証し」が掲載されている。また、毎号同様に最初に東道男牧師の2作の説教が収められている。

雨上がりの散歩で.jpg私は3作と「あとがき」を書かせていただいたので、ここに「あとがき」を刻んでおきたい。

    あとがき
        藤本 優子

昨年に続いて『種を蒔く』第四号を発行できますことを感謝いたします。表紙の写真は日本キリスト教団・大津東教会(大津市大江5丁目31―8)です。1925(大正14)年に膳所(ぜぜ)にて創立され、1970(昭和45)年に現在の瀬田大江の地に移転されました。

今号は2016年6月に召天された久保田暁一先生を偲びつつ編みました。長年の間、日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の理事として労してくださった久保田先生は、関西の地に杭を打ち込む思いで関西ブロックを起ち上げてくださいました。寄せていただいた追悼文に惜別の想いが溢れています。

また昨秋10月に72年間を共に過ごされた東道男先生の御伴侶が召天されました。東先生の上に神さまの豊かなお慰めがありますようにお祈りします。

今秋、JCP創立65周年記念会が予定されています。先人たちのことを憶え、これからも各ブロックが心を一つにして福音宣教のためにペンの業に励みたいと思います。

私たちの例会は年に5回開催し、3回は大津教会で、あとの2回は大阪府吹田市の千里ニュータウン教会で文書伝道の研鑽を重ねています。千里の会場での開会説教は東道男牧師に導いていただいております。例会案内はJCPのホームページ(http://jcp.daa.jp/)に掲載されますので、文書伝道にご関心のある方は是非事務局にお尋ねください。

今号の編集も大田正紀兄(文芸評論家)の多大なる御愛労のもとで、事務局委員の原田潔兄、小川惠子姉、藤本優子が行いました。また、創刊号よりお世話になっております有限会社木下印刷様には心から感謝申し上げます。

この小さな書を神さまが祝福してくださり、豊かに用いてくださいますように祈ります。ご愛読くださりご感想を事務局宛にお聞かせくだされば幸いです。

「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。
夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」。

     (マルコによる福音書4章26・27節)

雨上がりに.jpg
雨上がりに

posted by 優子 at 21:30| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

東牧師不在の教会で −日本クリスチャンペンクラブ・関西ブロック例会− 

IMG_5948.jpg今週の「家の教会」は守ることができなかった。
知子は17日朝早くから1泊二日で遠方へでかけて不在、ユキは土曜日に続いて連日のサッカーで、その午後は実が入らないので取りやめた。私もまた2時間も眠ってしまうほど疲れていた。

17日のJCP例会は知子が不在のため出席できないと思っていた。数週間前には「休んでもらえないか」と知子に頼まれもした。確かにユキを夫(ユキの祖父)に託すのは心配だったから。

そこで例会へはギリギリに行くことにして、一緒に買い物に行き例会のお茶菓子はスーパーで買うつもりだった。しかし、例会前に東(あずま)牧師のお見舞いに行かれるという。

一度はお断りしたものの、その後ずいぶん逡巡し、やっぱり同行させていただくことにした。

そこで金曜日の会社帰りに知子にお菓子を買ってきてもらうことにした。知子が上本町のデパートに着いた時は閉店時間で大急ぎで頼みこんで買ってくれたそうだ。

当日、もう一度夫とユキに喧嘩状態にならないように何度も話していつもより早く家を出た。ユキは珍しく利発でいい子だった。
母親を見送った時だけではなく、私が行く時も寂しそうにしていた。玄関で抱きしめて門を出た時、2階の窓から「行ってらっしゃい」とユキの声、いつまでも見送ってくれていた。

※ 事故やトラブルもなく一日を終えて夫に感謝!

この日、4名でお見舞いに行った。私は5月27日にも一人でお見舞いに行ったが、病室が別の部屋に変わっていた。

少し痩せられたように思う。大田先生がご覧に入れていた『種を蒔く』4号をジッと見つめておられた。私も最後におそばに行った。

「東先生、出エジプト記の神は『パロを頑なにされた』という意味がわからなくて、ヘブル語から解き明かして教えていただきたいです。」と話し始めると、先生は目を大きく開かれて私の目をジッと見つめておられた。

「ご回復を待って教えていただくのを楽しみにしています」。

私は牧師の眼がしらに溢れていた涙をそっとティッシュで吸い取った。
帰るのが辛かった。いつまでも見つめておられるので尚更だった。「イエスさま、共に居てください。お願いします」。

そのあと病院内のカフェで昼食を摂って東牧師不在の教会へ向かった。

IMG_5962.jpg東先生からの預かり物を代務のO牧師より頂戴した。

4月中旬に皆さんに送付した執筆者による校正原稿と出版協力費のお願いに対しても、すぐに用意してくださっていたのがわかった。

協力金は「6月の例会時に頂戴しますので・・・」と記しておいた。

東牧師から「みなさんにケーキを用意するように」お願いされてと、O牧師がケーキ皿にフォークまでセットして用意してくださっていた。
東先生・・・

この日の例会では最初に『種を蒔く』4号の会計収支報告書を配布して説明した。表紙を開いた1ページ「扉」の誤植については、早急に印刷屋さんがお詫びの手紙と訂正シールを作成して各自に郵送してくださったので感謝している。

また、久保田先生の息子さん、旧JCP会員の方、大溝教会の方々から届いた感謝メールの言葉をお伝えした。

この日の学びは大田先生が森鴎外の『鎚一下(ついいっか)』をご講演してくださったが、出版の役目をほぼ終えてホッとしたこともあり集中力がなかった。何よりも最近ますます理解力までなくて当惑している。

例会報告作成のためにも復習してからごくごく短く記録したいとは思っているが。
なお本文はここで読むことができる。

早一年、昨年6月の例会は久保田暁一先生の御葬儀で休会だった。

posted by 優子 at 17:18| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

あの時の母を思い出させたKさん

ザクロの実.jpg晴天が続いている。陽ざしも強いが湿度が低いので快適。一昨日まで午前中の室内は肌寒く、外へ出て太陽にあたりに行くほどだった。

13日の朝はテクテク歩いた後でも温かくならなくて、農協へ入った瞬間、「暖房しておられるのですか? 暖かくて気持ちいいですね」と言って変な顔をされた。

そりゃそうだ、6月になって暖房はないだろう。認知症老人だと思われたに違いない。「暖房はしていません」と言われて「外が寒くて勘違いしました」と言い訳したが、誰もそこまで寒いとは感じていないからその感覚もおかしいのだ。しかも長袖を羽織っていたのに寒かったなんてどうかしていた。

IMG_5817.jpg14日、「今日こそは歩こう」と張り切って出たが、まもなくアジサイのお宅の前で庭の手入れをしておられたKさんに会って、この日のウォーキングはここで中断した。

IMG_5846.jpgあれはピラミッドアジサイではなかった。「かしわば(アジサイ)」と花の名前を教えていただき、花と挿し木用の枝を切ってくださった。

「かしわばが咲いたのでよほどお電話しようかと思ってました」とKさん。

我が家のシュウメイギクとミントもKさんからいただいたものだ。この地に引っ越してきてチャッピーと散歩し始めて間もない頃だった。

このあと畑に招かれて蕗を採り、部屋にも招かれてたくさんの手芸品を見せていただいた。

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右のは紫陽花の花。

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イワシの干物、すごい!

メザシ.jpg2010年夏、買って来たメザシがあまりに美しかったので、ベランダにぶらさげていた光景を思い出した。


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何十年もの間、当市の手芸教室で教えておられたというのは昨秋お聞きしたが、昨秋10月に大腿骨を骨折されてから急に筋肉が衰えてしまわれて危なっかしい。

Kさんからたくさんいただいた。
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バッグもこんなに! 後ろ側はレザーになっている。

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ゴース生地が2枚重ねになっている夏用の手提げ。
娘と私にと色違いのを2つくださった。

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タオルかけ。
ユキは「人形の目が怖い。夜中に歩いてくるかも」と
洗面所にかけさせてくれない。

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小物はすべてブローチになっている。
「アメリカの娘さんに。草履は海外の人に喜ばれるかも」と。

このあと40分間ほど人生を分かち合っていた。気が付けば正午になろうとしていた。帰るとき、「また来てね。これから友達になってね」と手を握って涙ぐまれ、私も目頭が涙で潤んだ。

Kさんはとても気持ちが弱っておられた。10年前まで市主催の秋の行事で一緒にお手伝いしていた時、毎年Kさんたちが抹茶を入れてくださり民生委員がお運びしていた。あんなに溌剌としておられたのに・・・

母の神経難病が進行していき30年も務めていた保護司や民生委員を辞退し、それまで友人と4人で何十年も続けていた華道をやめ、ついにお謡いもやめねばならなくなったとき、「これで社会との繋がりがすべてなくなってしまう」と言った母。

Kさんがあの時の母と重なり、昨日のことのように思い出された。私も遠からずその時が来るだろう。


「また来てね。これから友達になってね」と仰ったKさんと出会いを深め寄り添いたいと思う。
昨秋、クリスチャン・ペンクラブから発刊した『種を蒔く』3号をお届けしているので、まずは翌朝早く今月初め出来上がった4号を郵便受けにお届けした。

大きな栗の木。
大きな栗の木.jpg
この栗の木の下で骨折されて倒れていたところを、たまたま外出されるお向かいの方に見つけていただいたそうだ。それでも2時間は倒れたままだったという。

今秋9月の終わりごろにユキと栗拾いをさせていただくことになった。栗拾いもまた私は生まれて初めて! 
60代になってから「初めて」が多い。大好物の和栗、長靴を履いてイガを取るそうだ。

Kさん、元気を出して!
この日からKさんのことも祈りの課題に加わった。

posted by 優子 at 07:04| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

ユキの成長を育む感謝のコメントと『リビングプレイズ』再び

蕾開いたアガパンサス.jpg私の好きな花の一つ、アガパンサスの蕾が弾けていた。

昨日、6月13日の記事「『生き物新聞』に描かれたユキの世界」への嬉しいコメントが届いた。

早速今朝ユキに読んであげると、「そんなにちゃんと書けてたんかなぁ。でも書く前はユキはワクワクしてた。そして、書きたいこと、思ってたことは殆ど書いたよ」と嬉しそうに話していた。
(甘い香りのクチナシの花)
くちなし.jpgこれから学習を重ねていくユキのために、このコメントを是非とも記録しておいてあげたい。
「ただ思いつくままに感想を述べさせていただいたのですが」と掲載することを快くお許しくださったMr.Y兄に感謝しつつ。 

おどろきました。ユキ君、いい文章を書きますね。勢いがあるし、書かれていることがおもしろく、どんどん引きこまれていきます。

それに、「そう言うと森や林にいきたくなりますね。ぜひいってかんさつなどをしてみてください。」とか、「ほかにバッタのしゅるいがあります。バッタはみなさんすきですか?」といったぐあいに、読者に話しかける場面などの表現が上手だし、その上、展開の仕方が非常にうまく、ほんとうに驚きました。

どうぞ、ほめてあげてください。そして、「書くということ」を続けていくように言ってあげてください。 
  
tsumaguroyokobai.jpg今朝シュウメイギクに水をやっている時にツマグロヨコバイを見つけた。ユキのおかげで覚えたけれどイネの害虫だって知ってるのかなあ、虫博士君は。                             

誰も見てくれない野の花だが.jpg駅のロータリーは草が生え茂っていた。春に衝撃を受けるほど感動したハルジオンは今もあちこちで咲いている。


目を近づけるとこんなに美しいのに目に留める人はいない。
👀
でもこんなに美しい.jpg

これは何の花が長けたのだろう。タンポポの種のように飛んでいくのかな・・・
こんな草もいっぱい.jpg

IMG_5871.jpg
アスファルトの隙間から生える草。
一つひとつ全ての草を撮ってあげたいと思った。 


『リビングプレイズ』を聞き始めたのは知子が小学校5年生の春だから今から約30年前になる。4年生の学年委員長だった私は、5年の学年副委員長になられた千里さんへの引継ぎで出会い、イエス・キリストを介しての生涯の友となった。

知り合ってまもなく千里さんからダビングした『リビングプレイズ』を次々といただき、毎日毎日飽きずに一日中流していた。以来何年間も子どもたちが登校したあともずっと帰宅した時も聞いていた。

アメリカに渡った真智子のためにも何年か前に新しいテープにダビングしたが渡さないまま眠っている。今度帰国した時にCD版に焼いて(?)いけばいいね。

2000年にカセットテープからCDになって新発売されていたのを数年前に知ったのだが買わずにいた。先週末に知子が「感謝します」を弾きながら歌っていた。今も楽譜を見なくても何でも手当たり次第に弾けるのは神さまからの賜物だ。
そして急きょ5巻購入して一昨日から聞いている。

1巻の「門(GATE)」を聞いた時はあまりにも懐かしくて胸が痛くなった。知子が5年生で真智子が2年生だった頃のことと、ここに至るまでのことが走馬灯のように思い出された。

そして信仰から信仰へ、信仰の高嶺へと導かれてきたことをかみしめ深く感謝した。あの頃よりもはるかに深くみことばや讃美を味わえるのは神の恩寵である。 

それでもなお今も変わらず横たわったままの悩みがあり、ますますどうしようもない現実を知らされている今、これまでの30年は何だったのかと脱力してしまいそうになる。

大切なことはこれからも祈ることをやめてはいけないこと。それでこそ神のみ心が成るようにと委ねることであるから。


折しもユキは4年生。知子よりも1年早いぐらいだからユキも養われていくだろう。毎日毎日讃美や聖句が耳に入り、知子や真智子のように福音が深く魂に届いて行くことであろう。

posted by 優子 at 17:54| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

民主主義の崩壊、昔に戻された悪法

国会周辺で夜を徹して抗議の声が上げてくださっていた方々に申し訳ないと思いつつも、昨夜は午前0時過ぎに眠りについた。今朝目が覚めた時、「法案」は「法」になっていた。

彼らは議会制民主主義をことごとく否定し、急きょ本会議で採決を図って成立させた。その採決のされ方、世論の作り方も全て治安維持法と全く同じであると専門家たちが語っていた。

民主主義の崩壊、5〜6年前までまさか本当に昔の時代に戻されてしまうとは思わなかった。そんな昨日、安倍首相の姿勢を批判している石破茂氏が外国特派員協会で会見していた。


「仮に総裁のお考えや総裁の立ち居振る舞いが国民の共感を得てない部分があるとするならば、『ここは改めたほうがいいですよ』と言う勇気を我々は持たなければならない。

私は今まで時の総理・総裁3人に向かって『やめてください』といいましたが、まだ生きています。誰も命まで取るとは言わんでしょう。それが議員のインディペンデントな姿勢というものだと思います」。
 

加計学園の獣医学部新設めぐる問題でも、前川喜平・前文科事務次官の発言を「意義がある」など、政権を戒める趣旨の発言をしている。

「表現の自由」に対する認識については、「国連特別報告者のレポートを正確に読んでおりません」とした上で、「表現の自由は最大限認められるべきものだ」と明言し、以下のように語った。

(国連特別報告者に)事実誤認があると(政府が主張)するならば、どこがどう事実誤認なのか、国際社会に向かって説明する責務があろうかと思う。日本国の言論の自由、表現の自由に対して疑問が提起されているわけだから、それに対して世界を納得させる責務が政府にはある。

「表現の自由」は最大限認められるべきものだと思います。新聞でも週刊誌でもテレビでも、私のことについて論評されて非常に悲しい思いをすることはしばしばでありますが、それは甘受すべきものであり、それが嫌なら政治家なんかやらないほうが良いということでしょう。

▼報道と権力が一体となることが一番恐ろしいということは、報道の皆様はよくご認識のことだと思う。

▼表現の自由を守っていくことが健全な民主主義のために必要。報道が本当に権力と一体のものとなっていないか、常に自浄自戒を。


次回の自民党総裁選に出馬するか。

▼自分がそれにふさわしいと、自分で納得をしなければ、出てはいけないものだと思っています。自民党はいろいろな考え方を持つ人たちがいる政党、考え方が一つだけというのは自民党ではありません。

経済政策において、社会保障政策において、あるいは安全保障政策について、違う考え方を持っているとするならば、私であれ誰であれ出るべきものだと思います。それが自民党のためというより日本国のためだと思います。

もっともっと声を大きくしてメディアで語ってほしかった。
義憤を感じている官僚や自民党員を奮起させるような働きをしてほしかった。一人ひとりは弱くとも一丸となれば国民も注目し、ジャーナリストも力を得て初心を思い起こして状況は変わったであろう。
今からでもその働きをしてほしい。

見ゆるところは不可能であっても見ゆるところによらず、なお諦めないで励まし合って戦い続けなければならない。
附記:今朝の御言葉(キリストの栄光教会)より一部抜粋
「彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。
      (ロマ書3章18節)
神に対する恐れがなければ、人はしてはならないことを平気でするようになります。神の領域に踏み込み、取り返しのつかないこともします。

posted by 優子 at 17:08| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

「生き物新聞」に描かれたユキの世界

IMG_5771.jpg今日は参観日だった。早朝に近鉄沿線で起きた人身事故の影響は正午頃にも及び、知子は帰るに帰られず自動車で帰宅した。そのおかげで早く帰ることができたので昼食を摂って学校へ出かけた。

懇談会に参加する保護者は数名。ここまでひどいのはこの小学校に限られていると何度か耳にしていたので、今更驚くこともないが親の意識は皆無に等しい。

子どもたちは忘れ物多発、宿題していないのに堂々と白紙のまま提出する子、逆切れする多くの子どもたち、ネットから氾濫する性問題は深刻だ。4年生でスマートフォンを持っている子どもたち・・・これが現代の4年生の現状だ。

ここまできたか。まるでソドムとゴモラのよう。
インターネットに晒され、ネット時代に育って行かねばならない子どもたちの現実を、私は「おめでたい」ほどに気づいてはいなかった。


授業参観しないで廊下で駄弁る親たち。これもまたこの小学校の特異現象で、一方その対極に児童の半数が私学の中学校に進学するのは如何に。

ユキも手はかからないようになったが、4年5年と言えば心身共に著しく成長していく時。ユキにも危うさがある。これからはこれまで以上にユキから目を離さないで見守ってやらねばならない。

ユキの人格形成の中核に正しい価値観を育んでやれるように、祈りつつ子育ての大任の手助けをしなければと改めて思った。


自画像.jpgこれはユキの自画像。

ユキが目を輝かせて話してくれていた「生き物新聞」。私は知子にカメラを持たせて撮って来てもらった。
ひらがなが多くて読みにくかったのは1年生の子たちが読めるようにとの配慮からだった。

読んでいて一気呵成に書いた文章だとわかった。ユキが今も夢中になっている世界が生き生きと描かれていて感動した。

IMG_5786.jpg
お友達のもよく書けている。虫が好きな人を数えてグラフに表して感想を記し、好きな虫や動物の「ベスト3」のアンケートを取るなど、読ませる新聞になっている。別のグループでは「ならいごと新聞」を作っていた。

おもしろい虫発見

春、夏、秋、冬はみなさんはいろいろなことをしています。けど 春、夏、秋、どのきせつかは、こん虫さいしゅうなどしてみたらどうですか?
草むらには、バッタ、トカゲ、ツマグロヨコバイやいろいろなよう虫がいたりおもしろいし 春や夏は、いろんなちょうもいます。

ちょうってきいたらほかになにかとぶものはいないのかと思いませんか? 春にとぶものは、ほとんどこれだと思います。夏のとぶしゃしんは、いちばんしたのしゃしんです。

写真.jpg

せみのなかでいちばんつかまえるのはアブラゼミでしょう。2ばんめはクマゼミでしょう。ミンミンゼミとヒグラシは、森や林にいるかもしれません。

そう言うと森や林にいきたくなりますね。ぜひいってかんさつなどをしてみてください。
ほかにもとかげがいます。とかげはすばしっこくせまいところもいくし、90°のところもすらすらといくのでつかまえるのは、あみかすででつかまえたらいいとおもいます。

とかげは、いろいろしゅるいがあります。にじいろとかげや日本とかげ、かなへびなどをよくみかけます。
日本とかげとかなへびはよくにているのでみわけられないと思います。

IMG_5785.jpgつぎのしゃしんは日本とかげのしゃしんです。もしとかげをつかまえたら、えさは「バッタ、クモ」などです。

shashinn.jpgほかにバッタのしゅるいがあります。バッタはみなさんすきですか? 
バッタは、いろいろつかまえかたがあると思います。でもいちばんつかまえかたでもいいのはこれです。みてください。(↑)

生き物新聞ユキ紙面.jpg

IMG_4854.jpg4年生になってから月曜日にトカゲを持って行き金曜日に持って帰る。😖
今日トカゲが逃げたらしいが別のを捕まえたと話していた。
👀 家にはカメがいる。1日2食、朝の餌やりは私の役目、カメの餌を10粒ほどやる。(^−^)

posted by 優子 at 22:27| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

家の教会2017㉒ ―ヨナ書を読むU 「あなたの怒るのは、よいことであろうか」。―

夾竹桃.jpg2017年6月11日(日) (2017第22回 家の教会)
12時30分〜13時15分
出席者 3名(Except R)
@ 主の祈り
A 子ども讃美歌  88番 
「神さまがわかるでしょ」
B 聖書輪読    ヨナ書3・4章
C お話       優子
D 分かち合い&お祈り  一人ずつ

ヨナ書3章・4章:
3:1 時に主の言葉は再びヨナに臨んで言った、
3:2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、あなたに命じる言葉をこれに伝えよ」。
3:3 そこでヨナは主の言葉に従い、立って、ニネベに行った。ニネベは非常に大きな町であって、これを行きめぐるには、三日を要するほどであった。
3:4 ヨナはその町にはいり、初め一日路を行きめぐって呼ばわり、「四十日を経たらニネベは滅びる」と言った。
3:5 そこでニネベの人々は神を信じ、断食をふれ、大きい者から小さい者まで荒布を着た。

3:6 このうわさがニネベの王に達すると、彼はその王座から立ち上がり、朝服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中に座した。
3:7 また王とその大臣の布告をもって、ニネベ中にふれさせて言った、「人も獣も牛も羊もみな、何をも味わってはならない。物を食い、水を飲んではならない。
3:8 人も獣も荒布をまとい、ひたすら神に呼ばわり、おのおのその悪い道およびその手にある強暴を離れよ。
3:9 あるいは神はみ心をかえ、その激しい怒りをやめて、われわれを滅ぼされないかもしれない。だれがそれを知るだろう」。

3:10 神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災いを思いかえして、これをおやめになった。

4:1 ところがヨナはこれを非常に不快として、激しく怒り、
4:2 主に祈って言った、「主よ、わたしがなお国におりました時、この事を申したではありませんか。それでこそわたしは、急いでタルシシにのがれようとしたのです。なぜなら、わたしはあなたが恵み深い神、あわれみあり、怒ることおそく、いつくしみ豊かで、災いを思いかえされることを、知っていたからです。
4:3 それで主よ、どうぞ今わたしの命をとってください。わたしにとっては、生きるよりも死ぬ方がましだからです」。
4:4 主は言われた、「あなたの怒るのは、よいことであろうか」。
4:5 そこでヨナは町から出て、町の東の方に座し、そこに自分のために一つの小屋を造り、町のなりゆきを見きわめようと、その下の日陰にすわっていた。

4:6 時に主なる神は、ヨナを暑さの苦痛から救うために、とうごまを備えて、それを育て、ヨナの頭の上に日陰を設けた。ヨナはこのとうごまを非常に喜んだ。
4:7 ところが神は翌日の夜明けに虫を備えて、そのとうごまをかませられたので、それは枯れた。
4:8 やがて太陽が出たとき、神が暑い東風を備え、また太陽がヨナの頭を照したので、ヨナは弱りはて、死ぬことを願って言った、「生きるよりも死ぬ方がわたしにはましだ」。
4:9 しかし神はヨナに言われた、「とうごまのためにあなたの怒るのはよくない」。ヨナは言った、「わたしは怒りのあまり狂い死にそうです」。
4:10 主は言われた、「あなたは労せず、育てず、一夜に生じて、一夜に滅びたこのとうごまをさえ、惜しんでいる。
4:11 ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。

挿絵.jpgお話:
最初に『ヨナ書』のあらすじをお話しします。
神さまが預言者であるアミッタイの子・ヨナに、ニネベという町が悪に満ちているから悔い改めるように伝えなさいと言われました。

ところがヨナは神さまの言葉に従わないで船に乗り込み、ニネベとは反対のタルシシへ逃れようとしましたら嵐に遭って舟は今にも沈みそうになりました。

ヨナは舟底で熟睡していた時、他の人たちは自分の神に向かって助けを求め、舟が沈まないように積み荷を海に捨てましたが嵐は止みません。

ヨナが「わたしはヘブルびとです。わたしは海と陸とをお造りになった天の神、主を恐れる者です」と言ったことから、嵐の原因がヨナであったことが判ったのでした。ヨナが主の御顔を避けて逃れようとしていたことを知っていたからです。

そこでヨナに言われたとおりヨナを海に投げ込むと海は静かになりました。このことで人々はまことの神さまを知り主に立ち返りました。 

一方ヨナは「大いなる魚」に呑み込まれて3日3晩、魚のおなかの中で祈り悔い改め、ヨナの祈りを聞かれた主はヨナを魚の中から救い出されたということが前回読んだ1〜2章のお話でした。

そして今日輪読した3〜4章では、主がもう一度ヨナに使命を与えられてニネベの町へ行って、「40日するとニネベは滅ぼされるから悔い改めさない」と神さまの言葉を伝えました。

すると、ニネベの人々だけではなく王まで皆が神を信じて真剣な悔い改めをしたのです。そこで神さまは彼らを赦し滅ぼすのをやめました。神さまは実に情け深くあわれみ深いお方なのです。

ところがヨナはそれが気に入らないのです。ニネベの人々が悔い改めたことを喜ぶことができなかったのです。今日はこのところを自らを探りながら考えたいと思います。

ヨナはへブル人(イスラエル人)ですから神に選ばれたという選民意識ゆえの優越感があったと思います。また、ニネベはヘブル人たちを苦しめた敵国であり、偶像崇拝していた彼らを救済されたことが我慢できなかったのです。

その怒りは増すばかりで「主よ、どうぞ今わたしの命をとってください。わたしにとっては、生きるよりも死ぬ方がましだからです。」とまで言うほどでした。すごいですね。どう思いますか?

私はヨナの気持ちがよくわかります。同じような気持ちになったことがあるのです。人生の不条理に苦悩し、その「針の穴」を通り抜けて何年も経ってからでした。

私たちに非道なことをし続ける人々がいつの日か悔い改めて天国に入れられると想った時、それは絶対にゆるせない気持ちになりました。

そんなことになるならば私が地獄に落ちてもいい、父や母と再会できなくてもいい、将来娘たちとも再会できなくてもいいと、永遠のいのちを放棄してさえよいと思うほど情動が動いたことがありました。苦しかったです。

ですからヨナがそのあともニネベの人々がどうなるのか見ていたという気持ちもよくわかりるのです。


トウゴマ.jpgこれがトウゴマの木です。トウゴマの別名を「ヒマ(蓖麻)」といい、その種からとったものが「蓖麻子油(ひましゆ)」です。

ひまし油といえば、今から50年あまり前くらいに見ていたアメリカのホームドラマでよく耳にしました。子供がいたずらすると罰として「ひまし油を飲ませるぞ」というのですが、『トム・ソーヤの冒険』や『若草物語』などアメリカの児童文学にも出てくるそうです。

神さまはヨナが暑さにやられないようにトウゴマの日陰を作ってくださいましたが、次の朝は枯れさせてしまわれて、ヨナは暑さで弱り果ててしまって「生きるよりも死ぬ方がわたしにはましだ。」と言いました。
4章10節の「惜しんでいる」というのは「可哀想に思う」という言葉だということです。

ヨナはまるで幼児のようですね。
しかし、これは笑うに笑えない私たちお互いの姿ではないでしょうか。神さまは私たちにも問うておられます。

「あなたの怒るのは、よいことであろうか」。

偶像を拝み、悪に満ちたニネベの人々を滅ぼさない神。そんな恵みと憐れみの神さまだからこそヨナもまた生かされているのであり、私やあなたも生かされているということを思い出さねばならないのです。

私たちは皆、試練や苦悩を通して砕かれていきます。中には嫌な苦しい中を通されてもいつまでたっても自らを省みることのない人もいるのですが、苦悩できる者は幸いであり神の恩寵なのです。

そして、私はこう思います。
信仰を与えられても私たちは何度も失敗し、そしてまた不平を言って嘆きます。しかしまたそのたびに神さまの恵みによって立ち返らされます。そのたびに悔い改めて頑な自我を打ち砕かれて本心に立ち返る。この歩みこそが神と共に歩む生き方でなのです。

人は皆ドングリの背比べ、五十歩百歩です。大切なことは嘆いても悔い改めて勇気を出して立ち上がることです。何度も何度も起き上がることです。

そして、信仰生涯を全うするためには主に在る者との交わりと励ましがいかに大切かと思います。互いに励まし合って「あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものと」させていただきたいと思います。

分かち合いでは、私たちもまたヨナのように「自分のために一つの小屋を造り、町のなりゆきを見きわめようと」してしまうのですが、そのような苦しみを耐えねばならない時こそ主を仰ぎ見ることだと語り合いました。

小屋を取り払うことができたことは神さまが勝利を与えてくださったのであり、詩篇の一句を受容できた証しです。

「主よ、わが心はおごらず、わが目は高ぶらず、
わたしはわが力の及ばない大いなる事と
くすしきわざとに関係いたしません」。
                (詩篇131篇1節)

附記:ユキは午前中はサッカー教室だった。そして、1時半にお友だちと公園で待ち合わせているというので昼食後すぐの礼拝となった。

夕方、知子と歩く。
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栗の木

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posted by 優子 at 15:35| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

「主は私の羊飼い」

イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。    
          (マタイによる福音書4章4節)

mail1.gif「キリストの栄光教会」より送られてきた今週のみことばより

詩篇23篇1節:
「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません」。
私たちは右も左もわからぬまま、この世界に生み出されました。でも今は、飼い主キリストの声を聞きわけ、その牧場で養われています。まさに乏しいことはないという人生です。
人生は、誰を自分の飼い主とするかで決まります。そして人生の豊かさは、飼い主にどう従うかで決まります。自分は主の牧場に属する羊であることを心に刻みましょう。


詩篇23篇2節:
「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」。
羊は臆病です。羊飼いの姿がそばに見えていなければ、牧場に伏すことさえできません。おなかが満ち足り、ハエや寄生虫から守られなければ、落ち着きません。
羊飼いはその条件をすべて整え、水のほとりで安らぎを与えてくださいます。そのとき、仲間同士の些細な争いも止みます。羊は羊飼いから離れたら、何もできないのです。


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詩篇23篇3節:
「主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます」。
羊は仰向きにひっくり返れば、血が足に行かなくなり、自力では起き上がれなくなります。声を上げて羊飼いに助けを求めなければ、野獣の餌食になります。
私たちは主の牧場の羊です。自分の力や悟りに頼らず、主を呼び求めましょう。主はへりくだる者を助け起こし、霊を奮い立たせ、真っ直ぐに歩ませてくださいます。


詩篇23篇4節:
「たとい死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたの鞭とあなたの杖、それが私の慰めです」。
「死の陰の谷」は、羊が羊飼いを最も身近に感じる場所です。羊飼いの鞭は野獣を追い払い、杖は羊が道から外れないように守ります。
私たちも人生の闇に包まれるとき、主との距離が最も縮まります。主の「鞭と杖」を肌で感じるときです。


詩篇23篇5節:
「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています」。
野獣が狙っているのに平然と草を食む羊。敵に囲まれているのに、主と差し向かいで悠然と味わう食事。主に信頼する者は、そんな究極の平安が味わえます。
一日の始まりに、聖霊の油注ぎを受けましょう。愛と優しさが全身にみなぎります。あなたに主の祝福があふれ流れます。


詩篇23篇6節:
「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう」。
御言葉と祈りと賛美が主の家です。主の家に住み続けるなら、じたばたせずとも、恵みのほうから追いかけてきます。
詩篇23篇は心の処方箋です。不安で眠れない夜、大事を前にして心が騒ぐ日、黙して主を待つことができないとき、何度も唱えることをお勧めします。

posted by 優子 at 21:34| 引用文 | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

梅雨の合間に

大きなクスノキ.jpg梅雨入り3日目の今日は気持ちの良い晴天だった。
1日に1000歩も歩かないことも珍しくない私は、少しでも歩こうと知子を駅まで見送りに行った。

梅雨の合間に.jpg私は青い空と風に揺れる木々が好き。
緑の美しさに見入ってしまう。

IMG_5697.jpg青い柿の実もそう。
毎年この時期の青い実を見ると懐かしくて胸が反応する。
幼い頃の裏庭にあった柿の木の記憶が動くのだと思う。懐かしい祖父との光景が・・・





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白い花はシシトウの花。
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2本のトマトの苗は玄関の「チャッピーの径(こみち)」に植えた。あれ以上ベランダに置くと洗濯物が干せなくなってしまうから。

「こんなどうでもいい内容はつまらない」と読者にソッポ向かれるかもしれないが、心が疲れた時はリラックスできて心地よい。最高の特効薬だと思う。

今日は3〜4年ぶりに電動自転車に乗った。
11時半頃に医院に入ったが風邪のシーズンも終わってガラガラ。相変わらず尿に「2+」の潜血が出ていたものの、白血球数はかなり減っていたので安堵し20分ほどで終わった。

夕方、『種を蒔く』4号の誤植部分に貼る「訂正シール」が届いた。皆さんには昨日届いたようだ。これで一件落着。

IMG_5711.jpg夕刻18時38分、飛行機が夕日に輝きながら空高く飛んで行った。

1時間後、まもなく日が暮れる二上山(雄岳)を見ながらユキの洗濯物を取り入れた。

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今日の初めてのプールは寒くてみんな唇を真っ青にして震えていたそうだが、背中は赤く日焼けしていた。
posted by 優子 at 23:45| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

「カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴きます」。

一秒一秒、私たちは宇宙のあらたな二度と訪れない瞬間に、過去にも未来にも存在しない瞬間に生きているのだ。

それなのに学校で児童になにを教えているのか。
2プラス2は4とか、パリはフランスの首都であるといったことは教える。いつになったら、子供たちの何たるかを教えるのだろう。

子供たち一人ひとりに言わねばならない。
君はなんであるか知っているか。
君は驚異なのだ。
二人といない存在なのだ。
世界中どこをさがしたって君にそっくりな子はいない。

過ぎ去った何百万年の昔から君と同じ子供はいたことがないのだ。
ほら君のからだを見てごらん。
実に不思議ではないか。
足、腕、器用に動く指、君のからだの動き方!
君は シェイクスピア、ミケランジェロ、ベートーヴェンのような人物になれるのだ。
どんな人にもなれるのだ。

そうだ、君は奇跡なのだ。
だから大人になったとき、君と同じように奇跡である他人を傷つけることができるだろうか。

君たちは互いに大切にしあいなさい。
君たち…われわれも皆…この世界を、
子供たちが住むにふさわしい場所にするために働かねばならないのだ。
 

私は今までになんと驚異的な変化と進歩を目撃してきたことだろう。科学も産業も宇宙開発も、まさに驚異的進歩をとげた。それにもかかわらず世界は今も飢餓と人種上の圧迫と独裁に苦悩している。

われわれの行動は依然として野蛮人に等しい。
未開人のように地球上の隣人を恐れる。
隣人に向かって武器をもって防衛する。
隣人も同様である。

私は、人間の掟が殺すべしという時代に生きなければならなかったことを嘆く。いつになったら、人類が同志であるという事実に慣れ親しむときがくるのだろう。

祖国愛は自然なものである。
しかし、なぜ国境を越えてはならないのか。
世界は一家族である。
われわれ一人ひとりは兄弟のために尽くす義務がある。
われわれは一本の木につながる葉である。
人類という木に。

     (『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』より)

「カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴きます」。

国連本部イザヤの壁
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THEY SHALL BEAT THEIR SWORDS INTO
PLOWSHARES. AND THEIR SPEARS INTO
PRUNING HOOKS. NATION SHALL NOT LIFT
UP SWORD AGAINST NATION. NEITHER
SHALL THEY LEARN WAR ANY MORE.ISAIAH 

ここに刻まれているのはイザヤ書2章4節(聖書)の下線部分である。

「彼(神)はもろもろの国のあいだにさばきを行い、
多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、鋤(すき)とし、
その槍を打ちかえて、鎌とし、
国は国にむかって、つるぎをあげず、
彼らはもはや戦いのことを学ばない
」。


平和を求める人々の祈りが神さまに届きますように。



posted by 優子 at 09:28| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

平和を叫び続けたカザルス ”The Song of Birds”

パブロ・カザルス.jpg「歴史上、いまだかつて現在のように世界が破滅に近づいたことはなかった。…混乱と恐怖が世界を覆い、…世界の危機を日一日と増大しているのです」。

これは1958年10月24日、国連で開催された世界人権宣言10周年記念コンサートで、演奏に先立って語ったカザルスの言葉だ。
カザルスを招いたのが当時の国連事務総長ダグ・ハマーショルドであり、彼もまた偉大な人物だった。

次に掲げた動画は、カザルスの晩年1971年に、国連で演奏した「鳥の歌」をバックにスピーチを編集した1分42秒の短いビデオである。

「鳥の歌」の原曲はカザルスの故郷カタルーニャのクリスマス・キャロルであり、イエス・キリストの聖誕を鳥が祝っている様子を歌っている。新聖歌にはクリスマスの歌として「鳥の歌」が94番に収められている。



IMG_2340.jpg空を飛ぶ鳥たちはこう歌うのです。
”Peace, Peace, Peace
(平和、平和、平和)”



IMG_1568.jpg鳥たちはこう歌うのです。
“Peace, Peace, Peace
Peace, Peace, Peace
Peace, Peace, Peace”


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「パブロ・カザルスは偉大な芸術家だ。彼は祖国の人々を迫害する圧制者に立ち向かっただけではなく、いつでも悪魔に妥協してしまう日和見主義者たちに対しても断固とした態度で抵抗した。そんな彼を私は尊敬する。
彼にはよくわかっていた。
悪を実際に行う人々よりも、悪を許し、助長させてしまう人々のほうが世界を危機に陥れるのだ、ということを」。

    (アルベルト・アインシュタイン)

それから60年後の世界は…、日本は戦後築き上げた民主主義国家を崩壊寸前になっている。

国連人権委員会から勧告を受けていることがすべてを物語っており、その勧告に対しても猛然と抗議する政府は、かつてリットン調査団の報告書に抗議して松岡洋右が国際連盟から脱退宣言して立ち去っていく姿を想起させる。

あれは20世紀の出来事を振り返って見ていた映像であるのに、21世紀にもまたしても狂気の歯車が回り出し、日に日に加速度を増している。


共謀罪を通させると治安維持法に拡大され、一般市民でもこのようなブログを書いている者は捕まえられてしまう。
今、私たちに何ができるのだろうか。
発言の場が与えられて闘っている人々のために背後で祈る、諦めないで祈り続け、私たちも社会に声を上げる。今しかできないことをしようではないか、悔いを残さないために。

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暗澹とした深い闇の中に進みゆく時も
自然界は季節がめぐり今年も梅雨に入った。

posted by 優子 at 22:02| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

万緑の季節に真智子は生まれた

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すっかり濃い緑になった今朝の二上山(雄岳)
誕生日の真智子を想う
気がつけば讃美歌122番、「緑も深き」を口ずさんでいた。

1) 緑も深き 若葉の里 
   ナザレの村よ 汝(な)が巷(ちまた)を
   こころ清らに 行きかいつつ
   育ちたまいし 人を知るや

2) その頭(こうべ)には かむりもなく
   その衣(ころも)には かざりもなく
   まずしく低き 木工(たくみ)として
   主は若き日を 過ぎたまえり

3) 人の子イエスよ 君の御名(みな)を
   みつかいたちの 誉(ほ)むる時に
   めぐみににおい 愛にかおる
   み足のあとを 我はたどらん


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評:「作者は小学校3年生。まさに幼な児のように捉えている明快な信仰の世界を、大人たちも学ばねばならない」。

「真智、ママは今も、この詩に教えられ励まされているよ。お誕生日おめでとう!
飛行機のチケットは取れた? 
2人の帰国を楽しみに待っています」。


「キリストの栄光教会」の今朝のみことばより:
「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」。

羊は臆病です。羊飼いの姿がそばに見えていなければ、牧場に伏すことさえできません。おなかが満ち足り、ハエや寄生虫から守られなければ、落ち着きません。羊飼いはその条件をすべて整え、水のほとりで安らぎを与えてくださいます。そのとき、仲間同士の些細な争いも止みます。羊は羊飼いから離れたら、何もできないのです。
          (詩篇23篇2節)

IMG_5616.jpg詩篇23篇:

「主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
主はわたしの魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは
必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう」。


6月2日にユキが感染性胃腸炎で欠席し、その後、私、知子と罹患し、重症だった知子は昨日欠勤した。私も今日からすっかり元気になったので久々に散歩に出た。

しばらく爽やかな晴天が続いていたが、午前中の薄雲が夕方にはすっかり厚い雲に変わった。今日九州と山口県が梅雨入りしたから明日の雨で関西も梅雨入りかな。

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↑ これは「かしわばあじさい」(6月14日に教わった)↓

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でんでんむし.jpgでんでんむしがいるよ。







花のような葉っぱ.jpg花かと思えば葉っぱだった。










梅雨入り前の二上山.jpg
「創造主なる神さま、あなたの造られた世界は
何と驚きに満ちていることでしょう。
大自然は創造主を指し示す印に満ちています」。

posted by 優子 at 23:18| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

家の教会2017㉑ ― ペンテコステ礼拝 「無くてはならぬものは」−

時計草.jpg6月2日未明に強烈な胃痙攣と嘔吐に見舞われた孫は流行中の胃腸炎だったようで、3日夜から私も嘔吐し、胃のむかつき、寒気や微熱があって眠ることができなかった。
数時間後から知子もまた同じ症状で苦しんでいたことを朝になって知る。知子はもっと重症。私は1度だけの嘔吐で終わったが、何とか食料品の買い物に行ったあとはしんどくて臥せっていた。夕刻になって初めて食べ物を口に入れたが。

そんなわけで私一人だけでも礼拝を捧げることができなかったが、準備していたのを掲げておきたい。
今朝9時半過ぎから真智子からスカイプあり。良輔と私の3人で話し帰国日程も決定した。

2017年6月4日(日) (2017第21回 家の教会)
聖書  使徒行伝2章1節〜15節
       ヨハネによる福音書14章16・17節 

使徒行伝2章1節〜15節
ヨハネによる福音書14章16・17節:
2:1 五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
2:2 突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
2:3 また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
2:4 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

2:5 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、
2:6 この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。
2:7 そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。
2:8 それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。
2:9 わたしたちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
2:10 フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、
2:11 ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。
2:12 みんなの者は驚き惑って、互いに言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。
2:13 しかし、ほかの人たちはあざ笑って、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と言った。

2:14 そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。

「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。

2:15 今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではない」。 


ヨハネによる福音書14章16・17節:
14:16 わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。
14:17 それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである」。

お話:
今日はペンテコステ礼拝です。クリスマス、イースターと共に教会の大切な記念日です。 
イエス・キリストは十字架に架かられて死んで葬られ、三日目に甦られました。その後40日間弟子たちや多くの人々に現れ、人々の見ている中で昇天されました。それから10日後、即ち復活されて50日目に起きた出来事です。

集まって祈っていた120人の信徒たちの上に聖霊が降ったのです。彼らは皆ガリラヤ人なのに、大きな音を聞いて集まって来たいろんな国の人々の言葉で話し始めました。

英語で「舌」は ”tongue”(タン)と言いますが、「舌」には「言葉」をも意味し、英語で「自国語、母語」を ”mother tongue”(マザー・タン)と言われるのも3・4節のことと結びつきますね。

イエスさまが昇天される時に「わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」(ヨハネ16:7)とイエスさまが仰ったことが成就されたのです。

「聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
             (使徒行伝1章8節)

3度も主を知らないと拒んだペテロにも劇的な変化が起こりました。あんなに弱く3度も(拒否)失敗したペテロが徹底的に砕かれて造りかえられました。

これは人間の努力では成し遂げられないことであり、聖霊によって初めて可能にするのです。私もペテロのように本当に変えられたいと思います。

弟子たちは修行のように人間側の努力によって聖霊を得たのではなく、ただ心を合わせて、ひたすら祈っていた時に上から聖霊が降ったのです


そしてペテロは立ち上がって力強く語りました。これがペテロの初めての説教です。
使徒行伝2章22節〜24節、38・39節:
2:22 イスラエルの人たちよ、今わたしの語ることを聞きなさい。あなたがたがよく知っているとおり、ナザレ人イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神からつかわされた者であることを、あなたがたに示されたかたであった。
2:23 このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。
2:24 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。

2:38 「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。
2:39 この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。

このペテロの説教を聴いて3千人が信仰へと導かれました。これが教会の誕生であり、ここから福音が全世界に広がって行ったのです。そのことから「ペンテコステ」は教会が産声を上げた誕生日と呼ばれる所以です。

聖霊の導きに耳を傾けて従うかどうかは私たちに委ねられています。神さまはどんな時も決して強引にされません。全ては一人ひとりの自由意思に委ねられています。

ですからクリスチャンであっても神の恵みの外に迷い出て人生をダメにしてしまうことがありますから、お互いに聖霊の導きに従って祝福された人生を歩ませていただきたく思います。

大切なことは神さまの前に正直であることです。自己正当化の嘘だけではなく、昨今の政治家や官僚たちの出来事に見る自己防衛のために真実を隠すのも罪です。私たちの内に虚偽があると聖霊は助けてはくださいません。

クリスチャンは聖霊に従い、人は皆、自らの良心に従って生きることが最も大切なことなのです。


「ペンテコステ」とは「50」を意味しますが、因みにアメリカ国防省の「ペンタゴン」と呼ばれている5角形の建物の名前は、古代ギリシャ語で「5」を意味する「ペンテ」に由来しているということです。

「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。」(ルカ10章42節)
ペンテコステについて思いめぐらせている時、イエスさまがマルタに言われたこの言葉が私の心に強く迫ってきて、「無くてはならぬもの」とは「聖霊」だと強く思いました。

私たちの中に内住してくださっている聖霊のおかげで、みことばを思い出させてくださり慰められ励まされて何度も立ち上がって来られれたことを思いますと、何よりも私たち一人ひとりに豊かに聖霊を注いでくださることを祈りたいです。


私たちは生きている限り多くの困難に出くわし試練を通らされます。その中には自らが招き入れた苦悩もあるでしょう。
しかしその只中で聖霊(主イエス)が共にいてくださり、常に私たちよりも一歩先に歩いてくださっているのです。

私たちは聖霊を受けることによってのみ本当にキリストに出会うことができるのであり、常に聖霊の導きに従っていくことがとても大切です。聖霊が内住してくださっている私たちはキリストの体である教会です!

「主イエスは我が救い主」と信じる者の内には聖霊が与えられるているという約束を信じることです。
聖霊こそが信じる者の保証であり、信じる者の救いは必ず完成されるのであり、それを信じさせてくれるのもまた聖霊なのです。


そのことを感謝して雄々しく生き抜きたいと思います。

エペソ人への手紙1章13・14節:
「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。
この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである」。

附記:
C0F6CEE9BCB0.jpg1987年6月7日、今からちょうど30年前のペンテコステ礼拝で受洗の恵みに与りました。私は35歳でした。
講壇横の床下に作られていた洗礼槽の周りで教会の方々に見守られ、この場に私の両親と妹も来てくれていました。


このあと牧師館の浴室で温かいお湯につかって礼拝堂へ戻りました。この日、私に続いてもう一人女性が受洗されました。
IMG_5575.jpg

そして、洗礼を授けてくださった小山恒雄牧師からそれぞれにみ言葉が書かれた記念の色紙と『聖歌』をいただきました。生涯の終わりまで主と共に歩みたいと願っています。

ヨハネによる福音書14章1節(リビングバイブル訳):
「どんなことがあっても、心配したりあわてたりしてはいけません。神さまを信じ、何もかも、わたし(イエス・キリスト)に任せなさい」。 

" The Living Bible" John 14:1:
"Let not your heart be troubled. You are trusting God, now trust in me."
 
       
posted by 優子 at 20:45| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

今日の出来事

「キリストの栄光教会」の今朝のみことばより:
IMG_5511.jpgローマ人への手紙2章6節:

「神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります」。

これは「行いによる救い」ではなく、神の裁きの公正さを教えています。人の行いは、隠されたことも、光の中で正しく報われます。「神にはえこひいきなどはない」(11節)のです。
あなたの隠れた良い行いも、人には無視された親切も、小さな勇気も、神は全て心にとどめておられます。それゆえ喜んで良い行いに励みましょう。

今日も「今日のみことば」に感銘を受けて思うところを書こうとしていたが、昨日はあんなに元気だったユキが、今朝未明から大量に吐いて強い胃痙攣に見舞われた。

IMG_5547.jpg痙攣を何度も繰り返しながらも治まってきそうだったので、知子は10時頃には家を出られるかと思っていたが、その後も転げまわって苦しむので、ようやく12時前になって来てくれたタクシーに乗って医者へ連れて行った。

タクシーを見送ったその時に待ちに待った『種を蒔く』4号の宅急便が届いた。喜び勇んで開封、一冊を手にして開いた。
「うわぁー!!!」
あまりの驚きで声を出して茫然となった。
最終校でお願いしていた発刊日が昨年度のままになっていた。

他のページを見る余裕もなくすぐに師に電話したが外出中。奥様のアドバイスを得て、執筆者宛に事情を伝えて配布を待ってもらうように連絡した。

頭痛が激しく血圧が一気に上昇し、その後の作業をしていても下がらず頓服を服用した。編集委員さんにメールを数本打ち終わった時にユキと知子が帰宅。

今、胃腸炎が流行っているが重度の過労による胃痙攣だった。「ケトン体 3」、尿で判明したという。かなりしんどいらしい。毎日遊び過ぎ。昨夜から目の下にクマを作っていた。これで懲りただろう。懲りてもらわないと困る。その後も食事もしないで眠り続けている。

私も頓服薬(睡眠導入剤)で朦朧としてきたので寝ようとしたが、4人の方々から次々に電話が入り夕方5時過ぎまでかかった。そして最後に担任の先生からも電話をいただき容体を伝えた。

IMG_5553.jpgそれにしても、きっと個人の本と違って合同集の編集は特に大変だと思う。

「一冊まとめることは大変な作業です。皆様の流された汗に、読者と主からのお報いがありますように」。

早々に関東ブロックの方を初め4名の方々から労いのお言葉を頂戴した。

IMG_5518.jpg何よりも大田先生の計り知れぬご愛労に感謝している。印刷屋さんもみんな精いっぱい力を尽くしてくださったことを感謝!

昨日の記事に載せたユキとは大違い。
月曜日からまた「毎日張り切って行ってくれますように!」

ザクロの花
ザクロの花.jpg

posted by 優子 at 23:59| 随想 | 更新情報をチェックする