2017年03月28日

自民党の石破茂元幹事長 国家晩餐祈祷会で挨拶

IMG_3179.jpg下記の記事は2017年3月25日に公開された『クリスチャン・トゥディ』より転載させていただいたものである。


image.jpg第17回国家晩餐祈祷会が24日夜、京王プラザホテル(東京都新宿区)のコンコードの間で開かれた。国会議員や財界人のほか、さまざまな教派の教職者や信徒およそ400人が集まり、世界と日本の平和のため、また政治や経済、教育などについて祈りをささげた。メインスピーカーには大和カルバリーチャペル主任牧師の大川従道(つぐみち)氏、音楽ゲストにはテノール歌手の新垣(あらがき)勉氏を迎えた。

午後6時、皆で「輝く日を仰ぐとき」(聖歌480番)を讃美。続いて自民党の石破茂元幹事長があいさつに立った。

この日も衆院予算委員会では、森友学園の籠池泰典理事長への証人喚問に関する質疑応答が行われ、石破氏も予算委員として国会に出席した後、会の始まる直前に会場に現れた。石破氏は昨年、一昨年もこの国家晩餐祈祷会に招かれ、3度目のあいさつとなる。

「皆さま、こんばんは。自民党衆議院議員の石破でございます。今朝も6時から働いておるのですが、まだ仕事が終わっておらず、先にごあいさつさせていただく失礼をお許しください。

私は4代目のクリスチャンになります。曾祖父、金森通倫(みちとも)が1857年生まれで、私とちょうど100歳違うのでありますが、熊本バンドの一員として新島襄先生に弟子入りをして、一番弟子と言われておって、新島先生が病に倒れられた後、同志社の総長代理となったらしい。見たわけではないが(笑い)。

その時に新島先生が遺言の中で、『金森通倫を後継者とするに自分は全く反対はしない。彼は事務に精通し、才気あふれる者であるが、惜しむらくは徳に欠けるところがあるので、残念に思う』と。何か私のことを言われているような気もしないではないが(笑い)。

それから幾つかの教会の牧師を務め、『米国のキリスト教は間違っているのだ』と言って米国に行ってキリスト教の伝道をし、何万人かを受洗させたという記録があります。最後は日本に帰ってきて、葉山の洞窟で暮らしておったという、よく分からない人なのでありますが(笑い)、それから数えて私が4代目ということに相成ります。

私が一番真面目に聖書を学んでいたのは、高校3年生の時に教会学校の臨時雇い教師になりまして、子どもたちに教えなきゃいかんということで、その時は聖書をよく勉強しました。

私は所属が日本基督教団鳥取教会なのですが、中学卒業後、東京に来てからは日本キリスト教会の世田谷伝道所(現在の世田谷千歳教会)に通っておりました。同じ高校生できれいな女の子がいて、その子に気に入られたい一心でというところが全くなかったとは申しませんが(笑い)、一生懸命、聖書を勉強致しました。

旧約聖書は大部で難しいのですが、ルカによる福音書はとても好きで、よく読んだことを覚えております。放蕩息子の話・・・まさしく自分そのものである。あるいは、金持ちとラザロのたとえ・・・自分の中に金持ちが間違いなくいるのだ。そして、パリサイ人と取税人の話・・・自分の中にも間違いなくパリサイ人はいるのだと思ったことをよく覚えています。今もそうであります。

最近は讃美歌が変わっちゃったらしくて(『讃美歌21』を指す)、よく分かりませんが、当時も好きで、今も好きなのは、『讃美歌』(1954年)の7番と191番で、私の愛唱歌なのであります。

7番というのは『主のみいつとみさかえとを』という歌であります。191番というのは、『いともとうとき主はくだりて』という歌であります。この3節に『数多(さわ)のあらそい み民をさき・・・』とありますが、実際、私ども、毎日こんなことをやっております。(讃美歌は末尾でご紹介しています)

政治の世界ってのは、憎悪と怒りと悲しみと嫉妬と、ま、そんな世界でありまして、昨日あたりまさしくそんな感じでありまして、『数多のあらそい み民をさき』だと思います。そして、何が正しくて何が間違っているかは人の知るところではありませんが、『かみはたえざるいのりをきき、なみだにかえて歌をたまわん』、そうであるなと心から信ずる者であります。 

私たちは本当に過ち多い者だと思います。私の場合は特にそうだと思っています。ただ、『御心がこの世になりますように』『過ちばかりの私ですが、どうぞこれを正してください』、そして『どうぞ御用のためにお用いください』と祈れることは本当に幸せなことだと思っております


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(頭上に掲げられている横断幕を見上げて)この『世界と日本に平和を!』ということであります。

その手段についてはいろんな考え方があります。私は別にテロ等準備罪の宣伝に来たわけではありませんが、あれは一般の方々に間違っても嫌疑が及んだり、捜査の手が及んだりすることのないように、人権を最大限尊重するようにということで、テロ集団というものを対象と致しております。

何が最も良い手段なのかは、われわれ愚かな人間に分かることではありません。しかし、自由が守られ、人権が守られ、そして民主主義が尊ばれ、法の支配が貫徹されるためには何ができるか。それぞれが正しいと思うことはあるのだと思います。

ただ最も大事なのは・・・ということは私ごときが申し上げることではありませんが、『誤りがあれば正してください』『御用のためにお用いください』という思いをまた皆様方から学ぶことができれば望外の幸せであります。

今日の会が主のご加護のもとに豊かな実りをもたらさんことを心からお祈りして、ごあいさつとさせていただきます。ありがとうございました」。
そして石破氏は拍手の中、会場を後にした。

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祈祷会の最後に全員での集合写真に収まる参加者

2_onpu_ak.gif  讃美歌7番「主のみいつとみ栄とを」

2_onpu_ak.gif  讃美歌191番「いとも尊き」

     1 いともとうとき 主はくだりて
       血のあたいもて 民をすくい
       きよき住居(すまい)を つくりたてて
       そのいしずえと なりたまえり

     2 四方(よも)のくにより えらばるれど
       のぞみもひとつ わざもひとつ
       ひとつのみかて ともに受けて
       ひとりの神を おがみたのむ

     3 数多(さわ)のあらそい み民をさき
       世人(よびと)そしりて なやむれども
       神はたえざる 祈りをきき
       涙にかえて  歌をたまわん

     4 世にのこる民 去りし民と
      ともにまじわり 神をあおぎ
      とわのやすきを 待ちのぞみて
      君の来ますを せつに祈る

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2017年03月27日

すべては摂理の道程なり

イソヒヨドリ.jpgこれは2月12日の夕方にユキが撮ったイソヒヨドリ。美しい鳴き声はここをクリック! 
小鳥のように見えるが、名前のとおりヒヨドリの大きさだという。寒くても鳥たちは今日も元気に飛んでいた。


IMG_3172.jpg以上は2月中旬頃に書いたものであり、以下もまた同日に書いていたものである。これは私に洗礼を授けてくださった敬愛する小山恒雄牧師の著書『恩寵の選び』より、目につくまま書いていたものである。

私は精神的苦痛の耐え難き時、魂に酸素吸入をあてがうような思いで書写することがある。この時もまたそうだった。

人生はむずかしい相手とのやり取りの連続である。そして、その問題が困難であればあるほど、神からの可能性も大きい。人間が自分の力に行き詰ったところから、神に突破口が生まれる。

「試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう」。  
           (ヤコブの手紙 1章12節)

人は自分の弱さを認めず必要を自覚しないゆえに神に近づかない。主のみ前に自己が打ち砕かれてこそ、人は神の手に陥り、へりくだり、神に近づけられるのである。

「信じることが神の業である」。(ヨハネ伝・6章29節)
「私たちの弱さ」を告白する恵み。

信じて救われるのは、瞬間的な神の恵みの御業と決断によるが、信じぬくことは一生一代の大事業であり、そこには山あり谷ありの生活がある。しかし、聖書は試練と忍耐の祝福を確約している。

プラス×プラス=プラスなれば、マイナス×マイナス=同じくプラスである。これは近視眼的なご都合主義の信仰ではなく、救われ、選ばれた神の子たちが栄光のみ子の肖像にまで変えられていくための、当然経なければならない摂理の道程である。

私たちの信仰生涯においても有形無形の危険の中で、一触即発というような中を幾度主の守りによって乗り越えることができたであろうか。


「わが魂よ、主をほめよ。
そのすべての恵みを心にとめよ」。

              (詩篇103・11)

「望みも消え行くまでに 世の嵐に悩むとき
 数えてみよ主の恵み 汝が心は安きを得ん」。

              (新聖歌172)

主の恵みは数えがたい。そして、それら一切の恵みの源泉は、十字架、復活、昇天、そして大権の右に即位された栄光の主にある。そして彼こそ常にタイムリーな助けとなってくださる恵みの み座である。

これさえ見ておれば、信仰生涯に行きづまりはない。
これさえ開かれておるならば、いかなる時にも天与の祝福は途絶えることはない。ハレルヤ!

人間は強さだけでは円満な成熟を遂げていくことはできない。どこかで、その行き詰まりを感じなくてはならない。自分の弱さや無力さを感じさせてくれるのが35歳から40代であり、ライフサイクルで言えば、まさに太陽が中天に昇ろうとしている夏から晩夏に向かう過渡期である。

今改めて私もまたそうであったと振り返る。そして、年齢を重ねれば重ねるほど自分の弱さがわかる。人間の限界と無力さを。

しかし行き詰まることは良いことだ。なぜならば行き詰まりこそが良き道への突破口となるからだ。

にもかかわらず、行き詰まっているのに他者や周囲にのみ目を向け続ける人間の頑なさ。自分の弱さの内的体験を通じてこそ他者との真の関係を打ち立てることができ、そこに神と真に出会う道がある。

言葉ではうまく表現できないが、私は今、常に神を感じている。これまでの体験から一つの実を心の中に結ばせようとしてくださっているような気がする。

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「ブルンナー読書会」も半年ぶりに再開の見通しがつき日程を調整中。
イソヒヨドリ。
先週末、京セラドームに行く途中にも見つけて写真を撮っていた。


posted by 優子 at 22:28| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

家の教会2017K ―最も大切な戒め―

「家の教会」を始めてちょうど1年になる。今朝47回目の礼拝を重ねることができたのは、神さまの深い憐みとお支えであると強く感じる。
2017年3月26日(日) (2017第12回 家の教会)
10時10分〜10時55分
出席者 4名
@ 前奏    Sarabande (Handel)
A お祈り    優子
B 主の祈り
C 讃美歌    461番 「主われを愛す」
D 聖書輪読   マルコによる福音書 12章28節〜34節
E お話     優子
F お祈り    一人ずつ
G 讃美歌    第2編196番 「救い主は待っておられる」
               (このビデオの1分27秒より)

マルコによる福音書12章28節〜34節:
IMG_3144.jpg12:28 ひとりの律法学者がきて、彼らが互いに論じ合っているのを聞き、またイエスが巧みに答えられたのを認めて、イエスに質問した、「すべてのいましめの中で、どれが第一のものですか」。
12:29 イエスは答えられた、「第一のいましめはこれである、『イスラエルよ、聞け。主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。
12:30 心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
12:31 第二はこれである、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これより大事ないましめは、ほかにない」。
12:32 そこで、この律法学者はイエスに言った、「先生、仰せのとおりです、『神はひとりであって、そのほかに神はない』と言われたのは、ほんとうです。
12:33 また『心をつくし、知恵をつくし、力をつくして神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということは、すべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」。
12:34 イエスは、彼が適切な答をしたのを見て言われた、「あなたは神の国から遠くない」。それから後は、イエスにあえて問う者はなかった。

お話:
IMG_3141.jpg私たちは今、受難節(イースターまでの46日間)を過ごしています。今日は受難節第4主日ですから、このあと3回目の日曜日が今年のイースターです。

イエスさまはエルサレムに入られてから神殿の境内で宗教指導者たちと論争をされました。イエスさまが十字架上で苦しみを受けられる前の最後の1週間にも多くのお話をされました。

枯れたイチジクの木、ぶどう園の農夫の譬え、やもめの献金、タラントの譬えなど、このほかにも「家の教会」でもいくつか取り上げています。今日の個所も受難直前にお話しされたことです。

磔刑される3日前の火曜日は「論争の火曜日」と呼ばれています。マルコ伝では11章20節から13章までが火曜日の出来事です。

律法学者、パリサイ派、サドカイ派などが、何とかしてイエスさまを訴える口実を見つけるために言葉巧みに陥れるための質問をしてきました。しかし、イエスさまは彼らの罠にはまることなく丁寧に答えて全て論破されました。

そんな律法学者の一人がイエスさまをジッと見つめて尊敬の念を感じたのでしょう。彼はイエスさまに敵対心を持たないで素直な気持ちで尋ねました。

「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」。
即ち、613もある律法の中で何が一番大切なのですかと聞いたのです。

するとイエスさまは、「主なるあなたの神を愛し、自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」と言われました。律法学者は同意して、「それらのことはすべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」と答えました。

この律法学者は今までの律法学者たちと違って正当な受け答えをしたので、イエスさまは「あなたは、神の国から遠くない」とお褒めになりました。もう神の国のすぐ近くまで来ているということですね。

彼がイエスさまの言われたことを理解できたことは素晴らしいことです。しかしイエスさまは「神の国に到達している」とは仰いませんでした。そのことを知的に理解しても神の国に到達するには深い溝のような狭き門があるからです。

私たちが神さまを愛しているならば神さまが喜ばれることをしよう、神さまが仰る通り隣人を愛し、隣人が喜ぶことをしようと思います。

しかし、それはとても難しいことです。それを完全にできる人はどこにもいません。私たちは心の深くでしっかり神さまの教えを憶えていても、それを実践するのは難しく、何度も自らの姿にガッカリし神さまを失望させることが多いです。

でも思うのです、それが神と共に生かされている証しではないかと。神さまが喜ばれるような人間になりたいと願いつつもできないことを嘆くのは、神さまの光を受けているから気づかされるのであります。

そんな自己的で愛のない自分だからこそ救われる必要があり、救いを求めて神の恵みによって救われるのです。


律法学者は知的には理解できましたが、それで満足して終わってしまったのでしょうか。そこからいよいよ自らの真の姿と対峙していく時に真理への道が開かれていくのです。

燔祭の儀式や犠牲が大切ではなく、また苦行や修行で立派な人間になることができると考えるのは大いなる的外れであり、人間の努力では決して得ることはできないのです。

パリサイ人のパン種は偽善であり、ヘロデのパン種は世俗主義、サドカイ人のパン種は快楽主義、イエスさまはこれらを警戒せよと言われたのです。

IMG_3150.jpgイエス・キリストは、神を愛することも隣人を愛することもできない罪深い私たちをこよなく愛してくださり、私やあなたの身代わりになって十字架にかかって罪を贖ってくださいました。

このイエスさまにこそ罪をゆるす権威があり、そのことを認め受け入れた人に罪の赦しが現実となるのです。


私たち家族もまた、イエス・キリストの贖罪によって神の国に至る深い溝の橋渡しをしていただいて、断絶していた神さまとの交わりが与えられました。これはただただ神さまからの一方的な憐みによって罪赦されて救われたのです。

救いに入れられた私たちは今一度そのことを深く心に留めて、日々刻々悔い改め、主イエスにふさわしい者に変えられていきたいと切に願います。今週もイエスさまと共に明るく生きて行きましょう!
 
IMG_3146.jpgこのあと市会議員選挙の投票に出かけた。

2月より報道されている学校法人「森友学園」の籠池泰典氏が23日の証人喚問で、国有地売買関連問題は混迷の度合いを増すばかり。安倍首相は自縄自縛状態か? 人間の実相を考えさせられる日々である。

posted by 優子 at 16:07| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

また春休みがやってきた

IMG_3111.jpgインターホン前に植えたチューリップに小さな蕾を見つけ、春本番の舞台裏を覗いたような気がした。

孫は今日3年生を修了した。小学校時代も早半分終わったのだ。4月からユキは4年生になる。4年生と言えば娘たちはもっとしっかりしていたように思うがどうなんだろう。

これからの後半はもっと速く感じることであろう。わが子の時でさえそうであったし、私自身の人生も長くても残すところ4分の一に入っているのだから、大切に大切に味わいながら過ごしていきたい。

大きなブロッコリー.jpgユキの顔よりも大きなブロッコリー。生協の店で買った愛媛県産。山盛りにして2回に分けても余るほどの量、これではビッグサイズのアメリカ産もかなわないだろう。

卓球@.jpg



雨の日の21日、ユキはひとりで卓球を始めた。窓ガラス打ちとはよく考えたものだ。
面白そうなので私も打たせてもらったが、テーブルが小さいので食卓に交換した。

卓球A.jpgこれはいい!
何回打てるか競い合った。

そのうち暑くなって、この日も早朝5時半から12時間もつけっぱなしていた暖房を止めてカーデガンを脱いだ。ユキは下着一枚になった。

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卓球B.jpg

このあとテーブルをもとに戻して2人向き合って本格的に卓球をエンジョイした。
もう2年も前のことになるが、右肩腱板断裂した腕もこんなに動かせるようになった。完全に痛まないわけではないが、腕を真上に挙げても痛くない。神さまと励まし祈ってくださった方々、そして理学療法士さんに感謝している。

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裏庭のスイセンも今が満開。なんて美しいのだろう。
スイセンは背が低いからしゃがんで写すのが大変!

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これはカメラを花に当てるのが精いっぱい、
どんな写り方か見ることもできないままシャッターを押した。

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当地は次の駅あたりとも違って朝晩の気温が低く、モクレンと桜が同時期に咲く。

花は咲く場所を選べない。人が見ようと見まいと、日当たりのよくない場所であろうと、世話する人の心根によらず精一杯咲いている。健気だなぁと思う。

IMG_3127.jpgシュウメイギクも勢いよく新芽を出し、今の営みに力を尽くす。
もうここにチャッピーは居ないけれど、シュウメイギクは自らの命を懸命に生きている。
私も負けないように今を精いっぱい生きる。

ユキは来月から4年生になる。


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明日の春休み初日は、おじいさんと大阪ドーム(京セラドーム大阪)へ阪神vsオリックスのオープン戦に行くそうだ。今年もユキの春が始まる。

翌25日16時9分追記:「おばあちゃん、今、試合が終わったよ」とユキから電話あり。「阪神が勝って、おじいちゃんにタイガーズの帽子を買ってもらった」と嬉しそうな声。
電話の声はなんて幼くて可愛いんだろう。おじいちゃんとの思い出をいっぱい作っておくのよ。ずーっと長い時間が経っても思い出せるように。


posted by 優子 at 18:22| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

ニューヨークで旧友とのカイロスの時

先週の14日(火)、アメリカ北東部が大雪に見舞われた日、IMFも休みになったが連絡が遅かったために、次女夫婦は行ってしまってお昼過ぎに帰宅したそうだ。ご苦労さま!

その2日前の11日(土)、マチ・クマはマチの大学時代の友人と5年ぶりにニューヨークで再会した。マチ・クマにとっては2度目のニューヨークだったと思う。

S君の計画力&行動力のおかげで、半日のニューヨーク観光もいろんなところに行けて、マチたちが行ったことがなかったところを一緒に回ってくれたという。

Top of the Rock.jpg「近代美術館(ゴッホ、セザンヌ、ピカソなどもあったよ)、自然史博物館(プラネタリウム、恐竜の化石など)、トップ・オブ・ザ・ロック展望台からの夜景。
後ろにライトアップして見えるのはエンパイアステートビルよ。」


12日は2人でセントラルパークに行き、映画「クレイマークレイマー」に出てきた場所をたまたま見つけることができたと嬉しそう。リスも鳥もいっぱいいたって!

CentralPark 1.jpg
この翌日ぐらいから大雪になったんやね。

CentralPark 2.jpgセントラルパークのリス。かわいいね。
ミネソタに行った時、家の前の庭にリスがいたのに驚いた。ミネソタ州の愛称が "Gopher State(ジリスの州)"だからリスがいるのだと思っていたが、ワシントンにも身近にいたからセントラルパークにいるのは容易に頷ける。

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2013年6月、ユキ、ワシントンの公園で。

都会にもリスがすぐそばにいるアメリカだから、 " United State of Gopher America "と名づけるといいかもね。 

「旧友と話して、人生のステージが変わるなかで色々感じたり、
 なんとなく同じと思っていたクラスメートも
 それぞれ違う人生を生きているんだと感じたり、
 年を重ねるのも幸せなことなのかも、って思いました。
 私も私の人生を生きようと思いました」。


真智は大学時代の友とカイロスの時を過ごした。毎日平凡に「事なかれ主義」で生きている人にはカイロス体験は起こらず、目覚めている人にのみ起こる瞬間だ。

ギリシャ語で書かれている新約聖書、「マルコ伝」1章15節の、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」で用いられている「時」は " καιρός " (カイロス)である。

イエスの到来によってカイロスの時となり、カイロスは永遠を輝かせるものである。神さまが祝してくださった友との楽しかった時も真智の人生を深めていくことだろう。

H.jpg今日は19度まで上がり、ようやく空気が和らいだ。
池の周りの桜の蕾はまだまだ小さいが、こんなに蕾を膨らませている木もあった。今年もまもなく春が開く。

G.jpg


2013_3_26.jpgついでにこれは2013年3月26日。
薄手の防寒着は4年も前から着ている。
よほど大きいサイズを着せていたんやね。

チャッピーがいるね。
このあと2年8ヶ月一緒だったんやね。

posted by 優子 at 19:16| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

家の教会2017J ―パリサイ人とサドカイ人のパン種に警戒せよ―

つくし.jpg
(Photo by Yuki.)
2017年3月19日(日) (2017第11回 家の教会)
9時40分〜10時10分
出席者 4名
@ 主の祈り
A 讃美歌    465番 「うれしき朝よ」
B 聖書輪読   マタイによる福音書 16章1節〜12節
C お話     優子
D お祈り    優子
E 讃美歌    294番「みめぐみ豊けき」

マタイによる福音書 16章1節〜12節:
16:1 パリサイ人とサドカイ人とが近寄ってきて、イエスを試み、天からのしるしを見せてもらいたいと言った。
16:2 イエスは彼らに言われた、「あなたがたは夕方になると、『空がまっかだから、晴だ』と言い、
16:3 また明け方には『空が曇ってまっかだから、きょうは荒れだ』と言う。あなたがたは空の模様を見分けることを知りながら、時のしるしを見分けることができないのか。
16:4 邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう」。そして、イエスは彼らをあとに残して立ち去られた。

16:5 弟子たちは向こう岸に行ったが、パンを持って来るのを忘れていた。
16:6 そこでイエスは言われた、「パリサイ人とサドカイ人とのパン種を、よくよく警戒せよ」。
16:7 弟子たちは、これは自分たちがパンを持ってこなかったためであろうと言って、互いに論じ合った。
16:8 イエスはそれと知って言われた、「信仰の薄い者たちよ、なぜパンがないからだと互いに論じ合っているのか。
16:9 まだわからないのか。覚えていないのか。五つのパンを五千人に分けたとき、幾かご拾ったか。
16:10 また、七つのパンを四千人に分けたとき、幾かご拾ったか。
16:11 わたしが言ったのは、パンについてではないことを、どうして悟らないのか。ただ、パリサイ人とサドカイ人とのパン種を警戒しなさい」。
16:12 そのとき彼らは、イエスが警戒せよと言われたのは、パン種のことではなく、パリサイ人とサドカイ人との教えのことであると悟った。

お話:
裏のスイセン.jpg今日のお話は、パリサイ派とサドカイ派の人々が主イエスを試そうとして「天からのしるし」を見せて欲しいとやって来たところです。

パリサイ派は聖書をよく読んでいるのですが、律法(神さまが与えられた教え)を形式的に従う人々で、サドカイ派は理知を重んじ政治に関心がありました。新約聖書に出てくる「祭司長たち」とはサドカイ人(びと)のことです。

共に復活や霊の存在を信じていないことや、当時のユダヤ社会の体制派ですが互いに対立関係でした。しかし一度だけ意見が一致しました。それはイエスさまを十字架に架けるという裁判においてです。

夕焼けならば明日は晴れ、朝焼けは天気が悪くなる前兆であることは私たちもよく知っています。それと同じように、イエスさまが多くの不思議な業をなさったことを「恵みによる救いの時の徴」であることを見分けることができないのは、不信ゆえに霊的な盲目になっているからだと言われました。

パリサイ人やサドカイ人は主イエスを救い主として認めていないのに信仰者を装っている。つまり、イエスさまによって福音が伝えられて罪の赦しが示されているのに、それを「ありがとうございます」と受け取っていないのです。

だから彼らは「徴」を求めるのであり、イエスさまは「邪悪で不義な時代」(よこしまで神に背いた時代)だと厳しいことを言われました。

「ヨナのしるし」というのは、「家の教会」でも『ヨナ書』を読んだことがありますが、ヨナが神さまからアッシリアの都ニネベの人々に伝道するように言われた時の話です。

ヨナは神さまからニネベの人々に悔い改めて神に立ち返るように告げなさいと言われたのに、神さまの命令に背いて舟に乗って逃げました。
そして、海に投げ込まれ、大きな魚に呑み込まれて魚のお腹の中で3日3晩経ってからニネベに打ち上げられたというお話しです。

「すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。ニネベの人々が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからである。しかし見よ、ヨナにまさる者がここにいる」。
        (マタイによる福音書12章40〜41節)

このようにイエスさまご自身がヨナのことを解き明かしておられる通り、イエスさまもヨナのように3日3晩、大地の中におられるというのです。即ちイエスさまが十字架の上で処刑されて死なれ、葬られて、3日後に復活されることを示しています。

そして、この数日後にイエスさまは十字架につけられるのですが、パリサイ人もサドカイ人も主イエスの復活が信じることができませんでした。

パリサイ人らは不信仰ゆえに盲目だったのです。このことは信仰によって受け止めることなのです。霊的に盲目な者にはどんな徴も、どんなに徴を与えられても何の意味もなしません。だから彼らにはヨナのほかには何の徴も与えられないと仰ったのです

イエスさまが言われた「時代のしるし」の「時代」とは「時」という言葉であり、絶妙なる時や機会を意味するものであり、「時のしるし」を見分けるとは「思い起こす信仰」に生きることだというのです。

私たちが主に在るならば、日々の出来事にイエス・キリストの恵みが示されていることに気づきます。そして、私たちは生かされて生きている今こそが、神の時であり、神の恵みにあずかる時であることがわかります。

心が不純な時は静まって思い起こさねばなりません。私たちは何度も何度も神さまから赦されて、支えられて常に最善へと導いてくださっていることを思い出して恵みの中で生きることです。

イエスさまのあとから追って来た弟子たちはパンを持ってくるのを忘れていたことに気がつきました。その時、イエスさまに「パリサイ派とサドカイ派の人々のパン種に警戒しなさい」と言われたので、食料の調達を忘れたことを叱られると思ったのでしょう。

それにしても、イエスさまの5つのパンの奇跡や、7つのパンで4000人を満腹にさせてくださったことを、すぐに思い出せたらイエスさまが何とかしてくださると安心できたはずです。

即ち弟子たちにとって、パンの奇跡の体験が彼らの中で生きた経験にはなっていなかったのです。自分の生活において生きた働きにはならなかったのです。

私はここを読んで、「弟子たちはパンの奇跡を見ていたのに食料のことで心配するなんて」と驚きました。そして自らのことを振り返っても、やはり「私だったら一瞬忘れたとしても、あんなに印象的なことならばすぐに思い出すのに」と思いました。

しかしその次に、彼らを笑えないと気づかされました。

私たちもこれまで何度も何度も神さまに助けていただいて心から感謝の祈りを捧げたのに、それらが身についていないこともあるのです。例えばいつまでも気持ちを変えることができないならば、それらは生きた経験にはなっていないということだからです。


「信仰の薄い者たちよ」の語源は「信仰が小さい」という意味だそうですが、イエスさまは弟子たちを誤解されて信仰が小さいと言われたのではなく、そういうことがあなたがたの信仰の小ささの現れだと言われたのです。

そんな弟子たちだから、イエスさまは何度も何度も弟子たちに教えられたのです。パリサイ人やサドカイ人の思想の中にある多くの害毒に感染しないように教えられたのです。

サドカイ人にはヘロデ党が多かったことから「ヘロデのパン種」(マルコ伝8章15節)とあり、彼らは「しるし」を求め、証拠を示されて納得する人々です。

私たちは既に主イエス・キリストによって大いなる「しるし」を与えられています。それはイエスさまの十字架の死と復活であり、そのことを思い起こすことができる恵みを与えられています!

この恵みによって導かれていくのがイエス・キリストを救い主として信じる者の生涯です。私たちもかくありたいものです。


「あなたがたが誇っているのは、よろしくない。あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか」。
          (コリント人への第1の手紙5章6節)

かつて「今日でもキリスト教徒の中に、このパリサイ型とサドカイ型とがあり、いずれも真の信仰ではない。」と警鐘を鳴らした黒崎幸吉の「パン種に対する注意」を記しておきます。

「口と手とをもって形式的に律法的にキリストに仕えんとする教会主義は、一種のパリサイのパン種である。

又福音の中より奇跡を除き、イエスの神の子に在し給うこと、十字架によりて罪を贖い、復活して神の右に在し、やがて再び来りて審判を行い給うこと等を除きて、キリスト教を一種の文化運動、社会運動に化せしめんとするものは一種のサドカイ主義である。

かくのごとく今日我らの世界においてもこの二主義が種々の形を為して存在しているのであって、我らはイエスを神の子と信ずる信仰によりてこのパン種を除くことをしなければならない」。

ユキが撮ったノスミレ.jpg昨日、裏庭でユキが見つけた野すみれ。今朝、私も撮ってみた。

今日は午後2時からサッカーだった。



@2017.3.jpg
これも昨日ユキがお友達と見つけたつくしの大群。
ユキに誘われて早速今朝、野すみれとツクシの大群を見に行った。

posted by 優子 at 16:48| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

見よ、冬は過ぎ、花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた

昨日、アメリカの北東部は季節外れの大雪のため非常事態で、ニューヨークでは公立校は休校になり国連は閉鎖と報じていた。ワシントンでのトランプ大統領とメルケル首相との会談も延期されたというから、IMFも閉鎖になって真智たちも自宅勤務になっているのではないかと思う。

そういえば、次女夫婦がニューヨークに居た11〜12日は大丈夫だったのだろうか。次女の大学時代の友人が旅行でニューヨークに来るというので1泊2日で出かけていた。旧友との再会はとても楽しくリフレッシュできたと嬉しい短信が届いた。

私は今日、鶯の初鳴きを聞いた。「ホー、ホヘ」と、初鳴きとも言えない声だったが、あれは確かに鶯の声だった。この週末は暖かくなるとのこと、散歩しながら聖書の一句が唇に出た。

       「見よ、冬は過ぎ、
        雨もやんで、すでに去り、
        もろもろの花は地にあらわれ、
        鳥のさえずる時がきた。
        山ばとの声がわれわれの地に聞える」。
            
                 (雅歌2章11・12節)

ミネソタよりもはるかに暖かいワシントンだが関西よりもかなり気温が低い。しかし、毎年ワシントンの方が春は早いように感じる。2月末の散歩でワシントンの春を見つけて送ってくれていた。

まちも春を見つけた@.jpg
これは梅の花?・・・ではないよね・・・

Cまちも春を見つけた.jpg
これはクロッカスかな・・・
このほかネモフィラやクローバー(?)を送ってくれていた。

       
2017.3.16 オカメ桜.jpgでは日本からも身近な春を贈りたい。おかめ桜のことを思い出して、今日は5日ぶりに散歩に出た。
やっぱり満開になっていたが、全体を撮りたくても夕方なので影絵のような暗い写真になってしまうので断念した。
おかめ桜はカンヒザクラなので花は下を向いて咲く。
おかめ桜の開花が春の始まりを教えてくれる。そして、昨年からチャッピーを思い出す季節でもある。


散歩道で@.jpg

↑ これはキョン(2006年2月に死んだ利口な犬)の家の梅の木。↓
「キョン、チャッピーも死んでしまったよ」
もうかなり前からキョンの残像を思い出すこともない。

散歩道でA.jpg

散歩道でB.jpg

秋の金木犀のようにあちこちで甘い沈丁花の香りがする。
散歩道でC.jpg

ユキの手法で撮ってみた。
アップで!.jpg
でも心に迫ってこない。
ただクローズアップすればよいというものではない。

これは白い沈丁花。
白の沈丁花.jpg

そして、お向かいさんちの花。
これぞ目覚めの花!
冬眠から目覚めさせてくれるような鮮やかさだ。

お向かいさんの.jpg

IMG_2872.jpg

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」。

我が家の花はクロッカスだけ.jpg
我が家に咲いている花は、このクロッカスだけ。
しかも毎年咲くわけではない。本当の色は紫だ。 

これは昨日の18時前の夕日に映える二上山(雄岳)。
2017.3.15 17時57分.jpg

西の空を見ると日が沈むところだった。
こんなに強烈な夕日だったのに今日は数時間の晴れ間だった。
2017.3.15 17時58分.jpg

posted by 優子 at 22:10| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

家の教会2017I ―ソドムとゴモラ 執り成しの祈り―

2017年3月12日(日) (2017第10回 家の教会)
12時25分〜13時5分
出席者 4名
@ 主の祈り
A 子供の讃美歌 10番 「ことりたちは」
B 聖書輪読    創世記18章16〜33節
C お話      優子
D 分かち合いとお祈り    
E 讃美歌   368番 「つとめいそしめ」

創世記18章16〜33節:
18:16 その人々はそこを立ってソドムの方に向かったので、アブラハムは彼らを見送って共に行った。
18:17 時に主は言われた、「わたしのしようとする事をアブラハムに隠してよいであろうか。
18:18 アブラハムは必ず大きな強い国民となって、地のすべての民がみな、彼によって祝福を受けるのではないか。
18:19 わたしは彼が後の子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公道とを行わせるために彼を知ったのである。これは主がかつてアブラハムについて言った事を彼の上に臨ませるためである」。
18:20 主はまた言われた、「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、
18:21 わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」。
18:22 その人々はそこから身を巡らしてソドムの方に行ったが、アブラハムはなお、主の前に立っていた。
18:23 アブラハムは近寄って言った、「まことにあなたは正しい者を、悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。
18:24 たとい、あの町に五十人の正しい者があっても、あなたはなお、その所を滅ぼし、その中にいる五十人の正しい者のためにこれをゆるされないのですか。
18:25 正しい者と悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。正しい者と悪い者とを同じようにすることも、あなたは決してなさらないでしょう。全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」。
18:26 主は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。
18:27 アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。
18:28 もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。
18:29 アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに四十人いたら」。主は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。
18:30 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。主は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。
18:31 アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが主に申します。もしそこに二十人いたら」。主は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。
18:32 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。
18:33 主はアブラハムと語り終り、去って行かれた。アブラハムは自分の所に帰った。

お話:
東日本大震災から6年経ちました。マグニチュード9の大地震、全てを呑み込んでいった津波、そして原発事故、あまりの出来事に今も言葉を失い涙だけが流れます。

このような大災害をどのように受けとめればいいのか、年月が経てば経つほど容易に言えることではないと思います。神さまが全てを創造され支配されていると信じる私たちにも、「神さま何故? どうしてこのようなことをゆるされたのですか?」というのが正直な気持ちです。

しかしながら、そのような深淵な問題は神の領域のことであり、私たちが単純明快に理解できることではなく、各自が生涯かけて深めていくことが賢明であると思います。


今日は「ソドムとゴモラ」の個所から「執り成しの祈り」について心に留めたいと思います。

「お祈り」は、神さまと対話であるとイエスさまが教えてくださいました。私たちは感謝と共に神さまのお導きを願います。また、悔い改めて赦しを乞います。それらは自分のこと、自分のために祈るのですが、自分以外のために祈る「とりなしの祈り」があります。

家族や友人、知人のために祈ります。私たち家族のことも次女夫婦や友人が祈ってくださっており、互いに祈り合います。それを「執り成しの祈り」と言います。

その最たる執り成しの祈りが、イエスさまが十字架上で祈られた祈りです。
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と、イエスさまを十字架に架けた人々のことを祈ってくださいました。

「ソドムとゴモラ」 ジョン・マーティン.jpg今日読んだ箇所は、神さまがアブラハムにソドムとゴモラを滅ぼしに行くと告げた場面です。
ソドムとゴモラの滅びについては、このあとの創世記19章に記されており、この箇所を題材に多くの画家が描いています。この絵はその一つです。

「ソドム」と「ゴモラ」は不道徳であらゆる悪がはびこり退廃しきっていたために、天からの硫黄と火によって滅ぼされた町の名前で、紀元前3100年以上も前の出来事です。

「ソドム」と「ゴモラ」は「滅びの象徴」として用いられていますが、現代は科学者も政治家もあらゆる分野のリーダーたちの殆どが、基準も目的も失われたソドムとゴモラのような状態です。

アブラハムは主の僕である以上に「神の友」と言われた人物です。神さまに「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重い」ので、その通りであるならば滅ぼすと告げられて、アブラハムは神さまに訴えました。

「神さまは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が50人いたとしても、正しい者までも悪い者と一緒に滅ぼしてしまわれるのですか?!」と訊ねました。

すると「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」と言われたので、「では45人では? 40人では? 30人、20人、10人では」と食い下がったのです。これも「執り成しの祈り」の代表例であると思います。

私たちが信じているおかたは人間が作り出した神ではありません。そのお方がイエス・キリストを信じれば死んでも死なない永遠の命を与えて、天国に入れてくださると言われるのです。

そのことを神さまの応答として受け止めることが幸いであり、そのことを信じて感謝と喜びと希望をもって生きることは最高の人生です。そして人生を深めていきながら「3.11」のことや、世界中で起きている不条理なことを考え続けていくことが「生きる」と言うことであると思います。

イエスさまは私のこと、あなたのことを神さまに執り成してくださいました。だから私たちもまた悲しんでいるかたがたのために祈り続けましょう。

それだけではなく、自分を傷つけ、悪意を向ける人のために祝福の祈りをささげるならば、神さまはどんなに喜んでくださることでしょう。そんなことを思いました。

IMG_2840.jpgユキは昨朝に続いて今朝もサッカー教室に参加し、今日は午後1時半から4・5年生のサッカー仲間と遊ぶ約束をしたというので、大急ぎで昼食を終えて礼拝後再び出て行きました。

陽ざしで部屋はポカポカ、23.1度あります。

附記:
昨日のサッカー教室は校区中学校のグラウンド。DSC_0002.jpg

DSC_0004.jpg

この日は中学生がクラブ活動していたので
野球側の草の上で。

DSC_0008.jpg
「石で足が痛かった」。

DSC_0006.jpgこれは手を使わないでお尻だけで移動させているところだそうだ。




中学校は遠いので自動車で送迎。この日は私たちも同乗して迎えに行き、その足で昼食に。そのあと買い物で3軒はしごして、ユキの髪の毛もカットしてすっきりして15時半頃に帰宅した。

DSC_0028.JPGそして今朝は自転車で小学校のグラウンド。
昨年末に自転車の鍵を失くし(スペアキーも全てつけていたため)たので鍵を外すのも大変。おじいさんが苦労してようやく自転車を使えるようになった。
posted by 優子 at 15:41| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

春を告げるオカメ桜

ユキは宿題を終えてから公園でしばらく遊んでいたものの、「友達が居なかったから、おばあちゃん、散歩に行こう」と誘ってきた。この3日間、寒くて歩いていないので快諾して出かけたが、歩いても体は暖かくならず寒さを忘れることができなかった。

しかし、今日もユキは日常の風景からいのちの輝きを見せてくれた。私の写真は最後のスズメだけで、ユキと同じものを撮っても全くインパクトのかけらもなかった。

IMG_2794.jpg今年もオカメ桜が咲き始めていた。

「ユキ、花びらに葉脈のようなものがあるよ!」

いつものようにパソコン上の画面を見ながら2人で歓声を上げる。

DSC06302.jpg空き地の土手に上る。
ユキは1ミリや2〜3ミリしかない小さな小さな野の花に感動して長い時間かけて撮っていた。

IMG_2797.jpg
これはハコベ?

IMG_2798.jpg

IMG_2799.jpg


IMG_2800.jpgユキも私を撮っていた。(^−^)
私もユキの真似をして写したが全くダメだった。
私はウールを3枚着こんだ上にウィンドブレーカーも着ていたのに寒かった。


IMG_2801.jpg
これはどこで撮ったのだろう。寒くて気が付かなかった。
(3/10 7:33追記:土手で撮ったんだって!)

IMG_2807.jpg
これは「ふきのとう」? 
紫陽花のKさん宅で撮ったというが気が付かなかった。

IMG_2809.jpg
これは紫陽花の新芽。

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この花は何だろう。これも初めて見た花だ。アセビ? 

DSC06309.jpg


IMG_2817.jpg


電線に止まっていたスズメが近くの木に移った。スズメたちも寒いので羽を膨らませていた。


IMG_2819.jpg
夜になるとどこで眠るのだろう。スズメのお家を訪ねてみたい。

東日本大震災から6年、故郷までも根こそぎ奪った原発事故と国の非道さ、そして、人間について考える日々。
孫が国語の本読みの宿題をしたり、散歩に出かけて鳥や草花を見つけたり、そんな何でもない日常がどんなにかけがえのなものであるか! 
 

posted by 優子 at 23:48| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

春の食卓 ―生節の押し寿司―

春の到来を告げるイカナゴ漁が昨日解禁になりニュースを賑わしていた。1キロで2000円もする高値にびっくりした。

「いかなごのくぎ煮」は曲がって錆びた古釘のような形から名付けられ、大震災前までは家々の台所から甘辛く煮詰める匂いが漂っていたと神戸の叔母が言っていた。

「イカナゴのくぎ煮」が兵庫県の春の風物詩ならば、我が家の春の食卓の風物詩に「生節の押し寿司」がある。主婦になってかなり経ってから、この時期に生節(なまぶし)が店頭に並ぶことを覚えた。

押し寿司の型.jpgこれが、2007年2月24日のブログに記した「母が使っていた檜(ひのき)の押し寿司の型」だ。長さ14センチで幅5.5センチの箱寿司ができる。

その日のブログには、「今年になって4回作っており、実は2日前のお客様にもお出しした。とてもおいしく召し上がって下さったので、次回の家庭集会の献立はこれで決まり」と書いてあった。

押し寿司.jpg今夜は思い付きでバラ寿司(ちらし寿司)にしようと寿司飯の準備をしていたが、いろいろな具を細かく切る時間が無くなくて、急きょ生節の押し寿司に変更した。今日も夕食の用意に取り掛かるのが6時15分頃になってしまったからだ。

大急ぎで作ったので血合いも十分取り除いていないし、雑な仕上がりにスナップエンドウとはセンスを疑われるが、ユキもおいしくペロリと食べてくれた。

生節の押し寿司.jpg2007年3月20日の読書会に皆さんにもお届けした。特に独居の方が3〜4名居られたので少しでも喜んでいただきたかった。 

「8合のお米ではお1人に1人前ずつは足りそうになく、半分にしたものを22個分持って行き完売! 11本分だが結構重たかった」
と、同日の過去ログに記録していた。
今度は、奧様を亡くされた東牧師や長原さんにもお持ちしたい。

あの頃「河内の郷土文化サークルセンター」で開催した「河内の押し寿司」をMIKIOさんが記録しておられ、今もホームページは途切れることなく更新されている。

posted by 優子 at 21:55| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

ユキを通して見えた美しさ

昨夕、久しぶりにユキと私たち夫婦の3人で短い散歩に出かけた。モノクロのようだった真冬の風景が色づき始めていた。

大きな枝垂れ梅のお宅。
散歩@.jpg

散歩A.jpgチャッピーと何度も歩いた旧村。昨日は初めて逆コースで歩いたね。

大きくなったね、ユキ。
チャッピー、ユキはこの1年で5センチ近くも背丈が伸びたよ。



「しまかぜ」が登場した春、何度も撮り鉄に通った場所。
チャッピーもつき合ってくれてたね。
散歩B.jpg

このあとの花々は全てユキが撮ったもの。

散歩C.jpg

散歩D.jpg

散歩E.jpg
溝一面を埋めていた草花。
「これはいいわ(不要)」と素通りする私に、
「ユキはこういうのが撮りたい」と近づいて撮っていた。


散歩G.jpg

散歩H.jpg
この綿毛もそう。私には美しさが見えなくて、
「こんなの撮ってもしょうがない」と言った
自分が恥ずかしい。


散歩F.jpg

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散歩J.jpg
タンポポの綿毛の写真に続いて、この写真を見た時も
私と夫は感動の声を上げた。
私が撮った写真は何の感動もないものだったのに。

散歩K.jpg

ユキを通して見せてもらった花々の美しさと、ユキの言動に心揺さぶられて聖書の一句を思い起こした。 

「あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、」
 (エペソ人への手紙 1章18節)

そして、今朝届いたみ言葉とメッセージも想起した。

「『あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。』するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった」。             
              (使徒行伝 9章17・18節)

「あなたの目をふさいでいる「うろこ」がありませんか。
憎しみ、妬み、嘘、不品行…自分でわかっていても、なかなか落とせないものもあります。目がはっきりと見え、聖霊に満たされたいと思いませんか。謙虚な心で主の御前に立ちましょう」。



posted by 優子 at 12:35| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

家の教会2017H ―やもめの献金 偽善者に惑わされてはならない―

早1年の6分の一が終わり3月に入りました。
春が近づきますとイースター(復活祭)を想います。今年の復活祭は4月16日ですから、3月1日から受難節(レント)に入りました。より一層心を低くしてイエスさまが話されたことを味わいたいと思います。
2017年3月5日(日) (2017第9回 家の教会)
13時15分〜13時45分
出席者 4名
@ 主の祈り
A 子供の讃美歌 90番  「主イエスと共に」
B 聖書輪読   マルコによる福音書
            12章35〜44節
C お話      優子
D お祈り     優子、ユキ
E 聖歌      474番 「主がわたしの手を」

マルコによる福音書12章35〜44節:
12:35 イエスが宮で教えておられたとき、こう言われた、「律法学者たちは、どうしてキリストをダビデの子だと言うのか。
12:36 ダビデ自身が聖霊に感じて言った、
『主はわが主に仰せになった、
あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、
わたしの右に座していなさい』。

12:37 このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。大ぜいの群衆は、喜んでイエスに耳を傾けていた。

12:38イ エスはその教えの中で言われた、「律法学者に気をつけなさい。彼らは長い衣を着て歩くことや、広場であいさつされることや、
12:39 また会堂の上席、宴会の上座を好んでいる。
12:40 また、やもめたちの家を食い倒し、見えのために長い祈りをする。彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう」。

12:41 イエスは、さいせん箱にむかってすわり、群衆がその箱に金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持は、たくさんの金を投げ入れていた。  
12:42 ところが、ひとりの貧しいやもめがきて、レプタ二つを入れた。それは一コドラントに当る。
12:43 そこで、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「よく聞きなさい。あの貧しいやもめは、さいせん箱に投げ入れている人たちの中で、だれよりもたくさん入れたのだ。
12:44 みんなの者はありあまる中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中から、あらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである」。

お話:
今日のお話は、イエスさまが律法学者たちの偽善を厳しく非難されたというお話です。エルサレム神殿の中で祭司長や学者たち、古代ユダヤ教の最高裁議会を司る衆議所の役員たちが、イエスさまを攻撃しようとやってきた時のことです。

イエスさまはダビデの子以上であることを話す良い機会でした。イエスさまはダビデの末裔として生まれてきましたが、神の御一人子が人間の姿になって地上に生まれて来てくださったのですから、イエスは実はダビデ以上でありダビデの子孫以上でした。

その時に群衆たちに彼らの偽善行為を非難されて教えられました。
彼らが長い衣をまとって歩き回っていること、たくさんの人が行き来する広場で挨拶されること、そして上座に座りたがっていることも、それらを好むのは自分は立派な人間であると誇りたいための見せかけであると言われたのです。

特に東洋の文化圏においてはそのようで、現代の日本でも席については敏感です。集まりを主催する時は神経を使います。しかし、イエスさまの教えによって生かされている人は上座も下座もありません。

また、弱者の信用を利用する罪はさらに重いことでしょう。出エジプト記22章22・23節にはこうあります。
「あなたがたはすべて寡婦、または孤児を悩ましてはならない。もしあなたが彼らを悩まして、彼らがわたしにむかって叫ぶならば、わたし(神)は必ずその叫びを聞くであろう」。

そして、心にもない形式的で長い祈りをすることも敬虔の姿を装った見せかけです。イエスさまはそういう偽善者に注意しなさいと教えられたのです。

偽善者に惑わされないだけではなく、自らの内にもないかを常に神さまに探られながら自己洞察を忘れてはなりません。


黒崎幸吉は、「善人を装い、殊に信仰の深さを装いつつ悪を行う者は、露骨に悪を行って隠すことなきものに比してその罪さらに重く、その罰は一層厳しい。」と言い、
「人はむしろ正直に自己の正体を神の前、人の前に露出すべきである。これによって人の前に自分を修飾するの必要もなく、神の前に罪を重ぬるの虞(おそれ)もない。」と要義しています。

人間は過ちを犯します。失敗しない人なんてどこにもいません。私たちは何度も間違います。そこで大切なことは、自分の間違いを正直に認めて「ごめんなさい」と心から悔い改めることです。

相手(人間)に謝ることができくても、まずは神さまに正直に申し上げることです。神さまの前で正直に生きていくならば、自己と葛藤しながらも、必ず「ごめんなさい」と言える人に変えられていきます。正直さは生涯の終わりまで中断してはならない大切なことです。

この時イエスさまは人々が賽銭箱にお金を投げ入れる様子を見ておられました。賽銭箱は真鍮製のラッパ形の入口が13ある形だったそうです。

お金持ちたちはたくさんのお金を入れていたのでしょうか。しかし、お金持ちだからたくさん入れるわけではなく、そのこともまた「相当の克己と信仰とを要する」ものです。

そこへ一人の貧しいやめもがやってきてレプタ2枚入れました。レプタは貨幣の中でいちばん小さな単位でした。この写真がそうです。

sirakawa-coinE10A2.gif「聖書の度量衡と通貨」によれば、これは「『ハスモン朝のレプトン銅貨』で、ユダヤ王国(ハスモン朝)の王ヤンナイオス(在位BC103-76)が発行したもので、表は星、裏は錨(いかり)の模様。10-12mm 0.6g」という形状も小さな銅貨です。

コドラントはギリシアの貨幣で、1コドラントはローマの貨幣「1デナリオンの128分の一」ということですから、貧しいやもめは当時の日当の64分の1の金額を入れたことになります。

それはとても小額ですが、やもめの女性の全財産であったとイエス様は言われました。有り余る中から献金したのではなく、それを使って空腹を満たすにも十分ではないであろうのに、それさえも神さまに捧げたのでした。

そんなことできるでしょうか。とても大きな犠牲です。イエスさまはやもめの女の心からの捧げものを喜ばれたのです。それは誰にも勝る多額の献金でした。

それともう一つ大切なことは、富の貧富があるように人間の能力にも多少があります。しかし、自己の能力が小さなものであっても卑下することではなく、有能な人は誇ってはならないのです。能力は神さまからの賜物であり、心を込めて神さまと人のために用いるように託されているのです。

なお、献金についてはパウロが次のように言っています。
「わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる。各自は惜しむ心からでなく、また、しいられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである」。 (コリント人への第2の手紙 9章6・7節)

イギリス人の知人から聞いた話ですが、イギリスでは(一般化していいかどうかわかりませんが)、毎月の月定献金は銀行から自動引き落としになっているとのことに驚きました。

義務感や機械的に捧げるのではなく、毎月心して捧げたいものです。そして、教会は神さまの御用のために正しく適切に用いることと、会計報告の責任があるのは言うまでもありません。

やもめの女性は決して無理して捧げたのではなく、全てを神に委ね、本物の信仰で生かされていたのですね。富める人は自らを誇り、貧しい寡婦を蔑んで見ていたことでしょうが、女性は恥ずかしいとも感じていません。そんな信仰者になりたいものです。

附記:今朝のサッカー教室に1年生のお友だちがたくさん見学にきてくれたそうです。「継続は力なり」、ユキは体育の授業でドリブルの見本に指名されると誇らしげに話してくれました。
これは今日の『サッカー教室ブログ』より拝借しました。4年生と走っています。写真からも春の空気を感じます。

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2017年03月04日

知子とユキは神戸港クルーズに、私たち夫婦は道明寺へ

一方、私たち夫婦は自動車で20分ほどの所にある大阪府藤井寺の道明寺へ出かけた。桜餅の道明寺粉で有名な名前の発祥の地である。一度は行きたいと思っていたので、梅の花が満開と出ていたのでそれを目当てに出かけた。

正しくは道明寺天満宮といい、神仏習合の名称だったので驚いた。

今調べてみると明治5年の神仏分離により、天満宮境内から約50メートル西の現在地に移転したというが、出入り自由のためかパンフレットも説明文も掲示されていなかったので、何も分からなかった。

天満宮おきまりの「撫で牛」があったので、どうやら私たちは天満宮だけで道明寺には行かないで帰って来たようだ。 

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道明寺粉は、昔の保存食だった糒(ほしいい)を砕いたものだった。道明寺の糒は有名で豊臣秀吉からも礼状が届くほどだったという。

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境内では「猿回し」をやっていた。これは2歳のニホンザル。「猿回し」を直に見たのは初めてかもしれない。私はしばらくして独りで境内を散策した。

地域の人々による大正琴の演奏で懐かしいメロディーが聞こえ、50年も前の世界に舞い降りたような錯覚を覚えた。大正琴の音色はとても心地よく、夫もリラックスしていたようだ。

梅園は300円払って入った。こじんまりしていたが、約80種800本の梅があり「大阪みどりの百選」に選ばれているそうだ。

道明寺A.jpg

道明寺@.jpg

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一つひとつの花に目をやると
一生懸命咲いている花の気持ちと気力が
伝わって来るようだった


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道明寺B.jpg

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30分足らずで梅園をあとに奈良県に戻って遅い昼食を摂り、夫としばらく話し合った。今日はそのための外出でもあった。寡黙な夫が話し続けた。夫の思いも理解でき、客観的に見ていたことに安堵した。

しかし、夫の最たる弱さの岩盤はまだまだ固い。人は皆そうなのだけれど、自分の弱さを言語化できるかどうかは大きな関門であり、人間は本当に自我が強く関門を通過した人は少ないのだろうが。

それでも私は主に在って希望をもって夫婦の総仕上げに励みたい。それをしないでは死ぬに死ねない。2月半ばからその思いで励んでいる。

IMG_2674.jpgこれは昨日撮った植木鉢の花。
自らの咲く季節に備えて厳冬のうちに、いつしか芽を出し、蕾を膨らませて、開花した。


これも昨日写した近隣宅の梅の花。
IMG_2669.jpg

道明寺の有名な梅を見てきた夜に、身近に咲いているこの写真を見て、森 有正が口を酸っぱくして言っている「経験と体験」について想起し、少し理解が深まったように感じた。日本人は何事も全部体験の対象にしているということを!

「日本人は出かける前に、観光案内書や写真などでもって知っているのと同じ姿を現地で見つけ出せば、それで満足して帰ってくる。

日本の自然というのは、全部が名所の集まりだ。だからみんな名所を見に行くのであって、自然なんか見に行きはしない。

つまり全部体験の対象になっていて、経験の対象になっていないということだ。経験の対象はいつも無記名だ。これは重要なことで、固有名詞を持ったものでも、経験の中では無記名の要素に分解されてしまう」。


期待していた今日の梅園は体験的にでしかなかったが、この無名の近隣の梅の花を見て、私の中で僅かながらではあっても深みを感じられたことに大きな喜びを感じた。

そして名所の梅の花にも、一つひとつの花から一生懸命咲いている花の気持ちと気力を感じることができたことも大きな喜びだ。

それは森 有正が言うところの、人間の知覚で覆い尽くされた梅園に裸の自然を見る力が養われていたということであり、物の深みや注意力の深まりや、これまで認識し経験したものが自らの中に蓄積されていたということだから。


posted by 優子 at 23:59| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

知子とユキは神戸港クルーズ、私たち夫婦は道明寺へ

今朝も−1度と冷え込んだが日中は16度まで上がりポカポカ陽気になった。知子とユキは9時過ぎに家を出て神戸はメリケンパークに向かった。前夜に予約して12時からランチをとりながらの2時間の船の旅。

神戸港クルーズ@.jpg  
船の名前は「コンチェルト」。
ここはハーバーランドのモザイク。
乗船時と下船時は生演奏つきである。

神戸港クルーズA.jpg

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これは明石海峡大橋。

神戸港クルーズB.jpg近くにある神戸空港から飛行機が飛び立った。





神戸港クルーズI.jpg
後ろに見えるのはオリエンタル・ホテル神戸。
たしか真智の神戸大学の卒業謝恩会(?)の会場だったと思う。首席と最優秀論文賞で表彰されるとあって振袖持参で私も同行した。

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今回はユキ初めての海鳥との出会い。
私にはカモメとウミネコも同じだが、これはウミネコか?

ウミネコは嘴が黄色で先の方は黒で、最先端部に赤斑があり、足は黄色。そして、尾羽に黒い帯があるのはウミネコだけに見られる特徴だという。

神戸港クルーズD.jpg

青い海に青い空。なんて美しいのだろう!

神戸港クルーズE.jpg

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ユリカモメの嘴と足は赤色で、目の後方に黒色斑があるというが、みんな黒色斑があるから見分けは難しい。いずれにしても「チドリ目カモメ科」なので仲良しみたい。

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神戸港クルーズH.jpg
これはユリカモメ。

これはウミネコ.jpg
そして、これはウミネコだ。

ユキの2017年の春は、紺碧の海と空とカモメで開幕した!
最後にカモメの声を!

posted by 優子 at 23:58| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

家の教会2017G ―金持ちと貧しいラザロ―

2017年2月26日(日) (2017第8回 家の教会)
13時15分〜13時50分
出席者 3名(Except T)
@ 主の祈り
A 子供の讃美歌 88番 「天にいます私たちの父」
B 聖書輪読   ルカによる福音書 
            16章19節〜31節
C お話     優子
D お祈り    一人ずつ
E 讃美歌    285番 「主よ御手もて引かせ給え」
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ルカによる福音書 16章19節〜31節:
16:19 ある金持がいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮していた。
16:20 ところが、ラザロという貧乏人が全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前にすわり、
16:21 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬がきて彼のでき物をなめていた。
16:22 この貧乏人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。
16:23 そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。
16:24 そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。
16:25 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。
16:26 そればかりか、わたしたちとあなたがたとの間には大きな淵がおいてあって、こちらからあなたがたの方へ渡ろうと思ってもできないし、そちらからわたしたちの方へ越えて来ることもできない』。
16:27 そこで金持が言った、『父よ、ではお願いします。わたしの父の家へラザロをつかわしてください。
16:28 わたしに五人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告していただきたいのです』。
16:29 アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。それに聞くがよかろう』。
16:30 金持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが兄弟たちのところへ行ってくれましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。
16:31 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。

お話:
今日は金持ちと貧しいラザロの話です。金持ちは、「いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らして」いました。紫の衣は王様や貴族だけが着るとても高価な服です。

貧しいラザロは貧しい家に生まれて全身ができ物で覆われていました。ただそれだけしか書いていません。金持ちの男は何か悪いことをしたとか、貧しいラザロが何か善いことをしたとも書いていません。

20節の「前にすわり」という言葉の原文は「置かれていた」という意味だということです。いつも玄関の前に座っていたということは、金持ちの男はラザロを追い払わずに居らせてあげて、残飯ではあってもあげていたのでしょう。そうでなかったらいつもここに居ないと思います。

金持ちはラザロを全く助けようとしなかったわけではないと思うのですが、その程度でした。2人が死んでからは大きく違いました。

アブラハムは神さまの民であるイスラエルの最初の人です。ラザロはアブラハムのすぐそばに連れて行かれて大いに祝福されたのです。でも、金持ちの男は燃え上がる火の中で苦しんでいました。

その理由は、金持ちは生きている間に良いものをもらっていたからであり、ラザロは悪い方を受けたからと立場が逆転したというのです。これはどう考えればいいのでしょうか。

有り余るほどの富に恵まれた環境に生まれたのは、彼が選び取ったものではありません。貧しい家に生まれたラザロもそうです。生まれながらの貧富の問題は運命ともいうべきものです。


金持ちに生まれたから死んでから永遠の苦しみを受けるならば、貧しさの中に生まれたほうが良いと思うのではないでしょうか。貧しい者は神の慰めと祝福を受けるからです。

しかしまた、貧しい人が天国へ行くとは限りません。ラザロは貧しいからと言って悪行をしないで、「ラザロ」という名前が示す通り神さまにすがって生きていたからでしょう。

私たちは空気と水がなければ生きていくことができません。それらは人間の力では創ることができない神さまからの恵みです。

それと同じように私たちに与えられている富も神さまからの恵みなのです。健康も能力も時間も努力して得た富も全てです。それらは神さまから私たちに預けられているものですから、正しく管理して有意義に用いねばならないのです。

この金持ちが炎の中でもだえ苦しんでいるのは、モーセと預言者によって書かれた聖書があるのに読んでいなかったのでしょうか、悔い改めなかったからだというのです。

では「悔い改める」とはどういうことでしょうか。それは放蕩息子が父のもとへ帰って来たように本心に立ち返ることです。

聖書を読み、祈ったら悔い改められるということではありません。奇跡を見ても悔い改めることはできません。

聖書は「祈りつつ読め、読みつつ祈れ」と言われているように、聖書を読むにも神さまが私たちに語りかけておられるみ言葉を、本当に聞こうとする思いがなければ悔い改めに至らないのです。

そして、本当に神さまの恵みがわかったならば時間や富も能力も自分の楽しみだけに使わずに、用い方が変わっていくのです。私は遅々たる歩みですが、これからも変えられていくことを信じています。


私たちの玄関先(周囲)に貧しいラザロはいないでしょうか。それは経済的貧しさだけではなく、悲しんでいる人、大きな悩みを抱えてうなだれている人かもしれません。共に生きるとは愛をこめて関わることです。

人は死んでからでは遅いのです。死んでから死後の運命を変更することはできません。この世における生き方がその人の永遠の運命を決定するのです。

箴言22章2節に「富める者と貧しい者とは共に世におる、すべてこれを造られたのは主である。」とあります。

しかし、神さまは完全なお方だから不公平なことはなさらない。地上の生涯で終わりではない、それはいのちの第1幕であり第2幕があるのです。その人にふさわしく公平に報いてくださり納得させてくださいます。私は信じています。

「汝の運命の星は汝の胸中に在り!」、運命を運命として諦めるのではなく、私たちが神さまの存在を知って主イエスと共に生きていく時、運命は神の摂理に変わるのです。「摂理」には神の目的とご計画があり、神が最善に導いてくださるということです。

人生が順風満帆の時は傲慢になりやすく神の恵みを忘れがちになることがありますが、逆境の時こそ神の愛を感じます。心が低くされているからです。貧しさや苦悩の中にある人にこそ神は祝福され、その人は神の恵みを深く感じるのです。

春ですよ!.jpgそして、豊かな者は苦しむ者と共に生きる。そうであれば神さまはどんなに喜んでくださることでしょう。今朝の御言葉からそんなことを思いました。

posted by 優子 at 22:35| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

9年ぶりに読書会へ B ―佐野一雄さんを偲びつつ明日に目を向ける−

雲が切れ行く.jpg
早朝の激しい雨あがり、ようやく3時間も過ぎてから二上山(雄岳)が姿を現したが、一日中重く暗い雲が空を覆っていた。

読書会があった21日の朝、佐野一雄さんがお正月明けに亡くなられたとのハガキが副会長さんに届いたと訃報を告げられた。98歳だった。足が弱くなっておられたが、前年11月の『サークルの集い』では戦争体験を話されたそうだ。

書道家の佐野さんは『河内(かわち)の表装美術クラブ』を主宰されるだけではなく、東大阪の著名な文化人だった。その前身の「衣摺(きずり)を語ろう会」の1989(平成元)年の総会では塩川正十郎さんの記念講演の記録が残っている。

2000年8月8日に父が亡くなってまだ日も経っていない同月28日に、佐野さんが毎夏行かれる高野山にご一緒したことがあった。

佐野さんは落下傘部隊の生き残りで輸送機の操縦士だった。
落下傘部隊の墓 「空」.jpg「ここに僕の髪の毛と爪も収められてるんや」と、高野山・奥の院に入ってすぐにある「空挺落下傘部隊将兵之墓」に案内された。毎年欠かさず墓参に来ておられた。
正面の石碑に「空」という字が彫ってあり、「空」について思うことを話してくださった。

ここで写真を撮って差し上げると非常に喜んでくださり、「いつもこうして持ってまんねん」とニコニコしながら見せてくださった。

佐野さんは熱心な真言宗信徒で法名を持っておられ、いつもこの前でお経をあげておられた。密教のこともたくさん話してくださり、「○○ソワカ」の意味は忘れてしまったが、その文言を今も記憶している。

物知りの佐野さんのガイドを興味深く聞きながら奥の院を歩いた。たくさんの大きな石碑は中をくりぬいて棒を通して転がして運んだことや、大名の墓に鳥居があるのは鳥居内は霊界を意味することなど話は尽きず、一番奥にある弘法大師の霊廟、そして、大圓院に案内された。

あの頃は父の悲しみで何も話さなかったが、どうして景教について話題にしなかったのだろうと今これを書きながら思う。

翌年8月13日に家族で高野山へ行き、佐野さんのご紹介で平家物語ゆかりの瀧口入道と横笛の恋物語の大圓院で宿泊した。

佐野さんと 2003.5.2.jpgこれは2003年5月2日、Dさんと二上博物館をご一緒したときだ。このとき、佐野さんは83〜4歳だったのか・・・
5月の明るい陽ざしに負けないくらい元気な笑顔が輝いている。

悲しくさみしい。
とうとう逝ってしまわれたか・・・私は読書会を離れてから一度お目にかかっただけだったと思う。

↓これは2002年5月の読書会。
左奥の定席に佐野さんのお姿が見える。
読書会風景.jpg
この時はクリスチャンの友人・鳩飼きい子さん(正面・黒板前の黒い服の女性)が出版された『不思議の薬 サリドマイドの話』をテキストに、鳩飼さんをお招きしての会だった。

鳩飼さんも2010年に80歳で召天された。(私は鳩飼さんの左。ゲストなのに真ん中に座って下さらず、謝儀も受け取ってくださらなかった。)

佐野一雄さんを偲ぶ@.jpg今年は年賀状を作成しなかったのでお送りしなかったが、佐野さんは昨年の年賀状にも「元気にしています」と書いてくださっていた。

←これは2014年の年賀状で、もう一方のは2015年のものだ。
佐野さんの年賀状.jpg

佐野さんを偲び、昨年度発行された『かわちの』64号に寄稿された文章の冒頭をここに貼らせていただこう。

佐野一雄さん最後の寄稿.jpg

佐野さんにお聞きしておくべきだった。戦争の実態と憲法を改正し戦争できる国にしようとしている日本の現状について。

悲しいが前を向かなくては。
頭(こうべ)を上げて、私も残りの時間を精いっぱい生きなくては!


この日、古いメンバーの方々はすぐに私を認知して大歓迎してくださった。「御髪(おぐし)が変わられたけれど」とだけ仰りつつも、それ以上の驚きがあったように感じた。

帰りぎわ、Iさんに「またお会いしたいです」と御挨拶したら、「また来てね。本当に会えなくなってしまうから」と仰った。
本当にまた参加しようと思う。

東大阪市の中央図書館である花園図書館は民営化され、市から出る委託料で運営されている。ただしサービスは良くなったという。元旦も休館せず夜は9時まで開いているそうだ。

読書会に対してもこれまで通り選定図書は10冊ずつ購入してくださっているとのこと。市から助成金が出なくなって久しいが、書籍を購入してくださるだけでもありがたい。それでも会計が苦しいので、年会費を2000円から3000円にアップして会報の印刷代を捻出しているという。

市民会館跡に商工会議所を建て、その1階に永和図書館が入る。設計図もできあがっていた。読書会の要望も出すそうだ。

サークルセンター(商大)との兼ね合いもあるが、これを機に読書会会場を図書館に移すといいのではと思う。草創期は永和図書館で開いていたのである。
花園図書館は遠く、路線バスも廃止されてますます辺鄙になっているので、豊中との交歓読書会も新永和図書館ならば気兼ねくお迎えできる。駅の真正面で足場もいい。

新年度は創立50周年になる。こんな時代だからこそ読書会の存続意義は大きく、ますますの発展を祈るばかりである。
なお、市民会館は更地になったままの市民病院跡地に建つそうだ。

附記:読書会関係の写真を見ていたら、知子が参加した時のがあったので貼っておきたい。

読書会風景B.jpg

読書会風景A.jpg1998年8月の読書会は、漱石研究者・鳥井正晴氏を招いて『三四郎』がテキストだった。
1998年といえば、母を亡くして父が病床にあった時。私は46歳、知子は20歳だった。
 ―完―
 
posted by 優子 at 18:14| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

9年ぶりに読書会へ A ―『舟を編む』−

この日は寒気が強かったせいか出席者は私を入れて9名だった。以下は参加者の発表を聞き書きしたものである。全員のを書いたわけではなく、聞きのがしや聞きまちがいもあるだろうが記録しておきたい。

Aさん:辞書って素晴らしい、目からウロコだった。辞書への愛おしさを感じる。作者が無くて編集者、関わる人があまりに多くて「賞」も無い。

地味な話題がどうしてこんなに面白く書けるのかと思うと、作者のユーモアであり、主人公の名前を馬締(まじめ)とつけるところから笑ってしまう。15枚のラブレターの面白さ、これを書いたのも作者である。

辞書作りの工程が読む者の頭に入っていくという構成にも驚いた。タケばあさんのみっちゃん(馬締 光也)への言葉かけが楽しい。

Bさん:編集するのを「舟」に喩えるが、今は利益ばかり考えて泥舟ばかり作られている。しっかり校正されておらず短時間で仕上げてしまう。

「本を編む」とは著者と編集者と一緒になって作ること。岩波文庫の創始者は校正を大切にしない出版社はつぶれると言っていた。

出版の裏側の話として、これは本人も言っているが金田一京助は名前だけで一度も目を通していない。
活版印刷の時代、辞書の字は小さいのでロシア語の辞書を5回校正して目が潰れた人がいた。今は拡大して校正する。

広辞苑は機械製本なのであれ以上厚くできないし、手製本のように糸かがりができないのでバラバラになってしまう。上製本は本を開いてももどらない。

福紙.jpg紙には縦目と横目があって、紙をすく時に流れる方向が縦目で、横目に使うと本が波打つ。
また、製本ミスで(写真のような)「福紙(ふくがみ)」というのがあるが、これは「福がつく」(ふりこみ、めでたい)ということで返品しなくても良い。

電子辞書は次の版が作れない。辞書ができ上がったらすぐに改定に入るのはすごいなあと思う。

優子:辞書作りについては全く関心がなかったけれど、すごく興味深く読まされた。「究極の紙」を作りあげていくところは圧巻で、自分もそのメンバーの一人になったような気持で読んでいた。

夫が紙の卸業を営んでいる関係から北越製紙の抄紙機を見学したことがある。
北越製紙が誇る世界最大級(2008年当時)の最新鋭機、「9号抄紙機(通称N9)」は、総全長が264メートル、幅10.7メートルで、夫の言葉を借りればまさしく軍艦のようだった。

1分間に1600メートル、時速にして100キロ程度のスピードで動いている。1日に1000トン、年間35万トンの紙を生産している。できたてホヤホヤの紙を機械からちぎってくださった時、私はうっかり口に入れそうになったほど感激した。

馬締の尋常じゃない熱心さ、編纂に取り組む馬締たちの様子から、1993年8月のテキストだった出久根達郎の『佃島ふたり書房』を思い起こさせた。内容は殆ど忘れてしまっているが、古本屋である主人公の本への思い入れの深さが強く印象に残っている。

『舟を編む』.jpgこの本ではP213。
「なにかを生みだすためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。混沌とし、ただ蠢(うごめ)くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉と言う落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象(かたど)られ、昏(くら)い海から浮かびあがってくる」。

ここを読んだとき、ヨハネによる福音書(1章1節〜5節)の冒頭を思った。
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった」。

斜体部分は発表しなかったが、心に届いた文章なので記しておきたい。
p145:「有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。怖いけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでもこの舟に乗りつづけていたい」。

全く同感。

「言葉は、言葉を生みだす心は、権威や権力とはまったく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟」。


(P258)「言葉はときとして無力だ。荒木や先生の奥さんがどんなに呼びかけても、先生の命をこの世につなぎとめることはできなかった。けれど、と馬締は思う。先生のすべてが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心のなかに残った。生命活動が終わっても、肉体が灰となっても。物理的な死を超えてなお。魂はいきつづけることがあるのだと証すもの―、先生の思い出が」。

言葉、そして、書くということを思う。
書いた人が死んだ後も、その人がどのように頭を動かし、感じ考えたかが残る。

(P257)「きみ(荒木)とまじめさんのような編集者に出会えて、本当によかった。あなたたちのおかげで、わたしの生はこのうえなく充実したものとなりました。・・・『大渡海』編纂の日々は、なんと楽しいものだったでしょう。みなさんの、『大渡海』の、末永く幸せな航海を祈ります」。

荒木先生の「このうえなく充実したものとなった」という言葉が、深く打ち込まれた杭のように胸に響いた。私もこのような思いをもって生涯を終えることができたらいいなと思う。

Cさん:文庫本の殆どを請け負っていた日本製紙は津波で大きな被害を受けたが、半年で再開させた「日本製紙釜石の奇跡」に感動した。(日本製紙からいただいたDVDを見ていたので「釜石ではなく石巻では?」とお聞きしたが釜石とのこと。)

子どもの本の紙が分厚いのは手を切らないためで、上等の薄い紙にすると安っぽく感じさせるからだという。

現代は言葉が変化し使い方も変わっていく。

地味でお堅い題材をとった小説なのに退屈しなかった。三浦しをんは若者の仕事を通して成長していくというお仕事小説が多い。紙選びのところに感動し、面白く楽しい本だった。

Eさん:主人公は現代では珍しい人物。今は便利に電子辞書を使ってしまうが、読み物として辞書を読みたいと思った。この本は文庫になるのが遅かった。

Fさん:馬締(まじめ)という名づけ方、全体をユーモアのセンスで包んでいる。
辞書の編纂自体、考えたことが無かったので言葉の選択、言葉の並びや変遷がどうやとか考えたことがなかったので、こんなに多くの人の思い、執念がこもらないとできないのだというのがわかった。

こだわって時間をかける松本先生、荒木、馬締に対して、動的なことを与えている西岡の存在が面白かった。

前半に描かれている香具矢さんと後半の香具矢さんと違っているのが気になった。「梅の実」(自らの小料理屋)に入ると変わるのか・・・。

私は用例が多い岩波国語辞典を愛用しているが、辞書は自分がわからない言葉を引くものだから、「女」や「声」などわかり切った言葉が載っているとは思わなかったので引いてみた。

言葉自体が抽象で記号だから、それを説明することはとても難しい。

(今話題になっている)石原さん(都知事)が小池さんのことを「頭の黒い鼠」と言ったので調べてみた。「鼠」にはなく、「頭」の用例にあった。(2つの辞書の説明文を紹介された)

※ 物がなくなった時に、身近にいる人間が盗んだのだろうということを暗にいう言葉。「 〜のしわざ」(大辞林より)

企みのある都議会議員。餌を引っ張っていく頭の黒い人間。人間を食べ物を取って食べるネズミに喩えて、ネズミのように物を取ってきて懐に入れるという意味だ。

またスパイのことを「犬」と言うのは、牧羊犬は犬のくせに人間側に立って動物の羊を追いかける。それで犬をスパイと言うんだなと思った。

(開業医の家に嫁いだ)50年前、カルテは「いろは」で並べてあったので、「あの人は」と、患者さんが来たら毎回「いろはにほへと・・・」と指を折って数えたが、以前からいた人(事務員)が辞めてからすぐに「あいうえお」順に並べなおした。

お風呂屋さんの下駄箱も「いろは」だった。今は下駄がないから下駄箱とは言わない。「くつばこ」では出ていない。

この本を読むまでならば「出てるわ」で終わっていただろうが、今は「さすが! やっぱり出てる!」と感激して見るようになった。

読後感発表がひとまわりしたあとの話し合いでは、現代の言葉の変化や方言について盛り上がり、私はこんなことを言った。

私は間違った日本語が定着してしまっていることや、方言が失われていくことが気に入らない。例えば「1000円からいただきます」だ。
当初は非常なる違和感を感じていたのに、こちらも慣れてしまって今や市民権を得て大多数の店で使われている。

方言については例えば生協のチラシでも、関西では「関東煮き」と言っていたのが「おでん」に、「鯖の生鮨(きずし)」は「しめ鯖」に、「ぶた汁」を「とん汁」というように関東の言葉が定着している。

これは時代の在りようで止められないけれど残念だ。
以上

言葉だけではなく紙についても話題になったので興味深く聴いた。紙の縦や横についても夫から聞いていたので懐かしく、今夜もそれらの話を夫と交わした。「福紙」のことは知らなかった。

やっぱり読書会は楽しく有益だ。読んで終わりではなく読後感を話し合うことで視野が広げられ考えが深まるからだ。
そして、若い時よりもいっそう強く思ったことは、それぞれの感性で読むということがいかに大切であるかということだ。

この日、会長さんは圧迫骨折で欠席のため、副会長(前会長)のNさんがお世話してくださっていた。4月に発行される『かわちの』の編集作業も始まっていた。

「藤本さんが来てくださったからとても雰囲気が明るかった」、「藤本さんのおかげで明るくなった、これからまた来てください!」と、思いもしないお言葉を何度もかけていただいて感謝が溢れた。

最後に次のページで佐野一雄さんの訃報と、読書会や東大阪市の図書館行政の近況を書いておきたい。

posted by 優子 at 22:03| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

9年ぶりに読書会へ @ ―懐かしき時空にタイムスリップか―

今日は9年ぶりに読書会に参加した。20年在籍していた「東大阪読書友の会」である。退会したのは2008年3月の例会が最後だった。

15年前から読書会に通っておられるDさんは、私宅から一駅向こうに住んでおられ歩いても40分あれば着く。それでもご無沙汰ばかりしているが、今月のテキストはDさんが推薦された本(三浦しをん著『舟を編む』)だというので読んで読書会を訪ねてみたくなった。

何よりもDさんと行き帰りの時もご一緒できること。お仲間との再会と読書感を語り合うのが楽しみだった。

そしてあと一つは、きっと今も変わっていない建物と部屋にもう一度行きたい、西口孝四郎ご夫妻が居られた頃を感じてみたくて、いよいよ2月半ば頃より今日の日を指折り数えて待っていた。

それは例えば、まもなく命が尽きようとする人が、もう一度だけ何処どこへ行きたいというのはこういう気持ちだではないかと思うほど、それほど待ち遠しくなっていた。


そしてついに、まるで車いすに乗って酸素吸入しながらも夢が叶い、今はもう思い残すことはないと喜びを満喫したという感じがするほどの感慨だ。

今の精神的状況がそれほどきつく、しばし日常から離れて一息つきたかったのだろうと思う。今はデジカメを使えるようになっている。私は読書会会場を撮ってきた。

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ここは大阪商業大学の正門。近鉄奈良線・小阪駅から徒歩で5〜6分の所にある。東大阪市長田に住んでいた時は自転車で10分で来られた。

この近くにあったハウス食品の本社とカレー工場は取り壊され、そこに新しく商大の別棟とハウス食品のビルが建っていた。
正門左奥にある風格ある建物が谷岡記念館だ。
かなり前は建物の前は芝生だった。

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読書会B.jpg入口の左側に今も二宮金次郎さんが立っていた。
これを見て孫が言った、「あっ、これあそこにもある!」と、近くの保育園に建っている金次郎像を言うので、「この前の日曜日も教えたのに、いいかげんに名前を憶えてよ!」と心の中で呟いてしまった。

そして、中へ入る。ここを見たかった。
やっぱりあの時のままだ。

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この景色に読書会や各サークル活動が賑やかだった頃の群像が重なり、私は西口さんご夫妻の姿を追った。

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ここもあの時のまま。

そして、部屋に入る。
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教室もそのまま。
以前は窓側に掲示板があったので薄暗かった。
机と椅子がつい最近新しくなったそうだ。

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「河内の郷土文化サークルセンター」発行の『あしたづ』

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私の名札も作ってくださっていた。
そしてしばしの間、一切の心配事を忘れて私は私になった。

今日は1度/7度の寒い一日だった。

posted by 優子 at 23:15| 読書会関係 | 更新情報をチェックする

2017年02月20日

ユキ幼児期のお祈りビデオ ―不真面目なお祈りにびっくり!―

このビデオ(40秒)は、2歳10か月のユキが屋外で食前のお祈りをするところだ。
本人は何を言おうとしているのか、何を言っているのかもわからなくなったのだろう、ついに口をモグモグさせてごまかししまったのにはびっくり仰天。幼児でもこんなことができるのだ。

ユキ おかえり!A.jpgあの小さかったユキがこんなに大きくなった。これは今日のユキ。あと1か月で3年生も終わる。そんな今を記録しておいてあげたい。

かつて真智子も作ってくれたサービス券を、ユキも私に作ってくれる。「肩たたき券」と「背中かき券」だ。

IMG_2415.jpg
ルレットが引かれて切り取り線になっている。
「ルレット坊や」らしい。

ここだけ痒い.jpgところで背中掻き券というのは、20歳前後の頃からだと思うが、私は冬になると1日1回ほど右肩甲骨のところ(1センチ四方ほど)が痒くなる。

2年前に右肩腱板が断裂してから、たった数秒の事でも痛くて手が届かない。ユキに掻いてもらうので私の要望を察知して発券してくれた。 ユキが居ない時は左手でハサミの先を上にして持って掻いている。

ちなみにこれが真智子が作ってくれたサービス券。

IMG_2572.jpg
大きくなってからもらった「チーズケーキ焼き券」もまだ使っていないで持っている。

昨日の午後、私は久々に知子とユキの3人で散歩に出た。その日最高気温は11度だったが、陽ざしは春の陽ざしで室内は25度にもなった。

IMG_2514.jpg
(Yuki by photo.)
二上山の後ろに見える金剛山はうっすら雪化粧していた。

スズメ.jpg

まるで縁側でうとうとしている老人のように、スズメたちも気持ちよさそうにくつろいでいた。(Yuki by photo.)

今日は雨でも17.6度と暖かくなり「春一番」が吹いた。しかし既に冷え初めており、今夜から再び寒くなるそうだ。

最後に最近特筆すべきユキの駄洒落ブームをご披露したい。特に今年に入ってからダジャレ(おやじギャグ)ばかり言って笑わせてくれる。例えば、
「サンダルではさんだる(挟む)」
「とりとりたい(鳥 とりたい)」
「アルミ缶にあるミカン」
「レモンのいれもん」
「ラクダはらくだ」
というようなぐあいで際限なく言ってくる。

「カッターを店でかったー。けど、このカッターかったー、けど、遊んだら面白かったー、けど、怖かったー・・・」
と、尽きない駄洒落まだまだ続く。

しかも1年生からやっていたそうだ。これは算数の時間のこと。
先生が「池にコイが48匹います。金魚は36匹います。違いは何匹ですか?」という問題を出されると、こんなダジャレが浮かんだという。

「こいこいや」(鯉 来いや!)
「こいのこいん」(鯉のコイン)


今日は「せんかい はよせんかい」(旋回 はよ せんかい:早く「しなさい」の品の無い言葉)と帰宅早々言っていた。毎日のように夕食を作りながら駄洒落を作るように求められるが難しくて出てこない。

大変! もうこんな時間になってしまった。
さてさて大急ぎで夕食を作らねば。

posted by 優子 at 18:20| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

家の教会2017F −迷える子羊を捜し出される神―

2017年2月19日(日) (2017第7回 家の教会)
10時15分〜11時00分
出席者 3名(致し方なくExcept R)
@ 前奏 
A 主の祈り
B 子供の讃美歌 88番 「神さまがわかるでしょ」
C 聖書輪読   ルカによる福音書 15章1節〜7節
D お話     優子
E お祈り    一人ずつ
F 讃美歌    517番 「われに来よと主は今」
G 後奏

ルカによる福音書 15章1節〜7節:
15:1さて、取税人や罪人たちが皆、イエスの話を聞こうとして近寄ってきた。
15:2するとパリサイ人や律法学者たちがつぶやいて、「この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている」と言った。
15:3そこでイエスは彼らに、この譬をお話しになった、
15:4「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
15:5そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、
15:6家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。
15:7よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。

お話:
このお話をする機会に羊の習性を調べてみました。
羊が食べるのは草だけで、食べるのが大好きです。お腹が空いていたら眠られないというのを聞いたこともあります。
聴力も視力も良いんだって。
羊の目.pngユキは1月の終わりに六甲山牧場で羊を見てきたからよく知っていると思うけれど、羊の目は水平に細長い瞳孔があるでしょ。

瞳孔と言うのは角膜と水晶体の間にある薄い膜で、カメラの絞り(光の調整)の役目をします。だから270度から320度も見渡せるので、頭を動かさなくても自分の後ろが見えるんだって。

でも奥行きはあまりわからなくて、影や地面のくぼみの前に来ると怖がって先に進まなくなることがあるそうで、先導者に従う傾向がとても強いそうです。

明るいところが好きで群れでいると安心だけれど、群れから引き離されると強いストレスになり、ストレスに直面するとすぐに逃げ出してパニックに陥ります。

頭も牛と同じくらい良いんだって。豚はもっと賢いそうだけれど、羊は人や他の羊の顔を何年も記憶できて、顔の表情から心理状態もわかるんだって。すごいね。

ところで、聖書で「羊」というのは「神のこども」を意味します。そして、「羊飼い」は神の子どもたちを養い育ててくださるイエスさまのことです。

今日のお話は100匹いた羊の1匹が迷い出てしまって、羊飼いであるイエスさまが見つけ出してくださったというお話です。

このお話は「迷える羊」や「見失った羊」などいろんな呼び方がありますが、以前取り上げた「放蕩息子」の話を思い出しませんか?

また、この箇所に続いて記されている「無くした銀貨」と共に共通する3つの譬え話は、失われたものが見つかった神さまの喜びが主題になっています。

この譬え話をされたのは1節2節にあるように、取税人や罪人たちがイエスの話を聞こうとして近寄ってきた時、「この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている」とつぶやいたパリサイ人や律法学者たちに教えるためでした。

「取税人」と言うのは、ローマ人の手先になって自分と同じユダヤ人から税金を取り立てていた人たちです。しかも自分のふところにも入れるために不当に高い金額を取っていました。

「罪人」と言うのは宗教的に見捨てられた人のことで、警察に連れていかれるような悪いことをした人のことではありません。
ユダヤ教の戒律を熱心に守っているパリサイ人や律法学者が、律法を厳格に守らない一般の人々をこのように呼んで差別していました。

ところがイエスさまはそのような人々と仲よくされているので、それを見て忌まわしく思ったパリサイ人と律法学者に迷い出た一匹の羊の話をされたのです。

最初にお話ししたように羊は群れの中でしか生きられません。その羊が1匹いなくなったので「99匹を野原に残して」捜しに行ったのです。

でも、捜しに行っている間に99匹にも危険なことが起こらないだろうかと心配ですね。たとえば狼が来たら大変です。そんなことを思うと、迷い出た1匹は諦めて99匹を守っておくほうが合理的であると思います。

ところが99匹を置いてでも捜しに行くのは、迷い出た1匹は特に素晴らしい羊だったからでしょうか。そうではない、どの羊もみな同等に1匹1匹がかけがえのない羊なのです。

例えば私に3人の子どもがいるならば3人とも大切なように、どの子が居なくなっても地の果てまでも捜し続けます。「あと2人居るから諦めよう」とは思いません。それが親の愛であり真実の愛です。

1匹を見出したもうイエス.jpg母親がそうであるならば神さまの愛はいかばかりでしょうか!
神さまは切なる愛をもって熱心に捜し続け、1匹を見つけるまで捜しまわって「恵みの中で生きよ」と連れ戻してくださるのです。それがイエスさまです。

見つけ出した羊.jpgこのお話からヒシヒシと感じるのは、私たちがイエスさまと出会ったのは私たちが熱心に探し求めたからではなく、私たちが神さまを捜し求めていた以上に神さまが私たちを捜し求めてくださったということです。

神さまは常に私たちが本心に立ち返るのを待ち続けている父であり、その願いはただ一つ、私たちに祝福を与えることなのです。

神さまは書物や人を通して、あるいはまた出来事を通して気づきを与えてくださって、善き道へ導いてくださるのです。忍耐強く、決して諦めることなく。


聖書には「神は自分のかたちに人を創造された。」とあります。ということは、どの人の生命も神さまと繋がっており、人格をもって生かされているということです。

既にイエスさまに見出された者は迷い出ないように、主に在るお互いは祈り合い、教え励まし合って信仰生涯を全うさせていただきたく祈ります。

なお、この「迷える子羊」に続いて「無くした銀貨」が記されており、これらは「放蕩息子」の話と共に見失われた者の帰還を喜ばれるというのが主題です。

15:8また、ある女が銀貨十枚を持っていて、もしその一枚をなくしたとすれば、彼女はあかりをつけて家中を掃き、それを見つけるまでは注意深く捜さないであろうか。
15:9そして、見つけたなら、女友だちや近所の女たちを呼び集めて、『わたしと一緒に喜んでください。なくした銀貨が見つかりましたから』と言うであろう。
15:10よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使たちの前でよろこびがあるであろう」。

イソヒヨドリ.jpgこれは先週の日曜日(2月12日)にユキが初めて撮ったイソヒヨドリ。

今朝、「いつかまた4人で礼拝できますように」と祈ったユキ。
このような素晴らしい祈りをイエスさまが叶えてくださらないわけがない。


附記:昨日、クリスチャン・ペンクラブ関西ブロック例会を大津教会でもった。
『種を蒔く』4号(久保田暁一先生追悼号)に寄稿してくださった関東・中部・関西メンバーの追悼文を朗読し、全員の目を通して校正。
3月に再度大津教会にて編集者4名で編集会議、その後同日に印刷屋さんへ入稿予定。次回例会は4月15日(土)、総会も開催される。

posted by 優子 at 12:32| 家の教会 | 更新情報をチェックする