2018年06月23日

ブルンナー読書会㉒ −キリスト者の生活−

6-23-2.jpgテキストは、エーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の11回目、説教のタイトルは「キリスト者の生活」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌90番「ここも神のみくになれば」(知子奏楽)、聖書朗読とお祈り(優子)。

コロサイ人への手紙 3章16〜17節:
3:16 キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい。
3:17 そして、あなたのすることはすべて、言葉によるとわざによるとを問わず、いっさい主イエスの名によってなし、彼によって父なる神に感謝しなさい。

6-23-6.jpgいつものように今月の発表当番(優子)からそれぞれ感想を述べてから、下村師よりテキストに添って学び、改めて感じ考えたことを述べ合い学びを深めた。

下村師のお話のノートメモ:

この説教はキリスト者と普通の人との相違点を出している。「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。」とは、和解と罪の赦しの福音を豊かに宿らせなさいということであり、キリストのことば、福音を薬に譬えれば毎日服用しなさいと述べている。

▼ 医者が1日に3回飲むようにと薬を出してくれたのに、数日に1回しか飲まなかったとしたら、薬が効かなくても不思議に思うにおよびません。この場合、責任は全くあなた自身にあるのです。

イエス・キリストを信じる信仰によって与えられる薬についても全く同じことが言えます。

われわれの聖書、すなわちわれわれの新約聖書は、生を真に健康で傷なきものであらしめようとすれば、絶えずそこから水を飲まなければならない泉のようなものです。

イエスはある時、ご自分のことを命のパンと呼ばれました。パンは、もしわれわれが食べなければ、繰り返し食べなければ、何の役にもたちません。

聖書を読むことと祈ることに尽きる。
デカルトの「我思う、故に我あり」をもじって、ラインホルト・シュナイダーは「『我祈る、ゆえに我あり』という人だ」と言われた。ズボンの膝が擦り切れるほど祈る人だった。祈らなければ自分の力でやったことにする。祈ることで変えられる。

また、主に向かって心を込めて讃美歌を歌うなど、そういうことによって神との交わりが許され、魂が生き返る。不安や生を不快にする一切のものを絶えず神の前にもっていき、神への信仰によって魂が満たされている時にのみ、心配は消滅する。

原始キリスト教の時代のようにキリスト者の交わりの要素を欠くと、キリスト者の生活は活力を失っていかざるをえない。

▼ 日々のパンを得るためにわれわれキリスト者が行わなければならないことは、もちろん、他のすべての人々が行うことと何ら変わりはありません。
しかし今問題なのは、われわれが何を行うかということだけではなく、どのような気持ちから行うかということなのです。

「また、信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、」(エペソ人への手紙3章17節)

「しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない」。(ローマ人への手紙8章9節)

「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである」。(ガラテヤ人への手紙2章19〜20節)

▼ キリスト者であるわれわれの生活においては、頭(かしら、Haupt:ハウプト)であるキリストが指揮をとられます。キリスト者の生活は感謝のうちにすごす生活です。

▼ 決定的に重要なことは、われわれがキリスト者であることを真剣に受けとめているかどうかということ、感謝のうちに生き感謝の気持ちから行動したり語ったりしているかどうか、あるいは心配のうちに溜息をつきながら一日を始めたり終えたりしているかどうかということ、(略)

一日を感謝をもって始めるか心配をもって始めるか、感謝をもって終えるか溜息をもって終えるか。この点においてもわれわれは新たに開始したいと思います。

すなわち、今後、もはや神に感謝しないでは決して1日を始めず、また1日を終えないということ。その時、苦しいことや辛いことがあってもーそれを免れることは誰もできませんがーそれらはことごとく変質するでしょう。

これは泳ぎの場合と似ています。肺に空気がある間は、われわれは沈みません。それと同様、われわれが心の中に神への感謝をもっている限りは、苦しいこともわれわれを引きずりおろすことはできません

たとえ上下に揺れることはあっても、われわれは浮かびつづけます。それゆえ、魂の中に空気を、感謝を、失わないように留意しようではありませんか。

そして、自分の内に絶えずキリストの言葉を働かせている人間は、どうして感謝を失うことがありえましょうか。

愛する兄弟姉妹、これが、使徒パウロがキリスト者について描いている姿です。パウロがわれわれに命じているすべてのことを真剣に開始すること、それがわれわれへの呼びかけです。今日のうちにそれを開始すれば、後悔する人は1人もいないでしょう。アーメン。

ブルンナーは説教する時、神学を持ち込まないと言っている。そして、「信仰は喜びなんだ」と、何度も喜びと感謝が出る。それもブルンナーの特徴だ。

6-23-3.jpg下村さんは私に、自分の内を見ていると指摘してくださり、内村鑑三は自分の内側ばかりを見ていたが、贖罪信仰を得て、目を上にあげて「臍(へそ)を見ないで天を見る」と言ったことを教えてくださった。
私もアマースト大学総長・シーリーが鑑三に語った「植木鉢の教え」のエピソードをよく知っている。

「内村、君は君の衷(うち)をのみ見るから可(いけ)ない。君は君の外を見なければいけない。何故己に省みる事を止めて十字架の上に君の罪を贖ひ給ひしイエスを仰ぎみないのか。

君の為す所は、小児が植木を鉢に植えて其成長を確定(たしか)めんと欲して毎日其根を抜いて見ると同然である。何故に之を神と日光に委ね奉り、安心して君の成長を待たぬのか。」

そういえば、信仰を授かって数年経った1989年頃に、アンデルセン研究者の横山麗子さんが東京から電話をかけてきてくださった。

「イエスさまを見ないで自分ばかり見ている人のことを『へそみクリスチャン』って言うんですって。お臍ばかり見ている姿と似ているからでしょうね」。

と話されて、私に「自分ばかり見ないでイエスさまを見上げてくださいね」と仰った。

私はこの数か月前からすっかり信仰が萎えてしまい、自分のマイナス面が大きくなって、イエス・キリストに培われていた自分らしさをなくしていた。驚くべきことにそのことを指摘をされて気がついた。

と同時に、ある人々はどうして他者の批判ばかりして自分に目を向けないのだろうと不思議でならないが、このたびは彼らに目を奪われてしまっていた。そのことはもう神さまに丸投げしよう。

とにかく、私は今日のブルンナーの奨めを今日から新たに開始した。すでに私は今、自らをこのオリーブの新芽のように感じられるから不思議だ。イエス・キリストを真に見上げた瞬間、即刻即座にして変えられたのだ。

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そして手に取って見せてくださった、下村さんが毎日読んでおられる内村鑑三の『続一日一生』を、私もさっそくアマゾンに発注した。続編は手に入らず一冊だけ『一日一生』があった。
こんなに人生の大半を過ぎてしまっているが、今からでも幸いな導きに与ろう。サムサムさんも愛読しておられる書を。

天におられる主なる父なる神さまに感謝し、キリスト者のお交わりを感謝します。そして、祈ってくださっている方々に感謝します。

次回は、7月28日(土)、司会役・発表当番は知子。
posted by 優子 at 21:50| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

「こんなはずじゃなかった  〜在宅医療 ベッドからの問いかけ〜」

「在宅医療」という概念もなかった時代から地域密着医療に取り組み、「地域医療のパイオニア」と呼ばれていた愛称「わらじ医者」、西陣の早川一光医師が今月2日94歳で亡くなられた。

早川さんは2014年に腰を圧迫骨折して入院。そこで多発性骨髄腫がわかった。抗がん剤治療を拒否して退院。

とにかく家に帰りたかった。いつも妻にそばにいてほしい。そばにいてくれるだけでいい。「この気持ちが患者さんを在宅に引き込んでいくんだなと思いました」。

ところが自宅で養生介護の身になって、「こんなはずじゃなかった」という言葉が突いて出た。在宅医療こそが素晴らしいものであると西陣の人々に語ってきたが、 自分が医療を受ける側になると極楽ではなかった。いや地獄ではないのかと。

この言葉は「わがままであり、在宅医療への批判、あるいは現代の医療に対する不信、そういったものが折り重なって思わず口についた言葉」だという。

わらじ医者・早川医師のことは10年ほど前から知っていただけに、地域を支えてこられた医療者自らの晩年の経験から「こんなはずじゃなかった」とは衝撃だった。

と同時に、実に正直な人だと思った。それだけ真剣に実践してきた人だからこその思いであり、深く考えさせられている。「こんなはずじゃなかった」ということは、改善の余地ありという思いもあるとも語っておられた。

私は母の介護ができたことは幸せだった。父の時は脳梗塞に倒れてから亡くなるまで3年3ヶ月一度も自宅に戻ることがなかった。母の介護を通して思ったことは、私は身近な人に下の世話をされたくないというものだった。

下の世話をするのは一番辛かった。される側はどんなに嫌だろうかと、いつもその思いでいっぱいになったからだ。だから私は看護師さんやヘルパーさんがいいと思っているのだが、このことも実際にそうなった時にどのように感じるかは私自身にもわからない。

「一番嫌だったのは風呂です。訪問看護の看護師さんがお風呂に入れてくれるんですが、私のイメージにある家の風呂場と違うんです。どこかに連れて行かれたような気がした。自分の家なのに何か違う。こういう感覚は病気をしてみるまではわからなんだことでした」。

西陣にも在宅専門の診療所があります。そこの先生にお話を伺う機会がありました。朝8時くらいに診療所を出て、帰るのは夜の8時くらい。訪問診療していると、この患者さんはまもなく亡くなられるだろうなあとだいたいわかります。そういうときご家族にはこう言うそうです。

「もし夜中に亡くなられてもそのまま朝までそっとしておいてください。朝連絡をいただいたら、伺いますから」と。家族を教育したら大丈夫、これが今の在宅医療だとおっしゃっていました。

私たちは、「ずっと診てきた患者さんなんだから、せめて最期は手を握って送ってあげたい」と思っています。しかし政府の進める在宅診療所はまるで違っています。「2週間に1回来ますので、それ以外はあんまり連絡しないでください」と言っているそうです。

国は在宅介護を推奨している。
            (京都府保険医協会より)

他人のために役立って生きるのはむしろ易しいと思う。他人のために何かできなくなった時、逆に他人に助けられなければ生きられなくなった時、どう生きるか。
私の「病床六尺」の日もそう遠くはない。
posted by 優子 at 17:59| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年06月21日

「柴田錬三郎『眠狂四郎』と遠藤周作『沈黙』−切支丹物をめぐる二人の交流を中心として」 −日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会 後編−

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これは6月16日に梅花女子大学茨木ガーデンキャンパスの礼拝堂で講演された概要です。
この2日後の朝に大阪北部地震が起こり、茨木市や高槻市周辺で大きな被害が出ています。


お見舞いメールの返信に「メメントモリ」(死を忘れるな」の言葉を書いてくださった友がおられました。私たちもいつなんどきやってくるかもわからない死を覚え、それゆえに主を覚えて(メメントドミニ)、時を無駄にしないで歩んでいきたいと思います。

遠藤周作の作品は隠れキリシタンに関するものが非常に多い。歴史を辿っていくと明治の初めから島原の乱や細川ガラシャをテーマにしたものがあり、近代文学におけるキリシタン物ということに大きな意味がある。

『沈黙』は、刊行50年を過ぎてなお問題作として私たちに人生や信仰について問いかける作品である。

クリスチャンでなくてもキリスト教に興味を持ち聖書を読むなど、それらが作品に書いてあればキリスト教文学と呼べるのではないか。大衆文学の国民的作家である柴田錬三郎は剣豪小説の一大ブームを起こした。一方、遠藤周作は純文学であり歴史小説で、『沈黙』に関する本は380本ほどある。

6-16-4.jpg2人は慶応大学の先輩後輩で深い繋がりがある。キリシタンへの関心を見ていくともっと深い繋がりがあり、二作品の関係性を話したい。

眠狂四郎は「転び伴天連」(背教した外国宣教師)の子どもであり、ここに背教の問題がある。背教したバテレンが、自分を背教させた大目付の娘を犯し、その子どもが眠狂四郎である。転んで転んだだけではなく悪魔を崇拝し、母の敵として実の父を殺してしまうという宿命で、孤独なはぐれ狼として生涯を送る。

柴田錬三郎のキリスト関係の作品は、『他人の図』『デスマスク』『イエスの裔』『カステラ東安』『眠狂四郎無頼控』ほか多数ある。いずれもキリスト教徒を否定的に描かれているが、信仰とは何かを考えさせられる。

「私は、聖書を読んでいるが、カソリック信者ではない」。(柴田錬三郎『嘘つきが真実を語る』・中央公論・1974年8月号)

「私は、私が先輩にむかってのぞんだ如く、如何なる稚拙な原稿に対しても、それが文学に志す熱意に燃えているものならば、襟を正して拝見する」。(柴田錬三郎「編輯後記」・三田文学・1946年8月号)

柴田錬三郎と遠藤の出会いは1946(昭和21)年頃である。親交の始まりは1949年頃で、遠藤が「三田文学」の同人となり、柴田の家に足しげく通うようになる。柴田に文章作法を教わり添削をしてもらっている。遠藤は柴田を「何でも話のできる兄貴のような存在である」と述べている。

三田文学や慶応との繋がりは大きい。『沈黙』は遠藤が『眠狂四郎』に触発されたこともある。遠藤がキリシタンに関心を持つようになったのはフランス(リヨン)に留学してからである。敗戦国の人間としてフランスで苦労した。留学先でキリスト教の光の歴史と違う闇の歴史を学び関心を持った。

ヨーロッパに留学した日本人のルーツを辿って行くとキリシタンに辿りつく。1582年(天正10年)の天正遣欧少年使節のトマス荒木は棄教したために教会史からも汚点として抹殺されている。

「信徒だけではなく、宣教師や司祭のような人たちの中にも、取り調べの最中に棄教した者がいた。外人宣教師のジュゼッペ・キャラ(『沈黙』のロドリゴのモデル)やフェレイラや荒木トマスのような人物がそうである。キャラやフェレイラは、転んだあとは岡本三右衛門とか沢野忠庵という日本名をつけさせられ役人たちの手先にされている。

日本人の女を妻にもち子供まで生んだその人たちのことを教会側の研究では僅かしかふれていないが、その僅かな解説にも伝道史の汚点であり裏切者だという烈しい非難の言葉が使われていた」。
     (「留学」/「群像」、1965年3月)

『沈黙』は、1633年頃にフェレイラ神父の背教から始まっているが、そのあとは歴史資料の中から取りだして創作したフィクションである。

『切支丹屋敷役人日記』に「棄教したが信仰を持っていた」とある。『江戸切支丹屋敷の史蹟』を読むと、表向きは信仰を捨てているが信仰を諦めなかった人々の歴史が書かれている。

教会史からは消えているが、遠藤はそこから呼び起こして書いている。切支丹屋敷は重要な舞台となる。井上筑後の守の切支丹屋敷としていた。

宣教師がワインを飲んでいるのを血を飲んでいると言われたり、眼鏡をかけた宣教師は4つの目があるとされたり、切支丹に対するイメージは怖いものがあり、「八兵衛の夜泣き石」や「朝妻桜」など伝説がある。

近代文学の中に切支丹屋敷や切支丹坂が怖い場所や不思議な場所として出てくる。(夏目漱石『琴のそら音』、田山花袋『蒲団』、永井荷風『日和下駄 一名 東京散策記』)

『切支丹屋敷 / 切支丹坂』などもキリシタン文学やキリシタン物として読むことができるのではないか。

『沈黙』の最終章「切支丹屋敷役人日記」は難解さの故に読者を阻んできた感があるが、『江戸切支丹屋敷の史蹟』を間に挟む時、踏み絵を踏んだけれど信仰を捨てていなかった事実が浮かび上がり、そこで終わりではないという踏み絵後の三右衛門やキチジローの姿が見えてくる。そのドラマを遠藤は読み取ってほしかったのであろう。

柴田錬三郎が『眠狂四郎』を描いたことも遠藤に大きな影響を与え、「三田文学」が遠藤を作家にする大きな役割を果たしたと言えるだろう。伴天連や黒ミサを取り上げ、信仰とは何かを問いかけている。

※「黒ミサ」とはカトリック教会のミサと正反対のことを行う、神を冒涜することを旨とした儀式のこと。

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6月22日朝追記:
サムサムさんよりコメント感謝!

受洗前の事ですが、もし踏み絵を押し付けられたとしたらどうしょう? と、真剣に考えた事があります。
そして、踏み絵の「絵」は、「仏像」と同じで、人間がつくった偶像に過ぎないのだから、「踏め」といわれたら、恐れず踏めばよい。「隠れキリシタン」と言われようが、信仰さえ失わなければよいのだと、自分自身に言い聞かせ、納得した時のことを思い出しながら「柴田錬三郎『眠狂四郎』と遠藤周作『沈黙』」を読ませていただきました。
私も全く同じ考えです。
それだけではなく踏み絵の延長線上にある究極の恐怖。10年前の過去ログでも述懐した悲劇の歴史に記録されている「白バラ運動」の人たちのことを思います。彼らの強さは聖霊によるのであり、強い信仰者を聖霊がそのように導かれるのだと思いいます。

「おおゾフィー、あなたはまだ知らないのだ、人間がどれほど臆病な家畜であるかを」。「私は時計を回転させたい、早くいっそう早く。あなたがたが苦しみのきわみをのりこえてしまうように」とゾフィーとハンスの母。

「ねえ、ゾフィー、イエスさまのことを(忘れないで)ね」。
「ええ、しかしお母さんもね」。

第2次世界大戦中のドイツで、ミュンヘンの大学生であったハンス・ショルと妹のゾフィー・ショルを中心に、非暴力主義でナチスに抵抗した彼らは、ゲシュタポにより逮捕されてギロチンで処刑されたのです。

posted by 優子 at 13:13| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

大阪北部大地震2日後、大雨の今朝、野外活動で曽爾高原へ

一昨日の大地震後だけに大きな余震の不安だけではなく、今朝未明から天気予報通り警報が出る勢いの大雨が降り出した。

そんな状況下でも学校から現状や安全対策についての知らせがなく、日頃の連絡不足についても伝えるべく、昨朝学校へ電話するつもりでいることを知子に話すと、大変な仕事を抱えながらも知子は当然そのつもりでいたとのこと。

先の地震で倒れてきたブロック塀で全身骨折で即死した9歳の女児。ずっと以前から危険であると声が出ていたにも関わらず幼い命が犠牲になった。行政関係者が「申し訳ありませんでした」と頭を下げる光景は見るに耐え難い。

私も不安を抱えて送り出すことはできなかった。学校は子どもたちの命を預かっているのであり、危機管理を怠ってはならない。知子のおかげで昨日校長発信のプリントが配布され、これで私も信頼して託せる。

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「これで私も悔いがない。あの時、時間を割いて電話しておくべきだったという悔いを残さなくて済む」。

6-20-1.jpg玄関で3人で抱き合いながら祈った。ユキや子どもたち、バスの運転手さんたち皆の無事を祈って出発した。





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電車の中から学校から届いた現況メールと共に今朝の様子を知らせてくれていた。
知子は大雨のなか子どもたちが見えなくなるまで見送ってくれた。駅に着くと髪の毛も絞れるほどだった。
(公園に)集合したのは4名のみ。25分に出発させたよ。(学校には40分集合)
(約束していた)○ちゃんママの車が(は来なくて)来たら追いかけてくれるように伝えてねと、Yさん(すぐそばの家の保護者さん)に託して。

土管が破裂するほどの最悪の15分。
私でさえ長靴からコップ一杯の水。
会社に着いたら足どうしようかなあ(T_T)
だからユキも足おわってるやろな。

土管は浮き上がり水路は満杯、
広い道路は池のようで危険だった。
子どもたちが怖がっていたので行ってよかった。

ゆきもみんなも私をふりかえり、
幼稚園の彼らに戻ったみたいに笑顔で手をふって行きました。
今は嘘みたいに止んでるわ。足ドボドボ。

校長も、みんな、
まだ何が「スカッとジャパン」か解る人であるのなら救い。(「スカッとジャパン」は、ユキが最近よく見る番組)

昨日も何事も悔いなくやりきれてよかった。
お祈りして安心して明日を待とうね!

件名 : 現在の状況について

いつも本校教育にご協力頂きありがとうございます。雨が激しく降っており、5年生の野外活動につきましては、現在、体育館で待機をしております。また、その他の学年の登校につきましても、激しい雨と重なったため、職員が登校指導に出ております。ご承知おきください。  ○○○小学校 8:10発信

件名 : 現在の状況につきまして

5年生野外活動につきまして、体育館で待機をしておりましたが、少雨となり、現地においても通常通りであることを確認いたしましたので、9時15分に出発いたします。また、他の学年におきましても、全員無事に登校し、通常の授業をおこなっております。     ○○小学校 9時10分発信

そして、11時半に無事到着したと連絡が入ったという。

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18時40分現場からPTAメール着信:
件名 : 5年野外活動状況
野外炊飯も無事終わり、順調に活動が進んでいます。この後、入浴、館内でのキャンドルファイヤーと活動が続きます。参加児童全員元気に活動を続けています

曽爾高原へは10年前に近隣のNさんにドライブしてもらったことがある。美しい自然、そして、風力発電のプロペラの大きさに驚いた。

ユキにとっては教会のキャンプ以来、2度目の一泊2日の共同生活体験だ。知子は息子の成長を喜ぶも少し寂しそう。ユキも昨夜から「ママ、ママ」を連発し、「おばあちゃん、ユキが居れへんかったらさみしい?」と聞いていた。

お天気が悪くて残念だけれど、楽しみながら多くの体験をしてほしい。
悲しみの中にある方々を覚えつつ記録させていただいた。

posted by 優子 at 18:05| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

大阪で大地震 人の在りようさまざま

今朝午前7時58分頃、大阪府北部震源のマグニチュード6.1の地震が起こった。高槻や茨木では震度6弱、当地は5弱だった。

その時私は最近では珍しくパソコンを開いていた。急に「ドーン」と下から突き上げられ震え上がった。阪神大震災を同じだ。すぐそばのテーブルの下に逃げようとしても怖くて動けず、部屋の中を直視しながら治まるのを待った。

ユキまだは学校についていない。登校中だ。大事ないことを信じた。

動悸が治まらない中、隣家の義母の所へ走った。鍵がなかなか開かずにガチャガチャしてようやく空いた。
「よかった! 怖かったね、お義母さん、大丈夫?」と抱きしめた。義母は落ち着いていたが、安心するまでしばらく傍にいて3〜4回抱きしめた。いつも決して「ありがとう」と言わない義母が、今日は「どーも」ではなく、3度ほど「ありがとう」と言っていた。

自宅に戻ってすぐに夫に義母の無事を伝え、「義妹さんも心配しているだろうから伝えてやるように」と電話した。隣へ行っている間に夫もこちらへ電話してくれていたそうだ。

この辺りで初めてテレビをつけたのだと思う。この時は鉄道の運行状況ばかりで被害情報は届いていなかった。

そして神戸の叔母に電話した。声がプツプツ切れて内容が何とかわかる程度だった。続いて町内会の同じ班の独居の方に電話したり、自治会役員さんからも電話が入った。

パソコンが開いたままだったことに気づき、次女夫婦に短くメールして閉じた。そしてようやく9時半頃(?)だったと思うが通勤中の知子に電話した。出発して二つ目の駅に着いた瞬間に地震が起こり、その後まもなく着いた乗り換えるはずの急行は駅員さんがドアをこじ開けていたという。

知子は常に帰宅が遅く、先週は11時半近くにもなった。可能な限り朝だけでもユキと共に過ごして一足先に出るようにしている。知子はプラットホームでずっと立ち往生しているので心配しながら切った。

そして10時半過ぎに、ワシントンの次女夫婦から電話が入った。昨年、ワシントンから東京へ戻られた友人Aさんから大阪の地震の知らせを受け、私たちのことでお見舞いメールをいただいて知ったという。そしてパソコンを開いて私のメールで無事がわかって安堵した。

次女夫婦と45分間ぐらい話していたと思う。くれぐれもAさんによろしく「ありがとう」を伝えてねと切った。

電話を切るとまもなく東大阪の友からお見舞いの電話をいただいた。東大阪は当地と同じ状況なのにと感謝した。幸い友も無事だった。そして、叔母からようやく電話が通じたと「先っきはありがとう」と電話が入った。心が温かい。

11時頃再びパソコンを開けた。
関東のJCPの友からお見舞いのメールが入っていた。すぐに感謝の返信をした。知子からも9時半過ぎに小学校からの一斉メールを転送してくれていた。

件名 : 地震対応について

本日午前7時58分、大きな地震が発生しましたが、児童は全員安全に登校できました。校舎にも異常が見られませんでしたので、現在通常の授業を行っています。今後の余震に備えて、保護者の皆様には連絡が取れますよう対応のご準備をお願いいたします。

義妹からも8時台に「母のことが気になって」と問い合わせのメールが入っていた。しかし、良輔からの伝言を聞いていないのか、その後の応答がなくて気になって夫に確かめた。連絡はしていた。
私もいいかげんに慣れなくては!
感謝できることこそ感謝であり幸せなのだから!

近鉄や地下鉄がストップしているので、知子は東大阪へは向かわずに12時半頃帰宅した。午後3時過ぎに地下鉄中央線が開通し、JRも4時前に再開したので、これで社員の方々も帰宅できると安堵した。

IMG_7186.jpg高槻市立寿栄小学校4年生(9歳)の女の子が、倒れてきたブロックのプールの塀の下敷きになって亡くなった。悲しくて悲しくて涙が止まらず、親御さんのことを思うと耐えがたい。

また、子どもの見守りをしてくださっている方が亡くなられたり、神さまに人生の不条理を問いたくもあるが、ただただ神さまの慰めをお祈りするしかない。

18時45分追記:なかなか繋がらなかった兄(大阪市)とも、ようやく今連絡がとれた。縦揺れと横揺れだったと言っていたが私は恐怖でわからなかった。

私も友のようにイザという時のために、家にいる時も大切なものを携帯することにした。
私の場合は何よりも生活習慣病の薬、特に血圧の薬は手放せない。ユキが学校に行っている間はユキの見守り携帯電話も。私も携帯電話を持たねばならないと思う。健康保険証、クレジットカードと現金一万円、そして、USB。これらを小さなポシェットに入れて寝る時も傍に置くことにした。

ユキ(孫)は20・21日と野外活動で曽爾(そに)高原へ行くことになっている。明日から雨が降り始め20日は非常に強くなる予報だ。余震の心配もある。明日の時点での状況説明と安全について学校報を配布されることを願っているが。

朝の騒動から血圧が上がり、今も体調は治まらず頭が痛く血圧が150近くに上がったままだ。
posted by 優子 at 18:02| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

梅花女子大学・澤山記念館礼拝堂にて −日本クリスチャンペンクラブ関西ブロック例会 前編−

6-16-9.jpg梅雨晴れの昨日、6月の例会会場、大阪府茨木市にある梅花女子大学を訪ねた。


ぽうろ澤山.jpg梅花は澤山保羅(ぽうろ)牧師がキリスト教主義教育の学校を創設すべく、成瀬仁蔵ほか教会信徒有志らの協力を得て、1878(明治11)年に大阪・土佐堀に開校した。梅花は大阪で最初の女学校であり今年創立140周年を迎えた。

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右の建物が澤山記念館礼拝堂だ。

6-16-2.jpgこの礼拝堂で、長M拓磨先生(京都外国語大学教授)による「柴田錬三郎『眠狂四郎』と遠藤周作『沈黙』−切支丹物をめぐる二人の交流を中心として」の講演を拝聴した。

開会礼拝では、事務局長が聖書「ローマ人への手紙16章1節〜7節」を拝読し、クリペンの主題歌である讃美歌57番「ガリラヤの風かおる丘で」を一同で讃美した。

次に私たちの導き手である大田正紀先生(文芸評論家、梅花女子大学名誉教授)が講師を紹介された。

長濱先生はかつて梅花でも遠藤の授業をされていた。遠藤周作研究家、遠藤周作学会運営委員。現代の日本キリスト教文学のリーダーで、キリスト教の立場からだけではなく、キリスト教史という大きな流れの中で多くのことを明らかにされている。

講演内容については頂戴した資料と照らし合わせながらまとめ、後日お分かちしたい。

6-16-6.jpg講演会のあと、礼拝堂の隣室でしばし歓談の時を楽しんだ。文学はもとより、社会問題、そして、伝道のための証し文についてなど話は尽きなかったが、土曜日最終便のスクールバスに乗り遅れないように閉会のお祈りを捧げて強制終了した。

この日のために労してくださった大田先生、また、梅花の宗教部で熱心なお働きをされているペン友・OKU姉(しまい)には何もかもお世話になった。お疲れだろうに翌日(今日17日)はオープンキャンパスのため出勤されている。

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OKU姉の手になる「梅花の梅」で作った梅ジュースのおいしかったこと! 
主に在る友との交わりで心を癒され、霊性を強められて帰宅した。

実は、私はこれまでに一度だけ梅花を訪ねたことがある。もう50年も前のことになる。1969年12月、茨木駅からスクールバスに乗って大学の入学願書を取りに行った。
結局、帝塚山学院大学へ入ったが、その時のことを振り返りいろんな思いがこみ上げていた。

今日も梅雨晴れの明るい一日だった。

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posted by 優子 at 17:30| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年06月15日

登校前の小景

6-11-5.jpgユキは5年生になっても捕まえた生き物を持って行く。5月下旬からはトカゲ。平日は教室で飼い週末に持って帰って来る。
「ユキはトカゲのことを十分知っているんだから逃がしたげ。生き物にとっては地獄だから」と言うのだが、毎朝小さな蜘蛛やバッタを採って食べさせている。

生きるということは他の命を犠牲にして生きるということだけれど、私は立ち止まってしまう。毎朝重いランドセルを背負ったまま、自分の背丈よりも高い石積み(石壁)を登ってバッタを捕りながら集団登校の集合場所へ行く。しかしまた、そんなユキの姿を胸を熱くして見てもいる。

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これは6月4日(月)の朝、
上の道から降りて来たY君3妹弟がバッタを捕まえていた。
彼らもトカゲの朝ごはんの狩りをしているのだ。
ユキもいつものように石積みをよじ登った。

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朝の斜光線を受けて子どもたちの姿は一層輝いて見えた。何て麗しい光景だろう。私は大急ぎでカメラを取りに入って40倍ズームで収めた。

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右の写真はホタルを見に行った6月9日、笹船の作り方を教えてくれているところ。
本来ならば祖母から孫へ昔の遊びを教えるのだが、わが家ではほとんどが孫から祖母に逆教授。この前は草笛を教わった。

私も知子と共に作ったがユキのように上手に作れなかった。

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次はその翌10日(日)、ウオーキングの帰りサッカーボールでバスケットをしていた。お友だちが帰った後も独りでいるなんて約束を守らない子だ。

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中学校はサッカー部がないからバスケ部に入りたいとか。
誕生日プレゼントにバスケットボールをリクエストした。

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良輔は高校時代にバスケ部だった。そういえば真智が小学校5年生(4年生だったかな?)のとき、バスケットボールの授業参観があった。保護者も一緒にやった時、すごくかっこよかったのを覚えている。あの時、薄いブルーのワイシャツだったように思うので平日だったのかなぁ・・・

6-10-31.jpg「ユキにも教えてやって」と促せば、このフォームはすごい。あれから28年、現在72歳9ヶ月。

ユキは下から放り投げた。

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今日もまた「6時半まで遊んでもいい?」と電話してきたと思ってぶっきらぼうに出ると、クリスチャンペンクラブの友から明日の問い合わせの電話だった(>_<)。 その直後にやっぱりユキからかかって来た。毎日遊んでばかりで学習しない5年生。

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今日、幼稚園児と共に「代かき」をした。
posted by 優子 at 12:10| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

アメリカにもホタル

アメリカでもホタル!.jpg「葛城山麓公園のホタル、きれいやったね。手にとまってるの、すごかったね。ちょっと前からここら辺でもホタルが時々出てきてたから、写真撮って送りたいね、とクマとカメラチャンスを狙ったよ。」と、嬉しいメールが入っていた。

次女は残念ながら撮ることができなかったが、この一葉はカメラで待ち構えていた時に横を飛んできたホタルを伴侶(愛称クマ)が捉えたものだ。

それにしてもこんな住宅街にホタルがいるとは驚きだ。日本でも人里にいるのだけれど、本当に自然環境の良い山野にしかいないので、ホタル文化を有する私たちには2重の驚きだった

日本人にとってホタルは夏の風物詩であり、ホタルへの特別の情緒があるけれど外国の人はどうなんだろう。日本人でも都会でホタルを見ていたらホタルへの情緒は育まれなかっただろうし、そしてまた、外国の人でも日本の原風景に舞うホタルを見ていたら私たちと同じような情感が育まれたと思う。

「職場の人たちに聞いてみるのもおもしろいね。
 珍しい写真をありがとう!
アリス@.jpgところで、この前「おいしい革命」のアリスが番傘を愛用していたので、真智もアメリカで番傘使わない?  アリスは日傘に使っていたよ」。

日本国内でさえ和装の時も洋傘だから番傘を見なくなって久しいけれど、逆転の発想で今や日本文化を継承できるのは外国の地で可能なのかもしれないと思った。

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番傘@.jpg母が結婚の荷物に持たせてくれた番傘は42年経った今も新品のまま。
アリスは日本の「すり鉢」や「すりこぎ」を愛用しているが、番傘も洋傘のように気楽に使っていたのが素敵だった。


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6-9-1.jpgでは最後にもう一度ユキが捕まえたホタルの光と、アジサイを楽しんでね。


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posted by 優子 at 23:40| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

2018年JCP関西ブロック講演会のご案内

日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)関西ブロックの6月例会は梅花女子大学で開催します。これまで6月と11月の例会は千里ニュータウン教会で開いていましたが、昨年6月に東 道男牧師が召天され11月を最後に新たな場に導かれました。

6-10-24.jpg今回は会員以外の方々にもご案内し、ご関心のある方は是非お出かけください。歓迎いたします。参加費は無料です。当日は「梅花の梅」で作った梅ジュースを御馳走してくださるそうです!

講 演:「柴田錬三郎『眠狂四郎』と遠藤周作『沈黙』−切支丹物をめぐる二人の交流を中心として」

講 師:長M拓磨先生(京都外国語大学教授)

講師紹介: 主な著書・論文 日本キリスト教文学の気鋭の研究者
1. 著書  遠藤周作論 「歴史小説」を視座として (単著) 2018/02
2. 著書  「太宰治ー芥川受容を中心として」 (共著) 2014/04
3. 著書  『京都近代文学事典』 (共著) 2013/05
4. 著書  『兵庫近代文学事典』 (共著) 2011/10
5. 著書  『邂逅』論ー<家族>との関係を中心としてー (共著) 2002/03

学歴:
1. 2016/01〜2016/06 関西学院大学 文学研究科 博士課程 博士(文学)

2. 1993/04〜1999/03 神戸大学 文化学研究科 日本近代文学専攻 博士課程単位取得満期退学

3. 1990/04〜1993/03 神戸大学 教育学研究科 国語教育専攻 修士課程修了 教育学修士

4. 1986/04〜1990/03 神戸大学 教育学部 中学校教員養成課程国語科 卒業 教育学士

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日 時:2018年6月16日(土)13:00〜16:20

場 所:梅花女子大学茨木ガーデンキャンパス澤山記念館礼拝堂・講師控え室

〜プログラム〜

13:00〜  礼拝堂 開会祈祷 

司会・奨励 原田 潔 
      讃美歌21「ガリラヤの風かおるおかで」           

13:20〜   礼拝堂 講演会

14:30〜  講師控え室 休憩

15:00〜  礼拝堂 証し文章発表 会員の作品発表を行います。講評 事務局

16:00〜  礼拝堂 閉会祈祷

16:30〜  スクールバス発車

日本クリスチャンペンクラブ関西ブロックでは上記の要領で例会を開催します。
今回は広く会員以外のかたがたの参加を呼びかけています。ぜひご参加下さい。参加費は無料です。参加される場合は準備の都合がありますので、前日までに大田正紀 電話:078(242)6989番までご連絡下さい。

〒567-8578 茨木市宿久庄2−19−5 TEL.072-643-6221(代)

交通:原則としてスクールバスをご利用ください。

スクールバスの時刻は梅花女子大学HPの交通アクセスをご覧下さい。 以上

スクールバスは、阪急宝塚線 石橋駅、北大阪急行(地下鉄御堂筋線)と大阪モノレールの千里中央駅、阪急千里線 北千里駅、阪急京都線 茨木市駅、JR 茨木駅から出ています。ここに詳しく案内されています。
posted by 優子 at 13:12| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

ユキの手にホタル

6-9-1.jpg今夕急きょ蛍を見に行こうということになって葛城山麓公園へ家族全員で出かけた。10歳から72歳まで4人共が今回2度目の蛍である。

とはいえ、初めて見た2009年6月20日は2歳11か月だったユキの記憶はない。私は57歳にして生まれて初めて蛍を見たのだった。知子と良輔もまた。

私は5月31日の朝にBSプレミアムで『ホタル舞う日本〜ホタル前線を行く〜』を観ていたので、ホタルだけではなく日本の原風景に生息する里山を求めてホタル前線を北上していく写真家の篤い思いや、美しい自然と共に生きる人々の蛍への思いの一端を、僅かなりとも深めることができたように思う。
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飛んでいるホタルをユキがそっと両手で捕まえた。私は大急ぎで撮ろうとすると、カメラの画面が暗くなり「バッテリーを充電してください」と出た。 

6-9-3.jpg「いつもドジやなあ」と知子が笑い、スマホで撮ってもらうとストロボが光ってこのありさま。ストロボの光があまりにも眩しくて、ユキが目を傷めていなければよいが・・・
次にユキのゲーム機で写した。ユキは「友だちに見せたいから」とゲーム機で撮ろうと持って来ていたのだった。カメラマンの超高級カメラとは比べ物にならない機能なのに、ホタルのシルエットつきで光が撮れたのは特ダネだ!

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夕食はラーメン屋さんで済ませて7時45分頃に山麓公園に到着した。そのとき自動車は5台ほどしか止まっていなかったが、帰る時は10台になっていた。しかし、その程度で知る人ぞ知る穴場なのだ。

私は暗闇だとバランス感覚がなくなってふらつくので、夫に同伴してほしいと声をかけたが「そんなん大丈夫や」と、相変わらず独りでスタスタ先に行った。

しかし、ユキは優しかった。2009年6月に来た時は、私が2歳にならないユキの手を引いて歩いていたのに、今夜はユキが私の手を引いて歩いてくれた。見守り携帯の電気で足元を照らしながら、階段や草の中は必ず自ら寄り添って手を繋いでくれた。嬉しかった。

ユキは記憶にないが1歳になる前にも来ているので今回で5回目だ。2回目が2009年6月20日のホタル、3回目は2010年5月3日、(埋め込みリンクしているので日付をクリックしてください)この日の面白い動画(38秒)が残っている。


そして、4回目は2014年5月10日、(ユキはこの頃と違ってかなり積極的になった)ユキが小学校に入学した春の日。この時のことは覚えていて「ああ、ああ」と思い出した。

昨日、義母のデイサービスの日程が決まったことを民生委員さんに報告に伺ったとき、互いに同志社の同窓であることがわかり一層親しくなって話していた。

その時にこの辺りで蛍が出るところを訪ねられて山麓公園を紹介した。山麓公園も10年以上前にNさんに教えていただいたのだが、太子温泉でも見られると先日のランチの時に教えていただいたのでそのこともお伝えした。そういえば私はNさんに連れてきてもらったので山麓公園は今日で6回目だった。

ホタルのいのちは短い。明朝のうちに民生委員さんに今夜のことをお伝えしよう。そして、生協の日にNさんにも「行ってきたよ」と話そう。

6-7-2.jpg知子とユキと三人で手をつないで無事を祈って出発し、事故なく帰宅できたことを感謝した。
しばしの楽しいひと時、私はホタルの観賞以上にユキの優しさが嬉しかった。
posted by 優子 at 22:49| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

昨日の付録 

今夜のNHKニュース、6時半からの「ならナビ」で花菖蒲のニュースが流れた。トップの映像を取り損ねたが、この背景に見える黄色い花は昨日の記事の最後に挙げた花と場所だ。

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あの黄色い花の名は、ヒペリカム・ヒドコート。
覚えられそうにない。
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これは、ビヨウヤナギ。

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Nさん宅のユズリハ

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Nさん宅のローズマリー

これはエゴの花の実(丘陵公園にて)
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エゴの花
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ヤマホタルブクロ(丘陵公園にて)

ホタルブクロ(ツリガネソウ)
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これは、南天の花だって。

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一重のクチナシの花(丘陵公園にて)
甘い香りがしたよ。

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シモツケ(丘陵公園にて)

シモツケ(アジサイKさん宅)
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わが家のイソトマ、今年は特に美しい。
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posted by 優子 at 22:07| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

花菖蒲35枚を一挙掲載

馬見丘陵公園の花菖蒲園.jpg梅雨入りした二日目の今日、近隣の親友Nさんとランチに出かけ、その帰りに馬見丘陵公園の花菖蒲を見ようと立ち寄った。
折しも明日から「2018年 馬見花菖蒲まつり」が開催される花の時、写真は奈良県ホームページより拝借した馬見丘陵公園の菖蒲園全景だ。規模は小さいが十分満喫できる。無料で開放されている。

昨日の雨で満たされて花の息吹が溢れていた。157枚撮って65枚ブログ用に小さくしたが、そこからまた35枚に絞った。

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↑ 駒止桜(肥後系)↓

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青岳城(せいがくじょう)(江戸系)

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乙女(伊勢系)

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藤代(伊勢系)

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あまりの美しさでベストワンどころか「ベスト3」さえ選べない。私の心肺停止状態だった魂が息を吹き返してくるように、少しずつ少しずつ心に力が入ってきたように感じる。

6-7-58.jpg ← 「この角度で撮るといいんじゃない」
Nさんの言葉と景色も今日の大切な思い出に記録しておこう。

楽しい一日をありがとう!

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posted by 優子 at 20:54| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

誕生日を迎えた真智へ

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「今日は真智子のバースデー、いつもやさしいかわいい子」
おじいちゃんの声が聞えるようです。真智、お誕生日おめでとう!

私はずっと深いスランプ状態で言葉が出なくて、昨秋の知子の誕生日も書けずにパスしています。今年は手元にある思い出のスナップで綴ります。それも夜になってから急にその思いと力が与えられて、夕飯の後片付けもそのままに真智に思いを馳せています。しばらくの時を共に・・・

最初におじいちゃんの声が聞えてきたのです。

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これは誕生して10日頃の真智。

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ここは六甲山の旧オリエンタルホテル前。
食事を終えて出て来たところです。
おばあちゃんは55歳の頃かな・・・

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真智は1歳2か月。

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この服はお姉ちゃんが1年生の時に着ていたから
真智は3歳やね。
ここは、今住んでいる場所です。
2人が立っている所に小さな家を建てました。

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小豆島の「お猿の国」
真智はお猿が怖くて動けなかったね。

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懐かしい真智の絵。
こんな絵を描いていたのは昨日のことのよう。

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小学校入学、嬉しかった。
今も就学通知書は大切にしまってあるよ。

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これも懐かしい懐かしい光景。

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これは5年生の頃にもらったね。
その後、
(ベイクド)チーズケーキ券も2枚もらったけれど
大事にとっていないで
今度帰国した時には是非リクエストしないと
私の人生が終わってしまうね。

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これは中学3年生の関西英語暗唱大会だったね。
"Miss Evans on the Titanic"で賞をもらったね。
2年生の時は"I have a Dream."でもらったね。

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高津高校合格発表の日。
お姉ちゃんと入れ替わりにマチが入学した。
住友病院に入院中のおばあちゃんに合格を伝えに行った。
この7か月後におばあちゃんは逝ってしまったね。

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これは神戸大学1回生の時だったっけ。
英語弁論大会で入賞して東京まで行ったね。

その後神戸大学を首席で卒業して、東大大学院へ。そこで伴侶と出会い、結婚と同時にミネソタ大大学院へ。そして夫婦ともにPh.Dを取得して、2011年9月から夫婦でIMFのエコノミストとして活躍中。
work–life balance についてはアメリカは日本よりも最先端なのに国際公務員はハードやね。お互いにご無沙汰ばかりだけれど便りのないのは良い知らせ。気力体力が充実している時はやっぱり大いなる時。体に気をつけて人生の最盛期を思いっきり生きるのが幸い。

まち、38歳のお誕生日おめでとう!

「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、
あなたに平安を与えられますように」。(聖書)
                             
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今日梅雨入りしました。
またね!
posted by 優子 at 21:49| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

大神神社のササユリと鳥居

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日本の固有種ササユリは、葉が笹に似ていることや笹原に自生していることから命名されたという。中部以西と九州の一部に自生し、5月中旬から1ヶ月間花を咲かせる。

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ここは三輪明神・大神(おおみわ)神社のササユリ園。
昨日のニュースで知り、夫と二人で訪ねた。

かつて三輪山付近に群生していたササユリは、環境悪化に敏感に反応して消滅の危機に陥り、大神神社が28年前から保護育成している。そういえば当地でも毎年見ていたが10年ほど前から姿を消した。

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ササユリは「うつむき加減の楚々とした姿から、
最も鑑賞価値の高いユリの一つにされている」。

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6-3-0.jpgところで大神神社(通称:三輪神社・三輪さん)は、上掲写真の鳥居前に行くまでに鉄製の大きな鳥居が道路沿いにある。高さ32メートルあり、マグニチュード10の耐震設計だそうだ。

三輪神社では「古来本殿は設けずに拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社」だという。

大きな鳥居は不気味で異様に感じるのだが、鳥居の根源は聖書にあるという説や「君が代」もヘブライ語と関係ありとする説など興味深い。

6-3-6.jpg日本神道と古代イスラエルの宗教との関連について関心のある方は、「ヘブライ語で解き明かす『君が代』」「古代日本とユダヤ・キリスト教」をどうぞ。

posted by 優子 at 22:18| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年06月02日

「私たちの神は、どんなときにも喜んで私と共にいてくださる」。(『デイリーブレッド』より)

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「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である」。 (詩篇62:8)

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父は58歳で亡くなりました。父の命日になると、私は父が息子である私に与えてくれた影響について考えます。父と共に生きた人生よりも父無しの人生のほうが長くなったことに気がついた時、人生のはかなさにも思いを巡らすようになりました。

過去を振り返るとき、思い出と共に感情がよみがえってきて心が揺さぶられることがあります。時はカレンダーと時計で特定しますが、人は、その時の出来事ゆえに時を覚えています。人生には喜び、恵み、悲しみや喪失感、達成感や失敗の悔しさなどの深い感情を味わうときがあります。

みことばは「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である」(詩62:8)と、私たちを励ましています。

この自信に満ちた言葉は平穏な時に書かれたのではありません。ダビデが敵に囲まれていたときに書かれたのです(3-4節)。黙って神を待ち望むダビデの姿は(1、5節)、神の絶えない愛が(12節)、私たちの遭遇するいかなる苦しみよりも大きいことを確認させてくれます。

6-2-15.jpg何があっても私たちは確信しています。私たちの神は、どんなときも私たちを支えられる十分なお方です。不安に打ちのめされそうな時、神の助けは遅れることなく私たちのもとに届きます。

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さあ一緒に祈りましょう。
父なる神よ、あなたはこれまでも、またこの先いつまでも、私たちを裏切らないお方であることを感謝します。主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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posted by 優子 at 20:05| 引用文 | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

みことばの花束A −梅雨近し−

4月下旬になったギックリ腰が治って3週間たった今も殆ど歩いていない。季節外れの暑さで習慣になりつつあったウォーキングも頓挫してしまい、今週から涼しくなったので「今日こそは!」「今日こそは!」と思っても後回しにして実践ならず。

しかし昨日の雨でアジサイを思い出し、アジサイだけでも見て来ようと克己して、ユキと知子を見送ってすぐに家を出た。

5-31-1.jpgところが一歩外へ出ると気持ちよくてアジサイだけではなく、蝶や蜂のように花を求めて歩いた。今にも降りそうな空だったが傘をさすことなく小一時間かけて4500歩歩いた。
これはヒイラギの実(種)。
この写真を見たユキは「ブルーベリー?」と言った。

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この時期、栗の木は一目瞭然!

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栗の雄花

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ハコネウツギ

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時間経過とともに花の色が、白、ピンク、赤に変わる。

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「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです」。(コリント人への第一の手紙10章11節)
未来に希望を持たない人々は堕落します。過去の出来事を後世に伝えず、残された教訓を学ばない国民は衰亡します。聖書は、過去の教訓と、未来の希望と、それを生かす知恵と力を私たちに授けます。それを学習し用いる私たちは、この時代の人々を救います。

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「主は直ぐな人たちのために、光を闇の中に輝かす。主は情け深く、憐れみ深く、正しくあられる」。(詩篇112篇4節)
「直ぐな人」とは、心が主に真直ぐに向いている人のことです。闇の中でも主が道を照らされます。悪い知らせを聞いても過剰反応しません。人の評価にも左右されません。主の道は真っ直ぐです。脇見をするから迷うのです。我が道を行くから転ぶのです。「直ぐな人」は主の憐れみで真っ直ぐに歩みます。

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タチアオイの好きな色も曇天では映えぬ。

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夾竹桃のような葉っぱの大きな木。

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「主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ、彼らを、君主たちとともに、御民の君主たちとともに、王座に着かせられる」。(詩篇113篇7・8節)
貧しい者は、富める者が知らない豊かさを味わいます。弱い者は、強い人が知らない聖霊の力を体験します。小さい者は、学者に勝る知恵を学びます。低い者は高くされます。本当です。主がそうしてくださるのです。信じる者はその恵みにあずかります。

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カシワバアジサイ

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夾竹桃

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オリーブの新芽

散歩のあとしばらくして雨が降り出した。

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今朝10時過ぎに蝶に気がついた。
昨朝のBS放送(ハイビジョン特集)で「渋谷でチョウを追って」と題する動物行動学者・日高敏隆さんの話に魅せられて蝶が気になった。

蝶@.jpgその後まもなく雨が降り出し、蝶は羽を閉じて、午後の土砂降りの雨にも耐えていた。これは13時30分頃で1時間以上も土砂降りの雨に打たれていた。

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雨が止んで30〜40分経った頃に羽を広げたが、このあと再び雨が降り出して羽を閉じたまま帳が落ちた。蝶はいつも同じ感じで飛んでいるので日高氏の「ちょう道(どう)」は容易に納得できた。

「渋谷でチョウを追って」は2008年に初回放送されたもので、動物行動学者・日高敏隆が幼少期に、東京渋谷の丘を飛ぶチョウに魅せられて、その生態の謎を死ぬまで追いかけた研究者の探究心の軌跡をたどったものである。

蝶は特に好きではないので用事をしながら見ていたが引きずり込まれてしまった。日高さんは2009年に79歳で亡くなっておられた。

posted by 優子 at 23:59| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

良心なき政治家たちと反則行為を謝罪したアメフト選手

5月6日に行われた日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボールの定期戦で、関学大の選手に悪質なタックルを仕掛けて負傷させた日大の選手が、昨日記者クラブで記者会見を開いた。

反則行為には監督とコーチの指示があり、強靭なパワハラの圧力により冷静さを欠いた精神的に追い詰められての行動とはいえ、そのことに「ノー」と言えずにやってしまったのは自分の責任と謝罪する彼の真摯な生きざまと、日大アメフト部の中からも監督やコーチの現状について正当な多くの声が上がっていることに心打たれた。

本来ならばそのようなことは当然であるにもかかわらず、自浄能力皆無の腐敗しきったおぞましい現政権与党の現況に困惑し続けているので非常に新鮮に感じた。

昨日も安倍首相の嘘を証明する文書がまたも出てきたが、早速本人はもとより周辺人の習性となっている嘘を重ねている。これまでにも決定的な証拠を突きつけられても観念しないで罪を重ねていく彼らに反吐が出そうになる。

トップを守るためというのが彼らの大義名分になり罪意識を感じることもなく堂々とやっている。彼らに国を預かる者の責任感は微塵もない。官僚たちも青雲の志で省庁に入ったのではなかったのか!

「もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません」。
         (ヨハネの第一の手紙 1章8節〜10節)

『荒野の声 −日本人への警告ー』に記されている長谷川 衛(まもる)牧師の言葉が聞こえる。

「悲しいかな、彼らは悪を善といい、善を悪という。暗黒(やみ)を光といい、光を暗黒という」。
罪を犯すのはあたりまえ。汚れることは清いことより良いという。日本の政界。「水清ければ魚住まず」。政治とはきたないもの、といい、それが当然だという。

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とにかく、危険極まりないタックルを受けた選手は重大な怪我でなくてよかった。脊椎を損傷すれば重篤なことになっていたであろう。
神さまが心身ともに完全に癒してくださるように、そして、悪質な行為に対して心から謝罪している若者の心をも癒してくださり、始まったばかりの人生を守り導いてくださるように祈るばかりである。

posted by 優子 at 17:42| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

みことばの花束@

IMG_0685.jpg「主よ。あなたのみわざはなんと多いことでしょう。あなたは、それらをみな、知恵をもって造っておられます。地はあなたの造られたもので満ちています」。(詩篇104篇24節)

分子と分子がぶつかって偶然にできた機械仕掛けの宇宙に生きるか、主が創造された慈しみの世界で暮らすか、選択によって全く異なる人生となります。私たちは、大空と大地の間に現わされた主の愛と知恵を、今日も喜び味わい、楽しみ歌います。

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「神は、平和を得させようとしてあなたがたを召されたのです」。(第一コリント 7章15節)

人生の目的や倫理・価値観が異なる人と、生活や仕事を共にするのは大変です。衝突が避け得ず、相手が離れていくなら、一旦、離れさせなさい、とパウロは教えます。感情の渦巻く中で正しい判断をするのは至難です。相手を変えようとすれば関係を悪化させるだけです。自分が平和を維持しなければ、相手との関係再建の道は開かれません。

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「主は、彼らのために、ご自分の契約を思い起こし、豊かな恵みゆえに、彼らを憐まれた」。(詩篇106篇45節)

私たちはキリストを信じることで新しい契約に入り、神の国(永遠のいのち)の祝福を保証されています。聖書を学ぶとは、主との契約内容を知ることでもあります。その内容を具体的に知らなければ、「契約を思い起こしてください」と主に嘆願することができません。主の方は、豊かな恵みを用意しておられます。

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「世の富を用いる者は用いすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです」。(第一コリント 7章31節)

お金も、知識も、良い評判も増え始めると楽しくなります。しかし、増えても飢えるばかりです。狐が細い体で狭い垣根からブドウ畑に入り、たらふく食べて太り、また数日体をやせ細らせて隙間から外に出た、という話と同じようになります。世の富や知識は、それを用いて永遠に価値あるものを残すためにあります。

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柿の花

「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます」。
              (第一コリント8章1節)

神を認めない知識は人を傲慢にし、神に信頼する知識は謙遜にします。愛のない知識は破壊と虚無に導きます。お金も知識も能力も、愛が動機になってはじめて、人の徳を高め、希望の言葉を生み出します。知識や能力の量で人に負けてもいいのです。それが人を高ぶらせるなら、ない方がいいのです。主にも人にも喜ばれるのは、愛する心と謙遜な態度です。

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ナンキンハゼの若葉

「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです」。(第一コリント8章2・3節)

神に愛され、神を愛し、神に知られている、それで心は十分満ち足りている。これが真の知識です。この知識以外に、世の知識がいくらあっても、何も知らないに等しいのです。世の知識ではたましいは救えないからです。

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大きなクスノキ

「幸いなことよ。弱っている者に心を配る人は。主はわざわいの日にその人を助け出される」。(詩篇41篇1節)

自己中心で不義不正を働く人間がはびこる社会でも、それなりに持ちこたえているのはなぜか。それは、損得勘定を度外視し、自己犠牲をいとわない人たちも多数いるからです。社会を陰で支える役割を誇りとしましょう。見返りを忘れた人助け、お返しが期待できない人への援助は、主に覚えられています。

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「主よ。今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです」。(詩篇39篇7節)
主は、主を待ち望む者を恵もうと、待っておられます(イザ30:18)。主を待ち望むとは、主の教えを口ずさみ、賛美し、思い煩わずに祈ることです。御言葉を学ばないことは自分の知恵と力に頼ること、祈らないことは主の恵みは不要という意思表示です。しかし、主を待ち望む者は聖霊の力を受け、自分を超えることができます。

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 ―キリストの栄光教会より―
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2018年05月20日

ブルンナー読書会㉑ −神の契約(スイス連邦同盟へのチューリヒ加入600年記念)−

今月も昨日の午後、下村喜八師をお迎えして「ブルンナー読書会」を開催できたことを感謝しつつ記録しておきたい。

IMG_0707.jpg今回はエーミル・ブルンナー著、下村喜八訳『フラウミュンスター説教集T』の10回目、説教のタイトルは「神の契約(スイス連邦同盟へのチューリヒ加入600年記念)」。
出席者:all member.
開会礼拝:讃美歌90番「ここも神のみくになれば」(知子奏楽)、聖書朗読とお祈り(下村喜八師)。
今回から学びの最後に一人ずつ祈りをもって終わる。

エレミヤ書31章31節〜34節:
31:31 主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。
31:32 この契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない。わたしは彼らの夫であったのだが、彼らはそのわたしの契約を破ったと主は言われる。

31:33 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。

31:34 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。

下村師のお話より:

この説教は1951年に語られたものである。今回は二つの契約について学び、二つの契約に似た人間の政治の形でスイス同盟があり、それとの関わりの中で神の契約のことが語られている。

スイス連邦同盟とは、「1291年8月1日、中央スイスのウーリ、シュウィーツ、ニートワルデンの3地域が「同盟」を結び、それぞれの地域の自由と自治を守るために相互の援助を誓い合った。これを中核として次第にスイス連邦が形成されてゆく。チューリヒがこの同盟に加わったのは、1351年のことである」。

スイス連邦同盟とは、ハプスグルク家の支配にあった時、外からの権力に抵抗して3つの州が同盟を結び自治を手に入れた。自立心が強く、圧制に対して自治を求める気運があった。その後ハプスブルク家との戦いに勝つ。現在は23州。政治の連邦体制を執る。シラーが戯曲『ヴィルヘルム・テル』を書いたのも同盟ができた頃である。

images.jpg※スイス独立のきっかけとなったヴィルヘルム・テルは、他民族の支配を拒否し、悪代官の帽子に頭を下げなかったために逮捕された。テルの息子の頭の上に置いた林檎を見事に射抜く事ができれば許すと言われ、見事に林檎を射抜いた話。ロッシーニの『ウィリアム・テル(英語名)』の序曲もあまりにも有名だ。

スイスの連帯と秩序の特殊性は、まさに、それが同盟(契約)であり、相互の自由な結合である。かつて神がシナイ山でご自身の民を選び、ご自身の啓示の形式として同盟締結という形式を選ばれた。同盟(契約)において常に決定的に重要なことは相互性である。これこそが神の啓示がもつ法外さ。

聖書における契約は、神と人間との相互関係の契約である。

「それで、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。 あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となるであろう』。これがあなたのイスラエルの人々に語るべき言葉である」。

それでモーセは行って民の長老たちを呼び、主が命じられたこれらの言葉を、すべてその前に述べたので、 民はみな共に答えて言った、「われわれは主が言われたことを、みな行います」。モーセは民の言葉を主に告げた。(出エジプト記19章5〜8節)

「それゆえ、あなた(ユダヤの民)は、きょう知って、心にとめなければならない。上は天、下は地において、主こそ神にいまし、ほかに神のないことを。 あなたは、きょう、わたしが命じる主の定めと命令とを守らなければならない。そうすれば、あなたとあなたの後の子孫はさいわいを得、あなたの神、主が永久にあなたに賜わる地において、長く命を保つことができるであろう」。 (申命記4章39・40節)さらに、申命記6章21〜25節参照。

古い契約は、戒め。律法を守ることが契約の条件で、幸いを得るための条件となる。歴史書のヨシュア記から列王記はカナンの地におけるイスラエルの歴史を契約違反として描き出す。(ヨシュア記23章16節、士師記2章20節、列王記下13章18節参照)

神による契約破棄は神関係の断絶をもたらす。神の秩序とこの世の秩序は関係しているというのがブルンナーの立場である。

神がご自身の言葉によって人間から自由な応答を、そして、ご自身の忠誠によって人間からそれにふさわしい忠誠を引き出そうとされる関係である。

神は人間を、意のままに動かす客体としてではなく主体として、物としてではなく、神によって語りかけられると同時に神に語りかけなければならない人格として取り扱われる。

「客体として」とは機械のようなもの、奴隷や道具のように人間が思いのまま動かせるものであり、「主体として」とは自由意思をもつものであり自由と責任が伴う。

この関係の中で人間の応答責任(Ver-antworlichkeit:フェア‐アントヴォルトウング)が生じ、神は人間を同盟のパートナーにしようとされる。このことにおいて、神は人間に応答責任と同時に自由をも与えられる。

イエス・キリストの血と肉による契約。十字架の契約。イエスの十字架の死は、この新しい契約を成就するための犠牲の死を意味する。旧い契約の条件は律法を守ること。新しい契約の条件は神の愛を受け取ること(それ以上の条件は全くない)。

聖書にある神と人間との間の契約関係という概念(あるいは思想)に初めて注目したのは宗教改革時代のチューリヒの神学者たちであるとされる。

契約の神学は後に改革派の神学者によって継承され、16、17世紀のイギリスのピューリタンたちによって展開されていった。ブルンナーもこの神学を受け継いでいる。彼の神学の核は「出会いとしての真理」であり、思索の神学ではなく、宣教の神学で、人間の自由と応答責任を強調する。

IMG_0677.jpgイエス・キリストに対するバルトの問いが、「このような恵みをもって私を救ってくださるあなたは誰ですか」であるとすれば、ブルンナーの問いは、「主よ、あなたはどこへ行かれるのですか」である。(大木英夫『ブルンナー』30頁)

ゆえに、ブルンナーは日本のような極東まで宣教に来られたのである。

預言者エレミヤの約束の言葉(前掲)は、二つの契約を対照させている。一つは、エジプトの奴隷の家から導き出した民と結ばれたシナイの契約であり、もう一つは、神が「彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」贖罪の契約を語ることだった。

この新しい契約の本質は、罪の赦し、贖罪の契約、神の賜物としての恵みの契約という点にある。われわれは、死によって神との和解をもたらされた救い主への信仰をとおして、この契約の中で生きている。

われわれには新しい契約という土台に立ち、神のひとり子をとおして心から父なる神の名を呼び、神の子として彼に語りかけることが許されている。

神の赦しの慈しみによって生かされているゆえに自分自身も慈しみ深い人間になる、またイエス・キリストをとおして神の愛を豊かに経験したゆえに自分自身も受けた愛をさらに隣人に手渡す−そのような意味において、われわれは証人なのです。

人間の法律も神の律法と関わっており、神の支配は神の独裁ではないというのがブルンナーの立場である。人間の応答責任がある。

いつの日か地上の世界に別れを告げて神の面前に歩み出さねばならない時が来た時、そこで通用する別のパスポートは、彼の血で署名され、彼の復活で押印された契約証書があるからこそ安心して死ぬことができます。

しかし重要なのは良く死ぬことではなく、良く生きることです。なぜならイエス・キリストを信じる信仰は、われわれを来世において初めて神のものとするのではなく、すでにこの世において神のものとするからです。

「だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである」(ロマ14・8)。われわれは、イエスに属する者として死ぬことができるように、イエスに属する者として生きようではありませんか。アーメン。


IMG_0710.jpg今回の学びをとおして改めて「契約」には重い責任があるということを強く感じ、学校や職場など社会生活はもとより、家庭においても然り。他者との信頼は相互関係によって成り立つものであるということを考えさせられた。

「鼠のシッポ切りの実験」について。

ヴァイスマンはネズミの尻尾を20世代以上(?)にわたって切り続け、右回りに回らせ続ける実験をしたところ、尻尾を切られたネズミの親から短い尻尾を持つ子供は生まれなかった。しかし右回りに回ったことから、形態は遺伝しないが学習は遺伝するという結果を得た」という話をお聴きして、自分自身の生き方がいかに大切であるかを思った。

IMG_0692.jpg次回は、6月23日(土)午後。

聖書朗読、祈り、内容の要約や考察など発表当番は優子。
posted by 優子 at 21:25| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

「神は信じる人の内に働かれ、信じる人を通して働かれる」。(『デイリーブレッド』より)

IMG_0659.jpg今日の聖書のみことば:
ヘブル人への手紙13章20・21節
「イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行い、あなたがたがみこころを行うことができるために、すべての良いことについて、あなたがたを完全な者としてくださいますように。どうか、キリストに栄光が世々限りなくありますように。アーメン。」

神が働いておられると最近感じたのはいつかと友人たちに尋ねると、ある人は「毎朝、聖書を読むとき。新しい一日が始まるとき。あらゆる局面で共におられ、一歩一歩導いてくださるとき。問題に遭遇しても喜びを失わず乗り越えようと頑張れるとき」と答えました。
私は彼女の答えが気に入りました。なぜなら、それは、神がみことばと内住の聖霊を通して、神を愛する人のそばにおられ、その人の人生に働かれていることを述べていたからです。

IMG_0646.jpg神が信じる人の内で働かれるとは素晴らしい神秘です。ヘブル人への手紙の筆者は、その手紙を締めくくるにあたって「イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行い…」(ヘブ13:21)と語り、祝祷につないでいます。

彼はここで、この手紙の要点を再確認しました。つまり、神は、神に従おうとする人にその力を授け、神の栄光のために、その人の内に働き、その人を通して働かれるという真理です。

IMG_0655.jpg神の働きに驚かされることもあります。例えば、自分を不当に扱った人を赦せたり、扱いの難しい人に忍耐出来たり…。「平和の神」(20節)は、私たちを変え、私たちを通して愛と平和を広げます。

さて、あなたは最近、神の働きをどんな風に経験しましたか。ーAmy Boucher Pye

さあ一緒に祈りましょう。
主イエスよ、ご自身の栄光のために、御心を行う力を授けてくださり感謝します。今日、私の目を開いてください。そうすれば召されたことが分かるでしょう。主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
以上『デイリーブレッド』5月15日「神が働かれる」より。
音声でもお聞きになれますので是非お訪ねください。

「しっかり握っている自我を捨てると、平安が訪れます。
 イエス様が共にいてくださることを忘れないでくださいね」。
posted by 優子 at 22:52| 引用文 | 更新情報をチェックする